雲井弥生連載⑪二次元から三次元を作り出す脳と眼淀川キリスト教病院眼科はじめに後頭葉第一次視覚野(以下,V1)には,動き・傾き・色など特定の刺激に強い反応を示す方向選択性・方位選択性・色選択性細胞が存在する.網膜神経節細胞Paが抽出した動きの情報,Pbが抽出した形と色の情報はV1に運ばれ(連載⑨⑩参照),これらの細胞により加工されてV2へ送られる(図1).後頭葉第一次視覚野の職人たち1)複数のPaあるいはPbの情報がV1で一つの神経細胞に収束する.ちらつきや明暗などの単純な情報が,これらの細胞の職人技により,特定の線の動きや傾きの情報へと変換される.1.方向選択性(directionselectivity)をもつ細胞(図1,2)特定の方向に動く光に強く反応する.縦方向のスリット光を左に動かすと強く反応するが,右に動かしても反応しない細胞を示す.もっとも強い反応の得られる方向を最適方向とよぶ.眼前を右から左に飛んでいくボールがある.ボール像は網膜上では左から右に動く.大型の神経節細胞Paはボールの動きや方向の情報を抽出して,外側膝状体M層を介してV1に伝える.V1ではボールの動きに最適方向をもつ細胞が強く反応する.この細胞はV2・V5/MT(連載⑩参照)にも存在し,追視や輻湊・開散など眼球運動に関係する.2.方位選択性(orientationselectivity)をもつ細胞(図1,3)特定の傾きの線や縞模様に対して強く反応する.図3の細胞Aは縦方向のスリット光を横に動かすときにもっとも強く反応し,横方向のスリット光を縦に動かしても反応しない.12-6時の向きが最適方位である.境界や輪郭の検出に適する.網膜上のすべての点はV1に対応部位をもち,V1でも網膜内の相互の位置関係を保つ.中心窩はV1のもっとも後極に,網膜周辺部ほどV1前方の位置に対応する.V1拡大図V2拡大図動き・位置①空間視情報:Pa.M層.V14B層方向選択性細胞.V2広線条部.V5.後頭頂葉②形態視情報:Pb.P層.V12/3層方位選択性細胞.V2淡線条部.V4.下側頭葉③色情報:②の経路とV12/3層で分かれ,K層と合流.色選択性細胞.V2狭線条部.下側頭葉で合流(75)あたらしい眼科Vol.34,No.4,20175350910-1810/17/\100/頁/JCOPYスパイク数/秒縦(12-6時方向)のスリット光を右から左に動かすと強く反応する.左から右に動かしても反応しない.10075もっとも強い反応の得られる方向を最適方向とよぶ.V1,V2,V3,V5/MTに存在する.05秒図2方向選択性をもつ細胞細胞Aは12-6時方向のスリット光の横の動きに強く反応する.スリットを傾けるスパイク数/秒スパイク数/秒反応++++0光の横の動きには反応しない.25もっとも強い反応の得られるスリット光のある細胞は赤いスポット光照射に反応す細胞Bと反応は減弱し,3-9時のスリット光の縦の動きには反応しない.細胞Bは3-9時方向のスリット光の縦の動きに強く反応する.12-6時のスリット傾きを最適方位とよぶ.る(ON反応).緑や青のスポット光照射V1,V2,V4,下側頭葉に存在する.には反応せず,消灯時に反応する(OFF反応).V1,V2,V4,下側頭葉にも存反応0±+++図3方位選択性をもつ細胞これを「網膜部位再現性をもつ」と表す.紙上の真横に伸びる直線を見ている.小型のPbは直線の情報を外側膝状体P層を介してV1に伝える.V1では3-9時に最適方位をもつ細胞が反応する.多数の方位選択性細胞の反応は網膜の位置情報をもとに再構築される.この細胞はV2,V4,下側頭葉にも存在する.3.色選択性(colorselectivity)をもつ細胞(図1,4)ある細胞は赤いスポット光照射に反応する(ON反応)が,緑や青のスポット光照射には反応せず,消灯に反応する(OFF反応).神経節細胞にも色選択性を示すものがあるが,V1では複雑な反応を示すものが加わる.この細胞はV2,V4,下側頭葉にも存在する.4.両眼視差選択性を示す細胞立体視に非常に重要であり,いずれ詳述する.V1からV2へ(図1)2)V1には6層構造が認められる.4層はヒトではB,Ca,Cb層に分かれる.V2はシトクロム酸化酵素(ミトコンドリア電子伝達系酵素)染色の染まり方の違いで広線条部(thickstripe)・狭線条部(thindarkstripe)・淡線条部(thinpalestripe)の三つに分かれる.V1の職人たちにより加工された情報は,V2の三つの線条部でさらに手を加えられ,V4やV5へ送り出される.下記の①(図1.)が背側経路,②③(図1.)が腹側経路となる.536あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017在する.図4色選択性をもつ細胞①空間視情報:Pa.M層.V14B層方向選択性細胞.V2広線条部.V5.後頭頂葉②形態視情報:Pb.P層.V12/3層方位選択性細胞.V2淡線条部.V4.下側頭葉③色情報:Pb.P層.V12/3層色選択性細胞(K層の情報も合流).V2狭線条部.V4.下側頭葉V1で分かれた形と色の情報は下側頭葉で合流し形態視情報として統合される.それぞれのステージでの役割分担この仕組みは,たとえれば,ある人を観察するのにPa-M系のスタッフは,その人がどこにいて・どの方向に・どれほどの速さで移動しているか,Pb-P系のスタッフは,どんな背格好か・どんな色や種類の服を着ているかに着目して情報を集め,V1やV2の分析班に送る.ここでは情報の扱いに慣れた職人が使いやすいように加工してV4やV5/MTに送り,分析と情報統合を進めるような様子ではないかと考える.文献1)福田淳,佐藤宏道:一次視覚野特徴選択性.脳と視覚─何をどう見るか,p168-204,共立出版,20022)BoydJD,MatsubaraJA:Extrastiatevisualcortex.InAdler’sphysiologyoftheeye,11thed(editedbyKaufmanPL,AlmA),p599-612,Elsevier,2011(76)