———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,200916510910-1810/09/\100/頁/JCOPY 神経変性疾患の発症や病態のメカニズムは完全に解明されていないが,過去 30 年以上にわたって,数多くの薬剤の神経保護作用が世界中の研究者によって検討されてきた.そのうち,臨床トライアルにまで到達できたものも少なくない.しかしながら,それら薬剤のうち,世界 標 準 で あ る FDA(United States Food and Drug Administration)が神経保護薬として臨床使用を認可したのは,驚くことなかれ,Alzheimer 病治療薬であるメマンチンと筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬であるリルゾールのたった 2 剤44444である.眼科領域においても,現行の治療後に追加すべき神経保護療法を必要とする疾患が存在する(表1).とりわけ,緑内障では,すでに眼圧下降療法を行っているにもかかわらず視野障害が進行する,すなわち「眼圧が高くないのに,視機能障害が進行する」という症例がしばしばみられる.緑内障のみならず,視神経症や急性網膜血管閉塞などにおいても,急性期治療の後に慢性的で不可逆的な網膜・視神経の障害が持続するケースが存在する.前述のメマンチンについては,緑内障患者を対象としたスタディが行われているが,その神経保護効果を積極的に支持する臨床データはまだ得られていない.眼科製剤としては,緑内障治療薬のab遮断薬であるニプラジロール点眼薬の神経保護作用が期待されたが,最終的に明らかな視野改善は得られなかった1). なぜ神経保護の臨床スタディはうまく いかないのか?上述のように,眼科臨床において実質的な神経保護効果を有する薬剤は,依然として見いだされていない.それでは,なぜ有効な神経保護薬がみつけられないのか?その理由を検証してみると,以下のことが浮かび上がってくる.1. 動物実験のデータがベースになること数多くの臨床薬剤の開発過程には,必ずといっていいほど,動物を用いたデータが供用される.動物実験データは確かに必須項目の一つなのだが,そこに落とし穴が隠れていることもある.つまり,ヒトと動物(マウスな(75)●連載114緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄 山本哲也114. 網膜視神経保護の限界と可能性金本尚志広島大学大学院医・歯・薬学総合研究科 視覚病態学(眼科学)神経保護療法を必要とする網膜視神経変性疾患は多岐にわたるが,EBM(evidence-based medicine)を有する神経保護療法は眼科領域では存在しない.長年にわたり,さまざまな神経保護が検討されてきたにもかかわらず,神経変性と総称される特殊な病態のゆえに,その臨床的な治療法の開発として完成したものはない.しかし,現在でも基礎研究成果を背景としたトライアルが進行中である.表 1神経保護療法を要するおもな眼科疾患緑内障Leber 遺伝性視神経症虚血性視神経症網膜中心動脈閉塞症外傷性視神経症網膜中心静脈閉塞症視神経炎 網膜神経節線維細胞由来の軸索(視神経)障害が視機能障害の原因となる疾患が含まれる.図 1レトログレード・ラベル法動物モデルで逆行性視神経軸索の軸索流動態を検出する基本的な実験手技.中枢側の視神経から蛍光色素などを注入し,視神経や網膜神経節細胞を観察する.視神経の機能や網膜神経節細胞の生存率を評価するのに適している.しかし,生理的な条件下にないことはいうまでもない.ラベル製剤の注入逆行性軸索輸送生存する網膜神経節細胞とその軸索(視神経)が同定される———————————————————————- Page 21652あたらしい眼科Vol. 26,No. 12,2009ど)では生理学的条件が基本的に異なるうえ,極論すれば,動物を用いるという実験プロトコール自体がすでに生理的とはいえない(図1).そんなことは至極当たり前のことなのだが,よい実験データが得られた場合には,得てして動物実験データから過大な期待をしてしまうものである.さらに,動物で使用した薬剤の濃度から推計されたヒトでの臨床使用の濃度が適正なのかどうかを検討しづらいことも大きな問題点である.2. 病期との関連性神経変性のメカニズムのいくつかは解明されているが,それらが複雑に組み合わさって,段階的に徐々に変性が進行すると推定されている.つまり,病期と病態の関係が完全に明確でない.しかし,薬剤はピン・ポイントで作用するので,対象患者の病期がマッチしなければ,当然ながら有効な薬効は得られないことになる.3. 薬効の判定のむずかしさ薬効は,通常は血液データの改善や血管造影検査などで評価され,短期的に数値的に評価されることが必要である.網膜視神経変性の病状は,視力・視野検査などの自覚的検査や視神経乳頭解析,網膜神経線維層厚の測定などによって評価されるが,残念ながら,それらの検査は神経変性過程からの脱却をリアルタイムに検出する検査には程遠い.神経変性という病態の複雑さや長期的な経過を考慮すると,薬剤効果の評価自体がやや困難である. 後期待される神経保護とは?現在も緑内障性網膜視神経障害のメカニズム解明の研究は進行中で,その標的も徐々に明らかになりつつある(表2).さらに,国外で認可済みの緑内障点眼治療薬である酒石酸ブリモニジン(アルファガンPR)は,その神経保護効果を示唆する報告がなされている.また,眼科製剤として開発中のカルパイン-1 阻害薬もその神経保護効果が期待できると報告されている2).一方,点眼や内服ではない大胆な治療法も模索されている.網膜組織再生を目指した遺伝子治療3)や経角膜電気刺激療法4)などがすでに臨床応用に到達しつつある.さらに,神経幹細胞の眼内導入のための研究も行われている5).おわりに抗腫瘍薬である分子製剤べバシズマブ〔抗 VEGF(血(76)管内皮増殖因子)抗体〕が,加齢黄斑変性に対する治療として導入され,臨床的成果をあげている.長年の癌研究の功績である分子製剤はさまざまな臨床領域に活用されつつあるが,神経保護領域ではあまり見当たらない.そのため,神経保護療法の研究は,独自の薬効評価システムを確立し,実際的な臨床応用を強く意識した研究プロトコールに変えていく必要があると思われる.文献 1) Araie M, Shirato S, Yamazaki Y et al:Clinical e cacy of topical nipradilol and timolol on vicual eld performanace in normal-tension glaucoma:a multicenter, randomized, double-masked comparative study. Jpn J Ophthalmol 52:255-264, 2008 2) Govindarajan B, Laird J, Sherman R et al:Neuroprotec-tion in glaucoma using calpain-1 inhibitors:regional di erences in calpain-1 activity in the trabecular mesh-work, optic nerve and implications for therapeutics. CNS Neural Disord Drug Targets 7:295-304, 2008 3) Ikeda Y, Yonematsu Y, Miyazaki M et al:Acute toxicity study of a simian immunode ciency virus-based lentiviral vector for retinal gene transfer in nonhuman primates. Hum Gene Ther 20:943-954, 2009 4) Fujikado T, Morimoto T, Matsushita K et al:E ect of transcorneal electric stimulation in patients with nonarter-itic ischemic optic neuropathy or traumatic optic neuropa-thy. Jpn J Ophthalmol 50:266-273, 2006 5) Wallace VA:Stemcells:a source for neuron repair in retinal disease. Can J Ophthalmol 42:442-446, 2007表 2 現時点における緑内障性網膜視神経障害に対する神経保護の概要病態メカニズム治療製剤細胞外毒性NMDA 受容体アンタゴニスト(メマンチン,MK801 など)ミトコンドリア機能異常コエンザイム Q-10蛋白構造異常アミロイド産生阻害HSP-70酸化ストレスビタミン E抗酸化剤炎症・自己免疫異常Cop-1TNF-aVaccine神経栄養因子の枯渇BDNFエリスロポエチン遺伝子導入 さまざまな因子の神経保護効果が実験レベルで確認されている.NMDA:N-methyl-d-aspartic acid,HSP-70:heat, shock, protein, 70 kD,TNF-a:tumor necrosis factor a,BDNF:brain-derived neurotrophic factor.