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近視性牽引黄斑症の診断と治療

2015年10月31日 土曜日

特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1403.1407,2015特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1403.1407,2015近視性牽引黄斑症の診断と治療DiagnosisandTreatmentofMyopicTractionMaculopathy島田典明*はじめに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)により,病的近視眼では黄斑円孔や黄斑円孔網膜.離が生じる以外にも,黄斑部に網膜分離や牽引性網膜.離といった変化が認められることが報告され1),以後このような病変は網膜分離症をはじめ,中心窩分離症,黄斑分離症,切迫黄斑円孔といった名称で表現されている.しかしながら,これらの病変は程度の軽いものから進行したものまで多彩な様相を呈し(図1),黄斑円孔網膜.離に至る過程において必ずしも網膜分離を介さないこともあり,黄斑円孔網膜.離の前駆病変となる牽引に伴った黄斑部障害を示す総称に対して,近視性牽引黄斑症(myopictractionmaculopathy:MTM)が提唱された2).OCTにより黄斑円孔網膜.離発症前の段階での診断が容易になり,適切な時期に手術加療を行うことにより,視機能の改善や悪化の予防が可能になってきた.本稿ではこのMTMに対する診断と治療について概説する.I近視性牽引黄斑症の診断MTMの診断は病的近視眼底に加えて,網膜前の牽引か牽引に伴う網膜の障害として,①黄斑前膜,②硝子体黄斑牽引,③網膜の肥厚,④網膜分離,⑤網膜.離,⑥内層分層黄斑円孔の6つのうち,いずれかを認めることによるとされており2),全層黄斑円孔も含めると7つのいずれかを認めた場合に筆者の施設(以下,当院)ではMTMと診断している.黄斑円孔網膜.離に対してMTMを用いるかどうかは定まっておらず,当院では除外している.鑑別診断として,近視性脈絡膜新生血管(図2)やdome-shapedmacula,後部ぶどう腫縁からの漏出,傍網膜血管裂孔でも網膜.離が,intrachoroidalcavitationや乳頭陥凹拡大に合併したピット黄斑症候群類似疾患でも網膜分離や網膜.離3)が認められることがあるため,鑑別が必要である.IIMTMの分類当院では網膜分離の範囲と合併病変の有無により分類する4)(表1).まず,網膜分離の範囲によって,S0(網膜分離なし),S1(中心窩以外の網膜分離),S2(中心窩内の網膜分離),S3(S2+S3でS4に至ってないもの),S4(黄斑全域の網膜分離)に分類し,さらに合併病変として黄斑前膜,硝子体黄斑牽引,黄斑部網膜.離,内層分層黄斑円孔,全層黄斑円孔,網膜萎縮の有無により分類する.黄斑部網膜.離についてはさらに,網膜分離のみの状態から,外層分層黄斑円孔を伴って黄斑部網膜.離に進行する4つのstageに分類する(図3)9).まず,黄斑部網膜分離のみの状態では網膜分離層の外側の網膜外層に異常はなく,次に黄斑部の網膜外層の乱れあるいは厚みの上昇が認められる(stage1).次に同部位に網膜外層の分層円孔が生じ(stage2),その後,この分層円孔が内方に拡大したようにみえ,網膜分離と.離は共存する(stage3).最後に分層円孔の端の網膜外層が網*NoriakiShimada:東京医科歯科大学大学院医学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕島田典明:〒113-8510東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医学総合研究科眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)1403 図1近視性牽引黄斑症の多彩なOCT所見図1近視性牽引黄斑症の多彩なOCT所見図2脈絡膜新生血管から生じた網膜.離表1近視性牽引黄斑症の東京医科歯科大学分類網膜分離の範囲による分類S1分離が中心窩外のみS2分離が中心窩内のみS3分離が中心窩含むが黄斑全体を含まないS4分離が黄斑全体に広がっている合併病変による分類M網膜前膜V硝子体黄斑牽引L黄斑内層分層円孔D網膜.離H全層黄斑円孔A網膜萎縮(文献4より改変して転載)膜内層にくっついてみえる状態となる(stage4).通常網膜分離のみの症例では視力低下の症状はないか軽微であり,合併病変を伴った症例で視力低下を自覚しやすい.III治療手術適応についての一定した概念はないが,MTMの症例には近視性脈絡膜新生血管や黄斑部網膜脈絡膜萎縮,視野障害,白内障を合併しているものも多く,これ1404あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(32) あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151405(33)な状態だけでなく,後極部の分層または全層裂孔の有無や位置,網膜前の増殖牽引の部位を把握する必要がある.手術治療は硝子体切除が広く行われ,おおむね良好らも総合的に評価し手術適応を検討すべきである.術前には黄斑全体,網膜血管アーケード周囲までのOCTをチェックし,全層黄斑円孔の有無を含めた中心窩の詳細abcd図3近視性牽引黄斑症における網膜分離から網膜.離の4つのstageStage1(a)では網膜外層の不整や上昇がみられ,stage2(b)では外層分層黄斑円孔が発症,stage3(c)では外層分層黄斑円孔周囲の網膜外層が上昇して分離と.離が円孔縁で共存する.その後stage4(d)では,分層円孔の端の網膜外層が網膜内層にくっついてみえる状態となる.(文献4より改変して転載)abc図4Stage2以上の進行性網膜.離(黄斑円孔網膜.離含む)を中心窩に伴ったOCTa:stage2,b:stage3,c:stage4の網膜.離.abcd図3近視性牽引黄斑症における網膜分離から網膜.離の4つのstageStage1(a)では網膜外層の不整や上昇がみられ,stage2(b)では外層分層黄斑円孔が発症,stage3(c)では外層分層黄斑円孔周囲の網膜外層が上昇して分離と.離が円孔縁で共存する.その後stage4(d)では,分層円孔の端の網膜外層が網膜内層にくっついてみえる状態となる.(文献4より改変して転載)abc図4Stage2以上の進行性網膜.離(黄斑円孔網膜.離含む)を中心窩に伴ったOCTa:stage2,b:stage3,c:stage4の網膜.離. 1406あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(34)な成績が報告されている5.7).黄斑プロンベや強膜短縮を併用もしくは単独で施行した報告もある.当院での手ab図5中心窩を除く内境界膜.離を硝子体切除に併用したほうが良いと思われる症例内層分層黄斑円孔+網膜.離(stage3)を伴う症例(a)と外層分層黄斑円孔と網膜.離(stage4)を伴う症例(b).図6網膜前膜や硝子体黄斑牽引を伴った近視性牽引黄斑症の症例図7全層黄斑円孔を伴った近視性牽引黄斑症の症例ab図5中心窩を除く内境界膜.離を硝子体切除に併用したほうが良いと思われる症例内層分層黄斑円孔+網膜.離(stage3)を伴う症例(a)と外層分層黄斑円孔と網膜.離(stage4)を伴う症例(b).図6網膜前膜や硝子体黄斑牽引を伴った近視性牽引黄斑症の症例図7全層黄斑円孔を伴った近視性牽引黄斑症の症例 –

近視性脈絡膜新生血管の診断と治療

2015年10月31日 土曜日

特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1397~1401,2015特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1397~1401,2015近視性脈絡膜新生血管の診断と治療TheDiagnosisandManagementofMyopicChoroidalNeovascularization佐柳香織*はじめに病的近視は日本における失明原因の5位であり,眼軸長延長に伴って近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)をはじめさまざまは合併症を生じる.本稿ではmCNVの診断と治療について基本的な事項を中心に述べる.ImCNVとはmCNVは病的近視に生じるCNVのことであり,CNVは網膜色素上皮上に存在する(2型CNV)ものがほとんどである.頻度は病的近視の5~10%とされている.一般的にmCNVは加齢黄斑変性のCNVより小型であり,中心窩下または傍中心窩下に存在し,少量の網膜下液を伴うとされている.正確な病態は未だ解明されていないが,mCNVの発生には眼軸長延長に伴うBruch膜の断裂(lacquercracks)や脈絡膜循環障害の関与が示唆されている.自然経過では自然退縮はまれであり,多くは黒い色素沈着を伴うFuchs斑を経て広範囲に網脈絡膜萎縮を形成し高度の視力障害をきたす(図1).過去の報告では,10年後に96.3%にCNV周囲の脈絡膜萎縮が発生し,視力が0.1以下になるとされている.IImCNVの診断病的近視を有する患者が,歪みや中心暗点を自覚した際に本疾患を疑う.診断には光干渉断層計(opticalFucks斑図1Fucks斑黄斑部に色素沈着した陳旧性のCNVを中心とした網脈絡膜萎縮(Fucks斑)を認める.このように萎縮が中心窩を巻き込むと高度な視力低下をきたたすことが多い.coherencetomography:OCT)と蛍光造影検査が重要である(図2,3).1.OCT病的近視眼では,網脈絡膜萎縮によって患者に自覚症状があっても,検眼鏡的には異常を認めないことが多い.最近のOCTは短時間で高解像度の網脈絡膜断層像*KaoriSayanagi:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕佐柳香織:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(25)1397 CNVCNVa:眼底写真では薄い黄斑CNV部の網膜下出血を認める.CNVCNV網膜下出血aced図2抗VEGF療法前のmCNVb:OCTでみると網膜色素上皮のラインの断裂とその部位より網膜下へ進展する隆起性病変(CNV)が確認できる.c,d:フルオレセイン造影検査(初期:c,後期:d)ではCNVが初bCNVLaquercracksf期より過蛍光として描出され,後期にかけて蛍光漏出を伴っていることがわかかる.e,f:インドシアニングリーン蛍光造影(初期:e,後期:f)では初期よりCNVの血管影が描出されている.後期にはBruch膜の断裂(lacquercracks)も認める.aCNVbf染のみを示し,鎭静化していることがわかかる.e,CNVCNVced図3抗VEGF療法後の経過(図2と同一症例)a:眼底写真では網膜下出血が消退している.b:OCTでみると網膜色素上皮と同様のラインCNVが囲い込まれているのがわかかる.c,d:フルオレセイン造影検査(初期:c,後期:d)ではCNVは組織f:インドシアニングリーン蛍光造影(初期:e,後期:f)では初期よりCNVの血管影ははっきりしない.後期のlacquercracksははっきり描出されている.を撮影できるので,CNVの有無の確認や治療後の効果判定に非常に重要である.OCTでは網膜色素上皮の断裂とそこから網膜へと進展するCNVが確認できる.通常mCNVは滲出性変化に乏しく,CNV周囲の網膜下1398あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015液や網膜浮腫は軽度であることが多い.また,網膜色素上皮.離はほとんどみられない.CNV自体が小型であるため,中心窩を通るラインスキャンのみではCNVをとらえられない場合もある.その場合は,3Dスキャン(26) 図4単純出血a:眼底写真では網膜下出血を認めるが,CNVの有無は明らかではない.b:OCTでは網膜下出血を示す高反射塊が網膜下にみられ,網膜色素上皮ラインは保たれているようにみえる.c:フルオレセイン造影検査では出血によるブロックのみであり,d,e:インドシアニングリーン蛍光造影(初期:d,後期:e)では出血を示す低蛍光の中にlacquercracksを示す線状の低蛍光を認める.網膜下出血Laquercracks網膜下出血abecd図5特発性脈絡膜新生血管a:眼底写真では網膜下出血,CNVを示す灰白色病変と,黄斑部を中心として広がる網膜下液の貯留を認める.b:OCTではCNVを示す隆起性病変とその上に網膜下出血を示す高反射塊がみられ,周囲には網膜下液を伴っているのがわかかる.c,d:フルオレセイン造影検査(初期:c,後期:d)ではCNVが後期にかけて旺盛な蛍光漏出を示す過蛍光として描出されている.e:インドシアニングリーン蛍光造影では出血を示す低蛍光の中にCNVを示す過蛍光を認める.CNVCNVCNVeabcd網膜下出血などを用いることによって,黄斑部全体を走査すると2.蛍光造影検査CNVをとらえられることがある.mCNVはいわゆるクラシック型CNVであるため,フルオレセイン蛍光造影では造影早期から明瞭な過蛍光を示し,時間経過とともに色素漏出がみられる.しかし,(27)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151399 1400あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(28)(PRN投与)に入る.治療の副作用,合併症としては硝子体注射に伴う感染や網膜.離などのほか,薬剤による副作用として血圧上昇や脳梗塞などの血管障害が報告されている.抗VEGF薬の催奇形性については明らかではないが,妊娠可能な年齢の女性には投与後3カ月は適切な避妊法を用いるように伝えておく.治療成績として,RADIANCE試験とMYRROR試験の2つの大規模臨床試験が行われている.RADIANCE試験(n=277)はmCNVに対するラニビズマブの有効性と安全性を検討した第III相,ランダム化,二重遮蔽,多施設共同,実薬対照試験である.現在の標準である1+PRN投与の場合,1年間の投与回数(中央値)は2回,平均視力は14.4文字の改善であり,光線力学的療法用いた群よりも有意に視力改善を得られた.MYRROR試験(n=121)はmCNVに対するアフルベルセプトRの有効性と安全性を検討した第III相,ランダム化,二重遮蔽,多施設共同,実薬対照試験である.アイリーアR投与群(1+PRN)では1年間の投与回数(中央値)は3回,平均視力は13.5文字の改善が得られ,sham群と比較し有意に視力改善が得られたと報告されている2).治療後の経過観察は非侵襲的検査であるOCTを用いることが多い(蛍光造影検査も適宜行う).CNVが鎭静化するとOCT上でCNVがRPE同様の高輝度ラインで囲い込まれることが多い(図3).また,CNVは滲出性変化に乏しいため,再発の判断にしばしば迷うことがある.患者の自覚の悪化ももちろん重要であるが,OCTでのCNVの囲い込みのラインの崩れが判断材料になることもある.現時点での抗VEGF薬の効果は非常に高いが,まだ10年を超える経過は明らかでない.CNV自体も長期フォローでは往々にして再発がみられる.再発率は文献により異なるが,2~3年で20~40%と考えられている.また,抗VEGF薬にはCNV周囲の萎縮拡大を抑制する効果はないので,長期経過では萎縮の進行により徐々に見えづらくなることがある.今後のさらなる治療の開発が待たれる.文献1)WolfS,BalciunieneVJ,LaganovskaGetal;RADIANCEStudyGroup.RADIANCE:Arandomizedcontrolled色素漏出は加齢黄斑変性のCNVより軽度であることが多い.インドシアニングリーン蛍光造影ではCNVの網目状過蛍光が観察されることがある.CNV周囲にリング状の低蛍光(darkrim),放射状やライン状の低蛍光(lacquercracks)もみられる.3.鑑別疾患鑑別疾患として重要なものは単純出血と特発性脈絡膜新生血管である.単純出血はmCNVと同様,病的近視を伴う眼に生じるCNVを伴わない網膜下出血である(図4).眼軸長延長に伴うBruch膜の断裂(lacquercracks)形成と関連があるとされている.一般に予後良好で経過観察のみで軽快する.鑑別は,フルオレセイン蛍光造影でCNVが描出されず,OCTでもCNVを疑う隆起性病変を認めないことでなされる.単純出血は多くが自然退縮し,良好な視力を得られるため,通常は経過観察のみを行う.特発性脈絡膜新生血管は若年発症の2型CNVで,病的近視を伴わないことが鑑別のポイントとなる(図5).また,フルオレセイン造影検査でもmCNVと比較して後期に旺盛な蛍光漏出を伴うのが特徴である.III治療mCNVの診断がつき次第,治療を開始する.過去には黄斑移動術や新生血管抜去術などの観血的加療が行われていたが,術後の凝固斑拡大やCNV再発が問題となり現在ではほとんど行われていない.また,網膜光凝固や光線力学療法などのレーザー治療も,凝固斑拡大が生じるため現在では禁忌と考えてよい.治療の中心は抗VEGF薬の硝子体注射による薬物治療である.わが国ではラニビズマブ(ルセンティスR)とアフリベルセプト(アイリーアR)が保険適用を受けている.硝子体注射の手順としては,点眼麻酔後,ポピヨンヨードを用いて眼瞼周囲と眼表面を消毒し,抗VEGF薬を角膜輪部から3~3.5mmの部位より30G(ゲージ)針を用いて硝子体内投与する.術後は注射当日のみ眼帯をし,翌日より抗菌薬点眼を3日~1週間程度行う.加齢黄斑変性に対する抗VEGF療法と異なり,mCNVでは初回1回のみの注射の後,すぐに維持期 あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151401(29)investigators.Intravitrealafliberceptinjectioninpatientswithmyopicchoroidalneovascularization:TheMYRRORStudy.Ophthalmology122:1220-1227,2015studyofranibizumabinpatientswithchoroidalneovascu-larizationsecondarytopathologicmyopia.Ophthalmology121:682-692,e2,20142)IkunoY,Ohno-MatsuiK,WongTYetal;MYRROR

後部ぶどう腫と網膜脈絡膜萎縮

2015年10月31日 土曜日

特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1389~1395,2015特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1389~1395,2015後部ぶどう腫と網膜脈絡膜萎縮PosteriorStaphylomaandChorioretinalAtrophy森山無価*はじめに病的近視眼の本態は眼球形状変化である.眼球は正視の状態であればほぼ球状の形態をしているが,近視の進行とともに眼球の前後の延長や,また一部の眼球後部の突出が生じる.これらの眼球形状変化によって強膜および網脈絡膜の菲薄化をきたし,種々の近視性病変の進行の重要な要因となる.本稿では最新の画像診断法を用いた病的近視眼の後部ぶどう腫の診断およびその分類,また近視性病変の代表である網脈絡膜萎縮について概説する.I後部ぶどう腫病的近視眼では近視進行とともに眼軸延長や後部ぶどう腫の形成が生じる(図1).とくに後部ぶどう腫の形成により眼球は著しく球状から逸脱した状態になる.後部ぶどう腫の診断についてはこれまで検眼鏡的な所見あるいは超音波を用いた方法しかなかった.しかしながら,近年の画像診断法の進歩によって眼球形状をより俯瞰的にとらえることが可能になった.また,後部ぶどう腫の分類についても近年の画像診断を用いて,より病態に則した分類法が報告されている.1.定義後部ぶどう腫は眼球後部の形状変化であるが,統一された具体的な定義はこれまで提示されていなかった.近年,Spaideによって後部ぶどう腫の定義が報告され,それによると,後部ぶどう腫は「眼球後部にある異なる曲率をもった突出」,とされている(図2c).さらに大野らは,異なる曲率をもたずに鼻側に偏って突出した形状変化も併せて後部ぶどう腫と定義している(図2d)1,2).2.3DMRIによる診断これまで,眼球形状を全体的に把握するためには眼球を摘出するしか方法がなかったが,近年のMRI技術の進歩により,3DMRIを用いて眼球を三次元的に観察することが可能となった.この方法により,眼球を任意の方向から観察することが可能になった3).3DMRIによって病的近視眼の後部ぶどう腫が明瞭に描出される.正視眼の眼球はほぼ球状であるのに対し(図3a),病的近視眼では眼球後部が大きく突出しており,後部ぶどう腫の存在が明らかである(図3b).3.分類a.Curtin分類従来は検眼鏡的な眼底観察による分類が行われてきた.Curtinによって後部ぶどう腫の形状は10種類に分類され(図4)4),基本型はtypeI~Vに分類され,typeIは視神経乳頭を越えて広く存在する後部ぶどう腫,typeIIは後極部の後部ぶどう腫,typeIIIは視神経乳頭周囲に存在する後部ぶどう腫,typeIVは鼻側に存在する後部ぶどう腫,typeVは下方に広がる後部ぶどう腫*MukaMoriyama:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕森山無価:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)1389 1390あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(18)~39歳では9%に対して,40~59歳では29%,60歳以上では34%と40歳以上で頻度が上昇する.b.新分類大野らは3DMRI,広角眼底撮影を用いてCurtin分類を詳細に検討し,単純化した再分類を報告した.それによると,Curtin分類のtypeIを「広域で黄斑を含む後部ぶどう腫」(図5),typeIIを「狭域で黄斑を含む後部ぶどう腫」(図6),typeIIIを「視神経乳頭周囲後部ぶどう腫」(図7),typeIVを「鼻側後部ぶどう腫」(図8),typeVを「下方ぶどう腫」(図9)と再定義し,それに「その他」を加えた6型と分類している.Curtin分類の複合型にあたるtypeVI~Xはすべて「広域で黄斑を含む後部ぶどう腫」に統合されている(表1)6).II網脈絡膜萎縮近視性網脈絡膜萎縮は,びまん性網脈絡膜萎縮と限局性網脈絡膜萎縮に大別される.おおむね検眼鏡的に診断である.typeVI~XはtypeI~Vが組み合わさった複合型である.年齢とともに形状が変化することもしばしばみられる(とくにtypeIIからtypeIX)5).後部ぶどう腫の頻度は眼軸長とともに増加し,Curtinの報告によると,眼軸長26.5~27.4mmでは1.4%であるが,33.5~36.6mmでは71.4%であった.また,年齢も後部ぶどう腫の頻度と関係しており,20歳未満では7%,20r1r2abcd図2後部ぶどう腫のシェーマbの状態では眼球後部は単一の曲率半径(r1)しか存在ないので後部ぶどう腫には至っていない.cでは眼球後部にもう一つの曲率半径(r2)が存在し,後部ぶどう腫と定義される.dでは眼球後部に複数の曲率は存在しないが,大きく鼻側に偏位した形状を呈しており,これも後部ぶどう腫と定義される.(文献6より引用)abc図1後部ぶどう腫の形成球状を呈する眼球(a)から近視の進行とともに,眼軸の延長(b),さらに後部ぶどう腫の形成(c)が生じる.ab図33DMRIで撮影し,側方から観察した眼球r1r2abcd図2後部ぶどう腫のシェーマbの状態では眼球後部は単一の曲率半径(r1)しか存在ないので後部ぶどう腫には至っていない.cでは眼球後部にもう一つの曲率半径(r2)が存在し,後部ぶどう腫と定義される.dでは眼球後部に複数の曲率は存在しないが,大きく鼻側に偏位した形状を呈しており,これも後部ぶどう腫と定義される.(文献6より引用)abc図1後部ぶどう腫の形成球状を呈する眼球(a)から近視の進行とともに,眼軸の延長(b),さらに後部ぶどう腫の形成(c)が生じる.ab図33DMRIで撮影し,側方から観察した眼球 あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151391(19)TypeⅠTypeⅡTypeⅢTypeⅣTypeⅤTypeⅥTypeⅦTypeⅧTypeⅨTypeⅩ図4Curtin分類(文献4より引用)ab図5後部ぶどう腫typeIa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を側方から観察.ab図6後部ぶどう腫typeIIa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を側方から観察.TypeⅠTypeⅡTypeⅢTypeⅣTypeⅤTypeⅥTypeⅦTypeⅧTypeⅨTypeⅩ図4Curtin分類(文献4より引用)ab図5後部ぶどう腫typeIa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を側方から観察.ab図6後部ぶどう腫typeIIa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を側方から観察. 1392あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(20)ab図7後部ぶどう腫typeIIIa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を下方から観察.ab図8後部ぶどう腫typeIVa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を下方から観察.ab図9後部ぶどう腫typeVa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を側方から観察.ab図7後部ぶどう腫typeIIIa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を下方から観察.ab図8後部ぶどう腫typeIVa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を下方から観察.ab図9後部ぶどう腫typeVa:広角眼底写真.b:3DMRI.眼球を側方から観察. 表1後部ぶどう腫の新分類type後部ぶどう腫の範囲対応するCurtin分類I広域で黄斑を含むtypeI,typeVI~XII狭域で黄斑を含むtypeIIIII視神経乳頭周囲typeIIIIV鼻側typeIVV下方typeVその他上記以外眼底後極部全体に拡がる黄色の病変を認める.a可能であるが,詳細な病態の把握には眼底自発蛍光やフルオレセイン蛍光造影(fluoresceinangiography:FA),インドシアニングリーン蛍光造影(indocyaninegreenangiography:IA),光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)などの画像診断が有用である.1.びまん性網脈絡膜萎縮びまん性網脈絡膜萎縮は病的近視眼に高頻度で認められ,比較的初期の段階で生じる.びまん性萎縮病変は網膜色素上皮,脈絡膜毛細血管の部分的な萎縮と考えられており,この病変だけでは高度の視力障害をきたすことは少ない.検眼鏡的には境界不明瞭な後極部の黄色病変としてとらえられる(図10).OCTでは網膜の層構造は保たれているが,脈絡膜の菲薄化はすでに生じていることが多い(図11).2.限局性萎縮病変限局性萎縮病変は脈絡膜毛細血管の完全閉塞によって生じる.病変部位は絶対暗点となるが,この病変は黄斑(21)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151393図10びまん性萎縮病変の眼底写真図11びまん性萎縮病変のOCT網膜の層構造は保たれているが,著明に脈絡膜の菲薄化が生じている.b図12限局性萎縮病変a:眼底写真.後極部下方に境界明瞭な白色の萎縮病変を認める(.).b:眼底自発蛍光像.同部位は境界明瞭な低自発蛍光を呈する. 1394あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(22)位より過蛍光を呈していく(図13a,b).IAでは後期になるにつれてより明瞭化する低蛍光としてとらえられる(図14).OCTでは網膜は菲薄化し,網膜内層は不鮮明となる.また,網膜菲薄化のため萎縮部位での強膜の輝度が強くなる(図15).しばしば限局性萎縮病変の境界部位に脈絡膜血管新生(choroidalneovascularization:CNV)が生じることもあるので注意が必要である7).おわりに病的近視眼の後部ぶどう腫および代表的な近視性眼底部から離れる方向に拡大する傾向にあるため,中心視力が障害されることは少ない.検眼鏡的には境界明瞭な白色病変としてとらえられる(図12a).眼底自発蛍光では境界明瞭な低蛍光を呈する(図12b).FAでは早期ではchoroidalfillingdefectによる低蛍光を呈し,後期になると病変周囲の脈絡膜毛細管板からの色素漏出と網膜色素上皮萎縮によるwindowdefectが加わり,辺縁部ab図13限局性萎縮病変のFAGa:早期.choroidalfillingdefectによる低蛍光を呈する.b:後期.辺縁部位から過蛍光となっていく.図14限局性萎縮病変のIA萎縮部位は明瞭に低蛍光部位としてとらえられる.図15限局性萎縮病変のOCT矢頭の範囲が萎縮病変.同範囲は網膜が菲薄化し,網膜内層が不鮮明となっている.強膜の輝度も強くなっている.ab図13限局性萎縮病変のFAGa:早期.choroidalfillingdefectによる低蛍光を呈する.b:後期.辺縁部位から過蛍光となっていく.図14限局性萎縮病変のIA萎縮部位は明瞭に低蛍光部位としてとらえられる.図15限局性萎縮病変のOCT矢頭の範囲が萎縮病変.同範囲は網膜が菲薄化し,網膜内層が不鮮明となっている.強膜の輝度も強くなっている. -

病的近視の遺伝子解析

2015年10月31日 土曜日

特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1383~1387,2015特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1383~1387,2015病的近視の遺伝子解析GeneticStudiesofPathologicMyopia山城健児*はじめに近視の発症には近見作業などの環境因子と遺伝的な要素が関与していると考えられており,その原因の7割程度は遺伝的なものであることがわかっている.1998~2008年頃には,近視の遺伝病的な背景に着目した連鎖解析が精力的に行われた.その結果,近視発症にかかわると考えられる遺伝子座位が多数発表された(表1)が,近視発症にかかわる遺伝子の発見にまではつながらなかった.2005年頃にはヒトゲノム計画も終了し,遺伝子解析の手技も大幅に進歩したことから,ゲノムワイド関連解析がさかんに行われるようになった.近視を対象にしたゲノムワイド関連解析は,病的近視を対象としたcase-controlstudyと,一般人コホートを用いて屈折度数にかかわる遺伝子を探すQTL(quantitativetraitlocus)analysisに分けられる.前者はおもにアジア人で,後者はおもに白人で研究が行われている.本稿では2005年以降の近視ゲノム研究について,近視研究と病的近視研究とに分けて紹介する.I近視のゲノム研究1.白人を対象とした近視のゲノムワイド関連解析a.単施設ゲノムワイド関連解析2010年にオランダ人5,328人のコホートを用いて屈折度数にGJD2が有意な関連を示すことが発表された1).同時にイギリスでは4,270人のコホートを用いてRAS表1連鎖解析によって発見された近視発症にかかわる遺伝子座位MYP1Xq28MYP218p11.31MYP312q21-q23MYP47q36MYP517q21-q22MYP622q12MYP711p13MYP83q26MYP94q12MYP108p23MYP114q22-q27MYP122q37.1MYP13Xq23-q25MYP141p36MYP1510q21.2MYP165p15.33-p15.2MYP177p15MYP1814q22.1-q24.2GRF1が近視度数に関連をもっていることが発見された2).この2つの研究ではそれぞれのコホートでそれぞれが発見した遺伝子が本当に屈折度数に関連を示しているかを検証できており,GJD2とRASGRF1が白人の近視発症にかかわっていることは間違いないと考えられる.b.23andMeによるゲノムワイド関連解析23andMe社は,創業者がGoogle社の創業者と夫婦であることでも有名な民間遺伝子検査会社で,2015年6*KenjiYamashiro:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕山城健児:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(11)1383 表2白人を中心としたゲノムワイド関連解析で発見された近視感受性遺伝子CREAM23andMeDiscovery(Caucasian)Replication(Asian)Caucasian+AsianDiscovery(Caucasian)Replication(Caucasian)p<5×10.8p<0.05p<5×10.8p<5×10.8p<0.05PRSS56○○○○LAMA2○○○○TOX○○○○RDH5○○○○GJD2○○○○RASGRF1○○○×SHISA6○○○○KCNQ5○○○×RBFOX1○○○×TJP2×○○×BICC1○○△×CD55○○ZMAT4○○GRIA4○○SIX6○○LOC100506035○○PTPRR×○BMP2×○ZIC2○×○○BMP3○×○○MYO1D○×△×CACNA1D○×CHRNG○×CHD7○×RORB○×CYP26A1○×PCCA○×KCNJ2○×CNDP2○×△はp値が5×10.8以上1×10.6未満.月現在で100万人以上の顧客のゲノムデータと個人データを所有している.2013年には45,771人のデータを活用してゲノムワイド関連解析を行い,複数の遺伝子が近視の発症にかかわっていることを発見した3)(表2).この結果は8,323人のデータで検証もなされている.1384あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015c.多施設ゲノムワイド関連解析近視のゲノムワイド関連解析には多数のサンプルを使用する必要があることが判明してきたため,2013年にはCREAMというコンソーシアムが形成された.このコンソーシアムには多くの白人サンプルを所有する施設(12) あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151385(13)証が十分に行われていない.日本人では長浜コホートの3,712人のデータを用いた検証が行われており,10程度の遺伝子が白人とアジア人に共通した近視感受性遺伝子と考えられそうである6)(表3).2.アジア人を対象とした近視のゲノムワイド関連解析アジア人を対象にした屈折度数のゲノムワイド関連解析では,まだ有意な関連が証明できた遺伝子はない.II病的近視のゲノム研究病的近視はアジア人に多いため,病的近視を対象にしたゲノム研究はおもにアジア人を中心に行われてきている.病的近視を対象にしたゲノム研究は,近視の感受性遺伝子として発見された遺伝子が病的近視の発症にも関与しているかどうかを検証する研究と,ゲノムワイド関連解析による新たな感受性遺伝子の発見をめざす研究とと,一部のアジア人サンプルを所有する施設が参加している.CREAMに参加した複数の施設が所有するコホートデータを用いたゲノムワイド関連解析をメタ解析することによって,30ほどの遺伝子が近視の発症にかかわっている可能性がわかった4).この研究では再現性の確認が取れていないものが多いが,この研究によって発見された遺伝子のうち,多くが23andMeの研究結果と一致しており,一致していた遺伝子については近視の感受性遺伝子である可能性が高いと考えられる(表2).CREAMでは眼軸長に関するゲノムワイド関連解析も行われた5).GJD2,LAMA2,CD55,ZC3H11B,RSPO1,ZNRF1,ALPPL2,C3orf26,TIMELESS/MIP/SPRYD4/GLS2が眼軸長との有意な関連を示しており,再現性の検証研究が待たれている.d.アジア人での再検証白人を中心にした研究で発見された遺伝子がアジア人の近視発症にもかかわっているかどうかについては,検表3白人とアジア人に共通した近視感受性遺伝子CREAM23andMeJapaneseCaucasianAsianCaucasian+AsianDiscovery(Caucasian)Replication(Caucasian)p<5×10.8p<0.05p<5×10.8p<5×10.8p<0.05p<0.05GJD2○○○○○RASGRF1○○○×○KCNQ5○○○×○BICC1○○△×○CD55○○○GRIA4○○○BMP2×○○CYP26A1○×○LRRC4C○○○QKI△○○BMP4○×○SFRP1○×○SH3GL2/(ADAMTSL1)△×○B4GALNT2△×○EHBP1L1△×○△はp値が5×10.8以上1×10.6未満.表3白人とアジア人に共通した近視感受性遺伝子CREAM23andMeJapaneseCaucasianAsianCaucasian+AsianDiscovery(Caucasian)Replication(Caucasian)p<5×10.8p<0.05p<5×10.8p<5×10.8p<0.05p<0.05GJD2○○○○○RASGRF1○○○×○KCNQ5○○○×○BICC1○○△×○CD55○○○GRIA4○○○BMP2×○○CYP26A1○×○LRRC4C○○○QKI△○○BMP4○×○SFRP1○×○SH3GL2/(ADAMTSL1)△×○B4GALNT2△×○EHBP1L1△×○△はp値が5×10.8以上1×10.6未満. 1386あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(14)ていることが示され13),また,日本,シンガポール,香港,中国の共同研究では1,603人の病的近視患者を対象としたゲノムワイド関連解析で,ZFHX1BとSNTB1が病的近視の発症に関与していることが示された14).b.眼軸長に関するゲノムワイド関連解析アジア人を対象にして眼軸長に関するQTLanalysisを行った報告は2報ある.1報はシンガポール人サンプルを使用したもので,もう1報は日本人サンプルを使用した報告である.どちらも病的近視の発症に関与する遺伝子が発見されたという報告をしている.2012年にはシンガポール人4,944人を対象にした研究でZC3H11Bが病的近視の発症に関与していることが明らかとなり,2015年には日本人3,710人を対象にした研究でWNT7Bが病的近視の発症に関与していることが明らかとなった15).ZC3H11Bについては前述のCREAMによる多施設ゲノムワイド関連解析のメタ研究でも眼軸長との関連が証明されており5),その関連は間違いないようである.WNT7Bについては中国系シンガポール人や白人でも有意な関連を示していることが示されており,WNT7Bは人種にかかわらず,近視の発症に関与していると考えてよさそうである.さらにWNT7BはGJD2と相互作用をもっていることも判明しており,両方の遺伝子にリスクをもっているとさらに近視が発症しやすくなることが示されている.この相互作用は白人では認められておらず,このことがアジア人の近視罹患率が高く,白人ではアジア人ほど高くない原因のひとつなのかもしれない.3.近視感受性遺伝子と病的近視感受性遺伝子近視患者のすべてが病的近視になるわけではなく,近視から病的近視に進行するためには単なる近視発症の機序とは異なる機序を要するものなのか,単純に近視が徐々に進行すると病的近視になるのかは現時点ではわかっていない.これまでのゲノム研究によって,近視の発症に関与する遺伝子(近視感受性遺伝子)と病的近視の発症に関与する遺伝子(病的近視感受性遺伝子)が発見されつつある.しかし,まだ近視感受性遺伝子と病的近視感受性遺伝子が同じであるのか異なっているのかにつに分けられる.いずれの研究でも,病的近視群とコントロール群とのgenotypeの違いを検討するcase-controlstudyが多く,これまでに病的近視の発症にかかわる遺伝子が複数発見されてきている.1.近視感受性遺伝子と病的近視との関連GJD2,RASGRF1,ZIC2,SHISA6については,近視だけではなく病的近視の発症にも有意な関連を示すことが日本人のコホートを使った研究で明らかとなっている7,8).2.病的近視のゲノムワイド関連解析a.病的近視とコントロールを用いたcase.controlstudy2009年には病的近視を対象にしたゲノムワイド関連解析が初めて報告された9).日本人830人の病的近視患者を対象とした研究で,BLID/LOC399959が病的近視の発症にかかわる可能性が示されたが,その後に再検証を行った他施設の研究では再現性が証明できておらず,BLID/LOC399959は病的近視の発症には大きな影響をもっていないのかもしれない.2011年にはシンガポールで病的近視患者287人を対象とした研究が行われ,CTNND2が病的近視の発症にかかわっている可能性が発表された10).このCTNND2については再現性を確認できたとしている報告があり,病的近視の発症に関与していると考えても良いのかもしれない.また,中国では病的近視患者102人を対象としたゲノムワイド関連解析11)と病的近視患者419人を対象としたゲノムワイド関連解析12)も行われており,それぞれ4q25とMIPEP/C1QTNF9B(AS1)が病的近視の発症にかかわっている可能性があることを発表している.この4q25とMIPEP/C1QTNF9B(AS1)については追試による再現性の確認も取れており,病的近視の発症に関連していると考えて良さそうである.しかし,4q25については,発見された一塩基多型の近傍に遺伝子がないために,どの遺伝子が病的近視の発症に関与しているのかはまだ明らかではない.2013年には中国の665人の病的近視患者を対象とした研究でVIPR2とSNTB1が病的近視の発症に関与し 表4病的近視感受性遺伝子表5近視・病的近視の発症機序GJD2RASGRF1ZIC2SHISA6CTNND24q25MIPEP/C1QTNF9B(AS1)SNTB1ZC3H11BWNT7B細胞外マトリックスLAMA2眼球の発生PRSS56神経節細胞の発生ZIC2,ZMAT4/SFRP1網膜内シナプスGJD2,TJP2,RASGRF1,KCNQ5,GRIA4,RBFOX1WNT経路WNT7B,CTNND2レチノイド回路RDH5DNA/RNA修飾TOX,RBFOX1,BICC1補体経路CD55,C1QTNF9B(AS1)いては断言できる段階にない.表4に病的近視感受性遺伝子と考えられる遺伝子をまとめた.これをみると,表2,表3の近視感受性遺伝子とは異なるものが多いように感じられる.さらなる研究が必要であるが,近視と病的近視には異なる発症機序があるのかもしれない.おわりにこれまでに発見された近視およ病的近視の発症にかかわる遺伝子をその作用機序ごとに分類してみると表5のようになる.近視に関するゲノム研究はまだまだ発表されてくると考えられ,数年以内に近視の発症機序が解明されていくものと思われる.文献1)SoloukiAM,VerhoevenVJ,vanDuijnCMetal:Agenome-wideassociationstudyidentifiesasusceptibilitylocusforrefractiveerrorsandmyopiaat15q14.NatGenet42:897-901,20102)HysiPG,YoungTL,MackeyDAetal:Agenome-wideassociationstudyformyopiaandrefractiveerroridentifiesasusceptibilitylocusat15q25.NatGenet42:902-905,20103)KieferAK,TungJY,DoCBetal:Genome-wideanalysispointstorolesforextracellularmatrixremodeling,thevisualcycle,andneuronaldevelopmentinmyopia.PLoSGenet9:e1003299,20134)VerhoevenVJ,HysiPG,WojciechowskiRetal:Genomewidemeta-analysesofmultiancestrycohortsidentifymultiplenewsusceptibilitylociforrefractiveerrorandmyopia.NatGenet45:314-318,20135)ChengCY,SchacheM,IkramMKetal:Ninelociforocularaxiallengthidentifiedthroughgenome-wideassociationstudies,includingsharedlociwithrefractiveerror.AmJHumGenet93:264-277,20136)YoshikawaM,YamashiroK,MiyakeMetal:Comprehensivereplicationoftherelationshipbetweenmyopia-relatedgenesandrefractiveerrorsinalargeJapanesecohort.InvestOphthalmolVisSci55:7343-7354,20147)HayashiH,YamashiroK,NakanishiHetal:Associationof15q14and15q25withhighmyopiainJapanese.InvestOphthalmolVisSci52:4853-4858,20118)OishiM,YamashiroK,MiyakeMetal:AssociationbetweenZIC2,RASGRF1,andSHISA6genesandhighmyopiainJapanesesubjects.InvestOphthalmolVisSci54:7492-7497,20139)NakanishiH,YamadaR,GotohNetal:Agenome-wideassociationanalysisidentifiedanovelsusceptiblelocusforpathologicalmyopiaat11q24.1.PLoSGenet5:e1000660,200910)LiYJ,GohL,KhorCCetal:Genome-wideassociationstudiesrevealgeneticvariantsinCTNND2forhighmyopiainSingaporeChinese.Ophthalmology118:368-375,201111)LiZ,QuJ,XuXetal:Agenome-wideassociationstudyrevealsassociationbetweencommonvariantsinanintergenicregionof4q25andhigh-grademyopiaintheChineseHanpopulation.HumMolGenet20:2861-2868,201112)ShiY,QuJ,ZhangDetal:Geneticvariantsat13q12.12areassociatedwithhighmyopiaintheHanChinesepopulation.AmJHumGenet88:805-813,201113)ShiY,GongB,ChenLetal:Agenome-widemeta-analysisidentifiestwonovellociassociatedwithhighmyopiaintheHanChinesepopulation.HumMolGenet22:23252333,201314)KhorCC,MiyakeM,ChenLJetal:Genome-wideassociationstudyidentifiesZFHX1Basasusceptibilitylocusforseveremyopia.HumMolGenet22:5288-5294,201315)MiyakeM,YamashiroK,TabaraYetal:Identificationofmyopia-associatedWNT7Bpolymorphismsprovidesinsightsintothemechanismunderlyingthedevelopmentofmyopia.NatCommun6:6689,2015(15)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151387

病的近視の疫学

2015年10月31日 土曜日

特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1375.1382,2015特集●病的近視あたらしい眼科32(10):1375.1382,2015病的近視の疫学EpidemiologyofPathologicMyopia川崎良*I失明原因としての屈折異常,とくに近視の重要性世界中で1億5300万人が屈折異常のために日常生活において視力障害の状態にあると推計されており,近視は失明対策の重要な課題の一つである1).眼科診療においては「矯正視力」が良好であることを重要と考えることが多く,屈折異常は眼鏡やコンタクトレンズ,屈折矯正手術で「矯正できる」視力障害であるとして軽視しがちである.しかし,屈折異常の診断がなされていない,眼鏡・コンタクトレンズなど屈折矯正の手段が利用できない,あるいは利用されていない状況下では近視が視力障害の重要な原因となる.2011年3月11日,東日本大震災後に被災地において眼科医療支援を行った東北大学眼科の活動報告によれば,被災者の主訴の44.1%は眼鏡・コンタクトレンズがない,といった屈折異常に関する訴えであった2).また,介護老人保健施設における眼疾患に関する調査では,在宅医療の前段階である施設入居者29例(平均年齢84.6歳)の眼鏡装用率は21%と低く,平均裸眼視力は0.1程度であった3).わが国では,屈折異常があっても容易に矯正視力を得ることができる環境が整っているとはいえるが,このように思いがけない形で屈折矯正が困難となる,あるいは十分になされない状況が起こりうる.さらに,近視に伴い斜視,白内障4)から網膜病変や緑内障5)など不可逆的な視力障害に至る疾患の危険が高まることも知られている(図1)6).55歳の時点での屈折異常の状態を元にして85歳時点での視力障害の危険を検討した報告では,55歳時の屈折状態が正視眼である場合に比べて,.6Dより強い病的近視では視力障害をもつ危険は3.4倍,.10Dより強い病的近視では22倍にも上るとの報告もある7).一般住民を対象とした疫学研究である多治見スタディでは近視性黄斑変性が失明原因の3位であり,片眼性失明の原因疾患としては第1位で近視病的近視斜視眼球運動障害白内障周辺部網膜病変・格子状網膜変性・網膜裂孔・裂孔原性網膜.離緑内障黄斑部網膜病変・硝子体黄斑牽引・黄斑網膜分離・近視性黄斑円孔・近視性黄斑症図1近視,病的近視と関連がある眼疾患*RyoKawasaki:山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座〔別刷請求先〕川崎良:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)1375 あった8).II近視,病的近視の有病率の増加文部科学省学校保健統計調査報告書によれば学校検診における「裸眼視力1.0未満のもの」は年々増加しており9),その原因となる屈折異常の内訳に占める「近視」および「近視性乱視」の割合は小学生で約46%,中学生で約73%,高等学校生で約91%である10).台湾において1983.2000年にかけて行われた学童期の年齢別近視有病率は,全年齢層において1990年代に入って増えていること,また病的近視についても1995年と2000年においては13歳以降の有病率が高くなっていることがわかる(図2)11).近視の有病率は成人でも増加し,また地域も決して日本をはじめとする東アジアに限ったものではない.ヨーロッパ諸国の疫学研究のメタ研究EuropeEyeEpidemiology(E3)Consortium12)では,1910.1939年生まれの群に比べて1940.1979年生まれの群では,50.79歳での近視(.0.75D以下)の年齢調整有病率は17.8%から23.5%に増加していた.米国NationalHealthandNutritionExaminationSurvery(NHANES)でも1971.1972年の調査と比べて1999.2004年の調査では,12.54歳の近視有病率は25%から41.6%に大幅に上昇していた13).100901983(<-0.25D)801986(<-0.25D)701990(<-0.25D)有病率(%)789101112131415161718III近視の有病率における人種差,地域差近視は日本,中国,台湾,シンガポールなど東アジアにおいてとくに有病率が高いと考えられている.米国の白人,アフリカ系ではアメリカ人,ヒスパニック,中国系アメリカ人を対象としたMulti-EthnicStudyofAtherosclerosis(MESA)研究では,近視の有病率のオッズは比白人に比べて,中国系アメリカ人で1.64倍と高く,逆にアフリカ系アメリカ人では0.79倍,ヒスパニックでは0.61倍と低かった14).マレー系,インド系,中国系のシンガポール人を対象とした疫学研究では,近視の有病率がより若い世代で高くなり,かつマレー系に比べて中国系では近視,病的近視の有病率のオッズ比がそれぞれ2.04倍,1.84倍と有意に高かった15).その一方で,先に述べたように米国や欧州でも近視の有病率は高くなってきており,もはや近視の有病率はアジア人と白人との間で大きな差がなくなっている可能性を指摘する研究もある16).ただ,病的近視については今なおアジア人に多いようである.MESA研究では病的近視有病率のオッズ比は,白人に比べ中国系アメリカ人で3.33倍と有意に高く,近視における関連より強いことが示唆されている(図3)14).これまでに報告のある病的近視(<.5Dあるいは<.6Dと定義)の有病率9,17.34)を図4にまとめた.年齢で標準化していないため,直接比較はできないもののやはり病的近視の有病率はアジ5*p<0.05460504030201001995(<-0.25D)2000(<-0.25D)1983(<-6.0D)1986(<-6.0D)1990(<-6.0D)1995(<-6.0D)2000(<-6.0D)3.33*110.770.630123調整済みオッズ比1.64*0.79*0.61*年齢(歳)図2台湾における学童期の近視(<-0.25D)および病的近視病的近視■白人■中国系アメリカ人■アフリカ系アメリカ人■ヒスパニック近視(<-6.0D)の有病率の時代比較図3米国4人種における近視および病的近視の有病率の差(文献11より抜粋して改変)(文献14を元に作成)1376あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(4) あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151377(5)IV近視の環境,生活習慣における危険因子・保護因子SydneyMyopiaStudyは「両親とも近視ではない子ア,とくに東アジアで高いようである.03691215BaltimoreEyeSurvey(米国・アフリカ系)BlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・ヒスパニック)LosAngelesLatinoEyeStudy(米国・ヒスパニック)ProyectVER(米国・ヒスパニック)MelbourneVIP(オーストラリア)BaltimoreEyeSurvey(米国・白人)EuropeanEyeEpidemiology(E3)Consortium(欧州15研究)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・黒人)BeaverDamEyeStudy(米国・白人)RotterdamEyeStudy(オランダ)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・白人)Sumatra(インドネシア)HandanEyeStudy(中国)Mongolia(モンゴル)BangladeshiNationalSurvery(バングラディッシュ)ShihpaiEyeStudy(台湾)SingaporeMalayEyeStudy(マレー系シンガポール人)YazdEyeStudy(イラン)BeijingEyeStudy(中国)久山町研究(日本)SingaporeIndianEyeStudy(インド系シンガポール人)多治見研究(日本)MeiktilaEyeStud(ミャンマー)SingaporeEpidemiologyofEyeDiseaseStudy(シンガポール)TanjongPagoarStudy(シンガポール)舟形町研究(日本)(Unpublisheddata)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・中国系)1.81.82.42.52.53.13.84.05.42.02.73.03.95.74.16.58.28.49.111.80.91.92.70.81.52.42.32.63.64.95.56.517189191818172091818921222324252627282930313233349<-6D<-5D図4成人の病的近視の有病率(%)03691215BaltimoreEyeSurvey(米国・アフリカ系)BlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・ヒスパニック)LosAngelesLatinoEyeStudy(米国・ヒスパニック)ProyectVER(米国・ヒスパニック)MelbourneVIP(オーストラリア)BaltimoreEyeSurvey(米国・白人)EuropeanEyeEpidemiology(E3)Consortium(欧州15研究)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・黒人)BeaverDamEyeStudy(米国・白人)RotterdamEyeStudy(オランダ)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・白人)Sumatra(インドネシア)HandanEyeStudy(中国)Mongolia(モンゴル)BangladeshiNationalSurvery(バングラディッシュ)ShihpaiEyeStudy(台湾)SingaporeMalayEyeStudy(マレー系シンガポール人)YazdEyeStudy(イラン)BeijingEyeStudy(中国)久山町研究(日本)SingaporeIndianEyeStudy(インド系シンガポール人)多治見研究(日本)MeiktilaEyeStud(ミャンマー)SingaporeEpidemiologyofEyeDiseaseStudy(シンガポール)TanjongPagoarStudy(シンガポール)舟形町研究(日本)(Unpublisheddata)Multi-EthnicStudyofAtherosclerosis(米国・中国系)1.81.82.42.52.53.13.84.05.42.02.73.03.95.74.16.58.28.49.111.80.91.92.70.81.52.42.32.63.64.95.56.517189191818172091818921222324252627282930313233349<-6D<-5D図4成人の病的近視の有病率(%) 1378あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(6)量の指標とすると,近視の有病率と負の関連がみられることが報告されている39).同研究では,近視と血清25(OH)D3濃度の関係についても報告しており,年齢,性別,人種,両親の近視,教育歴,眼部の太陽光暴露指標で調整したうえでも血清25(OH)D3濃度50nmol/l未満では50nmol/l以上に比べて2倍近視を有する危険が高かった40).同様に韓国の全国規模の健康栄養調査KoreaNationalHealthandNutritionExaminationSurvey(KNHANES)の報告によると,病的近視の有病率は血清25(OH)D濃度の上位1/3に属するとは下位1/3に属するのに比べて約半分であった41).屋外活動時間と近視の関連はその他の研究42)でも確認されており,現在では屋外活動を増加させるという介入によって近視の予防につなげようとする試みもある.台湾では学校単位で休み時間を屋外で過ごすプログラムを導入し,1年で非近視眼においては屈折度数の近視化を0.18D(95%信頼区間0.03.0.33D)抑制することができたと報告している43).韓国の健康調査KNHANES2008.2012では12.19歳の3,625人を対象として,睡眠時間と近視の関係を調べている.それによると,睡眠時間が短いことが近視の有病率と関連しており,屈折は睡眠時間1時間あたり+0.1D大きく,睡眠時間が9時間より長い場合には,5時間未満の睡眠時間の群に比べて近視の有病率が約40%であったという44).間接的に屋外活動時間,近見作業時間,就業期間などと関連している可能性もある.一方で,病的近視に関しては睡眠時間との間に有意な関連はなかった.V近視性黄斑症の有病率一般成人住民を対象とした疫学研究に基づく近視性網膜症の有病率の報告を表1にまとめた.疫学研究ではおもに眼底写真に基づき近視性網膜症,近視性黄斑症の判定がなされるが,その際に用いられる判定基準の代表的なものには,Avilaの分類45),SteidlとPruett46)の分類など複数ある.それぞれの分類が異なるため表1の有病率を直接比較することはできないが,一般対象者の0.9.3%,病的近視者の30.6.92.6%が何らかの近視性網膜症を有する.また,近視性網膜症は女性に多い(1.11倍.6.67倍)29,47.51).供」に比べて,「両親のうち片方が近視である子供」「両親とも近視である子供」では,それぞれ近視の有病の危険が2.3倍,7.9倍であり,とくに白人に比べ東アジア人種でその関連が強かったと報告している35).近視には家族内集積があり,遺伝的素因が関連していることが知られ,さまざまな研究により関連遺伝子の探索が進んでいる.その一方,近視の有病率が増加し続けていることから,遺伝的素因に加えて生活環境要因が影響していることと考えられている36).1.近見作業,学歴・就学期間と近視の関連SydneyMyopiaStudyでは,30cm未満で読書する小児は30cm以上離して読書する小児に比べ,近視の有病率が約2.5倍高かった.また,30分より長く連続して読書する子供は近視の有病率は1.5倍高かった37).また,学歴が高いこと,就学年数が長いことが近視,病的近視に関連していることが報告されている.MESA研究では高校卒業未満を1とした場合,大学卒業,大学院卒業で近視の有病率のオッズ比は2.69倍,3.45倍と高く,病的近視の有病のオッズ比はさらに6.88倍,8.99倍と高かった9).同様にE3Consortiumでも1900.1989年までの90年間で高等教育を4%から60%まで増加し,1920年代生まれで16歳までの教育歴をもつ群を基準にすると,高等教育(20歳以上の教育歴)をもつことで近視の有病率が2.43倍,1960年代生まれでは2.62倍有病率が高かったと報告している12).2.屋外活動時間と近視の関連SydneyMyopiaStudyではさらに,スポーツやレジャー活動の多寡にかかわらず,屋外活動時間が長いほど近視の有病率が低いことを報告した38).屋外活動と近視の有病率を結びつける機序はまだ明らかになっていない.屋外での強い光刺激は縮瞳をもたらし,焦点深度を深める効果があること,網膜内でのドーパミンが増加し眼軸の延長を抑制するなどの説があげられている.近年ではビタミンD濃度が近視と関連しているという説がある.生物学的指標を用いて日光被曝量と近視の関連を報告したWesternAustralianPregnancyCohort(RaineStudy)では,結膜上の紫外線自発蛍光面積を日光被曝 表1一般住民対象疫学研究における近視性網膜症の有病率,男女比,および病変の内訳研究名年齢(歳)人数(人)%全体(%病的近視)男性を1としたときの女性の有病率の比病変の内訳網脈絡膜萎縮(%)Lacquercracks(%)Fuchs斑(%)BlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)47)49≧3,5831.2(44.9)6.677.18.23.1BeijingEyeStudy(中国)48)40≧4,3191.6(92.6)1.1192.6*5.62.1HandanStudy(中国)49)30≧6,6030.9(43.3)2.1025.218.87.2HisayamaStudy(日本)29)40≧1,8921.7(30.6)1.8329.72.8─Shihpaistudy(台湾)50)65≧1,0583.0(72.2)1.79(M3+)**───Singapore(シンガポール)51)40≧6,680─1.50(M3+)**23.0**1.80*SteidlSMandPruettRCの分類46).Grade0:eyeswithoutevidenceofatrophicchange.Grade1:eyesshowedattenuatedchoroidalvessels,limitedlacquercracksformation,andretinalpigmentepithelialmottling,orcombinationsofthese.Grade2:eyeshadatotalareaofgeographicatrophylessthanorequalto2diskareas.Grade3:eyeshadatotalareaofatrophygreaterthan2diskareasbutlessthanorequalto4diskareas.Grade4:eyeshadatotalareaofatrophygreaterthan4diskareas.**Avilaの分類45).M0:Normalappearingposteriorpole.M1:choroidalpallorandtessellation.M2:choroidalpallorandtessellation,withposteriorpolestaphyloma.M3:choroidalpallorandtessellation,withposteriorpolestaphylomaandlacquercracks.M4:choroidalpallorandtessellation,withposteriorpolestaphyloma,lacquercracks,andfocalareasofdeepchoroidalatrophy.M5:posteriorpoleshowinglargegeographicareasofdeepchoroidalatrophy(“baresclera”).VI近視性黄斑症研究の標準化,比較可能性向上に向けた新分類の提案Ohno-Matsuiらは眼底所見に基づいて近視性網膜症の判定を行うため,新しい分類52)を作成した(図5).この新分類は,Hayashiら53)がまとめた臨床的な近視性黄斑症の長期観察に基づく進呈様式(図6)を基に,単なる病変の有無に基づく分類ではなく,脈絡膜新生血管や黄斑萎縮を将来生じる危険の高い病変の順にカテゴリーを定めた重症度分類として提唱されている.近視性黄斑症の病変のなかでもとくに近視性脈絡膜新生血管は発症すると視力予後が悪く,発症後5年までに85.2%が視力低下(>0.2logMAR)となっていた54).近視性脈絡膜新生血管の発症後5年後に88.9%が視力0.1(20/200)未満となり,10年後にはさらに96.3%にものぼるという報告もある55).この新分類はすなわち,将来重篤な視力障害をきたす脈絡膜新生血管と黄斑萎縮につながる病変の有無をより早期の病変から予測し,その重症度に基づいて重症度を決定することを目的としている.今後はさまざまな疫学研究や臨床研究でこの新分類が広く用い(7)近視性黄斑症病変カテゴリー1Category1紋理眼底Tesselatedfundusカテゴリー2Category2びまん性網脈絡膜萎縮Diffusechorioretinalatrophyカテゴリー3Category3限局性網脈絡膜萎縮Patchychorioretinalatrophyカテゴリー4Category4黄斑部萎縮Macularatrophyカテゴリー0Category0近視性黄斑症病変なしNomyopicretinopathylesionsMyopicmaculopathylesions“プラス”病変“Plus”lesionsラッカークラックLacquercracks(+Lc)脈絡膜新生血管Choroidal+neovascularization(+CNV)フックス斑Fuchs’spot(+Fs)図5近視性網膜症の新しい分類(文献52より抜粋,和訳)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151379 Macularatrophy黄斑部萎縮CNV脈絡膜新生血管Tessellatedfundus紋理眼底Diffusechorioretinalatrophyびまん性萎縮病変LacquercracksラッカークラックP(D)びまん性萎縮病変を伴う限局性萎縮病変P(Lc)ラッカークラックから発生した限局性萎縮病変FusionwithareasofP(D)orP(St)びまん性萎縮病変あるいは後部ぶどう腫の境界から発生し限局性萎縮病変の融合・拡大Macularatrophy黄斑部萎縮CNV脈絡膜新生血管Tessellatedfundus紋理眼底Diffusechorioretinalatrophyびまん性萎縮病変LacquercracksラッカークラックP(D)びまん性萎縮病変を伴う限局性萎縮病変P(Lc)ラッカークラックから発生した限局性萎縮病変FusionwithareasofP(D)orP(St)びまん性萎縮病変あるいは後部ぶどう腫の境界から発生し限局性萎縮病変の融合・拡大図6臨床的な近視性黄斑症の進展様式られることが期待されており,そのなかで重症度分類の妥当性についても評価されると期待される.標準化された共通の判定基準を用いることで研究間の比較やメタ解析もより精度の高いものと可能となり,最終的には脈絡膜新生血管や黄斑萎縮をはじめとする不可逆的な視力障害の原因となる病変の予防,管理に貢献できるものと考えている.文献1)MorganIG,Ohno-MatsuiK,SawSM:Myopia.Lancet379:1739-1748,20122)DoiH,KunikataH,KatoKetal:OphthalmologicexaminationsinareasofMiyagiprefectureaffectedbythegreateastJapanearthquake.JAMAOphthalmol132:874-876,20143)福岡秀記,山中行人,長屋政博ほか:日本の介護老人保健施設における眼疾患に関する検討.臨床眼科68:865-868,20144)PanCW,ChengCY,SawSMetal:Myopiaandage-relatedcataract:Asystematicreviewandmeta-analysis.AmJOphthalmol156:1021-1033,20135)MarcusMW,deVriesMM,MontolioFGJetal:Myopia1380あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(文献53を元に作成)asariskfactorforopenangleglaucoma:Asystematicreviewandmeta-analysis.Ophthalmology118:19891994,20116)SawSM,GazzardG,Chih-YenECetal:Myopiaandassociatedpathologicalcomplications.OphthalPhysiolOpt25:381-391,20057)VerhoevenVJM,WongKT,BuitendijkGHSetal:Visualconsequencesofrefractiveerrorsinthegeneralpopulation.Ophthalmology122:101-109,20158)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:13541362,20069)所敬:1.定義,第II章単純近視.近視基礎と臨床(所敬,大野京子編),p46-47,金原出版,201210)所敬:3.屈折度の推移,第I章総論.近視基礎と臨床(所敬,大野京子編),p8-15,金原出版,201211)LinLL,ShihYF,HsiaoCKetal:PrevalenceofmyopiainTaiwaneseschoolchildren:1983to2000.AnnAcadMedSingapore33:27-33,200412)WilliamsKM,BertelsenG,CumberlandPetal:Increasingprevalenceofmyopiaineuropeandtheimpactofeducation.Ophthalmology122:1489-1497,201513)VitaleS,SperdutoRD,Ferris3rdFL:IncreasedprevalenceofmyopiaintheUnitedStatesbetween1971-1972and1999-2004.ArchOphthalmol127:1632-1639,2009(8) あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151381(9)14)PanCW,KleinBEK,CotchMFetal:RacialvariationsintheprevalenceofrefractiveerrorsintheUnitedStates:theMulti-EthnicStudyofAtherosclerosis.AmJOphthalmol155:1129-1138,201315)PanCW,ZhengYF,AnuarARetal:Prevalenceofrefractiveerrorsinamultiethnicasianpopulation:theSingaporeEpidemiologyofEyeDiseaseStudy.InvestOphthalmolVisSci54:2590-2598,201316)WolframC,HohnR,KottlerUetal:PrevalenceofrefractiveerrorsintheEurpeanadultpopulation:theGutenbergHealthStudy(GHS).BrJOphthalmol98:857-861,201417)KatzJ,TielschJM,SommerA:Prevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsinanadultinnercitypopulation.InvestOphthalmolVisSci38:334-340,199718)TheEyeDiseasePrevalenceResearchGroup:TheprevalenceofrefractiveerrorsamongadultsintheUnitedStates,westernEurope,andAustralia.ArchOphthalmol122:495-505,200419)Tarczy-HornochK,Ying-LaiM,VarmaRandtheLosAngelesLatinoEyeStudyGroup;Myopicrefractiveerrorinadultlatinos:TheLosAngelesLatinoEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci47:1845-1852,200620)WilliamsKM,VerhoevenVJM,CumberlandPetal:PrevalenceofrefractiveerrorinEurope:theEuropeanEyeEpidemiology(E3)Consortium.EurJEpidemiol30:305315,201521)SawSM,GazzardG,KohDetal:PrevalenceratesofrefractiveerrorsinSumatra,Indonesia.InvestOphthalmolVisSci43:3174-3180,200222)LiangYB,WongTY,SunLPetal:Refractiveerrorsinaruralchineseadultpopulation.TheHandanEyeStudy.Ophthalmology116:2119-2127,200923)WickremasingheS,FosterPJ,UranchimegDetal:InvestOphthalmolVisSci45:776-783,200424)BourneRRA,DineenB,AliSMetal:PrevalenceofrefractiveerrorinBangladeshiadults.Ophthalmology11:1150-1160,200425)ChengCY,HsuWM,LiuJHetal:RefractiveerrorsinanelderlyChinesepopulationinTaiwan:theShihpaiEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci44:4630-4638,200326)SawSM,ChanYH,WongWLetal:PrevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsintheSingaporeMalayEyeStudy.Ophthalmology115:1713-1719,200827)ZiaeiH,KatibehM,SolaimanizadRetal:Prevalenceofrefractiveerrors:theYazdEyeStudy.JOphthalmicVisRes8:227-236,201328)XuL,LiJ,CuiTetal:RefractiveerrorinurbanandruraladultChineseinBeijing.Ophthalmology112:16761683,200529)AsakumaT,YasudaM,NinomiyaTetal:PrevalenceandriskfactorsformyopicretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamastudy.Ophthalmology119:17601765,201230)PanCW,WongTY,LavanyaRetal:PrevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsinIndians;theSingaporeIndianEyeStudy(SINDI).InvestOphthalmolVisSci52:3166-3173,201131)SawadaA,TomidokoroA,AraieMetal:RefractiveerrorsinanelderlyJapanesepopulation.theTajimiStudy.Ophthalmology115:363-370,200832)GuptaA,CassonRJ,NewlandHSetal:PrevalenceofrefractiveerrorinruralMyanmar.Ophthalmology115:26-32,200833)PanCW,ZhengYF,AnuarARetal:Prevalenceofrefractiveerrorsinamultiethnicasianpopulation:theSingaporeEpidemiologyofEyeDiseaseStudy.InvestOphthalmolVisSci54:2590-2598,201334)WongTY,FosterPJ,HeeJetal:PrevalenceandriskfactrosforrefractiveerrorsinadultChineseinSingapore.InvestOphthalmolVisSci41:2486-2494,200035)IpJM,HuynhSC,RobaeiDetal:Ethnicdifferencesintheimpactofparentalmyopia:Findingsfromapopulation-basedstudyof12-year-oldAustralianchildren.InvestOphthalmolVisSci48:2520-2528,200736)MorganIandRoseK:Howgeneticisschoolmyopia?ProgressinRetinalandEyeResearch24:1-38,200537)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,200838)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,200839)McKnightCM,SherwinJC,YazarSetal:Myopiainyoungadultsisinverselyrelatedtoanobjectivemarkerofocularsunexposure:theWesternAustralianRainecohortstudy.AmJOphthalmol158:1079-1085,201440)YazarS,HewittAW,BlackLJetal:MyopiaisassociatedwithlowervitaminDstatusinYoungadults.InvestOphthalmolVisSci55:4552-4559,201441)ChoiJA,HanK,ParkYMetal:Lowserum25-hydroxyvitaminDisassociatedwithmyopiainKoreanadolescents.InvestOphthalmolVisSci55:2041-2047,201442)SherwinJC,ReacherMH,KeoghRHetal:Theassociationbetweentimespentoutdoorsandmyopiainchildrenandadolescents.Ophthalmology119:2141-2151,201243)WuPC,TsaiCL,WuHLetal:Outdooractivityduringclassrecessreducesmyopiaonsetandprogressioninschoolchildren.Ophthalmology120:1080-1085,201344)JeeD,MorganIG,KimEC:Inverserelationshipbetweensleepdurationandmyopia.ActaOphthalmol.2015;Inpress.doi:10.1111/aos.1277645)AvilaMP,WeiterJJ,JalkhAEetal:Naturalhistoryofchoroidalneovascularizationindegenerativemyopia.Ophthalmology91:1573-1581,198446)SteidlSMandPruettRC:Macularcomplicationsassociat 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序説:病的近視

2015年10月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科32(10):1373.1374,2015病的近視PathologicMyopia大野京子*生野恭司**病的近視はわが国の重要な失明原因であり,一般住民を対象とした多治見スタディでは,WHOの定義に基づく失明(良好眼の矯正視力0.05以下)の原因として,病的近視による黄斑症が22.4%を占め,もっとも多かった1).同様に,中国のBeijingEyeStudyでも病的近視は失明の主因であり2),とくにアジア諸国においては,病的近視の失明の原因として重要である.近年,小児の近視の増加および低年齢化が指摘されている.このような小児の近視は,高度になると病的近視に至るのか,それとも,学童近視と病的近視は遺伝学的にまったく異なる病態であるのか興味がもたれるところであり,多くの研究が進行中である.病的近視では,眼軸長の過度な伸長と,おもに中高年以降に生じる後部ぶどう腫の形成などによる眼球の変形に伴い,視神経や黄斑部網膜を含む視機能上重要な部位が障害され,視覚障害の原因となる(図1).筆者らの3DMRIを用いた眼球形状解析においても,耳側変位型などの特定の変形パターンを生じた場合に視覚障害が高頻度に起きることが示されている3).最近,Optosを用いた超広角眼底撮影と3DMRIの組み合わせにより,後部ぶどう腫の新しい分類が提唱されている4).病的近視による失明の直接の原因となる病変は,ab図1病的近視眼の超広角眼底画像a:後部ぶどう腫縁がみられる(矢頭).b:同症例の3DMRI画像(眼球を下から見た図).近視性黄斑症(図2)と緑内障性視神経症(または近視性視神経症)である.近視性黄斑症には,びまん性萎縮病変,限局性萎縮病変,lacquercracks,近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:近視性CNV)などがあるが,有意な視力低下をきたす病変は,近視性CNV(退縮後の黄斑部萎縮の形成を含む)である.ごく最近,病的近視メタ解析研究(META-PMstudy)が行われ,国際的に統一された近視性黄斑症の診断基準と分類が制定された5).これからアジア諸国,欧米諸国,オーストラリアのさまざまな疫学研究において眼底所見のgradingが始まるところである.この国際共同研究により,病的近視の人種間の頻度や危険因子が明らかになると期待される.近視性CNVに対しては,従来,視力改善に有効*KyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野**YasushiIkuno:いくの眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)1373 図2近視性黄斑症の眼底写真黄斑部付近に限局性萎縮がみられる.-

トップアスリートの視力(Ⅱ)

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1363.1367,2015cトップアスリートの視力(II)枝川宏*1,2,3川原貴*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityofTopAthletes(II)HiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),HirosiKomatu3),MitikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguti3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatubara2,31)EdagawaEyeClinic,2)TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversity夏季と冬季のオリンピックとアジア大会65競技種目の代表および候補者3,243人の視力測定と競技時の矯正方法についての聞き取り調査を行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.その結果,1.単眼視力1.0以上の者は82.0%,両眼視力1.0以上の者は92.6%だった.単眼視力と両眼視力は競技群間で有意な差があった(p<0.05).単眼視力と両眼視力がともに1.0以上の割合がもっとも多いのは球技群,もっとも少なかったのは格闘技群だった.2.視力非矯正眼の割合は64.9%で,割合がもっとも多いのはスピード群で,もっとも少ないのは標的群だった.視力非矯正眼の79.4%は1.0以上だった.3.矯正視力の87.0%は1.0以上だった.視力矯正方法はコンタクトレンズが88.3%を占めてもっとも多く,競技群によって視力矯正方法に特徴があった.矯正方法は競技群間で有意な差があった(p<0.05).Weinvestigatedvisioncorrectiondevicesusedduringsportingactivityviavisualacuity(VA)testingandpersonalinterviewof3,243athletesin65sportsofthesummerandwinterOlympicGamesandAsianGames.Ineachathlete,distantVAwasmeasuredusingcorrectingdevicesinbothmonocularandbinocularconditions.Ofthetotal3,243athletes,82.0%hadgoodmonocularVAof1.0orbetterand92.6%hadgoodbinocularVA.MonocularandbinocularVAweresignificantdifferenceamongsports(p<0.05).Theproportionof1.0orbetterVAinbothmonocularandbinocularvisionwasthegreatestinball-gameathletesandtheleastinmartialartsathletes.Thepercentageofathletesthatdidnotuseavisioncorrectiondevicewas64.9%,withthegreatestnumberbeinginspeed-competingsportsandtheleastnumberbeinginshootingsports.Oftheathleteswithoutavisioncorrectingdevice,79.4%had1.0orbetterVA.CorrectedVAwas1.0orbetterin87.0%oftheathleteswithavisioncorrectingdevice.Contactlenseswerethemostcommonlyusedvisioncorrectingdevice,withan88.3%share.Therewassignificantdifferenceinthevisioncorrectingdeviceusedamongsports(p<0.05).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1363.1367,2015〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport.はじめに視力はアスリートにとって競技するうえでもっとも重要な視機能である.そのため以前からアスリートの視力と視力矯正については多くの報告がある1.8).前回,筆者らはわが国のトップレベルのアスリートを競技特性から6競技群に分類して分析した3).そのなかでアスリートの視力や視力矯正は競技群によって特徴があることを指摘した.今回は対象となる競技種目を前回よりも12種目1,669人を追加して,前回同様に競技群別に視力・視力矯正方法の分析を行った.I対象および方法対象は2008年.2011年の3年間に国立スポーツ科学セ〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,Edagawa,EyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1363 ンター(JISS)でメディカルチェックを行ったオリンピックやアジア大会など国際競技の代表者および候補者男子1,796人,女子1,487人の3,243人で,平均年齢22.2歳である.競技種目は65種目(夏季55種目・冬季10種目)で競技の特性から表1のように6競技群に分類した.標的群はライフル射撃など標的を見る競技で8種目182人,格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する競技で7種目227人,球技群は野球などボールを扱う競技で19種目1,344人,体操群は体操など回転競技が含まれる競技で7種目182人,スピード群はスキーなど競技者自身が高速で動く競技で9種目487人,その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えにくい競技で15種目821人であった(表1).視力測定は競技時と同様の状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.聞き取り調査は競技時の視力矯正方法について行った.分析は視力1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.3,0.3未満の4段階とした.検定は視力が各競技群間でKruskal-Wallis検定,視力矯正はc2検定で行って,5%の有意水準設定で検討した.II結果1.視力の状況視力では左右差を認めなかった.6,486眼のなかで単眼視力の分布は1.0以上が5,322眼で82.0%,0.9.0.7は657眼で10.1%,0.6.0.3は397眼で6.1%,0.3未満は110眼で1.7%だった(表2).また,3,243人のなかで両眼視力の分布は1.0以上が3,003人で92.6%,0.9.0.7は146人で4.5%,0.6.0.3は88人で2.7%,0.3未満は6人で0.2%だった(表3).視力の低下に伴って,単眼視力と両眼視力ともに割合は少なくなった.単眼視力を競技群別でみると,1.0以上では割合がもっとも多いのは球技群で2,688眼のなかの2,327眼で86.6%だった.もっとも少ないのは格闘技群で454眼のなかの352眼で77.5%だった.0.9.0.7では割合がもっとも多いのはスピード群で974眼のなかの119眼で12.2%,もっとも少ないのは球技群で2,688眼のなかの239眼で8.9%だった.0.6.0.3では割合がもっとも多いのは格闘技群で454眼のなかの38眼で8.4%,もっとも少ないのは標的群で364眼のなかの13眼で3.6%だった.0.3未満では割合がもっとも多いのは格闘技群で454眼のなかの13眼で2.9%,もっとも少ないのは球技群で2,688眼のなかの17眼で0.6%だった(表2).両眼視力を競技群別でみると,1.0以上で割合がもっとも多いのは球技群で1,344人のなかの1,283人で95.5%,もっとも少ないのは格闘技群で227人のなかの203人で89.4%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのは格闘技群で227人のなかの13人で5.7%,もっとも少ないのは標的群で182人のなかの6人で3.3%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのは格闘技群で227人のなかの11人で4.9%,もっとも少ないのは球技群で1,344人のなかの14人で1.0%だった.0.3未満で割合がもっとも多いのはスピード群で487人のなかの4人で0.9%だったが,標的群・格闘技群・球技群・体操群は1人もいなかった(表3).単眼視力と両眼視力の分布は各競技群間で有意な差があった.2.視力非矯正眼の状況競技中に視力を矯正していない非矯正眼の割合は6,486眼のなかの4,210眼で64.9%だった.視力は1.0以上が4,210眼のなかの3,341眼で79.4%,0.9.0.7は415眼で9.9%,表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目8種目(182名)アーチェリー・ビリヤード・ボウリング・ライフル射撃・カーリング・バイアスロン・クレー射撃・近代五種2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目7種目(227名)剣道・柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング・空手道3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目19種目(1,344名)ゴルフ・サッカー・水球・スカッシュ・ソフトテニス・ソフトボール・卓球・テニス・バスケットボール・バドミントン・バレーボール・ハンドボール・ホッケー・ラグビー・アイスホッケー・野球・クリケット・ビーチバレー・セパタクロー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目7種目(182名)新体操・体操・ダンススポーツ・トランポリン・フィギュアスケート・飛び込み・シンクロナイズドスイミング5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目9種目(487名)自転車・スキー・スケート・スケルトン・スノーボード・ボブスレー・リュージュ・ローラースポーツ・カヌー6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目15種目(821名)競泳・ウエイトリフティング・セーリング・トライアスロン・武術太極拳・ボート・陸上競技・ドラゴンボート・馬術・山岳・エアロビクス・カバティ・囲碁・チェス・クロスカントリー1364あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(136) 表2単眼視力分布n=6,486眼表3両眼視力分布n=3,243人1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=5,322n=657n=397n=110標的群30840133n=364(83.7%)(10.9%)(3.6%)(1.8%)格闘技群352513813n=454(77.5%)(11.2%)(8.4%)(2.9%)球技群2,32723910517n=2,688(86.6%)(8.9%)(3.9%)(0.6%)体操群289422310n=364(79.4%)(11.5%)(6.3%)(2.8%)スピード群7561197623n=974(77.6%)(12.2%)(7.8%)(2.4%)その他群1,29016614244n=1,642(78.6%)(10.1%)(8.7%)(2.6%)1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=3,003n=146n=88n=6標的群173630n=182(95.1%)(3.3%)(1.6%)(0%)格闘技群20313110n=227(89.4%)(5.7%)(4.9%)(0%)球技群1,28347140n=1,344(95.5%)(3.5%)(1.0%)(0%)体操群167960n=182(91.8%)(5.0%)(3.2%)(0%)スピード群43827184n=487(89.9%)(5.5%)(3.7%)(0.9%)その他群73944362n=821(90.0%)(5.4%)(4.4%)(0.2%)0.6.0.3は347眼で8.2%,0.3未満は107眼の2.5%だった.非矯正眼の割合がもっとも多い競技群はスピード群で974眼のなかの672眼で69.0%,もっとも少ないのは標的群で364眼のなかの192眼で52.7%だった.1.0以上は4,210眼のなかの3,341眼で79.4%,0.9.0.7は415眼で9.9%,0.6.0.3は347眼で8.2%,0.3未満は107眼の2.5%だった.競技群別でみると1.0以上で割合がもっとも多いのは標的群と球技群の84.9%で,標的群は192眼のなかの163眼で球技群は1,813眼のなかの1,540眼だったが,もっとも少ないのはその他群で992眼のなかの730眼で73.6%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのはスピード群で672眼のなかの88眼で13.1%,もっとも少ないのはその他群で992眼のなかの90眼で9.1%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのはその他群で992眼のなかの129眼で13.0%,もっとも少ないのは標的群で192眼のなかの7眼で3.7%だった.0.3未満で割合がもっとも多いのは格闘技群で292眼のなかの13眼の4.5%,もっとも少ないのは球技群で1,813眼のなかの14眼で0.8%だった(表4).3.視力矯正眼と矯正方法の状況競技中に視力を矯正している視力矯正眼の割合は6,486眼のなかの2,276眼で35.1%だった.矯正視力は1.0以上が2,276眼のなかの1,981眼で87.0%,0.9.0.7は242眼で10.6%,0.6.0.3は49眼で2.2%,0.3未満は4眼の0.2%だった.競技群別でみると1.0以上の割合がもっとも多いのは球技群で875眼のなかの787眼で89.9%,もっとも少ないのは格闘技群で162眼のなかの135眼で83.3%だった.0.9.0.7で割合がもっとも多いのは体操群で115眼のなかの17眼で14.8%,もっとも少ないのは球技群で875眼のなかの73眼で8.3%だった.0.6.0.3で割合がもっとも多いのはスピード群で302眼のなかの12眼で3.9%,もっとも少ない(137)表4視力非矯正群の単眼視力分布n=4,210眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=3,341n=415n=347n=107標的群1631874n=192(84.9%)(9.4%)(3.7%)(2.0%)格闘技群217283413n=292(74.3%)(9.6%)(11.6%)(4.5%)球技群1,5401669314n=1,813(84.9%)(9.2%)(5.1%)(0.8%)体操群194252010n=249(77.9%)(10.0%)(8.0%)(4.1%)スピード群497886423n=672(74.0%)(13.1%)(9.5%)(3.4%)その他群7309012943n=992(73.6%)(9.1%)(13.0%)(4.3%)のは球技群で875眼のなかの12眼で1.4%だった.0.3未満では割合がもっとも多いのは球技群で875眼のなかの3眼の0.4%だったが,標的群・球技群・格闘技群・体操群・スピード群はいなかった(表5).視力矯正眼2,276眼でコンタクトレンズ(CL)は2,010眼の88.3%,laserinsitukeratomileusis(LASIK)は138眼の6.0%,眼鏡は106眼の4.7%,オルソケラトロジー(Ortho-K)は22眼の1.0%だった.矯正方法はCLが全競技群を通してもっとも多いが,眼鏡が多いのは標的群で172眼のなかの52眼で30.2%,LASIKが多いのはスピード群で302眼のなかの44眼で14.6%,Ortho-Kが多いのは格闘技で162眼のなかの8眼で4.9%だった(表6).視力矯正方法は競技群間で有意な差(p<0.05)があった.また,矯正視力が1.0に達していない者は2,276眼のなかの310眼で13.6%だった.CLでは2,010眼のなかの253眼の12.6%,眼鏡あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151365 表5視力矯正群の単眼視力分布n=2,276眼表6矯正方法n=2,276眼1.0以上0.9.0.70.6.0.30.3未満n=1,981n=242n=49n=4標的群1452250n=172(84.3%)(12.8%)(2.9%)(0%)格闘技群1352340n=162(83.3%)(14.2%)(2.5%)(0%)球技群78773123n=875(89.9%)(8.3%)(1.4%)(0.4%)体操群951730n=115(82.6%)(14.8%)(2.6%)(0%)スピード群25931120n=302(85.8%)(10.3%)(3.9%)(0%)その他群56076131n=650(86.2%)(11.7%)(2.0%)(0.1%)CL眼鏡LASIKOrtho-Kn=2,010n=106n=138n=22標的群9652240n=172(55.8%)(30.2%)(14.0%)(0%)格闘技群150048n=162(92.6%)(0%)(2.5%)(4.9%)球技群8350364n=875(95.4%)(0%)(4.1%)(0.5%)体操群111022n=115(96.6%)(0%)(1.7%)(1.7%)スピード群2506442n=302(82.8%)(2.0%)(14.6%)(0.6%)その他群56848286n=650(87.4%)(7.4%)(4.3%)(0.9%)では106眼のなかの29眼の27.3%,Ortho-Kでは22眼のなかの7眼で31.8%,LASIKでは138眼のなかの6眼の4.4%だった.III考察視力は視機能に影響する9.12)だけでなく,競技能力にも関係すると報告8)されている.また,屈折矯正はわずかなずれでも眼優位性に影響してコントラスト感度・調節反応・調節微動・眼球運動・視覚注意などが変化すると報告13,14)されている.したがって,視力低下は単に視機能に影響するだけでなく,本来の競技能力にも影響して十分なパフォーマンスが発揮されない可能性がある.パフォーマンスの向上のためには適正な視力矯正をすることが役立つと思われる.今回,プレイをしているときと同様の状況で測定した視力が1.0以上だった選手の割合は,単眼視力で82.0%,両眼視力は92.6%と多かったものの,0.7未満でプレイをしている選手の割合は単眼視力で7.8%・両眼視力は2.9%と少ないが存在した.競技群別では1.0以上の選手が多かったのは標的群・球技群だったが,格闘技群・スピード群・体操群・その他群の選手はこの2競技群よりも少なく,また0.7未満が多かった.標的群は標的をしっかりと見る必要があること,球技群は不規則に動くボールや対象物に臨機応変に対応する必要があることから,視力の良い者が多かった.しかし,格闘技群は相手が近距離にいるために遠方を見る必要がないこと,体操群は動作があらかじめ決まっていること,スピード群はボールのような不規則に動く目標を見ることがないことから,とくに良い視力が必要でないと考えられている可能性がある.その他群は視力で試合が左右されるような種目が少ないことから,視力の良くない選手が多かったと考えられ1366あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015CL:コンタクトレンズ,LASIK:laserinsitukeratomileusis,Ortho-K:orthokeratology.る.米国のオリンピックレベルの選手の視力調査でもアーチェリー・ソフトボールなどの標的種目や球技種目の選手の視力は良く,ボクシングや陸上競技など選手の視力は悪かったと,今回とほぼ同じ結果を報告している6).このように選手は競技で必要と感じる程度に視力を整備してプレイしていると考えられる.しかし,選手の競技能力は選手が必要と感じる視力で十分に発揮できているかについてはわかっておらず,競技種目によっては選手が必要と感じている視力が不十分であることも考えられる.今回視力を矯正せずにプレイをしていた選手の割合は約6割だった.体育大学生ではその割合が約8割7)だったことから,選手の多くはプレイのときは視力矯正をしていないようである.今回の割合が体育大学生の報告よりも少なかったのは,今回の対象者のなかに非矯正眼の割合がもっとも少ない標的群の選手が多く含まれていたためである.非矯正視力は選手の約9割が0.7以上で,約8割は1.0以上だった.標的群・球技群は1.0以上の選手が多くて0.7未満の選手は少なかったが,格闘技群・その他群は1.0以上の選手が少なくて0.7未満の選手が多かった.このような競技群別における非矯正視力の分布は単眼視力の分布傾向と同様だった.今回の競技群別の非矯正視力の結果は,非矯正視力が1.0以上の選手の割合が多い種目はサッカー・ソフトテニス・バレーボール・野球などの球技系の種目で,柔道・レスリング・フェンシングなどの格闘技系の種目や水泳などの対人運動・個人運動系の種目は少ない4)とする体育大学生の報告と同様の傾向だった.矯正視力は選手のほぼ全員が0.7以上で,選手の約9割は1.0以上だった.1.0以上に矯正されていた選手が多かったのは球技群・その他群で,これらの選手の視力は良く矯正さ(138) れていた.しかし,体操群・格闘技群では1.0未満の選手の割合が多く,スピード群・標的群では0.7未満の選手が多かった.矯正視力は本来正しく矯正されていれば1.0以上の視力が期待されるはずである.しかし,今回矯正視力が1.0未満の選手がいたことは,選手の矯正が適切に行われていないか,選手自身が競技で必ずしも1.0以上を目指した矯正を希望していないことが考えられる(表5).今回,1.0未満だった選手がどちらの要因によるものかについて個別に検討することはできなかったが,1.0未満の選手がいたということは,視力を無理に良くする必要がないと考えている選手がいたためと考えられる.しかし,計時時計の表示やコーチの指示を見るためには,やはり1.0の視力を確保することが望ましい.視力矯正方法は約9割の者がCLを使用していて,使用割合はLASIK,眼鏡,Ortho-Kの順に少なかった.これは筆者らの前回の報告3)と同じ結果であった.CLはすべての競技群でもっとも使用されていたが,CL以外は競技によって矯正方法が異なる傾向があった.眼鏡の使用は標的群に多く,LASIKはスピード群に多かった.眼鏡の使用が標的群に多かったのは標的を注視する際に瞬きが減少して角膜が乾燥しやすいことからCLが使用しにくいことや,標的を狙う眼だけ視力を矯正することが容易なためである.LASIKがスピード群に多かったのは,選手の角結膜が競技中に風で乾燥することや,冬季競技の競技環境が乾燥していてCLが使いにくいためである.また,Ortho-Kが格闘技群で多かったのは,視力矯正用具を使用できないボクシングのような種目が含まれることや,LASIKでは接触時に眼球が損傷する恐れがあるためである.今回それぞれの矯正方法における残存する屈折状態の調査はしていないが,CL装用状態での屈折値の調査では半数の者に近視・遠視・乱視などの屈折異常が残存していた4)との報告があることから,さまざまな方法で矯正した選手のなかには屈折異常が残存している可能性がある.屈折矯正はわずかなずれでも視機能に影響する13,14)ことから,それが競技能力に影響を及ぼす可能性は否定できない.今後調査をする必要がある.このようにアスリートはすでに競技の特性に応じた視力矯正方法を選択しているようである.しかし,矯正方法をよく知ることで,さらに適したそして安全な方法を選択できるようになるであろう.たとえば,Ortho-Kは競技中に視力矯正用具を使用しなくてすむことから水中で行う水球や飛び込みなどの種目,また格闘技種目などに適応があると考えられる.ボール競技では防護を兼ねたデザイン性の良い眼鏡を用いれば眼外傷から防ぐことができる.一方で現在LASIKの人気は高いが,近視の戻り・不正乱視・まぶしさの増加などが起こる可能性があることから,精密で安定した視力を必要とする競技には不向きと考えられる.また,角膜が薄くなることで眼を直接打撲する可能性のある競技にも不向きである.選手はそれぞれの矯正方法の利点や欠点を考えて,各競技種目におけるもっとも適切な矯正方法を検討する必要がある.文献1)安藤純,阿部圭助,市岡東洋ほか:視力とスポーツに関する実態調査.日本の眼科67:553-557,19962)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:スポーツ選手の眼に関する意識と視機能.臨眼60:1409-1412,20063)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:トップアスリートの視力.あたらしい眼科29:1168-1171,20124)上野純子,正木健雄,太田恵美子:大学運動部選手の視機能について.日本体育大学紀要22:31-37,19925)佐渡一成,金井淳,高橋俊哉:スポーツ眼科へのアプローチ.臨床スポーツ医学12:1141-1147,19956)LadyDM,KirschenDG,PantallP:Thevisualfunctionofolympiclevelathletes─Aninitialreport.EyeContactLens37:116-122,20117)佐渡一成,金井淳:スポーツ現場における視力矯正方法選択の現状.日コレ誌38:14-18,19968)中山悌一:プロ野球選手のデータ分析.プロ野球選手の体力⑦視力,p44-48,ブックハウス・エイチディ,20119)鈴村昭弘:眼と道路交通.臨床眼科全集8,p291-361,金原出版,197610)山地良一,保倉賢創ほか:深視力の臨床(1)大手前病院における深視力外来患者の統計的観察.眼紀35:2258-2262,198411)川村肇,細畠淳,近江源次郎ほか:コントラスト感度と調節反応量の関係.視覚の科学15:206-210,199412)平井陽子,粟屋忍:視力と立体視の研究.眼紀36:1524-1531,198513)魚里博,中山奈々美,川守田拓志ほか:屈折矯正状態が眼優位性に及ぼす影響.日眼会誌111:168,200714)半田知也,魚里博:眼優位性検査法とその臨床応用.視覚の科学27:50-53,2006***(139)あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151367

MIRAgel®による強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1359.1362,2015cMIRAgelRによる強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例林理穂吉田達彌小野久子鷲尾紀章土田展生幸田富士子公立昭和病院眼科TwoCasesofImprovedEyeMovementafterMIRAgelRExtractionRieHayashi,TatsuyaYoshida,HisakoOno,NoriakiWashio,NobuoTsuchidaandFujikoKodaDepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital背景:強膜内陥術に用いられたバックル素材MIRAgelR(マイラゲル)は,術後に膨化・変性し晩期合併症をきたすことが知られている.今回,術後長期間を経て眼球運動障害を発症し,マイラゲルの摘出術を行った2例を経験したので報告する.症例:症例1は43歳,男性.1992年にマイラゲルによる左網膜.離手術の既往がある.2013年に複視を自覚し,紹介受診.左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼球運動障害は速やかに改善した.症例2は65歳,男性.1993年に同様の左網膜.離手術の既往がある.左眼の上転を自覚し,2014年に紹介受診.左上斜視および左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼位・眼球運動障害は著明に改善した.結論:マイラゲルによる網膜.離術後約20年もの長期間を経過した眼球運動障害の2症例を経験したが,いずれも摘出術後早期に顕著な改善が得られた.Purpose:Toreport2casesofimprovedeyemovementafterMIRAgelRextraction.CaseReports:Case1involveda43-year-oldmalewhopresentedwithswellinginhisupperlefteyelidanddiplopiain2013.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryforretinaldetachmentinhislefteyein1992.AfterMIRAgelRwasextracted,movementinthateyerapidlyimproved.Case2involveda65-year-oldmalewhopresentedwithleft-eyehypertropiaandmovementdisorderin2014.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryinthateyein1993.AfterMIRAgelRextraction,thestrabismusandmovementdisorderinthateyesignificantlyimproved.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshow2casesofeyemovementdisorderthatoccurredmanyyearspostretinaldetachmentsurgerythatimmediatelyimprovedafterMIRAgelRextraction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1359.1362,2015〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,眼球運動障害.MIRAgelR,scleralbuckling,eyemovementdisorder.はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は1980年頃にRefojoら1)により開発された強膜内陥術用のハイドロゲル性のバックル材料である.異物反応がほとんどなく化学的に安定していると考えられたこと,適度な弾力性があり均一な強膜内陥が作られるため死腔ができにくいこと,抗生物質を吸収しかつ徐放するため感染のリスクが低いと考えられたことなどから,当初理想的なバックル素材として使用された1.3).しかし1997年にHwangら4)によってマイラゲルを使用した強膜内陥術10年後に眼球運動障害と複視が出現した症例が発表されて以来,晩期合併症の報告がみられるようになった.わが国では1980年代後半から2000年頃にかけて一部の施設で使用されていたが,2000年以降に晩期合併症が多数報告されるようになり,日本眼科学会から使用注意喚起が行われた5).以後は使用されなくなったものとみられるが,術後長期間を経てエクストルージョン(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する状態5))をはじめとした晩期合併症の報告が相次いでいる6,7).症状としては複視,異物感,眼窩内充満感などがある8).今回強膜内陥術後20年以上経過した症例に眼球運動障害がみられたが,マイラゲル摘出後早期に著明な改善が得られた2例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林理穂:〒187-8510東京都小平市花小金井8-1-1公立昭和病院眼科Reprintrequests:RieHayashi,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,8-1-1Hanakoganei,Kodaira-city,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(131)1359 I症例〔症例1〕43歳,男性.主訴:左眼の異物感と右方視時の複視.既往歴:1992年に公立昭和病院眼科(以下,当科)にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けた.手術記録によると#906のマイラゲルが10時から2時方向に縫着されていた.現病歴:2013年頃より左眼の異物感と右方視での複視を自覚するようになり,2013年11月に近医を受診したところ左眼上眼窩部腫瘤と眼球運動障害を指摘され,精査・加療目的にて2013年12月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜位,視力は右眼(1.0),左眼(1.0),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmgであった.左眼窩部の鼻側から上方に腫瘤を触知し,同部位の球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物がみられた(図1A).眼底には左眼の上方,特に上鼻側に非常に強い隆起を認めたが,眼内へのバックルの露出はみられなかった.Hess赤緑試験では左眼において全方向で眼球運動障害がみられた(図2A).Magneticresonanceimaging(MRI)ではT2強調画像にて,腫瘤を触知した部位と一致する左眼窩上鼻側から上耳側にかけて境界明瞭で内部が均一の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいた(図1B).図1症例1,2隙灯顕微鏡所見およびMRI画像(T2強調画像)A:結膜下に灰白色の隆起物を認める.B:眼窩内の上鼻側から耳側にかけて境界明瞭で内部が均一性の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいる所見がみられる.C:下耳側球結膜下に灰白色の隆起物を認める.D:境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿ってみられ,下直筋の外側まで伸展している.1360あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015ABCDA経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼上眼窩部腫瘤および眼球動障害と診断し,2014年1月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.マイラゲルは脆弱化しており,鑷子による把持が困難であったため,強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日より左上眼窩部腫瘤は消失し,術後2日目で施行したHess赤緑試験では,眼球運動障害が全方向で著明に改善していた(図2B).〔症例2〕65歳,男性.主訴:左眼の眼位異常.既往歴:1993年に当科にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けていた.手術記録によると#907のマイラゲルが2時から5時方向に縫着されていた.現病歴:2012年頃より左上斜視を自覚するようになったため,2014年7月に近医を受診したところ,左上斜視を指摘され,精査・加療目的にて2014年8月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜視,視力は右眼(1.0),左眼(0.4),眼圧は右眼8mmHg,左眼17mmHgであり,眼圧の左右差がみられた.左眼下耳側球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物を認めた(図1C).眼底は上耳側から下耳側にバックルの隆起と色素沈着がみられたが,眼内B図2症例1のHess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動障害がみられる.B:術後2日目.わずかに外転・上転の制限はあるが全方向で改善している.(132) へのバックルの露出はみられなかった.左眼の上斜視が強くHess赤緑試験は不可能であったため,9方向眼位を図に示す(図3A).内転・外転・下転障害を認め,とくに下転はまったくできなかった.MRIでは,T2強調画像にて境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って抽出され,下直筋の外側まで伸展していた(図1D).経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼球運動障害と診断し,2014年9月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.症例1と同様に強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日には左上斜視および内転・外転・下転障害は著明に改善し(図3B),また眼圧は7mmHgに低下した.II考按マイラゲルを使用した強膜内陥術後の晩期合併症としてエクストルージョンや眼球運動障害がみられるが,その症状は顕著であるため5),過去に強膜内陥術の既往がある症例に著しい眼球運動障害がみられた場合はマイラゲルの使用を疑う必要がある.治療としてはマイラゲルの摘出がある.手術を行う際はマイラゲルの位置および膨化の程度を確認するためにMRI撮影が有効であるとされている3.5).今回の2症例はともに過去の手術記録が残っていたため,マイラゲルの位置を推定できた.しかしながら,膨化したマイラゲルは当時の縫着部位を超えて大幅に拡大していたことがMRIにて術前に判明しており,とくに症例2においてはマイラゲルが下直筋の外側を通り下鼻側まで伸展していた.このことが術前に確認できていたため,手術の際は摘出に適した切開位置を選択し,下直筋を指標としてマイラゲルにアプローチすることが可能であった.さらにマイラゲルは断片化していたが,取り残すことなく下鼻側の断端まで廓清することができた.長期間経過したマイラゲルは膨化・変性し脆弱化しており,摘出する際は鑷子で把持することができず,ちぎれて断片化してしまうため,鋭匙や冷凍凝固プローブを用いることが推奨されている9).また,マイラゲルと接していた強膜が菲薄化している場合や,マイラゲルが変性して強膜と癒着している場合があり,摘出の際に強膜を損傷する恐れがある3,8).今回の2症例では前述の器具を用いたところ断片化したものを一つひとつ確実に除去することが比較的容易となり,また強膜穿孔などの合併症を起こすことなく摘出することができた.マイラゲルの摘出術後に眼球運動障害や複視の残存がみられるとの報告もあるが10),今回の2症例は強膜内陥術後20(133)AB図3症例2の9方向眼位A:左上斜視が顕著で,下転障害を主とする眼球運動制限がみられる.B:術翌日.左上斜視,内転・外転・下転障害の改善を認める.年以上と相当長期間経過していたにもかかわらず,摘出術後早期に眼球運動障害の著明な改善が得られ,複視の自覚はみられなかった.他のバックル材料による眼球運動障害は結膜やTenon.に侵襲する脂肪癒着症候群がおもな原因と考えられているが11.13),マイラゲルにおいては膨化による容積増大に伴う機械的な可動制限が主因であるために,このような早期の劇的な改善が得られたものと推察される.強膜内陥術にマイラゲルを使用された患者は,現在術後10年以上経過していると考えられる.今回筆者らが経験した2症例も術後20年以上が経過していた.これほどの長期間を経過した症例でも,マイラゲルを摘出することにより眼球運動障害の改善が期待できるため,マイラゲルを使用した強膜内陥術の既往がある場合は長期にわたる経過観察を行い,可能であれば摘出を考慮することが望ましいと考えられる.あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151361 文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,2)MarinJF,TolentinoFI,RefojoMFetal:Long-termcomplicationsoftheMAIhydrogelintrascleralbucklingimplant.ArchOphthalmol110:86-88,19923)江崎雄也,加藤亜紀,水谷武史ほか:MIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例.あたらしい眼科30:16331638,20134)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19975)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20036)OshitariK,HidaT,OkadaAAetal:Long-termcomplicationsofhydrogelbuckles.Retina23:257-261,20037)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgelR(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療法の検討.眼臨紀3:12411244,20108)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53:103-111,20119)LeRouicJF,BejjaniRA,ChauvaudD:CryoextractionofepiscleralMIRAgelRbuckleelements.Anewtechniquetoreducefragmentation.OphthalmolSurgLasers33:237239,200210)星野健,松原孝,福島伊知郎ほか:ハイドロジェル(MIRAgelR)を使用した網膜.離手術の術後晩期合併症とその発症頻度についての検討.臨眼59:47-53,200511)HwongJM,WrightKW:Combinedstudyonthecausesofstrabismusaftertheretinalsurgery.KoreanJOphthalmol8:83-91,199412)黒川歳雄,大塚啓子,渕田有里子ほか:網膜.離に対する強膜バックリング術前後での眼位変化.臨眼56:15571562,200213)WrightKW:Thefatadherencesyndromeandstrabismusafterretinaldetachmentsurgery.Ophthalmology93:411-415,1986***1362あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(134)

強度近視として経過観察されていた完全型先天停在性夜盲の1例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1355.1358,2015c強度近視として経過観察されていた完全型先天停在性夜盲の1例福永とも子松宮亘中村誠神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野ACaseofCompleteCongenitalStationaryNightBlindnessDiagnosedasHighMyopiaTomokoFukunaga,WataruMatsumiyaandMakotoNakamuraDivisionofOphthalmology,DepartmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine完全型先天停在性夜盲の1例を経験したので報告する.症例は35歳,男性.既往歴として両眼強度近視による屈折弱視と小学生の頃からの夜盲.家族歴として夜盲と強度近視がある.現症として視力は右眼(0.4×.23D),左眼(0.3×.20D).眼軸長は右眼28.97mm,左眼28.78mm.眼軸長に比べ近視が強く,説明のつかない強度近視を呈していた.錐体一相型の暗順応を示し,錐体ERG(網膜電図)では良好な反応を示したが,全視野ERGでは陰性波形とb波の消失があり,杆体反応・律動小波・長時間刺激によるon応答の消失がみられた.以上の杆体機能中心の障害とon型双極細胞の機能不全と臨床症状より,完全型先天停在性夜盲と診断した.眼軸長に見合わない強度近視を呈する症例には,完全型先天停在性夜盲が潜んでいる可能性があるため,網膜電図などの電気生理学的な検査の施行を考慮すべきである.A35-year-oldmanpresentedwithrefractiveamblyopiawithhighmyopiaandnightblindnessfromelementaryschoolageandfamilyhistoryofhighmyopiaandnightblindness.Uponexamination,hisrespectivebest-correctedvisualacuityandaxiallengthwere0.4with.23.0diopters(D)sphericalequivalentand28.97mmintherighteyeand0.3with.20.0Dsphericalequivalentand28.78mminthelefteye.Hishighmyopiawasnotrelatedtoaxiallength.Electroretinography(ERG)testingrevealeddisappearanceoftheb-waveresultinginanegativeshape,rodresponse,oscillitatorypotentialwaves,andon-responsebylong-durationflashERG.Wesubsequentlydiagnosedthepatientascompletecongenitalstationarynightblindness(CSNB)duetotheabsenceofrodfunction,dysfunctionoftheON-bipolarcell,andhisclinicalmanifestation.Thefindingsofthisstudyshowthatincasesofhighmyopiaunrelatedtoaxiallength,electrophysiologicaltesting,suchasanERG,shouldbeperformedinordertopreventmisdiagnosingCSNB.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1355.1358,2015〕Keywords:完全型先天停在性夜盲,強度近視,錐体一相型暗順応,網膜電図,on型双極細胞.completetypeofthecongenitalstationarynightblindness,highmyopia,cone-monophasicdarkadaptation,electroretinogram,onbipolarcell.はじめに眼底が正常でありながら,網膜電図が陰性型を示す疾患として先天停在性夜盲がある1,2).杆体機能が消失した完全型と杆体機能が残存した不全型に分類され,完全型は,on型双極細胞機能不全があるため夜盲を訴える2,3).強度近視を伴うため,幼少時に近視性弱視として経過観察される例もあり,見逃しやすい疾患である.この度,網膜電図が鑑別に有用であった1例を経験したので報告する.I症例患者:35歳,男性.主訴:両眼の夜盲,視力低下.既往歴:なし.現病歴:小学時より両眼視力不良で,暗いところが見えに〔別刷請求先〕福永とも子:〒650-0017兵庫県神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野Reprintrequests:TomokoFukunaga,DivisionofOphthalmology,DepertmentofSurgery,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-1Kusunoki-cho,Chuo-ku,KobeCity,Hyogo650-0017,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(127)1355 図1両眼底写真左:右眼,右:左眼.図2OCT画像上段:右眼,下段:左眼.くく,中学時は視力(0.7)だった.弱視のため視力が上がることはないといわれ,その後,通院を自己中断.3年前より視力低下が進行したため,2013年1月7日神戸大学病院を受診した.家族歴:患者の父方の祖父母は近親婚(従妹婚であるかどうかは不明).祖父・父・叔父・兄は夜盲と強度近視あり.父は緑内障で点眼加療中である.初診時所見:VD=0.01(0.4×.23.0D(cyl.2.0DAx30°)VS=0.01(0.3×.20.0D(cyl.1.5DAx170°)眼軸長は右眼28.97mm,左眼28.78mm.眼圧は両眼ともに14mmHgと正常範囲内,前眼部および中間透光体の異常はなし.眼底は,豹紋状眼底で,近視性視神経乳頭を呈し,1乳頭径以上の乳頭周囲脈絡網膜萎縮巣がみられた(図1).検査所見:光干渉断層計(OCT)ではellipsoidzoneは鮮明で,網膜内層構造も保たれていた(図2).Goldmann視野計で不規則な耳側視野狭窄がみられた.暗順応最終閾値は上図3暗順応の結果上段:正常対照,下段:本症例.矢印:Kohlraush屈曲点.昇しており,Kohlrausch屈曲点は消失し,錐体応答を示す1次曲線のみみられた(図3).網膜電図(ERG):トロピカミド,フェニレフリン塩酸塩点眼で両眼を極大散瞳し,30分間の暗順応後,メーヨー社製のBrain-Allen型電極(LED電極EW-102)を用い,国際臨床視覚電気生理学会のプロトコールに従って刺激し,日本光電社製NeuropackMEB-9104を用いて記録した.杆体系・混合応答を記録,10分間の明順応後,錐体応答(単一刺激・30Hzフリッカ刺激)ならびに長時間刺激ERGを記録した.多局所ERGは,VERISScienceを用いて記録した.錐体応答は単一刺激ならびに30Hzフリッカ刺激とともに良好な反応を示したが,混合応答では陰性波形と律動小波の消失,杆体応答は消失していた(図4).長時間刺激を用いて記録した錐体応答では,b波の消失と1356あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(128) A100μV100μVBD図4全視野ERGいずれも左:正常対照,右:本症例.A:錐体応答(単一刺激).症例では律動小波はみられず,b波の振幅はやや減弱しているも,正常波形に近い.B:錐体応答(フリッカ刺激).ほぼ正常波形を呈している.C:混合応答.症例では陰性波形を呈している.D:杆体応答.症例では消失している.d波の増大,すなわちon応答の消失がみられた(図5).多局所ERGでは局所的に応答密度の非特異的な低下を示した(図6).II考按この症例は,強度近視による両眼屈折弱視として経過観察されていたが,小児期から夜盲を自覚していた若年男性である.家族には夜盲のある兄弟や親戚があり,強度近視家系で,症例は網膜の器質的異常はなかったため,先天停在性夜盲を疑い,電気生理的検査を施行した.暗順応計にて錐体一相型の暗順応を示し,ERGの混合応答での陰性波形と律動小波の消失,杆体応答の消失,錐体応答の温存,長時間刺激ERGにて,b波の消失とd波の増大がみられた.以上より,錐体機能の保持と杆体機能・on型双極細胞機能不全が存在することが示され,完全型先天停在性夜盲と確定診断した1.3).完全型先天停在性夜盲はかつてSchubert-Bornschein型と一括されていた先天停在性夜盲の亜型を,三宅らが電気生理学的検査,とりわけ長時間刺激錐体ERGで完全型と不全型に区分したものである1.3).その後,完全型先天停在性夜盲の原因遺伝子として,現在まで5つの遺伝子(NYX,GRM6,TRPM1,GPR179,LRIT34.7))が発見されている.これらの遺伝子はすべて視細胞からon型双極細胞への信号伝達あるいはシナプス形成に関係する遺伝子であることがわかっている.これらの遺伝子に異常があると,視細胞からon型双極細胞に信号が伝達されないために,患者は杆体機能を失い,重症の夜盲を呈することが知られている.臨床的には強度近視を呈するもの(129)100μV100μV図5長時間ERG左:正常対照,右:本症例.症例では,a波とd波は検出されるが,b波は検出されない.d波は逆に強調されている(矢印).図6多局所ERG左:3Dプロット,右:波形一覧.上段:右眼,下段:左眼.両眼とも応答密度の減弱を認める.の,眼底は近視性変化以外には特異的変化がなく,OCTでも網膜外層の異常が検出されない.このため,原因不明の視力低下ないしは,本症例のように強度近視による屈折弱視と見誤られることがある.今回筆者らは,完全型先天停在性夜盲の患者から多局所ERGを記録した.その結果,全体的に振幅はよく保たれていたものの,振幅が低下している部分もみられた.これについては,強度近視に伴う網脈絡膜萎縮によるものと考えられた.完全型先天停在性夜盲の多局所ERGについては,過去にKondoら8)の報告があり,潜時は若干遅れるものの,振幅は全体的によく保たれていると述べており,筆者らの症例の所見もこれに一致していると考えられた.このように,眼軸長に不釣り合いな強度近視症例においては,問診にて夜盲の存在を確認し,積極的に電気生理学検査を行って確定診断を行うべきと考えられた.文献1)MiyakeY,YagasakiK,HoriguchiMetal:Congenitalstationarynight-blindnesswithnegativeelectroretinogram.Anewclassification.ArchOphthalmol104:1013-1020,19862)三宅養三:あたらしい疾患概念の確立─先天停在性夜盲のあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151357 完全型と不全型.日眼会誌106:737-755,20023)MiyakeY,YagasakiK,HoriguchiMetal:On-andoff-responsesinphotopicelectroretinogramincompleteandincompletetypesofcongenitalstationarynightblindness.JpnJOphthalmol31:81-87,19874)DryjaTP,McGeeTL,BersonELetal:NightblindnessandabnormalconeelectroretinogramONresponsesinpatientswithmutationsintheGRM6geneencodingmGluR6.ProcNatlAcadSciUSA102:4884-4889,20055)AudoI,KohlS,LeroyBPetal:TRPM1ismutatedinpatientswithautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet85:720729,20096)AudoI,BujakowskaK,OrhanEetal:Whole-exomesequencingidentifiesmutationsinGPR179leadingtoautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet90:321-330,20127)ZeitzC,JacobsonSG,HamelCPetal:Whole-exomesequencingidentifiesLRIT3mutationsasacauseofautosomal-recessivecompletecongenitalstationarynightblindness.AmJHumGenet92:67-75,20138)KondoM,MiyakeY,KondoNetal:MultifocalERGfindingsincompletetypecongenitalstationarynightblindness.InvestOphthalmolVisSci42:1342-1348,2001***1358あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(130)

網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1349.1354,2015c網膜色素変性症の羞明生起における特異的波長山田明子*1,2新井田孝裕*2靭負正雄*2仲泊聡*1*1国立障害者リハビリテーションセンター病院*2国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻視機能療法学分野WavelengthPropertyCausingPhotophobiainRetinitisPigmentosaPatientsAkikoYamada1),TakahiroNiida2),MasaoYukie2)andSatoshiNakadomari1)1)Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,2)DivisionofOrthopticsandVisualSciences,Master’sPrograminHealthSciences,GraduateSchoolofHealthandWelfareSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)患者の羞明に特異的な波長光について検討した.対象を直径2°以上の中心視野を有するRP患者20名(RP群)と晴眼者20名(統制群)とし,直径2°円形の単波長刺激(6波長,各波長2段階の強さの12種)を暗室内で擬似ランダムに呈示し,羞明の程度を9段階(1:「眩しさを感じない」から9:「耐えられない眩しさ」まで)から主観的に評価してもらった.群間比較では,RP群は統制群に比べて,484nm0.50logcd/m2時の評価値が有意に高く(p<0.05),9段階の評価値のうち眩しさが強いことを示す「5」以上と評価した人数が有意に多かった(p<0.05).波長間比較では,両群ともに短波長時の評価値が長波長時に比べて有意に高く(p<0.05),RP群は統制群にはみられない484nm時の評価値が高くなる傾向が示された.両群ともに短波長光を遮光することが羞明軽減に有効であり,特にRP患者の遮光眼鏡選定には,484nm付近の波長を考慮に入れた選定の必要性が示唆された.Inthisstudy,weinvestigatedthewavelengthpropertycausingphotophobiainretinitispigmentosa(RP)patients.TwentyRPpatientswith2degreesormoreofcentralvisualfield(RPgroup)and20age-matchedsubjectswithnormalvision(controlgroup)werepresented,pseudo-randomly,with12narrow-bandlightstimuliof2degreesdiameter(twonearluminanceconditionsbysixdifferentwavelengths)inadarkbackground.Subjectsassessedtheseverityofphotophobiaviaasubjectivenine-gradescore(grade1:noglaretograde9:mostintolerable).Thescorefor484nm,0.50logcd/m2intheRPgroupwassignificantlyhigh,andthenumberofRPpatientswhoevaluated5orgreaterwassignificantlylargerthanthatinthecontrolgroup(p<0.05).Inbothgroups,theshort-wavelengthscorewassignificantlyhigherthanthelong-wavelengthscore(p<0.05),andthatof484nmtendedtobehighintheRPgroup.Theresultsofthisstudysuggestthatcuttingshort-wavelengthlightiseffectiveforreducingphotophobia,andinparticular,cuttingaround484nmshouldbeconsideredwhenselectingatintedfilterforRPpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1349.1354,2015〕Keywords:網膜色素変性症,羞明,484nm,遮光眼鏡.retinitispigmentosa,photophobia,484nm,tintedfilter.はじめにロービジョンケアでは,多くの患者が羞明を訴え,その羞明を軽減させるために遮光眼鏡の選定が行われている.羞明をきたす疾患は多岐にわたるが,それぞれの疾患でなぜ羞明が生じるのかといった原因やメカニズムは明らかにされていない.羞明の神経学的メカニズムについては,パラソル細胞や小型二層性神経節細胞を介した神経経路1)や,視交叉部2),後頭葉底部3),メラノプシン含有神経節細胞4)が羞明に関与する可能性が報告されているが,いまだそのメカニズムの全容解明には至っていない.一方,羞明を軽減させる視覚補助具として用いられる遮光眼鏡とは,短波長光が散乱しやすいという理由から,短波長光を選択的に遮光するものが一般的であるが,短波長光がどのような視覚情報伝達によって眩しさを感じるのかは明らかではない.〔別刷請求先〕山田明子:〒359-8555埼玉県所沢市並木4丁目1番地国立障害者リハビリテーションセンター病院Reprintrequests:AkikoYamada,Hospital,NationalRehabilitationCenterforPersonswithDisabilities,4-1Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8555,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(121)1349 また,遮光眼鏡の選定方法においても,いまだ客観的で統一した方法は確立されていない.その理由としては,羞明そのものが自覚症状であり,客観的に評価することが困難であるということがあげられる.本研究では,羞明を訴える多くの疾患のなかで,さまざまな場面でこれを感じているとされる5)網膜色素変性症(retinitispigmentosa:RP)患者を対象とした.多くのRP患者は,診断初期から羞明を訴え,視力や視野が低下しても,なお羞明を訴えることが多い.しかし,「RP患者がなぜ眩しさを感じるのか」「どのような波長に対して眩しさを感じるのか」というRP患者の羞明の実態や原因,発生機序は明らかにされていない.そこで,それを明らかにする手がかりを得るために,動的量的視野検査のV/4視標で直径2°以上の中心視野を有するRP患者と晴眼者に波長の異なる光を呈示し,中心視での羞明の主観的評価を比較した.中心視野が保たれているRP患者が,可視光線領域のどの波長に眩しさを感じるのかを実験的に明らかにし,RP患者の羞明に特異的な波長について検討した.I対象および方法1.対象対象は,RP患者20名(RP群)と晴眼者20名(統制群)とした.RP群は,国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科を受診し,RPと屈折異常以外の眼疾患および身体障害が認められなかった20名20眼(男性10名,女性10名),平均年齢50.8±12.5歳(28.69歳)とした.また,Goldmann視野計の最大視標であるV/4視標(視標面積:64mm2,視標輝度:1,000asb)で,直径2°以上の中心視野を有する者とした.RP群の良いほうの眼の矯正視力は,小数視力0.06から1.2(中央値:0.45)であった.統制群は,屈折異常以外に特記すべき眼疾患のない者20CDBAXeランプ30cmEBAC眼M50cm図1色光刺激装置(RF2,ニデック社製)光学的構造A:干渉フィルター,B:NDフィルター,C:シャッター,D:パターン,E:絞り,M:ミキシングチューブ.1350あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015名20眼(男性10名,女性10名),平均年齢48.8±14.1歳(23.67歳)とした.統制群の良いほうの眼の矯正視力は,全員小数視力1.2であった.なお,白内障手術後の眼内レンズ挿入眼はRP群20名中8名(7名は着色レンズ,1名はレンズ詳細不明),統制群20名中3名(レンズ詳細不明)であった.2.実験装置単波長光を呈示するために,色光刺激装置(RF2,ニデック社製,図1)を使用した.刺激光は,75Wのキセノン(Xe)ランプを光源とした.検査光路に干渉フィルター(中心波長が400.700nmまで20nmおきのバンドパスフィルター16枚使用)を置き,NDフィルターで等エネルギーとした6).そして,刺激光をミキシングチューブで1点に集光し,黒背景に直径2°の円形視標として呈示した.刺激光のピーク波長は,中心視に関連する423nm(短波長感受性錐体最大感度波長付近),465nm(黄斑色素最大吸収波長付近),484nm(メラノプシン含有神経節細胞最大感度波長付近)544nm(中波長感受性錐体最大感度波長付近),566nm(長波長(,)感受性錐体最大感度波長付近),630nm(長波長感受性錐体の長波長側周辺感受域波長)の6種類とした.刺激光の輝度は,コニカミノルタ社製,分光放射輝度計(CS2000)を用いて測定した.423nmの刺激光において,色光刺激装置で呈示することのできる最大輝度2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)付近の輝度とし,被験者の負担を最小限に抑えるため,分析時に線形補完による計算が可能となる最低単位である2条件を使用した(表1).3.実験手順被験者は,暗室内に置かれた色光刺激装置の顎台で頭部を固定し,裸眼で刺激光を観察した.観察眼は矯正視力の良いほうの眼とし,左右眼の視力が同一の場合には,被験者が自覚的に見やすいほうの眼とした.テスト刺激光の呈示を開始する前に,先行研究7)より眩しさを生じさせにくいと考えられる長波長光である630nmの光を,表1に示したテスト光の輝度よりも低い2.0cd/m2(対数輝度:0.30logcd/m2)の輝度で呈示し,接眼鏡の視度調整と被験者の固視状態を確認した.光に対する固視を確認した後,5分間の暗順応を行った.暗順応の後,表1に示した12種類の色光(6種類の単波長×2条件の輝度)を呈示した.刺激呈示順序は,被験者によって異なるよう擬似ランダムとし,カウンターバランスをとった.被験者には,羞明の有無,程度について表2に示した9段階の評価尺度7)から主観的に評価して口頭で答えるよう教示した.各波長光の呈示時間は最長5秒間とし,被験者が主観的評価を口頭で答えた時点で呈示終了とした.呈示間隔は1分間とし,その間は真っ暗な無光状態とした.被験者に(122) 表1呈示刺激の輝度レベルcd/m2(対数輝度:表2羞明の主観的評価尺度logcd/m2)評価値眩しさのレベルレベル1レベル2423nm2.70(0.43)2.07(0.32)465nm3.39(0.53)2.68(0.43)484nm3.19(0.50)2.29(0.36)544nm3.25(0.51)2.60(0.41)566nm3.07(0.57)2.42(0.38)630nm3.49(0.54)2.89(0.46)1眩しさを感じない23充分に許容できる眩しさ45許容できる限界の眩しさ67気にさわる眩しさ89耐えられない眩しさは,その間,「眼を閉じて,休めてもよい」と教示した.998423nm465nm0.530.43対数輝度(logcd/m2)84.分析方法本実験では,使用した色光刺激装置の構造上,波長間での厳密な等輝度化ができなかった.そこで,各波長の2つの輝度条件の結果から各被験者の2.7cd/m2(対数輝度0.43log765432765432主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値主観的評価値11cd/m2)に対する主観的評価値を以下の線形補完によって推00定し,これを分析に用いた.まず初めに,縦軸に評価値,横軸に輝度となる図上に2条990.430.32対数輝度(logcd/m2)*1bへ代入することで,2点を結んだ直線式を求めた.本研究010では,この直線式から導かれる線上に0.43logcd/m2時の評484nm0.5544nm0.51価値があると仮定し,Xに0.43を代入して0.43logcd/m29対数輝度(logcd/m2)対数輝度(logcd/m2)0.360.41988件の輝度で測定された評価値をプロットし,その2点を結ん77だ直線をY=aX+bと仮定した.そして,この式の2条件6655の輝度で測定された評価値をそれぞれ,Xに輝度,Yに評価4433値を代入して,連立方程式を解き,aとbを求め,Y=aX+22時の評価値を求めた.統計学的検討には,群間比較では,Mann-WhitneyのU検定,群間での人数の比較では2群の比率の差の検定を,波長間検定では,Kruskal-Wallis検定を用いた.II結果1.群間における色光刺激に対する主観的評価の比較統制群とRP群において,12種類の光刺激に対する主観的評価値の中央値を比較した結果を図2に示す.RP群は,統制群に比べて484nmの対数輝度0.50logcd/m2時,630nmの対数輝度0.46logcd/m2において主観的評価値が有意に高かった.しかし,その他の刺激光については,本実験で用いた輝度では群間に差はみられなかった.また,各光刺激の主観的評価値が,白内障手術後に使用する眼内レンズの影響を受けていないかを調べるために,RP群,統制群それぞれにおいて,眼内レンズ挿入眼者と眼内レンズ非装用眼者で各波長における主観的評価値の中央値について比較した.その結果,RP群,統制群ともに眼内レンズ挿入眼者と眼内レンズ非挿入眼者の間には,羞明の評価値に有意な差はみられなかった.(123)630nm*11000.540.46対数輝度(logcd/m2)■統制群(n=20)■RP群(n=20)図2統制群およびRP群の各刺激光に対する主観的評価値中央値の比較RP群は,統制群に比べて484nmの対数輝度0.50logcd/m2時,630nmの対数輝度0.46logcd/m2において主観的評価値が有意に高かった.*p<0.05(Mann-WhitneyのU検定)つぎに,統制群とRP群において,等輝度の波長に対する評価値の違いを推定するために,線形補完から推測された2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の各波長の評価値を全被験者で求め,評価値「5:許容できる限界の眩しさ」以上を示した人数について比較した(図3).484nmにおいて,RP群は統制群に比べ,「5」以上と評あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151351566nm887766554433220.570.38対数輝度(logcd/m2) 統制群(n=20)RP群(n=20)9108786*************主観的評価値645432人数2100423465484544566630423465484544566630波長(nm)波長(nm)図3羞明の主観的評価を「5」以上と評価した人数の比率図5RP群の各波長における主観的評価値中央値の比較484nmにおいて,RP群は統制群に比べ,「5」以上と評(n=20)価した人数が有意に多かった(p<0.05).*p<0.05(2群**p<0.01,*p<0.05(Kruskal-Wallis検定)の比率の差の検定)央値は4,465nmでは2,484nmでは3.5,544nmでは2,566nm,630nmでは1を示した.各波長間の評価値を比較*******すると,423nmは465nm,544nm,566nm,630nmに対9して,484nmは,544nm,566nm,630nmに対して有意87**に高い評価値を認めた.その他の波長間においては,有意差6はみられなかった.5******主観的評価値4III考察32*本研究の結果から,晴眼者では423nm,465nm,484nm1といった500nm以下の短波長光で長波長に比べて眩しさを0423465484544566630感じやすいことが示された.そして,RP患者においても波長(nm)423nm,484nmの短波長光で羞明を感じやすいことが示された.これらの結果は,木村ら7)やStringhamら1)の晴眼者図4統制群の各波長における主観的評価値中央値の比較(n=20)**p<0.01,*p<0.05(Kruskal-Wallis検定)価した人数が有意に多かった.しかし,他の波長においては群間に差はなかった.2.各群における色光刺激に対する主観的評価の波長間比較統制群とRP群それぞれにおいて,波長間の特徴を比較するために,2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の線形補完から推測された評価値の中央値を求めた.統制群の結果を図4に示す.423nmにおける評価値の中央値は4,465nmは3,484nmでは2.75,544nmでは1.5,566nmでは1,630nmでは1であった.各波長間の評価値について比較したところ,423nmは484nm,544nm,566nm,630nmに対して,465nmは544nm,566nm,630nmに対して,484nmは566nm,630nmに対して有意に高い評価値を認めた.その他の波長間において有意差はみられなかった.一方,RP群の2.7cd/m2(対数輝度:0.43logcd/m2)時の評価値の中央値を図5に示す.423nmにおける評価値の中1352あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015を対象にした研究結果と一致していた.Stringhamら1)の研究では,短波長のなかでも460nm付近の波長においては,他の短波長光に比べて,羞明を感じにくいことを報告し,その理由として,460nmの光をピークに短波長光を吸収する黄斑色素の影響について指摘している.今回の結果では,晴眼者においては,呈示光の輝度が比較的に低かったためか465nmでの評価値が他の短波長光に比べて低い傾向はみられなかったが,RP患者においては,他の短波長光に比べて465nmで評価値が低くなる傾向がみられ,Stringhamら1)が示した結果と一致した.黄斑色素は,ルテインとゼアキサンチンという2種類のカロチノイドからなり,網膜の中心窩部分に存在し,460nmを最大吸収波長として短波長光を吸収することがよく知られている8).そして,黄斑色素密度は個人差が大きいため正確な正常値は示されておらず,疾患との関連についての研究も少ないのが現状である.よって,RP患者の黄斑色素の状態は明らかではないが,今回の結果からRP患者における羞明と黄斑色素との関連性について今後,検討が必要と思われた.つぎに,RP患者の羞明に特異的な波長について検討した.RP患者は,計算から求めた2.7cd/m2時の評価値を使用し(124) た各波長間の比較では,484nmに対する主観的評価値が,統制群ではみられない423nm時に匹敵する高い評価値を示した.さらに,刺激光をより眩しいと評価していると思われる評価値「5:許容できる限界の眩しさ」以上を示した人数の比率を比較した結果でも,RP群は,統制群に比べて484nmにおいて「5」以上を示す人数が有意に高く,484nmの光で眩しさを感じることが示された.以上の結果からRP群では,484nmの光において羞明を感じるメカニズムが存在するのではないかと考えることができる.本実験では直径2°の光刺激を呈示し,その光を見てもらう方法を用いた.中心窩の直径2°に存在する視細胞の分布については,錐体細胞の多くが存在し,杆体細胞は中心窩直径1°内には,存在しないとされている9).そして,錐体細胞の分布については,従来,短波長感受性錐体(以下,S錐体)は中心窩付近には存在しないとされていたが,Curcioら10)の中心窩のS錐体の分布の研究により,直径2°内にも多くのS錐体が存在することが示された.以上のことから,晴眼者の場合には,中心窩を含む直径2°内には,すべての視細胞が存在していることがわかる.一方,RP患者では,疾患初期から,杆体の変性が生じることが知られている11).本研究のRP患者においても,診察時の問診からすべての被験者が夜盲を訴えており,杆体変性に伴う杆体の機能低下が生じていたと考えることができる.よって,RP患者においては,機能すべき杆体が変性し,光を受容することができず,錐体が光をおもに受容し,網膜神経節細胞へ信号を送っていると推測できる.堀口12)は,網膜色素変性症で生じる羞明のような視細胞変性による羞明に対する一つの仮説として,「1.視細胞変性のため,網膜神経節細胞の入力量が変化して,2.これらの神経節細胞が過敏性を獲得する.3.その結果,閾値が低下するという除神経性過敏が起こる.4.閾値が低下した神経節細胞は屋内光などの弱い入力でも容易に興奮し,脳への出力が増加するために羞明を感じる」と述べている.RP患者で特異的に羞明を生じやすかった484nmは,メラノプシン含有神経節細胞の最大感度波長だけではなく,杆体の最大感度波長付近にも近い.したがって,484nm時の評価値で有意差がみられた理由としては,杆体と錐体の両者と連絡のある神経節細胞が,RPによる杆体の変性から生じた錐体からの入力に対して除神経過敏を生じたのかもしれない.一方,メラノプシン含有神経節細胞は484nmでの感受性が高く,RP患者でも障害されにくいことから,484nm時の羞明の理由として検討すべき候補と考えることもできる.しかし,メラノプシン含有神経節細胞が高輝度で作動すること13),神経節細胞が中心窩の外縁に多く分布すること14)を考慮すると,今回の実験で用いた中心2°と2.7cd/m2という刺激条件からは,その可能性は高くないと思われる.(125)また,630nmの刺激光に対する統制群とRP群の間にみられた有意差(図2)については,RP群においてL錐体からの入力が羞明に何らかの影響を与えていることが推察されるが,そのメカニズムについてはまったく不明である.しかし,RP群の被験者は,FarnsworthDichotomousTestPanelD-15(LUNEAU社製)での色覚検査において,20名中17名がなんらかの色覚異常を示していたことから,RP群の被験者は,杆体だけではなく,いずれかの錐体にも変性が生じていたことが考えられる.したがって,錐体の変性に伴い網膜神経節細胞の入力量が変化し,除神経性過敏が生じていたと考えることができるかもしれない.今後,症例数を増やし,色覚異常のタイプによる詳細な分析が必要と思われた.今まで,RP患者の羞明軽減には,短波長光が散乱しやすいという理由や,短波長による光障害からの防御という目的から,短波長をカットする遮光眼鏡が一般的に用いられてきたが,RP患者にとって,短波長光が長波長光に比べて眩しさを感じることを示す研究や,短波長を遮光する遮光眼鏡の有効性を示す研究はなかった.今回の結果から,RP患者においても短波長の光において,長波長に比べて羞明を感じやすいことが明らかにされ,特に484nm付近の波長において有意に評価値が高くなることが示された.これによりRP患者の羞明の軽減には,短波長光を遮光する遮光眼鏡が有効であること,484nmの波長を考慮に入れた選定が必要であることが示唆された.今後,さらにRPによって生じる羞明の詳細な実態を明らかにするためには,症例を重ね,遺伝子タイプや視機能と羞明の関連についても検証する必要があると思われた.文献1)StringhamJM,FuldK,WenzelAJ:Actionspectrumforphotophobia.JOptSocAmAOptImageSciVis20:1852-1858,20032)豊口光子,大平明彦,河野智子ほか:羞明が初発症状となった視交叉部への神経膠腫浸潤.あたらしい眼科22:1583-1585,20053)HoriguchiH,KuboH,NakadomariS:Lackofphotophobiaassociatedwithbilateralventraloccipitallesion.JpnJOphthalmol55:301-303,20114)NosedaR,KainzV,JakubowskiMetal:Aneuralmechanismforexacerbationofheadachebylight.NatNeurosci13:239-245,20105)郷家和子:網膜色素変性用眼鏡.眼科診療プラクティス49眼鏡処方,p54-55,文光堂,19996)石田みさ子,..島謙次,三輪まり枝ほか:黄色眼内レンズのスぺクトル感度に及ぼす影響.日眼会誌98:192-196,19947)木村能子,阿山みよし:LEDに対する眩しさ感の年齢差に関する研究.照明学会誌94:120-123,20108)尾花明:黄斑色素量.眼科診療プラクティス25眼のバあたらしい眼科Vol.32,No.9,20151353 イオメトリー眼を正確に測定する,p345-351,文光堂,9)RodieckRW:TheFirstStepsinSeeing.p206,SinauerAssociates,SunderlandUSA,199810)CurcioCA,AllenKA,SloanKRetal:Distributionandmorphologyofhumanconephotoreceptorsstainedwithanti-bluopsin.JCompNeurol312:610-624,199111)中村誠:網膜色素変性症とその類縁疾患の診断法.眼科ケア27:92-99,200912)堀口浩史:遮光眼鏡と羞明─分光分布から羞明を考える.あたらしい眼科30:1093-1100,201313)堀口浩史,仲泊聡:羞明の科学─遮光眼鏡適合判定のために.視覚の科学31:71-81,201014)福田裕美:メラノプシン網膜神経節細胞に関する研究.日本生理人類学会誌16:31-37,2011***1354あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(126)