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カラーコンタクトレンズによる眼障害の実態

2014年11月30日 日曜日

特集●カラーコンタクトレンズの安全性を問うあたらしい眼科31(11):1583.1589,2014特集●カラーコンタクトレンズの安全性を問うあたらしい眼科31(11):1583.1589,2014カラーコンタクトレンズによる眼障害の実態SurveyofEyeInjuriesDuetoColoredContactLens渡邉潔*はじめにカラーコンタクトレンズ(カラーCL)を使用する若年者が急増し,眼障害も増えている.カラーCLの問題点としては,装用者のカラーCLに対する知識不足,販売方法,カラーCL自体の性能,眼科医がカラーCLの診察に不慣れなどが考えられる.非視力補正カラーCL(度なしカラーCL)は,2008年までは高度管理医療機器として扱われなかった.安全性を確認されていないカラーCLを購入し,角膜潰瘍,角膜びらん,角膜感染症などを生じた症例が多く報告されたため,2009年2月4日に,「度なしカラーCLも高度管理医療機器に含める」という内容の薬事法施行令の一部改正の政令が公布され,同年11月4日から施行された.2009年の発表では,コンタクトレンズ(CL)装用者は1,500.1,870万人といわれているが1),度なしカラーCLが加わってさらにCL装用者は増加している.厚生労働省の承認を受けたカラーCLは,2009年には10品目以下であったが,2013年1月21日現在では19社,38製品,258品目(販売名)にも増えていることからも,カラーCL使用者数が急増していると考えられる.米国ではCLを販売するためには医師またはオプトメトリストのCL処方せんがなければ販売してはいけないが,日本ではCL処方せんが法制化されていないため,許可さえ取れば医師のCL処方せんなしに自由にCLを販売できる.したがって,高度管理医療機器であるCLが,大型ディスカウント店やインターネット通信販売で小学生であっても自由に購入できるという危険な状況になっている.はじめてのCLがカラーCLという女子中学生・高校生が増えてきている.大阪府の高校3年生女子生徒のアンケートでは,約半数がカラーCLの経験があるという報告もある2).眼科を受診せず,友人と大型ディカウント店に行き,デザインと価格などで購入する.眼の状態やフィッティングの診察,装用方法やケア方法の指導も受けないままにカラーCLを使用していることが,カラーCLによる眼障害の激増の原因になっている.一方,眼科医の間で最近よく聞く意見は,「カラーCLの眼障害が多いはずなのに診療所に受診する患者が少ない」である.その理由は,カラーCL装用者の多くは,眼痛や結膜充血があっても眼科に受診するという発想がないからである.また,受診すると医師に叱られるので鬱陶しいという装用者もいる.明らかに,CL装用者の眼科離れが加速している.日本コンタクトレンズ学会が2012年に行ったカラーCLにかかわる障害調査でも,カラーCL装用者が眼科の診察を受けずにカラーCLを購入している実態が明らかになった3).本調査は,カラーCLによる眼障害の実態を把握すること,および医療機器安全性情報報告書の厚生労働省への提出を推進することを目的に日本コンタクトレンズ学会の全会員にカラーCLの障害報告を依頼したものである.*KiyoshiWatanabe:ワタナベ眼科〔別刷請求先〕渡邉潔:〒530-0001大阪市北区梅田1丁目大阪駅前ダイヤモンド地下街5-5270ワタナベ眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(17)1583 I日本コンタクトレンズ学会の調査方法は,2012年7月,本会正会員1,105名に,カラーCLにかかわる眼障害の調査の依頼趣意書と医療機器安全性情報報告書およびアンケート用紙を送付した.あわせて日本眼科医会にも本調査の協力を求めた.2012年7月1日から9月30日までの3カ月間を調査期間とした.調査の結果は,報告総数395例であった.報告数は,都道府県別にみると,大阪府,愛知県,東京都,福岡県など大都市に多かった.97施設からの報告があり,施設数も,東京都,大阪府,愛知県,北海道が多かった(表1).ここで注目したいのが,日本のなかでも地域差があるということである.表1都道府県別報告数都道府県名報告数施設数都道府県名報告数施設数大阪638岡山42愛知428沖縄31東京4110埼玉31福岡273栃木31山口264鹿児島21宮城253熊本21北海道247兵庫21千葉215三重22京都175宮崎22静岡174和歌山22青森133岩手11愛媛94大分11徳島82岐阜11長野72高知11群馬63滋賀11富山62鳥取11福島62広島11茨城51(文献3より)表2素材分類別の症例数素材症例数不明268グループI97グループII7グループIV23(文献3より)年齢は13.55歳までで,平均22.2歳であった.15.29歳が全体の86.5%(342名)と多かった(図1).性別は,女性が386名(97.7%)で男性が9名(2.3%)であった.装用しているカラーCLのメーカー名が不明と答えたものが64.3%で,レンズ名が不明と答えたものが62.5%であった(図2).レンズ名が判明した症例のなかで,添付文書でFoodandDrugAdministration(FDA)による素材の分類が確認できたものをまとめると,グループIが97例,グループIIが7例,グループIVが23例であった(表2).レンズ名が不明の症例は,ほとんどがグループIであると推測される.大都市部ではグループIがほとんどであり,地方都市の一部ではグループIVの頻度がやや多く,地域差がみられた.地方都市では眼科に受診してカラーCLを装用する者が多く,眼科で処方されたカラーCLはほとんどがグループIVやIIであるためと考えられる.含水性ソフトCL(シリコーンハイパーセント10~14歳2.0%15~19歳40.5%20~24歳30.1%25~29歳15.9%30~34歳5.1%35~39歳3.8%40~44歳1.3%45~49歳0.8%50歳以上0.5%01020304050図1年齢(文献3より)メーカー名レンズ名メーカー名不明64.3%レンズ名不明62.5%メーカー名判明35.7%レンズ名判明37.5%図2メーカー名とレンズ名(文献3より)1584あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(18) あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141585(19)頻回交換,1カ月定期交換だけであり,1カ月以上使用する従来型は承認されていない.しかし,大型ディスカウント店では度なしカラーCLを6カ月から1年使用できると表示して販売しているところもある.障害発生時に使用していたCLの使用日数は,1日目が11.9%,2日から2週間までが21.3%,2週間を超えて1カ月未満は14.4%,1カ月を超えて2カ月未満が30.1%,不明が22.3%であった(図8).多くの眼科医は,1日目でも障害を起こすことに驚く.IIIの項に述べる国民生活センター・日本眼科医会・日本コンタクトレンズ学会の共同研究でも,1日目の8時間の装用であっても角膜障害が16銘柄中12銘柄にみられたことより,たとえ1日でも装用すること自体が危険なカラーCLがあることがわかる.連続装用(寝ている間も装用)を許可されたカラーCLは承認されていない.しかし,終日装用(夜寝るまでにはずす)が84.1%で,連続装用が7.3%,不明が8.6%であり,装用方法を知らないものがいることもわかった.装用日数は,毎日が64.6%,週に4日以上が8.1%,週に3日以内が7.6%,不定期が7.1%,その他2.0%,不明10.6%であった(図9).今回の調査では,カラーCLを毎日装用している者が多く,透明なCLとの併用は少なかった.透明なCLとカラーCLを併用している者は,眼科を受診しCLの装用方法などの指導を受けていることが多いため,障害を起こす頻度が少なかったのではないかと推測する.1日の装用時間は,16時間以上が17.2%,8.16時間が53.2%,4.8時間が11.1%,4時間未満が1.8%,不規則1.5%,その他0.3%,不明が14.9%であった.定期検査は,まったく受けていないが79.8%,年に1回が1.8%,半年に1回が4.8%,3カ月に1回が3.5%,月に1回が0.5%,その他が0.5%,不明が9.1%であった(図10).自覚症状なしが7.6%であった.自覚症状は,多い順に,充血58.0%,疼痛44.4%,異物感30.0%,眼脂26.2%,流涙17.3%,かすみ14.1%,かゆみ11.9%,乾燥感10.6%,視力低下8.0%であった(図11).他覚所見は,多い順に,点状表層角膜症36.6%,アレドロゲルを除く)のグループIは低含水の素材で,グループIIやグループIVに比べて酸素透過性が低いことは知られており,角膜への酸素の供給量が少ないため眼障害を生じやすい.また,未承認のカラーCLも個人輸入のインターネット通信販売で流通しているが,報告例のほとんどは厚生労働省が承認したカラーCLであった.カラーCLの度数の有無は,度数ありが41.0%,度数なしが43.3%,不明が15.7%であった(図3).度数ありのカラーCL使用者は,視力測定もせずに自分の見え方だけで適当に度数を決めて注文していることが多い.カラーCLのタイプは,角膜径を大きく見せて虹彩色を変える派手なデザインのカラーCLが52.4%,角膜径を大きく見せるだけのリング状(サークル)カラーCLが17.7%,不明が29.9%であった(図4).眼科を受診して購入した49例のうち,リング状が26例(53.1%),虹彩色を変えるものが23例(46.9%)とほぼ同じであった.一方,眼科を受診しなかった317例をみると,リング状が51例(16.1%),虹彩色を変えるカラーCLが174例(54.9%),不明が92例(29.0%)であった.眼科に受診しなかった患者は,虹彩色を変える派手なカラーCLを選択する者の多いことがわかった.購入先は,インターネット通信販売が52.7%,大型ディスカウント店・雑貨店・化粧品店が28.4%,量販店が9.6%,眼科施設に隣接した販売店が5.1%,薬局が0%,その他が2.3%,不明が2.0%であった(図5).購入時に眼科に受診した人は13.4%,受診していない人が80.3%,不明が6.3%であった(図6).大都市では,透明なCLの購入時であっても多くの装用者は眼科に受診しない.CL量販店も併設の診療所を閉鎖し,販売店だけを残し,CL処方せんなしでCLが購入できると店先で声掛けをしている店も増えてきた.このままでいくと,地方都市も2.3年のうちに同じ状況になり,コンビニエンスストアでCLを販売する可能性もある.規定された使用サイクルは,1日が14.7%,2週間が6.1%,1カ月が32.7%,2カ月以上が30.6%,不明が15.9%であった.使用期間が2週間以内がわずか20.8%であった(図7).度ありカラーCLには1カ月以上使用する従来型として承認されているカラーCLも少数ある.一方,度なしカラーCLは,毎日使い捨て,2週間回が1.8%,半年に1回が4.8%,3カ月に1回が3.5%,月に1回が0.5%,その他が0.5%,不明が9.1%であった(図10).自覚症状なしが7.6%であった.自覚症状は,多い順に,充血58.0%,疼痛44.4%,異物感30.0%,眼脂26.2%,流涙17.3%,かすみ14.1%,かゆみ11.9%,乾燥感10.6%,視力低下8.0%であった(図11).他覚所見は,多い順に,点状表層角膜症36.6%,アレドロゲルを除く)のグループIは低含水の素材で,グループIIやグループIVに比べて酸素透過性が低いことは知られており,角膜への酸素の供給量が少ないため眼障害を生じやすい.また,未承認のカラーCLも個人輸入のインターネット通信販売で流通しているが,報告例のほとんどは厚生労働省が承認したカラーCLであった.カラーCLの度数の有無は,度数ありが41.0%,度数なしが43.3%,不明が15.7%であった(図3).度数ありのカラーCL使用者は,視力測定もせずに自分の見え方だけで適当に度数を決めて注文していることが多い.カラーCLのタイプは,角膜径を大きく見せて虹彩色を変える派手なデザインのカラーCLが52.4%,角膜径を大きく見せるだけのリング状(サークル)カラーCLが17.7%,不明が29.9%であった(図4).眼科を受診して購入した49例のうち,リング状が26例(53.1%),虹彩色を変えるものが23例(46.9%)とほぼ同じであった.一方,眼科を受診しなかった317例をみると,リング状が51例(16.1%),虹彩色を変えるカラーCLが174例(54.9%),不明が92例(29.0%)であった.眼科に受診しなかった患者は,虹彩色を変える派手なカラーCLを選択する者の多いことがわかった.購入先は,インターネット通信販売が52.7%,大型ディスカウント店・雑貨店・化粧品店が28.4%,量販店が9.6%,眼科施設に隣接した販売店が5.1%,薬局が0%,その他が2.3%,不明が2.0%であった(図5).購入時に眼科に受診した人は13.4%,受診していない人が80.3%,不明が6.3%であった(図6).大都市では,透明なCLの購入時であっても多くの装用者は眼科に受診しない.CL量販店も併設の診療所を閉鎖し,販売店だけを残し,CL処方せんなしでCLが購入できると店先で声掛けをしている店も増えてきた.このままでいくと,地方都市も2.3年のうちに同じ状況になり,コンビニエンスストアでCLを販売する可能性もある.規定された使用サイクルは,1日が14.7%,2週間が6.1%,1カ月が32.7%,2カ月以上が30.6%,不明が15.9%であった.使用期間が2週間以内がわずか20.8%であった(図7).度ありカラーCLには1カ月以上使用する従来型として承認されているカラーCLも少数ある.一方,度なしカラーCLは,毎日使い捨て,2週間 不明15.7%度数あり41.0%度数なし43.3%図3レンズの度数の有無(文献3より)不明2.0%その他2.3%眼科5.1%量販店9.6%通販52.7%雑貨店大型ディスカウントショップ28.4%図5購入先(文献3より)不明1日15.9%14.7%2週間6.1%2カ月を超える30.6%1カ月32.7%図7レンズの規定使用期間(文献3より)不明29.9%虹彩色を変えるCL52.4%リング(サークル)状17.7%図4カラーCLのタイプ(文献3より)不明受診した6.3%13.4%受診していない80.3%図6購入時の眼科受診の有無(文献3より)1日11.9%不明22.3%2日から2週間21.3%1カ月を超える30.1%2週間を超えて1カ月未満14.4%図8障害発生時に使用していたCLの使用日数(文献3より) 不明その他10.6%2.0%不定期7.1%3日以内7.6%4日以上毎日使用8.1%64.6%図9装用日数(文献3より)7.6%充血自覚症状なし58.0%疼痛44.4%異物感30.0%眼脂26.2%流涙17.3%かすみ14.1%かゆみ11.9%乾燥感10.6%視力低下8.0%020406080(%)図11自覚症状(文献3より)14.4%汚れ内面着色8.9%外面着色8.1%材質劣化3.3%破損0.5%変形0.3%キズ0.3%05101520(%)図13CL自体の原因(文献3より)に露出しており,それが原因とされるものが多かった.一部のカラーCLは,承認申請ではサンドイッチ構造だとしていても,角膜側に色素が露出しているものがあり,それがサンドペーパーのように角膜や結膜をこする(21)その他0.5%不明月に1回9.1%0.5%3か月に1回3.5%半年に1回4.8%年1回1.8%なし79.8%図10定期検査(文献3より)点状表層角膜症角膜びらん角膜浸潤角膜潰瘍角膜新生血管角膜内皮細胞減少虹彩炎毛様充血アレルギー性結膜炎巨大乳頭結膜炎低矯正・過矯正(%)01020304036.6%15.8%17.2%5.3%3.7%1.1%2.8%17.8%21.9%4.4%1.3%図12他覚所見(文献3より)処方せんなしで購入したこと説明指導を受けていないこと不適切な処方不適切な説明指導0図14処方,指導が原因(文献3より)58.2%44.3%17.5%11.9%20406080(%)可能性があると考えられる.処方,指導が原因とされた詳細は,処方せんなしで購入したこと(58.2%),説明指導を受けていないこと(44.3%),不適切な処方(17.5%),不適切な説明指導あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141587 1588あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(22)同研究の結果を2014年5月22日に国民生活センターが記者発表をした(以下,国民生活センターのアンケート)4).2013年の第56回日本コンタクトレンズ学会で筆者が発表した,大阪における接客業の女性のカラーCL装用の実態(以下,接客業のアンケート)と女子高校生のアンケート5)を比較してみた.アンケート調査は対象によって結果が異なってくると考えられ,4つのアンケート調査を比較してみた(表3).図15のように,医療への関心度と年齢について考えると,国民生活センターの対象は,インターネット調査にボランティアで参加してくれる人であるため,非常に医療に関心があると考えられる.日本コンタクトレンズ学会の調査の対象も,眼科に受診してくれた優良な患者であり,医療には関心が高い.一方,接客業の女性は,仕事が忙しく眼科に受診することは少なく,眼痛や充血があっても市販薬を点眼してなんとか治そうとする.さらに,女子高校生は結膜炎などでもまったく眼科に受診したことがないという者が多い.カラーCLの購入先を比較してみると,インターネット通信販売と大型ディスカウント店の2者の合計が,国民生活センターが48%,日本CL学会が81%,接客業の女性が93%,女子高校生が80%であり,やはり国民生活センターのアンケート調査の対象者は医療に関心のあることがわかった(表4).カラーCL購入時の眼科受診の有無は,眼科に受診した者が,国民生活センターが41.3%,日本コンタクトレンズ学会が13%,接客業の女性が7%,女子高校生(11.9%)であり,処方せんに従った販売の義務化が必要と考えられた(図14).II若年者の問題本障害調査のなかで特に危惧するのは,若年者の障害例である.大都市では,中学生からカラーCLを装用している者が多い.5歳ごとの年齢層別にみると,最も多い年齢層は,15.19歳までであり全体の40.5%を占めた.10.14歳までという年齢層も2.0%(8名)いた.以下に15歳以下の20例だけの集計を示した.度数なしが75.0%,度数ありが25.0%であった.虹彩色を変える派手なカラーCLが60.0%,リング状が15.0%,デザイン不明が25.0%であった.購入先は,インターネット通信販売が60.0%,雑貨店35.0%,不明が5.0%で,眼科に併設された販売店はなかった.購入時に眼科に受診した者はまったくいなかった(受診なしが95.0%,不明が5.0%).また,定期検査も,まったく受けていないが95.0%,不明が5.0%であった.15歳以下は,虹彩色を変える派手なカラーCLを好み,眼科に受診せずにインターネット通信販売や雑貨店でカラーCLを購入し,定期検査も受けていないことが明らかになった.今後,このような若年の装用者が爆発的に増え,成人になることが懸念される.眼科学校医や養護の先生にお願いしたいことは,中学校,高校の学校の現場で,CLの装用の指導を徹底的に行っていただきたいということである.III他のアンケート調査との比較カラーCLの購入先や購入時の眼科受診の有無について,いくつかのアンケートを比較してみた.国民生活センター,日本眼科医会,日本コンタクトレンズ学会の共表3カラーCLのアンケート調査の比較調査機関調査方法調査時期対象人数国民生活センターインターネット2013年1,000名日本CL学会眼科医の問診2012年395名渡邉潔(接客業の女性を対象)接客業の職場でのアンケート2012年2013年152名145名渡邉潔(女子高校生を対象)学校での問診2012年2013年451名454名年齢若年者成人医療に関心が低い眼科に受診しない医療に関心が高い眼科に受診する女子高校生接客業の女性日本コンタクトレンズ学会眼障害報告国民生活センターインターネットアンケート図15調査対象の比較表3カラーCLのアンケート調査の比較調査機関調査方法調査時期対象人数国民生活センターインターネット2013年1,000名日本CL学会眼科医の問診2012年395名渡邉潔(接客業の女性を対象)接客業の職場でのアンケート2012年2013年152名145名渡邉潔(女子高校生を対象)学校での問診2012年2013年451名454名年齢若年者成人医療に関心が低い眼科に受診しない医療に関心が高い眼科に受診する女子高校生接客業の女性日本コンタクトレンズ学会眼障害報告国民生活センターインターネットアンケート図15調査対象の比較 表4カラーCLの購入先(比較)国民生活ネット通販39.2%センター大型ディスカウント店9.3%2者の合計48%日本CL学会ネット通販53%大型ディスカウント店28%2者の合計81%接客業女性ネット通販84%大型ディスカウント店9%2者の合計93%女子高校生大型ディスカウント店51%ネット通販29%2者の合計80%表5カラーCL購入時の眼科受診の有無(比較)国民生活センター受診した41.3%日本CL学会受診した13%接客業女性受診した7%女子高校生受診した0%

カラーコンタクトレンズが眼に及ぼす影響

2014年11月30日 日曜日

特集●カラーコンタクトレンズの安全性を問うあたらしい眼科31(11):1577.1582,2014特集●カラーコンタクトレンズの安全性を問うあたらしい眼科31(11):1577.1582,2014カラーコンタクトレンズが眼に及ぼす影響TheImpactofColoredContactLensWearontheEye糸井素純*はじめに2009年2月4日に薬事法施行令の一部改正の政令が公布され,これまで医療機器ではなかった,おしゃれを目的とした度なしカラーコンタクトレンズ(CL)も高度管理医療機器として管理されることになった.それに伴い,いわゆる“度あり”といわれる視力補正用カラーCLも数多く市場に登場するようになった.その一方で,一部を除き,ほとんどのカラーCLは,医師の処方を経ずに,インターネット,薬局,大型雑貨店などで購入されている.カラーCL装用者は,レンズの素材などに左右される安全性を無視して,色素のデザインや価格だけでカラーCLを選択するようになっている.一般に流通している透明なソフトコンタクトレンズ(SCL)の素材は高含水性ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA),中含水性HEMA,あるいはシリコーンハイドロゲルが主流であるが,カラーCLの素材は,一図1前眼部OCT(SS.1000)CASIAの2D画像色素が眼瞼側のカラーCLの断面像.部を除き低含水性HEMAである.特に10代の女性たちが好む虹彩の色を変えるタイプは,低含水性HEMA素材しか流通していない.低含水性HEMA素材のカラーCLは,透明な低含水性HEMA素材のSCLと比較しても,さまざまな問題点を抱えている.本稿では低含水性HEMA素材のカラーCLに焦点を絞り,カラーCLが眼に及ぼす影響について解説する.I低含水性HEMA素材のカラーCLの問題点問題点1:色素が角膜側,あるいは眼瞼側に偏在している問題点2:レンズ表面の凹凸が顕著である多くのカラーCLはサンドウィッチ構造を謳っているが,実際の色素の分布を断面で確認すると,色素はレンズの表層近くに分布し,角膜側,あるいは眼瞼側に偏在している(図1,2).低含水性HEMA素材のカラーCL図2前眼部OCT(SS.1000)CASIAの2D画像色素が角膜側のカラーCLの断面像.*MotozumiItoi:道玄坂糸井眼科医院〔別刷請求先〕糸井素純:〒150-0043東京都渋谷区道玄坂1-10-19糸井ビル1F道玄坂糸井眼科医院0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)1577 を実体顕微鏡で確認すると,色素が多層にプリントされ,最表面は薄い透明な膜で覆われていることが確認できる.ただし,製品によっては,レンズ表面への色素の露出が確認できる製品もある.また,レンズ表面を原子間力電子顕微鏡で観察した報告では,中含水性HEMA素材のカラーCLの2製品に比べて,低含水性HEMA素材のカラーCLの1製品が明らかにレンズ表面の凹凸が顕著で,着色部位の摩擦係数が高いことが報告されている1).問題点3:酸素透過性が低い現在,日本で販売されている含水率50%以上のHEMA素材のカラーCLは6品目である.前述したように,その他のカラーCLは低含水性HEMA素材を用いている.低含水性HEMA素材のカラーCLの酸素透過係数(Dk値)はメーカー表示で最大で12×(10.11cm2/sec)・(mlO2/ml×mmHg)である.明確な資料はないが,そのほとんどがPolymacon(USAN)素材で作製されていると推測される.1984年にHoldenらは,Polymacon素材のSCLを安全に終日装用するためには,平均レンズ厚(調和平均)で33μm未満とする必要があると報告している2)が,現在販売されている低含水性HEMA素材のカラーCLで,この基準を満たしているものは一つもない.色素の存在が,CLの酸素透過性をさらに低下させているとの意見もある.従来は,色素の存在は,酸素透過性には影響しないと考えられていたが,同じ素材,同じレンズ厚でも,カラーCLの色素のパターンにより角膜浮腫の程度に差があると報告されている3).問題点4:レンズの硬さが硬い問題点5:レンズ径が大きい問題点6:ベースカーブが1つだけで,変更できないSCLの素材は,約45年前に日本に最初に登場した低含水性HEMA素材に始まり,その後,中含水性HEMA,高含水性HEMA,そしてシリコーンハイドロゲル素材へと時代とともにより安全なものへと進歩してきた.その時代の変遷のなかで,素材だけでなく,レンズデザインもより薄くなり,ベースカーブの選択肢も減り,レンズ径も13.8.14.5mmと以前よりも大きいものが主流となった.この時代に逆行してしまったのが低含水性HEMA素材のカラーCLである.低含水性HEMA素材はレンズ硬が硬く,柔軟性がない.色素の存在により,同素材の透明なCLよりも硬くなっている可能性が高い.低含水性HEMA素材で,タイト症状を起こさないようにするには,レンズ厚を極限まで薄くする(0.035mm未満)か,眼の形状に合わせて,レンズの規格(レンズ径,ベースカーブ)を決定する必要がある.販売枚数は少なくなったが,従来型SCLとして,今でも低含水性HEMA素材のSCLが販売されているが,カラーCLと異なり,13.0.13.5mmとレンズ径が小さいものが多く,レンズ径の選択も可能で,ベースカーブも4.5種類が用意され,眼の角膜曲率半径を考慮して,選択できるようになっている(表1).流通している低含水性HEMA素材のカラーCLは,レンズ厚(中心部)も0.06mm(実測値)以上で,レンズ径が大きく,ベースカーブも1つしかなく,選択ができない.そのためタイト症状を起こしやすい.II低含水性HEMA素材のカラーCLによる眼障害とその原因低含水性HEMA素材のカラーCLは,SCLであり,表1おもな低含水性HEMA素材の従来型ソフトコンタクトレンズの規格製造あるいは輸入元含水率(%)中心厚(mm)レンズ径(mm)BC(mm)旭化成アイミー株式会社400.03513.5,14.08.4,8.8旭化成アイミー株式会社380.0713.58.4,8.8,9.2株式会社クラレ38.60.1213.08.1,8.3,8.5,8.7,8.9,9.1,9.3株式会社シード350.0613.0.13.58.0,8.3,8.6,8.9,9.2ボシュロム株式会社38.60.025.0.03514.08.00.10.08株式会社トーメー37.50.0912.0,12.5,13.0,13.5,14.07.5,7.8,8.1,8.4,8.7,9.0,9.3,9.6,9.91578あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(12) 図31日使い捨てカラーCL装用者にみられた角膜上皮図41カ月交換カラーCL装用者にみられた角膜上皮障害障害色素による角膜側のレンズ表面の凹凸が原因と考えられ色素の露出が原因と考えられた.た.図5各種カラーCL装用(8時間)による角膜浮腫の違い左上:非装用,右上:中含水性1日使い捨てカラーCL,左下:低含水性1日使い捨てカラーCL,右下:低含水性1カ月交換カラーCL. 図61カ月交換カラーCL装用者にみられた酸素不足が原因と考えられた点状表層角膜症図7カラーCL装用者にみられた角膜変形カラーCLの装用歴:13年.上段:初診時(左:instantaneousradiusmap,右:pachymetrymap),下段:SCL装用中止1カ月後(左:instantaneousradiusmap,右:pachymetrymap). 図81カ月交換カラーCL装用者にみられた結膜ステイ図91カ月交換カラーCLの短時間(8時間)装用後ニングにみられた角膜変形タイト症状が原因と考えられた.上:装用前,下:装脱直後. 図10サークルタイプの1日使い捨てカラーCL装用者にみられた角膜潰瘍上方の角膜輪部に病変がみられる.

カラーコンタクトレンズが抱えている問題

2014年11月30日 日曜日

特集●カラーコンタクトレンズの安全性を問うあたらしい眼科31(11):1569.1575,2014特集●カラーコンタクトレンズの安全性を問うあたらしい眼科31(11):1569.1575,2014カラーコンタクトレンズが抱えている問題ProblemsAssociatedwithColoredContactLenses植田喜一*はじめにカラーコンタクトレンズ(カラーCL)は当初,整容を目的として開発されて医学的に有用なものと考えられたが,美容(おしゃれ)を目的としたものが市場に出回るようになった.特に近視・遠視・乱視などの屈折異常の矯正を目的としない非視力補正用(度なし)の未承認カラーCLが若い女性を中心に広がり始めた.透明なCLであろうとカラーCLであろうと非視力補正用(度なし)CLは,以前は雑貨品として捉えられ,経済産業省の管轄であったが,平成21年(2009年)2月4日の「薬事法施行令の一部を改正する政令」で,非視力補正用(度なし)CLは高度医療管理機器に指定されたので,おしゃれを目的とした度なしカラーCLも薬事法で規制されることになった.移行措置後の平成23年2月4日以降は,厚生労働省に承認されたCLのみ販売が許可されることになり,現在では数多くの製品が承認を受けている1.3).この政令によってカラーCLの眼障害は激減するものと期待したが,現実には10代,20代の若い女性を中心としたおしゃれ用カラーCLの使用を希望する者が急増し,眼障害は増加している.日本コンタクトレンズ学会は2012年7月1日.9月30日の3カ月間にカラーCLによる眼障害調査を行って395例の報告があったが,そのおもな原因として使用者のコンプライアンス不良とカラーCL自体の問題が挙げられた4).使用者のコンプライアンスについては,眼科医による処方や定期検査を受けていない,使用方法やレンズケアが不適であるなどが,一方,カラーCL自体については,素材の低酸素透過性,フィッティング不良,着色方法などが問題視された.2013年3月7日に記者発表を行ってこれらの内容を報告した.日本コンタクトレンズ学会は日本眼科医会,国民生活センターとの共同研究でカラーCLの品質,カラーCLの眼への影響,カラーCL使用者の実態について調べた.その内容は2014年5月22日に発表されたが,カラーCLの素材,規格(サイズ,ベースカーブ,厚み)や着色状態が角結膜に影響を及ぼしている可能性があることに加えて,眼障害をきたしていないカラーCL使用者においてもコンプライアンスが悪いことが明らかになった5).さらに,2014年9月18日に日本眼科医会と日本眼科学会も国民に対する啓発を目的として「カラコンで若者の眼が危ない.不適切な使用は重大な障害が生じるおそれが.」という記者発表を行った.こうした発表によって社会的にもカラーCLについての関心が高まっている.そこで,カラーCLが抱えている問題を概説する.IカラーCL自体の問題カラーCLに関連する問題を述べるにあたって,①視力補正用(度あり)CLと非視力補正用(度なし)CL,②承認されたCLと未承認CL,③透明なCLとカラーCLのそれぞれの違いを明確にする必要がある1.3).*KiichiUeda:ウエダ眼科〔別刷請求先〕植田喜一:〒751-0872下関市秋根南町1-1-15ウエダ眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1569 表1カラーCLの種類例.アルファコーポレーション(テクノメディカル、メリーサイトが承継)371商品目(55承認)医療機器センターホームページ2010年10月5日~2014年6月12日単回使用非視力補正用色付CL承認番号16桁(一連番号とサブ番号)新承認番号は、承認した年、厚生大臣承認か知事承認かの別、承認の種類(国産か輸入かの別)、当該年における承認一連番号、およびサブ番号の組み合わせとする。例20900BZZ01234000年大臣種類一連番号サブ番号承認番号商品目22200BZX00842000ワンデーアイ22200BZX00842A01ミセマスカラー22200BZX00842A02コイワナワンデー22200BZX00842A03ハニートラップワンデー22200BZX00842A04ビーハートビーワンデー22200BZX00842A05ベビークイーンワンデー22200BZX00842A06トゥインクルビーワンデー22200BZX00842A07ガンリキクイーンワン22200BZX00842A08トゥインクルカラーワンデー22200BZX00842A09フラッシュレーベル1製品の状況が把握しにくい 100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%090%80%70%60%50%40%30%20%10%0%108641No.23579161514121117常用レンズ1日使い捨て2週間交換1カ月交換2週間~1年図1カラーCLによる眼障害(文献5より引用)銘柄番号に○:SCL分類が「グループI」で,着色部分がまぶた側.銘柄番号に◎:SCL分類が「グループI」で,着色部分が角膜側. 一方,カラーCLにはシリコーンハイドロゲル素材はまだ使用されていない.このようにSCLの素材の開発は,酸素の透過性を高めるということが重要なポイントであった.現在,透明なSCLについては低含水性のHEMA素材のものはほとんど処方されなくなったが,カラーCLではこの素材が主流を占めているので,時代に逆行しているといって表2SCLの酸素透過率(HoldenandMertz,1984)終日装用角膜浮腫を生じない24.1連続装用睡眠中に生じた角膜浮腫が開瞼後ただちに消失する34.3裸眼の8時間睡眠後と同じレベルの角膜浮腫になる(4.0%)87.0Dk/L:×10.9(cm2/sec)・(mLO2/mL×mmHg)も過言ではない.HEMA素材は着色しやすいことに加えて,安価であるため台湾や韓国で多くの銘柄が製造されている.さらに,カラーCLは色素を混入させるので,厚みが増すことがあるという問題もある.角膜への酸素供給量は主としてSCLの酸素透過係数(Dk)と厚み(L)によって決定される.酸素透過係数の値が高いほど,厚みが薄いほど角膜への酸素供給量は高まるので,従来のHEMAを主体としたSCLの酸素透過率(Dk/L)を高くするためにはいかに含水率を高くするか,いかに薄くするかということが目標であった.酸素不足を生じないためにはSCLがどのくらい酸素を透過しなければならないという目安としては,終日装用では酸素透過率が少なくとも24.1以上が必要だと考えられている6)(表2).国民生活センターが提示した17銘柄のうち,この24.1以上を満たしていないものが多い表3カラーCLの性状区分No.分類構成モノマー含水率(%)Dk値中心厚(mm)Dk/L製造元所在国1IHEMA,EGDMA38.6未公表表示なし未公表台湾2IHEMA,EGDMA38.69.50.0910.6台湾3I2-HEMA,EGDMA38120.0524.0台湾1日4IV2-HEMAおよびMAA58280.0833.3米国アイルランド使い捨て5IHEMA,EGDMA388.0表示なし未公表台湾6II改良ポリビニルアルコール69.4260.126ドイツ,米国シンガポール7I2-HEMA,MAA,EGDMA38未公表0.06(度数の指定なし)未公表台湾8II2-HEMA,NVP59220.0924.4アイルランド2週間9IHEMA,EGDMA38.6未公表表示なし未公表台湾交換10IV2-HEMAおよびMAA58280.0833.3アイルランド11I2-HEMA,EGDMA38.5未公表表示なし未公表韓国1カ月交換12IHEMA(2-HEMA),EGDMA38未公表表示なし未公表韓国14I2-HEMA,EGDMA38.5未公表0.05.0.12(度数の指定なし)未公表韓国15IHEMA,EGDMA38未公表0.07.0.14(度数の指定なし)未公表韓国16I2-HEMAおよびEGDMA388.0表示なし未公表韓国2週間.1年交換17I2-HEMA(HEMA),EGDMA(EDMA)38.5未公表表示なし未公表台湾HEMA:ヒドロキシエチルメタクリレート.EGDMA:エチレングリコールジメタクリラート.MAA:メタクリル酸.NVP:N-ビニルピロリドン.酸素透過係数(Dk):×10.11(cm2/sec)・(mLO2/mL×mmHg)酸素透過率(Dk/L):×10.9(cm2/sec)・(mLO2/mL×mmHg)1572あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(6) ①着色部分がレンズ最表面に確認された銘柄の例表面断面②着色部分がレンズ最表面に確認されなかった銘柄の例表面断面図2カラーCLの表面の電子顕微鏡写真(文献5より引用) 1574あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(8)ターネット・通信販売・雑貨店で購入,カラーCLを使用しているという者が,定期検査を受けていないことがわかった6).国民生活センターが10代,20代を対象に行ったカラーCL使用者のアンケート調査でも,入手・購入先はインターネット,通信販売が39.2%と最も多く,特に10代では45.6%を占めていた.カラーCLを購入する際,眼科を受診したことがないが43.5%(10代では52.6%)だった.カラーCL使用者の23.7%が最近の1年間に眼の調子が悪くなったことがあると回答したが,そのうちの49.4%が眼科を受診していなかった.この他にも決められた期間内にカラーCLを交換しない(必ず決められた期間に交換するが52.5%),夜寝るときにカラーCLをはずさないで寝てしまうことがある,友人・家族などから使用済のレンズをもらっている(借りている),透明なSCLとカラーCLを2枚重ねしているなどの誤った使用をしている者もいた.カラーCLをきちんとこすり洗いしない(使用するたびにこすり洗いしているが47.0%),消毒しない(使用するたびに消毒しているが62.7%),レンズケースを定期的に交換しないなどの誤ったケアをしている人も多数いた5).このようにカラーCLの使用者はコンプライアンスが悪いことから,いつ眼障害が起こってもおかしくない状況である.III行政への対応透明なCLであろうとカラーCLであろうと,薬事法下にある高度管理医療機器のCLが眼科医による検査や指導を受けずに購入できることは問題である1.3).眼科を受診すれば,カラーCLのメリット・デメリットの説明,カラーCLの取り扱いやレンズケアの説明,定期検査の必要性についての説明を受けることができる.安全なCLを選択してもらって,フィッティングをチェックしてもらえるので,眼科への受診は必須といえる.しかしながら,インターネットの広告を見ると,CLの購入にあたっては処方せん不要とうたっているものがあるので,CLの購入にあたっては眼科医の処方に基づくという行政の指導が求められる.インターネット販売や通信販売ではなく,対面販売を義務付けるよう厚生労働省に要望しても,規制緩和の流れのなか,実現するのは困難じるといった内容や透明SCLに比してカラーCLでは細菌が付着しやすいなど,カラーCLの色素に関する多くの発表があった.IIカラーCL使用者のコンプライアンス日本コンタクトレンズ学会が2012年7月.9月に実施したカラーCLの眼障害調査では,15.19歳の若い年代(10代の未成年)の比率が40.5%と高く,インターネット・通信販売,雑貨店,大型ディスカウントショップでの購入が81.0%で,それと関連して80.5%の患者が購入の際に眼科を受診していないということが報告された4).素材が確認された127例のうちFDA(米国食品医薬品局)のグループI(低含水率・非イオン性)が97例と低含水率のレンズが多く,度ありカラーCLを使用している人が41.0%,度なしカラーCLが43.3%と,単におしゃれを目的とした度なしカラーCLを使用している人が多いこともわかった4).CLによる眼障害を生じた患者はコンプライアンス不良だが,カラーCLによる眼障害を生じた患者はさらに悪く,高度管理医療機器として認識していない,眼科医による処方・定期検査をほとんど受けていない,使用期限・装用期間・取り扱い・レンズケアについて不適切である,といったことも明らかになった.日本眼科医会が2013年の11月に行ったCLによる眼障害調査によると,CLの種類別ではSCLが87%で,その内訳は1日使い捨てSCLが16.4%,2週間交換SCLが43.1%,度ありカラーCLが13.7%,度なしカラーCLが5.0%であった.度ありと度なしを加えると18.7%と以前に比べ増加していた.眼科医の処方を受けなかったが16.1%で,2010年は8.5%,2011年は13.1%,2012年は14.0%と増加していた.インターネット販売で購入したが14.2%で,2010年は7.3%,2011年は11.9%,2012年は12.7%と増加していた.定期検査を受けなかったが33.6%で,2010年は29.0%,2011年は29.1%,2012年は37.3%で,昨年ほど高くはなかったが,以前に比べると増加傾向にあった.定期検査を受けている群と受けていない群で層別集計を行って,両群の眼障害の割合について他の項目と比較検討したところ,10代,女性,眼科医の処方を受けていない,イン あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141575(9)な状況であるが,眼科による処方せんに基づいてCLを販売するという内容の法律が発出されることを望む.厚生労働省は,近年のおしゃれ用カラーCLの一般化,インターネット販売をはじめとする販売方法の多様化に鑑み,局長通知「CLの販売時における取扱いについて」(平成24年7月18日)を発出し,販売時に使用者に適切な情報を提供などが行われるよう,関係者に依頼した.その後,CL販売の取扱いについての再通知(平成24年7月18日)を発出した.「販売時に購入者に対し,医療機関への受診状況を確認し,受診した医療機関の名称を記録・保存すること,販売時に,購入者が医療機関を受診していない場合は,CLによる健康被害などについての情報を提供し,医療機関を受診するよう推奨すること」とあり,販売店にCLの購入を求めた者に対して,医療機関を受診するよう勧めることを促している.また「購入者より眼障害の相談があった場合は,必要に応じ,購入前に受診した医療機関に対し,発生した健康被害の内容等に係る情報を提供するよう努めること」とあり,トラブルが生じた場合には医療機関に情報を提供することも促しているが,国民生活センターが公表したアンケート調査の結果では,カラーCLを購入する際に眼科を受診したことがない者が半数近くいたことに加えて,販売店で眼科を受診しているかの確認がなかったことや,眼科の受診を勧められなかったという回答が少なからずあった5)ことから,この通知の内容が努力目標ではなく実行されることを望む.おわりにカラーCLが透明なCLに比して,短時間の装用で眼障害を起こしやすい傾向があり,この原因としてカラーCLの素材や規格(サイズ,ベースカーブ,厚み)や着色方法が関係している可能性があることから,メーカーに対してこれらを変更するなどして安全性の高い製品の開発を求めたい5).さらに,眼科医がカラーCLを処方しやすいように,各製品の詳しい情報とトライアルレンズの提供も求めたい.一方,行政に対してはカラーCLの承認基準が現行でよいかを見直す必要があるので対応を望む3).厚生労働省は,国民生活センターの発表5)を受けて,「CLの適用使用に関する情報提供等の徹底について(再周知)」(平成26年10月10日)を発出した.この通知には,「未成年者を中心にまだ十分な情報提供が行われているとは言い難い状況にあるとの国民生活センター通知を踏まえ,特に未成年者へのカラーコンタクトレンズの販売の際は,適正な使用方法について十分な説明を行うとともに,購入時における医療機関への受診勧奨を徹底すること等の注意喚起をお願いいたします.」とある.カラーCL使用者の多くは10代,20代だが,こうした若い人達への啓発をどうするかが問題である.マスコミから多くの情報を広く流してもらうことを期待して,日本眼科医会,日本眼科学会,日本コンタクトレンズ学会も記者発表を行っているが,テレビや新聞,雑誌をあまり見ない人達に正しい情報が伝わりにくいので,家庭では家族から,学校では養護教諭などから話をしてもらうことも重要で,校医をしている眼科医の積極的な活動を期待する.文献1)渡邉潔,植田喜一,宇津見義一ほか:未承認のカラーコンタクトレンズ.日コレ誌54:7-22,20122)植田喜一:カラーコンタクトレンズの功罪.眼科56:369-378,20143)植田喜一:カラーコンタクトレンズに関する行政的側面.日本の眼科85:5-10,20144)渡邉潔,植田喜一,佐渡一成ほか:カラーコンタクトレンズ装用にかかわる眼障害調査報告.日コレ誌56:1-10,20145)国民生活センター:カラーコンタクトレンズの安全性─カラコンの使用で目に障害も.─http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20140522_1.html#gyokai201408086)コンタクトレンズによる眼障害アンケート調査の集計結果報告(平成25年度).日本の眼科84:173-183,2014

序説:カラーコンタクトレンズの安全性を問う

2014年11月30日 日曜日

●序説あたらしい眼科31(11):1567.1568,2014●序説あたらしい眼科31(11):1567.1568,2014カラーコンタクトレンズの安全性を問うConsiderationoftheSafetyofColoredContactLenses小玉裕司*近年,カラーコンタクトレンズ(カラーCL)の話題がマスコミにも取り上げられるようになった.それは,カラーCLの普及により,それに伴う眼障害が急増しているからである.なぜ,カラーCLにおいては透明な視力補正用ソフトコンタクトレンズ(SCL)よりも眼障害が多発するのであろうか.それにはさまざまな原因が考えられる.まず,度なしの非視力補正用SCLは,以前は雑貨品として扱われていたことにより,医療機関を通さずに総合ディスカウントストアなどで気楽に入手が可能であり,若い女性の間で美容(おしゃれ)を目的とした未承認カラーCLが人気を博し始めたことに端を発する.このような未承認カラーCLによる眼障害が問題となり,平成21年に非視力補正用のCLも高度管理医療機器に指定され,平成23年には厚生労働省に承認されたCLのみが販売の許可を得ることになった.それにもかかわらず,カラーCLによる眼障害は後を絶つことはなく増加の一途をたどっている.これは,この時期にカラーCLが気楽に入手でき,安易に使用できるといった間違った考え方がカラーCLユーザーに定着してしまったからだとも考えられる.その間違った考え方が,多くのカラーCLユーザーは眼科医の処方を受けることもなく,また,定期検査をも受けておらず,CLの使用方法やケア方法などの指導を受けていないといった,コンプライアンス不良を生み出している原因になっているのではないであろうか.また,カラーCL自体の素材にも問題があると考えられる.現在,医療機関を通さずに通信販売,インターネット販売,総合ディスカウントストア販売などで取り扱われているカラーCLのほとんどは,FDA(FoodandDrugAdministration,米国食品医薬品局)分類のgroupⅠに分類される低含水性・非イオン性である.レンズの厚さはまちまちで酸素透過率(Dk/L値)はきわめて低いものが多いと推察される.しかも,レンズの直径が大きいものはタイト症状をきたしやすく,レンズ下の涙液交換も非常に不良であると危惧される.そのほかにも色素の漏出や色素による機械的刺激も問題となろう.さまざまな問題を抱えながら眼障害を生み出しているカラーCLにもかかわらず,その需要がますます拡大しつつある現時点で,われわれ眼科医はカラーCLにどのように向き合っていくべきなのであろうか.まず,その一歩としてカラーCLについての正しい知識を共有することが肝心であると考え,今回の特集を企画したわけである.植田喜一先生には総論的に薬事法関連,行政への対応,国民への啓発,カラーCL自体の問題など,糸井素純先生には*YujiKodama:小玉眼科医院0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1567 1568あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(2)眼に及ぼす影響,渡邉潔先生には眼障害の実態,松澤亜紀子先生には色素に関して,東原尚代先生にはケアに関して,佐渡一成には種類と処方に関して,宇津見義一先生にはコンプライアンスの実態,月山純子先生には眼障害を生じた患者への対応について解説をお願いした.読んでいただければおわかりになるが,このようにわれわれが知らなければならないことはあまりにも膨大である.今回は日頃からカラーCLに対して関心をもち,カラーCLに対する知識が豊富な先生方にあらゆる角度からわかりやすくカラーCLについて解説をしていただいており,読者の皆様の明日からの日常診療に大いに役立つのではないかと期待している.今回の特集を企画して最後に言いたいことは,カラーCLを忌み嫌うだけなのではなく,カラーCLに関するあらゆる情報を収集して現状を踏まえながら,いかにカラーCLから国民の眼を守るか,そのためにわれわれ眼科医は何をすべきかについて,一人一人が改めて考えることこそ大切だということである.

実験的メタノール中毒の電子顕微鏡所見

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1555.1561,2014c実験的メタノール中毒の電子顕微鏡所見上江田信彦*1白木邦彦*2*1上江田眼科*2大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学ElectronMicroscopyFindingsforExperimentalMethanolPoisoningNobuhikoUeda1)andKunihikoShiraki2)1)UedaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:実験的メタノール中毒の慢性期の網膜神経節細胞(RGC)と視神経の変化を電子顕微鏡(電顕)で観察する.方法:ラットに葉酸欠乏飼料を5週間与え,メタノール3.5g/kgを腹腔内注射した(中毒群).対照として,通常の飼料を5週間与え,生理食塩水を腹腔内注射した(対照群).各群とも投与4,8,12週後に眼球を摘出し,電顕で観察した.結果:中毒群のRGCは4週後には変性し,8週後にはRGCは萎縮し,12週後には減少していた.視神経乳頭と眼窩内視神経では8週後以降で軸索の変性を認めた.結論:実験的メタノール中毒では発症4週後にRGCは変性し,続いて視神経が変性すると推測された.Objective:Toobservechangesinretinalganglioncells(RGC)andopticnerveduringthechronicphaseofexperimentalmethanolpoisoning,usingelectronmicroscopy(EM).Methods:Subjectratsreceivedintraperitonealinjectionofmethanol3.5g/kgafter5weeksoffolate-deficientdiet(poisoninggroup).Controlratswerefedanormaldietfor5weeks,thenreceivedintraperitonealinjectionofsaline(controlgroup).Inbothgroups,eyeballswereextractedat4,8and12weeksafteradministration,forobservationusingEM.Results:Inthepoisoninggroup,RGCshoweddegenerationafter4weeks,atrophyafter8weeksanddecreaseafter12weeks.Degenerationofaxonsintheopticnerveheadandintraorbitalopticnervewasobservedfrom8weeksafteradministrationandbeyond.Conclusion:ThesefindingsindicatethatRGCdegenerationoccurs4weeksafteronsetofexperimentalmethanolpoisoning,andisfollowedbydegenerationoftheopticnerve.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1555.1561,2014〕Keywords:メタノール,中毒,網膜,視神経,電子顕微鏡.methanol,poisoning,retina,opticnerve,electronmicroscopy.はじめにメタノール中毒は眼に重篤な障害を起こす疾患である.本症はしばしばメタノールの誤飲により起こる.これはメタノールとエタノールの味が似ているためである.メタノールを摂取して18.48時間後にメタノール中毒は発症する.全身的には代謝性アシドーシスにより頭痛・腹痛・昏睡が起こり重篤な場合には死に至る.眼局所には視力低下・瞳孔散大・対光反射の減弱と視神経乳頭の発赤・腫脹と乳頭近傍の網膜の浮腫が起こる.低下した視力は6日以内に回復しはじめる.視力は完全に回復しない場合には再び低下し視神経萎縮を伴い予後不良である1).メタノールは肝臓でホルムアルデヒドに酸化され,ついでギ酸に酸化される2).ギ酸はミトコンドリア内の電子伝達系の酵素の一つであるcytochromecoxidaseを阻害する3).このため,ミトコンドリア内でATP(アデノシン3リン酸)産生の障害や活性酸素の過剰産生4)が起こり,網膜神経節細胞(RGC)が障害されると考えられている.これまでメタノール中毒の動物モデルには霊長類,ラットが用いられてきた.ラットは霊長類に比べてギ酸の代謝能が高いため,モデルの作製にはギ酸の代謝を阻害するために,葉酸欠乏食5)や笑気の投与6)が必要である.いずれのモデルでもメタノール投与後10日以内の急性期についての研究がほとんどで,それ以降の慢性期については生化学的変化7)や視細胞の変性8)については報告されているが,RGCの形態〔別刷請求先〕白木邦彦:〒545-8585大阪市阿倍野区旭町1-4-3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学Reprintrequests:KunihikoShiraki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-4-3Asahicho,Abeno-ku,Osaka545-8585,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)1555 学的変化についての知見に乏しい.そこで本研究では実験的メタノール中毒の発症4.12週後(慢性期に相当)のRGCと視神経の変化を光学顕微鏡と電子顕微鏡で定性的に評価した.I方法本研究は大阪市立大学大学院動物実験施設委員会の承認を得て行った.メタノールは生理食塩水と混合し30%(W/V)の溶液を調製した.葉酸欠乏飼料にはDyets社製葉酸欠乏飼料#517777を使用した.実験にはウィスターラット雄4週齢を用いた(n=40).ラットは以下の四群に分けた.1)通常の飼料を5週間与え,生理食塩水を腹腔内投与した(通常食-生食群).2)通常の飼料を5週間与え,メタノール(3.5g/kg)を腹腔内投与した(通常食-メタノール群).3)葉酸欠乏飼料を5週間与え,生理食塩水を腹腔内投与した(葉酸欠乏-生食群).4)葉酸欠乏飼料を5週間与え,メタノール(3.5g/kg)を腹腔内投与した(葉酸欠乏-メタノール群).1.ギ酸の定量通常食-生食群,通常食-メタノール群,葉酸欠乏-生食群,葉酸欠乏-メタノール群(いずれのグループもn=4)を投与2日後に採血し,血清中のギ酸濃度をガスクロマトグラフィーを用いて測定した.2.組織学的検索通常食-生食群,葉酸欠乏-メタノール群とも投与4,8,12週後(いずれのグループもn=4)に2%グルタールアルデギ酸(mM)14.0012.0010.008.006.004.002.000.00***葉酸欠乏通常食葉酸欠乏通常食メタノールメタノール生食生食図1試薬投与2日後の各群の血清中ギ酸濃度*p<0.01(Tukey検定).1556あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014ヒド・2%パラホルムアルデヒド・0.1Mリン酸緩衝液の混合液で灌流固定した.ついで,視神経を眼球から1mm離れたところで切断し,視神経,視神経乳頭とその近傍の網膜を採取した.採取した組織を前述した固定液で前固定し,四酸化オスミウムで後固定したのち,樹脂包埋した.試料をウル図2網膜内層の光学顕微鏡写真A:通常食-生食群.B:葉酸欠乏-メタノール群.投与4週後.矢印で示したRGCに細胞質の濃染を認める.C:同投与8週後.矢印で示したRGCに核濃縮と細胞質の空胞を認める.D:同投与12週後.網膜内層は菲薄化し,層構造は不明瞭である.(134) 図3網膜内層の電子顕微鏡写真A:通常食-生食群.B:葉酸欠乏-メタノール群.投与4週後.RGCは腫脹し,細胞質に細胞内小器官が集簇している.C:同投与8週後.RGCは萎縮し,細胞質に空胞を認める.D:同投与8週後.RGCの核は萎縮し,核膜濃染を伴っている.E:同投与12週後.RGCの核の萎縮を認める.(135)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141557 図4視神経乳頭の電子顕微鏡写真A:通常食-生食群.B:葉酸欠乏-メタノール群.投与4週後.通常食-生食群との間に明らかな違いを認めない.C:同投与8週後.軸索の腫脹を認める.D:同投与12週後.軸索に細胞内小器官の集簇を認める.トラミクロトームで1μm厚に薄切した後にトルイジンブルーで染色した.同時に作製した超薄切片を酢酸ウランとクエン酸鉛で二重染色し,電子顕微鏡(H-7500,日立)で観察した.3.統計処理ギ酸の定量に関して,群間の結果の差の検定にはIBM社製統計解析ソフトSPSSを使用してTukey検定を行った.II結果1.血清中ギ酸濃度(図1)血清中のギ酸濃度は通常食-生食群で1.00±0.010mM,通常食-メタノール群で1.18±0.138mM,葉酸欠乏-生食1558あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014群で1.37±0.091mM,葉酸欠乏-メタノール群で12.54±1.770mMであった.これらのうち葉酸欠乏-メタノール群のギ酸濃度は他のすべての群に比べて統計学的に有意に大きかった(p<0.01).2.網膜内層の光学顕微鏡所見(図2)通常食-生食群ではすべての時点で著変を認めなかった(図2A).葉酸欠乏-メタノール群では投与4週後にはRGCの細胞質が濃染し,核の大きさも不ぞろいであった(図2B).投与8週後にはRGCに核濃縮を認め,細胞質は濃染し空胞を伴っていた(図2C).投与12週後では,8週後に比べて,網膜内層は菲薄化し,神経線維層,神経節細胞層,内網状層の境界は不明瞭になり最内層に空胞を認めた(図(136) 図5視神経の電子顕微鏡所見A:通常食-生食群.B:葉酸欠乏-メタノール群.投与4週後.通常食-生食群との間に明らかな違いを認めない.C:同投与8週後.軸索の収縮を認める.D:同投与12週後.脱髄し,変性脱落した軸索(矢印)を認める.2D).いずれの時期にも炎症細胞の浸潤を認めなかった.3.網膜内層の電子顕微鏡所見(図3)通常食-生食群ではすべての時点で著変を認めなかった(図3A).葉酸欠乏-メタノール群では投与4週後にはRGCは腫大し,細胞質にはミトコンドリアと遊離リボゾームが多数存在し電子密度の高い物質を認めた.粗面小胞体は不明瞭であった(図3B).投与8週後にはRGCは萎縮し核と細胞質の電子密度は高くなり,細胞質に空胞を多数認めた(図3C).また,RGCの核は萎縮し,核膜濃染を伴っていたが,細胞質は萎縮していないものもみられた(図3D).投与12週後には細胞質が萎縮したRGCは減少していた.残っているRGCでは細胞質に細胞小器官が集簇し,核は8週後より(137)萎縮していた(図3E).4.視神経乳頭の光学顕微鏡所見すべての時点で葉酸欠乏-メタノール群と通常食-生食群の間に明らかな差を認めなかった.5.視神経乳頭の電子顕微鏡所見(図4)通常食-生食群ではすべての時点で著変を認めなかった(図4A).葉酸欠乏-メタノール群は投与4週後には通常食-生食群との間に明らかな差を認めなかった(図4B).投与8週後には一部の軸索に腫脹を認めた(図4C).投与12週後には軸索の一部に著明な細胞内小器官の集簇を認めた(図4D).あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141559 6.視神経の光学顕微鏡所見る可能性があると考えられる.すべての時点で,葉酸欠乏-メタノール群と通常食-生食本研究ではラットを用いたメタノール中毒モデルにおいて群の間に明らかな差を認めなかった.慢性期にRGCとその軸索に進行性の変性が起こることを形7.視神経の電子顕微鏡所見(図5)態学的に示した.このことから,本モデルをメタノール中毒通常食-生食群ではすべての時点で著変を認めなかったの慢性期のモデルとして使用できる可能性があることが示唆(図5A).葉酸欠乏-メタノール群は投与4週後には通常食された.本モデルは予後不良である本疾患の慢性進行期の病-生食群との間に明らかな差を認めなかった(図5B).投与態の解明と,本疾患の治療の開発とその評価の助けになりう8週後には一部の軸索が収縮していた(図5C).投与12週ると考えられた.後には軸索の一部が変性脱落し脱髄を伴っていた(図5D).ただし,治療法の開発と評価にはRGCや軸索の障害の定III考按量的評価が必要である.しかし,本研究の結果は定性研究である.このため,今後は定量研究をする必要がある.また,筆者らは実験的メタノール中毒を電子顕微鏡で観察したと既報の観察期間(10日以内)と本研究の観察期間(4週後以ころ,メタノール投与の4週後以降にRGCに進行性の変性降)との間に隔たりがある.このため,本研究で見いだされを認めた.8週後には視神経乳頭や視神経に変性を認めた.たRGCの変性と既報で述べられている視神経腫脹との関係本研究ではラットに葉酸欠乏飼料を5週間与えたのちに,が不明確である.メタノールを腹腔内投与することによりメタノール中毒モデラットを用いたメタノール中毒モデルでは発症4週後にはルを作製した.このモデルではメタノール投与2日後の血清RGCは変性しており,続いて視神経が変性すると推測され中ギ酸濃度は12.54mMでBaumbachのサルメタノール中た.このことから,本モデルはメタノール中毒の慢性進行期毒モデル(血清ギ酸濃度7.2.14.4mM)9),Leeらのラットの病態の解析や治療法の開発に使用できることが示唆されを用いたモデルの15.6mM10),Eellsのラットを用いたモデた.ルの16.1mM2)とほぼ同等であった.本研究ではメタノール投与の4週後でRGCに進行性の変謝辞:最後に,機材の使用と技術的援助をしていただいた大阪性が認められた.既報では,ラットを用いたメタノール中毒市立大学医学部法医学教室の皆様,大阪医科大学眼科学教室と研モデルではメタノール摂取後数日でRGCの変性を認めたと究機構の皆様にこの場を借りまして,厚く御礼申し上げます.報告されている11,12).このことからメタノール中毒モデルにおけるRGCの変性はメタノール摂取後数日で現れ,摂取後4週間経過した後も進行する可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし一方,視神経についてはメタノール投与の2.7日後には視神経の軸索の腫脹が発生することがすでに報告されてい文献る6).本研究では投与4週後の視神経には明らかな変化を認1)BentonCDJr,CalhounFPJr:Theoculareffectsofめず,投与8週後に軸索の変性を認めた.本研究では投与4methylalcoholpoisoning:reportofacatastropheinvolv週後に視神経に明らかな変化を認めなかった点については今ingthreehundredandtwentypersons.TransAmAcad後の検討を要する.OphthalmolOtolaryngol56:875-885,1952その一方で,メタノール中毒の剖検では本研究でみられた2)EellsJT,HenryMM,LewandowskiMFetal:DevelopmentandcharacterizationofarodentmodelofmethanolようなRGCの変性は報告されていない.メタノール中毒のinducedretinalandopticnervetoxicity.Neurotoxicology剖検例では視神経にはメタノール中毒発生後21日で眼窩内21:321-330,2000視神経の軸索の変性が起こるが13),RGCの変化は死後変化3)NichollsP:Formateasaninhibitorofcytochromecoxiとの差を認めることはできないとされている14).一方,本研dase.BiochemBiophysResCommun67:610-616,19754)RajamaniR,MuthuvelA,SenthilvelanMetal:Oxidative究では死後変化を最小限にするために灌流固定を用いて組織stressinducedbymethotrexatealoneandinthepresence学的検索を行った.このため,剖検では死後変化のために見ofmethanolindiscreteregionsoftherodentbrain,retinaいだせなかったRGCの変性を見いだすことができた可能性andopticnerve.ToxicolLett165:265-273,2006がある.5)LeeEW,GarnerCD,TerzoTS:Aratmodelmanifestingmethanol-inducedvisualdysfunctionsuitableforbothまた,近年ヒトのメタノール中毒にて,発症1カ月後に光acuteandlong-termexposurestudies.ToxicolApplPhar干渉断層計(OCT)により黄斑部の神経節細胞層+内網状層macol128:199-206,1994の菲薄化が報告された15).このことからも,本研究で認めら6)MurrayTG,BurtonTC,RajaniCetal:MethanolpoisonれたRGCの変性はヒトのメタノール中毒の慢性期には生じing.Arodentmodelwithstructuralandfunctionalevi1560あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(138) denceforretinalinvolvement.ArchOphthalmol109:1012-1016,19917)Gonzalez-QuevedoA,ObregonF,UrbinaMetal:Effectofchronicmethanoladministrationonaminoacidsandmonoaminesinretina,opticnerve,andbrainoftherat.ToxicolApplPharmacol185:77-84,20028)ChirapapaisanN,UiprasertkulM,ChuncharuneeA:TheeffectofcoenzymeQ10andcurcuminonchronicmethanolintoxicationinducedretinopathyinrats.JMedAssocThai95(Suppl4):S76-S81,20129)BaumbachGL,CancillaPA,Martin-AmatGetal:Methylalcoholpoisoning.IV.Alterationsofthemorphologicalfindingsoftheretinaandopticnerve.ArchOphthalmol95:1859-1865,197710)LeeEW,GarnerCD,TerzoTS:Animalmodelforthestudyofmethanoltoxicity:comparisonoffolate-reducedratresponseswithpublishedmonkeydata.JToxicolEnvironHealth41:71-82,199411)SahinA,KayaS,TurkcuGetal:Theeffectsofcaffeicacidphenethylesterinacutemethanoltoxicityonratretinaandopticnerve.CutanOculToxicol32:263-267,201312)El-BakaryAA,El-DakrorySA,AttallaSMetal:Ranitidineasanalcoholdehydrogenaseinhibitorinacutemethanoltoxicityinrats.HumExpToxicol29:93-101,201013)NaeserP:Opticnerveinvolvementinacaseofmethanolpoisoning.BrJOphthalmol72:778-781,198814)SharpeJA,HostovskyM,BilbaoJMetal:Methanolopticneuropathy:ahistopathologicalstudy.Neurology32:1093-1100,198215)馬郡幹也,下田幸紀,秋山英雄ほか:メタノール視神経症における網膜神経節細胞の消失.眼科55:1159-1166,2013***(139)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141561

視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療後に僚眼に視神経炎が生じた1例

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1551.1554,2014c視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療後に僚眼に視神経炎が生じた1例今村麻佑溝部惠子多田香織大塚斎史佐々木美帆澁井洋文京都第二赤十字病院眼科CaseReportofRightOpticNeuritisafterStereotacticRadiosurgeryforLeftOpticNerveMeningiomaMayuImamura,KeikoMizobe,KaoriTada,YoshifumiOhtsuka,MihoSasakiandHirofumiShibuiDepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital目的:左眼視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ治療施行後に,照射部位から離れた右眼に視神経炎が生じた1例を経験したので報告する.症例:54歳,女性.左眼は視神経鞘髄膜腫によりすでに完全失明していた.脳神経外科にて左眼視神経鞘髄膜腫摘出術が施行され,その4カ月後に残存腫瘍に対するガンマナイフ治療が施行された.施行10日後から右眼の急激な視力低下を自覚し当科を受診した.右眼は矯正視力0.05,限界フリッカ値14Hzに低下し,視野検査では中心暗点を視神経乳頭には蒼白腫脹を認め,頭部造影MRI(磁気共鳴画像)にて視神経および周囲に高信号を示した.右眼の視神経炎と診断しステロイドパルス治療を開始した.治療開始後速やかに右眼の諸所見は正常化した.結論:副作用が少ないと考えられているガンマナイフ治療だが,急性で重篤な神経障害が直接照射に限らず発症しうることに留意が必要であると考えられた.Wereportacaseofopticneuritisintherighteyeaftergammaknifestereotacticradiosurgeryforleftopticnervemeningioma.Case:A54-year-oldfemale,withnosightinherlefteyebecauseofleftopticnervemeningioma,visitedourclinicforacutevisuallossinherrighteyeaftergammaknifesurgeryforthemeningioma.Findings:Herrighteyeshowedlargereductionincorrectedvisualacuity,centralscotomaandpallidswellingintheopticdisk.Enhancedmagneticresonanceimagingdetectedhighsignalsattherightopticnerveandsurroundingarea.Systemicpulsatileadministrationofcorticosteroidledtorapidrecoveryofvisioninherrighteye.Conclusion:Itisimportanttopayattentiontotheriskofsevereneuropathyduetoindirect,aswellasdirect,irradiationfromgammakniferadiosurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1551.1554,2014〕Keywords:視神経炎,視神経鞘髄膜腫,ガンマナイフ,定位的放射線手術.opticneuritis,opticnervemeningioma,gammaknife,stereotacticradiosurgery.はじめに脳腫瘍の治療として近年盛んに行われるようになった定位的放射線手術治療におけるガンマナイフ治療は,正常な周囲の脳組織を傷つけずに病変のみの根治が可能であることから,開頭手術と比べて低侵襲で治療効果も高く従来の放射線治療と比して副作用が少ないことで知られている1).しかし,最近ガンマナイフ治療による副作用の報告も認められるようになった2.6).今回筆者らは,左視神経鞘髄膜腫に対するガンマナイフ施行後に,右眼に視神経炎が生じた1例を経験した.本症例では,ガンマナイフの照射範囲から離れた部位に障害が生じたこと,生じた部位が唯一眼である僚眼であったこと,などのこれまでの報告にはなかった特徴を有したため今回報告する.I症例患者:54歳,女性.〔別刷請求先〕今村麻佑:〒602-8026京都市上京区釜座通り丸太町上ル春帯町355-5京都第二赤十字病院眼科Reprintrequests:MayuImamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKyotoDainiHospital,355-5Haruobicho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8026,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)1551 主訴:右眼視力低下.現病歴:2012年12月末頃から左眼視力低下を自覚し近医受診.視神経乳頭浮腫を認めたため当院脳神経外科へ2013年2月に紹介され受診.頭部MRI(磁気共鳴画像)にて左前床突起部に11mm程度の腫瘍性病変および左視神経のびまん性肥厚(図1)が認められた.脳神経外科から当科紹介受診した結果,左眼視力は眼前手動弁で,左眼に相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)および視神経乳頭の腫脹を認めた.右眼視神経乳頭には異常を認めず,矯正視力は(1.5)であった.2013年2月に脳神経外科にて脳腫瘍摘出術および左眼視神経管開放術が施行された.病理診断の結果は左眼の視神経鞘髄膜腫であった.術後の2013年3月に当科を受診したが,左眼視力は0で左眼の視神経乳頭は境界がやや不整で色調は蒼白であった.右眼視神経乳頭は正常で矯正視力は(2.0),視野にも異常を認めなかった.その後脳腫瘍の残存が認められたため,2013年6月に左眼視神経鞘髄膜腫に対してガンマナイフ治療(左眼視神経管周囲の残存腫瘍に対し最大線量16Gy,視神経への最大線量8Gy)を他院にて施行された.ガンマナイフ施行10日後から僚眼(右眼)に急激な視力低下を自覚し,施行15日後に当科受診となった.既往歴:5年前に乳癌手術(右乳房切除術).2012年より糖尿病発症(インスリン投与開始).受診時所見:右眼視力は0.05(矯正不能),左眼視力は0.図1頭部造影MRI所見上段は冠状断を,下段は軸位断を示す.上段に左前床突起部に11mm程度の腫瘍性病変(白矢印)を,下段に左眼の視神経のびまん性肥厚(白矢印)を認めた.RAPDは左眼で陽性で眼痛はなかった.限界フリッカ値(以下,CFF値)は右眼14Hz,左眼は測定不能であった.前眼部,中間透光体および眼圧には両眼とも異常を認めなかった.眼底検査では右眼視神経乳頭蒼白腫脹(図2),左眼視神経乳頭完全萎縮を認めた.Goldmann視野検査では,右眼に中心暗点が認められた(図3).精査のため脳神経外科入院となった.入院後の所見:頭部の造影MRIにて右眼の視神経と視神経周囲に造影効果を有する高信号を,また左眼の視神経周囲に残存腫瘍を認めた(図4).頭蓋内に脱髄巣は認めなかった.血液・生化学検査では,血糖値とHbA1Cがそれぞれ145mg/dlと8.8%で高値を認めたものの,その他はすべて正常範囲内であった.CRP(C反応性蛋白)も正常で炎症反応に乏しく,抗核抗体・IgG4や抗アクアポリン4抗体を含む自己抗体も正常範囲内であった.髄液検査では糖が高濃度(100mg/dl)であったが,細胞数,蛋白,オリゴクローナルバンドやミエリン塩基性蛋白などは正常範囲であった.治療・経過:臨床症状,検査所見から右眼視神経周囲炎を伴う視神経炎と診断し,入院翌日よりステロイドパルス療法を開始した.ステロイドパルスはメチルプレドニゾロン1,000mgの点滴投与を3日間行い,その後はステロイド内服での維持療法に移行した.治療開始後3日目には,右眼の矯正視力は(1.5),CFF値20Hzと著明に改善し,治療開始後5日目には右眼の視神経乳頭は蒼白腫脹が消失し境界鮮明となり色調は正常化した.同日施行したGoldmann視野検査では中心暗点は消失し正常視野に戻った.維持療法はメチルプレドニゾロン40mgを5日間,30mgを10日間,20mgを7日間,15mgを13日間,10mgを15日間,5mg図2眼底写真右眼視力低下を自覚し受診したときの右眼の眼底写真を示す.視神経乳頭の蒼白腫脹を認めた.1552あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(130) 図3Goldmann視野検査右眼視力低下を自覚し受診したときの右眼のGoldmann視野検査を示す.右眼の中心暗点(斜線部分)を認めた.左眼視野は測定不可.図5右眼視力回復後の眼底写真発症後6カ月経過したときの右眼眼底写真を示す.右眼矯正視力は(1.5)と安定し,視神経乳頭の蒼白腫脹は著明に改善した.を14日間と漸減し,ステロイド内服を終了した.ステロイド内服終了時の右眼視力は1.2(矯正不能),CFFは31Hzであった.発症後6カ月経過した時点での頭部造影MRIにて右眼の視神経と視神経周囲の高信号は消失し,右眼視力は1.5(矯正不能),CFFは28Hzで,右眼視神経乳頭所見(図5)も安定している.II考按1.視神経炎の診断と原因について本症例は,左眼視神経鞘髄膜腫治療中に右眼の急激な視力低下を示した.右眼には視神経乳頭の蒼白浮腫,CFF値の著明な低下と視野での中心暗点が認められた.原因として(131)図4頭部造影MRI所見上段は冠状断を,下段は軸位断を示す.右眼の視神経と視神経周囲に高信号(白矢印)を,左眼の視神経周囲に残存腫瘍(星印)を認めた.は,右眼への腫瘍の進展,虚血性視神経症,視神経炎などが考えられたが,脳神経外科での精査の結果,腫瘍の右眼への進展は否定された.造影MRIで視神経および視神経周囲に高信号を認め,視野検査では中心暗点を示し,ステロイド治療が著効を示したことなどから,虚血性視神経症は否定的で,視神経炎と診断した.視神経炎の原因としては,多発性硬化症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎,SLEなどの自己免疫疾患および,ガンマナイフ照射による炎症の波及などが考えられたが,本症例では,血液・免疫生化学的検査にて高血糖以外に異常値を認めず,脳脊髄液検査にてオリゴクローナルバンドやミエリン塩基性蛋白などについての異常を認めず,頭部MRIにても脱髄性病変を認めなかった.以上より本症例の原因は,多発性硬化症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎や自己免疫疾患などは否定的で,ガンマナイフ照射後2週間で発症した経緯からガンマナイフ照射が考えられた.2.ガンマナイフ治療と視神経障害についてガンマナイフ治療とは,201個のコバルトが線源となり,それぞれから放出されたg線が腫瘍細胞への栄養血管の内皮細胞をターゲットに血管閉塞を惹起し,周囲正常脳組織を傷つけることなく腫瘍の壊死を起こすことで脳内小病変を治療する低侵襲な治療法である1).従来の放射線治療と異なり,正常脳神経組織をほとんど障害せず,副作用のきわめて少ない安全な治療と考えられている.しかし,近年ガンマナイフあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141553 による急性の副作用報告が注目されはじめた2.6).ガンマナイフ照射後2週間以内に28%の割合で軽症の頭痛,てんかん発作,嘔気,めまいなどの急性副作用が生じたという報告があるが2),急性の神経障害については聴神経鞘腫に対するガンマナイフ照射後24時間以内に難治の難聴が出現した症例5)や,照射3日後に難聴や顔面神経麻痺を呈しステロイド全身投与が有効であった症例の報告6)がある.一方で,放射線治療による神経障害は照射後半年から数年の晩期に発症し障害は高度で非可逆的であることが知られている.なかでも,放射線視神経症は照射後1年半程度経過してから出現することが多く,視力低下は急激かつ高度で,ステロイド全身投与や高濃度酸素療法,抗凝固療法などを施行しても視機能の予後は不良といわれている7).本症例ではステロイドパルス治療が奏効したが,ガンマナイフ照射後の急性視神経障害に対してのステロイドパルス治療は効果的であった症例の報告8)もある一方で,ステロイドパルス治療が効果的でなかった症例の報告3,5)もあり,ステロイドパルス療法の効果は明確ではない.また,本症例でのガンマナイフ治療は左眼視神経管周囲に照射されたが,照射部位との距離は比較的近くではあったものの右眼視神経は照射部位から離れており,直接照射はされていなかった.ステロイドパルス治療に対する反応性と直接照射部位ではなかったことなどから,本症例のガンマナイフ治療による急性の神経障害は,いわゆる放射線の直接障害による放射線性壊死とは異なる機序で生じたと推察された.ガンマナイフ治療による急性の神経障害の機序としては,循環障害による急性の浮腫や炎症,フリーラジカルなどが考えられているが,現在のところ明確な見解はない.本症例では,左眼視神経の残存腫瘍に照射したガンマナイフにより何らかの炎症が生じ,視交叉クモ膜炎をきたした結果,照射部位とは異なる右眼の視神経周囲と視神経に炎症が波及したものと推測された.また本患者は糖尿病の既往があり,血管透過性が亢進した状態にあったことも炎症を惹起した一因と考えられた.III結論視神経に対する推奨の最大線量は10Gy以下とされているが9),本症例に対するガンマナイフの治療は視神経への最大線量8Gyで施行されており,残存腫瘍に対する治療線量としては妥当であった.また,今回の症例では照射しなかった僚眼へ視神経炎が発症した.これらのことから,適切な線量で施行されたガンマナイフ治療でも照射部位から離れた視神経への障害を併発しうることが本症例により示された.副作用のきわめて少ない安全な治療とされているガンマナイフ治療だが,適切な治療計画に基づいていても急性の神経障害を引き起こす可能性があることに十分留意する必要がある.文献1)林基弘,RegisJ,PorcheronDほか:治療計画.高倉公朋(編):脳神経外科AdvancedPractice第1巻,p2-13,メジカルビュー社,20002)Werner-WasikM,RudolerS,PrestonPEetal:Immediatesideeffectsofstereotacticradiotherapyandradiosurgery.IntJRadiatOncolBiolPhys43:299-304,19993)TagoM,TeraharaA,NakagawaKetal:Immediateneurologicaldeteriorationaftergammakniferadiosurgeryforacousticneuroma.Casereport.JNeurosurg93(Suppl3):78-81,20004)StGeorgeEJ,KudhailJ,PerksJetal:Acutesymptomsaftergammakniferadiosurgery.JNeurosurg97(Suppl5):631-634,20025)ChangSD,PoenJ,HancockSLetal:Acutehearinglossfollowingfractionatedstereotacticradiosurgeryforacousticneuroma.Reportoftwocases.JNerosurg89:321-325,19986)PollackAG,MarymontMH,KalapurakalJAetal:Acuteneurologicalcomplicationsfollowinggammaknifesurgeryforvestibularschwannoma.CasesReport.JNeurosurg103:546-551,20057)Danesh-MeyerHV:Radiation-inducedopticneuropathy.JClinNeurosci15:95-100,20088)細田淳英,水野谷智,阿部秀樹ほか:再発下垂体腫瘍へのガンマナイフ治療後に視神経炎を生じた一例.臨眼62:479-482,20089)LeberKA,BergloffJ,PendlG:Dose-responsetoleranceofthevisualpathwaysandcranialnervesofthecavernoussinustosterotacticradiosurgery.JNerosurg88:43-50,1998***1554あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(132)

眼科的介入のない糖尿病黄斑浮腫の短期経過

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1545.1549,2014c眼科的介入のない糖尿病黄斑浮腫の短期経過加藤(堂園)貴保子*1,2棈松泰子*2土居範仁*3鎌田哲郎*4坂本泰二*2*1宮田眼科病院*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科視覚疾患学講座*3慈愛会今村病院分院眼科*4慈愛会今村病院糖尿病内科Short-TermFollow-UpofDiabeticMaculopathywithoutOphthalmicInterventionKihokoKato(Dozono)1,2),YasukoAbematsu2),NorihitoDoi3),TeturoKamata4)andTaijiSakamoto2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKagoshima,3)DepartmentofOphthalmologyImamuraBun-inHospital,4)DepartmentofDiabetesMellitus,ImamuraBun-inHospital目的:過去1年間眼科的に無治療で経過観察した糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)眼について,短期的な自然経過を調べる.方法:過去1年間に光凝固や手術歴がなく6カ月以上経過観察可能であったDME眼(27例34眼)について視力,中心窩網膜厚を後ろ向きに検討した.結果:視力は,改善が8眼(24%),不変が20眼(58%),悪化が6眼(18%)であり,中心窩網膜厚は,改善が3眼(9%),不変が18眼(62%),悪化が10眼(29%)であった.6カ月で視力は有意に変わらなかったが,中心窩網膜厚は有意に悪化した.視力改善群のHbA1C値は非改善群のそれに比べ,初診時,6カ月ともに有意に低かった.結論:活動性の低いDME眼では,眼科的に無治療であっても,自然軽快するものがあり血糖コントロールと関与する可能性が示唆される.Objective:Toestimatetheshort-termnaturalcourseofdiabeticmacularedema(DME).Methods:Inthisretrospectivecaseseriesstudy,patientdatawerereviewedfromtherecord.Thosewhohadreceivednooculartreatmentfor1yearbeforetheinitialexaminationandwerethenobservedforatleast6monthswithnooculartreatmentwerestudied.Visualacuity(VA),fovealthickness(FT)evaluatedbyopticalcoherenttomography(OCT)andseveralclinicalparameterswereevaluated.Results:Atthe6-monthvisit,VAhadimprovedin8eyes(24%),remainedunchangedin20(58%),anddeterioratedin6(18%).FThaddecreasedin3eyes(9%),remainedunchangedin18(62%),andincreasedin10(29%).VAwassignificantlycorrelatedwithFTatbothinitialand6-monthvisits,intheanalysisofalleyes.HbA1CwassignificantlylowerinthepatientswithimprovedVAthaninthosewithdeterioratedVA(initialvisit:6.7±0.8,vs.7.5±0.9%,p=0.04;6-months:6.3±0.7vs.7.3±1.1%,p=0.01).Conclusions:InmildDME,VAandFTimprovedspontaneouslyinasignificantnumberofpatientswithnooculartreatment.GoodglycemiccontrolcouldbesignificantlyrelatedtotheimprovementofVAinthesepatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1545.1549,2014〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,視力転機,中心窩網膜厚,OCT,自然経過.diabeticmacularedema,visualoutcome,fovealthickness,OCT,naturalhistory.はじめに糖尿病黄斑浮腫(DME)については多くの研究があるが,無治療で経過をみた報告はわずかである.Hikichiらは,2型糖尿病でDMEのある82眼について,6カ月の自然経過を観察し,33%に浮腫が改善し,2段階以上の視力改善を63%に認めたと報告している1).また,純粋な自然経過とはいえないが2.4),Gilliesらでは,DME眼無治療群35眼で,2年後においても,26%に視力が改善した2).MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroupでのプラセボ群42眼では,36週の経過観察期間に10%で2段階以上の視力改善があったと報告している3).一方,PKC-DRS2Groupは573眼のコントロール群において36カ月で2.4%に視力改善を認めたと述べている4).近年,光干渉断層計(OCT)による評価が,黄斑評価に不可欠とされるが,OCTによる自然経過についての報告は少なく,GilliesらのものとMacugenDiabeticRetinopathy〔別刷請求先〕加藤(堂園)貴保子:〒885-0051都城市蔵原町6街区3号宮田眼科病院Reprintrequests:KihokoKato(Douzono),M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(123)1545 StudyGroupの2つのみである.Gilliesらは2年間に平均網膜厚が71μm減少し2),MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroupでのプラセボ群では網膜厚が3.7μm増加し,75μm以上の改善を19%に認めたと報告している3).今回筆者らは,過去1年間に眼科治療を受けていないDME症例のうち,その後6カ月間,さまざまな理由のために無治療で経過観察された症例の自然経過について検討した.I方法対象は1999年から2006年に今村病院分院を受診したDME患者450人のうち過去1年間光凝固を含む眼科治療を受けていないDME症例で,かつ6カ月以上眼科的に無治療で経過観察できた27例34眼.後ろ向きに観察研究を行った.黄斑浮腫の有無は散瞳下,検眼鏡で中心窩を含む浮腫があり,OCTにより確認できたものとした.経過観察中,網膜症の増悪のためfocalphotocoagulation,scatterphotocoagulation(PHC)少なめの光凝固(400.650発),panretinalphotocoagulation(PRP),トリアムシノロン注射やトリアムシノロンTenon.下注射併用白内障手術,硝子体手術,その他の眼科手術が必要になったものは除外した.視力悪化症例については浮腫増悪による視力低下を認めたため,治療を勧めたが拒否された症例に限定した.除外項目として,他の眼疾患を有する症例(網膜血管閉塞症,緑内障,黄斑変性,ぶどう膜炎,角膜混濁,高度な白内障,硝子体出血),DMEに対する治療歴のある症例(トリアムシノロン使用歴,硝子体手術既往)および過去1年以内に白内障手術や光凝固治療既往のある症例をあげた.全身状態としては,コントロール不良な高血圧,重症な全身疾患およびクレアチニン3以上の糖尿病性腎症,血液透析例,ネフローゼ症候群を除外した.これらの症例について,年齢,性別,糖尿病(DM),罹病期間,初診時および6カ月の小数視力,中心窩網膜厚,HbA1C(JDS値),高血圧,末梢神経障害,腎症,高脂血症について調査した.小数視力が0.2以上改善した群を視力改善群とし,それ以外を視力非改善群として,両群を比較検討した.2012年より推奨され現在広く用いられているHbA1C:NGSP値はJDS値に約0.4%を加えた値であり換算した値も表記した.初診時の定義として,すでに初診時に黄斑浮腫があった症例では,その時点の所見を採用した.黄斑局所光凝固または汎網膜光凝固がされた症例では光凝固1年経過後を初診とした.黄斑浮腫のない症例で経過観察中に黄斑浮腫を認めた症例では,黄斑浮腫発症時を初診時とした.平均視力や視力の2群間の比較においては,小数視力を1546あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014logMAR視力に換算して比較を行った.視力,光干渉断層計(OCT2またはOCT3000)で測定した中心窩網膜厚を初診時および6カ月後で調査し,比較検討した.中心窩網膜厚は,網膜表面から網膜色素上皮までとし,OCT2では中心窩を含む垂直断と水平断を各2回測定してその平均値とした.OCT3000ではretinalmapのaverageretinalthickness(fovea)を使用し決定した.また,中心窩網膜厚については,初診時の中心窩網膜厚の20%以上減少したものを改善,20%以上増加したものを悪化とした.II結果症例の内訳は27例34眼,男性17例21眼,女性10例13眼.年齢は42.77歳,平均62歳.平均観察期間(年)3.36±1.73.症例の眼所見および全身状態を表1に示す.視力は初診時と6カ月後を比較し有意差を認めなかった.中心窩網膜厚は6カ月で有意に増加した(p<0.05:Wilcoxonsigned-rankstest).視力と中心窩網膜厚の相関は初診時では相関係数が0.43,6カ月後は相関係数0.41であり,有意な相関を認めた.HbA1C(%)(JDS値)は,初診時7.33±0.96,6カ月7.04±1.10で改善していたが有意差は認めなかった(p=0.06).収縮期血圧(mmHg)の平均値は初診時と6カ月で,有意差はなかった.視力は,改善が8眼(24%),不変が20眼(58%),悪化が6眼(18%),中心窩網膜厚は,改善が3眼(9%),不変が18眼(62%),悪化が10眼(29%)であった.視力改善群8眼,非改善群は26眼であった.両群間の比較結果を表2に示す.年齢,初診時視力,初診時中心窩網膜厚(μm)については,いずれも有意差を認めなかった(p=0.13,p=0.29,p=0.68:Mann-Whitney’sUtestforacontinuousvariables).6カ月後の中心窩網膜厚(μm)は視力改善群322±101,非改善群376±118で有意差を認めなかったものの,非改善群のほうが厚い傾向があった.初診時との比較では,網膜厚が視力改善群では初診時330±61,6カ月322±101μmと減少傾向を示したが有意差はなく,非改善群では網膜厚は初診時328±101,6カ月376±118μmと有意に増加した(p=0.50,p=0.014:Wilcoxonsigned-rankstest).DM罹病期間については視力改善群のほうが非改善群に比べ短い傾向にあったが有意差はなかった.初診時HbA1C(%)は視力改善群6.7±0.8,視力非改善群7.5±0.9,6カ月後のHbA1C(%)は視力改善群6.3±0.7,視力非改善群7.3±1.1でいずれも有意差があり(p=0.04,p=0.01:Mann-Whitney’sUtestforacontinuousvariables),視力改善群では視力非改善群に比べ,初診時,6カ月ともに(124) 表1糖尿病黄斑浮腫症例(34眼)p年齢(歳)61.7±8.6性別(男/女)21/13糖尿病罹病期間(年)13±6.0網膜症MildNPDR2眼ModerateNPDR20眼SevereNPDR9眼PDR3眼視力(logMAR)初診時0.23±0.320.636M0.22±0.27中心窩網膜厚(μm)初診時328±920.0486M363±115中心窩網膜厚と視力の相関**初診時r=0.440.0096Mr=0.410.017HbA1C(%)*(JDS値)初診時7.33±0.960.066M7.04±1.10HbA1C(%)*(NGSP値に換算)初診時7.73±0.960.066M7.44±1.10収縮期血圧(mmHg)*初診時134±240.336M130±20糖尿病性腎症なし10眼StageII以上24眼高脂血症あり10眼なし24眼*:Wilcoxonsigned-rankstest.**:Spearman’srankcorrelationcoefficient.本検討ではHbA1C(%)はJDS値を使用している.2012年より推奨され現在広く用いられているNGSP値はJDS値に約0.4%を加えた値であり換算した値も表記した.血糖コントロールが良好であった.血圧,末梢神経障害については両群間に有意差はなく,クレアチニン3未満で糖尿病性腎症2以上の有無,高脂血症の有無についても両群間に有意差は認めなかった(p=0.39,p=0.52,p=0.75,p=0.39:Fisher’sexacttest).III考按現在まで,OCTなどを用いて,DMEの自然経過を詳細に検討したものは少ない.近年,DMEが悪化した場合,さまざまな治療が積極的に行われることを考えると,今後も自然経過に関する研究は困難と思われるが,自然経過のデータは,治療の適応を判断するうえで不可欠である.そこで本研(125)表2視力改善群と視力非改善群での中心窩網膜厚および合併症の検討視力改善群視力非改善群n=8n=26p年齢(歳)58.3±7.3262.7±8.750.13性別(男/女)*7/114/120.12視力(logMAR)初診時0.22±0.110.24±0.370.296M0.03±0.080.27±0.280.03中心窩網膜厚(μm)初診時330±61328±1010.686M322±101376±1180.15糖尿病罹病期間(年)10±5.214±6.10.07初診時HbA1C(%)JDS値6.7±0.87.5±0.90.046MHbA1C(%)6.3±0.77.3±1.10.01初診時HbA1C(%)NGSP値7.1±0.87.9±0.90.036MHbA1C(%)6.7±0.77.7±1.10.01高血圧(収縮期血圧130以上)*あり4190.39なし47末梢神経障害*あり7200.52なし16腎症II以上*あり6180.75なし28高脂血症あり190.39なし717Mann-Whitney’sUtestforacontinuousvariables.*:Fisher’sexacttestfordichotomousvariable.究では,過去の症例から,諸事情により眼科的介入が1年半以上されなかった症例を抽出して,その結果を短期自然経過として解析した.1985年にEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStusy(ETDRS)はDMEの早期に黄斑局所光凝固を行うことによって,視力低下を抑えられると述べた5).この報告では,無治療群においては,3年間で視力は少しずつ低下してきており,自然経過は悪化するとしている.今回筆者らは,過去1年間眼科治療のない活動性の低いDME症例を,6カ月間経過観察した.20%近くの症例に視力改善が認められたが,これはHikichiら1)の報告とほぼ同様であった.また,視力と中心窩網膜厚においては,初診時と6カ月の時点で相関が認められた.FDA(米国食品・医薬品局)の見解では視力と中心窩網膜厚の間には相関はないとされているが,本研究では,視力と中心窩網膜厚にはある程度の相関が認められた.過去にも同じように相関を認めた報告があるが,Winfriedらは視力と中心窩網膜厚には中等度の相関があり,特に黄斑部の虚血や白内障の少ない患者ではより相関がみられると述あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141547 べている6).同程度に中心窩網膜厚が増大しても,発症間のないものと,時間を経たものでは視力が異なるのは当然である.本症例は,比較的軽症例が多かったことも結果の違いに反映されたかもしれない.視力改善群の中心窩網膜厚は,非改善群に比べ,6カ月後に減少していたが,有意差は認めなかった.一方,視力非改善群では中心窩網膜厚が有意に増加していた.DM罹病期間については,視力改善群では非改善群に比べ短い傾向があった.これは黄斑浮腫が出現して時間がたてば,網膜に不可逆的障害を生じ,黄斑浮腫が改善しても視力改善がえられないとも考えられる.表1ではHbA1C(%)は,初診時と比較して,6カ月で改善していたが有意差は認めなかった(p=0.06).これについては,糖尿病内科,眼科に数年かかっているという病識の高い患者が多かったため,全般的に血糖コントロールが良好であったと思われる.また,表2では,HbA1Cが,視力改善群で,初診時,6カ月ともに視力非改善群に比べ有意に低かった.過去の報告において,厳格な血糖コントロールは,網膜症の進行するリスクを50%以上軽減できるとする報告がある7).また,12年間厳格な血糖コントロールを行うことによって,9年間網膜症の進行が抑えられたとの報告もある8).一方,Raijaらは,2型DM133人について前向きに10年間,黄斑症,視力を調査し,その危険因子を検討したが,血糖コントロール不良が黄斑症の最大の危険因子であり,血圧などは黄斑症発症の危険因子ではないとした.また,黄斑症の発症についてはDM罹病期間が長くなると頻度が上がり10年で約21%に黄斑症を認めたと報告している9).このように血糖コントロールが糖尿病網膜症やDMEの発症や進行に関与したとする報告はあるが,黄斑浮腫の改善に影響したという報告はない.今回の結果は,厳格な血糖コントロールが,比較的軽症例のDMEを改善させる可能性を示唆している.血圧とDME/腎症の関連については,今回,初診時の収縮期血圧が視力改善群,非改善群ともに平均130台と良好であり,コントロール不良な高血圧やクレアチニン3以上の腎症を除外しているため,言及はできない.Leskeらは324例のDM患者を9年間経過観察し,網膜症の発症因子をみているが,それによると収縮期高血圧,拡張期高血圧は危険因子であった10).腎症についてはKleinらの検討検討で蛋白尿が黄斑浮腫の危険因子であると述べている11).El-Asrarも重症網膜症患者では腎症合併率が高く,また糖尿病合併症と網膜症との関連を多変量解析した結果,腎症が唯一の関連因子だったと報告した12).腎機能の悪化時期に一致してDMEが増悪することはよく経験される.網膜症も腎症も糖尿病による微小血管障害の結果であり,その関連については複雑ではあるが,十分に関連があると考えられる.1548あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014高脂血症の有無についても今回は有意差はなかった.視力改善群では高脂血症症例は1例のみであり,この結果もこの研究が全身状態の比較的良好な症例に限定した検討であることを反映していると思われる.黄斑浮腫が脂質管理のみで改善したという報告はない.ETDRSでは血清総コレステロール値,低比重リポ蛋白(LDL)値の上昇が,硬性白斑の頻度を増加させる13)と報告している.FenofibtrateInterventionandEventLoweringinDiabetes(FIELD研究)においても,フェノフィブラート投与により,糖尿病網膜症の2段階以上の進行,光凝固治療の必要性が有意に抑制され,黄斑浮腫の発症については単独では有意差はみられなかったもののプラセボと比べ黄斑症発症頻度は少なかった14)とある.ActiontoControlCardiovasucularRiskinDiabetes(ACCORD)試験15)では,血糖,血圧の厳格な管理とスタチン,フェノフィブラート併用療法において,糖尿病網膜症の進行,光凝固施行,硝子体手術施行を有意に抑制したとあり,脂質管理も大切であることはいうまでもない.本研究の問題点としては,後ろ向き研究である点,浮腫の発症時期が不明確な点,症例数が少ない点があげられる.DMEの自然経過を見るには,疾患の重篤さを問わずすべてについて調べるべきであるが,悪化例に治療を行わないことは倫理上問題であり,重篤なものは治療介入が行われたので,結果として比較的軽症例が多く含まれることになった.また,本来であれば,経過中に視力が増悪して介入したものを悪化例とすべきかもしれないが,DME全症例についての把握ができていないために定量的評価に耐える結果が得られないことから,今回の評価方法をした.さらに,全身状態も比較的良好な症例に限定した検討であり,全身状態不良例を含めると悪化症例はさらに増加する.この点に注意して,この結果を解釈,一般化する必要がある.しかし,少なくとも比較的軽症例では,厳格な全身管理(HbA1C6.5%未満:JDS値)で短期的に黄斑浮腫が改善することが示唆された.症例数の少なさについては,倫理的に意図的な無治療状態が作れない現状では,限界がある.対象が限定されたものであるとはいえ,本研究で,現在のわが国において,DMEは半年間に改善するものがあることがわかったことは重要である.DMEは,長期的には悪化するという報告に基づき,早期から積極的な眼科介入を推奨する意見が多い.しかし,大変血糖コントロールが良く,全身管理も良い例では,早期に治療に踏み切らず数カ月は経過観察を行っても良いのかもしれない.本論文は第13回日本糖尿病眼学会で発表した.2014年に再調査.(126) 利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HikichiT,FujioN,AkibaJetal:Associationbetweentheshort-termnaturalhistoryofdiabeticmacularedemaandthevitreomacularrelationshipintypeIIdiabetesmellitus.Ophthalmology104:473-478,19972)GillsiesMC,SutterFK,SimpsonJMetal:Intravitrealtriamcinoloneforrefractorydiabeticmacularedema.Ophthalmology113:1533-1538,20063)MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroup:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20054)PKC-DRS2Group:Effectofruboxistaurinonvisuallossinpatientswithdiabeticretinopathy.Ophthalmology113:2221-2230,20065)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyReportNumber1:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol103:1796-1806,19856)GoebelW,Kretzchmar-GrossT:RetinalthicknessindiabeticretinopathyAstudyusingopticalcoherencetomography(OCT).Retina22:759-767,20027)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetes.NEnglJMed329:977-986,19938)UKProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)Group:Effectofintensiveblood-glucosecontrolwithmetforminoncomplicationsinoverweightpatientswithtype2diabetes(UKPDS34).Lancet352:854-865,19989)Voutilainen-KaunistoR,TerasvirtaM,UusitupaMetal:Maculopathyandvisualacuityinnewlydiagnosedtype2diabeticpatientsandnon-diabeticsubjects:A10-yearfollow-upstudy.ActaOphthalmol79:163-168,200110)LeskeMC,WuSY,HennisAetal:BarbadosEyeStudyGroup:Hyperglycemia,bloodpressure,andthe9-yearincidenceofdiabeticretinopathy:TheBarbadosEyeStudies.Ophthalmology112:799-805,200511)KleinR,ZinmanB,GardinerRetal:Therelationshipofdiabeticretinopathytopreclinicaldiabeticglomerulopathylesionsintype1diabeticpatients:theRenin-AngiotensinSystemStudy.Diabetes54:527-533,200512)El-AsrarAM,Al-RubeaanKA,Al-AmroSAetal:Retinopathyasapredictorofotherdiabeticcomplications.IntOphthalmol24:1-11,200113)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStusyResearchGroup.Associationofelevatedserumlipidlevelswithretinalhardexudatesindiabeticretinopathy.ArchOphthal114:1079-1084,199614)KleechA,MitchellP,SummanenPAetal:Effectoffenofibrateontheneedforlasertreatmentfordiabeticretinopathy(FIELDstudy):arandomizedcontrolledtrial.Lancet370:1687-1697,200715)ActiontoControlCardiovasucularRiskinDiabetes(ACCORD)StudyGroup:ACCORDEyeStudyGroupetal:Effectofmedicaltherapiesonretinopathyprogressionintype2diabetes.NEnglJMed363:233-244,2010***(127)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141549

骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例

2014年10月31日 金曜日

1540あたらしい眼科Vol.4100,211,No.3(00)1540(118)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(10):1540.1544,2014cはじめに転移性感染性眼内炎の原因疾患としては肝膿瘍,尿路感染症などが多いとされる1)が,心内膜炎が原因となることがまれにある.筆者らの施設でも小林ら2),盛ら3)が心内膜炎に続発する転移性感染性眼内炎の症例を報告している.今回,基礎疾患に骨髄異形成症候群を持つ患者に生じた心内膜炎が原因と思われる転移性感染性眼内炎の1例を経験したので報告する.I症例症例は63歳,男性.平成22年9月中旬頃から左眼飛蚊症を自覚したため,同年9月30日,近医眼科を受診したと〔別刷請求先〕平本裕盛:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuseiHiramoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shin-machi,Hirakatacity,Osaka573-1191,JAPAN骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例平本裕盛山田晴彦星野健髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofMetastaticInfectiousEndophthalmitiswithMyelodysplasticSyndromeYuseiHiramoto,HaruhikoYamada,TakeshiHoshinoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた,感染性心内膜炎が感染源として考えられる転移性感染性眼内炎の症例を報告する.症例:63歳,男性.既往に骨髄異形成症候群がありステロイド内服治療を受けていた.左眼飛蚊症を自覚して近医眼科を受診.真菌性眼内炎として前医に紹介され加療されたが,硝子体混濁の悪化を認め当院を紹介された.初診時,左眼視力は矯正0.5で濃厚な硝子体混濁を認め,眼底の下方半分が透見不能であった.前医の血液培養でa溶血性レンサ球菌が検出されており,転移性感染性眼内炎を疑い初診日に硝子体手術を行った.術後2日目に循環器内科で感染性心内膜炎と診断され転科となり,後日僧帽弁置換術を行い全身状態は軽快に向かった.眼科での術後経過は良好であり,術後5カ月経過した現在まで視力は矯正1.5を維持し,再発を認めていない.結論:骨髄異形成症候群および感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染巣として念頭に置いておくべきである.Purpose:Wereportacaseofmetastaticinfectiousendophthalmitiscausedbyinfectiveendocarditisaccompa-niedwithmyelodysplasticsyndrome.Case:Thepatient,a63-year-oldmalewithmyelodysplasticsyndrome,hadbeentreatedwithsystemiccorticosteroidforyears.Hepresentedwithfloatersinhislefteye,hadbeendiagnosedashavingfungalendophthalmitisandwastreatedwithananti-fungaldrugs.Despitetheanti-fungaltherapy,how-ever,vitreousopacityincreasedandheconsultedourhospital.Onhisfirstvisit,thelowerfundusofhislefteyewasinvisibleduetothickvitreousopacity.Aspeciesofa-Streptococcushadbeenisolatedfromhisbloodatapre-vioushospital.Wediagnosedthepatientashavingmetastaticinfectiousendophthalmitis,andperformedvitrectomyonthedayofhisfirstvisittoourhospital.Twodaysafterthesurgery,hewasdiagnosedwithinfectiousendocar-ditis.Hewasstartedonsystemicantibacterialtherapyandlaterunderwentmitralvalvereplacementsurgery.Hehadagoodpostoperativecourseinbothsystemicandophthalmologicoperations.Hefinallyachievedvisualacuityof1.5.Conclusion:Myelodysplasticsyndromeandinfectiousendocarditisseemtobeimportantasfundamentaldiseasesandprimaryfociofmetastaticendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1540.1544,2014〕Keywords:骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎,眼内炎,硝子体手術.myelodysplasticsyndrome,infectiveen-docarditis,endophthalmitis,vitrectomy.(00)1540(118)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(10):1540.1544,2014cはじめに転移性感染性眼内炎の原因疾患としては肝膿瘍,尿路感染症などが多いとされる1)が,心内膜炎が原因となることがまれにある.筆者らの施設でも小林ら2),盛ら3)が心内膜炎に続発する転移性感染性眼内炎の症例を報告している.今回,基礎疾患に骨髄異形成症候群を持つ患者に生じた心内膜炎が原因と思われる転移性感染性眼内炎の1例を経験したので報告する.I症例症例は63歳,男性.平成22年9月中旬頃から左眼飛蚊症を自覚したため,同年9月30日,近医眼科を受診したと〔別刷請求先〕平本裕盛:〒573-1191大阪府枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuseiHiramoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shin-machi,Hirakatacity,Osaka573-1191,JAPAN骨髄異形成症候群の患者に生じた転移性感染性眼内炎の1症例平本裕盛山田晴彦星野健髙橋寛二関西医科大学附属枚方病院眼科ACaseofMetastaticInfectiousEndophthalmitiswithMyelodysplasticSyndromeYuseiHiramoto,HaruhikoYamada,TakeshiHoshinoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,HirakataHospital目的:骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた,感染性心内膜炎が感染源として考えられる転移性感染性眼内炎の症例を報告する.症例:63歳,男性.既往に骨髄異形成症候群がありステロイド内服治療を受けていた.左眼飛蚊症を自覚して近医眼科を受診.真菌性眼内炎として前医に紹介され加療されたが,硝子体混濁の悪化を認め当院を紹介された.初診時,左眼視力は矯正0.5で濃厚な硝子体混濁を認め,眼底の下方半分が透見不能であった.前医の血液培養でa溶血性レンサ球菌が検出されており,転移性感染性眼内炎を疑い初診日に硝子体手術を行った.術後2日目に循環器内科で感染性心内膜炎と診断され転科となり,後日僧帽弁置換術を行い全身状態は軽快に向かった.眼科での術後経過は良好であり,術後5カ月経過した現在まで視力は矯正1.5を維持し,再発を認めていない.結論:骨髄異形成症候群および感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染巣として念頭に置いておくべきである.Purpose:Wereportacaseofmetastaticinfectiousendophthalmitiscausedbyinfectiveendocarditisaccompa-niedwithmyelodysplasticsyndrome.Case:Thepatient,a63-year-oldmalewithmyelodysplasticsyndrome,hadbeentreatedwithsystemiccorticosteroidforyears.Hepresentedwithfloatersinhislefteye,hadbeendiagnosedashavingfungalendophthalmitisandwastreatedwithananti-fungaldrugs.Despitetheanti-fungaltherapy,how-ever,vitreousopacityincreasedandheconsultedourhospital.Onhisfirstvisit,thelowerfundusofhislefteyewasinvisibleduetothickvitreousopacity.Aspeciesofa-Streptococcushadbeenisolatedfromhisbloodatapre-vioushospital.Wediagnosedthepatientashavingmetastaticinfectiousendophthalmitis,andperformedvitrectomyonthedayofhisfirstvisittoourhospital.Twodaysafterthesurgery,hewasdiagnosedwithinfectiousendocar-ditis.Hewasstartedonsystemicantibacterialtherapyandlaterunderwentmitralvalvereplacementsurgery.Hehadagoodpostoperativecourseinbothsystemicandophthalmologicoperations.Hefinallyachievedvisualacuityof1.5.Conclusion:Myelodysplasticsyndromeandinfectiousendocarditisseemtobeimportantasfundamentaldiseasesandprimaryfociofmetastaticendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1540.1544,2014〕Keywords:骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎,眼内炎,硝子体手術.myelodysplasticsyndrome,infectiveen-docarditis,endophthalmitis,vitrectomy. 図1初診時眼底写真右眼は網膜滲出斑を1カ所認めた.左眼は硝子体混濁にて眼底透見不良であった.図2初診時眼底写真左眼周辺部網膜には1.5乳頭径大の網膜内膿瘍を認め,膿瘍に向かう白線化した動脈に沿って瘤状の滲出塊が多数観察された.ころ,左眼の網膜滲出斑を指摘された.その際には硝子体混濁はなく,滲出斑も小さかったために,特に治療を行うことなく経過観察となっていた.しかし,2回目の近医再診時に滲出斑が拡大傾向を認め,軽度の硝子体混濁が出現したため,前医眼科を紹介された.前医では左眼の真菌性眼内炎を疑われ抗真菌薬の全身投与が行われたが奏効せず,硝子体混濁の悪化をきたしたため,平成22年10月26日,関西医科大学附属枚方病院眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往症として平成22年6月より骨髄異形成症候群があり,その他脳梗塞,狭心症もあり前医内科で経過観察されていた.家族歴に特記すべきことはなかった.初診時所見としては,視力は右眼0.8(1.5×sph.0.25D(cyl.0.50DAx75°),左眼0.5(0.5×sph+2.00D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は両眼とも15mmHgであった.両眼ともに結膜充血,毛様充血を認めず,右眼前眼部には異常所見なく,左眼は前房内に炎症細胞を2+認めた.中間透光体は両眼ともに軽度白内障を認め,右眼は硝子体混濁は認めなかったが,左眼は滲出物を伴う濃厚な硝子体混濁を認め,眼底下方半周は透見不良であった(図1).右眼眼底は黄斑部鼻上側に1/2乳頭径×1/4乳頭径大の網膜滲出斑を1カ所認めたが,血管炎の所見はなかった.左眼耳上側周辺部網膜に1.5乳頭径大の黄白色の網膜内膿瘍の所見を認め,その部から硝子体内に濃厚な硝子体混濁が立ち上っていた.また,膿瘍に向かう白線化した動脈に沿って瘤状の滲出塊が多数観察された(図2).フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)を行ったところ,右眼の網膜滲出斑の部は造影全期を通じて低蛍光であった.左眼は硝子体混濁により描出不良であったが,造影早期から網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出による過蛍光を認めた(図3).また,左眼耳上側周辺部の滲出斑の部は終始ブロックによると思われる低蛍光を示していた.血液生化学検査ならびに血算では,白血球は6,400/μl,赤血球332×104/μl,ヘモグロビン9.5g/dl,ヘマトクリット31.0%,血小板29×104/μlであり,白血球分画において好中球の増加がみられ,CRPは2.198mg/dlと軽度上昇を認めた.また,前医に問い合わせたところ,静脈血の血液培養でグラム陽性球菌(a-Streptococcus)が検出されたとのことであった.骨髄異形成症候群に対して内科でステロイド内服治療中であり,加えて血液培養でグラム陽性球菌が検出されていることから,何らかの感染巣からの転移性感染性眼内炎であると診断した.左眼の硝子体混濁は濃厚であり,抗菌薬の硝子体(119)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141541 図3初診時FA右眼滲出斑は低蛍光を示し,左眼は網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.図4初診時心エコー僧帽弁に疣贅を認める.図5初診から5カ月後FA右眼の低蛍光は消失.左眼の蛍光漏出も消失した.注射などの保存的治療では不十分であると考え,当科初診日術を行った.超音波乳化吸引にて水晶体を摘出したが,眼内に緊急入院のうえ,同日に硝子体手術を行った.手術は25レンズは挿入せず,後に眼内レンズ2次挿入が容易なようにゲージ3ポートシステムを用いた経毛様体扁平部硝子体切除後.を含め水晶体.は温存しておいた.術中,当科での術後(120) 眼内炎の治療方針に準じて眼内灌流液に抗菌薬(バンコマイシン,セフタジジム各々20μg/ml,40μg/ml)を添加した.術中所見として硝子体混濁は網膜膿瘍部にみられた滲出斑と同じ性状の菌塊を疑う滲出物を多く含んでおり,膿瘍部から立ち上るように硝子体中に拡散していた.毛様体付近にも白色の濃厚な滲出物が付着しており,硝子体カッターにて可能な限り切除した.周辺部網膜は脆弱で,硝子体カッターによる硝子体切除時に容易に小さな医原性裂孔を2カ所生じた.眼内に抗菌薬を十分に残存させる目的で液-空気置換は行わず,網膜裂孔周辺の硝子体を十分に郭清しレーザー光凝固を行って手術を終了した.切除した硝子体の細菌培養の結果は陰性であった.術後,感染の原発巣の全身検索のため術翌日に内科にコンサルトしたところ,心雑音を指摘され,心不全症状もみられた.心臓エコー検査を行ったところ,僧帽弁に疣贅が見つかり(図4),感染性心内膜炎と診断された.術後2日目に循環器内科に転科となり,抗菌薬(ペニシリンG2,400万単位/日,ゲンタシン70mg/日,4週間)の点滴が行われたが僧帽弁閉鎖不全のため心不全症状は改善せず,2カ月後の12月20日に循環器外科で僧帽弁置換術が施行された.心臓手術後全身状態は徐々に改善し退院となった.眼科的には硝子体手術後2日目に上方周辺部網膜に裂孔を生じてレーザー光凝固を行ったが,その後の経過は良好で術後5カ月目に行ったFAでは網膜血管,視神経乳頭からの蛍光漏出は消失し(図5),視力は左眼矯正1.5に回復した.また,右眼黄斑部近傍にみられた滲出斑は平成23年3月16日受診時には消失していた.II考按転移性感染性眼内炎のうち感染性心内膜炎が原発感染巣である頻度は0.13.9%1,5,6)と比較的まれであるが,症例報告は散見される2.4).感染性心内膜炎は抜歯やカテーテル治療などを契機に心内膜(主として心弁膜)に病原微生物が侵入して感染巣(疣贅)をつくる疾患で,感染症状・心症状・塞栓症など多彩な症状を呈し,適切な治療を行わないと死に至る重篤な疾患である.感染性心内膜炎の起炎菌としては緑色レンサ球菌(Streptococcusviridans)が最も多く,黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus),表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis)がそれに次ぐとされるが,細菌以外にも真菌やクラミジアなども原因となりうる.一方,骨髄異形成症候群は骨髄に造血幹細胞の異型クローンが生じることで血球減少,無効造血,血球形態異常が引き起こされる症候群で,造血不全や急性白血病を生じることもある.治療としてステロイド薬や免疫抑制薬が使用される.眼合併症として角膜潰瘍,虹彩炎などが報告されているが,眼内炎を合併する症例も少ないながら報告がある7.9).本症例は基礎疾患に骨髄異形成症候群があり,長期間ステ(121)ロイド内服治療がなされていた.このことからステロイド内服による易感染性が基礎になり感染性心内膜炎を発症し,転移性眼内炎を生じたものと思われた.発症当初,前医で抗真菌薬の全身投与にても改善がみられず,硝子体混濁の悪化を認め当科紹介となった.前医での経過と病歴から非感染性眼内炎の可能性は低く,真菌性眼内炎の悪化もしくは細菌性眼内炎のいずれかであると考えた.術中の培養では原因菌は検出されず,内科での感染性心内膜炎の治療中にも血液培養が行われていたが,抗菌薬による治療開始後であったということもあり原因菌は検出されなかった.治療については濃厚な硝子体混濁を生じていることから,抗菌薬全身投与などの保存的治療では不十分と思われ,手術加療が必要であると判断した.一般に転移性感染性眼内炎の場合,敗血症を起こすなど全身状態が重篤なケースが多くみられる10).本症例においても初診時に全身倦怠感を強く訴えており,原因も不明であったため,眼科的治療を先に行うのか,全身精査,加療を行うのかどちらを優先させるべきか苦慮した.しかし,直前まで前医内科で全身管理され全身状態が安定していたこと,採血でCRPが高値でなかったことから,全身状態については急を要しないと判断し,初診日に緊急で硝子体手術を行い,術後速やかに全身検索をする方針とした.幸い術後2日目に内科で感染性心内膜炎の診断がつき,遅滞なく全身治療を開始することができた.一般に転移性感染性眼内炎の予後はきわめて不良であるが,本症例では例外的に良好な視力を維持することができた.早期に硝子体手術を行えたこともその一因と考えられるが,起炎菌が弱毒菌であり,進行が比較的緩徐であったことの影響が大きいと考えられた.また,前医で行われた血液培養は陽性であったが,当科で行った培養検査では血中,硝子体中,前房水中いずれも陰性であり,眼内液からは起炎菌は証明されなかった.今後,このような症例の場合にPCR法を利用し,少量のサンプルからでも原因菌の検索ができるようなシステムを導入することが必要であると考えられた.感染性心内膜炎による転移性眼内炎の報告は過去に散見することができ,筆者らの施設でも過去に2報の症例報告を行っている.小林ら2)は視力低下を自覚してから2日後に全眼球炎に至り,抗菌薬の全身投与でも消炎できず眼球摘出に至った症例を報告している.この症例の起炎菌はB群溶連菌であり,眼球摘出後,僚眼に炎症の再燃を認め,その際の全身検索で感染性心内膜炎と診断されている.一方,盛ら3)の報告は,抜歯の3カ月後から発熱,全身倦怠感を自覚し,5カ月後に内科で感染性心内膜炎と診断された症例で,両眼ともに前眼部に軽度の炎症と視神経乳頭の充血,網膜下滲出斑およびRoth斑を認めた.この症例の経過は長く,抗菌薬の全身投与のみによって眼の炎症所見は消失し,視力予後は良好であった.この症例の起炎菌は弱毒菌であるStreptococあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141543 cussanguisであった.これら2例ともに本症例と同様に心内膜炎が原因の眼内炎ではあるが,臨床経過は大きく異なっており,その違いは起炎菌の毒性の差によるものであると推察された.本症例も弱毒菌による転移性細菌性眼内炎であり,良い条件がそろえば良好な予後を得ることが可能であると思われた.手術加療を行うことで眼球を温存できる可能性が上がるという報告もある.よって,このような症例においては全身状態が許す限り迅速な手術の適応決定が重要であると考えられた.以上,骨髄異形成症候群を基礎疾患にもつ患者に生じた感染性心内膜炎からの転移性感染性眼内炎の症例を報告した.骨髄異形成症候群,感染性心内膜炎は転移性感染性眼内炎の基礎疾患,感染病巣として念頭に置いておくべき疾患であると思われた.文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,19912)小林香陽,藤関義人,髙橋寛二ほか:B群溶連菌による心内膜炎が原因であった内因性転移性眼内炎.日眼会誌110:199-204,20063)盛秀嗣,山田晴彦,石黒利充ほか:感染性心内膜炎から転移性眼内炎を発症し,治癒後に硝子体黄斑牽引症候群を発症した1例.あたらしい眼科28:411-414,20114)髙本やよい,國友隆二,佐々利明ほか:細菌性眼内炎により両眼摘出にいたった三尖弁位感染性心内膜炎の1例.日心外会誌36:348-351,20075)GreenwaldMJ,WohlLG,SellCHetal:Matastaticbacterialendophthalmitis:Acontemporaryreappraisal.SurvOphthalmol31:81-101,19866)JacksonTL,EykynSJ,GrahamEMetal:Endogenousbacterialendophthalmitis:A17yearprospectiveseriesandreviewof267reportedcases.SurvOphthalmol48:403-423,20037)KezukaT,UsuiN,SuzukiEetal:Ocularcomplicationinmyelodysplasticsyndromeaspreleukemicdisorders.JpnJOphthalmol49:377-383,20058)伊丹優子,神林裕行,木村悟ほか:G群b溶連菌による敗血症,眼内炎を認めた骨髄異形成症候群の一例.太田綜合病院学術年報44:1-4,20099)蒸野寿紀,松岡広,藤田識人ほか:低形成骨髄異形成に対する免疫抑制療法後に発症した真菌性眼内炎の1例.和歌山医学60:160,200910)中西秀雄,喜多美穂里,榎本暢子ほか:硝子体手術を施行した転移性細菌性眼内炎の5例.臨眼60:1697-1701,200611)YoonYH,LeeSU,SohnJHetal:ResultofearlyvitrectomyforendogenousKlebsiellapneumoniaendophthalmitis.Retina23:366-370,2003***(122)

Dynamic Contour Tonometerを用いたトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液とビマトプロスト点眼液の眼圧下降率の比較

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1535.1539,2014cDynamicContourTonometerを用いたトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液とビマトプロスト点眼液の眼圧下降率の比較西村宗作伊藤初夏中西正典植田良樹市立長浜病院眼科DynamicContourTonometerUsedtoCompareEffectsofTravoprost/TimololMaleateandBimatoprostinPrimaryOpen-AngleGlaucomaShusakuNishimura,HatsukaIto,MasanoriNakanishiandYoshikiUedaDepartmentofOphthalmology,NagahamaCityHospital目的:トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(以下,DT)とビマトプロスト(以下,LG)の眼圧下降をdynamiccontourtonometer(DCT)を用いて評価し,Goldmannapplanationtonometer(GAT)とも比較を行った.症例および方法:原発開放隅角緑内障29症例51眼.無点眼時と,DTあるいはLG点眼後の眼圧を計測した.結果:GAT,DCTともに眼圧は有意に下降し,DT群とLG群の2群比較では両点眼薬の下降効果に有意差はなかった.無点眼時眼圧値で全体を2群に分けた場合,LGはDCT測定値において,低い眼圧の群で有意な眼圧下降をみた.結論:DTとLGはともにGATと同様DCTでも有効な眼圧下降を示した.Purpose:Tocomparetheeffectsoftravoprost/timololmaleate(DT)andbimatoprost(LG)inprimaryopen-angleglaucomaonintraocularpressure(IOP)asassessedusing2instruments:Dynamiccontourtonometer(DCT)andGoldmannapplanationtonometer(GAT).PatientsandMethod:Participantscomprised29patients(51eyes)withopen-angleglaucoma(26cases);allwereofJapaneseorigin.PatientswereswitchedbetweenDTandLGafteranuntreatedbaselineperiod.Result:BothmedicationssignificantlyreducedmeanIOPfrombaseline;therewasnosignificantdifferencebetweenthem.Whenthecasesweredividedinto2groupswithuntreatedDCTvalue,however,thelowerIOPgroupshowedsignificantreductiononlywithLG,notwithDT.Conclusions:DTandLGsignificantlyreducedmeanIOPfrombaseline,asassessedusing2instruments:DCTandGAT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1535.1539,2014〕Keywords:デュオトラバR,ルミガンR,dynamiccontourtonometer(DCT),原発開放隅角緑内障,眼圧.Duo-TravR,LumiganR,dynamiccontourtonometer(DCT),open-angleglaucoma,intraocularpressure.はじめに緑内障は多因子疾患といわれ1),ミオシリン遺伝子の変異とのかかわり2)や,一塩基多型3)についても近年報告がある.その本体は神経障害であり,緑内障の進行の遅延については,眼圧下降のみが有効性を示されている4).日常診療においては点眼薬が用いられ,近年プロスタグランジン製剤が眼圧下降効果の強さで多く使われている5).緑内障の治療において点眼薬のアドヒアランスが重要視されている.点眼種数,回数が少ないことが治療行動により有効に働くとされている6).プロスタグランジン製剤は1日1回の点眼であり,ほかに,アドレナリンb受容体阻害薬(bブロッカー)にも1日1回のものが現れている7).bブロッカーは総じてプロスタグランジン製剤より効果が弱いとされるが8),この2成分を配合することでより強い効果を求める合剤も一般化している.筆者らは以前に,3種のプロスタグランジン製剤について,dynamiccontourtonometer(DCT)〔別刷請求先〕西村宗作:〒526-8580滋賀県長浜市大戌亥町313市立長浜病院眼科Reprintrequests:ShusakuNishimura,DepartmentofOphthalmology,NagahamaCityHosptal,313Oh-inui-cho,Nagahama5268580,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(113)1535 を用いて眼圧降下率の比較を行った9).DCTはGoldmann圧平式眼圧計(GAT)では検出できない,各点眼の効果の違いを評価するのに有用であった.DCTは圧センサーを用いた眼圧測定方法で,角膜厚の影響を受けにくく,拡張期眼圧とともに眼球脈波(ocularpulseamplitude:OPA)も測定することができ,拡張期眼圧にOPAの値を加えることによって収縮期眼圧も測定することができるものである10,11).DCTは小数点以下一桁まで表示することができるため,精度が確保できるのであれば,より低眼圧領域での正確な解析に有用と考えられる.眼圧下降薬剤に関しては,その後も新規薬剤が開発され,臨床現場に導入されている.そこで,1日1回点眼を用法とするもので眼圧下降効果について検証を行うことにした.以前に3種点眼薬(ラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロスト)のなかで最も眼圧下降の大きいと,筆者らの報告したトラボプロストにbブロッカーを加えて,さらに高い眼圧下降率の期待できると考えられる12)トラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(デュオトラバR配合点眼液:以下,DT)と,やはり大きな眼圧下降を示すといわれる13)プロスタグランジン製剤であるビマトプロスト点眼液(ルミガンR:以下,LG)に関し,GATとDCTを用いて,眼圧下降の比較と評価を行った.I対象および方法市立長浜病院を2011年6月から2013年4月までに受診した,日本人の原発開放隅角緑内障29症例51眼を対象とした.うち狭義原発開放隅角緑内障15症例27眼であった.男性13例23眼,女性16例28眼,年齢69.8±10.2歳(平均±標準偏差:39.88歳),有水晶体眼44眼,偽水晶体眼7眼であった.対象から屈折度(等価球面度数)が.6.0D以上もしくは眼軸長27mmを超える強度近視眼を除外した.測定値は個人情報とまったく分離してデータ解析に用いられた.点眼の選択については各症例について適切なものを比較のうえ行うことが望ましいとされており14),実際の処方や変更については文書による受診者の了解と同意のうえで行った.データの収集と公開に関しては当院の倫理委員会の承認を得た.すべての手順はヘルシンキ宣言の指針に基づいて行われた.眼圧測定とデータ収集については,筆者らが以前行った,ラタノプラストとチモロールの比較検討15)やプロスタグランジン製剤の比較検討9)の報告と同様に行っている.すなわち,点眼治療開始前もしくは点眼中の症例は最低2週間の無点眼(wash-out)期間を設け,wash-out後の眼圧をベースライン(BL)眼圧とした.その後DTおよびLGを1剤ずつ2.4週間順次使用し,それぞれの点眼後の眼圧を計測した.2種類の点眼の順番は無作為とし,順番の違いによっての下1536あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014降率の違いについて検討はしていない.無作為の内訳はDT.LG.無点眼の順番が7例12眼,LG.無点眼.DTの順番が1例2眼,LG.DT.無点眼の順番が2例2眼,無点眼.DT.LGの順番が6例10眼,無点眼.LG.DTの順番が13例25眼であった.測定時間帯は各症例について,午前もしくは午後のなかでなるべく統一した.もとの眼圧領域による効果の違いを検証するため,症例を無点眼時DCT値でほぼ症例数が均等になるように2分し,18mmHg以下(n=24)の低眼圧群と18.1mmHg以上(n=27)の高眼圧群で分けた.眼圧はGAT(Haag-Streit社)およびDCT(ZeimerOphthalmic社,Pascal)で測定した.GAT測定眼圧(GAT値),DCT測定眼圧(DCT値)とOPAを解析に使用した.DCTの測定値はQ=1.5のうち精度が上位の1,2,3を用いた.統計学的検討にはpaired-t検定を用い,p<5%を有意とした.II結果点眼前後のGAT眼圧比較を図1に示した.BLのGAT眼圧は17.8±3.8mmHgであった.点眼後眼圧はDT使用下13.9±2.9mmHg,LG使用下14.2±3.4mmHgであった.2剤とも有意にBLより眼圧下降を認め,2剤間に有意差は認めなかった.GATでの平均眼圧降下率の比較を図2に示した.平均眼圧下降率はDT,LGの順に30.0±26.2%,28.4±23.9%であった.2剤間では有意差は認められなかった.各種点眼ごとに緑内障点眼前後各症例のDCT値を図3に示した(a:DT,b:LG).なお,無点眼時の眼圧と下降値は相関係数DT:0.47,LG:0.63であり,回帰直線を図中に直線で示した.点眼前後のDCT値を図4に示した.無点眼下での平均DCT値は19.2±3.8mmHgであり,DTでは16.8±3.9mmHg,LG17.0±4.6mmHgに,ともに有意に下降した.2剤間の点眼前後のDCT下降値に有意差はなかった.DCT値の下降率の比較を図5に示した.平均眼圧下降率はDT,LGの順に16.0±25.3%,16.7±24.3%であった.2剤間のDCT下降率に有意差は認められなかった.点眼前後のOPA値を図6に示した(a:DT,b:LG).無点眼下での平均値は2.7±1.0mmHg,DTでは2.5±1.1mmHg,LGでは2.4±0.8mmHg.LGでは無点眼に比べ有意に下降を認めた.2剤間の点眼前後のOPA値の下降に有意差は認められなかった.なお,DCT+OPA値についてもDCT値同様に解析を行ったが,DCT値と同様の結果が得られた.もとの眼圧領域による効果の違いを検証するため,症例を無点眼時DCT値でほぼ2分し,18mmHg以下(n=24)と18.1mmHg以上(n=27)で分けた.18.1mmHg以上の群では,DCT値(図7a),DCT+OPA値(図7b)ともにDTも(114) 252060504015有意差なし有意差なし51000BLDTLGDTLG図1点眼前後のGAT眼圧の比較図2点眼前後のGAT眼圧下降率の比較4025下降率(%)眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)下降率(%301020a有意差なし150BLDTLG10図4点眼前後のDCT眼圧下降値の比較507010203040aBL(mmHg)635203015DT(mmHg)251020540b535DT(mmHg)4303LG(mmHg)252201150105BL(mmHg)70b0510152025303540BL(mmHg)6図3DCT眼圧値の点眼前後の変化50123456LG(mmHg)432a:DT,b:LG.図中の実線は回帰直線.50図5点眼前後のDCT眼圧下降率の比較DTLG有意差なし4013002010BL(mmHg)01234560-10図6DCT脈圧(OPA)の点眼前後変化a:DT,b:LG.図中の実線は回帰直線.(115)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141537 30b30a25252020有意差あり有意差あり00BLDTLGBLDTLG30有意差なし有意差なし眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)1515101055d30c2525眼圧(mmHg)2020151510105500BLDTLGBLDTLG図7低眼圧群(n=24)と高眼圧群(n=27)におけるDCT眼圧下降値の比較a:低眼圧群DCT眼圧下降値,b:低眼圧群DCT+OPA眼圧下降値,c:高眼圧群DCT眼圧下降値,d:高眼圧群DCT+OPA眼圧下降値.DT43%LG27.5%無効27.5%同効果2%らに,眼圧値で2群に分けたところ,低眼圧群ではLGにおいて,DCTで有意な眼圧下降がみられた.以前筆者らは,トラボプロストがラタノプロストなどに比べてより眼圧下降に有効であることを示した8).DTはそれにbブロッカーを配合したものであり,GATを用いて得られた結果からは,さらに強い効果が得られるとされている16,17).今回,LGよりもDTのほうが,より有効な症例が多くみられ,効果の強さを示している.一方で,bブロッカーは喘息悪化などの副作用から実際の使用上禁忌になる場合が考えられるので,LGが同程度の下降を示したということ図8DCT眼圧下降率に基づいて処方した全症例の点眼内訳LGも有意に下降した.DTとLG使用下のDCT値の下降値およびDCT+OPA値の下降値に有意差はなかった.18mmHg以下の群ではDCT値(図7c)とDCT+OPA値(図7d)の点眼前後はともにDTは有意差なく,LGでのみ有意に下降をみた.DCT眼圧下降率に基づいて処方した全症例の点眼内訳を図8に示す.2剤とも10%以下の眼圧下降率を示したものは無効とした.DTは43%(22眼),LG27.5%(14眼),無効は27.5%(14眼),両者同等であったのは2%(1眼)であった.III考按DTとLGは,ともに眼圧下降作用については,GATとDCTいずれの計測方法においても同等に有効であった.さ1538あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014は,bブロッカー使用禁忌の症例に対しても点眼使用が可能であり,臨床使用上大きな意味がある.無点眼時の眼圧と,眼圧の下降値にはある程度の相関があった.すなわち,18.1mmHg以上の高い眼圧であれば,眼圧が大きく下降する傾向があった.18mmHg以下の低い眼圧では,眼圧下降値も小さい傾向があり,よりスケールの粗いGATでは差の検出がむずかしくなる.今回も,より低い眼圧領域では,DCTで計測したところ,LGのみに有意な下降がみられている.精密に眼圧の表示のされるDCTは精度が確保できれば,より低眼圧領域での治療薬選択に役立つと考えられる.OPAを全体的に下げるプロスタグランジン製剤と異なって,bブロッカーに関しては,点眼使用後のOPAの値が,より低眼圧領域ではむしろ上昇する傾向のあることが報告されている15).今回筆者らの結果ではOPAの上昇は認めなかったが,OPA+DCTにおいて低眼圧領域でLGのみ有意差(116) を認めた.そのためbブロッカーを配合したDTに比べて低眼圧領域症例にはLGがより好ましい可能性がある.文献1)真島行彦:眼科検査診断法,個別化医療の時代にむけての遺伝子診断.日眼会誌108:863-886,20042)KubotaR,NodaS,WangYetal:Anovelmyosin-likeprotein(myocilin)expressedintheconnectingciliumofthephotoreceptor:molecularcloning,tissueexpression,andchromosomalmapping.Genomics41:360-369,19973)中野正和,池田陽子,徳田雄市ほか:緑内障における視神経乳頭の脆弱性に関するCDKN2B-AS1上のバリアントの同定.PLoSONE7:e33389(3)4)TheAGISInvestigators:TheAGISGlaucomaInterventionsStudy(AIGS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20005)AlexanderCL,MillerSJ,AbelSR:Prostaglandinalnalogtreatmentofglaucomaandocularhypertension.AnnPharmacother36:504-511,20026)植田俊彦,笹元威宏,平松類ほか:緑内障における患者教育が眼圧下降とその持続に及ぼす効果.あたらしい眼科28:1491-1494,20117)二見要介:1日1回点眼bブロッカーマレイン酸チモロール(チモプトールXE)からはじまる新しい緑内障治療戦略.PharamaMedica18:217-220,20008)相原一:緑内障薬物治療薬の現状と未来.日本薬理学雑誌135:129-133,20109)白木幸彦,山口孝泰,梅基光良ほか:DynamicContourTonometerを用いた,ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストの眼圧降下率の比較.あたらしい眼科27:1269-1272,201010)冨山浩志,石川修作,新垣淑邦ほか:DynamicContourTonometer(DCT)とGoldmann圧平眼圧計,非接触型眼圧計の比較.あたらしい眼科25:1022-1026,200811)KaufmannC,BachmannLM,ThielMA:ComaprisonofdynamiccontourtonometrywithGoldmannapplanationtonometry.InvestOpthalmolVisSci45:3118-3121,200412)佐藤出,北市伸義,広瀬茂樹ほか:プロスタグランジン製剤・b遮断薬からトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合液への切り替え効果.臨眼66:675-678,201213)新家眞,北澤克明:原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした0.03%ビマトプロスト点眼剤の長期投与試験.あたらしい眼科28:1209-1215,201114)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン.日眼会誌107:125-157,200315)山口泰孝,梅基光良,木村忠貴ほか:DynamicContourTonometerを用いた緑内障視野障害様式の検討.あたらしい眼科27:821-825,201016)ArendKO,RaberT:Observationalstudyresultsinglaucomapatientsundergoingaregimenreplacementtofixedcombinationtravoprost0.004%/timolol0.5%inGermany.JOculPharmacolTher24:414-420,200817)KonstasAG,MikropoulosD,HaidichABetal:Twentyfour-hourintraocularpressurecontrolwiththetravoprost/timolmaleatefixedcombinationcomparedwithtravoprostwhenbotharedosedintheeveninginprimaryopen-angleglaucoma.BrJOphthalmol93:481-485,2009***(117)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141539

ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬とラタノプロスト点眼薬併用症例におけるラタノプロスト点眼薬からビマトプロスト点眼薬への切り替え効果

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1531.1534,2014cドルゾラミド/チモロール配合点眼薬とラタノプロスト点眼薬併用症例におけるラタノプロスト点眼薬からビマトプロスト点眼薬への切り替え効果井上賢治*1方倉聖基*1富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科EfficacyofChangingfromLatanoprosttoBimatoprostEyedrops,inPatientsConcomitantlyUsingDorzolamide/TimololFixed-CombinationEyedropsandLatanoprostKenjiInoue1),SeikiKatakura1)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:ラタノプロストとドルゾラミド/チモロール配合剤(DTFC)を併用中でラタノプロストを変更することでさらなる眼圧下降が期待され,今回検討した.対象および方法:ラタノプロストとDTFCを併用中で,眼圧下降が不十分な開放隅角緑内障32例32眼を対象とした.ラタノプロストを中止し,ビマトプロストに切り替えた.DTFCは継続とした.眼圧を変更前,変更1,3カ月後に測定し,比較した.変更後の副作用を来院ごとに調査した.結果:眼圧は変更1カ月後16.9±3.5mmHg,3カ月後16.3±3.2mmHgで,変更前17.6±2.5mmHgに比べて有意に下降した(p<0.05).脱落例は3例(9.4%)で,副作用(下眼瞼腫脹),緑内障手術施行,転医の各1例だった.結論:ラタノプロストとDTFC併用患者において,ラタノプロストをビマトプロストへ変更することで眼圧下降が得られ,安全性も良好だった.Purpose:Inpatientsusingdorzolamide/timololfixed-combinationeyedrops(DTFC)andlatanoprost,furtherdecreaseinintraocularpressure(IOP)isexpectedwithchangeoflatanoprost.Subjectsandmethods:Subjectswere32open-angleglaucomapatientsconcomitantlyusingDTFCandlatanoprost,inwhomIOP-decreasingefficacywasinsufficient.Thelatanoprostwaschangedtobimatoprost;DTFCwascontinued.IOPbeforeandat1and3monthsafterthechangewerecompared;adversereactionswereexamined.Results:IOPat1month(16.9±3.5mmHg)and3months(16.3±3.2mmHg)afterthechangeshowedsignificantdecreasefromthepre-changelevel(17.6±2.5mmHg).Threecases(9.4%)werediscontinuedduerespectivelytoadversereaction(swellingoflowereyelid),glaucomasurgeryandchangeofphysician.Conclusion:InpatientsconcomitantlyusingDTFCandlatanoprostwhochangefromlatanoprosttobimatoprost,IOPdecreaseandsafetyaresatisfactory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1531.1534,2014〕Keywords:ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬,ラタノプロスト点眼薬,ビマトプロスト点眼薬,切り替え,眼圧,副作用.dorzolamide/timololfixedcombinationeyedrops,latanoprosteyedrops,bimatoprosteyedrops,change,intraocularpressure,adversereactions.はじめに緑内障患者において視野維持効果が高いエビデンスで示されているのは眼圧下降療法のみである1,2).眼圧下降のために通常点眼薬治療が第一選択である.点眼薬治療は単剤から行うが,眼圧下降効果が不十分な場合は点眼薬の変更や追加が推奨されている3).これを繰り返すと多剤併用となる.しかし,点眼回数が増える多剤併用症例ではアドヒアランスの低下が問題となり4),アドヒアランス向上を目的として配合点眼薬が開発された.日本ではラタノプロスト点眼薬あるいはトラボプロスト点眼薬とマレイン酸チモロール点眼薬の配〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(109)1531 合点眼薬,ドルゾラミド点眼薬あるいはブリンゾラミド点眼薬とマレイン酸チモロール点眼薬の配合点眼薬が使用可能である.臨床現場では,プロスタグランジン/チモロール配合点眼薬+炭酸脱水酵素阻害点眼薬,プロスタグランジン点眼薬+炭酸脱水酵素阻害薬/チモロール配合点眼薬の組み合わせが多く使用されている.点眼薬の変更に関しては,プロスタグランジン点眼薬を他のプロスタグランジン点眼薬へ変更することで眼圧が下降するという報告5.16)が多くみられるが,配合点眼薬との併用症例におけるプロスタグランジン点眼薬の変更を検討した報告はない.今回,ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬とラタノプロスト点眼薬を併用中の患者を対象にして,ラタノプロスト点眼薬をビマトプロスト点眼薬に変更した際の眼圧下降効果と安全性を検討した.I対象および方法2011年7月から2012年9月までの間に井上眼科病院に通院中で,ラタノプロスト点眼薬とドルゾラミド/チモロール配合点眼薬のみを使用中で,眼圧下降効果が不十分な開放隅角緑内障32例32眼(男性13例13眼,女性19例19眼)を対象とし,前向きに研究を行った.平均年齢は73.0±6.9歳(平均±標準偏差)(60.85歳)であった.緑内障病型は原発開放隅角緑内障(狭義)30例,落屑緑内障2例であった.Humphrey視野のmeandeviation(MD)値は.10.3±6.2dB(.23.11.0.63dB)であった.ビマトプロスト点眼薬へ変更前の眼圧は17.6±2.5mmHg(12.23mmHg)であった.両眼該当例では眼圧の高い眼を,眼圧が同値の場合は右眼を,片眼症例では該当眼を解析対象とした.使用中のラタノプロスト点眼薬を中止し,washout期間なしでビマトプロスト点眼薬(1日1回夜点眼)に変更した.ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬は継続使用とした.点眼変更前と変更1,3カ月後に患者ごとにほぼ同時刻に眼圧(mmHg)22.0**20.018.016.014.012.010.08.06.04.0*p<0.052.00.0変更前変更1カ月後変更3カ月後図1点眼薬変更前後の眼圧(ANOVAおよびBonfferoni/Dunn検定,*p<0.05)Goldmann圧平眼圧計で同一の検者が眼圧を測定し,比較した(ANOVAおよびBonferroni/Dunn検定).変更1,3カ月後の変更前と比べた眼圧下降幅を調査した.変更1,3カ月後の変更前と比べた眼圧下降率を算出し,比較した(Friedman検定).変更後に来院時ごとに副作用を調査した.有意水準はいずれも,p<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理委員会で承認され,研究の趣旨と内容を患者に説明し,患者の同意を得た後に行った.II結果眼圧は変更1カ月後16.9±3.5mmHg,3カ月後16.3±3.2mmHgで,変更前17.6±2.5mmHgと比べて有意に下降した(p<0.05)(図1).眼圧下降幅は変更1カ月後では2mmHg以上下降した症例は11例(35.5%),±1mmHg以内の症例は17例(54.8%),2mmHg以上上昇した症例は3例(9.7%)だった(図2).変更3カ月後では2mmHg以上下降した症例は14例(48.3%),±1mmHg以内の症例は12例(41.4%),2mmHg以上上昇した症例は3例(10.3%)だった.眼圧下降率は,変更1カ月後4.1±10.8%,3カ月後6.7±10.8%で同等だった(p=0.4521).変更3カ月後までの脱落例は3例(9.4%)だった.内訳は変更1カ月後に下眼瞼腫脹が出現した1例,変更2カ月後に眼圧が上昇したために緑内障手術を施行した1例,変更2カ月後に転居に伴い転医した1例だった.下眼瞼腫脹が出現した症例ではビマトプロスト点眼薬をラタノプロスト点眼薬に戻したところ症状は消失した.III考按プロスタグランジン点眼薬の変更による眼圧下降効果の報告のなかでラタノプロスト点眼薬をビマトプロスト点眼薬に変更した報告5.16)が多い.ラタノプロスト点眼薬からビマトプロスト点眼薬への変更では眼圧は有意に下降し,その眼圧下降幅は0.51.6.0mmHg,眼圧下降率は3.0.24.9%であ2mmHg以上2mmHg以上上昇上昇3例,9.7%3例,10.3%2mmHg以上下降11例,35.5%±1mmHg以内17例,54.8%2mmHg以上下降14例,48.3%±1mmHg以内12例,41.4%変更1カ月後変更3カ月後図2点眼薬変更1,3カ月後の眼圧下降幅1532あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(110) る5.16).プロスタグランジン点眼薬の変更により眼圧が下降する理由として,プロスタグランジン点眼薬に対するノンレスポンダーの存在があげられる.ノンレスポンダーのプロスタグランジン点眼薬を他のプロスタグランジン点眼薬に変更することで眼圧が下降するのは妥当で,ラタノプロスト点眼薬に対するノンレスポンダー症例でビマトプロスト点眼薬に変更したところ眼圧が下降したと報告されている5.8).さらに,その眼圧下降幅は1.9.6.0mmHg,眼圧下降率は11.9.24.9%と良好である.しかし,ノンレスポンダーの定義は定まっておらず,ラタノプロスト点眼薬単剤2カ月間投与で眼圧下降率が10%未満の症例5),ラタノプロスト点眼薬単剤8週間投与で眼圧下降幅が3mmHg以下の症例6),ラタノプロスト点眼薬単剤12週間投与で眼圧下降率が20%以下の症例7),ラタノプロスト点眼薬を含む治療を4週間以上行い眼圧下降率が20%未満の症例8)と報告により異なる.その他にプロスタグランジン点眼薬の変更により眼圧が下降する理由として,アドヒアランスの向上があげられる.変更により眼圧下降の必要性を再認識した症例や副作用が軽減する症例が考えられる.変更後のプロスタグランジン点眼薬のほうが変更前のプロスタグランジン点眼薬よりも眼圧下降効果が強力である可能性もある.プロスタグランジン点眼薬の化学構造は各薬剤で異なり,ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストはイソプロピルエステル型で,ビマトプロストはエチルアミド型である.エチルアミド型では加水分解されて酸型となると他の3剤と同様にプロスタノイド受容体に結合する.Liangら17)は,ビマトプロストはエチルアミド型でもプロスタノイド受容体とそのスプライスバリアントの複合体に直接結合することができ,眼圧下降機序が他のプロスタグランジン点眼薬と異なると報告した.今回は変更1,3カ月後に眼圧は有意に下降した.対象のなかにラタノプロスト点眼薬のノンレスポンダーが含まれていた可能性はあるが,ラタノプロスト点眼薬投与前の眼圧がわからないので詳細は不明である.また,眼圧下降効果が不十分な症例を対象としたため,点眼薬変更によりアドヒアランスが向上した可能性も考えられる.一方,ラタノプロスト点眼薬の副作用が出現したためにビマトプロスト点眼薬へ変更した症例はなく,副作用の軽減によるアドヒアランスの向上は今回の症例では考えづらい.しかし,変更後に眼圧が2mmHg以上上昇した症例が,変更1カ月後に9.7%,変更3カ月後には10.3%存在し,さらに変更2カ月後に眼圧が上昇したために緑内障手術を施行した症例もあり,それらの症例はビマトプロスト点眼薬に対するノンレスポンダーの可能性がある.ラタノプロスト点眼薬からビマトプロスト点眼薬へ変更した報告において,ラタノプロスト点眼薬単剤症例での変更5.15),ラタノプロスト点眼薬を含む多剤併用症例での変更8.12,16)がある.Lawら9)は,多剤併用症例では変更により(111)眼圧が変化なかったと報告した.広田ら10)は,ラタノプロスト点眼薬とb遮断点眼薬併用症例では眼圧は変更2週間後には差がなかったが,変更4.24週間後には有意に下降したと報告した.南野ら11)は,ラタノプロスト点眼薬あるいはトラボプロスト点眼薬を含む多剤併用症例では変更後に眼圧は有意に下降し,その眼圧下降率は変更4.24週間後で13.3.19.7%だったと報告した.仲ら16)は,プロスタグランジン点眼薬およびb遮断薬点眼薬を含む2種類以上の点眼薬併用症例では眼圧は変更3カ月後に有意に下降し,眼圧下降率は10%だったと報告した.今回は全症例がラタノプロスト点眼薬とドルゾラミド/チモロール配合点眼薬併用症例であり,多剤併用症例においても過去の報告10,11,16)と同様にビマトプロスト点眼薬への変更により眼圧が有意に下降する可能性がある.ラタノプロスト点眼薬からビマトプロスト点眼薬への変更による副作用の頻度は0.9.5%と報告されている5.16).その内訳は結膜充血,点状表層角膜炎,アレルギー性結膜炎,眼痛,掻痒感,刺激感,霧視,異物感,眼瞼色素沈着,睫毛延長である.今回は副作用は3.1%で出現し,下眼瞼腫脹1例だった.ラタノプロスト点眼薬からビマトプロスト点眼薬への変更による安全性は良好である.結論としてラタノプロスト点眼薬とドルゾラミド/チモロール配合点眼薬を併用中の開放隅角緑内障症例において,ラタノプロスト点眼薬をビマトプロスト点眼薬へ変更することで,3カ月間にわたり眼圧は下降し,安全性も良好だった.配合点眼薬との併用症例においてもプロスタグランジン点眼薬の変更は眼圧下降治療における選択肢となりうる.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)TheAGISInvestigators.TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20003)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,20124)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalong-termpatientpopulation.JGlaucoma18:238-242,20095)GandolfiSA,CiminoL:Effectofbimatoprostonpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertensionwhoarenonresponderstolatanoprost.Ophthalmology110:609-614,20036)WilliamsRD:Efficacyofbimatoprostinglaucomaandocularhypertensionunresponsivetolatanoprost.Advあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141533 Ther19:275-281,20027)SatoS,HirookaK,BabaTetal:Efficacyandsafetyofswitchingfromtopicallatanoprosttobimatoprostinpatientswithnormal-tensionglaucoma.JOculPharmacolTher27:499-502,20118)SontyS,DonthamsettiV,VangipuramGetal:LongtermIOPloweringwithbimatoprostinopen-angleglaucomapatientspoorlyresponsivetolatanoprost.JOculPharmacolTher24:517-520,20089)LawSK,SongBJ,FangEetal:Feasibilityandefficacyofamassswitchfromlatanoprosttobimatoprostinglaucomapatientsinaprepaidhealthmaintenanceorganization.Ophthalmology112:2123-2130,200510)広田篤,井上康,永山幹夫ほか:ラタノプロスト効果不十分例の点眼をビマトプロストに切替えたときの眼圧下降効果と安全性の検討.あたらしい眼科29:259-265,201211)南野麻美,谷野富彦,中込豊ほか:各種プロスタグランジン関連薬の0.03%ビマトプロスト点眼液への切替えによる眼圧下降効果.あたらしい眼科28:1629-1634,201112)松原彩来,徳田直人,金成真由ほか:プロスト系プロスタグランジン関連薬からビマトプロストへ切り替え後の眼圧推移と副作用発現頻度.あたらしい眼科30:1165-1170,201313)KammerJA,KatzmanB,AckermanSLetal:Efficacyandtolerabilityofbimatoprostversustravoprostinpatientspreviouslyonlatanoprost:a3-month,randomised,masked-evaluator,multicenterstudy.BrJOphthalmol94:74-79,201014)BourniasTE,LeeD,GrossRetal:Ocularhypertensiveefficacyofbimatoprostwhenusedasareplacementforlatanoprostinthetreatmentofglaucomaandocularhypertension.JOculPharmacolTher19:193-203,200315)CassonRJ,LiuL,GrahamSLetal:Efficacyandsafetyofbimatoprostasreplacementforlatanoprostinpatientswithglaucomaorocularhypertension.Auniocularswitchstudy.JGlaucoma18:582-588,200916)仲昌彦,山本麻梨亜,金学海ほか:原発開放隅角緑内障患者に対する0.03%ビマトプロスト切り替えによる眼圧下降効果と安全性の検討.臨眼68:219-224,201417)LiangY,WoodwardDF,GuzmanVMetal:IdentificationandpharmacologicalcharacterizationoftheprostaglandinFPreceptorandFPreceptorvariantcomplexes.BrJPharmacol154:1079-1093,2008***1534あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(112)