———————————————————————-Page11108あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(00)1108(102)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(8):11081112,2009cはじめに真菌,なかでも糸状菌による角膜炎は,進行は比較的緩徐であるが,感染が深部に至るときわめて難治であることが多い.効果的な治療のためには,早期に診断して感受性のある抗真菌薬を感染巣に十分到達させることが必要である.今回筆者らは,眼科関連の感染症としては比較的まれな糸状菌,Paecilomyceslilacinusによる白内障手術後角膜炎の症例を経験した.本症例は,Paecilomyceslilacinus感染の診断が〔別刷請求先〕稲毛道憲:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:MichinoriInage,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPAN白内障手術後のPaecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎の1例稲毛道憲鈴木久晴國重智之小野眞史高橋浩日本医科大学眼科学教室ACaseofKeratitisandEndophthalmitisCausedbyPaecilomyceslilacinusafterCataractSurgeryMichinoriInage,HisaharuSuzuki,TomoyukiKunishige,MasafumiOnoandHiroshiTakahashiDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool緒言:白内障手術後のPaecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎の1例を経験した.症例:74歳,女性.平成19年9月19日,近医にて左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.翌日より虹彩炎を認め,ステロイド,抗菌薬の投与にて一時的に改善した.その後再燃し,角膜炎も出現し増悪したため,11月15日に当科紹介入院となった.初診時,左眼視力5cm指数弁,角膜潰瘍,角膜混濁,前房蓄膿を認め,抗菌薬,抗ヘルペス薬,抗真菌薬を投与したが角膜潰瘍は拡大した.入院12日目,手術創部擦過標本の培養検査よりPaecilomyceslilacinusが検出されたため,ボリコナゾールの全身,局所投与したが改善せず,創部付近の強膜菲薄化も進んだため,入院33日目,全層角膜移植,眼内レンズ摘出,硝子体手術,眼内洗浄,強膜被覆術を施行した.その後,感染は鎮静化し移植片は生着したが,眼球癆の状態となった.結論:Paecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎はきわめて難治であり,速やかな診断と手術的治療が必要である.WereportacaseofkeratitisandendophthalmitiscausedbyPaecilomyceslilacinusaftercataractsurgery.Thepatient,a74-year-oldfemale,underwentphacoemulsicationandintraocularlensimplantationinherlefteyebyalocalophthalmologistonSeptember19,2007.Afterthesurgery,recurrentiritisdevelopedinherlefteye,andgraduallyexacerbated;onNovember15,2007,shewasreferredtoourhospitalwithsevereiritisandkeratitis.Oninitialexamination,hervisualacuityOSwas5cmCF;slitlampexaminationrevealedcornealopacity,cornealulcerandhypopyon.Sinceshehadnotyetbeendiagnosed,weimmediatelyinitiatedgeneralandtopicalantibiotics,ananti-herpeticagentandantifungalmedications,whichshowednoeects.Onday12afterhospitalization,Paecilo-myceslilacinuswasculturedfromthecataractsurgeryincisionsite.Wetheninitiatedgeneralandtopicalvoricon-azole,butthisresultedinnoimprovement.Onday33afterhospitalization,weperformedpenetratingkeratoplasty,intraocularlensremovalandvitrectomy.Althoughtheinfectionsubsidedandthegraftwasacceptedaftersurgery,thepatientdevelopedphthisisbulbi.SinceocularinfectionbyPaecilomyceslilacinusisextremelyintractable,promptdiagnosisandsurgicalinterventionisneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11081112,2009〕Keywords:Paecilomyces,白内障手術,術後眼内炎,ボリコナゾール,全層角膜移植.Paecilomyces,cataractsurgery,postoperativeendophthalmitis,voriconazole,penetratingkeratoplasty.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091109(103)遅れたために,強力な抗真菌薬治療も奏効せず,最終的に眼内炎から眼球癆に陥った.I症例患者:74歳,女性.主訴:左眼視力低下と眼痛.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:帯状疱疹(平成11年,眼病変はない).生活歴:趣味は家庭菜園.現病歴:平成19年初めより左眼視力低下を自覚し,近医に左眼加齢性白内障と診断された.同年9月19日,同医にて,上方強角膜切開による超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行された.本症例は,当日同医により同手術を施行された3例中の2例目であった.術中,創口より虹彩脱出を認めたが,その他に合併症はなく手術は終了した.その後,術翌日に前房内にフィブリンの析出を認めたため,虹彩脱出に伴う虹彩炎の他,細菌性眼内炎も考え,イミペネム(IPM/CS)1g点滴,ジベカシン200mg筋注,レボフロキサシン600mg内服,0.5%モキシフロキサシン,0.3%ジベカシン,0.1%リン酸ベタメタゾンの頻回点眼を施行した.炎症は沈静化し,9月25日には矯正視力1.2となったが,10月15日,再び虹彩炎を認めたため,IPM/CS1g点滴,ジベカシン200mg筋注,レボフロキサシン600mg/day内服,0.5%モキシフロキサシン,0.3%ジベカシン,0.5%セフメノキシムの頻回点眼を開始し,さらに10月19日より,プレドニゾロン30mg/day内服,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼4回を追加した.その後,炎症は沈静化し,10月24日の矯正視力は1.0であった.しかし,11月1日より再び虹彩炎が出現し,11月2日には,矯正視力0.04,角膜浮腫,豚脂様角膜後面沈着物を認めたため,ヘルペス性角膜ぶどう膜炎を疑い,11月4日よりアシクロビル1,000mg/day内服を追加した.11月7日には,角膜浮腫は軽快し,矯正視力0.5まで改善した.ところが,再度悪化し,11月13日には視力0.02(矯正不能)と低下した.その後も症状は改善しないため,11月15日に当科紹介受診となった.初診時眼所見:左眼は,視力5cm指数弁(矯正不能),眼圧30mmHg,細隙灯顕微鏡にて,角膜潰瘍,角膜混濁,角膜浮腫,Descemet膜皺襞,豚脂様角膜後面沈着物,前房蓄膿,および手術創部付近角膜の軽度混濁を認めた(図1).中間透光体,眼底は透見不良であったが,Bモードエコーでは異常所見は認めなかった.右眼は,矯正視力0.9,眼圧19mmHgで,前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.経過:入院後より,細菌もしくは真菌感染を考え,IPM/CS1g/day点滴,0.5%レボフロキサシン,0.3%トブラマイシン,0.5%セフメノキシム,0.1%フルコナゾール頻回点眼を開始した.同時に,抗ヘルペス治療が一時的に効果的であったことから,ヘルペス性角膜ぶどう膜炎に対する治療を強化する目的で,パラシクロビル3,000mg/day,プレドニゾロン60mg/dayの内服も開始した.同日,PCR(polymerasechainreaction)による前房水中ウイルスDNAの検索および角膜擦過物を塗抹・培養検査に提出したが,結果は陰性であった.入院5日目,症状改善なく,白内障手術創部付近の混濁が増強したため(図2),手術創部を離開したうえで擦過標本を培養検査に提出し(図3),1%バンコマイシン頻回点眼,1%ピマリシン軟膏,0.3%トブラマイシンの結膜下注射ならびにフルコナゾール200mg/dayの内服を追加するとともにバラシクロビル,プレドニゾロン内服は中止した.入院12日目の時点でも角膜所見は改善せず(図4),同日,培養よりPaecilomyceslilacinusの検出が報告されたため,ただちに,図1初診時,前眼部写真角膜混濁,角膜潰瘍,角膜浮腫,Descemet膜皺襞,豚脂様角膜後面沈着物,前房内フィブリン,前房蓄膿を認める.また,白内障手術切開創部付近に軽度の混濁を認める.図2入院5日目,前眼部写真角膜所見に改善なく,白内障手術創部付近の混濁が増悪している.———————————————————————-Page31110あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(104)感受性が高いと報告されているボリコナゾール600mg/dayの内服,1%濃度の頻回点眼,および前房内注射を開始した.しかし,その後も角膜所見は悪化した.入院28日目,図5に示すように,角膜混濁の増悪ならびに白内障手術創部付近の強膜に菲薄化を認める状況に陥ったため,入院33日目,全層角膜移植,眼内レンズ除去,硝子体切除,眼内洗浄,表層角膜片による強膜被覆術を施行した.術中,眼内レンズ表面(図6),虹彩裏面,脈絡膜下にも広範囲に菌塊を認めた(図7).虹彩の切除時に出血をきたしたため後極部は観察が不可能であったが,確認できる限りの硝子体を切除し,1%ボリコナゾールにて洗浄後,全層角膜移植術を行い,残った移植片にて融解した強膜部を被覆した(図8).術後は,ボリコナゾール600mg/dayの内服,1%濃度の頻回点眼,プレドニゾロン15mg/dayの内服,0.1%リン酸ベタメタゾンの点眼を施行した.その後,感染の再増悪は認めず,移植角膜は生着した.そして,入院48日目に退院となったが,最終図3入院5日目,前眼部写真白内障手術創部を離開し綿棒にて創口を擦過している.図5入院28日目,前眼部写真角膜潰瘍は拡大し,混濁範囲も広がっている.白内障手術切開創付近の強膜は融解し,ぶどう膜が露出している.図4入院12日目,前眼部写真角膜潰瘍の拡大がみられる.図6入院33日目,手術中写真全層角膜切除後,眼内レンズを摘出している.レンズ表面に白色の菌塊を認める.図7入院33日目,手術中写真脈絡膜下にも広範囲にわたり菌塊を認める.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091111(105)的には眼球癆となった(図9).II考按Paecilomyces属は土壌中,空中など自然界に広く分布する糸状真菌である.通常,ヒトに感染することはまれであるが,免疫不全患者における心内膜炎,腎盂腎炎,静脈洞炎,および皮膚炎などの起因菌となる1,2).眼科関連の感染症としては,コンタクトレンズや異物外傷を契機とした角膜炎を起こす37)ほか,白内障手術に関連したものとして,1970年代後半の眼内レンズ導入期に,レンズ挿入に伴うPaecilo-myces属眼内炎の報告が相つぎ,眼内レンズの汚染が原因となりうることが示唆されている811).いずれも汚染された異物侵入に伴う感染例であることが特徴である.一方,感染経路が不明な白内障手術後Paecilomyces属眼内炎としては,大久保ら12),Tarkkanenら13)の症例報告がある.2報とも白内障手術+眼内レンズ挿入術時の合併症はなく,前者では外摘出術後約1カ月,後者では小切開超音波乳化吸引術後4カ月経過した時点で原因不明の虹彩炎として発症し,最終的にPaecilomyces属が眼内液から同定されている.Tark-kanenらの報告では手術時の空調設備汚染が疑われるとしているが,感染経路は不明に近い.本症例は,虹彩炎の発症が術翌日と早いが,この時点では虹彩脱出に伴う炎症も否定できず,実際,加療による消炎後,一時的に矯正視力1.2と良好な視力を得ている.真菌感染が手術直後より強い炎症を生じることはまれであると思われることから,少なくとも術翌日の所見はPaecilomyces属感染が直接ひき起こしたものとは考えにくい.術後約1カ月経過してから再び虹彩炎が出現しているが,それ以降に再燃する虹彩炎の経過を考えると,このときの虹彩炎はPaecilo-myces属の感染が原因であったと考えるのが妥当であろう.感染経路については,同日手術を受けた他の2例には何ら問題を生じておらず,空調設備の問題もなかったということと,患者は家庭菜園を趣味としており,白内障手術前後に土いじりをしているということが,感染経路を推測させる項目としてあるが,それを裏付ける証拠はないため結局感染経路は不明である.また,本症例では,白内障手術創部の擦過培養により初めてPaecilomyces属が検出されているが,当科紹介時点で,Bモードエコーにて中間透光体,眼底に異常所見がなく,活発な角膜炎所見が目立っていたために,術創付近の混濁に対する注意が不十分であったことは否めない.一般的にPaecilomyces属感染症はきわめて難治であるとされるが,その原因として,アンホテリシンB,フルコナゾール,イトラコナゾールなど多くの抗真菌薬に抵抗性であることがあげられる.最近登場したアゾール系抗真菌薬ボリコナゾールに対しては,invitroや動物実験において感受性が高いことが報告されている14,15)が,外傷によるPaecilomyces属角膜炎に対しボリコナゾール投与を含む保存的治療は奏効せず,角膜穿孔を生じて角膜移植術を要した報告が示唆するように7),比較的薬剤が到達しやすい角膜感染症においても,一度感染が深部に成立すると保存的治療の効果は限定的と思われる.眼内炎の場合,さらに難治となるのは明らかである.汚染眼内レンズによる多発例をまとめた報告によれば,13眼中視力を保てたのは2眼のみであり,1眼が光覚弁,2眼で光覚なし,残る8眼では眼球摘出に至っている8).近年の報告でも,抗真菌薬の点眼,全身投与などの保存的治療の効果はほとんど認められず,硝子体手術により眼球は温存できても,視力は指数弁にとどまっている12,13).今回の症例において,角膜炎の初期段階でPaecilomyces属を検出できていればボリコナゾールが効果的であったかもしれないが,現実にはかなり感染巣が拡大してからの検出となってしまっ図9手術後98日目,前眼部写真角膜は生着しているが,混濁のため後極部は透見不能.眼球癆となっている.図8入院34日目,手術翌日前眼部写真全層角膜移植術および強膜融解部に対する表層角膜被覆術後.———————————————————————-Page51112あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(106)た.検出後,ただちにボリコナゾールの内服と点眼を開始したが,全く効果を認めなかった.真菌感染が疑われたとき,速やかな菌の同定が重要であることは言うまでもないが,培養検査の結果が判明するまでの間に従来の抗真菌薬が無効の場合,Paecilomyces属感染を考慮する必要がある.Paecilo-myces属による眼感染症はきわめて難治であり,強力な薬物療法と同時に,早期より角膜移植術や硝子体手術などの手術的治療を併施する必要があると思われた.文献1)SherwoodJA,DanskyAS:PaecilomycespyelonephritiscomplicatingnephrolithiasisandreviewofPaecilomycesinfections.JUrol130:526-528,19832)OrthB,FreiR,ItinPHetal:Outbreakofinvasivemyco-sescausedbyPaecilomyceslilacinusfromacontaminatedskinlotion.AnnInternMed125:799-806,19963)WilhelmusKR,RobinsonNM,FontRAetal:Fungalker-atitisincontactlenswearers.AmJOphthalmol106:708-714,19884)HirstLW:Paecilomyceskeratitis.BrJOphthalmol79:711,19955)AndersonKL,MitraS,SaloutiRetal:FungalkeratitiscausedbyPaecilomyceslilacinusassociatedwitharetainedintracornealhair.Cornea23:516-521,20046)陳光明,鈴木崇,宇野敏彦ほか:Paecilomyces属による角膜真菌症の2例.あたらしい眼科22:1397-1400,20057)椋本茂裕,井出尚史,嘉山尚幸ほか:角膜穿孔を生じたPaecilomyces属による角膜真菌症の1例.臨眼61:1049-1052,20078)PettitTH,OlsonRJ,FoosRYetal:Fungalendophthalmi-tisfollowingintraocularlensimplantation.Asurgicalepi-demic.ArchOphthalmol98:1025-1039,19809)MillerGR,RebellG,MagoonRCetal:Intravitrealanti-mycotictherapyandthecureofmycoticendophthalmitiscausedbyaPaecilomyceslilacinuscontaminatedpseu-dophakos.OphthalmicSurg9:54-63,197810)O’DayDM:FungalendophthalmitiscausedbyPaecilomy-ceslilacinusafterintraocularlensimplantation.AmJOph-thalmol83:130-131,197711)MosierMA,LuskB,PettitTHetal:Fungalendophthal-mitisfollowingintraocularlensimplantation.AmJOph-thalmol83:1-8,197712)大久保真司,島崎真人,東出朋巳ほか:白内障手術後に生じたPaecilomyceslilacinusによる眼内炎の1例.日眼会誌98:103-110,199413)TarkkanenA,RaivioV,AnttilaVJetal:Fungalendo-phthalmitiscausedbyPaecilomycesvariotiifollowingcata-ractsurgery:apresumedoperatingroomair-condition-ingsystemcontamination.ActaOphthalmolScand82:232-235,200414)MarangonFB,MillerD,GiaconiJAetal:Invitroinvesti-gationofvoriconazolesusceptibilityforkeratitisandendophthalmitisfungalpathogens.AmJOphthalmol137:820-825,200415)SponselW,ChenN,DangDetal:Topicalvoriconazoleasanoveltreatmentforfungalkeratitis.AntimicrobAgentsChemother50:262-268,2006***