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機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):841.844,2018c機能性難聴を伴う心因性視覚障害の1例清水聡太*1西岡大輔*2小鷲宏昭*2,3杉内智子*4*1関東労災病院眼科*2川崎おぐら眼科クリニック*3帝京大学医療技術学部視能矯正学科*4杉内医院CACaseofPsychogenicVisualDisturbancewithFunctionalHearingLossSotaShimizu1),DaisukeNishioka2),HiroakiKowashi2,3)CandTomokoSugiuchi4)1)DepartmentCofCOphthalmology,KantoRosaiHospital,2)KawasakiOguraEyeClinic,3)DepartmentofOrthoptics,FacultyofMedicalTechnology,TeikyoUniversity,4)SugiuchiOtolaryngologyClinic緒言:心因性疾患は器質的疾患を認めず,機能低下を示す病態である.今回,動的視野検査の結果から心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したので報告する.症例:8歳,男児.難聴のため耳鼻咽喉科より紹介.家族歴,既往歴ともに特記すべきことなし.初診時,視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能).眼位・眼球運動に異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はなかった.機能性難聴があることから心理的要因を考慮しCGoldmann視野計にて動的視野検査を行い,両眼ともに求心性視野狭窄を認めた.また,経過観察のなかで視力低下がみられたため,アトロピン硫酸塩による屈折検査を施行し,両眼ともに+6.0Dの遠視を認めた.経過観察のなかで視力に変動がみられた.結果:本症例は機能性難聴を罹患していること,動的視野検査にて求心性視野狭窄が認められたこと,良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴を伴う心因性視覚障害と診断した.CPurpose:PsychogenicCdiseaseCdoesnC’tCshowCorganicCdiseaseCandCisCclinicalCconditionCindicatingCtheCfunctionalCdecline.Wereportourexperiencewithonepatienthavingpsychogenicvisualdisturbanceswithfunctionalhearinglossthatevidencedpsychogenicvisualdisturbancesindynamicvisual.eldtestresults.Case:An8-year-oldmaleunderwentamedicalexaminationinotolaryngology.Therewasnothingofspecialnoteinhisfamilymedicalhisto-ryoranamnesis.Hisinitialvisualacuitywas1.2(R)and0.9(L)C.Noabnormal.ndingsweredetectedineyeposi-tion,eyemovement,anteriorsegments,mediaorfundus.Becausetherewasfunctionalhearingloss,weconducteddynamicvisual.eldtestswiththeGoldmannperimeterinconsiderationofpsychologicfactors;botheyesacceptedconcentriccontractionofvisual.eldtogether.Becausedecreasedvisualacuitywasfoundinfollow-up,weconduct-edanexaminationofrefractionwithatropinesulfate,whichshowedhyperopiaof+6.0Dinbotheyes.Changewasfoundinvisualacuityonfollow-up.Result:Wediagnosedpsychogenicvisualdisturbancewithfunctionalhearinglossbecausewefoundhehadfunctionalhearinglossanddynamicvisual.eldtestsshowingconcentriccontractionofvisual.eld,ascon.rmedbygoodvisualacuity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):841.844,C2018〕Keywords:心因性視覚障害,機能性難聴,求心性視野狭窄.psychogenicvisualdisturbance,functionalhearingloss,concentriccontractionofvisual.eld.Cはじめに心因性視覚障害は器質的病変を認めないにもかかわらず視機能の低下がみられるものであり,その原因として精神的心理的要因を考慮せざるをえない症候群と定義されている1).とくに視力障害は多いとされ,小学生,中学生の女子に多くみられる2.4).また,機能性難聴は,器質的障害に起因するとは考えにくい難聴と定義されており,その要因としては心因性や詐聴があげられる5).心因性疾患の環境要因としては家庭環境や学校関係に多いとされるが6,7),明らかな背景がないにもかかわらず発症する場合もあるため,診断は慎重に行わなければならない.今回筆者らは,動的視野検査により心因性視覚障害を発見できた機能性難聴を伴う心因性視覚障害のC1例を経験したの〔別刷請求先〕清水聡太:〒211-8510神奈川県川崎市中原区木月住吉町C1-1関東労災病院眼科Reprintrequests:SotaShimizu,DepartmentofOphthalmology,KantoRosaiHospital,1-1Kizuki-sumiyoshicho,Nakahara-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa211-8510,JAPANで報告する.CI症例患者:8歳,男児.主訴:難聴.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:機能性難聴.初診時所見:2012年C2月C1日.視力は右眼C1.2(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能)であった.検査時,眼位・眼球運動には異常はみられず,前眼部・中間透光体・眼底にも異常はみられなかった.学校,家庭環境に問題はなかったが,左眼視力の反応が悪く,機能性難聴があることから心理的要因を考慮し,後日,Goldmann視野計にて動的視野検査を行った.動的視野検査では両眼ともに求心性視野狭窄を認めた(図1).シクロペントラート塩酸塩による調節麻痺下屈折検査を施行し,右眼(1.0×+2.0D),左眼(1.0×+4.5D(cylC.2.0DCAx5°)と軽度の屈折異常を認めたため眼鏡処方をした.また,患児は検査・診察時に集中できず,落ち着きがなかった.耳鼻咽喉科の所見にても器質的疾患はなし.標準純音聴力検査にて軽度から中等度の難聴の結果が出たが,検査中の会話には問題なかった(図2).日常会話の様子と結果の矛盾から,後日,聴性脳幹反応(ABR),聴性定常反応検査(ASSR)を予定した.経過:2012年C3月C13日,視力は右眼(1.2C×JB),左眼(0.6C×JB)と左眼の視力低下を認めた.TitmusStereoTestを施行したが,立体視の確認は困難であった.検査中は検査に対し非協力的な態度を示した.耳鼻咽喉科でのCABR,ASSRは正常範囲内の閾値を示し,標準純音聴力検査の結果でも正常範囲内となり,良好な結果を示した.2012年C4月C17日,視力は前回と変わらなかったため,アトロピン硫酸塩を処方し,再度調節麻痺下の屈折検査をすることとした.標準純音聴力検査では何回か経過観察していくなかで,正常範囲内を示し,良好な結果を示した(図3).2012年C5月C7日,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査では右眼(0.1×+6.0D(cyl.1.25DCAx5°),左眼図2標準純音聴力検査(初診時)(0.1×+6.25D(cyl.1.25DAx5°)と強い遠視を認め,視力も不良であった.レンズ打消し法にて視力検査を行ったが,変化はみられなかった.2012年C6月C13日,視力は右眼(0.3C×JB),左眼(0.2C×JB)と不良であったが,ひらがな視標による視力検査では右眼(1.0C×JB),左眼(1.0C×JB)と良好な結果が得られた.以後の経過でもひらがな視力にて良好な結果が続いたため,眼鏡の度数変更は行わずに経過観察とした.CII考按心因性視覚障害の症状は多種にわたり,多くは視力・視野に異常がみられるが,色覚や眼位,眼球運動に障害がみられる場合もある2,8.10).受診動機は学校あるいは就学時健診で視力低下を指摘されることが多いとされ11),心因性視覚障害の内訳として福島らは,視力と視野の障害はC51.9%,視力のみの障害はC26.2%,視野のみの障害はC6.4%であったと報告している3).また,視野障害に関して大野らは,動的視野検査施行患者のうち,正常がC22例(51.2%),らせん状がC11例(25.6%),求心性がC10例(23.3%)であったとし4),石橋らは心因性視覚障害を疑いCGoldmann視野計を施行したC39例のうち,全例で左右差のない正常視野が測定されたと報告している12).これらのことから,心因性視覚障害における視野障害のみの発症頻度は高くないことがうかがえるが,本症例は求心性視野狭窄を示した.さらに視野検査は小児にとって負担のかかる検査であり,患児の理解や集中力に依存するため,結果の信頼性が乏しい場合もある.しかし,本症では視野検査が診断に有用であった.受診時に落ち着きのない面がみられたが,患児が比較的落ち着いている際に視野検査を施行したことにより,円滑に検査を行うことができた.一方的な検査ではなく,患児のコンディションを見ながら柔軟に検査項目を決定することが重要である.経過観察中に視力の変動が大きかったが,深井らは心因性視覚障害において視力の程度に関係なく初診日から約C1カ月以内に自覚的視力がC1.0以上認められたものはC89.7%あり,再発はC11.4%にみられたと報告している2).本症で留意すべき点は,アトロピン硫酸塩による調節麻痺下屈折検査の結果である.仮に良好な視力が確認できなかった場合,診断は屈折異常弱視と誤診してしまい,場合によっては不要な視能訓練により心理的負荷が増加してしまう可能性も示唆される.過去にも兵藤らは長期間の健眼遮閉法による弱視訓練が原因で心因性視覚障害をきたした症例を報告している13).このことから弱視患者においても心因的要因を検索し配慮することが重要である.また,機能性難聴には心因性難聴と詐聴とがあるが,小児の場合は多くが心因性難聴である5).心因性難聴は,実際には音が聞こえているにもかかわらず,患者本人には音が聞こ図3標準純音聴力検査(回復後)えたと感じることができない病態とされる.佐藤らは小児における機能性難聴の罹患率は小学生のC0.08%,中学生のC0.05%であり,健診で難聴を指摘される症例のうちC5%は心因性難聴であると報告している14).また,吉田らは機能性難聴の発見契機は健診で指摘され耳鼻咽喉科を受診するケースがもっとも多く,そのなかで自覚症状がない症例がC61.9%であったと報告しており15),本症例も健診で難聴を指摘されたことを契機に受診に至っている.視力障害を併発した症例も報告されており5),眼科的にも留意しなければならない疾患である.本症では初診時視力は左眼視力が出にくく,機能性難聴による紹介受診となった背景から視野検査を施行し,診断に有用な結果を得ることができた.一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害についても報告があり16),眼科と耳鼻咽喉科の連携が重要である.さらに小児の機能性難聴では不注意の問題を伴う一群が報告されており17),不注意の問題を伴う小児機能性難聴では,知的側面を一つの重要な軸として考慮しなければならず,背景に注意欠陥障害(attentiondeficitCdisorder:ADD),注意欠陥多動性障害(attentionde.cit/hyperactivityCdisorder:ADHD)のような発達的問題を抱えていることもある18).本症でも検査・診察時に落ち着きがなく,非協力的な面がみられることもあり,ADHDも疑っていたが,通院が途切れてしまい確定診断には至らずにいる.本症以外でも似たような例では小児機能性難聴に加え,さらに発達的障害が潜伏しているのではないかと考えられる.本症では,眼科所見からは動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたこと,視力の変動があるが良好な視力が確認できたこと,分離域と可読域とで視力値に差がみられたこと,耳鼻咽喉科所見からは器質的疾患がないこと,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾,自覚的検査結果と会話の矛盾,聴力が回復してしばらくしてから良好な視力が確認できたことなどから,機能性難聴に伴う心因性視覚障害と診断した.初診時の動的視野検査で求心性視野狭窄がみられたことにより眼科的に経過観察としたが,心因的背景はみられず視力もおおむね良好であったため,症状を見逃してしまう可能性もあった.心因性視覚障害では器質的疾患の有無とともに,いくつかの検査結果を総合的に判断しなければならないことを改めて認識した.本症のように他科の疾患から手がかりが見つかることもあるため,心因性患者へのアプローチには多彩な検査と包括的な診療が重要である.文献1)BruceCBB,CNewmanCNJ:FunctionalCvisualCloss.CNeurolCClinC28:789-802,C20102)深井小久子,佐柳智恵美:心因性が考えられる視力低下および眼位異常の統計的研究.日視会誌15:29-31,C19873)福島孝弘,上原文行,大庭紀雄:鹿児島大学附属病院(過去C23年間)における心因性視覚障害.眼臨C96:140-144,C20024)大野智子,松村望,浅野みづ季ほか:神奈川県立こども医療センターに心因性視覚障害として紹介された患者の転帰.眼臨紀10:39-43,C20175)梅原毅,渡辺真世,袴田桂ほか:小児機能性難聴症例の検討.耳鼻臨床109:159-166,C20166)大辻順子,内海隆,有松純子ほか:心因性視覚障害児の治療経験および母子関係.眼臨89:750-754,C19957)原沢佳代子,星加明徳,本多煇男:東京医科大学病院眼科における心因性視覚障害児の視機能および環境因子についての検討.日視会誌18:152-156,C19908)原涼子,奥出祥代,林孝彰ほか:片眼の色感覚が消失した心因性視覚障害の一例.日視会誌40:107-111,C20119)小鷲宏昭,西岡大輔,林孝雄ほか:心理的動揺により上転が誘発される交代性上斜位の一例.日視会誌C45:173-177,C201610)宮崎栄一,絵野尚子,下奥仁ほか:心因外斜視のC1例.心身医学19:490-492,C197911)小口芳久:心因性視力障害.日眼会誌104:61-67,C200012)石橋一樹,大池正勝,須田和代ほか:小児の心因性視覚障害に対するゴールドマン視野検査.眼臨C93:166-169,C199913)兵藤維,臼井千惠,林孝雄ほか:長期弱視訓練により心因性視覚障害をきたしたC1例.日視会誌C35:107-112,C200614)佐藤美奈子:小児心因性難聴.耳鼻・頭頸外科C86:128-132,C201415)吉田耕,日野剛,浅野尚ほか:当科小児難聴外来における機能性難聴の統計的観察.耳展41:353-358,C199816)高田有希子,奥出祥代,林孝彰ほか:一過性の聴力障害後に発症した心因性視覚障害のC1例.日視会誌C43:153-159,C201417)工藤典代,小林由実:心理発達面からみた小児心因性難聴の臨床的検討.小児耳21:30-34,C200018)芦谷道子,土井直,友田幸一:不注意の問題を伴う小児機能性難聴の知的側面の解析.音声言語医学C54:245-250,C2013***

メトトレキサート硝子体注射による治療後に中枢神経播種・消化管転移した眼原発悪性リンパ腫の1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):836.840,2018cメトトレキサート硝子体注射による治療後に中枢神経播種・消化管転移した眼原発悪性リンパ腫の1例熊谷泰雅澁谷悦子石原麻美西出忠之金田英蘭山根敬浩竹内正樹河野慈蓮見由紀子木村育子水木信久横浜市立大学附属病院眼科CACaseofPrimaryVitreo-retinalLymphomaMetastasizedtoCentralNervousSystemandGastrointestinalTractafterTreatmentwithIntravitrealMethotrexateInjectionTaigaKumagai,EtsukoShibuya,MamiIshihara,TadayukiNishide,EiranKaneda,TakahiroYamane,MasakiTakeuchi,ShigeruKawano,YukikoHasumi,IkukoKimuraandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolOfMedicine眼原発悪性リンパ腫(primaryCvitreo-retinalClymphoma:PVRL)に対するCmethotrexate(MTX)硝子体注射加療後に,脳病変・消化管転移を認めた症例を報告する.症例はC72歳,男性.2012年C2月近医でステロイド抵抗性の両眼ぶどう膜炎のため,同年C8月に横浜市立大学附属病院を受診した.矯正視力は右眼(1.2)左眼(1.0),両眼びまん性硝子体混濁を認めた.両眼硝子体生検し,細胞診CclassIII,interleukin(IL)-10/IL-6>1であった.全身CPET-CTや頭部CMRIは異常なく,PIOLと診断し,ただちに両眼CMTX硝子体注射を開始し,硝子体混濁は改善した.2015年C6月,頭部CMRIで脳病変を認め,翌年C3月には胃十二指腸への転移を認めた.PVRL患者では,中枢を含めた全身精査を継続することが重要である.ThisCreportCdescribesCaCcaseCofCprimaryCvitreo-retinalClymphoma(PVRL)withCmetastasisCtoCtheCcentralCner-vousCsystem(CNS)andCgastrointestinal(GI)tractCafterCtreatmentCwithCintravitrealCinjectionsCofCmethotrexate(MTX).A72-year-oldmalepreviouslydiagnosedwithbilateralcorticosteroid-resistantuveitisinFebruary2012,wasCreferredCtoCourChospitalCinCAugustCthatCyear.CCorrectedCvisualCacuityCwasC1.2CandC1.0CforCrightCandCleftCeye,Crespectively.CDi.useCvitreousCcloudingCwasCnoted,CandCvitreousCbiopsyCwasClaterCdone.CBiopsyCcytologyCrevealedPapanicolaouCclassCIIIC.ndings;theCinterleukin(IL)-10:IL-6CratioCwasCgreaterCthanC1.CAbsenceCofCabnormalitiesintheheadmagneticresonanceimaging(MRI)orpositronemissiontomography-computedtomography(PET-CT)ledustodiagnosePVRL.Post-diagnosis,intravitreousinjectionsofMTXwereadministeredinbotheyes;subse-quently,CcloudingCimproved.CHowever,CheadCCTCrevealedCCNSCinvasionCinCJuneC2015;upperCendoscopyCshowedCmetastasistotheGItractinMarch2016.Therefore,patientswithPVRLnecessitateholisticworkups.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):836.840,C2018〕Keywords:眼原発悪性リンパ腫,メトトレキサート硝子体注射,全身転移,インターロイキン(IL)-10/IL-6比.primaryvitreo-retinallymphoma,intravitrealinjectionofmethotrexate,systemicmetastasis,interleukin(IL)-10:CIL-6ratio.Cはじめにnallymphoma:PVRL)は比較的まれな疾患だが,中枢神経悪性リンパ腫はリンパ球に由来し,全身のリンパ組織およ系(centralCnervousCsystem:CNS)への浸潤をC56.85%とびリンパ節外からも発生する高率にきたす1).中枢神経系悪性リンパ腫が出現した場合,悪性腫瘍の総称であり,全身のさまざまな臓器で発症する5年生存率はC30%未満とされ,生命予後が不良な疾患であ可能性がある.眼内原発悪性リンパ腫(primaryvitreo-reti-る2).〔別刷請求先〕熊谷泰雅:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学附属病院眼科Reprintrequests:TaigaKumagai,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN836(128)PVRLは仮面症候群の代表疾患であり3),初発症状として,視力低下,霧視,飛蚊症などの眼症状で眼科を受診することが多く,しばしばぶどう膜炎として加療される.しかし,ステロイド治療に抵抗することが多く,このようなぶどう膜炎をみた場合,悪性リンパ腫を疑い,硝子体生検による細胞診4)やCPCR(polymeraseCchainCreaction)法による遺伝子解析,フローサイトメトリー法による細胞表面マーカーの検索などにより積極的に診断を進める必要がある.今回筆者らはCPVRLに対し,methotrexate(MTX)硝子体内注射および髄腔内投与を行ったが,経過中に頭部CMRIにて中枢病変が発覚し,全脳照射および全身化学療法を施行したものの,約C6カ月後に胃十二指腸に悪性リンパ腫の転移を認めた症例を経験したので報告する.CI症例症例は,72歳,男性.2012年C2月より両眼の霧視を自覚し,近医を受診した.ブロムフェナク点眼液C0.1%を処方され経過をみていたが,4カ月後には両眼に硝子体混濁と網膜血管炎を認めたため,ぶどう膜炎と診断され,精査加療目的で同年C8月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当院)に紹介受診となった.既往歴は,糖尿病,椎間板ヘルニアであった.当院初診時の眼所見は,視力右眼(1.2),左眼(1.0),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C11CmmHgで,炎症細胞はみられず,角膜後面沈着物を認めた.両眼にはびまん性硝子体混濁がみられたが(図1),眼底には網膜滲出斑や網膜血管炎はみられなかった.蛍光眼底造影検査では両視神経乳頭が過蛍光を示すものの,明らかな網膜血管炎は認めなかった(図2).全身検査所見では血液検査にて,ACE(angiotensincon-vertingenzyme)は正常値であったが,Cb2ミクログロブリンがC1.76Cmg/dlと軽度上昇を認めた.CMV(cytomegalovi-rus)やCHSV(herpesCsimplexCvirus),VZV(varicellaCzos-図1初診時眼底写真両眼にびまん性硝子体混濁を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光眼底造影写真両視神経乳頭が過蛍光を認める.明らかな網膜血管炎はみられない.tervirus)のCIgM,IgGはいずれも正常範囲内であり,梅毒トレポネーマ抗体も陰性,T-spotも陰性,ツベルクリン反応も陰性であった.胸部CX線は正常,頭部CCT,MRIも異常所見はなかった.図3頭部MRI所見の推移a:初診時.異常は認めない.Cb:脳病変出現時.腫瘤を示唆する両側脳室内高信号領域がみら2013/032013/072013/12れる(→).Cc:MTX大量療法後.側脳室内高信号領域の拡大がみられる(.).Cd:全脳照射中.両側脳室高信号領域は縮小した.C右眼左眼1.51.2視力ステロイド点眼薬にて加療を継続するも効果なく,2012年C11月に右眼硝子体手術(生検)を施行した.硝子体細胞診の結果,細胞診はCclassIII,interleukin(IL)C.10/IL-6が1,380/46.7(pg/ml)=29.55と著明に上昇していた.また,2013年C2月に,左眼の硝子体手術(生検)を施行し,細胞診の結果はCclassCIII,IL-10/IL-6はC190/150(pg/ml)=1.27であった.この時点で髄液検査,全身CPETC.CTを行ったが異常はなく,眼原発悪性リンパ腫と診断した.治療は当院のCPVRL診断治療プロトコールに準じて行った.まず,MTX(15Cmg)髄腔内投与をC1クール(1週間ごとにC4回投与)施行後,2013年C3月からCMTX硝子体注射(400Cμg/0.05Cml)をC2週間ごとに右眼に計C6回,左眼に計C3回施行し,両眼の硝子体混濁は軽快した.その後はC1カ月ごとに両眼C6回ずつ,2カ月ごとに両眼CMTX硝子体注射を行い,眼所見は落ち着いていたが,2015年C6月の頭部CMRIにて,左前頭葉皮質,両側脳室角外側壁に異常信号を認め,髄液検査では細胞診CclassCIIIであったが,CNS浸潤と判断した.早急に当院脳神経外科にて大量CMTX全身化学療法を開始した.10月に頭部CMRIを再検査したところ,脳病巣の拡大がみられたため,同月より全脳照射(40CGy,照射野に眼球は含まない)を行った.これにより脳病巣は消失し(図3),その後も硝子体混濁などの眼炎症所見も再燃はみられなかった.2016年C4月に腹部違和感を自覚し,上部消化管内視鏡を施行したところ,胃十二指腸に腫瘤性病変を指摘された.生検の結果,di.useClargeCBCcellClymphoma(びまん性大細胞型リンパ腫)の診断となり,胃十二指腸への悪性リンパ腫の転移と判断した.その後,当院血液内科にてCrituximab-cyclophosphamide,hydroxydaunorubicin,oncovin,pred-nisone(R-CHOP)療法を施行し,消化管病変の経過も良好であった(図4).しかし,2017年C4月に外出中に意識消失,図4経過緊急搬送されたが心筋梗塞にて死亡した.その後剖検はされておらず,心筋梗塞と悪性リンパ腫との関係性は不明である.CII考按悪性リンパ腫は,リンパ臓器だけでなくあらゆる節外臓器に発症する.原発性中枢神経リンパ腫(primaryCcentralnervousCsystemClymphoma:PCNSL)は,リンパ腫病変が中枢神経(脳,髄液,眼,髄膜)に発生・限局し,他の臓器にはリンパ腫病変を認めないものと定義される5).眼内悪性リンパ腫はCPCNSLと全身性悪性リンパ腫の眼内転移に二別され,PVRLはCPCNSLの一部とみなされている.悪性リンパ腫はCHodgkinリンパ腫か非CHodgkinリンパ腫に大別される.眼内リンパ腫のほとんどは非CHodgkinリンパ腫のCdi.uselargeBcelllymphomaが占める6).CNS以外の非CHodgkinリンパ腫では,悪性度が高いほど中枢神経系への遠隔転移が多く予後不良である7).一方で,PCNSLも各臓器にまれに遠隔転移をきたすことがある.PCNSLの一部であるCPVRLでは,確定診断後にCCNS以外への転移を認めた症例について,山本らの脳・肺・心臓への多発転移を認めた症例報告8)がある.また,Kimuraらの報告2)では,PVRLと診断されたC217例のうち,CNS浸潤を伴うC11例(5.1%),伴わないC10例(4.6%)に全身転移を認めたとされている.また,転移した臓器の内訳については,CNS浸潤を伴うものでは副鼻腔浸潤C3例,頸部を含めた全身リンパ節転移C2例,精巣転移C2例,その他C5例(重複するものあり)であった.一方でCCNS浸潤を伴わない症例では,頸部・消化管リンパ節転移C4例,小腸転移C2例,その他C5例(重複するものあり)との報告であった2).この報告では,CNS浸潤の有無にかかわらず,21例(9.7%)の症例で遠隔転移をきたしていることから,PVRLの遠隔転移はそれほどまれではないと考えられた.本症例は,当院初診となってから約C6カ月後に硝子体生検を施行しCPVRLと診断された.その後早急にCMTX硝子体注射を開始し,眼病変に関しては寛解を得た.しかし,治療開始から約C1年C4カ月後にまずはCCNSへの浸潤を認め,大量CMTX全身化学療法を施行した.Akiyamaらは,MTX硝子体注射のみで治療したCPVRL8例はすべて寛解を得たものの,経過観察中にC2例は眼内リンパ腫の再発,7例はCCNSへの浸潤を認めたと報告している9).この報告では,MTX硝子体注射に大量CMTX全身化学療法を加えた治療を初期治療としたほうが,MTX硝子体注射単独の治療よりもCCNS浸潤の予防に効果的であるとされている.また,Kaburakiらは,MTX硝子体注射と並行して,rituximab-MTX,pro-carbazine,vincristine(R-MPV)療法,低線量全脳照射(23.4CGy),cytarabine大量療法を併用したほうがCCNSへの病巣拡大を予防でき,無増悪生存期間や全生存期間を改善できたと報告している10).したがって,本症例においても局所治療に全身化学療法や全脳照射を併用したほうが,CNS浸潤への予防となった可能性が示唆された.また,PVRLが分類されているCPCNSLの標準的治療は本症例でも行われたように,大量CMTX療法を基盤とする化学療法を先行し,引き続き全脳照射による放射線療法を行うことが望ましいとされている.一方,大量CMTX療法を行わないで全脳照射だけを行う方法と,全脳照射と全身性節外性悪性リンパ腫の標準治療であるCR-CHOP療法を併用した方法とを比較した試験では,後者は全脳照射単独の治療成績を上回ることはなかったという報告がある11).しかし,全脳照射には遅発性中枢神経障害のリスクもあり,とくに高齢者では注意が必要である12).当院ではもうC1例CPVRLの全身転移を認めた症例を経験している.その症例は,本症例と同じように硝子体生検や全身画像検査などによりCPVRLと診断され,速やかにCMTX硝子体内注射による局所療法が開始された.眼病変は寛解を得たが,治療開始から約C1年半後に左精巣に転移を認めた13).当院で経験したこのC2例では,MTX硝子体注射による局所療法は眼病変には著効したが,その後,遠隔転移を認めている.しかしながら,PVRLの遠隔転移に対する有効な予防的治療については調べた限りでは報告がない.PVRLは,中枢以外にも転移する可能性が少なからずあるため,常にそのことを念頭に置き,定期的に全身検査を怠らないことが重要である.また,転移を認めた場合,臓器ごとにその治療法は異なるため,他科との連携による早急な加療が不可欠である.文献1)FaiaCLJ,CChanCCC:PrimaryCintraocularClymphoma.CArchCPatholLabMedC133:1228-1232,C20092)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnos-ticCsigni.canceCofCtheCintraocularC.uidCofC217CpatientsCwithCintraocularClymphoma.CJpnCJCOphthalmolC56:383-389,C20123)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫C28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌C122:674-678,C20084)CouplandSE,ChanCC,SmithJ:Pathophysiologyofreti-nallymphoma.OculImmunolIn.ammC17:227-237,C20095)FerreriAJM:HowItreatprimaryCNSlymphoma.BloodC18:510-522,C20116)太田浩一:眼内悪性リンパ腫の診断的治療.あたらしい眼科C21:41-45,C20047)WongCWW,CSchildCSE,CHalyardCMYCetCal:PrimaryCnon-Hodgkinlymphomaofthebreast:TheMayoClinicExpe-rience.JSurgOncolC80:19-25,C20028)山本由美子,中茎敏明,小浦裕治ほか:全身転移を認めた眼内悪性リンパ腫のC1例.眼臨101:27-30,C20079)AkiyamaCH,CTakaseCH,CKuboCFCetCal:High-doseCmetho-trexatefollowingintravitrealmethotrexateadministrationinpreventingcentralnervoussysteminvolvementofpri-maryCintraocularClymphoma.CCancerCSciC107:1458-1464,C201610)KaburakiCT,CTaokaCK,CMatsudaCJCetCal:CombinedCintra-vitrealCmethotrexateCandCimmunochemotherapyCfollowedCbyCreduced-doseCwhole-brainCradiotherapyCforCnewlyCdiagnosedCB-cellCprimaryCintraocularClymphoma.CBrJHaematolC179:246-255,C201711)SchultzCC,CScottCC,CShermanCWCetCal:PreirradiationCche-motherapyCwithCcyclophosphamide,Cdoxorubicin,Cvincris-tine,CandCdexamethasoneCforCprimaryCCNSClymphomas:Cinitialreportofradiationtherapyoncologygroupprotocol88-06.CJClinOncolC14:556-564,C199612)楠原仙太郎:治らないぶどう膜炎:仮面症候群.あたらしい眼科34:1091-1096,C201713)澁谷悦子,石原麻美,西出忠之ほか:眼原発悪性リンパ腫の治療中に精巣病変が発見されたC1例.日眼会誌C121:761-767,C2017***

副鼻腔手術後の眼窩コレステリン肉芽腫に対して経眼窩アプローチにて摘出可能であった1例

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):832.835,2018c副鼻腔手術後の眼窩コレステリン肉芽腫に対して経眼窩アプローチにて摘出可能であった1例秋野邦彦*1高橋綾*1太田優*1出田真二*1亀山香織*2國弘幸伸*3野田実香*1坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2慶應義塾大学医学部病理診断科*3慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室CaseReport:ResectionofCholesterolGranulomaoftheOrbitviaOrbitalApproach,afterSinusSurgeryKunihikoAkino1),AyaTakahashi1),YuOhta1),ShinjiIdeta1),KaoriKameyama2),YukinobuKunihiro3),MikaNoda1)CandKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofPathologicalDiagnosis,KeioUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOtorhinolaryngology,KeioUniversitySchoolofMedicine副鼻腔手術後に生じた頭蓋底と交通する眼窩コレステリン肉芽腫に対し,経眼窩アプローチにより可及的全摘可能であったC1例を報告する.症例はC55歳,男性.2000年に他院で前頭洞.胞に対し経鼻的に開放術を施行された.翌年より右眼球偏位と眼球突出を生じ,頭部CMRIで右眼窩上外側に.胞性腫瘤病変を認めた.2013年C6月に経皮的に.胞の開放および副鼻腔への開放術を行うも症状の改善は得られず,2015年C6月に当科で経皮的生検を行い,コレステリン肉芽腫の診断に至った.画像所見上,頭蓋底の骨欠損を認め,経頭蓋底アプローチによる腫瘤摘出術を検討した.術後瘢痕について患者の同意が得られず,2016年C10月経眼窩アプローチで腫瘤摘出術を行った.術後眼球突出と眼球偏位の改善を認め,術後C2年を経過し,腫瘤の再発は認めていない.CTheCpatient,CaC55-year-oldCmale,ChadCundergoneCtransnasalCopenCsurgeryCofCaCfrontalCsinusCcystCinC2000CatCanotherhospital.Thefollowingyear,hecomplainedofrightoculardisplacementandexophthalmos.MRIrevealedacysticCtumorCinCtheCupperCsideCofCtheCrightCorbit.CInCJuneC2013CheCunderwentCpercutaneousCopenCsurgeryCofCtheCtumorandparanasalsinus,buthissymptomsdidnotimprove,sowebiopsiedthetumorpercutaneouslyanddiag-noseditascholesterolgranuloma.Therewasalossofskullbase,soweplannedtotalresectionviacoronarydissec-tion.Butthepatientdidnotagreewithourplanbecauseofpostoperativescarringofhishead,sowedidresectionviaorbitalapproach.Hisrightoculardisplacementandexophthalmoswentbetter,andMRIshowednorecurrenceat2yearsaftertheoperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):832.835,C2018〕Keywords:コレステリン肉芽腫,眼窩,経眼窩アプローチ.cholesterolgranuloma,orbit,orbitalapproach.Cはじめにコレステリン肉芽種は出血などの後に析出するコレステリン結晶に対する異物反応として生じる.発生部位は頭蓋骨が多く,とくに側頭骨(鼓室内,乳突洞,乳突蜂巣,錐体尖部)に多い.その他に腹膜,肺,リンパ節,精巣,耳など全身に発生しうる.今回,副鼻腔手術後に発生し,頭蓋底と交通していた眼窩コレステリン肉芽腫に対して,経眼窩アプローチにて可及的全摘可能であったC1例を報告する.CI症例患者:55歳,男性.主訴:右眼球突出と眼球偏位.現病歴:2000年に他院耳鼻科で右前頭洞.胞開放術を施行した.翌年右眼球突出と眼球偏位が出現するも,病院を受〔別刷請求先〕秋野邦彦:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KunihikoAkino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN832(124)図1受診時前眼部写真右眼球突出と下方偏位を認める.ab図3単純および造影MRI(冠状断)a:単純CMRI(T2強調冠状断).眼窩上外側に.胞性腫瘤病変を認め,内部は高信号,周囲が低信号である.Cb:造影CMRI(T1強調冠状断).一部造影効果のある.胞性腫瘤病変を右眼窩上外側に認める.C診しなかった.症状の増悪を認めたため,2013年慶應義塾大学医学部附属病院(以下,当院)耳鼻科と眼科を受診した.頭部CMRIで右眼窩上外側に境界明瞭な.胞性腫瘤病変を認め,同年当院耳鼻科で経皮的経鼻的.胞切開および副鼻腔ドレナージ術を施行した.ドレナージの内容物は液体であり,眼窩内に.胞壁を残した状態で手術は終了した..胞内から副鼻腔にドレーンを留置したが術後早期に脱落し,症状改善が不十分であり,眼球突出と下方偏位の改善目的に追加治療を希望された.既往歴:副鼻腔炎.家族歴:なし.検査所見:右眼球突出および下方偏位を認めた(図1).視力眼圧正常,前眼部・中間透光体・眼底に特記すべき異常所見なし.右眼上転障害,上方視時の複視を認めた.CT所見:右眼窩上方に腫瘤性病変を認めた.眼窩上壁の骨欠損を認めた(図2).MRI所見:右眼窩上外側に一部造影効果のある腫瘤性病変を認めた(図3).手術所見:2015年C6月,腫瘤の減量と生検を目的に手術を施行した.眉毛下外側で皮膚切開をし,腫瘤にアプローチし,内容物を部分的に除去した.腫瘤の表面は平滑,黄色,弾性であり,内容物は鱗状の線維組織で満たされており,液体成分は認めなかった.被膜を切開し,腫瘤を一部摘出し,図2頭部単純CT(矢状断)右眼窩上方に腫瘤性病変を認める.また,骨の欠損を認め,頭蓋底と眼窩が交通している.図4生検病理写真コレステリン結晶の沈着と周囲の線維化,異物型巨細胞を含む炎症細胞浸潤を認める.残りはそのまま温存し閉創した.摘出した検体は病理組織学的に検査した.コレステリン結晶の沈着と周囲の線維化,異物型巨細胞を含む炎症細胞浸潤を認め,コレステリン肉芽腫の診断となった(図4).ただしヘモジデリンの沈着は認められなかった.腫瘤は頭蓋底と交通しており,冠状切開による経頭蓋底アプローチをまず検討したが,本症例の患者はスキンヘッドの舞台俳優であり,術後の整容的問題から冠状切開を拒否された.硬膜損傷の可能性について,十分なインフォームド・コンセントを得たうえで,2015年C10月,脳神経外科医,形成外科医協力のもとで経眼窩アプローチにて腫瘤の摘出術を行った.眉毛下で皮膚切開をし,眼窩上縁から腫瘤へアプローチした.骨に沿って腫瘤の.離を進めた.硬膜が露出している部位は慎重に硬膜と腫瘤を.離し,piecemealに切除し,可及的全摘を行った.骨の欠損部位に関しては,欠損の大きさから骨の補.は行わずに軟部組織の復位のみとした.腫瘤の内容物は結晶状粒子を含んだものであり,肉眼的所見からコレステリン肉芽腫に矛盾しなかった(図5a).また,病理組織学的所見上も前回手術と同様の所見でヘモジ図5全摘検体と病理写真a:全摘出検体写真.腫瘍は一部液状の内容物を認め,結晶状粒子を含むものであった.Cb:全摘検体病理写真.コレステリンの針状結晶と,それを取り囲む異物巨細胞,および泡沫細胞の集簇が認められる.C図6全摘後8カ月の単純MRI(T1強調冠状断)右眼窩上部は眼窩組織で満たされ,腫瘤の再発は認めない.ab図7全摘前後の前眼部の比較a:生検前の前眼部写真.右眼球突出と下方偏位を認める.Cb:全摘後C8カ月の前眼部写真.右眼球突出と下方偏位は若干の残存があるが,改善を認める.Cデリンの沈着を認めないコレステリン肉芽腫だった(図5b).腫瘍断端は陽性であった.II考按術後は特記すべき合併症なく経過良好で,術後C3日目に退眼窩コレステリン肉芽種の発生頻度はまれであり,好発年院となった.齢や性差は中年男性に多く,発生部位は眼窩上外側に多いと術後C8カ月の時点で,単純CMRI(図6)では右眼窩上外側報告されている1.4).複視,眼球突出,眼球偏位,視力障害に腫瘤の再発は認めない.また,眼球突出および下方偏位はなどさまざまな症状を呈し,臨床症状やCCT所見からは表皮若干の残存があるが改善を認め,術後C2年で再発の徴候なく様.腫や類皮.腫などとの鑑別が困難であり,MRIが診断現在経過観察中である(図7).Cの一助となる.成因については解明されていないが,含気腔に関しては閉鎖腔となり長期に陰圧化すること,あるいは出血が要因であるとの説がある3,5).Parkeらは自験例および過去の文献から,眼窩コレステリン肉芽腫は外傷が誘因とは考えにくく,板間層内の解剖学的な異常により出血をきたしやすく,同部位が眼窩のコレステリン肉芽腫に罹患しやすくなるという仮説を立てている3,6).またCHillらは眼窩前頭部のコレステリン肉芽腫が眼窩上外側の前頭骨の板間層のスペースに発生するものと報告しており3,7),含気腔に発生するコレステリン肉芽腫とはその成因を異にするものと考えられている.治療は完全切除が望ましいが,眼窩コレステリン肉芽種は発生部位によっては骨破壊や骨偏位を伴っていることもあるため,完全切除が困難であることもまれではない8).本症例は,副鼻腔手術後に生じた眼窩コレステリン肉芽種であった.生検時および肉眼的全摘時の病理組織学的検査ではコレステリン結晶やその周囲に異物巨細胞の集簇が認められるものの,ヘモジテリン沈着は認められなかったため,手術後の出血を契機に発生したものではなく,前頭骨の板間層内のスペースに特発性に発生したものと考えられた.腫瘤は骨破壊を伴い,頭蓋底と交通していたため,冠状切開による経頭蓋底アプローチが適切と考えられた.しかし,本症例は,手術瘢痕による整容的問題から冠状切開を拒否され,経眼窩アプローチを希望した.術中の安全性が確保されない場合および硬膜損傷などの合併症が生じた場合には冠状切開に変更する点,および脳神経外科,形成外科の協力の上で経眼窩アプローチによる手術を行う点について十分にインフォームド・コンセントを得たうえで,手術を施行した.眼窩コレステリン肉芽種の発生頻度はまれではあるものの,眼窩に発生する腫瘤性病変の鑑別として常に念頭に置かなければならない.骨破壊や骨偏位によるさまざまな症状を呈し,完全切除には経頭蓋底アプローチによる侵襲的な手術が必要となることもまれではない.筆者らが渉猟した限りでは経眼窩アプローチによる眼窩コレステリン肉芽種の摘出を行った報告は少ない2).骨破壊,骨偏位,腫瘤の進展の程度,腫瘤の発生部位などを十分に考慮したうえで,症例は限られるものの,経眼窩アプローチによる腫瘤摘出は低侵襲的でかつ術後の整容面の問題からも患者の満足度も高く,考慮されるべき有効な治療法と考えられる2).CIIIまとめ本症例は,副鼻腔手術の既往のある右眼窩上外側に発生し,頭蓋底と交通するコレステリン肉芽腫であったが,経眼窩アプローチにより可及的全摘可能であった.頭蓋底と交通がある眼窩病変は,その程度にもよるが,患者の十分な理解と脳神経外科や形成外科の協力下にて経眼窩アプローチで低侵襲的に摘出できる場合もある.文献1)YanCJ,CCaiCY,CLiuCRCetCal:CholesterolCgranulomaCofCtheCorbit.CraniofacSurgC26:124-126,C20152)ShriraoCN,CMukherjeeCB,CKrishnakumarCSCetCal:Choles-terolCgranuloma:aCcaseCseriesC&CreviewCofCliterature.CGraefesArchClinExpOphthalmolC254:185-188,C20163)金城東和,田中博紀,石田春彦:眼窩前頭部コレステリン肉芽種の一例.日鼻誌44:136-140,C20054)山本直人,中井啓裕,佐藤裕子:眼窩コレステリン肉芽腫のC1例.形成外科41:961-965,C19985)矢沢代四郎:コレステリン肉芽腫.外耳・中耳(野村恭也,中野雄一,小松崎篤ほか編),CLIENT21,p219-227,中山書店,20006)ParkeDW2nd,FrontRL,BoniukMetal:Cholesteatomaoftheorbit.ArchOphthalmolC100:612-616,C19827)HillCCA,CMoseleyCIF:ImagingCofCorbitofrontalCcholesterolCgranuloma.ClinRadiolC46:237-242,C19928)高木明:頭蓋内進展した巨大側頭骨コレステリン肉芽腫の手術.OtolJpn17:353,C2007***

眼瞼下垂手術前後における涙液クリアランスの変化の検討

2018年6月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(6):829.831,2018c眼瞼下垂手術前後における涙液クリアランスの変化の検討森本佐恵*1,2渡辺彰英*1後藤田遼介*1横井則彦*1山中行人*1中山知倫*1小泉範子*1,2外園千恵*1*1京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学*2同志社大学生命医科学CInvestigationofChangesinTearClearanceafterBlepharoptosisSurgerySaeMorimoto1,2)C,AkihideWatanabe1),RyousukeGotouda1),NorihikoYokoi1),YukitoYamanaka1),TomonoriNakayama1),NorikoKoizumi1,2)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmologyKyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)GraduateSchoolofLifeMedicalSciences,DoshishaUniversity目的:眼瞼下垂に対する挙筋短縮術前後の涙液クリアランスの変化について検討する.方法:挙筋短縮術を施行したC15例C19眼(平均年齢C79.8歳)を対象に,涙液メニスカス曲率半径(R),MarginRe.exDistance-1(MRD-1)の計測と,BSS点眼後C6分まで計C6回,涙液メニスカスの曲率半径(R)を測定する涙液クリアランステストを術前および術後1,3カ月の時点で施行した.結果:術後C1カ月での点眼2,3,4,5分後,術後C3カ月での点眼2,3,4,5,6分後におけるCclearancerateは,術前より有意に減少した(p<0.05).結論:眼瞼下垂手術によって涙液クリアランスは改善することが示唆された.CPurpose:Toassesschangesintearclearanceafterblepharoptosissurgery.Methods:19eyesof15patientswithacquiredblepharoptosiswereexamined.Allthepatientsunderwentlevatoradvancement.Tearclearancetestwasconductedusing20CμlCBSSophthalmicsolutionbymeasuringtearmeniscusradius(R)everyminuteuntil10minutesatpreoperativeandpostoperative1,3months.Results:Tearclearanceratesweresigni.cantlydecreased(p<0.05)C.Conclusion:Tearclearanceimprovedafterblepharoptosissurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):829.831,C2018〕Keywords:眼瞼下垂,挙筋短縮術,涙液クリアランス,ビデオメニスコメトリー,涙液メニスカス.blepharopto-sis,levatoradvancement,tearclearance,videomeniscometry,tearmeniscus.Cはじめに涙液に対する眼瞼の役割には,動的役割といえる瞬目による涙液の分配・クリアランスと,静的役割といえる瞼縁の涙液メニスカスによる涙液の保持がある.涙液クリアランスは涙液の動態を反映する重要なパラメータであり,クリアランスが高い場合,涙液は速やかに涙道内に排出される.涙液クリアランスが低い状態では涙液の流れが悪く,涙液の質的異常が起こりうる.涙液クリアランスが低下するとサイトカインの炎症性メディエーターが排出されず,また点眼液に含まれる防腐剤などの上皮障害性物質の影響を強く受け,角膜上皮障害が生じる1).眼瞼下垂術後の涙液クリアランスの変化を検討した報告はこれまでないが,加齢性下眼瞼内反症手術におけるCWheeler変法久冨法併用術後にCSchirmerテストを行い,涙液クリアランスがC67%で改善したとの報告がある2).この検討ではCSchirmer試験紙の交換頻度でクリアランスを検討し,定量的な検討ではなかった.以前,筆者らは後天性眼瞼下垂における眼瞼挙筋短縮術後6カ月までの涙液貯留量の評価を行い,術後に涙液貯留量は減少し,また長期にわたってその低下が持続することを示した3,4).眼瞼下垂手術による涙液減少の効果は,術前の涙液貯留量が多いほど減少しやすいが,その原因が涙小管のポンプ機能,つまり涙液クリアランスの増強によるものかは,過去に眼瞼下垂術後の涙液クリアランスについての報告はなく,いまだ明らかではない.そこで今回筆者らは,眼瞼下垂手術施行症例に対してCBSS点眼液により一時的に涙液貯留量を増やし,点眼後の涙液量〔別刷請求先〕渡辺彰英:〒602-8566京都市上京区梶井町C465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:AkihideWatanabe,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine.465Kajii-cho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPAN0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(121)C829の時間経過割合をCclearanceCrate1)とし,涙液クリアランスの評価の指標とした.点眼直後の涙液量を計測するとメニスカスが凸面になるなど計測が困難であるため,点眼後C1分後の涙液貯留量を起点とした.眼瞼下垂手術による涙液クリアランスの変化について若干の知見を得たので報告する.CI対象および方法対象は,2015年4月25日.2016年12月31日に京都府立医科大学附属病院眼科にて,後天性眼瞼下垂に対して眼瞼挙筋短縮術を施行したC15例19眼(男性C1例,女性C14例,平均年齢C79.8C±10.5歳)である.眼瞼下垂の他に眼瞼疾患がなく,涙道通過障害のない症例のみを対象とした.眼瞼挙筋短縮術は,全例で皮膚切開からの挙筋腱膜単独の短縮術または挙筋腱膜とCMuller筋の短縮術を施行した.また,対象の患者には京都府立医科大学医学倫理審査委員会の承認を得たうえでインフォームド・コンセントを行い,同意を得て測定を行った.眼瞼下垂手術前後の開瞼程度は,瞳孔中央から上眼瞼縁までの距離であるCmarginCre.exCdistance-1(MRD-1)をCOPH-THALMIC-MEASURE(Inami製)により測定した.涙液貯留量は涙液メニスカスの曲率半径(R)をビデオメニスコメトリー法により測定したものを指標とした5).Rは涙液貯留量と正の相関を示すため4),Rを涙液貯留量の指標とした.涙液クリアランスはCBSS点眼液をC20Cμl点眼し,1分ごとに計C6回,涙液メニスカスの曲率半径(R)をビデオメニスコメトリー法により測定したものを指標とした4).また,点眼後Cn分後の涙液メニスカスの曲率半径をCRCnとした.また,n分後の涙液クリアランスの指標となるCclearancerate(CRCn)を以下に示す.CR1.RnCRn=R1C×100(%)(Cn=2.6)*0.5*0.4点眼直後の涙液貯留量CRはメニスカスが凸面になり計測しづらいことから,点眼C1分後を起点として検討した.涙液クリアランスを術前および術後C1カ月,術後C3カ月の時点で計測し,術前をコントロール群としたCSteel-Dwass法を用いて検討した.また,クリアランス試験時の瞬目回数は検討しなかった.CII結果眼瞼下垂手術前後のCRはそれぞれ術前においてC0.29C±0.15mm,術後C1カ月においてC0.23C±0.07Cmm,術後C3カ月においてC0.22C±0.14mmであった.術前と術後C1カ月,術後C3カ月においてCRは有意に減少した(p<0.05)(図1).平均MRD-1はそれぞれ術前においてC.0.63±1.01Cmm,術後C1カ月においてC3.34C±1.16Cmm,術後C3カ月においてC3.84C±1.04Cmmであった.術前と術後C1カ月,術後C3カ月においてRは有意に改善した(p<0.01)(図2).術前のCCRC2の平均値はC12.0(%),CRC3の平均値はC17.4(%),CRC4の平均値は24.5(%),CRC5の平均値はC28.3(%),CRC6の平均値はC31.8(%)であった.術後C1カ月時点でのCCRC2の平均値はC25.0(%),CRC3の平均値はC33.2(%),CRC4の平均値はC35.5(%)CR5の平均値はC40.8(%),CRC6の平均値は40.8(%)であっ,た.術後C3カ月時点でのCCRC2の平均値はC32.7(%),CRC3の平均値はC38.5(%),CRC4の平均値はC42.7(%),CRC5の平均値はC44.8(%),CRC6の平均値はC47.8(%)であった.術前と術後C1カ月時点を比較して術後C1カ月でのCCRC2,CRC3,CRC4,CCR5が有意に増加した.また,術前と術後C3カ月時点と比較して術後C3カ月でのCCRC2,CR3,CR4,CR5,CR6が有意に増加した(p<0.05)(図3).****54R(mm)0.30.2MRD-1(mm)32100.1-10-2図1Rの推移図2MRD.1の推移Rは術後C1カ月,術後C3カ月時点において有意にMRDは術後C1カ月,術後C3カ月時点において有減少した(*:p<0.05,Holm法).C意に改善した(**:p<0.01,Holm法).C術前術後1カ月術後3カ月術前術後1カ月術後3カ月830あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018(122)60**********50******403020100■術前■術後1カ月■術後3カ月図3Clearancerateの推移Clearancerateは術後C1カ月時点での点眼C2分後,3分後,4分後,5分後,術後C3カ月時点での点眼C2分後,3分後,4分後,5分後,6分後において有意に増加した(*:p<0.05,**:p<0.01,Holm法).CIII考按涙液クリアランスの測定方法には,従来,Jones法,Fluo-rophotometry法,フルオレセンクリアランス試験などがあるが6.8),偽陽性率が高い,時間がかかる,測定が半定量であり比較的侵襲性があるなどの問題点があった1).近年,前眼部COCTを用いた涙液クリアランステストが報告されており,高橋らは,生理食塩水C5Cμl点眼後からC30秒間における涙液メニスカスの変動を前眼部COCTで計測し,涙液クリアランス率を算出した9).前眼部COCTを用いた涙液クリアランステストは,ある程度定量的で客観的な測定が行える利点がある.今回筆者らは,前眼部COCTと同様に,非侵襲で客観的な測定が可能であり,眼表面の涙液量と一次相関するパラメータであるビデオメニスコメトリー法5)を用いて,涙液クリアランスを定量的に評価した.これまでの筆者らの研究から,眼瞼下垂術後に涙液量が減少する理由として,瞬目時の開閉瞼程度が大きくなることで涙液ポンプ機能が増強し,涙液クリアランスが増加すると推測していた3,4,10).涙液ポンプ作用以外の涙液クリアランスの改善の要因として,眼瞼下垂症の手術後に角膜の露出面積が大きくなるため,角膜露出面積の増加に伴う涙液分布面積の増加や涙液の蒸発が考えられるが,涙液貯留量の減少と術後のCMRD-1値,また術前後のCMRD-1の増加量に有意な相関関係はみられなかった3).今回の検討結果で,挙筋短縮術術後に有意に涙液貯留量は減少し,clearancerateが増加したことから,挙筋短縮術により涙液の蒸発亢進よりも涙液ポンプ機能のほうが涙液量の減少に関与すると考えられる.導涙のメカニズムについて考えると,涙液排出量は開瞼時の眼輪筋の弛緩により涙小管に涙液を排出し,閉瞼時には眼輪筋の収縮により「瞬目時に涙道系に発生する陰圧CΔP」と「上下の涙液メニスカスにおける陰圧CΔp」の差に比例する11).(123)CClearanrerate(%)2分後3分後4分後5分後6分後閉瞼時には眼輪筋,Horner筋が収縮し,涙.上部は膨張し,涙小管が圧平することで涙小管内の涙液が涙.へ流れ込み,開瞼時には眼輪筋,Horner筋が弛緩し涙.上部が収縮,涙小管が拡張し,涙点から涙液を吸引する.以前,筆者らは挙筋短縮術と余剰皮膚切除術が涙液量に与える影響を検討した.挙筋短縮術によって涙液貯留量が術後有意に減少したことに対して,余剰皮膚切除術では涙液貯留量が有意に減少しなかったこと4)から,挙筋短縮術後は上眼瞼挙筋の収縮および伸展が改善されるため,瞬目時の開瞼程度および閉瞼程度も大きくなり,開瞼時のCΔPの増加により涙液がより涙小管へ流れやすくなり涙液クリアランスが改善されると考えられる.今回の検討で,眼瞼下垂の治療法である挙筋短縮術によって,涙液クリアランスは改善することが示唆された.しかし,術後経過観察期間はC3カ月という短い期間であったため,長期にわたり涙液クリアランスの改善が維持されるかは不明である.今後症例数および経過観察期間を増やして検討することが必要であると考えられる.文献1)鄭暁東,小野眞史:前眼部COCT点眼負荷涙液クリアランス試験.あたらしい眼科31:1645-1646,C20142)西本浩之,向野和雄,春日井紘子ほか:加齢性下眼瞼内反症手術における視機能への影響について.眼科手術C20:C423-426,C20073)岡雄太郎,渡辺彰英,脇舛耕一ほか:眼瞼下垂手術後における涙液貯留量の変化.眼科手術28:624-628,C20154)WatanabeCA,CSelvaCD,CKakizakiCHCetCal:Long-termCtearCvolumeCchangesCafterCblepharoptosisCsurgeryCandCblepha-roplasty.InvestOphthalmolVisSciC56:54-58,C20155)横井則彦,濱野孝:メニスコメトリーとビデオメニスコメーター.あたらしい眼科17:65-66,C20006)JonesLT:Thecureofepiphoraduetocanaliculardisor-ders,traumaandsurgicalfailuresonthelacrimalpassag-es.TransAmAcadOphthalmolC66:506-524,C19627)WebberWR,JonesDP,WrightP:Fluorophotometricmea-surementsCofCtearCturnovcrCrateCinCnormalChealthyCper-sons:evidenceCforCaCcircadianCrhythm.CEye(Lond)C1:C615-620,C19878)XuKP,TsubotaK:Correlationoftearclearancerateand.uorophotometricassessmentoftearturnover.BrJOph-thalmolC79:1042-1045,C19959)高橋直巳,鄭暁東,鎌尾知行ほか:細隙灯顕微鏡による涙点関連所見と涙液クリアランスとの関係.あたらしい眼科32:876-882,C201510)WatanabeA,KakizakiH,SelvaDetal:Short-termchang-esCintearvolumeafterblepharoptosisrepair.Cornea33:C14-17,C201411)McDonaldCJE,CBrubakerCS:Meniscus-inducedCthinningCtear.lms.AmJOphthalmolC72:139-146,C1971あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018C831

TNF阻害薬が有効であった強膜ぶどう膜炎の2症例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):825.828,2018cTNF阻害薬が有効であった強膜ぶどう膜炎の2症例河野慈*1石原麻美*1澁谷悦子*1井田泰嗣*1竹内正樹*1山根敬浩*1蓮見由紀子*1木村育子*1,2石戸みづほ*1水木信久*1*1横浜市立大学大学院医学研究科眼科教室*2南大和病院CTwoCaseofSclerouveitisTreatedbyTNFInhibitorsShigeruKawano1),MamiIshihara1),EtsukoSibuya1),YasutsuguIda1),MasakiTakeuchi1),TakahiroYamane1),YukikoHasumi1),IkukoKimura1,2)C,MizuhoIshido1)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)MinamiyamatoHospital目的:TNF阻害薬〔インフリキシマブ(IFX),アダリムマブ(ADA)〕で治療した難治性強膜ぶどう膜炎のC2症例の報告.症例:症例1)50歳,女性.右眼強膜ぶどう膜炎のため,2012年C3月当院受診.プレドニゾロン(PSL)にメトトレキサート(MTX)を併用したが消炎せず,同年C9月にCIFXを導入.その後,右眼裂孔原性網膜.離を生じ硝子体手術を施行.2015年C2月に血小板増多のためCIFXを中止後,炎症が再燃したが,再開により速やかに改善した.症例2)79歳,女性.関節リウマチに伴う強膜ぶどう膜炎のため,2016年C3月当院受診.非ステロイド系抗炎症薬を内服したが,右眼に.胞様黄斑浮腫(CME)出現.間質性肺炎の既往のためCMTXは使用できず,同年C12月にCADAを導入.6週間後にCCMEは消失した.結論:難治性強膜ぶどう膜炎に対し,TNF阻害薬による治療は有効である.CPurpose:Toreporttwopatientswithrefractorysclerouveitistreatedwithtumornecrosisfactor(TNF)inhib-itors,Cin.iximab(IFX)andCadalimumab(ADA)C.CCase:CaseC1:AC50-year-oldCfemaleCwithCright-eyeCsclerouveitiswasCreferredCtoCusCinCMarchC2012.COralCprednisolone(PSL)andCmethotrexate(MTX)treatmentCwasCine.ective.CIFXwasaddedtothetreatmentregimeninSeptember2012.Vitrectomyforrhegmatogenousretinaldetachmentwassubsequentlyperformed.InFebruary2015,thesclerouveitisrelapsedafterIFXdiscontinuationduetothrom-bocytosis.ThepatientsoonwentintoremissionafterrestartingIFXtreatment.Case2:A79-year-oldfemalewithrheumatoidCarthritis-associatedCsclerouveitisCwasCreferredCtoCusCinCMarchC2016.CCystoidCmacularCedema(CME)Cdevelopeddespitetreatmentwithnon-steroidalanti-in.ammatorydrugs.AhistoryofinterstitialpneumoniameantMTXCwasCnotCadministered.CADACtreatmentCwasCcommencedCinCDecemberC2016.CCMECdisappearedCafterCsixCweeks.Conclusions:TNFinhibitorsmaybee.ectiveintreatingrefractorysclerouveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):825.828,C2018〕Keywords:強膜ぶどう膜炎,インフリキシマブ,アダリムマブ,プレドニゾロン経口投与,関節リウマチ.scler-ouveitis,in.iximab,adalimumab,oralCprednisolone,rheumatoidarthritis.Cはじめに強膜ぶどう膜炎は進行すれば失明の可能性のある炎症性眼疾患であり,感染性と非感染性に分けられる.非感染性強膜ぶどう炎の原因としては特発性がもっとも多いが,関節リウマチ(rheumatoidCarthritis:RA)をはじめとして多発血管性肉芽腫症,全身性エリテマトーデス,結節性多発動脈炎,再発性多発軟骨炎,炎症性腸疾患,強直性脊椎炎などの全身性疾患が背景として存在することもある1).治療はまず,ステロイド薬点眼・免疫抑制薬点眼,症例によってはステロイド薬結膜下注射などの局所治療を行う.全身治療としては,非ステロイド系抗炎症薬(non-steroidalCanti-inflammatorydrugs:NSAIDs)内服で消炎しなければ,プレドニゾロン(PSL)経口投与が行われる.さらにステロイド薬内服でも炎症のコントロールがつかなければ,免疫抑制薬の全身投与が行われる.非感染性ぶどう膜炎に保険適用のあるシクロスポリンのほか,RAが原疾患であればメトトレキサート(MTX)〔別刷請求先〕河野慈:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学大学院医学研究科眼科学教室Reprintrequests:ShigeruKawano,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi,Kanagawa236-0004,JAPANが使用される2).それでも炎症のコントロールが得られない場合,TNF阻害薬の導入が考慮される.原疾患のCRAに対し,インフリキシマブ(IFX)やアダリムマブ(ADA)をはじめとする種々のCTNF阻害薬が使用できる2).また,ADAに関してはC2016年C9月より既存治療抵抗性の非感染性ぶどう膜炎(中間部,後部,汎ぶどう膜炎)に保険適用となったため3),特発性の強膜ぶどう膜炎(後眼部病変を伴う場合)に対して使用可能となった.今回,筆者らは既存の治療に奏効しなかった非感染性の強膜ぶどう膜炎C2症例に対し,TNF阻害薬(IFX1例,ADA1例)を導入して炎症コントロールが得られたので報告する.CI症例〔症例1〕50歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2010年C5月に右眼の充血と眼痛を主訴に近医眼科受診し,両強膜ぶどう膜炎と診断された.ベタメタゾン点眼に加え,PSLをC30Cmg/日より漸減内服して軽快したが,2011年C12月に右眼の炎症が再燃した.PSL30mg/日にシクロスポリンC3Cmg/kg/日を併用したが,PSL漸減中に再燃を繰り返したため,2012年C3月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時眼所見:視力は,VD=(1.2C×sph+1.00D(cyl.0.75DAx10°),VS=(1.2C×sph+0.50D(cyl.1.25DCAx170°).眼圧は,右眼C20CmmHg,左眼C20CmmHg.右眼に全周性に強膜の表在性および深在性血管の充血がみられたが,眼内に炎症所見はなかった.左眼の強膜および眼内には炎症所見はみられなかった.経過:当科受診後よりCPSLをC40Cmg/日に増量し,右眼の強膜ぶどう膜炎はコントロールできていたが,2013年C5月,5mg/日まで漸減した際,両眼の強膜ぶどう膜炎が再燃した.PSLをC40Cmg/日に増量してCMTX6Cmg/週を併用したが,右眼の強膜ぶどう膜炎のコントロールは得られず,9月には漿液性網膜.離(serousCretinalCdetachment:SRD)を合併したため,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC500Cmg×3日間)を施行した.その後,網膜裂孔が見つかり,PSLとCMTX内服に加えC11月よりCIFX導入後,硝子体手術を施行した.術後,網膜は復位し,炎症の再燃もみられなかった.2015年C4月に多血症を認めたため,IFXを中止したが,約C2カ月後に右眼の強膜ぶどう膜炎が再燃した(図1a).IFXの再開後,速やかに強膜ぶどう膜炎は軽快し(図1b),同年C9月にCPSL内服を漸減中止した.現在までCIFXとCMTXを継続しており,強膜ぶどう膜炎の再燃はない.〔症例2〕79歳,女性.主訴:右眼充血,眼痛.既往歴:開放隅角緑内障,関節リウマチ,間質性肺炎.現病歴:2016年C2月に右眼の眼痛と充血を主訴に近医受診し,右眼強膜ぶどう膜炎と診断された.ベタメタゾン点眼,タクロリムス点眼に加え,デキサメタゾン結膜下注射を施行したが消炎しないため,2016年C3月当科紹介受診となった.初診時所見:視力は,VD=0.2(1.2C×sph.0.25D(cyl.2.25DAx90°),VS=0.3(1.2C×sph+1.25D(cyl.2.50DCAx85°).眼圧は,右眼C12CmmHg,左眼C11CmmHg.右眼の耳上側の強膜に表在性および深在性血管の充血がみられたが,眼内に炎症所見はなかった.左眼の強膜および眼内には炎症所見はみられなかった.経過:2016年C4月に右.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedama:CME)が出現したため,トリアムシノロン後部Tenon.下注射を施行した.さらにCNSAIDsの内服を開始したが,9月には右眼内炎症の増悪と,わずかにCSRDを伴図1多血症のためIFX中止後の再燃時(a)およびIFX再開後(b)の右眼前眼部写真IFX中止後,強膜の血管充血は増強したが(Ca),再開後は速やかに充血は改善し,上方に強膜の菲薄化がみられた(b).C図2増悪時の右眼前眼部写真(a)およびOCT写真(b)耳上側の強膜の血管充血が増悪し(Ca),OCTにて,わずかに漿液性網膜.離を伴った.胞様黄斑浮腫がみられた(b).C図3ADA導入後の右眼前眼部写真(a)およびOCT写真(b)強膜の血管充血は軽快し(Ca),OCTにて黄斑部は正常化が確認された(Cb).CったCCMEを認めた(図2).PSL内服を勧めたが,間質性肺炎の治療でCPSLを半年間内服した際に副作用歴があるため内服しなかった.また,間質性肺炎の既往によりCMTXも使用できないため,同年C12月にCADAを導入した.4回注射後,炎症所見は軽快するとともに,CMEは消失した(図3).現在もCADAを継続し再燃なく経過している.CII考察今回筆者らは,既存治療に抵抗した難治性強膜ぶどう膜炎2例に対し,IFXまたはCADAを導入し,消炎が得られた症例を報告した.強膜ぶどう膜炎や強膜炎に対するCTNF阻害薬の有効性を示した海外の症例報告はいくつかあり,数種類の免疫抑制薬で炎症コントロールが困難であった強膜ぶどう膜炎C2症例に対し,IFXを導入することで速やかに消炎した報告4)や,MTX単剤でコントロール不良な結節性強膜炎の症例に対し,ADAを併用することにより消炎が得られた報告5)などがある.一方,わが国では,強膜炎に対するTNF阻害薬の保険適用はないが,既存治療抵抗性の中間部,後部,汎ぶどう膜炎にCADAが使用できるようになった.IFXに関しては,強膜炎に保険適用外で使用した報告が散見される6,7)が,強膜炎,強膜ぶどう膜炎に対するCADAの使用報告はまだない.症例C1は特発性強膜ぶどう膜炎であるが,ADAが非感染性ぶどう膜炎に適応となる前であったため,倫理委員会の承認を得てCIFXを導入した.網膜.離に対する硝子体手術の前に導入し,術後炎症が予防できたが,ステロイドパルス療法も術前に施行しているために,IFX単独の効果であったかどうかは不明である.しかし,血小板増多症をきたした際にCIFXを中止したところ,強膜ぶどう膜炎が再燃し,IFX再開後に速やかに消炎したため,本症例の炎症コントロールにCIFXが有効であると考えられた.症例C2では,既往症にRAに伴う間質性肺炎があり,その治療に使用したステロイド薬の副作用歴があったため,MTXおよびCPSLを使用せずにCADAを導入し,速やかな消炎がみられた.Ragamら8)はCADA単剤で炎症コントロール可能であった強膜炎症例を報告している.TNF阻害薬はステロイド薬や免疫抑制薬などで効果不十分な場合に併用する薬剤であるが,本症例のように,既存治療薬剤が副作用などで使用できない場合に限って,ADA単剤使用を考慮してもよい可能性が示唆された.海外では難治性強膜炎に対し,TNF阻害薬を含む生物学的製剤が積極的に使用されている.deCFidelixら9)は,おもに結節性および壊死性前部強膜炎に対してC2015年までに投与された生物学的製剤の統計を報告しており,IFXはC46/81例(57%)ともっとも多く使用されていた.IFX投与群はC96%(45/46例)で有効であり,ADA投与群はC2例だけであるが,2例とも有効であった.海外でもCADAの使用頻度は他の薬剤と比べて非常に少ないが,今後適応の拡大とともに増えると考えられる.また,非感染性・非壊死性強膜炎に対し,IFXとCADAのどちらが有効かを検討した報告8)があるが,両薬剤の効果に有意差はないという結果であった.強膜ぶどう膜炎や強膜炎におけるCTNF阻害薬の中止(バイオフリー)の目安についてのコンセンサスはまだないが,4年間の治療後にCADAを中止することができた結節性強膜炎の症例報告がある10).症例C1では多血症のためCIFXを中止後に炎症が再燃したが,ステロイド薬がオフになってから現在までのC2年間では炎症の再燃はない.慎重に経過をみながら中止時期を検討していく予定である.既存治療に抵抗する,後眼部病変を合併した強膜ぶどう膜炎に対し,TNF阻害薬(IFX,ADA)は有効であると考えられた.しかし,わが国ではCADAを使用した報告がなく,その有効性の評価については,今後の症例の蓄積が待たれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SmithJR,MackensenF,RosenbaumJT:Therapyinsight:CscleritisCandCitsCrelationshipCtoCsystemicCautoimmuneCdis-ease.NatClinPracticeC3:219-226,C20072)日本リウマチ学会:関節リウマチ(RA)に対するCTNF阻害薬使用ガイドライン(2017年C3月C21日改訂版)httpC://www.Cryumachi-jp.com/info/guideline_TNF.html3)日本眼炎症学会CTNF阻害薬使用検討委員会:非感染性ぶどう膜炎に対するCTNF阻害薬使用指針および安全対策マニュアル(2016年版).日眼会誌121:34-41,2017http://www.Cnichgan.or.jp/menber/guidline/tfn_manual.pdf4)DoctorP,SultanA,SyedSetal:In.iximabforthetreat-mentCofCrefractoryCscleritis.CBrCJCOphthalmolC94:579-583,C20105)RestrepoCJP,CMolinaCMP:SuccessfulCtreatmentCofCsevereCnodularCscleritisCwithCadalimumab.CClinCRheumatolC29:C559-561,C20106)小溝崇史,寺田裕紀子,子島良平ほか:インフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎のC1例.あたらしい眼科31:595-598,C20147)杉浦好美,増田綾美,松本功ほか:レミケードが奏功した難治性壊死性強膜炎のC1例.眼臨紀5:613,C20128)RagamCA,CKolomeyerCAM,CFangCCCetCal:TreatmentCofCchronic,noninfectious,nonnecrotizingscleritiswithtumornecrosisCfactorCalphaCinhibitors.COculCImmunolCIn.ammC22:469-477,C20149)deCFidelixCTS,CVieiraCLA,CdeCFreitasCD:BiologicCtherapyforCrefractoryCscleritis:aCnewCtreatmentCperspective.CIntCOphthalmol35:903-912,C201510)BawazeerCAM,CRa.aCLH:AdalimumabCinCtheCtreatmentCofCrecurrentCidiopathicCbilateralCnodularCscleritis.COmanCJCOpthalmol4:139-141,C2011***

癌関連網膜症の2例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):820.824,2018c癌関連網膜症の2例浅見奈々子石原麻美蓮見由紀子澁谷悦子河野慈木村育子山根敬浩石戸みづほ矢吹和朗水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室CTwoCasesofCancer-associatedRetinopathyNanakoAsami,MamiIshihara,YukikoHasumi,EtsukoShibuya,ShigeruKawano,IkukoKimura,TakahiroYamane,MizuhoIshido,KazuroYabukiandNobuhisaMizukiCDepartmentofOpthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUnivercityGraduateSchoolofMedicine目的:癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)のC2症例の報告.症例:症例1:80歳,男性.肺小細胞癌の化学療法中.視力は右眼(0.5),左眼(0.6)で,視野は高度に狭窄し,光干渉断層計(OCT)で網膜外層菲薄化,網膜電図(ERG)で波形の平坦化を認めた.血清抗リカバリン抗体陽性でCCARと診断し,ステロイドとアザチオプリンの内服を行ったが,視力・視野の悪化がみられた.症例C2:77歳,女性.子宮体癌の既往.視力は両眼(0.3)で,視野で輪状暗点を示した.OCT,ERG所見は症例C1と同様であった.血清抗リカバリン抗体陽性でCCARと診断した.ステロイドパルスを施行したが,視力・視野は悪化した.結論:2症例ともに治療に反応せず,視機能の悪化がみられた.CPurpose:ToCreportCtwoCcasesCofCcancer-associatedCretinopathy(CAR).CCase:CaseC1:AnC80-year-oldCmaleCwithsmall-celllungcancerunderchemotherapy,havingvisualacuity0.5ODand0.6OS.Visual.eldwasseverelyimpaired;opticalCcoherenceCtomography(OCT)showedCthinningCofCouterCretinalClayersCandCelectroretinography(ERG)showed.atwaveforms.HewasdiagnosedwithCARbasedonpositiveserumanti-recoverinantibodyandreceivedCoralCprednisoloneCandCazathioprine,CbutCbothCvisualCacuityCandCvisualC.eldCdeteriorated.CCaseC2:AC77-year-oldfemalewithahistoryofuterinebodycancer,havingvisualacuity0.3OU.Visual.eldlookedlikeringscotoma.OCTandERGshowed.ndingssimilartothoseinCase1.ShewasalsosimilarlydiagnosedasCARandtreatedbypulsesteroidtherapy,butneithervisualacuitynorvisual.eldimproved.Conclusion:Thesetwocasesdidnotrespondtothetreatment,whichfailedtoimprovevisualfunctions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(6):820.824,C2018〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,肺小細胞癌,子宮体癌,cancer-associatedretinopathy,anti-re-coverinantibody,small-celllungcancer,uterinebodycancer.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedCretinopathy:CAR)は,悪性腫瘍患者において網膜視細胞に特異的な蛋白質と交叉反応を起こす抗原が腫瘍細胞に発現し,それに対する自己抗体が産生されることで網膜視細胞が傷害され,進行性の視力低下や視野狭窄をきたすまれな疾患である1).CAR患者血清中の自己抗体に対する抗原は何種類かあるが,もっとも有名なものはリカバリンであり,あらゆる癌で癌細胞に異所性に発現しており,血清リカバリン抗体が陽性であればCCARの確定診断となる2).CARの原因となる癌としては肺癌,とくに肺小細胞癌が多く,ついで消化器癌,婦人科癌が多い.また,癌の原発巣の発見以前に眼症状が自覚されることが多いといわれている1).今回筆者らは,肺小細胞癌および子宮体癌の患者に発症したCCARのC2症例を報告する.CI症例〔症例1〕80歳,男性.〔別刷請求先〕浅見奈々子:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:NanakoAsami,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama-shi,Kanagawa236-0004,JAPAN820(112)主訴:両眼の視野狭窄,霧視.既往歴:25歳時に副鼻腔炎,29歳時に尿路結石,79歳時に前立腺肥大症.喫煙歴:60本/日C×45年間.現病歴:2005年に両眼の加齢黄斑変性と診断されC2010年ラニビズマブ硝子体注射にて加療され,視力は右眼(1.2),左眼(0.7)で経過していた.肺小細胞癌の化学療法中のC2016年C2月,両眼の急激な視力低下と視野狭窄を自覚し,同月に横浜市立大学附属病院眼科(以下,当科)に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼(0.5),左眼(0.6).眼圧は右眼10CmmHg,左眼C10CmmHg.両眼とも前眼部に炎症所見はなかったが,びまん性硝子体混濁を認め,眼底には網膜動脈狭細化および網膜色調不良がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(.uoresceinCangiography:FA)では網膜色素上皮の萎縮をCwindowCdefectとして認めたが,網膜血管炎や網脈絡膜炎はみられなかった.光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)では右眼に網膜外層の萎縮とCelip-soidzoneの消失がみられ(図1a),網膜電図(electroretno-gram:ERG)では両眼ともCa波,b波ともに著明に振幅が減弱し,平坦化していた(図1b).Goldmann視野検査では両眼とも中心視野は内でC5°以外,周辺視野が高度に障害され,abわずかな島状視野の残存を認めた(図2).血清抗リカバリン抗体は陽性であった.経過:臨床所見,眼科検査所見,肺癌加療中であること,および血清抗リカバリン抗体陽性からCCARと診断した.肺小細胞癌に対する化学療法を継続しながら,2016年C7月よりプレドニゾロン(PSL)40Cmg/日にアザチオプリンC25Cmg/日を併用したが,治療開始C1カ月後には視力は右眼(0.4),左眼(0.4)と低下し,残存していた周辺視野は消失した.左霧視の自覚症状が強かったため,同年C8月に左眼にケナコルトCTenon.下注射を行ったが,自覚症状や眼所見に改善を認めなかった.2017年C1月最終診察時,視力は右眼(0.3),左眼(0.2)であり,視野障害はさらに進行し,中心C5°のみとなった.同月に前医転院となり,永眠された.〔症例2〕77歳,女性.主訴:両眼の視力低下,視野障害.既往歴:特記すべきことなし.現病歴:2008年C2月,子宮体癌(IIb期)と診断された.同年C9月より両眼の視力低下および視野狭窄を自覚し,同月に当科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼(0.3),左眼(0.3).眼圧は右眼14CmmHg,左眼C14CmmHg.両眼に前房内炎症細胞および硝子体混濁を認め,眼底には網膜動脈の狭細化と白鞘化がみら図1症例1のOCT(a)とERG(b)a:OCT(右眼)で中心窩を除く網膜外層の菲薄化,elipsoidCzoneの消失を認めた.Cb:フラッシュCERG(左),フリッカーCERG(右)は両眼ともCa波,b波ともに著明に減弱し,平坦化していた.C(左)(右)図2症例1のGoldmann視野両眼とも中心と周辺にわずかな視野が残るのみであった.図3症例2の蛍光眼底造影写真両眼とも視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈閉塞(→),網膜静脈からの蛍光漏出を認めた.(左)(右)図4症例2のGoldmann視野両眼とも上方視野が高度に障害された輪状暗点を示した.れた.FAでは両眼の視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈閉塞,網膜静脈からの蛍光漏出を認めた(図3).OCTでは中心窩を除く網膜外層の菲薄化がみられ,ERGではCa波,b波ともに著明に低下し,平坦化していた.Goldmann視野検査では両眼の輪状暗点が認められた(図4).血清抗リカバリン抗体は陽性であった.経過:症例C1と同様,CARと診断した.2008年C9月に子宮体癌に対し子宮全摘術が施行された.同年C10月よりニルバジピン内服を開始し,ステロイドパルス療法をC1クール施行後,PSL50Cmg/日より漸減内服した.同年C11月より子宮体癌に対して化学療法が施行された.両眼の硝子体混濁は改善を認めたが,視力・視野ともに悪化し,最終視力は右眼HM/30Ccm,左眼CCF/30Ccmとなった.2009年C7月に永眠された.CII考按今回,肺小細胞癌の治療中,または子宮体癌の発見後にCARを発症し,治療に反応せず視機能が悪化したC2症例を経験した.本症は急激な霧視,羞明を伴った視力低下,視野狭窄を自覚して発症し,眼所見では網膜血管狭細化,網膜色素変性様所見,ぶどう膜炎所見などがみられる.視野は輪状暗点やさまざまな程度の視野狭窄を呈し,ERGで波形の平坦化,OCTで中心窩を除いた網膜外層の菲薄化がみられる2,3).両症例ともこれらの典型的な臨床所見,眼所見,検査所見を呈しており,CAR発症前に癌の診断がついていたので診断は容易であった.しかし,CARの臨床症状は癌の診断に先行することが多く4),眼症状をきっかけに癌が発見された報告は複数ある5.7).提示したC2症例において,CARの確定診断は患者血清中の抗リカバリン抗体が陽性になったことでつけられたが,抗リカバリン抗体自体の初回陽性率は60%程度と高いとはいえない8).今回はC2症例とも一度の測定で陽性になったが,初回の測定で陰性であった場合でも,少なくともC1カ月以上の間隔をおいてC3回採血することにより,ほとんどの症例で網膜自己抗体を確認できたという報告がある8).しかし,実際に複数回測定した報告は少なく,血清抗リカバリン抗体は陰性であっても,臨床所見や経過からCARと診断している報告も少なくない7,9).治療には原疾患の抗腫瘍療法を原則とし,それに加えて副腎皮質ステロイド薬(内服・パルス療法),免疫抑制薬,免疫グロブリン療法,血漿交換療法などが報告されているが,治療法はいまだ確立されていない10,11).抗リカバリン抗体陽性のCCARは概して治療抵抗性で,視機能予後は不良であり3),最終的に光覚なしとなる報告もある13,14).しかし一方では,視力や視野が改善した報告も散見される7,12,15).CARの治療反応性に対する確立した見解はないが,海外ではCARを含む自己免疫性網膜症(autoimmuneCretinopathy:AIR)に対してアザチオプリン,シクロスポリン,副腎皮質ステロイド薬の長期併用をすることにより,AIRのC70%に改善を認めたという報告がある11).とくにCCARでの反応が良好であり,発症早期に治療開始したほうが,進行してから開始するより治療に対する反応性がよいと報告されている.一方,癌治療が成功し抗網膜抗体が陰性になったことで,ダメージを受けた網膜構造が,正常に回復したという報告がある16).抗網膜抗体により光受容器がアポトーシスを起こす前に,抗網膜抗体が産生されなくなれば,CAR患者の視機能予後改善につながると考察がされている.このことから,CARを発症早期に治療することも重要であるが,抗網膜抗体を産生する癌を根治することがCCARの視機能予後改善には重要であると考えられる.本症例ではC2症例とも視機能予後が不良であった.症例C1はCCARの発症からC5カ月間は肺癌の化学療法中のため体調不良であり,CARに対する治療が開始できなかったこと,また原疾患の癌の治療にもかかわらず全身転移を起こしており,癌を制御できなかったことが視機能予後不良に関係したと考えられる.一方,症例C2ではCAR発症早期に治療を開始し,原疾患の手術や化学療法をしたにもかかわらず,やはり癌の制御ができなかったことが視機能予後不良につながったと考えられた.生命予後に関しては,CARを発症した癌患者と,CARを発症していない癌患者では,前者の生命予後がよいことが知られている.その理由として,癌患者に発現したリカバリンは,細胞増殖,薬物感受性などに関係するカベオリンと共役しているため,癌細胞増殖や抗癌剤に対する薬物抵抗性を抑制している可能性が考えられている1).しかし,本症例では2症例とも発症C1年以内に永眠されており,生命予後は不良であったが,その理由は明らかではない.機序は不明であるが,カベオリンの発現量低下による癌細胞増殖や治療抵抗性が生命予後不良につながったのかもしれない.CARはまれな疾患であるため,その特徴を知らないと早期診断がむずかしく,治療開始が遅れる可能性がある.急激に進行する視力低下と視野狭窄,網膜血管狭細化やCERGで消失型の所見を認めた場合は,癌の診断がついていなくてもCARを疑い,全身検索をする必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大黒浩,吉田香織:悪性腫瘍関連網膜症.眼科C53:93-101,C20112)OhguroCH,CNakazawaCM:PathologicalCrolesCofCrecoverinCincancer-assiciatedretinopathy.AdvExpMedBiolC514:C109-24,C2002C3)上野真治:腫瘍関連網膜症.臨眼68:50-56,C20144)大黒浩,高谷匡雄,小川佳一ほか:悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌101:283-287,C19975)齋藤良太,柳谷典子,堀池篤ほか:腫瘍関連網膜症を契機に発見された小細胞肺癌のC1例.日呼吸誌C2:123-127,C20136)井坂真由香,窪田哲也,酒井瑞ほか:癌関連網膜症を随伴した肺大細胞神経内分泌癌のC1例.日呼吸誌C2:39-43,C20137)高橋政代,平見恭彦,佐久間圭一朗ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連網膜症(CAR)のC1例.日眼会誌112:806-811,C20088)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科21:987-990,C20049)二宮若菜,林孝彰,高田有希子ほか:原発性肺癌に合併した癌関連網膜症が疑われたC1例.眼臨紀9:664-668,C201610)大黒浩:癌関連網膜症.日本の眼科79:1559-1563,C200811)FerreyraCHA,CJayasunderaCT,CKhanCNWCetCal:Manage-mentCofCautoimmuneCretinopathiesCwithCimmunosuppres-sion.ArchOphthalmolC127:390-397,C200912)佐々木靖博,石川誠,奥山学ほか:悪性腫瘍関連網膜症を発症しステロイド療法が奏効した多発転移を伴う乳癌のC1例.乳癌の臨床28:219-224,C201213)森田大,松倉修司,中川喜博ほか:肺大細胞癌に伴うCAR症候群のC1例.臨眼60:1467-1470,C200614)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異的な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201115)今泉雅資,中塚和夫,松本惣一セルソほか:Cancer-Asso-ciatedRetinopathyのC1例.眼紀49:381-385,C199816)SuimonCY,CSaitoCW,CHirookaCKCetCal:ImprovementsCofCvisualCfunctionCandCouterCretinalCmorphologyCfollowingCspontaneousCregressionCofCcancerCinCanti-recoverinCcan-cer-associatedCretinopathy.CAmCJCOphthalmolCCaseCRepC5:137-140,C2017***

トリアムシノロンTenon囊下注射で悪化し,眼内液を用いた PCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):815.819,2018cトリアムシノロンTenon.下注射で悪化し,眼内液を用いたPCR法が診断に有用であった眼トキソプラズマ症の1例丸茂有香*1水谷武史*1加藤亜紀*1野崎実穂*1吉田宗徳*1南場研一*2小椋祐一郎*1*1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*2北海道大学大学院医学研究院眼科学教室CACaseofOcularToxoplasmosiswithExacerbationafterPosteriorSub-Tenon’sInjectionofTriamcinoloneAcetonide,inwhichPCRfromVitreousSamplewasUsefulinDiagnosisYukaMarumo1),TakeshiMizutani1),AkiKato1),MihoNozaki1),MunenoriYoshida1),KenichiNamba2)andYuichiroOgura1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineandGraduateSchoolofMedicine,HokkaidoUniversity目的:トリアムシノロンCTenon.下注射により悪化し,硝子体液CPCRにより眼トキソプラズマ症と診断されたC1例を経験したので報告する.症例:55歳,女性.2000年に左眼のトキソプラズマ症に対しアセチルスピラマイシン内服,2008年に左眼ぶどう膜炎および視神経炎に対しステロイド内服の既往があった.2015年C7月に左眼難治性ぶどう膜炎の精査加療目的で名古屋市立大学病院を受診した.初診時,左眼に硝子体混濁,および限局性網膜滲出斑を認めた.ぶどう膜炎に対しステロイド内服を行ったが所見が改善しないため,2015年C8月およびC11月にトリアムシノロンTenon.下注射を施行したところ炎症が悪化した.翌年C3月に左眼硝子体手術を施行,硝子体液のCPCR検査でトキソプラズマCDNAが確認された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシン内服治療開始,その後硝子体混濁,網脈絡膜炎は改善した.結論:診断確定にはCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査が有用である.CPurpose:Toreportacaseofoculartoxoplasmosis,inwhichPCRfromthevitreoussamplewasusefulindiag-nosis.CCaseReport:AC55-year-oldCfemaleCwithCmedicalChistoryCofCocularCtoxoplasmosisCinCherCleftCeyeChadCbeenCtreatedCwithCacetylspiramycinCinC2000.CSheCalsoChadCpreviousChistoryCofCuveitisCandCopticCneuritisCinCherCleftCeye,CwhichChadCbeenCtreatedCwithCoralCprednisoloneCinC2008.CSheCwasCreferredCtoCNagoyaCCityCUniversityCHospitalCbecauseCofCintractableCuveitisCinCherCleftCeyeCinCJuly,C2015.CModerateCvitreousCopacityCandClocalizedCexudatesCcloseCtoCscarringlesionswereobservedinthelefteye.Althoughshewastreatedwithoraladministrationofprednisolone,theuveitiswasnotimproved.Posteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonidewasperformedtwice,whi-chexacerbatedtheuveitisrapidly.ParsplanavitrectomywasperformedandToxoplasmagondiiCDNAwasdetectedCbyPCRfromvitreoussample.Aftertreatmentwithclindamycin,theuveitisgraduallyimproved.Conclusion:PCRdetectionofToxoplasmagondiiCDNAinvitreoussampleisconsideredusefulfordiagnosisofoculartoxoplasmosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):815.819,C2018〕Keywords:眼トキソプラズマ症,ポリメラーゼ連鎖反応,トリアムシノロン後部テノン.下注射,難治性ぶどう膜炎.oculartoxoplasmosis,polymerasechainreaction(PCR)C,sub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonide,in-tractableuveitis.Cはじめにあり,ぶどう膜炎の原因疾患の一つである.眼底後極部にC1眼トキソプラズマ症はネコを終宿主とするトキソプラズマ.2乳頭径大の滲出性病変を生じ,硝子体混濁や血管炎を伴原虫(Toxoplasmagondii)により発症する人畜共通感染症でい,病変が黄斑部に及んでいる場合は重篤な視力障害の原因〔別刷請求先〕吉田宗徳:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:MunenoriYoshida,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPANとなることがある.先天感染では感染した母胎から胎盤を通じて胎児に感染し,後天感染は経口感染が一般的とされるが,その区別は必ずしも容易ではない.2009.2010年に多施設で施行された大規模調査では,わが国でのぶどう膜炎全体に占める眼トキソプラズマ症の割合はC1.3%であったと報告がされているが1),確定診断は困難なことも多く,診断や治療が遅れることもしばしば経験される2).今回筆者らはトリアムシノロンCTenon.下注射で急速に増悪し,その後硝子体手術の際に採取した硝子体液のポリメラーゼ連鎖反応(porimeraseCchainCreaction:PCR)検査によって診断が確定した眼トキソプラズマ症のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:55歳,女性.主訴:左眼の歪視.既往歴:2000年,左眼の眼トキソプラズマ症と診断され,アセチルスピラマイシン内服により治癒した.2008年,左眼のぶどう膜炎および視神経炎に対してステロイド内服加療を受け治癒した.家族歴:特記すべきことなし.生活歴:九州出身,ネコ接触歴なし,生肉摂取歴なし.現病歴:2015年C5月頃から左眼のぶどう膜炎に対し近医でC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液の点眼治療を受けていたが改善しないため,2015年C7月に精査・加療目的で名古屋市立大学病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼0.8(1.5C×sph.0.50D(cyl-0.50DAx115°),左眼C0.5(1.2C×sph.0.25D(cyl-0.50DCAx65°),眼圧は右眼C11CmmHg,左眼C13CmmHgであった.右眼の前図1初診時左眼超広角眼底写真視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣(→)を,その下鼻側に黄白色の境界不明瞭な滲出性病変(.)および硝子体混濁を認める.また周辺網膜には灰白色の網脈絡膜瘢痕がある(C.).眼部,中間透光体,眼底に特記する異常所見はなかった.左眼前眼部には炎症所見はなかったが,硝子体混濁(gradeC2+)3)を認めた.眼底は視神経乳頭周囲に陳旧性網脈絡膜瘢痕病巣,視神経乳頭の下鼻側にC1.5乳頭経大の黄白色の境界明瞭な滲出性網脈絡膜病巣があり,周辺網膜に灰白色を呈する網脈絡膜瘢痕萎縮も存在した(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinCangiography:FA)では,早期に左眼の視神経乳頭下鼻側の黄白色滲出性病巣に一致して,中心部のブロックによる低蛍光およびその周囲は色素漏出による過蛍光を呈しており(図2a),後期では漏出により病巣周囲の過蛍光領域の拡大を認めた(図2b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyanineCgreenCangiography:IA)では硝子体混濁およびブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常所見はなかった(図3).血清抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.1CIU/ml図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:早期像.病巣に一致する部位で中心部はブロックによる低蛍光およびその周囲には過蛍光を認める(.).Cb:後期像.滲出性病変部の色素漏出による過蛍光領域が拡大している(.).C図3初診時左眼インドシアニングリーン蛍光眼底造影写真硝子体混濁および滲出斑のブロックによる低蛍光以外に特記すべき異常は認めない.図5左眼悪化時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(後期像)下方網脈絡膜病巣に一致した色素漏出による過蛍光が拡大している(.).(正常値C0.8CIU/ml未満),抗トキソプラズマCIgG抗体C64CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.経過:前医より処方されていたC0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液点眼を継続していたが,改善しないためC2015年C8月初旬からプレドニゾロンC30Cmg/日をC7日間内服した.しかし,改善がみられなかったためプレドニゾロン内服を中止し,さらなる原因精査のため前房水を採取して単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスに対するPCRを施行したが,ウイルスCDNAは検出されなかった.8月末に左眼に対してトリアムシノロンCTenon.下注射C20mg/0.5Cmlを施行したが硝子体混濁(Grade2+)の改善は得られなかったため,11月に左眼にC2回目のトリアムシノロンCTenon.下注射を施行したところ硝子体混濁(Grade2+)図4左眼悪化時の超広角眼底写真硝子体混濁が悪化し,滲出性病変が拡大している(.).図6左眼治療後の超広角眼底写真硝子体混濁は改善し,滲出性病変は瘢痕を残し消退した.が悪化し,滲出性病変の拡大を認めた(図4).FAでも早期像で下方網脈絡膜病巣に一致した過蛍光領域を認め,また後期像で色素漏出による過蛍光領域の拡大を認めた(図5).矯正視力はC0.3にまで低下した.2016年C3月に左)硝子体手術(白内障手術併用)を施行し,術中に採取された硝子体液のトキソプラズマ抗体価を測定した.硝子体液抗体価検査:抗トキソプラズマCIgM抗体C0.4CIU/ml(正常値C0.8IU/ml未満),抗トキソプラズマIgG抗体240CIU/ml(正常値C6CIU/ml未満)であった.硝子体液サンプルのCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検査を行ったところ,トキソプラズマCDNAが検出された.眼トキソプラズマ症と診断しクリンダマイシンC2,700mg/日を開始した.3週間程度経過したところで硝子体混濁は消失し,網脈絡膜炎は瘢痕を残し消退した(図6).クリンダマイシンをC3週間程使用し終了,その後再燃はなく,矯正視力はC0.5を維持している.CII考按今回筆者らは,診断に苦慮し,トリアムシノロンCTenon.下注射で悪化した眼トキソプラズマ症を経験し,診断の確定にCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出が有用であったC1例を経験した.眼トキソプラズマ症には,先天性と後天性があり,先天性は両眼性でおもに黄斑部にみられる境界明瞭な壊死性瘢痕病巣が特徴とされ,その再発病巣では瘢痕病巣に隣接または離れた部位に限局性滲出性網脈絡膜炎としてみられる.一方,後天性は限局性滲出性網脈絡膜炎が片眼にみられることが多い.本症例は,片眼に瘢痕病巣に隣接した限局性滲出性病巣が存在し,血清トキソプラズマCIgG抗体価は基準値のC10倍程度,IgM抗体価は基準値以下であったが,2000年に発症したと考えられる後天性眼トキソプラズマ症の再発例として矛盾はない.しかしながら,2008年のぶどう膜炎再燃は,ステロイド内服のみで消炎を得られており,その後C7年間再燃はみられなかったことから,トキソプラズマ以外の原因の可能性も否定できず,診断に苦慮した.本症例は過去に既往があるだけでなく,FAにおいて病変中心部の低蛍光およびその周辺の過蛍光というトキソプラズマ症において特徴的な所見がみられたことから,ぶどう膜炎の経験が豊富な医師からみると眼トキソプラズマ症の比較的典型的な症例と思われるが,日本ではトキソプラズマ感染症が比較的少ないため,専門医でなければ遭遇する機会に乏しい疾患であり,念頭になければ鑑別診断にあげることがむずかしいと考える.Nobregaらは加齢黄斑変性に伴う新生血管に対して行った光線力学的療法に併用したトリアムシノロンの硝子体内注射後に発生した眼トキソプラズマ症のC1例を報告している4).また,Rushらは非感染性のぶどう膜炎だと推察されトリアムシノロンの硝子体内注射後に発症した眼トキソプラズマ症のC1例と,トキソプラズマ脈絡膜炎の再発と推察され眼トキソプラズマに対する治療を併用しつつトリアムシノロンの硝子体内注射を行ったにもかかわらず悪化したC1例を報告しており5),トリアムシノロンの使用は,局所であっても十分な注意が必要である.後天性眼トキソプラズマ症の診断には,血清抗体価の測定や臨床像の特徴のほか,血清反応,原虫の分離などがあるが,血清反応は診断までにC3週間必要で,眼トキソプラズマ症では血清の抗トキソプラズマ抗体価が上昇しないこともあり診断意義は低く,原虫の分離には眼球摘出が必要なため通常行われることない.1993年にCAouizerateらが最初にCPCR法による眼内液からのトキソプラズマ原虫ゲノムの検出について報告して以来6),眼内液のCPCRが有用であるとの報告がされている.Okharaviらは血清検査で診断がつかなかったが眼内液のCPCR法による検査で眼トキソプラズマ症の診断がついた症例を報告している7).わが国でも,杉田らは臨床的に眼トキソプラズマ症が疑われる症例の前房水および硝子体液に対して行ったmultiplexCPCR(13例中11例),real-timePCR(13例中C10例)のどちらもが診断に有用であったと報告している8).本症例においても,硝子体手術施行時に採取した硝子体液のCPCR法によるトキソプラズマ原虫ゲノムの検出により確定診断に至った.その他の検査法として,血清中または眼内液中の全CIgG量に対する抗原特異的CIgG量の抗体率を眼内液と血清で比較した値(Q値)の有用性が古くから報告されている9).わが国においても竹内らがCQ値により確定診断に至った後天性眼トキソプラズマ症のC2例を報告している10).本症例では全CIgG量を測定しておらずCQ値の計算ができないが,Fekkarらは眼トキソプラズマ症におけるCQ値の感度はC81%,特異度はC98.1%であり,PCR法の感度はC38%,特異度はC100%であると報告しており11),PCR法の比較的低い感度を,Q値の測定を併用することが補う可能性はあると考える.わが国における眼トキソプラズマ症の感染は近年減少傾向にあるといわれているが,国際化に伴い,生肉などの食文化の変化やさまざまなペットとの生活など環境の変化もあり,今後増加することも懸念される.また,臓器移植後や本症例のようなステロイド治療による免疫力の低下,または後天性免疫不全症候群や血液疾患による免疫機能低下による日和見感染や再燃などは今後も増えてくること,また初診時の病歴や病態も複雑化した症例が増えてくることが予想され,後天性眼トキソプラズマ症を疑った場合の診断にはCPCR法は有用であり,積極的に考慮すべき検査であると考える.謝辞:硝子体液のCPCR検査をしていただきました北海道大学眼科研究室廣瀬育代技術補助員に深謝申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)OhguroCN,CSonodaCK,CTakeuchiCMCetCal:TheC2009Cpro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20122)NovaisEA,CommodaroAG,SantosFetal:Patientswithdi.useCuveitisCandCinactiveCtoxoplasmicCretinitisClesionsCtestPCRpositiveforToxoplasmagondiiintheirvitreousandblood.BrJOphthalmol98:937-940,C20143)NussenblattCRB,CPalestineCAG,CChanCCCCetCal:Standard-izationCofCvitrealCin.ammatoryCactivityCinCintermediateCandposterioruveitis.OphthalmologyC92:467-471,C19854)NobregaCMJ,CRosaCEL:ToxoplasmosisCretinochoroiditisCafterphotodynamictherapyandintravitrealtriamcinoloneforCaCsupposedCchoroidalCneovascularization:aCcaseCreport.ArqBrasOftalmol,C70:157-160,C20075)RushCR,CShethCS:FulminantCtoxoplasmicCretino-choroidi-tisCfollowingCintravitrealCtriamcinoloneCadministration.CIndianJOphthalmolC60:141-143,C20126)AouizerateCF,CCazenaveCJ,CPoirierCLCetCal:DetectionCofCToxoplasmagondiiinaqueoushumourbythepolymerasechainreaction.BrJOphthalmolC77:107-109,C19937)OkharaviCN,CJonesCCD,CCarrollCNCetCal:UseCofCPCRCtoCdiagnoseCToxoplasmaCgondiiCchorioretinitisCinCeyesCwithCseverevitritis.ClinExpOphthalmolC33:184-187,C20058)SugitaCS,COgawaCM,CInoueCSCetCal:DiagnosisCofCoculartoxoplasmosisCbyCtwoCpolymeraseCchainCreaction(PCR)examinations:qualitativemultiplexandquantitativereal-time.JpnJOphthalmolC55:495-501,C20119)DesmontsG,BaronA,O.retGetal:Laproductionlocaled’anticorpsCauCcoursCdesCtoxoplasmosisCoculaires.CArchCOphthalmolRevGenOphthalmolC20:134-145,C196010)竹内正樹,澁谷悦子,飛鳥田有里ほか:Q値により確定診断された後天性眼トキソプラズマ症のC2例.あたらしい眼科27:667-670,C201011)FekkarCA,CBodaghiCB,CTouafekCFCetCal:ComparisonCofCimmunoblotting,calculationoftheGoldmann-Witmercoef-.cient,CandCreal-timeCPCRCusingCaqueousChumorCsamplesCforCdiagnosisCofCocularCtoxoplasmosis.CJCClinCMicrobiolC46:1965-1967,C2008***

長期不明熱を併発した内因性眼内炎の1例

2018年6月30日 土曜日

《第51回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科35(6):811.814,2018c長期不明熱を併発した内因性眼内炎の1例藤井敬子馬詰和比古後藤浩東京医科大学臨床医学系眼科学分野CCaseofEndogenousEndophthalmitiswithLong-termUnidenti.edFeverKeikoFujii,KazuhikoUmazumeandHiroshiGotoCDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity長期不明熱を併発した内因性眼内炎のC1例を経験したので報告する.症例はC75歳の女性.左眼の視力低下を自覚し,当院を紹介受診となった.初診時,左眼の視力は光覚弁,左眼には毛様充血,結膜浮腫とフィブリンの析出が観察され,6時間後には前房蓄膿も出現した.内因性眼内炎を疑い,同日中に水晶体摘出術と硝子体切除術を行った.術後の病歴聴取より繰り返す発熱,原因不明の両膝関節炎の既往がわかり,齲歯を自分で削っていたことも判明した.さらに心臓超音波検査で大動脈弁に疣贅を認め,硝子体液と血液培養からグラム陽性球菌が検出された.感染性心内膜炎の診断で抗菌薬の投与を開始,術後C45日目に眼内レンズの二次挿入を,50日目に大動脈弁置換術を施行した.初診から3カ月後の矯正視力はC0.6で,全身状態と併せ経過良好である.易感染性につながる基礎疾患がなくても,内因性眼内炎が疑われた際には詳細な病歴聴取が診断の鍵となることがある.CWereportacaseofendogenousendophthalmitiswithlong-termunidenti.edfever.A75-year-oldfemalerec-ognizedblurredvisioninherlefteye.Visualacuitywaslightperceptioninthelefteye;ciliaryinjection,conjuncti-valchemosisand.brinintheanteriorchamberwereobserved.Moreover,hypopyonappeared6hourslater.Thepatientunderwentphacoemulsi.cationandvitrectomyonthatday,withsuspicionofendogenousendophthalmitis.Aftersurgery,welearnedmorepreciselyofherhistoryofrepeatedfever,unidenti.edarthritisanddentalcaries.InCaddition,CechocardiographyCrevealedCvegetationConCherCaorticCvalve.CFurthermore,Cgram-positiveCcoccusCwasCdetectedCinCherCbloodCspecimenCandCvitreousCsample.CSheCwasCtreatedCwithCsystemicCadministrationCofCantibioticsCforadiagnosisofendocarditis.Intraocularlensimplantationandaorticvalvereplacementwereperformed45daysand50dayslater,respectively.Herbest-correctedvisualacuitywasimprovedto0.6withgoodphysicalconditionafter3monthsfromtheinitialexamination.Itissuggestedthatdetailedmedicalhistorycouldleadtothediagnosisofendogenousendophthalmitiseveninnon-immunocompromisedpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(6):811.814,C2018〕Keywords:内因性眼内炎,感染性心内膜炎,問診,齲歯.endogenousendophthalmitis,endocarditis,medicalin-terview,dentalcaries.Cはじめに内因性感染性眼内炎は眼外臓器の感染巣から血行性に細菌や真菌が眼内へ移行し発症する.とくに細菌性眼内炎はいったん発症すると短時間で病態が悪化することが多く,失明率も高いため,早期診断,早期治療が良好な視機能の維持のために必要となる.一般に細菌性眼内炎は肝膿瘍や腎盂腎炎などに続発し,基礎疾患として糖尿病・悪性腫瘍を合併することが多いと報告されているが1),まれながらこれらの基礎疾患のない健常人にも発症することもある2).今回,内因性眼内炎の発症と診断を契機に,長期不明熱の原因が判明したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:75歳,女性.主訴:左眼の視力低下.既往歴:特記すべきことはないが,遷延する微熱あり.現病歴:2016年C9月末の昼頃から左眼の飛蚊症を自覚し,その後,視力低下も出現したため,同日夕刻に近医を受診し〔別刷請求先〕藤井敬子:〒160-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:KeikoFujii,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN図1初診から6時間後の左眼所見a:前房内のフィブリンの析出が増加し,前房蓄膿も出現している.Cb:超音波CBモード検査では硝子体腔に高反射エコーがみられる.C図2術2日後に施行された心エコー検査大動脈弁にC7C×5Cmm大の疣贅(矢印)を認める.た.左眼矯正視力はC0.6まで低下しており,網膜出血が観察されたため,網膜静脈分枝閉塞症の疑いで,翌日,東京医科大学八王子医療センター眼科を紹介受診となった.初診時眼所見と経過:視力は右眼C0.8(0.9C×sph.0.25D(cyl.1.00DCAx95°),左眼光覚弁(矯正不能)で,眼圧は右眼C7CmmHg,左眼C21CmmHgであった.左眼には毛様充血,結膜浮腫,前房内にフィブリンの析出が観察され,眼底は透見不能であった.右眼は軽度白内障を認めるのみで,前眼部,中間透光体,眼底に異常を認めなかった.初診からC6時間後には左眼前房中のフィブリンが増加し,前房蓄膿も出現していることが確認された(図1a).超音波CBモード検査では硝子体腔に高反射エコーを認めた(図1b).眼痛と全身倦怠感も増強し,眼所見と臨床経過から内因性感染性眼内炎を疑った.なお,入院時の全身検査所見は体温C37.2℃,採血では白血球数C4,340/ml(好中球C53%),CRPC3.20Cng/dlと軽度上昇していたが,胸部CX腺,胸腹部Ccomputedtomog-raphy(CT)ではとくに異常はなかった.心電図では左軸偏位と完全左脚ブロックがみられた.内因性感染性眼内炎の診断のもと,紹介同日に白内障手術および硝子体手術を計画した.手術直前に血液培養を施行し,バンコマイシン,セフタジジムを含む灌流液の灌流前に前房水および硝子体液を採取し,培養検査に提出した.手術方法は,瞳孔領を覆っていた前眼部のフィブリンを除去し,水晶体摘出後,硝子体手術に移行した.術中の眼内所見であるが,硝子体腔に高度の混濁を認め,眼底には広範囲にフィブリンが析出し,網膜血管は白鞘化を呈しており,網膜内出血も眼底のすべての象限で確認された.術翌日は角膜浮腫が強く,眼底は透見不能であったが,前房蓄膿はみられず,感染については一定の制御が得られていると判断し,バンコマイシンとセフタジジムの頻回点眼による治療を継続した.術後に改めて病歴を聴取したところ,数年前より原因不明の熱発を認め,さらにC3年前に両膝関節炎に罹患し,他院で精査するも原因は不明であったことが判明した.全身的精査目的に当院の総合診療内科を受診したところ,聴診により心雑音が聴取されたため心臓血管外科で精査となった.後に心臓超音波検査を行ったところ,大動脈弁にC7C×5Cmm大の疣贅を認めた(図2).また,術中に採取した硝子体液と静脈血の双方からグラム陽性球菌であるCAerococcus属が検出され,菌血症と心エコーの所見から感染性心内膜炎の診断に至った.その後,再度病歴を聴取したところ,齲歯を自分自身で削り取っていたことが判明し,未治療の齲歯が原因とされる感染性心内膜炎に続発した内因性眼内炎であったことが推察された.感染性心内膜炎に対しては硝子体手術のC2日後から4週間のアンピシリンとC2週間のゲンタマイシンの点滴加療を開始した.術後の眼所見は前眼部炎症,硝子体混濁も徐々に軽快していったため,術後C16日目よりレボフロキサシンとセフメノキシムに点眼を変更し,術後C45日目に眼内レンズの二次挿図3初診から3カ月後の左眼所見a:前眼部に異常はなく,矯正視力はC0.6まで改善した.Cb:眼底には周辺部にわずかな点状出血を認めるのみである.C入を行った.初診からC3カ月後には左眼視力はC0.6(矯正不能)まで改善し,眼底には周辺部に点状出血をわずかに認めるのみとなり,良好な経過をたどっている(図3a,b).感染性心内膜炎については抗菌薬による治療後,血液培養は陰性となったものの,大動脈弁に疣贅が残存していたため,硝子体手術からC50日目に大動脈弁置換術が行われ,その後は今日に至るまで経過良好である.CII考按内因性眼内炎は体内にある何らかの感染巣から,細菌や真菌が血行性に眼内に転移して生じる.秦野らによれば,悪性腫瘍,感染症,糖尿病,膠原病などの背景因子や,大手術,intravenoushyperalimentation(IVH),ステロイド投与を契機に発症することが多いとされるが1),まれながら健常人にも発症することがある2).そのような場合にはとくに診断に苦慮することが推察され,実際,本疾患は誤診率の高い疾患としても知られている3).細菌性眼内炎の場合,グラム陰性桿菌が起炎菌となることが多く,おもな原発感染巣として尿路,消化器,呼吸器における感染が多いとされる1).また,わが国においては比較的まれではあるが,米国では感染性心内膜炎による眼内炎が40%を占めるといわれている4).感染性心内膜炎は心内膜に疣贅を形成し,塞栓症や心障害など,多彩な臨床症状を呈する全身性・敗血症性疾患である5).起炎菌はグラム陽性球菌によることがC80%以上で,何らかの基礎心疾患を有する症例がC80%を占めるが,まれに心疾患の既往がない例に発症することもあるとされる6).また,歯科治療を契機に発症した例がC30%を占め,そのほか消化管・泌尿生殖器処置後や,中心静脈カテーテル留置などの背景因子をもつことが多いといわれている6).今回の症例では,病歴の聴取と治療開始前の検体採取により,未治療の齲歯が原因で感染性心内膜炎に罹患し,遷延する微熱を経て眼内炎を発症したことが判明した.特記すべき基礎疾患がないにもかかわらず感染性心内膜炎を発症したことと,その感染性心内膜炎が感染巣となって内因性感染性眼内炎を発症した点は,比較的まれな症例であったと思われる.いずれにしても詳細な病歴聴取が診断につながったといえよう.細菌性眼内炎は初診の段階で正しく診断されるのはC50%程度との報告もあり,誤診率の高い疾患である7).発症すると進行が早く,著しく視機能を損なう可能性があるため,視力予後の改善には早期診断に加え,抗菌薬の全身・硝子体投与と硝子体手術が必要とされる7).本症例においても早期発見,診断に加え,抗菌薬の投与,硝子体手術によって視力の回復を得ることができた.明らかな既往歴や眼科受診歴などがなくても,疑わしき眼所見が観察された際には眼内炎の可能性を念頭に入れ,早期の治療介入が必要である.わが国では感染性心内膜炎が感染巣となって発症することは少ないものの,あらゆる可能性を考慮しながら全身的精査を行っていくことが肝要であろう.CIII結論長期不明熱のみられた患者が転移性内因性眼内炎を契機に感染性心内膜炎の診断に至り,治療によって視機能および全身症状の回復が得られたC1例を経験した.特記すべき基礎疾患がなくても,内因性眼内炎の原因検索として詳細な病歴聴取が重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌.日眼会誌95:369-376,C19912)MatsuoCK,CNakatsukaCK,CYanoCYCetCal:GroupCBCstrepto-coccalCmetastaticCendophthalmitisCinCelderlyCmanCwithoutCpredisposingillness.JpnJOphthalmolC42:304-307,C19983)BinderCMI,CChuaCJ,CKaiserCPKCetCal:EndogenousCendop-thalmitis:An18-yearreviewofculture-positivecasesatatertiarycarecenter.MedicineC82:97-105,C20034)PringleSD,McCartney,MarshallDAetal:Infectiveendo-carditisCcausedCbyCStreptococcusCagalactiae.CIntCJCCardiolC24:179-183,C19895)宮武邦夫,赤石誠,石塚尚子ほか:感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン.JCS,20086)NakataniCS,CMitsutakeCK,COharaCTCetCal:RecentCpictureCofCinfectiveCendocarditisCinCJapan.CCircCJC77:1558-1564,C20137)OkadaAA,JohnsonRP,LilesWCetal:Endogenousbac-terialCendohthalmitis.CReportCofCten-yearCretrospectiveCstudy.OphthalmologyC101:832-838,C1994***

基礎研究コラム 13.前房水の病的変化による角膜内皮細胞の減少

2018年6月30日 土曜日

前房水の病的変化による角膜内皮細胞の減少山口剛史なぜ角膜内皮細胞が減るのか?角膜内皮機能不全は,角膜移植後の移植片不全のもっとも多い原因です.角膜内皮細胞が減少することが原因ですが,その減少には個体差があります.これまでさまざまな研究がされましたが,その原因は特定されませんでした.筆者らは「虹彩がぼろぼろ」の症例で角膜内皮細胞の減少が速いことを臨床的に証明しました1).解剖学的に角膜内皮細胞と虹彩の間には「前房水」が存在します.そこで,「前房水の病的変化が角膜内皮細胞密度減少を引き起こす」と仮説を立て,前房水サイトカイン濃度を調べました.すると,興味深いことにさまざまな病態でサイトカイン濃度が上昇し,その上昇パターンが異なることがわかりました(図1)2).つまり一見同じような前房水に見えても,ずいぶん炎症特性が異なるということです.さらに,前房水サイトカイン濃度と虹彩損傷,前房水サイトカインと角膜内皮細胞密度にも強い相関があることがわかりました.角膜内皮細胞の維持相関があってもそれが原因か結果かはわかりません.そこで,角膜移植前の前房水サイトカインと術後の角膜内皮細胞の減少を前向きに調べました.すると術前に特定のサイトカイン濃度が高い症例で,術後の角膜内皮細胞密度が減ることがわかってきました(図2)3).これは,「前房水で角膜移植術後の予後が決まる」ということ,さらに,一部の「水疱性角膜症とは,虹彩損傷を原因とする前房水の病的変化による角膜内皮細胞の変性疾患」であることを示唆します.マルチオミクス関連による病態解明サイトカインは比較的測定しやすく,今後バイオマーカーになる可能性をもっていますが,これが角膜内皮細胞減少の真の病態でない可能性があります.角膜移植後の角膜内皮細胞減少による失明患者を救うためには,どうしたらいいのでしょうか?近年の基礎分野の技術革新は著しく,微量サンプルからの蛋白質や転写因子の網羅的解析が可能になってきました.このオミクス技術を駆使して,真の病態解明を通じて難治性角膜疾患を救うため,膨大な臨床データ解析と平行してトランスレーショナルな研究を地道に進めています.前房水の慢性炎症が角膜内皮細胞減少を引き起こす筆者らの一連の研究から「前房水の慢性炎症が角膜内皮細胞減少につながる」ことが示唆されました.では,研究成果図1疾患による前房水サイトカイン濃度の違い一見同じような前房水に思えても,原疾患によって前房水のサイトカイン上昇パターンが異なる.正常状態角膜内皮減少疾患図2角膜内皮細胞が減少す角膜る病態角膜内皮細胞角膜移植後の角膜内皮細胞の減少と,虹彩損傷・前房水炎症が強く関連する.前房水の慢性炎症虹彩損傷をどうしたら患者に届けられるでしょうか.いくつもの方法が考えられます.ひとつは,前房水の慢性炎症を予防すること,虹彩を損傷するような余計な手術をしないこと,手術をする際は虹彩を傷つけないように気をつけることです.次に,角膜移植前後に前房水の慢性炎症を抑制するためステロイド点眼など積極的に使用すること*.あとは,虹彩損傷が強い患者には,より元気な角膜を斡旋すること*.近い将来,角膜内皮細胞の細胞注入療法が実現するとき,より慢性炎症に強い細胞株を選別できれば,現在の角膜移植では救えない患者を救える明るい未来があると思います.*注:今後,臨床研究で検証する必要があります.文献1)IshiiN,YamaguchiT,YazuHetal:FactorsassociatedwithgraftsurvivalandendothelialcelldensityafterDes-cemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.Scienti.cReports28:25276,20162)YamaguchiT,HigaK,SuzukiTetal:Elevatedcytokinelevelsintheaqueoushumorofeyeswithbullouskeratop-athyandlowendothelialcelldensity.InvestOphthalmolVisSci57:5954-5962,20163)YazuH,YamaguchiT,AketaNetal:Preoperativeaque-ouscytokinelevelsareassociatedwithendothelialcelllossafterDescemet’sstrippingautomatedendothelialker-atoplasty.InvestOphthalmolVisSci,inpress(93)あたらしい眼科Vol.35,No.6,20188010910-1810/18/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 181.黄斑上膜自然剥離後に発症する黄斑円孔(初級編)

2018年6月30日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載181181黄斑上膜自然.離後に発症する黄斑円孔(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに黄斑上膜(epiretinalmembrane:ERM)は後部硝子体.離(posteriorvitreousdetachment:PVD)の進行とともに自然.離することがある.ERMの自然.離後にERMが再発したとする報告は過去に散見される1)が,黄斑円孔(macularhole:MH)が発症することもある.筆者らは過去に同様の症例を経験し報告したことがある2).●症例68歳,男性.右眼のERMが自然.離し(図1,2),矯正視力は1.0に改善した.しかし,1年後にMHをきたした(図3).硝子体手術(parsplanavitrectomy:PPV)の術中所見としてMHの鼻側に薄いERMの再発を認め(図4),このERMによる接線方向の牽引でMHが生じたと推測した.ERMおよびMH周囲の内境界膜を.離し,液空気置換を施行した.術後MHは閉鎖し,矯正視力は0.1から0.5に改善した(図5).●本症例の発症機序一般にPVDの進行に伴いERMが自然.離した後は,黄斑部への硝子体牽引が解除されていると考えられる.しかし,その後もERMが再発することから,黄斑部に細胞増殖をきたす足場が残存している可能性が考えられる.このようなERM自然.離後の増殖性変化が網膜の接線方向の牽引を引き起し,MHが発症する可能性は十分に考えられる.近年,PPV後晩期にMHが生じたとする報告3,4)も散見され,その多くが術後に形成されたERMによる網膜の接線方向の牽引が原因と推測している.以上のことから,ERMが自然.離した後も,OCTによる経過観察が必要と考えられる.文献1)森山侑子,南政宏,中泉敦子ほか:黄斑上膜自然.離後に黄斑上膜再発をきたした3症例.眼科手術24:489-493,(91)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1ERM自然.離前の眼底写真ERM()を認める.後部硝子体は未.離でありWeissringは認めない.(文献3より引用)図2ERM自然.離後の眼底写真PVDに伴うERMの自然.離を認める().(文献3より引用)図3MH発症時のOCT写真ERM自然.離1年後にMHが生じた.(文献3より引用)図4硝子体手術中の所見MHの鼻側に薄いERMの再発を認めた.(文献3より引用)図5硝子体手術後のOCTMHは閉鎖している.(文献3より引用)20112)家久耒啓吾,森下清太,鈴木浩之ほか:黄斑上膜自然.離後に発症した黄斑円孔の1例.眼科手術31:113-117,20183)FabianID,MoisseievE,MoisseievJetal:Macularholeaftervitrectomyforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina32:511-519,20124)LeeSH,ParkKH,KimJHetal:Secondarymacularholeformationaftervitrectomy.Retina30:1072-1077,2010あたらしい眼科Vol.35,No.6,2018799