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網膜中心静脈閉塞症の治療戦略

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1125.1130,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1125.1130,2014網膜中心静脈閉塞症の治療戦略ManagementStrategyforCentralRetinalVeinOcclusion瓶井資弘*はじめに網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)は,日常臨床で遭遇する機会が比較的多い疾患であるにもかかわらず,標準的治療法は確立されていなかった.これまでエビデンスの証明された治療法は網膜光凝固術のみであったが,2013年より抗VEGF薬の使用が認可され,CRVOの治療戦略は大きく変わってきている.I治療方針黄斑浮腫と血管新生が治療の対象となる.黄斑浮腫に関しては,抗VEGF薬が認可され,第一選択治療となってきているが,用法は未だ確立されていない.すなわち,初回投与基準(経過観察の基準),再投与基準,診察間隔などがまだ確立されていないので,本稿では私見を述べる.また,CRVOの黄斑浮腫に対する網膜光凝固は,視力改善効果がないことが大規模臨床試験で示された1)ので,欧米では施行されない.ただ,発症後時間を経過しても遷延する黄斑浮腫のうち,毛細血管瘤など漏出点が明らかな症例に対しては,局所光凝固は有効であり2),適応があると考える.一方,血管新生に関しては,欧米では新生血管が生じてからの治療が推奨されている3)が,わが国では予防的網膜光凝固が一般的に行われている.高度虚血型には初回から光凝固を考慮したほうがいいと思われるが,大多数の症例では予防的網膜光凝固の適応はない.また,新生血管のみでは抗VEGF薬の適応はないが,黄斑浮腫も存在する症例ならば,抗VEGF薬を投与することで初期の新生血管は容易に消退し,同時に汎網膜光凝固を施行することで,新生血管緑内障への進行防止は容易になった.また,本症は,①高血圧症,動脈硬化,糖尿病,血液疾患などの全身疾患,②開放隅角緑内障(急峻な乳頭陥凹)などの眼科疾患を基礎疾患とすることが多く,その治療が大切である.また,塩分・コレステロール摂取制限の食生活や適度の運動,こまめな水分摂取を奨める.II抗VEGF薬の用法1.初回投与基準(経過観察の基準)後述する問題点もあり,全例に投与することはない.治験の適応基準はすべて視力0.5以下であるので,その点から考えても,視力0.6以上の症例はしばらく経過観察で良いと考える.特に視力0.9以上であれば,明確なエビデンスはないが,まず自然寛解することが期待できるので,経過観察とすべきである.ただし,視力0.6以上でも,患者が早期の視力回復を望む場合は,抗VEGF薬の硝子体内投与を施行するのが良いと考える.視力0.1未満の虚血型CRVOに対しては,有意な視力改善効果はあるが,改善後の視力は0.1以下にとどまっていることが多い4).したがって,反対眼が視力良好な患者は,改善の自覚がなく,経済的,身体的および精神的に負担の大きい抗VEGF薬硝子体内注射を希望し*MotohiroKamei:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕瓶井資弘:〒565-0871大阪市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(45)1125 表1抗VEGF薬初回投与基準①視力0.5以下の非虚血型CRVO②1.2カ月経過観察しても改善傾向のみられない視力0.6以上の症例③早期改善を希望する視力0.6以上症例④虚血型CRVOに対しては1,2回投与してみて視力改善が得られ,患者の継続希望があれば継続治療を行う表2抗VEGF薬再投与基準①発症後1年以内は,前回中心窩網膜厚に対して10.20%の悪化がみられた場合か,300μm以上の浮腫がみられる場合②発症後1年以降は視力が前回値より2段階以上悪化した場合表3診察間隔最初の半年:毎月診察.その間に薬効持続時間を把握6カ月以降:薬効持続期間毎に診察.再投与基準を満たす悪化がみられなければ,診察間隔を1カ月ずつ延ばしていく 早期晩期RV=(0.8)RV=(0.7)RV=(0.9)RV=(0.6)RV=(0.6)RV=(0.6)RV=(0.5)RV=(0.5)RV=(0.7)RV=(0.5)図1視力と黄斑浮腫の乖離早期(左列)は浮腫の変化が視力の変化に先行する.75歳,女性.右眼網膜静脈分枝閉塞症.初診時,黄斑を含む網膜浮腫がみられ,視力は(0.8).抗VEGF薬投与により,1カ月で網膜浮腫は大幅改善しているが,視力改善は(0.7)と,むしろ低下.2カ月後になってやっと視力は(0.9)に改善してきているが,逆に浮腫は再燃傾向にある.浮腫悪化が1カ月進行すると,視力も(0.6)に低下してきたので,再度抗VEGF薬投与.2週後には網膜浮腫は再び改善しているが,視力は(0.7)と若干上昇程度と改善が遅れている.後期(右列)は浮腫の増減にかかわらず視力が一定している.同一症例の発症後1.2年以降にかけて,黄斑浮腫は抗VEGF薬投与による寛解と再燃を繰り返しているが,視力は(0.6).(0.5)と,浮腫の増減にかかわりなく,ほぼ一定している. 表4高度虚血の目安①全周にわたり多数の綿花様白斑がみられる②網膜静脈の血柱色調が暗赤色である③蛍光眼底造影で30乳頭面積以上の無灌流領域④フリッカーERG(明所)でb波の潜時が37ms以上図2高度虚血症例眼底(左)では視神経乳頭周囲,特に耳側に多数の綿花様白斑がみられ,蛍光眼底造影(右)では網膜全周にわたる広範囲の無灌流領域がみられる. 治療前3カ月後7カ月後3カ月後7カ月後治療前1回目2回目図3漏出血管凝固発症後2年以上を経過し,治療に抵抗する遷延性黄斑浮腫に対し,漏出血管凝固を施行し,奏効した症例.蛍光眼底造影を施行し,漏出点に対しyellowの波長で,小照射径・短時間・低出力(50μm×0.02秒×100-200mW)の照射を2回行い,浮腫軽減の効果が得られている. –

網膜静脈分枝閉塞症の治療戦略

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1119.1124,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1119.1124,2014網膜静脈分枝閉塞症の治療戦略ManagementofBranchRetinalVeinOcclusion飯島裕幸*はじめに網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)治療の主目的は2つある.1つは急性期のおもに黄斑浮腫による視力低下の回復であり,もう1つは慢性期,硝子体に立ち上がる網膜新生血管(neovascularization:NV)破綻による硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)の予防である.I黄斑浮腫による視力低下への治療介入時期急性期BRVO眼の黄斑浮腫は可逆性のことが多く,視力予後は比較的良好である.無治療にて本症の自然経過をみた報告では,40%で最終0.8以上の視力が得られたと報告された1).そのうち半数程度での発症後1.2カ月での視力は0.1.0.2程度と不良であったが,発症後3カ月あたりから視力が回復し始めた.したがって実臨床では,BRVO推定発症時期から3カ月くらいは,自然軽快を期待して経過観察するのがよい(図1,2).3.6カ月で視力改善の傾向がみられない場合,抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)薬硝子体内注射など治療介入を検討する2).一方,BRVOと診断後ただちに抗VEGF薬治療を開始したほうがよいとする論文3)もみられるが,根拠となったBRAVOスタディで,初回ラニビズマブ硝子体内注射を行った時期はスクリーニングの1カ月を含め,平均4.5カ月後となっているので4),3カ月程度の待機は問題ない.II黄斑浮腫に対する治療選択かつては網膜出血が吸収されてから施行するグリッドレーザー光凝固(gridlasercoagulation:GPC)が唯一エビデンスのある治療であったが,その視力改善効果は小さかった5).GPCをコントロールとする研究を含め,これまでの治療研究での視力改善効果をEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)文字数ゲインで評価すると,GPCで5文字以下,ステロイドの硝子体注射で10文字以下,抗VEGF薬硝子体内注射で15.20文字,硝子体手術で15文字程度であった6).したがって,より大きな視力改善効果を期待するなら抗VEGF薬硝子体内注射が最良であり,繰り返す再注射を望まないのであれば硝子体手術もよい.III抗VEGF薬硝子体内注射の問題点硝子体注射自体の合併症である水晶体損傷,網膜損傷,眼内炎に加えて,抗VEGF薬硝子体内注射の最大の問題点は,黄斑浮腫の再発である.1回の注射で浮腫がおさまることもあるが,およそ7割で注射後約3カ月には浮腫が再発し,矯正視力も治療前のレベルにまで戻る7).ただし毎回の注射ごとに約3割の症例では再発なく治療を終了できるので,4回までの硝子体内再注射後も,浮腫再燃のために治療を終了できないのは1/4以下で,エンドレスの治療という批判はあたらない7).*HiroyukiIijima:山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学〔別刷請求先〕飯島裕幸:〒409-3898中央市下河東1110山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(39)1119 図154歳,男性の眼底写真とOCT,Humphrey視野1カ月前から左眼が見にくいとして紹介された.左眼視力は0.3で,耳側上方のBRVOによる黄斑浮腫が中心窩に及んでいる.6001,200BCVACFT500矯正視力BCVA0.84000.63000.42000.2100000100200300発症後日数図2図1の症例を無治療で経過をみた際の矯正視力と中心窩網膜厚の変化発症後3カ月頃には中心窩網膜厚は減少し,矯正視力も回復してきている.中心窩網膜厚CFT(μm)CFT(μm)20010000.10.20.30.40.50.60.70.80.91.01.11.2logMAR図3ベバシズマブ硝子体内注射で治療したBRVO黄斑浮腫眼,84眼の最終受診時データ中心窩網膜厚(CFT)と矯正視力の関係を示している.矯正視力0.7(logMARで0.15)の眼のなかには中心窩網膜厚が250μmを超える例が多数含まれる.一方,CFTが正常であっても矯正視力0.5以下(logMARで0.30以上)の視力不良眼も多い.(未発表データ)1,1001,000900800700600500400300 図4ベバシズマブ硝子体内注射(IVB)を5回施行後の64歳,男性の右眼の眼底写真と早期,後期のFA像右眼のBRVO黄斑浮腫に対してIVBを3回施行して,初診時0.3だった矯正視力が0.9にまで改善したが,その後浮腫が再燃し,IVBを2回追加したが治療に反応しなくなり,浮腫は残存,矯正視力も0.5にとどまっている.カラー眼底写真ではBRVOの網膜出血は吸収しているが,輪状白斑を示している.早期FAでは多数の毛細血管瘤がみられ,後期FAでは淡い蛍光貯留と静脈の壁染色がみられ,糖尿病網膜症の血管病変に類似する. 図5レーザー光凝固治療を受けて受診した52歳,女性の眼底写真とHumphrey30.2グレースケール表示1カ月前,右眼視力低下で近医受診し,ただちにレーザー光凝固治療を受けた後,中心視野が暗くなったとして受診した.右眼矯正視力は0.3.図は当科初診時のものである.すでに出血は吸収されているが,右眼の上耳側静脈に沿う領域にレーザー光凝固瘢痕がみられ,神経線維層障害を示唆する神経線維束欠損(NFLD)がみられる.凝固斑の範囲は中心窩よりも鼻側上方網膜に限局するが,視野では対応する下耳側にとどまらず,下鼻側にも広がる不規則で深い暗点がみられる.網膜内層に出血の残る急性期BRVOに対して行ったレーザー光凝固によって生じた,凝固範囲をはるかに超える医原性暗点と考えられた. 図6陳旧期BRVOによるNV発生の経過観察のために通院していた60歳,男性のカラー眼底写真とFA像右眼矯正視力は1.0.長い矢印は検眼鏡でははっきりしなかったが,フルオレセイン蛍光造影検査(FA)にて蛍光漏出を示したことで発見された新生血管(NV)である.短い矢印は一見NV様にみえるが,FAでは蛍光漏出を示さないのでNVではなく側副血行路と考えられる.NV周辺のNPAにレーザー光凝固治療を行った.図7陳旧期BRVOの68歳,女性のカラー眼底写真とFA,Humphrey30.2視野検査のグレースケール表示発症後7カ月の時点で,左眼矯正視力は0.1.カラー眼底写真では出血はほぼ吸収している.FAにて下耳側静脈領域は広いNPAを生じている.対応する上耳側視野は絶対暗点となっている.NVは生じていないが,NPAの領域に対してレーザー光凝固を行っても,すでに絶対暗点で,これ以上の視野悪化の危険性はない.NVを生じるかどうか不明だが,NV発生まで延々と経過観察するより,レーザー光凝固治療してフォローを終了することが患者のためになると考えて,レーザー光凝固治療を行った.なお,視力不良は中心窩周囲毛細血管網破壊のためと考えられる. –

糖尿病黄斑浮腫の手術治療の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1113.1118,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1113.1118,2014糖尿病黄斑浮腫の手術治療の進歩AdvancesinVitrectomyforDiabeticMacularEdema山切啓太*はじめにびまん性糖尿病黄斑浮腫(diffusediabeticmacularedema:diffuseDME)は,糖尿病網膜症における視力障害の主要な要因である.治療の選択肢が複数あることは本来喜ぶべきことではあるが,実際にはどの時期にどの治療を選択するのが良いか,ということが混沌としているため,かえってむずかしい判断を迫られることも多い.一方で,複数の治療の選択肢はあるものの,単一の治療で対処できる疾患ではないのも事実である.したがって,侵襲が小さい(と思われる)方法から順に試みる,という考え方は患者側にも非常に受け入れられやすい.そのため本稿のテーマである硝子体手術は,その有用性を示した報告はこれまで多数存在するにもかかわらず,治療侵襲や患者への負担などの問題から「最後の」手段と考えられがちである.現在の硝子体手術は,すでに何らかの治療を(場合によっては複数回)受けたが十分な効果が得られなかったか,すでに視力が不良となっている症例を対象としていることが多い.しかし,近年の小切開硝子体手術システム,広角観察システムの普及や可視化剤の併用により,手術侵襲は小さく,安全なものとなってきていることを考えると,硝子体手術は決して「最後の」手段ではなく,「早期に」選択しうる治療へと変わりつつある.本稿では,diffuseDMEを対象とした過去の報告の概要や,当科での過去の治療成績とその特徴を示す.また,現在山形大学,当科をはじめとした全国20施設で進行中の臨床試験の概要も紹介する.I硝子体手術はなぜ有効なのか黄斑浮腫の原因と治療を考えるうえで,硝子体牽引もしくは黄斑前膜の有無は大切なポイントである.黄斑周囲の硝子体皮質,もしくは膜様物が収縮し牽引する病態がみられる場合は,硝子体手術の良い適応になる(図1a.c).それでは,硝子体牽引や黄斑前膜を伴わない症例に対する硝子体手術の奏効機序は何か,ということになる.硝子体手術の奏効機序としてYamamotoらは,血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)やインターロイキン6といった炎症性サイトカインなどの起炎性物質を物理的に除去することで網膜血管からの漏出を抑制しうること,硝子体切除による網膜前酸素分圧を増加させることによって,黄斑浮腫を減少させ,視力を改善しうると考察している1).即効性のある方法ではないが,薬物療法や光凝固治療の奏効機序の両方を1回の治療で行いうることを考えると,相応のメリットが期待できる.なお,図2に,当科の症例の眼底写真ならびに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見を示す.視力,中心窩網膜厚とも改善していることがわかる.II硝子体手術のポイント硝子体手術で最低限行うべきことは,後部硝子体.離*KeitaYamakiri:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学〔別刷請求先〕山切啓太:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(33)1113 1114あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(34)abc図1網膜前膜を伴うdiffuseDME症例a:カラー眼底写真.b:蛍光眼底検査では,典型的な.胞様黄斑浮腫所見を呈する.c:OCT所見では,網膜前膜と網膜内のcystを認める.ba図260歳女性:左眼diffuseDMEに対する硝子体手術前(a)と,手術後6カ月(b)の眼底写真とOCTa:術前所見では,中心窩.離を伴う黄斑浮腫を認める.術前視力(0.3),中心窩網膜厚(レチナルマップ1mm)844μm.b:術後6カ月では,.胞は残存するものの浮腫も軽快している.術後視力(0.7),中心窩網膜厚377μm.abc図1網膜前膜を伴うdiffuseDME症例a:カラー眼底写真.b:蛍光眼底検査では,典型的な.胞様黄斑浮腫所見を呈する.c:OCT所見では,網膜前膜と網膜内のcystを認める.ba図260歳女性:左眼diffuseDMEに対する硝子体手術前(a)と,手術後6カ月(b)の眼底写真とOCTa:術前所見では,中心窩.離を伴う黄斑浮腫を認める.術前視力(0.3),中心窩網膜厚(レチナルマップ1mm)844μm.b:術後6カ月では,.胞は残存するものの浮腫も軽快している.術後視力(0.7),中心窩網膜厚377μm. 図3硝子体手術所見図4硝子体手術所見トリアムシノロンによる可視化を行い,視認性を改善トリアムシノロンによる可視化を行い,視認性を改善させている.残存硝子体皮質をバックフラッシュの受させている.ILM鑷子を用いて内境界膜を.離して動吸引により除去している.1枚のシートのまま,ちいる.網膜面に沿うように.離していく.ぎらないように除去するのが良い. 1116あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(36)告している3).ただし上述の2報は,半数以上の症例が①増殖網膜症であること,②黄斑部光凝固やステロイド投与をすでに受けている症例であることなど,diffuseDMEに対する硝子体手術の効果を判定するには問題が大きいことを勘案して結果を解釈するべきであろう.一方で,下記に示すわが国からの報告は増殖網膜症を含んでいないため,diffuseDMEに対する治療効果を評価するうえで,一般に臨床で得られる結果を示していると思われる.過去に報告された硝子体牽引のないdiffuseDMEに対する治療成績の概要を表1に示す.Kumagaiらは,黄斑牽引のないdiffuseDME496眼という多数例,観察期間も平均74カ月と長期の手術結果を報告している.主要評価項目は視力変化である.術後5年の時点で52.7%の症例で視力が改善し,効果は長期に及ぶとしている.ILM.離の効果については,術後1年の時点ではILM.離例の視力改善の程度は有意に小さいが,5年後には差がなくなっていたことから,どちらも有用と結論づけている4).Shimonaganoらは,61眼を対象として6カ月以上経DiffuseDMEに対する硝子体手術後6カ月観察した報告では,対象の241眼中170眼は術前に硝子体牽引が認められていたこと,術前に6割の症例が光凝固治療を受けていること,術中にもさらにトリアムシノロンの硝子体注射を併施されるなど,基準や手技が一定していない.視力転帰は,術前視力が20/40以上の症例では10文字以上の改善症例が5%であったのに対し,10文字以上の悪化は24%とむしろ悪化例が多かったものの,術前視力が20/80未満の症例では10文字以上の改善を示す症例が38%存在し,悪化例(19%)の倍にのぼることが示されている.また,中心窩網膜厚も412μmから278μmまで減少している.硝子体牽引を除去した症例のほうが有意に改善していることから,硝子体牽引症例での有用性を示している2).また,硝子体牽引が認められ,かつ術前視力が20/63以下の症例を対象とした報告では,術後6カ月の時点で10文字以上改善した症例は38%存在したが,10文字以上悪化した症例も22%存在していた.中心窩網膜厚は,68%の症例が術前と比べ50%以上の減少を示したと報図5ILM.離後に中心窩の網膜.離が拡大し,硬性白斑の増加を認めた症例の眼底写真とOCTa:術前所見.中心窩網膜.離を認める.b:術後1.5カ月の所見.中心窩網膜.離が拡大し,その部は硬性白斑で満たされている.ab図5ILM.離後に中心窩の網膜.離が拡大し,硬性白斑の増加を認めた症例の眼底写真とOCTa:術前所見.中心窩網膜.離を認める.b:術後1.5カ月の所見.中心窩網膜.離が拡大し,その部は硬性白斑で満たされている.ab 表1黄斑牽引のないdiffuseDMEの硝子体手術成績症例数年齢(歳)観察期間(月)術前視力(※)術後視力(※)術前中心窩網膜厚術後中心窩網膜厚視力改善(%)不変(%)悪化(%)術前PC(%)Kumagaiら48660740.190.31──53311618Shimonaganoら6161250.170.2851624656341046Yamamotoら6560120.150.214642254549682すべての報告で,約半数が視力改善している.中心窩網膜厚は術前の半分以下に改善している.※視力は小数視力に換算している.過を観察した結果を報告した.評価項目は視力とOCTによる中心窩網膜厚である.ILMは温存している.その結果,術後6カ月以降視力は56%の症例で有意に改善し,その効果は48カ月時点でも持続している.また中心窩網膜厚も82%の症例で,3カ月以降は有意な減少となっている.さらに,術前視力が良い群のほうが視力転帰が良い傾向にあることも指摘している5).ところで治療成績を評価するにあたって,対象症例の全身条件は大切な要素であるが,実際には全身条件を術後経過までマッチングさせることは困難である.実験的要素が強くなってしまうため,大規模な研究は組めないものの,同一患者でそれぞれの眼に異なった治療法を割り付けるpaired-eyestudyを行うことで解決しうる.Doiらは20名の両眼のdiffuseDME症例を,ランダムに片眼をステロイド硝子体注射,僚眼を硝子体手術に割り付けるpaired-eyestudyを行い,治療成績を比較した.その結果,術後1カ月では有意にステロイド群のほうが中心窩網膜厚を減少させるものの,6カ月時点では同等となり,術後1年では硝子体手術群の中心窩網膜厚が有意に減少していた.この報告では,目標症例数の設定に際して中心窩網膜厚を基準としていたためか視力転帰は手術群のほうが良好であったが,有意差はみられなかった6).以上の報告をまとめると,diffuseDMEに対する硝子体手術は,中心窩網膜厚を減少させ,半数以上の症例で視力が改善するが,特に視力に関しては回復に時間がかかるようである.ただし,これまでの報告はいずれも術前視力がすでに低下した状態で施行されているケースが多く,そのため改善が制限されている可能性も否定できない.硝子体手術の有用性を評価するためには,やはり視細胞の状態が良いうちに手術を行った結果を評価するための前向き研(37)究が必要である.IVDiffuseDMEに対する多施設共同ランダム化比較試験現在,全国20施設において,硝子体牽引のないdiffuseDMEに対する硝子体手術とトリアムシノロンアセトニドの硝子体注射のランダム化比較試験が進行中である.本研究では術前視力が小数視力で0.3.0.6と比較的視力が良く,かつ中心窩網膜厚はレチナルマップ(1mm)測定により300μm以上の症例を対象としている.視力を主評価項目,中心窩網膜を副次評価項目として経過を観察する.観察期間は24カ月である.おわりに糖尿病患者は現在増加の一途をたどっている.当然,網膜を専門領域としていない眼科医であっても治療に従事する機会は今後増えるであろう.もちろんdiffuseDMEの治療方針は,医学的な根拠だけではなく,社会的,経済的な背景も含めて決定されなければならないため,硝子体手術を早期に選択することがベストとは限らない.ただし硝子体手術は,数多くの先人の努力により確立されたきわめて高度で優れた治療方法であり,diffuseDMEにとっては眼内環境をリセットしうる最も確実な方法であるため,時期や条件などが適切に選択されれば十分に患者にとっての福音となりうると考えている.文献1)YamamotoT,HitaniK,TsukaharaIetal:Earlypostoperativeretinalthicknesschangesandcomplicationsaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.AmJOphthalmol135:14-19,20032)DiabeticRetinopathyClinicalReserchnetwork:Factorsあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141117 1118あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(38)5)ShimonaganoY,MakiuchiR,MiyazakiMetal:Resultsofvisualacuityandfovealthicknessindiabeticmacularedemaaftervitrectomy.JpnJOphthalmol51:204-209,20076)DoiN,SakamotoT,SonodaYetal:Comparativestudyofvitrectomyversusintravitreoustriamcinolonefordiabeticmacularedemaonrandomizedpaired-eyes.GraefesArchClinExpOphthalmol250:71-78,2012associatedwithvisualacuityoutcomesaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.Retina30:1488-1495,20103)DiabeticRetinopathyClinicalReserchnetwork:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,20104)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termfollow-upofvitrectomyfordiffusenontractionaldiabeticmacularedema.Retina29:464-472,2009

糖尿病黄斑浮腫に対する薬物治療

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1105.1112,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1105.1112,2014糖尿病黄斑浮腫に対する薬物治療MolecularTargetingTherapyforDiabeticMacularEdema吉田茂生*小林義行*はじめに糖尿病網膜症は糖尿病の代表的な合併症であり,放置するときわめて重篤な視覚障害をきたす疾患である.厚生労働省による2007年の糖尿病実態調査では,わが国における糖尿病患者総数は890万人と報告されている.また現在も糖尿病自体の患者数は増加しつつある.久山町研究(福岡県)では,網膜症の有病率は糖尿病患者の15.0%1),舟形町研究(山形県)では23.0%2)と報告されている.網膜の中心に位置する黄斑は,中心視力を司る重要な部位であり,黄斑部の細胞内,細胞外に液体成分が貯留した状態が黄斑浮腫である.黄斑浮腫はさまざまな眼疾患に合併しうるが,糖尿病患者では約10%(糖尿病網膜症患者の20.30%)に黄斑浮腫が起こり,視力低下の主因となっている.したがって,糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)の鎮静化は患者の視機能保持の観点から重要である.DMEに対する治療法は大きく黄斑部光凝固・薬物療法・硝子体手術があるが(表1),絶対的な治療方法はまだ定まっていないのが現状である3).近年の分子細胞生物学的研究により,DMEの病態理解が飛躍的に進歩し,関与する生理活性物質が数多く同定された.それに伴い,抗炎症ステロイド薬の硝子体注射や後部Tenon.下注射が行われるようになった.さらに,DMEに血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が特に重要な働きをしているこ表1糖尿病黄斑浮腫に対する治療長所短所光凝固確立した治療比較的安価効果が乏しい症例Atrophiccreep抗VEGF薬強い効果多くの患者に有効効果が一時的高価全身への影響ステロイド安価多くの患者に有効白内障・緑内障効果が一時的硝子体手術難治例に適用可効果が持続効果が未確立入院の必要とがわかり,抗VEGF薬が開発され,眼科臨床に大きなインパクトを与えている4).本稿では,DMEに対する抗VEGF薬とステロイド薬による治療の現況について述べたい.I糖尿病黄斑浮腫の診断DMEの診断は,おもに検眼鏡やフルオレセイン蛍光造影検査(fluoresceinangiography:FA)によって行われてきたが,1996年から網膜の断層像を非侵襲的に描出することができる光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が臨床応用され,病態が客観的に評価できるようになった.OCTの分解能は当初20μmであったが,最近ではタイムドメインからスペクトラルドメイン方式への進化により3μmまで向上しており,測定速度も100倍程度速くなった.この結果,網膜各*ShigeoYoshida&YoshiyukiKobayashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉田茂生:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)1105 1106あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(26)管の透過性亢進や網膜色素上皮障害によって起こり,黄斑部全体が膨化し,.胞様黄斑浮腫や漿液性網膜.離を伴うことがある.FAでは黄斑部全体の網膜血管や網膜色素上皮からの漏出がみられる.DMEの原因は多彩で,単一症例でも複数の要因が混在していることが多いが,血管透過性亢進,血管閉塞といった網膜症の病態に付随して発症,進展する.長期に網膜血管の透過性亢進が持続すると,網膜色素上皮の機能が疲弊し,バリアや能動輸送の機能低下をきたして,層,外境界膜(ELM),視細胞内節外節接合部(IS/OS)などがより明瞭に描出され,黄斑の網膜厚マップが数秒で得られるようになった.現在ではOCTはDMEの診断と治療評価に必要不可欠になってきている(図1).DMEは一般に局所性浮腫とびまん性浮腫に分類される.局所性浮腫は,おもに毛細血管瘤からの漏出による部分的な浮腫で,硬性白斑を伴っていることが多い.FAでは浮腫内の毛細血管瘤からの蛍光色素の漏出がみられる.一方,びまん性浮腫は,黄斑部の広範な毛細血abcd図1糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ治療前後の変化a:投与前眼底.網膜出血,硬性白斑,黄斑浮腫を認める.b:フルオレセイン蛍光造影の写真.黄斑部網膜からの蛍光色素の漏出がみられる.c:光干渉断層計による網膜厚マップと網膜断面像.網膜が浮腫のために肥厚している.d:ラニビズマブ硝子体注射後の光干渉断層計による網膜断面像では網膜厚が減少し,中心窩陥凹が復活している.abcd図1糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ治療前後の変化a:投与前眼底.網膜出血,硬性白斑,黄斑浮腫を認める.b:フルオレセイン蛍光造影の写真.黄斑部網膜からの蛍光色素の漏出がみられる.c:光干渉断層計による網膜厚マップと網膜断面像.網膜が浮腫のために肥厚している.d:ラニビズマブ硝子体注射後の光干渉断層計による網膜断面像では網膜厚が減少し,中心窩陥凹が復活している. 表2眼科領域で用いられている抗VEGF薬一般名ペガプタニブベバシズマブラニビズマブアフリベルセプト製品名マクジェンRアバスチンRルセンティスRアイリーアR製剤アプタマー中和抗体中和抗体断片融合蛋白ターゲットVEGF-A165VEGF-AVEGF-AVEGF-A,-B,PlGF分子量(KD)5015048110血中半減期(日)10210.2518 1108あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(28)あることを示唆している9).眼科用に開発された他剤に比べて安価であるが,未認可薬であるため,今後後述のラニビズマブとアフリベルセプトに代わっていくと思われる.c.ラニビズマブ(ルセンティスR)米国で行われたRISE,RIDE試験(382症例)とよばれる第III相臨床治験では,①ラニビズマブ0.3mg,②ラニビズマブ0.5mg,③偽注射(無治療)群にそれぞれ割り付け,毎月投与による36カ月間経過観察を行った10).RISE試験において36カ月後に15文字以上の視力改善がみられた割合は,偽注射22.0%,ラニビズマブ0.3mg群41.6%,ラニビズマブ0.5mg群51.2%であり,ラニビズマブ投与群で有意に多いという結果であった(図2).24カ月から偽注射群にはラニビズマブ0.5mgのレスキュー治療が行われたが,36カ月目の時点ではラニビズマブ群が10文字以上の視力改善を示したのに対し,偽注射群では2.8文字の改善にとどまり有意な差を認めた.さらに,両ラニビズマブ群では黄斑浮腫の改善のみならず,網膜無血管領域の増加を有意に抑制することが明らかとなり,VEGFが網膜静脈閉塞症と同様に糖尿病網膜症においても網膜血管床の閉塞に関与していることが明らかとなった11).ヨーロッパを主体に行われたRESTOREStudyとよばれる第III相臨床治験では,DMEに対するラニビズマブ0.5mg硝子体注射と黄斑光凝固治療の効果が比較検討された12).RISE,RIDE試験と違い,月1回計3回投与の導入期投与後,必要時投与で行われた.36カ月の加齢黄斑変性治療薬として,ラニビズマブとアフリベルセプトは網膜静脈閉塞症治療薬としてすでに厚生労働省より認可されている.さらに,2014年2月にラニビズマブのDMEへの適応拡大が承認された.a.ペガプタニブ(マクジェンR)Macugen1013StudyGroupによる第II/III相臨床治験では,6週間ごとのペガプタニブ0.3mgの硝子体注射の効果が検討された8).ペガプタニブ群では6,24,30,36,42,54,78,84,90,96,102週時点のいずれにおいても対照の偽投与群(100眼)に比べて有意に平均視力が良好であった.102週の時点ではペガプタニブ群では6.1文字の視力改善に対し,偽投与群では1.3文字改善であった(p<0.01).黄斑光凝固治療を要した割合はそれぞれ25.2%と45.0%で,これも2群間で有意差を示した.これらの結果から,ペガプタニブのDMEに対する有効性が示された.前述のようにペガプタニブは病的アイソフォームであるVEGF-A165特異的な抑制薬であり,脳梗塞など全身的な基礎疾患のある患者にはより安全に投与されうる.しかし,欧州ではペガプタニブの加齢黄斑変性からDMEへの適応拡大申請が取り下げられており,期待ほど薬効がない可能性がある.b.ベバシズマブ(アバスチンR)BOLTstudyと呼ばれる第II相臨床治験では,投与後24カ月の時点でベバシズマブ硝子体注射(IVB)群では8.6文字の平均視力改善に対し,対照の黄斑光凝固群では0.5文字改善であった(p=0.005).中心窩網膜厚も両群で有意に改善し(p<0.001),IVBが有効な治療で平均最高矯正視力(ETDRS文字数)月7日目RISERIDE統合解析20151050-512.411.24.512.011.72.5363432302826242220181614121086420図2ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RISE,RIDE試験)平均最高矯正視力(ETDRS文字数)月7日目RISERIDE統合解析20151050-512.411.24.512.011.72.5363432302826242220181614121086420図2ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RISE,RIDE試験) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141109(29)回数は1年目が8.9回を要したが,2年目には2.3回,3年目は1.2回のみとRESTOREStudy同様経年的に減少した.即時光凝固群では遅延光凝固群と比較して視力改善の割合が小さいうえに悪化例の割合が多くなっている.このほかの臨床治験としてRESOLVEStudy,READ-2Studyなども行われており,いずれもラニビズマブの有用性を示唆している14,15).d.アフリベルセプト(VEGFTrap.EyeR)DAVINCIStudyとよばれる第II相臨床治験では,DME患者を5つの治療群(①アフリベルセプト0.5mgを4週間ごと硝子体注射,②アフリベルセプト2mgを4週間ごと投与,③最初にアフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後8週間ごと投与,④アフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後必要に応じて投与,⑤黄斑光凝固)のいずれかに無作為に割り付けた16).投与後6カ月の時点で,アフリベルセプト投与群(8.5文字.11.4文字改善)のほうが,光凝固群(2.5文字改善)よりも,平均視力が有意に改善した(p<0.0085)(図5).その治療効果は12カ月(52週)の時点においても維持された.アフリベルセプトはVEGF-A,-BおよびPlGFを抑制し,8週間ごとの投与は,ラニビズマブの4週ごとの投与に対し非劣性である.時点で,①ラニビズマブ硝子体注射+偽光凝固群,②ラニビズマブ硝子体注射+光凝固群の平均視力はそれぞれ8.0文字,6.7文字の改善であった(図3).③偽注射+光凝固群は12カ月目からラニビズマブ硝子体注射によるレスキュー治療が行われ,12カ月時点での0.8文字が徐々に改善し,36カ月で6.0文字の改善となった.これにより,ラニビズマブ単独治療および光凝固治療の併用は,光凝固単独治療より視力改善効果を示すことが明らかになった.またラニビズマブ投与回数は経年的に減少した.DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net/糖尿病網膜症臨床研究ネットワーク)によりより複雑で大規模な第III相臨床治験も行われた13).①ラニビズマブ0.5mg+即時(3.10日以内)黄斑光凝固群,②ラニビズマブ0.5mg+遅延(24週後以上)光凝固群,③トリアムシノロン4mg硝子体注射+即時(3.10日以内)光凝固群,④光凝固単独群,の4群に無作為割り付けが行われた.ラニビズマブは導入期に月1回計4回投与連続での投与を行い,その後は必要時投与で治療を行った.1年後にはラニビズマブ+光凝固併用(即時,遅延とも)群で平均9文字視力が改善し,トリアムシノロン+光凝固群(平均4文字)と光凝固単独群(平均3文字)より改善効果を示した(図4).平均投与363432302826242220181614121086420ラニミズマブ0.5mg投与群(n=83)光凝固群(n=74)ラニミズマブ0.5mg投与+光凝固群(n=83)ベースラインからの平均最高矯正視力変化(±標準偏差ETDRS文字数)中核試験評価中核試験月中間解析完全解析/試験終了延長試験(ラニミズマブ0.5mgを必要に応じて投与)121086420-2+7.9+7.1+2.3+7.9+6.7+5.4+8.0+6.7+6.0図3ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RESTORE試験)363432302826242220181614121086420ラニミズマブ0.5mg投与群(n=83)光凝固群(n=74)ラニミズマブ0.5mg投与+光凝固群(n=83)ベースラインからの平均最高矯正視力変化(±標準偏差ETDRS文字数)中核試験評価中核試験月中間解析完全解析/試験終了延長試験(ラニミズマブ0.5mgを必要に応じて投与)121086420-2+7.9+7.1+2.3+7.9+6.7+5.4+8.0+6.7+6.0図3ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RESTORE試験) 1110あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(30)IIIステロイド局所療法現在DMEに対するステロイド薬物治療として最もよく用いられているのがトリアムシノロンアセトニドである17).トリアムシノロンアセトニドは,以前よりケナコルトR筋注用として整形外科,皮膚科領域で広く使用されてきた懸濁性ステロイドである.ケナコルトRは,眼科領域では,ぶどう膜炎,眼窩炎性偽腫瘍や視神経炎に対する対症療法として使用されてきた.投与法としては硝子体注射とTenon.下注射がある.硝子体内投与はTenon.下投与よりも強力であるが,眼内炎,白内障,緑内障などの合併症のリスクが高い.ケナコルトRの硝子体投与はわが国では未認可であったが,2010年12月に添加剤を含まないマキュエイドRが眼科手術補助剤として発売され,2012年10月には,DMEに対する硝子体内投与への適応が追加された.薬効は3カ月程度持続するが,4.6カ月後になると浮腫の再発がみられる.抗VEGF薬より薬効持続時間は長いが,再発するたびに再注射を行う必要があるのは同じである.このため,米国では徐放性の硝子体内インプラントも開発されてきているが,日本での上市は未定である.DMEに対するトリアムシノロン硝子体注入療法(IVTA)と黄斑光凝固の第III相臨床比較試験が,米国アフリベルセプトの第III相臨床治験として,欧州,日本などでVIVID-DMEが,米国でVISTA-DMEが進行中である.1カ月ごと5回の導入期の後アフリベルセプト2mgを4週間ごと投与,アフリベルセプト2mgを8週間ごと投与,黄斑光凝固の3群で検討が行われている.この治験では,DAVINCIStudy同様,投与後12カ月で光凝固群より平均視力が有意に改善している.さらに現在DRCR.netによって,ベバシズマブ,アフリベルセプトとラニビズマブのDMEに対する比較試験も進行中であり,今後これらの薬効の差異が明らかになると思われる.硝子体注射の眼局所有害事象として眼圧上昇,視力低下,眼痛,結膜出血,網膜出血,眼内炎などが,全身有害事象として高血圧,心筋梗塞,脳卒中などがある.眼局所有害事象は4薬剤でおおむね一致しているが,ベバシズマブ硝子体投与はラニビズマブに比べて全身有害事象である出血性脳卒中のリスクが上昇することが明らかとなっている.ベバシズマブ蛋白は糖化され,Fc領域を含むため血中半減期が20日と長いことが起因していると考えられ,全身的基礎疾患のある患者への投与の際には,薬剤の選択に留意する必要がある.ベースラインからの視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群10410096928884807672686460565248444036322824201612840図4ラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化(DRCR.net)524844403632282420161284014121086420-2文字数ETDRS週:アフリベルセプト0.5mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg8週間毎投与群:アフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後必要に応じて投与した群:光凝固群図5アフリベルセプト投与後ベースラインから52週までの最高矯正視力の変化(DAVINCLStudy)ベースラインからの視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群10410096928884807672686460565248444036322824201612840図4ラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化(DRCR.net)524844403632282420161284014121086420-2文字数ETDRS週:アフリベルセプト0.5mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg8週間毎投与群:アフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後必要に応じて投与した群:光凝固群図5アフリベルセプト投与後ベースラインから52週までの最高矯正視力の変化(DAVINCLStudy) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141111(31)DRCR.netにより行われた18).その結果,黄斑光凝固群では3年後まで視力改善した一方,トリアムシノロン注射群では改善がみられなかった.さらに,眼圧上昇や白内障の副作用はトリアムシノロン群において多くみられた.すなわち,トリアムシノロン注射単独療法より光凝固の治療効果が高いことが明らかとなった.上述のように,DRCR.netによる,黄斑光凝固のみ,ラニビズマブ+黄斑光凝固,IVTA+黄斑光凝固の比較試験では,治療開始2年後にラニビズマブ+黄斑光凝固群が,IVTA+黄斑光凝固群あるいは黄斑光凝固のみ群に比べ有意に視力改善した(図4).しかし白内障術後眼内レンズ挿入眼に限定したサブ解析を行うと,IVTA+黄斑光凝固群はラニビズマブ+黄斑光凝固群と同等の視力改善効果を維持していた(図6).このことは,IVTAは黄斑部網膜に対してはラニビズマブとほぼ同等の治療効果があることが示された.したがって,トリアムシノロン療法は眼内レンズ挿入眼に限れば有用な治療法であるといえる.おわりにDMEに対する薬物治療の現況について概説した.抗VEGF薬は有効であるが,1回の治療効果は一時的であり,硝子体注射を繰り返す必要がある.しかし,安易な反復投与により重篤な眼合併症である細菌性眼内炎を引き起こす危険性が増すため,持続的なドラッグデリバリーシステムの確立が期待される.また,VEGFは組織の恒常性維持にも関与しており,正常網膜や全身への副作用を及ぼさない至適投与濃度を,抗VEGF薬ごとに最適化する必要がある.DMEの原因は多彩で,単一症例でも複数の要因が混在していることが多い.長期経過を経て形成された網膜血管障害や,網膜色素上皮細胞のポンプ機能が破綻したような陳旧例には,薬物治療の治癒効果は少ない.単独治療に固執せず,網膜光凝固術や硝子体手術などの他の確立した治療法とうまく組み合わせることで19)視機能の改善を図ることが必要である.筆者らは,適切な硝子体手術により硝子体腔内のVEGFが永続的に減少することを見出しており20),現時点では,まず患者に対し侵襲の少ない薬物治療を試み,病勢が治まらない場合,硝子体手術を行っている.もちろん糖尿病そのものを適切に管理することは大前提である.今後は,抗VEGF薬やステロイド薬と他の複数のDMEに対する治療法との組み合わせや投与時期などが最適化され,各人の病態や病期の正確な把握に基づいた個別化治療が展開されていくことが期待される.文献1)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:Comparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonpreva-lenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisaya-maStudy.Diabetologia47:1411-1415,20042)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,20083)野崎実穂,鈴間潔,井上真ほか:日韓糖尿病網膜症治療の現状についての比較調査.日眼会誌117:735-742,20134)後藤早紀子,山下英俊:糖尿病黄斑浮腫の薬物治療.あたらしい眼科29:139-142,20125)LeungDW,CachianesG,KuangWJetal:Vascularendo-thelialgrowthfactorisasecretedangiogenicmitogen.Sci-ence246:1306-1309,19896)SengerDR:Tumorcellssecreteavascularpermeabilityfactorthatpromotesaccumulationofascitesfluid.Science眼内レンズ挿入眼におけるベースラインからの平均最高矯正視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群n=260(52週)n=154(104週)1041009692888480767268646056524844403632282420161284011109876543210図6眼内レンズ挿入眼におけるラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化眼内レンズ挿入眼におけるベースラインからの平均最高矯正視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群n=260(52週)n=154(104週)1041009692888480767268646056524844403632282420161284011109876543210図6眼内レンズ挿入眼におけるラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化 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糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1097.1104,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1097.1104,2014糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩DevelopmentofLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema大越貴志子*はじめに糖尿病黄斑浮腫に対する光凝固は,黄斑部の機能の温存とレーザーによる組織侵襲という,相反することの両立が要求される特殊な治療である.この特殊性ゆえに,光凝固が始まって以来,およそ30年間にわたり低侵襲でかつ効果的な治療を追究するためレーザー発振装置のハード面,そしてソフトウェアの開発改良が進んでいる.現在なお,理想的な光凝固が完成された段階とはいえないが,レーザー機器の開発の歴史のなかでもこの数年間は最も進歩が盛んな時期といえよう.付加価値のついた新しいレーザー機器が次々と登場し,かつては効果の割には侵襲が大きかった格子状凝固も安全に,かつ簡便にできる治療に改良されつつある.また,近年の光干渉断層計などの画像診断技術の進歩は,照射すべき浮腫の責任病巣を明瞭に描出することで光凝固の質の向上に貢献している.さらに,ナビゲーションシステムを搭載したレーザー機器の登場は,レーザー発振装置と眼底イメージング技術を融合させたまったく新しいタイプのレーザー治療を提供し,光凝固の歴史のなかでの一つの転換期ともいえよう.本稿では,糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩を,侵襲の軽減という側面から解説するのと同時に,マイクロパルス閾値下凝固,パターンスキャンレーザーに搭載されたエンドポイントマネージメント,さらにナビゲーションシステムを搭載した新しいレーザー照射システムなど,最近進歩し注目されている糖尿病黄斑浮腫の光凝固法について解説する.そして将来の糖尿病黄斑浮腫治療の展望についても述べたい.I糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療の歴史レーザー治療は1960年代から眼科領域で網膜疾患の治療に用いられていた.糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療は1973年にPatz1)が報告したのが始まりで,その後,Whitelock2)が,.胞様黄斑浮腫に対する格子状凝固,すなわち中心窩を除く範囲に格子状にレーザーの凝固斑を置く方法を初めて報告し,網膜に適度の侵襲を加えることにより浮腫が改善することが当時から経験的に知られていた.糖尿病黄斑浮腫に対する初めてのエビデンスに基づく報告は1985年に米国の多施設大規模比較研究試験であるETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)3)のReport1であり,早期に黄斑局所光凝固を行うことにより視力が維持されることを報告した.糖尿病黄斑浮腫治療の基本は,毛細血管瘤に対する直接凝固と,浮腫の存在する部位に豆まき状に光凝固を置く格子状凝固のいずれか,または組み合わせであり,この治療法は現在においても糖尿病黄斑浮腫の基本的なレーザー治療法となっている.この当時のレーザーはアルゴンブルー(488nm)またはグリーン(514nm)といった今日黄斑疾患に用いられている波長より短いものであった.その後,液体レーザーである色素レーザーの開発により,黄色や橙色などより波長が長くよ*KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(17)1097 り黄斑のキサントフィルに吸収されにくい性質の波長が黄斑疾患の治療にふさわしいとの理由で導入されるようになった.しかし,メンテナンスの問題から色素レーザーは姿を消し,マルチカラーレーザー(532nm,561nm,659nm)が広く用いられるようになった.ETDRS3)の黄斑光凝固法(ETDRS凝固)は強いエビデンスに基づいたもので,欧米を中心に世界的に普及した.しかし,その後1990年代にETDRS凝固を施行した患者のなかに,凝固斑の拡大融合による暗点の形成や線維増殖などの合併症が発生し,その反省から,レーザー治療をより低侵襲にする試みがなされるようになった.その流れのなかで,閾値凝固4)や閾値下凝固5)などレーザーの照射条件を見直し,低侵襲なレーザー治療法が開発された.1997に筆者は従来の格子状凝固を低侵Exposuretime襲に改良した低出力広間隔格子状凝固6)を開発し,従来の格子状凝固に匹敵する効果があることを報告した.また,DRCR-net(DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork)は2007年にmodifiedETDRSレーザー7)という,ETDRSレーザーを低侵襲にした方法による臨床試験の結果を報告し,今日さまざまな臨床研究や日常診療で用いられるスタンダードなレーザー治療になっている.一方,1990年代に登場した半導体レーザーは,半導体を用いてレーザーを発振するものであり,冷却装置が不要でコンパクトで持ち運びが可能なレーザーとして,未熟児網膜症治療や眼内レーザー光凝固に用いられていた.波長が800nm前後と長いのが特徴であるが,この長い波長を利用し,レーザーの凝固時間をきわめて短くPulseenvelopePowerPower・・・・・Timeonoff図1IQ577TMによるマイクロパルス閾値下凝固従来の連続波のレーザー(左上)と,マイクロパルス(右上).マイクロパルスを用いることで,選択的に色素上皮を照射可能である.577nmのピュアイエローマイクロパルス(IQ577TM,左下)と,それに搭載されたパターン(右下).これまでマイクロパルス閾値下凝固は凝固斑が見えない治療であったため,照射部位を記憶しながら治療する必要があった.パターンが搭載されたことで,記憶にたどる部分がかなり解消され,術者の負担が軽減した.1098あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(18) 図2PascalStreamline577Rのエンドポイントマネージメントトプコン社のパターンレーザーにおけるレーザー照射パターン(右上)とエンドポイントマネージメント.エンドポイントマネージメントにおけるレーザーの侵襲と治療可能領域(左上).レーザー治療が有効であるエネルギー設定は,barelyvisibleからnontherapeuticの間になる(左上⇔).この間の照射条件を自動的に計算するソフトウェアがエンドポイントマネージメントである.術者が治療に必要と判断する閾値下凝固のエネルギー(%)を右下のパネルにて指定すると照射条件を自動的に計算するソフトウェアである.パターンスキャンレーザーではさまざまな格子状凝固のパターンを選択可能である(右上).エンドポイントマネージメントのパターン(下)では,ランドマーク(赤)を設定することが可能である.ランドマークの部分(赤)はbarelyvisibleで黄色の部分が閾値下凝固になる. OCTfor(modified)gridAngiographyFAandICGA図3NavilasRによるイメージガイドレーザー照射NavilasRでは,蛍光眼底撮影や光干渉断層計のイメージ画像を眼底写真に重ね,イメージ画像上で照射部位を指定して光凝固を自動的に行うことが可能である(右上).NavilasRで治療する際は,スリットランプではなく,眼底のIR画像を見ながら治療する(左).術者は,あらかじめ照射する部位を設定するが,照射自体は機械が自動的に行う(右下). あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141101(21)2.マイクロパルスレーザーの開発マイクロパルスレーザーとは,きわめて短い凝固時間(μsecond)のレーザー照射を連続して発振し,1照射とするレーザーである(図1).レーザーの凝固時間をきわめて短くすることで,周囲に熱が伝達しないため,網膜色素上皮層を選択的に照射可能とされている.マイクロパルスレーザーを閾値下凝固として照射することで,神経網膜を含めた網膜全体に少なくとも光干渉断層計(OCT)レベルでの形態変化が加わることなしに浮腫を引かせることが可能である.低侵襲レーザー治療の先駆けとなった治療法であるが,閾値下凝固,すなわち基本的に凝固斑は見えないので効果を確認しがたいという問題点があり,普及が遅れた.しかし,近年糖尿病黄斑浮腫の治療として低侵襲レーザーが注目されるようになり,最近新たに開発されるレーザー機器にはマイクロパルスに準じた侵襲の少ないプログラムが搭載されることが少なくない.マイクロパルス閾値下凝固の臨床成績は1997年にFribergら5)による報告が初めてであり,その後,いくつかの報告がなされたが,筆者11)は日本人を対象とし本方法が浮腫の減少に有効であることを報告した.ランダム化した臨床試験として,代表的な報告であるLavinskyら12)の臨床研究によると,modifiedETDRS法7)より,密度の高いマイクロパルス閾値下凝固のほうが,視力の改善も浮腫の改善も優れていたと報告している.マイクロパルス閾値下凝固は今後,従来の格子状凝固に置き換わる可能性が期待されている.3.ピュアイエローマイクロパルス(IQ577TM)と併用療法への期待1990年代に色素レーザーとして普及していた時代の577nmのピュアイエローレーザーを発振する装置が,IRIDEX社より2011年8月に発売された.マイクロパルスを搭載しており,従来の810nmのマイクロパルスより,少ないエネルギーで照射できる.マルチカラーレーザーの561nmより波長が長いためオキシヘモグロビンへの吸収は532nm(グリーン)の1.4倍,561nm(従来のマルチカラーのイエロー)の1.8倍高い.したがって,血管凝固には最も適した波長であり,糖尿病黄斑浮腫のレーザー治療においては,特に毛細血管瘤をローパmildからbarelyvisible(lightgrey)に見直され,フレックの間隔も2フレックごとと侵襲が軽減したプロトコールに変更された.今日一般的に推奨されている格子状凝固の条件は閾値凝固,すなわち凝固斑が見える最低の出力で施行するものである.しかし,閾値凝固といえども,網膜外層に何らかの不可逆的な変化をもたらすものであり,さらなる低侵襲化をめざして閾値下凝固すなわち,閾値より弱いエネルギーで凝固斑が見えない条件で光凝固する方法が試みられるようになった.これまでの研究によれば,網膜に対するレーザー治療は,凝固斑が明瞭に出ない,あるいは,まったく出ない条件で行っても,網膜に何らかの組織変化をもたらし治療効果が期待できるものと推定されている.閾値下凝固を応用した始まりは,後述するマイクロパルス閾値下凝固であり,1999年にRoider8)は0.1秒のアルゴンレーザー閾値下凝固では視細胞の障害がみられたが,3μsの閾値下凝固では視細胞はほとんど温存され網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)に限局した障害となり,照射後に速やかにRPEは再生し,新たなRPEのバリアが形成されたことを報告した.その後,閾値下凝固の基礎研究はしばらく途絶えていたが最近,閾値下凝固の研究が再び注目されるようになった.それを後押ししたのが,後述するエンドポイントマネージメントの開発である.エンドポイントマネージメントは,閾値下凝固の条件を計算するソフトウェアであり,動物実験の結果と物理の法則を組みわせたプログラムである.Lavinskyら9)の報告によれば,閾値のエネルギーの50%で照射すると,網膜外層に修復可能な組織変化をもたらすとされており,このレーザーによる組織変化と修復の過程に浮腫を引かせるケミカルメディエータが関与しているものと推定されている.また,閾値下凝固を行った部位の熱ショック蛋白10)が増加することが知られており,血管内皮増殖因子(vascularendo-thelialgrowthfactor:VEGF)の低下に関連するものと推定されている.後述するマイクロパルス閾値下凝固や,エンドポイントレーザーは,網膜にごく微細な侵襲は加えるが瘢痕を残さずに浮腫を引かせるレーザーで,糖尿病黄斑浮腫に対する格子状凝固としては究極の低侵襲レーザー治療と考えられている. 1102あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(22)5.エンドポイントマネージメントと閾値下凝固エネルギーの最適化についてレーザーによる侵襲の程度は凝固斑が凝固直後に見えない閾値下凝固の条件で施行された場合でも何らかの網膜の組織変化が発生しているものと考えられている.この侵襲は術後に蛍光眼底造影(FA)や自発蛍光,OCTなどで確認可能である.また,動物実験では細胞死のマーカーを使用して確認することも可能である.しかし,閾値下凝固の凝固条件と侵襲の程度の関係についてはこれまであまり知られていなかった.閾値下凝固は凝固斑が見えない条件で行う治療であるが,侵襲が極端に少ないと治療効果が期待できず,治療効果が期待できる最低の条件から,凝固斑が後日確認できるやや強めの条件まで,凝固条件の設定範囲にはある一定の幅がある.安全な条件でかつ治療効果が期待できるエネルギー設定の領域は限られてくる.エンドポイントマネージメントとはトプコン社が開発したパターンスキャンレーザーによるマイクロパルスを用いない閾値下凝固の適正条件を決定するプログラミングである.このプログラミングは動物実験による組織侵襲の評価と物理の法則に基づき,レーザーの侵襲の程度を定量化し,閾値下凝固のエネルギー(%)に適合する凝固条件を自動的に計算するソフトウェアである.レーザーの侵襲は出力と時間という2つのパラメータで決定されるが,エンドポイントマネージメントを用いることにより,術者の望む閾値下凝固の条件を自動的に計算し提供してくれる.まだ,臨床データが少ないので最適条件の確立や長期の安全性の検証は今後の課題であるが,閾値下凝固の条件を理論的根拠に基づいて設定することができるソフトウェアとして注目すべきものである.III画像診断の進歩とレーザーへの応用糖尿病黄斑浮腫のレーザー治療は,ETDRSの時代は,立体眼底写真で,浮腫を観察し,さらにFAにより漏出部位や血管閉塞を描出し,施行されていた.近年OCTが開発され,黄斑浮腫の部位を明瞭に視覚的に描出可能となった.OCTの導入により糖尿病黄斑浮腫の病態の解明が進んだことに加え,OCTの普及は光凝固を施行する際の治療計画や術後評価に貢献している.このようワーで照射できることが特徴である.また,マイクロパルスと直接凝固の併用療法13)も可能であり,汎網膜光凝固も同時に施行できる.最近IQ577TMにパターンが搭載され,閾値下凝固がより安全に確実に行えるようになった(図1).IQ577TMの登場により,マイクロパルス閾値下凝固が術者にとってより身近なものになったといえよう.4.格子状凝固のパターン化への進歩格子状凝固は,かつては,凝固部位が明瞭に描出される条件で行っていたため,術者にとって,凝固部位を見失うことはなかった.しかし,近年,閾値凝固や閾値下凝固など,術直後に凝固部位を明瞭に判別できない低侵襲レーザーが普及し始め,術者にとっては,レーザー照射部位を記憶しながら行うという困難がつきまとっていた.しかし,近年,超短時間に複数の凝固斑を置けるパターンスキャンレーザーが開発された.パターンスキャンレーザーの第1号機はPASCALR(現在トプコン社)であるが,その後複数の会社が同様なレーザーを販売している.パターンスキャンレーザーの特徴は,1回の照射で複数の凝固斑をパターンにて照射するシステムであり,汎網膜光凝固を短時間で終了させたり,高出力短時間照射であるため,外層選択的な照射ができ,疼痛が少ない,低侵襲であるなど,さまざまなメリットがあるレーザー機器である.黄斑部の格子状凝固のパターンも,サークル,半円やスクエアなど,さまざまな選択肢があり(図2),閾値凝固,閾値下凝固ともにパターンを用いることで術者の負担は軽減した.固視目標がついているタイプでは中心窩の誤照射を避けることも可能である.また,トプコン社のエンドポイントマネージメントを用いることにより,パターンの端に閾値凝固のランドマークを照射することが可能であり,レーザー照射した部位の確認に有用である(図2).パターンレーザーは短時間照射であるため凝固斑は拡大せず,むしろ縮小傾向14)である.このため通常のグリッドと異なりスペーシングをややつめたほうがよい.パターンスキャンレーザーによる格子状凝固の臨床効果に関する報告は少ないが,短期的には浮腫の減少に効果があったとの報告14)もある.多数例での臨床研究はいまだ報告されていない. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141103(23)な画像診断の進歩は,レーザー治療機器と融合し,後述するナビゲーションシステムを用いたレーザー機器に応用されている.また,近年SD-OCTを用いて凝固部位の断層像を描出することができるようになった.Inaga-kiら13)は,OCTを用いて,格子状凝固の3つの方法,従来のグリッド(閾値凝固),パターンスキャンレーザーによるグリッド,マイクロパルス閾値下凝固で施行されたレーザーの凝固斑を観察し,パターンスキャンレーザーでは外層のみの凝固であり,また継時的に網膜外層の修復が観察されたことを報告している.このようにOCTは照射条件を設定する際の観察ツールとしても有用である.IVナビゲーションシステムを用いたレーザー(NavilasR)ナビゲーションシステムとは,外科手術の際に患者位置と手術器具の位置関係を表示することを目的とした医療機器であり,脳神経外科領域では磁気共鳴画像(MRI)などの画像を術前術中に表示するナビゲーションユニットとして用いられている.眼科領域では,エキシマレーザーに初めてアイトラッキングシステムとして導入された.眼底のレーザー機器としては,初めてOD-OS社がナビゲーションシステムを応用したレーザー照射システムを開発し,NavilasRとして2009年に発売した(図3).シングル,パターンさまざまなモードが選択できる機械である.日本での薬事承認は2014年2月である.現在は532nm短波長のみであるが,海外では2014年4月に577nmでマイクロパルス搭載した機械が発売されている.1.NavilasRのナビゲーションシステムとはNavilasRは指定された照射部位に自動的にレーザー光をナビゲートし照射するシステムでスリットランプを用いない新しいタイプのレーザー機器である.術者は眼底写真や蛍光眼底写真,OCTなどの画像データを患者の眼底イメージ画像に重ね合わせ,レーザー照射部位と条件をあらかじめ設定した治療計画図を作成し,あとは機械が指定された位置に自動的にレーザーを照射する(図3).これまでレーザー治療は術者が眼底を観察しながら手動で照射していたが,このシステムはこれまでの常識を覆す新しいシステムである.このシステムの登場により,これまで術者の経験に頼っていた部分が,治療の標準化や治療の質のコントロールに貢献するものと期待されている.2.NavilasRの特徴最大のメリットは,さまざまな画像診断ツールを用いて適切に照射計画を立てることができることである.たとえば,毛細血管瘤の直接凝固の際はFAにて漏出している部位が対象となるが,実際に漏出部位を確認しながら照射することは,これまでのレーザー機器では困難であった.しかし,このシステムを用いると,FA写真上で照射部位を指定することができるため,確実に漏出している毛細血管瘤のみにターゲットを絞って凝固することが可能となるため,再治療率が減少すると報告されている15).また,OCTの画像を重ねることにより,浮腫の存在する部分のみにターゲットを絞った格子状凝固が可能である.また,安全性の点でも優れた機械でアイトラッキングシステムを用いて正確に狙った位置に照射したり,中心窩や視神経乳頭周囲などにsafetyzoneを設定することで誤照射の回避が可能となる.また,照射中の眼底観察がIR画像であるため,術中の患者の羞明が軽減されることや,無散瞳でも治療可能であることなどメリットは少なくない.その一方,術者がレーザー照射中にレーザー痕を直接観察することができず,タイトレーションモードによる照射直後のカラー眼底撮影によってのみ確認できることや,また準備や操作に時間がかかり,画像のインストールなどに2.3分要すること,照射が始まると途中でパラメータを変更することが困難で,現時点ではパワーのみ変更可能であること,術者がこれまで慣れ親しんできたスリットランプとは異なり,眼底カメラの操作に習熟を要するなど,今後の課題も多い.しかし,次世代レーザー治療システムとして今後の発展が期待されるところである.3.レーザー治療の透明性と遠隔治療への期待今後,閾値下凝固など凝固斑が見えない光凝固が発展すると,照射した部位を記録として保存する適切な方法kiら13)は,OCTを用いて,格子状凝固の3つの方法,従来のグリッド(閾値凝固),パターンスキャンレーザーによるグリッド,マイクロパルス閾値下凝固で施行されたレーザーの凝固斑を観察し,パターンスキャンレーザーでは外層のみの凝固であり,また継時的に網膜外層の修復が観察されたことを報告している.このようにOCTは照射条件を設定する際の観察ツールとしても有用である.IVナビゲーションシステムを用いたレーザー(NavilasR)ナビゲーションシステムとは,外科手術の際に患者位置と手術器具の位置関係を表示することを目的とした医療機器であり,脳神経外科領域では磁気共鳴画像(MRI)などの画像を術前術中に表示するナビゲーションユニットとして用いられている.眼科領域では,エキシマレーザーに初めてアイトラッキングシステムとして導入された.眼底のレーザー機器としては,初めてOD-OS社がナビゲーションシステムを応用したレーザー照射システムを開発し,NavilasRとして2009年に発売した(図3).シングル,パターンさまざまなモードが選択できる機械である.日本での薬事承認は2014年2月である.現在は532nm短波長のみであるが,海外では2014年4月に577nmでマイクロパルス搭載した機械が発売されている.1.NavilasRのナビゲーションシステムとはNavilasRは指定された照射部位に自動的にレーザー光をナビゲートし照射するシステムでスリットランプを用いない新しいタイプのレーザー機器である.術者は眼底写真や蛍光眼底写真,OCTなどの画像データを患者の眼底イメージ画像に重ね合わせ,レーザー照射部位と条件をあらかじめ設定した治療計画図を作成し,あとは機械が指定された位置に自動的にレーザーを照射する(図3).これまでレーザー治療は術者が眼底を観察しな(23)がら手動で照射していたが,このシステムはこれまでの常識を覆す新しいシステムである.このシステムの登場により,これまで術者の経験に頼っていた部分が,治療の標準化や治療の質のコントロールに貢献するものと期待されている.2.NavilasRの特徴最大のメリットは,さまざまな画像診断ツールを用いて適切に照射計画を立てることができることである.たとえば,毛細血管瘤の直接凝固の際はFAにて漏出している部位が対象となるが,実際に漏出部位を確認しながら照射することは,これまでのレーザー機器では困難であった.しかし,このシステムを用いると,FA写真上で照射部位を指定することができるため,確実に漏出している毛細血管瘤のみにターゲットを絞って凝固することが可能となるため,再治療率が減少すると報告されている15).また,OCTの画像を重ねることにより,浮腫の存在する部分のみにターゲットを絞った格子状凝固が可能である.また,安全性の点でも優れた機械でアイトラッキングシステムを用いて正確に狙った位置に照射したり,中心窩や視神経乳頭周囲などにsafetyzoneを設定することで誤照射の回避が可能となる.また,照射中の眼底観察がIR画像であるため,術中の患者の羞明が軽減されることや,無散瞳でも治療可能であることなどメリットは少なくない.その一方,術者がレーザー照射中にレーザー痕を直接観察することができず,タイトレーションモードによる照射直後のカラー眼底撮影によってのみ確認できることや,また準備や操作に時間がかかり,画像のインストールなどに2.3分要すること,照射が始まると途中でパラメータを変更することが困難で,現時点ではパワーのみ変更可能であること,術者がこれまで慣れ親しんできたスリットランプとは異なり,眼底カメラの操作に習熟を要するなど,今後の課題も多い.しかし,次世代レーザー治療システムとして今後の発展が期待されるところである.3.レーザー治療の透明性と遠隔治療への期待今後,閾値下凝固など凝固斑が見えない光凝固が発展すると,照射した部位を記録として保存する適切な方法あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141103 1104あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(24)を構築することが課題となってくる.しかし,これまでのスリットランプによる従来型のレーザー照射では,レーザー治療の施行部位やその条件など,たとえ写真撮影で記録を残しても術者しか知りえない情報が多く,また正確な記録を残すことが事実上不可能であった.また,術者間でレーザーの計画を共有することもできなかった.しかし,NavilasRによる治療は,手術計画図をあらかじめ術者間で共有したり,術後も照射部位の正確な手術記録の保存が可能である.このようにナビゲーションシステムを用いたレーザーシステムの発展はレーザー治療の透明性の向上に貢献するものと思われる.また,遠隔治療への期待など,この新しいレーザーシステムは今後もさらに発展するものと期待される.おわりに糖尿病黄斑浮腫治療は最近わが国でも承認されたVEGF阻害薬による治療がレーザー単独治療より成績が良好との結果から,今日VEGF阻害薬が治療の中心となりつつある.しかし,注射を連続することによる患者の経済的,社会的負担や,注射による全身への影響を懸念して,レーザー治療を上手に組み合わせることにより,注射の回数を減少させることが期待されている.今後レーザーで治療すべき部分はしっかり治療することが,患者負担の減少につながるものと思われる.文献1)PatzA,SchatzH,BerkowJWetal:Macularedema─anoverlookedcomplicationofdiabeticretinopathy.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol77:34-42,19732)WhitelockeRAF,KearnsM,BlachRKetal:Thediabeticmaculopathies.TransOphthalmolSocUK99:314-320,19793)EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol103:1796-1806,19854)SinclairSH,AlanizR,PrestiP:Lasertreatmentofdiabet-icmacularedema:ComparisonofETDRSleveltreatmentwiththresholdleveltreatmentbyusinghighcontrastdis-criminantcentralvisualfieldtesting.SeminOphthalmol14:214-222,19995)FribergTR,KaratzaEC:Thetreatmentofmaculardis-easeusingamicropulsedandcontinuouswave810-nmdiodelaser.Ophthalmology104:2030-2038,19976)大越貴志子:糖尿病性黄浮腫の光凝固療法─低出力広間隔格子状光凝固.眼紀52:104-111,20017)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20078)RoiderJ:Lasertreatmentofretinaldiseasesbysub-thresholdlasereffects.SeminOphthalmol14:19-26,19999)LavinskyD,SramekC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,201410)SramekC,MackanosM,SpitlerRetal:Non-damagingretinalphototherapy:Dynamicrangeofheatshockpro-teinexpression.Retina52:1780-1787,201111)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJap-anese.AmJOphthalmol149:133-139,201012)LavinskyD,CardilloJA,MeloLAJretal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.InvestOphtalmolVisSci52:4614-4323,201113)InagakiK,IsedaA,OhkoshiK:Subthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationcombinedwithdirectphoto-coagulationfordiabeticmacularedemainJapanesepatients.NihonGannkaGakkaiZasshi116:568-574,201214)JainA,CollenJ,KainesAetal:Short-durationfocalpat-terngridmacularphotocoagulationfordiabeticmacularedema:four-monthoutcomes.Retina30:1622-1626,201015)NeubauerAS,LangerJ,LieglRetal:Navigatedmacularlaserdecreasesretreatmentratefordiabeticmacularedema:acomparisonwithconventionalmacularlaser.ClinOphthalmol7:121-128,2013

糖尿病網膜症の手術治療の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1089.1095,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1089.1095,2014糖尿病網膜症の手術治療の進歩ProgressiveSurgicalStrategyforProliferativeDiabeticRetinopathy西塚弘一*はじめに近年の硝子体手術システムの進歩は目覚ましく,従来に比べて手術治療の技術的ハードルは低くなり,数多くの術者による網膜硝子体疾患の治療を可能にしている.増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術治療も,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS),広角観察システム,シャンデリア照明による双手法などの進歩により治療成績は向上しているが,依然として難治例も数多く存在する1).硝子体手術への技術的ハードルが低くなったことにより,安易な手術が施行され病態が重篤化した症例も散見される.本稿では現在の硝子体手術の進歩におけるPDRの手術治療の基本的な考え方について述べる.I糖尿病網膜症の病態PDRの治療を考えるうえで,糖尿病網膜症の基本的な病態2)の理解が重要である.糖尿病網膜症は,慢性高血糖を特徴とするさまざまな代謝異常(ポリオール代謝経路の亢進,プロテインキナーゼCの活性化,酸化ストレスの増加,蛋白質の非酵素的糖化後期反応生成物の増加)が起こることにより網膜の血管,組織の障害を惹起し網膜症が進展していくと考えられている.毛細血管などの閉塞により網膜虚血・低酸素状態となると,虚血領域からは血管新生促進因子(VEGF)をはじめとするサイトカインが分泌され,新生血管が発生する.国際重症度分類では,網膜症なしに加えて,新生血管や網膜前・硝子体出血といった臨床上重要な病態が起こる前の段階(非増殖糖尿病網膜症)と,あとの状態(増殖糖尿病網膜症)と3つに分類し,臨床現場で病態のおおまかな進展を捉えるうえで簡便に用いることができる3).増殖糖尿病時期には眼内に新生血管が発生し,眼内の硝子体の牽引により容易に出血し,硝子体出血や網膜前出血を引き起こす.網膜の表面には病的な増殖膜が形成され,進行すると網膜を牽引して網膜.離を引き起こす.さらに病態が悪化すると新生血管は眼内の水の流れの排出路である隅角にも発生し,非常に難治な眼圧上昇を伴う血管新生緑内障を引き起こす.PDRの手術加療においてはこれらの病態を踏まえて,個々の症例における治療の目的を考える必要がある.II手術適応PDRの治療の基本としては汎網膜光凝固が第一選択となる.治療目標は病態の進行抑制であるが,特に優先すべきことは眼球の維持にかかわる血管新生緑内障への移行の阻止であり,この点は常に念頭に置いて診療を行うことが重要である.そのうえで視力にかかわる出血,網膜.離の病態を攻略していく必要がある.光凝固の時期を逸したり(図1),光凝固を施行してもしばしば病態の進行が抑制できないときは硝子体手術が唯一の治療方法となる.以下に手術適応の病態の概略を述べる.*KoichiNishitsuka:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕西塚弘一:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)1089 1090あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(10)まり起こっていないことにおおよそ等しいため,手術の難易度は意外に高い.出血を見たときから治療が始まるため,早期の専門施設への紹介が肝要である.2.網膜.離牽引性網膜.離が黄斑部に及ぶ場合(図2a)は,可及的速やかに手術を施行することが望ましい.これに比べて黄斑部に及ばない牽引性網膜.離の症例では,手術治療の決断までに時間的余裕がありその間に種々の検査や汎網膜光凝固が行える.裂孔を併発した牽引性網膜.離(図2b)は急速に網膜.離が進行するため,早期に硝子体手術を施行する必要がある.1.出血硝子体出血はPDRのみならずさまざまな原因疾患の可能性があり,特に裂孔原性網膜.離を合併している場合は自然吸収を待っている間に病態が増悪する恐れがある.よって硝子体出血の症例はこのことを踏まえたBモード超音波検査が重要で,原因不明のときや網膜.離の合併が少しでも疑われる場合は早期手術が望ましい.黄斑部網膜前出血(図1a)は自然吸収することもあるが,なかなか吸収しない場合は硝子体手術の適応となる.硝子体出血よりは眼内の病態が比較的把握できるため,治療決定までの時間に比較的余裕がある.この間に蛍光眼底検査や汎網膜光凝固を行うことが重要である.網膜前出血が存在するということは後部硝子体.離があab図1増殖糖尿病網膜症a:40代女性.網膜前出血を認める.蛍光眼底造影にて無血管領域,新生血管,光凝固不足を認めた.b:コンプライアンス不良症例にて治療機会を逸した.6カ月後に視力低下を主訴に来院した.増殖膜,牽引性網膜.離を伴う病態の悪化を認めた.ab図2網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症a:黄斑部に及ぶ牽引性網膜.離を伴った増殖糖尿病網膜症.b:裂孔(矢印)を併発した牽引性網膜.離症例.ab図1増殖糖尿病網膜症a:40代女性.網膜前出血を認める.蛍光眼底造影にて無血管領域,新生血管,光凝固不足を認めた.b:コンプライアンス不良症例にて治療機会を逸した.6カ月後に視力低下を主訴に来院した.増殖膜,牽引性網膜.離を伴う病態の悪化を認めた.ab図2網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症a:黄斑部に及ぶ牽引性網膜.離を伴った増殖糖尿病網膜症.b:裂孔(矢印)を併発した牽引性網膜.離症例. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141091(11)ってしまうと裂孔が容易に拡大し,急速に網膜.離が進行する危険がある.特に網膜.離の領域での医原性裂孔については細心の注意が必要である.医原性裂孔を防ぐためには正しい手術手技に加えてさまざまな手術観察系を使い分けることが重要である.1.手術観察系手術観察系としては従来の接触型コンタクトレンズに加えて,MIVSの進化に伴い広角観察システムもおもな選択肢となっている(図3a,b).コンタクトレンズによる観察系は立体感に優れ,従来の20ゲージ手術の頃から標準的なものとなっている.広角観察システムでは名のとおり広い術野を得ることができ,周辺部と後極部のつながりが把握しやすい.散瞳不良症例でも眼内の観察3.血管新生緑内障治療の基本はまず可能な限り汎網膜光凝固を行うことである.そのうえで眼底に出血や網膜.離を認める場合は硝子体手術を行う.眼圧上昇に対しては種々の緑内障点眼薬を併用し,それでも治療に抵抗する場合は,緑内障専門医による治療が望ましい.筆者の施設では外科治療としてトラベクレクトミーやバルベルトRを用いたチューブシャント手術を施行している.III手術手技PDRの硝子体手術を考えるうえで最も重要なことの一つが医原性裂孔を作らないことである.PDRの大部分の症例は不完全後部硝子体.離眼であるため,さまざまな牽引が網膜に存在する.この状態で医原性裂孔を作acbd図3手術観察系a:硝子体コンタクトレンズ下の術野.b:広角観察システムによる術野.c:顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による前部硝子体の観察.d:スリット照明を併用した強膜圧迫による周辺部硝子体の観察.acbd図3手術観察系a:硝子体コンタクトレンズ下の術野.b:広角観察システムによる術野.c:顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による前部硝子体の観察.d:スリット照明を併用した強膜圧迫による周辺部硝子体の観察. 1092あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(12)不完全後部硝子体眼であり,硝子体可視化剤を併用した注意深い観察と処理が必要である.牽引性網膜.離の症例や増殖膜の処理が必要な症例において,周辺部に後部硝子体.離が起こっている場合には,後極部への手術操作の前に硝子体円錐を切除して病態への前後方向の牽引を解除する(図4).後部硝子体.離のまったく起こっていない症例においては,増殖膜と網膜に強い癒着を考慮していないと手術操作にて容易に医原性裂孔を生じるので,注意が必要である.b.増殖膜の処理増殖膜の処理を考えるうえでまず増殖膜の基本構造を押さえておく必要がある.増殖膜は一見すると網膜と水平に面状に接着して存在しているように見えるが,実際にはepicenterとよばれる網膜硝子体癒着部位によって点状に接着している(図5).硝子体手術における膜処理の基本としては,膜を単純に引っ張って.がす手技である膜.離(membranepeeling,以下peeling),網膜の癒着部位の間をを避けて膜を切断し断片化する膜分割(membranesegmentation,以下segmentation),網膜癒着部位を直接切断し,増殖膜と網膜を分層していく膜分層(membranedelamination,以下delamination)がある.Peelingは最も単純な手技であるが,PDRにおける増殖膜はpeelingによって簡単に網膜から.がせる場合と,医原性裂孔を形成してしまう場合がある.PDRの治療においてはpeelingを必要最小限に行うことが,医原性裂孔を作らないためにも重要である.Segmentationは20ゲージ硝子体手術の頃では垂直剪刀によって行われていた.増殖膜と網膜の隙間に剪刀を入れ,確実に増殖膜だけを切断しながら分割してく方法である.確実に施行することにより医原性裂孔の形成を防ぐ最も安全な手技である.MIVSではカッターの先端を垂直剪刀に見立てて同様の処理が可能である.また,小さく分割された増殖膜は容易にカッターにて処理が可能である.ほとんどの増殖膜はこの方法で処理が可能で,MIVSにおける膜処理では最も安全な方法である(図6).Delaminationは20ゲージ硝子体手術の時代では,垂直剪刀にて分割された膜に対して水平剪刀によって行わが比較的容易に行えることはメリットである.周辺部の硝子体をより立体的に捉えたい場合は,顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による観察(図3c)や,スリット照明を併用(図3d)するとより詳細に術野を確保できる.前眼部透見不良症例においては眼内視鏡が有用となる可能性がある4).医原性裂孔を作らないためには,手術手技に合わせて術者に合った最良の観察系を用いていかに安全な手技を全うするかが重要である.2.手術手技a.硝子体切除単純な出血のみの症例では,単純硝子体切除のみで視力の回復が得られる.しかし,PDRの大部分の症例は図4硝子体円錐の切除後部硝子体.離が起こっている場合は,硝子体円錐と捉えてカッターで切除する(矢印).前後方向の牽引を解除することにより,その後の後極の眼内操作が安全に行える.ab図4硝子体円錐の切除後部硝子体.離が起こっている場合は,硝子体円錐と捉えてカッターで切除する(矢印).前後方向の牽引を解除することにより,その後の後極の眼内操作が安全に行える.ab 膜分割膜分層(membranesegmentation)(membranedelamination)(membranedelamination)硝子体カッター鑷子剪刀増殖膜Epicenter網膜図5膜分割と膜分層膜分割ではカッターの先端を垂直剪刀に見立ててepicenterとepicenterの間のスペースを探りながら確実に増殖膜を切断,分割していく.膜分層では4ポートシステムを利用し,双手法にて行う. 1094あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(14)IV術後合併症1.出血PDRの硝子体手術後の早期出血の原因としては初回手術時の不十分な硝子体郭清や増殖膜処理,晩期出血の原因としては強膜創新生血管が多い.単純な出血であれば自然に消退することもあるが,その間は常に眼内での網膜.離の発症を考えながら超音波検査を併用して注意深く観察する.強膜創新生血管(図7)からの出血は術後1カ月以降に起こることが多い1).病態の活動性が高く,治療困難な症例となる.ab図6MIVSにおけるカッターによるsegmentation一見すると面状にみえる増殖膜も,epicenterによって点状に接着しているため,カッターを小刻みに動かしながらゆっくりとsegmentationを続けることにより安全に増殖膜の処理が可能である.acb図7強膜創新生血管a:内視鏡による強膜創新生血管の所見.内視鏡を用いると観察は容易に行える.b:眼球圧迫にスリット照明などを用いて病変を立体的に捉えながら処置する.c:内視鏡による強膜創新生血管の処置後の所見.光凝固を追加した.ab図6MIVSにおけるカッターによるsegmentation一見すると面状にみえる増殖膜も,epicenterによって点状に接着しているため,カッターを小刻みに動かしながらゆっくりとsegmentationを続けることにより安全に増殖膜の処理が可能である.acb図7強膜創新生血管a:内視鏡による強膜創新生血管の所見.内視鏡を用いると観察は容易に行える.b:眼球圧迫にスリット照明などを用いて病変を立体的に捉えながら処置する.c:内視鏡による強膜創新生血管の処置後の所見.光凝固を追加した. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141095(15)2.網膜.離初回手術時の医原性裂孔の不十分な処置が原因となったり,裂孔周辺の不十分な硝子体・増殖膜の処理が原因となる.不確実な増殖膜の処理による牽引の残存や新裂孔の形成もありうる.一般に硝子体手術後の網膜.離は進行が速いため,早期の再手術が必要である.3.血管新生緑内障手術前より虹彩ルベオーシスを認める症例や,病態の活動性が高いと思われる症例では手術中に徹底的な網膜光凝固を行う必要がある.術中合併症のために網膜光凝固が十分にできなかった症例は発症のリスクが高い.PDRに対する手術では,血管新生緑内障の発症をいかに防ぐかを常に念頭に置くことが重要である.おわりに硝子体手術機器の進歩と手術器具の剛性化により,MIVSによる手術適応は黄斑円孔や黄斑前膜にとどまらず裂孔原性網膜.離やPDRなどの難症例にまで広がった.広角観察システムもMIVSの進化を担う主役であり,現在広く普及している.しかし,詳細な立体視が求められる増殖膜の処理や,詳細な網膜と硝子体の位置関係を把握する際は,従来の接触型コンタクトレンズによる観察系が優れており手術場面に応じて使い分けることは重要である.増殖膜の処理は従来の20ゲージ硝子体手術の時代から垂直剪刀や水平剪刀を用いた安全な処理法がすでに確立していた.しかし難易度が高く,術者の技量により術後成績が大きく左右されていたと思われる.MIVSの進歩により,ほとんどの処理が硝子体カッターで可能となり,器具の出し入れによる鋸状縁の損傷が少なくなった.つまり現時点でのPDRにおける手術治療の進歩とは,MIVSでこれまで治療が困難であった症例の治療が可能になったというよりは,多くの術者が器械や器具の進歩によってより安全に手術ができるようになったということであろう.筆者の施設でPDRの病態は複雑で,いまだに困難な症例も存在するため,器械や器具の進化だけにたよらず基本をしっかり押さえて治療に取り組む必要がある.文献1)池田恒彦:【網膜硝子体疾患診療の進歩2012】治療手技の進歩糖尿病網膜症糖尿病網膜症の進展と治療戦略硝子体手術.あたらしい眼科29:127-132,20122)NishitsukaK,YamashitaH:Managementofdiabeticreti-nopathyanddiabeticmaculopathyinelderlypatientswithdiabetesmellitus.NihonRinsho71:2005-93)YamashitaH:Internationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.NihonGankaGakkaiZasshi107:110-113,20034)西塚弘一:【網膜硝子体疾患診療の進歩2012】治療手技の進歩硝子体手術の進歩内視鏡を用いた硝子体手術.あたらしい眼科29:204-208,20125)山根真:【難症例に対する極小切開硝子体手術】増殖糖尿病網膜症(PDR).眼科手術26:28-32,2013

糖尿病網膜症の光凝固の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014糖尿病網膜症の光凝固の進歩EvolvingRetinalLaserTherapyforDiabeticRetinopathy平野隆雄*村田敏規*はじめに網膜光凝固で用いられるレーザー(lightamplificationbystimulatedemissionofradiation:LASER)光は固体・液体・気体・半導体などさまざまな活性物質を励起することにより発生し,使用する活性物質によって発振される波長は異なってくる1).眼科領域では早くからキセノン光凝固装置が導入され,1960年代にはMeyerらが網膜疾患の治療としての網膜レーザー光凝固の有効性について報告している2).その後,1971年にはアルゴンレーザーが登場し,DRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)やETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)4)といった無作為化対象比較試験により糖尿病網膜症の進行抑制における汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)の正当性が示された.その後もPRPを含めた網膜光凝固は糖尿病網膜症治療のスタンダードとして広く臨床の場で行われている.本稿では糖尿病網膜症に対する網膜光凝固治療の適応と実施基準,さらにはショートパルス・高出力を特徴としたパターンスキャンレーザー網膜光凝固装置や合併症を減らすため薬物療法を併用したPRPなどについてまとめてみたい.(なお,糖尿病黄斑浮腫光凝固の詳細については本特集で大越貴志子先生が解説されているので,そちらを参照されたい.)I糖尿病網膜症に対する網膜光凝固の適応と実施基準増殖糖尿病網膜症患者に対するPRPが経過観察群に比べて,重度視力低下(視力<5/200と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを減少させることを明らかにしたETDRS4)といった無作為化対象比較試験のエビデンスをうけ,欧米ではDRSで示されたハイリスクな増殖糖尿病網膜症(①1/4.1/3乳頭径を超える乳頭上新生血管,②網膜前出血・硝子体出血を伴う乳頭上新生血管または1/2乳頭径を超える網膜上新生血管,③1乳頭径を超える硝子体出血または網膜前出血のいずれかを認める症例)だけではなくETDRS分類で重症非増殖網膜症以上(出血・毛細血管瘤,網膜内細小血管異常,数珠状静脈異常の所見のうち,3分の2以上を認める症例)に進行した病期でのPRPの検討が推奨されている.さらに,血糖コントロール不良例や僚眼の増殖糖尿病網膜症経過不良例といった病期進行と治療抵抗性のリスクが上昇する可能性がある要因を伴う症例では,より早期からのPRPの検討が必要とされている3).わが国では1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応と実施基準が厚生省から示されている(表1)5).わが国における光凝固の適応の標準的なものの一つと考え*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1083 表1糖尿病網膜症の光凝固適用および実施基準1.単純網膜症では,黄斑浮腫の予防ないし治療,および,増殖化の予防が主要な目的である.具体的には,蛍光眼底造影で網膜血管に透過性亢進があり,特に黄斑またはその近接部位に透過性亢進があり,視力に影響しているときには積極的に光凝固が勧められる.眼底中間部に無血管領域があるときには,増殖前の状態である可能性が大きいので,この部位への光凝固を加える必要がある.2.増殖網膜症では,新生血管の退縮および,新しい新生血管の発生予防が光凝固の主目的になる.新生血管そのものを直接凝固することは必要ではなく,蛍光眼底造影で発見される無血管領域を主対象とし,無血管領域が3象限以上に存在する場合などでは,汎網膜光凝固を実施する.虹彩ルベオーシスのある場合にも,増殖網膜症に準じた扱いをする.3.既に硝子体網膜間に癒着があり,牽引性網膜.離や硝子体出血が発症しているときには,光凝固のみではこれを治療しがたい.光凝固のみで糖尿病網膜症すべてを有効に治療できると過信してはならず,このような場合には,硝子体手術を前提として光凝固を実施する.(文献5より) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141085(5)0.1秒以上の長い凝固時間の場合,熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際に,すべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさがあげられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている13).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レンズにより圧迫を加えることで止血されることが多い.パターンスキャンでは凝固斑が経時的に縮小することが報告されている12).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較の一つであるMC-500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図1のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった10).2.注意点上述したように多くの利点があげられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと11)と凝固斑の経時的縮小12)があげられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表わす.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている13).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つあげられる.1つ目の原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取. 1086あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(6)による良好な結果が報告されている.1.トリアムシノロンを併用したPRP糖尿病黄斑浮腫の眼内ではIL(インターロイキン)-6やVEGFなどの炎症性サイトカインが上昇していることが知られている20).2002年にMartidisらは糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロン硝子体注射により黄斑浮腫が改善することを報告した21).以降,トリアムシノロン硝子体注射は糖尿病黄斑浮腫に対する治療法として一般的に行われるようになってきている.さらに,PRP術直後の炎症を抑制し,ひいては黄斑浮腫の合併を防ぐことを目的とした,PRP周術期におけるトリアムシノロン硝子体注射16)またはTenon.下注射17)併用による良好な治療成績が報告されている.欧米ではトリアムシノロン局所投与の方法として硝子体注射が一般的に行われているが,わが国では続発する眼圧上昇や白内障などの合併症リスクを軽減するためにTenon.下注射が選択されることが多い.そのような状況のなか,わが国でも2012年11月よりトリアムシノロンアセトニドで保険適用された製品のマキュエイドRが登場した.今後は長期間の治療効果や安全性についての報告が待たれる.して低いためと考えられる.そのため,パターンスキャンレーザーで行うPRPは従来照射条件と比較して治療効果が低いことが危惧される.しかし,パターンスキャンでPRPを行う際でもより高密度に多数の凝固(重症増殖糖尿病網膜症では平均6,924shots)を行うことにより増殖糖尿病網膜症でも最長18カ月の評価で十分に増殖糖尿病網膜症の病勢が抑制されたことが報告されている14).高密度に多数の凝固を行うためには凝固間隔を従来照射条件でよく用いられている1.2凝固斑ではなく0.5.0.75凝固斑と狭めに設定するとよい.実際にこの条件を用いてPRPを施行した自験例を図2に提示する.III薬物療法を併用した汎網膜光凝固PRPは細胞の変性壊死を目的としているため,凝固部位が瘢痕形成に至るまでに炎症が惹起されることは避けられない.そのため,PRP後の黄斑浮腫悪化による視力低下については多くの報告がなされ15),臨床の場でもPRP施行後の黄斑浮腫悪化による視力低下は少なからず見受けられる.近年,術直後の炎症を抑制する方法としてトリアムシノロン局所投与16,17)や抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)抗体硝子体注射を併用したPRP18,19)ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている.ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141087(7)しながら,現在でも進歩をみせている治療ともいえる.本稿に述べたようにPRPの問題点であった手術時間の長さや手術時の患者疼痛はパターンスキャンレーザーの登場により軽減され,術後の黄斑浮腫や硝子体出血といった合併症はトリアムシノロンや抗VEGF抗体と併用することにより発生率が抑えられつつある.ただし,さまざまな工夫がなされている網膜光凝固治療ではあるが,いまだに難治性の症例があることは否めない.糖尿病網膜症に対する網膜光凝固のさらなる進歩が期待される.文献1)GordonJP:TheMaser─Newtypeofmicrowaveamplifier,frequencystandard,andspectrometer.PhysicalReview99:1264-1274,19552)Meyer-SchwickerathRE,SchottK:Diabeticretinopathyandphotocoagulation.AmJophthalmol66:597-603,19683)Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticreti-nopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.IntOphthal-molClin27:239-253,19874)Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.Ophthalmology98:766-785,19915)清水弘一:分担研究報告書:汎網膜光凝固治療による脈絡トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRPの自験例を図3に示す.2.抗VEGF抗体を併用したPRP加齢黄斑変性の治療薬として日常診療で盛んに使用されている抗VEGF抗体のラニビズマブ(ルセンティスR)が平成26年2月,糖尿病黄斑浮腫まで適応拡大され,抗VEGF療法が今後,糖尿病黄斑浮腫治療において中心的な役割を担うことが予想される.抗VEGF療法は糖尿病黄斑浮に対する良好な治療効果だけではなく,PRPと併用することによる術後の硝子体出血発生率の低下18)・術後早期の黄斑浮腫発生率の低下22)が報告されている.今まで糖尿病黄斑浮腫を伴う症例ではPRPを施行するタイミングが非常にむずかしかったが,まず抗VEGF抗体硝子体注射を行い,治療効果が持続する間にPRPを完遂することができれば,より効果的に安全な糖尿病網膜症治療を行える可能性があり今後の検討が待たれる.おわりに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固はさまざまなエビデンスがあり,日常的に外来でも行われている治療法であるが,その適応を含めいまだ不確実な要素もある.しかabc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める.abc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める. 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序説:網膜血管疾患アップデート

2014年8月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科31(8):1081,2014●序説あたらしい眼科31(8):1081,2014網膜血管疾患アップデートRetinalVascularDiseases:Update山下英俊*日本における視力障害の原因について,2007年4月.2010年3月に身体障害者診断書・意見書1)による調査が行われた.これによると,網膜血管疾患のなかで糖尿病網膜症が2位15.6%であった.世界での糖尿病網膜症の有病率はメタ解析によると糖尿病患者の約35%にのぼり,現時点で9,300万人が糖尿病網膜症を発症していると推計されている2).また,網膜静脈閉塞症の有病率は30歳以上の0.52%(人口1,000人あたり5.20人)にのぼる3).糖尿病網膜症と網膜静脈閉塞症は今日の日本において視力障害の原因として重大な問題となっている.この2つをこの特集号で取り上げて最新の治療法についてエキスパートの先生方に解説をお願いした.現在のタイミングで両疾患の治療をトピックスとしてとりあげ解説していただいたのは,以下のような理由がある.1.両疾患の分子病態研究が大きな進歩をし,その成果をもとに分子標的の絞り込みが行われ,薬物治療として有効で安全な治療薬が臨床の現場に導入された.すなわち,薬物治療としてのステロイド,抗VEGF薬が開発され,治療法としての有効性,安全性が疫学研究によりハイレベルのエビデンスとして証明されつつあること.2.薬物治療がこれまで確立されていな治療法としての光凝固,硝子体手術などのいわば外科的な治療法が加わったことにより,両疾患の多様な病態に対して多様な治療法からの選択ができるようになったこと.3.今後の課題としては,どのようにして多様な病態に適切な治療法を選択し,必要に応じて組み合わせるかにあること.本特集では,現在までの治療法(光凝固,手術治療,薬物治療)の進歩を明らかにして臨床現場での応用に資するとともに,今後の臨床的な課題を明らかにして,よりよい治療法開発を目指すステップとしたいと考えている.それぞれの項目についての現在の日本で考えられる最良のエキスパートの先生方の力作の総説を明日からの診療に役立てていただきたいと考えている.文献1)若生里奈,安川力,加藤亜紀ほか:日本における視覚障害の原因と現状.日眼会誌118:495-501,20142)JoanneWY.Yau,SophieRogers,RyoKawasakietal:Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20123)SophieRogers,RachelL.McIntosh,GradDJetal:ThePrevalenceofretinalveinocclusion:PooleddatafrompopulationstudiesfromtheUnitedStates,Europe,Asia,andAustralia.Ophthalmology117:313-319,2010*HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1081

スペクトラルドメイン光干渉断層計による裂孔原性網膜.離術後の視細胞内節外節接合部-網膜色素上皮間距離の経時的変化

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1070.1074,2014cスペクトラルドメイン光干渉断層計による裂孔原性網膜.離術後の視細胞内節外節接合部-網膜色素上皮間距離の経時的変化後藤克聡*1,2水川憲一*1今井俊裕*1山下力*1,3渡邊一郎*1三木淳司*1,3桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科感覚矯正学専攻*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科TimeCourseofDistancebetweenPhotoreceptorInner/OuterSegmentJunctionandRetinalPigmentEpitheliumafterRhegmatogenousRetinalDetachmentSurgeryUsingSpectral-DomainOpticalCoherenceTomographyKatsutoshiGoto1,2),KenichiMizukawa1),ToshihiroImai1),TsutomuYamashita1,3),IchiroWatanabe1),AtsushiMiki1,3)andJunichiKiryu1)1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,2)DoctoralPrograminSensoryScience,GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare目的:中心窩.離を伴う裂孔原性網膜.離(macula-offRRD)術後における視細胞外節の厚みを二次的に定量するために視細胞内節外節接合部(IS/OS)から網膜色素上皮までの厚み(TotalOS&RPE/BM)を定量し,経時的変化を検討した.対象および方法:対象はmacula-offRRD術後の30例30眼.方法は術前と術後1,3,6カ月のlogMARとスペクトラルドメイン(spectral-domain)光干渉断層計で中心窩下のTotalOS&RPE/BMを測定した.結果:IS/OSを連続的あるいは部分的に確認できた群の平均logMARは,術前0.77,術後1カ月0.14,3カ月0.02,6カ月.0.03と術後から有意な改善が得られた(p<0.000001).平均TotalOS&RPE/BMは術後1カ月65.2μm,3カ月77.1μm,6カ月81.8μmと術後1カ月(p<0.0001)と比べて術後3,6カ月(p<0.00001)で有意差があった.術後6カ月でのTotalOS&RPE/BMは,以前に筆者らが正常人で定量した値と同等であった.結論:TotalOS&RPE/BMは術後3カ月から有意な増加を認め,視細胞外節の再生による可能性が示唆された.Purpose:Toquantifythedistancebetweenphotoreceptorinner/outersegmentjunction(IS/OS)andretinalpigmentepithelium(TotalOS&RPE/BM)aftersurgeryformacula-offrhegmatogenousretinaldetachment(RRD).CasesandMethod:Examinedwere30eyesof30patientswithmacula-offRRD;logMARwasexaminedpreoperativelyandat1,3and6monthspostoperatively.TotalOS&RPE/BMunderthefoveawasalsoexaminedusingspectral-domainopticalcoherencetomography.Results:ThemeanlogMARinthecontinuousorirregularIS/OSlinegroupwas0.77preoperatively,0.14at1monthpostoperatively,0.02at3monthspostoperativelyand.0.03at6monthspostoperatively,asignificantimprovementfrompostoperatively(p<0.000001).ThemeanTotalOS&RPE/BMwas65.2μmat1monthpostoperatively,77.1μmat3monthspostoperativelyand81.8μmat6monthspostoperatively.TotalOS&RPE/BMat1monthpostoperativelyshowedsignificantdifferenceascomparedwith3and6monthspostoperatively(p<0.0001,p<0.00001,respectively).TotalOS&RPE/BMat6monthspostoperativelywasequaltothenormalvaluewepreviouslyreported.Conclusion:TotalOS&RPE/BMshowedsignificantincreaseafter3monthspostoperatively,possiblyduetorestorationofthephotoreceptoroutersegment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1070.1074,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,視細胞外節,光干渉断層計,中心窩網膜厚,視力予後.rhegmatogenousretinaldetachment,photoreceptoroutersegment,opticalcoherencetomography,centralretinalthickness,visualacuityoutcome.〔別刷請求先〕後藤克聡:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学教室Reprintrequests:KatsutoshiGoto,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPAN107010701070あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(144)(00)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY はじめに中心窩.離を含む裂孔原性網膜.離(macula-offrhegmatogenousretinaldetachment:RRD)では,手術により網膜が復位しても視力回復に時間を要す場合や改善が不良な症例をたびたび経験する.網膜復位後,視力不良例の多くに視細胞内節外節接合部(photoreceptorinner/outersegmentjunction:IS/OS)ラインの断裂が認められ,断裂部位に一致してマイクロペリメトリーによる網膜感度が低下することが報告されている1,2).また,macula-offRRD復位後の視力は修復したIS/OSラインの状態と相関し3),近年では外境界膜(externallimitingmembrane:ELM)も術後視力の予測因子となることが示唆されている4,5).しかし,過去の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による報告では,術後視力と網膜外層の関連はIS/OSやELMの有無による定性的評価が主であり,定量的評価を行った検討は少ない6).視力の根源とされている視細胞外節の厚みを測定することは網膜層の自動セグメンテーションや解像度の問題から困難であり,定量するためにはhigh-speedultrahigh-resolutionOCT(UHR-OCT)7)が必要となる.そのため以前に筆者らは,視細胞外節の厚みを二次的に定量するために,spectral-domainOCT(SD-OCT)を用いてIS/OSから視細胞外節の代謝に重要である網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)までの厚み(TotalOS&RPE/BM7))を正常眼で定量した8).そこで今回,続発性の視細胞外節病であるmacula-offRRDに対して術後のTotalOS&RPE/BMを定量し,経時的変化および視力との関連を検討した.I対象および方法対象は2008年8月.2010年10月までに川崎医科大学附属病院眼科を受診し,RRDと診断された179例のうち,本研究に対してインフォームド・コンセントが得られ,macula-offRRDに対して初回手術を施行した30例30眼であった.男性21例,女性9例.平均年齢は56.3±15.5歳(15.86歳),術前平均屈折度数は.2.63±2.60D(+2.50..6.75D),術前平均眼軸長は25.07±1.43mm(22.76.28.13mm),平均黄斑部.離期間は6.4±4.2日(1.16日),平均経過観察期間は4.5±1.5カ月であった.術後にOCTが未施行であった症例,再.離例,残存中心窩.離や黄斑浮腫をきたした症例,増殖硝子体網膜症は除外した.術式の内訳は硝子体手術27眼(白内障手術併用19眼),強膜内陥術3眼であった.方法は術前と術後1,3,6カ月に視力を測定し,logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)にて評価を行った.また,SD-OCT(RTVue-100R;Optovue社,Fremont,CA,USA)を用い,スキャンパターンとして6.0mmlinescanで測定した.本機の仕様は,解像度5.0μm,26,000A-scan/second,256.4,096A-scan/Frameである.中心窩を通る水平断面をスキャンし,術後1,3,6カ月における中心窩下のTotalOS&RPE/BMおよび中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)を測定した.TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁からRPE外縁,CRTは内境界膜からRPE外縁と定義し,同一検者がRTVue-100Rに内蔵されているソフトを用いてキャリパー計測を行った(図1).また,術後1カ月のOCT所見からIS/OSラインが連続して確認できるものをIS/OS(+),確認できるが一部断裂や不整なものをIS/OS(±),確認できないものをIS/OS(.)と定義した.OCTデータは,signalstrengthindexが50以上得られたデータとし,固視不良の場合は複数回の測定を行い,最も信頼性のあるデータを採用した.検討項目は,IS/OS(+)(±)群とIS/OS(.)群におけるlogMARの経過とCRTの推移,TotalOS&RPE/BMの推移,TotalOS&RPE/BMおよびCRTの変化量,視力とTotalOS&RPE/BMおよびCRTとの相関である.TotalOS&RPE/BMの検討については,術後1カ月のOCT所見からELMを認め,さらにIS/OS(+)(±)群のみを対象とした.TotalOS&RPE/BMおよびCRTの変化量は,術後1カ月から3カ月,術後3カ月から6カ月,それぞれの厚みの増減を変化量とし,増加をプラス,減少をマイナスとして算出した.統計学的検討は,logMARの経過,TotalOS&RPE/BMおよびCRTの推移については一元配置分散分析を行い,Scheffeによる多重比較で検定した.IS/OS(+)(±)群と図1TotalOS&RPE.BMおよびCRTのセグメンテーション上段:TotalOS&RPE/BMはIS/OS内縁.RPE外縁とした.下段:CRTは内境界膜.網膜色素上皮外縁とした.TotalOS&RPE/BMおよびCRTのセグメンテーションは,内蔵ソフトで計測した.TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み,CRT:centralretinalthickness,OS:outersegment,RPE:retinalpigmentepithelium,BM:Burchmembrane.(145)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141071 IS/OS(.)群における各項目,TotalOS&RPE/BMおよびCRTの変化量についてはMann-WhitneyUtestを用い,有意水準は5%未満とした.なお,本研究は川崎医科大学倫理委員会の承認を得て行った.II結果1.IS/OS(+)(±)群とIS.OS(-)群におけるlogMARの経過とCRTの推移IS/OS(+)(±)群とIS/OS(.)群の患者背景は,両群で年齢と術前屈折度数に有意差がみられた(表1).平均logMARは,IS/OS(+)(±)群で術前:0.77,術後1カ月:0.14,術後3カ月:0.02,術後6カ月:.0.03,IS/OS(.)群で術前:1.20,術後1カ月:0.56,術後3カ月:0.54,術後6カ月:0.40であった.両群とも術後1カ月の早期から有意な改善が得られ,術後6カ月が最も良好であった〔IS/OS(+)(±)群:p<0.000001,IS/OS(.)群:p<0.01〕.また,両群間において,経過を通して有意差がみられた(術前:p=0.0366,術後1カ月:p=0.0003,術後3カ月:p=0.0002,術後6カ月:p=0.0273,図2).CRTは,IS/OS(+)(±)群で術後1カ月:243.0μm,術後3カ月:255.5μm,術後6カ月:264.0μm,IS/OS(.)群で術後1カ月:206.3μm,術後3カ月:219.4μm,術後6カ月:220.4μmで両群とも経過を通して有意な変化はなかった.両群間においては,経過を通して有意差がみられた(術後1カ月:p=0.0081,術後3カ月:p=0.0436,術後6カ月:p=0.0149,図3).2.IS.OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMの推移TotalOS&RPE/BMは術後1カ月:65.2μm,術後3カ月:77.1μm,術後6カ月:81.8μmと経時的に増加し,術後1カ月と比べて術後3,6カ月で有意差を認め,術後6カ月で最も厚かった(術後3カ月:p<0.0001,術後6カ月:p<0.00001)(図4).3.IS/OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMおよびCRTの変化量TotalOS&RPE/BMの変化量は術後1カ月から3カ月で表1IS/OS(+)(±)群とIS.OS(-)群の患者背景IS/OS(+)(±)群(n=21)IS/OS(.)群(n=9)p値年齢(歳)50.5±13.769.9±10.20.0017黄斑部.離期間(日)6.5±3.86.4±5.20.7121術前屈折度数(D).3.35±2.49.0.57±1.610.0137術前眼軸長(mm)25.39±1.3224.30±1.400.1021IS/OS:photoreceptorinner/outersegmentjunction.11.7μm,術後3カ月から術後6カ月で2.76μm,CRTの変化量は術後1カ月から3カ月で10.8μm,術後3カ月から術後6カ月で2.47μmであった.術後1カ月から3カ月,術後3カ月から6カ月ともに両者の変化量に有意差はなかった(p=0.7146,p=0.5882)(図5).4.IS.OS(+)(±)群における視力とTotalOS&RPE.BMおよびCRTとの相関TotalOS&RPE/BMは,術後1カ月において視力と正の相関があった(r=0.5179,p=0.0162,図6).しかし,術後3,6カ月ではいずれも相関はなかった(術後3カ月:r=0.1335,p=0.5857,術後6カ月:r=0.2094,p=0.5136).CRTは,術後の経過を通して視力との相関はなかった(術後1カ月:r=0.1193,p=0.6065,術後3カ月:r=0.2662,p=0.2706,術後6カ月:r=0.4454,p=0.1105).III考按本研究では,SD-OCTを用いて術後のTotalOS&RPE/BMの測定を行うことで,網膜外層の回復過程を経時的に捉えることができた.そして,術後1カ月の早期のみ視力とTotalOS&RPE/BMが相関していたこと,ELMを認めたIS/OS(+)(±)群の視力はIS/OS(.)群よりも有意に良好な経過であったことから,IS/OSの修復後,術後早期ではTotalOS&RPE/BMの増加によりさらに視力が改善して(logMAR)-0.200.000.200.400.600.801.001.201.40******:IS/OS(+)(±)群:IS/OS(-)群術後1カ月3カ月6カ月***術前図2IS.OS(+)(±)群とIS.OS(-)群におけるlogMARの経過IS/OS(+)(±)群は術前:0.77,術後1カ月:0.14,術後3カ月:0.02,術後6カ月:.0.03で,IS/OS(.)群は術前:1.20,術後1カ月:0.56,術後3カ月:0.54,術後6カ月:0.40で両群とも術後1カ月の早期から有意な改善が得られ,術後6カ月が最も良好であった.また,経過を通して両群間で有意差がみられた(術前:p=0.0366,術後1カ月:p=0.0003,術後3カ月:p=0.0002,術後6カ月:p=0.0273,Mann-WhitneyUtest).**:有意差あり(p<0.000001),*:有意差あり(p<0.01),one-wayANOVA.IS/OS:photoreceptorinner/outersegmentjunction,logMAR:logarithmicminimumangleofresolution.1072あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(146) (μm)280260240220200(μm)14121086420図3IS/OS(+)(±)群とIS.OS(-)群におけるCRTの推移IS/OS(+)(±)群は術後1カ月:243.0μm,術後3カ月:255.5μm,術後6カ月:264.0μm,IS/OS(.)群は術後1カ月:206.3μm,術後3カ月:219.4μm,術後6カ月:220.4μmで,両群とも経過を通して有意な変化はなかった.また,経過を通して両群間で有意差がみられた(術後1カ月:p=0.0081,術後3カ月:p=0.0436,術後6カ月:p=0.0149,Mann-WhitneyUtest).IS/OS:photoreceptorinner/outersegmentjunction,CRT:centralretinalthickness.:IS/OS(+)(±)群:IS/OS(-)群■3カ月6カ月術後1カ月p=0.7146:TotalOS&RPE:CRTp=0.5882術後1カ月→3カ月術後3カ月→6カ月図5IS/OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMおよびCRTの変化量術後1カ月から3カ月の変化量はTotalOS&RPE/BM:11.7μm,CRT:10.8μm,術後3カ月から術後6カ月の変化量はTotalOS&RPE/BM:2.76μm,CRT:2.47μmであった.両群の変化量に有意差はなかった(p=0.7146,p=0.5882,MannWhitneyUtest).くると考えられた.SD-OCT所見と術後視力との検討については,Shimodaら3)は網膜復位後にIS/OSが徐々に回復し,IS/OSの状態が視力と相関したと報告している.Wakabayashiら4)は,術後のIS/OSとELMシグナルの完全性は術後最高視力と相関し,術後ELMの状態から視細胞層の回復を予測できる可能性があるとしている.川島ら5)は,視力改善はIS/OS断裂の減少と強く相関し,ELM断裂の消失がIS/OS改善の前提であると述べている.また,Gharbiyaら6)はIS/OSやELMに加えて,外顆粒層厚やCOSTの状態が視力予後に最(147)(μm)9080706050***術後1カ月3カ月6カ月図4IS.OS(+)(±)群におけるTotalOS&RPE.BMの推移TotalOS&RPE/BMは術後1カ月:65.2μm,術後3カ月:77.1μm,術後6カ月:81.8μmで,術後1カ月と比べて術後3,6カ月で有意差を認め,術後6カ月で最も厚かった.**:有意差あり(p<0.00001),*:有意差あり(p<0.0001),one-wayANOVA.TotalOS&RPE/BM:視細胞内節外節接合部から網膜色素上皮外縁までの厚み,OS:outersegment,RPE:retinalpigmentepithelium,BM:Burchmembrane.(μm)30405060708090100-0.200.000.100.200.300.400.500.60(logMAR)y=-23.247x+68.434r=0.5179,p=0.0162-0.10図6IS/OS(+)(±)群における視力とTotalOS&RPE/BMの相関(術後1カ月)術後1カ月において,TotalOS&RPE/BMは視力と正の相関があった(r=0.5179,p=0.0162,Spearman順位相関係数).も重要であると報告している.このように,IS/OSやELMの状態は術後視力と相関し,視力予後を予測できる重要な因子であるため,網膜復位後における術後視力の改善にはELMおよびIS/OSの修復が必須であり,さらなる術後早期の視力改善にはTotalOS&RPE/BMの増加が関連していると考えられた.しかしながら,術後3カ月以降でTotalOS&RPE/BMと視力に相関がなかった理由として,今回の検討ではELM(+)およびIS/OS(+)(±)の網膜外層の形態が比較的良好な症例を対象としたため,視力は術後1カ月の早期から有意に改善し,視力の改善は頭打ちの状態に近づいていたことが影響したと考えられる.TotalOS&RPE/BMは,術後3カ月から有意な増加を認め,術後6カ月で最も厚かった.一方,CRTは経過を通しあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141073 て有意な変化はみられなかった.術後1カ月のTotalOS&RPE/BMは平均65.2μmと筆者らが正常人で報告した平均値81.3μm8)よりも薄く,術後6カ月では81.8μmとほぼ同じであった.よって,今回の結果は復位後に残存している視細胞内節から外節が徐々に再生されたことを意味していると考えられる.つまり,網膜復位後におけるTotalOS&RPE/BMの増加は,視細胞外節の再生過程を捉えている可能性がある.動物モデルやヒトの眼における実験的研究では,網膜.離後,急速に視細胞のアポトーシスを起こすことがわかっている9,10).Lewisら11)は,実験的網膜.離の復位直後において視細胞外節長が減少することを報告している.また,組織学的研究における視細胞外節の再生については,復位後3カ月で視細胞外節の長さはほぼ回復したという報告や正常な外節長の約70%まで達したという報告がある12,13).Guerinら14)の検討では,復位後5カ月での視細胞外節長は正常値と比べて統計的に差はみられなかった.今回の結果は,これらの組織学的な報告と同様の結果であり,TotalOS&RPE/BMを測定することで視細胞外節の再生過程を二次的に定量することができたと考えられる.また,SD-OCTを用いた本研究では,視細胞外節長の増加は復位後6カ月まで続いていることも明らかとなった.本研究の問題点としては,症例数の少なさ,復位後にIS/OSが確認できない症例や術後に網膜下液が残存している場合には,TotalOS&RPE/BMを定量することがむずかしいため症例が限定されることが挙げられる.今後は,症例数を増やしてさらに詳細な検討が必要であり,純粋な視細胞外節厚の定量方法が課題である.続発性の視細胞外節病であるmacula-offRRDに対して,術後の視細胞外節を含めたTotalOS&RPE/BMを定量し,視力との関連を検討した.その結果,経時的に網膜外層の回復過程を捉えることができ,TotalOS&RPE/BMは術後1カ月の早期のみ視力と相関した.また,ELMを認めたIS/OS(+)(±)群の視力はIS/OS(.)群よりも良好な経過であった.よって,術後早期においてはELMおよびIS/OSの修復を前提として,TotalOS&RPE/BMの増加によりさらに視力が改善してくると考えられた.また,TotalOS&RPE/BMは術後3カ月から有意な増加を認め,視細胞外節の再生が示唆された.今後は,TotalOS&RPE/BMの機能評価を併せての検討や侵達性の高いswept-sourceOCTを用いて検討する予定である.文献1)SchocketLS,WitkinAJ,FujimotoJGetal:Ultrahighresolutionopticalcoherencetomographyinpatientswithdecreasedvisualacuityafterretinaldetachmentrepair.Ophthalmology113:666-672,20062)SmithAJ,TelanderDG,ZawadzkiRJetal:High-resolutionFourier-domainopticalcoherencetomographyandmicroperimetricfindingsaftermacula-offretinaldetachmentrepair.Ophthalmology115:1923-1929,20083)ShimodaY,SanoM,HashimotoHetal:Restorationofphotoreceptoroutersegmentaftervitrectomyforretinaldetachment.AmJOphthalmol149:284-290,20104)WakabayashiT,OshimaY,FujimotoHetal:Fovealmicrostructureandvisualacuityafterretinaldetachmentrepair:imaginganalysisbyFourier-domainopticalcoherencetomography.Ophthalmology116:519-528,20095)川島裕子,水川憲一,渡邊一郎ほか:裂孔原性網膜.離復位後における視細胞外節の回復過程の検討.日眼会誌115:374-381,20116)GharbiyaM,GrandinettiF,ScavellaVetal:Correlationbetweenspectral-domainopticalcoherencetomographyfindingsandvisualoutcomeafterprimaryrhegmatogenousretinaldetachmentrepair.Retina32:43-53,20127)SrinivasanVJ,MonsonBK,WojtkowskiMetal:Characterizationofouterretinalmorphologywithhigh-speed,ultrahigh-resolutionopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci49:1571-1579,20088)後藤克聡,水川憲一,山下力ほか:スペクトラルドメイン光干渉断層計による正常眼での視細胞内節外節接合部網膜色素上皮間距離の定量.あたらしい眼科30:17671771,20139)CookB,LewisGP,FisherSKetal:Apoptoticphotoreceptordegenerationinexperimentalretinaldetachment.InvestOphthalmolVisSci36:990-996,199510)ArroyoJG,YangL,BulaDetal:Photoreceptorapoptosisinhumanretinaldetachment.AmJOphthalmol139:605-610,200511)LewisGP,CharterisDG,SethiCSetal:Theabilityofrapidretinalreattachmenttostoporreversethecellularandmoleculareventsinitiatedbydetachment.InvestOphthalmolVisSci43:2412-2420,200212)今井和行,林篤志,deJuanEJr:網膜.離─復位モデルの作製と評価.日眼会誌102:161-166,199813)SakaiT,CalderoneJB,LewisGPetal:Conephotoreceptorrecoveryafterexperimentaldetachmentandreattach-ment:animmunocytochemical,morphological,andelectrophysiologicalstudy.InvestOphthalmolVisSci44:416425,200314)GuerinCJ,LewisGP,FisherSKetal:Recoveryofphotoreceptoroutersegmentlengthandanalysisofmembraneassemblyratesinregeneratingprimatephotoreceptoroutersegments.InvestOphthalmolVisSci34:175-183,1993***1074あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(148)

非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1067.1069,2014c非Hodgkinリンパ腫患者に発症した虹彩炎と高眼圧を併発したサイトメガロウイルス網膜炎の1例上田浩平*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2藤野雄次郎*1*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科CytomegalovirusRetinitiswithOcularHypertensionandIritisinaPatientwithNon-Hodgkin’sLymphomaKoheiUeda1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1),MikikoKanno2)andYujiroFujino1)1)DepartmentofOphthalmology,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital非Hodgkinリンパ腫治療後に糖尿病の発症を契機に虹彩炎および眼圧上昇を伴うサイトメガロウイルス(CMV)網膜炎を発症した症例を報告する.症例は60歳,男性.2011年に非Hodgkinリンパ腫を発症し,6月から化学療法を施行.2012年3月には寛解と診断されていた.2012年1月末にペットボトル症候群により高血糖となり糖尿病加療がなされていた.3月末に左眼の霧視,眼圧上昇にて紹介受診した.初診時左眼矯正視力1.2,前医受診時左眼眼圧41mmHg.左眼虹彩炎と網膜に顆粒状滲出斑を認め,前房水polymerasechainreaction(PCR)法でCMV-DNA陽性が確認され,CMV網膜炎と診断した.計4回のガンシクロビルの硝子体注射によりCMV網膜炎は消退した.血液疾患および糖尿病はいずれもCMV網膜炎の危険因子であり,本症では両者によりCMV網膜炎が発症しやすい状態であったと推察された.Thepatient,a60-year-oldmale,hadsufferedfromnon-Hodgkin’slymphomaforwhichheunderwentchemotherapy,achievingcompleteremissioninMarch2012.AttheendofJanuary2012,hedevelopedseverehyperglycemiaduetoPETbottlesyndrome.HefeltblurredvisioninhislefteyeandvisitedourclinicattheendofMarch.Correctedvisualacuitywas1.2andintraocularpressurewas41mmHginthelefteye.Theeyeshowediritisandexudativelesionneartheopticdisc.Cytomegalovirusretinitiswasdiagnosedonthebasisofpolymerasechainreactionoftheaqueoushumor.Intravitreousinjectionsofganciclovirweregiven4times,andthecytomegalovirusretinitisresolvedcompletely.Sincebothchemotherapyanddiabetesmellitusareriskfactorsfortheinductionofcytomegalovirusretinitis,itissuspectedthatbothfactorscausedthedevelopmentofcytomegalovirusretinitisinthispatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1067.1069,2014〕Keywords:サイトメガロウイルス網膜炎,非Hodgkinリンパ腫,糖尿病,ペットボトル症候群.cytomegalovirusretinitis,non-Hodgkin’slymphoma,diabetesmellitus,PETbottlesyndrome.はじめにサイトメガロウイルス網膜炎はサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が原因の網膜炎である.CMVは成人の約90%が小児期に不顕性感染をしているといわれており,その後,長期にわたり持続感染する.CMV網膜炎はヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染拡大とともに患者数が増加し,広く認識されるようになった.その後,白血病や悪性リンパ腫などの疾患そのものによる免疫能の低下あるいは臓器移植後や悪性腫瘍などでの免疫抑制薬の使用による免疫能の低下した症例,さらには免疫正常者についても糖尿病,ステロイド薬を危険因子としてCMV網膜炎の発症する症例が報告されている1).今回筆者らは,非Hodgkinリンパ腫患者で急性糖尿病発症を契機に発症した高眼圧と虹彩炎を併発したCMV網膜炎の1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕上田浩平:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:KoheiUeda,M.D.,JCHOTokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(141)1067 I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼の霧視.既往歴:非Hodgkinリンパ腫,境界型糖尿病.現病歴:2011年4月中旬に顎下の腫瘤に気づき,その後の精査で非Hodgkinリンパ腫と診断された.6月末から12月まで化学療法(リツキシマブ+ベンダムスチン)を計6クール施行され,2012年3月の時点で寛解と診断されていた.化学療法の有害事象として食欲不振となり,11月末から清涼飲料水ばかりの摂取が続いていた.2012年1月末に血糖値1,124mg/dlまで上昇,ペットボトル症候群とよばれる急性発症糖尿病と診断され,糖尿病治療を開始された.2012年3月末から左眼の霧視と視野異常を自覚したため,4月初めに総合病院眼科を受診し,眼圧右眼16mmHg,左眼41mmHg,左眼前房中の軽度炎症と網膜に白色滲出斑を認めたため,左眼にベタメタゾン0.1%点眼3x,レボフロキサシン0.5%点眼3xラタノプロスト点眼1x,ドルゾラミド/チモロール配合剤点眼2xを開始された.1週間後,当院を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.08(1.2×sph.4.5D(cyl.1.5D図1初診時左眼眼底写真鼻側網膜に網膜滲出斑を認める.Ax170°),左眼0.07(1.2×sph-5.0D).眼圧は右眼17mmHg,左眼は前医で処方された点眼継続下で15mmHgであった.左眼は角膜に微細な角膜後面沈着物を認め,少数の前房内細胞を認めた.左眼眼底には視神経乳頭鼻側にわずかに出血を伴う顆粒状の網膜滲出斑を認めた(図1).右眼には異常所見は認めなかった.蛍光眼底造影では,白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられ,後期にかけて軽度の蛍光漏出がみられた(図2).血液検査では白血球数2,700/μlと低下していたが,分画は好中球60.5%,リンパ球23.9%,単球8.7%,好酸球3.1%,好塩基球0.6%と異常を認めず,CD4/CD8比も0.63と低下を認めず,CD4陽性リンパ球数は248/μlであった.血清の抗帯状疱疹ウイルス(VZV)抗体,抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体,抗CMV抗体はすべてIg(免疫グロブリン)G陽性であり,IgMの上昇は認めなかった.CMVのアンチゲネミア法であるCMVpp65抗原(C7-HRP)は陰性だった.前房水のpolymerasechainreaction(PCR)法でHSV-DNA陰性,VZV-DNA陰性,CMV-DNA陽性であった.II治療と経過眼所見と前房水PCRによりCMV虹彩炎および網膜炎と診断し,ガンシクロビル1mgの硝子体注射を2012年4月半ばから1週おきに3回,さらにその2週後に1回の計4回施行した.硝子体注射2回目が終了した時点で網膜滲出斑は薄くなってきており,4回目が終了した時点で滲出斑は完全に消失した(図3).以後,ラタノプロスト,ドルゾラミドの点眼は継続しているものの,虹彩炎や網膜炎の再燃は認めていない.黄斑前に硝子体混濁が比較的強く残存したため,5月半ばにトリアムシノロンアセトニド4mg(0.1ml)のTenon.下注射を施行したところ,硝子体混濁は軽減し,自覚症状の改善を得た.図2初診時左眼蛍光眼底写真白色滲出斑の領域に一致して動静脈炎がみられる.図3ガンシクロビル1mg硝子体注射4回施行後の眼底写真網膜滲出斑が消失している.1068あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(142) III考按本症例は網膜炎の所見と前房水PCRでCMVDNA陽性であることからCMV網膜炎と診断した.患者はリンパ腫に対してリツキシマブとベンダムスチンの併用治療を受けていたが,本治療は副作用としてリンパ球を含む白血球減少が高率に起き,CMV感染症が10%に認められる.また,食思不振や吐気が約1/3の患者にみられる2).患者はCMV網膜症発症時点でも白血球減少がみられており,恒常的な白血球減少があったと推測される.また,極度の食思不振がいわゆるペットボトル症候群を招いたものと考えられる.本症は網膜炎の他に虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴っていた.AIDS(後天性免疫不全症候群)患者でみられるCMV網膜炎では通常,前眼部炎症はあっても軽微なことが多く,また高眼圧をきたさないが,非AIDSの患者では虹彩炎,硝子体混濁と高眼圧を伴うCMV網膜炎症例が報告されている3).菅原らはわが国でこれまで健常成人に発症したCMV網膜炎症例10例12眼についてまとめているが,8例で虹彩炎や硝子体混濁などの眼内炎症を伴っており,6例で高眼圧がみられていた4).Pathanapitoonらは非AIDSの患者でCMVによる後部ぶどう膜炎あるいは汎ぶどう膜炎を起こした18例22眼について報告しているが,12例14眼は虹彩炎を呈する汎ぶどう膜炎がみられていた5).全症例中13例17眼は免疫能異常か免疫抑制剤の使用を認めたが,17眼中10眼で汎ぶどう膜炎がみられ,免疫正常者以外でもCMV網膜炎に伴って汎ぶどう膜炎を起こすことがわかる.5例は非Hodgkinリンパ腫患者であった.AIDS以外の疾患では免疫機能障害の程度がAIDSと異なり,immunerecoveryuveitis様の反応が同時に起きているために眼内の炎症が随伴すると推測される3).糖尿病もCMV網膜炎の危険因子とされている.前述したわが国の正常人でのCMV網膜炎10例中3例は糖尿病に罹患していた3,6).また,DavisらのHIV陽性者以外に発症したCMV網膜炎15例では,7例は免疫不全がなく,うち4例は糖尿病のある患者であった7).また,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射あるいは硝子体注射後に発症するCMV網膜炎の報告例も糖尿病を有していることが多い8).糖尿病がCMV網膜炎の危険因子である理由は定かではないが,吉永らは糖尿病では白血球変形能の低下,網膜血流減少による灌流圧低下,網膜血管内皮細胞の接着分子の発現亢進などにより,網膜血管に白血球の接着が増加し,網膜微小循環に捕捉されやすいということが報告されていることから,糖尿病ではCMVの潜伏感染している白血球が網膜微小循環に捕捉されやすい状態になっている可能性をあげている3).本症も血糖が一時1,000mg/dlを超えており,このことがCMV網膜炎を発症した原因の一つと考えられた.以上から,本症は非Hodgkin病に糖尿病の急性増悪が重なり,それが契機となってCMV網膜炎を発症したものと推測した.完全な免疫不全患者以外にもCMV網膜炎を生じる可能性があり,一時的な免疫能低下や糖尿病が発症の契機となりうる.AIDSなどの重篤な免疫抑制状態でなくともCMV網膜炎も念頭に入れて診療をする必要があると考える.文献1)八代成子:サイトメガロウイルス網膜炎.眼科49:11891198,2007v2)OhmachiK,NiitsuN,UchidaTetal:MulticenterphaseIIstudyofbendamustineplusrituximabinpatientswithrelapsedorrefractorydiffuselargeB-celllymphoma.JClinOncol31:2103-2109,20133)吉永和歌子,水島由佳,棈松徳子ほか:免疫能正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎.日眼会誌112:684687,20084)菅原道孝,本田明子,井上賢治ほか:免疫正常者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科28:702-705,20115)PathanapitoonK,TesabibulN,ChoopongPetal:Clinicalmanifestationsofcytomegalovirus-associatedposterioruveitisandpanuveitisinpatientswithouthumanimmunodeficiencyvirusinfection.JAMAOphthalmol131:638645,20136)松永睦美,阿部徹,佐藤直樹ほか:糖尿病患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎の1例.あたらしい眼科15:1021-1024,19987)DavisJL,HaftP,HartleyK:RetinalarteriolarocclusionsduetocytomegalovirusretinitisinelderlypatientswithoutHIV.JOphthalmicInflammInfect3:17-24,20138)DelyferMN,RougierMB,HubschmanJPetal:Cytomegalovirusretinitisfollowingintravitrealinjectionoftriamcinolone:reportoftwocases.ActaOphthalmolScand85:681-683,2007***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141069