特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):801.805,2016特集●屈折矯正を見直す!あたらしい眼科33(6):801.805,2016多重焦点眼鏡による近視進行抑制MultifocalSpectaclesforControllingMyopiaProgression神田寛行*不二門尚*I近視進行抑制の意義文部科学省の最新の調査報告によると,裸眼視力1.0未満の小学生の割合は30.97%,中学生では54.05%と報告されている(平成27年度学校保健統計調査より).この割合は,年々増加の一途をたどっている.とくに今回の小学生の結果は過去最高を記録しており,30年前と比べて約1.7倍,10年前と比べても約1.2倍多い.おそらく,この裸眼視力低下の要因は,近視によるものが大半を占めると推察される.世界的にみても近視人口の割合は増加傾向を示している.Holdenらによるメタ解析によると,2000年の時点の近視の有病率が22.9%(推定値)に対して,2050年には全世界の49.8%の人々が近視に罹患すると予測されている1).社会の環境の変化が近視人口の増加に影響しているものと推察される.近視進行に伴う生体への影響は,単に裸眼視力の低下だけに留まらない.強度近視によって眼軸長が著しく延長した場合,眼球後極部の変形に伴い脈絡膜新生血管や黄斑円孔網膜.離などの近視性網膜症を発症する2).いわゆる病的近視である.障害者手帳の新規認定者を対象とした調査によると,第一級視覚障害(失明)に認定された方々の障害原因疾患のなかで病的近視は第4位(6.5%)を占める3).近視性網膜症はある一定の近視度数を超えると必ず発生するというものではなく,近視度数が大きくなるにつれ徐々に罹患率が上昇することが報告されている4).このほかにも,近視は正常眼圧緑内障や網膜.離など失明につながるさまざまな眼疾患のリスクファクターとしても知られている4).これらの事実は,最終的な近視の程度を低く抑えることができれば,その後の重度視覚障害のリスク軽減につながる可能性を示唆している.これが近視進行抑制の意義の一つである.さらに,単純近視の状態でも視機能の低下や網膜の構造変化をきたすことが近年の研究によって明らかになりつつある.たとえば,Stoimenovaらによると近視度数が高いほどコントラスト感度が低下する5).近視に伴うコントラスト感度低下の直接的な原因は未だ不明である.しかし,北口らは補償光学眼底カメラの試作機を用いて健康な成人被験者の視細胞密度を調査したところ,「近視度数と視細胞の密度」および「眼軸長と視細胞の密度」共に負の相関関係が認められたと報告している6).つまり,単純近視の状態であっても近視の程度が強いほど視細胞密度が低下することから,眼軸長延長によって生じた視細胞密度低下が網膜機能の低下を引き起こし,その結果コントラスト感度低下を生じたのではないかと考えることもできる.いずれにしても,単純近視であっても最終的な近視の程度をできるだけ小さく抑さえることは,視機能維持の点で重要あるといえよう.II網膜像のdefocusが近視進行に与える影響これまでに近視の発生機序を解明する目的で動物モデルを用いた研究が数多く行われてきた.それらの研究結*HiroyukiKanda&*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室〔別刷請求先〕神田寛行:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(41)801802あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(42)付加するとヒヨコ同様に眼軸長延長が促される9).LIMの実験結果は,網膜がdefocusの方向性を検知し,とくに遠視性のdefocusによって眼軸長延長が促されることを示している.それでは日常の環境において遠視性defocusはどのような要因で生じるのであろうか.その一つは近方視時に生じる調節ラグである.調節ラグとは調節力が十分にある若年者においても,近方視時に必要調節量よりも調節反応量が小さくなる状態のことである(図2).この生理的な低調節により,焦点が網膜後方にずれて,遠視性defocusを生む.Gwaizdaらは,近視学童では調節ラグが大きいことを報告し,この調節ラグが近視進行の要因ではないかと報告している10).遠視性defocusを生むもう一つの要因は,軸外収差である.多くの場合,視力を司る網膜黄斑部に比べて網膜周辺部では相対的に屈折度が遠視側にシフトしている(図3).この現象は近視眼によくみられる.加えて,一般の眼鏡レンズやコンタクトレンズは黄斑部の屈折矯正果から,“Blurtheory”が有力な説の一つとして受け入れられるようになった.これは,ピントの合っていないぼやけた網膜像,つまりdefocusした網膜像が眼軸長延長を促すというものである.この説の根拠となる代表的な研究に,ヒヨコを使った実験近視の研究がある7,8).成長過程のヒヨコの眼前に半透明の遮蔽板を装着して網膜像をdefocusさせた状態で飼育すると,眼軸長が延長し近視が誘発される.また,遮蔽板の代わりにレンズを使って網膜像をdefocusさせても,近視が誘発される.前者の実験近視は視性刺激遮断近視(form-deprivationmyopia:FDM),後者はレンズ誘発性近視(lens-inducedmyopia:LIM)とよばれる.正視眼にマイナスレンズを装用すると平行光線束は網膜後方に焦点を結び,遠視と同じ状況となる(図1a).一方,プラスレンズを装用すると網膜前方に焦点を結び,近視と同じ状況となる(図1b).興味深いことに,ヒヨコにおけるLIMではマイナスレンズを付加すると眼軸長が延長し,プラスレンズを付加すると眼軸長が短縮する8).霊長類を用いた研究ではプラスレンズ付加に伴う眼軸長短縮はみられないものの,マイナスレンズを図1レンズで生じるdefocusa:正視眼にマイナスレンズを装用すると遠視性defocus(点線部)を生む.b:正視眼にプラスレンズを装用すると近視性defocus(点線部)を生む.遠視性defocus近視性defocusab図2調節刺激に対する調節反応の例(9歳,女児)オートレフラクトメータの内部固視標を用いて調節刺激を行い,生じた調節反応をオートレフラクトメータで計測した.図中の灰色点が調節反応を示し,黒線が調節必要量を示す.調節必要量よりも調節反応がわずかに小さくなっていることがわかる(→).この生理的な低調節を調節ラグとよぶ.NIDEK製オートレフラクトメータARK-1sを用いて測定.-9-8-7-6-5-4-3-2-10-9-8-7-6-5-4-3-2-10調節反応(D)調節刺激(D)調節ラグ図1レンズで生じるdefocusa:正視眼にマイナスレンズを装用すると遠視性defocus(点線部)を生む.b:正視眼にプラスレンズを装用すると近視性defocus(点線部)を生む.遠視性defocus近視性defocusab図2調節刺激に対する調節反応の例(9歳,女児)オートレフラクトメータの内部固視標を用いて調節刺激を行い,生じた調節反応をオートレフラクトメータで計測した.図中の灰色点が調節反応を示し,黒線が調節必要量を示す.調節必要量よりも調節反応がわずかに小さくなっていることがわかる(→).この生理的な低調節を調節ラグとよぶ.NIDEK製オートレフラクトメータARK-1sを用いて測定.-9-8-7-6-5-4-3-2-10-9-8-7-6-5-4-3-2-10調節反応(D)調節刺激(D)調節ラグ3.00a2.00通常の単焦点レンズ遠視性defocus1.000.00-1.00右眼-2.00左眼-3.00-4.00-5.00-6.00等価球面屈折度数(D)視軸からのずれ量図3視軸からのずれ量と屈折度の関係の例(11歳,男児)青線は右眼の結果を,赤線は左眼の結果を示す.視軸から大きくずれるほど屈折度がプラス側にシフトしている様子がわかる.これはすなわちち,網膜周辺部は網膜黄斑部に比べて相対的に遠視側にシフトしていることを表している.グランドセイコー(現:シギヤ製作所GS事業部)製,両眼開放型オートレフラクトメータWR-5100Kを用いて測定.b軸外収差補正レンズ図4近視眼に対する屈折矯正時の結像状態を示す模式図a:単焦点レンズを使用した場合,網膜周辺部で遠視性defocusが生じる(点線部).b:軸外収差補正レンズでは,網膜周辺部の遠視性defocusは軽減されるように設計されている.abLensLenscontrolcontrol0.01.0MyoVisionMyoVision0.8平均眼軸長(mm)-0.5平均屈折度(D)0.6-1.00.4-1.50.2-2.0.0.5装用期間(年)エラーバー:95%信頼区間1.51.02.00.0.0.5装用期間(年)エラーバー:95%信頼区間1.51.02.0図5MyovVsionに対するの多施設共同臨床試験の結果a:屈折度の変化量の推移を示す.青線は単焦点レンズ装用群(比較対照)の結果,緑線はMyoVision装用群の結果を示す.b:眼軸長の変化量の推移を示す.こちらも同様に青線は単焦点レンズ装用群,緑線はMyoVision装用群を示す.屈折度および眼軸長共に両群の平均値に有意な差を認めなかった(エラーバーは95%信頼区間を示す).さらに18カ月の経過観察が行われた.試験の結果,PALは単焦点レンズに比べて,統計学的に有意な近視抑制効果を認めた.近視抑制効果は1年間あたり平均0.17Dだった.これは近視進行抑制率で約15%に相当する.国外でもPALを用いた臨床試験の結果は複数報告されており,それらのメタ解析の結果によるとPALの近視抑制効果は95%信頼区間で0.07.0.25D/年とのことである13).これは統計学的に有意な差ではあるが,臨床的に治療に用いるには効果はまだ十分とはいえない.2.軸外収差抑制レンズを用いた近視進行抑制の臨床研究CarlZeiss社は軸外収差抑制レンズとしてMyoVisionを開発した.MyoVisionは同心円状にプラスの加入度数が追加され,周辺部に行くほどに度数が強くなる.このレンズを使った眼鏡を装用して正面視をした場合,レンズ周囲の加入度数により網膜周辺部の焦点は前側に移動する(図4b).これにより,単焦点レンズでは解決できなかった網膜周辺部の遠視性defocusを矯正できると考えられている.PALとは使い方が異なり,MyoVi-804あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016sionでは遠方視時も近方視時もレンズ中心を使って対象物を見る.MyoVisionの臨床試験については中国人の小児(6.16歳)210名に対して前向き臨床試験が行われた14).この臨床試験では3種類のMyoVision(TypeI,II,III)について評価が実施された.TypeIとTypeIIのデザインは累進帯がレンズ中心を取り囲む回転対称となっており,それぞれの加入度数は+1Dと+2Dである.一方,TypeIIIはレンズ中央部に球面設計の部分の領域を有し,また累進帯の形状は非対称な環状となっている(加入度数は+1.9D).被験者は無作為にMyoVisionTypeI装用群(50名),TypeII装用群(60名),TypeIII装用群(50名),そして単焦点レンズ装用群(比較対照)(50名)の4群に割付けされ,12カ月間の経過観察が行われた.その結果,全体では統計学的に有意な近視抑制効果は認められなかったが,TypeIII装用群のサブグループ(50人中19人)で有意な近視抑制が認められた.このサブグループは,年齢が6.12歳で両親のうち少なくとも1人が近視であるという条件に該当する被検者群である.この群に対する近視進行抑制効果は単焦点レンズ装用群と比較して0.29D/年だった(抑制率で(44)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016805(45)文献1)HoldenBA,FrickeTR,WilsonDAetal:Globalpreva-lenceofmyopiaandhighmyopiaandtemporaltrendsfrom2000through2050.Ophthalmology00:00-00,20162)生野恭司:強度近視に伴う眼底疾患治療の進歩.日本眼科学会雑誌117:325-327,20133)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜萎縮・視神経萎縮に関する研究,平成17年度総括分担研究報告書,20064)FlitcroftDI:Thecomplexinteractionsofretinal,opticalandenvironmentalfactorsinmyopiaaetiology.ProgRetinEyeRes31:622-660,20125)StoimenovaBD:Theeffectofmyopiaoncontrastthresh-olds.InvestOphthalmolVisSci48:2371-2374,20076)KitaguchiY,BesshoK,YamaguchiTetal:Invivomea-surementsofconephotoreceptorspacinginmyopiceyesfromimagesobtainedbyanadaptiveopticsfunduscam-era.JpnJOphthalmol51:456-461,20077)WallmanJ,TurkelJ,TrachtmanJetal:Extrememyopiaproducedbymodestchangeinearlyvisualexperience.Science201:1249-1251,19788)FujikadoT,KawasakiY,SuzukiAetal:Retinalfunctionwithlens-inducedmyopiacomparedwithform-depriva-tionmyopiainchicks.GraefesArchClinExpOphthalmol235:320-324,19979)SmithEL3rd,HungLF:Theroleofopticaldefocusinregulatingrefractivedevelopmentininfantmonkeys.VisionRes39:1415-1435,199910)GwiazdaJ,ThornF,BauerJetal:Myopicchildrenshowinsufficientaccommodativeresponsetoblur.InvestOph-thalmolVisSci34:690-694,199311)CharmanWN;RadhakrishnanH:Peripheralrefractionandthedevelopmentofrefractiveerror:Areview.Oph-thalmicPhysiolOpt30:321-338,201012)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:Effectofprogres-siveadditionlensesonmyopiaprogressioninjapanesechildren:Aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200813)WallineJJ,LindsleyK,VedulsSSetal:Interventionstoslowprogressionofmyopiainchildren.CochraneDatabaseSystRevCD004916,201114)SankaridurgP,DonovanLetal:Spectaclelensesdesignedtoreduceprogressionofmyopia:12-monthresults.OptomVisSci87:631-641,201015)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiTetal:Effectoflow-additionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaprogressioninchildren:Apilotstudy.ClinOphthalmol8:1947-1956,2014約30%に相当).この結果を受け,わが国でも,軸外収差抑制レンズの日本人児童に対する有効性を検証する多施設共同臨床試験が,旭川医科大学,慶應義塾大学,筑波大学,東京医科歯科大学,岡山大学,京都府立医科大学,大阪大学が参加して行われた.試験デザインは,前向き二重盲検比較対照試験が採用された.上記の中国人を対象とした研究結果を参考に,被験者の選択基準として,年齢が6.12歳であること,また,両親のうち少なくとも1人は近視であることを選択基準に加えられ,選択基準を満たす203名の日本人児童が参加した.評価対象のレンズはMyoVisionのTypeIIIである.MyoVision装用群と単焦点レンズ装用群(比較対照)の二群に無作為に割付けされ,6カ月ごとに2年間にわたり経過観察が行われた.その結果,屈折度の変化量について統計学的有意差は認められなかった(.1.51±0.87Dv.s..1.40±0.70D,p=0.33,t-test)(mean±SD,MioVisionv.s.Control)(図5a).眼軸長の変化量についても両群で統計学的に有意差を認めず(0.75mmv.s.0.68mm,p=0.12)(図5b),今回の臨床試験ではMyoVisionによる近視進行抑制効果を検証できなかった.一方,多焦点コンタクトレンズではわずかな軸外収差補正によって,多焦点眼鏡よりも大きな近視抑制効果が認められている15).この原因として,眼鏡はコンタクトレンズよりも眼球運動の影響を受けやすく,ゆえに軸外収差補正の効果が十分に得られなかったのではないかと考えられる.おわりに以上のように,近視進行抑制を目的とした多焦点眼鏡は一部で有意な抑制効果が認められているが,その効果は小さく臨床学的にはまだ十分とはいえない.この効果を少しでも増加させるためには,個人毎の軸外収差をカスタマイズした軸外収差補正レンズの開発や,低濃度アトロピン点眼や多焦点コンタクトレンズとの併用などが考えられる.