小児眼科GeneticDiagnosisforPediatricOcularDisorders近藤寛之*はじめに小児眼疾患に対して行われている遺伝子診療は,メンデルの法則に従ういわゆる遺伝性眼疾患の確定診断を目的としたものが多い.遺伝子診断の具体的な方法は他書に譲るが,特定の遺伝子の診断には直接塩基配列を決定する方法(Sanger法とよばれる)が適用されることが多い.近年,個別の遺伝子の解析では不十分な場合などには次世代シークエンサーによる遺伝子解析も行われるようになっているが,費用の問題などからSanger法による個別の遺伝子診断に取って代わるには至っていない.いずれの方法にしても,遺伝子診断は検査や解析にある程度の時間を要し,確定診断といっても臨床診断の補助的な検査としての役割にとどまる.小児に対する遺伝子診断は倫理的な問題も含めて注意すべき点が多いが,眼科領域では確定診断の有用性の高い分野であろう.本稿では小児眼科領域で行われている遺伝子診断について,網膜疾患を例にあげつつ,その役割や問題点を解説する.I小児に対する遺伝子診断と遺伝カウンセリング一般に遺伝子診断に際しては,遺伝情報が血縁者間で一部共有されることや,不適切に扱われた場合には患者や血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があるため,必要に応じて専門家による遺伝カウンセリングを行うこと,検査の結果をわかりやすく説明することなどが求められている(日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」2011年2月,http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.htmlを参照されたい).小児眼疾患の遺伝子診断についても同様の倫理的な配慮が必要である.上記のガイドラインでは小児など未成年者で同意能力がない患者の検査では,代諾者の同意が必要で,患者本人の最善の利益を考慮すべきとしている.また,患者の理解度に応じた説明を行い,本人の了解(インフォームド・アセント)を得ることが望ましいともある.一方,未成年者に対する非発症保因者の診断や発症前診断については原則として本人が成人し自律的に判断できるまで実施を延期すべきで,両親などの代諾で検査を実施すべきでないとしている.小児眼疾患では,遺伝子診断については患児に対する配慮が必要なのはいうまでもないが,家族が患児のケアについて前向きになるチャンスであることも見逃せないポイントである.遺伝性疾患の多くは治療が確立されていないために,すでに臨床診断がなされているケースでは,家族は大きな不安を抱えていることが多い.説明によっては「治療法がない」と主治医から突き放された気持ちに陥るケースもある.遺伝子診断によって確定診断が得られれば,疾患の経過や予後,治療法,療養に関する情報を提供することで,家族が前向きな気持ちになる場合もある.疾患の種類,患児および家族の性格や置かれた状況を判断し,家族の気持ちに寄り添って遺伝子診断の可否を検討することが望まれる.*HiroyukiKondo:産業医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕近藤寛之:〒807-8555福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(65)981図1Coats病が疑われた家族性滲出性硝子体網膜症の左眼眼底写真11歳時に右眼の滲出性網膜.離を発症しCoats病と診断されたが,その後失明した.29歳のときに左眼の滲出性網膜.離を併発した.遺伝子診断でFZD4遺伝子変異がみつかり,家族性滲出性硝子体網膜症と確定診断した.b図2Goldenhar症候群を合併した眼白子症の前眼部所見と眼底写真3カ月,男児.a:前眼部写真では右眼耳側強角膜輪部にデルモイドを認める.b:左眼眼底写真,眼底は色素脱出を認める.遺伝子診断の結果GPR143遺伝子に変異を認め,眼白子症と確定診断した.図3Norrie病が疑われた先天性網膜.離(白色瞳孔)の前眼部写真3カ月,男児.両眼の白色瞳孔と網膜.離を主訴に受診.Norrie病または家族性滲出性硝子体網膜症を疑われたが,遺伝子診断によりATOH7遺伝子変異がみつかり,非症候性先天性網膜接着不全症候群(nonsyndromiccongeni-talretinalnonattachment)と診断した.写真は左眼の術中所見,白色瞳孔を認める.図4診断が困難な先天網膜分離症の眼底写真4カ月,男児.右眼(a)に胞状の網膜を認め網膜.離が疑われた.左眼(b)の後極部は一見正常だが,全身麻酔下の精査で黄斑部の網膜分離がみられた.遺伝子診断によりRS1遺伝子変異がみつかり,先天網膜分離症の診断が確定した.図5常染色体劣性ベストロフィノパチーの眼底写真と眼底自発蛍光像11歳,女児.両眼の黄斑異常を指摘されて当科を受診.右眼の眼底写真(a)と眼底自発蛍光所見(b)を示す.眼底所見から常染色体優性Best病(卵黄状黄斑変性)を疑われたが,遺伝子診断によって,BEST1遺伝子による常染色体劣性ベストロフィノパチーと診断した.伝子関連疾患がこれにあてはまる.臨床診断に加え,遺伝子診断による遺伝形式の推定はカウンセリング上有用な情報となる.BEST1遺伝子異常による眼疾患として常染色体優性遺伝の卵黄状黄斑変性がよく知られているが,近年常染色体劣性ベストロフィノパチーが報告されている.両者は臨床所見が似ているため鑑別は容易でではない(図5).遺伝子診断は確定診断と遺伝形式の決定に有用である.2.遺伝子診断が困難な疾患・遺伝子遺伝子診断が困難な疾患として小眼球症や先天白内障,網膜色素変性がある.これらの疾患では臨床所見の異質性が高いだけでなく,原因となる遺伝子も多様であり特定の遺伝子に原因を絞り込むのは容易ではない.このような疾患は複数の類縁疾患の総称と考えたほうがよく,通常は決め手となるなんらかの特徴的所見がないかぎり網羅的に原因遺伝子を調べないと原因を同定するのは困難である.エクソームシークエンスなどの次世代シークエンス法を用いれば,網羅的に検査を行うことが可能であり診断率は高まる.ただし,次世代シークエンス法では一度に多数の遺伝子のバリエーション(多数の塩基配列)が検出される.この中で原因となる遺伝子(変異)は1つ(または1組)であり,新規の原因遺伝子を想定して,1つに絞り込むことは容易ではない.このため,既知の遺伝子による診断率の低い疾患では,網羅的に検査をしても原因となる遺伝子変異を見逃してしまう可能性が高い.また,エクソームシークエンスでは広範囲のヘテロ接合性の塩基欠失を診断することはできない.また,原因が一つの遺伝子の疾患であっても,エクソンの数が多いものはSanger法での診断はやや困難となる.Stickler症候群のうち多くの症例はCOL2A1遺伝子異常が原因であるが,COL2A1遺伝子は54エクソンから構成され,ホットスポットが存在しないため検査には労力を要する.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)はゲノム上に多数存在する塩基配列のバリエーションである.SNPは原因となる遺伝子変異とは別の良性のバリエーションを意味することが多いが,遺伝子がコードするアミノ酸が置換されるタイプのSNPでは,病的な変化と良性の変化とを区別することは必ずしも容易ではない.家族性滲出性硝子体網膜症の原因遺伝子の一つであるLRP5遺伝子は23エクソンから構成されるが,罹患者からしばしば新規のSNPが検出され,病的な変化かどうかの判定に苦慮することがある.IIIリスク診断小児眼科領域では非メンデル遺伝性疾患に対する易罹患性の評価を行うことは少ないが,例外は網膜芽細胞腫に対する発症リスクの評価である.網膜芽細胞腫は小児にみられる眼内悪性腫瘍であり,転移すると生命が脅かされる疾患である.通常はCTやMRIなどの画像診断や病理組織検査によって診断され,遺伝子診断は必須ではない.網膜芽細胞腫は癌抑制遺伝子であるRB1遺伝子の体細胞変異によって起こる.RB1遺伝子は13番染色体上にあり,ゲノムには母由来と父由来の一対(二つ)の遺伝子が存在する.この二つともが変異して癌化を起こすが,二つとも体細胞変異を起こして発症する場合と,一つが生殖細胞のRB1遺伝子変異として継承され,もう一つが体細胞変異を起こして発症する場合がある.後者では家族内発症の危険性があり,その考えは提唱者に由来してKnudsonの2ヒット説とよばれる4).このように網膜芽細胞腫の発症は体細胞変異を起こす危険度に由来し,メンデルの法則に従わないが,遺伝素因があると家族性の発症や,他眼・松果体を含めた3側性の発症のリスクとなる.また,遺伝素因により将来,骨肉腫など別の悪性腫瘍を引き起こす可能性がある.このため網膜芽細胞腫では遺伝素因の確認のために遺伝子診断が行われるが,RB1遺伝子の診断には2016年より保険診療が認められている.IV出生前診断出生前診断は胎児に対する遺伝学的検査であり,羊水穿刺など妊婦に対しての侵襲的な検査行為を伴う.妊娠の継続をあきらめるかどうかの判断に用いられることが背景にあり,倫理的に大きな問題を含んでいるため,日本産科婦人科学会は原則として重篤な遺伝性疾患児を出(69)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017985■用語解説■Sanger法:ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)を行って特定の遺伝子配列を増幅したうえで,さらに1塩基ごと長さの異なるPCR断片を作製し,一斉に電気泳動することで遺伝子配列を決定する方法.DNAシークエンスといえばこの方法をさす.次世代シークエンス法と対比する意味合いにより,開発者の名をとりSanger法とよばれるようになった.広範囲のヘテロ接合性の塩基欠失:ヘテロ接合とは片親からの遺伝子に異常がみられ,もう片親の遺伝子配列が正常の場合をさす.ホモ接合の対義語.エクソンが丸ごと塩基欠失するなどのヘテロ接合性変異では遺伝子の量が半減しているため,疾患の原因となる場合があるが,シークエンスの配列は正常と同じとなり異常を検出することはできない.アミノ酸が置換されるタイプのSNP:SNPが遺伝子をコードする配列に存在すると,アミノ酸が置換される場合がある.非同義語配列ともよばれる.同じSNPが健康人に多くみられる場合には疾患の原因とはみなされないが,健康人にないSNPだからといって必ずしも病的とは限らない.体細胞変異:細胞の癌化のように,体の一部の細胞が細胞分裂の際に後天的に遺伝子変異を生じたものをいう.体細胞変異は遺伝性がない.生殖細胞の変異:卵子や精子に遺伝子変異があれば子孫に変異が継承される可能性がある.生殖細胞の遺伝子変異とは親からの継承によって全身のすべての細胞に遺伝子変異がコピーされていることを意味する.体細胞変異と対比される用語.