あたらしい眼科32(9):1293~1296,2015c総説涙道内視鏡検査実践ガイドMicroendoscopySafetyGuideforLacrimalPassageExamination鈴木亨*1白石敦*2横井則彦*3堀裕一*4杉本学*5嘉鳥信忠*6井上康*7大橋裕一*8はじめに涙道は眼表面の涙液を持続的に下鼻道へ排出する管組織で,上下眼瞼鼻側にある涙点とそれに続く上下涙小管,総涙小管,涙.,鼻涙管から構成されている.涙点から下鼻道に到達するまでの約40mmの経路には複数の屈曲が存在し,内腔面は扁平上皮あるいは円柱上皮で覆われた微細な組織である.涙道に炎症や閉塞(以下,狭窄も含む)が生じたときには,流涙や眼脂,疼痛などの自覚症状のほか,眼瞼に発赤や腫脹などの他覚症状が発生する.これまで,その病変の局在同定や原因特定のための検査方法として,通水試験や涙.ブジー法,涙道造影,さらにコンピュータ断層撮影(computedtomography:CT),磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)検査が行われてきたが,直接原因部位の観察を行うことは不可能であった.近年,涙道内視鏡によって涙道内を直接的に観察することが可能になり,涙道疾患の診断精度が向上した1~12).涙道内視鏡検査の導入により涙道診療は大きな変革期を迎えており,涙道診療に対するガイドラインの速やかな策定が必要とされている.今回,その第一歩として,涙道内視鏡を用いた涙道内視鏡検査を安全に施行するための実践ガイドを作成した.I検査目的涙道疾患において,病変の直接的な観察が必要と判断された場合に行う.II涙道検査の手順涙道検査の手順を図1に示した.涙道の検査を始めるにあたっては,まず分泌性流涙を除外できていることが前提となる(導涙性流涙).視診によって眼瞼の腫脹や涙.の膨隆がみられる症例をはずして涙管通水検査を行い,その結果が良好でないと判断された症例について涙道内視鏡検査を行う.III適応と禁忌検査適応は,18歳以上で全身状態が不良でない患者に対して,流涙や眼脂の原因が涙道内に存在するかどうか調べたい場合や,涙道閉塞の局在および原因を確かめる必要がある場合,あるいは直接観察による治療評価が必要な場合である.急性涙.炎や外傷などの急性涙道疾患は検査適応外とする.また,眼瞼に腫脹の認められる場合は,検査による病変増悪リスクがあるので比較的禁忌とし,治療法選択のための参考所見が必要な場合にのみ慎重に行う.18歳未満の場合は,涙道内視鏡の取り扱いに十分な知識と経験を有する眼科医が,既存の涙道検査法との比較を含め,本検査のリスクベネフィットを総合的に考慮したうえで,慎重に適応を判断する.*1ToruSuzuki:鈴木眼科クリニック,*2AtsushiShiraishi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野,*3NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学,*4YuichiHori:東邦大学医療センター大森病院,*5ManabuSugimoto:すぎもと眼科医院,*6NobutadaKatori:聖隷浜松病院眼科,*7YasushiInoue:井上眼科,*8YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕鈴木亨:〒808-0102北九州市若松区東ニ島4-7-1鈴木眼科クリニック0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(65)1293導涙性流涙視診と触診導涙性流涙視診と触診Yes眼瞼腫脹No涙.膨隆DCG,CT,MRI,鼻内視鏡検査機能性流涙の検査眼瞼および眼表面の異常の有無を確認するYes通水良好No涙管通水検査涙道内視鏡検査図1涙道検査の進め方DCG:Dacryocystography涙.造影検査(涙道造影検査と同義語)視診,涙管通水検査,涙道内視鏡検査の順番を守ることが大切.IV注意点乳幼児に対しては,全身麻酔を標準とする.高齢者では流涙症の原因はさまざまであり,また涙道閉塞があっても流涙を生じない場合もあるので,他の流涙要因の十分な検討のもとに涙道内視鏡検査の適否を考慮する.また,涙道内視鏡の観察視野角度は正面70°に限定されているため,涙道壁から垂直に立ち上がる憩室や瘻孔の観察には適さない.涙道閉塞には涙道外部からの圧迫が原因となっていることがあり,その場合は涙道内視鏡検査が誤った治療判断を引き起こす場合がある.したがって,適宜,涙道造影検査やCT,MRIなどの精密画像診断を併用して治療計画を立てることが必要である.V検査方法1.麻酔検査前には,眼表面点眼麻酔に加え,必要に応じて点眼麻酔薬による涙道内麻酔や滑車下神経ブロックなどの局所麻酔を追加する.注射を行う場合は麻酔による合併症に十分配慮する.とくに眼窩内に注射液が浸潤するような麻酔法では,眼動脈を虚血に導く可能性のあるエピネフリンが添加されていない麻酔液が望ましい.2.内視鏡の挿入患者を処置ベッド上で仰臥位で安静にさせ,必要に応じて涙点を拡張針で拡張し,眼瞼を耳側に牽引しながら涙点から内視鏡を挿入する.1294あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(66)3.涙道内での内視鏡操作の基本生理食塩水による灌流を行いながら,適宜照明光の強さを調整しながら観察する.屈曲部位では内視鏡先端が涙道壁に押し付けられないようにハンドピースを操作することにより,粘膜損傷を回避する.回避できない場合は,仮道形成の危険性があるため,それより遠位に進まない.とくに鼻涙管では,約30%の症例でその傾斜角度が内視鏡プローブ湾曲と逆方向の後方寄りとなっているため,十分に注意する13).また,閉塞のある涙道では,灌流圧が高すぎると疼痛を生じるので灌流量は適宜加減するが,灌流を止めると内視鏡チャンネル内に血液や分泌物などが逆流して内視鏡汚染の原因になるので,少量でも持続的に灌流を続ける.涙道から内視鏡を引き出した直後には,加圧通水を行うことで内視鏡通水チャンネル内への逆流物の残留や固着を防止する.VI検査の結果検査結果は診療録に記録する.検査中の涙道内の様子は動画で記録することが望ましい.VII涙道内視鏡検査と他の検査法との比較代表的な涙道検査の利点と欠点を表にまとめた(表1).色素残留試験は導涙障害の有無を判断できるもっとも低侵襲な方法であるが,その通過障害が涙道閉塞によるものか機能性流涙14)によるものか区別ができない.涙管通水検査は簡便な方法で,涙洗針による触診,通水抵抗と逆流の様子を総合的に判断することで通過障害の有無や局在のより具体的な診断が可能であるが,診断確定には涙道造影検査か涙道内視鏡検査が必要な場合がある.涙道造影検査では病変の局在がわかりやすい反面,その病変を直接観察できないので原因の特定には適さない.また,検査による被曝の問題や,造影検査薬の目的外使用も避けられない.涙道内視鏡検査では病変を直接観察できて原因の特定が可能な反面,正確な局在同定には熟練を要する.また,被曝の問題を避けることができ,使用目的に準ずる範囲での検査が可能である.VIII合併症ガイドラインに定める使用法を超えて屈曲部を回避せずに内視鏡を進めた場合や,閉塞の穿破を行った場合には,疾患の増悪や仮道形成の危険性がある.滑車下神経(67)表1涙道検査法の比較利点欠点色素残留試験涙管通水検査通過障害の有無をもっとも低侵襲に判断できる通過障害をより具体的に判断できる涙道閉塞と機能性流涙の区別ができない閉塞部位の確定はできない場合がある涙道造影検査閉塞部位の確定診断ができる閉塞原因の特定はできないX線被曝,時間を要する涙道内視鏡検査閉塞部位の確定と原因の特定ができる機器がやや高価で手技に熟練を要するブロック麻酔を行った場合には球後出血の危険性がある.IXインフォームド・コンセント涙道内視鏡検査は,患者に苦痛を与える可能性だけでなく,偶発的な危険が伴う可能性もある.そのため,検査の必要性や危険性などを説明して患者の同意書を得る必要がある.患者への説明と同意書には以下の内容を含む.1)他の検査方法による診断2)涙道内視鏡検査の目的,方法,必要性,期待できる効果など3)予想される危険性の内容と対処方法について4)代替検査方法について5)患者が内視鏡検査を受け入れない場合に予想される事態についてX感染対策涙道内視鏡検査は,涙道感染症のみならずさまざまな全身状態の患者に行うことが想定されるため,内視鏡を介した感染を予防する必要がある.涙道内視鏡は消化器や気管支の内視鏡と同様に,粘膜または健常ではない皮膚に接触する器材であり,Spauldingの分類では「やや危険な器材」にあたる15).したがって,検査ごとの洗浄・高水準消毒が求められる.また内視鏡従事者は傷のある皮膚,粘膜への感染防御を恒常的に行う標準予防策を実施しなければならない.XI内視鏡の衛生管理と保管1.洗浄まず,検査直後に内視鏡外表面を流水で洗う.そのあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151295際,洗浄剤を含ませたガーゼなどで表面を拭うとともに,チャンネルへの通水と通気を十分に行うことで,粘性のある涙道内分泌物や血液の固着を防ぐ.とくにチャンネル内の汚染物の固着は内視鏡の故障の原因になるばかりでなく,滅菌や消毒の効果を損なうので,使用中の加圧通水と使用後の洗浄は重要である.2.消毒と滅菌Spauldingの分類に従って高水準消毒が行わなければならない.涙道内視鏡の消毒に用いられる高水準消毒薬としては,グルタラールかフタラールが適当である.これら薬剤では,10分間の薬液浸漬により結核菌,ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV),B型肝炎ウイルス(hepatitisBvirus:HBV),C型肝炎ウイルス(hepatitisCvirus:HCV)の不活化が可能である.また,適宜,EOG滅菌でハンドピース以外の部分についても清潔を保つ必要がある.3.保管消毒後の内視鏡はチャンネルにアルコール,空気の順に注入して内部を乾燥させて保管する.使用するアルコールは無水エタノールが望ましい.涙道内視鏡の製造元では,各社,添付文書内に洗浄や消毒,滅菌,保管方法などについて表示しているので確認する.まとめ涙道内視鏡を用いた涙道診療は未だ発展途上にあり,今後さらなるエビデンスの蓄積が必要とされている.本実践ガイドが,その核となる安全な涙道内視鏡検査の普及に貢献することを期待している.文献1)EmmerichKH,Meyer-RusenbergHW,SimkoP:EndoskopiederTranenwege.DerOphthalmologe94:732-735,19972)MullerK,BodnerE,MannorGE:Endoscopyofthelacrimalsystem.BrJOphthalmol83:949-952,19993)佐々木次壽:涙道内視鏡による涙小管炎の診断と治療.眼科42:1043-1047,20004)鈴木亨:涙道ファイバースコピーの実際.眼科45:20152023,20035)SasakiT,NagataY,SugiyamaK:Nasolacrimalductobstructionclassifiedbydacryoendoscopyandtreatedwithinferiormeataldacryorhinotomy.Part1:Positionaldiagnosisofprimarynasolacrimalductobstructionwithdacryoendoscope.AmJOphthalmol140:1065-1069,20056)鈴木亨:涙小管閉塞症の顕微鏡下手術における術式選択.眼科手術24:231-236,20117)SasakiT,MiyashitaH,MiyanagaTetal:Dacryoendoscopicobservationandincidenceofcanalicularobstruction/stenosisassociatedwithS-1,anoralanticancerdrug.JpnJOphthalmol56:214-218,20128)鈴木亨:涙道内視鏡を利用した停留チューブの治療経験.眼科47:1241-1248,20059)白石敦:リサミングリーン染色を用いた涙道粘膜上皮再生の評価.眼科手術26:129-132,201310)AmatoJ,HartsteinME:chapter6.Evaluationofthetearingpatient.In:TheLacrimalSystem(CohenAJ,etaleds),66-73,Springer,Germany,200611)鈴木亨:流涙症の原因と包括的アプローチ.眼科手術22:143-147,200912)後藤英樹,後藤聡,森寺威之:3涙道─涙道の解剖・涙道検査─.眼科診療クオリファイ(野田実香編),p136-146,中山書店,201213)NariokaJ,MatsudaS,OhashiY:Inclinationofthesuperomedialorbitalriminrelationtothatofthenasolacrimaldrainagesystem.Ophthalmicsurgery,laser&imaging39:167-70,200814)ChanW,MalhotraR,KakizakiHetal:Perspective:whatdoesthetermfunctionalmeaninthecontextofepiphora?ClinExpOphthalmol40:749-754,201215)SpauldingEH:Chemicaldisinfectionofmedicalandsurgicalmaterials.In:Disinfection,sterilizationandpreservation(LawrenceCA,BlockSS,eds).p517-531,Lea&Philadelphia,517-531,1968☆☆☆1296あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(68)