特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1107?1111,2016多焦点コンタクトレンズの選択(ハード系かソフト系か)SelectionofMultifocalContactLenses─HardorSoftType?─糸井素純*はじめに最初の多焦点コンタクトレンズ(contactlens:CL)として,1938年,ニューヨークのW.Feinbloomがセグメント型の二焦点CLと三焦点CLの特許を発表した.1957年にはロンドンのJ.DeCarleが中心遠用,周辺近用の円環型同時視機能の二焦点CLを考案した1).その後,非球面累進多焦点型2)やdiffraction型3)などが出現し,材質もソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)のものが登場した.当初の多焦点コンタクトレンズは,見え方において,遠方視も近方視も,単焦点レンズよりも劣る部分があり,広くは普及しなかった.その後さまざまな改良がなされ,単焦点CLに近い見え方が得られるようになり,徐々にではあるが普及してきた.日本の多焦点CLの処方割合も,InternationalContactLensPrescribing(日本の調査は筆者が担当)の2003年~2015年の統計が示すように確実に増えている4~16)(図1).その一方で,多焦点CLの処方を受けたにもかかわらず,見え方に満足していない症例や,眼精疲労を訴える症例が多い.これらの患者は,多焦点CLの見え方に対して,過度の期待を抱いたり,遠近両用眼鏡(累進多焦点)と同等の見え方が得られるものと勘違いしていることも少なくない.遠近両用眼鏡は正面視,下方視と視線の違いを利用したもので,多焦点CLでいえば交代視型に相当する.適確な視線の移動を必要とするが,遠方視も近方視も,見え方においては,像のブレなど生じることは少なく,使用者の満足を得られることできる.多焦点ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)には同時視型と交代視型が存在するが,現在主流になりつつあるSCLの多焦点CLはすべて同時視型である.同時視型は遠見と近見が同一視線上で行われるため,視線の移動を必要としないが,単焦点CLや交代視型多焦点CLに比べて,遠見,近見ともに像の鮮明度が劣り,像のブレを自覚することがある.また,同時視型の多焦点CLは,実質的な近見加入度数が表示よりも弱いため,自覚的屈折検査の近見の追加加入度数をそのまま当てはめることはできない.多焦点CLを処方する際は,多焦点CLの見え方に過度の期待を抱かせないように,あらかじめ眼鏡や単焦点CLとの見え方の違いを説明する必要がある.Iコンタクトレンズ装用者の老視への対応CL装用者の老視は,多焦点CLで対応するものと考えて,当院を多焦点CL処方目的に訪れる患者も少なくない.しかし,中等度以上の円錐角膜など多焦点CLでは対応できないケースもある.当院では多焦点CLの処方を考える前に,まず現在の老視に対する矯正方法が適切であるかを評価するようにしている.そのうえで,どの矯正方法が老視への対応として適切であるかを症例ごとに検討している.多焦点CLの登場以前から,CL装用者の老視に対してはさまざまな方法で対応がされてきた.そのような対応方法でCL装用者全員が満足していたとはいえないように,多焦点CLも長所と短所をもっており,多焦点CLのみですべてのCL装用者の老視を解決することはできない.単焦点CLのほうが多焦点CLよりも光学的に優れている部分もある.CL装用者の老視に対しては,多焦点CLだけではなく,表1の①~⑥の対応から,個々のニーズに合わせてもっとも適切な方法を選択するのがよいと考えている.そのうえで,多焦点CLの適応であれば,その時点でハード系あるいはソフト系,どちらの多焦点CLを選択したほうがよいか検討し,症例ごとにもっとも適切な多焦点CLを選択するようにする.IIコンタクトレンズ処方前検査の重要性老視に対してCLを処方するうえで大切なことは,目の屈折状態を把握することのみならず,これまでのCLの使用状況を正確に把握することである.単に過矯正のCLを装用しているために近見障害を訴えることも少なくない.老視にCLを処方する際の,問診,および処方前検査のポイントについて述べる.1.問診年齢,仕事の内容,CLの使用目的,車の運転,スマートホンやタブレットの使用時間などを詳細に聞く.長時間,VDT(visualdisplayterminals)作業に従事している人や,細かな近見作業に従事している人,スマートホンやタブレットを長時間使用する人は,近見にあわせた単焦点CLのほうが疲れにくい.近年,スマートホン使用者の調節けいれん(スマホ老眼)が増えており,遠見の視力低下を訴えることが多いが,安易にレンズ度数を(近視度数)上げると,逆に症状の悪化を招く.また,これまでの矯正が過矯正気味で,1.2以上の矯正視力を要求する人では,同時視型の遠近両用CLでは満足が得られることは少ない.車の運転をするからといって視力1.2以上を希望する人が多いが,VDT作業に従事しながら,車の運転が週に1回程度であれば,車の運転のときだけ強い度数のCLや,CLの上から遠用眼鏡を装用するとよい.45歳未満であれば,単焦点CLで適正な度数のものを選択するだけで遠近ともに満足する視力が得られることも少なくない.来,オートレフラクトメータの測定値を参考にして正確な自覚的屈折検査を行い,その結果を,処方する眼鏡,CLの処方データに利用しなければならない.過矯正が疑われる場合,CLを装用したうえで,検影法で屈折状態を確認するとよい.検影法による確認が困難な場合は,調節麻痺薬を使用して正確な他覚的屈折検査を実施してからCL処方を行う.4.優位眼CLを処方する際は,優位眼を必ず確認する.原則として優位眼の遠見視力が,非優位眼よりも劣ることがないようにする.上述したモノビジョンは優位眼を遠見に,非優位眼を近見に合わせる.ただし状況によっては逆のこともある.筆者は円錐角膜では重症度が軽度のほうの眼を近方に合わせて処方している.また,モディファイド・モノビジョンといって単焦点CL,多焦点CLを組み合わせて処方するテクニックもある.5.処方前CLの規格,フィッティングこれまで装用していたCLを正確に把握することも重要である.度数のみならず,レンズ径,ベースカーブ,レンズデザイン,実際にどのようなフィッティングで装用していたかを確認する.とくにHCL装用者では,レンズフィッティングの微妙な変化が,装用感に影響することも少なくない.IIICL処方前の説明の重要性老視に対してCLを処方するうえで,処方前の説明は重要である.数多くの多焦点CLが発売され,中高年層の期待も大きい.しかし,多焦点CLには長所も短所もある.それを十分に説明したうえで処方しないと,後で苦情となる.老視に対して,多焦点CL以外のCLは無効と考えているCL装用者も少なくなく,前述したモノビジョン,異なる度数のCLの使い分け,単焦点CLの低矯正処方などの選択手段があることを説明する必要がある.さまざまなデザインの多焦点CLが販売されており,多焦点CLの種類ごとに見え方が異なることもあらかじめ伝えておく必要がある.最初に処方された多焦点CLの満足度が低いと,その時点であきらめてしまう人もいる.IV多焦点コンタクトレンズの選択:ハード系かソフト系か多焦点CLにはHCLとSCLがある.多焦点HCLには同時視型,交代視型,同時視+交代視型,多焦点SCLは同時視型のみとなる.言い替えるとハード系では交代視型の処方が可能であるが,ソフト系はできない.それぞれの詳細な特徴や製品紹介は他の執筆者の先生方に譲る.多焦点CLを処方する際に,まず考えなくてはならないのが,今回のテーマでもあるハード系にするか,ソフト系にするかである.通常の単焦点CLと同様,それぞれ適応があり,それを間違うとドロップアウトの原因となる.臨床の場を想定し,それぞれのケースでのレンズの選択と注意点について解説する.1.コンタクトレンズ常用者:老視以外のトラブルを生じていない症例原則として,これまで使用していたレンズと同じタイプのCLを選択する.HCL装用者であれば,多焦点HCL,SCL装用者であれば多焦点SCLを選択する.ただし,日本では乱視用の多焦点CLはまだ販売されていないので,乱視用SCL装用眼は,現時点では多焦点SCLの適応にならない.乱視用SCL装用眼で,過去に一定期間,HCL装用の経験があれば,多焦点HCLを選択してもよい.多焦点HCL処方の際に悩むのがレンズ径である.単焦点HCLの標準的なレンズ径は8.8~9.0mmであるが,多焦点HCLの多くは標準サイズが9.3~9.5mm前後と大きい.レンズ径の違いはフィッティングに影響し,装用感の違いを生む.筆者は常用していたHCLが標準よりも小さい場合(例:8.5mm)は,レンズ径8.6~9.0mmの多焦点HCLを第一選択としている.2.コンタクトレンズ未経験者CL未経験者に多焦点CLを処方する場合は,原則として多焦点SCLを選択する.老視年齢までCLの経験がない人にとって,装用初期のHCL特有の違和感を克服することは非常にむずかしい.また,裸眼で近見視力が低下している症例は,CLの着脱が困難なことが多い.そのような症例に多焦点SCLを処方する際は,それぞれの多焦点SCLの特徴を把握し,形状保持性がよく,装着しやすく,かつ,はずしやすいレンズを選択するようにしている.3.ハードコンタクトレンズ常用者:眼瞼下垂あるいは翼状片を伴う症例,ソフトコンタクトレンズに変更を希望する症例HCL装用は眼瞼下垂(図2)や翼状片(図3)の悪化因子となっていることがあり,そのような所見を伴う症例は,SCLに変更すると,病気の進行が軽減する.また,HCL装用者で充血,固着などの問題で,SCLへの変更を希望するケースもある.これらのケースで老視症状を伴う場合,多焦点SCLもよい選択肢となる.ただし,HCL装用は大なり小なり角膜変形を生じ,屈折状態を変える(図4,5).HCL装脱直後にSCLを処方すると,徐々にCL矯正視力が低下して行くことが多い.HCL装用者に常用を前提とするSCLを処方する場合は,1週間程度,HCLをはずしてから,眼鏡,あるいは,裸眼で来院していただき,その時点で屈折状態を評価し,SCLを処方するようにしている.また,屈折状態はさらに変化する可能性があり,まずは最小の処方単位である1カ月分の1日使い捨てSCLを処方し,1カ月後に,屈折状態を再評価して,処方変更の必要性を検討するようにしている.おわりに多焦点CLは,次々と新しいものが登場し,以前よりも満足度が高い処方ができるようになった.筆者が多焦点CLを処方するときは,原則として,HCL装用者には多焦点HCLを,CL未経験者とSCL装用者には,1日使い捨てタイプ,あるいは,頻回交換タイプの多焦点SCLを選択している.最近登場した1日使い捨てタイプ,あるいは頻回交換タイプの多焦点SCLは,素材だけではなく,光学的にも優れたものが多く,以前とは違い,従来型の低含水HEMA素材の多焦点SCLを選択することはほとんどなくなった.その一方で,患者の期待度が高い症例では,多焦点CLを装用しても,眼鏡や単焦点CLほど像の鮮明さが得られないために,患者の満足が得られないこともある.筆者は,多焦点CLの登場は,老視に対して選択肢が一つ増えたものと考えている.老視のCL希望者すべてに多焦点CLを処方する必要はなく,症例に応じて,眼鏡,単焦点CL,多焦点CLの中から,最適なものを選択することも,眼科医の重要な役割であると考えている.文献1)DeCarleJ:BifocalandmultifocalCLInContactLens.3rded(edbyStoneJ,AnthonyPJ),p595-624,Butterworths,London,19892)SteinHA:ThemanagementofpresbyopiawithCL.CLAOJ16:33-39,19903)FreemanM,StoneJ:AnewdiffractivebifocalCL.TransactionsBCLAConference,p15-22,19874)MorganPB,EfronN,WoodsCAetal:Internationalcontactlensprescribingin2003.ContactLensSpectrum18:34-37,20045)MorganPB,EfronN,WoodsCAetal:Internationalcontactlensprescribingin2004.ContactLensSpectrum19:34-37,20056)MorganPB,EfronN,WoodsCAetal:Internationalcontactlensprescribingin2005.ContactLensSpectrum20:35-39,20067)MorganPB,WoodsCA,JonesDetal:Internationalcontactlensprescribingin2006.ContactLensSpectrum21:34-38,20078)MorganPB,WoodsCA,KnajianRetal:Internationalcontactlensprescribingin2007.ContactLensSpectrum22:36-41,20089)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2008.ContactLensSpectrum23:28-32,200910)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2009.ContactLensSpectrum24:30-36,201011)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2010.ContactLensSpectrum25:30-36,201112)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2011.ContactLensSpectrum26:26-31,201213)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2012.ContactLensSpectrum27:31-44,201314)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2013.ContactLensSpectrum28:30-35,201415)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2014.ContactLensSpectrum29:28-33,201516)MorganPB,WoodsCA,TranoudisIGetal:Internationalcontactlensprescribingin2015.ContactLensSpectrum30:28-33,2016図1日本の多焦点コンタクトレンズの処方割合の変遷*MotozumiItoi:道玄坂糸井眼科医院〔別刷請求先〕糸井素純:〒150-0043東京都渋谷区道玄坂1-10-19糸井ビル1F道玄坂糸井眼科医院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(25)1107表1コンタクトレンズ装用者の老視対策①低矯正の単焦点(コンタクトレンズ度数を中間距離に設定)コンタクトレンズ②遠見にあわせた単焦点コンタクトレンズと老眼鏡の併用③近見にあわせた単焦点コンタクトレンズと遠用眼鏡(あるいは遠近両用眼鏡)の併用④多焦点コンタクトレンズ⑤モノビジョン(コンタクトレンズ度数の片眼を遠用,他眼を近用に設定)(モディファイド・モノビジョン:単焦点コンタクトレンズ,多焦点コンタクトレンズの併用も可)⑥度数の異なるコンタクトレンズの使い分け(多焦点コンタクトレンズの使い分けも可)1108あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(26)(27)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161109図2長期のハードコンタクトレンズ装用者にみられた眼瞼下垂図3ハードコンタクトレンズ装用者にみられた翼状片1110あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(28)図4ハードコンタクトレンズ装用による角膜変形レンズの下方固着が原因.プラチドリング式角膜形状解析装置(KeratronScout)のinstantaneousradius表示(trueradius表示).図5ハードコンタクトレンズ装用による角膜変形ハードコンタクトレンズ装用開始前(a)に比べて,装脱後(b)は角膜中央のフラット化を認める.プラチドリング式角膜形状解析装置(KeratronScout)のinstantaneousradius表示(trueradius表示).(29)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161111