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ブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1063.1066,2014cブリモニジン点眼液の追加による眼圧下降効果と安全性の検討俣木直美*1,2齋藤瞳*2岩瀬愛子*1*1たじみ岩瀬眼科*2公立学校共済組合関東中央病院AdjunctiveEffectonIntraocularPressureandOcularandSystemicSideEffectsofTopical0.1%BrimonidineinOpen-AngleGlaucomaNaomiMataki1,2),HitomiSaito2)andAikoIwase1)1)TajimiIwaseEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KantoCentralHospitaloftheMutualAidAssociationofPublicSchoolTeachersブリモニジン点眼液を60例60眼の多剤併用薬使用中の開放隅角緑内障(広義)に追加処方し3カ月後までの眼圧下降作用と安全性を検討した.追加前眼圧,1週目,1カ月,3カ月の順に15.2±4.1,12.6±3.5,12.7±3.7,12.8±3.0mmHgと有意に眼圧は下降していた.治療前ベースライン眼圧が15mmHg以下の症例は,16mmHg以上の症例より眼圧下降効果は少なかった.経過中の副作用は,眠気3例,充血2例,結膜蒼白1例,ふらつき・倦怠感1例,肩の圧迫感1例,蕁麻疹1例,顔面皮疹1例であった.皮疹出現の2例は両例ともに皮内テストによる確定診断を希望しなかったため,臨床的診断として全身性接触皮膚炎の可能性があると考えた.欧米では全身に起こる皮疹の副作用報告はないが重篤な副作用につながる可能性もあり,ブリモニジン使用にあたっては既往歴の問診と使用開始後の注意深い観察が必要と考える.Theintraocularpressure(IOP)reductionofadjunctiveuseof0.1%brimonidineeyedropswithotherglaucomaeyedropswasretrospectivelystudiedin60open-angleglaucomapatientsduringa3-monthperiod.IOPbeforeandat1week,1monthand3monthsafterbrimonidineadditionwas15.2±4.1,12.6±3.5,12.7±3.7and12.8±3.0mmHg,respectively,withsignificantIOPreductionatalltimeperiods.(p<0.01,n=60).InthegroupwithbaselineIOP.15mmHg,IOPreductionat3monthswasnotsignificant.Side-effectsobservedduringthefollow-upperiodwasdrowsiness(3/60),conjunctivalhyperemia(2/60),conjuctivalpaleness(1/60),systemicfatigue(1/60),oppressionoftheshoulders(1/60),andurticaria(2/60).Urticariaaftertopicaluseofbrimonidinehasnotbeenreportedpreviously,andmaydeservespecialattention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1063.1066,2014〕Keywords:ブリモニジン点眼液,眼圧下降効果,副作用,全身性接触皮膚炎,蕁麻疹.brimonidineeyedrops,adjunctiveeffect,sideeffect,systemiccontactdermatitis,Urticaria.はじめに緑内障は日本の失明原因の上位疾患と報告されており1),早期発見,早期治療,治療継続が重要である.緑内障の治療では眼圧下降治療に唯一エビデンスがあり,薬物治療においては目標眼圧を設定し視野異常の経過を確認しながら,必要に応じて加療(薬剤の変更・追加)が行われる.一方,眼圧下降薬に対する反応に個人差があることや,既存の薬剤で可能な限り眼圧を下降させても視野障害が進行する症例も存在するため,新たな作用機序の薬剤が望まれている.ブリモニジン酒石酸塩点眼液はアドレナリンa2受容体作動薬で米国では緑内障・高眼圧症治療薬として1996年に米国食品・医薬品局(FDA)に承認され,現在まで多くの国と地域で使用されている2.4).日本では2012年5月に0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼液(製品名:アイファガンR点眼液0.1%,以下,ブリモニジン点眼液)が発売された.本剤の眼圧下降効果はb遮断薬と比較して最少効果時には劣るものの最高効〔別刷請求先〕岩瀬愛子:〒507-0033多治見市本町3-101-1クリスタルプラザ多治見4Fたじみ岩瀬眼科Reprintrequests:AikoIwase,M.D.,Ph.D.,TajimiIwaseEyeClinic,Crystal-PlazaTajimi4F,3-101-1Honmachi,Tajimi,Gifu507-0033,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)1063 果時にはチモプトールとは有意差がなく2),既存の緑内障治療薬と作用機序が異なることから,他剤との併用による眼圧下降効果が期待されている.筆者らは,日本の緑内障患者における本剤の有効性と安全性を臨床使用の実態下で確認することを目的にレトロスペクティブに評価を行った.I対象および方法2012年5月から2013年5月までの間に,たじみ岩瀬眼科および関東中央病院を受診した正常眼圧緑内障(NTG)または原発開放隅角緑内障(POAG)患者のうち,医師がさらなる眼圧下降が必要と判断しブリモニジン点眼液を追加投与された症例を今回のレトロスペクティブな研究対象とした.対象患者には本試験について十分に説明を行い,文書にて同リックな比較を実施し,有意水準は5%とした.II結果対象となった60例で有効性と安全性を評価した.その背景因子として性別は男性27例,女性33例,年齢は67.0歳±9.9歳(41.84歳),緑内障病型はNTG30例,POAG30例であった(表1).ブリモニジン点眼液追加前の使用薬剤数は1剤:3例,2剤:19例,3剤:32例,4剤:6例であった(配合剤は2剤とした)(表2).ブリモニジン点眼液追加前,1週後,1カ月後,3カ月後の眼圧(平均値±標準偏差)は追加前眼圧値15.2±4.1mmHgから12.6±3.5mmHg(眼圧下降率:.15.7±15.0%),12.7意を得た.25投与期間3カ月での有効性と安全性を以下のように評価した.有効性評価眼は点眼追加前の眼圧が高いほうの眼とし,同じ場合は右眼を対象とした.対象としたのは多剤併用例への追加症例のみとし,評価期間中変更のないものとした.眼圧降下解析にあたっては,経過中副作用による投与中止例については投与している期間を解析の対象とした.また,レーザー線維柱帯形成術,濾過手術,線維柱帯切開術の既往を有する眼は対象から除外した.有効性評価としてブリモニジン点眼液追加投与前と点眼1週後,1カ月後,3カ月後の眼圧値を比較した.安全性評価として前眼部所見ならびに医師による問診・診察により副作用の有無を確認した.統計解析は多重比較Steel検定を用いて投与開始前とのノンパラメト表1背景因子年齢67.0±9.9歳(41.84歳)性別男性27例女性33例緑内障病型POAG30例NTG30例眼圧値(mmHg)眼圧値(mmHg)201510512.6(n=60)p=0.0010**15.2(n=60)12.7(n=56)p=0.0019**12.8(n=53)p=0.0043**0投与1W1M3M開始前投与期間**:p<0.01(Steel検定)図1平均眼圧推移グラフ(全例,n=60)252015105011.1(n=28)p=0.135410.6(n=30)p=0.0494*10.4(n=32)p=0.0116*12.1(n=32)投与1W1M3M開始前投与期間*:p<0.05(Steel検定)薬剤数(例数)成分内訳1剤(3例)PGb-blocker2例1例2剤(19例)PG+b-blockerPG+CAIb-blocker+CAI12例3例4例3剤(32例)PG+b-blocker+CAI32例4剤(6例)PG+b-blocker+CAI+a1-blockerPG+b-blocker+CAI+交感神経刺激薬PG+b-blocker+CAI+副交感神経刺激薬1例4例1例図2平均眼圧推移グラフ(追加前眼圧15mmHg以下,表2ブリモニジン点眼液追加前の使用薬剤n=32)眼圧値(mmHg)252015105014.8(n=25)p<0.0001**15.1(n=26)p<0.0001**15.1(n=28)p=0.0001**18.7(n=28)投与1W1M3M開始前投与期間**:p<0.01(Steel検定)PG:プロスタグランジン関連薬,b-blocker:b受容体遮断薬,CAI:炭酸脱水素酵素阻害薬,a1-blocker:a1受容体遮断薬.図3平均眼圧推移グラフ(追加前眼圧16mmHg以上,※配合剤は2剤とした.n=28)1064あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(138) ±3.7mmHg(.14.8±16.5%),12.8±3.0mmHg(.13.1±14.9%)とすべての観察日で眼圧は有意に下降した(p=0.0010,0.0019,0.0043)(図1).また,病型別ではNTG群では追加前眼圧値12.9±3.2mmHgから10.8±2.5mmHg(.14.3±18.1%),10.9±2.5mmHg(.13.8±18.8%),11.4±2.3mmHg(.9.8±16.5%)と1週後,1カ月後で眼圧は有意に下降し(p=0.0279,0.0377),POAG群では追加前眼圧値17.4±3.6mmHgから14.4±3.6mmHg(.17.2±11.0%),14.7±3.8mmHg(.16.0±13.9%),14.3±2.9mmHg(.16.6±12.3%)とすべての観察日で眼圧は有意に下降した(p=0.0049,0.0042,0.0082).また,ブリモニジン点眼液追加前眼圧が15mmHg以下の症例(32例)では追加前眼圧値12.1±2.3mmHgから10.4±2.1mmHg(.12.6±16.9%),10.6±2.4mmHg(.10.3±18.3%),11.1±2.1mmHg(.6.7±14.8%)と,1週後,1カ月後に眼圧は有意に下降し(p=0.0116,0.0494),3カ月後は有意ではなかったものの(p=0.1354),眼圧変化値は.1mmHgであった(図2).ブリモニジン点眼液追加投与前眼圧が16mmHg以上の症例(28例)では追加前眼圧値18.7±2.5mmHgから15.1±3.2mmHg(.19.3±11.7%),15.1±3.6mmHg(.20.0±12.6%),14.8±2.4mmHg(.20.2±11.6%)とすべての観察日で眼圧は有意に下降し(p=0.0001,p<0.0001,p<0.0001),3カ月後の眼圧変化値は.3.9mmHgであった(図3).副作用は60例中10例に認められ,内訳は眠気3例,充血2例,結膜蒼白1例,ふらつき・倦怠感1例,肩の圧迫感1例,蕁麻疹1例,顔面皮疹1例であった.10例のうち,眠気を訴えた症例のうち2例はブリモニジン点眼液の投与を継続したが症状は軽快した.その他の副作用症例8例は症状出現直後に投与を中止し,全例症状は回復した.また,点眼開始後に1例が転院した.III考按緑内障では点眼薬を使用しても視野障害が進行している症例には手術を検討するが,さまざまな理由により手術を実施できない症例もある.そのような場合は既存治療に点眼薬をさらに追加または既存薬を変更し,さらなる眼圧下降を試みるが,すでに多剤併用中の患者では追加可能な薬剤が少なく,治療薬の選択に苦慮することがある.今回,既存薬複数剤ですでに治療中の患者にブリモニジン点眼液を追加することにより,さらなる眼圧下降が得られることが確認できた.対象となった全例の平均眼圧下降幅は2.3.2.6mmHgであり,病型別ではNTG群で1.6.2.1mmHg,POAG群では2.9.3.1mmHgであった.また,追加前眼圧が16mmHg以上の症例では3.6.3.9mmHgと大きな眼圧下降が得られ,追加前眼圧が15mmHg以下の患者では追加の眼圧下降が得られにくい場合が多いが,今回の検討では1.0.1.7mmHg(139)の眼圧下降が得られた.対象となった症例のうちすでに3剤以上使用していた症例が38例(63%)あり,このような患者に追加する薬剤の選択肢が少ないなか,今回のように眼圧下降効果が得られたことで,緑内障治療薬を追加もしくは変更する際にブリモニジン点眼液は有力な選択肢となりうることが確認できた.ブリモニジン点眼液の国内臨床試験での特徴的な副作用としては,眼アレルギー,めまい,眠気などが報告されており4),今回経験した副作用はすでに報告されているものがほとんどであった.一方,皮疹については海外での使用実績が長いにもかかわらず,海外の添付文書には記載されていない副作用で,海外での臨床報告,国内臨床試験でも報告がない副作用である.今回の評価期間中に生じた症例は2例で,いずれも眼局所の充血・掻痒感などはなく眼周囲以外の皮膚の掻痒感と皮疹出現のみであった.この皮疹例は,1例目は投与開始後1週間目の診察時の問診から発見し,患者からの自発的な訴えはなかった.この症例では投与2日目の夜間就寝時から全身のかゆみが出現し,その後数時間で消失する「蕁麻疹様皮疹」が継続することに気づいたが,点眼との因果関係に思い至らず1週間目の受診時まで点眼を継続した.医師の問診・診察により初めて因果関係を疑い点眼を中止したところ,皮疹の出現が止まり以後再発をしていない.この症例には過去に薬剤内服による薬疹(降圧薬と鎮痛薬)・寒冷蕁麻疹などの既往歴があるとのことであったが,点眼開始から1週間の期間内にそれらの薬剤の使用はなかった.2例目は点眼開始後3カ月間は無症状で経過したが,3カ月目の眼圧測定日の直後より顔面から頸部に生じた発赤を伴う皮疹を主訴に受診した.眼局所には充血・掻痒感などの症状はなかった.点眼は中止し,ただちに皮膚科受診し治療が行われた.ブリモニジン点眼液によるこうした皮疹の報告は過去にはない.しかし,明らかに両例ともに点眼開始以降に症状が出現し中止したことで皮疹の再発はなく,その間に他の薬剤などの変更がないことから,ブリモニジン点眼液との関連が強く疑われる.皮疹出現時期の症状で眼局所のアレルギー症状がほとんどないことから,点眼による感作が原因の「全身性接触皮膚炎」の可能性が考えられる5,6).「全身性接触皮膚炎」はこれまでにも他の点眼薬での報告があり7),局所からの感作が成立した後に全身に症状が出て投与部位には症状が出ないこともあることから,点眼薬の使用が原因であると気づかれにくいこともあるため点眼投与部位以外にも有害事象が出ていないかを確認することが必要であると考えられた.ただし,今回の症例では患者の同意を得られずパッチテストなどでのブリモニジン点眼液との因果関係を十分に確認できていないことから,あくまでも筆者らの臨床判断によるものである.2例の既往歴に共通するものは「寒冷蕁麻疹」「蕁麻疹」であった.こうした既往歴のある患者への投与では,(,)慎重なあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141065 投与が必要かもしれない.また,ブリモニジン点眼液では神経保護作用を有することが基礎研究で多数報告されており8.10),2011年に米国にて0.2%ブリモニジン点眼液で眼圧下降効果に依存しない視野維持効果の報告がある3).視野障害がかなり進行しておりすでに眼圧下降が十分得られていると考えられる症例で,ブリモニジン点眼液追加でさらなる眼圧下降効果が得られなくても副作用の発現や眼圧の上昇がない場合は,眼圧下降を介さない神経保護効果の可能性があることも考慮に入れ,ブリモニジン点眼液を継続して経過観察するという選択肢もあるかもしれない.今後,本剤の神経保護作用に関しては,さらなる臨床試験での評価が待たれる.IV結論ブリモニジン点眼液は他の緑内障治療薬と作用機序が異なり,既存治療薬との併用によりさらなる眼圧下降効果が期待できる.また,眼アレルギーなどのすでに報告されている副作用のほかに眼局所以外の副作用にも注意が必要であると考える.文献1)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:TheTajimiStudy.Ophthalmology113:13541362,20062)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20053)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Low-PressureGlaucomaStudyGroup:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromtheLow-PressureGlaucomaTreatmentStudy.AmJOphthalmol151:671-681,20114)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,20125)池澤優子,相原美智子,池澤善郎:医薬品による接触皮膚炎の臨床と原因抗原.アレルギー・免疫16:1748-1755,20096)日本皮膚科学会接触皮膚炎診療ガイドライン委員会:接触皮膚診療ガイドライン.日皮会誌119:1757-1793,20097)KlugerN,GuillotB,Raison-PeyronN:Systemiccontactdermatitistodorzolamideeyedrops.ContactDermatitis58:167-168,20088)AhmedFA,HegazyK,ChaudharyPetal:Neuroprotectiveeffectofa2agonist(brimonidine)onadultratretinalganglioncellsafterincreasedintraocularpressure.BrainRes913:133-139,20019)Vidal-SanzM,LafuenteMP,Mayor-TorroglosaSetal:Brimonidine’sneuroprotectiveeffectsagainsttransientischaemia-inducedretinalganglioncelldeath.EurJOphthalmol11:36-40,200110)WoldeMussieE,RuizG,WijonoMetal:Neuroprotectionofretinalganglioncellsbybrimonidineinratswithlaser-inducedchronicocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci42:2849-2855,2001***1066あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(140)

プロスタグランジン薬,βブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用でコントロール不十分な症例に対するブリモニジン点眼液の追加処方

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1059.1062,2014cプロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用でコントロール不十分な症例に対するブリモニジン点眼液の追加処方松浦一貴*1寺坂祐樹*1佐々木慎一*2*1野島病院眼科*2鳥取大学医学部視覚病態学教室BrimonidineasAdjunctiveTherapyinUncontrolledPatientsUsingCombinationofProstaglandin,b-BlockerandCarbonicAnhydraseInhibitorKazukiMatsuura1),YukiTerasaka1)andShinichiSasaki2)1)DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity目的:プロスタグランジン薬,bブロッカー,炭酸脱水酵素阻害剤の3剤併用中にブリモニジン点眼液を追加した場合の眼圧変化と安全性を検討した.対象および方法:対象は3剤併用でコントロール不十分な21例35眼.ブリモニジン点眼液を追加した前後の眼圧および副作用の有無につき検討した.結果:ブリモニジン点眼液の追加によって眼圧値は19.5±3.5mmHgから16.3±2.3mmHgへと減少した(pairedt-test,p<0.001).灼熱感にて早期に点眼を中止した1例を認めたものの局所的,全身的に重篤な合併症を認めなかった.結論:3剤併用症例においてもブリモニジン点眼液を追加することで,相加的な降圧効果が期待できる.ブリモニジン追加処方による重篤な合併症の危険性は大きくないと思われる.Purpose:Toassesstheintraocularpressure(IOP)reductionandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyinuncontrolledpatientsevenafterusingacombinationofprostaglandin,b-blockerandcarbonicanhydraseinhibitor(fullmedication).ObjectandMethod:Theexaminationinvolved35eyesof21casesinwhomIOPwasnotsufficientlycontrolledbyfullmedication;theaimwastoassessIOPreductionandadverseeffectoccurrencebeforeandafterbrimonidineaddition.Results:IOPsignificantlydecreasedfrom19.5±3.5mmHgto16.3±2.3mmHg(pairedt-testp<0.001).Althoughparticipationwasterminatedinonecasebecauseofhotflashes,noseriouscomplicationswereobservedintheremainingparticipants.Conclusion:BrimonidinewasabletolowerIOPadditively,eveninthecaseoffullmedication.Ittheseemsthattheadditionalprescriptionofbrimonidinewouldneverleadtoserioussideeffects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1059.1062,2014〕Keywords:ブリモニジン点眼液,追加投与.brimonidine,adjunctivetherapy.はじめに現在,日本での緑内障点眼薬処方のシェアをみても明らかなように,プロスタグランジン薬(PG薬),あるいはbブロッカーが第1,第2選択となり,適宜炭酸脱水酵素阻害剤(CAI)が追加されるのが点眼コントロール不十分な症例に対する一般的な処方の順番である.そしてPG薬,bブロッカー,CAIの3剤を2ボトルで使用するのが最も一般的なfullmedicationであると思われるが,2012年5月よりこれらの主要3剤と薬理作用の異なる降眼圧薬であるブリモニジン点眼液が使用可能となった.そこで今回,従来の一般的なfullmedicationであるPG薬,bブロッカー,CAIの3剤併用でコントロール不良な症例に対してブリモニジン点眼液が追加処方された場合の眼圧下降効果と,おもに角膜上皮に対する副作用の検討を行った.〔別刷請求先〕松浦一貴:〒682-0863倉吉市瀬崎町2714-1野島病院眼科Reprintrequests:KazukiMatsuura,DepartmentofOphthalmology,NojimaHospital,2714-1Sezakimachi,Kurayoshi682-0863,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)1059 I対象および方法平成25年1月.6月の間に野島病院(以下,当院)を受診した広義の開放隅角緑内障患者のうち,PG薬,bブロッカー,CAIの3剤併用でコントロール不十分と考えられたためブリモニジン点眼液が追加処方された23症例39眼を対象とした.眼圧は通常の外来診療における任意の時間帯(9:00.15:00)にGoldmann式眼圧計を用いて測定した.個々の症例での眼圧測定はほぼ一定の時間帯に行われていた.定期的な2週間から2カ月ごとの経過観察中の患者において,ブリモニジン点眼液追加直前3.5回の平均眼圧値に対して追加後3.5回の平均眼圧値を診療録をもとにレトロスぺクティブに調査し比較した.また角膜上皮障害,充血など自覚的,他覚的な合併症についても検討した.当院では緑内障点眼治療中の角膜合併症を評価するために日常的にarea-density(AD)分類1)を記載している.そこで角膜上皮障害の検討は添田らの報告2)に習い,A(area)をA0.3,D(density)をD0.3の4段階にそれぞれ分類し,A(0.3)+D(0.3)でスコア化した.眼圧値の有意差検定はpairedt-test,角膜上皮スコアの有意差検定にはWiscoxonsignedrank検定を用いた.本研究に際し,野島病院倫理審査委員会の承認を受けて実施した.II結果1例2眼において灼熱感のため点眼中止となったが,症状は点眼直後の一時的なものであった.また1例2眼において点眼によるコントロール不可能と判断し,線維柱帯切開術が施行された.これら2例を除いた21例35眼(平均年齢67.9±12.2歳:男性14人,女性7人)において眼圧値および副作用の検討を行った.緑内障病型の内訳は原発開放隅角緑内障(広義)29眼,落屑緑内障3眼,ぶどう膜炎続発緑内障3眼であった.ブリモニジン点眼液の追加前の眼圧は15*p<0.001*25mmHg未満が2眼,15.18mmHgが9眼,18.21mmHgが11眼,21mmHg以上が13眼であった.ブリモニジン点眼液の追加によって眼圧値は19.5±3.5mmHgから16.3±2.3mmHgへと減少した(図1).今回対象となった全症例において2ボトル3剤の処方が行われていたが,PG薬および1%ドルゾラミド+0.5%チモロール配合点眼液群(11例17眼:PG薬の内訳は,タフルプロスト6眼,トラボプロスト3眼,ラタノプロスト2眼)は18.7±4.2mmHgから15.8±2.3mmHgへ低下,トラボプロスト+0.5%チモロール配合点眼液およびブリンゾラミド(10例18眼)は20.2±2.4mmHgから16.8±2.2mmHgへ低下し,3mmHg以上低下したのは全35眼中16眼であった.有効例のなかには10mmHg(変更前眼圧の約40%)近く降圧する場合もあった.3mmHg以上眼圧が上昇した症例はなかった.ブリモニジン点眼液の追加後に明らかな角膜上皮障害(図2),充血の増悪や掻痒感を訴える症例はなかった.III考察ブリモニジン点眼液は選択的a2受容体作動薬であり,房水産生抑制とぶどう膜強膜流出経路を介した房水流出促進作用を持つ3).ブリモニジン点眼液単独での降圧効果はPG薬とは同等あるいは若干劣るとされるが4,5),bブロッカーとほぼ同等な良好な降圧効果を示すことが報告されている6).房水産生抑制とぶどう膜強膜流出経路を介した房水流出は従来の点眼薬と共通の作用機序であるが,これらの薬剤に対して付加的に眼圧を低下させることが確認されており,すでにPG薬,bブロッカーやCAIなどが処方されている症例においても相加的な効果が期待できる7.14).本検討におけるコントロール不十分の定義は,単純な眼圧値や眼圧降下率によるものでなく,視野の進行度や残存する視機能から判断してさらなる眼圧下降が望ましいと主治医が判断した症例である.今回は,症例が少ないため両眼を検討*p=0.59350追加前追加後0*追加前追加後図1点眼追加後の眼圧値(平均値±標準偏差)図2点眼追加後の角膜上皮スコア(平均値±標準偏差)点眼追加により有意に眼圧は低下した角膜上皮所見の明らかな変化を認めなかった.1060あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(134)眼圧(mmHg)2021510AD分類スコア1 した.わが国ではPG薬に追加投与したときの降圧幅は1mmHg強程度であるとの報告もあるが15),海外ではPG薬に追加投与した場合,2.7.5.9mmHg程度の降圧効果が得られたとされている7,8).またbブロッカーに追加処方された場合,3.6.4.9mmHgの降圧効果が得られたとされている7,9,10).ブリモニジン点眼液は現時点ではCAIのように第2,第3番目の処方として選択されることが多いが,CAIと併用された場合にも相加的な作用がある11,12).複数の点眼使用中の患者にブリモニジン点眼液が追加された報告は少ないが,Schwartzenbergら14)は1.4剤(平均2.81剤)使用中の患者に追加処方された場合,4.68mmHgの眼圧下降を得たとしている.またLeeら13)は1.3剤使用中の554例に追加して平均4.01mmHgの眼圧下降を得たとしている.そのなかでPG薬,bブロッカー,CAIの3剤を使用していた11例の平均眼圧下降値は5.18mmHgであった.今回の結果からすでに3剤の点眼(PG薬,bブロッカー,CAI)が処方されているにもかかわらず十分なコントロールが得られていない患者にブリモニジン点眼液が追加処方された場合にさらなる降圧効果が期待できることが確認された.ブリモニジン点眼液は全身的,眼局所的にも重篤な副作用の頻度は高くない特徴を持つ6,7).今回は全身的な副作用については検討していないが,本剤はa2受容体の選択性が高いためバイタルサインに臨床上問題となるような変動を認めにくく,呼吸器や循環器系のリスクのためb遮断薬の使用が躊躇される症例への適応があるとされている5,6,16,17).ただし,めまいや傾眠の報告や血圧低下の傾向が認められるため,予備能力の低い高齢者,低体重や生理機能の低下した患者には注意を促す記載もある18).局所的な副作用としてはアレルギー結膜炎,アレルギー眼瞼炎の頻度が高いことがいわれている.比較的長期投与によって発症するとされるが,アレルギーを発症しても半数以上は1年間の継続投与が可能であったとの報告がある19).今回は,アレルギー関連の副作用は認めなかった.ブリモニジン点眼液は防腐剤として塩化ベンザルコニウムを含んでおらず,PuriteR(亜塩素酸ナトリウム)を使用している.亜塩素酸ナトリウムは動物実験において高濃度塩化ベンザルコニウムよりも角膜障害性が低いことが報告されている19,20).今回も追加投与後に特に角膜上皮所見の明らかな悪化を認める症例はなかった.またブリモニジン点眼液は眼圧下降によらない神経保護作用を持つとの報告もあり21),20mmHg未満の症例に対する効果も興味深い.今回のような症例にブリモニジン点眼液を追加すると3ボトル4剤での点眼となるため患者の点眼の負担は増加するものの,多くの症例で重篤な副作用はなく相加的な降圧効果が認められた.ブリモニジン点眼液は緑内障手術に理解を得られない症例などのコントロール不十分例に対して新たな選択肢となる可能性があることがわかった.(135)文献1)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19942)添田尚一,宮永嘉隆,佐野英子ほか:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液からトラボプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液への切り替え.あたらしい眼科30:861-864,20133)TorisCB,CamrasCB,YablonskiME:Acuteversuschroniceffectsofbrimonidineonaqueoushumordynamicsinocularhypertensivepatients.AmJOphthalmol128:8-14,19994)LiuCJ,KoYC,ChengCYetal:Changesinintraocularpressureandocularperfusionpressureafterlatanoprost0.05%orbrimonidinetartrate0.2%innormal-tensionglaucomapatients.Ophthalmology109:2241-2247,20025)HodgeWG,LachaineJ,SteffensenIetal:TheefficacyandharmofprostaglandinanalogueforIOPreductioninglaucomapatientscomparedtodorzolamideandbrimonidine:asystemicreview.BrJOphthalmol92:7-12,20086)SchumanJS:Clinicalexperiencewithbrimonidine0.2%andtimolol0.5%inglaucomaandocularhypertension.SurvOphthalmol41(Suppl1):S27-37,19967)LeeDA,GornbeinJA:Effectivenessandsafetyofbrimonidineasadjunctivetherapyforpatientswithelevatedintraocularpressureinalarge,open-labelcommunitytrial.JGlaucoma10:220-226,20018)DayDG,HollanderDA:Brimonidinepurite0.1%versusbrimonidine1%asadjunctivetherapytolatanoprostinpatientswithglaucomaorocularhypertension.CurrMedResOpin24:1435-1442,20089)SimmonsST;Alphagan/TrusoptStudyGroup:Efficacyofbrimonidine0.2%anddorzolamide2%asadjunctivetherapytobeta-blockersinadultpatientswithglaucomaorocularhypertension.ClinTher23:604-619,200110)ReisR,QueirosCF,SantosLC:Arandomized,investigator-masked,4-weekstudycomparingtimololmaleate0.5%,brimonidine1%,andbrimonidinetartrate0.2%asadjunctivetherapiestotravoprost0.004%inadultswithprimaryopen-angleglaucomaocularhypertension.ClinTher28:552-559,200611)WhitsonJT,RealiniT,NguyenQHetal:Six-monthresultsfromaPhaseIIIandomizedtrialoffixed-combinationbrimonidine+1%brimonidine0.2%versusbrinzolamideorbrimonidinemonotherapyinglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol7:1053-1060,201312)Baiza-DuranLM,Llmas-MorenJF,Ayala-BarajasC:Comparisonoftimolol0.5%+brimonidine0.2%+dorzolamide2%versustimolol0.5%+brimonidine0.2%inaMexicanpopulationwithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension.ClinOphthalmol6:1051-1055,201213)LeeDA,GornbeinJ,AbramsC:Theeffectivenessandsafetyofbrimonidineasmono-,combination,orreplacementtherapyforpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertension:aposthocanalysisofanopen-labelcommunitytrial.GlaucomaTrialStudyGroup.JOcularPharmacolTher16:3-18,2000あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141061 14)ThoeSchwartzenbergGW,BuysYM:Efficacyofbrimonidine0.2%asadjunctivetherapyforpatientswithglaucomainadequatelycontrolledwithotherwisemaximalmedicaltherapy.Ophthalmology106:1616-1620,199915)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした臨床第III相試験─チモロールとの比較試験またはプロスタグランジン関連薬併用下におけるプラセボとの比較試験.日眼会誌116:955-966,201216)CantorLB:Theevolvingpharmacotherapeuticprofileofbrimonidine,analpha2-adrenergicagonist,afterfouryearsofcontinuoususe.ExpertOpinPharmacother1:815-834,200017)新家眞,山崎芳夫,杉山和久ほか:ブリモニジン点眼液の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とした長期投与試験.あたらしい眼科29:679-686,201218)林泰博,北岡康史:ブリモニジン点眼液の降圧効果と安全性.臨眼67:597-601,201319)KatzLJ:Twelve-monthevaluationofbrimonidine-puriteversusbrimonidineinpatientswithglaucomaorocularhypertension.JGlaucoma11:119-126,200220)NoeckerRJ,HerrygersLA,AnwaruddinR:Cornealandconjunctivalchangescausedbycommonlyusedglaucomamedications.Cornea23:490-496,200421)WheelerL,WoldeMussieE,LaiR:Roleofalpha-2agonistsinneuroprotection.SurvOpthalmol48(Suppl1):S47-S51,2003***1062あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(136)

ヒト水晶体上皮細胞の密度,細胞核/細胞質比に関する検索

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1053.1058,2014cヒト水晶体上皮細胞の密度,細胞核/細胞質比に関する検索馬嶋清如*1内藤尚久*2山本直樹*3加賀達志*4市川一夫*4*1眼科明眼院*2中京眼科*3藤田保健衛生大学共利研*4社会保険中京病院眼科StudyofHumanLensEpithelialCellDensityandNucleocytoplasmicRatioKiyoyukiMajima1),NaohisaNaitou2),NaokiYamamoto3),TatusiKaga4)andKazuoIchikawa4)1)EyeClinicMyouganin,2)ChukyoEyeClinic,3)FujitaHealthUniversityJointResearchLaboratory,4)DepartmentofOpthalmology,SocialInsuranceChukyoHospital目的:中央部から増殖帯近傍に至る水晶体上皮細胞の密度と細胞核/細胞質比を調査する.対象および方法:糖尿病がない45.93歳までの白内障症例,293例293眼を対象とした.前.切開で得た上皮細胞の付着した前.片を伸展標本にし,中央部から増殖帯近傍に向け10区画に分け,中央部を区画1,増殖帯近傍を区画10とし,各区画間の細胞数と細胞核/細胞質比を計測した.結果:65歳以上74歳以下の症例では,区画1と区画10の細胞数が中間領域の区画4.8に比して有意に多かったが,64歳以下,また75歳以上の症例では,各区画間で有意差はなかった.一方,細胞核/細胞質比は,年齢層,各区画間で有意差はなかった.結論:水晶体上皮細胞の密度は,領域別で異なる年齢層があり,細胞核/細胞質比は,年齢層,領域別で違いがないことから,密度が高い場合は細胞質,核ともに面積が小さく,低い場合は,その逆になることが示唆された.Purpose:Thedensityandnucleocytoplasmicratiooflensepithelialcellswerestudied,fromthecentralportiontotheproliferativezoneofthelens.Subjectsandmethods:Thesubjectswere293cataractouseyesof293patientswithoutdiabetes,whorangedinagefrom45to93years.Extensionspecimensweremadeofanteriorcapsulefragmentswithadherentepithelialcells,obtainedfromanteriorcapsulotomy.Thespecimensweredividedinto10equalsections,fromthecenterportiontotheproliferativezone.Cellnumberandnucleocytoplasmicratioweremeasuredineachsection.Results:Inthepatients65to74yearsofage,thecellnumbersinSections1and10weresignificantlyhigherthaninSections4to8,inthemiddlelensregion.However,inpatients64yearsoryounger,or75yearsorolder,therewerenosignificantdifferencesbetweenthesections.Therewerenosignificantdifferencesinnucleocytoplasmicratiobetweenagegroupsorsections.Conclusion:Insomeagegroups,lensepithelialcelldensitydiffereddependingonthelensregion.However,thenucleocytoplasmicratiodidnotdiffereitherbyagegrouporlensregion.Thissuggeststhatwhencelldensityishigh,theareaofbothcytoplasmandnucleusissmall,whereaswhendensityislow,theoppositeistrue.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1053.1058,2014〕Keywords:ヒト水晶体,上皮細胞,白内障,密度,細胞核/細胞質比.humanlens,epithelialcell,cataract,density,nucleoplasmicratio.はじめに水晶体は,カプセル,上皮細胞(lensepithelialcell:以下LECと略す),線維細胞の3つから構成されている無血管の組織である.そのなかで最も高い生理活性を有しているのはLECであり,多くの物質を水晶体内へ輸送するとともに,増殖帯部で増殖し,前極に向けて細胞を供給する一方,赤道部では線維細胞へと分化し水晶体線維の形成を行うという,水晶体にとって最も重要な役割を果たしている.このLECの密度に関しては,これまでにいくつか報告されているが1.4),水晶体の中央部,増殖帯近傍,そしてその中間領域というように,領域別で細胞密度を比較,検討した報告はまだない.今回,白内障手術の際の前.切開で得られた,前.に付着したヒトLECを材料とし,水晶体の前.中央部,増殖帯近傍,そして両者の中間という3つの領域において,一定面積内の細胞数と細胞核/細胞質比(nucleoplasmicratio:以下〔別刷請求先〕馬嶋清如:〒454-0843名古屋市中川区大畑町2-14-1コーポ奈津1階眼科明眼院Reprintrequests:KiyoyukiMajima,M.D,EyeClinicMyouganin,2-14-1,Oohata-cho-Nakagawa-ku,Nagoya454-0843,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(127)1053 N/Cと略す)を測定後,各領域で細胞数,N/Cに違いがあるのか否かついて調査を行い,また加齢に伴う細胞数,N/Cの変化についての検討も加え,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法1.第I群の対象は,糖尿病がなく,白内障以外に内眼疾患のない59.79歳までの白内障患者31例31眼で,過熟白内障の症例は除外してある.同一術者による,白内障手術の際の連続円形切開で得られた,直径約6.0mmの前.片に付着したLECsを,ただちに難浸透性組織固定液(SUPERFIX,KURABO)にて固定後,伸展標本を作製した.その後,ヘマトキシリンによる単染色を行い,アルコールで脱水後,キシレンで透徹し,カバーガラスに封入した.前.切開の際に得られた材料のため,前.に亀裂が入っている領域もあることから,前.の中央部から切開縁までの経線上で亀裂のない領域を選別した後,中心部から周辺部までを10区画に分け,これを1レーンとし,120°の間隔で3レーンを選別後,1区画,216μm×216μm内のLEC数を測定した(図1).この測定には,LUZEX-SF社製の全自動画像解析装置を使用して,細胞核の数を計測し細胞数とした.なお,測定においては,細胞核の分裂像を含まない区画を測定区画した.また,N/Cの計測は,前述した機器を使用し,細胞核と細胞質の染色態度が異なることから,ピクセル単位で色の違いを全自動画像解析装置で判別させた後,N/Cを計測した.つぎに10区画ごとの細胞数とN/Cが,レーン間で違うのか否か,レーンごとで各区画の細胞数とN/Cの平均値を算出後,ノンパラメトリック法のFriedman検定で解析をした.図1水晶体上皮細胞の解析部位中央部を区画1,周辺部を区画10とし,各区画内の細胞数を測定する.枠内は伸展標本におけるLECsを示す.Bar=50μm.2.第II群の対象は,糖尿病がなく,白内障以外に内眼疾患のない45.93歳までの白内障患者,293例,293眼(男性:133眼,女性160眼)であり,過熟白内障の症例は除外してある.第I群と同様の方法で,1レーン内の10区画における細胞数を測定した.また,前述した293眼のなかから,45.91歳の151眼を無作為に選び,N/Cについても測定を行った.つぎに解析を行う統計の手法については,1.10の各区画の細胞数とN/Cに有意差があるのか否かについて,帰無仮説を各区画の母平均は等しい,また対立仮説を各区画の母平均は等しくないとし,一元配置分散分析を行った.なお,年齢を①64歳以下,②65歳以上74歳以下,③75歳以上と,3つの年齢層に分類し,各年齢層で,1.10の各区画の細胞数とN/Cに有意差があるのか否かについて,帰無仮説,対立仮説を設定し,一元配置分散分析を行い調査した.そして前記した2つの統計解析の結果,母平均に有意差があった場合,さらにt検定を行い,各区画間での有意差を再解析した.II結果1.第I群の統計解析結果a.細胞数に関して行を1,2,3のレーン,列を症例とし,31症例の1.10の各区画の細胞数を列記後,3レーン間における細胞数の平均値の比較を行った.その結果,10区画の細胞数の平均値±標準偏差は,175.39±23.78(細胞密度:3,758.61±509.61mm2)であり,Friedman検定の結果を表に示す(表1).なお1.10区画は,独立しているのではなく,連続しているため,10回,同様な施行を繰り返したとして多重比較を考慮すると,p<0.005を有意差ありと判定するが,その結果,レーン間で有意差があるのは6の区画のみであった.b.N/Cに関して細胞数の比較と同様,行を各レーン,列を症例とし,31症例の1.10の各区画のN/Cを列記後,3レーン間におけるN/Cの平均値の比較を行った.その結果,10区画のN/Cの平均値±標準偏差は0.36±0.01で,Friedman検定の結果,前述した有意水準ではレーン間での有意差はなかった(表2).2.第II群の統計解析結果a.細胞数に関して10区画の細胞数の平均値±標準偏差は184.27±28.25(細胞密度:3,948.91±605.40mm2)であり,年齢を加味することなく,各区画間で細胞数に有意差があるのか否か,一元配置分散で検定したところ,p値は0.022であり,p<0.05のため帰無仮説は棄却され,各区画間で有意差があるという結果になった.そこで細胞数に関して,さらにt検定を施行し,区画ごとに比較をすると,区画1と区画4.6,区画6と区1054あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(128) 表1各区画の細胞数に関する3レーン間での表2各区画のN/Cに関する3レーン間での有有意差検定意差検定区画3レーン10.53320.19630.73340.00750.01260.00370.01980.22690.692100.491区画3レーン10.64820.79230.15040.67050.02460.53170.67080.79291.000100.497行を1,2,3の各レーン,列を各症例の細胞行を1,2,3の各レーン,列を各症例のN/C数とし,各区画の細胞数が3レーン間で有意とし,各区画のN/Cが3レーン間で有意差が差があるのか否か統計解析を行う.右欄はpあるのか否か統計解析を行う.右欄はp値を値を示す.示す.表3区画対区画における細胞数の有意差検定区画_123456789区画_10区画_10.5240.239*0.040*0.039*0.0280.0520.1390.8300.42320.5240.5890.1570.1540.1190.1920.3990.6730.15030.2390.5890.3810.3760.3070.4440.7610.336*0.0484*0.0400.1570.3810.9920.8850.9130.5670.066*0.0045*0.0390.1540.3760.9920.8930.9050.5610.065*0.0046*0.0280.1190.3070.8850.8930.7990.474*0.047*0.00370.0520.1920.4440.9130.9050.7990.6440.084*0.00680.1390.3990.7610.5670.5610.4740.6440.205*0.02390.8300.6730.3360.0660.065*0.0470.0840.2050.309区画_100.4230.150*0.048*0.004*0.004*0.003*0.006*0.0230.309枠内はt検定による有意水準を示す.*:p<0.05で各区画間に有意差があることを示している.画9,そして区画3.8と区画10の間で有意差があり,区画1である中央部と,区画9,10である前.切開縁,すなわち増殖帯近傍の領域では,その中間領域の細胞数に比して有意に多いことが示された(表3).なお,この結果を理解しやすいように,区画と各区画の細胞数との関係を信頼度95%のエラーバーを用い表記した(図2).また年齢を,①64歳以下,②65歳以上74歳以下,③75歳以上の3つの年齢層に分け,各年齢層において,1.10の区画で細胞数に有意差があるのか否かの解析を,一元配置分散分析で行った.その結果,p値は①64歳以下:0.894,②65歳以上74歳以下:0.034,③75歳以上:0.529となり,65歳以上74歳以下の年齢層においてのみp<0.05であり,区画別の細胞数に有意差があった.そこで,この年齢層においてt検定を行い再調査したところ,区画1と区画4.6が,また区画4.8と区画10との間で有意差があり,前述した年齢を加味しない293症例の調査結果は,65歳以上74歳以下の年齢層の結果が大きく反映されているものと考えた(表4).なお,この結果も理解しやすいよう,区画と各区画の細胞数との関係を信頼度95%のエラーバーを用い表記した(図3).また,①,②,③の年齢層間で,10区画の細胞数の平均値に有意差があるのか否かをt検定で解析すると,①と②,①と③の間のp値はそれぞれ,3.86×10.7,1.41×10.5であり,p<0.05のため有意差があった.一方,②と③の間にはp値は0.12で有意差がなく,64歳以下の年齢層では細胞数が有意に多いという結果になった(図4).(129)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141055 表465歳以上74歳以下の症例における,区画対区画での細胞数の有意差検定区画_123456789区画_10区画_10.4110.199*0.028*0.040*0.0220.0730.1120.6610.50520.4110.6430.1690.2170.1390.3300.4410.7020.13730.1990.6430.3620.4410.3090.6090.7580.3980.0514*0.0280.1690.3620.8870.9170.6880.5450.079*0.0045*0.0400.2170.4410.8870.8060.7950.6430.106*0.0076*0.0220.1390.3090.9170.8060.6130.4780.063*0.00370.0730.3300.6090.6880.7950.6130.8390.175*0.01480.1120.4410.7580.5450.6430.4780.8390.249*0.02490.6610.7020.3980.0790.1060.0630.1750.2490.269区画_100.5050.1370.051*0.004*0.007*0.003*0.014*0.0240.269枠内はt検定による有意水準を示す.*:p<0.05で各区画間に有意差があることを示している.*************195190185180175細胞数*****細胞数19519018518017512345678910区画12345678910図2区画間での細胞数の比較区画X軸は区画,Y軸は各区画内の細胞数を表す.エラーバー図3区画間の細胞数の比較は95%信頼区間を表しており,バー中央の点は平均値をX軸は区画,Y軸は各区画内の細胞数を表す.エラーバー示す.また*は有意差があった区画間である(p<0.05).は95%信頼区間を表しており,バー中央の点は平均値を示す.また*は有意差があった区画間である(p<0.05).200(64歳以下)(65歳以上74歳以下)(75歳以上)であり,年齢を加味することなく,各区画でN/Cに有意差があるのか否かについて,一元配置分散分析を行った.b.N/Cに関して10カ所におけるN/Cの平均値±標準偏差は0.38±0.06細胞数の平均値190その結果,p値が0.31でp<0.05ではないため,各箇所間での有意差はなかった.つぎに,年齢を前述した細胞数の解析時と同様,①.③の3つの年齢層に分け,N/Cが各年齢層間で有意差があるのか否か,一元配置分散分析を行った12345678910ところ,p値は,①64歳以下:0.71,②65歳以上74歳以区画図4各区画における平均細胞数の年齢層間での比較下:0.084,③75歳以上:0.63となり,いずれの年齢層でも64歳以下の症例では65歳以上の症例に比して,10区画各区画間での有意差はなかった.の細胞数の平均値が有意に多い.1056あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(130) III考按水晶体上皮は,前.下に単層として並んでいるLECから構成されており,活発なエネルギー代謝を営み,水晶体の透明性維持に役立っている.そして増殖帯には,幹細胞というべきLECsが存在しており,皮質内への移動を示す他に,水晶体中央部へも移動するという挙動を示した後,その多くがアポトーシスではなく,ネクローシスによる細胞死が生じることが報告されている5,6).こうした生理的動態を考えると,水晶体の中央部から増殖帯までLECの密度が同じであるとは考えにくい.そこで今回,LECの密度が水晶体の領域別で違いがあるのか否かについての調査を行った.ただし今回の調査は,白内障の水晶体を対象とし,そのLECを材料としているので,まず以下の点に配慮する必要がある.第一は,白内障の水晶体では,日常の臨床でも経験するように,一つの症例を考えてみても,中央部から増殖帯近傍までの領域において,前.下に観察される皮質混濁の有無,程度に違いがあり,それが密度に影響を与える可能性があることである.また第二は,術者がカプセル鑷子で数回にわたり前.を把持した後に得られた前.片に付着したLECを材料としているため,そうした操作が密度に影響を与える可能性があるということである.それゆえ増殖帯近傍から中央部までの一連の領域を1レーンとし,その中を10区画に分け,さらに3レーンを選別後,各レーン間において,各区画の細胞数,N/Cに有意差がないのか否か,まず調査をした.なお,前.片には,術中の操作を原因とする亀裂がいくつかの領域で存在している場合が多く,増殖帯近傍から中央部までの一連の領域に存在するLECsを観察できるのは,多くの症例で3レーンが限界であった.そうした条件の下で,まず第I群として3レーン間での比較を行うと,細胞数については,区画6でのみ有意差があるが,それ以外の区画では有意差がなく,またN/Cについては,3レーン間における有意差は,10区画のすべてにおいてなかった.それゆえ細胞数とN/Cに関して,1レーンの調査結果でも,3レーンの結果を十分に反映しうると判断した.つぎに第II群として,293症例を対象として,水晶体中央部から増殖帯近傍までの範囲に存在するLECの細胞数を一定面積内で計測後,前述した領域における細胞数に違いがあるのか否かを調査した.その結果,水晶体中央部と増殖帯近傍の密度が有意に高いことが示された.そして年齢という因子を加味して,さらに詳細な統計解析を行うと,前述した2領域でLECの密度が高いという結果は,65歳以上74歳以下の症例の結果を反映していることがわかり,64歳以下,または75歳以上の症例では,どの領域間でも細胞数の有意差はないという結果になった.そしてこの事象から,LECの挙動に関してつぎのような仮説を考えた.(131)①64歳以下では,増殖帯部に存在するLECが,中央部へと十分にLECを送り出すことができるため,増殖帯近傍と中央部,そしてその中間領域での細胞数に有意差がない.②65歳以上74歳以下の症例では,増殖帯部のLECの増殖能が低下し始めるため,中央部へ供給する能力が低下し,中央部の細胞密度は何とか保たれるが,その中間領域で密度が低下するため有意差ができる.③75歳以上の症例では,増殖帯部のLECの増殖能がさらに低下するため,増殖帯部,中央部,そしてその中間領域で有意差がない.以上が本研究の,各年齢層におけるLECの挙動に関する推察である.これまでに,ヒト白内障水晶体を材料とし,LECの密度と加齢とは関係ないとする報告もあるが4),この報告では白内障手術時に得られた前.片24眼と角膜移植の際に得られた前.片16眼を対象としており,本報告のように同じ条件で得られた,多数の症例を対象にしているわけではないので,今回の10区画の細胞数の平均値を比較すると,64歳以下の症例では,65歳以上の症例に比して有意に高いという結果は,やはり意義あるものと考えた.つぎに,本研究では年齢層を3群に分けたが,なぜ64歳以下,65歳以上74歳以下,75歳以上の3群に分けたのかを述べなければいけない.まず第II群の細胞数の計測に関しては,症例の年齢が45.93歳までなので,45.54歳(12眼),55.64歳(60眼),65.74歳(124眼),75.84歳(85眼),85.94歳(12眼)というように,10歳ごとに分類することを目標にしたが,65.74歳の症例数がきわめて多数であったため,統計解析を行う際になるべくこの症例数を合わせるように配慮し,64歳以下の症例をまとめて,また75歳以上の症例をまとめて調査対象とした.またN/Cに関しても,64歳以下が57眼,65歳以上74歳以下が52眼,75歳以上が42眼であり,各年齢層の症例数が均衡していたため,前述した細胞数計測の年齢分けに準じて調査を行った.こうした解析からN/Cが各区画間,また年齢層の違いで有意差はなかったことから,一定面積内の細胞数が多くなる,すなわち細胞密度が高くなると,細胞核,細胞質ともに面積が小さくなり,逆に細胞密度が低くなると,先の両者が大きくなるわけであり,細胞核と細胞質の面積は同期しているものと考えた.これまでにヒトのLECを材料とし,年齢層も加味して,密度,N/Cの領域別での違いを述べてきたが,白内障の発症原因を探るためには,やはり正常水晶体の上皮についても,同様の調査を行い,比較,検討することが重要となる.おそらく,正常水晶体の上皮では,白内障水晶体の上皮に比して,増殖帯に存在するLECsの増殖能が高いため,赤道部から中央部までに存在するLECの密度が高くなると推察すあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141057 るが,ヒトの細胞を材料とする限り,正常水晶体のLECを使用することは困難であり,また40歳を過ぎるころから水晶体に混濁が出現することから,厳密には,ほぼ同年齢で正常水晶体と白内障水晶体のLEC密度の比較をすることは,ほとんど不可能といえる.また今後に行うべき検討として,白内障の混濁進行程度,水晶体の混濁部位,領域とLECの密度との関係を調査する必要がある.白内障の混濁進行程度,水晶体の混濁部位とLEC密度との関係はない4),逆に関係があるとの報告もみられるが3),今回のように10区画ごとのの密度を調査しているわけではないので,これは再検討すべき項目である.付け加えて,性差による密度の違いも報告されていることから1,3),さらなる調査が必要と考えている.現在,角膜,網膜の分野では,再生医療を取り入れた治療も現実となってきており7.9),いずれ水晶体の分野でも,白内障術後に,眼内レンズではなく,再生医療で作製された水晶体が使用される日が訪れることにもありうるため,その際に,今回のヒトLECの密度とN/Cに関する詳細な調査結果は,有用な情報になるものと考えた.稿を終えるにあたり,この調査にご協力をいただいた,わかもと製薬株式会社ヘルスケア研究室,木村基主任,また故白澤栄一博士に深謝いたします.文献1)KonofskyK,NaumannGOH,Guggenmoos-HolzmannI:Celldensityandsexchromatininlensepitheliumofhumancataracts.Ophthalmology94:875-880,19872)ArgentoC,ZarateJ:Studyoflensepithelialcelldensityincataractouseyesoperatedonwithextracapsularandintercapsulartechniques.JCataractRefractSurg16:207210,19903)VarsavaAR,CherianM,YadavSetal:Lensepithelialcelldensityandhistomorphologicalstudyincataractouslenses.JCataractRefractSurg17:798-804,19914)HarocoposGJ,AlvaresKM,KolkerAEetal:Humanage-relatedcataractandlensepithelialcelldeath.InvestOphthalmolVisSci39:2696-2706,19985)YamamotoN,MajimaK,MarunouchiT:Astudyoftheproliferatingactivityinlensepitheliumandtheidentificationoftissue-typestemcell.MedMolMorphol41:83-91,20086)広島由佳子,臼井正彦,矢那瀬紀子ほか:ヒト白内障水晶体上皮細胞の細胞変性とアポトーシス.あたらしい眼科15:707-711,19987)大家義則:角膜上皮の再生医療.眼科手術26:553-558,20138)稲垣絵海,榛原重人:角膜実質の再生医療.眼科手術26:559-565,20139)井上裕治,玉置泰裕:網膜移植再生療法.あらたしい眼科24(臨増):233-238,2007***1058あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(132)

近視LASIK後非対称性が強い角膜における角膜屈折力および眼内レンズ度数計算

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1047.1051,2014c近視LASIK後非対称性が強い角膜における角膜屈折力および眼内レンズ度数計算渡辺純一*1福本光樹*1,2井手武*1,3市橋慶之*1,3戸田郁子*1,3*1南青山アイクリニック*2防衛医科大学校眼科*3慶応大学医学部眼科CornealPowerandAccuracyofIOLCalculationforAsymmetricCorneaafterMyopicLASIKSurgeryJunichiWatanabe1),TerukiFukumoto1,2),TakeshiIde1,3),YoshiyukiIchihashi1,3)andIkukoToda1,3)1)MinamiaoyamaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine目的:近視LASIK(laserinsitukeratomileusis)後に非対称性が強い角膜の角膜屈折力および眼内レンズ度数計算精度の検討.対象および方法:対象は当院で水晶体再建術を施行した33例43眼.症例を非対称性が強い非対称(+)群と非対称性が弱い非対称(.)群に分けて解析を行った.結果:角膜屈折力は,非対称(+)群では非対称(.)群に比べてオートレフケラトメータ平均角膜屈折力と瞳孔中心付近3mm範囲内の平均角膜屈折力の差に有意差を認めた.術後屈折予測値は非対称(+)群ではオートレフケラトメータの角膜屈折力を使用した場合,非対称(.)群に比べて実際の結果との差に有意差を認めたが,瞳孔中心付近3mm範囲内の平均角膜屈折力を使用した場合には有意差はなかった.結論:近視LASIK後に非対称性が強い角膜の眼内レンズ度数計算の際には,適切な方法で測定した角膜屈折力を使用することが重要である.Purpose:Todeterminethecornealpowerandaccuracyofintraocularlens(IOL)calculationforasymmetriccorneaaftermyopiclaserinsitukeratomileusis(LASIK)surgery.Methods:Thisstudyincluded43eyesof33patientswithahistoryofmyopia/myopicastigmatismcorrectionusingLASIKsurgery,whounderwentphacoemulsification(PEA)+IOL.Theyweredividedintotwogroups:theasymmetricgroup(29eyes;surfaceasymmetryindex[SAI]≧0.5)andthenon-asymmetricgroup(14eyes;SAI<0.5).Theobtaineddatawereanalyzedretrospectively.Results:Estimatedcornealpower,asmeasuredbytwodifferentmethods,wasstatisticallysignificantlydifferent,themeasuredpowerbeinggreaterintheasymmtricgroupthaninthenon-asymmetricgroup.Withcornealpowermeasuredusinganautorefractometer,expectedandactualrefractivepowersdifferedsignificantlyinbothgroups.However,whenweusedtheaveragepowerinpupildata,nosignificantdifferencewasobserved.Conclusion:ItisimportanttouseaccuratecornealpowermeasurementswhencalculatingtheIOLpowerforasymmetriccorneaaftermyopicLASIKsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1047.1051,2014〕Keywords:白内障,レーシック,非対称角膜,照射中心ずれ,眼内レンズ計算式,角膜屈折力.cataract,laserinsitukeratomileusis,decentration,IOLcalculation,cornealpower.はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)後の眼内レンズ度数計算は結果に誤差が生じやすいことが知られているが,良好な結果も報告され始めている1.3).誤差が生じる原因の一つとして角膜屈折力の測定精度が悪いことがあげられる.その理由として,角膜屈折力を測定するときに広く利用されるオートケラトメータの測定方式がある4).オートケラトメータは角膜前面の4点のみを測定し,角膜前面と後面の曲率比が一定であるという前提のうえ,4点から得られる角膜前面の曲率から角膜全屈折力を推定している.このためLASIK〔別刷請求先〕渡辺純一:〒107-0061東京都港区北青山3-3-11ルネ青山ビル4階南青山アイクリニックReprintrequests:JunichiWatanabe,MinamiaoyamaEyeClinic,RenaiAoyamaBuilding4F,3-3-11Kitaaoyama,Minato-ku,Tokyo107-0061,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)1047 48D-6D42D-6D本来ならば-6DのLASIK42D36D48D-6D42D-5.25D一定の比率で計算すると-6DのLASIK42D36.75D図1角膜屈折値の過大評価1オートケラトメータは前面のみしか測定できないので,前面と後面が一定の比率であるとして,換算屈折率を用いて角膜前面の値から角膜全屈折力を推定している.本来上図のように屈折値は変化するが,下図のように角膜前面と後面が一定の比率で変化しているとみなした場合,0.5D以上過大評価となる(36.75.36=0.75).後の眼では角膜前面曲率が大きく変化しているにもかかわらず,後面も同様の変化をしているものとして全屈折力が推定されている.したがって,近視LASIK後は角膜屈折力が実際よりも大きな数値として評価され眼内レンズ度数が低く選択される.その結果手術後の屈折が予定よりも遠視側にずれる(図1).近視LASIKでは角膜中央部が平坦化しているため,オートケラトメータの測定部位が正常眼よりも周辺となる(図2).加えて,照射中心ずれやもともとの角膜の形状により非対称性が強い角膜では照射部位のうち照射部から非照射部にかけての移行部の急峻な部分が測定部位内に入ることもあるため,角膜屈折力は大きく測定される.結果としてさらに過大評価されてしまう.瞳孔中心付近の1,000ポイント以上の平均角膜屈折力〔OPD-ScanARK-10000(NIDEKCo.,Ltd.:以下,OPD)のaveragepowerinpupil:以下,APP〕などを用いることによって,より正確な角膜屈折力を得ることができるようになってきた1).今回筆者らは非対称性が強い眼と弱い眼とで複数の装置で測定した角膜屈折力の差および眼内レンズ度数計算の結果に差があるかを比較検討した.1048あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014I対象および方法2008年11月から2012年11月までに南青山アイクリニックで水晶体再建術を施行した症例のうち,下記の条件を満たすものを対象とした.術中・術後全身および眼合併症がない.近視LASIK手術後でTMS-4(TOMEYCo.,Ltd.)のsurfaceasymmetryindex5)(以下,SAI)が機器の設定上異常値と定義されている0.5以上である22例29眼〔非対称(+)群〕および同0.5未満である11例14眼〔非対称(.)群〕.これらの2群に対して術後レトロスペクティブに解析を行った.眼軸長はAscanAL-2000(TOMEYCo.,Ltd.)で測定した値を用いた.前房深度と水晶体厚についてもAL-2000で測定した値を用いた.A定数は全期間ともメーカー推奨値の超音波式用の値を使用した.1.角膜屈折力オートレフラクトケラトメーターARK-700A(NIDEKCo.,Ltd.)で計測した平均角膜屈折力(以下,レフケラ)とOPDの瞳孔中心付近3mmのAPP(以下,APP3mm)との差を2群間で比較した.統計学的検討はSPSSStatisticsbase18(SPSS社)を用い,有意差の判定はtwosamplet検定を用いてp<0.05を有意差ありとした.2.術後屈折予測値と実際の結果の差レフケラ,APPそれぞれの角膜屈折力とLASIKの屈折矯正量を使用してCamellin-Calossi式6.8)で計算した術後予測屈折値(等価球面度数)と術後1カ月目の自覚等価球面度数の差について,平均値および絶対値平均を2群間で比較した.統計学的検討はMann-WhitneyのU検定を用いてp<0.05を有意差ありとした.II結果1.角膜屈折力非対称(+)群におけるレフケラの平均は38.48±1.56D(35.44.42.46D),APP3mmの平均は37.8±1.92D(33.09.42.03D)で差は0.68±0.55D,絶対値の差は0.70±0.53Dであった.一方,非対称(.)群におけるレフケラの平均は39.6±1.13D(38.10.42.00D),APP3mmの平均は39.4±1.21(37.82.41.98D)Dで差は0.19±0.20D,絶対値の差は0.20±0.19Dであった.レフケラについては非対称(+)群と(.)群の間で有意な差はなかったが,APP3mmについては有意な差があった.また,非対称(+)群では非対称(.)群に比べてレフケラの角膜屈折力とOPDのAPP3mmの差および絶対値の差が有意に大きかった(表1).2.術後屈折予測値と実際の結果の差非対称(+)群でAPP3mmを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差は0.53±0.74D(.0.39.+2.11D),非対称(.)群で同様に計算した場合の差は0.12±(122) 水平経線上の屈折角膜曲率半径(mm)角膜屈折力(D)測定径(mm)7.743.833.339.037.503.909.535.534.11力の値-6D43D-5.375D本来ならば42Dであるはずが-6DのLASIK36D37.625D図2角膜屈折値の過大評価2オートケラトメータでの測定部位は角膜が平坦化すると,正常眼より周辺部となる.正常眼(上図左側)では測定部位と角膜中央部との屈折力の差は少ないが,近視LASIK眼(上図右側)では差が大きい.図では1.5D以上過大評価となる(37.625.36=1.625).表1両群のレフケラとAPP,およびその差レフケラAPP@3mm差差(絶対値)非対称(.)39.6±1.13D39.4±1.21D0.19±0.2D0.2±0.19D非対称(+)38.48±1.56D37.8±1.92D0.68±0.55D0.7±0.53D0.33D(.0.50.+0.59D)で結果に有意な差はなかった.一方,非対称(+)群でレフケラを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差は1.22±1.06D(.0.19.+3.44D),非対称(.)群で同様に計算した場合の差は0.27±0.32D(.0.18D.+0.63D)で結果に有意な差があった(図3).絶対値の差についても同様で非対称(+)群でAPP3mmを使用した場合は0.65±0.64D,非対称(.)群でAPP3mmを使用した場合は0.27±0.21Dと有意な差はなく,(123)*p<0.01Twosamplettest非対称(+)群でレフケラを使用した場合は1.23±1.05D,非対称(.)群でレフケラを使用した場合は0.32±0.26Dと結果に有意な差があった(図4).III考察近視LASIK後の白内障手術においては結果として術後の屈折が遠視側にずれやすい2,3).近視LASIK後は角膜屈折力が過大評価され,結果として選択される眼内レンズ度数が低あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141049 (D)(D)(D)**2.521.510.50-0.5非対称(-)■非対称(+)APP3mm0.120.53レフケラ0.271.22*p<0.01Mann-Whitneytest図3術後屈折予測値と実際の結果の差APP3mmを使用して計算した場合には両群間に有意な差はないが,レフケラを使用した場合には有意な差が認められた(p<0.01).2.521.510.50非対称(-)■非対称(+)APP3mm0.270.65レフケラ0.321.23*p<0.01Mann-Whitneytestくなり術後の屈折が遠視側にずれてしまう.非対称(+)群でAPP3mmを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差と,非対称(.)群で同様に計算した場合は,結果に有意な差はなかった.一方,非対称(+)群でレフケラを使用して計算した場合の術後屈折予測値と実際の結果の差と,非対称(.)群で同様に計算した場合は結果に有意な差があった.APP3mmについては非対称の有無にかかわらず数値に有意な差はなく,またAPP3mmを用いた計算では非対称の有無で術後の屈折に有意な差がなかった.LASIK後に非対称な角膜の眼内レンズ度数計算においては,一般的に広く使用されているレフケラの値を使用して計算をすると,結果が遠視側にずれる傾向がある.これは照射部から非照射部にかけての急峻な部分が測定部位内に入ってきてしまうため,測定値が過大評価となることによるが8,9),非対称があると角膜屈折力がさらに過大評価となる.これにより眼内レンズ度数が低く選択され,結果として手術後の屈折が予定よりも遠視側にずれる.このため計算にあたっては,角膜屈折力の選択につき特に注意が必要である.レフケラとAPP3mmの値を比較すると,非対称がある場合にはその差は大きなものとなる.今回計算に使用したCamellin-Calossi式は計算式に実際に測定した前房深度や水晶体の厚さを使用するが,多くの施設で採用されているSRK/T式は角膜屈折力を用いて前房深度を計算するため,実際の前房深度と合致しない場合がある9,10).レフケラによる角膜屈折力測定では角膜前面と後面が同様に変化しているものとしているため,LASIK後の平坦化した角膜ではこの点も誤差を生じる原因となりうる.つまり計算式と計算に用いる数値双方での誤差が生じることとなる.加えてLASIKでの矯正量が大きい場合にはさらに誤1050あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014図4術後屈折予測値と実際の結果の差(絶対値)図3と同様にAPP3mmを使用して計算した場合には両群間に有意な差はないが,レフケラを使用した場合には有意な差が認められた(p<0.01).差が生じることもある.今回筆者らの計算ではSRK/T式での計算は行わなかったが,SRK/T式を用いた計算では他の計算式を用いた場合に比べて精度が劣る報告もすでにされている11).今後Camellin-Calossi式との比較も検討する必要がある12).すでに多くの施設でLASIKをはじめとする近視矯正手術後の眼内レンズ度数計算が必要とされている現状があるが,「何をどのようにして計算をすればよいか」ということが広く普及していない.施設によってはLASIKなどの近視矯正手術後であってもレフケラのデータを用いてSRK/T式で計算をしていることがある.今回の筆者らの結果において一般的な眼科施設で使用されているレフケラの角膜屈折力を使用したものでは,非対称がある眼では結果に影響を及ぼすことがわかった.しかしこれについてはAPPを使用するなど,測定を工夫することにより精度がよくなると考えられた.エキシマレーザーに搭載されているトラッキングなどの機器の発達により照射ずれによる角膜の非対称が発生する可能性は以前に比べて少なくなったものの,まったくなくなっているわけではないので注意は必要である.APPなどの平均角膜屈折力を測定できる機器があるならば,特にLASIK後の計算には積極的に用いるべきである.ただし,トポグラフィーがない施設では非対称か否かの判断ができない.このため予測よりも大きく遠視側にずれてしまう可能性も十分考えられる.場合によっては専門の施設で非対称がないこと,さらにAPPなどの平均角膜屈折力やトポグラフィー,前眼部OCT(光干渉断層計)などを測定したうえで度数計算をすることが望ましい.なお,APPについてはTMSや前眼部OCTのCASIAのACCP(averagecentralcornealpower)と測定原理が同様であり,非常に近い値であることからACCPを用(124) いることも可能である.ASCRSの屈折矯正手術後眼の計算サイト(http://iolcalc.org/)では同じ欄にいずれかの数値を入力する形態になっている.日本国内で眼科専門医によるLASIKをはじめとする屈折矯正手術が行われるようになり,すでに15年以上が経過している.LASIKが広く普及している現在,その後に白内障手術が必要になった場合の眼内レンズ度数計算は喫緊の課題である.屈折矯正手術後に白内障手術を行うにあたっては,現時点での眼軸や角膜屈折力さえあれば正確に計算できるものではない.より精度を高めるためには手術前のデータの存在はもちろんのこと,適切な測定データと計算式の使用が求められる.これによりその計算精度は屈折矯正手術眼ではない眼に近づけることができると考えられる.LASIK後眼に対する眼内レンズ度数計算がこれまでよりもさらに簡便かつ高精度になれば,どの施設でも積極的にLASIK後の白内障手術を受け入れることができるようになる.筆者らはLASIKを数多く手がけてきた施設として今回の検証結果をさらに発展させて,現在使用している計算式よりもさらに精度が高い計算式を開発することを目標に今後も研究を重ねていきたい.文献1)渡辺純一,福本光樹,井手武:近視LASIK後の白内障手術における眼内レンズ度数計算精度.あたらしい眼科27:1689-1690,20102)魚里博:屈折矯正手術後眼の眼内レンズ度数計算.あたらしい眼科15:665-666,19983)中村友昭:LASIK術後眼のIOL度数計算.IOL&RS24:609-615,20104)魚里博:角膜曲率半径.眼科プラクティス25眼のバイオメトリー,p242-246,文光堂,20095)富所敦男,大鹿哲郎:ビデオケラトグラフティーによる角膜不整乱視の定量化.あたらしい眼科18:1349-1356,20016)CamellinM:Proposedformulaforthedioptricpowerevaluationoftheposteriorcornealsurface.RefractCornealSurg6:261-264,19907)CamellinM,CalossiA:Anewformulaforintraocularlenspowercalculationafterrefractivecornealsurgery.JRefractSurg22:187-199,20068)尾藤洋子,稗田牧:特殊角膜における眼内レンズ度数決定3.エキシマレーザー近視矯正手術後眼の眼内レンズ度数決定.あたらしい眼科30:607-614,20139)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,200810)飯田嘉彦:眼内レンズ度数計算式の考え方.あたらしい眼科30:581-586,201311)ShammasHJ,ShammasMC:No-historymethodofintraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryaftermyopiclaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg33:31-36,200712)SaviniG,HofferKJ,CarbonelliMetal:Intraocularlenspowercalculationaftermyopicexcimerlasersurgery:Clinicalcomparisonofpublishedmethods.JCataractRefractSurg36:1455-1465,2010***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141051

眼部から分離された腸球菌と便中の腸球菌の比較解析

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1043.1046,2014c眼部から分離された腸球菌と便中の腸球菌の比較解析戸所大輔*1向井亮*1江口洋*2岸章治*1*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部視覚病態学野ComparativeAnalysisbetweenEnterococciIsolatedfromEyeandFecalEnterococciDaisukeTodokoro1),RyoMukai1),HiroshiEguchi2)andShojiKishi1)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool目的:眼部から分離される腸球菌が腸内細菌に由来するか否か調べること.方法:白内障手術前の結膜.からEnterococcusfaecalisが分離された3名とE.faecalisによる術後眼内炎の1名の便から腸球菌を分離した.E.faecalisが分離された場合,パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)を行いゲノムDNAの相同性を調べた.また各E.faecalis株の病原性因子探索も行った.結果:結膜.からE.faecalisが分離された3名のうち1名の便からE.faecalisが分離された.結膜.と便のE.faecalis株のPFGEパターンは異なっていた.他の患者の便培養では2名からE.avium,1名からE.faeciumが分離された.眼部と便から同一株が検出されたケースは1例もなかった.結論:今回の検討では,眼部E.faecalisが腸内細菌に由来していたケースはなかった.Purpose:Toinvestigatewhetherenterococciisolatedfromtheeyearederivedfromintestinalflora.Method:Threepatientsplanningcataractsurgery,whoseconjunctivalsacsmearswereEnterococcusfaecalis-positive,andonepatientwithpostoperativeendophthalmitisduetoE.faecalis,underwentfecalbacterialculture.WhenE.faecaliswasisolatedfromthestool,thegenomicDNAsoftheocularandfecalstrainswerecomparedbypulsed-fieldgelelectrophoresis(PFGE).VirulencefactorswerealsoexaminedagainsteachE.faecalisstrain.Results:E.faecaliswasisolatedfromthestoolof1ofthe3patientswhoseconjunctivalsacswereE.faecalis-positive.ThePFGEpatternsoftheocularandfecalstrainsisolatedfromthatpatientweredifferent.E.aviumfrom2patientsandE.faeciumfrom1patientwereisolatedfromfecalculturesoftheotherpatients.Ultimately,nopatientpossessedtheidenticalstraininbotheyeandstool.Conclusion:Inthisstudy,E.faecalisintheeyewasnotderivedfromintestinalmicroflora.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1043.1046,2014〕Keywords:腸球菌,結膜.,術後眼内炎,便培養,パルスフィールドゲル電気泳動.enterococci,conjunctivalsac,postoperativeendophthalmitis,fecalculture,pulsed-fieldgelelectrophoresis.はじめに腸球菌(enterococci)は通性嫌気性のグラム陽性球菌であり,ヒト腸管内の常在菌の一つである.通常健常者に対して病原性はないが,免疫不全患者に対して尿路感染症,カテーテル感染,心内膜炎,敗血症などを起こす日和見感染菌である.眼科領域においては,Enterococcusfaecalisが重篤な術後眼内炎を起こすことで知られている.白内障手術後眼内炎の起炎菌はブドウ球菌属(Staphylococcusspp.)やアクネ菌(Propionibacteriumacnes)など眼表面の常在菌が主体であり,眼内炎からの検出株と常在菌の染色体DNAプロファイルが一致した報告1)からも,術後眼内炎の起炎菌の由来は眼表面の常在菌であると考えられている.過去に白内障手術前患者の結膜.培養を行った報告で,高齢者において結膜.からE.faecalisがまれに分離されることがわかっている2.4).筆者が過去に192名の白内障手術予定の患者に対し結膜.擦過部の細菌培養を行ったところ,3名の結膜.からE.faecalisが分離された.分離頻度は1.6%で,この3名はいずれも80歳前後の高齢者だった5).このようにまれに結膜.から分離されるE.faecalisは術後眼内炎の起炎菌となっている可能性が高く,腸球菌眼内炎の原因および病態を解明〔別刷請求先〕戸所大輔:〒371-8511前橋市昭和町3-39-22群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学Reprintrequests:DaisukeTodokoro,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3-39-22Showa-machi,Maebashi,Gunma371-8511,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)1043 するうえで重要である.また,筆者らは過去にE.faecalisによる術後眼内炎症例において眼内レンズと便から同一の株が分離された症例を報告した6).しかし,結膜.の腸球菌が患者自身が腸管内に保持している菌株に由来するのか,もしくは環境中に存在する菌株に由来するのか,などの特徴は不明である.今回筆者らは,白内障手術前の結膜.からE.faecalis株が分離された患者3名とE.faecalisによる術後眼内炎の1名を対象に便培養を行い,眼部のE.faecalisが腸内細菌に由来するか否かをパルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-fieldgelelectrophoresis:PFGE)を用いて調べた.また,各株の病原性因子の探索および薬剤感受性試験も併せて行ったので報告する.I対象および方法群馬県内の総合病院における平成16年11月から平成18年2月までの1年4カ月間の白内障手術予定の患者192名(男81名,女111名)のうち,結膜.培養でE.faecalisが分離された3名5)(症例1:79歳,男性,症例2:81歳,男性,症例3:78歳,女性)およびE.faecalisによる白内障術後眼内炎の1名(症例4:84歳,女性)を対象とした.前者3名の既往歴は,症例1が高血圧症,前立腺肥大症,脳梗塞,症例2が心房細動,症例3が高血圧症,高脂血症を有していたが,消化器疾患の既往を持つ患者はなかった.結膜.から分離されたE.faecalis株はそれぞれE.faecalisKS-E,E.faecalisKI-E,E.faecalisKO-Eと名付けた.白内障術後眼内炎の症例(症例4)は,平成17年9月に近医での白内障手術の2日後に急性眼内炎を発症し,初診時の矯正視力は0.3だった.既往歴には高血圧症,糖尿病,C型肝炎を有していた.同日硝子体切除術と眼内レンズ摘出術を施行し,最終視力は1.5と良好だったケースである.術中採取した前房水および眼内レンズの細菌培養からそれぞれE.faecalisFM-E1,E.faecalisFM-E2が分離された.以上4名の患者に対し,入院日に同意を得て便を採取しEnterococcus属の選択分離培地である胆汁エスクリン寒天培地に検体を塗布した.37℃にて24時間好気培養を行い,培地の黒変を伴う黒色のコロニーを単離し,ddl遺伝子シークエンス法7)およびBBLクリスタルRGP同定キット(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)により菌種同定を行った.便からE.faecalisが分離された場合,PFGEを行い眼部と便由来のE.faecalis株のゲノムDNAの相同性を調べた.PFGEは既報に従って行い8),制限酵素SmaIにて処理したゲノムDNAパターンを比較した.得られたPFGEパターンはTenoverらの分類基準9)に従って分類した.病原性因子については,溶血毒素とgelatinase/serineproteaseの有無を調べた.溶血毒素は5%ヒト血液寒天培地1044あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014による溶血テストを行い,b溶血環の有無を観察した.Gelatinaseについては,3%ゼラチン添加Todd-Hewitt寒天培地によるゼラチン液化テストを行った.Gelatinaseとserineproteaseは同一プロモーターにより転写され,gelatinase産生株はserineproteaseも同時に産生すること10)からserineprotease活性の測定は省略した.薬剤感受性試験はMueller-Hinton寒天培地およびEtestR(シスメックス・ビオメリュー株式会社)を用い,添付のマニュアルに従って行った.II結果結膜.からE.faecalisが分離された3名の患者のうち,1名(症例3)の便からE.faecalisが分離された(この株をE.faecalisKO-Fと命名).2名(症例1,症例2)の便からはE.aviumが分離され,E.faecalisは分離されなかった.術後眼内炎の患者(症例4)の便からはE.faeciumが分離され,やはりE.faecalisは分離されなかった.今回分離されたE.faecalis6株(結膜.由来3株,便由来1株,眼内炎由来2株)の病原性因子探索の結果を表1に示す.E.faecalisKS-EとE.faecalisKI-Eは溶血毒素を生産し,gelatinase/serineproteaseは生産しなかった.E.faecalisKO-Eは溶血毒素とgelatinase/serineproteaseのいずれも生産しなかった.E.faecalisKO-Fは溶血毒素のみを生産した.眼内炎由来のE.faecalisFM-E1,E.faecalisFM-E2はいずれの病原性因子も生産しなかった.各種抗菌薬に対する薬剤感受性試験の結果を表2に示す.2株(E.faecalisKS-EとE.faecalisKI-E)にトブラマイシン高度耐性,1株(E.faecalisKS-E)にエリスロマイシン耐性を認め,キノロン耐性およびバンコマイシン耐性はなかった.セフェム系およびアミノグリコシド系抗菌薬に対しては自然耐性を示した.今回のE.faecalis6株に対しPFGEを行った.同一患者(症例3)から分離されたE.faecalisKO-EとE.faecalisKO-Fのバンドパターンは異なっており,これら2株は同一株ではなかった(図1).結膜.から分離された3株も,すべて異なる株だった.眼内炎の前房水と眼内レンズからの分離株であるE.faecalisFM-E1とE.faecalisFM-E2のバンドパターンは同一で,この2株は同一株であることがわかった.結果,今回の検討において,眼部と便から同一のE.faecalis株が分離された症例はなかった.III考按なぜ腸内細菌である腸球菌が眼内炎の起炎菌となるのか,眼内炎を起こした腸球菌はどこから来たのか,眼科医であれば誰しも疑問に思ったことがあるのではないか.しかし,結膜.からの腸球菌の分離頻度が高くないうえに,腸球菌によ(118) 表1結膜.,便,術後眼内炎からの分離株と病原性因子Serine溶血毒素GelatinaseproteaseEnterococcusfaecalisKS-E+..EnterococcusfaecalisKI-E+..EnterococcusfaecalisKO-E…EnterococcusfaecalisKO-F+..EnterococcusfaecalisFM-E1…EnterococcusfaecalisFM-E2…表2結膜.,便,術後眼内炎から分離されたE.faecalis株の薬剤感受性E.faecalisE.faecalisE.faecalisE.faecalisE.faecalisKS-EKI-EKO-EKO-FFM-E1/E2CTRX>256>256>256>256>256CAZ>256>256>256>256>256DRPM44442TOB>1,024>1,024161616EM>2560.250.50.1250.25LVFX22224VCM22222最小発育阻止濃度(mg/dl)CTRX:セフトリアキソン,CAZ:セフタジジム,DRPM:ドリペネム,TOB:トブラマイシン,EM:エリスロマイシン,LVFX:レボフロキサシン,VCM:バンコマイシン.る術後眼内炎の頻度がきわめて低いことから,前向き研究によりこの問題を明らかにするのは簡単ではない.筆者らは,E.faecalis眼内炎症例において起炎菌株と同一の株が便から分離された経験6)から,結膜.から通過菌として分離される腸球菌が腸管内の常在腸球菌に由来しているのではないかと考え,眼部からE.faecalisが分離された患者を対象に今回の調査を行った.細菌の伝播経路や同一クローンの拡散を調べるには遺伝子型別解析を行う必要があり,これにはPFGEやrandomlyamplifiedpolymorphicDNAanalysis(RAPD)などフラグメント解析と近年急速に普及したmultilocussequencetyping(MLST)などの配列解析がある.MLST法は菌株のグローバルな広がりをみるのに優れた方法であるが,同一施設内での菌株の一致を証明するにはいまだPFGEがゴールドスタンダードであり,今回はPFGEを行った.結膜.からの腸球菌の分離頻度は1.6.4.8%で2.5),分離された症例はすべて高齢者であった3.5).腸球菌が有意に高齢者から分離される理由については,ブドウ球菌属(Staphylococcusspp.),アクネ菌(P.acnes),コリネバクテリウム属(Corynebacteriumspp.)などからなる常在細菌叢のバランスが高齢になると崩れてくることが多いためと考えられ(119)症例1症例2症例3症例4(kb)Y123456L365242.5285194225145.59748.5Y:Yeastchromosomes,SaccharomycescerevisiaeL:Lambdaladders図1結膜.,便,術後眼内炎から分離されたE.faecalis株の染色体DNAのパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)レーン1:E.faecalisKS-E,レーン2:E.faecalisKI-E,レーン3:E.faecalisKO-E,レーン4:E.faecalisKO-F,レーン5:E.faecalisFM-E1,E.faecalisFM-E2.レーン1.5は異なるPFGEパターンを示す.レーン5と6のバンドパターンは同一である.る.レンサ球菌や緑膿菌などの通過菌もやはり高齢者を中心に分離される3,4).興味深かったのは,腸管内にはE.faecalis以外にもE.faecium,E.durans,E.aviumなどさまざまな菌種が存在するにもかかわらず11)眼表面からはE.faecalisしか分離されなかったことで,過去の報告でも同様の傾向である2.5).星らは白内障術前患者295例に対し結膜.と鼻前庭の培養検査を施行し,E.faecalisは結膜.から4.4%の頻度で分離されたのに対し,鼻前庭からは分離されなかったことを報告している12).一般に細菌には特定の組織親和性がみられる.腸球菌は腸管粘膜,泌尿生殖器粘膜,心内膜に感染を起こすのに対し,下気道粘膜には感染しない.E.faecalisと腸管上皮細胞との接着にはヘパリンやヘパラン硫酸など硫酸化グリコサミノグリカンが関与していることがわかっており13),結膜や鼻粘膜上皮との親和性に関しても今後の研究が期待される.また,今回便培養を行った4症例のうち2例からE.avium,1例からE.faecalis,1例からE.faeciumが分離された.便から分離される腸球菌の優位菌種はE.faecium,次いでE.faecalisであり,E.aviumが分離される頻度は低いとされる11).今回の検討では眼部からE.faecalisが分離された症例に対して便培養を行ったため,検体の採取日が眼と便で一致していない.便からE.faecalisが分離されなかった症例においても,日を変えて再検することで他の菌種が分離される可能性は否定できない.今回の検討で,結膜.とあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141045 便からE.faecalisが分離されたのは1例(症例3)のみであり,結膜.のE.faecalisKO-E株と便のE.faecalisKO-F株は同一でなかった.結果として,今回の検討では5株(うち2株は同一株)の眼部由来E.faecalisのうち,腸内細菌に由来しているケースはなかった.結膜.の通過菌として分離されるE.faecalisは患者の保持する腸内細菌由来ではなく環境由来である可能性があり,今後多数例での検討を要すると思われた.文献1)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-649,19912)平松類,星兵仁,川島千鶴子ほか:結膜.内常在菌の季節・年齢性.眼科手術20:413-416,20073)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性率.あたらしい眼科23:541-545,20064)志熊徹也,石山善三,廣瀬麻衣子ほか:東京都新宿区と山口県柳井市における白内障手術予定患者の結膜ぬぐい液細菌検査の比較.臨眼59:891-895,20055)戸所大輔:特集術後眼内炎の最近の話題腸球菌眼内炎の病態.IOL&RS22:130-133,20086)戸所大輔,岸章治,池康嘉:溶血毒素を生産する腸球菌による術後眼内炎の症例.あたらしい眼科23:229-231,20067)OzawaY,CourvalinP,GalimandM:IdentificationofenterococciatthespecieslevelbysequencingofthegenesforD-alanine:D-alanineligases.SystApplMicrobiol23:230-237,20008)MurrayBE,SinghKV,HeathJDetal:ComparisonofgenomicDNAsofdifferentenetrococcalisolatesusingrestrictionendonucleaseswithinfrequentrecognitionsites.JClinMicrobiol28:2059-2063,19909)TenoverFC,ArbeitRD,GoeringRVetal:InterpretingchromosomalDNArestrictionpatterns:criteriaforbacterialstraintyping.JClinMicrobiol33:2233-2239,199510)GilmoreMS,CoburnPS,NallapareddySRetal:Enterococcalvirulence.Theentetococci(GilmoreMS),p301354,ASMPress,Washington,D.C.,200211)GeraldWT,CookG:Entetococciasmembersoftheintestinalmicrofloraofhumans.Theenterococci(GilmoreMS),p101-132,ASMPress,Washington,D.C.,200212)星最智,大塚斎史,山本恭三ほか:結膜.と鼻前庭の常在細菌の比較.あたらしい眼科28:1613-1617,201113)SavaIG,ZhangF,TomaIetal:Novelinteractionsofglycosaminoglycansandbacterialglycolipidsmediatebindingofenterococcitohumancells.JBiolChem284:18194-18201,2009***1046あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(120)

細菌性結膜炎の眼脂培養による2008年から2011年の抗菌薬の感受性率の変化

2014年7月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科31(7):1037.1042,2014c細菌性結膜炎の眼脂培養による2008年から2011年の抗菌薬の感受性率の変化加茂純子*1荘子万可*1村松志保*2赤澤博美*2阿部水穂*2山本ひろ子*2*1甲府共立病院眼科*2甲府共立病院細菌検査室ChangeinConjunctivitisBacteriaSusceptibilitiestoAntibioticsbetween2008and2011JunkoKamo1),MarkSoshi1),ShihoMuramatsu2),HirokoAkazawa2),MizuhoAbe2)andHirokoYamamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,KofuKyoritsuHospital,2)MicrobiologylaboratoryofKofuKyoritsuHospital目的:2008年から4年間の結膜炎の眼脂培養から検出された菌と感受性変化を知る.対象および方法:2008年5月から2012年3月までに甲府共立病院,巨摩共立病院,甲府共立診療所に結膜炎で訪れた患者755人(男382,女385)から採取された延べ1,793の菌株で,平均年齢は63±34歳(0.102歳)であった.眼脂をトランススワブRで採取した.検体を院内細菌検査室で18時間培養し,同定,薬剤感受性検査を行った.感受性を調べた薬剤はテトラサイクリン(TC),ジベカシン(DKB),セフメノキシム(CMX),バンコマイシン(VCM),クロラムフェニコール(CP),オフロキサシン(OFLX),レボフロキサシン(LVFX),トスフロキサシン(TFLX),ガチフロキサシン(GFLX),モキシフロキサシン(MFLX)である.結果:上位5菌種はcoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)27%,Corynebacterium27%,Staphylococcusaureus(S.aureus)7%,嫌気性グラム陰性球菌7%,methicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)5%であった.2008年度と2011年度を比較すると上位10種の菌種に対して感受性率の落ちた薬剤はCNSに対するCMXが98%から87%,第4世代のキノロンの90%が60%,Psuedomonasaeruginosa(P.aeruginosa)に対してCMXは例数は少ないものの,62.5%が0%,TFLXが100から20%,Streptococcuspneumoniae(S.pneumoniae)に対するTFLXが100から57.1%になった.MRSAに対してVCMは100%,CPは90%以上の感受性を保った.CMXはCNSとP.aeruginosaの感受性率は減ったものの,80%以上の感受性率を持つ菌種が8種あり,CPも同様高い感受性をもつ.逆にTCはCNS,methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(MSSA),MRSAに対して感受性率が増した.結論:2008年と2011年の間では,検出される菌に対する感受性は他のキノロンよりはよいが,第4世代キノロンで減少した.CMXはP.aeruginosa,MRSA以外の結膜炎の第一選択としてよい.P.aeruginosaに対してはDKB,LVFXの選択がよい.使われていないTCの感受性が増した.Purpose:Throughthisprospectivestudy,approvedbytheethicalcommitteeofKofuKyoritsuHospital,tolearnthechangesinincidenceandsusceptibilityofbacteriatakenandculturedfromconjunctivitisdischargeduring4years,startingApril2008.Subjectsandmethod:Subjectswere755individuals(male382,female385;agerange:0.102yrs;avg.age63±34yrs)whoconsultedKofuKyoritsuHospitalandrelatedclinicswhilesufferingfromconjunctivitis,andfromwhomsampledischargewasobtainedwithTransswabR.Aftersampleculturinginourbacteriallaboratoryfor18hours,bacteriawereidentifiedandtheirsusceptibilitiesstudied.Weused10discs:tetracycline(TC),dibekacin(DKB),cefmenoxime(CMX),vancomycin(VCM),chloramphenicol(CP),ofloxacin(OFLX),levofloxacin(LVFX),tosufloxacin(TFLX),gatifloxacin(GFLX)andmoxifloxacin(MFLX).Results:Commonlyidentifiedbacteriawerecoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)27%,Corynebacterium27%,S.aureus7%,aerophobicgram-negativecocci7%,methicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)5%andsoon.Whenwecomparedsusceptibilitybetween2008and2011,theantibioticswhosesusceptibilityhaddecreasedsignificantlywere:CMXagainstCNSdecreasedfrom98%to87%,4thgenerationfluoroquinoloneagainstCNSfrom90%to60%,CMXagainstP.aeruginosafrom62.5%to0%,TFLX;from100to20%,andTFLXagainstS.pneumoniaefrom100to57.1%.AgainstMRSA,VCMkept100%andCPkepthigherthan90%susceptibility.AlthoughCMXlostsusceptibilitytoCNSandP.aeruginosa,itstillhadmorethan80%susceptibilitytothetop10bacteria.CP〔別刷請求先〕加茂純子:〒400-0034甲府市宝1-9-1甲府共立病院眼科Reprintrequests:JunkoKamo,DepartmentofOphthalmology,KofuKyoritsuHospital,1-9-1Takara,Kofu400-0034,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(111)1037 alsohasgoodsusceptibility.Incontrast,TCincreasedsusceptibilitytoCNS,MSSAandMRSA.Conclusion:Between2008and2011,thefourthgenerationfluoroquinolonelostsusceptibility,althoughitwasbetterthantheotherquinolones.CMXcanbethefirstchoiceforconjunctivitis,exceptwhencausedbyP.aeruginosaorMRSA.ForP.aeruginosa,DKBorLVFXcanbeselected.TC,whichisunavailableinJapan,increasedsusceptibility.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1037.1042,2014〕Keywords:結膜炎,抗菌薬,感受性率.conjunctivitis,antibiotics,susceptibility.はじめに当院の細菌検査室では10種の薬剤の感受性を調べることができる.2005年3月にはテトラサイクリン(TC)眼軟膏が販売中止となり,ガチフロキサシン(GFLX)など第4世代の抗菌薬が市場に出始めた.そこで2005年から2006年の当院の結膜炎などから検出された菌への薬剤の感受性を10種の抗菌薬〔エリスロマイシン(EM),TC,ジベカシン(DKB),セフメノキシム(CMX),スルベニシリン(SBPC),バンコマイシン(VCM),クロラムフェニコール(CP),レボフロキサシン(LVFX),トスフロキサシン(TFLX)(GFLX)〕についてまとめた結果,結膜炎の治療の第一選択(,)としてCMXおよびGFLXがよいと示唆された1).2006年にはやはり第4世代のフルオロキノロン系薬剤(以下,キノロン)であるモキシフロキサシン(MFLX)が登場し,コリマイC(TC)眼軟膏が姿を消し,TCの入った軟膏が市場で入手不能となった.そこでGFLXとの比較のためにMFLXを加えて,2008年に当院における感受性率について年代別にまとめ,統計的に比較検討したが2),やはり,CMX,GFLXを第一選択にするのがよいと考えられた.日本眼感染症学会による眼科感染症起炎菌・薬剤感受性他施設調査(第2報)3)によれば,CMXが最も高度感受性があり,ついでキノロンであることを述べている.MFLXなどの第4世代のキノロンは2種類の細菌のDNA合成酵素を阻害するので,菌の耐性化はしにくいといわれている.これらは結膜に高濃度かつ長い時間停滞し,濃度依存性の殺菌作用を有することから,よいpharmacokinetic/pharmacodynamicsを示す4).はたしてこの4年間で変化がなかったのかどうかを知るのが本研究の目的である.I対象および方法前向きに結膜炎における起炎菌につき下記10種類の薬剤ディスクでの感受性を調べた.今回,2011年の結膜炎患者からの検出菌に対し,感受性試験を実施したので,2008年の結果と比較検討した.2006年度の検討からEMは耐性が多かったために排除し,その代りにMFLXを入れた以下の10種を検討した.すなわち,TC,DKB,CMX,VCM,CP,オフロキサシン(OFLX),LVFX,TFLX,GFLX,MFLXである.なお,本試験は甲府共立病院倫理委員会から承認を受けて実施した.対象は2008年5月から2012年3月までの期間に甲府共立病院,巨摩共立病院と甲府共診療所に結膜炎で訪れた患者755人(男382,女385人)から採取された延べ1,793の菌株で,患者の平均年齢は63±34歳(0.102歳)であった.このうち,2008年〔186人(男75,女111人),平均年齢56.5±40歳(0.100歳)〕,2011年〔209人(男107,女102人),平均年齢61.9±37歳(0.101歳)〕で背景の平均年齢には有意差はなかった(p=0.39).結膜炎患者の眼脂を輸送用培地つき綿棒(トランススワ表1感受性を調べた薬剤の一般名,おもな商品名,ジェネリック商品名略語一般名おもな商品名ジェネリック商品名TCテトラサイクリンテラマイシン(発売中止)なしCMXセフメノキシム塩酸塩ベストロン点眼用0.3%なしDKBジベカシン硫酸塩パニマイシン点眼液0.3%なしCPクロラムフェニコールクロラムフェニコール・コリスチンクロラムフェニコール点眼液0.5%コリマイC点(発売中止)なしコリナコール点眼液VCMバンコマイシン塩酸塩バンコマイシン眼軟膏1%なしOFLXオフロキサシンタリビッド点眼液0.3%・眼軟膏0.3%オフロキシン点眼液0.3%・眼軟膏0.3%LVFXレボフロキサシン水和物クラビット点眼液0.5%,1.5%レボフロキサシン点眼液0.5%多数TFLXトスフロキサシントシル酸塩オゼックス・トスフロ点眼液0.3%なしGFLXガチフロキサシン水和物ガチフロ点眼液0.3%なしMFLXモキシフロキサシン塩酸塩ベガモックス点眼液0.5%なし1038あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(112) ブR)で症状の強い結膜から擦過採取した.その検体を甲府共立病院細菌検査室で18時間培養し,その後同定および薬剤感受性検査を行った.感受性を調べた薬剤はTC,DKB,CMX,VCM,CP,OFLX,LVFX,TFLX,GFLX,MFLXの10種類である.それぞれの薬品の一般名,先発商品名およびジェネリック商品名を表1にまとめた.2008年と2011年の各菌株に関して,各種抗菌薬の感受性を比較し,標本比率の差の検定を行った.p=0.05未満を有意差ありとした.II結果図1は2008年と2011年の菌株の内訳を比較したものである.両年度とも1位Corynebacterium,2位のcoagulasenegativeStaphylococcus(CNS)の2菌株で50%以上を占め,3位a-hemStreptococcus,4位S.aureus,またはmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(MSSA)そして5位methicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)が続く.6位.12位は変動があるが,標本数が少なく,大きな変化は少ないと考えられる.表2は2008年度での1位から10位の菌の抗菌薬への感受性率を,2011年と比較したものである.1位のCorynebacteriumは各世代キノロン系薬剤に対する感受性が低いが,4年間では有意差をもった感受性の低下は認められなかった.その他の抗菌薬に関しても有意差はなかった.2位のCNSに関しては,キノロン系薬剤以外のほうが感受性がよく,有意な感受性の変化が現れたのは,TCで上昇,CMXと第4世代キノロンに対して感受性の低下がみられた.しかし,第4世代はその他の世代のキノロン系薬剤に対して優位な感受性を保っていた.3位のMSSAに関しては,各抗菌薬への感受性は良好で,キノロン系薬剤への感受性も良好であった.4位のMRSAに対してのVCM,CPの抗菌力は4年間で保たれたが,キノロン系薬剤への感受性はほとんどなく,当初感受性があるといわれた第4世代キノロン系薬剤に対しても,有意差はなかったが低下傾向を示した.5位のa-hemStreptococcusはCMX,VCM,CPおよび,第4世代のキノロン系薬剤に感受性があるが,MFLXは2011に有意に感受性率が低下した.6位の嫌気性グラム陽性球菌はと考えられ,CMX,VCM,CPに感受性があった.7位の小児によくみられるHaemophilusinfluenzaeと8位のMoraxellacatarrhalisはVCMを除くすべての薬剤に感受性がある.9位のPseudomonasaeruginosa(P.aeruginosa)に関しては,CMXとTFLXへの感受性が有意に低下していた.キノロン系薬剤への感受性は低下傾向にあった.明らかに低下がないのはDKB1種類のみであった.10位のStreptococcuspneumoniae(S.pneumoniae)は,TFLXに対する(113)2008年検出菌(n=387):1.Corynebacterium5%■:その他10%24%■:発育なし■:12.K.oxytoca4%■:13.G群b型Streptococcus■:8.M.catarrhalis3%■:9.P.aeruginosa3%■:10.S.pneumoniae3%■:11.B群b型Streptococcus1%2%■:5.a.hemStreptococcus2%9%■:6.嫌気性グラム陽性菌3%29%■:7.Haemophilusinfluenzae■:2.CNS1%■■:3.MSSA1%:4.MRSA2011年検出菌(n=517):1.Corynebacterium3%■:その他6%27%■:同定せず■:11.S.pneumoniae7%■:12.P.aeruginosa3%■:9.Moraxellaspp.4%■:10.Neisseriaspp.■:8.M.catarrhalis2%■:5.a-hemStreptococcus2%28%■:6.嫌気性グラム陽性球菌3%■:7.Haemophilusinfluenzae■:2.CNS1%■■:3.MSSA1%11%2%:4.MRSA図12008年(上)と2011年(下)の検出菌株頻度順の内訳両年度とも1位Corynebacterium,2位のcoagulase-negativeStaphylococcus(CNS)の2菌株で50%以上を占め,3位a-hemstreptococcus,4位S.aureus,またはmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureus(MSSA)そして5位methicillinresistantStaphylococcusaureus(MRSA)が続く.2008年の上位10菌種は2011年の上位12菌種に入る.感受性が有意に低下していたが,第4世代のキノロンに対する感受性は良好に保たれていた.CMX,VCMが最も有効であった.III考察筆者らの施設の4年前の結果と比較し,結膜炎患者から分離培養される菌株の構成に変化はなかった.以前からキノロン系薬剤の抗菌力の低下5,6)が指摘されているが,CNSを除き,今回の検定では明らかに有意差が証明されたものはごくわずかであった.CorynebacteriumはDNA合成酵素としてDNAジャイレースはもっているが,トポイソメラーゼIVはもっていないために耐性化しやすいことがわかっており,実際にキノロン系薬剤に対して高度に耐性化されていたが,2008年と2011年では有意な変化はなかった.2位のCNS,すなわち表皮ブドウ球菌は,第3世代以前のキノロン系薬剤はすでに感受性が低下していたが,第4世代のGFLX,MFLXが2008年時点で90%台であったものが,あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141039 1040あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(114)(114)表22008年度と2011年度の上位細菌の各抗菌剤に対する感受性率薬剤年度1.Corynebacteriumspp.2.CNS3.MSSA4.MRSA5.a-Hem-Streptococcus6.嫌気性グラム陽性球菌7.Haemophilusinfluenzae8.M.catarrhalis9.P.aeraginosa10.S.pneumoniaeTC20082011958382256910010010001396*91**100*614991100100029DKB200820118480794556501001001001379769144293610010010029CMX20082011979897101001001001006310096**87100118391100100**0100VCM20082011981001001001001000001001009910010091100000100CP20082011588997909410010010006358901009489100100100071OFLX20082011334885108842100100881002851911166451001006071LVFX200820113655851094501001001001003152911171551001008071TFLX20082011234982107558100100100100154988116045100100**20*57GFLX20082011419288351005810010010010037**64911180551001006086MFLX2008201139918835100581001005010038**649111**77551001002086標本数2008200920102011108923420161291088105100352627715444126124302337622126614114033183511151757標本比率の差の検定を行い,p<0.05となった箇所には*,p<0.01となった箇所には**を付けた.80%以上の感受性率を示した箇所は網掛けした.薬剤は非キノロン系を上に5種類(TC,DKB,CMX,VCM,CP),下にキノロン系5種類(OFLX,LVFX,TFLX,GFLX,MFLX).表の下部には2008年から2011年の標本数を示した.グラム陽性菌は太字(CNS:Coagulase-negativeStapylococcus,MSSA:methicillin-sensitiveStaphylococcusaureus,MRSA:methicillin-resistantStaphylococcusaureus,Staphylococcuspneumonia),その他はグラム陰性菌(Corynebacteriumspp.,Haemophilusinfluenzae,Moraxellacatarrhalis,Pseudomonasaeruginosa) 2011年には64%と有意に低下していた.山田らの論文6)では2008年の時点で,感受性が低下している原因としてgyrA,gyrB,parC,そしてparEのQRDR(キノロン耐性決定領域)に変異がある株が出ていることが指摘されている.当院ではキノロン系薬剤の長期投与は控えているが,日本でのキノロン系薬剤の使用の増加に伴い,市中の菌の変異が考えられる.8位のMoraxellacatarrhalisもVCMを除くすべての薬剤に感受性がある.その他の全身領域の疾患で問題になることはほとんどなく,抗菌薬曝露が少ないことにより,耐性化がみられないと推測される.P.aeruginosaに対しては,キノロン系薬剤,現状最も効果が期待できるのはDKBである.第一選択として使われるCMXの効力が低下していることも明記すべきである.日本の市場から姿を消したTCに対する感受性は,いくつかの上位菌株で上昇した.このように使用されなくなった抗菌薬に対する感受性は,各菌株で回復していく可能性があると考えられる.逆にいまだ,米国ではクラミジアによる結膜炎などに使用しているTCの耐性化が報告されている7)表2をみると,起炎菌の推定できない結膜炎患者へのempiricな抗菌薬治療の際は,施設入所者,入院患者などP.aeruginosaの関与が推定される患者,MRSA保菌が証明されている患者を除けば,第一選択薬としてはCMX,次点にCPを使用するのが最も効果が期待できる.CPはMRSAに対する抗菌力を保持しており,可能な限り温存したいことを考えれば,第一選択としてはやはりCMXがよいと考えられた.MRSA保菌者の結膜炎に対しては,既報2,3)でも述べたが,今回もCPを第一選択とする.VCM眼軟膏はMRSAの検出をもって初めて使用することができ,薬剤が高価であるため,結果として耐性化が抑制されていると推測される.わが国における他の研究をみると,結膜炎に関しては,2004年からの5年間のCOI細菌性結膜炎検出菌スタディグループの研究では8),検出菌の1位がStaphylococcusepidermidis,2位がPropionibacteriumacnes,3位がStreptococcusspp.,そしてS.aureusと続くが,全菌種を合わせるとLVFX,CMXがよい感受性を示したと述べている.感染性角膜炎診療ガイドライン(第2版)9)によれば,角膜炎においてグラム陰性桿菌疑いではキノロン系+アミノグリコシド系,グラム陽性球菌疑いではキノロン系+セフェム系を推奨している.これはキノロン系薬剤のpostantibioticeffect(点眼後組織に長くとどまる現象)を期待しているからである.太根ら10)は高齢者の細菌性結膜炎における臨床分離菌と薬剤感受性を調べているが,筆者らの研究と同様MRSE,MRSAにはCP,VCMが有効で,キノロン系薬剤で初期治(115)療を受けていた症例では耐性化と混合感染がみられたことを指摘,さらにTCが有効と述べている.このように抗菌薬の選択については,どの研究も同様の選択をしている.一方,ヨーロッパでは結膜炎は一般的に1.2週間で自然治癒するので,抗菌薬を使わないこともあるが,病期を短縮する目的で使われる抗菌薬の第一選択はキノロン系薬剤ではなく,CPやフシジン酸(fusidicacid)である11).局所または全身にキノロン系薬剤が使われると,3カ月以内に耐性を示すS.aureusは29%だが,使っていないものは11%と有意な差がある12),とのヨーロッパの報告に対し,米国では,アジスロマイシンよりも第3,4世代のキノロン,GFLX,MFLXのほうが脈絡膜新生血管治療における細菌感染予防のための点眼において,S.aureusやCNSの耐性をつくりにくいことが報告されている13).しかし,19.60%のS.pneumoniae,85%のMRSAが耐性をもっている.第4世代,なかでもBesifloxacinは耐性が少ない14).以上のように,ヨーロッパではキノロンを第一選択とせず,米国ではむしろ第3,4世代と新しいキノロンを第一選択とするような論文が多い.今回の筆者らの研究で,耐性化しにくいといわれていた第4世代のキノロン系薬剤である,GFLX,MFLXの感受性の低下もあり,結膜炎に対する第一選択薬として多く使用されることが予想されるキノロン系抗菌薬の適正利用に留意する必要があると考えられた.本論文は第117回日本眼科学会(2013年4月東京)において発表した.文献1)加茂純子,喜瀬梢,鶴田真ほか:感受性からみた眼科領域の抗菌薬選択2006.臨眼61:331-336,20072)加茂純子,村松志保:感受性から見た眼科領域の抗菌薬選択2008.臨眼63:1635-1640,20093)秦野寛,井上幸次,大橋裕一ほか(眼感染症スタディグループ):前眼部・外眼部感染症起炎菌の薬剤感受性.日眼会誌11:814-824,20114)Benitez-Del-CastilloJ,VerbovenY,StromanDetal:Theroleoftopicalmoxifloxacin,anewantibacterialinEurope,inthetreatmentofbacterialconjunctivitis.ClinDrugInvestig31:543-557,20115)McDonaldM,BlondeauJM:Emergingantibioticresistanceinocularinfectionsandtheroleoffluoroquinolones.JCataractRefractSurg36:1588-1598,20106)YamadaM,YoshidaJ,HatouS:MutationsinthequinoloneresistancedeterminingregioninStaphylococcusepidermidisrecoveredfromconjunctivaandtheirassociationwithsusceptibilitytovariousfluoroquinolones.BrJOphthalmol92:848-851,2008あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141041 7)AdebayoA,ParikhJG,McCormickSAetal:ShiftingtrendsininvitroantibioticsusceptibilitiesforcommonbacterialconjunctivalisolatesinthelastdecadeattheNewYorkEyeandEarInfirmary.GraefesArchClinExpOphthalmol249:111-119,20118)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20119)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会(井上幸次委員長):第3章感染性角膜炎の治療.日眼会誌117:491-496,201310)太根伸浩,北川清隆,勝本武志ほか:高齢者の細菌性結膜炎における臨床分離菌と薬剤感受性.臨眼67:991-996,201311)Bremond-GignacD,ChiambarettaF,MilazzoS:AEuropeanperspectiveontopicalophthalmicantibiotics:currentandevolvingoptions.OphthalmolEyeDis24:29-43,201112)FintelmannRE,HoskinsEN,LietmanTMetal:Topicalfluoroquinoloneuseasariskfactorforinvitrofluoroquinoloneresistanceinocularcultures.ArchOphthalmol129:399-402,201113)KimSJ,TomaHS:Ophthalmicantibioticsandantimicrobialresistancearandomized,controlledstudyofpatientsundergoingintravitrealinjections.Ophthalmology118:1358-1363,201114)McDonaldM,BlondeauJM:Emergingantibioticresistanceinocularinfectionsandtheroleoffluoroquinolones.JCataractRefractSurg36:1588-1598,2010***1042あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(116)

小児涙道疾患における鼻性鼻涙管狭窄の特徴

2014年7月31日 木曜日

《第2回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科31(7):1033.1036,2014c小児涙道疾患における鼻性鼻涙管狭窄の特徴松村望*1後藤聡*2藤田剛史*1平田菜穂子*1大野智子*1*1神奈川県立こども医療センター眼科*2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科RhinogenousNasolacrimalDuctStenosisinInfantsNozomiMatsumura1),SatoshiGoto2),TakeshiFujita1),NaokoHirata1)andTomokoOhno1)1)DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,KatsushikaMedicalCenter小児に先天鼻涙管閉塞と同様の流涙・眼脂の症状があり,色素残留試験は陽性であるが通水試験が通過する症例を鼻性鼻涙管狭窄と仮定し特徴を調べた.代表症例の検査所見は,色素残留試験は陽性,通水試験は分泌物を含んだ逆流がみられ,涙道造影では造影剤は鼻腔内へ漏出,涙道内視鏡所見は膜性鼻涙管の粘膜の密着,鼻内視鏡所見は下鼻甲介が外側寄りで下鼻道が押しつぶされたように狭いという特徴があった.2011年から2年間に神奈川県立こども医療センター眼科を初診し,涙道疾患があり色素残留試験が陽性で全身疾患を伴わない110例148側(平均月齢14.1カ月)のうち,臨床的な特徴から鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例は14例20側(13.5%)みられた.初診時月齢は平均20.2±11.5カ月であり,症状が間欠的な症例が78%,鼻炎を伴う症例が50%にみられた.鼻炎治癒後の治癒,通水試験後治癒,涙管チューブ挿入後の治癒,自然治癒がみられた.Purpose:Ininfantswithnasolacrimalductobstruction,irrigationwaspossiblewithpositiveresultsonthefluoresceindisappearancetest(FDT).Wesupposethesecasesasrhinogenousnasolacrimalductstenosis,becauseofnarrowinferiornasalmeatusofinfants.CasesandMethods:Thisstudyinvolved110infants(averageage:14.1months)withpositiveFDT,seenduringthepast24months.Results:Thecharacteristicsofrhinogenousnasolacrimalductstenosisseemtobeasfollows;FDTwaspositive,irrigationwaspossiblewithrefluxofsecretion,contrastradiographyofnasolacrimalductshowedleakageofcontrastmediumforinferiormeatus,lacrimalendoscopicexaminationshowedlowerendofnasolacrimalductstenosis,andnasalendoscopicexaminationshowednarrowinferiormeatus.Anaverageageatfirstvisittoourhospitalwas20.2±11.5months.7outof14cases(50.0%)hadrhinitisand7outof9cases(79.1%)hadintermittentsymptoms.Conclusion:OfallFDT-positiveinfants,13.5%hadrhinogenousnasolacrimalductstenosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1033.1036,2014〕Keywords:鼻性鼻涙管狭窄,涙道内視鏡,色素残留試験,通水試験,自然治癒.rhinogenousnasolacrimalductstenosis,dacryoendoscopy,fluoresceindisappearancetest,irrigationtest,spontaneousresolution.はじめに色素残留試験(fluoresceindisappearancetest:FDT)は,非侵襲的で簡便に先天鼻涙管閉塞(congenitalnasolacrimalductobstruction:CNLDO)を診断する方法として有用とされており,その感度は90%,特異度は100%とする報告がある1).しかし,筆者らはCNLDOを疑われた5歳未満の小児31例にFDTと通水試験の両方を行いその一致率を調べた結果,FDT陽性小児の13.3%は通水が通り,結果が不一致であったと報告した2).筆者らは今回これらの「流涙・眼脂の症状がみられ,FDTは陽性であるが通水試験は通過する小児例」を鼻性鼻涙管狭窄と仮定し,その特徴を調べた.I対象および方法2011年1月から2013年1月に涙道疾患を疑われて神奈川県立こども医療センター眼科(以下,当科)を初診した143例198側を対象とした.全例にFDTを行い,FDTが陽性の症例のなかで,睫毛内反などの明らかな涙道疾患以外の疾患を有する症例を除外した.また,染色体異常,顔面奇〔別刷請求先〕松村望:〒232-8555横浜市南区六ッ川2-138-4神奈川県立こども医療センター眼科Reprintrequests:NozomiMatsumura,DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenter,2-138-4Mutsukawa,Minami-ku,Yokohama232-8555,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(107)1033 図1鼻性鼻涙管狭窄の通水試験分泌物を含む逆流がみられる.図3鼻性鼻涙管狭窄の色素残留試験1歳7カ月,女児.左眼の流涙・眼脂がみられ,左眼の色素残留試験は陽性.直後に行った通水試験は,分泌物を含む逆流を伴ったが,通過した.形などの全身疾患を伴う症例を除外した.これらを満たす6歳未満の小児110例148側(男性56例,女性54例,平均月齢14.1±13.9カ月)を対象とし,後ろ向きに調査した.本調査については院内倫理委員会にて承認を得た.II結果1.代表症例14歳,女児.1歳ころから左眼の流涙・眼脂の症状が出現.眼脂の程度は多いときと少ないときがあったが,最近は持続的に眼脂がみられる.鼻炎,結膜炎の既往なし.FDTは左眼のみ陽性であった.全身麻酔下での通水試験では分泌物を含んだ逆流がみられたが(図1),涙道造影では鼻腔内に造影剤の漏出がみられた(図2).涙道内視鏡検査では,涙道内に分泌物の貯留がみられた.膜性鼻涙管部分から下部開口部まで,涙道粘膜はぴったりと密着していたが,閉塞はみられなかった.この部分の粘膜の密着をはがすようにして涙道内視鏡を進め,涙管チューブを挿入した.涙道内に他の病変はみられなかった.鼻内視鏡検査では,健側の右の鼻涙管開口部は観察可能で異常はみられなかったが,患側の左側は下鼻甲介が外側寄りで下鼻道は押しつぶされたように狭く,鼻涙管開口部を確認できなかった.術直後より症状は消失し,色素1034あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014図2鼻性鼻涙管狭窄の涙道造影造影剤の鼻腔内への漏出がみられる.矢印:仰臥位のため鼻腔内に貯留した造影剤.残留試験も陰性となった.術後20日で涙管チューブを抜去し,術後2年の現在も症状はなく治癒している.2.代表症例21歳7カ月,女児.生後8カ月ころから左眼の流涙・眼脂の症状が出現.眼脂は多いときと少ないときがあるが,いつも左眼が涙でうるんでいる.CNLDOを疑われて当科を紹介受診した.鼻炎,結膜炎の既往なし.FDTは左眼のみ陽性であった(図3).鎮静下での通水試験は,分泌物を含んだ逆流がみられたが,強い抵抗はなく通過した.通水試験後,眼脂の症状は軽快した.その後も左眼がときどき涙でうるむ感じは断続的に続き,FDTは受診時によって陽性の日も陰性の日もあったが,1年後には症状が消失し,自然治癒した.代表症例1はFDT,通水試験,涙道造影,涙道内視鏡検査,鼻内視鏡検査の結果から,鼻性鼻涙管狭窄であると診断した.代表症例2は内視鏡検査は行っていないが,臨床経過,FDT,通水試験の結果から,代表症例1と類似の病態であると推察した.代表症例と同様の症例がこれらを含めて14例20側みられたため,これらを鼻性鼻涙管狭窄と仮定し,特徴を調べた.3.初診時月齢鼻性鼻涙管閉塞と考えられた14例の初診時月齢は平均20.2±11.5カ月であった.同期間に狭義CNLDOと診断した50例の初診時月齢は,平均11.2±9.1カ月であった.狭義CNLDOの診断は,対照群のなかで,流涙・眼脂の症状が生後2カ月未満に発症,FDT陽性,鎮静下または全身麻(108) 酔下での通水試験が不通,以下の疾患(涙点閉鎖・涙小管形成不全・先天性涙.ヘルニア・後天性涙道閉塞・涙.皮膚瘻)を除外を満たすものとした.4.鼻炎の既往14例中7例(50.0%)に鼻炎の既往があった.5.症状の間欠性症状の持続性が確認できた9例について,おもに眼脂の症状が間欠的であった症例は7例(77.8%),持続的であった症例は2例(22.2%)であった.6.患側14例中8例(57.1%)は両側性であり,6例(42.8%)は片側性であり,両側性のほうがやや多かった.7.治療鼻炎のあった7例中6例は鼻炎の治療および治癒により治癒した.自然治癒2例,通水試験後治癒2例,涙管チューブ挿入による治癒1例,経過観察中3例であった.III考按小児の涙道狭窄や閉塞は,そのほとんどが狭義CNLDO,すなわち鼻涙管下端の膜状閉鎖であると考えられてきた1,3,4).CNLDOに対するFDTの特異度は100%であるとする報告があるが1),これは低年齢の小児においては,FDT陽性の症例全例が先天性の鼻涙管閉塞であり鼻涙管狭窄は存在しないとも捉えられる.しかし,実際の臨床においては,CNLDOと似た流涙・眼脂の症状を呈し,色素残留試験は陽性であっても通水が通過する症例を経験する.今回はこのような症例に対し,涙道造影,涙道内視鏡,鼻内視鏡にて精査を行った症例の所見をもとに鼻性鼻涙管狭窄という病態を仮定し,同様と推察される症例の臨床的特徴について報告した.小児の下鼻道は一般的に未発達で狭いため,鼻涙管開口部付近での通過障害を起こしやすいと推察される.上気道炎や鼻炎などが加わった際に,鼻粘膜の炎症や浮腫をきたすことでさらに通過障害を起こしやすくなると考えられる.上気道炎や鼻炎は生後しばらくしてから罹患し,症状も変動するため,発症時期にばらつきが生じたり症状が間欠的であったりすると推察される.そして,鼻粘膜の炎症が治癒したり下鼻道が発達したりすることで,鼻涙管開口部付近の狭窄が解除され,自然治癒するケースがあると推察される.また,通水試験や涙管チューブ挿入を行った場合,鼻涙管の通過障害が一旦解除され,分泌物などが洗い流されることで症状が軽快し,治癒に至るケースもあると考えられる.今回報告した症例の臨床的な特徴や内視鏡所見から,小児が鼻涙管狭窄を起こす場合のおもな原因は,下鼻道の物理的な狭さではないかと筆者らは推察している.一方で,成人における原発性鼻涙管閉塞・狭窄の原因はいまだ不明ではあるが,涙道粘膜における何らかの炎症の結果,涙道粘膜上皮の扁平上皮化生や線維化を起こすことによると考えられており,おもな原因は涙道粘膜の炎症と考えられている5).このように,小児と成人の鼻涙管狭窄は,おもな原因が異なると考えられる.原因の違いは予後や治療方針の違いにつながり,成人の鼻涙管狭窄や閉塞は一般的に自然治癒しないが,小児の鼻涙管狭窄や閉塞は自然治癒しやすいという違いにつながると考えられる.今回報告したような鼻涙管狭窄と考えられる小児が一定の割合でみられることから,局所麻酔下での通水試験が困難な小児にFDT陽性のみでCNLDOと診断した場合,鼻涙管狭窄の症例が一定の割合で混在すると考えられる.本報告において,鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例の平均初診時月齢が20.2カ月であり,狭義CNLDOと診断した症例の平均初診時月齢11.2カ月よりも高い傾向がみられたことから,比較的高月齢の小児に鼻涙管狭窄の割合が高いのではないかと推察された.CNLDOの治療時期について,Youngらは生後12カ月で重症の場合と,生後18カ月で軽症の場合,プロービングを推奨している1).また,林らは生後18カ月以上でプロービングを検討し,24カ月以上は全例プロービングを検討すべきとしている6).今回の報告で鼻性鼻涙管狭窄と考えられた症例の平均初診時月齢が20.2カ月(1歳8カ月)であったことから,プロービングを考慮すべき月齢で初診する症例のなかに鼻性鼻涙管狭窄の症例が一定数含まれる可能性を考慮する必要があると考えられた.このため筆者らは小児の涙道疾患の診断を行う際に,・発症時期が生後2カ月以降・初診時月齢が生後12カ月以降・症状が間欠的・鼻炎の既往があるこのような症例は鼻性鼻涙管狭窄を念頭におき,耳鼻科の紹介による鼻炎の有無の確認や,経過観察による症状やFDTの変動の確認などを行っている.また,涙点閉鎖や流行性角結膜炎後の涙道内瘢痕癒着などの後天性涙道閉塞も高月齢の小児例が多いため,涙点および結膜の観察や,結膜炎の既往に関する問診を重視している.それでもCNLDOとの鑑別が困難な症例に治療方針を決定する際には,可能な月齢の症例には鎮静下での通水検査を確定診断のために行っている.これにより,さらに長期の経過観察が可能な症例と,プロービングを行うべき症例の鑑別が可能となる場合があると考えられる.今回筆者らは鼻性鼻涙管狭窄という病態を仮定したが,CNLDOと同様の症状を呈する低年齢の小児のなかに,鼻涙管下端の膜状閉鎖のような器質的な閉塞がない症例が含まれる可能性を認識することは,小児の涙道疾患の診断と治療を行ううえで重要であると考えられた.(109)あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141035 利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MacEwenCJ,YoungJD:Thefluoresceindisappearancetest(FDT):anevaluationofitsuseininfants.JPediatrOphthalmolStarbismus28:302-305,19912)松村望,後藤聡,石戸岳仁ほか:先天性鼻涙管閉塞症に対する色素残留試験の感度.臨眼67:669-672,20133)YoungJD,MacEwenCJ:Managingcongenitallacrimalobstructioningeneralpractice.BMJ315:293-296,19974)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Primarytreatmentofnasolacrimalductobstructionwithprobinginchildrenyoungerthan4years.Ophthalmology115:577584,20085)McCormickSA,LinbergJV:Pathologyofnasolacrimalductobstruction.LacrimalSurgery(LinbergJV),p169202,ChurchillLivingstone,NewYork,19886)林憲吾,嘉鳥信忠,小松裕和ほか:先天鼻涙管閉塞の自然治癒率および月齢18カ月以降の晩期プロービングの成功率:後ろ向きコホート研究.日眼会誌118:91-97,2014***1036あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(110)

身体障害者手帳申請を行った緑内障患者の検討(2012年版)

2014年7月31日 木曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(7):1029.1032,2014c身体障害者手帳申請を行った緑内障患者の検討(2012年版)瀬戸川章*1井上賢治*1添田尚一*2堀貞夫*2富田剛司*3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科InvestigationofPhysicalDisabilityCertificateDeclaredbyGlaucomaPatients(2012)AkiraSetogawa1),KenjiInoue1),ShoichiSoeda2),SadaoHori2)andGojiTomita3)1)InouyeEyeHospital,2)Nishikasai-InouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:視覚障害による身体障害者手帳申請を行った緑内障患者の検討.対象および方法:2012年1.12月に井上眼科病院および西葛西・井上眼科病院に通院中の緑内障患者39,745例のなかで視覚障害による身体障害者手帳の申請を行った73例(男性36例,女性37例,平均年齢72.4±12.5歳)を対象とした.申請時の緑内障病型,障害等級を調査した.さらに2005年に行った同様の調査と比較した.結果:病型は原発開放隅角緑内障が46例(63.0%)と最多であった.障害等級は1級13例(17.8%),2級40例(54.8%)とを合わせて70%を超えていた.結論:原発開放隅角緑内障で重症例が多かった.2005年の調査と比較して,緑内障病型,障害等級に変化はなかった.Purpose:Toreporttheresultsofglaucomapatients’applicationforvisuallyhandicappedstatuscertification.ObjectsandMethod:Thisretrospectivestudyinvolved73patients(36males,37females,averageage:72.4±12.5years)whoappliedforthephysicallyhandicappedpersons’cardforvisualimpairmentfromJanuarythroughDecember2012,byregularlygoingtoInouyeEyeHospitalandNishikasai-InouyeEyeHospital.Glaucomatypeandgradeattimeofapplicationwereinvestigatedandcomparedwiththesameinvestigationconductedatourinstitutionin2005.Results:Primaryopen-angleglaucomanumbered46cases(63.0%),themostnumeroustype.Theclassesexceeded70%forthecombinedfirstgrade(13cases,17.8%)andsecondgrade(40cases,54.8%).Conclusion:Incomparisonwiththe2005surveyresults,glaucomatypeandgradeatthetimeofapplicationforthephysicallydisabledcertificatedidnotchange.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(7):1029.1032,2014〕Keywords:緑内障,視覚障害,身体障害者手帳.glaucoma,visualimpairment,physicallydisabilitycertificate.はじめに井上眼科病院におけるロービジョン専門外来受診者の実態を以前に報告した1).そのなかで原因疾患の第1位は緑内障(49%),第2位は網膜色素変性症(17%)であった.斉之平ら2)は,鹿児島大学附属病院のロービジョン外来受診者の原因疾患は,第1位は黄斑変性(52%),第2位は緑内障(30%)と報告した.ロービジョン外来を受診する原因疾患として緑内障は高い割合を占めると考える.身体障害者手帳申請者は井上眼科病院での2005年調査3)では,緑内障(23%),網膜色素変性症(17%),黄斑変性(12%)が原因疾患の上位を占めていた.また井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院での2009年調査4)では,第1位は網膜色素変性症(28.0%),第2位は緑内障(22.5%),第3位は網脈絡膜萎縮(11.9%)であった.視覚障害者を対象とした調査では,大澤ら5)は,変性近視,糖尿病網膜症,緑内障が,高橋6)は糖尿病網膜症,網脈絡膜萎縮,緑内障が,谷戸ら7)は糖尿病網膜症,緑内障,加齢黄斑変性症が原因疾患の上位であると報告している.視覚障害の原因疾患としても,やはり緑内障は高い割合を占めると考える.ロービジョン外来受診者や身体障害者手帳取得者の原因疾患として緑内障は上位である.それらの緑内障患者の実態を知ることは失明予防の観点からは重要である.緑内障にはさまざまな病型があり,また病型により重症度や身体障害者手帳該当者に違いを有する可能性もある.そこで井上眼科病院において2005年に視覚障害による身体障害者手帳の申請を行った緑内障患者の実態を報告した8).今回筆者らは,井上〔別刷請求先〕瀬戸川章:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:AkiraSetogawa,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)1029 眼科病院と西葛西・井上眼科病院で2012年に身体障害者手帳の申請に至った疾患の第1位である緑内障患者の実態を再び調査した.さらに2005年調査8)と比較した.I対象および方法2012年1.12月までに井上眼科病院および西葛西・井上眼科病院に通院中の緑内障患者39,745例のうち,同時期に視覚障害による身体障害者手帳の申請を行った73例(男性36例,女性37例)を対象とし,後向きに研究を行った.年齢は35.92歳で,平均年齢は72.4±12.5歳(平均±標準偏差)であった.身体障害者手帳申請時の緑内障病型,視力,視野,障害等級を身体障害者診断者・意見書の控えおよび診療記録より調査した.2005年に井上眼科病院で行った同様の調査8)と緑内障病型ならびに視覚障害等級の内訳をIBM統計解析ソフトウェアSPSSでANOVAおよびc2検定を用いて比較した.有意水準はp<0.05とした.なお,緑内障病型については続発緑内障の原因が多岐にわたっていたため合算し,原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障,原発閉塞隅角緑内障,続発緑内障の4群として検討した.2005年調査8)と今回調査の違いは,対象者が2005年調査8)では井上眼科病院通院中の患者のみだったため35例で,今回の73例より少なかった.また,2007年にも井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院で視覚障害による身体障害者手帳申請者の調査を行った4)が,そのなかの緑内障患者についての詳細な検討は行わなかったため,表1視力障害と視野障害の内訳視力1級2級3級4級5級6級申請なし視野2級042928195級0001022申請なし8225252005年■原発開放隅角緑内障2012年n=35■正常眼圧緑内障n=73■原発閉塞隅角緑内障今回は2005年調査8)と比較した.II結果緑内障病型は原発開放隅角緑内障46例(63.0%),続発緑内障18例(ぶどう膜炎後10例,落屑緑内障6例,血管新生緑内障2例)(24.7%),原発閉塞隅角緑内障5例(6.8%),正常眼圧緑内障4例(5.5%)であった.視覚障害等級は1級13例(17.8%),2級40例(54.8%)3級2例(2.7%),4級7例(9.6%),5級6例(8.2%),6級(,)5例(6.8%)であった.病型別の障害等級は,原発開放隅角緑内障では1級10例(21.7%),2級28例(60.9%),3級1例(2.2%),4級2例(4.3%),5級3例(6.5%),6級2例(9.4%)であった.続発緑内障では1級3例(16.7%),2級8例(44.4%),3級1例(5.6%),4級3例(16.7%),5級1例(5.6%),6級2例(11.1%)であった.原発閉塞隅角緑内障では2級2例(40.0%),4級2例(40.0%),5級1例(20.0%)であった.正常眼圧緑内障では2級2例(50.0%),5級1例(25.0%),6級1例(25.0%)であった.緑内障の病型別に障害等級に差はなかった(p=0.3265).視力障害を申請したのは52例,視野障害を申請したのは49例であった.その内訳は,視力障害は1級8例,2級6例,3級4例,4級15例,5級4例,6級15例で,視野障害は2級44例,5級5例であった.重複障害申請を行ったのは28例であった.その内訳は視野障害2級・視力障害2級が4例,視野障害2級・視力障害3級が2例,視野障害2級・視力障害4級が9例,視野障害2級・視力障害5級が2例,視野障害2級・視力障害6級が8例,視野障害5級・視力障害4級が1例,視野障害5級・視力障害6級が2例であった(表1).2005年調査8)では,緑内障病型は原発開放隅角緑内障15例(42.9%),正常眼圧緑内障7例(20.0%),原発閉塞隅角緑内障4例(11.4%),血管新生緑内障4例(11.4%),落屑緑内障2例(5.7%),ぶどう膜炎による続発緑内障1例(2.93級2012年n=35■4級■5級■6級n=732005年■1級■2級42.92011.425.7635.56.824.7■続発緑内障22.942.9011.414.38.517.854.82.79.68.26.8図1緑内障病型の比較図2視覚障害等級の比較2005年調査と今回調査で緑内障病型に有意差はない.2005年調査と今回調査で視覚障害等級に有意差はない.1030あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(104) %),白内障手術による続発緑内障1例(2.9%),外傷性緑内障1例(2.9)であった.視覚障害等級は1級8例(22.9%),2級15例(42.9%),4級4例(11.4%),5級5例(14.3%),6級3例(8.5%)であった.今回と2005年調査8)との比較では,緑内障病型(p=0.066,図1)と障害等級(p=0.706,図2)ともに同等であった.III考按ロービジョンサービスの対象者は日本眼科医会では約100万人と推定している9).ロービジョン外来あるいは視覚障害の原因疾患として高い割合を占める緑内障患者の身体障害者手帳申請について今回は検討した.2012年1.12月までに井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に通院し,視覚障害による身体障害者手帳を申請した患者は236例で,原因疾患は緑内障73例,網膜色素変性症41例,黄斑変性症25例,糖尿病網膜症22例の順に多かった.一方,井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に同時期に通院した患者は130,281例であった.疾患別の内訳は緑内障39,745例,糖尿病網膜症18,796例,黄斑変性症11,458例,網膜色素変性症2,838例などであった.疾患別の視覚障害による身体障害者手帳の申請率は各々緑内障0.18%,網膜色素変性症1.44%,黄斑変性症0.22%,糖尿病網膜症0.12%であった.網膜色素変性症患者の割合が高く,他の疾患はほぼ同等であった.2012年1.12月までに井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に通院した緑内障患者は39,745例であった.これらの症例の緑内障病型は不明である.一方,2012年3月12.18日までに両院を含めた39施設で行った緑内障実態調査では正常眼圧緑内障47.6%,原発開放隅角緑内障27.4%,続発緑内障10.3%,原発閉塞隅角緑内障7.6%などであった10).今回の結果と比べると,今回のほうが正常眼圧緑内障が少なく,原発開放隅角緑内障と続発緑内障が多く,原発閉塞隅角緑内障はほぼ同等であった.つまり正常眼圧緑内障では身体障害者手帳に該当するほどの重症例は少なく,原発開放隅角緑内障や続発緑内障では重症例が多いと考えられる.しかし,緑内障の病型別に障害等級に差はなく,身体障害者手帳に該当するほどの重症例においては個々の症例で重症度が異なり,一定の傾向はない.今回,視力障害の申請は1.6級まですべての等級に及んだが,視野障害の申請は2級と5級のみであった.これは1995年の身体障害者手帳の視覚障害の基準が改定され,視野障害の基準が緩やかになったが,やはり緑内障の視野障害の特徴が評価しがたいためではないかと思われる.今後,緑内障の視野障害も段階的に評価できるような,視覚障害の基準が制定されることを願う.しかし,視力障害と視野障害の重複障害により障害等級が上がった症例も6例あり,それら(105)の症例では制度の恩恵を受けていると考えられる.視覚障害を自覚してロービジョン外来を受診しても,身体障害者に該当しない患者がいる1).このことは,身体障害者手帳の申請に至っていない緑内障患者のなかにも,視覚障害の問題を抱える多くの患者が存在していることを示唆している.緑内障は末期まで視力が比較的よいのが特徴である.現在の視覚障害等級の基準だけで,患者のQOLをすべて評価することはむずかしく,視覚障害による身体障害者手帳の該当がなくてもロービジョンケアの必要性を考慮すべきである.身体障害者に該当するにもかかわらずさまざまな理由で身体障害者手帳の申請がなされていない患者についても報告されている5,7).藤田らは手帳取得に該当することを知らされていないこと,手帳を有した場合の福祉サービスについて情報が十分に伝達されていないことなどが要因の一つと報告している11).また,低い等級では該当していても申請を行わない症例もあるためと思われる.身体障害者手帳の取得は障害の告知と受容を意味するばかりでなく,ロービジョンサービスを充実させるための一つの手段である.2005年調査8)と今回調査の結果はほぼ同等であった.2005.2012年までの7年間にさまざまな緑内障点眼薬が新たに使用可能になった.しかし,依然として視覚障害による身体障害者手帳申請者の上位を緑内障が占め,緑内障病型や障害等級も変化はなかった.今後は2012年に緑内障チューブシャント手術が認可されたので緑内障による視覚障害者が減少することが期待される.2012年に井上眼科病院と西葛西・井上眼科病院に通院中で,視覚障害による身体障害者手帳を申請した緑内障患者73例について調査した.病型は原発開放隅角緑内障が63.0%で最多で,障害等級は2級以上が72.6%を占めていた.2005年調査8)との変化は特になかった.今後も社会の高齢化に伴い視覚障害者も増加すると考えられる.改めて,円滑なロービジョンケアの提供,妥当な身体障害者手帳申請が日常外来において必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)鶴岡三恵子,井上賢治,若倉雅登ほか:井上眼科病院におけるロービジョン専門外来の実際.臨眼66:645-650,20122)斉之平真弓,大久保明子,坂本泰二:鹿児島大学附属病院ロービジョン外来における原因疾患別のニーズと光学的補助具.眼臨紀5:429-432,20123)引田俊一,井上賢治,南雲幹ほか:井上眼科病院における身体障害者手帳の申請.臨眼61:1685-1688,20074)岡田二葉,鶴岡三恵子,井上賢治ほか:眼科病院におけるあたらしい眼科Vol.31,No.7,20141031 視覚障害による身体障害者手帳申請者の疾患別特徴(2009年).眼臨紀4:1048-1053,20115)大澤秀也,初田高明:外来における視覚障害患者の検討.臨眼51:1186-1188,19976)高橋広:北九州市内19病院眼科における視覚障害者の実態調査.第1報.視覚障害者と日常生活訓練.臨眼52:1055-1058,19987)谷戸正樹,三宅智恵,大平明弘:視覚障害者における身体障害者手帳の取得状況.あたらしい眼科17:1315-1318,8)久保若菜,中村秋穂,石井祐子ほか:緑内障患者の身体障害者手帳の申請.臨眼61:1007-1011,20079)日本眼科医会(編):あきらめないでロービジョン─社会復帰への道.199110)塩川美菜子,井上賢治,富田剛司:多施設における緑内障実態調査2012年版─薬物治療─.あたらしい眼科30:851-856,201311)藤田昭子,斉藤久実子,安藤伸朗ほか:新潟県における病院眼科通院患者の身体障害者手帳(視覚)取得状況.臨眼53:725-728,1999***1032あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(106)

My boom 30.

2014年7月31日 木曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第30回「宮腰晃央」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第30回「宮腰晃央」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介宮腰晃央(みやこし・あきお)富山大学医学薬学研究部眼科学講座私は2007年3月に富山大学医学部卒業後,2年間の初期臨床研修を経て,2009年4月に現講座に入局しました.入局3年目に早々と専門分野を角膜に決めました.林篤志教授の「一流に触れてくるんや」の号令のもと,京都府立医科大学で木下茂教授の外来で前眼部診療の修業を積ませていただき,何とか富山大学角膜外来を切り盛りしている現状です.臨床のMyboom富山大学角膜外来を一人で切り盛りしていることもあり,感染症,円錐角膜,ジストロフィ,ドライアイ,Mooren潰瘍,Stevens-Johnson症候群,角膜移植後…など何でもござれの状態です.といえば聞こえは良いですが,実情は不安とプレッシャーに圧しつぶされそうになることもあります.そんななか,京都府立医科大学に研修に行かせていただいているのは非常に助かっています.悩ましい症例について相談・議論できたり,最先端の臨床・研究を見学できたり,そして何よりも交友の輪が広がりました.研修では,「木下教授ならどの所見に注目して診察し,カルテをどのように記載するか?」「木下教授なら患者にどういうふうに説明するか?」と,木下教授だったらどうするか,というイメージを常に頭の中で先行させながら外来に参加させていただいています.患者さんの病状や僚眼の状態,住所や年齢,職業,家族構成など,さま(91)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYざまなファクターを考慮し,患者にとってベストもしくはベターな治療法を説明・相談していくムンテラは,人としての深さが感じられます.かなり頭を使いヘトヘトになるので,帰りのサンダーバード(電車です,念のため)ではいつも熟睡で,途中の福井県や石川県の景色の記憶がまったくありません….また,最近気をつけていることは,眼類天疱瘡やアカントアメーバ感染など,比較的稀な疾患を疑わせる患者さんを診たときに,すぐにその診断に飛びついてしまい,鑑別を怠ってしまう癖があることです.注意していてもテンションが上がってしまい,周りが見えなくなるのです.治療を開始する前に「深呼吸をしてもう一度鑑別を!ヘルペスは大丈夫?」を常に心がけて診療をしています.研究のMyboom「学問的業績のない医師は駄馬に等しい」.ある有名小説からの抜粋です.耳の痛い話です,ヒヒーン.「大学勤務している身として,業績を残す」.当たり前のことですが,日々の臨床にかまけて,ついつい遠ざけているのが現状です.現在は林教授の計らいで,当院検査部で社会人大学院生としてPCRを用いた研究を進めています.まだまだ始めたばかりですが,富山大学オリジナルの細菌感染症の迅速診断法および迅速薬剤感受性試験の確立を目標にしています.プライベートのMyboomもともとスポーツが好きで,小学校では野球,中学校から大学まではテニスをやっていました.学生時代は部活一筋だったのですが,働き始めてからはまったくスポーツをしなくなってしまいました.最初の頃は「手術のときに筋肉痛では患者さんに失礼にあたる!」と崇高あたらしい眼科Vol.31,No.7,20141017 写真1自宅で家族とな意思でスポーツを遠ざけていたのですが,最近は単に面倒くさいというオヤジ的な発想でスポーツから遠ざかっています.そんななか,2013年夏から2014年の年明けにかけて画期的なでき事がありました.夏の甲子園で富山第一高校が富山県勢40年ぶりのベスト8に,そして全国高校サッカー選手権で同じく富山第一高校が初優勝に輝いたのです(残念ながら母校ではありませんが…).都会の方には理解しにくいかもしれませんが,例年1,2回戦突破がやっとの地元の田舎の高校が勝ち上がっていく喜びと興奮は,筆舌に尽くしがたいものがあります.野球は甲子園まで応援に行き,サッカーは当直だったので医局で絶叫を繰り返し,同点ゴールのシーンではひとり頬を濡らしました.ふとわが身を翻って考えてみると,地方大学でひとり角膜を専門に臨床・研究にもがいている自分も「やればできるのでは?!」と勇気づけられたものです.また,私は物心ついたときからプロ野球の広島東洋カープのファンです.専門医試験前には,「甲状腺眼症はDalrymple徴候,Gifford徴候,Graefe徴候,Stellwag徴候,Mobius徴候…(泣).ルイス,チェコ,ミンチー,ベイルの勝ち星やセーブ数はいつの間にかに覚えていたのに…」.「眼瞼下垂の手術はBlaskovics,Berke,Friedenwald-Guyton,Fasanella-Servaat…(涙).ホプキンス,ロードン,アレン,ディアスの出身や年俸は覚えられたのに…」と人間の記憶のもどかしさと奥深さを嘆きつつも不思議な気持ちで見つめていたものです.最近は「カープ芸人」やら「カープ女子」などと知名度や人気が上がってきているようですが,一昔前までは貧乏・不人気・弱小球団の代表格であり,FAでも東のあ写真2カープ応援中の球団や西のあの球団に主力選手を引き抜かれるだけの球団でした.それが2013年シーズンでは初のクライマックスシリーズに進出したのです.1991年の最後の優勝から早や22年(大野が古屋から三振を奪い,優勝を決めた瞬間は昨日のことのように思い出されます)….金銭的に恵まれない地方球団の快進撃に,こちらもわが身を重ね,一層の精進と飛躍を心に誓いました.ちなみに,これまでの私の観戦成績は9勝8敗です(富山からはなかなか応援に行けないのです).私が観戦していないカープの通算成績が3,888勝4,299敗なので,有意差が出るように早くnを増やさないといけません.最近,『統計学が最強の学問である』(西内啓著,ダイヤモンド社)という本を読みました.興味深かったので,こういった他愛もない検定をこっそりやっては,独り悦に入っています(論文でやれと教授に尻を叩かれそうです).(余談ですが,この原稿を書き上げた5月19日現在,カープが首位で交流戦を迎えます.この原稿が掲載されている時期に順位がどうなっているのか,楽しみでもあり恐怖でもあります.)次のプレゼンターは兵庫県の後藤聡先生(理化学研究所)です.ある勉強会でご一緒させていただき,意気投合した(と私が思っている)仲間です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.1018あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(92)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 19.Jin H. Kinoshita先生から学ぶこと

2014年7月31日 木曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑲責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑲責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生から学ぶこと木下茂(ShigeruKinoshita)京都府立医科大学視覚機能再生外科学1974年大阪大学医学部卒業,1979年米国HarvardMedicalSchoolに留学,1984年大阪労災病院眼科部長,1988年大阪大学医学部眼科講師,1992年京都府立医科大学眼科学教室教授,2003年AdjunctClinicalSeniorScientist,TheSchepensEyeResearchInstitute,USA,2008年HonoryDistinguishedProfessor,CardiffUniversity,UK,2011年京都府立医科大学副学長.●JinH.Kinoshitaという偉大な先生★2010年の夏,JinKinoshita先生は89歳で他界されました.1989年にNationalEyeInstitute(NEI)ScientificDirectorという重要な職責を去られましたので,今活躍の,そしてこれから活躍するであろう日本の眼科医や視覚研究者にはJinKinoshitaの名前は余りなじみが無いかもしれません.しかし,現在のNEIDirectorであるDr.PaulSievingのような立場の先生であったといえば,わかりやすいかもしれません.JinKinoshita先生は,サンフランシスコでお生まれになった日系2世の米国人です.1941年に太平洋戦争が勃発した後,多くの日本人が強制収容所に入れられました.Jin先生の家族も例外ではありませんでした.しかし,Jin先生は大学に通うことができた特別な青年の一人でした.1944年にColumbia大学を卒業し,1952年に生物化学の博士号をHarvard大学から授与されています.その後,HarvardMedicalSchool眼科の一員として研究に勤しんで教授に就任したのちに,1971年,新設されたNEIに異動し,1981年にはNEI科学研究部門の最高責任者に就任されました.JinKinoshita先生は,水晶体の生理学と白内障の生化学に関する研究で優れた足跡を残しておられ,AldoseReductaseInhibitorを白内障予防点眼薬として世に出すために努力されました.さらに,日本の眼科・視覚研究を政府間協議などをとおして積極的にサポートされました.現在の日本の眼科・視覚研究がきわめて高いレベルにあるのは,JinKinoshita先生のサポートのお蔭といっても過言ではないと私は思っています.(89)●Jin先生と日本とのかかわり,私とのかかわり★JinKinoshita先生がNEIDirectorであった頃,日本から数多くの優秀な研究者がNEIに留学し,数多くの業績をあげて帰国されました.これらの先生方が中心となって,戦後の,そして学園紛争後の日本の大学の眼科研究体制を立て直し,今に繋がっているのです.当時,日本の眼科研究を国や大学間を超えて大所高所からサポートしてくださった先生方はといえば,米国在住のJinKinoshita先生,ToichiroKuwabara先生,日本の三島済一先生が代表であったと思います.さて,私が最初にJinH.Kinoshita先生とお会いしたのは,1978年,水川孝先生を学会長として第3回InternationalCongressofEyeResearch(ICER)が大阪で開催されたときです.私はなぜか,その学会でSecretaryGeneralをさせていただきまして,会長招宴のときに,名前が同じだからということで,Jin先生が私を出席者の皆さんに公式に紹介されたことを覚えています.私は1979年9月から1982年8月までBostonのRetinaFoundation,HarvardMedicalSchoolに留学しました.研究室代表者はRichardA.Thoft.彼は当時42歳でAssistantProfessor,やっとNEIから基盤研究費をもらい始めた眼科医でした.当然,彼のNEIへの研究費申請書には私を研究者の一員として記載してくれていたのですが,なかなかに難しい状況でした.私はというと,親から留学費用(当時は1ドル230円)を借りて,グラントのサポートがなくても2年間は石にかじりついても米国に居ようと決めていました.今の日本のようにあたらしい眼科Vol.31,No.7,201410150910-1810/14/\100/頁/JCOPY 写真ニューヨークで開催されたICERにて(1980年)JinH.Kinoshita先生と筆者数多くのfellowshipprogramがあるわけではなく,また円ドルレートもまだまだ不安定な頃でした.いろいろなことがありましたが,1979年12月24日,クリスマスイブに,申請していた基盤研究を承認するという非公式な電話がJin先生からThoftにあり,私の研究員としての費用も認めるとのことでした.このエピソードは一つの例でして,Jin先生は人を優しく包み込む素晴らしいパーソナリティをもつ方でした.写真は,1980年,ニューヨークで開催されたICERでご一緒したときのも●★のです.当時,米国の眼科研究者は私の名前をすぐに覚えてくれました.私が“IamasortofJin’srelatives”といえば,皆さん,大いに和んでくれました.●今,何故,JinH.Kinoshita先生を思い出す必要があるのか?★JinKinoshita先生は教授であり,研究者であり,管理者であり,そして若手研究者の良きアドバイザーでした.前NEIDirectorのCarlKupfer先生は,Jin先生の最も素晴らしいところは,若く可能性のある研究者に自由と場所と勇気を与え,必要なときには時間を惜しまずにアドバイスを与えたことであると評していました.一方で,Jin先生は研究に対して厳しい側面もあり,今,日本国内で大問題となっている論文ねつ造問題と同様のことが日本の大学で生じたとき,非常に厳しく対処された先生でした.これから日本の若手眼科研究者を国際的なレベルに育成するためには,我々もJin先生のように広い視野と優しさで若手に向き合う必要があるのではないでしょうか?今でも,我々はJin先生から学ぶことがきわめて多くあると感じています.最後に,本シリーズを責任編集していただいた堀田喜裕先生に深謝します.●★1016あたらしい眼科Vol.31,No.7,2014(90)