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水分を補給する人工涙液,ヒアルロン酸点眼

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):931.934,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):931.934,2015水分を補給する人工涙液,ヒアルロン酸点眼TearSupplementation:ArtificialTearsandHyaluronateEyeDrops堀裕一*村松理奈**はじめに近年,ドライアイの治療薬の選択肢が増えて,それまで,人工涙液やヒアルロン酸点眼のみでは不十分であった患者に対して治癒またはその症状を上手にコントロールすることが可能となった.また,それによって涙点プラグ挿入を必要とする患者も明らかに減少している.その理由としては,近年,わが国発であり,その作用に特徴のあるドライアイ点眼薬,ジクアホソルナトリウム点眼やレバミピド点眼液が上市されたことにより,ドライアイに対して,「眼表面の層別治療」(tearfilmorientedtherapy:TFOT)が可能になったことがあげられる.これら新しい点眼液はムチン発現増加作用や水分分泌増加作用,抗炎症作用といったこれまでにはない薬理作用をもっており,従来の治療(水分の補給)以外の面でドライアイの治療を担っている.しかしながら,眼表面に涙液量が少ないと,いくらムチン増加や抗炎症を図っても有効な効果が期待できない.また,ジクアホソルナトリウム点眼やレバミピド点眼などの新しいドライアイ点眼は,差し心地(刺激感)や剤型面などの点からもまだ完全な治療薬とはいえず,依然として人工涙液やヒアルロン酸点眼の需要は十分に存在する.Iドライアイのコア・メカニズムと治療ドライアイはさまざまな原因で,涙液と角結膜上皮が障害され,悪循環をきたすことで,その症状を悪化させていくが,最近,ドライアイのコア・メカニズムが少しずつ明らかになっている.ドライアイは「涙液層の安定性の低下」と「瞬目時の摩擦亢進」の2つのコア・メカニズムがあり,それぞれ自覚症状と対応している1).たとえばドライアイ症状のなかで,眼の乾き(乾燥感)や眼の疲れ(視機能異常)といった自覚症状は「涙液層の安定性の低下」に関連し,異物感や眼痛といった自覚症状は「瞬目時の摩擦亢進」と関連すると考えられている(図1).つまり,日常臨床においてドライアイ患者を前にしたときに,患者の「一番困っている症状」を聞き出して,それが乾燥感や視機能異常と関連する症状(目が乾く,目が疲れる)ならば,「涙液層の安定性」を上げる治療がよく,異物感や眼痛(目がごろごろする,痛い)ならば「瞬目時の摩擦」を下げる治療を行うのがよいとされている.この項で取り上げる人工涙液やヒアルロン酸点眼は,どちらかといえば「涙液層の安定性」を改善させる治療であると考える.II眼表面の層別治療(TFOT)での人工涙液,ヒアルロン酸点眼の位置づけ眼表面の層別治療(TFOT,図2)の考えは,ジクアホソルナトリウム点眼やレバミピド点眼といった水分補充以外の点眼薬が,わが国において上市されたために生まれた治療概念である.その点でいうと,人工涙液やヒアルロン酸点眼は「古い治療」とも考えられるが,現在でもわが国のドライアイ治療薬のなかでは,ヒアルロン*YuichiHori:東邦大学医療センター大森病院眼科**RinaMuramatsu:東邦大学医療センター佐倉病院眼科〔別刷請求先〕堀裕一:〒143-8541東京都大田区大森西6-11-1東邦大学医療センター大森病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)931 ドライアイ症状の主原因異物感瞬目摩擦の亢進涙液層の不安定化乾燥感目の疲れ図1ドライアイのコア・メカニズムと自覚症状患者の「一番困っている症状」が乾燥感や視機能異常と関連する症状ならば「涙液層の安定性」を上げる治療がよく,異物感や眼痛ならば「瞬目時の摩擦」を下げる治療を行う.表1人工涙液の役割○液層における水分の補充○眼表面の炎症性物質の希釈,洗浄○上皮やデブリスといった残渣の洗浄→「涙液層の安定性」を向上させる酸点眼が多数を占めており,その使いやすさや長年使用している安心感といった観点から広く用いられている.1.人工涙液人工涙液には,塩化ナトリウムや塩化カリウムといった成分が含まれており,涙液と同程度のpH(6.8)や浸透圧(約300mOsm)に調整されている.液層の水分の補充としての役割のほかに,ドライアイによって生じた眼表面の炎症性物質の希釈,デブリスなどの洗浄の役割がある(表1).わが国で使用される代表的な人工涙液として,ソフトサンティアRと人工涙液マイティアR点眼液がある(表2).処方回数であるが,人工涙液が点眼後十分に眼表面の涙液量を増加させるのは数分程度であり,5分すると元に戻ってしまう.自験例であるが,正常者における点眼前後の涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:932あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015治療対象眼局所治療油層液層水分分泌型ムチン膜型ムチン上皮細胞(杯細胞)自己血清(レパミピド)ステロイドレパミピド**人口涙液,涙点プラグヒアルロン酸ナトリウムジクアホソルナトリウム温罨法,眼瞼清拭少量眼軟膏,ある種のOTCジクアホソルナトリウム*ジクアホソルナトリウムレパミピドジクアホソルナトリウムレパミピド上皮眼表面炎症*ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性がある**レパミピドは抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある図2眼表面の層別治療(TFOT)(ドライアイ研究会ホームページより)表2代表的な人工涙液ソフトサンティアR人工涙液マイティアR点眼液メーカー参天製薬千寿製薬成分塩化ナトリウム塩化カリウム塩化ナトリウム塩化カリウム炭酸ナトリウムなど防腐剤なし塩化ベンザルコニウム販売OTC医薬品医療用医薬品容量5ml5mlTMH)をソフトサンティアR,ジクアホソルナトリウム点眼,レバミピド点眼で比較したところ,点眼前と比べて,ジクアホソルナトリウム点眼が点眼後30分まで,レバミピド点眼が点眼後5分まで有意にTMHが上昇したのに対し,ソフトサンティアRは,点眼後1分だけにTMHの増加がみられたのみで,あとはベースラインに戻っていた(図3).つまり,人工涙液は回数が少ないと水分補充効果は不十分といえる.しかしながら,点眼回数が多すぎると涙液層を洗い流すことでむしろ涙液層を不安定化させてしまうこととなりドライアイを悪化させる要因ともなるため,点眼回数は多くても10回までがよいと考える.2.ヒアルロン酸点眼(精製ヒアルロン酸ナトリウム)ヒアルロン酸は,グリコサミノグリカンの一種であり,N-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の2種類(10) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015933(11)国においてドライアイ治療薬の第一選択薬として長年確固たる地位を築いてきた.ヒアルロン酸点眼には,0.1%と0.3%の2種類があり,それぞれ防腐剤を含む5mlの点眼瓶のものと,0.4mlのシングルユースの使い捨てタイプ(ヒアレインミニR0.1,0.3)のものがある.シングルユースタイプは,Sjogren症候群または皮膚粘膜眼症候群(Stevens-John-son症候群)に伴う角結膜上皮障害に対して保険適用との糖が交互に連結した構造をとっている.きわめて高分子(分子量100万以上)であり,保水性をもつ.このため,眼表面の水分を保持してその滞留性を高める効果がある.さらにヒアルロン酸は,角膜上皮細胞の進展を促進する作用を有し,創傷治癒促進にも有効である.ヒアルロン酸点眼は1日6回投与とされており,プラセボに対してドライアイの角膜上皮障害を有意に改善させると報告されている2).このため,ヒアルロン酸点眼はわが表3代表的なヒアルロン酸点眼商品名メーカー規格・容量ヒアレインヒアレインミニ参天製薬0.1%,0.3%(5ml)0.1%,0.3%(0.4ml)ティアバランスティアバランスミニムス千寿製薬0.1%,0.3%(5ml)0.3%(0.4ml)ヒアールヒアールミニキョーリンメディオ0.1%(5ml)0.3%(0.4ml)ヒアロンサンヒアロンサンミニ東亜薬品0.1%,0.3%(5ml)0.3%(0.4ml)アイケアアイケアミニテイカ製薬0.1%,0.3%(5ml)0.3%(0.4ml)ヒアルロン酸ナトリウムPFヒアルロン酸ナトリウムミニ日本点眼薬研究所0.1%,(5ml)0.3%(0.4ml)点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後点眼15分後点眼30分後点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後点眼15分後点眼30分後00.050.10.150.20.250.30.35ジクアスソフトサンティア00.050.10.150.20.250.3ムコスタソフトサンティア*********######*p<0.05点眼前と比較##p<0.05点眼間で比較涙液メニスカス高(TMH)涙液メニスカス高(TMH)点眼後の涙液量(正常者)図3各種ドライアイ点眼前後での涙液メニスカス高(TMH)の比較正常者に各種ドライアイ点眼液(ジクアホソルナトリウム点眼(ジクアス)vsソフトサンティアR,レバミピド点眼(ムコスタ)vsソフトサンティアR)を点眼し,点眼後30分までのTMHを点眼前および各点眼間で比較した(n=10).ジクアスは点眼後30分までTMHの上昇がみられたが,ムコスタは点眼後5分まで,ソフトサンティアRは点眼後1分しか有意なTMHの上昇はみられなかった(p<0.05,Tukey’stest).表3代表的なヒアルロン酸点眼商品名メーカー規格・容量ヒアレインヒアレインミニ参天製薬0.1%,0.3%(5ml)0.1%,0.3%(0.4ml)ティアバランスティアバランスミニムス千寿製薬0.1%,0.3%(5ml)0.3%(0.4ml)ヒアールヒアールミニキョーリンメディオ0.1%(5ml)0.3%(0.4ml)ヒアロンサンヒアロンサンミニ東亜薬品0.1%,0.3%(5ml)0.3%(0.4ml)アイケアアイケアミニテイカ製薬0.1%,0.3%(5ml)0.3%(0.4ml)ヒアルロン酸ナトリウムPFヒアルロン酸ナトリウムミニ日本点眼薬研究所0.1%,(5ml)0.3%(0.4ml)点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後点眼15分後点眼30分後点眼前点眼1分後点眼5分後点眼10分後点眼15分後点眼30分後00.050.10.150.20.250.30.35ジクアスソフトサンティア00.050.10.150.20.250.3ムコスタソフトサンティア*********######*p<0.05点眼前と比較##p<0.05点眼間で比較涙液メニスカス高(TMH)涙液メニスカス高(TMH)点眼後の涙液量(正常者)図3各種ドライアイ点眼前後での涙液メニスカス高(TMH)の比較正常者に各種ドライアイ点眼液(ジクアホソルナトリウム点眼(ジクアス)vsソフトサンティアR,レバミピド点眼(ムコスタ)vsソフトサンティアR)を点眼し,点眼後30分までのTMHを点眼前および各点眼間で比較した(n=10).ジクアスは点眼後30分までTMHの上昇がみられたが,ムコスタは点眼後5分まで,ソフトサンティアRは点眼後1分しか有意なTMHの上昇はみられなかった(p<0.05,Tukey’stest). 図4Linebreak角膜下方に縦線状に涙液層の破壊がみられる.軽度.中等度の涙液減少のサインである.

涙液全体を保持する涙点プラグ,コラーゲンプラグ

2015年7月31日 金曜日

特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):925.929,2015特集●ドライアイの新しい治療あたらしい眼科32(7):925.929,2015涙液全体を保持する涙点プラグ,コラーゲンプラグCollagenPunctalPlugs:PunctalPlugsthatRetaintheWholeTear-FluidLayer小島隆司*はじめに涙点プラグはドライアイ治療のなかで重要な位置を占め,歴史も古く適切に使えば非常に有効な治療法である.とくに重症なドライアイにおいてはなくてはならない治療法である.本稿では従来型の涙点プラグおよび液状コラーゲンプラグ治療を,最近の新しいドライアイの治療概念に当てはめて解説し,明日からのドライアイ診療に役立つように実践的な情報を盛り込んだ.I涙点プラグのTFOTにおける位置づけドライアイの診断については,涙液層のどこに異常があるかを評価するtearfilmorienteddiagnosis(TFOD)という考え方がドライアイ研究会によって提唱され,それに基づいた涙液の層別治療(tearfilmorientedtherapy:TFOT)が推奨されている.涙点プラグは涙点を閉鎖することによって,涙液の鼻腔への排出を抑制し涙液を眼表面に保持する.TFODの観点から考えると,涙点プラグ治療は,水層の不足,すなわち涙液分泌減少型がターゲットとなる治療方法である.涙液油層は水層をキャリアとしているため,水層が増すことによって油層が進展しやすくなる.また,水層が増すことによって,眼表面と眼瞼の摩擦が減少し,角結膜上皮が健常化し,膜型ムチン発現の上昇,杯細胞の増加,分泌型ムチンの増加が起こると思われる.涙点プラグは,このように二次的に,ムチン,油層,上皮層などさまざまな涙液層を改善する(図1).II涙点プラグ治療を行う前に必要な検査眼表面にフルオレセイン染色などで傷があり,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)が短縮していて,ドライアイ症状もある,これだけの所見で涙点プラグを挿入すると,患者の満足度が上がらないばかりか,場合によっては不満を訴える患者もある.上述したように涙点プラグは一次的には水層の治療であるという点を念頭に置いて,プラグ治療を考える場合は必ずSchirmer試験I法を行うべきである.ときに点眼麻酔を併用する変法で行われているのをみかけるが,刺激性の涙液分泌を測定できるSchirmer試験I法が望ましい.このSchirmer試験I法で5mm以下であれば涙点プラグ治療の非常に良い適応と考えられる.III涙点プラグ治療を考えるタイミング現在,あたらしいドライアイ点眼薬の登場により,涙点プラグを入れなくても自覚症状が改善できる症例が多くなり,以前よりは挿入の割合は減っていると思われる.点眼薬を使用しても自覚症状,眼表面障害,涙液安定性が改善されず,Schirmer試験I法が5mm以下であれば,治療の適応と思われる.Schirmer試験Ⅰ法が5.10mmも適応と思われるが,場合によっては流涙が起こることをしっかり説明する必要がある.Schirmer試験I法で10mm以上あるときに上下涙点プラグ治療をした場合は,流涙はほぼ必発であることを念頭に置い*TakashiKojima:岐阜赤十字病院眼科〔別刷請求先〕小島隆司:〒502-8511岐阜県岐阜市岩倉町3丁目36番地岐阜赤十字病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)925 眼瞼油層水層上皮層角結膜上皮障害の改善涙液の蒸発抑制涙液油層の伸展改善涙液水層の容量↑眼表面と眼瞼の摩擦↓膜型ムチン発現↑分泌型ムチン発現↑涙点プラグ挿入眼瞼油層水層上皮層角結膜上皮障害の改善涙液の蒸発抑制涙液油層の伸展改善涙液水層の容量↑眼表面と眼瞼の摩擦↓膜型ムチン発現↑分泌型ムチン発現↑涙点プラグ挿入図1涙点プラグが各涙液層へ与える影響ab図2代表的な涙点プラグの形状a:パンクタルプラグ(FCI社).b:スーパーイーグルプラグ(EagleVision社) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015927(5)VI最近登場したマルチサイズ対応の涙点プラグ最近,わが国でもマルチサイズ対応の涙点プラグが2種類使用可能になっている.パンクタルプラグF(FCI社,フランス)とイーグルプラグOne(EagleVision社,米国)である(図4).筆者の角膜・ドライアイ外来でこれらのプラグを使用する割合は少ないが,プラグをそれほど高頻度に入れない施設で,いろいろなサイズの在庫を置きたくないような場合には重宝するものと考える.マルチサイズ対応といっても,どちらのプラグも0.8mm以上の涙点サイズでは緩くなり,脱落しやすくなるため,0.4.0.7mm程度の小から中程度の涙点サイズが適応と思われる.イーグルプラグOneは先端が軟らかいため,涙点が小さくなってくると挿入がむずかしくなる.また,パンクタルプラグFは涙点に挿入した後,リリースがスムーズにされないときがある.この場合は手前に引き抜こうとせず水平方向にずらすようにすると,うまくリリースされる(海道美奈子:パンクタルプラグFの有効性と挿入のコツ.TOMEYOPHTHAL-MOLOGYNEWS,49:10.11,2013)にはプラグゲージを準備しておくと良い.プラグゲージには,涙点プラグと同形状のものが両端についているタイプ(EagleVision社)と,涙点拡張針様の器具に目盛りがついているもの(大高式,MEテクニカ)がある.涙点拡張針様の器具は涙点が大きめのときには奥まで入れる必要があり,痛みを訴えられるときがあるので,筆者はEagleVision社のものを愛用している.サイズを測定したら,次に挿入であるが,涙点プラグ治療をはじめたばかりの場合は,処置用ベッドで寝かせて顕微鏡下で挿入することを勧める.これは患者が後ろに引いてしまうのを防げることと,スリットランプ下で行うよりも涙点にアクセスしやすいからである.一般的に下方の涙点には比較的挿入しやすいが,上方は挿入しにくい.上涙点は必ず翻転して涙点に緊張がかかるように図のように眼瞼を引っ張り挿入することがポイントである(図3).挿入時にプラグのつばの部分が,涙点部を通過して中に入ってしまうことがあるが,その場合も慌てずゆっくり引き抜き,片方の手に有鈎鑷子を持ち,引っ張り上げると迷入するのを防げる.ab図4マルチサイズ対応の涙点プラグa:パンクタルプラグF.b:イーグルプラグOne図3上涙点プラグの挿入方法必ず上眼瞼を翻転し矢印方向へ眼瞼を引っ張り,涙点周囲に緊張をかけて挿入すると挿入しやすい.図3上涙点プラグの挿入方法必ず上眼瞼を翻転し矢印方向へ眼瞼を引っ張り,涙点周囲に緊張をかけて挿入すると挿入しやすい.にはプラグゲージを準備しておくと良い.プラグゲージには,涙点プラグと同形状のものが両端についているタイプ(EagleVision社)と,涙点拡張針様の器具に目盛りがついているもの(大高式,MEテクニカ)がある.涙点拡張針様の器具は涙点が大きめのときには奥まで入れる必要があり,痛みを訴えられるときがあるので,筆者はEagleVision社のものを愛用している.サイズを測定したら,次に挿入であるが,涙点プラグ治療をはじめたばかりの場合は,処置用ベッドで寝かせて顕微鏡下で挿入することを勧める.これは患者が後ろに引いてしまうのを防げることと,スリットランプ下で行うよりも涙点にアクセスしやすいからである.一般的に下方の涙点には比較的挿入しやすいが,上方は挿入しにくい.上涙点は必ず翻転して涙点に緊張がかかるように図のように眼瞼を引っ張り挿入することがポイントである(図3).挿入時にプラグのつばの部分が,涙点部を通過して中に入ってしまうことがあるが,その場合も慌てずゆっくり引き抜き,片方の手に有鈎鑷子を持ち,引っ張り上げると迷入するのを防げる.(5)ab図4マルチサイズ対応の涙点プラグa:パンクタルプラグF.b:イーグルプラグOneVI最近登場したマルチサイズ対応の涙点プラグ最近,わが国でもマルチサイズ対応の涙点プラグが2種類使用可能になっている.パンクタルプラグF(FCI社,フランス)とイーグルプラグOne(EagleVision社,米国)である(図4).筆者の角膜・ドライアイ外来でこれらのプラグを使用する割合は少ないが,プラグをそれほど高頻度に入れない施設で,いろいろなサイズの在庫を置きたくないような場合には重宝するものと考える.マルチサイズ対応といっても,どちらのプラグも0.8mm以上の涙点サイズでは緩くなり,脱落しやすくなるため,0.4.0.7mm程度の小から中程度の涙点サイズが適応と思われる.イーグルプラグOneは先端が軟らかいため,涙点が小さくなってくると挿入がむずかしくなる.また,パンクタルプラグFは涙点に挿入した後,リリースがスムーズにされないときがある.この場合は手前に引き抜こうとせず水平方向にずらすようにすると,うまくリリースされる(海道美奈子:パンクタルプラグFの有効性と挿入のコツ.TOMEYOPHTHALMOLOGYNEWS,49:10.11,2013)あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015927 abab液状コラーゲンコラーゲンゲル37℃に加温図5液状涙点プラグキープティア(高研)の外観(a)および加温による変化(b).VII固形涙点プラグのメリット,デメリット固形涙点プラグのメリットは,継続的な涙点閉鎖による安定した涙液の保持にあると思われる.後述する液状涙点プラグと比較したメリットであると思われる.涙点プラグの開発の歴史は,脱落率の改善と肉芽発生率の低下をめざしてきた.しかし,脱落率と肉芽発生率は相反する傾向があり,脱落しにくいプラグほど涙小管への影響が強く肉芽ができやすいという特徴がある.一例としてパンクタルプラグは脱落率が低い一方,長期留置すると太鼓巻き型の肉芽を生じることがある.このような場合は涙点プラグの摘出が必要になる.涙点プラグの適応を間違えていなければ,肉芽ができても涙点が閉鎖されていれば,天然のプラグのようなもので大きな問題はないが,中途半端に開通していると涙点の閉鎖効果が得られず,新しい涙点プラグも入らず困ることになる.このような場合は涙点閉鎖術(涙点焼灼)が必要になる.VIIIコラーゲン涙点プラグ従来までコラーゲンプラグはコラーゲンロッドといわれるように固形状で,棒状のプラグを鑷子で涙点に挿入していたが,挿入しにくく,また完全な涙小管閉塞が得られるか確証がなかった.これを克服したのがわが国で928あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015開発された液状プラグキープティア(高研)である(図5).これは3%アテロコラーゲンを成分とする液状涙点プラグである.キープティアは注入後に体温で温められ白色のゲルとなり涙点,涙小管閉鎖を起こすとされている.治療の有効性は濱野らによって報告されている1).IXコラーゲン涙点プラグの使用方法従来型の涙点プラグともっとも異なる点は製品が温度の上昇によってゲル化するため,冷蔵庫保管が必要な点である.対象となる患者があれば,キープティアの箱を冷蔵庫から出し,シリンジをプラスチックの容器から出して15分ほど室温に置いてから注入用の27ゲージ鈍針を装着し注入する.1本300μlで2涙点分である.シリンジに半分の量の場所に目印がつけてあり,そこまでが1涙点分である.挿入手技は通水検査などと同じで容易である.前述した従来型のプラグと同様,処置ベッドで行うと患者が動きにくく行いやすいが,スリット下で行うことも可能である.挿入途中で片方の涙点からキープティアの流出があったり,挿入している涙点から逆流がある場合は,すでに涙小管を満たしていると考えて1涙点分注入していなくてもその時点で注入をやめる.注入は基本的に上下涙点に対して行う.注入後はキープティアの流出をさけるために閉瞼させホットアイマスクを装着して15分ほど待つ.筆者はこのゲル化時間が非(6) あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015929(7)時間とともに分解,流出してしまうために効果が一時的であることである.筆者らの印象では効果は1.2カ月ほどと考えている.このため,重症ドライアイを合併するSjogren症候群患者や移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)患者などには不向きである.一方,一時的な効果のプラグと考えて,冬場のドライアイの悪化に対して一時的に使用し,レーシックなどレーザー屈折矯正手術術後ドライアイに対して使用するなどの方法がよいと思われる.また,コンタクトレンズ装用の際にドライアイ症状を訴える患者もよい適応である2).越智らはSchirmer試験が6mm以上の患者では自覚症状,涙液貯留量,角結膜染色スコアが改善したが5mm以下では改善しなかったと報告している3).このことよりキープティアは軽度ドライアイに向くプラグであることがわかる.また,固形プラグには少し心理的に抵抗があって躊躇しているが,涙点プラグの効果があるかどうか試したいというような患者にとってもよいプラグではないかと思われる.文献1)濱野孝,林邦彦,宮田和典ほか:アテロコラーゲンによる涙同閉鎖─涙液減少症69例における臨床試験.臨眼58:2289-2294,20042)濱野孝:ドライアイとコンタクトレンズ,特集コンタクトレンズ診療.眼科51:1765-1769,20093)越智理恵,白石敦,原祐子ほか:アテロコラーゲン液状プラグ(キープティア)の治療効果とその適応.臨眼65:301-306,20114)KojimaT,MatsumotoY,IbrahimOMetal:Evaluationofathermosensitiveatelocollagenpunctalplugtreatmentfordryeyedisease.AmJOphthalmol157:311-317,2014常に大切だと考えており,できるだけ瞬きをさせず,処置ベッドの上で安静にさせている.その後,眼表面や眼周囲に余ってあふれた白く固まったコラーゲンゲルを取り除く.キープティアを使用していると,思いのほか効果が短時間でなくなってしまう患者に遭遇する.また,注入直後にもかかわらず涙液メニスカスが十分高くならない場合にも遭遇したため,筆者らはアテロコラーゲンが完全にゲル化するまでに流出してしまう可能性があると考えた.そこでキープティアをあらかじめ温めて(ゲル化させて)注入する方法を報告し,この方法を用いると通常の方法よりも持続効果が長続きし,患者の自覚症状スコアもより改善することを示した(プレヒーティング法)4).ただし,このキープティアに用いられているアテロコラーゲンは37℃付近でゲル化が始まり,それより温度が高くなり39℃を超えるとゲルの三次元構造が今度は崩壊し始めて,また液状になってしまう.この変化は不可逆性であり,プレヒーティングは温度が高くなりすぎると逆効果になってしまうので,行う際は十分注意が必要である.筆者は冷蔵庫から取り出したキープティアをシリンジのまま清潔な袋に入れて胸ポケットに15分ほど入れて温めている.Xコラーゲン涙点プラグのメリット,デメリット液状涙点プラグによる治療の最大のメリットは肉芽形成,異物感がまったくない点である.また,サイズ選択も必要ないため,さまざまなサイズを用意しておく必要がなく,開業医の先生にとっても使いやすいと思われる.一方,欠点としては,コラーゲンはその性質ゆえに

序説:TFOT(眼表面の層別治療)の考え方

2015年7月31日 金曜日

●序説あたらしい眼科32(7):923.924,2015●序説あたらしい眼科32(7):923.924,2015TFOT(眼表面の層別治療)の考え方TheConceptofTear-FilmOrientedTherapy坪田一男*木下茂**ドライアイ研究会では,ドライアイ治療の考え方として「TFOT(眼表面の層別治療)」という概念を提唱している.これは,眼表面および涙液層をしっかりと角結膜上皮,ムチン層,水層,油層と層別に考えることで病態の理解を深め,治療方針を決めていくというものである.従来のドライアイはSjogren症候群に代表されるような涙腺の機能障害による水層の障害が主だった.しかしながら最近の疫学研究によって,水層を反映すると考えられるShirmerテストは正常であるにもかかわらず,マイボーム腺機能不全による油層の異常やムチン層の低下によって涙液の安定性が低下する,いわゆるBUT短縮タイプのドライアイ(sBUTドライアイ)がドライアイの多くを占めることがわかってきた.sBUTドライアイは日本から提唱された疾患概念であり,当初はなかなか世界の研究者の間で認められなかったが,最近はかなり認知されるようになってきた.sBUTドライアイではSchirmerテストは正常なことが多く,角結膜障害もほとんどない.それにもかかわらず症状は強く,Sjogren症候群など重症ドライアイと同じレベルの辛さを訴えるのが特徴である.この病態の詳細はまだ解明されていないが,角膜神経の知覚過敏などのメカニズムが考えられている.今回の特集では,日本のトップレベルのドライアイ研究者に,TFOTの考えに従って層別に治療法を解説していただいた.涙液全体を保持する涙点プラグについては小島隆司先生(岐阜赤十字病院)に適応と使用方法を詳しく概説いただいた.現在わが国で使えるドライアイ点眼液は,おもに水層とムチン層をターゲットにしている.これら現在主流となっているヒアルロン酸点眼,ジクアス点眼,ムコスタ点眼については堀裕一先生・村松理奈先生(東邦大学),山口昌彦先生(愛媛県立中央病院)・大橋裕一先生(愛媛大学),横井則彦先生・木下茂(京都府立医科大学)にそれぞれ詳しい解説をお願いした.日本は水層とムチン層の改善によりドライアイ治療が劇的に進歩し,世界でもっともドライアイ治療が進んだ国となっている.しかし,油層についての保険治療薬はいまだに存在しない.そこでリッドハイジーンなど基本的な治療を含む,現在可能な治療法について戸田郁子先生(南青山アイクリニック)に解説をお願いした.また,油層の機能である涙液の蒸発を減少させる意味で,近年広く使われるようになり,エビデンスも出てきている保護用眼鏡について,池田圭介先生・村戸ドール先生(慶應義塾大学)に解説をお願いした.日本ではあまり注目されていないが,欧米ではド*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学講座0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)923 924あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(2)ライアイの定義に“炎症”が含まれており,炎症はドライアイの病態の重要なファクターといえる.Sjogren症候群やGVHDによる重症ドライアイに炎症が大きくかかわっていることはよく知られているが,自己免疫疾患と関連しないドライアイでも炎症が関係するというデータも出てきている.この分野の世界的な第一人者である小川葉子先生(慶應義塾大学)に考え方と実際の治療への応用について解説をお願いした.また,まったく新しいアプローチとして,「ライフスタイルへの介入」についても今回とりあげた.ドライアイのリスクファクターは多岐にわたり,女性であること,加齢,オメガ3の摂取,喫煙などなど,ライフスタイルとのかかわりあいも多い.そこで近年,ライフスタイルへの介入によって根本的にドライアイを治すという概念が提唱されつつある.この新しい考え方について長年にわたって研究を続けている川島素子先生(慶應義塾大学)に,基本的な考え方から解説をお願いした.現在,糖尿病や高血圧などの生活習慣病は,ライフスタイルの改善によって病状をかなりコントロールできると考えられている.ドライアイも,1日中コンピューター作業を座って行うなどライフスタイルとの関係が深いことから,ドライアイへのまったく新しいアプローチとして注目される.以上のように,現在のドライアイ治療は数年前に比べても飛躍的に進歩しており,その選択肢も多くなってきている.一方,ドライアイ患者数は激増していると考えられており,さらに安全で有効な治療法の開発が望まれる.

長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):913.917,2015c長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例石田暁*1,2西本浩之*1,2池田哲也*2廣田暢夫*3清水公也*2*1横須賀市立うわまち病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室*3横須賀市立うわまち病院脳神経外科ACaseofLong-TermRecurrentOrbitalHemorrhageAkiraIshida1,2),HiroyukiNishimoto1,2),TetsuyaIkeda2),NobuoHirota3)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaGeneralHospitalUwamachi,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity,SchoolofMedicine,3)DepartmentofNeurosurgery,YokosukaGeneralHospitalUwamachi眼窩血腫は突然の眼球突出で発症する.原因は直接の外傷によるものが多いが,その他に血液疾患,血管形成異常,頭蓋内静脈圧の上昇などが報告されている.予後は一般に良好であり,経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,視力低下を残す症例も存在する.症例は65歳,女性.1歳時に転倒して眉間部を机にぶつけ,数日後に右眼球突出を発症し,1カ月で軽快した.その後35歳まで,数年ごとに誘因なく突然の右眼球突出の発作を繰り返した.眼窩血腫と診断され,保存治療で軽快し,精査でも原因不明であった.35歳以降の発症はなかった.今回,起床時に右眼球突出を自覚した.嘔気・嘔吐,眼窩痛,眼球運動時痛を伴った.MRIで内直筋内に発生した眼窩血腫と診断した.発症時,軽快時の2度の血管造影検査では異常を認めなかった.保存治療で視力障害を残さず軽快した.基礎疾患のない健常な女性で,64年の長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例を経験した.A65-year-oldfemalepresentedwithrecurrentorbitalhemorrhagethathadoccurrednumeroustimesoverthepast64years.Attheageof1yearthepatientreportedlyhitthemiddleofherforeheadonadesk,andproptosisoccurredinherrighteyeafewdayslater.Withconservativetreatment,theproptosiswasrelievedwithin1month.Fromthatage,anduntilshewas35yearsold,shehadexperiencedrepeatedsuddenproptosisinherrighteyeeveryfewyearsandwassubsequentlydiagnosedasorbitalhemorrhageinthateye.However,thecausewasunclearandshehadnotexperiencedproptosisinthateyesincethattime.Atthepatient’smostrecentvisit,sheagainpresentedwithright-eyeproptosis,pain,diplopia,nausea,andvomiting.Uponexamination,magneticresonanceimagingrevealedorbitalhemorrhageinhermedialrectusmuscle,andorbitalangiographyshowednovascularanomaly.However,shehadnounderlyingdisease.Thepatientwassubsequentlyconservativelytreatedandtheorbitalhemorrhageunderwentspontaneousregression45dayslaterwithnovisualloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):913.917,2015〕Keywords:眼窩血腫,再発,眼球突出,眼窩疾患.orbitalhemorrhage,recurrence,proptosis,orbitaldisease.はじめに眼窩血腫は,眼窩部の外傷によって生じることが多いが,一部の患者では外傷なく発症する.突然の眼球突出で発症し,痛み,複視を伴う比較的まれな疾患である.外傷以外の眼窩血腫の原因としては血液疾患,血管形成異常(vascularmalformations),頭蓋内静脈圧の上昇などが報告されている.予後は一般に良好であり,経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,まれに視力低下を残す症例も存在する.今回,基礎疾患のない女性で,長期間再発を繰り返した眼窩血腫の1例を経験したので報告する.I症例患者:65歳,女性.主訴:右眼球突出.既往歴:1950年,1歳時に転倒して眉間部を机にぶつけた.数日後,右眼球突出と嘔気・嘔吐が出現し,1カ月程度で自然に軽快した.以後,2.5年ごとに誘因なく突然の右眼球突出を繰り返した.嘔気,眼球運動時痛を伴い,数日後,眼窩部に皮下出血が出る頃には嘔気,眼球運動時痛は軽快し,1カ月程度で右眼球突出は自然に軽快するというエピ〔別刷請求先〕石田暁:〒238-8567神奈川県横須賀市上町2-36横須賀市立うわまち病院眼科Reprintrequests:AkiraIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokosukaGeneralHospitalUwamachi,2-36Uwamachi,Yokosuka,Kanagawa238-8567,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(149)913 abソードを繰り返していた.発症時は近医にて内服薬で保存的に治療されていた.1984年,35歳時に最終の発症.この際に他院で血管造影を施行するが,原因不明であった.以後,再発はなかった.その他,既往なし.身長164cm,体重54kgと普通体型.現病歴:2014年10月,起床時に右眼球突出を自覚した.嘔気・嘔吐,眼窩痛,眼球運動時痛を伴った.発症6日目,近医を受診.内頸静脈・海綿静脈洞瘻疑いで発症7日目,当院脳神経外科へ紹介.発症8日目,当科へ診察依頼となった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.4×.0.5D(cyl.2.50DAx175°),左眼1.0(1.2×+0.25D(cyl.1.0DAx135°)であった.眼位は外斜視で,右眼の眼球運動は全方向制限を認め,とくに内転は不良であった(図1a).左眼の眼球運動制限はなく,対光反射は両眼迅速かつ完全で左右差はなかった.瞳孔異常・左右差はなく,相対的入力瞳孔反射異常(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)はなかった.右側の眼瞼腫脹,右眼球結膜浮腫,右眼球突出を認め,Hertel眼球突出計で右眼21mm,左眼14mmであった.眼圧は右眼9mmHg,左眼9mmHgであった.角膜上皮障害はなく,前房内に炎症は認めず,両眼に軽度の白内障を認めた.眼底は視神経乳頭の腫脹や発赤は認めず,左右差はみられなかった.黄斑部に異常はなく,網膜皺襞も認めなかった.血液生化学検査では,血液凝固機能は正常で,血球異常や914あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015図19方向眼位写真a:初診時.右眼球突出,結膜浮腫を認める.右眼の眼球運動は全方向制限を認め,特に内転は不良である.b:発症30日目.右眼の眼球運動は改善.内転は軽度の不良,下転・上転・外転は正常である.炎症反応,糖尿病は認めなかった.初診時(発症7日目)のcomputedtomography(CT)で右眼窩内に高吸収領域を認め,骨破壊像はなかった(図2).同日のmagneticresonanceimaging(MRI)で病変部は内直筋付近にあり,T1強調・T2強調画像とも低信号であった(図3a).発症8日目に血管造影検査を施行したが血管異常は認めなかった.眼窩血腫がもっとも疑われたが,眼窩リンパ腫なども鑑別診断として考えられた.視力低下については,病変による圧迫性視神経症や黄斑部の障害も疑われたが,対光反射正常,眼底正常などの所見から可能性は低いと考えた.右眼は左眼に比べて乱視が強く,病変による眼球の圧迫・前眼部の浮腫により不正乱視(高次収差)が生じたための視力障害をもっとも疑った.浮腫軽減のため0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR)点眼1日4回,フラジオマイシン硫酸塩・メチルプレドニゾロン眼軟膏(ネオメドロールREE軟膏)1日2回を開始した.ベタメタゾン(リンデロンR)4mg静脈注射を3日間投与とした.経過:翌日(発症9日目)再診.視力は改善し,右眼0.8(1.2×.0.75D(cyl.0.75DAx5°)と乱視が大きく改善していた.限界フリッカ値はredで右眼37Hz,左眼41Hzであった.Humphrey静的視野計で暗点は認めなかった.発症11日目,右眼球突出は改善傾向を示した.右眼の眼球運動は全方向改善傾向で,内転・下転は不良,上転・外転は正常であった.Hertel眼球突出計で右眼19mm,左眼(150) 14mmであった.造影MRIで病変は造影されず,周囲に造影効果の強い内直筋線維を認め,内直筋内の血腫と確定診断した(図3b).前回のMRIと比較して病変部は縮小していた.発症18日目,右眼の眼球運動は改善傾向で,内転不良,下転・上転・外転は正常であった.Hertel眼球突出計で右眼16mm,左眼13mmと改善傾向であった.発症21日目,血管造影検査を再度施行し,異常認めず.翌日退院となった.発症30日目,視力は右眼(1.2×.0.50D),左眼(1.2×(cyl.0.75DAx115°)で,右眼の眼球運動はさらに改善し,内転は軽度の不良,下転・上転・外転は正常であった(図1b).左方視での複視は残存していた.Hertel眼球突出計で右眼15mm,左眼13mmであった.発症45日目,単純MRI検査で血腫はさらに縮小を認めた(図3c).外来にて経過観察中であるが,発症3カ月後の現在まで再発はない.図2初診時(発症7日目)CT画像右眼窩内に高吸収領域(←)を認める.骨破壊像はない.abc図3MRI画像a:初診時(発症7日目)単純MRI.病変部は内直筋付近にありT1強調・T2強調画像とも低信号である.STIR:shortTIinversionrecoveryは脂肪抑制法.b:4日後(発症11日目)造影MRI.病変は造影されず,周囲に造影効果の強い内直筋線維を認め,内直筋内の血腫と診断した.病変部は縮小傾向である.SPIR:spectralpre-saturationwithinversionrecoveryは脂肪抑制法.c:発症45日目単純MRI.血腫はさらに縮小した.T1強調で低信号,T2強調画像では高信号化した.(151)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015915 II考按McNab1)によると1890年代から,眼窩血腫と推測される報告は散見されるが,画像診断がなかった時代には確定診断・局在診断が困難であった.その後,1970年代にCT,1980年代にMRIが登場し,普及に伴い詳細な報告がなされるようになり,発症年齢は新生児.高齢者と幅広く症例報告がある.症状は有痛性の眼球突出で,複視・眼球運動障害を生じ,ときに嘔気・嘔吐を伴う.片眼が多いが一部に両眼発症の報告もあり,「突然発症」がもっとも特徴的な診断のポイントで,徐々に発症することは少ない1).予後は一般に良好であり経過観察で自然吸収され治癒することが多いが,まれに不可逆的な視力低下を残す症例も存在する1).Krohelら2)は高齢者ほど視力障害をきたしやすいと報告している.血腫による圧迫性視神経症での視力低下がときにみられ,わが国でも中村ら3)が眼窩先端部症候群をきたし視力低下を残した症例を報告している.発症時に視力低下をきたしたものの保存治療で改善がみられた症例4),手術治療を行って視力の回復を得た症例5)の報告もあり,個々の症例ごとに判断を要するが,重篤な視力低下や眼窩先端部の神経障害を伴う眼窩血腫は,不可逆的な変化をきたす前に手術治療を考慮する必要がある.今回の症例では,初診時に矯正視力0.4と低下を認め,ステロイドの点眼・軟膏・全身投与を行い,翌日には矯正視力1.2と改善した.乱視が初診時右眼0.2(0.4×.0.5D(cyl.2.50DAx175°)から翌日は右眼0.8(1.2×.0.75D(cyl.0.75DAx5°)と大きく改善し,さらに発症30日目には自覚・他覚とも乱視は0になっていた.視力低下は眼窩血腫により眼球の圧迫・前眼部の浮腫が起こり,一過性に軸性乱視とともに不正乱視(高次収差)が生じたことがおもな原因と考えられた.視力低下の原因は他にも黄斑部や視神経の障害などが考えられるが,検眼鏡で黄斑部に異常はなく,眼球後方からの圧迫により生じる網脈絡膜の皺襞や循環障害の所見はみられなかった.また,RAPDや視神経乳頭の異常はなく,画像上globetenting6)は認めず,視神経症の所見もなかった.Globetentingは急性,亜急性の眼球突出で生じる,視神経の牽引障害や循環障害による視力低下を引き起こす,緊急の眼窩減圧が必要な病態であり,画像上,眼球後極の作る角度が120°以下(通常は150°以上である)になると視力予後が急激に悪くなる.また,翌日のHumphrey静的視野計でも,暗点は認めなかった.眼窩血腫へのステロイド治療については,血腫周囲の浮腫軽減目的に全身投与を施行し,保存治療で視力が改善した報告がある4,7).また,今回の症例では,眼窩部の腫脹の割に発赤・熱感がみられず,血液検査で白血球数,C-reactiveprotein(CRP)は正常範囲であり,発熱もなく,感染症は否定的と考えられ,ステロイド投与を施行した.916あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015McNab1)は非外傷性眼窩血腫を解剖的に①びまん性,②局在性(シスト),③骨膜下,④外眼筋関連,⑤眼窩底のインプラント関連,の5つに分類している.また,臨床病理的に①血管形成異常(vascularmalformations),②頭蓋内静脈圧の上昇,③血液疾患,④感染,⑤炎症,⑥新生物,⑦その他,に分類しており,特発性は非常にまれであると述べている.今回の症例は,解剖的に外眼筋関連のタイプに分類される.外眼筋関連の眼窩血腫は,外眼筋内または筋膜内に血腫が存在するもので,McNab1)によると1993.2012年に25例27眼の報告がある.血腫の大きさと急性発症であることから,外眼筋の動脈枝などからの出血と推測されている.特徴は,朝,起床時に発症することが多く,高齢者(平均年齢68歳)に多い.発症部位は下直筋に多く(52%),内直筋は5眼の報告がある.基礎疾患は高血圧が5例,抗凝固薬内服が3例,高コレステロール血症が2例,白血病,心房細動,自己免疫性肝炎,慢性閉塞性気道疾患,甲状腺機能低下症,僧帽弁閉鎖不全が各1例ずつある.治療は,手術が1例,穿刺吸引が1例あるが,病理で出血源が同定された症例はない.他は保存的に治療され,全例で視力低下を残すことはなかった1).再発はまれで,白血病の患者で7カ月間に3回生じた報告8)が1例のみある.今回の症例は,高齢者で起床時に発症し,保存治療で視力低下を残さず,外眼筋関連のタイプの眼窩血腫としておおむね典型的な経過である.しかし,明らかな基礎疾患もなく1.65歳まで長期にわたり多数の再発を繰り返しており,まれな症例と考えられる.発症原因は,病歴から64年前の外傷後の組織癒着などの変化が考えられる.また,1歳時という発症年齢からは先天的な血管形成異常も否定できない.しかし,これまでの血管造影やMRIの精査では,多数の再発を繰り返す原因となるような異常は検出できなかった.今後も慎重に経過観察していく予定である.今回,基礎疾患のない健常な女性で,幼少時の外傷後,誘因なく再発を繰り返す内直筋内の眼窩血腫の1例を経験した.精査で出血の原因となるような異常は検出できなかったが,保存治療で視力障害を残さず軽快した.64年の長期間,再発を繰り返した点が特徴的であった.文献1)McNabAA:Nontraumaticorbitalhemorrhage.SurvOphthalmol59:166-184,20142)KrohelGB,WrightJE:Orbitalhemorrhage.AmJOphthalmol88:254-258,19793)中村靖,橋本雅人,大谷地裕明ほか:眼窩血腫の3例.神経眼科10:269-273,19934)中嶋順子,石村博美,岩見達也ほか:自然発症した眼窩内血腫の1症例.臨眼53:1347-1350,19995)高橋寛二,宇山昌延,泉春暁ほか:自然発症した小児眼(152) 窩血腫の1例.日眼会誌92:182-187,198820026)柿崎裕彦:眼球突出.眼紀56:703-709,20058)ThuenteDD,NeelyDE:Spontaneousmedialrectushem7)平野佳男,松永紀子,玉井一司ほか:急激な視力低下をきorrhageinapatientwithacutemyelogenousleukemia.Jたした貧血による眼窩内血腫の1例.臨眼56:1089-1093,AAPOS6:257-258,2002***(153)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015917

糖尿病黄斑浮腫に対する防腐剤無添加トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射による無菌性眼内炎

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):909.912,2015c糖尿病黄斑浮腫に対する防腐剤無添加トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射による無菌性眼内炎布目貴康杉本昌彦松原央小林真希坂本里恵小澤摩記近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室ACaseofSterileEndophthalmitisInducedbyPreservative-FreeTriamcinoloneAcetonideforDiabeticMacularEdemaTakayasuNunome,MasahikoSugimoto,HisashiMatsubara,MakiKobayashi,SatoeSakamoto,MakiKozawaandMineoKondoDepartmentofOphthalmology,MieUniversity,GraduateSchoolofMedicine目的:トリアムシノロン硝子体内注射(intravitrealtriamcinoloneacetonide:IVTA)は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対する有効な治療法の一つである.副作用の一つとして無菌性眼内炎(sterileendophthalmitis:SE)が知られているが,防腐剤無添加のTA製剤(マキュエイドR,わかもと製薬)を用いたIVTAによる発症報告はない.今回,筆者らはわが国で初めての,本剤のIVTAによるSEを経験したので報告する.症例:60歳,男性.右眼のDMEに対しTATenon.下注射や抗血管内皮増殖因子製剤硝子体内注射を行ったが反応しなかった.続けて施行したIVTAによりDMEは改善し,右眼の矯正視力は0.2から0.3となったが,再発を繰り返し,IVTAを複数回行っていた.2014年10月に,DMEの再発に対し3回目のIVTAを施行した.IVTA5日後の再診時に硝子体混濁を認め,右眼の矯正視力も0.06に低下した.眼痛や前房の炎症性変化は認めないものの硝子体混濁の改善傾向がないため,眼内炎と診断し,硝子体手術を施行した.術中,硝子体混濁は認めたものの網膜の感染性変化は乏しかった.また,術中採取した前房水・硝子体液の培養は陰性であり,IVTA後のSEと診断した.術後,矯正視力は0.4に改善し,感染徴候も認めずDMEも改善している.結論:防腐剤無添加のTA製剤を用いることでIVTA後のSEの頻度は減少するが,防腐剤以外の原因で生じることもあり,注意が必要である.Purpose:Intravitrealtriamcinoloneacetonide(IVTA)isaneffectivetreatmentfordiabeticmacularedema(DME).However,sterileendophthalmitis(SE)isknowntobeacomplicationassociatedwiththistreatment.MaQaidR(MaQ;WakamotoPharmaceutical,Tokyo,Japan)isanewpreservative-freetriamcinoloneacetonide,andtherearenoreportstodatedescribingSEarisingfromtheuseofMaQ.Inthisstudy,wereportacaseofSEthatresultedfromtheuseofMaQ.CaseReport:A60-year-oldmalepatientwithDMEhadshownresistancetovarioustherapies.HewaseffectivelytreatedwithIVTAandhisvisualacuity(VA)improved.However,the3rdIVTAtreatmentresultedinvitreousopacitywithvisiondeteriorationto0.06diopters(D)after5days.Thoughnoobviousinflamationwasseen,wediagnosedhimasendophthalmitisandperformedavitrectomy.Duringsurgery,noinfectiouschangeswereseenandabacterialculturewasnegative,resultinginafinaldiagnosisofSE.Thepatient’sVAimprovedto0.4DwithabsorptionoftheDME.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowtheimportanceofperformingdetailedexaminationsinordertocorrectlydiagnoseSE,theonsetofwhichmightbereducedbytheuseofpreservative-freetriamcinoloneacetonide.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):909.912,2015〕Keywords:トリアムシノロンアセトニド,糖尿病黄斑浮腫,防腐剤無添加,無菌性眼内炎.triamcinoloneacetonide,diabeticmacularedema,preservativefree,sterileendophthalmitis.〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:MasahikoSugimoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu,Mie514-8507,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(145)909 はじめにステロイド製剤の一つであるトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)は難水溶性の薬剤で,古くから整形外科領域で用いられてきた.眼科疾患への応用も広がり,とくに黄斑浮腫に対する投与(intravitrealtriamcinoloneacetonide:IVTA)や硝子体手術時の可視化目的に使用されている1,2).国内では長年,ケナコルトR(BristolMyersSquibb社)が用いられてきたが,2010年にマキュエイドR(わかもと製薬)が市販された.本剤は眼科使用のみに特化していることと,剤型が粉末で防腐剤無添加のTA(preservativefreetriamcinoloneacetonide:PFTA)であるため無菌性眼内炎(sterileendophthalmitis:SE)の危険性が低下するという利点があり3),国内での本剤によるSEの発症報告はこれまでにない.安全性が担保されたことから,現在国内では,ほぼ本剤のみがIVTAに用いられている.今回筆者らは本剤のIVTAによって生じたSEを経験した.本症例はわが国で初めての症例であり,ここに報告する.I症例患者:60歳,男性.主訴:右眼視力障害.現病歴:2013年4月,両眼の糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)加療目的で当科受診した(図1a).初診時の右眼の矯正視力は0.2であり,ケナコルトRTenon.下注射や抗血管内皮増殖因子(vascularendotheliumgrowthfactor:VEGF)製剤の硝子体内注射を施行したが改善しなかった.2013年10月にマキュエイドRを用いた右)IVTAを施行したところ,DMEは著明に改善し,矯正視力も0.3となった(図1b).以後,再発していたがマキュエイドRの追加投与で寛解していた.今回右)DMEが再発し(図2a),矯正視力も0.2に低下した.2014年10月に3回目のIVTAを施行した.IVTAはオペガードMAR(千寿製薬)に溶解し40mg/mlに調整したTA0.1ml(4mg)を,減菌下に角膜輪部4mmの部位から27G針を用いて,硝子体注射して行った.施行後翌日の診察ではとくに炎症などの異常を認めなかったが,施行5日後の受診時に視力低下を伴う硝子体混濁を認めた.IVTA後の眼内炎と診断し,加療目的に当科入院となった.既往歴:糖尿病.加療前所見:矯正視力は右眼0.06,左眼0.2.眼圧は右眼14mmHg,左眼20mmHg.前眼部所見は右眼の結膜充血や前房蓄膿,細胞浮遊は認めなかった.眼脂や眼痛も認めなかった.左眼の異常は認めなかった(図2b).中間透光体・眼底所見は両眼に軽度白内障を認めた.右眼の硝子体混濁を認め,硝子体中のTA周囲でとくに混濁は強かった(図2c矢910あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015印).左眼の異常は認めなかった.経過:臨床所見からSEが疑われたが,感染性眼内炎の可能性も否定できなかったため,入院同日に超音波乳化吸引術+硝子体切除術を施行した.硝子体中には残存するTA周囲に強い混濁を認めた.しかし,眼底には感染性眼内炎に特徴的な白斑や出血,血管の白鞘化などは認めず,網膜色調も良好であった.また,術中に前房水・硝子体液・眼内灌流液を採取し培養検査を行ったが,いずれも菌は陰性であった.術後眼内炎の再燃はみられず,前眼部は清明であった(図3a).以上から,IVTAに伴うSEと診断した.術後,硝子体混濁は消失し,DMEも軽快した(図3b,c).術後2カ月で右眼の矯正視力は0.4と改善している.II考按近年,DMEの治療に薬剤の硝子体注射が広く用いられている.抗VEGF製剤とTA製剤はその代表であり,DMEに対する成績は偽水晶体眼に限っては両者の効果はほぼ同等であるとされている4).硝子体手術時の硝子体の可視化目的にもTAは用いられており安全な術中操作が可能となっている5).しかし,硝子体可視化目的の使用に比し,IVTAは白内障や眼圧上昇などの副作用面から抗VEGF製剤ほどは用いられていない.筆者らの施設でも,IVTAはDMEに対する第一選択となってはいない.しかし,全身合併症のため抗VEGF製剤の使用を控えざるをえない症例や,抗VEGF製剤やTAのTenon.下注射に反応しない症例,そして硝子体手術が施行できない症例などに対してIVTAは有効な選択肢の一つとなっている3).とくに偽水晶体眼は白内障発症の危険がないため,IVTAの良い適応である.国内外でこれまで使用されていたTA製剤であるケナコルトRは剤型が懸濁液であるため,防腐剤が添加されている.IVTAでは低頻度ながらもSEを生じることが知られており6,7),この添加防腐剤が原因の一つとして考えられている.MaiaらはIVTAによるSEの発症頻度を防腐剤の有無で比較している.防腐剤含有TAでの発症頻度は7.3%であるが,PFTAでは1.2%と統計学的に有意な発症頻度の低下を認め,防腐剤の有無でSEの発症頻度に差を認めている7).このため,マキュエイドRが入手できなかった2010年までは,防腐剤を除去してから使用することがわが国でも推奨されていた.わが国での多施設共同研究でもSEの発生頻度は1.6%であり,前述の報告と差異はないようであった8).防腐剤の除去法としてはフィルターによる方式が推奨されていたが9),煩雑であり防腐剤の完全除去は困難であった.この欠点を補うPFTAであるマキュエイドRが国内で市販され,SE発症の危険が少ない安全な薬剤であることが期待されていた.現に市販後4年間,IVTA後のSEの報告がなかったことは如実にこれを反映している.しかし,前述のように頻(146) aab図1初診時までの加療経過当院初診時,右眼の矯正視力は0.2であり,光干渉断層計が示すような黄斑浮腫を認めた(a).IVTAを行ったところ,浮腫は速やかに吸収し,矯正視力も0.3に改善した(b).abc図2加療前の所見IVTA前,浮腫の再発を認め,右眼の矯正視力は0.2であった(a).IVTAの5日後,前眼部所見に明らかな異常は認めなかったが(b),硝子体の混濁を認め眼底透見性は低下した(c)..:混濁塊.abc図3加療後の所見硝子体手術後2カ月の所見を示す.前眼部は清明であり(a),硝子体混濁も消失し,透見性は改善した(b).トリアムシノロンアセトニド粒子の残存を認める(.).光干渉断層計に示すように黄斑浮腫も消失した(c).度が下がるもののPFTAでもSEは生じうること,また,直接接触が細胞に与える影響について報告している.TA粒硝子体切除後に本剤が眼内に残存した場合にSEを発症した子の細胞への直接接触は炎症性サイトカインの増加を誘発症例が報告されていること(マキュエイド硝子体内注用し,細胞への障害が生じることを明らかにした.彼らはこれ40mg添付文書,わかもと株式会社,2014.4改訂第4版)なを「Particle-inducedendophthalmitis」と名づけた10).Inどから防腐剤以外のSEの発症原因があることも示唆されてvivoの条件下と異なり,生体でどのような変化が生じていいる.Otsukaらは細胞をTAとともに培養し,TA粒子のるかはいまだ不明であるが,このようにIVTA後のSE発症(147)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015911 には防腐剤以外の因子があることを念頭に,IVTAは注意深く行われなければならない.加療に当たり,SEと感染性眼内炎の鑑別が本例でも問題となった.SEの臨床所見としては,結膜充血や疼痛を伴わない前房混濁であり,感染性のものと異なり,さらさらした性状の前房蓄膿として知られている11).視力低下は著明で,これらの所見は24時間以内に生じることが多いとされている.本例はIVTA翌日の炎症所見や前房混濁を認めないものの,外眼部所見が清明であったことや硝子体混濁を主体とした強い視力低下を示したことから,加療開始前にすでにSEが強く疑われた.両者の大きな差異は,SEがとくに加療を行わなくても自然治癒することであり,本例においても経過観察が可能であったかもしれない.しかし,感染性眼内炎の初期像をみていた可能性はやはり否定できず,前述の所見も翌日以降に増悪していたかもしれない.感染性眼内炎の予後は治療開始時期に依存するため,硝子体手術の安全性が向上している現在において,本例のように即日の手術加療を行うことは視機能維持に直結する.以上から,過剰加療の側面があるものの,本例では手術加療を行った.感染による網膜白斑や血管白鞘化といった著明な変化もなく,術中採取した検体の培養結果も陰性であったことからSEと確定診断し,経過良好である.加えてDMEに対する加療選択肢の一つである硝子体手術を行ったため,結果としてDMEの消失と視機能改善を得ることができた.以上,PFTAであるマキュエイドRによるわが国で初めてのSE症例を報告した.防腐剤が無添加になったことによりSE発症頻度は減少し,有用なDMEに対する加療選択肢であるIVTAは行いやすくなっている.しかし依然,SEがIVTAにより生じうることを念頭に置いて加療する必要があると考えられる.文献1)JonasJB,KreissigI,SofkerAetal:Intravitrealinjectionoftriamcinolonefordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol121:57-61,20032)PeymanGA,CheemaR,ConwayMDetal:Triamcinoloneacetonideasanaidtovisualizationofthevitreousandtheposteriorhyaloidduringparsplanavitrectomy.Retina20:554-555,20003)杉本昌彦,松原央,古田基靖ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイドR)の硝子体内注射の効果.あたらしい眼科30:703-706,20134)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,ElmanMJ,AielloLP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077,20105)YamakiriK,SakamotoT,NodaYetal:Reducedincidenceofintraoperativecomplicationsinamulticentercontrolledclinicaltrialoftriamcinoloneinvitrectomy.Ophthalmology114:289-296,20076)MoshfeghiDM,KaiserPK,BakriSJetal:Presumedsterileendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.OphthalmicSurgLasersImaging36:24-29,20057)MaiaM,FarahME,BelfortRNetal:Effectsofintravitrealtriamcinoloneacetonideinjectionwithandwithoutpreservative.BrJOphthalmol91:1122-1124,20078)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郞ほか:日本網膜硝子体学会トリアムシノロン調査グループトリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20119)NishimuraA,KobayashiA,SegawaYetal:Isolatingtriamcinoloneacetonideparticlesforintravitrealusewithaporousmembranefilter.Retina23:777-779,200310)OtsukaH,KawanoH,SonodaSetal:Particle-inducedendophthalmitis:possiblemechanismsofsterileendophthalmitisafterintravitrealtriamcinolone.InvestOphthalmolVisSci54:1758-1766,201311)坂本泰二:粒子誘発性眼内炎:無菌性眼内炎の新しい病因.臨眼67:1249-1253,2013***912あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(148)

紫色光ブロック眼内レンズZCB00Vを用いた白内障手術の術後早期成績:視力,屈折度,QOLの検討

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):898.903,2015c《原著》あたらしい眼科32(6):898.903,2015c898(134)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕岡義隆:〒820-0067福岡県飯塚市川津364-2岡眼科ビル1F岡眼科クリニックReprintrequests:YoshitakaOka,M.D.,OkaEyeClinic,1FOkaEyeClinicBldg.,364-2Kawazu,Iizuka,Fukuoka820-0067,JAPAN紫色光ブロック眼内レンズZCB00Vを用いた白内障手術の術後早期成績:視力,屈折度,QOLの検討岡義隆*1貞松良成*2*1岡眼科クリニック*2さだまつ眼科クリニックEarlyClinicalOutcomesofaVioletBlockingIntraocularLensZCB00VPostCataractSurgery:EvaluationofVisualAcuity,Refraction,andQualityofLifeYoshitakaOka1)andYoshinariSadamatsu2)1)OkaEyeClinic,2)SadamatsuEyeClinic目的:紫外線と紫色光をブロックし青色光を透過させる新しい着色眼内レンズ(IOL)であるテクニスオプティブルー(ZCB00V,エイエムオー・ジャパン)について,白内障手術後早期の視力,屈折度,QOL(qualityoflife)における臨床転帰を評価する.対象および方法:32人60眼(年齢73.1±6.0歳)を対象に,ZCB00Vを挿入する白内障手術を実施し,手術1カ月後に裸眼遠方視力,矯正遠方視力,自覚的屈折度,視覚に関連したQOLを評価する多施設前向き研究を行った.QOLの評価はNEIVFQ-25(the25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestion-naire)によるアンケート調査により行った.結果:術中合併症の発生はなかった.術前から手術1カ月後にかけ,裸眼遠方視力(logMAR値)は0.58±0.40から0.02±0.16,矯正遠方視力(logMAR値)は0.14±0.24から.0.06±0.06といずれも有意に改善した(ともにp<0.01).等価球面度数は.0.07±2.24Dから.0.39±0.46Dと推移したが,有意な変化ではなかった(p=0.21).手術1カ月後の片眼裸眼遠方視力(logMAR値)は,対象眼数の81.67%(49眼/60眼)で0.0以下,93.33%(56眼/60眼)で0.1以下,そして96.67%(58眼/60眼)で0.3以下であった.片眼矯正遠方視力(logMAR値)は,対象眼数の97.96%(48眼/49眼)で0.0以下,そして100%で0.3以下であった.手術1カ月後のQOLはNEIVFQ-25の12の下位尺度すべてで有意に改善した(いずれもp≦0.01).結論:ZCB00Vは白内障手術後早期の視機能改善において有効性と安全性を備えたIOLである.Purpose:ToevaluateearlyclinicaloutcomesoftheTECNISROptiBlue(ZCB00V;AbbottMedicalOptics,Inc.)intraocularlens(IOL),anew,yellow-tinted,violetlightblockingIOL,postcataractsurgery.Methods:Thestudycomprised60eyesof32patients(meanage:73.1±6.0years)fromtwoeyeclinicsthatunderwentcataractsurgerywithimplantationoftheTECNISROptiBlueIOL.Uncorrecteddistancevisualacuity(UDVA),correcteddistancevisualacuity(CDVA),manifestrefraction,andvision-relatedqualityoflifewereexaminedprospectivelyat1-monthpostoperative.Qualityoflifewasmeasuredwiththe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionnaire(NEIVFQ-25).Results:Nocomplicationsoccurredduringsurgery.ThemeanUDVA(logMAR)valueswere0.58±0.40and0.02±0.16atbeforesurgeryandat1-monthpostoperative,respectively,andthemeanCDVA(logMAR)valuesatthosesameevaluationtime-pointswere0.14±0.24and.0.06±0.06,respectively,thusshowingthatbothUDVAandCDVAweresignificantlyimprovedat1-monthpostoperative(p<0.05).Beforesur-geryandat1-monthpostoperative,themeansphericalequivalentvalueswere.0.07±2.24diopters(D)and.0.39±0.46D,respectively,thusshowingnosignificantchangebetweenbeforeandaftersurgery.At1-monthpost-operative,81.67%(49/60)oftheeyesachievedanUDVAof≦0.0,93.33%(56/60)achievedanUDVAof≦0.1,and96.67%(58/60)achievedanUDVAof≦0.3,and97.96%(48/49)oftheeyesachievedaCDVAof≦0.0and100%achievedaCDVAof≦0.3.TheNEIVFQ-25scoresweresignificantlyimprovedinallofthe12subscalesat1-monthpostoperative(p≦0.01).Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthesafetyandefficacyoftheTECNISROptiBluevioletblockingIOLwithrespecttoearlypostoperativevisualoutcomesfollowingcataractsur-gery. 〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):898.903,2015〕Keywords:眼内レンズ,青色光,裸眼遠方視力,矯正遠方視力,等価球面度数,NEIVFQ-25,QOL.intraocularlens,bluelight,uncorrecteddistancevisualacuity,correcteddistancevisualacuity,sphericalequivalent,NEIVFQ-25,QOL.はじめに白内障手術に使用される眼内レンズ(IOL)は1980年代後半以降,光毒性により網膜損傷を引き起こす紫外線(UV)の透過防止を目的として,レンズ材料成分にUV吸収能をもつ発色団を添加し,UVフィルター機能をもたせたIOLが一般的となっている1,2).これらのIOLでは当初,可視光の全波長領域を透過させる非着色タイプのIOLが普及した2).しかし,短波長可視光が網膜に及ぼす悪影響に関して,動物実験により青色光の光毒性が網膜傷害の原因となることが明らかにされた3).また,疫学的研究により,青色光への曝露が加齢黄斑変性の発症と関連する可能性が示された4).こうしたエビデンスの蓄積を背景に,青色光吸収能を有する発色団の添加によって,UVから青色光までの波長スペクトルに対するフィルター機能をもたせた着色タイプの青色光ブロックIOLが開発され5),近年臨床への普及が進んでいる.青色光ブロックIOLを従来の非着色IOLと比較した術後成績に関しては,視力,コントラスト感度,色覚といった視機能や視覚に関連したQOL(qualityoflife)について,両IOLで同等に良好であったという報告がある6,7).一方で,青色光ブロックIOL挿入眼では非着色IOL挿入眼と比較し,暗所視や薄明視における視機能が低下する可能性が指摘されている2).暗所視では,最大視感度の波長が明所視よりも短波長側にシフトするPurkinje現象により,視覚における青色光の重要度が増すと考えられる8).また,青色光ブロックIOL挿入による青色光遮断に伴い,概日リズム同調に必要な網膜神経節細胞での光受容が妨げられ,体内時計や睡眠に関連した問題を生じる可能性も指摘されている9).こうしたなか,青色光ブロックIOLの臨床的有用性の評価をめぐり,いまだ議論が続いているのが現状である10).2013年から使用可能となった新しい着色IOLのテクニスオプティブルー(ZCB00V,エイエムオー・ジャパン)では,従来の青色光吸収剤ではなく紫色光吸収剤が添加されており,UVから400.440nmの紫色光までの波長スペクトルに対するフィルター機能を備えている.440.500nmの青色光は暗所視下に最大視感度を示す波長の近傍であり,かつ概日リズム同調に必要とされる領域を含むが,ZCB00Vは,この青色光領域に対する分光透過率が従来の青色光ブロックIOLと比べて高い8).このためZCB00Vでは,従来の青色光ブロックIOLに対し指摘される上記のデメリットが改善される可能性がある.(135)本研究は,青色光透過性をもつ紫色光ブロックIOLであるZCB00Vの術後成績についての最初の臨床報告である.ZCB00Vを挿入する白内障手術を行い,手術1カ月後までの視力,屈折度,および視覚に関連したQOLの臨床経過を検討した.I対象および方法1.対象患者研究対象は,2施設の眼科専門クリニック(岡眼科クリニック,福岡;さだまつ眼科クリニック,埼玉)にて,1ピース非球面タイプの紫色光ブロックIOLであるZCB00Vを用いて白内障手術を施行した32人(男性11人,女性21人)60眼である.患者の選択基準はつぎのとおりとした:①年齢21歳以上,②術後の正視を希望,③必要となるIOLの度数が15.26D,④本研究への参加についてインフォームド・コンセントが実施されている,⑤本研究への参加意思があり,術後フォローアップスケジュールに従った受診が可能.また,除外基準をつぎのように定めた:①視力に影響する可能性のある薬剤を全身投与もしくは点眼投与により使用中,②視力もしくは本研究の検討結果に影響を及ぼす可能性がある疾患やその他の病的状態(急性,慢性を問わない)を有する,③術前もしくは術後の診察で水晶体.とZinn小帯の両方もしくはどちらか片方に異常所見があり,それを原因としたIOLの偏位によって術後の視力が影響を受ける可能性がある,④瞳孔の異常(瞳孔無反応,瞳孔強直,瞳孔形態異常,薄明視もしくは暗所視下で瞳孔径4mm以上に拡大しない),⑤散瞳点眼剤へのアレルギーを有する.本研究は各施設の倫理審査委員会による承認を受けており,1964年のヘルシンキ宣言において採択された臨床研究の倫理規範に従って実施された.2.術前・術後臨床評価項目術前臨床評価として,すべての対象患者につぎの項目の一般的な眼科検査を実施した:①裸眼遠方視力,②矯正遠方視力,③自覚的屈折度,④細隙灯顕微鏡検査,⑤生体計測(IOLマスター,カールツァイスメディテック),⑥眼底検査.また,視覚に関連したQOLについて,測定尺度として信頼性・妥当性が確立されているアンケート調査方法であるNEIVFQ-25(The25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaire)11)を用いて評価した.NEIVFQ25は25項目から構成され,全体的健康感や視覚,各種の活あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015899 動を行ううえで感じる困難さ,視力低下がもたらす影響をどの程度重大にとらえているかについて,患者への質問によって測定する.視覚に関連した各種の活動に対して感じる困難さについて,「(1)まったく難しくない」「(2)あまり難しくない」「(3)難しい」「(4)とても難しい」「(5)見えにくいのでするのをやめた」「(6)別の理由でするのをやめた/もともとしない」の回答により6段階に評価した(回答(6)は欠損データとして扱った).また,視力低下の影響によるさまざまな役割の制限について尋ねた13項目のうち,5項目については「(1)いつも」.「(5)まったくない」,8項目については「(1)まったくそのとおり」.「(5)ぜんぜんあてはまらない」の回答により,いずれも5段階に評価した.なおNEIVFQ-25は,患者が普段の状態で各種の活動を行うことができるかどうかを尋ねるものであり,患者は眼鏡の使用が許容されるものとして回答する.術後臨床評価として,手術翌日,1週間後,1カ月後の来院時につぎの検査を行った:①裸眼遠方視力,②矯正遠方視力,③自覚的屈折度,④細隙灯顕微鏡検査.また手術1カ月後にNEIVFQ-25を用いて再度,QOLを評価した.3.使用したIOLZCB00Vは,UV・紫色光吸収剤が添加された柔軟で折り畳み可能なアクリル素材からなる1ピース非球面IOLで,光学部直径6.0mm,全長13.0mmである.後.混濁予防のため,光学部はフロスト加工処理され,また後面全周に直角エッジデザインが施されている.紫色光吸収剤によって遮断されるおもな波長域は,網膜損傷を引き起こす可能性のある440nm未満の短波長域8)に限られている.暗所視下の良好な視機能や概日リズム同調のために必要となる440.500nmの青色光領域に対しては,ZCB00Vは従来の青色光ブロックIOLと比べて高い分光透過率を示す8).本レンズは,選択可能な全度数範囲+6.0.+30.0D(0.50D刻み)を通じて分光透過率曲線の形状がほぼ同一となるように設計されている.また,角膜の球面収差を補正することにより術後の眼球全体の球面収差をほぼ0とすることを目的として,レンズ後面は非球面形状となっている.メーカー推奨A定数は118.8である.4.手術手技手術は全例,熟練した術者が局所麻酔下で施行した.岡眼科クリニックでは耳側角膜2.4mm切開,さだまつ眼科クリニックでは耳側経結膜2.4mm切開を行い,CCC(continuouscurvilinearcapsulorhexis)による前.切開に続いて超音波水晶体乳化吸引術を行った後,IOL挿入器アンフォルダーRプラチナ1システム(エイエムオー・ジャパン)を使って水晶体.内にZCB00Vを挿入した.術後管理として全例にステロイド点眼薬投与を行った.5.統計解析統計解析ソフトウェアSPSSversion19.0(IBM)を使用して統計学的検討を行った.各評価項目における経時的変化をみるため,術前後の各評価時点間でWilcoxon順位和検定を用いて比較した.いずれの場合も統計学的有意水準はp<0.05とした.QOLについてのNEIVFQ-25による調査結果を解析するため,米国国立眼病研究所(NEI)の実施要綱に従い,全25項目を構成する12の下位尺度についてのスコア化を行った11).調査時に,視機能が良好なほど高スコアとする採点ルールに従って全25項目のスコア値を記録した後,各項目のスコア値をそれぞれ最低スコア値0.最高スコア値100のスケールに変換した.そして関連性のある項目のスコア値の平均値を求めることで,12の下位尺度のスコア値を算出した.II結果1.患者背景本研究はプロスペクティブな検討として実施され,参加した患者は男性11人(34.4%),女性21人(65.6%),年齢73.1±6.0歳(平均値±SD,範囲:64.83歳),対象とした60眼の内訳は右目29眼(48.3%),左目31眼(51.7%)であった.挿入されたIOLの度数は21.42±3.02D(平均値±SD,中央値:21.00D,範囲:12.50.27.00D)であった.23眼(38.3%)に眼疾患既往があり,23眼(38.3%)に眼底の異常所見がみられた.術前臨床評価時に検出された眼疾患や眼の病的状態は以下のとおりであった:加齢黄斑変性1眼(1.7%),動脈硬化性網膜症1眼(1.7%),糖尿病網膜症4眼(6.7%),緑内障10眼(16.7%),糖尿病網膜症を併存する緑内障2眼(3.3%),黄斑部網膜上膜を併存する緑内障1眼(1.7%),高血圧性網膜症3眼(5.0%),偽落屑緑内障1眼(1.7%).術中合併症の発生はなかった.2.視力と屈折度表1に視力と屈折度の術前.手術1カ月後における経時的推移を示す.片眼裸眼遠方視力(logMAR値,平均値±SD)は術前の0.58±0.40から手術1カ月後に0.02±0.16,片眼矯正遠方視力(logMAR値,平均値±SD)は術前の0.14±0.24から手術1カ月後に.0.06±0.06といずれも有意に改善していた(Wilcoxon順位和検定,いずれもp<0.01;図1).等価球面度数(平均値±SD)は術前の.0.07±2.24Dから手術1カ月後に.0.39±0.46Dと推移したが,有意な変化ではなかった(Wilcoxon順位和検定,p=0.21;図2).手術1カ月後の片眼裸眼遠方視力(logMAR値)が0.0以下であった眼数の割合は81.67%(49眼/60眼),0.1以下は93.33%(56眼/60眼),0.3以下は96.67%(58眼/60眼)であった(図3a).同様に手術1カ月後の片眼矯正遠方視力(logMAR値)が0.0以下,0.1以下の割合はともに97.96%(48(136) あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015901(137)眼/49眼)であり,0.3以下は100%であった(図3b).3.QOL表2にNEIVFQ-25で評価したQOLを術前と手術1カ月後で比較した結果を示す.手術1カ月後に12の下位尺度のすべてにおいてスコア値の有意な改善がみられた(Wilcox-on順位和検定,いずれもp≦0.01).III考察裸眼遠方視力(logMAR値)の平均値±SDは手術1カ月後に0.02±0.16(範囲:.0.08.1.00)まで改善した.この結果から,青色光を透過する紫色光ブロックIOLであるZCB00Vの挿入眼では,視力の良好な予後が期待できることが示された.表1術前後の片眼視力および屈折度の臨床経過術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後術前vs.手術1カ月後の比較†UDVA0.58(0.40)0.52(.0.08.1.70)0.08(0.16)0.00(.0.08.1.00)0.02(0.14)0.00(.0.08.0.82)0.02(0.16)0.00(.0.08.1.00)p<0.01CDVA0.14(0.24)0.10(.0.08.1.30).0.01(0.11).0.08(.0.08.0.52).0.06(0.05).0.08(.0.08.0.15).0.06(0.06).0.08(.0.08.0.22)p<0.01等価球面度数(D).0.07(2.24)+0.25(.6.00.+4.63).0.10(0.35)0.00(.0.75.+0.63).0.08(0.37)0.00(.1.00.+0.75).0.39(0.46).0.50(.2.50.0.00)p=0.21上段に平均値(標準偏差),下段に中央値(範囲)を示す.UDVA:裸眼遠方視力,CDVA:矯正遠方視力.いずれもlogMAR値.†:Wilcoxon順位和検定.図1フォローアップ期間中の片眼裸眼遠方視力と片眼矯正遠方視力の変化UDVA:裸眼遠方視力,CDVA:矯正遠方視力.いずれもlogMAR値(平均値±標準偏差).p値:Wilcoxon順位和検定.logMAR値-0.4-0.200.20.40.60.811.2術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後UDVACDVA0.58±0.400.02±0.16-0.06±0.060.14±0.24術前vs.手術1カ月後:p<0.01術前vs.手術1カ月後:p<0.01図2フォローアップ期間中の等価球面度数の変化平均値±標準偏差.p値:Wilcoxon順位和検定.等価球面度数(D)-3.0-2.5-2.0-1.5-1.0-0.50.00.51.01.52.02.53.0術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後-0.39±0.46術前vs.手術1カ月後:p=0.21-0.07±2.24図3フォローアップ期間を通じた片眼裸眼遠方視力(a)と片眼矯正遠方視力(b)の分布変化術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後眼数の割合logMAR値■0.0以下■0.1以下■0.3以下100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後眼数の割合100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%abあたらしい眼科Vol.32,No.6,2015901(137)眼/49眼)であり,0.3以下は100%であった(図3b).3.QOL表2にNEIVFQ-25で評価したQOLを術前と手術1カ月後で比較した結果を示す.手術1カ月後に12の下位尺度のすべてにおいてスコア値の有意な改善がみられた(Wilcox-on順位和検定,いずれもp≦0.01).III考察裸眼遠方視力(logMAR値)の平均値±SDは手術1カ月後に0.02±0.16(範囲:.0.08.1.00)まで改善した.この結果から,青色光を透過する紫色光ブロックIOLであるZCB00Vの挿入眼では,視力の良好な予後が期待できることが示された.表1術前後の片眼視力および屈折度の臨床経過術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後術前vs.手術1カ月後の比較†UDVA0.58(0.40)0.52(.0.08.1.70)0.08(0.16)0.00(.0.08.1.00)0.02(0.14)0.00(.0.08.0.82)0.02(0.16)0.00(.0.08.1.00)p<0.01CDVA0.14(0.24)0.10(.0.08.1.30).0.01(0.11).0.08(.0.08.0.52).0.06(0.05).0.08(.0.08.0.15).0.06(0.06).0.08(.0.08.0.22)p<0.01等価球面度数(D).0.07(2.24)+0.25(.6.00.+4.63).0.10(0.35)0.00(.0.75.+0.63).0.08(0.37)0.00(.1.00.+0.75).0.39(0.46).0.50(.2.50.0.00)p=0.21上段に平均値(標準偏差),下段に中央値(範囲)を示す.UDVA:裸眼遠方視力,CDVA:矯正遠方視力.いずれもlogMAR値.†:Wilcoxon順位和検定.図1フォローアップ期間中の片眼裸眼遠方視力と片眼矯正遠方視力の変化UDVA:裸眼遠方視力,CDVA:矯正遠方視力.いずれもlogMAR値(平均値±標準偏差).p値:Wilcoxon順位和検定.logMAR値-0.4-0.200.20.40.60.811.2術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後UDVACDVA0.58±0.400.02±0.16-0.06±0.060.14±0.24術前vs.手術1カ月後:p<0.01術前vs.手術1カ月後:p<0.01図2フォローアップ期間中の等価球面度数の変化平均値±標準偏差.p値:Wilcoxon順位和検定.等価球面度数(D)-3.0-2.5-2.0-1.5-1.0-0.50.00.51.01.52.02.53.0術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後-0.39±0.46術前vs.手術1カ月後:p=0.21-0.07±2.24図3フォローアップ期間を通じた片眼裸眼遠方視力(a)と片眼矯正遠方視力(b)の分布変化術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後眼数の割合logMAR値■0.0以下■0.1以下■0.3以下100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%術前手術翌日手術1週間後手術1カ月後眼数の割合100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%ab 表2NEI.VFQ25の12の下位尺度を用いて評価した術前後のQOL変化NEI-VFQ25下位尺度術前手術1カ月後p値†全体的健康感53.13(15.23)50.00(25.00.100.00)64.06(21.94)50.00(25.00.100.00)0.01全体的見え方55.63(17.40)60.00(20.00.80.00)91.25(10.08)100.00(80.00.100.00)<0.01目の痛み83.59(17.52)87.50(37.50.100.00)93.95(9.05)100.00(62.50.100.00)0.01近見視力による行動60.94(24.54)66.67(0.00.100.00)92.47(12.79)100.00(50.00.100.00)<0.01遠見視力による行動65.63(20.60)66.67(25.00.100.00)98.39(3.98)100.00(83.33.100.00)<0.01運転56.88(25.16)50.00(25.00.100.00)96.71(8.17)100.00(75.00.100.00)<0.01周辺視覚70.16(21.81)75.00(25.00.100.00)99.22(4.42)100.00(75.00.100.00)<0.01色覚87.10(12.70)75.00(75.00.100.00)100.00(0.00)100.00(100.00.100.00)<0.01見え方による社会生活機能82.81(17.32)87.50(25.00.100.00)100.00(0.00)100.00(100.00.100.00)<0.01見え方による自立75.78(24.99)75.00(25.00.100.00)99.46(2.99)100.00(83.33.100.00)<0.01見え方による心の健康69.73(23.12)68.75(25.00.100.00)100.00(0.00)100.00(100.00.100.00)<0.01見え方による役割制限76.56(24.75)81.25(25.00.100.00)99.19(2.67)100.00(87.50.100.00)<0.01上段に平均値(標準偏差),下段に中央値(範囲)を示す.†:Wilcoxon順位和検定(術前vs.手術1カ月後の比較).本研究で裸眼遠方視力と矯正遠方視力により評価したZCB00Vの視力予後は,従来タイプの着色IOLである青色光ブロックIOLについて過去に報告された予後評価の結果と同等であった12.15).加えて,非着色タイプの非球面IOLについて過去に報告された結果とも同等,もしくはそれらより良好な結果であった16,17).Baghiらは,TecnisZ9000(AbbottMedicalOpticsInc.USA)とAkreosAO(Bausch&LombInc.USA)の2種類の非球面非着色IOLで視力予後を比較し,各IOL挿入眼の手術3カ月後の裸眼視力(logMAR値)平均値がそれぞれ0.18,0.25であったと報告している16).これに対し,同じ2種類のIOLについてJohanssonらが行った比較検討では,手術10.12週後の裸眼視力(logMAR値)平均値についてTecnisZ9000で0.08,AkreosAOで0.11とより良好な結果が報告されている17).これらの既報の結果との比較から,ZCB00Vは非球面非着色IOLや青色光ブロックIOLと比べ,視力予後が同等,もしくはそれらより良好と考えられる.視力予後に加え,ZCB00Vの挿入が視覚に関連するQOLに及ぼす影響について,NEIVFQ-25を用いたアンケート調査により評価した.NEIVFQ-25は当初,各種の眼疾患に伴う視力低下がさまざまな日常行動に影響を及ぼすことにより,QOLにどう影響するかを測る目的で開発された11).その後の検証により,調査対象者の視力のレベルや健康状態によらず,信頼性・妥当性をもってQOLを評価可能な測定尺度として確立されている18).また近年は,調節型IOLや回折多焦点IOLといった各種のIOLを用いて白内障手術を施行した後のQOLの変化を評価する目的で,NEIVFQ-25が使用されている19,20).本研究では,NEIVFQ-25の12の下位尺度すべてで術後に有意な改善が認められ,そのなかでも平均値増加幅が比較的大きかった下位尺度が「運転」(術前ベースライン値:56.88,増加幅:39.8),「全体的見え方」(同:55.63,同:35.6),「遠見視力による行動」(同:65.63,同:32.8),「近見視力による行動」(同:60.94,同:31.5)であった.Espindleらは青色光ブロックIOLについて,白内障手術前後の視覚に関連したQOLの変化を,NEIVFQ25と同一の12の下位尺度をもち39項目から構成されるNEIVFQ-39を用いて調べた6).その結果,手術120.180日後に「全体的健康感」を除く11の下位尺度すべてでQOL(138) が有意に改善しており,平均値増加幅が比較的大きかった尺度は「運転」(術前ベースライン値:58.37,増加幅:31.17),「全体的見え方」(同:60.04,同:28.59),「近見視力による行動」(同:66.28,同:26.72)「遠見視力による行動」(同:68.89,同:26.17)と本研究の果と共通していた.本研究の観察期間は手術後1カ月間と短いため単純な比較はできないものの,青色光を透過する紫色光ブロックIOLであるZCB00Vは,青色光ブロックIOLと同様に術後の視覚に関連したQOLを改善させると考えられる.結論として,青色光を透過し紫色光.UVを遮断する紫色光ブロックIOLのZCB00Vは,白内障手術後早期の視機能改善において有効性と安全性を備えたIOLであり,従来タイプの青色光ブロックIOLと比較し,遜色ない臨床成績が期待できる.今後の検討課題に関しては,ZCB00Vでは,暗所視において重要度を増す青色光に対し高い分光透過率を示す8)ため,青色光ブロックIOLについて問題視されてきた暗所視でのコントラスト感度低下が起きにくいと予想される.したがって今後,ZCB00V挿入眼におけるコントラスト感度と色覚について検証することが必要と考えられる.また,ZCB00Vでは,患者の視機能低下につながる可能性があるグリスニングやsub-surfacenanoglistening(SSNG)が発生しにくい疎水性アクリル素材が用いられており21),本IOL挿入眼におけるグリスニングやSSNG発生についても検証が必要である.さらに,ZCB00Vの使用によって安定結(,)した長期予後が得られるかに関連して,IOLの.内安定,後.混濁(PCO)の検証も必須である.文献1)MainsterMA:Thespectra,classification,andrationaleofultraviolet-protectiveintraocularlenses.AmJOphthalmol102:727-732,19862)HendersonBA,GrimesKJ:Blue-blockingIOLs:acompletereviewoftheliterature.SurvOphthalmol55:284289,20103)GrimmC,WenzelA,WilliamsTetal:Rhodopsin-mediatedblue-lightdamagetotheratretina:effectofphotoreversalofbleaching.InvestOphthalmolVisSci42:497505,20014)TaylorHR,WestS,MunozBetal:Thelong-termeffectsofvisiblelightontheeye.ArchOphthalmol110:99-104,19925)DavisonJA,PatelAS:Lightnormalizingintraocularlenses.IntOphthalmolClin45:55-106,20056)EspindleD,CrawfordB,MaxwellAetal:Quality-of-lifeimprovementsincataractpatientswithbilateralbluelight-filteringintraocularlenses:clinicaltrial.JCataractRefractSurg31:1952-1959,20057)ZhuXF,ZouHD,YuYFetal:Comparisonofbluelight-filteringIOLsandUVlight-filteringIOLsforcataractsurgery:ameta-analysis.PLoSOne7:e33013,20128)MainsterMA:Violetandbluelightblockingintraocularlenses:photoprotectionversusphotoreception.BrJOphthalmol90:784-792,20069)TurnerPL,MainsterMA:Circadianphotoreception:ageingandtheeye’simportantroleinsystemichealth.BrJOphthalmol92:1439-1444,200810)YangH,AfshariNA:Theyellowintraocularlensandthenaturalageinglens.CurrOpinOphthalmol25:40-43,201411)StelmackJA,StelmackTR,MassotRW:Measuringlow-visionrehabilitationoutcomeswiththeNEIVFQ-25.InvestOphthalmolVisSci43:2859-2868,200212)Kara-JuniorN,EspindolaRF,GomesBAFetal:Effectsofbluelight-filteringintraocularlensesonthemacula,contrastsensitivity,andcolorvisionafteralong-termfollow-up.JCataractRefractSurg37:2115-2119,201113)LeibovitchI,LaiT,PorterNetal:Visualoutcomeswiththeyellowintraocularlens.ActaOphthalmolScand84:95-99,200614)MarshallJ,CionniRJ,DavisonJetal:Clinicalresultsoftheblue-lightfilteringAcrySofNaturalfoldableacrylicintraocularlens.JCataractRefractSurg31:2319-2323,200515)LandersJ,TanTH,YuenJetal:ComparisonofvisualfunctionfollowingimplantationofAcrysofNaturalintraocularlenseswithconventionalintraocularlenses.ClinExperimentOphthalmol35:152-159,200716)BaghiAR,JafarinasabMR,ZiaeiHetal:VisualOutcomesofTwoAsphericPCIOLs:TecnisZ9000versusAkreosAO.JOphthalmicVisRes3:32-36,200817)JohanssonB,SundelinS,Wikberg-MatssonAetal:VisualandopticalperformanceoftheAkreosAdaptAdvancedOpticsandTecnisZ9000intraocularlenses:Swedishmulticenterstudy.JCataractRefractSurg33:1565-1572,200718)HymanLG,KomaroffE,HeijlAetal:Treatmentandvision-relatedqualityoflifeintheearlymanifestglaucomatrial;fortheEarlyManifestGlaucomaTrialGroup.Ophthalmology112:1505-1513,200519)RamonML,PineroDP,Blanes-MompoFJetal:Clinicalandqualityoflifedatacorrelationwithasingle-opticaccommodatingintraocularlens.JOptom6:25-35,201320)AlioJL,Plaza-PucheAB,PineroDPetal:Opticalanalysis,readingperformance,andquality-of-lifeevaluationafterimplantationofadiffractivemultifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg37:27-37,201121)ColinJ,PraudD,TouboulDetal:Incidenceofglisteningswiththelatestgenerationofyellow-tintedhydrophobicacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg38:1140-1146,2012***(139)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015903

テクニス®1 ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入後1年の成績

2015年6月30日 火曜日

8945106,22,No.3《原著》あたらしい眼科32(6):894.897,2015cはじめに白内障手術時に,回折型多焦点眼内レンズ(IOL)を挿入することで良好な遠方および近方の裸眼視力が得られることが報告され,近年,これら数多くの臨床報告がまとめられている1,2).多焦点IOL挿入例においては,良好な裸眼視力を得るために,精度の高いIOL度数計算のみならず,視力に影響する乱視をできるだけ軽減することが求められる3).術後乱視は1.0D以下が望ましいとされ4),術後乱視の予測性を高めるには,手術による惹起乱視を最小限に抑える,すなわちより小さな切開が有利である.このことは,多焦点IOLのみならず単焦点,特にトーリックIOLにおいても重要で,眼内レンズの形状は3ピースから,より小さな切開から挿入可能な1ピース形状が好まれている.回折型多焦点IOLにおいて,3ピース(ZMA00:AMO社)と1ピース(ZMB00:AMO社)を比較し,術後1カ月において,1ピースタイプのほうが安定した裸眼遠方および894(130)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPANテクニスR1ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入後1年の成績ビッセン宮島弘子吉野真未平沢学大木伸一南慶一郎東京歯科大学水道橋病院眼科One-YearPostoperativeResultsofTECNISRMultifocal1-PieceDiffractiveIntraocularLensInsertionHirokoBissen-Miyajima,MamiYoshino,ManabuHirasawa,ShinichiOkiandKeiichiroMinamiDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital回折型多焦点眼内レンズ(IOL)は近方加入度数やIOL形状の異なるものが開発されている.今回,アクリル製で支持部が前方に偏位したテクニスR1ピース回折型多焦点IOL(ZMB00:AMO社)が挿入され,術後1年の経過観察が行えた症例の臨床成績を後向きに検討した.症例は109例167眼(平均年齢56.4±12.1歳)で,遠方視力(裸眼・矯正),近方視力(裸眼・遠方矯正下),自覚等価球面度数(MRSE),高次収差,コントラスト感度,眼鏡装用率,Nd:YAGレーザー後.切開施行率を調べた.遠方裸眼視力は術後1週より1年にわたり平均小数視力1.1以上,近方は0.7以上,MRSEは術後早期から後期にわずかに遠視化したが視力への影響はなかった.平均コントラスト感度は正常範囲内で,眼鏡装用率は7.8%,レーザー後.切開施行率は3.6%であった.テクニスR1ピース回折型多焦点眼内IOLは挿入後1年にわたり,良好で安定した視機能が得られ,有用なIOLと考えられた.Multifocalintraocularlenses(IOLs)withdifferentnearadditionalpowersanddesignshavebeendeveloped.Inthisstudy,weretrospectivelyexaminedtheclinicaloutcomesineyeswithTECNISRMultifocal1-PieceIOL(ZMB00;AbbotMedicalOptics)upto1-yearpostoperative.Thisstudyinvolved169eyesof109patients(meanage:56.4±12.1years).Meanuncorrecteddistancedecimalvisualacuity(VA)was≧1.1andnearVAwas≧0.7.Meanmanifestrefractionsphericalequivalentwasstableandmeancontrastsensitivitywaswithinthenormalrange.Therateofspectacleusagewas7.8%andtherateofeyesthatunderwentNd:YAGlaserposteriorcapsu-lotomywas3.6%.ThefindingsofthisstudyshowthattheTECNISRMultifocal1-PieceIOLprovidesgoodandstablevisualfunctionfor1-yearpostoperative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):894.897,2015〕Keywords:多焦点レンズ,1ピース,裸眼視力,術後屈折.multifocallens,1-piece,uncorrectedvision,postop-erativerefraction.テクニスR1ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入後1年の成績ビッセン宮島弘子吉野真未平沢学大木伸一南慶一郎東京歯科大学水道橋病院眼科One-YearPostoperativeResultsofTECNISRMultifocal1-PieceDiffractiveIntraocularLensInsertionHirokoBissen-Miyajima,MamiYoshino,ManabuHirasawa,ShinichiOkiandKeiichiroMinamiDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital回折型多焦点眼内レンズ(IOL)は近方加入度数やIOL形状の異なるものが開発されている.今回,アクリル製で支持部が前方に偏位したテクニスR1ピース回折型多焦点IOL(ZMB00:AMO社)が挿入され,術後1年の経過観察が行えた症例の臨床成績を後向きに検討した.症例は109例167眼(平均年齢56.4±12.1歳)で,遠方視力(裸眼・矯正),近方視力(裸眼・遠方矯正下),自覚等価球面度数(MRSE),高次収差,コントラスト感度,眼鏡装用率,Nd:YAGレーザー後.切開施行率を調べた.遠方裸眼視力は術後1週より1年にわたり平均小数視力1.1以上,近方は0.7以上,MRSEは術後早期から後期にわずかに遠視化したが視力への影響はなかった.平均コントラスト感度は正常範囲内で,眼鏡装用率は7.8%,レーザー後.切開施行率は3.6%であった.テクニスR1ピース回折型多焦点眼内IOLは挿入後1年にわたり,良好で安定した視機能が得られ,有用なIOLと考えられた.Multifocalintraocularlenses(IOLs)withdifferentnearadditionalpowersanddesignshavebeendeveloped.Inthisstudy,weretrospectivelyexaminedtheclinicaloutcomesineyeswithTECNISRMultifocal1-PieceIOL(ZMB00;AbbotMedicalOptics)upto1-yearpostoperative.Thisstudyinvolved169eyesof109patients(meanage:56.4±12.1years).Meanuncorrecteddistancedecimalvisualacuity(VA)was≧1.1andnearVAwas≧0.7.Meanmanifestrefractionsphericalequivalentwasstableandmeancontrastsensitivitywaswithinthenormalrange.Therateofspectacleusagewas7.8%andtherateofeyesthatunderwentNd:YAGlaserposteriorcapsulotomywas3.6%.ThefindingsofthisstudyshowthattheTECNISRMultifocal1-PieceIOLprovidesgoodandstablevisualfunctionfor1-yearpostoperative.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):894.897,2015〕Keywords:多焦点レンズ,1ピース,裸眼視力,術後屈折.multifocallens,1-piece,uncorrectedvision,postoperativerefraction.はじめに白内障手術時に,回折型多焦点眼内レンズ(IOL)を挿入することで良好な遠方および近方の裸眼視力が得られることが報告され,近年,これら数多くの臨床報告がまとめられている1,2).多焦点IOL挿入例においては,良好な裸眼視力を得るために,精度の高いIOL度数計算のみならず,視力に影響する乱視をできるだけ軽減することが求められる3).術後乱視は1.0D以下が望ましいとされ4),術後乱視の予測性を高めるには,手術による惹起乱視を最小限に抑える,すなわちより小さな切開が有利である.このことは,多焦点IOLのみならず単焦点,特にトーリックIOLにおいても重要で,眼内レンズの形状は3ピースから,より小さな切開から挿入可能な1ピース形状が好まれている.回折型多焦点IOLにおいて,3ピース(ZMA00:AMO社)と1ピース(ZMB00:AMO社)を比較し,術後1カ月において,1ピースタイプのほうが安定した裸眼遠方および〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPANあたらしい眼科Vol.32,No.6,20150910-1810/15/\100/頁/JCOPY894894894(130) 近方視力が得られることがすでに報告されている5).また,同一プラットフォームの単焦点IOLにおいて,前方に偏位した支持部をもつ1ピースタイプは,水晶体.内において光学部が後.側に押され,より確実な固定が示唆されている6).これらの検討結果から,同デザインの支持部を有する1ピース回折型多焦点IOLは,良好で安定した術後成績が期待されるが,術後長期経過についての報告は筆者らの知る限りではない.そこで,今回,1ピース回折型多焦点IOL(ZMB00)が挿入され,術後1年間経過観察できた症例の臨床成績を後向きに検討した.I対象および方法対象は,2011年7月から2013年11月までに東京歯科大学水道橋病院眼科にて白内障手術時に1ピース回折型多焦点IOL(ZMB00:AMO社)が挿入された症例である.選択基準は視力に影響を及ぼす緑内障,網膜疾患(糖尿病性網膜症,黄斑変性など)の既往がなく,術中合併症がなく,IOLが水晶体.内固定され,術後1週の矯正遠方視力が0.7以上,術後1年間の経過観察がなされており,術後にエキシマレーザーによる追加屈折矯正手術やIOLの摘出または交換が行われていない症例とした.本研究は,東京歯科大学の倫理審査委員会の承認(承認番号:466)を得たのち,ヘルシンキ宣言に沿って実施された.白内障手術は,点眼麻酔下,2.4mm幅の角膜耳側切開から水晶体超音波乳化吸引術を行い,ZMB00を専用インジェクターにて水晶体.内に挿入した.本IOLにおける近見加入度数は4Dで,およそ30cmの近方視力が期待できる.IOL度数は,眼軸長と角膜屈折力を光干渉式IOLマスター(Zeiss)で測定し,ULIBで指定されたA定数119.5とSRK/T式を用いて,正視狙いで決定した.検討項目は,術後1週,1,3,6カ月,1年における遠方視力(裸眼,矯正),30cmにおける近方視力(裸眼,遠方矯正下),自覚屈折等価球面度数(manifestrefractionsphericalequivalent:MRSE),術後1年における高次収差,コントラスト感度,眼鏡装用率,Nd:YAGレーザー後.切開術の施行率である.視力は小数視力をlogMAR視力に変換して解析を行った.MRSEは,遠方矯正視力測定時の屈折値から求めた.高次収差は,散瞳後にウェーブフロントアナライザーKR-1W(Topcon)を用い,瞳孔径4,6mmにおける全高次収差(RMS値)を求めた.コントラスト感度は,CSV-1000(VectorVision)を用いてグレアなしのコントラスト感度を測定した.視力の経時的な変化に対しては,Kruskal-Wallis検定を行い,有意な変動がある場合は,Steel-Dwassの多重比較を行った.MRSEには,分散分析(ANOVA)を行った.p<0.05を統計学的に有意差ありとした.結果は,平均±標準偏差で表記する.II結果研究期間中,ZMB00は346眼に挿入されていたが,選択基準に合わない症例(術後に追加屈折矯正手術が施行されていた15眼,術後1年まで経過観察できなかった症例など)を除き,109例(男性43例,女性66例)167眼を解析対象とした.平均年齢は56.4±12.1歳であった.術前の平均眼軸長は25.0±1.7mm,平均角膜乱視度数は0.80±0.56D,挿入されたIOLの平均度数は17.4±5.4Dであった.術後1週から1年までの遠方視力および近方視力を表1に示す.遠方視力は裸眼,矯正ともに平均小数視力が1.1以上と良好で,術後1年間にわたり有意な変化はなかった.近方視力も裸眼,遠方矯正下ともに平均小数視力0.7以上と良好であった.経過観察時期による有意差は,遠方矯正下近方視力で術後3,6カ月と術後1年に認められた(p<0.016)が,その差は0.05logMARであった.各経過観察時期の自覚屈折等価球面度数は.0.12±0.36D,.0.12±0.38D,.0.12±0.33D,.0.04±0.35D,.0.03±0.39Dで,観察時期で統計学的に有意な変化はなかった(p=0.072).術後1年における全高次収差は,4mm径で0.15±0.08μm,6mm径で0.57±0.32μm(ともにRMS値)であった.術後1年の平均コントラスト感度は,18cycleperdegree(cpd)のみ正常値下限レベルで,他の空間周波数では正常範囲内で表1術後logMAR視力(平均±標準偏差)観察時期視力logMAR術後1週術後1カ月術後3カ月術後6カ月術後1年p値*裸眼遠方.0.05±0.13.0.05±0.14.0.05±0.11.0.05±0.12.0.07±0.130.51矯正遠方.0.14±0.07.0.14±0.08.0.14±0.09.0.14±0.10.0.15±0.080.074裸眼近方0.10±0.160.10±0.140.11±0.130.12±0.120.09±0.130.093遠方矯正下近方0.07±0.120.07±0.140.10±0.12†0.10±0.11†0.05±0.120.002*:術後1年間の変動に対するp値(KruskalWallis検定),†:術後1年に対して有意差あり(p<0.05,Steel-Dwass多重比較)(131)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015895 CSV-1000ContrastSensitivitySpatialFrequency─(CyclesPerDegree)図1術後1年時のコントラスト感度あった(図1).眼鏡を装用していたのは13例18眼で,使用目的は遠方視用が7眼,近方視用が6眼,中間視用(おもにパソコン使用時)が6眼で,装用率は7.8%であった.Nd:YAGレーザーによる後.切開術施行率は3.6%(6眼)で,施行時期は術後5カ月から11カ月であった.III考按1ピース多焦点IOLZMB00挿入眼の術後視力は,遠近両方において術後1週から1年まで良好であった.同多焦点IOLの報告は,術後1カ月で平均遠方裸眼logMAR視力が0.03,矯正視力が.0.15,近方裸眼視力が0.105),術後4.6カ月で平均遠方裸眼logMAR視力が0.25±0.10,近方裸眼視力が0.15±0.30と7),本検討の結果と差異はなかった.術後1年以降の報告はないが,本多焦点IOLと同じ光学部デザインをもつシリコーン製多焦点IOLの長期観察結果8)と比較しても,術後1年の視力は同等であった.また,apodized回折型多焦点IOL(SA60D3,Alcon)の術後1年の成績では,裸眼遠方視力は0.7以上が88%,裸眼近方視力は0.4以上が全例と報告されている9).本検討における該当する割合を求めると,97%,98%であり,apodized回折型と同等以上と考えられた.以上より,ZMB00挿入後,早期から良好な遠方および近方視力と,長期の安定性が示された.術後の屈折において,テクニスR1ピースIOL挿入眼における遠視化が指摘され5,6),その要因として前方に偏位した支持部が示唆されている.一方,本検討におけるMRSEは術後早期に0.14-0.15Dの近視化傾向を示したが,屈折誤差は少なかった.これは,理論値のA定数(118.8)を用いず,ULIBの最適化されたA定数を使用したためと考えられ,多焦点IOLにおいては,このように最適化したA定数を用いることで屈折誤差を最小限にすることが重要と考えられた5).MRSEの1年までの長期経過をみると,観察期間で有意な差はないものの,術後6カ月に平均で0.08D増加しており,IOLの約0.1mm前方偏位に相当する5).これは,本IOLの支持部が前方に偏位しているため,.への接触力が大きくなり10),術後に起こる.収縮の影響を受けやすかった可能性がある.後発白内障について,本検討では術後1年までに3.6%にNd:YAGレーザー後.切開術が施行されていた.多焦点IOLにおいては,軽度な後発白内障でも視力に影響し,とくに近方視力でその傾向が強く,Nd:YAGレーザーを早期に要する傾向がある2).後発白内障の抑制,すなわち水晶体上皮細胞の増殖を抑えるためには,IOL後面と後.の接着やIOLのシャープエッジ形状が有用とされている11,12).テクニスR1ピースの支持部による光学部の後.への強い密着は,invitro9)およびinvivo6)で検討されており,支持部もシャープエッジ形状のため,支持部根部からの水晶体内皮細胞の迷入の抑制も期待できる13).以上,テクニスR1ピース回折型多焦点IOLは,従来の多焦点IOL同様,良好な術後遠方および近方視力が得られ,術後1年まで安定した結果であった.IOL形状から,多焦点IOLに重要な後発白内障抑制面ですぐれている可能性があり,今後さらに長期の経過観察が望まれる.文献1)AgrestaB,KnorzMC,KohnenTetal:Distanceandnearvisualacuityimprovementafterimplantationofmultifocalintraocularlensesincataractpatientswithpresbyopia:asystematicreview.JRefractSurg28:426-435,20122)deVriesNE,NuijtsRM:Multifocalintraocularlensesincataractsurgery:literaturereviewofbenefitsandsideeffects.JCataractRefractSurg39:268-278,20133)deVriesNE,WebersCA,TouwslagerWRetal:Dissatisfactionafterimplantationofmultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg37:859-865,20114)HayashiK,ManabeS,YoshidaMetal:Effectofastigmatismonvisualacuityineyeswithadiffractivemultifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg36:1323-1329,20105)宮田和典,片岡康志,本坊正人ほか:1ピース回折型多焦点眼内レンズ挿入眼における屈折誤差と視力:3ピースとの比較.あたらしい眼科30:269-272,20136)MiyataK,KataokaY,MatsunagaJetal:ProspectiveComparisonofOne-PieceandThree-PieceTecnis(132) AsphericIntraocularLenses:1-yearStabilityanditsEffectonVisualFunction.CurrEyeRes2014Oct13:1-6.[Epubaheadofprint]7)SchmicklerS,BautistaCP,GoesFetal:Clinicalevaluationofamultifocalasphericdiffractiveintraocularlens.BrJOphthalmol97:1560-1564,20138)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol89:617621,20119)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,200710)BozukovaD,PagnoulleC,JeromeC:Biomechanicalandopticalpropertiesof2newhydrophobicplatformsforintraocularlenses.JCataractRefractSurg39:1404-1414,201311)NishiO,YamamotoN,NishiKetal:Contactinhibitionofmigratinglensepithelialcellsatthecapsularbendcreatedbyasharp-edgedintraocularlensaftercataractsurgery.JCataractRefractSurg33:1065-1070,200712)ZemaitieneR,JasinskasV,AuffarthGU:Influenceofthree-pieceandsingle-piecedesignsoftwosharp-edgeoptichydrophobicacrylicintraocularlensesonthepreventionofposteriorcapsuleopacification:aprospective,randomized,long-termclinicaltrial.BrJOphthalmol91:644-648,200713)NixonDR,WoodcockMG:Patternofposteriorcapsuleopacificationmodels2yearspostoperativelywith2single-pieceacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:929-934,2010***(133)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015897

円錐角膜の白内障眼にトーリック眼内レンズを挿入した4症例

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):889.893,2015c円錐角膜の白内障眼にトーリック眼内レンズを挿入した4症例力石洋平*1満川忠宏*1大澤亮子*2湯口琢磨*2大城三和子*3海谷忠良*1*1海谷眼科*2みどり台海谷眼科*3かけ川海谷眼科EfficacyofToricIntraocularLensImplantationforPatientswithKeratoconusYoheiChikaraishi1),TadahiroMitsukawa1),RyokoOsawa2),TakumaYuguchi2),MiwakoOshiro3)andTadayoshiKaiya1)1)KaiyaEyeClinic,2)MidoridaiKaiyaEyeClinic,3)KakegawaKaiyaEyeClinic円錐角膜患者4症例5眼の白内障手術にトーリック眼内レンズ挿入を行った.使用した眼内レンズはAcrysofRIQTORIC(Alcon社)でT4が1眼,T7が1眼,T9が3眼であった.視力は全例改善し,他覚的円柱度数は4例4眼において改善した.一方,自覚的円柱度数は不変3眼,改善1眼,悪化1眼とばらつきがみられた.進行の止まった円錐角膜患者の白内障手術にはトーリック眼内レンズが有効である可能性が示唆された.Purpose:ToinvestigatetheefficacyofToricintraocularlens(IOL)implantationinpatientswithkeratoconus.SubjectsandMethods:ToricIOLswereimplantedin5eyesof4cataractpatientswithkeratoconuscorneas.TheimplantedIOLswereAcrySofRIQToricT4(1eye),T7(1eye),andT9(3eyes)IOLs(Alcon,FortWorth,TX),respectively.Results:Visualacuitywasimprovedinall5IOLimplantedeyes.Objectivecylindricalpowerdecreasedin4eyes,however,subjectivecylindricalpowerwasfoundtohaveworsenedin1eye,beunchangedin3eyes,andtohaveimprovedin1eye.Conclusions:ToricIOLimplantationisapossibleusefulsurgicalmodalityforthetreatmentofcataracteyesinpatientswithkeratoconus.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):889.893,2015〕Keywords:白内障手術,円錐角膜,トーリック眼内レンズ.cataractsurgery,keratoconus,toricIOL.はじめに円錐角膜は角膜中央部が進行性に菲薄化し,円錐状に突出する疾患である.これによって強い近視と乱視をきたし著しい視機能の障害をきたす.その治療には眼鏡による矯正,コンタクトレンズ装用,全層角膜移植などがあるが,近年角膜クロスリンキングなどの報告もある1).円錐角膜の白内障患者に対しては眼内レンズ挿入術が行われている.トーリック眼内レンズは白内障手術の際に強い乱視の矯正を目的に開発され,近年その効果について報告されている2,3).トーリック眼内レンズの適応については1.4Dの角膜正乱視が適応であり,円錐角膜などの角膜不正乱視は慎重適応であり,わが国での使用報告はほとんどされていない.今回,円錐角膜の乱視矯正と視機能に関してのトーリック眼内レンズの使用について文献的考察を含めて,その有用性について検討したので報告する.I対象および方法対象は海谷眼科(以下,当院)で角膜形状解析装置(TMS5,TOMEY)のKeratoconusScreeningにてKlyce/MaedaandSmolek/Klyceに異常値を示した4症例5眼,平均年齢44.6±14.0歳(男性2名,女性2名)の白内障手術施行例である.眼内レンズの選択はオートレフケラトメータで測定した術前のケラト値や軸,眼軸長などをトーリックカリキュレータに入力し,算出された結果を参考に術者が最終決定した.術前のマーキング方法は座位にて6時マーク法を用い,30ゲージ(G)針にて周辺部角膜に上皮擦過を行い,手術時にはトーリック軸マーカーを6時の擦過痕と一致させ,挿入軸のマーキングを行った.使用レンズは,AcrysofRIQ〔別刷請求先〕力石洋平:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207番地琉球大学大学院医学研究科医学科専攻眼科学講座Reprintrequests:YoheiChikaraishi,DepartmentofOphthalmology,RyukyuUniversitySchoolofMedicine,207Uehara,Nishiharacho,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(125)889 TORIC(Alcon社)T4が1眼,T7が1眼,T9が3眼であった.患者には全例術前にトーリック眼内レンズについての十分な説明を行い,その使用について了承を得た.術前と術後1カ月の時点での視力,屈折,円柱度数について検討した.〔症例1〕71歳,女性.平成23年4月28日に近医より左眼の緑内障と白内障の治療目的に当院紹介された.全身的にはアレルギー疾患などの既往はない.眼圧は右眼13mmHg,左眼30mmHg.進行した視野狭窄(湖崎IV度)を認めた.細隙灯顕微鏡検査にて角膜中央部やや下方の前方突出を認め,TMS(図1)で平均K値49.4Dの中等度の円錐角膜を認めた.まず緑内障の治療のために点眼治療を開始した.眼圧は点眼でコントロールされたため,平成23年6月2日に左眼に対して超音波白内障手術と眼内レンズ(AcrysofRIQTORICSN6AT4)の移植・挿入術を行った.術前ケラト値は.4.0D,146°,挿入軸は20°であった.術前視力0.15(0.2×sph.4.00D)は術後1カ月で0.4(矯正不能)となった.〔症例2〕34歳,男性.図1症例1.中等度の円錐角膜を認める近医より右白内障手術の依頼により平成24年10月17日当院,紹介受診した.アトピー性皮膚炎を合併していた.右眼視力は0.4(0.5×sph+0.75D(cyl.3.00DAx95°).細隙灯顕微鏡検査にて角膜中央部やや下方の軽度前方突出を認め,TMS(図2)で平均K値44.9Dの軽度の円錐角膜と診断された.眼圧,眼底に異常は認めなかった.前.と皮質に強い白内障による混濁を認めた.平成24年11月12日,右眼超音波白内障手術と眼内レンズ(AcrysofRIQTORICSN6AT7)の挿入術を行った.術前ケラト値は.0.50D,95°,挿入軸は97°であった.術後1カ月の視力は0.15(1.2×sph.2.0D(cyl.1.75DAx120°)と向上した.〔症例3〕32歳,男性.平成24年7月25日に近医より白内障の手術目的にて紹介され受診した.既往歴に気管支喘息があり,ステロイドを吸引していた.右眼視力は0.1(0.7×sph.3.75D(cyl.3.00DAx55°).細隙灯顕微鏡検査にて角膜中央部やや下方の前方突出を認め,TMS(図3)で平均K値47.5Dの軽度の円錐角膜と診断された.眼圧,眼底に異常を認めなかった.後.下混濁が強く,本人の視力低下の自覚も強いため,平成25年8月8日,右超音波白内障手術と眼内レンズ(AcrysofRIQTORICSN6AT9)の挿入術を行った.術前ケラト値は.6.25D,46°,挿入軸は156°であった.術後視力は0.4(0.9×sph.6.50D(cyl.3.00DAx180°)と向上した.〔症例4〕43歳,女性.平成24年4月26日,両眼の白内障と円錐角膜の診断で近医より治療目的にて当科紹介受診.全身的にはアレルギー疾患などの既往歴はなかった.視力は右眼0.08(0.3×sph.4.00D(cyl.1.00DAx65°),左眼0.2(0.4×sph.4.25D)であった.眼圧,眼底に異常を認めなかった.細隙灯顕微鏡検査にて左右とも角膜中央部やや下方の前方突出を認め,TMS(図4,5)では右眼には平均K値52.0Dの進行した,また左眼には平均K値48.5Dの中等度の円錐角膜の所見を認図2症例2.軽度の円錐角膜を認める図3症例3.軽度の円錐角膜を認める890あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(126) 図4症例4の右眼.進行した円錐角膜を認める図5症例4の左眼.中等度の円錐角膜を認める1.201.0-20.8-4T9T7T9T9T4T9T9T9T7T4術後術後術後-6-80.60.40.2-100.0-120.00.20.40.60.8-12-10-8-6-4-20術前術前図6矯正視力の変化図7他覚円柱度数T4T9II結果0-2全症例の結果についてまとめてみる.T7T9T91.矯正視力.矯正視力の変化を術前と術後で比較した(図-46).すべての症例で矯正視力の改善がみられた.また,症例-62を除いて裸眼視力の改善も認めた.-82.術前後の他覚円柱度数の変化(ニデック社製オートレ-10図8自覚円柱度数めた.白内障は軽度であったため,まずコンタクトレンズによる治療を開始したが装用時痛があるため中止し,平成24年7月23日に左眼の白内障手術を,ついで平成25年8月26日に右眼の白内障手術を行った.左右眼とも眼内レンズはAcrysofRIQTORICSN6AT9を使用した.術前ケラト値は右眼.10.75D,10°,挿入軸は93°であり,左眼.6.00,174°,挿入軸は82°であった.術後1カ月後の視力は右眼0.4(0.5×sph+1.00D(cyl.9.00DAx180°)で左眼0.6(矯正不能)であった.フラクトメータでの測定値).図7に手術前後の他覚円柱度数の変化を示した.T4を挿入した症例1で軽度の悪化を認めているが,その他の症例は全例改善を認めた.3.術前後の自覚円柱度数の変化(最良矯正視力に必要な円柱度数).図8に自覚円柱度数の術前後での変化を示した.進行した円錐角膜の症例4の右眼では自覚円柱度数の明らかな悪化を認めた.症例1から3までの中等度以下の円錐角膜症例では不変あるいは改善を示した.III考按円錐角膜は思春期に発症し,進行性に角膜中央部が菲薄化し,円錐状に突出する疾患である.発症に性差はなく,30歳代以降にその進行は停止する.比較的まれな疾患であり,発症率は年間1.3.25人/100,000人であり,また8.8.229人/100,000人の有病率と報告されている4).しかしながら,-10-8-6-4-20術前(127)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015891 近年の角膜画像解析機器の進歩によりその有病率は増加している可能がある.今回の症例においても症例1から4までは前医で診断されておらず,軽度な円錐角膜はその多くが見逃されている可能性が示された.また,病期の進行によって角膜の変形とともに生じる近視と不正乱視のために最終的に高度の視機能障害をきたすことが知られている.治療には初期にはまず眼鏡による屈折矯正が試みられるが,近視,乱視の進行とともにコンタクトレンズの装用が,さらに角膜移植が最終的に実施される.近年クロスリンキングによる治療の報告が相ついでいるが,現時点ではその長期予後を含め不明な点が少なからずあり,今後一般臨床へと普及するには多施設での大規模な前向き研究が必要であるとされている4).また,角膜移植は8年の経過観察中に約12%の患者に実施されており,大部分の本症患者は眼鏡あるいはコンタクトレンズでの屈折矯正が行われているものと考えられる4).本疾患は青壮年期にはほぼ進行は停止し,多くの本症患者は角膜移植を経ずにいずれ白内障の発症,進行とともに屈折矯正を兼ねた白内障手術が適応とされることが推定される.円錐角膜患者の白内障手術に用いる眼内レンズとその手術成績に関する報告として,Watsonらは1996.2010年における円錐角膜患者で白内障手術を球面眼内レンズを挿入した64症例,92眼について報告している5).彼らはその後ろ向き研究で,角膜移植未施行群で,ダウン症候群を除いた平均K値が48Dまでの軽症群(35眼),平均K値が48.55Dまでの中等症群(40眼)と平均K値が55D以上の進行群(17眼)に分類してその結果を報告している.軽症群では術後球面度数の平均は0.0Dであったが屈折誤差は+5.2..3.0Dと幅広く分布し,中等症群では平均術後球面度数は.0.3Dで,屈折誤差は軽症群と同様に+3.2..3.8Dまで広く分布したと述べている.この2群間に有意差はなかった.しかしながら進行群で,実測(measured)K値を用いた8眼では術後球面度数は平均+6.8Dでその範囲は+0.2.+17Dであった.また,標準(standard)K値を用いた9眼では術後平均球面度数は+0.6Dでその範囲は+6.2..5.8Dの範囲であったと報告している.彼らは円錐角膜患者の生体計測にはさまざまな因子が関与し,精度の高い屈折値は特に進行した症例では予測することは困難であると結論している.一方,近年,白内障手術の際に乱視矯正用にトーリック眼内レンズが普及している.円錐角膜は近視性の不正乱視をきたすことから,この乱視軽減を目的とした使用の可能性が示唆される.しかしながら,円錐角膜患者はすでに述べたように頻度が少なく,トーリック眼内レンズを用いた白内障手術の報告は少ない.Sauderらは2例の報告を行っている6).1例(66歳,女性)は白内障手術の際にトーリック眼内レンズを挿入し,他の1例(68歳,女性)は無水晶体眼にトーリック眼内レンズを毛様溝に縫着している.2例とも乱視の軽減と視力の向上を得ている.Navasらも同様に2例のトーリック眼内レンズを円錐角膜患者の白内障手術に用いている7).症例1は55歳,男性で,症例2は46歳,男性であった.両者とも著しい裸眼視力の向上と,乱視の軽減を認めている.さらに最近,Nanavatyらは円錐角膜9症例12眼(平均年齢63.4±3.5歳)における白内障手術にトーリック眼内レンズを挿入し,術後裸眼視力の改善と,近視の減少,乱視の減少を報告している8).彼らは術後裸眼視力は75%で0.5以上,近視の量は術前.4.80±5.60Dから術後0.3±0.5Dへ,また乱視の絶対量は3.00±1.00Dから0.7±0.80Dへと改善したことを報告した.今回の筆者らの結果では,視力に関しては裸眼視力では症例2で軽度の低下を認めたが他のすべての症例で向上した.また,症例2においても矯正視力は1.2と改善した.ほぼ全例における術後視力の向上はもともと軽度以上の白内障が存在しており,この結果は妥当と考えられた.また症例4の右眼を除いては中等度以下の円錐角膜であり,これまでの報告と同様に良好な結果となった.一方,症例4の右眼は進行した円錐角膜であり,十分な視力の改善が得られなかった.Watsonらも進行した円錐角膜患者では白内障手術によっても視力の改善の予測が困難であると報告しており5),またNanavatyらもトーリック眼内レンズの適応をgrade1.2と比較的軽度の円錐角膜に限定して手術を行っており8),進行した円錐角膜ではもともとの屈折予測が困難であることからトーリック眼内レンズに限らず一般の球面レンズの度数計算,さらに視力の改善は困難である可能性が改めて示された.このような症例はWatsonらの勧めるようにstandardK値を用いて,眼内レンズを挿入するか,角膜移植と同時に白内障手術を行うか,あるいは角膜移植後に時期をおいてから白内障手術を行うほうがよいのか,その治療手段の選択には今後の検討が必要である.自覚と他覚での円柱度数に相違が大きくなっている症例は円錐角膜による高度の乱視によって検査結果にばらつきがみられることが大きな要因と考えられる.今回引用したトーリック眼内レンズの報告の経過観察期間は1年以内であり,その長期予後については明らかでない.今後,その長期予後,さらに角膜移植が適応となった場合の対応について検討する必要があると考えられる.円錐角膜を伴う白内障症例についてトーリック眼内レンズを挿入した症例を経験した.術後矯正視力の改善,乱視の軽減が認められた.円錐角膜の重症度分類における軽度.中等度例に関してはトーリック眼内レンズによる正乱視の矯正が有効であると考えられ,今後のトーリック眼内レンズの適応拡大も期待される.また,進行した高度な円錐角膜ではトーリック眼内レンズだけでは十分矯正できないため,このような症例に対しては角膜移植を含め,慎重に適応を考慮する必要がある.892あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(128) 文献1)加藤直子:角膜クロスリンキング.日本の眼科83:13301334,20122)寺田和世,三木恵美子,松田智子:トーリック眼内レンズの術後成績.IOL&RS25:242-246,20113)鳥山佑一,今井章,金児由美ほか:トーリック眼内レンズの術後短期成績.眼臨紀4:846-850,20114)VariraniJ,BasuS:Keratoconus:currentperspectives.ClinOphthalmol7:2019-2030,20135)WatsonMP,AnandS,BhogalMetal:Cataractsurgeryoutcomeineyeswithkeratoconus.BrJOphthalmol98:361-364,20146)SauderG,JonasJB:Treatmentofkeratoconusbytoricfoldableintraocularlenses.EurJOphthalmol13:577579,20037)NavasA,SuarezR:One-yearfollow-upoftoricintraocularlensimplantationinformefrustekeratoconus.JCataractRefractSurg35:2024-2027,20098)NanavatyMA,LakeDB,DayaSM.Outcomeofpseudophakictoricintraocularlensimplantationinkeratoconiceyeswithcataract.JRefractSurg28:884-889,2012***(129)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015893

ドルゾラミド・チモロール配合点眼液とブリンゾラミド・チモロール配合点眼液の切り替え効果

2015年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):883.888,2015cドルゾラミド・チモロール配合点眼液とブリンゾラミド・チモロール配合点眼液の切り替え効果永山幹夫*1永山順子*1本池庸一*1馬場哲也*2*1永山眼科クリニック*2白井病院EffectsofSwitchingofBrinzolamide/TimololFixedCombinationsversusDorzolamide/TimololFixedCombinationsMikioNagayama1),JunkoNagayama1),YoichiMotoike1)andTetsuyaBaba2)1)NagayamaEyeClinic,2)ShiraiEyeHospital目的:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(以下,コソプト)をブリンゾラミド/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(以下,アゾルガ)に変更した際の眼圧変化と患者評価について検討する.対象および方法:コソプト点眼を2カ月以上継続している緑内障および高眼圧症患者48例48眼を対象とした.アゾルガに切り替え2カ月後,再度コソプトに切り替え2カ月経過をみた.切り替え後2週間の時点で患者アンケートを行い,点眼による刺激感,異物感,充血の自覚スコア,およびどちらがより好ましいかとその理由を調査した.結果:眼圧はベースライン15.8±2.8mmHg,アゾルガ切り替え2カ月後15.8±2.9mmHg,コソプト再開2カ月後15.7±3.3mmHgで,すべての時点で差はなかった.自覚スコアの平均値はアゾルガが刺激感0.15,異物感0.30,充血0.20,コソプトではそれぞれ0.75,0.10,0.25であり,コソプトの刺激感が有意に高かった(p<0.01).「どちらがより好ましいか」に対する回答はアゾルガ切り替え時点では「アゾルガがよい」が14例29.1%,「コソプトがよい」が13例27.1%,「どちらでもよい」が21例43.8%であったのに対し,コソプト再開時点(アゾルガ切り替え2カ月後)ではそれぞれ5例10.4%,28例58.3%,15例31.3%で,おもに霧視・粘稠感がない点,点眼操作がしやすい点から「コソプトがよい」とするものが有意に増加した(p<0.01).結論:アゾルガとコソプトの眼圧下降効果は同等であった.コソプトはアゾルガより刺激感が強く,アゾルガの使用感に対する不満は点眼期間が長くなると強くなった.Purpose:Toexaminethechangesinintraocularpressure(IOP)andpatientself-assessmentaftertheswitchfromdorzolamide/timololfixedcombination(DTFC)tobrinzolamide/timololfixedcombination(BTFC).SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved48eyesof48patientswithglaucomatouseyesandocularhypertensionwhocontinuouslyunderwentDTFCtreatmentfor2monthsormore.TheirtreatmentwasthenswitchedfromDTFCtoBTFC.AfterBTFCwasinstilledfor2months,itwasswitchedagaintoDTFC,andthepatientswerethenfollowedupfor2months.Twoweeksaftereachswitch,thepatientswereaskedtocompleteaquestionnairetoobtainsubjectivescoresforirritation,foreignbodysensation,andhyperemiapostinstillation,aswellastoanswerthequestion“Whicheyedropwasmorepreferable?”andexplaintheirreasonsforthepreference.Results:MeanIOPwas15.8±2.8mmHgatbaseline,15.8±2.9mmHgat2monthsafterswitchingtoBTFC,and15.7±3.3mmHgat2monthsafterresuminginstillationofDTFC;nodifferencewasobservedatallmeasurementtime-points.ThemeansubjectivescoreswithBTFCwere0.15forirritation,0.30forforeignbodysensation,and0.20forhyperemia,whereasthosewithDTFCwere0.75,0.10,and0.25,respectively.ThescoreforirritationpostinstillationofDTFCwassignificantlyhigherthanthatofBTFC(p<0.01).Asfortheresponsestothequestion“Whicheyedropismorepreferable?”,postswitchingtoBTFC,14patients(29.1%)preferredBTFC,13patients(27.1%)preferredDTFC,and21patients(43.8%)reportednopreferencebetweenthetwoeyedrops.AfterresuminginstillationofDTFC(at2-monthspostswitchingtoBTFC),5patients(10.4%)preferredBTFC,28patients(58.3%)preferredDTFC,and15patients(31.3%)reportednopreference.ThenumberofpatientswhopreferredDTFCsignificantlyincreasedprimarilyduetoitnotcausingblurredvision/sensationofviscousfluidanditseaseofinstillation(p<0.01).Conclusions:BTFCandDTFCwerecomparableintheireffectonthereductionofIOP.AlthoughDTFC〔別刷請求先〕永山幹夫:〒714-0086岡山県笠岡市五番町3-2永山眼科クリニックReprintrequests:MikioNagayama,M.D.,NagayamaEyeClinic,3-2Goban-cho,Kasaoka-shi,Okayama,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)883 causedmoresevereirritationthanBTFC,ittendedtobepreferredforcontinuoususeduetoeaseofinstillation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):883.888,2015〕Keywords:緑内障,配合点眼液,ブリンゾラミド,ドルゾラミド,チモロールマレイン酸塩.glaucoma,fixedcombination,brinzolamide,dorzolamide,timolol.はじめに緑内障患者の多くは年余にわたる点眼治療の継続が必要であり,そのうちの少なくとも半数は複数剤の点眼が必要となる1).その場合,それぞれの投与間隔を一定時間空ける必要があること,決められた投与の時間,回数を守ること,多くの点眼瓶を管理しなければならないことなどの問題が生じるため,治療のアドヒアランスが単剤投与に比べ大きく低下することが知られている2).近年相次いで国内での発売が開始された配合点眼薬は,点眼回数を減少させることでアドヒアランス向上とともに,治療効果や患者のQOL(qualityoflife)を改善させることが期待される.プロスタグランジン製剤とb遮断薬の配合点眼液は日本ではすでに2010年に発売され,臨床の場での使用経験が蓄積されてきている.炭酸脱水酵素阻害薬とb遮断薬の配合点眼液については,2010年6月にドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(コソプトR配合点眼液,以下,コソプト)が発売された.さらに2013年11月にブリンゾラミド/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(アゾルガR配合懸濁性点眼液,以下,アゾルガ)が新たに発売となった.両薬剤は海外での報告と同様に日本人に対しても,チモロール単剤療法よりも眼圧下降効果が強く3),単剤併用と同様の効果があり4,5),長期治療にも有効である6,7)ことが報告されている.本研究ではこれら2剤の眼圧下降作用,副作用の違いが日本人において実際にどうであるか,臨床の場で比較検証する2M以上2M2Mベースラインコソプトアゾルガコソプト眼圧測定第1回アンケート第2回アンケート図1プロトコール継続しているコソプトはウォッシュアウト期間を設けずに直接アゾルガに切り替えた(ベースライン).その後アゾルガを2カ月継続した後,再度コソプトに切り替え,2カ月間経過観察を行った.眼圧値はベースライン時,アゾルガ切り替え後2カ月,コソプト再開後2カ月で比較した.884あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015目的で,コソプトからアゾルガへ切り替えを行い,眼圧と被検者の点眼時の自覚症状の変化を調査した.なお,いわゆる「切り替え効果」の影響を避けるため,アゾルガ切り替え後に再度コソプトへの切り替えを行い,クロスオーバー試験に近い形で経過をみるデザインとした.I対象および方法対象は当院で加療中の成人開放隅角緑内障および高眼圧症で,コソプトを2カ月以上継続投与されている患者のうち,以下の条件を満たすものである.内眼手術後4カ月以内でないこと,活動性のぶどう膜炎を有さないこと,ステロイド点眼を使用していないこと.b遮断薬および炭酸脱水酵素阻害薬投与の禁忌事項に該当しないこと.重篤な腎障害を有さないこと.妊娠中および授乳中でないこと.被検者には研究の目的,内容について書面を用いて説明を行い,同意を得られたもののみをエントリーした.継続しているコソプトはウォッシュアウト期間を設けずにアゾルガに切り替え,この時点をベースラインとした.なお,切り替えの際には全例に処方前に点眼方法の注意として点眼瓶の底を押さえて滴下すること,点眼後に数分間涙.部を圧迫し眼瞼に付着した点眼液をウエットティッシュで拭くこと,点眼後数分間霧視を生じることを説明した.その後アゾルガを2カ月継続した後,再度コソプトに切り替え,2カ自覚症状について伺います(│をつけて下さい)項目症状の程度白目の部分が赤い(充血)目がゴロゴロして異物感がある点眼時しみる全くない全くない全くない我慢できないくらい赤い最高にゴロゴロしている最高に痛い図2自覚症状のアンケート充血,異物感,刺激感の3点について「全くない」を0,「非常に強い」を4として自覚がどのくらいの数値になるか被検者が直線上にマークを記入する方法でカウントした.(120) 月間経過観察を行った.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で2回連続測定し,その平均値を用いた.眼圧値はベースライン時,アゾルガ切り替え後2カ月,コソプト再開後2カ月で比較した(図1).また,それぞれの薬剤への切り替え後2週間の時点で使用感について患者アンケートを行った(図2).内容は「点眼による刺激感,異物感,充血の自覚のスコア」と「どちらがより好ましいと感じるか」と「好ましいと思った理由」である.自覚スコアについては「まったくない」を0,「非常に強い」を4として被検者の自覚がどのくらいの数値になるか直線上にマークして記入する方法でカウントした.理由については自由回答形式で複数回答可とした.アンケートの被検者への聞き取りはコメディカルが行った.併用眼圧下降薬については調査期間中変更しないこととした.両眼が対象となる条件を満たす症例についてはベースライン時の眼圧値のより高い1眼を選択し,両眼の眼圧値が同一の場合には右眼を選択した.55例55眼が試験にエントリーされ,経過中7例が脱落した.最終的に解析の対象となったのは48例48眼.内訳は男性28例,女性20例,年齢は31.88歳(70.0±12.5歳)であった.脱落した内容はアゾルガ切り替えの際に生じた副作用が原因のものが4例,コソプト再開時の副作用が原因のものが1例,併用薬のアレルギーによるものが2例であった.対象の緑内障病型の内訳は原発開放隅角緑内障36例,正常眼圧緑内障6例,落屑緑内障5例,高眼圧症1例であった.II結果眼圧はベースライン15.8±2.8mmHg,アゾルガ切り替え2カ月後15.8±2.9mmHg,コソプト再開2カ月後15.7±p<0.010.200.300.150.250.100.750.000.100.200.300.400.500.600.700.80充血異物感刺激感■:アゾルガ:コソプトNSNS3.3mmHgですべての時点で差はなかった(対応のあるt検定)(図3).アンケートによる自覚スコアの平均値はアゾルガが刺激感0.15,異物感0.30,充血0.20,コソプトではそれぞれ0.75,0.10,0.25であり,コソプトの刺激感が有意に高かった(Wilcoxonの符号付き順位和検定p<0.01)(図4).「どちらがより好ましいか」に対する回答はアゾルガ切り替え時点では「アゾルガがよい」が14例29.1%,「コソプトがよい」が13例27.1%,「どちらでもよい」が21例43.8%であったのに対し,コソプト再開時点ではそれぞれ5例10.4%,28例58.3%,15例31.3%とコソプトをよいとするものが増加していた(c2検定p<0.01)(図5).その理由としては,アゾルガがよいと答えたものでは「しNS0510152025ベースライン1M(アゾルガ)2M(アゾルガ)1M(コソプト)2M(コソプト)NS眼圧(mmHg)図3眼圧経過ベースライン15.8±2.8mmHg,アゾルガ切り替え2カ月後15.8±2.9mmHg,コソプト再開2カ月後15.7±3.3mmHgですべての時点で差はなかった(対応のあるt検定).どちらでもアゾルガがどちらでもアゾルガが28%30%42%よいよい10%56%34%よいよいコソプトがコソプトがよいよい第1回アンケート第2回アンケート図5アンケート結果1「どちらがより好ましいと感じるか」アゾルガ切り替え時(第1回アンケート)では「アゾルガがよ図4自覚スコアい」が14例,「コソプトがよい」が13例,「どちらでもよい」充血,異物感は両者で差はなかった.コソプトは刺激感がアゾが21例であったのに対し,コソプト再開時(第2回アンケールガよりも有意に高かった(Wilcoxonの符号付き順位和検定ト)ではそれぞれ5例,28例,15例とコソプトをよいとするp<0.01).ものが有意に増加していた(c2検定p<0.01).(121)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015885 アゾルガがよい理由(n=5)さし心地がよい,14しみない点眼液が出やすい0246人数(名)コソプトがよい理由(n=28)粘稠感がない霧視がない眼瞼が白くならない点眼液が出やすい振る必要がない刺激感がない異物感がない人数(名)図6アンケート結果2「好ましいと思った理由」(第2回アンケート結果,複数回答あり)「アゾルガをよい」としたものの理由では「しみないから」がもっとも多かった.「コソプトをよい」としたものの理由では「粘稠感がないから」「霧視が少ないから」「眼瞼が白くならないから」などアゾルガが懸濁液であることからくると思われる問題を不満としたものが多かった.また,「振らなくてよいから」といった点眼のしやすさについての理由も多くみられた.みないから」がもっとも多かった.一方コソプトがよいと答えたものでは,「粘稠感がないから」が14例,「霧視が少ないから」が8例,「眼瞼が白くならないから」が5例で,アゾルガが懸濁液であることからくる問題を不満としたものが多かった.また,「振らなくてよいから」といった点眼のしやすさについての理由もみられた(図6).III考按海外の研究でアゾルガの眼圧下降はコソプトと比較して非劣性であることがすでに報告されている8,9).しかし,海外で用いられるコソプトに含有されるドルゾラミドの濃度は2%であり,わが国で使用されているコソプトに含有される1%ドルゾラミドと同一ではないため,眼圧下降効果も異なっている可能性がある.今回の試験では,全期間を通じて眼圧の有意な変化はみられず,わが国でもアゾルガはコソプトと同等の眼圧下降効果を有しているものと考えられた.ただし,今回の対象はベースライン時の平均眼圧が15.8mmHgとやや低く,切り替えによる効果の差が出にくい状態であったと思われる.また,今回は点眼から眼圧測定までの時間は症例によって統一されていなかった.効果の差をより詳細にみるためには点眼時間を一定にして眼圧の日内変動を計測するプロトコールでの試験を行うことがより望ましいと思われ886あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015113578140246810121416る.点眼の使用感についての過去の報告ではコソプトは刺激感が問題となるとされている9.11).今回の試験でも,やはりコソプトは点眼時の「刺激感」のスコアがアゾルガよりも有意に高い結果となった.これはコソプトのpHは5.5.5.812)と涙液よりもやや酸性であるが,アゾルガのpHは6.7.7.713)と中性寄りであるためであると思われる.一方,アゾルガは点眼時の霧視が問題になるとされている10,11).今回,直接の評価項目に「霧視」がなかったが,自由回答形式で「コソプトをよい」とした理由に「霧視がないこと」をあげているものが多くみられた.「どちらがより好ましいか」に対する回答については,興味深いことにアゾルガに切り替えた時点でのアンケートで「アゾルガが好ましい」と答えた14例のうち,2カ月点眼を継続した時点でも「アゾルガが好ましい」と答えたものはわずか1例に減少した.それに対して最初のアンケートで「コソプトが好ましい」と答えた13例は2カ月後も全例が同様に「コソプトが好ましい」と答えていた.過去の報告をみるとVoldら14),Rossiら15)はさし心地に対する患者評価をスコア化し比較した結果,アゾルガの満足度が有意に高かったとしている.しかし,これらの報告では評価の対象項目に「霧視」が含まれておらず,アゾルガの副作用に対する評価が十分でない可能性がある.Lanzlら16)はコソプトからアゾルガに切り替えた2,937名のうち「アゾルガがよい」としたものは82%,「コソプトがよい」としたものは8.8%であったと報告している.この報告では切り替え理由の過半数が「コソプトに対するintoleranceのため」であった.今回の検討での対象はコソプト点眼を2カ月以上継続可能であった症例に限定されていた.そのため,もともとコソプトの刺激感に耐えられなかった症例は含まれておらず,Lanzlらの報告とは対象となった症例の背景に違いがあると考えられる.またMundorfら11),およびAnaら17)は2日間両者を比較し,刺激感が少ないことからアゾルガがより好まれたと報告している.筆者らの報告はアゾルガ点眼を2カ月間継続した後に最終調査を行っており,観察期間が異なっている.以上,多くの報告でアゾルガがより好まれるとされており,今回とは食い違う結果となっている.この理由については第1に,上記のようなスタディデザインの違いがあげられる.第2に,過去の報告の対象にはアジア人種はほとんど含まれていないが,点眼に対する感受性は人種間で異なるため,これが結果の差に関与している可能性がある.第3に,アゾルガの点眼瓶はコソプトに比べてやや堅く,アゾルガは点眼液の粘稠性が高いため,滴下に若干力を要する.「コソプトを好ましい」とした理由に点眼操作のしやすさについてのコメントも多くみられたことから,点眼瓶の違いも結果に影響した可能性がある.(122) アゾルガの評価が2カ月間で大きく変化した理由として,点眼開始当初はいわゆる切り替え効果で患者本人のモチベーションが高く,霧視がそれほど問題とされなかった可能性があげられる.コソプトの刺激感は点眼を継続することにより慣れ,あまり問題とならなくなるといわれている18)がアゾルガの粘稠性,霧視の自覚は軽減せず,長期的には逆により意識されるようになる印象を受けた.実際に,切り替えてから4.26週までの期間で調査を行った報告では両者の使用感に差はなかった10)とされている.ブリンゾラミド点眼後の霧視の副作用については閉瞼のうえ涙.部の圧迫を行うこと,ウエットティッシュによる眼瞼の拭き取りを行うことによって軽減されることが報告されている19).今回試験開始の際に全例に書面を渡したうえ,アゾルガ点眼後に生じる霧視と眼瞼が白くなる点について説明を行い,涙.部圧迫,拭き取りについて十分に指導を行った.にもかかわらず2カ月後には多くの症例で霧視に対する不満が生じていた.このなかには指導内容を忘れているケースもあり,自覚症状,不満の聞き取りとともに定期的に点眼指導を行ったほうがよいと思われた.今回の検討で,コソプト点眼を継続している症例に対してアゾルガへの切り替えを行った場合,長期の使用感において不満が生じる可能性があることがわかった.ただし,コソプトの刺激感が気になるという症例にアゾルガが明確に支持されたケースも存在した.自覚症状については個人による感受性の違いが大きく関与するため,各薬剤処方の前に副作用の可能性について説明を十分行い,患者の希望と薬剤の特性を考慮したうえで選択を行うのがよいと思われる.本稿の要旨は第25回日本緑内障学会にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KassMA,HeuerDK,HigginbothamEJetal:Theocularhypertensiontreatmentstudy:arandomizedtrialdeterminesthattopicalocularhypotensivemedicationdelaysorpreventstheonsetofprimaryopen-angleglaucoma.ArchOphthalmol120:701-713,20022)DjafariF,LeskMR,Harasymowycz,PJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,20093)YoshikawaK,KozakiJ,MaedaH:Efficacyandsafetyofbrinzolamide/timololfixedcombinationcomparedwithtimololinJapanesepatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol8:389-399,20144)NagayamaM,NakajimaT,OnoJ:Safetyandefficacyof(123)afixedversusunfixedbrinzolamide/timololcombinationinJapanesepatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol8:219-228,20145)北澤克明,新家眞,MK-0507A研究会:緑内障および高眼圧症患者を対象とした1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼液(MK-0507A)の第III相二重盲検比較試験.日眼会誌6:495-507,20116)NakajimaM,IwasakiN,AdachiM:PhaseIIIsafetyandefficacystudyoflong-termbrinzolamide/timololfixedcombinationinJapanesepatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol8:149-156,20147)磯辺美保,小泉一馬,辻智弘ほか:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合剤コソプト配合点眼液の特定使用成績調査.新薬と臨牀1:37-69,20148)SezginAB.,GuneyE,BozkurtKTetal:Thesafetyandefficacyofbrinzolamide1%/timolol0.5%fixedcombinationversusdorzolamide2%/timolol0.5%inpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.JOculPharmacolTher29:882-886,20139)ManniG,DenisP,ChewPetal:Thesafetyandefficacyofbrinzolamide1%/timolol0.5%fixedcombinationversusdorzolamide2%/timolol0.5%inpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.JGlaucoma4:293-300,200910)GrahamAA,MathewR,SimonL:PatientperspectiveswhenswitchingfromCosoptR(dorzolamide-timolol)toAzargaTM(brinzolamide-timolol)forglaucomarequiringmultipledrugtherapy.ClinOphthalmol6:2059-2062,201211)MundorfTK,RauchmanSH,WilliamsRDetal:ApatientpreferencecomparisonofAzargaTM(brinzolamide/timololfixedcombination)vsCosoptR(dorzolamide/timololfixedcombination)inpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol3:623-628,200812)コソプトR配合点眼液インタビューフォーム.201313)アゾルガR配合懸濁性点眼液医薬品インタビューフォーム.201314)VoldSD,EvansRM,StewartRHetal:Aone-weekcomfortstudyofBID-dosedbrinzolamide1%/timolol0.5%ophthalmicsuspensionfixedcombinationcomparedtoBID-doseddorzolamide2%/timolol0.5%ophthalmicsolutioninpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.JOculPharmacolTher24:601-605,200815)RossiGC,TinelliC,PasinettiGMetal:Signsandsymptomsofocularsurfacestatusinglaucomapatientsswitchedfromtimolol0.5%tobrinzolamide1%/timolol0.5%fixedcombination:a6-monthefficacyandtolerability,multicenter,open-labelprospectivestudy.ExpertOpinPharmacother12:685-690,201116)LanzlI,RaberT:Efficacyandtolerabilityofthefixedcombinationofbrinzolamide1%andtimolol0.5%indailypractice.ClinOphthalmol5:291-298,201117)AnaS,JuanS,EmilioRSJetal:Preferenceforafixedcombinationofbrinzolamide/timololversusdorzolamide/timololamongpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol7:357-362,2013あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015887 18)StewartWC,DayDG,StewartJAetal:Short-termocu-19)亀井裕子,山田はづき,吉原文ほか:1%ブリンゾラミドlartolerabilityofdorzolamide2%andbrinzolamide1%点眼液点眼後の霧視に影響する要因.あたらしい眼科7:vsplaceboinprimaryopen-angleglaucomaandocular1007-1012,2012hypertensionsubjects.Eye9:905-910,2004***888あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(124)

細隙灯顕微鏡による涙点関連所見と涙液クリアランスとの関係

2015年6月30日 火曜日

8765106,22,No.3(00)《原著》あたらしい眼科32(6):876.882,2015c876(112)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕髙橋直巳:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野Reprintrequests:NaomiTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPAN細隙灯顕微鏡による涙点関連所見と涙液クリアランスとの関係髙橋直巳*1,2鄭暁東*2鎌尾知行*2坂根由梨*2山口昌彦*2白石敦*2大橋裕一*2*1市立宇和島病院*2愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野StudyofLacrimalPunctum-relatedSlitLampMicroscopeViewsNaomiTakahashi1,2),XiaodongZheng2),TomoyukiKamao2),YuriSakane2),MasahikoYamaguchi2),AtsushiShiraishi2)andYuichiOhashi2)1)UwajimaCityHospital,2)DepertmentofOphthalmologyEhimeUniversitySchoolofMedicine目的:流涙症の診断において,涙液メニスカス高,結膜弛緩度の評価は重要であるが,涙点にかかわる細隙灯顕微鏡所見の記載は乏しい.そこで,涙点形状と涙点部におけるMarxlineの走行に着目し,加齢性変化と導涙機能との関係について検討した.方法:対象は涙道閉塞,高度の結膜弛緩症,眼瞼および瞬目に異常のない44例44眼(男性21例21眼,女性23例23眼,年齢48.66±17.86歳).下涙点の涙点乳頭の隆起度を4段階,涙点上皮輪への結膜侵入を3段階で評価し,涙点からMarxlineまでの距離(P-Marxline距離)を求めた.生理食塩水5μl点眼後から30秒間における涙液メニスカスの変動を前眼部OCT(光干渉断層計)で計測し,涙液クリアランス率を算出した.結果:涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離は年齢と相関し,涙液クリアランス率とは負の相関を示した.結論:細隙灯顕微鏡で涙点を観察することで,より簡便に導涙機能を推察できる可能性が示唆された.Purpose:Theevaluationoftearmeniscusheightandconjunctivochalasisareimportantindiagnosingepipho-ra,howeverlittlehasbeendescribedregardingslitlampmicroscopicobservationofthevicinityofthelacrimalpunctum.Inthepresentstudy,wefocusedontheshapeandMarxlineofthelacrimalpunctumvicinityandana-lyzedtherelationshipwithageandtearclearance.Methods:Thesubjectwere44eyesof44subjects(male21eyesof21subjects,female23eyesof23subjects,48.66±17.86yearsold).Thosewithlacrimalocclusion,high-degreeconjunctivochalasis,andaberrationineyelidandblinkaberrationwereexcluded.Underslitlampmicro-scopicobservation,lacrimalpunctumprominencewereclassifiedas4degrees,conjunctivalirruptionintotheepi-theliumringoflacrimalpunctumas3degrees,andthedistancebetweenlacrimalpunctumandMarxline(P-Marxlinedistance)wascalculated.Thetearclearancerateswerecalculatedbymeasuringthedifferenceoftearmeniscusimmediatelyafterinstillationof5μlsalineand30secondslater,byanteriorsegmentOCT.Result:Lacri-malpunctumprominence,theconjunctivairruptionandP-Marxlinedistancecorrelatedwithageandnegativecorrelatedwithtearclearancerate.Thetearclearancerate’snegativecorrelationwithagedecreasedwithincreas-ingage.Conclusin:Slitlampmicroscopicfindingsregardingthevicinityofthelacrimalpunctumcouldbehelpfulinevaluatingfunctionaltearclearance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):876.882,2015〕Keywords:涙点乳頭の隆起,涙点乳頭結膜侵入,涙点部Marxline距離,導涙機能,涙液クリアランス率.promi-nenceoflacrimalpunctum,conjunctivalirruptionintoanepitheliumringoflacrimalpunctum,distancebetweenlacrimalpunctumandMarxline,functionaltearclearance,tearclearancerates.(00)《原著》あたらしい眼科32(6):876.882,2015c876(112)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕髙橋直巳:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野Reprintrequests:NaomiTakahashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversitySchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon,Ehime791-0295,JAPAN細隙灯顕微鏡による涙点関連所見と涙液クリアランスとの関係髙橋直巳*1,2鄭暁東*2鎌尾知行*2坂根由梨*2山口昌彦*2白石敦*2大橋裕一*2*1市立宇和島病院*2愛媛大学大学院医学系研究科視機能外科学分野StudyofLacrimalPunctum-relatedSlitLampMicroscopeViewsNaomiTakahashi1,2),XiaodongZheng2),TomoyukiKamao2),YuriSakane2),MasahikoYamaguchi2),AtsushiShiraishi2)andYuichiOhashi2)1)UwajimaCityHospital,2)DepertmentofOphthalmologyEhimeUniversitySchoolofMedicine目的:流涙症の診断において,涙液メニスカス高,結膜弛緩度の評価は重要であるが,涙点にかかわる細隙灯顕微鏡所見の記載は乏しい.そこで,涙点形状と涙点部におけるMarxlineの走行に着目し,加齢性変化と導涙機能との関係について検討した.方法:対象は涙道閉塞,高度の結膜弛緩症,眼瞼および瞬目に異常のない44例44眼(男性21例21眼,女性23例23眼,年齢48.66±17.86歳).下涙点の涙点乳頭の隆起度を4段階,涙点上皮輪への結膜侵入を3段階で評価し,涙点からMarxlineまでの距離(P-Marxline距離)を求めた.生理食塩水5μl点眼後から30秒間における涙液メニスカスの変動を前眼部OCT(光干渉断層計)で計測し,涙液クリアランス率を算出した.結果:涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離は年齢と相関し,涙液クリアランス率とは負の相関を示した.結論:細隙灯顕微鏡で涙点を観察することで,より簡便に導涙機能を推察できる可能性が示唆された.Purpose:Theevaluationoftearmeniscusheightandconjunctivochalasisareimportantindiagnosingepipho-ra,howeverlittlehasbeendescribedregardingslitlampmicroscopicobservationofthevicinityofthelacrimalpunctum.Inthepresentstudy,wefocusedontheshapeandMarxlineofthelacrimalpunctumvicinityandana-lyzedtherelationshipwithageandtearclearance.Methods:Thesubjectwere44eyesof44subjects(male21eyesof21subjects,female23eyesof23subjects,48.66±17.86yearsold).Thosewithlacrimalocclusion,high-degreeconjunctivochalasis,andaberrationineyelidandblinkaberrationwereexcluded.Underslitlampmicro-scopicobservation,lacrimalpunctumprominencewereclassifiedas4degrees,conjunctivalirruptionintotheepi-theliumringoflacrimalpunctumas3degrees,andthedistancebetweenlacrimalpunctumandMarxline(P-Marxlinedistance)wascalculated.Thetearclearancerateswerecalculatedbymeasuringthedifferenceoftearmeniscusimmediatelyafterinstillationof5μlsalineand30secondslater,byanteriorsegmentOCT.Result:Lacri-malpunctumprominence,theconjunctivairruptionandP-Marxlinedistancecorrelatedwithageandnegativecorrelatedwithtearclearancerate.Thetearclearancerate’snegativecorrelationwithagedecreasedwithincreas-ingage.Conclusin:Slitlampmicroscopicfindingsregardingthevicinityofthelacrimalpunctumcouldbehelpfulinevaluatingfunctionaltearclearance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):876.882,2015〕Keywords:涙点乳頭の隆起,涙点乳頭結膜侵入,涙点部Marxline距離,導涙機能,涙液クリアランス率.promi-nenceoflacrimalpunctum,conjunctivalirruptionintoanepitheliumringoflacrimalpunctum,distancebetweenlacrimalpunctumandMarxline,functionaltearclearance,tearclearancerates. あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015877(113)はじめに涙腺から分泌された涙液は,瞬目により眼表面に涙液層を形成し,上下の涙液メニスカスを通り,上下涙点から涙小管,涙.,鼻涙管へと導かれ,最終的に鼻涙管開口部から鼻腔へと排出される.こういった分泌─導涙という涙液の流れのバランスが崩れたときに流涙症が発症する1).その原因としては①涙道通過障害,②結膜弛緩,涙丘や半月ひだ,などによる涙液メニスカスの遮断,③導涙機構のポンプ機能の低下,④ドライアイ,眼瞼内反症やアレルギー性結膜炎などによる眼表面への刺激や炎症による一時的な涙液分泌過多,などが考えられ,原因別に①②③は導涙性流涙,④は分泌性流涙とよばれる.それらの因子を包括的に判断するため,流涙症の検査では,1)細隙灯顕微鏡所見:涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH),結膜弛緩,角結膜上皮障害,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),アレルギー性結膜炎の有無,下眼瞼の弛緩の有無(snapbacktestなど),2)Schirmerテスト,3)涙道通水テスト,4)涙道内視鏡を用いた涙道精密検査,などが行われる.①の涙道通過障害は通水検査において確認することが可能であり,②④の種々の原因に関しては細隙灯顕微鏡およびドライアイ検査などである程度の判別が可能である.一方で,③の導涙機構に関しては解剖学的な検討が行われており,眼瞼周囲のHorner筋を含む眼輪筋やcapsulopalpe-bralfascia(CPF),眼窩脂肪などの動きによって生じるポンプ機能によるとの報告が行われているが2.5),導涙機構のポンプ機能の低下は直接的な診断法はなく,間接的に涙液クリアランスを測定することで判断されている2,6).涙点は涙液の流入口であり,導涙機能に重要な働きをしている可能性があるにもかかわらず,涙点に焦点をあてて導涙機能との関連を検討した報告は筆者らの知りうる限り存在しない.今回,日常臨床において細隙灯顕微鏡で観察可能な涙点周囲の所見と導涙機能および加齢性変化との関連について検討した.I対象および方法対象は,愛媛大学附属病院眼科を受診した,涙道閉塞,高度の結膜弛緩症,眼瞼および瞬目の異常のない44例44眼(男性21例21眼,女性23例23眼,年齢48.66±17.86歳)である.対象眼はすべて右眼とした.涙点周囲の所見としては下涙点乳頭の隆起(以下,涙点乳頭の隆起度)と下涙点への結膜侵入(以下,結膜侵入度)を検討した.涙点乳頭の隆起度は4段階(図1)に分類し,Grade1は平坦,Grade2は涙点周囲に隆起ができたもの,図1涙点乳頭の隆起度─グレード分類(それぞれの左上は涙点周囲の写真)Grade1:涙点周囲が平坦,Grade2:涙点周囲に隆起,Grade3:涙点周囲に鼻側が下がった形状の隆起,Grade4:涙点周囲に鼻側耳側ともになだらかな傾斜のついた隆起.Grade2Grade3Grade4Grade1あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015877(113)はじめに涙腺から分泌された涙液は,瞬目により眼表面に涙液層を形成し,上下の涙液メニスカスを通り,上下涙点から涙小管,涙.,鼻涙管へと導かれ,最終的に鼻涙管開口部から鼻腔へと排出される.こういった分泌─導涙という涙液の流れのバランスが崩れたときに流涙症が発症する1).その原因としては①涙道通過障害,②結膜弛緩,涙丘や半月ひだ,などによる涙液メニスカスの遮断,③導涙機構のポンプ機能の低下,④ドライアイ,眼瞼内反症やアレルギー性結膜炎などによる眼表面への刺激や炎症による一時的な涙液分泌過多,などが考えられ,原因別に①②③は導涙性流涙,④は分泌性流涙とよばれる.それらの因子を包括的に判断するため,流涙症の検査では,1)細隙灯顕微鏡所見:涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH),結膜弛緩,角結膜上皮障害,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT),アレルギー性結膜炎の有無,下眼瞼の弛緩の有無(snapbacktestなど),2)Schirmerテスト,3)涙道通水テスト,4)涙道内視鏡を用いた涙道精密検査,などが行われる.①の涙道通過障害は通水検査において確認することが可能であり,②④の種々の原因に関しては細隙灯顕微鏡およびドライアイ検査などである程度の判別が可能である.一方で,③の導涙機構に関しては解剖学的な検討が行われており,眼瞼周囲のHorner筋を含む眼輪筋やcapsulopalpe-bralfascia(CPF),眼窩脂肪などの動きによって生じるポンプ機能によるとの報告が行われているが2.5),導涙機構のポンプ機能の低下は直接的な診断法はなく,間接的に涙液クリアランスを測定することで判断されている2,6).涙点は涙液の流入口であり,導涙機能に重要な働きをしている可能性があるにもかかわらず,涙点に焦点をあてて導涙機能との関連を検討した報告は筆者らの知りうる限り存在しない.今回,日常臨床において細隙灯顕微鏡で観察可能な涙点周囲の所見と導涙機能および加齢性変化との関連について検討した.I対象および方法対象は,愛媛大学附属病院眼科を受診した,涙道閉塞,高度の結膜弛緩症,眼瞼および瞬目の異常のない44例44眼(男性21例21眼,女性23例23眼,年齢48.66±17.86歳)である.対象眼はすべて右眼とした.涙点周囲の所見としては下涙点乳頭の隆起(以下,涙点乳頭の隆起度)と下涙点への結膜侵入(以下,結膜侵入度)を検討した.涙点乳頭の隆起度は4段階(図1)に分類し,Grade1は平坦,Grade2は涙点周囲に隆起ができたもの,図1涙点乳頭の隆起度─グレード分類(それぞれの左上は涙点周囲の写真)Grade1:涙点周囲が平坦,Grade2:涙点周囲に隆起,Grade3:涙点周囲に鼻側が下がった形状の隆起,Grade4:涙点周囲に鼻側耳側ともになだらかな傾斜のついた隆起.Grade2Grade3Grade4Grade1 Grade1Grade2Grade3図2涙点上皮輪への結膜侵入度─グレード分類Grade1:結膜侵入なし,Grade2:半周以下の結膜侵入,Grade3:半周.全周の結膜侵入.25歳女性図3涙点部Marxline距離(赤線)の例左:25歳女性,右:81歳女性.対物12倍でフルオレセイン染色下に撮影した.P-Marxline距離は涙点中央からMarxlineまでの最短距離.Grade3は鼻側が下がった形状,Grade4は鼻側耳側ともになだらかな傾斜のついた形状とした.結膜侵入度は3段階(図2)に分類し,Grade1は結膜侵入なし,Grade2は半周以下の結膜侵入,Grade3は半周から全周の結膜侵入とした.眼瞼結膜─皮膚移行部に形成されるMarxlineは涙点前方にも観察することができ,涙点-Marxline距離(以下,P-Marxline距離)を計測し検討した.P-Marxline距離は,対物12倍のフルオレセイン染色下の前眼部写真から画像解析ソフトのPhotoshopを使用し,涙点中央からMarxlineまでの最短距離を算出した(図3).導涙機能の評価は,2013年にZhengらによって報告された前眼部OCT(光干渉断層計)を用いた負荷涙液クリアランス試験にて行った6).具体的な測定法は,生理食塩水5μl点眼直後から自由瞬目30秒間におけるTMH,tearmeniscusarea(TMA)の変動を前眼部OCTで計測し,涙液クリアランス率を算出した(負荷涙液クリアランス試験).計算式はOCTtearclearancerate(%)=(TMH0secorTMA0sec.TMH30secorTMA30sec)/TMH0secorTMA0sec×100である6).涙点乳頭の隆起度,涙点上皮輪への結膜侵入度,P-Marxline距離について,涙液クリアランスとの関連について検討するとともに,加齢変化との関連についても検討した.II結果涙点形状の結果は,涙点隆起度はGrade1:10例,Grade2:19例,Grade3:6例,Grade4:2例であり,平均(114) あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015879(115)Gradeは2.27±1.00であった.結膜侵入度はGrade1:26例,Grade2:7例,Grade3:2例であり,平均Gradeは1.39±0.62であった.P-Marxline距離は平均0.71±0.40mmであった.対象を20.30歳代,40.50歳代,60歳以上の3群に分類し,涙点関連所見の加齢に伴う変化をみると,涙点乳頭の隆起度は20.30歳代で平均Grade1.46±0.64,40.50歳代で平均Grade2.27±0.70,60歳以上で平均Grade3.20±0.86とすべての年代間で有意差を認めた(p<0.0001).P-Marxline距離は20.30歳代で平均0.48±0.18mm,40.50歳代で平均0.68±0.16mm,60歳以上で平均0.99±0.51mmとすべての年代間で有意差を認めた(p<0.0001).結膜侵入度は20.30歳代で平均Grade1.00±0,40.50歳代で平均Grade1.53±0.64,60歳以上で平均Grade1.64±0.74と,20.30歳代と他の2群間で有意差をもって加齢とともにGradeが上昇していた(p<0.0001)(図4).また,涙点乳頭の隆起度(r=0.7120,p<0.0001),結膜侵入度(r=0.4693,p=0.0013),P-Marxline距離(r=0.3872,p<0.0001)は有意差をもって年齢との相関を示した(図5).TMH涙液クリアランス率(r=.0.3993,p=0.0073)およびTMA涙液クリアランス率(r=.0.3816,p=0.0106)は,年齢と有意差をもって負の相関を認め,加齢に伴い涙液クリアランス率は減少していた(図6).つぎに涙液クリアランス率と涙点関連所見との相関関係に00.511.522.533.5p=0.0049p=0.0021p<0.000120~30歳代40~50歳代60歳以上A:涙点乳頭隆起度の平均(Grade)00.20.40.60.811.21.41.61.8p=0.0014p=0.001120~30歳代40~50歳代60歳以上B:結膜侵入度の平均(Grade)00.20.40.60.811.2p=0.0031p=0.0002p=0.006920~30歳代40~50歳代60歳以上C:p-Marxline距離の平均(mm)図4涙点周囲の所見の年齢群別の平均涙点乳頭の隆起度,P-Marxline距離はすべての年代間で,結膜侵入度も20.30歳代と他の2群間で有意差をもって加齢とともにGradeが上昇していた.r=0.7120p<0.00010123452030405060708090年齢(歳)(Grade)A:涙点乳頭の隆起度012342030405060708090年齢(歳)(Grade)B:結膜侵入度r=0.4693p=0.001301232030405060708090年齢(歳)(mm)C:P-Marxline距離r=0.6136p<0.0001図5涙点周囲の所見の年齢による分布涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離は年齢と相関を認めた.あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015879(115)Gradeは2.27±1.00であった.結膜侵入度はGrade1:26例,Grade2:7例,Grade3:2例であり,平均Gradeは1.39±0.62であった.P-Marxline距離は平均0.71±0.40mmであった.対象を20.30歳代,40.50歳代,60歳以上の3群に分類し,涙点関連所見の加齢に伴う変化をみると,涙点乳頭の隆起度は20.30歳代で平均Grade1.46±0.64,40.50歳代で平均Grade2.27±0.70,60歳以上で平均Grade3.20±0.86とすべての年代間で有意差を認めた(p<0.0001).P-Marxline距離は20.30歳代で平均0.48±0.18mm,40.50歳代で平均0.68±0.16mm,60歳以上で平均0.99±0.51mmとすべての年代間で有意差を認めた(p<0.0001).結膜侵入度は20.30歳代で平均Grade1.00±0,40.50歳代で平均Grade1.53±0.64,60歳以上で平均Grade1.64±0.74と,20.30歳代と他の2群間で有意差をもって加齢とともにGradeが上昇していた(p<0.0001)(図4).また,涙点乳頭の隆起度(r=0.7120,p<0.0001),結膜侵入度(r=0.4693,p=0.0013),P-Marxline距離(r=0.3872,p<0.0001)は有意差をもって年齢との相関を示した(図5).TMH涙液クリアランス率(r=.0.3993,p=0.0073)およびTMA涙液クリアランス率(r=.0.3816,p=0.0106)は,年齢と有意差をもって負の相関を認め,加齢に伴い涙液クリアランス率は減少していた(図6).つぎに涙液クリアランス率と涙点関連所見との相関関係に00.511.522.533.5p=0.0049p=0.0021p<0.000120~30歳代40~50歳代60歳以上A:涙点乳頭隆起度の平均(Grade)00.20.40.60.811.21.41.61.8p=0.0014p=0.001120~30歳代40~50歳代60歳以上B:結膜侵入度の平均(Grade)00.20.40.60.811.2p=0.0031p=0.0002p=0.006920~30歳代40~50歳代60歳以上C:p-Marxline距離の平均(mm)図4涙点周囲の所見の年齢群別の平均涙点乳頭の隆起度,P-Marxline距離はすべての年代間で,結膜侵入度も20.30歳代と他の2群間で有意差をもって加齢とともにGradeが上昇していた.r=0.7120p<0.00010123452030405060708090年齢(歳)(Grade)A:涙点乳頭の隆起度012342030405060708090年齢(歳)(Grade)B:結膜侵入度r=0.4693p=0.001301232030405060708090年齢(歳)(mm)C:P-Marxline距離r=0.6136p<0.0001図5涙点周囲の所見の年齢による分布涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離は年齢と相関を認めた. 880あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(116)ついて検討した.その結果,TMH涙液クリアランス率は涙点乳頭の隆起度(r=.0.6305,p=0.0057),結膜侵入度(r=.0.5570,p=0.0394),P-Marxline距離(r=.0.3419,p=0.0231)と有意差をもって負の相関を示した(図7).一方,TMA涙液クリアランス率は涙点乳頭の隆起度(r=.0.3356,p=0.0259),結膜侵入度(r=.0.3346,p=0.0220)と有意差をもって負の相関を示した.P-Marxline距離(r=.0.2870,p=0.0589)との相関は有意差が出なかったが,負の相関傾向は示した(図8).III考按今回,涙点形状についての検討を行った結果,涙点乳頭は加齢とともに隆起し,涙点への結膜侵入は高度となり,P-Marxline距離は延長していた.加齢に伴い涙液クリアランスが低下することはすでに報告があるが,涙点形状の変化との関連を検討した結果,涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離が増大すると,涙液クリアランスは低下することが示された.これらの結果から,加齢とともに涙点周囲に変化が起こり,導涙機能が低下するのか,加齢とともに導涙機能が低下し,涙点周囲に変化をきたすのか,が論議されるところである.まず,涙点乳頭の隆起であるが,筆者らは上涙点についても観察検討を行っているが,観察困難例もあるため,本報告では下涙点のみの結果を示した.上涙点乳頭の隆起度が判定可能であった27症例の検討結果では,上下涙点乳頭の隆起度の相関(r=0.8737,p<0.0001)は高く,上涙点乳頭の隆起度も年齢と相関(r=0.7395,p<0.0001)を認めた.一般的に筋肉は加齢とともに萎縮傾向にあり,脂肪も減少傾向を示すことを考えると,涙点から涙小管を覆うHorner筋を含む眼輪筋やcapsulopalpebralfascia(CPF)の加齢による退縮と,眼窩脂肪の減少の結果として涙点乳頭が隆起してくると推測される.導涙機構に関して,眼瞼周囲のHorner筋を含む眼輪筋やCPF,眼窩脂肪などの動きによって生じるポンプ機能によるとの報告があるが2.5),Doaneらは,導涙機能において涙点は上下涙点が閉瞼時に会合する“kissing現象”を起こすことが導涙機能におけるポンプ作用発生に重要な役割を果たし051015202520~30歳代40~50歳代60歳以上TMHクリアランス率の平均(%)r=-0.3933p=0.00730510152025303520~30歳代40~50歳代60歳以上TMAクリアランス率の平均(%)r=-0.3816p=0.0106図6涙液クリアランスの年齢群別の平均TMHクリアランス率,TMAクリアランス率ともに負の相関を認めた.00.511.522.530102030405060TMHクリアランス率(%)C:P-Marxline距離(mm)0123450102030405060TMHクリアランス率(%)A:涙点乳頭の隆起度(Grade)012340102030405060TMHクリアランス率(%)B:結膜侵入度(Grade)図7涙点周囲の所見のTMH涙液クリアランス率による分布いずれも負の相関を認めた.r=-0.3117p=0.0394r=-0.3419p=0.0231r=-0.4104p=0.0057(116)ついて検討した.その結果,TMH涙液クリアランス率は涙点乳頭の隆起度(r=.0.6305,p=0.0057),結膜侵入度(r=.0.5570,p=0.0394),P-Marxline距離(r=.0.3419,p=0.0231)と有意差をもって負の相関を示した(図7).一方,TMA涙液クリアランス率は涙点乳頭の隆起度(r=.0.3356,p=0.0259),結膜侵入度(r=.0.3346,p=0.0220)と有意差をもって負の相関を示した.P-Marxline距離(r=.0.2870,p=0.0589)との相関は有意差が出なかったが,負の相関傾向は示した(図8).III考按今回,涙点形状についての検討を行った結果,涙点乳頭は加齢とともに隆起し,涙点への結膜侵入は高度となり,P-Marxline距離は延長していた.加齢に伴い涙液クリアランスが低下することはすでに報告があるが,涙点形状の変化との関連を検討した結果,涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離が増大すると,涙液クリアランスは低下することが示された.これらの結果から,加齢とともに涙点周囲に変化が起こり,導涙機能が低下するのか,加齢とともに導涙機能が低下し,涙点周囲に変化をきたすのか,が論議されるところである.まず,涙点乳頭の隆起であるが,筆者らは上涙点についても観察検討を行っているが,観察困難例もあるため,本報告では下涙点のみの結果を示した.上涙点乳頭の隆起度が判定可能であった27症例の検討結果では,上下涙点乳頭の隆起度の相関(r=0.8737,p<0.0001)は高く,上涙点乳頭の隆起度も年齢と相関(r=0.7395,p<0.0001)を認めた.一般的に筋肉は加齢とともに萎縮傾向にあり,脂肪も減少傾向を示すことを考えると,涙点から涙小管を覆うHorner筋を含む眼輪筋やcapsulopalpebralfascia(CPF)の加齢による退縮と,眼窩脂肪の減少の結果として涙点乳頭が隆起してくると推測される.導涙機構に関して,眼瞼周囲のHorner筋を含む眼輪筋やCPF,眼窩脂肪などの動きによって生じるポンプ機能によるとの報告があるが2.5),Doaneらは,導涙機能において涙点は上下涙点が閉瞼時に会合する“kissing現象”を起こすことが導涙機能におけるポンプ作用発生に重要な役割を果たし051015202520~30歳代40~50歳代60歳以上TMHクリアランス率の平均(%)r=-0.3933p=0.00730510152025303520~30歳代40~50歳代60歳以上TMAクリアランス率の平均(%)r=-0.3816p=0.0106図6涙液クリアランスの年齢群別の平均TMHクリアランス率,TMAクリアランス率ともに負の相関を認めた.00.511.522.530102030405060TMHクリアランス率(%)C:P-Marxline距離(mm)0123450102030405060TMHクリアランス率(%)A:涙点乳頭の隆起度(Grade)012340102030405060TMHクリアランス率(%)B:結膜侵入度(Grade)図7涙点周囲の所見のTMH涙液クリアランス率による分布いずれも負の相関を認めた.r=-0.3117p=0.0394r=-0.3419p=0.0231r=-0.4104p=0.0057 あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015881(117)解析すると,涙点関連所見と涙液クリアランスの相関係数は縮小し,弱い負の相関傾向がみられた.つまり,涙点関連所見と涙液クリアレンスの間に強い年齢の影響があり,疑似相関の疑いも否定できないという結果であった.これらの涙点周囲所見は年齢とも相関を示し,本検討だけでは導涙機能の指標であるか,単純な加齢性変化であるかとの鑑別は不可能であり,今後の評価が待たれるところである.ていると報告している7).すなわち閉瞼直前に上下涙点が会合することにより涙小管が閉鎖腔となり,陰圧を発生することで,開瞼後に涙液は涙道に吸引されることになる.反対に,上下涙点が“kissing不全”を起こすと,導涙機能は低下すると報告している7).隆起した涙点乳頭は“kissing不全”を起こすため,さらに涙道ポンプ機能不全を引き起こすと考えられる.つまり,涙点の隆起は加齢変化により起こり,その変化により導涙機能が低下すると推測されるため,加齢性変化による導涙機能の指標となる可能性があると思われる.つぎに涙点への結膜侵入であるが,加齢に伴い侵入度が高度となっている.結膜侵入と加齢との因果関係は推測の域を出ないが,結膜・眼瞼の慢性炎症の結果として起こるのではないかと推測される.しかしながら,涙点乳頭の隆起が導涙機能を反映している可能性が示唆されるのに対し,涙点への結膜侵入は涙点口そのものの狭小化を示し,結膜弛緩などの機序と同様に,涙点上での涙液メニスカスの遮断による導涙障害と考えられる.Marxlineはマイボーム腺機能不全,結膜弛緩症により前方移動することがYamaguchiらによって報告されており,眼瞼縁における疎水性バリアの破綻が前方移動の原因であると推測されている8).P-Marxlineの延長が加齢性変化によるものか,導涙機能低下による2次性変化であるかが論点となる.HykinとBronによるとMarxlineは加齢による変化はきたさないとしているが9),Yamaguchiらは,結膜弛緩とともに涙液の前方移動が起こり,その変化としてMarxlineの前方移動が起こるため,Marxlineは年齢とともに前方移動する傾向があるとしている8).今回の結果を合わせて考察すると,導涙機能低下により,余剰の涙液が生じること,涙点乳頭の隆起により見かけ上涙点部のP-Marxlineが延長することなどが考えられ,P-Marxlineの延長は涙点乳頭の隆起および導涙機能低下の2次的変化と考えられ,前述の涙点乳頭隆起が導涙機能低下の指標となるならば,P-Marxlineの延長も導涙機能低下の指標と考えられる.本検討では,涙液クリアランス率においてTMHと涙点形状所見が有意に相関したにもかかわらず,TMA涙液クリアランス率では相関率は低かった.前眼部OCTによる涙液メニスカスの観察では,TMAはTMHに比較して結膜弛緩や内反または外反などの眼瞼形状の影響を受けていることが考えられる.本研究により,涙点周囲所見である涙点乳頭の隆起度,涙点への結膜侵入度,P-Marxlineは涙液クリアランスと相関することが示された.外来診察で涙点乳頭の隆起度,結膜侵入度,P-Marxline距離を観察することで,より簡便に導涙機能を推察でき,スクリーニング検査としても有用な所見となる可能性が示唆された.一方,年齢の影響を統計的消去し012345020406080100TMAクリアランス率(%)A:涙点乳頭の隆起度(Grade)01234020406080100TMAクリアランス率(%)B:結膜侵入度(Grade)00.511.522.53020406080100TMAクリアランス率(%)C:P-Marxline距離(mm)図8涙点周囲の所見のTMA涙液クリアランス率による分布涙点乳頭の隆起度と結膜侵入度は負の相関を認め,P-Marxline距離は有意差はないが相関傾向であった.r=-0.3356p=0.0259r=-0.3446012345020406080100TMAクリアランス率(%)A:涙点乳頭の隆起度(Grade)01234020406080100TMAクリアランス率(%)B:結膜侵入度(Grade)00.511.522.53020406080100TMAクリアランス率(%)C:P-Marxline距離(mm)図8涙点周囲の所見のTMA涙液クリアランス率による分布涙点乳頭の隆起度と結膜侵入度は負の相関を認め,P-Marxline距離は有意差はないが相関傾向であった.r=-0.3356p=0.0259r=-0.3446 文献1)原吉幸,大橋裕一:涙道.眼瞼・涙器手術シリーズ第3回,眼紀54:313-320,20032)鈴木享:流涙症の原因と包括的アプローチ.眼科手術22:143-147,20093)栗橋克昭,今田正人,山下昭:涙道の解剖.眼科38:301-313,19964)栗橋克昭:導涙機構.眼科38:617-633,19965)柿崎裕彦:眼瞼から見た流涙症.眼科手術22:155-159,6)ZhengX,KamaoT,YamaguchiMetal:Newmethodforevaluationofearlyphasetearclearancebyanteriorsegmentopticalcoherencetomography.ActaOphthalmol92:e105-e111,20147)DoaneMG:Blinkingandteardrainage.AdvOphthalmicPlastReconstrSurg3:39-52,19848)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:Fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOhthalmol141:669-675,20069)HykinPG,BronAJ:Age-relatedmorphologicalchangesinlidmarginandmeibomianglandanatomy.Cornea11:334-342,1992***(118)