特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):45~50,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):45~50,2016正常眼圧緑内障に対する手術SurgicalTreatmentsforNormal-TensionGlaucoma丸山勝彦*はじめに現在,レーザー治療を含めさまざまな外科的治療が正常眼圧緑内障に対して行われている(表1).それぞれ利点,欠点があるが,最大耐用量の薬物療法を行っても十分な眼圧下降が得られない症例に対しては,他の術式より期待できる眼圧値が低い代謝拮抗薬併用線維柱帯切除術が適応されることが多い.しかし,同術式は低い眼圧をめざすほど低眼圧に関連した合併症の頻度が増加し,失明に直結する合併症である濾過胞関連感染症の発生率が高く,施術が躊躇されることも珍しくはない.このような問題点に対して,最近,術式を工夫することによって非穿孔性濾過手術の眼圧下降効果を高める方法が模索されている.また,従来,狭義原発開放隅角緑内障や落屑緑内障などの高眼圧を呈する緑内障に対して,緑内障点眼薬本数を減少させる目的で,あるいは初回治療として行われてきたレーザー線維柱帯形成術を,同様の目的で正常眼圧緑内障に適応する試みもなされている.本項では,正常眼圧緑内障に対して手術療法を決定する際の注目点について述べ,レーザー治療を含めた各手術療法の成績を概説する.I手術療法を決定する際の注目点正常眼圧緑内障に対する手術療法の決定は,眼圧や視野進行をはじめ,種々の臨床因子を総合的に評価して判断される.1.眼圧正常眼圧緑内障に対する手術適応を眼圧の面から考えるとき,無治療時眼圧からの眼圧下降幅(眼圧下降率)が重要視されることが多い.これは,正常眼圧緑内障に対する眼圧下降治療の有用性を論じた大規模比較試験,CollaborativeNormalTensionGlaucomaStudy1,2)で用いられた眼圧下降の基準を実臨床に流用した考え方であり,無治療時から20%,あるいは30%の眼圧下降を目標に治療が行われる.そして,最大耐用量の薬物療法で目標眼圧が達成されず,さらに眼圧下降を図る必要があるなら,残された眼圧下降手段は手術療法のみとなる.その一方で,目標眼圧達成は治療のアウトカムである視野進行の抑制に直結するものではない.この理由は,その病態が眼圧よりも循環的,あるいは遺伝的要素の影響を受ける症例が存在するためと考えられており,CollaborativeNormalTensionGlaucomaStudyでも,試験開始後5年の時点で治療群の2割の症例は視野障害が進行し,反対に無治療群の4割は進行しなかったという結果が示されている1,2).したがって,正常眼圧緑内障に対して手術適応を考える際には,無治療時眼圧から20~30%の眼圧下降が得られているかは一つの目安にはなるが,眼圧以外の後述する因子にも着目して判断することになる.2.視野進行経過中に視野障害が進行する症例に対しては治療内容*KatsuhikoMaruyama:東京医科大学眼科学分野〔別刷請求先〕丸山勝彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学分野0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(45)45表1正常眼圧緑内障に行われる主な手術術式と特徴術式利点欠点線維柱帯切除術・眼圧下降効果に優れる・低い眼圧をめざすと低眼圧関連の合併症が増加する.・視野進行抑制効果が証明されている.・濾過胞関連合併症の発生率が高い.アルコンRエクスプレスR緑内・眼圧下降効果は線維柱帯切除術と同等の可能・正常眼圧緑内障に対する報告なし.障フィルトレーションデバイス性がある.を用いた濾過手術非穿孔性濾過手術・濾過手術より低眼圧に関する合併症が少ない.・手技が煩雑.・術式の工夫でより大きな眼圧下降が得られる・特殊な器具が必要な場合がある.可能性がある.流出路再建術・安全性が高い.・線維柱帯切除術と比較し眼圧下降効果が劣る.・白内障との同時手術では眼圧下降が増強する.・正常眼圧緑内障に対する検討が不十分.白内障手術・安全性が高い.・眼圧下降効果が予想できない.・視機能の向上が得られる.・眼圧が上昇する場合がある.選択的レーザー線維柱帯形成術・低侵襲・眼圧下降効果が弱い.・内眼手術に伴うリスクがない.・眼圧が上昇する場合がある.表2正常眼圧緑内障に対する線維柱帯切除術の視野進行抑制効果報告者症例数(眼)MDスロープ(dB/年)術前術後Shigeeda3)23.1.05.0.44Daugeliene4)32.0.97.0.32Bhandari5)17.2.97+0.53Koseki6)21.1.48+0.13MD:meandeviationを強化する必要があり,すでに最大耐用量の薬剤による治療を行っている場合は手術療法を適応することになる.そのなかで,他の術式と比べ術後に期待できる眼圧値が低い線維柱帯切除術に関しては,正常眼圧緑内障に対する視野進行抑制効果を検討した研究がいくつか報告されている.報告によって若干の差があり,各報告のなかでも結果にばらつきはあるが,平均すると視野進行が速い症例ほど手術による進行抑制効果が高い傾向が示されている(表2).また,decisiontree法によるmeandeviation(MD)スロープ改善率に寄与する因子の検討では,もっとも寄与率の高い因子は術前のMDスロープであり,.0.8dB/年より進行が速い症例では術後のMDスロープが改善する可能性が高いとされている7).しかし,緑内障では眼底の異常が視野異常に先行して生じるとされ,視野が進行した症例を見返してみるとそ46あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016れ以前にすでに眼底所見が悪化していたというケースをよく経験する.MDスロープによる解析は数年の経過観察を要するため,とくにそれ以上進行すると著しく視機能が低下してしまうような症例に対しては型通りの視野進行による判定ではなく,画像解析装置で眼底の異常部位を把握し,将来の視野異常を予想して,そのときの眼圧や次に述べる臨床因子など横断的なデータで手術を決定する必要がある.3.その他の臨床因子視野障害が進行しやすいとされる臨床因子(表3)の有無も手術決定の一助になる.しかし,報告によって対象の背景や解析因子,視野進行の定義が異なるため,例えば年齢,乳頭出血,収縮期血圧,脈拍といった因子は,ある報告では進行に関与するとされている一方で,他の報告では有意な因子として同定されないなど,異なる結果も報告されている.以上のことから,表3にあげたような臨床因子を有する症例は,上述した20~30%眼圧下降を目安に薬物療法を行ってこまめに経過観察し,適宜薬剤を追加して,最大耐用量の薬物療法でも視野異常が進行する,あるいは進行が予想される症例に対しては,手術により大幅な眼圧下降を図るという方針になる.(46)表3これまで報告されている正常眼圧緑内障の視野障害進行に関与する因子眼局所因子眼圧:経過中眼圧,経過中平均眼圧,日内変動平均値眼底:乳頭出血,C/D比,PPA面積,全体陥凹型乳頭,近視型乳頭視野:高度な視野障害,固視点近傍の視野障害血流:網膜中心動脈拡張末期最低血流速度全身因子年齢,女性,糖尿病,レイノー現象,片頭痛,収縮期血圧,脈拍,血液コレステロール値,カルシウムチャンネル拮抗薬非使用C/D比:陥凹乳頭径比PPA:乳頭周囲網脈絡膜萎縮図1線維柱帯切除術強膜弁下に作製した瘻孔から房水を濾過させ眼圧下降を図る術式.結膜濾過胞を形成する.図3非穿孔性濾過手術前房に穿孔することなく線維柱帯から眼外に房水を濾過させ眼圧下降を図る術式.Viscocanalostomyやdeepsclerectomyが代表術式である.図2アルコンRエクスプレスR緑内障フィルトレーションデバイスを用いた濾過手術強膜弁下から前房内にアルコンRエクスプレスR緑内障フィルトレーションデバイスを挿入し,房水を濾過させ眼圧下降を図る術式.結膜濾過胞を形成するのは線維柱帯切除術と同様だが,周辺虹彩切除は行わない.図4流出路再建術(線維柱帯切除術,眼外法)房水流出抵抗の主座であるSchlemm管内壁や傍Schlemm管結合組織,線維柱帯を切開し,前房内からSchlemm管内へ房水を直接流出させることで眼圧下降を図る術式.従来から広く行われている金属プローブを用いた眼外法の他に,縫合糸やトラベクトームRを用いた眼内法がある.してもよい症例が存在すると考えられる.ただし,後期症例への適応は慎重に行うべきで,いずれの流出路再建術も一定の割合で術後一過性眼圧上昇をきたすことがあるため,術直後はこまめに眼圧をモニターする必要がある.5.白内障単独手術以前より白内障単独手術によって眼圧が数mmHg下降するとの報告が多数あり,薬物療法で眼圧が十分下降している早期症例で,手術適応のある水晶体混濁を有する症例に対しては白内障単独手術を行ってもよい.自験例では,白内障術後の眼圧値は術前と比較し変わりなかったものの,緑内障点眼薬本数は減少したという結果を得ている(表4).ただし,白内障手術により反対に眼圧上昇をきたすこともあるため,術前に緑内障手術追加の可能性について十分な説明を行い,結膜に極力瘢痕形成を残さないよう手術を行うなどの配慮が必要である.6.レーザー線維柱帯形成術レーザー線維柱帯形成術は線維柱帯にレーザーを照射し,線維柱帯経路からの房水流出を促進することによって眼圧下降を図る術式である.以前はargonlaserが用いられてきたが,現在は組織侵襲性の低いQ-switchedNd:YAGlaserを用い,線維柱帯細胞のうち色素顆粒をもつ細胞のみが選択的に障害され,健常な線維柱帯組織の熱変性やSchlemm管の障害は生じないとされる選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)が行われるのが一般的である.従来は落屑緑内障や狭義原発開放隅角緑内障など,高眼圧を呈する緑内障病型に対して多く行われてきたが,近年,正常眼圧緑内障に対するSLTの治療成績が報告されている(表5).Leeら9)は無治療時眼圧16.2mmHg,SLT前眼圧14.3mmHg(緑内障点眼薬本数1.5本)の正常眼圧緑内障41眼に対するSLT(全周照射,191.1発,1.0mJ)の成績をプロスぺクティブに検討している.その結果,術1週後を除き術後眼圧は有意に下降し,12カ月目で眼圧は12.2mmHg(緑内障点眼薬本数1.1本)となり,術前と比べ27%少ない投薬数で15%の眼圧下降が得られ(49)表4点眼薬でコントロールされている正常眼圧緑内障症例に対する白内障手術前後の眼圧と投薬数の推移(n=30)眼圧p*投薬数p*白内障術前無治療時15.3mmHg─点眼治療後12.9mmHg1.1本白内障手術後無治療時14.8mmHg0.50a─点眼治療後12.9mmHg0.09b0.7本<0.01b*:対応のあるt-検定a:白内障術前無治療時との比較b:白内障術前点眼治療後との比較たとしている.また,術前から20%の眼圧下降の達成率は,12カ月目で投薬なしでは22%,投薬ありでは73%となり,合併症は認めなかったとしている.さらに,新田ら10)の正常眼圧緑内障40眼に対する初回治療として行ったSLT(全周照射,ただし照射数やエネルギー量の記載なし)の前向き試験の結果では,術前15.8mmHgであった眼圧は術1年後13.2mmHg,2年後13.5mmHg,3年後13.5mmHgと有意に下降したとされている.同報告では,眼圧下降作用が減弱して点眼治療を開始した症例は25%,SLTの再照射を行った症例は15%であったが,重篤な合併症は認めなかったとされている.また,別の報告では,コンタクトレンズ型眼圧計を用いた眼圧変動の検討で,SLT前と比べSLT後は夜間眼圧変動が少なくなっていることが示されている11).このような肯定的な報告がある一方で,SLTの眼圧下降効果は術前眼圧が低いほど小さいことがわかっており,正常眼圧緑内障で期待できる眼圧下降は大きくはない.また,SLTは近年,より大きな眼圧下降を得る目的で,数発に1回は気泡が形成されるエネルギーでの照射を全周に行う傾向があるが,このことにより組織障害性が低いというSLTの特性が損なわれている可能性がある.さらに,SLTでも術後眼圧が上昇することもあり,眼圧下降の確実性,持続性も低い.以上のことを考慮すると,常に正常隅角へレーザー照射を行う得失を考え,慎重に適応することが望ましい.おわりに正常眼圧緑内障に対して手術療法を適応する際の注目あたらしい眼科Vol.33,No.1,201649表5正常眼圧緑内障に対する選択的レーザー線維柱帯形成術の成績報告者症例数期間眼圧(緑内障点眼薬本数)無治療時術前術後Lee9)411年16.2mmHg14.3mmHg(1.5本)12.2mmHg(1.1本)新田10)401年─15.8mmHg(0本)13.2mmHg(不明)2年13.5mmHg(不明)3年13.5mmHg(不明)点と各手術療法の成績について述べた.現在の緑内障に対する手術療法は一部の術式を除くといずれも単なる眼圧下降の手段にすぎず,視野進行の抑制効果は未来にならないとわからない.また,手術療法は利益が得られなかったとき,あるいは不利益が生じたときの代償が大きい.しかし,緑内障に対する新規治療がすぐには実現せず,したとしても眼圧下降療法が不要とはならないであろう現実を考えたとき,各術式に精通して水準的な技量を身に付け,誤らずに適応することは,緑内障診療の核心として今後も変わることはないであろう.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19982)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)ShigeedaT,TomidokoroA,AraieMetal:Long-termfollow-upofvisualfieldprogressionaftertrabeculectomyinprogressivenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology109:766-770,20024)DaugelieneL,YamamotoT,KitazawaY:Effectoftrabeculectomyonvisualfieldinprogressivenormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol42:286-292,19985)BhandariA,CrabbDP,PoinoosawmyDetal:Effectofsurgeryonvisualfieldprogressioninnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology104:1131-1137,19976)KosekiN,AraieM,ShiratoSetal:Effectoftrabeculectomyonvisualfieldperformanceincentral30degreesfieldinprogressivenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology■用語解説■Viscocanalostomy:非穿孔性濾過手術の一術式.Schlemm管外壁を開放した後,Schlemm管内に粘弾性物質を注入し,Schlemm管を拡張させることで眼圧下降を図る術式であるが,はっきりとした作用機序はわかっていない.深層強膜弁切除や傍Schlemm管結合組織,Schlemm管内壁の除去も併用されることがある.Deepsclerectomy:非穿孔性濾過手術の一術式.強膜弁の下に深層強膜弁を作製し,Descmet膜を残存させたまま角膜側まで切り上げ,深層強膜弁を切除してlakeを作製する.同時に傍Schlemm管結合組織やSchlemm管内壁も除去して房水流出抵抗を低下させ,前房内から房水をlake内に濾過させ,その後,濾過胞あるいは上強膜や脈絡膜腔へ房水を流出させて眼圧を下降させる.Lakeを維持させるためコラーゲンインプラントや代謝拮抗薬が使用され,術後眼圧が上昇した際にはgoniopunctureやニードリングが行われる.104:197-201,19977)白土城照:緑内障手術の過去,現在,そして….緑内障16:7-31,20068)SuominenS,HarjuM,KurvinenLetal:Deepsclerectomyinnormal-tensionglaucomawithandwithoutmitomycin-c.ActaOphthalmol92:701-706,20149)LeeJW,HoWL,ChanJCetal:Efficacyofselectivelasertrabeculoplastyfornormaltensionglaucoma:1yearresults.BMCOphthalmol15:1,201510)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日本眼科学会雑誌117:335-343,201311)TojoN1,OkaM,MiyakoshiAetal:Comparisonoffluctuationsofintraocularpressurebeforeandafterselectivelasertrabeculoplastyinnormal-tensionglaucomapatients.JGlaucoma23:e138-e143,201450あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(50)