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緑内障

2017年7月31日 月曜日

緑内障GeneticDiagnosisforGlaucoma西口康二*I遺伝子解析は緑内障に対する病態解明・個別化医療実現の切り札である緑内障は,わが国の主要な失明原因であり,高齢化社会に伴って患者数は増加の一途をたどっている.現在行われている同疾患に対する治療は,点眼・内服・手術を主体とした眼圧下降治療がメインである.一方で,わが国の広義開放隅角緑内障(primaryopenangleglauco-ma:POAG)では,眼圧上昇を伴わない緑内障である正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)が主体である.眼圧コントロールが比較的良好にもかかわらず,視野狭窄が進行するNTG患者には,眼科医ならみな遭遇しているであろう.最近では,POAGの病態と関連する眼圧に依存しない因子として,近視,酸化ストレス,血流などが注目されている(図1).このように,POAGは眼圧の問題だけで片づけられない複雑な病態を呈する一方で,その治療は眼圧下降に依存しているのが実情である.このギャップこそが緑内障診療が抱えている最大の課題であり,この課題が解決しないかぎりPOAGによる失明患者は大きく減らないと予測される.これまで,眼圧以外のPOAGの病態解明が試みられてきたが,病態に根差した新しい治療法の確立にまでは至っていない.その理由の一つとして,複雑な病態を包括的に捉えたPOAGの動物モデルがない,という点があげられる.そのため,基礎研究で得られた成果がなかなか臨床応用にまでたどり着かないというジレンマがある.一方で,ヒト検体を用いた解析や臨床データを用いた病態解析は進歩を続けており,その重要性は増すばかりである.なかでも,遺伝子研究からの病態解析アプローチは有用性が高いと考えられる.とくに個体差の根源であると考えられている,ゲノム全体に散在する無数の塩基配列の個人差(遺伝子多型とよぶ)を調べ,POAG患者群と正常者群のゲノムの差異を検出するゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)(用語解説参照)に対する期待は大きい.ゲノムワイド関連解析では,仮説を置くことなく,すべての遺伝子多型と病気の関連を網羅的に調べることができる.この点は,ある特定の病態仮説を検証する目的で行われる他の多くの研究とはアプローチが大きく異なり,病態研究の流れを一変するような斬新な知見が得られることがある.たとえば,滲出性加齢黄斑変性においては,GWASにより,その病態と複数の補体関連蛋白質をコードする遺伝子との関係がはじめて明確になった.その結果,滲出性加齢黄斑変性と補体を介した炎症の関連性がクローズアップされ,爆発的に病態研究が進み,補体系をターゲットとしたさまざまな新規治療の開発に展開している.このような視点から,病態の全容解明が遅々として進まず,治療の選択肢と病態の複雑さに大きなギャップを抱えるPOAGでは,GWASはきわめて重要であるといえる.また,ゲノムをベースにした病態解明の重要性は,POAGの病態の細分化や個別化医*KojiNishiguchi:東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座〔別刷請求先〕西口康二:〒980-8574宮城県仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(23)939図1POAGと発症リスク表1これまで見つかったPOAG関連遺伝子座緑内障関連遺伝子座SNPID日本人に多型あり日本人での病態関連ZP4rs547984rs540782rs693421rs2499601ありありありありありありありありCDC7/TGFBR3rs1192415あり不明TMCO1rs4656461rs7555523なしなしFNDC3Brs6445055あり不明AFAP1rs4619890rs11732100ありなし不明GMDSrs11969985あり不明FOXC1rs2745572あり不明CAV1/CAV2rs10258482rs4236601なしなしIntergenicregionrs284489あり不明CDKN2B-AS1rs1063192rs523096rs7865618rs2157719rs7866783rs4977756ありありありありなしあり不明不明不明あり不明ABCA1rs2472493rs2487032ありあり不明不明ABOrs8176743あり不明PLXDC2rs7081455ありありATXN2rs7137828なしDKFZp762A21rs7961953ありありSIX6rs33912345rs10483727ありありあり不明PMM2rs3785176あり不明GAS7rs9897123rs9913911ありあり不明不明TXNRD2rs35934224あり不明表2人種ごとのPOAG関連遺伝子座遺伝子白人アジア人日本人ZP4●PLXDC2●DKFZp762A21●CDKN2B-AS1●●●SIX6●●●ABCA1●●PMM2●CDC7/TGFBR3●CAV1/CAV2●TMCO1●GAS7●AFAP1●ARHGEF12●GMDS●ATOH7●これまで緑内障との関連が報告されている遺伝子座を白人・アジア人・日本人に分けて表示した.図2組み換えと連鎖配偶子(卵子や精子など)を作るために細胞分裂(減数分裂)する際に,「組み換え」が起こる.染色体の複製,交差,組み換え,減数分裂の順に進む.病因多型の位置に対する組み換えの起こるゲノム上の位置によって,さまざまなパターンの連鎖が起こる.減数分裂後,同じ色のゲノム領域内のSNPは連鎖状態にある.200,000塩基対図3ゲノムワイド関連解析の例緑内障と関連のあるリードSNPと連鎖状態にある他にSNP(赤色の丸)が同一遺伝子座内に散在する.遺伝子座内外にSIX6以外にもいくつかの遺伝子が存在し,それらのうちどの遺伝子が病気と関連があるか,ゲノムワイド関連解析の結果だけではわからない.なお,図では解析が行われた1SNPに対して丸が1個対応する.■用語解説■ゲノムワイド関連解析:ゲノム全体にまんべんなく存在する多数(通常数十万個から数百万個)のSNPの遺伝型データと病気の有無の関連を調べることにより,どの遺伝子座が病気と関連するかを特定する遺伝解析手法.遺伝子座:本来は,染色体やゲノムにおける遺伝子の位置のことを示す.ゲノムワイド関連解析においては,病気と関連があるゲノムの特定の領域を示し,通常その中には多数のSNPが存在する.一つの遺伝子座に複数の遺伝子が存在することも珍しくない.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):ヒトのゲノムには,わずかながらの個人差がある(1%未満).ゲノムは塩基対の配列だが,ゲノム上の個人差のほとんどは,SNPとよばれる塩基配列中の一塩基だけが違っているところ(多型)により構成される.約300塩基対に1個の割合でSNPがみられる.このゲノムの差が,個人差を形成し病気に対する感受性の差の原因になる.連鎖:病気と関連するSNPが生じて多くの世代を経ても,その周りにたまたまある病気と関連のないSNPも一緒に連動して遺伝する.この現象を「連鎖」という.ゲノムワイド関連解析では,POAGの発症と関連のある遺伝子座(連鎖しているSNPを数多く含む)を検出するが,ほとんどの場合,連鎖している無数のSNPのうちどのSNPが病気と関連あるかわからない.

角膜疾患

2017年7月31日 月曜日

角膜疾患GeneticDiagnosisforCornealDiseases上田真由美*木下茂*はじめにゲノム解析を行う角膜疾患は,以前は単一遺伝子疾患である角膜ジストロフィが中心であった.しかし,2000年のヒトゲノムプロジェクト完了後には,全ゲノム解析による遺伝子多型解析が精力的に行われるようになり,遺伝素因と環境因子の両方が関与する多因子疾患においてもゲノム解析が進み遺伝的にハイリスクの人に対する取り組みについて考えられている.本稿では,まずゲノム解析が診断に有用である種々の角膜ジストロフィについて,その原因遺伝子について記載し,後半は筆者の専門とする難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群について,ゲノム研究の現状について解説する.I角膜ジストロフィ角膜ジストロフィとは,①遺伝性や家族性,②両眼性,③進行性,④非炎症性,⑤特有な病像,⑥角膜以外の眼組織や全身に系統的な病変がない,⑦他に原因となる疾患がない,のすべてがあてはまるものとされている.常染色体優性遺伝が多いが,常染色体劣性遺伝や孤発例も少なくない.従来,角膜ジストロフィは,主たる病変の部位や臨床像の特徴,病理組織・組織化学的所見,遺伝形式などによって臨床的分類がなされてきたが,近年,各種角膜ジストロフィの原因遺伝子が明らかになってくるに伴い,臨床的分類と分子遺伝学的分類の整合性が課題となってきている.現在原因遺伝子が明らかとなっている角膜ジストロフィを臨床病型別に表1に示す.また,原因遺伝子別に下記にまとめて記載する3,4).①TGFBI遺伝子角膜上皮基底膜ジストロフィは,TGFBILeu509ArgあるいはArg666Serの変異が原因とされている.顆粒状角膜ジストロフィは,1型,2型(Avellinoと呼称されていた)(図1a),表在型(Reis-Bucklers)(3型)の3種類ともTGFBI遺伝子の変異が原因とされており,それぞれ,TGFBIArg555Trp,Arg124His,Arg124Leuの変異が原因であることがわかっている.日本人と韓国人では,顆粒状角膜ジストロフィのほとんどが2型であるが,欧米では1型が多い.Thiel-Behnke角膜ジストロフィ(図1b)も,TGFBIArg555Glnの変異が原因であり,実際にはReis-Bucklersと臨床的に診断されていた多くがTiel-Behnkeであったとされている.格子状角膜ジストロフィ1型(図1c)はTGFBIArg124Cysの変異が,3a型(図1d)はTGFBIPro501Thrの変異が原因であると報告されている.②GSN遺伝子格子状角膜ジストロフィ2型は,GSNAsp187AsnあるいはAsp187Tyrの変異が原因であることがわかっている.③M1S1遺伝子(図2)膠様滴状角膜ジストロフィは,M1S1遺伝子の変異が原因であることがわかっているが,その変異部位につい*MayumiUeta&*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学講座〔別刷請求先〕上田真由美:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学感覚未来医療学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(13)929表1角膜ジストロフィの臨床病型と原因遺伝子疾患名遺伝形式原因遺伝子代表的な遺伝子変異上皮を主体とする角膜ジストロフィ角膜上皮基底膜ジストロフィ常優,孤発TGFBILeu509Arg,Arg666SerMeesmann角膜ジストロフィ常優KRT3KRT12Arg503Pro,Glu503LysArg135Gly,Arg135Lie,Leu140Arg,Thy429Asp膠様滴状角膜ジストロフィ常劣M1S1Gln118XBowman膜を主体とする角膜ジストロフィThiel-Behnke角膜ジストロフィ常優TGFBIArg555GlnReis-Bucklers角膜ジストロフィ(顆粒状角膜ジストロフィ3型)常優TGFBIArg124Leu実質を主体とする角膜ジストロフィ顆粒状角膜ジストロフィ1型:古典的2型:Avellino常優常優TGFBITGFBIArg555TrpArg124His格子状角膜ジストロフィ1型2型3a型TGFBIGSNTGFBIArg124CysAsp187Asn,Asp187TyrPro501Thr斑状角膜ジストロフィ常劣CHST6Lys174Arg,Asp203Glu,Arg211Try,Glu274Lys,etc.Schnyder角膜ジストロフィ常優UBIAD1文献1参照先天性実質性角膜ジストロフィ常優DCN文献1参照Fleck角膜ジストロフィ常優PIP5K3文献1参照Descemet膜と内皮を主体とする角膜ジストロフィFuchs角膜内皮ジストロフィ若年発症型(欧米)常優COL8A2Leu450Trp,Gln455Lys後部多形性角膜ジストロフィ1型2型3型常優常優常優不明COL8A2ZBE1文献1参照文献1参照先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ1型2型常優常劣不明SLC4A1文献1参照常優:常染色体優性遺伝,常劣:常染色体劣性遺伝.bcd図1TGFBI遺伝子が原因遺伝子の各種角膜ジストロフィの角膜所見a:顆粒状角膜ジストロフィ2型(Avellino).角膜中央部の上皮下の実質浅層から中層に微細な白色の顆粒状混濁を認め,一部融合を示すとともに,線状,金平糖状の混濁も認める.b:Thiel-Behnke角膜ジストロフィ.角膜上皮下に特有な蜂窩状混濁を認める.c:格子状角膜ジストロフィ1型.Bowman膜から実質浅層に,アミロイド沈着による微細な針状・格子状の混濁を認める.d:格子状角膜ジストロフィ3a型.角膜実質中層に1型よりも太い格子状の混濁を認める.図2MIS1遺伝子が原因遺伝子の膠様滴状角膜ジストロフィの角膜所見中央部の角膜上皮下および実質にアミロイドが沈着し,隆起性の斑状の黄白色の混濁と血管侵入を認める.図3CHST6遺伝子が原因遺伝子の斑状角膜ジストロフィの角膜所見境界がやや不鮮明な灰白色の大小の斑状の混濁を認める.図4KRT3.KRT12遺伝子が原因遺伝子のMeesmann角膜ジストロフィの角膜所見角膜上皮層内に比較的均一な大きさの微小.疱を多数形成し(a),フルオレセイン染色では,その一部が点状びらんとして染色される(b).図5眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の急性期の眼所見皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血(a),角結膜上皮欠損(b),偽膜形成(c)を生じる.#:結膜上皮欠損,*:角膜上皮欠損.(文献5より転載)図6重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の眼後遺症重篤な眼合併症(重度の結膜炎,角結膜上皮欠損,偽膜)を生じたSJS/TEN患者ほぼ全例に重篤なドライアイ(a)ならびに睫毛乱生(b)が生じる.瞼球癒着(c,d)や眼瞼の瘢痕化(e)を認めることも多い.重症例では,眼表面が皮膚のように角化する(f).(文献5より転載)==SJS/TEN眼・粘膜障害無型では関連なし眼・粘膜障害無眼・粘膜障害有(眼科のSJS)図7原因薬剤によりSJS.TENの遺伝子素因が異なる(文献5より転載)オッズ比オッズ比オッズ比37.8151201104010.83510030171倍1080668倍2570倍20601550.2240100.150.165-20-+0-+0++0+--+-図8オッズ比が著明に上昇する遺伝子多型間相互作用図9重篤な眼合併症を伴うSJS.TENの発症機序についての仮説発症の遺伝子素因がない人では,なんらかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,薬剤服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症の遺伝子素因がある人に,なんらかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに薬剤服用が加わって,異常な免疫応答が助長され,SJSを発症する.(文献5より転載)

ゲノムをみる技術の進歩

2017年7月31日 月曜日

ゲノムをみる技術の進歩AdvancedTechniquesforExaminingtheGenome倉田健太郎*細野克博*はじめにDNA,遺伝子,ゲノムなどは身近に耳にする言葉ではあるが,それらの違いは?と聞かれたら答えに困る人は少なくないだろう.DNAとはデオキシリボ酸という物質名で,遺伝情報が書き込まれている.DNAがたくさん集まって構成されているのが遺伝子であり,遺伝情報をもった最小単位である.そして,遺伝子(gene)と染色体(chromosome)あるいは全体(-ome)とを合成して作られた用語がゲノム(genome)であり,特定の生物がもつ遺伝情報全体をさしている.つまり,ゲノム情報は体を作るための設計図のようなものである.近年,ゲノム情報を調べて,その結果をもとにして効率的・効果的に疾患の診断,治療,予防を行うゲノム医療が盛んになってきており,ゲノムをみる技術の重要性が増している.遺伝子や染色体,ゲノムなどを調べる検査をいわゆる遺伝子検査とよぶ.遺伝子検査は,かつては限られた研究室でのみ行うことができる特殊な検査であったが,技術の進歩とともに普及し,医療を行ううえで必要な検査の一つとなってきている.本稿では,これまでの遺伝子検査で用いられてきたゲノム解析技術を振り返りながら最新の状況を紹介し,遺伝子検査により得られたゲノム情報をどのように解釈してみればよいのか実例をあげて述べる.Iゲノム解析技術の進歩1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見して以来,20世紀後半は遺伝病の分子生物学的研究が盛んに行われることとなった.このDNA塩基配列を直接読み取ることができるようになったのは,1970年後半に相次いで開発発表されたシークエンシング(用語解説参照)技術と,1980年代後半に開発,市販された塩基配列を読み取る機器である自動化DNAシークエンサー(用語解説参照)のおかげである.詳細は略すが,DNAポリメラーゼと特殊な基質ヌクレオチドを利用するサンガー法は現在に至るまで利用されており,分子生物学の解析スタンダードとなっている.1990年にはヒト染色体のDNA配列をすべて解読し,染色体のどこにどんな遺伝情報が書かれているかを明らかにする「ヒトゲノム計画(1990~2004)」が国際的な協力のもとで開始された.当計画の最終段階に上記のサンガー法によるマルチキャピラリー式DNAシークエンサーが大規模に使用され,2003年にヒトゲノム配列の解読完了宣言がなされた.しかし,大規模なゲノムを対象とする解析において,上記手法では解析のプロセスが非常に煩雑である点や,一度に処理できる試料数に上限がある点などが大きな制約となっていた.こうした既存のシークエンシング技術とシークエンサーの問題点を克服すべく,「次世代シークエンサー」と総称される新しいシークエンサーが2005年に市場に登場した.次世代シークエンサーという呼び名は既存のマルチキャピラリー式DNAシークエンサーとの対比でこうよばれており,海外でもnext-generationsequencerといった呼称*KentaroKurata&*KatsuhiroHosono:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕倉田健太郎:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(5)921図1筆者らの施設で使用している次世代シークエンサーMiSeq(手前)とNextSeq(奥),ともにイルミナ社.機種により出力できるデータ量が異なる.筆者らの施設ではターゲットシークエンシングの場合はMiSeq,全エクソームシークエンシングの場合はNextSeqを用いている.表1サンガー法と次世代シークエンサーの違いサンガー法次世代シークエンサー1回のシークエンスにかかる解析費用(円)3,000200,0001回のシークエンスにかかる実験時間(時間)224一度に解析できる塩基数8004,500,000,000次世代シークエンサーは筆者らの施設で使用しているサンガーシークエンサーABI3500xL(ライフテクノロジーズ社)と次世代シークエンサーMiSeq(イルミナ社)を参考にした.サンガー法が用いられ,全ヒトゲノム解読に13年の年月と約30億ドルのコストが必要であったが,現在では高出力型の次世代シークエンサー1台を使用すれば2週間(データ解析は除く)で数名の全ゲノムの解読が可能であり,1人の全ゲノムあたりのコストは100万円を下回っている.サンガー法によるシークエンシングは過去30年にわたりほぼ同じプロトコールが用いられているのに対して,次世代シークエンサーとそれを用いたシークエンシング技術の進歩の速さには瞠目するものがある.III次世代シークエンサーによるヒトゲノム解析次世代シークエンサーを用いたヒトゲノムの網羅的解析は,全ゲノムを対象とした全ゲノムシークエンシング(wholegenomesequencing:WGS),蛋白質のコーディング領域すべてを対象とした全エクソームシークエンシング(wholeexomesequencing:WES),対象となる遺伝子が限定されている場合のターゲットシークエンシング(targetsequencing:TS)に大別される.WGSはヒトの全ゲノムを網羅的にシークエンシングすることができるため,癌のような総合的なゲノム構造変化を知る必要性がある解析に有効である.ただし,解析対象となるデータ量も相対的に多くなり,必要なコストと解析労力は大きくなる.WESはヒトのほぼ全遺伝子の蛋白質コーティング領域のみを選択して解析する手法であり,複数のメーカーよりWES解析用の試薬キットが販売されている.現状はエキソン(用語解説参照)部位を100%抽出することができない点や,改善されてきているものの,部位により収量のばらつきがある点など問題も多いが,WGSと比較してコストと解析労力の負担は軽減され,コストパフォーマンスに優れた手法である.TSは数Mb程度の限定された領域のみ解析対象とする方法で,すでに連鎖解析により対象領域を絞り込んでいる場合や,解析対象遺伝子が限定されている場合に用いる.TSはWESよりもさらにコストと労力の負担は軽減されるが,研究者自身で解析する遺伝子を選択し,解析遺伝子の追加が必要の際は自身でアップデートしてゆく必要がある.これら三つのシークエンシングは必要なデータ量,対象領域の違いはあるが基本的に同一である.筆者らの施設では,遺伝性網膜変性の患者に対してはTSを施行し,それ以外の遺伝性眼疾患患者やTSで原因が同定できなかった遺伝性網膜変性患者に対してはWESを行っている.このように三つのシークエンシングのうち,どの手法を用いるかは研究目的,研究費用,解析対象などによって決定される.IV遺伝子検査で得られた結果をどのようにみるのか本稿では,塩基の変化を塩基置換とよび,疾患の発症に関与していれば変異,関与していなければ多型とよぶ.現状は変異と多型の判断は容易ではない.次世代シークエンシングを行うと,患者1人あたり数百個から数万程度の塩基置換が検出される.検出された塩基置換がすべて疾患の発症に関与する変異というわけではない.遺伝子検査により得られた多数の塩基置換からどのようにして疾患発症に関与する変異のみを抽出しているのか,つまり,遺伝子検査の結果をどのようにみているのかを筆者らの施設が行っている「診断システム」を例にあげて紹介する.遺伝性の網膜疾患が疑われた場合,筆者らの施設では,既報告の網膜疾患の原因遺伝子74個を解析対象としてTS解析をしている(表2).次世代シークエンサーを用いてTSを行った後,CLCbio社のGenomicsWorkbenchというゲノム解析の専用ソフトウェアを使用して塩基置換を検出する.そして,検出した塩基置換の中から疾患の発症に関与している変異を抽出するために3段階のフィルタリングをかけている(図2)1).一つめは,イントロン領域とノンコーディング領域中に存在する塩基置換のフィルタリングである.二つめは,公共データベースに登録のある,一般人口において高い頻度で検出される塩基置換のフィルタリングである.三つめは塩基置換が起こっても同じアミノ酸がコードされる変異(同義置換)のフィルタリングである.要は,メンデル遺伝性疾患の多くに関連している蛋白コーディング領域以外の塩基置換を除外している.また,疾患に関与し(7)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017923表274個の解析対象遺伝子常染色体優性網膜色素変性症BEST1CA4CRXFSCN2GUCA1BIMPDH1KLHL7NR2E3NRLPRPF3PRPF6PRPF8PRPF31PRPH2RDH12RHOROM1RP1RP9RPE65SEMA4ASNRNP200TOPORS常染色体劣性網膜色素変性症ABCA4CERKLDHDDSIDH3BMERTKPDE6ARBP3RPE65USH2AARL2BPCLRN1EMC1IMPG2MVKPDE6BRGRSAGZNF513BEST1CNGA1EYSKIAA1549NEK2PDE6GRHOSPATA7C2orf71CNGB1FAM161ALRATNR2E3PRCDRLBP1TTC8C8orf37CRB1GPR125MAKNRLPROM1RP1TULP1X連鎖性網膜色素変性症OFD1RP2RPGR常染色体優性レーバー先天盲CRXIMPDH1OTX2常染色体劣性レーバー先天盲AIPL1CABP4CEP290CRB1CRXGUCY2DIQCB1KCNJ13LCA5LRATRD3RDH12RPE65RPGRIP1SPATA7TULP1DTHD1NMNAT1抽出した疾患原因の変異候補図2検出された塩基置換から変異を抽出するためのフィルタリング過程ソフトウェアから自動検出された塩基置換に対して独自に設定した3段階のフィルタリングを用いることで,疾患に関与している可能性が高い変異を絞り込んでいる.(文献1を参照して作成)表3レーバー先天盲患者における疾患原因変異候補遺伝子塩基置換アミノ酸置換公共データベース*DTHD1c.486G>Ap.K162K(同義置換)登録なしGUCY2Dc.2113+2_2113+3insT登録なしGUCY2Dc.2714T>Cp.L905P(非同義置換)登録なし*1,000Genomes(http://www.internationalgenome.org),HGVD(http://www.hgvd.genome.med.kyoto-u.ac.jp).aヘテロ接合体bホモ接合体c複合ヘテロ接合体図3遺伝子異常の種類a:ヘテロ接合体.片側アレル(用語解説参照)のみに遺伝子異常を認める.b:ホモ接合体.両側のアレルに同じ種類の遺伝子異常を認める.c:複合ヘテロ接合体.遺伝子異常を両側のアレルに認めるが,遺伝子異常は異なる.○と×はそれぞれ異なった遺伝子異常を示す.I-1I-2M1/+M2/+II-1II-2M1/M2M1/M2M1:c.2038C>TM2:c.1898delC図4Hermansky.Pudlaksyndrome患者の家系図と遺伝子変異Hermansky.Pudlaksyndromeは通常,常染色体劣性遺伝の形式をとる.発症者はHPS6遺伝子にc.2038C>Tとc.1898delCを複合ヘテロ接合体(M1/M2)で有しているため発症しうるが,非発症者である両親はそれぞれをヘテロ接合体(M1/+またはM2/+)として有しているため発症しない.矢印は発端者,□は非発症男性,〇は非発症女性,●は発症女性を示している.(文献2を参照して作成)a正常な塩基配列アミノ酸配列bミスセンス変異アミノ酸配列ナンセンス変異アミノ酸配列dフレームシフト変異アミノ酸配列…GAGTTCAAGTATGGAATCCAG……EFKYGIQ……GAGTTCAACTATGGAATCCAG……EFNYGIQ……GAGTTCAAGTAAGGAATCCAG……EFK終止…GAGTTCAAGCTATGGAATCCAG……EFKLWNP…図5さまざまな変異の種類a:正常な塩基配列.DNAは三つの塩基配列で一つのコドンを形成してアミノ酸をコードしている.コドンによって翻訳されるアミノ酸は異なる.b:ミスセンス変異.異なるアミノ酸へ変化する.たとえばAAG(リシン)がAAC(アスパラギン)に変化する.c:ナンセンス変異.変異部位で終止コードに変化する.たとえばTAT(チロシン)がTAA(終止コード)に変化する.終止コードよりも下流ではアミノ酸は生成されない.d:フレームシフト変異.塩基配列が欠失したり挿入したりすることで,コドンの読み枠がずれるため,翻訳されるアミノ酸配列が変化する.たとえばGとTの間にCが挿入することで,TAT(チロシン)がCTA(ロイシン)に変化し,下流に翻訳されるアミノ酸配列も変化する.E:グルタミン酸,F:フェニルアラニン,G:グリシン,I:イソロイシン,K:リシン,L:ロイシン,N:アスパラギン,P:プロリン,Q:グルタミン,W:トリプトファン,Y:チロシン.■用語解説■シークエンシング:遺伝子の塩基配列を読むこと.シークエンサー:遺伝子の塩基配列を読み取る機器のこと.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):塩基配列において,一つの塩基が別の塩基に置換されているもので,約1,000塩基対に1個の割合で存在する.疾患感受性遺伝子:遺伝的な要因と,食事や運動などの環境的な要因が合わさって発症するとされる多因子疾患の発症にかかわる遺伝子のこと.糖尿病や加齢黄斑変性症などが代表的な多因子疾患である.エキソン:ゲノムのうち1~2%の蛋白質をコードする領域のことで,遺伝性疾患の多くがエキソン領域の変異により引き起こされると推定されている.アレル:対になった遺伝子のことで,同じ遺伝子座に位置する.対立遺伝子ともいう.多くの真核生物は,それぞれの遺伝子座に2個の遺伝子をもっている.

序説:あなたはゲノムをみて診療をしますか?

2017年7月31日 月曜日

あなたはゲノムをみて診療をしますか?OphthalmicPracticeBasedonGenomicMedicine堀田喜裕*山下英俊**Iゲノム医療からprecisionmedicineへ2015年1月,オバマ前アメリカ合衆国大統領は一般教書演説のなかで,遺伝情報を含む詳細な個人情報をもとにしたprecisionmedicineを開始すると述べました.疾患にかかわる遺伝子の同定,生体分子情報の解明を進め,より精密な診断(詳細な疾患のサブグループ分け)を行うというものです.そして,個人やサブグループに対する疾患情報(例;薬剤感受性)をもとにして,個々に適した予防,医療を提供するという構想です(図1).こうしたことが可能になった背景として,ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)や次世代シークエンサー(nextgenerationsequencer:NGS)とよばれる機器を代表とする,遺伝子を網羅的にみる技術の急速な進歩があげられます.従来のSanger法では,それぞれの遺伝子の約800塩基ごとに配列を決めていたのですが,次世代シークエンサーでは,一度に45億塩基を決めることが可能です.塩基配列の解析結果は数日で出て,最近ではコストも下がり続けています.IIデータベースの整備とIRUD本特集では,角膜疾患から色覚異常まで,進歩の程度に差はあっても,診療を行ううえで役立つ可能性のあるゲノム情報が紹介されています.遺伝情報や生体分子情報をもとにした予防や医療を進めるためには,こうした情報を集めたデータベースが重要になります.疾患に深くかかわる遺伝子異常は,人種などによって異なる場合があることが知られていて,わが国の眼科領域でも,一部の解析拠点において精力的に解析研究が進められており,種々のデータベースが構築されつつあります.また,SNSサービスの発展と急速な普及もあって,インターネットに接続する環境さえあれば,容易に遺伝情報の検索が可能になっています.2年前に発足した日本医療研究開発機構は,いままで診断が困難であったわが国の希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に検体を集めて次世代シークエンサーで解析してデータベースを構築する「未診断疾患イニシアチブ(initiativeonrareandundiagnoseddiseases:IRUD)」という研究プロジェクトを進めています(図2).IIIゲノム医療の限界と問題点ゲノム解析技術の進歩による革新の可能性について述べましたが,解決すべきいろいろな問題もあります.まず,一部の例外(例:網膜芽細胞腫)を除*YoshihiroHotta:浜松医科大学医学部眼科学講座**HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)917データベース重症化のリスクありA1症候群A2症候群A3症候群予防・介入薬物治療遺伝子治療ロービジョンケア図1ゲノム医療によるprecisionmedicineのイメージ図疾患にかかわる遺伝情報によってより精密な診断を行い,個々に適した予防,医療を提供することをめざします.図2未診断疾患イニシアチブ(IRUD)診断体制いままで診断が困難であったわが国の二つ以上の臓器にわたる希少疾患について,いくつかの遺伝子解析拠点に集めて次世代シークエンサーで解析し,関係する病院で診断連携を行うというものです.(日本医療研究開発機構のホームページより転載)’

ロンドンオリンピックの代表選手と候補選手の視力と視力矯正方法について

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):903.908,2017cロンドンオリンピックの代表選手と候補選手の視力と視力矯正方法について枝川宏*1,2,3川原貴*3奥脇透*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityandVisualAcuityCorrectionMethodinRepresentativeandCandidatePlayersintheLondonOlympicsHiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),TouruOkuwaki3),HiroshiKomatsu3),MichikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguchi3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatsubara2,3)1)EdagawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomens’MedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversityロンドンオリンピックにおける31競技種目の代表選手294人と候補選手876人の視力測定と矯正方法について聞き取り調査を行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.その結果,1)競技群別の分析では,単眼視力・両眼視力・非矯正眼視力・矯正眼視力と矯正方法は競技群間で有意な差があった(p<0.05).競技群で視力と視力矯正方法が違っていたのは,競技特性が関係していると考えられた.2)代表選手群と候補選手群の分析では,単眼視力・両眼視力・非矯正眼視力・矯正眼視力と矯正方法は代表選手群と候補選手群で有意な差があった(p<0.05).代表選手群と候補選手群の視力と視力矯正方法が違っていたのは,代表選手群と候補選手群のスポーツ環境の違いによるものと考えられた.Visualacuitytestingandinterviewsastovisualacuitycorrectionmethodwereconductedin294representa-tiveplayersand876candidateplayersof31kindsofsportingeventsintheLondonOlympics.Corrected,unilateralandbilateraldistantvisualacuityweremeasuredinasamestateduringplay.Theanalysisresultswereasfol-lows:1.Analysisofathleticeventgroupsdisclosedsigni.cantdi.erencesamongthemregardingmonocular,binoc-ular,non-correctedandcorrectedvisualacuity,andvisualcorrectionmethod(p<0.05).Itwasconsideredthatthecharacteristicsoftheparticularsportswererelatedtothedi.erencesincorrectedvisualacuityandcorrectionmethod.2.Analysisoftherepresentativeplayersgroupandthecandidateplayersgroupshowedsigni.cantdi.erencesbetweenthemregardingmonocular,binocular,non-correctedandcorrectedvisualacuity,andcorrec-tionmethod(p<0.05).Thesedi.erenceswereprobablyduetothedi.eringsportenvironments.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):903.908,2017〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport.はじめに以前筆者らは,国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを受けたトップアスリートの視力と視力矯正の実態を調査した1.3).その結果,わが国のトップアスリートの視力は良好だが競技群によって異なること,視力矯正方法は競技特性によって異なることを報告した.しかしながら,これまで分析したトップアスリートの競技レベルは競技団体推薦から日本代表までさまざまだったことから,競技レベルによる視力や視力矯正の状況についてはわからなかった.今回筆者らはロンドンオリンピックに推薦された選手を対象とし〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,EdagawaEyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPANて,実際にオリンピックに出場した代表選手群(代表群と略)と推薦はされたが出場できなかった候補選手群(候補群と略)に分類して,比較検討した.I対象および方法対象はロンドンオリンピック31競技種目の代表選手294人と候補選手876人の合計1,170人で,男性は644人で女性は526人,平均年齢は25.0歳だった.代表選手はロンドンオリンピック出場者で競技能力が非常に高い選手たちで,競技成績もわが国ではトップクラスである.候補選手はロンドンオリンピックのために選抜されたがオリンピックに出場ができなかった者で競技能力も代表選手ほどは高くなく,競技成績も代表選手のレベルよりも劣る選手たちである.31競技種目を競技の特性から6競技群に分類した.標的群はライフル射撃など標的を見る競技で4種目94人,代表選手は13人で候補選手は81人だった.格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する競技で5種目112人,代表選手は43人で候補選手69人だった.球技群は野球などボールを扱う競技で8種目220人,代表選手は85人で候補選手135人だった.体操群は体操など回転競技が含まれる競技で5種目64人,代表選手は29人で候補選手は35人だった.スピード群は自転車など競技者自身が高速で動く競技で2種目62人,代表選手は17人で候補選手は45人だった.その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えない競技で7種目618人,代表選手は107人で候補選手は511人だった(表1).調査項目は,視力(単眼視力・両眼視力)と競技中の矯正方法だった.視力測定は競技時に裸眼の者は裸眼で,矯正者は競技時の矯正状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.競技時の視力矯正方法は聞き取り調査で行った.視力の分析は1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.3,0.3未満の4段階とした.視力の検定は競技群間ではKruskal-Wallistest,代表群と候補群間はMann-Whitney’sUtest,視力矯正方法はc2検定で行って,5%の有意水準設定で検討した.II結果1.視力の状況視力は左右差を認めなかった.単眼視力2,340眼では1.0以上が79.7%(1,864眼),0.9.0.7は11.2%(262眼),0.6.0.3は6.8%(160眼),0.3未満は2.3%(54眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者は代表群が84.7%(498/588眼)で候補群が78.0%(1,366/1,752眼)と,代表群に視力の良い者が多かった(図1).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の87.0%(383/440眼)で,少ないのは格闘技群の73.7%(165/224眼)だった(表2).両眼視力1,170人では1.0以上が90.7%(1,061人)で,0.9.0.7は5.1%(60人),0.6.0.3は4.1%(48人),0.3未満は0.1%(1人)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者は代表群が94.2%(277/294人)で候補群が89.5%(784/876人)と,代表群に視力の良い者が多かった(図2).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の97.7%(215/220人)で,少ないのはスピード群の80.6%(50/62人)だった(表3).2.視力非矯正眼の状況非矯正眼は全体の65.3%(1,528/2,340眼)だった.代表群と候補群の比較では代表群は69.4%(408/508眼)だったが,候補群は63.9%(1,120/1,752眼)と,非矯正眼は代表群に多かった.非矯正眼の視力は1,528眼のなかで1.0以上が77.9%(1,191眼),0.9.0.7は10.3%(157眼),0.6.0.3は8.6%(131眼),0.3未満は3.2%(49眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の視力の良い者は代表群81.4%(332/408眼)で候補群76.7%(859/1,120眼)と,代表群に視力の良い者が多かった(図表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目4種目(94名)代表13名・候補81名アーチェリー・ライフル射撃・クレー射撃・近代五種2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目5種目(112名)代表43名・候補69名柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目8種目(220名)代表85名・候補135名サッカー・水球・卓球・テニス・バドミントン・バレーボール・ホッケー・ビーチバレー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目5種目(64名)代表29名・候補35名新体操・体操・トランポリン・飛び込み・シンクロナイズドスイミング5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目2種目(62名)代表17名・候補45名自転車・カヌー6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目7種目(618名)代表107名・候補511名競泳・ウエイトリフティング・セーリング・トライアスロン・ボート・陸上競技・馬術図1代表群と候補群の単眼視力分布■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満図2代表群と候補群の両眼視力分布■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満図3代表群と候補群の非矯正視力分布3).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは標的群の89.2%(107/120眼)で,少ないのは格闘技群(113/154眼)とその他群(549/748眼)の73.4%だった(表4).3.視力矯正眼と矯正方法の状況視力矯正眼は全体の34.7%(812/2,340眼)だった.代表群と候補群の比較では代表群は30.6%(180/588眼)だったが候補群は36.1%(632/1,756眼)と,矯正眼は候補群に多かった.矯正眼の視力は812眼のなかで1.0以上が83.4%(677眼),0.9.0.7は13.2%(107眼),0.6.0.3は3.0%(24眼),0.3未満は0.5%(4眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の視力の良い者は代表群93.9%(169/180眼)で候補群80.4%(508/632眼)表2競技群別の単眼視力分布n=2,340眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,864n=262n=160n=54標的群15420122n=188(81.9%)(10.6%)(6.4%)(1.1%)格闘技群16536203n=224(73.7%)(16.0%)(8.9%)(1.4%)球技群38343140n=440(87.0%)(9.8%)(3.2%)体操群1051841n=128(82.0%)(14.1%)(3.1%)(0.8%)スピード群9210814n=124(74.2%)(8.1%)(6.4%)(11.3%)その他群96513510234n=1,236(78.1%)(10.9%)(8.3%)(2.7%)表3競技群別の両眼視力分布n=1,170人1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,061n=60n=48n=1標的群85630n=94(90.4%)(6.4%)(3.2%)格闘技群100930n=112(89.3%)(8.0%)(2.7%)球技群215320n=220(97.7%)(1.4%)(0.9%)体操群61300n=64(95.3%)(4.7%)スピード群501110n=62(80.6%)(1.7%)(17.7%)その他群55038291n=618(89.0%)(6.1%)(4.7%)(0.2%)表4競技群別の非矯正視力分布n=1,528眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,191n=157n=131n=49標的群1071021n=120(89.2%)(8.3%)(1.7%)(0.8%)格闘技群11321173n=154(73.4%)(13.6%)(11.0%)(2.0%)球技群27930130n=322(86.7%)(9.3%)(4.0%)体操群711241n=88(80.7%)(13.6%)(4.5%)(1.2%)スピード群727413n=96(75.0%)(7.3%)(4.2%)(13.5%)その他群549779131n=748(73.4%)(10.3%)(12.2%)(4.1%)■1.0以上■0.9~0.7■0.6~0.3■0.3未満全体4n=812眼代表群1n=180眼候補群4n=632眼図4代表群と候補群の矯正視力分布■CL■眼鏡■LASIK■Ortho-K全体728148383610166580282010n=812眼代表群n=180眼候補群4n=632眼0%20%40%60%80%100%図5代表群と候補群の視力矯正方法CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileu-sis,Ortho-K:orthokeratologyと,代表群に視力の良い者が多かった(図4).球技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,1.0以上の者が多かったのは球技群の89.8%(106/118眼)で,少ないのは格闘技群(50/70眼)とその他群(416/488眼)の71.4%だった(表5).矯正方法は全体ではCLが89.7%(728眼)でもっとも多く,眼鏡が4.7%(38眼),LASIKは4.4%(36眼),Ortho-Kは1.2%(10眼)だった.代表群と候補群の比較では有意差(p<0.05)があって,CLを選択していた者は候補群に多かったが,眼鏡・LASIK・Ortho-Kを選択していた者は代表群に多かった(図5).競技群間の比較では有意差(p<0.05)があって,すべての群でCLが多かった.眼鏡とLASIKは標的群やスピード群に多く,Ortho-Kは格闘技群で多かった(表6).III考察以前筆者らは,わが国のトップアスリートの視力は良好だったと報告2,3)したが,今回の視力の結果は前回の報告よりも1.0以上の割合は少なく,0.7未満の割合が多かった.このような結果になったのは,今回の対象者のほうが1.0以上が多い球技群の割合が低かったことと,0.7未満が多いその他群の割合が高かったためである.これは調査対象が前回は夏と冬のオリンピックやアジア大会などの65種目だったの表5競技群別の矯正視力分布n=812眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=677n=107n=24n=4標的群511250n=68(75.0%)(17.6%)(7.4%)格闘技群501640n=70(71.4%)(22.9%)(5.7%)球技群1061110n=118(89.8%)(9.3%)(0.9%)体操群34600n=40(85.0%)(15.0%)スピード群20341n=28(71.4%)(10.7%)(14.3%)(3.6%)その他群41659103n=488(85.2%)(12.1%)(2.0%)(0.7%)表6競技群別の矯正方法n=812眼CL眼鏡LASIKOrtho-Kn=728n=38n=36n=10標的群362480n=68(52.9%)(35.3%)(11.8%)格闘技群64006n=70(91.4%)(8.6%)球技群110062n=118(93.2%)(5.1%)(1.7%)体操群n=4040(100.0%)000スピード群n=2824(85.6%)2(7.2%)2(7.2%)0その他群45412202n=488(93.0%)(2.5%)(4.1%)(0.4%)CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileusis,Ortho-K:orthokeratologyに対して,今回はロンドンオリンピックでわが国が出場権を獲得した31種目だったことが影響している.今回視力1.0以上の割合は,単眼視力が79.7%で両眼視力は90.7%と,選手の多くは視力が良好だった.しかし,視力0.7以上の割合でみると単眼視力が90.9%で両眼視力は95.8%と,ほとんどの選手は視力0.7以上でプレイしていた.このことから,選手の多くは0.7以上の視力があればプレイに支障はなく,視力をさらに良くする必要性を感じる者が少なかったと考えられる.しかし,現在のところ選手がプレイに支障のない視力で競技能力が十分に発揮できているかについては不明である.過去の実験では競技種目によっては視力0.7未満になると選手の競技能力に低下がみられた4)ことから,視力を1.0以上に向上させると選手の競技能力がさらに発揮できると考えられる.したがって,選手の競技能力を向上させるには,視力を1.0以上に矯正することを勧めたほうが良いであろう.競技群別の視力では,以前報告した結果と同様に標的群・球技群・体操群では1.0以上の選手の割合が多く,格闘技群・スピード群・その他群では0.7未満の選手が多かった(表2).米国のオリンピック選手の調査でも標的種目や球技種目の選手の視力は良く,格闘技や陸上競技などの選手の視力は悪いといった競技特性による違いがあったと,今回とほぼ同じ結果を報告している5).標的群の選手は標的を見る必要があること,球技群の選手は不規則に動くボールや対象物に臨機応変に対応する必要があることなどから,視力の良い者が多かったと考えられる.しかし,格闘技群の選手は相手が近距離にいて遠方を見る必要がないこと,スピード群の選手はボールのような不規則に動く目標を見ることがないこと,その他群の選手は視力で試合が左右されることが少ないことから,良い視力は必要がないと思っている可能性がある.代表群と候補群の視力を比較すると,1.0以上の選手は代表群に多く,0.7未満の選手は候補群に多かった(図1).非矯正視力も1.0以上の選手の割合は代表群に多かったが,0.7未満の選手では候補群のほうが多かった(図3).非矯正眼でプレイをしている選手は,矯正をしなくても視力が良いか,視力が悪いにもかかわらず矯正をしていなかった者である.0.7未満の選手が候補群で多かったことは,代表群では視力の悪い選手は積極的に視力矯正をしていたけれども,候補群では視力の悪い選手は視力矯正をすることに消極的だったのであろう.矯正視力は矯正が適切であれば1.0以上の視力が期待される.そのため,矯正視力1.0以上が多かった代表群では選手の視力矯正はほぼ適切だったとみなせるが,矯正視力1.0以上が少なかった候補群では矯正が不適切だった選手だけでなく,あえて1.0以上の矯正を希望していなかった選手もいたと思われる(図4).また,代表群に視力の良い者が多かった別の理由として,スポーツ環境の違いがあげられる.日本オリンピック協会(JOC)のアスリートプログラムではオリンピック強化指定選手の日常の健康と体力を管理するため,定期的に健康診断・体力測定などを実施することと,強化指定選手の強化活動に必要な助言,指導を与えるためのさまざまなスタッフを配置すると決められている.代表群の選手は全員が強化指定されているので,アスリートプログラムによって身体が常に良い状態を保つようにメディカチェックやさまざまなサポートを継続して受けている.そのため視力をチェックする機会も多く,選手自身も視力を良い状態に保つように注意していたと考えられる.しかし,候補群の選手は強化指定選手に指定されない限り,代表選手よりメディカルチェックを受ける頻度は少ない.そのため視力をチェックする機会も自ずと少なく,視力を良い状態に保つ重要性に気づいていなかったことがありうる.競技群別の矯正方法の特徴的な点としては,すべての競技群でCLの使用がもっとも多かったこと,標的群・スピード群・その他群では眼鏡やLASIKの使用が多かったこと,格闘技群ではLASIKはいなかったがOrtho-Kを選択している選手が多かったことがあげられる(表6).CLの使用が多かったのは,視野を妨げることなく自然に見えることから,多くの競技種目で使いやすいからであろう.標的群・スピード群・その他群で眼鏡やLASIKの使用が多かったのは,標的群の選手にとっては標的を注視する際に瞬きが減少してCLが使いにくいことや,標的を狙う眼に視力矯正用のレンズを使用するからであろう.スピード群の選手にとってはプレイ中に風が眼に当たってCLが乾燥して見づらいためと推測できる.格闘技群でLASIKがいなかったのは接触時に角膜が損傷しやすいことや,相手が近距離にいることから良い視力を求める選手が少なかったからであろう.また,Ortho-Kが多かったのは眼球強度に影響がなく,競技のときに視力矯正用具を使用しなくてよいからであろう.代表群と候補群の視力矯正方法の特徴としては,代表群では競技特性に合わせた矯正方法を選択していた選手が多かったが,一部に競技特性に適した選択をしていなかった選手もいた.また,候補群では多くの選手がCLを使用していたことから,競技特性に合った方法を考慮していた者が少なかったようである(図5).このように代表群と候補群ともに選手のなかには視力矯正方法について十分に理解していない者がいたようである.選手はそれぞれの矯正方法の利点や欠点を理解して,競技特性に適したより良い矯正方法を選択することが必要である.たとえば,Ortho-Kは矯正効果に個人差があること,視力がやや不安定なところがあること,効果が出るまでに時間を要することなどに注意しなければならないが,競技中に眼鏡やCLを使用しなくてすむだけでなく,角膜強度が低下しないことから水中で行う水球や飛び込みなどの種目や格闘技種目などでも使用が勧められる.LASIKは視力の矯正効果はあるが術後に近視の戻り・不正乱視・まぶしさの増加などが起こる可能性があることや,角膜が薄くなることから眼を直接打撲する可能性のある競技には不向きである.眼鏡は視野が狭く感じる,レンズが曇るなどの欠点はあるが,ボールによる眼外傷が多い球技種目では眼を守るために防護効果のあるスポーツ眼鏡を用いることも良いであろう.今回の結果から,選手の競技力のいっそうの向上を図るには,選手に視力矯正の重要性と競技種目に適した矯正方法をアドバイスすることが必要である.視力(II).あたらしい眼科32(9):1363-1367,2015文献4)枝川宏,石垣尚男,真下一策ほか:スポーツ選手におけ1)枝川宏,原直人,川原貴ほか:スポーツ選手の眼にる視力と競技能力.日コレ誌37:34-37,1955関する意識と視機能.臨眼60:1490-1412,20065)LadyDM,KirschenDG,PantallP:Thevisualfunctionof2)枝川宏,川原貴,小松裕ほか:トップアスリートのOlympiclevelathletes-Aninitialreport.EyeContactLens視力.あたらしい眼科29:1168-1171,201237:116-122,20113)枝川宏,川原貴,小松裕ほか:トップアスリートの***

バルベルト緑内障インプラントにおけるチューブのよじれを整復した1例

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):899.902,2017cバルベルト緑内障インプラントにおけるチューブのよじれを整復した1例朝岡聖子本田理峰山口昌大舟木俊成村上晶松田彰順天堂大学医学部眼科学教室ACaseofBearveldtImplantTubeObstructionDuetoKinkingSatokoAsaoka,RioHonda,MasahiroYamaguchi,ToshinariFunaki,AkiraMurakamiandAkiraMatsudaDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicineバルベルト緑内障インプラント挿入術後合併症にはチューブ閉塞や露出などチューブに関連した合併症がある.今回,チューブのよじれ(kinking)を生じた1例を経験した.血管新生緑内障に対して緑内障インプラント手術を施行後,持続する術後高眼圧の原因検索のため,anteriorsegment-opticalcoherencetomography(AS-OCT)を用いて検査した結果,チューブのよじれによるものと診断した.チューブのよじれに対して観血的整復術を施行し,その後眼圧下降効果を得ることができた.Obstructionsandexposureshavebeenreportedastube-relatedcomplicationsofBearveldtglaucomaimplantsurgeryprocedures.HerewereportacaseofBearveldtimplanttubeobstructionduetokinking.Bearveldtimplantsurgeryhadbeencarriedoutona52-year-oldmaleduetoneovascularglaucoma.Toexaminethecauseofapro-longedpost-surgicalhypertensivephase,weperformedanteriorsegmentOCTandfoundtubekinking.Aftersur-gicalrepositioningofthetube,intraocularpressureiswellcontrolled.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):899.902,2017〕Keywords:バルベルト緑内障インプラント,チューブのよじれ,前眼部OCT.Bearveldtglaucomaimplant,kinking,AS-OCT.はじめにバルベルト緑内障インプラント(BearveldtGlaucomaImplant:BGI)は眼外への房水流出を増加させる目的で眼内に挿入する緑内障インプラントの一つである.緑内障インプラントは1969年にMoltenoによって臨床応用が開始され1),2012年に発表された緑内障インプラント手術とマイトマイシンC併用線維柱帯切除術との前向き比較試験(TVT試験)では,両者において同程度の眼圧下降効果が得られこと,また術後5年の手術成功率はインプラント手術のほうが有意に高いことが報告され2),同年より日本においても緑内障インプラントが保険診療で使用できるようになった3,4).BGI手術の合併症として過剰濾過による低眼圧,チューブ閉塞やプレート周囲の瘢痕形成による眼圧上昇,チューブやプレートの露出,チューブの偏位,角膜内皮障害,複視などが起こることが報告されている5).今回,BGI挿入後のチューブのよじれ(kinking)による術後高眼圧に対して観血的に整復し,眼圧が改善した1例を経験したので報告する.I症例患者:52歳,男性.主訴:高眼圧.既往歴:2002年から糖尿病.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2012年4月両眼増殖糖尿病網膜症,右眼網膜前出血のため当院紹介受診し,2013年7月両眼硝子体手術が施行された.2014年3月(硝子体術後8カ月)より左眼眼圧が20mmHg以上となり,血管新生緑内障と診断した.硝子体術後10カ月の時点で眼圧降下薬点眼が開始された.2014〔別刷請求先〕朝岡聖子:〒113-8431東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室Reprintrequests:SatokoAsaoka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine,3-1-3Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8431,JAPAN年6月(術後11カ月)に眼圧54mmHgまで上昇を認めたため,左眼BGI挿入術(毛様体扁平部挿入術)を施行した.BGI術前所見:矯正視力VD=(0.7p×sph+0.75D(cyl.1.75DAx100°)VS=(0.6×sph+0.25D(cyl.1.75DAx80°)眼圧Tod=15mmHgTos=54mmHg前眼部右眼特記すべき所見なし.左眼虹彩前面・隅角全周に新生血管の出現,広汎なPASの形成を認めた.視野右眼湖崎分類IIIb左眼湖崎分類IIIbBGI手術所見:チューブは8-0バイクリル糸で2カ所結紮し,シャーウッドスリットを近位側に2カ所作製した.角膜輪部より8mmの2時の方向にプレートを置き,8-0ナイロン糸で固定した.ホフマンエルボーは角膜輪部より3.5mmの位置に8-0ナイロン糸で固定した.チューブは強膜上には直接固定せず,ホフマンエルボーとともに保存強角膜片で被覆し,強角膜片は10-0ナイロン糸で固定した.図1前眼部OCTよじれ(kinking)を認めた.臨床経過:BGI挿入術翌日は眼圧20mmHgであったが,8日目に35mmHgまで上昇し,アセタゾラミド内服を開始するも眼圧の改善を認めず,9日目に前房穿刺を施行した.その後眼圧9mmHgまで低下したため11日目に退院した.しかし外来経過観察時には30mmHgまで再上昇を認め,BGI挿入術後2カ月経過しても眼圧30mmHgと高値が継続したため,AS-OCTでチューブの走行部位を精査したところ,チューブが鋭角に屈曲しよじれのために内腔が閉塞している可能性が疑われた(図1).細隙灯顕微鏡下でブルメンタールレンズを用いてチューブ位置の確認を試みた際にチューブの位置を修正し,一時的な低下を得たが,平成26年11月(BGI術後5カ月)に67mmHgとさらなる眼圧上昇を認めたため,観血的チューブ整復術を施行した(図2).II手.術.方.法手術は,フルオレセインを用いてBGIチューブの閉塞部位の確認をしながら屈曲部位のブ整復を行った.①AS-OCTにてよじれが予想された部位の結膜を切開し,チューブを露出させた.②屈曲部位より遠位側でチューブに30G針で穿刺し,フルオレセインを眼内に向かって注入し(図3a),前房内にフルオレセインが広がらないことを確認した(図3b).続いて屈曲部位より近位側で眼内に向かってフルオレセインを注入した(図3c)ところ前房内にフルオレセイン流入が確認され(図3d),鋭角なチューブ屈曲部位でチューブが閉塞していることを確認した.③結膜切開をプレート近くまで広げ,チューブの屈曲が鈍角になるようにチューブを動かし,10-0ナイロン糸で強膜上に固定した.④結膜縫合し,チューブ整復術を終了した.左眼眼圧(mmHg)80706050403020100POD1POD2POD3POD4POD5POD6POD7POD8POD9POD10POD111M2M3M4M5M図2術後眼圧図3閉塞部位の術中確認III結果再手術後の経過であるが,術後3週目の矯正視力はVD=(0.8p×sph+1.5D(cyl.2.25DAx95°),VS=手動弁で,眼圧は右眼20mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部には左眼耳側上方結膜下にホフマンエルボーを認め,前眼部OCTで確認したところチューブのよじれは解消した(図4).術後1年以上が経過した2016年現在まで,眼圧は再上昇することなく10mmHg台を推移しており,左眼視野は湖崎分類Vbである.IV考按緑内障インプラント手術におけるチューブのよじれについては,これまでに2報の報告がある.Rothmanらはultra-soundbiomicroscopy(UBM)を用いて3例のチューブ閉塞を診断し,1例はチューブの走行を整復することで,2例はチューブを新しい位置に再挿入することで,眼圧下降効果を得たとしている6).Netlandらはチューブインプラント挿入後の高眼圧に対する再手術中にチューブのよじれを認め,チューブ抜去および再挿入によって眼圧下降効果を得られたと報告している7).BGI手術ではチューブを結紮するために,術後早期には眼圧の下降が得られにくい.本症例のように8.0バイクリル糸で2カ所チューブ結紮した場合には,通常1本で結紮した場合の術後4週ごろ8)と比較し,やや遅れてチューブが開放すると考えられる.本症例では術後8週を過ぎてもチューブ開放に伴う眼圧の下降が観察されなかったため,チューブ先端への硝子体の嵌頓とチューブのよじれの可能性を考え,最初に非観血的に前眼部OCTを用いてチューブのよじれを診断した.術後高眼圧の原因として,チューブ開放後のプレート周囲の線維化による高眼圧期も報告されているが,その場左前眼部OCTのシェーマ図4整復後の前眼部OCT矢印部分が鈍角になっている.合にはチューブ開放後の眼圧の低下が確認できることが多いはずであり,本症例のように通常のチューブ開放時期を過ぎての高眼圧持続例では,まずはチューブ閉塞・よじれの可能性を考えるべきである.一方,よじれの診断から観血的な整復までに約2カ月が経過しており,その間に視機能が低下してしまったことが反省点である.ブルメンタールレンズを用いた用手的なチューブ位置の整復は簡便であるが,その効果は一時的なものであり,よじれの診断後速やかに観血的な整復を施行すべきであったと考えられた.また,今回,よじれを生じた要因として,チューブの長さがプレートとホフマンエルボーの距離に比べて長く,チューブ屈曲の一因となったと推測された.プレート固定の適正な位置は角膜輪部から8.10mmとされており9),本症例では輪部から8mmの位置にプレートを固定した.プレートとチューブの接合部からホフマンエルボー先端部までは10mmの長さがあるため,角膜輪部8mmの部位にプレートを固定した場合にはチューブの長さに余剰が出ることから,本症例ではより後方(10mm程度)にプレートを設置するか,適切なカーブをするためにチューブを強膜上に複数箇所固定すべきであったと考えられる.文献1)MoltenoAC:Newimplantforgraucoma.Clinicaltrial.BrJOphthalmol53:606-615,19692)GeddeSJ,Schi.manJC,FeuerWJ:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789-803,20123)緑内障診療ガイドライン(第3版)補遺緑内障チューブシャント手術に関するガイドライン.日眼会誌116:388-393,20124)杉本洋輔,木内義明:バルベルトR緑内障インプラント手術.臨眼68:1692-1699,20145)千原悦夫:緑内障チューブシャント手術のすべて.メジカルビュー社,p54-61,20136)RothmanRF,SidotiPA,GentileRCetal:Glaucomadrainagetubekinkafterparsplanainsertion.AmJOph-thalmol132:413-414,20017)NetlandPA,SchumanS:Managementofglaucomadrain-ageimplanttubekinkandobstructionwithparsplanaclip.OphthalmicSurg36:167-168,20058)HongCH,ArosemenaA,ZurakowskiDetal:Glaucomadrainagedevices.SurvOphthalmol50:48-60,20059)MincklerD:Operativetechniquesandpotentialmodi.ca-tions.Glaucoma2ndedition(editedbyShaarawyTM,SherwoodMB,HitchingsRA,CrowstonJG),Vol2,p1069,Saunders,London,2015***

多焦点眼内レンズ挿入眼に対するLASIKによるtouch upの検討

2017年6月30日 金曜日

多焦点眼内レンズ挿入眼に対するLASIKによるtouchupの検討荒井宏幸坂谷慶子酒井誓子みなとみらいアイクリニックOutcomesofLASIKfollowingMultifocalIntraocularLensImplantationHiroyukiArai,KeikoSakataniandChikakoSakaiMinatomiraiEyeClinic目的:多焦点眼内レンズを用いた白内障手術後の屈折誤差に対して,LASIK(laserinsitukeratomileusis)による術後屈折誤差矯正手術(touchup)の有効性を検討する.対象および方法:2008年4月10日.2016年5月7日に白内障手術後の屈折誤差矯正のためにみなとみらいアイクリニックにてLASIKを行った139眼を対象とした.多焦点眼内レンズ挿入眼群をA群,単焦点眼内レンズ挿入眼群をB群とし,さらにA群をwavefront-guidedLASIKを行ったA-1群とconventionalLASIKを行ったA-2群に分類し,LASIK前後の裸眼視力,矯正視力,自覚屈折度数と,高次収差およびコントラスト感度の比較を行った.結果:術後裸眼視力はすべての群で改善し,術後6カ月において各群に有意差を認めなかった.矯正視力は変化なしが52.9%でもっとも多く,2段階低下を示したのは1%であった.平均の矯正視力は術前および術後で有意差を認めなかった.自覚屈折度数は各群とも術後全経過を通じて正視付近にて安定しており,全症例の術後6カ月における自覚屈折度数は±0.5D以内に78.5%,±1.0D以内に94.8%を示した.コントラスト感度は,グレア負荷の有無にかかわらず術後の有意な低下を認めなかった.高次収差は各群とも術前後において有意な増加を認めなかった.結論:LASIKによるtouchupは多焦点眼内レンズ挿入眼における屈折誤差を矯正する方法として有効である.Purpose:ToevaluatethevisualandrefractiveoutcomesofLASIKforresidualrefractiveerrorsaftermultifo-calintraocularlensimplantation.Subjects&Method:Inthisretrospectivestudy,139eyeswereenrolledthathadundergoneLASIKtocorrectresidualrefractiveerroraftercataractsurgery.LASIKwasperformedusingiFSfem-tosecondlaserandSTARS4excimerlaserbetweenApril10,2008andMay7,2016atMinatomiraiEyeClinic.Theeyesthathadreceivedwavefront-guidedLASIKaftermultifocalIOLimplantationwereclassi.edasgroupA-1,eyesthathadconventionalLASIKaftermultifocalIOLimplantationwereclassi.edasgroupA-2andeyesthathadconventionalLASIKaftermonofocalIOLimplantationwereclassi.edasgroupB.UDVA,CDVAandmanifestrefractionwereexaminedpreoperativelyandpostoperativelyat1week,1month,3monthsand6months.Contrastsensitivitytestandhigherorderaberrations(HOAs)wereexaminedpreoperativelyandat3monthsafterLASIK.Result:UDVAimprovedinallgroups,withnostatisticallysigni.cantdi.erenceinUDVAat6monthsafterLASIKinallgroups.MeanCDVAremainedatthesameline;oneeye(1.0%)hadlosttwolinesafterLASIK.ManifestrefractionwasstablearoundemmetropiaafterLASIKinallgroups.Theaveragemanifestrefractionofallcaseswerearchivedat78.5%within±0.5Dand94.8%within±1.0Dat6months.Therewasnostatisticallysigni.cantdi.erenceinHOAsorcontrastsensitivitybetweenbeforeandafterLASIK.Conclusion:LASIKissafeande.ectiveinpatientswhohaveresidualrefractiveerroraftercataractsurgerywithmultifocalIOLimplantation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):893.898,2017〕Keywords:多焦点眼内レンズ,LASIK,touchup,コントラスト感度,高次収差.multifocalIOL,LASIK,touchup,contrastsensitivity,higherorderaberration.〔別刷請求先〕荒井宏幸:〒220-6208横浜市西区みなとみらい2-3-5クイーンズタワーC8FみなとみらいアイクリニックReprintrequests:HiroyukiArai,M.D.,MinatomiraiEyeClinic,Queen’sTowerC8F,2-3-5Minatomirai,Nishi-ku,Yokohama,Kanagawa220-6208,JAPAN2007年に多焦点眼内レンズが厚生労働省の認可を受け,翌年2008年に先進医療として認められて以来,国内における多焦点眼内レンズを用いた白内障手術は多くの施設で行われるようになり,手術件数も増加している.本来,多焦点眼内レンズを希望する患者は良好な裸眼視力を求めており,術後の屈折誤差は手術の満足度を大きく左右する要素の一つとなっている.近年,眼内レンズ度数計算の精度は光学式生体測定装置などの発達により飛躍的に向上しているが,術後の屈折誤差をゼロにすることは現実的に困難である.にもかかわらず,手術後の屈折誤差や残余乱視に関する対処法については多くの議論がなされているとはいえない.屈折矯正手術の普及が遅れている国内では,laserinsitukeratomileusis(LASIK)の適応や手術精度に関しての認知が浸透しておらず,白内障手術後の屈折誤差をLASIKにて矯正するという方法自体の認識が少ないと考えられる.海外においてはLASIKによる白内障術後屈折矯正手術(以下,LASIKtouchup)によって,多焦点眼内レンズ挿入眼の術後屈折誤差を矯正する方法は一般的である1.3).わが国においてはLASIKを施行する施設が少ないこともあり,多焦点眼内レンズ手術後のtouchupに関する報告はわずかである.今回,多焦点眼内レンズ挿入眼の屈折誤差に対するLASIKtouchupの有効性について検討した.I対象および方法本研究は南青山アイクリニック倫理委員会にて承認を受け,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則および「臨床研究に関する倫理統計(平成20年7月改正,厚生労働省告示)」を遵守して行われた.対象は,2008年4月10日.2016年5月7日に,白内障手術後の屈折誤差に対してみなとみらいアイクリニックにてLASIKtouchupを施行した110例139眼である.多焦点眼内レンズ挿入眼にLASIKtouchupを施行した93眼をA群とし,単焦点眼内レンズ挿入眼にLASIKtouchupを施行した46眼をB群(コントロール群)とした.さらにA群は,エキシマレーザーの照射方式により,wavefront-guidedLASIKを施行した群(A-1群)とconventionalLASIKを施表1各群および全体のn数・男女比・年齢の内訳n男性女性年齢年齢のp値A-1群63154861.6±10.00.065A-2群30131761.2±8.7B群46252165.7±10.7合計139538662.8±10.1各群の平均年齢には有意差は認めなかった(p>0.05分散分析).行した群(A-2群)に分類した.B群にはwavefront-guideLASIK(36例)とconventionalLASIK(10例)が混在しているが,今回の研究目的は照射方式の違いによるLASIKtouchupの効果を判定するものではないため,1群として解析した.各群とも抽出条件は,touchup前の矯正視力が1.0以上,touchupによる目標屈折度数が正視であるものとした.LENTISMplusは分節状の構造をしており,wavefrontanalyzerによる波面収差測定をもとにwavefront-guidedLASIKを行うと,分節状に分布した度数差を角膜上でキャンセルしてしまい,多焦点性が損なわれる可能性があるため,1例2眼を除きconventionalLASIKを選択した.また,回折型の多焦点眼内レンズが挿入されている場合でも,瞳孔径が小さいなどの理由で正確な収差測定ができない場合にはconventionalLASIKを選択した.各群の年齢は,A-1群が61.6±10.0歳,A-2群は61.2±8.7歳,B群は65.7±10.7歳で各群間に有意差は認められなかった.男女構成比は,男性数:女性数としてA-1群は15:48,A-2は13:17,B群は25:21であった(表1).各群における使用レンズの内訳を表2に示す.ATLISA809M,ATLISAtoric909M(CarlZeissMeditecAG,Jena,Germany)においては,近方加入度数は+3.75Dである.ATLISAtri839MP(CarlZeissMeditecAG)においては,近方加入度数+3.33D,中間加入度数+1.66Dである.LENTISMplus,LENTISMplustoric,LENTISMplusXtoric(OculentisGmbH,Berlin,Germany)およびReSTOR(AlconLab,FortWorth,U.S.A)は近方加入度数+3.0Dである.TecnisMultifocal(AMOInc.,SantaAna,U.S.A)では近方加入度数は+4.0Dである.術前における屈折度数は,球面度数はA-1群が0.698±表2A.1およびA.2群における多焦点眼内レンズの種類IOLの内容A-1群A-2群B群ATLISA809M429ATLISAtoric909M3ATLISAtri839MP2LENTISMplus29LENTISMplustoric9LENTISMplusXtoric1ReSTOR51TecnisMultifocal81不明(多焦点)1単焦点46合計633046不明レンズは海外での手術例で,回折構造を認めるもののレンズ種類を特定できなかったもの.0.802D,A-2群が0.642±0.988D,B群が.0.027±1.520Dであった.円柱度数はA-1群が.1.016±0.601D,A-2群が.1.133±0.568D,B群が.1.788±1.045Dであった.等価球面度数はA-1群が0.190±0.785D,A-2群が0.075±1.023D,B群が.0.921±1.431Dであった(表3).LASIK手術は,角膜フラップ作製において全例でフェムトセカンドレーザーであるiFS(AMOInc.)を使用した.角膜フラップの設定は,厚さ110μm,直径8.8.9.0mmとした.Wavefront-guidedLASIKにおける波面収差測定には66眼にWaveScanWaveFrontSystem(AMOInc.)を使用し,33眼にはiDesignAdvancedWaveScan(AMOInc.)を使用した.エキシマレーザーはSTARS4IR(AMOInc.)を使用し,照射径はconventionalLASIKでは有効光学径を6mmとし,wavefront-guidedLASIKでは,近視矯正は有効光学径が6mm+移行帯8mm,遠視矯正では6mm+9mmとした.全例において,エキシマレーザー照射プログラムは自覚屈折度数と波面収差測定値をもとに術者が決定し,必要例には照射量の微調整を行った.LASIK術後点眼薬は,術後1週間はベタメタゾンリン酸エステルナトリウム0.1%,モキシフロキサシン0.5%,ヒアルロン酸ナトリウム0.3%を1日5回投与した.術後1週以降は,ヒアルロン酸ナトリウム0.3%を1日4.5回にて術後3カ月まで投与した.各群において,術前,術後1週,1カ月,3カ月,6カ月における裸眼視力,矯正視力,自覚屈折度数の結果を検討した.また,各群における術前および術後3カ月における,コントラスト感度および高次収差を比較検討した.視力検査にはSC-1600(NIDEK社)を使用した.コントラスト感度検査にはCSV-1000(VectorVision,Greenville,U.S.A)を使用した.高次収差解析にはOPD-ScanまたはOPD-ScanIII(ともにNIDEK社)を使用し,瞳孔径4mmにて解析した.統計解析は,群間比較として分数分析,多重比較,Kruskal-Wallis検定,群内比較はWilcoxon検定を用いて有意水準p<0.05で検定した.II結果各群とも経過を通じて裸眼視力の改善が認められた.裸眼視力の経過においては,術後1日以降A-1群がおおむね良好な結果であったが,術後6カ月の時点では各群ともに有意差を認めなかった(図1).矯正視力は,術後1週と3カ月においてA-1群とB群の間に有意差を認めたが,術後6カ月の時点では各群に有意差を認めなかった(図2).術前および術後の平均矯正視力は.0.11,.0.09(logMAR)であり有意差を認めなかった.全症例における矯正視力は変化なしが52.9%,1段階の改善および低下がそれぞれ22.5%,2段階の改善および低下がそれぞれ1.0%であった(図3).各群における術後6カ月の屈折度数は有意差を認めなかった(表4).自覚屈折度数(等価球面度数)の経過では,術前は各群間に有意差を認めていたものの,術後1週以降は各群とも正視付近で安定しており,各観察時点で有意差を認めなかった表3各群における術前屈折度数A-1群A-2群B群p値球面度数(D)0.698±0.8020.642±0.988.0.027±1.5200.003円柱度数(D).1.016±0.601.1.133±0.568.1.788±1.0450.000003等価球面度数(D)0.190±0.7850.075±1.023.0.921±1.4310.000001球面度数,円柱度数ともにA-1群・A-2群とB群では有意差が認められた(分散分析).-0.2-0.3-0.1裸眼視力(logMAR)矯正視力(logMAR)-0.2-0.10.0A-1群A-2群B群0.10.2図1各群の裸眼視力の経過術前1週1カ月3カ月6カ月グラフは平均値±標準偏差を示す.*p<0.05,**p<0.01(多図2各群の矯正視力の経過重比較).グラフは平均値±標準偏差を示す.*p<0.01(多重比較).1.00.50.0B群自覚屈折度数(D)-0.5-1.0-1.5-2.0-2.52段階低下1段階低下変化なし1段階改善2段階改善-3.0術前1週1カ月3カ月6カ月図3術前および術後における矯正視力の変化図4各群における自覚屈折度数(等価球面度数)の経過グラフは平均値±標準偏差を示す.*p<0.01(多重比較).表4各群における術後6カ月の屈折度数A-1群A-2群B群p値球面度数(D)0.090±0.437.0.125±0.626.0.133±0.5780.111円柱度数(D).0.300±0.357.0.425±0.354.0.234±0.3420.169等価球面度数(D).0.060±0.463.0.338±0.678.0.250±0.6260.121球面度数,円柱度数,等価球面度数ともに有意差を認めなかった(分散分析).2.0A-1群グレアなしA-2群グレアなしB群グレアなし2.02.0*コントラスト感度(log)1.51.00.5コントラスト感度(log)コントラスト感度(log)1.51.01.51.00.50.5術前術後術前術後術前術後0.0361218361218361218cpd(cycleperdegree)cpd(cycleperdegree)cpd(cycleperdegree)0.00.0図5各群(A.1群,A.2群,B群)のグレアなしの条件下におけるコントラスト感度の変化グラフは平均値を示す.*p<0.05(Wilcoxon検定).(図4).自覚屈折度数の達成率は全症例の術後6カ月時点において±0.5D以内が78.5%,±1.00D以内では94.8%であった.コントラスト感度においては,グレアなしの条件下にてA-1群が6cpdにて術後に有意な上昇を認めたが,その他は各群とも術前と術後で有意差を認めず,また有意な低下を認めなかった(図5).グレアありの条件下では,すべての測定結果において有意差は認めなかったが,A-2群では術後コントラスト感度の若干の低下が認められた(図6).高次収差においては,全高次収差,コマ様収差,球面様収差のいずれも術前後において有意差を認めなかったが,全高次収差とコマ様収差は各群とも若干の低下が認められた(図7).III考察現在の白内障手術後の屈折誤差は,以前に比べると飛躍的に減少している.これは光学的眼軸長測定装置の発達と,度数計算式の改良によるところが大きい.しかし,それらの技術をもってしても,術後の屈折誤差を完全になくすことはできない4,5).Behndigらの報告6)によれば,正視を目標としコントラスト感度(log)1.51.00.50.0全高次収差コマ様収差球面様収差グラフは平均値を示す.て行われた17,000眼以上の白内障手術において,正視(±0.5D以内,円柱度数1.0D未満)を達成したのは55%であった.今回の研究において,LASIKtouchup後の屈折度数は各群とも術後1週以降から±0.5D以内に収束しており,術後6カ月まで安定した結果となった.多焦点眼内レンズ群(A-1,A-2群)は,術前の屈折誤差が等価球面上は小さいが,これは混合乱視を多く含んでいるためである.裸眼視力は全経過を通じてA-1群が良好であるが,wavefront-guid-edによる正確なプログラム照射が効果的であったと思われる.Wavefront-guidedによるレーザー照射には,虹彩紋理認識を用いた眼球回旋に対する対策がなされており,とくに乱視矯正において従来型の照射に比べて矯正精度が改善されている.A-1群に含まれたLENTISMplus1例2眼は,LENTISMplus挿入眼に対する初めてのLASIKtouchup症例である.この症例に対してwavefront-guidedLASIKを施行した結果,遠方視力の改善は得られたものの多焦点性の低下が認められたため,以後のLENTISMplus挿入眼に対するLASIKtouchupではconventionalLASIKを選択している.LASIKにおける視機能の低下は,中等度以上の近視などに対して角膜の切除量が大きくなった場合に起こりやすい合併症である7,8).本研究においての矯正量は等価球面度数で±1.0D以内であり,角膜切除量はきわめて少ない.すべての群で術後コントラスト感度の低下や高次収差の増加を認めなかったのは,角膜切除量が少なかったことに起因するものと思われた.これらの結果より,矯正量が比較的少ないLASIKtouchupにおいては,術後視機能の低下を招くことなく,屈折誤差の矯正が達成されるものと考える.LASIKにおける裸眼視力の回復は,本来は翌日ないしは術後1週間でほぼ目標値に達することが多いが9),本研究においては,術後1カ月ないしは3カ月程度の経過にて目標値に達していた.これは,対象年齢が通常のLASIKと比較して高いため,高次中枢における認識が安定するまでにある程度の時間が必要なのではないかと推察している.単焦点群と多焦点群ともに,この視力回復の遅延が認められたことから,眼内レンズの光学的特性によるものではないと考えられる.また,検眼鏡的には明らかな異常がなくても,角膜の浮腫や涙液の安定性などが術前の状態に戻るまでに相当の時間を要している可能性もある.いずれにせよ,LASIKは高齢者における屈折矯正手術としても有効であるが10),その視力回復の経過が若年者に比べ緩徐である可能性があることを念頭に置く必要があると思われた.IV結論本研究により,多焦点眼内レンズ挿入眼の屈折誤差に対してLASIKによるtouchupは有効な方法であることが示唆された.多焦点眼内レンズを選択するということには,すなわち良好な裸眼視力を獲得するという明確な目的がある.正視を達成できなかった場合の失望感は医療不信に.がる可能性もあり,術後の屈折誤差を無視することはできない.ある程度の屈折誤差が起こることを前提として,誤差が生じた場合の対策としてLASIKという手段が有効であることを,当初から説明しておくことも一つの方法であろう.文献1)PineroDP,AyalaEspinosaMJ,AlioJL:LASIKoutcomesfollowingmultifocalandmonofocalintraocularlensimplantation.JRefractSurg26:569-577,20102)MuftuogluO,PrasherP,ChuCetal:Laserinsituker-atomileusisforresidualrefractiveerrorsafterapodizeddi.ractivemultifocallensimplantation.JCataractRefractSurg35:1063-1071,20093)JendritzaBB,KnorzMC,MortonS:Wavefront-guidedexcimerlaservisioncorrectionaftermultifocalIOLimplantation.JRefractSurg24:274-279,20084)EricksonP:E.ectsofintraocularlenspositionerrorsonpostoperativerefractiveerror.JCataractRefractSurg16:305-311,19905)NorrbyS:Sourcesoferrorinintraocularlenspowercal-culation.JCataractRefractSurg34:368-376,20086)BehndigA,MontanP,SteneviUetal:Aimingforemme-tropiaaftercataractsurgery:SwedishNationalCataractRegisterstudy.JCataractRefractSurg38:1181-1186,20127)YamaneN,MiyataK,SamejimaTetal:Ocularhigher-orderaberrationsandcontrastsensitivityafterconven-tionallaserinsitukeratomileusis.InvestOphthalmolVisSci45:3986-3990,20048)HershPS,FryK,BlakerJW:Sphericalaberrationafterlaserinsitukeratomileusisandphotorefractivekeratecto-my.Clinicalresultsandtheoreticalmodelsofetiology.JCataractRefractSurg29:2096-2104,20039)PizadaWA,KalaawryH:Laserinsitukeratomileusisformyopiaof-1to-3.50diopters.JRefractSurg13:S425-426,199710)GhanemRC,delaCruzJ,TobaigyFMetal:LASIKinthepresbyopicagegroup:safety,e.cacy,andpredict-abilityin40-to69-year-oldpatients.Ophthalmology114:1303-1310,2007***

ガンシクロビル点眼療法が奏効したサイトメガロウィルス角膜内皮炎の1例

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):888.892,2017cガンシクロビル点眼療法が奏効したサイトメガロウィルス角膜内皮炎の1例向井規子出垣昌子吉川大和田尻健介勝村浩三清水一弘池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CaseofCytomegalovirusCornealEndotheliitisTreatedbyGanciclovirEyedropsNorikoMukai,MasakoIdegaki,YamatoYoshikawa,KensukeTajiri,KozoKatsumura,KazuhiroShimizuandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollage目的:白内障手術後に発症したサイトメガロウィルス(CMV)角膜内皮炎に対し,ガンシクロビル点眼療法が奏効した1症例を経験した.症例:症例は77歳,男性.右眼白内障手術4カ月後より前房内炎症と硝子体混濁を生じ,特発性ぶどう膜炎として加療を受けていたが,術1年半後に限局性の角膜浮腫と豚脂様角膜後面沈着物(KP)を認めたため,当科紹介となった.当初,ヘルペス性角膜内皮炎を疑い,アシクロビル眼軟膏を投与したが改善せず,その後コイン状に配列するKPが角膜浮腫に伴って出現してきた.前房水のpolymerasechainreaction(PCR)検査を施行し,CMV-DNA陽性,単純ヘルペス・水痘帯状疱疹ウィルス陰性であったことより,CMV角膜内皮炎と診断した.患者自身の事情で,ガンシクロビル全身投与が施行困難であったため,自家調整した0.5%ガンシクロビル点眼および,0.1%フルオロメトロン点眼で治療したところ,角膜浮腫とKPは著明に改善した.結論:ガンシクロビル点眼による局所療法が奏効したCMV角膜内皮炎を経験した.ガンシクロビル点眼療法は本疾患に対する治療において一つの選択肢になると考えられた.Purpose:Toreportacaseofcytomegalovirus(CMV)cornealendotheliitisthatdevelopedaftercataractsur-geryandrespondedtoaganciclovireyedropsolutiontreatment.Case:Thepatient,a77-year-oldmale,hadprevi-ouslyundergonetreatmentforidiopathicuveitisinhisrighteye,signi.edbyin.ammationintheanteriorchamberalongwithvitreousopacitythatdeveloped4-monthsaftercataractsurgery.At18monthsafterthesurgery,cor-nealedemaandmutton-fatkeraticprecipitates(KPs)werediscoveredintheeye,andthepatientwasreferredtoourdepartmentfortreatment.Weinitiallysuspectedherpeticcornealendotheliitis,andadministeredacycloviroint-ment.However,noimprovementwasobservedandKPscoalescingintoacoin-likeshapesubsequentlyemergedinassociationwiththecornealedema.Wethereforeperformedapolymerasechainreactiontestontheanterioraque-oushumoroftheeyeanddiagnosedCMVcornealendotheliitisonthebasisofpositiveCMV-DNAandnegativeherpessimplexvirusandvaricella-zostervirus.Forpersonalreasons,thepatientwasunabletoundergosystemicadministrationofganciclovir,sohewasconsequentlytreatedwithadministrationofanoriginal-formulaeyedropsolutionconsistingof0.5%ganciclovirand0.1%.uorometholone,resultinginmarkedimprovementofthecornealedemaandKPs.Conclusion:WeobservedacaseinwhichCMVcornealendotheliitisrespondedtolocalizedtreat-mentwithaganciclovireyedropsolution,showingittobeaviabletreatmentoptionforpatientswithCMVcornealendotheliitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):888.892,2017〕Keywords:サイトメガロウィルス,角膜内皮炎,ガンシクロビル,ガンシクロビル点眼,水疱性角膜症.cyto-megalovirus(CMV),cornealendotheliitis,ganciclovir,ganciclovireyedrops,bullouskeratopathy.〔別刷請求先〕向井規子:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reportrequests:NorikoMukai,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollage,2-7Daigaku-cho,Takatsukicity,Osaka569-8686,JAPAN888(130)はじめに角膜内皮炎は1982年にKhodadoustらによって初めて報告された角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患であり1),これまではヘルペスウィルス角膜炎の一病型とされてきた2,3).しかし,抗ヘルペス薬による治療に抵抗し角膜内皮障害が進行する症例が散見されることから,近年,それらの一部にサイトメガロウィルス(cytomegarovirus:CMV)が関与する角膜内皮炎があり,ガンシクロビルの全身投与を合わせた治療が有効であるという報告もされている4.7).今回筆者らは,白内障手術後4カ月後に発症したぶどう膜炎治療経過中に認めたCMV角膜内皮炎で,ガンンシクロビルの全身投与が行えなかったにもかかわらず,点眼によるガンシクロビルの局所投与が奏効した1症例を経験したので報告する.I症例患者:77歳,男性.現病歴:2005年6月に近医にて右眼白内障手術を施行さ傍中心部の角膜浮腫角膜後面沈着物図1初診時の右眼細隙灯顕微鏡所見角膜傍中心部に限局性の角膜浮腫を(→)認め,角膜下方に集中する角膜後面沈着物(→)と軽度の虹彩毛様体炎を認めた.れ術後経過順調であったが,同年9月より虹彩炎,硝子体混濁が出現し,特発性ぶどう膜炎の診断で加療を受けていた.その後,眼内の炎症所見は改善するも角膜の進行性浮腫が出現したため,2007年1月,精査・加療目的で大阪医科大学病院角膜外来へ紹介受診となった.既往歴・家族歴:特記すべきものなし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.2×sph+3.5D(cyl.2.0DAx90°),左眼0.2(0.8×sph+3.0D(cyl.1.5DAx90°).眼圧は右眼17mmHg,左眼13mmHgであった.前眼部所見として右眼の角膜傍中心部に限局性の角膜浮腫と,角膜下方に集中する角膜後面沈着物(keraticprecipitate:KP)を認めた.虹彩毛様体炎は軽度(+)であった(図1).左眼には軽度白内障を認めた.眼底所見として右眼は軽度の硝子体混濁を認め,左眼は網膜静脈分枝閉塞症治療後であった.角膜内皮細胞数は右眼1,212cells/mm2(図2),左眼2,801cells/mm2であった.加療経過:右眼ヘルペス性角膜内皮炎を考え,アシクロビル眼軟膏5回/日,0.1%ベタメタゾン点眼4回/日,0.5%レボフロキサシン点眼4回/日を開始したが,2007年3月の時点には角膜浮腫と前房内炎症が増悪し右眼視力(0.02)まで低下をしたため全身投与としてプレドニゾロン内服(10mg/日)も追加した.9月には角膜浮腫は軽快し右眼視力(0.3)まで改善傾向となったが,角膜浮腫と前房内炎症とKPは完全には改善せず,抗ヘルペス治療に抵抗する原因不明の角膜内皮炎として,点眼,軟膏加療のみで経過観察をすることになった.その後,治療開始後1年2カ月後の2008年4月受診時,右眼のKPが円形に配列した衛星病巣所見(コインリージョン)を呈していたため(図3),この時点でCMV角膜内皮炎を疑い,前房水PCR(polymerasechainreaction)検査を施行した.この時点での右眼視力は(0.3)であった.結果はCMV-DNAが陽性,単純ヘルペスウイルス(herpes図2初診時の右眼角膜内皮スペキュラー角膜内皮細胞数は右眼1,212cells/mm2に減少していた.図3治療開始1年2カ月後の右眼細隙灯顕微鏡所見角膜後面沈着物が円形に配列した衛星病巣所見(コインリージョン)(→)を呈していた.simplexvirus:HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)は陰性であったため,角膜所見とあわせてCMV角膜内皮炎と確定診断した.治療としてガンシクロビルの全身投与を開始しようとしたが,患者が入院による点滴加療を拒否したため,6月18日より,ガンシクロビル注射液を0.5%に自家調整し,点眼投与を外来通院にて開始した.点眼開始2日後の6月20日の再診所見では角膜浮腫とKPの所見は改善せず,前房内炎症が悪化したため,0.1%フルオロメトロン点眼4回/日を0.5%レボフロキサシン点眼4回/日とともに追加投与したところ,1カ月後の7月16日には角膜浮腫は著明に改善しKPと虹彩炎も消失した.さらに2週間後の7月30日には角膜浮腫も消失し,視力0.3(0.6sph+2.75D(cyl.1.5DAx90°)と改善したため,この時点でいったん0.5%ガンシクロビル点眼を中止した.しかし,2月後の9月10日,角膜浮腫が再度出現し,KPは前回と同様にコインリージョンを呈していた.CMV角膜内皮炎の再発と診断し,0.5%ガンシクロビル点眼を再開した.その後1カ月後の10月8日には角膜浮腫は速やかに消失しており,0.5%ガンシクロビル点眼を再度中止とした.12月17日の診察時所見では,角膜浮腫,KPは消失し,矯正視力(0.9)と良好な視力を保持していた.その後,当科経過観察中に,再発は認められなかったが,角膜内皮細胞密度は経過中に712cells/mm2まで減少した(図4,5).II考按CMV角膜内皮炎は,Koizumiらによってわが国から2006年に初めて報告された疾患であり4),これまでに多数の症例報告がなされてきている.近年では,特発性角膜内皮炎研究班によってCMV角膜内皮炎診断基準が提唱され(表1)8),図4治療開始6カ月後の右眼細隙灯顕微鏡所見角膜浮腫,KPは消失し,矯正視力(0.9)と良好な視力を保持していた.図5治療開始6カ月後の右眼角膜内皮スペキュラー角膜内皮細胞密度は712cells/mm2まで減少した.これにより,一般臨床の場でもCMV角膜内皮炎は広く認知されるようになってきた.抗ヘルペス治療薬が奏効しない難治性の角膜内皮炎や,角膜移植を繰り返す原因不明の水疱性角膜症に対しても,CMV角膜内皮炎と確定診断が可能な症例が増えてきていると推測される.本症例においては,先に述べた診断基準が提唱される前であったこともあり,原因不明の前部ぶどう膜炎に起因する角膜内皮炎で,しかも抗ヘルペス治療に抵抗性のものとして長期間経過観察されていた.しかし,現在の診断基準と照らし合わせてみると,IおよびII-①,②に該当するものであり,CMV角膜内皮炎の典型的な所見を呈していたものと考えられる.しかし一方で,以前から大橋らが提唱していた9)角膜内皮炎の臨床病型分類に照らし合わせてみると,Koizumiらの報告ではCMV角膜内皮炎の臨床所見は1型角膜内皮炎(進行表1サイトメガロウィルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①CytomegalovirusDNAが陽性②HerpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの非典型例Iおよび,II-②に該当するもの<注釈>1.角膜移植後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウィルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②Host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.表2サイトメガロウイルス角膜内皮炎に対する初期治療の例①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg,1日2回内服,4.12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4.8回(保険適用外)③0.1%フルオメロトロン点眼1日4回性周辺部浮腫型)をとり,周辺部から中央部に向かって角膜浮腫が進行し,拒絶反応線に類似したKPやコインリージョンを伴う症例が多いとされているが10),本症例では2型(傍中心部浮腫型)に近い病型であり,角膜の中央から外れた場所の角膜実質浮腫と病変内に散在するKPが特徴である所見を呈していた.CMV角膜内皮炎に対する治療は,保険適用のある薬剤を用いた標準治療は確立していないものの,具体的な治療プロトコールは表2のものが多く用いられている8).2007年までの報告としては,Suzukiら,続いてShiraishiらはガンシクロビル点滴500mg/日,0.5%ガンシクロビル点眼8回/日を2週間投与することで角膜浮腫,KP,眼圧上昇が改善した1症例を報告ており6,7),また,Koizumiらは,ガンシクロビル点滴5.10mg/kg/日,0.3.0.5%ガンシクロビル点眼5.8回/日に加え,ステロイドの内服と点眼,抗菌薬の点眼投与を行い,8例中5例の角膜所見の改善をみたと報告していた5).また,唐下らは,バルガンシクロビルの内服加療が奏効した症例を報告している11).いずれの報告においても,ガンシクロビルの全身投与が主体であり,現在においても表2の①に示される,抗CMV薬としてガンシクロビルの全身投与を初期治療とすることが基本とされている.表2の②のガンシクロビルの点眼治療については,全身投与に付加する眼局所的な投与として0.1%フルオロメトロン点眼とともに用いられており,ガンシクロビル全身投与が終了した後も再発予防のために用いられることが多く,角膜内皮機能の維持に長期間の0.5%ガンシクロビル点眼の継続投与が有用であるという報告も出ている12).本症例の治療については,患者の家庭事情により入院管理によるガンシクロビルの点滴投与が不可能であったため,0.5%ガンシクロビル点眼を用いた局所投与のみで治療を開始した.治療開始後,1度の再発は認められたものの,治療開始4カ月後には角膜浮腫とKPコインリージョンは消失し,視力も著明に改善した.幸いなことにそれ以降経過観察をしえた期間中には再発は認めなかった.このことより,本症例のようにガンシクロビル点眼による局所投与のみでも有用であるCMV角膜内皮炎も存在し,全身投与が困難な症例に対してはガンシクロビル点眼治療のみの治療も選択肢の一つになりうると考えられた.また,最近では0.15%ガンシクロビル眼軟膏のみでの良好な治療成績も報告されている13).しかし,本症例においても軽快後2カ月と経過が早いうちに再発をきたしたことと,それに伴い角膜内皮細胞密度は712cells/mm2まで減少したことを考えると,ガンシクロビルの局所投与のみでの治療の際は,水疱性角膜症へと移行するリスクを常に念頭に入れて,ガンシクロビル全身投与を施行する症例に比べてより注意深く経過を観察しながら治療にあたる必要があると思われる.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)OhashiY,YamamotoS,NishidaKetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendo-theliopathy.AmJOphthalmol112:419-423,19913)AmanoS,OshikaT,kajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendorheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,19994)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheli-itis.AmJOphthalmol141:564-565,20065)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20086)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendo-theliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20077)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“Owl’seye”patternbyconfocalmicroscopyinpatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol114:715-717,20078)小泉範子:ウィルス編-1:CMV角膜内皮炎の診断基準.あたらしい眼科32:637-641,20159)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床分類の試み.臨眼42:676-680,198810)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Clinicalfeaturesandmanagementofcytomegaloviruscornealendotheli-itis:analysisof106casesfromtheJapancornealendo-theliitisstudy.BrJOphthalmol99:54-58,201511)唐下千寿,矢倉慶子,郭權慧ほか:バンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウィルス角膜内皮炎の1例.あたらしい眼科27:367-370,201012)FanNW,ChungYC,LiuYCetal:Long-termtopicalganciclovirandcorticosteroidspreservecornealendotheli-alfunctionincytomegaloviruscornealendotheliitis.Cor-nea35:596-601,201613)KoizumiN,MiyazakiD,InoueTetal.Thee.ectoftopi-calapplicationof0.15%ganciclovirgeloncytomegalovi-ruscornealendotheliitis.BrJOphthalmol101:114-119,2017***

糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF薬硝子体注射とマイクロパルスレーザー閾値下凝固併用12カ月の治療成績

2017年6月30日 金曜日

《第22回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(6):883.887,2017c糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF薬硝子体注射とマイクロパルスレーザー閾値下凝固併用12カ月の治療成績高綱陽子*1岡田恭子*1大岩晶子*1山本修一*2*1千葉労災病院眼科*2千葉大学大学院医学研究院眼科学E.cacyof12Months’Anti-VEGFDrugIntravitrealInjectionCombinedwithSubthresholdMicropulseLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdemaYokoTakatsuna1),KyokoOkada1),ShokoOiwa1)andShuichiYamamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,ChibaRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandvisualscience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:糖尿病黄斑浮腫(DME)に対して,抗VEGF薬硝子体内注射にマイクロパルスレーザー閾値下凝固(SMLP)を併用した治療成績を検討した.対象および方法:対象は千葉労災病院にてDMEと診断され,ラニビズマブまたはアフリベルセプト硝子体注射とSMLPを併用し,12カ月以上経過観察できた11人12眼.平均年齢63.3歳.平均HbA1C6.7%.各症例の視力(logMAR換算)と中心窩網膜厚(CRT)について,治療前および1,3,6,12カ月後について後ろ向きに検討した.結果:1年間の硝子体注射の回数は平均2.5回で,初回治療の平均3.1カ月後にSMLPを施行した.視力は治療前0.33から,1,3,6,12カ月後はそれぞれ0.26,0.23,0.17,0.21となり,6,12カ月後では有意に改善した.CRTは,治療前500.6μmから,1,3,6,12カ月後でそれぞれ365.3,427.0,320.9,372.6μmとなり,1,6,12カ月後では有意に改善した.結論:DMEに対する抗VEGF薬注射は,SMLPとの併用により,少ない注射回数でも12カ月にわたり治療効果が維持できる可能性が示唆された.Purpose:Toassessthee.cacyofintravitrealinjectionofanti-VEGFdrugcombinedwithsubthresholdmicropulselaserphotocoagulation(SMLP)fordiabeticmacularedema(DME).Methods:Inaretrospectivecaseseries,12eyesof11patientswithDMEwhoreceived0.5mganti-VEGFdrugs(ranibizumabora.ibercept)com-binedwithSMLPwerefollowedupfor12months.Best-correctedvisualacuity(BCVA)andopticalcoherencetomography-determinedcentralretinalthickness(CRT)wereevaluatedbeforeand1,3,6and12months(M)afterthe.rstanti-VEGFdruginjection.Results:Thenumberofanti-VEGFdruginjectionsaveraged2.5times.SMLPwasperformedafter3.1months(averaged)fromthe.rstinjection.BaselineBCVAandCRTwere0.33and500.6μm,respectively.Atmonths1and3,BCVAdidnotshowsigni.cantdi.erence(1M:0.26,3M:0.23),thoughatmonths6and12itshowedsigni.cantdi.erence(6M:0.17,12M:0.21).Atmonths1,6and12,CRTshowedsigni.cantdi.erence(1M:365.3,6M:320.9,12M:372.6μm).Atmonth3,CRTdidnotshowsigni.cantdi.erence(3M:427.0μm).Conclusion:Anti-VEGFdrugtherapycombinedwithSMLPise.ectiveforDMEdur-ing12months,evenatthelowerlevelsofanti-VEGFdruginjection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):883.887,2017〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,抗VEGF薬,ラニビズマブ,アフリルベセプト,マイクロパルスレーザー閾値下凝固.diabeticmacularedema,anti-VEGFdrugs,ranibizmab,a.ibercept,subthresholdmicropulselaserphotocoagula-tion.はじめに(vascularendotherialgrowthfactor:VEGF)が,高濃度に糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)の病態存在していることが解明され1),DMEにおいて,VEGFが解明が進み,DME患者の硝子体内では,血管内皮増殖因子重要な因子となっていることが明らかになった.また,多く〔別刷請求先〕高綱陽子:〒290-0003千葉県市原市辰巳台東2-16千葉労災病院眼科Reprintrequests:YokoTakatsuna,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,ChibaRosaiHospital,2-16Tatsumidai-higashi,Ichihara,Chiba290-0003,JAPANの大規模臨床試験により,抗VEGF薬のDMEに対する良好な治療成績が示されてきた.これまでのレーザー治療やステロイドと比べ,効果発現までの期間は短く,非常に優れた治療効果が示されてきた2.4).そのため,わが国におけるDMEに対する治療は,これまでのレーザー治療,硝子体手術,ステロイド治療から,2014年に発売された抗VEGF薬硝子体注射が間違いなく主流になってきたといえる.しかしながら,多くの大規模臨床試験の示す投与回数は年間8回もの繰り返し投与が必要とされ,頻回の外来受診とその高い薬剤費用が患者,医療者の双方に次第に大きな負担となっているのではないかという側面も見え始めている.また,加齢黄斑変性では,抗VEGF薬長期投与の結果,色素上皮の萎縮につながる可能性も指摘されている5).一方,筆者らが以前から取り組んできたマイクロパルスレーザー閾値下凝固(sub-thresholdmicropulselaserphotocoagulation:SMLP)6.8)は,レーザー連続照射時間がきわめて短くなることにより,温度上昇が網膜色素上皮に限局し,側方にも広がらない特徴をもつもの9)で,副作用の少ない低侵襲な治療である.視力は維持のみで,単独治療としてはまだ十分とはいえなかったが,中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)は12カ月持続して改善できた7).これまでの大規模臨床試験では,レーザー治療と抗VEGF薬との併用効果はないとされていた3)が,LavinskyらはDMEに対するレーザー治療として,通常の連続波によるレーザー治療と比較して,マイクロパルスレーザーの優位性を示している10).今回,抗VEGF薬をまず投与して浮腫を消退させ,その後に,SMLPを併用することにより抗VEGF薬硝子体注射回数を減らしたうえで,よりよい治療成績が期待できるのではないかと考えた.今回,当院を受診したDME患者で,抗VEGF薬注射とSMLP併用治療に同意が得られ,12カ月経過観察できた症例について,その治療成績を後ろ向きに検討した.I対象および方法対象は2014年7月.2015年3月の期間に千葉労災病院にて,DMEと診断され,抗VEGF薬硝子体注射とSMLP併用療法に同意した患者.以下のものは,対象から除外した.すべての期間で抗VEGF薬投与の既往があるもの,硝子体手術既往,3カ月以内にDMEに対するレーザーや薬剤投与歴のあるもの,HbA1C10%以上のコントロール不良例.抗VEGF薬は,ラニビズマブまたはアフリルベセプトを使用し,硝子体注射を行った.術前の20%以上,または300μm以下になるまでは1カ月ごとに抗VEGF薬の注射を行い,浮腫の改善が得られたのちに,SMLPを施行した.SMLPは,レーザー瘢痕がぎりぎり見える閾値を決めたあとは,200ms,10%dutycycle,200μm,閾値の2倍のパワー(実際には120.170mW)で,浮腫の残存している領域にレーザー照射を行った.同時に,浮腫の原因となっていると考えられる毛細血管瘤(microaneurysm:MA)がある場合には,連続波モードで,MAがかろうじて白くなる程度のパワーで直接凝固した.1カ月ごとに経過観察を行い,100μm以上の浮腫の再発,2段階以上の視力の低下があった場合には,抗VEGF薬の再投与を勧めた.SMLP施行は原則1回とした.その後12カ月以上経過観察できた症例の視力(logMAR換算),CRTについて,治療前,1,3,6,12カ月後について後ろ向きに検討した.統計処理は,Wil-coxon順位和検定による.II結果11人12眼が対象である.平均年齢63.3歳.平均HbA1C6.7%.1年間の抗VEGF薬硝子体注射の回数は平均2.5回で,初回治療の平均3.1カ月後にマイクロパルスレーザーを施行した.マイクロパルスレーザーは全例が1回のみの施行であった.視力(logMAR換算)は治療前0.33から,1カ月後0.26,3カ月後0.23,6カ月後0.17,12カ月後0.21となり,術後6,12カ月では有意に改善した(p<0.05)(図1).logMAR0.2以上の変化で3カ月後には,悪化が1眼(8%),改善が4眼(33%),不変が7眼(58%)であったが,12カ月後には改善が4眼(33%),不変が8眼(67%)で,悪化はなかった.CRTは,治療前500.6μmから,1カ月後365.3μm,3カ月後427.0μm,6カ月後320.9μm,12カ月後372.6μmとなり,3カ月後でやや再燃傾向を認めたが,1,6,12カ月後では,有意に改善した(1カ月後p<0.05,6,12カ月後p<0.01)(図2).CRT20%以上の変化で,3カ月後では,改善7眼(58%),不変4眼(33%),増悪1眼(8%)であったが,12カ月後では,改善6眼(50%),不変6眼(50%)で,増悪はなかった.代表的な症例を示す.視力は小数視力で表示する.症例1(図3):64歳,女性.治療前視力(0.3),CRT601μm.ラニビズマブ硝子体注射後の1カ月後の視力は(0.4),CRT217μmと改善がみられたので,SMLPを施行した.3カ月後の視力は(0.5),CRT395μm.3カ月後でやや再燃はあったが,6カ月後の視力は(0.6),CRT242μmと改善がみられ,12カ月後まで,視力は(0.5),CRT258μmと安定していた.6カ月後,12カ月後の眼底では,レーザーの瘢痕は認められない.症例2(図4):57歳,男性,右眼.治療前視力(0.5),CRT479μm.ラニビズマブ硝子体注射1回施行後に,CRT273μmと改善し,SMLPを施行した.3カ月後の視力は(0.15),CRT725μmと,視力,CRTが,ともに著明に増悪した.その後,2回のアフリルベセプト硝0.45600*p<0.05,**p<0.010.4*5004003002000.1中心窩網膜厚(μm)0.050before1M3M6M12M期間図1視力(logMAR)の経過治療前,1カ月後,3カ月後,6カ月後,12カ月後の視力(logMAR).治療前0.33,1カ月後0.26,3カ月後0.23,6カ月後0.17,12カ月後0.21となり,6,12カ月後では有意に改善した(p<0.05).1000before1M3M6M12M期間図2中心窩網膜厚の経過中心窩網膜厚(CRT)は,治療前500.6から,1カ月後365.3,3カ月427.0,6カ月320.9,12カ月372.66μmとなり,1,6,12カ月後では,有意に改善した(1カ月後p<0.05,6,12カ月後ではp<0.01).BeforeIVR1Before1Mマイクロパルスレーザ3M6M6M12M12M図3症例1(64歳,女性)治療前視力(0.3),CRT601μm.ラニビズマブ硝子体注射(IVR)を1回施行後に,マイクロパルスレーザー閾値下凝固を施行した.IVR1カ月後の視力は(0.4),CRT217μm.3カ月後の視力は(0.5),CRT395μm.6カ月後の視力は(0.6),CRT242μm.12カ月後の視力は(0.5),CRT258μm.6カ月後,12カ月後ともに眼底にはレーザーによる瘢痕は認められない.子体注射を行い,6カ月後の視力は(0.7),CRT261μm.1212カ月後の視力は(1.0),CRT305μmと維持ができている.カ月後の視力は(0.5),CRT231μmとなった.症例2(図5):57歳,男性,左眼.III考按図4で示した症例2の左眼である.右眼の初回治療から約DMEのメカニズムとして,まず,高血圧,高血糖,高脂6カ月後に治療開始した.血症の全身因子が重要である.それらを基盤として,低酸治療前視力(0.7p),CRT597μm.アフリルベセプト硝素,酸化ストレス,炎症といった機転より,VEGFをはじ子体注射2回施行後に,CRT288μm,視力(1.0)と改善し,めとするさまざまサイトカインが放出され,血液網膜柵破SMLPを施行した.6カ月後の視力は(1.0),CRT304μm,綻,血管透過性亢進の結果,DMEが発症すると説明されてBefore1MIVR13MIVA翌日マイクロパルスレーザIVA16MIVA212MBefore図4症例2(57歳,男性,右眼)治療前視力(05),CRT479μm.ラニビズマブ硝子体注射(IVR)1カ月後に,視力(05),CRT273μmと改善が得られ,マイクロパルスレーザー閾値下凝固を施行した.3カ月後の視力は(0.15),CRT725μmと著しく増悪した.その後,2回のアフリルベセプト硝子体注射(IVA)を施行し,6カ月後の視力は(0.7),CRT261μm.12カ月後の視力は(0.5),CRT231μmと安定している.BeforeIVA11WIVA21MBeforeマイクロパルスレーザ3M6M12M図5症例2(57歳,男性,左眼)治療前視力(0.7p),CRT579μm.アフリルベセプト硝子体注(IVA)1カ月ごとに2回施行後に,マイクロパルスレーザーを施行した.IVA初回の1カ月後,視力(0.7),CRT298μm.3カ月後の視力は(1.0),CRT288μm.6カ月後の視力は(1.0),CRT304μm.12カ月後の視力は(1.0),CRT305μmと安定している.いる11)が,VEGFは1990年代より血管新生や血管透過性亢進に大きく関与し,DMEで重要なサイトカインであると注目されてきた.マイクロパルスレーザーの奏効機序には諸説があるが,筆者らはこれまでの治療経験をもとに,SMLPは色素上皮を刺激することにより,色素上皮のポンプ機能を賦活化させ,網膜内浮腫を改善させるのではないかという作用機序を支持してきた.また,これまでに810nm波長の機種において,視力は維持にとどまり,有意な改善は示せなかったが,CRTは12カ月にわたる持続した有意な改善を示すことができ7),即効性には欠けるが,持続性があると考えていた.また,577nm波長の新しい機種においては,577nmの波長特性を生かし,SMLP治療を行う際に,浮腫の原因と考えられるMAがあれば,同時に治療を行うことも簡単にできるようになり,照射1カ月後では視力,CRTともに有意差がなかったが,3カ月では,CRTは有意に改善した8).わが国において,2014年にラニビズマブ,アフリルベセプトにDMEへの適用が認可され,その有効性は認められたが,頻回投与が次第に問題となってきた.このような状況のなかで,筆者らは,抗VEGF薬とSMLPの併用療法を行えば,よりよい臨床効果とともに,患者負担の軽減につながるのではないかと考えた.今回示した治療成績では,3カ月後にCRTが増悪しているが,抗VEGF薬注射回数が平均2.5回では,効果が不十分であった可能性と,症例1,2が示すように,SMLP施行直後の増悪であった可能性が考えられる.SMLPは低侵襲レーザーで悪化はないとの報告が多いが,これまでにSMLP施行後,漿液性.離(serousretinaldetachment:SRD)があった症例で,SMLP施行1カ月後に増悪した例を経験している6).今回の症例2の右眼もSRDを伴うタイプであり,SMLP施行直後にCRTの著明な増悪があったので,SRD型では,慎重に対応したほうがよいと考えられる.筆者らのこれまでのSMLP単独の12カ月の治療成績7)では,視力は維持であったのに対し,今回の併用療法では,視力についても有意な改善が得られ,SMLPの単独療法を上回る結果となった.今後のDME治療において,SMLPは抗VEGF薬とは作用機序が異なる治療法であり,抗VEGF薬注射数が大規模臨床研究と比較して,より少ない本数でも,治療効果が維持できる可能性を示すことができたものではないかと考える.本研究は症例数も少なく,後ろ向き研究である.今後は,DMEの治療として,従来の連続波によるレーザーではなく,より低侵襲であるSMLPを用いて,抗VEGF薬との併用の効果を検討することが,今後のDME治療の方向性を考えるうえで重要ではないかと考え,継続して取り組んで行きたいと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-rialgrowthfactorinocular.uidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NewEnglJMed331:1480-1487,19942)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal;RESTOREStudyGroup:TheRESTOREstudy:ranibizumabmono-therapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,20113)BrownDM,NguyenQD,MarcusDMetal;RIDEandRISEResearchGroup:Longtermoutcomesofranibi-zumabtherapyfordiabeticmacularedema:the36-monthresultsfromtwophaseIIItrials:RISEandRIDE.Ophthalmology120:2013-2022,20134)KorobelnikJF,DoDV,Schmidt-ErfurthUetal:Intravit-reala.iberceptfordiabeticmacularedema.Ophthalmolo-gy121:2247-2254,20145)GrunwaldJE,DanielE,HuangJetal:Riskofgeographicatrophyinthecomparisonofage-relatedmaculardegen-erationtreatmentstrials.Ophthalmology121:150-161,20146)高綱陽子,中村洋介,新井みゆきほか:糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下凝固6カ月の治療成績.眼臨101:848-852,20077)TakatsunaY,YamamotoS,NakamuraYetal:Long-termtherapeutice.cacyofthesubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedema.JpnJOphthalmol55:365-369,20118)高綱陽子,水鳥川俊夫,渡辺可奈ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する577nmマイクロパルスレーザー光凝固装置の治療経験.あたらしい眼科30:1445-1449,20139)PankratovMM:Pulsedeliveryoflaserenergyineperi-mentaltheramalretinalphotocoagulation.ProcSocPhotoOptInstrumEng1202:205-213,199010)LavinskyD,CardillioJA,MeloLAJretal:RandomizedclinicaltrialevaluatingETDRSversusnormalorhighdensitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci52:4314-4324,201111)DasA,McGuirePG,RangasamyS:Diabeticmacularedema:Pathophysiologyandnoveltherapeutictargets.Ophthalmology122:1375-1394,2015***

前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を生じた流行性角結膜炎の1例

2017年6月30日 金曜日

《第53回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科34(6):880.882,2017c前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を生じた流行性角結膜炎の1例佐渡一成*1西口康二*2横倉俊二*2*1さど眼科*2東北大学病院眼科ACaseofEndophthalmitisAssociatedwithEpidemicKeratoconjunctivitisKazushigeSado1),KojiMNishiguchi2)andSyunjiYokokura2)1)SadoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmoligy,TohokuUniversity今回筆者らは,流行性角結膜炎(EKC)による眼内炎の1例を報告する.症例は48歳の男性.2日前からの右眼疼痛,発赤,視力低下を主訴に,さど眼科を土曜日の午後に受診した.初診時,右眼角膜上皮欠損だけでなく,前房蓄膿およびフィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を認め,視力は右眼0.07,左眼は1.2であった.入院での精査・加療目的で紹介した東北大学病院で,アデノウイルス抗原が検出されたため,局所抗生物質とステロイドの点眼による外来での治療が選択された.16日後には治癒し,視力は0.9に回復した.筆者らが調べたかぎりでは,本例は激しいぶどう膜炎(眼内炎)を伴うEKCの最初の報告である.Wedescribeacaseofendophthalmitisassociatedwithepidemickeratoconjunctivitis(EKC).A48-year-oldmalepresentedtoourclinicwithrighteyepain,rednessandworseningvisionof2days’duration.Whenweexam-inedhim,therewasnotonlycornealerosion,butalsoahypopyon(pus)and.brinoidreactioninhisrightanteriorchamber.Visualacuitywas0.07intherighteyeand1.2intheleft.AtTohokuUniversityHospital,adenovirusantigenwasdetectedandtopicalantibioticsandsteroidweregiven.By16dayslater,hisvisionhadrecoveredto0.9.Toourknowledge,thisisthe.rstcaseofEKCwithendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):880.882,2017〕Keywords:流行性角結膜炎,前房蓄膿,フィブリン析出,ぶどう膜炎,眼内炎.epidemickeratoconjunctivitis,hypopyon,.brinoidreaction,uveitis,endophthalmitis.はじめに流行性角結膜炎(epidemickeratoconjunctivitis:EKC)は感染力がきわめて強いため,児童・生徒であれば,感染の恐れがなくなるまで登校禁止となる(学校保健安全法).また,成人の場合でも原則的に出勤停止となり,とくに入院患者や医療従事者の感染は患者への二次感染を引き起こすことがあるので,感染拡大に注意しなければならない疾患である.今回は,前房蓄膿・フィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎のため,当初は入院での精査・加療を想定して東北大学病院(以下,大学病院)に紹介したものの,大学病院の担当医が入院前にEKCに気づき,外来治療にて治癒した症例を経験したので考察を加えて報告する.I症例患者:48歳,男性.既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:2日前からの右眼視力低下,充血,疼痛,眼瞼腫脹を訴え(眼脂の訴えはなかった),2015年8月,ロシアからの帰国後空港から直接,さど眼科(以下,当院)を受診した.初診時所見:受付で右眼の充血を認めたため視力などの検査の前に細隙灯顕微鏡で診察したところ,図1~3のような前房蓄膿,フィブリン析出,角膜上皮欠損を認めたため,この時点で大学病院に紹介すべきだと判断した(左眼には異常を認めなかった).そして,急速に悪化する可能性を考え〔別刷請求先〕佐渡一成:〒980-0021仙台市青葉区中央2-4-11水晶堂ビル2Fさど眼科Reprintrequests:KazushigeSado,M.D.,SadoEyeClinic,2-4-11ChuoAoba-ku,Sendai-shi,Miyagi980-0021,JAPAN880(122)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(122)8800910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1前房蓄膿(初診時)図3角膜上皮欠損(初診時)て,視力を確認したところ,視力は右眼0.07(矯正不能),左眼は矯正(1.2)であった.経過:土曜日の午後であったため,視力が確認できたところで大学病院眼科の当直医に電話で状況を説明し精査・加療を依頼した.大学病院に紹介して数時間後に,大学病院から「念のためアデノウイルス抗原の検出検査を行ったところ陽性であった」と電話連絡があった(塗抹検査,培養,PCRなどは行っていない).翌日(日曜日)の大学病院での再診時,びらんは改善していたため,細菌の混合感染も完全には否定できないものの,今後は当院で経過観察することになった.大学病院よりガチフロキサシン右眼1日4回点眼,フルオロメトロン0.1%右眼1日4回点眼,トロミカミド・フェニレフリン右眼1日4回点眼,オフロキサシン眼軟膏右眼1日6回点入が処方された.2日後の月曜日に当院再診.びらん,前房蓄膿,フィブリンのすべてが明らかに減少しており,3日後には,びらん消失,前房蓄膿,フィブリンともに(±).10日後には結膜充血軽度,角膜混濁軽度となり,16日後には軽度の角膜混濁が残っていた(図4)が,後眼部にも異常図2フィブリン析出(初診時)図4角膜混濁(16日後)は認めなかったことから治癒と判断した.矯正視力も(0.9)と改善していた.II考察EKCは感染力が強いため,院内感染に注意しなければならない疾患である.8型のEKC27例中3例に軽度の虹彩炎を伴っていたという報告1)はあるが,前房蓄膿やフィブリン析出を伴う激しいぶどう膜炎を伴ったEKCという報告はみつからなかった.しかし,本例はアデノウイルス抗原の検出検査が陽性であったこと,病原体に対する特異的な治療ではなく,ニューキノロン系抗菌点眼薬および眼軟膏,ステロイド点眼薬と散瞳薬による治療だけで短期間に治癒した臨床経過から(塗抹検査,培養,PCRなどの精査は行っていないが)EKCが原因であったと考えている.当院では,充血などEKCを疑う症状がある患者が来院した場合は,①他の患者との接点を減らすために受付直後に「EKCコーナー」に案内し,②問診票記入などの準備ができ次第,診察している.(123)あたらしい眼科Vol.34,No.6,2017881筆者は,前房蓄膿・フィブリン析出を伴うぶどう膜炎を認めた時点でEKCの可能性をまったく考えなくなり,眼内炎として大学病院に精査・加療を依頼する必要があると判断してしまった.「アデノウイルス抗原陽性」という連絡を受けた後で振り返ってみると,患者はロシアから帰国直後に当院を受診していた.2日前から症状があったと話していたので,海外にいたこともあり,まったくの無治療で2日間放置したことが前房蓄膿・フィブリン析出の一因になったと思われるが,それでもまれなケースである.海外で罹患したEKCであることから(ウイルス分離やPCR法による型別鑑定は行っていないが)知られていない型によるEKCであった可能性もある.また,治癒後に角膜混濁を認めた(図4)ことから,当初は角膜びらんであったものが未治療であったために当院受診時には潰瘍に進行(悪化)していた可能性が高いと考えている.EKCで角膜びらんが生じることはめずらしいことではない2).また,角膜びらんに前房炎症を伴い,ぶどう膜炎などと間違われることもある3).この意味ではEKCにフィブリン析出・前房蓄膿を伴うことはありうることである.一方で,フィブリン析出・前房蓄膿が認められた場合は眼内炎の状態であり,もし感染性眼内炎であれば永続的な視力低下をきたす可能性もあるため,入院のうえ集中的に検査・治療が行われることも多い.EKCは院内感染拡大の危険が高い疾患なので,極力入院させないように注意しなければならないが,感染性眼内炎であれば,入院のうえタイミングを逃さずに必要な治療を行わなければならないということを考えると,今後は内眼手術の既往がなく,全身的に日和見感染の可能性が低い患者の眼内炎を経験した場合は,EKCの可能性を確認することが重要である.今回,大学病院の担当医が気づかなければ,院内感染とその拡大を生じた危険があった.眼内炎治療のために入院を検討する際には,アデノウイルス検査陰性のEKCの場合もあるもあることを踏まえて,慎重な判断が重要である.本稿の要旨は第53回日本眼感染症学会において報告した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)DarougarS,GreyRH,ThakerUetal:Clinicalandepide-miologicalfeaturesofadenoviruskeratoconjunctivitisinLondon.BrJOphthalmol67:1-7,19832)下村嘉一編集:眼の感染症.p140,金芳堂,20103)井上幸次,山本哲也,大路正人ほか編集:一目でわかる眼疾患の見分け方,上巻,角結膜疾患,緑内障.p114,メジカルビュー,東京,2016***(124)