特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):47.51,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):47.51,2015角膜内皮炎の治療TreatmentforCornealEndotheliitis小泉範子*はじめに角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じ,進行すると不可逆性の角膜内皮機能不全による重症の視力障害をきたす疾患である.本稿では,角膜内皮細胞について概説し,ウイルス性角膜内皮炎の臨床的特徴と診断,治療について述べる.また近年,その重要性が認識されつつサイトメガロウイルス(CMV)角膜内皮炎については,特発性角膜内皮炎研究班が作成した診断基準を紹介する.I角膜内皮細胞の機能と特徴角膜内皮層は六角形を主体とする単層の角膜内皮細胞で構成され,バリア機能とポンプ機能をもつことによって角膜実質の含水率を一定に保ち,角膜の透明性を維持している.ヒトの角膜内皮細胞は生体内ではほとんど増殖することができないため,外傷や内眼手術,角膜内皮炎,Fuchs角膜内皮ジストロフィなどの疾患によって障害されると角膜内皮細胞の密度が低下する.正常の角膜内皮細胞の密度は2,000cells/mm2以上とされ,およそ500cells/mm2未満に低下すると角膜の透明性を維持することができなくなり水疱性角膜症による浮腫と混濁を生じる1)(表1).II角膜内皮炎の主たる原因はウイルスである角膜内皮炎は1982年にKhodadoustとAttarzadehによって初めて報告された2).最初の論文では,角膜移表1角膜内皮障害の重症度分類分類角膜内皮細胞密度病態正常2,000cells/mm2以上正常の角膜の機能を維持するうえで支障のない細胞密度が維持されている.Grade1(軽度)1,000cells/mm2以上2,000cells/mm2未満正常の角膜における生理機能を逸脱しつつある状態.Grade2(中等度)500cells/mm2以上1,000cells/mm2未満角膜の透明性を維持するうえで危険な状態.内因性あるいは外因性によるわずかな侵襲が引き金となって水疱性角膜症に至る可能性がある.Grade3(高度)500cells/mm2未満水疱性角膜症を生じる前段階.Grade4(水疱性角膜症)測定不能角膜が浮腫とともに混濁した状態.(日本角膜学会ワーキンググループ作成,文献1を改変)*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科・京都府立医科大学眼科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(47)4748あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(48)による症例が多く存在することが報告されている5.9).一方,ムンプスや麻疹などの全身ウイルス感染症でも角膜内皮障害を起こすことが知られており,これらはウイルス血症に伴ってウイルスが直接角膜内皮細胞を攻撃することによって生じる一種の角膜内皮炎と考えられている.IIIウイルス性角膜内皮炎の臨床所見1.角膜後面沈着物と角膜浮腫角膜内皮炎では,角膜後面沈着物(keraticprecipi-tates:KPs)を伴った限局性の角膜浮腫を生じる.HSVによる角膜実質炎(円板状角膜炎など)でもKPsを伴う角膜浮腫を生じるが,実質炎では角膜実質に細胞浸潤による混濁や血管侵入を伴う.それに対して角膜内皮炎では,細胞浸潤や血管侵入を伴わないすりガラス状の角膜浮腫を生じることが特徴である.臨床病型の分類として大橋らの臨床分類が広く用いられている10,11).1型角膜内皮炎とよばれるもっとも典型的な角膜内皮炎では,病変は角膜周辺部から中心に向かって進行し,拒絶反応線に類似した線状のKPsや,円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴うことがあるとされる(図1,2).近年,コインリージョンと線状のKPsは,CMV角膜内皮炎で特徴的に認められる所見であることが多施設から報告されており,CMV角膜内皮炎の診断基準にも取り上げられている9)(表2).植の既往のない2例の患者に拒絶反応でみられるような線状に配列する角膜後面沈着物(khodadoustline)と角膜浮腫を生じたとされる.これらの症例はステロイド薬を用いた治療に反応したことから,当時は自己免疫が関与する病態と報告されていた.しかしその後,角膜内皮炎患者の前房水や組織から単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)のDNAや抗原が検出されるようになり3),現在ではHSVあるいは水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)によるウイルス性角膜炎の一病型と考えられるようになった.さらに2006年には,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)による角膜内皮炎の最初の症例が日本から報告され4),近年,原因不明で予後不良とされてきた特発性角膜内皮炎の中にCMV軽度の毛様充血周辺部から中心へ進行する角膜浮腫拒絶反応線様の線状に配列する角膜後面沈着物(KPs)ときに円形に配列するKPsからなる衛星病巣を認める(コインリージョン)図1典型的な1型角膜内皮炎の臨床像図2サイトメガロウイルス角膜内皮炎左:角膜後面沈着物を伴った角膜浮腫を認め,透明角膜の部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン:矢印)が認められる.前房水からCMVDNAが検出された.右:角膜浮腫は比較的軽度な症例で,コインリージョン(矢印)と前房水を用いたPCRで確定診断される症例もある.(文献9より許可を得て転載)軽度の毛様充血周辺部から中心へ進行する角膜浮腫拒絶反応線様の線状に配列する角膜後面沈着物(KPs)ときに円形に配列するKPsからなる衛星病巣を認める(コインリージョン)図1典型的な1型角膜内皮炎の臨床像図2サイトメガロウイルス角膜内皮炎左:角膜後面沈着物を伴った角膜浮腫を認め,透明角膜の部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン:矢印)が認められる.前房水からCMVDNAが検出された.右:角膜浮腫は比較的軽度な症例で,コインリージョン(矢印)と前房水を用いたPCRで確定診断される症例もある.(文献9より許可を得て転載)あたらしい眼科Vol.32,No.1,201549(49)けて,特発性角膜内皮炎研究班によるCMV角膜内皮炎のレトロスペクティブスタディが行われ,診断基準が作成された9)(表2).CMV角膜内皮炎の診断には,前房水中の原因ウイルスDNAの同定が必要であり,コインリージョンや拒絶反応線様のKP,眼圧上昇や虹彩毛様体炎の合併など,特徴的な臨床所見と合わせて診断される.VIウイルス性角膜内皮炎の治療ウイルス性角膜内皮炎は,ウイルスの再活性化とそれに伴う炎症によって角膜内皮障害を生じると考えられるため,抗ウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う.ウイルス性角膜内皮炎はしばしば再燃する可能性のある疾患であり,再発を繰り返すと水疱性角膜症となることも稀ではない.初期治療として抗ウイルス薬の全身投与と局所投与を4.12週間程度行い,その後は維持療法として局所投与のみを継続する(表3).1.ヘルペス性角膜内皮炎の治療アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏(1日5回)と0.1%フルオロメトロン(0.1%フルメトロンR)などのステロイド点眼薬(1日4回),混合感染予防のために抗菌薬点眼(1日2.4回)を使用する.また,バラシクロビル(バルトレックスR)内服(1日1,000.2,000mg)を2.4週間行う.高度の角膜浮腫や虹彩炎を伴う症例では,ベタメタゾン(リンデロンR)内服(1日1.2mg)やプレドニゾロン(プレドニンR)内服(1日5.10mg)などのステロイド薬の全身投与を追加する場合がある.上記の治療により通常は2週間程度で角膜浮腫が軽減し,KPsが消失あるいは減少する.角膜の炎症所見が改善していることを確認し,アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼薬を1日3回程度,バラシクロビル内服を500.1,000mgに減量して,さらに2.3週間程度投与を続ける.その後は局所投与のみを数カ月間継続し,再発の徴候がなければ投薬を中止する.再発症例や,すでに角膜内皮障害が進行している症例では,投薬の漸減はより慎重に行う.2.角膜内皮障害ウイルス性角膜内皮炎では,角膜内皮細胞の脱落による角膜内皮細胞密度の低下を生じることが特徴であり,進行すると不可逆性の角膜内皮障害によって水疱性角膜症となる.3.虹彩毛様体炎や続発緑内障の合併角膜内皮炎では,軽度の虹彩毛様体炎や眼圧上昇を伴うことが多いが,とくにCMV角膜内皮炎では高頻度にこれらの所見を合併する.角膜内皮炎と診断される以前から,眼圧上昇発作を伴う虹彩炎の既往や,Posner-Schlossman症候群と診断されている症例が多いことが報告されている9).IV診断と検査原因ウイルスを同定し治療方針を決定するためには,PCR(polymerasechainreaction)を用いた前房水中のウイルスDNAの検索が必要である.PCRは非常に感度が高いため病態とは無関係のウイルスDNAを検出する偽陽性を生じる可能性があることに注意する.とくにHSVやCMVなどのヘルペス属ウイルスは,健康な人でも無症候性に体液中に分泌されることが知られており,検査のタイミングやPCRの感度によっては病態とは関係のないウイルスDNAを検出することがある.ウイルスPCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してウイルス性角膜内皮炎と診断する必要がある.最近では,リアルタイムPCRによるウイルスDNAの定量が可能になり,病態の解明や治療効果の判定に有用な情報が得られることが期待される12.14).また,CMV角膜内皮炎ではコンフォーカル顕微鏡によってコインリージョンの部分の角膜内皮細胞にCMV感染細胞で特徴的なOwl’seye(ふくろうの目)所見が認められることが報告されており15,16),角膜内皮細胞へのCMV感染を示唆する所見であり,診断や治療効果の判定,病態の解明にも役立つことが期待される.VCMV角膜内皮炎の診断基準平成22.24年度の厚生労働省科学研究費の補助を受表2サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①cytomegalovirusDNAが陽性②herpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの.②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの.・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの.非典型例Iおよび,II-②に該当するもの.<注釈>1.角膜移植術後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.表3ウイルス性角膜内皮炎に対する初期治療の例1)HSVあるいはVZV角膜内皮炎①アシクロビル眼軟膏1日5回②0.1%フルオロメトロン点眼1日4回③バラシクロビル(500mg錠)1日2.4錠,2.4週間④炎症による角膜浮腫,虹彩炎が高度な症例では以下を併用ベタメタゾン内服(1.2mg),またはプレドニゾロン(5.10mg)2)CMV角膜内皮炎①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg1日2回内服,4.12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4.8回(保険適用外)③0.1%フルオロメトロン点眼1日4回あたらしい眼科Vol.32,No.1,201551(51)4)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheli-itis.AmJOphthalmol141:564-565,20065)KoizumiN*,SuzukiT*,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,2008(*co-firstauthors)6)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendo-theliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20077)YamauchiY,SuzukiJ,SakaiJetal:Acaseofhyperten-sivekeratouveitiswithendotheliitisassociatedwithcyto-megalovirus.OculImmunolInflamm15:399-401,20078)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisasso-ciatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Oph-thalmology114:798-803,20079)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Clinicalfeaturesandmanagementofcytomegaloviruscornealendotheli-itis:analysisof106casesfromtheJapancornealendo-theliitisstudy.BrJOphthalmol99:54-58,201510)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床病型分類の試み.臨眼42:676-680,198811)SuzukiT,OhashiY:Cornealendotheliitis.SeminarsinOphthalmology23:235-240,200812)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-22,201013)MiyanagaM,SugitaS,ShimizuNetal:Asignificantassociationofviralloadswithcornealendothelialcelldam-ageincytomegalovirusanterioruveitis.BrJOphthalmol94:336-340,201014)KandoriM,MiyazakiD,YakuraKetal:Relationshipbetweenthenumberofcytomegalovirusinanteriorcham-berandseverityofanteriorsegmentinflammation.JpnJOphthalmol57:497-502,201315)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“Owl’sEye”patternbyconfocalmicroscopyinpatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol114:715-717,200716)KobayashiA,YokogawaH,HigashideTetal:Clinicalsignificanceofowleyemorphologicfeaturesbyinvivolaserconfocalmicroscopyinpatientswithcytomegalovi-ruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol153:445-453,2012しながら定期的な経過観察を行う必要があると考える.CMV角膜内皮炎の全国調査では,前房水PCRと臨床所見からCMV角膜内皮炎と診断された症例の95%ではガンシクロビル,バルガンシクロビルの投与が行われ,その有用性を示唆する結果が報告された9).しかし,CMV角膜内皮炎に対する抗ウイルス薬の投与は保険適用がなく,各施設の倫理審査委員会の承認を受けて患者にインフォームド・コンセントを行ったうえで実施する必要があるなど,標準治療として定着させるためには課題が残されている.VII鑑別疾患KPsを伴う角膜浮腫を生じる病態として,角膜移植後の拒絶反応との鑑別が重要である.拒絶反応ではKPsが移植片内に限局するのに対して,角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴であるが,周辺部に角膜混濁がある症例では観察が困難なこともある.一般的に拒絶反応では眼圧上昇を認めないが,ウイルス性角膜内皮炎では眼圧上昇を伴うことが多いことも参考になる.ステロイド薬や免疫抑制薬による拒絶反応に対する治療を行っても角膜浮腫が改善しない場合には,ウイルス性角膜内皮炎を疑って前房水を用いたウイルスPCRを行う.原因不明の水疱性角膜症や,複数回の角膜移植を繰り返しているような症例でも,ウイルス性角膜内皮炎を疑ってウイルス検索を行うことが望ましい.文献1)木下茂,天野史郎,井上幸次ほか:角膜内皮障害の重症度分類の提案.日眼会誌118:81-83,20142)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19823)OhashiY,KinoshitaS,ManoTetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendotheli-opathy.AmJOphthalmol112:419-423,1991