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抗VEGF治療:抗VEGF薬硝子体内注射による全身合併症

2014年10月31日 金曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二9.抗VEGF薬硝子体内注射による上田高志東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学全身合併症抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法は,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対して第一選択の治療として定着し,近年では他の疾患への適応が拡大している.一方,まれではあるが重大な全身合併症のリスクが議論されている.本稿では,抗VEGF療法による全身合併症のリスクについて,現時点での知見について概説する.滲出型加齢黄斑変性と抗VEGF療法2006年にラニビズマブのphaseIII治験結果が発表されて以降,ラニビズマブはAMDに対する治療において中心的な役割を担ってきた.現在ではラニビズマブに加えてアフリベルセプトも最も有効な第一選択の抗VEGF療法となっている.一方で,VEGFは正常血管を維持するための生理的に重要な因子でもあることから,全身的な血管にかかわる合併症リスクが議論されている.ラニビズマブ以前のペガプタニブ(VEGF-165特異的inhibitor)における治験では,全身血管リスクを考慮し,ハイリスク患者はあらかじめ治験から除外されていた.しかし,当初は少量の抗VEGF薬を眼内に局所投与することで全身に影響を生じうることには否定的な見解が多かったため,ラニビズマブの治験では全身血管リスクに関する除外基準が設けられなかった.ところが,2009年にラニビズマブ療法による全身性の血管リスクⅠaⅡaⅡbⅠbⅡcⅡd図1抗VEGF療法後の無症候性脳卒中Ia:治療前T2*画像.Ib:治療後に出現した新規の微小出血巣(矢印).IIa,b:治療前T1,T2強調画像.IIc,d:治療後に出現した新規の脳梗塞巣(矢印).(Ophthalmology118:2093.e3,2011より許可を得て転載)(59)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414810910-1810/14/\100/頁/JCOPY として,脳卒中リスクが高まる可能性が指摘された1).この研究はラニビズマブの治験で最も重要であったFOCUS(phaseII),MARINA(phaseIII),ANCHOR(phaseIII)のメタ解析の結果で,0.3mgまたは0.5mgのラニビズマブによって治療された患者は,プラセボや光線力学的療法群の患者と比較して,脳卒中リスクが有意に増大していた.その後行われた多くのランダム化比較試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)を含めた最新のメタ解析でも同様の結論が示されており,1回投与量や投与頻度に応じて脳卒中リスクが高まる可能性が確認された2).また,2012年にはBresslerらが,脳卒中ハイリスク患者においてはラニビズマブ療法によってリスクはさらに高まるというデータを報告している3).さらに最近のRCTでも,抗VEGF薬硝子体内注射によって血清VEGF値が低下することが確認されている4).一方で,AMDに対する抗VEGF療法による脳卒中リスクを含めた全身合併症については否定的な報告も存在している.有力な報告としては,Campbellらによる2012年の『BritishMedicalJournal』と『Ophthalmology』での報告があげられる.これらは市販後の後ろ向き観察研究であるが,想定できない交絡因子を調整することができないことや,投与頻度など治療の強度との関連性を議論できないという問題点が考えられる.最近,投与頻度を減らすことが可能なアフリベルセプトも使用できるようになった.アフリベルセプトとラニビズマブを比較したVIEWtrialsでは,2年間の総合的な結論では全身的血管リスクに差異がないとされた一方,interimanalysisまでの最初の1年間の結果では,アフリベルセプト治療群ではラニビズマブ治療群と比較して脳卒中リスクの上昇を指摘する声も存在した.網膜静脈閉塞症/糖尿病黄斑浮腫と抗VEGF療法近年,抗VEGF療法の適応は網膜静脈閉塞症や糖尿病黄斑浮腫に拡大している.これらの病態における米国での治験では,全身血管リスクの高い患者はあらかじめ除外されたうえで検証された点がAMDでの治験と異なっている.2年間毎月投与が行われたRCTでは死亡率の上昇傾向が認められたが5),低リスク患者をprorenata(PRN,asneeded)プロトコールで治療する場合には全身合併症のリスク上昇は認められないと考えられた5).考察抗VEGF療法と全身血管リスク,とくに脳卒中リスクに関しては今後も議論が続くものと考えられる.抗VEGF療法における主要なRCTのほとんどが製薬会社のサポートによって行われており,一般的にこのような研究では,さまざまなバイアスにより製薬会社に有利な結果となることが知られている6,7).眼科医としての日常診療では,全身血管リスクを考慮したうえで治療薬や治療頻度,用量を選択することが求められていると考えられる.文献1)UetaT,YanagiY,TamakiYetal:Cerebrovascularaccidentsinranibizumab.Ophthalmology116:362,20092)UetaT,NodaY,ToyamaTetal:Systemicvascularsafetyofranibizumabforage-relatedmaculardegeneration:systematicreviewandmeta-analysisofrandomizedtrials.Ophthalmology,inpress,20143)BresslerNM,BoyerDS,WilliamsDFetal:Cerebrovascularaccidentsinpatientstreatedforchoroidalneovascularizationwithranibizumabinrandomizedcontrolledtrials.Retina32:1821-1828,20124)IVANStudyInvestigators,ChakravarthyU,HardingSPetal:Ranibizumabversusbevacizumabtotreatneovascularage-relatedmaculardegeneration:one-yearfindingsfromtheIVANrandomizedtrial.Ophthalmology119:1399-1411,20125)YanagidaY,UetaT:Systemicsafetyofranibizumabfordiabeticmacularedema:meta-analysisofrandomizedtrials.Retina34:629-635,20146)BekelmanJE,LiY,GrossCP:Scopeandimpactoffinancialconflictsofinterestinbiomedicalresearch:asystematicreview.JAMA289:454-465,20037)LundhA,SismondoS,LexchinJetal:Industrysponsorshipandresearchoutcome.CochraneDatabaseSystRev12:MR000033,2012☆☆☆1482あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(60)

緑内障:OCT測定値のフロアエフェクト

2014年10月31日 金曜日

●連載172緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也172.OCT測定値のフロアエフェクト金森章泰神戸大学大学院医学研究科外科学講座眼科学OCTの測定値には,本来検出したい神経線維や網膜神経節細胞体などの神経成分以外に,血管やグリア細胞などの非神経成分が含まれる.緑内障で視機能を消失しても測定値が0になることはなく,フロアエフェクト(flooreffect:FE)がある.OCTの機種やパラメータによってFEは異なるが,FEを知ることで構造的障害程度を把握することができる.●フロアエフェクトとは?光干渉断層計(OCT)による緑内障診療に用いられるパラメータには,乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)に加え,スペクトラルドメインOCT(SD-OCT)で測定可能になった黄斑部網膜神経線維層(mRNFL)や網膜神経節細胞層+内顆粒層(GCL/IPL),さらにmRNFLとGCL/IPLの和である(GCC)がある.多くの研究により,それぞれのパラメータと,視野検査を代表とした機能的検査との相関関係が報告されている.機能的検査は視機能を消失すると0になるが,OCT測定値はそうではない.RNFLには網膜神経節細胞(RGC)からの神経線維だけではなく,血管やアストロサイト・Muller細胞の細胞質などのグリア細胞などの非神経成分が含まれるためである.神経成分は視機能消失と直線的に減少し,非神経成分は変化しないと仮定すると,OCT測定値が理論的に減少する限界,すなわち床(flooreffect:FE)という概念が構築される.Hoodらは視野との相関関係から,緑内障におけるOCT測定値の図1AFEを“baselevel”と表現し,詳しく解説した(図1)1).●cpRNFLにおけるフロアエフェクト緑内障眼における構造的・機能的相関を検討することで,OCTのFEを算出することができる.タイムドメインOCT(TD-OCT)であるStratusOCTでは,正常眼の約33%の厚みがcpRNFLのFEであるとされている2).また,6セクターに分割した相関関係においては,SD-OCTであるRTVueのcpRNFLのFEは約60%と算出されている3).筆者らはCirrus,RTVue,3DOCT-2000を用いて,cpRNFLを113眼の緑内障眼で撮影し,視野との相関関係を検討した4).全周cpRNFLと視野感度の回帰直線から,視野感度が0の点の全周cpRNFL厚を求め,FEとしたところ,SD-OCTではFEは60%強,すなわち神経成分はcpRNFLのうち約30%強であることがわかった(図2).●黄斑部パラメータのフロアエフェクト黄斑部パラメータと視野の相関に関する研究はいくつBA:縦軸にcpRNFL厚,横140normallevel(s0+b)140normallevel(s0+b)軸に対数をはずした網膜感度120120をとり,直線的相関関係を示したシェーマ.非神経成分以外を示すベースレベル(b)と,正常眼での測定値であるcpRNFL(μm)cpRNFL(μm)1008010080s0s0ノーマルレベルが神経成分6060baselevel(b)(So)+bとして表記されている.B:網膜感度をdB単位とした場合,2次回帰曲線によるシェーマを示す.(文献1から改変)402000.0相対的網膜感度0.51.01.52.040200-30網膜感度(dB)0-10-20baselevel(b)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(57)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141479 CirrusRTVue3DOCT11012011010010090図290上段:Cirrus,RTVue,3D全周cpRNFL(μm)全周cpRNFL(μm)1101001101008080OCT-2000で測定した全周707060cpRNFLと,Humprey自動6050405030視野計24-2プログラムで測定した測定点の平均網膜感度304020051015202530350510152025303505101520253035(dB表示)の散布図と2次回網膜感度(dB)網膜感度(dB)網膜感度(dB)帰曲線を示す.下段:全周120130cpRNFL厚と平均網膜感度120110(1/Lambert表示)の散布図11010090100と1次回帰直線を示す.網膜909080感度が0の点における808070707060cpRNFL厚がフロアエフェ6060クトと算出される.(文献250505040から改変)30404005001,0001,50005001,0001,50005001,0001,500網膜感度(1/Lambert)網膜感度(1/Lambert)か報告されているが,FEに関して具体的に述べた報告はない.121眼の緑内障の自験例の検討において,シラスHD-OCT,RTVue,3DOCT-2000ともにGCCのFEは約70%強であることがわかった(投稿中).シラスHD-OCTのFEが3DOCT-2000に比べ,mRNFLで少なく,GCL/IPLで多いという結果になり,両者の黄斑部解析範囲の違いによると考えられる.すなわち,3DOCT-2000は6×6mmの測定部位に対し,シラスHD-OCTは4×4.8mmの測定部位であり,中心窩付近で厚いGCL/IPLの領域がシラスHD-OCTでは多く占めることになる.反面,3DOCT-2000はmRNFLを多く含んでいる.このように同一の黄斑部パラメータであっても,機種によってFEは異なる.●フロアエフェクトの意義本稿で述べたFEは機能的・構造的相関関係から算出された理論値であり,実際にはFEよりも薄い測定値をもつ患者が散見され,議論の余地がある.自動視野計で視野感度が0になった点を計算しても,実際には周辺視野が存在することを考慮する必要がある.また,統計的に高い機能的・構造的相関関係が過去の多くの緑内障研究により述べられているが,それはいわば“あたりまえ”であり,その相関関係からはずれる患者も多く存在する.たとえば,相関係数が0.8の2つの測定値は高い相関があると統計学的にはいえるが,個々の値が一方の測定値から予測できるかというと,臨床的にはそうではない.つまり,64%のサンプルは予測できるが,逆に1480あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014網膜感度(1/Lambert)あとの36%は予測できていないことになる.しかし,FEを知っておくと便利な点がある.OCT測定値はノーマティブデータからの逸脱具合によって,緑・黄色・赤色と表示される定性的判定が視覚的にもとらえやすい.残念ながらOCTパラメータの正常値は表示されないため,そのような定性的表示なしではOCTの測定値そのものは日常診療では扱いづらい.しかも,赤色判定は初期緑内障眼でも示されることが多く,それ以上の菲薄化はすべて赤色の定性的表示である旨を念頭におく必要がある.FEを知ることで,個々の患者の構造的障害がどれくらい存在するのかを想像しながら診療にあたることができると考える.文献1)HoodDC,KardonRH:Aframeworkforcomparingstructuralandfunctionalmeasuresofglaucomatousdamage.ProgRetinEyeRes26:688-710,20072)HoodDC,AndersonSC,WallMetal:Structureversusfunctioninglaucoma:anapplicationofalinearmodel.InvestOphthalmolVisSci48:3662-3668,20073)RaoHL,ZangwillLM,WeinrebRNetal:Structure-functionrelationshipinglaucomausingspectral-domainopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol129:864871,20114)KanamoriA,NakamuraM,TomiokaMetal:Structurefunctionrelationshipamongthreetypesofspectral-domainopticalcoherenttomographyinstrumentsinmeasuringparapapillaryretinalnervefibrelayerthickness.ActaOphthalmol91:e196-202,2013(58)

屈折矯正手術:角膜屈折矯正術後眼における眼内レンズ度数計算

2014年10月31日 金曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載173大橋裕一坪田一男173.角膜屈折矯正術後眼における栗林洋子*1稗田牧*2*1大津市民病院眼科*2京都府立医科大学眼科眼内レンズ度数計算眼内レンズ度数計算法として多くの計算式が存在する.角膜屈折矯正手術後眼に眼内レンズを挿入する場合は,いくつかの計算法で眼内レンズ度数を算出し,結果を比較して挿入レンズ度数を決定する必要がある.とくに良好な遠方裸眼視力への期待が大きく,術後に生じうる屈折誤差について十分に説明し,同意を得ることが重要である.●はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK),epipolisLASIK(epi-LASIK),laser-assistedsub-epithelialkeratectomy(LASEK),photorefractivekeratectomy(PRK)などの屈折矯正手術後の白内障手術症例は,今後ますます増加していくことが予想される.第三世代理論式であるSRK/T式は一般的によく用いられており,極端に眼軸長に長短がなければ精度が良いが,角膜前面のケラトメーターで測定した角膜屈折力と眼軸長を用いており,屈折矯正術後眼に用いると遠視方向の誤差が生じることが問題となる.●遠視方向の誤差の原因1.ケラトメーターの原理による測定誤差ケラトメーターは角膜前面傍中央の直径約3mm付近を測定し,中央の角膜屈折力としている.角膜の形状は,通常中央と傍中央はおよそ球面であるが,屈折矯正術後は角膜前面中央が傍中央よりフラット化(屈折矯正度数により変化)しているため,角膜屈折力が過大評価される.2.換算屈折力の問題ケラトメーターは角膜前面曲率から角膜全屈折力を換算屈折率により算出している.屈折矯正術後では,前面形状がフラット化し後面の形状はほぼ変化がないため,通常の角膜換算屈折率(1.3375)を用いると角膜屈折力が過大評価される.3.予想前房深度の問題SRK/T式は,角膜を球面とした曲率半径から術後前房深度を予測している.屈折矯正術後は角膜がフラット化するため,前房深度が浅く予想される.(55)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY●計算式と特徴(表1)簡便であり精度もよいとされている方法には,Haigis-L,OKULIXがある.Haigis-LはCarlZeiss社製IOLマスターに搭載されており,角膜屈折力に補正をかけ,角膜曲率のみに依存せず,前房深度の実測値も使用する方法1)である.IOLマスターがあれば眼内レンズ度数計算は表示画面を変えるのみで行うことができる.OKULIXは光線追跡法を用いた眼内レンズ計算ソフトで,角膜トポグラフィーから得られた角膜中央部の前面の曲率,眼軸長,眼内レンズの光学的情報をもとに,中心窩より角膜方向への光線の軌道計算を行う2).角膜の形状と眼軸長から予想前房深度を推定し,直径6mm内の角膜前面曲率をもとに,離心率より非球面性を反映した角膜曲率半径を算出する.角膜トポグラフィーがあれば眼軸長を入力するのみで眼内レンズ度数の計算ができるため,簡便で有用である.Camellin-Calossi式は,白内障手術前の前房深度・水表1計算式と特徴計算式方法の特徴(機器および使用データ)Haigis-LIOLマスターに搭載角膜トポグラフィーOKULIXTMS-4A(前面角膜屈折力)TMS-5/CASIA(前後面角膜屈折力)OPD-ScanIOLstation屈折矯正量Camellin-Calossi式Pentacam・Orbscanの角膜厚Double-K法SRK-T式Pentacam/Orbscan(前後面角膜屈折力)A-P法Pentacamに搭載(文献4)表1を改変して掲載)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141477 図1ASCRSのホームページから利用できるIOLcalculator晶体厚・眼軸長から術後の前房深度を計算する.NIDEK社製の角膜形状・波面収差解析装置であるOPD-ScanのIOL-Stationに本式が搭載されている.また,本式には屈折矯正術前のデータを用いる方法と,術後データのみを用いる方法がある.OCULUS社製の角膜前後面解析装置PentacamやBausch&Lomb社製の角膜前後面解析装置Orbscanは,角膜の前後面の曲率半径を測定することができるため,その値を用いて屈折矯正術後としての補正された角膜屈折力を導き出すことができる.Camellin-Calossi式で術後データのみを使用する場合,PentacamまたはOrbscanの直径6mm(NIDEK社の推奨値)の8点の角膜厚と中心角膜厚の合計9点を使用する.これは,角膜厚の差のみを使用しており,角膜屈折力はOPD-Scanの前面の値を用い,前面形状と角膜厚より後面形状を予測し,白内障術前の前房深度と水晶体厚より術後の前房深度を予測している.Camellin-Calossi式は比較的精度がよいことが報告3,4)されており,本法を用い,他の方法での結果と比較・検討することが有用であると考える.IOLマスターで角膜屈折力を測定し,SRK-T式を用いたDouble-K法を使用する方法には専用のソフトがある.A-P法は,A-PCalculatorとしてPentacam(version1.20r02以降)に搭載可能となっている.屈折矯正術後のデータから術前の角膜屈折力を推定してSRK/T式を用いるDouble-K法である.眼軸長,術後目標屈折度数を入力して眼内レンズの種類を選択するのみで眼内レンズ度数の計算ができる.●おわりに実際には,施設によって眼軸長測定機器の種類が異なり,また角膜トポグラフィーの有無,角膜形状・波面収差解析装置の有無,角膜前後面解析装置の有無により自院でできる方法には限りがある.米国白内障屈折手術学会(AmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery:ASCRS)のホームページの“Post-refractivesurgeryIOLcalculator”は無料でダウンロードして利用することができ,複数の計算式で眼内レンズ度数を算出することができ有用である(図1).術前のデータを使用する方法と使用しない方法に分けられ,複数の計算式での眼内レンズ度数の算出ができる.重要なことは,必ず複数の計算式を使用すること,それぞれの結果を比較することで,度数ずれをできるだけ生じないように最終的に挿入する眼内レンズ度数を決定すること,術後に生じうる屈折誤差について術前に十分説明し同意を得ることである.文献1)HaigisW:Intraocularlenscalculationafterrefractivesurgeryformyopia:Haigis-Lformula.JCataractRefractSurg34:1658-1663,20082)大谷伸一郎,南慶一郎,本坊正人ほか:エキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算における光線追跡法の有用性.あたらしい眼科27:1717-1720,20103)根岸一乃:屈折矯正手術後の眼内レンズ度数計算.あたらしい眼科29:195-199,20124)尾藤洋子,稗田牧:特殊角膜における眼内レンズ度数決定3.エキシマレーザー近視矯正手術後眼の眼内レンズ度数決定.あたらしい眼科30:607-614,20135)白山真理子,WangL,KochDDほか:角膜屈折矯正手術後の白内障眼における眼内レンズ度数計算方法.眼科手術23:221-227,20101478あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(56)

眼内レンズ:超音波乳化吸引術と角膜内皮温度

2014年10月31日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋336.超音波乳化吸引術と鈴木久晴*1志和利彦*2高橋浩*2*1日本医科大学武蔵小杉病院角膜内皮温度*2日本医科大学眼科学教室超音波乳化吸引術で発熱は必発である.今回筆者らは,超音波発振時における前房内の温度変化を,超音波チップ前と角膜内皮面の2カ所で同時に測定した.また,前房内に注入された粘弾性物質の角膜内皮保護効果も検討した.超音波発振時には超音波チップ前だけでなく,角膜内皮面の温度も上昇する可能性があり,注意が必要である.●超音波乳化吸収による発熱現在の白内障手術では,多くの場合において超音波乳化吸引装置が使われている.超音波乳化吸引は,超音波チップ(以下TIP)が細かく超高速に振動することにより水晶体を破砕する.よって振動は熱を発生させ,生体組織への障害の原因となりうる.過去の報告では切開創における創口熱傷が注目されてきた1,2).一方,筆者らは,過去に超音波の連続発振は前房温度の急激な上昇をまねくことを実験的に証明し,これが術中の角膜内皮障害の原因となりうることを報告した3).この実験では,温度プローブを3時のサイドポートから挿入し,TIPの前で,その温度変化を2秒ごとに計測し,前房温度上昇の変化を解析した.それでは,TIP前の温度上昇に伴い,角膜内皮側における温度変化はどのようになっているのであろうか?●前房温度と角膜内皮温度筆者らは,図1に示すように,過去の報告と同様にして,通常の手術でフックを用いる代わりに,3時方向のサイドポートから温度プローブを挿入しTIP前に留置するのと同時に,7時方向からも温度プローブを挿入し,角膜内皮にそのプローブを押し付けるような形で固定し,超音波発振中の温度をこの2点で同時に測定した.温度計測はSE-305(ThermoDataLogger,CenterTechnologyCorporation)を用い,超音波発振から2秒ごとに60秒まで連続的に計測し記録した.超音波機器はステラーリス(ボシュロム社)を用い,設定はUS100%,VAC50mmHg,ASP18mml/min,ボトル高50cmで統一した.対象は豚眼を用いた.まずは前房内に何も置換しない状態で,眼内灌流液のみの変化を調べた.その結果,図2に示すように超音波発振直後からTIPの前と角膜内皮の温度は同時に上昇しはじめ,ほぼ一致して同じような温度変化を示すことがわかった.このことにより,超音波の連続発振による角膜内皮に押しつけて固定温度プローブ温度計パソコン超音波乳化吸引装置50454035302520151050℃60秒50403020100TIP前角膜内皮図1豚眼による温度測定の模式図図2BSSの場合(53)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414750910-1810/14/\100/頁/JCOPY 前房温度の上昇は,TIPの前だけでなく,角膜内皮の温度をも上昇させていることがわかった.よって硬い核を処理する際などに,USパワーを高値に設定したうえでの連続発振は前房温度の急激な上昇をまねき,角膜内皮障害の原因となりうることが改めて確認された.このひとつの解決法として,筆者らは過去にUSの設定にパルス発振を用いたり,ASPの設定を上げ,灌流液によるTIPの冷却効果を増やすことで前房温度の上昇を防ぐことができることを証明している3).よって,設定には十分な注意が必要であると考える.●粘弾性物質による角膜内皮保護また,他に考えるべきこととして,実際の臨床に用いられる粘弾性物質が,この前房温度の上昇にどのように関与しているかを調べた.まず,凝集型の粘弾性物質であるヒーロンR(AMO社)を前房内に全置換した状態から超音波を発振し,温度変化を記録した.その結果,図3に示すように,超音波を発振した直後にはTIP前の温度と角膜内皮の温度に乖離がみられるが,数秒間経過すると角膜内皮の温度も急激に上昇し,20秒前後ではTIPの前の温度とほぼ一致してしまう.このことにより,前房内に粘弾性物質が残っている状態であれば,TIPの発熱から角膜内皮を守ることができると考えられる.そのために,超音波乳化吸引中にはなるべく前房内に粘弾性物質を残すように設定を工夫しながら操作をすることが大切である4).また,現在は粘弾性物質の中でも前房滞留性の良い特色のある粘弾性物質も5550454035302520151050℃60秒50403020100TIP前角膜内皮図3凝集型粘弾性物質の場合いくつか存在し,これらの粘弾性物質をうまく使いこなすことにより,より角膜内皮に優しい手術を実現することができると考えられた.文献1)Bissen-MiyajimaH,ShimmuraS,TsubotaK:Thermaleffectoncornealincisionswithdifferentphacoemulsificationultrasonictips.JCataractRefractSurg25:60-64,19992)ErnestP,RhemM,McDermottMetal:Phacoemulsificationconditionsresultinginthermalwoundinjury.JCataractRefractSurg27:1829-1839,20113)SuzukiH,OkiK,IgarashiTetal:Temperatureintheanteriorchamberduringphacoemulsification.JCataractRefractSurg40:805-810,20144)SuzukiH,OkiK,ShiwaTetal:Effectofbottleheightonthecornealendotheliumduringphacoemulsification.JCataractRefractSurg35:2014-2017,2009

コンタクトレンズ:前検査-細隙灯顕微鏡検査・内皮細胞検査・涙液検査

2014年10月31日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一5.前検査―細隙灯顕微鏡検査・宮本裕子アイアイ眼科医院,近畿大学医学部眼科学教室内皮細胞検査・涙液検査●はじめにコンタクトレンズ(以下CL)を処方するにあたって,必ず施行しなければならない検査に,細隙灯顕微鏡検査,角膜内皮細胞検査,涙液検査がある.最初に患者と挨拶を交わすときに,肉眼的にも目の状態を把握しておいたうえで検査を施行することが大切である.●細隙灯顕微鏡検査CLを処方するのに際して,まずは,染色液などを使用せずに前眼部の状態を把握する.その見方については,直接照明法,間接照明法,スクレラルスキャタリング法,徹照法,広汎照明法などがある1).角膜に浸潤や混濁がないか,角膜形状に異常(円錐角膜の可能性)はないか,角膜周辺部に新生血管の侵入やpigmentedslideの有無はどうか,角膜輪部の状態などを観察する.もし異常があれば,何によるものかを考え,それがCL装用に対して問題がないか判断しなければならない.また,球結膜の状態を把握する.充血や浮腫などの異常はないかを観察する.さらに,瞼結膜もしっかり把握しておく必要がある.アレルギー性結膜炎は生じていないか,発赤や乳頭の状態について観察する.下眼瞼だけでなく,必ず上眼瞼を反転して診ておくことが重要である.下眼瞼に触れる前に刺激を加えない状態での涙三角の高さも確認しておいたほうがよい.異常の有無を発見するだけではなく,CL装用を始める前の患者の状態を知っておくことが大切である.すべて,強拡大で詳細に観察するだけでなく,弱拡大でも観察し,全体の状態を把握しておく必要がある.眼瞼の状態を知っておくことは非常に重要で,下三白眼なのか,眼瞼圧が強いタイプなのか,瞼裂幅は大きいか小さいか,つり目かたれ目かなどを観察する.眼瞼の状態によって,CL(とくにハードCLや乱視用ソフトCL)のフィッティングに影響を及ぼす可能性がある.続いて,フルオレセイン(以下FL)染色を行って,さらに詳細に観察する.ブルーフィルターで観察するだけでなく,その上にブルーフリーフィルターを用いると,より詳細に観察することが可能である(図1a,b).FLを使用することによって上皮障害の程度と範囲が一目でわかり,上皮下浮腫なども明らかとなる.●角膜内皮細胞検査一般的には,スペキュラマイクロスコープを用いて角膜内皮細胞を観察し,平均細胞密度CD,細胞の大小不同を示す変動係数CV,六角形細胞出現率などを評価する.細隙灯顕微鏡を用いても,ある程度の内皮細胞の状図1aブルーフィルターを用いた前眼部写真フルオレセインで染色された部分がややわかりにくい.図1b図1aの上にブリーフリーフィルターを用いた前眼部写真フルオレセインで染色された部分がわかりやすくなった.(51)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414730910-1810/14/\100/頁/JCOPY 1474あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(00)態を観察することが可能である.強拡大にして鏡面反射法を用いると観察しやすい.角膜内皮細胞は年齢とともにも変化するが,CDが2,000個/mm2以下の場合は,CL装用はあまり望ましくないと考える2).過去にCLを使用されており,再処方が必要な場合にも,今まで使用していたから大丈夫というわけではなく,むしろ長年CLを使用していると,当然本人は気がつかず図2のような状態になっていることもある3)ので,定期的に角膜内皮細胞をチェックしておくことが大切である.●涙液検査細隙灯顕微鏡を用いて,涙三角の高さを観察する.さらに可能な場合はFLを使用し,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)を測定する.3回測定値の平均をとるが,5秒以下ならCL装用に注意を要する.FLを用いずにドーム状の格子を角膜に反射させ非侵襲BUTを測定したり4),近年は,OCULUS-Keratograph5Mを用いて涙液層の観察・評価を行うこともできる.Yokoiら5)が報告したメニスコメトリ.もあるが,これらの機器はCL診療でのスクリーニング検査としてはあまり使用されていない.古くから行われ,外来で簡単にできるものとして,綿糸法6)とSchirmerテスト7)がある.前者は,フェノールレッドを染み込ませてある綿糸を下眼瞼外1/3の部分にかけ,15秒間で先から何mmまで色が変わるかを測定する.10mm以下ならCL装用に注意が必要である.一方,後者は1903年にドイツの眼科医Schirmerが考案した方法で,試験紙の先を折り曲げ,同様に下眼瞼に挟み,5分間で濡れた長さを測定する.Schirmerテスト第I法は,刺激を伴うため貯留涙液と反射性涙液を反映していると考えられるが,5mm以下であれば注意を要する.表面麻酔薬の点眼液を使用してから測定する第II法は,反射性涙液が抑えられる.これらの方法は,現在もCL処方時に最もよく行われている.●おわりに上記3つの検査は,CL処方の前検査として重要な検査で,必ず施行してCLが適応かどうか判断していただきたい.文献1)木下茂:細隙灯顕微鏡の見方.角膜疾患─外来でこう診てこう治せ─.メディカルビュー社,p14-18,20052)宮本裕子:角膜内皮細胞の臨床病態コンタクトレンズとの関係.角膜内皮細胞─最近の知見と展望─.眼科プラクティス88.文光堂,p35-37,20023)宮本裕子:角膜内皮細胞障害.コンタクトレンズ眼障害.中山書店,p93-95,20064)王孝福,有光尚子,宮本裕子ほか:涙液減少症におけるnon-invasiveとfluorescein-stained涙液破壊時間の検討.臨眼47:1033-1036,19935)YokoiN,BronA,TiffanyJetal:Reflectivemeniscometry:anon-invasivemethodtomeasuretearmeniscuscurvature.BrJOphthalmol85:92-97,19996)HamanoH,HoriM,HamanoTetal:Anewmethodformeasuringtears.CLAOJ9:281-289,19837)SchirmerO:StudienzurPhysiologieundPathologiederTranenabsonderungundTraneabfuhr.AlbrechtVonGraefesArchKlinExpOphthalmol56:197-291,1903ZS935図2CL装用歴30年(うちPMMA歴20年)の40歳代男性の角膜内皮細胞(文献3より引用)

写真:ウィルソン病

2014年10月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦365.ウィルソン病細谷比左志JCHO神戸中央病院図2図1のシェーマ角膜周辺部内皮側に茶褐色の沈着がみられる.色調は均一ではない.図1角膜のスリット写真角膜周辺部の全周の内側面に茶褐色の沈着がみられる.図3角膜を拡大してよく観察すると,茶褐色の沈着は,角膜の内皮面にみられることがよくわかかる.その色調は一部黄色.緑色を帯びていることもわかかる.図4隅角鏡で観察すると,沈着物は角膜の内皮面にあり,Schwalbe線のところで突然終わっている(矢印)ことがわかる.Schwalbe線はDescemet膜の終了する部位であるので,Descemet膜に沈着していることが理解できる.(49)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414710910-1810/14/\100/頁/JCOPY この症例は,もうすでにおわかりのように,ウィルソン(Wilson)病である.その特徴的な角膜の沈着所見は,診断的価値があり,眼科医であれば知っておくべき所見である.Kayser-Fleischer輪という名前がつけられているほど重要な所見である.この症例は,22歳女性で,あるコンタクトレンズクリニックで発見され紹介されてきた.視力,眼圧に異常はなく,角膜には図1~4のごとく,その周辺部の全周にわたって内皮面に茶褐色の沈着物がみられた.この沈着の色調は,一部黄色.緑色を帯びていた.隅角鏡で観察すると沈着はシュワルベ(Schwalbe)線のところで突然途切れており(図4),沈着がみられるのはデスメ(Descemet)膜だけであることがよくわかった.水晶体表面にはごく淡いヒトデ状混濁がみられた.眼底には異常がみられなかった.Wilson病を疑い,血液検査を施行したところ,血液中のセルロプラスミン値:3mg/dl(正常値:21.0.37.0),血清銅:19μg/dl(正常値:73.149)とセルロプラスミンと血清銅の低下がみられ,Wilson病と診断された.その他,gGTPの軽度上昇,腹部エコーで肝臓表面に凹凸不整がみられ,内部エコーは著明に粗の所見でややdulledgeで,肝硬変の所見であった.神経内科学的には異常がなかった.治療については,大阪大学内科の専門外来に紹介され治療を開始された.その後は,フォローできていない.Wilson病は,銅の輸送蛋白質であるセルロプラスミンの生成障害により全身の種々の組織に銅が蓄積していき,いろいろな障害を生じる常染色体劣性遺伝の代謝疾患である.その発症頻度は3万人に1人といわれ,その保因者は90人に1人である.銅は,肝臓,腎臓,脳のレンズ核,角膜に沈着する.青年期中ごろに症状が現れ,無治療だとすべての患者に発症する.その症状は,肝臓では肝硬変を起こし,食道静脈瘤を合併する.本症例とは別の症例で,筆者の発見した第1例は食道静脈瘤の破裂で死亡した.本症例では幸いにも神経症状はなかったが,脳レンズ核への銅の沈着により神経症状を生じる.静止時振戦や企図振戦,硬直,嚥下困難,構音障害,精神症状などである.角膜への銅の沈着がKayser-Fleischer輪であり,その色調に特徴がある.単なる褐色でなくやや緑味を帯びているのが特徴である.角膜のDescemet膜に沈着している.白内障を合併することがあり,sunflowercataract(ひまわり状白内障)と呼ばれる.本症例でも水晶体表面にはごく淡いヒトデ状混濁がみられたので,その初期像かも知れない.治療は,キレート剤のD-ペニシラミンの内服により,銅の尿中への排泄を促進する.また,銅を多く含む食品の摂取を制限する必要があり,ピーナッツ,チョコレート,肝(キモ),貝類,甲殻類などの摂取を避ける.治療に伴い,角膜のKayser-Fleischer輪は薄くなってくるといわれているが,確認できていない.肝硬変から肝不全や食道静脈瘤破裂,感染などにより死亡することが多いので,早期診断をつけることが大事であり,眼科医がこの疾患の第一発見者になる可能性が大きく,その責任は重い.なお,米国では治療として肝臓移植が行われている.文献1)TsoMOM,FineBS,ThorpeHEetal:Kayser-FleischerringandassociatedcataractinWilson’sdisease.AmJOphthalmol79:479-488,19752)ArffaRC:Wilson’sdisease.InGrayson’sDiseasesofthecornea.3rded,546-553,19913)林篤志,宮崎大,生島操ほか:Wilson病における水晶体前.上皮色素沈着について.臨眼46:876-877,19921472

アンチエイジング手術としての白内障手術

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1467.1469,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1467.1469,2014アンチエイジング手術としての白内障手術CataractSurgeryasanAnti-AgingSurgery根岸一乃*はじめに白内障手術の進歩により,白内障手術の効果としては,単なる視力の回復でなく,qualityofvision(QOV)が求められるようになっている.近年の白内障手術はトーリック眼内レンズや多焦点眼内レンズなどの高機能眼内レンズの使用により,水晶体の混濁の除去とは別に,術前に存在する角膜乱視や老視の治療が一部可能となってきている.このような治療は,眼鏡装用を軽減し白内障が進行する前よりもより若年者に近いqualityoflife(QOL)を実現できるという意味で,一種の「アンチエイジング」手術といえるかもしれない.一方,白内障手術の効果として,睡眠障害や歩行速度の低下などの,高齢者に多い病態も改善できることもわかってきた.本稿では,「アンチエイジング」という観点からみた白内障手術の効果について述べる.I白内障手術による老視治療1.老視の診断基準白内障手術による老視治療を考える前提として,老視の診断基準を確認する必要がある.なぜなら,もし白内障手術によって老視が“治療”できるのであれば,“治癒”と判断するための基準がなければならないからである.しかし,国内外の教科書を改めてみても,老視の明確な(数値的な)診断基準は示されていない.たとえば,AmericanAcademyofOphthalmology(AAO)のRefractiveErrors&RefractiveSurgeryPreferredPracticePatternによると,老視とは“Aconditionthatdevelopswithagingandresultsininsufficientaccommodationfornearworkinapatientwhosedistancerefractiveerrorisfullycorrected(加齢により,屈折を遠方完全矯正した場合に,近方作業のための調節が不十分になること)”と定義される.また,国内のある教科書1)では,老視とは,“加齢に伴い,調節力が低下し,遠方視用に矯正した状態では近方視に困難をきたす状態”とされ,ほぼAAOの定義と同じ記載になっている.これらはいずれも定性的な定義である.そこで老視の治療による改善度や治癒したかどうかを判定するためにどうしても数値的定義が必要となる.そこで本稿では,2008年に発足した老眼研究会(http://www.rougan.jp/)の診断基準2)に基づいて述べる.老眼研究会による老視の診断基準を表1に示す.この診断基準の特徴は,医学的老視と臨床的老視という2つの基準をもつことである.臨床的老視は両眼の生活視力で自覚症状の有無を重視していることから,患者が感じる“老眼症状”により近いことが予測される.現在の老視治療の効果を判定するには医学的老視よりもより適切であることが推察される.2.多焦点眼内レンズによる老視治療老眼研究会の診断基準をもとに,実際の臨床データ,多焦点眼内レンズによる老視治療の効果を考える.対象は多焦点眼内レンズMplusまたはMplusトーリック(オ*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(45)1467 キュレンティス)を挿入した17例30眼,平均年齢57.3(33.80)歳である.これらの症例において術前に医学的老視(片眼で評価)であったものは,30眼中27眼(90%),臨床的老視(両眼で評価)は17例中11例(65%)であった.多焦点眼内レンズ挿入後であっても,本来の水晶体の調節は欠如しており,調節幅は2.5D未満であるため,すべての患者は医学的老視である.しかし術後はすべての症例で40cm両眼近見裸眼視力が0.4以上で,本人が老視症状なく,日常生活に満足しており,臨床的老視は0%となった(表2).すなわち多焦点眼内レンズ表1医学的老視と臨床的老視は医学的老視は改善しないが,臨床的老視の改善に有効な術式であり,この手術は「アンチエイジング手術」といえるだろう.II白内障手術とQOL1.白内障手術とQOL白内障手術は視機能の回復ばかりでなく,身体および精神活動にも良い影響を与えることが知られている.Blundellは2000年12月から2001年2月に行われた白内障手術患者について後方視的に調査し,年齢や性別を調整して標準化死亡率を国および地域の数値と比較したところ,白内障手術によって有意に死亡率が減少したと医学的老視臨床的老視測定条件片眼完全矯正下両眼生活視力表2老視治療としての多焦点眼内レンズ手術成績自覚症状有無は問わず近見視力障害あり術前術後診断基準調節幅2.5D未満*40cm視力が0.4未満*アコモドメータなどを有さない場合には簡便法として40cm医学的老視の割合90%(27/30)100%(30/30)視力0.4未満を用いてもよい.(文献2より)臨床的老視の割合65%(11/17)0%(0/17)A*10VFQ-25スコア*B9100**18900.976歩行速度(m/sec)800.8PSQI5700.7432600.6500.510027400270.4術後期間(月)術後期間(月)図1白内障術後2カ月および7カ月の健康指標の変化A:白内障術前,術後2カ月および7カ月のPSQIの変化.数値の減少は睡眠障害の改善を表す.術前に睡眠障害があった患者(PSQI>5.5)は術後2カ月および7カ月において有意に睡眠障害が改善していた.(▲+実践:睡眠障害あり(PSQI>5.5)▲+点線:全症例,△+実線:睡眠障害なし(PSQI≦5.5).垂直のバーは標準誤差)B:白内障術前,術後2カおよび7カ月の歩行速度とVFQ-25の変化.歩行速度は加齢による悪化はなく,月(,)改善する症例もあった.VFQ-25は有意に改善した.(●+実践:歩行速度,■+実線:VFQ-25,垂直のバーは標準誤差)1468あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(46) あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141469(47)文献1)梶田正義,加藤桂一郎:眼科学第2版,監修:丸尾敏夫,本田孔士,臼井正彦,編集:大鹿哲郎,文光堂,20112)井手武(老眼研究会):老視の定義と診断基準2010.あたらしい眼科28:985-988,20113)BlundellMS,HuntLP,MayerEJetal:Reducedmortalitycomparedwithnationalaveragesfollowingphacoemulsificationcataractsurgery:Aretrospectiveobservationalstudy.BrJOphthalmol2009;93:290-2954)大鹿哲郎,杉田元太郎,林研ほか:白内障手術による健康関連qualityoflifeの変化.日眼会誌109:753-760,20055)HarwoodRH,FossAJE,OsbornFetal:Fallsandhealthstatusinelderlywomanfollowingfirsteyecataractsurgery:Arandomizedcontrolledtrial.BrJOphthalmol89:53-59,20056)IshiiK,KabataT,OshikaT:Theimpactofcataractsurgeryoncognitiveimpairmentanddepressivementalstatusinelderlypatients.AmJOphthalmol146:404-409,20087)CrowleyK:Sleepandsleepdisordersinolderadults.NeuropsycholRev21:41-53,20118)RodNH,VahteraJ,WesterlundHetal:Sleepdisturbancesandcause-specificmortality:ResultsfromtheGAZELcohortstudy.AmJEpidemiol173:300-309,20119)BroendstedtAE,HansenMS,Lund-AndersenHetal:Humanlenstransmissionofbluelight:Acomparisonofautofluorescence-basedanddirectspectraltransmissiondetermination.OphthalmicRe46:118-124,201110)TurnerPL,SomerenEJWV,MainsterMA:Theroleofenvironmentallightinsleepandhealth:Effectsofocularagingandcataractsurgery.SleepMedRev14:269-280,201011)AyakiM,MuramatsuM,NegishiKetal:Improvementsinsleepqualityandgaitspeedaftercataractsurgery.RejuvenationRes16:35-42,201312)AyakiM,NegishiK,TsubotaK:Rejuvenationeffectsofcataractsurgerywithultravioletblockingintra-ocularlensoncircadianrhythmandgaitspeed.RejuvenationRes17:359-365,201413)AyakiM,NegishiK,TsubotaK:Increasedgaitspeedaftercataractsurgeryconferslongerpredictedsurvival.AsiaPacJOphthalmol,inpress報告している3).また,白内障術後には,視覚関連QOLが改善し4),転倒リスクが減少し5),認知機能,うつ状態,QOLが改善する6)ことも報告されている.このように,白内障手術は視覚機能の改善にとどまらないことは以前から報告されている.2.白内障手術と睡眠障害・歩行速度睡眠障害は長命にかかわる健康指標の一つである7,8).概日リズムの乱れによる睡眠障害の発症は高齢者によくみられる.白内障による光線透過の減少が概日リズムに影響し,睡眠障害につながる可能性が指摘されている9).したがって,白内障手術は睡眠障害の効果的な治療法となる可能性がある10).また,歩行速度も高齢者の健康を示す臨床的視標として提唱されており,その障害の程度により余命を予測できると報告されている.近年筆者らは白内障手術前後の睡眠障害の程度および歩行速度の変化について前向き研究を行った11.13).対象は白内障手術患者155名で,視覚関連QOLの指標としてはVisualFunctionQuestionnaire25(VFQ-25),睡眠障害の指標としてPittsburghSleepQualityIndex(PSQI)を用い,歩行速度(m/秒)を測定した11).その結果,まず,睡眠障害および歩行速度はVFQ-25と有意な相関があることがわかった11).また,白内障術後,歩行速度は増加し,術前睡眠障害のあった患者においては睡眠障害は改善することがわかった11.13)(図1).以上より,白内障手術は,視覚関連QOLの向上ばかりでなく,睡眠障害の改善や歩行速度の増加という点でまさに「アンチエイジング手術」であるということができる.白内障は主として加齢による疾患であり,白内障手術は視機能はもとより,身体機能,精神機能の面からも,高齢者の健康にとって非常に重要な治療であるといえる.

白内障とエイジング

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1461.1465,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1461.1465,2014白内障とエイジングAgingandCataract久保江理*はじめに視機能低下と死亡率には,有意な相関がある1.4).特に,白内障や白内障手術の既往,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性症の罹患率と死亡率には相関があることが,過去のコホート研究などより明らかになっている1).つまり,ほぼすべてのヒトが罹患する白内障による視力低下は,エイジングのマーカーであるといえる.蛋白のターンオーバーがほとんどない水晶体は,紫外線や酸化ストレス,糖化の影響を受けやすく,加齢による外因性,内因性ストレスの蓄積により蛋白の変性・凝紫外線,放射線,喫煙,虚血再還流,炎症,過酸化物活性酸素・酸化ストレスの発生ラジカル捕捉型抗酸化物脂質,蛋白,核酸の酸化生体膜,組織の損傷集が蓄積し徐々に水晶体混濁を生じる5.7).このようなストレスに対し,生体には酸化ストレスに対する防御機能がある8).しかし,この防御系のバランスが崩れると酸化ストレスが亢進し,老化および白内障など加齢に伴う生体内変化が加速する(図1).本稿では,白内障と全身のエイジングとの関与,アンチエイジングと白内障という視点から,白内障予防の可能性を概説する.予防型抗酸化物スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)カタラーゼグルタチオンペルオキシダーゼ修復,再生型抗酸化物DNA修復酵素トランスフェラーゼ老化・生活習慣病・発癌・白内障・ぺルオキシレドキシンその他眼疾患など図1生体の酸化ストレスに対する防御機構チオレドキシンペルオキシレドキシンビタミンCビタミンEユビキノール(CoQ10)カロテノイドビリルビンポリフェノールホスホリパーゼプロテアーゼ*EriKubo:金沢医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕久保江理:〒920-0293石川県河北郡内灘町字大学1-1金沢医科大学眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(39)1461 1462あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(40)II内的老化と白内障1.エピジェネティクスとエイジング,白内障エピジェネティクスとは,DNAの塩基配列変化を伴わず,細胞分裂後も子孫や細胞に継承される遺伝子機能(表現型)の変化のことをいう.つまり個々の体細胞が発生や老化の過程でエピジェネティクスな変化を受け種々の細胞に分化するが,分化細胞としての性質は子孫細胞に伝わるが,遺伝子レベルの変化はないことをいう.具体的にはDNAのメチル化およびヒストン修飾がある(図3).加齢により,転写因子や成長因子などさまざまな生理作用をもつ遺伝子のメチル化レベルの上昇が認められている17).ヒト水晶体においても,核白内障において,aAクリスタリン遺伝子のメチル化が上昇しており,加齢白内障との関連がいわれている18).筆者らの研究でも,水晶体における抗酸化蛋白やaBクリスタリン遺伝子を制御しているLEDGF(lensepithelialI光老化と白内障紫外線(UV)のような外的要因は,皮膚の老化(しわ,しみ,皮膚癌)の発症との関連が知られているが9),白内障や翼状片,加齢黄斑変性症の発症との深いかかわりがある10.12).UVの眼部曝露により,水晶体はUV-BとUV-Aを吸収して,網膜へのUV曝露を予防しているが12,13),一方で水晶体の加齢変化を促進させ,種々の変化が生じることがわかっている(表1).UV-Bの眼部曝露量と皮質白内障の罹患率10)は有意に相関しており,またUV-Aの眼部曝露と核白内障の罹患率との関係も報告されている14.16).よって,眼のアンチエイジング目的としてUVカットサングラスやコンタクトレンズの装用,帽子の着用などによる白内障予防は,小児期より推奨する.ただし,眼鏡装用の場合,側方からの入射光をブロックする形状のサングラス,眼鏡使用を推薦する(図2).例:メニィーナ・日本人女性の顔面形状にフィット・上方,耳側からのUVをカット・装用時被曝率:5%未満図2眼部紫外線予防に有効な眼部形状にあったUVカットサングラス上方,側方UVカット効果のあるひさしのついたサングラス装用により,側方よりの紫外線被曝(コロネオ現象)を予防できる.表1UVにより生じる水晶体の変化・キヌレニンによる修飾・細胞のDNA損傷(変異体形成)・酸化ストレスの亢進蛋白,アミノ酸,脂質,DNAの酸化・抗酸化蛋白発現上昇または低下UV量により変化・細胞死,アポトーシス・エピジェネティクス修飾の変化(表現形の変化)OOOOOHHNOOOOOOORRRRNNN5465654656NNNN3’5’5’5’5’3’RRNHHNHNHNUVCPDdipyrimidines(6-4)photoproduct(6-4PP)例:メニィーナ・日本人女性の顔面形状にフィット・上方,耳側からのUVをカット・装用時被曝率:5%未満図2眼部紫外線予防に有効な眼部形状にあったUVカットサングラス上方,側方UVカット効果のあるひさしのついたサングラス装用により,側方よりの紫外線被曝(コロネオ現象)を予防できる.表1UVにより生じる水晶体の変化・キヌレニンによる修飾・細胞のDNA損傷(変異体形成)・酸化ストレスの亢進蛋白,アミノ酸,脂質,DNAの酸化・抗酸化蛋白発現上昇または低下UV量により変化・細胞死,アポトーシス・エピジェネティクス修飾の変化(表現形の変化)OOOOOHHNOOOOOOORRRRNNN5465654656NNNN3’5’5’5’5’3’RRNHHNHNHNUVCPDdipyrimidines(6-4)photoproduct(6-4PP) 1.DNAメチル化1.DNAメチル化メチル化CH3NHN2DNAメチル基転移酵素H3CNH2シトシンN5-メチルシトシンNNOO転写因子活性化X転写因子抑制2.ヒストン修飾遺伝子発現が抑制脱アセチル化TFHDACAcAcAcAcTFTFHATAcAcAcAc抑制状態HDACRNAPIIRNAPIIH-tail活性化H-tailクロマチン弛緩クロマチン凝集DNAクロマチン弛緩遺伝子発現アセチル化HAT:ヒストンアセチル基転移酵素,HDAC:ヒストン脱アセチル化酵素図3エピジェネティクス(epigenetics):2大メカニズムエピジェネティクス制御のおもな役割は,DNAのメチル化とヒストン修飾である.DNAメチル化:DNAメチル基転移酵素(DNAmethyltransferase)の働きにより,シトシン塩基の5位の炭素がメチル化される.ヒストン修飾:ゲノムDNAは,コアヒストンに巻き付いたヌクレオソーム構造をとっている.ヒストンでは,N末端のリシン残基がアセチル化,脱アセチル化され,これが遺伝子発現の制御に関わっている.ヒストンのアセチル化は遺伝子発現を活性化させ,脱アセチル化は遺伝子の発現を抑制していると考えられている.derivedgrowthfactor)という転写因子が,UV-B照射によりヒストン修飾を受けることを報告してきた19).こIII白内障予防とサプリメントのように加齢や酸化ストレスによるエピジェネティクス1.Age.RelatedEyeDiseaseStudy(AREDS)と修飾が,細胞や組織の機能破綻につながり,老化と白内AREDS2研究結果障発症に関与していると考えられる.米国の国立眼研究所が行ったAge-RelatedEyeDiseaseStudy(AREDS)(2001年)の大規模疫学調査にお2.疾病と白内障いて22),高用量のビタミンC,ビタミンE,bカロチン,加齢による抗酸化能低下および脂質異常,高血圧,糖ミネラル(銅,亜鉛)の摂取は,加齢黄斑変性症では進代謝異常は,血管や神経の老化や種々の慢性疾患を促進行抑制効果がみられたが,白内障抑制効果はみられなかするのみならず白内障発症と大きく関係がある.白内障った.しかし,AREDS(Report#21,#32)23,24)においのリスクファクターとなる全身疾患として,冠動脈疾てマルチビタミン・ミネラルの1日の最低限必要量を含患,虚血性心疾患,うっ血性心不全,末梢血管疾患,高有するCentrumRの服用では,5年後に核白内障の進行血圧,高脂血症糖尿病,慢性腎不全がいわれており,ま抑制効果があったことが報告された.また,AREDS2た喫煙者は,非喫煙者より白内障有病率が高いことがわ(2013年)において高容量のビタミンC,ビタミンE,かっている20,21).ルテイン・ゼアキサンチン,ミネラル(銅,亜鉛)の摂取による加齢黄斑変性症のリスク低下が明らかになっ(41)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141463 表2眼のアンチエイジング(白内障予防)法・光老化の防止:紫外線,放射線曝露を避ける→眼部形状にあったUVカットサングラス,コンタクトレンズ,つばの広い帽子装用→放射線曝露する医療従事者,労働者では,眼部の曝露予防も大切・内的老化の予防抗酸化能を高め,白内障リスクのある疾病を予防食事習慣の改善,運動十分な栄養素(抗酸化ビタミン,不足分はサプリメントなど)の摂取主治医との連携- -

日本国内で使える白内障予防薬

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1455.1459,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1455.1459,2014日本国内で使える白内障予防薬CataractPreventionDrugforUseinJapan青瀬雅資*松島博之*はじめに白内障は加齢がおもな原因であるが,さまざまな因子が加わり発症,進行する疾患である.早い人では40歳代から発症し,70,80歳代では,ほぼ100%が罹患する.そのため,日常診療において白内障が原因で眼科に通院している患者の割合は非常に多い.現在,白内障の治療は手術が効果的であるが,手術加療を行うまでの間,または,白内障手術の希望がない,手術はしたいがいろいろな問題で手術加療が行えない患者のために,白内障予防薬を臨床で使用している.現在,白内障に処方する薬は白内障の進行予防することを目的とした薬で,治療薬ではない.つまり,薬剤では混濁した水晶体を透明にすることはできないのが現状である.今回,これら白内障予防薬について,わかりやすく解説する.I水晶体と白内障の予備知識最初に,白内障予防薬を理解するために必要な水晶体と白内障の基本的な予備知識について解説する.水晶体は,角膜,虹彩の後方に存在する透明な組織(中間透光体)で,蛋白質が約33%,水分が約66%,その他炭水化物や脂質などが約1%で構成されている.水晶体は,光の屈折,調節,有害光の防御など,視機能に非常に重要な役割を果たしているが,水晶体を構成している蛋白質の変化,変性により混濁が生じる1).水晶体のおもな蛋白質はクリスタリンで,大きく分けるとa,b,g-クリスタリンの3つに分類される.クリスタリンは水溶性蛋白質であるが,外界からのさまざまなストレスにより不溶性蛋白質に変化し,混濁の原因となる.透明な水晶体の蛋白質は水晶体細胞内に均一に分布しているので,外界からの光が水晶体内を透過する.しかし,加齢,酸化反応,紫外線,糖尿病,薬物などによって蛋白質が変性してゆく.変性が軽度であれば,修復機能が働き,水晶体蛋白質であるa-クリスタリンのシャペロン機能により,変性蛋白質を正常な蛋白質に修復することが可能である.しかし,さらに変性が進むと修復が追いつかなくなり,変性蛋白質が増加し,変性蛋白質同士が凝集することにより,不溶性蛋白質を生じて蛋白質同士が水晶体細胞内に均一に分布することができなくなる(図1).その結果,外界から入ってくる光が凝集した変性蛋白質の塊に反射して光の散乱を起こし,水晶体の混濁すなわち白内障を生じることとなる.II白内障予防薬の基本的作用機序白内障予防薬の作用機序にはいくつか種類がある.基本的な作用機序としては,①活性酸素の抑制作用(抗酸化反応),②還元型グルタチオン減少抑制作用,③SH基保護作用,④キノイド・蛋白質結合抑制作用が挙げられる.実際にはこれらの作用機序が複雑に関係して予防効果を得ている2,3).1.抗酸化作用(活性酸素の抑制作用)(図2)紫外線は水分と反応して活性酸素を作る働きがある.*MasamotoAose&HiroyukiMatsushima:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕青瀬雅資:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町大字北小林880番獨協医科大学眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(33)1455 透明水晶体白内障水晶体図1水晶体混濁と光の透過性について左が透明水晶体,右が白内障水晶体,黄色い小丸が水晶体蛋白質を示す.透明水晶体では,水晶体内の蛋白質が均一に分布しており,外界からの光が蛋白質間の隙間をスムーズに通過する.白内障水晶体では,蛋白質が変性し,蛋白質同士が結合,凝集塊を形成することにより,外界からの光を散乱し,光の透過性が低下する.紫外線酸素活性酸素蛋白質変性蛋白質凝集酸化型グルタチオン還元型グルタチオン図2活性酸素と還元型グルタチオンの作用について水晶体内に曝露された紫外線は酸素を活性酸素に変え,活性酸素が水晶体内の蛋白質を変性,凝集させる.抗酸化作用のある還元型グルタチオンは,酸化型グルタチオンに変換されることにより,活性酸素の働きを抑制する.SHSHSHSHSHSH正常蛋白質図3SH基破壊による蛋白質のS.S結合蛋白質はSH基の存在により蛋白質同士は結合,凝集は起こらないが,酸化反応などによりSH基が破壊されるとHがはずれ,S-S結合を生じて蛋白質同士が結合,凝集する.SSSSSS蛋白質の凝集 蛋白質キノイド蛋白質ピレノキシンピレノキシンと蛋白質が結合キノイドと蛋白質が結合蛋白質キノイド蛋白質ピレノキシンピレノキシンと蛋白質が結合キノイドと蛋白質が結合キノイドNNOOHOCOOHピレノキシン蛋白質の凝集(白内障)蛋白質は凝集しない図4キノイド説とピレノキシン蛋白質結合抑制作用紫外線などで合成された水晶体中のキノイドは蛋白質と結合して,蛋白質の凝集を起こす.ピレノキシンは蛋白質と結合しやすいため,キノイドよりも先に蛋白質と結合してキノイドが蛋白質と結合しないようする(競合作用).ピレノキシン・蛋白質結合体は凝集しないため白内障が起こりにくくなる.説).ピレノキシンはこのキノイドと似た構造をもつために,水晶体蛋白質がキノイドと結合する前に水晶体蛋白質と結合して(競合作用),蛋白質同士の結合,凝集不溶性蛋白質の形成を抑制し,白内障の進行を予防する.III日本国内で使える白内障予防薬実際に日本国内で使用可能な白内障予防薬と作用機序を紹介する.白内障予防薬には,大きく分けて点眼薬と内服薬がある.点眼薬には,ピレノキシン点眼薬(カタリンR,カリーユニR),グルタチオン(タチオンR)がある(表1).また,内服薬には,チオプロニン(チオラR),唾液腺ホルモン(パロチンR),八味地黄丸(ハチミジオウガン),牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)などがある.作用機序は1つだけでなく,前述の基本的作用機序がいくつか組み合わさって白内障進行を予防していると考えられる(表2).ここでは主要な白内障予防薬について解説する.なお,漢方薬に関しては,作用機序はいまだ不明な点が多いため,除外する.1.ピレノキシン点眼薬(カタリンR,カリーユニR)ピレノキシンは,日本で開発された点眼薬で,現在,世界各国で販売,使用され,わが国でも最も使用されている白内障予防薬である.おもな作用機序は,キノイド・蛋白質結合抑制作用,SH基保護作用であるが,活性酸素の抑制作用もあるといわれている.ピレノキシンは歴史の古い薬剤であり,薬剤に関した研究,臨床報告も非常に古いため,現在の実験デザイン,臨床試験などの基準に比べると科学的根拠に乏しい薬と評価されている4,5).しかし,近年,ピレノキシンに関係する基礎実験や臨床研究が改めて行われ,その有用性が再評価されている6.8),60歳以上の初期皮質白内障では予防効果が報告されていて,現在わが国で使用可能な白内障治療薬のなかでは最も期待できる薬剤であると思われる.2.グルタチオン(タチオンR)グルタチオンは,そのおもな作用機序は,還元型グルタチオン減少抑制作用,それに伴う活性酸素の抑制作用であるが,SH基の保護作用もあるといわれている.この薬剤も,臨床評価報告が古いため,ピレノキシン同様,科学的根拠に乏しい薬と評価されている.今後,現(35)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141457 表1日本で使用可能な白内障予防点眼薬点眼薬名カリーユニR点眼液0.005%カタリンR点眼用0.005%カタリンRK点眼用0.005%タチオンR点眼用2%製薬会社名参天製薬千寿製薬武田薬品千寿製薬武田薬品田辺製薬成分ピレノキシンピレノキシンピレノキシングルタチオン容量5ml15ml15ml5ml用法・用量1回1.2滴を1日3.5回点眼保存方法室温保存冷所遮光保存冷所遮光保存冷所保存表2主な白内障予防薬の薬物作用ピレノキシングルタチオンチオプロニン唾液ホルモン活性酸素の抑制作用○○○×還元型グルタチオン減少抑制作用×○××SH基保護作用○○○○キノイド・蛋白質結合抑制作用○×××在の科学的根拠に基づいた評価を行っていく必要がある.3.唾液腺ホルモン(パロチンR)唾液ホルモンは,適応疾患として初期老人性白内障,進行性指掌角皮症があり,白内障に対してはSH基保護作用があるといわれている.この薬剤も,承認時期が古く,現在の科学的根拠に基づいた再評価がなされていない.また,点眼薬による局所投与と違い,内服であるため,現代の白内障予防薬としてほとんど使用されていない.4.チオプロニン(チオラR)チオプロニンは,おもに肝機能改善薬として使用されている内服薬であるが,白内障予防効果もあるといわれている.その作用機序は,活性酸素の抑制作用とSH基保護作用があるといわれているが,現在の科学的根拠に基づいた報告はない.白内障予防薬としてほとんど使用されていない.おわりに科学の進歩とともに薬や手術も進歩してきているが,同時に薬や手術の効果を評価する方法も進歩してきている.近年,科学的根拠に基づいた医療(evidence-basedmedicine:EBM)による治療方法の評価が一般的であり,白内障予防薬の評価もEBMに基づいた評価が必要である.現在使用している白内障予防薬のほとんどは,近年のEBMに基づいた評価がなされておらず,そのエビデンスが問題視されていたが4,5),ピレノキシンのように再評価が進んできているものもある.今後,白内障予防薬についてさらに現在の科学的根拠に基づいた評価を行っていく必要があるが,白内障の進行は緩慢であるため,薬剤の評価には多くの患者の水晶体を長い年月にわたって観察しなければならず,評価にかかる費用が膨大になるため,実施する企業がない.さらに加齢による変化だけでなく糖尿病,アトピー皮膚炎,ぶどう膜炎など多くの因子が白内障の発生に関与していることや,白内障の種類も核白内障,皮質白内障,後.下白内障,前.下白内障,watercleft,retrodots,vacuoleなどのさまざまな形態の白内障が存在するため9),解析も困難である.1458あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(36) -

老視治療の新しい流れ

2014年10月31日 金曜日

特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1449.1453,2014特集●水晶体を科学するあたらしい眼科31(10):1449.1453,2014老視治療の新しい流れLensSofteningwithFemto-secondLaserforPresbyopia荒井宏幸*Iまったく新しい老視治療が始まっている現在の老視治療は,主として多焦点眼内レンズによるものが多く,LASIK(laserinsitukeratomileusis)によるモノビジョンや,角膜インレイなどの方法がこれに続いている.どの方法も優れてはいるが,問題となるのは白内障手術にはまだ早い40歳代後半から60歳くらいまでの年齢層に対する治療方針である.この世代に対する治療プロトコールが確立されれば,老視治療は新たな局面を迎えるといっても過言ではないであろう.今回,紹介する老視治療は,その原因とされる水晶体そのものに変化を加える方法であり,今までのような「見せ方」を擬似的に作り出すものではない点が画期的である.現在もレーザーのプログラムを改良している技術ではあるが,すでに臨床応用されており,筆者も見学をしてきた手術であるので,報告を兼ねて述べてみたい.II水晶体の柔軟化―softening―フェムトセカンドレーザーによって水晶体の一部を内部破砕し,水晶体の弾性を回復させるという技術である(図1).この技術の考え方は以前から存在し,2006年にBlumらがその基礎となる考え方を示している1).2008年にはRipkenらがフェムトセカンドレーザーで柔軟化した水晶体が調節力を回復することを報告している2).老視の主要因の一つは水晶体の弾性の低下であり,その原因は個々の水晶体線維の「滑り」が悪くなることに起因しているという考え方がある(図2,3).フェムトセカンドレーザーにより,水晶体の中心部付近を破砕することにより,線維間の滑りを回復させ,結果として水晶体を柔軟化させようとする試みである.初期のフェムトセカンドレーザーのエネルギー制御は現在ほど正確ではなく,OCT(光干渉断層計)をリアルタイムでレーザーとリンクさせる技術もなかったが,白内障手術用のフェムトセカンドレーザーが市販されるに至って,水晶体のみを破砕する技術も現実的に臨床応用が可能になってきたのである.IIILensARフェムトセカンドレーザーシステム最近のトピックスでもある白内障手術用フェムトセカンドレーザーで,臨床使用されている機種は4種類ある.LensAR(LensAR社製)はそのうちの一機種であり,白内障手術に関してのFDA認可を取得している.4機種のうちで最もコンパクトであり,ポータブルな設計になっているため,使用しない際には移動しておくことが可能である(図4).眼表面とのインターフェイスは液体であるため,アプラネーションによる圧平はしない(図5).最も特徴的なのは3次元解析の方法で,他の3機種がspectraldomainOCTにより解析しているのに対して,Lens*HiroyukiArai:みなとみらいアイクリニック〔別刷請求先〕荒井宏幸:〒220-6208横浜市西区みなとみらい2-3-5クイーンズタワーC棟8Fみなとみらいアイクリニック0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(27)1449 図1手術翌日の細隙灯顕微鏡写真図2水晶体線維のモデル図水晶体にグリッド状の破砕線が観察できる.(Dr.Harvey水晶体線維の流れと方向性を模式化している.のご厚意による)(Dr.Harveyのご厚意による)図3水晶体線維のシェルモデル水晶体線維を41層に分割し,線維間の「滑り」の方向性を示したシェーマ(文献3より) 図4LensARの外観コンパクトな本体と移動のためのホイールが特徴的である.本体重量は645kgである.図6LensARのシャインプルークカメラ16方向からの取り込みを行い,最大8方向での解析にて3次元の立体構築を行う.図5LensARのpatient.interface角膜は液体面とのみ接触するため圧平はしない.吸引リングの直径は12.7mmと小さい.図7Raytracingによる3次元立体構築シャインプルークカメラにより得られた情報を元に角膜から水晶体.の立体構築を行ったシェーマ. 図8LensARによる水晶体柔軟化手術中の様子手術時間は約3分であり,手術侵襲はきわめて少ないといえる.手術中および手術後の痛みもなく,感染の可能性もきわめて低い.図9手術直後の細隙灯顕微鏡写真ドーナツ状のエアバブルが観察できる.(筆者撮影)図10図1の症例の術後1カ月の細隙灯顕微鏡写真破砕線が確認できる.白内障の発生は認められない.(Dr.Harveyのご厚意による) -