錐体優位の網膜ジストロフィCone-DominantRetinalDystrophy溝渕圭*はじめに本稿では遺伝性網膜疾患(inheritedretinaldystro-phy:IRD)において錐体機能不全を呈する疾患として,錐体ジストロフィ(conedystrophy:COD),錐体-杆体ジストロフィ(cone-roddystrophy:CORD),全色盲(杆体一色覚,青錐体一色覚)について解説する.前半は,錐体機能が優位に障害されるIRDの代表的な疾患として,COD/CORDをとりあげ,後半では全色盲について述べる.COD/CORDの一般的な特徴には,進行性の視力障害,両眼性の黄斑変性・萎縮の存在,そして全視野刺激網膜電図(electroretinogram:ERG)で錐体系応答の減弱があげられる.しかし,臨床の現場では,黄斑変性・萎縮がほとんど認められない患者や晩期まで視力が維持される患者など,典型的な特徴に当てはまらない例もあり,診断に苦慮することが少なくない.現在までにCOD/CORDの原因と考えられる遺伝子は50程度報告されており,その数だけ臨床的な多様性が存在する.このような遺伝的背景の多様性が,臨床所見だけで診断を下すことを困難にしている要因の一つである.このため,次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析の重要性は今後さらに高まると考えられる.全色盲(杆体一色覚,青錐体一色覚)は先天性の錐体機能不全を呈するきわめてまれなIRDである.弱視として経過観察されている患者も少なくなく,実際の頻度は報告以上に高いと考えられる.そのため,正確な診断には臨床的特徴の把握が重要となる.全色盲の一般的な特徴はCOD/CORDと類似するものの進行に乏しく,生来視力が良好な時期がない点で鑑別可能である.一方で,杆体一色覚と青錐体一色覚の鑑別には色刺激ERGおよび遺伝子解析が有用であるが,いずれの検査も結果の解釈・評価がむずかしい点が課題となる.I錐体/杆体ジストロフィ1.概要COD/CORDは黄斑部を越えて眼底の広範囲に錐体機能不全を呈する疾患の総称であり,多くの場合に黄斑ジストロフィに分類される.一般的な特徴として,両眼性に進行性の黄斑部病変を呈すること,それに伴い視力低下,羞明(まぶしさ),色覚異常の悪化,そして遺伝性疾患であることがあげられる.日本では,遺伝性網膜疾患のなかで網膜色素変性についで頻度が高いとされるが,その発症率は欧米と比べると約5分の1程度と推定されている1).原因遺伝子や遺伝形式は多岐にわたり,日本では常染色体潜性遺伝形式が多いと考えられている2).2.臨床症状と検査所見本疾患の診断には,眼底写真,眼底自発蛍光(fundusauto-.uorescence:FAF),光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),ERGがおもに用いられる.かつては蛍光造影検査が広く使用されてきたが,現在はFAFにとって代わられ,必須の検査ではなくな*KeiMizobuchi:東京慈恵会医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕溝渕圭:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学教室0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(49)313図1錐体ジストロフィ/錐体-桿体ジストロフィ(COD/CORD)の眼底所見上段:40歳.Ca:眼底写真では黄斑部から視神経乳頭にかけて黄斑変性・萎縮を認める.b:FAFでは萎縮部位に一致して低蛍光がみられ,その周囲に過蛍光が存在する.c:OCTでは,中心窩にCEZを含む外層網膜の消失および著しい菲薄化を認めるが,耳側網膜には外顆粒層(ONL),外境界膜(ELM),EZが温存されている.下段:68歳.Cd:眼底写真では黄斑変性・萎縮が著明に拡大し,その範囲が視神経乳頭やアーケード血管を越えている.Ce:FAFにおいても低蛍光部位(黄斑変性・萎縮)が拡大し,周囲の過蛍光領域がアーケード血管周囲まで広がっていることが確認される.f:OCTにおいても外層網膜の消失および欠損が進行しており,撮像範囲内に外層網膜が温存されている部位は確認できない.(文献C3より改変引用)10代30代30代30代60代60代controlKA34615y.oKA24830y.oKA24435y.oJU125931y.oJU098368y.oJU125869y.o100μV100μV100μV100μV50μV50μV図2錐体ジストロフィ/錐体-桿体ジストロフィのERG所見10代の症例:錐体系応答は著しく振幅が減弱しているが,杆体系応答の振幅は正常範囲内である.30代の症例:錐体系応答はほとんど検出されないが,杆体系応答はC10代の症例と同様に温存されている.60代の症例:錐体系応答だけでなく,杆体系応答の振幅も減弱している.この結果より,錐体機能だけでなく杆体機能も年齢依存性に増悪することがわかる.(文献C3より改変引用)ab図3中心窩の網膜構造が温存された錐体ジストロフィ/錐体-桿体ジストロフィの眼底所見a:FAF(右から2番目)では黄斑変性・萎縮に一致した低蛍光を認めるが,中心窩は正常所見である.OCT(一番右)でも中心窩のみ外境界膜,ellipsoidzoneを含む外層網膜がわずかに温存されており,変性が中心窩を回避していることがわかる.Cb:傍中心窩に過蛍光および低蛍光所見を認めるが,中心窩は正常所見である.OCT(一番右)において傍中心窩にCEZを含む外層網膜の欠損を一部認めるが,撮像範囲のほとんどで変性が回避されていることが明らかである.(文献C4より改変引用)ab図4Stargardt病の眼底所見a:初回検査時.FAF(中央)では黄斑変性・萎縮に一致する低蛍光を認め,黄色斑は低蛍光と過蛍光の両方を示している.OCT(右)では黄斑変性・萎縮に一致して著しく外層網膜が消失・菲薄化している.Cb:7年後検査時.眼底写真(左)およびCFAF(中央)では,黄斑変性・萎縮が拡大し,黄色斑の数および分布範囲が増大・拡大している.OCT(右)においても消失・菲薄化している外層網膜の範囲が広がっていることが明らかである.(文献C5より改変引用)ac図5典型的な杆体一色覚の眼底所見,全視野刺激ERG,視力の経過a:眼底写真(左)およびCFAF(中央)では明らかな変化を確認できない.OCT(右)ではCEZは視認可能であるが撮像範囲のすべてで不明瞭となっている.その他の外境界膜,外顆粒層などの外層網膜の異常所見を認めない.Cb:全視野刺激CERG.杆体系応答は正常範囲内であり,一方で錐体系応答は反応を認めない.Cc:視力の経過.15年の経過観察期間で矯正視力は小数視力でC0.1(logMAR視力でC1.0に該当)程度で推移しており,停止性であることが示唆される.(文献C7より改変引用)a20-40μVμVμVμVμV0-20-60-80050100150ms杆体応答(0.010cd・s/m2)60504030050100150ms050100150ms最大応答(3.0cd・s/m2)フラッシュ応答(10.0cd・s/m2)642μV302010020-1010-200-30-8-20020406080020406080100-20020406080-10msmsms錐体応答30HzFlicker応答S-錐体応答(3.0cd・s/m2背景光30cd・s/m2)(3.0cd・s/m2背景光:30cd・s/m2(青色光:0.25cd・s/m2赤色背景:560cd/図6S錐体一色覚の症例における眼底所見とERG所見a:眼底写真(左)およびCFAF(中央)では明らかな変化を認めない.OCT(右)では中心窩のCEZが不明瞭でCfovealbulgeも消失している.杆体一色覚と非常に類似した眼底所見であることがわかる.Cb:全視野刺激CERGでは杆体系応答および錐体系応答は杆体一色覚と同様に杆体系応答が正常範囲内で,錐体系応答は消失している.色刺激CERG(右下)はCS錐体応答でC40ミリ秒付近(→)に反応を認める.