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弱視と斜視のABC 7.調節性内斜視の治療

2017年3月31日 金曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保7.調節性内斜視の治療柿原寛子かきはら眼科クリニック調節性内斜視の治療の基本は眼鏡常用である.調節麻痺剤点眼下の屈折検査にて眼鏡を処方する.弱視の有無・眼位・両眼視・眼鏡の装用状態の経過観察を行う.必要に応じ眼鏡を更新する.乳幼児期から学童・思春期と長期間の経過観察が必要であり,患児・保護者が不安なく治療に取り組めるよう,説明・指導も大切である.調節性内斜視の治療対しては市販製剤の1%アトロピン点眼液を院内にて生調節性内斜視のうち屈折性調節性内斜視は,1歳半以理食塩水で希釈し,0.5%アトロピン点眼液として使用降に発症することが多い.遠視があり注視時に内斜視とする.なるが,眼鏡装用にて眼位は改善する.治療の基本は眼小児は調節力が強いため,屈折検査結果に調節が介入鏡常用である.非屈折性調節性内斜視は,遠視の矯正でしているかどうか,検査結果をみて判断する必要があは眼位の改善は得られず,高AC/A比(調節性輻輳/調る.たとえ調節麻痺剤点眼後であっても,点眼時に泣い節刺激量)を伴い,治療は二重焦点眼鏡が基本である.た場合など薬剤の効果が不十分なことがある.小児の屈折検査には検影法を用いるのが望ましいが,実際には屈折検査オートレフラクトメータで測定している現場も多いと思調節麻痺下に屈折検査を行い,遠視度数を測定する.われる.図1にオートレフラクトメータの測定結果の例調節麻痺剤には1%アトロピン点眼液または0.5%アトを示す.図1aは,一連の測定中に調節の介入により屈ロピン点眼液,もしくはサイプレジン点眼液を用いる.折値が変動している.図1bの測定では,比較的安定しアトロピンは調節麻痺作用が強い利点があるが,副交感た屈折値を示している.神経遮断薬であり,発熱・顔面紅潮などの副作用をきた複数のオートレフラクトメータがある場合は,機種にす可能性があるのが欠点である.このため,低年齢児によっても屈折測定結果に違いがみられるので,日頃の使ab—REF—VD=12.00mm〈R〉SCA[R]SPHCYLAX+4.25-0.75829+4.75-0.5078+4.75-0.5066+5.00-0.75889+5.50-1.0093+6.00-0.50819+4.25-0.2577+6.25-0.50809+4.25-0.2577+6.00-0.50849+4.50-0.5077+4.75-0.2572〈+6.00-0.5082〉+4.75-0.2579KM(Phi=3.3)mmDdeg図1オートレフラクトメータの測定記録例*+4.75-0.25777〈R17.8343.008〉a:手持ち型オートレフ(レチノマックス)で測定.〈R27.8143.2598〉+1.25〈AVG7.8243.25〉①の部分で測定値の変動が大きく,このとき調節が介[L]SPHCYLAX+3.25〈CYL-0.258〉入していたと考えられる.b:据え置き型オートレフ①+3.25〈L〉SCAで測定.とくに②の左眼は測定値の変動が少ない.+3.00+6.00-0.25899+2.75+6.75-0.75919+2.50②+6.50-0.50929①’+2.00-0.25161+1.75-0.25162〈+6.50-0.5091〉KM(Phi=3.3)*+2.757mmDdeg〈R17.6644.000〉〈R27.6544.0090〉〈AVG7.6644.00〉〈CYL-0.000〉PD52(89)あたらしい眼科Vol.34,No.3,20173950910-1810/17/\100/頁/JCOPY図2初回眼鏡処方時の説明の様子実物の小児眼鏡フレームを見せることで,保護者に眼鏡装用をより具体的に指導できる利点がある.用経験をもとに各々の特性を把握しておくとよい.また,同一患者の調節麻痺剤使用前後での測定は,同一機種で行えば調節麻痺剤の効果を確認することができる.さらに,自覚的視力検査が困難な小児では,他覚的に測定した屈折値をもとに完全屈折矯正眼鏡を処方するため,点眼後には複数機種で屈折測定を行うことは正確な処方に役立つ.眼鏡処方と装用指導治療用眼鏡は実際に装用してこそ効果が得られるものであり,幼児に眼鏡を常用させるためには保護者の理解と協力が欠かせない.初回の眼鏡処方時には,眼鏡の必要性を説明するとともに,装用させることへの保護者の不安を取り除くよう心がける.屈折性調節性内斜視は眼鏡装用下に眼位の改善が得られるので,眼鏡の必要性は示しやすい.それでも「子どもに眼鏡をかけさせては,かわいそう」「外見が悪いのでは」「どんな眼鏡を買えばいいのか」など不安に思う保護者は多い.当院では,実際の小児用眼鏡フレームを手に取って見てもらい,眼鏡装用の具体的なイメージをもってもらうと同時に,フレーム選択やフィッテイングのポイント(レンズの大きさ・鼻パッドの位置・テンプルの長さなど)を説明している(図2).子どもに好きなフレームの色・テンプルの模様を尋ねたり,フレームをかけさせて「かわいいね」と声をかけたりして,患児と家族が前向きに治療に取り組んでいけるよう支援する工夫も大切である.そのうえで,購入の具体的な方法・療養費給付制度について説明を行う.経過観察眼鏡処方後は約1カ月以内に再診し,できあがり眼鏡チェック・視力検査・眼位検査を行う.レンズメータでの度数チェック・フィッティングの確認を行い,不良の場合は再調整を依頼する.眼鏡装用下に残余内斜視を認める場合は,さらに遠視が隠れていないか,期間をあけてアトロピンでの屈折検査を再検する.乳幼児では,アトロピンを用いていても初回の検査時には調節が取り切れず,十分な遠視を引き出すことができていない可能性もあるためである.部分調節性内斜視・非屈折性調節性内斜視であれば,プリズム装用・斜視手術・二重焦点眼鏡など検討する.弱視合併例では,家庭での健眼遮蔽訓練・通院時訓練を行う.治療開始後,経過観察中に弱視が明らかになる症例もある.眼鏡非装用下の眼位検査で優位眼が決まっている症例・低年齢で視力検査が不完全な症例などは,慎重なフォローが求められる.弱視の合併がない場合,その後の経過観察は2~3カ月ごとに行っている.成長に伴い,およそ1~2年程度で眼鏡の更新が必要になる.屈折の変化・レンズ・フレームの傷み・瞳孔間距離の変化のほか,療養費の支給を受けるには前回処方から一定期間が経っている必要があることも考慮する.経過良好例では,眼鏡更新時の屈折検査は必ずしもアトロピン下である必要はない.視力・眼位・両眼視機能検査にもとづいて,必要十分な検査を行い処方する.文献1)佐藤美保:目でみる斜視検査の進めかた.金原出版,20142)丸尾敏夫,深井小久子,久保田伸枝編:視能学.増補版,文光堂,2008☆☆☆396あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017(90)

眼瞼・結膜:結膜メラノーシスと悪性黒色腫

2017年3月31日 金曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人加瀬諭24.結膜メラノーシスと悪性黒色腫北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病講座眼科学分野成人に発生する結膜色素性病変として,原発性後天性色素沈着症(PAM)と悪性黒色腫が代表的である.PAMは眼表面にコーヒー残渣様の茶褐色調の色素沈着が結膜にみられる.悪性黒色腫はPAMから発生する頻度が高く,黒色調あるいは肌色調の腫瘤を形成する.局所化学療法の発展により,眼球温存が可能な症例が蓄積されている.●はじめに成人の結膜に発生する色素性病変の代表的なものに,原発性後天性色素沈着症(primaryacquiredmelano-sis:PAM)と悪性黒色腫がある.いずれも壮年期~高齢者にみられる眼表面疾患である.本稿では,両者の病態,眼科的所見,治療について概説する.●PAMの臨床像PAMは年齢を重ねるにつれてみられる結膜の色素沈着症である.通常は片眼性で,患者自身が,白目の色素が数カ月~数年かけて増えてきているという自覚症状を訴える.細隙灯顕微鏡所見により,眼表面にコーヒー残渣様の茶褐色調の色素沈着が確認できる(図1a).●PAMの病理正常の結膜上皮は,組織学的には重層円柱上皮を呈し,その基底層には上皮細胞とメラノサイトが存在する.PAMの初期では基底層のメラノサイトが増生し,メラニン色素の沈着がめだつ.この時期は増生するメラノサイトに細胞の形状変化(異型性:atypia)はみられず,PAMwithoutatypiaと称する.しかしPAMが進行すると,メラノサイトの増生が基底層にとどまらず,基底層から表層に向けて増生するようになる.このようにメラノサイトが増生すると,病理組織学的にはメラノサイトの核がやや大型になり,核クロマチンの濃染性を伴い,異型性を伴ったPAM,すなわちPAMwithatypiaと診断される.PAMwithatypiaは悪性黒色腫の発生母地となるため,PAMを示唆する色素沈着がみられたら病変部を試験切除し,メラノサイトに異型があるか病理組織学的検討にて確認する(図1b).●PAMの治療治療を検討するうえで,病理組織学的所見が重要となる.PAMwithout/withatypiaは眼病理学的には確立された概念であるが,一般病理医の診断においては,必ずしも病理診断名として記載されない場合があり,注意を要する.眼科主治医は試験切除を行った病理診断書については,診断名だけでなく,病理組織所見にも必ず目図1PAMの1例(80歳代,女性)a:球結膜,結膜円蓋部に著明な色素沈着がみられる.b:病変部の病理組織像では,結膜上皮にメラノサイトの増生と色素沈着,上皮下にメラニン色素を貪食したマクロファージの浸潤がある.(87)あたらしい眼科Vol.34,No.3,20173930910-1810/17/\100/頁/JCOPY図2結膜悪性黒色腫の1例(70歳代,女性)a:球結膜に黒色調の腫瘤が2個みられる.b:腫瘤部の病理組織像は,類上皮細胞型の悪性黒色腫細胞の増生である.を通すべきである.PAMwithoutatypiaであれば自然消退の傾向を示すこともあるので,経過観察を行う.生検の結果がPAMwithatypiaと考えられる場合は,将来悪性黒色腫の発生母地となりえる旨を患者に説明し,慎重な経過観察を行ったり,病変部を可及的に切除したり,あるいはインターフェロン(interferon:IFN)a-2bやマイトマイシンC(MMC)の局所化学療法を検討する.●結膜悪性黒色腫の臨床像結膜悪性黒色腫は,結膜に発生するメラノサイト系悪性色素性腫瘍である.わが国ではまれな結膜悪性腫瘍であるが,放置すると著明に増大したり,リンパ節や涙.・鼻涙管,ひいては全身諸臓器へ転移することがあり,生命予後に影響する.形態学的には結節状腫瘤を形成したり(図2a),扁平な隆起を呈する.色調は黒色調であることが多いが,無色素性の肌色調を示すこともある.診察に際しては,腫瘤が単発か多発か,PAMを伴っているか否か,上眼瞼結膜や円蓋部にも病変がないか,必ず上眼瞼を翻転して観察する.●結膜悪性黒色腫の病理結膜悪性黒色腫の発生母地としては前述のPAMwithatypiaが重要であるが,母斑あるいはまったく背景に病変のない部分(denovo)からも発生する.典型的な単結節~多結節状の腫瘍では臨床診断を行い,生検もしくは完全切除後に病理組織診断を行う.病理組織学的には,核の大小不同を示す異型細胞が密に増生し,細胞質にメラニン産生を示す褐色色素が見られるのが特徴である(図2b).●結膜悪性黒色腫の治療過去には眼球摘出術や眼窩内容除去術がおもに行われ,患者に多大な精神的苦痛を強いてきた.加えて,眼窩内容除去術を行っても術後数年で遠隔転移をきたしたり,涙.への転移がみつかることもある.他方,眼表面の悪性腫瘍に対して近年は局所化学療法が試みられており,眼球を温存することが可能な症例が蓄積されつつある1).薬剤としてはIFNb,IFNa-2b2),MMCが有効性を示すことが期待される.PAMを伴う悪性黒色腫では,眼球摘出を含めた広範囲な外科的切除,あるいは腫瘤部の局所切除を行い,後者で術後療法としてIFNa.2bの点眼治療を行い,残存するPAMが消失するまで治療を継続する方法2)も治療選択の一つである.一方,母斑やdenovo発生の腫瘍では,基底部で十分な安全域を確保して一期的に腫瘤を摘出し,術後に再発予防として局所化学療法を行うことも可能である.腫瘍摘出部には,冷凍凝固を併用することも行われている.●おわりに本稿では結膜の代表的な色素性病変であるPAMと結膜悪性黒色腫について概説した.結膜の色素性腫瘍はまれであるが,判断を誤ると患者に著しい不利益が生じるため,一般眼科医もさまざまな眼表面の鑑別診断の一つとして,念頭に入れるべきである.文献1)加瀬諭:わかりやすい臨床講座.結膜の悪性腫瘍.日の眼科86:15-21,20152)加瀬諭,石嶋漢,野田実香ほか:インターフェロンa-2b点眼液を補助療法として使用した結膜悪性黒色腫の2例.日眼会誌115:1043-1047,2011394あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017(88)

抗VEGF治療:抗VEGF療法後の眼内炎の1例

2017年3月31日 金曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二38.抗VEGF療法後の眼内炎の1例江﨑雄也平野佳男名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学教室抗VEGF薬硝子体内注射は視機能改善,あるいは維持を目的として施行され,通常複数回の治療が必要となる.注射による合併症としては,結膜下出血のような軽微なものから眼内炎などの重篤なものもある.今回筆者らは,抗VEGF療法後に眼内炎を発症した症例を経験したので報告する.症例患者は78歳,女性.2012年11月27日,左眼の滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)の疑いで近医より名古屋市立大学病院眼科に紹介された.初診時視力は,右眼0.6(1.5x+1.50D:c.0.50DAx60°),左眼0.1(0.15x+0.75D).眼圧は右眼13mmHg,左眼13mmHg.両眼ともに軽度の白内障,左眼の黄斑部には網膜下出血を伴う滲出性変化と黄白色のポリープ状病巣が認められた(図1a).眼底所見と光干渉断層計,蛍光眼底造影所見(図1b~f)などより,ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvas-culopathy:PCV)と診断した.2012年12月10日よりラニビズマブ0.5mgの硝子体内注射を施行.その後はtreatandextend法にて治療継続していた.また,経過中の2014年11月25日に左眼の白内障手術を施行している.2015年12月25日時点では左眼矯正視力は(1.0)で,滲出性変化の改善も認められていた(図1g~i).2016年1月29日に18回目のラニビズマブ硝子体内注射を施行後,2月2日(注射後4日目)より飛蚊症を自覚し,症状の増悪とともに2月7日(注射後9日目)に眼痛も出現したため,2月8日に当科を受診した.受診時左眼視力は(0.02)と著明に低下し,眼圧は5mmHgまで低下していた.毛様充血,角膜は浮腫状でデスメ膜皺襞,前房内細胞と前房蓄膿を認めた(図2a).眼底は観察困難で,Bモード超音波検査では軽度の硝子体混濁がみられたが,網膜.離は認めなかった(図2b).左眼の眼内炎と診断し,同日緊急入院とした.塩酸バンコマイシン(10mg/ml)とセフタジジム(20mg/ml)の結膜下注射0.5mlと硝子体内注射0.1mlを施行した.硝子体内注射時に前房水を採取し細菌培養,塗抹検査を行った.レ(85)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYボフロキサシン,塩酸セフメノキシム,塩酸バンコマイシン,セフタジジムの1時間ごとの頻回点眼とともに,イミペネム点滴(1回0.5g,1日2回)を施行した.1~2時間ごとに経過観察するも改善傾向を認めないため,同日(注射後10日目)に前房洗浄と内視鏡を併用した硝子体手術を施行した(図2c).眼内灌流液500ml中に,塩酸バンコマイシン10mg,セフタジジム20mgを添加し,手術を施行した.なお,採取した前房水からは塗抹・培養ともに細菌は検出されなかった.術翌日には眼痛は改善し,術3日後には硝子体混濁も改善傾向で,眼底も透見良好となった.その後は軽快傾向のため2月16日に退院した.2月22日外来受診時には視力は(0.4)まで回復し,毛様充血およびデスメ膜皺壁は残存していたが,前房内に細胞はなく,眼底も透見良好だった.2016年9月2日現在,左眼視力は(1.0)まで改善し,眼圧は13mmHgと正常化し,元来あったPCVによる滲出性変化は残存するものの悪化はなく,視神経乳頭と網膜の色調は良好である(図3).硝子体内薬物注射後の眼内炎の特徴硝子体内注射の合併症には,眼局所合併症と全身合併症がある.眼局所合併症として眼内炎は非常に重篤なものである.原因菌としてはグラム陽性球菌のレンサ球菌が多い1).これは口腔内の常在菌である連鎖球菌が,上気道からの飛沫によって術野および針先へ汚染をきたすためとされている.硝子体内注射後の眼内炎の平均発症時期は術後3~5日と,白内障手術後の6~7日と比べて早期の発症が多く1),硝子体内注射後の感染は,白内障後の感染と比べ指数弁以下の予後不良例が10.2倍多いとも報告されている1).これは硝子体内注射後の眼内炎では細菌は直接硝子体内に侵入するため,前房中に炎症が出現する前に眼底に炎症が波及し,予後不良となりやあたらしい眼科Vol.34,No.3,2017391fILM-RPEILM-RPEi図1左眼の初診時と眼内炎発症直前の所見症例は78歳,女性.a~f:初診時.視力0.15.g~i:眼内炎発症直前.視力1.0.a:眼底所見.網膜下出血と黄白色のポリープ状病変を認める.b:フルオレセイン蛍光眼底造影所見.後期像.c:インドシアニングリーン蛍光眼底造影所見.後期像.ポリープ状病変に一致した過蛍光を認める(矢印).d~f:光干渉断層計所見.網膜下に高輝度の隆起性病変,漿液性網膜.離(e:*)が認められる.g~i:光干渉断層計所見.滲出性変化が残存するも,改善を認める.図2眼内炎発症時の左眼所見(視力0.02)a:前眼部細隙灯顕微鏡所見.毛様充血がみられ,角膜は浮腫状で,デスメ膜雛壁,前房蓄膿を認める.b:超音波Bモード所見.軽度の硝子体混濁を認めるが,網膜.離は認めない.c:術中眼底所見.視神経乳頭および網膜の色調は良好である.すいためと考えられる.近年,抗VEGF薬の硝子体内注射の適応は拡大し,AMDに加え,病的近視における脈絡膜新生血管,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫など多岐にわたる.硝子体内注射後の眼内炎の頻度は0.049%と報告されており2),白内障術後の頻度である0.052%3)とほぼ同程度だが,適応の拡大とともに注射回数が増大しており,今後も眼内炎の発症数は増加すると考えられる.dILM-RPE図3硝子体手術7カ月後の左眼所見(視力1.0)a:眼底所見.ポリープ状病巣周囲は網脈絡膜の萎縮が認められるが,視神経乳頭,網膜の色調は良好である.b~d:光干渉断層計所見.網膜浮腫,網膜色素上皮.離は残存しているが,病変の悪化はない.おわりに今回の症例では,患者が早期に受診し,早期に診断と治療を行うことができたために,幸いにも視力予後が良好であった.硝子体内注射後の眼内炎の発症頻度は低いが,適応の拡大や複数回投与の必要性から発症数が増大する可能性がある.眼内炎を起こさないよう努力を怠らないことがもっとも重要で,日本網膜硝子体学会が作成したガイドライン4)は非常に有用である.それでも眼内炎を発症した際には,迅速かつ適切な診断と治療が必要である.文献1)SimunovicMP,RushRB,HunyorAPetal:Endophthal-mitisfollowingintravitrealinjectionversusendophthalmi-tisfollowingcataractsurgery:clinicalfeatures,causativeorganismsandpost-treatmentoutcomes.BrJOphthalmol96:862-866,20122)McCannelCA:Meta-analysisofendophthalmitisafterintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactoragents:causativeorganismsandpossiblepreven-tionstrategies.Retina31:654-661,20113)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOph-thalmolScand85:848-851,20074)小椋祐一郎,高橋寛二,飯田知弘ほか:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,2016☆☆☆392あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017(86)

緑内障:眼圧変動と眼軸長の変化

2017年3月31日 金曜日

●連載201監修=岩田和雄山本哲也201.眼圧変動と眼軸長の変化広瀬文隆神戸市立医療センター中央市民病院眼科眼圧が変動すれば,眼球構造が変形することによって眼軸長も変化し得る.原発閉塞隅角眼に対する暗室うつむき試験前後で解析すると,眼圧上昇に伴って眼軸長は増加し,脈絡膜厚は減少していた.各々の変化量の間で有意な相関を認めたことから,短期的な眼圧上昇に伴う眼軸の延長には,脈絡膜の菲薄化が影響している可能性がある.●眼圧と脈絡膜の関係眼圧が上昇すれば眼球は拡大し,眼軸長は延長すると推定されるが,眼球のどの部位がどの程度変形するかについて,まだ詳細は明らかではない.眼球壁はおもに角膜,強膜,網膜,脈絡膜で構成され,これらの組織のなかで眼圧の変化によりもっとも変形しやすいのは脈絡膜と考えられる.脈絡膜はBruch膜,脈絡膜毛細血管板,血管層,脈絡膜上板から構成され,このなかで立体的に構築された血管層が脈絡膜厚の大部分を占めている.脈絡膜の血管層は後極部でもっとも血流が豊富で,大型の動脈が放射状に密集しており,容積は血流量によって大きく変化し,眼圧の調節にも関与していると考えられている.近年はスペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)を用いたenhanceddepthimaging(EDI)法により脈絡膜断面像の精密な観察が可能となっている1).●暗室うつむき試験原発閉塞隅角(primaryangleclosure:PAC)眼は生理的条件下では可逆的な機能的隅角閉塞の影響により,姿勢や瞳孔径の変化に伴って眼圧が大きく変動することが知られている.この機能的隅角閉塞による眼圧上昇を判定するために用いられるのが眼圧の誘発試験であり,散瞳試験,暗室試験,うつむき試験に加えて,暗室試験とうつむき試験を組み合わせた暗室うつむき試験(darkroomproneprovocativetest:DRPPT)が報告されている2).DRPPTは瞳孔ブロック,プラトー虹彩,水晶体因子のマルチメカニズムによる機能的隅角閉塞を誘発する試験であり,最初に基準となる眼圧を測定した後に,暗室において座位で自分の上腕の上に額を乗せてうつむき姿勢を維持し,1時間後に眼圧を測定して変化量(83)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYを判定する.●眼圧変動に伴う脈絡膜厚と眼軸長の変化従来から,発達緑内障では高眼圧に伴って眼球が拡大する牛眼を認めることが知られている.また,緑内障手術後の眼圧下降に伴って眼軸長が減少することは報告されている3,4)が,これらの眼軸長の変化は手術による侵襲や炎症が影響している可能性が考えられる.成人眼において,手術の影響を受けずに短期的に眼圧が変化した場合に,眼軸長がどのように変化するかについては,これまでに多数例での詳細な検討はほとんどされていない.筆者らはDRPPTを施行したPAC眼34例34眼を対象として,眼圧,脈絡膜厚,網膜厚および眼軸長を測定した5).DRPPT後に平均眼圧は14.5±3.1mmHgから21.9±9.8mmHgまで有意に増加した.DRPPT前後に中心窩での脈絡膜厚と網膜厚をSD-OCT(SpectralisHRA+OCT)によるEDI法で測定した(図1).脈絡膜厚は平均237.1±72.2μmから207.0±75.5μmまで有意に減少したが,網膜厚は有意な変化は認めなかった(平均175.1±27.3μmから175.6±28.3μm.図2).DRPPT前後の脈絡膜厚の変化量は,眼圧の変化量と有意な負の相関を認めた(図3).とくにDRPPT前後の眼圧変化量が8mmHg以上である陽性の症例において,脈絡膜厚の変化量が大きな症例が多く存在した.また,光学式眼軸長測定装置(IOLmaster)を用いて眼軸長(涙液表面から網膜色素上皮までの距離)が測定可能であった27眼において,眼軸長はDRPPT前後で平均22.45±0.79mmから22.50±0.73mmまで有意に増加した.この27眼についてDRPPT前後の脈絡膜厚の変化量と眼軸長の変化量には負の相関を認め(図4),とくに眼軸長変化の大きなものは脈絡膜厚の変化量以上に眼軸が延長あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017389(μm)p<0.001(μm)350350p=0.74300300250250図1スペクトラルドメインOCTを用いたEDI法による中心窩下脈絡膜厚,網膜厚測定a:暗室うつむき試験前.脈絡膜厚308μm,網膜厚154μm(眼圧14mmHg,眼軸長21.98mm).b:暗室うつむき試験後.脈絡膜厚200μm,網膜厚160μm(眼圧44mmHg,眼軸長22.49mm).脈絡膜厚:強膜脈絡膜境界面(.)から網膜色素上皮外側までの距離.網膜厚:網膜色素上皮内側から網膜硝子体境界面までの距離.(文献5より改変)脈絡膜厚変化量(μm)脈絡膜厚10010050500DRPPT前DRPPT後0DRPPT前DRPPT後図2暗室うつむき試験前後の脈絡膜厚,網膜厚の変化(n=34)DRPPT:暗室うつむき試験.(文献5より改変)網膜厚200200150150200100200300400500600-20-60y=-0.1989×-24.641-40R=-0.487-80-100-120-14040-16020眼軸長変化量(μm)関係(n=27)(文献5より改変)-400脈絡膜厚変化量(μm)図4暗室うつむき試験前後の脈絡膜厚と眼軸長の変化量の-20-60-80-100の変化に関して,さらなる病態解明が期待される.-120文献-1401)MargolisR,SpaideRF:Apilotstudyofenhanceddepth-160imagingopticalcoherencetomographyofthechoroidinnormaleyes.AmJOphthalmol147:811-815,2009図3暗室うつむき試験前後の脈絡膜厚と眼圧の変化量の関係(n=34)(文献5より改変)する傾向があった.一方,DRPPT前の眼圧と脈絡膜厚には相関を認めず,眼圧の絶対値よりも急激な眼圧上昇のほうが脈絡膜循環に影響を与える可能性が大きいと考える.これらの結果から,PAC眼における急性の眼圧上昇は脈絡膜の菲薄化と眼軸の延長を伴い,短期的な眼圧変動に伴う眼軸長変化の原因として,脈絡膜厚の変化が部分的に関与していることが示唆された.PAC眼は正常眼や原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)眼より有意に脈絡膜厚が大きく6),さらにPAC眼はPOAG眼より飲水試験後の脈絡膜厚の増加が大きいと報告されており7),PACの発症機序に脈絡膜が影響している可能性がある.今後の臨床研究の発展により,眼圧の変化と脈絡膜を含めた眼球構造390あたらしい眼科Vol.34,No.3,20172)HungPT,ChouLH:Provocationandmechanismofangle-closureglaucomaafteriridectomy.ArchOphthalmol97:1862-1864,19793)KieferG,SchwennO,GrehnF:Correlationofpostopera-tiveaxiallengthgrowthandintraocularpressureincon-genitalglaucomaaretrospectivestudyintrabeculotomyandgoniotomy.GraefesArchClinExpOphthalmol239:893-899,20014)KookMS,KimHB,LeeSU:Short-terme.ectofmitomy-cin-Caugmentedtrabeculectomyonaxiallengthandcor-nealastigmatism.JCataractRefractSurg27:518-523,20015)HataM,HiroseF,OishiAetal:Changesinchoroidalthicknessandopticalaxiallengthaccompanyingintraocu-larpressureincrease.JpnJOphthalmol56:564-568,20126)AroraKS,Je.erysJL,MaulEAetal:Thechoroidisthickerinangleclosurethaninopenangleandcontroleyes.InvestOphthalmolVisSci53:7813-7818,20127)AroraKS,Je.erysJL,MaulEAetal:Choroidalthicknesschangeafterwaterdrinkingisgreaterinangleclosurethaninopenangleeyes.InvestOphthalmolVisSci53:6393-6402,2012(84)

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザー角膜実質内乱視矯正切開

2017年3月31日 金曜日

●連載202202.フェムトセカンドレーザー角膜実質内乱視矯正切開監修=木下茂大橋裕一坪田一男脇舛耕一*稗田牧***バプテスト眼科クリニック**京都府立医科大学視覚機能再生外科学フェムトセカンドレーザーによる角膜実質内乱視矯正切開は,従来のマニュアル切開にくらべ均一な切開線,幅,深度を得ることができる.また,角膜上皮を温存することで感染リスクを軽減できる.手技も簡便であり,術後は長期にわたり安定した結果を得られ,角膜乱視矯正法の一つとして有用であると考えられる.●はじめに角膜の強主経線方向と弱主経線方向の屈折力の差によって生じる乱視は,度数が1Dを超えると裸眼視力やコントラスト感度の低下をきたすとされている1).これまでに報告された角膜乱視を矯正する方法としては,角膜切開によるastigmatickeratotomy(AK)や2),輪部減張切開(limbalrelaxingincision:LRI)3)などがあげられる.しかし,いずれもメスによるマニュアル切開であり,術者の技量による影響が大きく,切開線の位置や深度が不均一となりやすく,乱視矯正効果が安定しないこと,軸ずれや穿孔などの合併症が発症するリスクが高いことなどの欠点があった.これを補う方法として,フェムトセカンドレーザーを用いた角膜乱視矯正術であるarcuatekeratotomy(AK)が可能となった4).フェムトセカンドレーザーでは,搭載された前眼部OCT(opticalcoherencetomography)によって角膜形状を把握し,コンピュータ制御のもとで予定通りの切除幅,角度,深度での角膜切開を行うことで,従来のマニュアル操作による切開にくらべ正確な結果を得ることができる.また,切開深度を任意に設定できることから,角膜実質内乱視矯正切開(intrastromalarcuatekeratotomy:intrastromalAK)という方法が可能となった.角膜上皮は切開せずに角膜実質内のみを切開するこの方法は,メスなどを用いたマニュアル操作では不可能であり,角膜上皮を障害しないため,術後の感染リスクを大きく低下させることができる.一方で,角膜上皮まで切開する方法にくらべ矯正効果が弱いともいわれている.今回,intrastromalAKについて,当院での使用経験を踏まえて述べる.●使用機器と設定条件,術後所見当院で使用しているフェムトセカンドレーザーはアルコン社のLenSxであり,intrastromalAKと同時に白内障手術(femtoscondlaser-assistedcataractsurgery)を施行することが可能である.そのため,白内障手術を希望する患者にとっては,intrastromalAKによる乱視矯正を一期的に行うことができる.当院での切開の設定であるが,位置は角膜中心から直径7mmの同心円状に,強主径線方向に2カ所の弧状切開を行う.切開深度は,前端が角膜上皮面から60μm深部であり,後端が角膜実質厚の80%の深度位置で,接線方向に対し垂直に切開する.また,切開幅は,術前の乱視度数に応じて,既定のノモグラムに準じた角度で設定する5)(図1).施行時は,術前にあらかじめ座位にてマーキングを行うか,アルコン社のイメージガイドシステム(VERION)(StevenCShallhornMD)図1IntrastromalAK設定(LenSx)左:切開位置の設定.角膜中心から直径7mmの同心円状に,強主径線方向に2カ所,弧状の切開ラインを設定.切開幅は表のノモグラムに従って設定.右:切開深度の設定.前端は角膜上皮面から60μm深層,後端は角膜厚の80%の深度に設定.切開角度は接線方向に対し90°に設定.(81)あたらしい眼科Vol.34,No.3,20173870910-1810/17/\100/頁/JCOPY図2IntrastromalAK後の前眼部写真と前眼部OCT前眼部写真では切開創は角膜上皮面に影響を及ぼしていないが,OCTでは角膜実質が予定ライン通り垂直に切開されている像が確認できる.(術後1カ月)(術後1年)図4強度乱視例に対するintrastromalAKとトーリック眼内レンズの併用例術前の角膜乱視はTMSで5.04Dであったが,intrastromalAKにより術後1カ月で2.24D,術後1年で2.55Dの角膜乱視矯正効果を得た.この症例ではトーリック眼内レンズを併用しており,術後裸眼視力1.0を維持している.を利用し,回旋補正を行う.レーザー切開にかかる時間は数秒であり,術後は前眼部OCTにて正確な切開が得られているか確認できる(図2).●使用例と結果現在,白内障手術時の乱視矯正法としてはトーリック眼内レンズが主流であるが,過矯正が懸念される.1~.1.5Dの直乱視では使用がむずかしい.また,当院でのフェムトセカンドレーザー白内障手術では耳側切開を行うことが多いため,術後惹起乱視により直乱視が増強する場合がある.そのときにintrastromalAKを同時に行うことで,これまでのところ施行した全例で術後.1D未満の直乱視に抑えられ,良好な裸眼視力を獲得できており(図3),とくに多焦点眼内レンズ症例では良好な結果を得られている.また,強度乱視の場合は,術前の角膜乱視が.5Dであった症例においても,intrastro-388あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017AK(+)1.0AK(-)0.5(小数換算)0.1図3術後裸眼視力の変化術前の角膜乱視が.1~.2Dであり,正視ねらいのフェムトセカンドレーザー白内障手術を行った症例での術後3カ月の裸眼視力は,intrastromalAKを同時に行っていない群では平均0.75であったのに対し,intrastromalAKを行った群では1.13であった(小数換算).malAKで約2.5Dの矯正効果を得られ,トーリック眼内レンズと組み合わせることで,術後1年経過した時点でも裸眼視力1.0を維持している(図4).いずれの症例においても,全例で角膜内皮細胞障害などの合併症を認めていない.●おわりにフェムトセカンドレーザーによるintrastromalAKは,重篤な合併症なく長期にわたり効果が安定しており,施行も非常に簡便である.今後ノモグラムのさらなる検証が必要であるが,現状でも比較的良好な成績が得られており,角膜乱視矯正法の一つとして有用であると考えられる.文献1)Wol.sohnJS,BhogalG,ShahS:E.ectofuncorrectedastigmatismonvision.JCataractRefractSurg37:454-460,20112)BinderPS:Astigmatickeratotomyprocedures.Cornea3:229-230,19843)BudakK,FriedmanNJ,KochDD:Limbalrelaxinginci-sionswithcataractsurgery.JCataractRefractSurg24:503-508,19984)RucklT,DexlAK,BacherneggAetal:Femtosecondlaser-assistedintrastromalarcuatekeratotomytoreducecornealastigmatism.JCataractRefractSurg39:528-538,20135)VenterJ,BlumenfeldR,SchallhornSetal:Non-penetrat-ingfemtosecondlaserintrastromalastigmatickeratotomyinpatientswithmixedastigmatismafterpreviousrefrac-tivesurgery.JRefractSurg29:180-186,2013(82)

眼内レンズ:瞳孔拡張リングI-Ring

2017年3月31日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋364.瞳孔拡張リングI-Ring留守良太医療法人涼悠会トメモリ眼科・形成外科白内障手術だけでなく硝子体手術においても,難症例となる小瞳孔やintraoperative.oppyirissyndrome(IFIS)の対策として,瞳孔拡張リングが選択されることは特別な手技ではなくなってきた.このたび,BeaverVisitec社より瞳孔拡張リングであるVisitecI-RingPupilExpanderが発売されたので紹介する.●I.Ringの特徴I-Ring,ケース,インサーターがセットになっており,滅菌済みでパックされている.リングは柔らかく弾力性に富んだポリウレタン素材が使用され,継ぎ目がなく,表面は滑らかに成型されている.鮮やかな緑色にすることで術中の視認性を向上している.虹彩を強く挟み込まず,脱着時にはゆがみを生じさせないようにデザインされた4カ所のチャンネル(図1①)部分で瞳孔を押し広げ,6.3mmに拡張する.そのリング形状と厚みによって瞳孔全周をしっかり固定できる(図2).セーフティーポジショニングホール(以下,ホール.図1②)はシンスキー氏フックの先端が虹彩に接触しないようになっており,ヒンジ(図1③)はリングの柔軟性を高め,挿入時,取り出し時の確実な折り畳みを可能にする.インサーターの先にあるプッシャー(図1④)はリングの把持を容易にしている.インサーターは,角膜切開であれば2.4mmからの挿入が推奨されているが,実際は2.0mmからの挿入も可能であった.●I.Ringの挿入方法プッシュ&プルフックなどを使用して瞳孔領の拡張を行うI-Ringをインサーターに装.し,眼内に挿入後,チャンネルを瞳孔領の3カ所を同時に挟むように少しずつ放出する(図3).コツは,インサーターからチャンネルを1つだけ押し出し,6時の位置ではなく,7~8時のあたりをチャンネルで挟み,少しずつ押し出すと,チャンネルが6時方向に回転しながら瞳孔領を滑るので,リングの開きに合わせながら,左右のチャンネルが虹彩を挟むようにインサーターを左右に傾ける.12時部を虹彩上に放出し,ホールを利用しシンスキー氏フックでリングを押し虹彩に挟み込む(図4).同時に3カ所を挟めなかった場合は,12時部と同様に順にリングを押し虹彩を挟み込む.従来のものより素材が柔らかく侵襲は少ないが,リングを押すと対側の隅角を圧迫してしまうので,リングを押す操作が少ないほど眼球へのストレスは少ない.2本のフックを使用すればさらに侵襲を少なくできる(図5).図1I.Ringの構造ポリウレタン素材.①チャンネル,②セーフティーポジショニングホール,③ヒンジ,④プッシャー.図2眼内に固定されたI.Ring6.0mmのデジタルマーカーと比較すると,十分に拡張していることが確認できる.(79)あたらしい眼科Vol.34,No.3,20173850910-1810/17/\100/頁/JCOPY図33カ所同時にチャンネルを挟み込ん図412時部の固定図5ダブルハンドテクニックだ状態過度な6時部の圧迫と12時部の伸展に注リングが自然に開く力を利用しながら瞳孔意が必要である.をゆっくり押し広げる.図7バックフリップ法6時部のヒンジにプッシャーを挟むときは,虹彩を傷つけないように注意する.眼内レンズの中央で引き込めば,リングは無理なく反転し回収できる.図6一般的な取り出し●I.Ringの取り出し方法12時部をフックではずし,虹彩上に載せてからプッシャーでインジェクター内に引き込み回収する(図6).素材の柔らかさを利用した簡便な方法がバックフリップ法で,隅角を圧迫することなくワンアクションで回収が可能である(図7).●I.Ringの注意点メーカーは,リングを虹彩上に放出した後,4カ所のチャンネルを虹彩に固定する方法を推奨している.しかし,浅前房,小角膜症例が多いわが国においては,かえって難易度が高くなるおそれがあり,前述のように4回リングを押すことで侵襲も強くなる.ポリウレタン素材のI-Ringはシリコーン素材のUSやI/Aスリーブでは摩擦力が強く,接触した場合,滑らずに虹彩から外れてしまうことがあるため,とくに浅前房症例では注意が必要である.虹彩のうねりが強い重度のIFIS症例では,チャンネルが瞳孔領からはずれやすく,注意が必要である.●おわりに瞳孔拡張リングは挿入時よりも摘出時に手間取り,トラブルが発生することがあるのでストレスを感じる術者も多い.しかし,I-Ringは摘出が簡単になるよう設計されており,ストレスを感じることはほとんどない.扱いやすい難症例対策ツールとして有用である.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズに起因する乳頭結膜炎

2017年3月31日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一29.コンタクトレンズに起因する庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野乳頭結膜炎●はじめにa*b100,000**NSコンタクトレンズ(CL)に起因する乳頭結膜炎(con-10,000tactlensinducedpapillaryconjunctivitis:CL-PC)は,CL装用によって生じる乳頭形成を伴う結膜炎で,CL装用に伴う結膜合併症と考えられている.CL-PCは,巨大乳頭結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)として知られているとおり,重症化すると巨大乳頭を形成する.CL-PCの誘因にはCL側の誘因(素材・フィッ涙液IgE値(IU/ml)1,000100101ティング・表面付着物・汚れ・装用時間)と装用者側の0.1素因(アトピー素因)とがあり,その病態は複雑である.対照CL-PCPACAKCVKC1対照CL-PCPACAKCVKC涙液ECP値(μg/ml)10,0001,00010010●CL.PCの病態CL-PCの主要病態は,CLによる機械的刺激と,CL付着物に対するアレルギー反応を主体とした免疫反応であると考えられている.CLによる機械的刺激は,レンズの種類,レンズ素材,レンズデザイン,レンズフィッティングなどに影響を受け,その発症には,縫合糸による巨大乳頭結膜炎と類似した病態が関与すると考えられているが,詳細な病態については解明されていない.CL-PCの原因病態として考えられている免疫反応は,CL表面付着物に対するアレルギー反応であるとされている.以前から,CL-PC患者の涙液中IgEが上昇していること1),および巨大乳頭の組織学的検討により,結膜に多くの好酸球浸潤がみられるほか,結膜上皮内のマスト細胞や好塩基球が増加していること2)などの既報は,CL-PCの発症にアトピー素因や結膜での即時型アレルギー反応が関係している可能性を示唆している.一方,別の免疫学的視点でCL-PCの病態を考えてみると,注目すべきは結膜の好酸球炎症である.一般に好酸球炎症は,従来の即時型アレルギー反応(獲得型アレルギー反応)の遅発相で生じることが知られているが,そのほかにも自然免疫が関与する自然型アレルギー反応や,一部の遅延型アレルギー反応で生じる.筆者らが行った涙液検査による検討では,CL-PC患者の涙液総IgE値は,アレルギー性結膜炎患者と同レベルで,かつ春季カタル患者より低値であったのに対し,好酸球の特(77)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1涙液総IgE値・涙液ECP値a:涙液総IgE値.b:涙液eosinophilcationicprotein(ECP)値.*p<0.05,**p<0.001,Steel-Dwasstest.CL-PC:contactlens-inducedpapillaryconjunctivitis,PAC:perennialallergicconjunctivitis,AKC:atopicker-atoconjunctivitis,VKC:vernalkeratoconjunctivitis.異顆粒に含まれるeosinophilcationicprotein(ECP)の涙液中濃度は,アレルギー性結膜炎患者より高値で,かつ春季カタル患者と同レベルまで上昇していた(図1)3).また,CL-PC患者の涙液検査により,好中球浸潤の関連ケモカインであるinterleukin-8(IL-8)や好酸球浸潤の関連ケモカインであるeotaxin-2,MCP-4の上昇3),および春季カタルとの共通の増殖因子と推定されている可溶性IL-6受容体の上昇4)が確認されている.すなわち,CL-PCの原因となる免疫応答は,即時型(獲得型)アレルギーに加えて自然型アレルギーおよび遅延型アレルギーの病態が関与している可能性が考えられるため,今後再検討する必要があると考えられる.●CL.PCの臨床所見CL-PCの自覚症状としては,CL装用中の霧視,充血,眼掻痒感,眼脂,異物感などを訴える.さらに瞬目時のCL偏位やCL過可動は重症化したCL-PC患者にみられる特徴的症状であり,これらの自覚症状によりCL装用が継続不可能となる場合もある.CL-PCの他覚所見は,上眼瞼結膜の巨大乳頭形成,瞼結膜の充血および腫脹,球結膜充血などがみられる.あたらしい眼科Vol.34,No.3,2017383図2巨大乳頭結膜炎a:限局型.瞼縁付近の瞼結膜を中心に巨大乳頭がみられる.b:全体型.瞼結膜全体に巨大乳頭の形成がみられる.これらの臨床所見は大部分が両眼発症であるが,一部の症例で片眼発症がみられる.巨大乳頭の所見はその形成パターンにより,局所型(localtype)と全体型(generaltype)とに分類されている5)(図2).Localtypeは瞼縁付近の瞼結膜に限局して巨大乳頭形成がみられるもので,機械的刺激の関与が強いタイプであるとされる.一方,generaltypeは瞼結膜全体に巨大乳頭形成がみられるタイプで,免疫反応により高度な炎症が生じているタイプであると考えられている.また,CL固着による角膜浸潤や角膜膿瘍の合併に注意する必要がある.●CL.PCの治療CL-PCの治療の原則は,病態から考えて,CLによる機械的刺激の軽減と抗炎症療法とが必要である.摩擦の軽減はCL休止または処方変更により対応する.レンズ素材やレンズデザインおよびCLフィッティングを変える目的でCL処方を変更することは,CL-PCの再発予防に繋がる.また,薬物療法は副腎皮質ステロイド点眼薬が基本であるが,長期使用による副作用(眼圧上昇・易感染性)を回避する目的で,抗アレルギー点眼薬や非ステロイド系抗炎症薬が使用される場合がある.●おわりにCL-PCに対する治療は,薬物治療に加え,フィッティング,ケア方法および装用時間の見直しが再発予防として重要である.また,アトピー素因を有する症例では,環境整備などによるアレルギー性結膜炎の予防に努めるなど,広い視点でのケアを必要とすることを念頭に置きながらCL診療を行う必要があると考えられる.文献1)AllansmithMR,BairdRS,GreinerJV:Vernalconjunctivi-tisandcontactlens-associatedgiantpapillaryconjunctivi-tiscomparedandcontrasted.AmJOphthalmol87:544-555,19792)ZhaoZ,FuH,SkotnitskyCCetal:IgEantibodyonwornhighlyoxygen-permeablesiliconehydrogelcontactlensesfrompatientswithcontactlens-incucedpapillaryconjunc-tivitis(CLPC).EyeContactLens34:117-121,20083)庄司純:コンタクトレンズとアレルギー性結膜炎.日コレ誌50:33-38,20084)ShojiJ,InadaN,SawaM:Antibodyarray-generatedcytokinepro.lesoftearsofpatientswithvernalkerato-conjunctivitisorgiantpapillaryconjunctivitis.JpnJOph-thalmol50:195-204,20065)SkotnitskyC,SankaridurgPR,SweeneyDFetal:Ceneralandlocalcontactlensinducedpapillaryconjunctivitis(CLPC).ClinExpOptom85:193-197,2002ZS979

写真:アトピー性角結膜炎

2017年3月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦394.アトピー性角結膜炎横井桂子京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①充血:混濁,腫脹した上眼瞼結膜図1アトピー性角結膜炎の上眼瞼結膜所見(16歳,男児)翻転して観察した上眼瞼結膜には,個々の血管の識別が不能なびまん性の充血と,混濁を伴う高度な肥厚性増殖,腫脹が認められる.しかし,巨大乳頭は認められない.図3アトピー性角結膜炎の落屑様点状表層角膜症所見(図1と同一症例)フルオセレインとブルーフリーフィルターを用いて観察すると,角膜全体に落屑様の角膜上皮障害が認められる.図4春季カタルの上眼瞼結膜所見(図1の患者が9歳で受診したとき)上眼瞼結膜全体の充血,浮腫とともに巨大乳頭を認める.(75)あたらしい眼科Vol.34,No.3,20173810910-1810/17/\100/頁/JCOPYアトピー性角結膜炎は,アトピー性皮膚炎を合併する慢性,増殖性のアレルギー性結膜疾患であり,重症例では落屑様点状表層角膜症やシールド潰瘍などの角膜上皮障害を伴い,春季カタルと類似した他覚所見を呈する.しかし,春季カタルでは,重症例になると結膜の充血,浮腫とともに,上眼瞼結膜の巨大乳頭が認められるのに対し,アトピー性角結膜炎では,上眼瞼結膜には,充血および混濁を伴う腫脹,肥厚性増殖が認められることが多い1).これは慢性的に炎症が繰り返されることにより,結膜下組織が線維化,瘢痕化することによる.症例は16歳,男児で,左眼の疼痛を訴えて近医を受診した.両上眼瞼結膜の充血と浮腫および瘢痕性の変化があり,アデノウイルス結膜炎が疑われ,抗菌点眼液(0.3%ガチフロキサシン)とステロイド点眼液(0.1%フルオロメトロン)で加療され,一時軽快したが,点眼がなくなると再燃し,落屑様点状表層角膜症も併発し,徐々に増悪するため,原因不明の角結膜炎として当科に紹介された.受診時,両上眼瞼結膜の混濁を伴う充血と腫脹(図1,2),および広範な落屑様点状表層角膜症(図3)を認めた.患児は,9歳時,上眼瞼結膜の乳頭増殖(図4)と広範な点状表層角膜症を発症し,春季カタルの診断で抗アレルギー点眼液(0.1%オロパタジン塩酸塩)とステロイド点眼液(0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム)で治療されたが,軽快しないとのことで他の眼科施設から当科を紹介され,ステロイド(プレドニゾロン錠)の内服を追加することで軽快した既往があった.その後,何度かの増悪緩解を繰り返したのち,中学生になってからは眼症状は出現しなくなっていた.アトピー性皮膚炎は幼少時より治療を続けており,当科紹介受診時,総IgE抗体は4,204IU/mlと高値となっていた.角結膜所見と既往歴からアトピー性角結膜炎の増悪と診断し,免疫抑制剤点眼薬(0.1%タクロリムス水和物懸濁点眼液)とステロイド(ベタメタゾン錠)内服を追加した.1週間で角膜上皮障害と上眼瞼結膜の腫脹が軽減したため,内服を漸減中止し,さらに,症状の改善を確認し,約1カ月でステロイド点眼も中止した.以後,0.1%タクロリムス水和物懸濁点眼液のみを継続して,約3カ月後には上眼瞼結膜の線維化,瘢痕化を残すのみとなっている.本症例は,アトピー性皮膚炎を合併する春季カタルが,思春期を経てアトピー性角結膜炎に移行したものと考えられ,アトピー性皮膚炎を合併する春季カタルでよく経験する.角結膜の所見は典型的なアトピー性角結膜炎で,既往歴が確認できれば診断は決してむずかしくはない.本症例のように,広範囲の落屑様点状表層角膜症が生じており,上眼瞼に乳頭増殖がなく,充血と強い混濁を伴う腫脹のある場合は,アトピー性角結膜炎を念頭に入れておく必要がある.鑑別診断として,アデノウイルス結膜炎があげられる2).結膜充血と浮腫が強く,とくに偽膜を形成するものでは,角膜に点状表層角膜炎や糸状角膜炎を認めることがある.感染源との接触の疑いがあり,片眼に発症し,著明な結膜充血と眼瞼腫脹が認められ,耳前リンパ節の腫脹があれば,ウイルス感染が強く疑われる.一方,アトピー性角結膜炎はアトピー性皮膚炎の合併があり,慢性的な経過や既往があり,左右差はあるものの,基本的に両眼性である.アデノウイルス結膜炎を疑う場合は,アデノウイルス迅速診断キットで確定診断することが重要であり,アトピー性角結膜炎ではアレルギー迅速検査キットによる診断が参考になる.文献1)日本眼科アレルギー研究会:特集:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:829-870,20102)杉浦佳代,福田憲:結膜炎:感染とアレルギーの見分け方.あたらしい眼科33:383-389,2016

世界のドライアイの考え方の比較

2017年3月31日 金曜日

世界のドライアイの考え方の比較ComparisonofConceptsofDryEyeDiseasearoundtheWorld猪俣武範*はじめにドライアイはこの20年で疾患が概念化され,その研究は大きく進歩した.しかし,ドライアイは,その原因の複雑性から診断基準は未だに世界で統一されていない.ドライアイは今後も増加すると考えられており,早急にドライアイの定義と診断基準を世界共通とすることが望まれる.本稿では,ドライアイの定義と診断基準のグローバル化に向けて,欧米,わが国,そしてアジアにおけるドライアイの定義,診断基準,考え方の紹介とその相違点について解説する.Iドライアイの診断基準のグローバル化に向けてドライアイの概念は1903年にDr.Schirmerが涙液欠乏症を提唱したことにより始まる1).ドライアイの定義は,1995年にわが国ではドライアイ研究会2)が,米国ではNationalEyeInstitute(NEI)のDr.Lempが中心となってドライアイの定義,分類,診断基準が定められた3).その後約10年が経過し,2004年にはDryEyeWorkshop(DEWS)が結成され,世界中のドライアイ研究者により,ドライアイの定義,診断基準のみならず,検査,疫学調査,基礎研究,治療の各分野にわたる広い範囲で検討が行われた4).しかし,DEWSにおけるドライアイの定義,診断基準は未だ世界でコンセンサスを得るには至っておらず,各国で独自の診断基準に則ってドライアイ診療が行われているとともに,現在もドライアイ研究会,DEWS,AsiaDryEyeSociety(ADES)が中心となってドライアイの定義,診断基準の見直しを行っている.2016年11月にはドライアイ研究会からドライアイの新基準が発表され5),日中韓が中心となったADESでも日本の定義,診断基準に則った形で新基準が作成された6).DEWSの新しいレポートDEWSIIも2017年に発表される予定であり,ドライアイの定義や診断基準のグローバル化がさらに進むことが期待される.ドライアイの診断基準を世界で統一することがむずかしい要因として,非ドライアイ眼とドライアイを二分する明確なカットオフ値が存在せず,個々の検査方法の感度,特異度は十分でなく,再現性にも問題があることから,診断基準を明確に定めることがむずかしい点があげられる.さらに,ドライアイは多因子疾患といわれ,年齢,性別,ホルモン,コンタクトレンズの使用や気温,湿度などの環境要因も疾患の発現の程度に複雑に影響するため7),ドライアイの診断にはさまざまな検査結果を組み合わせる必要があることから,その診断基準は複雑化してしまう.しかし,ドライアイは世界で10億人以上が罹患するもっとも一般的な眼疾患であり,未だにドライアイの診断に至らず,QOL(qualityoflife)の低下を余儀なくされている人が多く存在する.また,高齢化社会,スマートフォンやパーソナルコンピューターの長時間使用によるVDT症候群(visualdisplayterminalsyndrome),*TakenoriInomata:順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科〔別刷請求先〕猪俣武範:〒113-8431東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部附属順天堂医院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(65)371表1欧米におけるドライアイの定義の変遷定義NEI(1995)ドライアイは涙液分泌不全と蒸発亢進による涙液層の異常と,眼表面上皮障害を呈する眼不快感を有する疾患である.DEWS(2007)ドライアイは,不快感,視機能障害,涙液層の不安定性を有し,眼表面に障害を与える可能性のある涙液および眼表面の多因子疾患である.ドライアイは,涙液層の浸透圧上昇と眼表面の炎症を伴う.AAO(2013)ドライアイは涙液産生の低下,蒸発亢進,涙液層の障害を起こす疾患で,眼不快感の視機能異常,眼表面疾患を伴う.NEI:NationalEyeInstitute,DEWS:DryEyeWorkshop,AAO:AmericanAcademyofOphthalmology.欧米では,ドライアイのコアメカニズムは涙液の浸透圧上昇と眼表面の炎症が重視されている.ドライアイ涙液減少型蒸発亢進型ドライアイ(ATDDE)ドライアイ(EDE)Sjogren症候群内因性外因性非Sjogren症候群マイボーム腺ビタミンA欠乏機能不全閉眼不全点眼薬の毒性瞬目不全コンタクトレンズ薬剤の影響アレルギーなどの眼表面疾患図1病因学的分類欧米ではドライアイの原因やメカニズムによって疾患をATDDEかEDEという形で分け,重症度に応じて段階的に治療を行う考え方が普及している.(Thede.nitionandclassi.cationofdryeyedisease:reportoftheDe.nitionandClassi.cationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop(2007).OculSurf5:75-92,2007より改変引用)=表2ドライアイの重症度による分類(DEWS2007)重症度レベル1234違和感(重症度/頻度)軽度/ストレス環境下でまれに起こる中等度/慢性重症/頻回に重症/常に視覚症状なし/軽度眼精疲労気になる/生活を軽度制限気になる/慢性的に日常生活を制限常に/日常生活を制限結膜充血なし.軽度なし.軽度+/./+++結膜上皮障害なし.軽度さまざま中等度重症角膜上皮障害(重症度/場所)なし.軽度さまざま中央部重症の点状角膜症角膜/涙液の所見なし.軽度軽度のdebris,TMHの減少糸状角膜炎,粘液凝集,debrisの増加糸状角膜炎,粘液凝集,debrisの増加,角膜潰瘍眼瞼/マイボーム腺(MGDの有無)MGDがしばしばあるMGDがしばしばあるMGDがよくある睫毛乱性,角化,眼球癒着BUT(秒)さまざま≦10≦5すぐにSchirmer試験(mm/5分)さまざま≦10≦5≦2欧米ではドライアイの重症度は頻度と症状や所見の強さによって4段階に分類されている.(文献4より改変引用)予備段階:ドライアイの診断Step1:重症ドライアイの初期診断基準OSDI≧33,CFSOxfordscale≧3か?YesNoシナリオAシナリオBシナリオC重症ドライアイOSDI<33OSDI≧33OSDI≧33CFS≧3CFS=2CFS≦1Step2:追加検査シナリオAシナリオBシナリオC追加検査で,追加検査で,追加検査で,一つ以上の陽一つ以上の1つ以上の性もしくは角陽性陽性とBUT膜知覚の低下<3秒重症ドライアイ図2重症ドライアイの診断のためのアルゴリズム(ODISSEY)重症ドライアイは自覚症状と所見の乖離がみられる場合があるため,ODISSEYEuropeanConsensusGroupは重症ドライアイ診断のための2段階のアルゴリズムを作成した.OSDI:OcularSurfaceDiseaseIndex,追加検査は表3を参照.(文献4より改変引用)表3ODISSEYの追加検査妥当性のある検査Schirmer試験<3◯◯◯重症のMGDもしくは眼瞼縁炎◯◯◯結膜上皮障害◯◯◯視機能の低下◯◯NA糸状角膜炎◯◯◯眼瞼痙攣◯◯◯高浸透圧>328mOsm/l◯◯◯インプレッションサイトロジー≧Grade3◯◯◯角膜知覚◯NANA補助診断BUT<3秒◯◯NA治療抵抗性◯◯◯収差◯◯◯共焦点レーザー顕微鏡◯◯◯炎症性マーカー(HLA-DR,MMP9などのサイトカイン,蛋白質)◯◯◯ODISSEYによる重症ドライアイの診断アルゴリズムのステップ2における追加診断項目.(文献15より改変引用)表4日本におけるドライアイの診断基準の変化①自覚症状◯◯◯②涙液検査(BUT)◯×◯③角結膜上皮検査◯◯×旧ドライアイ診断(2006)確定疑い疑いドライアイ研究会によるドライアイの新基準では,自覚症状と涙液層破壊時間(BUT<5秒)でドライアイが診断可能となった.表5韓国におけるドライアイの重症度分類(2014年)症状眼表面症状ときどきしばしばいつも日常生活が制限される視覚症状ときどきしばしばいつも日常生活が制限される所見*染色スコア**<GradeIGradeIIGradeIIIGradeIVBUT変動6.10秒1.5秒0秒Schirmer試験I法変動5.10mm2.5mm<2mm*結膜充血,眼瞼の異常,涙液層の異常が眼表面に含まれる.しかし,これらの徴候は疾患の重症度の判定には用いない.**Oxfordsystem韓国の診断基準(2014年)は,ドライアイの診断と重症度を組み合わせたもので,少なくとも一つの自覚症状と検査所見が陽性の場合にドライアイと診断する.(文献23より改変引用)表6涙液層破壊時間計測の方法(ADES2016)1.マイクロピペットもしくは試験紙によるフルオレセイン染色(2ul以下)2.3回まばたきをする3.開瞼の持続によって角膜上にダークスポットが最初に出現するまでの時間をストップウォッチで測定4.3回測定し,その平均を用いる5.<5秒を異常値とする(5秒以上は診断基準を満たさない)2016年のADESによるドライアイの新診断基準では,涙液層破壊時間(BUT)の標準的な計測方法が明記された.表7DEWSと日本およびADESのドライアイの定義および診断基準の比較定義診断基準DEWS(2007)ドライアイは,不快感,視機能障害,涙液層の不安定性を有し,眼表面に障害を与える可能性のある涙液および眼表面の多因子疾患である.ドライアイは,涙液層の浸透圧上昇と眼表面の炎症を付随する明確な診断基準はなし・自覚症状・涙液浸透圧(≧316MOSm/l)・TearFilmFunctionIndex(<40)・炎症・BUT(<10秒)・角結膜上皮障害(>3)・Schirmer試験(≦5mm/5min)日本およびADES(2016)ドライアイは,さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり,眼不快感や視機能異常を生じ,眼表面の障害を伴うことがある・自覚症状(OSDI,DEQSなどの質問紙票)・BUTの低下(<5秒)欧米(DEWS)と日本,AsiaDryEyeSociety(ADES)におけるドライアイの定義をみると,前半の部分はほとんど同じであるが,後半の内容が異なる.表8各国における涙液層破壊時間(BUT)とSchirmer試験I法のカットオフ値の比較BUT(秒)Schirmer試験I法(mm)米国(AAO)<10秒<10mm日本(2006)(2016)≦5秒<5秒≦5mmN/A韓国(2014)5<ドライアイ疑い≦10秒ドライアイ≦5秒5<ドライアイ疑い≦10mmドライアイ≦5mmDEWS(2007)<10秒<5mmADES(2016)<5秒N/A涙液層破壊時間(BUT)やSchirmer試験といったドライアイの検査項目の異常値(カットオフ値)の世界的な標準値はまだ定まっていない.’–

摩擦をターゲットとしたドライアイ治療

2017年3月31日 金曜日

摩擦をターゲットとしたドライアイ治療DryEyeTreatmentsAimedatOcularSurfaceFriction山口昌彦*はじめに二つの物質表面の間には運動という物理現象のもとで「摩擦」が生まれ,それはさまざまな物理的メリットとデメリットを引き起こす.この「摩擦」に関して,眼,とくに眼表面にフォーカスしてみると,瞬目という運動下で眼球表面(角膜および眼球結膜)と眼瞼結膜およびlidwiper1)との間で摩擦が生じる.瞬目に伴う眼表面での摩擦の役割として,角膜上の涙液層の交換を図ることによって常にクリアな視界を保つことがあげられる.また,眼表面摩擦は眼表面上皮細胞の正常な脱落に寄与しているが,病的な状態では,過剰な摩擦によって過度な上皮細胞の脱落が起こり角結膜上皮障害に至る.この眼表面摩擦が上輪部で亢進すれば上輪部角結膜炎(supe-riorlimbickeratoconjunctivitis:SLK)2)を発症し,lidwiperで亢進すればlidwiperepitheliopathy(LWE)1)に至ると考えられる.本稿では,瞬目に伴って発生する眼表面摩擦亢進の病態とそれに伴う疾患〔blink-associat-eddisease:BAD),大橋(愛媛大)により提唱〕およびBADの治療について解説する.I眼瞼-眼表面間の解剖と瞬目運動眼瞼および眼表面の解剖を図1に示す.正常では,マイボーム腺開口部の並びよりも眼球側に皮膚粘膜移行部(mucocutaneousjunction:MCJ)が存在し,MCJから瞼板下溝までの眼表面ともっとも密接している部分は,Korbらによってlidwiperと命名されている1).また,眼瞼結膜と眼球結膜の間はKessingspaceとよばれる涙液が貯留している空間があり3),眼瞼-眼球の密着性に影響を与えていると考えられる.眼瞼は,正常では不随意かつリズミカルに閉瞼と開瞼を繰り返すいわゆる自発性瞬目を行うが,そのほかにも外部からの刺激による反射性瞬目や意図的な随意性瞬目を行う.自発性瞬目により,眼表面の涙液の拡散と排出,さらに異物や眼脂の受眼球結膜マイボーム腺結膜.眼瞼皮膚図1眼瞼および眼表面の断面図正常では,マイボーム腺開口部よりも結膜側に粘膜皮膚移行部(MCJ)が存在し,MCJから瞼板下溝までの間はlidwiperとよばれ,眼球側の眼表面ともっとも密着している部位にあたる.また,眼瞼と眼球の間にできる間隙は,Kessingspaceと名付けられている.*MasahikoYamaguchi:愛媛県立中央病院眼科〔別刷請求先〕山口昌彦:〒790-0024愛媛県松山市春日町83愛媛県立中央病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(55)361表1眼表面摩擦を亢進させる要因異常瞬目(眼瞼痙攣,瞬目回数増加)異常な眼球運動眼瞼と眼球との密着性増加・眼球突出度・眼球後退度・強角膜剛性・結膜弛緩症など眼表面濡れ性低下cSCLセンサーPC図2Eyelidtensionanalysissystem(ELTAS,メニコン)a:接触圧センサー.これに厚さ5nm以下のシリコーンラバーを被せて使用する.b:圧センサーはPCに接続され,データを記録する.c:実際の測定では点眼麻酔を行い,SCLを装用させた状態で結膜.内へ圧センサーを挿入して計測する.N図3眼瞼と眼球の間に生じる摩擦摩擦力F=摩擦係数μ×垂直力Nの式で表されるが,これを眼瞼と眼球の間に当てはめると,眼瞼結膜やlidwiperと角膜や眼球結膜との間の状態によって決まる摩擦係数μと眼瞼圧Nによって,両者間に生じる摩擦力が決定される.流体潤滑荷重(w)図5Stribeckcurve(ストライベック曲線)金属軸受と軸との間の摩擦係数の推移を潤滑の三態,すなわち境界潤滑,混合潤滑,流体潤滑において表している.境界潤滑と流体潤滑を行き来する混合潤滑において,横軸の粘度h×速度v/荷重wの値が大きくなるほど,摩擦係数μは下降する.したがって,たとえば,潤滑剤の粘度が上がれば摩擦係数は下がるため,眼表面の涙液の粘度が上がれば眼表面摩擦は減ると推測される.(ヘイシンディスペンサー(㈱兵神装備)HPより改変引用)表2Blink.associateddisease(BAD)上輪部角結膜炎(SLK)LWE(lidwiperepitheliopathy)瞼裂間結膜上皮障害(涙液減少型ドライアイ)糸状角膜炎SCL装用者の輪状結膜上皮障害結膜下出血などab■Ngroup(mmHg)upperLT25■Dgroup3025202015*****15101050~3940~4950~5960~6970~(age)50lowerLTc(mmHg)2520*図7正常者とドライアイ患者の上・下眼瞼圧15*眼瞼圧は,上下ともにドライアイのほうが正常より有意に高く10(†:p<0.0001,‡:p=0.0040),年代別にみた場合,眼瞼圧は正常では加齢ともに下降するが,ドライアイでは下降せず,550歳以上ではドライアイのほうが正常よりも有意に高かった0(upper;*:p<0.01,**:p<0.001,lower;*:p<0.05).~3940~4950~5960~6970~(age)N:normal,D:dryeye,LT:lidtension.図6粘性の高い涙液が瞬目に伴って角膜上を上下する様子この眼では,ジクアホソルナトリウム点眼薬とレバミピド点眼薬が併用されている.Eyelidpressure(mmHg)◆Ngroup■DgrouplowerLT◆Ngroup■Dgroup図8Sjogren症候群による涙液減少型ドライアイ(70歳,女性)ジクアホソルナトリウム点眼薬投与前(a)と投与後3週(b).投与前には,瞼裂間に眼表面摩擦亢進によると考えられる境界明瞭な類三角形の結膜上皮障害を認めるが,投与後は著明に改善している.ローズベンガル染色フルオレセイン染色Grade1染色(+)充血(+)Grade2染色(++)充血(++)Grade3染色(++)充血(++)ridge(+)上輪部結膜の染色所見と充血の程度およびridge形成によってgradingされる.mmHga.SLKgradevs.上眼瞼圧b.SLKgradevs.上方結膜弛緩度403図9SLKのgrade分類30UpperLT2120100G1(17)G2(18)G3(3)0G1(17)G2(18)G3(3)SLKgrade(n)SLKgrade(n)図10SLKgradeと上眼瞼圧および上方結膜弛緩度との関係SLKgradeは上眼瞼圧〔a:r=0.657,p<0.0001(one-wayANOVA)〕,上方結膜弛緩度(grade1.3)〔b:r=0.496,p=0.0024(Pearson)〕と有意に相関した.LT:lidtension,CCh:conjunctivochalasis(結膜弛緩症).ab図11SLK(31歳,女性)a:治療前,右眼grade3,左眼grade2.BUTも右1秒,左2秒と短縮していた.b:ジクアホソルナトリウム点眼薬とレバミピド点眼薬を併用したところ,投与後1カ月から改善がみられ,6カ月で両眼ともSLKはほぼ寛解した.BUTは両眼とも5秒以上に延長した.ab図12流涙を訴える52歳,男性a:両眼とも上眼瞼に著明なLWEを認める.BUTは両眼とも5秒,流涙スコア(8点満点)は7点と不良で,とくに右眼の症状が強かった.b:レバミピド点眼薬を6週間投与したところ,LWEは改善し,流涙スコアは3点に低下した.ab図13眼瞼下垂を伴う糸状角膜炎(46歳,女性)慢性進行性外眼筋麻痺があり,眼瞼下垂のため両側とも複数回の眼瞼形成手術を受けている.a:右眼下方に1個,左眼中央から上方に多数の角膜糸状物を認める.左眼は上眼瞼結膜のタッキングがあり,摩擦亢進の要因になっていると考えられた.b:レバミピド点眼薬を4週間投与したところ,両眼ともに糸状角膜炎は寛解した.’–