特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1069.1073,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1069.1073,2015抗VEGF薬の基礎研究と開発の歴史HistoryofAngiogenesisResearchandAnti-VEGFDrugDevelopment野田航介*はじめにトランスレーショナルリサーチとは,研究機関で得られた基礎研究の成果を,臨床に使用できる新しい医療技術・医薬品として確立するために行う,“benchtobedside”を目的とした非臨床から開発までの幅広い研究をさす.近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例は,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の眼内血管新生性疾患に対する臨床応用であろう.抗VEGF製剤はこれまで治療困難であったさまざまな眼底疾患,すなわち滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD),糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO),近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)などの疾患に用いられ,良好な治療成績を上げている.本稿では,VEGFの発見と各種抗VEGF製剤の開発コンセプトや経緯についてまとめる.I血管新生に関する研究とVEGFの発見抗VEGF製剤の開発に触れる前に,血管新生に関する基礎研究の経緯について述べる必要があると思う.血管新生とは既存血管から血管が新しく形成されることを意味し,創傷治癒や女性の性周期にともなう黄体形成や子宮内膜発育などの生理的反応で生じる一方,悪性腫瘍や関節リウマチ,先に述べた眼内血管新生性疾患などの病態にも関与している1).そのプロセスは,既存血管の拡張や血管透過性の亢進などがさまざまな炎症性サイトカインなどの液性因子によって誘導されることに始まる.その後,血管基底膜や周囲の細胞外マトリックスの分解が行われ,同部では血管内皮細胞の増殖と遊走が生じ,その結果として新しい脈管が形成される2)(図1).そして,最終的にはこれらの脈管に血液循環が生じて新しい血管が形成される.この血管新生のプロセスについては悪性腫瘍に関する研究がその多くを解明した経緯がある.今でこそわれわれは,悪性固形腫瘍の多くにおいて腫瘍細胞が血管新生因子を分泌し,その結果として周囲の既存血管から生じた新生血管が腫瘍を栄養することを「常識」としている.しかしながら,1970年頃における腫瘍血管に関する「常識」とは,腫瘍組織は既存血管によって囲まれている構造ではあるが,腫瘍によって新しい血管構築が生じるわけではない,というものであったようだ.その当時から,腫瘍組織周囲に血管が多く存在することは病理学的検討で明らかとなっていたが,それは腫瘍の中心部で壊死に陥っている腫瘍細胞に対する既存血管の“炎症反応”とされていた3).実は,1930年代から腫瘍血管新生を示唆する報告はなされていた.1939年,Ideらは家兎に腫瘍細胞を移植して,血管新生が生じることを報告している4).その後,1945年にAlgireらは腫瘍細胞が血管新生を誘導することを示した5).また,Greenらは1941年に家兎腺*KousukeNoda:北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)10691070あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(4)炭水化物および脂質を含む抽出液であり,単一の血管新生因子の同定ではない8).しかしながら,それは後に血管新生を誘導する多くの液性因子の発見,そしてVEGFおよびそのファミリー分子の発見につながっていく大きな功績であり,Folkmanらが当時の「常識」を覆した結果として現在の抗VEGF療法が存在するともいえる.IIVEGFとそのファミリー分子に関する研究1983年,Sengerらは血管からの漏出を惹起して腹水の原因となる液性因子を腫瘍細胞が分泌することを見出し,vascularpermeabilityfactor(VPF)と命名した9).しかしながら,この時点では彼らのグループはVPFの単離にまでは到達していない.その後,1989年にFerr-araのグループが新規の血管新生因子としてVEGFを発見し10),後にVEGFとVPFが同一の分子であることがcDNAクローニングによって明らかになった11,12).このVEGFとは,現在,われわれがVEGF-Aとよんでいる分子群である.VEGF-Aは血管新生,血管透過性亢進,リンパ管新生などを誘導し,血管内皮細胞の抗アポトーシス作用を有する分子群であり12,13),当初VEGF関連の研究はVEGF-Aを対象に行われた.その後,VEGFはそのアミノ酸配列の相同性からVEGFファミリーとよばれる分子群を形成していることが明らかとなった.哺乳類におけるVEGFファミリーはVEGF-AからDおよび胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)から構成されている14).本稿では,臨床的に使用されている抗VEGF製剤が阻害し得るVEGF-A,VEGF-BおよびPlGFについてのみ述べる.これらのVEGFファミリーは細胞膜表面上に存在するVEGF受容体(VEGFR-1とVEGFR-2)に結合するが,それぞれパートナーが決まっている(図2).VEGF-Aには複数のアイソフォームが存在するが,眼内に発現するものは主にVEGF121とVEGF165の2つである.VEGF165はVEGFR-2の補助受容体として機能するneuropilin-1と結合能があるため,VEGFR-2との親和性がVEGF121よりも高く,wetAMDなどの眼内血管新生性疾患において重要な役割を演じていると考えられる.VEGF-BはVEGFR-1およびneuropilin-1と癌をモルモットの前房に移植する際,血管新生が腫瘍の増殖に重要であることを示した6).これらの知見は腫瘍が血管新生を促進すること,また血管新生によって腫瘍が増大することを示唆していたが,前述の「常識」のために,これらの概念はこの時代において受け入れられなかった.1971年に,Folkmanらは「腫瘍の増殖は血管新生に依存しており,その抑制が悪性腫瘍の治療に有効である」という概念,つまり「悪性腫瘍治療におけるanti-angiogenesisの重要性」を提唱した7).当然のごとく,Folkmanらの主張も「腫瘍周囲の血管は非特異的な炎症によるもの」という既存の学説に阻まれ,当初は懐疑的に捉えられた3).しかし,彼らはラット肺癌培養細胞株から血管新生を誘導する分画としてtumorangiogen-esisfactor(TAF)を抽出し,自らの学説の正当性を証明した.TAFは,25%のRNA,10%の蛋白,58%の基底膜分解蛋白分解酵素による基底膜構造の破壊血管内皮細胞増殖・遊走血管基底膜内皮細胞の増殖管腔形成図1血管新生の3ステップ血管新生は,1)各種蛋白分解酵素による血管基底膜の分解,2)VEGFに代表される血管新生因子による血管内皮細胞の増殖と遊走,3)管腔形成と段階的に行われれる複雑な,しかし緻密に制御された生体現象である.基底膜分解蛋白分解酵素による基底膜構造の破壊血管内皮細胞増殖・遊走血管基底膜内皮細胞の増殖管腔形成図1血管新生の3ステップ血管新生は,1)各種蛋白分解酵素による血管基底膜の分解,2)VEGFに代表される血管新生因子による血管内皮細胞の増殖と遊走,3)管腔形成と段階的に行われれる複雑な,しかし緻密に制御された生体現象である.あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151071(5)が眼内血管新生性疾患において重要な役割を演じていることを突きとめ,その詳細な分子機構を明らかにしてきた.これらの基礎研究の成果が基盤となり,それらを標的とした製剤開発に寄与している.III抗VEGF製剤の開発VEGF発見から15年後の2004年,VEGFに対する抗体製剤bevacizumabが転移性大腸癌の治療薬として米国の食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に認可された.その後,異なる創薬デザインに基づいた抗VEGF製剤が複数開発され,眼科臨床に導入されている.2015年6月現在,わが国において眼科領域で使用が認可されている抗VEGF製剤は,pegap-tanib,ranibizumab,そしてafliberceptの3剤である.以下に,それぞれの製剤の特徴と開発コンセプトを示す.その臨床的な効果については,本号掲載の他稿を参照されたい.結合し,「血管新生」ではなく,「血管生存」にかかわる分子であると考えられている15).PlGFは選択的にVEGFR-1とのみ結合して血管新生を誘導するのみならず,VEGF-AによるVEGFR-2のシグナル伝達を促進して血管新生を誘導することが報告されている.腫瘍や虚血,血管新生などの病態においてPlGFの発現は増加し,血管新生や血管透過性亢進を促進する.ヒトwetAMDのCNVでもPlGF発現が報告されている一方,糖尿病,とくに増殖糖尿病網膜症においても線維血管組織での発現や,硝子体中で正常眼と比較して高値であること16),その硝子体中濃度がVEGF-Aと正の相関を有することなどが報告されている17).近年,筆者らのグループも糖尿病網膜症の前房水中PlGF濃度を測定し,増殖性変化を認めないDME群においてもPlGFが正常者と比較して有意に増加していることを示した18).以上のように,基礎研究の成果はVEGF-A,VEGF-BおよびPlGFなどのVEGFファミリーに属する分子群VEGF-AVEGF-BVEGFR-1VEGFR-2Neuropilin-1PlGF(VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206)補助受容体として図2VEGFファミリーとその受容体システムVEGF-AはVEGFR-1およびVEGFR-2を,VEGF-BはVEGFR-1を,PlGFはVEGFR-1とneuropilin-1をそれぞれ受容体としてシグナル伝達を行う.(文献22から改変引用)VEGF-AVEGF-BVEGFR-1VEGFR-2Neuropilin-1PlGF(VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206)補助受容体として図2VEGFファミリーとその受容体システムVEGF-AはVEGFR-1およびVEGFR-2を,VEGF-BはVEGFR-1を,PlGFはVEGFR-1とneuropilin-1をそれぞれ受容体としてシグナル伝達を行う.(文献22から改変引用)1072あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(6)化されたRNAアプタマーである19).VEGFが生体内の恒常性維持にかかわっていること,VEGF165がVEGF121より強力な生理活性を有することを考慮した創薬デザインがなされている.1.Pegaptanib(MacugenR)前述のごとく,眼内で発現する主要なVEGF-AアイソフォームはVEGF121とVEGF165の2つであるが,pegaptanibはVEGF165に選択的に結合するように最適ヒトFabのフレームワークにマウス抗VEGF-A配列を挿入ヒト化したFab断片Fab領域Fc領域マウス抗VEGF-Aモノクローナル抗体6基のアミノ酸を置換Ranibizumab結合能の改善(140倍)図3Ranibizumab(ルセンティスR)の構造(文献22から改変引用)VEGFR-1VEGFR-212345671234567123456712232334567aflibercept図4Aflibercept(アイリーアR)の構造(文献22から改変引用)ヒトFabのフレームワークにマウス抗VEGF-A配列を挿入ヒト化したFab断片Fab領域Fc領域マウス抗VEGF-Aモノクローナル抗体6基のアミノ酸を置換Ranibizumab結合能の改善(140倍)図3Ranibizumab(ルセンティスR)の構造(文献22から改変引用)VEGFR-1VEGFR-212345671234567123456712232334567aflibercept図4Aflibercept(アイリーアR)の構造(文献22から改変引用)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151073(7)6)GreeneHS:Heterologoustransplantationofmammaliantumors:I.Thetransferofrabbittumorstoalienspecies.JExpMed73:461-474,19417)FolkmanJ:Tumorangiogenesis:therapeuticimplica-tions.NEnglJMed285:1182-1186,19718)FolkmanJ,MerlerE,AbernathyCetal:Isolationofatumorfactorresponsibleforangiogenesis.JExpMed133:275-288,19719)SengerDR,GalliSJ,DvorakAMetal:Tumorcellssecreteavascularpermeabilityfactorthatpromotesaccu-mulationofascitesfluid.Science219:983-985,198310)FerraraN,HenzelWJ:Pituitaryfollicularcellssecreteanovelheparin-bindinggrowthfactorspecificforvascularendothelialcells.BiochemBiophysResCommun161:851-858,198911)KeckPJ,HauserSD,KriviGetal:Vascularpermeabilityfactor,anendothelialcellmitogenrelatedtoPDGF.Sci-ence246:1309-1312,198912)LeungDW,CachianesG,KuangWJetal:Vascularendo-thelialgrowthfactorisasecretedangiogenicmitogen.Sci-ence246:1306-1309,198913)NagyJA,VasileE,FengDetal:Vascularpermeabilityfactor/vascularendothelialgrowthfactorinduceslym-phangiogenesisaswellasangiogenesis.JExpMed196:1497-1506,200214)EllisLM,HicklinDJ:VEGF-targetedtherapy:mecha-nismsofanti-tumouractivity.NatRevCancer8:579-591,200815)LiX,KumarA,ZhangFetal:Complicatedlife,compli-catedVEGF-B.TrendsMolMed18:119-127,201216)KhaliqA,ForemanD,AhmedAetal:Increasedexpres-sionofplacentagrowthfactorinproliferativediabeticreti-nopathy.LabInvest78:109-116,199817)YamashitaH,EguchiS,WatanabeKetal:Expressionofplacentagrowthfactor(PIGF)inischaemicretinaldiseas-es.Eye(Lond)13:372-374,199918)AndoR,NodaK,NambaSetal:Aqueoushumourlevelsofplacentalgrowthfactorindiabeticretinopathy.ActaOphthalmol92:e245-e246,201419)NgEW,ShimaDT,CaliasPetal:Pegaptanib,atargetedanti-VEGFaptamerforocularvasculardisease.NatRevDrugDiscov5:123-132,200620)FerraraN,DamicoL,ShamsNetal:Developmentofranibizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantigenbindingfragment,astherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Retina26:859-870,200621)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal;VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumoreffects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,200222)野田航介:眼科分子標的治療の進歩.図で早わかり実践!眼科薬理.臨眼増刊号67:39-43,20132.Ranibizumab(LucentisR)PegaptanibがVEGF165を標的分子とするのに対して,ranibizumabはVEGFに対するヒトVEGFに対するマウスモノクローナル抗体(A.4.6.1)のFabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製された蛋白製剤であり20)(図3),VEGF-Aの全アイソフォームを阻害するように設計されている.Fabフラグメントとして設計された理由は,trastuzumab(herceptinR)という抗腫瘍薬を用いた検討で,抗体製剤は網膜への浸透性がFabフラグメントに加えて低かったことに由来している.3.Aflibercept(EyleaR)Afliberceptは,VEGFR-1とVEGFR-2におけるVEGF結合部位の細胞外ドメインの一部をヒト免疫グロブリンのFc部分と融合させた組換蛋白である21)(図4).前述のごとく,VEGFR-1はVEGF-A以外にVEGF-BやPlGFとも結合能があるため,afliberceptはそれらに対する阻害効果をも有していることになる.おわりに以上,抗VEGF製剤の開発にかかわる基礎研究の歴史について述べた.文献1)SiricaAE:ThePathobiologyofneoplasia.PlenumPress,NewYork,19892)Tombran-TinkJ,BarnstableCJ:Ocularangiogenesis:diseases,mechanisms,andtherapeutics.TotowaNJ:HumanaPress,2006:xv,4123)MarmeD,FusenigNE:Tumorangiogenesis:basicmechanismsandcancertherapy.Berlin:Springer,xviii,p845,20084)IdeAG,BakerNH,WarrenSL:Vasculariza-tionofthebrownpearcerabbitepitheliomatransplantasseeninthetransparentearchamber.AmJRoentgenol42:891-899,19394)IdeAG,BakerNH,WarrenSL:Vascularizationofthebrownpearcerabbitepitheliomatransplantasseeninthetransparentearchamber.AmJRoentgenol42:891-899,19395)AlgireGH,ChalkleyHW,LegallaisFYetal:Vascularreactionsofnormalandmalignanttumorsinvivo.I.Vas-cularreactionsofmicetowoundsandtonormalandneo-plastictransplants.JNatlCancerInst6:73-85,1945