監修=坂本泰二◆シリーズ第178回◆眼科医のための先端医療山下英俊弱視治療の新たなアプローチ荒木俊介三木淳司(川崎医科大学眼科学1教室)前原吾朗(神奈川大学人間科学部)はじめに弱視は乳幼児期に生じる視機能障害のおもな原因です.機能弱視のおもな異常責任部位であると考えられている視覚皮質は可塑性を有しており,視覚のcriticalperiodにおいて適切な視性刺激を与えることが弱視の予防および治療に重要となります.ヒトの視覚皮質の可塑性は生後2カ月頃から急速に高まり,2歳頃にピークを迎えたあと,徐々に低下していくとされていることから,弱視の予防・治療はより早期から開始するべきだと考えられてきました.これまでの弱視治療臨床的によくみられる不同視弱視や斜視弱視は単眼性図1眼間抑制の定量に用いる両眼分離呈示刺激の例Signal刺激:すべての刺激が同じ方向に移動する.Noise刺激:各刺激がランダムに移動する.患者はSignal刺激の運動方向(右か左)を弁別する.a:両眼分離視下において,弱視眼/健眼それぞれに同等のコントラスト刺激を呈示したときは,健眼からの弱視眼に対する抑制が生じ,実際に知覚される像は健眼に呈示されたNoise刺激のみとなり,作業課題を遂行することはむずかしい.b:一方で,健眼に呈示する刺激のコントラストを徐々に下げていくことで,健眼に呈示されたNoise刺激と弱視眼に呈示されたSignal刺激が同時に知覚される(患者がSignal刺激の方向判別が可能となる)ポイントが出現する.このポイントが得られる健眼のコントラストレベルを抑制の程度とし,抑制の程度(弱視の程度)に応じた刺激コントラスト下で作業課題を行うことで,弱視眼に高コントラストSignal刺激弱視眼高コントラストNoise刺激健眼抑制知覚像(Noiseのみ)対する抑制を低減させる.aSignalの方向判別不能の弱視で,これらの弱視に対する治療は屈折異常矯正および遮閉法が主流となっており,ランダム化比較臨床試験においてもその有効性が証明されています1).ただし,治療開始時期2)や弱視の程度などによっては治療後も視機能障害が残存します.弱視における眼間抑制と弱視治療の新たなアプローチ(図1)一方で,これまでの治療法では回復が困難で,なおかつcriticalperiodを過ぎていると考えられる弱視に対しても,治療により視機能回復の可能性があることが報告されており3),その手法として眼間抑制に対するアプローチが注目されています.弱視眼では,健眼遮閉下で測定した視力に比べて両眼開放下で測定した視力が大幅に低下することがあり,これは両眼開放下において健眼から弱視眼に対して生じる抑制(眼間抑制)が原因とされています.この健眼から弱視眼への抑制を低減させることが弱視治療の新たなアプローチとなる可能性があります.近年,Hessらのグループは眼間抑制を定量する手法を開発し4),弱視における抑制の役割について検討しています.その結果,弱視の程度と抑制の深さが正の相関関係にあることを示しました5).そして,抑制が弱視眼高コントラストSignal刺激低コントラストNoise刺激弱視眼健眼抑制知覚像(Signal+Noise)bSignalの方向判別可能(67)あたらしい眼科Vol.32,No.10,201514390910-1810/15/\100/頁/JCOPYの視機能障害の原因として原発性に関与している可能性を支持し,眼間抑制を直接のターゲットとしたdichoptic条件下(両眼分離視下)における弱視治療法を提案しました.この治療法は,弱視眼に高コントラスト刺激,健眼に低コントラスト刺激をそれぞれ両眼分離呈示することで,各眼からの入力バランスを統一し,両眼からの視覚情報の統合を可能にしたうえで,ゲームなどの作業課題を施行させることにより眼間抑制を低減させることを目標としています.この手法を用いた成人の弱視を対象とした調査では,14例中13例で視力および立体視の改善がみられたとしています6).また,成人に限らず小児の弱視治療においても,iPadゲームを利用したこの治療法の有効性が報告されており,家庭訓練に対するコンプライアンスは59%で,遮閉法(44~58%)と同等であったとしています7).そして現在,この新たな弱視治療の有効性についてPediatricEyeDiseaseInvestigatorGroupによるランダム化比較臨床試験が行われています.おわりにこれまで治療が困難とされてきた弱視症例においても,新たな治療アプローチの登場により視機能回復の可能性が期待されます.従来の治療法との兼ねあいや治療開始時期について,今後の研究が注目されます.文献1)WallaceDK;PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup,EdwardsAR,CotterSAetal:Arandomizedtrialtoevaluate2hoursofdailypatchingforstrabismicandanisometropicamblyopiainchildren.Ophthalmology113:904912,20062)HolmesJM;PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup,LazarEL,MeliaBMetal:Effectofageonresponsetoamblyopiatreatmentinchildren.ArchOphthalmol129:1451-1457,20113)HessRF,MansouriB,ThompsonB:Anewbinocularapproachtothetreatmentofamblyopiainadultswellbeyondthecriticalperiodofvisualdevelopment.RestorNeurolNeurosci28:793-802,20104)BlackJM,ThompsonB,MaeharaGetal:Acompactclinicalinstrumentforquantifyingsuppression.OptomVisSc88:334-343,20115)LiJ,ThompsonB,LamCSetal:Theroleofsuppressioninamblyopia.InvestOphthalmolVisSci52:4169-4176,20116)HessRF,BabuRJ,ClavagnierSetal:TheiPodbinocularhome-basedtreatmentforamblyopiainadults:efficacyandcompliance.ClinExpOptom97:389-398,20147)BirchEE,LiSL,JostRMetal:BinoculariPadtreatmentforamblyopiainpreschoolchildren.JAAPOS19:6-11,2015■「弱視治療の新たなアプローチ」を読んで■今回は荒木俊介先生,三木淳司先生,前原吾朗先生くの情報を提供しています.そのため,視覚の専門家により新しく開発された弱視治療の紹介です.弱視はである眼科医には眼球の異常のみではなく,さらに高発達過程の小児の視力低下の原因として重大であり,次レベルの脳機能の障害による視覚障害はあると考え小児眼科医療の大きな問題です.難治性の弱視患者のられますが,診断がきわめて困難です.しかし,今回治療に新しい発想での治療法を開発されたことに,心の荒木先生たちの新しい治療法は,両眼からの視覚情から敬意を表します.弱視の異常の責任部位は視覚皮報の統合を促進するという方法論が効果があることを質であること,高次脳機能の障害が弱視になっている示しており,脳機能と視覚の関連を明らかにするアプこと,しかし視覚皮質は可塑性をもっていることを考ローチといえるかもしれません.察しておられます.さらに脳科学的なアプローチによ21世紀は脳科学の時代ともいわれます.われわれり,弱視のメカニズムを「眼間抑制」によることの考眼科医が視覚情報の入口のみでなく,脳機能にまで大察から,健眼と弱視眼に分離した刺激を提示することきく影響する視覚の情報処理の研究に大きな貢献をすで難治性の弱視を治療する方法を考えられ,実際の効る可能性を荒木先生たちの研究は見せてくださいまし果を認めておられます.た.今後の発展,成果が楽しみです.視覚は,いろいろな情報を統合する高次脳機能に多山形大学眼科山下英俊☆☆☆1440あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(68)