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緑内障の古典手術の新知識

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):821~826,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):821~826,2015緑内障の古典手術の新知識CuttingEdgeTechniquesforConventionalGlaucomaSurgeries井上俊洋*はじめに近年多くのMIGS(micro-invasiveglaucomasurgery)やチューブシャント手術が開発,臨床応用され,それらの発展や新知見の報告には眼をみはるものがある.一方で,それら以外のトラベクレクトミーやトラベクロトミーといった緑内障の古典手術に対する研究も新しい診断機器や治療手段との組み合わせなどにより,新たな知見が得られている.これらの知識は緑内障の古典手術の理解を深めるのみならず,新しい術式を理解するうえでも有意義な点が多い.本稿ではこれら緑内障の古典手術における新知見を紹介する.I観察手段の進歩トラベクレクトミーは房水を結膜下に導く濾過手術の一種である.結膜下に溜まった房水はブレブを形成し,ブレブ壁からの吸収や経結膜的な涙液への房水流出によって眼圧が下降すると考えられている.したがって,ブレブの構造は眼圧コントロールと密接に関連しており,これを詳細に観察することが術後成績の評価に重要と考えられる.この観点から前眼部写真や超音波生体顕微鏡などを用いてブレブの観察が古くから試みられてきたが,近年,三次元前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:AS-OCT)を用いて得られたデータの蓄積により,新たな知見が得られてきた.三次元AS-OCTの利点は,短時間で非侵襲的にブレブ内部まで観察でき,高解像度で三次元再構築が可能な点である(図1).筆者らはこれを用いてブレブ内部の強膜フラップ下から液腔に連続する低輝度領域が存在することを見出し,これが房水の通過経路であることを症例報告で示した1).また,この経路が機能的ブレブの9割以上で観察可能であることを横断的研究で示し,強膜フラップ縁における開口部の分布が結膜フラップの基底方向に影響を受けることを明らかにした2).さらに前向き研究によって,この強膜フラップ縁における開口部は経時的に閉塞すること(図2),術後早期の開口部の幅がその後の眼圧コントロールと関連していることを示した3).これらの知見は三次元AS-OCTを用いることで初めて得られるものであり,表面からブレブを観察しているだけでは将来的な眼圧コントロールは予測がむずかしいことを示唆している.近年,偏光感受型AS-OCTを用いて膠原線維を検出可能な機器が試作されている4~6).この機器は複屈折サンプルから集められた光の偏光特性を測定することが可能である.複屈折とは,特定の材料が光を2つの偏光状態に分解し,一方に光学的遅延を与えることをいい,生体ではコラーゲンやケラチンが強い複屈折性をもつため,これを検出することが筋肉や皮膚の構造を把握するために有用であることが知られている.ブレブの瘢痕化組織にはコラーゲンが多く含まれていることから,偏光感受型OCTを用いることでブレブ内部の瘢痕化組織を非侵襲的に描出することが可能とされており,さらに新*ToshihiroInoue:熊本大学大学院生命科学研究部眼科学分野〔別刷請求先〕井上俊洋:〒860-8556熊本市本荘1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(57)821 2週3カ月房水通過経路と思われる開口部6カ月1年図2強膜フラップ縁における開口部が経時的に閉塞することを示したシェーマ(文献3より許可を得て転載,改変)図13次元AS.OCTによって撮影されたトラベクレクトミー術後ブレブの3次元再構築図断面図内に房水の通過経路と思われる開口部(矢印)がみえる.(文献3より許可を得て転載) 表1近年報告されたトラベクレクトミー成績のリスク因子文献番号症例数対象リスク因子9195トラベクレクトミーもしくは水晶体再建術既往の症例円蓋部基底結膜弁1030内眼手術既往のない開放隅角緑内障高濃度の房水MCP-11156急性閉塞隅角症/PACG高濃度の房水MCP-1とMCP-31464小児緑内障Tenon.切除なし15165POAG/PACGマイトマイシンCの結膜下塗布(vs強膜フラップ下塗布)PACG:原発閉塞隅角緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障.的新しい緑内障点眼についても,この点注意が必要かもしれない.原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)と比較して,血管新生緑内障においてはVEGFのみならず,複数の炎症性サイトカインの房水内濃度が高く,抗VEGF治療ではその濃度は高くなることこそあれ,下降させることはできないということを筆者らはみいだしている13).炎症性サイトカインが慢性的に存在すると,創部への炎症細胞の誘導が遷延化し,過剰な瘢痕化につながる可能性が考えられる(図3).抗VEGF治療とトラベクレクトミーとの組み合わせによって手術成績を向上させようとする試みについては後述するが,術後経過のメカニズムを考えるとき,VEGF以外の炎症性サイトカインについても考慮に入れる必要があることが示唆される.その他の論点としては,小児の緑内障に対するトラベクレクトミーにおいて,Tenon.切除を行うと成績が良いという無作為化臨床比較試験(randomizedcontrolledtrial:RCT)の報告や14),マイトマイシンC塗布を結膜下群と強膜フラップ下群とに分けた後ろ向き研究で前者の成績が良好であったという報告もある15).これらの論点の結論については必ずしもコンセンサスが得られたわけではないが,考慮に入れるべき知見と思われる.III分子標的薬の応用眼科領域において,分子標的薬は加齢黄斑変性症などの網膜硝子体疾患に対する抗VEGF治療の急速な普及によって広く知られることとなった.緑内障手術治療に関しては,抗TGF-b抗体による手術成績改善の試みが有名である.TGF-bは創傷治癒過程において中心的な毛様体強膜水晶体角膜ブレブ生理活性物質房水の流れ図3トラベクレクトミー術後に,房水内の生理活性物質がブレブに及ぼす影響を示したモデル図役割を果たす分子の一つであり,線維芽細胞を筋線維芽細胞に分化誘導する作用がある.筋線維芽細胞に分化すると細胞増殖,細胞外マトリックス(コラーゲンなど)産生,組織収縮などが促進され,瘢痕形成に寄与する.瘢痕形成の反応が過剰に作用することでブレブの瘢痕化に伴う濾過機能の低下を導くと推測されており,これをコントロールすることができれば手術成績が改善するこ(59)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015823 824あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(60)ング期と経過することが知られている.増殖期の組織は線維芽細胞由来の新生細胞外マトリックスが主となるが,ここに新生血管を誘導するためにVEGFが重要な働きを担っている.したがって,ブレブの形跡過程にもVEGFが少なからず寄与していると考えられており,おもに抗VEGF治療薬を結膜下注射することで血管新生緑内障以外の緑内障に対するトラベクレクトミーに応用する試みも報告されている.マイトマイシンC塗布の代わりにラニビズマブ結膜下注射を用いた1年間のRCTでは,ラニビズマブ群がより多くの追加手術を要している21).同様にマイトマイシンC塗布とベバシズマブ結膜下注射を比較したRCTでは,術後(平均7~8カ月後)眼圧が後者で有意に高かった22).また,5FUの代わりにベバシズマブ結膜下注射を用いた非無作為化前向き研究では,やはり同群が1年後により多くの術後緑内障点眼を必要としている23).以上の結果から,抗VEGF抗体の結膜下注射をマイトマイシンC塗布の代用として良好なトラベクレクトミー成績を得ることはむずかしいことが示唆される.一方で抗VEGF治療をマイトマイシンCに追加した場合の効果については,FakhraieらはPOAGおよび落屑緑内障を対象にベバシズマブ前房内投与追加群のRCTを行い,平均10カ月観察したところ,眼圧コントロールは優るものの術後房水漏出の合併症頻度が約3.7倍と高率であったと報告している24).一方でKiddeeらの報告によると,POAGを対象にしたベバシズマブ結膜下注射追加群のRCTで,1年後の眼圧コントロールに有意差はなかったとしている25).ベバシズマブ結膜下注射を2回目のトラベクレクトミーに併用したRCTでも,2年間の術後成績に有意差が認められていない26).マイトマイシンC併用ニードリングにおけるRCTではベバシズマブ結膜下注射追加群は,6カ月後の眼圧に有意差がないものの,より無血管で広い範囲のブレブが形成されたと報告している27).以上のことから,抗VEGF治療薬を結膜下注射の形でマイトマイシンCに併用した場合に,理論的に有用である可能性は否定できないが,短期間の成績をみるかぎその効果は限定的で,さらなる投与手段や投与回数の検討が必要と考えられる.抗VEGF治療の効果としては前述のようにブレブにとが期待される.これらのことから,トラベクレクトミーに抗TGF-b抗体治療を組み合わせることは理にかなった選択肢と考えられたが,大規模臨床治験の結果では有意差が出なかったと報告されている16).近年,網膜硝子体疾患に対して盛んに行われるようになった抗VEGF治療を,トラベクレクトミーに組み合わせて手術成績を改善させる,あるいは安全性を向上させる試みが多く報告されている.血管新生緑内障において,虹彩や隅角の新生血管が豊富であると,術中,術後の前房出血の原因となり,視力低下や眼圧上昇をきたす可能性がある.新生血管を強力に誘導するVEGFに対して,抗VEGF治療薬を前房もしくは硝子体注射することで虹彩や隅角の新生血管を一時的に消退させることが可能である.この効果により,トラベクレクトミーの術前に抗VEGF治療を行うことによって,トラベクレクトミーに伴う術中,術後の前房出血の合併症を減らすことが報告されている17).ただし,一般的に抗VEGF治療の効果は一過性であるため,トラベクレクトミーとの組み合わせによって長期の眼圧コントロールを改善することができるかどうかについては報告によって異なり,まだ一定の見解が得られていない17~20).一般的な創傷治癒過程は,炎症期,増殖期,リモデリ抗VEGF治療薬VEGF線維芽細胞の活性化血管新生創傷治癒/瘢痕化図4術後創傷治癒の過程にVEGFと抗VEGF治療薬が及ぼす影響を示したモデル図抗VEGF治療薬VEGF線維芽細胞の活性化血管新生創傷治癒/瘢痕化図4術後創傷治癒の過程にVEGFと抗VEGF治療薬が及ぼす影響を示したモデル図 あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015825(61)ているかもしれない.しかしながら,古典的トラベクロトミーはMIGSの先駆けであり,これらの知識はトラベクロトミーに限らず,近年隆興している複数のSchlemm管シャント手術の理解にも応用できる可能性がある.おわりに以上,緑内障の古典手術における新知識をある程度フォーカスを絞った形でいくつかまとめてみた.これらの知識は緑内障の古典手術の理解を深めるのみならず,新しい術式を理解するうえでも有意義な点が多いと推測される.本稿が手術の効果と安全性を高める上で一助となれば幸いである.文献1)KojimaS,InoueT,KawajiTetal:Filtrationblebrevisionguidedbythree-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JGlaucoma23:312-315,20142)InoueT,MatsumuraR,KurodaUetal:Preciseidentificationoffiltrationopeningsonthescleralflapbythree-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci53:8288-8294,20123)KojimaS,InoueT,NakashimaKetal:Filteringblebsusing3-dimensionalanterior-segmentopticalcoherencetomography:aprospectiveinvestigation.JAMAOphthalmol133:148-156,20154)TsudaS,KunikataH,YamanariMetal:Associationbetweenhistologicalfindingsandpolarization-sensitiveopticalcoherencetomographyanalysisofapost-trabeculectomyhumaneye.ClinExperimentOphthalmol,inpress5)YamanariM,TsudaS,KokubunTetal:Fiber-basedpolarization-sensitiveOCTforbirefringenceimagingoftheanterioreyesegment.BiomedOptExpress6:369389,20156)FukudaS,BeheregarayS,KasaragodDetal:Noninvasiveevaluationofphaseretardationinblebsafterglaucomasurgeryusinganteriorsegmentpolarization-sensitiveopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci55:5200-5206,20147)KumarRS,JariwalaMU,SathideviAVetal:Apilotstudyonfeasibilityandeffectivenessofintraoperativespectral-domainopticalcoherencetomographyinglaucomaprocedures.TranslVisSciTechnol4:2,20158)ZeppaL,AmbrosoneL,GuerraGetal:Usingcanalographytovisualizetheinvivoaqueoushumoroutflowconventionalpathwayinhumans.JAMAOphthalmol132:1281,2014おける血管新生の抑制が期待されるが,これに加えて線維芽細胞のコラーゲン産生や細胞増殖28),さらにはTGF-b1とTGF-b2の発現を抑制することも報告されており29),線維芽細胞の機能そのものに対する作用も期待できるかもしれない(図4).また,TGF-bシグナルの下流で働くp38MAPキナーゼの阻害薬や30),VEGFやPDGFなどの複数の受容体をターゲットにした薬剤Sunitinibも動物実験レベルで有用性が報告されており31),この分野における有用な薬物の探索はしばらく続くと思われる.IVトラベクロトミーの新知見Iwaoらは17の日本の施設を対象に後ろ向きに調査を行った結果を報告している32).これによると,42例のステロイド緑内障と108例のPOAGにトラベクロトミーが行われ,基準眼圧を21mmHgとした場合にそれぞれの3年後の成功確率は78.1%と55.8%であった.基準眼圧を18mmHgとした場合はそれぞれ56.4%と30.6%であり,いずれもステロイド緑内障の成績が有意に良好であった.ステロイド緑内障においては,基準眼圧21mmHgにかぎるとこの成績はトラベクレクトミーの成功率と同等であった.ステロイド緑内障に対するトラベクロトミーのリスク因子は硝子体手術既往と,ステロイドの全身投与の既往であった.また,Amariらはトラベクロトミー術後,眼圧コントロール不良となった眼に対してトラベクレクトミーを行い,このときに切除した線維柱帯,Schlemm管組織を病理学的に詳細に観察し,全13眼のうち2眼についてはSchlemm管内腔が前房側に開放されていた33).したがって,これらの症例ではSchlemm管内皮と線維柱帯の房水流出抵抗は十分下降しているにもかかわらず,眼圧コントロールが不良となっていることを示唆している.近年のSchlemm管マイクロシャント手術においても眼圧下降が不十分な症例が少なくないことから,Schlemm管以降にも房水流出抵抗が存在することが推測される.古典的なトラベクロトミーに関する新知見はトラベクレクトミーのそれと比較して少ないが,これは欧米におけるトラベクロトミーの手術件数が少ないことも関連し 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緑内障の新手術2:MIGSとこれに関連した新しい術式

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):813.820,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):813.820,2015緑内障の新手術2:MIGSとこれに関連した新しい術式NewSurgeryforGlaucoma2:MIGSandRelatedNewProcedures庄司信行*はじめに近年,低侵襲の緑内障手術としてMIGSという名称が知られるようになってきた.ただし,MIGSという名称は,microinvasiveglaucomasurgeryの略だといわれたり,minimallyinvasiveglaucomasurgeryあるいはmicroincisionalglaucomasurgeryの略だともいわれ,まちまちである.MIGSという名称の名付け親はIkeAhmedといわれている1)が,時が経つにつれてMIGSの意味するところも変化してきている.Ahmedらのグループは,MIGSは基本的に以下のような特徴をもった術式であると述べている1).1)小切開による眼内からのアプローチによるもの.角膜小切開により結膜への侵襲を加えないため,将来の濾過手術に影響を与えない.眼内からのアプローチは,隅角を直視下に見ながら手術を行うことを可能とし,白内障手術との同時施行も容易である.小切開のために前房は安定し,眼球の形状を保ち,屈折への影響も少ない.2)組織への侵襲が少ない.術後炎症は少なく,術後の回復も早い.解剖学的にも生理的にも房水流出経路を維持することができる.そのため,濾過手術のような低眼圧に起因する合併症を防ぐことができる.3)中等度の効果が得られる.他の濾過手術やチューブシャント手術と比べて高い効果は得られないものの,その分危険性は低い.4)何よりも重要なのは安全性の高い術式ということである.眼外からのアプローチで行われる従来の術式で経験するような低眼圧や脈絡膜滲出,上脈絡膜腔出血,浅前房や白内障の進行,濾過胞感染などの重篤な合併症を避けることができる.5)患者のQOLへの影響が少なく,手術からの回復が早いため,術後の早期社会復帰が見込める.緑内障専門家だけでなく一般の眼科医にも使いやすく,直接的なアプローチが可能な手術なので,白内障のような他の術式と組み合わせて施行しやすい.このように,MIGSという名称は特定の術式を指すのではなく,さまざまな術式を含んだ総括的な名称ということができる.今後もさまざまな器具や術式が考案される可能性があるが,眼圧下降を得るメカニズムとして,基本的には表1に示したように,①線維柱帯におけるバイパスの作製,②Schlemm管の拡張,③上脈絡膜腔への房水流出路の作製,④結膜下への房水流出路の作製,⑤毛様体における房水産生の抑制,に分けられる.現在,わが国で使えるMIGSはTrabectome手術のみであるが,米国のFoodandDrugAdministration(FDA)の認可を受けていないものも含め,近い将来,日本でも使えるようになる可能性が高いと考えられるものを本稿で取り上げた.なお,MIGSの多くは開放隅角緑内障が対象だが,線維柱帯やSchlemm管に操作を加える術式の場合,上強膜静脈圧の亢進が疑われる疾患は適応外である.*NobuyukiShoji:北里大学医療衛生学部視覚機能療法学〔別刷請求先〕庄司信行:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(49)813 814あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(50)った2).これがtrabectomeであり,米国では2004年にFDAの認可を得ている(米国のNeoMedix社,Tustin,CA).フットプレートの先端で電気焼灼が可能であり,線維柱帯を幅広く切除できるだけでなく,先端部分は多層ポリマー加工によって絶縁されており,Schlemm管内壁や集合管の開口部を損傷しないように工夫されている(図1a,b).さらに,術中に生じる逆流性出血による視認性の悪化に対処し,かつ前房深度を保ちながら対側の隅角へのアプローチを容易にするために,灌流と吸引を行いながら操作することができる.直視下で隅角を90.120°の範囲で切開するため(図1c),隅角鏡による隅角の観察が可能な開放隅角緑内障が適応であり,15.16mmHg程度の眼圧が目標と考えられる症例が対象となる.b.術後の成績と合併症緑内障点眼薬に関しては,術後すべてやめるのではなく,眼圧に応じて漸減することが推奨されている.2013年末までに当院で施行した101例117眼の経過をまとめると,平均15.2カ月の観察で,術前の平均眼圧31.6mmHg(点眼スコア約5)が術後15.16mmHg(同約3)で経過し,追加手術や眼圧21mmHgをカットオフとする生命表解析では,2年間で約70%の生存率であった.病型としては,続発緑内障,とくに落屑緑内障やステロイド緑内障は80%近い生存率を維持していたが,原発開放隅角緑内障で不良であった.水晶体温存例もあまり成績は良くなかった.全例に前房出血がみられI線維柱帯におけるバイパスを作製する術式房水の80%前後は古典的流出路である線維柱帯からSchlemm管に流出する.とくにSchlemm管に接する傍Schlemm管組織で房水流出抵抗がもっとも強いことが知られている.そこで,この傍Schlemm管組織を含めて線維柱帯を切開すれば,房水が流出しやすくなり,眼圧下降が期待される.この目的で古くから隅角切開術や眼外から行う線維柱帯切開術が行われてきた.とくに後者はわが国で広く行われている術式であるが,結膜切開や強膜弁の作製など,侵襲は決して少なくない.そこで,必要最小限の角膜切開創から眼内にアプローチし,線維柱帯にバイパスを作製する方法がいくつか考案された.眼内から線維柱帯を切開して開放する方法としてtrabectome手術が知られ,線維柱帯からSchlemm管内に器具を刺入する方法としてはiStentが知られている.1.Trabectomea.術式の概要先に述べたように,眼内からアプローチして線維柱帯を切開する方法に隅角切開術があるが,Schlemm管の内壁や集合管を傷つけずに線維柱帯を切開・開放することはむずかしい.そこでBaerveldtらは,線維柱帯を切開してSchlemm管に挿入する器具の先端部分をフットプレート状にすることによって,Schlemm管内壁を傷つけたり強膜まで切開が及ぶことのないような工夫を行表1おもなMIGSの分類器具を留置する器具を留置しない線維柱帯におけるバイパスの作製iStentTrabecularMicro-Bypass,iStentInject,TrabecutomeSchlemm管の拡張HydrusMicrostent上脈絡膜腔への房水流出路の作製GoldMicro-Shunt,STARfloGlaucomaDrainageImplant,Aquashunt,CyPassMicro-Stent,iStentsupra結膜下への房水流出路の作製AquesysXENglaucomaimplant,InnFocusMicroshunt毛様体における房水産生の抑制EndoscopicCyclophotocoagulation(ECP)表1おもなMIGSの分類器具を留置する器具を留置しない線維柱帯におけるバイパスの作製iStentTrabecularMicro-Bypass,iStentInject,TrabecutomeSchlemm管の拡張HydrusMicrostent上脈絡膜腔への房水流出路の作製GoldMicro-Shunt,STARfloGlaucomaDrainageImplant,Aquashunt,CyPassMicro-Stent,iStentsupra結膜下への房水流出路の作製AquesysXENglaucomaimplant,InnFocusMicroshunt毛様体における房水産生の抑制EndoscopicCyclophotocoagulation(ECP) a.ハンドピースの先端のフットプレートの形状b.線維柱帯切開のシェーマc.フットプレートがSchlemm管内に入り,線維柱帯を切開している様子図1トラベクトーム この部分が前房側に出ているこの部分がSchlemm管内に入るSchlemm管の外壁側は開放されていて,集合管への流れを妨げないように設計されている.この部分が前房側に出ているこの部分がSchlemm管内に入るSchlemm管の外壁側は開放されていて,集合管への流れを妨げないように設計されている.a.iStentのシェーマb.インサーターの先端部に装着されたiStentc.第二世代のiStent(iStentInject)d.インサーターに装着されたiStentInject図2iStentTrabecularMicro.Bypass 1.器具の概要HydrusMicrostentはScaffold-likeimplantとよばれ,湾曲した筒状の骨組みのような構造の器具である.イメージとしては,刀の鞘のような形で,後面(つまり刀の刃が向いているほう)は集合管を塞がないように開放してあり,湾曲の内側(つまり刀のみねに当たるほうで線維柱帯側)には大きな3つの開口部がある.片方の端は湾曲をややきつく設計してあり,Schlemm管から前房に顔を出すようになっていて,房水が流入しやすいように設計されている.Schlemm管の拡張だけでなく,直接前房との交通を作ることによって房水が流出しやすいように作られた器具ということになる(http://www.ivantisinc.com/).素材は心血管のインプラントとして用いられている弾性の高い,生体適合性の高いニッケルとチタンの合金で,全長8mmの器具である.専用のインサーターを利用して眼内からSchlemm管内に挿入・留置する.現在,FDAの認可に向けて臨床試験中である.2.おもな手術成績と合併症術前の眼圧が21.6mmHg(点眼スコア1.7)であったのが,1年で17.9mmHg(点眼スコア0.2)と報告されている.1年間の検討では,低眼圧や角膜機能不全,眼内炎などの重篤な合併症はみられず,器具の脱落や組織障害もみられなかった.一方,全長8mmということは,Schlemm管の約1/4周を占めることになる.はたして金属製の器具がSchlemm管内できちんと固定されるのか,また,眼球のゆがみや長年の圧迫でSchlemm管から突き出たり抜けたり,あるいは強膜を損傷しないのかなどの懸念もある.生体適合性に関しては,サル眼の実験でSchlemm管やその周囲の組織に慢性炎症や線維化,変性などの所見はみられないことが報告されているが,やはり長期的な観察が必要である.III上脈絡膜腔への流出を促進する術式ぶどう膜強膜流出路は,毛様体と上脈絡膜腔,脈絡膜,強膜から構成されている.前房から上脈絡膜腔への流出は,両者の間の圧較差および,上脈絡膜腔における高い吸収力によるといわれている.近年,生体適合性の(53)高い素材や,小型のステント,シャントなどの開発により,これらの器具を上脈絡膜腔に挿入してぶどう膜強膜流出路を利用する術式の研究が盛んになってきた.GoldMicro-Shunt(SOLX社,Waltham,MA,USA),CyPassMicro-Stent(TranscendMedical,MenloPark,CA,USA),STARfloGlaucomaDrainageImplant(DeviceTechnologies,Belrose,NewSouthWales,Australia),Aquashunt(OpkoHealth,Inc,Miami,FL,USA),iStentSupra(GlaukosCorporation,LagunaHills,CA,USA)などである.MIGSの現在の解釈では,これらのうち眼内から挿入するCyPassMicro-StentとiStentSupraがMIGSに該当すると思われるが,GoldMicro-Shuntはよく知られたデバイスなので,簡単に触れることとする.1.CyPassMicro.Stent(CyPass)a.器具・術式の概要CyPassは,長さ6.35mm,外径は約500μm,内腔が300μmで,根元の部分に襟のようなストッパーがついたポリイミド製の筒状の器具である.イメージとしては,やや湾曲した縦笛という感じである.CyPassを貫いているガイドワイヤの先端を強膜岬と虹彩根部に刺入し,根元の襟にあたるような太い部分を隅角に残した状態でガイドワイヤを引き抜き,CyPassを留置する(http://www.transcendmedical.com/).現時点では,米国での臨床使用はまだ認可されていない.b.おもな成績ヨーロッパからのデータ(CyCLEstudy)をみると,術後1年でCyPass単独手術例は26%の眼圧下降と33%の点眼スコアの減少,白内障との同時手術例(238眼)では33%の下降と50%の減少が得られたと報告されている.軽度の前房出血と浅前房がみられたものの,脈絡膜下出血,網膜.離などの重篤なものはみられなかった.ただし,一部の症例ではCyPassが被膜に覆われ,眼圧下降効果が失われたことから,その原因や対処法などの検討が必要であろう.2.iStentSupraImplantiStentの第3世代にあたるもので,眼内から上脈絡膜あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015817 818あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(54)CyPassと同様に浅前房や前房出血,炎症の遷延化などがみられたとのことである.米国ではFDAの認可待ちである.3.GoldMicro.Shunt(GMS)GMSは強膜内に挿入して用いるが,サイズが大きいため,結膜や強膜に切開を加えなければならない.したがって,冒頭に述べた現在のMIGSの概念からははずれてしまうが,MIGSの一つとして取り上げられることも多いようだ.また,米国ではまだ認可されていないものの,カナダやヨーロッパのいくつかの国で使用されており,比較的早い時期にわが国にも導入される可能性が高い.a.器具・術式の概要GMSは,前房と上脈絡膜の間に交通を作るプレート状の器具で,2枚の純金の板を貼り合わせたものである.生体適合性の良い金を用いることで,フィンブリン反応などによる房水流出の阻害を防ぐ.内面は図4aのとおりである.デバイス本体の全長は5.2mm,幅3.2mm,厚さ44μmである.厚めの強膜弁を作製後,専用のインサーターを用いて半円形の部分を強膜側の上脈絡膜腔腔に挿入し,房水流出を促す器具である.長さ4mm,内腔165μmの筒状で,Polyethersulfoneの本体とチタン製のスリーブからなる.先述したCyPassの形状と似た筒状で,胴体部分には抜けないように返しがついている(図3).専用の使い捨てインジェクターを用いて隅角を観察しながら挿入する.現時点では欧州連合(EU)で使用可能であり,1年の経過ではほとんどの症例で20%以上の眼圧下降が得られ,点眼を1剤以上減らすことができたと報告されている.合併症に関しては,a.2枚の板をはがしたときのGMSの内面.この面同士を貼り合わせた形をしていて,丸い形状の先端を上脈絡膜腔に,ひれのような形状の方が前房内に顔を出すように,強膜下に挿入する.GMS内部を通ってさまざまな方向に房水が流出していくことが考えられる.b.GMSが挿入された隅角のシェーマ.GMSの一部は前房側に顔を出しているが,本体の大部分は上脈絡膜腔に留置される.図4GoldMicro.Shunt図3iStentSupraチタン製のスリーブをもったポリエーテルスルフォンで作られており,透明な部分が上脈絡膜腔に挿入される.a.2枚の板をはがしたときのGMSの内面.この面同士を貼り合わせた形をしていて,丸い形状の先端を上脈絡膜腔に,ひれのような形状の方が前房内に顔を出すように,強膜下に挿入する.GMS内部を通ってさまざまな方向に房水が流出していくことが考えられる.b.GMSが挿入された隅角のシェーマ.GMSの一部は前房側に顔を出しているが,本体の大部分は上脈絡膜腔に留置される.図4GoldMicro.Shunt図3iStentSupraチタン製のスリーブをもったポリエーテルスルフォンで作られており,透明な部分が上脈絡膜腔に挿入される. あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015819(55)に差し込み,ひれのような出っ張りがあるほうを前房内に挿入する(古いモデルは逆にデザインされている)(図4b).貼り合わせる面にはいくつもの突起が出ていて,その間隙を房水が上脈絡膜腔のさまざまな方向に流れるようになっている.GMSの前房側には20個ほどのチャンネルが設けてあり,もともと開放しているのは10個ほどで,眼圧コントロールが不良の場合にはレーザーで穿孔することにより,残ったチャンネルを開放することが可能である.b.おもな成績と合併症術後1年の成績は,緑内障点眼ありで79%の症例が5.22mmHgの範囲の眼圧に落ち着き,平均眼圧は術前27.6mmHgから術後18.2mmHgに下降したと報告されている.合併症でもっとも多かったのは前房出血(38眼中8眼)だったが,一過性であったとのことである.難治緑内障に対するAhmedglaucomavalveとの比較試験でも,5年間でほぼ同等の成績が得られたと報告されている.手術が不成功に終わり,チューブシャント手術を行った症例で摘出したGMSを調べたところ,前房側にも上脈絡膜腔側にもCyPassでもみられたような線維性被膜が厚く覆っていたと報告されており,本術式の大きな課題である.IV結膜下への房水流出路の作製冒頭に記載したように,濾過胞関連の合併症を防ぐことがMIGSの目的の一つであれば,結膜下への濾過をめざした手術はこれに該当しないが,眼内からのアプローチで小さな切開ですむため,MIGSの一つとして取り上げられることが多い.1.TheXENGlaucomaImplant(XEN)a.器具・術式の概要XENはゲル・ステントともよばれ,生体内での異物反応が少ないゼラチンでできた軟らかい円筒形の器具である.全長は6mmで,内腔の大きさはモデルにより異なる.XEN専用インサーターは25Gまたは27Gの針が用いられており,内部にはXENが納められている.強膜岬とシュワルベ線の間の適当な部位にインサーターを刺入し,強膜内のトンネルが2.5.3.5mm程度になるように調節して,インサーターの先端部を結膜下に出す.そして,眼内レンズを挿入するときのような要領でXENを留置し,インサーターを抜去する.ZENが正しい位置に留置されれば,インサーターを取り除くと同時に房水が結膜下に流れるのが観察される.再手術例などの難治例でなければマイトマイシンCは使用しない.周辺虹彩切除も不要である.b.手術成績と合併症米国やその他の国が参加して行われた臨床試験では,107眼の手術成績が報告され,術前21.9mmHg(点眼約3剤)の眼圧が術後1年で15.9mmHg(点眼約1剤)に下降し,その後も大体14.15mmHgの眼圧で推移していた.重篤な合併症は報告されていない.2.InnFocusMicroshunt冠動脈疾患で用いられる薬物溶出ステントの素材として,生体に使用して10年以上の実績があるSIBS(Sty-rene-block-IsoButylene-block-Styrene)を用いており,全長8.5mm,直径0.35mm,内腔の直径0.07mmの軟らかい直針様の器具である.先端から4.5mm位のところに幅1.1mmの菱形の突起が出ていて,翼状針を小さくしたようなデザインである.術式に関する詳しい情報はないものの,InnFocus社のホームページ上のシェーマ(http://innfocusinc.com/index.php/microshunt/whathappens/)をみると,結膜を切開・.離して眼外から隅角に差し込むようである.後端の部分は円蓋部側の結膜・Tenon.下に挿入している.ヨーロッパで行われた79眼のレポートでは,術前23.0mmHgが術後3年まで11.12mmHgまで下降し,点眼スコアも術前平均2.8が術後平均0.5程度に減少したと報告されている.重篤な合併症は報告されていない.現在米国では第I相の試験が終わった段階で,現時点ではまだ臨床使用の認可は下りていない.V毛様体における房水産生を抑制する術式侵襲という意味では決して小さいとはいえない毛様体破壊術も,眼内からのアプローチが可能な手技,とくに白内障手術と同時施行が可能なものはMIGSの範疇に 820あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(56)含むと考えられている.Endocyclophotocoagulation(ECP)がそれで,経強膜毛様体破壊術(transscleralcyclophotocoagulation:TSCPC)に比べて,眼圧コントロールが容易でしかも合併症が少ないと報告されている.EndoOptiksInc(LittleSilver,NJ)が開発したエンドスコープシステムは,キセノンを光源とし,810nmの波長のダイオードレーザーを用いている.プローブの太さが3種類あり,太さによって照射できる範囲や焦点深度が異なる.白内障手術との同時使用時にはおよそ270°の範囲で照射ができるので,創口から離れた部位に1.5mmのサイドポートを作製すれば,360°の照射が可能となる.最大耐用量の薬物治療下での眼圧が35mmHgを超えていた症例を対象としたアーメド・バルブとの比較試験では,術後2年の眼圧(約14mmHg)や成功率(約74%)はほぼ同等であったが,ECP群では脈絡膜.離が少なく,前房出血はやや多かったことが報告されている.おわりに以上述べてきたように,MIGSは特定の術式をさすのではなく,さまざまな術式を含んだ総括的な名称ということができるが,前房内での操作が多いことから,内眼手術に慣れている白内障術者を中心に広まりつつあるように感じられる.しかし,眼圧下降を目的として行われる緑内障手術であるからには,緑内障専門医による評価も重要である.とくに高眼圧による緑内障が多い海外では評価が高いものの,術後の眼圧はおおむね15mmHg前後と報告されている.わが国で頻度の高い正常眼圧緑内障に対して,どの程度の効果があるかは慎重に考える必要があり,前向きの検討が必要であることを強調しておきたい.文献1)KahookMY(編).MIGSadvancedinglaucomasurgery.p13-55,SLACKIncoporated.NJ,20142)MincklerDS,BaerveldtG,AlfaroMRetal:Clinicalresultswiththetrabectomefortreatmentofopen-angleglaucoma.Ophthalmology112:962-967,20053)CravenER,KatzLJ,WellsJMetal;iStentstudygroup:Cataractsurgerywithtrabecularmicro-bypassstentimplantationinpatientswithmild-to-moderateopen-angleglaucomaandcataract:two-yearfollow-up.JCata-ractRefractiveSurg38:1339-1345,2012

緑内障の新手術1:チューブシャント手術

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):805.812,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):805.812,2015緑内障の新手術1:チューブシャント手術NewSurgeryforGlaucoma1:TubeShuntSurgery石田恭子*はじめに緑内障治療は,視神経症の進行を緩徐にして,患者の中途失明を防ぐことを目的として行われるが,そのための唯一確実な方法は眼圧下降である.薬物やレーザー治療を行った後も十分眼圧が下降せず,進行する症例に対しては,リスクとベネフィトを考慮し手術治療を選択する.長らくわが国では,線維柱帯切除術が緑内障手術治療のゴールドスタンダードであった.複数回の線維柱帯切除術が奏効しない症例や輪部の結膜瘢痕の著しい症例では,視機能に与える影響を危惧しつつも,毛様体破壊術を選択せざるを得ない場面が少なからず存在した.また,術中合併症や術後低眼圧の危険性が高い無硝子体眼や,出血が危惧される症例などに対しても,十分な眼圧下降が必要な場合は線維柱帯切除術の選択肢しかなかった.しかしながら,2012年,わが国で待ち望まれていたインプラント手術が認可され,バルベルト,エクスプレスが,2014年にはアーメドバルブの使用が可能となり,緑内障手術治療の選択肢が広がった.本稿では,3種の器具を用いたチューブシャント手術それぞれの特徴,手術適応,手術成績について記載する.Iエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイスエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス(ア鍔かえし2.64mm房水の流れ・素材:ステンレス鋼製・全長:2.64mm・Shaftの太さ:27Gと同じ(400μm)・内腔:50μm・房水の入り口:2つ・房水の出口:VerticalChannel・固定:かえしと鍔図1エクスプレス.器具の特徴ルコン社製)(図1)は,ステンレス鋼製の調圧弁をもたない緑内障ドレナージデバイスで,全長2.64mm,シャフトの太さは400μm,内腔は50μm,前房内への迷入防止のために後端には鍔が,また眼外への脱落防止のために先端はかえしがついた形状となっている.房水の入り口は2カ所あり,虹彩などが陥頓した場合に対応するために,先端部以外にリリーフポートを備えており,出口はバックプレートについたverticalchannelにより,より後方へ房水が流れるように工夫されている.エクス*KyokoIshida:東邦大学大橋医療センター病院眼科〔別刷請求先〕石田恭子:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学大橋医療センター病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(41)805 結膜濾過胞エクスプレスba房水の流れ図2エクスプレス併用濾過手術例の写真と房水の流れa:術後症例写真.水色矢印=房水の流れ.b:エクスプレス移植眼における房水の流れ.眼圧分散(mmHg2)100806040200■EX-PRESS■Trabeculectomy**術翌日診察時術翌日処置後術7日目診察時術7日目処置後p=0.081p=0.668p=0.003p=0.039図3術翌日と7日目の眼圧値の分散(ばらつき)術翌日の診察時(処置前)眼圧のばらつきはエクスプレスで少ない傾向にある(p=0.081)が,マッサージや切糸の処置後,有意差はない(p=0.668).術7日目診察時(処置前)眼圧のばらつきは,エクスプレスで有意に少なく(p=0.003),処置後の眼圧のばらつきもエクスプレスで有意に少ない(p=0.039).(文献1から改変)プレスは,専用のデリバリーシステムに搭載されている.エクスプレス併用濾過手術では,デバイスを通じて房水を結膜下に導き結膜濾過胞に貯留させ,眼圧を下降させる(図2).線維柱帯切除術と同様に結膜濾過胞ができなければ眼圧が下降しないため,輪部濾過胞の形成に適した結膜を有することが手術の絶対適応条件である.輪部結膜濾過胞の形成可能な開放隅角緑内障では,初回手術例のみならず白内障および緑内障手術既往例,白内障同時手術例などでも奏効する.しかしながら,エクスプレス併用濾過手術では,線維柱帯切除術とは異なり,デバイス内腔が閉塞する可能性のあるぶどう膜炎に伴う続発緑内障や,デバイスを挿入するスペースが十分確保できない閉塞隅角緑内障,金属アレルギーの既往を有する症例では,禁忌である.また,発達緑内障の早発型に対しては本器具の使用報告が少なく,推奨されない.手技については,線維柱帯切除術と同様に作製した強膜弁下から,25ゲージ針で挿入路を作製したのち,前房内にデバイスを挿入するため,線維柱帯および虹彩切除を行わない.このため,術中の前房開放時間が短く,一般に前房出血を起こしにくく,術後炎症も少なく視力回復が早い1,2).また,線維柱帯切除術では,房水を眼内から眼外に導くために強膜窓を作製する必要があるが,どんなに熟練した術者であっても強膜窓を毎回同一の大きさで作製することは不可能である.一方,エクスプレス併用濾過手術では,内腔50μmの器具を通じて房水を導くため,濾過量が常に一定で術後の眼圧値のばらつきが少なく,再現性のある手術が可能となることが報告されている(図3)1).術翌日の診察時(処置前)眼圧のばらつきは,エクスプレスで少ない傾向にある(p=0.081)が,マッサージや切糸の処置後での有意差はない(p=0.668).術7日目診察時(処置前)眼圧のばらつきは,エクスプレスで有意に少なく(p=0.003),処806あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(42) レクトミー後過剰濾過による浅前房例,眼圧1~2mmHg合併症論文数発生数/母数リスク(95%信頼区間)p値エクスプレス線維柱帯切除術低眼圧726/24674/2890.29(0.13,0.65)0.003脈絡膜滲出624/23146/2740.65(0.24,1.80)0.41前房消失59/1908/1921.06(0.36,3.07)0.92低眼圧黄斑症24/1267/1350.56(0.16,1.98)0.37前房出血74/24920/2710.36(0.13,0.97)0.043濾過胞からの漏出638/22634/2491.41(0.84,2.39)0.20眼内炎21/601/611.04(0.10,10.49)0.97図4合併症.エクスプレスvsレクトミーメタ解析(文献2)から,低眼圧と前房出血はエクスプレスで有意に少ない.= BG101-350・シリコン製・Plateの横長:31mm・Plateの縦長:14.7mm・Plateの厚み:1mm・Plateの表面積:350mm2・Tubeの長さ:29mm・Tubeの内腔:300μm・房水流出抵抗は:0~2mmHgBG101-350BG102-350ホフマンエルボー前房挿入扁平部挿入図5バルベルト緑内障インプラント.器具の特徴右:BGI101-350の前房挿入,BGI-102の扁平部挿入図. あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015809(45)膜ができあがるまでに約1カ月かかり,この被膜が濾過胞となるため,術直後,とくに4週間未満のチューブ解放処置は低眼圧を起こす可能性があり注意を要する.近年,米国では多施設共同前向き比較試験としてTubeversusTrabeculectomyStudy(TVTStudy)が4),チューブシャント手術(Tube)とマイトマイシンC併用線維柱帯切除術(Trab)の効果と安全性を直接比較した.Tube群ではプレートサイズが350mm2のBGIを,術早期の低眼圧予防措置としてチューブを結紮したのち,耳上側に移植した.Trab群では,マイトマイシンC(0.4mg/ml,術中4分間塗布)併用線維柱帯切除術を上方の象限に施行した.表1に手術前後の眼圧値と投薬数を示す.術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.後3カ月目以降の眼圧が22mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を試行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.手術後5年の累積手術不成功率は,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002).同様に不成功の定義が眼圧17mmHgを超える場合の累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trabチューブは後房へ挿入プレートチューブ自己強膜弁図6バルベルト緑内障インプラント後の虹彩角膜内皮症候群例複数回手術歴(線維柱帯切除術歴2回,needling歴3回,白内障手術歴1回)があり,バルベルトを耳上側に移植.チューブは自己強膜弁下から,後房(虹彩後面で眼内レンズの前)に挿入.眼圧は,緑内障点眼なしで10.12mmHgにコントロールされている.表1TheTubeVersusTrabeculectomyStudyの手術前後の眼圧値と投薬数Tube群Trabeculectomy群p値術前眼圧(mmHg)25.1±5.325.6±5.30.56投薬数3.2±1.13.0±1.20.171年眼圧(mmHg)12.5±3.912.7±5.80.73投薬数1.3±1.30.5±0.9<0.012年眼圧(mmHg)13.4±4.812.1±5.00.101投薬数1.3±1.30.8±1.20.0163年眼圧(mmHg)13.0±4.913.3±6.80.78投薬数1.3±1.31.0±1.50.304年眼圧(mmHg)13.5±5.412.9±6.10.58投薬数1.4±1.41.2±1.50.335年眼圧(mmHg)14.4±6.912.6±5.90.12投薬数1.4±1.31.2±1.50.23データは平均±SDで示す.p値はStudent’st-testによる.術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.(文献4より)チューブは後房へ挿入プレートチューブ自己強膜弁図6バルベルト緑内障インプラント後の虹彩角膜内皮症候群例複数回手術歴(線維柱帯切除術歴2回,needling歴3回,白内障手術歴1回)があり,バルベルトを耳上側に移植.チューブは自己強膜弁下から,後房(虹彩後面で眼内レンズの前)に挿入.眼圧は,緑内障点眼なしで10.12mmHgにコントロールされている.表1TheTubeVersusTrabeculectomyStudyの手術前後の眼圧値と投薬数Tube群Trabeculectomy群p値術前眼圧(mmHg)25.1±5.325.6±5.30.56投薬数3.2±1.13.0±1.20.171年眼圧(mmHg)12.5±3.912.7±5.80.73投薬数1.3±1.30.5±0.9<0.012年眼圧(mmHg)13.4±4.812.1±5.00.101投薬数1.3±1.30.8±1.20.0163年眼圧(mmHg)13.0±4.913.3±6.80.78投薬数1.3±1.31.0±1.50.304年眼圧(mmHg)13.5±5.412.9±6.10.58投薬数1.4±1.41.2±1.50.335年眼圧(mmHg)14.4±6.912.6±5.90.12投薬数1.4±1.31.2±1.50.23データは平均±SDで示す.p値はStudent’st-testによる.術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.(文献4より) 表2TheTubeVersusTrabeculectomyStudyの1カ月以降の合併症Tube群(N=107)Trab群(N=105)遷延性角膜浮腫17(16%)9(9%)違和感1(1%)8(8%)遷延性複視6(6%)2(2%)濾過胞の被覆化2(2%)6(6%)濾過胞漏出06(6%)脈絡膜滲出2(2%)4(4%)黄斑浮腫5(5%)2(2%)低眼圧黄斑症1(1%)5(5%)Tube露出5(5%)─濾過胞炎/眼内炎1(1%)5(5%)慢性/再発性虹彩炎2(2%)1(1%)Tube閉塞3(3%)─網膜.離1(1%)1(1%)角膜潰瘍01(1%)浅前房/前房消失1(1%)0合計36(34%)38(36%)実数(%)を示す.合併症の発生率は同程度であるが,Tube独特の合併症を認める.赤字:tube手術でとくに注意する合併症.(文献4より)群で53.6%(p=0.002),眼圧14mmHgを超える場合の累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)であった.すなわち,眼圧定義(21,17,14mmHg)にかかわらず,累積手術不成功率は,Trab群で有意に高かった.術中合併症の発生率に有意差はなかったが,術後1カ月以内の早期合併症では,Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に多かった(p=0.012).一方,術後1カ月目以降の合併症(表2)では,Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかったが,Tube群では重症度が高い合併症が存在した.従来,インプラント手術は難治性緑内障に対してのみ行われ,術後眼圧は薬物を併用してもhigh-teenになることが多く手術成功率はあまり高くないと考えられてきた4).しかしながら,手術対象例そのものが難治性であったため,インプラント手術の成績が正しく評価されてきたとはいいがたいものであった.TVTStudy4)では,緑内障そのものの予後が比較的よい症例を対象とした場合,バルベルトの手術成績は線維柱帯切除術と比較し,手術成績がよく早期合併症の発生頻度も少ないことが証810あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015明されたが,チューブ独特の重篤な合併症の発症には十分注意する必要がある.IIIアーメド緑内障バルブアーメド緑内障バルブは,調圧弁をもつ緑内障フィルトレーションデバイス(図7)で,チューブとプレートからなる.わが国で認可され使用可能なモデルは,シリコーン製のプレート面積が184mm2のFP-7と小児や眼窩部の狭い症例に適応となる面積96mm2のFP-8の2種で,両モデルとも直線チューブタイプであり,一般に前房挿入か,あるいは眼内レンズ眼では後房挿入も可能である.硝子体挿入用のパルスプラナクリップ装着モデルはわが国では販売されていないため,硝子体切除眼で毛様体扁平部に挿入する場合は,直線タイプを用いる.アーメドもバルベルトと同様に難治性緑内障が手術適応となる.アーメドは,2枚のシリコーン膜でできた弁をもち,実験的には眼圧が6.8mmHg以下では,弁が閉じて房水が流れないため術後低眼圧を起こしにくい.しかしながら,2枚の膜が接触しているため,移植前に必ずチューブからゆっくりとbalancedsaltsolution(BSS)を流し入れて弁が開くことを確認する(プライミング).プレートは縦長の形状のため,隣り合う2直筋の間に挿入し,輪部から8mm程度の位置で強膜に縫合固定する.その後チューブの長さを切断し調整したのちに眼内に挿入する.露出を防ぐために輪部チューブを被覆する.バルベルトと異なり,低眼圧対策(チューブ結紮やステント挿入),高眼圧対策(シャーウッドスリット)が不必要で,術直後からプレート周囲に房水が流れる.アーメドとバルベルトの手術成績を比較した無作為割り付け試験の一つであるTheAhmedBaerveldtComparison(ABC)Study5)では,モデルFP7とBGI101350が使用され,バルベルト群では術中にチューブ結紮やリップコードで早期の低眼圧予防措置が施された.術後1週間までの眼圧,投薬数は,アーメド群で有意に低いが,術後5年の時点では,眼圧はバルベルト群12.7±4.5mmHgでアーメド群14.7±4.4mmHgと比較し有意差に低くなる(p=0.015)が,投薬数はそれぞれ2.2±1.4,1.8±1.5で有意差はなかった(p=0.28)(表3).術(46) あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015811(47)後3カ月以降の眼圧が22mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を試行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義すると,累積不成功率はアーメド群で44.7±4.6%,バルベルト群で39.4±4.6%と有意差はなかった(p=0.65).ただし,アーメド群では眼圧コントロール不良が原因でModelFP7ModelFP8ModelFP7の説明16.00mm13.00mmSurfaceArea184.00mm2ValveThickness0.9mm225.00mmTubeLengthTubeDiameter0.305mm0.635mm図7アーメド緑内障バルブの特徴(ジャパンフォーカス株式会社提供)表3TheAhmedBaerveldtComparisonStudyの手術前後の眼圧値と投薬数Ahmed群Baerveldt群p値術前眼圧(mmHg)31.2±11.231.8±12.50.71投薬数3.4±1.13.5±1.10.341年眼圧(mmHg)15.4±5.513.4±6.90.02投薬数1.8±1.31.5±1.40.082年眼圧(mmHg)14.5±5.514.2±6.00.76投薬数1.9±1.30.8±1.20.023年眼圧(mmHg)14.4±4.713.1±4.50.08投薬数2.0±1.41.5±1.40.024年眼圧(mmHg)15.5±6.213.4±4.40.02投薬数2.2±1.71.7±1.40.035年眼圧(mmHg)14.7±4.412.7±4.50.02投薬数2.2±1.41.8±1.50.28データは平均±SDで示す.p値はStudent’st-testによる.術後5年の時点では,眼圧はバルベルト群12.7±4.5mmHgでアーメド群14.7±4.4mmHgと比較し有意差に低くなる(p=0.015)が,投薬数はそれぞれ2.2±1.4,1.8±1.5で有意差はなかった(p=0.28).(文献5より)表4TheAhmedBaerveldtComparisonStudyの手術不成功理由Ahmed(n=143)Baerveldt(n=133)眼圧コントロール不良(緑内障再手術なし)23(40%)17(36%)緑内障再手術23(40%)8(17%)合併症による摘出3(5%)4(8%)持続低眼圧1(2%)6(13%)光覚消失7(12%)12(26%)総数5747眼圧コントロール不良:術3カ月目以降でIOp>21mmHgを連続2回記録.持続低眼圧:術3カ月目以降でIOp<5mmHgを連続2回記録.(文献5より)ModelFP7ModelFP8ModelFP7の説明16.00mm13.00mmSurfaceArea184.00mm2ValveThickness0.9mm225.00mmTubeLengthTubeDiameter0.305mm0.635mm図7アーメド緑内障バルブの特徴(ジャパンフォーカス株式会社提供)表3TheAhmedBaerveldtComparisonStudyの手術前後の眼圧値と投薬数Ahmed群Baerveldt群p値術前眼圧(mmHg)31.2±11.231.8±12.50.71投薬数3.4±1.13.5±1.10.341年眼圧(mmHg)15.4±5.513.4±6.90.02投薬数1.8±1.31.5±1.40.082年眼圧(mmHg)14.5±5.514.2±6.00.76投薬数1.9±1.30.8±1.20.023年眼圧(mmHg)14.4±4.713.1±4.50.08投薬数2.0±1.41.5±1.40.024年眼圧(mmHg)15.5±6.213.4±4.40.02投薬数2.2±1.71.7±1.40.035年眼圧(mmHg)14.7±4.412.7±4.50.02投薬数2.2±1.41.8±1.50.28データは平均±SDで示す.p値はStudent’st-testによる.術後5年の時点では,眼圧はバルベルト群12.7±4.5mmHgでアーメド群14.7±4.4mmHgと比較し有意差に低くなる(p=0.015)が,投薬数はそれぞれ2.2±1.4,1.8±1.5で有意差はなかった(p=0.28).(文献5より)表4TheAhmedBaerveldtComparisonStudyの手術不成功理由Ahmed(n=143)Baerveldt(n=133)眼圧コントロール不良(緑内障再手術なし)23(40%)17(36%)緑内障再手術23(40%)8(17%)合併症による摘出3(5%)4(8%)持続低眼圧1(2%)6(13%)光覚消失7(12%)12(26%)総数5747眼圧コントロール不良:術3カ月目以降でIOp>21mmHgを連続2回記録.持続低眼圧:術3カ月目以降でIOp<5mmHgを連続2回記録.(文献5より) =

選択的レーザー線維柱帯形成術の現状

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):797.803,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):797.803,2015選択的レーザー線維柱帯形成術の現状UpdatesonSelectiveLaserTrabeculoplastyforGlaucoma新田耕治*はじめに点眼治療をもってしても眼圧のコントロールが得られないときに点眼を追加することによりアドヒアランスが低下することが危惧される.そのような場合,眼圧下降治療の選択肢の一つとして選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)がある.とくに最大耐用点眼を使用しても緑内障が進行する症例で手術に同意が得られないときなどに有用なことがある.さらにSLTは追加治療としてのみならず,点眼治療の代わりに第一選択治療として施行する場合がある.しかし,日本人に多い正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)に対する第一選択治療としてのSLTの有効性についての報告はこれまでにはなく,最近筆者が報告したものもあわせて,SLTの現状を紹介する.I選択的レーザー線維柱帯形成術の適応現在では,緑内障と最初に診断した際に,多くの施設ではプロスタグランジン(prostaglandin:PG)点眼薬を使用し管理を開始することが多い.PG点眼薬は既存の緑内障点眼薬のなかで眼圧下降効果がもっとも優れていることは誰もが認めることである.しかし,緑内障患者にとっては,第一選択治療は治療の始まりにすぎない.これから何十年ものあいだ緑内障治療が続くことに思いをめぐらせながら点眼している患者はほとんどいないと思われる.むしろ,多くの患者は治療開始時には視力障害を自覚していないので,本当に緑内障なのであろうか…,他院へのセカンドオピニオンを考えようか…,本当に緑内障なら自分はいずれ失明するのだろうか…?などと緑内障管理のほんの入り口でとまどいやためらいの念を抱き,不安になっていることが多いのではないだろうか.眼科医は,予測される今後の自然経過も説明しながら,緑内障治療の玄関口でためらっている患者をうまく誘導してあげるべきである.その際には,点眼薬を長期的に使用することによる全身合併症や眼局所合併症も考慮に入れて治療方法を選択してあげるべきである.筆者の場合,狭義原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)や落屑緑内障ではPG点眼を初期治療として使用することが多いが,日本人の多くを占めるNTGの場合は,年齢,性別,病期などを加味して初期治療を選択している.PG点眼を長期間使用することで眼瞼色素沈着,睫毛多毛,睫毛伸長,上眼瞼溝の深化などがかなりの頻度で発生するので,患者本人の顔貌がかなり変化してしまう症例も少なくない.眼鏡を常用している症例では眼鏡枠の影が眼瞼周囲に存在するので,PG点眼による顔貌の変化をカモフラージュできることが少なくないので本人が気にならない場合が多い.しかし,片眼のみの緑内障症例で片眼のみにPG点眼を使用している場合には,眼鏡を常用している症例でも眼周囲の変化に左右差が生じるので気になってしまうことが多い.また,女性の場合には毎朝化粧をする際に鏡で自分の顔貌を観察するので,少々の眼周囲の変化も非常に気にされる場合が少なくない.このようにPG*KojiNitta:福井県済生会病院眼科〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8235福井県福井市和田中町船橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(33)797 798あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(34)III選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲の違いによる治療比較90°に25発,180°に50発照射して32例をprospec-tiveに眼圧下降効果を検討したChenの報告1)では,両群に眼圧下降効果の差は認めなかったが,別のretro-spectivestudyで長期間の経過をみると,90°照射のほうが作用持続期間が短かったので,90°と180°では180°照射を推奨している.同様に180°と360°照射を比較した報告2,3)では,両者に有意差がないとする報告がある一方で,360°照射のほうが眼圧下降効果は優れているとする報告も多い4.8).森藤らは,半周照射と全周照射とを比較して,眼圧下降率は半周群10.9±12.6%,全周群18.3±11.8%で全周群が有意に高く,Kaplan-Meier生存分析による2年生存率は半周群44.0%,全周群58.0%と全周群のほうが高かったと述べている4).このような結果から最近ではSLTを施行する場合には,360°全周に照射するのが主流と思われる.IV追加治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績狭義POAGにおける追加治療としてのSLT治療の眼圧下降効果についての報告は多数あり,いずれの報告でも眼圧下降率は20.30%程度となっている.NTGへの追加治療としてのSLTの報告もあり,ElMallahら9)がその成績はSLT前の平均眼圧14.3±2.6mmHgがSLT後に平均眼圧12.2±1.7mmHgへ平均14.7%の眼圧下降が得られたと報告している.追加治療としてのSLTの効果は期待できるが,SLTを施行しても眼圧下降が得られないnon-responderが3割程度存在するので,SLT施行前にそのことを患者に説明し同意を得たうえで施行しなければならない.また,筆者らのグループは最大耐用薬剤使用中のPOAGにSLTを施行した結果,施行前眼圧20.9±3.4mmHgが施行後18.7±4.6mmHgと下降したが,下降率は10.0%,Kaplan-Meier法による12カ月後の眼圧累積生存率は23.2%と不良であったことを報告した10).3剤以上緑内障点眼薬を使用している症例では,房水産生抑制作用やぶどう膜強膜流出路促進作用は点眼薬にて図られているためと思われる.SLT点眼を開始することによる治療へのベネフィットと副作用などのデメリットを,症例ごとに熟慮したうえで初期治療方法を選択すべきと考えている.SLTが適応となる緑内障病型は,NTGを含めた広義POAGおよび落屑緑内障,高眼圧症である.これらの病型は隅角が広く線維柱帯への照射も容易である.ステロイド緑内障もSLTを試してみる価値のある病型である.一方,SLT施行後に炎症を惹起しかえって眼圧上昇を招いてしまうおそれのあるぶどう膜炎緑内障はSLTの適応外と考えられる.最近ではminimallyinvasiveglaucomasurgery(MIGS)として,すでに日本でも導入されているtra-becutomeや,すでに欧米で報告されているiStentやCypassなど,新しい流出路再建方法が開発されている.これらの手術療法が将来になされる可能性がある症例においても,SLTが施行すみであることがそれらの手術の妨げにならないことも魅力の一つではないであろうか.II選択的レーザー線維柱帯形成術の照射手順SLT施行後の一過性眼圧上昇を予防するために,施行前1時間と施行直後にアプラクロニジンを点眼しておく.Q-swichedNd:YAGレーザーを使用し,照射時間は3nsec,照射スポットは直径400μmで,これらは変更不可能な設定条件であり,術者はレーザーのパワーのみ調整可能である.照射の際には隅角鏡を要するが,筆者はLatinaの1面鏡を使用している.このレンズは隅角を拡大して観察可能なのでレーザー照射が容易である.線維柱帯色素帯を中心に照射するが,レーザーのパワーは照射部位に気泡が生じる最小のエネルギーとするのが一般的である.しかし,色素沈着が生じている部位はより小さいエネルギーでも気泡が生じ,色素沈着のない部位ではより大きいエネルギーでも気泡が生じないことが多く,その場合は2.3発に1度程度気泡が生じるエネルギーで照射する.照射スポットが重ならない程度に詰めて照射することになっているが,網膜光凝固のように照射斑は生じないため注意を要する. あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015799(35)POAG群で照射前と照射後30カ月の眼圧はそれぞれ23.2±3.0mmHg,17.6±2.8mmHgで24.1%の眼圧下降率が得られ,両群ともに第一選択治療としてのSLTによく反応した.照射後30カ月の生存率(追加治療なし)は落屑緑内障群で74%,狭義POAG群で77%であった14).VII正常眼圧緑内障に第一選択治療として選択的レーザー線維柱帯形成術を施行した成績筆者らは日本人NTG40例40眼に第一選択治療としてSLTを施行し,その治療成績についてprospectiveに3年間観察し検討した結果15),眼圧は照射前15.8±1.8mmHg,照射1カ月後13.0±2.1mmHg,照射3カ月後13.4±2.1mmHg,照射6カ月後13.3±1.7mmHg,照射1年後13.2±1.9mmHg,照射2年後13.5±1.9mmHg,照射3年後13.5±1.9mmHgで,照射後3年間は術前と比べて常に有意に下降した(p<0.001,pairedt-test)(図1).SLTのみの治療にて経過観察可能であった群は照射36カ月後まで常に有意な眼圧下降が得られた(p<0.001,pairedt-test)が,点眼を追加した群は照射18カ月以降に有意な眼圧下降は得られなかった(p<0.05,pairedt-test).また,照射を再照射した群も,照射15カ月以降に有意な眼圧下降は得られなかった(p<0.05,pairedt-test)(図2).眼圧下降率は,照射1カ月後18.0±8.4%,照射3カ月後15.6±7.4%,照射6カ月後15.1±9.5%,照射1年後15.8±8.6%,照射2年後13.2±9.4%,照射3年後12.7±10.2%であった.照射1カ月後のΔoutflowpressure改善率が20%以上の著効群は37/40(92.5%),Δoutflowpressure改善率が0%以下の無効群はなかった.眼圧下降効果に関するエンドポイントを,1)照射後1カ月以降にΔoutflowpressure改善率が2回連続20%未満になったときの1回目の測定日,2)点眼追加,3)SLT再照射,4)内眼手術施行時,としてKaplan-Meier生命表解析を用いて生存率を検討した.その結果,照射1年後の累積生存率は87.5±5.2%,照射2年後の累積生存率は65.0±7.5%,照射3年後の累積生存率は40.0±7.7%であった(図3).エンドポイントに達した症例の原因は,Δoutflowpres-sure改善率20%未満が2回続いた症例は,11/40(27.5は線維柱帯を介する主経路からの房水流出促進作用があるので,最大耐用薬剤使用中の症例にも理論上は効果が期待できるが,施行後の眼圧下降効果は不良であった10).V第一選択治療として選択的レーザー線維柱帯形成術を選択した場合と点眼を選択した場合との成績の比較McIlraithらは,POAGに対して,第一選択治療としてSLT(下半周に照射)を施行した症例は照射前眼圧26.0±4.3mmHgが照射1年後に17.8mmHg(31.0%下降)と有意に下降し,第一選択治療としてラタノプロスト点眼治療を行った群(30.6%下降)と同等の眼圧下降を示したと報告している11).Nagarらは,POAGや高眼圧症に対してSLT(360°照射)によって約60%の症例でベースライン眼圧よりも30%以上の眼圧下降が得られ,その効果はラタノプロストと同等であったと報告した12).Katzらの狭義POAGあるいは高眼圧症に対し第一選択治療としてSLTあるいはPG点眼治療を施行したランダム化比較試験では,SLT群がベースライン眼圧24.5mmHg,9.12カ月後の眼圧18.2mmHg(下降量6.3mmHg),点眼群がベースライン眼圧24.7mmHg,9.12カ月後の眼圧17.7mmHg(下降量7.0mmHg)であった13).さらに目標眼圧に到達しなかった場合には,SLT群は半周ずつ再照射,点眼群はb遮断薬→a1作動薬→炭酸脱水酵素阻害薬あるいは配合剤へと強化したが,治療を開始して1年間にSLT群で11%が再照射,点眼群で27%が点眼追加となり,両群に統計学的な有意差は認めなかったと報告している13).VI落屑緑内障および狭義原発開放隅角緑内障に第一選択治療として選択的レーザー線維柱帯形成術を施行した成績落屑緑内障および狭義POAGに第一選択治療としてSLTを施行し,術後成績をprospectiveに比較検討したShazlyらの報告によると,落屑緑内障群で照射前と照射後30カ月の眼圧はそれぞれ25.5±3.4mmHg,18.3±4.7mmHgで28.2%の眼圧下降率が得られた.狭義 800あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(36).5.86±4.91dB,照射1年後MD.5.69±5.19dB,照射2年後MD.5.88±4.45dB,照射3年後MD.5.29±4.08dBで観察期間中に有意な変化はなかった.また,MDslopeは.0.18±0.58dB/年,VFIslopeは.0.87±1.44%/年で3年間の進行速度は緩徐であった.合併症に関しては,照射1時間後の眼圧─照射直前眼圧は平均.2.8±2.2mmHg(+2..6mmHg)で,5mmHg以上の一過性眼圧上昇は1例もなく,照射1週間後や1カ月後でも皆無であった.これは,SLT施行前1時間と施行直後にアプラクロニジン水を点眼した効果である可能性がある.結膜充血21/40(52.5%),眼重圧感5/40(12.5%),視力障害(霧視や羞明)4/40(10.0%),眼痛2/40(5.0%)を認めたが,いずれも照射後数日間で消失し,虹彩炎などの重篤な合併症は出現しなかった.第一選択薬として使用されることが多いPG点眼の代表薬であるラタノプロスト点眼におけるNTGへの単剤%),点眼治療を開始した症例が10/40(25.0%),SLT再照射を施行した症例が6/40(15.0%)で,再照射を施行した症例のうち,その後点眼治療を開始した症例が2/40(5.0%)であった.視野に関しては,照射前MD図1選択的レーザー線維柱帯形成術施行後の眼圧推移眼圧は,照射前15.8±1.8mmHg,照射3カ月後13.4±2.1mmHg,照射6カ月後13.3±1.7mmHg,照射1年後13.2±1.9mmHg,照射2年後13.5±1.9mmHg,照射3年後13.5±1.9mmHgで照射後3年間は術前と比べて常に有意に下降した(p<0.001,pairedt-test).眼圧(mmHg)*:p<0.001************n=393737383637353230282826101520baseIOP3M6M9M12M15M18M21M24M27M30M33M36M図2選択的レーザー線維柱帯形成術施行後の処置別の眼圧推移第一選択治療としてのSLT後の経過別の眼圧推移を示す.●はSLTのみの治療にて経過観察可能であった症例(26眼),◇は経過中に緑内障用の点眼薬での治療を追加した症例(8眼),.はSLTを再照射した症例で点眼薬での治療も追加した症例(6眼).SLTのみの治療にて経過観察可能であった群は照射36カ月後まで常に有意な眼圧下降が得られた(p<0.001,pairedt-test)が,点眼を追加した群は照射18カ月以降に有意な眼圧下降は得られなかった(p>0.05,pairedt-test).また,照射を再照射した群も,照射15カ月以降に有意な眼圧下降は得られなかった(p>0.05,pairedt-test).眼圧(mmHg)●:SLTのみ(26眼):点眼追加(8眼):再照射(+点眼追加)(6眼)101520baseIOP3M6M9M12M15M18M21M24M27M30M33M36M図3第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術による眼圧下降効果に関する生命表解析エンドポイントを,1)照射後1カ月以降にoutflowpres-sure改善率が2回連続20%未満になったときの1回目の測定日.2)点眼追加,3)SLT再照射,4)内眼手術施行時とし生命表解析を用いて眼圧下降効果に関する生存率を検討した結果,照射1年後の累積生存率は87.5±5.2%,照射2年後の累積生存率は65.0±7.5%,照射3年後の累積生存率は40.0±7.7%であった.累積生存率生存月数(M)1年生存率:87.5±5.2%2年生存率:65.0±7.5%3年生存率:40.0±7.7%00.20.40.60.81010203040506070図1選択的レーザー線維柱帯形成術施行後の眼圧推移眼圧は,照射前15.8±1.8mmHg,照射3カ月後13.4±2.1mmHg,照射6カ月後13.3±1.7mmHg,照射1年後13.2±1.9mmHg,照射2年後13.5±1.9mmHg,照射3年後13.5±1.9mmHgで照射後3年間は術前と比べて常に有意に下降した(p<0.001,pairedt-test).眼圧(mmHg)*:p<0.001************n=393737383637353230282826101520baseIOP3M6M9M12M15M18M21M24M27M30M33M36M図2選択的レーザー線維柱帯形成術施行後の処置別の眼圧推移第一選択治療としてのSLT後の経過別の眼圧推移を示す.●はSLTのみの治療にて経過観察可能であった症例(26眼),◇は経過中に緑内障用の点眼薬での治療を追加した症例(8眼),.はSLTを再照射した症例で点眼薬での治療も追加した症例(6眼).SLTのみの治療にて経過観察可能であった群は照射36カ月後まで常に有意な眼圧下降が得られた(p<0.001,pairedt-test)が,点眼を追加した群は照射18カ月以降に有意な眼圧下降は得られなかった(p>0.05,pairedt-test).また,照射を再照射した群も,照射15カ月以降に有意な眼圧下降は得られなかった(p>0.05,pairedt-test).眼圧(mmHg)●:SLTのみ(26眼):点眼追加(8眼):再照射(+点眼追加)(6眼)101520baseIOP3M6M9M12M15M18M21M24M27M30M33M36M図3第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術による眼圧下降効果に関する生命表解析エンドポイントを,1)照射後1カ月以降にoutflowpres-sure改善率が2回連続20%未満になったときの1回目の測定日.2)点眼追加,3)SLT再照射,4)内眼手術施行時とし生命表解析を用いて眼圧下降効果に関する生存率を検討した結果,照射1年後の累積生存率は87.5±5.2%,照射2年後の累積生存率は65.0±7.5%,照射3年後の累積生存率は40.0±7.7%であった.累積生存率生存月数(M)1年生存率:87.5±5.2%2年生存率:65.0±7.5%3年生存率:40.0±7.7%00.20.40.60.81010203040506070 あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015801(37)29.6%下降,休薬前眼圧から19.7%下降)であった.照射6カ月後の点眼追加なしでの休薬後眼圧からの20%以上の眼圧下降率を61.4%で達成,点眼追加ありでの休薬後眼圧から20%以上の眼圧下降率を28.5%で達成した18).X正常眼圧緑内障における選択的レーザー線維柱帯形成術による眼圧日内変動への影響点眼治療を施行してもなお進行するNTGに対してSLTを全周に施行し,SLT施行前後の眼圧の日内変動についてSENSIMEDトリガーフィッシュコンタクトレンズセンサーを使用して検討した結果,照射前の眼圧が13.5±2.5mmHg,照射1カ月後10.1±2.3mmHg,11.2±2.7mmHg,11.3±2.4mmHgで,照射前の夜間眼圧変動が290±86mVEq,施行後の夜間眼圧変動が199±31mVEqで有意に施行後に変動が小さくなっていた.眼圧の日々変動がNTGにおける進行の危険因子の一つとしてあげられている報告があり19),SLTにより眼圧の変動が小さくなるのであれば,より有効な治療と期待されるところである.XI正常眼圧緑内障における選択的レーザー線維柱帯形成術の治療効果予測JWらは,NTGに追加治療としてSLTを施行して,治療効果に影響する因子を検討し,SLT前の眼圧がより高値の症例およびSLT後1週間の眼圧下降が強い症例ほどSLTの効果が強いと報告した20).SLTは選択的な色素細胞の障害による炎症反応の過程で,線維柱帯細胞や貪食細胞が活性化され,線維柱帯の機能的再構築が行われて房水流出抵抗が減弱した結果,眼圧が下降するのではないかと考えられている.しかし,SLTを施行しても約3割のnon-responderが存在するとされ,SLT施行前に正確に治療効果を予測できればnon-responderを減少させる可能性があり,今後の研究に期待したいところである.XII選択的レーザー線維柱帯形成術の合併症SLT施行後の合併症として,前房出血,虹彩炎,黄斑浮腫,角膜浮腫などの報告があるが,筆者の検討対象での眼圧下降効果について,Kashiwagiらは眼圧下降率が点眼開始1年で15.5%,2年で13.0%,3年で13.4%であったと報告している16).よってNTGに対する第一選択治療としてのSLTの眼圧下降効果とPG点眼単剤の眼圧下降効果は,3年間でほぼ同等であり,追加治療としてのSLTだけでなく,SLTはNTGの第一選択治療としても安全で効果的な緑内障治療方法と考えられる.VIII原発閉塞隅角症に第一選択治療として選択的レーザー線維柱帯形成術を施行した成績一般的には,原発閉塞隅角症や原発閉塞隅角緑内障に対しては,隅角が狭くSLTの適応外と考えられるが,180°以上線維柱帯が観察可能な原発閉塞隅角症に,SLTあるいはPG点眼を無作為に選択した治療成績の報告がある17).それによると,6カ月後の眼圧下降はSLT4.0mmHg,PG点眼4.2mmHgと両群に差がなく,眼圧下降率もSLT16.9%,PG点眼18.5%と両群に差はなく,PG点眼と同等の眼圧下降が得られた.しかし,追加治療なしで21mmHg以下をcompletesuccessと定義した場合,6カ月後の成功率はSLT群60.0%,PG点眼84.0%で有意差を認めた.原発閉塞隅角症に対しては水晶体再建術などの外科的治療が選択されることが多いが,手術に同意が得られない症例に対する治療方法としてSLTも選択肢の1つとなりえる可能性が示唆された.IX点眼治療中の連続正常眼圧緑内障症例に点眼を休薬して施行した選択的レーザー線維柱帯形成術の効果Leeらは,点眼治療中の連続NTG46例83眼に点眼を休薬してSLTを施行し,その治療成績についてpro-spectiveに3年間観察し検討した結果18),眼圧は休薬後照射前16.1±2.2mmHg,照射1カ月後点眼なしで12.7±2.0mmHg(休薬後眼圧から21.6%下降,休薬前眼圧から10.6%下降),照射3カ月後平均0.9±0.9の点眼を使用して11.2±1.8mmHg(休薬後眼圧から30.9%下降,休薬前眼圧から21.1%下降),照射6カ月後平均1.1±1.0の点眼を使用して11.4±1.6mmHg(休薬後眼圧から 802あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(38)初回のSLT治療による眼圧下降効果が減衰した場合に再照射が考慮されるが,SLTの場合でも細胞質内のクラック形成など軽微な器質的変化が生じるとされており26),反復照射により線維柱帯における構造的変化が出現し,初回ほどの眼圧下降効果が得られなくなる可能性がある.SLT再照射の有効性についてはまだ報告が少なく,効果や安全性についてSLT再照射前に十分説明しておく必要がある.おわりに緑内障は主として点眼による眼圧下降治療が行われてきたが,アドヒアランスが不良な症例や自然脱落症例をよく経験する.一方,SLTは,1度施行すればrespond-erの場合は数年間眼圧下降効果が持続するので,アドヒアランス不良の患者に有用であると思われる.また,複数の緑内障用点眼による薬剤アレルギー症例に点眼をすべて中止し,SLTを施行し有効だったとの報告もあるので27),はじめからSLTを意図した症例でなくてもSLT単独治療に切り替えられる可能性もある.しかし,SLTは点眼薬1種2.3年分の費用がかかり,non-responderが約3割存在する現状においては,点眼と比較して費用対効果という点で劣っている.SLTの特徴をよく理解したうえで施行すれば,緑内障患者の治療の一つの選択肢になりうると考える.文献1)ChenC,GolchinS,BlomdahlS:Acomparisonbetween90degreesand180degreesselectivelasertrabeculoplas-ty.JGlaucoma13:62-65,20042)田中祥恵,今野伸介,大黒浩:選択的レーザー線維柱帯形成術における180°照射と360°照射の比較.あたらしい眼科24:527-532,20073)GoyalS,Beltran-AgulloL,RashidSetal:Effectofprima-ryselectivelasertrabeculoplastyontonographicoutflowfacility:arandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol94:1443-7,20104)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,20085)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Aran-domised,prospectivestudycomparingselectivelasertra-beculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.では結膜充血,霧視,重圧感などの合併症の出現頻度は26/40(65.0%)と高率であったが,すべて数日間で消失し,重篤な合併症は経験していない15).第一選択治療としてのSLTでの合併症の報告としては,McIlraithら下半周照射は,照射1時間後にcell1+程度の前眼部炎症を48%で認めたが,次回の受診日にも炎症が持続していたものはなかったと報告した11).Melamedら鼻側半周照射は,照射1日以内に結膜充血や軽微な前房炎症を67%に,58%に眼痛を認めたと報告した21).一過性眼圧上昇に関しては,第一選択治療としてのSLTの場合,Melamedらは照射後1時間以内に5mmHg以上の眼圧上昇が11%,2.5mmHgの上昇が7%であったと報告している21).追加治療としてのSLT治療の場合,筆者の施設では2/113(1.8%)の頻度にて照射後に5mmHg以上の眼圧上昇を認め,SLT治療後に線維柱帯切除術を施行せざるをえなかった1症例を経験した(unpublisheddata).森藤ら4)は,5mmHg以上の眼圧上昇が6.7%,上野ら22)は4.1%と報告した.いずれにしても照射した直後には眼圧上昇をきたす可能性があるので,照射して1時間後には必ず眼圧の確認が必要である.XIII選択的レーザー線維柱帯形成術再照射の有効性SLTは理論上,線維柱帯の構造には影響を与えないとされており,反復照射が可能とされている23).Hongらも,初回に360°照射を施行したのち,効果が減弱し照射前の眼圧水準に達した症例に,再度360°照射を施行した結果から,安全で効果的な治療方法であると述べている24).Khouriらは,初回照射後平均28.3カ月後に再照射を施行し,24カ月後に再照射前と比較して15%以上の眼圧下降効果が得られた症例が39%,20%以上の眼圧下降効果が得られた症例が29%であったと報告している24).症例によっては再照射によって眼圧下降効果が得られることがわかる.しかし,初回SLT照射24カ月後に照射前と比較して15%以上の眼圧下降効果が得られた症例が54%,20%以上の眼圧下降効果が得られた症例が36%であったとも報告している25).よって, 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緑内障の古典的薬物の新知識

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):789.796,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):789.796,2015緑内障の古典的薬物の新知識NewKnowledgeaboutClassicAnti-GlaucomaMedications川瀬和秀*はじめに緑内障治療薬の歴史(表1)は,1870年代にピロカルピンが使用されはじめ,その後,エピネフリン,アセタゾラミドと少しずつ増えてきた.1980年代に交感神経b遮断薬が発売され,1990年代にウノプロストンとラタノプロストのプロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬と炭酸脱水酵素阻害薬(carbonatedehydrataseinhibitor:CAI)の点眼薬が発売された.これにより,配合剤とROCK阻害薬発売前の古典的緑内障治療薬として使用可能な薬剤のグループは,副交感神経作動薬(ピロカルピン),交感神経b遮断薬(チモロール,カルテオロール),交感神経a1b遮断薬(ニプラジロール,レボブノロール),交感神経a1遮断薬(ブナゾシン),交感神経a2作動薬(ブリモニジン),炭酸脱水酵素阻害薬(ドルゾラミド,ブリンゾラミド),PG関連薬(ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロスト,タフルプロスト)の6つとなった.これらの薬剤も,発売後にさまざまな改良や発見が報告されている.今回は,これらの薬剤に新たに加わった知識について紹介する.表1緑内障治療薬の歴史a(b)遮断薬PG関連薬b遮断薬CAIその他1870年代ピロカルピン1920年代エピネフリン1950年代アセタゾラミド1980年代チモロールカルテオロールジピベフリン1990年代ニプラジロールレボブノロールウノプロストンラタノプロストベタキソロールチモロール(XE)チモロール(TG)ドルゾラミド(アプラクロニジン)2000年代ブナゾシントラボプロストタフルプロストビマトプロストカルテオロール(LA)ブリンゾラミド2010年代ザラカムR,デュオトラバR,タプコムRブリモニジンコソプトR,アゾルガRリバスジル*KazuhideKawase:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学教室〔別刷請求先〕川瀬和秀:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(25)789 790あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(26)ている.しかし,緑内障患者に多い高齢者や糖尿病患者には,ドライアイの頻度も高く,可能なかぎり眼表面に影響が少ない緑内障治療薬で治療していても,角膜障害をきたすこともある.薬剤性角膜障害をきたした場合,緑内障治療薬の中止が望ましい.しかし,最近は角膜障害の治療に人工涙液や眼軟膏に加えて,ブロムフェナックやレバミピドといったドライアイ治療薬の使用が有効であるとの報告がある1).また,眼表面疾患に対する緑内障治療薬の影響としては,塩化ベンザルコニウム(BAK)が悪者とされているが,低濃度のBAKを使用したタフルプロストはBAKを使用していないトラボプロストと同等の安全性と評価されている(図1)2.4).II後発品の発売と評価国の方針もあり,緑内障治療薬の後発品も多数発売されたが,適切に評価されている薬剤は少ない.後発品は海外のジェネリックとは規格が異なるため,必然的に国内での評価が必要となる.いくつかの後発品の眼圧下降作用における評価が報告されているが,ラタノプロストの後発品だけでも平成24年の時点で23種類もあり5),それぞれ組成が異なるためすべての薬剤で評価することは不可能である.ラタノプロスト後発品による房水内ラタノプロスト遊離酸濃度と50%細胞致死時間(CDT50)と角膜抵抗率を測定した報告6)では,ラタノプロストと後発品に大きな差がある薬剤も確認されている(図2a,I眼表面への影響治療薬の増加と眼圧下降の重要性が増すにつれて,緑内障治療薬の併用が必要な症例は増えてきた.実際に6つのグループのすべての緑内障治療薬を同時に投与することはむずかしいが,3.4種類の点眼を使用している患者は少なくない.点眼数の増加に伴い,主剤以外の添加剤の影響も無視できなくなってきた.このため,表2に示すように,一部の薬剤では防腐剤あるいは濃度の変更を行っている.これにより角膜障害の軽減が報告され表2緑内障治療薬における防腐剤一覧点眼薬防腐剤濃度(%)チモロール製剤イオン応答ゲル化チモロール点眼薬熱応答ゲル化チモロール点眼薬塩化ベンザルコニウム臭化ベンゾドデシウム塩化ベンザルコニウム0.0050.0120.001ニプラジロール製剤レボブノロール製剤ブナゾシン製剤塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム0.002(2004年8月)0.0040.005ブリンゾラミド製剤ドルゾラミド製剤塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム0.010.005ウノプロストン製剤ラタノプロスト製剤トラボプロスト製剤ビマトプロスト製剤タフルプロスト製剤塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム⇒SofziaTM塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム0.005→0.003(2009年2月)0.020.005→0(日本導入前)0.0050.01→0.001(2009年12月)1201008060402000135Cellviability(%)Timeoftreatment(min)図1BAK濃度とヒト角膜上皮細胞障害性(文献2,p.869,Fig.2より引用)平均±標準誤差.〇:BAKFree,●:0.001%BAKC12,▲:0.003%BAKC12,□:0.005%BAKC12,■:0.01%BAKC12,◇:0.01%BAKmix含むタフルプロスト点眼液.表2緑内障治療薬における防腐剤一覧点眼薬防腐剤濃度(%)チモロール製剤イオン応答ゲル化チモロール点眼薬熱応答ゲル化チモロール点眼薬塩化ベンザルコニウム臭化ベンゾドデシウム塩化ベンザルコニウム0.0050.0120.001ニプラジロール製剤レボブノロール製剤ブナゾシン製剤塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム0.002(2004年8月)0.0040.005ブリンゾラミド製剤ドルゾラミド製剤塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム0.010.005ウノプロストン製剤ラタノプロスト製剤トラボプロスト製剤ビマトプロスト製剤タフルプロスト製剤塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム⇒SofziaTM塩化ベンザルコニウム塩化ベンザルコニウム0.005→0.003(2009年2月)0.020.005→0(日本導入前)0.0050.01→0.001(2009年12月)1201008060402000135Cellviability(%)Timeoftreatment(min)図1BAK濃度とヒト角膜上皮細胞障害性(文献2,p.869,Fig.2より引用)平均±標準誤差.〇:BAKFree,●:0.001%BAKC12,▲:0.003%BAKC12,□:0.005%BAKC12,■:0.01%BAKC12,◇:0.01%BAKmix含むタフルプロスト点眼液. (分)90CDT50比(対キサラタン)1.4801.270160500.8400.6LP遊離酸の移行濃度比(対キサラタン)CDT50300.420100.20センジュキサラタンAA日点(PF)わかもと(NP)ニッテンアメル日医工コーワニットー科研わかもと図2a房水内ラタノプロスト(LP)遊離酸濃度とCDT50の関係(文献6,p.9,図2より引用)(%)0120AA図2b房水内ラタノプロスト(LP)遊離酸濃度とCRの関係(文献6,p.10,図3より引用)キサラタンCR比(対キサラタン)1.41.210.80.60.40.2LP遊離酸の移行濃度比(対キサラタン)0100806040200CRセンジュ日点(PF)わかもと(NP)ニッテンアメル日医工コーワニットー科研わかもとb).房水内LP遊離酸濃度が低い薬剤は,細胞障害も少なく,膜抵抗性も維持されている.しかし,薬効を考えると眼内移行濃度は先発品に近いことが望ましい.実際に,先発品と後発品の眼圧下降率や副作用の違いを調べたものでは,ラタノプロスト点眼液0.005%「ニットー」(27)や「TS」に切り替えた報告がある.この場合,先発品と有意な差は認めなかったとされているが,どれも症例数が20眼程度と少なく,経過観察期間が2.3カ月使用の短期間の報告であり7.9),長期に使用する緑内障治療薬の評価としてはむずかしいものがある.しかし,現あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015791 実に後発品の比率が増加している状況において,これらの評価の必要性が増すと考える.III眼圧下降効果の再評価1.夜間眼圧下降作用眼圧日内変動は1980年以前より検討されているが,1990年代に入ると治療薬の夜間眼圧下降効果が報告されるようになった.一般には日中の眼圧は測定可能である.しかし,診療時の眼圧がコントロールされていても夜間の眼圧下降が得られていない場合は,視野障害の進行につながると考えられている10).PG関連薬が夜間眼圧下降効果に優れており,b遮断薬は夜間眼圧下降効果が少ない(図3)ことはよく知られている11).ニプラジロールについては夜間眼圧下降効果がある(図4)ことが報告されている12)が,ブリモニジンについては夜間眼圧下降効果が期待できない(図5)と報告されていIOP(mmHg)Time1518212403060912る13).また,ラタノプロストにおけるプロスタグランジ232116点眼点眼♯♯♯♯***眼圧(mmHg)1514:0日13:1日:3カ月*1213210369121518●Baseline■TimololLatanoprostDorzolamide時刻(時)図3Goldmann圧平眼圧計による日内眼圧変動図4ニプラジロール点眼前後における眼圧の変化(文献11,p.2568,Fig.1より引用)(文献12,p.1428,図3より引用)******ブリモニジン点眼25プラセボ(仰臥位)IOP(mmHg)ブリモニジン(仰臥位)20プラセボ(座位)ブリモニジン(座位)*p<0.05(pairedt-test)1509001100130015002100230001000300Time(hrs)図5ブリモニジン点眼における日内眼圧変動(文献13,p.278,Fig.2より引用)792あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(28) A-1294CA938G(K313R)A/GA/Crs3766331rs3753380rs1073610A/GC/Trs3766354ATGTAGrs12093097G/A42.9kbG/Ars3766353*G/TC/TTAArs3766355rs1073611A/C*4.3kbA/G38.5kb1kb図6プロスタグランジンF2a受容体遺伝子とラタノプロストによる眼圧下降効果に影響するSNP(rs3753380)ンF2a受容体の遺伝子の塩基配列変化(SNP)(図6)による眼圧下降効果の違いが報告されている14).最近は体位変動による眼圧変化にも注意が必要とされ,眼圧は座位に比べ仰臥位で高いことが知られている.しかし,各種緑内障治療薬使用下での体位変動による眼圧変動には有意な差を認めていない(図7)15).IV粘稠化による眼圧下降効果の持続と点眼回数の減少緑内障治療薬は前述のように,多くの症例で1日に複数の点眼を行う必要がでてくる.しかし,点眼回数の増加はアドヒアランスの低下をきたす.このため,1回でも少なくするようにそれぞれの点眼回数を減らす工夫が行われてきた.とくに歴史の長いb遮断薬においては通常の2回点眼から1回点眼にするため,眼表面での滞留時間を長くする粘稠化が行われ,イオン応答性ゲル化剤を使用したチモプトールRXE,熱応答性ゲル化剤を使用したリズモンRTGが発売され,その後カルテオロールにも持続化剤を使用したミケランRLAといった薬剤が登場した.これらの薬剤は,眼圧下降効果の持続時間の延長以外にも,全身(ミケランRLAはミケランに比べ拡張期血圧下降が少ない,血漿中カルテオロール濃度が少ない)(図8)16)および局所副作用(リズモンRTGはチモプトールRXEに比べ眼表面細胞への障害が少ない)(図9)17)の軽減効果も報告されている.また,粘稠化にともなう霧視の状況(表3)18)や使用感19)に関しても報告されており,一般的にチモプトールRXEのほう(29)(文献14,p.1041,Fig.1より引用)543210NSNSNSΔIOP(mmHg)baselinetimolollatanoprostbrinzolamideTherapy図7緑内障治療薬使用時の座位と仰臥位の眼圧差に有意な差は認めていない(文献15,p.694,Figより引用)1601501401301201101009080706050血圧(mmHg)*******************02468点眼後経過(週)図8ミケランLAとミケラン使用における血圧変動(文献16,p.980,図2bより引用)●:収縮期血圧LA群,○:収縮期血圧CA群,■:拡張期血圧LA群,□:拡張期血圧CA群.平均値±標準偏差*p<0.05,**p<0.005,***p<0.001(Dunnett’spairedt-test)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015793 表3平均Breakupindex点眼前開瞼直後3分後5分後10分後チモプトールR0.5%86.0±0.877.9±2.583.6±1.685.6±2.287.6±1.3チマバックR0.5%86.4±1.478.5±1.484.0±1.984.4±2.185.4±1.3リズモンRTG0.5%86.4±1.457.2±5.069.1±5.317.1±6.382.6±2.0チモプトールRXE0.5%85.5±1.221.7±1.864.2±5.066.9±4.580.8±2.9Fluorescenceintensity(%ofcontrol)平均値±標準誤差(文献18,p.542,表2より引用)****(mm2)140****3001201008060************#**10040細胞数200TimoptolTimoptolXERysmonTGTimabak0Sham群媒体0.3mg/kg3mg/kg(n=10)投与群(n=10)(n=10)200図9リズモンTGはチモプトールXEやチモプトールに(n=10)比べ眼表面細胞への影響が少ない(1/30の濃度における細胞活性)(文献17,p.618Fig3cより引用)がリズモンRTGに比べ霧視やべたつき感が強いが,刺激感は少ないとされている.これらの薬剤は,粘稠化剤の違いにより患者による満足感に違いがあるため,適切に使い分ける必要があると考える.V新しい作用機序の検討日本で最初のPG関連薬として発売されたウノプロストンは,他のPG関連薬に比べ1日2回点眼で眼圧下降作用は少なく,刺激感も強いため,大きな眼圧下降を必要とする高眼圧や視野障害が進行した症例では使用がむずかしい状況であったが,局所副作用が少なく,他のPG関連薬とは明確に異なる作用機序(ウノプロストンはPGF2aの代謝物関連物質であるプロストン化合物であり,FP受容体との親和性はPGE2aの1/1,600と報告され,その薬理作用としてBKチャンネル活性化作用が報告されている)が解明されてきた20).さらに,網膜色素変性症の治療の可能性も考慮され,神経再生作用21)も期待できるとして,再度見直されてきた.しかし,保健診療上はもっとも効果的な他のPG関連薬との併用はむずかしい.794あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015ウノプロストン投与群図10虚血再灌流後の網膜神経節細胞層におけるTUNEL陽性細胞数(文献20,p.857,図3より引用)#:Sham群に対して1%で有意差あり(Student’st-test)**:媒体群に対して1%で有意差あり(Dunnett’smultiplecomparisontest)眼血流測定にはさまざまな測定器機が使用されてきたが,レーザースペックル法による解析により,さまざまな薬剤による眼血流改善効果が示されている(図10)22.24).これらの薬剤の血流増加にはさまざまな薬理作用が推測されており(表4),併用によって効果が増強する可能性もあり期待したいところである.緑内障治療の根本は眼圧下降が目的ではなく視野障害の進行抑制にある.このため,点眼薬による視野障害進行抑制効果の検討が始まった.2008年に日本で,ニプラジロールとチモロールの視野障害進行に対する治療効果の比較検討が行われた.3年間の経過観察では視野全体では有意差が得られなかったが,部位による検定ではTD(totaldeviation)の中心上部とCPSD(correctedpatternstandarddeviation)における視野障害の進行ではニプラジロール点眼群はチモロール点眼群に比べ有意な軽減を認めている25,26).しかし,チモロール単剤の使(30) 表4眼血流増加の報告されているおもな緑内障治療薬と推測されている薬理作用薬剤名薬理作用PG関連薬ラタノプロスト内因性PG産生?ウノプロストンMaxi-Kchannel開口による細胞内カルシウムイオン濃度減少b遮断薬カルテオロール内因性交感神経刺激作用,血管内皮由来弛緩因子の分泌ベタキソロールカルシウム受容体拮抗作用ab遮断薬ニプラジロールNO産生a1遮断薬ブナゾシンa1遮断作用炭酸脱水酵素阻害薬ドルゾラミドCO2濃度の増加,phの低下プリンゾラミド(文献22,p.42,表2より引用)ProportionofParticipantsDevelopingFieldProgression0.7Proportionofpatients(%)10075LatanoprostAdjustedhazerdratio0.44Placebo(95%CI0-28-0.69;p=0.003)timololbrimonidine0.60.50.40.30.250006121825NumberatriskVisualfieldprogression(months)0.1Latanoprost231220197151550.0Placebo2302091691194404812162024283236404448図12ラタノプロストとプラセボ使用における2年間のFollow-Up,months視野障害進行の割合の比較図11LoGTSにおけるブリモニジン点眼とチモロール(文献30,p.1300,Fig.2より引用)点眼の累積視野障害進行率(文献28,p.674,Fig.2より引用)る29).また,最新のデータでは,ラタノプロストは,2年の経過観察でプラセボに比べて有意に視野障害の進行用により視野障害の進行を認めている27).ブリモニジンの使用はチモロールの使用に比べ4年間の経過観察で,視野障害進行率で有意に少なかったことが報告されている.両群間に眼圧下降効果に差がなかったことからブリモニジンの視野維持効果は眼圧非依存性であることが示唆されている(図11)28).また,神経線維層解析装置GDx(カールツァイス)による検討ではあるが,12カ月での網膜神経線維層厚の変化でブリモニジンは有意差を認めなかったが,チモロールは有意に菲薄化を認め,ブリモニジンの網膜神経線維層の保護効果を示唆してい(31)が軽減できたと報告された(図12)30).この場合,プラセボとの比較のため平均3.8mmHgの眼圧下降効果もあるのでニプラジロールやブリモニジンとは意味が違うことに注意が必要である.文献1)高静花:点眼止めたら良くなった!眼科グラフィック2:490-494,20132)浅田博之,七條優子[高岡],中村雅胤ほか:0.0015%タフルプロスト点眼液のベンザルコニウム塩化物濃度の最適化検討.眼表面安全性と保存効力の視点から.薬学雑誌あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015795

緑内障の新薬2:配合剤

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):783~788,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):783~788,2015緑内障の新薬2:配合剤NewDrugTreatmentsforGlaucoma2:FixedCombinationEyeDrops井上賢治*はじめに配合剤では2つの薬剤成分が1つの薬剤に含有されている.内科領域では2009年より配合剤が使用可能となり,現在は高血圧薬+高血圧薬,高血圧薬+高脂血症薬,糖尿病治療薬+糖尿病治療薬などの配合剤がある.眼科領域では2010年4月に,ラタノプロストとチモロールの配合剤が使用可能となり,その後徐々に増えて現在は5種類の緑内障配合剤がある.I緑内障配合剤現在,国内ではプロスタグランジン/チモロール配合剤が3剤,炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤が2剤使用可能である(表1).さらに2015年3月にはドルゾラミド/チモロール配合剤に防腐剤を含まない1回使い捨て無菌ディスポーザブル容器入りの配合剤が製造発売承認を取得した.海外では1998年からドルゾラミド/チモロール配合剤が使用可能であり,日本の配合剤導入が10年以上遅れていることがわかる(表2).ドルゾラミド/チモロール配合剤では含有されるドルゾラミドは海外では2%製剤,国内では1%製剤と異なる.また,日本ではまだ導入されていないビマトプロスト/チモロール配合剤やブリモニジン/チモロール配合剤もある.メキシコにはチモロール,ドルゾラミド,ブリモニジンの3剤を含有する配合剤(商品名クリタンテック)が存在する.配合剤はチモロールとの組み合わせだけであり,チモロールには呼吸器系や循環器系の全身合併症出現の危険があり,配合剤の使用をためらう症例も多数存在する.その点を考慮して2013年にはFDA(U.S.FoodandDrugAdministration,アメリカ合衆国食品医薬品局)でブリンゾラミドとブリモニジンの配合剤が承認され,治験での良好な結果が報告1)され,その後発売された.今後の日本での導入が期待される配合剤である.II配合剤に期待すること一言でいえばアドヒアランスの向上である.たとえば点眼薬を追加投与しても期待するほど眼圧が下降しない症例を経験する.追加した点眼薬のノンレスポンダーを疑うが,患者によく話を聞くとアドヒアランスが不良だったことが判明することがある.点眼薬の本数が増え,1日の総点眼回数が増えると,反対にアドヒアランスは低下することが数々の論文で報告されている.つまりアドヒアランスの向上が緑内障治療の目的である眼圧下降,ひいては視野障害進行抑制につながると考えられる.アドヒアランス向上の観点からは配合剤使用が単剤併用療法よりもすすめられる.単剤併用療法と比較すると,配合剤では2ボトルが1ボトルに減り,1日の総点眼回数も2~5回から1~2回に減り,含有される防腐剤に曝露される量も減ることで眼表面の副作用が減ると考えられる.2剤点眼する場合には5分間以上の点眼間隔が必要だが,配合剤点眼ではそれも必要なくなり,点眼時間を短縮できる.先に点眼した薬剤の洗い流し効果を*KenjiInoue:井上眼科病院〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(19)783 784あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(20)比較すると,1日の総点眼回数は減少するが,もし1回の点眼を忘れた場合の眼圧下降に及ぼす悪影響は配合剤のほうが大きいと考えられる.また,プロスタグランジン/チモロール配合剤では1日1回点眼のため,元来1日2回点眼であるチモロールの効果が減弱する,ドルゾラミド/チモロール配合剤では1日2回点眼のため,元来1日3回点眼であるドルゾラミドの効果が減弱する可能性がある.タプルフロスト/チモロール配合剤ではチモロールのラット房水移行性に及ぼす点眼液pHの影響を調査したところ,pHが高くなるに従って房水中チモロール濃度が高くなる傾向がわかった.そこでpHを7.0に調整し,点眼後のチモロールの房水中濃度を1日1回点眼チモロール点眼後と同等にすることができた(図1)2).IV緑内障配合剤の使い方プロスタグランジン関連点眼薬は,①強力な眼圧下降回避でき,眼圧下降効果の減弱を防ぐことができる.また,薬剤費用も減額となる.III配合剤で心配なこと眼圧下降効果が減弱しないかである.単剤併用療法と表2海外での緑内障配合剤(2015年4月現在)承認年(海外)海外商品名カテゴリー主剤名日本での状況1998.8COSOPTb+CAITimolol0.5%+Dorzolamide2%発売2001.8XALCOMPG+bLatanoprost+Timolol0.5%発売2006.4DUOTRAVPG+bTravoprost+Timolol0.5%発売2006.5GANFORTPG+bBimatoprost+Timolol0.5%未発売2007.1COMNBIGANb+a2Timolol0.5%+Brimonidine0.2%未発売2008.12AZARGAb+CAITimolol0.5%+Brinzolamide1%発売2013.4SIMBRINZACAI+a2Brinzolamide1%+Brimonidine0.2%未発売図1タフルプロスト.チモロール配合剤の点眼後の房水中チモロール濃度(文献2より)(タフルプロスト/チモロール配合剤):DE-111:チモロール:チモロールGS:チモロール+タフルプロストa10,0001,00010010101234点眼後時間(hr)房水中チモロール濃度(ng/ml)表1日本で使用可能な緑内障配合剤(2015年4月現在)ザラカムR2010年4月チモロール+ラタノプロスデュオトラバR2010年6月チモロール+トラボプロストコソプトR2010年6月チモロール+ドルゾラミドアゾルガR2013年11月チモロール+ブリンゾラミドタプコムR2014年11月チモロール+タフルプロスト表2海外での緑内障配合剤(2015年4月現在)承認年(海外)海外商品名カテゴリー主剤名日本での状況1998.8COSOPTb+CAITimolol0.5%+Dorzolamide2%発売2001.8XALCOMPG+bLatanoprost+Timolol0.5%発売2006.4DUOTRAVPG+bTravoprost+Timolol0.5%発売2006.5GANFORTPG+bBimatoprost+Timolol0.5%未発売2007.1COMNBIGANb+a2Timolol0.5%+Brimonidine0.2%未発売2008.12AZARGAb+CAITimolol0.5%+Brinzolamide1%発売2013.4SIMBRINZACAI+a2Brinzolamide1%+Brimonidine0.2%未発売図1タフルプロスト.チモロール配合剤の点眼後の房水中チモロール濃度(文献2より)(タフルプロスト/チモロール配合剤):DE-111:チモロール:チモロールGS:チモロール+タフルプロストa10,0001,00010010101234点眼後時間(hr)房水中チモロール濃度(ng/ml)表1日本で使用可能な緑内障配合剤(2015年4月現在)ザラカムR2010年4月チモロール+ラタノプロスデュオトラバR2010年6月チモロール+トラボプロストコソプトR2010年6月チモロール+ドルゾラミドアゾルガR2013年11月チモロール+ブリンゾラミドタプコムR2014年11月チモロール+タフルプロスト あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015785(21)要となる.その場合にはプロスタグランジン関連点眼薬を中止して,プロスタグランジン/チモロール配合剤へ変更する症例と,b遮断点眼薬を追加する症例が多かった(図2)3).1.プロスタグランジン関連点眼薬からの変更この変更では点眼薬は1ボトルのままで,点眼回数も1日1回のままなので,アドヒアランスの低下をまねきづらいと考えられる.プロスタグランジン/チモロール配合剤は最強の眼圧下降効果を有する点眼薬と位置づけられる.眼圧下降率はラタノプロスト点眼薬からラタノプロスト/チモロール配合剤への変更では5.7~30.7%,トラボプロスト点眼薬からトラボプロスト/チモロール配合剤への変更では12.4~28.5%,タフルプロスト点眼薬からタフルプロスト/チモロール配合剤への変更では13.3%と報告されている.また,プロスタグランジン関連点眼薬の種類を変更した場合の眼圧下降率は,ラタノプロスト点眼薬からトラボプロスト/チモロール配合点眼薬への変更では13.1~28.3%と報告されている.効果を有する,②全身性の副作用が少ない,③1日1回点眼の利便性を有する(アドヒアランス良好)ことから緑内障点眼薬治療の第一選択薬である.しかし,プロスタグランジン関連点眼薬単剤で眼圧下降効果が不十分な症例では他の点眼薬の追加が必要となる.その場合,①プロスタグランジン/チモロール配合剤への変更,②b遮断点眼薬の追加,③炭酸脱水酵素阻害点眼薬の追加,④a2刺激点眼薬の追加,⑤炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤の追加,などが考えられる.プロスタグランジン関連点眼薬+b遮断点眼薬併用あるいはプロスタグランジン関連点眼薬+炭酸脱水酵素阻害点眼薬併用とした症例では,3剤目の追加の投与が必要な場合にはプロスタグランジン関連点眼薬+炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤への変更がアドヒアランスの観点からはすすめられる.プロスタグランジン関連点眼薬のノンレスポンダーや眼局所副作用出現症例では,プロスタグランジン関連点眼薬を中止せざるをえない.また,眼局所副作用の出現を嫌がり,はじめからプロスタグランジン関連点眼薬を希望しない患者もいる.このような症例では,b遮断点眼薬,炭酸脱水酵素阻害点眼薬あるいはa2刺激点眼薬を単剤投与する.眼圧下降効果不十分な場合は,炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤への変更や他の点眼薬の追加が考えられる.国内で使用可能な緑内障配合剤はすべてチモロールとの配合剤である.そこで,チモロール点眼薬が使用できない呼吸器系,循環器系の疾患を有する症例では,緑内障配合剤を使用することはできず,今のところ配合剤の恩恵は受けられない.Vプロスタグランジン.チモロール配合剤の使い方プロスタグランジン関連点眼薬からの変更,プロスタグランジン関連点眼薬とb遮断点眼薬併用からの変更,b遮断点眼薬からの変更,炭酸脱水酵素阻害点眼薬やa2刺激点眼薬への追加が考えられる.緑内障点眼薬治療の第一選択薬であるプロスタグランジン関連点眼薬で眼圧下降不十分な(目標眼圧に達成しない)症例や副作用が出現した症例では,点眼薬の変更あるいは追加が必図2プロスタグランジン関連点眼薬への追加症例(文献3より改変して引用)PG/b配合点眼薬への変更,38.4%非選択性b遮断点眼薬の追加,27.8%炭酸脱水酵素阻害点眼薬の追加,10.5%a2刺激点眼薬の追加,21.1%その他,2.2%図2プロスタグランジン関連点眼薬への追加症例(文献3より改変して引用)PG/b配合点眼薬への変更,38.4%非選択性b遮断点眼薬の追加,27.8%炭酸脱水酵素阻害点眼薬の追加,10.5%a2刺激点眼薬の追加,21.1%その他,2.2% 786あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(22)点眼薬やa2刺激点眼薬を使用している症例は,何らかの理由でプロスタグランジン関連点眼薬やb遮断点眼薬が使用できない症例である可能性が高い.よってそのような症例は限られていると思われる.VI炭酸脱水酵素阻害.チモロール配合剤の使い方炭酸脱水酵素阻害点眼薬とb遮断点眼薬併用からの変更,炭酸脱水酵素阻害点眼薬からの変更,b遮断点眼薬からの変更,プロスタグランジン関連点眼薬への追加が考えられる.プロスタグランジン関連点眼薬が第一選択薬である現在の緑内障治療において,炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤は初期段階からは使うことが少なく,重症になるに従って使われることが多くなる配合剤と考えられる.1.炭酸脱水酵素阻害点眼薬とb遮断点眼薬併用からの変更2剤を炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤に変更したところ眼圧は下降した,あるいは維持されたと報告されている.これらの変更では1日の点眼回数は3~5回から2回に減少するのでアドヒアランスが向上すると考えられる.これらの変更についての筆者らの調査では,プロスタグランジン関連点眼薬とb遮断点眼薬併用からプロスタグランジン/チモロール配合剤への変更の調査と同様に,全例で比較すると変更前後の平均眼圧に差はなかったが,個々の症例では約20%の症例で眼圧が上昇し,約60%の症例で眼圧は変わらず,約20%の症例で眼圧が下降した(表3).一方,配合剤から単剤併用に変更した報告では,ドルゾラミド/チモロール配合剤で刺激感が出現した症例をブリンゾラミド点眼薬とチモロール点眼薬の併用に変更したところ,刺激感は消失し,眼圧は有意に下降した.2.炭酸脱水酵素阻害点眼薬からの変更あるいはb遮断点眼薬からの変更プロスタグランジン関連点眼薬が何らかの理由で使用できず,炭酸脱水酵素阻害点眼薬あるいはb遮断点眼薬を単剤使用中の患者の強化療法としては,1ボトルの2.プロスタグランジン関連点眼薬とb遮断点眼薬併用からの変更プロスタグランジン/チモロール配合剤が使用可能となる前にプロスタグランジン関連点眼薬とb遮断点眼薬が併用使用されていた症例と,プロスタグランジン/チモロール配合剤が使用可能となった後にあえてプロスタグランジン関連点眼薬にb遮断点眼薬を追加投与した症例が存在する.これらの2剤をプロスタグランジン/チモロール配合点眼剤に変更したところ,眼圧は下降あるいは維持されたと報告されている.筆者らの調査でもラタノプロスト/チモロール配合剤あるいはトラボプロスト/チモロール配合剤への変更ともに,全例で比較すると変更前後の平均眼圧に差はなかった.しかし,個々の症例で検討すると約20%の症例で眼圧が上昇し,約60%の症例で眼圧は変わらず,約20%の症例で眼圧が下降した.いいかえると約20%の症例はもともとアドヒアランスが不良で変更によりアドヒアランスが向上し眼圧が下降した,約60%の症例はアドヒアランスがまあまあ良好だったために眼圧は変化なかった,約20%の症例はもともとアドヒアランスが良好だったために,変更によりチモロールの効力が減弱し眼圧が上昇したのではないか,と推測している(表3).患者のアドヒアランスを判断して,点眼薬の変更を考えてもよい.3.b遮断点眼薬からの変更1日1回点眼のb遮断点眼薬からの変更では,点眼回数が増えずに,アドヒアランスも維持できる.強力な眼圧下降効果と高い安全性が報告されている.4.炭酸脱水酵素阻害点眼薬やa2刺激点眼薬への追加このような使い方も考えられるが過去に少数例の報告しかない.そもそも第一選択薬として炭酸脱水酵素阻害表3眼圧変化とアドヒアランス眼圧下降維持上昇頻度20%60%20%変更前のアドヒアランス不良まあまあ良好表3眼圧変化とアドヒアランス眼圧下降維持上昇頻度20%60%20%変更前のアドヒアランス不良まあまあ良好 あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015787(23)かし,これらの報告の結果は異なり,各々の配合剤の眼圧下降効果の強弱は判定できない.配合剤の副作用は含有する2剤の副作用が各々出現する.国内で使用可能な配合剤にはチモロールがすべて配合されているので,チモロール以外の薬剤による副作用が出現した症例では,他の配合剤への変更が有効となることがある.炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤にはドルゾラミド/チモロール配合剤とブリンゾラミド/チモロール配合剤がある.さし心地は,ドルゾラミド点眼薬はpH値が5.65のため刺激感(しみる感じ)が,ブリンゾラミド点眼薬は懸濁性のため霧視が出現しやすく配合剤も同様である.これらの副作用が気になる症例では,もう一方の配合剤へ変更することでさし心地が改善し,アドヒアランスが向上し,眼圧がさらに下降する可能性がある.患者にさし心地の好みを聴取し,配合剤を使い分けるとよい.VIIIプロスタグランジン関連点眼薬,b遮断点眼薬,炭酸脱水酵素阻害点眼薬の3剤併用から配合剤への変更配合剤が使用可能になる前は眼圧下降効果が不十分な場合は,他の点眼薬を追加していた.これを繰り返すと多剤併用症例となる.眼圧下降効果と副作用を考慮すると,プロスタグランジン関連点眼薬,b遮断点眼薬,炭酸脱水酵素阻害点眼薬が使用されやすく,これら3剤の併用症例が多い.配合剤が使用可能となりアドヒアランス向上の面から3剤のうち2剤を配合剤に変更することが多く行われてきた.この際にプロスタグランジン関連点眼薬+炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤とプロスタグランジン/チモロール配合剤+炭酸脱水酵素阻害点眼薬の組み合わせがある(図3).過去に報告された3つの論文においては,これら2つの組み合わせにおける眼圧下降効果と安全性は同等であった6~8).どちらの配合剤への変更がよいかの明確な基準はないが,プロスタグランジン関連点眼薬を含む配合剤では,国内ではビマトプロスト点眼薬の配合剤はない.ビマトプロスト点眼薬を含む症例では炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤の使用のほうがよいと考える.ままとなりアドヒアランスを維持しやすい.また,プロスタグランジン関連点眼薬との併用症例では,炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤への変更により,プロスタグランジン関連点眼薬の長所を引き続き享受できる.とくにプロスタグランジン/チモロール配合剤をもたないビマトプロスト点眼薬使用症例では有効と考えられる.3.プロスタグランジン関連点眼薬への追加プロスタグランジン関連点眼薬単剤使用中の正常眼圧緑内障患者にドルゾラミド/チモロール配合剤を追加投与した4).投与8週間後までの眼圧下降幅は1.9~2.1mmHg,眼圧下降率は11.7~13.5%だった.トラボプロスト点眼薬単剤使用中の原発開放隅角緑内障,落屑緑内障患者にブリンゾラミド/チモロール配合剤を追加投与した5).投与3カ月後までの眼圧下降幅は2.9mmHg,眼圧下降率は14.4%だった.眼圧下降効果は配合剤により2剤分が追加されたので強力である.しかし,副作用が出現した際には,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬のどちらの成分が原因かがはっきりわからないことが問題である.また,単剤投与から3剤(配合剤を2剤と考える場合)投与となるので,その後の点眼薬治療の選択肢が少なくなる.プロスタグランジン関連点眼薬への炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤の追加は,眼圧を早急に大幅に下げたい症例などの特殊な症例のみが適応と考える.VII配合剤から他の配合剤への変更配合剤から他の配合剤への変更には,眼圧下降効果が不十分な場合と副作用が出現した場合がある.眼圧下降効果が不十分な場合は他の配合剤への変更で十分な眼圧下降を得られることがある.プロスタグランジン/チモロール配合剤ではプロスタグランジン関連点眼薬のノンレスポンダーの可能性も考えられる.これらの変更として,プロスタグランジン/チモロール配合剤から他のプロスタグランジン/チモロール配合剤へ,炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤から他の炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤へ,炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤からプロスタグランジン/チモロール配合剤への変更が報告され,各々良好な眼圧下降効果が示されている.し b遮断点眼薬プロスタグランジン関連点眼薬炭酸脱水酵素阻害点眼薬点眼回数4~6回/日炭酸脱水酵素阻害点眼薬プロスタグランジン関連点眼薬プロスタグランジン/チモロール配合剤炭酸脱水酵素阻害/チモロール配合剤ビマトプロストの配合剤はない点眼回数3~4回/日点眼回数3回図33剤併用から配合剤への変更

緑内障の新薬1:ROCK阻害薬

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):775.781,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):775.781,2015緑内障の新薬1:ROCK阻害薬ROCKInhibitor,ANewDrugfortheTreatmentofGlaucoma本庄恵*はじめに近年使用可能な緑内障点眼が増え,プロスタグランジン関連薬(PG関連薬),b遮断薬,ab遮断薬,a1遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,交感神経刺激薬,a2作動薬,およびそれらの配合剤など薬物の選択肢の幅は多岐に広がっている.しかし,1剤のみでは眼圧を目標眼圧以下にコントロールすることが困難なために多剤を併用する患者も多い.PG関連薬は強力な眼圧下降効果を有し,全身的副作用も少ないため第一選択薬であるが,緑内障では長期にわたる治療が必要であるため,眼瞼の色素沈着や睫毛変化,上眼瞼のくぼみなど局所副作用が問題となっている.セカンドラインドラッグのなかでは,b遮断薬は眼圧下降効果に優れ忍容性が高いが,循環器・呼吸器系への副作用の懸念から使用が不適当な症例も少なくなく,その他の薬剤も副作用や禁忌,慎重投与などの制約により選択肢が限られることがある.また,十分な眼圧下降を得られていても進行する症例が存在し,もともと正常眼圧である症例のなかには眼圧下降治療のみでは進行を抑制できない症例も多数存在するため,治療に苦慮することが多い.こういった眼圧以外の緑内障性視神経症の危険因子が関与している視神経障害に対しては,血流改善や直接の神経保護効果を有するような治療薬が求められている.以上から,新たな作用機序を有する薬物が求められていた.新規薬物に求められることとしては,既存の緑内障治療薬に匹敵もしくは凌ぐ眼圧下降効果を有すること,緑内障薬物治療では多剤併用することが多いため,組み合わせて合理的な眼圧下降が得られること,全身に対する安全性に加えて局所副作用が少なく忍容性が高いこと,血流改善・神経保護効果など+aの緑内障進行抑制効果が期待できることなどがあげられる.緑内障をターゲットとしたさまざまな新規薬物の研究が進められてきたなかで,筆者らのグループが中心となって長年研究してきた選択的ROCK阻害薬の研究が実を結び,昨年末に世界初の新機序によるmadeinJapanの新しい緑内障治療薬として臨床応用に至った.本稿では,ROCK阻害薬の緑内障治療薬としての可能性などについて概説する.I房水流出路と房水動態眼圧は房水の産生量と,その排出のバランスで規定されている.房水流出路には線維柱帯経路とよばれる主経路と,ぶどう膜強膜流出路とよばれる副経路があり,緑内障眼での眼圧上昇はおもに主経路の流出抵抗増大が原因だと考えられている.薬剤の眼圧下降効果作用機序としては房水産生抑制と流出路流出促進があるが,既存の緑内障薬物のおもな作用機序は房水産生抑制もしくはぶどう膜強膜流出路の流出促進であり,古典的薬物である副交感神経作動薬ピロカルピン,もしくは交感神経刺激薬のエピネフリンが副次的に主経路の流出を促すことは知られていたが,これまで主経路に直接作用するような薬物は存在しなかった(前項「緑内障の薬物治療の進め*MegumiHonjo:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕本庄恵:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(11)775 776あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(12)細胞内情報伝達経路に介在して,細胞収縮,増殖,遊走など,さまざまな生理機能に深く関与している.ROCK阻害薬の眼圧下降効果については,選択的ROCK阻害薬Y-27632が家兎眼で有意な眼圧下降効果を示すこと,そして,その眼圧下降効果は房水動態のなかで主経路の流出促進であることを筆者らのグループが2001年に世界で初めて報告した6).線維柱帯細胞へのY-27632の影響を検討したところ,細胞骨格の重合脱重合,接着斑,遊走能,細胞収縮,細胞外基質との接着・相互作用などの多様な機能に影響を与えていることが明らかになった(図1)6,7).その後,Rho-ROCKシグナル伝達と房水流出メカニズムの関係,ROCK阻害薬の作用機序についてはさまざまな研究が進められた.Y-27632は前眼部灌流実験で房水流出量を増加させ,Schlemm管内皮細胞で巨大空胞が増加していることが観察され(図2),培養Schlemm管内皮細胞では細胞間バリアーを担っているタイトジャンクション構成蛋白のclaudin-5,ZO-1などの発現を抑制し,培養Schlemm管内皮細胞の透過性を亢進させることが報告された(図3)8).また,ステロイドはRhoの強力アゴニストであることが知られているが,前眼部環流実験においてステロイド添加により房水流量が低下,ROCK阻害薬がそれを抑制すること,培養線維柱帯細胞にデキサメサゾンを添加するとRho活性が上昇し,フィブロネクチン,コラーゲンtypeIVなどの産生が促進させるが,Y-27632添加により抑制されたことが報告されている9).ROCK阻害薬は主経路の房水流出路を形成している線維柱帯,傍Schlemm管結合組織・細胞外マトリックス,Schlemm管内皮細胞などそれぞれに作用し,房水流出抵抗を低下させている可能性が示されている(図4)10).房水中にはさまざまな生理活性物質が含有されており,房水流出路は常にその影響下にある.線維柱帯細胞はこれらの成分に反応して細胞外マトリックスの産生や分解,生物活性などに関与していると考えられている.リゾホスファチジン酸(LPA)やスフィンゴシン1リン酸(S1P)などのリン脂質,TGF-b2,CTGFなどの生理活性物質濃度はRhoの活性を介して房水流出に影響することが報告されている11.13).Rho-ROCKシグナル伝達の関与の有無が検討され,作用の詳細がわかりつつ方」p769,図2参照).房水は毛様体で作られ,後房,瞳孔,隅角線維柱帯を経て眼外へ排出される.開放隅角緑内障では隅角形態は正常だが,隅角線維柱帯に機能異常が存在し,流出抵抗が生じていると考えられている.主経路では,①ぶどう膜網,②角強膜網,③傍Schlemm管結合組織からなる線維柱帯をへて,房水はSchlemm管へ流出する.ぶどう膜網,角強膜網には房水が流れる孔が存在し,流出抵抗はそれほど高くないと考えられているが,傍Sch-lemm管結合組織はさまざまな細胞外マトリックスと線維柱帯細胞から形成されており,房水は細胞外マトリックスの間を通過する.正常眼における検討から,傍Schlemm管結合組織に流出抵抗の大部分が存在すること,緑内障眼では細胞外マトリックスの異常沈着とターンオーバー異常が傍Schlemm管結合組織・Schlemm管内皮の基底膜を中心にみられ,房水流出抵抗を増加させていると考えられてきた1.3).しかし,最近の報告では,年齢,性別,人種をマッチさせたヒト正常眼と緑内障眼の房水流出路の比較で,緑内障眼で傍Schlemm管結合組織・Schlemm管内皮基底膜より線維柱帯部分にコラーゲン1Aの沈着が有意に密に観察されており,緑内障における主経路の房水流出抵抗増大機序については今後より詳細な解明が期待される4).ぶどう膜強膜流出路については,房水は隅角底から毛様体実質,上毛様体腔を経て強膜外へ流出する.毛様体筋束の間隙の広さ,細胞外基質の代謝などが房水流出に関与していると指摘されている.強力な眼圧下降効果をもつプロスト系プロスタグランジン関連薬は経ぶどう膜強膜流出路からの房水流出量を増加させることが知られているが,プロスタマイド系のビマトプロストやプロストン系薬剤では主経路からの房水流出も促進しているとの報告があり,分子レベルでの詳細も明らかにされつつある5).IIROCK阻害薬の眼圧下降効果Rho-kinase(ROCK)は1990年代半ばに,低分子量GTP結合蛋白Rhoの標的蛋白質として同定されたセリン・スレオニンリン酸化酵素である.下等動物からヒトまで広く保存されており,種々のアゴニスト刺激による あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015777(13)10分後30分後60分後薬物除去2時間後薬物除去15時間後Y-27632(μM)1101001,000緑:アクチン線維赤:ビンキュリン矢印:アクチン線維束矢頭:ビンキュリン無処置図1ROCK阻害薬による線維柱帯細胞の細胞骨格変化ヒト線維柱帯細胞にY-27632(1,10,100,1,000μM)を添加し,培養した.細胞骨格の変化が観察された.(文献6より引用改変)#******#######ControlY-27632巨大空胞(Giantvacuoles)025020015010050-30306090120150180210240270300平均±標準誤差*p<0.05,#p<0.01vs.Control(Student’st-test)(分)(%)サル摘出眼での房水流出能Schlemm管内皮細胞─走査型電子顕微鏡─ControlY-27632(50μM)房水流出能の変化率図2ROCK阻害薬とSchlemm管内皮細胞カニクイザルの摘出眼を一定の眼圧(10mmHg)になるようにPBSで灌流し,ベースラインの房水流出能を測定後,評価眼にはY-27632(50μM)を5時間灌流した.Y-27632灌流により房水流出能の増加,走査型顕微鏡にてSchlemm管内皮細胞の形態学的変化が観察された.(文献8より引用改変)10分後30分後60分後薬物除去2時間後薬物除去15時間後Y-27632(μM)1101001,000緑:アクチン線維赤:ビンキュリン矢印:アクチン線維束矢頭:ビンキュリン無処置図1ROCK阻害薬による線維柱帯細胞の細胞骨格変化ヒト線維柱帯細胞にY-27632(1,10,100,1,000μM)を添加し,培養した.細胞骨格の変化が観察された.(文献6より引用改変)#******#######ControlY-27632巨大空胞(Giantvacuoles)025020015010050-30306090120150180210240270300平均±標準誤差*p<0.05,#p<0.01vs.Control(Student’st-test)(分)(%)サル摘出眼での房水流出能Schlemm管内皮細胞─走査型電子顕微鏡─ControlY-27632(50μM)房水流出能の変化率図2ROCK阻害薬とSchlemm管内皮細胞カニクイザルの摘出眼を一定の眼圧(10mmHg)になるようにPBSで灌流し,ベースラインの房水流出能を測定後,評価眼にはY-27632(50μM)を5時間灌流した.Y-27632灌流により房水流出能の増加,走査型顕微鏡にてSchlemm管内皮細胞の形態学的変化が観察された.(文献8より引用改変) ControlROCK阻害薬(Y-27632)緑:ZO-1青:細胞核ControlROCK阻害薬(Y-27632)緑:ZO-1青:細胞核ab図3培養Schlemm管内皮細胞におけるROCK阻害薬の細胞間結合への影響培養Schlemm管内皮細胞にY-27632(25μM)を添加し,30分間培養,細胞間の接着に関与するZO-1の発現変化が観察された.(文献8より引用改変)緑内障緑内障─ROCK阻害薬─細胞外マトリクス巨大空胞(GiantVacuole)Schlemm管内皮細胞線維柱帯細胞細胞-細胞外マトリクス間関係の変化細胞骨格・収縮変化細胞間隙への作用細胞外マトリクス産生抑制GiantVacuoleの増加細胞接着への作用Schlemm管傍Schlemm管結合組織図4ROCK阻害薬の主流出路に対する作用(文献6.10を参考に作成,眼科プラクティス11緑内障診療の進めかた,p401(文光堂)を参考に作成) あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015779(15)十分な原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象に行い,8週間点眼した.ラタノプロスト点眼液0.005%への追加時には点眼2時間後で,チモロールマレイン酸塩点眼液0.5%への追加時には朝点眼直前および点眼2時間後で,プラセボ群に対して本剤群で有意な眼圧下降を認めた(図6).長期投与(第III相長期投与試験)では,単独およびプロスタグランジン関連薬,b遮断薬またはそれらの配合剤に追加して52週間点眼し,単独点眼,併用点眼にかかわらず長期投与で安定した眼圧下降を認め,投与期間の延長による眼圧下降効果の減弱を認めなかった.臨床治験では,全身性の副作用はほとんど認めず,結膜充血,アレルギー性結膜炎,眼瞼炎といった眼局所の副作用がおもなものであった.承認時までに実施された臨床試験において,662例中500例(75.5%)に副作用が認められた.主な副作用は結膜充血457例(69.0%),結膜炎(アレルギー性結膜炎を含む)71例(10.7%),眼瞼炎(アレルギー性眼瞼炎を含む)68例(10.3%)などであった.血管平滑筋はROCK阻害により弛緩することが報告されており,本剤で認められる結膜充血は,この薬理作用に基づくものと考えられ,その多くが点眼毎に発現と消失を繰り返すものであった.なお,結膜充血ROCK阻害薬で必発する,薬理作用の裏返しである血管平滑筋弛緩に伴う結膜充血の副作用への懸念と,PG関連薬を超える眼圧下降効果がみられなかったことから,第II相まで臨床治験が行われたが臨床応用への取り組みは断念された.K-115(リパスジル)は,2006年より臨床治験が開始され,薬理試験および毒性試験などの非臨床試験,臨床試験成績などに基づき,緑内障・高眼圧症に対する治療剤としてグラナテックR点眼液0.4%(興和)として,2014年9月に製造販売承認が取得された15,16).既存の緑内障治療薬とは異なり,Rhoキナーゼ(ROCK)阻害作用に基づき線維柱帯.Schlemm管を介する主流出路からの房水流出を促進することにより眼圧を下降させる機序を有している17).臨床試験では,単独療法(第III相プラセボ対照二重盲検比較試験)で,原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者を対象に,両眼に1回1滴,1日2回,8週間点眼し,朝点眼直前および点眼2時間後で,プラセボ群に対して本剤群で有意な眼圧下降を認めた(図5).併用療法(第III相ラタノプロスト点眼液併用試験,第III相チモロール点眼液併用試験)では,ラタノプロスト点眼液0.005%またはチモロールマレイン酸塩点眼液0.5%で効果不朝点眼直前~トラフ~点眼2時間後~ピーク~プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)眼圧値(mmHg)眼圧値(mmHg)(週)171819202122232402468プラセボグラナテック(週)17181920212223242468プラセボグラナテック0平均値平均値図5グラナテック単剤投与時の眼圧推移(第III相プラセボ対照二重盲検比較試験)原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者(107例)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,試験薬を1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成)朝点眼直前~トラフ~点眼2時間後~ピーク~プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)プラセボグラナテック(54)(53)(54)(53)(54)(52)(54)(52)(54)(52)眼圧値(mmHg)眼圧値(mmHg)(週)171819202122232402468プラセボグラナテック(週)17181920212223242468プラセボグラナテック0平均値平均値図5グラナテック単剤投与時の眼圧推移(第III相プラセボ対照二重盲検比較試験)原発開放隅角緑内障または高眼圧症患者(107例)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,試験薬を1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成) 780あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(16)が報告されている21).そのほか,これまでの緑内障治療薬は角膜内皮および結膜の瘢痕形成などにはマイナスの影響が懸念されているが,ROCK阻害薬は角膜内皮治療薬および瘢痕形成抑制として作用する可能性が報告されており,期待される部分である22,23).おわりに日本から新規作用機序による緑内障点眼治療薬が開発されたことは,わが国から緑内障治療・緑内障病態の知見を世界に発信していくうえでも非常に価値がある.緑内障薬物治療は効果をみながらの多剤併用療法であり,実際の臨床の場では3剤,4剤と処方を重ねている症例も少なくない.ROCK阻害薬は既存の薬物による治療で眼圧下降効果が十分にみられない,もしくは進行を十分におさえられないような症例で福音となる可能性があり,世界に先駆けて承認された新しい機序による緑内障治療薬として,今後の展開が期待される.は通常は点眼時に一過性に発現するが,持続する場合には注意が必要となる.選択的ROCK阻害薬の臨床応用自体が初めてのものであるので,安全性の検討については,今後の臨床的経験の蓄積が非常に重要になると考えられる.IVROCK阻害薬点眼薬への期待わが国では眼圧は正常範囲内だが視野障害が進行する正常眼圧緑内障の頻度が高い.こういった症例,また高眼圧を示すような症例でも,視神経・視野障害に関与する眼圧以外の因子として循環障害の重要性が指摘されている.ROCK阻害薬は血管平滑筋の弛緩効果が指摘されているが,基礎研究レベルで視神経乳頭血流改善についての報告があり,神経保護効果が期待される18).また,緑内障患者では視神経でのRho活性の上昇が報告されており19),ROCK阻害薬そのものによる直接の神経保護作用への期待も大きい.アポトーシス抑制効果や20),グラナテック点眼液の原末であるK-115の内服によりラットの視神経クラッシュモデルで神経保護効果a.単独投与試験b.ラタノプロスト併用試験c.チモロール併用試験-1-5-4-3-2-1.3-2.9プラセボグラナテック19.119.2-1.6[-2.059,-1.101]p<0.0010(104)(104)19.219.4-1.4[-1.852,-0.861]p<0.001(103)(102)プラセボグラナテック-10-5-4-3-2-1.8-3.2ベースライン(mmHg)22.722.3例数(n)(54)(53)-2.3[-3.072,-1.493]p<0.001眼圧変化量(mmHg)プラセボグラナテック-10-5-4-3-2-1.7-4.0最小二乗平均値±標準誤差群間差:最小二乗平均値の差[95%信頼区間]4週,6週,8週を繰り返し時点とした繰り返し測定型分散分析図6グラナテックの眼圧下降効果(点眼2時間後・第III相:単独および併用試験)a:原発開放隅角緑内障(POAG)または高眼圧症患者(OH)(n=107)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.b:ラタノプロスト点眼液0.005%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=205)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.c:チモロール点眼液0.5%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=208)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成)a.単独投与試験b.ラタノプロスト併用試験c.チモロール併用試験プラセボグラナテックプラセボグラナテックプラセボグラナテックベースライン(mmHg)22.722.319.219.419.119.2例数(n)0-2.3-1.7-4.0(54)(53)-1.4[-1.852,-0.861]p<0.001-1.8-3.2(103)(102)0-1.3-2.9-1.6[-2.059,-1.101]p<0.001(104)(104)0-1-1-1-2-2-2-3-3-3-4-4-4-5-5[-3.072,-1.493]-5p<0.001最小二乗平均値±標準誤差群間差:最小二乗平均値の差[95%信頼区間]4週,6週,8週を繰り返し時点とした繰り返し測定型分散分析図6グラナテックの眼圧下降効果(点眼2時間後・第III相:単独および併用試験)a:原発開放隅角緑内障(POAG)または高眼圧症患者(OH)(n=107)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.b:ラタノプロスト点眼液0.005%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=205)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.c:チモロール点眼液0.5%で効果不十分なPOAGまたはOH(n=208)をプラセボ群またはグラナテック群に無作為割付し,1日2回,8週間点眼した.(承認時評価資料より作成)は通常は点眼時に一過性に発現するが,持続する場合にが報告されている21).そのほか,これまでの緑内障治療は注意が必要となる.薬は角膜内皮および結膜の瘢痕形成などにはマイナスの選択的ROCK阻害薬の臨床応用自体が初めてのもの影響が懸念されているが,ROCK阻害薬は角膜内皮治であるので,安全性の検討については,今後の臨床的経療薬および瘢痕形成抑制として作用する可能性が報告さ験の蓄積が非常に重要になると考えられる.れており,期待される部分である22,23).IVROCK阻害薬点眼薬への期待おわりにわが国では眼圧は正常範囲内だが視野障害が進行する日本から新規作用機序による緑内障点眼治療薬が開発正常眼圧緑内障の頻度が高い.こういった症例,また高されたことは,わが国から緑内障治療・緑内障病態の知眼圧を示すような症例でも,視神経・視野障害に関与す見を世界に発信していくうえでも非常に価値がある.緑る眼圧以外の因子として循環障害の重要性が指摘されて内障薬物治療は効果をみながらの多剤併用療法であり,いる.ROCK阻害薬は血管平滑筋の弛緩効果が指摘さ実際の臨床の場では3剤,4剤と処方を重ねている症例れているが,基礎研究レベルで視神経乳頭血流改善につも少なくない.ROCK阻害薬は既存の薬物による治療いての報告があり,神経保護効果が期待される18).まで眼圧下降効果が十分にみられない,もしくは進行を十た,緑内障患者では視神経でのRho活性の上昇が報告分におさえられないような症例で福音となる可能性があされており19),ROCK阻害薬そのものによる直接の神り,世界に先駆けて承認された新しい機序による緑内障経保護作用への期待も大きい.アポトーシス抑制効果治療薬として,今後の展開が期待される.や20),グラナテック点眼液の原末であるK-115の内服によりラットの視神経クラッシュモデルで神経保護効果780あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(16) 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緑内障の薬物治療の進め方

2015年6月30日 火曜日

特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):767.773,2015特集●最新の緑内障治療あたらしい眼科32(6):767.773,2015緑内障の薬物治療の進め方MedicalTreatmentProceduresforGlaucoma相原一*はじめに現在,エビデンスがある緑内障治療法は眼圧下降だけである.それでも過去には,眼圧は下げることができても本当に視野の進行,とくに慢性進行性の開放隅角緑内障に対しての抑制効果があるかは,明確に証明されていなかった.2000年頃にようやく大規模多施設長期臨床試験で眼圧下降治療による視野進行抑制効果が証明された.しかし,その頃の研究での眼圧下降治療は今や第一選択薬であるプロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬は使われておらず,レーザーや観血的手術治療も行われた研究が多かった.昨年ようやくPG関連薬による眼圧下降効果が視野進行抑制に有効であると証明された1).緑内障にはさまざまな病型があり,「緑内障診療ガイドライン」にあるように,まず眼圧上昇の原因があるかを追求することが重要である2).それによりどのような病型かを判断し治療を行う.とくに閉塞隅角緑内障については外科的治療が奏効する.ここでは,基本的に緑内障の8割を占める広義原発開放隅角緑内障,および落屑緑内障や原因不明の続発緑内障,一部の眼圧上昇の原因に対して治療されているかあるいは治療されたが眼圧上昇が持続している緑内障に対しての点眼薬物治療について解説する.また,ROCK阻害薬や配合剤,古典的薬物についての新知見は別項目を参照いただきたい.I治療の前に把握すること(表1)緑内障点眼薬の有効性はまず眼圧下降効果で把握することになるため,治療前の眼圧を把握する必要がある.しかし,眼圧を1回測定しただけでは眼圧下降効果を評価することはむずかしい.まず,①正確な眼圧測定をすること,②薬剤の効果に個体差があること,③眼圧自体が変動していること,④点眼をきちんとしているか,つまり点眼治療に対する患者のアドヒアランスが良好か,少なくともこの4点を把握できていないと正当な薬剤の評価はできない.このうち,治療前に重要なことは,Goldmann圧平眼圧計を用いた数回の正確な眼圧測定によるベースライン眼圧の把握である.よほど高眼圧で末期でないかぎり,ベースライン眼圧を把握するのが基本である.何回測定するかについての正確な理論はないが,筆者は3回測定することにしている.ベースライン眼圧を測定している期間に,眼圧が変動するタイプや,左右差がある症例はその理由を良く考える.隅角所見や外傷歴,炎症や落屑の存在など,手がかりを徹底して探して,病型が間違っていないか検討する期間としても有用である.ベースライン眼圧を把握するとともに,角膜厚も参考にしておく.薄い場合は眼圧を過小評価,逆に厚い場合には過大評価している可能性が高い.また,点眼前に高齢者やすでにいろいろな点眼をしている患者は,眼表面疾患を合併していることが多い.そのような患者に緑内*MakotoAihara:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕相原一:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)767 表1眼圧下降治療の前に把握すべきこと表2目標眼圧の設定1.無治療時のベースライン眼圧を確実に把握─同じ時間帯で最低3回測る2.眼圧変動,左右差に注意3.角膜厚4.オキュラーサーフェスの状態5.生活習慣─職業,喫煙6.危険因子の把握─家族歴,呼吸器系循環器系疾患7.全身疾患─現病と既往,とくにb遮断薬使用に際して重要1.早期ならベースライン眼圧から20.30%の眼圧下降率で目標を設定するのがよい2.ベースラインが低くても1mmHgでも下げることは重要3.個々の症例により視野障害の程度,危険因子を考え,柔軟に対応する4.眼圧下降にこだわるあまり,副作用が強く出たり,QOLに影響を与えるのも良くない.常にriskbenefitのバランスを考えて治療5.数年ごとに定期的に乳頭所見,視野の進行を評価し設定し直す6.点眼治療中でも一度止めて再確認も有効リスクが高いほど,より低い目標眼圧をめざす眼圧関係危険因子病期眼圧以外の危険因子多い末期多い眼圧関係危険因子高い眼圧値大きな日内変動幅薄い角膜厚眼圧以外の危険因子家族歴低血圧乳頭出血,片頭痛,冷え性早期Lowrisk!Highrisk!少ない少ない下方傍中心暗点図1目標眼圧の設定 あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015769(5)るわけではない.薬物反応には個人差があるため,1剤目の眼圧下降反応に乏しい場合は,PG関連薬は4種類あるので副作用に注意しながら切り替えると良い.また,1剤目で下がっても目標眼圧に届かない場合は,第二選択薬を追加していく.多剤併用療法としては上記5剤が使用可能であるが,実際に患者は3剤までが十分管理して点眼間隔も開けて,点眼を忘れない限界だと考える.ただし,3剤のうち1剤を配合剤にすると,薬剤としては4剤処方可能である.しかし,単剤の眼圧下降効果がそのまま併用したときに加算されるわけではないので,4剤5剤目での眼圧下降効果はきわめて悪い.また,やみくもに多剤を併用するのは患者負担,副作用の増加,経済的負担の面からも推奨できない.IV薬剤選択基準単独点眼した場合の眼圧下降効果からみて,もっとも強いのはPG関連薬,つづいてb遮断薬とくにチモプトール,あとはCAI,a2作動薬も同様な下降効果がある(図5).正常眼圧緑内障での各薬剤の眼圧下降効果を図6示す.横軸に対象NTG患者の平均無治療時眼圧,縦軸に点眼薬の効果の平均をとってプロットした.上記の5剤が効果があることがわかる.b遮断薬とCAIは房水を下げることは重要と考える.そのためにも,ベースライン眼圧を良く把握しておくことが重要である.II点眼眼圧下降薬の種類と作用機序(図2)房水流出促進は2ルートがあり主経路とよばれる線維柱帯Schlemm管経由房水静脈へのルート,副経路とよばれるぶどう膜強膜間隙を通るルートがある.眼圧を下げるには房水産生を抑制するか,房水流出を促進すれば良い.したがって作用機序も,生理学的にはこの3点となる(図2).現在,薬理学的には8系統の異なった作用点の薬剤が存在する(図3).III薬物治療開始と主要5剤薬物治療の原則はまず単剤点眼を開始し,眼圧下降効果を確認する.最初の1本は重要で,今後生涯にわたって使用する可能性のある点眼薬であるから,確実に下がるか,副作用はないか,患者に受け入れてもらえるように,細心の注意を図る.第一選択薬はPG関連薬である.第二選択薬はb遮断薬,a2作動薬,CAIさらに最近発売されたROCK阻害薬も候補に入ってくる可能性がある(図4).これら各薬剤の特徴については別項目を参照されたい.しかし,眼圧は必ずしも初回単剤で十分下が房水流出“促進”─副流出路─PG関連薬a1遮断薬ab遮断薬a2作動薬※房水産生“抑制”b遮断薬ab遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬a2作動薬※房水流出“促進”─主流出路─ROCK阻害薬(交感神経刺激薬)(副交感神経刺激薬)線維柱帯Shlemm管強膜ぶどう膜毛様体後房角膜虹彩前房水晶体図2緑内障治療点眼薬の作用部位緑内障診療ガイドライン第3版を参考に作表,※各添付文書を参考に作成.房水流出“促進”─副流出路─PG関連薬a1遮断薬ab遮断薬a2作動薬※房水産生“抑制”b遮断薬ab遮断薬炭酸脱水酵素阻害薬a2作動薬※房水流出“促進”─主流出路─ROCK阻害薬(交感神経刺激薬)(副交感神経刺激薬)線維柱帯Shlemm管強膜ぶどう膜毛様体後房角膜虹彩前房水晶体図2緑内障治療点眼薬の作用部位緑内障診療ガイドライン第3版を参考に作表,※各添付文書を参考に作成. 770あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(6)安全性が高いほど理想的であるが,当然一長一短がある.眼圧下降薬の場合,前述の眼圧下降効果に加え,より質の高い,つまり終日下がり日内変動に影響されないものが望ましい.その点では,PG関連薬やCAIは昼も産生抑制,PG関連薬はぶどう膜強膜路の房水流出改善,a2作動薬は房水産生抑制とぶどう膜強膜路の房水流出改善作用,ROCK阻害薬は線維柱帯路の房水流出改善作用があり,お互いに相加効果がある.薬剤は有効性とブリモニジンアプラクロニジンPGa1遮断薬a1a2受容体作動薬a2CAIb遮断薬bイオンチャネル開口型ウノプロストンBK現在の点眼眼圧下降薬ブナゾシンドルゾラミドブリンゾラミドチモロールカルテオロールニプラジロール(+a1)ぶどう膜強膜路↑副交感神経作動薬PSAピロカルピン線維柱帯路↑プロスタグランジン系ラタノプロストトラボプロストビマトプロストタフルプロストROCK阻害薬リパスジルRKI配合剤配合剤炭酸脱水酵素阻害薬房水産生↓図3現在の点眼眼圧下降薬単剤投与目標眼圧達成ー薬剤変更+薬剤継続目標眼圧達成多剤投与(単剤併用,合剤)+ー薬剤変更レーザー,手術治療=PG関連薬が基本副作用に注意2剤目はb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2作動薬から治療の目標は,眼圧下降により緑内障性視神経障害の進行を抑制すること=目標眼圧値の設定は個々の眼の緑内障の病状によって異なるため,絶対値では決定できない.図4緑内障薬物治療基本方針日本緑内障学会緑内障ガイドラインv3.を改変ブリモニジンアプラクロニジンPGa1遮断薬a1a2受容体作動薬a2CAIb遮断薬bイオンチャネル開口型ウノプロストンBK現在の点眼眼圧下降薬ブナゾシンドルゾラミドブリンゾラミドチモロールカルテオロールニプラジロール(+a1)ぶどう膜強膜路↑副交感神経作動薬PSAピロカルピン線維柱帯路↑プロスタグランジン系ラタノプロストトラボプロストビマトプロストタフルプロストROCK阻害薬リパスジルRKI配合剤配合剤炭酸脱水酵素阻害薬房水産生↓図3現在の点眼眼圧下降薬単剤投与目標眼圧達成ー薬剤変更+薬剤継続目標眼圧達成多剤投与(単剤併用,合剤)+ー薬剤変更レーザー,手術治療=PG関連薬が基本副作用に注意2剤目はb遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,a2作動薬から治療の目標は,眼圧下降により緑内障性視神経障害の進行を抑制すること=目標眼圧値の設定は個々の眼の緑内障の病状によって異なるため,絶対値では決定できない.図4緑内障薬物治療基本方針日本緑内障学会緑内障ガイドラインv3.を改変 房水産生↓ぶどう膜強膜路↑a1遮断薬ROOK阻害薬a2作動薬CAI炭酸脱水酵素阻害薬眼圧下降効果副交感神経刺激薬PG関連薬b遮断薬a1ROCKa2pilounobTimPGイオンチャネル開口薬線維柱帯路↑図5薬剤選択基準20%30%514320眼圧下降幅(mmHg)無治療時眼圧(mmHg)121314151617181920イオンチャネル作動薬炭酸脱水酵素阻害薬a2作動薬a1遮断薬副交感神経作動薬b遮断薬プロスタグランジン関連薬ROCK阻害薬10%(白土城照先生のご厚意による)図6正常眼圧緑内障での眼圧下降効果109文献159群(1987.2014/11まで) 772あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(8)ば良い.患者のアドヒアランスにつながる重要なファクターである点眼回数は,PG関連薬と一部のb遮断薬の徐放製剤が1回であり患者には利便性が高い.ただし,点眼の種類と点眼回数は極力少なくすることが理想なので,近年認可された配合点眼剤を用いることは望ましい.これら5剤の点眼薬の特徴を把握したうえで患者に応じて使い分けることが重要である(図8).ROCK阻害薬については後述を参考にされたい.Vアドヒアランスを保つために(図9)緑内障は慢性進行性の疾患であり,きわめて治療から脱落しやすい.とくに緑内障初期は自覚症状がないたbaselinetimololdorzolamidebrimonidinelatanoprost302826242220181614IOPmmHg8101224681012246AMPMAM夜間:ラタノプロスト=ドルゾラミド>チモロール=ブリモニジンの眼圧下降図7チモロール,ラタノプロスト,ドルゾラミド,ブリモニジン点眼の眼圧日内変動(坐位)(文献3)より)夜間の眼圧下降日内変動抑制効果点眼回数が少ない全身副作用が少ない強い眼圧下降効果局所副作用が少ないPGCAIb>>PGCAIb>>>PGCAIb>PGCAIb>a2a2>a2a2PGCAIba2>重要度RKI>RKIRKIRKIRKI>最大の危険因子を減らすアドヒアランス因子図8薬物選択基準―Prost系は第一選択PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,a2:a2作動薬,RKI:ROCK阻害薬.baselinetimololdorzolamidebrimonidinelatanoprost302826242220181614IOPmmHg8101224681012246AMPMAM夜間:ラタノプロスト=ドルゾラミド>チモロール=ブリモニジンの眼圧下降図7チモロール,ラタノプロスト,ドルゾラミド,ブリモニジン点眼の眼圧日内変動(坐位)(文献3)より)夜間の眼圧下降日内変動抑制効果点眼回数が少ない全身副作用が少ない強い眼圧下降効果局所副作用が少ないPGCAIb>>PGCAIb>>>PGCAIb>PGCAIb>a2a2>a2a2PGCAIba2>重要度RKI>RKIRKIRKIRKI>最大の危険因子を減らすアドヒアランス因子図8薬物選択基準―Prost系は第一選択PG:プロスタグランジン関連薬,b:b遮断薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害薬,a2:a2作動薬,RKI:ROCK阻害薬. いくら処方が優れていても,患者がきちんと点眼しなければ意味がない!医療側の努力治療薬の条件患者の努力3つ揃わないとアドヒアランスは向上しない!戦略ポイント●医療(医師,看護師,薬剤師など)と患者サイドの連携●点眼本数を少なく,点眼回数,副作用が少なくなるよう処方●患者の立場に立った点眼指導図9アドヒアランス向上への戦略

序説:最新の緑内障治療

2015年6月30日 火曜日

●序説あたらしい眼科32(6):765.766,2015●序説あたらしい眼科32(6):765.766,2015最新の緑内障治療UpdatesonGlaucomaTherapy山本哲也*本庄恵**緑内障の治療手段は刻々と姿を変えている.したがって,緑内障診療に携わる眼科医は常に最新の治療についての知識を要求される.しかしながら,業務多忙のなかでそうした理想を追い求めることは容易ではないと推察される.そこで本誌本号では,最近の緑内障治療全般の動向をまとめ,諸々の新知識を一度に提供する特集を企画した.緑内障用点眼薬は数え方にもよるが現在8系統存在する.系統で考えただけでも理論的に28.1種(=255種)の組み合わせがある.また,各系統のなかに複数の薬物が存在することが多いこと,配合薬が5種類利用可能なことを考えると恐ろしいほどの組み合わせの総数となる.しかしながら,「緑内障診療ガイドライン」に記述されているように実臨床では一定の基準に基づいて薬物が選択される.その考え方の基本について相原一先生(東京大学)にご解説いただいた.今年話題の新薬といえばなんといってもROCK阻害薬である.日本初のまったく新しい作用機序の薬物の登場は,日本の眼科学の研究水準の高さを示すものでもある.新規薬物であるがゆえに臨床における位置づけは今後の検討に委ねられる部分が大きいものの,その新しさは魅力的である.ROCK阻害薬についてはとくに一項を設け,基礎研究の時代から事情に詳しい共同編集者の本庄が解説を加えた.緑内障配合薬は2010年のザラカムR(XalacomR)の日本初登場以降,デュオトラバR(DuotravR,2010),コソプトR(CosoptR,2010),アゾルガR(AzorgaR,2013),タプコムR(TapcomR,2014)と数を増やし,現在では緑内障治療薬の中枢を占めるに至っている.本薬物については臨床経験が積み重ねられ,日本人の成績がようやく整いつつあると思われる.配合点眼薬について,とくに有用性や使用法を中心として,井上賢治先生(井上眼科病院)に述べていただいた.以前からあるプロスタグランジン関連薬,b遮断薬,a2刺激薬などの薬物も依然として臨床の中心で使用されており,その地位は当分揺らがないものと推定される.それらの薬物について川瀬和秀先生(岐阜大学)にまとめていただいた.なお,いわゆるジェネリック薬の中には防腐剤の工夫などで有用なものもあるが,本特集では大きな項目として触れることはしなかった.この点は読者諸氏のご判断に委ねたい.眼圧下降の意義が強調されるにつれ,開放隅角緑内障に対するレーザー治療の位置づけがむずかしくなっている.しかしながら,レーザー治療はいまだ*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学**MegumiHonjo:東京大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)765 766あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(2)に重要な眼圧下降手段である.とくに,重篤な合併症が皆無に近いこと,反復照射により追加的眼圧下降の可能性があることは重要である.本特集では,新田耕治先生(福井済生会病院)にselectivelasertrabeculoplastyの解説をお願いした.豊富なご経験と文献検索により,優れた論文になっていると思う.緑内障手術は近年成長著しい分野である.国内においてチューブシャント手術が認可されて約3年が経過した.次第に固まりつつある評価をいったんまとめておくことは必要なことと考えられる.石田恭子先生(東邦大学医療センター大橋病院)に現状を総括していただいた.国際的には緑内障手術の話題としてMIGSが花盛りである.MIGSとは何の略か?いくつかの原語があるようなので当該の章をお読みいただきたいが,要は,最小限の侵襲で施術可能な器具を用いた緑内障手術の総称である.どのような用い方ができるのか,効果はどのように期待できるのか,庄司信行先生(北里大学)に解説をお願いし,自験例と文献成績を丁寧にまとめていただいた.緑内障にはトラベクレクトミーとトラベクロトミーを代表とする昔ながらの手術がある.これらの手術に対しては一定の評価は定まっているが,こうした古典的な手術においても新技術の応用によって新しい知見が得られている.井上俊洋先生(熊本大学)におまとめいただいた.本企画にあたって,編集者として著者には図を多用した平易な解説をお願いするとともに,とくに当該治療法の緑内障治療体系における位置づけについて著者の主張を前面に出していただくよう依頼した.全般的にそのような内容となり,面白い特集とすることができたように思う.最後に,ご多忙中にもかかわらず快く執筆をお引き受けいただいた各著者に深謝するとともに,この企画の機会をいただいたことに対して本誌編集部に感謝いたします.

網膜動静脈閉塞症に対してステロイドパルス療法が奏効したSLE網膜症の1例

2015年6月29日 月曜日

《原著》あたらしい眼科32(6):904.908,2015c《原著》あたらしい眼科32(6):904.908,2015cはじめに全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythemato-sus:SLE)は,さまざまな眼合併症を伴うことが知られている.木村らはSLEに伴う眼合併症として涙液分泌・角結膜障害(56.5%),網膜病変(10.3%),強膜・ぶどう膜炎(4.3%),視神経障害(1.5%)に加えて,網膜動脈閉塞症や網膜静脈閉塞症などの重篤な網膜血管閉塞病変が3.6%で生じていたと報告している1).治療法として副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)パルス療法,抗凝固療法,血管拡張剤の投与,汎網膜光凝固術などが報告されているが,視力予後の不良な症例も少なくない.今回,内科的な全身管理は良好にもかかわらず網膜動静脈閉塞症をきたし,ステロイドパルス療法にて視力の改善を得た1例を経験したので報告する.904(140)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY〔別刷請求先〕肥留川京子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学眼科学教室Reprintrequests:KyokoHirukawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,6-20-2Shinkawa,Mitaka,Tokyo181-8611,JAPAN網膜動静脈閉塞症に対してステロイドパルス療法が奏効したSLE網膜症の1例肥留川京子慶野博渡辺交世瀧和歌子平形明人岡田アナベルあやめ杏林大学眼科学教室ACaseofVaso-OcclusiveSystemicLupusErythematosusRetinopathyTreatedwithCorticosteroidPulseTherapyKyokoHirukawa,HiroshiKeino,TakayoWatanabe,WakakoTaki,AkitoHirakataandAnnabelleAOkadaDepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine41歳,女性.平成20年8月に全身性エリテマトーデス(SLE)と診断,低用量副腎皮質ステロイド薬の内服にて全身状態は安定していた.平成23年9月10日,右眼の急激な視力低下を自覚し,9月12日受診.初診時右眼(0.02),左眼(1.2).右眼底上方に網膜の白色混濁,視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑浮腫,網膜出血を認めた.左眼眼底は異常なし.蛍光眼底造影検査で右眼の網膜混濁部位に一致して網膜動静脈の循環遅延を認め網膜動静脈閉塞症と診断.血液検査にて抗カルジオリピン抗体,抗b2-GPI抗体は陰性であった.同日,トリアムシノロンTenon.下注射を施行,9月14日からステロイドパルス療法を3日間施行,その後プレドニゾロン内服漸減療法を開始した.視力は発症12日目で(0.4),2カ月後に(0.9)まで回復,右眼網膜動静脈閉塞も改善した.SLEの全身活動性が低い状態でも重篤な眼合併症を引き起こす可能性があり注意を要する.A41-year-oldfemalepresentedwithblurredvisioninherrighteye.Shehadbeendiagnosedassystemiclupuserythematosus(SLE)3yearsbefore.Atpresentation,hersystemicdiseaseactivitywasquiescent.Hercor-rectedvisualacuity(VA)was0.02(OD)and1.2(OS).Fluoresceinangiographyrevealedbranchretinalarterialandvenousnon-perfusionandretinalvasculitisinherrighteye.Opticalcoherencetomographyshowedseveremacularedemainherrighteye.Thepatientwastreatedwithtrans-Tenon’sretrobulbartriamcinoloneinfusionandcorticosteroidpulsetherapyfollowedbytaperingoralcorticosteroidadministration.Twomonthslater,theVAimprovedto0.9withcompleteresolutionofretinalarterialandvenousocclusionandmacularedema.Althoughitiswellrecognizedthatsevereretinalvaso-occulsivediseaseisassociatedwiththehighdiseaseactivityofSLE,itshouldbeconsideredthatSLEpatientsmaydevelopretinalvaso-occulsivedisease,evenwhenthepatienthaswell-controlledsystemicdisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(6):904.908,2015〕Keywords:SLE網膜症,網膜動静脈閉塞症,SLE活動性.SLEretinopathy,retinalvaso-occulsivedisease,SLEdiseaseactivity. I症例患者:41歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:17歳時,甲状腺機能亢進症に対して甲状腺一部摘出術.平成20年よりSLEに対してプレドニゾロン(プレドニンR)30mgより内服を開始し,当院受診時はプレドニン4mg内服加療中であった.現病歴:平成23年9月10日より右眼視力低下を自覚し,9月12日近医受診.右網膜動脈閉塞症の疑いにて同日当院紹介受診となった.初診時所見:右眼視力0.02(矯正不能),左眼矯正1.2,眼圧は右眼14mmHg,左眼15mmHg.右眼相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)陽性.図1初診時の右眼底写真網膜静脈の拡張と蛇行,視神経乳頭の発赤・浮腫,綿花様白斑の散在と上耳側の白色混濁病変および黄斑部浮腫を認める.初期前眼部・中間透光体に異常所見はなかった.右眼眼底は後極,周辺部ともに静脈の拡張と蛇行,視神経乳頭は境界不鮮明で発赤・浮腫を示し,綿花様白斑の散在と,上耳側の白色混濁病変および黄斑部浮腫を認めた(図1).左眼眼底は異常所見はなし.光干渉断層画像(opticalcoherencetomography:OCT)検査にて,右眼黄斑部に著明な浮腫を認めた(図2).初診時の蛍光眼底造影検査では,初期像にて右眼網膜上耳側の網膜動静脈血管および下耳側の網膜静脈血管の充盈遅延を認め,後期像では網膜耳側へ造影剤の流入を認めるものの,上耳側網膜動脈の著明な狭小化,視神経乳頭からの蛍光漏出がみられた(図3).また,周辺部の網膜毛細血管からの軽度の蛍光漏出を認めた.全身検査所見:貧血と白血球数低下,APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長を認め,抗核抗体320倍,抗SS-A抗体陽性.抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗CL・b2GPI抗体ともに正常範囲内,心電図・胸部X線は異常なし.頭部MRI,MRAでは動脈硬化性変化はあるものの,限局的な狭窄や瘤状拡張はみられなか図2初診時のOCT画像黄斑部に著明な浮腫を認める.後期図3初診時の蛍光眼底造影写真初期像では網膜上耳側の網膜動静脈血管への充盈遅延を認め,後期像では網膜上耳側へ造影剤の流入を認めるものの,上耳側網膜動脈の著明な狭小化,および視神経乳頭からの蛍光漏出を認める.(141)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015905 った.眼底検査所見,蛍光眼底検査所見から,SLEに合併した網膜動静脈閉塞症と診断し,右眼後極部の網膜血管炎に対して治療を開始した.初診日は全身精査中であったため,右眼網膜病変に対してトリアムシノロン(20mg)Tenon.下注射を施行,2日後よりステロイドパルス療法としてソルメドロール点滴(500mg/日)3日間.その後プレドニゾロン内服(40mg/日)を開始した.治療経過を図4に示す.治療開始後1週間で右眼矯正視力(0.4p),2週間で(0.6)まで改善した.眼底所見は乳頭の発赤・腫脹,綿花様白斑は残存するも,静脈の拡張・蛇行は軽快し,黄斑浮腫も改善した(図5).治療開始2週間後の蛍光眼底造影検査では,上耳側の網膜動脈の充盈遅延はみられず,網膜静脈の拡張・蛇行も改善し,視神経乳頭からの蛍光漏出も消失した(図6).治療開始後1カ月では右眼矯正視力(0.9)まで改善,綿花様白斑や視神経乳頭の発赤・腫脹は消失し,黄斑浮腫も改善した(図7).治療開始10カ月後の時点で,プレドニンR内服継続中(7mg/日)であるが視力1.0を保っており,網膜病変の再発は認めていない.II考按SLE網膜症は両眼性に眼底出血,白斑,漿液性網膜.離,網膜血管閉塞などを呈する1.6).SLEの眼合併症についてVineらはSLE網膜症を1)綿花様白斑,網膜出血,視神経乳治療後1週間(VD=0.4p)頭浮腫など比較的軽度の病変を呈する局所性の網膜虚血型,2)網膜動静脈の急速かつ重篤な閉塞をきたす血管閉塞型,3)新生血管の発生がみられる増殖型の3つに分類している7).本症例は眼底検査,蛍光眼底造影検査より右眼の網膜動静脈閉塞症を認め,網膜新生血管がみられなかったことからVine分類の2)と考えられた.森田らはステロイド内服下でも進行するSLEの網膜血管炎に対してステロイドパルス療法を行い,著明な視力の改善,血管炎が改善され,重症血管閉塞型SLE網膜症に対する早期からのステロイドパルス療法の有効性を報告している5).一方で吉田ら,中尾らが報告ステロイド50403020101.00.10.01PSL(mg/day)視力パルス5004030201715121097Tenon.下注射週間後週間後カ月後2カ月後3カ月後4カ月後カ月後3日後図4治療経過PSL:プレドニゾロン.治療後2週間(VD=0.6)図5治療開始後の眼底写真とOCT画像視神経乳頭の発赤・腫脹,綿花様白斑は残存するも,静脈の拡張・蛇行は軽快し,黄斑部浮腫も改善している.906あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015(142) 初期後期図6治療開始2週間後の蛍光眼底造影写真上耳側の網膜動脈の充盈遅延はみられず,網膜静脈の拡張・蛇行も改善し,視神経乳頭からの蛍光漏出も消失している.治療後1カ月(VD=0.9)治療後3カ月(VD=1.0)図7治療開始後の眼底写真とOCT画像綿花様白斑,視神経乳頭の発赤・腫脹は認めず,黄斑部浮腫も消失している.しているように初診時にすでに広範囲にわたって網膜血管の化が血管内腔の器質的塞栓状態まで進行していると血管の再高度な閉塞が生じているような場合では,ステロイドパルス疎通は困難になると考えられる5).本症例は発症後比較的早治療を行ってもすでに不可逆的な網膜血管障害をきたしてい期に来院されたため,網膜血管炎に対して速やかにステロイることが多く8,9),森田らも指摘しているとおり,閉塞性変ドパルス療法を施行できたことが眼底所見の早期改善,視力(143)あたらしい眼科Vol.32,No.6,2015907 の早期回復につながったと推測される.野間らはSLEに合併した非虚血型CRVOに伴う.胞様黄斑浮腫(cystoidmaculaedema:CME)の患者の前房水にて血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が検出され,抗VEGF薬ベバシズマムの硝子体内投与を施行したところ,視力およびCMEの改善を得たと報告している10).本症例においても抗VEGF局所治療が黄斑浮腫に対して有効であった可能性が考えられるが,本症例では前房水中のVEGF値を測定していなかったこと,また初診時に網膜動静脈閉塞をきたす著明な閉塞性網膜血管炎を認めており,著明な視力低下をきたしていたことから血管炎の早急な消炎を目的にステロイドパルス治療を選択した.SLE網膜症の頻度について過去の報告をみると,木村らは324例中34例(10.3%),Stafford-Bradyらは550例中41例(7.5%)と報告しているが,さらに網膜血管閉塞の頻度をみると,木村らは12例(3.6%),Stafford-Bradyらは2例(0.4%)に観察されたと報告している1,11).これまでの報告ではSLE網膜症の重症度とSLEの病状活動性は相関があり,ループス腎炎や中枢神経ループスを合併した症例ではSLE網膜症が進行しやすいといわれている6,12).また,SLE患者において抗リン脂質抗体陽性SLE患者のほうが陰性例よりも網膜血管病変の合併頻度が高いことが報告されている(77%vs29%)13).一方で内科的な全身管理は良好であったにもかかわらず,重篤な網膜血管閉塞を生じた症例も存在することは以前から報告されており7,14),本症例も抗カルジオリピン抗体・ループスアンチコアグラント・抗CL・b2GPI抗体ともに陰性,かつSLEの内科的管理は良好であったにもかかわらず,重篤なSLE網膜症を発症したことから,全身状態が安定していても重篤な眼合併症が生じうることを眼科医,膠原病内科医ともに十分認識しておく必要がある.SLE経過観察中のステロイド投与量について,広兼らはステロイドの内科的維持量で全身の活動性がコントロールされていても,眼底病変の進行を抑制できない症例が存在することを報告している14).今回の症例でもプレドニゾロン4mgの内服下で網膜血管閉塞が生じたことから,内科的な維持量では不十分であったといえる.重篤な眼合併症が生じた場合は,再発抑制のためのステロイド維持量,漸減速度について膠原病内科医と積極的に連携をとっていくことが重要である.今回,SLEに合併した網膜血管閉塞発症後,早期にステロイドパルス療法を施行することで網動静脈循環の改善を認め,視力予後良好な症例を経験した.内科的な全身管理が良好に保たれていても,血管閉塞を伴う重篤な網膜病変が合併する可能性があり,注意を要する.文献1)木村至,鈴木参郎助,大曽根康夫ほか:全身性エリテマトーデス患者における眼合併症とその頻度.眼紀50:293297,19992)大島由莉,蕪城俊克,藤村茂人ほか:ステロイド大量療法とワーファリンRによる厳密な抗凝固療法を行った網膜血管閉塞を伴う全身性エリテマトーデス網膜症の2例.臨眼62:399-405,20083)西野耕司,福島敦樹:全身性エリテマトーデス,抗リン脂質抗体症候群,強皮症.臨眼61:172-175,20074)沢美喜,斉藤喜博,亀田知加子ほか:全身性エリテマトーデスの眼合併症─脈絡膜・網膜色素上皮障害.日眼会誌106:474-480,20025)森田啓文,伊比健児,秋谷忍ほか:ステロイドパルス療法が奏功した血管閉塞型SLE網膜症の1例.臨眼52:497-501,19986)田宮宗久,田村喜代,竹田宗泰ほか:全身性エリテマトーデスの眼合併症.臨眼47:1533-1536,19937)VineAK,BarrCC:Proliferativelupusretinopathy.ArchOphthalmol102:852-854,19848)吉田浩一,本多貴一,石橋達朗ほか:全身性紅斑性狼瘡で重篤な網膜血管閉塞性病変を呈した3例.眼臨87:19221926,19939)中尾功,松井淑江,馬渡祐記ほか:副腎皮質ステロイド薬抵抗性の片眼網膜動脈分枝閉塞を来したSLEの1例.眼紀51:419-422,200010)NomaH,ShimizuH,MimuraT:Unilateralmacularedemawithcentralretinalveinocclusioninsystemiclupuserythematosus:acasereport.ClinOphthalmol7:865-867,201311)Stafford-BradyFJ,UrowitzMB,GladmanDDetal:Lupusretinopathy.Patterns,associations,andprognosis.ArthritisRheum31:1105-1110,198812)UshiyamaO,UshiyamaK,KoaradaSetal:Retinaldiseaseinpatientswithsystemiclupuserythematosus.AnnRheumDis59:705-708,200013)MontehermosoA,CerveraR,FontJetal:Associationofantiphospholipidantibodieswithretinalvasculardiseaseinsystemiclupuserythematosus.SeminArthritisRheum28:326-332,199914)広兼顕治,木村亘,木村徹ほか:網膜動脈閉塞を繰り返した全身性エリテマトーデス網膜症の1例.眼臨89:1681-1685,1995***(144)