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多施設による緑内障患者の実態調査2016年版─薬物治療─

2017年7月31日 月曜日

《第27回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科34(7):1035.1041,2017c多施設による緑内障患者の実態調査2016年版─薬物治療─永井瑞希*1比嘉利沙子*1塩川美菜子*1井上賢治*1石田恭子*2富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科CurrentStatusofTherapyforGlaucomaatMultipleOphthalmicInstitutionsin2016MizukiNagai1),RisakoHiga1),MinakoShiokawa1),KenjiInoue1),KyokoIshida2)andGojiTimita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter緑内障患者の治療に関する実態を2012年に引き続き行い,前回調査と結果を比較した.本調査の趣旨に賛同した57施設を2016年3月7.13日に外来受診した緑内障,高眼圧症患者4,288例4,288眼を対象として,緑内障病型,手術既往歴,使用薬剤を調査した.病型は,正常眼圧緑内障51.2%,原発開放隅角緑内障28.7%,続発緑内障8.8%などであった.使用薬剤数は平均1.7±1.2剤で,無投薬10.4%,1剤44.6%,2剤21.7%,3剤13.9%などであった.1剤使用例はプロスタグランジン(PG)関連薬73.9%,b(ab)遮断薬20.8%などであった.2剤使用例はPG/b配合剤28.7%,PG関連薬+b(ab)遮断薬28.4%,PG関連薬+a2刺激薬10.9%などであった.前回調査と比較し,1剤使用例はPG関連薬が有意に増加し,2剤使用例はPG/b配合剤が有意に増加し,PG関連薬とb遮断薬の併用が有意に減少した.Weinvestigatedthecurrentstatusofglaucomatherapyat57ophthalmicinstitutions.Atotalof4,288patientswithglaucomaandocularhypertensionwhovisitedduringtheweekofMarch7,2016wereincluded.Theresultswerecomparedwiththoseofastudyperformedin2012.Patientswithnormal-tensionglaucomacomprised(51.2%),primaryopen-angleglaucoma(28.7%)andsecondaryglaucoma(8.8%).Monotherapywasindicatedin44.6%,2drugsin21.7%and3drugsin13.9%.Monotherapycomprisedprostaglandin(PG)analogin73.9%,b-blockersin20.8%.Inpatientsreceiving2drugs,acombinationofPGandb-blockers.xedwasusedin28.7%,combinationsofPGandb-blockersin28.4%andcombinationsofPGandalpha-2-stimulantin10.9%.PGinmonotherapywasunchangedthemostfrequentlyused.CombinationofPGandb-blockers.xedwasincreasedandcombinationsofPGandb-blockersweredecreasedin2-drugtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(7):1035.1041,2017〕Keywords:眼科医療施設,緑内障治療薬,実態調査,配合点眼薬.ophthalmicinstitutions,glaucomamedication,investigation,.xedcombinationeyedrops.はじめに2003年に日本緑内障学会より緑内障診療ガイドラインが制定され,2006年に第2版,2012年に第3版が発表された1).われわれ眼科医は,緑内障診療ガイドラインを参考にして緑内障の診断,病型分類,治療を行っている.緑内障において唯一根拠が明確に示されている治療は依然として眼圧下降であり,その第一選択は薬物治療である2.5).新たな眼圧下降の作用機序を有する点眼薬や配合点眼薬,さらに後発医薬品の発売などで,緑内障薬物治療の選択肢は近年,大幅に広がっている.このため,緑内障診療を行ううえで,緑内障病型の発症頻度や薬物治療の実態を把握することは重要である.緑内障薬物治療の実態調査は過去にも報告されているが,いずれも大学病院を中心に行われており6.8),眼科専門病院やクリニックで行われたものはなかった.このため井上眼科病院では眼科専門病院やクリニックにおける緑内障患者実態調査を2007年に開始した9).その後,プロスタグランジン関連薬の種類が増加した後の2009年に第2回緑内障患者実態調査10),配合点眼薬発売後の2012年に第3回緑内障患者実態調査11)を施行した.〔別刷請求先〕永井瑞希:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:MizukiNagai,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(119)1035表1研究協力施設(57施設)北海道札幌市ふじた眼科クリニック板橋区江戸川区世田谷区荒川区世田谷区八王子市さわだ眼科クリニック篠崎駅前髙橋眼科社本眼科菅原眼科クリニックそが眼科クリニック多摩眼科クリニック宮城県仙台市鬼怒川眼科医院茨城県ひたちなか市日立市いずみ眼科クリニックサンアイ眼科さいたま市石井眼科クリニックさいたま市さいき眼科葛飾区とやま眼科埼玉県吉川市たじま眼科・形成外科文京区中沢眼科医院幸手市さいたま市ふかさく眼科やながわ眼科東京都中央区品川区小金井市荒川区江東区台東区新宿区千代田区江戸川区中山眼科医院はしだ眼科クリニック東小金井駅前眼科町屋駅前眼科みやざき眼科もりちか眼科クリニック早稲田眼科診療所お茶の水・井上眼科クリニック西葛西・井上眼科病院千葉県千葉市山武郡船橋市松戸市千葉市船橋市習志野市あおやぎ眼科おおあみ眼科高根台眼科のだ眼科麻酔科医院本郷眼科みやけ眼科谷津駅前あじさい眼科千葉市吉田眼科横浜市鎌倉市眼科中井医院清川病院板橋区赤塚眼科はやし医院杉並区新宿区井荻菊池眼科いなげ眼科神奈川県横浜市大和市さいとう眼科セントルカ眼科・歯科クリニック荒川区うえだ眼科クリニック川崎市だんのうえ眼科クリニック調布市えぎ眼科仙川クリニック横浜市綱島駅前眼科東京都足立区足立区葛飾区国分寺市清瀬市えづれ眼科江本眼科おおはら眼科おがわ眼科清瀬えのき眼科静岡県伊東市ヒルサイド眼科クリニック福岡県遠賀郡福岡市いまこが眼科医院図師眼科医院熊本県宇土市むらかみ眼科クリニック国分寺市文京区後藤眼科駒込みつい眼科沖縄県沖縄市ガキヤ眼科医院そして今回,a2刺激薬やROCK阻害薬,2種類の配合点眼薬増加後の2016年に第4回緑内障患者実態調査を施行し,緑内障治療の実態を解明した.さらに,前回調査の結果11)と比較し経年変化を解析した.I対象および方法本調査は,緑内障患者実態調査の趣旨に賛同した57施設において,2016年3月7日から同13日に施行した.調査の趣旨は緑内障診療を行ううえで,緑内障病型の発症頻度や薬物治療の実態を把握することが重要であるためとした.調査施設を表1に示す.この調査期間内に外来受診した緑内障および高眼圧症患者全例を対象とした.総症例数4,288例,男性1,839例,女性2,449例.年齢は7.102歳,68.1±13.0歳(平均±標準偏差)であった.緑内障の診断と治療は,緑内障診療ガイドライン1)に則り,主治医の判断で行った.片眼のみの緑内障または高眼圧症患者では罹患眼を,両眼罹患している場合には右眼を調査対象眼とした.調査方法は調査票(表2)を用いて行った.各施設にあら(順不同・敬称略)かじめ調査票を送付し,診療録から診察時の年齢,性別,病型,使用薬剤数および種類,緑内障手術の既往を調査した.集計は井上眼科病院の集計センターで行った.回収した調査票より病型,使用薬剤数および種類,緑内障手術の既往について解析を行った.さらに前回の調査結果11)と比較した(c2検定).配合点眼薬は2剤として解析した.なお,前回調査11)では配合点眼薬を1剤として解析したので,今回調査と比較するにあたり,配合点眼薬を2剤として再解析を行い使用した.今回調査の各薬剤分布の比較にはc2検定,今回調査と前回調査の患者背景の年齢比較には対応のないt検定,使用薬剤数の比較にはMann-Whitney検定,男女比,手術既往症例の比較にはc2検定を用いた.有意水準はp<0.05とした.II結果病型は,正常眼圧緑内障2,197例(51.2%),原発開放隅角緑内障1,232例(28.7%),続発緑内障378例(8.8%),高眼圧症242例(5.6%),原発閉塞隅角緑内障234例(5.5%)な表2調査票緑内障処方薬剤の一般名:<b遮断薬>1:水溶性チモロール,2:イオン応答ゲル化チモロール,3:熱応答ゲル化チモロール,4:カルテオロール,5:持続性カルテオロール,6:ベタキソロール,7:レボブノロール.<ab遮断薬>9:ニプラジロール.<PG(プロスタグランジン)製剤>11:イソプロピルウノプロストン,12:ラタノプロスト,13:トラボプロスト,14:タフルプロスト,15:ビマトプロスト.<配合剤>17:ラタノプロスト/チモロール配合薬,18:トラボプロスト/チモロール配合薬,19:ドルゾラミド/チモロール配合薬,20:ブリンゾラミド/チモロール配合薬,21:タフルプロスト/チモロール配合薬.<点眼CAI(炭酸脱水酵素阻害剤)>22:ドルゾラミド,23:ブリンゾラミド.<経口CAI>24:アセタゾラミド.<a1遮断薬>25:ブナゾシン.<a2刺激薬>26:ブリモニジン.<ROCK阻害薬>27:リパスジル.<その他>28:ピロカルピン,29:ジピベフリン原発閉塞隅角緑内障その他234例5.5%5例0.1%高眼圧症242例5.6%続発緑内障378例8.8%図1病型の内訳表31剤使用薬剤内訳分類一般名例%ラタノプロスト54528.5タフルプロスト30515.9PG関連薬トラボプロストPG関連薬後発品23417412.29.1イソプロピルウノプロストン844.4ビマトプロスト723.8持続性カルテオロール1236.4イオン応答ゲル化チモロール904.7b遮断薬後発品402.1b遮断薬水溶性チモロールカルテオロール39392.02.0レボブノロール180.9熱応答ゲル化チモロール150.8ベタキソロール40.2ab遮断薬ニプラジロールab遮断薬後発品2551.30.3点眼CAIブリンゾラミドドルゾラミド2281.104経口CAIアセタゾラミド10.1a1遮断薬ブナゾシン180.9a2刺激薬ブリモニジン402.1ROCK阻害薬リパスジル90.5その他その他40.2PG:プロスタグランジン,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬.どであった(図1).緑内障手術既往症例は270例(6.3%)であった.その内訳は線維柱帯切除術が230例(85.2%),線維柱帯切開術が12例(4.4%),線維柱帯切除術と線維柱帯切開術の両術式が6例(2.2%)などであった.使用薬剤数は,平均1.7±1.2剤で,その内訳は無投薬が445例(10.4%),1剤が1,914例(44.6%),2剤が929例(21.7%),3剤が598例(13.9%),4剤が277例(6.5%),5剤が99例(2.3%),6剤が24例(0.6%),7剤が2例(0.051038あたらしい眼科Vol.34,No.7,20175剤,99例,2.3%6剤,24例,0.6%7剤,2例,0.05%4剤,277例,6.5%図2使用薬剤数%)であった(図2).使用薬剤の内訳は,1剤使用例はプロスタグランジン関連薬が1,414例(73.9%),bおよびab遮断薬が398例(20.8%),a2刺激薬が40例(2.1%)などであった.使用薬剤の詳細を表3に示す.プロスタグランジン関連薬では,ラタノプロスト545例(28.5%)が最多で,タフルプロスト305例(15.9%),トラボプロスト234例(12.2%)などであった.プロスタグランジン関連薬の後発医薬品は174例(9.1%)で使用されていた.b遮断薬では持続型カルテオロール123例(6.4%),イオン応答ゲル化チモロール90例(4.7%),チモロール39例(2.0%)などであった.b遮断薬の後発医薬品は40例(2.1%)で使用されていた.2剤使用例の内訳は,プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤が267例(28.7%),プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用が264例(28.4%),プロスタグランジン関連薬とa2刺激薬の併用が101例(10.9%),炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤が93例(10.0%)などであった(図3).プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤の内訳は,ラタノプロスト/チモロール配合点眼薬が146例(54.7%),トラボプロスト/チモロール配合点眼薬82例(30.7%),タフルプロスト/チモロール配合点眼薬が39例(14.6%)であった.炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤の内訳は,ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬が64例(68.8%),ブリンゾラミド/チモロール配合点眼薬29例(31.2%)であった.3剤使用例の内訳は,炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤とプロスタグランジン関連薬の併用が236例(39.5%),プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用が62例(10.4%),プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用が58例(9.7%),プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤とa2刺激薬の併用が51例(8.5%)などであった.今回の調査結果を2012年の前回調査11)と比較すると,年齢は前回調査67.4±13.2歳と今回調査68.1±13.0歳で今回(122)その他,89例,9.6%PG+ROCK,23例,2.5%PG+点眼CAI,267例,28.7%CAI/b配合剤,93例,10.0%PG+a2,101例,10.9%図32剤使用薬剤内訳PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,ab:ab遮断薬,a2:a2刺激薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,ROCK:ROCK阻害薬.12.00剤10.447.5*1剤44.622.12剤21.713.53剤13.94.3**■前回調査(n=3,569)4剤6.5■今回調査(n=4,288)0.7**5剤以上2.901020304050%図5前回調査との比較(使用薬剤数)**p<0.0001,*p<0.05(c2検定).調査のほうが有意に高かった(p<0.05).男女比は前回調査男性1,503例,女性2,066例と今回調査男性1,839例,女性2,449例で同等だった.病型は今回調査,前回調査ともに正常眼圧緑内障,原発開放隅角緑内障の順に多かった(図4).緑内障手術既往症例は今回調査6.3%,前回調査7.9%で今回調査のほうが有意に少なかった(p<0.05).平均使用薬剤数は前回調査1.5±1.3剤,今回調査1.7±1.2剤で有意に増加した(p<0.0001).使用薬剤数は今回調査は1剤が44.6%,2剤が21.7%,3剤が13.9%,4剤が6.5%,5剤以上が2.9%で,前回調査11)と比較すると1剤は有意に減少し(p<0.05),4剤と5剤以上は有意に増加した(p<0.0001)(図5).1剤使用例の使用薬剤は前回同様プロスタグランジン関連薬がもっとも多く,ついでb(ab)遮断薬であった.プロスタグランジン関連薬の使用は,前回調査70.4%に比べて今回調査73.9%では有意に増加し,一方b(ab)遮断薬の使用は前回調査26.5%に比べて今回調査20.8%では有意に減少した(p<0.05)(図6).2剤使用例の使用薬剤は,前回調査ではプロスタグランジ47.6%NS正常眼圧緑内障51.2%原発27.4%開放隅角緑内障28.7%原発7.6%閉塞隅角緑内障5.5%10.3%続発緑内障8.8%7.0%高眼圧症5.6%■前回調査(n=3569)■今回調査(n=4288)0.1%その他0.1%0102030405060%図4前回調査との比較(病型)70.4*PG関連薬73.926.5*b・ab遮断薬20.8■前回調査(n=3,569)1.5点眼CAI1.6■今回調査(n=4,288)01020304050607080%図6前回調査との比較(1剤使用例の薬剤)*p<0.05(c2検定).PG:プロスタグランジン,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬.ン関連薬とb(ab)遮断薬の併用がもっとも多く,ついでプロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤と続いたが,今回調査では,プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤がもっとも多く,ついでプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用の順だった.順位の変動同様にプロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤は前回調査16.9%に比べて今回調査28.7%では有意に増加,プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用は前回調査49.3%に比べて今回調査28.4%では有意に減少した(p<0.0001).また,炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤は前回調査6.7%に比べて今回調査10.0%では有意に増加,プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵阻害薬の併用は前回調査15.6%に比べて今回調査9.9%では有意に減少した(p<0.05)(図7).プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤と炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤の合計の比率は前回調査23.6%に比べて今回調査38.8%で有意に増加した(p<0.0001).16.9**PG/b配合剤28.7PG+b(ab)28.449.3**6.7*10.0■前回調査(n=3,569)15.6CAI/b配合剤*■今回調査(n=4,288)PG+点眼CAI9.90.010.020.030.040.050.0%図7前回調査との比較(2剤使用例の薬剤)**p<0.0001,*p<0.05(c2検定).PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,ab:ab遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬.III考按今回調査の緑内障病型は,原発開放隅角緑内障(広義)が約80%を占めた.正常眼圧緑内障は51.2%,原発開放隅角緑内障は28.7%であった.2000.2001年に行われた多治見スタディ12)においても原発開放隅角緑内障(広義)が約80%を占めており,今回調査と同様であった.さらに,現在までに施行した緑内障患者実態調査9.11)とも同様で,その頻度が変わっていないことが判明した.今回調査で前回調査に比べて多剤併用や平均使用薬剤数が増加したのは,a2刺激薬やROCK阻害薬など新しい眼圧下降の作用機序を有する薬剤が登場し,現行の処方に追加使用する症例が増加したためと考えられる.また,対象の年齢が今回調査のほうが前回調査に比べて有意に高かった.これは社会の高齢化や前回調査と同一の患者の経年変化などが考えられる.緑内障手術既往症例は今回調査のほうが前回調査に比べて有意に少なかった.これは新しい眼圧下降作用機序を有する点眼薬や配合点眼薬の開発により,手術ではなく多剤併用薬物治療を受ける患者が増えた結果と考える.1剤使用例の内訳はプロスタグランジン関連薬が73.9%,bおよびab遮断薬が20.8%,a2刺激薬が2.1%であった.現在までに施行した実態調査9.11)ともプロスタグランジン関連薬がもっとも多く,ついでb(ab)遮断薬の順であった.前回調査11)と比べてプロスタグランジン関連薬は有意に増加し,b(ab)遮断薬は有意に減少した.緑内障薬物治療の第一選択がますますプロスタグランジン関連薬となっていることが推測される.プロスタグランジン関連薬では,ラタノプロストが前回同様最多であった.発売から10年以上経過しており,その間に蓄積された使用経験により眼圧下降効果と安全性が多くの眼科医の信頼を得ているためと推察された.今回の調査では後発医薬品使用は11.4%と少なかった.わが国の後発医薬品は添加物の種類や濃度が先発医薬品と異なり13,14),後発医薬品の使用について慎重に考えている眼科医が多いと考えられた.また,今回調査ではa2刺激薬が3位となり,発売から時間が経過して新しく使用可能になったa2刺激薬やROCK阻害薬の使用が,今後増加する可能性がある.2剤使用例ではプロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤が最多,ついでプロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用の順だった.順位の変動同様にプロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤は前回調査よりも有意に増加,プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬の併用は前回調査よりも有意に減少した.また,炭酸脱水酵素阻害薬/b遮断薬配合剤は前回調査より有意に増加,プロスタグランジン関連薬と点眼炭酸脱水酵素阻害薬の併用は有意に減少した.前回調査よりも配合点眼薬使用が増加したのは,配合点眼薬の種類の増加,利便性・アドヒアランスの良さや併用と同等の眼圧下降効果が報告されている影響15)が示唆された.このため今後さらに配合点眼薬使用が増加すると考えられる.プロスタグランジン関連薬とa2刺激薬の併用が3位だった.a2刺激薬は全身性副作用が少なく高齢者にも使いやすい薬剤である.今後,プロスタグランジン関連薬への追加投与として,さらにa2刺激薬が使用される可能性も考えられる.また,眼圧下降の新しい作用機序を有するROCK阻害薬も全身性副作用が少なく高齢者にも使いやすい薬剤である.今後,プロスタグランジン関連薬への追加投与としてROCK阻害薬が使用される可能性も考えられる.3剤使用例では,配合点眼薬と単剤を併用している症例が多かった.このことからも配合点眼薬の利便性が使用増加に繋がっていると考えられる.今回調査は57施設4,288例,前回調査11)は39施設3,569例で行った.前回調査,今回調査ともに参加した施設は36施設であった.施設数や症例数も異なるため,両調査を直接的に比較することは妥当性がない可能性も考えられる.しかしなるべく多くの施設,多くの症例からデータを集めることで緑内障患者の実態がより判明すると考えて施設や症例を増加させて検討を行った.今回の緑内障患者実態調査をまとめると,眼科医療施設における緑内障患者は原発開放隅角緑内障(広義)が多い.使用薬剤数は1.7±1.2剤で,1剤使用例ではプロスタグランジン関連薬が依然として多く,前回調査と比較してプロスタグランジン関連薬が有意に増加し,b遮断薬が有意に減少した.2剤使用例ではプロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤が多く,前回調査と比較してプロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤が有意に増加し,プロスタグランジン関連薬とb(ab)遮断薬併用が有意に減少した.配合点眼薬の使用割合は,2剤使用の約39%で,前回調査と比べて有意に増加し,今後も増加する可能性がある.謝辞:本調査にご参加いただき,ご多忙にもかかわらず診療録の調査,記載,集計作業にご協力いただいた各施設の諸先生方に深く感謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:5-46,20122)TheAGISInvestigators:TheAdvancedGlaucomaInter-ventionStudy(AGIS)7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisual.elddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20003)LichterPR,MuschDC,GillespieBWetal;CIGTSStudyGroup:InternclinicaloutcomesintheCollaborativeIni-tialGlaucomaTreatmentStudycomparinginitialtreat-mentrandomizedtomedicationsorsurgery.Ophthalmolo-gy108:1943-1953,20014)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressure.AmJOph-thalmol126:487-497,19985)HeijiA,LeskeMC,BengtssonBetal:Reductionofintra-ocularpressureandglaucomaprogression:resultsfromtheEarlyManifestGlaucomaTrial.ArchOphthalmol120:1268-1279,20026)石澤聡子,近藤雄司,山本哲也:一大学附属病院における緑内障治療薬選択の実態調査.臨眼69:1679-1684,20067)清水美穂,今野伸介,片井麻貴ほか:札幌医科大学およびその関連病院における緑内障治療薬の実態調査.あたらしい眼科23:529-532,20068)柏木賢治,慢性疾患診療支援システム研究会:抗緑内障点眼薬に関する最近9年間の新規処方の変遷.眼薬理23:79-81,20099)中井義幸,井上賢治,森山涼ほか:多施設による緑内障患者の実態調査─薬物治療─.あたらしい眼科25:1581-1585,200810)井上賢治,塩川美菜子,増本美枝子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査2009年版─薬物治療─.あたらしい眼科28:874-878,201111)塩川美菜子,井上賢治,富田剛司:多施設による緑内障実態調査2012年版─薬物治療─.あたらしい眼科30:851-856,201312)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimistudy.Ophthalmology111:1641-1648,200413)吉川啓司:後発医薬品点眼薬:臨床使用上の問題点.日本の眼科78:1331-1334,200714)山崎芳夫:配合剤と後発品の功罪.眼科53:673-683,201115)内田英哉,鵜木一彦,山林茂樹ほか:カルテオロール塩酸塩持続性点眼液とラタノプロスト点眼液の併用療法とラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の眼圧下降効果および安全性の比較.あたらしい眼科32:425-428,2015***

ブリモニジン点眼薬からリパスジル点眼薬への変更

2017年7月31日 月曜日

《第27回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科34(7):1031.1034,2017cブリモニジン点眼薬からリパスジル点眼薬への変更井上賢治*1塩川美菜子*1比嘉利沙子*1永井瑞希*1石田恭子*2富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科E.cacyandSafetyofSwitchingfromBrimonidinetoRipasudilKenjiInoue1),MinakoShiokawa1),RisakoHiga1),MizukiNagai1),KyokoIshida2)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:ブリモニジン点眼薬からリパスジル点眼薬に変更した症例の眼圧下降効果と安全性を後ろ向きに検討する.対象および方法:ブリモニジン点眼薬を中止してwashout期間なしでリパスジル点眼薬に変更した原発開放隅角緑内障38例38眼を対象とした.変更理由から眼圧下降不十分群と副作用出現群に分けて,変更前と変更1.2,3.4カ月後の眼圧を調査し,比較した.また,変更後の副作用,中止例を調査した.結果:眼圧は眼圧下降不十分群(19例),副作用出現群(19例)ともに,変更後に有意に下降した(p<0.05).眼圧下降幅と眼圧下降率は眼圧下降不十分群1.1.1.4mmHgと6.1.7.7%,副作用出現群1.7.2.3mmHgと8.4.11.8%だった.変更後の副作用は4例(10.5%),中止例は3例(7.9%)で,鼻出血,咽頭痛,レーザー治療施行各1例だった.結論:ブリモニジン点眼薬投与で眼圧下降が不十分であった患者および副作用が出現した患者に対しては,リパスジル点眼薬への変更が眼圧下降効果と安全性の面から有用である.Purpose:Weretrospectivelyinvestigatedthesafetyande.cacyofswitchingfrombrimonidinetoripasudil.Methods:Thirty-eighteyeswithprimaryopen-angleglaucomathatdiscontinuedbrimonidineandimmediatelybeganusingripasudilwereincluded.Intraocularpressure(IOP)at1-2monthsand3-4monthsafterswitchingwascomparedwithbaselineIOP.Patientsweredividedintotwogroupsbasedonreasonsforswitching:insu.cientIOPreductionoradversereactions.Adversereactionsandpatientswhodroppedoutofthestudywerealsoexamined.Results:Atotalof19patientshadinsu.cientIOPreductionand19patientsexperiencedadversereactions.IOPwassigni.cantlylowerinallpatientsafterswitching(p<0.05).Fourpatients(10.5%)hadadversereactionsand3patients(7.9%)droppedoutofthestudybecauseofnasalbleeding,sorethroatorlasersurgery.Conclusion:Incaseswithinsu.cientIOPreductionoradversereactions,switchingfrombrimonidinetoripasudilmaybeuseful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(7):1031.1034,2017〕Keywords:ブリモニジン,リパスジル,眼圧,副作用,変更.brimonidine,ripasudil,intraocularpressure,ad-versereactions,switching.はじめに線維柱帯-Schlemm管を介する主経路からの房水流出促進作用を有する1)リパスジル点眼薬が使用可能となった.リパスジル点眼薬の治験では,単剤投与,プロスタグランジン関連点眼薬,b遮断点眼薬,プロスタグランジン/チモロール配合点眼薬への追加投与が行われ,良好な眼圧下降効果と安全性が示されている2.6).また,臨床現場においても多剤併用症例でのリパスジル点眼薬の追加投与による良好な眼圧下降効果と安全性が報告されている7.10).緑内障治療では点眼薬を使用しても眼圧下降が不十分な(目標眼圧に達しない)症例では他の点眼薬の追加,あるいは他の点眼薬への変更が推奨されている.また,点眼薬で副作用が出現した症例では,その点眼薬を中止し,他の点眼薬へ変更する.筆者らはリパスジル点眼薬の処方パターンと患者背景を調査し報告した11).リパスジル点眼薬が他の点眼薬から変更された21症例の前治療薬は,ブリモニジン点眼薬〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(115)103110例(47.6%)が最多だった.リパスジル点眼薬を他の点眼薬から変更した際の眼圧下降効果,安全性の報告は過去にない.そこで今回,ブリモニジン点眼薬からリパスジル点眼薬に変更した症例の眼圧下降効果と安全性を後ろ向きに検討した.I対象および方法2014年12月.2016年3月に井上眼科病院に通院中の原発開放隅角緑内障患者で,ブリモニジン点眼薬がリパスジル点眼薬へ変更となった38例38眼を対象とした.男性15例,女性23例,年齢は66.7±11.9歳(平均値±標準偏差),42.87歳だった.変更理由は眼圧下降不十分群19例,副作用出現群19例だった.副作用の内訳はアレルギー性結膜炎11例,結膜充血3例,眼痛3例,傾眠2例だった.変更前使用点眼薬数は3.4±0.9剤だった.1剤が1例(2.6%),2剤が5例(13.2%),3剤が12例(31.6%),4剤が18例(47.4%),5剤が2例(5.3%)だった(表1).配合点眼薬は2剤,アセタゾラミド内服は錠数にかかわらず1剤として解析した.変更前眼圧は17.1±3.3mmHg,11.28mmHgだった.変更前のHumphrey視野検査プログラム中心30-2SITAStan-dardのmeandeviation値は.9.66±6.37dB,.26.92..1.97dBだった.ブリモニジン点眼薬の使用期間は8.2±8.1カ月間,1.32カ月間だった.ブリモニジン点眼薬を中止して,washout期間なしでリパスジル点眼薬(0.4%グラナテックR,1日2回点眼)に変更した.変更前と変更1.2カ月後,3.4カ月後の眼圧を調査し,比較した.変更1カ月後あるいは,3カ月後の眼圧を測定している症例ではその値を,変更1カ月後あるいは,3カ月後の眼圧を測定していない症例では各々変更2カ月後あるいは,4カ月後の眼圧を解析に用いた.変更後の眼圧下降幅,眼圧下降率を算出した.変更前と変表1変更前使用点眼薬使用薬剤数使用薬剤症例数1剤ブリモニジン1例2剤ブリモニジン+PG5例3剤ブリモニジン+PG/b配合剤4例ブリモニジン+PG+b3例ブリモニジン+PG+CAI3例ブリモニジン+b+CAI1例ブリモニジン+PG+/CAI/b配合剤1例4剤ブリモニジン+PG+CAI/b配合剤14例ブリモニジン+CAI点眼+PG/b配合剤1例ブリモニジン+CAI内服+CAI/b配合剤1例ブリモニジン+PG+b+a11例ブリモニジン+a1+PG/b配合剤1例5剤ブリモニジン+PG+CAI内服+CAI/b配合剤1例ブリモニジン+CAI点眼+a1+PG/b配合剤1例更1.2カ月後,3.4カ月後の眼圧を比較するためにスキャッタープロット/散布図を用いて解析した.変更後の眼圧下降幅を2mmHg以上下降,±1mmHg以内,2mmHg以上上昇の3群に分けた.変更理由をもとに対象を眼圧下降不十分群と副作用出現群の2群に分け,各々で変更前後の眼圧を比較した.変更後の副作用,中止例を調査した.両眼該当症例は右眼,片眼該当症例は患眼を解析に用いた.変更前後の眼圧の比較にはANOVA,Bonferroni/Dunn検定を用いた.有意水準はp<0.05とした.II結果全症例(38例)の眼圧は変更前17.1±3.3mmHg,変更1.2カ月後15.7±2.7mmHg,変更3.4カ月後15.6±3.3mmHgで,変更後に有意に下降した(p<0.0001).眼圧下降幅は変更1.2カ月後は1.2±1.7mmHgで,内訳は2mmHg以上下降14例(37.8%),±1mmHg以内21例(56.8%),2mmHg以上上昇2例(5.4%),変更3.4カ月後は1.8±2.1mmHgで,内訳は2mmHg以上下降15例(53.5%),±1mmHg以内12例(42.9%),2mmHg以上上昇1例(3.6%)だった(図1).眼圧下降不十分群(19例)の眼圧は変更前18.2±3.1mmHg,変更1.2カ月後16.5±2.4mmHg,変更3.4カ月後16.7±3.4mmHgで,変更後に有意に下降した(p<0.01).変更前と変更1.2カ月後,3.4カ月後の眼圧分布を図2に示す.眼圧が変更1.2カ月後に変更前と比べて上昇したのは4例(10.7%),不変だったのは8例(21.7%),下降したのは25例(67.6%)だった.眼圧が変更3.4カ月後に変更前に比べて上昇したのは4例(14.3%),不変だったのは4例(14.3%),下降したのは20例(71.4%)だった.眼圧下降幅は変更1.2カ月後は1.4±2.1mmHgで,内訳は2mmHg以上下降9例(50.0%),±1mmHg以内7例(38.9%),2mmHg以上上昇2例(11.1%),変更3.4カ月後は2.2±2.6mmHgで,内訳は2mmHg以上下降8例(66.7%),±1mmHg以変更1~2カ月後変更3~4カ月後2mmHg以上上昇,2mmHg以上上昇,2例,5.4%1例,3.6%図1眼圧下降幅(全症例)1032あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(116)変更前と変更1~2カ月後変更前と変更3~4カ月後変更1~2カ月後眼圧(mmHg)0051015202530変更前眼圧(mmHg)図2変更前後の眼圧変更1~2カ月後変更3~4カ月後変更1~2カ月後変更3~4カ月後2mmHg以上上昇,2mmHg以上上昇,0051015202530変更前眼圧(mmHg)2例,11.1%1例,8.3%図3眼圧下降幅(眼圧下降不十分群)内3例(25.0%),2mmHg以上上昇1例(8.3%)だった(図3).眼圧下降率は変更1.2カ月後6.8±12.1%,変更3.4カ月後11.0±12.7%だった.副作用出現群(19例)の眼圧は変更前16.1±3.2mmHg,変更1.2カ月後15.0±2.8mmHg,変更3.4カ月後14.9±3.0mmHgで,変更後は有意に下降した(p<0.05).眼圧下降幅は変更1.2カ月後は1.1±1.3mmHgで,内訳は2mmHg以上下降5例(26.3%),±1mmHg以内14例(73.7%),変更3.4カ月後は1.4±1.7mmHgで,内訳は2mmHg以上下降7例(43.8%),±1mmHg以内9例(56.2%)だった(図4).眼圧下降率は変更1.2カ月後6.1±7.6%,変更3.4カ月後8.1±10.4%だった.変更前にブリモニジン点眼薬により出現していた副作用は変更後に全症例で軽快あるいは消失した.変更後の副作用は4例(10.5%)で出現した.内訳は変更1カ月後に掻痒感,変更1カ月後に鼻出血,変更2カ月後に咽頭痛,変更3カ月後にアレルギー性結膜炎が各1例だった.変更後の中止例は3例(7.9%)だった.内訳は変更1カ月後に鼻出血,変更2カ月後に咽頭痛,変更3カ月後にレー図4眼圧下降幅(副作用出現群)ザー治療(選択的レーザー線維柱帯形成術)施行が各1例だった.III考按ブリモニジン点眼薬の眼圧下降率は単剤投与では20.9.23.6%12),プロスタグランジン関連点眼薬への2剤目としての追加投与では11.8.18.2%12.14),3剤以上の多剤併用症例への追加投与では6.9.14.3%15,16)と報告されている.一方,リパスジル点眼薬の眼圧下降率は単剤投与では7.5.29.0%2.5),プロスタグランジン関連点眼薬への2剤目としての追加投与では8.0.18.4%5,6),3剤以上の多剤併用症例への追加投与では15.5.21.5%7.10)と報告されている.緑内障病型,症例数,薬剤投与期間,投与前眼圧などが異なるので両剤を単純には比較できないが,両剤の眼圧下降効果はほぼ同等と考えられる.今回ブリモニジン点眼薬からリパスジル点眼薬への変更で眼圧下降不十分群,副作用出現群ともに眼圧が有意に下降した.変更前眼圧が高い症例のほうが眼圧下降が良好な場合が多いが,今回は図2に示すように,変更前眼圧の高低にかかわらず,良好な眼圧下降を示した.その理由として点眼薬の変更によりアドヒアランスが向上した,副作用が軽減したためにアドヒアランスが向上した,ブリモニジ(117)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171033ン点眼薬のノンレスポンダーの症例だった,あるいはリパスジル点眼薬の眼圧下降の作用機序がブリモニジン点眼薬と異なることなどが考えらえる.しかし,今回は前治療薬であるブリモニジン点眼薬の点眼アドヒアランスや眼圧下降効果は後ろ向き研究のため不明である.さらに眼圧測定時間は,患者ごとにはリパスジル点眼薬変更前後で同時刻としたが,リパスジル点眼薬の投与時間は患者ごとに一定ではなく,眼圧値がピーク値なのかトラフ値なのかは不明である.今後,前向き研究が必要と考える.リパスジル点眼薬の副作用は10.5%,中止例は7.9%で出現した.リパスジル点眼薬の治験では副作用として結膜充血,眼瞼炎,アレルギー性結膜炎,眼刺激感,結膜炎,掻痒感,角膜炎が出現し,また,中止例は0.35.8%だった2.6).副作用のうち,とくに結膜充血は55.9.96.4%と高頻度に出現した1,3.5)が,今回は出現しなかった.結膜充血は点眼後に一過性に出現するために診察時には出現していなかった,あるいは結膜充血が点眼後にほとんどの症例で一過性に出現すると説明したために患者が気にしなかった可能性がある.また,出現した副作用のアレルギー性結膜炎,掻痒感は治験や臨床報告にもみられたが,鼻出血と咽頭痛は報告がなく,リパスジル点眼薬との因果関係は不明である.しかし,両症例ともにリパスジル点眼薬の継続使用を望まず,点眼中止となり,その後症状は消失した.ブリモニジン点眼薬による副作用(アレルギー性結膜炎,結膜充血,眼痛,傾眠)はブリモニジン点眼薬中止後に全例で軽快,あるいは消失した.副作用出現症例ではその原因となる点眼薬を中止することが基本であり今回も効果的だった.また,リパスジル点眼薬使用後にアレルギー性結膜炎が出現した1例は,眼圧下降効果不十分群だった.両点眼薬でのアレルギー性結膜炎の発症機序は異なると考えられる.しかし,リパスジル点眼薬によるアレルギー性結膜炎は通常数カ月間使用後に出現するので,今回の3.4カ月間の短期の経過観察期間では過小評価された可能性がある.ブリモニジン点眼薬を使用中で眼圧下降不十分症例やブリモニジン点眼薬による副作用出現群では,リパスジル点眼薬への変更が眼圧下降効果と安全性の面から有用である.しかし今回は3.4カ月間という短期の経過観察期間であったので,今後も長期的な経過観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:E.ectsofRho-associatedproteinkinaseinhibitorY-27632onintraocularpressureandout.owfacility.InvestOphthalmolVisSci42:137-144,20012)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Phase1clinicaltrialsofaselectiveRhokinaseinhibitor,K-115.JAMAOphthalmol131:1288-1295,20133)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Phase2ran-domizedclinicalstudyofaRhokinaseinhibitor,K-115,inprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.AmJOphthalmol156:731-736,20134)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Intra-ocularpressure-loweringe.ectsofaRhokinaseinhibitor,ripa-sudil(K-115),over24hoursinprimaryopen-angleglau-comaandocularhypertension:arandomized,open-label,crossoverstudy.ActaOphthalmol93:e254-e260,20155)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:One-yearclini-calevaluationof0.4%ripasudil(K-115)inpatientswithopen-angleglaucomaandocularhypertension.ActaOph-thalmol94:e26-e34,20166)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Additiveintra-ocularpressure-loweringe.ectsoftheRhokinaseinhibi-torripasudil(K-115)combinedwithtimololorlatano-prost:Areportof2randomizedclinicaltrials.JAMAOphthalmol133:755-761,20137)中谷雄介,杉山和久:プロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害薬,ブリモニジンの4剤併用でコントロール不十分な緑内障症例に対するリパスジル点眼液の追加処方.あたらしい眼科33:1063-1065,20168)吉谷栄人,坂田礼,沼賀二郎ほか:緑内障患者に対するリパスジル塩酸塩水和物点眼液の眼圧下降効果と安全性の検討.あたらしい眼科33:1187-1190,20169)SatoS,HirookaK,NittaEetal:Additiveintraocularpressureloweringe.ectsoftheRhokinaseinhibitor,ripa-sudilinglaucomapatientsnotabletoobtainadequatecontrolafterothermaximaltoleratedmedicaltherapy.AdvTher33:1628-1634,201610)InazakiH,KobayashiS,AnzaiYetal:E.cacyoftheadditionaluseofripasudil,aRho-kinaseinhibitor,inpatientswithglaucomainadequatelycontrolledundermaximummedicaltherapy.JGlaucoma26:96-100,201711)井上賢治,瀬戸川章,石田恭子ほか:リパスジル点眼薬の処方パターンと患者背景および眼圧下降効果.あたらしい眼科33:1774-1778,201612)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,201213)山本智恵子,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼薬のプロスタグランジン関連点眼薬への追加効果.あたらしい眼科31:899-902,201414)林泰博,林福子:プロスタグランジン関連薬へのブリモニジン点眼液追加後1年間における有効性と安全性.あたらしい眼科69:499-503,201515)中島佑至,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼薬の追加投与による眼圧下降効果と安全性.臨眼68:967-971,201416)森山侑子,田辺晶代,中山奈緒美ほか:多剤併用中の原発開放隅角緑内障に対するブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与の短期成績.臨眼68:1749-1753,20141034あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(118)

基礎研究コラム 2.ネクロプトーシス

2017年7月31日 月曜日

ネクロプトーシス細胞死の分類とネクロプトーシス“細胞死はプログラムされている”と提唱したのは1964年のLockshinとWilliamsの論文で,これが細胞死研究の幕開けともいえます.1973年には形態学的な観点から1)核・細胞質の濃縮,2)細胞質のオートファゴゾームの形成,3)細胞質・細胞小器官の拡張と細胞膜の破綻,の3種類の細胞死が分類されました.これらはそれぞれアポトーシス,オートファジーを伴う細胞死,ネクローシスとして現在でも広く用いられている概念です.アポトーシスはギリシャ語のapo(離れる)とptosis(落ちる)を組み合わせた造語ですが,ただの死(ギリシャ語でネクローシス)とは異なり,プログラムされた細胞死として提唱されました.この仮説はCaspaseファミリーの発見により実証されましたが,一方でCaspase阻害によりアポトーシスを抑制しても細胞は必ずしも救済されず,代わりにネクローシスの形態を取って死ぬことがわかりました.その後の研究から,このCaspase阻害下に誘導されるネクローシスは,receptorinteractingprotein(RIP)1/RIP3のリン酸化を介して能動的に誘導されることが明らかとなり,受動的なネクローシスと区別してネクロプトーシスとよばれています1).網膜疾患におけるネクロプトーシスの役割視細胞の死はさまざまな網膜疾患や加齢で起こりますが,これらはおもにアポトーシスによって誘導されると考えられてきました.しかし逆説的でありますが,アポトーシスの主要経路であるCaspaseを阻害しても,動物モデルでの網膜変性は十分に抑制されませんでした.そこで網膜.離モデルを用いて視細胞の形態を詳細に観察したところ,Caspase阻害下ではネクローシス様に変化することがわかりました.さらにこのネクローシス様の視細胞死はRIP経路の阻害によって抑制されることから,網膜.離後の視細胞死にはアポトーシスのみならずネクロプトーシスが代償的に関与することがわかりました(図)2).また,網膜色素変性や加齢黄斑変性モデルにおいても,ネクロプトーシスの関与がわかりました.今後の展望網膜や脳の変性疾患において,近年ネクロプトーシスやオートファジーなど非アポトーシス型細胞死の重要性が明ら(101)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY村上祐介九州大学大学院医学研究院眼科学分野図網膜.離の視細胞死網膜.離後,視細胞死はおもにアポトーシスによって誘導されるが(a),Caspase阻害薬(Z-VAD)でCaspase経路を阻害すると,RIP経路の活性化を介してネクロプトーシスが誘導される(b).Caspaseの阻害とRIP経路の阻害(Nec-1またはRIP3遺伝子の欠失)を行うと,効果的に視細胞死が抑制された.(文献3より改変引用)かになってきています.また,死細胞から放出されるさまざまな物質は,周囲の細胞を刺激して炎症/増殖/細胞死を誘導し,病態を大きく修飾することも注目されています.細胞死研究の進展から,さまざまな網膜変性疾患に有効な治療薬が現実になる日も遠くないかもしれません.文献1)VandenabeeleP,GalluzziL,VandenBergheTetal:Molecularmechanismsofnecroptosisorderdcellularexplosion.NatRevMolCellBiol11:700-714,20102)TrichonasG,MurakamiY,ThanosAetal:Receptorinteractingproteinkinasesmediateretinaldetachment-inducedphotoreceptornecrosisandcompensateforinhibi-tionofapoptosis.ProcNatlAcadSciUSA175:21695-21700,20103)MurakamiY,NotomiS,HisatomiTetal:Photoreceptorcelldeathandrescueinretinaldetachmentanddegenera-tions.ProgRetinEyeRes37:114-140,2013あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171017

二次元から三次元を作り出す脳と眼 14.網膜対応点と両眼視細胞(視差選択性細胞)

2017年7月31日 月曜日

左右の網膜を平行移動させ中心窩が一致するように重ね合わせると,点1~5は互いに重なり合う.このような点を網膜対応点とよび,対応点に同じ像が映るとき視差は0である(連載②参照).対応点同士の情報は視交叉より後ろでは互いに併走し,外側膝状体(図1b)を経てV1で隣り合う場所に到達する(図1c).V1では左右眼からの情報の達する領域が分かれて柱状構造(コラム)を作る.斜視や弱視の際にこのコラム構造に変化が及ぶ.次回で詳説する.*右眼・左眼コラムの細胞が,コラム境界付近の細胞(図1cの◎)に情報を送り,ここで両眼の情報が初めて合流する.この細胞は左右どちらの眼の刺激にも反応する.中には検出した両眼視差に対して反応する細胞があり,視差選択性あるいは視差感受性細胞とよばれる.臨床的には両眼視細胞ともよばれる.視差選択性をもつ細胞視差選択性(disparityselectivity)が最初に報告されより右側網膜に映る.点0~5,対応点同士の情報(a)は視交叉より後ろで併走し,右外側膝状体(b)を経てV1の右眼・左眼コラム内に隣り合う形で到達する(c).次にコラムの細胞が境界の細胞(◎)に情報を送り,ここで両眼の情報が初めて合流する.この細胞は両眼視差を検出し,視差の大きさで反応を変える.黄斑線維周辺線維(99)あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710150910-1810/17/\100/頁/JCOPY5L●◎●5R4L●◎●4R3L●◎●3R2L●◎●2R1L●◎●1RF0L●◎●F0R図2視差選択性細胞(V1・V2・abc100100100V3)757575縦軸は細胞の反応強度を,横軸は両眼視差の大きさを,0は視差0,505050+側は同側性,.側は交差性視差252525を表す.bは両眼視差が0のとき000に最大反応を示すが,交差性や同側性など大きな視差に対しては反def応が小さい.eはbと逆の反応を100100100示す.a,dは交叉性視差に対し757575て強く反応する.aは特定の狭い505050範囲の視差に,dは広い範囲の視252525差にゆるやかに反応する.cは狭い範囲の,fは広い範囲の同側性000視差に反応する.神経細胞の反応強度スパイク/秒-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0両眼視差(度)たのは,1968年,ネコのV1においてである1).麻酔下のネコで,眼球の動きを止めるため筋弛緩剤を使用した状態でV1の細胞が両眼視差に反応することを示した.しかしこの方法では両眼で同じ点を固視するのは困難であり,細胞が本当に両眼視差に反応しているのかとの批判もあがった.数々の追試で細胞の存在を証明し,現在では立体視研究の第一歩とされている.その後,無麻酔のサルによる実験で視差選択性細胞が報告された2).ある1点を固視するよう訓練されたサルに,視標やran-domdotstereogram(RDS,連載⑤参照)を用いて交差性あるいは同側性の視差刺激を与えることにより,視差の大きさに応じて異なる反応を示す細胞をV1・V2・V3に発見した(図2).詳細は図の説明に記す.*さまざまな視差選択性細胞が,両眼から入る視差の大きさに応じて反応を変化させることで,単眼の二次元の情報を三次元の情報に変換している.視差0の基準面(ホロプター,連載②参照)を定めて検出した交差性視差は,固視点より前方や凸の,同側性視差は固視点より後方や凹の感覚につながる(連載③参照).視差選択性細胞は1990年代に入るとV5/MTやV5a/MSTなど背側経路(連載⑩参照)においても報告された.腹側経路に存在することを明らかにしたのは日本の研究者であり,当時の考え方を大きく変えた1).腹側経路の視差選択性細胞腹側経路の最終ステージである下側頭葉に視差選択性細胞が存在することを藤田らは2000年にサルで報告し3),後にV4でも証明した1,4).サルが視差のある図形1016あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(文献2より改変)を凸や凹の感覚としてとらえているかを調べるのは非常に困難なことだが,彼らは次のような実験を行った.視標やRDSを用いて呈示した凸(交差性視差)や凹(同側性視差)の刺激を区別できるよう訓練し,凹凸どちらの感覚を得たかを回答させる.具体的には視差刺激消失後の画面で,得た感覚が凸ならば画面下方を,凹ならば上方を固視させ,眼の動きをアイモニターで観察する.さらに下側頭葉やV4に留置した微小電極で細胞の反応を記録する.このような自覚的・他覚的両方の判定によってサルが0.02度程度の細かい視差をとらえていることを証明した.背側経路は大まかな立体視に,腹側経路は精密な立体視に関与すると現在考えられている.視差選択性細胞は生後両眼から同等の視覚刺激が届くことで育つ.立体視の発達は生後3~4カ月に始まり3歳終わり頃に終了するとされる.片眼の白内障や不同視のため鮮明な像が映らず弱視を生じたり,斜視のため対応点に同じ像が映らなかったりすると,細胞の発育が阻害される.文献1)藤田一郎:立体世界を見る脳のしくみ.脳がつくる3D世界─立体視のなぞとしくみ.p132-170,化学同人,20152)PoggioGF,GonzalezF,KrauseF:Stereoscopicmecha-nismsinmonkeyvisualcortex:binocularcorrelationanddisparityselectivity.JNeurosci8:4531-4550,19883)UkaT,TanakaH,YoshiyamaKetal:Disparityselectivi-tyofneuronsinmonkeyinferiortemporalcortex.JNeu-rophysiol84:120-132,20004)ShiozakiHM,TanabeS,DoiTetal:NeuralactivityincorticalareaV4underlies.nedisparitydiscrimination.JNeurosci32:3830-3841,2012(100)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 170.強膜バックリング手術習得のコツ(その5)バックルの設置法(初級編)

2017年7月31日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載170170強膜バックリング手術習得のコツ(その5)バックルの設置法(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめにバックルを設置する際には,裂孔と硝子体牽引の関係についてよく理解しておく必要がある.以下,代表的な2種類の裂孔について解説する.●弁状裂孔弁状裂孔は通常,急性後部硝子体.離の進行により形成され,約半数の症例は網膜格子状変性巣の辺縁に沿って形成されるが,単一の弁状裂孔も約半数の症例でみられる.弁状裂孔では裂孔蓋に硝子体ゲルが付着しており,網膜自体に働く牽引力は裂孔の周辺側がもっとも強い.よってバックル設置の際には,この部位を確実にバックル上にのせる必要がある1).円周方向のバックル設置の場合,しばしば弁状裂孔全体をバックル上にのせようという意識が強くなり,バックルを奥に設置しすぎて,周辺側の牽引の相殺が甘くなり,周辺側から再.離をきたすケースが多い(図1)2).裂孔が大きい症例では,後極側のバックル効果が多少甘くなっても,ガスタンポナーデで十分に閉鎖が得られる.子午線方向のバックルはフッシュマウスになりにくい利点があるが,円周方向に位置がずれると裂孔の辺縁から再.離をきたしやすく(図2),輪状締結を併用しないと,バックルが押し出されやすい.●網膜格子状変性巣に起因する裂孔網膜格子状変性巣では,変性巣の全周に網膜硝子体癒着が存在している2).網膜格子状変性巣に起因する裂孔は,変性巣内に生じる萎縮性円孔と,変性巣の辺縁に生じる弁状裂孔に大別される.経強膜冷凍凝固を施行する際には,裂孔周囲だけでなく,変性巣全体にも過剰凝固にならない程度に適度な凝固を行う.網膜格子状変性巣全体をバックルの上にのせる必要があるため,通常は円周方向にバックルを設置する(図3).(97)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1弁状裂孔に対する円周方向のバックルバックルを深部に設置しすぎると,周辺側の牽引の相殺が甘くなり,周辺側から再.離をきたしやすい.図2弁状裂孔に対する子午線方向のバックル円周方向に位置がずれると,裂孔の辺縁から再.離をきたしやすい.図3網膜格子状変性巣に起因する裂孔に対するバックル網膜格子状変性巣全体をバックルの上にのせる必要がある.●バックル材料バックルは裂孔の大きさによって適宜選択する.筆者はおもに#501シリコーンスポンジあるいは#506シリコーンスポンジを使用することが多い.前者のほうが一回り小さいため,マットレス縫合を確実に行えば,術後にバックル自体が押し出されて結膜下に隆起を作ることは少ない.シリコーンタイアは,増殖性硝子体網膜症や周辺部の深さの異なる多発裂孔などの症例に有用である.文献1)眼科Surgeonsの会編:網膜.離の手術.確実な復位をめざして.医学書院,19862)池田恒彦:強膜バックリング術の原理と術式理論に基づくバックル材料と術式の決定.眼科グラフィック2:60-65,2013あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171013

斜視と弱視のABC 11.外傷性脳神経障害による斜視

2017年7月31日 月曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保11.外傷性脳神経障害による斜視根岸貴志順天堂大学医学部眼科学教室外傷性斜視のうち,脳神経障害による外眼筋麻痺について,滑車神経麻痺に対する下斜筋切除術を施行した症例を提示し解説する.両眼性に留意しながらParks三段階法により麻痺筋を同定.回旋斜視は手術でしか矯正できないため,下斜筋減弱術か対側下直筋減弱術を行う.術後の複視や追加手術についても十分説明して手術を計画する必要がある.はじめに外傷性斜視の原因は,眼窩底骨折により外眼筋への器械的運動障害をきたした場合と,脳神経障害などによる眼筋麻痺の2種類に大別される.麻痺と器械的運動障害を鑑別するには牽引試験を行う.牽引試験にて制限があれば器械的運動障害であり,眼窩底の整復が必要となるが,ここでは脳神経障害による眼筋麻痺による斜視をとりあげる.頭部外傷による脳神経障害では,動眼神経麻痺,外転図1眼底写真とくに左眼が外方回旋していることがわかる.左眼右眼図2術前HESS赤緑試験中心点が右眼は上,左眼は下方向に偏位しており,右上斜視が5°程度あることがわかる.右眼の面積が小さく,麻痺眼は右眼で,もっとも偏位の大きい上斜筋に麻痺があることがわかる.(95)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY神経麻痺,滑車神経麻痺が眼球運動に関係する.なかでも滑車神経麻痺は割合が高いものの1),その診断が難しい.具体的な症例を提示し,治療方針について解説する.症例患者:60代,女性.主訴:複視現病歴:1年前,歩行時に車にひかれ,くも膜下出血.意識障害の回復後に複視を自覚.1年間症状変化なし.眼科所見:第一眼位:右上斜視4Δ(左方視および右傾斜で悪化..20Δまで).前眼部:特記所見なし.眼底:外方回旋(図1).HESS赤緑試験:右上斜視(図2).大型弱視鏡:自覚的斜視角:+1°,右上斜視6°,外方回旋5°.治療方針:上記より,右外傷性滑車神経麻痺と診断.回旋性斜視はプリズムでは改善しないため,手術を計画.両眼性の疑いは残るが,右眼の回旋および上下斜視を改善させるため,右下斜筋切除術を計画.術後経過:術直後はめまいを訴えたが,次第に軽快.左眼右眼図3術後HESS赤緑試験15°の範囲では,ほぼ眼球運動障害が消失している.あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171011HESS赤緑試験で著しい改善がみられ(図3),複視も消失.眼球運動障害もめだたなくなった.外傷性滑車神経麻痺について麻痺筋の同定にはParks三段階法を用いる(図4).第一眼位の上下,側方視での上下の悪化方向,頭部傾斜による上下斜視の悪化方向に注目する方法であるが,基本的には単筋の麻痺に対してのみ有効で,運動制限がある場合にはあまり参考にならないことに留意する必要がある.本症例では典型的な右上斜筋麻痺の所見を呈しており,眼底写真による回旋もそれを裏づけた.外傷性滑車神経麻痺は,第一眼位での上下斜視が20Δ以上みられる場合,左右差の強い両眼性が強く疑われる.本症例では,第一眼位での角度は4Δ,HESS赤緑試験でも5°程度であり,片眼性の可能性のほうが高かった.回旋斜視に対する治療として,麻痺眼の下斜筋減弱術を行うか,僚眼の下直筋減弱術(鼻側移動)を行うか,選択枝は二つある.患眼の上斜筋の短縮術は,合併症をきたしやすく,術後予測との誤差も大きいため,第一選択としては勧められない.本症例では,患眼の手術を希望されたため,全身麻酔下での下斜筋切除術を施行した.術後に左上斜視をきたした場合は,両眼性として左下斜筋切除術を追加することや,下斜筋切除術後にはわずかに内斜視化することから,術後の水平斜視の微調整が局所麻酔で必要になる可能性を十分説明してから施行した.高齢になるほど術後の眼位変化に適応する時間が長くなる.60代では最低6週間は適応に必要と説明し,術後早期のめまいや複視については,できるかぎり両眼視をしてリハビリに時間をかけるよう説明する.本症例では幸いにも1回の手術でHESS赤緑試験の劇的改善がみられ,自覚的複視もほぼ完全に消失した.まとめ外傷性脳神経障害による複視の代表例として,滑車神経麻痺を提示した.回旋複視はプリズムでの治療が無効であり,手術が必要であるが,複数回の手術が必要になることが多く,十分な準備を行って臨む必要がある.文献1)Ciu.redaKJ,KapoorN,RutnerDetal:Occurrenceofoculomotordysfunctionsinacquiredbraininjury:Aret-rospectiveanalysis.Optometry78:155-161,20071012あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(96)

眼瞼・結膜:ドライアイの自覚症状と他覚所見の解離

2017年7月31日 月曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人28.ドライアイの自覚症状と他覚所見の解離白石敦愛媛大学大学院医学系研究科器官・形態領域眼科学涙液層破壊時間(BUT)短縮型ドライアイは,涙液の質的異常により涙液膜の安定性が低下した状態である.涙液分泌機能が正常で,角結膜上皮障害がほとんどないにもかかわらず,自覚症状が強いことが特徴である.●はじめに眼表面は常に涙液に覆われており,この安定した涙液層により眼表面の健全性や視機能が維持されている.涙液層は表層から油層,水層,ムチン層の3層で構成されているとされていたが,ムチンには膜型と分泌型があり,水層中にも分泌型ムチンが存在していることから,現在では油層と液層の2層構造をしていると認識されるようになっている.涙液層の安定には適切な水分量,油分,ムチンが必要であり,いずれか欠けても安定性が失われてしまう.この涙液層の破壊が短時間に起こり,ドライアイ症状を呈するのが涙液層破壊時間(tear.lmbreak-uptime:BUT)短縮型ドライアイである.●BUT短縮型ドライアイの診断フルオレセイン染色後,開瞼直後から角膜上にドライスポットが出現するまでの時間を測定したものがBUTであり,5秒以下が異常値である.BUT測定は,フルオレセイン染色検査とともに多くの情報を得ることので治療前きる非常に有用な検査であるが,検査にあたり,いくつかの注意点がある.①フルオレセイン染色方法であるが,最小量のフルオレセインを点入すること.点入量が多いと涙液の水分量に影響を与えてしまい,BUTが長くなる可能性がある.②フルオレセイン点入後は十分な瞬目をさせ,フルオレセインを眼表面に均一に広がらせること.フルオレセインがいきわたらない領域があると,観察が不十分となってしまう.③瞬目の強弱により涙液層の厚さに影響が出るため,できるだけ軽く自然な瞬目を心がけるよう患者に協力してもらうことが重要である.●自覚症状出現の病態BUT短縮型ドライアイで自覚症状が強い原因はまだ解明されていないが,BUT短縮の原因となる涙液の不安定性に起因することが推測される.そこで注目されるのがtransientreceptorpotential(TRP)channelsといわれる感覚受容器ファミリーであり,TRPV1,TRPV4治療後図1フルオレセイン染色によるBUT観察治療前では開瞼直後からスポット状のbreakupを認め,BUTは0秒であった.ジクアホソルナトリム点眼治療後には,開瞼直後にはbreakupは認めず,BUTは3秒に延長した.(93)あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710090910-1810/17/\100/頁/JCOPY治療前治療後図2Ocularsurfacethermographyによる眼表面温度の変化治療前は角膜中央の温度が5秒間に0.57℃低下していた.ジクアホソルナトリム点眼治療後は角膜中央の温度低下は0.25℃に抑えられていた.は痛みや高温度に対し,TRPM8は冷感刺激に対して反応し,角膜にも存在していることがわかっている1.3).実際に,BUT短縮型ドライアイでは開瞼直後からの温度低下が正常や涙液短縮型ドライアイよりも大きいことが知られており4),この温度低下がTRPM8を刺激して痛覚を感じるのではないかと推測される.●BUT短縮型ドライアイの治療涙液の安定を誘導するような治療が有効であり,ジクアホソルナトリウム点眼やレバミピド点眼は,ムチン産生や分泌を促進することにより涙液水層のムチン濃度を高めて,涙液の安定化をはかる作用がある.図1の症例はBUT短縮型ドライアイであり,開瞼直後からスポット状のbreakupを認め,BUTは0秒であり,異物感および刺すような痛みを強く訴えており,ocularsur-facethermographyによる眼表面温度測定でも治療前には角膜表面温度が5秒間に0.57℃低下していた.ジクアホソルナトリム点眼治療後にはBUTは3秒に延長し,角膜表面の温度低下は0.25℃に抑えられ,自覚症状も軽減していた.この症例は,点眼治療により涙液膜が安定することにより,眼表面温度も安定化し,症状の緩和につながったと推測される.文献1)PanZ,YangH,MerglerSetal:Dependenceofregulato-ryvolumedecreaseontransientreceptorpotentialvanil-loid4(TRPV4)expressioninhumancornealepithelialcells.CellCalcium44:374-385,20082)ParraA,MadridR,EchevarriaDetal:OcularsurfacewetnessisregulatedbyTRPM8-dependentcoldthermo-receptorsofthecornea.NatMed16:1396-13991,20103)PorED,ChoiJH,LundBJ:Low-levelblastexposureincreasestransientreceptorpotentialvanilloid1(TRPV1)expressionintheratcornea.CurrEyeRes41:1294-1301,20164)KamaoT,YamaguchiM,KawasakiSetal:Screeningfordryeyewithnewlydevelopedocularsurfacethermogra-pher.AmJOphthalmol151:782-791,e781,2011☆☆☆1010あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(94)

抗VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術

2017年7月31日 月曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二42.糖尿病黄斑浮腫に対する戸島慎二森實祐基岡山大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野硝子体手術現在,糖尿病黄斑浮腫に対する治療の第一選択はVEGF阻害薬硝子体内注射であるが,治療に抵抗する症例では他の治療法を考慮する必要がある.本稿では糖尿病黄斑浮腫(DME)の治療における硝子体手術の適応基準,奏効機序と問題点,そして筆者らの施設で行っている新しい術式について概説する.はじめに現在,びまん性糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対する治療の第一選択は血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬の硝子体内注射であり1),無効な場合にはステロイド局所投与が考慮される.しかし,これらの薬物治療が奏効しない場合には,硝子体手術が選択される.硝子体手術の適応基準は各治療施設によって異なると考えられるが,筆者らの施設の基準を記す.硝子体手術の適応基準基準1:上述のように,薬物療法が奏効しない症例が適応となる.筆者らの施設では,中心網膜厚(centralretinalthickness:CRT)が275μm以上のDMEを認めた場合,まずVEGF阻害薬硝子体内注射をprorenataで最大3回投与する.3回投与後もCRTが275μm以上ある場合は,ステロイドのTenon.下投与もしくは硝子体内投与を行う.ステロイド投与後もCRTが275μm以上ある場合は,患者と相談のうえ,硝子体手術を考慮する.基準2:網膜に対する明らかな牽引を認める症例が適応となる.黄斑上膜や増殖膜による硝子体黄斑牽引を伴うDMEに対して硝子体手術を行い,牽引を解除すると,浮腫および視力の有意な改善が得られる2).自験例を図1に示す.基準3:薬物治療を継続できない症例が適応となる.VEGF阻害薬投与に伴う経済的負担や全身合併症のために投与を継続できない場合は,硝子体手術を検討する.硝子体手術の奏効機序DMEに対する硝子体手術の奏効機序として,おもに三つのメカニズムがあげられる.一つ目は網膜硝子体界面における黄斑牽引の解除である.黄斑牽引を完全に解除するため,硝子体切除に加えて,内境界膜(innerlimitingmembrane:ILM).離を併施する.二つ目は眼内酸素分圧の上昇である.硝子体手術により硝子体腔が酸素分圧の高い房水に置き換わることで網膜内層への酸素供給が改善し,VEGFの産生が抑制され,黄斑浮腫が改善する3).三つ目は硝子体切除による,眼内のVEGFをはじめとした炎症性サイトカインの除去効果である3).硝子体手術の問題点DMEに対する硝子体手術の最大の問題点として,硝図1黄斑上膜を合併した糖尿病黄斑浮腫左:術前.黄斑浮腫および黄斑上膜(..)を認める.右:術後.黄斑上膜を除去すると浮腫が消失した.(91)あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710070910-1810/17/\100/頁/JCOPY術前術後1週間術後6カ月図2眼内灌流液の網膜下注入術硝子体手術+内境界膜.離に加え,眼内灌流液を網膜下に注入した.術後1週間より浮腫の改善認め,術後6カ月まで☆☆☆維持された.子体手術によって黄斑浮腫は改善するが,視力は必ずしも改善しないという点があげられる4).この原因としては,硝子体手術に至る症例は一般に経過が長く,視細胞の不可逆的な障害が術前にすでに生じていることが考えられる.さらに,硝子体手術による黄斑浮腫の改善には半年から1年を要することから,その間にも視細胞の障害が進行してしまう可能性がある4).DMEに対する新しい術式筆者らの施設では,DMEに対する新しい術式として眼内灌流液(ビーエススプラスR,以下BSS)を網膜下に注入する方法を考案した5).本術式では通常の硝子体手術+ILM.離に加え,38ゲージカニューラを用いてBSSを網膜下に少量注入する.この術式により術後早期(1週間)よりCRTの有意な減少を認め,それは術後6カ月まで維持された(図2).また,65%の症例で3段階以上の視力改善を認めた.従来の硝子体手術と比較して非常に早期に黄斑浮腫の改善が得られたことで,術後の視細胞障害の進行が抑えられた可能性がある.今後,本術式の奏効機序や長期経過について,さらなる検討が必要である.文献1)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIran-domizedtrials:RISEandRIDE.Ophthalmology119:789-801,20122)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrecto-myfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753-759,19923)LaidlawDAH:Vitrectomyfordiabeticmacularoedema.Eye22:1337-1341,20084)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetworkWritingCommittee,HallerJA,QinHetal:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,20105)MorizaneY,KimuraS,HosokawaMetal:Plannedfovealdetachmenttechniquefortheresolutionofdi.usediabeticmacularedema.JpnJOphthalmol59:279-287,20151008あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(92)

緑内障:緑内障診療における統計学的視点

2017年7月31日 月曜日

●連載205監修=岩田和雄山本哲也205.緑内障診療における統計学的視点山下高明鹿児島大学病院眼科緑内障診療において統計学的な視点をもてば,より正確な診断,より正確な治療,より正確な予想と患者への説明が可能となる.統計学は国語力と数学力によって裏づけられる,きわめて身近で有用な学問である.本稿では,統計学の基本的な考え方と,数値化・図表による理解・感度と特異度について解説する.●統計学とは何か統計学とは,より正確に物事を数値化し,より正確に分析し,より正確に未来予測をする学問である.この3ステップのうち最重要なのは正確に物事を数値化することである.なぜなら正確な数値化が正しい分析と未来予測を可能にするからである.眼科ではオートレフラクトケラトメータにより屈折と角膜曲率半径,視力表による視力,眼軸長測定装置により眼軸長や前房深度が数値化されてきた.緑内障分野でも眼圧計による眼圧値,静的視野検査による視野感度,光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)により網膜神経線維層厚が数値化され,病態解明および診療に格段の進歩をもたらした.もし,眼圧が数値化されていなかったら,緑内障診療はどうなっているであろうか.眼圧の程度がわからず,眼圧下降薬が有効であるかどうかもわからず,治療はままならない.さらにいえば,眼圧が緑内障に重要であると見出すことも数値化の第一歩であり,語彙力も統計学的には重要となる.これは何を数値化するかということであり,たとえば研修医が前眼部を見ても限られた所見しか得ることはできないが,医学用語を熟知した専門医が前眼部を見れば,容易に20種類以上の所見を得ることができる.このように統計学は言葉の力と数字の力の統合であり,統計学を使いこなすことで正確な理解が可能となるのである.そのため,皆で共有できる科学的論文では,方法で「何をどのように正確に数値化をしたか」を述べて,統計学的な手法で仮説を証明するのである.近年は数値化しにくいと考えられていた社会活動や心理も数値化され,経済学・社会学・心理学も格段の進歩を遂げている.つまりあらゆるものを正確に数値化することで,人は病気だけでなく自然・世界・他人を理解することができるのである.本稿では緑内障診療における統計学的視点の一部を解説する.(89)●数値化の重要性緑内障において正確な数値化は案外むずかしい.自覚的検査である視力・視野感度は検査ごとに変動することは臨床上よく経験されるが,他覚的検査である眼圧値でさえも,検査者の熟練度や患者の緊張,涙液の状態などによって変動する.OCTによる網膜や視神経の数値化でも,検査ごとに変動があり,得られた厚みや容積の情報が正しいか人間がチェックする必要がある.たとえば撮影時に網膜面が傾いていれば,検査光が斜めに網膜を通過するために実際より厚く数値化される.OCTは網膜の層や視神経乳頭の輪郭を自動で認識するが,その認識がうまくいかないことをセグメンテーションエラーとよぶ.セグメンテーションエラーを起こすと,マップの画像や厚みが通常では考えられない乱れを生じる(図1,赤矢印).緑内障診断では,網膜前膜や黄斑浮腫などの他疾患が合併すれば,神経線維層欠損の判定は困難である.図1の右眼では青矢印に黄斑前膜があり,乱れたカラーマップとなっている.乱れたカラーマップを見た場合は,B-scan画像を確認すると原因が判明することが多い(図1,青矢印).つまり正確な数値化を行えるよう検査のノウハウと限界を熟知することが,より正しい緑内障診断,進行判定,治療判定を行うために不可欠といえる.●統計学的な見方正しい数値化ができたと仮定して,OCTによる緑内障診断を例にとって,統計学的な見方を説明する.OCTのプリントアウトでは数多くの数値化がなされており,どれを採用するか迷うかもしれない.統計学者の観点からはカラーマップ(図2,赤枠内)がもっとも有用である.なぜなら,カラーマップにはすべての測定データが含まれているからである.つまり測定した網膜,神経線維層,神経節細胞層,内網状層の厚みが色表示で一見して全領域で理解できる.このようなすべてのあたらしい眼科Vol.34,No.7,201710050910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1黄斑マップのプリントアウト右眼は黄斑前膜()のためカラーマップに乱れを認め,緑内障の判定は不可能である.左眼はセグメンテーションエラーによるカラーマップの乱れ()を認める.適切な再測定により,赤矢印のオレンジの領域は消失した.生データをわかりやすく表示することが真の統計学的解析である.逆に図2下段のサークルスキャンでは測定円上の厚み情報となり,12分割,4分割のセクターごとの平均の厚みにいたっては,もはや何が原因で厚みが減少しているのかわからなくなる.つまり要約されてどんどん情報が少なくなっている.統計学では要約する方法,たとえば平均やp値による判定があるが,丸められているため実態が隠されてしまうことも珍しくない.実例としては,萎縮型の加齢黄斑変性で網膜が薄くなっているのを,緑内障が進行したと勘違いしてしまう可能性がある.統計学者は,統計学的有意性,すなわちp値を重視しない.そのかわり,生のデータがすべて確認できる散布図や分布図,この場合はすべての厚みの数字が色で表示されたカラーマップを重視する.カラーマップでは,緑内障に特徴的な神経線維の走行に一致した弓状の網膜神経線維層欠損(図2,左眼下方)や神経節細胞層/内網状層欠損を確認することができるため,丸められた,または,省略されたセクターごとの厚みの平均値よりも正確な緑内障診断が可能となる.●感度と特異度診断精度を示す統計用語として,「真の緑内障を正しく緑内障と診断できる割合=感度」,「真の正常を正しく正常と診断できる割合=特異度」がある.OCT検査の感度と特異度はともに約90.95%と報告されており1,2)眼科医による眼底写真の診断精度よりも高い.しかし,,この診断精度の高い,感度・特異度がともに90%のOCT検査であっても,正常なのに緑内障と誤判定される割合(偽陽性)が10%,緑内障の見逃し(偽陰性)が1006あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017図2神経乳頭マップのプリントアウトカラーマップからに従って情報がまるめられて,厚みが減少した原因がわからなくなる.赤枠内のカラーマップが緑内障診断に有効であり,左眼の下耳側には神経線維の走行に沿った減少(網膜神経線維束欠損)を認める.10%あることを意味している.見逃しはもちろん避けたいが,もっと問題となるのは正常者を緑内障と判断してしまう誤判定である.有病率の低い(40歳以上で5%)緑内障では,OCT検査により緑内障と判定された症例のほぼ3分の2が,実際は緑内障ではなく,誤判定となる.しかも,実際の臨床現場では40歳未満の若年者も入ってくるため,さらに診断精度は低くなる.つまりOCT検査だけで緑内障を診断しようとすると大量の誤診をしてしまうことになる.このように感度と特異度を理解すれば,一つの検査で緑内障の判定であったとしても,確定診断には眼底検査や視野検査による確認が必須であることは明白となる.●おわりに今回は緑内障診断で有用な統計学的視点を解説したが,おわかりのように統計学は身の回りのすべてのことに応用できる.すなわち,何をどう数値化するのか理解してからさまざまな経験をすることで,より正確に物事を理解して対処することができ,快適な人生を送ることができる.この文章が,皆さんが統計学を勉強するきっかけになれば幸いである.文献1)MayamaC,SaitoH,HirasawaHetal:Circle-andgrid-wiseanalysesofperipapillarynerve.berlayersbyspec-traldomainopticalcoherencetomographyinearly-stageglaucoma.InvestOphthalmolVisSci54:4519-4526,20132)KimYK,YooBW,KimHCetal:Automateddetectionofhemi.elddi.erenceacrosshorizontalrapheonganglioncell–innerplexiformlayerthicknessmap.Ophthalmology122:2252-2260,2015(90)

屈折矯正手術:フェムトセカンド白内障手術の利点

2017年7月31日 月曜日

監修=木下茂●連載206大橋裕一坪田一男206.フェムトセカンド白内障手術の利点森井勇介医療法人社団新緑会森井眼科医院フェムトセカンド白内障手術(FLACS)の利点はさまざまあるが,主要なものに,超音波時間および出力の短縮,正確な前.切開,自在な角膜切開の3点があげられる.それにより手術難易度を下げ,術後視力の向上,術後合併症の低減が期待できる.ただ,今後,さらなる手術手技の向上が求められる.●はじめにわが国は総人口に対する65歳以上の高齢者人口が占める割合(高齢化率)が年々増加し,世界に先駆けて超高齢社会(2016年現在,内閣府の報告で高齢化率26.7%)に突入した.それに付随して白内障手術件数は年々増加し,今後もさらなる増加が見込まれている.一方,現状の超音波水晶体乳化吸引術は,安全性も確立され素晴らしい手術成績を収めているが,患者の期待はもはや単なる視力の改善ではなく,生活の質(QOL)に関連した視力の向上へと変化しつつある.近年,次世代の白内障手術として,フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術(femtosecondlaser-assistedcataractsurgery:FLACS)が登場し注目されている.本稿では当院での使用経験を基に,FLACSの利点について解説する.●フェムトセカンドレーザーについてフェムトセカンドとは1000兆分の1秒のことで,光でも0.3μmしか進めない非常に短い時間である.フェムトセカンドにまで短縮したレーザーの強度は非常に強く,工業用の微細加工などで用いられていた.このレーザーを使用することにより,ミクロン単位の精度の手術が可能となる.眼科領域では,角膜移植やLASIKのフラップ作製など角膜手術で従来から使用されていたが,技術の進歩により,前.や水晶体への照射が可能になり,白内障手術にも用いられるようになった.2017年1月現在,厚生労働省の認可を受けているレーザー白内障手術装置はLenSx(Alcon)とCatalys(Abbot)の2機種があるが,当院ではLenSxを使用しているため,LenSxでの使用経験に基づいて,利点を解説する.●利点その1:超音波時間および出力の短縮FLACSの最大の利点は,手動による水晶体超音波乳化吸引術よりも核乳化に要する超音波出力を少なくできる点にある.(87)当院ではグリッド照射とよばれる賽の目状の分割を行っているが,フェムトセカンドレーザーによって事前に核処理を行うことによって水晶体核硬度を低下させ,より超音波時間の少ない手術が可能となる.それによって,角膜内皮細胞減少が低減し,術後早期の角膜浮腫などによる視力低下のリスクが低下する可能性がある1).また,Zinn小帯脆弱例など,難症例の白内障手術においても,事前のフェムトセカンドレーザー照射によって水晶体乳化吸引の際,より少ない超音波時間で手術が施行できるため,付随組織損傷の低減が期待できる2).いずれにせよ,難症例であろうがなかろうが,かつての手作業での手術に比べ,事前に手術難易度を下げることができるという意味で,大きなメリットがあると考える.●利点その2:正確な前.切開超音波時間短縮に負けず劣らずのメリットが,正確で再現性の高い正円の前.切開が可能となる点である.前.切開によって作製された切開縁は,安全に超音波乳化吸引術を施行する際の作業スペースになるだけではなく,術後は眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を固定するための.の開口部となる.術後の後.混濁やIOL偏心を防ぐためには,IOLの辺縁全周を均等にカバーすることが重要とされている.通常の手作業での前.切開の場合,当院ではサージカルガイダンスシステムであるVERION(Alcon)を使用して,顕微鏡下に理想の前.切開位置を投影しながら鑷子を用いて前.切開を行っているが,眼の挙動や,水晶体の形状,粘弾性物質の分布,鑷子を持つ手の角度などによって,指示された切開位置通りに切開を行うことが非常に困難な状況も多々存在する.また,成熟白内障,Zinn小帯脆弱例など,手動での前.切開自体が困難な症例も存在する.FLACS機器を用いれば,瞳孔縁を基に切開中心を自動的に修正したり,術前の検査結果を基に視軸を予測し,視軸中心で正円の前.切開をすることが可能となり,自分の意図する位置に正円の前.切開を作製することができる.あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710030910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1FLACSAKのノモグラム.0.5~.1.2540.1.50~.1.7550.2.00~.2.7560強主経線上をOpticalzone7mmの位置で対称性の弧状切開を行う.切開深度は,角膜上皮から60μmの深さから,角膜厚の80%の深さまで.切開弧の長さはノモグラムに従う.(文献4より転載)正しい位置に正しい大きさの前.切開を施行することによって,とくに多焦点IOLに代表されるプレミアムIOLのパフォーマンスを最大化することが期待でき,また,手動で前.切開を行った症例群との比較で,術後のNd:YAGレーザーによる後.切開の頻度が減ったという報告3)もあり,術後視力の予測性の向上,術後合併症の低減という観点から,大きなメリットが得られると考える.●利点その3:自在な角膜切開フェムトセカンドレーザーによる角膜切開は,laserinsitukeratomileusis(LASIK)における角膜フラップ作製が2010年6月より国内承認され,現在ではLASIKにおけるフラップ作製のスタンダードになっているように,従来から存在していた.FLACSにおいても,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いて,メイン切開創およびサイドポートの切開位置や深度,デザインを自由に設定可能であり,意図した位置に,再現性の高い確実な切開創の作製が可能である.ただ,LASIKのフラップ作製は,おもに若年者の角膜中央部を切開するのに対し,FLACSにおいてはおもに高齢者の角膜周辺部に切開創を作製するため,老人環などの影響で,意図した位置に切開をすることができない症例も存在する.また,意図した位置に自在な深さの切開が可能なので,強主経線方向の角膜を切開することによって角膜減張切開術(astigmatickeratotomy:AK)が容易に施行可能である.すでにFLACSにおけるAKのノモグラムも報告されている4)(表1).当院でも,角膜乱視が1.5D~2.0D未満の患者が多焦点IOL挿入を希望された場合,ノモグラムを参考にして積極的にAK併用FLACSを行っている(図1).まだ症例数が少ないため,ノモグラムの正確性を検証するまではできないが,現時点では十分に角膜乱視が減少し,良好な術後視力を得ている.●おわりに従来の手動による白内障手術は,「より効率よく,よ1004あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017図1角膜減張切開術(AK)併用FLACSをプランしている画像術前角膜乱視が強主経線83°で1.75Dあった症例だが,AKを併用してnontoricの多焦点眼内レンズを挿入し,術後,角膜乱視0.75に減じ,遠見裸眼視力1.5,近見裸眼視力1.0と良好な術後視力を得た.り安全に,より侵襲を少なく」という方向で進歩してきたが,FLACSの登場によって,それらに加えて「より正確に」,すなわち,それぞれの患者にとって一番良好な視機能が得られると予想される切開位置,切開方向を事前にプランし,正確に手術を行うことによって,患者のQOLの向上をめざすという方向に進歩したといえる.FLACSの利点を述べてきたが,まだまだ歴史が浅いため,洗練されきっていない発展途上の術式であるともいえる.海外からの報告5)同様,自験例でも前.切開不完全例が数%存在し,残存皮質吸引時など,従来の手動による水晶体超音波乳化吸引術ではまったくストレスを感じなかった状況において,FLACSではストレスを感じることもある.利点を十二分に生かすためにも,今後,さらなる手術手技の洗練が求められる.文献1)BourneWM:Biologyofthecornealendotheliuminhealthanddisease.Eye17:912-918,20032)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevalua-tionofanintraocularfemtosecondlaserincataractsur-gery.JRefractSurg25:1053-1060,20093)TranDB,VargasV:Nd:Yagcapsulotomyrates:Fem-tosecondlaser-assistedcataractsurgeryvsmanualphaco.AmericanAcademyofOphthalmology,poster-November20154)VenterJ,BlumenfeldR,SchallhornSCetal:Non-pene-tratingfemtosecondlaserintrastromalastigmatickeratot-omyinpatientswithmixedastigmatismafterpreviousrefractivesurgery.JRefractSurg29:180-186,20135)AbellRG,Darian-SmithE,KanJBetal:Femtosecondlaser-assistedcataractsurgeryversusstandardphacoe-mulsi.cationcataractsurgery:Outcomesandsafetyinmorethan4000casesatasinglecenter.JCataractRefractSurg41:47-52,2015(88)