‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

視覚障害認定基準とその運用における注意点

2016年9月30日 金曜日

《第4回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科33(9):1333?1335,2016cシンポジウム1:視覚障害者認定基準における視野評価視覚障害認定基準とその運用における注意点清水朋美国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部眼科ImportantPointstoOperatetheCriteriaforCertifiedVisualImpairmentTomomiShimizuDepartmentofMedicalTreatment(2),Ophthalmology,Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilitiesはじめに視覚障害は,視力と視野で障害認定されるが,とくに視野は等級基準に該当しているのかどうか判断に迷うことも少なくない.本稿では,基本事項を整理しながら,現行基準での視野障害認定における注意点について概説する.I視覚障害認定基準身体障害者福祉法に基づく視覚障害には,視力障害と視野障害がある.視力障害は1~6級,視野障害は2~5級と,障害程度によって等級が分かれ,それぞれ基準が設けられている.視力,視野ともに障害程度等級に該当する場合には,重複障害認定の原則に基づき,患者の障害等級を検討していく.II視野の基本視野とは,目を動かさずに見える範囲のことをいう.正常な片目の視野は,上方60°,下方75°,鼻側60°,耳側90°以上である.視野の範囲を測定するには,視野検査を行う.通常,眼科で行われている視野検査には,動的視野検査と静的視野検査があり,前者はGoldmann視野計,後者はHumphrey視野計,オクトパス視野計での測定が代表的である.身体障害者手帳(以下,手帳)の視野障害程度を評価する場合には,現状ではほとんどのケースでGoldmann視野計での測定結果が用いられている.動的視野検査は,検査を行う人の技量が問われたり,すべての眼科医療機関で設置されている機器ではないという問題点などもあげられているが,周辺部を含めた視野全体の状態を精密に評価することができるという最大の特徴があり,眼科での有用性は依然として高い.III視野障害の基本1.非求心性視野狭窄視野障害は2~5級まであるが,求心性視野狭窄か否かで大きく二分することができる.すなわち,求心性視野狭窄でない視野障害であれば,もっとも軽い視野障害5級となり,「両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの」に該当する(図1).これは周辺視野I/4eの範囲で考えるが,交叉性半盲などでは基準に該当しないこともあるため,注意を要する(図2).2.求心性視野狭窄視野障害2~4級は,求心性視野狭窄でなおかつ周辺視野I/4eの範囲が両眼それぞれ10°以内であることが基本となり,その程度で等級が決まる.輪状暗点があるものについては,中心の残存視野(I/4e)がそれぞれ10°以内のものも同様に解釈できる.病状によってはI/4eもI/2eも測定不可の症例もあるが,その場合にはV/4eの残存視野の程度が参考にされる.求心性視野狭窄をきたす代表疾患例として網膜色素変性症,緑内障が,求心性視野狭窄をきたす疾患でない代表例として糖尿病網膜症,黄斑変性がそれぞれあげられている.求心性視野狭窄か否かについては,現状では主治医の判断に委ねられている.留意すべき点として,たとえば,視神経萎縮を求心性視野狭窄とみなす都道府県もあれば,みなさない都道府県もあるように,都道府県によって解釈の違いが多少みられる.解釈に迷う場合には,自己判断で診断書記入をする前に地元の更生相談所に確認したほうがよい.求心性視野狭窄の場合は,中心視野I/2eで両眼の視能率による損失率を算出する必要がある.各眼で8方向のI/2eでの視野角度を測定し,その合算した数値を560で割ることで各眼の損失率を求める.さらに(3×損失率の低いほうの眼の損失率+損失率の高いほうの眼の損失率)/4の式により,両眼の損失率を計算する.このように,求心性視野狭窄の場合は,原因疾患と周辺視野のI/4eが10°以内におさまっているか否かがキーポイントになる.また,中心視野I/2eの範囲によって2~4級の等級が決まる.視野障害の各等級は,患者の困り具合と必ずしも一致していない.ロービジョンケアに携わっていると,視野障害2級で読み書きはさほど困らないが移動で困るというケース,視野障害5級で読み書きと移動の双方で困るというケースをしばしば経験する(図3).障害程度が軽い患者のほうが重い患者より日常的に困っていることが多いという裏腹な状況が生じている.また,視野障害2~4級の基準幅は意外と狭く,すべて半径7°で視野障害2級,すべて半径3.5°で視野障害3級と,非常に微妙な違いであることがわかる(図4).IV視野障害判定のポイント視野障害の判定は,周辺視野I/4eと中心視野I/2e,そして求心性視野狭窄か否かがキーポイントになる.どの等級に該当しそうかは,フローチャートで考えると理解しやすい(図5).おわりに疾患のみに注目していると,患者が視野障害に該当していても気づかないことがある.視野障害認定基準も念頭に置きながら診療を行うと,意外と該当する患者がいることに気づく.そのような患者は日常的に見え方で困っているので,ロービジョンケアにつなげるきっかけにもなるであろう.文献1)新訂第三版身体障害者認定基準及び認定要領解釈と運用.p111-156,中央法規出版,20152)西田朋美:身体障害者手帳・障害年金の書類の書き方.これから始めるロービジョン外来ポイントアドバイス(佐渡一成,仲泊聡編),MonthlyBookOCULISTA15:45-55,20143)石井祐子:Ⅲ視野検査4.動的視野検査.理解を深めよう視野検査(監修松本長太),p23-30,金原出版,20094)若山暁美:視野検査UPDATE(松本長太編)動的視野検査.MonthlyBookOCULISTA11:19-23,2014〔別刷請求先〕清水朋美:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター病院第二診療部眼科Reprintrequests:TomomiShimizu,M.D.,Ph.D.,DepartmentofMedicalTreatment(2),Ophthalmology,Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,4-1Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8555,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1視野障害5級の例太線は周辺視野I/4eを示す.両眼による視野の2分の1以上欠損している.図2交叉性半盲太線は周辺視野I/4eを示す.両眼による視野の2分の1以上の欠損に満たない.1334あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(92)図3視野障害2級と5級太線は周辺視野I/4eを示す.LV=ロービジョン.a:周辺視野I/4eは10°以内におさまっており,求心性視野狭窄を呈す.LV的には読み書きはさほど困らないが,周辺が見えにくいため移動が困る.b:輪状暗点内の周辺視野I/4eは10°以内におさまっており,求心性視野狭窄を呈す.LV的には読み書きも移動もさほど困らない.c:周辺視野I/4eは10°以内におさまっておらず,求心性視野狭窄ではない.LV的には読み書きも移動も困ることが多い.d:周辺視野I/4eは10°以内におさまっておらず,周辺に残存するのみ.求心性視野狭窄をきたす疾患かそうでないかで等級が変わる可能性がある.LV的には読み書きも移動も困ることが多い.図4視野障害2~4級図5視野障害判定フローチャート(93)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151335

My boom 56.

2016年9月30日 金曜日

連載56Myboom監修=大橋裕一第56回「安藤伸朗」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介安藤伸朗(あんどう・のぶろう)済生会新潟第二病院私は仙台生まれで,3?6歳までは盛岡(仁王小学校入学)で,小学校・中学校時代は青森県三沢市で過ごしました.高校は青森県立八戸高校で,1977年(昭和52年)に新潟大学医学部卒業後,新潟大学眼科に入局.1990年から1年間,米国Duke大学に留学しました.1996年に済生会新潟第二病院眼科に赴任し,現在に至っています.眼科医として大学に18年11カ月在籍し,現在の病院には20年5カ月勤務したことになります.臨床のmyboom:臨床第一線で40年1.そうだ!糖尿病を専門にしよう親父が眼科医だったこともあり,医学部卒業後はすんなりと新潟大学の眼科に入局しました.当時の新潟大学眼科は,岩田和雄教授の緑内障と大石正夫助教授の感染症が2枚看板で,そのほかの分野はぽちぽちでした.聴診器から離れるのが嫌で,全身管理と密接なかかわりをもつ糖尿病班(チーフ:難波克彦先生)に所属し,さらに手術も興味があったので網膜?離班(チーフ:園田日出夫先生)にも所属しました.網膜?離班では毎日のようにバックリング手術を行いました.糖尿病班では,来る日も来る日も蛍光眼底撮影と光凝固(キセノン)をこなしていました.当時は糖尿病網膜症といえば,群馬大学のパノラマ蛍光眼底が一世を風靡しており,症例数も少ない私は内科の勉強会などに混ぜていただき,症例報告などを細々としておりました.2.そうだ!硝子体手術をしよう1971年,Machemerが硝子体手術を報告.1976年,松井瑞夫教授(日大駿河台)がわが国最初の硝子体手術施行.私が眼科医になった1977年はそういう時代でした.1980年には新潟大学でも硝子体手術が始まりました.糖尿病網膜症の治療も光凝固ばかりでなく硝子体手術が導入され,いつも硝子体手術の助手についていました.術者の難波先生が緑内障の研究を深めるために米国に留学することになり,私は卒後5年目で硝子体手術の術者になってしまいました.1980年代は全国各地で毎月のように硝子体手術の講習会が行われていました.手術機器の発展も目覚ましく,次々と硝子体手術マシーンや空気液置換装置・眼内レーザー等々が開発されました.当時の硝子体手術は手術時間2~3時間(術中に後極部に網膜裂孔を作るとさらに1~2時間)の大手術でした.術前に部品を組み立て,終了すると分解して蒸留水で洗浄し空気で乾燥させていました.術前に30分,術後に1時間を要する手術だったのです.そんな状況でしたが,術者となって10年を過ぎるころには手術成績も向上し,全国でも手術件数の多い大学になっていました.3.そうだ!留学しよう入局して10年を過ぎた頃,当時の国立大阪病院の田野保雄先生と杏林大学の樋田哲夫先生の推薦で,1990年から1年間Duke大学に留学することができました.当時のDuke大学にはRobertMachemer,BrooksMcCuenII,EugenedeJuan,Jrが揃い,米国でも硝子体手術ではトップクラスの大学でした.研究はMRIとガドリニウムを使用し家兎眼を用いての血液眼関門の仕事,さらにはMarkHumayunらの人工網膜の仕事にも参加しました.当時Duke大学眼科に日本から留学していたメンバーは,大平明弘先生(現・島根大学眼科教授),平形明人先生(現・杏林大学眼科教授),佐藤幸裕先生(前・自治医大眼科教授),中武純二先生(中武眼科クリニック)といった面々でした.先輩には田野保雄先生(大阪大学教授),樋田哲夫先生(杏林大学教授)らがおられます.こうして留学することにより国内外に多くの友人・知人を得ることができました.趣味のmyboom1.かつてはアスリートだった小学校4年から野球を始めました.三沢という町は米軍基地のある町で,リトルリーグも盛んでした.6年の時,学校の野球部キャプテンを務めました.しかし,中学の野球部は夜まで猛練習で有名でした(昭和44年に甲子園大会準優勝した三沢高校は,私の1年先輩と同級生です).太田・桃井・菊池などスーパースターがゴロゴロいたため,野球は小学校で終わりにしました.中学・高校・大学では陸上部でした.中学では2000mを中心に試合に出ましたが,指導者もいなくて,陸上競技マガジンを読み漁り,当時は珍しかったインターバルトレーニングを導入しました.中学2年生の時に青森県で5位にランクされました.後にも先にもこれが人生で最高の陸上での成績です.大学1年の東医体(東日本医科学生総合体育大会)5000mは大会前から優勝候補でした.自己のタイムが前年の東医体優勝タイムより10秒は上回っていたからです.ところが本番では3000m付近から失速し,着外という惨敗でした.当時の東医体陸上競技は1日ですべての競技を行います.8月上旬という真夏の一番暑い午後2時半ごろに5000mの決勝なのです.北国出身の私は暑さに弱かったのです.東医体5000mでは,速く走れる者ではなく,暑さに強い者が勝つということを悟りました.そこで私は「私は暑さに強い,太陽は大好きだ」と自己暗示をかけました.町を歩く時も日陰は歩かず日向を歩きました.こうした意識改革のお陰なのか,翌年大学2年の時には東医体5000mで優勝し雪辱を果たしました.(80)今でもスポーツは好きですが,やるほうではなく,観るほうがメインです.一応,病院では8階の病棟までエレベーターは使わず,階段を上り下りしています.2.帽子2年前の「父の日」に,帽子をプレゼントされました.以来,帽子にはまっています.春夏秋冬用に5~6個の帽子を揃えています.メーカーはボルサリーノ,ノックス等々.もっと欲しいところですが,価格のほかに,家での保管場所確保に難があります.最近は街を歩いても,とくに若い人を中心に帽子の人が多いのですが,眼科の学会では少数派です.「眼科の学会で帽子を被っているのは,先生と,荻野誠周先生と小椋祐一郎先生,竹内忍先生くらいなので目立ちますね」とわざわざ言ってくださる方もおります.眼科医の中にも帽子愛好家が増えることを期待しています.ここまで書いて気が付いたのですが,本編は現状よりも昔話が多くなってしまいました.これ以上原稿の締め切りを遅らせるわけにもいかず,このままの提出となってしまいます.年寄りの昔話にお付き合いいただきありがとうございました.次のプレゼンターは,信州大学眼科の村田敏規教授にお願いしました.糖尿病網膜症の発症進展にVEGFが関与していることをいち早く見出した新進気鋭の先生です.ご期待ください.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(79)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613210910-1810/16/\100/頁/JCOPY写真1Duke大学眼科・硝子体手術講習会懇談会にて(1998年8月)左から樋田哲夫先生(杏林大学),田野保雄先生(大阪大学),筆者.写真2帽子を被ってセルフィー(2014年春)(80)

二次元から三次元を作り出す脳と眼 4.生理的複視を利用した訓練

2016年9月30日 金曜日

連載④二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科4.生理的複視を利用した訓練はじめに生理的複視を両眼視の訓練に利用できる.両眼で固視する物は1つに見え,その前後の物は2つに見えるという性質を使い,両眼で正しく視標をとらえているか確認しながら練習する.おもに外斜視の輻湊訓練1)に用いるが,内斜視の両眼視訓練としても有効である.紙を使う二次元での輻湊訓練(図1)A4の紙の中央に折れ線を作り,それに沿って線を引(77)く.直線上に10cm間隔に直径1cmの●を3つ書き,遠方からA・B・Cとする.眼の高さに掲げてAを固視するとB・Cが2つずつ見える(図1左).B・Cは耳側網膜に映り交差性複視を生じる.網膜に結像する位置が中心窩から遠いほど,正面から鼻側に離れた場所に見える.中央の直線はAを交点にして手前になるほど開く2本の直線のように見える.逆にこのように見えれば,両眼がAを固視している=両眼の中心窩がAをとらえているといえる.視線をBに移す(図1中央).前後のA・Cが2つずつ見える.Aは固視点より後方にあるため同側性複視を,一方Cは交差性複視を生じる.直線はBを交点に前後にX型に見える.Cを固視する(図1右).後方のA・Bが2つずつ見え,どちらも同側性複視である.直線はCを交点に後方に開く2本の直線に見える.このようにして,無限遠∞→A→B→C→B→A→無限遠∞と固視点を移動させることで輻湊と開散の練習ができる.外斜視の輻湊訓練に使う.正面から近づく鉛筆を両眼で注視する訓練との違いは,両眼で視標を固視できているか確認できる点である.外斜視の患者間欠性外斜視の患者では,顕性の外斜視と外斜位が混在している.たとえば右眼が外斜視のとき,正面の点Fは左眼中心窩と右眼耳側網膜に結像する(点Fが右眼網膜に結像する部分を道づれ領とよぶ.固視眼で見た物体が斜視眼網膜に結像する領域のことである).正常人に突然右眼外斜視が起こると交差性複視を感じる.また,左右の中心窩に異なる像が映るため混乱視を感じる(第2回参照).しかし,右外斜視の頻繁に起こる人では,自身にとって有益ではない複視や混乱視の現象を弱めるため,斜視眼の道づれ領や中心窩に映る視覚情報を中枢で認識しないようになっている.これが抑制である2).抑制のかかる領域を抑制野とよぶ.抑制野は初期は部分的であるが,徐々に耳側網膜に広がる.同じ理由から内斜視では抑制野は鼻側網膜に広がる.外斜視では耳側網膜が関与する交差性複視,内斜視では鼻側網膜の関与する同側性複視の認識が困難になる.右眼の耳側網膜に抑制野をもつ外斜視について考える(図2).図では顕性斜視がなく両眼でBを固視している.Aは右眼の鼻側網膜に映るので認識可能だが,Cは抑制野内に投影され認識できない*.左眼を閉じ右眼でCを確認するなど留意して輻湊練習をする.練習方法を理解して訓練できるのは文献的には6歳以降である.*間欠性外斜視で抑制が起こるのは外斜視のときとされているが,多くの例で顕性斜視がなくても生理的複視の抑制が認められると報告されている.ビーズを使う三次元での眼球運動訓練アメリカの神経生物学者スーザン・ハリーは,48歳を目前に緻密な視能訓練を初めて受け,1年かけて両眼視・立体視を獲得していった.彼女は生後3カ月で内斜視を発症し2・3・7歳で斜視手術を受けるも両眼視はむずかしく,交代視の状態で対処していたのだ.その視覚体験を記した本で,生理的複視を認知して両眼をコントロールできるようになったのが両眼視獲得の重要なステップであったと述べている3).直径1cmのビーズを通した長さ1.5mのひもの片端をドアノブに結び,もう片端を鼻筋にあてて最初は眼前数cmにあるビーズを固視して,ひもがビーズを交点にX型に2本に見える感覚をつかむ.ビーズが2つに見えるときは固視点がずれているので1つに見えるよう視線を動かす.ビーズを前後に移動させて固視することで輻湊と開散運動を行い,両眼を協調させる感覚を覚える.実際に試してみると紙を使う訓練より三次元空間内で行うため日常視に近く,ビーズやひもが2つに見える感覚をとらえやすい.外斜視の輻湊訓練だけでなく,視線や眼位を保ちにくい内斜視患者が「自分の眼がどこを見ているのかを把握して眼位を整える」ための訓練としても活用できる.文献1)深井小久子:斜視の視能矯正─融像訓練と輻湊訓練.斜視診療の実際(丸尾敏夫編),眼科診療プラクティス4,p182-186,文光堂,19932)矢ヶ崎悌二:複視と抑制.弱視・斜視のスタンダード(不二門尚編).専門医のための眼科診療クオリファイ22,p41-46,中山書店,20143)スーザン・バリー:あいだの空間.視覚はよみがえる,p129-148,筑摩書房,2010①固視点Aは中心窩FR・FLに投影される.B・CはFR・FLの耳側の網膜に映り,正面を越えて反対側の位置に見える交差性複視を生じる.中央の直線はAを交点とする2本の直線のように見える.②固視点Bは中心窩FR・FLに投影される.AはFR・FLの鼻側の網膜に映り,正面より耳側に,Cは耳側の網膜に映り,正面を越えて反対側の位置に見える.Aは同側性複視,Cは交差性複視.③固視点Cは中心窩FR・FLに投影される.A・BはFR・FLより鼻側の網膜に映り,正面より耳側に離れた位置に見え同側性複視を生じる.図1紙を使う二次元での輻湊訓練頻繁に右眼が外斜視になる人では,両眼でBを固視すると右耳側網膜に抑制がかかる(青の部分).この領域に投影されるCは認識困難となる.Aは鼻側網膜に投影されるので認識可能である.図2右眼に抑制野をもつ外斜視1320あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(78)(77)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613190910-1810/16/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス 160.液体パーフルオロカーボンの糊様作用(初級編)

2016年9月30日 金曜日

●連載160硝子体手術のワンポイントアドバイス160液体パーフルオロカーボンの糊様作用(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●液体パーフルオロカーボン使用時の注意点液体パーフルオロカーボン(liquidperfluorocarbon:LPFC)は高比重,高界面張力,低粘稠度,無色透明,疎水性の液体で,巨大裂孔網膜?離をはじめ硝子体手術の有用な補助材料として頻用されている.LPFC使用時の問題点としては,網膜下迷入や眼内残留,空気灌流下のバブル形成などが報告されているが,あまり知られていない問題点として,LPFCが糊のように周囲の網膜同士を接着させる,いわゆる“糊様作用”が報告されている1).●症例提示自験例を提示する.症例は多発裂孔を伴うアトピー性網膜?離で,水晶体切除,硝子体切除後に,LPFCを眼内に注入して網膜を伸展させた(図1).その際,周辺部の硝子体切除が不十分で,上方の大きな弁状裂孔からLPFCが網膜下に迷入しそうになったので,いったんLPFCを灌流液下で抜去した.その際に視神経乳頭上に残存したLPFCが周囲の網膜同士を接着させ,漏斗状となり,LPFCの完全な抜去が困難となった(図2).双手法で接着した網膜同士を解離しようとしたが,接着は予想以上に強く困難であった(図3).いったん気圧伸展網膜復位術を施行し,後極の漏斗状となった網膜を伸展させたうえで,確実にLPFCを抜去し(図4),その後灌流液に置換して手術を続行した.●液体パーフルオロカーボンの糊様作用今回のような問題は,網膜?離が後極まで生じている症例で,眼内光凝固による裂孔閉鎖を施行する前に眼内灌流液下で注入したLPFCを抜去する際に生じる.今回のような乳頭周囲の網膜同士が接着するケースのほかに,巨大裂孔網膜?離例では翻転した網膜がLPFCを介して後極の網膜と接着するケースもある.対処法としては,上記のように気圧伸展網膜復位術で網膜を伸展させ,残留しているLPFCを抜去した後,再度灌流液に置換する方法と,LPFCを追加注入し,眼内光凝固で網膜を固定する方法が考えられる.予防策としては,LPFC注入前に確実に硝子体牽引を解除しておき,LPFC注入後は引き続いて眼内光凝固による裂孔閉鎖を施行できる状態にしておくことが重要である.文献1)鈴木岳彦,竹内忍,石田政弘ほか:液体フルオロカーボンによる術中網膜伸展法.あたらしい眼科8:999-1004,1991図1術中所見(1)硝子体切除後にLPFCで網膜を伸展させた.図2術中所見(2)周辺部の硝子体切除が不十分と判断し,灌流液のまま,いったんLPFCを抜去したが,その際に乳頭上の残留LPFCを介して周囲の網膜が接着し,漏斗状となった.図3術中所見(3)双手法で接着を解離しようとしたが困難であった.図4術中所見(4)気圧伸展網膜復位術で網膜をいったん伸展させ,漏斗状の網膜を開いてLPFCを抜去した.(75)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.9,20161317

斜視と弱視のABC:小児の視力検査と屈折スクリーニング

2016年9月30日 金曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保1.小児の視力検査と屈折スクリーニング林思音山形大学眼科小児の視力検査では年齢ごとの正常値と左右差をみるのがポイントである.また,幼少児は自覚的検査が困難なことが多く,他覚的検査である屈折検査が視力を類推するために大切である.最近では弱視の有無を検出する方法として屈折異常を検出するphotoscreenerが注目されている.年齢ごとの視力の正常値と検査法小児の視力検査のポイントは,成長発達に応じて正常値が変化すること,検査法が異なることである.おおよその視力は,1歳未満で0.1以下,2歳で0.5前後,3歳半で0.7~1.0に達する.しかし,幼なければ幼ないほど個人差や日によるばらつきが大きいので,視力の左右差をみること,その子の全身的な成長発達を総合してみること,また日を変えて何度か測定することで確認する.とくに左右差は弱視発見に重要である.左右差が0.2以上の場合は弱視を疑う(弱視眼が0.5以上ある場合は差が0.3以上で疑う)1).次に検査法であるが,大人と同様の字づまり視力検査ができるのは小学生になってからであり,字ひとつ視力検査は3歳以上で行える.3歳未満では森実式ドットカード法や絵視力表を,2歳未満ではpreferentiallooking(PL)法やその簡易版であるtellaracuitycards(TAC)法(図1)を用いるとよい.TAC法は暗室で行うオリジナルのPL法に比べ,安価で場所を取らず,また,明室でも可能なため使いやすい.縞のあるカードは16枚あり,38cmの距離から10枚目のカード(4.8cm/cl)が見えると少数視力換算で0.1となる.左右差が4枚以上あると弱視が疑われる1).これらの検査法が実施できなくても,他覚的な視力検査法として,嫌悪反射(片眼ずつ検者の手で視界を遮ったときの嫌がる反応に左右差があるかどうか)や,固視,追視の有無,未熟児や新生児では対光反射,瞬目反射(刺激光で瞬きをするかどうか)により視力を類推することができる.3歳未満では他覚的屈折検査が重要視力検査とともに,小児では他覚的屈折検査が視力不良を類推するために重要である.とくに3歳までの小児では自覚的視力検査の値が不確かなことが多く,屈折異常を認めた場合は視力検査が上手にできなくても屈折矯正を考慮すべきである.小児では調節の介入により屈折値が変動するため,必ず調節麻痺下屈折検査を行う.調節麻痺には,1%アトロピン硫酸塩もしくは1%シクロペントラート塩酸塩(サイプレジン)を用いる.Photoscreenerの特性,展望わが国では弱視検出のため眼科検診が市町村主導で行われる3歳児健診の中で行われており,さらに平成22年には文部科学省から幼稚園と就学時の視力検査をうながす通知文が送付され,検診が広く行われるようになった.3歳児健診の内容をみると,90%以上の自治体は家庭での視力検査を一次検診として採用している.さらに眼科医が検診に関与している市町村はわずか5%未満であり,弱視検出が確実に行えているかはわからない.検診に携わってきた多くの眼科医は,屈折検査を導入することを推奨してきた2).しかし,機器の運びにくさや操作のむずかしさ,そして人件費の問題から,浸透していないのが現状である.米国の小児弱視斜視学会では多施設共同研究や大規模疫学調査の結果から,弱視発見のために,弱視になりやすい因子(amblyopiariskfactors:ARF)(表1)をスクリーニングで検出する方法を推奨している3).ARFはリスクとなる屈折異常値と屈折異常以外のリスクファクターからなっている.さらに屈折異常については年齢ごとに基準値を設けている.こうした背景を受けて,ARFを検出するための機器が多数登場してきている.これらはphotoscreenerとよばれ,現在日本で購入可能なものはSpotVisionScreener(Welch-Allyn社)とPlusOptix(Keeler&Yna社)である(図2).いずれも手持ち型で,1m離れた位置から両眼同時に測定できるため,調節の介入を抑制できる.検査時間は数秒で操作も簡単なため,眼科検査に不慣れな検者でも容易に行える.当院小児科医が行ったところ,1人平均8.8秒で施行でき,視能訓練士が行った場合と比べて遜色なかった4).こうしたスクリーニング機器を積極的に用いることにより,より簡便に確実に弱視の早期発見,予防ができる時代になりつつある.文献1)AmericanAcademyofOphthalmologyPediatricOphthalmology/StrabismusPanel:AmblyopiaPreferredpracticepatternguidelines.www.aao.org2)内海隆:三歳児健診の屈折検査について.眼科臨床医報101:22-25,20073)DonahueSP,ArthurB,NeelyDEetal:Guidelinesforautomatedpreschoolvisionscreening:A10-year,evidence-basedupdate.JournalofAAPOS17:4-8,20134)林思音,枝松瞳,沼倉周彦ほか:小児屈折スクリーニングにおけるSpotVisionScreenerの有用性.第41回日本小児眼科学会総会,2016図1TAC法に用いるカード(73)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613150910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1AmblyopiaRiskFactors(ARF)リスクとなる屈折異常値年齢(月齢)乱視遠視不同視近視12?30>2.0D>4.5D>2.5D>?3.5D31?48>2.0D>4.0D>2.0D>?3.0D>48>1.5D>3.5D>1.5D>?1.5D全年齢屈折値以外のリスクファクター恒常性斜視8Δ以上中間透光体の混濁(文献2より引用)図2Photoscreenera:SpotVisionScreener(Welch-Allyn社).b:PlusOptix(Keeler&Yna社).1316あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(74)

眼瞼・結膜:Demodexと眼瞼炎

2016年9月30日 金曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人18.Demodexと眼瞼炎有田玲子伊藤医院抗菌薬点眼や抗菌薬眼軟膏,ステロイド含有眼軟膏塗布で難治性の前部眼瞼縁炎は,ニキビダニともよばれる毛?虫(Demodexfolloculorum,Demodexbrevis)が病因であることが最近報告されている.光学顕微鏡で容易に診断できる.治療は眼瞼清拭を中心としたものが有効である.●はじめに眼瞼縁炎は表皮ブドウ球菌などの感染が原因である前部眼瞼縁炎と,マイボーム腺機能不全に代表される後部眼瞼縁炎に分類される.一般的に前部眼瞼炎は予後良好であり,抗菌薬眼軟膏によく反応し,ときには副腎ステロイド含有眼軟膏の塗布で完治することが多い.しかし,これらの眼軟膏治療に抵抗する前部眼瞼縁炎が存在することがわかっており,最近,その原因や治療法が話題になっている.●Demodexの診断前部眼瞼縁炎の炎症部位のある睫毛に毛?虫(Demodex)とよばれる毛根や皮脂腺などに生息する皮膚常在生物が存在することが報告された1).毛?虫はニキビダニともよばれる.ヒトに常在する毛?虫にはDemodexfolloculorumとDemodexbrevisの2種類が確認されている.D.folloculorumは毛根部に生息し,ダニ類としては特異な形状で後胴部が長く,体長約0.4mm,体幅(71)0.05mmである.一方,D.brevisは皮脂腺やマイボーム腺の深部に生息し,体長が短めで0.2mm程度である.これら2種の毛?虫は同一皮膚領域で共存することができ,頬,前額部,鼻,外耳道など,とくに皮脂の分泌が盛んな部分で繁殖しやすい傾向にある.睫毛根部に生息するD.folloculorumは細隙灯顕微鏡で確認することはむずかしいが,光学顕微鏡(40倍)で容易にその存在を確認でき,400倍では足が動いている様子まで確認できる.睫毛根部落屑物を多く伴う睫毛(図1a)を上下2本ずつ採取すると,D.folloculorumの透明な虫体が睫毛根部にからまるように付着している(図1b).これらの毛?虫の増加に起因する難治性眼瞼縁炎が近年増加していることが国際的に注目されており2~4),日本でも川北らがその存在を報告している5).●Demodexの治療治療法としては,人工涙液で湿らせた綿棒やコットンによる1日2回の睫毛根部を中心とした眼瞼清拭のほか,ニキビに奏効するといわれているteatree油(アロマオイル)の成分の入った「ティーツリー洗顔フォーム」(ホワイトメディカル),眼表面に入ってしまっても刺激の少ない目元用洗浄液「アイシャンプー」(メディプロダクト),マイボーム腺の脂用に改良された目元用洗浄コットンである「OcuSOFTR」(ホワイトメディカル)などの商品が市販で購入でき,手軽に患者にすすめることができる(図2).「ティーツリー洗顔フォーム」は泡状の洗浄液で,2プッシュほど手のひらに出してから,眼を閉じて睫毛周囲を意識して,くるくると円を描くようにやさしくマッサージして,ぬるま湯できれいに洗い流す.「アイシャンプー」はジェル状洗浄液で,5プッシュ程度を手のひらに出して,同様に洗浄する.「Ocu-Soft」は湿ったコットンで,水道水がないときや患者自身で洗眼ができないときには有用である.封を切ると湿ったコットンが2重になっているので,半分に折ってどちらか片眼の睫毛周囲をやさしくこする.使った面を裏側にして,使っていないほうの面でもう片眼の睫毛周囲を同様にやさしくこする.文献1)EnglishFP,NuttingWB:Demodicosisofophthalmicconcern.AmJOphthalmol91:362-372,19812)KemalM,SumerZ,TokerMIetal:TheprevalenceofDemodexfolliculoruminblepharitispatientsandthenormalpopulation.OphthalmicEpidemiol12:287-290,20053)GaoYY,DiPascualeMA,LiWetal:HighprevalenceofDemodexineyelasheswithcylindricaldandruff.InvestOphthalmolVisSci46:3089-3094,20054)ChengAM,ShehaH,TsengSC:RecentadvancesonocularDemodexinfestation.CurrOpinOphthalmol26:295-300,20155)川北哲也,川島素子,IbrahimOほか:日本における毛?虫性前部眼瞼縁炎.日眼会誌114:1025-1029,2010図1毛?虫による前部眼瞼縁炎a:76歳,女性,右眼.眼がごろごろしてあきにくく,違和感がひどい.睫毛根部に落屑物が多数認められ,角膜中央部に上皮障害がある.他院で抗菌薬眼軟膏を処方され,1日2回1カ月塗布していたが改善なし.b:同じ患者の睫毛根部の光学顕微鏡写真.睫毛根部にからまる透明のD.folloculorumが観察される.図2市販の眼瞼洗浄・清拭用の製品商品名ティーツリー洗顔フォームアイシャンプーOcuSOFT(オキュソフト)販売元ホワイトメディカルメディプロダクトホワイトメディカル容量50ml60ml30個入り特徴泡状ジェル状滅菌個別包装湿潤綿(洗い流し不要)(71)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613130910-1810/16/\100/頁/JCOPY1314あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(72)

抗VEGF治療:抗VEGF治療の新しい候補薬

2016年9月30日 金曜日

抗VEGF治療セミナー●連載監修=安川力髙橋寛二32.抗VEGF治療の新しい候補薬中尾新太郎九州大学大学院医学研究院眼科眼科臨床において4種類の血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬が使用されている.これらVEGF阻害薬は適応疾患に対するその有効性とともに,繰り返し投与など臨床上の問題点も認識されつつある.その問題点を改善すべく,いくつかの新規VEGF阻害薬が開発され,現在臨床試験が行われている.これら新規薬剤により,眼科疾患に対する抗VEGF療法がさらに有効なものになることが期待される.抗VEGF治療の現状現在,ペガプタニブ(マクジェンR),ベバシズマブ(アバスチンR),ラニビズマブ(ルセンティスR),アフリベルセプト(アイリーアR)という4種類の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬が眼科領域において使用されている(ベバシズマブはofflabel使用).これら薬剤はランダム化比較試験に基づいた高いエビデンスとともにその有効性が示され,眼科臨床において使用されている.その幅広い使用に伴い,適応疾患におけるVEGF単一分子の病態における重要性と,VEGFが視機能改善に有効な治療標的であることが再認識された.また,同時に①頻回投与,②硝子体内注射による精神的・肉体的苦痛,③高額な医療費などいくつかの問題点も浮き彫りになりつつある.抗VEGF治療の新規候補薬適応疾患における抗VEGF治療の有効性が再確認されたことにより,いくつかの問題点の改善をめざして,数種類の新規VEGF阻害薬開発が進んでいる(表1).新規VEGF阻害薬の臨床応用においては,新規薬が既存VEGF阻害薬に対して何らかの優位性を示すことが重要となる.治療目標である視力改善において優位性が示されることがもっともよいが,視機能改善が非劣性でさえあれば,新規VEGF阻害薬が既存薬の直面する上記問題点を克服または改善できるか否かがポイントとなる.薬価に関してはその他因子も影響するため,おもに視力改善,投与回数,投与法の観点からの新規薬剤開発となる.以下に新規VEGF阻害薬について概説する.1.RTH258RTH258は低分子蛋白製剤(分子量26kDa)であり,その高い可溶性と安定性のため,高濃度での硝子体内投与が可能である.加齢黄斑変性における既存VEGF阻害薬では,一部の症例において毎月の診察と投与を要する.最近発表されたphase1/2の臨床試験では,ラニビズマブ0.5mgに比較し視機能改善率は同等であったが,RTH2584.5mgまたは6.0mg投与という高濃度群において長期的な薬剤効果が示された1).このことから抗VEGF治療を受ける患者の受診回数と薬剤投与回数減少が期待されている.また,血中クリアランスが速いことが報告されており,全身的副作用は少ないと考えられている.2.ConberceptConberceptはヒト免疫グロブリンのFcパートとVEGFR1とVEGFR2の細胞外ドメイン融合合成蛋白である.すべての臨床試験が中国にて施行され,2013年に中国で滲出型加齢黄斑変性に対して承認を得ている.3.Abiciparpegolアンキリンリピートはさまざまな蛋白に存在する33アミノ酸残基繰り返し配列であり,分子間相互作用に関与する.その性質を利用し,抗体と同等な特異性でVEGFに結合するよう設計されたアンキリンリピート蛋白がabiciparpegol(anti-VEGFDARPinR)である.滲出型加齢黄斑変性に対するphase1/2臨床試験において高濃度投与群では4カ月間再投与が不要であったことから,本薬剤の3カ月ごと投与が期待されている.4.PazopanibPazopanibはVEGF受容体,血小板由来成長因子(platelet-derivedgrowthfactor:PDGF)受容体,c-Kit(幹細胞因子stemcellfactorの受容体)という複数の受容体のチロシンキナーゼ阻害薬である.すでにヴォトリエントRという商品名で抗がん剤として承認されている.点眼薬として調整された薬剤ではないが,滲出型加齢黄斑変性に対して,pazopanib点眼とラニビズマブ硝子体内投与併用群とラニビズマブ単独投与群比較で臨床試験が行われたが,pazopanib点眼はラニビズマブ硝子体内投与回数を有意に減少させることはなかった2).5.rAAV.sFLT?1?AAV2.sFLT01rAAV.sFLT-1/AAV2.sFLT01はともにアデノ随伴ウイルスベクターにVEGFR1の可溶型であるsolubleFLT-1を発現させるように設計された遺伝子治療である.硝子体内投与により視細胞と網膜色素上皮への遺伝子発現が確認されている.これら遺伝子治療は現在の硝子体投与より長期間のVEGF阻害効果が期待できるため,頻回投与が不要となる可能性がある.しかし,一方でVEGF阻害に伴う副作用がより高率に出現する可能性もある.抗PDGF治療に関連した抗VEGF療法新規候補薬PDGFにはPDGF-A,B,C,Dの4種類が存在し,ホモダイマーまたはヘテロダイマーを形成し,PDGF受容体に結合する.このなかでPDGF-BBはおもにペリサイトの生存・遊走に関与し,血管成熟に重要な因子である.そのため,VEGF阻害薬の作用抵抗性にペリサイトが関与することで,PDGF阻害薬はVEGF阻害薬の効果を増幅すると考えられている.また,ペリサイトは線維化形成にも関与するため,PDGF阻害薬による線維化抑制も期待されている.1.PegpleranibPegpleranibは商品名FovistaRとして治験進行中のPDGFアプタマーである.最近,phase1試験により滲出型加齢黄斑変性患者における安全性が検討された3).この治験ではラニビズマブとの併用療法が検討され,明らかな有害事象は観察されなかった.また,PDGF阻害による正常血管への影響も危惧されたが,明らかな毛細血管瘤など正常血管への影響はなく,増殖ペリサイト・増殖血管のみへの効果が示唆された.この治験で特筆すべきは,12週目の評価で平均85.5%の脈絡膜新生血管退縮が観察された点である.このことから初期の新生血管退縮と長期的な線維化防止が期待されている.おわりに多くの大規模臨床試験により適応疾患に対するVEGF阻害薬のエビデンスが確立された現時点は,抗VEGF療法の始まりである.今後,上述の新規VEGF阻害薬を始めとした新たな薬剤の登場により,より有効でより使いやすい治療法となっていくものと思われる.また,その他の分子標的薬との併用や疾患のタイプごとによる使い分けなどが考えられる.さらに,薬剤費の問題が克服されれば,抗VEGF療法は眼科臨床においてより使用しやすい治療法として確立していくことが見込まれる.文献1)HolzFG,DugelPU,WeissgerberGetal:Single-chainantibodyfragmentVEGFinhibitorRTH258forneovascularage-relatedmaculardegeneration:arandomizedcontrolledstudy.Ophthalmology123:1080-1089,20162)TolentinoMJ,DennrickA,JohnEetal:DrugsinphaseIIclinicaltrialsforthetreatmentofage-relatedmaculardegeneration.ExpertOpinInvestigDrugs24:183-199,20153)JaffeGJ,EliottD,WellsJAetal:Aphase1studyofintravitreousE10030incombinationwithranibizumabinneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology123:78-85,2016表1新規抗VEGF阻害薬薬剤名称薬剤タイプ分子標的投与法開発元RTH258ヒト化single-chain抗体断片VEGF-A硝子体投与Novartis/AlconConberceptFc部位結合VEGFR1/R2細胞外ドメイン合成蛋白VEGF-A/VEGF-B/PlGF硝子体投与ChengduKanghongAbiciparPegolDARPins(アンキリンリピート構造蛋白)VEGF-A硝子体投与AllerganPazopanib選択的チロシンキナーゼ阻害VEGF受容体・PDGF受容体・c-kit点眼GlaxoSmithKlineRegorafanib選択的チロシンキナーゼ阻害VEGF受容体・PDGF受容体・FGF受容体点眼BayerPan-90806選択的チロシンキナーゼ阻害VEGF受容体(VEGFR2)点眼PanopticarAAVsFLT-1アデノ随伴ウイルスVEGF-A/VEGF-B/PlGF遺伝子治療AvalancheAAV2.sFLT01アデノ随伴ウイルスVEGF-A/VEGF-B/PlGF遺伝子治療GenzymePegpleranibアプタマーPDGF硝子体投与Ophthotech/Genentech/NovartisREGN2176-3PDGF受容体b中和抗体PDGFR硝子体投与Regeneron治験進行中の未承認VEGF阻害薬を列挙する.分子標的はVEGF-A単独の薬剤,複数のサイトカインを阻害する薬剤,受容体のシグナル伝達を阻害する薬剤に分類される.投与法は硝子体内投与と点眼投与に分類される.また,アデノ随伴ウイルスを使用したVEGF阻害遺伝子治療も臨床試験中である.PDGF阻害薬はVEGF阻害薬との併用療法により治験進行中の薬剤であり,新生血管退縮と線維化抑制効果が期待されている.(69)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613110910-1810/16/\100/頁/JCOPY(70)

緑内障:プロスタグランジン系点眼薬の副作用総括

2016年9月30日 金曜日

●連載195緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也195.プロスタグランジン系点眼薬の副作用総括中倉俊祐三栄会ツカザキ病院眼科プロスタグランジン系点眼薬は,現在,開放隅角緑内障患者や高眼圧症患者における治療の第一選択となっている.当初から結膜充血や虹彩・眼瞼色素沈着,睫毛乱生などの副作用は十分に認知されているが,それ以外にも眼科医があまり知らない副作用があるので,紹介する(表1).●全身への副作用もあるもともとプロスタグランジン(prostaglandin:PG)には平滑筋収縮作用があり,陣痛促進剤を投与した妊婦の眼圧が下がったことがその開発の起源とされる.したがって局所の副作用のみならず,上気道感染様症状を訴える患者が数%存在し,中には頭痛,胸痛,筋肉痛を訴えることもある.当然妊婦には原則禁忌である.●点状表層角膜炎は防腐剤だけのせいではない防腐剤とくに塩化ベンザルコニウム(BAC)による角膜障害は周知されている.そのため防腐剤濃度は各社ともに減らすかBACフリーに移行している.緑内障患者においては女性と多剤併用患者に点状表層角膜炎(superficialpunctatekeratitis:SPK)が多いことが報告されているが1),緑内障点眼薬によるマイボーム腺の構造変化もその一因となっており,涙液層破壊時間(tearfilmbreak-uptime:BUT)やSchirmerスコアの減少が報告されている2,3).マイボーム腺の消失も認められ,マイボーム腺の機能がおちると涙液の質が低下し,SPKにつながる(図1).●中心角膜厚は薄くなる中心角膜厚は日本人の場合約520μmであり,薄ければ眼圧の過少評価につながる.PG系点眼薬を使用すると,この中心角膜厚が薄くなり,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストそれぞれ1年半で14.9μm,15.7μm,17.0μm(3群間で有意差なし)と報告されている4).トラボプロスト点眼1年で,30μm以上の角膜厚の減少が5.1%で生じたとする報告もある5).眼圧と角膜厚の補正式は多数あり一定の見解はないが,30μmも減少すると,一見点眼薬で眼圧が下がっているようにみえても,実は効果が減弱していて角膜厚の減少にマスクされている可能性がある.原因はおそらくPG薬による角膜実質のコラーゲンの分解であると推測する6).円錐角膜合併患者には注意を要するかもしれない.●睫毛の白髪化睫毛は乱生するだけでなく白髪にもなる7).また,眼瞼周囲も多毛になる(図2).●PAP(prostaglandinassociatedperiorbitopathy)PG系点眼薬の眼周囲の副作用は,眼周囲全体に及ぶことが近年判明し,海外では,その総称としてprostaglandinassociatedperiorbitopathy(PAP)を用いている8).上眼瞼溝の深化(deepeningofuppereyelidsulcus:DUES)はその一つにすぎない.次号で詳細な説明を行う.●副作用を防止するには1回の点眼は最小限に:点眼薬の1滴量は結膜?に貯留する涙液量よりも多いため,必ずこぼれる.1滴以上ささず,目頭を1分程度押さえて,涙道への吸収を抑えながら目を閉じておくことが有用である.また,2本目の点眼薬と5分以上間隔をあけないとwashoutされてしまう.点眼時間は?:PG系点眼薬の点眼時間をいまだに眠前で処方されている医師も多数いると思われるが,夜の入浴前か朝起きて顔を洗う前がよい.洗顔や拭き取りで眼周囲への副作用が軽減される.PG系点眼薬はほぼ24時間眼圧下降効果がある.就寝時間は日々ばらつきがあるが起床時間は大体みな一定であるので,朝点眼でアドヒアランスを改善することは可能である.点眼本数は最小限か?:本数が増えれば増えるほど防腐剤や基剤に暴露される.したがって合剤を有効に活用することが望ましい.文献1)ChenHY,LinCL,TsaiYYetal:AssociationbetweenglaucomamedicationusageanddryeyeinTaiwan.OptomVisSci92:227-232,20152)AritaR,ItohK,MaedaSetal:Comparisonofthelongtermeffectsofvarioustopicalantiglaucomamedicationsonmeibomianglands.Cornea31:1229-1234,20123)AritaR,ItohK,MaedaSetal:Effectsoflong-termtopicalanti-glaucomamedicationsonmeibomianglands.GraefesArchClinExpOphthalmol250:1181-1185,20124)ZhongY,ShenX,YuJetal:Thecomparisonoftheeffectsoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostoncentralcornealthickness.Cornea30:861-864,20115)SchloteT,TzamalisA,KynigopoulosM:Centralcornealthicknessduringtreatmentwithtravoprost0.004%inglaucomapatients.JOculPharmacolTher25:459-462,20096)LindseyJD,KashiwagiK,KashiwagiFetal:Prostaglandinsalterextracellularmatrixadjacenttohumanciliarymusclecellsinvitro.InvestOphthalmolVisSci38:2214-2223,19977)ChenCS,WellsJ,CraigJE:TopicalprostaglandinF2aanaloginducedpoliosis.AmJOphthalmol137:965-966,20048)PasqualeLR:Prostaglandin-associatedperiorbitopathy:apostmarketingsurveillanceobservation.GlaucomaToday9:51-52,58,2011表1PG系点眼薬の副作用一覧部位副作用名眼瞼睫毛乱生,睫毛白髪化,多毛色素沈着マイボーム腺梗塞PAP(DEUSを含む)結膜充血角膜点状表層角膜炎角膜厚の減少虹彩虹彩色素沈着ぶどう膜炎(まれ)網膜?胞様黄斑浮腫全身上気道感染症状,胸痛など*太字は今回紹介するあまり知られていない副作用図1マイボーム腺梗塞から点状表層角膜炎を生じた緑内障患者PG系点眼薬を左眼に数年来使用していた男性,79歳.緑内障点眼を中止しても人工涙液点眼に抵抗する点状表層角膜炎(左)と,典型的なマイボーム腺梗塞を認める(右).(67)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613090910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2PG製剤による眼局所副作用80歳,女性.PG点眼薬長期使用にて睫毛の白線化,睫毛の乱生,下眼瞼の多毛を認める.(68)

屈折矯正手術:RK術後の眼内レンズ選択

2016年9月30日 金曜日

●連載196屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男196.RK術後の眼内レンズ選択近藤衣里稗田牧京都府立医科大学視機能再生外科学放射状角膜切開術(RK)術後眼は角膜屈折力(k値)が正確に測れず,RKが手動での施術であるため症例によるばらつきも大きい.そのため白内障手術における眼内レンズ(IOL)度数計算がむずかしく,術後に遠視ずれを生じることが多い.RK術後眼のIOL選択時の工夫と留意点について提言する.●はじめに放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)は1980~1990年代に近視矯正手術として行われていた術式である.角膜前面に瞳孔を中心として放射状の切開を加え,角膜をフラット化させ近視矯正を行う(図1,2).近年RKを施行された患者が白内障手術適応年齢に達してきており,RK術後眼の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算の機会が増えてきている.RK術後眼は角膜屈折力(k値)が正確に測れず,RKが手動での施術であるため症例によるばらつきも大きい.RKも含め角膜屈折矯正手術後眼の白内障手術におけるIOL度数計算はむずかしく,術後に大きな屈折誤差を生じることが知られている1).対策として,①さまざまな方法でk値を測定し計算する,②術後予測前房深度計算にk値を用いない計算式を用いる,③光線追跡法による計算ソフトウェアを利用する,などが行われている.●k値の測定方法RK術後眼では角膜のフラット化のため,オートケラトメーターでは角膜中央部の屈折力を過大評価してしまい,術後屈折度が遠視方向にずれてしまう.オートケラトメーター以外のさまざまなk値の測定法として,IOLMasterの測定値,contactlensovercorrection法,CASIAのkeratometrics,Pentacumのtruenetpower,TMS-4Aの3mmのtruenetpowerの平均値,中心から3本目のマイヤーリング(ring3),ring1~9の最小値,ring1~6の平均値(averagecorneapower),OPD-ScanIIのaveragepowerinpupil(3mm)などが報告されている2,3).●IOL度数計算方法IOL度数はSRK/T式,Haigis-L式などで前述のさまざまなk値を用いて予測術後屈折度を計算する.このほかに,術後予測前房深度計算にk値を用いない計算式としてOPD-ScanIIのCamellin-Calossi式,さらに米国白内障屈折矯正手術学会(AmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery:ASCRS)ホームページのPost-RefractiveSurgeryIOLCalculatorやCASIA,TMS-4AのOKULIXでも計算する.角膜のフラット化が極端な症例ではHaigis-L式で計算ができなかったり,複数の測定器でのOKULIXで結果が大きく異なる場合や,OKULIX測定不能となる場合もあったりする.こうして得られた多数の予測術後屈折度からIOL度数を決定するが,ばらつきが大きく,術後の屈折誤差の幅も一貫性がない場合が多い.過去にはk値の測定方法によるHaigis-L式の有用性,Camellin-Calossi式やOKULIXを用いたIOL度数計算の有用性などが報告されている3,4)が,必ずしもそうではない症例も存在する.現時点では最良の組み合わせ,解決策は不明といわざるを得ない.しかし,さまざまなIOL度数計算を行ううちにIOL度数の目安が明らかになってくる.RK術後眼はこれまでの経験上,遠視方向への度数ずれが多く,将来的にも徐々に遠視化が進行するため,予測屈折度はマイナス度数のIOLを選択するほうがよい.●まとめRK術後眼はRKの状態により角膜屈折力(k値)のばらつきが大きく,IOLの術後予想屈折度と屈折誤差にも一貫性がない.①さまざまな方法でk値を測定し計算する,②術後予測前房深度計算にk値を用いない計算式を用いる,③光線追跡法による計算ソフトウェアを利用する,を行い,多数の予測屈折度からIOL度数を慎重に決定する.予想屈折度よりも遠視化することが多く,将来的にも遠視化が進行するため予測屈折度はマイナス度数を選ぶほうがよい.術直後に大幅な遠視ずれの可能性がありIOL入れ替えが必要となる可能性や,将来の遠視化により追加屈折矯正手術が必要となる可能性についても,必ずあらかじめ患者に説明し,了承を得ることが何よりも重要である.文献1)McDonnelPJ:Canweavoidanepidermicofrefractive‘surprises’aftercataractsurgery?ArchOphthalmol115:542-543,19972)大鹿哲郎:角膜屈折矯正術後の白内障眼における眼内レンズ度数計算方法.IOL&RS13:76-80,19993)GeggelHS:Intraocularlenspowerselectionafterradialkeratotomy.Ophthalmology122:897-902,20154)山村陽:OKULIXを用いた放射状角膜切開術後眼に対する眼内レンズ度数計算.眼科手術26:267-273,2013図1RK術後の角膜形状角膜中央部がフラット化している.図2図1症例の前眼部OCT角膜中央部のフラット化がよくわかる.(65)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.9,20161307(66)

眼内レンズ:縫着眼内レンズの術後虹彩捕獲予防用糸張り

2016年9月30日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋358.縫着眼内レンズの術後虹彩捕獲予防用糸張り方倉聖基德田芳浩井上眼科病院眼内レンズ(IOL)縫着後の合併症のひとつに虹彩捕獲1)があり,その予防法として櫻井らはIOL前面に糸を張る手技を報告した2).今回は,当院で行っている糸張りの方法について紹介する.●予防原理虹彩捕獲は,支持部のない場所の光学部が虹彩の前に出る,または,虹彩が後ろに入り込むことで発生する.片側であれば瞳孔の変形だけですむが,両側が捕獲されると高眼圧発作を起こす危険がある(とくに周辺虹彩切除のない例).虹彩と光学部の前後関係が逆転しないように,毛様体扁平部間に,虹彩の後ろでIOL前面に糸を張ることで予防できる(図1,2).●手術方法虹彩縫合用10-0ポリプロピレン糸付き両端長針(以下,長針.例:マニー社1470番)とお迎え針(27ゲージ注射針)を使用し,毛様体扁平部間に2本の糸をIOL前面側に留置する.5時?11時に支持部が縫着されたIOLに対して,直交する8時?2時方向に糸を張ると仮定して手順を示す(図3).2時を中心に,埋没結紮用の強膜ポケットと12時付近に角膜サイドポートを作製.長針はコシがなく,強膜の通糸ができない.したがって,あらかじめお迎え針を用いて7時の毛様体扁平部に針孔を作製する.その針孔に長針を刺し込み,3時の毛様体扁平部にポケットを貫通してお迎え針を刺し,長針とお迎え針の両方の先端を虹彩の裏面でIOL光学部の前に出し,長針をお迎え針に深く刺し込む(図4).お迎え針をゆっくり引き抜いて(63)1本の通糸を完成させる.反対側の長針を7時から9時まで輪部に平行に強膜半層を通してから(図5),1時?9時間の糸張りを前述と同じ手順で行う.1時と3時に出した糸についた針を切断し,糸をポケットの中に引き抜いて結紮する.このとき,糸の締め込み過ぎによる惹起乱視,および常に一定の力がかかる糸による強膜断裂(チーズワイヤー現象)予防のため,結紮時は眼圧を上げ,9時の位置の強膜上に出ている10-0ポリブロピレン糸の下に27ゲージカニューラの断端を差し入れて結紮し,その後27ゲージカニューラを抜去する(図6).●術後成績16例18眼の経験で,全例の虹彩捕獲が予防できた.術中合併症は硝子体出血2例(11.1%)を認めた.術後合併症として,瞳孔ブロックの継続による虹彩とIOLとの接触が原因と考えられるpigmentdispersion性眼圧上昇2例(11.1%)を認めた.2例中1例でレーザー虹彩切開(laseriridotomy:LI)を施行し,逆瞳孔ブロックは解除され,眼圧も正常化した.もう1例はLI施行を検討中である.●おわりに瞳孔捕獲の予防は理論的には1本の糸張りで達成できるが,糸の断端の処理と視軸直上を避けるという意味で2本を水平マットレス縫合状に張るのがよい.実際には,狭い虹彩とIOLの間に長い針を通すのは非常に難易度が高いので,散瞳が良く虹彩のフラッタリングを認める例では縫着時に予防的に行っておくのが理想と考える.文献1)HigashideT,ShimizuF,NishimuraAetal:Anteriorsegmentopticalcoherencetomographyfindingsofreversepupillaryblockafterscleral-fixatedsuturedposteriorchamberintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:1540-1547,20092)櫻井寿也,木村太賀,福岡佐知子ほか:眼内レンズ毛様溝縫着術後瞳孔捕獲に対する防止用糸.眼科手術27:105-107,2014図1虹彩,糸,IOLの位置関係毛様体扁平部間で,虹彩の後方とIOLの前面を通るところに糸を張り,虹彩とIOLの位置が逆転しないようにする.図2糸張り終了後2本の糸が張られており,この部位で虹彩がIOLの後ろに回り込むことは不可能となる.図3糸張りのシェーマ長針間の糸は短く記載.図では単純であるが,鼻や眼瞼に長い針を当てることなく,IOLに平行に通糸するのはかなり大変.図4お迎え針に長針を刺しこんでいるところ虹彩裏面とIOL光学部前面でこの操作を行い,強膜ポケット側に長針を引き抜く.図5長針を強膜に半層通糸するところ長針の真ん中あたりをやや曲げておくと強膜半層穿通がしやすくなる.糸張りの前に,針をまっすぐに戻す図6結紮時の張力緩和法眼圧を高めにし,糸を締めこむ前に27ケージカニューラの先端を引きちぎったものを糸の下に差し入れて結紮を完成させる.カニューラを除去すると,その分だけ張力が減り,チーズワイヤー現象を防止できる.糸を白い点線で,瞳孔縁をオレンジ線で加筆.