特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1093?1099,2016ソフト系多焦点コンタクトレンズの種類とデザイン(ワンデイタイプ)TypesandDesignsofMultifocalDailyDisposableSoftContactLenses濱野孝*小谷摂子*露口郁子*はじめに2016年現在,国内では数社から1日使い捨て(ワンデイタイプ)の多焦点ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)が販売されている.本稿の主題はこれらの種類とデザインであるが,その前にSCLを1日使い捨てにする意義を述べたい.コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用に起因する障害を減らすには,素材の酸素透過性を向上することが重要である.含水SCLの場合は,CLの厚みが薄いほど,含水率が高いほど酸素透過性は高くなる.一方,含水SCLにシリコーン成分を組み込んだシリコーンハイドロゲル製のSCLの場合はCLの厚みが薄いほど,含水率は低いほど酸素透過性は高くなる.しかし,酸素透過性がよくても,SCLの洗浄・消毒が不完全であれば,細菌やカビそしてアメーバによる感染,つまり角膜浸潤や潰瘍といった重篤な障害が生じる.また,SCLの長期装用中に蓄積した汚れは,アレルギー性結膜炎や巨大乳頭結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)を引き起こす.そこでこれらSCL特有の障害を減らすために「トラブルを起こす前にレンズを使い捨てる」つまり“shorterisbetter”というコンセプトのSCLが開発された.そしてまず海外で,1980年代半ばから,使い捨てSCLを連続装用させるという方法が始められた.その後,連続装用よりも終日装用のほうが生理学的安全性が高いことから,SCLを終日装用して1カ月,2週間あるいは1日単位で交換するという装用システムが登場した.同時に洗浄・消毒方法も開発,改良された.そのなかで1日使い捨てSCLは洗浄・消毒剤に起因する障害も回避できることから,理想的な装用システムとして普及するに至った.多焦点SCLを1日使い捨てシステムで利用することは,医師にとっては,数枚の限られたトライアルレンズで試行錯誤に時間を費やすのではなく,各患者に最適な多焦点SCLで直ちに装用テストを始めさせられるという利点がある.また,患者にとっては,経済的な負担なしに日常生活で数日間多焦点SCLを使ってみて,他の矯正方法よりもメリットが多いかどうかを評価できるという利点がある.さらに,これまでCLを装用したことのない老視世代にとっては,SCLに手を触れるのは装着・装脱のときだけなので利便性が高い.I日本で販売されているワンデイタイプ多焦点SCLの概要2016年現在,販売ないし販売予定の多焦点SCLを表1に示す.販売開始は,最初が株式会社シード(2013年),次いでクーパービジョン・ジャパン株式会社(2013年),日本アルコン株式会社(2014年),ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社(2016年),そしてボシュロム・ジャパン株式会社(販売予定)である.素材名は,ワンデーピュアマルチステージのみ日本国内産で,米国では販売されていないのでUSANはない.SCL分類は厚生労働省によるもので米国食品医薬品局(FDA)分類1)を参考にしている(表2).1日使い捨て多焦点SCLにはシリコーンハイドロゲル製のものはまだ販売されておらず,5種すべて高含水である.イオン性モノマー配合比はそれぞれ異なり,グループII(非イオン性・高含水)かグループIV(イオン性・高含水)に属する.高含水素材は柔軟性に富み,厚みの薄いSCLは安全な終日装用に必要な酸素透過性を有している.しかし,乾燥により含水率が低下すると酸素透過性は低下し,光学性能,装用感なども損なわれる.また,一般的にイオン性レンズの表面はマイナスに帯電しているので,涙液中のリゾチウムのようにプラスに帯電している物質を引き寄せ,汚れやすいという性質がある.汚れ付着もまた光学性能,装用感,酸素透過性などを損なう.そこで,対策としてレンズ材料ならびに出荷保存液には各社それぞれの工夫が凝らされている.ベースカーブとサイズは各レンズ1種類しかないが,フィッティングの許容範囲は広いので,実際に患者に装用させてフィッティングの良否を判断する.遠用パワー範囲は近視(?)側が単焦点SCLよりも狭いものもある.しかし,多焦点SCL装用希望者は近見困難に不便を感じているので,実際に装用してみると近視低矯正が受け入れられることは多い.近用加入度数は患者の調節力だけでなく作業距離により決まる.そのため多焦点SCL装用テスト前後の問診は重要である.光学デザインは図1のように,レンズ中心が遠用で,周辺光学部に近用が配置されているのはワンデーピュアマルチステージだけである.他の4レンズは中心から周辺に向かって,近用度数から遠用度数に連続して変化している設計である.II各多焦点SCLの特徴1.ワンデーピュアマルチステージSEEDIonicBond(SIB)という素材はSCL分類上イオン性ではあるが,従来のものとは違い,素材の中のプラスイオンとマイナスイオンがイオン結合をしているので,見かけ上電気的な偏りはなく構造が安定している.これをシードでは両性イオン素材と称している(図2).構造は生体蛋白質に似た生体模倣ポリマーである.蛋白質などの汚れを寄せつけない,塩濃度変化・温度変化などの環境変化に対して形状が安定している,酸素透過性が高い高含水でありながら,強度が強いなどが特徴である.レンズ表面の水分保持のために,出荷保存液に非イオン界面活性剤とアルギン酸の2種類の保湿成分を配合している(図3).加入度数はA(+0.75D),B(+1.50D)2種類である.Aは中心遠用光学部が小さく,移行部は広くかつ非球面形状なので,累進屈折力レンズに似た見え方である.一方,Bは中心遠用光学部がやや広く,加入度数はやや強いので,遠近それぞれの鮮明度は高いものの,ゴースト像が起きやすい.2.プロクリアRワンデーマルチフォーカルレンズ材料は2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーが素材のひとつとして使われているPCハイドロゲルである.MPCポリマーは生体細胞膜模倣ポリマーで,医療機器(カテーテルや人工心臓など)の表面にコーティングすることにより,水との親和性や生体親和性を高めて蛋白質ならびに脂質の付着を抑制する効果を示す.また,保湿成分としてCL保存液,化粧品などに使われている.プロクリアR製品はMPCポリマーがレンズ材料に組み込まれているので,表面だけでなく内部も汚れにくく,水濡れ性と保湿性に優れている(図4).中心近用なので近見時に効率的に焦点が合いやすい.独自の非球面マルチフォーカル設計により,視界のゆれや瞬時の違和感やゴーストが少なく,中間距離から遠方の見え方が自然で,快適である.3.デイリーズRアクアコンフォートプラスRマルチフォーカル出荷保存液にヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC,和名ヒプロメロース),ポリエチレングリコール(PEG),ポリビニルアルコール(PVA)などを配合している.HPMCはCL装着液に,PVAは点眼薬に使われている粘稠化剤である.そしてPEGは眼乾燥による不快感を軽減する点眼薬として用いられている.図5左のEnhancedBlink-ActivatedMoistureTechnologyとは,SCLに取り込まれたPEGとPVAを瞬目により涙液中に徐放させて,涙液の安定性を図るという技術である.中心近用ゾーン/度数移行部である広い中間ゾーン/周辺遠用ゾーンの3つの異なる度数をブレンドしているプレシジョンプロファイルデザインを採用している(図5右).そのため,脳の迷いが生じることは少なく,近方から遠方の見え方が自然でバランスがよい.4.ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルSCL素材にポリビニルピロリドン(PVP,和名ポビドン)を取り込み,このPVPを涙液中に流出させない技術(ラクリオンテクノロジー)によりSCLの保水効果を持続させている.なお,出荷保存液にもPVPを配合している.PVPの水溶液は保水性と粘性があるので,点眼薬やCLの洗浄・保存液に添加して用いられている.光学デザインの特徴は図6aに示すpupiloptimizeddesignsである.瞳孔径は年齢が高いほど小さくなり4),近視眼よりも遠視眼のほうがより小さい5)ことは知られている.図6bに示すように,光学部径が1種類の場合には,瞳孔径との間にずれが生じやすく,このことは像のぼやけの原因となる.そこで,より鮮明な像が得られるようにと,このレンズは加入度数とパワー(遠用度数)の組み合わせごとに異なった光学部径を用意することで,変化する瞳孔径に適合させている7).5.BiotrueRONEdayforPresbyopia涙液の脂質層が水分蒸発を防ぐという機能を模倣したポリマーで作られている.レンズ表層に高濃度でポリマー化した親水性のサーフェスアクティブマクロマー(SAM)が,レンズ内部の水分の蒸発を抑制するバリア機能を果たし,レンズ表面に良好な水濡れ性をもたらすといわれている(図7).中心近用ゾーン/度数移行部である中間ゾーン/周辺遠用ゾーンという独自の非球面マルチフォーカル設計により,自然で鮮明な見え方である.おわりにCLメーカーがデザインや材料の開発,改良を重ねた結果,われわれは現在,数種類の多焦点SCLを利用できるようになった.いずれのCLも適応範囲は広く,処方法はシンプルである.ただし,個々の患者を満足させるには,複数のCLを処方できる体制にしておくことが必要である.文献1)五十嵐良広:ソフトコンタクトレンズのFDA分類について教えてください.あたらしい眼20:169-172,20032)福島努:シードワンデーピュアマルチステージの紹介.日コレ誌56:90-94,20143)村岡卓:プロクリアRワンデーマルチフォーカルの紹介.日コレ誌56:256-268,20144)WoodsRL:Theagingeyeandcontactlenses-areviewofocularcharacteristics.JournalofBritishContactLensAssociation14:115-127,19915)CakmakHB,CagilN,SimavliHetal:Refractiveerrormayinfluencemesopicpupilsize.CurrEyeRes35:130-136,20106)1-DAYACUVUERMOISTBrandMULTIFOCALContactLenses.TheNewMultifocalLenswithanInnovative&EYE-INSPIRED?Design.<http://www.acuvueprofessional.com/moist-multifocal-contact-lenses>(2016/05/01)7)丸山邦夫:ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルの紹介.日コレ誌57:289-293,20158)ボシュロム・ジャパン,「ボシュロムバイオトゥルーRワンデー」を新発売<http://www.bausch.co.jp/ja-jp/our-company/newsroom/2014/jan-23-1/>(2016/05/01)*TakashiHamano,*SetsukoKotani&*IkukoTsuyuguchi〔別刷請求先〕濱野孝:〒530-0012大阪市北区芝田1-1-4阪急ターミナルビル9階ハマノ眼科表11日使い捨て多焦点ソフトコンタクトレンズの製品概要発売元シードクーパービジョン日本アルコンジョンソン・エンド・ジョンソンボシュロムレンズ名ワンデーピュアマルチステージプロクリアワンデーマルチフォーカルデイリーズアクアコンフォートプラスマルチフォーカルワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルBiotrueONEdayforPresbyopia素材(USAN)SEEDIonicBond(omafilconA)(nelfilconA)(etafilconA)(nesofilconA)厚労省によるSCL分類グループIVグループIIグループIIグループIVグループII含水率(%)5860695878酸素透過係数(Dk)*3020.5262842酸素透過率(Dk/L)**42.922.826.033.3?ベースカーブ(mm)8.88.78.78.48.6パワー(D)?10.00~+5.00(0.25D間隔)?10.00~?6.50(0.50D間隔)?6.00~+5.00(0.25D間隔)?10.00~+5.00(0.25D間隔)?9.00~+5.00(0.25D間隔)?9.00~+5.00(0.25D間隔)加入度数A(+0.75D)B(+1.50D)+1.50DLO(~+1.25D)MED(+1.50~+2.00D)HI(+2.25~+2.50D)Low(+0.75~+1.25D)Mid(+1.50~+1.75D)High(+2.00~+2.50D)Low(+0.75~+1.50D)High(+1.75~+2.50D)サイズ(mm)14.214.214.014.314.2中心厚(mm)0.07(?3.00Dの場合)0.09(?3.00Dの場合)0.10(?3.00Dの場合)0.084(?3.00Dの場合)0.05~0.75(パワーにより異なる)光学部デザイン中心遠用/周辺近用,二重焦点レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ紫外線保護機能ありなしなしありありレンズカラーブルーアクアブルーライトブルーブルーライトブルーUSAN:UnitedStatesAdoptedNames(米国一般名)*×10?11(cm2/sec)・(mlO2/ml・mmHg)測定条件35℃**×10?9(cm/sec)・(mlO2/ml・mmHg)測定条件35℃(?3.00Dの場合)表2厚生労働省によるソフトコンタクトレンズ分類分類名イオン性モノマー配合比*含水率**グループI非イオン性低含水グループII非イオン性高含水グループIIIイオン性低含水グループIVイオン性高含水*イオン性モノマー配合比は正常涙液のpHを考慮したpH7.2において測定される.非イオン性:1モル%未満,イオン性:1モル%以上**低含水:50%未満,高含水:50%以上シリコーンハイドロゲルレンズは厚生労働省の分類ではグループI~IVに振り分けられるが,ISO規格に準拠するFDA分類ではグループVである.二重焦点レンズ(中心遠用/移行部/周辺近用)累進屈折力レンズ(中心近用/周辺遠用)ワンデーピュアマルチステージプロクリアワンデーマルチフォーカルデイリーズアクアコンフォートプラスマルチフォーカルワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルBiotrueONEdayforPresbyopia図1多焦点SCLの光学デザイン図2従来のイオン性レンズと両性イオン性レンズの表面電荷従来のイオン性レンズの表面はマイナスに帯電しているので,涙液中のリゾチウムのようにプラスに帯電している物質を引き寄せ,汚れやすい.SEEDIonicBond(SIB)は見かけ上電気的な偏りはないので汚れにくい.これを両性イオン素材と称している.(シードより提供)図3両性イオン性レンズであるワンデーピュアCLと涙液層素材の中のプラスイオンとマイナスイオンがイオン結合をして構造が安定しているので,水分保持がよい.さらにレンズ表面の水分を保持するために,出荷保存液に非イオン界面活性剤とアルギン酸の2種類の保湿成分を配合している.(シードより提供,2)より転載)図4CL装用時の涙液層の比較Phosphorylcholine(PC)ハイドロゲル素材のCLは,通常のCLと比べると涙液層を乱しにくい.(クーパービジョンより提供,3)より転載)図5デイリーズアクアコンフォートプラスの特徴左のEnhancedBlink-ActivatedMoistureTechnologyとは,SCLに取り込まれた保湿成分を瞬目により涙液中に徐放させて,涙液の安定性を図るという技術.右は光学デザインで,中心近用ゾーン/度数移行部である広い中間ゾーン/周辺遠用ゾーンの3つの異なる度数をブレンドしているプレシジョンプロファイルデザインを採用している.(日本アルコンより提供)図6瞳孔径と光学部径との関係瞳孔径は年齢が高いほど小さくなり,近視眼よりも遠視眼のほうがより小さい.a:pupiloptimizeddesignsのワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルは加入度数と遠用度数の組み合わせごとに異なった光学部径を用意することで,変化する瞳孔径に適合させている.b:fixedopticaldesignsのように光学部径が1種類の場合には,瞳孔径との間にずれが生じやすく,このことは像のぼやけの原因となる.(ACUVUEホームページより転載6))図7CL表面にバリア層を形成するバイオトゥルーワンデーのサーフェスアクティブマクロマー(SAM)のイメージレンズ表層に高濃度でポリマー化した親水性のSAMが,レンズ内部の水分の蒸発を抑制するバリア機能を果たし,レンズ表面に良好な水濡れ性をもたらす.(ボシュロムホームページより転載8))0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(11)10931094あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(12)(13)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610951096あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610971098あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(16)(17)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161099