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眼内レンズ:白内障術後の角膜裏面沈着物と温流

2017年7月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋鈴木久晴368.白内障術後の角膜裏面沈着物と温流日本医科大学武蔵小杉病院高橋浩日本医科大学眼科学教室白内障手術翌日の角膜裏面に,白色のさまざまな形をした沈着物が出現することがある.この沈着物は1週間後にはほぼ吸収される.しかし,なかには角膜浮腫を伴って明らかに角膜内皮障害を起こしている症例もある.筆者らは,この現象について,豚眼を用いてその発生機序と原因を実験的に検証した.●白内障術後の角膜裏面沈着物白内障手術後早期に,角膜裏面に図1のような沈着物をみることがある.この不思議なリングや線状の形をした沈着物はどこから発生し,何を意味するのであろうか.現在までこのような所見に関する報告はない.これらの術後にみられる沈着物は,さまざまな形で現れる.図1aに示すように円状であったり,切開層の付近(図1b)や角膜浮腫を伴ったドーナツ状(図1c)になるものもあり,角膜内皮細胞障害を示唆する所見を呈することもある.これらの痕跡は,前房内の水の流れが関係していると推察される.また,切開創からの水の漏出痕とも考えられよう.しかし,それだけでは説明できない形も出現する.今回筆者らは,この現象を,広い海に浮かぶさまざまな形をした島のように見えることからkeraticprecip-itateslikeislands(KPLI)と名づけた.KPLIは円状やドーナツ状に見える所見も多いことから,術中に生ずる気泡が何かしらかかわっていると推察できる.過去の報告では,術中に生じる気泡は角膜内皮障害を生じる可能性があることがわかっている1).しかし,術中に明らかに粘弾性物質で角膜内皮細胞を保護できていたと思われる症例でさえ,このような所見をみることがある.そこで,豚眼を用いて実験的にこの現象の発生機序の再現を試みた.●豚眼を用いた温流の再現豚目を半切し,セラミックヒーターの上に設置したシャーレに貼りつけ,下から温めることによって強膜側を約36℃,角膜表面を約31℃に設定し,温度差を生じさせた(図2).その後,前房内に蛍光色素を注入し,前房の水の流れを細隙灯顕微鏡にて観察した.すると,図(85)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1Keraticprecipitateslikeislands(KPLI)術後1日目の角膜内皮面に白色物質の沈着を認める.a:円状,b:線状,c:ドーナツ状.3aに示すように,色素は水晶体前面に認められる上昇水流に乗って上にのぼり,頂点に達した後,角膜裏面に沿って下方に流れていることが観察された.この所見は,通常の診療でもみられる温流という角膜表面と眼内の温度差による前房水の流れであり,実験的に再現可能であることが実証された.水の流れは温度が高いほうから低いほうに流れる.よって,水晶体から角膜のほうへ水の流れが生じると考えられるが,通常の診療における患者の体位は座位であるため,角膜に向かった水は重力の関係で下に流れていき,水晶体側の水は上方へ上がっていく,いわゆる温流ができるといわれている.しかし,術後の患者は仰向けで安静にしている状態のため,温流の流れは変わるはずである.そこで,角膜を上方に向けた状態で観察してみると,蛍光色素は角膜内皮面に向かって流れていくことがわかった(図3b).この実験により温流は体位によって変わる可能性があることが示唆された.あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171001図2セラミックヒーターで温めた豚眼と温度計測強膜側を温め,温度差を生じさせた.a:角膜表面温度(31℃),b:強膜表面温度(36℃).図4仰臥位時における温流の方向水晶体脳.の方向から角膜裏面に向かって房水が流れていると考えられる.●KPLIの発生機序の推察上記の実験により,体位によって温流が変わる可能性がわかった.では,この温流がどのようにKPLIの発生にかかわっているかを推察してみる.KPLIにはリング状の形をしたものが多い.この形状から気泡が関連して図3色素による温流再現モデル色素の動きにより温流の再現を確認できた.矢印の方向に色素の動きを確認できた.a:座位時,b:仰臥位時.いると推察される.術中虹彩裏面などにトラップされていた気泡が,術後仰臥位によって角膜内皮側の頂点に移動する可能性は大いにある.実験では,図3bに示すように前房内の空気が角膜裏面に接している場合,蛍光色素が空気の周りに集まっていく状態が観察された.このことからリング状のKPLIは,前房内に残った気泡が関連していることが示唆された.次に沈着物質であるが,実際に付着しているものを採取することは非常に困難であるため推察となってしまうが,術後の水晶体.内には取りきれなかった水晶体上皮細胞などが多く残存しており,この細胞がやはり温流に乗って角膜内皮に貼りつけられた可能性が示唆される(図4).文献1)KimEK,CristolSM,KangSJetal:Endothelialprotec-tion:Avoidingairbubbleformationatthephacoemulsi.-cationtip.JCataractRefractSurg28:531-537,2002

コンタクトレンズ:カラーコンタクトレンズの合併症

2017年7月31日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一33.カラーコンタクトレンズの合併症糸井素純道玄坂糸井眼科医院●はじめにカラーコンタクトレンズ(カラーCL)はインターネット,大型雑貨店,薬局などで医師の処方を受けず購入している人が非常に多い.そのため,カラーCL装用者数の実態をつかむことは困難であるが,カラーCL販売枚数は年々着実に増加しており,カラーCL装用者数も増加しているものと考えられる.カラーCL装用による眼障害を診察する機会も急増している.日本で流通しているカラーCLは,すべてソフトコンタクトレンズ(SCL)であり,SCLに発症する合併症はカラーCLですべて発症するが,本稿ではカラーCLに多い,あるいは特有な合併症について解説する.●酸素不足一部を除き,多くのカラーCLは医師の処方を受けず購入されている.そのため,レンズの素材の酸素透過性を考慮しないで,カラーのデザインや価格だけで選択している人が多い.通常,流通している透明なSCLは,そのほとんどが酸素透過性の高い高含水性HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)か中含水性HEMA,あるいはシリコーンハイドロゲル素材であるが,眼障害を招いているカラーCLの多くは低含水性HEMA素材である1).とくに若い女性たちが好む虹彩の色を変えるタイプは,低含水性HEMA素材のものしか流通していない.低含水性HEMA素材のカラーCL装用による酸素不足が原因で生じる眼障害は,透明なSCLよりも顕著で,比較的短期間の装用で発症することが多い.この理由については今後の研究が待たれる.酸素不足による眼障害は,短時間の装用で生じる急性症状と,長期間の装用で生じる慢性症状がある.低含水性HEMA素材のカラーCL装用による急性の酸素不足症状としては角膜浮腫,角膜上皮障害,輪部充血,慢性の酸素不足症状としては角膜血管新生,角膜内皮細胞障害(図1),角膜上皮障害,角膜の菲薄化,角膜変形などがあげられる.図1約1年間の1日使い捨てカラーコンタクトレンズ装用者にみられた角膜内皮細胞障害(右)と正常角膜(左)●色素による機械的障害多くのカラーCLはサンドイッチ構造をうたっているが,実際の色素の分布を断面で確認すると,色素はレンズの表層近くに分布し,角膜側,あるいは眼瞼側に偏在している2).低含水性HEMA素材のカラーCLを実体顕微鏡で確認すると,色素が多層にプリントされ,最表面は薄い透明な膜で覆われていることが確認できる.低含水性カラーCL装用による眼障害例でレンズ表面を確認すると,色素の一部が透明な膜で完全には被われていないことがある.色素の露出は角膜上皮障害を招く.たとえ色素の露出がなくても,低含水性HEMA素材のカラーCLは被われる透明な膜が薄いために,レンズ表面には凹凸がある3).このレンズ表面の凹凸により,摩擦係数が高くなる.凹凸が顕著な場合,角膜側であれば角膜上皮障害,眼瞼側であれば乳頭結膜炎の原因となる.色素の露出による角膜上皮障害は局所的であるが,顕著な凹凸による角膜上皮障害は角膜の広い範囲に及ぶ(図2).●タイト症状(タイトフィッティング)低含水性HEMA素材のカラーCLは,中~高含水性(83)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20179990910-1810/17/\100/頁/JCOPY図21カ月交換カラーコンタクトレンズ装用者にみられた角膜上皮障害色素による角膜側のレンズ表面の凹凸が原因と考えられた.素材のレンズよりも硬く,透明なSCLよりも黒目拡大効果のためにレンズ径が大きいものが多い.眼の表面でずれると見た目に大きく影響するために,ずれないようにベースカーブも通常の透明なSCLよりもスティープなものが多い.そのためタイトフィッティングによる眼障害を招きやすい.タイトフィッティングにより角膜上皮障害,結膜ステイニング(図3),輪部充血,角膜変形などの眼障害を生じる.角膜変形はSCL矯正視力の低下にもつながる.●正しいレンズケア方法を知らない多くのカラーCLは,医師の処方を受けないでインターネット,大型雑貨店,薬局で購入されている.そのためほとんどのカラーCL装用者は正しいレンズケア方法を知らない.自己流でレンズケアを行っている.もっとも問題となるのが,複数のカラーCLを交代で使用し図31カ月交換カラーコンタクトレンズ装用者にみられた結膜ステイニングタイト症状が原因と考えられた.ているカラーCL装用者である.長期にレンズケース内に保存したカラーCLを,レンズケアをせずに,そのまま取り出し,直接,装着し,角膜感染症になるケースが後を絶たない.このような状況では,重篤な角膜感染症が高率に発症し,将来もさらに増加していくのではないかと懸念される.文献1)HoldenBA,MertzGW:Criticaloxygenleveltoavoidcornealedemafordailyandextendedwearcontactlenses.InvestOphthalmolVisSci25:1161-1117,19842)独立行政法人国民生活センター:カラーコンタクトレンズの安全性─カラコンの使用で眼に障害も─.平成26年5月22日.http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20140522_1.html3)LorenzKO,KakkasseryJ,BoreeDetal:Atomicforcemicroscopyandscanningelectronmicroscopyanalysisofdailylimbalringcontactlenses.ClinExpOptom97:411-417,2014ZS983

写真:偽眼類天疱瘡

2017年7月31日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦398.偽眼類天疱瘡加藤久美子三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学図1初診時の前眼部写真重度の結膜充血があり,輪部の角膜上皮幹細胞が疲弊したため,周囲の結膜が角膜内に侵入していた.眼瞼縁の腫脹と瞼縁周囲の強い充血が認められた.図3図1のフルオレセイン染色角結膜の上皮欠損が認められた.図4シクロスポリン全身投与後2カ月の前眼部写真結膜充血,眼瞼縁の腫脹は軽快したが,瘢痕性変化は残存していた.(81)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20179970910-1810/17/\100/頁/JCOPY偽眼類天疱瘡(pseudoocularcicatricialpemphi-goid)は,眼類天疱瘡に類似する瘢痕性角結膜症を呈する疾患の総称であり,1974年にKristensenらが初めて報告した1).偽眼類天疱瘡は,点眼薬の使用に関連するものと,幼少時のトラコーマ感染など,それ以外のものに大別される.点眼薬では,抗緑内障点眼液やアシクロビル眼軟膏など,上皮細胞への毒性を有する薬剤が原因となることが多い.細隙灯顕微鏡では,結膜.の短縮と結膜下組織の増生が認められる.角膜輪部機能不全になると遷延性の角膜上皮欠損が生じ,周囲の結膜が角膜内に侵入する.眼瞼縁を観察すると,マイボーム腺機能不全を思わせる眼瞼縁の腫脹と,マイボーム腺開口部周囲の血管拡張が観察される.重症例では眼表面が角化する.トラコーマによるものでは,上眼瞼結膜の瘢痕形成やパンヌスを認めることがある2).診断は細隙灯顕微鏡所見と既往歴,点眼薬の長期使用の有無により行う.眼類天疱瘡は両眼性であるが,偽眼類天疱瘡については,原因となった点眼液を片眼のみに使用していた場合には片眼性となる3).結膜生検を行うと,結膜杯細胞の減少,結膜の角化と線維化,さまざまな炎症細胞の侵入が認められる4).薬剤性偽眼類天疱瘡の治療は,まず疑わしい点眼薬を中止し,防腐剤を含まない人工涙液の頻回点眼でwashoutを行う.およそ1~2カ月で病変の進行は停止するが,それでも強い充血が継続する重症例では,消炎のためにステロイドの局所投与,またはステロイドあるいは免疫抑制薬の全身投与が必要となる3).消炎されても,瘢痕性変化は不可逆的であるため,必要に応じて羊膜移植や輪部移植,培養輪部上皮移植,培養口腔粘膜上皮移植などを行う5,6).筆者は,市販薬点眼液を長期間,頻回に使用したことが原因となり発症した偽眼類天疱瘡を経験した.原因となった点眼薬を中止しても強い充血が遷延したため,シクロスポリンの全身投与を行った.約2カ月で角結膜病変は軽快したが,瘢痕性変化が残存したため,今後外科的治療を予定している.文献1)AndersN,WollensakJ:Ocularpseudopemphigoidaftertopicaldrugadministration.KlinMonblAugenheilkd205:61-64,19942)島崎潤:偽眼類天疱瘡.眼科プラクティス18前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p61,文光堂,20073)上田真由美:点眼薬関連アレルギー:偽眼類天疱瘡.日本の眼科87:863-866,20164)PattenJT,CavanaghHD,AllansmithMR:Inducedocularpseudopemphigoid.AmJOphthalmol82:272-276,19765)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Cultivatedcornealepithelialstemcelltransplantationinocularsurfacedisor-ders.Ophthalmology108:1569-1574,20016)稲富勉:薬剤毒性結膜炎(偽類天疱瘡を含む).専門医のための眼科診療クオリファイ2結膜炎オールラウンド(大橋裕一編),p149-152,中山書店,2010

時の人 篠田 啓 先生

2017年7月31日 月曜日

埼玉医科大学医学部眼科学教授しのだけい篠田啓先生昨年(2016年)8月,埼玉医科大学医学部眼科の第4代教授に篠田啓先生が就任した.先生は昭和39年生まれの52歳.高校までは故郷の岐阜県で過ごし,大学は慶應義塾大学医学部に進学した.大学卒業後は同大眼科に入局し,小口芳久教授(当時)の下で眼科医としての研修を積んだ.小口教授のご専門は電気生理学で,その薫陶を受けた篠田先生も,電気生理学に基づいた「網膜硝子体の機能と形態両側面からの評価」を自身の研究テーマに選び,今日に至っている.網膜硝子体疾患の治療に実績のある埼玉医科大学の教授に就任したことで,先生の専門と手腕がいかんなく発揮される条件が整った.*埼玉医科大学は1892年(明治25年)に精神科の毛呂病院として出発した.戦後は埼玉県西部の医療を担う総合病院として発展し,1972年(昭和47年)に大学が開設された.眼科学教室は野寄喜美春初代教授,米谷新教授,板谷正紀教授の3代にわたって,眼底レーザー,眼底イメージング,網膜疾患遺伝子解明などの眼底疾患分野に大きな業績を築いてきた.眼科の教室員は現在,研修医5名を含む18名.非常勤の16名と合わせて34人で年間約2,500件の手術をこなしている.硝子体手術は15年連続700件超,緑内障は約200件と多く,近年は角膜手術にも力を入れている.これらの診療を実践する場として,2009年に「アイセンター」が組織された.アイセンターには眼科専用の手術室があり,毎日手術を行うことができる.病棟の看護体制とアイセンターの手術室との連係により,年間の入院手術件数は2,000件に及ぶ.*篠田先生に話を戻そう.岐阜時代の篠田先生は,サッカーに夢中な元気いっぱいの少年だったそうだ.両親はともに小学校の先生で非常に忙しく,代わりに先生の世話を焼いてくれたのは母方の祖母.だから,先生は自らを「おばあちゃん子」だと言っている.さて,医学部を卒業して眼科医になることを選んだ篠田先生には,前述の小口教授のほかにも,師と仰ぐ人が3人いる.そのうちの1人は,修業時代に杏林大学病院で教えを受けた樋田哲夫先生である.樋田先生の下では網膜硝子体疾患のマネージメントを勉強した.その後,いったん慶應義塾大学に戻った篠田先生は,今度はドイツのチュービンゲン大学に留学し,そこで遺伝性網膜疾患および視覚生理学の権威であるEberhartZrenner教授に師事する.篠田先生はZrenner教授の主宰する「人工網膜開発プロジェクト」に参加して,3年間研究に没頭した.2004年に帰国して母校の医局長を務めたあと,2005年に国立病院機構東京医療センターに眼科医長として赴任.ここでは,当時センター所長であった網膜機能研究の権威,三宅養三先生(現・愛知医科大学理事長)に親しく教えを受けた.*このように,篠田先生は常に専門を深く掘り下げる努力を惜しまず,世界レベルの眼科医とともに網膜硝子体疾患の研究に励み,それを臨床に反映してきた.これまでを振り返って篠田先生は「小口先生,三宅先生,樋田先生,Zrenner先生という巨人に薫陶を受けることができ,私は大変な幸せ者です」と謙虚に語る.今後は,自身が指導者として,「埼玉医科大学の眼科チームの一人一人が,個性・興味・得意分野に応じたやりがいのある目標設定をして,それに取り組むことのできる環境つくり」をめざす.篠田先生は,家庭では「映画や読書など,たくさんの作品を妻,子どもたちとともに楽しんでいます」という言葉からわかるように,家族との時間を大切にする良き夫,良き父である.(79)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20179950910-1810/17/\100/頁/JCOPY

ゲノム情報と国内・国際ネットワーク

2017年7月31日 月曜日

ゲノム情報と国内・国際ネットワークIntra/InternationalNetworktoShareGenomeInformation藤波芳*はじめに21世紀における情報革命の恩恵を受けて,医療におけるエビデンスの概念に変化がもたらされている.かつて,診察室内で医療者と患者間のみの経験に基づいて行われていた医療が,エビデンスというビッグデータに基づいた医療へ進展した(evidencebasedmedicine).さらに,近未来にはすべての医療機関においてコアデータサーバへのアクセスが開通し,診察室での情報がエビデンスとしてリアルタイムに更新され,そこで参照されるビックデータがそのまま個人の医療に活用される時代(nestgenerationevidencebasedmedicine)へ変容することが確実視されている(図1).また,医療を取り巻く科学技術の進歩は目覚ましく,2010年代より爆発的に普及したnextgenerationsequ-encing(NGS)methodにより遺伝情報を含めた100万規模の研究コホートの構築が可能となり,precisionmedicineinitiative(遺伝子,環境,ライフスタイルに関する個人ごとの違いを考慮した予防や治療法を確立する医療;https://obamawhitehouse.archives.gov/node/333101)の実践が現実のものなっている.これらの正常群,疾患群での臨床・遺伝情報の統合・共有化はあらゆる医学・生物学領域に及んでおり,眼遺伝学領域に与える影響も絶大である1).臨床・遺伝情報の統合・共有化の恩恵を最大に受けている分野の一つが,遺伝性希少網膜疾患分野である.遺伝性希少網膜疾患は臨床像が多様で,電気生理学的検査図1Nextgenerationevidencebasedmedicine近未来において,すべての医療機関においてコアデータサーバへのアクセスが開通すると,診察室での情報をエビデンスとしてリアルタイムに収集することが可能となる.すなわち,患者の主訴,検査所見などがリアルタイムにデータベースに取り込まれエビデンスを構築するビックデータの一部となる.それと同時にビークデータより提供された治療指針や疾患に関するすべての情報が個人の医療に活かされ,真の意味での個別化医療が実践される.を含む包括的臨床検査が診断に不可欠であり,診断に苦慮することも少なくない(図2,3)2~6).加えて原因遺伝子の変異が多彩なため,遺伝子診断が容易でなく,治療については実現困難であるとされてきた.しかしながら,近年の変革のなかで,遺伝性希少網膜疾患においても,数百症例単位の国際コホートが設立され,病態理解が急速に進み,欧米では治療についての臨床治験が各所で進行中である.*KaoruFujinami:東京医療センター・臨床研究センター視覚研究部・視覚生理学研究室,慶應義塾大学医学部眼科学教室網膜細胞生物学グループ,Genetics,UCLInstituteofOphthalmology,UK〔別刷請求先〕藤波芳:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター・臨床研究センター視覚研究部・視覚生理学研究室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(71)987図2多彩な表現型を示す遺伝性網膜疾患ABCA4遺伝子異常に起因する遺伝性網膜疾患患者の眼底自発蛍光所見.原因遺伝子が共通であったとしても,きわめて多彩な表現型が認められ,診断に苦慮することも少なくない.図3遺伝性網膜疾患の電気生理学的所見ABCA4遺伝子異常に起因する遺伝性網膜疾患患者の電気生理学的所見.遺伝性網膜疾患において電気生理学的検査は必要不可欠であり,診断,機能評価,予後予測にきわめて有用である.遺伝性希少網膜疾患日本欧米・Step1:コホート作成(自然経過観察)・Step2:網羅的遺伝子診断・Step3:遺伝子型表現型相関確立・Step4:治療考案・導入・Step5:治療効果判定(経過観察)図4遺伝性希少疾患へのアプローチ難治性である遺伝性希少疾患へのアプローチはコホート作成(自然経過観察),網羅的遺伝子診断,遺伝子型表現型相関確立,治療考案・導入,治療効果判定(経過観察)の5段階と考えるのが一般的である.第一段階であるコホート作成が大規模に行われるほど,治療導入以降の段階の症例が多くなるため,画一的診断に基づく大規模コホートの作成が治療への近道となる.図5JapanEyeGeneticsConsortium(JEGC)における協力体制国内協力施設で画一化された臨床検査が施行され,完全匿名化された臨床情報がオンラインデータバンクを通して,各疾患の担当者に送られる.それぞれの疾患担当者と主治医の協議のもと,最終的な臨床診断が行われる.インフォームド・コンセントが得られた後,患者末梢血もしくは唾液が採取され,東京医療センター・臨床研究センターへ送付される.東京医療センター・臨床研究センターでDNAが抽出され,次世代シークエンスの結果を元に,遺伝学的確定診断が行われる.また,上記診断フローと並行して新規遺伝子については機能解析を通して,病態解明へのアプローチが実践される.さらに,国内外の複数の施設との協力のもと,最終目的である遺伝性網膜疾患の治療導入が強力に推進される.さらに,得られたデータリソースは,オミクス研究事業などに活用される.図6JEGCにおける基幹施設JapanEyeGeneticsConsortium(JEGC)では2017年現在26の国内基幹施設を有しており(図中★),オールジャパンで遺伝性網膜・視神経疾患への協力体制が構築されている.(日本医療研究開発機構委託研究事業拠点班:遺伝性網脈絡膜疾患の生体試料の収集・管理・提供と病態解明:http://www.eye.go.jp/)表1JEGC関連施設ならびに施設代表者岩田岳独立行政法人国立病院機構東京医療センター臨床研究センター分子細胞生物学研究部角田和繁独立行政法人国立病院機構東京医療センター視覚研究部藤波芳独立行政法人国立病院機構東京医療センター視覚研究部三宅養三愛知医科大学堀口正之藤田保健衛生大学医学部眼科学教室山本修一千葉大学大学院医学研究院眼科学寺崎浩子名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学教室久世真奈美JA三重厚生連松阪中央総合病院眼科溝田淳帝京大学医学部眼科学講座直井信久宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野町田繁樹獨協医科大学越谷病院島田佳明藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院中村誠神戸大学医学部眼科学教室不二門尚大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室堀田喜裕浜松医科大学医学部眼科学講座近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学國吉一樹近畿大学医学部眼科学教室篠田啓埼玉医科大学医学部眼科学教室林孝彰東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座福地健郎新潟大学医学部眼科学教室坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室望月清文岐阜大学医学部眼科学教室亀谷修平日本医科大学千葉北総病院近藤寛之産業医科大学眼科学教室石田晋北海道大学大学院研究科眼科学分野村上晶順天堂大学大学院医学研究科眼科学講座高橋政代理化学研究所多細胞システム形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト三宅養三出田眼科病院中澤満弘前大学大学院医学研究科眼科学講座NISO-NEl/NIH-UCLtrilateralresearchagreement図7遺伝性希少網膜疾患を対象とした国際協力体制遺伝性希少網膜疾患の病態理解・治療導入には,国境・民族を超えた形での国際コホート作成が必要不可欠となり,世界各地でコンソシアム形成が進んでいる.NISO:NationalInsituteofSensoryOrgans,NationalHospitalOrganization,TokyoMedicalCenter,Japan,AEGC:AsianEyeGeneticsConsortium,JEGC:JapanEyeGeneticsConsortium,EastAsiaIRDC:EastAsiaInheritedRetinalDiseaseConsortium,UKIRDC:UKInheritedRetinalDiseaseConsortium,UCL:UniversityCollegeLondon,NEI/NIH:NationalEyeInstitute,NationalInstituteofHealth,USA.表2遺伝性網膜疾患に関する国際協力体制CollaborativeResearchagreement(日米)PaulSieving,TakeshiIwataNEI/NIH,NISO二施設間共同研究契約CollaborativeResearchagreement(日英)AndrewDick,TakeshiIwataUCL,NISO二施設間共同研究契約CollaborativeResearchagreement(英米)PengTeeKhaw,PaulSievingUCL,NEI二施設間共同研究契約AsianEyeGeneticsConsortium(アジア)TakeshiIwataNISO14か国間共同研究EastAsiaInheritedRetinalDiseaseConsortium(日,中,韓)KaoruFujinamiNISO3カ国6施設間共同研究UKInheritedRetinalDiseaseConsortium(英)GraemeBlackTheUniversityofManchester英国内7施設共同研究,国際パートナーシップ(NISO)ProgStarStdudies(米英仏独)HendrikSchollWilmerEyeInstitute,JHUSM4カ国9施設間共同研究,国際パートナーシップ(NISO)GlobalEyeGeneticsConsortiumKaoruFujinamiNISO北米,南米,欧州,アジア,豪州における国際共同研究NEI/NIH:NationalEyeInstitute,NationalInstituteofHealth,USA.NISO:NationalInsituteofSensoryOrgans,NationalHospitalOrganization,TokyoMedicalCenter,Japan.UCL:UniversityCollegeLondon.JHUSM:JohnsHopkinsUniversitySchoolofMedicine.図8ABCA4関連網膜症インハウスデータベース遺伝性希少網膜疾患でもっとも頻度の高いABCA4関連網膜症については,約600症例の疾患群における変異頻度情報が10万を超える正常人の変異頻度情報(http://exac.broadinstitute.org/)にインテグレートされ,正常群・疾患群における各民族・コホート間変異頻度比較がブラウザにおける情報共有により可能となっている.

小児眼科

2017年7月31日 月曜日

小児眼科GeneticDiagnosisforPediatricOcularDisorders近藤寛之*はじめに小児眼疾患に対して行われている遺伝子診療は,メンデルの法則に従ういわゆる遺伝性眼疾患の確定診断を目的としたものが多い.遺伝子診断の具体的な方法は他書に譲るが,特定の遺伝子の診断には直接塩基配列を決定する方法(Sanger法とよばれる)が適用されることが多い.近年,個別の遺伝子の解析では不十分な場合などには次世代シークエンサーによる遺伝子解析も行われるようになっているが,費用の問題などからSanger法による個別の遺伝子診断に取って代わるには至っていない.いずれの方法にしても,遺伝子診断は検査や解析にある程度の時間を要し,確定診断といっても臨床診断の補助的な検査としての役割にとどまる.小児に対する遺伝子診断は倫理的な問題も含めて注意すべき点が多いが,眼科領域では確定診断の有用性の高い分野であろう.本稿では小児眼科領域で行われている遺伝子診断について,網膜疾患を例にあげつつ,その役割や問題点を解説する.I小児に対する遺伝子診断と遺伝カウンセリング一般に遺伝子診断に際しては,遺伝情報が血縁者間で一部共有されることや,不適切に扱われた場合には患者や血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があるため,必要に応じて専門家による遺伝カウンセリングを行うこと,検査の結果をわかりやすく説明することなどが求められている(日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」2011年2月,http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.htmlを参照されたい).小児眼疾患の遺伝子診断についても同様の倫理的な配慮が必要である.上記のガイドラインでは小児など未成年者で同意能力がない患者の検査では,代諾者の同意が必要で,患者本人の最善の利益を考慮すべきとしている.また,患者の理解度に応じた説明を行い,本人の了解(インフォームド・アセント)を得ることが望ましいともある.一方,未成年者に対する非発症保因者の診断や発症前診断については原則として本人が成人し自律的に判断できるまで実施を延期すべきで,両親などの代諾で検査を実施すべきでないとしている.小児眼疾患では,遺伝子診断については患児に対する配慮が必要なのはいうまでもないが,家族が患児のケアについて前向きになるチャンスであることも見逃せないポイントである.遺伝性疾患の多くは治療が確立されていないために,すでに臨床診断がなされているケースでは,家族は大きな不安を抱えていることが多い.説明によっては「治療法がない」と主治医から突き放された気持ちに陥るケースもある.遺伝子診断によって確定診断が得られれば,疾患の経過や予後,治療法,療養に関する情報を提供することで,家族が前向きな気持ちになる場合もある.疾患の種類,患児および家族の性格や置かれた状況を判断し,家族の気持ちに寄り添って遺伝子診断の可否を検討することが望まれる.*HiroyukiKondo:産業医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕近藤寛之:〒807-8555福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(65)981図1Coats病が疑われた家族性滲出性硝子体網膜症の左眼眼底写真11歳時に右眼の滲出性網膜.離を発症しCoats病と診断されたが,その後失明した.29歳のときに左眼の滲出性網膜.離を併発した.遺伝子診断でFZD4遺伝子変異がみつかり,家族性滲出性硝子体網膜症と確定診断した.b図2Goldenhar症候群を合併した眼白子症の前眼部所見と眼底写真3カ月,男児.a:前眼部写真では右眼耳側強角膜輪部にデルモイドを認める.b:左眼眼底写真,眼底は色素脱出を認める.遺伝子診断の結果GPR143遺伝子に変異を認め,眼白子症と確定診断した.図3Norrie病が疑われた先天性網膜.離(白色瞳孔)の前眼部写真3カ月,男児.両眼の白色瞳孔と網膜.離を主訴に受診.Norrie病または家族性滲出性硝子体網膜症を疑われたが,遺伝子診断によりATOH7遺伝子変異がみつかり,非症候性先天性網膜接着不全症候群(nonsyndromiccongeni-talretinalnonattachment)と診断した.写真は左眼の術中所見,白色瞳孔を認める.図4診断が困難な先天網膜分離症の眼底写真4カ月,男児.右眼(a)に胞状の網膜を認め網膜.離が疑われた.左眼(b)の後極部は一見正常だが,全身麻酔下の精査で黄斑部の網膜分離がみられた.遺伝子診断によりRS1遺伝子変異がみつかり,先天網膜分離症の診断が確定した.図5常染色体劣性ベストロフィノパチーの眼底写真と眼底自発蛍光像11歳,女児.両眼の黄斑異常を指摘されて当科を受診.右眼の眼底写真(a)と眼底自発蛍光所見(b)を示す.眼底所見から常染色体優性Best病(卵黄状黄斑変性)を疑われたが,遺伝子診断によって,BEST1遺伝子による常染色体劣性ベストロフィノパチーと診断した.伝子関連疾患がこれにあてはまる.臨床診断に加え,遺伝子診断による遺伝形式の推定はカウンセリング上有用な情報となる.BEST1遺伝子異常による眼疾患として常染色体優性遺伝の卵黄状黄斑変性がよく知られているが,近年常染色体劣性ベストロフィノパチーが報告されている.両者は臨床所見が似ているため鑑別は容易でではない(図5).遺伝子診断は確定診断と遺伝形式の決定に有用である.2.遺伝子診断が困難な疾患・遺伝子遺伝子診断が困難な疾患として小眼球症や先天白内障,網膜色素変性がある.これらの疾患では臨床所見の異質性が高いだけでなく,原因となる遺伝子も多様であり特定の遺伝子に原因を絞り込むのは容易ではない.このような疾患は複数の類縁疾患の総称と考えたほうがよく,通常は決め手となるなんらかの特徴的所見がないかぎり網羅的に原因遺伝子を調べないと原因を同定するのは困難である.エクソームシークエンスなどの次世代シークエンス法を用いれば,網羅的に検査を行うことが可能であり診断率は高まる.ただし,次世代シークエンス法では一度に多数の遺伝子のバリエーション(多数の塩基配列)が検出される.この中で原因となる遺伝子(変異)は1つ(または1組)であり,新規の原因遺伝子を想定して,1つに絞り込むことは容易ではない.このため,既知の遺伝子による診断率の低い疾患では,網羅的に検査をしても原因となる遺伝子変異を見逃してしまう可能性が高い.また,エクソームシークエンスでは広範囲のヘテロ接合性の塩基欠失を診断することはできない.また,原因が一つの遺伝子の疾患であっても,エクソンの数が多いものはSanger法での診断はやや困難となる.Stickler症候群のうち多くの症例はCOL2A1遺伝子異常が原因であるが,COL2A1遺伝子は54エクソンから構成され,ホットスポットが存在しないため検査には労力を要する.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)はゲノム上に多数存在する塩基配列のバリエーションである.SNPは原因となる遺伝子変異とは別の良性のバリエーションを意味することが多いが,遺伝子がコードするアミノ酸が置換されるタイプのSNPでは,病的な変化と良性の変化とを区別することは必ずしも容易ではない.家族性滲出性硝子体網膜症の原因遺伝子の一つであるLRP5遺伝子は23エクソンから構成されるが,罹患者からしばしば新規のSNPが検出され,病的な変化かどうかの判定に苦慮することがある.IIIリスク診断小児眼科領域では非メンデル遺伝性疾患に対する易罹患性の評価を行うことは少ないが,例外は網膜芽細胞腫に対する発症リスクの評価である.網膜芽細胞腫は小児にみられる眼内悪性腫瘍であり,転移すると生命が脅かされる疾患である.通常はCTやMRIなどの画像診断や病理組織検査によって診断され,遺伝子診断は必須ではない.網膜芽細胞腫は癌抑制遺伝子であるRB1遺伝子の体細胞変異によって起こる.RB1遺伝子は13番染色体上にあり,ゲノムには母由来と父由来の一対(二つ)の遺伝子が存在する.この二つともが変異して癌化を起こすが,二つとも体細胞変異を起こして発症する場合と,一つが生殖細胞のRB1遺伝子変異として継承され,もう一つが体細胞変異を起こして発症する場合がある.後者では家族内発症の危険性があり,その考えは提唱者に由来してKnudsonの2ヒット説とよばれる4).このように網膜芽細胞腫の発症は体細胞変異を起こす危険度に由来し,メンデルの法則に従わないが,遺伝素因があると家族性の発症や,他眼・松果体を含めた3側性の発症のリスクとなる.また,遺伝素因により将来,骨肉腫など別の悪性腫瘍を引き起こす可能性がある.このため網膜芽細胞腫では遺伝素因の確認のために遺伝子診断が行われるが,RB1遺伝子の診断には2016年より保険診療が認められている.IV出生前診断出生前診断は胎児に対する遺伝学的検査であり,羊水穿刺など妊婦に対しての侵襲的な検査行為を伴う.妊娠の継続をあきらめるかどうかの判断に用いられることが背景にあり,倫理的に大きな問題を含んでいるため,日本産科婦人科学会は原則として重篤な遺伝性疾患児を出(69)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017985■用語解説■Sanger法:ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)を行って特定の遺伝子配列を増幅したうえで,さらに1塩基ごと長さの異なるPCR断片を作製し,一斉に電気泳動することで遺伝子配列を決定する方法.DNAシークエンスといえばこの方法をさす.次世代シークエンス法と対比する意味合いにより,開発者の名をとりSanger法とよばれるようになった.広範囲のヘテロ接合性の塩基欠失:ヘテロ接合とは片親からの遺伝子に異常がみられ,もう片親の遺伝子配列が正常の場合をさす.ホモ接合の対義語.エクソンが丸ごと塩基欠失するなどのヘテロ接合性変異では遺伝子の量が半減しているため,疾患の原因となる場合があるが,シークエンスの配列は正常と同じとなり異常を検出することはできない.アミノ酸が置換されるタイプのSNP:SNPが遺伝子をコードする配列に存在すると,アミノ酸が置換される場合がある.非同義語配列ともよばれる.同じSNPが健康人に多くみられる場合には疾患の原因とはみなされないが,健康人にないSNPだからといって必ずしも病的とは限らない.体細胞変異:細胞の癌化のように,体の一部の細胞が細胞分裂の際に後天的に遺伝子変異を生じたものをいう.体細胞変異は遺伝性がない.生殖細胞の変異:卵子や精子に遺伝子変異があれば子孫に変異が継承される可能性がある.生殖細胞の遺伝子変異とは親からの継承によって全身のすべての細胞に遺伝子変異がコピーされていることを意味する.体細胞変異と対比される用語.

先天色覚異常

2017年7月31日 月曜日

先天色覚異常CongenitalColorVisionDe.ciencies林孝彰*はじめに先天色覚異常は,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,全色盲に大別される(表1).もっとも頻度の高い先天赤緑色覚異常は,X連鎖劣性遺伝形式をとり日本人男性の5%,女性の0.2%に存在する.先天青黄色覚異常は,常染色体優性遺伝形式をとるものの,その頻度は不明である.一方,先天的に低視力,羞明,昼盲,振子眼振を主徴とする全色盲は,常染色体劣性遺伝による杆体1色覚とX連鎖劣性遺伝形式による青錐体1色覚が存在し,いずれも数万人に1人以下とまれな疾患である.本稿では,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,杆体1色覚,青錐体1色覚の臨床像について述べ,遺伝子診断・解析で決定された遺伝子変異との関連性について述べる.I先天赤緑色覚異常1.臨床像日常遭遇する非進行性の色覚異常である.視力障害や視野障害は引き起こされない.検査には石原色覚検査表II国際版38表(石原表)が用いられることが多い.2013年にリニューアルされ,これまでの数字表(数字を記載)と曲線表(曲線をたどることができるかどうか)に加え,「新色覚異常検査表(新大熊表)」で使用されていた環状表(環状部におかれた切痕部を認識できるかどうか)が新たに追加されている.石原表はスクリーニングに用いられ,大まかな診断が可能となっている.程度判定には表1先天色覚異常の分類A.先天赤緑色覚異常(X連鎖劣性遺伝)1型色覚(protan)→1型3色覚(protanomaly),1型2色覚(protanopia)2型色覚(deutan)→2型3色覚(deuteranomaly),2型2色覚(deutanopia)B.先天青黄色覚異常(常染色体優性遺伝)3型色覚(tritan)→3型3色覚(tritaranomaly),3型2色覚(tritanopia)C.杆体1色覚(rodmonochromacy)(常染色体劣性遺伝)D.青錐体1色覚(blueconemonochromacy)(X連鎖劣性遺伝)パネルD-15が用いられpassもしくはfailに分類される.Passすれば中等度異常以下,failした場合は強度異常と判定される.確定診断にはアノマロスコープが用いられ,1型2色覚,1型3色覚,2型2色覚,2型3色覚に分類される.1型2色覚と2型2色覚は合わせて2色覚,1型3色覚と2型3色覚は合わせて異常3色覚とよばれている.パネルD-15とアノマロスコープの関係性を図1に示す.2.遺伝学的診断1986年,Nathansらは,L遺伝子(OPN1LW),M遺伝子(OPN1MW),S遺伝子(OPN1SW)を単離することに成功した1).L遺伝子とM遺伝子は,X染色体上(Xq28)に存在し,L遺伝子(先頭遺伝を意味することが多い)の下流に一つもしくは複数のM遺伝子(後続遺伝を意味することが多い)が配列している.両者ともに*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)967図1先天赤緑色覚異常の自験例26例の診断と程度判定による分類図21型3色覚(6例)の遺伝子配列図31型2色覚(5例)の遺伝子配列症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)Asenjo(Merbs)120(0)FSer556(552.4)555(549.2)131(3.2)FAlaAlaAla症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)559(553.0)563(556.7)Asenjo(Merbs)14,154(3.7)P19,20,210(0)FSerSer16563(556.7)554(-)9(-)P22,23Ser0(0)F556(552.4)SerAlaAlaAla563(556.7)555(549.2)563(556.7)563(556.7)17SerAlaAla8(7.5)P24,250(0)FSerSer18556(552.4)555(548.8)1(3.6)P26563(556.7)563(556.7)0(0)F2AlaAlaAlaSerSerAla図42型3色覚(7例)の遺伝子配列図52型2色覚(8例)の遺伝子配列先天赤緑色覚異常L-Mハイブリッド遺伝子(+)M-Lハイブリッド遺伝子(+)1型色覚異常2型色覚異常単一L-Mハイブリッド遺伝子波長差(一)波長差(+)単一L遺伝子波長差(一)波長差(+)波長差(一)波長差(一)1型2色覚1型3色覚2型2色覚2型3色覚1型2色覚2型2色覚1型3色覚(強度異常)2型3色覚(強度異常)図6先天赤緑色覚異常の遺伝子配列と診断のフローチャート図7特異な2色覚の19歳男性(JU#295)のアノマロスコープの結果LogSensitivity(logphoton-1secdeg2)aWavelength(nm)bWavelength(nm)cWavelength(nm)40050060070040050060070040050060070025,00020,00015,00025,00020,00015,00025,00020,00015,000Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)図8特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の分光感度曲線の結果エクソン5の塩基配列(JU#0295)L遺伝子配列M遺伝子配列図9特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の単一L.M遺伝子のエクソン5の塩基配列表2先天青黄色覚異常の臨床像色覚1931CIE色度図上x=0.171,y=0.000に収束点をもつ.中性点は571.5nm.450nmと650nmの混合色530nmで等色する.一部異常3色覚(incompletetritanope)を示す.遺伝形式常染色体優性遺伝発症年齢先天性矯正視力正常視神経乳頭所見正常視野(中心部)正常視野(周辺部)白色視野正常,青色視野狭窄589590591592593DLEAF図10杆体1色覚の家系(自験例)のPDE6C塩基配列姉と弟にp.E591K(p.Glu591Lys)変異をホモ接合で認める.7778798081SFGGF図11杆体1色覚の家系(自験例)のS遺伝子の塩基配列姉と父にp.G79R(p.Gly79Arg)変異をヘテロ接合で認める.コントロール父親L/ML/M青色刺激赤色刺激10μV図12先天青黄色覚異常のS錐体網膜電図父親ではS応答が検出されない.先頭遺伝子後続遺伝子S180Y277T285A180F277A285正常色覚5′LCRLP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子S180Y277T285A180F277A285NoLCRBCMタイプ15LP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子LCRの部分的もしくは全欠損C203RS180変異を有するBCMタイプ25′LCRLP1234563′L/Mハイブリッド遺伝子5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)機能消失変異(C203Retc)→不均等交叉その後突然変異C203RC203RS180F277A285A180BCMタイプ35′LCRLP123456MP1234563’5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)M遺伝子機能消失変異(C203Retc)→type2出現後→geneconversion(遺伝子転換)S180F277A28534563′エクソン2の欠損BCMタイプ45′LCRLP1エクソン領域の部分もしくは全欠損図13青錐体1色覚(BCM)における遺伝子配列異常の四つのタイプコントロール症例図14CNGA3の塩基配列杆体1色覚と診断された症例(JU#0185)でCNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異p.R436W(p.Arg436Trp)とp.L633P(p.Lue633Pro)を認める.右眼左眼図15CNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異を認めた症例(JU#0185)の39歳時の眼底所見眼底写真(a)では中心窩の色調異常を認めるが,眼底自発蛍光(b)では異常はみられない.光干渉断層計(c)では,中心窩付近のellipsoidzoneの不明瞭化とinterdigitationzoneの欠損を認める.■用語解説■L遺伝子,M遺伝子,S遺伝子の由来:色覚に関する遺伝子の呼び名に関して,実はつい最近までさまざまな表記がなされていた.現在の遺伝子表記はlong-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1LW),medium-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1MW),short-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1SW)が正式で本稿では略して,それぞれL遺伝子,M遺伝子,S遺伝子としている.M遺伝子はmiddleではなくmediumの略である.今後英文論文を読む際,昔の論文の表記には注意する必要がある.たとえばredvisualpig-mentgeneはOPN1LWと同義である.杆体1色覚の英語表記:眼科用語集第6版(Web版)では,rodmonochromatismとなっている.rodmono-chromacyを使用する場合もある.杆体1色覚が先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をさすのであれば,現状でrodmonochromatismやrodmonochro-macyが使用されるケースは少ない.最近報告されたATF6遺伝子変異による疾患の英語表記は,autoso-malrecessiveachromatopsia(文献41)もしくはconedysfunctiondisorderachromatopsia(文献42)が用いられている.先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をachromatopsiaと呼称しているのである.achromatopsiaの枕詞は,おそらく遺伝性であることを強調し,後天的疾患であるcerebralachromatopsiaなどと区別するために用いられていると考えられる.また,S錐体機能が残存している青錐体1色覚をachromatopsiaとよぶことはない.しかし,本稿では杆体1色覚と青錐体1色覚の鑑別が容易でないことから両者を全色盲と表記している.—

網膜変性疾患

2017年7月31日 月曜日

網膜変性疾患GeneticDiagnosisforRetinalDegenerativeDiseases片桐聡*東範行*はじめに遺伝性網膜変性疾患は,レーベル先天盲,網膜色素変性症や錐体ジストロフィなどに代表されるさまざまな疾患を含んでおり,診断自体は網膜電図検査などの臨床検査に基づいて行われることが多い.しかしながら,遺伝子解析技術の発展に伴い,遺伝子検査が診断に影響を与えることや,また臨床像の評価・進行に役立つことが増えてきている.また,遺伝子検査が一般的に周知されるようになってきており,患者の関心も高まっている.遺伝性網膜変性疾患を診療するにあたって,臨床像だけでなく遺伝的な背景を理解することは,今後ますます必要となってくると考えられる.I遺伝性網膜変性疾患の原因遺伝子は数多い遺伝性網膜変性疾患における遺伝子変異が同定された症例においては,ほぼすべての症例が単一遺伝子異常によって引き起こされている.一般的に遺伝性疾患は遺伝要因と環境要因が組み合わさって発症するものが多いが,遺伝性網膜変性疾患においては,原因遺伝子変異とその疾患の発症原因がほぼ同様と考えることができる.1990年にDryjaらによりロドプシン遺伝子変異が常染色体優性遺伝形式の網膜色素変性症の原因と同定されて以来1),さまざまな遺伝性網膜変性疾患において原因遺伝子が同定されている.RetNetデータベース(RetinalInformationNetwork,https://sph.uth.edu/retnet/)には,現在までに同定されている原因遺伝子がまとめられており,その登録数は年々増加している(2017年1月の時点では250を超えている).例としてレーベル先天盲,網膜色素変性症における現在までに報告されている原因遺伝子を示す(表1).その他の疾患における原因遺伝子についてはRetNetデータベースを参照していただきたい.II遺伝子解析の戦略が大きく進歩している遺伝子解析技術の発展と,疾患ごとの原因遺伝子数の増加に伴い,遺伝子解析戦略にも変化がみられている.以前はサンガー法を用いた候補遺伝子ごとの遺伝子解析が主流であった.先述した網膜色素変性症におけるロドプシン遺伝子変異は,サンガー法によるロドプシン遺伝子のみの解析により同定されている.また,2012年に発表された日本人における常染色体劣性遺伝形式の網膜色素変性の2~3割程度を占めると考えられるEYS遺伝子の最初の大規模解析でも,EYS遺伝子のみをターゲットとして解析されている2,3).このような候補遺伝子ごとの解析は,原因遺伝子数が少ない疾患においては非常に有力である.しかし,多数の原因遺伝子が報告されている網膜色素変性症などの疾患において,候補遺伝子ごとの遺伝子解析戦略には限界がある.近年では次世代シークエンサーの発展により,一度に複数の遺伝子を網羅的に解析できるようになってきた.次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析技術の優れた点は,対象とする遺伝子解析領域を設定できることである.網膜色素変*SatoshiKatagiri&*NoriyukiAzuma:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕片桐聡:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(45)961表1現在までにレーベル先天盲,網膜色素変性症の原因として報告されている遺伝子網膜色素変性症(常染色体優性遺伝形式)ARL3,BEST1,CA4,CRX,FSCN2,GUCA1B,HK1,IMPDH1,KLHL7,NR2E3,NRL,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRPF31,PRPH2,RDH12,RHO,ROM1,RP1,RP9,RPE65,SEMA4A,SNRNP200,SPP2,TOPORS網膜色素変性症(常染色体劣性遺伝形式)ABCA4,AGBL5,ARL6,ARL2BP,BBS1,BBS2,BEST1,C2orf71,C8orf37,CERKL,CLRN1,CNGA1,CNGB1,CRB1,CYP4V2,DHDDS,DHX38,EMC1,EYS,FAM161A,GPR125,HGSNAT,IDH3B,IFT140,IFT172,IMPG2,KIAA1549,KIZ,LRAT,MAK,MERTK,MVK,NEK2,NEUROD1,NR2E3,NRL,PDE6A,PDE6B,PDE6G,POMGNT1,PRCD,PROM1,RBP3,RGR,RHO,RLBP1,RP1,RP1L1,RPE65,SAG,SLC7A14,SPATA7,TRNT1,TTC8,TULP1,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性症(常染色体伴性劣性遺伝形式)OFD1,RP2,RPGRレーベル先天盲(常染色体優性遺伝形式)CRX,IMPDH1,OTX2レーベル先天盲(常染色体劣性遺伝形式)AIPL1,CABP4,CEP290,CLUAP1,CRB1,CRX,DTHD1,GDF6,GUCY2D,IFT140,IQCB1,KCNJ13,LCA5,LRAT,NMNAT1,PRPH2,RD3,RDH12,RPE65,RPGRIP1,SPATA7,TULP1(RetNetデータベースより引用)図1網膜色素変性症a:部分型網膜色素変性症(sectorretinitispigmentosa)の症例の左眼眼底.はっきりとした網膜変性は下方網膜に限局している.b:典型的な網膜色素変性症の症例の左眼眼底.網膜変性は周辺網膜全体に及んでいる.a,bはロドプシン遺伝子変異がヘテロ接合体で同定された網膜色素変性症の2症例である(同定されたロドプシン遺伝子変異は異なる).ロドプシン遺伝子変異は,変異の部位によって臨床像が部分型網膜色素変性症と典型的な網膜色素変性症に分かれることが報告されている.図2ベスト卵黄様黄斑ジストロフィベスト卵黄様黄斑ジストロフィと診断された症例の右眼(a)と左眼(b).BEST1遺伝子変異がヘテロ接合体で同定されている.右眼は卵黄期または炒り卵期,左眼は偽蓄膿期と病期が異なっている.図3脳回転状網脈絡膜萎縮症脳回転状網脈絡膜萎縮症と診断された兄弟例.OAT遺伝子変異が複合ヘテロ接合体で同定されている.オルニチン制限食を兄は6歳から,弟は2歳から行っている.結果として兄の眼底変化(a)に比べ,弟の眼底変化(b)は抑制されている.この症例では,そのほかの眼科検査(視力,視野,網膜電図)結果では兄弟間で差は出ていないが,他の症例においてオルニチン制限食が網膜機能障害を抑制したとの報告もある.における視力不良の精査のため,不十分なERGをもとに錐体ジストロフィと診断され,将来的な失明の可能性を説明された後に重度の視力障害に陥ったが,以後,正しい検査によって正しい診断がなされ,その結果,正常の視力を取り戻した心因性視力障害の患者を経験した.遺伝性網膜変性疾患と診断することの重みを自覚し,適切な検査・診断を行う重要性を改めて認識した症例である.3.全身疾患との鑑別眼底に網膜色素変性をみた場合,Usher症候群やムコ多糖症,ミトコンドリア病であるKearns-Sayre症候群など,全身症候を示す場合があることを念頭に置き,これらが疑われる場合には,関係各科と連携する.4.家系図(家族歴)の重要性非遺伝性の網膜変性疾患の鑑別を行ったのち,遺伝性網膜変性疾患が強く疑われる場合に,遺伝子を念頭に置いた診療に移る必要がある.遺伝子検査は日常臨床で常に行えるわけでなく,また検査によりすべてを検出できるわけでないばかりか,遺伝子異常がみつかったとしても過去に報告がない新しい遺伝子異常の場合には,疾患の原因であるかの判断がむずかしい場合がある.したがって,古典的とも考えられがちであるが,家系図の作成は遺伝形式の判断に非常に有用であり,ゲノムをみて診療するうえでの基本である.これらを聴取すれば,最終的にどの患者(保因者,または健常者)から遺伝子採血を行えばよいかが想定できる.5.遺伝カウンセリング家系図作成のための聴取など遺伝性網膜変性疾患の診療にあたっては,患者・家族にはやはり遺伝的な背景を想起させることになるため,いわゆる“遺伝”という言葉を使う場合は十分な配慮が必要となる.つまり,遺伝的診察の初めの段階において,患者本人,患者家族が遺伝的な診察を希望するかどうかが重要になってくるということである.遺伝病であるということ,また保因者であることは,患者本人の人生設計,また家族関係や家族計画に大きな影響を及ぼすものであり,安易に初診の段階ですべてを説明し,また背景につき聴取すべきものではない.網膜変性疾患が疑われた場合には,遺伝性も含めた原因の可能性について説明し,患者本人,または家族の希望に応じて診察を徐々に進めてゆく必要がある.遺伝子検査,家族の診察を念頭に置いた遺伝的な診療を希望する場合には,状況に応じて遺伝診療科を受診させるなどが必要な場合もある.これら遺伝学的診療,遺伝カウンセリングは日本医学会『医療における医学的検査・診断に関するガイドライン』,また『ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針』に準拠して行われることが求められ,われわれ眼科医も当事者として精通しておく必要がある.現状において確固たる治療法がないことが遺伝性網膜変性疾患の診療をむずかしくしているが,多くの情報がインターネットを通じて得られる現状においては,患者本人,家族が疾患の根本的な原因である遺伝子変異について検査を希望することは非常に多くなってきている.上述の通り,特定の原因遺伝子に由来する網膜変性に対して,人工網膜や遺伝子治療などの新規治療が臨床研究段階にあることは,患者にとっては大きな希望である.また,各遺伝子における遺伝子型・表現型相関に関する情報も蓄積されており,疾患によっては経過や予後につき患者に説明できる内容が増えてきている.高度な診療が要求される場合には専門医に診療を依頼することはもちろんだが,蓄積されつつある網膜変性疾患に関する遺伝情報,また今後期待される治療について,これまで以上に理解を深め診療に当たりたい.Vまとめ遺伝性網膜変性疾患の診療を行ううえで,その遺伝的背景を理解することは非常に有用である.今後,さらなる遺伝子解析技術の向上に伴い遺伝子型・臨床型のデータ蓄積が進み,臨床像予測の精度が高くなることが予想される.また,遺伝子治療がより臨床の現場で実用化されると予想される.網膜変性疾患の診療において,ゲノム(遺伝子)をみて診療する必要性はますます増していくと考えられる.(49)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017965

加齢黄斑変性

2017年7月31日 月曜日

加齢黄斑変性GeneticDiagnosisforAge-relatedMacularDegeneration仲田勇夫*山城健児*はじめにゲノム解析技術の進歩により,ヒトゲノム全体をみることができるゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)を行うことが可能となったが,眼科領域においてもっとも目ざましい結果が得られた疾患の一つが加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)であろう.GWASを用いた研究によってCFHおよびARMS2/HTRA1がAMDの感受性遺伝子として「Science」誌に相次いで発表されたのは2005~2006年のことである1).以前より,複数の遺伝子領域・遺伝子座位がAMD発症に関連することが,双生児や家系を用いた連鎖解析などの研究により示唆されていたものの,その領域のなかで一体どの遺伝子,どの変異が関係しているのか,というところまでたどりつくことは不可能であった.しかし,この新たな技術によって,特定の遺伝子内の,特定の一塩基多型(singlenucleotidepolymor-phism:SNP)が,他のすべての遺伝子領域と比較しても明らかにAMD発症に強く関連するという事実が示され,それによりAMDの疾患概念は加齢により発症する老年病という一般的な理解から,ゲノムが強くかかわる遺伝病へと変化した(図1).これはゲノム解析技術の進歩が,疾患の根本的な概念に大きく影響を与えた一例であり,このことは2006年の「Science」誌のBreak-throughoftheYearにこれらAMDに対するGWAS研究が入賞したことからもうかがえる.近年,次世代シークエンサーなどの新たなゲノム解析技術や国際的な共同研究の促進によって,次々と新たな疾患感受性遺伝子が発見されており,それらのゲノム情報を用いて個々の患者のAMDの発症予測が実現されつつある.また,既知の遺伝子と臨床所見などとの関連性が研究され,AMDの病態に関する新たな知見につながっている.本稿ではそれら最先端の研究の一端を紹介しつつ,ゲノム情報をAMDの診療にどのように生かすことができるのか,その可能性を探りたい.Iゲノム情報を用いたAMDの発症予測は可能か?1.ARMS2とCFHまず,AMDの疾患感受性遺伝子としてもっとも有名な2個の遺伝子,ARMS2(age-relatedmaculopathysusceptibility2)およびCFH(complementfactorH)についておさらいしておきたい.というのも,これら2個の遺伝子が報告された後,新たな疾患感受性遺伝子が他にも多数発見されたが,いずれもこれら二つの遺伝子の影響力を超えるものはなかったからである.ARMS2は10番染色体長腕に存在し,日本人のAMD発症において重要なのは,rs10490924とよばれるSNPである.このSNPが存在する患者は,ARMS2蛋白の69番目のアミノ酸であるアラニン(A)をコードしているGCTというコドンが,TCTに変化しているため,結果的にセリン(S)をコードし,アミノ酸配列が異な*IsaoNakata&*KenjiYamashiro:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕仲田勇夫:〒520-8511滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(37)953-log10(P)CFH(1番染色体)ARMS2/HTRA1(10番染色体)86420050,000100,000SNPs図12005年Science誌に発表された加齢黄斑変性に対する最初のGWAS結果他の全遺伝子領域と比較してCFHおよびARMS2/HTRA1領域が突出して強い関連性を示していることがわかる.(マンハッタンプロットは文献1より改変)シーケンス結果DNA配列遺伝子型アラニン(A)GG型GT型セリン(S)TT型図2ARMS2A69S多型(rs10490924)患者のDNAにSanger法などを用いてシーケンスを行うと,それぞれのDNA配列が決定され,遺伝子型を知ることができる.=010203001020CyclesCycles図3SmartAmp法を用いたARMS2A69S多型に対する外来での迅速遺伝子型判定患者の末梢血DNAを用いて,受診日当日に遺伝子型を知ることができる.上図は外来での検査の様子.A69S多型のそれぞれのアレル(G/T)に対して特異的に増幅するようデザインされたプライマーキットを使用し,その反応をリタルタイムPCRで検出する(下図).この患者はG,Tともに反応しているため,遺伝子型はGT型であることがわかる.40030020010015-log10P1050染色体番号24681012141618202213579111315171921図42013年に発表された白人およびアジア人1万7,000人以上のAMD症例と6万人以上のコントロール群を用いたゲノム研究結果図1と比較して多くの遺伝子が検出されていることがわかる.これら多数の遺伝子型を用いることで,AMD患者かそうでないかを高い精度で区別できることが報告されている.(マンハッタンプロットは文献5より改変)表1AMDサブタイプによるARMS2A69S多型の頻度の違いARMS2A69S多型GG型GT型TT型一般人38%48%14%AMD患者典型AMD17%38%45%PCV24%42%34%RAP6%8%86%RAP患者の約90%がリスクアレルTを保持しており,ARMS2遺伝子が非常に強い影響をもつことがわかっている.(文献2より改変)年齢図5ゲノム情報を含めて算出されたリスクスコアとlateAMD発症リスクの関係年齢,性別,earlyAMD所見,喫煙歴,BMIに加え,26個の遺伝子のSNPを調べることによりAMD発症を高い精度で予測することが可能であることが,1万人以上の参加者を含むコホート研究によって明らかとなった.なお,年齢,性別,遺伝子型を調べるだけでも十分に発症が予測できることがわかっている.(文献6より改変)==生存率10.9GG型0.80.70.60.5GT型0.4TT型0.30.20.10020406080100120140160180経過観察期間(月)図6日本人の片眼AMD患者の追跡調査による僚眼発症の生存曲線経過観察開始後10年の時点では,ARMS2A69S多型のTT型の患者は約50%が僚眼発症したのに対し,GT型,GG型の患者は約10%しか僚眼発症しなかった.(文献9より改変)(photodynamictherapy:PDT)の治療効果について,遺伝子との関連性を検討した研究が行われてきた.PCVに有効性が高いとされるPDTに関しては,ARMS2のリスク型をもつ患者は治療反応性が悪く,予後が悪いという報告が多い.しかし,関連性はなかったとする報告や,CFH多型が相関したという報告もあり,結論は得られていない.ただ,基本的に治療前の病変サイズが治療効果・予後に関連することが知られているため,AMDの臨床的特徴によく相関するARMS2を調べることで,大まかな予後予測には役立つと考えられる.一方,抗VEGF薬の治療効果とゲノムとの関連については,報告によりかなり結果にばらつきがあるため,最終的なコンセンサスが得られていない状況である.2013年に発表されたCATTStudyのAMD患者834人を対象とした検討では,AMD発症の感受性遺伝子であるCFH,ARMS2,HTRA1,C3いずれの遺伝子においても相関を認めなかったことが報告された14).AMDの治療効果と遺伝子の関連性の検討は,評価方法や治療方法の統一など克服すべき問題が多く,広いコンセンサスが得られるまでにはまだ時間がかかりそうである.おわりにAMD診療において,従来の検眼鏡検査や蛍光眼底造影,光干渉断層計などによる評価が重要なことはいうまでもないが,これらに加えてゲノム情報を病型診断や診療計画の一助として役立てることが可能となった.また,AMD発症前の段階での発症予測に関しては,ゲノム情報は現時点でもかなり有用だといえる.ただ,ゲノム情報を用いたAMD患者の予後予測や治療反応性の予測については未だ不明な点が多く,実用段階には至っていない.今後さらに研究が進むことで,将来的にそれぞれの患者のゲノム情報を考慮した最適なAMD診療が行えるようになることを期待したい.文献1)KleinRJ,ZeissC,ChewEYetal:ComplementfactorHpolymorphisminage-relatedmaculardegeneration.Sci-ence308:385-389,2005(43)2)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20103)MoriK,Horie-InoueK,GehlbachPLetal:Phenotypeandgenotypecharacteristicsofage-relatedmaculardegenerationinaJapanesepopulation.Ophthalmology117:928-938,20104)ChenW,StambolianD,EdwardsAOetal:Geneticvari-antsnearTIMP3andhigh-densitylipoprotein-associatedlociin.uencesusceptibilitytoage-relatedmaculardegen-eration.ProcNatlAcadSciUSA107:7401-7406,20105)FritscheLG,ChenW,SchuMetal:Sevennewlociasso-ciatedwithage-relatedmaculardegeneration.NatGenet45:433-439,439e431-432,20136)BuitendijkGH,RochtchinaE,MyersCetal:Predictionofage-relatedmaculardegenerationinthegeneralpopula-tion:theThreeContinentAMDConsortium.Ophthalmol-ogy120:2644-2655,20137)FritscheLG,IglW,BaileyJNetal:Alargegenome-wideassociationstudyofage-relatedmaculardegenerationhighlightscontributionsofrareandcommonvariants.NatGenet48:134-143,20168)HuangL,ZhangH,ChengCYetal:AmissensevariantinFGD6confersincreasedriskofpolypoidalchoroidalvasculopathy.NatGenet48:640-647,20169)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexuda-tiveage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548.e541,201210)MaguireMG,DanielE,ShahARetal:Incidenceofcho-roidalneovascularizationinthefelloweyeinthecompari-sonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology120:2035-2041,201311)Ueda-ArakawaN,OotoS,NakataIetal:Prevalenceandgenomicassociationofreticularpseudodruseninage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol155:260-269.e262,201312)BrantleyMA,FangAM,KingJMetal:AssociationofcomplementfactorHandLOC387715genotypeswithresponseofexudativeage-relatedmaculardegenerationtointravitrealbevacizumab.Ophthalmology114:2168-2173,200713)Akagi-KurashigeY,YamashiroK,GotohNetal:MMP20andARMS2/HTRA1areassociatedwithneovascularlesionsizeinage-relatedmaculardegeneration.Ophthal-mology122:2295-2302.e2292,201514)HagstromSA,YingGS,PauerGJetal:Pharmacogeneticsforgenesassociatedwithage-relatedmaculardegenera-tioninthecomparisonofAMDtreatmentstrials(CATT).Ophthalmology120:593-599,2013あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017959

ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズム

2017年7月31日 月曜日

ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズムPathogenesisofUveitisElucidatedbyRecentGeneticFindings竹内正樹*水木信久*はじめにヒトDNAの塩基配列にコードされている遺伝情報(ゲノム)はほぼ共通しており,個人間の差(多型性)は0.1%程度である.その多型性を形成するものとして,塩基配列の一塩基に多型がみられる一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)(用語解説参照)や,数塩基単位で繰り返し配列がみられるマイクロサテライトによる多型などがある.遺伝子解析研究は,患者群と健常者群における遺伝情報を比較し,遺伝子多型や変異がもつ疾患感受性を統計学的に解析するものである.近年の技術の進歩によって2000年代中頃からゲノム全体を網羅するSNPやマイクロサテライトの解析が可能になった.これをゲノムワイド関連解析研究(Genome-wideAssociationStudy:GWAS)(用語解説参照)とよび,GWASによって今日までに多くの疾患でゲノムワイドレベル(用語解説参照)(p<5×10-8)の強固な相関を示す感受性遺伝子が同定されてきた.ぶどう膜炎は発症原因により感染性ぶどう膜炎と非感染性ぶどう膜炎に大別される.感染性ぶどう膜炎の原因は種々の病原体の感染が病態の根源であるため本稿では割愛する.わが国の大学病院における非感染性ぶどう膜炎の各疾患頻度はサルコイドーシス,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH),Behcet病の順に多く,これらは3大ぶどう膜炎とよばれる.以下,これらの疾患を中心に非感染性ぶどう膜炎(以下,ぶどう膜炎)における近年のGWASによってもたらされた知見を中心に述べる.Iぶどう膜炎と疾患感受性遺伝子1.Behcet病Behcet病は発作と寛解を繰り返す全身性炎症性疾患であり,口内炎,ぶどう膜炎,皮膚病変,陰部潰瘍を4主症状とする.眼症状の典型例では前房蓄膿を伴った漿液性網脈絡膜炎が特徴的である(図1).Behcet病は地中海沿岸諸国,中東,中央アジア,東アジアにかけて好発し,その地理的特徴からシルクロード病ともよばれる.発症には環境要因と遺伝要因が重要であると考えられている.Behcet病はぶどう膜炎のなかではもっとも遺伝子解析研究が進んでおり,とりわけT細胞に抗原提示する役割を担う主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)領域の研究は以前より盛んに行われてきた.1973年に大野らは6番染色体MHC領域にあるHLA-B遺伝子のアリル型であるHLA-B*51とBehcet病との強い相関を報告した1).日本人で同定されたHLA-B*51の疾患感受性は,その後,多くの人種でも確認され,Behcet病においてもっとも強い遺伝要因である.また,マイクロサテライトを解析したGWASにより,日本人集団でHLA-A*26の疾患感受性が明らかになった2).MHC領域外では,2010年に筆者らは日本人集団(患者608例,健常者737例)でGWASを行い,IL10とIL23R-IL12RB2の二つの領域でゲノムワイドレベルの疾患感受性を初めて報告し*MasakiTakeuchi&*NobuhisaMizuki:横浜市立大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(29)945図1ぶどう膜炎の眼所見a:前房蓄膿を伴うBehcet病のぶどう膜炎.b:サルコイドーシスでみられる雪玉状硝子体混濁.c:多発性漿液性網膜.離を伴うVogt-小柳-原田病の網脈絡膜炎.d:前房蓄膿を伴った強い炎症がみられる急性前部ぶどう膜炎.-log10p値74MHC7270CCR110IL10IL12ACEBPB-PTPN1IL1A-IL1BRIPK2ADO-EGR2LACC1IRF886420012345678910111213141516171819202122染色体および遺伝子座図2Immunochipで解析された免疫遺伝子関連領域のSNPとBehcet病の関連性Immunochipで解析された約13万個のSNPをプロットした.横軸が染色体ごとのSNPの位置を示し,縦軸がBehcet病との関連性の強さを示す.上に位置するSNPほど,Behcet病との関連性が強くなる.実線を超えるプロットがゲノムワイドレベルの感受性を示すSNPである.この研究によって新規に同定された疾患感受性遺伝子領域を赤字で記した(RIPK2,ADO-EGR2,LACC1は他集団とのメタ解析でp<5×10.8の相関を示した).表1ぶどう膜炎の感受性遺伝子の一覧疾患名MHC領域MHC領域外Behcet病HLA-B*51,HLA-A*26IL10,IL23R-IL12RB2,CCR1,STAT4,KLRC4,ERAP1,TNFAIP3,MEFV,FUT2,IL12A,IL1A-IL1B,RIPK2,ADO-EGR2,LACC1,IRF8,CEBPB-PTPN1サルコイドーシスHLA-DRB1,BTNL2C10orf67,ANXA11,RAB23,OS9,CCDC88B,NOTCH4,XAF1Vogt-小柳-原田病HLA-DRB1,DR53,HLA-DQ4IL23R,ADO-EGR2前部ぶどう膜炎HLA-B*27IL23R,ERAP1複数のぶどう膜炎に共通する感受性遺伝子を太字で示す.図3遺伝学的知見に基づいたBehcet病の病態Behcet病の感受性遺伝子を赤枠内に記し,SNPが遺伝子発現に関与する場合は,その増減を→で表した.表2Missingheritabilityのおもな因子・不十分なサンプルサイズによる検出力の不足・GWASで解析されていないSNP・レアバリアント・SNP以外の遺伝子多型(コピー数多型,マイクロサテライト多型など)・複数の遺伝子による相互作用・エピゲノム(メチル化,ヒストン修飾など)■用語解説■一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが,個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列に違いがあるとみられており,これを遺伝子多型とよぶ.遺伝子多型のうち,1個の塩基が他の塩基に置き変わるものをSNPと呼ぶ.SNPはもっとも多く存在する遺伝子多型であり,遺伝子多型のタイプにより遺伝子をもとに体内で作られる蛋白質の働きが微妙に変化し,疾患の罹りやすさや医薬品への反応に変化が生じる.ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS):ゲノム全域を網羅する遺伝子多型(おもにSNP)を対象に,ある疾患をもつ群ともたない群との間で統計学的に有意な頻度差を示す遺伝子多型を検索する手法.ゲノムワイドレベル:GWASで解析するSNPの数は数十万から百万に及ぶため,有意水準において多重検定の問題が生じる.そのため,GWASでは有意水準0.05を106回の多重検定で補正したp<5×10.8をゲノムワイドレベルの有意水準として用いることが一般的である.Immunochip:主要な自己免疫疾患や炎症性疾患をより詳細に解析するために開発されたカスタムメイドのマイクロアレイ(イルミナ社)であり,関節リウマチやクローン病など12種類の免疫関連疾患のGWASデータを元に186遺伝子座に位置するSNPが網羅的にデザインされている.Immunochipを用いることで,免疫関連遺伝子領域に分布するSNPを高密度に解析することができ,GWASでは同定できなかったSNPを探索することが可能である.リスクアリル:SNPの核酸塩基のうち,疾患に感受性を示す核酸塩基.コピー数多型:通常のヒト細胞には一対の染色体が存在し遺伝子は2コピーとなる.しかし,遺伝子領域によっては1Kbp以上の塩基配列の重複や欠失が存在し,個人間で遺伝子のコピー数に違いがみられる.これをコピー数多型という.エピゲノム:DNA塩基配列で規定される遺伝情報をゲノムと称するのに対して,エピゲノムはDNA塩基配列以外の遺伝情報.おもなものにDNAのメチル化やヒストン修飾があり,これらは遺伝子発現に影響を与える.’’’’’