成人の炎症性涙道疾患慢性涙.炎─涙.鼻腔吻合術鼻内法InflammatoryLacrimalDisordersinAdultsChronicDacryocystitis─EndoscopicEndonasalDacryocystorhinostomy鶴丸修士*鈴木亨**I鼻内法総論はじめに涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)とその応用術式(conjunctivodacryocystorhinostomy:CDCR)は,涙道閉塞のみならず鼻涙管狭窄や機能性流涙などを含む幅広い涙道疾患に適応があり,涙道治療のための標準術式である.バルーンによる鼻涙管拡張や鼻涙管チューブ留置などのDCR代替治療法でも短期経過がよい症例は多いが,それらの治療法では長期での治療効果の漸減が宿命である.これに対し,DCRの治療効果には漸減がない.また,涙.に化膿性分泌物貯留のみられる病型の涙道閉塞(涙.炎)に対して著効を示すという点で他の代替治療法とは一線を画する.このDCRには顔面皮膚からアプローチする鼻外法と,鼻内視鏡を用いて鼻内からアプローチする鼻内法がある.解剖の理解のしやすさや術中止血作業の容易さから鼻外法が基本であるが,現在国内外で話題の多いのは鼻内法である.1.電動ドリルDCRとマニュアルDCR鼻内法は1980年代後半に鼻内視鏡が導入されて以来,本格的な発展が始まった.当初は術後成績にばらつきが多く,1990年代までは習得のむずかしい手術とされていた.しかし,2000年代に入り,解剖知識の深まりと手術デバイスの革命が鼻内法を変えた.WormaldとTsirbasは電動ドリルを用いて中鼻甲介の付け根部分よりさらに上方に削り上がり,涙.の上の方(fundus)まで探り出した.そして涙.全体を切開すると涙.粘膜がまるで花弁のように展開し,内腔が完全に露出することを示した(marsupialization)1).これによって鼻内法の成績は著しく向上し安定した.2000年以前は,涙.はlacrimalridgeの裏にあると考えられており,実際はそれより上にさらに涙.の続きがあるという認識がないまま手術を終わらせていたのであろう.つまり,解剖学的理解が十分でなかったため開かれない涙.内腔が残り,結果として成績が安定しなかったと考えられる.しかし,この電動ドリルDCRは煩雑な手術準備と高額なディスポーザル部品によるランニングコストで術者を悩ませる.これに対し,コストをかけず簡素な道具で,しかし同様の手術効果を実現した鼻内法もある.Codereらは電動ドリルを用いず,利き手の握力で操るケリソンロンジャーだけで上方へ削り上がってmarsupializationを完成させ,電動ドリルDCRと同様の成績を示した2).彼の功績によって,手術成績に貢献する要因はデバイスではなく,涙.がどこにあるのか,どこまで続いているのかという解剖理解であったことが明らかになった.このマニュアルDCR(電動ドリルに頼らない手動のDCR)は医療コストに制限のある国でも応用可能であるため,電動ドリルDCRよりも普遍性がある.この点でマニュアルDCRはアメリカ眼科学会でも評価され,毎年のスキルトランスファーにはアジア・欧米各国から候補者が集まる.*NaoshiTsurumaru:公立八女総合病院眼科**ToruSuzuki:鈴木眼科クリニック〔別刷請求先〕鶴丸修士:〒834-0034福岡県八女市高塚540-2公立八女総合病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(23)1655白人1日本人症例2日本人症例1日本人症例3図1涙.窩における上顎骨の厚み白人と日本人の頭部CT水平断の比較.左上は白人種の例(造影剤なし),右上と下段は日本人の例.いずれも涙.窩における中鼻甲介起始部レベルでの切片を示す.日本人では上顎骨が厚い.日本人症例3が最大であり,厚さ7mmと計測された.2.アジアにおける鼻内法われわれアジアの医師は,マニュアルDCRには落とし穴があることを知らなければならない.Codereはカナダを拠点としておもに白人種の患者にこの手術を行って業績を上げた.アジアでは少し工夫が必要になる.Wooらは,CTを用いたDCR患者の上顎骨の研究で,アジア人種ではその厚みが大きいことを示した3).実際,われわれの臨床でもとくに中鼻甲介の付け根付近では上顎骨が厚い(図1).そのため白人種の手術のようにケリソンロンジャーだけで涙.fundusが見えるまで削り上がることには限界がある.適宜,ノミを利用しながら削り上がることが必要になるし,たとえノミを使用したとしても十分な開窓はできない場合もある.また,厚い部分を削って広く露出した上顎骨には肉芽も生じる.したがって,これを抑制する工夫も必要になる.II鼻内法各論1.適応と禁忌もっともよい適応は,よく拡張した涙.をもつ慢性涙1656あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015.炎である.急性涙.炎の場合,筆者らはまず抗菌薬点滴治療で消炎を図ったうえで手術を行っている.大きな涙.結石があれば,術後はすべての症例でリノストミーが巨大に仕上がるので,初心者には絶好の機会となる.涙.が小さい場合や涙小管閉塞では難易度が高い.再建が不可能な重症涙小管閉塞ではJonestubeの使用が必須となる(CDCR).禁忌としては,肺線維症患者,脳梗塞や心筋梗塞など重症循環器疾患の回復直後の患者,INRが2.5以上のワーファリン使用患者などであるが,いずれも鼻内法特有というものではない.小児のDCRでは,3.4歳以上で鼻内法の報告が多数ある.2.鼻内法の利点と欠点利点は,術者の疲労が少なく,手術時間が短く,出血量が少ない(通常10ml以下)ことである.皮膚に瘢痕を残さない点を利点にあげる場合もあるが,鼻外法でも瘢痕が問題になることは稀である.欠点は,患者側の疼痛や恐怖感は強いので全身麻酔が必要な点である.3.術前検査a.涙.炎診断のための簡単な検査視診と触診で涙.部がelastichardに膨隆し,内側眼瞼腱(medialcanthustendon:MCT)が上方へ押し上げられていれば涙.炎と診断できるので,DCRの適応である(図2).この場合,涙小管閉塞を合併しているが,膨隆が始まって後数カ月程度であれば涙小管はまだ器質閉塞には至っておらず,簡単なブジー操作で術中に,あるいは何もしなくても術後に閉塞は解除される.しかし,1年を超える症例ではすでに硬い器質的閉塞となっていることが多く,涙小管閉塞に対する専門的手技が必要になる.したがって,涙.の膨隆所見があれば早く手術したほうがよい.通常,涙.炎患者は涙.を押すと粘液が逆流することを知っており,いつから逆流しなくなったか問診することで涙小管の状態を予想することができる.ただし,涙.炎と鑑別すべき眼瞼腫脹もあるので注意が必要である.腫れている部位が内眼角から眼瞼全体に及ぶ場合(図3)や下眼瞼に限局する場合(図4)は,他疾患である.涙.炎のようなMCTの偏位がないことが,(24)他疾患を示唆する所見である.また,膨隆部位がstonelikehardであったりMCTより上方であったりする場合は,重篤な副鼻腔疾患のことがあり,必ず耳鼻咽喉科に相談する.視診で膨隆がない場合,繰り返す結膜炎や慢性の流涙症状があれば涙.の圧迫試験を行う(図5).圧迫で涙.内に貯留した粘液の逆流をはっきりと認めれば涙.炎で,DCRの適応である.また,圧迫試験が陰性でも涙洗では膿の逆流を認める場合があり,これもDCR適応である.このような症例の中には造影や涙洗で鼻涙管の開存を証明する場合もあるが,DCR適応として問題ない.これらの簡単な検査で,DCRの適応判断が可能である.しかし,DCRをもし鼻内法で行った場合にその利点を生かせるかどうか考えるには,さらに専門的な検査が必要になる.上下段とも右の慢性涙.炎症例で圧迫しても逆流なし.触診では,上段はelastichard,下段はelastic.ともに骨のようなゴツゴツ感(stonelikehard)はない.図2涙.の膨隆所見LacrimalsacCyst図3副鼻腔炎の症例流涙症で眼瞼が腫れてきたので涙.炎を疑われ,紹介された.左眼瞼において,涙.部に限局しない眼瞼全体の腫脹があり,MCT偏位はみられない.涙洗では涙小管閉塞Grade1と診断したが,CTで前篩骨洞の粘膜肥厚所見が認めた.抗菌薬内服で腫脹は消失し,涙道も自然に再開通した.(25)図4涙.憩室炎の症例慢性涙.炎に対して鼻涙管チューブ留置治療を行ったが再発し紹介された.左眼瞼において下眼瞼を中心に腫脹がありMCT偏位はみられない.涙道内視鏡検査では異常がみられず,MRI(九州大学高木健一先生のご厚意による)で涙.に接する.胞がみられた..胞を涙.ごと摘出し治癒した.涙道は涙小管と鼻粘膜を吻合して一期的に再建した.あたらしい眼科Vol.32,No.12,20151657図5涙.の圧迫試験慢性涙.炎において涙小管に異常がない場合,涙.部を検者の指で圧迫すると粘液逆流がみられる.これを細隙灯で確かめるのがmicro-refluxtest(MRT).ただし,下部鼻涙管閉塞症においてはこの試験で逆流がみられない場合がある.また,総涙小管閉塞でマイエル洞が拡張している場合,総涙小管内に粘液が貯留することがあるので,わずかな逆流では涙.炎とは確定診断できない.涙小管炎でも少量の混濁の強い膿性逆流を認める.(あたらしい眼科32:1294,2015,図1より引用転載)図7中鼻甲介の大きい症例右の中鼻道内視鏡写真中鼻甲介は大きなaircellを含んでおり,中鼻道一杯に広がっている.DCRのためには,すべて切除する必要はない.縦に鼻粘膜切開を入れて外側半分のaircellを除去すれば,術野を確保できる.図6さまざまな鼻腔の広さすべて右の中鼻道内視鏡写真.鼻腔の広い順番は,左上,右上,左下,右下.上段は鼻内法適応.下段は鼻外法適応.鼻中隔形成術を併用すれば下段でも鼻内法が可能である.海外ではDCRは一般眼科の仕事ではなく,眼球疾患を取り扱わない眼形成手術専門領域の仕事であり,鼻中隔形成併用DCRは珍しくない.図8中鼻甲介の高さいずれも右の中鼻道内視鏡写真.左:中鼻甲介の付け根が天蓋に近い.内総涙点から涙.に水平に差し込んだ涙道内視鏡の照明光が中鼻甲介より低い位置に透けてみえる.この涙.と中鼻甲介の位置関係はlowsacpositionともよばれる.初心者には鼻内法の絶好の機会となる.右:中鼻甲介の付け根が天蓋から遠い(低い).Highsacpossessionともよばれる.Maxillarylineを開窓しても鼻涙管しかない.涙.は中鼻甲介より上方にある.涙道内視鏡がなくても,鼻内視鏡のみで判断可能.図9CT.涙.造影左:左涙.の大きい症例.右:右涙.の小さい症例.いずれもイオパミロン370を生食で5倍希釈して造影.左の症例はEDCRを選択した.右の症例は涙.が拡張していないのでmarsupializationがむずかしく,しかも患者が高齢で全身疾患もあるため,まずは鼻涙管チューブ留置治療で様子をみることにした.図10ケリソンロンジャーとノミの使い方左:ケリソンロンジャーの使い方.内視鏡は上,道具が下.これが鼻内視鏡下手術の基本である.こうすると内視鏡先端レンズ面の血液汚れが少なくなるので,出し入れの必要が減って手術が早くなる.ロンジャーは利き手で操作するので,左手効きの術者は患者の左側に立つ.右:ノミの使い方.ノミを助手が叩くので,変則的に内視鏡が下でノミが上.内視鏡の血液汚れはやむを得ない.図11上顎骨露出面の肉芽形成左上:上顎骨の露出面が残ったまま手術を終了.右上:術後2週間.右下:術後1カ月でまだ鼻粘膜が生えていない.左下:術後2カ月で同部位に肉芽形成がみられた.トリアムシノロン注射やマイトマイシンC塗布などで治療すれば成績には影響しないが,通院の手間がかかって鼻内法の利点が損なわれる.図12長いチューブの使い方上段:涙小管からのチューブを鼻孔の外へ引き出すことで涙.前弁が前方にたくし上げられている.下段:そのままガーゼパッキングを行うことで,ガーゼによる術者の意図しない前弁押し込みが防止できる.余ったチューブは適宜はさみで切断する(左下).図13Marsupializationを確実にする粘膜弁縫合上段:7-0青ナイロン糸(7mm,3/8circle,松田医科器械)を用いて鼻粘膜と涙.前弁を縫合する.後弁同士は,並べて置くだけで自己血液中のフィブリンで互いに張りつく.下段:術後1カ月.骨露出部分がなく,リノストミーが完成した.このようにできあがると涙.炎が完治し,狭窄も生じないので術後治療を終了できる.あたらしい眼科Vol.32,No.12,20151663(31)位を術者自ら直接圧迫する.この圧迫法で数分から十数分で止血する.b.術後鼻出血鼻内外法にかかわらず,術後10日目前後に突然に鼻出血を生じる場合がある.筆者らの経験では1,000例中3.4例の頻度である.その場合には夜中でもすぐに医療機関に連絡するよう退院時に指導しておく.患者の連絡があれば,軽いうつ向きの姿勢をとって鼻翼を圧迫させ,口に溜まる血液は吐き出させる.また,同時に血管収縮目的で,創部付近を冷却させる.これで15分様子をみて止血しなければ,救急受診させてガーゼパッキングを行う.手術椅子に患者を座らせ,頭がヘッドレストで抑えられた状態でガーゼを押し込むのがコツである.遠方の患者で夜間連絡の場合は,15分の様子見の間にインターネットで地域の夜間診療機関を探し,術者自ら電話で対応をお願いする.アプローチ方法の違いにかかわらず,DCRを施行する場合は,常に緊急連絡を受けることができるよう体制を整えておく必要がある.おわりにDCRは,鼻内法に限らずいかに涙.を展開しきるか(marsupialization)が勝負である.「バイパスを作る」という概念のうちは,結局は鳥の巣箱のようなリノストミーに終わり,DCR代替治療法と似た治療効果減弱に悩むことになる.その先は,DCRの本領を知らないまま,これなら鼻涙管チューブ留置治療でもケッコウイケテルのではないかという逃げの方向に流れ始める(筆者の自己経験).バイパスからmarsupializationへの発想の転換こそ,筆者をDCRに引き戻してくれたアイデアである.また,これこそが世界標準の涙道閉塞治療法を習得する第一歩である.文献1)TsirbasA,WormaldPJ:Endonasaldacryocystorhinosto-mywithmucosalflaps.BrJOphthalmol87:43-47,20032)CodereF,DentonP,CoronaJ:Endonasaldacryocystorhi-nostomy:Amodifiedtechniquewithpreservationofthenasalandlacrimalmucosa.OphthalPlastReconstrSurg26:161-164,20103)WooKI,MeangHS,KimYD:characteristicsofintranasalstructuresforendonasaldacryocystorhinostomyinasians.AJO152:491-498,20114)鈴木亨:涙.鼻腔吻合術鼻内法における最近の術式とラーニングカーブ.眼科手術24:167-175,20115)松山浩子,宮崎知佳:涙.鼻腔吻合術鼻内法の主述成績.眼科手術24:495-498,2011