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硝子体手術のワンポイントアドバイス:225.晩期再手術時の眼内液の性状(初級編)

2022年2月28日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載225225晩期再手術時の眼内液の性状(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに種々の網膜硝子体疾患で初回硝子体手術後の状態が安定していても,なんらかの理由で数年後などに再手術を余儀なくされることがある.このときに,初回硝子体手術直後は液体であったはずの眼内液にかなりの粘性が生じていることはしばしば経験する.C●症例提示61歳,女性.左眼の網膜血管腫,続発黄斑上膜(図1)に対してC3年前に硝子体手術+白内障手術を施行した.術後経過良好であったが,最近になって黄斑上膜が再発し(図2),硝子体内のフレアも増加していた.インフュージョンカニューレを設置後に眼内液を十分に洗浄しないまま黄斑部にCBBGを塗布しようとしたが,眼内液の粘性が高く拡散が悪かった(図3a).硝子体カッターで眼内液を洗浄し,再度CBBGを塗布したところ容易に拡散した(図3b).その後,再発黄斑上膜を.離し,網膜血管腫にレーザー光凝固を施行し手術を終了した.C●硝子体手術後晩期の眼内液の性状硝子体手術後の眼内液は時間の経過とともに粘性が高くなり,眼内で硝子体の構成成分が再生されていると考えられる.Itakuraらは,黄斑円孔に対する硝子体手術後,眼内液中のCII型プロコラーゲンのCC-プロペプチド(pCOL-II-C)とヒアルロン酸(HA)を測定しCpCOL-II-C濃度は通常の硝子体と同程度のレベルであり,HAのレベルは通常の硝子体よりも有意に低いものの,十分に検出可能であったとしている1).これらのことより,硝子体手術後も持続的にCpCOL-II-CやCHAが眼内で分泌されている可能性がある.培養CMuller細胞は,内境界膜や硝子体のコラーゲンを合成するといった報告2)や,グリア細胞にCHA合成能があるとする報告3)などがあることから,硝子体手術後もおそらくCMuller細胞がコラーゲンやCHAなどの硝子体構成成分を再生しているものと考えられる.初回硝子体手術後,長期経過している症例に再手術を(75)C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1初診時の左眼眼底写真(a)とOCT画像(b)上方に網膜血管腫を認め,それに続発する黄斑上膜を認めた.図2初回手術3年後黄斑上膜が再発し,.胞様黄斑浮腫も生じている.図3再手術の術中所見インフュージョンカニューレを設置後に眼内液を十分に洗浄しないまま,黄斑部にCBBGを塗布しようとしたが,眼内液の粘性が高く拡散が悪かった(Ca).硝子体カッターで眼内液を洗浄したのち,再度CBBGを塗布したところ容易に拡散した(Cb).施行する際には,上記のことを十分に念頭においたうえで,まず粘性のある眼内液を十分に洗浄してから,諸操作を施行すべきと考えられる.文献1)ItakuraCH,CKishiCS,CKotajimaCNCetal:VitreousCcollagenCmetabolismCbeforeCandCafterCvitrectomy.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmolC243:994-998,C20052)PonsioenCTL,CvanCLuynCMJA,CVanCderCWorpCRJCetal:CHumanretinalMullercellssynthesizecollagensofthevit-reousCandCvitreoretinalCinterfaceCinCvitro.CMolCVisC14:C652-660,C20083)MarretCS,CDelpechCB,CDelpechCACetal:ExpressionCandCe.ectsCofChyaluronanCandCofCtheChyaluronan-bindingCpro-teinhyaluronectininnewbornratbrainglialcellcultures.JNeurochem62:1285-1295,C1994あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C207

考える手術:2.黄斑円孔への硝子体手術

2022年2月28日 月曜日

考える手術②監修松井良諭・奥村直毅黄斑円孔への硝子体手術向後二郎聖マリアンナ医科大学眼科学教室特発性黄斑円孔に対する治療法を考えるうえで,その歴史と変遷を知るということは非常に重要です.1990年にKellyとWendelによってそれまで難治性疾患とされていた黄斑円孔に対する硝子体手術および液空気置換の手術成績が報告されました.その後,論文ベースでは2000年にBrooksが内境界膜(ILM)を硝子体手術に併用して.離することで95%以上の脅威的な円孔閉鎖率を報告し,同時期に門之園やBurkがインドシアニングリーン(ICG)を用いたchromo-vitrectomyを考案して手術の難易度が下がりました.そして2010年ような歴史から黄斑円孔の病態と治療の最適化を考える必要があります.黄斑円孔手術は,core-vitrectomy,shaving,ILM.離,液空気置換というように手術の行程数は少ないですが後部硝子体.離(PVD)の有無,周辺の硝子体癒着,ILM.離方法,タンポナーデ物質などさまざまな場面でのバリエーションがあります.また,手術目的は当然,円孔閉鎖ですが,そのメカニズム・ILMの特性を意識して挑むことが重要と考えます.たとえばどんなに大きな円孔であってもC3F8ガスなどの長期滞留ガスを用いて厳格なうつ向きをとれば閉鎖することが多いと思いますが,どれだけ患者負担を減らせるか(体位制限の短縮),どれだけ網膜に負担をかけず閉鎖させるか(ILM.離の方法),術後の変視症・歪視をどう減らすかなど,まだまだ改良の余地があると思います.聞き手:黄斑円孔の手術時期としてはいつがよいのでStageIIでは1~2週間単位で進行し,手術する時期にしょうか?網膜.離ほどの緊急性はないと思いますがはIII以降になっていることをよく経験します.これを適切な時期はあるのでしょうか?踏まえて黄斑円孔は準緊急疾患として2週間以内に手術向後:まず重要なこととしては当然ですが,ステージに予定を立てています.よってPVDが起きているかを理解することが重要です.StageI~IIはPVDが完成されておらず,StageIIIでは聞き手:円孔径の大きさによって手術内容は変える必要黄斑部にPVD,StageIVでは完全なPVD完成というこはありますか?とになります.手術時期に関しては,StageIII以降の黄向後:よくいわれていることは,円孔径が400μm以上斑部のPVDが完成されている場合は,比較的それ以降を巨大黄斑円孔とよぶことが多いのですが,これはさまの進行(円孔拡大)が遅いことが多いですが,とくにざまな研究でも400μmを超えると円孔閉鎖率が低くな(73)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20222050910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術ることがその理由となっています.術前のOCTのBスキャン画像から円孔径(この場合は最小円孔径)を測定することは重要です.感覚的に普通の円孔径くらいと思っていてもしっかり測定すると400μm以上であることもあります.一般的には400μm以下の円孔であればおよそ2乳頭径のILM.離を行い,20%SF6ガスを留置すればよいとされています.ガスの注入法は濃度調整をしたガスを全置換する方法や,正視眼であれば眼内容積はおよそ4mlなので0.8~1mlの100%ガスを注入するとおよそ20%になるのでワンショットで注入したりもしますが,術者の嗜好によります.聞き手:それでは400μm以下の円孔ではすべて同じ手技を用いるということになりますか?向後:術者によってはすべて同じ方法という場合もありますが,うつ向き姿勢の時間などは術者や施設によって異なると思います.3~7日間のうつむき姿勢,1日のみ,3時間のみ,術直後よりうつむきなしの側臥位などさまざまです.いずれの場合においてもガスが円孔に触れていることが重要です.円孔縁にガスが触れている時間が継続するとgliosisが促進され,円孔にbridgingが起こり,円孔閉鎖へと進みます.400μm以下では手術後3時間程度で円孔閉鎖がOCTで認められることもあります.聞き手:400μm以上の場合はいかがでしょうか?注入ガス濃度を濃くしたり,ILM.離の範囲を広げたりすると思いますが.向後:そうですね,invertedILM.ap法が出てくるまでは多くの術者がそうしていたと思いますが,現在では400μm以下でも罹病期間の長い患者やうつむき姿勢をとることが困難な患者に対してもinvertedILM.ap法を用いることが多いと思います.聞き手:その理由はなんでしょうか?通常のILMpeelhemi-temporalILMpeel向後:まずは高い閉鎖率が期待できるということと,うつむき姿勢をとらなくても閉鎖しやすいためです.聞き手:それでは全例でinvertedILM.ap法を用いるということはしないのでしょうか?向後:まずは手技的に多少煩雑であるため,経験の浅い術者にとっては不向きであるということと,400μm以下の円孔に対する通常のILM.離とinvertedILM.ap法で比べると,術後の網膜外層の回復に差があり,通常のILM.離のほうが良好であったとする報告があり(差がなかったという報告もありますが),見解がさまざまです.現法のinvertedILM.ap法よりILMを一方から(耳側や上方から)coveringする方法の術者のほうがわが国では多い気がします.聞き手:先生はILM.離に関して考え方やこだわりはありますか?向後:はい,非常にこだわりをもってやっています.円孔閉鎖という目的を達成することは前提として,どれだけ術後の視機能を回復させられるかを研究しています.聞き手:たとえばどんなことでしょうか?向後:ILM.離を行うと,どんな疾患においても黄斑部の網膜は鼻側の視神経乳頭側に移動するという特性があります.さらに,中心窩より耳側のほうが,鼻側より大きく移動するということまでわかっています.この特性を利用して円孔の耳側のみILM.離を行う手法をとっています(hemi-temporalILMpeelingと同僚の塩野先生が名づけました).この手法で円孔が閉鎖すると,通常の.離の際より中心窩の移動が抑えられ,術後の歪視の軽減につながる可能性があります.しかも円孔の鼻側,つまり乳頭黄斑線維束に触れないため,網膜障害のリスクが低く,安全に行えるというメリットもあります.とにかく現在は,ILM.離に伴うさまざまな合併症を減らすために,侵襲の少ない手術を心がけています.ILMcoveringinvertedILM.aptechnique図1さまざまなILM.離方法206あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(74)

抗 VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫:増殖糖尿病網膜症の治療選択のポイント

2022年2月28日 月曜日

●連載116監修=安川力髙橋寛二96糖尿病黄斑浮腫:増殖糖尿病網膜症の引地泰一ひきち眼科治療選択のポイント増殖糖尿病網膜症(PDR)では糖尿病黄斑浮腫(DME)を併発する頻度が高くなる.中心窩を含むCDMEには抗CVEGF療法が第一選択であるものの,VEGFの抑制は線維血管増殖膜の線維化を促し,網膜への牽引を増強させるため,牽引性網膜.離や硝子体出血の発生,悪化に留意を要する.汎網膜光凝固と抗VEGF療法1970年代に行われたCDiabeticRetinopathyCStudy以降,汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP)が増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCretinopa-thy:PDR)に対する標準的治療となった.とくにCPDRのなかでも,①乳頭外新生血管,②乳頭新生血管,③重度の新生血管(視神経乳頭からC1乳頭径大内の新生血管でC1/3~1/4乳頭面積以上のものや,乳頭外新生血管で少なくともC1/2乳頭面積以上のもの),④硝子体出血または網膜前出血のうち三つを有するもの,をハイリスクPDRと定義し,ハイリスクCPDRに対しては可及的速やかにCPRPを行うべきとしている1).CDiabeticCRetinopathyCClinicalCResearchCNetwork(DRCR.net)ProtocolCS2)では,PDRに対するラニビズマブを用いた抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法(日本では適用外使用)とPRPの治療成績が比較検討された.治療C2年後では,ラニビズマブ群の視力改善がCPRP群と比べ良好であり,抗CVEGF療法がCPRPの代替治療になる可能性が示されたものの,治療をC5年間継続した症例の検討3)では,両群間の視力成績に違いは認められなかった.PRPは周辺視野の感度低下が問題となるが,治療C2年目では抗VEGF群と比べ周辺視野の感度低下が認められたが,治療C5年目では差は認められなかった.また,抗VEGF療法は中断後に著しい視機能低下を招く症例が多く4),PDRに対する抗CVEGF療法の評価にはさらなる検討が待たれる.糖尿病黄斑浮腫に対する治療中心窩を含む糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)には抗CVEGF療法が第一選択の治療法図1軽度硝子体出血を伴う増殖糖尿病網膜症軽度硝子体出血(Ca)と中心窩周囲に軽度螢光漏出を認め(Cb,c),中心窩にわずかな浮腫(Cd)と血管アーケードと黄斑間に後部硝子体.離(PVD)を認める.トリアムシノロンアセトニドをCTenon.下注射し,汎網膜光凝固を開始.PVD進行により硝子体出血が増強し(Ce),硝子体手術を行い,網膜症は鎮静化した(Cf).(71)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C2030910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2黄斑浮腫を伴う増殖糖尿病網膜症初診時(Ca~d),網膜無灌流領域が広がり,視神経乳頭や血管アーケードに網膜新生血管を認め,網膜.胞を伴う黄斑浮腫のため,視力は(0.4)であった.アフリベルセプト硝子体内注射(導入期C3回+必要に応じて)と汎網膜光凝固を施行.繰り返す硝子体出血に対し硝子体手術を施行.網膜症は鎮静化し,視力は(1.0)を維持している(Ce).である.PDRではCDMEを併発する患者の割合が高くなる.DRCR.netCProtocolCS2,3)では,DMEを伴うCPDRも対象に含まれており,DMEに対しては両群ともに,治療開始時と必要に応じてラニビズマブが投与された.5年間治療を継続したCDMEを伴うCPDRに対するラニビズマブ群の年間投与回数(中央値)は,1年目がC9回,2年目4.5回,3年目4.5回,4年目5回,5年目4回であった.一方,PRP群でのCDMEに対するラニビズマブ投与回数はC6回,3回,0.5回,0回,0回であった.ラニビズマブ群とCPRP群のC5年目の視力改善は治療開始時(両群とも小数視力C0.4~0.5)と比べC2.5文字,4.6文字であった.抗CVEGF薬は線維血管増殖膜の線維化を促し,網膜への牽引を増強させるため,牽引性網膜.離や硝子体出血の発生や悪化,網膜血管収縮による網膜虚血の進行に留意を要する5).DRCR.netCProtocolCS3)のラニビズマブ群において,5年間で網膜.離が生じたのはC6%(12/191),ほとんどが牽引性網膜.離で(83%,10/12),硝子体出血の発生はC48%(91/191)であった.5年間に硝子体手術を施行したのはC21%(11/191)であった.おわりに抗CVEGF療法とCPRPのCPDRに対する長期治療成績に明らかな差がないことから,当面,わが国におけるPDR治療は,網膜症の鎮静化にCPRPを第一選択とし,網膜症の状況に応じて硝子体手術を選択することになるものと思われる.PRP施行中にCDMEの発生や悪化により視機能が低下することがあり,あらかじめトリアムC204あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022シノロンアセトニドをCTenon.下注射することで,DMEの発生予防や治療効果が期待できる.DMEを伴うCPDRには抗CVEGF療法の併用を考慮するが,視神経乳頭からアーケード血管に線維血管増殖膜を認めるようなハイリスクCPDRでは,抗CVEGF薬投与後に中心窩に迫る牽引性網膜.離の発生が危惧されるため,投与には慎重を期す必要がある.黄斑部網膜への硝子体牽引を認めるCDMEや網膜前膜を伴うCDMEは硝子体手術の適応となる.PDRに伴うCDME治療は,眼底所見に応じた治療戦略が求められる.文献1)DiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagu-lationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Clini-calCapplicationCofCDiabeticRetinopathyCStudy(DRS)C.ndings,DRSReportNumber8.OphthalmologyC88:583-600,C19812)GrossCJG,CGlassmanCAR,CJampolCLMCetal;WritingCCom-mitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNet-work:Panretinalphotocoagulationvsintravitreousranibi-zumabCforCproliferativeCdiabeticretinopathy:aCrandomizedclinicaltrial.JAMAC314:2137-2146,C20153)GrossJG,GlassmanAR,LluDetal:Five-yearoutcomesofpanretinalphotocoagulationvsintravitreouranibizumabforCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CACrandomizedCclini-caltrial.JAMAOphthalmololC136:1138-1148,C20184)ObeidCA,CSuCD,CPatelCSNCetal:OutcomesCofCeyesClostCtoCfollow-upCwithCproliferativeCdiabeticCretinopathyCthatCreceivedCpanretinalCphotocoagulationCversusCintravitrealCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactor.COphthalmologyC126:407-413,C20195)ArevaloCJF,CMaiaCM,CFlynnCHWCJrCetal:TractionalCreti-nalCdetachmentCfollowingCintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-thy.BrJOphthalmolC92:213-216,C2008(72)

緑内障:緑内障患者の点眼アドヒアランス向上をめざしたスマホアプリの活用法

2022年2月28日 月曜日

●連載260監修=山本哲也福地健郎260.緑内障患者の点眼アドヒアランス向上を馬場昭典中野匡東京慈恵会医科大学眼科めざしたスマホアプリの活用法加藤昌寛東京慈恵会医科大学眼科,岸田眼科緑内障は長期にわたる治療継続が不可欠なため,患者の点眼アドヒアランスのレベルが治療効果に大きく影響すると考えられている.しかし,点眼状況を正確に把握することはかなりむずかしく,主治医は受診時の問診や患者が求める処方点眼本数などから間接的に推測する以外,なかなかよい評価方法がないのが現状である.本稿では近年高齢者の普及率がますます高まってきたスマートフォンを活用し,点眼アドヒアランスの向上をめざしたアプリケーションを開発したので,実施症例を交えて紹介する.●はじめに緑内障診療において点眼薬による薬物療法は治療戦略の要であり,いかに良好な点眼治療を長きにわたり継続し続けるかが予後に大きく影響すると思われる.そのため医師は外来診療で点眼薬の効果・副作用のみならず,点眼継続の必要性を重視して治療説明をすることが重要である.本稿では新しいアドヒアランス確認方法として,安価・導入時間の短縮・結果の即時確認をめざして作成したアプリケーション(以下,アプリ)を紹介する.C●MediFiles筆者らはCBeeline社と共同で点眼管理アプリCMediFilesを作成した.このアプリは,点眼時間に合わせスマートフォンに点眼指示が通知され,患者が点眼実施後にアプリの点眼終了ボタンを押すことで,何時に点眼されたかがクラウド上に記録されるようになっている.日本で使用されている後発薬品も含めたすべての薬品情報が入っており,患者側が薬局で後発品に変更した場合でも医師側がわかるようになっている.なお,クラウド上の管理に個人情報は一切入っていない.ホーム画面には点眼がしっかりできていると葉が生い茂り,点眼記録が確認されなくなると葉が落ちてキャラクターからのメッセージも変わり,患者を励まし,優しく点眼を促す表示がされる仕組みになっている.複数の点眼薬が処方された場合は点眼間隔,点眼時間が重なるが,その際は最初の点眼薬の点眼終了ボタンを押したあと,一般に推奨されているC5分間の点眼間隔からカウントダウン表示し,2剤目以降の点眼時間を指示していくようになっている.複数点眼を使用する可能性が高い緑内障患者にとって,ストレスなく確実に適切な点眼時間が指示されるよう配慮されている.図1aの画面は毎日の点眼がおろそかになっている患者スマートフォンのホーム画面である.木が枯れはじめ,キャラクターがアドヒアランスの不良を心配している.図1bの画面ではコソプトとキサラタンの点眼時間が同じだったためコソプトを点眼し,タップした直後の画像を表示している.コソプトは点眼済みとなっているが,その下に次にキサラタンを点眼するC5分間のカウントダウンが始まっている.C●実際の点眼状況の表示例図2にCMediFilesを使用した詳細な患者記録を示す.この患者は,朝はC2剤,夜はC3剤の点眼が指示されていた.受診時にこれまでの点眼状況を診療デスクのCPC画面上に提示し,点眼状況の問題点を検証することができる.生データを確認した患者からのコメントは,朝の点眼時間は規則正しく安定していたが(土日や祝日を除く),夜に関しては仕事の状況によって帰宅時間が不規Cab図1ModiFilesのスマートフォン画面(69)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C2010910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2ModiFilesの患者記録の表示例則となることが多く,結果として点眼時間のばらつきにつながったとの自己分析であった.既報でも朝点眼の方が夜点眼よりも比較的アドヒアランスがよくなる傾向があるとの報告もある1).このようにリアルデータを患者と共有することで,自身の点眼アドヒアランスを視覚的に理解し,今後のアドヒアランス改善をめざして具体的な取り組みを医師患者間で相談し,次回受診時に対策後の効果を容易に検証できるのが,このアプリの最大の特徴といえる.本症例では,朝点眼と比較して夜点眼で点眼時間のみならず点眼間隔のばらつきが増えた.過去の報告と同様,点眼回数の増加にともない点眼アドヒアランスが悪化する傾向にあった2,3).C●今後のMediFilesの可能性近年,電子端末はますます日常生活に浸透し,とくに過去C5年間は飛躍的に増加傾向にあったことが令和C2年度の総務省データで明らかとなった.この報告によればインターネット利用者はC13~59歳でC9割を超え,さらにC60~69歳のC64.4%がすでにスマートフォンを通常使用している4).今後スマートフォンがますます日常生活に不可欠なものとなっていくことは確実で,とくに緑内C202あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022障の有病率が高く,これまでモバイル端末の利用にストレスを感じる傾向にあった高齢者層においても,スマートフォンアプリへの抵抗感は徐々に解消されていくと思われる.配合剤や新規緑内障点眼薬が次々に上市され,点眼管理がますます複雑化する今日の緑内障治療戦略のなかで,いかに適切に長期継続治療を遂行できるかは,今後の緑内障診療の重要な課題である.緑内障患者の点眼アドヒアランスの向上をめざす有力なツールとしてMediFilesが活用されることを大いに期待する.文献1)FordCAB,CGooiCM,CCarlssonCACetal:MorningCdosingCofConce-dailyCglaucomaCmedicationCisCmoreCconvenientCandCmayCleadCtoCgreaterCadherenceCthanCeveningCdosing.CJGlaucomaC22:1-4,C20132)PatelCSC,CSpaethGL:ComplianceCinCpatientsCprescribedCeyedropsCforCglaucoma.COphthalmicCSurgC26:233-236,C19953)RobinCAL,CCovertD:DoesCadjunctiveCglaucomaCtherapyCa.ectCadherenceCtoCtheCinitialCprimaryCtherapy?COphthal-mology112:863-868,C20054)総務省:令和C2年通信利用動向調査.(70)

屈折矯正手術:ICLの長期経過

2022年2月28日 月曜日

監修=木下茂●連載261大橋裕一坪田一男261.ICLの長期経過中村友昭名古屋アイクリニックICLは若年者に対する治療のため,長期的な安全性と有効性,およびレンズの安定性が重要である.筆者の施設ではC10年間の長期経過を通じて,安全性,有効性,矯正精度,安定性において良好な結果が示された.また,長期間埋植されたのち眼内から摘出されたCICLを検証し,分光透過特性,電子顕微鏡的検討においてレンズに変化がないことを確認した.C●はじめに水晶体を残したまま眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入し,近視,乱視などの屈折矯正を行う手術を有水晶体眼内レンズ(phakicIOL)挿入術という.そのなかで後房型のレンズであるCICL(implantableCcon-tactlens)は,1997年に現行のタイプが発売され,2005年に米国食品医薬品局が認可した.わが国でも2010年のCICL認可に引き続き,2011年には乱視矯正可能なトーリックCICLも認可された.近視は-18Dまで,乱視はC4.5Dまでと,幅広く矯正できる.ICLはコラーゲンとCHEMAの共重合体であるコラマー(collamer)とよばれる生体適合性に優れた素材でできており,虹彩など眼内組織への刺激がほとんどないのが特長である.毛様溝に固定され,問題があれば元の状態に戻せる,可逆性があることも利点である(図1).近年は清水らにより開発された,レンズの中心にC0.36mmの小さな穴を開けたCKS-AquaPORT,通称CholeICLがC2014年にわが国でも承認され,術前のレーザー虹彩切開が不要となり,さらに安全性が高まったことから,現在では屈折矯正手術の主流となりつつある.ICLは登場からC20年以上経過し,その有効性とともに安全性も数多く報告されている.しかし,若年者の健図1眼内に入ったICLの模式図康な眼に対する治療であるため,もっとも大切なことは長期的な安全性と有効性,そしてレンズの安定性であるが,10年以上の長期にわたる経過の報告はごくわずかである.筆者らはC10年経過時の結果1)と,長期間埋植されたのち,眼内から摘出されたCICLについて検証し報告した2).今回は,その内容を中心に述べる.C●10年経過の検討近視および近視性乱視の矯正のために名古屋アイクリニックでCICL手術を受けたC61人C114眼が対象である.安全性,有効性,予測可能性,安定性,および有害事象を,6カ月(106眼)および1年(94眼),3年(58眼),5年(65眼),8年(89眼),10年(70眼)で評価した.裸眼,矯正視力(logMAR)の平均は,術後C10年で-0.01±0.24(小数視力C1.02)および-0.18±0.07(同C1.51)と良好であったが,10年経過すると,多くの症例は若干の近視化を示し,裸眼視力が低下するものも認めた(図2).安全性と有効性の指標である安全係数,有効係数は,それぞれC0.88C±0.15とC0.66C±0.26で,有効係数は低下した.矯正精度については,術後C10年でC±0.5およびC1.0D以内となったのは,それぞれC71.4%とC87.1%であり,比較的矯正効果は保たれていた.眼圧は術前6カ月1年3年6年8年10年%ofEyes10090807060504030201002.01.21.00.50.2視力図2各期間における裸眼視力の割合(67)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C1990910-1810/22/\100/頁/JCOPY表1ICLの長期経過の報告ICL眼数観察期間年齢等価球面度数安全係数有効係数予測性(±1.0D)角膜内皮減少率白内障(摘出)Alfonso(2C011)CIgarashi(2C014)CMoya(2C015)CGuber(2C016)CLee(2C016)CNakamura(2C019)CV4V4V3,CV4V4V4V4188眼41眼144眼133眼281眼114眼5年8年12年10年7.3年10年33.5歳37.3歳30.7歳38.8歳30.3歳36.2歳-11.17DC-10.19DC-16.9DC-11.4DC-8.74DC-9.97DC1.27C1.13C1.22C1.25C1.20C0.88C0.89C0.83C0.65C0.76C1.01C0.66C6285.434.365.787.287.17.5%6.2%9.17%変化なし7.8%5.3%1.6%(0C.5%)24.5%(C4.9%)13.88%(C7.63%)54.8%(C18.3%)2.1%(0%)11.4%(C3.51%)100nm波長(nm)図3摘出したICLと未使用のICLとの分光透過率13.1±2.4mmHgが術後C10年でC13.1C±2.9mmHgと不変であった.すべての症例に対し,術前にレーザー虹彩切開を施行したが,平均角膜内皮細胞密度の減少率は術後C10年でC5.3%であり,これは年C0.5%減少するという加齢による減少率と変わらないものであった.合併症として,5~10年の追跡期間中にC114眼のうち12眼(10.5%)が前.下白内障を発症した.そのうちC4眼(3.5%)に水晶体乳化吸引術が施行された.そのほかに観察期間中に視力低下をきたす合併症は発生しなかった.白内障の発生はCholeICLとなってから激減し,清水らのC5年の報告ではC0件に3),筆者らのC3年の経過観察ではC0.7%と軽減した.以上,ICL手術は,10年間の長期経過を通じて,安全性,有効性,矯正精度,および安定性のすべてにおいて良好な結果を示した1).他施設の報告でも同様の結果が示されている(表1).C●摘出レンズの電顕所見と分光透過特性現バージョンであるCV4が登場しC20年経過したが,いまだレンズの混濁を理由とした摘出例などの報告はなく,年数を経て視機能が低下した報告もないが,これまで長期埋植後の摘出CICLについては検討されていなかった.そこで,名古屋アイクリニックにて埋植し,白内障手術の際に摘出したCICL(10例C13眼)に対し,分光C200あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022透過率(%)200300400500600700800未使用10年使用V46年使用V4c図4摘出したICLと未使用のICLの電顕像透過特性と電子顕微鏡による検討を行った.眼内にあった期間はC10.5C±2.7年(4.4~13.7年).摘出時の年齢はC50.5C±8.5歳.分光透過特性はいずれのレンズも未使用のレンズと変わらず(図3),電子顕微鏡的検討においても,なんらレンズに変化を認めず,付着物も認められなかった(図4).この結果から,ICLは眼内にあっても,長期にわたり混濁など変性を認めず,光学的にも安定した状態を維持できることが確認できた2).C●おわりに近年,その安全性の高まりとともに,屈折矯正手術の主流はCICLとなってきた.ただし,若者に対する手術であることを念頭に,適応基準をしっかりと定め,検査や手術は慎重に行うとともに,術後は長期にわたり入念に経過観察をすべきと考える.文献1)NakamuraCT,CKojimaCT,CSugiyamaCYCetal:PosteriorCchamberCphakicCintraocularClensCimplantationCforCtheCcor-rectionCofCmyopiaCandmyopicCastigmatism:aCretrospec-tiveC10-yearCfollow-upCstudy.CAmCJCOphyhalmolC206:C1-10,C20192)NakamuraT,KojimaT,SugiyamaYetal:Long-terminvivoCstabilityCofCposteriorCchamberCphakicCintraocularlens:propertiesCandClightCtransmissionCcharacteristicsCofCexplants.CAmJOphthalmol219:295-302,C20203)ShimizuCK,CKamiyaCK,CIgarashiCACetal:Long-termCcom-parisonofposteriorchamberphakicintraocularlenswithandCwithoutCaCcentralhole(holeCICLCandCconventionalICL)implantationCforCmoderateCtoChighCmyopiaCandCmyo-picastigmatism.Medicine(Baltimore)C95:e3270,C2016(68)

眼内レンズ:形状記憶合金製の瞳孔拡張器

2022年2月28日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋留守良太423.形状記憶合金製の瞳孔拡張器トメモリ眼科・形成外科小瞳孔や術中虹彩緊張低下症候群などの難症例にリング状の瞳孔拡張器を使用することは,手術の選択肢として一般的になってきた.従来のリングとは異なる,形状記憶合金製の瞳孔拡張リング「X1」(Diamatrix社)が登場した.その特性,使用方法,注意点を解説する.●はじめに白内障手術や硝子体手術の際,小瞳孔や術中虹彩緊張低下症候群(intraoperative.oppyirissyndrome:IFIS)などの難症例の場合に,リング状の瞳孔拡張器を眼内に挿入して散瞳を確保することは広く知られるようになってきた.従来のものとは異なる素材を使用したDiamatrix社の瞳孔拡張リング「X1」を紹介する.●X1の特徴X1は国内未承認品であるが,イナミが日本代理店となって販売している.X1はインジェクター内に滅菌された状態で装.されているので,ケースから取り出してすぐに使用することができる(図1).素材は従来のものと大きく異なり,ニッケルとチタンの合金であるニチノールワイヤーである.一般的には形状記憶合金といわれる材質である.そのため長期間インジェクターに装.した状態で保存していても,使用時は速やかに元のリング形状に復元する.0.003mm径のレザー溶接されたワイヤーで形成され,6.7mmの散瞳が得られる.丸く形成された0.8mmのポケット形状が4カ所あり,長い肩部と短い脚部がそれぞれ4カ所存在する.肩部が虹彩前面側となる(図2).ワイヤー8カ所で瞳孔縁と接触することで,虹彩損傷が少なく,円形の瞳孔が得られる.肩部,脚部は瞳孔縁から0.8mmの幅で虹彩を面状に押さえ込むことから,IFISのフラッタリングを抑制できる.●X1の挿入方法2.4mm角膜切開,2.2mm強角膜切開創より挿入が可能である.①粘弾性物質を虹彩下にも注入し,水晶体から少し持ち上げた状態にしてから(図3a)ポケットを一つだけ押し出し,6時部の瞳孔縁を挟み隅角方向へ押し込む.②さらにリングを押し出しながら,3時と9時部の瞳孔縁を挟みながらリングを放出する.リングの開く力が強く,素早いため,ゆっくりと押し出すように注意する(図3b).うまくできなかった場合は,虹彩上に放出し1カ所ずつフックで装着する.③12時部ポケットは虹彩上に放出してから,好みのフックを用いて瞳孔縁を挟み込む(図3c).●X1の取り出し方法プッシュアンドプルフックなどの好みのフックを用いてすべてのポケットをはずし,虹彩上に露出させる(図4a).マニピュレーターで12時部の脚部を挟み,眼内でカニューラ内に引き込む.引き込むに従い,リングは図1ケース外観図2X1の側面と正面X1はインジェクターに装.され,滅菌ずみである.凹んでいる部分がポケットである.(65)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20221970910-1810/22/\100/頁/JCOPY図3挿入方法a:6時部を装着し,押し広げる.b:3時と9時部分を同時に装着する.c:12時部を装着する.図4取り出し方法a:ポケットを外し虹彩上に露出する.b:半分引き込むと角膜側に持ち上がる.c:リングが図5リングが絡まって開かない状態角膜内皮に接触しないようにフックで抑える.まず角膜方向に折れ曲がり(図4b),その後,眼内レンズ方向に折れ曲がるため,フックで押さえ込みながらすべてを引き込み,眼外へ取り出す(図4c).●X1使用の注意点前述のように,X1は強い力で素早く開くため,不用意に放出すると瞳孔縁の断裂やそれに伴う出血を合併する.ゆっくりと操作することが大切である.偽落屑症候群や緑内障眼などの瞳孔縁の柔軟性がない場合は,フックなどを用いて十分なストレッチをしてからの使用が好ましい.製品にムラがあり,リング放出時に絡まって開かない場合がある(図5).その際は,眼内ですぐにカニューラ内に引き込み,眼外でセッティングしなおしてから使用する必要がある.ただし,この状況をDiamatrix社に伝えたところ,2021年8月現在,構造,機構を少し変更し,トラブルは改善されたと報告を受けている.初めて使用する場合は,中等度散瞳で虹彩も柔らかいIFIS症例が適している.●X1その他の使用法Zinn小帯脆弱や部分断裂に対しては,虹彩と水晶体.を同時に挟み込むカプセルリトラクター様の使用が可能であるが,5.5~6.0mm程度のきれいな円形連続切.が作製できていることが重要である.また,ポケットは0.8mmしかないため水晶体.の赤道部まではリングで押さえ込むことは不可能で,保持効果は弱く,注意が必要である.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズの処方とフォロー 9.ソフトコンタクトレンズによる老視矯正(その2)

2022年2月28日 月曜日

・・提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズユーザーの満足度向上をめざすコンタクトレンズの処方とフォロー小玉裕司小玉眼科医院9.ソフトコンタクトレンズによる老視矯正(その2)■はじめに前回のセミナーでは遠近両用ソフトコンタクトレンズ(multi-focalsoftcontactlens:MFSCL)のデザイン,同時視の理論,同時視に慣れるまでの注意点,低加入度数SCLの処方例について解説した.今回のセミナーからは本格的な老視への遠近両用SCL処方法を解説する.■利き目と非利き目(優位眼と非優位眼)MFSCLを処方するにあたって,利き目と非利き目をあらかじめ知っておくことは大切である.なぜならシンプルな処方でユーザーが遠近両方の視力に満足してくれるとは限らず,その場合は利き目を遠見優先に合わせて非利き目を近見優先に合わせるモディファイ・モノビジョン法を採用する必要が生じるからである.■シンプルなMFSCLの処方例<処方例1>51歳,男性.事務職.球面1日使い捨てSCLの度数を落として対応していたが,遠くも近くも見にくくなってきた.・完全矯正屈折値RV=(1.2×sph-6.25D(cyl-0.50DAx170°)利き目LV=(1.2×sph-7.25D(cyl-0.25DAx165°)・使用SCLRV=(0.7×880/-5.00/14.2)LV=(0.6×880/-5.75/14.2)BV(両眼遠見視力)=(0.7×SCL)NBV(両眼近見視力)=(0.5×SCL)この症例に低加入度数(LOW/+0.75D)のシード1dayPureマルチステージ(図1)を処方した.RV=(0.9×880/-5.50/14.2/+0.75)LV=(0.9×880/-6.50/14.2/+0.75)BV=(1.0×MFSCLSCL)NBV=(0.6×MFSCL)このように完全屈折矯正値から少し度数を落として低加入度数MFSCLを処方することで,遠近ともに満足する視力が得られる場合は,処方がとても簡単である.<処方例2>55歳,女性.事務職.シード2weekPureマルチステージ(図2)(低加入度数+0.75D)をとくに問題なく使用していたが,かすみが強くなり白内障手術を希望し眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入した.・術前使用MFSCLRV=(0.8×860/-5.75/14.2/+0.75)LV=(0.6×860/-4.25/14.2/+0.75)BV=(0.8×MFSCL)BNV=(0.6×MFSCL)・術後視力RV=(0.8×IOL)(1.2×IOL(sph-0.50D(cyl-0.50DAx95°)図1シード1dayPureマルチステージ中心遠用二重焦点MFSCLで移行部を有している1日使い捨てタイプのレンズである.図2シード2weekPureマルチステージ中心遠用二重焦点MFSCLで移行部を有している2週間頻回交換タイプのレンズである.(63)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20221950910-1810/22/\100/頁/JCOPYNRV=(0.2×IOL)LV=(0.8×IOL)(1.2×IOL(sph-0.75D)NLV=(0.2×IOL)白内障手術後に高加入度数のシード2weekPureマルチステージを処方した.RV=(1.0×IOL×860/-0.50/14.2/+1.50)NRV=(0.6×IOL×MFSCL)LV=(0.8×IOL×860/-0.25/14.2/+1.50)NLB=(0.8×IOL×MFSCL)BV=(1.0×IOL×MFSCL)BNV=(0.8×IOL×MFSCL)このように白内障術後のIOL挿入眼においては,高加入度数(HIGH/+1.5D)のMFSCLを選択する.■モディファイド・モノビジョン法を使用した処方例上記症例のように低加入度数や高加入度数のMFSCLにて遠近視力の満足が得られる場合は簡単であるが,そうでない場合は利き目を遠方優先,非利き目を近方優先で合わさねばならない.加入度数が低加入度数と高加入度数の2種類しかない場合の度数変更方法は6ステップからなる(表1).ちなみに低加入度数,中加入度数,高加入度数の3種類がある場合では,10のステップがあることになる.<処方例3>53歳,女性.看護士.球面SCLを使用中.近くが見にくくなってきた.・完全屈折矯正値RV=(1.2×sph-4.50D)利き目LV=(1.2×sph-3.25D)表1モディファイド・モノビジョン法による度数調整ステップ利き目非利き目1+0.75+0.752モディファイド・モノビジョン法による度数調整3+0.75+1.504モディファイド・モノビジョン法による度数調整5+1.50+1.506モディファイド・モノビジョン法による度数調整・使用SCLRV=(0.9×860/-4.00/14.2)LV=(0.8×860/-2.50/14.2)NBV=(0.5×SCL)・初回処方MFSCL(シード2weekPureマルチステージ)R:860/-4.00/14.2/+0.75L:860/-2.75/14.2/+0.75BV=(1.0×MFSCL)NBV=(0.6×MFSCL)遠くも近くも見やすくなったが,もう少し遠くが見えるようになりたい.・2回目処方MFSCL(初回と同じ製品)R:860/-4.25/14.2/+0.75L:860/-2.75/14.2/+0.75BV=(1.2×MFSCL)BNV=(0.5×MFSCL)遠くは見やすくなったが,もう少し近くが見えるようになりたい.・3回目処方MFSCL(初回と同じ製品)R:860/-4.25/14.2/+0.75L:860/-2.25/14.2/+0.75BV=(1.0×MFSCL)BNV=(0.6×MFSCL)遠くも近くも見やすくなった.このようにシンプルな処方ではなかなか満足が得られない場合は,利き目を遠方優先に,非利き目を近方優先に合わせるモディファイド・モノビジョン法を採用するとうまくいく.■おわりにMFSCL処方のコツは,加入度数の低い方から合わせてみること,片眼ずつの視力よりも両眼視力での満足度を確認すること,視力表に頼るのではなく,遠くの景色,カレンダー,時計などが見えるかどうか,そして近くの新聞,雑誌,スマートフォンなどが見えるかどうかで見え方を確認すること,モディファイド・モノビジョン法をうまく採用することなどである.

写真:角膜上皮の接着障害が眼圧下降により改善した症例

2022年2月28日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦453.角膜上皮の接着障害が正伝みのり横井則彦京都府立医科大学眼科学教室眼圧下降により改善した症例図2図1のシェーマ①虚脱したCbleb②角膜上皮浮腫③上皮接着不良部位図1初診時の細隙灯顕微鏡所見(フルオレセイン染色後,イエローフィルターでの観察像)角膜下方に虚脱したbleb,角膜上皮浮腫,および多数の上皮接着不良部位を認める.図3PTK後の細隙灯顕微鏡所見(フルオレセイン染色像)中央部のCblebは消失し,周辺部のCblebのみ残存している.図4チューブシャント手術後の細隙灯顕微鏡所見(フルオレセイン染色像)周辺部のCblebが消失している.(61)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C1930910-1810/22/\100/頁/JCOPY症例は44歳,女性.眼科既往に右眼の緑内障,サルコイドーシスがあった.当院受診2週間前に眼瞼炎のためブリモニジン酒石酸塩の点眼を中止したところ,右眼の疼痛が出現し,角膜上皮下に水疱(bleb)を認めたため,当院を紹介されて受診した.初診時,右眼の疼痛は持続しており,眼圧は測定不能であった.細隙灯顕微鏡による観察で角膜下方に虚脱したCblebを認め,フルオレセイン染色による観察で,虚脱したCbleb,角膜上皮浮腫,および多数の上皮接着不良部位を認めた(図1,2).また,右眼のみ角膜内皮細胞密度が低下していた(679個/mmC2).Blebによる疼痛への治療として,接着不良上皮を除去し,リン酸ベタメタゾンC1CmgをC4日間内服,0.1%フルオロメトロンおよびガチフロキサシンの点眼を右眼に1日C4回行った.治療後,blebは消失したが,接着不良は残存し,周辺部には上皮浮腫を認めた.右眼眼圧は20CmmHgとやや高く,炭酸脱水酵素阻害薬の内服を開始したが,30CmmHg前後の高眼圧が持続し,blebの再発を認めた.上皮の接着不良に対し,エキシマレーザー治療的表層角膜切除術(phototherapeuticCkeratecto-my:PTK)を施行し,中央部のCblebは消失したが,周辺部のCblebは残存した(図3).その後の精査で,全周性の周辺虹彩前癒着,虹彩萎縮,ぶどう膜外反所見から,虹彩角膜内皮(iridocornealendothelial:ICE)症候群による続発緑内障と診断され,チューブシャント術が行われ,眼圧はC10CmmHg台に下降し,周辺部のCblebも消失し,再発なく経過している(図4).健常な角膜上皮は,上皮の最下層を構成する基底細胞のヘミデスモソームがラミナルシダ,アンカリングフィラメント,ラミナデンサなどからなる基底膜と結合し,ラミナデンサがアンカリングフィブリルを介してBowman膜と結合することで,その接着が維持されている.上皮接着障害の原因には,外傷,水疱性角膜症,糖尿病,角膜ジストロフィなどがあり,外傷では,基底膜の障害により治癒過程で異常な接着複合体が形成される1).水疱性角膜症では,実質浮腫の増加により上皮細胞間隙に水分が貯留するとともに,上皮下に水疱が形成される.糖尿病では,基底膜の肥厚によるアンカリングフィブリルの基底膜内への埋没,ヘミデスモソーム・アンカリングフィラメントの密度の低下,ラミニンのCadvancedglycationendproducts(AGE)化などの要因が2),角膜ジストロフィでは接着複合体の一部に欠損や変性がみられるとされる.Blebによる疼痛に対する保存的治療には,5%生理食塩水点眼,ステロイド点眼,眼軟膏点入,治療用コンタクトレンズ装着などがある.外科的治療には,角膜移植,クロスリンキング,羊膜移植,anteriorCstromalpuncture(ASP),PTKなどがある3).クロスリンキングは,コラーゲン線維間の架橋結合を促すことで,角膜実質内の水分が貯留するスペースを減少させることがその奏効機序と考えられるが,長期的な効果は期待できない4).ASPはC27ゲージ針で上皮を角膜実質に埋め込むように穿刺する治療で,フィブロネクチン,ラミニンなどの発現が増加するため,接着力が高まる.PTKでは,角膜上皮の直下に存在する知覚神経が切除されることで疼痛が緩和され,ラミニン,ヘミデスモソームなどが増加し接着が促進される5).本症例では,角膜内皮機能不全のため,実質に水分が流入しようとするのに対して,高眼圧のため実質が膨潤できず,実質に保持できない水分が角膜上皮細胞間隙に過剰に流入したために,角膜上皮下に水疱が形成されたと考えられた.さらに,持続する水疱形成が角膜上皮の接着障害を促したと考えられる.Blebによる眼痛に対する治療の選択肢は多岐にわたるため,その病態生理を考察することで,より適切な治療が選択可能となる.文献1)RamamurthiS,RahmanMQ,DuttonGNetal:Pathogene-sis,clinicalfeaturesandmanagementofrecurrentcornealerosions.Eye(Lond)C20:635-644,C20062)LjubimovAV:DiabeticCcomplicationsCinCtheCcornea.CVisionResC139:138-152,C20173)PricopieS,IstrateS,VoineaLetal:Pseudophakicbullouskeratopathy,RomJOphthalmolC61:90-94,C2017

分子標的型抗癌剤と後眼部副作用

2022年2月28日 月曜日

分子標的型抗癌剤と後眼部副作用Molecular-TargetedAnticancerDrugsandSideE.ectsinthePosteriorSegmentoftheEye篠田啓*菅野順二*はじめに眼科は比較的癌治療には縁が少ないが,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法や抗腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisfactor:TNF)療法など癌治療とも関連した薬剤を日常診療で使うことや,抗癌剤による眼科的副作用の増加に伴い,抗癌剤についての知識も無意識のうちに増えると同時に必要になっている.とくに後者については,処方医と合併症の監視管理をする医師が異なっており,眼科医は薬の情報を知らされず,あるいは気づかずに診療が進む可能性があることや,新しい抗癌剤の開発に際し治験の機会も増えており,定期的な知識のアップデートと整理が有用である.表1に分子標的型抗癌剤を中心として網膜ぶどう膜への副作用が報告されている抗癌剤を示し,以下に解説する.CI分子標的型抗癌剤これまでの癌治療でおもに使用される化学療法薬は,癌細胞だけでなく正常な細胞にも作用してしまうため,副作用が問題であった.しかし近年,癌細胞だけがもつ増殖,浸潤・転移などの特徴を分子レベルでとらえ,その働きを抑え込む治療として分子標的治療(targetedtherapy)が開発されている.もちろん正常細胞へのダメージは少ないものの皆無ではなく,他の組織,他の臓器,そして眼の副作用もわかってきている.標的となる分子には,癌遺伝子産物,細胞周期関連蛋白質,血管新生関連分子,増殖因子とその受容体,転写因子,シグナル伝達分子,ホルモン受容体,アポトーシス関連分子などさまざまであるが,これらは,細胞外では液性因子で細胞膜上にある受容体に特異的に結合するリガンド分子または可溶型分子,細胞膜上にあるリガンドが特異的に結合する受容体(細胞外側)や,細胞膜上にある膜結合型分子や分化抗原など,細胞内では,受容体の細胞内に位置するチロシンキナーゼ活性部位,種々のシグナル伝達分子やプロテアソームなどに分けられる1).分子量の違いによる分類では,分子量が大きな蛋白分子であるモノクローナル抗体型(monoclonalCantibod-ies,抗体薬)と低分子量で構造式が明確な小分子化学物質型(smallmolecules,小分子薬)とに分けることができ,前者は細胞外分子標的薬としての高分子阻害薬であり,後者は細胞内分子標的薬としての低分子阻害薬ということになる1~3).以下に細胞表面抗原および増殖因子・受容体・シグナル伝達系にかかわる分子標的薬について網膜ぶどう膜への合併症を有する薬剤を紹介する.CII細胞外分子標的薬(抗体薬)表面抗原を標的とした分子標的薬は抗体薬であることが多く,その作用機序は,1)標的蛋白の機能障害と,2)免疫機構が介在する標的細胞傷害効果,すなわち抗体依存性細胞介在細胞傷害反応(antibodyCdependentCcellCmediatedcytotoxicity:ADCC)と補体依存性細胞傷害*KeiShinoda&JunjiKanno:埼玉医科大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕篠田啓:〒350-0495埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷C38埼玉医科大学医学部眼科学教室C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(55)C187表1網膜ぶどう膜障害を生じうる分子標的型抗癌剤薬剤の分類薬剤の種類薬剤機序対象疾患,効能,効果症状,所見分子標的薬抗体薬HER2蛋白阻害薬トラスツズマブ(ハーセプチン)ペルツズマブ(パージェタ)HER2蛋白阻害乳癌,胃癌原田病,黄斑浮腫分子標的薬小分子薬BCR-ABL阻害薬BRAF阻害薬MEK阻害薬マルチキナーゼ標的薬イマチニブ(グリベック)エンコラフェニブ(ビラフトビ)ダブラフェニブ(タフィンラー)ベムラフェニブ(ゼルボラフ)ビニメチニブ(メクトビ)トラメチニブ(メキニスト)ソラフェニブ(ネクサバール)BCR-ABLチロシンキナーゼBRAF阻害MEK阻害増殖シグナル抑制作用および血管新生抑制作用慢性骨髄性白血病,消化管間質腫瘍(GIST)悪性黒色腫,非小細胞肺癌腎癌,肝細胞癌網膜新生血管,網膜出血,硝子体出血,黄斑浮腫,両眼乳頭浮腫,両眼視神経炎黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症,網膜色素上皮.離を伴う漿液性網膜症(serousretinopathy),ぶどう膜炎網膜中心静脈閉塞症非分子標的薬*化学療法薬(チューブリン阻害薬)タキサン系抗がん剤化学療法薬(代謝拮抗薬)免疫抑制阻害療法(免疫チェックポイント阻害薬)内分泌療法(ホルモン療法)副腎皮質ステロイド**パクリタキセル(タキソール)ナノ粒子アルブミン結合パクリタキセル(アブラキサン)ドセタキセル(タキソテール)ゲムシタビン(ジェムザール)フルダラビン(フルダラ)ニボルマブ(オプジーボ)ペムブロリズマブ(キイトルーダ)イピリムマブ(ヤーボイ)アテゾリズマブ(テセントリク)アベルマブ(バベンチオ)デリュバルマブ(イミフィンジ)タモキシフェンプレドニゾロン微小管に作用し細胞分裂を阻害ピリミジン拮抗薬プリン拮抗薬抗CPD-1(programmedcelldeath-1)抗体抗CCTLA-4(cytotoxicT-lymphocyte-associatedantigen4)抗体抗CPD-L1(programmedcelldeath-ligand)抗体抗エストロゲン薬抗炎症,免疫抑制乳癌,非小細胞肺癌,卵巣癌,子宮体癌,胃癌,食道癌など非小細胞肺癌,膵臓癌,胆道癌,尿路上皮癌,手術不能または再発乳癌血液腫瘍悪性黒色腫,非小細胞肺癌,腎細胞癌,胃癌,頭頸部癌など乳癌抗炎症剤.胞様黄斑浮腫網膜血管閉塞視神経症,乳頭炎,網膜血管炎前部ぶどう膜炎,原田病様の汎ぶどう膜炎クリスタリン状物質沈着,網膜出血,黄斑浮腫,網膜変性,黄斑円孔中心性漿液性網脈絡膜症,多発性後極部網膜色素上皮症*:非分子標的薬であるが重要なのでここにあげた,**:眼科でも用いられるが,重要なのでここにあげた.初診時視力(1.2)/(1.0)投薬中止後視力(1.2)/(1.2)図1BRAF阻害薬とMEK阻害薬併用療法による漿液性網膜.離73歳,女性.悪性黒色腫に対してエンコラフェニブ(ビラフトビ)およびビニメチニブ(メクトビ)使用時に生じた両眼性の多発性漿液性網膜膜.離(上段).薬剤中止後に自然軽快した(下段).初診時視力(0.5)/(0.8)投与中止後視力(1.0)/(1.2)図2タキサン系薬抗癌剤による黄斑浮腫53歳,女性.乳癌に対してパクリタキセル(タキソール)使用時に生じた両眼性の黄斑浮腫(上段).薬剤中止後に自然軽快した(下段).初診時視力(0.6)/(0.8)3週間後(ステロイドパルス治療後)視力(1.0)/(1.2)図3タキサン系薬抗癌剤による黄斑浮腫68歳,男性.腎細胞癌に対してニボルマブ(オプジーボ)使用時に生じた両眼性の原田病様多発性漿液性網膜.離(上段).原田病治療に準じてステロイドパルス療法を行ったところ軽快した(下段).’C

チェックポイント阻害薬と眼副作用─抗 PD1抗体,抗 PD-L1抗体,抗 CTLA-4抗体治療に伴う眼副作用

2022年2月28日 月曜日

チェックポイント阻害薬と眼副作用─抗PD1抗体,抗PD-L1抗体,抗CTLA-4抗体治療に伴う眼副作用ImmuneCheckpointInhibitor-RelatedAdverseEvents岩田大樹*はじめに免疫チェックポイント阻害薬(immunecheckpointinhibitor:ICI)は,免疫チェックポイント分子へのシグナル伝達を阻害して免疫応答を増強する免疫療法において,癌に対する治療薬として有望な選択肢となっている.しかしながら,自己免疫疾患様の免疫関連有害事象(immune-relatedadverseevents:irAEs)といったこれまでの抗癌剤とは異なる副作用がみられることがある.本稿ではチェックポイント阻害薬とそのirAEsとしての眼副作用について実例とともに紹介する.I癌細胞とT細胞の免疫応答多細胞生物の免疫システムでは,侵入してくる感染性微生物に対しては,自然免疫として貪食細胞である好中球やマクロファージなどが重要な役割を担っている.一方,細胞内に感染して増殖するウイルス,癌などの異常細胞には獲得免疫を用いて対応している.獲得免疫では,樹状細胞から提示された抗原を認識したCD8+T細胞がリンパ節で活性化され(primingphase),末梢血循環を通り局所へ遊走,浸潤する.局所で再び抗原提示細胞からシグナルを受けると,細胞障害性T細胞へと最終分化し,標的となる細胞を障害する(e.ectorphase).また,CD8+T細胞の活性(細胞障害性T細胞へのプライミング,増殖,遊走・浸潤,殺細胞機能,代謝・生存)においてCD4+T細胞の働きも重要と考えられている1).このような炎症反応や癌細胞に対する抗腫瘍効果は,一方で過度で持続的なリンパ球性炎症により宿主の生存自体を脅かす可能性もある.そのために,免疫を抑制する共抑制分子が存在し,自己に不適切な免疫応答や過剰な炎症を抑制する“免疫チェックポイント”として機能し,そのバランスを保っている.免疫チェックポイント分子として,T細胞上に発現している抑制性受容体であるB7ファミリーに属する抑制性補助シグナル分子のcytotoxicT-lymphocyteanti-gen-4(CTLA-4)やprogrammedcelldeath-1(PD-1),そして抗原提示細胞上に発現しているprogrammedcelldeathligand1(PD-L1)などがあげられる2).PD-1と抗原提示細胞や癌細胞表面にあるPD-1リガンド(PD-L1)が結合することでT細胞の増殖抑制,サイトカイン産生の低下,アポトーシス誘導などが起こり,免疫反応を抑制する.癌細胞は遺伝子変異由来産物を提示しているため免疫システムの監視網にかかるが,癌細胞はこの抑制性受容体に対するリガンドを産生して,癌免疫応答を抑制して免疫系から逃避する.一般に癌細胞と免疫応答との関係では,癌免疫編集理論として三つの相(排除相,平衡相,逃避相)が提唱されている3).排除相は樹状細胞などの抗原提示細胞に認識され癌細胞を完全に駆逐できる段階,平衡相は癌細胞を完全に駆逐できてはいないものの増殖を抑制し排除されなかった癌細胞と免疫細胞の抗腫瘍効果が均衡を保っ*DaikiIwata:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室〔別刷請求先〕岩田大樹:〒060-8638北海道札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究院眼科学教室0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(47)179ている段階,そして逃避相は癌細胞が免疫機構から逃れ増殖する段階である.PD-1,PD-L1,またはCTLA-4などの抑制性補助シグナルを介したT細胞の免疫制御機構は図らずも排除相と平衡相の抗腫瘍免疫を弱体化させ,逃避相に加担してしまうのである.II免疫チェックポイント阻害薬(ICI)細胞障害性の抗癌剤や,癌細胞の異常な生存増殖シグナルを標的とした分子標的治療薬は,癌細胞そのものを治療標的としている.従来から使用されているこれらの治療薬では癌細胞の減少は期待できるが,腫瘍内の多様性(intratumorheterogeneity:ITH),つまり腫瘍内に異なる遺伝学的背景をもった複数のサブクローンによる治療抵抗性の獲得を凌駕することは困難であり,効果にも限界があった.ICIでは,T細胞免疫を介して遺伝子変異量が多く非自己と認識しやすい癌細胞を駆逐することができる.実際に抗PD-1抗体で治療したメラノーマの経時的な解析から,治療が奏効した症例では腫瘍遺伝子変異量が減少することが報告されている4).これは腫瘍縮小とともにITHを減少させ,長期生存をめざすために欠かせない特性といえる.悪性黒色腫や肺癌に有効性が報告された後,さまざまな癌で有効性が示され急速に使用頻度が増えている.現在国内で承認されているICIを下記に示す.また,各薬剤の適応疾患については表1に示す.PD-1阻害薬:ニボルマブ(オプジーボ),ペムブロリズマブ(キイトルーダ)PD-L1阻害薬:アベルマブ(バベンチオ),アテゾリズマブ(テセントリク),デュルバルマブ(イミフィンジ)CTLA-4阻害薬:イピリマブ(ヤーボイ)III免疫関連有害事象(irAEs)ICIによる新たな治療選択肢の可能性が得られた一方で,治療を契機に免疫を正常に調整できなくなり自己免疫疾患・炎症性疾患様の副作用を生じる事象が報告されている.irAEsと称され,自己抗原を誤認識したT細胞受容体をもつCD8陽性T細胞(細胞傷害性T細胞)による自己組織・細胞への傷害がおもな機序と考えられている.全身のさまざまな器官でirAEsをきたし,間質性肺炎,大腸炎や重度の下痢,皮膚障害,甲状腺機能障害,副腎皮質機能異常,糖尿病,肝機能異常・肝炎,筋炎・横紋筋融解症,Guillain-Barre症候群などの神経症状をはじめ,多岐にわたる5).眼障害についてはぶどう膜炎,末梢性潰瘍性角膜炎(peripheralulcerativekeratitis:PUK),強膜炎,上強膜炎,眼瞼炎,ドライアイなどあげられるが,発症頻度は1%未満ほどと考えられている.irAEsとしてのぶどう膜炎については海外からニボルマブやペムブロリズマブによる報告がされ6,7),その後わが国でも報告が散見される8.13).PD-1阻害薬はこの制御機構を破綻させ,眼炎症を惹起すると考えられている.Sunらは,PD-1阻害薬もしくはCTLA-4阻害薬による治療により発症したぶどう膜炎15例において,両眼性がほとんどで,前部ぶどう膜炎と汎ぶどう膜炎が半数ずつ,発症までの期間は91.7%の症例でICI投与開始から6カ月以内(中央値:63日)で,副腎皮質ステロイドの全身投与に対する反応は良好と報告している14).irAEsの治療指針についてはAmericanSocietyofClinicalOncologyClinicalPracticeGuideline15)や日本臨床腫瘍学会のガイドラインが参考となる.その一部を抜粋・改変したものを表2に示す.軽症例では点眼による対症療法となるが,炎症が強くなると原因となったICIの中止とステロイドの全身投与または免疫抑制療法を行う.以下に代表症例を示す.患者は74歳,女性.4カ月前に外陰部悪性黒色腫と診断され,リンパ節・骨転移がみられ,ペムブロリズマブ(キイトルーダ)を200mgの点滴投与で開始された.3週間後の2クール投与後から両眼の霧視,飛蚊症を自覚し,精査目的で北海道大学病院眼科に紹介となった.初診時の矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.5),眼圧は両眼ともに8mmHgであった.両眼ともに角膜の中央から下方にかけて豚脂様角膜後面沈着物がみられ,2+.are,3+cellsの前房炎症がみられた(図1).眼底検査では視神経乳頭は発赤し,周辺部は全周に漿液性網膜.離と一部に脈絡膜.離がみられた(図2a).光干渉断層180あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(48)表1わが国で使用可能なICIとその適応疾患一般名(商品名)適応疾患PD-1阻害薬ニボルマブ(オプジーボ)悪性黒色腫非小細胞肺癌腎細胞癌古典的Chodgkinリンパ腫頭頸部癌胃癌食道癌悪性胸膜中皮腫結腸・直腸癌切除不能な進行・再発例根治切除不能または転移例再発または難治例再発または遠隔転移例癌化学療法後に増悪した治癒切除不能な進行・再発例癌化学療法後に増悪した根治切除不能な進行・再発例癌化学療法後に増悪した切除不能な進行・再発例癌化学療法後に増悪した治癒切除不能な進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する例ペムブロリズマブ(キイトルーダ)悪性黒色腫非小細胞肺癌腎細胞癌古典的Chodgkinリンパ腫頭頸部癌尿路上皮癌固形癌切除不能な進行・再発例根治切除不能または転移例再発または難治例再発または遠隔転移例癌化学療法後に増悪した根治切除不能な進行・再発例癌化学療法後に増悪した治癒切除不能な進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(CMSI-High)を有する例(標準的な治療が困難な場合に限る)PD-L1阻害薬アベルマブ(バベンチオ)アテゾリズマブ(テセントリク)デュルバルマブ(イミフィンジ)Merkel細胞癌腎細胞癌非小細胞肺癌進展型小細胞肺癌再発乳癌非小細胞肺癌根治切除不能例根治切除不能または転移例切除不能な進行・再発例PD-L1陽性のホルモン受容体陰性かつCHER2陰性の手術不能または再発例切除不能な局所進行例で根治的化学放射線療法後の維持療法CTLA-4阻害薬イピリマブ(ヤーボイ)悪性黒色腫腎細胞癌根治切除不能例根治切除不能または転移例表2irAEsによる眼障害に対する治療指針CTCAEGrade症状,所見投与の可否対処方法CGrade1無症状継続眼科専門医と協議,人工涙液の点眼CGrade2前部ぶどう膜炎または視力>(0C.5)休止ステロイド点眼,散瞳薬全身性ステロイド投与の検討Grade1に改善したら投与再開CGrade3後部ぶどう膜炎または視力<(0C.5)中止メチルプレドニゾロンC0.8.C1.6Cmg/kgまたはプレドニゾロンC1.C2Cmg/kgの全身投与CGrade4視力<(0C.1)中止メチルプレドニゾロンC0.8.C1.6Cmg/kgまたはプレドニゾロンC1.C2Cmg/kgの全身投与副腎皮質ステロイド(ステロイド)の全身投与にもかかわらず改善が認められない場合,または悪化した場合には,追加の免疫抑制治療として,抗CTNF-a抗体薬などを考慮する.CTCAE:CommonTerminologyCriteriaforAdverseEvents.図1irAEsに伴うぶどう膜炎の前眼部所見両眼ともに角膜の中央から下方にかけて豚脂様角膜後面沈着物,前房炎症がみられた.Cab図2同一症例の眼底写真とOCT像a:両眼ともに視神経乳頭の発赤と,周辺部に漿液性網膜.離と脈絡膜.離がみられた.Cb:両眼ともに脈絡膜の著明な肥厚,脈絡膜皺襞がみられた.図3同一症例のフルオレセイン蛍光眼底造影両眼ともに視神経乳頭からの蛍光漏出と,周辺部で全周性に蛍光漏出と組織染がみられた.図4同一症例のインドシアニングリーン蛍光眼底造影像両眼ともに中大血管が不鮮明となり,周辺部に広く散在性の斑状充盈欠損がみられた.ab図5同一症例の消炎治療後の眼底写真とOCT像a:両眼ともに網膜の周辺部は全周性に萎縮した.b:両眼ともに脈絡膜の肥厚,脈絡膜皺襞は改善した.図6同一症例の消炎治療後のフルオレセイン蛍光眼底造影像両眼ともに萎縮による組織染が残存した.図7同一症例の消炎治療後のインドシアニングリーン蛍光眼底造影両眼ともに周辺部にみられていた斑状の充盈欠損は改善した.図8同一症例の消炎治療後の皮膚所見治療開始からC4カ月後頃から前腕,下肢に皮膚の白斑がみられるようになった.—