ドライアイの背景因子結膜弛緩症とドライアイConjunctivochalasisandDryEye加藤弘明*はじめに結膜弛緩症とは,高齢者に両眼性にみられる球結膜の非浮腫性,皺襞状の変化をさす1)(図1).1998年にMellerらが結膜弛緩症の眼表面における重要性を報告して以降,本疾患は多くの研究者や臨床家の注目を集めるようになり,その病態や治療について,今も多くの議論がなされている1,2).弛緩した結膜がみられる頻度は加齢とともに増加し,60歳以上の眼の,実にC98%でみられるとされ,男性よりも女性に多く,鼻側球結膜よりも耳側球結膜に高度にみられるとの報告がある3).ただし,弛緩した結膜がみられても,多くのケースで症状はなく,治療を必要としない一方で,眼不快感や視機能異常のような症状を訴え,何らかの治療を要するケースも存在することから,症状を伴わない場合を「結膜弛緩」,症状を伴う場合を「結膜弛緩症」とよび分けるべきなのかもしれない.結膜弛緩症はドライアイと関連することが知られており1,2),糸状角膜炎,上輪部角結膜炎,lidwiperepithe-liopathyと同様に「ドライアイ関連疾患」として位置づけられているが,これらの疾患がドライアイの二つのコア・メカニズム(涙液層の安定性低下および瞬目時の摩擦亢進)(図2)4)のうち,瞬目時の摩擦亢進のみに関連するのに対して,結膜弛緩症は涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進の両方に関連してドライアイを増悪させる要因になるとともに,涙液メニスカスを遮断することで,逆に流涙症をきたす原因にもなり5),その点で結膜図1結膜弛緩症(パノラマ写真)下方の涙液メニスカスに沿って,皺襞状になった眼球結膜を認める(Ca).フルオレセイン染色を行うと,弛緩した結膜の程度や,形成された異所性メニスカスをより明確に評価できる(Cb).弛緩症は非常にユニークな疾患であるといえる.本稿では,まず結膜弛緩症の病因と病態生理について説明し,続いて評価と治療について述べる.CI結膜弛緩症の病因結膜弛緩症の病因についての考え方は,大きく炎症説と機械説の二つに分けられる.炎症説では,炎症性サイトカインであるCTNF(tumorCnecrosisCfactor)C-aやCIL(interleukin)C-1bにより,結膜線維芽細胞において膠原線維や弾性線維を分解するCMMP(matrixCmetallopro-teinase)-1,3,9の発現が亢進することで,結膜下や*HiroakiKato:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕加藤弘明:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(57)C907内因性,外因性の各種のリスクファクター眼瞼結膜上皮障害コア・メカニズム①コア・メカニズム②図2ドライアイのコア・メカニズムドライアイでは,上流のさまざまなリスクファクターによって,涙液の不安定性と角結膜上皮障害の間に開瞼維持時の「涙液層の安定性低下」という悪循環(コア・メカニズム①)が,眼瞼結膜上皮障害と眼球表面上皮障害の間に,瞬目時の「摩擦亢進」という悪循環(コア・メカニズム②)が生じている.また,これらの悪循環は炎症を惹起し,悪循環を助長する方向に作用する.(文献C4より引用改変)図3弛緩した結膜による異所性メニスカスの形成図4弛緩した結膜にみられる上皮障害下方涙液メニスカスを占拠した一塊の結膜皺襞の上に,異所性リサミングリーン染色下にて,弛緩した耳側結膜が下眼瞼縁との涙液メニスカスが形成され,隣接する角膜上の涙液層が菲薄接触して上皮障害が生じているのがわかる.化しているのが観察される.図5コルクスクリューサイン結膜に慢性的に,瞬目時に強い摩擦が作用すると,慢性的な結膜充血の原因となる.その際,コルクスクリューサインとよばれる特徴的な血管の蛇行所見が観察される.図6半月ひだと涙丘の耳側変位による流涙半月ひだと涙丘が耳側に変位することにより下涙点がブロックされ,涙液メニスカスが高くなっている(涙道狭窄・閉塞はないため,何度か瞬目させると涙液メニスカス高は低くなる).図7上方結膜の弛緩図8結膜弛緩症に対する結膜切除術(3分割切除術.横井法)後上眼瞼の上から拇指を使って上方結膜を下に向かって押し下げ図C1の症例に対して結膜切除術(3分割切除術-横井法)を施行るようにすると,弛緩した結膜(*)の有無を確認できる.Cした.下方涙液メニスカスは完全再建され,球結膜表面は平坦化している.膜を切除する方法は,リンパ管拡張などの結膜下の異常がある場合にも有効であり,全例で涙液メニスカスの完全再建と球結膜表面の平坦化が可能である(図8).②弛緩した結膜を強膜に縫着する方法や,③弛緩した結膜を熱凝固して短縮させる方法は,手術手技が容易で,手術時間が短く,患者への身体的負担が少ないという長所があるが,術中の結膜のデザインに難点があるとともに,結膜下のリンパ管拡張により結膜に大きな起伏がみられる場合には残余弛緩が生じる可能性がある.おわりに結膜弛緩症は,患者の主訴がなんであれ,スリットランプで患者の眼を診察する際に,最初に観察できる疾患の一つであり,とくに高齢者において,問診から眼表面疾患の存在が疑われる場合には,原因として鑑別すべき疾患にあげられることが多いと推察される.また,結膜弛緩症は,その病態生理がドライアイの二つのコア・メカニズム(涙液層の安定性低下,瞬目時の摩擦亢進)と密接に重なり合っているため,ドライアイを呈する要因になるが,下方涙液メニスカス遮断のメカニズムによって,患者はドライアイ症状と流涙症状の両方を訴えることもあり,非常にトリッキーな疾患といえる.それゆえ,結膜弛緩症が患者の訴える症状にどのように関与しているか評価するのはむずかしいと感じるかもしれない.しかし,トリッキーであるがゆえに,逆に患者の眼表面で起きている病態について深く考えさせられる疾患であるともいえ,読者の先生方には,是非その思考過程を楽しんでいただきたいと筆者は思っている.その際,本稿で述べた内容が,思考の一助になれば幸いである.文献1)MellerCD,CTsengCSC:Conjunctivochalasis:literatureCreviewCandCpossibleCpathophysiology.CSurvCOphthalmolC43:225-232,C19982)MarmalidouCA,CKheirkhahCA,CDanaCR:Conjunctivochala-sis:aCsystemicCreview.CSurvCOphthalmolC63:554-564,C20183)MimuraCT,CYamagamiCS,CUsuiCTCetCal:ChangesCofCcon-junctivochalasiswithageinahospital-basedstudy.CAmCJOphthalmol147:171-177,C20094)横井則彦:ドライアイ治療のフロンティアCTFOT(TearFilmOrientedTherapy)C.MedicalScienceDigestC40:112-115,C20145)YokoiCN,CInatomiCT,CKinoshitaCSCetCal:SurgeryCofCcon-junctiva.DevOphthalmolC41:138-158,C20086)LiCDQ,CMellerCD,CLiuCYCetCal:OverexpressionCofCMMP-1CandCMMP-3CbyCculturedCconjunctivochalasisC.broblasts.CInvestCOphthalmolVisSciC41:404-410,C20007)MellerCD,CLiCDQ,CTsengCSC:RegulationCofCcollagenase,Cstromelysin,CandCgelatinaseCBCinChumanCconjunctivalCandCconjunctivochalasisC.broblastsCbyCinterleukin-1betaCandCtumorCnecrosisCfactor-alpha.CInvestCOphthalmolCVisCSciC41:2922-2929,C20008)AceraCA,CVecinoCE,CDuranCJA:TearCMMP-9ClevelsCasCaCmarkerofocularsurfacein.ammationinconjunctivochala-sis.InvestOphthalmolVisSci54:8285-8291,C20139)YokoiCN,CKomuroCA,CNishiiCMCetCal:ClinicalCImpactCofCconjunctivochalasisConCtheCocularCsurface.CCorneaC24:CS24-S31,C200510)ChhadvaCP,CAlexanderCA,CMcClellanCALCetCal:TheCimpactCofCconjunctivochalasisConCdryCeyeCsymptomsCandCsigns.InvestOphthalmolVisSciC56:2867-2871,C201511)HohH,SchirraF,KieneckerCetal:Lid-parallelconjuncC-tivalCfoldsCareCaCsureCdiagnosticCsignCofCdryCeye.COphthal-mologeC92:802-808,C199512)MimuraT,UsuiT,YamamotoHetal:Conjunctivochala-sisCandCcontactClenses.CAmCJCOphthalmolC148:20-25,C200913)HashemianH,MahbodM,AmoliFAetal:HistopathologyofCconjunctivochalasisCcomparedCtoCnormalCconjunctiva.CJOphthalmicVisResC11:345-349,C201614)WardCSK,CWakamatsuCTH,CDogruCMCetCal:TheCroleCofCoxidativeCstressCandCin.ammationCinCconjunctivochalasis.CInvestOphthalmolVisSci51:1994-2002,C201015)WatanabeA,YokoiN,KinoshitaSetal:Clinicopathologicstudyofconjunctivochalasis.CorneaC23:294-298,C200416)SharmaCA,CTiwariCS,CKhannaCRCetCal:HydrodynamicsCofCmeniscus-inducedthinningofthetear.lm.lacrimalgland,tearC.lm,CandCdryCeyeCsyndromesC2:basicCscienceCandclinicalCrelevanceCseries:AdvCExpCMedCBiolC438:425-431,C199817)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyCandCdry-eyeCsymptomsCinCcontactClensCwearers.CCLAOJC28:211-216,C200218)KessingCSV:ACnewCdivisionCofCtheCconjunctivaConCtheC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