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My boom 52.

2016年5月31日 火曜日

連載Myboom監修=大橋裕一第52回「森隆史」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介森隆史(もり・たかふみ)福島県立医科大学眼科学講座私は平成10年に愛知医科大学を卒業し,福島県立医科大学眼科学講座に入局しました.福島県立医科大学附属病院と太田記念病院で研修医時代を過ごし,平成12年よりヒューストン大学オプトメトリー学部に留学しました.ヒューストン大学ではChino教授のもとで,霊長類を用いたおもに斜視モデルでの電気生理学的実験に参加し,「両眼視機能の臨界期における眼位異常が視覚中枢の発達に与える影響」についての研究に携わることができました.帰国後は,米沢市立病院と塙厚生病院を経て,平成16年より福島県立医科大学に勤務して現在に至っております.大学の診療では主として斜視・弱視および小児眼科を担当しています.子どもは絶えず成長し,視機能発達の感受性期はみるみる過ぎていきます.「検査ができるようになったら受診」や「大きくなったら受診」は禁句であるとの先輩からの教えを後輩に伝えるべく,日々の診療にあたっております.Myboom:測量私が測量と出会ったのは,大学1年生の時です.長期休暇ごとに測量会社でアルバイトを重ね,大学3年生の時には実務時間が受験資格に達したので,測量士補の国家試験を受験して合格しました.測量の3要素は水平角,水平距離と高さです.三角点か水準点を出発地に,測量士の指示にしたがって,私は赤白ポール,反射プリズム,標尺(長さの目盛りがついた大きな定規のようなもの)を携えて田畑や野山を駆け回りました.距離の測定は,光波測距儀と反射プリズムで行います.光波測距儀は,一定の光波を往復させ,波数と位相差から距離を求める器機です.高さの測定は水準儀と標尺で行います.港湾の海底面の測量では音響測深機を用いるなど,他にもいろいろな測量法を体験することができました.自分が測量にかかわった道路が今の地図に描かれ,実際に利用されているのは喜びです.先日,そこを通った時に,「ここは父ちゃんが土地を計ってできた道路だぜ」と我が子に話しかけたのですが,彼らの心にはなにも響かなかったようです.残念.眼科に入局すると,眼科で用いられる診断機器が,多くのところで測量機器と共通していることに驚きました.それからは,地球から眼球に対象を移し,測量を続けております.近年の光干渉断層計や補償光学眼底カメラなどの新たな診断機器の登場とその進歩とともに眼科の検査が発展してきたように,測量の分野もGPSや航空レーザー測量などの技術の進歩により,私が携わっていた20年ほど前とでは様変わりしているようです.さて,ただいまの測量のターゲットは弱視症例の眼球です.「弱視治療年齢の調節麻痺下屈折値を非侵襲的検査で推測するための等高線図を作成する」の題目で科研費をいただき,臨床研究を行っております.幼児でも検査が可能である光学式眼軸長測定装置で計測した角膜曲率半径を緯度,眼軸長を経度として,調節麻痺下球面屈折値を標高に等高線図を描きますと(図),実測値では年齢や個々の症例のばらつきにより,上図のような山あり谷ありの地形が浮かび上がります.これを三次元の近似式を使って地ならしをしますと,下図のようななだらかな傾斜地になります.弱視が疑われても,先天性心疾患など全身疾患の既往から,アトロピン点眼による調節麻痺下屈折検査ができない幼児がいます.そのような児のために,非侵襲的検査で弱視の要因となる屈折異常を知る方法として,体重と伸長から肥満を判定するためのBMIチャートのような等高線図を,角膜曲率半径と眼軸長から調節麻痺下屈折値を推測するチャートとして作ろうと研究を遂行しています.精度が高いものができれば健診のスクリーニングにも応用できるかもしれません.Myboom:地元観光私が留学しておりましたテキサス州は,面積がアラスカに次いでアメリカ合衆国第2位で,‘It’slikeaWHOLEOTHERCOUNTRY’と称しておりました.留学中は実験が終わると夜勤をした分の休暇がもらえるので,家内と運転を交代しながら泊りがけで広大なテキサス州の州立公園巡りをしていました.私が現在暮らしております福島県は,面積が北海道,岩手県についで第3位です.福島県もテキサスほどではありませんが広大で,豪雪地の只見から南国いわき(ハワイアンセンター)まで気候が多様で,いろいろなアトラクションが楽しめます.最近は,娘と息子が部活や行事で忙しくなったことで,休暇を県内の観光で過ごすことが多くなりました.昨夏は会津磐梯山に登りましたが,ついに膝が痛み出しました.そこで,入局以後に17Kg増えた体重を減らすべく,ジム通いをはじめました.盛夏に涼しさを味わいたい先生方には,冷たい水に膝までつかりながら進む入水鍾乳洞(写真)と裏磐梯のシャワーウォークがおすすめです.次回のプレゼンターは鳥取県の松浦一貴先生(野島病院)です.松浦先生は,ヒューストン大学での先輩で,「大船に乗ったつもりで来い」と私を導いてくれた,兄貴分の頼もしい先生です.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.図球面屈折値の等高線図写真入水鍾乳洞にて(73)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166970910-1810/16/¥100/頁/JCOPY698あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(74)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 156.加齢黄斑変性と後部硝子体剝離(研究編)

2016年5月31日 火曜日

●連載156硝子体手術のワンポイントアドバイス156加齢黄斑変性と後部硝子体剝離(研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科●加齢黄斑変性症例は後部硝子体未剝離眼が多い抗VEGF療法が普及する以前には,加齢黄斑変性(AMD)に対する治療法の一つとして,硝子体手術で脈絡膜新生血管(CNV)を抜去する方法が行われていた.筆者もかつてはこの手術を盛んに行なっていた時期があったが,そのときに後部硝子体剝離(PVD)が年齢の割にきわめて少ない印象をもった.また,PVDが自然に生じたAMDでCNVがみるみる退縮していく症例に遭遇し,硝子体の牽引がAMDの病態に関与しているのではないかと推測した.このような背景があり,人工的PVD作製のみでAMDがどのように変化するかをみたところ,12眼中6眼でCNVが縮小,2眼で消失するといった結果を得た1).●種々の疾患における機械的刺激の関与心臓は拍動することで常に拡張と収縮を繰り返している.このような機械的刺激により,心筋細胞や血管内皮細胞における種々のサイトカインの発現が変化することが報告されている.Suzumaらは,シリコーン製の培養皿の上で血管周皮細胞に周期的伸展刺激を加えると,VEGFの発現が上昇したり,アポトーシスをきたすことを報告している2).このように,慢性的な機械的刺激が種々の疾患の病態に関与する可能性が考えられる.●単純硝子体切除術は加齢黄斑変性の治療となりうるか上記のように筆者らは人工的PVD作製がAMDに対する治療の一つの選択肢になりうるのではないかという印象をもっていたが,抗VEGF療法が普及したため,追試はあまり行なってこなかった.しかし,その後に硝子体牽引がAMDの病態に関与することを支持する報告が相次いでなされている.KrebsらはAMD患者では年齢に比してPVDが少ないこと3),Sakamotoらは硝子体出血を伴うAMDの硝子体手術後にCNVが退縮傾向にあること4)を報告し,いずれも硝子体牽引がAMDの病態に関与しているのではないかと推測している.明らかな硝子体黄斑牽引を認めるAMDでは,本術式がもう少し見直されていいのかもしれない.文献1)IkedaT,SawaH,KoizumiKetal:Parsplanavitrectomyforregressionofchoroidalneovascularizationwithagerelatedmaculardegeneration.ActaOphthalmolScand78:460-464,20002)SuzumaI,SuzumaK,UekiKetal:Stretch-inducedretinalvascularendothelialgrowthfactorexpressionismediatedbyphosphatidylinositol3-kinaseandproteinkinaseC(PKC)-zetabutnotbystretch-inducedERK1/2,Akt,Ras,orclassical/novelPKCpathways.JBiolChem277:1047-1057,20023)KrebsI,BrannathW,GlittenbergCetal:Posteriorvitreomacularadhesion:apotentialriskfactorforexudativeage-relatedmaculardegeneration?AmJOphthalmol144:741-746,20074)SakamotoT,SheuSJ,ArimuraNetal:Vitrectomyforexudativeage-relatedmaculardegenerationwithvitreoushemorrhage.Retina30:856-864,2010図1ポリープ状脈絡膜血管症の眼底写真とインドシアニングリーン蛍光眼底検査上:術前,下:術後.単純硝子体切除のみで滲出病巣は著明に改善している.(文献1より転載)図2加齢黄斑変性の眼底写真とインドシアニングリーン蛍光眼底検査上:術前,下:術後.単純硝子体切除のみで脈絡膜新生血管は術後に消失している.(文献1より転載)(71)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.5,2016695

新しい治療と検査シリーズ 231. 負荷調節レフ ARK-1s

2016年5月31日 火曜日

新しい治療と検査シリーズ231.負荷調節レフARK︲1sプレゼンテーション:中島伸子中島眼科クリニックコメント:中村葉四条烏丸眼科小室クリニックバックグラウンド調節とは,見ている対象の距離に応じて焦点を合わせるために屈折度を変化させることをいい,その神経支配は自律神経系によると考えられる(図1).正常な状態では自律神経のバランスはとれており,屈折度も安定している1,2).VDT(visualdisplayterminal)症候群や頭頸部外傷症候群,最近のスマートフォンなどによる眼症状は,眼自律神経障害を主体とする症候群である.調節機能障害はその主たる症状の一つで,近年の眼科臨床の場で避けて通ることはできない.また,近視進行についても調節ラグとの関連性がいわれており3),屈折異常の経過観察においても調節検査は重要である.以前より赤外線オプトメータを用いて調節機能は他覚的に評価されてきたが1),現在非売品のため入手困難であり,それに代わる機器が切望されていた.本稿では,赤外線オプトメータの機能の一部を搭載した負荷調節レフARK-1s(ニデック)を紹介する.▪検査の原理ARK-1sは内部視標の提示位置を経時的に変化させつつ,1秒間に約12回(83msec毎)屈折度と瞳孔径を測定することが可能な機種である.視標は調節検査に適した中心のある放射線状のものを用いている(図2).ARKシリーズには,視標を種々の屈折度で一定時間ずつ提示し,その際の調節の安定性を解析するソフトウェアがすでにあり,報告されているが4),ARK-1sは,調節検査用の視標を等屈折度の速度で変化させることで,準静的特性5)を測定することが可能な新機種である.ARK-1sでは被検者の屈折度の安定性に加え,負荷調節時の調節幅や調節ラグの動態も観察可能である.使用方法負荷調節の測定モードとして図2のような測定条件が初期設定されている.まず被検者のオートレフ値をもとに2ジオプター(D)遠方の視標を用いた雲霧を30秒間行う.その後,毎秒0.2Dの速度で50秒間(10D)近方へ視標を移動させ,負荷調節検査を行う.図2は器質的疾患をもたない正常波形の模式図である.測定後には雲霧時や負荷調節時の種々のパラメータが計算され,印字される.また,測定の正確さを示す値(削除率)は異常値の場合「H」の表記がされる.実際の測定方法は以下の通りである.まず,ARK-1sで屈折度を測定する.被検者に視標のシェーマを提示しつつ検査の概要を説明する.この際,雲霧時は焦点を合わせようとしないこと,負荷時には中央部に焦点を合わせるよう頑張ることを説明することが重要である.その後,調節測定モードに切り替え,測定をスタートする.測定中は負荷調節時に調節を促すように声かけを行うが,約2分半の測定中はほとんど監視を行うのみで特別な操作は必要ない.本方法の良い点検者側の利点としては操作が簡便である点と,省スペースである点があげられる.オートレフ測定と同様に,装置が自動で被検眼に追従する.また,オートレフ本体のみで測定解析を行うため,場所も取らない.被検者側の利点としては,測定時間が短時間であるため負担が少ない点で,このため就学後は検査可能である.屈折度の安定性が評価できるため,視力検査などの自覚的屈折検査が不安定な症例に対して,調節麻痺剤点眼を用いなくても,視力検査結果の精度の評価やある程度の屈折度の予測が可能である.筆者も本検査を導入してから,重症の調節痙攣や眼精疲労のほかに,小学校低学年の+1~1.5D程度の軽度遠視や調節過緊張症を初回検査時に発見する機会が多くなった.軽度遠視は本検査で雲霧時の屈折度の最大値に注目すると,疑わしい症例が容易に発見できる.その後自覚症状を詳細に聞くと,近見視力障害の自覚があり,眼鏡処方に至った症例も多い.また,調節過緊張症例ではARK-1sによる雲霧時の屈折度の不安定所見を認めるため,眼鏡処方を段階的に行ったものも多い(図3).このように本機器は専門機関から一次医療の現場まで幅広いニーズに対応できるため,種々の施設への普及と今後の発展が期待される.文献1)木下茂:屈折・調節の基礎と臨床.日眼会誌98:1256-1268,19982)中島伸子,中村芳子:調節メカニズムのサイエンス.あたらしい眼科31:1437-1441,20143)長谷部聡:調節ラグと近視.あたらしい眼科19:1151-1156,20024)梶田雅義:調節微動による調節安静位の検出.日眼会誌101:413-416,19975)鵜飼一彦,石川哲:調節の準静的特性.日眼会誌87:1428-1343,1983「負荷調節レフARK︲1s」へのコメント本解説を読んで,オートレフ値に不安定性が出ない程度の軽度調節障害が診断できるとよいので,ぜひ使用してみたいと思った.オートレフ値に異常の出るほど明らかな調節障害であれば簡単に診断できるが,異常が出ない場合,診断をつけることがむずかしい.これまでの赤外線オプトメータでは,場所をとること,暗室検査であることの使いにくさとともに,正常と異常の鑑別がむずかしいという欠点があった.むち打ち症やVDT(visualdisplayterminal)による近見障害など,患者さんの訴えがあるが今までなかなか診断がつかなかった症例に対して,本検査によってきちんと数値で示すことができるようになるとよいと思う.波形をみることはなかなか難しいので,図3に示された例のような場合,症例が異常値を示していることについて,わかりやすい指標で示していただけることを期待する.図1調節と自律神経近方調節を行うときは副交感神経系,遠方調節を行うときは交感神経系が優位に働き,屈折度を変化させる.刺激のない状態では自律神経系は均衡を保っており,調節安静位で屈折度は安定する.眼局所あるいは全身的な原因で自律神経系は不均衡となり,屈折度も不安定となる.最大および最小屈折度は他覚検査値,調節ラグおよびリードは焦点深度と考えられる.正常眼では屈折度に焦点深度を加えた範囲で「焦点をあわせる」ことが可能となる.図2調節波形の測定条件左)測定波形.横軸:時間,縦軸:a・bは屈折度(等価球面),cは瞳孔径を表す.屈折度は上方程マイナス.a:提示視標の屈折度,b:被検者の屈折度,c:瞳孔径.+2Dの雲霧の後,10Dの近方調節負荷下で測定.右)内部視標.中心のある放射線状の視標を用いている.図3調節検査の有用症例左)軽度遠視(8歳女児).オートレフ値:s−2.25D,遠見矯正度数:s−0.5D,最大屈折度+0.9D.シクロペントレート点眼下が+1.0Dで近見障害の自覚があったため,近用眼鏡処方.右)調節過緊張(16歳男性).オートレフ値:s−0.75D,矯正度数:s−1.0D,最大屈折度+0D.屈折度が不安定であったため,初回眼鏡処方を見送った.VDT作業1日10時間以上.(67)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166910910-1810/16/¥100/頁/JCOPY692あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(68)(69)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016693

眼瞼・結膜:瞼板内角質囊胞(マイボーム腺囊胞)

2016年5月31日 火曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人14.瞼板内角質囊胞(マイボーム腺囊胞)吉川洋宗像眼科九州大学大学院医学研究院眼科学分野瞼板内角質囊胞は霰粒腫に似るが炎症所見のない瞼板内の囊胞である.切開掻爬では再び角質や水分が貯留して再発するので,囊胞全摘または結膜面への開放が必要である.●はじめに「霰粒腫と思って切開,すっきり内容が出たが,すぐに再発した」「霰粒腫は被膜ごと全摘しないと再発する」.このような言葉の表す疾患の正体が瞼板内角質囊胞である.マイボーム腺の貯留囊胞という,いかにもありそうな疾患であるが,かつて成書にも文献にもほとんど記載がなかった.筆者は2000年頃からこの疾患に頻繁に出会うようになり,マイボーム腺由来を確信して以来マイボーム腺囊胞と呼んで喧伝しているところである.2009年にJakobiecがintratarsalkeratinouscystという病名で報告し,訳語として瞼板内角質囊胞の名が使われている.おそらく近年増えてきた疾患である(図1~3).●疾患概念(マイボーム腺囊胞vs霰粒腫)1.マイボーム腺囊胞の存在が眼科医に教えてくれること,それは「マイボーム腺がつまると霰粒腫ができるのではない,霰粒腫は炎症である」という忘れがちな真実である.マイボーム腺が閉塞してできるのはマイボーム腺囊胞なのである.2.霰粒腫は囊胞状構造をとることがあるが,膿・肉芽・肉芽腫の混在する炎症性腫瘤であり,周囲のマイボーム腺導管上皮は破壊されている.炎症のきっかけは,瞼縁の常在菌や瞼縁のなんらかの外来刺激と考えられる.3.霰粒腫は瞼縁近くにも発生するが,マイボーム腺囊胞はマイボーム腺開口から盲端側に離れた位置に限定的に発生する.すなわち常在菌やその他の外来異物のない場所に発生するといえる.●霰粒腫との臨床的鑑別マイボーム腺囊胞は非炎症性疾患であるから①発赤がない②皮膚菲薄化がない③疼痛がないという特徴が絶対的にあてはまる.また④マイボーム腺開孔部に閉塞所見がない⑤腫瘤が瞼縁から離れているという意外な特徴も有している.④⑤は,マイボーム腺囊胞がマイボーム腺の奥のほう(盲端近く)に発生することと関係している.●マイボーム腺囊胞の治療1.切開すると容易に内容物が排出され腫瘤が消失するが,創が閉鎖するとふたたび内容が貯留し,早い場合は2~3日で再発の訴えとなる.内容物は白くさらさらのものから黒く泥状のもの,褐色水様,黄色くマヨネーズのように排出するものまでバリエーションが多いが,綿棒にからみついて剝がれないような「粘り」がないという点で霰粒腫と明確に異なる(図4).2.治療は経皮全摘が基本である.囊胞は瞼板に発しているので一部瞼板も切除する必要がある(図5).3.囊胞開放.結膜面に表れている囊胞壁の部分を切除し,囊胞を結膜囊に開放する(縫合しない)のも一法である(図6).筆者の成績は今のところ良好である.文献1)JakobiecFA,MehataM,IwamotoMetal:Intratarsalkeratinouscystsofthemeibomiangland:Distinctiveclinicopathologicandimmunohistochemicalfeaturesin6cases.AmJOphthalmol149:82-9420092)吉川洋:霰粒腫と瞼板内角質囊胞.眼科臨床エキスパート,知っておきたい眼腫瘍診療(大島浩一,後藤浩編),医学書院,2015図1マイボーム腺囊胞の皮膚側隆起型図2マイボーム腺囊胞の結膜側隆起型図3マイボーム腺囊胞の組織重層扁平上皮に覆われており角質を容れる.組織は類表皮囊胞の像で,粉瘤と同一である.図4マイボーム腺囊胞の自壊ないし切開したところ白さらさらタイプ(左)と黒どろどろタイプ(右)の内容物.いずれもこのままでは再発する.図5経皮全摘の術中写真このあと,囊胞の底面剝離の際,瞼板を一部切除することになる.図6囊胞解放結膜側の囊胞壁を大きく切除して内容を出したところ.白いのは皮膚側囊胞壁の内面である.このまま縫合しない.(65)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166890910-1810/16/¥100/頁/JCOPY690あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(66)

抗VEGF治療:近視性脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療後の網脈絡膜萎縮

2016年5月31日 火曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二28.近視性脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療後の網脈絡膜萎縮山城健児京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学病的近視に伴う脈絡膜新生血管に対しては抗VEGF治療薬が有効である.しかし,長期的には網脈絡膜に萎縮が生じることが知られており,3年間で約70%に生じると考えられている.とくに黄斑部に生じる網脈絡膜萎縮は視力予後を悪化させる大きな要因となるため,治療後は注意深い経過観察が必要である.近視性脈絡膜新生血管に対する治療病的近視に伴う脈絡膜新生血管に対しては,レーザー光凝固や光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)が行われていたこともあったが,2013年8月にラニビズマブ(ルセンティス®)が承認され,2014年9月にはアフリベルセプト(アイリーア®)も承認され,最近ではこれらの抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)治療薬がおもに使用されるようになった.その効果は加齢黄斑変性による脈絡膜新生血管に対する効果と比べて非常に高く,数回の注射で新生血管の活動性を低下させることができる.そのため,短期的には良好な視力予後が得られるが,長期的には網脈絡膜に萎縮が生じることが知られており,とくに黄斑部に生じる網脈絡膜萎縮は視力予後を悪化させる大きな要因となっている(図1~3).抗VEGF治療後に網脈絡膜に萎縮が生じる機序としては,網脈絡膜の細胞が生存していくために必要であると考えられているVEGFが阻害されることによって,細胞が死滅していく可能性も考えられるが,物理的な機序が大きな要素を占めているのかもしれない.強度近視眼では視神経乳頭周囲に網脈絡膜萎縮をきたすことが広く知られており,これは強膜の進展・乳頭の変形によってBruch膜・網膜色素上皮が欠落した部分であると理解されている1).つまり,乳頭の辺縁部とつながっているはずのBruch膜・網膜色素上皮のシートの穴の部分である.これと同様に,強度近視眼の脈絡膜新生血管に伴う脈絡膜萎縮部位にはBruch膜の穴が76%に認められたという報告2)があり,この穴が原因となって網脈絡膜の萎縮が進行していくのかもしれない.図1治療前の眼底所見とOCT像中心窩下に強度近視に伴う脈絡膜新生血管と網膜剝離・網膜浮腫を認める.図2治療後の眼底所見とOCT像抗VEGF硝子体注射施行1カ月後,半年後,2年後の眼底所見.徐々に網脈絡膜萎縮が拡大してきている.なお,この2年の期間に再発を2度繰り返しており,そのつど,1回ずつの抗VEGF治療を施行している.図3治療4年後の眼底所見とOCT像3乳頭径大の網脈絡膜萎縮と線維化した脈絡膜新生血管を認める.治療後の網脈絡膜萎縮の頻度近視性脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療後に生じる網脈絡膜萎縮の頻度については複数の報告があるが,薬剤間での比較ができるほどの資料はまだない.萎縮部位の面積を定量すると,治療後5年目まで直線的に面積が拡大していくという報告があり,PDTと比較するとその進行速度は有意に遅いという報告もあるが,有意差がなかったという報告もある.治療開始後の網脈絡膜萎縮の頻度については複数の報告があり3~5),治療後1年で15~40%程度,2年で30~60%程度,3年以上で約70%程度に生じているようである.萎縮の拡大と治療前の脈絡膜新生血管のサイズや治療回数が相関しているという報告3)もあるが,これらの因子も含めて,網脈絡膜萎縮の出現を予測できる因子はないという報告5)もあり,強度近視に伴う脈絡膜新生血管に対する抗VEGF治療を施行した後には,注意深く経過観察をする必要があると考えられる.文献1)JonasJB,XuL:Histologicalchangesofhighaxialmyopia.Eye(Lond)28:113-117,20142)Ohno-MatsuiK,JonasJB,SpaideRF:MacularBruch’smembraneholesinchoroidalneovascularization-relatedmyopicmacularatrophybyswept-sourceopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol162:133-139,20163)UemotoR,Nakasato-SonnH,KawagoeTetal:Factorsassociatedwithenlargementofchorioretinalatrophyafterintravitrealbevacizumabformyopicchoroidalneovascularization.GraefesArchClinExpOphthalmol250:989-997,20124)HayashiK,ShimadaN,MoriyamaMetal:Two-yearoutcomesofintravitrealbevacizumabforchoroidalneovascularizationinJapanesepatientswithpathologicmyopia.Retina32:687-695,20125)OishiA,YamashiroK,TsujikawaAetal:Long-termeffectofintravitrealinjectionofanti-VEGFagentforvisualacuityandchorioretinalatrophyprogressioninmyopicchoroidalneovascularization.GraefesArchClinExpOphthalmol251:1-7,2013(63)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166870910-1810/16/¥100/頁/JCOPY688あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(64)

緑内障:OCTによる強度近視緑内障診断の際の注意点

2016年5月31日 火曜日

●連載191緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也191.OCTによる強度近視緑内障診断の際の注意点中西秀雄京都大学大学院医学研究科眼科学OCTは緑内障の補助診断として非常に有用な検査である.しかし,強度近視眼に対して緑内障補助診断を目的とするOCT検査を行う際には,光学的な問題と,強度近視眼に特有な解剖学的特徴に注意して,検査結果を評価する必要がある.はじめに――強度近視眼の緑内障強度近視眼では,近視に伴う視神経乳頭の変形が加わるため,視神経乳頭所見から緑内障を診断することがしばしば困難である1).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)検査では,視神経乳頭周囲の網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)や黄斑部の網膜神経節細胞複合体(macularganglioncellcomplex:mGCC)の厚みを定量しうるため,強度近視眼の緑内障診断において,OCT検査の有用性が期待される.●強度近視眼のOCT検査時の問題点しかしながら,強度近視眼を対象にOCT検査を行う際には,以下の2つの問題点に留意する必要がある.1.光学的な問題(軸性近視眼における拡大率の問題)OCTは画角ベースで画像を取得するものが多い.軸性近視眼では,撮影面までの距離が遠くなるため,同一画角の画像でも,撮影範囲の実測距離は広く,長くなる(図1).OCTの機種によっては,角膜曲率や等価球面度数,眼軸長などを基にこの拡大率を計算し,撮影・解析範囲の補正を行うものもあるが,いずれにせよ測定値を個体間で比較する際には十分注意しなければならない.ニデック社のRS-3000で撮影した正常32例32眼を用いて,cpRNFL厚およびmGCC厚と眼軸長との関連に,拡大率補正の有無が与える影響を検討した結果では,どちらの層厚も,拡大率を考慮しない場合には,眼軸長が長いほど有意に薄かった.しかし,取得画像の拡大率を考慮して解析範囲を補正した場合(図2)は,いずれの層厚も眼軸長との有意な関連を認めなかった(図3).2.強度近視眼特有の眼球構造の問題すべてのOCT機器には,各機種独自の正常値データベースが搭載されており,これを基に各症例の網膜各層厚に正常範囲内・ボーダーライン・異常菲薄化の判定をする機種が多い.しかし,ほとんどの機種では,正常データベースは非強度近視眼のみから取得されている.前述のとおり,強度近視眼では,画像拡大率を考慮しないと,眼軸長が長いほど薄い計測結果が算出され,結果として正常症例に対しても異常判定がされる危険性がある2).また,強度近視の正常眼では,拡大率補正後もなお下方mGCC厚が薄い2),網膜血管やcpRNFL厚の分布が異なる3)など,非強度近視の正常眼とは異なった特徴が報告されている.このため,非強度近視眼の正常値を基にして強度近視眼の評価を行うことには注意を要する.国内ではOCT機器がおもに6社から発売されているが,現時点ではニデック社RS-3000の黄斑部解析用にのみ,強度近視眼正常データベースが搭載されている.筆者らは,強度近視眼の緑内障診療における本データベースの有用性を報告した4).しかし,各社機種ごとに解析範囲・方法が異なるため,ニデック社の強度近視正常データベースを,他機種OCTでの測定値評価に転用することはできない.図1同一画角でOCT撮影した場合の正視眼(上段)と軸性近視眼(下段)の模式図おわりに以上から,強度近視眼ではとくに,OCTで得られた測定値や異常有無判定を盲信して緑内障診断を行うと,正常眼を緑内障と誤って判定してしまう危険性が高い.これを解決するひとつの方法は,診療を担当する医師本人が,対象症例のOCT画像そのものをきちんと確認し,緑内障を示唆する所見の有無を画像内で評価することである.筆者らの施設は,OCT画像の上下対称性の評価が緑内障補助診断に有用であることを報告した1).緑内障診療に限らず,各疾患のOCT画像を常日頃から自分の眼で確認し,対象症例の画像そのものから疾患有無の評価が行えるよう,トレーニングを積む努力が大切である.文献1)NakanoN,HangaiM,NomaHetal:Macularimaginginhighlymyopiceyeswithandwithoutglaucoma.AmJOphthalmol156:511-523,e6,20132)NakanishiH,AkagiT,HangaiMetal:Effectofaxiallengthonmacularganglioncellcomplexthicknessandonearlyglaucomadiagnosisbyspectral-domainopticalcoherencetomography.JGlaucoma,inpress3)YamashitaT,AsaokaR,TanakaMetal:Relationshipbetweenpositionofpeakretinalnervefiberlayerthicknessandretinalarteriesonsectoralretinalnervefiberlayerthickness.InvestOphthalmolVisSci54:5481-5488,20134)NakanishiH,AkagiT,HangaiMetal:Sensitivityandspecificityfordetectingearlyglaucomaineyeswithhighmyopiafromnormativedatabaseofmacularganglioncellcomplexthicknessobtainedfromnormalnon-myopicorhighlymyopicAsianeyes.GraefesArchClinExpOphthalmol253:1143-1152,2015図2RS︲3000(ニデック社)を用いて同一画角で撮影した画像における拡大率補正後の乳頭中心3.45mmおよび黄斑中心6mmの円径の比較同一画角で撮影(上段:乳頭中心の画角20°平方,下段:黄斑中心の画角30°平方)した画像で,拡大率補正後の乳頭中心3.45mmおよび黄斑中心6mmの円径を比較した.左列は眼軸長24.38mm(≒Gullstrand眼),中列は眼軸長22.00mm,右列は眼軸長29.00mmとして補正した.図3cpRNFL厚およびmGCC厚と眼軸長との関連に拡大率補正の有無が与える影響b:年齢性別調整後の偏回帰係数.(61)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166850910-1810/16/¥100/頁/JCOPY686あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(62)

屈折矯正手術:角膜クロスリンキングの中長期結果

2016年5月31日 火曜日

●連載192屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男192.角膜クロスリンキングの中長期結果小島隆司岐阜赤十字病院眼科角膜クロスリンキングは進行性円錐角膜に対して進行抑制効果をもつ治療であるが,術後に角膜はフラット化し,1~2年で安定することが報告されてきている.筆者らの結果では術後半年で1D程度の平均角膜屈折力の低下を認め,それが術後3年まで維持された.中長期における合併症は報告されていないが,まれに進行する報告があり,長期の経過観察が必要である.はじめに角膜クロスリンキング(cornealcrosslinking:CXL)はドイツのSeilerらによって開始された円錐角膜に対する治療である1).これまで進行性円錐角膜に対する明確なエビデンスのある進行予防方法は確立していなかったが,CXLによって進行を抑制する効果が数多く報告されている.最近報告された無作為化比較対照試験を解析したメタアナリシスの結果においても,CXLはコントロール群と比較して,治療後に平均,最小,最大ケラト値の低下,自覚乱視の低下,矯正視力の改善をもたらすことが報告されている2).本稿ではCXLの中長期成績について,これまで報告されているエビデンスを紹介するとともに,自験例の経過を提示する.●角膜クロスリンキングの実際現在,CXLは,オリジナルのドレスデンプロトコールから派生した,角膜上皮を剝がさないEpi-On治療,短時間高エネルギーの紫外線を用いる高速クロスリンキング,角膜トポグラフィに合わせて紫外線を照射する方法(トポガイド)などがあるが,ここではドレスデンプロトコールについて説明する.まず点眼麻酔下にて角膜上皮を剝離し,リボフラビンを2分ごとに30分間点眼し,角膜全層に浸透させる.角膜全層にリボフラビンが浸透したのを確認した後,長波長紫外線(365nm)を照射する(図1).紫外線の照射強度は3mW/cm2,照射径8mm,照射時間は30分間である.●角膜クロスリンキングの中長期結果イタリアで行われたCXLのphaseII臨床治験であるSienaEyeCrossStudyでは44眼の進行性円錐角膜に対してドレスデンプロトコールを用いてCXLを施行し,4年間の経過観察を報告している3).それによると,角膜トポグラフィにて測定された術前に対する平均角膜屈折力変化は,1年目で−1.96±0.63Dとフラット化し,2年目は−2.12±0.65Dで,それ以降はほとんど変化がなかった.本稿執筆時点で,もっとも長期の経過報告はRaiskupFらによる10年である4).進行性円錐角膜24名34眼に対してドレスデンプロトコールで行われた結果で,10年で平均最大角膜屈折力は61.5Dから55.3Dへとフラット化していた.内皮細胞の減少も認めず,38.2%に視力には影響がない程度の深層角膜混濁が残るものの,総じて高い安全性が確認されている.注目すべきは2眼に途中で進行があり,5年および10年目で追加のCXLを施行している点である.筆者らは,名古屋アイクリニックおよび佐藤裕也眼科にて,進行性円錐角膜の44名56眼を対象にドレスデンプロトコールでCXLを行った結果を報告した(小島隆司ら,第30回JSCRS総会,倫理委員会承認済み).平均経過観察期間は18.5カ月で,最短で6カ月,最長で36カ月の経過観察であった.平均角膜屈折力は術後1年において有意に低下し,それ以降は屈折が安定していた(図2).上皮化混濁は術後1年の時点では全例で消失,角膜深層混濁を術後1年以降の3眼に認めた.また,術後裸眼視力,矯正視力も手術1年で有意に改善し,それが3年目まで維持されていた.角膜内皮細胞密度は術前と比較して有意な低下は認めなかった.●おわりにCXLは円錐角膜の進行予防に対して有効であり,重篤な合併症もほとんどなく,安全な治療であることがわかかってきており,欧州では円錐角膜治療のスタンダードとなりつつある.ただし中長期結果でのエビデンスレベルはまだ不十分で,今後の結果報告が待たれる.一番の懸念は,CXLで角膜コラーゲンに起こった変化が,どの程度の時間持続されるのかという点である.角膜は静的ではなく,角膜実質内のコラーゲンもゆっくりとしたリモデリングが行われている.それに加えて加齢による生理的なクロスリンキング効果も,中長期のCXLの効果に修飾を与える可能性がある.また,結果の解釈をむずかしくしているのは,CXLの方法が,Epi-On,高速,トポガイドなど多様になっている点である.異なる研究の結果を比較する際は,クロスリンキングの方法にも着目する必要がある.文献1)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Riboflavin/ultraviolet-ainducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkeratoconus.AmJOphthalmol135:620-627,20032)LiJ,JiP,LinX:Efficacyofcornealcollagencross-linkingfortreatmentofkeratoconus:ameta-analysisofrandomizedcontrolledtrials.PLoSOne.2015May18;10(5):e1270793)CaporossiA,MazzottaC,BaiocchiSetal:Long-termresultsofriboflavinultravioletacornealcollagencrosslinkingforkeratoconusinItaly:theSienaeyecrossstudy.AmJOphthalmol149:585-593,20104)RaiskupF,TheuringA,PillunatLEetal:Cornealcollagencrosslinkingwithriboflavinandultraviolet-Alightinprogressivekeratoconus:ten-yearresults.JCataractRefractSurg41:41-46,2015図1角膜クロスリンキングの実際固視が悪いと十分な効果が得られないため,集中力が切れないように適時声をかけながらUV照射を進めていく.図2自験例における角膜クロスリンキング後の平均角膜屈折力の変化角膜トポグラフィの平均角膜屈折力の推移を示す.術前から術後半年までが大きな変化があり,そこからは進行を認めない.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166830910-1810/16/¥100/頁/JCOPY684あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(60)

眼内レンズ:3焦点眼内レンズFine Vision(PhysIOL社)

2016年5月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋354.3焦点眼内レンズFineVision(PhysIOL社)杉田達金子務杉田眼科現在,わが国で承認されている多焦点眼内レンズは,遠方裸眼視力の良好さに近方の見やすさを加えた2焦点式である.近方加入度数が4Dならば,30cmは見やすいが卓上PCは見にくく,3Dまたは2D加入ならその逆の弱点がある.PhysIOL社のFineVision(未承認)は遠中近に光を分け,この欠点を補おうとする3焦点眼内レンズである.FineVisionの概要PhysIOL社の3焦点眼内レンズ(intraoculerlens:IOL)には,Non-Toric型のFineVision(MicroF,PodF)とToric型のFineVisionToric(PodFT)がある.表1にそれぞれのスペックを示す.Accujectというインジェクターを使用し,2mmの切開幅で挿入可能である.囊内への挿入は容易で,術後のレンズ回転も少ない.多焦点機能はAlcon社AcrySofIQReSTOR®(以下,ReSTOR)に近いアポダイズド回折型で,回析格子先端構造をよりスムーズにして,中間1.75D,近方3.5D加入の3焦点を得ている.エネルギーロスは14%で,一般の2焦点IOLでのロスより少ないという.光分布は,瞳孔3mmにて遠方42%中間15%,近方29%である.なお,3焦点IOLに関する論文は今のところきわめて少ない1).●術後成績2014年より当院で水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)とともに一次移植したFineVisionは,PodF例16眼,PodFT例16眼,計22例(男性12人,女性10人)32眼であった.手術時年齢は67.76±11.3歳で,裸眼で遠方と読書とともに,デスクトップ型PCや楽譜を見たり,ゴルフなどでも不自由がない生活を希望する人が多かった.NonToricのPodFは,遠方5mのLogMAR裸眼視力−0.06±0.05,矯正−0.07±0.03の良好な視力を得られ,当院で使用したNon-Toricの2焦点IOL,TECNIS®Multifocal(AMO社),AF-1®iSii®(HOYA),LENTISMplusX(Oculentis社)と優劣はなかった.しかし,近方30cm,40cm,50cm,70cmでの裸眼視力では,他のIOLは30~70cmのどこかが見えにくいが,FineVisionはどのポイントでも平均LogMAR視力0.10以上を得た.同様に,PodFTとReSTORToric,LENTISMplusXtoricとの比較では,PodFTとLENTISMplusXtoricはほぼ同等の視力で,2焦点機能のReSTORToricに優っていた.PodFT16眼中,術後に乱視軸ずれが大きいため角度を補正したものは1眼(6%)で,これを除く角度ずれは5.33±4.73°であった.なお,PodFTのIOLパワーは,PhysIOL社のHPより求めることができる(表2).薄暮視下でのコントラスト感度視力検査(CAT-2000,メニコン)では,単焦点IOL(YA-60BBR,HOYA)に比べれば,使用したすべての多焦点IOLは感度低下がみられたが,は中間的値であった.術後早期のアンケートでは,満足と回答した人が14名中13名であった.1名は近用鏡装用希望のための不満であった.表1FineVisionのスペックMicroFPodFPodFT(Toric型)近点加入+3.5D+3.5D+3.5D中間+1.75D+1.75D+1.75D光学系BiconvexasphericBiconvexasphericBiconvexaspheric素材25%hydrophilicacrylic26%hydrophilicacrylic26%hydrophilicacrylic直径6.15mm6mm6mm全直径10.75mm11.40mm11.40mmパワー+10D~+35D(0.5D刻み)+6D~+35D(0.5D刻み)+6D~+35D(0.5D刻み)乱視度数1.00D,1.50D,2.25D,3.00D,375D,4.5D,5.25D,6.00D切開幅≧1.8mm≧2.0mm≧2.0mm表2多焦点IOLの距離別平均logMAR視力Non-toric型Toric型距離FineVision(回折)11例16眼LENTISX(屈折)6例9眼TEC.Multi.(回折)25例36眼iSii(屈折)31例42眼FineVisionToric(PodFT)11例15眼LentisXToric35例60眼ReSTORToric11例16眼30cm0.08±0.070.19±0.160.06±0.070.13±0.090.08±0.080.09±0.090.12±0.1340cm0.10±0.070.14±0.130.13±0.090.13±0.070.08±0.070.08±0.080.11±0.0950cm0.08±0.050.12±0.130.24±0.090.12±0.070.08±0.060.07±0.070.13±0.0970cm0.06±0.060.13±0.120.27±0.150.08±0.070.07±0.070.07±0.070.12±0.075m(矯正視力)−0.06±0.05(−0.07±0.03)−0.03±0.05(−0.08±0)−0.07±0.02(−0.08±0)−0.06±0.05(−0.07±0.02)−0.05±0.04(−0.06±0.03)−0.07±0.03(−0.08±0.01)−0.07±0.04(−0.07±0.02)多重検定*:p<0.05術後乱視軸ずれ補正手術症例術後乱視軸の誤差FineVisionToric群12例16眼6%(1/16)5.33±4.73°FineVisionは,Non-toric型,toric型ともに各距離で安定した視力を得た.PodFTは,1眼(6%)で回転があり,補正手術を行ったが,術後の乱視軸の誤差は平均的である.おわりにFineVisionはわが国では未承認であり,医師の責任と患者への十分な説明のもとに使用している.遠中近に光を分散するこの新しいタイプの3焦点IOLは,患者の術後の診察やアンケートで,早期から自然な見え方と答えた人が多かった.また,乱視対応があることも患者選択の制限を少なくしている.術後観察期間の短さと,症例数の少なさを考慮しなければならないが,グレアー・ハローやワクシービジョンなどの強い訴えは今のところなく,眼鏡装用者も少ない.使用しやすい多焦点IOLとの筆者らの感想であるが,長期的な観察は必須である.なお,先進医療として認可されている多焦点IOL間で,中間または近方の見え方を補うために,Mix&Matchも行われている.片眼に回折型4D加入IOL,瞭眼に屈折型3D加入IOLを使用する.これは中間または30cmの距離を左右眼のどちらかで見るモノビジョン効果2)を加えたものといえる.また,ReSTORとTECNISMultifocalには,3D~2D加入のものも開発されているが,これも回折型同士でのモノビジョン法といえそうである.FineVisionは,1眼の中で光を3分割し,網膜闘争により見たい距離の光を選択,脳内で左右の情報を融像,立体視するものであり,モノビジョン法との違いがここにある.どちらがより生理的であるか興味深い.6mm径以下の光学系の中で光を3分割し,各々の距離の視力を確保しつつ,cludyvisionが少ないと感ずるこの3焦点IOLが,どこまで多くの人に快適性を提供し普及するのか.3焦点IOLは,FineVisionのほかに,回折型としてATLISAtri839MP(Zeiss社)があり,屈折型はLENTISMplusXも3焦点をうたっている.3焦点IOLは新しい流れになるかもしれない.文献1)MarquesEF:Comparisonofvisualoutcomesof2diffractivetrifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg41:354-363,20152)天野理恵:眼内レンズによるモノビジョン法.IOL&RS28:162-166,2014(57)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166810910-1810/16/¥100/頁/JCOPY

写真:結膜アミロイドーシス

2016年5月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦384.結膜アミロイドーシス出口英人渡辺彰英京都府立医科大学視覚機能再生外科学図1僚眼結膜アミロイドーシスを認めた症例(60歳,女性)眼球結膜から下眼瞼にかけて広がる橙赤色の腫瘤性病変を認め,組織診断でアミロイドーシスと判明した.図2図1のシェーマ①結膜充血②腫瘤性病変図3図1の症例の無治療3年後アミロイドーシスの増大を認める.図4図3の切除検体の病理所見好酸性の無構造物質が広がっている.Congored染色で橙赤色に染まり,アミロイドーシスとして矛盾しない.アミロイドーシスは,全身のさまざまな組織にアミロイド沈着を生じる疾患の総称である.眼科領域でのアミロイドーシスは,結膜,眼瞼,円蓋部,眼付属器に生じる.一般的には限局性であるが,全身性アミロイドーシスに伴うものも報告されている1).眼周囲,眼窩部のアミロイドーシスは頻度が少なく,しばしば診断が遅れがちとなり,進行してしまうことがある.初発症状としては,眼の異物感,流涙などがあり,増殖の程度によっては,反応性リンパ過形成や悪性リンパ腫と判別が困難な場合もある.アミロイドーシスの診断は,病理学的にCongored染色で橙赤色に染まり,偏光顕微鏡下で緑色の偏光を呈する物質として同定されることで行われる2).頻度は少ないものの,全身性アミロイドーシスに伴う場合があり,生命予後にかかわるため,全身検索を行う必要がある.眼周囲,眼窩部アミロイドーシスは進行が緩徐であり,まずは経過観察を行うが,増大傾向があれば外科的切除を行う.本症例は60歳,女性で,近医より悪性リンパ腫疑いということで紹介受診された.両眼球結膜に橙赤色の腫瘤を認め,生検を行ったところアミロイド沈着と判明した.全身検索では明らかな全身性アミロイドーシスを疑う所見を認めなかった.3カ月ごとの経過観察で増大傾向を認めず,1年を経過した時点で受診が途絶えていた.3年後に受診した際には,両眼とも腫瘤の増大を認め,本人が切除を希望されたため,外科的切除を行った.再度病理検査を行ったが,アミロイド沈着との診断であった.現在,再発がないか経過観察中である.眼周囲,眼窩部アミロイドーシスは報告が少なく,治療法も確立されていない.8例の眼周囲,眼窩部アミロイドーシス患者を後ろ向きに検討した報告1)では,腫瘍の部位は眼瞼が4例,結膜が2例,円蓋部と涙囊がそれぞれ1例であった.治療についてはアミロイドーシスの部位や大きさによって異なり,3例で外科的切除が選択され,減量術,涙囊形成,生検のみがそれぞれ1例であった.アミロイドーシスを疑った場合は,まず生検で確定診断を行い,部位や大きさによって治療を選択する必要がある.また内科的スクリーニングを行い,全身性アミロイドーシスを除外することが重要である.文献1)AryasitO,PreechawaiP,KayasutKetal:Clinicalpresentation,treatment,andprognosisofperiocularandorbitalamyloidosisinauniversity-basedreferralcenter.ClinicalOphthalmology7:801-805,20132)日野智之,外園千恵:結膜腫瘍.あたらしい眼科28:1555-1558,2011(55)あたらしい眼科Vol.33,No.5,20166790910-1810/16/¥100/頁/JCOPY

レーベル遺伝性視神経症の最前線

2016年5月31日 火曜日

特集●視神経炎と視神経症:全身と眼の架け橋あたらしい眼科33(5):671〜677,2016レーベル遺伝性視神経症の最前線CuttingEdgeofLeberHereditaryOpticNeuropathy中村誠*はじめにレーベル遺伝性視神経症(Leberhereditaryopticneuropathy:LHON)は,母系遺伝形式をとり,若年男性に好発する視神経症である.ヒトで初めて発見されたミトコンドリア病であり,非常にユニークな遺伝学上,臨床上の特徴をもっている.昨年,わが国におけるLHON認定基準が策定された1).ほかのミトコンドリア病と同様,有病率推計が難しかったが,現在その推計作業が進んでいる.近年,薬物や遺伝子治療に関する臨床研究・治験成績が報告されており,「治療可能な遺伝病」である可能性が指摘されつつある.本稿ではこうした話題について解説する.I遺伝学的・臨床的特徴と認定基準最近,LHONの認定基準1)が策定され,厚生労働省の難病にも指定された(表1).基準は,LHONに特徴的な主徴候と検査所見を基に確定例,確実例,疑い例,保因者に区分している.主徴候にあるように,LHONは視神経炎とは異なり,眼球運動時痛がない.多くは片眼で症状が始まり,数週~数カ月の間隔を経て反対眼へ移行する.急性期には,特徴的な視神経乳頭の発赤,神経線維の腫脹,乳頭周囲の毛細血管拡張がみられる(図1a).乳頭黄斑線維束を中心に,視神経は次第に萎縮する.光干渉断層計では耳側乳頭周囲網膜神経線維層厚と黄斑部内層網膜厚の菲薄化が進行性にみられる.検査所見としては,視神経炎とは異なり,フルオレセイン蛍光眼底造影で毛細血管からの色素漏出を認めない(図1b).また,眼窩部造影MRIにおいても視神経の増強効果はみられない.LHONは,10~20歳代の男性に好発する一方,10歳未満や中高齢,女性の発症もみられる.中高齢者では,過度の飲酒・喫煙,頭部・眼窩部の鈍的外傷,糖尿病などの代謝疾患の発症などがトリガーとなることが多い.多くの場合,片眼の視力低下と中心暗点が生じ,その後,僚眼にも発症する.極期の視力は0.1以下,多くの場合0.01ないし手動弁程度まで低下する.視野障害は,乳頭黄斑線維束障害を反映して中心窩耳側の感度低下で始まり2),広範囲の深い中心暗点の形成に至る(図2).こうした視力や視野障害の程度に比べて,LHONの対光反応の障害は軽度であることが知られていた.最近,対光反応は視細胞を介さず,メラノプシンを産生する網膜神経節細胞(intrinsicallyphotosensitivemelanopsinRGC:ipRGC)(用語解説参照)が直接光を感受することがわかってきた.実はLHONでは,このipRGCが選択的に障害を免れている可能性が示されている3).LHONのもう一つの臨床的特徴として,自然回復例の存在があげられる4)(図2).発症後半年から1年かけてゆっくりと回復したり,中には発症後何年も経って突然劇的に視力が回復する例も存在する.視力は不変であっても,暗点内部にモザイク状に感度が改善する領域が現れることもある.穴あき暗点(fenestratedscotoma)とかドーナツないしベーグル暗点とよばれる.通常の視標サイズIIIでははっきりわからなくても,サイズVにすると暗点の縮小化が顕著に捉えられることがある.10歳未満での発症例は自然回復する率が高い4).確定診断にもっとも威力を発揮するのがミトコンドリア遺伝子(mtDNA)検査である.mtDNAは約16,500塩基対の長さをもつ環状DNAであり,1つの細胞内に数百~数千個存在する.ミトコンドリアは母親由来で子孫に受け継がれるため,mtDNA変異も同様に母系遺伝を取る.LHON家系の95%はmtDNAの3460,11778,14484番目の塩基のいずれかにミスセンス変異を有する.とりわけ,日本人家系は11778変異症例が90%を占める(図3).ただし,日本人家系といえども3460変異例や14484変異例が存在するので,LHONを疑えば,これら3変異の有無は調査しなければいけない.現在は,委託により検査可能である.また,少数例ではそれ以外の場所の変異も見いだされている(表2)1).これらの変異を検索するには,専門の施設に依頼する.確定例,確実例,疑い例と判定された場合,視力が良いほうの眼の矯正視力が0.3未満の重症のものは,難病認定対象となる.LHONと鑑別すべき疾患を表3に示す1).上記認定基準により,LHON患者が一定の社会保障を享受できるようになったことは朗報であろう.また,2015年には日本神経眼科学会と厚生労働省網脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班が合同で,2014年のLHON新規発症患者数と,それに基づく2014年における有病率を推計する全国調査を行った.現在論文投稿中のため詳細は伏せるが,わが国にはおおよそ5,000人のLHON患者がいると推定される.IIミトコンドリア遺伝子変異のLHON発症へのかかわり冒頭で述べたように,LHONはミトコンドリア遺伝子変異の関連がヒトで最初に示された疾患である.ミトコンドリアは,細胞のエネルギーであるATPを産生する細胞内小器官であり,内外2つの膜,膜間スペース,内膜の内側にあるマトリックス(基質)に区分される5).内膜には酸化的燐酸化によりATPを合成する呼吸鎖複合体が埋め込まれ,マトリックスにはmtDNAが多数存在している.呼吸鎖複合体は90個の蛋白質から構成されるが,このうち13個はmtDNA支配,残りは核遺伝子支配である.この90個の蛋白は4つの巨大分子を形成し,複合体I,III,IV,Vとよばれる.mtDNAがコードするものは,6個の電子伝達系酵素サブユニット,22個の転移RNA,2個のリボゾームRNAである.mtDNA変異により,酸化的リン酸化の過程で活性酸素が過剰産生され,ミトコンドリア膜透過遷移小孔が開いて,apoptosisinducingfactorやcytochromecがミトコンドリアから細胞質へ流出し,RGCのカスパーゼ非依存性アポトーシスが誘導されると考えられている6).IIILHON発症の修飾因子しかしながら,mtDNA変異だけではLHONの発症には至らない.上記の3つのmtDNA変異をもつ率は約8,000人に1人とする報告6)があるのに,実際の発症率は半分以下である.海外の報告によれば,14,000~31,000人に1人の有病率と推定されている.また,浸透率も男性ではおおむね40~50%,女性では10~20%程度である.しかもこの男女比は,3460変異家系では1.73なのに対し,11778変異家系では5.13と大きく異なる.このような低浸透率と発症の性差はmtDNA変異単独では説明できず,別の遺伝ないし環境因子がLHON発症を修飾すると考えられている.遺伝因子としては,一つにはmtDNAhaplogroupがある.mtDNAは共通の祖先をもつ家系ごとに,一定の変異モチーフを共有するhaplogroupに分けることができる.同じLHON特異的3大mtDNA変異をもっていても,背景にもつhaplogroupによって発症頻度が変わることが知られている.11778(G⇒A)変異をもつものはhaplogroupJ2を,14484(T⇒C)変異をもつものはhaplogroupJ1を,3460変異をもつものはhaplogroupKを背景にもつほうが,視機能障害のリスクが高い7).二つめはX染色体連鎖劣性遺伝子の関与である.理論上,この遺伝子異常とmtDNA異常の両方をもつ個人のみがLHONを発症することが示されている.男性好発性もこの理論であれば説明できる.つまり女性ではこの遺伝子異常がホモ接合体である場合か,ヘテロ接合体の場合,正常遺伝子を有するX染色体が不活化されなければ発症しないが,男性では1つしかないX染色体に異常遺伝子が乗っていれば発症しえるからである8).環境因子としては,喫煙が発症の明らかな危険因子であることが報告されている7).11778変異を有するブラジルのLHON大家系の調査によれば,世代を経るにつれ,LHONの浸透率は著しく低下しいていた7).わが国において2014年の喫煙率は1966年に比べ約1/3に低下している.こうした環境因子の劇的な変化は,わが国におけるLHONの発生率の変化にも寄与している可能性がある.視機能予後にも良好因子と危険因子が存在する.良好因子は,14484(T⇒C)変異型,若年(20歳未満,ことに10歳未満)発症,ならびに発症時厚い神経線維層や大きな垂直乳頭径である.一方,危険因子は,11778(G⇒A)変異型,壮年・高齢発症,ならびに喫煙と大量飲酒である.IV治療方法の開発現時点では確立された有効な治療法はない.しかしながら,上述のように,LHONには少数例ながら自然回復例が存在すること,片眼が発症してから僚眼に移行するまで一定の時差があること,環境因子が発症のトリガーになっていることなどから,適切な時期に,適切な方法で介入することができれば,少なくとも後から発症する眼については予防できるか,あるいは先に発症した眼も含めて回復させることができる可能性が考えられる.こうした考えを背景に,現在,薬物療法と遺伝子治療を中心に臨床研究や治験が行われている.イデベノンは,抗酸化作用や呼吸機能保護ないしミトコンドリア内エネルギー代謝改善作用を潜在的に有するコエンザイム(co-enzyme)Q10の誘導体である.酸化的リン酸化複合体IとIIから電子を直接複合体IIIへ運んで,呼吸機能保護とミトコンドリア内のエネルギー代謝の改善作用を発揮したり,抗酸化作用により脂質過酸化障害からミトコンドリア内膜を保護すると推定されている(図4).最近の多施設前向き研究RescueofHereditaryOpticDiseaseOutpatientStudy(RHODOS)によれば,イデベノン1日900mgを24週間投与することにより,片眼の視機能のみ低下している(すなわち発症後間もない)患者群では,治療群と対照群間で,Snellen視力表換算4~5段階の差がみられた(図5)9).しかもこの効果は投与終了後も平均30カ月に及び持続した10).EPI-743はdigitalbiochemicalinformationtransferandsensingcompounds(用語解説参照)とよばれる新しい薬剤クラスのメンバーの一つで,代謝調節と密接にカップリングしたプログラム細胞死を介して働き,抗酸化作用をもつ還元型グルタチオンプールを補充するともいわれる.LHON患者5名9眼に最初100mg,2週後から200mg1日3回投与を行った最近のパイロット研究では,2例に視力の大幅な改善,3例に視野の改善がみられた11).変異mtDNAを野生型に戻すべく遺伝子治療も試みられている12).mtDNAはミトコンドリアのマトリックスに存在するため,外来遺伝子を内膜と外膜の2つの膜を通過させる必要があること,ならびに1つの細胞内にmtDNAは多数存在することなどの理由から,変異型mtDNAを直接修復することはできない.そのため,アデノ随伴ウイルスベクターを用いて,mtDNAの遺伝子配列を基にした人工遺伝子を網膜神経節細胞に導入し,野生型の蛋白を人工的に細胞質で発現させる.異所的な発現なのでallotopicexpressionとよばれる.そして,特殊なシグナルをこの蛋白に付加しておくことでミトコンドリア内に移送されるようにする.少なくとも変異型mtDNAを導入した培養細胞や動物モデルでは有効性が示され,海外では第I相臨床試験が行われ,予備的結果の報告がなされた.5例において硝子体注射による遺伝子治療が行われ,3カ月後の時点で発症早期に注射を受けた2例で有意な視力改善を得たと報告されている13).おわりにLHONはmtDNA変異が母系遺伝と結びついた疾患であると同時に,mtDNA変異以外の因子が複雑に関連しあって発症する多因子疾患でもある.LHON患者の多くは,就職期や壮年期に突如両眼の中心視機能を奪われ,人生設計が大きく狂ってしまう.一方で,少数例とはいえ,自然治癒する症例があるということは,病態が解明されれば治療できる可能性があるということでもある.一刻も早くこの不可思議な疾患の発症メカニズムを突き止め,片眼が発症した時点で介入することにより,僚眼の発症を予防できるようにしたいものである.文献1)中村誠,三村治,若倉雅登ほか:Leber遺伝性視神経症認定基準.日眼会誌119:339-346,20152)WakakuraM,FujieW,EmotoY:InitialtemporalfielddefectinLeberhereditaryopticneuropathy.JpnJOphthalmol53:603-607,20093)MouraAL,NagyBV,LaMorgiaetal:ThepupillightreflexinLeberhereditaryopticneuropathy:evidenceforpreservationofmlanopsin-expressingretinalganglioncells.InvestOphthalmolVisSci54:4471-4477,20134)NakamuraM,YamamotoM:VariablepatternofvisualrecoveryofLeber’shereditaryopticneuropathy.BrJOphthalmol84:534-535,20005)FarrarJG,ChaddertonN,KennaPFetal:Mitochondrialdisorders:aetiologies,modelssystems,andcandidatetherapies.TrendinGenet29:488-497,20136)Yu-Wai-ManP,GriffithsPG,ChinneryPF:Mitochondrialopticneuropathies-Diseasemechanismsandtherapeuticstrategies.ProgRetinEyeRes30:81-114,20117)SadunAA,CarelliV,SalomaoSRetal:ExtensiveinvestigationofalargeBrazilianpedigreeof11778/haplogroupJLeberhereditaryopticneuropathy.AmJOphthalmol136:231-238,20038)BuXD,RotterJL:Xchromosome-linkedandmitochondrialgenecontrolofLeberhereditaryopticneuropathy:EvidencefromsegregationanalysisfordependenceonX-chromosomeinactivation.ProcNatlAcadSciUSA88:8198-8202,19919)KlopstockT,Yu-Wai-ManP,DimitriadisKetal:Arandomizedplacebo-controlledtrialofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain134:2677-2686,201110)KlopstockT,MetzG,Yu-Wai-ManPetal:PersistenceofthetreatmenteffectofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain136:e230,201311)SadunAA,ChicaniCF,Ross-CisnerosFNetal:EffectofEPI-743ontheclinicalcourseofthemitochondrialdiseaseLeberhereditaryopticneuropathy.ArchOphthalmol69:331-338,201212)KoikondaRD,YuH,ChouTHetal:SafetyandeffectsofthevectorfortheLeberhereditaryopticneuropathygenetherapyclinicaltrial.JAMAOphthalmol132:409-420,201413)FeuerWJ,SchiffmanJC,DavidJLetal:GenetherapyforLeberhereditaryopticneuropathy:initialresults.Ophthalmology123:558-570,2016■用語解説■メラノプシン産生光感受性網膜神経節細胞:従来,光を関知するのは視細胞であり,その情報が双極細胞を経て網膜神経節細胞へ伝達され,脳内へ送られると考えられてきたが,一部の網膜神経節細胞は自ら光を感知し,脳内へ直接情報を伝達することが明らかとなった.この網膜神経節細胞はメラノプシンを産生することが知られている.Digitalbiochemicalinformationtransferandsensingcompounds:微生物の感受性などを指標にスクリーニングする古典的な創薬手法ではなく,コンピューターシミュレーションによる生化学的特性情報を元に分子を人工的に合成していく新規創薬方法によって得られた薬物.表1レーベル遺伝性視神経症認定基準(1)主徴候①急性~亜急性,両眼性,無痛性の視力低下と中心暗点を認める.両眼同時発症の場合もあるが,通常は片眼に発症し,数週~数カ月を経て,対側眼も発症する.②急性期に視神経乳頭の発赤・腫脹,視神経乳頭近傍毛細血管拡張蛇行,網膜神経線維腫大,視神経乳頭近傍出血などの検眼鏡的異常所見のうち一つ以上を認める(図1a).③慢性期に乳頭黄斑線維束を中心とした,さまざまな程度の視神経萎縮を呈する.(2)検査所見①特定の塩基対におけるミトコンドリア遺伝子ミスセンス変異を認める.塩基対番号3460,11778,14484の塩基置換が大半を占め,中でもわが国では11778番のグアニンからアデニンへの置換を示す例が,同定された患者の90%にみられる.これら三大変異は委託検査が可能であるが,その他の変異については遺伝子解析を行っている専門施設に検査を依頼する必要がある.②急性期には眼窩部CT/MRIで球後視神経に異常を認めない.③急性期のフルオレセイン蛍光眼底造影検査で,拡張蛇行した視神経乳頭近傍毛細血管からの蛍光色素漏出がない(図1b).視神経乳頭腫脹を呈するほかの疾患では同検査で蛍光色素漏出を示すため,きわめて特異度の高い検査所見である.レーベル遺伝性視神経症の診断確定例(definiteLHON):(1)の①と②もしくは①と③を満たし,かつ(2)の①~③のすべてを満たすもの.確実例(probableLHON):(1)の①もしくは③を満たし,かつ(2)の①と②を満たすもの.疑い例(possibleLHON):(1)の①もしくは③と(2)の②を満たし,詳細な家族歴で母系遺伝が明らかであるが,ミトコンドリア遺伝子変異を検出できないもの.保因者(LHONcarrier):確定例,確実例,または疑い例の患者を母系血縁として有し,(2)の①に該当する視機能無徴候者.または,視神経炎や圧迫性視神経症など視機能障害を呈する他疾患で発症する患者のうち(2)の①を満たすもの.この場合,(2)の②に反してもよい.重症度分類視力がよいほうの眼の矯正視力が0.3未満のものを対象とする.ab図1急性期レーベル遺伝性視神経症の視神経乳頭写真(a)とフルオレセイン蛍光眼底造影写真(b)視神経乳頭近傍毛細血管拡張と乳頭の発赤腫脹を認める一方,拡張した毛細血管からの蛍光色素の漏出を認めない.図2右眼静的視野の推移上段:グレースケール.下段:平均偏差(MD)の推移.初診時(2006年11月1日)に比較し,2007年6月時点では視野は悪化しているが,3年後には若干の改善を認め,MDスロープは有意な右肩上がりとなっている.図3ミトコンドリア遺伝子解析例患者mtDNA11778番塩基対を含む300塩基対領域を増幅し,制限酵素MaeIIIで切断処理後,電気泳動した.レーン1は制限酵素未処理,レーン2は正常対照,レーン3はレーベル遺伝性視神経症患者.表2レーベル遺伝性視神経症患者に同定されたミトコンドリアDNA変異(文献1より引用)ミトコンドリア遺伝子塩基変異普遍的変異(〜90%)MTND1m.3460G>A*MTND4m.11778G>A*MTND6m.14484T>C*希少変異(〜10%)MTND1m.3376G>A,m.3635G>A*,m.3697G>A,m.3700G>A*,m.3733G>A*,m.4025C>T,m.4160T>C,m.4171C>A*MTND2m.4640C>A,.5244G>AMTND3m.10237T>CMTND4m.11696G>A,m.11253T>CMTND4Lm.10663T>C*MTND5m.12811T>C,m.12848C>T,m.13637A>G,,m.13730G>AMTND6m.14324T>C,m.14568C>T,m.14459G>A*,m.14729G>A,m.14482C>A*,m.14482C>G*,m.14495A>G*,m.14498C>T,m.14568C>T*,m.14596A>TMTATP6m.9101T>CMTCO3m.9804G>A*MTCYBm.14831G>AMTND:mitochondrialnicotinamideadeninedinucleotidedehydrogenasesubunit遺伝子.MTATP:mitochondrialadenosinetriphosphate遺伝子.MTCO:mitochondrialcytochromeCoxidase遺伝子.MTCYB:mitochondrialcytochromeb遺伝子.表3レーベル遺伝性視神経症の除外診断特発性視神経炎脱髄性視神経炎(多発性硬化症を含む)視神経脊髄炎(抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎を含む)虚血性視神経症圧迫性視神経症中毒性・栄養障害性視神経症外傷性視神経症他の遺伝性視神経症黄斑ジストロフィ非器質性視覚障害図4イデベノンの作用機序の模式図正常では,ミトコンドリア電子伝達系酵素複合体内でコエンザイムQ(Q)を介して,複合体IからIIIへ電子が伝達され,最終的にATPが生成される.レーベル遺伝性視神経症患者では複合体Iの蛋白をコードするmtDNAに変異があるため,電子が漏出し,酸素と反応して活性酸素(O2-)が産生される.イデベノンは自らが電子と酸化・還元反応を生じ,複合体IからIIIへの電子伝達の迂回路を形成すると考えられている.図5RescueofHereditaryOpticDiseaseOutpatientstudyのサブ解析結果(文献9より引用)*MakotoNakamura:神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野〔別刷請求先〕中村誠:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科臨床医学領域外科系講座眼科学分野0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(47)671672あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(48)(49)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016673674あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(50)(51)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016675676あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(52)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016677