ベーチェット病Behcet’sDisease橋田徳康*はじめにBehcet病は,口腔粘膜の有痛性アフタ潰瘍・皮膚症状・ぶどう膜炎・陰部潰瘍を四主症状とする炎症性疾患で,病変は副症状(神経系・血管・腸管・副睾丸炎・関節炎)を含めて多臓器に及ぶ全身性疾患である.「難病の患者に対する医療等に関する法律第5条第1項に規定する指定難病」の一つであり,難治性の疾患である.わが国においては,歴史的に「Behcet病に関する調査研究班」が重要な役割を果たし,疫学調査や診断ガイドライン策定を行ってきた.ただ近年の眼炎症疾患に対する免疫抑制薬や生物学的製剤の導入により,Behcet病の治療戦略が大きく変化してきている.本稿では,疾患概念の再確認と新たな治療戦略について概説する.I疫学Behcet病発症者は,シルクロードに沿った地域(トルコなど地中海沿岸地域から中東・中国を経てわが国に至る)に偏在している.その頻度は,2009年に日本眼炎症学会が調査したわが国の大学病院におけるぶどう膜炎の原因疾患の調査においては,3.9%(第6位)と,疾患頻度の上位を占める重要な眼炎症疾患である1).Behcet病患者の約70%にぶどう膜炎がみられ,若年男性に重症例が多い.患者数は近年減少傾向にあり,環境要因の影響の変化が考えられている.遺伝的素因の関与も証明されており,健常群よりも患者群で有意にヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen:HLA)であるHLA-B*51の保有率が高い(50~70%)ことが報告されている2).HLAのタイピングでは他にHLA-A26との相関が高く3),オッズ比(信頼区間)が2.50(95%CI1.73~3.62)であり4),HLA-A26陽性患者でぶどう膜炎が重症化するという報告もなされている.また,Mizukiら5)とRemmersら6)が2010年にBehcet病患者のゲノムワイド関連解析(GenomeWideAssociationStudy:GWAS)を報告し,IL-10およびIL-23R/IL-12RB2の二つの遺伝子領域の一塩基多型(singlenucleotidepoly-morphism:SNP)が疾患感受性遺伝子であることがわかっている.以上のようにBehcet病は,HLA領域・IL-10およびIL-23R/IL-12RB2遺伝子などの内的要因,環境因子などの外的要因が共働して発症する多因子疾患と考えられている.II診断・臨床所見診断は厚生労働省特定疾患ベーチェット病調査研究班により作成された「ベーチェット病の臨床診断基準」に基づいて行われる(表1).基本的に臨床症状に基づいて診断されるが,詳細は成書を参照いただき,本稿では概略を述べるにとどめる.まず眼科医として留意すべきことは,Behcet病は全身性多臓器性疾患であることである.主症状である口腔粘膜のアフタ性潰瘍・外陰部潰瘍・皮膚症状・眼症状を検出し,完全型・不完全型・疑いなどと診断しながら,関係診療科と連携と取りつつ,副症状である関節炎・副睾丸炎・消化器病変・血管病*NoriyasuHashida:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕橋田徳康:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2,E7大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(23)23表1ベーチェット病の臨床診断基準1主要項目(1)主症状C①口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍C②皮膚症状(a)結節性紅斑,(b)皮下の血栓性静脈炎,(c)毛.炎様皮疹,(d)座瘡様皮疹参考所見:皮膚の被刺激性亢進C③眼症状(a)虹彩毛様体炎,(b)網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)(c)以下の所見があれば(a)(b)に準じる(a)(b)を経過したと思われる虹彩後癒着,水晶体上色素沈着,網脈絡膜萎縮,視神経萎縮,併発白内障,続発緑内障,眼球癆C④外陰部潰瘍(2)副症状C①変形や硬直を伴わない関節炎C②副睾丸炎C③回盲部潰瘍で代表される消化器病変C④血管病変C⑤中等度以上の中枢神経病変(3)病型診断の基準C①完全型経過中にC4主症状が出現したものC②不全型(a)経過中にC3主症状,あるいはC2主症状とC2副症状が出現したもの(b)経過中に定型的眼症状とその他のC1主症状,あるいはC2副症状が出現したもの③疑い主症状の一部が出没するが,不全型の条件を満たさないもの,および定型的な副症状が反復あるいは増悪するものC④特殊病型(a)腸管(型)ベーチェット病:腹痛,潜血反応の有無を確認する(b)血管(型)ベーチェット病:大動脈,小動脈,大小静脈障害の別を確認する(c)神経(型)ベーチェット病:頭痛,麻痺,脳脊髄症型,精神症状などの有無を確認する(厚生労働省,2010年改訂)図1二ボーを形成する前房蓄膿a:前房蓄膿の細隙灯顕微鏡所見.虹彩後癒着も認められる.Cb:ニボーの拡大図.前房蓄膿はおもに好中球により構成される.図2網膜滲出性病変と閉塞性網膜血管炎閉塞性網膜血管炎は一見,網膜静脈分枝閉塞症にも見える場合がある.図3蛍光眼底造影検査所見網膜血管からのシダ状蛍光漏出が黄斑部(Ca)および周辺網膜(Cb)に認められる.周辺網膜には静脈血管炎を認める.図4.胞様黄斑浮腫所見a:蛍光眼底造影所見.視神経乳頭の過蛍光と黄斑浮腫に特徴的な黄斑部の過蛍光所見.Cb:網膜光干渉断層計による.胞様黄斑浮腫所見.図5強い硝子体混濁の出現眼発作時や十分な消炎ができない場合には硝子体混濁がみられる.図6黄斑部発作黄斑部に滲出性病変を生じた場合には視力予後が不良であるので,とくに気をつける必要がある.図7硝子体出血所見図8終末期の網脈絡膜変性病巣カンドラインとして推奨すると報告されている22).2018年にCEULAR(EuropeanCLeagueCAgainstCRheu-matism)が報告したCBehcet病管理におけるCrecommen-dationによれば,後眼部に症状がある場合はCADAを含めた免疫抑制薬の適応となり,さらに急性期の視機能に影響を及ぼすぶどう膜炎には,高用量ステロイド,IFX,IFN-a,IVTAで治療すべきであると報告されている23).このように,多くの臨床試験の結果が報告されてきている中,Kaburagiが提唱しているようにCBehcet病治療は,局所投与・全身投与の必要性を見きわめ適切な時期に適切な量で,適切な組み合わせの薬物を使用しながら戦略的に治療を行う必要がある24).選択肢には,生物学的製剤が入ってくることが多くなるが,この薬物が万能ではないことを認識しつつ,生物学的製剤導入後も発作が再発する症例に対しては,生物学的製剤の切り替えを検討するとともにCCYAやステロイドの内服の併用も選択肢として考えるというような柔軟な対応が必要である.さらに結核やウイルス性肝炎などの感染症を増悪させる可能性が高いので,入念なスクリーニング検査と導入後もこまやかな身体観察が必要であることを認識する必要がある.おわりにBehcet病らしき病気は紀元前C5世紀には,古代ギリシャの医聖ヒポクラテスが報告し,Behcet病自体は,1937年にトルコのCBehcet教授が報告した歴史的にはとても古い病気である.免疫学の進歩により病態解明が進み,生物学的製剤などの新薬の登場により治療戦略が大きく変化するなど,古くて新しい疾患であり,今後は眼病変だけでなく,腸管型・皮膚型・皮膚粘膜病変など多くの関連診療科が協力してそれぞれの診断・治療ガイドラインが作成されていく予定である.近い将来,患者のサブグループ化と個別化医療に向けて多くのエビデンスが創出され,Behcet病がより適切に診断・治療・消炎管理できる疾患になっていくことが予想される.文献1)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20122)OhnoCS,COhguchiCM,CHiroseCSCetal:CloseCassociationCofCHLA-Bw51withBehcet’sdisease.ArchOphthalmol100:C1455-1458,C19823)MeguroA,InokoH,OtaMetal:GeneticsofBehcetdis-easeCinsideCandCoutsideCtheCMHC.CAnnCRheumCDisC69:C747-754,C20104)PinetonCdeCChambrunCM,CWechslerCB,CGeriCGCetal:NewCinsightsintothepathogenesisofBehcet’sdisease.Autoim-munRevC11:687-698,C20125)MizukiN,MeguroA,OtaMetal:Genome-wideassocia-tionstudiesidentifyIL23R-IL12RB2andIL10asBehcet’sdiseasesusceptibilityloci.NatGenet42:703-706,C20106)RemmersCEF,CCosanCF,CKirinoCYCetal:Genome-wideCassociationCstudyCidenti.esCvariantsCinCtheCMHCCclassCI,CIL10,CandCIL23R-IL12RB2CregionsCassociatedCwithCBehcet’sCdisease.NatGenet42:698-702,C20107)大野重明,蕪城俊克,北市伸儀ほか;ベーチェット病眼病変診療ガイドライン作成委員会:ベーチェット病(Behcet病)眼病変診療ガイドライン.日眼会誌C116:394-426,C20128)OhnoS:E.cacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationCofCin.iximabCinCBehcet’sCdiseaseCwithCrefractoryuveoretinitis.JRheumatol31:1362-1368,C20049)YamadaCY,CSugitaCS,CTanakaCHCetal:ComparisonCofCin.iximabCversusCciclosporinCduringCtheCinitialC6-monthCtreatmentperiodinBehcetdisease.BrJOphthalmolC94:C284-288,C201010)OkadaCAA,CGotoCH,COhnoCSCetal:MulticenterCstudyCofCin.iximabCforCrefractoryCuveoretinitisCinCBehcetCdisease.CArchCOphthalmol130:592-598,C201211)MarkomichelakisN,DelichaE,MasselosSetal:Asinglein.iximabCinfusionCvsCcorticosteroidsCforCacuteCpanuveitisCattacksinBehcet’sdisease:acomparative4-weekstudy.Rheumatology50:593-597,C201112)NiccoliL,NanniniC,BenucciMetal:Long-terme.cacyofin.iximabinrefractoryposterioruveitisofBehcet’sdis-ease:aC24-monthCfollow-upCstudy.CRheumatologyC46:C1161-1164,C200713)AccorintiCM,CPirragliaCMP,CParoliCMPCetal:In.iximabCtreatmentCforCocularCandCextraocularCmanifestationsCofCBehcet’sdisease.JpnJOphthalmol51:191-196,C200714)Ja.eCGJ,CDickCAD,CBrezinCAPCetal:AdalimumabCinCpatientsCwithCactiveCnoninfectiousCuveitis.CNEnglJMedC375:932-943,C201615)NguyenCQD,CMerrillCPT,CJa.eCGJCetal:AdalimumabCforCpreventionCofCuveiticC.areCinCpatientsCwithCinactiveCnon-infectiousCuveitisCcontrolledCbycorticosteroids(VISUALII):aCmulticentre,Cdouble-masked,Crandomised,Cplacebo-controlledphase3trial.Lancet388:1183-1192,C201616)BawazeerCA,CRa.aCLH,CNizamuddinCSHCetal:ClinicalCexperienceCwithCadalimumabCinCtheCtreatmentCofCocularCBehcetCdisease.COculCImmunolCIn.ammC18:226-232,28あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019(28)’C’C’–