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増殖膜処理のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

増殖膜処理のピットフォールPitfallsintheTreatmentofProliferativeMembranes武内潤*厚東隆志*はじめに増殖膜処理は硝子体手術の中でもっとも難易度の高い手技の一つであり,熟練の術者にとっても頭を悩ませる原因となる.増殖膜処理を必要とする患者を執刀できるようになれば硝子体術者としても中級者から上級者へと進んでいくステージにあるといえる.しかし,手術に不測の事態はつきもので,あらかじめ増殖膜処理を伴うことを予測して手術に臨めればよいが,単なる硝子体出血だと思って入った糖尿病網膜症の手術で出血を除去したらべっとり一面増殖膜などということもありうる.そうなったらお手上げというのではとても硝子体術者としてやっていけない.初級~中級者を対象とした本特集だが,増殖膜処理の項目があるのはそのような状況にあっても基本的な増殖膜処理を知っておいて,いざというときは立ち向かう心構えが必要であることを意味する.本稿では増殖膜処理の基本と,術中に陥りがちなトラブルについて述べる.CI線維血管膜と線維増殖膜増殖膜には血管増殖を伴う線維血管膜(.brovascularmembrane:FVM)と,炎症性に増殖を生じた線維増殖膜がある.前者は虚血により生じた新生血管が増殖・癒合し線維化した増殖膜であり,網膜灌流の低下を伴う疾患である増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCreti-nopathy:PDR)や網膜静脈閉塞症などの疾患で生じる.一方で,増殖硝子体網膜症(proliferativeCvitreoretinop-athy:PVR)において生じる増殖膜は炎症性の増殖であり,FVMと異なり増殖膜に血管成分を含まない.この違いは手術操作の違いにもつながるので念頭に置く必要がある.CII増殖糖尿病網膜症の増殖膜処理PDRは代表的なCFVMを生じる疾患である.FVMの処理をすることがもっとも多い疾患であり,ある程度の習熟度に達した術者が軽症の増殖膜処理を予定することが多いと考えられる.しかし,冒頭に記したとおり,硝子体出血を伴うCPDRで開けてびっくりという状況に出くわすことがある.そうなったときに備えてCFVMの適切な処理方法やトラブルシューティングを学んでおく必要がある.増殖膜処理を考える際には,PDRの膜は新生血管を生じているCepicenterで主幹血管と強く癒着しており,それ以外の部位では増殖膜と網膜との癒着は軽い,という原則を頭に入れておく.周辺の後部硝子体膜.離(posteriorCvitreousCdetach-ment:PVD)がすでに生じている箇所があれば,後極の増殖膜はひとまず置いておき,そこをきっかけにPVDを拡大させて硝子体の円錐切除を行い硝子体の前後方向の牽引を解除する(図1).中間周辺部にもCepi-centerが多発しておりCPVDが止まってしまう場合にはepicenterの隙間をみつけるか,さらに周辺部から回り込むことでCPVDを拡大させる.PVDを全周起こして*JunTakeuchi&TakashiKoto:杏林アイセンター〔別刷請求先〕武内潤:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林アイセンターC0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(37)C909図1硝子体出血を伴うPDRでの円錐切除a:術前のCBモード超音波検査で後極に強い癒着を認めるが,中間周辺部にはCPVDが生じている.Cb:中間周辺部から周辺にかけて硝子体を円錐切除し,後極の増殖膜と周辺部の前後方向の牽引を解除する.図2PDRにおける膜分割(segmentation)a:増殖膜を分割する際にはCepicenterの存在(C×)を意識し,epicenterの間の間隙を分割するようにする().Cb:間隙にカッターを入れ,上下の増殖膜をCsegmentationした.図3視神経乳頭からの増殖膜処理周辺にCPVDが生じていない症例では視神経乳頭から増殖膜を図4Viscodelaminationによる増殖膜処理立ち上げる方法もある.PVDがまったく起きていない症例では小さく硝子体膜を穿破し,そこから粘弾性物質を注入していくCviscodelaminationも有用な手技である.図5術中出血の線維化重症CPDRでは術中出血が術中急速に線維化し()処理に手こずることがあるため,こまめな止血が重要となる.図6PVRの増殖膜処理a:未成熟なCPVRでは増殖膜が視認できない症例も多く,網膜皺襞の形から増殖膜の存在を予想して探りに行く.Cb:黄斑の耳側から増殖膜が.離できた.図7双手法を用いた増殖膜処理両手に鑷子を用いて増殖膜を.離している.双手法は比較的平易な症例でのトレーニングを重ねるとよい.図8PFCで伸展しない網膜に存在する増殖膜a:PFCを注入しても伸展しない網膜()には増殖膜が存在し,未処理のままだと復位を得られない.Cb:この症例では網膜下に増殖膜があり,裂孔から鑷子で抜去して網膜が伸展するようになった.

黄斑手術のピットフォールとその対策

2024年8月31日 土曜日

黄斑手術のピットフォールとその対策PitfallsandCountermeasuresinMacularSurgery平田憲*はじめに黄斑部に対する手術は硝子体牽引の除去,網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM).離,内境界膜(internallimitingmembrane:ILM).離とILM被覆など多岐にわたる.手術操作は非常に限られた範囲で行われることが多く,黄斑という視機能にきわめて重要な部位に対する操作であることから,手術は硝子体手術のなかでももっとも慎重な操作を必要とする局面である.患者ごとにどのような手技を行うかについて事前に計画を立てることが重要と考える.I手術に際して1.黄斑部操作器具の選択黄斑部操作(=膜.離)には操作性の高い硝子体鉗子が必要である.鉗子を選ぶ際のポイントは,①十分な剛性があるかどうか.剛性がないと容易に先端がしなってしまい,器具の動きが大きくなるため危険である.②手の動きが余計な力を必要とせずに,正確に鉗子の先端に伝わること.器具の開閉がスムーズできしみがないかどうか.器具の動きにわずかな遊びがあるほうが安全な操作を行える.③膜.離時に,鉗子と網膜の接触面が十分観察できる先端形状であるかどうか.各メーカーからさまざまなデザインの器具が販売されているが,実際に手に取り自分にあったものを見つけることが望ましい.再利用タイプの鉗子を用いる場合は,メインテナンスも重要であり,予備の鉗子を準備することが必要である.ディスポーザブルの鉗子では製品による操作性のばらつきがあることにも留意すべきである.2.Chromovitrectomyにおける染色剤の選択硝子体,ERM,ILMはすべて半透明の組織であり,バイタル色素を使用することでより容易に可視化することができる.術中染色を併用した硝子体手術を総称してchromovitrectomyとよぶ.黄斑部操作,すなわち膜.離の際には,網膜表面の染色を行うほうが視認性の向上により安全かつ効率的に操作が行える.現在臨床で用いられる薬剤として,トリアムシノロンアセトニド(以下,トリアムシロノン),インドシアニングリーン(indocya-ninegreen:ICG),ブリリアントブルーG(BrilliantBlueG:BBG)があげられる.トリアムシノロンは網膜表面全体に付着し,膜.離を行った場合に,.離部位と非.離部位を明瞭化できる.しかし,トリアムシノロンには選択的な染色性はなく,ERMとILMの区別はできないため,複数回の使用には適さない.ICGは選択的にILMを染色し,ERMに対してはわずかしか染色しないため,ERMとILMの境界が明瞭になる.膜.離には有用な染色剤であるが,高濃度で使用すると術後の網膜色素上皮の変化,視野障害,視神経萎縮など有害な合併症を及ぼす可能性がある.0.125%以下の濃度で使用し,ILMがすでに.離された網膜に直接吹きかけないようにする.近年用いられているinvertedILM.ap法のよ*AkiraHirata:林眼科病院〔別刷請求先〕平田憲:〒812-0011福岡県福岡市博多区博多駅前4-23-35林眼科病院0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(29)901うなILMに付着したICGが直接網膜に触れるような操作にも用いるべきではない.BBGもICGと同様にILMを選択的に染色する.ICGと異なりBBGの組織毒性はもっとも低く,神経細胞のアポトーシス率を低下させることが報告されている.しかし最近では,BBGによる毒性の可能性に関する報告もある.また,薬剤によっては光源と相互作用し,光源の発光スペクトルと薬剤の吸収帯域が重なることにより光感作を誘発する可能性がある.これは酸化ストレスレベルの上昇,フリーラジカル放出をもたらし,組織に障害を及ぼす可能性がある.いずれの薬剤もできるだけ少量,短時間の使用が望ましい.3.網膜光障害を予防するには網膜光障害は主として光化学的損傷(高い光エネルギーが分子の化学結合を切断し,フリーラジカルの形成を引き起こして酸化ストレスのレベルを上昇させること)で起こる.網膜の損傷は累積的であり,照明機器の光量を小さくし,ファイバーの先端から網膜までの距離を長くして,手術時間を極力短くすることが大事である.たとえば光源の先端と網膜までの距離を4mmから8mmに延長することで,光障害を生じさせうる閾時間は約3倍延長できる.最近の光源機器にはpass.ltersが内蔵されており,網膜に有害な短波長成分をカットすることで,光障害のリスクを大幅に軽減できる.また,シャンデリア照明や三次元(3D)ヘッドアップサージェリー装置の導入により,網膜への光照射の総量を減らすことが可能である.II疾患ごとのピットフォールと手術のポイント黄斑疾患のなかでも,遭遇する頻度が高いERM,黄斑円孔,硝子体黄斑牽引症候群,黄斑分離・分層円孔,ILM下出血について述べる.1.ERMERM手術のポイントは,いかに効率よく安全に膜.離を行うかである.ILM.離は必須ではないが,ERM.離時に部分的に.離してしまうことが多く,通常はERM.離後にILM.離を追加する.a.膜染色の行い方BBG染色が一般的である.ERMに対する染色性はほとんどないため,ERMとILMの境界がわかりやすい.しかし,薄いERMの場合にはBBGが下方のILMを染色することがあり,ERMとILMの境界が不明瞭になりやすく,実際の境界部より内側が境界部として描出されることがある.b.どこから.離を開始するかERMを.離する際には,少なからず網膜の機械的損傷を伴う可能性があることは常に意識しておくべきである.網膜表層には神経線維層があり,不用意な網膜損傷は視野欠損を引き起こす.とくに黄斑乳頭線維束のある中心窩内側から膜.離を開始することはあってはならない.c.どのように膜.離を行うかERMが網膜に付着するパターンはさまざまであり,容易に.離を開始できる場合もあれば,膜を把持できず.離が困難であることもある.ERMの付着パターンを厚いか薄いか,広範囲にあるか,後極部に限局しているかにより四つのマトリクスに分類して考えるとよい(図1).①ERMが厚く限局していればERMの端を鉗子で把持して.離を開始する(図1a).②ERMが厚く広範囲に及ぶ場合には周辺側のERMとILMの境界が不明瞭なことが多いため,ERMの縁がわかりにくく.離しにくい.また,ERMを鉗子で直接把持するのは膜が厚く硬いため困難である.この場合には25ゲージ針の先端を小さく曲げたピックを作製し,ERM表面を軽く触れるように動かしてERMに引っ掛かりを作り,そこから小さな亀裂を作る.再度ERMを染色してERMが.離された部位(ILMが染色された部位)を確認し,そこをきっかけに鉗子で.離する.中心窩方向と周辺側を交互にゆっくり少しずつ.離し,ERMを浮かすようにする.中心窩周囲のERMを丸く切開しながら.離を行う.後極側を.離したら,残存した周辺側のERMを.離する(図1b).③ERMが薄くかつ範囲も小さい場合には境界領域のILMを把持してきっかけを作る.ILM.離とともに内側のERMを.離することで確実にERMの.離が行える(図1c).④ERMは薄いが広範囲に及ぶ902あたらしい眼科Vol.41,No.8,2024(30)図1網膜前膜(ERM)のパターンごとの.離方法a:厚く限局したERM.ERMの端を鉗子で把持し.離を開始する.Cb:厚く広範囲に及ぶERM.25G針で作製したピックを用いてERMに小さな亀裂を作りCERM.離を開始する.Cc:薄く小さいCERM.ERMの外側のCILMを把持し,ILM.離とともに内側のERMを.離する.Cd:薄く広範囲に及ぶERM.中心窩外側の膜を直接鉗子で軽くつまんでCERM.離を開始する.図2InvertedILM.ap法a:円孔周囲のCILM.離.Cb:ILM.apの形状にあわせて弧状にCILMを.離し,切開縁を把持しながらゆっくり.離してCILM.apを作製する.Cc:ILM.apの端を把持しながら翻転し,MH上を覆う.ILM.ap上にCOVDを塗布し.apを圧着させる.部(後部ぶどう腫内)に限定した.離から,全.離までさまざまである.また,ほぼすべての患者で後部硝子体.離が起こっておらず,薄く後部硝子体皮質が付着している.まずトリアムシノロンを塗布し,硝子体膜を可視化して硝子体皮質.離を行い,周辺側まで硝子体切除を行う.全.離例では円孔部から網膜下液を吸引する.完全に吸引する必要はなく,ILM.離時に大きく網膜がバタつかないようにする程度でよい.BBGでCILMを染め,ERMがあればCERM.離と円孔周囲のCILM.離を行う.ILM.離は円孔周囲を少しずつCILM.離部の根本を持ち替えながら進めることで,網膜の牽引を最小限にできる.続いてCILM.apを作製する.ILM.apの誤吸引を防止するために分散型COVDをC.apの表面に塗布して網膜面に固定したのち,円孔から網膜下液を吸引し液空気置換を行う.円孔縁の網膜の誤吸引を防ぐために,バックフラッシュニードルは円孔からやや離れた位置に先端を置き,ゆっくり吸引する.網膜下液は粘稠であるが容易に吸引可能である.下液が減少したら徐々に網膜面に先端を近づけ,網膜下液の吸引を完成させる.OVDを円孔上に塗布して円孔を一時的に閉鎖し,空気液置換を行い硝子体腔内を灌流液で満たす.ILMC.apを円孔上に被覆してC.ap上にさらにCOVDを塗布し,円孔を閉鎖したのち再度液空気置換を行う.液体パーフルオロカーボン(per.uorocarbon:PFC)を用いる場合は,BBGなどであらかじめCILMを染め,円孔から網膜下液を吸引してCPFCを注入する.注入量はアーケードを超える程度で十分である.PFC下でILM.離を行いCILM.apを作製する.PFCによりC.apは網膜面上に圧着されるので,そのまま液空気置換を行ってもよいが,網膜下液が多く残っているとC.apが浮いてしまうことがある.PFC下でCOVD注入針の先端をC.ap直上までもっていき塗布するとCPFCとC.ap間にOVDを注入できる.C3.硝子体黄斑牽引症候群硝子体黄斑牽引症候群(vitreomacularCtractionCsyn-drome:VMT)では不完全な後部硝子体.離による中心窩に硝子体が付着した状態であり,進行すると網膜内に.胞または網膜外層孔の形成や網膜下液が生じる.VMTに対する硝子体手術では,勢いよく硝子体を吸引切除すると黄斑円孔を形成する危険性がある.黄斑部に牽引をかけないことが重要である.VMTでは黄斑部のみならず視神経乳頭や網膜血管にも硝子体が強く付着している.通常どおり中心部の硝子体を切除すると,網膜表面に付着した後部硝子体皮質が膜状にパタパタと波打つのが見える.黄斑部耳側の後部硝子体皮質を軽くカッターで吸引し切除するか,マイクロフックにしたC25ゲージ針で開窓して,カッターで弧状に切り広げる.黄斑部に牽引をかけないように半周程度切除できたら,鉗子で硝子体膜を把持し,黄斑部の牽引をはがす.黄斑の牽引が解除できたら,周辺側の硝子体を切除し,さらに視神経乳頭部の硝子体.離を行う.続いてCBBGでCILMを染色する.通常黄斑部ではCILM.離が起こっており,必要に応じCILM.離を追加する.黄斑部にトリアムシノロン溶液を塗布することで網膜表面の形状を可視化できるので,術中黄斑円孔形成の有無を確認できる.C4.黄斑分離・分層円孔黄斑分離では中心窩周囲のCILM.離を行う.分層円孔では中心窩周囲の増殖組織およびCILMを.離する.両者とも中心窩周囲の膜.離が基本であるため同様の手技となる(図3).黄斑外側から膜.離を開始し,中心窩方向に向かって.離してC.apを作る(図3a)..離境界部からさらに膜.離を追加し,中心窩周囲の.離を進める(図3b).黄斑乳頭線維束の損傷に留意しながら黄斑周囲を全周.離する(図3c).花弁状に.離が終わったあとにカッターでトリミングする(図3d).カッターは.apの中心窩側に置き,開口部を外に向け,カッターをわずかに外に動かしながらC.apをトリミングする.Flapの外側から中心窩方向にカッターを向けて操作すると,対側のC.apを誤吸引して.離する恐れがある.C5.ILM下出血ILM下出血はCTerson症候群,Valsalva網膜症,血液異常,鈍的外傷など,さまざまな原因で生じる病態である.臨床でもっとも遭遇するのは網膜細動脈瘤破裂に伴うものである.丈の高いCILM下出血は硝子体手術の適応となる(図4).出血箇所のCILM.離を行い,ILM下(33)あたらしい眼科Vol.41,No.8,2024C905acd図3黄斑分離における中心窩周囲ILM.離a:黄斑外側からCILM.離を開始し,中心窩方向に向かって.離する.Cb:.離境界部からさらにCILM.離を追加し,中心窩周囲の.離を進める.c:黄斑乳頭線維束のCILMは上下方向から.離を開始し,ILM.apのみ把持して網膜損傷に留意しながら.離する.Cd:カッターでC.apをトリミングする.b図4黄斑円孔を合併したILM下出血に対する硝子体手術a:ILM下出血の下方もしくは外方でCILMを弧状に切開・.離する.Cb:ILMをC1枚のシートとして.離し,翻転する.Cc:OVDをILMシートの上に塗布して軽く網膜面に接着させ,露出した出血を吸引して除去する.Cd:ILMシートを元の位置に戻して円孔を被覆したのちCOVDを塗布する.-

硝子体切除のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

硝子体切除のピットフォールPitfallsofVitrectomy臼井嘉彦*はじめに硝子体手術の目的は,硝子体切除を可能な限り行うことである.そのためには,まずは網膜から硝子体を分離する必要があるため,後部硝子体.離(posteriorvitre-ousdetachment:PVD)を作製し,硝子体基底部まで硝子体を可能な限りする切除する必要がある.疾患や眼軸長の影響や個々の患者により,硝子体の液化や硬さの程度,P硝子体皮質と網膜との癒着の程度によって,PVDの起こしやすさや硝子体切除ができる範囲も異なってくる.本稿では,硝子体切除で陥りやすいピットフォールとその予防および対処法を中心に概説する.CI3ポート作製からPVDの作製まで通常,硝子体手術用C3ポートは角膜輪部よりC3.5Cmm~4.0Cmm部に作製するが,長眼軸眼では,角膜輪部から毛様体扁平部後縁までの距離がC6.0Cmmを超えることもあり,眼軸長や手術手技にあわせて作製していく1).逆に(長)短眼軸眼では,角膜輪部から毛様体扁平部後縁までの距離がC2.0Cmm以下であることも珍しくない.そのため,角膜輪部よりC1.5Cmmの位置で輪部と水平に強膜創を作製して硝子体手術を行うが,この位置がすでに網膜であったとの報告もあり2),筆者の施設では前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)を撮影し,毛様体扁平部後縁の距離を確認しC3ポートを作製している3).3ポート作製後には,灌流カニューラ(トロッカー)が網膜を貫き硝子体腔に出ているか確認を行う.網膜.離や低眼圧などの脈絡膜.離や出血がある患者では,しばしば灌流カニューラが網膜下や脈絡膜下に迷入してしまうためである.また筆者は,穿孔性眼外傷などで眼内の状態が不明な場合には,灌流カニューラを角膜に刺入して手術をスタートさせる場合もある(図1).またはC2ポート作製して確実に硝子体腔にトロッカーが出ていることを確認してから,3ポートの作製を行うこともある(図2).ある程度中心部硝子体切除を行い硝子体中央部の硝子体ゲルを切除後に,トリアムシノロンアセトニド(tri-amcinoloneacetonide:TA)を使用して硝子体を可視化する.その際にCTAを後極部に向かって吹きかけると,網膜上に直接粒子が付着するか否かでCPVDの有無がわかる.大量に散布し過ぎるとかえって視認性が悪化し,網膜上に堆積したCTAを除去する手間が増える.術前にCWeissringが見えていて,一見CPVDが起こっているように見えても,強度近視やぶどう膜炎のように薄い硝子体皮質と大きな黄斑前ポケットがある可能性もある.PVD作製方法として,視神経乳頭直上から作製する方法と,後部硝子体皮質前ポケットから作製する方法がある.広角観察システムを使用すると,周辺部の硝子体の癒着部位がわかりやすいが,接触式の拡大レンズを用いて視神経乳頭あるいは黄斑部付近(黄斑ポケット)からCPVDを起こすように開始するか術者の好みで選択す*YoshihikoUsui:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕臼井嘉彦:〒166-0023東京都新宿区西新宿C6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(25)C897図1角膜へのインフュージョンポートの挿入眼外傷や脈絡膜.離,出血がある場合ではしばしば灌流カニューラが網膜下や脈絡膜下に迷入してしまうことがあるため,角膜にインフュージョンポートを挿入して灌流圧を保ち手術を開始することもある.図2インフュージョンポートへの網膜下迷入a:胞状網膜.離などでは,インフュージョンポートが硝子体側に出ないで,網膜下や脈絡膜下に迷入してしまうことがある.Cb:本症例では対側同士のインフュージョンポートが網膜下に迷入しているため,対側同士のトロッカーの針で両側ともにカニューラを硝子体側に出すようにしている.図3黄斑牽引症候群黄斑周辺だけでも三カ所強く癒着しているが,網膜全周にわたって強く癒着していた.図4インフュージョンポートの確認圧迫してインフュージョンの周りの硝子体を郭清している.図5PVD作製後(Weissring作製後)一見硝子体が残存していないように見えたが,残存硝子体皮質が網膜全体に残っていた.図6接触レンズを用いて強膜圧迫硝子体手術終了間際にC30°の接触レンズを用いて強膜圧迫を施行したところ,微小な網膜円孔がみられた.

硝子体・白内障同時手術のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

硝子体・白内障同時手術のピットフォールPitfallsofVitrectomywithCataractSurgery山根真*はじめに硝子体手術後に白内障が進行することは古くから知られており,若年者を除き硝子体手術時には同時に白内障手術を行うことが多い.有水晶体眼の硝子体単独手術よりも有利な点が多いが,いくつかの注意点がある.本稿では白内障同時手術で考えられる術中合併症とその対策について解説する.CI白内障手術創白内障手術の主創口の角膜切開と強角膜切開には一長一短がある.角膜切開は術後充血が少なく,耳側切開を行いやすい.一方,強角膜切開は創閉鎖が良好である.硝子体手術時にはトロッカーの挿入や強膜圧迫を行うため,通常の白内障手術以上に創閉鎖が重要である.したがって,強角膜切開のほうが術中に創口が開いて眼球が虚脱するリスクが低いため同時手術に適しているといえる.ただし,近年では白内障手術創がC2Cmm強と非常に小切開になっていることや,切れのよいトロッカーや広角観察システムの登場で眼球が強く圧迫されることが少なくなってきており,角膜切開でも十分安全に同時手術を行うことが可能である.したがって,筆者は通常上方強角膜,倒乱視の患者(トーリックレンズを入れない場合)は耳側角膜切開としている.角膜切開部付近にトロッカーを刺入する際は十分眼圧を上げ,一気に刺入したほうがよい(図1).白内障手術前にトロッカーを設置しておく方法もあるが,Tenon.下麻酔の量が少ないとトロッカー刺入に痛みを感じ,多すぎると硝子体圧が高くなるため白内障手術がむずかしくなる.CIIIOL選択と挿入時期白内障同時手術を行う際に眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を硝子体手術前に入れるか最後に入れるか(先入れか後入れか)は術者や施設により異なる.先入れは手術の流れがスムーズである点と硝子体手術時に後.を切る心配がないことがメリットとしてあげられる.逆に後入れは無水晶体眼の状態で硝子体手術をするため眼底の視認性が高い(図2).広角観察システムを用いることでCIOL挿入後も眼底視認性が問題になることは少ないが,レンズのエッジ部分が死角を作るので,周辺部の視認性が重要な患者では後入れが有利である.後極観察では広角観察システムの後極レンズを使用する際は先入れ,接触レンズ(メニスカスレンズ)を用いる場合は後入れのほうが視認性が高い.後入れでは基本的にどのようなCIOLでも用いることが可能だが,レンズの安定性と再手術の可能性を考慮して,支持部が柔らかいレンズとシリコーンレンズは避けたほうがよい.先入れの場合は光学径がC6CmmのレンズかC7Cmmのレンズか好みが分かれる.大光学径のほうが光学部を通しての眼底視認範囲が広いが,散瞳が良好であればC6Cmmレンズの外側で無水晶体眼と同様に観察したほうが最周辺部は観察しやすい(図3).IOLの種類,挿入時期は術者の好みによる選択となる*ShinYamane:山根アイクリニック馬車道〔別刷請求先〕山根真:〒231-0012横浜市中区相生町C5-78清栄ビル馬車道C4階山根アイクリニック馬車道C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(19)C891図1創口付近へのトロッカー挿入図2IOL挿入前の眼底視認性眼球が変形して角膜切開が開かないように,トロッカーを素早後極から周辺部までシームレスに眼底観察が可能である.く挿入する.図3周辺部網膜の観察図4角膜輪部からの硝子体切除IOL光学部の外側で鋸状縁が観察される.二つの角膜サイドポートから灌流と硝子体カッターを挿入する.図5後.破損後の水晶体乳化吸引図6後.破損後のIOL.内固定灌流圧を下げ,核片が落下しないようゆっくり乳化吸引する.IOL支持部を後.の残存したところに固定する.図7OpticcaptureIOL支持部を.外に固定し,光学部のみ.内に固定する.図8アイリスリトラクターによる前.保持図9ケバブ法を用いた水晶体の乳化吸引Zinn小帯断裂部の前.に虹彩鈎をかけ,一時的に脱臼を予防ジアテルミーで水晶体中心を固定して乳化吸引する.する.図10IOLの切断図11福岡法を用いたIOL摘出小切開からCIOLを摘出するために二つまたは三つに切断する.原法と異なり,カートリッジをベベルアップにすることで虹彩脱出を予防できる.

観察系のピットフォール

2024年8月31日 土曜日

観察系のピットフォールPitfallsofVitreousViewingSystems中野裕貴*鈴間潔*はじめに眼底が手術顕微鏡単体では見えず,補正レンズが必要であるのは日々の診療で理解されているだろう.手術で用いる眼底の観察方法は3種類あり,①直像で見えるコンタクトレンズ,②倒像で見える大きめのコンタクトレンズ,③角膜と接触せず倒像で見える前置レンズがある1).②と③は視野が広く,広角観察システムとよばれている.現在は③の非接触レンズを用いた手術方法である非接触観察システムが主流であり,①と②のレンズは補助的に使用されるにとどまっている.非接触観察システムは操作の自由度が高いうえ視野も広く,術眼への負担が少ないのが長所である2).新しく硝子体手術を覚える先生方にはぜひ習得していただきたい観察方式であるが,きちんと術野を確保するには適切な知識が必要である.それぞれの観察法を総説したのち,起こりがちな落とし穴について詳説する.なお,筆者は接触倒像レンズ,Resight(Zeiss社),OFFISS(トプコン社)をそれぞれ5年経験している.I各観察方式の特徴表1にそれぞれの観察方式の特徴を示した.肉眼・手術顕微鏡のみでも周辺部網膜は観察可能である.肉眼では斜めから覗き込むことで直接観察できる.手術顕微鏡では強膜を圧迫して内陥させて観察するが,相当陥凹させないと見えない.現在でも灌流ポートの先端の観察や周辺部硝子体切除で利用するが,前置レンズを用いたほうがより少ない陥凹・侵襲で観察が可能なので,広角観察システムで観察することを勧める.1.接触・直像レンズ角膜側を凹レンズ,顕微鏡側を平面・凸面(メニスカスレンズとよばれる)・凹面(バイコンベックスとよばれる)に形成された軽量なレンズである.リング状の形状をしたレンズの土台が必要であり,リングを縫着する(図1a)か,開瞼器(図1b)またはトロッカー(図1c)にシリコーンバンドを経由してリングを設置していた.近年はシリコーン製スカート(図1d)の装着のみで自立する製品も存在する.視野は標準(平面)で30°,黄斑観察用(メニスカスレンズ)で20°,もっとも広いものでも50°である.プリズム付きもあり45°までオフセットできるが視野自体は30°のままである.視野が瞳孔径に左右され,4mm以下の瞳孔径では視野が狭くなり実用的でなくなる.解像度が高いのが特徴で,現在でも黄斑観察で利用されている.ただし解像度は後述の広角観察システムも追いついており,すでに広角観察システムを使用しているなら,視野の広く安全な観察法に移行することを勧める.2.接触・倒像レンズ細隙灯顕微鏡で用いられる接触式の倒像レンズを手術用に改良したものである.レンズが重く自立しないため,レンズの土台を設置する必要があり,助手や術者が*YukiNakano&KiyoshiSuzuma:香川大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕中野裕貴:〒761-0701香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(11)883表1それぞれの観察方式の特徴名称追加導入コストの目安周辺視野後極視野特徴肉眼・手術顕微鏡単体なし強膜圧迫で周辺部網膜が見える見えない接触・直像レンズ安い.レンズのみプリズムでオフセット.視野は30度黄斑用で20度広角でも50度土台が必要.自立する接触・倒像レンズCWF(ContactWideField)システム中間.レンズ+インバーターほぼ鋸状縁まで見える後極用レンズも存在する土台が必要.自立せず角膜に負担.大きく眼を傾けるのがむずかしい非接触・倒像レンズ非接触観察システム高い.レンズ+インバーター+手術顕微鏡用アダプター一式眼球を傾けると,ほぼ鋸状縁まで見える角膜収差の対応が必要頻繁な顕微鏡の位置合わせが必要.角膜収差を受ける.乾燥・結露対策が必要ac図1コンタクトレンズの土台の装着方法a:縫合糸による縫着.図のように全周縫わなくてもよい.b:VSLバンドによる非縫合設置.c:トロッカーによる設置.d:シリコーン製レンズスカートによる自立.(HOYAの添付文書より引用)bdc図2各社の非接触観察システムa:OFFISS(トプコン社).b:BIOM(Oculus社).c:MERLIN(Volk社).d:Resight(Zeiss社).OFFISSとResightは自社の顕微鏡にしか対応しない.BIOMはおもにLeicaの顕微鏡,とくにProveo8との相性がよい.OFFISSには基準長(ステレオベース)の変更が可能なステレオバリエーター()が搭載されている.(各社のカタログより引用)図3周辺部観察時の視野の見え方前置レンズが見えるよう編集している.a:作動距離が大きい場合は像が小さくなる.像の外周()は前置レンズのリム部()より小さく,視野も狭い.Cb:作動距離が適切な場合,像は前置レンズいっぱいに表示される.Cc:画面C1時方向に眼球を傾けた場合にはその方向に視野が移動しているが,反対の視野が欠ける.なお,1時の強膜を軽く圧迫している.表2角膜保護の方法とその種類方法角膜乱視特徴水かけのみ乱視が少ない数十秒おきで実用的ではない.前置レンズを跳ね上げる必要がある粘弾性物質分散型乱視が中程度ある長時間耐える.塗布後CBSSなどでならすとよい粘弾性物質凝集型乱視が少ない10.C20分程度で再塗布が必要コンタクトレンズ乱視が消える黄斑操作時にお勧め.長時間の乾燥対策.血液が混じって視認性が低下することがある=表3ライトガイドの種類形状特徴27ゲージ用の製品標準タイプ照射範囲はやや狭い.各社あり(アルコンは標準タイプのみ存在する)ワイドタイプ照射範囲が広い.ファイバーの発光面が眩しいDORC社シールドタイプファイバーの発光面が一部覆われている.ハンドルを回転して調整する.DORC社(やや暗いので注意)シャンデリアトロッカー経由で設置.ライトガイドなしで光源を確保するために用いる.DORC(シングルとデュアル)Synergetics(持ち手がある.C29ゲージのデュアルもある)表4レンズの結露とその対策解決方法具体的な方法と注意点前置レンズを温めるレンズが寒いところに保存され冷えている(前置レンズが金属製だと起きやすい).手術前から室温にさらしておく.一時的に温生理食塩水にさらしてもよい.気流を作る前置レンズ付近に吸引チューブを設置する.吸引付き開瞼器を利用する.角膜も乾燥しやすくなる.界面の改善内視鏡用レンズ用のくもり止めを前置レンズに塗布する.解像度が犠牲になる可能性あり.呼気流入を予防ドレーピングをしっかりすることで呼気流入を予防.穴の広いドレープを使用し,穴の中央を耳側にずらして鼻側の露出面積を増やして堤防を広くとり,テガダームが浮かないようにしっかりと貼る.a図4鼻と内眼角の交通部分への目張り対策a.c:左上の三角形が鼻,緑がドレープのテープ部分,薄いグレーがドレープの穴でテガダーム貼付け部分.が鼻と内眼角との距離.Ca:穴の小さいドレープで,テガダームの有効面積が狭い.Cb:穴の大きいドレープで,テガダームの有効面積が広がっている.Cc:bのドレープを鼻下側にオフセットしたもので,鼻と内眼角の距離がさらに広がっている.図5強膜圧迫による下方周辺部網膜の観察a:スリット照明による直視下で左手で強膜圧迫,右手で硝子体カッターをもっている.b:シャンデリア照明()併用の非接触観察システム.右手で強膜圧迫,左手で硝子体カッターをもっている.

手術セッティングのピットフォール

2024年8月31日 土曜日

手術セッティングのピットフォールPitfallsinSurgicalSettings出田隆一*はじめに手術セッティングに関してはそれぞれの術者のこだわりや好みが分かれる事柄が多く,万人にとって正しいといえる定型は存在しない.そのため成書の記載も少ない.一方で術者が経験的に「こうしたほうがいい」と考えるコツがある程度の一般性をもつこともある.手術初心者は経験が少なく,そのような知識は少ないと思われる.そこで本稿では,基本的には初心者を対象に筆者が経験的によいと考える範囲で記載することをご了承いただきたい.読者が必ずしも同意されないこともあると想定されるので,共感できるところがあれば取り入れていただければ幸いである.以下に①術者の姿勢,②麻酔,③ドレープ,④強膜創のポート設置の各テーマで予想される問題点とその対策について記す.I術者の姿勢1.網膜前膜など後極の膜処理中に自分の手が思うように動かない,震える術者の肘が曲がり,手の位置が高い可能性がある.肘が曲がり手掌側に屈曲するほど手指を屈曲させるのに力を要してぎこちなくなる.以下に記載する手関節の掌背屈に伴う指の動きについては岡野内俊雄先生の論文1)に詳しい理論が記載されており,必読である.網膜前膜(epiretinalmembrane:ERM)など後極部の操作では,肘関節が伸びて手の位置が低い姿勢をとると手関節が背屈位(手の甲側に曲がること)となる.すると指を屈曲させる動作が容易になり器具の繊細な操作が可能となる.また,力が入りやすいので震えることもなくなる.白内障手術など前眼部の処置では逆にやや肘が曲がる姿勢となってもよい.上記のように硝子体手術では手の位置は低いほうがよいので,手術台を可能な限り低く下げることが望ましい.ただし,そうすると顕微鏡の接眼部が低くなり不自然な姿勢となることが問題であるが(図1),鏡筒の接眼部の下にスペーサーを入れる,顕微鏡の対物レンズを焦点距離の長いものに交換するなどの対策で多少の改善が期待できる.後述するモニター手術では,その問題は生じない(図2).上記の岡野内論文では強膜創のポート位置も後極の操作性に関連しており,両手のポートが左右に離れているほど後極操作に優れると記載されている.2.フットスイッチ操作がぎこちない,操作のたびに上体まで揺れる術者の椅子が低すぎて足底全体または踵部に体重が乗りすぎて足が自由に動きにくくなっている可能性がある(図3).その結果フットスイッチ操作が制限され,操作時に上体が揺れることがある.椅子の高さを上げて臀部のみならず大腿部でも体重の何割かを支えるようにすると,足底の荷重が軽減されて足の動きで上体が動くことがない(図5c).そのためには座面にある程度の面積が必要であり,小径の丸椅子は*RyuichiIdeta:いでた平成眼科クリニック〔別刷請求先〕出田隆一:〒862-0968熊本市南区馬渡1-14-25いでた平成眼科クリニック0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(3)875図1手術台を下げたときの姿勢手の位置がなるべく低くなるように手術台を下げることにより,顕微鏡の鏡筒も術者に対して低い位置となるので,鏡筒を覗くために術者の頸部が強く前屈する.図23Dモニターでの執刀3Dモニターで執刀すれば鏡筒による制限がなくなるため,常に理想的な姿勢を保つことができる.図3椅子を低くした場合の姿勢頸部を楽にするために椅子を下げると手の位置が高くなり,眼底後極の操作性が悪化する.同時にフットスイッチへの足の荷重が増えて,フットスイッチの操作性も悪くなる.図4靴の有無によるフットスイッチ操作性の違いa:靴を履いていない場合はフォーカス,ズームと同時にXY操作を行うことはできない.b:靴を履いていると足をほとんど動かさずに三つの操作が可能である.そのほかのスイッチ類にも少ない移動距離でアクセスできる.スイッチ類を押すときの力も靴を履いているほうが軽い操作力で作動する(写真の足のサイズは26cm).a図5座面の異なる2種類の椅子a:左の椅子は円形で小型の座面,右の椅子は座面が広くやや前傾し低反発の素材でできている.円形のほうは座面が狭いため臀部への荷重が集中し,傾斜がなく水平で大腿部付け根付近に圧迫を生じるため,長く座ると痛みを生じる.右のような椅子では長時間座っても体への負担が少なく手術に集中できる.b:円形の座面の椅子ではに示した幅で体重を支える.座面の縁が大腿部の付け根に当たるので圧迫感がある.c:座面の大きい椅子ではのように臀部と大腿の広い範囲で体重を支えるので長時間の手術でも疲労が少ない.やや前方に傾斜した設計も体重の分散に貢献する.図6広角観察システムの前置レンズが曇るとき曇りの原因がドレープの隙間から漏れる患者の呼気や体表からの熱気である場合は,濡らしたガーゼで表面を覆うと軽減することができる.ガーゼに対して定期的に水分を補給する必要がある.図7適切なドレープ使用法(左眼)鼻側に隙間がないように貼付する.ここに隙間があると術野の水が非術眼に流入する.逆流すると不潔となる.また,吐息が漏出して広角観察システムのフロントレンズの曇りの原因となる.鼻梁から眉間にかけての形状はドレープが浮きやすいので,必要に応じてドレープに減張切開を加える.術眼の鼻側皮膚を広く出すように張ると彫りの深い形状でも隙間ができにくい.睫毛はドレープで十分に被覆して露出しないようにする.図8閉所恐怖症患者の局所麻酔下手術非術眼を開放することで多くの場合に不安を軽減できる.写真の症例では左が術眼で,右眼は自由に開瞼できるようになっている.両側の皮膚,結膜.の消毒を行い(Ca),両眼が露出するようにドレープをかける(Cb).非術眼を被覆したい場合は透明のドレッシング材(テガダームなど)を開瞼の邪魔にならない程度に被せるとよい(Cc).同時に口元にもドレープ下に空間を設けるとさらに安心する.点滴を確保して鎮静薬を投与を併用するのも効果的である.図9強度近視眼において後方に新たな強膜創を作製する手順a:既存のポート部の後方を鑷子などで圧迫して鋸状縁を確かめる.Cb:圧迫した圧痕を目印に新しく強膜創を作製する.Cc:新しく後方に設置したカニューラにより前置レンズに干渉することなく黄斑の処置が可能となる.図10仮縫合から抜糸する方法片チョウ結びとして翌日細隙灯顕微鏡観察下に抜糸する.(文献C5より引用)c○剪刀の先端=c×切りたい場所=ab=剪刀の交点図11縫合糸断端を短く切る方法a:切りたい箇所,Cb:剪刀の交点,Cc:剪刀の先端.CaとCbが接した状態で糸を切ると狙った箇所で必ず切れる.bとCcの距離は短いほど,つまりなるべく剪刀を閉じた状態で切ると作業効率がよい.切りたい箇所で切れない原因は剪刀を閉じるときの先端のブレである.図12Slipknota:第C2結紮を逆目に行うことで結紮を滑らせ,強く締め込んでいく縫合.術後結紮が経時的に組織に対して食い込み埋没していく(チーズワイヤー現象).b:結膜上から縫合した術後C2週間,結紮は結膜下にある().’C

序説:硝子体手術に潜む危険な罠

2024年8月31日 土曜日

硝子体手術に潜む危険な罠DangerousTrapsLurkinginVitrectomySurgery馬場隆之*近年の硝子体手術の技術革新はめざましく,とくにトロカールシステムを用いた小切開硝子体手術はその低侵襲性と合併症の少なさもあり,全世界的に急速に広まった.かつての20ゲージ硝子体手術の頃に比べると,硝子体手術執刀のハードルはだいぶ下がっているように感じる.今までエキスパートの先生方が名人芸のように行っていた手術から,比較的経験の浅い術者でも安全に手術が行える標準的な術式へと変化している.このこと自体は確実によい方向に向かっていると考える.その一方で,かつては合併症のオンパレードであった硝子体手術は術中にさまざまなトラブルに見舞われることが多く,その対処法を含めて手術の指導を受けていた.しかし,現在ではそもそも合併症が少なくなったために,術中・術後にどのようにトラブルシューティングをするか,また落とし穴にはまらないようにどのように未然に防ぐかを経験する機会が非常に少なくなっている.手術装置がよくなって後.破損を経験しなくなり,実際に後.破損した際に対処が困難になるという白内障手術の状況に近いかもしれない.硝子体手術には多くの手順が存在するので,一つひとつのステップを確実に踏んでいくことが安全な手術と良好な手術結果につながる.しかし,それぞれの場面に落とし穴があり,一度はまってしまうとそれ以降の手術が非常に困難になる.それらの落とし穴の存在を知っておくことは危機を回避する重要なステップである.また,落とし穴にはまったときにどうしたら抜け出せるのか,実際に経験していなくても,頭のなかで予行演習をしておくことは重要である.疾患別の手術手順は成書に譲るとして,今回は各手術手技・手順における落とし穴とその予防法,またはまってしまったときのリカバリーの解説をエキスパートの先生方にお願いした.手術セッティングから観察システム,白内障同時手術,硝子体切除,黄斑操作,増殖膜処理,液空気置換,眼内タンポナーデ,網膜凝固,そして強膜バックリング併用手術の各場面をとりあげた.疾患別にしなかった理由としては,なるべく実際の手術の場面で役に立つような内容にしたかったということがある.疾患を中心に対策を立てることも大切ではあるが,その場合には病態の理解が中心になる.読者の先生方はすでに病気に関する知識は十分お持ちだと思うので,本特集では実際に手術室で手を動かしているつもりになって,落とし穴を思い浮かべながら読んでいただければ幸いである.落とし穴に落ちないように日頃の手術で気をつけ*TakayukiBaba:千葉大学大学院医学研究院眼科学0910-1810/24/\100/頁/JCOPY(1)873

眼科手術の術前血液検査における肝炎ウイルス検査陽性者の 調査と対応

2024年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(7):863.867,2024c眼科手術の術前血液検査における肝炎ウイルス検査陽性者の調査と対応藤川尭之*1小林義行*1,3磯田広史*2高橋宏和*2江内田寛*1*1佐賀大学医学部眼科学講座*2佐賀大学医学部附属病院肝疾患センター*3九州大学大学院医学研究院眼科学分野CInvestigationandActionforHepatitisVirusTest-PositivePatientsinPreoperativeBloodTestsforOphthalmicSurgeryTakayukiFujikawa1),YoshiyukiKobayashi1,3)C,HiroshiIsoda2),HirokazuTakahashi2)andHiroshiEnaida1)1)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,2)SagaUniversityHospitalLiverCenter,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversityC佐賀大学医学部附属病院眼科(以下,当科)における術前血液検査より行った肝炎ウイルス検査陽性者(HBs抗原陽性者,HCV抗体陽性者)の調査とその後の対応を報告する.2019年C1月C1日.2020年C12月C31日に当科に入院し,手術加療を受けた連続症例C1,616人を対象とし,診療記録より性,年齢およびCHBs抗原検査,HCV抗体検査を含む術前の血液検査を抽出し後ろ向きに調査した.HBs抗原陽性者はC21人(1.3%),HCV抗体陽性者はC72人(4.5%)であった.肝炎ウイルス検査陽性者のうちC4人(4.3%)は新規陽性者で肝臓内科へ紹介し,45人(48.4%)は治療中または治療後,44人(47.3%)はフォローアップの詳細が不明であった.眼科は手術件数が多く,術前検査により他科より多くの肝炎ウイルス検査陽性者を検出する機会がある.肝炎ウイルス検査陽性者に適切な肝炎診療を行うためにも積極的に肝臓内科への受診を促す必要がある.CPurpose:ToCreportCtheCinvestigationCofCpatientsCwhoCtestedCpositiveCforChepatitisviruses(HBsAg-positiveCandHCVAb-positive)identi.edthroughpreoperativebloodtestsattheDepartmentofOphthalmology,SagaUni-versityCHospital,CandCtheCsubsequentCresponse.CSubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC1,616CpatientsCwhoCunderwentinpatientsurgeryattheDepartmentofOphthalmology,SagaUniversityHospital,fromJanuary2019toDecember2020.Gender,age,andpreoperativebloodtest.ndingswereobtainedfromthepatients’CmedicalrecordsCandretrospectivelyinvestigated.Results:Amongthe1,616patients,21(1.3%)wereHBsAg-positiveand72(4.5%)wereCHCVAb-positive.COfCthoseC93CpatientsCwhoCtestedCpositiveCforCtheChepatitisCvirus,4(4.3%)wereCnewlyCpositiveandreferredtohepatology,45(48.4%)wereeitherundergoingorhadcompletedtreatment,and44(47.3%)hadunknownfollow-updetails.Conclusions:Ophthalmologistscanbetterdetectpatientsa.ictedwithhepati-tisviapreoperativetestingduetothehighvolumeofsurgeriesperformed.Suchcasesshouldactivelybeencour-agedtoseeahepatologistforappropriatecare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(7):863.867,C2024〕Keywords:眼科手術,術前血液検査,HBs抗原,HCV抗体.ophthalmicoperation,preoperativebloodtest,hep-atitisBsurfaceantigen,hepatitisCvirusantibody.Cはじめに佐賀県はC1999.2017年にかけて,人口C10万人当たりの肝癌死亡率が全国C1位を記録していた1).わが国での原発性肝癌のおもな原因は,HCV感染(62.4%)およびCHBV感染(14.9%)で,ウイルス性肝炎が約C80%を占めている2).とくに,佐賀県はCHBs抗原陽性率がC1.05%,HCV抗体陽性率が1.18%であり,全国平均のCHBs抗原陽性率C0.20%,HCV抗体陽性率C0.16%に比較して著しく高い3).近年,わが国ではウイルス性肝炎の取り組みとして都道府県ごとに肝疾患診療連携拠点病院の整備を進めている.しか〔別刷請求先〕藤川尭之:〒849-8501佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakayukiFujikawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANC表1対象疾患症例症例数(人)割合(%)白内障C790C48.9網膜.離C158C9.8(増殖硝子体網膜症を含む)網膜前膜C101C6.3緑内障C93C5.8斜視C87C5.4硝子体出血C62C3.8黄斑円孔C61C3.8眼内レンズ脱臼,落下C36C2.2眼瞼下垂C33C2.0その他C195C12.1総数C1616C100.0Cし,肝炎医療の体制はまだ十分に整備されているとはいえず,肝炎ウイルス検査陽性者が適切な精密検査や肝炎医療を受けることができていないという指摘がある4).佐賀県は1989年にCC型肝炎ウイルスが発見されるより前のC1986年に県肝疾患対策検討委員会を設置し,全国よりもいち早く肝疾患健診を導入し,肝炎ウイルス検査の受検から受診,受療につなげる目的で取り組みを行ってきた.佐賀大学医学部附属病院(以下,当院)では,感染症予防を目的として全身麻酔,局所麻酔を問わず,術前の血液検査でCHBs抗原とCHCV抗体の測定を行っている.本研究では,当院の眼科手術患者の術前血液検査を診療記録から調査し,術前検査で肝炎ウイルスの感染状況を確認するとともに,感染が疑われた患者に対しての佐賀県や大学病院の取り組みについて考察した.CI対象および方法本研究は,2019年1月1日.2020年12月31日に当院眼科に入院し,手術を受けたC1,616人の連続症例を対象とした.研究の実施は倫理委員会の承認を得ており,ヘルシンキ宣言に記載されている原則に従った.同一患者が複数回入院した場合はC1人として集計し,複合手術については主たる術式を集計した.診療記録より,患者の性,年齢および術前の血液検査結果を後ろ向きに収集し,C|2検定またはCt検定を用いて解析した.検査項目には,HBs抗原(HBsAg:hepatitisCBsurfaceantigen),HCV抗体(HCVAb:hepatitisCvirusantibody),AST,ALT,ビリルビン,アルブミン,血小板数,プロトロンビン活性が含まれた.HBs抗原の陽性基準はC0.03CIU/ml以上,HCV抗体の陽性基準はC1.0CC.O.I以上とした.また,肝炎ウイルス検査陽性者は陽性結果が判明した後のその後の医療対応についても診療録から後ろ向きに調査した.(人)HBs抗原年齢別陽性割合1,8001,5001,2009006003000~3940~6970~(歳)全体■陰性■陽性(人)HCV抗体年齢別陽性割合1,8001,5001,2009006003000~3940~6970~(歳)全体■陰性■陽性図1HBs抗原,HCV抗体年齢別陽性割合II結果患者の年代別人数はC39歳以下がC138人(8.5%),40.69歳がC622人(38.5%),70歳以上がC856人(53.0%)であった.性別人数は男性がC835人(51.7%),女性がC781人(48.3%)で,平均年齢はC66.6C±18.2歳(2.97歳)であった.おもな疾患は白内障がC790人(48.9%),網膜.離(増殖硝子体網膜症を含む)がC158人(9.8%),網膜前膜がC101人(6.3%),緑内障がC93人(5.8%),斜視C87人(5.4%),その他が387人(23.9%)であった(表1).全対象者におけるCHBs抗原陽性者はC21人(1.3%),HCV抗体陽性者はC72人(4.5%)であった.HBs抗原陽性者の年齢別割合はC39歳以下がC0人(0%),40.69歳がC10人(1.6%),70歳以上がC11人(1.3%)であり,40.69歳とC70歳以上に大きな差はみられなかった.一方,HCV抗体陽性者の年齢別割合はC39歳以下がC0人(0%),40.69歳がC15人(2.4%),70歳以上がC57人(6.7%)であり,40歳以上で年齢が上昇するにつれて陽性率が増加する傾向がみられた(図1).HBs抗原陽性者C21人のうちC2人(9.5%)は新規陽性者で専門内科へ紹介し,10人(47.6%)は治療中または治療後であり,9人(42.9%)はフォローアップの詳細が不明であった.一方で,HCV抗体陽性者C72人のうちC2人(2.8%)は新規陽性者で専門内科へ紹介し,35人(48.6%)は治療中または治療後であり,35人(48.6%)はフォローアップの詳細が不明であった.表2患者血液検査データ(平均)HBs抗原C/HCV抗体陰性HBs抗原陽性HCV抗体陽性p値(A)(B)(C)CAvsBCAvsC男性(%)C年齢(歳)CAST(UC/l)CALT(UC/l)CBil(mgC/dl)CAlb(gC/dl)CPlt(1C04/μl)CPT(%)C51.4C66.1C24C21.1C0.773C4.21C22.9C98.8C61.9C70.6C23C16.9C0.819C4.02C18.7C94.8C52.8C76.1C29.7C22.4C0.793C3.98C18.991.3Cn.s.Cn.s.n.s.Cn.s.Cn.s.Cn.s.C*n.s.n.s.*n.s.n.s.n.s.n.s.**(性比はC|2男性比率はCHBs抗原陽性者がC61.9%,HCV抗体陽性者が52.8%で,HBs抗原/HCV抗体陰性者のC51.4%と比較して有意な差は認めなかった.平均年齢はCHBs抗原陽性者がC70.6歳,HCV抗体陽性者がC76.1歳で,HBs抗原/HCV抗体陰性者の平均C66.1歳と比較して,HBs抗原陽性者で有意な差はなかったが,HCV抗体陽性者で有意に高かった(p<0.05).血液検査においてCAST,ALT,ビリルビン,アルブミンは,HBs抗原陽性者およびCHCV抗体陽性者で,HBs抗原/HCV抗体陰性者との間に有意な差を認めなかった.一方で,血小板数はCHBs抗原陽性者とCHCV抗体陽性者の両方で,HBs抗原/HCV抗体陰性者と比べ有意に低値であった(p<0.05).プロトロンビン活性については,HBs抗原陽性者ではCHBs抗原/HCV抗体陰性者と有意な差を認めなかったが,HCV抗体陽性者では有意に低値であった(p<0.05)(表2).CIII考按既報では,わが国の献血血液におけるCHBs抗原,HCV抗体陽性率はそれぞれC0.1.0.8%,0.2.1.1%5,6)と報告されている.今回の調査では,HBs抗原,HCV抗体陽性率はそれぞれC1.3%,4.5%であり,既報と比較していずれも高かった.これは,献血に年齢制限(16.69歳)があり,献血者の年齢に比較して眼科手術患者の年齢が高いことが一因と考えられる.献血者ではC2019年度のC40歳以上の割合がC63.2%であるのに対し7),本研究の対象者ではC91.5%であった.また,わが国のC40.70歳を対象にした健康診断におけるCHBs抗原,HCV抗体陽性率を地域別に調査した既報では,九州地方はCHBs抗原陽性率C0.9.1.6%,HCV抗体陽性率C0.9.1.4%ともに全国平均よりも高かった3).HCV抗体陽性率はC65歳以上でとくに高くなり3),本研究はC70歳以上の対象者が53.0%を占めるため,既報よりもCHCV抗体陽性率が高くなったと考えられる.また,今回の調査では,HBs抗原/HCV抗体陰性者と比検定,その他の項目はCt検定を用いた.)n.s.:non-signi.cant,*:p<0.05.べCHBs抗原陽性者では血小板数が,HCV抗体陽性者では血小板数,プロトロンビン活性が有意に低値(p<0.05)であった.血小板数,プロトロンビン活性が有意に低値であるのは,肝の線維化進展を反映している可能性が高いと考えられる.本研究ではCHBs抗原陽性者,HCV抗体陽性者のなかに慢性肝炎や肝硬変の患者が含まれており,HBs抗原陽性者のC47.6%,HCV抗体陽性者のC48.6%が治療中または治療後であった.B型およびCC型肝炎ウイルスの感染経路はおもに血液を介する.かつては使用済み注射針の再利用や感染血液の輸血などが原因となっていたが,現在ではまれであり,一方で医療器具による針刺し事故などは現在でも重要な感染原因となっている.とくにCHBs抗原,HCV抗体陽性率が高い地域では医療従事者の針刺し事故などの感染対策が重要である.わが国における地域偏在性の原因として,日本住血吸虫症に対する治療の影響が考えられる.日本住血吸虫は宮入貝に寄生し,日本住血吸虫症を起こす.宮入貝が生息していた河川は山梨県,広島県,佐賀県,福岡県にあり,治療薬投与時に針が再利用されたため該当地域で集団感染を起こした8).B型およびCC型肝炎の治療はかつてインターフェロンが主流であったが,治癒率が低く副作用が強いという問題があった.しかし,現在の治療ではCB型肝炎にはエンテカビルやテノホビルなどの核酸アナログ製剤,C型肝炎にはグレカプレビル・ピブレンタスビルやソホスブビル・ベルパタスビルなどの直接作用型抗ウイルス薬という副作用の少ない内服薬がおもに使用されており,HBVDNA陰性化をC96%,CHCVRNA陰性化をほぼC100%達成したと報告されている9,10).一方で,健康診断における肝炎ウイルス検査の受診率の低さ,検査で陽性反応を示した患者の適切な医療機関でのフォローアップの欠如が,依然として課題である4).当院でも非肝臓内科による肝炎ウイルス検査で陽性と判定された多数の患者が,その後に肝臓内科への紹介受診に至っていな健康講話啓発イベント定期受診の支援,肝炎ウイルス検査の肝癌などの未受検者を減らす早期発見治療に対する動機づけ・支援図2佐賀県の肝癌・肝炎対策保健指導と医療機関での精密検査の受診勧奨図3肝炎アラート(当院電子カルテ肝炎アラートシステム運用マニュアルより)いとの既報がある11).佐賀県ではこれらの問題に対処するため,2012年に当院に設置された肝疾患センターにより肝癌・肝炎対策の一環として,当院と県内医療機関との連携を深め,「予防」「受検」「受診」「受療」「フォローアップ」の体系的なC5つのアプローチを推進している12)(図2).また,上記の活動を支援する肝炎医療コーディネーターの養成も推進しており,佐賀県では2017年までにC1,000人以上が養成され活躍している13).さらに当院ではC2020年C1月より,「肝炎アラート」という院内連携システムを導入している.このシステムは,肝炎ウイルス検査で陽性が確認された患者に対し,迅速かつ適切な肝炎診療を促すために設計されている.HBs抗原,HCV抗体が陽性の場合にメッセージを表示する「肝炎受診推奨アラート」と,再活性化リスクのある薬剤処方時にメッセージを表示する「B型肝炎再活性化予防アラート」のC2種類がある(図3).既報では,肝炎ウイルス検査陽性者に院内紹介を促す院内連携を取り入れたところ,導入前後で肝炎ウイルス検査陽性者の院内紹介率がC3.6倍に増加したと報告がある14).上記のような取り組みが功を奏し,佐賀県における肝がん粗死亡率(人口C10万人当たりの死亡者数)はC2013年のC35.4からC2018年にはC31.4に低下し,2018年はC20年ぶりに全国1位から脱却した1).一方で,本研究ではCHBs抗原陽性者のうちC9人(42.9%),HCV抗体陽性者のうちC35人(48.6%)はフォローアップの詳細が不明であった.当院の既報では,眼科は内科(非肝臓内科)に比べ肝臓内科への紹介受診に至る割合が低いと報告があり11),今後も肝臓内科や関係機関との連携強化が望まれる.本研究は,当院眼科の術前検査におけるCHBs抗原およびHCV抗体の陽性率が全国平均より高いことを明らかにした.眼科は手術件数が多く,他科より多くの肝炎ウイルス検査陽性者が検出されると考えられるため,肝臓内科や関連機関と綿密な連携が重要である.本論文の内容は第C126回日本眼科学会総会にてC2022年C4月C17日に発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)佐賀県健康福祉部健康増進課がん撲滅特別対策室:都道府県別・肝がん粗死亡率(人口C10万人当たりの死亡者数).がんポータルさが,第C4次佐賀県がん対策推進計画.https://Cwww.ganportal-saga.jp/data/4th_plan2)工藤正俊,泉並木,市田隆文ほか:第C19回全国原発性肝癌追跡調査報告(2006.2007)(日本肝癌研究会追跡調委員会).肝臓57:45-73,C20163)TanakaJ,AkitaT,KoKetal:CountermeasuresagainstviralhepatitisBandCinJapan:anepidemiologicalpointofview.HepatolResC49:990-1002,C20194)厚生労働省健康局がん・疾病対策課肝炎対策推進室:肝炎対策の推進に関する基本的な指針.https://www.mhlw.go.Cjp/content/10901000/000913705.pdf5)西岡久壽彌:献血血液におけるCHBV,HCVスクリーニング検査の陽性数の動向と解析.IASR23:165-167,C20026)片山恵子,田中純子,水井正明ほか:わが国における肝炎ウイルスキャリアの動向.医学の歩み200:3-8,C20027)厚生労働省医薬局血液対策課:年代別献血者数と献血量の推移.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/C0000063233.html8)芳賀晴子,福島紀子:原因追求型特性要因図を用いた本邦におけるCC型肝炎感染の拡大の歴史的考察.薬史学雑誌C46:21-28,C20119)OnoA,SuzukiF,KawamuraYetal:Long-termcontinu-ousCentecavirCtherapyCinnucleos(t)ide-naiveCchronicChepatitisBpatients.JHepatolC57:508-514,C201210)ChayamaK,SuzukiF,KarinoYetal:E.cacyandsafetyofCglecaprevir/pibrentasvirCinCJapaneseCpatientsCwithCchronicCgenotypeC1ChepatitisCCCvirusCinfectionCwithCandCwithoutcirrhosis.JGastroenterolC53:557-565,C201711)古川(江口)尚子,河口康典,大枝敏ほか:大学病院の非肝臓内科におけるCHBs抗原およびCHCV抗体陽性者に対する肝疾患診療の実態.肝臓54:307-316,C201312)佐賀県健康福祉部健康福祉政策課がん撲滅特別対策室:肝がん・肝炎対策.がんポータルさが.https://www.Cganportal-saga.jp/liver/liver13)IsodaCH,CEguchiCY,CTakahashiH:HepatitisCmedicalCcarecoordinators:comprehensiveCandCseamlessCsupportCforCpatientsCwithChepatitis.CGlobCHealthCMedC3:343-350,C202114)前山宏太,三浦創:肝炎ウィルス検査陽性患者における院内紹介連携システムの構築.医学検査C71:493-500,C2022C***

線維柱帯切開術の既往が線維柱帯切除術後の前房出血へ 及ぼす影響

2024年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(7):859.862,2024c線維柱帯切開術の既往が線維柱帯切除術後の前房出血へ及ぼす影響岡田陽*1三重野洋喜*1吉井健悟*2上野盛夫*1森和彦*1,3外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学生命基礎数理学教室*3ハ゛フ゜テスト眼科長岡京クリニックCE.ectofPreviousTrabeculotomyonPost-TrabeculectomyHyphemaYoOkada1),HirokiMieno1),KengoYoshii2),MorioUeno1),KazuhikoMori1,3)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofMathematicsandStatisticsinMedicalSciences,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)BaptistEyeInstitute,NagaokakyoC目的:線維柱帯切開術(TLO)の既往が線維柱帯切除術(TLE)後の前房出血に及ぼす影響を明らかにすること.対象および方法:2021年C1月.2022年C12月に京都府立医科大学附属病院でCTLEを施行したC195眼を対象に,前房出血が出現したC23眼をCTLO既往群(T群)と非CTLO既往群(N群)に分け前房出血を経時的にスコア化した.出現率,出現日とスコアが最大となる日(最大日)の術後日数,出現日から最大日までの期間,出現日と最大日のスコア,出現時眼圧(IOP)を比較検討した.結果:出現率,出現日の術後日数とスコア,IOPは有意差を認めなかった.最大日の術後日数{6.9C±4.3日/2.9C±1.8日(T群/N群)}や出現日から最大日までの期間(3.6C±3.9日/0.60C±0.99日)はCT群で有意に長く,最大日のスコア(4.4C±1.2/3.1±1.4)も有意に大きかった.結論:TLO既往はCTLE後の前房出血の持続期間と最大量に影響する.CPurpose:ToCinvestigateCtheCin.uenceCofCpreviousCtrabeculotomyConCpost-trabeculectomyChyphema.CMeth-ods:AmongC195CeyesCthatCunderwentCtrabeculectomyCatCKyotoCPrefecturalCUniversityCofCMedicine,CKyoto,CJapanCfromJanuary2021toDecember2022,23withhyphemawerecategorizedintotrabeculotomyhistory(TH)groupandnohistory(NH)groupandhyphemawasscored.Frequencyofhyphema,numberofpostoperativedaysuntilhyphemaConset,CdayCwithCmaximumscore(max-scoreday)C,CtimeCperiodCfromConsetCtoCmax-scoreCday,ConsetCandCmaximumCscore,CandCintraocularpressure(IOP)atConsetCwereCthenCcompared.CResults:NoCsigni.cantCdi.erenceCwasCfoundCbetweenCtheCTHCandCNHCgroupsCinCfrequency,CnumberCofCpostoperativeCdaysCuntilConset,ConsetCscore,CandCIOP.CHowever,CcomparedCtoCtheCNHCgroup,CtheCTHCgroupCshowedCaClongerCmeanCpostoperativeCperiodCuntilConsetandmax-scoreday(THgroup:6.9C±4.3days,NHgroup:2.9C±1.8days)andfromonsettomax-scoreday(THgroup:3.6C±3.9Cdays,CNHgroup;0.60C±0.99days)C,CandChigherCmaximumscores(THgroup:4.4C±1.2,CNHgroup:3.1C±1.4)C.Conclusion:Previoustrabeculotomysigni.cantlyin.uenceshyphemaseverityanddurationposttrabeculectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(7):859.862,C2024〕Keywords:前房出血,線維柱帯切開術既往,線維柱帯切除術.hyphema,historyoftrabeculotomy,trabeculecto-my.Cはじめに近年,低侵襲緑内障手術が普及したことで,従来からの線維柱帯切開術(trabeculotomy:TLO)眼外法に加えてCTLO眼内法の適応が拡大している.そのためCTLO既往眼に線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)を施行する機会も増えてきた.前房出血はCTLE,TLOのいずれにも生じる術後合併症であり,TLEでは線維柱帯切除部や虹彩切除部からの出血1.4)により生じ,TLOでは手術直後の低眼圧に伴う上強膜静脈からCSchlemm管への逆流性出血5)により生じるとされている.〔別刷請求先〕三重野洋喜:〒602-8566京都府京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:HirokiMieno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyKyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kawaramachi-Hirokoji,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPANCTLO既往眼ではCTLE術後の低眼圧により前房出血が修飾される可能性がある.今回,TLO既往のCTLE術後の前房出血に及ぼす影響を検討した.CI対象および方法本検討は,京都府立医科大学附属病院においてC2021年C1月.2022年C12月に広義原発開放隅角緑内障,落屑緑内障,ぶどう膜炎続発緑内障ならびにステロイド緑内障に対してTLE単独を施行したC162例C195眼を対象とした.患者背景としてCTLE施行時の年齢,性別,病型,TLO既往とその術式,術前眼圧,術前投薬スコア,抗血栓薬内服の有無,TLE後の前房出血スコアを診療録から収集した.前房出血スコアはCShimaneCUniversityCRLCCpostoperativehyphemaCscoringCsystem(SU-RLC)6)を用いて評価し,TLE後に前房出血スコアが初めてC1点以上になった日を出現日,前房出血スコアが最大となった日を最大日と定義した.対象を前房出血群(前房出血スコアC1点以上)と非前房出血群(前房出血スコアC0点)に分け,2群間における患者背景を比較検討した.さらに前房出血群をCTLO既往の有無でCTLO既往あり(TLO)群とCTLO既往なし(非CTLO)群の2群に分け,TLEから出現日までの期間,TLEから最大日までの期間,出現日から最大日までの期間,出現日と最大日の前房出血スコアならびに出現時眼圧について検討した.眼圧はすべてCGoldmann圧平眼圧計を用いて計測し,術前投薬スコアは緑内障点眼薬単剤がC1瓶C1点,合剤がC1瓶C2点と計算し,炭酸脱水酵素阻害薬(アセタゾラミド)内服の場合はC1日内服量がC250CmgごとにC1点と計算した.統計解析は統計ソフトCR(version4.0.3;RCFoundationCforCStatisticalCComputing,CVienna,Austria)を用いて行い,前房出血群と非前房出血群において順序変数についてはFisherの正確検定を用いて,連続変数についてはCt検定を用いて検定した.p値がC0.05未満と算出されたものを有意差ありとした.なお本検討は,世界医師会のヘルシンキ宣言に則り行われ,当院の倫理審査委員会による承認を得て行った.CII結果対象の背景を表1に示す.対象の年齢はC70.1C±11.6歳(平均±標準偏差)であった.TLO既往眼はC38眼で,内訳はTLO眼外法がC5眼,スーチャーCTLOがC25眼,マイクロフックCTLOがC5眼,カフークデュアルブレードがC3眼であった.術前眼圧はC21.4C±7.9CmmHgで,術前投薬スコアはC4.5±1.6であった.前房出血の有無に関連する因子の検討を表2に示す.前房出血群と非前房出血群はそれぞれC23眼とC172眼で,前房出血群と非前房出血群の間に,年齢,性別,病型,術前眼圧,術前投薬スコア,抗血栓薬内服の有無において有意差を認めなかった.TLO既往の有無においても有意差を認めなかったが,前房出血はCTLO既往のあるC38眼中C8眼(21.1%)に,TLO既往のないC157眼中C15眼(9.6%)に認めた.前房出血の特徴とCTLO既往の検討を表3に示す.TLEから出現日までの期間はCTLO群でC3.3C±2.8日,非TLO群でC2.3±1.3日と有意差を認めず,TLEから最大日までの期間はTLO群で6.9C±4.3日,非CTLO群でC2.9C±1.8日と有意にTLO群のほうが長かった(p=0.0046).出現日から最大日までの期間はCTLO群でC3.6C±3.9日,非CTLO群でC0.60C±0.99日と有意にCTLO群のほうが長かった(p=0.0086).出現日の前房出血スコアはCTLO群でC4.0C±1.3,非CTLO群でC3.4C±1.5と有意差を認めなかったが,最大日の前房出血スコアはTLO群でC4.9C±1.5,非CTLO群でC3.6C±1.6と有意にCTLO群のほうが大きかった(p=0.029).また,出現時眼圧はCTLO群でC9.4C±5.9mmHg,非CTLO群でC9.7C±9.0mmHgと有意差を認めなかった.CIII考按TLE後の前房出血の発生頻度はC0.8.20%2.4)と報告されており,本検討ではC195眼中C23眼(11.8%)で前房出血が観察され,既報と同程度であった.TLO既往の有無で前房出血の発生頻度を検討すると,TLO群ではC21.1%,非CTLO群ではC9.6%と有意差を認めないもののCTLO群で高い傾向にあった.抗血栓薬の内服がCTLE後の前房出血の出現に影響を及ぼす7.9)という報告もあるが,本検討では有意差を認めなかった.本検討では,TLO群のほうが非CTLO群よりも出現日から最大日までの期間が有意に長く,前房出血スコア最大値が大きかった.これは,TLO既往眼ではCTLE後に前房出血を生じると出血が長引き,出血量が増加しやすいことを示唆している.Hamanakaら10)は病理組織学的検討の結果,手術直後はCTLOにより前房と集合管が直接交通するが,次第にSchlemm管内皮細胞がCSchlemm管開口部を覆うことで,その交通がなくなると報告している.本検討の結果からは,TLO後にCSchlemm管内皮細胞がCSchlemm管開口部を覆っていても,TLE後の眼圧管理のために行った眼球マッサージやレーザー切糸術による眼球圧迫が前房と集合管の再交通を引き起こす可能性が考えられる.また,トラベクトーム術11カ月後にCTLEを施行中,強膜弁作製直後に前房出血を認めた症例11)も報告されている.強膜弁作製直後は低眼圧となっているため,眼球圧迫以外にも低眼圧が誘引となり再交通する可能性も示唆される.前房と集合管が再交通すると,再度交通がなくなるまで前房出血が持続し,そのため最大量が増えたと考えられた.以上から,TLO既往はCTLE後の前房出血の持続期間と最表1対象の背景年齢(歳)C70.1±11.6性別(男性/女性)(眼)C99/96病型(POAG/PEG/SG)(眼)C93/45/57TLO既往(眼)(CTLO眼外法/スーチャーCTLO/38マイクロフックTLO/カフークデュアルブレード)C(C5/25/5/3)術前眼圧(mmHg)C21.4±7.9術前投薬スコアC4.5±1.6抗血栓薬内服(あり/なし)(眼)C24/171前房出血(あり/なし)(眼)C23/172平均±標準偏差POAG:原発開放隅角緑内障,PEG:落屑緑内障,SG:ぶどう膜炎続発緑内障ならびにステロイド緑内障,TLO:線維柱帯切開術.表2前房出血の有無に関連する因子の検討前房出血群(2C3眼)非前房出血群(1C72眼)p値年齢(歳)C67.3±14.5C70.5±11.2C0.21性別(男性/女性)(眼)C13/10C86/86C0.66病型(POAG/PEG/SG)(眼)C15/2/6C78/43/51C0.84TLO既往(あり/なし)(眼)C8/15C30/142C0.09術前眼圧(mmHg)C23.8±8.9C21.0±7.7C0.12術前投薬スコアC5.0±1.9C4.4±1.6C0.10抗血栓薬内服(あり/なし)(眼)C2/21C22/150C0.75平均±標準偏差前房出血群と非前房出血群において,年齢や性別,病型,TLO既往,術前眼圧,術前投薬スコア,抗血栓薬内服に関して有意差を認めなかった.POAG:原発開放隅角緑内障,PEG:落屑緑内障,SG:ぶどう膜炎続発緑内障ならびにステロイド緑内障,TLO:線維柱帯切開術.表3前房出血の特徴とTLO既往の検討TLO群(8眼)非TLO群(15眼)p値TLE術から出現日までの期間(日)C3.3±2.8C2.3±1.3C0.26TLE術から最大日までの期間(日)C6.9±4.3C2.9±1.8C0.0046**出現日から最大日までの期間(日)C3.6±3.9C0.60±0.99C0.0086**出現日C4.0±1.3C3.4±1.5C0.55前房出血スコア最大日C4.9±1.5C3.6±1.6C0.029*出現時眼圧(mmHg)C9.4±5.9C9.7±9.0C0.94C平均±標準偏差TLO群と非CTLO群においてCTLEから最大日までの期間と最大日の前房出血スコアは有意差を認めた.また,TLEから最大日までの期間ならびに出現日から最大日までの期間はCTLO群のほうが非CTLO群よりも有意に長かった.TLO:線維柱帯切開術,TLE:線維柱帯切除術.有意水準(*:p<0.05,**:p<0.01).大量に影響を与える.TLO眼内法の手術件数の増加に伴いTLO既往眼にCTLEを施行する機会が増えているため,今後はCTLE後に前房出血が長引き,出血量が増える症例に遭遇する可能性が高まると考えられる.利益相反岡田陽:なし三重野洋喜:なし吉井健悟:なし上野盛夫:【P】あり,【R】CorneaGen,AurionBiotech森和彦:【P】あり外園千恵:【P】あり,【F】参天製薬株式会社,サンコンタクトレンズ株式会社,CorneaGen,AurionBiotech文献1)BansalCRK,CCasperCDS,CTsaiJC:IntraoperativeCcomplica-tionsCofCtrabeculectomy.CGLAUCOMACsurgicalCmanage-ment(ShaarawyTM,SherwoodMB,HitchingsRAetal),2,p797-804,ElsevierSaunders,Philadelphia,20152)EdmundsB,ThompsonJR,SalmonJFetal:Thenationalsurveyoftrabeculectomy.III.earlyandlatecomplications.EyeC16:297-303,C20023)MembreyCWL,CPoinoosawmyCDP,CBunceCCCetal:Glauco-maCsurgeryCwithCorCwithoutCadjunctiveCantiproliferativesCinCnormalCtensionglaucoma:1CintraocularCpressureCcon-trolCandCcomplications.CBrCJCOphthalmolC84:586-590,C20004)JayaramCH,CStrouthidisCNG,CKamalDE:TrabeculectomyCforCnormalCtensionglaucoma:outcomesCusingCtheCmoor.eldsCsaferCsurgeryCtechnique.CBrCJCOphthalmolC100:332-338,C20165)MosesCRA,CHooverCGS,COostwouderPH:BloodCre.uxCinCSchlemm’sCcanal.CI.CnormalC.ndings.CArchCOphthalmolC97:1307-1310,C19796)IshidaCA,CIchiokaCS,CTakayanagiCYCetal:ComparisonCofCpostoperativeChyphemasCbetweenCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomyCandCiStentCusingCaCnewChyphemaCscoringCsystem.JClinMedC10:5541,C20217)辻拓也,竹下弘伸,山本佳乃ほか:抗血栓療法の線維柱帯切除術における周術期の影響.あたらしい眼科C32:C1757-1761,C20158)CobbCCJ,CChakrabartiCS,CChadhaCVCetal:TheCe.ectCofCaspirinandwarfarintherapyintrabeculectomy.EyeC21:C598-603,C20079)LawSK,SongBJ,YuFetal:HemorrhagiccomplicationfromCglaucomaCsurgeryCinCpatientsConCanticoagulationCtherapyCorCantiplateletCtherapy.CAmCJCOphthalmolC145:C736-746,C200810)HamanakaT,ChinS,ShinmeiYetal:HistologicalanalyC-sisoftrabeculotomyC─Caninvestigationontheintraocularpressureloweringmechanism.ExpEyeResC219:109079,C202211)KnapeCRM,CSmithMF:AnteriorCchamberCbloodCre.uxCduringCtrabeculectomyCinCanCeyeCwithCpreviousCtrabec-tomesurgery.JGlaucomaC19:499-500,C2010***

造血幹細胞移植後の免疫不全患者に複数のHHV が 検出された角膜炎の2 例

2024年7月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(7):854.858,2024c造血幹細胞移植後の免疫不全患者に複数のHHVが検出された角膜炎の2例伊藤正也*1吉村彩野*1福永景子*2細谷友雅*1五味文*1*1兵庫医科大学眼科学教室*2兵庫医科大学血液内科CTwoCasesofHumanHerpesvirus-PositiveRefractoryKeratitisafterHematopoieticStem-CellTransplantationMasayaIto1),AyanoYoshimura1),KeikoFukunaga2),YukaHosotani1)andFumiGomi1)1)DepartmentofOphthalmology,HyogoMedicalUniversity,2)DepartmentofHematology,HyogoMedicalUniversityC涙液CPCRにて複数のCHHVが検出された治療抵抗性の角膜炎C2例を経験したので報告する.症例C1は造血幹細胞移植(HSCT)後のC66歳,女性.内科で感染予防のためにアシクロビル(ACV)内服が行われていた.移植C6カ月後に右眼の樹枝状角膜炎を呈した.HSV-1角膜炎と診断しCACV眼軟膏で治療開始したが上皮欠損が拡大し,左眼にも同様の病変が出現した.涙液CPCR検査で両眼からCHSV-1,HHV-6,7が検出された.所見の改善なく全身状態悪化のため死亡した.症例C2はCHSCT後のC32歳,女性.ACV点滴中だったが,移植C31日後に両眼の地図状角膜上皮欠損を呈した.涙液CPCRで両眼からCHSV-1,左眼からはCHSV-7も検出されCACV眼軟膏で治療するも増悪し,角結膜全上皮欠損となり,全身状態悪化のため死亡した.HSCT後の角膜障害では涙液CPCRが移植片対宿主病との鑑別に有用である.また,ACV予防投与による耐性ウイルス出現の可能性もあり,適正使用の検討を要する.CPurpose:ToCreportCtwoCcasesCofCrefractoryCkeratitisCafterChematopoieticCstem-celltransplantation(HSCT).CCaseReports:Case1involveda66-year-oldfemaleinwhomtreatmentwithacyclovir(ACV)ointmentwasiniti-ated6monthsafterHSCTduetothedevelopmentofdendritickeratitis.However,therewasnoimprovement,andlesionsspreadbilaterally.Polymerasechainreaction(PCR)testingoflacrimal.uiddetectedherpessimplexvirus(HSV)-1andhumanherpesvirus(HHV)-6and7inbotheyes.Case2involveda32-year-oldfemalewhopresent-edCatC31CdaysCafterCHSCTCwithCaCmap-likeCcornealCepithelialCdefectCinCbothCeyes.CPCRCtestingCofClacrimalC.uidCrevealedHSV-1inbotheyesandHHV-7inthelefteye.DespitetreatmentwithACVointment,thelesionsdevel-opedintowholekeratoconjunctivalepithelialdefects.Bothpatientslaterdiedduetodeteriorationofgeneralcondi-tion.Conclusions:Inbothcases,tear-.uidPCRtestingwasusefulfordiagnosingthecauseoftherefractorykera-titis.Long-termprophylacticadministrationofACVafterHSCTcancausetheemergenceofresistantviruses.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(7):854.858,C2024〕Keywords:単純ヘルペスウイルス,ヒトヘルペスウイルスC7型,アシクロビル,涙液ポリメラーゼ連鎖反応,造血幹細胞移植.herpessimplexvirus(HSV),humanherpesvirus(HHV-7),acyclovir,tear.uidpolymerasechainreaction(PCR),hematopoieticstemcelltransplantation(HSCT).Cはじめにヒトヘルペスウイルスは現在までにC8種類が見つかっている1).単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)1型は,眼科領域においてはヘルペス性角膜炎の原因ウイルスであり,多くは幼少期に初感染したのち三叉神経節か角膜内に潜伏感染する.その後,ストレス,外傷,点眼薬使用など,なんらかの免疫抑制状態において再活性化し,上皮病変,実質病変,あるいは内皮病変を発症する2).ヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV)7型も同様に不顕性感染の経過をたどり,突発性発疹や脳炎の原因となるが3),眼病変としては角膜上皮炎4)と内皮炎5)のC2例が報告されているのみである.今回,筆者らは造血幹細胞移植(hemato-〔別刷請求先〕伊藤正也:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町C1-1兵庫医科大学眼科学教室Reprintrequests:MasayaIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HyogoMedicalUniversity,1-1Mukogawa-cho,Nishinomiya-shi,Hyogo663-8501,JAPANC854(108)poieticCstemCcelltransplantation:HSCT)後の免疫不全患者に涙液の眼科的網羅的感染症ポリメラーゼ連鎖反応(poly-meraseCchainreaction:PCR)検査(以下,涙液CPCR)で複数のCHHVが検出された角膜上皮炎のC2症例を経験したので報告する.CI症例〔症例1〕66歳,女性.主訴:右内眼角部周辺皮膚の発赤と潰瘍.現病歴:兵庫医科大学病院血液内科にて急性リンパ性白血病に対しCHSCTを受け,その後は腸管移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)の増悪寛解を繰り返し,入院加療していた.移植後C170日目に右内眼角部周辺皮膚の発赤と潰瘍を認めたため当科紹介受診となった.予防的にアシクロビル(ACV)200Cmg/日を内服中で,そのほかメチルプレドニゾロンC6Cmg/日,シクロスポリンC50Cmg/日が投与されており,強い免疫抑制がなされている状態であった.腸管GVHDのほか下肢蜂窩織炎,緑膿菌血症,サイトメガロウイルス感染症,Epstein-Barrvirus(EBV)感染症を繰り返していた.初診時所見では角膜に有意な所見はなく,涙液メニスカス高が高かったのみであったため,皮膚所見から眼瞼炎と診断された.オフロキサシン眼軟膏が処方され経過観察となったが,所見の改善を認めないため,2週後に再診した.再診時所見右眼視力:(0.4C×sph.2.50D(cyl.0.50DCAx70°)左眼視力:(0.6C×sph.1.50D(cyl.0.50DCAx90°)視診所見:右内眼角部周辺皮膚と鼻腔粘膜の潰瘍,皮下出血を認めた(図1a).前眼部:右眼角膜輪部のC12時からC1時方向にかけてターミナルバルブを伴う樹枝状の上皮欠損を認めた(図1b).左眼には特記すべき所見を認めなかった.中間透光体:軽度白内障を認めた.眼底:特記すべき所見を認めなかった.鑑別疾患として急性CGVHDによる上皮欠損を考えたが,すでに皮膚科でCHSV-1による単純疱疹と診断されていたため,それに併発した角膜上皮炎と診断した.ACV眼軟膏右眼C5回,ガチフロキサシン点眼右眼C4回を開始し,内服はACVからバラシクロビルC2,000mg/日に変更した.その後も角膜上皮欠損の拡大が続き,初診時よりC29日目には右眼は全角膜上皮欠損となり,輪部や結膜にまで上皮欠損が拡大した(図2a).さらには左眼の角膜輪部周辺結膜にもターミナルバルブを伴う樹枝状欠損が出現した(図2b,c)ため,左眼にも右眼と同様の処方を開始した.しかし,所見の改善を認めないため,初診C36日目に両眼の涙液CPCR検査を施行した.HSV-1が右眼からC1.47C×図1症例1の初診時より14日目の所見a:右内眼角皮膚と鼻腔粘膜に潰瘍と皮下出血を認める.Cb:右眼前眼部フルオレセイン染色写真.角膜輪部のC12時からC1時方向にかけてターミナルバルブを伴う樹枝状の上皮欠損を認める.105copies/μg,左眼からC6.17C×105copies/μg検出され,さらにはCHHV-6(右眼C9.80C×103copies/μg,左眼C1.23C×104copies/μg),HHV-7(右眼C8.70C×103copies/μg,左眼C1.14C×104copies/μg)も検出された.血液内科からはCHHV-6感染症に対してホスカビル点滴が追加された.しかし,そのC2日後に腸管CGVHDによる嘔吐,窒息により心肺停止となり人工呼吸器管理となった.その間も皮膚所見のさらなる増悪と両角膜全面への上皮欠損の拡大が進行した.全身状態悪化のため,初診C51日後に永眠された.〔症例2〕32歳,女性.主訴:両眼の乾燥感,流涙,充血.現病歴:兵庫医科大学病院血液内科にて急性骨髄性白血病に対しCHSCTをC2回施行され,2回目の移植後C31日目に両眼の乾燥感,流涙,充血を認めたため当科紹介受診となった.症例C1と同様にCACV250Cmg/日の点滴投与のほかメチルプレドニゾロンC45Cmg/日,タクロリムスC50Cmg/日の投与により強い免疫抑制がなされている状態であった.初診時所見視力:往診のため測定できず前眼部:両角膜に地図状の上皮欠損(右眼優位)を認めた.中間透光体・眼底:特記すべき所見を認めなかった.図2症例1の初診時より29日目の前眼部フルオレセイン染色所見a:(右眼)角膜全上皮欠損となり,輪部や結膜にまで上皮欠損が拡大している.結膜に樹枝状上皮欠損を認める.Cb,c:(左眼)角膜輪部周辺結膜にもターミナルバルブを伴う樹枝状上皮欠損を認める.角膜上皮欠損は認めない.眼CGVHDを疑い,ガチフロキサシン点眼両眼C4回/日,フルオロメトロン点眼両眼C4回/日,防腐剤無添加人工涙液点眼両眼C7回/日を開始した.しかし,初診C5日後には上皮びらんが輪部を含む角膜全面に拡大し,その辺縁が樹枝状病変様であったため(図3a,b),HSV-1感染を疑い初診C8日目に涙液CPCRを施行した.HSV-1が右眼からC4.36C×105Ccop-ies/μg,左眼からC2.47C×105copies/μg,HHV-7が右眼からC1.94×101copies/μg検出されたため,HSV-1角膜上皮炎と診断し,フルオロメトロン点眼を中止してCACV眼軟膏を開始した.所見の改善を認めないため初診C29日後にも涙液図3症例2の初診時より5日目の前眼部フルオレセイン染色写真a:右眼,Cb:左眼.上皮欠損が角膜全面に拡大し,輪部上皮にも欠損を認める.PCRを再施行したが,治療前とほぼ同量のCHSV-1(右眼C3.25×105copies/μg,左眼C2.79C×105copies/μg)と,新たにEBV(右眼C3.02C×102copies/μg,左眼C9.16C×101copies/μg)を検出した.ACV眼軟膏使用時の疼痛が増悪してきたため,治療効果が見込めない点,患者本人の生命予後がきわめて不良である点を考慮し,血液内科主治医と相談したうえでACV眼軟膏を中止し,オフロキサシン眼軟膏へ変更した.全身的な抗ウイルス療法は継続されたが,両眼とも全角結膜上皮欠損にまで進展した.GVHDによる全身状態の悪化により,初診C37日後に永眠された.CII考按今回筆者らは,HSCT後の免疫不全患者に涙液CPCRでHSV-1,HHV-7が検出された角膜上皮炎のC2症例を経験した.8種類のヘルペスウイルスはそれぞれ感染症状が異なる表1ヒトヘルペスウイルスの種類ウイルス名感染症状単純ヘルペスC1型(HSV-1)歯肉口内炎,口唇ヘルペス,角膜炎,Bell.痺,陰部ヘルペス,脳炎単純ヘルペスC1型(HSV-2)陰部ヘルペス水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)帯状疱疹(Ramsay-Hunt症候群)EBウイルス(EBV)胃癌などサイトメガロウイルス(CMV)日和見感染症(肺炎,脈絡網膜炎,角膜内皮炎,大腸炎)ヒトヘルペスウイルスC6(HHV-6)突発性発疹,脳炎ヒトヘルペスウイルスC7(HHV-7)突発性発疹,脳炎,角膜内皮炎ヒトヘルペスウイルスC8(HHV-8)Kaposi肉腫(表1).眼表面の感染症においては,原因微生物の遺伝子情報が涙液中に漏出していることから,培養や検鏡が容易ではない微生物の遺伝子を涙液から検出することで,感染症の病状を把握することができる.角膜ヘルペスでは細隙灯顕微鏡での特徴的な角膜所見を検出することで診断を行うが,非典型的な角膜上皮病変のことも多いため涙液CPCRの情報が確定診断に非常に有用である6).今回のC2症例でも,涙液CPCRは病態把握に役立った.本症例では涙液CPCRでCHHV-7も陽性となったが,HHV-7感染が単独で関与した角膜炎が報告されているのは筆者らが文献を渉猟した限りC2症例のみである.井上らは高度な角膜浮腫,毛様充血,角膜後面沈着物を呈した角膜内皮炎において,前房水CPCRでCHHV-7が陽性となり,ステロイド点眼,ガンシクロビル点眼で臨床所見が改善した症例を報告している5).一方,依藤らは白色上皮下浸潤が多発した角膜上皮炎において涙液CPCRでCHHV-7が陽性となり,ステロイド点眼のみで改善した症例を報告している4).本症例では既報のCHHV-7角膜炎と類似した所見は認めず,涙液中のウイルスコピー数はCHSV-1がもっとも多かったことから,HSV-1が本症例の病変の主体であったと考える.しかし,HSV-1に対する局所・全身治療を十分に行ったにもかかわらず,所見は悪化し,治療は有効とはいえなかった.HHV-6は角膜炎症の単独原因病原体である可能性が示唆されており,角膜炎をきたした患者C22名の涙液,結膜擦過物CPCR検査においてC14名がCHHV-6陽性,そのうちHSV-1も陽性であった共陽性はC9名であったと報告されており7),角膜に対する病原性をもつと考えられる.このことから,本症例の重症化にCHHV-6,7などのウイルスが影響した可能性も否定できない.また,DNAを検出するCPCR法は特定のウイルスを標的とした検査であり,検査対象以外のウイルスの存在は把握できないのが現状であり,その他の病原体が重症化に関与した可能性も考えられる.今回経験したC2症例で共通していることは,HSCT後の免疫不全状態に対して予防的にCACVが投与されているにもかかわらずCHSV-1感染を発症した点である.HSCT後の角膜炎ではCGVHDの可能性も考えられ,とくにCACVがすでに投与されているとヘルペス感染の可能性は少ないと考えるのが一般的である.造血幹細胞移植ガイドラインにおいて,移植後早期から好中球生着期にはCHSVの再活性化が問題となるため,宿主の状態に応じた予防策が重要であると述べられている8).適切な予防を行わない場合はCHSV抗体陽性患者のC85%が発症し,重症化するリスクも高いことが報告されており,ガイドラインによる推奨により移植後早期のHSV-1感染症の頻度は減少した9.11).しかし,近年問題となっているのがCACV耐性CHSV-1である.保有率は健常者でC0.1.0.7%であるのに対して免疫不全患者ではC3.5.10%と高く,造血幹細胞移植患者ではC30%にも上ると報告されている12).ACVは感染細胞内でウイルス由来のチミジンキナーゼ(TK)によって活性体となり抗ウイルス作用を発揮するが,このCTK遺伝子が変異を起こすと抗ウイルス作用がなくなり耐性化が起こるとされている12).ACV耐性CHSV-1は,バラシクロビル,ガンシクロビルなど他のCTK依存性抗ヘルペスウイルス薬にも交差耐性を示すことが多いため,TK非依存性の治療薬の有効性が検討されている13).三上らは骨髄移植後の患者でCACV予防投与にもかかわらず重度の歯肉口内炎を起こし,口腔粘膜,血液からCACV耐性CHSV-1が検出され,TK非依存性治療薬であるホスカビルで治療が奏効した症例を報告している14).その他CTKを介さない機序で効果を示す治療薬としてアメナメビルもCHSVに対して近年保険適応となった.しかし,薬剤耐性遺伝子検査や薬剤感受性試験についてはわが国ではまだその検査体制が整っていないのが現状である15).本症例では,局所にACV眼軟膏,全身にガンシクロビル,ホスカビルの投与を継続したにもかかわらず,角膜・皮膚所見が増悪した.井上らは角膜擦過CPCR検査を用いたCACV治療前後のCHSV-1コピー数が不変であることがCACV耐性CHSV-1を推定するのに有用であると報告している16).本症例C2においてCACV治療開始後の涙液CPCRでは両眼ともCHSV-1コピー数の有意な改善はみられなかった.高度な治療抵抗性であった点とHSV-1の量が不変であった点のC2点をふまえると,感受性検査は施行できなかったが,ACV耐性CHSV-1角膜炎であった可能性が考えられる.CIII結語今回,HSCT後の免疫不全患者に涙液CPCRで複数のHHVが検出された角膜上皮炎のC2症例を経験した.Com-promisedhostでヘルペスウイルス角膜炎を疑う場合は,早期の涙液CPCRが病態の推測に有用である.HSV-1に対する局所治療に反応しない場合はCACV耐性CHSV-1の可能性が考えられるが,複数のCHHVが病態に関与している可能性も否定できない.今後は薬剤耐性遺伝子検査や薬剤感受性試験の体制整備,耐性株に対する治療薬の承認や,耐性ウイルスの出現に考慮したCACV予防投与法や適正使用の検討が望まれる.利益相反伊藤正也なし吉村彩野なし福永景子なし細谷友雅なし五味文あり[F]:ノバルティスファーマ,参天製薬,千寿製薬,日本アルコン,HOYA,ニデック,JINSClassII[R]:ノバルティスファーマ,バイエル薬品,参天製薬,千寿製薬,KOWA,中外製薬,CanonClassII文献1)GrindeB:Herpesviruses:latencyCandCreactivation-viralCstrategiesCandChostCresponse.CJCOralCMicrobiolC5:22766,C20132)下村嘉一,松本長太,福田昌彦ほか:ヘルペスと戦ったC37年.日眼会誌C119:145-166,C20143)SugaS,YoshikawaT,NagaiTetal:ClinicalfeaturesandvirologicalC.ndingsCinCchildrenCwithCprimaryChumanCher-pesvirus7infection.PediatricsC99:e4,C19974)依藤彰記,細谷友雅:HHV-7が原因と考えられた角膜上皮炎のC1例.あたらしい眼科C38:1473-1474,C20215)InoueCT,CKandoriCM,CTakamatsuCFCetal:CornealCendo-theliitisCwithCquantitativeCpolymeraseCchainCreactionCposi-tiveforhumanherpesvirus7.ArchOphthalmolC128:502-503,C20106)KoizumiCN,CNishidaCK,CAdachiCWCetal:DetectionCofCher-pesCsimplexCvirusCDNACinCatypicalCepithelialCkeratitisCusingCpolymeraseCchainCreaction.CBrCJCOphthalmolC83:C957-960,C19997)OkunoT,HooperLC,UrseaRetal:Roleofhumanher-pesCvirusC6CinCcornealCin.ammationCaloneCorCwithChumanCherpesviruses.CorneaC30:204-207,C20118)造血幹細胞移植ガイドライン:ウイルス感染症の予防と治療,ヘルペスウィルス感染(HSV・VZV).日本造血幹細胞移植学会20189)MeyersJD,FlournoyN,ThomasED:Infectionwithher-pessimplexvirusandcell-mediatedimmunityaftermar-rowtransplant.JInfectDisC142:338-346,C198010)LangstonCAA,CRedeiCI,CCaliendoCAMCetal:DevelopmentCofdrug-resistantherpessimplexvirusinfectionafterhap-loidenticalChematopoieticCprogenitorCcellCtransplantation.CBloodC99:1085-1088,C200211)ZaiaCJ,CBadenCL,CBoeckhCMJCetal:ViralCdiseaseCpreven-tionafterhematopoieticcelltransplantation.BoneMarrowTransplantC44:471-482,C200912)Mor.nF,ThouvenotD:Herpessimplexvirusresistancetoantiviraldrugs.JClinVirolC26:29-37,C200313)DuanCR,CdeCVriesCRD,COsterhausCADCetal:Acyclovir-resistantCcornealCHSV-1CisolatesCfromCpatientsCwithCher-petickeratitis.JInfectDisC198:659-663,C200814)MikamiCM,CUmedaCK,CMatsudaCKCetal:Acyclovir-resis-tantherpessimplexvirustype1infectionafterHLA-hap-loidenticalstemcelltransplantation.TheJapaneseJournalofPediatricHematology/OncologyC54:408-411,C201715)ShiotaCT,CWangCL,CTakayama-ltoCMCetal:ExpressionCofCherpesCsimplexCvirusCtypeC1CrecombinantCthymidineCkinaseCandCitsCapplicationCtoCaCrapidCantiviralCsensitivityCassay.AntiviralResC91:142-14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