眼科医によるAI研究Arti.cialIntelligenceResearchbyOphthalmologists伊野田悟*髙橋秀徳*はじめに現在,人工知能(arti.cialintelligence:AI)は第三次ブームを迎えており,AIが人間の能力を超えたというニュースが大きく報じられている.とくにGoogle傘下のDeepMind社が開発した囲碁ソフトウェアのAlphaGoが,人間のトップ棋士の棋力を遥かに超えたことは世界中に衝撃を与えた.似たような衝撃が医療界に生じている.2018年4月11日,米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministra-tion:FDA)がディープラーニング(深層学習)によるAI,iDx-DRRを医療機器として初めて販売許可した.iDx-DRRは,AIを使用して眼底画像から糖尿病網膜症を即座に検出するシステムである.画像やその結果の解釈を医師に依存しない自立型AI診断システムであり,一般的な眼底カメラTRC-NW400(トプコン)に,インターネット上のコンピューターサーバーに存在するAIアルゴリズムを組み合わせている(図1).米国では,眼科医不足などから,全米で3,000万人以上いる糖尿病患者の約50%が1年以上にわたり眼底検査を受けていないとされる.糖尿病患者が普段訪れる地元クリニックには主治医はいても,眼科専門医はいないケースが多い.そこで,人手不足の眼科医に代わり,多数の患者の眼底検査を定期的に行うというのが基本コンセプトであり,おもに地域のクリニックで使用されることを想定し商品化された.人工知能はスクリーニングのために使用され,撮影された写真から「軽症のため1年後の再診(写真再撮影)」と「中等症以降なので眼科を受診」の二つの判定結果を出す.プライマリ・ケア医が血糖値と患者自覚症状のみから遠方の眼科へ紹介するのではない.このAIの普及が進めば,多少血糖コントロールが不良でも,毛細血管瘤が存在する程度の患者は眼科を受診せず,血糖コントロールが良好でも,網膜内細小血管異常や静脈の数珠状拡張といった虚血を示唆する所見を有する患者が眼科に紹介され,より社会的費用がかからない効果的な眼科加療が可能になると考えられる.FDAは世界の医薬品・医療機器規制当局のなかでももっともAIに積極的と目されているが,AIの画像識別能はヒトをすでに超えており,今後世界中でAIによる画像診断がスタンダードになっていくと考えられる.I人工知能の進歩AIという言葉は1955年に初めて使われた1).それ以降,われわれは多くのAIをそれと意識することなく使用している.これまでに開発された人工知能は,その仕組や発展段階から四つに分類することができる.図探索アルゴリズム,エキスパートシステム,機械学習,そして深層学習である.探索アルゴリズムとエキスパートシステムは,人が書いたプログラムを必要とする.一方,機械学習,深層学習では実世界のデータからコンピューターが自動的に学習してくれる.機械学習では,動作を調整する因子を学び,深層学習ではもっと抽象的なデータの表現を自動的に学習する.もう少し説明すると,機*SatoruInoda&*HidenoriTakahashi:自治医科大学臨床医学部門眼科学〔別刷請求先〕伊野田悟:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学臨床医学部門眼科学0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(19)441図1iDx.DRR(iDx.米国.https:..www.eyediagnosis.co.idx.dr.eu.1)AIを使用して,中等症非増殖糖尿病網膜症を検出する装置.一般的な眼底カメラTRC-NW400(トプコン,東京)にクラウドベースのAIアルゴリズムを組み合わせている.眼科診療所ではなく,一般内科などでの使用を想定している.特徴量のハンドメード入力機械学習増殖性糖尿病網膜症ディープ増殖性ラーニング糖尿病網膜症図2機械学習とディープラーニング画像認識させる場合に,機械学習では人間が与える特徴量をもとに学習を重ねる.ディープラーニング(深層学習)では,画像を与えるだけでAIが特徴量を探し出し,学習することができる.は,特徴量をCAI自身で見つけ出すため,その「印象」をもコンピューターが学習できるということを意味している.そのため,今までの医師が眼底所見から悪化因子や,病巣を見つけ,治療を行っていた時代と異なる新規の所見が見つかることも期待されている.糖尿病網膜症で生じる黄斑部浮腫は,網膜下液があれば歪視,長期では視力低下の原因となるため早期加療の対象となる.しかし将来的には,黄斑部浮腫が出現する前の現在知られていない網膜の変化を,眼底写真やCOCT画像を何千枚も読み込んだCAIが見つけてくれるようになれば,治療方針やガイドラインなども変化する可能性がある.CII人工知能と医療Oxford大学未来研究所とCYale大学政治学部の人工知能研究者C352名に,機械が人間の手を借りずに全業務を人間労働者よりもうまく安価に行えるようになる時期についてアンケート調査が行われた2).この論文では,翻訳家はC2024年,高校生レベルのエッセイストは2026年,トラック運転手はC2027年,販売員はC2031年,ベストセラー作家はC2049年,そして外科医がC2053年とされる.30余年をもって,臨床医の能力が人工知能に並ぶと予測され,それ以降の進歩については予測がつかない.現在CAIの活用ではとくに,米国CIT企業,Google,Apple,Facebook,Amazon,Microsoft,そして,中国Baidu,Alibaba,Tencentが研究費・産業化ともに圧倒的であり先行している.Google傘下のCDeepMind社が英国CNHS(nationalChealthservice)と提携し,眼底写真・CT/MRI画像,臨床情報などC160万人の医療情報の解析を行っていることは驚くべきことである3).AIの医療分野での活用は,今後ますます進み,ゲノム医療,医療情報,画像診断,手術支援,創薬,医療経済,介護領域など多岐にわたることが予想される.これらを可能にするのは,先に述べた機械学習・深層学習であり,臨床的なさまざまなデータ(各種検査値,画像,病理など)が,集合し構造化され学習されることで可能となる.そして,AIの活用においてもっとも大切なのはデータ集積である.先述べたCIT企業では,無料で優れたサービスを提供しており,世界中で利用されている.利用者は,検索項目を入れることで自分の必要な情報を知ることができ,さらにはそれと関連した情報までも同サービスが提案し,与えてくれる.関連した情報の提案は,大量の利用者のデータが解析・分析されることで,まさに「機械的に」提案される.Googleで「糖尿病」と検索した人は「糖尿病英語」「糖尿病チェック」や「糖尿病診断基準」のデータを続いて検索していることが多い.そのため「糖尿病」を検索したあなたは,その関連情報に興味があるでしょう?と提案してくれるのだ.2018年C12月C11日にCGoogle社CCEOが下院公聴会で,あるワードを検索すると米国大統領の写真が多く表示されるとして,同社の偏向がないかと追求を受けた.そこで,Googleの検索システムについて説明があったが,関連性や人気度を含むC200以上の要素でランク付けされた数十億の単語を元にCGoogle検索の結果は表示されていると答え,政治的偏向がないことを述べたことも記憶に新しい.この優れた機能は便利だが,同様の分野で新規参入を試みるにはこのように集積されたデータがないと非常に困難である.Googleと同じような検索エンジンのプログラムを作ることができても,検索したい内容がしっかり上位にくる精度の高さや,サジェスト機能による高い利便性は,集積されたデータがなければ不可能である.これは医療分野のCAIでもまったく同じことが起こる.電子カルテが広く普及し始めている現在,大量に生産されるデジタルデータをいかに入手し,集積し統合していくか.今後CIT企業による医療・健康分野への参入,AIによる融合がますます進んだ場合,医療・健康分野はIT企業にリードされる可能性がある.医療の専門家が不在でも,情報工学の専門家だけでデータの翻訳・解釈が可能となるためである.しかし,それはもしかしたら,患者・利用者の立場からすれば,無料で利用できる便利な自己健康管理に役立つサービスの誕生かもしれない.自分の健康データ(身長や体重など)の提供は,SNS(socialCnetworkservice)や検索エンジンでの個人と関連した情報を入力するかのような体験と錯覚しえる.もし,その結果,データ提供者が得られるのが無料での健康診断サービスだとすれば,利用者は自然に増え(21)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C443図3AIによる診断・治療支援へ情報通信技術を用いた画像診断データベースを統合2016年度から,日本消化器内視鏡学会,日本病理学会,日本医学放射線学会,2017年度より日本眼科学会が加わり,学会主導でさまざまな医療分野の診療画像データベースの構築を行っている.(https://www.amed.go.jp/pr/2017_seikasyu_03-02.htmlより)-一般のAI今回のAI周辺含めた写真AさんBさんCさん正答率72%81%図4中心写真から周辺部を含めた判定を予測するAI中心部の画像のみ学習では,眼底全体の糖尿病網膜症判定の正答率はC72%であった.周辺部と中心画像を含めて学習させた後では,中心部の画像のみでも正答率がC81%まで改善された.カメラは,1977年に小西六写真工業(のちのコニカ)が販売を開始して以来,フラッシュの内蔵化などの機能の進歩も相まって,それまでの精密でむずかしいものというカメラの印象を変え,一気に普及した4).オートフォーカス機能は,カメラが自動的に被写体に対してピントを合わせるが,実際に撮影したい被写体を決めるのは撮影者自身である.同様に,AIによる補助は最先端診断の普及に繋がるだろうが,最終的に診断し治療をするのは医師である.「診断する楽しみ」も「治療する楽しみ」もCAIが普及しても残る.そして,眼科医によるCAI研究は,その「診断補助を作り出す楽しみ」である.オートフォーカス機能があればカメラが身近になると考えた小西六は,一般商業用レベルまで開発を行い,実際にカメラは広く普及した.眼科医は,前眼部写真,前眼部OCTや後眼部COCTや眼底画像などから,AIに何をどこまで任せるのか,心電図に備わった自動診断のような診断補助機能として,眼底カメラやCOCTに何をつけるのかCAIに任せることで専門家以外が行える診療を広げられる.たとえば,内科医が前眼部写真から,典型的な結膜下出血,翼状片,結膜.胞の診断ができ,大学などの専門機関の受診の必要性の有無や受診時期などの適切な助言ができるようになる.また,角膜専門家が加齢黄斑変性の診断を,網膜専門家が角膜潰瘍の診断を行い,初期対応の程度が洗練されることになる.専門外の医師にとっては,AIの補助が加わることで,診断の正確化・個人差をなくした再現性のある初期対応を行うことができ,日常診療に非常に有用である.ビッグデータの集積がCAI研究には不可欠であるが,先に述べたようにそのデータ集積だけであれば,情報工学の専門家のみで集積が可能である.しかし,集積したデータの利活用を,実際の臨床場面で必要なところまで想定するのは医師でなければできない.加齢黄斑変性による黄斑部の萎縮がある患者への白内障手術による視力向上の程度を知りたい場合,前増殖性糖尿病網膜症程度の病期の進行の判定をしたいが,アレルギーがあるために蛍光眼底造影検査ができない場合など.眼科医がCAIの活躍する場面を想定し,実際の研究も行うことで,ビッグデータの集積をより効率よく行うことができる.当科では,中心C45°のカラー眼底写真のみから周辺を含めた糖尿病網膜症病期分類をC80%の確率で的中させるAIを開発した(図4)5).健康診断でおもに用いられる中心C45°の判定のみでは周辺の悪性所見が判断できず,軽症例も二次健診を必要とする.本CAIを用いれば,周辺部の悪性所見の判断ができ,さらに的確に二次健診を推奨できるようになるだろう.この報告ではさらにC1年後に網膜光凝固・硝子体手術・硝子体内注射を要したかどうかも学習させ,網膜専門医よりも高い確率での予測に成功した.しかし,データの集積やその開発は自施設のみではデータが集まりづらい.筆者らは,複数の医療機関とそこにいる複数の眼科医と,ニーズからその後の実用に向けて研究を行っている.また,現在はさまざまな企業から無料でCAI開発ツールが提供されている.インターネットで検索すると,複数の会社から提供されている.これまでCTensorFlow,Keras,Theano,Ca.eなど深層学習むけのライブラリは海外から多く発信されている.これらのフレームワークは無料で提供されており,使用することができる.多少のプログラミング知識が要求されるが,従来の人工知能の開発と比較するとその敷居は小さくなっている.プログラミング言語として,PythonがCAI開発としては一般的である.機械学習やデータ分析に向いているライブラリが豊富にあることや,シンプルなコードで記述できることなどがその大きな理由とされる.ただし,コンパイラ言語であるC,C++,Javaやスクリプト言語であるCRuby,PHP,JavaScriptなどと聞いて親しみがある人でも,Pythonの利用には数カ月単位での学習が必要なことがある.プログラミング言語の習得が必要であることは,AI開発を避けたくなる一つの要因である.また,実際にCAI開発を行い,使用するにはそれなりのコンピューター機能が必要で,一般的なノートパソコンでは外部CGPUを使用できる環境でなければ動かすことは現実的ではない.現在,これら二つの大きな敷居を超えてCAI開発を行えるツールが発信されている.その一つがCSONYがリリースした「NeuralCNetworkConsole」である(図5)(https://dl.sony.com/ja/).最初から最後まで,プログラミングが不要であり,一般的なCAI開発ツールと比べ初心者から使用しやすい画面設計であり,ネット上でも446あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(24)図5NeuralNetworkConsoleR(SONY,東京)ニューラルネットワークを直感的に設計でき,学習・評価ができるCAI,深層学習ツール.プログラムを書かずに,初めて深層学習にふれる人でもCAI開発をすることができる.無償で公開され,現在は一部が有償となっている.