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トップアスリートの視力(Ⅱ)

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1363.1367,2015cトップアスリートの視力(II)枝川宏*1,2,3川原貴*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityofTopAthletes(II)HiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),HirosiKomatu3),MitikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguti3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatubara2,31)EdagawaEyeClinic,2)TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversity夏季と冬季のオリンピックとアジア大会65競技種目の代表および候補者3,243人の視力測定と競技時の矯正方法についての聞き取り調査を行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.その結果,1.単眼視力1.0以上の者は82.0%,両眼視力1.0以上の者は92.6%だった.単眼視力と両眼視力は競技群間で有意な差があった(p<0.05).単眼視力と両眼視力がともに1.0以上の割合がもっとも多いのは球技群,もっとも少なかったのは格闘技群だった.2.視力非矯正眼の割合は64.9%で,割合がもっとも多いのはスピード群で,もっとも少ないのは標的群だった.視力非矯正眼の79.4%は1.0以上だった.3.矯正視力の87.0%は1.0以上だった.視力矯正方法はコンタクトレンズが88.3%を占めてもっとも多く,競技群によって視力矯正方法に特徴があった.矯正方法は競技群間で有意な差があった(p<0.05).Weinvestigatedvisioncorrectiondevicesusedduringsportingactivityviavisualacuity(VA)testingandpersonalinterviewof3,243athletesin65sportsofthesummerandwinterOlympicGamesandAsianGames.Ineachathlete,distantVAwasmeasuredusingcorrectingdevicesinbothmonocularandbinocularconditions.Ofthetotal3,243athletes,82.0%hadgoodmonocularVAof1.0orbetterand92.6%hadgoodbinocularVA.MonocularandbinocularVAweresignificantdifferenceamongsports(p<0.05).Theproportionof1.0orbetterVAinbothmonocularandbinocularvisionwasthegreatestinball-gameathletesandtheleastinmartialartsathletes.Thepercentageofathletesthatdidnotuseavisioncorrectiondevicewas64.9%,withthegreatestnumberbeinginspeed-competingsportsandtheleastnumberbeinginshootingsports.Oftheathleteswithoutavisioncorrectingdevice,79.4%had1.0orbetterVA.CorrectedVAwas1.0orbetterin87.0%oftheathleteswithavisioncorrectingdevice.Contactlenseswerethemostcommonlyusedvisioncorrectingdevice,withan88.3%share.Therewassignificantdifferenceinthevisioncorrectingdeviceusedamongsports(p<0.05).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1363.1367,2015〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport.はじめに視力はアスリートにとって競技するうえでもっとも重要な視機能である.そのため以前からアスリートの視力と視力矯正については多くの報告がある1.8).前回,筆者らはわが国のトップレベルのアスリートを競技特性から6競技群に分類して分析した3).そのなかでアスリートの視力や視力矯正は競技群によって特徴があることを指摘した.今回は対象となる競技種目を前回よりも12種目1,669人を追加して,前回同様に競技群別に視力・視力矯正方法の分析を行った.I対象および方法対象は2008年.2011年の3年間に国立スポーツ科学セ〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,Edagawa,EyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1363 ンター(JISS)でメディカルチェックを行ったオリンピックやアジア大会など国際競技の代表者および候補者男子1,796人,女子1,487人の3,243人で,平均年齢22.2歳である.競技種目は65種目(夏季55種目・冬季10種目)で競技の特性から表1のように6競技群に分類した.標的群はライフル射撃など標的を見る競技で8種目182人,格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する競技で7種目227人,球技群は野球などボールを扱う競技で19種目1,344人,体操群は体操など回転競技が含まれる競技で7種目182人,スピード群はスキーなど競技者自身が高速で動く競技で9種目487人,その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えにくい競技で15種目821人であった(表1).視力測定は競技時と同様の状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.聞き取り調査は競技時の視力矯正方法について行った.分析は視力1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.3,0.3未満の4段階とした.検定は視力が各競技群間でKruskal-Wallis検定,視力矯正はc2検定で行って,5%の有意水準設定で検討した.II結果1.視力の状況視力では左右差を認めなかった.6,486眼のなかで単眼視力の分布は1.0以上が5,322眼で82.0%,0.9.0.7は657眼で10.1%,0.6.0.3は397眼で6.1%,0.3未満は110眼で1.7%だった(表2).また,3,243人のなかで両眼視力の分布は1.0以上が3,003人で92.6%,0.9.0.7は146人で4.5%,0.6.0.3は88人で2.7%,0.3未満は6人で0.2%だった(表3).視力の低下に伴って,単眼視力と両眼視力ともに割合は少なくなった.単眼視力を競技群別でみると,1.0以上では割合がもっとも多いのは球技群で2,688眼のなかの2,327眼で86.6%だった.もっとも少ないのは格闘技群で454眼のなかの352眼で77.5%だった.0.9.0.7では割合がもっとも多いのはスピード群で974眼のなかの119眼で12.2%,もっとも少ないのは球技群で2,688眼のなかの239眼で8.9%だった.0.6.0.3では割合がもっとも多いのは格闘技群で454眼のなかの38眼で8.4%,もっとも少ないのは標的群で364眼のなかの13眼で3.6%だった.0.3未満では割合がもっとも多いのは格闘技群で454眼のなかの13眼で2.9%,もっとも少ないのは球技群で2,688眼のなかの17眼で0.6%だった(表2).両眼視力を競技群別でみると,1.0以上で割合がもっとも多いのは球技群で1,344人のなかの1,283人で95.5%,もっとも少ないのは格闘技群で227人のなかの203人で89.4%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのは格闘技群で227人のなかの13人で5.7%,もっとも少ないのは標的群で182人のなかの6人で3.3%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのは格闘技群で227人のなかの11人で4.9%,もっとも少ないのは球技群で1,344人のなかの14人で1.0%だった.0.3未満で割合がもっとも多いのはスピード群で487人のなかの4人で0.9%だったが,標的群・格闘技群・球技群・体操群は1人もいなかった(表3).単眼視力と両眼視力の分布は各競技群間で有意な差があった.2.視力非矯正眼の状況競技中に視力を矯正していない非矯正眼の割合は6,486眼のなかの4,210眼で64.9%だった.視力は1.0以上が4,210眼のなかの3,341眼で79.4%,0.9.0.7は415眼で9.9%,表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目8種目(182名)アーチェリー・ビリヤード・ボウリング・ライフル射撃・カーリング・バイアスロン・クレー射撃・近代五種2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目7種目(227名)剣道・柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング・空手道3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目19種目(1,344名)ゴルフ・サッカー・水球・スカッシュ・ソフトテニス・ソフトボール・卓球・テニス・バスケットボール・バドミントン・バレーボール・ハンドボール・ホッケー・ラグビー・アイスホッケー・野球・クリケット・ビーチバレー・セパタクロー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目7種目(182名)新体操・体操・ダンススポーツ・トランポリン・フィギュアスケート・飛び込み・シンクロナイズドスイミング5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目9種目(487名)自転車・スキー・スケート・スケルトン・スノーボード・ボブスレー・リュージュ・ローラースポーツ・カヌー6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目15種目(821名)競泳・ウエイトリフティング・セーリング・トライアスロン・武術太極拳・ボート・陸上競技・ドラゴンボート・馬術・山岳・エアロビクス・カバティ・囲碁・チェス・クロスカントリー1364あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(136) 表2単眼視力分布n=6,486眼表3両眼視力分布n=3,243人1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=5,322n=657n=397n=110標的群30840133n=364(83.7%)(10.9%)(3.6%)(1.8%)格闘技群352513813n=454(77.5%)(11.2%)(8.4%)(2.9%)球技群2,32723910517n=2,688(86.6%)(8.9%)(3.9%)(0.6%)体操群289422310n=364(79.4%)(11.5%)(6.3%)(2.8%)スピード群7561197623n=974(77.6%)(12.2%)(7.8%)(2.4%)その他群1,29016614244n=1,642(78.6%)(10.1%)(8.7%)(2.6%)1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=3,003n=146n=88n=6標的群173630n=182(95.1%)(3.3%)(1.6%)(0%)格闘技群20313110n=227(89.4%)(5.7%)(4.9%)(0%)球技群1,28347140n=1,344(95.5%)(3.5%)(1.0%)(0%)体操群167960n=182(91.8%)(5.0%)(3.2%)(0%)スピード群43827184n=487(89.9%)(5.5%)(3.7%)(0.9%)その他群73944362n=821(90.0%)(5.4%)(4.4%)(0.2%)0.6.0.3は347眼で8.2%,0.3未満は107眼の2.5%だった.非矯正眼の割合がもっとも多い競技群はスピード群で974眼のなかの672眼で69.0%,もっとも少ないのは標的群で364眼のなかの192眼で52.7%だった.1.0以上は4,210眼のなかの3,341眼で79.4%,0.9.0.7は415眼で9.9%,0.6.0.3は347眼で8.2%,0.3未満は107眼の2.5%だった.競技群別でみると1.0以上で割合がもっとも多いのは標的群と球技群の84.9%で,標的群は192眼のなかの163眼で球技群は1,813眼のなかの1,540眼だったが,もっとも少ないのはその他群で992眼のなかの730眼で73.6%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのはスピード群で672眼のなかの88眼で13.1%,もっとも少ないのはその他群で992眼のなかの90眼で9.1%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのはその他群で992眼のなかの129眼で13.0%,もっとも少ないのは標的群で192眼のなかの7眼で3.7%だった.0.3未満で割合がもっとも多いのは格闘技群で292眼のなかの13眼の4.5%,もっとも少ないのは球技群で1,813眼のなかの14眼で0.8%だった(表4).3.視力矯正眼と矯正方法の状況競技中に視力を矯正している視力矯正眼の割合は6,486眼のなかの2,276眼で35.1%だった.矯正視力は1.0以上が2,276眼のなかの1,981眼で87.0%,0.9.0.7は242眼で10.6%,0.6.0.3は49眼で2.2%,0.3未満は4眼の0.2%だった.競技群別でみると1.0以上の割合がもっとも多いのは球技群で875眼のなかの787眼で89.9%,もっとも少ないのは格闘技群で162眼のなかの135眼で83.3%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのは体操群で115眼のなかの17眼で14.8%,もっとも少ないのは球技群で875眼のなかの73眼で8.3%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのはスピード群で302眼のなかの12眼で3.9%,もっとも少ない(137)表4視力非矯正群の単眼視力分布n=4,210眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=3,341n=415n=347n=107標的群1631874n=192(84.9%)(9.4%)(3.7%)(2.0%)格闘技群217283413n=292(74.3%)(9.6%)(11.6%)(4.5%)球技群1,5401669314n=1,813(84.9%)(9.2%)(5.1%)(0.8%)体操群194252010n=249(77.9%)(10.0%)(8.0%)(4.1%)スピード群497886423n=672(74.0%)(13.1%)(9.5%)(3.4%)その他群7309012943n=992(73.6%)(9.1%)(13.0%)(4.3%)のは球技群で875眼のなかの12眼で1.4%だった.0.3未満では割合がもっとも多いのは球技群で875眼のなかの3眼の0.4%だったが,標的群・球技群・格闘技群・体操群・スピード群はいなかった(表5).視力矯正眼2,276眼でコンタクトレンズ(CL)は2,010眼の88.3%,laserinsitukeratomileusis(LASIK)は138眼の6.0%,眼鏡は106眼の4.7%,オルソケラトロジー(Ortho-K)は22眼の1.0%だった.矯正方法はCLが全競技群を通してもっとも多いが,眼鏡が多いのは標的群で172眼のなかの52眼で30.2%,LASIKが多いのはスピード群で302眼のなかの44眼で14.6%,Ortho-Kが多いのは格闘技で162眼のなかの8眼で4.9%だった(表6).視力矯正方法は競技群間で有意な差(p<0.05)があった.また,矯正視力が1.0に達していない者は2,276眼のなかの310眼で13.6%だった.CLでは2,010眼のなかの253眼の12.6%,眼鏡あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151365 表5視力矯正群の単眼視力分布n=2,276眼表6矯正方法n=2,276眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,981n=242n=49n=4標的群1452250n=172(84.3%)(12.8%)(2.9%)(0%)格闘技群1352340n=162(83.3%)(14.2%)(2.5%)(0%)球技群78773123n=875(89.9%)(8.3%)(1.4%)(0.4%)体操群951730n=115(82.6%)(14.8%)(2.6%)(0%)スピード群25931120n=302(85.8%)(10.3%)(3.9%)(0%)その他群56076131n=650(86.2%)(11.7%)(2.0%)(0.1%)CL眼鏡LASIKOrtho-Kn=2,010n=106n=138n=22標的群9652240n=172(55.8%)(30.2%)(14.0%)(0%)格闘技群150048n=162(92.6%)(0%)(2.5%)(4.9%)球技群8350364n=875(95.4%)(0%)(4.1%)(0.5%)体操群111022n=115(96.6%)(0%)(1.7%)(1.7%)スピード群2506442n=302(82.8%)(2.0%)(14.6%)(0.6%)その他群56848286n=650(87.4%)(7.4%)(4.3%)(0.9%)では106眼のなかの29眼の27.3%,Ortho-Kでは22眼のなかの7眼で31.8%,LASIKでは138眼のなかの6眼の4.4%だった.III考察視力は視機能に影響する9.12)だけでなく,競技能力にも関係すると報告8)されている.また,屈折矯正はわずかなずれでも眼優位性に影響してコントラスト感度・調節反応・調節微動・眼球運動・視覚注意などが変化すると報告13,14)されている.したがって,視力低下は単に視機能に影響するだけでなく,本来の競技能力にも影響して十分なパフォーマンスが発揮されない可能性がある.パフォーマンスの向上のためには適正な視力矯正をすることが役立つと思われる.今回,プレイをしているときと同様の状況で測定した視力が1.0以上だった選手の割合は,単眼視力で82.0%,両眼視力は92.6%と多かったものの,0.7未満でプレイをしている選手の割合は単眼視力で7.8%・両眼視力は2.9%と少ないが存在した.競技群別では1.0以上の選手が多かったのは標的群・球技群だったが,格闘技群・スピード群・体操群・その他群の選手はこの2競技群よりも少なく,また0.7未満が多かった.標的群は標的をしっかりと見る必要があること,球技群は不規則に動くボールや対象物に臨機応変に対応する必要があることから,視力の良い者が多かった.しかし,格闘技群は相手が近距離にいるために遠方を見る必要がないこと,体操群は動作があらかじめ決まっていること,スピード群はボールのような不規則に動く目標を見ることがないことから,とくに良い視力が必要でないと考えられている可能性がある.その他群は視力で試合が左右されるような種目が少ないことから,視力の良くない選手が多かったと考えられ1366あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileusis,Ortho-K:orthokeratology.る.米国のオリンピックレベルの選手の視力調査でもアーチェリー・ソフトボールなどの標的種目や球技種目の選手の視力は良く,ボクシングや陸上競技など選手の視力は悪かったと,今回とほぼ同じ結果を報告している6).このように選手は競技で必要と感じる程度に視力を整備してプレイしていると考えられる.しかし,選手の競技能力は選手が必要と感じる視力で十分に発揮できているかについてはわかっておらず,競技種目によっては選手が必要と感じている視力が不十分であることも考えられる.今回視力を矯正せずにプレイをしていた選手の割合は約6割だった.体育大学生ではその割合が約8割7)だったことから,選手の多くはプレイのときは視力矯正をしていないようである.今回の割合が体育大学生の報告よりも少なかったのは,今回の対象者のなかに非矯正眼の割合がもっとも少ない標的群の選手が多く含まれていたためである.非矯正視力は選手の約9割が0.7以上で,約8割は1.0以上だった.標的群・球技群は1.0以上の選手が多くて0.7未満の選手は少なかったが,格闘技群・その他群は1.0以上の選手が少なくて0.7未満の選手が多かった.このような競技群別における非矯正視力の分布は単眼視力の分布傾向と同様だった.今回の競技群別の非矯正視力の結果は,非矯正視力が1.0以上の選手の割合が多い種目はサッカー・ソフトテニス・バレーボール・野球などの球技系の種目で,柔道・レスリング・フェンシングなどの格闘技系の種目や水泳などの対人運動・個人運動系の種目は少ない4)とする体育大学生の報告と同様の傾向だった.矯正視力は選手のほぼ全員が0.7以上で,選手の約9割は1.0以上だった.1.0以上に矯正されていた選手が多かったのは球技群・その他群で,これらの選手の視力は良く矯正さ(138) れていた.しかし,体操群・格闘技群では1.0未満の選手の割合が多く,スピード群・標的群では0.7未満の選手が多かった.矯正視力は本来正しく矯正されていれば1.0以上の視力が期待されるはずである.しかし,今回矯正視力が1.0未満の選手がいたことは,選手の矯正が適切に行われていないか,選手自身が競技で必ずしも1.0以上を目指した矯正を希望していないことが考えられる(表5).今回,1.0未満だった選手がどちらの要因によるものかについて個別に検討することはできなかったが,1.0未満の選手がいたということは,視力を無理に良くする必要がないと考えている選手がいたためと考えられる.しかし,計時時計の表示やコーチの指示を見るためには,やはり1.0の視力を確保することが望ましい.視力矯正方法は約9割の者がCLを使用していて,使用割合はLASIK,眼鏡,Ortho-Kの順に少なかった.これは筆者らの前回の報告3)と同じ結果であった.CLはすべての競技群でもっとも使用されていたが,CL以外は競技によって矯正方法が異なる傾向があった.眼鏡の使用は標的群に多く,LASIKはスピード群に多かった.眼鏡の使用が標的群に多かったのは標的を注視する際に瞬きが減少して角膜が乾燥しやすいことからCLが使用しにくいことや,標的を狙う眼だけ視力を矯正することが容易なためである.LASIKがスピード群に多かったのは,選手の角結膜が競技中に風で乾燥することや,冬季競技の競技環境が乾燥していてCLが使いにくいためである.また,Ortho-Kが格闘技群で多かったのは,視力矯正用具を使用できないボクシングのような種目が含まれることや,LASIKでは接触時に眼球が損傷する恐れがあるためである.今回それぞれの矯正方法における残存する屈折状態の調査はしていないが,CL装用状態での屈折値の調査では半数の者に近視・遠視・乱視などの屈折異常が残存していた4)との報告があることから,さまざまな方法で矯正した選手のなかには屈折異常が残存している可能性がある.屈折矯正はわずかなずれでも視機能に影響する13,14)ことから,それが競技能力に影響を及ぼす可能性は否定できない.今後調査をする必要がある.このようにアスリートはすでに競技の特性に応じた視力矯正方法を選択しているようである.しかし,矯正方法をよく知ることで,さらに適したそして安全な方法を選択できるようになるであろう.たとえば,Ortho-Kは競技中に視力矯正用具を使用しなくてすむことから水中で行う水球や飛び込みなどの種目,また格闘技種目などに適応があると考えられる.ボール競技では防護を兼ねたデザイン性の良い眼鏡を用いれば眼外傷から防ぐことができる.一方で現在LASIKの人気は高いが,近視の戻り・不正乱視・まぶしさの増加などが起こる可能性があることから,精密で安定した視力を必要とする競技には不向きと考えられる.また,角膜が薄くなることで眼を直接打撲する可能性のある競技にも不向きである.選手はそれぞれの矯正方法の利点や欠点を考えて,各競技種目におけるもっとも適切な矯正方法を検討する必要がある.文献1)安藤純,阿部圭助,市岡東洋ほか:視力とスポーツに関する実態調査.日本の眼科67:553-557,19962)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:スポーツ選手の眼に関する意識と視機能.臨眼60:1409-1412,20063)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:トップアスリートの視力.あたらしい眼科29:1168-1171,20124)上野純子,正木健雄,太田恵美子:大学運動部選手の視機能について.日本体育大学紀要22:31-37,19925)佐渡一成,金井淳,高橋俊哉:スポーツ眼科へのアプローチ.臨床スポーツ医学12:1141-1147,19956)LadyDM,KirschenDG,PantallP:Thevisualfunctionofolympiclevelathletes─Aninitialreport.EyeContactLens37:116-122,20117)佐渡一成,金井淳:スポーツ現場における視力矯正方法選択の現状.日コレ誌38:14-18,19968)中山悌一:プロ野球選手のデータ分析.プロ野球選手の体力⑦視力,p44-48,ブックハウス・エイチディ,20119)鈴村昭弘:眼と道路交通.臨床眼科全集8,p291-361,金原出版,197610)山地良一,保倉賢創ほか:深視力の臨床(1)大手前病院における深視力外来患者の統計的観察.眼紀35:2258-2262,198411)川村肇,細畠淳,近江源次郎ほか:コントラスト感度と調節反応量の関係.視覚の科学15:206-210,199412)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198513)魚里博,中山奈々美,川守田拓志ほか:屈折矯正状態が眼優位性に及ぼす影響.日眼会誌111:168,200714)半田知也,魚里博:眼優位性検査法とその臨床応用.視覚の科学27:50-53,2006***(139)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151367

MIRAgel®による強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1359.1362,2015cMIRAgelRによる強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例林理穂吉田達彌小野久子鷲尾紀章土田展生幸田富士子公立昭和病院眼科TwoCasesofImprovedEyeMovementafterMIRAgelRExtractionRieHayashi,TatsuyaYoshida,HisakoOno,NoriakiWashio,NobuoTsuchidaandFujikoKodaDepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital背景:強膜内陥術に用いられたバックル素材MIRAgelR(マイラゲル)は,術後に膨化・変性し晩期合併症をきたすことが知られている.今回,術後長期間を経て眼球運動障害を発症し,マイラゲルの摘出術を行った2例を経験したので報告する.症例:症例1は43歳,男性.1992年にマイラゲルによる左網膜.離手術の既往がある.2013年に複視を自覚し,紹介受診.左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼球運動障害は速やかに改善した.症例2は65歳,男性.1993年に同様の左網膜.離手術の既往がある.左眼の上転を自覚し,2014年に紹介受診.左上斜視および左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼位・眼球運動障害は著明に改善した.結論:マイラゲルによる網膜.離術後約20年もの長期間を経過した眼球運動障害の2症例を経験したが,いずれも摘出術後早期に顕著な改善が得られた.Purpose:Toreport2casesofimprovedeyemovementafterMIRAgelRextraction.CaseReports:Case1involveda43-year-oldmalewhopresentedwithswellinginhisupperlefteyelidanddiplopiain2013.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryforretinaldetachmentinhislefteyein1992.AfterMIRAgelRwasextracted,movementinthateyerapidlyimproved.Case2involveda65-year-oldmalewhopresentedwithleft-eyehypertropiaandmovementdisorderin2014.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryinthateyein1993.AfterMIRAgelRextraction,thestrabismusandmovementdisorderinthateyesignificantlyimproved.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshow2casesofeyemovementdisorderthatoccurredmanyyearspostretinaldetachmentsurgerythatimmediatelyimprovedafterMIRAgelRextraction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1359.1362,2015〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,眼球運動障害.MIRAgelR,scleralbuckling,eyemovementdisorder.はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は1980年頃にRefojoら1)により開発された強膜内陥術用のハイドロゲル性のバックル材料である.異物反応がほとんどなく化学的に安定していると考えられたこと,適度な弾力性があり均一な強膜内陥が作られるため死腔ができにくいこと,抗生物質を吸収しかつ徐放するため感染のリスクが低いと考えられたことなどから,当初理想的なバックル素材として使用された1.3).しかし1997年にHwangら4)によってマイラゲルを使用した強膜内陥術10年後に眼球運動障害と複視が出現した症例が発表されて以来,晩期合併症の報告がみられるようになった.わが国では1980年代後半から2000年頃にかけて一部の施設で使用されていたが,2000年以降に晩期合併症が多数報告されるようになり,日本眼科学会から使用注意喚起が行われた5).以後は使用されなくなったものとみられるが,術後長期間を経てエクストルージョン(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する状態5))をはじめとした晩期合併症の報告が相次いでいる6,7).症状としては複視,異物感,眼窩内充満感などがある8).今回強膜内陥術後20年以上経過した症例に眼球運動障害がみられたが,マイラゲル摘出後早期に著明な改善が得られた2例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林理穂:〒187-8510東京都小平市花小金井8-1-1公立昭和病院眼科Reprintrequests:RieHayashi,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,8-1-1Hanakoganei,Kodaira-city,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(131)1359 I症例〔症例1〕43歳,男性.主訴:左眼の異物感と右方視時の複視.既往歴:1992年に公立昭和病院眼科(以下,当科)にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けた.手術記録によると#906のマイラゲルが10時から2時方向に縫着されていた.現病歴:2013年頃より左眼の異物感と右方視での複視を自覚するようになり,2013年11月に近医を受診したところ左眼上眼窩部腫瘤と眼球運動障害を指摘され,精査・加療目的にて2013年12月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜位,視力は右眼(1.0),左眼(1.0),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmgであった.左眼窩部の鼻側から上方に腫瘤を触知し,同部位の球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物がみられた(図1A).眼底には左眼の上方,特に上鼻側に非常に強い隆起を認めたが,眼内へのバックルの露出はみられなかった.Hess赤緑試験では左眼において全方向で眼球運動障害がみられた(図2A).Magneticresonanceimaging(MRI)ではT2強調画像にて,腫瘤を触知した部位と一致する左眼窩上鼻側から上耳側にかけて境界明瞭で内部が均一の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいた(図1B).図1症例1,2隙灯顕微鏡所見およびMRI画像(T2強調画像)A:結膜下に灰白色の隆起物を認める.B:眼窩内の上鼻側から耳側にかけて境界明瞭で内部が均一性の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいる所見がみられる.C:下耳側球結膜下に灰白色の隆起物を認める.D:境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿ってみられ,下直筋の外側まで伸展している.1360あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015ABCDA経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼上眼窩部腫瘤および眼球動障害と診断し,2014年1月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.マイラゲルは脆弱化しており,鑷子による把持が困難であったため,強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日より左上眼窩部腫瘤は消失し,術後2日目で施行したHess赤緑試験では,眼球運動障害が全方向で著明に改善していた(図2B).〔症例2〕65歳,男性.主訴:左眼の眼位異常.既往歴:1993年に当科にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けていた.手術記録によると#907のマイラゲルが2時から5時方向に縫着されていた.現病歴:2012年頃より左上斜視を自覚するようになったため,2014年7月に近医を受診したところ,左上斜視を指摘され,精査・加療目的にて2014年8月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜視,視力は右眼(1.0),左眼(0.4),眼圧は右眼8mmHg,左眼17mmHgであり,眼圧の左右差がみられた.左眼下耳側球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物を認めた(図1C).眼底は上耳側から下耳側にバックルの隆起と色素沈着がみられたが,眼内B図2症例1のHess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動障害がみられる.B:術後2日目.わずかに外転・上転の制限はあるが全方向で改善している.(132) へのバックルの露出はみられなかった.左眼の上斜視が強くHess赤緑試験は不可能であったため,9方向眼位を図に示す(図3A).内転・外転・下転障害を認め,とくに下転はまったくできなかった.MRIでは,T2強調画像にて境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って抽出され,下直筋の外側まで伸展していた(図1D).経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼球運動障害と診断し,2014年9月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.症例1と同様に強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日には左上斜視および内転・外転・下転障害は著明に改善し(図3B),また眼圧は7mmHgに低下した.II考按マイラゲルを使用した強膜内陥術後の晩期合併症としてエクストルージョンや眼球運動障害がみられるが,その症状は顕著であるため5),過去に強膜内陥術の既往がある症例に著しい眼球運動障害がみられた場合はマイラゲルの使用を疑う必要がある.治療としてはマイラゲルの摘出がある.手術を行う際はマイラゲルの位置および膨化の程度を確認するためにMRI撮影が有効であるとされている3.5).今回の2症例はともに過去の手術記録が残っていたため,マイラゲルの位置を推定できた.しかしながら,膨化したマイラゲルは当時の縫着部位を超えて大幅に拡大していたことがMRIにて術前に判明しており,とくに症例2においてはマイラゲルが下直筋の外側を通り下鼻側まで伸展していた.このことが術前に確認できていたため,手術の際は摘出に適した切開位置を選択し,下直筋を指標としてマイラゲルにアプローチすることが可能であった.さらにマイラゲルは断片化していたが,取り残すことなく下鼻側の断端まで廓清することができた.長期間経過したマイラゲルは膨化・変性し脆弱化しており,摘出する際は鑷子で把持することができず,ちぎれて断片化してしまうため,鋭匙や冷凍凝固プローブを用いることが推奨されている9).また,マイラゲルと接していた強膜が菲薄化している場合や,マイラゲルが変性して強膜と癒着している場合があり,摘出の際に強膜を損傷する恐れがある3,8).今回の2症例では前述の器具を用いたところ断片化したものを一つひとつ確実に除去することが比較的容易となり,また強膜穿孔などの合併症を起こすことなく摘出することができた.マイラゲルの摘出術後に眼球運動障害や複視の残存がみられるとの報告もあるが10),今回の2症例は強膜内陥術後20(133)AB図3症例2の9方向眼位A:左上斜視が顕著で,下転障害を主とする眼球運動制限がみられる.B:術翌日.左上斜視,内転・外転・下転障害の改善を認める.年以上と相当長期間経過していたにもかかわらず,摘出術後早期に眼球運動障害の著明な改善が得られ,複視の自覚はみられなかった.他のバックル材料による眼球運動障害は結膜やTenon.に侵襲する脂肪癒着症候群がおもな原因と考えられているが11.13),マイラゲルにおいては膨化による容積増大に伴う機械的な可動制限が主因であるために,このような早期の劇的な改善が得られたものと推察される.強膜内陥術にマイラゲルを使用された患者は,現在術後10年以上経過していると考えられる.今回筆者らが経験した2症例も術後20年以上が経過していた.これほどの長期間を経過した症例でも,マイラゲルを摘出することにより眼球運動障害の改善が期待できるため,マイラゲルを使用した強膜内陥術の既往がある場合は長期にわたる経過観察を行い,可能であれば摘出を考慮することが望ましいと考えられる.あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151361 文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,2)MarinJF,TolentinoFI,RefojoMFetal:Long-termcomplicationsoftheMAIhydrogelintrascleralbucklingimplant.ArchOphthalmol110:86-88,19923)江崎雄也,加藤亜紀,水谷武史ほか:MIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例.あたらしい眼科30:16331638,20134)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19975)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20036)OshitariK,HidaT,OkadaAAetal:Long-termcomplicationsofhydrogelbuckles.Retina23:257-261,20037)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgelR(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療法の検討.眼臨紀3:12411244,20108)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53:103-111,20119)LeRouicJF,BejjaniRA,ChauvaudD:CryoextractionofepiscleralMIRAgelRbuckleelements.Anewtechniquetoreducefragmentation.OphthalmolSurgLasers33:237239,200210)星野健,松原孝,福島伊知郎ほか:ハイドロジェル(MIRAgelR)を使用した網膜.離手術の術後晩期合併症とその発症頻度についての検討.臨眼59:47-53,200511)HwongJM,WrightKW:Combinedstudyonthecausesofstrabismusaftertheretinalsurgery.KoreanJOphthalmol8:83-91,199412)黒川歳雄,大塚啓子,渕田有里子ほか:網膜.離に対する強膜バックリング術前後での眼位変化.臨眼56:15571562,200213)WrightKW:Thefatadherencesyndromeandstrabismusafterretinaldetachmentsurgery.Ophthalmology93:411-415,1986***1362あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(134)

強度近視として経過観察されていた完全型先天停在性夜盲の1例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1355.1358,2015c強度近視として経過観察されていた完全型先天停在性夜盲の1例福永とも子松宮亘中村誠神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野ACaseofCompleteCongenitalStationaryNightBlindnessDiagnosedasHighMyopiaTomokoFukunaga,WataruMatsumiyaandMakotoNakamuraDivisionofOphthalmology,DepartmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine完全型先天停在性夜盲の1例を経験したので報告する.症例は35歳,男性.既往歴として両眼強度近視による屈折弱視と小学生の頃からの夜盲.家族歴として夜盲と強度近視がある.現症として視力は右眼(0.4×.23D),左眼(0.3×.20D).眼軸長は右眼28.97mm,左眼28.78mm.眼軸長に比べ近視が強く,説明のつかない強度近視を呈していた.錐体一相型の暗順応を示し,錐体ERG(網膜電図)では良好な反応を示したが,全視野ERGでは陰性波形とb波の消失があり,杆体反応・律動小波・長時間刺激によるon応答の消失がみられた.以上の杆体機能中心の障害とon型双極細胞の機能不全と臨床症状より,完全型先天停在性夜盲と診断した.眼軸長に見合わない強度近視を呈する症例には,完全型先天停在性夜盲が潜んでいる可能性があるため,網膜電図などの電気生理学的な検査の施行を考慮すべきである.A35-year-oldmanpresentedwithrefractiveamblyopiawithhighmyopiaandnightblindnessfromelementaryschoolageandfamilyhistoryofhighmyopiaandnightblindness.Uponexamination,hisrespectivebest-correctedvisualacuityandaxiallengthwere0.4with.23.0diopters(D)sphericalequivalentand28.97mmintherighteyeand0.3with.20.0Dsphericalequivalentand28.78mminthelefteye.Hishighmyopiawasnotrelatedtoaxiallength.Electroretinography(ERG)testingrevealeddisappearanceoftheb-waveresultinginanegativeshape,rodresponse,oscillitatorypotentialwaves,andon-responsebylong-durationflashERG.Wesubsequentlydiagnosedthepatientascompletecongenitalstationarynightblindness(CSNB)duetotheabsenceofrodfunction,dysfunctionoftheON-bipolarcell,andhisclinicalmanifestation.Thefindingsofthisstudyshowthatincasesofhighmyopiaunrelatedtoaxiallength,electrophysiologicaltesting,suchasanERG,shouldbeperformedinordertopreventmisdiagnosingCSNB.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1355.1358,2015〕Keywords:完全型先天停在性夜盲,強度近視,錐体一相型暗順応,網膜電図,on型双極細胞.completetypeofthecongenitalstationarynightblindness,highmyopia,cone-monophasicdarkadaptation,electroretinogram,onbipolarcell.はじめに眼底が正常でありながら,網膜電図が陰性型を示す疾患として先天停在性夜盲がある1,2).杆体機能が消失した完全型と杆体機能が残存した不全型に分類され,完全型は,on型双極細胞機能不全があるため夜盲を訴える2,3).強度近視を伴うため,幼少時に近視性弱視として経過観察される例もあり,見逃しやすい疾患である.この度,網膜電図が鑑別に有用であった1例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.主訴:両眼の夜盲,視力低下.既往歴:なし.現病歴:小学時より両眼視力不良で,暗いところが見えに〔別刷請求先〕福永とも子:〒650-0017兵庫県神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野Reprintrequests:TomokoFukunaga,DivisionofOphthalmology,DepertmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-1Kusunoki-cho,Chuo-ku,KobeCity,Hyogo650-0017,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(127)1355 図1両眼底写真左:右眼,右:左眼.図2OCT画像上段:右眼,下段:左眼.くく,中学時は視力(0.7)だった.弱視のため視力が上がることはないといわれ,その後,通院を自己中断.3年前より視力低下が進行したため,2013年1月7日神戸大学病院を受診した.家族歴:患者の父方の祖父母は近親婚(従妹婚であるかどうかは不明).祖父・父・叔父・兄は夜盲と強度近視あり.父は緑内障で点眼加療中である.初診時所見:VD=0.01(0.4×.23.0D(cyl.2.0DAx30°)VS=0.01(0.3×.20.0D(cyl.1.5DAx170°)眼軸長は右眼28.97mm,左眼28.78mm.眼圧は両眼ともに14mmHgと正常範囲内,前眼部および中間透光体の異常はなし.眼底は,豹紋状眼底で,近視性視神経乳頭を呈し,1乳頭径以上の乳頭周囲脈絡網膜萎縮巣がみられた(図1).検査所見:光干渉断層計(OCT)ではellipsoidzoneは鮮明で,網膜内層構造も保たれていた(図2).Goldmann視野計で不規則な耳側視野狭窄がみられた.暗順応最終閾値は上図3暗順応の結果上段:正常対照,下段:本症例.矢印:Kohlraush屈曲点.昇しており,Kohlrausch屈曲点は消失し,錐体応答を示す1次曲線のみみられた(図3).網膜電図(ERG):トロピカミド,フェニレフリン塩酸塩点眼で両眼を極大散瞳し,30分間の暗順応後,メーヨー社製のBrain-Allen型電極(LED電極EW-102)を用い,国際臨床視覚電気生理学会のプロトコールに従って刺激し,日本光電社製NeuropackMEB-9104を用いて記録した.杆体系・混合応答を記録,10分間の明順応後,錐体応答(単一刺激・30Hzフリッカ刺激)ならびに長時間刺激ERGを記録した.多局所ERGは,VERISScienceを用いて記録した.錐体応答は単一刺激ならびに30Hzフリッカ刺激とともに良好な反応を示したが,混合応答では陰性波形と律動小波の消失,杆体応答は消失していた(図4).長時間刺激を用いて記録した錐体応答では,b波の消失と1356あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(128) A100μV100μVBD図4全視野ERGいずれも左:正常対照,右:本症例.A:錐体応答(単一刺激).症例では律動小波はみられず,b波の振幅はやや減弱しているも,正常波形に近い.B:錐体応答(フリッカ刺激).ほぼ正常波形を呈している.C:混合応答.症例では陰性波形を呈している.D:杆体応答.症例では消失している.d波の増大,すなわちon応答の消失がみられた(図5).多局所ERGでは局所的に応答密度の非特異的な低下を示した(図6).II考按この症例は,強度近視による両眼屈折弱視として経過観察されていたが,小児期から夜盲を自覚していた若年男性である.家族には夜盲のある兄弟や親戚があり,強度近視家系で,症例は網膜の器質的異常はなかったため,先天停在性夜盲を疑い,電気生理的検査を施行した.暗順応計にて錐体一相型の暗順応を示し,ERGの混合応答での陰性波形と律動小波の消失,杆体応答の消失,錐体応答の温存,長時間刺激ERGにて,b波の消失とd波の増大がみられた.以上より,錐体機能の保持と杆体機能・on型双極細胞機能不全が存在することが示され,完全型先天停在性夜盲と確定診断した1.3).完全型先天停在性夜盲はかつてSchubert-Bornschein型と一括されていた先天停在性夜盲の亜型を,三宅らが電気生理学的検査,とりわけ長時間刺激錐体ERGで完全型と不全型に区分したものである1.3).その後,完全型先天停在性夜盲の原因遺伝子として,現在まで5つの遺伝子(NYX,GRM6,TRPM1,GPR179,LRIT34.7))が発見されている.これらの遺伝子はすべて視細胞からon型双極細胞への信号伝達あるいはシナプス形成に関係する遺伝子であることがわかっている.これらの遺伝子に異常があると,視細胞からon型双極細胞に信号が伝達されないために,患者は杆体機能を失い,重症の夜盲を呈することが知られている.臨床的には強度近視を呈するもの(129)100μV100μV図5長時間ERG左:正常対照,右:本症例.症例では,a波とd波は検出されるが,b波は検出されない.d波は逆に強調されている(矢印).図6多局所ERG左:3Dプロット,右:波形一覧.上段:右眼,下段:左眼.両眼とも応答密度の減弱を認める.の,眼底は近視性変化以外には特異的変化がなく,OCTでも網膜外層の異常が検出されない.このため,原因不明の視力低下ないしは,本症例のように強度近視による屈折弱視と見誤られることがある.今回筆者らは,完全型先天停在性夜盲の患者から多局所ERGを記録した.その結果,全体的に振幅はよく保たれていたものの,振幅が低下している部分もみられた.これについては,強度近視に伴う網脈絡膜萎縮によるものと考えられた.完全型先天停在性夜盲の多局所ERGについては,過去にKondoら8)の報告があり,潜時は若干遅れるものの,振幅は全体的によく保たれていると述べており,筆者らの症例の所見もこれに一致していると考えられた.このように,眼軸長に不釣り合いな強度近視症例においては,問診にて夜盲の存在を確認し,積極的に電気生理学検査を行って確定診断を行うべきと考えられた.文献1)MiyakeY,YagasakiK,HoriguchiMetal:Congenitalstationarynight-blindnesswithnegativeelectroretinogram.Anewclassification.ArchOphthalmol104:1013-1020,19862)三宅養三:あたらしい疾患概念の確立─先天停在性夜盲のあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151357 完全型と不全型.日眼会誌106:737-755,20023)MiyakeY,YagasakiK,HoriguchiMetal:On-andoff-responsesinphotopicelectroretinogramincompleteandincompletetypesofcongenitalstationarynightblindness.JpnJOphthalmol31:81-87,19874)DryjaTP,McGeeTL,BersonELetal:NightblindnessandabnormalconeelectroretinogramONresponsesinpatientswithmutationsintheGRM6geneencodingmGluR6.ProcNatlAcadSciUSA102:4884-4889,20055)AudoI,KohlS,LeroyBPetal:TRPM1ismutatedinpatientswithautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet85:720729,20096)AudoI,BujakowskaK,OrhanEetal:Whole-exomesequencingidentifiesmutationsinGPR179leadingtoautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet90:321-330,20127)ZeitzC,JacobsonSG,HamelCPetal:Whole-exomesequencingidentifiesLRIT3mutationsasacauseofautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet92:67-75,20138)KondoM,MiyakeY,KondoNetal:MultifocalERGfindingsincompletetypecongenitalstationarynightblindness.InvestOphthalmolVisSci42:1342-1348,2001***1358あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(130)

網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1349.1354,2015c網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長山田明子*1,2新井田孝裕*2靭負正雄*2仲泊聡*1*1国立障害者リハビリテーションセンター病院*2国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻視機能療法学分野WavelengthPropertyCausingPhotophobiainRetinitisPigmentosaPatientsAkikoYamada1),TakahiroNiida2),MasaoYukie2)andSatoshiNakadomari1)1)Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,2)DivisionofOrthopticsandVisualSciences,Master’sPrograminHealthSciences,GraduateSchoolofHealthandWelfareSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)患者の羞明に特異的な波長光について検討した.対象を直径2°以上の中心視野を有するRP患者20名(RP群)と晴眼者20名(統制群)とし,直径2°円形の単波長刺激(6波長,各波長2段階の強さの12種)を暗室内で擬似ランダムに呈示し,羞明の程度を9段階(1:「眩しさを感じない」から9:「耐えられない眩しさ」まで)から主観的に評価してもらった.群間比較では,RP群は統制群に比べて,484nm0.50logcd/m2時の評価値が有意に高く(p<0.05),9段階の評価値のうち眩しさが強いことを示す「5」以上と評価した人数が有意に多かった(p<0.05).波長間比較では,両群ともに短波長時の評価値が長波長時に比べて有意に高く(p<0.05),RP群は統制群にはみられない484nm時の評価値が高くなる傾向が示された.両群ともに短波長光を遮光することが羞明軽減に有効であり,特にRP患者の遮光眼鏡選定には,484nm付近の波長を考慮に入れた選定の必要性が示唆された.Inthisstudy,weinvestigatedthewavelengthpropertycausingphotophobiainretinitispigmentosa(RP)patients.TwentyRPpatientswith2degreesormoreofcentralvisualfield(RPgroup)and20age-matchedsubjectswithnormalvision(controlgroup)werepresented,pseudo-randomly,with12narrow-bandlightstimuliof2degreesdiameter(twonearluminanceconditionsbysixdifferentwavelengths)inadarkbackground.Subjectsassessedtheseverityofphotophobiaviaasubjectivenine-gradescore(grade1:noglaretograde9:mostintolerable).Thescorefor484nm,0.50logcd/m2intheRPgroupwassignificantlyhigh,andthenumberofRPpatientswhoevaluated5orgreaterwassignificantlylargerthanthatinthecontrolgroup(p<0.05).Inbothgroups,theshort-wavelengthscorewassignificantlyhigherthanthelong-wavelengthscore(p<0.05),andthatof484nmtendedtobehighintheRPgroup.Theresultsofthisstudysuggestthatcuttingshort-wavelengthlightiseffectiveforreducingphotophobia,andinparticular,cuttingaround484nmshouldbeconsideredwhenselectingatintedfilterforRPpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1349.1354,2015〕Keywords:網膜色素変性症,羞明,484nm,遮光眼鏡.retinitispigmentosa,photophobia,484nm,tintedfilter.はじめにロービジョンケアでは,多くの患者が羞明を訴え,その羞明を軽減させるために遮光眼鏡の選定が行われている.羞明をきたす疾患は多岐にわたるが,それぞれの疾患でなぜ羞明が生じるのかといった原因やメカニズムは明らかにされていない.羞明の神経学的メカニズムについては,パラソル細胞や小型二層性神経節細胞を介した神経経路1)や,視交叉部2),後頭葉底部3),メラノプシン含有神経節細胞4)が羞明に関与する可能性が報告されているが,いまだそのメカニズムの全容解明には至っていない.一方,羞明を軽減させる視覚補助具として用いられる遮光眼鏡とは,短波長光が散乱しやすいという理由から,短波長光を選択的に遮光するものが一般的であるが,短波長光がどのような視覚情報伝達によって眩しさを感じるのかは明らかではない.〔別刷請求先〕山田明子:〒359-8555埼玉県所沢市並木4丁目1番地国立障害者リハビリテーションセンター病院Reprintrequests:AkikoYamada,Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,4-1Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8555,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(121)1349 また,遮光眼鏡の選定方法においても,いまだ客観的で統一した方法は確立されていない.その理由としては,羞明そのものが自覚症状であり,客観的に評価することが困難であるということがあげられる.本研究では,羞明を訴える多くの疾患のなかで,さまざまな場面でこれを感じているとされる5)網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)患者を対象とした.多くのRP患者は,診断初期から羞明を訴え,視力や視野が低下しても,なお羞明を訴えることが多い.しかし,「RP患者がなぜ眩しさを感じるのか」「どのような波長に対して眩しさを感じるのか」というRP患者の羞明の実態や原因,発生機序は明らかにされていない.そこで,それを明らかにする手がかりを得るために,動的量的視野検査のV/4視標で直径2°以上の中心視野を有するRP患者と晴眼者に波長の異なる光を呈示し,中心視での羞明の主観的評価を比較した.中心視野が保たれているRP患者が,可視光線領域のどの波長に眩しさを感じるのかを実験的に明らかにし,RP患者の羞明に特異的な波長について検討した.I対象および方法1.対象対象は,RP患者20名(RP群)と晴眼者20名(統制群)とした.RP群は,国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科を受診し,RPと屈折異常以外の眼疾患および身体障害が認められなかった20名20眼(男性10名,女性10名),平均年齢50.8±12.5歳(28.69歳)とした.また,Goldmann視野計の最大視標であるV/4視標(視標面積:64mm2,視標輝度:1,000asb)で,直径2°以上の中心視野を有する者とした.RP群の良いほうの眼の矯正視力は,小数視力0.06から1.2(中央値:0.45)であった.統制群は,屈折異常以外に特記すべき眼疾患のない者20CDBAXeランプ30cmEBAC眼M50cm図1色光刺激装置(RF2,ニデック社製)光学的構造A:干渉フィルター,B:NDフィルター,C:シャッター,D:パターン,E:絞り,M:ミキシングチューブ.1350あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015名20眼(男性10名,女性10名),平均年齢48.8±14.1歳(23.67歳)とした.統制群の良いほうの眼の矯正視力は,全員小数視力1.2であった.なお,白内障手術後の眼内レンズ挿入眼はRP群20名中8名(7名は着色レンズ,1名はレンズ詳細不明),統制群20名中3名(レンズ詳細不明)であった.2.実験装置単波長光を呈示するために,色光刺激装置(RF2,ニデック社製,図1)を使用した.刺激光は,75Wのキセノン(Xe)ランプを光源とした.検査光路に干渉フィルター(中心波長が400.700nmまで20nmおきのバンドパスフィルター16枚使用)を置き,NDフィルターで等エネルギーとした6).そして,刺激光をミキシングチューブで1点に集光し,黒背景に直径2°の円形視標として呈示した.刺激光のピーク波長は,中心視に関連する423nm(短波長感受性錐体最大感度波長付近),465nm(黄斑色素最大吸収波長付近),484nm(メラノプシン含有神経節細胞最大感度波長付近)544nm(中波長感受性錐体最大感度波長付近),566nm(長波長(,)感受性錐体最大感度波長付近),630nm(長波長感受性錐体の長波長側周辺感受域波長)の6種類とした.刺激光の輝度は,コニカミノルタ社製,分光放射輝度計(CS2000)を用いて測定した.423nmの刺激光において,色光刺激装置で呈示することのできる最大輝度2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)付近の輝度とし,被験者の負担を最小限に抑えるため,分析時に線形補完による計算が可能となる最低単位である2条件を使用した(表1).3.実験手順被験者は,暗室内に置かれた色光刺激装置の顎台で頭部を固定し,裸眼で刺激光を観察した.観察眼は矯正視力の良いほうの眼とし,左右眼の視力が同一の場合には,被験者が自覚的に見やすいほうの眼とした.テスト刺激光の呈示を開始する前に,先行研究7)より眩しさを生じさせにくいと考えられる長波長光である630nmの光を,表1に示したテスト光の輝度よりも低い2.0cd/m2(対数輝度:0.30logcd/m2)の輝度で呈示し,接眼鏡の視度調整と被験者の固視状態を確認した.光に対する固視を確認した後,5分間の暗順応を行った.暗順応の後,表1に示した12種類の色光(6種類の単波長×2条件の輝度)を呈示した.刺激呈示順序は,被験者によって異なるよう擬似ランダムとし,カウンターバランスをとった.被験者には,羞明の有無,程度について表2に示した9段階の評価尺度7)から主観的に評価して口頭で答えるよう教示した.各波長光の呈示時間は最長5秒間とし,被験者が主観的評価を口頭で答えた時点で呈示終了とした.呈示間隔は1分間とし,その間は真っ暗な無光状態とした.被験者に(122) 表1呈示刺激の輝度レベルcd/m2(対数輝度:表2羞明の主観的評価尺度logcd/m2)評価値眩しさのレベルレベル1レベル2423nm2.70(0.43)2.07(0.32)465nm3.39(0.53)2.68(0.43)484nm3.19(0.50)2.29(0.36)544nm3.25(0.51)2.60(0.41)566nm3.07(0.57)2.42(0.38)630nm3.49(0.54)2.89(0.46)1眩しさを感じない23充分に許容できる眩しさ45許容できる限界の眩しさ67気にさわる眩しさ89耐えられない眩しさは,その間,「眼を閉じて,休めてもよい」と教示した.998423nm465nm0.530.43対数輝度(logcd/m2)84.分析方法本実験では,使用した色光刺激装置の構造上,波長間での厳密な等輝度化ができなかった.そこで,各波長の2つの輝度条件の結果から各被験者の2.7cd/m2(対数輝度0.43log765432765432主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値11cd/m2)に対する主観的評価値を以下の線形補完によって推00定し,これを分析に用いた.まず初めに,縦軸に評価値,横軸に輝度となる図上に2条990.430.32対数輝度(logcd/m2)*1bへ代入することで,2点を結んだ直線式を求めた.本研究010では,この直線式から導かれる線上に0.43logcd/m2時の評484nm0.5544nm0.51価値があると仮定し,Xに0.43を代入して0.43logcd/m29対数輝度(logcd/m2)対数輝度(logcd/m2)0.360.41988件の輝度で測定された評価値をプロットし,その2点を結ん77だ直線をY=aX+bと仮定した.そして,この式の2条件6655の輝度で測定された評価値をそれぞれ,Xに輝度,Yに評価4433値を代入して,連立方程式を解き,aとbを求め,Y=aX+22時の評価値を求めた.統計学的検討には,群間比較では,Mann-WhitneyのU検定,群間での人数の比較では2群の比率の差の検定を,波長間検定では,Kruskal-Wallis検定を用いた.II結果1.群間における色光刺激に対する主観的評価の比較統制群とRP群において,12種類の光刺激に対する主観的評価値の中央値を比較した結果を図2に示す.RP群は,統制群に比べて484nmの対数輝度0.50logcd/m2時,630nmの対数輝度0.46logcd/m2において主観的評価値が有意に高かった.しかし,その他の刺激光については,本実験で用いた輝度では群間に差はみられなかった.また,各光刺激の主観的評価値が,白内障手術後に使用する眼内レンズの影響を受けていないかを調べるために,RP群,統制群それぞれにおいて,眼内レンズ挿入眼者と眼内レンズ非装用眼者で各波長における主観的評価値の中央値について比較した.その結果,RP群,統制群ともに眼内レンズ挿入眼者と眼内レンズ非挿入眼者の間には,羞明の評価値に有意な差はみられなかった.(123)630nm*11000.540.46対数輝度(logcd/m2)■統制群(n=20)■RP群(n=20)図2統制群およびRP群の各刺激光に対する主観的評価値中央値の比較RP群は,統制群に比べて484nmの対数輝度0.50logcd/m2時,630nmの対数輝度0.46logcd/m2において主観的評価値が有意に高かった.*p<0.05(Mann-WhitneyのU検定)つぎに,統制群とRP群において,等輝度の波長に対する評価値の違いを推定するために,線形補完から推測された2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の各波長の評価値を全被験者で求め,評価値「5:許容できる限界の眩しさ」以上を示した人数について比較した(図3).484nmにおいて,RP群は統制群に比べ,「5」以上と評あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151351566nm887766554433220.570.38対数輝度(logcd/m2) 統制群(n=20)RP群(n=20)9108786*************主観的評価値645432人数2100423465484544566630423465484544566630波長(nm)波長(nm)図3羞明の主観的評価を「5」以上と評価した人数の比率図5RP群の各波長における主観的評価値中央値の比較484nmにおいて,RP群は統制群に比べ,「5」以上と評(n=20)価した人数が有意に多かった(p<0.05).*p<0.05(2群**p<0.01,*p<0.05(Kruskal-Wallis検定)の比率の差の検定)央値は4,465nmでは2,484nmでは3.5,544nmでは2,566nm,630nmでは1を示した.各波長間の評価値を比較*******すると,423nmは465nm,544nm,566nm,630nmに対9して,484nmは,544nm,566nm,630nmに対して有意87**に高い評価値を認めた.その他の波長間においては,有意差6はみられなかった.5******主観的評価値4III考察32*本研究の結果から,晴眼者では423nm,465nm,484nm1といった500nm以下の短波長光で長波長に比べて眩しさを0423465484544566630感じやすいことが示された.そして,RP患者においても波長(nm)423nm,484nmの短波長光で羞明を感じやすいことが示された.これらの結果は,木村ら7)やStringhamら1)の晴眼者図4統制群の各波長における主観的評価値中央値の比較(n=20)**p<0.01,*p<0.05(Kruskal-Wallis検定)価した人数が有意に多かった.しかし,他の波長においては群間に差はなかった.2.各群における色光刺激に対する主観的評価の波長間比較統制群とRP群それぞれにおいて,波長間の特徴を比較するために,2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の線形補完から推測された評価値の中央値を求めた.統制群の結果を図4に示す.423nmにおける評価値の中央値は4,465nmは3,484nmでは2.75,544nmでは1.5,566nmでは1,630nmでは1であった.各波長間の評価値について比較したところ,423nmは484nm,544nm,566nm,630nmに対して,465nmは544nm,566nm,630nmに対して,484nmは566nm,630nmに対して有意に高い評価値を認めた.その他の波長間において有意差はみられなかった.一方,RP群の2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の評価値の中央値を図5に示す.423nmにおける評価値の中1352あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015を対象にした研究結果と一致していた.Stringhamら1)の研究では,短波長のなかでも460nm付近の波長においては,他の短波長光に比べて,羞明を感じにくいことを報告し,その理由として,460nmの光をピークに短波長光を吸収する黄斑色素の影響について指摘している.今回の結果では,晴眼者においては,呈示光の輝度が比較的に低かったためか465nmでの評価値が他の短波長光に比べて低い傾向はみられなかったが,RP患者においては,他の短波長光に比べて465nmで評価値が低くなる傾向がみられ,Stringhamら1)が示した結果と一致した.黄斑色素は,ルテインとゼアキサンチンという2種類のカロチノイドからなり,網膜の中心窩部分に存在し,460nmを最大吸収波長として短波長光を吸収することがよく知られている8).そして,黄斑色素密度は個人差が大きいため正確な正常値は示されておらず,疾患との関連についての研究も少ないのが現状である.よって,RP患者の黄斑色素の状態は明らかではないが,今回の結果からRP患者における羞明と黄斑色素との関連性について今後,検討が必要と思われた.つぎに,RP患者の羞明に特異的な波長について検討した.RP患者は,計算から求めた2.7cd/m2時の評価値を使用し(124) た各波長間の比較では,484nmに対する主観的評価値が,統制群ではみられない423nm時に匹敵する高い評価値を示した.さらに,刺激光をより眩しいと評価していると思われる評価値「5:許容できる限界の眩しさ」以上を示した人数の比率を比較した結果でも,RP群は,統制群に比べて484nmにおいて「5」以上を示す人数が有意に高く,484nmの光で眩しさを感じることが示された.以上の結果からRP群では,484nmの光において羞明を感じるメカニズムが存在するのではないかと考えることができる.本実験では直径2°の光刺激を呈示し,その光を見てもらう方法を用いた.中心窩の直径2°に存在する視細胞の分布については,錐体細胞の多くが存在し,杆体細胞は中心窩直径1°内には,存在しないとされている9).そして,錐体細胞の分布については,従来,短波長感受性錐体(以下,S錐体)は中心窩付近には存在しないとされていたが,Curcioら10)の中心窩のS錐体の分布の研究により,直径2°内にも多くのS錐体が存在することが示された.以上のことから,晴眼者の場合には,中心窩を含む直径2°内には,すべての視細胞が存在していることがわかる.一方,RP患者では,疾患初期から,杆体の変性が生じることが知られている11).本研究のRP患者においても,診察時の問診からすべての被験者が夜盲を訴えており,杆体変性に伴う杆体の機能低下が生じていたと考えることができる.よって,RP患者においては,機能すべき杆体が変性し,光を受容することができず,錐体が光をおもに受容し,網膜神経節細胞へ信号を送っていると推測できる.堀口12)は,網膜色素変性症で生じる羞明のような視細胞変性による羞明に対する一つの仮説として,「1.視細胞変性のため,網膜神経節細胞の入力量が変化して,2.これらの神経節細胞が過敏性を獲得する.3.その結果,閾値が低下するという除神経性過敏が起こる.4.閾値が低下した神経節細胞は屋内光などの弱い入力でも容易に興奮し,脳への出力が増加するために羞明を感じる」と述べている.RP患者で特異的に羞明を生じやすかった484nmは,メラノプシン含有神経節細胞の最大感度波長だけではなく,杆体の最大感度波長付近にも近い.したがって,484nm時の評価値で有意差がみられた理由としては,杆体と錐体の両者と連絡のある神経節細胞が,RPによる杆体の変性から生じた錐体からの入力に対して除神経過敏を生じたのかもしれない.一方,メラノプシン含有神経節細胞は484nmでの感受性が高く,RP患者でも障害されにくいことから,484nm時の羞明の理由として検討すべき候補と考えることもできる.しかし,メラノプシン含有神経節細胞が高輝度で作動すること13),神経節細胞が中心窩の外縁に多く分布すること14)を考慮すると,今回の実験で用いた中心2°と2.7cd/m2という刺激条件からは,その可能性は高くないと思われる.(125)また,630nmの刺激光に対する統制群とRP群の間にみられた有意差(図2)については,RP群においてL錐体からの入力が羞明に何らかの影響を与えていることが推察されるが,そのメカニズムについてはまったく不明である.しかし,RP群の被験者は,FarnsworthDichotomousTestPanelD-15(LUNEAU社製)での色覚検査において,20名中17名がなんらかの色覚異常を示していたことから,RP群の被験者は,杆体だけではなく,いずれかの錐体にも変性が生じていたことが考えられる.したがって,錐体の変性に伴い網膜神経節細胞の入力量が変化し,除神経性過敏が生じていたと考えることができるかもしれない.今後,症例数を増やし,色覚異常のタイプによる詳細な分析が必要と思われた.今まで,RP患者の羞明軽減には,短波長光が散乱しやすいという理由や,短波長による光障害からの防御という目的から,短波長をカットする遮光眼鏡が一般的に用いられてきたが,RP患者にとって,短波長光が長波長光に比べて眩しさを感じることを示す研究や,短波長を遮光する遮光眼鏡の有効性を示す研究はなかった.今回の結果から,RP患者においても短波長の光において,長波長に比べて羞明を感じやすいことが明らかにされ,特に484nm付近の波長において有意に評価値が高くなることが示された.これによりRP患者の羞明の軽減には,短波長光を遮光する遮光眼鏡が有効であること,484nmの波長を考慮に入れた選定が必要であることが示唆された.今後,さらにRPによって生じる羞明の詳細な実態を明らかにするためには,症例を重ね,遺伝子タイプや視機能と羞明の関連についても検証する必要があると思われた.文献1)StringhamJM,FuldK,WenzelAJ:Actionspectrumforphotophobia.JOptSocAmAOptImageSciVis20:1852-1858,20032)豊口光子,大平明彦,河野智子ほか:羞明が初発症状となった視交叉部への神経膠腫浸潤.あたらしい眼科22:1583-1585,20053)HoriguchiH,KuboH,NakadomariS:Lackofphotophobiaassociatedwithbilateralventraloccipitallesion.JpnJOphthalmol55:301-303,20114)NosedaR,KainzV,JakubowskiMetal:Aneuralmechanismforexacerbationofheadachebylight.NatNeurosci13:239-245,20105)郷家和子:網膜色素変性用眼鏡.眼科診療プラクティス49眼鏡処方,p54-55,文光堂,19996)石田みさ子,..島謙次,三輪まり枝ほか:黄色眼内レンズのスぺクトル感度に及ぼす影響.日眼会誌98:192-196,19947)木村能子,阿山みよし:LEDに対する眩しさ感の年齢差に関する研究.照明学会誌94:120-123,20108)尾花明:黄斑色素量.眼科診療プラクティス25眼のバあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151353 イオメトリー眼を正確に測定する,p345-351,文光堂,9)RodieckRW:TheFirstStepsinSeeing.p206,SinauerAssociates,SunderlandUSA,199810)CurcioCA,AllenKA,SloanKRetal:Distributionandmorphologyofhumanconephotoreceptorsstainedwithanti-bluopsin.JCompNeurol312:610-624,199111)中村誠:網膜色素変性症とその類縁疾患の診断法.眼科ケア27:92-99,200912)堀口浩史:遮光眼鏡と羞明─分光分布から羞明を考える.あたらしい眼科30:1093-1100,201313)堀口浩史,仲泊聡:羞明の科学─遮光眼鏡適合判定のために.視覚の科学31:71-81,201014)福田裕美:メラノプシン網膜神経節細胞に関する研究.日本生理人類学会誌16:31-37,2011***1354あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(126)

最大開瞼時間(MBI)および最大開瞼時間と涙液破壊時間の差(MBD)はドライアイ患者の複合的な角結膜知覚を鋭敏に反映する指標である

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1345.1348,2015c最大開瞼時間(MBI)および最大開瞼時間と涙液破壊時間の差(MBD)はドライアイ患者の複合的な角結膜知覚を鋭敏に反映する指標である鳥山直樹村戸ドール遠藤安希子冨田大輔葛西梢平山裕美子山口剛史島﨑聖花佐竹良之島﨑潤東京歯科大学市川総合病院眼科MaximalBlinkInterval(MBI)andMaximumBlinkInterval-BreakupDifference(MBD)asIntegralIndicatorsofCornealSensitivityinDryEyePatientsNaokiToriyama,DogruMurat,AkikoEndo,DaisukeTomida,KozueKasai,YumikoHirayama,TakeshiYamaguchi,SeikaDen-Shimazaki,YoshiyukiSatakeandJunShimazakiDepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeIchikawaHospital目的:最大開瞼時間(maximumblinkinterval:MBI)はドライアイ診療における有用な指標である.筆者らはMBIを利用し,乾燥環境が涙液機能に与える影響とその評価法としての有用性を検討した.対象および方法:ドライアイ疑い例13名26眼(男性:4名,女性:9名;平均年齢:34.5歳)および正常人8名16眼(男性:4名,女性:4名;平均年齢:36歳)を対象に送風機を用い風に10分間曝露させた.曝露前後でMBI,瞬目回数測定,涙液層破壊時間(BUT),角膜知覚を施行した.また,MBIとBUTの差(MBD)との関連についても検討した.結果:風負荷後では正常人においてMBIの有意な差を認めなかったがドライアイ群ではMBI値が有意に低下した(p<0.01).MBDにおいて正常人に有意な変化がなかったが(p=0.19)ドライアイ群では有意差を認めた(p<0.0002).結論:MBIおよびMBDはドライアイ診療のパラメータとして乾燥環境が眼表面および涙液機能に及ぼす影響の評価に有用であると考えられた.Toevaluatetheinfluenceofadryenvironmentontearfunctions,weemployedthe“maximumblinkinterval”(MBI)andassessedtheusefulnessofMBIasadry-eyeexaminationmethod.Inthisstudy,weexposed26eyesof13probabledryeyepatientsand16eyesof8normal,healthycontrolsubjectswithoutdryeyestowind.Ineachsubject,MBI,blinkfrequency,andtear-filmbreakuptime(BUT)wasexaminedandCochet-Bonnetcornealesthesiometrywasperformed.WealsoexaminedtheMBI-BUTdifference(MBD)ineachsubject.Ourfindingsshowedthatwithexposuretowind,theMBIdidnotchangeinthenormalcontrolsubjectsbutsignificantlydecreasedinthedry-eyepatients(p<0.01).MBDsignificantlydecreasedinthedry-eyepatients(p<0.0002),yetnosignificantchangeswereobservedinthenormalcontrolsubjects(p=0.19).ThefindingsofthisstudyshowthatMBIandMBDcanbeusefulexaminationparametersfortheevaluationoftheeffectsofexposuretoadryenvironmentontearfunctionsandtheocularsurface.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1345.1348,2015〕Keywords:最大開瞼時間,乾燥環境,涙液.maximumblinkinterval,dryenvironment,tears.はじめにとも指摘されているが,臨床応用可能な検査法はなかった.ドライアイでは自覚症状と他覚症状が相関しない症例がし筆者らは最大開瞼時間(maximumblinkinterval:MBI)ばしばみられる.この相違には角結膜知覚が関連しているこおよびMBIと涙液層破壊時間(breakuptime:BUT)の差〔別刷請求先〕鳥山直樹:〒272-8513千葉県市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科Reprintrequests:NaokiToriyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeIchikawaGeneralHospital,5-11-13Sugano,Ichikawa,Chiba272-8513,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(117)1345 (MBI-BUTdifference:MBD)が角結膜知覚と関連すると推測し,ドライアイ診療において簡便に施行可能な指標として有用であると考えている.MBIは1997年に中森らによって初めて提唱された1).MBIに関しては今回が初めての論文報告となる.これまで人工的に乾燥環境を負荷するcontrolledadversechamberenvironment(CACE)を用いた研究が知られている.湿度や温度,送風などの乾燥環境負荷により,自覚症状や涙液蒸発量,BUT,染色スコアなどの涙液機能に関するパラメータを悪化させ,その変化の程度で薬剤やコンタクトレンズのドライアイに対する作用を調べるといったものである2.4).今回,筆者らは,同一湿度,温度下の環境で,送風負荷を一定時間行うことで乾燥負荷を与え,ドライアイと正常人の比較を行うこととした.比較を行ううえでのパラメータとして,MBIおよびMBDを利用し,送風負荷による乾燥環境が涙液機能に与える影響とその評価法としての有用性を検討した.I対象および方法対象は日本ドライアイ研究会診断基準にてドライアイ疑い例と診断された13名26眼(男性:4名,女性:9名)で,平均年齢は34.5歳であった.また,全身疾患,眼疾患,眼科手術歴,点眼使用とマイボーム腺機能不全を有しない正常人8名16眼(男性:4名,女性:4名)をコントロール群とした.正常人の平均年齢は36歳であった.下記の①から⑧の順でMBIを含む眼科学的な検査を行った.また,同一環境下で一定の風速による風負荷を試行した直後に①から⑧の検査を再度行った後,Schirmer試験を最後に行った.検査はドライアイワークショップの指針2)に従い,侵襲性の低いものから順に行った.①VisualAnalogScaleによる各症状の評価乾燥感,眼精疲労,異物感に関して,100点満点のVisualAnalogScaleで評価した.0点を症状がもっとも軽いとして,もっとも耐えがたい状態を100点とした.②瞬目回数1分間の瞬目回数を調べた.測定は被験者に瞬目を意識させずに行い,3回計測し平均値を求めた.③涙液蒸発量TEROSRを用いて,涙液蒸発量を測定した5).装置を被験者の顔に密着させ3回測定し,平均値を求めた.④最大開瞼時間(MBI)無理をしない程度にできるだけ開瞼させ,眼不快感が出現したときに閉瞼してもらい,開瞼の持続時間を測定した.測定は同一環境下で行い,温度は27℃,湿度は42%であった.開瞼の際は5m先の視標を見てもらった.測定は送風前後1346あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015で1回ずつ測定を行った.⑤涙液貯留量検査ストリップメニスコメトリーを用いて,涙液の貯留量を測定した.ストリップメニスコメトリーはメニスカスの定量に有用である6).⑥涙液層破壊時間の検査(BUT)1μlの1%フルオレセインナトリウム染色液を球結膜6時方向より滴下し,まばたきをさせた.その直後,開瞼から涙が破壊しはじめる時間を測定した.細隙灯顕微鏡を用いて,涙液層が破綻するまでの時間を3回測定し,その平均値を求めた.5秒以下をドライアイ陽性所見とした7).⑦フルオレセイン生体染色BUT測定1分後に角膜上皮におけるフルオレセイン染色の程度を評価した.9点満点で評価し,3点以上をドライアイ陽性所見とした8).⑧角膜知覚検査Cochet-Bonnet知覚計を用いて,角膜知覚を評価した.以上,①.⑧の順に検査を試行し,下記の条件で送風負荷を行った.送風負荷5m先の指標を固視したうえで送風負荷を行った.送風曝露時間は10分とし,風速は7m/secとした.温度は27℃,湿度は42%であった.送風負荷後すぐに再度①.⑦の順に検査を再度試行した後,Schirmer試験I法を行った.各検査項目の統計解析はWilcoxonの符号付順位和検定を行った.有意水準は両側1%とした.II結果異物感自覚症状スコアは,送風前後において,ドライアイ疑い群は有意に増加している(p<0.01)が,正常人においては有意差がみられなかった.涙液蒸発量は,ドライアイ疑い群において有意な増加がみられた(p<0.01).涙液貯留量は,ドライアイ疑い群,正常人ともに有意差がなかった(p>0.01).平均BUT値はドライアイ群では有意に短縮したが(p<0.0003),正常人では有意差がなかった(p=0.06).フルオレセイン染色スコアの比較においては,ドライアイ疑い群も正常群も有意差がなかった(p>0.01).正常人においてMBIの有意な差を認めなかったが,ドライアイ群ではMBI値が有意に低下した(p<0.01).MBDにおいて正常人に有意な変化がなかったが(p=0.19),ドライアイ群では有意差を認めた(p<0.0002).瞬目回数は正常人ならびにドライアイ例では有意に増加した(p<0.01).角膜知覚はドライアイ群では有意に低下したが(p<0.002),正常人では変化を認めなかった(p>0.05).以上の結果を表1に示し,有意差についての結果のまとめを表2に示す.(118) 表1送風負荷前後でのドライアイ群および正常人における各パラメータ変化ドライアイ群ドライアイ群送風前後での有意差正常人正常人送風前後での有意差異物感スコア(%)13.8±6.31.2±3.529.6±11.3p<0.0116.2±27.2p>0.01閉瞼回数(回/分)22.4±8.339.1±16.4p<0.0128±1236.8±15.7p<0.01涙液蒸発量3.8±3.66.1±4.0(10.7g/cm2/秒)10.1±6.2p<0.017.4±4.0p>0.01MOT(秒)27.5±3.07.6±4.0p<0.0124.6±15.314±10.6p>0.01涙液貯留量(mm)1.4±1.21.5±1.1p>0.012.6±1.93.2±2.5p>0.01BUT(秒)4.7±1.83.5±1.1p<0.00037.6±2.06.1±1.8p=0.06フルオレセイン0.19±0.560.06±0.25スコア(点)0.3±0.6p>0.010.12±0.34p>0.01角膜知覚(mm)58.6±2.255.3±3.7p<0.00259.3±1.759.2±1.7p>0.05MBD(秒)27±153.9±4.1p<0.000217±167.9±9.2p=0.19III考按今回の研究において,送風負荷前後において正常人で有意に変化したのは瞬目回数のみであったが,ドライアイ群では,瞬目回数,異物感スコア,涙液蒸発量が増加し,角膜知覚,BUT,MBI,MBDが有意に減少していた.送風負荷後に瞬目回数が増えたのは,乾燥環境に対する代償作用であり3),眼表面の刺激を増すことにより瞬目回数が増加した1)と考えられた.ドライアイ群では,瞬目回数の他にMBI,MBDを含む7個のパラメータの変化を認め,正常人よりも乾燥環境の影響を受けやすいことが示唆された.ドライアイ群において,乾燥負荷により角膜知覚が低下したにもかかわらず,異物感スコアは増加している.これは,異物感スコアが,Cochet-Bonnet知覚計によって測定される角膜の痛覚だけでなく,温度感覚や浸透圧変化などによって生じる複合的な角結膜知覚を反映するためと思われる.また,正常人よりも知覚過敏状態にあると思われるドライアイ群では,乾燥環境を負荷することで,正常人より多くの反射性分泌が生じ,涙液の分泌量が増えたものと考えられる.涙液の分泌量は増えたが,涙液蒸発量も亢進したため,涙液貯留量にはさほど変化を及ぼさなかった.また,今回の実験では送風による乾燥負荷の時間が短時間であったこと,そして,今回の実験でのドライアイ群にはもともと角膜上皮障害の少ないタイプが多かったため,送風前後においてフルオレ(119)表2送風負荷前後でのドライアイ群および正常人における各パラメータ変化と有意差瞬目回数異物感スコア涙液蒸発量涙液貯留染色スコア角膜知覚BUTMBIMBDドライアイ群正常人↑↑↑→↑→→→→→↓→↓→↓→↓→送風前後で↑:有意差を認めて増加→:有意差なし↓:有意差を認めて低下セイン染色スコアに有意差が生じなかったと考えられる.より長時間の負荷を与えた場合,送風前後において,すべてのパラメータに変化が生じた可能性もあると思われた.MBIおよびMBDは,フルオレセイン染色や涙液貯留量の変化としてとらえることのできない程度の乾燥負荷を反映して変化すると推測される.乾燥環境負荷など眼表面の刺激が増えることにより,瞬目回数が増え,逆にMBIは減少すると中森らはすでに指摘している1)が,今回の実験ではドライアイ群ではそのとおりになったものの正常人ではMBIの有意な変化がなかった.まあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151347 た,ドライアイ群の乾燥負荷前後の変化量については,瞬目回数の変化よりも,MBIとMBD,とくにMBDの変化量が著しかった.このことは,おそらくドライアイ群の痛覚を除く複合的な角結膜知覚が正常人よりも過敏であることがMBIそしてとくにMBDにおいて,鋭敏に反映されたものと思われる.ドライアイ群において乾燥負荷前後で変化量がもっとも多いパラメータはMBDであり,その次にMBIであった.このことはMBIおよびとくにMBDが自覚症状と他覚症状が相関しないドライアイ症例において,両者をつなぐ有用な検査法であることを示唆している.今回の臨床研究により,最大開瞼時間(MBI)および最大開瞼時間と涙液破壊時間の差(MBD)はドライアイ患者の複合的な角結膜知覚を鋭敏に反映する指標であると考えられた.文献1)NakamoriK,OdawaraM,NakajimaTetal:Blinkingiscontrolledprimarilybyocularsurfaceconditions.AmJOphthalmol124:24-30,19972)ReportoftheClinicalTrialsSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop:Designandconductofclinicaltrials.OculSurf5:153-162,20073)KojimaT,MatsumotoY,IbrahimOMetal:Effectofcontrolledadversechamberenvironmentexposureontearfunctionsinsiliconhydrogelandhydrogelsoftcontactlenswearers.InvestOphthalmolVisSci52:8811-8817,20114)OuslerGW3rd,AndersonRT,OsbornKEetal:TheeffectofsenofilconAcontactlensescomparedtohabitualcontactlensesonoculardiscomfortduringexposuretoacontrolledadverseenvironment.CurrMedResOpin24:335-341,20085)EndoK,SuzukiN,HoshiMetal:Theevaluationofepoxyresincoatedquartzcrystalhumiditysensorandthemeasurementofwaterevaporationfromhumansurfaces.JSurfFinishSocJpn52:708-712,20016)DogruM,IshidaK,MatsumotoYetal:Stripmeniscometry:anewandsimplemethodoftearmeniscusevaluation.InvestOphthalmolVisSci47:1895-1901,20067)KaidoM,IshidaR,DogruMetal:Efficacyofpunctumplugtreatmentinshortbreak-uptimedryeye.OptomVisSci85:758-763,20088)GotoE,EndoK,SuzukiAetal:Tearevaporationdynamicsinnormalsubjectsandsubjectswithobstructivemeibomianglanddysfunction.InvestOphthalmolVisSci44:533-539,2003***1348あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(120)

1.5%レボフロキサシン点眼液と0.3%ガチフロキサシン点眼液の白内障手術当日点眼における結膜囊減菌化試験

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1339.1343,2015c1.5%レボフロキサシン点眼液と0.3%ガチフロキサシン点眼液の白内障手術当日点眼における結膜.減菌化試験藤紀彦*1,3近藤寛之*1田原昭彦*1坂本雅子*2*1産業医科大学眼科学教室*2(財)阪大微生物病研究会*3小波瀬病院ConjunctivalSacSterilizationwith1.5%Levofloxacinor0.3%GatifloxacinOphthalmicSolutionsontheDayofCataractSurgeryNorihikoTou1,3),HiroyukiKondo1),AkihikoTawara1)andMasakoSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,2)MicrobialDiseasesofOsakaUniversity,3)ObaseHospitalTheResearchFoundationfor目的:1.5%レボフロキサシン(LVFX)点眼液と0.3%ガチフロキサシン(GFLX)点眼液の白内障手術当日点眼の減菌効果について検討した.対象および方法:2012年5月.11月に白内障手術を実施した患者85例122眼を対象とした.投与方法は,1.5%LVFX点眼液または0.3%GFLX点眼液を術当日手術2時間前より20分ごと3回,以後30分ごとに点眼した.点眼前,術直前に結膜.を擦過し,細菌の培養,同定および薬剤感受性検査を行った.結果:点眼前の菌検査で直接培養が陽性であった37例47眼に対する術前減菌化率は1.5%LVFX群で53.6%(15/28眼),0.3%GFLX群で52.6%(10/19眼)であった.結論:手術2時間前からの点眼による1.5%LVFX点眼液と0.3%GFLX点眼液の減菌効果に差はなかった.減菌化率が低いことから,術前の点眼期間は考慮する必要がある.Purpose:Toexaminethesterilizationefficaciesof1.5%levofloxacin(LVFX)and0.3%gatifloxacin(GFLX)ophthalmicsolutionsinstilledonthedayofcataractsurgery.Methods:Eighty-fivepatients(122eyes)undergoingcataractsurgerywereexamined.Onthedayofsurgery,1.5%LVFXor0.3%GFLXwasadministeredbyeyedropsat2-hoursbeforesurgery(threeinstillationsat20-minuteintervals,andthenonceevery30minutes).Theconjunctivalsacwasscrapedbeforethepreoperativeadministrationandimmediatelybeforesurgery.Theisolatedmicrobialstrainswerethenidentifiedandassessedforantibacterialsusceptibility.Results:Theperioperativesterilizationratesdidnotdifferbetween1.5%LVFX(53.6%;15/28eyes)and0.3%GFLX(52.6%;10/19eyes).Conclusions:Thesterilizationefficaciesofthe1.5%LVFXand0.3%GFLXsolutionsweresimilarwhentheywereadministeredby2-hoursbeforesurgery.Sincethesterilizationefficacieswerelow,theoptimaltimetoadministerthedropsbeforesurgeryneedstobefurtherexamined.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1339.1343,2015〕Keywords:レボフロキサシン点眼液,ガチフロキサシン点眼液,白内障手術,術前減菌化,眼内炎.levofloxacinophthalmicsolution,gatifloxacinophthalmicsolution,cataractsurgery,perioperativesterilization,endophthalmitis.はじめに白内障手術に伴う感染性眼内炎は,その頻度や原因,そして発症予防についてさまざまな検討がなされてきた.抗菌点眼薬による術前の結膜.内の減菌化は,眼内炎を予防する手段の一つとして広く行われている.レボフロキサシン(LVFX)は,内服,注射などさまざまな剤型があり,キノロン系抗菌薬のなかでもっとも汎用されている薬剤である.点眼薬では0.5%LVFX点眼液(製品名:クラビットR点眼液0.5%,参天製薬,以下0.5%LVFX)がその有効性と安全性から汎用されてきたが,その反面,細菌に対するLVFXの感受性低下の報告も少なくない1.3).筆者らも以前,全科の入院患者および外来患者から採取した眼脂より培養同定した細菌に対するLVFXの感受性を検討したところ,グラム陽性菌に対する耐性率が約70%であったことを報告してい〔別刷請求先〕藤紀彦:〒807-8555北九州市八幡西区医生ケ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorihikoTou,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Kitakyusyu807-8555,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(111)1339 る4).2011年に,1.5%LVFX点眼液(製品名:クラビットR点眼液1.5%,参天製薬,以下1.5%LVFX)が発売された.0.5%LVFXより前房への移行性が高く,眼内炎予防が期待される薬剤であるが,周術期の減菌化に対する報告5,6)は少ない.また,0.5%LVFXの3週間点眼投与により耐性菌への菌交代が示唆された報告7)や,抗菌薬の耐性化は総投与量に比例するとの報告8)もあることから,投与期間の短縮など,より適正な使用方法の検討が求められている.産業医科大学病院では,白内障手術時に0.3%ガチフロキサシン(GFLX)点眼液(製品名:ガチフロR点眼液0.3%,千寿製薬,以下0.3%GFLX)を使用し,手術当日および術後4週間の点眼を行っている.0.3%GFLXは,眼内炎の主要起炎菌に対する十分な抗菌力を有するとともに,MIC上昇を軽減する9,10)などの特徴があり,さらにこれまでの使用経験によりその有効性と安全性が十分に確認できている.そこで今回,筆者らは,0.3%GFLXを対照薬とし1.5%LVFXの手術当日点眼における白内障手術患者の結膜.内検出菌の減菌化率について検討した.I対象および方法本研究は事前に産業医科大学倫理委員会の承認を取得し,患者からの文書による同意を得たうえで実施した.1.対象2012年5月.11月に白内障手術を予定し産業医科大学病院に来院した20歳以上の男女を対象とした.同意取得時に次の事項のいずれかに該当する患者は対象から除外した.(1)観察期間中に抗菌薬の投与(全身投与および点眼を含む頭部への局所投与)が避けられない者(手術当日のみフルオロキノロン以外の全身薬は併用可).(2)観察期間中に抗炎症薬の投与(手術当日まで点眼を含む頭部への局所投与,手術当日以降全身投与)が避けられない者.(3)本試験期間中にコンタクトレンズ装用を希望する者.(4)フルオロキノロン系抗菌薬に対し,アレルギーあるいは重大な副作用の既往のある者.(5)重篤な基礎疾患,合併症を有するなどの理由で研究者らが本試験への参加に支障があると判断した者.2.使用薬剤および投与方法抗菌薬は,1.5%LVFXまたは0.3%GFLXを用い,手術当日の手術2時間前より20分ごと3回,以後30分ごとに継続点眼した.なお,術後は手術翌日から1日3回4週間点眼した.3.菌検査抗菌薬点眼開始前(以下,点眼前),手術当日の術直前(以下,術前)に細菌検査を実施した.細菌検査に用いる検体は,1340あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015滅菌綿棒で結膜.を擦過することにより採取し,輸送用培地(ANAポート)に入れ凍結保存した後,(財)阪大微生物病研究会に送付した.直接培養は,5%羊血液加コロンビア寒天培地またはチョコレート寒天培地にて36.5℃,好気下で24.48時間,または5%羊血液加コロンビア寒天培地にて36.5℃,嫌気下で1.5日間で分離培養した.直接培養で細菌の増殖が認められなかった場合,臨床用TGC培地にて36.5℃で1.2週間増菌培養を行った.細菌の発育を認めた検体は直接培養および増菌培養ともに細菌同定検査を行った.同定された細菌について,眼科用薬剤感受性プレートSG17(栄研化学,東京)にて最小発育阻止濃度(MIC)(μg/ml)測定を行った.4.評価方法1.5%LVFX群および0.3%GFLX群における手術当日の点眼開始前に対する減菌化率を算出し,薬剤間の減菌化の比較を行った.減菌化率は,菌陰性眼数/点眼開始前菌陽性眼数×100(%)とし,直接培養における減菌化率を算出した.結果の解析は,c2検定で行い,有意水準は両側5%とした.また,直接培養および増菌培養を含めた減菌化率も同様に算出した.MICが測定可能であった主要な菌については,MIC90を算出した.薬剤感受性の判定はCLSI(ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute)基準に準拠し,MIC値に応じて,「S」を感性,「I」を中間,「R」を耐性と区別し,耐性の割合について評価した.なお,Corynebacteriumspp.は設定がないため,ブドウ球菌属の値を代用した.II結果1.症例の内訳(表1)本研究には85例122眼(1.5%LVFX:42例58眼,0.3%GFLX:43例64眼)が登録された.ここから,点眼前または術前の菌検査が未実施の5眼(1.5%LVFX:5眼),増菌培養を含めて点眼前の菌検査が陰性であった24眼(1.5%LVFX:7眼,0.3%GFLX:17眼)を除く,66例93眼(1.5%LVFX:33例46眼,0.3%GFLX:33例47眼)が直接培養および増菌培養の評価対象となった.このうち,直接培養のみの評価対象は37例47眼(1.5%LVFX:22例28眼,0.3%GFLX:15例19眼)であった.2.菌検査結果点眼前の菌検査で直接培養のみで陽性であった37例47眼からは73株(1.5%LVFX:49株,0.3%GFLX:24株)が検出され,その割合はCorynebacteriumspp.が42.5%(31/73株),Propionibacteriumacnesが21.9%(16/73株),Staphylococcusepidermidisが13.7%(10/73株)の順でグラム陽性菌が多くを占めた.また,直接培養および増菌培養が陽性であった66例93眼より158株(1.5%LVFX群:85株,0.3%GFLX群:73(112) 株)が検出された(図1).このなかで多く検出された菌は,Propionibacteriumacnesでその割合は37.3%(59/158株)であった.次いで,Corynebacteriumspp.が21.5%(34/158株),Staphylococcusepidermidisが17.1%(27/158株)であった.表1症例の内訳1.5%0.3%LVFX群GFLX群合計症例数22例28眼15例19眼37例47眼平均年齢73.0±9.872.1±15.972.7±12.5直接培養(歳)男性13例17眼6例8眼19例女性9例11眼9例11眼18例症例数33例46眼33例47眼66例93眼直接培養平均年齢72.4±9.772.2±12.272.3±11.0+(歳)増菌培養男性18例27眼15例22眼33例女性15例19眼18例25眼33例0.6%3.2%0.6%2.5%37.3%7.0%17.1%2.5%0.6%3.2%2.5%1.3%21.5%StaphylococcusaureusMRSAStaphylococcusepidermidisCNS(S.epidermidisを除く)StreptococcuspneumoniaeStreptococcusspp.EnterococcusfaecalisEnterococcusspp.Corynebacteriumspp.Propionibacteriumacnesその他グラム陽性菌Morganellamorganiiその他グラム陰性菌3.手術前減菌化率点眼前菌陽性眼を対象とした直接培養による手術前減菌化率は,1.5%LVFX群で53.6%(15/28眼),0.3%GFLX群で52.6%(10/19眼)であり,両群間に統計学的に有意な差は認められなかった(c2検定,p=0.9495).また,直接培養および増菌培養による手術前減菌化率は,1.5%LVFX群で30.4%(14/46眼),0.3%GFLX群で17.0%(8/47眼)であり,両群間において統計学的に有意な差は認められなかった(c2検定,p=0.1280)(表2).菌別の手術前減菌化率は,直接培養で検出されたすべての菌において1.5%LVFX群69.4%(34/49株),0.3%GFLX75.0%(18/24株),直接培養および増菌培養では1.5%LVFX群60.0%(51/85株),0.3%GFLX群57.5%(42/73株)であった.直接培養および増菌培養における検出菌ごとの手術前減菌化率は,表3に示した.表2術前減菌化率(結膜.内由来菌)直接培養直接培養+増菌培養LVFX群GFLX群LVFX群GFLX群点眼前菌陽性眼28194647菌陽性眼1393239菌消失眼1510148術前減菌化率(%)53.652.630.417図1点眼開始前検出菌158株(直接培養+増菌培養)表3検出菌別手術前減菌化率(直接培養および増菌培養)1.5%LVFX群0.3%GFLX群減菌化例/採用例減菌化率(%)減菌化例/採用例減菌化率(%)Staphylococcusaureus1/2.3/3.MRSA2/2.2/2.Staphylococcusepidermidis10/1662.54/1136.4CNS(S.epidermidisを除く)1/2.2/2.Streptococcuspneumoniae1/1…Streptococcusspp.2/3.2/2.Enterococcusfaecalis1/2.0/2.Enterococcusspp…2/2.Corynebacteriumspp.10/18508/1650Propionibacteriumacnes16/325013/2748.1その他グラム陽性菌6/61005/5100Morganellamorganii1/1…その他グラム陰性菌..1/1.合計51/856042/7357.5症例数が5例未満の場合,菌別減菌化率の算出は行わなかった.(113)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151341 4.点眼前後の薬剤感受性点眼前に直接培養または増菌培養により検出され,かつMICが測定できたおもな検出菌の各薬剤におけるMIC90は次のとおりであった.Corynebacteriumspp.34株のMIC90はLVFXが128μg/ml(0.25.>128μg/ml),GFLXが32μg/ml(0.25.128μg/ml),Staphylococcusepidermidis27株のMIC90は,LVFXが64μg/ml(0.25.>128μg/ml),GFLXが16μg/ml(0.25.64μg/ml),Propionibacteriumacnes15株のMIC90はLVFXが1μg/ml(0.25.16μg/ml),GFLXが0.5μg/ml(0.25.0.5μg/ml)であった.また,CLSI基準によるおもな検出菌の耐性率は,LVFX,GFLXでそれぞれ,Corynebacteriumspp.で73.5%(25/34株),64.7%(22/34株),Staphylococcusepidermidisで59.3%(16/27株),55.6%(15/27株),Propionibacteriumacnesで6.7%(1/15株),0.0%(0/15株)であった.III考察内眼手術前患者の結膜.内常在菌に対するLVFX耐性状況を検討した櫻井らの報告1)では,StaphylococcusepidermidisのLVFX耐性率は24.8%であり,キノロン耐性株も少なからず検出されている.また,0.5%LVFXの3週間点眼投与においてStaphylococcusepidermidisの薬剤感受性とキノロン耐性決定領域遺伝子変異との関係を検討したMiyanagaらの報告7)では,methicillin-resistantStaphylococcusepidermidisの割合は点眼前33%で,点眼3週間後には73%と上昇している.このとき,同様の条件で投与した0.3%GFLXでは点眼前43%,点眼3週間後40%と差はなかった.一方,結膜.から分離されたmethicillin-resistantcoagulase-negativestaphylococciのキノロン耐性について検討した星らの報告2)では,GFLXやモキシフロキサシンなどの第4世代のキノロンには感受性であってもオフロキサシンやLVFXに耐性を示す株が43.4%とキノロン間でも差があることが示唆されている.今回,点眼前に検出されたStaphylococcusepidermidisに対するLVFXおよびGFLXの耐性率をCLSI基準に準拠し算出したところ,59.3%,55.6%と高く,Staphylococcusepidermidisのキノロンに対する耐性化が示唆された.LVFXだけでなくGFLXの耐性率が高くなっている理由としては,フルオロキノロン間での交叉耐性が認められるとの羽藤らの報告11)より,LVFXの耐性率の増加とともにGFLXの耐性率も増加している可能性が考えられた.一方,点眼前のStaphylococcusepidermidisに対するMICは,LVFXでは0.25.>128μg/mlと広範囲に分布し,術前においても128μg/ml未満の株が検出され,高濃度製剤であっても1回の点眼では,高度耐性株を減菌できないことが示唆された.GFLXでは0.25.64μg/mlと広範囲に分布1342あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015していたが,点眼前も術前もMICが128μg/ml以上を示すような高度耐性株は認められなかった.このように耐性率は同程度であっても,MICでは差が認められた.0.5%LVFXと0.3%GFLXを比較した矢口らの報告12)では,手術前1週間,1日4回点眼による減菌化率は,0.5%LVFX群で70.0%,0.3%GFLX群で74.3%であった.また,望月ら13)は,白内障および緑内障周術期の術前減菌化率を検討し,術前3日前から1日4回点眼したときの術前減菌化は0.5%LVFX群が93.3%,0.3%GFLX群が95.8%であったと報告している.今回の1.5%LVFXと0.3%GFLXの減菌化率は,それぞれ53.6%と52.6%であった.これは,施設,投与方法および培養条件などに違いがあるとはいえ,既報の結果と比べても低い値だと考えられる.志熊ら14)は,点眼日数による減菌化率を検討し,0.5%LVFX点眼を1日5回点眼したときの手術前1日点眼群での減菌化率は88.2%,手術前3日点眼群では95.8%であり,有意差は認められていないものの3日点眼のほうが高い傾向にあったと報告している.また,日本眼感染症学会が術前点眼を検討した報告15)でも,1日前投与より3日前点眼の減菌効果が高く,より眼内炎の予防に適していると結論づけられている.また,1.5%LVFX点眼の減菌化を検討した南ら5)およびSuzukiら6)の報告では,手術3日前から1日3回投与で検討を行っており,減菌化率はそれぞれ93%,86.7%であった.これらの報告からすると,今回の術前減菌化率の低さは術前の点眼期間に依存する結果と考えられ,高濃度製剤である1.5%LVFX点眼液であっても術前の点眼期間を考慮する必要があると考えられた.今回の検討から,1.5%LVFXと0.3%GFLXの減菌化率は差がなかった.また,過去の報告と比較して術前の減菌化率が低いことより術前の点眼期間を考慮する必要があることが示唆された.今後,使用方法については,さらなる検討が必要であると考えられた.文献1)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,20052)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,20103)小前恵子,山上聡,亀井裕子ほか:内眼手術前患者の結膜.内常在菌と薬剤耐性.眼臨紀4:1137-1140,20114)藤紀彦,山下美恵,田原昭彦:眼脂培養からの同定菌のフルオロキノロンに対する耐性の比較検討.臨眼60:703706,20065)南雅之,長谷川裕基,藤澤邦見:レボフロキサシン点眼1.5%の周術期無菌化療法.臨眼67:1381-1384,2013(114) 6)SuzukiT,TanakaH,ToriyamaKetal:Prospectiveclinicalevaluationof1.5%levofloxacinophthalmicsolutioninophthalmicperioperativedisinfection.JOculPharmacolTher29:887-892,20137)MiyanagaM,NejimaR,MiyaiTetal:Changeindrugsusceptibilityandthequinolone-resistancedeterminingregionofStaphylococcusepidermidisafteradministrationoffluoroquinolones.JCataractRefractSurg52:151-161,20088)NeuhauserMM,WeinsteinRA,RydmanRetal:Antibioticresistanceamonggram-negativebacilliinUSintensivecareunits:implicationsforfluoroquinoloneuse.JAMA289:885-888,20039)TakeiM,FukudaH,KishiiRetal:Targetpreferenceof15quinolonesagainstStaphylococcusaureus,basedonantibacterialactivitiesandtargetinhibition.AntimicrobAgentsChemother45:3544-3547,201110)FukudaH,KishiiR,TakeiMetal:Contributionsofthe8-methoxygroupofgatifloxacintoresistanceselectivity,targetpreference,andantibacterialactivityagainstStreptococcuspneumoniae.AntimicrobAgentsChemother45:1649-1653,200111)羽藤晋,南川洋子,山田昌和:結膜.から分離されたブドウ球菌に対する二変量ノンペラメトリック密度を用いた薬剤感受性分布解析.あたらしい眼科24:663-667,200712)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200613)望月英毅,高松倫也,木内良明:ガチフロキサシンとレボフロキサシン点眼による白内障および緑内障周術期の減菌効果.臨眼64:231-237,201014)志熊徹也,松本哲哉:白内障術前患者の結膜.内常在菌と培養方法の検討.眼臨101:254-258,200715)InoueY,UsuiM,OhashiYetal:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacwithantibioticsandiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmol52:151-161,2008***(115)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151343

シンポジウムⅡ:機能と構造の評価,その最前線 スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の黄斑部解析と視野

2015年9月30日 水曜日

13365109,22,No.30910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第3回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科32(9):1336.1338,2015cはじめに緑内障は視神経乳頭の篩状板において網膜神経線維層(nervefiberlayer:NFL)が障害され,その細胞体である神経節細胞層(ganglioncelllayer:GCL)が減少することにより視野障害が生じる疾患である.診断には視神経乳頭所見と視野検査が必須であるが,視神経乳頭の形態は,近視眼にみられるような傾斜乳頭をはじめとして個人差が大きく,主観的な乳頭所見のみでは診断が困難な症例が存在する.一方で,視野検査は自覚的検査で検査時間が長いため,日常診療においてすぐに検査を行うことがむずかしいことがある.そのため,視野検査を行う前のスクリーニングとして,他覚的な評価が可能で診断力の高い検査方法が期待されていた.撮影時間が短く再現性の高い検査であるspectraldomainOCT(SD-OCT)の登場により,黄斑部網膜の各層を描出し,自動で各層厚を測定することができるようになった.現在,緑内障の診断や経過観察に広く用いられている.ISD-OCTを用いた黄斑部解析緑内障に対するSD-OCTの解析方法として,おもに乳頭周囲神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)解析,黄斑部解析の2つがある.CpRNFL解析は視神経乳頭周囲の神経線維層厚の評価を行う.視神経乳頭周囲はすべての網膜神経線維が集まる領域であり,緑内障に対する診断に有用であることが報告されている.一方,黄斑部解析は,解析領域が黄斑部に限定されるがGCLを解析することができるため緑内障の病態に即した評価が可能であり,cpRNFLと比較して乳頭周囲の大血管や乳頭周囲萎縮の影響を受けにくく,信頼性の高い結果が得られやすい.現在のSD-OCTは,NFL,GCLを評価する自動解析ソフトが内蔵されており,厚みをカラーコード表示する解析法や,正常眼データベースと比較し確率的に菲薄化した領域を表示する解析法などが,各機種により搭載されている.3D-OCT(トプコン社)を用いた黄斑部解析結果の例を図1に示す.以下,SD-OCTの黄斑部解析を用いた,緑内障の検出力と,固視点近傍暗点の検出力について,また,緑内障の進行評価につ1336(108)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕木村友剛:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学Reprintrequests:YugoKimura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine,54Shogoin-Kawaramachi,Sakyo-ku,Kyoto-shi,Kyoto606-8507,JAPANシンポジウムII:機能と構造の評価,その最前線スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の黄斑部解析と視野木村友剛京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学MacularAnalysiswithSD-OCTandVisualFieldDefectinGlaucomaYugoKimuraDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine図1緑内障眼におけるSD-OCTの黄斑部解析A:カラー眼底写真.B:Humphrey24-2視野.C~E:厚みマップ.F~H:確率マップ.上方の視野障害を認め,厚みマップと確率マップのいずれの解析層においても視野障害と対応する黄斑部下方の菲薄化を認めた.0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第3回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科32(9):1336.1338,2015cはじめに緑内障は視神経乳頭の篩状板において網膜神経線維層(nervefiberlayer:NFL)が障害され,その細胞体である神経節細胞層(ganglioncelllayer:GCL)が減少することにより視野障害が生じる疾患である.診断には視神経乳頭所見と視野検査が必須であるが,視神経乳頭の形態は,近視眼にみられるような傾斜乳頭をはじめとして個人差が大きく,主観的な乳頭所見のみでは診断が困難な症例が存在する.一方で,視野検査は自覚的検査で検査時間が長いため,日常診療においてすぐに検査を行うことがむずかしいことがある.そのため,視野検査を行う前のスクリーニングとして,他覚的な評価が可能で診断力の高い検査方法が期待されていた.撮影時間が短く再現性の高い検査であるspectraldomainOCT(SD-OCT)の登場により,黄斑部網膜の各層を描出し,自動で各層厚を測定することができるようになった.現在,緑内障の診断や経過観察に広く用いられている.ISD-OCTを用いた黄斑部解析緑内障に対するSD-OCTの解析方法として,おもに乳頭周囲神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)解析,黄斑部解析の2つがある.CpRNFL解析は視神経乳頭周囲の神経線維層厚の評価を行う.視神経乳頭周囲はすべての網膜神経線維が集まる領域であり,緑内障に対する診断に有用であることが報告されている.一方,黄斑部解析は,解析領域が黄斑部に限定されるがGCLを解析することができるため緑内障の病態に即した評価が可能であり,cpRNFLと比較して乳頭周囲の大血管や乳頭周囲萎縮の影響を受けにくく,信頼性の高い結果が得られやすい.現在のSD-OCTは,NFL,GCLを評価する自動解析ソフトが内蔵されており,厚みをカラーコード表示する解析法や,正常眼データベースと比較し確率的に菲薄化した領域を表示する解析法などが,各機種により搭載されている.3D-OCT(トプコン社)を用いた黄斑部解析結果の例を図1に示す.以下,SD-OCTの黄斑部解析を用いた,緑内障の検出力と,固視点近傍暗点の検出力について,また,緑内障の進行評価につ1336(108)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕木村友剛:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学Reprintrequests:YugoKimura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine,54Shogoin-Kawaramachi,Sakyo-ku,Kyoto-shi,Kyoto606-8507,JAPANシンポジウムII:機能と構造の評価,その最前線スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)の黄斑部解析と視野木村友剛京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学MacularAnalysiswithSD-OCTandVisualFieldDefectinGlaucomaYugoKimuraDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine図1緑内障眼におけるSD-OCTの黄斑部解析A:カラー眼底写真.B:Humphrey24-2視野.C~E:厚みマップ.F~H:確率マップ.上方の視野障害を認め,厚みマップと確率マップのいずれの解析層においても視野障害と対応する黄斑部下方の菲薄化を認めた. いて概説する.1.緑内障の検出力緑内障の検出力について,当科緑内障外来にて検討を行った.SD-OCTの黄斑部解析のパラメータとして,神経線維層+神経節細胞層+内網状層(NFL+GCL+IPL)とGCL+IPL,また比較対象としてcpRNFLを用いた.緑内障の検出力の指標として,ROC曲線を用いた受信者作動曲線下面積(AROC)を用いて検討した.AROCは0.5から1までの値をとり,1に近づくにつれて感度特異度に優れることを表す.まず緑内障50眼と正常35眼との比較において,NFL+GCL+IPL容積とcpRNFLを用いて緑内障の検出力を検討した.AROCはNFL+GCL+IPL容積が0.922,cpRNFLが0.971となり,同等の良好な検出力をもっていることが示された1).さらに緑内障性視野障害を認めない極早期(preperimetric)緑内障に対する検出力について評価を行った.黄斑部パラメータとしてNFL+GCL+IPL厚を用いた.Preperimetric緑内障30眼と正常35眼において,cpRNFLは有意差を認めなかった(p=0.12)が,preperimeric緑内障のNFL+GCL+IPL厚は正常眼と比較し有意に菲薄化しており(p=0.001),AROCは0.74とfairな検出力を示した.したがって,preperimetric緑内障ではcpRNFLよりも黄斑部解析のほうが有用な診断法であるといえる2).また,緑内障で障害される網膜神経線維の一部は黄斑部から離れた弓状神経線維として存在するため,黄斑部解析では評価できない神経線維が存在する.検出力を向上させるため解析範囲を拡大した解析法を用いて検討を行った.初期緑内障とpreperimetiric緑内障を合わせた47眼と正常46眼に対して,6mm四方(normal)と8mm四方(wide)の2つのNFL+GCL+IPL厚解析を行った.wideNFL+GCL+IPLのAROCは0.92,normalNFL+GCL+IPLは0.876,cpRNFLは0.881であり,wideNFL+GCL+IPLは有意にnormalNFL+GCL+IPLより良好な検出力をもち,またwideNFL+GCL+IPLとcpRNFLは同程度であった.黄斑部の解析範囲を広げると検出力が向上することが示唆された3).また,画像解析方法の向上によりGCL+IPL層厚の評価が可能となった.POAG58眼と正常48眼との比較において,GCL+IPLのAROCは0.929,cpRNFLは0.919と同程度の診断力をもっていた4).以上の検討をまとめると,黄斑部解析は緑内障における神経線維障害を必ずしもすべて捉えていないため検出力の限界が見込まれるにもかかわらず,cpRNFLと同等の高い検出力をもつといえる(表1).2.固視点近傍暗点の検出力緑内障診療において,固視点近傍暗点は患者の視覚の質に対する影響が大きいため,留意すべきである.緑内障は一般的に周辺部視野から障害されるため,固視点近傍暗点はおもに進行した症例に認めるが,初期から生じる症例も存在し視機能へ及ぼすリスクが高いといえる.しかし,緑内障に一般的に用いられるHumphrey24-2視野は測定点の間隔が広く早期の固視点近傍暗点だと異常を検出できないこともあるため,その検出にはHumphrey10-2視野を積極的に用いたほうがよい(図2).初期緑内障78眼において,OCTの黄斑部解析を使った独自のパラメータにおけるHumphrey10-2視野の暗点の検出力を検討した.黄斑部解析のパラメータとして,NFL+GCL+IPL,GCL+IPL,NFLの3つの確率マップを用いて中心窩から異常領域までの最短距離を計測し,比較としてcpRNFLを用いた.中心10°以内暗点の検出力は,NFL+GCL+IPLが0.680,GCL+IPLが0.738,NFLが0.589,cpRNFLが0.678であり,いずれの黄斑部パラメータもcpRNFLと同等の検出力であった.一方,中心5°以内暗点の検出力は,NFL+GCL+IPLが0.84,GCL+IPLが0.87,NFLが0.76,cpRNFLが0.67であり,NFL+GCL+IPLとGCL+IPLはcpRNFLよりも有意に良好な検出力をもっていた(図3).とくに,固視点により近く視機能に影響を及ぼすリスクの高い5°以内の暗点について,黄斑部解析の有用性が示された5).3.黄斑部解析を用いた緑内障進行検出緑内障の進行の評価には,Humphrey視野検査のMD(meandeviation)スロープが広く用いられている.しかし,表1黄斑部解析とcpRNFLの緑内障検出力の比較黄斑部解析cpRNFL病期解析層AROCAROCp値すべて8)NFL+GCL+IPL0.9220.9710.11極早期2)NFL+GCL+IPL0.74NANA早期+極早期8)wideNFL+GCL+IPL0.920.8810.373早期4)GCL+IPL0.9290.9190.861AROC:受信者作動曲線下面積,cpRNFL:乳頭周囲網膜神経線維層,NFL:神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層.(109)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151337 AB1.01.00.80.80.60.60.4NFLcpRNFL0.2GCL+IPL0.20.0NFL+GCL+IPL0.00.00.20.40.60.81.00.00.20.40.60.81.01-特異1-特異CD1.01.00.80.80.60.6感度感度感度0.4図2極早期緑内障における固視点近傍暗点と黄斑部解析A:カラー眼底写真.B:Humphrey24-2視野.C:Humphrey感度0.40.4NFL10-2視野.D~F:確率マップ.下方の視神経乳頭陥凹拡大とcpRNFL0.2GCL+IPL0.2NFL+GCL+IPL網膜神経線維欠損を認めるが,24-2視野には固視点近傍暗点は認められない.一方,10-2視野においては固視点につながるような上方の固視点近傍暗点を認めた.さらに黄斑部解析においては下方黄斑部の菲薄化が認められ,視野障害の位置と対応していた.視野検査は自覚的検査であるため,信頼性のある結果を得るために複数回の検査が必要な場合もあり,MDスロープを求めるためにはさらに数年の経過が必要であると考えられている.そのため,OCTパラメータにおける進行と視野進行を比較した研究が行われている.NaらはPOAG141眼を対象として,Humphrey視野と眼底所見における緑内障進行とOCTの黄斑部パラメータの進行との比較を行った6).OCTパラメータとして全網膜厚,GCL+IPL厚,cpRNFLを用いた.平均2.2年の経過観察を行い,38眼が視野と眼底所見で進行と判定されたが,緑内障進行を検出可能な感度は全網膜厚14%,GCL+IPL厚8%,cpRNFL5%であった.したがって,短期間の経過観察においてOCTは視野障害の進行を必ずしも捉えきれないことを示唆している.まとめOCTの黄斑部解析による緑内障の検出力はcpRNFLと同等であり,初期緑内障の固視点近傍暗点の検出力はcpRNFLよりも良好であった.緑内障の進行検出において,黄斑部パラメータの進行は必ずしも視野障害の進行を代用できるとはいえないが,緑内障の病態評価のための有用な他覚的な指標であるといえる.文献1)MoriS,HangaiM,SakamotoAetal:Spectral-domainopticalcoherencetomographymeasurementofmacularvolumefordiagnosingglaucoma.JGlaucoma19:5280.00.00.00.20.40.60.81.01-特異1-特異0.00.20.40.60.81.0図3黄斑部解析の確率マップを用いたHumphrey10-2視野における視野障害のROC曲線A:黄斑部解析パラメータを用いた中心10°以内暗点のROC曲線.B:cpRNFLを用いた中心10°以内暗点のROC曲線.C:黄斑部解析パラメータを用いた中心5°以内暗点のROC曲線.D:cpRNFLを用いた中心5°以内暗点のROC曲線.中心10°以内のAROCは,3つの黄斑部解析パラメータとcpRNFLは有意な差を認めなかった.一方,中心5°以内のAROCは,GCL+IPLとNFL+GCL+IPLがcpRNFLと比較して有意に検出力が高かった.534,20102)KoteraY,HangaiM,HiroseFetal:Three-dimensionalimagingofmacularinnerstructuresinglaucomabyusingspectral-domainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci52:1412-1421,20113)MorookaS,HangaiM,NukadaMetal:Wide3-dimensionalmacularganglioncellcompleximagingwithspec-tral-domainopticalcoherencetomographyinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci53:4805-4812,20124)TakayamaK,HangaiM,DurbinMetal:Anovelmethodtodetectlocalganglioncelllossinearlyglaucomausingspectral-domainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci53:6904-6913,20125)KimuraY,HangaiM,MatsumotoAetal:Macularstructureparametersasanautomatedindicatorofparacentralscotomainearlyglaucoma.AmJOphthalmol156:907917,20136)NaJH,SungKR,BaekSetal:Detectionofglaucomaprogressionbyassessmentofsegmentedmacularthicknessdataobtainedusingspectraldomainopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci53:38173826,2012(110)

シンポジウムⅠ:視機能の評価,その最前線 両眼の働きと両眼視野の評価

2015年9月30日 水曜日

《第3回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科32(9):1333.1335,2015cシンポジウムI:視機能の評価,その最前線両眼の働きと両眼視野の評価若山曉美近畿大学医学部眼科学教室BinocularFunctionandAssessmentofBinocularVisualFieldAkemiWakayamaDepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMedicineはじめに日常臨床において視野検査は,緑内障や視神経疾患などの診断や経過の評価に必須の検査である.検査は片眼を遮閉した状態で実施される.近年,診断や治療に加え,車の運転を含めた日常生活に視野障害がどのような影響を及ぼしているのかなど,患者のQOL(qualityoflife)の評価が重要視されるようになり,両眼視野を評価する必要性が高まってきた.視野異常を有する患者の両眼視野を評価するためには,正常人が両眼視野内でどのように視覚情報を処理しているのかを理解したうえで,視野障害が片眼性か両眼性か,また障害の程度や部位によって両眼視野への影響が異なるのかについて検討する必要がある.本稿では両眼視野の評価,両眼加重とその影響因子,視野異常を伴う症例の両眼視野,さらに両眼視野計の開発について述べる.I両眼視野の評価2000年にNelson-Quiggら1)は,両眼視野の評価としてbestlocation法の有用性を報告した.Bestlocation法は,各眼の感度結果から両眼の感度を予測する両眼予測モデルを採用している.その評価はmeansensitivityやmeandeviationといった視野全体を代表値として行っている.臨床で使用されている視野計は,おもに単眼を遮閉した状態で測定する単眼視野計として設計されており,両眼視野の測定においては両眼視下での固視監視などが問題となる.そこで筆者らは1999年から自動視野計Octopus201,101,900の3種類の視野計を用いて,両眼刺激装置や両眼固視監視カメラを組み込むなどの開発を行ってきた.また,両眼加重の評価は,両眼からの視覚情報を収斂したことによる働きであるかを検討するために,確率加重を超えた両眼の働き,つまりneuralsummationを評価した.その結果,実測した両眼の感度は,両眼の予測モデルよりも高いことがわかった.さらに両眼の感度は刺激条件によって,また刺激される網膜領域によって異なることが明らかとなった.両眼視野は単眼の感度からの予測モデルよりも実測することで詳細な検討が可能となる.II両眼加重とその影響因子両眼加重とは単眼よりも両眼での機能が高くなる働きである.1943年にPirenne2)よって報告されて以来,正常成人を対象に両眼加重に影響する因子について研究が行われてきた.両眼加重は低いコントラスト3,4)やボケの状態で高く5),高年齢で低くなること6)が報告されている.これまでの筆者らの研究では,小さい視標サイズや網膜周辺部7)で,また検出課題よりも認知課題8)で両眼加重が高くなることを明らかにした.さらにこれまでおもに提示する視標の影響について検討したが,日常生活ではさまざまな背景のなかで物体を抽出しており,背景の影響についても検討した.その結果,両眼加重は複雑な背景下では周辺部では無地な背景下よりも両眼加重が高く,背景によって両眼の働きが異なることが判明した9)(図1).また,感度のみではなく反応時間においても周辺部では両眼加重が高くなることを報告した10)(図2).これらの研究成果は,ヒトは単眼での知覚が困難な状況になると,両眼加重を働かせることによってより有効に視覚情報を処理し両眼での知覚を促進していることを明らかにした(表1).III視野異常を伴う症例の両眼視野視野異常を伴う症例の両眼視野については,自動視野計Octopus101に両眼固視監視装置を設置して両眼の感度を測〔別刷請求先〕若山曉美:〒589-8511大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室Reprintrequests:AkemiWakayama,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMedicine,377-2Ohno-Higashi,Osakasayama,Osaka589-8511,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(105)1333 1.025040****NoiseNoise-free視標サイズ0.108°視標サイズ0.216°**0°5°15°25°反応時間の差(ms)(単眼─両眼)両眼加重比1.011.0030201000°3°6°9°12°15°18°偏心度偏心度(**p<0.01;twofactorfactorialANOVAandBonferroni/Dunntest)(*p<0.05;RepeatedmeasureANOVAandBonferroni/Dunntest)図1背景による両眼加重の違い図2視標サイズによる両眼と単眼の反応時間の差(文献10より改変)(文献9より改変)表1影響因子に対する両眼加重の違い影響因子高い.両眼加重.低い視標サイズ小さい大きい課題の違い知覚検出反応時間視標(小)周辺部視標(大)中心部網膜偏心周辺部中心部背景複雑単純(無地)CCDcameraholeプリズムは取り外しができ基底方向を自由に変更両眼視下での固視状態をモニタリングプリズム光路を変更自動視野計Octopus900眼位はドーム内に設置した赤外線カメラで監視図3両眼視下での固視監視システム定した.両眼の働きについては,Nelson-Quiggら1)が用いたbestlocationによる予測値と,実際に測定した実測値を比較検討した10).その結果,meansensitivityは予測値よりも実測値で低かった.各測定点における予測値と実測値の差は両眼ともに感度が低下している領域では,単眼視下よりも両眼視下で感度が高く,両眼加重を認めた.片眼のみの感度が低下している領域や両眼ともに正常な領域では両眼加重は認めず,正常成人とは異なる結果となった.視野異常を伴う症例では両眼ともに感度が低下し,知覚困難な領域では視覚情報を処理するために両眼加重の働きが起こったのではないかと考える.IV両眼視野計の開発これまでの研究から両眼の感度は,実測値と予測モデルを用いた予測値では異なり,両眼視野は実測値を用いた評価が重要であることを明らかにした.しかしながら臨床で両眼視野を実測するにはさまざまな問題がある.その一つが固視監視の問題である.両眼視野の測定では視野計ドームの中心に1334あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(106) 被検者の鼻根部を合わせるため,固視モニターには鼻根部のみが投影されておりCCDカメラによる両眼視下での固視状態やHeiji-Krakau法による固視監視システムの使用ができない.このため信頼性の高い両眼視野の測定には,両眼視下での固視監視システムの稼働が必須となる.そこで筆者らは自動視野計Octopus900を用い,CCDカメラの部分に取り外しができるプリズムを挿入することで光路を変更し,固視モニターに測定眼を映し出すことで両眼視下で固視監視システムの稼働を可能にした(図3).さらに視線追跡装置を用いて視標を検出するときの視線を計測し,さらに精度の高い感度測定を目指し開発を進めている.おわりにこれまでの研究で,さまざまな状況で連続的に入力される視覚情報を有効に処理するために,知覚が困難な条件であるほど,単眼での働きを補うように両眼加重が起こることが明らかとなった.また,視野異常を伴う症例においても,両眼ともに感度が低下している領域においては両眼が有効的に働いている.両眼の働きを詳細に検討することは,ヒトが2つの眼を有する意義を知ることに繋がる.今後は,開発した装置を用いて視標検出時の視線の動きと感度の関係や実測値を基にした両眼感度のシミュレーションの確立,日常視機能の評価の実現を進めていきたい.文献1)Nelson-QuiggJM,CelloK,JohnsonCA:Predictingbinocularvisualfieldsensitivityfrommonocularvisualfieldresults.InvestOphthalmolVisSci41:2212-2221,20002)PirenneMH:Binocularanduniocularthresholdofvision.Nature152:698-699,19433)GrigsbySS,TsouBH:Gratingandflickersensitivityinthenearandfarperiphery:nasa-temporalasymmetriesandbinocularsummation.VisionRes34:2841-2848,19944)WoodJM,CollinsMJ,CarkeetA:Aregionalvariationsinbinocularsummationacrossthevisualfield.OphthalmicPhysiolOpt12:46-51,19925)SotirisP,DionysiaP,TrisevgeniGetal:Binocularsummationimprovesperformancetodefocus-inducedblur.InvestOphthalmolVisSci52:2784-2789,20116)PardhanS:Acomparisonofbinocularsummationintheperipheralvisualfieldinyoungandolderpatients.CurrEyeRes16:252-255,19977)WakayamaA,MatsumotoC,OhmureKetal:Propertiesofreceptivefieldonbinocularfusionstimulationinthecentralvisualfield.GraefesClinExpOphthalmol240:743-747,20028)WakayamaA,MatsumotoC,ShimomuraY:Binocularsummationofdetectionandresolutionthresholdsinthecentralvisualfieldusingparallel-linetargets.InvestOphthalmolVisSci46:2810-2815,20059)WakayamaA,MatsumotoC,OhmureKetal:Influenceoftargetsizeandeccentricityonbinocularsummationofreactiontimeinkineticperimetry.VisionRes51:174178,201110)WakayamaA,MatsumotoC,OhmureKetal:Influenceofbackgroundcomplexityonvisualsensitivityandbinocularsummationusingpatternswithandwithoutnoise.InvestOphthalmolVisSci53:387-393,201211)若山曉美:両眼加重の働きと影響因子─なぜヒトは2つの眼があるのか─.日本視能訓練士協会誌40:7-18,2011***(107)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151335

シンポジウムⅠ:視機能の評価,その最前線 有効視野の研究動向─交通事故と運転パフォーマンスとの関連─

2015年9月30日 水曜日

《第3回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科32(9):1329.1332,2015cシンポジウムI:視機能の評価,その最前線有効視野の研究動向─交通事故と運転パフォーマンスとの関連─岡村和子科学警察研究所交通科学部交通科学第二研究室ResearchontheUsefulFieldofViewinRelationtoMotorVehicleAccidentsandDrivingPerformanceKazukoOkamuraNationalResearchInstituteofPoliceScience,DepartmentofTrafficScienceSecondTrafficScienceSectionはじめに自動車の運転では,ウィンドスクリーンとミラーを通して,時々刻々変化する視覚情報を素早く認知し,状況に応じた判断と操作をすることが要求される.視機能のなかでも,視野の働きが重要であることは自明である.マルチタスクであり,ときに複雑な情報処理が要求される自動車の運転では,視覚受容器の視野感度に加えて,大脳の情報処理の働きも重要となる.運転中は,自身が高速で移動しているため,静止時や歩行中と比べると,情報処理により正確さと速さが求められる.他の車両や歩行者が交錯する交差点など,取得すべき情報量が多い場面では,情報処理の負荷はさらに増えるが,このことが危険予知の遅れ,さらには交通事故の発生と関係する1).本稿では,知覚器で受容された視覚情報が,大脳で情報処理される過程に注目した有効視野とよばれる機能と,自動車運転の関係についての研究動向を紹介する.有効視野を測る方法はいくつも提案されているが,本稿ではおもに,有効視野の測定機器として世界中でもっとも多く使われているUFOVR(UsefulFieldofViewTest)を中心に紹介する.I有効視野の概念とUFOVR有効視野とは,頭や眼球を動かさずに,注視点の周りで瞬時に情報を取得できる視野範囲のことをさす.有効視野は,視覚情報の受容器そのものの感度だけでなく,特別に注意を払わなければならない状況や場面における高次の情報処理,視覚的注意(visualattention)と密接に関係する.視覚的注意の観点からは,各注視点を深く見ようとすると,有効視野が狭くなることがわかっている1).有効視野は,認知機能やさまざまな神経心理学的指標と相関があり,運転時のエラーや交通事故リスクを予測するのに有用とされている.有効視野は高齢になると低下する.高齢運転者が関与する交通事故が増加していることも相まって,1990年代以降,有効視野と自動車運転に関する研究は増えている.有効視野の測定機器として世界でもっともよく知られているUFOVRは,アラバマ大学の研究チームが開発して,VisualAwareness社が販売している.UFOVRは,眼科的な視機能検査と比べて,自動車運転を含む日常的な生活機能をよく予測できる2.4).過去と将来の交通事故リスク予測因子として優れている5,6)ことに加えて,訓練によりUFOVRの成績は向上することから,交通事故リスクが高いと考えられる人の事故リスクを低減させることが可能であるとされる7,8).UFOVRは,現在までに数種類が開発されている.現在販売されているものは,3種の下位検査から構成される(表1および図1).17インチモニターを使い,被験者の眼はモニターから46.61cm離して実施する.視覚刺激の呈示時間は,16.67.500msの範囲であり,被験者が75%の正答率で反応できた呈示時間が成績として記録される.表1に示した標準データは,65.94歳の高齢者2,759人のデータに基づく9).被験者の処理速度に応じて,3つの下位検査ごとに4.5段階で成績が示される.総合成績は,被験者の情報処理リスクが「非常に低い」から「高い」までの5段階で示される.II有効視野と交通事故Ballら(1993)5)は,それ以前の先行研究で,視機能と交〔別刷請求先〕岡村和子:〒277-0882千葉県柏市柏の葉6丁目3番地1科学警察研究所交通科学部交通科学第二研究室Reprintrequests:KazukoOkamura,Ph.D.,NationalResearchInstituteofPoliceScience,DepartmentofTrafficScienceSecondTrafficScienceSection,6-3-1,Kashiwanoha,Kashiwa,Chiba277-0882,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(101)1329 表1UFOVRの構成と判定下位検査内容具体的なタスク高齢者の標準データ平均値(標準偏差)(ms)最小値と最大値(ms)Subtest12種類の視覚刺激の弁別2種類の視覚刺激の弁別(3cm四方の正方形内の乗用車とトラックから,直前に呈示されたいずれかを選ぶ)30.66(40.51)16.500Subtest2分割注意中心部に呈示されたのと同一の視覚刺激(乗用車)が,偏心12.5cmの周辺部(放射状に分かれた8カ所)のいずれか)に呈示されるので,その位置を選ぶ.131.59(123.05)16.500Subtest3選択注意Subtest2と同じ課題であるが,周辺部がノイズとして47個の三角形で埋め尽くされている.319.67(133.83)43.500TotalSubtest1から3に基づく合成得点なし481.93(247.53)86.1,500注:値(ms)が小さいほど,処理速度が速いことを示す.Subtest1乗用車をタッチSubtest2周辺部に見えた乗用車の周辺部に見えた位置をタッチSubtest3乗用車の位置をタッチ図1UFOVRで呈示される刺激の例通事故との間に弱い相関しかみられなかった理由を,3つあげている.①交通事故はまれな現象であり,交通事故経験者を多く含むサンプルを分析しないと,交通事故と視機能の関連を統計的に見出しにくい.②視機能が低下している人は,運転調整(運転頻度や走行距離を減らす,走行速度を落とす,夜間や悪天候時の運転を避けるなどの自主的なリスク回避行動)を行っているため,交通事故率が高くならない.③視機能データに加えて,高次の情報処理を説明変数に加えていなかった.①と③の課題を克服すべく,Ballらは,米国アラバマ州の運転者データファイルに含まれた55歳以上の運転者12万人のデータから,年齢層別に交通事故歴のある人を意図的に多く割り付けたサンプル(55.90歳の運転者294人)を抽出し,過去5年間の交通事故率,健康状態,視野検査を含む視機能検査データ,UFOVRなど認知機能の関係を分析した.Ballらが設定したUFOVRのカットオフ値により,過去の交通事故の有無をよく説明することができたと報告している.中高年以上の年齢層の運転者を対象に,UFOVR,視機能,認知機能などを説明変数として,将来の交通事故発生をプロスペクティブに調べた研究でも,UFOVRは,交通事故の有無を予測する有力な変数であることが示されている6).被験者の走行距離で調整した場合,UFOVRの成績が悪い人が将来,交通事故を起こすオッズ比あるいはハザード比は2.2程度と報告されている4,7,10).被験者の年齢や性別,身体機能や認知機能も含めて多変量解析すると,UFOVRが将来の交通事故発生リスクに及ぼす相対的な影響度は少し下がる可能性もある.55.96歳の1,910人(運転免許の更新を終え,視力と視野に異常がみられなかった人)に,さまざまな身体機能と認知機能検査を行った研究7)では,UFOVRSubtest2の成績の,4,5年後の有責交通事故発生に対する調整済みオッ1330あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(102) ズ比は1.31〔95%CI(95%confidenceinterval)=1.08.1.59〕であり,同時に実施した他の2,3の認知機能や視覚的注意の検査指標と同程度の影響力であった.III有効視野と運転パフォーマンス有効視野の広さは,注視点と周辺部に出現した事象の認知・検出効率,および注視点の移動効率と関係する.そして,若年者と高齢者を比べた場合,加齢の影響は,注視点でのパフォーマンスには大きく現れないが,視野の周辺部でのパフォーマンスに顕著に現れる1).前述のとおり,有効視野に問題がある人は,さまざまなレベルで運転調整をすることがあるため,有効視野の低下がただちに危険な運転行動に結びつくというわけではない.このことは,視野障害が運転行動に及ぼす影響にもいえる.軽度の緑内障であれば,視野障害がない人と運転行動に顕著な差はみられないが,視野周辺部に障害物があった場合,危険事象の発見が遅れた場合には不安全な運転行動が出やすい,あるいは危険予知そのものに問題がある可能性が示されている11,12).有効視野と運転行動の関係を分析した研究からは,両眼視野に障害がある人のUFOVRの成績およびコントラスト感度と,運転パフォーマンスの総合成績に有意な相関がみられた11),高齢者のUFOVRsubtest2の成績と運転エラーの数に有意な相関がみられた,視野の周辺部に注意を向けねばならない場合にエラーが増えたことが示されている13).UFOVR以外の有効視野の測度を使用した研究でも,注意の選択や切り替えが得意でない人は,他の車両や歩行者とのかかわり(右左折時,進路を譲る際など)において不都合が生じることがあった15),有効視野が狭い人には赤信号無視が多く観察された15)などと報告されている.通常の加齢に伴う視覚的注意の低下は,注意の狭窄(周辺部に気づかない)のためというよりは,注意の切り替え(ある対象から他の対象に注意を移す)が苦手になることによるのではないかとの指摘もある12,16).必要なときに注意の対象を素早く切り替えることを,運転訓練の内容に盛り込むことが有用とされる理由でもある.有効視野が狭い運転者が速度を落として走行するのは,周辺部の情報処理をするための適応的な行動と解釈できるが,有効視野と運転行動の関係を調べた研究の方法論上の課題は,眼科的な視機能検データを取得せず,有効視野とその他の認知機能のみを分析している研究が多い点にあるといえる(例外は文献15).IV教育・訓練による有効視野改善の可能性加齢により有効視野が狭くなっている,あるいは視野障害がある場合でも,そのことを本人が認識して,弱点や障害を補うことが可能なのであれば,運転を継続できたほうが好ましい.とくに,高齢者が運転をやめてしまうと,買い物や通(103)院など日常生活に支障が出るだけでなく,他者との社会的接触が減るため,心身の健康に好ましくない影響が出ることがわかっている13).視野障害がある人を含め,運転時に何らかの不安や不都合を抱える人による運転調整についてはすでに述べたが,視野障害がある人,あるいは有効視野が狭い人が,自分の障害や弱点を必ずしも自覚しているわけではないし,障害や弱点に応じた適切な運転調整をしているとも限らない17).したがって,運転時に現れやすい自分の弱点を認識して,運転パフォーマンスの自己評価と客観的評価のギャップを縮めるような教育・訓練を提供することが重要と考える.認知機能や有効視野を改善させることを目的とした訓練(ゲーム様のものを含む)を高齢者に実施したところ,UFOVRの成績が向上したとの実験結果はいくつも報告されている7,18).教育・訓練による運転パフォーマンスの変化を調べた研究に目を向けると,UFOVRの成績を高齢運転者本人にフィードバックすることにより,UFOVRの成績が低かった人が,夜間や悪天候時の運転回避頻度を増やした8),運転シミュレータを使って,歩行者や自動二輪車をより早く発見できるようにするための訓練を高齢運転者に施したところ,視野周辺部の歩行者などを早く発見できるようになった19)などの報告がある.高齢運転者の訓練プログラムでは,路上での運転指導により自分の運転方法についてフィードバックを受けたほうが,教室内の講義のみを行うよりも効果がある20,21).高齢運転者を対象とした安全講習などの機会を利用して視機能と有効視野を検査し,結果を個別にフィードバックするとともに,運転パフォーマンスと関連づけてアドバイスをすることによって,より確実な安全運転上の効果が期待できると考える.おわりに本稿は,運転パフォーマンスに顕著な影響を与える有効視野について,交通事故防止の観点から概説した.有効視野は中年までは加齢に伴う変化があまりみられず,高齢層で著しく変化することから,中高年以上の年齢層の運転者を被験者とした関連研究が大半を占める.この年齢層では,視野障害を伴う眼疾患の有病率も高くなることから,視機能検査と有効視野のデータを両方分析することにより,自動車運転を含めた日常生活への影響をより正確に推測することが可能になると考える.現在までに,「安全な」運転者と「不安全な」運転者を,十分な精度をもって判別できる単一の検査,あるいは検査バッテリーは存在しない.UFOVRは,交通事故リスクの予測力が高く,有力な測度であるが,UFOVRの結果のみを根拠に,運転免許の更新の可否を決定するのは困難と考えられる.誌面の関係で紹介できなかったが,UFOVR以外にも,あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151331 交通事故や運転パフォーマンスに対する説明力が高い測度はいくつか特定されている4,6,7).しかし,いずれの測度も,それらの結果をもって運転免許の効力を停止するということはむずかしいと考える.本稿では,視覚的注意に関することとして,加齢とともに強まる注意の固定傾向を訓練により改善できる可能性16),動き(motion)の知覚力を高めることが危険予知能力を高め,結果的に有効視野を広めることにつながる可能性についても触れた.高齢運転者を対象に実施されている各種講習などにおいて,運転者の視機能と有効視野を個別に診断し,それぞれの弱点に応じた訓練を行うことができれば,より高い講習効果が得られると考える.文献1)三浦利章:運転時の視覚的注意と安全性.映像情報メディア学会誌61:1689-1692,20072)ClayOJ,WadleyVG,EdwardsJDetal:Cumulativemeta-analysisoftherelationshipbetweenUsefulFieldofViewanddrivingperformanceinolderadults:Currentandfutureimplications.OptomVisSci82:724-731,20053)BentleySA,LeBlancRP,NicolelaMTetal:Validity,reliability,andrepeatabilityoftheusefulfieldofviewtestinpersonswithnormalvisionandpatientswithglaucoma.InvestOphthalmolVisSci53:6763-6769,20124)RubinGS,NgESW,Bandeen-RocheKetal:Aprospective,population-basedstudyoftheroleofvisualimpairmentinmotorvehiclecrashesamongolderdrivers:TheSEEstudy.InvestOphthalmolVisSci48:1483-1491,20075)BallK,OwsleyC,SloaneMEetal:Visualattentionproblemsasapredictorofvehiclecrashesinolderdrivers.InvestOphthalmolVisSci34:3110-3123,19936)OwsleyO,BallK,McGwinGetal:Visualprocessingimpairmentandriskofmotorvehiclecrashamongolderadults.JAMA279:1083-1088,19987)BallK,EdwardsJD,RossLA:Theimpactofspeedofprocessingtrainingoncognitiveandeverydayfunctions.JGerontolBPsycholSciSocSci62B:19-31,20078)AckermanML,EdwardsJD,RossLAetal:Examinationofcognitiveandinstrumentalfunctionalperformanceasindicatorsfordrivingcessationriskacross3years.Gerontologist48:802-810,20089)EdwardsJD,RossLA,WadleyVGetal:Theusefulfieldofviewtest:Normativedataforolderadults.ArchClinNeuropsychol21:275-286,200610)BallK,RoenkerDL,WadleyVGetal:Canhigh-riskolderdriversbeidentifiedthroughperformance-basedmeasuresinadepartmentofmotorvehiclesetting?JAmGeriatrSoc54:77-84,200611)BowersA,PeliE,ElginJetal:On-roaddivingwithmoderatevisualfieldloss.OptomVisSci82:657-667,200512)HaymesSA,LeBlancRP,NicolelaMTetal:Glaucomaandon-roaddrivingperformance.InvestOphthalmolVisSci,49:3035-3041,200813)AnsteyKJ,WoodJ:Chronologicalageandage-relatedcognitivedeficitsareassociatedwithanincreaseinmultipletypesofdrivingerrorsinlatelife.Neuropsychology25:613-621,201114)RichardsonED,MarottoliRA:Visualattentionanddrivingbehaviorsamongcommunity-livingolderpersons.JGerontolABiolSciMedSci58:832-836,200315)WestSK,HahnDV,BaldwinKCetal:Olderdriversandfailuretostopatredlights.JGerontolABioSciMedSci65:179-183,201016)CosmanJD,LeesMN,LeeJDetal:Impairedattentionaldisengagementinolderadultswithusefulfieldofview.JGerontolBPsycholSciSocSci67:405-412,201117)WoodJM,LacherezPF,AnsteyKJ:Notallolderadultshaveinsightintotheirdrivingabilities:evidencefromanon-roadassessmentandimplicationsforpolicy.JGerontolABiolSciMedSci68:559-566,201318)EdwardsJD,ValdesEG,PerontoCetal:TheeffectsofInSightcognitivetrainingtoimproveusefulfieldofviewperformance:Abriefreport.JGerontolBPsycholSciSocSci,doi:10.1093/geronb/gbt113,201319)RogeJ,NdiayeD,VienneF:Usefulvisualfieldtraining:Awaytoimproveelderlycardrivers’abilitytodetectvulnerableroadusers.TranspResPartF26:246-257,201420)PorterMM:Olderdrivertrainingusingvideoandglobalpositioningsystemtechnology-arandomizedcontrolledtrial.JGerontolABiolSciMedSci68:574-580,201221)MarottoliRA,VanNessPH,AraujoKLBetal:Arandomizedtrialofaneducationprogramtoenhanceolderdriverperformance.JGerontolABiolSciMedSci62:1113-1119,2007.***1332あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(104)

My boom 44.

2015年9月30日 水曜日

監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第44回「子島良平」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第44回「子島良平」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介子島良平(ねじま・りょうへい)宮田眼科病院所属,眼科14年目私は2001年に宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)を卒業し,そのまま現在の勤務先である宮田眼科病院に入局しました.宮崎医科大学に入学する前に,学習院大学の文学部史学科を卒業しています.文系だった私が医師を志した契機は,宮田眼科病院の前理事長である宮田典男先生とのご縁でした.私の両親と親交のあった典男先生ご夫妻が東京にいらっしゃったときに,「良平君,医師をめざしてごらんよ.大変だけどやりがいのある仕事だよ」と誘っていただいたことを,今でも昨日のことのように思い出します.入局してからは宮田和典院長に指導を受けた影響もあり,自然と角膜疾患を専門とするようになりました.その後,感染症にも興味をもち,現在はおもに角膜,感染症を専門に診察を行っています.臨床・研究のMyboom臨床でのMyboomは感染症です.宮田眼科病院は野戦病院のようなところで,来院される方は,軽症から重症の患者さんまでさまざまです.なかでも感染性角膜炎の症例は年間およそ100~150例程にもなります(もちろん軽症の方を含めてですが).感染性角膜炎の症例では,的確な診断と治療が重要です.問診と臨床所見から起因菌を類推し,検鏡で確認する,そして薬剤を選択し治癒までたどりつく.このプロセスは,推理本にあるような名探偵や刑事が事件を解決する手法に似ているので(89)0910-1810/15/\100/頁/JCOPYは,と感じています.治療が奏効して,患者さんが安心した表情になることが,私にとってのMyboomです.研究でのMyboomは,コリネバクテリウムについてです.当院ではさまざまな臨床研究を行っていますが,そのデータのなかで,小児と成人とではコリネバクテリウムのキノロン製剤に対する薬剤感受性が大きく違うことが気になりました.これまでに周術期の抗菌薬の使用が,表皮ブドウ球菌の薬剤感受性および遺伝子変異に影響を与えるという研究を行ってきたのですが,これと似たようなことがコリネバクテリウムでも起こっているのではないかと想像しています.今後,コリネバクテリウムの年齢層別の耐性化の研究を通して,薬剤感受性のメカニズムについてなんらかの新しい発見ができるのではないかと期待しています.手術のMyboom手術でのMyboomは,「開眼」です.開眼の意味を辞書で引くと「物事の道理や真理がはっきり判るようになること,また物事のこつを掴むこと」とあります.もちろん開眼とはそういう意味です.しかし私が一番しっくりくる意味は,以前読んだ本に書かれていた「開眼とは感覚の発見である」との言葉です.どのような手術においてもある一定のlearningcurveが存在しますが,あるとき突然,手術技術が上達する時期があります.その瞬間が「感覚を発見した=開眼」したときではないかと考えています.現在,後輩の先生たちに白内障手術を指導しています.そのなかの一人の先生が,核の2分割がなかなかうまくできず苦労していました.手の位置や核を掘る深さ,分割の際の手の動きなど細かく指導しても改善しない日が続きます.ところがある日,これは本当に突然でしたが,その先生がすんなりと核の2分割ができるようあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151317 写真1手術室で,筑波大学から派遣で来ている林寺先生と「開眼」後の上達ぶりは,正直いって目を見張るものがあります.になりました.そして次の症例でも,その次の症例でも同様にスムーズに行えていました.手術が終わってから「ビデオを観て研究したの?」とその先生に尋ねたところ,「ビデオは毎日観ています.ただ今日は今までわからなかった感覚を掴めた気がしました」と嬉しそうに答えました.私自身,まだまだ「開眼」しなければならないのですが,後輩の「開眼」する瞬間に立ち会えることは,本当に嬉しいものでしたし,これは指導する側にとって励みになります.プライベートのMyboomプライベートでのMyboomは,旅行と食べ歩きです.長時間の飛行機が嫌いなため,行く先は国内やアジアを専らとしています.食べ歩きはフレンチやイタリアンといった高級店ではなく,お好み焼きやラーメン,カレーなどのいわゆるB級グルメが好みです.最近の大当たりは,北陸旅行で食べたカレーでした.2015年の春に(話題の北陸新幹線が開通する直前でした)富山市と金沢市を訪れました.そこで,食べログランキング上位の鮨屋を何軒か訪れましたが,もっともおいしいと感じたのは金沢市の「ターバンカレー」でした.あのルーの濃厚さ,からっと揚げたカツの歯ごたえ1318あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015写真2タイ,アユタヤでの屋台街で少し派手目の上着は宮田典男先生のお古をいただいたものです.川から吹く涼しい風に誘われ,かなり飲み過ぎたのもいい思い出です.は初体験であり,それ以降の食事をすべてカレーでもいいと感じたほどでした(もちろん妻に却下されましたが).また,忘れられないのが,2014年夏に訪れたタイのアユタヤでの食事です.チャオプラヤー川の側にある屋台街を,タイ在住の友人家族と訪れました.屋台街とあって,料金はすこぶる安いのですが,食事はおいしく,とても満足しました.川沿いに吹く涼しい風のせいか,ビールを飲み過ぎ,へべれけになった思い出があります.まだまだ行きたい地域や国はたくさんあるのですが,なかなか時間がとれないのが目下の悩みです.次のプレゼンターは近畿大学医学部堺病院の江口洋先生です.江口先生とのご縁は,愛媛大学の鈴木先生が立ち上げた眼感染症の若手(?)の会であるOMICという会合でお会いしたのがきっかけでした.江口先生は,真菌性角膜炎に対する抗真菌薬の角膜実質内注射を国内で初めて発表されています.また,私の研究のMyboomであるコリネバクテリウムのキノロン耐性についても優れた論文を記されています(私のコリネバクテリウムに対する興味は,実は江口先生の論文が契機となっています).見た目はワイルド,中身はgentlemanの江口先生,よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(90)