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ソフト系多焦点コンタクトレンズの種類とデザイン(ワンデイタイプ)

2016年8月31日 水曜日

特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1093?1099,2016ソフト系多焦点コンタクトレンズの種類とデザイン(ワンデイタイプ)TypesandDesignsofMultifocalDailyDisposableSoftContactLenses濱野孝*小谷摂子*露口郁子*はじめに2016年現在,国内では数社から1日使い捨て(ワンデイタイプ)の多焦点ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)が販売されている.本稿の主題はこれらの種類とデザインであるが,その前にSCLを1日使い捨てにする意義を述べたい.コンタクトレンズ(contactlens:CL)装用に起因する障害を減らすには,素材の酸素透過性を向上することが重要である.含水SCLの場合は,CLの厚みが薄いほど,含水率が高いほど酸素透過性は高くなる.一方,含水SCLにシリコーン成分を組み込んだシリコーンハイドロゲル製のSCLの場合はCLの厚みが薄いほど,含水率は低いほど酸素透過性は高くなる.しかし,酸素透過性がよくても,SCLの洗浄・消毒が不完全であれば,細菌やカビそしてアメーバによる感染,つまり角膜浸潤や潰瘍といった重篤な障害が生じる.また,SCLの長期装用中に蓄積した汚れは,アレルギー性結膜炎や巨大乳頭結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)を引き起こす.そこでこれらSCL特有の障害を減らすために「トラブルを起こす前にレンズを使い捨てる」つまり“shorterisbetter”というコンセプトのSCLが開発された.そしてまず海外で,1980年代半ばから,使い捨てSCLを連続装用させるという方法が始められた.その後,連続装用よりも終日装用のほうが生理学的安全性が高いことから,SCLを終日装用して1カ月,2週間あるいは1日単位で交換するという装用システムが登場した.同時に洗浄・消毒方法も開発,改良された.そのなかで1日使い捨てSCLは洗浄・消毒剤に起因する障害も回避できることから,理想的な装用システムとして普及するに至った.多焦点SCLを1日使い捨てシステムで利用することは,医師にとっては,数枚の限られたトライアルレンズで試行錯誤に時間を費やすのではなく,各患者に最適な多焦点SCLで直ちに装用テストを始めさせられるという利点がある.また,患者にとっては,経済的な負担なしに日常生活で数日間多焦点SCLを使ってみて,他の矯正方法よりもメリットが多いかどうかを評価できるという利点がある.さらに,これまでCLを装用したことのない老視世代にとっては,SCLに手を触れるのは装着・装脱のときだけなので利便性が高い.I日本で販売されているワンデイタイプ多焦点SCLの概要2016年現在,販売ないし販売予定の多焦点SCLを表1に示す.販売開始は,最初が株式会社シード(2013年),次いでクーパービジョン・ジャパン株式会社(2013年),日本アルコン株式会社(2014年),ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社(2016年),そしてボシュロム・ジャパン株式会社(販売予定)である.素材名は,ワンデーピュアマルチステージのみ日本国内産で,米国では販売されていないのでUSANはない.SCL分類は厚生労働省によるもので米国食品医薬品局(FDA)分類1)を参考にしている(表2).1日使い捨て多焦点SCLにはシリコーンハイドロゲル製のものはまだ販売されておらず,5種すべて高含水である.イオン性モノマー配合比はそれぞれ異なり,グループII(非イオン性・高含水)かグループIV(イオン性・高含水)に属する.高含水素材は柔軟性に富み,厚みの薄いSCLは安全な終日装用に必要な酸素透過性を有している.しかし,乾燥により含水率が低下すると酸素透過性は低下し,光学性能,装用感なども損なわれる.また,一般的にイオン性レンズの表面はマイナスに帯電しているので,涙液中のリゾチウムのようにプラスに帯電している物質を引き寄せ,汚れやすいという性質がある.汚れ付着もまた光学性能,装用感,酸素透過性などを損なう.そこで,対策としてレンズ材料ならびに出荷保存液には各社それぞれの工夫が凝らされている.ベースカーブとサイズは各レンズ1種類しかないが,フィッティングの許容範囲は広いので,実際に患者に装用させてフィッティングの良否を判断する.遠用パワー範囲は近視(?)側が単焦点SCLよりも狭いものもある.しかし,多焦点SCL装用希望者は近見困難に不便を感じているので,実際に装用してみると近視低矯正が受け入れられることは多い.近用加入度数は患者の調節力だけでなく作業距離により決まる.そのため多焦点SCL装用テスト前後の問診は重要である.光学デザインは図1のように,レンズ中心が遠用で,周辺光学部に近用が配置されているのはワンデーピュアマルチステージだけである.他の4レンズは中心から周辺に向かって,近用度数から遠用度数に連続して変化している設計である.II各多焦点SCLの特徴1.ワンデーピュアマルチステージSEEDIonicBond(SIB)という素材はSCL分類上イオン性ではあるが,従来のものとは違い,素材の中のプラスイオンとマイナスイオンがイオン結合をしているので,見かけ上電気的な偏りはなく構造が安定している.これをシードでは両性イオン素材と称している(図2).構造は生体蛋白質に似た生体模倣ポリマーである.蛋白質などの汚れを寄せつけない,塩濃度変化・温度変化などの環境変化に対して形状が安定している,酸素透過性が高い高含水でありながら,強度が強いなどが特徴である.レンズ表面の水分保持のために,出荷保存液に非イオン界面活性剤とアルギン酸の2種類の保湿成分を配合している(図3).加入度数はA(+0.75D),B(+1.50D)2種類である.Aは中心遠用光学部が小さく,移行部は広くかつ非球面形状なので,累進屈折力レンズに似た見え方である.一方,Bは中心遠用光学部がやや広く,加入度数はやや強いので,遠近それぞれの鮮明度は高いものの,ゴースト像が起きやすい.2.プロクリアRワンデーマルチフォーカルレンズ材料は2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーが素材のひとつとして使われているPCハイドロゲルである.MPCポリマーは生体細胞膜模倣ポリマーで,医療機器(カテーテルや人工心臓など)の表面にコーティングすることにより,水との親和性や生体親和性を高めて蛋白質ならびに脂質の付着を抑制する効果を示す.また,保湿成分としてCL保存液,化粧品などに使われている.プロクリアR製品はMPCポリマーがレンズ材料に組み込まれているので,表面だけでなく内部も汚れにくく,水濡れ性と保湿性に優れている(図4).中心近用なので近見時に効率的に焦点が合いやすい.独自の非球面マルチフォーカル設計により,視界のゆれや瞬時の違和感やゴーストが少なく,中間距離から遠方の見え方が自然で,快適である.3.デイリーズRアクアコンフォートプラスRマルチフォーカル出荷保存液にヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC,和名ヒプロメロース),ポリエチレングリコール(PEG),ポリビニルアルコール(PVA)などを配合している.HPMCはCL装着液に,PVAは点眼薬に使われている粘稠化剤である.そしてPEGは眼乾燥による不快感を軽減する点眼薬として用いられている.図5左のEnhancedBlink-ActivatedMoistureTechnologyとは,SCLに取り込まれたPEGとPVAを瞬目により涙液中に徐放させて,涙液の安定性を図るという技術である.中心近用ゾーン/度数移行部である広い中間ゾーン/周辺遠用ゾーンの3つの異なる度数をブレンドしているプレシジョンプロファイルデザインを採用している(図5右).そのため,脳の迷いが生じることは少なく,近方から遠方の見え方が自然でバランスがよい.4.ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルSCL素材にポリビニルピロリドン(PVP,和名ポビドン)を取り込み,このPVPを涙液中に流出させない技術(ラクリオンテクノロジー)によりSCLの保水効果を持続させている.なお,出荷保存液にもPVPを配合している.PVPの水溶液は保水性と粘性があるので,点眼薬やCLの洗浄・保存液に添加して用いられている.光学デザインの特徴は図6aに示すpupiloptimizeddesignsである.瞳孔径は年齢が高いほど小さくなり4),近視眼よりも遠視眼のほうがより小さい5)ことは知られている.図6bに示すように,光学部径が1種類の場合には,瞳孔径との間にずれが生じやすく,このことは像のぼやけの原因となる.そこで,より鮮明な像が得られるようにと,このレンズは加入度数とパワー(遠用度数)の組み合わせごとに異なった光学部径を用意することで,変化する瞳孔径に適合させている7).5.BiotrueRONEdayforPresbyopia涙液の脂質層が水分蒸発を防ぐという機能を模倣したポリマーで作られている.レンズ表層に高濃度でポリマー化した親水性のサーフェスアクティブマクロマー(SAM)が,レンズ内部の水分の蒸発を抑制するバリア機能を果たし,レンズ表面に良好な水濡れ性をもたらすといわれている(図7).中心近用ゾーン/度数移行部である中間ゾーン/周辺遠用ゾーンという独自の非球面マルチフォーカル設計により,自然で鮮明な見え方である.おわりにCLメーカーがデザインや材料の開発,改良を重ねた結果,われわれは現在,数種類の多焦点SCLを利用できるようになった.いずれのCLも適応範囲は広く,処方法はシンプルである.ただし,個々の患者を満足させるには,複数のCLを処方できる体制にしておくことが必要である.文献1)五十嵐良広:ソフトコンタクトレンズのFDA分類について教えてください.あたらしい眼20:169-172,20032)福島努:シードワンデーピュアマルチステージの紹介.日コレ誌56:90-94,20143)村岡卓:プロクリアRワンデーマルチフォーカルの紹介.日コレ誌56:256-268,20144)WoodsRL:Theagingeyeandcontactlenses-areviewofocularcharacteristics.JournalofBritishContactLensAssociation14:115-127,19915)CakmakHB,CagilN,SimavliHetal:Refractiveerrormayinfluencemesopicpupilsize.CurrEyeRes35:130-136,20106)1-DAYACUVUERMOISTBrandMULTIFOCALContactLenses.TheNewMultifocalLenswithanInnovative&EYE-INSPIRED?Design.<http://www.acuvueprofessional.com/moist-multifocal-contact-lenses>(2016/05/01)7)丸山邦夫:ワンデーアキュビューRモイストRマルチフォーカルの紹介.日コレ誌57:289-293,20158)ボシュロム・ジャパン,「ボシュロムバイオトゥルーRワンデー」を新発売<http://www.bausch.co.jp/ja-jp/our-company/newsroom/2014/jan-23-1/>(2016/05/01)*TakashiHamano,*SetsukoKotani&*IkukoTsuyuguchi〔別刷請求先〕濱野孝:〒530-0012大阪市北区芝田1-1-4阪急ターミナルビル9階ハマノ眼科表11日使い捨て多焦点ソフトコンタクトレンズの製品概要発売元シードクーパービジョン日本アルコンジョンソン・エンド・ジョンソンボシュロムレンズ名ワンデーピュアマルチステージプロクリアワンデーマルチフォーカルデイリーズアクアコンフォートプラスマルチフォーカルワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルBiotrueONEdayforPresbyopia素材(USAN)SEEDIonicBond(omafilconA)(nelfilconA)(etafilconA)(nesofilconA)厚労省によるSCL分類グループIVグループIIグループIIグループIVグループII含水率(%)5860695878酸素透過係数(Dk)*3020.5262842酸素透過率(Dk/L)**42.922.826.033.3?ベースカーブ(mm)8.88.78.78.48.6パワー(D)?10.00~+5.00(0.25D間隔)?10.00~?6.50(0.50D間隔)?6.00~+5.00(0.25D間隔)?10.00~+5.00(0.25D間隔)?9.00~+5.00(0.25D間隔)?9.00~+5.00(0.25D間隔)加入度数A(+0.75D)B(+1.50D)+1.50DLO(~+1.25D)MED(+1.50~+2.00D)HI(+2.25~+2.50D)Low(+0.75~+1.25D)Mid(+1.50~+1.75D)High(+2.00~+2.50D)Low(+0.75~+1.50D)High(+1.75~+2.50D)サイズ(mm)14.214.214.014.314.2中心厚(mm)0.07(?3.00Dの場合)0.09(?3.00Dの場合)0.10(?3.00Dの場合)0.084(?3.00Dの場合)0.05~0.75(パワーにより異なる)光学部デザイン中心遠用/周辺近用,二重焦点レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ中心近用/周辺遠用,累進屈折力レンズ紫外線保護機能ありなしなしありありレンズカラーブルーアクアブルーライトブルーブルーライトブルーUSAN:UnitedStatesAdoptedNames(米国一般名)*×10?11(cm2/sec)・(mlO2/ml・mmHg)測定条件35℃**×10?9(cm/sec)・(mlO2/ml・mmHg)測定条件35℃(?3.00Dの場合)表2厚生労働省によるソフトコンタクトレンズ分類分類名イオン性モノマー配合比*含水率**グループI非イオン性低含水グループII非イオン性高含水グループIIIイオン性低含水グループIVイオン性高含水*イオン性モノマー配合比は正常涙液のpHを考慮したpH7.2において測定される.非イオン性:1モル%未満,イオン性:1モル%以上**低含水:50%未満,高含水:50%以上シリコーンハイドロゲルレンズは厚生労働省の分類ではグループI~IVに振り分けられるが,ISO規格に準拠するFDA分類ではグループVである.二重焦点レンズ(中心遠用/移行部/周辺近用)累進屈折力レンズ(中心近用/周辺遠用)ワンデーピュアマルチステージプロクリアワンデーマルチフォーカルデイリーズアクアコンフォートプラスマルチフォーカルワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルBiotrueONEdayforPresbyopia図1多焦点SCLの光学デザイン図2従来のイオン性レンズと両性イオン性レンズの表面電荷従来のイオン性レンズの表面はマイナスに帯電しているので,涙液中のリゾチウムのようにプラスに帯電している物質を引き寄せ,汚れやすい.SEEDIonicBond(SIB)は見かけ上電気的な偏りはないので汚れにくい.これを両性イオン素材と称している.(シードより提供)図3両性イオン性レンズであるワンデーピュアCLと涙液層素材の中のプラスイオンとマイナスイオンがイオン結合をして構造が安定しているので,水分保持がよい.さらにレンズ表面の水分を保持するために,出荷保存液に非イオン界面活性剤とアルギン酸の2種類の保湿成分を配合している.(シードより提供,2)より転載)図4CL装用時の涙液層の比較Phosphorylcholine(PC)ハイドロゲル素材のCLは,通常のCLと比べると涙液層を乱しにくい.(クーパービジョンより提供,3)より転載)図5デイリーズアクアコンフォートプラスの特徴左のEnhancedBlink-ActivatedMoistureTechnologyとは,SCLに取り込まれた保湿成分を瞬目により涙液中に徐放させて,涙液の安定性を図るという技術.右は光学デザインで,中心近用ゾーン/度数移行部である広い中間ゾーン/周辺遠用ゾーンの3つの異なる度数をブレンドしているプレシジョンプロファイルデザインを採用している.(日本アルコンより提供)図6瞳孔径と光学部径との関係瞳孔径は年齢が高いほど小さくなり,近視眼よりも遠視眼のほうがより小さい.a:pupiloptimizeddesignsのワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルは加入度数と遠用度数の組み合わせごとに異なった光学部径を用意することで,変化する瞳孔径に適合させている.b:fixedopticaldesignsのように光学部径が1種類の場合には,瞳孔径との間にずれが生じやすく,このことは像のぼやけの原因となる.(ACUVUEホームページより転載6))図7CL表面にバリア層を形成するバイオトゥルーワンデーのサーフェスアクティブマクロマー(SAM)のイメージレンズ表層に高濃度でポリマー化した親水性のSAMが,レンズ内部の水分の蒸発を抑制するバリア機能を果たし,レンズ表面に良好な水濡れ性をもたらす.(ボシュロムホームページより転載8))0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(11)10931094あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(12)(13)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610951096あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610971098あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(16)(17)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161099

遠近両用ハードコンタクトレンズの変遷と処方

2016年8月31日 水曜日

特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1085?1091,2016遠近両用ハードコンタクトレンズの変遷と処方ChangeandPrescriptionofBifocalRigidContactLenses佐野研二*藤田博紀**はじめに調節能力が落ち,しかも長年のコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者ともなると,遠近両用CLに対する期待は,否応なしに高まるものである.そのうえ,職業が眼科医で,さまざまな遠近両用CLを試すことができる立場であれば,そのレンズが水晶体の硬化を補い得るものではないことも,体験と理論の両方から知らされることとなる.いずれ調節能力をもったCLや眼内レンズが実用化するに違いないという夢物語を語る前に,現在存在する遠近両用CLに少しでも可能性を見い出せるなら,これを駆使して患者に現在における最上のビジョンを提供することがCLスペシャリストとしての使命である.ここではとくに遠近両用ハードCL(hardcontactlens:HCL)の理論の変遷と,処方テクニックについて解説する.Iこれまでに考案された遠近両用HCL1.ピンホール型遠近両用HCL最近,「アキュフォーカスリング」(図1)なるピンホールをもった直径3.8mmのCL状のリングを角膜実質内に埋め込む手術が話題になったことをご存知だと思う.フッ化ポリビニリデン製で角膜内の老廃物や栄養の輸送を妨げないように,リング内にはたくさんの空隙が確保されているという.ピンホールの大きさは1.6mmでビジョンが暗くならないように手術は片眼だけに行うようで,一定の満足度は得られているそうである.元々の屈折異常はエキシマレーザーで矯正して,実質内にピンホール効果を狙ったリングを挿入固定するわけであるが,残存調節力だとか,後々の白内障のことを考えると,少々頭が痛くなる.こうした焦点深度を深くするピンホール効果を狙ったHCLは1950年代にはすでに登場していたが(図2),暗く視野が狭くなるという理由から一般化することはなかった1,2).しかし,アキュフォーカスリングにおける1.6mmのピンホールや片眼だけに手術を施行するなどというアイディアを取り入れて,CLのフィールドでも復活すべき理論であると思う.CLであれば,装用させた視覚の状態からピンホールの大きさを調整することも簡単であるし,加入度数も簡単に変えられる.ピンホール内に異なる屈折度数分布を作ることもむずかしくはないだろう.何より手術するよりは気が楽である.こうした焦点深度を深くするというアイディアはいくつか報告されている1,2).装用時の暗さを軽減させるために,ピンホールの周りにさらに小さなホールやスリットをデザインするなどのアイデアを取り入れることもよいだろう(図3~6).HCLであれば,レンズ径を大きくして動きを少なくすることが可能であるし,それに耐えられるだけの高酸素透過性材料を今のわれわれは用意できる.ピンホールCLへの評価は,今後,見直すべきところがあると思う.2.回折型遠近両用HCL筆者が研修医であった頃である.DiffraxRという遠近両用HCL(図7)が登場し,所敬教授の指示でこの回折型遠近両用HCLの臨床試験を行った経験がある3).回折とは,光線が図8のような格子を通過するときに,進行方向ばかりでなく,一部は方向を変える現象である.この試験を始める前に,仲間たちと論争になった.レンズの光学面に回折格子を同心円状に切ってあるのだから,コンタクトレンズのもつ最終的屈折度数は,レンズのもつ光学的屈折度数に,回折によって得られる度数を加えたものになるのではないかというディスカッションであった.だが,初々しい未熟なディスカッションだったと片づけられるシンプルな話か否かは今でもわからない.発案者の理論は,レンズの光学面で屈折した光と,この屈折に加えて,さらにレンズに切り込まれた同心円型の回折格子で回折された光が分かれ,前者を用いて遠方を,後者の1次回折像を使って近方を見るというアイデアである.図9は筆者が測定したDiffraxRのコントラスト感度である.高周波領域でのコントラスト感度,これは,ほとんど視力と同義になると思うのだが,意外にも通常の単焦点レンズとあまり変わらなかった.実際装用してみると遠方も近方も一応見えるが,ゴースト像も同時に見える.慣れれば問題のない程度である.この回折型のレンズも眼内レンズに使われて久しい.CLのフィールドでは人気が出なかったが,ユニークなアイデアであるし,再評価に値するレンズシステムではある.3.交代視型遠近両用HCL初期のころの交代視型遠近両用HCLは,レンズの上下を遠用と近用のセグメントに分け,HCL特有の角膜上の動きを利用し,下方視のときに下眼瞼によってレンズが突き上げられ,視軸が近用部分に移動するという完全な二焦点レンズであった(図10).レンズの回転を抑えるためにはプリズムバラストを付けたり,レンズ下方を切ったトランケーションシステムを用いた.図11は,遠方に視力補正したソフトCL(softcontactlens:SCL)の上に,近方視のためにプラス度数のHCLを載せたピギーバック型のレンズである.その後,同心円型で中央部が遠用,周辺部を近用にしたレンズに変化し,現在提供されている遠近両用HCLデザインはすべてこのグループに入る.レンズの回転を考えなくてよいメリットがあり,遠用と近用部分の移行部が累進多焦点型になっているものは同時視型の要素ももつという不思議な説明をメーカーからされることがあるが,実際に装用してみれば,「そういうこともあるのかな」という印象である.もちろん,装用者の残存調節力や瞳孔径,角膜径とレンズ径などに影響を受けることは間違いない.長い間のトライアンドエラー,パイロットスタディと市場の競争を経て,現在手に入る遠近両用HCLが同心円型交代視型のデザインのものだけであるというのは,注目すべき点でもある.4.人工的近視性単乱視を利用した両眼視融像型多焦点レンズシステム筆者らが発案した多焦点レンズシステムを,ここで紹介するのも少々おこがましいが,トーリックHCLを利用して,左右眼それぞれに90°異なる近視性単乱視を人工的に作製し,両眼で遠方像と近方像を融像して把握しようとする試み4)がある(図12).眼科医であれば,「私は乱視があるから,遠くも近くも見えるのだ」といったコメントを聞いたことがあるだろう.もともと乱視を矯正していなかった症例にはかなり有効である.図13のように乱視眼に平行光線が入射すると,前焦線から後焦線に分散して結像する.すなわち,近視性単乱視眼において,遠方視における後焦線に平行な線および,近方視において調節時で網膜上に前焦線が位置したときの前焦線と平行な線はボケることはない.眼前40cmで近方視しようとするならば,理論的には2.5(D)から残像調節力(D)を引いた近視性単乱視を作ってあげればよいわけである.このシステムは,SCLでも可能であるが,より光学性の高いHCLを用いたほうが高い成功率が得られる.発想当時は楕円形状の乱視用HCLを用いていたが,現在試そうと思っている先生方にはバックトーリックでレンズ回転を抑えるニチコンEX-UVトーリックを利用してみるとよい.乱視もある種の多焦点光学系であるという概念は残すべきだと思う.モノビジョン(図14)や同心円タイプ同時視型CLで中央近用型と中央遠用型のものを左右眼に入れたモディファイドモノビジョンも,広義の両眼視融像型多焦点レンズシステムに入ると思う.両眼を使って成り立つ多焦点レンズシステムも今後さまざまなアイデアが出てくるのではないかと思う.II同心円型遠近両用HCLの処方現在,わが国で手に入る遠近両用HCLが,すべて同心円型デザインで中央遠用,周辺近用のレンズであるので,ここでは,このタイプのレンズの処方テクニックについて述べることにする.1.妥協することの大切さを説くCL装用を止めたくない患者のその訳は,強度の屈折異常で眼鏡をかけたくないという見た目上の理由からだけではない.眼鏡がくもったり,スポーツや仕事におけるボディコンタクトによって外れたり,その歪曲収差に不快を感じたりとさまざまな理由もあるかと思う.たとえば,海外旅行に行って,空港で短時間のうちにボーディングパスを見ながらゲートを探さなければならないときなど,若いときのように眼鏡の掛け外しなしに情報をキャッチできたら,どんなに素晴らしいだろうか.大げさかもしれないが,遠方と近方の情報を一瞬で把握できることは,ときに命を救う場面もあると思う.人は誰でも老いる.過度の期待をもつ患者には,若い頃の状態には戻れないけれども,遠近両用CLなどのツールを利用して,ある程度まで不自由さの解消はできることを説明し,これに順応していくことを説く.2.光学部分を動かして見えるところを探す遠近両用HCLのうち,同心円型の屈折度数配分で,中央が遠方型のもののメカニズムとしては,遠近同時視型5)と前述した視軸移動型の両方を有していると考えられ,遠近両用SCLに比べると,その理屈はやや曖昧なものである.HCLに慣れている者であれば,瞬きするたびに角膜上をレンズが動き,レンズの位置によって多少見え方が変わることを経験したことがあると思う.また,同時視型の遠近両用SCLであっても,レンズは多少動くので,瞬きをしながら,レンズ光学部分の見えるところを知らない間に探しているものであるが,遠近両用HCLでは,この作業がもっと顕著に行われる.基本的に周辺部が近用に設定されているので,近方視では視線をやや落としてレンズをせり上がらせるように指導するとよい.3.フィッティング方法視軸を移動させてレンズ光学領域の遠用部分と近用部分を使い分けるわけであるから,HCLのフィッティングの原則は,遠方視においてレンズが中央部に,近方視においては,下方視によってレンズが下眼瞼によって持ち上げられ,周辺部の近用部分に視軸が来る状態にフィットさせることである.レンズを装用者の意志によって動かすわけであるから,固着させないことが当然ながら大事である.ベースカーブにフォーカスを当てれば,スティープ過ぎれば動きが悪くなるし,フラット過ぎれば,レンズが強角膜移行部にかかり固着してしまう.下方視したときにうまくレンズがせり上がるためには,気持ちフラット気味にするか,べベルのリフトを確保してあげるとよいが,これに個々のレンズを動かすスキルや,角膜形状,眼瞼圧や眼圧も含めた角膜の剛性などのファクターが絡むので,トライアンドエラーするしかない.動きが大きすぎるときにはレンズ径を大きくするのがよい6).同心円型遠近両用HCLのなかでも,移行部が累進屈折力をもつものがほとんどであるが,強いて分類するとなると,二焦点型はメニコンとサンコンタクトレンズ,累進型はニチコン,シード,レインボー,TORAYのレンズがある.累進型のレンズのほうが一般に同時視型の要素をより強く併せもつといわれている.とくに瞳孔径が大きい患者には,そういうファジーな見え方もありうるのだろう.4.CL上からかける眼鏡の準備遠近両用CLは,あくまでも妥協の上に成り立つ視力補正法であり,眼鏡を使わず,必要最低限の遠近の情報を得るための手段である.映画や舞台を観るとき,夜間の運転,読書のときなど,よりはっきりとしたビジョンが欲しいときには,CLの上から,さらに眼鏡による視力補正を行うとよいと思う.遠近両用HCL装用時に自覚的屈折検査で度数決定するのがよい.おわりに遠近両用HCLはSCLのそれに比べても「自分で見えるところを探す」という行為が要求されるレンズである.こういう話を聞くと処方が面倒くさいと思う読者も多いのではないかと危惧するが,もともとわれわれが日常生活で必要なビジョンを獲得するときには,絶え間なく眼球を動かし,角膜上の涙液層を瞬きでコントロールして「見えるところを探している」はずである.人間は環境に順応するものである.案ずるより産むがやすし.HCLに抵抗のない患者には,過度の期待をさせず,失われた視機能を補完する手段だと励ましながら一度試してみるべきツールである.文献1)佐野研二:多焦点コンタクトレンズ.日コレ誌39:22-28,19972)藤田博紀,佐野研二:遠近両用ソフトコンタクトレンズの進化.あたらしい眼科30:1357-1362,20133)所敬:回折二焦点コンタクトレンズ.日コレ誌35:8-11,19934)佐野研二,藤田博紀,北澤世志博ほか:人工的近視性単乱視を利用した両眼視融像型多焦点レンズシステム.日コレ誌43:53-56,20015)藤田博紀,佐野研二,北澤世志博ほか:多重同心円型バイフォーカルコンタクトレンズの有用性.あたらしい眼科17:273-277,20006)梶田雅義:遠近両用ハードコンタクトレンズの処方.あたらしい眼科30:1351-1356,2013*KenjiSano:あすみが丘佐野眼科**HirokiFujita:藤田眼科〔別刷請求先〕佐野研二:〒267-0066千葉市緑区あすみが丘1-1-8あすみが丘佐野眼科図1アキュフォーカスリング直径1.6mmのピンホールをもった直径3.8mmのCL状のリングを角膜実質内に埋め込む手術が話題になった.フッ化ポリビニリデン製で角膜内の老廃物や栄養の輸送を妨げないように,リング内にはたくさんの空隙が確保されているという.ビジョンが暗くならないように手術は片眼だけに行う.一定の満足度は得られているそうである.図2ピンホールHCL焦点深度を深くするピンホール効果を狙ったHCLは1950年代にはすでに登場していたが,暗く視野が狭くなるという理由から一般化することはなかった.図3中央ピンホール+周辺ピンホール中央ピンホールだけでは暗いので,周辺部にもピンホールを開けている.図4中央ピンホール+周辺スリット図3の周辺ピンホールの代わりにスリットを施したもの.図5中央ピンホール+同心円状リング細隙ピンホール効果に加え,回折効果も期待できるかもしれない.図6レンズ中央部を黒塗りにした強角膜レンズ(参考)元々は角膜中央部の混濁症例における光の散乱を抑える目的で筆者らが試作したものである.視軸をブロックしているにもかかわらず,散瞳時など瞳孔径が十分であれば視力が補正できる.瞳孔周辺部とレンズの黒塗り部分との隙間から光が入る.どこに焦点があってるのかはっきりしない不思議な見え方で,焦点深度は深そうである.球面収差はどうなっているのであろうか.図7回折型遠近両用HCL(DiffraxR)1987年,回折現象を利用した遠近両用HCLが登場した.レンズの光学面に回折格子を同心円状に切ってある.図8回折現象回折とは,光線が図のような格子を通過するときに,進行方向ばかりでなく,一部は方向を変える現象である.回折現象では,方向を変える角度の少ないほうから,一次回折像,二次回折像と多数の像を作る.図9DiffraxRのコントラスト感度回折型遠近両用HCLのDiffraxRと単焦点HCL(PolyconR)のコントラスト感度.高周波領域でのコントラスト感度は,意外にも通常の単焦点レンズとあまり変わらなかった.実際装用してみると遠方も近方も一応見える.図10セグメント型交代視型遠近両用HCLレンズの上下を遠用と近用のセグメントに分け,下方視のときに下眼瞼によってレンズが突き上げられ,視軸が近用部分に移動するという完全な二焦点レンズ.レンズの回転を抑えるために,レンズ下方を切ったトランケーションシステムを用いている.図11ピギーバック型遠近両用HCL遠用に視力補正したSCLの上に近方視のためにプラス度数のHCLを載せたピギーバック型のアイディアである.脱落を防げるだけの表面張力が確保されるかどうかが課題であろう.HCLが上下に動くレールのようなものは作れないのだろうか.左眼縦線が明瞭である右眼横線が明瞭である図12両眼視融像型多焦点レンズシステムトーリックHCLを利用して,左右眼それぞれに90°異なる近視性単乱視を人工的に作製し,両眼で遠方像と近方像を融像して把握しようとする試みである.近方は前焦線で,遠方は後焦線を用い,両眼で融像して見る.図13近視性単乱視における結像の様子乱視眼に平行光線が入射すると,前焦線から後焦線に分散して結像する.すなわち,近視性単乱視眼において,遠方視における後焦線に平行な線および近方視において調節時で網膜上に前焦線が位置したときの前焦線と平行な線はボケることはない.眼前40cmで近方視しようとするならば,理論的には2.5(D)から残像調節力(D)を引いた近視性単乱視を作ってあげればよい.図14モノビジョンモノビジョンとは片眼を近方に合わせて視力補正を行う手法.同心円タイプ同時視型CLにおいて,中央近用型と中央遠用型のものを左右眼に入れたモディファイドモノビジョンも,広義の両眼視融像型多焦点レンズシステムに入ると思う.両眼を使うことによって成り立つ多焦点レンズシステムも,今後さまざまなアイディアが出てくるのではないか.0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)10851086あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(4)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610871088あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201610891090あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(8)(9)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161091

序説:完全攻略・多焦点コンタクトレンズ

2016年8月31日 水曜日

●序説あたらしい眼科33(8):1083?1084,2016完全攻略・多焦点コンタクトレンズAllYouNeedtoKnowaboutMultifocalContactLenses小玉裕司*コンタクトレンズ(CL)は1950年代後半にポリメチルメタクリレート(PMMA)素材のハードコンタクトレンズ(HCL),1970年代前半にヒドロキシエチルメタクリレート素材のソフトコンタクトレンズ(SCL)が市販されるようになり,現在ではオケイジョナルユーザーも含めると2千万人以上のCLユーザーがいるとされている.CLユーザーの低年齢化も進んでおり,中学生では当然のように使用しており,小学生でも高学年になると装用を希望する児童が次第に増えてきている.一方,CLユーザーの高年齢化も進んでおり,調節力減退による老視への対策が切実な問題となっている.多焦点CLの歴史は古く,HCLではセグメントタイプ,SCLでは回折を利用したタイプが市販されていた時代もあるが,その処方はむずかしく,また,あまり満足のいく結果は得られなかった.1990年代初頭から広義の使い捨てSCLが市販されるようになり,多焦点CLも使い捨てSCLが市販されるようになったが,その処方成功率はよくみても50?60%にとどまっていた.このことがわが国における多焦点CLの普及を妨げている原因の一つだと考えられる.欧米ではSCL装用者の20%以上が多焦点SCLを使用しているのに対して,わが国では4%くらいにしか達していない.かつて多焦点CLの処方に苦しみ,苦い経験をした眼科医は,現在でもなかなかその処方に積極的にはなれず,多焦点CLにトライして断念したCLユーザーも,その再使用には踏み切れないという現状がある.また,多焦点CLそのものの存在を知らないCLユーザーも意外と多いことも普及を妨げている一因と推察する.近年,各社が競って多焦点CLを開発している.多焦点HCLは基本的に同心円タイプで交替視型であるが,その性能はきわめて高くなってきており,老視が出現してきたHCLユーザーの90%以上が単焦点HCLから多焦点HCLへスムーズに移行できている.多焦点SCLも同心円タイプではあるが,その機能は同時視型で,中心部が遠方視のものと近方視のものとに大別される.使用形態はワンデータイプ,2週間頻回交換タイプ,従来タイプなどに,また,素材は従来タイプの含水性SCLと新しい素材のシリコーンハイドロゲルSCLとまちまちであり,レンズによる矯正機能もそれぞれに個性がある.なかには光学部中心を鼻側に偏位させたレンズや,年齢や屈折度数による瞳孔径の変化を光学径に反映させたレンズもあり,どのレンズを選択してよいのか迷う眼科医は多いのではなかろうか.しかし,この種類の豊富さこそが,レンズ選択の幅を広げ,老視に悩む中?高年齢のSCLユーザーへの快適な社会生活の提供を可能にしているのである.当院における最近の多焦点SCLの成功率は90%以上と,かなりよくなってきている.ただ,同時視型であるため,見たい情報を脳で選択する必要があり,それに慣れるまでの時間に個人差があり,慣れるまでは遠近感が減少すること,暗く感じること,足下が浮いて感じることなどの可能性をあらかじめ知らせておくことが成功のコツの一つである.また,多焦点SCLに過大な期待を寄せている人がいるので,若い頃の見え方ではなく,あくまで生活に不自由を感じない程度の見え方しか提供できないことを伝えておくことも大切である.多焦点SCLは老視への対策に使用するだけではなく,パソコンなど近見作業に従事している人の眼精疲労の治療としても優れた効果を発揮するし,単焦点の眼内レンズを挿入している白内障術後の患者さんに遠近両用の視力を提供できるという点も付け加えておきたい.本号の特集では「完全攻略・多焦点コンタクトレンズ」と題して,多焦点CLの処方に造詣の深い先生方に多焦点CLの種類,デザイン,特徴,処方法などについて詳細に解説していただいた.この特集が明日からの日常診療に少しでもお役に立てば幸いである.*YujiKodama:小玉眼科医院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(2)

急性リンパ性白血病寛解期に両眼に相次いで発症した浸潤性視神経症の1例

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1073〜1077,2016©急性リンパ性白血病寛解期に両眼に相次いで発症した浸潤性視神経症の1例仲嶺盛*1,2早坂香恵*1澤口昭一*2*1那覇市立病院眼科*2琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座ACaseofSuccessivelyInvolvedInfiltrativeOpticNeuropathyinCompleteRemissionStageofAcuteLymphoblasticLeukemiaSakariNakamine1,2),KaeHayasaka1)andShoichiSawaguchi2)1)DepartmentofOphthalmology,NahaCityHospital,2)DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicine症例は30歳,女性.急性リンパ性白血病の寛解期に軽度の右眼痛,頭痛を訴え眼科を受診した.右眼に軽度の乳頭浮腫と網膜血管の拡張,蛇行を認めた.経過中,右眼に急激な視力低下を訴え,再受診した.右眼の浸潤性視神経症が疑われ,放射線治療を行ったが失明に至った.右眼失明し放射線治療終了後の20日目に同様に左眼痛と頭痛・吐き気を訴え受診した.左眼にも同様に軽度の乳頭浮腫と網膜静脈の蛇行が出現した.浸潤性視神経症と診断し,早急に放射線治療(+髄腔内化学療法)を行い視機能を温存できた.Wereportacaseofa30-year-oldfemalewithbilateralinfiltrativeopticneuropathyduringcompleteremissionofacutelymphoblasticleukemia(ALL).Firstcomplainingofrightocularpainandheadache,shewasreferredtoanophthalmologist,showingmilddiscedemawithdilatedandtortuousretinalvesselsinherrighteye.Duringthefollowup,shecomplainedofsuddenvisuallossinherrighteye,stronglysuggestingALL-relatedinfiltrativeopticneuropathy.Radiationtherapywasthenapplied,butvisuallosscontinued.At20daysaftercompletionofradiationtherapy,sheagaincomplainedofleftocularpain,headacheandnausea.InfiltrativeopticneuropathyassociatedwithALLwasdiagnosed.Earlyradiationtherapywasappliedtogetherwithintra-thecalanticancerchemotherapy,andvisualfunctionwassustainedthereafter.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1073〜1077,2016〕Keywords:急性リンパ性白血病,両眼性浸潤性視神経症,放射線治療,寛解期.acutelymphoblasticleukemia,bilateralinfiltrativeopticneuropathy,radiationtherapy,incompleteremissionstage.はじめに急性リンパ性白血病(acutelymphoblasticleukemia:ALL)の予後はその治療法の進歩により近年著しく改善した.一方で,生存期間の延長とともに白血病細胞の中枢神経への浸潤による再発は増加傾向にある.わが国においても中枢神経,とくに視神経にALLによる白血病細胞が浸潤する報告例が増加している1〜5).さらに急性骨髄性白血病,悪性リンパ腫の視神経浸潤の報告も増加している.その理由として,視神経は血液・脳(眼)関門内の組織であり,またその解剖学的特徴から抗癌剤全身投与の効果が及びにくいことがあげられている1,6).今回,筆者らは短期間に両眼に相ついで発症したALLによる浸潤性視神経症(infiltrativeopticneuropathy:If-ON)を経験し,早期発見および放射線治療を含めた早期治療の重要性を再確認した.これまでのIf-ONの報告と比較し,放射線治療を中心とした治療内容,治療までの期間とその予後を中心に検討し報告する.I症例患者は30歳,女性.既往症にALLがあり,以前に右眼黄斑部の出血を認めており,視力不良があった.ALLは全身化学療法により寛解していた.平成27年7月24日の定期受診時に軽度の右眼痛と頭痛を訴え,眼底には右網膜血管の軽度の拡張・蛇行,乳頭浮腫を認めた(図1).視力は右眼0.04(0.3×sph−6.0D(cyl−1.0DAx180°),左眼0.04(1.2×sph−5.0D(cyl−1.0DAx180°)であった.内科主治医からは,ALLは寛解期とのことであり,経過観察となった.8月3日起床時,右眼光覚を消失し再受診した.視力は右眼光覚なし,左眼矯正1.5であった.右眼眼底には高度の乳頭浮腫,網膜静脈の拡張・蛇行と火炎状網膜出血を認め,蛍光眼底検査では右眼網膜動・静脈はほぼ閉塞していた(図2).左眼眼底に異常は認めなかった.眼窩MRI造影検査(8月5日)では右眼視神経が眼窩内で著しく腫大し,視神経周囲に高信号を認めた(図3).末梢血を含めた検査データに異常はなく,ALLは血液学的寛解の状態であった.骨髄検査(8月18日)ではALL再発徴候はなかった.ALLの既往,眼科所見,MRI所見からIf-ONとそれに伴う網膜中心動・静脈閉塞症が強く疑われた.8月7日から2.0Gy×15回の右眼視神経照射を開始した.右眼痛,頭痛は放射線治療開始後消失したが,右眼視力は光覚なしであった.退院後20日目(9月24日)に左眼痛,頭痛・吐き気を主訴に再度受診した.眼底検査では左眼視神経乳頭に軽度の浮腫と網膜静脈の蛇行が観察された(図4).蛍光眼底検査は正常であった.造影MRI検査では右眼と同様に左眼視神経の腫大,視神経周囲の高信号を認めた(図5).髄液検査(9月25日)で白血病細胞が確認され,ALLの再発・再燃,左眼If-ONと診断された.9月25日より左眼視神経に2.0Gy×15回の放射線治療と26日より抗癌剤の髄腔内投与を開始した.放射線治療と抗癌剤髄注によって症状の消失,乳頭浮腫の改善と,左眼矯正視力1.2を維持している.II考按血液学的に寛解期のALL症例にIf-ONを両眼に相ついで発症した1例を経験した.If-ONは眼科的には視神経症,視神経乳頭炎様の所見を呈し,眼窩造影MRI検査が有用である.その臨床所見は症例ごとに多様であり,その診断に苦慮することも多く,治療開始の時期も症例ごとにさまざまである.多くの症例では視力低下を主訴に受診するが,本症例の右眼はもともと視力が不良のため患者の視力に関する訴えはなく,また内科的に寛解期にあったため診断に手間取った.CTあるいは造影CTだけでも進行例は十分診断可能であるとの報告もあり1,7),既往歴を考慮し,乳頭浮腫が確認された時点で早急にCTを含めた画像検査を行う必要がある.表1,2にわが国におけるIf-ONの報告をまとめ,この15症例27眼についてその臨床経過,治療までの期間,活動内容について検討した.まず,臨床所見として乳頭浮腫を24眼に認めた.また,眼底出血,網膜血管蛇行は19眼に,網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocculusion:CRAO)は2眼にそれぞれ認めた.今回の筆者らの症例を含め,眼底検査では軽度の乳頭浮腫,網膜血管の拡張・蛇行を見逃さないことが重要である.また,血液学的寛解期における発症は11眼であり,そのうち9眼では髄液検査で異常を認めなかった.本症例は血液学的寛解期に発症し,また左眼発症の際に髄液で白血病細胞を認めた.髄液検査陽性は確定診断に至るが,寛解期では多くの症例で陰性であることを理解する必要がある.眼窩CTやMRIで異常所見を認めた症例は25眼で,画像検査は診断のうえできわめて重要である.造影MRIは診断のうえで重要で,その所見として視神経腫脹や視神経周囲の増強効果を認め,また視神経周囲の白血病細胞の浸潤部位はMRI・shortT1inversionrecovery(STIR)像でリング状に白く描出される8).If-ONの治療としては,放射線治療と抗癌剤の髄腔内投与の併用が効果的である5,8,9).視神経は放射線感受性が低く,白血病細胞は放射線感受性が高いため発症早期からの放射線照射が推奨される1,4,5,10).一方,全身化学療法は抗癌剤が血液-脳関門を通過しにくいため効果が期待できず1,5),また髄腔内化学療法も単独ではその効果は期待できない4,5).表2に示すように,わが国ではほとんどの症例で放射線治療が行われている.ステロイドパルス治療は2例で行われているが,これは当初(特発性)視神経炎として診断・加療されていたが,その後の全身検査で胃癌からの転移であることが明らかとなった症例である.図6は治療前後のlogarithmofminimalangleofresolution(logMAR)視力変化である.放射線無治療群(▲・■)は放射線治療群(●)に比べ視力不良となる傾向がみられる.図7に放射線治療の開始時期をIf-ON発症から10日未満(●),10日〜1カ月(■),1カ月以上(▲)で記した.発症後1カ月以上経過してから放射線治療を開始した群(▲)では明らかに視力は不良であり,とくに2例はCRAOを発症した.視力低下を自覚した時点から放射線治療開始までの期間が,If-ONの視力予後を決定する重要な因子である1).今回の文献的検討からは発症後,可能な限り早期に,遅くとも1カ月以内に放射線治療を開始することが重要であり,その点からも早期発見・早期診断は重要である.白血病細胞によるIf-ONは血液学的寛解期においても発症することに十分留意し,わずかな患者の訴えや軽度の眼底所見の変化を見逃さず,疑わしいようであればMRIやCT検査による視神経の評価や髄液検査などを早期に行い診断・治療につなげる必要がある.文献1)中尾佳男,中林正雄,多田玲:放射線治療が奏効した浸潤性視神経症.臨眼33:853-858,19772)山崎有香里,山田晴彦,寺井実知子ほか:予防的な全脳脊髄放射線照射が無効で,再発時に浸潤性視神経症をみた急性リンパ性白血病の1例.眼紀54:60-64,20033)平野佳男,滝昌弘,高木規夫:白血病により視神経乳頭浮腫をきたした2例.臨眼57:691-695,20034)駒井潔,宮崎茂雄,青山さつきほか:放射線治療が有効であった白血病性視神経症の1剖検例.眼紀44:926-931,19935)NikaidoH,MishimaH,OnoHetal:Luekemicinvolvementoftheopticnerve.AmJOphthalmol105:294-298,19886)脇本直樹,吉田昌功,中村幸嗣ほか:視神経浸潤をきたし,放射線照射が奏効した急性骨髄性白血病の1例.臨放40:613-616,19957)松村明,木村章:乳頭浮腫を初発徴候とした浸潤性視神経症の2例.眼臨89:670-673,19958)徳丸阿耶,大内敏宏:Meningiealenhancement─最近の知見─.画像診断13:740-750,19939)MurrayKH,PaolinoF,GoldmanJMetal:Ocularinvolvementinleukemia.Reportofthreecases.Lancet16:829-831,197710)RosenthalAR:Ocularmanifestationofleukemia,Areview.Ophthalmology90:899-905,1983図1眼底写真(平成27年7月24日)定期検査の際の右眼底所見.軽度の乳頭浮腫と網膜静脈の軽度の怒張と蛇行が観察される.図2眼底写真(平成27年8月3日)右眼視力低下時の右眼底所見.乳頭浮腫,火炎状出血,高度の網膜静脈の怒帳と蛇行を認める.蛍光眼底検査(下)では後期相においても動脈・静脈造影は陰性であった.図3眼窩造影MRI(平成27年8月5日)右視神経に著しい腫脹を認め,脂肪抑制T1強調画像で右視神経周囲に造影効果を認める.図4眼底写真(平成27年9月24日)左眼に軽度の乳頭浮腫と軽度の網膜静脈の蛇行が観察される.蛍光眼底造影検査では異常なかった.図5眼窩造影MRI(平成27年9月24日)両側視神経の著しい腫脹を認め,脂肪抑制T1強調画像で両側視神経周囲に強い造影効果を認める.表1浸潤性視神経の過去の報告(15症例27眼)年齢性別病名罹患眼右左症例治療前治療後治療前治療後51M膠芽細胞腫両0.6SI+1.50.01平成3年石黒ら18MAML両1.5Sl−1.21.2平成7年松村ら57M悪性リンパ腫両0.011.50.011.5平成7年松村ら62FAPL両Sl+1.2mm1.2平成7年玉田ら42MAML両0.0110.1Sl−平成8年西勝ら60M悪性リンパ腫右Sl+11.21.2平成9年田中ら70M悪性リンパ腫右0.080.10.30.3平成10年飯野ら58M胃癌両0.9Sl+mmSl+平成10年辻ら62FAML両0.11.20.011.2平成11年岩崎ら14FAML両1.51.5mm0.04平成11年村田ら28FALL両11.20.150.9平成15年山崎ら44MAML両mm0.40.040.6平成15年平野ら18MALL両0.110.81.2平成16年井上ら59M胃癌両1.51.21.20.3平成20年木村ら74FAML右0.7mm0.90.9平成23年芳原ら浸潤性視神経の原疾患,治療前後の視力変化,報告年月をまとめた.表2表1の症例の治療内容(15症例27眼)放射線治療+化学療法(髄注)17(16)眼*放射線治療+骨髄移植2眼放射線治療+ステロイド3眼ステロイドパルス+化学療法1眼ステロイドパルスのみ4眼*放射線治療+化学療法(髄注)では17眼中,16眼において髄腔内投与が行われた.図6治療前後のlogMAR視力の変化放射線治療併用群(●),化学療法+ステロイド(■)とステロイドパルス(▲)の3群に分類し治療の効果を示した.放射線治療を併用しない群では視力の悪化傾向がみられる.図7放射線治療の開始時期とlogMAR視力による予後発症後10日以内,10日〜1カ月,1月以上の3群で検討した.とくに1カ月以上経過してから放射線治療を開始した群(▲)は視力がとくに不良であった.またこの中の2眼でCRAOを発症した.〔別刷請求先〕仲嶺盛:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町字上原207番地琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座Reprintrequests:SakariNakamine,DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicine,207Uehara,Nishiharacho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(147)10731074あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(148)(149)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610751076あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(150)(151)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161077

角膜内皮移植後一過性に光覚を消失した1例

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1070〜1072,2016©角膜内皮移植後一過性に光覚を消失した1例長島崇充*1湯田健太郎*1松澤亜紀子*2林孝彦*1加藤直子*3水木信久*4*1横浜南共済病院眼科*2聖マリアンナ医科大学眼科学教室*3埼玉医科大学医学部眼科学教室*4横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseExhibitingTransientLossofLightPerceptionafterCornealEndothelialTransplantationTakamitsuNagashima1),KentaroYuda1),AkikoMatsuzawa2),TakahikoHayashi1),NaokoKatou3)andNobuhisaMizuki4)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamikyousaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,StMariannaUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversityHospital,4)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversity角膜内皮移植(DSAEK)は,空気を前房内に注入し,移植片を角膜後面に接着させる術式である.今回,術直後に意図的高眼圧による網膜循環障害を生じた可能性がある1例を経験したので報告する.症例は70歳,男性.白内障と2回の硝子体手術後に右眼水疱性角膜症を発症し,DSAEKを施行した.術中に前房内に空気を注入し,意図的高眼圧を維持し終刀とした.手術2時間後の診察時,前房内の空気は40%ほどであり,眼圧は13mmHgであったが,光覚を消失していた.網膜循環障害を疑い前房穿刺,血管拡張療法を行った.現在の矯正視力は(0.4)である.DSAEKでは,移植片の接着のために意図的高眼圧を要する.しかし,これにより網膜循環障害に陥る可能性があり,術中の眼圧測定,術後診察のタイミングなどの検討が必要である.Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)isasurgicalprocedureinwhichtheimplantisadheredtothecornealposteriorsurfacebyairinjectedintotheanteriorchamber.Wereportacaseinwhichintentionalhighintraocularpressurewasthesuspectedcauseofretinalcirculationfailure.Thepatient,a70-year-oldmale,developedbullouskeratopathy.WeinjectedairintotheanteriorchamberduringDSAEK.Attwohoursaftersurgery,intraocularpressurewas13mmHg.Duringthistime,thepatienthadlostlightperception.Suspectingretinalcirculatorydisorder,weremovedtheairfromtheanteriorchamberandperformedvasodilatortherapy.Currentcorrectedvisionis(0.4).InDSAEK,deliberatehighintraocularpressureisrequiredforgraftadhesion.Thissurgicalproceduremay,however,causecirculatorydisorderoftheretinaaftersurgery.Weshallconsiderthetimetopostoperativeexamination.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1070〜1072,2016〕Keywords:角膜内皮移植,網膜循環不全.cornealendothelialtransplantation,retinalcirculatoryfailure.はじめに角膜内皮移植術は水疱性角膜症など角膜内皮機能不全による角膜混濁への治療に全世界で行われている術式である.DSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)では移植片接着のために前房内へ空気を注入するため,術後空気瞳孔ブロックに注意する必要がある.空気瞳孔ブロックによる眼圧上昇は,網膜視神経の障害から失明に至る重篤な合併症である.今回,空気瞳孔ブロックをきたすことなく網膜循環障害によるものと考えられる視力障害の1例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.既往歴:糖尿病性腎症で人工透析.心筋梗塞でステント留置.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)落下で硝子体手術後,再落下のため硝子体手術後にIOL縫着.現病歴:上記既往により2013年6月頃より右眼水疱性角膜症を認めるようになり,10月2日右眼移植片縫合を併用したDSAEKを他院にて施行された.その後,移植片機能不全となり視力低下を主訴に当院紹介となった.検査所見:・視力:右眼(0.06×sph+7.00D(cyl−8.00DAx130°),左眼(1.0×sph+1.00D(cyl−3.00DAx90°).・眼圧:右眼11mmHg,左眼8mmHg.・角膜内皮:右眼測定不能,左眼2,563cell/mm2.・角膜厚:右眼971μm,左眼531μm.・前眼部:右眼は水疱性角膜症による角膜混濁.左眼は異常なし(図1)・眼底:右眼はやや透見不良であったが,両眼とも汎網膜光凝固術後であり所見は安定していた.経過:上記にて右移植片機能不全による水疱性角膜症の診断で,2014年8月14日に全身麻酔下にてDSAEKを行った.前回の角膜創から機能不全の移植片を除去し,新しい移植片を通常の術式どおり挿入した.その後32G鋭針にて前房内を空気で全置換し移植片を接着した.術中の眼圧はトノペンXL®(米国ライカート社)で測定し35mmHgであった.15分待機し移植片の接着を確認した後,前房内の空気を一部抜去し眼圧を20mmHgに調整し手術終了とした.術後2時間の所見は,前房内空気40%,眼圧13mmHg,視力は光覚弁なしであった.空気瞳孔ブロックを疑う所見は認めず,眼底には桜実紅斑を認めなかったが,網膜循環障害による視力障害の可能性が高く緊急処置を行った.まずは前房穿刺による空気抜去を行い眼圧を下降(8mmHg)させ,血管拡張療法(ニトログリセリン0.3mg舌下投与,プロスタグランジン点滴療法)を行った.術翌日の朝には光覚を回復し視力は0.05(0.07×sph+6.50D(cyl−5.00DAx90°)であった.移植片の接着は良好であり,蛍光眼底造影検査では腕眼時間18秒と軽度遅延を認めたものの血流は再開していた.網膜電位図では右眼のa波b波は著明に低下していた.動的量的視野検査では明らかな視野障害は認めず,視神経疾患は否定的であった.その後,再度視力障害をきたすことなく経過良好につき退院となった.術3カ月後の視力は(0.4p×sph+3.00D(cyl−5.00DAx70°)であり,角膜の透明性の改善に伴い視力の改善を認めた.網膜電位図も徐々に改善が認められた(図2).II考按DSAEK術後に,空気瞳孔ブロックを生じなくても一過性眼圧上昇に伴い網膜循環障害をきたす危険性があることを学習した.網膜動脈障害は,眼圧と血圧のバランスで起こり,高眼圧・低血圧で起こりやすい1).動物実験の高眼圧モデルでは,1時間の虚血で有意な網膜障害が出現するとされている2).網膜動脈閉塞症で治療により回復できる時間帯は発症後90~100分以内とされる3).本症例は蛍光眼底検査で還流の遅延を認めており網膜循環不全の関与が大きいと考えられた.医原性網膜中心動脈閉塞症の発生機序はいまだ解明されていないが,網膜中心動脈への直接的な障害や麻酔薬による障害,麻酔薬による圧排の関与が推察されている4).また,眼球周囲への麻酔薬投与は網膜中心動脈の収縮を引き起こすという既報も認められる.網膜中心動脈閉塞症のリスクファクターとして高血圧や心疾患などの関与もあげられる.本症例は,全身既往として糖尿病性腎症・心筋梗塞によるステント留置があり血管閉塞リスクが非常に高かったと考えられる5~7).上記より角膜内皮移植(DSAEK/DMEK)では個々の症例ごとに前房内空気量や眼圧の管理を行うべきであり,全身の循環不全にも考慮し,手術や術後管理を行う必要性があると考えられた.本症例経験後,当院では空気注入後1時間後に診察を行うようにしている.文献1)PolkJD,RugaberC,KohnGetal:Centralretinalarteryocclusionbyproxy:acauseforsuddenblindnessinanairlinepassenger.AviatSpaceEnvironMed73:385-387,20022)RosenbaumDM,RosenbaumPS,SinghMetal:Functionalandmorphologiccomparisonoftwomethodstoproducetransientretinalischemiaintherat.JNeuroophthalmol21:62-68,20013)McDonaldHR,EliottD,FullerDGetal:Complicationsofgeneralanesthesiausingnitrousoxideineyeswithpreexistinggasbubbles.Retina22:569-574,20024)KleinML,JampolLM,CondonPIetal:Centralretinalarteryocclusionwithoutretrobulbarhemorrhageafterretrobulbaranesthesia.AmJOphthalmol93:573-577,19825)HørvenI:Ophthalmicarterypressureduringretrobulbaranaesthesia.ActaOphthalmol(Copenh)56:574-586,19786)Vinerovsky,RathEZ,RehanyUetal:Centralretinalarteryocclusionafterperibulbaranesthesia.JCataractRefractSurg30:913-915,20047)HazinR,DixonJA,BhattiMT:Thrombolytictherapyincentralretinalarteryocclusion:cuttingedgetherapy,standardofcaretherapy,orimpracticaltherapy?CurrOpinOphthalmol20:210-218,2009図1術前所見右眼の水疱性角膜症を認める.図2術翌日の所見a,b:前眼部所見.角膜の透明性の改善と移植片の接着良好を認める.c:動的量的視野検査.視神経疾患を疑う傍中心暗点は認めない.d:網膜電位図.右眼のa波・b波の低下を認める.〔別刷請求先〕長島崇充:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:TakamitsuNagashima,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN1070(144)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(145)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610711072あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(146)

眼窩脂肪容積の増大と続発緑内障をきたした再発性多発性軟骨炎の1例

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1066〜1069,2016©眼窩脂肪容積の増大と続発緑内障をきたした再発性多発性軟骨炎の1例石崎典彦*1小嶌祥太*2高井七重*2勝村ちひろ*2小林崇俊*2植木麻理*2杉山哲也*3菅澤淳*2池田恒彦*2萩森伸一*4槇野茂樹*5*1八尾徳州会総合病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室*3中野眼科医院*4大阪医科大学耳鼻咽喉科学教室*5大阪医科大学内科学I教室ACaseofRelapsingPolychondritiswithIncreasedOrbitalFatandSecondaryGlaucomaNorihikoIshizaki1),ShotaKojima2),NanaeTakai2),ChihiroKatsumura2),TakatoshiKobayashi2),MariUeki2),TetsuyaSugiyama3),JunSugasawa2),TsunehikoIkeda2),Shin-ichiHaginomori4)andShigekiMakino5)1)DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,3)NakanoEyeClinic,4)DepartmentofOtolaryngology,OsakaMedicalCollege,5)DepartmentofInternalMedicine(I),OsakaMedicalCollege目的:眼球突出,強膜炎をきたし,続発緑内障を合併した再発性多発性軟骨炎(RP)の症例を経験したので報告する.症例:54歳,男性.両耳介の発赤,腫脹,両眼の充血,眼球突出を認めた.眼圧は右眼18mmHg,左眼33mmHgで,強膜炎および続発緑内障と診断した.さらに,眼所見,耳介軟骨炎と軟骨生検からRPと診断された.保存的治療にても40mmHg以上の高眼圧となったため,線維柱帯切除術および水晶体再建術を施行した.術後の眼圧は20mmHg以下に安定した.眼球突出の精査目的に施行した頭部MRIでは,眼窩脂肪容積の増大を認めた.結論:RPでは眼窩脂肪容積の増大や続発緑内障にも注意が必要と考えられた.Purpose:Toreportacaseofrelapsingpolychondritis(RP)complicatedwithsecondaryglaucomaandexophthalmos.Case:A54-year-oldmalepresentedwithrednessandswellingofbothauricles,andinjectionandproptosisinbotheyes.Uponexamination,hisintraocularpressure(IOP)was18mmHgODand33mmHgOS;hewassubsequentlydiagnosedwithscleritisandsecondaryglaucoma.Inadditiontotheocularfindings,chondritisofbothauriclesandassociatedpathologicalfindingsledtothediagnosisofRP.Despiteconservativetreatment,hisIOPelevatedtomorethan40mmHg.Trabeculectomycombinedwithcataractsurgerywasthereforeperformedonbotheyes;postoperativeIOPthendeclinedtolessthan20mmHg.Subsequentorbitalmagneticresonanceimaging(MRI)performedtoexamineexophthalmosrevealedbilateralincreaseoforbitalfatvolume.Conclusion:OurfindingsshowthatsecondaryglaucomaandexophthalmoscandevelopincasesofRP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1066〜1069,2016〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,続発緑内障,眼窩脂肪,眼球突出,強膜炎.relapsingpolychondritis,secondaryglaucoma,orbitalfat,exophthalmos,scleritis.はじめに再発性多発性軟骨炎(relapsingpolychondritis:RP)は自己免疫が関与する全身の軟骨および類系組織の炎症性疾患と考えられている.眼組織,鼻軟骨,耳介軟骨,内耳,喉頭気管支軟骨,関節軟骨,心弁膜,全身血管,腎臓などに再発性の炎症および組織の変形,破壊を生じ,多彩な局所症状,全身症状を呈する.発症率は3.5人/100万人とまれな疾患であり,発症の男女比はなく,40~60歳代に発症のピークを有するが,10〜80歳代まで発症する1).RPは高頻度に眼合併症を認め,結膜炎,上強膜炎,強膜炎,角膜炎,虹彩炎,脈絡膜炎,網膜静脈分枝閉塞症,虚血性視神経症,眼窩偽腫瘍,外眼筋炎,外眼筋麻痺,眼瞼浮腫などの合併が知られている1~3).今回,筆者らは強膜炎,眼窩脂肪容積の増大,続発緑内障を合併したRPの1例を経験したので報告する.I症例と経過患者:54歳,男性.主訴:両眼の充血.既往歴:30歳頃にC型肝炎に対してインターフェロン療法を受けた.49歳時に顔面挫創に対してデブリードマン,植皮を受けた.高血圧に対して内服加療している.現病歴:中国に滞在中の2008年10月頃より両耳介の発赤,腫脹,11月頃より両眼の充血を自覚した.ウイルス性結膜炎として,ステロイド,ガンシクロビル点眼が行われたが軽快せず,12月に帰国した際に近医の眼科を受診した.両眼の強膜炎と右眼30mmHg,左眼50mmHgの眼圧上昇を指摘され,アセタゾラミド(ダイアモックス®)の内服,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼液(リンデロン0.1%®),チモロールマレイン酸塩持続性点眼液(チモプトールXE0.5%®)が投薬されたうえで,精査加療目的に大阪医科大学附属病院(以下,当院)眼科へ紹介受診となった.当科初診時所見:視力は右眼1.5(矯正不能),左眼0.2(1.0×sph−1.00D).眼圧は右眼18mmHg,左眼33mmHg.前眼部は両眼に結膜および上強膜,強膜のびまん性の充血,左眼に角膜浮腫,前房内フレアを認めた(図1).中間透光体は両眼に軽度の白内障を認めた.眼底は視神経乳頭に緑内障性変化を認めなかった.隅角は両眼ともShafferIV,周辺虹彩前癒着を認めなかった.ヘルテル眼球突出計で右眼20.5mm,左眼21.0mm(base105mm)と両側の眼球突出を認めた.両耳介の発赤,腫脹を認めた.臨床検査所見:CRP0.29mg/dl(基準値<0.25mg/dl),IgG1,246mg/dl(基準値870~1,700mg/dl),IgA247mg/dl(基準値110~410mg/dl),IgM28mg/dl(基準値35~220mg/dl),血清補体価(CH50)68.4U/ml(基準値32.0~48.0U/ml),C3111mg/dl(基準値65~135mg/dl),C432.3mg/dl(基準値13.0~35.0mg/dl)であり,CRP,IgG,血清補体価が高値であった.経過:強膜炎および炎症に伴う続発緑内障と診断し,前医の投薬は継続とした.耳介の発赤,腫脹を認めたため,当院耳鼻咽喉科を受診し,耳介軟骨生検が施行された.両側の耳介軟骨炎およびその病理所見,眼症状からDamianiら4)の診断基準によりRPと診断された.眼炎症所見が軽快しないため,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼液は継続し,0.05%水溶性シクロスポリン点眼液を開始した.アセタゾラミドの内服,チモロールマレイン酸塩持続性点眼液,ブリンゾラミド点眼液(エイゾプト®),ジピベフリン塩酸塩点眼液(ピバレフリン0.1%®)の点眼により眼圧は10〜20mmHg台で経過した.当院の膠原病内科により2009年1月からプレドニゾロン(プレドニン®)55mg/日の投与を開始し,以後漸減した.耳介の発赤,腫脹は軽快したが,両眼充血はやや改善したのみであった.10月受診時に左眼矯正視力0.5に低下し,動的視野検査で左眼の下鼻側に視野欠損を認めた.アセタゾラミドの内服,トラボプロスト点眼液(トラバタンズ®),チモロールマレイン酸塩持続性点眼液,ブリンゾラミド点眼液の点眼下でも両眼圧が40mmHg以上と高値であったので,12月両眼に対して線維柱帯切除術+水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術後は両眼ともに浅前房の傾向,眼内レンズが前方移動する傾向があったが,レーザー切糸やニードリングを行い,濾過胞の形成は良好で眼圧は20mmHg以下で安定した.2015年2月現在,矯正視力は右眼1.2,左眼0.4,眼圧は眼圧下降薬の投与なく,両眼ともに16mmHg,視野は右眼が正常,左眼が下方の視野に欠損を認めており,経過観察中である.初診時より眼球突出を認めていたため,2010年2月に血液検査を施行したが,甲状腺ホルモン,甲状腺刺激ホルモン,甲状腺関連自己抗体に異常を認めなかった.また,眼窩部の磁気共鳴画像法(magneticresonanceimaging:MRI)では外眼筋の肥厚は認めず,T1,T2強調画像で高信号を示す組織が眼窩内に充満していた(図2,3).T1強調画像で高信号であった部分は,short-TIInversionRecovery(STIR)法で一部等信号な部分を認めたが,全体的に抑制されていた(図4).II考察RPに眼症状は51%2)〜65%3)合併する.眼症状としてもっとも多いものとしては,結膜炎,上強膜炎,強膜炎があげられる2,3).上強膜炎,強膜炎はBradleyら2)が本症の14.3%,McAdamら3)が35.2%に認めたと報告しており,本症例でも眼科へ受診する動機となった症状だった.RPの眼球突出については,McAdamら3)が2.9%に認めたと報告しているが,画像診断,病理診断の報告は渉猟した限りではこれまでになかった.本症例の眼窩内の組織は,MRISTIR法でT1強調画像で高信号であった部分に一部等信号な部分を認めたが,全体的に抑制されていたことから,脂肪が主体と考えられた.甲状腺眼症で推測されているように5),本症例でも眼窩内の炎症に続いて,眼窩脂肪組織内に水分の貯留が起こり,眼窩脂肪容積が増大している可能性が考えられた.Crovatoら6)はRPに甲状腺疾患が合併し,眼球突出を認めた症例を報告しているが,本症例では,甲状腺疾患は血液検査から否定的であり,RPに眼窩脂肪容積の増大が合併したと考えられた.本症例の初診時の眼圧上昇の機序としては,以下の2つの可能性が考えられた.第一は強膜炎から線維柱帯炎および上強膜静脈圧の上昇による機序であり,Jabsら7)はびまん性強膜炎の12.1%に高眼圧を認めたと報告している.第二は眼窩脂肪容積が増大したことによる眼窩内圧および上強膜静脈圧の上昇による機序であり,Ohtsukaら8)は一般集団に比して,甲状腺眼症において開放隅角緑内障,高眼圧が多いことを報告している.また,Devら9)は甲状腺眼症に対して眼窩減圧術を行うと眼圧が下がることを報告している.これらの報告から眼窩内組織の増大は眼圧上昇をきたすと推測される.一方で初診後1年が経過して,再度眼圧が上昇したのはステロイド内服,点眼に伴う続発緑内障が合併した可能性を否定できない.本症例は,強膜炎および眼圧上昇により眼科を受診し,耳鼻咽喉科,膠原病内科での精査によりRPの確定診断となった.両眼の強膜炎に加えて耳介の発赤,腫脹を認める場合は,RPを考慮する必要がある.また,RPでは従来報告されてきた合併症に加え,眼窩脂肪容積の増大や続発緑内障にも注意が必要である.本論文の要旨は第21回緑内障学会(福岡)で発表した.文献1)GergelyPJr,PoórG:Relapsingpolychondritis.BestResClinRhematol18:723-738,20042)BradleyLI,LiesengangTJ,MichetCJ:Ocularandsystemicfindingsinrelapsingchondritis.Ophthalmology93:681-689,19863)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:Prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19764)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis.reportoftencases.TheLaryngoscope89:929-946,19795)陳栄家,鹿児島武志,石井康雄ほか:甲状腺眼症における眼窩内脂肪組織の病理組織学的検討.日眼会誌94:846-855,19906)CrovatoF,NigroA,MarchiRDetal:Exophthalmosinrelapsingpolychondritis.ArchDermatol116:383-384,19807)JabsDA,MudunA,DunnJPetal:Episcleritisandscleritis:clincalfeaturesandtreatmentresults.AmJOphthalmol130:469-476,20008)OhtsukaK,NakamuraY:Open-angleglaucomaassociatedwithGravesdisease.AmJOphthalmol129:613-617,20009)DevS,DamjiKF,DeBackerCMetal:Decreaseinintraocularpressureafterorbitaldecompressionforthyroidorbitopathy.CanJOphthalmol33:314-319,1998図1初診時前眼部写真左:右眼,右:左眼.両眼ともに結膜,強膜に充血を認めた.図2頭部MRI:T1強調画像(水平断)高信号を示す組織が眼窩内に充満し,眼球突出を認めた.図3頭部MRI:T2強調画像(冠状断)高信号を示す組織が眼窩内に充満していた.図4頭部MRI:STIR(冠状断)眼窩内のT1強調画像で高信号であった部分は一部等信号な部分を認めたが,全体的に抑制されていた.〔別刷請求先〕石崎典彦:〒581-0011大阪府八尾市若草町1番17号八尾徳州会総合病院眼科Reprintrequests:NorihikoIshizaki,DepartmentofOphthalmology,YaoTokushukaiGeneralHospital,1-17Wakakusachou,Yao-shi,Osaka581-0011,JAPAN0190160-61810/あ160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(141)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610671068あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(142)(143)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161069

プロスタグランジン薬,βブロッカー,炭酸脱水酵素阻害薬,ブリモニジンの4剤併用でコントロール不十分な緑内障症例に対するリパスジル点眼液の追加処方

2016年7月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(7):1063〜1065,2016©プロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害薬,ブリモニジンの4剤併用でコントロール不十分な緑内障症例に対するリパスジル点眼液の追加処方中谷雄介*1杉山和久*2*1厚生連高岡病院眼科*2金沢大学眼科EffectivenessofTopicalRipasudilasAdjunctiveTherapywithCombinationofProstaglandin,b-Blocker,CarbonicAnhydraseInhibitorandBrimonidineinGlaucomaPatientsYusukeNakatani1)andKazuhisaSugiyama2)1)DepartmentofOphthalmology,KoseirenTakaokaHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:プロスタグランジン薬,bプロッカー,炭酸脱水酵素阻害薬,ブリモニジンの4剤併用中の緑内障患者にリパスジル点眼液を追加した場合の眼圧変化と安全性を検討した.対象および方法:対象は4剤併用でコントロール不十分な27例29眼.リパスジル点眼液を追加した前後の眼圧および副作用の有無につき検討した.結果:リパスジル点眼液の追加によって追加前眼圧より1,2,3カ月とも有意に低下した(追加前14.7±3.5mmHg→1カ月後12.3±3.2mmHg→2カ月後12.1±3.6mmHg→3カ月後11.8±3.2mmHg,RepeatedANOVA,p<0.001).平均眼圧下降率は18.6%であった.眼圧下降率20%以上は14/29眼(48.2%)であった.頭痛,眼瞼炎にて早期に点眼を中止した2例2眼を認めたものの局所的,全身的に重篤な合併症を認めなかった.結論:4剤併用症例においてもリパスジル点眼液を追加することで,さらなる眼圧下降効果が期待できる.Purpose:Weperformeda3-monthopen-labelstudyinpatientswithglaucomatoassesstheocularpressureloweringeffectof0.4%ripasudilophthalmicsolutionasanadjunctivetherapy.ObjectandMethod:Patientswereassignedtoreceivetopicalripasudil(n=29)forinadequatecontrolwithmaximaltopicaltherapy(prostaglandin,b-blocker,carbonicanhydraseinhibitorandbrimonidine).IOPmeasurementswererecordedatday0(baseline)andat1to3months.Results:RipasudilreducedmeanIOPby2.4-2.9mmHgat1to3months(p<0.001forall).Althoughtwopatientsdiscontinuedduetohyperaemiaandheadache,noseverecomplicationwasfound.Conclusion:RipasudilreducedIOPasmaximaladjunctivetherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1063〜1065,2016〕Keywords:リパスジル点眼液,追加投与.ripasudil,adjunctivetherapy.はじめに緑内障に対する点眼治療は通常プロスタグランジン関連薬(PG)を第1選択とし,さらに単剤での治療効果が不十分の際,2,3剤目あるいは4剤目としてb遮断薬(b-blocker),炭酸脱水酵素阻害薬(CAI),a2刺激薬(ブリモニジン)などを選ぶことが多い.わが国では2014年12月より,これらの主要4剤と薬理作用の異なる眼圧下降薬であるリパスジル塩酸塩水和物点眼液(グラナテック®)が使用可能となった.Rhoキナーゼ阻害薬(ROCK阻害薬)である本剤の作用機序は線維柱帯細胞の細胞骨格の変化や細胞外マトリクスの構造を変化させ,これを弛緩させることで線維柱帯-Schlemm管を介する主流出路からの房水流出を促進して眼圧を下降させる1〜3).本剤の位置付けは第2,第3あるいは第4の追加点眼における選択薬とされている.そこで,今回fullmedicationである4剤併用症例に対して,リパスジル点眼薬の追加による眼圧下降効果についてオープンラベルによるプロスペクティブスタディで検討した.I対象および方法対象は平成27年2月〜9月に厚生連高岡病院に通院中の緑内障患者で,PG,b-blocker,CAI,ブリモニジンの多剤併用治療を3カ月以上行っているにもかかわらず,眼圧下降効果が不十分あるいは視野障害が進行している症例を対象とした.リパスジル点眼液を追加投与し,1,2,3カ月後の眼圧について検討した.角膜屈折矯正手術,角膜疾患,ぶどう膜炎,6カ月以内に緑内障手術などの内眼手術の既往のある症例,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患や副腎皮質ステロイド薬で治療中の症例は対象から除外した.点眼追加前,追加後1カ月後,2カ月,3カ月後に眼圧をGoldmann圧平式眼圧計で測定した.眼圧は午前中の外来診療における時間帯に同一検者が測定した.配合剤は2剤としてカウントした.本研究は厚生連高岡病院倫理委員会の承認を事前に受けた.対象患者には本試験について十分に説明を行い,同意を得た.解析方法はMedcalc®.version11.1.1.0を用い,投与前と投与1,2,3カ月後の眼圧の比較にはRepeatedANOVA,Post-hoctestとしてBonferroni法を用いた.点眼前の眼圧値と眼圧下降率の相関関係はPearsonの相関係数によって検討した.追加前ベースライン眼圧を15mmHg以上,14mmHg以下に分けて追加3カ月目の眼圧下降値の比較をunpairedt-testで行った.角膜上皮スコアの比較にはAD(area-density)分類を用い4),Wilcoxonranksumtestを用いた.危険率5%以下を有意な差ありとした.II結果全症例の内訳は31例33眼(男性22眼,女性11眼)であった.年齢は74.4±8.9(平均値±標準偏差)歳であった.経過中4例4眼が脱落,理由は1例は充血で中断,1例は頭痛で中断,1例は経過観察中に手術施行,1例は点眼忘れであった.眼圧経過については上記脱落例を除く27例29眼を対象とした.対象の内訳は72.1±8.3歳,男性19眼,女性10眼であった.病型は,原発開放隅角緑内障(狭義)17眼,正常眼圧緑内障9眼,落屑緑内障3眼であった(表1).なお,全例PG+b-blockerまたはPG+CAIの配合剤のいずれかを追加前に使用していた.眼圧値は追加前14.7±3.5mmHg(平均値±標準偏差),1カ月後12.3±3.2mmHg,2カ月後12.1±3.6mmHg,3カ月後11.8±3.2mmHgで,追加前に比較して追加後はすべて有意に低下していた(p<0.001)(図1).全体の眼圧下降率は18.6±16.7%であった.眼圧下降率が30%以上は8/29眼(27.6%),20%以上30%未満は6/29眼(20.7%),10%以上20%未満は1/29眼(3.4%),10%未満は14/29例(48.3%)であった(図2).眼圧下降率と追加前ベースライン眼圧に相関はなかった(p=0.08,r=0.32)が,追加前ベースライン眼圧を15mmHgと14mmHg以下に分けた場合15mmHg以上の眼圧下降値は4.1±3.1mmHg,14mmHg以下の眼圧下降値2.0±2.1mmHgと有意に15mmHg以上が大きかった(p=0.04).副作用として全症例31例33眼中,表層角膜炎の増加5眼(15%),充血15例(45%),眼瞼炎1例(3%),頭痛1例(3%)があった.リパスジル点眼追加前後の角膜上皮スコアは追加前0.26±0.59,追加後0.48±0.75とやや悪化していたが有意差は認めなかった(p=0.06)(図3).III考按今回の研究では,作用機序の異なる緑内障点眼をfullmedicationである4剤投与していた場合にリパスジル点眼をさらに追加することで,追加投与後3カ月間で2.4〜2.9mmHgのさらなる眼圧下降が得られることがわかった.リパスジル点眼の報告では第II相試験で平均ベースライン眼圧が23mmHgの症例を対象に0.4%リパスジル単剤でトラフとピークにおいて3.5〜4.5mmHg下がったとされる5).追加効果では第III相試験において,ラタノプロストに追加したものではトラフとピークで2.2〜3.2mmHg,チモロールに追加したものでは2.4〜2.9mmHg下がったとされている6).1年の経過をみたものでは,ピークとトラフにおいて単剤で2.6〜3.7mmHg,PGに追加で1.4〜2.4mmHg,b-blockerに追加で2.2〜3.0mmHg,PG+b-blockerの配合剤に追加で1.7mmHg下がったとされる7).今回の研究では2.4〜2.9mmHg下がっていたことから,すでに配合剤を含めたfullmedication治療(PG,b-blocker,CAI,ブリモニジン)が行われているにもかかわらず十分なコントロールが得られない患者にリパスジル点眼液が追加処方された場合,さらに眼圧降圧効果が期待できることが考えられた.副作用については,全身的なものは頭痛で中断した1例はあったが,重篤なものは認めなかった.眼局所の副作用は充血がもっとも多く,従来の報告5)と同様であったが,充血で中断したのは1例のみであった.角膜上皮障害について,すでに多剤併用療法が行われており,追加前から角膜炎がみられた症例もあったが,リパスジル点眼の追加で著明に悪化する例はなく,安全に使用できるものと思われた.今回の症例はすべての症例で併用点眼に配合剤を使用しており,リパスジル点眼を含め5種併用であるが実際は4剤点眼となっており,fullmedicationにおいて配合剤の利点があると思われた.問題点として,今回の報告では症例数が限られており,緑内障病型による追加効果の違いについては検討できなかった.さらにfullmedicationでリパスジル点眼を継続していった場合の長期効果は不明である.これは5剤目の追加として検討した場合,アドヒアランスの低下が問題となる場合があり8),今回の検討にも影響する可能性があると考えられるが,今回の患者からの聞き取りではアドヒアランスは良好と考えられた.以上,リパスジル点眼はfullmedicationの多剤併用においても眼圧下降効果があり,追加点眼薬として検討する価値があると考えられた.さらに重篤な副作用も認めず安全に使用できると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:EffectsofrhoassociatedproteinkinaseinhibitorY-27632onintraocularpressureandoutflowfacility.InvestOphthalmolVisSci42:137-144,20012)KogaT,KogaT,AwaiMetal:Rho-associatedproteinkinaseinhibitor,Y-27632,inducesalterationsinadhesion,contractionandmotilityinculturedhumantrabecularmeshworkcells.ExpEyeRes82:362-370,20063)InoueT,TaniharaH:Rho-associatedkinaseinhibitors:anovelglaucomatherapy.ProgRetinEyeRes37:1-12,20134)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層性角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19945)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Phase2randomizedclinicalstudyofaRhokinaseinhibitor,K-115,inprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.AmJOphthalmol156:731-736,20136)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Additiveintraocularpressure-loweringeffectsoftheRhokinaseinhibitorripasudil(K-115)combinedwithtimololorlatanoprost:Areportof2randomizedclinicaltrials.JAMAOphthalmol133:755-761,20157)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:One-yearclinicalevaluationof0.4%ripasudil(K-115)inpatientswithopen-angleglaucomaandocularhypertension.ActaOphthalmol94:e26-e34,20168)DjafariF,LeskMR,HarasylnowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,2009表1対象症例の内訳症例数年齢(歳)女性男性緑内障タイプ29眼72.1±8.310眼19眼POAG(狭義):17眼NTG:9眼PE:3眼平均値±標準偏差.POAG:primaryopenangleglaucoma.NTG:normaltensionglaucoma.PE:pseudoexfoliation図1リパスジル点眼を追加した場合の眼圧経過追加前に比較し,追加後1,2,3カ月後で有意に眼圧が低下していた(1カ月目p<0.0001,2カ月目p=0.0001,3カ月目p<0.0001).図2リパスジル点眼の追加による眼圧下降率の分布全体の眼圧下降率は18.6±16.7%であった.眼圧下降率20%以上は14/29眼(48.3%)であった.図3リパスジル点眼追加後3カ月目の角膜上皮スコア(平均値±標準偏差)角膜上皮スコアの有意な悪化を認めなかった(p=0.06)〔別刷請求先〕中谷雄介:〒933-8555富山県高岡市永楽町5-10厚生連高岡病院眼科Reprintrequests:YusukeNakatani,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KoseirenTakaokaHospital,5-10Eirakucho,Takaoka,Toyama933-8555,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(137)10631064あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(138)(139)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161065

原発開放隅角緑内障(広義)に対する白内障単独手術

2016年7月31日 日曜日

《第26回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科33(7):1057〜1061,2016©原発開放隅角緑内障(広義)に対する白内障単独手術狩野廉桑山泰明岡崎訓子桑村里佳福島アイクリニックClinicalResultsofCataractSurgeryinPatientswithPrimaryOpen-AngleGlaucomaKiyoshiKano,YasuakiKuwayama,NorikoOkazakiandRikaKuwamuraFukushimaEyeClinic目的:原発開放隅角緑内障(広義)眼に対する白内障単独手術後の眼圧変化と,術後眼圧上昇に関連する因子について検討した.対象および方法:2014年8〜10月に当院で白内障単独手術を施行し,術後1カ月以上経過観察した原発開放隅角緑内障(広義)38例38眼を対象として後ろ向きに調査した.結果:術前,術翌日,1,3,6カ月後の眼圧(平均±標準偏差mmHg)はそれぞれ13.7±2.7,18.0±6.4(p<0.01),15.1±5.1(p<0.05),14.5±3.8(n.s.),13.8±3.3(n.s.)だった.点眼スコアは術前2.1±1.5から術6カ月後1.0±1.2に有意に減少した(p<0.05).術翌日10mmHg以上眼圧上昇したものが5眼(13.2%)あり,術前高眼圧が有意な関連因子だった(p<0.05).結論:原発開放隅角緑内障(広義)眼に対する白内障単独手術は,短期的に点眼1剤分の眼圧下降効果が期待できるが,一過性眼圧上昇に注意が必要である.Purpose:Toevaluatechangesinintraocularpressure(IOP)followingcataractsurgeryinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma(POAG).Patientsandmethods:TheauthorsretrospectivelyreviewedpreoperativeandpostoperativeIOPin38consecutivePOAGpatientswhohadundergonecataractsurgerybetweenAugustandOctoberof2014andhadbeenfollowedupatleast1monthaftersurgery.Results:PreoperativeIOPwas13.7±2.7;meanIOPat1day,1month,3monthsand6monthsaftersurgerywas18.0±6.4(p<0.01),15.1±5.1(p<0.05),14.5±3.8(n.s.)and13.8±3.3(n.s.),respectively.Thenumberofglaucomamedicationsbeforeandat6monthsaftersurgerydecreasedto2.1±1.5and1.0±1.2,respectively(p<0.05).Fiveeyes(13.2%)werefoundtohaveanIOPincreaseof≧10mmHgonthedayaftersurgery,higherpreoperativeIOPshowingstatisticallysignificantcorrelationwiththeIOPspike(p<0.05).Conclusions:Theefficacyofcataractsurgeryseemstobealmostthesameasthatofonebottleofglaucomamedication,atleastintheshortterm.WehavetobewareoftransientincreaseinIOPfollowingcataractsurgeryoneyeswithPOAG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1057〜1061,2016〕Keywords:原発開放隅角緑内障,白内障手術,眼圧,点眼数,一過性眼圧上昇.primaryopen-angleglaucoma,cataractsurgery,intraocularpressure,numberofglaucomamedications,transientincreaseinintraocularpressure.はじめに緑内障の有病率は年齢とともに上昇し,白内障手術適応となることの多い70歳以上では10%にのぼると推測される1,2).緑内障を合併した白内障患者の頻度は多く,その術式の選択肢としては白内障単独手術と緑内障同時手術の2つが考えられる.白内障単独手術は手術時間が短く侵襲が少ないため,早期に視力回復が得られる一方で,術後眼圧コントロール悪化に伴う視野障害進行のリスクがある.緑内障同時手術は視力改善と眼圧下降の両方が一度の手術で得られ,点眼数減量などによるqualityoflife(QOL)の改善が期待できる反面,惹起乱視や収差増加など視機能に対する悪影響3,4)や眼内レンズの度数ずれが多いことが知られている5).以前わが国では,眼圧コントロール良好な原発開放隅角緑内障(広義)(primaryopen-angleglaucoma:POAG)眼に白内障単独手術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)を施行すると,15.5〜26.6%の眼圧下降が得られると報告されてきた6,7)が,プロスタグランジン(PG)関連薬使用が緑内障治療の第一選択となった最近のわが国の報告では下降率−2.6〜9.9%と低い8〜11).術後の眼圧変化を予測することは,緑内障を合併した白内障眼の手術術式決定のうえで重要であり,今回筆者らはPOAGに対するPEA後の眼圧変化と,術後眼圧上昇に関連する因子について検討した.I対象および方法2014年8〜10月に当院でPEAを施行し,術後1カ月以上経過観察したPOAG38例38眼(両眼手術症例では先行眼のみ)を対象に,術前後の眼圧,点眼スコアを後ろ向きに調査した.PEAは全例耳側3mm切開で,角膜切開または強角膜切開で施行した.術中後囊破損した症例が1例あったが,硝子体脱出はなく眼内レンズは囊内固定であった.その他の症例は術中合併症もなく,全例眼内レンズは囊内固定だった.眼圧はGoldmann圧平眼圧計を用いて日中外来時間帯に測定し,術前眼圧は手術直近1回の値を用いた.患者背景を表1に示す.点眼スコアは配合剤を2,他の点眼と内服薬を1とした.術前に使用していた緑内障治療薬は術後いったんすべて中止し,経過に応じて再開した.術前後の眼圧を対応のあるt検定で,点眼スコアをWilcoxon符号順位検定で比較し,術翌日の5mmHgまたは10mmHg以上の眼圧上昇に関連する因子についてロジスティック回帰分析を用いて調べた.視野検査はHumphrey視野計のプログラムC30-2またはC10-2を用い,固視不良20%以上,偽陽性20%以上,偽陰性33%以上のいずれかに該当する信頼性の低い検査結果は除外した.II結果眼圧は術翌日から術1カ月後まで術前より有意に上昇していたが,以後は術前と同等のレベルに下降し,有意差はなかった(図1).点眼スコアは術後有意に減少し,経過とともに徐々に増加したが,術6カ月後の時点で術前より約1剤分有意に減少していた(図1).術前に炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhydraseinhibitor:CAI)内服を使用していたものはなく,術後CAI内服を必要としたものが4眼あったが,術2カ月以降に使用していたものはなかった.術翌日の眼圧上昇は5mmHg以上が13眼(34.2%),10mmHg以上が5眼(13.2%)あった(図2).術翌日5mmHg以上の眼圧上昇と眼軸長には有意な関連があり(表2),長眼軸眼ほど眼圧上昇のリスクが高かった.また,若年齢ほど眼圧上昇しやすい傾向があったが,有意水準には達しなかった.術翌日10mmHg以上の眼圧上昇と術前眼圧には有意な関連があり(表2),術前眼圧が16mmHg以上のものは15mmHg以下のものに比較して有意に眼圧上昇をきたした(Fisher直接確率検定,p<0.05)(表3).術後2段階以上視力改善したものは16眼(42.1%)で,2段階以上視力低下したものはなかった.PEA前後で同一プログラムの検査結果がある15眼について,術後1dB以上MD値が改善したものは7眼(46.7%),3dB以上MD値が低下したものは2眼(6.7%)あった.感度低下した2眼はいずれも術後一過性に30mmHg以上の眼圧上昇をきたした症例であった.III考察POAGに対するPEA後の眼圧変化については,これまでの報告で−2.6〜26.6%と幅があるが,術前平均眼圧が18〜22mmHgの比較的高いものは下降率が15.5〜26.6%と大きい6,7,12,13)のに対し,15〜18mmHgの比較的低いものは−2.6〜11.2%と下降率が小さい8〜11,14,15).散布図で確認すると,術前眼圧に関係なく術後眼圧は15〜16mmHg,術後点眼スコアは1程度になることが多いことがわかる(図3).狭義POAGのなかでも術前眼圧が21mmHg以上のものは20mmHg以下のものより眼圧下降幅が大きいとの報告があるが6),わが国では1999年以降PG関連薬使用により眼圧コントロールがそれ以前より改善したため,術前眼圧が15〜17mmHgと低くなり,術後眼圧下降が得られにくくなったと考えられる.当院では術前眼圧が高めのものに対しては積極的に緑内障同時手術を選択しているため,本研究の症例群は過去の報告に比較して眼圧レベルがさらに低く,術前後の平均眼圧に差が出なかったものと思われる.また,多くの症例で緑内障第一選択薬であるPG関連薬が術前に投与されているのに対し,術直後には囊胞様黄斑浮腫のリスクを考慮して少なくとも1〜2カ月は投与を控える傾向にあり,眼圧下降が得られなかったもう一つの原因と考えられる.しかしながら点眼数は減少しており,眼圧コントロールとしては短期的には点眼1剤分の改善が得られていると思われた.白内障手術後の眼圧下降機序について,PEAが行われる以前の文献では房水産生低下16)や血液房水柵の変化17)などが考察されている.手術侵襲が少ないPEAについては,術前に房水流量が低下している症例は房水流出率が改善し,低下していない症例では変化がない18)ことから,PEA時の人工房水灌流による線維柱帯に沈着したグリコサミノグリカンの洗い流し効果や,線維柱帯障害による貪食細胞増加などが考えられている12)が,手術侵襲に伴う内因性PGF2放出によるぶどう膜強膜流出増加の可能性も推測されている15).PEAと同様に軽度の炎症惹起による眼圧下降効果が得られるものとしてレーザー線維柱帯形成術(lasertrabeculoplasty:LTP)があるが,LTPの眼圧下降率は20%前後19〜21),点眼数にして1剤程度と,PEA後と同等の下降効果が報告されている21,22).LTPの作用機序としては,細胞内メラニン顆粒破壊に伴うフリーラジカルや各種インターロイキン放出により,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)活性上昇,マクロファージの細胞外物質貪食増加,Schlemm管内皮細胞有孔性増加などを通じて線維柱帯の房水流出抵抗が減少することが知られており23,24),PEAも手術侵襲によって同様の経路が活性化し,房水流出抵抗が減じている可能性が考えられる.PEA後に危惧される眼圧上昇の割合は,術翌日5mmHg以上上昇したものが34.2%と高頻度で,眼軸長が長いほど有意にリスクが大きく,若年齢ほど眼圧上昇しやすい傾向があった.術翌日10mmHg以上と著明に上昇したものは13.2%あり,術後28mmHg以上が13%10),30mmHg以上が23%25)などの過去の報告と同様の結果であった.とくに術前眼圧が16mmHg以上のものは10mmHg以上上昇するリスクが有意に大きく,視野悪化の要因となりうるため,周術期の管理に十分に注意が必要と思われる.術後眼圧上昇の原因としては術後炎症,粘弾性物質残留,ステロイド薬などが考えられるが,より侵襲の少ない手術,眼内レンズ挿入後の十分な前房灌流,ステロイド薬の必要最小限の投与などに注意をしていても,予想以上に眼圧上昇が生じることが明らかとなった.術後眼圧上昇の予防には,術後CAI内服26,27)や,術前あるいは術直後のb遮断薬28),a2刺激薬29),PG関連薬30)などの点眼が有効であるとされており,眼圧上昇や視野悪化のリスクが高い症例では予防投与を考慮する必要があると思われる.また,追加治療の必要性をより早く判断するため,術後眼圧が最高となる4〜6時間後28〜30)に眼圧測定を行うことも有用と考えられる.POAGを合併した白内障患者では,眼圧コントロールが良好であれば白内障単独手術,不良であれば緑内障同時手術を選択することに異論はないと思われるが,その具体的な境界は明確ではない.当院では眼圧レベルが高いものや病期が進行したものは積極的に緑内障同時手術を選択しているが,適応を限定した症例群においても白内障単独手術では術後10mmHg以上の一過性眼圧上昇をきたすものが1割以上あった.とくに術前眼圧16mmHg以上の症例では4割にのぼり,視野悪化の原因となった可能性のある症例もあった.今後そのような症例はより積極的に緑内障同時手術を選択するか,術後眼圧上昇に対する点眼・内服予防投与を考慮する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.Ophthalmology111:1641-1648,20042)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimistudyreport2:PrevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20053)豊川紀子,宮田三菜子,木村英也ほか:緑内障手術の視機能への影響.臨眼62:461-165,20084)松葉卓郎,狩野廉,桑山泰明:IOLマスターを用いた線維柱帯切除術後の眼軸長測定.臨眼65:387-391,20115)有本剛,丸山勝彦,菅野敦子:白内障緑内障同時手術時の光学式ならびに超音波眼軸長測定装置による屈折誤差の比較.臨眼67:1525-1531,20136)松村美代,溝口尚則,黒田真一郎ほか:原発開放隅角緑内障における超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術の眼圧経過への影響.日眼会誌100:885-889,19967)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Effectofcataractsurgeryonintraocularpressurecontrolinglaucomapatients.JCataractRefractSurg27:1779-1786,20018)藤本裕子,黒田真一郎,永田誠:開放隅角緑内障に対するPEA+IOL後の長期経過.眼科手術16:571-575,20039)加賀郁子,稲谷大,柏井聡:緑内障眼の白内障手術術後眼圧変化.臨眼59:1131-1133,200510)尾島知成,田辺晶代,板谷正紀ほか:白内障単独手術を施行した原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,偽落屑緑内障眼の術後経過.臨眼56:1993-1997,200511)庄司信行:緑内障眼と眼内レンズ挿入術.あたらしい眼科23:153-158,200612)KimDD,DoyleJW,SmithMF:Intraocularpressurereductionfollowingphacoemulsificationcataractextractionwithposteriorchamberlensimplantationinglaucomapatients.OphthalmicSurgLasers30:37-40,199913)LeeYH,YunYM,KimSHetal:Factorsthatinfluenceintraocularpressureaftercataractsurgeryinprimaryglaucoma.CanJOphthalmol44:705-710,200914)MerkurA,DamjiKF,MintsioulisGetal:Intraocularpressuredecreaseafterphacoemulsificationinpatientswithpseudoexfoliationsyndrome.JCataractRefractSurg27:528-562,200115)MathaloneN,HyamsM,NermanSetal:Long-termintraocularpressurecontrolafterclearcornealphacoemulsificationinglaucomapatients.JCataractRefractSurg31:479-483,200516)BiggerJF,BeckerB:Cataractsandprimaryopen-angleglaucoma:theeffectofuncomplicatedcataractextractiononglaucomacontrol.Ophthalmology75:260-272,197117)HandaJ,HenryJC,KrupinTetal:Extracapsularcataractextractionwithposteriorchamberlensimplantationinpatientswithglaucoma.ArchOphthalmol105:765-769,198718)MeyerMA,SavittML,KopitasE:Theeffectofphacoemulsificationonaqueousoutflowfacility.Ophthalmology104:1221-1227,199719)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2090,199820)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,199921)FrancisBA,IanchulevT,SchofieldJKetal:Selectivelasertrabeculoplastyasareplacementformedicaltherapyinopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol140:524-525,200522)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Arandomized,prospectivestudycomparingselectivelasertrabeculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1417,200523)GuzeyM,VuralH,SaticiAetal:IncreaseoffreeoxygenradicalsinaqueoushumourinducedbyselectiveNd:YAGlasertrabeculoplastyintherabbit.EurJOphthalmol11:47-52,200124)AlvaradoJA,AlvaradoRG,YehRFetal:Anewinsightintothecellularregulationofaqueousoutflow:howtrabecularmeshworkendothelialcellsdriveamechanismthatregulatesthepermeabilityofSchelemm’scanalendothelialcells.BrJOphthalmol89:1500-1505,200525)丸山幾代,勝島晴美,鎌田昌俊ほか:緑内障眼に対する白内障手術.眼科手術8:313-318,199526)RichWJ:Furtherstudiesonearlypostoperativeocularhypertensionfollowingcataractsurgery.TransOphthalmolSocUK89:639-647,196927)LewenR,InslerMS:TheeffectofprophylacticacetazolamideontheintraocularpressureriseassociatedwithHealon-aidedintraocularlenssurgery.AnnOphthalmol17:315-318,198528)Levkovitch-VerbinH,Habot-Wilner,BurlaNetal:Intraocularpressureelevationwithinthefirst24hoursaftercataractsurgeryinpatientswithglaucomaorexfoliationsyndrome.Ophthalmology115:104-108,200829)KatsimprisJM,SiganosD,KonstasAGPetal:Efficacyofbrimonidine0.2%incontrollingacutepostoperativeintraocularpressureelevationafterphacoemulsification.JCataractRefractSurg29:2288-2294,200330)AriciMK,ErdoganH,TokerIetal:Theeffectoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostonintraocularpressureaftercataractsurgery.JOculPharmacolTher22:34-40,2006表1背景因子因子性別男性17眼,女性21眼年齢68.2±8.5歳眼圧13.7±2.7mmHg点眼スコア2.1±1.5眼軸長24.8±1.9mmHumphrey視野MD値*−10.0±8.4dB無治療時最高眼圧**18.5±3.7mmHg内眼手術既往5眼(13.2%)レーザー線維柱帯形成術既往7眼(18.4%)濾過胞眼4眼(10.5%)*術前に測定していた28眼,**術前に測定していた21眼.図1眼圧・点眼スコア各時点の眼圧(mmHg),点眼数はそれぞれ術前13.7±2.7,2.1±1.5,術翌日18.0±6.4,0.0±0.0,1週後16.5±5.9,0.1±0.4,2週後14.6±3.6,0.3±0.7,1カ月後15.1±5.1,0.4±0.8,2カ月後13.8±3.3,0.6±0.9,3カ月後14.5±3.8,0.9±1.1,6カ月後13.8±3.3,1.0±1.2だった(*p<0.05,**p<0.01;対応のあるt検定).図2術翌日の眼圧変化:y=x,:回帰直線y=1.6276x−4.2028(相関係数r2=0.46874),:y=x+10(術前より10mmHg眼圧上昇)を示す.表2術翌日の眼圧上昇に関連する因子5mmHg以上上昇10mmHg以上上昇年齢0.05750.7718性別0.41740.8194術前眼圧0.28720.0255術前点眼スコア0.68790.2843術前MD*0.90080.4672無治療時最高眼圧**0.14760.9920眼軸長0.01660.9656左右0.92670.9785術者0.92670.9794術中合併症0.97930.9815手術既往0.48180.6312SLT既往0.16960.9782Bleb眼0.68380.4711*術前に測定していた28眼,**術前に測定していた21眼.表3術前眼圧と術翌日10mmHg以上の眼圧上昇眼圧上昇なし眼圧上昇あり術前眼圧≦15mmHg27(96.4%)1(3.6%)術前眼圧≧16mmHg6(60.0%)4(40.0%)Fisher直接確率検定,p<0.05.図3白内障手術前後の眼圧・点眼スコア文献6〜15の術前後眼圧および点眼スコアをプロットした.:y=x,左グラフの:y=0.8x(20%眼圧下降線),右グラフの:y=x−1,→:本報告.〔別刷請求先〕狩野廉:〒553-0003大阪市福島区福島5-6-16福島アイクリニックReprintrequests:KiyoshiKano,M.D.,FukushimaEyeClinic,5-6-16Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(131)10571058あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(132)(133)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610591060あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(134)(135)あたらしい眼科Vol.33,No.7,20161061

Ex-PRESS®併用濾過手術における術中光干渉断層計の有用性

2016年7月31日 日曜日

《第26回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科33(7):1053〜1056,2016©Ex-PRESS®併用濾過手術における術中光干渉断層計の有用性松崎光博*1,2広瀬文隆*1,2山本庄吾*1,2吉水聡*1,2宇山紘史*1,2藤原雅史*1,2栗本康夫*1,2*1神戸市立医療センター中央市民病院眼科*2先端医療センター病院眼科ClinicalUsefulnessofIntraoperativeOCTinGlaucomaFiltrationSurgeryUsingEx-PRESS®ShuntDeviceMitsuhiroMatsuzaki1,2),FumitakaHirose1,2),ShogoYamamoto1,2),SatoruYoshimizu1,2),HirofumiUyama1,2),MasashiFujihara1,2)andYasuoKurimoto1,2)1)DepartmentofOphthalmology,KobeCityMedicalCenterGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,InstituteofBiomedicalResearchandInnovation目的:Ex-PRESS®併用濾過手術おける術中OCTの有用性を検証する.方法:神戸市立医療センター中央市民病院で開放隅角緑内障に対しEx-PRESS®併用濾過手術を同一術者にて施行した4例5眼を対象とし,Ex-PRESS®挿入時に術中OCTガイド下に強膜弁下から前房への穿刺を施行した.結果:いずれの症例もEx-PRESS®挿入のための前房穿刺に先だって,刺入部位と前房側出口および虹彩との位置関係をリアルタイムに確認することができた.挿入後術中OCTにてEx-PRESS®が良好な位置に固定されていることを確認した.また,術終了時には深層強膜弁切除併用による強膜弁下のレイク形成と良好な濾過胞形成を術中OCT上で確認できた.5眼とも術後の濾過胞形成は良好であり,前眼部OCT(CASIA®)にてEx-PRESS®が良好な位置に固定されていることを確認した.結論:術中OCTは,Ex-PRESS®併用濾過手術における穿刺部位の決定に有用である.Purpose:Toevaluatetheclinicalusefulnessofintraoperativeopticalcoherencetomography(OCT)forfilteringglaucomasurgeryusingtheEx-PRESS®shuntdevice.Methods:Thisstudyexamined5eyesof4patientsdiagnosedwithopen-angleglaucoma.Theyunderwentfilteringglaucomasurgerybyonesurgeon,usingtheEx-PRESS®shuntdevice.ThesurgeonperformedanteriorchamberparacentesisandEx-PRESS®insertionunderintraoperativeOCTguidance.Results:IntraoperativeOCTenabledreal-timevisualizationofpositionalrelationshipsbetweenthescleralsurface,underapartial-thicknessscleralflap,andtheanteriorchamber.AfterEx-PRESS®insertion,intraoperativeOCTdelineatedtheEx-PRESS®deviceaswellpositionedinsidetheanteriorchamber,thelakeunderthescleralflap,andawell-formedconjunctivalbleb.Postoperatively,eachEx-PRESS®devicewasassessedusinganteriorsegmentOCT(CASIA®),confirmingthatalldeviceswerefixedingoodpositionintheanteriorchamberangle.Conclusions:IntraoperativeOCTcanbeausefultoolinEx-PRESS®implantationsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1053〜1056,2016〕Keywords:緑内障,濾過手術,エクスプレス®,術中OCT,前眼部OCT.glaucoma,filtrationsurgery,Ex-PRESS®,intraoperativeOCT,anteriorsegmentOCT.はじめに緑内障フィルトレーションデバイスであるEx-PRESS®(Alcon社)併用濾過手術は,デバイスが流出量をコントロールするため,線維柱帯切除術に比べて術中の急激な低眼圧をきたしにくく,術後は浅前房などの早期合併症が少ないと考えられている.また,虹彩切除が不要で前房出血の頻度が低いことが知られている.これらの理由によりEx-PRESS®併用濾過手術は,線維柱帯切除術と同等の眼圧下降が得られる安全性の高い手技として広く普及している1,2).Ex-PRESS®の挿入位置は,通常,強膜弁下の強角膜移行部(いわゆるグレーゾーン)後端を目安として決定されるが,強角膜外側と前房隅角側や虹彩との位置関係には個人差があり,必ずしも想定した位置に前房穿刺が得られるとは限らない.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)手術顕微鏡RESCAN700(CarlZeiss社,以下,術中OCT)は,手術支援システムCALLISTeyeと連携して,術野内のリアルタイム断層像を得ることができる.術者の片眼の接触レンズにOCT画像が投影されるため,視線を外すことなくそのOCT像を参照できる.術中OCTを用いて,前房側の位置関係を確認しながら穿刺することができれば,より確実なEx-PRESS®挿入を行える可能性がある.術中OCTは硝子体手術3)や角膜手術4)などで使用されているが,これまでに緑内障手術にて使用した報告はない.今回,筆者らは,Ex-PRESS®併用濾過手術おける術中OCTの有用性を検証したので報告する.I対象および方法対象は,神戸市立医療センター中央市民病院(以下,当院)にて2015年3〜8月に,同一術者にて開放隅角緑内障に対しEx-PRESS®併用濾過手術を施行した4例5眼である(表1).このうち白内障同時手術は1例2眼であった.いずれの症例も4mm×3mmの表層強膜弁を作製し,マイトマイシンCを塗布処理した後,深層強膜弁部分切除を併用した.Ex-PRESS®挿入時に術中OCTガイド下に強膜弁下から前房への穿刺を施行した.術中OCTへの切り替えや術中OCTの操作は,術者がフットスイッチ操作で行った.うち1症例(症例4)では術中に深層強膜弁部分切除による強膜弁下のスペース(以下,レイク)の形成や結膜縫合後の濾過胞の形成を術中OCTにて確認した.また,術後,眼圧が安定してから外来にて前眼部OCT(SS-1000CASIA®,Tomey社)にてEx-PRESS®挿入位置を確認した.挿入位置は,Ex-PRESS®本体と虹彩や角膜との接触がなく,先端の流出口および上方の流出口(リリーフポート)が開放しているものを良好な位置と定義した.II結果Ex-PRESS®挿入のための前房穿刺に先だって,術中OCTにて角膜輪部を中心に描写し,強膜と虹彩隅角側の構造が同定可能な明瞭な画像を得ることを確認した.25ゲージ(G)Vランスにて強膜弁下の表面から軽く押すことや,Vランスのシャドウを参考にすることで,強膜弁下と前房側出口および虹彩との位置関係をリアルタイムで確認した(図1A,B).この際,前房側の様子がVランスのシャドウでマスクされる場合は,Vランスの投影面積が最小になるようにVランスを操作した.また,Vランスと平行にOCT断層面を動かすことでVランスを描出し,挿入角度が虹彩と平行であることをOCT上で確認した(図1C,D).術中OCTにて位置や角度を調整しても,短時間で前房穿刺を施行することが可能であった.挿入後,術中OCTにてリアルタイムで断層面を動かしながら確認することで角膜や虹彩との接触がなく適切な位置に挿入されているか確認することが可能であった(図2).また,強膜弁縫合後,深層強膜弁部分切除併用による強膜弁下のレイク形成(図3A,B)を確認した.さらに,結膜縫合後,丈の高い良好な濾過胞形成を術中OCT上で確認できた(図3C,D).いずれの症例も術後の濾過胞形成は良好であり,前眼部OCTにてEx-PRESS®が良好な位置に固定されていることを撮像できた(図4).III考按Ex-PRESS®の使用成績調査(2012年7月9日〜2014年12月19日における中間集計)による安全性解析対象437眼において,虹彩接触症例が26.3%と位置異常の頻度が高いことがわかってきた5).以前,当院にて,線維柱帯切除術の経験が10症例以上ある複数の術者によるEx-PRESS®併用濾過手術後の52例62眼で検討した際は,虹彩接触症例は24.1%,角膜接触症例は1.6%であり,使用成績調査の中間集計とほぼ同様であり,症例ごとに挿入角度のばらつきを認めた(宇山紘史,亀田隆範,平見恭彦ほか:3次元前眼部光干渉断層計を用いたEx-PRESS®デバイスの観察.第37回日本眼科手術学会学術総会,2014).角膜や虹彩に接触したEx-PRESS®が必ずしも術後に問題を引き起こすわけではないが,角膜接触では角膜内皮障害が起こる可能性が指摘され6),虹彩接触では虹彩と癒着して房水流出口が閉塞し眼圧上昇した症例7)や,虹彩接触が慢性疼痛を引き起こした症例も報告されている8).本研究のように術中OCTアシスト下でEx-PRESS®挿入を行うことで挿入位置が安定し,位置異常による合併症の軽減が期待できる.一般に普及しているOCTの機種は撮像部の可動性がないため,手術中に術眼の断層像を撮影するのは困難である.さらに撮像部に可動性のある機種であっても,術中にOCTを撮影する場合は,いったん手術を止めて,機材を患者の顔に接近させてOCTを撮影し,また時間をかけて元に戻す必要があり,リアルタイムで画像を参照しながら手術を行うことは不可能であった.本研究で使用した術中OCTは顕微鏡と一体化しており,モードを切り替えるだけの操作でOCT像を術野に映しながら手術を継続できるため,患者への負担が少なく,術者の利便性が高い.一方で,現時点では広く普及しておらず,使用できる施設が限られてしまうことが問題点である.穿刺中に術中OCTを参照するのは挿入時に眼球が動きOCTの断層位置がずれるため困難であり,穿刺前の位置や角度の決定に留めるのがよいと考えられる.前房側の画像を参照しながら前房穿刺部位や角度を決定することで,より精度の高い挿入が可能になると思われる.外来の前眼部OCTにてEx-PRESS®の挿入位置を確認できる9)ように,術中にもリアルタイムで挿入位置を確認することができた.このことで,術中に微調整や再挿入の判断なども可能になると思われる.術中OCTは,Ex-PRESS®併用濾過手術での穿刺部位の決定における有用なツールとなりうる.また,OCTガイド下ではリアルタイムの画像的フィードバックが得られるため,術者の手術手技向上の一助になるというメリットも期待される.本研究では,症例数が少なく術中OCT非使用症例との術後成績の比較検討を行うことはできなかった.今後症例数を増やして術後のEx-PRESS®の位置異常発生率や術後成績などを検討する予定である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MarisPJ,IshidaK,NetlandPA:ComparisonoftrabeculectomywithEx-PRESSminiatureglaucomadeviceimplantedunderscleralflap.JGlaucoma16:14-19,20072)WangW,ZhouM,HuangWetal:Ex-PRESSimplantationversustrabeculectomyinuncontrolledglaucoma:ameta-analysis.PLoSOne8:e63591,20133)EhlersJP,KaiserPK,SrivastavaSK:IntraoperativeopticalcoherencetomographyusingtheRESCAN700:preliminaryresultsfromtheDISCOVERstudy.BrJOphthalmol98:1329-1332,20144)StevenP,LeBlancC,LankenauEetal:OptimisingdeepanteriorlamellarKeratoplasty(DALK)usingintraoperativeonlineopticalcoherencetomography(iOCT).BrJOphthalmol98:900-904,20145)日本アルコン株式会社:アルコンエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス添付文章.2015年8月改訂(第3版)6)TojoN,HayashiA,MiyakoshiA:CornealdecompensationfollowingfilteringsurgerywiththeEx-PRESS®miniglaucomashuntdevice.ClinOphthalmol9:499-502,20157)内富一仁,藤本隆志,井上賢治ほか:エクスプレス®に膜様組織が付着し眼圧上昇した1例.臨眼69:1481-1485,20158)GroverDS,FellmanMA,FellmanRL:Newabinternotechniqueforremovalofiris-embeddedEX-PRESSshuntandchroniceyepaincausedbyshuntmalpositioning.JAMAOphthalmol131:1356-1358,20139)VerbraakFD,deBruinDM,SulakMetal:OpticalcoherencetomographyoftheEx-PRESSminiatureglaucomaimplant.LasersMedSci20:41-44,2005表1対象患者の背景年齢性別術眼病型水晶体再建術症例187男性左眼落屑緑内障既往症例251男性左眼原発開放隅角緑内障施行なし症例350女性右眼原発開放隅角緑内障施行なし症例471男性右眼原発開放隅角緑内障同時手術左眼原発開放隅角緑内障同時手術図1穿刺位置および角度を決定するときの手術顕微鏡写真(A,C)と同時に撮像した術中OCT像(B,D)Vランスにて強膜弁下の穿刺予定部(A⇨)を圧迫しながら,術中OCTでVランスのシャドウとして圧迫部位をリアルタイムに確認することにより(B⇨)穿刺位置を決定.強膜上のVランス(C⇨)を術中OCT像で描出(D⇨)し,虹彩面との角度を調整できる.A,Bは症例4,C,Dは症例3.図2症例2のEx-PRESS®挿入後の手術顕微鏡写真(A)と同時に撮像した術中OCT像(B)Bの上図は角膜輪部に直角な断層像(青線),下図は角膜輪部と水平な断層像(赤線).矢印の位置にEx-PRESS®が描出されている.Ex-PRESS®のシャドウで虹彩の一部が描出されていないため,前後の断層面から虹彩と前房の境界を点線で示した(B上図).角膜には牽引糸のシャドウが描写されている.図3症例4の手術顕微鏡写真(A,C)と同時に撮像した術中OCT像(B,D)A,B:前房に房水を注入し,矢印の位置にレイク形成を確認できた.C,D:結膜縫合後,丈の高い良好な濾過胞形成を確認できた.図4症例1の術後外来における前眼部OCT像(CASIA®)角膜や虹彩との接触なく,先端と上方の流出口が開放していることが確認できた.〔別刷請求先〕松崎光博:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町2-1-1神戸市立医療センター中央市民病院眼科Reprintrequests:MitsuhiroMatsuzaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KobeCityMedicalCenterGeneralHospital.2-1-1Minatojima-minami-machi,Chuo-ku,Kobe650-0047,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(127)10531054あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(128)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610551056あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(130)

ブリモニジンの処方パターンと眼圧下降効果

2016年7月31日 日曜日

《第26回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科33(7):1049〜1052,2016©ブリモニジンの処方パターンと眼圧下降効果砂川広海*1井上賢治*1石田恭子*2富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院PrescribingPatternandEfficacyonIntraocularPressureofBrimonidineHiromiSunagawa1),KenjiInoue1),KyokoIshida2)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:ブリモニジン点眼薬が処方された患者の背景や眼圧下降効果の検討.対象および方法:新規にブリモニジン点眼薬を投与した緑内障および高眼圧症患者237例237眼を対象とした.ブリモニジン点眼薬を追加した症例(追加群),1剤をブリモニジン点眼薬に変更した症例(変更群),変更と追加あるいは2剤の追加を行った症例(変更追加群)に分けた.3群間で,年齢・投与前眼圧・投与前薬剤数・投与理由,および投与6カ月間の眼圧下降効果を比較検討した.結果:緑内障病型は原発開放隅角緑内障が最多だった.投与前眼圧は変更追加群が有意に高値だった.投与前薬剤数は3群で差がなく,全症例では平均2.3剤だった.投与理由は,3群とも眼圧下降効果不十分が最多だった.3群とも投与後に有意に眼圧が下降した.結論:ブリモニジン点眼薬は多剤併用の眼圧下降効果不十分な原発開放隅角緑内障に追加投与されることが多い.その眼圧下降効果は良好である.Purpose:Toinvestigatetheefficacyofbrimonidineandpatientbackground.Subjectsandmethod:Thesubjects,237open-angleglaucomaorocularhypertensionpatientsnewlyreceivingbrimonidine,wereclassifiedintothefollowingthreegroups:addbrimonidine(Addgroup);discontinueotherdrugandaddbrimonidine(Switchgroup);switchandaddordiscontinuetwodrugs(Addandswitchgroup).Weinvestigatedage,intraocularpressure(IOP),numberofprescribeddrugsbeforeadministrationandreasonforbrimonidineadministrationamongthethreegroups.Caseswerefollowedupfor6months.Results:Therewasnodifferenceinageornumberofdrugsamongthethreegroups.IOPbeforeadministrationinAddandswitchgroupwassignificantlyhigh.Themeannumberofdrugsbeforeadministrationinallgroupswas2.3.ThemainreasonforadministrationwasinsufficientIOP-decreasingefficacyinallgroups.Inallgroups,IOPdecreasewassignificant.Conclusion:BrimonidinewasoftenusedasadjunctivetherapyforPOAGpatientswithmultiplemedications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(7):1049〜1052,2016〕Keywords:プリモジン,眼圧,追加,変更.brimonidine,intraocularpressure,add,switch.はじめにブリモニジン酒石酸塩点眼薬(以下,ブリモニジン点眼薬)は交感神経a2受容体作動薬で,眼圧下降機序として,房水産生抑制とぶどう膜強膜流出路を介した房水流出促進の両者を併せもっている1,2).わが国では2012年5月から使用可能となった.従来からの抗緑内障点眼薬と作用機序が異なることから,他剤との併用効果が期待されている.これまで,プロスタグランジン関連点眼薬単剤投与例や多剤併用例に,ブリモニジン点眼薬を追加した報告が行われてきた3〜8).しかし,ブリモニジン点眼薬がどのような症例に使用されているかを調査した報告はない.今回,ブリモニジン点眼薬が処方された症例の患者背景やその眼圧下降効果を後ろ向きに検討した.I対象および方法2014年4〜9月に井上眼科病院に通院中の緑内障および高眼圧症患者で,新規にブリモニジン点眼薬が投与された237例237眼を対象とした.男性101例,女性136例,年齢は65.6±13.9歳(平均値±標準偏差),21〜91歳だった.井上眼科病院勤務の眼科医13名が処方した.緑内障病型は原発開放隅角緑内障188例(80%),続発緑内障41例(17%),高眼圧症5例(2%),原発閉塞隅角緑内障3例(1%)だった.ブリモニジン点眼薬を追加した症例を追加群,1剤を中止しブリモニジン点眼薬に変更した症例を変更群,変更と追加あるいは2剤の追加を行った症例を変更追加群とした.年齢,投与前眼圧,投与前薬剤数,投与理由を3群間で比較し,さらに投与3カ月後,投与6カ月後の眼圧を投与前後で比較した.配合点眼薬は2剤として集計した.各群で,投与前,投与6カ月後までの脱落例を調査した.両眼該当例では右眼を解析に用いた.統計学的検討は3群間の年齢,投与前薬剤数,投与前眼圧の比較にはKruskal-Wallis検定,投与理由の比較にはc2検定,投与前後の眼圧の比較にはBonferroni/Dunn検定を用いた.有意水準はいずれもp<0.05とした.II結果各群の症例数は追加群159例(67%),変更群50例(21%),変更追加群28例(12%)だった.年齢は平均65.6歳,投与前薬剤数は平均2.3剤であった.年齢,投与前薬剤数は3群間に差がなかった.投与前眼圧は変更追加群が追加群,変更群に比べて有意に高値だった(p<0.01)(表1).追加群におけるブリモニジン点眼薬投与前の薬剤数は,3剤が67例と最多で全体の42%を占めていた(表2).変更群において,ブリモニジン点眼薬に変更した点眼薬は,配合点眼薬16例(トラボプロスト/チモロール配合点眼薬14例,ブリンゾラミド/チモロール配合点眼薬1例,ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬1例),炭酸脱水酵素阻害点眼薬14例(ブリンゾラミド9例,ドルゾラミド5例),b遮断点眼薬11例(持続性カルテオロール6例,イオン応答ゲル化チモロール4例,カルテオロール1例),プロスタグランジン関連点眼薬8例(イソプロピルウノプロストン2例,タフルプロスト2例,ラタノプロスト2例,トラボプロスト1例,ビマトプロスト1例),非選択制交感神経刺激点眼薬1例(ジピベフリン1例)だった(表3).ブリモニジン点眼薬の投与理由は,3群とも眼圧下降効果不十分が最多で,次に多かったのは追加群,追加変更群では視野障害進行が多く,変更群で副作用出現が多かった(表4).追加群の眼圧は,投与前18.2±5.0mmHg,投与3カ月後15.2±3.7mmHg,投与6カ月後15.6±3.7mmHgだった(図1).投与前と比較して,投与3カ月と6カ月後に眼圧が有意に下降した(p<0.0001).変更群の眼圧は,投与前眼圧16.3±4.1mmHg,投与3カ月後15.2±4.2mmHg,投与6カ月後15.9±4.1mmHgだった(図2).投与前と比較して,投与3カ月後に眼圧が有意に下降した(p<0.0001).変更追加群の眼圧は,投与前眼圧24.3±11.6mmHg,投与3カ月後17.8±9.3mmHg,投与6カ月後17.1±6.6mmHgだった(図3).投与前と比較して,投与3カ月と6カ月後に眼圧が有意に下降した(p<0.0001).脱落例は27例(11.4%)だった.副作用出現が10例で,その内訳は,追加群でめまい4例,充血1例,変更群で搔痒感(アレルギー性結膜炎)2例,めまい1例,傾眠1例,変更追加群で霧視1例だった.副作用出現以外の脱落例は,来院中断3例,転医4例,対象期間内に白内障手術施行した1例,眼圧が下がらず途中で薬剤変更を行った9例(追加群7例,変更群2例)だった.III考按今回ブリモニジン点眼薬の処方パターンを後ろ向きに調査した.投与前薬剤数は平均2.3剤だったが,投与前薬剤数が2剤以上の症例が125例(79%),0剤や1例の症例も34例(21%)存在した.過去の多剤併用例にブリモニジン点眼薬を追加した報告6〜8)では投与前薬剤数は2.7〜3.0剤と今回よりも多かった.ブリモニジン点眼薬の投与理由は,3群とも眼圧下降効果不十分がもっとも多く,次に多かったのは追加群,追加変更群では視野障害進行,変更群では副作用出現であった.治療中に副作用が出現した際には,点眼薬の変更を行わざるをえないためと思われた.原発開放隅角緑内障における多剤併用療法に対するブリモニジン点眼薬追加投与による眼圧下降率は,Schwartzenbergら6)が7カ月間投与で16.7%,俣木ら7)が3カ月間投与で13.1%,森山ら8)が6カ月間投与で8.2%と報告している.今回の眼圧下降率は,追加群において投与3カ月後で14.4±17.6%,6カ月後で11.8±17.3%と過去の報告6〜8)と同様だった.対象症例のうち3剤以上使用していた症例が50%と半数を占め,多剤併用中の症例においても,ブリモニジン点眼薬の投与は眼圧下降効果が期待できる.林らはブリンゾラミド点眼薬をブリモニジン点眼薬へと変更した症例で,変更6カ月後の眼圧下降幅は2.3±3.0mmHgと報告した9).今回の変更例(50例)の眼圧下降幅は変更3カ月後1.2±2.0mmHg,変更6カ月後0.4±2.9mmHgだった.変更群では,追加群,変更追加群と比較し眼圧下降効果が低く,ブリモニジン点眼薬は変更投与するよりも,追加投与することでより眼圧下降が得られると思われた.ブリモニジン点眼薬の特徴的な副作用としては,アレルギー性結膜炎,めまい,傾眠などが報告されている3〜9).今回出現した副作用は,充血,めまい,搔痒感(アレルギー性結膜炎),傾眠,霧視で,これらは過去の報告3〜9)と同様だった.過去の,多剤併用療法へのブリモニジン点眼薬追加投与症例における副作用発現頻度は5.2%6),7.5%8),16.7%7)と報告されている.今回の副作用発現頻度は4.2%とやや低値だった.今回は後ろ向き調査のため,軽度の副作用が診療録に記載されていない可能性も考えられる.IV結論ブリモニジン点眼薬は多剤併用の眼圧下降効果不十分な原発開放隅角緑内障に追加投与されることが多い.多剤併用症例においても,追加投与や変更により,さらなる眼圧下降効果が期待できる.文献1)和田智之,BurkeJA,WheelerLA:ブリモニジン酒石酸塩点眼液(アイファガン点眼液0.1%)の特徴.医学と薬学67:547-555,20122)川瀬和秀:交感神経a1遮断薬,交感神経刺激薬,副交感神経作動薬.あたらしい眼科29:487-491,20123)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20124)林泰博,林福子:プロスタグランジン関連薬へのブリモニジン点眼液追加後1年間における有効性と安全性.臨眼69:499-503,20155)山本智恵子,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼薬のプロスタグランジン関連点眼薬への追加効果.あたらしい眼科31:899-902,20146)SchwartzenbergGWS,BuysYM:Efficacyofbrimonidine0.2%asadjunctivetherapyforpatientswithglaucomainadequatelycontrolledwithotherwisemaximalmedicaltherapy.Ophthalmology106:1616-1620,19997)俣木直美,齋藤瞳,岩瀬愛子:ブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討.あたらしい眼科31:1063-1066,20148)森山侑子,田辺晶代,中山奈緒美ほか:多剤併用中の原発開放隅角緑内障に対するブリモニジン酒石酸塩点眼液追加投与の短期成績.臨眼68:1749-1753,20149)林泰博,林福子:ブリンゾラミド点眼よりブリモニジン点眼への変更後6カ月間における有効性と安全性.臨眼68:1307-1311,2014表1追加群,変更群,変更追加群の患者背景全症例追加群変更群変更追加群p値症例数2371595028─年齢(歳)65.6±13.965.0±14.667.0±12.666.5±12.60.7258投与前薬剤数2.3±1.02.3±1.02.4±1.02.0±1.30.5738投与前眼圧(mmHg)18.5±6.418.2±5.016.3±4.124.3±11.6*<0.01(Kruskal-Wallis検定)**表2追加群の投与前薬剤数(n=159)0剤5例(3%)1剤29例(18%)2剤46例(29%)3剤67例(42%)4剤10例(7%)5剤2例(1%)表3変更群の変更した点眼薬(n=50)配合点眼薬16例(32%)炭酸脱水酵素阻害点眼薬14例(28%)b遮断点眼薬11例(22%)PG関連点眼薬8例(16%)非選択性交感神経刺激薬1例(2%)表4投与理由追加群(n=159)変更群(n=50)変更追加群(n=28)眼圧下降効果不十分116例(73%)31例(62%)17例(61%)視野障害進行43例(27%)2例(4%)7例(25%)副作用出現0例(0%)17例(34%)4例(14%)図1追加群の眼圧図2変更群の眼圧図3変更追加群の眼圧〔別刷請求先〕砂川広海:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:HiromiSunagawa,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(123)10491050あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(124)(125)あたらしい眼科Vol.33,No.7,201610511052あたらしい眼科Vol.33,No.7,2016(126)