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写真:SEEK後の空気瞳孔ブロック

2015年1月30日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦368.DSAEK後の空気瞳孔ブロック上松聖典長崎大学眼科図1nDSAEK(non.Descemet'sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:Descemet膜非.離角膜内皮移植)施行3時間後の空気瞳孔ブロックの写真前房がすべて空気で満たされ,瞳孔縁や下方虹彩切除部から房水が前房内に移行できない.眼圧は45mmHgと上昇している.図2図1のシェーマと断面図①グラフト,②瞳孔,③虹彩切除部,④空気(断面図の黄色部分),⑤眼内レンズ.図5図4のシェーマと断面図①グラフト,②瞳孔,③虹彩切除部,④空気(断面図の黄色部分),⑤房水,⑥眼内レンズ.図3前房空気除去直後の写真空気除去すると下方の虹彩切除部から房水が前房内に移行し,空気瞳孔ブロックが解除される.眼圧は9mmHgに低下した.図4nDSAEK施行1日後の写真前房の約6割が空気であり,グラフトの接着は良好である.下方の虹彩切除部から房水が前房内に移行でき,眼圧は16mmHg.(93)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2015930910-1810/15/\100/頁/JCOPY 空気による高眼圧は,内皮グラフトを接着させるため空気を前房に入れるDescemet膜.離角膜内皮移植(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)特有の合併症であり,いくつかのタイプがある.一つは,前房内の空気が虹彩を後方に圧迫し,房水が瞳孔領から前房にまわらなくなる「空気瞳孔ブロック」である(図1).この場合は,散瞳薬で瞳孔を広げた後に,空気を除去することでブロックを解除することができる.提示した症例ではあらかじめ下方に虹彩切除をしておいたので,散瞳せずに空気を少量抜くだけでブロックが解除できた(図2,3).空気瞳孔ブロックの予防には,DSAEKの術終了時に散瞳薬を点眼することや,空気の量をブロックが起きない程度に減らしておくことが有効である.しかし,放射状角膜後面切開術後の水疱性角膜症など,空気によるタンポナーデをしっかりしておきたい症例もある.このような症例では,下方に虹彩切除を行っておけば,空気を前房いっぱいに満たして手術を終了することができる.グラフト接着不良の際も,空気をいっぱいに再注入しタンポナーデ効果を高めることもできる.空気瞳孔ブロックを起こしても,術後診察の際,少量の空気を除去することで,房水が下方虹彩切除部から前房に移行し,すぐにブロックを解除することが可能である1).空気による高眼圧のもう一つのタイプは,空気が後房にまわるものである.とくにZinn小帯が弱い眼では,空気が虹彩下からゆるいZinn小帯を通過して,後房に移行する場合がある.虹彩の後方に空気があると,仰臥位では虹彩が前方に圧迫され隅角が閉塞する.全周性に隅角が閉塞すると高眼圧を生じる.さらに重度になると,前房が消失し,悪性緑内障(aqueousmisdirectionsyndrome)となる可能性もある2).頭位の変換で空気の圧迫を解除したり,前眼部の処置で前房を形成したりすることで解除できるが,悪性緑内障になれば硝子体手術が必要になる場合がある.このような合併症の可能性があるので,DSAEKでは手術の数時間後に診察する必要がある.文献1)小林顕:角膜内皮移植(DSAEK).新ESNOW10角膜手術(島崎潤,ビッセン宮島弘子編),p58-68,メジカルビュー社,20122)PriceJr.FW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplastyin200eyes.Earlychallengesandtechniquestoenhancedonoradherence.JCataractRefractSurg32:411-418,200694

角膜疾患関連続発緑内障への対処法

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):83~90,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):83~90,2015角膜疾患関連続発緑内障への対処法TherapeuticStrategyfortheSecondaryGlaucomaRelatedtoCornealDiseases森和彦*はじめに角膜疾患関連続発緑内障は難治緑内障の一つとされる.とくに角膜移植後に合併する緑内障は移植後の失明原因として常に上位に位置しており,角膜が透明になっても視神経障害のために失明に至る例も少なくない.術後の一過性高眼圧を除いた角膜移植後続発緑内障の発症頻度は全体では30%程度とされているが,角膜移植の原因疾患によってその頻度が大きく異なっている.たとえば無水晶体性水疱性角膜症では続発緑内障発症頻度が20~70%ともっとも高く,円錐角膜や先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditarycornealendothelialdystrophy:CHED)などでは低いとされている1).一般に角膜移植後の続発緑内障発症・増悪のリスクとしては,角膜移植前から存在している緑内障の既往,無水晶体無硝子体眼,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)摘出術併用例などがあげられている.角膜疾患に関連した緑内障の眼圧上昇メカニズム(表1)は,角膜の病態や移植の有無,経過期間によって異なっており,異常な増殖組織や炎症に続発した隅角閉塞,移植後早期の前房内残留粘弾性物質,出血,炎症,角膜浮腫や浅前房による周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS),瞳孔ブロック,ステロイド緑内障,拒絶反応に伴う炎症・虹彩前癒着の進行,悪性緑内障など,さまざまな原因があげられる.近年はシクロスポリンに代表されるステロイド以外の免疫抑制療法が広く用いられるようになり,ステロイド長期使用例の減少に伴いステロイド緑内障の頻度は減少傾向にある.いずれの病態においても角膜疾患続発緑内障では,高眼圧のみならず治療としての緑内障手術によっても惹起された炎症が角膜の透明性維持に悪影響を及ぼすため,十分な管理上の注意が必要である.I重要ポイント1.眼圧測定角膜疾患関連続発緑内障の診断においてもっとも重要なポイントは眼圧上昇の判定である.眼圧測定のゴールデンスタンダードであるGoldmann圧平眼圧計(Goldmannapplanationtonometer:GAT)は角膜厚や角膜表面性状の影響を受け,不整な眼表面状態や角膜厚が厚い水疱性角膜症では正確な眼圧が測定困難である.しかし,DSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)やDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)では角膜厚は大きくは変化しないため眼圧値に対する影響は少ない.眼表面に非接触で測定可能という利点から頻用されるノンコンタクトトノメーター(non-contacttonometer:NCT)は,角膜疾患例において安定した測定値を得ることは困難であり,あくまでも参考程度にしかならない.トノペンR(Reichert社)は接触面積が小さいことから眼表面疾患でも正確に測定できる可能性が高いが,実際にはばらつきが大きく,やはり参考程度の値しか得られない.リバウンドトノメーターであるアイケアR(ICAREFINLAND*KazuhikoMori:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(83)83 84あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(84)度判定すら困難な場合が多いし,移植片拒絶反応や移植した上皮細胞の脱落の恐れから基本的に接触型検査自体が不可な場合もある.このような場合でも緑内障手術の適応や術式を決定するためには隅角検査が必須であることから,接触面積の少ないZeiss型やSussman型の隅角鏡を用い,スコピゾルを大量に使用したり治療用ソフトコンタクトレンズ上から行ったりすることで何とか隅角検査を試みることが大切である.そのためにも常日頃から角膜上皮に負担をかけない隅角検査手技をマスターしておくことが必要である.非接触式検査である前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による画像解析は,隅角検査が不可能な症例の隅角形状を判断する際の次善の策として有用である.現在利用できる前眼部OCTの中では,タイムドメイン型のVisanteTM(CarlZeiss社)と比較して,スペクトラルドメイン型のCasiaR(トーメーコーポレーション)のほうが短時間かつ高解像度で全周の隅角をスキャンできるため有用性に勝る.ただ非接触式であるがゆえに機能的閉塞と器質的閉塞の差のような動的変化を捉えることは困難である.また,あくまでもカラー情報をもたず隅角形状を捉えるのみであることから,隅角の異常所見を捕捉する能力としては隅角検査に劣ることを認識すべきである.また,さらに後方の虹彩裏面や毛様体突起部などの所見を得るためには,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)が有用であるが,接触式検査であるために隅角検査と同様の制限がある.4.眼表面性状と炎症点状表層角膜症や遷延性角膜上皮欠損の有無,涙液動態などの眼表面性状は,緑内障点眼治療における薬剤選択に影響する因子として重要であるため,フルオレセイン染色を用いてしっかりと確認する必要がある.また,通常は見落とされがちな上方もしくは下方結膜の状態に関しても,緑内障の術式選択に当たって濾過手術やチューブシャント手術を成功させるために非常に重要な所見であり,瘢痕性変化や瞼球癒着,結膜.短縮の有無などについて十分な診察が必要である.社)は接触面積がさらに小さいことからかなり正確な眼圧値が得られるが,GATと同様に角膜厚の影響を受けるので当てる場所によって値が大きく異なることがある.さらには培養角膜上皮移植や羊膜移植などの眼表面再建術の術後早期には角膜に触れることすら差し控えざるを得ない.最終的にはGATとNCT,その他の眼圧計の値を参考にしながら,眼瞼上から強膜越しに眼球に触れて判断するタクタイル法で眼圧上昇を確認するのがもっとも確実である.そのためにも常日頃から眼球を触診し,眼瞼上から眼圧を推測する感性を養っておく必要がある.2.眼圧上昇は一過性か持続性か次に重要なポイントは原疾患の治療経過と眼圧上昇との関係である.たとえば角膜移植後早期には,前房内の残存粘弾性物質や炎症により眼圧が高値を示すことが多いが,これらは経過をみているうちに下降してくる一過性のものである.一方,移植後を含めた角膜疾患の経過中には点眼・内服を含めてステロイド薬を使用することが多く,眼圧上昇例の中には高頻度にステロイド緑内障が含まれている.したがって治療経過,とくにステロイド使用歴と眼圧上昇との時間的関係について知っておくことはきわめて重要である.通常,ステロイドレスポンダーはステロイド使用開始後,2週間程度経過してから眼圧が上昇してくることが多いが,線維柱帯からの房水流出に余裕のない場合にはステロイド開始後,短期間で眼圧上昇をきたすこともある.また,眼内炎症遷延時には炎症に伴って眼圧が上昇している場合もあり,炎症程度との関連性も眼圧上昇機序を理解するうえで重要となる.さらに症例によっては基礎疾患として原発緑内障や外傷性緑内障などを有している場合もあり,問診による既往歴の聴取も重要となる.3.隅角所見PASの有無は緑内障の治療法や予後に影響を与えるもっとも重要な因子であり,vanHerick法によって隅角開大度を判定するのはもちろんのこと,眼表面状態が許されるなら隅角検査を実施すべきである.ただ角膜疾患の中には混濁のためにvanHerick法による隅角開大 あたらしい眼科Vol.32,No.1,201585(85)し,小さな光源を用いるOCTでは乱反射が少なく網膜や視神経の画像が撮れることもある.また,V-4の視標を用いた大まかな視野検査だけでも緑内障性視野障害の程度を知るためには重要な手がかりとなる.ゆえに,たとえ混濁によって眼底がみえそうもない症例でも,何とかしてみようとする努力,視野を取ろうとする努力を怠ってはならない.5.視神経乳頭と視野所見眼表面疾患を有する場合には眼底透見困難で視野検査も施行できないことが多いため,えてしてこれらの検査がなおざりにされてしまう危険性がある.しかしながら,倒像鏡もしくは細隙灯顕微鏡の光量を可能な限り少なくし,光軸も絞り込むことで混濁角膜からの乱反射を防止すれば,視神経乳頭を何とか透見できることも多い表2角膜原疾患と眼圧上昇機序原疾患眼圧上昇機序ICE/PPD/眼内上皮増殖直接的隅角閉塞円錐角膜ステロイドLI後水疱性角膜症炎症/基礎疾患としてのPACG化学外傷炎症/ステロイド/直接障害感染症炎症眼表面再建炎症/ステロイドICE:虹彩角膜内皮症候群,PPD:後部多形性角膜変性症LI:レーザー虹彩切開術,PACG:原発閉塞隅角緑内障表1角膜疾患関連続発緑内障眼圧上昇隅角形状炎症との関連ステロイド使用診断持続性開放なしありステロイド緑内障なしなしPOAG合併/線維柱帯障害などあり炎症反応性眼圧上昇閉塞あり炎症性続発閉塞隅角緑内障/瞳孔ブロック/悪性緑内障/異常増殖組織による閉塞一過性術後炎症/残存粘弾性物質POAG:原発開放隅角緑内障cleftofTMIOP=13mmHgIOP=39mmHgABCDE図1化学外傷後続発緑内障酸による化学外傷後.右眼瘢痕性角膜混濁(A)に対し,全層角膜移植術+眼表面再建術を施行したところ眼圧が著明に上昇(39mmHg,B).鼻下側にて線維柱帯切開術を施行(C,D)し,13mmHgに下降.前眼部OCTにて線維柱帯切開部が確認できる(E)表2角膜原疾患と眼圧上昇機序原疾患眼圧上昇機序ICE/PPD/眼内上皮増殖直接的隅角閉塞円錐角膜ステロイドLI後水疱性角膜症炎症/基礎疾患としてのPACG化学外傷炎症/ステロイド/直接障害感染症炎症眼表面再建炎症/ステロイドICE:虹彩角膜内皮症候群,PPD:後部多形性角膜変性症LI:レーザー虹彩切開術,PACG:原発閉塞隅角緑内障表1角膜疾患関連続発緑内障眼圧上昇隅角形状炎症との関連ステロイド使用診断持続性開放なしありステロイド緑内障なしなしPOAG合併/線維柱帯障害などあり炎症反応性眼圧上昇閉塞あり炎症性続発閉塞隅角緑内障/瞳孔ブロック/悪性緑内障/異常増殖組織による閉塞一過性術後炎症/残存粘弾性物質POAG:原発開放隅角緑内障cleftofTMIOP=13mmHgIOP=39mmHgABCDE図1化学外傷後続発緑内障酸による化学外傷後.右眼瘢痕性角膜混濁(A)に対し,全層角膜移植術+眼表面再建術を施行したところ眼圧が著明に上昇(39mmHg,B).鼻下側にて線維柱帯切開術を施行(C,D)し,13mmHgに下降.前眼部OCTにて線維柱帯切開部が確認できる(E) 86あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(86)前房であるうえに前房内炎症が高度に生じることから,続発閉塞隅角緑内障をきたしやすい.さらに化学外傷後(図1)には,化学物質による直接的な房水流出路障害,化学物質による炎症の影響,消炎のためのステロイドの影響の3要因が相互に絡み合って眼圧上昇が発症するため,隅角形状や眼表面状態をしっかりと判断する必要がある.III角膜疾患関連続発緑内障の治療方針治療の基本は他の続発緑内障ととくに変わるところはない.視神経の障害程度を見きわめたうえで,必要最小限の薬物で最大限の効果を狙いつつ眼圧上昇の原因に応じた治療を行う.しかしながら,角膜疾患眼の特殊性として眼底透見性が不良なことが多いため,つい原疾患の対象である前眼部ばかりに目が行きがちとなり,経過観察中に気づいた頃には視野検査や視神経乳頭検査がまったくなされていなかったということのないように留意すべきである.緑内障治療の面からはかなり制限を課された状況下で診断・治療を進めてゆかねばならない点で,II診断へのアプローチ前述のポイントをもとに緑内障の重症度や病型を診断することになる(表1)が,角膜疾患の種類によって,ある程度は眼圧上昇機序の類推が可能である(表2).虹彩角膜内皮症候群(図3~5)や後部多形性角膜変性症(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPD),眼内上皮増殖(epithelialingrowth)などでは増殖細胞により隅角が閉塞されPASを生じる続発閉塞隅角機序により眼圧上昇をきたす.一方,角膜移植後緑内障(図1~4)においては一般的にステロイドを使用していることから,眼圧上昇には多かれ少なかれステロイドの影響が加味されている.中でも円錐角膜に対する全層角膜移植術後症例では,若年者の割合が多いことからもステロイド緑内障の頻度が非常に高い.また,それ以外の角膜疾患であっても,基礎疾患として緑内障を有さず,明らかに開放隅角かつ眼内炎症が軽微であればステロイド緑内障を強く疑う根拠となる.レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対する全層角膜移植術後症例では,元来浅IOP=17mmHgIOP=27mmHgABCD図2DSAEK眼への線維柱帯切開術原発閉塞隅角緑内障発作後の水疱性角膜症(A).DSAEK施行後に眼圧上昇(27mmHg,B).隅角癒着解離術+線維柱帯切開術を施行し(C,D),眼圧はよく下降(17mmHg).IOP=17mmHgIOP=27mmHgABCD図2DSAEK眼への線維柱帯切開術原発閉塞隅角緑内障発作後の水疱性角膜症(A).DSAEK施行後に眼圧上昇(27mmHg,B).隅角癒着解離術+線維柱帯切開術を施行し(C,D),眼圧はよく下降(17mmHg). あたらしい眼科Vol.32,No.1,201587(87)ロスタグランジン製剤などの点眼や炭酸脱水酵素阻害薬の点眼・内服治療から開始する.ステロイドは可能であるならば,より力価の弱いものに変更するか完全に中止するかして,シクロスポリンなどのステロイド以外の免疫抑制療法に切り替える.炭酸脱水酵素は角膜内皮にも角膜疾患関連続発緑内障は他の続発緑内障と比べてきわめて特殊であるといえる.IV薬物療法の基本通常,早期の眼圧上昇に対しては,bブロッカーやプIOP=22mmHgABCDIOP=19mmHgIOP=29mmHgEFGHIOP=8mmHgIJ図3虹彩角膜内皮症候群(Chandler症候群)に対するDSAEK後緑内障隅角変化の少ない虹彩角膜内皮症候群(A,B).DSAEK施行時に虹彩縫合を試み,PASの進行を予防(D~F).眼圧上昇に対し,エクスプレスRフィルトレーションデバイスを用いた濾過手術施行.異常角膜内皮の増殖はチューブ先端にまでは及びにくく,濾過胞形成良好(H,I).IOP=22mmHgABCDIOP=19mmHgIOP=29mmHgEFGHIOP=8mmHgIJ図3虹彩角膜内皮症候群(Chandler症候群)に対するDSAEK後緑内障隅角変化の少ない虹彩角膜内皮症候群(A,B).DSAEK施行時に虹彩縫合を試み,PASの進行を予防(D~F).眼圧上昇に対し,エクスプレスRフィルトレーションデバイスを用いた濾過手術施行.異常角膜内皮の増殖はチューブ先端にまでは及びにくく,濾過胞形成良好(H,I). ABCDEF図4本態性虹彩萎縮に対する全層角膜移植後緑内障周辺部虹彩萎縮を伴う水疱性角膜症(A,B).全層角膜移植後に眼圧上昇(C).広範なPASを認め上方結膜の瘢痕も高度であったため,経毛様体扁平部硝子体手術と後眼部型バルベルトR緑内障インプラント挿入術を施行し,術後の眼圧は安定化(D~F).ABCEFDIOP=15mmHg図5虹彩角膜内皮症候群(Cogan.Reese症候群)に合併した緑内障虹彩表面を膜状組織が被覆(A,B).PASのない部位でエクスプレスRフィルトレーションデバイスを用いた濾過手術施行.術後3年の時点では濾過良好(D~F).存在し,角膜の透明性維持に関与していることから,内な限り添加されていないか濃度が少ないほうが望まし皮細胞が減少しているような状況下では可能な限り使用い.しかしながら,抗緑内障薬は眼圧下降を主目的としを制限したほうが望ましい.塩化ベンザルコニウムなどていることから,その決定に当たっては主剤の効果を基の防腐剤は眼表面に対して障害的に作用するため,可能準にすべきであり,副作用を恐れて眼圧下降効果の劣る88あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(88) あたらしい眼科Vol.32,No.1,201589(89)薬剤を投与することは本末転倒である.抗緑内障点眼薬はいずれも角膜上皮障害ならびに結膜充血などの副作用を引き起こす可能性があるので,基本的には多剤併用は可能な限り3剤までにとどめるべきであり,点眼薬使用中には眼表面状態の十分な管理・注意が必要である.なお,新しい抗緑内障薬として上市されたROCK阻害薬については,角膜内皮や眼表面に対する影響など未知のことが多く,今後の検討が必要である.V角膜疾患関連続発緑内障に対する手術療法先に述べた内科的療法によっても眼圧がコントロールできない場合には,観血的療法を選択せざるを得ない.角膜移植後緑内障に対する緑内障術式としては,移植した角膜内皮に対する影響や免疫抑制に伴う易感染性を考慮すれば,少しでも適応があるならまずは線維柱帯切除術よりも線維柱帯切開術を選択したほうが良い(図1).すなわち,角膜の透明性が良好で隅角の状態が確認できPASが少ない症例では,眼圧上昇の機序としてステロイド緑内障の関与が強く疑われるため,線維柱帯切開術が良い適応となる.部分的なPASが存在していても癒着期間が短い場合,もしくは面状ではなく線状に癒着をきたしている場合であれば,隅角癒着解離術と線維柱帯切開術の併用が可能である(図2).しかしながら,前述の条件を満たさないときには他の難治続発緑内障の場合と同様にマイトマイシンC(MitomycinC:MMC)併用線維柱帯切除術が必要となる症例が多い.MMC併用線維柱帯切除術の成功率は30~70%(経過観察期間1~5年)と報告によりさまざまであるが,角膜再移植例,無水晶体眼,PASによる閉塞隅角を認める症例では眼圧コントロール成績が低下する1).一方,虹彩角膜内皮症候群や眼内上皮増殖などの眼内増殖性疾患に続発する緑内障に対しては,線維柱帯切開術では切開部の増殖組織による閉鎖のため,線維柱帯切除術でも強膜弁癒着が生じやすいため,いずれも手術成績が不良となる.このような場合にはショートチューブタイプを含めたチューブシャント手術の適応と考えられる(図3,5).ただし,エクスプレスシャント(日本アルコン社)は閉塞隅角緑内障では適応外であり,挿入部位の隅角が開大していることが必要条件となる.さらに眼表面も同時に障害されている化学外傷やSte-vens-Johnson症候群,眼類天疱瘡など眼表面疾患を有する症例では,濾過胞作製部位の結膜も障害されていることから線維柱帯切除術自体が施行困難となるため,ロングチューブタイプのチューブシャント手術の適応と考えられる(図4).しかしながら,バルベルト(エイエムオー・ジャパン社)やアーメド(NewWorldMedical社)などのドレナージデバイス移植は,デバイス先端の角膜内皮への慢性的接触が発生するために,内皮脱落や移植片の拒絶反応などの合併症が多いのが難点である.毛様溝から虹彩裏面後房へ挿入する方法や毛様体扁平部から硝子体腔に挿入する方法は,角膜内皮への影響を最小化できるが,後者では必ず硝子体手術を併用する必要があるため,角膜混濁による眼底透見性の程度が硝子体手術の可否を決める条件となる.眼内内視鏡を用いた硝子体手術も盛んに行われるようになっており,角膜混濁があっても硝子体手術の制限にはならなくなってきている.以上のような観血的手術療法によっても眼圧コントロールが得られない症例には,最終手段としての毛様体破壊術を考慮せざるを得ない.半導体レーザーを用いた経強膜毛様体レーザー光凝固術がもっとも一般的であるが,眼内炎症が遷延したような症例では毛様体突起の位置自体が大幅にずれている場合もあるために術後の眼圧予測がむずかしいだけでなく,惹起された炎症による移植片拒絶反応,低眼圧,視力低下,眼球癆などの合併症がある.近年,これらの合併症を予防し過剰凝固を抑制するために,眼内内視鏡を用いて直視下に毛様体突起部のみを選択的に光凝固する手法など種々の新しい手法が開発されているが,移植角膜などに対する影響に関しては報告されていない.まとめ角膜疾患関連続発緑内障では,通常の緑内障検査を正確に行うことができないために診断が困難であり,発見や治療が遅れることが多い.しかしながら,緑内障の眼圧コントロールが角膜疾患の治療成績にも影響することから,眼圧上昇時の抗緑内障点眼薬による角膜上皮障害には十分に注意して診察する必要がある.また,眼表面炎症の抑制や角膜移植片の拒絶予防の目的で長期にわた 90あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(90)りステロイドや免疫抑制薬を使用する例も多いため,ステロイド緑内障の発症のみならず線維柱帯切除術後の濾過胞感染にも十分な注意が必要である.文献1)SteinJD,McDonnellPJ,LeePP:Penetratingkeratoplastyandglaucoma.PrinciplesandPracticeofOphthalmology,2ndEd.(edsAlbertDM,JakobiecFA,eds),p2860-2873,Saunders,Philadelphia,20002)荒木やよい,森和彦,成瀬繁太ほか:角膜移植後緑内障に対する緑内障手術成績の検討.眼科手術19:229-232,20063)AndreMetal:Glaucomaassociatedwithtrauma.Chemi-calburns,TheGlaucomas.ClinicalScience,2ndEd.(RitchR,ShieldsMB,KrupinT,eds),Chapter59,p1271-1275,Mosby,St.Louis,19964)森和彦:角膜移植と緑内障.眼科プラクティス11緑内障診療の進めかた(根木昭編),p70-71,文光堂,2006

角膜内皮移植の成績

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):77.81,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):77.81,2015角膜内皮移植の成績ClinicalOutcomesofDescemetsStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)中川紘子*宮本佳菜絵**はじめに水疱性角膜症に対しては,従来は全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)が行われていたが,近年は角膜内皮移植術であるdescemetstrippingautomatedendotherialkeratoplasty(DSAEK)が主流となっている.筆者らの施設では2007年よりDSAEKを施行しているが,角膜移植に占めるDSAEKの割合は年々増加し約半数を占めるほどになっている(図1).角膜内皮移植術は,1990年代頃よりPLK(posteriorlamellakeratoplasty),DLEK(deeplamellarendotherialkeratoplasty),DSEK(descemetstrippingendotherialkearatoplasty),DSAEKと手術手技が改良され,現在はDSAEKおよびDMEK(descemetmembreneendothelialkeratoplasty)が行われることが多い.IDSAEKの基本術式DSAEKの基本術式は,ホスト角膜のDescemet膜および角膜内皮層を除去し,マイクロケラトームで作製した角膜内皮ドナーグラフトを前房内に挿入し,空気によってグラフトをホスト角膜裏面に接着させるものである.PKPと比較したDSAEKのメリットは,①術中のオープンスカイがないため駆逐性出血のリスクが低い,②外傷に強い,③術後の視力改善が早い,④術後の不正乱視が少ない,⑤縫合糸がないため感染などの縫合糸関連の合併症のリスクがない,⑥拒絶反応が少ない,などが移植件数図1角膜移植に占める内皮移植の割合(京都府立医科大学,バプテスト眼科クリニック)あげられる(図2).II術後視力DSAEKではPKPと比較して術後の視力改善が早期よりみられ不正乱視も少ない.筆者らの施設で施行したレーザ虹彩切開術後水疱性角膜症(laseriridotomyinduced-bullouskeratopathy:LIBK)に対するPKPとDSAEKの視力経過を比較した検討では,術後1カ月での平均最高矯正視力は,DSAEKで0.35,PKPで0.15と術後早期から改善がみられ,術後2年での平均最高矯正視力は,DSAEKで0.66,PKPで0.46であった(図3).既報1)によると,術後1年で最高矯正視力が0.5以上の症例が94%,0.8以上の症例が40%,1.0以上の症例が14%であり,術後2年で0.5以上の症例が98%,0.8以上の症例が60%,1.0以上の症例が34%であり,術*HirokoNakagawa:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**KanaeMiyamoto:バプテスト眼科クリニック〔別刷請求先〕中川紘子:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(77)77 78あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(78)2年目で32.5%,術後3年目で46.5%であった.Chenらの報告4)によると術後平均内皮細胞密度減少率は1年目で30%,2年目で36%,3年目で47%であり,Priceらの報告5)によると1年目で37%,3年目で44%であった.筆者らの施設において海外プレカットドナー角膜を使用した成績と国内ドナー角膜を使用した成績,および海外での国内ドナーを使用した成績はほぼ同等であり,海外プレカットドナー角膜でも安全に手術を施行することができた.IV全層角膜移植術後眼に対するDSAEK全層角膜移植術後の水疱性角膜症に対しては,従来から全層角膜移植による再移植が適応とされてきたが,近年はDSAEKが選択されることが増えている6).DSAEKを選択するメリットは,オープンスカイを回避後3年で0.5以上の症例が98%,0.8以上の症例が70%,1.0以上の症例が47%であった.術後1年目以降も緩徐に視力改善がみられ,最終的には70%の症例で0.8以上の良好な視力が得られていた.III内皮細胞密度減少率DSAEKではPKPと比較して術後早期には,手術手技の違いにより内皮細胞密度減少率はDSAEKのほうが大きくなっているが,長期的にみるとPKPと同等もしくは内皮細胞密度減少率はやや少ないとされている.筆者らの施設の報告2)では,術後平均内皮細胞密度減少率は,術後6カ月目で30%,1年目で34%,2年目で44%,3年目で51%であった(図4).筆者らの施設では海外プレカットドナーを全例で使用している.国内ドナーを使用した報告3)では,LIBKに対するDSAEKでは,術後6カ月目で20%,術後1年目で18.4%,術後術前VA=0.02術後6カ月VA=0.7図2レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症に対するDSAEK術後経過期間(月)DSAEKPKPlogMAR***p<0.01**p<0.05*小数視力0.03*0.15*0.46*0.66*0.35*0.02************************n=52n=52preope136912151821242.521.510.50-0.5図3LIBKに対するDSAEKとPKPの視力経過(Wilcoxonsigned-ranktest)2,9382,0381,9331,6701,43105001,0001,5002,0002,5003,0003,500preope6122436術後経過期間(月)(cells/mm2)角膜内皮細胞密度図4DSAEK術後角膜内皮細胞密度の経過術前VA=0.02術後6カ月VA=0.7図2レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症に対するDSAEK術後経過期間(月)DSAEKPKPlogMAR***p<0.01**p<0.05*小数視力0.03*0.15*0.46*0.66*0.35*0.02************************n=52n=52preope136912151821242.521.510.50-0.5図3LIBKに対するDSAEKとPKPの視力経過(Wilcoxonsigned-ranktest)2,9382,0381,9331,6701,43105001,0001,5002,0002,5003,0003,500preope6122436術後経過期間(月)(cells/mm2)角膜内皮細胞密度図4DSAEK術後角膜内皮細胞密度の経過 1)後面不整なし2)後面不整あり3)DSAEK適応外PKPグラフト8.25DSAEKグラフト8.0PKPグラフト8.0DSAEKグラフト7.5図5全層角膜移植術後眼における,前眼部OCTを用いた角膜後面形状の評価1)術前の角膜後面形状はグラフト全周で平滑であり,良好な接着を得ている.2)グラフト接合部の片側に不整を認めるが,グラフトの位置を偏位させることにより,良好な接着を得ている.3)グラフト接合部の両側に強い不整を認め,DSAEKでは良好な接着が得られないと判断し,全層角膜移植術を施行した.図6全層角膜移植術後眼に対するグラフト縫合本症例では,術当日夕方にグラフト接着不良を認めたため,グラフト縫合を3針施行した. 図7無水晶体眼に対するDSAEKとIOL縫着同時手術いずれの症例も,移植片接着は良好であり,角膜は透明性を回復している.=== ’–’-

培養上皮移植の臨床成績

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):69~76,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):69~76,2015培養上皮移植の臨床成績ClinicalResultsofCultivatedEpithelialTransplantation中村隆宏*はじめに近年,ES細胞やiPS細胞など幹細胞を用いた再生医療が注目を集めている.角膜領域は,この分野でもっとも臨床・研究が進んでいる分野の一つである.現在の角膜移植は,障害を受けた部位のみを再建する角膜パーツ移植(上皮移植,内皮移植など)が主流であり,再生医療の技術を用いて作製した培養上皮移植による角膜再建術が行われている1).本稿では,筆者らの長年の臨床経験をもとに得られた培養上皮移植の臨床を紹介する.I適応疾患Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,熱化学外傷などの重症の角結膜疾患では,角膜上皮幹細胞が存在する角膜輪部領域が広範囲に傷害され,正常な角膜上皮は供給できなくなる.その結果,周辺の結膜が炎症や血管新生などを伴って角膜を覆い,難治性の視力障害や上皮障害が発生する(難治性眼表面疾患)(図1).このような疾患に対して,従来は炎症を抑えて慢性期まで待ち,外科的再建を行うのが一般的であった.しかし,再生医療の技術を用いて正常な上皮(幹)細胞を速やかに移植し,角膜を再建しようとする培養上皮移植の登場により,発症早期の段階から外科的再建が可能となった.現在では,羊膜やフィブリン,温度応答性培養皿上で上皮細胞(角膜,結膜,口腔粘膜)を用いて培養上皮シートを作製し,移植する術式の臨床成績が日本から報告されている.その中でも羊膜を基質に用いた本術式は術後眼表面の速やかな上皮化,消炎が得られるため,筆者らの施設で臨床応用を積み重ねてきた.II培養角膜上皮移植の臨床成績1.自己培養角膜上皮移植片眼性の疾患に対しては,健眼から約1×4mmの角膜輪部組織を採取し,自己培養角膜上皮シートを作製する(図2)2).2002年7月~2007年1月の期間で自己培養角膜上皮移植術を施行した6例6眼(化学外傷3眼,特発性3眼)の臨床成績を検討した.その結果,全症例で移植後早期(2日~1週間)に自己培養角膜上皮シートが角膜表面に生着したことが確認され,その後長期にわたって透明性を保つことがわかった(図3).6眼中5眼で2段階以上の視力改善を認め,悪化した症例はなかった.5年を超える長期観察例では,周辺からの軽度の結膜侵入は認められるものの,侵入した結膜上皮とは明瞭に区別される自己培養角膜上皮シートの長期生着が観察できた.術後遷延性角膜上皮欠損,眼圧上昇,瞼球癒着など重篤な合併症はなく,その他の眼合併症などもきわめて少なかった.以上のことから,自己培養角膜上皮移植は,拒絶反応などのリスクもなく,安全で有効な術式であると考えられた.2.同種培養角膜上皮移植両眼性の疾患に対しては,自己の角膜を利用できないため,海外ドナー角膜を用いた同種培養角膜上皮移植術*TakahiroNakamura:同志社大学生命医科学部炎症再生医療研究センター〔別刷請求先〕中村隆宏:〒602-8580京都市上京区今出川通烏丸東入同志社大学生命医科学部炎症再生医療研究センター0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(69)69 70あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(70)原発性・Stevens-Johnson症候群・眼類天疱瘡続発性・熱・化学外傷・長期緑内障点眼先天性・無虹彩症特発性広範囲の角膜上皮幹細胞の喪失難治性眼表面疾患図1難治性眼表面疾患の分類さまざまな原因で,角膜上皮幹細胞が広範囲に傷害され,難治性の眼表面疾患の様相を呈する.片眼性両眼性同種角膜ドナー自己角膜①角膜上皮細胞を採取②培養角膜上皮シート作製③眼表面へ移植細胞浮遊液図2培養角膜上皮移植の概念図まず,①自己あるいはドナーの角膜上皮細胞を採取し,②基質(足場)上で適切な増殖因子を加えて培養する,③最終的にinvitroで培養角膜上皮シートを作製し,難治性の眼表面疾患に対して移植を行う.原発性・Stevens-Johnson症候群・眼類天疱瘡続発性・熱・化学外傷・長期緑内障点眼先天性・無虹彩症特発性広範囲の角膜上皮幹細胞の喪失難治性眼表面疾患図1難治性眼表面疾患の分類さまざまな原因で,角膜上皮幹細胞が広範囲に傷害され,難治性の眼表面疾患の様相を呈する.片眼性両眼性同種角膜ドナー自己角膜①角膜上皮細胞を採取②培養角膜上皮シート作製③眼表面へ移植細胞浮遊液図2培養角膜上皮移植の概念図まず,①自己あるいはドナーの角膜上皮細胞を採取し,②基質(足場)上で適切な増殖因子を加えて培養する,③最終的にinvitroで培養角膜上皮シートを作製し,難治性の眼表面疾患に対して移植を行う. A術前術後7年B術前術後6年図3培養角膜上皮移植術の臨床応用例A:化学外傷の症例.術前,角膜上皮幹細胞が広範囲に傷害され結膜侵入により著しい視力障害を呈する.自己培養角膜上皮移植後7年,周辺からの軽度の結膜侵入は認めるが,角膜表面は再建され,透明性を保つ.B:化学外傷の症例.術前,角膜上皮幹細胞が広範囲に傷害され結膜侵入,角膜混濁により著しい視力障害を呈する.同種培養角膜上皮移植後6年,適切な免疫抑制薬の使用により,角膜表面は安定しており,透明性を保っている. 両眼性①口腔粘膜上皮細胞を採取②培養口腔粘膜上皮シート作製自己の口腔粘膜細胞浮遊液③眼表面へ移植図4培養口腔粘膜上皮移植の概念図まず,①自己の口腔粘膜上皮細胞を採取し(6mm径),②基質(足場)上で適切な増殖因子を加えて培養する,③最終的にinvitroで培養口腔粘膜上皮シートを作製し,難治性の眼表面疾患に対して移植を行う. A術前術後50カ月B術前術後6カ月図5培養口腔粘膜上皮移植術の臨床応用例1A:Stevens-Johnson症候群の症例.術前,角膜上皮幹細胞が広範囲に傷害され,高度の結膜侵入,ドライアイ,病的角化により著しい視力障害を呈する.培養口腔粘膜上皮移植後50カ月,周辺からの血管侵入は認めるが,角膜表面は上皮欠損なく安定し,透明性を保つ.B:特発性(原因不明)の結膜.短縮,瞼球癒着の症例.癒着組織を切除後,培養口腔粘膜上皮移植を施行.術後6カ月,結膜.は癒着を認めず,再建されている. A術前COMET後2カ月PKP後3カ月B術前術後50カ月図6培養口腔粘膜上皮移植術の臨床応用例2A:Stevens-Johnson症候群の症例.術前,角膜上皮幹細胞が広範囲に傷害され,高度の結膜侵入,瞼球癒着,角膜実質瘢痕により著しい視力障害を呈する.眼表面上皮の安定化を目的に培養口腔粘膜上皮移植を施行.移植後2カ月,角膜実質の瘢痕は認められるものの,眼表面は上皮欠損なく安定している.さらに視力改善を目的に,全層角膜移植を施行.術後3カ月,眼表面は安定しており,角膜の透明性も回復し,視力改善した.B:熱外傷の症例.術前,遷延性の角膜上皮欠損,眼瞼熱傷による瘢痕化,睫毛乱生を認めた.培養口腔粘膜上皮移植および眼瞼内反症の手術を施行.術後50カ月,眼瞼の睫毛および眼表面は安定している. AB図7培養口腔粘膜上皮移植術後の合併症A:Stevens-Johnson症候群の症例.培養口腔粘膜上皮移植後3カ月の前眼部写真.フルオレセインで染色される遷延性の角膜上皮欠損を認めた.B:Stevens-Johnson症候群の症例.培養口腔粘膜上皮移植後6カ月の前眼部写真.MRSAに起因する感染所見を角膜中央部に認めた.表1培養上皮移植の特徴のまとめ拒絶反応感染症リスク血管進入角膜の透明性適応培養角膜上皮移植自己.低い.Good片眼性疾患同種++免疫抑制により注意を要する+.Good両眼性疾患急性期高齢者培養口腔粘膜上皮移植.低い++Moderate両眼性疾患角膜・結膜.再建若年者待される.文献1)TanDT,DartJK,HollandEJetal:Cornealtransplantation.Lancet79:1749-1761,2012(75)2)NakamuraT,InatomiT,SotozonoCetal:Successfulprimarycultureandautologoustransplantationofcorneallimbalepithelialcellsfromminimalbiopsyforunilateralsevereocularsurfacedisease.ActaOphthalmolScand82:468-471,20043)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Cultivatedcornealepithelialstemcelltransplantationinocularsurfacedisorあたらしい眼科Vol.32,No.1,201575 76あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(76)ders.Ophthalmology108:1569-1574,20014)NakamuraT,InatomiT,SotozonoCetal:Transplanta-tionofcultivatedautologousoralmucosalepithelialcellsinpatientswithsevereocularsurfacedisorders.BrJOph-thalmol88:1280-1284,20045)NakamuraT,TakedaK,InatomiTetal:Long-termresultsofautologouscultivatedoralmucosalepithelialtransplantationinthescarphaseofsevereocularsurfacedisorders.BrJOphthalmol95:942-946,20116)InatomiT,NakamuraT,KojyoMetal:Ocularsurfacereconstructionwithcombinationofcultivatedautologousoralmucosalepithelialtransplantationandpeneratingker-atoplasty.AmJOphthalmol142:757-764,20067)TakedaK,NakamuraT,InatomiTetal:Ocularsurfacereconstructionusingthecombinationofautologousculti-vatedoralmucosalepithelialtransplantationandeyelidsurgeryforsevereocularsurfacedisease.AmJOphthal-mol152:195-201,2011

眼科におけるStevens-Johnson症候群の病型ならびに遺伝素因

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):59.67,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):59.67,2015眼科におけるStevens-Johnson症候群の病型ならびに遺伝素因PhenotypeandGeneticPredispositionofOcularStevens-JohnsonSyndrome上田真由美*はじめに本項では,難治性眼表面疾患の一つであるStevensJohnson症候群について,以下の4項目,①重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群(SJS),②皮膚科で診断されるStevens-Johnson症候群/中毒性表皮融解症(SJS/TEN)における眼科のStevens-Johnson症候群の位置づけ,③諸外国におけるSJS/TENのHLA解析の報告からわかってきたこと,④重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群の遺伝子素因について記述する.I重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群Stevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)は,突然の高熱,結膜炎,皮膚の発疹につづいて,皮膚・粘膜にびらんと水疱を生じる全身性の皮膚粘膜疾患である.発疹は,最初小さな数個の発疹で始まるが,急速に全身に拡大する.中毒性表皮壊死症(toxicepidermalnecrolysis:TEN)は,SJSの重症型を含んだ病型と考えられ,日本では皮疹の面積が10%未満のものをSJS,それ以上のものをTENと呼ぶ1).発症率は,1年あたり百万人に数人で,大変まれな疾患であるが,性差なく小児を含めあらゆる年齢に発症する.眼合併症を生じているSJSとTENの眼所見は類似し,急性期ならびに慢性期をとおして,眼所見より両者を鑑別することは困難である.SJS/TEN全体における重篤な眼合併症(偽膜ならびに角結膜上皮欠損の両方を認める)発生率は約40%であるが2),眼科では,瘢痕性角結膜上皮症に至った慢性期の患者を診ることが多く,SJSとTENを併せて広義のStevens-Johnson症候群(SJS)と呼称している3).SJS/TENは,薬物の投与が誘因となって発症することが多く,重篤な眼合併症を伴うSJS/TEN患者を対象に行った調査では,約8割の患者が感冒様症状を最初に自覚し,感冒様症状に対する薬物投与が誘因となって発症していた4).1.重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の急性期の眼所見眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS/TEN(SJS)の急性期の眼所見の特徴は,皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血,角結膜上皮欠損,偽膜形成を生じることである(図1).皮疹に気づく前に眼科を受診して,ウイルス性結膜炎と診断される患者も少なくない.SJSの結膜炎では結膜全体の充血,眼脂に加えて,眼瞼の発赤腫脹,広範囲な角結膜上皮障害,偽膜の形成,睫毛の脱落がみられる.広範囲な角結膜上皮欠損を生じる急性期の治療は,もっとも重要であり,患者の視力予後を決定すると考えらえる5).急性期に十分に眼表面の消炎がされないと急性期に角膜上皮幹細胞(輪部上皮の基底部に存在)が消失し,慢性期に角膜は結膜組織で被覆され混濁する(図2a).一方,急性期に十分に消炎ができて角膜上皮幹細胞が残存した場合には,角膜*MayumiUeta:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕上田真由美:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(59)59 60あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(60)*#abc図1眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の急性期の眼所見皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血(a),角結膜上皮欠損(b),偽膜形成(c)を生じる.#:結膜上皮欠損,*:角膜上皮欠損.b.眼表面の上皮欠損が少なく角膜上皮幹細胞が残存した場合a.眼表面に広範囲の上皮欠損が生じ角膜上皮幹細胞が消失した場合図2急性期の角結膜上皮欠損と視力予後a:十分に眼表面の消炎がされないと急性期に角膜上皮幹細胞(輪部上皮の基底部に存在)が消失し,慢性期に角膜は結膜組織で被覆され混濁する.b:十分に消炎ができて角膜上皮幹細胞が残存した場合には,角膜はほぼ透明化する.*#abc図1眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の急性期の眼所見皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血(a),角結膜上皮欠損(b),偽膜形成(c)を生じる.#:結膜上皮欠損,*:角膜上皮欠損.b.眼表面の上皮欠損が少なく角膜上皮幹細胞が残存した場合a.眼表面に広範囲の上皮欠損が生じ角膜上皮幹細胞が消失した場合図2急性期の角結膜上皮欠損と視力予後a:十分に眼表面の消炎がされないと急性期に角膜上皮幹細胞(輪部上皮の基底部に存在)が消失し,慢性期に角膜は結膜組織で被覆され混濁する.b:十分に消炎ができて角膜上皮幹細胞が残存した場合には,角膜はほぼ透明化する. aabcdef図3重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の眼後遺症重篤な眼合併症(重度の結膜炎,角結膜上皮欠損,偽膜)を生じたSJS/TEN患者ほぼ全例に重篤なドライアイ(a)ならびに睫毛乱生(b)が生じる.瞼球癒着(c,d)や眼瞼の瘢痕化(e)を認めることも多い.重症例では,眼表面が皮膚のように角化する(f).~ 62あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(62)症例のすべてが,重篤な結膜炎を発症するわけではない.外園らが,皮膚科医と共同で調べたところ,急性期に偽膜形成ならびに角結膜上皮欠損を伴う重篤な眼合併症(図1)を伴う症例は,SJS/TEN全体の約40%であった.このように,眼科で診療されるSJSには,皮膚科で診断されるSJSとTENの両方を含み,かつ,重篤な眼粘膜障害を伴った症例だけが含まれる(図4).III諸外国におけるSJS.TENのHLA解析の報告からわかってきたこと諸外国のSJS/TENのHLA解析の結果報告から,原因薬物によりその遺伝子素因が異なることがわかってきた.たとえば,抗てんかん薬であるカルマバゼピンによるSJS/TEN発症には,漢民族ではHLA-B*15:02とSJSと診断することが多い.もう1一つのポイントは,慢性期に眼科を受診するような重篤な眼後遺症を生じるSJS患者は,皮膚科でSJSあるいはTENと診断される患者のうちの一部であるということである.SJSとTENの厚生労働省研究班の診断基準を表1,2に示す.SJSの診断には粘膜病変は必須であるが,TENの診断には粘膜病変は必須ではない.さらに粘膜病変を生じる表1Stevens-Johnson症候群の診断基準1.概念38℃以上の発熱を伴う口唇,眼結膜,外陰部などの皮膚粘膜移行部における重症の粘膜疹および皮膚の紅斑で,しばしば水疱,表皮.離などの表皮の壊死性障害を認める.原因の多くは,医薬品である.2.主要所見(必須)1)皮膚粘膜移行部の重篤な粘膜病変(出血性あるいは充血性)がみられる.2)しばしば認められるびらん若しくは水疱は,体表面積の10%未満である.3)38℃以上の発熱がある.3.副所見1)皮疹は非典型的ターゲット状多形紅斑である.2)角膜上皮障害と偽膜形成のどちらかあるいは両方を伴う両眼性の非特異的結膜炎を認める.3)病理組織学的に,表皮の壊死性変化を認める.ただし,ライエル症候群(toxicepidermalnecrolysis:TEN)への移行があり得るため,初期に評価を行った場合には,極期に再評価を行う.主要項目の3項目をすべてみたす場合SJSと診断する.Stevens-Johnson症候群診断基準2005(厚生労働科学研究費補助金難治性.疾患克服研究事業重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班)から引用表2中毒性表皮壊死融解症(TEN)の診断基準1.概念広範囲な紅斑と,全身の10%以上の水疱,表皮.離・びらんなどの顕著な表皮の壊死性障害を認め,高熱と粘膜疹を伴う.原因の大部分は医薬品である.2.主要所見(必須)1)体表面積の10%を超える水疱,表皮.離,びらん.2)ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)を除外できる.3)38℃以上の発熱がある.3.副所見1)皮疹は広範囲のびまん性紅斑および斑状紅斑である.2)粘膜疹を伴う.眼表面上皮(角膜と結膜)では,びらんと偽膜のどちらかあるいは両方を伴う.3)病理組織学的に,顕著な表皮の壊死を認める.主要3項目のすべてを満たすものをTENとする.○サブタイプの分類1型:SJS進展型(TENwithspots)*12型:びまん性紅斑進展型(TENwithoutspots)*23型:特殊型*1:SJS進展型TEN(TENwithspotsあるいはTENwithmacules):顔面のむくみ,発熱,結膜充血,口唇びらん,咽頭痛を伴う多形紅斑様皮疹.*2:びまん性紅斑型TEN(TENwithoutspotsあるいはTENonlargeerythema):発熱を伴って急激に発症する広汎な潮紅とびらん.○参考所見治療などの修飾により,主要項目1の体表面積10%に達しなかったものを不全型とする.Toxicepidermalnecrolysis(TEN)診断基準2005(厚生労働科学研究費補助金難治性.疾患克服研究事業重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班)から引用びまん性紅斑進展型SJS進展型特殊型SJS眼粘膜病変合併型皮膚表皮.離の面積10%未満10%以上粘膜病変あり粘膜病変なし眼科で診療する広義のSJSSJSTEN図4皮膚科で診断されるStevens-Johnson症候群.中毒性表皮融解症(SJS.TEN)における重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の位置づけ表1Stevens-Johnson症候群の診断基準1.概念38℃以上の発熱を伴う口唇,眼結膜,外陰部などの皮膚粘膜移行部における重症の粘膜疹および皮膚の紅斑で,しばしば水疱,表皮.離などの表皮の壊死性障害を認める.原因の多くは,医薬品である.2.主要所見(必須)1)皮膚粘膜移行部の重篤な粘膜病変(出血性あるいは充血性)がみられる.2)しばしば認められるびらん若しくは水疱は,体表面積の10%未満である.3)38℃以上の発熱がある.3.副所見1)皮疹は非典型的ターゲット状多形紅斑である.2)角膜上皮障害と偽膜形成のどちらかあるいは両方を伴う両眼性の非特異的結膜炎を認める.3)病理組織学的に,表皮の壊死性変化を認める.ただし,ライエル症候群(toxicepidermalnecrolysis:TEN)への移行があり得るため,初期に評価を行った場合には,極期に再評価を行う.主要項目の3項目をすべてみたす場合SJSと診断する.Stevens-Johnson症候群診断基準2005(厚生労働科学研究費補助金難治性.疾患克服研究事業重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班)から引用表2中毒性表皮壊死融解症(TEN)の診断基準1.概念広範囲な紅斑と,全身の10%以上の水疱,表皮.離・びらんなどの顕著な表皮の壊死性障害を認め,高熱と粘膜疹を伴う.原因の大部分は医薬品である.2.主要所見(必須)1)体表面積の10%を超える水疱,表皮.離,びらん.2)ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)を除外できる.3)38℃以上の発熱がある.3.副所見1)皮疹は広範囲のびまん性紅斑および斑状紅斑である.2)粘膜疹を伴う.眼表面上皮(角膜と結膜)では,びらんと偽膜のどちらかあるいは両方を伴う.3)病理組織学的に,顕著な表皮の壊死を認める.主要3項目のすべてを満たすものをTENとする.○サブタイプの分類1型:SJS進展型(TENwithspots)*12型:びまん性紅斑進展型(TENwithoutspots)*23型:特殊型*1:SJS進展型TEN(TENwithspotsあるいはTENwithmacules):顔面のむくみ,発熱,結膜充血,口唇びらん,咽頭痛を伴う多形紅斑様皮疹.*2:びまん性紅斑型TEN(TENwithoutspotsあるいはTENonlargeerythema):発熱を伴って急激に発症する広汎な潮紅とびらん.○参考所見治療などの修飾により,主要項目1の体表面積10%に達しなかったものを不全型とする.Toxicepidermalnecrolysis(TEN)診断基準2005(厚生労働科学研究費補助金難治性.疾患克服研究事業重症多形滲出性紅斑に関する調査研究班)から引用びまん性紅斑進展型SJS進展型特殊型SJS眼粘膜病変合併型皮膚表皮.離の面積10%未満10%以上粘膜病変あり粘膜病変なし眼科で診療する広義のSJSSJSTEN図4皮膚科で診断されるStevens-Johnson症候群.中毒性表皮融解症(SJS.TEN)における重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の位置づけ あたらしい眼科Vol.32,No.1,201563(63)うSJSに特異的な遺伝素因であることを示唆している15,16).これに続いて,韓国人,インド人,ブラジル人SJSサンプルを用いてHLA-A*02:06またはHLA-B*44:03との関連についての検証を行ったところ,韓国人SJSでは,HLA-A*02:06と関連があり,インド人ならびにブラジル人(とくに欧米系ブラジル人)SJSでは,HLA-B*44:03と強い関連が示された(表3)17).インド人は,民族的には欧米人と同じCaucasianに属することより,HLA-B*44:03との関連は欧米人でも認められる可能性が高く今後の解析が急がれる.筆者らが行った感冒薬関連SJSのHLA解析の結果からも,原因薬物によりSJS/TENの遺伝素因が異なることは明らかである(図5)18).さらに,筆者らは,HLAに加えて,重篤な眼後遺症を伴うSJSを対象に遺伝子多型解析を行った.重篤な眼後遺症を伴うSJS患者では,薬物投与の前にウイルス感染症やマイコプラズマ感染症を思わせる感冒様症状を呈することが多く,また,急性期・慢性期ともにMRSA・MRSEを高率に保菌し,眼表面炎症と感染症を生じやすい3,16).そのため,筆者らは,重篤な眼後遺症を伴うSJS発症の素因として自然免疫応答異常が関与している可能性を考え,自然免疫関連遺伝子を候補遺伝子とした解析を行った.その結果,ウイルス感染に対する生体防御に関係するTolllikereceptor3(ウイルス由来の二本鎖RNAの受容体)の遺伝子多型との有意な関連が確認できた19).驚くことに,HLA-A*02:06とTLR3rs3775296T/Tの両方をもつとオッヅ比は,47.7にまで上昇することから(図6),複数の遺伝子多型の組み合わせがこの疾患の発症に大きく貢献している可能性が示唆されている20).また,全ゲノム関連解析では,プロスタグランジン(PG)E2の受容体の一つであるEP3の遺伝子PTGER3の遺伝子多型との関連が確認できた4).ヒト眼表面結膜組織のEP3の免疫染色を行ったところ,正常結膜ならびに結膜弛緩症,翼状片,化学外傷患者の結膜組織において,このEP3は結膜上皮に蛋白発現が強く認められるのとは対照的に,SJS患者の結膜では著しくその蛋白発現は減弱していた(図7)21).また,マウスモデルを用いた解析により眼表面上皮細胞や表皮細胞に発現しているEP3が皮膚粘膜炎症を抑制しの関連8),日本人,欧米人ではHLA-A*31:01と関連することが報告されている9,10).また,抗痛風薬であるアロプリノールによるSJS/TEN発症には,漢民族11),欧米人12),日本人13)でHLA-B*58:01と強い関連があることが報告されている.興味深いことに,アロプリノールによるSJS/TENでは,重篤な眼後遺症を認めることは大変珍しい14).また,京都府立医科大学で診療するSJS/TEN患者のうち抗てんかん薬による発症は,わずか5%であった14).一方,慢性期に重篤な眼後遺症のために京都府立医科大学で診療されているSJS/TEN患者の約8割は,感冒様症状に対する投薬に関連して発症していることが,約200名の患者を対象とした問診から明らかとなっている2,4).つまり,眼科で診療することが多い,感冒薬に関連して発症したSJS/TENは,皮膚科から多く報告されているアロプリノールやカルマバゼピンによって発症したSJS/TENとは,その発症に関与する遺伝子素因は異なることが推測された.また,諸外国のSJS/TENのHLA解析の報告は,皮膚科医が中心となって行っており,重篤な眼合併症に着目した報告はない.筆者の所属する京都府立医科大学眼科では,世界で初めて重篤な眼合併症を有する広義のSJSを対象にHLA解析ならびに遺伝子多型解析を行い,有意に関連する疾患関連遺伝子を多数同定している.IV重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群(SJS)の遺伝素因について筆者らは,重篤な眼後遺症を伴う感冒薬に関連して発症した日本人SJS患者151名ならびに健康コントロール639名を対象に,HLA解析を行った.その結果,HLA-A*02:06とHLA-B*44:03が有意に関連することが明らかとなった.とくにHLA-A*02:06では,p値2.7×10.20,オッズ比5.6と強い関連が確認された15,16).大変興味深いことに,HLA-A*02:06とHLA-B*44:03のSJSとの有意な関連は,同じ感冒薬に関連して発症していても,重篤な眼合併症を伴わない症例では関連を認めず,また,感冒薬以外の薬物による発症症例でも関連を認めなかった.このことは,HLA-A*02:06とHLA-B*44:03のSJSとの有意な関連は,感冒薬に関連して発症した重篤な眼合併症を伴 表3重篤な眼合併症を伴う感冒薬関連SJSとHLAとの関連(文献15,16を改変して転載)a.日本人の重篤な眼合併症を伴う感冒薬関連SJSと健常コントロールとの比較保持者頻度(%)HLAgenotype重篤な眼合併症を伴うOddsratio感冒薬関連SJS健常コントロールp(95%CI)A*02:0671/151(47.0%)87/639(13.6%)2.72E-205.63(3.81-8.33)B*44:0339/151(25.8%)95/639(14.9%)0.001251.99(1.30-3.05)b.国際サンプル(インド,ブラジル,韓国)を用いた検証HLA-A*02:06EthnicgroupCarrierfrequency(%)DominantmodelanalysisCM-SJS/TENwithSOCControlpOddsratio(95%CI)Indian1/20(5.0%)3/55(5.5%)0.9380.91(0.09-9.31)Brazilian0/39(0.00%)0/134(0.00%)──Korean11/31(35.5%)14/90(15.6%)0.01813.00(1.18-7.57)HLA-B*44:03EthnicgroupCarrierfrequency(%)DominantmodelanalysisCM-SJS/TENwithSOCControlpOddsratio(95%CI)Indian12/20(60.0%)6/55(10.9%)1.07.E-0512.25(3.57-42.01)Brazilian10/39(25.6%)15/134(11.2%)0.02362.74(1.12-6.71)Korean6/31(19.4%)18/90(20.0%)0.9380.96(0.34-2.69)BrazilianCaucasian.6.15(40.0%).6.62(9.6%).p=0.0037,OR=6.22SJS/TEN眼・粘膜障害無型では関連なし眼・粘膜障害無眼・粘膜障害有(眼科のSJS)カルバマゼピン漢民族でHLA-B*1502欧米人・日本人でHLA-A*31:01カルバマゼピンと強い関連アロプリノール漢民族,欧米人,日本人でHLA-B*58:01と強い関連感冒薬HLA-A*02:06日本人で強い関連,韓国人で関連HLA-B44:03欧米系ブラジル人,インド人で強い関連日本人でも関連(抗てんかん薬)アロプリノール(抗痛風薬)感冒薬(NSAIDsなど)被疑薬No.1図5原因薬物によりSJS.TENの遺伝素因が異なる64あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(64) オッズ比01020304050HLA-A*02:06+-+-+-+-+-+-TLR3SNPs図6SJS発症にかかわる遺伝子間相互作用HLA-A*02:06とTLR3rs3775296T/Tの両方をもつとオッズ比は,47.7にまで上昇する.結膜弛緩症患者の結膜慢性期化学外傷患者の結膜EP3isotypeEP3isotype慢性期SJS患者の結膜亜急性期SJS患者の結膜図7SJS患者の眼表面組織におけるEP3蛋白発現の減弱結膜弛緩症,化学外傷患者の結膜組織においてEP3蛋白は結膜上皮に強く認められるのとは対照的に,SJS患者の結膜では著しくその蛋白発現は減弱している.(65)あたらしい眼科Vol.32,No.1,201565 図8SJSの発症機序についての仮説発症の遺伝素因がない人では,何らかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,薬物服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症の遺伝素因がある人に,何らかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに薬物服用が加わって,異常な免疫応答が助長され,SJSを発症する. –

Fuchs角膜内皮ジストロフィの遺伝背景

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):53~57,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):53~57,2015Fuchs角膜内皮ジストロフィの遺伝背景GeneticsBackgroundofFuchsEndothelialCornealDystrophy奥村直毅*はじめにFuchs角膜内皮ジストロフィは,ErnstFuchsにより1910年に報告された,guttaeの形成を伴い角膜内皮が障害される,両眼性かつ進行性の疾患である.50歳代で発症し,20~30年かけてゆっくりと進行する.欧米では40歳以上の5%が罹患しているとされる.早期では,guttaeの形成や角膜内皮密度の低下が認められる.進行してくると,角膜内皮機能障害による角膜実質浮腫,角膜上皮浮腫を呈し,視力障害を生じる(図1).GuttaeはDescemet膜と角膜内皮の間に,Descemet膜から前房側に疣状に突出して形成される.細隙灯顕微鏡により観察される臨床的に特徴的な所見である(図2).スペキュラーマイクロスコープにより,角膜内皮密度の減少と,黒く抜けた像として認められるguttaeの形成が観察される(図3).進行し視力障害を生じると,角膜移植による治療が必要になるが,米国においては角膜内図1Fuchs角膜内皮ジストロフィの前眼部写真図2細隙灯顕微鏡により観察されるguttae軽度の角膜実質浮腫と角膜上皮浮腫を認める.Descemet膜が疣状に凸凹する.Descemet膜と角膜内皮(あたらしい眼科Vol.31.No.3,2014,p349より転載)の間に位置し,Descemet膜が前房側に疣状に突出したものであり,細胞外マトリックスにより構成される.(あたらしい眼科Vol.31.No.3,2014,p349より転載)*NaokiOkumura:同志社大学生命医科学部・京都府立医科大学眼科学〔別刷請求先〕奥村直毅:〒610-0321京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(53)53 図3非接触スペキュラーマイクロスコープ像角膜内皮細胞密度の低下とguttae(写真で黒く抜けてみえる)が観察される. あたらしい眼科Vol.32,No.1,201555(55)る.2.ZEB1(zincfingerE.boxbindinghomeobox1gene)SLC4A11がFuchs角膜内皮ジストロフィに関連することが報告されたことにより,他の角膜内皮疾患の原因遺伝子がFuchs角膜内皮ジストロフィの原因となりうる可能性が持ち上がった.そこで,ZEB1遺伝子のフレームシフトが後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)を生じることが明らかにされたことを受けて,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者を対象にZEB1の変異が調べられた9).結果は74名中2名においてZEB1遺伝子上のバリアントを認めたのみであったために,MehtaらはZEB1はFuchs角膜内皮ジストロフィの原因であるとはいえないと報告した9).しかし一方で,Riazuddinらは5種類のZEB1のミスセンス突然変異(p.N78T,p.Q810P,p.Q840P,p.A905G,p.P649A)を384名中7名の患者に認めたことを報告した10).7名中6名が散発性であった.p.Q840Pの変異を有する1名は家族性発症であり,家族を調査することで実に12名がFuchs角膜内皮ジストロフィであることが判明した.しかし,Fuchs角膜内皮ジストロフィであることが判明した12名のうち5名はp.Q840Pの変異を有してなかったために,さらなるGWASによる解析が行われ9番染色体短腕がp.Q840P変異とは独立して関係する可能性が示された.9番染色体短腕はFuchs角膜内皮ジストロフィに関与する4番目の遺伝子座としてFCD4と提唱された10).3.TCF4(transcriptionfactor4gene)LateonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィにおいて,前述のようにごく一部の患者ではSLC4A11やZEB1の遺伝子変異が発症の原因となりうることが明らかとなった一方で,大多数の患者では原因となる遺伝子については依然不明であった.しかし2010年,BaratzらはGWASによる解析により,TCF4遺伝子におけるイントロン領域の一塩基多型(singlenucleotidepolymor-phism:SNP)(rs613872)がFuchs角膜内皮ジストロフィと関連することを報告した11).さらに,複数の研究onsetのFuchs角膜内皮ジストロフィの2家系から発見された4,5).Gottschらはp.Leu450Trpの家系のなかで,男女比が1:1であり,臨床的,組織的なguttaeの特徴がlateonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィとはまったく異なることを指摘している4).さらにGWASによる解析によってもlateonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィにおいてCOL8A2の関与は認められないことが報告された.これらのことから,現在はCOL8A2の複数のミスセンス突然変異がearlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィの原因である一方,lateonsetの発症には関係がないと考えられている.IILateonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィ1.SLC4A11(solutecarrierfamily4,sodiumboratetransporter,member11gene)SLC4A11遺伝子が先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditaryendothelialdystrophy:CHED)の常染色体劣性遺伝型(CHED2)の原因遺伝子であることが特定されたことを受けて,VithanaらはFuchs角膜内皮ジストロフィにおいてもSLC4A11について検討を行った6).結果は89名中4名の患者においてSLC4A11のバリアント(ミスセンス3名,フレームシフト1名)が認められた.一方で,SLC4A11の遺伝という点からは,これら4患者すべてが散発性であり遺伝性を示す家族の発症は認められなかった.また,Riazuddinらは192名のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者で検討を行い,7名がSLC4A11におけるミスセンス突然変異をヘテロ接合型(用語解説参照)として有することを続いて報告した7).7名に認められた7種類のミスセンス突然変異のなかで1種類では家族性の発症が認められた.これらのSLC4A11のバリアントがFuchs角膜内皮ジストロフィを生じるという報告がある一方で,SLC4A11がコードされる20番染色体は連鎖解析によりFuchs角膜内皮ジストロフィへの関連を認めておらず原因遺伝子としては懐疑的な意見もある2,8).また,SLC4A11の変異がどのように発症に関与しているかについては不明点も多く,今後の研究の進展が期待され 図4正常者の血液ゲノムのシークエンス解析結果第2イントロンにTGCの反復配列を認める.本例は正常者であり12回の繰り返しを認めるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の多くでは繰り返し回数が50回以上と過伸展する. ■用語解説■ミスセンス突然変異:コドン内の塩基の変化または置換により,本来入るべきものとは別のアミノ酸が合成されたポリペプチド中に入り,異常蛋白質が作られる突然変異.ヘテロ接合型:二倍体生物のある遺伝子座がAa,Bbのように異なった対立遺伝子からなる状態.このような遺伝子型をヘテロ接合型といい,同じ対立遺伝子をもつ遺伝子型をホモ接合型という.’’

角膜内皮炎の治療

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):47.51,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):47.51,2015角膜内皮炎の治療TreatmentforCornealEndotheliitis小泉範子*はじめに角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じ,進行すると不可逆性の角膜内皮機能不全による重症の視力障害をきたす疾患である.本稿では,角膜内皮細胞について概説し,ウイルス性角膜内皮炎の臨床的特徴と診断,治療について述べる.また近年,その重要性が認識されつつサイトメガロウイルス(CMV)角膜内皮炎については,特発性角膜内皮炎研究班が作成した診断基準を紹介する.I角膜内皮細胞の機能と特徴角膜内皮層は六角形を主体とする単層の角膜内皮細胞で構成され,バリア機能とポンプ機能をもつことによって角膜実質の含水率を一定に保ち,角膜の透明性を維持している.ヒトの角膜内皮細胞は生体内ではほとんど増殖することができないため,外傷や内眼手術,角膜内皮炎,Fuchs角膜内皮ジストロフィなどの疾患によって障害されると角膜内皮細胞の密度が低下する.正常の角膜内皮細胞の密度は2,000cells/mm2以上とされ,およそ500cells/mm2未満に低下すると角膜の透明性を維持することができなくなり水疱性角膜症による浮腫と混濁を生じる1)(表1).II角膜内皮炎の主たる原因はウイルスである角膜内皮炎は1982年にKhodadoustとAttarzadehによって初めて報告された2).最初の論文では,角膜移表1角膜内皮障害の重症度分類分類角膜内皮細胞密度病態正常2,000cells/mm2以上正常の角膜の機能を維持するうえで支障のない細胞密度が維持されている.Grade1(軽度)1,000cells/mm2以上2,000cells/mm2未満正常の角膜における生理機能を逸脱しつつある状態.Grade2(中等度)500cells/mm2以上1,000cells/mm2未満角膜の透明性を維持するうえで危険な状態.内因性あるいは外因性によるわずかな侵襲が引き金となって水疱性角膜症に至る可能性がある.Grade3(高度)500cells/mm2未満水疱性角膜症を生じる前段階.Grade4(水疱性角膜症)測定不能角膜が浮腫とともに混濁した状態.(日本角膜学会ワーキンググループ作成,文献1を改変)*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科・京都府立医科大学眼科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(47)47 48あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(48)による症例が多く存在することが報告されている5.9).一方,ムンプスや麻疹などの全身ウイルス感染症でも角膜内皮障害を起こすことが知られており,これらはウイルス血症に伴ってウイルスが直接角膜内皮細胞を攻撃することによって生じる一種の角膜内皮炎と考えられている.IIIウイルス性角膜内皮炎の臨床所見1.角膜後面沈着物と角膜浮腫角膜内皮炎では,角膜後面沈着物(keraticprecipi-tates:KPs)を伴った限局性の角膜浮腫を生じる.HSVによる角膜実質炎(円板状角膜炎など)でもKPsを伴う角膜浮腫を生じるが,実質炎では角膜実質に細胞浸潤による混濁や血管侵入を伴う.それに対して角膜内皮炎では,細胞浸潤や血管侵入を伴わないすりガラス状の角膜浮腫を生じることが特徴である.臨床病型の分類として大橋らの臨床分類が広く用いられている10,11).1型角膜内皮炎とよばれるもっとも典型的な角膜内皮炎では,病変は角膜周辺部から中心に向かって進行し,拒絶反応線に類似した線状のKPsや,円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴うことがあるとされる(図1,2).近年,コインリージョンと線状のKPsは,CMV角膜内皮炎で特徴的に認められる所見であることが多施設から報告されており,CMV角膜内皮炎の診断基準にも取り上げられている9)(表2).植の既往のない2例の患者に拒絶反応でみられるような線状に配列する角膜後面沈着物(khodadoustline)と角膜浮腫を生じたとされる.これらの症例はステロイド薬を用いた治療に反応したことから,当時は自己免疫が関与する病態と報告されていた.しかしその後,角膜内皮炎患者の前房水や組織から単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)のDNAや抗原が検出されるようになり3),現在ではHSVあるいは水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)によるウイルス性角膜炎の一病型と考えられるようになった.さらに2006年には,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)による角膜内皮炎の最初の症例が日本から報告され4),近年,原因不明で予後不良とされてきた特発性角膜内皮炎の中にCMV軽度の毛様充血周辺部から中心へ進行する角膜浮腫拒絶反応線様の線状に配列する角膜後面沈着物(KPs)ときに円形に配列するKPsからなる衛星病巣を認める(コインリージョン)図1典型的な1型角膜内皮炎の臨床像図2サイトメガロウイルス角膜内皮炎左:角膜後面沈着物を伴った角膜浮腫を認め,透明角膜の部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン:矢印)が認められる.前房水からCMVDNAが検出された.右:角膜浮腫は比較的軽度な症例で,コインリージョン(矢印)と前房水を用いたPCRで確定診断される症例もある.(文献9より許可を得て転載)軽度の毛様充血周辺部から中心へ進行する角膜浮腫拒絶反応線様の線状に配列する角膜後面沈着物(KPs)ときに円形に配列するKPsからなる衛星病巣を認める(コインリージョン)図1典型的な1型角膜内皮炎の臨床像図2サイトメガロウイルス角膜内皮炎左:角膜後面沈着物を伴った角膜浮腫を認め,透明角膜の部分に円形に配列する角膜後面沈着物からなる衛星病巣(コインリージョン:矢印)が認められる.前房水からCMVDNAが検出された.右:角膜浮腫は比較的軽度な症例で,コインリージョン(矢印)と前房水を用いたPCRで確定診断される症例もある.(文献9より許可を得て転載) あたらしい眼科Vol.32,No.1,201549(49)けて,特発性角膜内皮炎研究班によるCMV角膜内皮炎のレトロスペクティブスタディが行われ,診断基準が作成された9)(表2).CMV角膜内皮炎の診断には,前房水中の原因ウイルスDNAの同定が必要であり,コインリージョンや拒絶反応線様のKP,眼圧上昇や虹彩毛様体炎の合併など,特徴的な臨床所見と合わせて診断される.VIウイルス性角膜内皮炎の治療ウイルス性角膜内皮炎は,ウイルスの再活性化とそれに伴う炎症によって角膜内皮障害を生じると考えられるため,抗ウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う.ウイルス性角膜内皮炎はしばしば再燃する可能性のある疾患であり,再発を繰り返すと水疱性角膜症となることも稀ではない.初期治療として抗ウイルス薬の全身投与と局所投与を4.12週間程度行い,その後は維持療法として局所投与のみを継続する(表3).1.ヘルペス性角膜内皮炎の治療アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏(1日5回)と0.1%フルオロメトロン(0.1%フルメトロンR)などのステロイド点眼薬(1日4回),混合感染予防のために抗菌薬点眼(1日2.4回)を使用する.また,バラシクロビル(バルトレックスR)内服(1日1,000.2,000mg)を2.4週間行う.高度の角膜浮腫や虹彩炎を伴う症例では,ベタメタゾン(リンデロンR)内服(1日1.2mg)やプレドニゾロン(プレドニンR)内服(1日5.10mg)などのステロイド薬の全身投与を追加する場合がある.上記の治療により通常は2週間程度で角膜浮腫が軽減し,KPsが消失あるいは減少する.角膜の炎症所見が改善していることを確認し,アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼薬を1日3回程度,バラシクロビル内服を500.1,000mgに減量して,さらに2.3週間程度投与を続ける.その後は局所投与のみを数カ月間継続し,再発の徴候がなければ投薬を中止する.再発症例や,すでに角膜内皮障害が進行している症例では,投薬の漸減はより慎重に行う.2.角膜内皮障害ウイルス性角膜内皮炎では,角膜内皮細胞の脱落による角膜内皮細胞密度の低下を生じることが特徴であり,進行すると不可逆性の角膜内皮障害によって水疱性角膜症となる.3.虹彩毛様体炎や続発緑内障の合併角膜内皮炎では,軽度の虹彩毛様体炎や眼圧上昇を伴うことが多いが,とくにCMV角膜内皮炎では高頻度にこれらの所見を合併する.角膜内皮炎と診断される以前から,眼圧上昇発作を伴う虹彩炎の既往や,Posner-Schlossman症候群と診断されている症例が多いことが報告されている9).IV診断と検査原因ウイルスを同定し治療方針を決定するためには,PCR(polymerasechainreaction)を用いた前房水中のウイルスDNAの検索が必要である.PCRは非常に感度が高いため病態とは無関係のウイルスDNAを検出する偽陽性を生じる可能性があることに注意する.とくにHSVやCMVなどのヘルペス属ウイルスは,健康な人でも無症候性に体液中に分泌されることが知られており,検査のタイミングやPCRの感度によっては病態とは関係のないウイルスDNAを検出することがある.ウイルスPCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してウイルス性角膜内皮炎と診断する必要がある.最近では,リアルタイムPCRによるウイルスDNAの定量が可能になり,病態の解明や治療効果の判定に有用な情報が得られることが期待される12.14).また,CMV角膜内皮炎ではコンフォーカル顕微鏡によってコインリージョンの部分の角膜内皮細胞にCMV感染細胞で特徴的なOwl’seye(ふくろうの目)所見が認められることが報告されており15,16),角膜内皮細胞へのCMV感染を示唆する所見であり,診断や治療効果の判定,病態の解明にも役立つことが期待される.VCMV角膜内皮炎の診断基準平成22.24年度の厚生労働省科学研究費の補助を受 表2サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①cytomegalovirusDNAが陽性②herpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの.②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの.・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの.非典型例Iおよび,II-②に該当するもの.<注釈>1.角膜移植術後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.表3ウイルス性角膜内皮炎に対する初期治療の例1)HSVあるいはVZV角膜内皮炎①アシクロビル眼軟膏1日5回②0.1%フルオロメトロン点眼1日4回③バラシクロビル(500mg錠)1日2.4錠,2.4週間④炎症による角膜浮腫,虹彩炎が高度な症例では以下を併用ベタメタゾン内服(1.2mg),またはプレドニゾロン(5.10mg)2)CMV角膜内皮炎①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg1日2回内服,4.12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4.8回(保険適用外)③0.1%フルオロメトロン点眼1日4回 あたらしい眼科Vol.32,No.1,201551(51)4)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheli-itis.AmJOphthalmol141:564-565,20065)KoizumiN*,SuzukiT*,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,2008(*co-firstauthors)6)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendo-theliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20077)YamauchiY,SuzukiJ,SakaiJetal:Acaseofhyperten-sivekeratouveitiswithendotheliitisassociatedwithcyto-megalovirus.OculImmunolInflamm15:399-401,20078)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisasso-ciatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Oph-thalmology114:798-803,20079)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Clinicalfeaturesandmanagementofcytomegaloviruscornealendotheli-itis:analysisof106casesfromtheJapancornealendo-theliitisstudy.BrJOphthalmol99:54-58,201510)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床病型分類の試み.臨眼42:676-680,198811)SuzukiT,OhashiY:Cornealendotheliitis.SeminarsinOphthalmology23:235-240,200812)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-22,201013)MiyanagaM,SugitaS,ShimizuNetal:Asignificantassociationofviralloadswithcornealendothelialcelldam-ageincytomegalovirusanterioruveitis.BrJOphthalmol94:336-340,201014)KandoriM,MiyazakiD,YakuraKetal:Relationshipbetweenthenumberofcytomegalovirusinanteriorcham-berandseverityofanteriorsegmentinflammation.JpnJOphthalmol57:497-502,201315)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“Owl’sEye”patternbyconfocalmicroscopyinpatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol114:715-717,200716)KobayashiA,YokogawaH,HigashideTetal:Clinicalsignificanceofowleyemorphologicfeaturesbyinvivolaserconfocalmicroscopyinpatientswithcytomegalovi-ruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol153:445-453,2012しながら定期的な経過観察を行う必要があると考える.CMV角膜内皮炎の全国調査では,前房水PCRと臨床所見からCMV角膜内皮炎と診断された症例の95%ではガンシクロビル,バルガンシクロビルの投与が行われ,その有用性を示唆する結果が報告された9).しかし,CMV角膜内皮炎に対する抗ウイルス薬の投与は保険適用がなく,各施設の倫理審査委員会の承認を受けて患者にインフォームド・コンセントを行ったうえで実施する必要があるなど,標準治療として定着させるためには課題が残されている.VII鑑別疾患KPsを伴う角膜浮腫を生じる病態として,角膜移植後の拒絶反応との鑑別が重要である.拒絶反応ではKPsが移植片内に限局するのに対して,角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴であるが,周辺部に角膜混濁がある症例では観察が困難なこともある.一般的に拒絶反応では眼圧上昇を認めないが,ウイルス性角膜内皮炎では眼圧上昇を伴うことが多いことも参考になる.ステロイド薬や免疫抑制薬による拒絶反応に対する治療を行っても角膜浮腫が改善しない場合には,ウイルス性角膜内皮炎を疑って前房水を用いたウイルスPCRを行う.原因不明の水疱性角膜症や,複数回の角膜移植を繰り返しているような症例でも,ウイルス性角膜内皮炎を疑ってウイルス検索を行うことが望ましい.文献1)木下茂,天野史郎,井上幸次ほか:角膜内皮障害の重症度分類の提案.日眼会誌118:81-83,20142)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19823)OhashiY,KinoshitaS,ManoTetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendotheli-opathy.AmJOphthalmol112:419-423,1991

円錐角膜,屈折矯正術後の不正乱視の治療

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科31(1):39.45,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科31(1):39.45,2015円錐角膜,屈折矯正術後の不正乱視の治療TreatmentforIrregularAstigmatismCausedbyKeratoconusandRefractiveSurgery東原尚代*稗田牧**はじめに円錐角膜は角膜の中央部が菲薄化して突出する進行性の疾患であり,眼鏡では矯正できない不正乱視が生じる.治療はガス透過性ハードコンタクトレンズ(rigidgaspermeablecontactlens:RGPCL)の装用が第一選択で,進行例には角膜移植術が必要となる.近年,円錐角膜に対する新しい外科治療として角膜内リング挿入(intrastromalcornealringsegments:ICRS)術が注目されている1).ICRSは円錐角膜だけでなく角膜拡張症(keratectasia)に対しても施行されるようになり,その効果が確認されて以降,日本でも少しずつ普及している2.4).また,ICRS術後の不正乱視にも,さらなる視力改善をめざして積極的にRGPCLが処方される5,6).一方,屈折矯正手術は主として近視や乱視の矯正を目的として行われ,エキシマレーザーを用いたphotorefractivekeratectomy(PRK),laserinsitukeratomileusis(LASIK),epi-LASIKなどがあげられる.屈折矯正手術は矯正視力の良好な眼が対象であり,比較的安全な手術とされる7.9)が,稀に過剰照射や感染性角膜炎7,10)による合併症が生じ,不正乱視のために視力不良に陥ることがある.このような症例に対してもRGPCLの処方が行われるが11),屈折矯正手術により角膜中央部が扁平化しているためにRGPCL処方は非常にむずかしく眼科医の経験が必要となる.本稿では,円錐角膜および屈折矯正術後の不正乱視に対するRGPCL処方ならびに外科的治療法について解説する.I円錐角膜へのRGPCL処方円錐角膜は角膜中央部の曲率半径は小さいが,角膜周辺部(とくに上方)の形状は正常眼と同じか,むしろ,より大きくなっている(図1).したがって,円錐角膜にRGPCLを処方する場合,角膜周辺部(とくに上方)にあわせて球面レンズをフラットに処方するか(京都府立医科大学では“フラット・メソッド”と呼ぶ)12),もしくは,円錐角膜用の多段階カーブレンズを軽いアピカルタッチで合わせる13)ことが多い.後者のレンズの代表として,ニチコン社のローズK2がある.ローズK2のイニシャルトライアルレンズは,測定できたケラト値の平均から0.2mm程度小さいベースカーブを選択すると良い.フィッティングは瞬目直後の状態で評価するが,角膜中央に軽度にフルオレセインの貯留を認め,瞬目で角膜頂点がレンズに軽く接触するのが基本となる(図2).最周辺部のベベル幅は1mm弱が必要とされる.ローズK2のエッジリフトは,.1.0.+2.0の範囲内で作製が可能であり,トライアンドエラーの過程でデザインを選択する.ローズK2は非球面レンズでありセンタリングが重要であるが,固着に気をつけなければならない.中等度以上の円錐角膜やペルーシド角膜変性,角膜移植後などでは,ローズ2PGもしくはローズK2ICが推奨される.なお,ローズK2処方前に球面レンズなど他の種類のRGPCLを装用していた場合,角膜形状が変化している可能性が高く,処方後直ぐに視力は出にく*HisayoHigashihara:医療法人博吾会ひがしはら内科眼科クリニック/京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕東原尚代:〒621-0861京都府亀岡市北町57-13医療法人博吾会ひがしはら内科眼科クリニック0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)39 図1円錐角膜の角膜形状解析(プラチドリング像:PR-8000にて撮影)左眼は中央部のリングが卵型を呈する軽度の円錐角膜であるのに対し,右眼は中央部のリングが小さく歪んだ進行した円錐角膜である.周辺の角膜を観察すると,右眼でリングの間隔が大きくなり,かなりフラットな形状をなすことがわかる.図2ローズK2を装用した円錐角膜の前眼部写真軽いアピカルタッチでレンズ中央部に薄く涙液が貯まる. 図3プラチドリングを基にした球面レンズの選択左から軽度,中等度,重度の円錐角膜.図4球面レンズを装用した円錐角膜の前眼部写真(フラット・メソッド)角膜中央部と上方が2点で接触したフィッティングであり,レンズ下方は浮いている. 図5角膜内リング挿入術後のRGPCL処方左上:術前のプラチドリング像.右上:術前の球面レンズによるRGPCL処方.左下:ICRS術後のプラチドリング像.術後には角膜中央部のリングの間隔が大きくなって角膜が扁平化しているのがわかる.右下:ICRS術後にツインベルタイプを処方.逆形状多段階カーブを選択すれば良好なフィッティングが得られる. 図6屈折矯正術後の不正乱視へのツインベルLVC処方ツインベルLVCの直径は10.0mmであり,台形化した角膜を安定してカバーすることができる.屈折矯正術後は強い角膜不正乱視ゆえに,瞬目によるレンズの動きが大きくなるため,センタリング改善を目的にレンズ周辺フロント側に溝加工を施している.図7図6の症例の角膜形状解析左:RGPCL装用前.右:RGPCL装用開始3カ月後.RGPCL装用により,角膜形状がきれいに改善した. 図8LASIK術後2週間に虫が目に入りフラップが断裂したのち5年経過した症例左:細隙灯顕微鏡所見.右:角膜形状解析.フラップ断裂による角膜瘢痕と不正乱視が明らかである.カスタム照射によるPRKで照射前視力0.3(1.0)が照射後1.2(1.5)に改善した.- あたらしい眼科Vol.32,No.1,201545(45)10)稗田牧:エキシマレーザー屈折矯正手術に伴う感染性角膜炎について教えてください.あたらしい眼科26(臨増):109-111,200911)山岸景子,東原尚代,百武洋子ほか:屈折矯正手術後の角膜感染症により生じた高度角膜不正乱視へのガス透過性ハードコンタクトレンズ処方.日コレ誌55:283-288,201312)東原尚代:不正乱視に対するハードコンタクトレンズ(HCL)処方.円錐角膜に対するHCL処方.日コレ誌53:180-185,201113)水谷聡,千賀勤,大堀伸ほか:円錐角膜に対するコンタクトレンズ処方傾向─RoseKTMを中心に─.日コレ誌46:190-195,200414)KrumeichJH,DanielJ,KnulleA:Live-epikeratophakiaforkeratoconus.JCataractRefractSurg24:456-463,199815)加藤浩晃,稗田牧.【円錐角膜の新たな治療】角膜内リング.眼科手術25:492-496,201216)植田喜一,山本達也,小玉裕司ほか:新しい多段カーブハードコンタクトレンズの試作.日本コンタクトレンズ学会誌49:166-170,200717)東浦律子,前田直之,中川智哉ほか:Laserinsituker-atomileusis術後のkeratectasiaに対するコンタクトレンズ処方.日コレ誌51:92-97,200918)山岸景子,東原尚代:角膜内リング挿入術後のハードコンタクトレンズ合わせ.あたらしい眼科32:屈折矯正セミナー.印刷中

眼表面疾患のマネージメント

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):31.38,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):31.38,2015眼表面疾患のマネージメントManagementforOcularSurfaceDisorders稲富勉*はじめに眼表面(ocularsurface)は角膜上皮と結膜上皮により構成され,角膜上皮は非角化重層扁平上皮に分化することで涙液と安定に接触し,屈折機能とバリア機能を提供できる.また,結膜上皮にはリンパ組織と杯細胞が存在し,眼表面の防御機構の主役を担っている.両者ともに幹細胞やprogenitorcellが存在し,継続的に上皮細胞を提供することで恒常性が維持され守られている.とくに角膜上皮の幹細胞は輪部基底部に存在し,その障害は角膜内への結膜侵入や角膜上皮幹細胞疲弊症につながり,進行例では角膜上皮移植が必要となる.眼表面疾患のマネージメントでは,角結膜上皮と眼表面環境の正常化がゴールとなる.すなわち,実際の診療では上皮障害の改善に加え,涙液,眼瞼機能,マイボーム腺などの,眼表面全体の環境を健常化する必要がある.I眼表面疾患の診かた眼表面疾患のマネージメントの第一歩は異常部位を把握することから始まる(図1).原疾患を診断すると同時に病期や進行状態を評価し,さらにはドライアイや眼瞼異常などの増悪因子を把握する.まずは肉眼的に眼瞼異常や瞬目異常を観察し,細隙灯顕微鏡検査では角膜全体から眼瞼縁まで広く観察する.フルオレセイン染色では上皮障害やドライアイのみならず表層上皮の異型性や隆起などの所見を丹念に観察する必要がある.上皮障害では障害範囲や分布が原因の同定や鑑別に重要である.角膜輪部の観察では表層血管侵入や結膜上皮侵入,角膜上皮幹細胞疲弊症の指標となるpalisadesofVogt(POV)の状態に注意する.結膜では上皮障害や炎症のみならず結膜下組織の増殖性変化や結膜.の短縮などの瘢痕所見を見逃さないようにする.結膜上皮障害や腫瘍性変化の観察に対してはローズベンガル染色やリサミングリーン染色などが有効である.II眼表面疾患での角膜上皮障害と創傷治癒眼表面疾患でもっとも問題となるのは角膜上皮の状態である(図2).角膜上皮異常が瞳孔領に至ると視機能障害の原因となり,また上皮欠損は角膜潰瘍や感染へと進行するため早期のマネージメントが必要となる.角膜上皮障害は,①表層上皮異常である点状表層角膜上皮症,②上皮全層の欠損である角膜上皮欠損,③上皮創傷機転が著しく障害された遷延性角膜上皮欠損,さらには④基底膜障害を伴う角膜潰瘍へと進行する(図3).眼表面疾患では正常な創傷治癒機転が障害されていることがほとんどであり,軽度な上皮障害でも遷延化し,急速に進化することも珍しくないため適切な治療を選択する必要がある.創傷治癒の異常のほかに,角化や錯角化などの分化異常,腫瘍化を含む細胞異型性変化,さらに幹細胞異常である角膜上皮幹細胞疲弊症が病態に含まれる.*TsutomuInatomi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稲富勉:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)31 眼瞼・瞬目異常角膜上皮・結膜上皮異常角膜輪部・POV・結膜侵入マイボーム腺機能不全・マイボーム腺炎涙液異常・メニスカス・結膜弛緩症図1眼表面全体の観察ポイント眼表面疾患の診察では角結膜上皮のみならず,瞬目異常,眼瞼異常,POVの有無,涙液状態やマイボーム腺まで眼表面全体の異常を捉えることが大切である.脱落亢進①上皮創傷治癒障害角膜表層上皮障害②上皮分化障害角膜上皮欠損増殖抑制伸展障害③輪部機能不全遷延性角膜上皮欠損図2眼表面疾患における角膜上皮異常の考え方眼表面疾患の角膜上皮障害では恒常性維持および創傷治癒④異型性変化角膜潰瘍のメカニズムである3要素のアンバランスを評価して治療方法を選択することが重要である.図3眼表面疾患での角膜上皮異常眼表面疾患では角膜上皮障害の病態に応じたマネージメントを選択する. 治療前治療後図4眼表面疾患での薬剤毒性眼表面疾患のマネージメントでは薬剤毒性について常に考慮することが重要である.原則として薬剤の休薬によりwashoutを図る.人工涙液によるドライアイ治療や消炎治療が早期改善に有効な症例が多い. 図5遷延性角膜上皮欠損遷延性角膜上皮欠損では円形の上皮欠損と断端上皮の肥厚が特徴である.欠損部表層は実質変性により上皮伸展が障害される.さまざまな病態が含まれるため増悪因子を見きわめたマネージメントを計画する必要がある. 図6一時的瞼板縫合難治性の遷延性角膜上皮欠損のマネージメントでは一時的な瞼板縫合が有効となる.とくに重症ドライアイや神経麻痺などが関与する場合には適応を検討する. 36あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(36)【眼類天疱瘡のマネージメント】眼類天疱瘡は上皮基底膜成分に対する自己免疫性疾患であり,BP160抗原,ラミニン5,インテグリンb4などが主要な抗原となり発症する.全身粘膜症状をもつ瘢痕性類天疱瘡(mucusmembranepemphigoid)のうち,眼表面のみに発症したものを眼類天疱瘡と定義する.慢性的な結膜炎から結膜下組織増殖,瞼球癒着,結膜.短縮などの結膜瘢痕が進行し,最終的には角膜上皮疲弊から結膜被覆される難治性疾患の一つである.が生じると結膜瘢痕化と輪部疲弊が進行し,さらに眼瞼異常や涙液減少の重症化に至るため,早期治療と眼表面全体をみすえたトータルな治療が必要となる.表1瘢痕性角結膜上皮症1.熱化学外傷2.Stevens-Johnson症候群3.眼類天疱瘡・偽眼類天疱瘡4.Graftversushostdisease(GVHD)5.放射線角膜上皮症受傷時受傷6日後受傷35日後図7輪部障害の評価と急性期マネージメント受傷後に輪部障害範囲の把握と残存上皮を観察し重症度分類(木下分類)を行う.急性期のマネージメントは消炎治療を行いながら残存輪部(矢頭)からの角膜上皮化をめざす.PEDPEDPEDmSCL/tarrsorphy上皮移植Medical(創傷治癒促進)Medical(瘢痕化抑制,創傷治癒促進))SuccessSuccess部分的輪部障害全輪部障害図8輪部障害と手術適応表1瘢痕性角結膜上皮症1.熱化学外傷2.Stevens-Johnson症候群3.眼類天疱瘡・偽眼類天疱瘡4.Graftversushostdisease(GVHD)5.放射線角膜上皮症受傷時受傷6日後受傷35日後図7輪部障害の評価と急性期マネージメント受傷後に輪部障害範囲の把握と残存上皮を観察し重症度分類(木下分類)を行う.急性期のマネージメントは消炎治療を行いながら残存輪部(矢頭)からの角膜上皮化をめざす.PEDPEDPEDmSCL/tarrsorphy上皮移植Medical(創傷治癒促進)Medical(瘢痕化抑制,創傷治癒促進))SuccessSuccess部分的輪部障害全輪部障害図8輪部障害と手術適応 図9早期眼類天疱瘡慢性結膜炎より結膜下固有層の線維性増殖をきたし,さらに進行すると結膜.短縮から瞼球癒着へ進行する.この時期よりステロイド点眼により進行を予防することが重要である.図10角膜上皮形成術眼表面腫瘍を切除後に0.04%マイトマイシンCを5分間原発部に作用させる.結膜断端を冷凍凝固処理した後に,新鮮角膜を用いた角膜上皮形成術を施行する.4.5つ程度のレンティクルを周辺角膜より作製し,輪部に縫着することで角膜再建を行う(上:術前,下:術後). 図11結膜悪性黒色腫球結膜限局の悪性黒色腫は完全切除により予後は比較的良好であるが,眼瞼結膜への伸展症例は予後不良である.-

角膜感染症治療の基本方針

2015年1月30日 金曜日

特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):25.29,2015特集●役に立つ角膜疾患診療の知識あたらしい眼科32(1):25.29,2015角膜感染症治療の基本方針BasicTreatmentStrategyforInfectiousKeratitis外園千恵*はじめに角膜感染症の発症背景はさまざまであり,起炎菌によって眼所見も異なる.使える薬剤も多岐にわたることから,感染症の診断と治療は専門的でむずかしいと思われがちである.しかし,基本となる考え方を知っておくと,診断と治療を論理立てて進めることができる.感染の成立と進行にはホストの免疫反応が関係しており,ホストと病原体の関係をよく考えることが診断に役立つ.角膜は透明な組織であり,感染巣を直視下に観察できる.病原体によって感染巣の形態はさまざまであり,いくつかの特徴を知っておくと起炎菌をおよそ推測できる.病巣から検体を採取して起炎菌を同定できれば,迷いなく治療を進められる.考える,見る,確認するという,3つの作業が角膜感染症の的確な診断と治療につながる.Iホストと病原体の関係角膜感染症の診断は,もともと健康なホストに発症した感染か,日和見感染かを考えたい.図1Aは,結膜充血が高度,実質内膿瘍があり,前房蓄膿を伴う.病原体に対するホストの生体反応が強い.このような感染症は,外傷あるいはコンタクトレンズの不適切なケアにより発症し,起炎菌として緑膿菌や糸状型真菌が疑われる1).防御力の強いホストに,病原性の強い菌が感染した状態といえる(図2A)図1Bは,移植後の角膜感染症である.充血は軽度,前房の炎症所見も少なく,視力低下を伴っていない.全身あるいは眼表面が免疫不全状況にある患者に,病原性AB図1角膜感染症の2つのパターンA:コンタクトレンズ関連角膜感染症,B:移植後角膜感染症.*ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(25)25 AB防御力大病原性強防御力小病原性弱防御力大病原性弱C図2ホストと病原体の関係の弱い菌で感染が成立した日和見感染である(図2B).具体的にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillinresistantStaphylococcusaureus:MRSA)などの耐性菌あるいは酵母型真菌が起炎菌となりやすい.日和見感染を生じる全身的な背景としては,高齢,糖尿病,アトピー,入院,免疫抑制などであり,長期のステロイド点眼,長期の抗菌薬点眼,瘢痕性角結膜上皮症もリスク因子となる2).防御力の強いホストに,病原性の弱い菌で感染が成立することがある(図2C).外傷や角膜手術などにより角膜実質内に病原体が持ち込まれた場合である.強い生体反応を伴うが,病原体が角膜実質層間に存在するため抗菌薬が作用しにくく治りにくい.II発症の速さ・治り方発症の速さは病原体によって異なり,一般的に細菌,真菌,アカントアメーバの順に進行が速い.進行の速い病原体は,治療への反応も早い(図3).細菌性角膜炎は,たとえば「朝痛い,と思ったら夜には我慢できなくなった」というように急速に悪化する.後述するように抗菌薬の頻回点眼を要することも多いが,適切な抗菌薬により数日単位で速やかに改善する.一方,真菌,アカントアメーバによる感染は比較的ゆっくりと発症する.細菌のなかで非定型抗酸菌はきわめて緩徐に増殖し,非感染性の炎症所見と鑑別困難な場合26あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015進行速度速い遅い細菌<真菌<アカントアメーバ淋菌緑膿菌MRSA非定型抗酸菌糸状型真菌酵母型真菌治療効果の発現早い遅い図3病原体と進行速度がある.日和見感染の原因となる酵母型真菌は,外傷性感染の原因となる糸状型真菌よりも増殖が遅い.進行の遅い病原体ほど,感染かどうかがわかりにくく,ステロイドの局所投与がなされがちである.しかし,ステロイドにより感染所見がマスクされ,重篤化することに注意を要する.進行の遅い病原体は,治るのもゆっくりである.2.3日で改善しないからと焦ることはなく,少しずつでも改善すれば必ず治る.III治療の立ち位置初診時,起炎菌がわからない時点の治療(初期治療)では,あらゆる病原体に対処できるよう広域スペクトルの抗菌薬ないし異なる2系統の抗菌薬を用いることが多い.擦過検鏡や培養検査により起炎菌を同定できれば,感受性のある(その菌に有効な)抗菌薬による適正治療を行うことができる(図4).自分がどの段階の治療を行っているのか,その立ち位置がわからないときは,森の中で道に迷っているようなものである.そのような場合には,治療経験の豊富な医師に相談するなど,指針を仰ぐことが望ましい.IV手堅く調べておこう初期治療で治ればラッキーである.しかし,MRSAなどの薬剤耐性菌,真菌,アカントアメーバは一般的な初期治療では治らない.効かないときでも適正治療へ切(26) り替えられるように,病巣部を擦過して塗抹検鏡と分離培養を行うことが大切である3).いったん抗菌薬投与を開始したのちに培養検査を行うと陰性となりやすく,抗菌薬投与前に検体を採取することが望ましい.塗抹検鏡と分離培養には長所と短所があり,できれば両方を行う治療開始前の検査(擦過検鏡・培養)を実施病歴・臨床所見から原因微生物を推理初期治療通常,3~4日を要する適正治療(検出した病原体に対する治療)図4初期治療と適正治療とよい.薬剤感受性がわかれば,自信をもって適正治療を進めることができる.1.塗抹検鏡直接検鏡により病原体を認めれば,迅速診断につながる.菌量や好中球浸潤の程度も把握できる(図5).しかし,検鏡では菌種の確定ができず,薬剤感受性はわからない.2.培養検査分離培養で細菌が検出されれば菌種が確定し,薬剤感受性検査を実施できる.ただし,眼瞼や結膜の常在細菌を検出する可能性がある.また,培養条件によって増えやすい菌,増えにくい菌がある.検鏡の結果や角膜所見とあわせて起炎菌かどうかを判断する.図5は,いずれもリウマチ患者に生じた日和見感染であり,よく似た小さい感染巣を呈している.図5Aの症AB図5角膜感染症と検鏡所見いずれもリウマチ患者に生じた日和見感染であり,よく似た小さい白色感染巣がある(矢印).A:多数のグラム陽性球菌,好中球浸潤を認め,培養検査でMSSAを検出.B:検鏡で多数の酵母型真菌を認め,培養検査でCandidaparapsilosisを検出.(27)あたらしい眼科Vol.32,No.1,201527 28あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(28)a.細菌と真菌の違い細菌感染は好中球浸潤を伴い,感染巣の辺縁は「丸い」ことが多い.一方,真菌感染は菌糸が発育して「羽毛状」の辺縁を呈しやすい.b.細菌による違いブドウ球菌感染は円形ないし楕円形の形状を呈しやすく,周辺の角膜は比較的透明である.緑膿菌は典型的には輪状膿瘍を呈し,周辺の角膜実質はすりガラス状に混濁する.c.アカントアメーバの特徴初期には偽樹枝状病変あるいは放射状角膜神経炎を呈し,いずれかを認めることが診断に役立つ4).進行すると角膜ヘルペスに似た円板状の実質混濁となるが,角膜ヘルペスでは円形混濁を呈するのに対して,アカントアメーバ角膜炎では眼瞼の形状に添った楕円形を呈しやすい.VI薬剤の選択と投与法ブドウ球菌は,セフェム系およびキノロン系抗菌薬に感受性が良好である.b-ラクタム系抗菌薬はレンサ球菌によく効くが緑膿菌にはほぼ無効である.逆にアミノグリコシド系抗菌薬は,緑膿菌に有効だが連鎖球菌には効かない(表1).起炎菌の推測をもとにこれらの薬剤を使用し,検査結果から感受性を示す薬剤がわかれば,それを選択する5).投薬は局所投与が基本であり,重症な場合に前房内移行を考慮して点滴を併用することがある.若年者では反射性流涙による薬剤希釈を考慮し,重症度に応じて1日6回.1時間ごとの頻度で点眼する.VII効かないとき,どう考えるか治療への反応が乏しいときは,治療方針のチェックが原則である.そのほかの要因として以下を考慮する.1.コンプライアンス薬剤を処方したから治るとは限らない.点眼は患者任せであり,コンプライアンスをチェックする.症状が改善すると点眼をやめる若者もいれば,点眼が下手で治療できていない高齢者もいる.例では検鏡で多数のグラム陽性球菌,好中球浸潤を認め,培養検査でメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleStaphylococcusaureus:MSSA)を検出した.MSSAによる角膜感染症と診断した.図5Bの症例は,検鏡で多数の酵母型真菌を認め,培養検査でCandidaparapsilosisを検出,Candidaparapsilosisによる角膜感染症と診断した.MSSA,Candidaparapsilosisともに,感染所見のない眼表面から検出されることもあり,培養検査だけでは起炎菌と言えない.検鏡での検出菌と培養結果が一致したことで,起炎菌と考えられる.図5Bの症例は検鏡で好中球浸潤がない.生体が反応していないことがわかり,高度の日和見感染といえる.V所見の取り方―病原体ごとに個性がある―肉眼的に眼瞼浮腫や発赤の程度を把握する.弱拡大で充血,感染病巣の形状を確認,強拡大で前房炎症,感染巣辺縁の形,細胞浸潤の程度などを検討する.1.感染巣の部位細菌性角膜炎は,角膜中央ないし中央付近に病巣を形成しやすい.角膜周辺とくに輪部に沿った潰瘍は,免疫反応の関与する病態(周辺部角膜潰瘍など)であることが多い.ただし外傷や角膜手術後の感染症では,この限りではない.2.感染巣の形2)病原体によって感染巣の形状が異なる.いずれの病原体であっても重症化すると実質内膿瘍を形成し,それぞれの特徴はわかりにくくなる.表1薬剤の選択グラム陽性グラム陰性ブドウ球菌レンサ球菌緑膿菌b-ラクタム系◎◎△キノロン系◎○.◎◎.○アミノグリコシド系○×◎◎感受性良好○感受性やや良好△感受性やや乏しい×感受性乏しい表1薬剤の選択グラム陽性グラム陰性ブドウ球菌レンサ球菌緑膿菌b-ラクタム系◎◎△キノロン系◎○.◎◎.○アミノグリコシド系○×◎◎感受性良好○感受性やや良好△感受性やや乏しい×感受性乏しい 表2薬剤毒性による角膜障害・角膜真菌症,アカントアメーバ角膜炎における薬剤毒性はわかりにくい患者背景,発症誘因,角膜所見などから起炎菌を推測.塗抹検鏡は迅速診断に有用.培養検査も併せて行う.・点眼回数,濃度が適切か・自家調整薬ではEBMがあるかどうか自問・細胞浸潤の増減・前房炎症の有無軽症では1剤,重症では作用機序の異なる2剤の抗菌点眼薬を使用.重症例では点滴併用.〈初期治療薬の例〉・グラム陰性桿菌疑い→キノロン系+アミノグリコシド系・グラム陽性球菌疑い→キノロン系+セフェム系・眼瞼縁の発赤,浮腫はどうか・薬をいったん止めてみるのも一つの方法有効無効菌の同定菌の同定不能菌の同定菌の同定不能初期治療を継続するか,感受性のある薬剤に変更感受性のある薬剤に変更起炎菌推定と治療方針の見直し図6細菌性角膜炎の治療手順(感染性角膜炎診療ガイドライン,第2版)