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老視の予防および治療法の探索

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1443~1448,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1443~1448,2014老視の予防および治療法の探索ResearchforthePreventionandTreatmentofPresbyopia樋口明弘*坪田一男**はじめにわが国では社会の高齢化が進んでおり,平成26年の厚生労働省の報告では,平成24年における65歳以上の老年人口割合は24.1%となっている.今後も老年人口割合は増大することが予測されており,眼科領域においても,加齢に伴う視機能低下の問題は重要な課題となっている.加齢による視機能低下の例として老視があげられる.老視は水晶体の弾性消失による調節力の低下が原因であり,疾患などによる影響はあるが,誰にでも起こりうる現象である.そのため,社会全体で考えたとき老視の影響は非常に大きなものとなる.筆者らは水晶体弾性変化を中心に老視発症機序を明らかにし,老視予防,治療薬の開発に取り込んでいる.I水晶体ヒト水晶体は直経9mm,厚さ4mm程度の凸レンズ状で,約1,000層の細胞からなる,ほぼ無色透明の組織である.水晶体の成分は,およそ1/3が蛋白質,2/3が水であり,その他1%程度のミネラルを含む,ヒトの中でもっとも蛋白質の多い組織の一つである.主要な蛋白はa,b,およびgの3種類のクリスタリンであり,重量比で1/3~1/2を占めている.a-クリスタリンが最も多く含まれ,シャペロン機能をもつことが知られている.水晶体は,上皮細胞が合成したコラーゲンなどで構成される水晶体.に包まれている.角膜側の前.の下に一層の上皮細胞が存在している.上皮細胞は赤道部まで続き,そこから内部に移動している.水晶体中心部への移動に伴い,核やミトコンドリアなどの細胞小器官は消失し,水晶体線維となっていく1).図1はラット水晶体のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)写真である.ヒトと同様に核を有する一層の上皮細胞と,核などを失い水晶体線維となった細胞が観察される(図1a,b).また,赤道付近では内部に移行する上皮細胞が散見される(図1c).水晶体の透明性を保つために,水晶体を構成する細胞は規則正しく並んでおり,細胞内器官も消失している.この細胞内器官の消失にはアポトーシスが関与している.水晶体細胞は細胞分裂により新しい細胞に置き換わることはほとんどなく,細胞内器官ももたないため,水晶体の組織修復性はきわめて低く,水晶体蛋白の再生産も起こらない.このため,水晶体蛋白の変性は経年的に蓄積され,クリスタリンの異常なジスルフィド結合の形成,アスパラギン酸のラセミ化などにより,クリスタリンの会合が生じ2),老視,白内障の要因である,水晶体弾性の低下,透明度の減少が引き起こされることになる.II老視診断法老視診断は,現状では視力表などを用いた自覚的検査に頼っており,客観的評価が困難であることが問題とな*AkihiroHiguchi:慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター**KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕樋口明弘:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部総合医科学研究センターe-mail:ahiguch@z6.keio.jp0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(21)1443 1444あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(22)このシステムは開発中であるため,老視予防,治療薬の開発のためのツールとして用いることはできない.そのため,現状では水晶体弾性を電子天秤とハイトゲージを組み合わせたシステム(図2)で測定している.III老視モデル動物老視予防,治療薬の開発のためには,老視モデル動物が必須である.ラットやマウスなどの加齢動物を用いることは,研究に必要な数を確保することに多大な労力が必要となる.老視と白内障は,いずれも発症に水晶体蛋っている.筆者らは理化学研究所らとの共同研究により,老視の客観的診断システムを開発中である.このシステムの原理は,水晶体に対してレーザー光を照射して発生する弾性波を測定し,弾性波より老視指標となる水晶体弾性を定量的に算定するものである.この測定系は水晶体弾性を非侵襲的に定量測定することができるため,ヒトだけでなく実験動物に対しても適用することが可能であり,老視予防,治療薬の開発に有用である.abc図1ラット水晶体のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)写真水晶体(前眼部)の画像(図1a)および高倍率画像(図1b).水晶体(赤道部)の画像(図1c).ヘマトキシリンによって細胞核が,エオジンによって細胞質が染色されている.a図2水晶体弾性測定システムシステムの全体写真(図a).摘出した水晶体を電子天秤上のシャーレに置き,ハイトゲージの先端部を水晶体に接する(図b).天秤およびハイトゲージの目盛りを0に合わせる.ハイトゲージを水晶体の厚みの10%程度動かし,水晶体に負荷をかけ,負荷による電子天秤の数値変化を測定する.変化した電子天秤の値をハイトゲージの数値で割り,水晶体弾性値とした.babc図1ラット水晶体のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)写真水晶体(前眼部)の画像(図1a)および高倍率画像(図1b).水晶体(赤道部)の画像(図1c).ヘマトキシリンによって細胞核が,エオジンによって細胞質が染色されている.a図2水晶体弾性測定システムシステムの全体写真(図a).摘出した水晶体を電子天秤上のシャーレに置き,ハイトゲージの先端部を水晶体に接する(図b).天秤およびハイトゲージの目盛りを0に合わせる.ハイトゲージを水晶体の厚みの10%程度動かし,水晶体に負荷をかけ,負荷による電子天秤の数値変化を測定する.変化した電子天秤の値をハイトゲージの数値で割り,水晶体弾性値とした.b あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141445(23)ことが必要となった.これまでの研究により,喫煙行為が白内障および老視発症のリスクファクターであることがわかっているため5,6),ラットをタバコ主流煙に対して曝露することによる水晶体弾性への影響を検討した.ラット主流煙曝露系は,タバコ主流煙全身曝露の生体に対する影響を検討白質の変性が関与し,両者の発症には相関関係があるため3,4),比較的容易に入手可能な白内障を伴う糖尿病モデルラットを検討することにした.日本クレアが供給しているSDTラットを用いて,血糖値上昇確認後,正常ラットと水晶体弾性を比較検討したが,差違は認められなかった.このため他の方法を用いてモデルを作製する図3タバコ主流煙曝露システム実験には7~8週齢のSDラット雄を用いた.実験用に作製したチャンバー内にラットの入ったケージを入れ(図a),主流煙をシリンジに吸入し(図b),チャンバー内に注入した(図c).主流煙は1回に300ml注入し,30分後にさらに300ml注入した.注入は1日6回,曝露時間は1日あたり3時間とした.曝露中,ポンプを使用してチャンバー内に新鮮な空気を送った.曝露は12日間連続して実施した.abc非曝露主流煙曝露**■非曝露■主流煙曝露■非曝露■主流煙曝露3.02.52.01.51.00.50.020151050035035DayDayFluoresceinScoreTearVolume(mm)図4タバコ主流煙曝露による影響ラットに対する主流煙曝露処理により,角膜障害および涙液量低下が生じた.これらは経時的に変化し,5日間の曝露で非曝露群に対して有意な差が生じた.有意差検定にはDunnett法を用いた(*:p<0.05,mean±S.D.,n=6).図3タバコ主流煙曝露システム実験には7~8週齢のSDラット雄を用いた.実験用に作製したチャンバー内にラットの入ったケージを入れ(図a),主流煙をシリンジに吸入し(図b),チャンバー内に注入した(図c).主流煙は1回に300ml注入し,30分後にさらに300ml注入した.注入は1日6回,曝露時間は1日あたり3時間とした.曝露中,ポンプを使用してチャンバー内に新鮮な空気を送った.曝露は12日間連続して実施した.abc非曝露主流煙曝露**■非曝露■主流煙曝露■非曝露■主流煙曝露3.02.52.01.51.00.50.020151050035035DayDayFluoresceinScoreTearVolume(mm)図4タバコ主流煙曝露による影響ラットに対する主流煙曝露処理により,角膜障害および涙液量低下が生じた.これらは経時的に変化し,5日間の曝露で非曝露群に対して有意な差が生じた.有意差検定にはDunnett法を用いた(*:p<0.05,mean±S.D.,n=6). 25μm25μm表1主流煙曝露による水晶体遺伝子発現変動GeneCyp1a1Cyp1b1Gstm1Gstm2Gpx1ΔCt非曝露16.51±0.8315.08±1.195.78±0.375.83±0.235.39±0.27主流煙曝露14.30±0.5016.74±1.143.63±1.565.33±0.494.81±0.32発現変動(曝露/非曝露)4.60.34.41.41.5GeneGpx4Hmox1CryaCrygΔCt非曝露4.87±0.185.43±0.77.6.21±0.22.6.16±0.27主流煙曝露4.04±0.294.42±0.53.6.99±0.10.6.96±0.08発現変動(曝露/非曝露)1.82.01.71.7主流煙曝露処理後,水晶体よりRNAを抽出し,TaqManプローブを用いたリアルタイムRT-PCR法により,遺伝子発現解析を実施した.各サンプルおよび内部標準であるグリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素(GAPDH)のCt値を測定し,ΔΔCt法を用いて発現変動を解析した.発現変動比は非曝露時の発現量を1とした(mean±S.D.,n=6).ΔCt値は小さいほど発現量が大きい.ΔΔCt法の詳細についてはメーカーサイト参照.https://www.lifetechnologies.com/content/dam/LifeTech/migration/jp/filelibrary/pdf.par.98970.file.dat/sds077a1303ob-qpcr-handbook-hb-68.pdfCyp1a1:CytochromeP4501A1,Cyp1b1:CytochromeP4501b1,Gstm1:GlutathioneS-transferase(GST)μ1,Gstm2:GlutathioneS-transferaseμ2,Gpx1:Glutathioneperoxidase-1,Gpx4:Glutathioneperoxidase-4,Hmox1:Hemeoxygenase-1,Crya:a-Crystallin,Cryg:g-Crystallin.するために開発された実験系で(図3),筆者らの研究により角膜障害および涙液量低下を伴うドライアイを発症することが示されている(図4)7).このモデルでは角膜上皮および涙腺における酸化ストレス上昇が観察され,酸化ストレスが障害に関与していると考えられる(図5)7).白内障発症における水晶体蛋白変性も酸化ストレ非曝露主流煙曝露CYP1A1角膜上皮8-OHdG図5角膜免疫染色写真主流煙曝露処理後,眼球を摘出し,凍結切片を作製した.抗シトクロムP4501A1(CYP1A1)抗体あるいは抗8-OHdG抗体を用いて免疫染色を行った.喫煙により肺などで発現が上昇するCYP1A1の発現上昇が角膜においても確認できた(上段).酸化ストレスマーカーである8-OHdGの上昇が認められた(下段).スと関連しているため8),主流煙曝露処理による水晶体の硬化が期待できた.実際に曝露処理を行って水晶体弾性を測定すると,1週間では影響を与えなかったが,2週間以上の曝露処理を行うと弾性の低下が確認できた.次に主流煙曝露の水晶体遺伝子発現に対する影響をTaqManリアルタイムRT-PCR法を用いて解析した(表1).通常の水晶体では,解毒代謝に関与するCYPは発現量が低いが,抱合反応に関与するGSTの発現は抗酸化に関与するGPxやHmox1と同レベルの発現が認められた.これらに対して,クリスタリンは強く発現していることがわかった.主流煙曝露処理により,角膜と同様にCYP1A1発現が上昇し,主流煙が影響していることが確認できた.同様にGstm1も上昇しており,主流煙曝露に応答していることがわかった.この他に酸化ストレスに応答するHmox1の発現が上昇していた.IV老視予防,治療薬の開発上記の水晶体弾性低下老視モデルラットを用いて,老視予防,治療薬の探索を開始した.これまでの研究から蛋白変性を抑制するもの,抗酸化作用をもつものなどがターゲットとなり得ると予測し,いくつかの化合物の点1446あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(24) OHOHOHHOHOHOCH3CH3OHResveratrolDimethylresveratrolDimethylpiceatannolOHOHCH3CH3OH(R)(DR)(DHR)図6レスベラトロールとその誘導体==== 1448あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(26)8)CaiS1,FujiiN,SaitoTetal:SimultaneousultravioletB-inducedphoto-oxidationoftryptophan/tyrosineandracemizationofneighboringaspartylresiduesinpeptides.FreeRadicBiolMed65:1037-1046,2013nese:TheBeijingEyeStudy.ActaOphthalmol89:e210-e212,20117)HiguchiA,ItoK,DogruMeta:Cornealdamageandlac-rimalglandsdysfunctioninasmokingratmodel.FreeRadicBiolMed51:2210-2216,2011

調節メカニズムのサイエンス

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1437~1441,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1437~1441,2014調節メカニズムのサイエンスScienceoftheAccommodationMechanism中島伸子*中村芳子**はじめに日常臨床において調節障害が主因となる症状とは頻繁に遭遇する.老視による視力低下,テクノストレス眼症やむちうち損傷などの外傷後にみられる眼疲労や眼精疲労,全身の自律神経失調を伴う眼不定愁訴などがあげられる.これらの症状や病状は多岐にわたり診断や治療に苦慮することも多い.正常な調節状態を理解し,各症例の調節状態を把握することが診断に不可欠であり,治療の近道であることはいうまでもない.本稿では調節のメカニズムについて述べ,その検査方法と測定例を提示するとともに,新しい検査機器を紹介する.I調節のメカニズム調節とは見ている対象の距離に応じて焦点を合わせるために屈折度を変化させることをいい,その神経支配は図1のごとく自律神経系によると考えられる.調節は近方調節(positiveaccommodation)と遠方調節(negativeaccommodation)のバランスにより成り立っており,前者には副交感神経系が後者には交感神経系が関与していると考えられる1).正常眼の場合,刺激のない状態では調節安静位で屈折度は安定している.この屈折度は調節遠点よりはやや近方に位置する.刺激のない状態としては暗視野や一様視野などが考えられるが,近方調節の働かない調節弛緩状態(雲霧状態)でも類似の状態になると考えられてい【正常時】遠方調節(交感神経系)調節遠点調節安静位近方調節(副交感神経系)調節近点図1調節と自律神経る1~3).一方,近方視標を見ている状態では副交感神経系が優位に働き視標の距離に応じた屈折度で安定している.これら調節機能の要素としては絶対値としての調節力の他に調節緊張や弛緩の速度,屈折度の安定性があり,その障害が種々の症状の一因となっている.II検査方法石原式近点計,アコモドポリレコーダ,アコモドメータなどの従来よりの検査機器は,近点や遠点や調節力などの調節機能を測定する自覚的検査である.これら自覚的検査法には限界があり他覚的検査法が切望されるなか,鵜飼ら4)が発表した赤外線オプトメータは他覚的ではないが屈折度を連続的に測定することが可能な画期的な検査機械であった(図2).赤外線オプトメータでは,内部視標を変化させることによりさまざまな条件下での屈折度の状態を連続的に測定することが可能であった.暗視野(darkfocusofaccommodation)や雲霧下,視標追随時などの屈折度を*NobukoNakajima:中島眼科クリニック**YoshikoNakamura:オリックス株式会社グループ健康推進室〔別刷請求先〕中島伸子:〒560-0002大阪府豊中市緑丘1-4-11中島眼科クリニック0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(15)1437 図2赤外線オプトメータ図3ニデック社製自覚屈折測定機能付きレフケラトメーター1412108642010203040506070年齢(歳)図4自覚的調節力の加齢変化〔眼科学体系(限定分冊版)加齢と眼,中山書店より〕連続測定し調節波形としてとらえることで調節機能を評価することができた.しかし,外部にコンピュータを必要とした大型機械のため,スペースの問題,操作の煩雑性や評価のむずかしさもあり,一般病院には普及せず現在では入手困難である.近年,数社より調節機能検査も可能なオートレフラクトメータが発売されているが,ニデック社製自覚屈折測調節力(D)暗視野下瞳孔面積調節雲霧下(+2D負荷)図5調節安静位の正常波形赤外線オプトメータにて測定.暗視野下では屈折度は調節安静位で安定している.30歳代.図6雲霧下での正常調節波形赤外線オプトメータにて測定.+2Dの負荷を行った後,近方へ視標を変化させ測定を行っている.20歳代.1438あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(16) 瞳孔径調節視標瞳孔径調節視標図8等速度応答の正常波形赤外線オプトメータにて測定.雲霧下で屈折度は安定してお図7近方固視時の正常波形り,近方負荷時も視標に安定して追随していることがわかる.ARK-1にて測定..6D負荷の視標を固視させた際の調節波20歳代.形.視標よりやや遠方よりの屈折度で安定している.20歳代.図9等速度応答の正常波形ARK-1にて測定.雲霧下では屈折度は安定しており,近方負荷時も視標に安定して追随していることがわかる.20歳代.縦線は瞬目による影響. 図10調節障害(老視)の異常波形左はARK-1,右は赤外線オプトメータで測定.両者とも屈折度は安定しているが調節反応は認めない.左は50歳代,右は40歳代.図11調節麻痺(眼精疲労)の異常波形図12調節痙攣の異常波形赤外線オプトメータにて測定.近方負荷時の調節反応量の低下赤外線オプトメータによる測定.近方負荷に対して追随すると雲霧下での調節変動量の増大が認められ屈折度は安定しなが,測定中常に屈折度は近方へ偏位し調節変動量は増大していい.20歳代.る.20歳代. 【正常時】【調節麻痺時】【調節痙攣時】図13調節障害と自律神経正常時では自律神経系の平衡が保たれており調節安静位は安定しているが,調節麻痺時や調節痙攣時では自律神経系は不均衡となり調節安静位は不安定になっている.調節安静位遠方調節(交感神経系)近方調節(副交感神経系)遠方調節(交感神経系)近方調節(副交感神経系)遠方調節(交感神経系)近方調節(副交感神経系)

水晶体の光学特性

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1431.1436,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1431.1436,2014水晶体の光学特性CrystallineLensOpticalProperties川守田拓志*はじめに水晶体は眼屈折の約3分の1を担い,近見視に最も大きく寄与している.また,眼内に入射する光線はすべて水晶体を通過する.それだけに光学的な役割は非重要に大きい.加齢変化や疾患により,収差*1や散乱*2特性が変化し,光学特性が低下することは視覚の質を大きく低下させることにつながる.水晶体は眼内レンズ(intraocularlens:IOL)と比べても遜色のない光学特性を有し,周辺網膜の結像性の向上に寄与している1).また,遠方から近方まで効率的に明視するための形状や屈折率分布を有しており,調べれば調べるほど奥深い組織である.さらに,近年ブルーライト*3が問題になっているため,このことも含めた水晶体の光学特性についてまとめる2).I水晶体の形状と屈折率代表的なGullstrand模型眼によると,調節前の水晶体の前面の曲率半径,後面の曲率半径,厚みは各々10.0mm,.6.0mm,3.6mmである.また,調節後は5.3mm,.5.3mm,4.0mmとなる(図1)3).このモデルにおいて,水晶体の屈折力は調節前19.1Dから調節後33.1Dまで変化し,前面の曲率変化が大きいことがわかる.また,水晶体は核が存在することで水晶体形状が変化しやすくなることがわかっている(清水公也.第66回日本臨床眼科学会総会特別講演).さらに,シャインプルーク(Scheimpflug)カメラ*4を用いてより詳細に水晶体形状を計測した報告も存在し,Dubbelmanらによると,球面収差*5を減らすように非球面形状*6となっており,その係数であるconicconstant(k)は調節とともにマイナス側へ変化する4).屈折率*7は核が存在する中心で高く,周辺では徐々に低くなっていく屈折率分布構造(gradientrefractiveindex:GRIN)をしている5)*8.これは,水晶体に負の球面収差を持たせることで角膜の正の球面収差を低減させる機能的な役割がある(図2a).さらに,近見視時に瞳孔が小さくなったとき,高屈折力の領域に光線が通過し,屈折力が高まるような構造となっている(図2b).ヒトの眼は偏心光学系であり,カメラのようにレンズ系が一直線に並んでいない.Schaeffelら6)によると,水晶体は耳側への水平偏心が0.13±0.15mm,水平傾斜は4.62±3.18degであり,垂直の偏心は瞳孔中心から下方に0.32±0.07mm,垂直傾斜は-1.70±0.49degとされる.この偏心光学系は,単に重力などによる力学的な作用や解剖学的構造の結果にすぎないとする説がある一方で,遠方から近方まで効率よく見えるようにしたり,明視域の拡大や調節を手がかりに利用する適度な収差を発生させたりするという機能的な役割を有する可能性がある.水晶体形状の加齢変化については,既報のモデル4,7.9)を基に図3に示した.加齢とともに前面曲率半径が大きくスティープ化し,後面も若干スティープ化する.核の前後面の曲率半径はほとんど変わらない.水晶体全厚は*TakushiKawamorita:北里大学医療衛生学視覚機能療法学〔別刷請求先〕川守田拓志:〒252-0373神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)1431 均質モデル球面収差正屈折率分布型モデル球面収差負図1Gullstrand模型眼における水晶体の構成左側が調節前で右側が調節後である.光学設計ソフトaZemaxOpticStadio14(RadiantZEMAX社)にて作成した.15.0水晶体前面曲率半径10.0水晶体核前面曲率半径5.00.0水晶体核後面曲率半径-5.0水晶体後面曲率半径-10.020304050607080年齢(歳)図3加齢に伴う水晶体の形状変化曲率半径(mm)b図2均質モデルと屈折率分布型モデルの球面収差aは各々のモデルにおける球面収差を示し,bは近見縮瞳時の光線の概念図を示している. 網膜側-0.20角膜側-0.25-2-1012Primarywavesphericalaberration(wavelengths)0246810-2024水晶体Lenspower22DShapefactor-0.30-0.35-0.4020406080Lenspower10D年齢(歳)図5加齢に伴うShapefactorの変化ShapefactorXCorn/HOInt/HOOPD/HO図4IOL形状と波面球面収差の関係(文献12より改変引用)この図では,光軸は左から右向きを正の向きにしている.左側に凸の場合を正の曲率半径,右側に凸の場合を負の曲率半径と定義した.AxialmapInternalOPD図6水晶体による角膜乱視の補償OPDScanII(Nidek社)より計測した(32歳,男性).100角膜+房水C400.23-0.230.00C3-1-0.430.32-0.11図7水晶体による角膜高次収差の補償OPDScanII(Nidek社)より計測した(33歳,男性).解析径6.0mm.Corn/HO:Cornealhigherorderaberration,Int/HO:internalhigherorderaberration,OPD/HO:Opticalpassdifferencehigherorderaberration.C40:球面収差,C3.1:垂直コマ収差.過後の透過率分布である15).水晶体は紫外線をおもに吸収し,可視光のなかではエネルギーが比較的高い380020406080透過率(%)+水晶体+硝子体02004006008001,0001,2001,400波長(nm)図8眼の中間透光体における波長と積算光線透過率(文献15より改変引用)から400nmの透過率が低くなる.また,加齢とともにブルーライトの透過率は特に減少する.近年,このブルーライトをカットするべきか否か話題になっている.なぜこのようにブルーライトがカットされやすくなるかは議論があり,網膜障害を起こさないようバリア機能としての役割があるという説がある.ただし,ブルーライトはサーカディアンリズムの維持に必要で2),血圧コントロール16)や睡眠,心理的沈静化などに関与していることから単純にすべて取り除けばよいという問題ではなさ不正乱視の増加,後述する疾患などによるものと思われそうである.光学的観点から考えると,ブルーライトはる.散乱しやすい光であり3),取り除けば色収差は減少する光線の透過率に関して,図8は積算した中間透光体通が,メラノプシン含有網膜神経節細胞(melanopsincon(11)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141433 1434あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(12)折率差が大きく上昇するために散乱が上昇する18).また,Morgani白内障のような核偏位が起こるような場合は,コマ収差が大きく変化する19)(図10).その他にもMarfan症候群などの水晶体偏位をきたす疾患では,乱視成分やコマ収差を増加させ,円錐水晶体は高次収差を増加させる.また,瞳孔領内の水晶体浅層に発生するwatercleft*10は遠視化の原因になる20)(図11).このように水晶体疾患は屈折や高次収差,散乱が変化しやすく,定量評価することが重要と思われる.tainingretinalganglioncell:mRGC)を刺激し,持続手的な縮瞳を誘発することから,収差や明視域制御にも関与している可能性がある.いまだ不明な点も多く,多くの領域に関与していることから,今後もさまざまな角度からの研究が必要と思われる.III水晶体の疾患と光学特性最も罹患頻度が高く,かつ光学特性の低下をきたす水晶体の疾患は白内障である.一般に,白内障は加齢に伴う屈折率低下とは逆で屈折率が上昇するが,核と皮質の変化で大きくその影響が異なる.核白内障は近視化し,中心光線の進行が遅くなるため波面が遅れ,球面収差が負の方向にシフトする17)(図9).したがって,収差量を示すrootmeansquare(RMS)値は上昇する.また,皮質白内障では遠視化し,球面収差が正の方向にシフトする17).また,前.下や後.下白内障は屈折変化や収差の大きな変化は起こりにくいものの,房水と水晶体との屈Higherorderaberrations図9核白内障における眼球全体の高次収差マップとZernike係数KR-9000PW(Topcon社)より計測した(46歳,男性).偏心なし下方偏心1.0mmComay-1.29μmComay0.00μm図10Morgani白内障の水晶体核下方偏心に伴うコマ収差変化と網膜像シミュレーション光学設計ソフトZemaxOpticStadio14(RadiantZEMAX社)にて計算を行った.小数視力1.0視標の拡大図.S.E.+1.04D図11水晶体watercleftと屈折値変化シミュレーション光学設計ソフトCodeV10.6(Synopsis社)および照明解析ソフトLihtTools8.1(Synopsis社)にて計算を行った.左上の図は水晶体浅層にwatercleftを擬似的に作成した図を示し,右下の図は光線の挙動を示している.光学シミュレーション上では房水と同じ設定にしてある.Higherorderaberrations図9核白内障における眼球全体の高次収差マップとZernike係数KR-9000PW(Topcon社)より計測した(46歳,男性).偏心なし下方偏心1.0mmComay-1.29μmComay0.00μm図10Morgani白内障の水晶体核下方偏心に伴うコマ収差変化と網膜像シミュレーション光学設計ソフトZemaxOpticStadio14(RadiantZEMAX社)にて計算を行った.小数視力1.0視標の拡大図.S.E.+1.04D図11水晶体watercleftと屈折値変化シミュレーション光学設計ソフトCodeV10.6(Synopsis社)および照明解析ソフトLihtTools8.1(Synopsis社)にて計算を行った.左上の図は水晶体浅層にwatercleftを擬似的に作成した図を示し,右下の図は光線の挙動を示している.光学シミュレーション上では房水と同じ設定にしてある. あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141435(13)9)KoretzJF,CookCA,KaufmanPL:Agingofthehumanlens:changesinlensshapeatzero-diopteraccommoda-tion.JOptSocAmAOptImageSciVis18:265-272,200110)AtchisonDA,SmithG:OpticsoftheHumanEye.p213-220,Butterworth-Heinemann,Edinburgh,UK,200211)HermansEA,DubbelmanM,vanderHeijdeGLetal:Changeintheaccommodativeforceonthelensofthehumaneyewithage.VisionRes48:119-126,200812)AtchisonDA:Opticaldesignofintraocularlenses.I.On-axisperformance.OptomVisSci66:492-506,198913)KellyJE,MihashiT,HowlandHC:Compensationofcor-nealhorizontal/verticalastigmatism,lateralcoma,andsphericalaberrationbyinternalopticsoftheeye.JVis4:262-271,200414)ArtalP,BerrioE,GuiraoAetal:Contributionofthecor-neaandinternalsurfacestothechangeofocularaberra-tionswithage.JOptSocAmAOptImageSciVis19:137-143,2002おわりに水晶体の形状や屈折率,調節時の変化はおそらくラフに構成されているわけでなく,長い年月をかけた進化の過程で形成された機能的役割を有する組織と思われる.白内障が進行した場合,IOLに置き換えられ,最近では多くの設計コンセプトを持つレンズが登場している.具体的には,非球面IOL,着色IOL,トーリックIOL,多焦点IOL,調節性IOLなどであり,術後の球面収差量や乱視量,分光分布をどのようにすればいいかという議論がある.この点に関しては,ヒトの水晶体を見習って作製することが一つの解になるのかもしれない.本稿では水晶体を光学特性という観点からのみまとめたが,生化学や水晶体周囲を流れる房水の流体力学に与える影響などの観点からも非常によくできた組織と思われる.最近では,調節関連の研究報告は決して多くはないが,光学特性だけに限定してみてもIOLや眼鏡,屈折矯正手術などの屈折矯正分野における諸問題点を解決するヒントが隠れている可能性が高く,今後も水晶体に着目した研究は重要と思われる.文献1)JaekenB,MirabetS,MarinJMetal:Comparisonoftheopticalimagequalityintheperipheryofphakicandpseu-dophakiceyes.InvestOphthalmolVisSci54:3594-3599,20132)坪田一男:〔眼とブルーライト,体内時計〕ブルーライト問題概論.あたらしい眼科31:165-168,20143)魚里博,平井宏明,福原潤ほか:眼光学の基礎.眼光学の基礎(西信元嗣編),金原出版,20014)DubbelmanM,VanderHeijdeGL,WeeberHA:Changeinshapeoftheaginghumancrystallinelenswithaccom-modation.VisionRes45:117-132,20055)LiouHL,BrennanNA:Anatomicallyaccurate,finitemodeleyeforopticalmodeling.JOptSocAmAOptImageSciVis14:1684-1695,19976)SchaeffelF:Binocularlenstiltanddecentrationmeasure-mentsinhealthysubjectswithphakiceyes.InvestOph-thalmolVisSci49:2216-2222,20087)DubbelmanM,VanderHeijdeGL:Theshapeoftheaginghumanlens:curvature,equivalentrefractiveindexandthelensparadox.VisionRes41:1867-1877,20018)DubbelmanM,VanderHeijdeGL,WeeberHAetal:Changesintheinternalstructureofthehumancrystallinelenswithageandaccommodation.VisionRes43:2363-2375,2003■用語解説■*1収差:レンズを通る光線が一点に集まらず不完全な像ができること.*2散乱:光線が媒質表面や異種媒質などと衝突や相互作用したとき,光線の進行方向や空間的分布に変化をもたらすこと*3ブルーライト:波長380.495nmの可視光線*4シャインプルークカメラ:「被写体面と光軸が直交していない状態で,被写体面,レンズ主面,像面の3者を延長した面が1カ所に交われば,像面全体でピントが合う」というシャインプルークの原理を用いたカメラ.歪みの補正は必要であるが,角膜から水晶体まで比較的深度の高い画像が得られる.*5球面収差:光軸に対し種々の平行光線束が光学系に入射したとき,その対応した像点が一点に結像しない現象.*6非球面形状:収差を減らすため,球面から面形状をわずかに変形された状態で,球面でないことを指す.楕円面や放物面などで表される.*7屈折率:Shapefactorは,(C1+C2)/(C1-C2)で表される.C1:レンズ前面曲率半径,C2:レンズ後面曲率半径*8屈折率分布構造レンズ:媒質内である空間座標関数で表される屈折率が連続的に変化するレンズ.勾配屈折率レンズ,グリンレンズともよばれる.*9コマ収差:光軸外の1点から出た光が像面において一点に収束しない収差.*10watercleft:水晶体皮質浅層にあるY字縫合に沿って皮質層が分離し隙間が生じた状態.■用語解説■*1収差:レンズを通る光線が一点に集まらず不完全な像ができること.*2散乱:光線が媒質表面や異種媒質などと衝突や相互作用したとき,光線の進行方向や空間的分布に変化をもたらすこと*3ブルーライト:波長380.495nmの可視光線*4シャインプルークカメラ:「被写体面と光軸が直交していない状態で,被写体面,レンズ主面,像面の3者を延長した面が1カ所に交われば,像面全体でピントが合う」というシャインプルークの原理を用いたカメラ.歪みの補正は必要であるが,角膜から水晶体まで比較的深度の高い画像が得られる.*5球面収差:光軸に対し種々の平行光線束が光学系に入射したとき,その対応した像点が一点に結像しない現象.*6非球面形状:収差を減らすため,球面から面形状をわずかに変形された状態で,球面でないことを指す.楕円面や放物面などで表される.*7屈折率:Shapefactorは,(C1+C2)/(C1-C2)で表される.C1:レンズ前面曲率半径,C2:レンズ後面曲率半径*8屈折率分布構造レンズ:媒質内である空間座標関数で表される屈折率が連続的に変化するレンズ.勾配屈折率レンズ,グリンレンズともよばれる.*9コマ収差:光軸外の1点から出た光が像面において一点に収束しない収差.*10watercleft:水晶体皮質浅層にあるY字縫合に沿って皮質層が分離し隙間が生じた状態. 1436あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(14)134:1-9,200218)ArtalP,BenitoA,PerezGMetal:Anobjectivescatterindexbasedondouble-passretinalimagesofapointsourcetoclassifycataracts.PLoSOne6:e16823,201119)川守田拓志:〔白内障症例検討会〕核白内障.日本白内障学会誌26:38-40,201420)初坂奈津子,三田哲大,渋谷恵理ほか:皮質白内障眼とWatercleftsの遠視化への影響.日本白内障学会誌24:70,201215)SchwiegerlingJ:Fieldguidetovisualandophthalmicoptics.In:FieldGuidetoVisualandOphthalmicOptics(edbyGreivenkampJE),オプトロニクス,201016)IchikawaK:Changesinbloodpressureandsleepdura-tioninpatientswithbluelight-blocking/yellow-tintedintraocularlens(CHUKYOstudy).HypertensRes37:659-664,201417)KurodaT,FujikadoT,MaedaNetal:Wavefrontanalysisineyeswithnuclearorcorticalcataract.AmJOphthalmol

水晶体の細胞生物学:なぜ透明なのか?

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1425.1429,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1425.1429,2014水晶体の細胞生物学:なぜ透明なのか?CellBiologyoftheCrystallineLens山本直樹*はじめに人体は,1kg当たり約1兆個の細胞で構成されている.そして人体には大きく分けて体細胞と生殖細胞があり,そのうち体細胞はおよそ200種類以上あるといわれている.組織・器官はさまざまな種類の細胞によって構成されているが,細胞内部に存在する細胞内小器官には,大きな違いはほとんどない.角膜や水晶体は,多くの細胞の集合体であるにもかかわらず,眼球の奥に存在する網膜まで光を届けるために透明性が維持されており,人体のなかでも特殊な役割を果たしている組織・器官といえる.本稿では物を見るために必要な水晶体(crystallinelens)の“水晶のように澄んだ透明性(crystal)”と“ピント調整(lens)”について,細胞を中心とした基礎的な内容を解説する.I水晶体の構造水晶体は眼球の中心より角膜側にある楕円球体の構造で,周囲をtype-Ⅳcollagenを主成分とする水晶体.(カプセル)で包まれている(図1).水晶体.の角膜側を前.,網膜側を後.とよび,前.の中心部を前極部,後.の中心部を後極部という.水晶体で最大径の円周を赤道部とよび,水晶体の前極部から赤道部にいたる水晶体.の内側には,水晶体上皮細胞が単層で並んでいる.水晶体上皮細胞は,水晶体赤道部よりやや後極寄りの領域(弯曲部)で水晶体.から離れ,水晶体の前極部と後極部に向かって伸長し水晶体線維細胞に分化する(図2).水晶体線維細胞は水晶体の中心に向かってさらに分化し,細胞核,ミトコンドリア,ゴルジ体などの細胞内小器官が減少・消失し,やがて水晶体線維となって水晶体核を取り囲んでいく.水晶体は水晶体上皮細胞,水晶体線維細胞,そして水晶体線維による数千ともいわれる層が秩序正しく並んで形成されており,水晶体の断面は“たまねぎ”に似ている.水晶体の中心に存在する水晶体核は,大きく2つの領域で構成されている.水晶体核の中心,つまり水晶体の中心に存在する領域は,水晶体の発生の段階で形成された水晶体核(胎生核)である.そして,その胎生核の周囲を取り囲むように生後に形成された水晶体線維が成人核となって水晶体核を形成していく.この胎生核を構成している部位は細胞内小器官をもっておらず,胎児期に形成された細胞の一部が排除されることなく,一生涯にわたって存在したまま長期間透明性を維持する.逆に言えば,細胞内小器官が存在しないため,長期にわたって水晶体の中心で存在できるのであろう.II水晶体の透明性:水晶体の成り立ち水晶体の透明性には,水晶体を構成している細胞の並び方が重要な役割を果たしている.水晶体は,水晶体プラコードとよばれる領域から発生する(図3).網膜の原基となる眼胞が眼杯に分化するのに伴い,水晶体プラコ*NaokiYamamoto:藤田保健衛生大学共同利用研究施設分子生物学〔別刷請求先〕山本直樹:〒470-1192愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪1-98藤田保健衛生大学共同利用研究施設分子生物学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1425 1426あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(4)んで細胞核が消失して水晶体線維(図4),水晶体核(胎生核)となる.生後も水晶体の成長は続いており,マウスの水晶体は生後1日から2週間程度は著しく大きくなっていくが,その後の水晶体の大きさの変化はゆるやかとなる(図5,6).水晶体の発生・形成期において,眼杯側の細胞が後.側から前.側に向かって伸長していく(図3)のは,その後の水晶体を形成する細胞配列の“方向性”を決定する最も大切な細胞挙動であり,水晶体の特徴である.この細胞配列の“方向性”によってその後に増殖してくる細胞が整然と配列し,水晶体の前.側と後.側の極性(前極,後極)を形成していく.この規則正しく細胞が配列していることで,水晶体の外から入った光が散乱・反射することなく水晶体を透過することができるため,水晶体は“透明”にみえるのであろう.III水晶体の透明性:水晶体を構成する細胞や線維水晶体が“透明”に見えるもう一つの理由は,水晶体を構成している大部分の水晶体線維の内部構造である.生命の設計図となるDNAを格納している細胞核,細胞の活動エネルギーなどを作るために必要な細胞質に存在するさまざまな細胞内小器官が細胞に存在すると,細胞の中を光が進むときにそれらに光が当たって反射や屈折が起こり,光が直進できなくなるため細胞は濁って見えードは眼杯の中に陥没するような形でくぼんで,最終的には袋状(胞状)となり,水晶体の原基となる水晶体胞が形成される.形成された水晶体胞の角膜側に並んでいる細胞は,増殖し続けながら成長して水晶体上皮細胞となる.一方,水晶体胞の眼杯側の細胞は,眼杯からの因子の影響を受けて細胞増殖が停止し,前.側に向かって伸長しながら水晶体線維細胞に分化し,さらに分化が進前極部後極部赤道部前.水晶体.(カプセル)水晶体上皮細胞水晶体線維細胞水晶体線維弯曲部水晶体核(胎児核)増殖帯水晶体核(成人核)皮質水晶体核(胎児核)角膜網膜視神経【ヒト水晶体組織】【マウス眼球標本】【水晶体模式図】後.図1水晶体の構造ABC図2ヒトの水晶体ヒト水晶体は透明ではなく黄色味を帯びている.この黄色味によって紫外線などの短波長を吸収するため,網膜を保護している(A).水晶体前.側の水晶体.の内側には,1層の水晶体上皮細胞が並んでいる(B).水晶体赤道部よりもやや後.側の弯曲部で水晶体上皮細胞は水晶体.から離れて水晶体線維細胞となり,前極部と後極部に向かって伸長する(C).前極部後極部赤道部前.水晶体.(カプセル)水晶体上皮細胞水晶体線維細胞水晶体線維弯曲部水晶体核(胎児核)増殖帯水晶体核(成人核)皮質水晶体核(胎児核)角膜網膜視神経【ヒト水晶体組織】【マウス眼球標本】【水晶体模式図】後.図1水晶体の構造ABC図2ヒトの水晶体ヒト水晶体は透明ではなく黄色味を帯びている.この黄色味によって紫外線などの短波長を吸収するため,網膜を保護している(A).水晶体前.側の水晶体.の内側には,1層の水晶体上皮細胞が並んでいる(B).水晶体赤道部よりもやや後.側の弯曲部で水晶体上皮細胞は水晶体.から離れて水晶体線維細胞となり,前極部と後極部に向かって伸長する(C). あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141427(5)とでZinn小帯がゆるみ,水晶体がもっている元々の厚みに戻ることでピントを合わせる(図7).加齢に伴い水晶体は固くなるため,近くをみるのにピントが合うまでに時間がかかる,あるいは近くがみえにくいという老視,いわゆる老眼の症状が現れてくる.VI細胞配列と透明性の関係さまざまな原因によって水晶体に入った光の反射や屈折がおこるようになると,水晶体は光を透過できなくなり混濁して見えるようになる,つまり白内障である.これは加齢に伴い,水晶体の蛋白質中のアミノ酸残基のさまざまな構造変化,蛋白質の重合化,細胞の配列の変化る.水晶体の中心部分を構成している水晶体線維や水晶体核には,こうした細胞内小器官がほとんど存在しないため,水晶体に入った光が散乱・反射することなく透過することができる.この特殊な細胞や線維の内部構造も水晶体が“透明”に見えるもう一つの理由であろう.IV水晶体の透明性:水晶体を構成する水分と蛋白質水晶体は水分66%,蛋白質33%,その他の成分1%から構成されている親水性の高い組織・器官である.水晶体の透明性は,含水量を調整するアクアポリン(水チャネル蛋白質)と水晶体蛋白質の大部分を占めるクリスタリン蛋白質によって維持されている.なお,ヒトの水晶体は黄色味を帯びていて(図2A),角膜を透過した紫外線(UVB)などが水晶体によって吸収されるため,網膜まで紫外線を到達させないためのフィルターの役目も果たしている.V水晶体によるピント調整水晶体を形成している細胞の配列は,透明性を維持するとともにピントを合わせるために水晶体の形が変化するのに適した配列であるといえる.中心に楕円体の水晶体核が存在し,その周囲を水晶体線維や水晶体線維細胞が水晶体の前極部と後極部を中心として弓状に配列しているため,柔軟に水晶体の厚みを変化させることができる.遠くをみるためには毛様体筋がゆるむことでZinn小帯によって水晶体は引っ張られて薄くなり,ピントを合わせる.逆に近くをみるためには毛様体筋が収縮するこ眼胞水晶体プラコード眼杯眼杯水晶体胞水晶体胞眼杯細胞の伸長角膜水晶体上皮細胞水晶体線維細胞眼杯図3水晶体の発生(文献1より改変引用)図4ブタの水晶体線維ブタ水晶体の皮質を走査型電子顕微鏡で観察すると,緻密な水晶体線維がみられる.眼胞水晶体プラコード眼杯眼杯水晶体胞水晶体胞眼杯細胞の伸長角膜水晶体上皮細胞水晶体線維細胞眼杯図3水晶体の発生(文献1より改変引用)図4ブタの水晶体線維ブタ水晶体の皮質を走査型電子顕微鏡で観察すると,緻密な水晶体線維がみられる. 1428あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(6)しておこる混濁を後発白内障という.後発白内障のなかで水晶体のような細胞の配列が観察される現象として,Soemmeringringがある.このSoemmeringringが形成されている領域は,肉眼的には混濁して見える(図など水晶体の秩序が乱れることでおこるが,その原因はさまざまである.ここでは細胞の配列の変化による透明性について具体例をあげて解説する.白内障術後に水晶体.の中に残存した細胞などが増殖生後1日生後7日生後12日生後16日図5生後のマウス水晶体の成長生後2週間ごろまでのマウス水晶体は身体の成長に合わせて著しく大きくなっていく.ABC弯曲部図6マウス眼球と水晶体マウスはヒトと比べて眼球に対する水晶体の割合が大きい(A).太陽光をほとんど浴びない環境でマウスは生存するため,紫外線などに曝露される可能性が低いことから水晶体はヒトのように黄色味はなく,透明である(B).水晶体弯曲部よりも前極側に水晶体上皮細胞が増殖している増殖帯が存在している(C).AB毛様体筋の弛緩Zinn小帯のテンションが上がるZinn小帯のテンションがゆるむ毛様体筋の収縮水晶体は薄くなる水晶体は厚くなる図7水晶体のピント調整遠くをみているときは水晶体は薄くなり(A),近くをみているときは厚くなる(B)ことでピントを調整している.生後1日生後7日生後12日生後16日図5生後のマウス水晶体の成長生後2週間ごろまでのマウス水晶体は身体の成長に合わせて著しく大きくなっていく.ABC弯曲部図6マウス眼球と水晶体マウスはヒトと比べて眼球に対する水晶体の割合が大きい(A).太陽光をほとんど浴びない環境でマウスは生存するため,紫外線などに曝露される可能性が低いことから水晶体はヒトのように黄色味はなく,透明である(B).水晶体弯曲部よりも前極側に水晶体上皮細胞が増殖している増殖帯が存在している(C).AB毛様体筋の弛緩Zinn小帯のテンションが上がるZinn小帯のテンションがゆるむ毛様体筋の収縮水晶体は薄くなる水晶体は厚くなる図7水晶体のピント調整遠くをみているときは水晶体は薄くなり(A),近くをみているときは厚くなる(B)ことでピントを調整している. あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141429(7)る組織幹細胞に関する研究も進んでおり,水晶体の透明性維持のメカニズム解明が白内障の発症予防や進行を遅らせる創薬の開発につながることを期待したい.文献1)岩田修造(編著):水晶体その生化学的機構.メディカル葵出版,19862)YamamotoN,MajimaK,MarunouchiT:Astudyoftheproliferatingactivityinlensepitheliumandtheidentificationoftissue-typestemcells.MedMolMorphol41:83-91,20083)山本直樹.水晶体と白内障─基礎研究と臨床研究のCollaboration─.日本白内障学会誌20:12-19,20088A).Soemmeringringを構成している細胞を詳しく観察すると,細胞は水晶体.の内側に配列し,Soemmeringringの最も幅が広い部位(図8B)で細胞が水晶体.から離れて伸長する(図8C).Soemmeringringの内部では細胞核が小さくなり(図8D),内側に向かっていく細胞の核は消失する(図8E).一見するとSoemmeringringは,水晶体と同じような細胞の配列をしているが,秩序ある細胞配列ができていないため光の散乱・反射がおこり,水晶体のように透明ではなく混濁して見える.おわりに水晶体は長期間にわたって透明性を維持する.水晶体の透明性は水晶体を通過する光の透過性と関連があり,水晶体を構成する細胞の配列と細胞内に高密度に存在するクリスタリンなどの蛋白質の秩序ある分子配列に起因する.水晶体線維細胞から水晶体線維に分化する際,DNAやさまざまな細胞内小器官は消失するが,クリスタリン蛋白質は保持されるという水晶体に特有な細胞機構こそが,水晶体の透明性に深く関与している.水晶体の研究は約100年前から始まっているが,水晶体透明性維持のメカニズム,または水晶体混濁のメカニズムはいまだ完全に解明されていない.近年,水晶体に存在す■用語解説■眼内レンズ:白内障手術の後に水晶体の代わりに挿入する人工水晶体レンズ.後発白内障:白内障術後に水晶体.の中に残存した細胞などが増殖することで混濁する.Soemmeringring:後発白内障で観察される混濁した細胞集団.白内障手術時に切除した水晶体前.の縁が後.と接触することで袋状になった領域で観察される.水晶体.眼内レンズACBDE図8Soemmeringring内部の細胞配列白内障術後に水晶体.内に観察された混濁.Soemmeringringの内部は水晶体のような細胞配列をしているが,配列の秩序性が乏しいため光が散乱・反射して白く見える.■用語解説■眼内レンズ:白内障手術の後に水晶体の代わりに挿入する人工水晶体レンズ.後発白内障:白内障術後に水晶体.の中に残存した細胞などが増殖することで混濁する.Soemmeringring:後発白内障で観察される混濁した細胞集団.白内障手術時に切除した水晶体前.の縁が後.と接触することで袋状になった領域で観察される.水晶体.眼内レンズACBDE図8Soemmeringring内部の細胞配列白内障術後に水晶体.内に観察された混濁.Soemmeringringの内部は水晶体のような細胞配列をしているが,配列の秩序性が乏しいため光が散乱・反射して白く見える.

序説:水晶体を科学する

2014年10月31日 金曜日

●序説あたらしい眼科31(10):1423.1424,2014●序説あたらしい眼科31(10):1423.1424,2014水晶体を科学するScienceoftheLens坪田一男*佐々木洋**「水晶体は濁っても白内障手術をすれば大丈夫」という考えが強い.したがって従来,研究の重要性は残念ながら注目されてこなかったのが事実である.しかしながら近年,混濁を超えて,水晶体の弾性や,ブルーライト透過性などの研究が進み流れが変わりつつある.さらにはアコモダティブIOLや,マルチフォーカル眼内レンズなどの機能性IOLの進歩によって理想的な水晶体のあり方についてのサイエンスが始まった.本来の水晶体の機能からみた新しい機能科学が始まったのだ.そこで今回は,水晶体の機能と加齢変化をあらためて考えてみよう.1.透明である.これは加齢により濁ることは周知のとおりである.2.弾性があり,調節を行う.加齢により水晶体の弾性が失われることも周知のとおりである.3.可視光を透過する.加齢により短波長領域(ブルーライト)の透過率が激減する.4.紫外線を通さない.これは加齢の影響は少ない.5.眼内の酸素を使う.眼内酸素濃度を下げる働きが注目されつつある.6.前房と後房を物理的に分離する.これらの機能のうち,特に1,2,3が加齢と関連し超高齢化社会では重要な課題となってきている.今回の「水晶体を科学する」の特集では,水晶体の基本から特にこの3つの領域について,現在日本を代表する臨床家・研究家の先生に執筆をお願いした.まずは水晶体の生物学:なぜ透明なのか?について山本直樹先生(藤田保健衛生大学共同利用研究施設分子生物学)に,水晶体の基本的な機能である透過性の秘密についてご説明をお願いした.そして可視光線を通し,紫外線を透過させないなど水晶体の光学特性については,川守田拓志先生(北里大学医療衛生学部視覚機能療法学)に詳細に語っていただいた.ここでは加齢によるブルーライトの透過性低下についても触れていただいている.水晶体のもうひとつの大きな機能である弾性については,調節メカニズムのサイエンスとして中島伸子先生(中島眼科クリニック)と中村芳子先生(オリックス株式会社グループ健康推進室)に,老視発症機序の解明と予防,治療法の探索については樋口明弘先生(慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター)に,そして老視治療の新しい流れについては荒井宏幸先生(みなとみらいアイクリニック)に執筆をお願いした.従来,老視については,水晶体の弾性が低下するため“年だからしょうがない”とあきらめられていたが,メガネ,コンタクトレンズに加えて眼内レ*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**HiroshiSasaki:金沢医科大学眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1423 1424あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(2)ンズや,角膜への手術などによりさまざまな対症療法が開拓されつつあることも理解できると思う.また,まだ先にはなるが,老視の予防薬や治療薬についての可能性も見えてきている.これらの流れの中で,日本国内で使える白内障予防薬について青瀬雅資先生・松島博之先生(獨協医科大学眼科学教室)に網羅していただいた.白内障予防薬は世界でもユニークなものであるが,これらの薬剤のメカニズムは大変興味深いものがある.さらに白内障は加齢が大きなリスクファクターであるため,これをエイジングの立場から「白内障とエイジング」というタイトルで久保江理先生(金沢医科大学眼科学講座)に執筆していただいた.エイジングに介入することによって白内障の予防が将来できるようになれば,こんなに素晴らしいことはない.最後に,近年提唱されている白内障のアンチエイジング手術としての側面について,ずばり“アンチエイジング手術としての白内障手術”として根岸一乃先生(慶應義塾大学医学部眼科学教室)に大胆な切り口で執筆をお願いした.20年前までは白内障手術を受けた患者の方が寿命が短かったが,最近の疫学研究では早めに白内障手術を受けた方のほうが健康指標が良いという結果が出つつあり,非常に興味深い.白内障手術が安全に行われるようになって,手術の社会的な価値も変化しているものと考えられる.今回の特集「水晶体を科学する」は,あらたに水晶体の臨床,研究が活発化するひとつの流れの一端としてご理解いただければ幸いである.老視問題や,ブルーライト問題など,単に視力改善というばかりでなく,クオリティー・オブ・ライフ(QOL)の改善という方面からもさらに注目されていくものと考える.

眼科ドックにおける眼科疾患の発見

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1413.1416,2014c眼科ドックにおける眼科疾患の発見井上賢治黒栁優子高松俊行井上智子小栗真美岡山良子井上眼科病院OphthalmicDiseaseFindingsinOphthalmicCheckUpKenjiInoue,YukoKuroyanagi,ToshiyukiTakamatsu,SatokoInoue,ManamiOguriandRyokoOkayamaInouyeEyeHospital目的:井上眼科病院(以下,当院)では眼科疾患の早期発見を目的として眼科ドックを開始した.眼科ドックを受診した患者の特徴を検討した.対象および方法:眼科ドックを受診した249例(男性102例,女性147例)を対象とした.視力検査,視野検査(Humphrey視野スクリーニング検査プログラム中心76点),眼圧測定,眼位検査,涙液検査,調節機能検査,両眼視機能検査,細隙灯検査,眼底写真撮影,光干渉断層法(OCT)検査を施行し,異常を有する症例は「2次検査必要」と診断した.2次検査を当院で行った症例の結果を調査した.結果:2次検査必要症例は30例(12.0%)だった.内訳は緑内障疑い16例,白内障4例,黄斑異常2例,ドライアイ疑い2例などだった.2次検査を19例(7.6%)が当院で行い,最終診断は白内障3例,緑内障2例,黄斑上膜2例などだった.結論:眼科ドックは自覚症状を有さない眼科疾患の早期発見に有用である.Purpose:Toreportonearly-stageeyeproblemdiscoveryinthosewhounderwentophthalmiccheckupatInouyeEyeHospital.SubjectsandMethods:Subjectswere249caseswhounderwenttheophthalmiccheckupcomprisingvisualacuity,visualfield,tonometry,eyeposition,lacrimalfluid,adjustmentfunction,binocularfunction,slit-lampexamination,fundusphotographyandopticalcoherencetomography(OCT)examination.Unusualcasesunderwentasecondinspection.Theresultsofthesecondinspectionwereinvestigated.Results:Thosereceivingasecondinspectionnumbered30cases(12.0%).Classificationwas:suspectedglaucomain16cases,suspectedcataractin4cases,maculaabnormalityin2casesandsuspecteddryeyein2cases.Ofthe30casesrequiringasecondinspection,19(7.6%)receiveditatourhospital.Finaldiagnosiswas3casesofcataract,2casesofglaucomaand2casesofepiretinalmembrane.Conclusion:Ophthalmiccheckupisusefulintheearlydetectionofeyediseasesthatdonothavesubjectivesymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1413.1416,2014〕Keywords:眼科ドック,眼科疾患,緑内障,白内障,黄斑上膜.ophthalmiccheckup,eyedisease,glaucoma,cataract,epiretinalmembrane.はじめに眼科疾患は全身性の疾患と同様に早期発見・早期治療が重要である.疫学調査での有病率は緑内障では40歳以上の5%1),加齢黄斑変性症では50歳以上の1.3%(滲出型1.2%,萎縮型0.1%)2)と報告されている.眼科疾患の早期発見のむずかしい点として,目は両眼あり,たとえ片眼に異常が生じてももう片眼がそれをカバーしてしまう点がある.また,緑内障のように初期には自覚症状が出現しない疾患もあり,早期発見がむずかしい.眼科疾患の早期発見の試みとして,住民健診を自治体が,企業健診を企業が,人間ドックを民間の業者が行っている.しかし,全国の自治体での成人眼検診の実施状況を調査した報告では,成人眼検診を実施している自治体は全体の16.3%と低率だった3).さらに,これらの健診での眼科検査は視力検査,眼圧測定,眼底写真撮影のみの場合が多い.そして,眼底写真撮影を受診者全員に行っている自治体においても,その41.7%の自治体では眼科医師が本来行うべき判定を眼科医師以外が行っている3).このような状況のなかでの眼科疾患の早期発見は困難と考え,井上眼科病院(以下,当院)では全身のスクリーニング〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(165)1413 (例)10100908070605040302010030歳代40歳代を行う人間ドックの眼科版である眼科ドックを2012年5月より開始した.今回,当院の眼科ドックを受診した人の特徴を後ろ向きに調査した.I対象および方法2012年5月から2013年3月の間に当院の眼科ドックを受診した249例を対象とした.眼科的な自覚症状を有さない人を対象とし,自覚症状を有する人には眼科ドックではなく,眼科受診を勧めた.性別は男性102例,女性147例だった.平均年齢は52.8±11.8歳(平均値±標準偏差),年齢は20.87歳までだった.年代別には40歳代が78例(31.3%)で最多だった(図1).眼科ドックには2つのコースがあり,通常コースは他覚的屈折検査,自覚的視力検査,眼圧測定,眼位検査,眼底写真撮影,涙液検査(Schirmerテスト),スペシャルコースは通常コースに加えて調節機能検査,両眼視検査,視野検査(Humphrey視野スクリーニング検査プログラム中心76点),三次元眼底解析検査〔opticalcoherencetomography(OCT)による黄斑部の観察〕を施行した.対象の内訳は,通常コース99例,スペシャルコース150例だった.各種検査を施行後,眼科医師が細隙灯顕微鏡による診察を行った.4人の眼科医師が交代で担当した.各検査での異常の有無を確認し,それらの結果を基として,「異常なし」「経過に注意しましょう」「診察を受けましょう」「治療を受けましょう」の4段階で評価し,総合判定とした.なお,緑内障疑いは22mmHg以上の高眼圧,視野検査による異常,視神経乳頭陥凹拡大,網膜神経線維層欠損のいずれかを認める症例とした.調節機能検査の異常は調節機能が年齢との解離を認める症例とした.「診察を受けましょう」と「治療を受けましょう」と診断された症例には2次検査を受けるように指導した.年代ごとに2次検査必要症例と非必要症例の頻度を1414あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014図1眼科ドック受診者の年齢8例,3.2%20歳代20例,8.0%78例,31.3%74例,29.7%44例,17.7%20例,8.0%5例,2.0%■:男:女50歳代60歳代70歳代80歳代算出し比較した(c2検定).その後,2次検査を当院で行った症例について結果を調査した.II結果眼科ドックの総合判定は「異常なし」114例(45.8%),「経過に注意しましょう」105例(42.2%),「診察を受けましょう」27例(10.8%)「治療を受けましょう」3例(1.2%)だった(図2).2次検査必(,)要症例は30例(12.0%)だった.年代別の総合判定では20歳代が70歳代,80歳代に比べて有意に2次検査必要症例が少なかった(p<0.05)(図3).2次検査必要症例(30例)における各検査の異常は,矯正視力1.0未満の症例10例(33.3%),視野異常6例(20.0%),21mmHgを超える高眼圧症0例(0%),眼位異常1例(3.3%),Schirmerテスト10mm以下4例(13.3%),調節機能検査異常5例(16.7%),両眼視機能異常4例(13.3%),眼底異常17例(56.7%),OCT検査異常12例(40.0%)だった.2次検査必要症例の内訳は,緑内障疑い16例(53.3%),白内障4例(13.3%),黄斑部異常2例(6.7%),ドライアイ疑い2例(6.7%),表層角膜炎1例(3.3%),眼球振盪1例(3.3%),網膜色素変性症疑い1例(3.3%),外斜視1例(3.3%),網膜血管硬化症1例(3.3%),眼瞼下垂1例(3.3%)だった(図4).2次検査で当院を受診した症例は19例だった.それら19例の最終診断は,白内障3例,緑内障2例,黄斑上膜2例,視神経乳頭陥凹拡大2例,眼瞼下垂1例,ドライアイ1例,網膜色素変性症1例,外斜視1例,網脈絡膜萎縮1例,異常なし5例だった.2次検査で緑内障と診断された2例は,62歳男性と66歳男性で正常眼圧緑内障だった.眼圧は前者は右眼15mmHg,左眼14mmHg,後者は両眼13mmHgだった.Humphrey視野プログラム中心30-2SITAStandardのmeandeviation値は前者は右眼.1.37dB,左(166) 治療を受け診察を受けましょうましょう3例,1.2%27例,10.8%異常なし114例,45.8%経過に注意しましょう105例,42.2%図2眼科ドックの総合判定緑内障疑い16例,53.3%白内障4例,13.3%その他6例,20.0%ドライアイ疑い2例,6.7%黄斑異常2例,6.7%図4眼科ドックの2次検査必要症例眼.1.32dB,後者は右眼.1.16dB,左眼.6.07dBだった.III考按人間ドックや健康診断における眼科疾患の検出の有用性についての報告は多い4.14).緑内障に関しては緑内障の受診機転の調査4,5)や2次検査での緑内障発見率の報告6)がある.また,糖尿病網膜症7),黄斑部病変8),白内障9)の検出にも役立っている.2010年に人間ドックを受診した694施設3,077,352例の調査では,眼科に関しては要経過観察が288,764例(9.4%),要医療が100,420例(3.3%),要精査199,516例(6.5%)だった10).今回の2次検査必要症例は12.0%だったので笹森の報告10)の要医療+要精査9.8%より多かった.これは今回のドックのほうが眼科に関する検査項目が多いためと考えられる.人間ドックや健康診断での従来の検査に追加してfrequencydoublingtechnology(FDT)視野計による視野検査を導入したところ,緑内障の検出率が上昇したとの報告が多数ある11.13).宮本らは人間ドックにおいて緑内障の発見率が眼底写真,眼圧のみの検査では0.23%だったが,FDTによる視野検査を加えたところ,1.68%に上昇したと報告した11).(167)40.0%60.0%80歳代5.0%95.0%70歳代20.5%79.5%60歳代**10.8%89.2%50歳代11.5%88.5%40歳代5.0%95.0%30歳代100.0%20歳代0.0%20.0%40.0%60.0%80.0%100.0%■:2次検査必要:2次検査不要*p<0.05(c2検定)図3年齢別の眼科ドックの総合判定筆者らも人間ドックでの緑内障の有病率をFDT視野検査導入前後で検討した12,14).FDTによる視野検査導入前は視力測定,眼圧測定,眼底写真撮影を行っていた.緑内障の有病率はFDT導入前14)は1.17%,FDT導入後12)は1.76%に向上した.稲邊らは職員健診の際に238例の受診者に対して眼圧測定,眼底写真撮影,FDT視野検査を行った13).FDT検査で30例(12.6%)に視野異常を認め,そのうち10例が眼科を受診し,7例が緑内障あるいは緑内障疑いと診断された.一方,FDTで異常を認めず眼底写真で異常を認めた12例のうち8例が眼科を受診したが,緑内障疑いが1例認められたのみだった.Tatemichiらは,企業健診で14,814例の受診者にFDT視野検査を付加して導入したところ,過去の健診で発見されなかった緑内障を167例(1.13%)で検出した9).今回視野検査としてFDTではなく,Humphrey視野スクリーニング検査プログラム中心76点を用いた.この検査はHumphrey視野閾値検査に比べて短時間で施行できる.また30°内76点の検査を行い,通常の緑内障診断で使用するHumphrey視野プログラム中心30-2と同様の配列検査点であり,緑内障検出に優れていると考えられる.林らは健診にて視野異常が疑われた症例にHumphrey視野計の全視野スリーゾーンスクリーニングプログラム120点を施行し,有用であったと報告した15).今回の眼科ドックには通常コースとスペシャルコースがあるが,緑内障検出の面からの違いは,スペシャルコースで視野検査を行っている点である.通常コースとスペシャルコースを比較すると,2次検査必要症例は通常コース12.1%(12例/99例),スペシャルコース12.0%(18例/150例)で同等だった.そのなかで緑内障疑い症例は通常コース5.1%(5例/99例),スペシャルコース7.3%(11例/150例)で,スペシャルコースのほうがやや多かった.2次検査を当院で施行した症例の最終診断における緑内障は通常コース0例,スペシャルコース2例だった.視あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141415 野検査が緑内障の検出に過去の報告9,11.13)と同様に有用であった.緑内障の定義は「緑内障は,視神経と視野に特徴的変化を有し,通常,眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制しうる眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である.」と記されている16).今回視野検査を行うことで眼底検査による視神経の観察と合わせて緑内障疑いの診断が向上したと思われる.しかし,緑内障以外の疾患による視野障害を検出したり,初回検査ゆえに検査に対する十分な理解が得られず異常を検出(偽陽性)したりする可能性がある.これらの欠点を取り除くために視野検査として短時間で施行できるHumphrey視野スクリーニング検査プログラム中心76点を用いた.今回視野検査に異常が検出された6例のうち当院で2次検査を施行した症例は5例だった.視野異常の原因は緑内障2例,網膜色素変性症1例,眼瞼下垂1例,Humphrey視野プログラム中心30-2SITAStandardでは異常なし1例だった.Humphrey視野プログラム中心30-2SITAStandardで異常が検出されなかった症例は視神経乳頭形状も正常だった.今回の視野検査による視野障害の部位から頭蓋内疾患を疑わせる症例はなかった.眼科ドックで検出された眼疾患は,白内障,緑内障,黄斑上膜,眼瞼下垂,ドライアイ,網膜色素変性症,外斜視,網脈絡膜萎縮と多岐にわたっていた.また,疾患ではないが視神経乳頭陥凹拡大を認める症例もあった.過去の報告10)においても緑内障以外に白内障,網膜中心動・静脈閉塞症,網膜色素変性,黄斑変性症,糖尿病網膜症,網脈絡膜萎縮などを検出した.当院の眼科ドックでは視力検査,眼圧検査,眼底写真撮影の他に通常コースにおいては眼位検査,涙液検査,細隙灯顕微鏡検査,スペシャルコースにおいては調節機能検査,両眼視検査,視野検査,三次元眼底解析検査を行っている.細隙灯顕微鏡検査から眼瞼下垂,涙液検査からドライアイ,眼位検査や両眼視検査から外斜視,三次元眼底解析検査や眼底写真撮影から黄斑部異常(黄斑上膜)が検出できたと考えられる.一方,2次検査を当院で行った19例のうち5例(26.3%)では特に疾患はなく,これらは偽陽性例と考えられる.通常の健康診断や人間ドックよりも今回の眼科ドックにおいて多数の検査を行っているためと考えられる.当院で眼科疾患の早期発見を目的として眼科ドックを開始した.その後の2次検査により,白内障,緑内障,黄斑上膜などが検出された.眼科ドックは自覚症状を有さない人の眼科疾患の発見に有用だった.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinadefinedJapanesepopulation.theHisayamaStudy.Ophthalmology116:2135-2140,20093)川島素子,阿久根陽子,山田昌和:公的な成人眼検診の実施状況.日本の眼科83:1036-1040,20124)相馬久実子,大竹雄一郎,石川果林ほか:広義の開放隅角緑内障の受診機転および家族歴.あたらしい眼科22:1401-1405,20055)佐藤裕理,谷野富彦,大竹雄一郎ほか:慶應義塾大学病院における正常眼圧緑内障患者の受診機転.あたらしい眼科21:405-408,20046)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:人間ドックで緑内障が疑われた症例.あたらしい眼科22:683-685,20057)野村工,堀田一樹.人間ドックでの糖尿病患者の網膜症新規発症と背景.あたらしい眼科22:1577-1581,20058)元勇一,文鐘聲,黒住浩一ほか:当院における成人病健診の眼底スクリーニングと健診アンケート結果.人間ドック19:403-408,20049)TatemichiM,NakanoT,TanakaKetal:Performanceofglaucomamassscreeningwithonlyavisualfieldtestusingfrequency-doublingtechnologyperimetry.AmJOphthalmol134:529-537,200210)笹森典雄:2010年人間ドック全国集計成績.人間ドック26:638-683,201111)宮本祐一,木村美樹,柿本陽子ほか:人間ドックへの視野検査導入の意義について.人間ドック27:36-40,201212)井上賢治,奥川加寿子,後藤恵一:FrequencyDoublingTechnology導入後の人間ドックにおける緑内障の有病率.あたらしい眼科21:117-121,200413)稲邊富實代,高谷典秀,場集田寿ほか:正常眼圧緑内障早期発見を目的としたFrequencyDoublingTechnology視野計の予防医療導入の検討.人間ドック24:31-38,200914)荻原智恵,奥川加寿子,井上賢治:人間ドックにおける緑内障の有病率.あたらしい眼科19:521-524,200215)林裕美,木村奈都子,小林昭子ほか:Humphrey自動視野計によるスクリーニング─全視野スリーゾーンの臨床試用─.眼科39:1507-1511,199716)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン第3版.日眼会誌116:3-46,2012***1416あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(168)

妊娠後期に発症し無治療で改善したVogt-小柳-原田病の1例

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1407.1412,2014c妊娠後期に発症し無治療で改善したVogt-小柳-原田病の1例笠原純恵*1,2市邉義章*2清水公也*2*1独立行政法人地域医療機能推進機構相模野病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室ACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasethatDevelopedLaterinPregnancyandImprovedwithoutTreatmentSumieKasahara1,2),YoshiakiIchibe2)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,SagaminoHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine目的:妊娠29週でVogt-小柳-原田病(原田病)を発症し無治療で改善した1例を報告する.症例:36歳,女性.妊娠29週に右眼の視力低下を自覚し受診.矯正視力は右眼0.7,左眼1.2,両眼の虹彩炎,漿液性網膜.離を認め,発症前に感冒様症状,頭痛を認めた.妊婦のため蛍光造影検査や髄液検査などの侵襲的な検査は施行せず,Readらの診断基準をもとに不全型原田病と診断し経過観察を開始.発症2日目,両眼ともに網膜.離は増悪し,矯正視力は右眼0.4,左眼0.5まで低下.しかし,発症7日目より無治療で網膜.離は改善傾向となり,矯正視力も上昇した.発症57日目,妊娠37週目に正常児を出産.発症65日目,矯正視力は両眼ともに1.2,網膜.離は消失したままで,眼底は夕焼け状を呈していた.発症から5年現在再発はない.結論:妊娠後期に発症し,無治療で改善した原田病の1例を経験した.妊娠が漿液性網膜.離の早期改善に好影響を及ぼした可能性がある.Purpose:ToreportacaseofVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH)thatdevelopedat29weeksofgestationandimprovedwithouttreatment.Case:A36-yearoldfemalenoticedlossofvisioninherrighteyeat29weeksofgestationandconsultedourclinic.Bestcorrectedvisualacuities(BCVA)ofrightandlefteyeswere0.7and1.2,respectively.Shehadthebinoculariritisandserousretinaldetachmentandhadhadcommoncoldsymptomsandheadachebeforeonsetoftheaboveocularsymptoms.Inviewofthesesymptoms,wediagnosedincompleteVKHbasedonthereviseddiagnosticcriteriawithoutfluoresceinangiographyorcerebrospinalfluidexamination,duetohergravidstatus,andmonitoredherdiseaseconditionwithnomedicaltreatment.AlthoughthebinocularserousretinaldetachmentsprogressivelydeterioratedandtheBCVAoftherightandlefteyesdecreasedto0.4and0.5,respectivelyattheseconddayafteronset,thesesymptomsshowedimprovingtendencyattheseventhdayafteronset.Atthe57thdayafteronset,shesuccessfullygavebirthafter37weeksofpregnancy.AlthoughBCVAofbotheyesimprovedto1.2andtheserousretinaldetachmentsdisappeared,sunsetglowfunduspresentedatthe65thdayafteronset.Therehasbeennorecurrence,asof5yearsthusfar.Conclusions:WeexperiencedapatientwithVKHthatdevelopedlaterinpregnancy,inwhichthediseasesymptomsimprovedwithoutmedicaltreatment.Thereisapossibilitythatthegravidconditioninfluencedtheearlyimprovementofretinaldetachment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1407.1412,2014〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,妊娠,ステロイド,光干渉断層計,漿液性網膜.離.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,pregnancy,steroid,OCT(opticalcoherencetomography),serousretinaldetachment.はじめにされており,投与の要,不要は最終結論が出ていない.まVogt-小柳-原田病(原田病)はメラノサイトに対する自己た,原田病に対するステロイド全身投与中は,その副作用に免疫性疾患と考えられており,ステロイド治療によく反応すは十分な配慮,対策が必要である.妊娠中に発症した原田病る.一方,ステロイドの全身投与なしでの視力回復例も報告の報告はいくつかあるが,ステロイドの使用の有無,投与〔別刷請求先〕笠原純恵:〒252-0375神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasayukiKasahara,C.O.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversitySchoolofMedicine,1-15-1Kitasato,Minamiku,Sagamihara,Kanagawa252-0375,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(159)1407 法,使用量などはさまざまである.今回,筆者らは点眼薬も含め無治療で視力の回復を認めた妊娠後期である妊娠29週目で発症した原田病の1例を経験したので報告する.I症例症例は36歳,女性.既往歴は特記すべきことはない.右眼2002年8月に女児出産歴がある.2008年11月12日,妊娠29週3日目(発症0日),右眼の視力低下を自覚し近医を受診.両眼の網膜浮腫を指摘され,同日に北里大学病院眼科を紹介受診した.視力は右眼0.4(0.7×+0.75D),左眼0.15(1.2×.2.25D).眼圧は右眼18mmHg,左眼16mmHg.眼位,眼球運動,対光反応は異常なし.両眼の前房は深く,左眼発症0日目発症2日目acd発症65日目egf発症282日目図1眼底写真発症0日目(a,b).両眼性の漿液性網膜.離を認める.発症2日目(c,d).両眼ともに漿液性網膜.離発症の増悪を認める.発症65日目(e,f).漿液性網膜.離の消失と軽度夕焼け状眼底の所見を認める.発症282日目(g,h).眼底は夕焼け状を呈し,写真には写っていないが,眼底周辺には網膜色素上皮の消失による局所的な網脈絡膜萎縮が認められた.bh1408あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(160) 28270635649423528211470軽度の炎症細胞と,少量の豚脂状角膜後面沈着物を認めたが,Koeppe結節は認めなかった.中間透光体に異常はなく,眼底には両眼に軽度乳頭発赤と,両眼の上側アーケード近傍に限局性の漿液性網膜.離を認め,右眼は黄斑にも網膜.離が及んでいた(図1).受診時,妊娠29週3日目であり,妊娠中の合併症もなく妊娠経過は良好であった.妊娠中のためフルオレセイン蛍光眼底造影検査や髄液検査などの侵襲的な検査は施行しなかったが,発症2週間前に感冒様症状と2日前に頭痛,耳鳴りの既往があり,眼底所見とあわせ,Readらの診断基準1)をもとに不完全原田病と診断し経過観察を始めた.視力検査のほかに侵襲の少ない前房深度(anteriorchamberdepth:ACD),眼軸長(ocularaxiallength:OAL),前房内フレア(flareintheanteriorchamber:FIAC)(図2),光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)(図3)検査を行いながら臨床経過を観察した.ACD,OALはIOLMasterTM(CarlZeiss)を,FIACはLaserFlareMeter(KowaFM-500Ver1.4)を,OCTはOCT3000(CarlZeiss)を用いて測定した.発症2日目,漿液性網膜.離は両眼ともに悪化し,矯正視力も右眼(0.4×+1.50D),左眼(0.5×+1.00D(cyl.1.00DAx90°)と低下した.この時期に頭痛の症状も悪化したため,ステロイドの全身投与も念頭に入れ産科にステロイドの使用の可否,また使用した場合の母体,胎児の管理につき相談をした.しかし,発症7日目,前房内フレア,細胞数は増加したものの,網膜.離は明らかに改善したため,そのまま無治療で経過観察を続ける方針となった.その後,漿液性網膜.離は徐々に改善し,発症42日後には黄斑部の漿液性網膜.離は消失した.矯正視力も右眼(0.7×.2.00D),左眼(0.8×.2.25)と改善した.発症57日目,妊娠37週と4日で通常の経腟分娩で2,516gの女児を出産した.出生後の検査で女児に心室中隔欠損がみつかったが,程度は軽度であり小児科で経過観察を行っている.発症65日目,矯正視力は右眼(1.2×.2.25D),左眼(1.2×.2.25D)まで改善した.両眼ともに前房内に軽度炎症細胞は残存したものの,OCT上,黄斑部の漿液性網膜.離は消失したままであった.発症155日目,両眼の前房内の炎症細胞,豚脂状角膜後面沈着物は消失した.発症282日目,眼底は夕焼け状を呈し(図1),周辺には網膜色素上皮の消失による局所的な網脈絡膜萎縮がみられた.経過観察中の血圧に問題はなかった.採血検査は血算,生化学に異常所見はなく,血清梅毒反応陰性,ウイルス検査ではアデノウイルス,インフルエンザB,サイトメガロウイルス,帯状疱疹ウイルス,麻疹,風疹のCF抗体価は<4×,インフルエンザAは8×,単純ヘルペスウイルス16×,HLA検査ではDR4が陽性であった.出産後5年が経過した現在,再発はない.(161):右眼:左眼FIAC(photoncounts/msec)OAL(mm)ACD(mm)対数視力282706356494235282114702827063564942352821147010.13.653.63.553.53.453.43.353.33.253.2262827063564942352821147025.52524.52423.52322.52221.5302520151050経過日数(日)図2経過観察上から対数視力,前房深度(anteriorchamberdepth:ACD),眼軸長(ocularaxiallength:OAL),前房内フレア(flareintheanteriorchamber:FIAC).横軸は発症からの経過日数.ACDは最も視力が低下した発症2日目で最も浅くなり,OALは最も短くなった.その後,正常化へ向かった.それに対しFIACは発症初期には軽度であり,次第に増強し,発症30日でピークとなり,その後は急速に減少し,ACD,OALの変化とは異なる変化を示した.II考按原田病は全身のメラノサイトに対する自己免疫疾患といわれている.病初期には髄膜のメラノサイトの障害で頭痛や感冒様症状を引き起こし,内耳では耳鳴り,難聴を生じ,その後に眼球のメラノサイトの傷害でぶどう膜炎が生じる症例が多い.本症例は感冒様症状から始まり,頭痛や耳鳴りを伴った両眼性のぶどう膜炎,胞状の漿液性網膜.離が認められた.妊娠中であることから,侵襲性のある蛍光眼底造影検査や髄液検査は行っていないが,臨床所見,経過,採血上のHLA-DR4陽性,後期の夕焼け状眼底所見から最終的に不完全型原田病と診断した.原田病に対してはステロイドの大量投与療法2)やパルス療法3)が行われており,一般的にステロあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141409 右眼左眼発症0日目発症2日目発症7日目発症14日目発症30日目発症42日目発症57日目分娩発症65日目図3OCT所見経時的に漿液性網膜.離の改善がみられる.出産8日目(発症65日目)以降,漿液性網膜.離の再発は認めていない.イドは奏効する.その一方,ステロイドの全身投与を行わずに改善した報告4,5)や,ステロイド全身大量投与中の死亡事例6)も報告されており,ステロイドの要否は最終的な結論は出ていない.過去に本例のように妊娠中に発症した原田病の報告も散見されるが,その多くがステロイドの全身投与が行われている7.12).ステロイドを使用しても出生児には問題がなかったという報告が多いが,低体重,小奇形の報告13)もある.さ1410あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014らに,本症とほぼ同時期に発症した妊婦に対しプレドニゾロン200mg/日からの大量療法を行い,18日後に胎児が死亡した症例が1例報告されている14).一方,全身投与を行わずに,局所療法(点眼,結膜下,Tenon.下注射)で改善したという報告もある.佐藤らは妊娠10週で発症した26歳の症例に対し,アトロピンの点眼とコルチコステロイドの点眼と結膜下注射を行い,原田病が治癒し正常児を出産した1例を報告している15).田口らは「妊娠がぶどう膜炎に好影響を(162) 与えたと考えられた2例」として原田病とBehcetdisease妊婦2例を報告している.原田病の症例は妊娠10週0日の30歳であり,コルチコステロイドの点眼加療のみで漿液性網膜.離は消失し,夕焼け状眼底を呈したものの視力は回復し,正常児出産に至っている16).松本らは妊娠12週で発症した31歳の症例に対し,トリアムシノロンのTenon.下注射のみの治療で治癒した1例を報告している17).SnyderやLanceも同じように妊娠が原田病の経過によい影響を与えた例を報告している18,19).さらに,妊娠12週で発症した原田病に対し,ステロイドの局所も全身投与も行わずに視力が回復した24歳の日本人の1例も報告されている20).しかし,本症のように妊娠29週という妊娠後期に発症し,無治療で改善した報告は筆者の知るところではない.本症例の改善の基準としては,①視力改善,②前房内炎症の消失,③漿液性網膜.離の消失,④前房深度の回復の4項目のすべてを満たすものとしている.また,無治療にもかかわらず比較的早期に漿液性網膜.離の改善が認められた.その要因は明らかではないが,妊娠により増加した内因性ステロイド16)や血液中免疫担細胞が好影響15,21,22)を及ぼした可能性が示唆される.妊娠中の内因性ステロイドは妊娠末期まで増加していき,分娩とともに急速に減少するとされている.本症例の発症は妊娠により内因性ステロイドが増加している時期であり,比較的早期に無治療で漿液性網膜.離が改善し,視力も回復したものと考えられる.しかし,分娩後の再発には十分注意する必要があり,本症例も分娩後に入念に経過観察を行ったが,発症から5年が経過した現在再発はない.本症例の再発の基準としては,①視力低下,②前房内炎症の再出現,③漿液性網膜.離の再出現,④前房深度の浅前房化の4項目のうち1つでも認めるものとしている.本症例は経過中に改善が認められなかった場合,ステロイドの局所投与(トリアムシノロンのTenon.下注)を選択肢として考えていた.産科医からはステロイドの全身投与の許可は得ていたが,妊娠後期のステロイド投与は胎盤を通過し胎児の下垂体に作用し,副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌低下による副腎萎縮をきたす可能性も指摘されており,妊娠後期のステロイドの全身投与は慎重であるべきであると考える.さらに,妊娠中は侵襲的な検査による妊婦,胎児への影響も考慮しなくてはならない.本症例ではフルオレセイン蛍光眼底造影検査や髄液検査は行わず,経過中は視力,眼底検査(写真)の他に,侵襲性の少ないACD,OAL,FIAC,OCTを用いて観察を行った.大槻らはIOLMasterTMを用いてACD,OALを測定し,原田病の病状評価に対する有用性を報告している23).本症例ではACDは最も症状が悪化した発症2日目で最も浅くなり,OALは最も短くなったが経過とともに正常化していった.それに対しFIACは発症初期は軽度であり,次第に増強し,発症30日でピークとなりその(163)後に急速に減少し,ACD,OALとは異なる変化をした.Blood-aqueousbarrierが破壊されてから前房中に蛋白が出現するまでのタイムラグが生じた可能性が考えられた.OCTが今回の経過観察に最も役立ったことはいうまでもないが,薬剤を使用せず,ACD,OALなどの侵襲性の少ない検査での病状の評価は,妊婦には有用だと考える.文献1)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:Reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20012)増田寛次郎,谷島輝雄:原田氏病初期の治療.臨眼23:553-555,19693)小竹聡,大野重昭:原田病におけるステロイド剤のパルス療法.臨眼38:1053-1058,19844)山本倬司,佐々木隆敏,斉藤春和ほか:原田病の経過と予後.副腎皮質ホルモン剤の全身投与を行わなかった症例について.臨眼39:139-144,19855)吉川浩二,大野重昭,小竹聡ほか:ステロイド剤の局所治療を行った原田病の2症例.臨眼83:2493-2496,19866)岩瀬光:原田病ステロイド治療中の成人水痘による死亡事例.臨眼55:1323-1325,20017)瀬尾晶子,岡島修,平戸孝明ほか:良好な経過をたどった原田病患者の視機能の検討.臨眼41:933-937,19878)FriedmanZ,GranatM,NeumannE:ThesyndromeofVogt-Koyanagi-Haradaandpregnancy.MetabPediatrSystOphthalmol4:147-149,19809)山上聡,望月学,安藤一彦:妊娠中に発症したVogt小柳-原田病─ステロイド投与法を中心として─.臨眼85:52-55,199110)渡瀬誠一,河村佳世子,長野斗志克ほか:妊娠に発症しステロイド剤の全身投与を行った原田病の1例.眼紀46:1192-1195,199411)MiyataN,SugitaM,NakamuraSetal:TreatmentofVogt-Koyanagi-Harada’sdiseaseduringpregnancy.JpnJOphthalmol45:177-180,200112)富永明子,越智亮介,張野正誉ほか:妊娠14週でステロイドパルス療法を施行した原田病の1例.臨眼66:12291234,201213)DoiM,MatsubaraH,UjiY:Vogt-Koyanagi-Haradasyndromeinapregnantpatienttreatedwithhigh-dosesystemiccorticosteroids.ActaOphthalmolScand78:93-96,200014)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,200715)佐藤章子,江武瑛,田村博子:妊娠早期に発症し,ステロイド局所療法で軽快した原田病不全型の1例.眼紀37:46-50,198616)田口千香子,池田英子,疋田直文ほか:妊娠がぶどう膜炎に好影響を与えたと考えられた2症例.日眼会誌103:66-71,199917)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141411 トニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病の1例.眼紀57:614-617,200618)LancePS:Vogt-Koyanagi-Haradasyndromeandpregnancy.AnnOphthalmol22:59-62,199019)SnyderDA,TesslerHH:Vogt-Koyanagi-Haradasyndrome.AmJOphthalmol90:69-75,198020)NoharaM,NoroseK,SegawaK:Vogt-Koyanagi-Haradadiseaseduringpregnancy.BrJOphthalmol79:94-95,199521)PascaAS,PejtskiB:Impairmentofimmunityduringpregnancyandantiviraleffectofamnioticfluid.Lancet1:330-331,197722)TomodaY,FumaM,MiwaTetal:Cell-mediatedimmunityinpregnantwomen.GynecolInvest7:280-292,197623)OtsukiT,ShimizuK,IgarashiAetal:UsefulnessofanteriorchamberdepthmeasurementforefficacyassessmentofsteroidpulsetherapyinpatientswithVogt-Koyanagi-Haradadisease.JpnJOphthalmol54:396-400,2010***1412あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(164)

裂孔原性網膜剝離症例数の季節変動と関連する気候因子の検討

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1403.1406,2014c裂孔原性網膜.離症例数の季節変動と関連する気候因子の検討竹渓友佳子*1稲用和也*2間山千尋*3朝岡亮*3村田博史*3野本洋平*1*1総合病院国保旭中央病院眼科*2東京警察病院眼科*3東京大学大学院医科学研究科感覚・運動機能医学講座IdiopathicRetinalDetachmentFrequencyHasSeasonalVariationandIsCorrelatedwithClimate─SurveyinJapan─YukakoTaketani1),KazuyaInamochi2),ChihiroMayama3),RyoAsaoka3),HirofumiMurata3)andYoheiNomoto1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolTheUniversityofTokyo裂孔原性網膜.離の発症率は夏期に高まることがこれまで海外から数多く報告されているが,わが国での詳細な報告はほとんどみられない.今回筆者らは2007年1月から2011年12月までに旭中央病院を受診し,手術に至った特発性裂孔原性網膜.離271例をレトロスペクティブに検討し,裂孔原性網膜.離の発症率と気候因子との関連を調べた.発症率は既報と同様に,夏に高く冬に低くなる傾向がみられ,4.9月(夏期)と10.3月(冬期)の季節ごとの日照時間と有意な正の相関(r=0.71,p=0.02)があることが示され,温度や湿度との間には有意な相関はみられなかった.網膜.離症例数の季節変動の要因として,夏に屋外での活動性が高まることや日照による縮瞳の影響が強まることなどが推測された.Severalstudieshavereportedthatrhegmatogenousretinaldetachment(RRD)hasahighincidenceinsummerandcorrelateswithclimatefactors.However,therehasbeennosuchreportinJapan.Inthisstudy,weexaminedtheseasonalvariationofRRDfrequencyandtheinfluenceofclimate.Medicalrecordsof271patientswhohadundergonesurgeryforidiopathicRRDatAsahiGeneralHospitalfromJanuary2007toDecember2011wereretrospectivelyreviewed.TheincidenceofRRDwasdetermined,andseasonalvariationandcorrelationwithclimatefactorswereexamined.RRDoccurredmostfrequentlyinearlysummerandleastfrequentlyinwinter.Itsfrequencyshowedsignificantcorrelationwithincreasedsunshinehours(r=0.71,p<0.05).ThesefindingscouldreflecttheincreasedopportunityforinfluenceofoutdooractivitiesandmiosisontheoccurrenceofRRD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1403.1406,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,季節変動,日照時間.rhegmatogenousretinaldetachment,seasonalvariation,sunshinehours.はじめに網膜.離の発症率は夏期に高まることがヨーロッパ1,2),アジア3),アフリカ4),中東5,6)など海外から複数報告されているが,わが国では1992年に蔭山らが大分県で気温との関係を調査しているのみである7).総合病院国保旭中央病院は千葉県東部に位置し近隣の網膜.離手術を行っている他施設から40km以上離れ,約57万人の住民を診療圏としている.就業者の多くが第1次産業に属しており人口変動が少ないため,この地域における裂孔原性網膜.離の発症率の評価に適した条件をもっていると考えられる.より広い地域・多施設での大規模な調査では対象症例数を増やすことができるが,狭い地域で検討を行うことで詳細な気候因子と症例数の関係を解析することが可能になる.本研究では,5年間の期間中に旭中央病院で裂孔原性網膜.離(RRD)の観血的手術に至った症例数の季節変動と,気候に関係する因子との相関について検討した.〔別刷請求先〕竹渓友佳子:〒289-2511千葉県旭市イ1326総合病院国保旭中央病院眼科Reprintrequests:YukakoTaketaniM.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,AsahiI1326Chiba289-2511,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(155)1403 I対象および方法2007年1月から2011年12月に旭中央病院においてRRDに対する観血的手術を施行した症例をレトロスペクティブに検討した.発症から1カ月以上経過していると推定される陳旧性のRRD,明らかな感染や外傷を契機とする網膜.離,増殖糖尿病網膜症や増殖硝子体網膜症に伴う牽引性網膜.離,明らかな原因裂孔のない漿液性網膜.離,再.離症例,および12歳以下の小児例は除外した.RRDの症例数は月ごと,および既報2,6,8)にならい4.9月(夏期)/10.3月(冬期)と定義し季節ごとに計数した.RRDの症例数と各月ごと,および夏期と冬期に分けた季節ごとの平均気温,平均湿度,日照時間,降水量との関係をSpearmanの順位相関係数により検討した.なお,気候因子の統計値は気象庁が千葉県全体の平均値として公開しているデータ10)を使用した.日照時間は天候による日射量を考慮し,直達日射量が0.12kW/m2以上の日光が地表を照射した時間と定義されている10).II結果対象は271例271眼,男性176例(65%),女性95例(35%)で,症例数は男性が有意に多かったが(p<0.05),平均年齢は全体で56.0±15.0(13.87)歳であり,男性(55.3±13.8),女性(57.0±16.1)で男女間に有意差は認められなかった.人口当たりのRRD発症率は9.5人/10万人と推定された.手術術式の内訳は硝子体茎離断術(白内障手術,輪状締結を併施したものを含む)が66%,バックルによる網膜復位術が28%,その他が6%であった.原因裂孔の性状は,症例数(眼)30252015101404あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014501月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月図1月ごとの裂孔原性網膜.離症例数弁状裂孔(萎縮性円孔併存を含む)が87%,萎縮性円孔が13%であった.月ごとに平均したRRD症例数は6月に最も多く,ついで12月に多く,1月・9月・11月が最も少なかった(図1).気候因子と症例数の月ごとの変動を図2に示す.既報にならい4.9月を夏期と10.3月を冬期と定義した場合,症例数は,5年間の合計ではそれぞれ145例(54%)と126例(46%)であり有意差はなかった(p=0.19).RRD症例数と気候関連因子との間には,月ごとの検討では有意な相関を認めなかったが(p>0.28),各年の夏期と冬期を単独に解析した検討では症例数と日照時間の間にのみ強い相関(r=0.71,p=0.02)が認められた(図3).III考按本研究の対象地域である千葉県東部は農業などの第一次産業従事者の数が多く,地域で最大の都市である銚子市の第一次産業就業率は約11%で全国平均の4.5%(http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/kouhou/useful/u18.htm)の2倍以上となっている.近隣に網膜.離手術を行っている他施設がなく,住民の行動様式が多彩な大都市圏や,降雪地域や大きな景勝地を有する地域などに比べ,年間を通して季節による人口変動が比較的小さいと推測される.また,日本は諸外国に比べ比較的はっきりした季節ごとの気候変化をもっており,わが国でRRDと気候因子の相関を検討することは有意義と考えられる.今回の検討で対象期間中のRRDの年間発症率は9.5人/10万人と推定され,台湾におけるnational-wideの調査3)での発症率(7.8.10.8人/10万人)や北京における大規模調査11)での発症率(7.30.8.63人/10万人),熊本における調査12):2011年:2010年:2009年:2008年:2007年:合計(156) 図2裂孔原性網膜.離症例数と気候因子症例数はそれぞれ2007.2011年の月ごとの5年分の合計数を示しており,日照時間,降水量,湿度,気温はそれぞれ2007.2011年の月ごとの5年平均値を表す.250200150100500190.56149.5171.3171.66170.12132.16152.4193.06144.74125.54129.12183.7440.786.198.2132.7160.4145.485.5122.1210.519.89181.48.1417.2219.6426.5432.0829.0817.124.4242.139.1618.216.286.38症例数(眼)6.987.913.8618.7617.6426.0627.4224.1618.8613.5691919212628292319202120261日照時間(h)降水量(mm/月)23456789101112日照時間(h/月)降水量(mm/月)湿度(%)気温(℃)250200150100500190.56149.5171.3171.66170.12132.16152.4193.06144.74125.54129.12183.7440.786.198.2132.7160.4145.485.5122.1210.519.89181.48.1417.2219.6426.5432.0829.0817.124.4242.139.1618.216.286.38症例数(眼)6.987.913.8618.7617.6426.0627.4224.1618.8613.5691919212628292319202120261日照時間(h)降水量(mm/月)23456789101112日照時間(h/月)降水量(mm/月)湿度(%)気温(℃)38363432302826242220189008501,0001,0501,1001,150日照時間(h)図3日照時間と裂孔原性網膜.離症例数の散布図各年の夏期(4.9月)/冬期(10.3月)の季節ごとの検討(2007.2011年).夏期(4.9月)冬期(10.3月),症例数:期間中の5年分加算合計数.800850100症例数(眼)湿度(%)90気温(℃)80706050403020100年季節症例数日照時間2007夏期321,001.5冬期23978.72008夏期20853.6冬期291,019.62009夏期25850.6冬期24851.12010夏期371,097.1冬期23834.72011夏期311,017.9冬期271,064.7症例数(眼)日照時間:期間中の5年加算合計日照時間(h).Spearmanの順位相関係数=0.711,p=0.02.(発症率10.4人/10万人)とほぼ同等であったことは,地域の網膜.離発症例のほとんどが本研究の対象となっており,今回の検討結果が妥当であることを示唆していると考えられる.また,性別では男性のほうがRRDの発症率が1.85倍高く(p<0.01),台湾3)やレバノン6),オランダなど海外の報告と同様の傾向であった.性差の原因として男性のほうが屋外作業に従事する時間が長くより活動的であり,日照に多くさらされることが関連すると推測されている.(157)RRD発症率の季節変動に関する海外からの報告は1945年から2011年の間に17報みられ,そのうち12報で1年を4.9月(夏期)と10.3月(冬期)に分けた季節ごとの検討がなされ,夏期の発症率が高いことが報告されているが,今回の調査では夏期(4.9月)と冬期(10.3月)の発症率に有意差はなかった(p=0.19).気温の変化をみると,図2からもわかるように,4.9月は平均気温が高く,10.3月は気温が低くなっており,1年を暖かい時期と寒い時期に分ける場合,既報の分類が妥当であると考えられる.また,春とあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141405 秋に同じような気候因子の時期があることや,網膜.離の発症過程にはある程度の時間経過がかかると推測されることから,1年をさらに細分化した時期ごとに発症率を解析することは,気候因子との関連を検討するには望ましくないと考えられる.RRD発症率が夏期に高い傾向を示す理由として,RRDの発症と眼内に入る光量や日照時間との関連が示唆されている1,2,6).RRDの発症機序として,屋外での日射が強い縮瞳を生じさせて周辺部の網膜・硝子体の牽引を強め,RRDを誘発する可能性が示唆されている8).また,ドイツ1),台湾3)での報告ではRRD発症率と気温との間に正の相関が認められている.眼表面の温度は体幹温度よりも環境温度と強く相関するため9),気温の上昇により硝子体の液化が進み,屋外での活動性の増加も加わってPVD(後部硝子体.離)とRRDが生じやすくなっている可能性が考えられている4).本研究では,統計学的有意差はなかったものの既報と同様にRRDの発症率は夏期に高まる傾向があり,症例数と日照時間には有意な正の相関があった(図3,r=0.7,p=0.02).季節変動を5年間の平均値でみるとRRD症例数の多い4.6月,12月は日照時間が長く(図2),1年ごとにみると2008年以外は夏期に症例数が増加する傾向が比較的顕著であるが,2008年は逆に冬期に症例数が多い傾向がみられた.2008年は例年と異なり夏期(4.9月)よりも冬期(10.3月)のほうが日照時間が長くなっており(夏期853.6時間,冬期1,019.6時間),これらの結果はRRDと日照時間との関連を示唆するものと考えられる.今回筆者らは,一施設における裂孔原性網膜.離の季節変動を検討し,症例数は夏期に増加する傾向があり日照時間との間に有意な正の相関のあることを認めた.網膜.離の発症メカニズムは多様であり,発症後に症状の進展する速度,患者が眼科を受診し手術を実施するまでの期間も一定ではなく,RRD発症に関与する因子を手術日に基づく検討から推測することには限界がある.また,RRD発症の季節変動を気候に関係する因子のみで説明できるとは考えにくい.しかし,諸外国の報告と同様,本研究でも日照時間とRRD発症の相関が認められたことは,RRD発症における日照の影響を強く推測させる結果と考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ThelenU,GerdingH,ClemensS:Rhegmatogenousretinaldetachments.Seasonalvariationandincidence.Ophthalmologe94:638-641,19972)GhisolfiA,VandelliG,MarcoliF:Seasonalvariationsinrhegmatogenousretinaldetachmentasrelatedtometeorologicalfactors.Ophthalmologica192:97-102,19863)LinHC,ChenCS,KellerJJetal:Seasonalityofretinaldetachmentincidenceanditsassociationswithclimate:an11-yearnationwidepopulation-basedstudy.ChronobiolInt28:942-948,20114)GauthierA,BruyasG:VariationssaisonnieresdelafrequencedudecollementdelaretineenAlgerie.BullSocFrOphtalmol3:404-408,19475)AlSamarraiAR:SeasonalvariationsofretinaldetachmentamongArabsinKuwait.OphthalmicRes22:220223,19906)MansourAM,HamanRN,KanaanMetal:SeasonalvariationofreinaldetachmentinLebanon:OphthalmicRes41:170-174,20097)陰山誠,中塚和夫:裂孔原性網膜.離発症の季節的要因に関する検討.眼臨86:1972-1975,19928)KrausharMG,SteinbergJA:Mioticsandretinaldetach-ment:upgradingthecommunitiystandard.SurvOphthalmol35:311-316,19919)KatsimprisJM,XirouT,ParaskevopoulosKetal:Effectoflocalhypothermiaontheanteriorchamberandvitreouscavitytemperature:invivostudyinrabbits.KlinMonatsblAugenheilkd220:148-151,200310)気象庁http://www.jma.go.jp/jma/press/tenko.html11)LiX;BeijingRhegmatogenousRetinalDetachmentStudyGroup:IncidenceandepidemiologicalcharacteristicsofrhegmatogenousretinaldetachmentinBeijing,China.Ophthalmology110:2413-2417,200312)SasakiK,IdetaH,TonemotoJetal:EpidemiologiccharacteristicsofrhegmatogenousretinaldetachmentinKumamoto,Japan.GraefesArchClinExpOphthalmol233:772-776,1995***1406あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(158)

2型糖尿病患者の血圧日内変動パターンと糖尿病網膜症 との関連

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1397.1402,2014c2型糖尿病患者の血圧日内変動パターンと糖尿病網膜症との関連加藤貴保子*1土居範仁*2鎌田哲郎*3山下高明*4坂本泰二*4宮田和典*1安田美穂*5石橋達朗*5*1宮田眼科病院*2今村病院分院眼科*3今村病院分院糖尿病内科*4鹿児島大学眼科*5九州大学眼科AssociationbetweenDiurnalBloodPressureVariationandDiabeticRetinopathyinType-2DiabetesMellitusKihokoKato(Dozono)1),NorihitoDoi2),TetsurouKamata3),TakehiroYamashita4),TaijiSakamoto4),KazunoriMiyata1),MihoYasuda5)andTatsurouIshibashi5)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ImamuraBun-inHospital,3)DepartmentofDiabetesMellitus,ImamuraBun-inHospital,4)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKagoshima,5)DepartmentofOphthalmology,UniversityofKyushu2型糖尿病患者における血圧の日内変動パターンと網膜症との関連について検討した.2型糖尿病の患者84例(男性46例,女性38例)に対して,自由行動下で24時間血圧連続測定を行った.糖尿病網膜症なし(diabeticretinopathyなし:NDR)20例,非増殖糖尿病網膜症(nonproliferativediabeticretinopathy:NPDR)24例,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)40例の3群間に分け,血圧の日内変動を比較した.拡張期血圧では有意差は認めなかったが,収縮期血圧は1日平均,夜間血圧ともにPDRが有意に高かった.日内変動パターンにおいて,NDRは,正常な日内変動が約半数にみられたが,NPDRでは夜間血圧が高くなるパターン(nondipper,riser)が多く,PDRではその傾向が顕著だった.網膜症のある患者では,降圧薬投与にもかかわらず,夜間の血圧も下がりにくく,血圧の日内変動障害が多くなることが示唆された.Associationbetweendiurnalbloodpressure(BP)variationanddiabeticretinopathy(DR)intype-2diabetesmellitus(DM)wasevaluated.AmbulatoryBPof84patients(46males,38females)wasmeasured.VariationindiurnalBPwascomparedbetween3groups:noDR(NDR,n=20),mildtoseverenonproliferativediabeticretinopathy(NPDR,n=24),andproliferativediabeticretinopathy(PDR,n=40).SystolicBPwassignificantlyhigherinthePDRgroupduring24-hour,aswellasduringthenighttime,whiletherewasnodifferenceindiastolicBP.InregardtodiurnalBPvariation,morethanhalfoftheNDRgroupshowednormaldiurnalvariation,whilevariationpatternsthatincreasedBPduringthenighttimewereincreasedinNPDR,aswellasinPDR.InpatientswithDR,itwasdemonstratedthatdecreaseinnighttimeBPwouldnotbeanticipatedandthatabnormaldiurnalbloodpressurevariationincreased,thoughantihypertensiveagentswereused.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1397.1402,2014〕Keywords:2型糖尿病,24時間血圧,糖尿病網膜症,血圧日内変動,非降下型.type2diabetesmellitus,24hourambulatorybloodpressure,diabeticretinopathy,diurnalbloodpressurevariation,nondipper.はじめに夜間,早朝など)の血圧や,血圧変動性を評価することも重糖尿病患者の血圧管理は,大血管障害の予防だけでなく,要であり,特に,日内変動を評価する24時間血圧測定腎症や網膜症の進展抑制にも重要であることはよく知られて(ambulatorybloodpressuremonitoring:ABPM)は,血圧いる.血圧管理において,診察時だけでなく,診察外(家庭,変動性,夜間血圧,早朝血圧,中心血圧を評価でき,有用な〔別刷請求先〕加藤貴保子:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:KihokoKatoDozono,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(149)1397 血圧管理法である.1型糖尿病患者においては,夜間の収縮期血圧と糖尿病網膜症の重症度とが関連する1),血圧の日内変動の障害が糖尿病合併症を悪化させる2,3)ことが報告されている.また,1型糖尿病による網膜症では,夜間の血圧が高いという報告も散見される4,5).一方,2型糖尿病患者に対しても,血圧日内変動の障害と腎症や大血管合併症との関連は指摘されている6).しかし,2型糖尿病における網膜症と血圧日内変動パターンとの関連についての報告はほとんどない.本研究では,2型糖尿病患者の24時間血圧を測定し,血圧の日内変動パターンと網膜症の重症度との関連について検討した.I方法2005年から2007年に今村病院分院糖尿病内科および眼科を受診した2型糖尿病の患者84例(男性46例,女性38例)を対象とした.84例のうち,42例は糖尿病内科に血糖コントロール目的または糖尿病性腎症のため教育入院した患者,他は糖尿病網膜症の硝子体手術目的で眼科入院した患者であった.透析,全身状態不良,および重症感染を有した症例は対象から除外した.全例にインフォームド・コンセントを得て,観察研究を行った.内服は,降圧薬内服なしは9例,単剤の降圧薬内服〔ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬),Caブロッカー,bブロッカー,ACE(アンジオテンシン変換酵素)ブロッカー〕は22例,複数投与は47例であった.患者背景として,年齢,性別,BMI(bodymassindex),HbA1C(hemoglobinA1C),HDL(highdensitylipoproteincholesterol),LDL(lowdensitylipoproteincholesterol),高感度CRP(capialreactiveprotein),logMAR視力,罹病期間,クレアチニン,GFR(glomerularfiltrationrate:糸球体濾過量),ヘモグロビン値,R-R間隔変動係数を調査した.さらに,散瞳下で検眼鏡にて眼底検査を行い,網膜症の重症度をAmericanAcademyofOphthalmology(AAO)の提唱した国際重症度分類に従い,糖尿病網膜症なし(DRなし:NDR),非増殖糖尿病網膜症(mild,moderate,severenonproliferativediabeticretinopathy:NPDR),増殖糖尿病網膜症(PDR)の3群に分け検討した.全例に対してガイドラインに基づき自由行動下で24時間血圧測定装置KENZBPMAM300(A&D社)を用いて24時間連続測定を行った.測定は収縮期血圧,拡張期血圧,脈拍を,22時から6時までは2時間ごとに,7時から21時までは1時間ごとに測定した.手術前日から術後7日間には行わず,収縮期血圧が70mmHg以下または250mmHg以上,拡張期血圧が30mmHg以下または130mmHg以上,脈拍が30拍/分以下または200拍/分以上を無効とした.昼中血圧を10時から20時までの平均値とし,夜間血圧を0時か1398あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014ら6時の平均値とした.平均収縮期血圧,夜間収縮期血圧,平均拡張期血圧,夜間拡張期血圧,平均脈拍,夜間脈拍,降圧薬の有無について3群間で比較検討した.さらに,3群における血圧の日内変動パターンの分布を調べた.日内変動パターンは,日中血圧より夜間血圧が20%以上降圧する夜間過降圧型(extreme-dipper),10.20%降圧する正常型(dipper),0.10%降圧する夜間非降下型(nondipper),および昇圧する夜間昇圧型(riser)に分類した7).統計解析には分散分析(analysisofvariance:ANOVA)c2検定,Fisher直接検定法,多重比較検定(Bonferroni法)(,)を用いた.24時間血圧の経時的変化について,NDR,NPDR,PDRのそれぞれの収縮期血圧と拡張期血圧の平均値については,ANOVAによる検定結果で有意となり,かつ多重比較検定(Bonferroni法)で補正したうえでp<0.05,p<0.01であったペアをp<0.05*,p<0.01**と記載した.糖尿病網膜症の程度と,血圧の日内変動パターンとの分割表にはFisherの正確確率検定,両者間の相関関係に関してはSpearmanの相関係数を用いた.p<0.05を統計的に有意差ありとした.II結果各群の内訳は,NDR20例,NPDR24例,PDR40例であった.各群の背景と血圧値を表1に示す.年齢,性別,BMI,HbA1C,HDL,LDL,高感度CRPは3群間で有意差を認めなかった.LogMAR視力は,PDR群で0.36±0.4となり不良であり,他群に対して有意差を認めた(p<0.01).罹病期間(年)は,NPDR,PDRで有意に長かった(p=0.039).クレアチニン(mg/dl)は,PDRでは有意に悪く(p=0.017),腎症ステージ4の症例も多かった.GFRは,網膜症が重症化するほど有意に低下した(p=0.022).ヘモグロビン値は,PDR群で低かった(p<0.01).R-R間隔変動係数が2%未満の割合はPDR群で有意に増えていた.収縮期血圧は,1日平均,夜間血圧ともにPDR群が有意に高かった(p<0.01)が,拡張期血圧は,1日平均,夜間血圧ともに有意差は認めなかった.脈拍,降圧薬の有無では群間差はなかった.網膜症を有する症例(NPDRおよびPDR)の日内変動パターンは,収縮期血圧で正常パターン(dipper)/それ以外のパターンが11/53例,拡張期血圧で16/48例と,網膜症がない場合の8/12例,10/10例と比較して,正常パターン(dipper)が有意に少なかった(p=0.038,0.036).24時間血圧の経時的変化について,NDR,NPDR,PDRのそれぞれの収縮期血圧と拡張期血圧の平均値を図1に示す.NDRでは夜間に血圧が昼間より低下するというおおむね正常な血圧日内変動を示したが,NPDRではその傾向が崩れ,PDRでは夜間の血圧と昼間の血圧は差がなくなり,(150) 表1糖尿病網膜症なし,非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症の3群の背景と測定血圧値網膜症なし(n=20)非増殖網膜症(n=24)増殖網膜症(n=40)p値平均年齢(歳)性別(男/女)視力(logMAR)罹病期間(年)BMI(kg/m2)HbA1C(%)(JDS値)HbA1C(%)(NGSP値)クレアチニン(mg/dl)GFRヘモグロビン(g/dl)HDL-cholesterol(mg/dl)LDL-cholesterol(mg/dl)高感度CRPR-R間隔変動2%未満(有/無)収縮期血圧,1日平均(mmHg)収縮期血圧,夜間平均(mmHg)拡張期血圧,1日平均(mmHg)拡張期血圧,夜間平均(mmHg)脈拍,1日平均脈拍,夜間平均降圧薬(有/無)6012/80.0063±0.0098.6±7.426±4.27.9±1.48.3±1.40.8±0.273±2314±1.353±14124±320.09±0.100/9136±13127±1683±1076±1271±963±717/36211/130.0094±0.1814.8±9.024±5.08.1±2.08.5±2.01.0±0.668±3213±2.645±8116±250.09±0.097/12132±12127±1678±774±1071±1063±918/65921/190.36±0.413.7±8.724±3.78.1±2.18.5±2.11.4±1.253±3112±1.948±16125±4.70.11±0.1221/14148±18143±2283±1080±1172±1066±836/40.630.640.005*0.039*0.630.930.930.017*0.022*<0.01*0.160.630.54<0.01*<0.01*<0.01*0.0750.0630.860.250.27BMI=bodymassindex,GFR=glomerularfiltrationrate,HDL=highdensitylipoproteincholesterol,LDL=lowdensitylipoproteincholesterol,高感度CRp=capialreactiveprotein.ANOVA検定(*p<0.05),c2検定,Fisher直接検定法(*p<0.05)現行のHbA1C(%)(NGSP値)はJDS値+0.4%である.ほぼflatになっていた.収縮期血圧では16時から6時にかけてPDRで高い傾向にあった(図1).3群間での日内変動パターンの割合を図2に示す.NDRではdipperが多くみられ,NPDRではdipperの占める割合が減少し,PDRではnondipper,riserが半数以上を占めた.図3は,血圧日内変動パターン別の網膜症の重症度をみたものである.dipperでは,NDRが約半数を占め,nondipper,riserではNDRが減少し,NPDR,PDRの割合が増加していた.糖尿病網膜症の程度と,血圧の日内変動パターンとの傾向に関しては,収縮期血圧では分割表の検定では有意な傾向はなく(p=0.24),Spearmanの相関係数でも有意な傾向はなかった(R=.0.16,p=0.14).拡張期血圧では,分割表の検定では有意な傾向はなかった(p=0.15)が,Spearmanの相関係数では有意な傾向があり(R=.0.26,p=0.017),拡張期では血圧と糖尿病網膜症の間で有意な相関関係を認め,網膜症の病期が悪化するほど,riser,nondipperが増加し,dipperが減少する傾向にあった.III考按今回の検討では,84例中71例で糖尿病内科専門医による(151)降圧薬治療がされているにもかかわらず,網膜症(NPDRおよびPDR)症例では正常な血圧日内変動は少なかった.その理由として,対象が血糖コントロール不良や腎症の教育入院,網膜症のため硝子体手術を要した症例であり,糖尿病の病期の進行した症例が多かったことが考えられる.Kleinらによる,アルブミン尿がなく血圧が正常な1型糖尿病患者194人を対象にした検討では,NDR32%mildNPDRは55%moderateNPDR.PDR13%で,そのうちnondipperの割合はそれぞれ19%,28%,36%であった1).これらの結果は,網膜症が重症化するほどnondipperの割合が増加し,夜間収縮期血圧が高いと網膜症が重症化しやすい可能性を示唆している.このなかでのnondipperの定義は今回筆者らが用いた定義と異なり夜間/昼間>0.9であり,本検討でのnondipperとriserを合わせたものに相当する.今回の検討では,2型糖尿病でアルブミン尿なしに限定しておらず,腎症のある例を多く含み,重症化した網膜症が多いという点も,Kleinらの検討と異なる1).とはいえ,本検討でも重症化した網膜症患者におけるnondipperとriserの割合は,夜間の拡張期血圧および収縮期血圧が高く,Kleinらと同様の結果となった.Kleinらと比較しNDRの患者でも夜間の血圧が高い例があたらしい眼科Vol.31,No.9,20141399 180160140120100806040200S0S4S7S9S11S13S15S17S19S21*************:NDR:NPDR:PDR拡張期血圧(mmHg)収縮期血圧(mmHg)1009080706050403020100*:NDR:NPDR:PDRD0D4D7D9D11D13D15D17D19D21図124時間血圧の経時変化横軸に0時,2時,6時,7.22時までは1時間ごとの時刻を,縦軸に糖尿病網膜症なし,非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症の平均血圧を示す.糖尿病網膜症なしでは夜間に血圧が昼間より低下するというおおむね正常な血圧日内変動を示したが,非増殖糖尿病網膜症ではその傾向が崩れ,増殖糖尿病網膜症では夜間の血圧と昼間の血圧は差がなくなり,ほぼflatになり夜間血圧が高くなっていた.収縮期血圧では8時,16時,17時は糖尿病網膜症なしと増殖糖尿病網膜症のみ*p<0.05,18時から6時までは2時以外糖尿病網膜症なしと増殖糖尿病網膜症,非増殖糖尿病網膜症と増殖糖尿病網膜症で有意差があった(*p<0.05,**p<0.01,多重比較検定(Bonferroni法).多かった理由としては,アルブミン尿なし,および正常血圧症例に限定していないことが考えられる.また,今回の症例でも,過去の報告と同じように,罹病期間(年)は,NDRで8.6±7.4(年),NPDRで14.8±9.0(年)で,罹病期間が長くなると網膜症を有する割合が増加していた.1型糖尿病患者において,網膜症の進行と発症に尿中アルブミン排泄量(UAE)と24時間および昼間の拡張期血圧が関連する5),夜間の血圧の上昇によりアルブミン尿を引き起こしやすく,網膜症ありも腎症悪化の要因であった6)との報告があり,これらの関与が考えられる.慢性腎臓病を含め腎機能障害の悪化はnondipperの増加をもたらすことは既報で報告8)されており,今回の結果は腎障害の結果を反映し1400あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014■:riser■:nondipper%■:dipper:extreme-dipper100806040200NDRNPDRPDR収縮期血圧1535401033.345.816.74.2403017.512.5100806040200NDRNPDRPDR拡張期血圧1030501033.329.22512.532.537.5255図23群間における日内変動パターン糖尿病網膜症なしではdipperが約半数であり,非増殖糖尿病網膜症ではdipperの割合が減り,正常でない日内変動を示すnondipper,riser,extreme-dipperが増え,増殖糖尿病網膜症ではその傾向が顕著だった.ている可能性もある.夜間の血圧(特に収縮期血圧)が下がりすぎる,すなわちextreme-dipperにも,網膜症を有する割合が高く,PDRを多く認めた.これについては過去に報告はないが,夜間の血圧の低下は心疾患や脳血管障害のリスクファクター7)であり,眼にも何らかの影響があると思われる.本検討では,網膜症が重症化するほど夜間の血圧が高い傾向にあった.84例中71例が降圧薬内服中であり,複数使用例も多数含むにもかかわらず,夜間の血圧が高かった.高血圧は網膜症を進行させるリスクファクターの一つである10,11)が,血圧の検査は通常診察中や自己測定血圧装置によって行われるため,夜間高血圧はABPMを用いないとみつかりにくい.降圧薬により昼間の血圧はある程度下がっていても,夜間高血圧が残っていると網膜症は重症化する可能性があると考えられる.さらに糖尿病という疾患そのものが患者に与える心理的ストレスにより夜間高血圧がある可能性も考えら(152) れる.また,網膜症の重症化している病期では,降圧薬に抵抗して夜間の血圧が下がりにくい状態にあるのかもしれない.さらに,PDRでは,自律神経障害を伴う症例(R-R間隔変動2%未満)が多かった.Kleinらは,夜間の血圧と網膜症の重症化は,自律神経障害および網膜血管のpoorautoregulationが関与する1)のではないかと考察している.網膜血管のpoorautoregulationにより,網膜血流が増加し,網膜動脈やcapillarybedsに障害を与えるのではないかと推察されている.網膜症悪化や血圧日内変動障害に自律神経障害が関与している可能性が示唆された.高感度CRPについては3群間で特に有意差を認めなかった.高感度CRPと関連のある因子として喫煙,年齢,高脂血症,糖尿病,肝機能,炎症などがあげられるが,症例数が少ないこと,およびさまざまな因子が複雑に絡み合うため9),3群間では有意差がでなかったものと思われる.糖尿病合併症の予防に血圧管理が大変重要なことは周知の事実10,11)であり,2004年のUKPDS69で1,148人の2型糖尿病患者において厳格な血圧コントロールを行った群では7.5年後に硬性白斑,網膜細動脈瘤,軟性白斑の数が少なく,厳格な血圧コントロールは網膜症の進行と視力低下を減らすと報告されている11).また,降圧薬についてはACE,bブロッカーでは有意差はなく11),症例数は少ないが筆者らも同様の結果であった.今回の研究において,網膜症のある患者では降圧薬の投与にもかかわらず,血圧日内変動パターンの障害(nondipper,riser,extreme-dipper)が多いことに加えて,網膜症の進行に先立って夜間高血圧が起こることが示唆された.夜間高血圧への安定した治療介入効果の高い降圧薬の開発により網膜症の発症や進展の抑制をもたらしてくれるかもしれないが,夜間の血圧急降下は心疾患,脳血管疾患などのリスクを高めるため,早期発見,早期治療がやはり重要であると思われる.本研究の限界としては糖尿病は多因子疾患であり,患者のもっている背景すなわち遺伝,生活習慣,環境,体格,性格などひとりとして同一でないことである.また,統計について,NDR,NPDR,PDRの3群比較に関してはANOVAで行い,それぞれの群間比較をBonferroni補正で行った.しかし,この検定を20回行っており,偶然約1回は有意になることになる.収縮期血圧では11の時点で有意差があり偶然にしては有意な時点が多いことと,図表(折れ線グラフ)でも明らかな差があり,有意な差があると判定した.しかしながら,拡張期血圧はグラフ上差はあるが,1回しか有意ではなく偶然有意になった可能性があり,本研究の限界となっている.本論文は第14回日本糖尿病眼学会で発表した.(153)Prevalence(%)Prevalence(%■:糖尿病網膜症なし:非増殖糖尿病網膜症50■:増殖糖尿病網膜症454035302520151050104.212.54016.717.53545.8301533.340Extreme-dipperDipperNondipperRisern=8n=19n=30n=27収縮期血圧504540353025201510501012.555025253029.237.51033.332.5Extreme-dipperDipperNondipperRisern=8n=26n=28n=23拡張期血圧図3血圧日内変動パターン別の網膜症の重症度Dipperでは,糖尿病網膜症なしが多くを占めたが,nondipperでは非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症の割合が増え,riserでは増殖糖尿病網膜症が多かった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KleinR,MossSE,SinaikoARetal:Therelationofambulatorybloodpressureandpulseratetoretinopathyintype1diabetesmellitus:therenin-angiotensinsystemstudy.Ophthalmology113:2231-2236,20062)daCostaRodriguesT,PecisM,AzevedoMJetal:Ambulatorybloodpressuremonitoringandprogressionofあたらしい眼科Vol.31,No.9,20141401 retinopathyinnormotensive,normoalbuminurictype1diabeticpatients:a6-yearfollow-upstudy.DiabetesResClinPract74:135-140,20063)LengyelZ,RosivallL,NemethCetal:Diurnalbloodpressurepatternmaypredicttheincreaseofurinaryalbuminexcretioninnormotensivenormoalbuminurictype1diabetesmellituspatients.DiabetesResClinPract62:159-167,20034)PoulsenPL,HansenKW,EbbehojEetal:Nodeleteriouseffectsoftightbloodglucosecontrolon24-hourambulatorybloodpressureinnormoalbuminuricinsulin-dependentdiabetesmellituspatients.JClinEndocrinolMetab85:155-158,20005)PoulsenPL,BekT,EbbehojEetal:24-hambulatorybloodpressureandretinopathyinnormoalbuminuricIDDMpatients.Diabetologia41:105-110,19986)KnudsenST,PoulsenPL,HansenKWetal:Pulsepressureanddiurnalbloodpressurevariation:associationwithmicro-andmacrovascularcomplicationsintype2diabetes.AmJHypertens15:244-250,20027)日本循環器学会:24時間血圧計の使用(ABPM)基準に関するガイドライン(2010年改訂版)8)HermidaRC,SmolenskyMH,AyalaDEetal:Abnormalitiesinchronickidneydiseaseofambulatorybloodpressure24hpatterningandnormalizationbybedtimehypertensionchronotherapy.NephrolDialTransplant9:358368,20139)斉藤憲祐:高感度CRP測定法と新しい展開.LabClinPract20:10-16,200210)EstacioRO,JeffersBW,GiffordNetal:Effectofbloodpressurecontrolondiabeticmicrovascularcomplicationsinpatientswithhypertensionandtype2diabetes.DiabetesCare23(Suppl2):B54-B64,200011)MatthewsDR,StrattonIM,AldingtonSJetal:Risksofprogressionofretinopathyandvisionlossrelatedtotightbloodpressurecontrolintype2diabetesmellitus:UKPDS69.ArchOphthalmol122:1631-1640,2004***1402あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(154)

Accurus®とConstellation®の硝子体手術成績の比較

2014年9月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科31(9):1392.1395,2014c(00)1392(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(9):1392.1395,2014cはじめに近年の硝子体手術の進歩は目覚しく,従来の20ゲージ(G)手術から経結膜的に手術可能な23Gもしくは25Gシステムを使用した小切開硝子体手術が主流となり,より低侵襲な手術が可能となった1.8).また,硝子体手術装置も従来は2,500cpm程度の回転数が限界であったが,2011年からわが国においても5,000cpmまで高速回転が可能な新たな手術装置であるConstellationRが承認され使用可能となった.さらに,新たに7,500cpmの高速回転といった手術装置や27Gシステムといった新たな器械や器具の開発・改良も進んできている.筆者はすでにAccurusRとConstellationRの手術成績について検討し報告しているが,症例数も少なく両手術器械の差を確認することができなかった9).そのため今回は,その後に症例数を重ねて再度比較検討を行ったので報告する.〔別刷請求先〕廣渡崇郎:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:TakaoHirowatari,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashi-Yukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPANAccurusRとConstellationRの硝子体手術成績の比較廣渡崇郎*1澁谷洋輔*1石田友香*2秋澤尉子*3*1公益財団法人東京都保健医療公社荏原病院眼科*2東京医科歯科大学眼科学教室*3東京都職員共済組合シティ・ホール診療所眼科ComparisonofAccurusRandConstellationRinVitreousSurgeryTakaoHirowatari1),YosukeShibuya1),TomokaIshida2)andYasukoAkizawa3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCooperationEbaraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalandDentalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,CityHallClinic,MutualAssociationforTokyoMetropolitanGovernmentEmployees目的:AccurusRからConstellationRへ手術器械を変更したことによる硝子体手術成績を検討する.対象および方法:2010年5月から2013年12月までに荏原病院で硝子体手術を施行した連続する94例108眼で,手術器械としてAccurusR(A群),およびConstellationR(C群)を使用した.結果:術前視力はA群がlogMAR1.02,C群がlog-MAR0.89で,術後視力はA群logMAR0.29,C群がlogMAR0.26であった.平均手術時間はA群83.8分,C群63.9分であった.合併症はA群5.0%,C群4.4%に医原性裂孔を認めたが,術後低眼圧,網膜.離は認めなかった.結論:AccurusRからConstellationRへ手術器械を変更することにより,安全性を損なうことなく,より短時間での硝子体手術が可能となった.Purpose:ToevaluatetheefficacyandsafetyofAccurusRandConstellationRforvitreoussurgery.Patientsandmethods:Investigatedwere108eyesof94patientswhounderwentvitrectomy40eyeswithAccurusR(GroupA)and68eyeswithConstellationR(GroupC).Durationofsurgery,preoperativecorrectedvisualacuity,post-operativebestcorrectedvisualacuityandcomplications,includingiatrogenicretinalbreak,postoperativelowintra-ocularpressureandretinaldetachmentwerecompared.Results:ThemeandurationofsurgeryforGroupsAandCwas83.8and63.9minutes,respectively.ThemeanpreoperativecorrectedvisualacuityofGroupsAandCwaslogMAR1.02and0.89,andthepostoperativebest-correctedvisualacuitywaslogMAR0.29and0.26,respectively.Iatrogenicretinalbreakoccurredin5.0%ofGroupAand4.4%ofGroupsC.Noeyehadpostoperativelowintraoc-ularpressureorretinaldetachment.TherewasnosignificantdifferencebetweenGroupAandCregardingdura-tionofsurgery,visualacuityorcomplications.Conclusion:Resultscomfirmedtheefficacyandsafetyofthesevit-rectomysurgerysystems.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(9):1392.1395,2014〕Keywords:硝子体手術,手術時間,視力,合併症.vitreoussurgery,operationperiod,visualacuity,complica-tion. I対象および方法対象は2010年5月から2013年12月までの間に荏原病院で同一術者による硝子体切除術を受けた連続する94例108眼で,平均年齢は66.3±10.2歳(28.87歳),男性62眼,女性46眼であった.全手術において十分な説明を行い文書で同意を得た.硝子体手術装置は前半の40眼においてはAlcon社のAccurusRを(A群),後半の68眼においてはAlcon社のConstellationR(C群)を使用した.白内障同時手術はA群30眼(75%),C群44眼(65%)で施行した(表1).手術開始直前に2%キシロカイン3mlにて球後麻酔を行った.術式は全例3ポートで行い,25G小切開硝子体切除システム(Alcon社egdeplusR)を用い,無縫合で手術を終了した.手術用顕微鏡はZeiss社LumeraTRを使用した.中心硝子体切除には広角観察用レンズOculusBIOMIIRを使用し,周辺硝子体切除は強膜圧迫による直視下観察にて行った.黄斑上膜や内境界膜.離などの黄斑処理はHOYA社HHVRメニスカスレンズ下にて行った.硝子体手術におけるカットレートおよび吸引圧は,中心硝子体切除と周辺硝子体切除においてA群およびC群ともそれぞれ異なる設定を用いた(表2).白内障同時手術は2.8mmの上方強角膜3面切開から超音波乳化吸引術を行い,6mmワンピースアクリルレンズ(AlconAcysofRIQ)を.内に挿入した.検討項目は,両群における術前矯正視力および術後最高矯正視力,手術時間,術中および術後合併症とした.なお,視力は小数視力表にて測定し,指数弁はlogMAR1.85,手動弁はlogMAR2.30,光覚弁は2.90と換算して統表1同時・単独手術の割合A群(眼)C群(眼)全体40(100%)68(100%)単独手術10(25%)24(35%)同時手術30(75%)44(65%)計処理を行った10,11).統計学的検討はFisher直接確率法を用い,p<0.05を有意とした.II結果硝子体手術の適応となった原因疾患で最も多いのは増殖糖尿病網膜症36眼(33.3%)で,ついで黄斑上膜26眼(24.1%),裂孔原性網膜.離18眼(16.7%)であった(表3).術前視力はA群全体ではlogMAR1.02±0.69(平均±標準偏差),単独手術ではlogMAR1.02±0.72,同時手術ではlogMAR1.03±0.6.3であった.C群全体ではlogMAR0.89±0.73,単独手術ではlogMAR0.99±0.87,同時手術ではlogMAR0.81±0.60であった.平均術後最高矯正視力はA群ではそれぞれlogMAR0.29±0.43,0.24±0.34,0.42±0.64であった.また,C群ではそれぞれlogMAR0.26±0.48,0.32±0.54,0.22±0.46であった.また,各視力の最大値,最小値,中央値は別表に示す(表4).術前矯正視力および術後最高矯正視力の差については,すべての群で有意な差はみられなかった.手術時間はA群全体で平均83.8±28.5分,単独手術は63.7±17.0分,同時手術は90.5±28.6分であった.対してC群全体で平均63.9±25.2分,単独手術は55.6±26.5分,同時手術は68.7±24.2分であり,全体,単独手術および同時手術のすべてにおいてC群はA群と比較し有意に手術時表2各硝子体手術装置の設定AcuurusR(A群)ConstellationR(C群)中心硝子体切除灌流圧37mmHg30mmHg吸引圧300mmHg400mmHg回転数1,400cpm5,000cpm周辺硝子体切除灌流圧37mmHg30mmHg吸引圧100mmHg200mmHg回転数2,400cpm5,000cpm表3症例の内訳A群全体A群単独手術A群同時手術C群全体C群単独手術C群同時手術(眼)(眼)(眼)(眼)(眼)(眼)増殖糖尿病網膜症1721519127黄斑上膜72519118裂孔原性網膜.離4041477硝子体出血422202網膜静脈閉塞症321523黄斑円孔312404硝子体混濁101413眼内炎110110(145)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141393 表4術前矯正視力・術後最高矯正視力術前矯正視力術前最大値術前最小値術前中央値術後最高矯正視力術後最大値術後最小値術後中央値A群全体1.02±0.69.0.202.301.000.29±0.43.0.201.000.30A群単独手術1.02±0.720.002.301.000.24±0.34.0.200.700.20A群同時手術1.03±0.63.0.202.001.000.42±0.64.0.101.000.30C群全体0.89±0.73.0.202.901.000.26±0.48.0.202.300.10C群単独手術0.99±0.87.0.202.300.800.32±0.54.0.202.300.20C群同時手術0.81±0.60.0.202.901.000.22±0.46.0.202.000.10(logMAR)表5手術時間全体同時手術単独手術A群(分)83.8±28.590.5±28.663.7±17.0C群(分)63.9±25.268.7±24.255.6±26.5間の短縮が得られた(p<0.01)(表5).合併症については,術中医原性網膜裂孔形成,術後網膜.離および術後低眼圧の発生頻度について検討した.なお,術後低眼圧は5mmHg以下の状態と定義した.術中医原性裂孔形成はA群で2眼(5.0%),C群で3眼(4.4%)で発生した.術後網膜.離および術後低眼圧は両群において0眼(0.0%)であり,両群間ですべての合併症において有意な差はなかった.III考按今回,筆者らが比較検討したConstellationRとAccurusRの手術時間についてはすでに複数の報告がなされている.柳田の報告では硝子体カッターの駆動時間のみを計測・比較し,Rizzoの報告では眼内に硝子体カッターを挿入した時点から抜去した時点までの時間を比較している12,13).どちらの報告においてもAccurusRよりもConstellationRのほうが,有意に手術時間が短くなっており,高速回転硝子体カッターとdutycycleの最適化が硝子体切除に要する時間の短縮に寄与していることが示唆される.また,Murrayらは,AccurusRからConstellationRに手術装置を変更したことにより,1件当たりの手術時間と患者1人当たりの手術室滞在時間が短縮され,結果として1日当たりの硝子体手術件数が増加したと報告している14).また,安藤らも同様にAccurusRからConstellationRに手術装置を変更することによりstage3の黄斑円孔に対する手術時間の短縮が得られたと報告している15).今回の筆者らの検討では,実際の手術における時間短縮の効果を検討する観点から,さまざまな症例に対して執刀開始から手術終了までの手術全体の時間を検討した.今回の報告と最も条件が類似していると考えられるMurraryらの報告と同様に,統計学的に有意な手術時間の減少が得られた.このことからMurrayらが述べているように,手術時間の短縮による手術侵襲の軽減のみならず,結果的に業務の効率化も得られていると考えられる.手術時間に関しては,C群はA群と比較して単独手術では8.1分,同時手術では21.8分の短縮であった.この手術時間短縮効果の差については,同時手術を行った症例の内訳に影響を受けた可能性が考えられる.対象症例のうち,糖尿病網膜症と裂孔原性網膜.離については,増殖組織の処理や.離網膜に対する処理が必要なため,より繊細な手術手技が必要とり,手術時間が長くなる傾向にあったが,同時手術を行った症例のうち上記2疾患の割合はA群で同時手術を行った30例中19例(63.3%),C群で同時手術を行った44例中14例(31.8%)と差があった.そのため,同時手術のほうが単独手術よりも手術時間の短縮が得られた結果となったと考えられる.つぎに合併症については,Rizzoの報告において術中医原性裂孔形成がAccurusRでの21.7%からConstellationRでの1.7%と劇的に減少したとされている.これは,高速回転硝子体カッターによる網膜への牽引の軽減によるものと考えられる.筆者らの検討でもConstellationRにおいても4.4%と低い発生率であったが,両群に有意な差はみられなかった.これはRizzoの報告と比較してAccurusRでの術中医原性裂孔形成が5.0%と低いためと考えられる.また,今回両群とも良好な視力改善効果が得られた.これは両群とも安全かつ低侵襲な手術手技により良好な結果が得られたと考えられる.新規の硝子体手術装置であるConstellationRは高性能な手術装置であり,手術時間の短縮などによる手術侵襲の軽減や,合併症頻度の低下などの点で期待されているが,今回の検討では他の報告と同様に,従来の手術装置であるAccurusRと比較し,安全性を損なうことなく手術時間短縮の観点から優位性が確認できた.文献1)FujiiGY,DeJuanEJr,HumayumMSetal:Anew25-gaugeinstrumentsystemfortransconjunctivalsuture-lessvitrectomysurgery.Ophthalmology109:1807-1812,(146) 20022)RecchiaFM,ScottIU,BrownGCetal:Small-gaugeparsplanavitrectomy:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology117:1851-1857,20103)HubschmanJP,GuptaA,BourlaDHetal:20-,23-,and25-gaugevitreouscuttersperformanceandcharacteristicsevaluation.Retina28:249-257,20084)LakhanpalRR,HumayumMS,deJuanEJretal:Outcomesof140consecutivecasesof25-gausetransconjunctivalsurgeryforposteriorsegmentdisease.Ophthalmology112:817-824,20055)IbarraMS,HermelM,PrennerJLetal:Longer-termoutcomesoftransconjunctivalsutureless25-gaugevitrectomy.AmJOphthalmol139:831-836,20056)OshimaY,ShimaC,WakabayashiTetal:Microincisionvitrectomyanintravitrealbevacizumabasasurgicaladjuncttotreatdiabetictractionretinaldetachment.Ophthalmology116:927-938,20097)佐藤達彦,恵美和幸,坂東肇ほか:増殖硝子体網膜症に対する硝子体手術成績─25ゲージシステム使用例と20ゲージシステム使用例での後ろ向き比較.日眼会誌116:100-107,20128)MuraM,TanSh,DeSmetMD:Useof25-gaugevitrecctomyinmanagementofprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina29:1299-1304,20099)廣渡崇郎,石田友香,秋澤尉子:高速回転硝子体切除装置を用いた硝子体手術成績.臨眼67:697-700,201310)Schulze-BonselK,FeltgenN,BurauHetal:Visualacuities“handmotion”and“countingfingers”canbequantifiedwiththeFreiburgvisualacuitytest.InvestOphthalmolVisSci47:1236-1240,200611)GroverS,FishmanGA,AndersonRJetal:Visualacuityimpairmentinpatientswithretinitispigmentosaatage45yearsorolder.Ophthalmology106:1780-1785,199912)RizzoS,Genovesi-EbertF,BeltingC:Comparativestudybetweenastandard25-gaugevitrectomysystemandanewultrahigh-speed25-gaugesystemwithdutycyclecontrolinthetreatmentofvariousvitreoretinaldisease.Retina31:2007-2013,201113)柳田智彦,清水公也:25ゲージ硝子体手術におけるアキュラスとコンステレーション硝子体切除時間の比較.あたらしい眼科29:869-871,201214)MurrayTG,LaytonAJ,TongKBetal:Transistiontonoveladvancedintegratedvitrectomyplatform:comparisionofthesurgicalimpactofmovingfromtheAccurusvitrectomyplatformtotheConstellationVisionSystemformicroincisionalvitrectomysurgery.ClinOphthalmol7:367-377,201315)安藤友梨,田中秀典,谷川篤弘ほか:25ゲージ黄斑円孔手術におけるアキュラスRとコンステレーションRの比較.あたらしい眼科30:1181-1184,2013***(147)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141395