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わたしの工夫とテクニック 消しゴムを利用した眼内レンズ強膜内固定術の練習用モデル眼の試作

2017年4月30日 日曜日

MyDesignandTechnique消しゴムを利用した眼内レンズ強膜内固定術の要約市販の消しゴムを利用して,眼内レンズ(IOL)の強膜内固定術練習用模擬眼を試作し,練習を行った.作製したモデル眼の模擬強膜に27ゲージ針を刺入させて,IOLの支持部を注射針の内腔に挿入するなどの練習が可能であった.通常の手術では行わない,慣れていない操作を手軽に試すことができる.また,IOLの縫着術の練習も可能で,それぞれの手技の難易度もある程度実感できた.本模擬眼は入手が容易な材料で作製できるが,一部の操作の練習用に特化している.したがって,より実践的な練習は,豚眼などで行う必要がある.はじめに近年,新たな眼内レンズ(intraocularlens:IOL)二次挿入の方法として,強膜内固定術という術式が注目され,手術成績が報告されている1.4).その手術手技の一つに,27ゲージ(G)注射針を用いた方法がある3,4).注射針の内腔へIOLの支持部であるループの先端を挿入する繊細な操作が必要な術式である.一般的に,白内障関連の手術練習は,ウエットラボによる豚眼が利用されている5.7).しかし,豚眼での練習は,個人が手軽に準備して,頻繁に行うことはむずかしい.また,机太郎マルチラボ(IOL強膜内固定用バージョン)を用いて,「Y-.xationtechnique」の練習をした報告8)はあるが,27G注射針を用いた方法に対する練習用のモデル眼の報告はほとんどない.今回,消しゴムを用いて,IOL強膜内固定術用の模擬眼を作製し,27G注射針を使った練習をしたので解説する.また,作製したモデル眼で,IOL縫着の練習も可能か試したので報告する.練習用モデル眼の試作TrainingModelEyesUsingEraserforIntrascleralFixationTechniqueUsing27-gaugeNeedles上甲覚*模擬眼の作製方法と練習市販の消しゴム(縦25mm・横46mm・高さ14mm:uni三菱鉛筆株式会社)をカッターナイフで切り,厚さ約3mm,高さ約19mm,長さ約25mmの模擬強膜を作製した(図1a).消しゴムは,ある程度厚みがないと固定がむずかしく,また27G針を刺入したときに壊れやすくなる.したがって,人眼の強膜と同じ厚さ(約1mm)まで消しゴムを薄くしないほうがよい.この模擬強膜を2つ作製し,間を開けて固定することで,27G注射針の内腔にIOLのループを挿入する練習が可能であった(図1b).つぎに,同一製品の消しゴムを用いて,より固定の安定した円筒形の模擬強膜を作製した(図2a).円筒の内腔の幅は,意図的に調整可能である.今回は,内径を約12mmにした.このモデル眼でも,IOLのループを27G注射針の内腔に挿入する練習が可能であった(図2b).さらに,眼球の形に類似した模擬無水晶体眼を作製し,同じ練習をすることもできる(図3a~c).ただし,模擬強膜の厚さや,内腔の大きさを調整するのはむずかしく,作るには時間を要する.手軽に作製しにくいのは欠点である.IOLの全長は支持部も含めると約13mmである.強膜内固定術では,IOLの支持部に通常とは異なるテンションがかかる.27G針ごとループを模擬強膜外に抜き出し,再利用のためにIOLを取りはずす操作を繰り返すと,ループは変形する可能性が高くなる.取扱いには注意が必要である.強膜内トンネルへIOLのループを挿入する練習用に,図3のモデル眼を簡素化した模擬眼を作製した(図4a).消しゴムの中央部に,直径約8mm,深さ約2mmの円形の穴があり,囲んでいる壁の厚みは約2mmである.また,IOLのループが通る溝も作製した.この模擬強膜に25G針でトンネ*SatoruJoko:国立病院機構東京病院眼科〔別刷請求先〕上甲覚:〒204-8585東京都清瀬市竹丘3-1-1国立病院機構東京病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(129)589図1消しゴムの模擬眼での練習(その1)a:市販の消しゴムはカッターナイフで切り,図のような形の模擬強膜にした(本模型は,幅3mm・長さ25mm・高さ19mm).2つ作製した.b:固定した左右の模擬強膜に,27G注射針を刺入させた後,IOLの支持部である両ループを注射針の内腔に挿入した.図2消しゴムの模擬眼での練習(その2)a:カッターナイフと彫刻刀を使用して,消しゴムによる円筒形の模擬強膜を作製した.内径は約12mm,幅は2.3mm,高さは14mmである.b:図1と同様に,27G注射針を模擬強膜に刺入させた後,IOLの支持部を注射針の内腔に挿入する練習が可能である.図3消しゴムの模擬眼での練習(その3)a:彫刻刀を使い,消しゴムで図のような模擬無水晶体眼を作製することも可能である.ただし,このモデル眼の作製には30分以上の時間を要した.b:固定した本模擬眼に,27G注射針を刺入させて,IOLの支持部である前方ループを注射針に挿入させた.c:IOLの両ループを注射針に刺入させた後,注射針を眼外に抜き出すと,IOLのループも模擬眼の内から外に抜き出される.590あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(130)図4消しゴムの模擬眼での練習(その4)a:強膜内トンネル挿入用の模擬眼を作製した.消しゴムの中央部に,直径約8mm,深さ約2mmの円形の穴を作製.穴を囲んでいる壁の厚みは約2mmである.IOLのループが通る溝も作製してあるので,ループにテンションをかけずにIOLを中央の穴に置くことができる.b,c:あらかじめ模擬強膜に25G針でトンネルを作製しておき,IOLのループを挿入した.なお,27G針で作製したトンネルでは,IOLのループの挿入は困難であった.図5模擬眼によるIOL縫着術の練習a,b:図2と同じ円筒形の模擬強膜を使用して,IOLの縫着術の練習を行った.専用の縫着針を使わず,釣り糸を27G針の内腔に入れた後,模擬強膜に通糸した.c:通糸した釣り糸を中央部で切断し,糸の端をIOLの両支持部のループに結んだ.d:釣り糸をゆっくり引いて,IOLを模擬強膜の内部に誘導した.e:模擬強膜の空洞中央部に,IOLを固定することができた.IOLに結んだ糸の端は,写真で見やすいように意図的に長めに残してある.(131)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017591図6拡大鏡を使用した練習手術用顕微鏡を使わなくても,スタンド式のルーペ(拡大率約2倍)で,繊細な手術手技の練習は可能であった.ルを作製すれば,IOLのループを挿入する練習が可能であった(図4b,c).図2で作製した円筒型のモデル眼は,作製が容易で固定も安定している.このモデル眼で,IOL縫着の練習も行った(図5a~e).縫着用専用の縫合糸の代わりに,入手しやすく廉価なナイロン製の釣り糸を使用した.今回,用いた釣り糸の太さは,0.25号(直径約0.08mm)で,縫合糸6-0に相当する.今回は使用しなかったが,縫合糸7-0に相当する0.1号(直径約0.05mm)の釣り糸も市販されている.おわりにIOLのループ先端を27G針や強膜トンネルに挿入する操作,またIOLの縫着術は,通常の白内障手術では行わない手術手技である.今回報告した模擬眼は,入手が容易な材料で簡単に作製可能である.また,市販されている廉価な拡大鏡を使って,容易に手術手技を試すことができる(図6).したがって,手軽に手技の難易度もある程度実感できると考える.ただし,一図7豚眼でのIOL固定術の練習手術用顕微鏡下で,豚眼の角膜から前房内に刺入させた27G針に,IOLループを挿入.今回使用した豚眼の角膜径は約15mmであった.部の操作の訓練に特化したモデル眼なので,ウエットラボを利用したより実践的な練習も必要と考える(図7).文献1)GaborSG,PavlidisMM:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlens.xation.JCataractRefractSurg33:1851-1854,20072)OhtaT,ToshidaH,MurakamiA:Simpli.edandsafemethodofsuturelessintrascleralposteriorchamberintra-ocularlens.xation:Y-.xationtechnique.JCataractRefractSurg40:2-7,20143)YamaneS,InoueM,ArakawaAetal:Sutureless27-gaugeneedle-guidedintrascleralintraocularlensimplan-tationwithlamellarscleradissection.Ophthalmology121:61-66,20144)塙本宰,木原真一,大槻智宏ほか:硝子体鉗子を使わないダブルニードルを用いたIOL強膜内固定術.眼科手術27:増刊号,抄録集191,20145)黒坂大次郎,杉浦毅,植月康:豚眼を用いた白内障手術練習法の改良─硬い核を作る試み─.眼科40:109-114,19986)VanVreeswijkH,PameyerJH:Inducingcataractinpostmortempigeyesforcataractsurgerytrainingpur-poses.JCataractRefractSurg24:17-18,19987)上甲覚:豚眼による白内障モデルの試作と使用経験.あたらしい眼科28:1599-1601,20118)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術─Y-.xationtechnique─.IOL&RS27:13-20,2013☆☆☆592あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(132)

ポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene (PTFE):ゴアテックス人工硬膜MVP)シートを用いた前頭筋吊り上げ術施行例における材料の組織学的検討

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):585.588,2017cポリテトラフルオロエチレン(Polytetra.uoroethylene(PTFE):ゴアテックス人工硬膜MVP)シートを用いた前頭筋吊り上げ術施行例における材料の組織学的検討渡邉佳子*1,3林憲吾*2,3水木信久*3*1国際親善総合病院眼科*2横浜桜木町眼科*3横浜市立大学医学部眼科学教室PathologicalFindingofSuspensionMaterialSheetinOperationofFrontalisSuspensionUsingPolytetra.uoroethyleneSheet(Gore-TexMVP)YoshikoWatanabe1,3),KengoHayashi2,3)andNobuhisaMizuki3)1)DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillGeneralHospital,2)YokohamaSakuragichoEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine緒言:重度の眼瞼下垂症に対する前頭筋吊り上げ術に使用する吊り上げ人工素材であるポリテトラフルオロエチレン(polytetra.uoroethylene:PTFE)シート「ゴアテックス人工硬膜MVP」(以下,PTFEシート)は,長期的に下垂の再発がなく良好な成績が報告されている.症例:30歳,男性.1年前に他院にて,両側の先天性眼瞼下垂症に対してPTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術を受けた.術後1年間で下垂の再発はみられなかったが,術直後より軽い開瞼でMRD(marginre.exdistance)-1が約1.2mm程度と若干低矯正であったため,本人の希望により吊り上げ材料の再調整を行った.眉毛上部よりPTFEシートを露出し,3mm短縮して前頭筋へ再固定した.術後,軽い開瞼でMRD-1が約3mm程度と改善し,兎眼や角膜上皮障害もみられず,自覚症状も改善した.術中の所見として,使用されていたPTFEシートは凹凸面と平滑面のある人工硬膜で,表面(凹凸面)は周辺組織と強く癒着しており,.離時に出血が多く,一方で平滑な裏面(平滑面)は周辺組織との癒着はなく,周囲との間にカプセルが形成されており,.離が容易であった.摘出したPTFEシート断端の病理組織を検査したところ,表面のマイクロポア内に線維組織が入り込んでおり,裏面には組織の侵入はみられなかった.結語:PTFEシートの前面のマイクロポア内に線維組織が侵入し癒着することが,長期的な吊り上げ効果の維持に関与している可能性が考えられる.Introduction:Polytetra.uoroethylene(PTFE:Gore-Tex),whenusedasanarti.cialmaterialinfrontalissus-pensionsurgeryforsevereptosis,resultsinnoptosisrecurrencelong-term,andyieldspositivepostoperativeresults.Case:A30-year-oldmalehadreceivedfrontalissuspensionsurgeryusingPTFEsheetsoncongenitalpto-sisinbotheyesayearpreviouslyatanotherhospital.Ptosisdidnotrecurbuttheadjustmentwasinsu.cientimmediatelyfollowingtheoperation,asthemarginre.exdistance(MRD)-1wasonly1-2mm.Thepatientthere-forerequestedthattheprocedurebeperformedagain.AreadjustmentoperationwasperformedattheYokohamaSakuragichoEyeClinic.WeshortenedthePTFEsheetsby3mmandsuturedthemagaintothefrontalismuscle.Afterthesurgery,theMRD-1wasimprovedto3mmandtherewerenosidee.ectssuchaslagophthalmosorcor-nealepithelialinjury.Observingthesurgery,itwasfoundthatthefront(rough)surfaceofthePTFEsheetadheredstronglytothesurroundingtissue.Therewasconsiderablebleedingatthetimeofpeelingthefront(rough)PTFEsheeto.foradjustment.Theback(smooth)surfacedidnotadhere,andwaseasytopeelo..Weinspectedthepathologicaltissueofthesheetsandfoundthat.broustissuepermeatedintothesurfaceofthemicroporesonthefront(rough)sideofthesheets.Atthesametime,tissuedidnotpermeateintothesmoothbacksurfaceofthesheets.Conclusion:Thepermeationof.broustissueintothesurfaceofthePTFEsheetmicroporesmaymaintainthelong-terme.ectofsuspension.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):585.588,2017〕〔別刷請求先〕渡邉佳子:〒245-0006神奈川県横浜市港南区港南台4-33-11Reprintrequests:YoshikoWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillGeneralHospital,1-28-1,Nishigaoka,IzumiWard,Yokohamacity,KanagawaPrefecture245-0006,JAPANKeywords:眼瞼下垂,先天眼瞼下垂,前頭筋吊り上げ術,ゴアテックス,ポリテトラフルオロエチレン.ptosis,congenitalptosis,frontalissuspension,Gore-tex,polytetra.uoroethylene.はじめに前頭筋吊り上げ術は,挙筋機能不良な重度の眼瞼下垂症に対して施行される手術である.吊り上げ術に使う材料としては,大腿筋膜が一般的である1).移植筋膜は術後6カ月で平均15%収縮すると報告されており,術後吊り上げ量の予測が困難である2).また,長期的に過矯正,兎眼,睫毛内反症となる場合があり,移植筋膜は周辺組織との癒着が強く摘出が困難である3,4).人工材料として,ナイロン糸やシリコーン,ポリテトラフルオロエチレン(polytetra.uoroethylene:PTFE)などが使用されており,PTFE素材による術後の眼瞼下垂の再発率の低さは大腿筋膜に相当するといわれている5,6).筆者らは以前,PTFEシート「ゴアテックス人工硬膜MVP」(以下,PTFEシート)の長期的良好な成績について報告した7).今回,PTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術の術後低矯正症例に対して,矯正量の再調整のため,再手術を施行した.その臨床経過および摘出したPTFEシートの病理組織について報告する.I症例患者:30歳,男性.病名:両側の先天眼瞼下垂.既往歴:とくになし現病歴:幼少時より両側の先天眼瞼下垂で常に顎上げがあったが,視力良好であったため,手術は受けなかった(図1a).1年前に他院にてPTFEシートを用いた前頭筋吊り上a:前医手術前b:前医手術1週間後最大開瞼通常開瞼閉瞼げ術を受けた.術後1年間で下垂の再発はみられなかったが,術直後より軽い開瞼でMRD(marginre.exdistance)-1が約1.2mmと若干低矯正であった(図1b).開瞼幅の改善を希望し,横浜桜木町眼科を受診した.初診時所見:視力は,VD=1.2(1.5×cyl.0.50D),VS=1.2(1.5×cyl.0.50D)と良好であった.軽い開瞼でMRD-1が1.2mm程度のため,上眼瞼が瞳孔にかかり視野障害の自覚があった(図1c).初回前頭筋吊り上げ術直後よりこの状態であり,下垂の再発はみられなかった.しかし,常に眉毛を強く挙上する必要があり,肩こり,頭痛を自覚していた.閉瞼に問題はなく角膜上皮障害は認めなかった.手術所見:眉毛上部の皮膚を切開し,PTFEシートを露出した.シート腹側にあたるに表面は周辺組織との強い癒着を認め,.離時に出血が多くみられた(図2a).一方,シート背側にあたる裏面にはカプセルが形成されており,周辺組織との癒着は認めず,.離は容易であった(図2b).PTFEシートを3mm牽引し再度前頭筋と眉毛下の真皮に固定し,残余部分のPTFEシートの断端を切除し,創部の皮膚を縫合した.術後経過:術後1カ月で軽い開瞼でMRD-1が約2.3mmと改善を認め,また最大開瞼時の前額部の皺も減少しており,頭痛,肩こりは消失した(図1d).閉瞼も良好で角膜上皮障害を認めなかった.病理組織:摘出したPTFEシートを図に示す(図3).上方が頭側,下方が睫毛側である.図3を切断した断面(図4)の顕微鏡像の図(図5a)とその拡大図(図6)を示す.腹側c:再手術前d:再手術後1カ月図1開閉瞼の経過上段:眉毛を拳上した最大開瞼時,中段:通常の軽い開瞼時,下段:閉瞼時.a:前医の初回手術前,b:前医の術後1週間,c:当院での再手術前,d:再手術後1カ月.図2術中所見a:PTFEシートの表面(凹凸面)(細矢印)が周辺組織と癒着している(太矢印).b:PTFEシートの裏面(平滑面)(細矢印)はカプセルが形成されている(太矢印).図3摘出したPTFEシート図4図3を切断した断面図6図5aの拡大図凹凸面のマイクロポア内に組織浸潤を認め(太矢印),平滑面には組織浸潤はみられない(細矢印).にあたる表面は凹凸面であり,そのマイクロポア内には線維組織が侵入していた.背側にあたる裏面は平滑面で組織の侵入は認めなかった.II考按PTFE素材による前頭筋吊り上げ術における再発率の低さは大腿筋膜に相当するといわれている5,6).PTFE素材のなかでも,糸状や紐状のものとシート状のものでは術式が異なる.糸や紐状のPTFE素材を用いる場合,眉毛上から眼瞼をループ状に通して埋没する方法が一般的で,再発率が高いという報告がある8).一方,シート状のPTFE素材を使用する場合は,面状の大腿筋膜と同様に瞼板と前頭筋にシートを直接縫合し,固定する.筆者らは,先天眼瞼下垂の小児31名42眼瞼に対してPTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術を行い,平均観察期間33カ月で,下垂の再発がみられないことを報告した7).同様に小久保らは,成人を含めた重度の先天眼瞼下垂97名130眼瞼に対して同素材を用いた同手術を行い,平均観察期間31カ月で下垂の再発がみられないことを報告している9).本症例で使用したPTFEシートは3層構造で,術中の光の反射による眩しさを軽減するために表面には凹凸が作られており,組織と癒着を生じるため凹凸面を脳脊髄側に向けて使用することは禁忌とされている(図5b).摘出したPTFEシートのマイクロポア内には線維性結合組織が侵入し,一方平滑面には線維性結合組織の侵入はみられなかった(図5a).Neelらは,マイクロポアのあるPTFEは移植後に組織浸潤があり,周辺組織と癒着することを報告している10).マイクロポア内に線維組織が侵入することで,結果的に癒着を生じ,術中定量の開瞼幅が維持し,長期的な吊り上げ効果に繋がっている可能性が考えられる.また,PTFEシートが通過するトンネルは,切開した眼窩隔膜から眼窩脂肪の中を通過して眼窩上縁に達し,眉毛上部へ繋がっているため,PTFEシートは瞼板に縫着し,眼窩隔膜内つまり眼瞼後葉を通過して眉毛上部の前頭筋に連結している.つまり前頭筋吊り上げ術は眼瞼後葉の牽引となる.仮に両面凸凹面のPTFEシートを使用した場合,そのデメリットは,凹凸面を背側にすると再手術時に背側面を.離することが非常に困難になることである.さらにPTFEシートが通過するトンネルの背側には挙筋腱膜があるため,挙筋群との癒着は,筋肉の作用の制限などの合併症が発生する可能性があり好ましくないと考える.2015年,国内で前頭筋吊り上げ術に使用する保険請求可能なPTFE素材のシートとして,サスペンダーが発売された.このシートは両面とも平滑面で,凹凸面はない.そのため,移植後にシート周辺にはカプセルが形成され,再調整や摘出は容易であることが予想される.また,下垂が術前のように著明に再発はしないと予想される.一方,シートと周辺組織との癒着が生じないため,術中定量の開瞼幅の長期的な維持については,今後検討する必要があると思われる.III結論前頭筋吊り上げ術で使用されたPTFEシート,ゴアテックス人工硬膜MVPの凹凸面は周辺組織との癒着が強く,平滑面には癒着がなくカプセルが形成されていた.ゴアテックス人工硬膜MVPのマイクロポア内に線維組織が侵入することが,長期的な吊り上げ効果の維持に関与している可能性が考えられる.文献1)TyersAG,CollinJRO:Browsuspension.ColourAtlasofOphthalmicPlasticSurgery.3rded,p197-207.Butter-worth-Heinemann,Oxford,20082)MatsuoK,YuzurihaS:Frontalissuspensionwithfascialataforseverecongenitalblepharoptosisusingenhancedinvoluntaryre.excontractionofthefrontalismuscle.JPlastReconstrAesthetSurg62:480-487,20093)林憲吾,嘉鳥信忠,笠井健一郎ほか:大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術の合併症を来した3例の特徴と治療.日眼会誌117:132-138,20134)YoonJS,LeeSY:Long-termfunctionalandcosmeticout-comesafterfrontalissuspensionusingautogenousfascialataforpediatriccongenitalptosis.Ophthalmology116:1405-1414,20095)WassermanBN,SprungerDT,HelvestonEM:Compari-sonofmaterialsusedinfrontalissuspension.ArchOph-thalmol119:687-691,20016)BenSimonGJ,MacedoAA,SchwarczRMetal:Frontalissuspensionforuppereyelidptosis:evaluationofdi.erentsurgicaldesignsandsuturematerial.AmJOphthalmol140:877-885,20057)HayashiK,KatoriN,KasaiKetal:Comparisonsofnylonmono.lamentsuturetopolytetra.uoroethylenesheetforfrontalissuspensionsurgeryineyeswithcongenitalpto-sis.AmJOphthalmol155:654-663,20138)ZweepHP,SpauwenPH:Evaluationofexpandedpolytet-ra.uoroethylene(e-PTFE)andautogenousfascialatainfrontalissuspension.Acomparativeclinicalstudy.ActaChirPlast34:129-137,19929)KokuboK,KatoriN,HayashiKetal:Frontalissuspen-sionwithanexpandedpolytetra.uoroethylenesheetforcongenitalptosisrepair.JPlastReconstrAesthetSurg69:673-678,201610)NeelHB3rd:ImplantsofGore-tex.ArchOtolaryngol109:427-433,1983***

プロスタグランジン関連点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):580.584,2017cプロスタグランジン関連点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果石橋真吾永田竜朗近藤寛之落合信寿産業医科大学眼科学教室E.ectofSwitchingfromProstaglandinAnalogstoDorzolamideandTimololFixed-combinationEyedropsinGlaucomaPatientsShingoIshibashi,TatsuoNagata,HiroyukiKondouandNobuhisaOchiaiDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japanプロスタグランジン関連点眼薬(prostaglandinanalogs:PG)の単剤療法を6カ月間以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化が美容上気になると訴えた緑内障患者20例を対象に,PGを1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimolol.xed-combination:DTFC)へ変更し,変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の眼圧を測定した.同時に,角膜上皮障害と結膜充血についても観察した.また,美容上気になっている副作用(眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化)の変化についても,変更前と変更6カ月後で比較した.その結果,平均眼圧は変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後ともに有意な変化はなかった.角膜上皮障害と結膜充血の程度にも治療前後で有意な変化はなかったが,結膜充血の程度には,変更6カ月後で有意傾向がみられた.美容上の眼局所副作用は,20例中18例に改善がみられた.PGによる眼局所副作用が美容上気になっている症例に対して,PGからDTFCへの切り替えはPGと同等の眼圧下降を有し,かつ局所的に安全であることから,有用である.In20eyesof20glaucomapatientsbeingtreatedwithprostaglandinanalogs(PG),thee.ectsonintraocularpressure(IOP),cornealepitheliumdisorder,conjunctivalhyperemiaandadversereactionssucheyelidpigmenta-tion,vellushairanddeepeningofupperlidsulcus,ofswitchingtodorzolamideandtimolol.xed-combination(DTFC)eyedropswerestudiedatmonth0(baseline),month1,month3andmonth6aftertheswitch.Atmonths1,3and6afterDTFCinitiation,meanIOPrevealednosigni.cantchangesascomparedtobeforeswitching.Althoughtherewerenosigni.cantdi.erencesincornealstainingscoreorconjunctivalhyperemiascorebetweenbeforeandaftertheswitch,theconjunctivalhyperemiaindicesscoreshowedimprovingtendencyatmonths6afterDTFCinitiation.Adversereactionsalsoimprovedin18cases.SinceglaucomapatientsbeingtreatedwithPGwhoswitchedtoDTFCexhibitednosigni.cantdi.erencesinIOP,itisconcludedfromthisstudythatDTFCisausefulagentforglaucomawithadversereactions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):580.584,2017〕Keywords:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬,緑内障,眼圧,眼局所副作用.dorzol-amideandtimolol.xed-combination,glaucoma,intraocularpressure,adversereaction.はじめに緑内障に対するエビデンスのある唯一確実な治療法は眼圧を下降させることである.開放隅角緑内障に対してプロスタグランジン関連薬(prostaglandinanalogs:PG)で治療した群は,プラセボ群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告1)や,正常眼圧緑内障では眼圧を30%下降させた治療群では,無治療群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告2)がなされている.緑内障治療は基本的に点眼薬治療であり,第一選択薬として眼圧下降効果にもっとも優れ,全身の副作用が少なく,1日1回点眼の利便性のよ〔別刷請求先〕石橋真吾:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShingoIshibashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu-shi807-8555,JAPAN580(120)いPGが選択されることが多い.しかし,PGの眼局所副作用として,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化など3.5)があり,とくに女性において美容上の問題となる.1.0%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimolol.xed-combination:DTFC)は,緑内障治療薬として有用であると報告6)されている.ドルゾラミド塩酸塩とチモロールマレイン酸塩の併用療法と比較して,DTFCの眼圧下降効果は同等であるとの報告7)がある.しかし,PG単剤使用症例にDTFC配合点眼薬への切り替えを行った場合の有用性と安全性については不明な点が多い.そこで,今回PGの単剤使用による眼局所副作用が美容上気になると訴えた症例に対して,DTFCへの切り替えによる眼圧下降効果および安全性について検討した.I対象および方法対象は,2014年3月.2016年9月の期間,産業医科大学病院と鈴木眼科,くろいし眼科でPGによる単剤療法を6カ月以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼深溝化が美容上気になると訴えた緑内障患者20例20眼である.産業医科大学病院倫理委員会の承認を事前に受け,患者からは書面による同意を得た.角膜屈折矯正手術,角膜疾患,ぶどう膜炎,6カ月以内に緑内障手術などの内眼手術の既往のある症例,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患や副腎皮質ステロイド薬で治療中の症例は対象から除外した.内訳は,男性2例,女性18例,年齢は73.3±8.7歳(平均値±標準偏差)である.病型は,正常眼圧緑内障9例,原発開放隅角緑内障3例,落屑緑内障3例,原発閉塞隅角緑内障1例,高眼圧症4例である.PGの種類は,ラタノプロスト7例,タフルプロスト6例,トラボプロスト5例,ビマトプロスト2例である.また,美容上気になった眼局所副作用の内訳は,眼瞼色素沈着6例,眼瞼色素沈着・多毛4例,眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化4例,多毛3例,上眼瞼溝深化2例,多毛・上眼瞼溝深化1例である.方法は,PGによる単剤療法を6カ月以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼深溝化の眼局所副作用が美容上気になると訴えた場合,PGを中止しwashout期間を置かずに,1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(コソプトR)の1日2回点眼を開始した.眼圧(mmHg)15105DTFCへ変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に眼圧を測定した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で1回ずつ測定した.また,DTFCへ変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に角膜上皮障害と結膜充血につ図1変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の平均眼圧(平均値±標準偏差)の変化いて,細隙灯顕微鏡検査で観察した.角膜上皮障害については,フルオレセイン染色法を用いてArea-Density分類8)で評価し,AとDの合計をスコアとした.また,結膜充血は,全症例の平均眼圧は,いずれも変更前と比較して変更後有意な変化はない.NS:有意差なし,n=20.332.52スコアスコア21.510.51図2変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の角膜上皮障害(平均値±標準偏差)の変化平均角膜上皮障害スコアは,いずれも変更前と比較して変更後有意な変化はない.NS:有意差なし,n=19.表1変更前,変更6カ月後の眼局所副作用の変化眼局所副作用変更後変更前改善変更後不変変更後悪化眼瞼色素沈着6例6例(片側1例,両側5例)0例0例眼瞼多毛3例3例(片眼2側,両側1例)0例0例上眼瞼溝深化2例1例(片側1例,両側1例)1例0例眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化4例3例(両側4例)1例0例眼瞼色素沈着・眼瞼多毛4例4例(片側1例,両側3例)0例0例上眼瞼溝深化・眼瞼多毛1例1例(両側1例)0例0例図3変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の結膜充血(平均値±標準偏差)の変化平均結膜充血スコアは,変更前と比較して変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に有意な変化はないが,変更6カ月後で有意傾向がみられる.NS:有意差なし,†:0.10>p≧0.05,n=19.変更前変更6カ月後図4上眼瞼溝深化と眼瞼多毛の症例64歳,女性.正常眼圧緑内障.トラボプロスト両眼投与症例.変更6カ月後,上眼瞼溝深化と眼瞼多毛の改善がみられる.20例中18例で改善がみられる.上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例のみ不変である.悪化した症例はない.0.1±0.3で,変更前後で有意な差はなかったが,変更6カ月で有意傾向を認めた(p=0.076,図3).写真判定による眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用は,変更6カ月後で,20例中18例に改善がみられた.そのうち,眼局所副作用が2項目あった症例では,全症例で両項目ともに改善がみられた.変更前にみられた上眼瞼溝深化1例と眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化1例の2例で不変であった.悪化した症例はなかった.両眼瞼の症例で改善・不変に左右差があった症例はなかった(表1,図4).アンケート調査でも同様に20例中18例で改善,2例で不変と答え,他覚的所見と一致した.III考按現時点で緑内障による視野障害の進行を完全に阻止する方法はないが,眼圧を十分下降させることで進行を鈍化できることが報告1,2)されている.PGは緑内障治療薬の第1選択薬として使用され,プロスト系としてプロスタグランジンF2a誘導体であるラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロストと,プロスタマイドF2a誘導体であるビマトプロストの4種類があり,ぶどう膜強膜経路を促進させることで眼圧が下降すると考えられている.しかし,PGによる副作用として結膜充血,角膜上皮障害,眼瞼色素沈着,虹彩色素沈着,睫毛延長,多毛,上眼瞼溝深化などが報告3.5,9)されている.一方,1%ドルゾラミド塩酸塩と0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬であるDTFCも緑内障治療薬として広く使用され,ドルゾラミド塩酸塩は毛様体無色素上皮に存在する炭酸脱水酵素を阻害し,チモロールマレイン酸塩は毛様体無色素上皮に存在するb受容体を阻害し,房水産生を抑制させることで眼圧が下降すると考えられているが,PGに特有の眼瞼色素沈着や虹彩色素沈着,睫毛延長,多毛,上眼瞼溝深化などの副作用はない.今回,PG単剤使用で眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用が美容上気になると訴えた症例に対して,PGをDTFCに変更し,眼圧の変化と同時に角膜上皮障害,結膜充血の変化を変更前(ベースライン)と変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後と比較し,その結果を検討した.また,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用の変化についても,変更前と変更6カ月後と比較しその結果を評価した.その結果は,全症例の平均眼圧は,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後ともに有意な変化はみられなかった.ドルゾラミド塩酸塩が1%ではなく2%でのDTFCの報告であるが,Leeらは正常眼圧緑内障に対して,ラタノプロストとDTFC(2%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬)の眼圧への効果をcrossoverdesignstudyによって調べた結果,眼圧下降率がラタノプロスト単剤治療群では13.1%,DTFC単剤治療群では12.3%であり,有意な差はなかったと報告10)している.本研究では,切り替え前に使用しているPGは,ラタノプロスト7眼,タフルプロスト6眼,トラボプロスト5眼と,ビマトプロスト2眼であった.ビマトプロスト,ラタノプロスト,トラボプロストの順で眼圧下降率が高いとの報告11)があり,そのため変更前のPGの種類によってはDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果の結果が異なる可能性があるが,今回の結果では,DTFCへの変更後の眼圧は変更前のPG単剤使用の眼圧とほぼ同等であった.このことから,DTFCはPGを単剤使用している緑内障の眼圧下降治療において,代替となる優れた薬剤であるといえる.角膜上皮障害については,角膜上皮細胞や結膜上皮細胞への有害性がある塩化ベンザルコニウムを含む点眼薬の頻回点眼や,b遮断薬などの主薬による細胞毒性により生じると考えられ,角膜上皮障害の発生頻度は抗緑内障点眼薬の回数と点眼薬数に相関すると報告12)されている.今回の研究では,切り替え後のDTFCの点眼回数がPGと比べて1回多いにもかかわらず,切り替え前後で角膜上皮障害に有意な変化はなかった.切り替え前のPGは,ラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストの4種類であり,塩化ベンザルコニウムの使用の有無や主薬が異なっているため,角膜上皮障害の程度に有意な変化がなかったことへの考察はむずかしいが,DTFCの添加物であるD-マンニトールが,塩化ベンザルコニウムの影響を減少させる作用があること13)が影響している可能性がある.一方,結膜充血の程度に有意な変化はみられなかったが,改善傾向であった.PGは副作用に結膜充血があり,ラタノプロストよりビマトプロストのほうが結膜充血を引き起こす.また,DTFCにも副作用として結膜充血があるが,ラタノプロストに比べて結膜充血が少なかったとの報告9)がある.本研究では,PGの使用を中止しDTFCへ切り替えたこと,DTFCによる結膜充血の副作用が出現した症例がなかったことから,結膜充血の程度に改善傾向がみられたと考えられる.また,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用については,写真判定で20例中18眼に改善がみられ,上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例は不変であった.自覚的にも同様の結果であった.眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化はどのPGでもみられる眼局所副作用であるが5),PGを中止または変更することで可逆性に改善すると報告されている4,14,15).本研究では,改善しなかった上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例は,PG使用前の眼瞼所見の記録がなかったことから,PGによる眼局所副作用ではなかった可能性や観察期間が短かった可能性が考えられた.これらのことから,本研究のPGからDTFCへの切り替えは,安全な緑内障の治療法と考えられる.アドヒアランスの低下は緑内障性視野障害の悪化に関与するとの報告16)があり,アドヒアランスの向上は緑内障治療上重要であるが,点眼薬数が増加するとアドヒアランスが低下するとの報告17)がある.本研究で,DTFCに変更後6カ月の時点で,眼局所副作用が改善しなかった2例はPGへの変更を希望されたが,改善がみられた18例はPGからDTFCへの切り替えにより点眼回数が1回増えるものの,DTFCの継続治療を希望された.今回,アドヒアランスについて詳しく調査はしていないが,PGによる眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用がアドヒアランスの低下を招く恐れがある場合,DTFCへ切り替えることによって,PGによる眼局所副作用を回避することができ,良好なアドヒアランスが保てる可能性があると考えられる.本研究では,症例数が少なかったことやPGが4種類であったことから,各々のPGからのDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果や副作用については,さらなる調査の必要があると考える.また,本研究では,変更前と比較して切り替え後に20%以上の眼圧下降率を示した症例は20例中3例で,20%以上の眼圧上昇率を示した症例は20例中2例であった.PGを使用していない無治療時の眼圧が不明な症例があり,治療前のPGがノンレスポンダーであった可能性や,臨床試験に参加することで点眼改善効果による眼圧下降効果が起こりうるため,バイアスがかかっている可能性や,逆にDTFCの点眼回数が2回になったことによるアドヒアランスの低下の可能性も否定できない.さらに,DTFCへ切り替えることで視野障害が抑制できたかについては,今後調査の必要があると考える.以上,PGの単剤療法で眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化による眼局所副作用が美容上気になっている症例に対して,PGからDTFCへの切り替えは同等の眼圧を維持することができ,結膜充血や美容上気になる眼局所副作用が改善し,角膜上皮障害の程度に変化させないことから,有効かつ局所的に安全な緑内障治療の一つと考えられる.文献1)Graway-HeathDF,CrabbDP,BunceCetal:Latanoprostforopenangle-glaucoma(UKGTS):arandomized,multi-centre,placebo-controlledtrial.Lancet385:1295-1304,20152)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallypressures.AmJOphthalmol126:487-497,19983)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:ラタノプロスト使用患者の眼局所副作用.日眼会誌110:581-587,20064)小川一郎,今井一美:ラタノプロスト点眼による眼瞼虹彩色素沈着眼瞼多毛:1年後の成績.あたらしい眼科17:1559-1563,20005)InoueK,ShiokawaM,WakakuraMetal:Deepeningoftheuppereyelidsulcuscausedby5typesofprostaglan-dinanalogs.JGlaucoma22:626-631,20126)KimT-W,KimM,LeeEJetal:Intraocularpressure-loweringe.cacyofdorzolamide/timolol.xedcombinationinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma23:329-332,20147)北澤克明,新家眞,MK-0507A研究会:緑内障および高眼圧症患者を対象とした1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬(MK-0507A)の第III相二重盲検比較試験.日眼会誌115:495-507,20118)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19949)KonstasAGP,KozobolisVP,TersisIetal:Thee.cacyandsafetyofthetimolol/dorzolamide.xedcombinationvslatanoprostinexfoliationglaucoma.Eye17:41-46,200310)LeeNY,ParkHYL,ParkCK:Comparisonofthee.ectsofdorzolamide/timolol.xedcombinationversuslatano-prostonintraocularpressureandocularperfusionpres-sureinpatientswithnormal-tensionglaucoma:ARan-domized,CrossoverClinicalTrial.PLoSONE11:e0146680.doi:10.1371/journal.pone.0146680,201611)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocu-larpressure-loweringe.ectsofallcommonlyusedglauco-madrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,200512)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼64:729-732,201013)長井紀章,村尾卓俊,大江恭平ほか:不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療配合剤のinvitro角膜細胞障害性評価.薬学雑誌131:985-991,201114)井上賢治:プロスタグランジン関連薬による上眼瞼溝深化.あたらしい眼科33:551-552,201615)SakataR,ShiratoS,MiyakeKetal:Recoveryfromdeep-eningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfrombimatoprosttolatanoprost.JpnJOphthalmol57:179-184,201316)RossiGCM,PasinettiGM,ScudellerLetal:Doadher-enceratesandglaucomatousvisual.eldprogressioncor-relate?EurJOphthalmol21:410-414,201117)高橋真紀子,内藤智子,溝上志郎ほか:緑内障点眼使用状況のアンケート調査“第二報”.あたらしい眼科29:555-561,2012***

Sjögren症候群の涙腺における免疫グロブリンの特徴的局在を示した1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):575.579,2017cSjogren症候群の涙腺における免疫グロブリンの特徴的局在を示した1例園部秀樹*1小川葉子*1向井慎*1山根みお*1亀山香織*2坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2慶應義塾大学医学部病理診断部ACaseofCharacteristicImmunoglobulinLocalizationintheLacrimalGlandinSjogren’sSyndromeHidekiSonobe1),YokoOgawa1),ShinMukai1),MioYamane1),KaoriKameyama2)andKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DivisionofDiagnosticPathology,KeioUniversityHospital目的:Sjogren症候群は涙腺・唾液腺のリンパ球浸潤を特徴としドライアイ,ドライマウスをきたす多様な自己抗体の出現が知られている自己免疫疾患である.筆者らは,Sjogren症候群の涙腺小葉および導管周囲に過剰な免疫グロブリンの蓄積を示した1例を経験したので報告する.症例:症例は51歳,女性.41歳時より重症ドライアイを認めた.Sjogren症候群の治療方針の決定のため涙腺生検を施行した残余検体についての病理組織,免疫組織学的検討にて,涙腺にはB細胞および過剰な活性化形質細胞と抗体の間質への蓄積が認められた.結論:罹病歴の長いSjogren症候群による重症ドライアイ症例の涙腺局所では,過剰な抗体産生と蓄積がドライアイに関与していることが示唆された.Purpose:Sjogren’ssyndrome(SS)ischaracterizedbylymphocyticin.ltrationintolacrimalandsalivaryglands,leadingtodryeyeanddrymouth.PeripheralbloodinSSpatientsisreportedtocontainawiderangeofautoantibodies.Weexamineda51-year-oldfemalewhowasalong-termsu.ererofsevereSSdryeye,andhadaGreenspanscoreof4.Ourpathologicalandimmunohistochemicalinvestigationintolacrimalglandsrevealed(1)in.ltrationofalargenumberofBcellsandplasmacellsand(2)excessiveaccumulationofantibodies.Conclusion:Ourcasesuggeststhatinpatientswithalong-standinghistoryofSS,antibodiesareproducedand/oraccumulatedlocallyandabnormallyinlacrimalglands,andmayberelatedtodryeye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):575.579,2017〕Keywords:Sjogren症候群,涙腺,ドライアイ,自己抗体,抗体産生.Sjogren’ssyndrome,lacrimalgland,dryeye,auto-antibodies,antibodyproduction.はじめにSjogren症候群は,涙腺と唾液腺にリンパ球浸潤が生じ,ドライアイ,ドライマウスをきたす自己免疫疾患である1).好発年齢は中高年であり,男女比は1:14と女性に圧倒的に多い.Sjogren症候群の病態には多因子が関与すると考えられ,これまでに遺伝的素因2),EBウイルスなどの微生物感染3),環境要因,免疫異常による組織障害の原因が考えられている.さらにこれまでにSSA,SSB,a-フォドリン,b-フォドリンなどの自己抗原が同定されている.全身的に他の膠原病の合併症のない原発性Sjogren症候群と,全身性エリテマトーデス,強皮症,関節リウマチなどを合併する二次性Sjogren症候群に分類される.今回,筆者らは,診断のための涙腺生検組織において,Sjogren症候群の涙腺小葉および導管周囲に過剰な免疫グロブリンの特徴的な蓄積を示した1例を経験したので報告する.I症例症例は51歳,女性.原発性Sjogren症候群によるドライ〔別刷請求先〕園部秀樹:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HidekiSonobe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアイ,ドライマウスに対して前医でマイティアとヒアレインのみで治療していたが,症状増悪し,当科紹介受診となった.初診時,自覚症状として眼乾燥感が高度であり,眼表面障害の所見はフルオレセイン染色スコア9点満点中9点,ローズベンガル染色スコア9点満点中7点(それぞれ両眼の平均値),涙液動態の所見は,涙液層破壊時間(BUT)2秒,Schirmer試験0mm(それぞれ両眼の平均値)であった.左涙腺生検前後の所見はフルオレセイン9点満点中7点から9点満点中6.5点,ローズベンガル9点満点中6点から9点満点中2.5点,BUT2秒から2秒であり,ドライアイに悪化は認められなかった.Sjogren症候群の診断と治療方針決定のために得られた組織について残余部分を使用し,透過型電子顕微鏡による超微形態を含めた病理組織学的検討と免疫染色を施行した(倫理表1本研究で用いた抗体抗体クローン名会社名陽性細胞CD452B11+PD7/26DAKO汎白血球細胞CD20L26DAKOB細胞Vs38cVs38cDAKO形質細胞IgAPolyDAKO免疫グロブリンIgMPolyDAKO免疫グロブリンl鎖N10/2DAKO遊離軽鎖k鎖PolyDAKO遊離軽鎖CD45ROUCHL-1DAKOメモリーT細胞CD41F6ニチレイヘルパーT細胞CD8C8/144Bニチレイ細胞障害性T細胞※IgA,IgM,k鎖:ポリクローナル抗体.a:HEb:白血球(CD45)576あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017委員会承認番号20090277).ヘマトキシリン・エオジン染色所見に加えてCD45,CD4,CD8,CD20,IgG,IgA,IgM,l鎖,k鎖について連続切片を用いて免疫組織学的に検討した(表1).免疫染色の方法は,脱パラフィン,エタノール系列で脱水後,2%過酸化水素で室温にて,内因性パーオキシダーゼを除去した.その後リン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)で洗浄後,一次抗体をオーバーナイト4℃反応させ洗浄後,PBSで洗浄後二次抗体を45分反応させた(EnVision1;Dakopatts,Glostrup,Denmark).一次抗体は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(3,3’-diaminobenzi-dinetetrahydrochlorideDAB)にて発色反応を行った.核染色はヘマトキシリンを用いて1秒間行った.すべての反応は湿潤箱内で行った.CD45RO,CD20膜抗原(表1)の抗原賦活化は電子レンジを用いて10分間施行した.電子顕微鏡用検体は2.5%グルタールアルデヒドにて固定後,4酸化オスミウムで後固定しエタノール系列で脱水後,エポン包埋を行った.超薄切片を作製後,クエン酸鉛と酢酸ウラニルを用いて二重染色を行い,透過型電子顕微鏡(model1200EXII;JEOL,Tokyo,Japan)で観察した.涙腺組織のヘマトキシリン・エオジン染色所見では涙腺小葉内間質と主導管周囲に同心円状の線維化と著しいリンパ球,および形質細胞を中心として慢性炎症性細胞浸潤を認めた(図1a左).導管周囲に50個以上の単核球浸潤を認める病巣を1フォーカスとするGreenspan分類4)で3フォーカス以上を認め,グレード4に相当する最重症の所見を認めた(図1a右).主導管周囲にも同心円状の線維化と形質細胞を中心とした慢性炎症性細胞浸潤を認めた(図1a右).涙腺腺図1Sjogren症候群涙腺組織における炎症性細胞の局在涙腺組織の小葉(左)および涙腺中等度の導管周囲の連続切片(右).上段はヘマトキシリン・エオジン染色,下段は汎白血球マーカーCD45.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(DAB)染色陽性細胞を示す.*:炎症性細胞浸潤部位,.:小葉内腺房,D:導管,Scalebar=100μm.a:B細胞系列b:lgAc:lgMd:l鎖e:k鎖図2Sjogren症候群涙腺組織における各B細胞系列細胞の局在(免疫染色組織像と電子顕微鏡所見)a:B細胞系列(B細胞,形質細胞,形質細胞の電子顕微鏡所見a.右電子顕微鏡所見Scalebar=2μmD:導管,.:粗面小胞体,Aci:腺房,Scalebar=100μm.b.e:涙腺組織の小葉および導管周囲の連続切片(図1と同一部位の連続切片)に加えてリンパ濾胞.形質細胞から分泌されるIgA,IgM,形質細胞から産生される抗体のl鎖,k鎖.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩)..(DAB)染色陽性細胞を示す.房の萎縮や脱落が認められた(図1a).図1aのそれぞれの部位の連続切片における免疫組織像では,小葉内(図1b左)と導管周囲(図1b右)にCD45陽性細胞の浸潤を認め,その連続切片における小葉内(左列,右列)および導管周囲(中央列)にきわめて高度なB細胞(図2a左),および形質細胞浸潤(図2a中央)を認め,同一症例の涙腺組織における透過型電子顕微鏡像では車軸状の核をもつ形質細胞に粗面小胞体が著明に発達していた(図2a右電子顕微鏡像).同一部位の連続切片における形質細胞から産生されるIgA(図2b),IgG,IgM(図2c),および形質細胞から産生される抗体のl鎖(図2d),k鎖(図2e)の高度な陽性染色像を認めた.CD45陽性細胞(図1b)の涙腺における分布を調べると,T細胞系列(図3a~c)には陽性像が乏しいのに対して,B細胞系列(図2a~e)には高度の炎症性細胞浸潤を認めた.B細胞系列分子の陽性像はCD45陽性細胞の分布にほぼ一致していた(図1b左,図2a,b,c,e左).II考按Sjogren症候群の涙腺病態にはT細胞が主要な役割をはたすという報告と,B細胞が主体とされる報告がありさまざまである.病態初期にはT細胞が関与し5),遷延化した症例にはB細胞が関与すると報告されている6,7).本症例は罹病歴が長く,臨床像はSjogren症候群に特徴的な重症ドライアイを呈し,病理像は汎白血球マーカーであるCD45陽性細胞(図1b)に対して,B細胞系列陽性細胞(CD20,Vs38c)(図2a~e)とT細胞系列陽性細胞(CD45RO,CD4,)を比較すると,B細胞系列陽性細胞の染色c~3a図)(8DC像ときわめて類似していることから,本症例の涙腺に浸潤すa:メモリーT細胞(CD45RO)b:ヘルパーT細胞(CD4)c:細胞障害性T細胞(CD8)図3Sjogren症候群涙腺組織におけるT細胞系列細胞の局在(免疫染色組織像)涙腺組織の小葉(左)および導管周囲(右)の連続切片(図1,2と同一部位の連続切片).メモリーT細胞,ヘルパーT細胞,細胞障害性T細胞の所見を示す.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(DAB)染色陽性細胞を示す.Scalebar=100μm.る炎症細胞はB細胞および形質細胞が主体であることが判明した(図2).本症例の免疫染色所見および電子顕微鏡所見より,成熟形質細胞が過剰に集積しており,小胞体が著明に拡張していることから,涙腺局所において多量の抗体が産生されていると考えられた.これらの所見は,導管周囲に比して小葉内に著明に確認された.このことから,T細胞と相互作用によりB細胞が活性化し形質細胞へと成熟し,過剰な抗体産生がなされたと推察できる.また,間質での形質細胞の著明な増加には,細胞が適切にアポトーシスに陥ることができないアポトーシスの異常が関与している可能性も考えられた.末梢血血清では抗SSA抗体,抗SSB抗体,抗アセチルコリン作動性M3ムスカリン受容体抗体などが報告されている8).涙腺間質においてB細胞から形質細胞浸潤が優位であることは,最近の抗CD20抗体による生物学製剤投与によってSjogren症候群の改善が認められる報告があることからも裏付けられる9).今後,他疾患涙腺との対比が必要であり,1例のみの所見であるが本症例に認められた所見は,Sjogren症候群による涙腺局所での過剰な抗体産生と異常な抗体による組織障害が推察される.本所見は,Sjogren症候群のドライアイにおける病態の一部を示唆する所見であると考えられた.このような涙腺局所の障害により,涙液中に分泌される分泌型IgAやラクトフェリン,リゾチームなどの蛋白にも量的な異常だけでなく,質的な異常も生じている可能性も考えられた.今後の検討課題としたい.文献1)MoutsopoulosHM:Sjogren’ssyndrome:autoimmuneepithelitis.ClinImmunolImmunopathol72:162-165,19942)KangHI,FeiHM,SaioIetal:ComparisonofHLAclassIIgenesinCaucasoid,Chinese,andJapanesepatientswithprimarySjogren’ssyndrome.JImmunol150:3615-3623,19933)FoxRI,PearsonG,VaughanJH.:DetectionofEpstein-Barrvirus-associatedantigensandDNAinsalivaryglandbiopsiesfrompatientswithSjogren’ssyndrome.JImmu-nol137:3162-3168,19864)GreenspanJS,DanielsTE,TalalNetal:Thehistopathol-ogyofSjogren’ssyndromeinlabialsalivaryglandbiop-sies.OralSurgOralMedOralPathol37:217-229,19745)SinghN,CohenPL:TheTcellinSjogren’ssyndrome:forcemajeure,notspectateur.JAutoimmun39:229-233,20126)SerorR,RavaudP,BowmanSJetal:EULARSjogren’syndromediseaseactivityindex:developmentofconsen-ssussystemicdiseaseactivityindexforprimarySjogren’s8)坪井洋人,浅島弘充,住田孝之ほか:シェーグレン症候群:syndrome.AnnRheumDis69:1103-1109,2010抗M3ムスカリン作動性アセチルコリン受容体抗体.分子7)GottenbergJE,CinquettiG,LarrocheCetal:E.cacyofリウマチ治療6:41-44,2013rituximabinsystemicmanifestationsofprimarySjogren’s9)坪井洋人,浅島弘充,高橋広行ほか:シェーグレン症候群:syndrome:resulsin78patientsoftheAutoImmuneandRA以外の膠原病に対する生物学的製剤治療の可能性:炎Rituximabregistry.AnnRheumDis72:1026-1031,2013症と免疫23:159-169,2015***

HC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):571.574,2017cHC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響小川護*1小川葉子*1HuaHe*2,3向井慎*1山根みお*1Sche.erS.C.Tseng*2,3坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2OcularSurfaceCenter*3TissueTech,Inc.ChangesofMeibomianGlandsinaGVHDMouseModelTreatedwithHC-HA/PTX3Puri.edfromAmnioticMembraneMamoruOgawa1),YokoOgawa1),HuaHe2,3),ShinMukai1),MioYamane1),Sche.erS.C.Tseng2,3)KazuoTsubota1)and1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)OcularSurfaceCenter,3)TissueTech,Inc.ヒト羊膜抽出物のheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)投与による慢性GVHD(移植片対宿主病)マウスモデルのマイボーム腺所見の変化について報告する.B10.D2マウスをドナーに,BALB/cマウスをレシピエントに用いて骨髄移植を行い,慢性GVHDモデルマウスを作製した.結膜下と眼瞼周囲にHC-HA/PTX3を骨髄移植後週2回28日目まで経皮および経結膜投与し,眼瞼とマイボーム腺を観察した.PBS(リン酸緩衝液生理食塩水)投与対照群ではマイボーム腺の萎縮および炎症細胞浸潤と線維化が高度であり,HSP(heatshockprotein)47+線維芽細胞を高頻度に認めた.一方,HC-HA/PTX3群では腺構造が維持され,炎症性細胞浸潤と線維化,HSP47+線維芽細胞の浸潤数の減少が観察された.HC-HA/PTX3局所投与によりGVHDのマイボーム腺周囲の線維芽細胞の集積が,炎症,線維化とともに減少することが示唆された.Meibomianglanddysfunctionrelatedtochronicoculargraft-versus-hostdisease(cGVHD)iscausedbyexces-sivein.ammationand.brosisinmeibomianglands.HC-HA/PTX3,acomplexpuri.edfromhumanamnioticmem-brane(AM),isknowntoexertanti-in.ammatoryandanti-.brotice.ects.Weusedawell-establishedmousemod-elofcGVHDtoexaminewhetherHC-HA/PTX3couldattenuatethemorphology,in.ammation,abnormalactivationof.broblastsand.brosisinmeibomianglandsa.ectedbycGVHD.Preliminaryresultsshowedthatsub-conjunctivalandsubcutaneousinjectionofHC-HA/PTX3reducedthenumberof.broblasts,.broticareasandin.ammatorycellsaroundmeibomianglands,andpreservedmeibomianglandmorphologyincomparisonwithPBS-injectedcontrolsamples.Collectively,our.ndingssuggestthatsubcutaneousandsubconjunctivalinjectionofHC-HA/PTX3couldreducecGVHD-elicitedaccumulationofactivatedHSP47+.broblasts,.brosisandin.ammationinandaroundmeibomianglandsinacGVHDmousemodel.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):571.574,2017〕Keywords:慢性移植片対宿主病,羊膜,HC-HA/PTX3,線維化,マイボーム腺.chronicgraft-versus-hostdis-ease,amnioticmembrane,HC-HA/PTX3,.brosis,meibomianglands.はじめにヒト胎盤羊膜は抗炎症作用と抗線維化作用を有することが知られている.これまでに羊膜移植が,難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡に対し,炎症抑制作用や,瘢痕化抑制作用があることが報告されてきた1).その後,Tsengらは羊膜中の抗炎症,抗線維化作用を示す成分としてheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)の抽出精製に成功し,本複合物が難治性眼表面疾患の免疫抑制,線維化抑制に有効であることを報告した2).移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)は〔別刷請求先〕小川護:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MamoruOgawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN血液悪性疾患などの根治療法としての造血幹細胞移植後に生じる合併症のうちの一つであり,造血幹細胞移植の成功を阻んでいる3).GVHDはドナーの移植片とレシピエントの細胞,または組織との間に生じる免疫応答であり,眼,口腔,肺,皮膚,腸管,肝臓が標的臓器となる.各標的臓器の過剰な免疫応答による炎症と病的線維化が病態の中心となることが知られている4,5).マイボーム腺機能不全はGVHDによる眼合併症として高頻度に認められ,共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の研究で,GVHDにおけるマイボーム腺には高度な炎症と線維化の所見を認めることが報告されている6).Sche.erらにより抽出されたHC-HA/PTX3複合体は,HA(hyaluronan)とHC(heavychain)との結合体と,PTX3(pentraxin3)との複合体である.このHC-HA/PTX3複合体は,胎盤羊膜中に存在する成分であり,免疫抑制機能や抗線維化作用があることが報告されている7).今回筆者らは,これまで有効で特異的な薬剤がない慢性GVHDによる難治性眼表面病態に対し,本薬剤が治療薬になりうるかを検討した.確立された慢性GVHDマウスモデルを使用しHC-HA/PTX3の経皮および経結膜的局所投与を試みた結果,マイボーム腺において投与前後の所見の変化について,若干の知見を得たので報告する.I方法マウスの骨髄移植には確立されている方法を用い,8週齢B10.D2(H-2d)オスマウスをドナーに,8週齢BALB/c(H-2d)メスマウスをレシピエントに用いて,同種異系の骨髄移植を行った.ドナーの骨髄細胞1×106と脾臓細胞2×106を混合し,レシピエントの尾静脈より移植した.これにより主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)が適合し,副組織適合抗原が不一致の慢性GVHDモデルマウスを作製した.本マウスモデルはヒト涙腺,結膜などの眼表面のGVHDの所見をよく再現していた8).すべての動物実験は慶應義塾大学医学部動物実験ガイドラインの諸規定に従い,動物福祉の精神に沿った科学的な動物実験が行われるよう配慮した.動物実験のプロトコールを作成して,学内の動物実験委員会の承認を得た(承認番号09152).また,ARVOStatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearchの規定に従った.このGVHDマウスモデルに対しHC-HA/PTX3複合体(1mg/ml)10μlを,経結膜および経皮的にそれぞれ2カ所ずつ,計4カ所に骨髄移植後4日目から1週に2回投与し,骨髄移植後28日目まで7回投与を行った.対照群としてリン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)投与を同時に施行した.最終投与より4日後に眼瞼および眼球摘出を行い,今回は眼球結膜および涙腺以外の組織の予備的な検討として,マイボーム腺およびその周辺組織を各群2眼ずつのみ検討した.10%中性緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,Mallory染色に加え活性化線維芽細胞のマーカーでありコラーゲン産生細胞の指標として一次抗体HeatShockProtein47(HSP47)(クローン名SPA-470,会社名:StressgenBiotechnologiesCorp,SanDiego,CA)を使用した.HSP47の染色にはパラフィン切片を用い,キシレンにて脱パラフィンを行い,エタノール系列で脱水後,抗原不活化を施行,PBSで洗浄後一次抗体HSP47について4℃オーバーナイトで免疫染色を施行した.PBSで洗浄後,Alexa488蛍光標識二次抗体(Ther-moFisherScienti.cInc.MolecularProbe,Kanagawa,Japan)を用いて45分間室温で4’,6-diamidino-2-phenylin-dole(DAPI)(ThermoFisherScienti.cInc.MolecularProbe)による核染色を同時に染色した.抗原不活化にはクエン酸緩衝液(DAKO,Japan)を用いてオートクレーブを使用し120℃20分間施行した.HC-HA/PTX3抽出方法は,Biotissue社から提供される羊膜を無菌条件下で分離し,羊膜を薄い膜にカットし.80℃に凍結し,4℃で1時間ホモジナイズした.その後4℃,48,000gで30分間の遠心分離をすることにより羊膜の抽出物を回収した.回収した羊膜の抽出物をさらにCsCl/4MグアニジンHCLにより48時間,15℃,35,000回転/分の条件で超遠心を2回施行した.遠心後の溶液からhyaluronan(HA)は得られたが蛋白を抽出できなかった画分を集め蒸留水に対して透析を行い,羊膜の抽出物としてHC-HA/PTX3混合物を得た9).II結果慢性GVHDのモデルマウスにおけるHC-HA/PTX3投与例およびPBS投与例について,マイボーム腺の組織構築の観察,炎症性細胞浸潤,HSP47+線維芽細胞浸潤および線維化の程度の観察を行った.活性化線維芽細胞についてはHSP47+で細胞内に核が認められた紡錘形の細胞を調べた.その結果,PBS投与コントロ―ルマウスのマイボーム腺組織のHE染色像では,HC-HA/PTX3投与マウスに比して間質に著明な炎症性細胞浸潤を認めた(図1a,b).Mallory染色像ではPBS投与マウスには広範囲な線維化とマイボーム腺の萎縮が観察された.一方,HC-HA/PTX3投与マウスにおいては,マイボーム腺周囲の線維化が若干減少し,マイボーム腺の構築が保たれていた(図1c,d).また,マイボーム腺周囲間質における単位面積当たりの線維芽細胞数が,PBS投与マウスに比して減少していることが観察された(図1e,f).HC-HA/PTX3複合体投与により,マイボーム腺の構築がPBS投与コントロールマウスに比して保たれていた.これらの結果より,慢性GVHDのマウスモデルに生じたマイボーム腺周囲の炎症性細胞浸潤,線維化,線維芽細胞数が,HC-HA/PTX3複合体の経結膜投与および経皮的投与により減少した可能性が考えられた.III考按慢性GVHDが進行すると眼瞼およびマイボーム腺周囲の高度な炎症細胞浸潤と線維化が特徴的であることが臨床所見として報告されている6).今回の研究では,マウスGVHDモデルにおけるPBS投与マウスの病理組織像を検討したところ,臨床的な共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の報告と同様に,マイボーム腺およびその周囲に高度な炎症細胞浸潤と線維化所見を認めた.HC-HA/PTX3には他疾患において抗炎症作用と抗線維化作用が報告されている10).HC-HA/PTX3の投与により炎症性細胞浸潤の減少とともに,HSP47の発現の減弱とHSP47+線維芽細胞の浸潤数が減少している可能性が考えられた.炎症および線維化の減弱によりマイボーム腺組織の構築が保たれる可能性があると考えられる.マイボーム腺機能不全をきたす線維化疾患には慢性GVHDに加え,Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,化学外傷などがある.HC-HA/PTX3局所投与はマイボーム腺機能不全を伴う難治性眼線維化疾患に対して局所的に疾患の発症初期からの治療法として有用であることが考えられる.今回の検討では観察例が少なく,探索的な観察をprelimi-naryな所見として報告した.今後の課題として異なった検討数を増やして再現性を確認する必要がある.次のステップの基礎研究として異なったGVHDマウスモデルを用いた検証や,HC-HA/PTX3の安全性の検証と投与方法,投与回数を検討する必要がある.また,HC-HA/PTX3は分子量が大きく,血流へ流入することはないとされるが,HC-HA/PTX3が骨髄移植におけるドナー細胞の生着を妨げないことを確認することも必要と考えられる.将来の展望として,現在GVHDによるマイボーム腺機能不全およびドライアイの炎症と線維化に対する有効な治療薬がないことから,HC-HA/PTX3によるマイボーム腺の炎症と線維化抑制による治療は新規性,優位性に富んでいる.今後HC-HA/PTX3がGVHDの難治性眼表面障害例に有効な新規治療法になり得る,検討を重ねる必要があると考える.利益相反:小川護,向井慎,山根みお;利益相反公表基準に該当なし小川葉子,坪田一男;「HC-HA/PTX3による慢性移植片対宿主病によるドライアイの治療薬としての有用性」特許申請中.HuaHe,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の雇用者.坪田一男,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の株主.図1GVHDマウスモデルにおけるHC-HA/PTX3投与によるマイボーム腺への影響a,b:ヘマトキシリン・エオジン染色.PBS投与マウス(a)に比してHC-HA/PTX3マウス(b)では炎症性細胞浸潤が減少している.Scalebar=25μm.c,d:マロリー染色.PBS投与マウス(c)に比して,HC-HA/PTX3投与マウス(d)では線維化面積(青)の減少が認められる.マイボーム腺の構造が比較的保持されている.線維化部位(青)Scalebar=25μm.e,f:HSP47+線維芽細胞(緑)の分布.核(青)PBS投与マウス(e)に比してHC-HA/PTX3投与マウス(f)ではHSP47+線維芽細胞数の減少が認められる.HSP47+線維芽細胞(緑),核(青)Scalebar=50μm.文献1)TsengSC,EspanaEM,KawakitaTetal:Howdoesamnioticmembranework?OculSurf2:177-187,20042)TsengSC:HC-HA/PTX3puri.edfromamnioticmem-braneasnovelregenerativematrix:insightintorelation-shipbetweenin.ammationandregeneration.InvestOph-thalmolVisSci57:ORSFh1-8,20163)PavleticSZ,FowlerDH:ArewemakingprogressinGVHDprophylaxisandtreatment?HematologyAmSocHematolEducProgram2012:251-264,20124)JagasiaMH,GreinixHT,AroraMetal:NationalInsti-tutesofHealthConsensusDevelopmentProjectonCrite-riaforClinicalTrialsinChronicGraft-versus-HostDis-ease:I.The2014DiagnosisandStagingWorkingGroupreport.BiolBloodMarrowTransplant21:389-401,20155)OgawaY,MorikawaS,OkanoHetal:MHC-compatiblebonemarrowstromal/stemcellstrigger.brosisbyacti-vatinghostTcellsinasclerodermamousemodel.Elife5:e09394,20166)BanY,OgawaY,IbrahimOMetal:Morphologicevalua-tionofmeibomianglandsinchronicgraft-versus-hostdis-easeusinginvivolaserconfocalmicroscopy.MolVis17:2533-2543,20117)HeH,TanY,Du.ortSetal:InvivodownregulationofinnateandadaptiveimmuneresponsesincornealallograftrejectionbyHC-HA/PTX3complexpuri.edfromamniot-icmembrane.InvestOphthalmolVisSci55:1647-1656,20148)ZhangY,McCormickLL,DesaiSRetal:Murinesclero-dermatousgraft-versus-hostdisease,amodelforhumanscleroderma:cutaneouscytokines,chemokines,andimmunecellactivation.JImmunol168:3088-3098,20029)HeH,LiW,TsengDYetal:Biochemicalcharacteriza-tionandfunctionofcomplexesformedbyhyaluronanandtheheavychainsofinter-alpha-inhibitor(HC*HA)puri.edfromextractsofhumanamnioticmembrane.JBiolChem284:20136-20146,200910)HeH,ZhangS,TigheSetal:Immobilizedheavychain-hyaluronicacidpolarizeslipopolysaccharide-activatedmacrophagestowardM2phenotype.JBiolChem288:25792-25803,2013***

術中に移植片脱出を生じたDMEKの1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):568.570,2017c術中に移植片脱出を生じたDMEKの1例小橋川裕子*1親川格*1,2林孝彦*3,4加藤直子*5酒井寛*1*1琉球大学医学部眼科学教室*2ハートライフ病院眼科*3横浜南共済病院眼科*4横浜市立大学眼科学教室*5埼玉医科大学眼科学教室IntraoperativeDonorGraftEjectioninDMEK:ACaseReportHirokoKobashigawa1),ItaruOyakawa1,2),TakahikoHayashi3,4),NaokoKato5)andHiroshiSakai1)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,2)DepartmentofOphthalmology,HeartLifeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamiKyosaiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity目的:Descemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)の術中合併症の一つに前房内への移植片挿入後の創口からの脱出があり,機械的な内皮細胞損傷と移植片機能不全を続発しうる.今回,移植片脱出を生じたが透明治癒した1例を経験したので報告する.症例:67歳,女性.左眼レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症でハートライフ病院眼科に紹介され,全身麻酔下にDMEKを行った.術中,前房内へ挿入した移植片が眼外に完全に脱出したが,再度挿入した.術後,とくに合併症はなく移植片の接着は良好であった.視力は術前0.06であったが,術後3週間で1.0となり,術後3カ月でも維持された.角膜内皮細胞密度は966/mm2(術前からの減少率67%)であった.結論:術中の移植片脱出により角膜内皮細胞数は大きく減少するが,再挿入により移植片接着を得ることで角膜透明治癒と良好な視機能を獲得することも可能である.Purpose:ToreportacaseofgraftejectionduringDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK).Case:Undergeneralanesthesia,DMEKwasperformedonthelefteyeofa67-year-oldfemalewithbullouskera-topathysecondarytolaseriridotomy.Immediatelyafterinjection,thedonorgraftwasbentandsubsequentlyeject-edthroughthecorneoscleralincision.Theejectedgraftwasthenre-insertedintotheanteriorchamber.Aftersur-gery,thegraftattachedwithnopostoperativecomplication.Visualacuityimprovedfrom20/333(0.06)beforesurgeryto20/20(1.0)at3weeks,andremainedatthatlevelfor3monthsaftersurgery.Theendothelialcellden-sitywas966cells/mm2at3months,representingacelllossof67%.Conclusion:Althoughitisknownthatintra-operativegraftejectioncausessevereendothelialcellloss,ourcaseresultedinaclearcornea.Therefore,evenaftergraftejection,re-insertionoftheejectedgraftmaystillbeausefultechniqueinDMEK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):568.570,2017〕Keywords:DMEK,術中合併症,移植片脱出,硝子体圧,水疱性角膜症.Descemetmembraneendothelialkera-toplasty,intraoperativecomplication,graftejection,vitreouspressure,bullouskeratopathy.はじめにDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)はGorovoyによって2006年に報告された術式1,2)で,角膜内皮細胞層を含む100.150μm程度の移植片を無縫合で角膜後面へ接着させる.DSAEKは,全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PK)と異なり小切開で行うことができるため,駆逐性出血などの術中合併症を回避することができ1),さらに角膜前面の縫合糸を必要としないことにより,術後乱視を軽減し早い視力回復が可能である1,3).また,強い角膜強度を保ち術後の移植片離開もなく,移植する組織が少ないことにより低い拒絶反応率を得ることができる1,2).わが国においてもDSAEKやDescemet膜非.離角膜内皮移植術(non-Descemetstrippingautomatedendothelialkera-toplasty:nDSAEK)の手技が確立し3,4),現在では角膜内皮機能不全に対する第一選択の治療法となってきている1,4).2006年にMellesらが内皮細胞とDescemet膜のみからな〔別刷請求先〕小橋川裕子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokoKobashigawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,TownNishihara,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN568(108)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(108)5680910-1810/17/\100/頁/JCOPYる20μm程度の移植片を無縫合で角膜後面へ接着させるDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)を報告した5).DMEKは,DSAEKよりもさらに早期からの良好な視力回復,視機能,低い拒絶反応率を達成でき,欧米においておもにFuchs角膜内皮ジストロフィー(Fuchsendo-thelialdystrophy:FED)を対象疾患として行われている.DMEKでは6,7),内皮を外側にロール状に巻いた移植片を前房内で展開し,角膜後面へ接着させる必要があり,DSAEKに比べて手術手技がむずかしいとされている.DMEKの周術期合併症としては,移植片作製時の失敗,前房内に挿入した移植片が裏返しになってしまう,機械的な内皮損傷による移植片接着不良といったものが報告されている.DMEKでは,DSAEKと異なり移植片が非常に薄いために,前房内に挿入している途中で急激な前房圧,硝子体圧の上昇が生じると,移植片は容易に創口やサイドポートから眼外に脱出したり,インジェクターの中を逆流し水圧に押されて圧縮されたりしかねない.このような移植片の前房内挿入に伴う術中合併症は機械的な角膜内皮細胞数の損傷に大きくかかわり,結果的に移植片機能不全に直結する.今回筆者らは,術中に前房内へ挿入した移植片が完全に眼外に脱出したが,その後再挿入し,透明治癒を得た1例を経験したので報告する.図1術中写真前房内へ挿入された移植片(a)は創口へ嵌頓し(b),眼外へ完全に脱出した(c).その後再度移植片を前房内へ挿入し,移植片を生着させた(d).I方法1.症例67歳,女性.原発閉塞隅角症に対して2008年に左眼レーザー虹彩切開術(laseriridotomy)を受けたが,その後徐々に角膜内皮細胞数の減少を認め,2014年に水疱性角膜症を生じた.このときの前房深度(角膜内皮後面から水晶体前面までの距離)は1.52mmであった.2014年に他院で水晶体再建術を施行された後に2014年10月24日にハートライフ病院へ紹介となった.初診時の左眼視力は0.06(矯正不能)眼圧は8mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,左眼角,膜は浮腫状で混濁し,Descemet膜には皺襞がみられた.前房は深く,明らかな前房炎症はなかった.虹彩にはレーザー虹彩切開孔以外の異常はなく,眼内レンズは.内に固定されていた.眼底は角膜浮腫のため詳細は不明であったが,検眼鏡で確認される範囲では大きな異常は認めなかった.中心角膜厚は730μm,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.2.手術手技と経過2014年11月19日に全身麻酔下で左眼のDMEKを行った.移植片はPre-strippedDonor(SightLife;USA)(角膜内皮細胞密度2,927/mm2)を用い,トリパンブルー染色を行うことで移植片の視認性を高めた.眼内レンズ挿入器具WJ-60(アキュジェクトユニフィット,参天製薬)を移植片図2前眼部写真と前眼部OCT(CASIASS.1000R,Tomey,Nagoya,Japan)pachymetrymap写真a:術前の前眼部写真.Descemet膜皺襞を伴った角膜浮腫がある.b:術前の前眼部OCT写真.中心角膜厚700μm以上の著明な角膜浮腫がある.c:術後3カ月の前眼部写真.角膜は透明治癒している.d:術後3カ月の前眼部OCT写真.角膜浮腫が改善している.(109)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017569挿入器具として使用し,前房メインテナー併用下インジェクター法による移植片挿入を行った8).前房内灌流を止めた状態で前房内に挿入した移植片が,挿入直後に創口より完全に脱出した(図1).高い硝子体圧が脱出の原因と考え,開瞼器を緩めて開瞼幅を狭くした後,再度移植片を前房内に同手順で挿入した.前房内に移植片が留置されたことを確認した後に,空気を用いて移植片を展開し,角膜後面への接着を得て手術終了とした(図1).術後,空気瞳孔ブロックや移植片の接着不良などの早期術後合併症は生じなかった.術後1週間で角膜透明治癒を得ることができ,術後3週間で,左眼視力1.0(矯正不能),中心角膜厚479μmに回復した.術後3カ月で,視力1.0(矯正不能),中心角膜厚451μm,角膜内皮細胞密度966/mm2(減少率67%)であった(図2).その後も術後約2年まで合併症を生じることなく,透明治癒を維持した状態で経過している.II考按DMEK導入期において,移植片接着不良や移植片機能不全(primarygraftfailure:PGF)は発生しやすい周術期合併症であり6,7),回避するためのマネージメントが必要である.とくにわが国では水疱性角膜症の原因として欧米に多いFEDは少なく,レーザー虹彩切開術後や白内障手術後に発症するものが多い9).短眼軸,浅前房の症例も多く硝子体圧が高い症例が多いと推測される.また,瞼裂幅が狭い症例においては,開瞼による眼球への圧迫が硝子体圧をさらに上昇させる可能性がある.硝子体圧の高い症例では,前房深度の維持,移植片の挿入が困難である.浅前房眼の少ない欧米では,DMEKshooterやガラス製インジェクターを用いた簡便な移植片の前房内への挿入が普及しているが,高い硝子体圧を生じやすいアジア人眼においては,移植片挿入時における前房深度を維持するために,硝子体圧への対応が必須である.手術を局所麻酔で行う場合には,球後麻酔に加え瞬目麻酔を同時に行い,Honanballoonを用いて眼球圧迫し,状況に応じて硝子体切除を追加で行うことも必要と考えている.今回,筆者らは瞬目や腹圧による硝子体圧上昇を抑制する目的で全身麻酔を選択した.また,移植片挿入時の前房内圧上昇や移植片の脱出を防ぐため,前房の虚脱に備えて前房内に留置していた灌流針からの灌流を止めた状態で移植片を挿入した.しかし,挿入した移植片は創口より脱出した.原発閉塞隅角眼であったこと,および開瞼器による圧迫によって高い硝子体圧がもたらされたと考えた.瞼裂の狭い患者においては,開瞼状態にも注意を払う必要がある.移植片の創口からの脱出は角膜内皮細胞の大きな損傷につながる.既報においても同様の術中合併症が報告されており,PGFとなり再移植を余儀なくされている10).しかし,移植片脱出がいったん発生したとしても,必ずPGFに至るというわけではない.実際に,本症例では再挿入した移植片はその後問題なく宿主の角膜に生着し,透明治癒を得て視機能の改善を得ることができた.本報の移植片は術前のドナー角膜内皮細胞密度が2,927/mm2と高値であったため,脱出時に機械的な損傷があってもなお透明治癒するだけの内皮細胞数が残存したと考えられる.移植片脱出が生じてしまった場合,代わりのドナーが用意できない状況では,再挿入により角膜後面へ移植片を接着させて手術を完遂することが勧められる.DMEKは術後の高い視機能,低い拒絶反応の頻度など,長所の多い術式であるが,眼球が小さく,浅前房の多い日本人を含むアジア人の水疱性角膜症には向かないという意見もある.さまざまな合併症への知識を習得し,アジア人に適した手術方法を考案してより安全に施行できる工夫を重ねることにより,わが国でも多くの水疱性角膜症患者がその恩恵を受けることに期待する.文献1)LeeWB,JacobsDS,MuschDCetal:Descemet’sstrip-pingendothelialkeratoplasty:safetyandoutcomes:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Oph-thalmology116:1818-1830,20092)PriceFW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothe-lialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20053)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Non-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyforenodthe-lialdysfunctionsecondarytoargonlaseriridotomy.AmJOphthalmol146:543-549,20084)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Descemetstrip-pingwithautomatedendothelialkeratoplastyforbullouskeratopathiessecondarytoargonlaseriridotomy─pre-liminaryresultsandusefulnessofdouble-glideinsertiontechnique.Cornea27(Suppl1):S62-S69,20085)MellesGR,OngTS,VerversBetal:Descemetmem-braneendothelialkeratoplasty(DMEK).Cornea25:987-990,20066)TourtasT,LaaserK,BachmannBOetal:DescemetmembraneendothelialkeratoplastyversusDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.AmJOph-thalmol153:1082-1090,20127)GorovoyMS:DMEKcomplications.Cornea33:101-104,20148)親川格,澤口昭一:Descemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)における移植片折れ曲がり整復テクニック.臨眼70:729-734,20169)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,200710)MellesGR,OngTS,VerversBetal:PreliminaryclinicalresultsofDescemetmembraneendothelialkeratoplasty.AmJOphthalmol145:222-227,2008(110)

Descemet Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK)におけるDescemet膜剝離用鑷子の有用性についての検討

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):563.567,2017cDescemetStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)におけるDescemet膜.離用鑷子の有用性についての検討脇舛耕一*1,2稗田牧*2山崎俊秀*1稲富勉*2外園千恵*2木下茂*1,3*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学視機能再生外科学*3京都府立医科大学感覚器未来医療学TheE.cacyofDescemetorrhexisForcepsforDescemetStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyKoichiWakimasu1,2),OsamuHieda2),ToshihideYamasaki1),TsutomuInatomi2),ChieSotozono2)andShigeruKinoshita1,3)1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)施行時に,Descemet膜.離や角膜内皮面に近い場所での操作を要する場合にアプローチを容易にする形状の鑷子(木下氏デスメ膜.離用鑷子,EyeTechnol-ogy社)を開発し,使用経験を得たので,その結果を報告する.対象および方法:対象は2011年1月.2012年4月に本鑷子を用いずにDSAEKを施行した88眼(未使用群)と,2012年5月.2016年5月に本鑷子を用いてDSAEKを施行した98眼(使用群)である.DSAEK施行時に,前房内灌流下に逆Sinskeyフック(DSAEKPriceHook,モリア社)でDescemet膜に円形の鈍的切開を行い,切開縁からある程度Descemet膜を.離させた後,未使用群ではそのまま逆Sinskeyフックにて,使用群では本鑷子を用いて,それぞれDescemet膜.離の完遂を試みた.Descemet膜.離の完遂率について検討した.結果:未使用群88眼のうち,前房内操作にて.離したDescemet膜片を視認できた症例は83眼であった.そのうち逆Sinskeyフックの使用のみでDescemet膜.離を完遂できた症例は32眼であり,51眼ではレンズ鑷子やマイクロカプセル鑷子の併用により逆Sinskeyフックで.離した部分のDescemet膜片を除去できた.一方,使用群98眼のうち,同様に.離したDescemet膜片が確認できた92眼では,全例でDescemet膜.離を完遂することができた.結論:本鑷子の利用により,Descemet膜を直接把持することで,逆Sinskeyフックでは対応が困難であった症例でのDescemet膜.離も可能であると考えられた.また,角膜内皮面方向での前房内操作が必要な症例においても,本鑷子の有効性が示唆された.Purpose:Toevaluatethee.cacyofusingDescemetorrhexisforcepsforDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).MaterialsandMethods:Thisstudyinvolved88consecutiveeyesthatunder-wentDSAEKfromJanuary2011toApril2012withouttheuseofKinoshitaDescemetorrhexisForceps(KDF)(EyeTechnologyInc.),speciallydesignedforcepsinwhichthedirectionandcurveoftheforcepsshaftisangledtowardtheDescemet’smembrane(non-KDFgroup),and98consecutiveeyesthatunderwentDSAEKfromMay2012toMay2016usingtheforceps(KDFgroup).Ineacheye,theDescemet’smembranewasbluntlyincisedinacircularshapeanddissectedfromthecornealstromausingareverseSinskeyhook(DSAEKPriceHook,MoriaInc.).TheDescemetorrhexiswasthencompletedusingthereverseSinskeyhookinthenon-KDFgroupandtheforcepsintheKDFgroup.TheDescemetorrhexiscompletionrateswerethenexamined.Results:Inthenon-KDFgroup,Descemet’s-membranestrippingwascon.rmedin83ofthe88eyes.Ofthose,DescemetorrhexiswascompletedusingthereverseSinskeyhookin32eyes,whereaslensforcepsormicrocapsuleforcepswereneededtoremovethestrippedDescemet’smembranein51eyes.IntheKDFgroup,Descemet’s-membranestrippingwascon.rmedin92ofthe98eyes,andDescemetorrhexiswascompletedusingtheDescemetorrhexisforceps.Conclusions:〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPANIncomparisontousingtheSinskeyhookalone,theKDFDescemetorrhexisforcepswerefoundtobee.ectiveforDescemetorrhexiscompletion,especiallyinthedi.cultcases;theiruseshouldbeconsideredincaseswherethedirectionofsurgeryistowardthecornealendothelium.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):563.567,2017〕Keywords:DSAEK,デスメ膜.離,デスメ膜.離用鑷子.DSAEK,Descemetorrhexis,Descemetorrhexisfor-ceps.はじめに2006年にGorovoyが報告したDescemetstrippingauto-matedendothelialkeratoplasty(DSAEK)1)では,ホスト角膜のDescemet膜を.離し,ホスト実質面を露出させてドナーグラフト実質面との接着促進を図る.一般に,Descemet膜.離を行う場合は,DSAEKPriceHooK(Moria社,以下逆Sinskeyフック)を用いることが多い2).しかし,逆Sins-keyフックではDescemet膜の.離が進むと遊離したDes-cemet膜片のコントロールが困難となる.また,.離縁に裂隙が生じ,帯状に残存したDescemet膜片が折り返り重なってホストグラフトの接着不良の原因となることがあり,帯状のDescemet膜片を逆Sinskeyフックのみで除去することがむずかしい症例がある.また,角膜透見不良例では,前房内操作を直接視認できず,Descemet膜.離の状態や.離範囲の把握が困難な場合がある.今回,Descemet膜.離や,角膜内皮面への操作性の改善を図るために,先端の形状を上向きにした鑷子を開発し,使用経験を得たので報告する.I対象および方法今回開発した鑷子は木下氏デスメ膜.離用鑷子(EyeTechnology社,以下,本鑷子)である.シャフト部やハンドル部は前.鑷子と同様であるが,先端形状が前.鑷子ではハンドル部を保持した場合に下向きとなるのに対し,本鑷子では逆方向の上向きとなるように設計されている.このため前房内では角膜内皮面へのアプローチが容易となり,Des-cemet膜や角膜内皮面の沈着物などを把持しやすい構造となっている(図1).対象は2011年1月.2012年4月に本鑷子を使用せずDSAEKを施行した88眼(未使用群)と,2012年5月.2016年5月に本鑷子を使用してDSAEKを施行した98眼(使用群)である.BSSplusを前房内に灌流しながら逆Sins-keyフックを用いてDescemet膜に円形の鈍的切開を行い,切開縁からある程度Descemet膜を.離させた後,未使用群ではそのまま逆Sinskeyフックを用いて,使用群では本鑷子を用いて未.離部分のDescemet膜.離を完遂させた.手術後,手術ビデオにてDescemet膜.離の状態をretrospec-tiveに確認し,両群における,Descemet膜.離の完遂率に図1木下氏デスメ膜.離用鑷子23G(EyeTechnology/M.E.Technica)a:概観.b:先端部のシェーマ.c:先端部の形状.d:池田氏前.鑷子の先端形状.ついて検討した.II結果未使用群のうち,手術中に.離したDescemet膜片が確認できた83眼中,逆Sinskeyフックの使用のみでDescemet膜.離を完遂できた症例は32眼であり,51眼ではレンズ鑷子やマイクロカプセル鑷子の併用により逆Sinskeyフックで.離した部分のDescemet膜片を除去できた.しかし,41眼ではDescemet膜.離縁に裂隙が生じ帯状に残存したDescemet膜を確認できたが,除去できなかった(表1).前房内の透見性が不良であった5眼では,Descemet膜の.離範囲や,逆Sinskeyで.離したDescemet膜片の確認が困難であった.一方使用群では,手術中にDescemet膜の.離片が確認できた92眼では,Descemet膜の.離片や帯状に残存したDescemet膜片を直接把持することにより,全例で除去できた(図2).また,透見不良であった6眼では,部分的に.離したDescemet膜を把持したまま,水晶体前.切開での操作と同様に円周状に動かすことでDescemet膜の.離を完遂し,.離したDescemet膜を一塊として摘出し大きさを確認できた(図3).Descemet膜が帯状に残存した症例数は,使用群に比べ未使用群では有意に多かった(c2検定,p<0.001).また,Descemet膜.離操作時以外に本鑷子の使用が有用であった症例として,グラフトヒンジ部の切離が不完全であったDSAEKドナーグラフトを前房内に挿入した1眼を認めた.本症例ではグラフト挿入後に前房内操作による残存ヒンジ部の切除が必要であったが,本鑷子の使用により残存ヒンジ部を把持することができ,八重式剪刀(イナミ社)による切除が可能であった(図4).III考察DSAEKにおけるDescemet膜.離は,必ずしも全例で同様の結果とはならない.その理由の一つとして,症例ごとにDescemet膜の厚みや強度,角膜実質との接着の強さが異な表1Descemet膜.離の群間比較Descemet膜片視認可能単独使用により完遂他器械併用により完遂帯状に一部残存未使用群(88眼)83321041使用群(98眼)929200Descemet膜片視認困難.離片を摘出確認.離片確認不可505660ることが考えられる.そのため,逆SinskeyフックでDes-cemet膜.離を行う際,周辺側へ.離が広がる症例や,.離したDescemet膜が途中で裂けて帯状に残る症例が認められる.また,もう一つの理由として,症例により角膜の透見性と前房内の視認性が異なることがあげられる.視認性が良好であれば.離されたDescemet膜の挙動や範囲の把握が容易図2裂隙状に残存したDescemet膜片の除去55歳,男性.無水晶体眼水疱性角膜症.最初のDescemet膜.離時にDescemet膜が裂隙状に残存したが,Descemet膜.離用鑷子で裂隙部を把持し除去できた.図3角膜透見困難例でのDescemet膜の除去72歳,男性.緑内障術後水疱性角膜症.高度の角膜浮腫により前房内の透見性が著しく低下した症例で,Descemet膜の視認性も非常に悪い状態であったが,角膜中心部のDescemet膜.離を完遂できた.図4DSAEKグラフトヒンジの切除プレカットドナーグラフトの打ち抜きが偏心していたため,グラフトの実質面にヒンジの一部が残存し,グラフトの接着が得られなかった.Descemet膜.離用鑷子でヒンジ部分を把持し八重式虹彩剪刃で切除後,グラフトの接着を得ることができた.であるが,視認性が低下した症例ではその把握が困難となる.Descemet膜の視認性を向上させる方法として,サージカルスリット照明やライトガイドを使用する方法3.5)や,前房内を空気6)や粘弾性物質7)で置換してDescemet膜.離を行う方法,トリパンブルーでDescemet膜を染色する方法5)がある.しかし,Descemet膜が確認できたとしても,逆SinskeyフックでのDescemet膜の処理には限界がある.逆Sinskeyフックでは,フック先端をDescemet膜下に入れて押し進めるか,.離した部分のDescemet膜を裏返し,角膜実質面に押し付けてフック先端と角膜実質面の間に挟んで引っ張り.離する.しかし,いずれの方法ともDescemet膜の固定が間接的であるため,Descemet膜.離が進んで遊離したDescemet膜片の面積が大きくなった場合や,Descemet膜縁が裂隙を形成し,帯状に細長く残存した場合には,前房内を灌流している状態ではDescemet膜の可動性が高くなり.離完遂が困難となる.前房内を空気または粘弾性物質で満たすことでDescemet膜の挙動は管理しやすくなるが,空気の場合,前房安定性を得るためには一定の眼圧を維持したまま前房内へ持続注入できるシステムが必要となる.また,Zinn小帯脆弱例や眼内レンズ縫着例では,空気が硝子体腔へ回る可能性がある.一方粘弾性物質の場合は,Descemet膜.離後の除去が不十分であるとホストグラフト間の接着不良の原因となりうる.さまざまな症例に対応するためには,BSSplusの前房内灌流下にてDescemet膜.離を確実に施行できることが必要である.また,高度の角膜浮腫により視認性が低下した症例では,手術中のDescemet膜.離の範囲や程度の把握が困難であり,Descemet膜の.離状況に応じたフック先端の位置合わせや動きができず,.離完遂がむずかしくなる.Descemet膜へアプローチするために鑷子を用いる報告もされている6.8)が,通常の前.鑷子や硝子体鉗子では先端形状の向きから角膜内皮面方向への操作が行いにくい.本鑷子では,Descemet膜を把持して直接的に操作することができるため,角膜実質面への圧排が不要であり,小さな残存Descemetの.離も容易である.また,前房内の視認性が低下した症例でも,一部.離したDescemet膜片を把持することができれば,その後はある程度盲目的操作であっても,前.切開と同様に円を描く動きによりDescemet膜の.離を得ることができる.本鑷子のもう一つの利点は,Descemet膜のみならず,角膜内皮面方向の操作が可能であることである.今回のようなドナーグラフトへの操作が必要な状況であっても,組織の把持が容易であり,角膜内皮細胞に対して低侵襲な操作を行うことができる.また,本鑷子と同様に上向きの形状をした鑷子として,小林氏DMEK鑷子R(ASICO社)がある.これには先端がリング型とポイント型があり,また先端方向も垂直と水平がある.リング型では把持できる面積が大きいため,角膜実質面を挟むことなく.離したDescemet膜をより一塊として除去しやすい.一方,本鑷子は先端がより鋭な形状のため,小さなDescemet膜片や,前述のグラフトヒンジ組織をピンポイントで把持できる.このように,特長に多少の差はあるが,いずれの鑷子とも,角膜内皮面方向へのアプローチが容易である点では一致している.今回の検討の限界として,鑷子を使用した群としていない群の間で手術時期が異なっているが,これは,本鑷子の入手後は全症例で使用しており,未使用群の手術時期が本鑷子の入手以前に限られてしまっているためである.本鑷子を使用することで,Descemet膜.離をより確実に行い,角膜内皮面方向の前房内操作を安全に行うことが可能であると考えられた.文献1)GorovoyMS:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea25:886-889,20062)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendo-thelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcorne-altransplant.JRefractSurg21:339-345,20053)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Descemetstrip-pingwithautomatedendothelialkeratoplastyforbullouskeratopathiessecondarytoargonlaseriridotomy─pre-liminaryresultsandusefulnessofdouble-glidedonorinsertiontechnique.Cornea27(Suppl1):S62-S69,20084)InoueT,OshimaY,HoriYetal:ChandelierilluminationforuseduringDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyinpatientswithadvancedbullouskeratoplas-ty.Cornea30(Suppl1):S50-53,20115)SharmaN,SharmaVK,AroraTetal:NoveltechniqueforDescemetmembraneremnantstrippinginhazycor-neaduringDSAEK.Cornea35:140-142,20166)MehtaJS,HanteraMM,TanDT:Modi.edair-assisteddescemetorhexisforDescemet-strippingautomatedendo-thelialkeratoplasty.JCataractRefractSurg34:889-891,20087)ChanCC,YangPT,HollandEJ:Descemetorrhexisinendothelialkeratoplastytoavoidperipheralbullouskera-toplasty.CanJOphthalmol47:243-245,20128)KhokharS,AgarwalT,GuptaSetal:Shiftingbubble-guidedsuturelesstechniqueforperformingdescemeto-rhexisforretainedDescemet’smembraneafterpenetrat-ingkeratoplasty.IntOphthalmol34:125-128,2014***

眼類天疱瘡2症例における角膜神経の病的変化 ─生体レーザー共焦点顕微鏡による観察─

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):560.562,2017c眼類天疱瘡2症例における角膜神経の病的変化─生体レーザー共焦点顕微鏡による観察─小澤信博小川葉子西條裕美子鴨居瑞加内野美樹山根みおHeJingliang向井慎坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室TwoCasesofCornealNerveAlterationObservedbyInVivoLaserConfocalMicroscopyinPatientswithOcularCicatricialPemphigoidNobuhiroOzawa,YokoOgawa,YumikoSaijo,MizukaKamoi,MikiUchino,MioYamane,HeJingliang,ShinMukaiandKazuoTsubotaDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)の角膜神経を生体レーザー共焦点顕微鏡(invivolaserconfocalmicroscopy:IVCM)にて観察し,興味ある知見を得たので報告する.症例1:73歳,女性.2007年,角膜輪部機能不全,瞼球癒着を認めた.その後,結膜.短縮,瞼球癒着が進行し,OCPと診断した.IVCMにて角膜神経の蛇行と周囲の樹状様細胞浸潤を認めた.症例2:84歳,女性.2004年より右眼上方より角膜潰瘍が出現した.角膜上方より結膜が侵入し,2006年に瞼球癒着を認め,OCPと診断した.IVCMにて角膜神経の蛇行と神経周囲の樹状様細胞浸潤を認めた.OCP症例のIVCM角膜神経所見では走行異常と神経周囲への樹状様細胞浸潤を認め,慢性炎症により神経形態に変化をきたすこと,神経周囲にも炎症があることが示唆された.Wereporttwocasessu.eringfromocularcicatricialpemphigoid(OCP)withcornealnervealterationaccom-paniedbydendriticin.ammatorycellin.ltration,asobservedbyinvivolaserconfocalmicroscopy(IVCM).Case1,a73-year-oldfemale,su.eredfromlimbalstemcellde.ciencyandsymblepharonin2007,followedbyprogressivefornixshortening.UnderadiagnosisofOCP,IVCMrevealedthatthecornealtortuositywasgrade3,accordingtotheclassi.cationprovidedbyOliveira-SotoandEfron,andthatmanydendriticcellshadin.ltratedtissuesaroundtortuousnerves.Case2,an84-year-oldfemale,hadacornealulcerattheupperregionofthecorneaandsubse-quentlydevelopedconjunctivalization.UpondiagnosisofOCP,IVCMshowedcornealtortuosityofgrade4;den-driticcellin.ltrationwasobservedaroundtortuousnerves.Conclusion:Collectively,theseobservationssuggestthatpatientswithOCP-inducedchronicin.ammationarehighlyvulnerabletocornealnervealterationandden-driticin.ammatorycellin.ltration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):560.562,2017〕Keywords:眼類天疱瘡,重症ドライアイ,角膜神経,生体レーザー共焦点顕微鏡.ocularcicatricialpemphigoid,severedryeyedisease,cornealnerve,invivolaserconfocalmicroscopy.はじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)は粘膜上皮基底膜に対する自己抗体による慢性炎症性眼疾患である1,2).眼類天疱瘡は中高年の女性に好発し,角結膜上皮の瘢痕性変化が慢性的に進行する.眼表面の線維化により,瞼球癒着,結膜.短縮などをきたし重症ドライアイをきたすことが知られている.角膜幹細胞疲弊により角膜への結膜侵入や結膜杯細胞の減少および消失を認める.手術や感染を契機として急性増悪することもある.角膜に遷延性上皮欠損をきたすこともあり,著しい角膜上皮炎をきたす.診断は臨床経〔別刷請求先〕小澤信博:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部.眼科学教室Reprintrequests:NobuhiroOzawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinano-machi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN560(100)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(100)5600910-1810/17/\100/頁/JCOPY過や,結膜生検により行う.生体レーザー共焦点顕微鏡(invivolaserconfocalmicros-copy:IVCM)は共焦点光学系を応用した顕微鏡で,厚みのある観察対象に対しても任意の深さの光学切片を得ることができる.この機能が角膜の観察に応用されたのは1990年代であり,以降,真菌性角膜炎や角膜混濁などについての知見が報告されてきた3).眼類天疱瘡のIVCM像については,2016年にはLongらが報告している4).12例の症例報告であり,角膜実質細胞の活性化および樹状細胞の浸潤などがみられたと報告されている.しかし,これまでにOCP患者の角膜神経およびその周辺領域の所見についての報告はなされていない.今回筆者らはOCP患者のIVCM所見として,角膜神経およびその周囲の新たな知見を得たので報告する.I方法慶應義塾大学病院眼科ドライアイ外来に通院加療中のOCP患者について書面による同意を得てIVCMを撮影した(倫理委員会承認#20130013).撮影にはハイデルベルグレチナトモグラフII(HeidelbergRetinaTomographII:HRTII)ロストック角膜モジュール(ハイデルベルク社,ドイツ)を用いた3).Sequenceモード(1秒間に10枚の画像を連続して撮影する)で撮影を行い,撮影中連続的に深さを変化させた.観察範囲は400μm×400μmに設定した.取得した図1症例1の前眼部細隙灯顕微鏡所見(a,b)と生体レーザー共焦点顕微鏡所見(c,d)a:高度の結膜瞼球癒着.b:角膜フルオレセイン染色像.高度の角膜上皮障害を認める.c,d:角膜中央のIVCM像.角膜神経の蛇行(→)と数珠状変化(*)を示す.Oliveira-Sotoの分類でtortuosityはgrade3.神経周囲には樹状様の炎症性細胞浸潤(.)を認める.図d右下のスケールバーは100μm.画像のなかから角膜神経が鮮明に描出されたものを選び評価した.画像の評価にはOliveira-Sotoらが2001年に発表した定性的評価法を用いた5).また,樹状様細胞については樹状様の突起をもつ細胞として,形態学的に判定を行った.細胞密度についてはHRTII付属の画像解析ソフトを用いた.II症例〔症例1〕73歳,女性.2006年頃より充血,眼痛が出現し,近医にてドライアイ,睫毛乱生の診断で点眼,治療用ソフトコンタクトレンズ使用により経過観察されていた.症状が持続するために当院外来を紹介受診した.2007年11月初診時より輪部機能不全による角膜輪部周辺部からの結膜侵入を認め,瞼球癒着を認めた.12月にかけて結膜.短縮,瞼球癒着が進行し,OCPの診断のもとレクチゾールを開始した(図1a,b).内服開始後,結膜所見の改善を認めた.以降,0.1%フルオロメトロン点眼,3%ジクアホソル点眼,2%レバミピド点眼で経過観察しており,眼所見は落ち着いている.本症例について角膜中央でのIVCM所見を示す(図1c,d).角膜神経は多数に分岐し,神経周囲には樹状様細胞の浸潤を認めた.Oliveira-Sotoらの分類によれば,tortuosityはgrade3であった.樹状細胞密度はそれぞれ85cells/mm2(図1c),79cells/mm2(図1d)であった.〔症例2〕84歳,女性.図2症例2の前眼部所見(a,b)と生体レーザー共焦点顕微鏡所見(c,d)a:結膜.短縮と瞼球癒着を認める.b:フルオレセイン染色像.角膜全体に点状表層角膜炎を認める.c,d:角膜中央での角膜神経IVCM像.角膜神経は複雑に走行が変化している(→).Tortuosityはgrade4.神経の数珠状変化(*)と神経周囲の樹状様細胞の浸潤(.)を認める.図d右下のスケールバーは100μm.(101)あたらしい眼科Vol.34,No.4,20175612001年3月頃より眼異物感,流涙が出現した.近医を受診し,点状表層角膜炎と診断され,点眼加療されていたが,症状が悪化したために紹介受診した.2001年11月当院ドライアイ外来受診.ドライアイの診断のもと加療を開始したが,2004年7月頃より右眼上方より角膜潰瘍が出現した.涙点プラグ挿入,涙点焼灼術などを行ったが軽快せず.徐々に角膜上方より結膜が侵入し,2006年3月頃には瞼球癒着を認め,OCPと診断した(図2a,b).レクチゾール内服,0.1%ヒアルロン酸点眼,1.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルオロメトロン点眼による加療を継続していた.急性期を脱したと判断し2013年11月にはレクチゾール内服を終了した.結膜の線維化を認めるものの所見悪化なく,現在は0.1%ヒアルロン酸点眼で経過観察している.本症例についてのIVCM所見について,角膜中央での角膜神経像を示す(図2c,d).角膜神経は複雑に走行が変化しており,Olivei-ra-Sotoらの分類でtortuosityはgrade4であった.神経周囲には樹状様細胞の浸潤を認め,それぞれの写真における樹状様細胞の密度は106cells/mm2(図2c),66cells/mm2(図2d)であった.III考按OCPは結膜基底膜に対する自己抗体による慢性炎症性疾患である.生検が可能な結膜についての組織像は報告があるが,角膜の組織像についての報告は少ない.さらに角膜神経は死後または摘出後数時間で消失してしまうことが報告されており,生体のまま形態を観察できるIVCMがもっとも観察に適しているといえる.今回,筆者らはOCP2症例についてIVCMを用いて角膜神経の走行異常,蛇行,その周囲に浸潤する炎症性細胞の浸潤を見出した.角膜神経の走行異常は神経周囲の炎症を示唆すると考えられている.Villaniらは,Sjogren症候群の患者でtortuosityが有意に高かったと報告した6).同報告では炎症性の反応や神経成長因子(nervegrowthfactor:NGF)の異常分泌が角膜神経のtortuosity増加に関与している可能性が示唆されており,OCP患者においても同様の反応がみられたと思われる.樹状様細胞の分布について,Mastropasquaらは炎症眼の角膜中央部では樹状様細胞密度が有意に高かったと報告している7).これらの炎症眼群には単純ヘルペスウイルスの感染,アデノウイルスの感染,角膜移植片拒絶,春季カタルが含まれている.レーザー屈折矯正角膜切除(photorefractiveker-atectomy:PRK)眼では樹状様細胞の密度は変化しなかったことから,本症例においても角膜の機械的な障害による変化ではなく,免疫系が関与した異常が関与していると思われる.OCPは結膜上皮基底膜に自己抗体が蓄積するとされ,自己抗原にはBP180,ラミニン5などが報告されている1).上皮基底膜の自己抗原に対する病的反応が病態に関与するということから,神経細胞の基底膜にも病的変化が生じていることも可能性の一つとして推察される.また近年,各疾患において神経原性炎症がアレルギー疾患やドライアイ疾患に関連していることが指摘されている8).MicearaらはNGFと低親和性神経成長因子受容体(p75)がOCPにおける線維化を制御していることを示唆した9).今回観察された神経周囲の炎症所見は,OCPにおける線維化の悪化にも関与している可能性があると思われる.NGFは今後OCPの線維化を制御するための治療標的となる可能性があり,その際に角膜神経の状態変化は治療の指標となりうると思われる.今回,IVCMを用いて角膜神経を観察したことにより,OCPの病態に神経周囲の炎症性変化が関与していることが示唆された.OCPにはいまだ動物モデルがないことから,角膜神経の走行異常や炎症細胞浸潤についてのさらなる解析には,IVCMを用い症例数を増やしての解析が有用であると思われる.文献1)AhmedM,ZeinG,KhawajaFetal:Ocularcicatricialpemphigoid:pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgRetinEyeRes23:579-592,20042)横山真,佐々木香,齋藤禎ほか:眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現.あたらしい眼科28:119-122,20113)小林顕.レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜の観察.臨眼62:1417-1423,20084)LongQ,ZuoYG,YangXetal:Clinicalfeaturesandinvivoconfocalmicroscopyassessmentin12patientswithocularcicatricialpemphigoid.IntJOphthalmol9:730-737,20165)Oliveira-SotoL,EfronN:Morphologyofcornealnervesusingconfocalmicroscopy.Cornea20:374-384,20016)VillaniE,GalimbertiD,ViolaFetal:ThecorneainSjo-gren’ssyndrome:aninvivoconfocalstudy.InvestOph-thalmolVisSci48:2017-2022,20077)MastropasquaL,NubileM,LanziniMetal:Epithelialdendriticcelldistributioninnormalandin.amedhumancornea:invivoconfocalmicroscopystudy.AmJOphthal-mol142:736-744,20068)OgawaY,TsubotaK:Dryeyediseaseandin.ammation.In.ammationandRegeneration33:238-248,20139)MiceraA,StampachiacchiereB,DiZazzoAetal:NGFmodulatestrkANGFR/p75NTRinalphaSMA-expressingconjunctival.broblastsfromhumanocularcicatricialpemphigoid(OCP).PLoSOne10:e0142737,2015***(102)

オルソケラトロジーレンズを使用中にアカントアメーバ角膜炎を両眼に生じた1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):555.559,2017cオルソケラトロジーレンズを使用中にアカントアメーバ角膜炎を両眼に生じた1例三田村浩人市橋慶之内野裕一川北哲也榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室ACaseofBilateralAcanthamoebaKeratitisRelatedtoOrthokeratologyLensesHirotoMitamura,YoshiyukiIchihashi,YuichiUchino,TetsuyaKawakita,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineオルソケラトロジーレンズを使用中に両眼のアカントアメーバ角膜炎を生じた1例を経験したので報告する.アカントアメーバ角膜炎は治療抵抗性であり失明に至ることもある重篤な感染症である.症例は13歳,女性.近医Aでオルソケラトロジーレンズ(オサート)を使用,日中は追加矯正のため1日交換型ソフトコンタクトレンズを使用していた.両眼の充血・羞明を自覚,近医Bを受診し両眼ヘルペス角膜炎の診断で治療受けるも改善せず,近医Cを受診し両眼アカントアメーバ角膜炎の疑いで当科紹介となった.放射状角膜神経炎を認め,矯正視力右眼(1.0),左眼(0.9p).角膜上皮.爬物とレンズケースから培養にてアカントアメーバ陽性であった.治療開始後一時的に,矯正視力右眼(0.5),左眼(0.01)まで低下したが,10カ月経過した時点で両眼ともに矯正視力(1.2)まで回復した.レンズ処方にはガイドラインの遵守,適切なケアの周知が必要である.両眼発症の可能性を減らすにはポビドンヨードの使用,左右分離型のケースなどが考えられる.Wedescribeapatientwhosu.eredbilateralAcanthamoebakeratitiswhileusingorthokeratologylenses.The13-year-oldfemalehadbeenprescribedwithorthokeratologylenses(OSEIRT)atanearbyclinic(A).Shealsouseddailydisposablesoftcontactlensesduringtheday,foradditionalvisualacuitycorrection.Shedevelopedhyperemiaandphotophobiainbotheyesandvisitedanotherclinic(B).Shewasdiagnosedwithbilateralherpeskeratitisandreceivedtreatment,buttherewasnoimprovement.ShethenvisitedhospitalCandwasreferredtoourdepartmentforsuspectedbilateralAcanthamoebakeratitis.CulturesfromcornealcurettageandhercontactlenscasewerepositiveforAcanthamoeba.Sincethelenscasewasaone-unitcasewithoutleftandrightsepara-tion,Acanthamoebakeratitismayhavedevelopedinbotheyesmediatedbythecaseandthestoragesolution.Theuseofpovidone-iodineandalenscasewithseparateleftandrightcompartmentsmayreducethepossibilityofbilateralinvolvement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):555.559,2017〕Keywords:アカントアメーバ,角膜炎,オルソケラトロジー,コンタクトレンズ.Acanthamoeba,keratitis,or-thokeratology,contactlens.はじめにオルソケラトロジーレンズとは,就寝中のみに装用して角膜形状を変化させることで,日中の裸眼視力の向上を目的にしたリバースジオメトリーとよばれる,特殊なデザインをもつハードコンタクトレンズである1).とくにリバースカーブとよばれる部分は,1mm程度の狭い溝構造となっており,通常のこすり洗いでも汚れが落ちにくいといわれている.睡眠時装用による涙液交換の低下,角膜酸素不足による上皮細胞のバリア機能の障害なども感染症のリスクになりうると考えられている2.4).現在の日本でおもに流通しているのは,医薬品医療機器総合機構(PMDA)の認可を受けたaオルソK,マイエメラルド,ブレスオーコレクトなどがあるが,本症例で使用されていたオサートのようにPDMA未認可のものもある.〔別刷請求先〕三田村浩人:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirotoMitamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアカントアメーバ角膜炎は,われわれの周辺環境の至る所に生息する原虫であるアカントアメーバが原因で発症する.アカントアメーバ角膜炎は進行するときわめて難治であり,高度の視力障害をきたす例も少なくない5).アカントアメーバは栄養体とシストの2つの形態があり,生育条件が悪化するとシスト化し,さまざまな薬物治療に抵抗する6).アカントアメーバ角膜炎は1974年に英国で初めて報告され7),日本では1988年に石橋らが初めて報告した8).米国では2004年以降急激な増加が指摘され9),わが国でも同様に今世紀に入ってから増加傾向にあり10),近年ではオルソケラトロジーレンズ装用者で報告され始めている11,12).今回筆者らは,オルソケラトロジーレンズ使用中に両眼アカントアメーバ角膜炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:13歳,女性.主訴:両眼)視力低下,充血,眼痛.現病歴:近医Aでオルソケラトロジーレンズ(オサート)を8カ月ほど前から使用開始し,日中は追加矯正のため1日交換型のソフトコンタクトレンズを使用していた.2015年11月,両眼の充血と羞明を自覚し,近医Aが休日であったaため症状出現2日後に近医Bを受診,両眼のヘルペス角膜炎の診断を受けた.アシクロビル眼軟膏,モキシフロキサシン点眼液,プラノプロフェン点眼液,フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウム点眼液による治療が開始され通院するも症状が改善せず,近医Aでもヘルペスの治療を継続するよう指示されたため,症状出現8日後に近医Cを受診したところ放射状角膜神経炎を認め,アカントアメーバ角膜炎の疑いで同日当科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.2(1.0×sph.3.75D(cyl.2.50DAx25°),左眼0.5(0.9p×sph.1.75D(cyl.3.00DAx20°).細隙灯顕微鏡では両眼ともに充血と輪部結膜の腫脹,特徴的な放射状角膜神経炎,点状表層角膜症,角膜上皮欠損,角膜混濁を認めた(図1,2).前眼部OCT(CASIA)では,両眼ともに角膜全体に軽度の浮腫を認め,上皮下を中心に,軽度の角膜混濁が出現していた.生体共焦点顕微鏡(HRT-II)では,両眼ともに角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる,白血球(10.15μm)よりも少し大きな直径15.25μmの高輝度な円形構造物を多数認めた(図3,4).塗抹検査ではグラム染色とファンギフローラY染色を施行するもアメーバのシストは陰性であったが,培養では右眼の角膜擦過物から3日後に栄養体が検出され,アメーバ陽bc図1初診時右眼前眼部写真a:充血と輪部結膜の腫脹.b:特徴的な放射状角膜神経炎(強膜散乱法).c:点状表層角膜症,偽樹枝状の角膜上皮欠損(フルオレセイン染色).ab図2初診時左眼前眼部写真a:充血と輪部結膜の腫脹.b:特徴的な放射状角膜神経炎,左眼と比べて瞳孔領にも角膜混濁が強い(強膜散乱法).c:点状表層角膜症,偽樹枝状の角膜上皮欠損(フルオレセイン染色).図3初診時右眼画像検査写真a:角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる直径15.25μmの高輝度な円形構造物を認める(.,生体共焦点顕微鏡HRT-II).Scalebar:50μm.b:角膜全体に軽度の浮腫を認め,不正乱視を認める(CASIA).c:上皮下を中心とした軽度の角膜混濁を認める(CASIA).図4初診時左眼画像検査写真a:右眼と同様に角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる直径15.25μmの高輝度な円形構造物を認める(.,生体共焦点顕微鏡HRT-II).Scalebar:50μm.b:右眼よりやや強い角膜全体に軽度の浮腫を認め,不正乱視を認める(CASIA).c:右眼より明確な上皮下を中心とした軽度の角膜混濁を認める(CASIA).図5レンズケースa:別のメーカの一体型レンズケース(完全貫通型とクロスタイプ).b:分離型ケース.図6両眼の前眼部写真と画像検査写真(治療開始後7カ月)a:角膜混濁は4時に軽度認めるのみとなっている(右眼).b:不正乱視が大幅に改善した(右眼CASIA).c:角膜厚は正常にまで改善した(右眼CASIA).d:瞳孔領に角膜混濁がまだ残存している(左眼).e:不正乱視が大幅に改善したものの軽度残存している(左眼CASIA).f:角膜厚は改善してきたが不均一な部分を認める(左眼CASIA).性が確認された.また,左眼の培養は陰性であったものの,レンズケースの保存液からもアメーバが培養で陽性であった.レンズケースからは他にChryseobacteriummeningos-peticum,Stenotrophomonasmaltophilia,Acinetobacterlwo.i,nonfermentativeG-neg.rodsが陽性であったが,いずれもニューキノロン系抗菌薬に感受性を認めた.使用していたケア用品はオフテクス社のバイオクレンエルI(液体酵素洗浄剤)とバイオクレンエルII(陰イオン界面活性剤),週1回のアクティバタブレットMini(蛋白分解酵素,脂肪分解酵素,非イオン界面活性剤,陰イオン界面活性剤)であった.本症例のレンズケースは培養に提出したため破棄されてしまい,また同メーカのものも,その後入手できなかったため図5aのケースは本症例のものではないが,写真のように左右のレンズが一体型でセットされ,保存液が両側にいきわたる構造であった.経過:通院治療にて週2回の病巣.爬と,レボフロキサシン点眼液1日6回,自家調剤した0.02%クロルヘキシジン点眼液1時間毎,ボリコナゾール点眼液1時間毎,ピマリシン眼軟膏1日1回就寝前,イトリコナゾール内服を開始,治療開始4週後,角膜混濁の増悪と上皮不整などにより,矯正視力右眼0.5,左眼0.01まで低下したが,その後は徐々に改善を認めた.初診時から10カ月経過し両眼ともに軽度の角膜混濁を認めるものの,右眼は0.09(1.2×sph.5.75D(cyl.0.75DAx70°),左眼は0.15(1.2×sph.4.50D)まで改善した(図6).II考按本症例では当院初診の時点で患者本人も家族も適切にレンズケアをしていると認識していたが,後日詳細に尋ねると充血などの症状が出現する約1週間前に,保存液がなくレンズケースを水道水で保存したことが判明した.レンズケースの保存液からはアカントアメーバが培養検査にて陽性と判定とされ,ケースは左右一体型であったことから,水道水からアメーバが混入し,ケース・保存液・レンズを介して,両眼に発症した可能性も考えられた.その他の発症の要因としては日中も追加矯正のため1日交換型のソフトコンタクトレンズを使用していたため,涙液交換の低下・酸素不足により上皮バリア機能の低下がより促進された可能性がある.また,オサートRが強度近視への矯正も可能にするステップアップ形式とよばれる装用方法を採用しており,複数のレンズについて時期をずらして使い分ける必要があり,長期間保存液に入れたままのレンズを再度使用していたことなども原因となった可能性がある.Wattらによれば,オルソケラトロジーレンズによる感染性角膜潰瘍を発症した123例のうち緑膿菌が46例(38%),アカントアメーバが41例(33%)と2大原因とされている13).筆者らが文献を渉猟した限りでは,日本でのオルソケラトロジーレンズによるアカントアメーバ角膜炎の報告は片眼発症のみで11,12),両眼発症の報告は本症例が初めてであり,海外でも数例しか報告がない14,15).日本におけるオルソケラトロジーレンズによるアカントアメーバ角膜炎片眼発症の報告は,加藤らが11歳女児の症例を報告しており,初診時矯正視力(0.03)であったが,治療開始後8カ月で(1.0)まで改善している11).また,加治らは2例報告しており,17歳と18歳のいずれも女性であり初診時矯正視力は(0.1)と(0.2)であったが,治療後の矯正視力は2例ともに(1.2)まで改善している12).日本におけるオルソケラトロジーにおける感染発症率の報告としては,日本眼科医会が行った全国規模のアンケート調査があり,具体的な菌種などは不明であるが感染性角膜潰瘍を7.7%の施設が経験している16).一方で平岡らのaオルソKR3年間のオルソケラトロジー使用成績調査69例136眼(8施設)では感染症の発症はないことから,レンズの種類や指導を行う施設によって発症率に差があると思われる17).オルソケラトロジーレンズ使用を起因とする眼感染症を未然に防ぐためには,適応度数を超えた無理な矯正はレンズのベースカーブ部を過度にフラットなフィッティングにさせることとなり角膜中央部へのびらんを生じやすいことからも18),2009年に日本コンタクトレンズ学会が作成したオルソケラトロジー・ガイドライン(以下,ガイドライン)1)に提示されている基準以上の近視にはレンズを処方しないなどのガイドラインの遵守が重要である.一方で,日本のガイドラインでは20歳以上の処方を原則としているが,本症例を含めて日本眼科医会のアンケート調査では20歳未満への処方が66.8%行われているのが実情である15).ガイドラインを逸脱して処方する場合は,より慎重なインフォームド・コンセントが求められる.さらにCopeら19)が報告しているコンタクトレンズ装用時の感染に関するリスクファクターを参考にして,レンズを水道水では保管しない,ケースを完全に乾燥させるなどの適切なレンズケアを患者へ周知させる必要がある.一方で医療者側もオルソケラトロジーレンズによって両眼にアカントアメーバ角膜炎が発症する可能性を認識する必要がある.具体的な感染コントロールの方法としては,眼科医による定期検査,適切なレンズ装用の指導,レンズ上における汚れが付着しやすい部位への綿棒によるこすり洗い,消毒効果がより高いポビドンヨードによるレンズ洗浄の推奨などがあげられる.さらに本症例のような両眼発症という事態を予防するために,同環境・同条件で管理されることから完全な対策ではないものの,左右が分離されたレンズケース(図5b)を使用することで,ケース・保存液・コンタクトレンズを介する両眼感染のリスクを減らすことができると考えられる.本論文の要旨は第59回コンタクトレンズ学会(2016)にて発表した.文献1)日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジーガイドライン委員会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,20092)SunX,ZhaoH,DengSetal:lnfectiouskeratitisrelatedtoorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt26:133-136,20063)HsiaoCH,LinHC,ChenYFetal:Infectiouskeratitisrelatedtoovernightorthokeratology.Cornea24:783-788,20054)Araki-SasakiK,NishiI,YonemuraNetal:Characteris-ticsofPseudomonascornealinfectionrelatedtoorthokera-tology.Cornea24:861-863,20055)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一ほか:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,20146)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜診療ガイドライン(第2版).日眼会誌117:484-490,20137)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfec-tionoftheeye.Lancet2(7896):1537-1540,19748)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19889)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:aparasiteontherise.Cornea26:701-706,200710)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,201011)加藤陽子,中川尚,秦野寛ほか:学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例.あたらしい眼科25:1709-1711,200812)加治優一,大鹿哲郎:オルソケラトロジーレンズ装用者に生じたアカントアメーバ角膜炎の2例.眼臨紀7:728,201413)WattKG,SwarbrickHA:Trendsinmicrobialkeratitisassociatedwithorthokeratology.EyeContactLens33:373-373,200714)KimEC,KimMS:Bilateralacanthamoebakeratitisafterorthokeratology.Cornea29:680-682,201015)TsengCH,FongCF,ChenWLetal:Overnightorthoker-atologyassociatedmicrobialkeratitis.Cornea24:778-782,200516)柿田哲彦,高橋和博,山下秀明ほか:オルソケラトロジーに関するアンケート調査集計結果報告.日本の眼科87:527-534,201617)平岡孝浩,伊藤孝雄,掛江裕之ほか:オルソケラトロジー使用成績調査3年間の解析結果.日コレ誌56:276-284,201418)吉野健一:オルソケラトロジーによる合併症(2)角膜感染症.あたらしい眼科24:1191-1192,200719)CopeJR,CollierSA,ScheinODetal:Acanthamoebaker-atitisamongrigidgaspermeablecontactlenswearersintheUnitedStates,2005through2011.Ophthalmology123:1435-1441,2016***

My boom 63.

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自己紹介鈴木幸彦(すずき・ゆきひこ)弘前大学医学部眼科私が大学時代から長年住み慣れて,一勤務医ではありながら,さらに一応は長男でありながら,少し前に我が家まで建ててしまった青森県弘前市は,青森市,八戸市に次ぐ約17万人の地方都市です.生まれが岩手県大船渡市(今も昔も人口4万人弱)ですので,ここは疲れない程度の都会でありながら,車で少し出かけると,八甲田山や岩木山,白神山地の大自然の中でゆっくり過ごすことができる,とても快適な町です.仕事の話そんな弘前で,私が何をしているのかというと,弘前大学医学部附属病院眼科でおもに網膜硝子体疾患の手術治療と診察を担当しています.眼科の教室員は中澤教授以下,教室員は約10名余りで,私が入局した20数年前の半分以下です.極端に人手不足なので,教室員がフル回転で診療にあたっています.増殖糖尿病網膜症・網膜.離・増殖性硝子体網膜症などの手術の執刀を引き続き行っているほか,最近は硝子体手術を研修中の教室員の指導のために手術室に入っていることが少なくない状況です.後輩の先生が少しずつ自分でできることが増えてきて,そのうち独り立ちできるようになる過程に立ち会えることは嬉しいものです.研究面では,以前は網膜静脈閉塞症のような循環がテーマでしたが,最近は硝子体手術の際に採取した増殖糖尿病網膜症の硝子体液の中のサイトカイン濃度や酸化ストレスを調べた結果について発表しています.(77)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY趣味の話趣味の面では,写真に関することがかなりの割合を占めています.もともと大学生時代にも安い一眼レフを使っていたこともありましたが,間もなく飽きてしまい,しばらく休眠状態でした.仕事をするようになって数年経って,少し金銭的に余裕が出てきた頃にキャノンEOS-1nとLレンズを買って,少し使って再び休眠状態になり,現在の自分の中での3度目の写真ブームは約10年前から始まりました.今でもフィルム・カメラも併用していて,ふだんはオリンパスPEN-F(以前はキヤノンEOS5DMark-IIというデジタル一眼レフでした)を使っていますが,いざ作品を撮るぞという時に登場するのが,ローライフレックス3.5Fというフィルム・カメラです.このカメラは,二眼レフといって,スタイルは縦長で,連動した2個のレンズを搭載しています.上のレンズで被写体を見て構図や露出時間と絞りを決めた上で,シャッター・ボタンを押すと,下のレンズのシャッターが開いて撮像する仕組みになっています.また,上のレンズから被写体を見るのが,カメラの真上からなので,カメラをウエストの高さで持ち,お辞儀をするような姿勢でカメラを覗きこみ,シャッター・ボタンを押す方法のカメラです.フィルム・サイズも縦横ともに6cmの真四角なフォーマットで,普通の一眼レフのフィルムの横幅35mmのものより格段に解像度がいいというメリットもあります.そのため,デジカメ時代にあっても,解像度の面では自分の中ではまだまだ現役という存在でした.最近は,デジカメの解像度もどんどん向上していて,大きいサイズのフィルムを凌駕するものも,それなりのお金を出せば買えるようになってきましたが…….そんな,やや撮影するのに面倒くさいカメラで何を撮るかというと,以前は風景も多く撮っていましたが,今はまだ幼い我が家の子どもたちです.リバーサル・フィルム(スライド用のものです)で撮影し,アサヒカメラあたらしい眼科Vol.34,No.4,2017537写真1数年前にアラスカに家族旅行で行ったときには,一眼レフに望遠レンズを付けて,大自然の中の動物の写真を夢中で撮っていました.や日本カメラというカメラ雑誌の月例コンテストに応募することを楽しみにしています.2013年7月号と2014年1月号のアサヒカメラ月例コンテスト(スライド写真部門)で第1位をもらって,自分の写真が見開きで大きく掲載されたのを見た時は,自分の書いた英語の論文が雑誌に載ったとき以上に嬉しかったです.しかし,デジカメ全盛の今は,アサヒカメラも日本カメラもスライド写真部門を休止してしまって,応募できない状態になりました.眼科診療でもフィルムを使わなくなったように,フィルムの市場が小さくなり,フィルム代や現像代も値上がりし,愛好家もフィルムからますます離れていくという,悪循環のようです.撮影の時にはどんな写真が写っているかを,確認できないというのがフィルム・カメラの最大の不便な点ですが,失敗しないように頭を使い,真剣に写真を撮り,それでもでき上がりを見ると,露出(明るさ)が合ってい写真2ローライフレックスという二眼レフカメラと,ある雑誌の月例コンテスト入賞の記録です.なかったり,構図が悪かったりして,がっかりすることもよくあります.条件がむずかしい状況では,うまくいかないことも少なくありません.面倒な上に,常に最高の能力を出せるとは限らないという点では,アナログ・レコードで音楽を聞くのにも似ています.ちょっと贅沢な時間を過ごすことができるようです.普段は発表や講義の準備とかでパソコンに向き合っていることが多いのですが,夜,自分の部屋で,眠くなるまで,赤ワインを飲みながら,CDやレコードの音楽をかけながら,自分の撮った写真を眺め,写真雑誌に載っている他の人の撮った写真を見て勉強するというのが,私だけの至福の時です.注)「Myboom」は今回をもちまして全国リレーを達成しましたので,連載を終了いたします.長い間ご愛読いただきましてありがとうございました.写真3青森県むつ湾を回遊する自然のイルカも私の撮影対象です.538あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(78)