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抗VEGF薬の基礎研究と開発の歴史

2015年8月31日 月曜日

特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1069.1073,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1069.1073,2015抗VEGF薬の基礎研究と開発の歴史HistoryofAngiogenesisResearchandAnti-VEGFDrugDevelopment野田航介*はじめにトランスレーショナルリサーチとは,研究機関で得られた基礎研究の成果を,臨床に使用できる新しい医療技術・医薬品として確立するために行う,“benchtobedside”を目的とした非臨床から開発までの幅広い研究をさす.近年の眼科領域におけるトランスレーショナルリサーチの代表的な成功例は,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤の眼内血管新生性疾患に対する臨床応用であろう.抗VEGF製剤はこれまで治療困難であったさまざまな眼底疾患,すなわち滲出型加齢黄斑変性(wetage-relatedmaculardegeneration:wetAMD),糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME),網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO),近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)などの疾患に用いられ,良好な治療成績を上げている.本稿では,VEGFの発見と各種抗VEGF製剤の開発コンセプトや経緯についてまとめる.I血管新生に関する研究とVEGFの発見抗VEGF製剤の開発に触れる前に,血管新生に関する基礎研究の経緯について述べる必要があると思う.血管新生とは既存血管から血管が新しく形成されることを意味し,創傷治癒や女性の性周期にともなう黄体形成や子宮内膜発育などの生理的反応で生じる一方,悪性腫瘍や関節リウマチ,先に述べた眼内血管新生性疾患などの病態にも関与している1).そのプロセスは,既存血管の拡張や血管透過性の亢進などがさまざまな炎症性サイトカインなどの液性因子によって誘導されることに始まる.その後,血管基底膜や周囲の細胞外マトリックスの分解が行われ,同部では血管内皮細胞の増殖と遊走が生じ,その結果として新しい脈管が形成される2)(図1).そして,最終的にはこれらの脈管に血液循環が生じて新しい血管が形成される.この血管新生のプロセスについては悪性腫瘍に関する研究がその多くを解明した経緯がある.今でこそわれわれは,悪性固形腫瘍の多くにおいて腫瘍細胞が血管新生因子を分泌し,その結果として周囲の既存血管から生じた新生血管が腫瘍を栄養することを「常識」としている.しかしながら,1970年頃における腫瘍血管に関する「常識」とは,腫瘍組織は既存血管によって囲まれている構造ではあるが,腫瘍によって新しい血管構築が生じるわけではない,というものであったようだ.その当時から,腫瘍組織周囲に血管が多く存在することは病理学的検討で明らかとなっていたが,それは腫瘍の中心部で壊死に陥っている腫瘍細胞に対する既存血管の“炎症反応”とされていた3).実は,1930年代から腫瘍血管新生を示唆する報告はなされていた.1939年,Ideらは家兎に腫瘍細胞を移植して,血管新生が生じることを報告している4).その後,1945年にAlgireらは腫瘍細胞が血管新生を誘導することを示した5).また,Greenらは1941年に家兎腺*KousukeNoda:北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野〔別刷請求先〕野田航介:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)1069 1070あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(4)炭水化物および脂質を含む抽出液であり,単一の血管新生因子の同定ではない8).しかしながら,それは後に血管新生を誘導する多くの液性因子の発見,そしてVEGFおよびそのファミリー分子の発見につながっていく大きな功績であり,Folkmanらが当時の「常識」を覆した結果として現在の抗VEGF療法が存在するともいえる.IIVEGFとそのファミリー分子に関する研究1983年,Sengerらは血管からの漏出を惹起して腹水の原因となる液性因子を腫瘍細胞が分泌することを見出し,vascularpermeabilityfactor(VPF)と命名した9).しかしながら,この時点では彼らのグループはVPFの単離にまでは到達していない.その後,1989年にFerr-araのグループが新規の血管新生因子としてVEGFを発見し10),後にVEGFとVPFが同一の分子であることがcDNAクローニングによって明らかになった11,12).このVEGFとは,現在,われわれがVEGF-Aとよんでいる分子群である.VEGF-Aは血管新生,血管透過性亢進,リンパ管新生などを誘導し,血管内皮細胞の抗アポトーシス作用を有する分子群であり12,13),当初VEGF関連の研究はVEGF-Aを対象に行われた.その後,VEGFはそのアミノ酸配列の相同性からVEGFファミリーとよばれる分子群を形成していることが明らかとなった.哺乳類におけるVEGFファミリーはVEGF-AからDおよび胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)から構成されている14).本稿では,臨床的に使用されている抗VEGF製剤が阻害し得るVEGF-A,VEGF-BおよびPlGFについてのみ述べる.これらのVEGFファミリーは細胞膜表面上に存在するVEGF受容体(VEGFR-1とVEGFR-2)に結合するが,それぞれパートナーが決まっている(図2).VEGF-Aには複数のアイソフォームが存在するが,眼内に発現するものは主にVEGF121とVEGF165の2つである.VEGF165はVEGFR-2の補助受容体として機能するneuropilin-1と結合能があるため,VEGFR-2との親和性がVEGF121よりも高く,wetAMDなどの眼内血管新生性疾患において重要な役割を演じていると考えられる.VEGF-BはVEGFR-1およびneuropilin-1と癌をモルモットの前房に移植する際,血管新生が腫瘍の増殖に重要であることを示した6).これらの知見は腫瘍が血管新生を促進すること,また血管新生によって腫瘍が増大することを示唆していたが,前述の「常識」のために,これらの概念はこの時代において受け入れられなかった.1971年に,Folkmanらは「腫瘍の増殖は血管新生に依存しており,その抑制が悪性腫瘍の治療に有効である」という概念,つまり「悪性腫瘍治療におけるanti-angiogenesisの重要性」を提唱した7).当然のごとく,Folkmanらの主張も「腫瘍周囲の血管は非特異的な炎症によるもの」という既存の学説に阻まれ,当初は懐疑的に捉えられた3).しかし,彼らはラット肺癌培養細胞株から血管新生を誘導する分画としてtumorangiogen-esisfactor(TAF)を抽出し,自らの学説の正当性を証明した.TAFは,25%のRNA,10%の蛋白,58%の基底膜分解蛋白分解酵素による基底膜構造の破壊血管内皮細胞増殖・遊走血管基底膜内皮細胞の増殖管腔形成図1血管新生の3ステップ血管新生は,1)各種蛋白分解酵素による血管基底膜の分解,2)VEGFに代表される血管新生因子による血管内皮細胞の増殖と遊走,3)管腔形成と段階的に行われれる複雑な,しかし緻密に制御された生体現象である.基底膜分解蛋白分解酵素による基底膜構造の破壊血管内皮細胞増殖・遊走血管基底膜内皮細胞の増殖管腔形成図1血管新生の3ステップ血管新生は,1)各種蛋白分解酵素による血管基底膜の分解,2)VEGFに代表される血管新生因子による血管内皮細胞の増殖と遊走,3)管腔形成と段階的に行われれる複雑な,しかし緻密に制御された生体現象である. あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151071(5)が眼内血管新生性疾患において重要な役割を演じていることを突きとめ,その詳細な分子機構を明らかにしてきた.これらの基礎研究の成果が基盤となり,それらを標的とした製剤開発に寄与している.III抗VEGF製剤の開発VEGF発見から15年後の2004年,VEGFに対する抗体製剤bevacizumabが転移性大腸癌の治療薬として米国の食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に認可された.その後,異なる創薬デザインに基づいた抗VEGF製剤が複数開発され,眼科臨床に導入されている.2015年6月現在,わが国において眼科領域で使用が認可されている抗VEGF製剤は,pegap-tanib,ranibizumab,そしてafliberceptの3剤である.以下に,それぞれの製剤の特徴と開発コンセプトを示す.その臨床的な効果については,本号掲載の他稿を参照されたい.結合し,「血管新生」ではなく,「血管生存」にかかわる分子であると考えられている15).PlGFは選択的にVEGFR-1とのみ結合して血管新生を誘導するのみならず,VEGF-AによるVEGFR-2のシグナル伝達を促進して血管新生を誘導することが報告されている.腫瘍や虚血,血管新生などの病態においてPlGFの発現は増加し,血管新生や血管透過性亢進を促進する.ヒトwetAMDのCNVでもPlGF発現が報告されている一方,糖尿病,とくに増殖糖尿病網膜症においても線維血管組織での発現や,硝子体中で正常眼と比較して高値であること16),その硝子体中濃度がVEGF-Aと正の相関を有することなどが報告されている17).近年,筆者らのグループも糖尿病網膜症の前房水中PlGF濃度を測定し,増殖性変化を認めないDME群においてもPlGFが正常者と比較して有意に増加していることを示した18).以上のように,基礎研究の成果はVEGF-A,VEGF-BおよびPlGFなどのVEGFファミリーに属する分子群VEGF-AVEGF-BVEGFR-1VEGFR-2Neuropilin-1PlGF(VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206)補助受容体として図2VEGFファミリーとその受容体システムVEGF-AはVEGFR-1およびVEGFR-2を,VEGF-BはVEGFR-1を,PlGFはVEGFR-1とneuropilin-1をそれぞれ受容体としてシグナル伝達を行う.(文献22から改変引用)VEGF-AVEGF-BVEGFR-1VEGFR-2Neuropilin-1PlGF(VEGF121,VEGF145,VEGF165,VEGF189,VEGF206)補助受容体として図2VEGFファミリーとその受容体システムVEGF-AはVEGFR-1およびVEGFR-2を,VEGF-BはVEGFR-1を,PlGFはVEGFR-1とneuropilin-1をそれぞれ受容体としてシグナル伝達を行う.(文献22から改変引用) 1072あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(6)化されたRNAアプタマーである19).VEGFが生体内の恒常性維持にかかわっていること,VEGF165がVEGF121より強力な生理活性を有することを考慮した創薬デザインがなされている.1.Pegaptanib(MacugenR)前述のごとく,眼内で発現する主要なVEGF-AアイソフォームはVEGF121とVEGF165の2つであるが,pegaptanibはVEGF165に選択的に結合するように最適ヒトFabのフレームワークにマウス抗VEGF-A配列を挿入ヒト化したFab断片Fab領域Fc領域マウス抗VEGF-Aモノクローナル抗体6基のアミノ酸を置換Ranibizumab結合能の改善(140倍)図3Ranibizumab(ルセンティスR)の構造(文献22から改変引用)VEGFR-1VEGFR-212345671234567123456712232334567aflibercept図4Aflibercept(アイリーアR)の構造(文献22から改変引用)ヒトFabのフレームワークにマウス抗VEGF-A配列を挿入ヒト化したFab断片Fab領域Fc領域マウス抗VEGF-Aモノクローナル抗体6基のアミノ酸を置換Ranibizumab結合能の改善(140倍)図3Ranibizumab(ルセンティスR)の構造(文献22から改変引用)VEGFR-1VEGFR-212345671234567123456712232334567aflibercept図4Aflibercept(アイリーアR)の構造(文献22から改変引用) あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151073(7)6)GreeneHS:Heterologoustransplantationofmammaliantumors:I.Thetransferofrabbittumorstoalienspecies.JExpMed73:461-474,19417)FolkmanJ:Tumorangiogenesis:therapeuticimplica-tions.NEnglJMed285:1182-1186,19718)FolkmanJ,MerlerE,AbernathyCetal:Isolationofatumorfactorresponsibleforangiogenesis.JExpMed133:275-288,19719)SengerDR,GalliSJ,DvorakAMetal:Tumorcellssecreteavascularpermeabilityfactorthatpromotesaccu-mulationofascitesfluid.Science219:983-985,198310)FerraraN,HenzelWJ:Pituitaryfollicularcellssecreteanovelheparin-bindinggrowthfactorspecificforvascularendothelialcells.BiochemBiophysResCommun161:851-858,198911)KeckPJ,HauserSD,KriviGetal:Vascularpermeabilityfactor,anendothelialcellmitogenrelatedtoPDGF.Sci-ence246:1309-1312,198912)LeungDW,CachianesG,KuangWJetal:Vascularendo-thelialgrowthfactorisasecretedangiogenicmitogen.Sci-ence246:1306-1309,198913)NagyJA,VasileE,FengDetal:Vascularpermeabilityfactor/vascularendothelialgrowthfactorinduceslym-phangiogenesisaswellasangiogenesis.JExpMed196:1497-1506,200214)EllisLM,HicklinDJ:VEGF-targetedtherapy:mecha-nismsofanti-tumouractivity.NatRevCancer8:579-591,200815)LiX,KumarA,ZhangFetal:Complicatedlife,compli-catedVEGF-B.TrendsMolMed18:119-127,201216)KhaliqA,ForemanD,AhmedAetal:Increasedexpres-sionofplacentagrowthfactorinproliferativediabeticreti-nopathy.LabInvest78:109-116,199817)YamashitaH,EguchiS,WatanabeKetal:Expressionofplacentagrowthfactor(PIGF)inischaemicretinaldiseas-es.Eye(Lond)13:372-374,199918)AndoR,NodaK,NambaSetal:Aqueoushumourlevelsofplacentalgrowthfactorindiabeticretinopathy.ActaOphthalmol92:e245-e246,201419)NgEW,ShimaDT,CaliasPetal:Pegaptanib,atargetedanti-VEGFaptamerforocularvasculardisease.NatRevDrugDiscov5:123-132,200620)FerraraN,DamicoL,ShamsNetal:Developmentofranibizumab,ananti-vascularendothelialgrowthfactorantigenbindingfragment,astherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Retina26:859-870,200621)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal;VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumoreffects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,200222)野田航介:眼科分子標的治療の進歩.図で早わかり実践!眼科薬理.臨眼増刊号67:39-43,20132.Ranibizumab(LucentisR)PegaptanibがVEGF165を標的分子とするのに対して,ranibizumabはVEGFに対するヒトVEGFに対するマウスモノクローナル抗体(A.4.6.1)のFabフラグメント(可変領域)を基本構造として作製された蛋白製剤であり20)(図3),VEGF-Aの全アイソフォームを阻害するように設計されている.Fabフラグメントとして設計された理由は,trastuzumab(herceptinR)という抗腫瘍薬を用いた検討で,抗体製剤は網膜への浸透性がFabフラグメントに加えて低かったことに由来している.3.Aflibercept(EyleaR)Afliberceptは,VEGFR-1とVEGFR-2におけるVEGF結合部位の細胞外ドメインの一部をヒト免疫グロブリンのFc部分と融合させた組換蛋白である21)(図4).前述のごとく,VEGFR-1はVEGF-A以外にVEGF-BやPlGFとも結合能があるため,afliberceptはそれらに対する阻害効果をも有していることになる.おわりに以上,抗VEGF製剤の開発にかかわる基礎研究の歴史について述べた.文献1)SiricaAE:ThePathobiologyofneoplasia.PlenumPress,NewYork,19892)Tombran-TinkJ,BarnstableCJ:Ocularangiogenesis:diseases,mechanisms,andtherapeutics.TotowaNJ:HumanaPress,2006:xv,4123)MarmeD,FusenigNE:Tumorangiogenesis:basicmechanismsandcancertherapy.Berlin:Springer,xviii,p845,20084)IdeAG,BakerNH,WarrenSL:Vasculariza-tionofthebrownpearcerabbitepitheliomatransplantasseeninthetransparentearchamber.AmJRoentgenol42:891-899,19394)IdeAG,BakerNH,WarrenSL:Vascularizationofthebrownpearcerabbitepitheliomatransplantasseeninthetransparentearchamber.AmJRoentgenol42:891-899,19395)AlgireGH,ChalkleyHW,LegallaisFYetal:Vascularreactionsofnormalandmalignanttumorsinvivo.I.Vas-cularreactionsofmicetowoundsandtonormalandneo-plastictransplants.JNatlCancerInst6:73-85,1945

序説:抗VEGF薬による治療

2015年8月31日 月曜日

●序説あたらしい眼科32(8):1067.1068,2015●序説あたらしい眼科32(8):1067.1068,2015抗VEGF薬による治療TreatmentUsingAnti-VascularEndothelialGrowthFactorAgents岡田アナベルあやめ*石橋達朗**近年,血管内皮増殖因子(VEGF)を阻害する生物学製剤が承認されて以降,さまざまな黄斑疾患の治療が大きく変わり視力予後が著しく改善した.また,黄斑浮腫や網膜下液の定量に役立つ検査法である光干渉断層計(OCT)が保険適応されたことで,黄斑疾患の診断および治療の評価が以前より容易にもなった.一方で,抗VEGF薬の使い方における考えも変化し,新しい臨床試験のデータが相次いで発表されている.本誌では以前にも抗VEGF治療を取り上げたが,速いスピードで進化している分野でもあるため,今回はわが国では2012年9月に滲出型加齢黄斑変性(AMD)で承認されたアフリベルセプト(アイリーアR)も考慮し,抗VEGF薬の情報をアップデートしたい.現在,保険診療に認可されている抗VEGF薬はペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR)およびアフリベルセプト(アイリーアR)である.ペガプタニブの適応疾患はAMDのみであるのに対して,ラニビズマブとアフリベルセプトの適応疾患はAMDに加え,近視性脈絡膜新生血管,網膜静脈閉塞症,および糖尿病黄斑浮腫という違いがある.また,どれもVEGFを阻害するものの,構造の違いによりその阻害の程度や持続性,また他の物質に対する抑制効果も異なる.さらに,眼科領域には認可されておらず,オフラベルで使われているベバシズマブ(アバスチンR)は施設倫理員会の許可が必要で,抗VEGF薬の保険適応のない疾患,例えば網膜色素線条症に伴う脈絡膜新生血管や血管新生緑内障などに使われている.これほどたくさんの抗VEGF薬が利用されるようになったということからも,この治療の有効性は明白である.10年前までは想像できなかったほどの良い視力成績がわが国からも多数報告されている.抗VEGF薬による治療は,ほとんどの適応疾患において,ある程度継続する必要があるため,最近では,諸外国と同様にわが国でも多くの先生が,莫大な数の注射に追われている.高血圧や糖尿病のような他の慢性疾患に対する内服療法と同様に,多くの適応疾患は慢性疾患であり,必要に応じたprorenata(PRN)やtreatandextendなどの治療方針の違いはあるものの,継続治療が必要である.また,適応疾患の拡大に伴い,多くの患者に抗VEGF薬療法が開始され,治療中の患者数は膨大な数にふくれあがり続けている.しかも,適応疾患はどれも年齢とともに有病率が上昇するため,今後の高齢化社会を考えると,患者数はさらに増加することが見込まれる.そこで本特集では,抗VEGF薬の現時点のbest*AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室**TatsuroIshibashi:九州大学病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(1)1067 1068あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(2)practiceについて,エキスパートの先生方に解説をお願いした.最初に抗VEGF薬の開発における歴史を紹介し,各眼疾患における抗VEGF薬による治療をレビューする.年々変化している分野であり,知識を常にアップデートすることが必要である.

東京都A小学校における屈折分布調査

2015年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(7):1057~1060,2015c東京都A小学校における屈折分布調査榊原七重*1石川均*1赤崎麻衣*2三井義久*2*1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚療法学専攻*2駒込みつい眼科DistributionofRefractioninStudentsAttendingElementarySchoolAinTokyo,JapanNanaeSakakibara1),HitoshiIshikawa1),MaiAkasaki2)andYoshihisaMitsui2)1)FacultyofRehabilitationOrthopticsandVisualScienceCourseSchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,2)KomagomeMitsuiEyeClinic目的:小学生の屈折分布についての調査を行い,過去の報告との比較を行った.対象・方法:東京都内のA小学校の全児童699名を対象に,2013年4月に屈折検査を実施した.視力は,1.0,0.7,0.3,の3視標を用い,1.0以上をA,0.7以上をB,0.3以上をC,0.3未満をDと判定した.屈折はオートレフラクトメータを用い,非調節麻痺下他覚的屈折検査を行った.結果:1~5年生まではA判定の者がもっとも多かったが,6年生ではA判定の者が減少し,D判定の者が増加した.屈折は,高学年になるにつれ,正視の割合が減少し,近視の割合が増加した.屈折分布は,1年生で正視に集中化した分布を示し,2~4年生では正視にピークをもつがその割合は1年生より小さく,5年生では正視と.1D,6年生では.1Dにピークをもち,高学年ほど分布が近視に広がった.全児童では正視から.1Dに集中した近視よりの分布を示した.視力判定ごとの中央値は,判定Aが.0.17D,Bが.0.33D,Cが.1.00D,Dが.2.92Dであった.結論:A小学校の児童は,過去の報告と比較し,屈折に近視化の傾向がみられた.Purpose:ToinvestigatethedistributionofrefractioninstudentsattendingElementarySchoolAinTokyo,Japan.SubjectsandMethods:Arefractiontestwasadministeredtoall699studentsofElementarySchoolAinTokyo,Japaninadditiontoavisualacuity(VA)examinationwithnakedeyes,whichiscommonlyconductedduringstandardschoolphysicalexaminations.VAwasassessedwiththreevisualtargetsof1.0,0.7and0.3,andratedonascaleofA,B,CandDdenoting1.0diopter(D)orhigher,0.7Dorhigher,0.3Dorhigher,andlowerthan0.3D,respectively.Refractionwasmeasuredbynon-cycloplegicobjectiverefractiontestingwithanautomaticrefractometer.Results:StudentsratedasAaccountedforthegreatestproportionofstudentsingrades1through5,butdecreasedinthegrade6students,inwhichtheproportionofstudentsratedasDincreased.Inregardtorefraction,theproportionofstudentswithemmetropiadecreasedandtheproportionofmyopicstudentsincreasedasthegradesadvanced.Thedistributionofrefractioninthegrade1studentsfocusedonemmetropia.Thedistributionpatternsinthegrade2tograde4studentsalsoshowedtheemmetropiapeak,butthepeakaccountedforasmallerproportionineachgradecomparedwiththatingrade1.Thedistributioninthegrade5studentshadtwopeaksofemmetropiaand.1D,andthedistributioninthegrade6studentsshowedthe.1Dpeakonly.Conclusions:Thefindingsofthisstudyindicatethatthedistributionofrefractionshiftsmoretowardmyopiaasthegradeadvances.Whenallstudentswereanalyzedasawhole,thedistributionofrefractionhadaclusterinarangebetweenemmetropiaand.1D,andwasskewedtowardmyopia.ThemedianrefractionvaluesinstudentswiththeVAscoresofA,B,C,andDwere.0.17D,.0.33D,.1.00D,and.2.92D,respectively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1057~1060,2015〕Keywords:視力,屈折分布,分布変化.visualacuity,distributionofreflection,distributionshifts.はじめに正視と.3.00Dに集中化4)した分布であると報告されてい小児の屈折分布については,新生児では+1.001,2)~2.00D3)る.さらに,これらの屈折変化には,世代間での違いがあにピークをもち,小学生では正視に集中化4)し,中学生ではる5)とも報告されており,これらの屈折変化に影響する因子〔別刷請求先〕榊原七重:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科視覚療法学専攻Reprintrequests:NanaeSakakibara,C.O.,FacultyofRehabilitationOrthopticsandVisualScienceCourseSchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara-shi,Kanagawa252-0373,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(135)1057 16724860201195616161264131484891825321813371年生2年生3年生4年生5年生6年生図1視力判定分類視力判定A(1.0以上),B(0.7以上),C(0.3以上),D(0.3未満)を,各学年中の割合(%)で示す.として遺伝6),環境因子6,7)が考えられることからも,屈折分布が報告されていた年代と現代とではおもに環境因子に大きな変化があることを考慮すると,現代小児の屈折分布は過去の報告とは異なる可能性があると考えられる.そこで,小学生の屈折分布についての調査を行い,過去の報告との比較を行った.I方法1.対象東京都のA小学校で全児童699名1,398眼を対象とした.各学年の内訳は,1年生114名,2年生107名,3年生121名,4年生111名,5年生124名,6年生122名であった.なお,本研究への参加については,A小学校眼科校医より,保護者会で保護者に説明し,同意を得た.2.方法2013年4月に,例年A小学校で4月に実施されている学校検診(以下,通常検診)として身長,体重,座高,裸眼視力,矯正視力(矯正具使用者のみ)の測定を行った.これらに加え,本研究のために,非調節麻痺下他覚的屈折検査を行った.このうち,視力と本研究のために追加した屈折検査についての検討を行った.3.検査条件本研究のための追加検査項目については,視能訓練士が測定し,それ以外の通常検診は小学校教諭により実施した.a.裸眼視力検査(通常検診実施項目)小学校教諭2名が測定を行い,視標は,1.0,0.7,0.3の3視標を使用し,片眼遮閉は児童の掌で行った.視力は,眼科学校保健ガイドライン8)に則り,1.0以上はA判定,0.9~0.7はB判定,0.6~0.3はC判定,0.3未満はD判定とした.b.屈折検査(本研究のための追加検査項目)非調節麻痺下において他覚的屈折検査を行った.オートレフケラトメータは,1回の雲霧刺激後に3回の連続測定をする方法を用いた.原則として3回測定の平均を用いたが,屈折のばらつきが大きい場合,3回測定のばらつきが±0.50D以内になるまで繰り返し測定を行い,ばらつきのもっとも少表1屈折分類と屈折平均学年屈折分類(%)屈折平均(D)(平均±標準偏差)遠視正視近視1245818.0.20±0.912173746.0.60±1.383184537.0.49±1.304134741.0.85±1.81583458.1.28±1.68652372.1.79±1.91全児童144046.0.88±1.62なかった3測定値の平均を用いた.視力と矛盾すると考えられる値についても,本調査内では上記条件の測定値を除外条件なしに用いた.4.装置視力表は,Landolt環字ひとつ視力表とし,遠見視力表はモニター式,近見視力表は近距離単独視標R(半田屋商店製)を用いた.屈折測定には,オートレフケラトメータRARK.730A(NIDEK)を使用した.II結果全児童の視力,屈折平均に左右差がなかった(t-test,p=0.31)ため,以下の結果は右眼(669眼)について述べる.1.視力遠見裸眼視力測定の結果は,A判定54%,B判定17%,C判定13%,D判定16%であった.学年ごとの比率(図1)では,2・3年生を除いては高学年ほどD判定の割合が増加し,6年生では37%に増加し,A判定の割合を上回った.2.屈折オートレフラクトメータによる屈折値の等価球面度数を用い,+0.49D~.0.50Dを正視,+0.50D以上を遠視,.0.50D未満を近視8)とし,屈折分類を行った.各学年の屈折分類の割合(表1)は,1年生で,遠視24%,正視58%,近視18%と,正視がもっとも多かったが,2年生以上では,1058あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(136) 近視がもっとも多く,ついで正視,遠視の順であった.屈折平均(表1)は,2年生と3・4年生の屈折平均に有意差はなかったが,それ以外の学年において,高学年のほうが有意に近視化した(t-test,p<0.001).屈折度の級間を1Dとし中央値を用いた分布(図2)は,1年生では正視に集中化した分布を示した.1~4年生は正視にピークをもつが,高学年ほど次第に近視に分布が広がり,5年生は正視と.1Dの近視の2点に同程度のピークをもち,6年生では.1Dの近視にピークをもつ,近視側に大きく広がる分布を示した.全児童では,.1~0Dに集中し,やや近視側に広がる分布となった.3.視力と屈折視力の各判定の屈折の中央値(最小値~最大値)は,判定Aが.0.17(.5.67~+2.50)D,Bが.0.33(.5.00~+4.41)D,Cが.1.00(.3.757~+3.50)D,Dが.2.92(.10.65~+4.50)Dであった.III考按1.視力高学年ほど低視力者が多く,阿部らの報告10)と一致した.とくに,A判定は,4年生までは60%前後であったが,5年生で48%,6年生で32%と5年生以降で減少した.B・C判定は全学年を通してあまり比率に変化がないが,D判定が4年生までは10%程度であったのが,5年生で25%,6年生で37%と増加した.これらのことから,視力は,5年生以上での変化が大きいと考えられた.2.屈折屈折分類(表1)は,1年生においては,正視58%と半数以上を占めたが,2年生以上では半数に満たず,5年生で340102030405060-11-10-9-8-7-6-5-4-3-2-10123456分布率(%)123456屈折度(D)図2屈折分布屈折度を級間を1Dとした中央値で表し(例:+0.49~.0.50Dを屈折度0D),各級の頻度(人数)を各学年または全児童を100%とした比率(%)で示す.%,6年生で23%と減少した.正視の割合が減少し始める2年生以上では,近視が2年生46%,3年生37%,4年生41%,4年,5年生で58%,6年生で72%と増加し,遠視の比率は全学年を通して少なかった.このような,本研究における屈折分類(表1)については,丸尾ら11)の報告と比較し,遠視・正視が減少し近視が増加していた.しかし,丸尾らの報告11)では調節麻痺剤として,トロピカミドを使用しており,トロピカミド点眼前後の他覚的屈折値の差については8~12歳の遠視患者で1.55±1.65D,近視患者で0.23±0.32D9)と報告されており,本研究の屈折値が1D前後近視よりに測定されていた可能性が考えられた.これらのことから,実際の屈折の割合については,本研究の結果よりも遠視と正視が大きいと考えられた.さらに屈折の分布(図2)は,1年生において,屈折度0Dに集中化した分布をみせ,2~4年生は,いずれも0Dにピークをもつが,.1Dに2番目に高いピークをもつ類似した形の分布をみせた.5年生では,0Dと.1Dに同程度のピークをもち,4年生以下よりも近視に多く分布した.6年生では.1Dにピークをもち,全体の分布はさらに近視に広がった.これらの屈折平均は,稲垣5),野原ら12)の2報告と比較(図3)したところ,全体的に本研究のほうが近視化しているが,1年生ではほぼ正視であること,高学年ほど近視化していることが一致し,5年生(10歳)以降の近視化が大きいことが稲垣の報告と一致していた.稲垣の報告においては調節麻痺剤が用いられており,非調節麻痺下の本研究の結果のほうが屈折分布と同様に近視化していたと考えられた.しかし,野原らの報告は本研究同様非調節麻痺下での結果であるが,本研究のほうがより近視化していた.この近視化は,野原らの報告と本研究では調査年度に10年以上の差があることによる世代間差5)の可能性が考えられた.さらに,近視進行の危険因子として,両親または片親が近視であること6)(遺1●本研究■稲垣5)△野原11)0.50-0.5-1-1.5-2-2.5-3-3.5-4学年図3屈折平均本研究の各学年の屈折度平均と過去の文献の屈折平均を,比較のためにグラフ化した.屈折度(D)123456(137)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151059 伝),後天的素因として,都市部で生活していること,IQや学歴が高いこと13),近業の程度(視距離,近業時間,読書量)が強いこと7),屋外活動が乏しいこと6)が報告されている.本研究の調査対象小学校が,東京都内に所在し,野原らの対象とする長野県内の小学校よりも,児童がより都市部で生活しているため近視化の環境因子をもっていた可能性が考えられた.これらのことから,本研究の屈折分布については,10年程度期間をあけて同地域において,あまり年数をあけずに非都市部において,調査を実施し比較する必要があると考えられた.3.視力と屈折視力判定が不良なほど屈折値の中央値がマイナスよりであったことから,小学生の視力低下のおもな原因は,近視によると考えられた.しかし,全判定において近視・遠視ともに大きな屈折をもつ者があり,視力測定方法,調節の介入などにより視力が必ずしも屈折異常の状態を反映しておらず,裸眼視力と屈折度とは必ずしも相関しない14)と考えられた.このような学校検診においては,視力判定B以下の児童に受診勧告を行うこととなるが,受診時には調節麻痺剤を用いた屈折検査を要すると考えられた.IV結論A小学校の児童は,高学年ほど視力不良な者が増加し,過去の報告と比較し,屈折に近視化の傾向がみられた.文献1)CookRC,GlasscockRE:Refractiveandocularfindingsinthenewborn.AmJOphthalmol34:1407-1413,19512)大塚任,小井出寿美,高垣益子:新生児の眼屈折度分布曲線に関する問題.大塚任,鹿野信一(編):臨床眼科全書2.1,視機能II.p124,金原出版,19703)WibautF:UberdieEmmetropizationunddenUrsprungderspharischenRefractions-anomalien.ArchOphthalmolBerlin116:596-612,19264)中島実:学校近視の成因について.日眼会誌45:13781386,19415)稲垣有司:角膜曲率半径の経年変化.日眼会誌91:132139,19876)JpnesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20077)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20088)目の屈折力に関する調査研究委員会報告:平成3年度,日本学校保健会,19929)芝崎玲子,菅野早恵子,佐藤真理ほか:調節麻痺点眼剤効果の年齢群別相関.日本視能訓練士協会誌17:75-79,198910)阿部信博:オートレフラクトメーターによる学童の屈折異常の経年変化について.日本の眼科66:519-523,199511)丸尾敏夫,河鍋楠美,久保田伸枝:小,中学生における屈折検査の方法とその分布状態.眼臨医報63:393-396,196912)野原雅彦,高橋まゆみ:小中学校における屈折検査.日本視能訓練士協会誌29:115-120,200113)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parentalmyopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’refractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633(s)3640,200214)平井宏明,西野純子,西信元嗣ほか:学校眼科検診に屈折検査が望まれる理由と問題点.眼紀46:1172-1175,1995***1060あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(138)

Posner-Schlossman症候群45症例の好発季節の検討

2015年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(7):1052.1056,2015c(00)1052(130)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科32(7):1052.1056,2015c〔別刷請求先〕西野和明:〒348-0045埼玉県羽生市下岩瀬289栗原眼科病院Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KuriharaEyeHospital,Shimoiwase289,Hanyu,Saitama348-0045,JAPANPosner-Schlossman症候群45症例の好発季節の検討西野和明*1,2鈴木茂揮*1堀田浩史*1城下哲夫*1福澤裕一*1小林一博*1栗原秀行*1*1栗原眼科病院*2回明堂眼科・歯科AnalysisofSeasonalVariationin45CasesofPosner-SchlossmanSyndromeKazuakiNishino1,2),ShigekiSuzuki1),HiroshiHotta1),TestuoJoshita1),YuichiFukuzawa1),KazuhiroKobayashi1)andHideyukiKurihara1)1)KuriharaEyeHospital,2)KaimeidoOphthalmic&DentalClinic目的:Posner-Schlossman症候群(PSS発作)の好発季節を後ろ向きに検討すること.対象および方法:対象は札幌市内の回明堂眼科・歯科にて1990.2014年まで経過観察中,あるいは経過観察していたPSS患者45例45眼,男35例,女10例で,初回PSS発作の平均年齢(±標準偏差)47.3±12.6歳,平均観察期間8.5±7.3年であった.札幌の月別平均気温が20℃以上になる7月と8月を夏,また氷点下になる12月から2月と0.6℃の3月を合わせて冬,その他を春秋とした.症例ごとにPSS発作が発症した季節,季節種数(1,2,3,4季節型),総発作数をそれぞれ確認したのち,好発季節の有無を検討,続いて季節種数と総発作数が経過観察期間と相関するか検討した.結果:1季節型は夏,秋,冬は各5例,春3例の計18例.2季節型は秋冬5,春冬と春秋は各4,春夏と夏冬は各2,夏秋1の合計18例.3季節型は春秋冬4,春夏秋2,春夏冬1,夏秋冬0の計7例.4季節型は2例のみであった.2および3季節型から夏を含む前後の季節(暖期)より冬を含む前後の季節(寒期)に多い傾向がみられたが,1,2,3季節型を暖期と寒期に分け比較検討しても統計学的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test).一方,経過観察期間と季節種数また総発作数との間にはそれぞれ有意な相関がみられた(p=0.019,p=0.0002,単回帰分析).結論:PSS発作は寒暖差による好発時期はみられず,季節種数および総発作数は経過観察期間の長期化に伴い増加する.Purpose:Toretrospectivelyinvestigateseasonalvariationin45casesofPosner-Schlossmansyndrome(PSS).PatientsandMethods:Inthisstudy,therecordsof45PSSpatients(35malesand10females)treatedattheKai-meidoOphthalmicandDentalClinic,Sapporo,Japanwereretrospectivelyreviewed.MeanpatientageattheinitialPSSattackwas47.3±12.6years,andthemeanfollow-upperiodwas8.5±7.3years.ThePSSattacksweredividedintothefollowing4seasonalgroupsaccordingtotheaverageoutdoorairtemperatureinSapporo,Japan:spring(AprilthroughJune),summer(JulyandAugust),autumn(SeptemberthroughNovember),andwinter(DecemberthroughMarch).AfterconfirmationoftheseasonofthePSSattack,theseasonaltypes(i.e.,one-,two-,three-,andfour-seasontype),andthetotalnumberofPSSattacks,weanalyzedtheseasonaltendency(c2test),correlationbetweenthekindsofseasons,thetotalamountofattacks,andthefollow-upyear(singleregressionanalysis).Results:Theone-seasontypeconsistedof18cases(5summercases,5autumncases,5wintercases,and3springcases).Thetwo-seasonaltypeconsistedof18cases(5autumn-wintercases,4spring-wintercases,4spring-autumncases,2spring-summercases,2summer-wintercases,and1summer-autumncase).Thethree-seasontypeconsistedof7cases(4spring-autumn-wintercases,2spring-summer-autumncases,and1spring-summer-wintercase).Thefour-seasontypeconsistedofonly2cases.Althoughwinterwithbeforeandafterarespeculatedtobehigherthansummerwithbeforeandafterfromthosedata,nostatisticdifferencewasbeenfound(p=0.471).Significantdifferenceswerefoundbetweenthekindsofseason,thetotalamountofPSSattacks,andthefollow-upyears,respectively(p=0.019,p=0.0002).Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthatPSSattacksarenotcorrelatedwithseason,yetthekindsofseasoninPSSattacksandthetotalamountofattacksaresignificantlycor-relatedwithfollow-upyears.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1052.1056,2015〕 Keywords:Posner-Schlossman症候群,好発季節,経過観察期間.Posner-Schlossmansyndrome(PSS),seasonalvariation,followupyears.はじめにPosner-Schlossman症候群(Posner-Schlossmansyn-drome:PSS)は1948年,AdolfPosnerとAbrahamSchlossmanが初めて報告し,その後の経過観察によりいくつかの特徴的な所見がまとめられた1,2).それらは,角膜後面に数カ所の細かい沈着物を伴う繰り返す片眼性で軽度の虹彩毛様体炎,隅角は開放で最高眼圧は40mmHg以上(PSS発作)に上昇,高眼圧や炎症は短ければ数日で鎮静化するが,長ければ数週間続く.PSS発作とつぎのPSS発作の間には眼圧上昇や炎症はみられない,視神経乳頭や視野には異常がみられないことなどである.しかしながらその後,まれながら両眼にPSSが発症する症例の報告がみられたり3,4),PSSに緑内障が併発している症例の存在も明らかになってきた5,6).また,病因に関しては感染という観点からサイトメガロウイルス7,8)や単純ヘルペス9)が考えられているほか,Hericobacterpylori10)との因果関係なども報告されている.さらに近年前房水中のサイトカイン11)の変化なども研究されており,原著論文の定義を超えて多彩な背景要因が検討されている.しかしながら,いまもってなお発症機序は不明である.病因に関しては上記感染のほか,古くは自律神経の調整不全1,2)やアレルギー12)なども候補にあがっていた時代もあったことから,それらに影響する季節変化などの因果関係も検討する必要がある.ぶどう膜炎には好発季節がみられるとの報告はみられるものの13.17),PSSに関しては筆者らの知る限り好発季節に関する報告はみられない.そこで今回札幌の回明堂眼科・歯科におけるPSSの自験例で好発季節あるいは好発時期を後ろ向きに検討した.I対象および方法本研究の定義,登録基準,除外基準についてはつぎのように定めた.定義の基本はAdolfPosnerとAbrahamSchlossmanが報告した臨床所見に準ずる.つまり繰り返す片眼性の軽度虹彩毛様体炎,角膜後面に数カ所の細かい沈着物が認められる,開放隅角で最高眼圧が40mmHg以上に上昇,高眼圧や炎症は短ければ数日であるが長ければ数週間続く,発作とつぎの発作の間には眼圧上昇や炎症はみられないなどである.隅角検査で発作眼が僚眼より色素が少ない,網膜硝子体病変が基本的にはないことなども参考所見とした.PSSはぶどう膜炎による続発緑内障の位置付けなので,症例の組み入れ条件として眼圧の定義は重要である.そこで本研究においては経過観察中,一度でも40mmHg以上の眼圧(131)上昇が認められれば,別の時期に30mmHg以上の眼圧を認めた場合でも,PSS発作として組み入れた.また,原著には,視神経や視野が正常であると記載されているが,近年緑内障の併発例も確認されていることから5,6),ことさら視神経乳頭が正常であることや緑内障による視野異常の有無にこだわらず組み入れた.つぎにPSSは基本的に複数回発作を繰り返すという定義ではあるものの,実際は1回のPSS発作しか経過観察できない場合がある.その場合,初診時より過去に遡り,問診上同様の発作を起こしたことがあり,日時や受診した状況などを明確に記憶している場合は,反復するPSS発作とみなした.しかしながらPSS発作が1回限りで,かつ経過観察期間が数カ月など1年未満をすべて経過観察期間1年として計算した.また,紹介状あるいはこちらからの問い合わせなどにより明確な臨床過程が記載されている3件に関しては,当院の経過観察期間および発作頻度などに追加として組み入れた.一方,登録した症例のなかで,問診により本人からPSSの可能性が高い具体的な既往歴があっても,過去の発作時期があいまいな既往歴を登録することはせず,経過観察期間から除外した.また,経過観察中眼圧のコントロールが不十分で緑内障手術を行った2症例では,その後に発作がみられず,眼圧に関する眼内環境が大きく変化したと判断し,緑内障手術後を経過観察時期から除外した.ちなみに両症例の手術後に除外した期間は10年と3年である.一方,白内障手術後にPSS発作が認められた症例も確認されたことから,本研究においては白内障手術に関しては手術後も経過観察期間として組み入れた.その他,近年両眼の発症例もみられたとの報告があるが3,4),混乱を避けるためそのような症例を除外した.対象は札幌の回明堂眼科・歯科にて1990.2014年の間,経過観察中あるいは経過観察していたPSS患者45例45眼,男性35例,女性10例.当院における初回のPSS発作の平均年齢(標準偏差)47.3±12.6歳,平均観察期間は8.5±7.3年であった.好発季節を検討するため,札幌の年間平均気温別に季節を分類した.4月から6月を春,7月と8月を夏,9月から11月を秋,12月から3月までを冬と定義した.これは気象庁のホームページで1981.2010年までの札幌の平均気温が公表されており,20℃以上になるのは7月と8月だけ.また氷点下の気温になる12月から2月までとされているからである.ちなみに3月は0.6℃であったが冬とした.つぎにPSS発症の季節は単一あるいは複数にまたがるため,すべあたらしい眼科Vol.32,No.7,20151053 1054あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(132)ての組み合わせを分類し,患者数の分布を確認した.1季節型は春,夏,秋,冬の4群,2季節型は春夏,春秋,春冬,夏秋,夏冬,秋冬の6群,3季節型は春夏秋,春夏冬,春秋冬,夏秋冬の4群,4季節型(春夏秋冬)の1群である.すべての群を合計すると15群になるため解析がむずかしくなる.そこで夏を含む前後の季節(暖期)と冬を含む前後の季節(寒期)を型分けしたまま比較検討した(c2test).したがって,夏冬を同時に含む群は解析から除外したほか,4季節型も暖期と寒期が重複するため除外した.また,季節種数(1,2,3,4季節型),総発作数をそれぞれ確認したのち,経過観察期間と相関するか検討した(単回帰分析).使用した統計ソフトはStat123/Winver.2.2である.なお本研究はヘルシンキ宣言に沿って,十分な説明の後に自由意思に基づくインフォームド・コンセントを得るよう努力はしたが,現時点において一部の患者とは連絡が取れないことや,最終観察日から長年経過した症例もあることから,今のところ不十分な同意状況である.しかしながら当院においては,院内のお知らせとして患者のデータを学術目的に使用する場合もあることや,折に触れ学術研究に協力してくれるよう依頼している.II結果1季節型は夏,秋,冬は各5例,春3例の計18例.2季節型は秋冬5例,春冬と春秋は各4例,春夏と夏冬は各2例,夏秋1の合計18例.3季節型は春秋冬4例,春夏秋2例,春夏冬1例,夏秋冬0例の計7例.4季節型は2例のみであった(図1).2および3季節型から暖期より寒期に多い傾向がみられたが,1,2,3季節型を型別にしたまま暖期18例と寒期10例として比較しても統計的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test)(表1).一方,経過観察期間と季節種数(図2)また総発作数(図3)との間にはそれぞれ有意な相関がみられた(p=0.019,p=0.0002,単回帰分析).III考按ぶどう膜炎の発症に影響する疫学的要因としては地理的,民族的,遺伝的な要因などが考えられているほか,季節も関与するとの報告がみられる13.17).まず寒期よりは暖期に多いという報告として,Paivonsaloら13)によるフィンランド南西部におけるぶどう膜炎新患414例の好発季節の検討がある.その結果ぶどう膜炎全体でみると,夏(6.9月)およびの春秋(4,5,10,11月)は冬(12.3月)より発症率が高かったという.しかしながら,ぶどう膜炎の部位別に検討すると,対象の大半を占める急性前部ぶどう膜炎(acuteanteri-oruveitis:AAU)では冬と比較し春秋に好発したものの,中間部,後極部,および汎ぶどう膜炎には好発季節は認めら1季節型2季節型3季節型4季節型春3夏5秋5冬5春夏2春秋4春冬4夏秋1夏冬2秋冬5春夏秋2春夏冬1春秋冬4夏秋冬0春夏秋冬2181872秋冬5春冬4春秋4春夏2夏冬2夏秋1春秋冬4春夏秋2春夏冬1夏秋冬01季節型2季節型3季節型冬を含む前後の季節(寒期)594夏を含む前後の季節(暖期)532図1各患者のPSS発作を発症した季節の種類と種類数2季節型と3季節型は吹き出しで多い順に並べかえた.表1PSS発作の好発季節:寒期と暖期の比較p=0.471:c2test図1から季節型から夏を含む前後の季節(暖期)より冬を含む前後の季節(寒期)に多い傾向がみられたが,統計学的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test).(132)ての組み合わせを分類し,患者数の分布を確認した.1季節型は春,夏,秋,冬の4群,2季節型は春夏,春秋,春冬,夏秋,夏冬,秋冬の6群,3季節型は春夏秋,春夏冬,春秋冬,夏秋冬の4群,4季節型(春夏秋冬)の1群である.すべての群を合計すると15群になるため解析がむずかしくなる.そこで夏を含む前後の季節(暖期)と冬を含む前後の季節(寒期)を型分けしたまま比較検討した(c2test).したがって,夏冬を同時に含む群は解析から除外したほか,4季節型も暖期と寒期が重複するため除外した.また,季節種数(1,2,3,4季節型),総発作数をそれぞれ確認したのち,経過観察期間と相関するか検討した(単回帰分析).使用した統計ソフトはStat123/Winver.2.2である.なお本研究はヘルシンキ宣言に沿って,十分な説明の後に自由意思に基づくインフォームド・コンセントを得るよう努力はしたが,現時点において一部の患者とは連絡が取れないことや,最終観察日から長年経過した症例もあることから,今のところ不十分な同意状況である.しかしながら当院においては,院内のお知らせとして患者のデータを学術目的に使用する場合もあることや,折に触れ学術研究に協力してくれるよう依頼している.II結果1季節型は夏,秋,冬は各5例,春3例の計18例.2季節型は秋冬5例,春冬と春秋は各4例,春夏と夏冬は各2例,夏秋1の合計18例.3季節型は春秋冬4例,春夏秋2例,春夏冬1例,夏秋冬0例の計7例.4季節型は2例のみであった(図1).2および3季節型から暖期より寒期に多い傾向がみられたが,1,2,3季節型を型別にしたまま暖期18例と寒期10例として比較しても統計的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test)(表1).一方,経過観察期間と季節種数(図2)また総発作数(図3)との間にはそれぞれ有意な相関がみられた(p=0.019,p=0.0002,単回帰分析).III考按ぶどう膜炎の発症に影響する疫学的要因としては地理的,民族的,遺伝的な要因などが考えられているほか,季節も関与するとの報告がみられる13.17).まず寒期よりは暖期に多いという報告として,Paivonsaloら13)によるフィンランド南西部におけるぶどう膜炎新患414例の好発季節の検討がある.その結果ぶどう膜炎全体でみると,夏(6.9月)およびの春秋(4,5,10,11月)は冬(12.3月)より発症率が高かったという.しかしながら,ぶどう膜炎の部位別に検討すると,対象の大半を占める急性前部ぶどう膜炎(acuteanteri-oruveitis:AAU)では冬と比較し春秋に好発したものの,中間部,後極部,および汎ぶどう膜炎には好発季節は認めら1季節型2季節型3季節型4季節型春3夏5秋5冬5春夏2春秋4春冬4夏秋1夏冬2秋冬5春夏秋2春夏冬1春秋冬4夏秋冬0春夏秋冬2181872秋冬5春冬4春秋4春夏2夏冬2夏秋1春秋冬4春夏秋2春夏冬1夏秋冬01季節型2季節型3季節型冬を含む前後の季節(寒期)594夏を含む前後の季節(暖期)532図1各患者のPSS発作を発症した季節の種類と種類数2季節型と3季節型は吹き出しで多い順に並べかえた.表1PSS発作の好発季節:寒期と暖期の比較p=0.471:c2test図1から季節型から夏を含む前後の季節(暖期)より冬を含む前後の季節(寒期)に多い傾向がみられたが,統計学的有意差はみられなかった(p=0.471,c2test). 984763PSS発作の総数(回)季節種数の合計5432211000510152025経過観察期間(年)経過観察期間(年)051015202530図2PSS発作発症の季節種数と経過観察期間の関係季節種数と経過観察期間との間には有意な相関がみられた.Y=0.041X+1.5,R2=0.126.(p=0.019:単回帰分析)れなかった.同様にCasselら14)は,非肉芽腫性の前部ぶどう膜炎の発症は夏に多いと報告した.その反対に暖期より寒期が多いという報告もみられる.Mercantiら15)はイタリア北東部における655例のぶどう膜炎の新患で好発時期を検討したところ,各種ぶどう膜炎を全体でみた場合には月別の差はなかったが,再発に限れば平均気温が8℃以下となる冬(11.2月)および8.18℃になる春秋は,いずれも18℃以上になる夏(6.9月)より多かったという.同様にLevinsonら16)は,米国のNewMexicoで77例94眼のAAUを二度にわたり調査したところ,いずれも12月の発症が多かったと報告しているほか,Stan17)もルーマニアで急性ぶどう膜炎597例の好発時期を調べたところ,冬の発症が多いと報告した.このように寒暖差によるぶどう膜炎の発症が地域的な差によるものかどうかは不明であるが,寒期にぶどう膜炎の発症が多いという理由として,Stanはいくつかの要因を候補としてあげている.まず発症当日の気温が平年のその時期の気温より暑いか寒いかなどの気温差が考えられるとのことで,具体的には前日より4℃以上の差がみられる場合などが該当するという.また,寒期の乾燥や風速(4m/秒)などの気象条件も関係しているのではないかと推論している17).これらの報告から明らかなように地理的,民族的に異なる地域や国からの報告では,好発季節に関して同一の結果が得られない.その背景として気象条件のみならず,遺伝的な背景も検討しなければならないかもしれない.Ebringerら18)は,AAU発症は8月から12月にかけて多かったが,そのなかでもHLA-B27陽性患者より陰性患者のほうが,その発症傾向が著明であったという.したがって,ぶどう膜炎に関する疫学的検討をする場合には,地理的,民族的な背景を考慮しなければならないことがわかる.しかしながら,PSSはAAUと比較してその頻度が低く,しかも40例以上の症例数を解析した報告も限られている8,10,11).さらにPSSの発作の間隔はかなり長い場合もあ図3PSSの総発作数と経過観察期間の関係総発作数と経過観察期間との間には有意な相関がみられた.Y=0.12X+1.44,R2=0.126.(p=0.0002,単回帰分析)り,長期経過観察なしには好発季節の確認がむずかしい.したがって,本研究では1施設の限られた症例数であったため,PSSの好発季節を確認できなかった.PSSはPosnerとSchlossmanが最初に報告してから半世紀以上の月日が経過しているにもかかわらず,いまだにその病態は明らかではない.なかには論文のタイトル自体がpresumedPosner-Schlossmansyndromeなどと表現されている場合もあり,PSSの鑑別診断の境界線はいまもってなお不明瞭な状況である8).しかも発作の定義自体もあいまいである.したがって,今回の研究においては一度でも40mmHg以上の眼圧上昇が認められれば,別の時期に30mmHg以上の眼圧を認めた場合でも,PSS発作として組み入れるという独自の定義で分析を行った.当然ながら眼圧が40mmHg以上のみを発作とするというような厳しい定義を用いれば違う結果が出たと思われる.しかしながら,自験例からPSS発作はわずかな重症例を除けば軽症のことが多く,来院時が必ずしもPSS発作のピークとは限らず,鎮静化しつつある場合があると考えたためそのような幅広い解釈で定義した.したがって,その定義に基づき30mmHg未満の眼圧は除外されたため,さらに拡大解釈した場合の発作数はもっと多かったのではないかと推定される.今後は再発作がどれくらいの眼圧であれば発作として組み入れるかという議論も必要と思われる.さらに今回の研究のような好発季節のみならず,性別や年齢による相違,ストレスなど誘因となる要因の検討などを他国のデータあるいは国内における他地域のデータと比較検討することができれば,本症の疫学的な側面を理解するだけでなく,病態を理解するうえでも有用ではないかと考えた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(133)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151055 文献1)PosnerA,SchlossmanA:Syndromeofunilateralrecurrentattacksofglaucomawithcycliticsymptoms.ArchOphthalmol39:517-535,19482)PosnerA,SchlossmanA:Furtherobservationsonthesyndromeofglaucomatocycliticcrises.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol57:531-536,19533)LevatinP:Glaucomatocycliticcrisesoccurringinbotheyes.AmJOphthalmol41:1056-1059,19564)PuriP,VremaD:BilateralglaucomatoycliticcrisisinapatientwithHolmesAdiesyndrome.JPostgradMed44:76-77,19885)KassMA,BeckerB,KolkerAE:Glaucomatocycliticcrisisandprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalomol75:668-673,19736)JapA,SivakumarM,CheeSP:IsPosnerSchlossmansyndromebenign?Ophthalmology108:913-918,20017)Bloch-MichelE,DussaixE,CerquetiPetal:PossibleroleofcytomegalovirusinfectionintheetiologyofthePosner-Schlossmannsyndrome.IntOphthalmol11:95-96,19878)CheeSP,JapA:PresumedfuchsheterochromiciridocyclitisandPosner-Schlossmansyndrome:comparisonofcytomegalovirus-positiveandnegativeeyes.AmJOphtlamol146:883-889,20089)YamamotoS,Pavan-LangstonD,TadaRetal:PossibleroleofherpessimplexvirusintheoriginofPosner-Schlossmansyndrome.AmJOphthalmol119:796-798,199510)ChoiCY,KimMS,KimJMetal:AssociationbetweenHelicobacterpyloriinfectionandPosner-Schlossmansyndrome.Eye24:64-69,201011)LiJ,AngM,CheungCMetal:AqueouscytokinechangesassociatedwithPosner-Schlossmansyndromewithandwithouthumancytomegalovirus.PloSOne7:e44453,201212)ShenSC,HoWJ,WuSCetal:Peripheralvascularendothelialdysfunctioninglaucomatocycliticcrisis:apreliminarystudy.InvestOphthalmolVisSci51:272-276,201013)Paivonsalo-HietanenT,TuominenJ,SaariKM:Seasonalvariationofendogenousuveitisinsouth-westernFinland.ActaOphthalmolScand76:599-602,199814)CasselGH,BurrowsA,JeffersJBetal:Anteriornonglanulomatosisuveitis:aseasonalvariation.AnnOphthalmol16:1066-1068,198415)MercantiA,ParoliniB,BonoraAetal:Epidemiologyofendogenousuveitisinnorth-easternItaly.Analysisof655newcases.ActaOphthalmolScand79:64-68,200116)LevinsonRD,GreenhillLH:Themonthlyvariationinacuteanterioruveitisinacommunity-basedophthalmologypractice.OculImmunolInflamm10:133-139,200217)StanC:Theinfluenceofmeteorologicalfactorsinwintertimeontheincidenceoftheoccurrenceofacuteendogenousiridocyclitis.Oftalmologia52:16-21,200018)EbringerR,WhiteL,McCoyRetal:Seasonalvariationofacuteanterioruveitis:differencesbetweenHLA-B27positiveandHLA-B27negativedisease.BrJOphthalmol69:202-204,1985***(134)

2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ装用上におけるクロモグリク酸ナトリウム点眼液(クモロール®PF点眼液2%)の安全性

2015年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(7):1047.1051,2015c2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ装用上におけるクロモグリク酸ナトリウム点眼液(クモロールRPF点眼液2%)の安全性小玉裕司小玉眼科医院SafetyStudyofSodiumCromoglicateOphthalmicSolution(CUMOROLPFOphthalmicSolution2%)in2-WeekFrequent-ReplacementSoftContactLensWearersYujiKodamaKodamaEyeClinicアレルギー性結膜炎治療用点眼剤のクロモグリク酸ナトリウム点眼液(クモロールRPF点眼液2%,以下,クモロールRPF点眼液)には防腐剤が添加されておらず,角結膜やソフトコンタクトレンズ(SCL)に対する影響がベンザルコニウム塩化物を防腐剤に使用している点眼薬よりも少ない可能性が考えられる.今回,健常者のボランティア5名を対象として4種類の2週間頻回交換SCL(アキュビューRオアシスR,2ウィークアキュビューR,メダリストRII,バイオフィニティR)装用中にクモロールRPF点眼液を点眼した場合の安全性およびSCLへの主成分ならびにホウ酸(ホウ素として)の吸着について検討を行った.その結果,SCL中に主成分およびホウ酸はSCLの種類によって検出されたが検出量はいずれもごく微量であり,フィッティングの変化も認められなかった.また,クモロールRPF点眼液による角結膜の障害や副作用は認められなかった.医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば,SCL装用上においてクモロールRPF点眼液を使用しても,問題はないものと考えられた.SodiumCromoglicateOphthalmicSolution(CUMOROLPFOphthalmicSolution2%),whichisusedfortreatingallergicconjunctivitis,containsnopreservatives.Itsinfluenceonproducingkeratoconjunctivaldisordersandchangesinsoftcontactlenses(SCL)maythereforebelessthanthatofophthalmicsolutionsthatusebenzalkoniumchlorideasapreservative.Inthisstudy,5healthyadultvolunteersubjectswereinvestigatinginregardtothesafetyandSCLabsorptionoftheactiveingredientandboricacid(asboron)inCUMOROLPFOphthalmicSolution2%instilledinwearersof4typesof2-weekfrequentreplacementSCLs(2WEEKACUVUER,MedalistRII,ACUVUEROASYSR,andBiofinityR).TheactiveingredientandboricacidweredetectedineachtypeofSCL;however,thelevelsdetectedwereverylowandnochangewasobservedinthefitoftheSCL.Furthermore,nokeratoconjunctivaldisordersorotheradverseeffectswereobserved.Thefindingsofthisstudyshowthatwithsufficientperiodicinspectionsunderadoctor’ssupervision,theuseofCUMOROLPFOphthalmicSolution2%inthepresenceofanSCLisconsideredsafe.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1047.1051,2015〕Keywords:クロモグリク酸ナトリウム点眼液,2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ,防腐剤,ホウ酸,副作用.sodiumcromoglicateophthalmicsolution,2-weekfrequentreplacementsoftcontactlens,preservatives,boricacid,adverseeffect.はじめに結膜障害が生じないか,防腐剤がCLに沈着することによっコンタクトレンズ(CL)装用上において点眼液を使用するてさらにその障害が重篤なものにならないかなどの心配があことについては,CL自体が変形しないか,防腐剤による角り,これまでに多くの研究がなされている1.13).とくにアレ〔別刷請求先〕小玉裕司:〒610-0121京都府城陽市寺田水度坂15-459小玉眼科医院Reprintrequests:YujiKodama,M.D.,KodamaEyeClinic,15-459Mitisaka,Terada,JoyoCity,Kyoto610-0121,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(125)1047 ルギー性結膜炎やドライアイなどの患者では,CLを装用したまま点眼薬を使用することを希望する症例が多く認められる14).筆者は過去に抗アレルギー点眼薬であるアシタザノラスト水和物点眼液,防腐剤フリーのヒアルロン酸ナトリウム点眼液の各種使い捨てソフトコンタクトレンズ(SCL)装用上点眼における安全性およびCLへの主成分ならびに添加物の吸着について検討を行い,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば問題がないことを報告した15.18).今回は防腐剤フリーの抗アレルギー点眼薬であるクロモグリク酸ナトリウム点眼液(クモロールRPF点眼液2%,以下,クモロールRPF点眼液)の各種2週間頻回交換SCL装用上点眼における安全性およびCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を行ったので,その結果について報告する.I対象および方法1.対象ならびに使用レンズSCLの使用が可能な健常者のボランティア5名(年齢30.48歳,平均37歳,女性5名)を対象とした.なお,被験者には試験の実施に先立ち,試験の趣旨と内容について十分な説明を行い,同意を得た.2週間頻回交換SCLの中から含水性SCLとして2ウィークアキュビューR,メダリストRII,シリコーンハイドロゲルSCLとしてアキュビューRオアシスR,バイオフィニティRの計4種類のレンズを装用させた(表1).2.方法被験者の両眼にSCLを装用させた後,クモロールRPF点眼液を1回1滴,1日4回,両眼に点眼した.SCLのケア用品としては角膜上皮障害が少ないコンプリートRプロテクトを使用させた19).2週間経過して最終点眼10分後に被験者の両眼からSCLを装脱し,回収したSCLの1枚は主成分のクロモグリク酸ナトリウム定量用とし,他方の1枚はホウ酸定量用とした.回収したSCLは乾燥した蓋付きガラス容器に各1枚を入れ保管して郵送した.試験室に届いたSCLはコンタクトレンズ上の細菌や真菌などの繁殖を防ぐため35℃にて乾燥させた後,5℃の冷蔵庫内に保管した.全SCLが揃った時点で冷蔵庫から取り出して定量試験を開始した.a.クロモグリク酸ナトリウムの定量被験者から装脱・回収したSCLに吸着したクロモグリク酸を抽出し,高速液体クロマトグラフ法により定量した.高速液体クロマトグラフ法の直線性用標準溶液はクロモグリク酸ナトリウムを用いて,水/アセトニトリル溶液(85:15)で調製し,100,50,10,5,1,0.5μg/mlのものを使用した.サンプルのSCLは冷蔵庫から取り出し室温に戻した後,蓋付きガラス容器に精製水1mlを分注密栓し,60秒間ボルテックスミキサーで撹拌した.その後,1晩静置しクロモグリク酸を抽出した.検出には紫外吸光光度計(島津LC-2010)を使用した.b.ホウ酸(ホウ素)の定量被験者から装脱・回収したSCLをMilli-Q水で洗浄した後,6.8%硝酸10mlで溶解・抽出した液を検体とした.ICP(inductivelycoupledplasma)発光分光分析(島津ICPS8000)によりSCLに吸着していたホウ酸をホウ素として定量した.3.涙液検査試験開始前に涙液層破壊時間(BUT)計測とフェノールレッド綿糸法を実施した.BUTは1%フルオレセインナトリウムを硝子棒で滴下し,数回の瞬目を指示し,完全な瞬目後の角膜上涙液層が破綻するまでの時間を計測した.ドライアイの際には,ほとんどの症例で3秒以下となる.フェノールレッド綿糸法はゾーンクイックRという製品を用いて,下眼瞼外側にフェノールレッド綿糸法を挿入する.15秒後に取り出して,赤変した部分を測定する.正常では20mm以上で10mm以下をドライアイの疑いと考える.4.自覚症状点眼開始前,点眼開始1週間後,試験終了時に掻痒感,異物感,眼脂について問診した.表1使用レンズ使用レンズ酸素透過係数含水率中心厚(.3.00D)直径FDA(米国食品・医薬品局)分類se/2(cm.1110×値:〔Dkc)・(mlO2/ml×mmHg)〕(%)mmmm2ウィークアキュビューRグループIVメダリストRIIグループIIアキュビューRオアシスRグループIバイオフィニティRグループI2822103128585938480.0840.140.070.0814.014.214.014.01048あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(126) 5.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前と点眼開始1週間後と試験終了後にフルオレセイン染色による角結膜の観察と眼瞼結膜および眼球結膜の充血,浮腫,乳頭の観察を行った.点眼開始前,点眼開始1週間後,試験終了SCL装脱前にSCLフィッティング状態の判定を行った.6.副作用投与期間中に発現した症状のうち,試験薬との因果関係が否定できないものを副作用とした.II結果自覚症状については点眼開始後試験終了時までにおいて,点眼開始前と比較して掻痒感,異物感,眼脂について問診するとともに装用感,乾燥感,見え方などについても問診した.その結果,とくに異常を訴える症例はなかった.涙液検査については,綿糸法,BUTともに正常領域であった.経過観察中,点眼投与による副作用は全例において認められなかった.以下に各SCLに吸着したクロモグリク酸ナトリウム,ホウ酸の定量結果(表2)と,細隙灯顕微鏡検査によって観察された結果を記す.SCLのフィッティングについては静止位置,瞬目によるレンズの動き,下眼瞼越しに親指を用いてレンズを押し上げてレンズの動きをみる方法を用いて判定した.点眼前と比較して,ルーズフィッティングになったり,タイトフィティングになった症例は認められなかった.1.2ウィークアキュビューRa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分のクロモグリク酸ナトリウムは5検体とも検出され,吸着量の平均は0.8±0.6μg/SCLであった.ホウ酸は5検体中1検体が検出限界以下,検出された4検体の吸着量の平均は11.3±2.3μg/SCLであった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態も良好であった.試験開始前には10眼中1眼に点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)が認められていた.試験終了時には10眼中3眼にSPKが認められたが,その程度はいずれも軽度でドライアイによるものと推察された.2.メダリストRIIa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分のクロモグリク酸ナトリウムは5検体とも検出され,吸着量の平均は5.8±2.3μg/SCLであった.ホウ酸は5検体とも検出され,吸着量の平均は14.1±5.7μg/SCLであった.(127)表2SCLから検出された主成分およびホウ酸量使用SCL検出量(μg/SCL)クロモグリク酸ナトリウムホウ素(ホウ酸として)2ウィークアキュビューR平均値±SD0.52.00.60.40.30.8±0.62.6(14.9)1.8(10.3)2.0(11.4)ND1.5(8.6)2.0±0.4(11.3±2.3)メダリストRII平均値±SD3.98.04.59.13.65.8±2.32.3(13.2)3.6(20.6)3.6(20.6)1.7(9.7)1.1(6.3)2.5±1.0(14.1±5.7)アキュビューRオアシスR平均値±SD1.22.21.51.60.41.4±0.6ND1.1(6.3)NDNDND1.1(6.3)バイオフィニティR平均値±SD2.96.03.43.02.33.5±1.31.9(10.9)2.0(11.4)1.6(9.2)1.2(6.9)ND1.7±0.3(9.6±1.8)検出限界(μg/SCL)0.10.2(1.1)SD:標準偏差,ND:検出限界以下.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態は良好であった.試験開始前には10眼中7眼にSPKが認められていた.試験終了時には10眼中1眼にSPKが認められたが,その程度はいずれも軽度でドライアイによるものと推察された.3.アキュビューRオアシスRa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分のクロモグリク酸ナトリウムは5検体とも検出され,吸着量の平均は1.4±0.6μg/SCLであった.ホウ酸は5検体中4検体が検出限界以下,検出された1検体の吸着量は6.3μg/SCLであった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態も良好であった.試験開始前には10眼中3眼にSPKが認められあたらしい眼科Vol.32,No.7,20151049 た.試験終了時には10眼中2眼にSPKが認められたが,その程度はいずれも軽度でドライアイによるものと推察された.4.バイオフィニティRa.SCLから検出された主成分およびホウ酸量主成分のクロモグリク酸ナトリウムは5検体とも検出され,吸着量の平均は3.5±1.3μg/SCLであった.ホウ酸は5検体中1検体が検出限界以下,検出された4検体の吸着量の平均は9.6±1.8μg/SCLであった.b.細隙灯顕微鏡検査点眼開始前に比べSCL装用中,装脱直後において症状が悪化した症例は認められず,SCLフィッティング状態も良好であった.試験開始前には10眼中2眼にSPKが認められた.試験終了時には10眼中9眼にSPKが認められたが,その程度はいずれも軽度でドライアイによるものと推察された.III考按CL装用上において点眼液を使用させるか否かは議論の尽きないところである.しかし,CL装用を余儀なくされる患者において,点眼液を使用する際,その都度CLを外すのは手間もかかるし感染の機会が増加する危険性を孕んでいる.現在市販されている点眼液の60%には防腐剤としてベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAK)が含まれているといわれている20).その他の防腐剤としてはパラベン類,クロロブタノールなどがあり,これらの防腐剤が角膜上皮障害をもたらすことは基礎および臨床の面から多くの報告がなされている5.11).筆者はBAKを含有した点眼液およびパラベン類,クロロブタノールを含有した点眼液をCL装用上において点眼させ,その安全性について検討し,問題がないことをこれまでに報告している14.16).また,点眼液には防腐剤以外にも添加物が含有されており,防腐剤フリーの点眼液においても等張化剤や緩衝剤として配合されているホウ酸の吸着について検討を行い,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば問題がないことをこれまでに報告している17,18).今回は防腐剤フリーの抗アレルギー点眼液であるクモロールRPF点眼液を用いて,シリコーンハイドロゲルSCLを含む4種類の2週間頻回交換SCL装用上点眼における安全性およびSCLへの主成分ならびにホウ酸の吸着について検討を行った.シリコーンハイドロゲルSCLはハイドロゲル素材のSCLの欠点であった酸素透過性を大幅に改善しているとともにその低含水性によって乾燥感を軽減できることが期待されている.しかし,シリコーンハイドロゲルSCLはハイドロゲル素材のSCLと素材,表面処理,含水率などが異なるため,点眼液の主成分や添加物のCLへの吸着が異なる1050あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015可能性が考えられる.今回の実験ではハイドロゲル素材のSCL2種類とシリコーンハイドロゲルSCL2種類を選択した.その結果,主成分であるクロモグリク酸ナトリウムはすべてのSCLから検出されたが,検出量はいずれもごく微量であり,ハイドロゲル素材のSCLとシリコーンハイドロゲルSCL間で検出量に差は認められなかった.もっとも多く吸着を認めたメダリストRIIにおいても,1回1滴,4回点眼における1日投与総量から考えると吸着したクロモグリク酸ナトリウムの量は1%以下であった.ホウ酸はSCL6検体においては検出域以下であり14検体から検出されたが,検出量はいずれもごく微量であり,吸着を認めたメダリストRII,バイオフィニティRにおいても,1日投与総量から考えると吸着したホウ酸の量は1%以下であった.主成分と同様にハイドロゲル素材のSCLとシリコーンハイドロゲルSCL間で検出量に差は認められなかった.SCL装用者において瞳孔領下方の角膜に局在し,笑った人形の口の形状に似ているためスマイルマークパターンとよばれるSPKが認められることがよくある.この症状はSCL装用に伴う涙液の分布障害が関連していると考えられている.SCLは吸水性のため,SCLの表面にある涙液水層は薄く,この涙液水層上の涙液油層の伸展が妨げられることから,SCL表面にある涙液が蒸発しやすくなる22).この結果,CL内の水分だけでなく,CL下の涙液も少なくなる.瞬目が不完全となると,スマイルマークパターンSPKが生じやすくなると考えられているが,自覚症状がない場合,治療は必要ではなく軽度のドライアイとして経過観察のみでよいとされている.また,CL装用中の点眼使用によるSPKやCLフィッティング状態については,SPKにおいて症例数の増減は認められたものの,その程度はいずれも軽度でその形状から全症例とも前述したようなSCLを装用したことから生じるものと推察され,CLフィッティングにおいても点眼液使用による影響を受けた症例は認められなかった.以上の結果より,医師の管理のもとに定期検査を十分に行えば,2週間頻回交換SCL装用上においてクモロールRPF点眼液を使用しても,問題はほとんどないものと考えられた.文献1)岩本英尋,山田美由紀,萩野昭彦ほか:塩化ベンザルコニウム(BAK)による酸素透過性ハードコンタクトレンズ表面の変質について.日コレ誌35:219-225,19932)高橋信夫,佐々木一之:防腐剤とその眼に与える影響.眼科31:43-48,19893)平塚義宗,木村泰朗,藤田邦彦ほか:点眼薬防腐剤によると思われる不可逆的角膜上皮障害.臨眼48:1099-1102,19944)山田利律子,山田誠一,安室洋子ほか:保存剤塩化ベンザ(128) ルコニウムによるアレルギー性結膜炎─第2報─.アレルギーの臨床7:1029-1031,19875)GassetAR:Benzalkoniumchloridetoxicitytothehumancornea.AmJOphthalmol84:169-171,19776)PfisterRR,BursteinNL:Theeffectofophthalmicdrugs,vehiclesandpreservativesoncornealepithelium:Ascanningelectronmicroscopestudy.InvestOphthalmol15:246-259,19767)BursteinNL:Cornealcytotoxicityoftopicallyapplieddrugs,vehiclesandpreservatives.SurvOphthalmol25:15-30,19808)高橋信夫,向井佳子:点眼剤用防腐剤塩化ベンザルコニウムの細胞毒性とその作用機序─細胞培養学的検討─.日本の眼科58:945-950,19879)島﨑潤:点眼剤の防腐剤とその副作用.眼科33:533538,199110)濱野孝,坪田一男,今安正樹:点眼薬中の防腐剤が角膜上皮に及ぼす影響─涙液中LDH活性を指標として─.眼紀42:780-783,199111)中村雅胤,山下哲司,西田輝夫ほか:塩化ベンザルコニウムの家兎角膜上皮に対する影響.日コレ誌35:238-241,199312)水谷聡,伊藤康雄,白木美香ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第1報)─取り込みと放出─.日コレ誌34:267-276,199213)河野素子,伊藤孝雄,水谷潤ほか:コンタクトレンズと防腐剤の影響について(第2報)─RGPCL素材におけるBAKの研究─.日コレ誌34:277-282,199214)小玉裕司,北浦孝一:コンタクトレンズ装用上における点眼使用の安全性について.あたらしい眼科17:267-271,200015)小玉裕司:コンタクトレンズ装用上におけるアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリン点眼液)の安全性.あたらしい眼科20:373-377,200316)小玉裕司:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ装用上におけるアシタザノラスト水和物点眼液(ゼペリン点眼液)の安全性.あたらしい眼科26:553-556,200917)小玉裕司:ソフトコンタクトレンズ装用上におけるヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1%「日点」)の安全性.あたらしい眼科29:665-668,201218)小玉裕司:2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズ上におけるヒアルロン酸ナトリウム点眼液(ヒアルロン酸ナトリウムPF点眼液0.1%「日点」)の安全性.あたらしい眼科29:1549-1553,201219)小玉裕司,井上恵里:各種MultipurposeSolution(MPS)の角膜上皮に及ぼす影響.日コレ誌53:補遺S27-S32,201120)中村雅胤,西田輝夫:防腐剤の功罪.眼科NewSight②点眼液─常識と非常識─(大橋裕一編),p36-43,メジカルビュー社,199421)植田喜一,柳井亮二:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズとマルチパーパスソリューション,点眼薬.あたらしい眼科25:923-930,200822)MaruyamaK,YokoiN,TakamataAetal:Effectofenvironmentalconditionsonteardynamicsinsoftcontactlenswearers.InvestOphthalmolVisSci45:2563-2568,2004***(129)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151051

涙囊悪性腫瘍6例の診断と治療

2015年7月31日 金曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1041.1045,2015c涙.悪性腫瘍6例の診断と治療有田量一吉川洋田邉美香大西陽子高木健一石橋達朗九州大学医学研究院眼科学講座DiagnosisandManagementin6CasesofLacrimal-SacMalignantTumorRyoichiArita,HiroshiYoshikawa,MikaTanabe,YokoOhnishi,Ken-ichiTakagiandTatsuroIshibashiDepartmentofOphthalmology,KyushuUniversity涙.悪性腫瘍は比較的まれな疾患ではあるが,高悪性度な場合もあり原発性鼻涙管閉塞症との鑑別が重要となる.本稿では平成8年2月.平成25年8月に当院で涙.悪性腫瘍と診断された6例について,初発症状(主訴),診断,治療,予後を検討した.主訴は流涙3例,涙.部の発赤腫脹2例,涙.部痛1例であった.視診,触診および皮膚所見から疑ったものが2例,涙.鼻腔吻合術時に発見されたものが1例,血性流涙1例,CTで偶然発見されたものが2例であった.診断は涙.部悪性リンパ腫3例,涙.扁平上皮癌1例,涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例であった.リンパ腫は放射線単独療法もしくは化学療法との併用療法,扁平上皮癌は術前,術後に放射線と眼窩内容除去術,粘表皮癌は腫瘍全摘を行った.粘表皮癌の1例のみで頸部リンパ節に転移を認めた.鼻涙管閉塞症を診断,治療する際には,涙.悪性腫瘍の可能性に留意が必要である.Lacrimal-sacmalignanttumorsarerelativelyrarediseases.Itisdifficulttodifferentiatebetweenalacrimal-sacmalignanttumorandprimarynasolacrimalobstruction.Inthisstudy,weinvestigatedtheinitialsymptoms(primarycomplaint),diagnosis,treatment,andprognosisin6casesoflacrimal-sacmalignanttumorseeninourhospitalfromFebruary1996toAugust2013.Primarycomplaintsincludedepiphora(3cases),rednessandswelling(2cases),andpainaroundthelacrimalsac(1case).Indicatorsusedfortumordiagnosiswereskinfindings(2cases),anintraoperativefindingofdacryocystorhinostomy(1case),abloodyepiphora(1case),andcomputedtomographyfindings(2cases).Diagnosesincludedmalignantlymphomain3cases,squamouscellcarcinomain1case,andmucoepidermoidcarcinomain2cases.Treatmentofthelacrimal-sacmalignanttumorincludedradiationonly,combinedradiation/chemotherapy,andwideresection.Onecaseofmucoepidermoidcarcinomametastasizedtothecervicallymphnode.Thefindingsofthisstudyshowthatspecialattentionshouldbeplacedonthepossibilityofalacrimal-sacmalignanttumorwhentreatingnasolacrimalobstruction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1041.1045,2015〕Keywords:涙.悪性腫瘍,悪性リンパ腫,粘表皮癌,扁平上皮癌,治療.lacrimalsacmalignanttumor,malignantlymphoma,mucoepidermoidcarcinoma,squamouscellcarcinoma,treatment.はじめに涙.腫瘍は比較的まれであるが,55.72%が悪性腫瘍であり,好発年齢は中高年に多い1,2).涙.悪性腫瘍は上皮性と非上皮性に大きく分けられ,上皮性では扁平上皮癌・粘表皮癌,非上皮性では悪性リンパ腫や悪性黒色腫などが報告されている1,2).涙.悪性腫瘍は予後不良な場合もあり,正確な診断と早期治療が重要となる.今回,筆者らは,当院で診断された涙.悪性腫瘍について鑑別点や治療予後について検討を行ったので報告する.I症例対象は1996年2月.2013年8月に涙.悪性腫瘍と診断された6例.男性3例,女性3例,年齢は41.90歳で,病名は乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例,悪性リンパ腫3例〔粘膜関連リンパ組織型節外性辺縁帯リンパ腫(MALTリンパ腫)2例,びまん性大細胞リンパ腫(DLBCL)1例〕,〔別刷請求先〕有田量一:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学医学部眼科医局Reprintrequests:RyoichiArita,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity,3-1-1Maidashi,Higashi-Ku,Fukuoka812-8582,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(119)1041 DD扁平上皮癌1例であった.各疾患の症例を呈示する.〔症例1〕90歳,男性.現病歴:2004年より右)流涙症状があり,2008年近医にて流涙症状に対して涙.鼻腔吻合術鼻外法が予定された.鼻外法は術中直視下に涙.を観察することでき,涙.部に腫瘍性病変が確認された.涙.全体を周囲組織から.離し,可及的に亜全摘が行われた.術中採取した病理組織では悪性所見なく乳頭腫の所見であった(図1A).2011年3月腫瘍再発を認め,当院初診.腫瘍は鼻涙管を経由し,下鼻道.上顎洞内側壁付近へ進展を認めた.鼻腔からの生検にて扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する組織であり(図1B),「粘表皮癌」と診断した.2011年8月鼻涙管を含めた拡大切除を行い,その後再発を認めていない.〔症例2〕41歳,男性.現病歴:主訴は涙.部痛であり,1996年2月初診時左内眼角に涙丘と連続する腫瘍を認め(図1C),手術で切除した.病理組織は乳頭腫の所見であった.腫瘍は涙.原発と考えられ,全摘すると篩骨洞がみえる状態であった.その後3回再発を繰り返し,眼窩深部に浸潤する像が認められたので(図1D,E),拡大切除を施行した.組織は異形が強くなっており,おもに扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する組織であり(図1F)「粘表皮癌」と診断した.その1年半後に頸部リンパ節転移(,)をきたし,左顎下腺摘出ならびに頸部リンパ節ABECF図1涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌症例1A:悪性所見なく乳頭腫の所見.B:扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する.症例2C:左涙.部に涙丘と連続する腫瘤.D,E:左涙.部腫瘤のCT画像(水平断,冠状断).F:扁平上皮癌様の組織に粘液細胞を有する.ABCDEF図2涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌におけるp53およびMIB.1免疫染色p53免疫染色A:1996年乳頭腫.p53陽性率6%(発症時).B:2005年乳頭腫.p53陽性率6%(1回目再発時).C:2012年悪性転化した粘表皮癌の頸部転移.p53陽性率35%(頸部リンパ節転移).MIB.1免疫染色D:1996年乳頭腫.MIB-1index17%(発症時).E:2005年乳頭腫.MIB-1index18%(1回目再発時).F:2012年,悪性転化した表皮癌の頸部転移MIB-1index53%(頸部リンパ節転移).1042あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(120) 郭清を行った.摘出したリンパ節の病理組織は涙.部粘表皮癌と同様の組織像であった.免疫染色において癌抑制遺伝子p53陽性率は1996年(発症時:図2A)6%,2005年(1回目再発時:図2B)6%,2012年(悪性転化後の頸部リンパ節転移:図2C)35%であり,細胞増殖能を示すMIB-1index陽性率は1996年(発症時:図2D)17%,2005年(1回目再発時:図2E)18%,2012年(悪性転化後の頸部リンパ節転移:図2F)53%と,p53およびMIB-1index陽性率が悪性転化後に増加していた.頸部リンパ節郭清後,腫瘍の再発は認めていない.〔症例3〕88歳,男性.現病歴:主訴は流涙であり,CTで涙.部腫瘍が発見され,2013年8月当院初診.涙.部に腫瘍を認め(図3A),CTでは腫瘍は涙.部から鼻涙管を経由し(図3B),鼻内視鏡では下鼻道から鼻腔内に進展,下鼻道前方を充満していた.鼻腔より腫瘍生検を行い,病理組織では小型.中型の異形B細胞のびまん性浸潤を認め(図3C),MALTリンパ腫と診断し,放射線治療後,再発なく経過している.〔症例4〕70歳,女性.現病歴:2001年2月左)涙.部腫脹を自覚し,近医から当院に紹介となった.CTで涙.部腫瘍が発見され,同年6月涙.部から生検を行った.病理組織では小型.中型の異形B細胞のびまん性浸潤を認め,MALTリンパ腫と診断した.放射線治療後,再発なく経過している.〔症例5〕66歳,女性.現病歴:2003年より右)涙.部皮膚の発赤を認めていた.その後増悪し(図3D),涙.部腫瘍を疑われ2011年に当院初診.MRIにて涙.部腫瘤を認め(図3E),経皮的に腫瘍生検を行った.病理組織で大型異型B細胞のびまん性浸潤を認め(図3F),DLBCLと診断し,放射線と化学療法の併用療法を施行した.〔症例6〕69歳,女性.現病歴:主訴は血性流涙であり,2006年CTで涙.部腫瘍が発見され,当院初診.涙.部に腫瘤を認め(図4A),腫瘍は鼻涙管を介して鼻腔内に進展しており(図4B),鼻腔より生検を行った.病理組織では,角化傾向の強い異形細胞の増殖を認め(図4C),扁平上皮癌と診断し,拡大切除および放射線治療を施行した.症例のまとめを表1に示す.6例中3例の主訴は流涙であり,それ以外に涙.部の発赤腫脹2例,涙.部痛1例であった.診断のきっかけは,視診触診および皮膚所見から疑ったものが2例,涙.鼻腔吻合術時に発見されたものが1例,血性流涙1例,CTで発見されたものが2例であった.病理診断は涙.部乳頭腫から悪性転化した粘表皮癌2例,涙.部悪性リンパ腫3例(MALTリンパ腫2例,DLBCL1例),扁平上皮癌1例であった.粘表皮癌は拡大切除,MALTリンパ(121)ADBECF図3涙.部悪性リンパ腫症例3涙.部MALTリンパ腫A:左涙.部腫瘤.B:左涙.部腫瘤のCT画像.C:小型.中型の異形細胞のびまん性浸潤.症例5涙.部びまん性大細胞リンパ腫DLBCLD:右涙.部腫瘤の増悪(当科初診時).E:右涙.部腫瘤の造影MRI画像.F:大型異型B細胞のびまん性浸潤.腫は放射線単独療法,びまん性大細胞B細胞性リンパ腫は放射線と化学療法の併用療法,扁平上皮癌は拡大切除と放射線治療の併用療法を行った.再発は2例でみられ,粘表皮癌の1例のみで頸部リンパ節に転移を認めた.II考按涙.悪性腫瘍は比較的まれであるが,予後不良な場合もあり正確な診断と早期治療が重要となる.とくに症例1と2では最初の病理組織で涙.部乳頭腫と診断されたにもかかわらず粘表皮癌に悪性転化しており,一度良性乳頭腫と診断されても,その後の悪性転化に注意が必要である.このような乳頭腫から悪性転化したという報告はこれまでに涙.部で2報3,4),結膜で2報5,6)が報告されている.涙.部乳頭腫にはhumanpapillomavirus(HPV)6型と11型7)の関与が示唆されているが,涙.部悪性腫瘍に関連するHPVの遺伝子型は18型8)が示唆されている.また,悪性転化のメカニズムには癌抑制遺伝子p53の変異9)が報告されている.症例2における免疫染色においても,p53および細胞増殖能を示すMIB-1index陽性率が悪性転化後に増加しており,p53の変異が腫瘍の悪性化に影響している可能性が考えられた.涙.悪性腫瘍は流涙や涙.部腫瘤といった原発性鼻涙管閉あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151043 ABCABC図4涙.部扁平上皮癌症例6扁平上皮癌A:左涙.部腫瘤.B:左涙.部腫瘤のCT画像.C:角化傾向の強い異形細胞の増殖.表1各症例のまとめ年齢性側性症状診断のきっかけ病理組織治療観察期間(月)再発転移190男右流涙涙.鼻腔吻合術時乳頭腫粘表皮癌拡大切除(全摘)26+1回.241男左涙.部痛視診・触診乳頭腫粘表皮癌拡大切除(全摘)204+3回+388男左流涙CT画像MALTリンパ腫放射線11..470女左涙.部膨張CT画像MALTリンパ腫放射線156..566女右涙.部発赤視診・触診DLBCL放射線化学療法35..669女左流涙血性流涙扁平上皮癌拡大切除(全摘)放射線86..塞症と類似の臨床症状をきたすことから,鑑別が困難な場合がある.涙.悪性腫瘍の症状を検討した多数例の報告では,血性流涙や鼻出血などはまれで,流涙がもっとも多く,ついで涙.部腫瘤など原発性鼻涙管閉塞症に伴う症状と類似している10,11).筆者らの症例でも6例中3例で主訴は流涙であり,涙.悪性腫瘍と原発性鼻涙管閉塞症を臨床症状から鑑別することはむずかしい.本症例では視診触診・血性流涙・CTで6例中5例が発見されているが,1例は涙.鼻腔吻合術時に偶然発見されたものである.既報においても涙.悪性腫瘍の20.43%は涙.鼻腔吻合術時に偶然発見されている11,12).涙.悪性腫瘍の診断は,画像的,内視鏡的,組織学的に行う.CTおよびMRI画像では,腫瘍の進展・浸潤の評価に有用であり,とくにCTでは骨破壊像,造影MRIは涙.炎との鑑別に有用である.涙道内視鏡検査は涙.内の腫瘍を直接観察可能であり,涙.腫瘍を鑑別するのに有用なツールとなるが,すべての症例で涙道内視鏡で腫瘍が同定できるわけではないので,内視鏡所見だけで腫瘍の存在を完全に否定するべきではない.鼻内視鏡では鼻腔内に進展した腫瘍を同定でき,ときに鼻腔内から生検が可能な場合もあり,行っておくべき検査の一つである.腫瘍の診断や病型は,経皮的に行った生検組織で病理組織学的に決定し,腫瘍の進展や浸潤範囲なども考えながら治療1044あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015法を決定していくのが一般的である.涙.腫瘍は上皮性と非上皮性に大きく分けられ,上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍で治療方針が異なる.既報では,上皮性が非上皮性より多く,上皮性では扁平上皮癌が,非上皮性ではMALTリンパ腫がもっとも多く認められている.上皮性悪性腫瘍の治療は鼻涙管へ進展していることが多く,涙.のみの切除では再発率44%と高率に再発をきたすため,涙小管と鼻涙管を含めた拡大切除と放射線治療の併用が推奨されているが,それでも再発率は13%・死亡率は13.50%と高い1,13).非上皮性悪性腫瘍は悪性リンパ腫が多く,その治療は組織型や年齢,全身病巣の有無によって異なるが,涙.部悪性リンパ腫は高悪性度であることが多く,再発率は33%,5年生存率は65%と報告されている13).本症例では6例中2例で再発をきたしており,既報からも今後の再発や転移に注意しながら経過観察する必要がある.近年,内視鏡の普及などによって原発性鼻涙管閉塞症に対して涙.鼻腔吻合術が普及しつつあるが,鼻涙管閉塞症を診断治療するうえで涙.悪性腫瘍の可能性に留意が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし(122) 文献1)HeindlLM,JunemannAG,KruseFEetal:Tumorsofthelacrimaldrainagesystem.Orbit29:298-306,20102)MontalbanA,LietinB,LouvrierCetal:Malignantlacrimalsactumors.EurAnnOtorhinolaryngolHeadNeckDis127:165-172,20103)ElnerVM,BurnstineMA,GoodmanMLetal:Invertedpapillomasthatinvadetheorbit.ArchOphthalmol113:1178-1183,19954)LeeSB1,KimKN,LeeSRetal:Mucoepidermoidcarcinomaofthelacrimalsacafterdacryocystectomyforsquamouspapilloma.OphthalPlastReconstrSurg27:44-46,20115)HeuringAH,HutzWW,EckhardtHBetal:Invertedtransitionalcellpapillomaoftheconjunctivawithperipheralcarcinomatoustransformation.KlinMonblAugenheilkd212:61-63,19986)StreetenBW,CarrilloR,JamisonR:Invertedpapillomaoftheconjunctiva.AmJOphthalmol88:1062-1066,19797)SjoNC,vonBuchwaldC,CassonnetPetal:Humanpap-illomavirus:causeofepitheliallacrimalsacneoplasia?ActaOphthalmolScand85:551-556,20078)MadreperlaSA,GreenWR,DanielRetal:Humanpapillomavirusinprimaryepithelialtumorsofthelacrimalsac.Ophthalmology100:569-573,19939)YoonBN,ChonKM,HongSLetal:Inflammationandapoptosisinmalignanttransformationofsinonasalinvertedpapilloma:theroleofthebridgemolecules,cyclooxygenase-2,andnuclearfactorkB.AmJOtolaryngol34:22-30,201310)StefanyszynMA,HidayatAA,Pe’erJJetal:Lacrimalsactumors.OphthalPlastReconstrSurg10:169-184,199411)ParmarDN,RoseGE:Managementoflacrimalsactumours.Eye17:599-606,200312)FlanaganJC,StokesDP:Lacrimalsactumors.Ophthalmology85:1282-1287,197813)BiYW,ChenRJ,LiXP:Clinicalandpathologicalanalysisofprimarylacrimalsactumors.ZhonghuaYanKeZaZhi43:499-504,2007***(123)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151045

涙道内視鏡導入後の涙道閉塞症121側の治療成績

2015年7月31日 金曜日

1036あたらしい眼科Vol.5107,22,No.3(00)1036(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1036.1040,2015cはじめに眼科領域の手術,治療の進歩はめざましいものがあり,そのキーワードは「可視化」であった.しかしながら涙道疾患の治療にあっては,流涙症が眼科を受診する患者の主訴の上位にあるにもかかわらず,「可視化」とは程遠い「盲目的」治療が長く続けられていた.また,手術療法は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が効果的であるが,患者の負担も大きかった.ヌンチャク型シリコーンチューブ(N-ST)によるdirectsiliconeintubation(DSI)1)はDCRに比較し格段に手術侵襲が少なく術式の習得も容易であったため,わが国で広く普及しつつある.そして近年では涙道内視鏡を使用した涙管チューブ挿入術(以下,チューブ留置)が主流になりつつある.涙道内視鏡は20世紀末に涙道内の検査器具として栗原2)が試作し,さらに佐々木3)が乳管穿刺針を涙道内視鏡用に改良し涙道内の観察を容易にし,その知見を広めた.また,内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)4)の登場により検査だけでなく治療器具としても使用されるようになった.涙道内視鏡にシースを被せて閉塞部を穿破するシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguid-edendoscopicprobing:SEP)5)はさらに涙道治療の「可視化」を加速させた.SEPに使用したシースをそのままガイドとして使用しチューブを挿入するシース誘導チューブ挿入術(sheathguidedintubation:SGI)6)の登場は閉塞部の開放とチューブ留置に連続性をもたせ,盲目的操作がほぼなくな〔別刷請求先〕佐藤浩介:〒041-0851函館市本通2丁目31-8吉田眼科病院Reprintrequests:KosukeSato,M.D.,YoshidaEyeHospital,2-31-8Hondori,Hakodate,Hokkaido041-0851,JAPAN涙道内視鏡導入後の涙道閉塞症121側の治療成績佐藤浩介吉田紳一郎吉田眼科病院Outcomeof121SitesofLacrimalPassageObstructionafterIntroductionofaDacryoendoscopeKosukeSatoandShinichiroYoshidaYoshidaEyeHospital涙道内視鏡下チューブ挿入術を開始した術者(涙道内視鏡未経験)が約1年間にこの治療を82例121側に施行し,その治療成績を検討した.涙道閉塞121側のうち111側(91.7%)がチューブ挿入可能であった.予後は治癒が73側(66%),改善が13側(12%),不変が25側(22%)であった.閉塞部位別の治癒率は総涙小管閉塞が88%ともっとも良く,鼻涙管閉塞では47%であった.予後不良例の半数以上は慢性涙.炎を合併していた.涙道内視鏡初心者は術中に盲目的操作が多くなるため涙道を損傷し,予後が悪化する可能性があるので工夫が必要である.Inthisstudy,weexaminedthetreatmentoutcomesovera1-yearperiodofendoscopicnasolacrimalductintu-bationperformedbyasurgeonwithnoexperienceintheuseofadacryoendoscopein82casesoutof121sites.Amongthe121sitesoflacrimalpassageobstruction,111sites(91.7%)wereabletobeinsertedwiththetube.Theresultsshowedthat73sites(66%)hadhealed,13sites(12%)hadimprovement,and25sites(22%)hadnochange.Asforthecureratebyocclusionsite,thebestresultswereobservedincommoncanalicularobstruction(88%curerate)andinnasolacrimalductobstruction(47%curerate).Inmorethan50%ofthecaseswithpoorresults,thecaseswerecomplicatedbychronicdacryocystitis.Ourfindingsshowthatdacryoendoscopyperformedbyasurgeonwithlimitedornoexperienceisoftenperformedblindlyduringsurgery,thuspossiblydamagingthelacrimalpassageandresultinginpoortreatmentoutcomes.Furtherstudyisneededtodeviseasolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1036.1040,2015〕Keywords:涙道閉塞,涙道内視鏡,涙管チューブ挿入術,仮道形成,涙小管損傷.lacrimalpassageobstruction,dacryoendoscope,nasolacrimalductintubation,falselacrimalpassage,canaliculardamage.(00)1036(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1036.1040,2015cはじめに眼科領域の手術,治療の進歩はめざましいものがあり,そのキーワードは「可視化」であった.しかしながら涙道疾患の治療にあっては,流涙症が眼科を受診する患者の主訴の上位にあるにもかかわらず,「可視化」とは程遠い「盲目的」治療が長く続けられていた.また,手術療法は涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が効果的であるが,患者の負担も大きかった.ヌンチャク型シリコーンチューブ(N-ST)によるdirectsiliconeintubation(DSI)1)はDCRに比較し格段に手術侵襲が少なく術式の習得も容易であったため,わが国で広く普及しつつある.そして近年では涙道内視鏡を使用した涙管チューブ挿入術(以下,チューブ留置)が主流になりつつある.涙道内視鏡は20世紀末に涙道内の検査器具として栗原2)が試作し,さらに佐々木3)が乳管穿刺針を涙道内視鏡用に改良し涙道内の観察を容易にし,その知見を広めた.また,内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)4)の登場により検査だけでなく治療器具としても使用されるようになった.涙道内視鏡にシースを被せて閉塞部を穿破するシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguid-edendoscopicprobing:SEP)5)はさらに涙道治療の「可視化」を加速させた.SEPに使用したシースをそのままガイドとして使用しチューブを挿入するシース誘導チューブ挿入術(sheathguidedintubation:SGI)6)の登場は閉塞部の開放とチューブ留置に連続性をもたせ,盲目的操作がほぼなくな〔別刷請求先〕佐藤浩介:〒041-0851函館市本通2丁目31-8吉田眼科病院Reprintrequests:KosukeSato,M.D.,YoshidaEyeHospital,2-31-8Hondori,Hakodate,Hokkaido041-0851,JAPAN涙道内視鏡導入後の涙道閉塞症121側の治療成績佐藤浩介吉田紳一郎吉田眼科病院Outcomeof121SitesofLacrimalPassageObstructionafterIntroductionofaDacryoendoscopeKosukeSatoandShinichiroYoshidaYoshidaEyeHospital涙道内視鏡下チューブ挿入術を開始した術者(涙道内視鏡未経験)が約1年間にこの治療を82例121側に施行し,その治療成績を検討した.涙道閉塞121側のうち111側(91.7%)がチューブ挿入可能であった.予後は治癒が73側(66%),改善が13側(12%),不変が25側(22%)であった.閉塞部位別の治癒率は総涙小管閉塞が88%ともっとも良く,鼻涙管閉塞では47%であった.予後不良例の半数以上は慢性涙.炎を合併していた.涙道内視鏡初心者は術中に盲目的操作が多くなるため涙道を損傷し,予後が悪化する可能性があるので工夫が必要である.Inthisstudy,weexaminedthetreatmentoutcomesovera1-yearperiodofendoscopicnasolacrimalductintu-bationperformedbyasurgeonwithnoexperienceintheuseofadacryoendoscopein82casesoutof121sites.Amongthe121sitesoflacrimalpassageobstruction,111sites(91.7%)wereabletobeinsertedwiththetube.Theresultsshowedthat73sites(66%)hadhealed,13sites(12%)hadimprovement,and25sites(22%)hadnochange.Asforthecureratebyocclusionsite,thebestresultswereobservedincommoncanalicularobstruction(88%curerate)andinnasolacrimalductobstruction(47%curerate).Inmorethan50%ofthecaseswithpoorresults,thecaseswerecomplicatedbychronicdacryocystitis.Ourfindingsshowthatdacryoendoscopyperformedbyasurgeonwithlimitedornoexperienceisoftenperformedblindlyduringsurgery,thuspossiblydamagingthelacrimalpassageandresultinginpoortreatmentoutcomes.Furtherstudyisneededtodeviseasolution.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1036.1040,2015〕Keywords:涙道閉塞,涙道内視鏡,涙管チューブ挿入術,仮道形成,涙小管損傷.lacrimalpassageobstruction,dacryoendoscope,nasolacrimalductintubation,falselacrimalpassage,canaliculardamage. り,ようやく最近のトレンドに追いついた感はある.このような背景のなかでSEP+SGIは現在のチューブ留置による涙道疾患治療でもっとも可視的な術式であり,標準的な術式になりつつある.当院でも涙道内視鏡導入以前は,涙道閉塞症に対してN-STによるDSIを施行しており,DCRに頼らなくても治癒するケースが増えてきた.しかし,N-STが留置されているにもかかわらず流涙症が改善しないケースも少なくはなかった.当院では2012年10月から涙道内視鏡を導入した.涙道内視鏡未経験の術者が涙道内視鏡下チューブ挿入術を開始しある程度の症例数を経験したので,涙道内視鏡初心者の治療成績を検討し,陥りやすい傾向とその対策について報告する.I対象および方法対象は2012年10月.2013年11月の約1年間に涙道内視鏡下でチューブを施行した82例121側である.平均年齢は75.3±9.8歳で,男性26側,女性95側(男性21.5%:女性78.5%)であった.麻酔は全例に2%塩酸リドカイン(キシロカインR)の滑車下神経ブロックと4%キシロカインRの涙道内注入を行っている.術前の鼻内処置には2%キシロカインRと0.1%エピネフリン(ボスミンR)の1:1混合液を使用して鼻粘膜麻酔と血管収縮を行った.十分な涙点拡張の後,涙道内視鏡(ファイバーテック社,プローブは外径0.9mm)と鼻内視鏡(ファイバーテック社,外径2.7mm,視野角30°の硬性鏡)の映像をモニターしながら手術を行った.初期の8側は内視鏡直接穿破法DEPの後DSIを行い,鼻内視鏡で正しく下鼻道に留置されているか確認した.その後の103側はSEP+SGI(テルモ社サーフローRF&F,18ゲージ64mmをシースとして使用)にて施行した.シースの抜去は鼻内視鏡下で施行した.挿入したチューブはシラスコンRN-Sチューブ8側,PFカテーテルR71側,LACRIFASTR32側である.術後の経過観察はチューブ留置中には2週間ごとに経過観察を行い,そのつど涙.洗浄を施行した.チューブ抜去後は2週間.4週間で適宜涙.洗浄を施行した.チューブ抜去後1カ月までは,点眼液は1.5%レボフロキサシン(1.5%クラビットR)および0.1%フルオロメトロン(0.1%フルメトロンR)を日に4回とした.留置したチューブは2.3カ月で抜去した.予後はチューブ抜去後,術後3カ月の時点で判定した.予後の判定基準は通水良好で流涙がほぼ消失したものを治癒とした.通水はあるが流涙症の訴えが残存するものを改善,通水を認めないものを不変とした.閉塞部位を涙小管,総涙小管,鼻涙管,複数部位の4部位に分類し予後を判定した.また,他覚的な検査として,チューブが挿入可能であった全(115)図1前眼部光干渉計(CASIAR)による涙液メニスカス高(TMH)の計測例に対して,涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH)を前眼部光干渉断層計CASIAR(以下前眼部OCT)を用いて,術前と術後3カ月で計測し予後判定の参考とした(図1).II結果チューブを留置し手術を完了できた症例は涙道閉塞121側中111側であり手術完了率は91.7%であった.10側(8%)はチューブ留置が不可能であった.チューブ留置可能であった111側の閉塞部位は,鼻涙管閉塞が51側(42%)ともっとも多く,ついで総涙小管閉塞が多く43側(36%)であった.涙小管単独の閉塞は6側(5%),複数部位閉塞が11側(9%)であった(図2).121側全体の予後は治癒が73側(60%),改善13側(11%),不変25側(21%),チューブ留置不可能10側(8%)と分類された.治癒と改善を成功とし不変とチューブ留置不可能を不成功とすると,成功は71%で不成功は29%という結果であった(図3).閉塞部位別の予後は総涙小管閉塞の治癒が43側中38側で88.4%ともっとも良く,鼻涙管閉塞は治癒が51側中24側47%で50%以下の治癒率であった(図4,表1).予後が不変であった25側は鼻涙管閉塞が18側(72%)ともっとも多かった.総涙小管閉塞は3側,複数部位閉塞は4側であった.予後が不変であった鼻涙管閉塞では18側のうち13側(72%)は,術前から涙点からの涙.内貯留物の排出を認めたり,涙道内視鏡検査では涙.内貯留物が存在し涙.および鼻涙管内腔粘膜が白色綿状の物質で覆われており,慢性涙.炎を合併している状態であった.総涙小管閉塞ではチューブ早期抜去,涙小管炎の合併,術中の涙小管穿孔などがあった.複数部位閉塞では仮道形成の症例があった.また,チューブ留置が不可能であった10側中6側は,涙道内視鏡によって涙小管を穿孔してしまったため眼瞼の水腫が起き,患者の疼痛の増強や視界があたらしい眼科Vol.32,No.7,20151037 1038あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(116)不明瞭になったため中断した.10側中4側は鼻涙管の仮道に入り下鼻道に内視鏡を出すことができなかった.また,全体の121側のうち16側(13%)は術中に涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じたが,そのうち10側(63%)はチューブ留置が可能であった.チューブ留置できた10側(37%)の予後は治癒が4側(25%)にとどまり,改善2側13%,不変4側25%であった.6側(37%)はチューブ留置が不可能であった(図5).術前のTMHの平均は578±254μmで術後3カ月の平均は346±148μmとなり有意に減少した.術前TMHのピーク値は1,486μmであった.閉塞部位別にみた術前後のTMHの比較では,涙小管閉塞(p<0.05),総涙小管閉塞(p<0.001),鼻涙管閉塞(p<0.001)に有意差を認めた.複数部位閉塞では有意差を認めなかった(図6).III考按かつてはプロービングとチューブ留置はそれぞれが独立した操作であったが,SEP+SGIはシースを使用することでプロービングとチューブ留置が連続してできるようになった.筆者は盲目的操作がきわめて少ないという点で現在のところもっとも「可視的に」涙道疾患を治療できるSEP+SGIが現在のところもっとも洗練された涙道治療で今後さらに普及すると考え,その習得をめざした.図2涙道閉塞121側の閉塞部位涙小管閉塞6側5%総涙小管閉塞43側36%鼻涙管閉塞51側42%複数部位閉塞11側9%チューブ留置不可10側8%図3涙道内視鏡下チューブ留置121例全体の予後成功(治癒と改善):71%不成功(不変とチューブ留置不可):29%治癒73側60%改善13側11%不変25側21%チューブ留置不可10側8%図4閉塞部位と予後側0102030405060涙小管総涙小管鼻涙管複数部位■治癒■改善■不変表1閉塞部位と予後閉塞部位治癒改善不変涙小管6側5側(83.3%)1側総涙小管43側38側(88.4%)2側3側鼻涙管51側24側(47.1%)9側18側複数部位11側6側(54.5%)1側4側111側73側(65.8%)13側25側図5涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じた16側の予後チューブ留置不可37%治癒25%改善13%不変25%図6術前後のTMH01002003004005006007008009001,000涙小管総涙小管鼻涙管複数部位全体■術前■術後TMH(μm)p<0.05p<0.001p<0.001t-testp<0.001p>0.05(116)不明瞭になったため中断した.10側中4側は鼻涙管の仮道に入り下鼻道に内視鏡を出すことができなかった.また,全体の121側のうち16側(13%)は術中に涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じたが,そのうち10側(63%)はチューブ留置が可能であった.チューブ留置できた10側(37%)の予後は治癒が4側(25%)にとどまり,改善2側13%,不変4側25%であった.6側(37%)はチューブ留置が不可能であった(図5).術前のTMHの平均は578±254μmで術後3カ月の平均は346±148μmとなり有意に減少した.術前TMHのピーク値は1,486μmであった.閉塞部位別にみた術前後のTMHの比較では,涙小管閉塞(p<0.05),総涙小管閉塞(p<0.001),鼻涙管閉塞(p<0.001)に有意差を認めた.複数部位閉塞では有意差を認めなかった(図6).III考按かつてはプロービングとチューブ留置はそれぞれが独立した操作であったが,SEP+SGIはシースを使用することでプロービングとチューブ留置が連続してできるようになった.筆者は盲目的操作がきわめて少ないという点で現在のところもっとも「可視的に」涙道疾患を治療できるSEP+SGIが現在のところもっとも洗練された涙道治療で今後さらに普及すると考え,その習得をめざした.図2涙道閉塞121側の閉塞部位涙小管閉塞6側5%総涙小管閉塞43側36%鼻涙管閉塞51側42%複数部位閉塞11側9%チューブ留置不可10側8%図3涙道内視鏡下チューブ留置121例全体の予後成功(治癒と改善):71%不成功(不変とチューブ留置不可):29%治癒73側60%改善13側11%不変25側21%チューブ留置不可10側8%図4閉塞部位と予後側0102030405060涙小管総涙小管鼻涙管複数部位■治癒■改善■不変表1閉塞部位と予後閉塞部位治癒改善不変涙小管6側5側(83.3%)1側総涙小管43側38側(88.4%)2側3側鼻涙管51側24側(47.1%)9側18側複数部位11側6側(54.5%)1側4側111側73側(65.8%)13側25側図5涙道内視鏡による涙小管穿孔のため眼瞼の水腫を生じた16側の予後チューブ留置不可37%治癒25%改善13%不変25%図6術前後のTMH01002003004005006007008009001,000涙小管総涙小管鼻涙管複数部位全体■術前■術後TMH(μm)p<0.05p<0.001p<0.001t-testp<0.001p>0.05 涙道内視鏡を使用しないチューブ留置の仮道形成にはいくつかの報告がある.井上ら7)はシリコーンチューブ留置を行った慢性涙.炎の予後不良群33例に涙道内視鏡を行った結果,9例に仮道形成が認められ,藤井ら8)は鼻涙管閉塞症に対して行われたシリコーンチューブ留置の21.5%に仮道形成があったと報告している.佐々木3)は内視鏡用に改良したトロカールを用いて涙道内視鏡による検査を行った結果,68%が上方に偏位しており,直のブジーでプロービングした場合,涙.鼻涙管移行部の背側に仮道を作る可能性が高いと報告している.Nariokaら9)は遺体を解剖し鼻涙管の矢状断における傾きをanteriortypeとposteriortypeに分類した結果,46側中33側72%がanteriortypeであったとしており,佐々木3)の報告とほぼ一致している.仮道の好発部位については井上ら7),藤井ら8)も同様の報告をしている.また,井上4)はチューブとチューブの間に粘膜が介在する粘膜ブリッジ形成がSEPおよびSGI導入後は大きく減少したと報告している.このことから,涙道内視鏡を使用することにより仮道形成や粘膜ブリッジなどの合併症を回避できる可能性が高いと思われる.SEPの最大の利点は閉塞部を直視下に穿破できることであるが,これはシースの透明性と素材がもつフレキシビリティーが貢献していると考えられる.しばしば鼻涙管が極端に腹側もしくは背側に偏位している症例に遭遇する.このような場合,無理に内視鏡を鼻内に出そうとすると,鼻涙管を傷つけるだけでなく内視鏡の損傷の可能性も高い.このような場合,被せたシースのみを偏位している鼻涙管に滑り込ませると,たわんでくれるので鼻涙管の偏位例でも内視鏡を損傷することなくプロービングとチューブ留置ができる.その一方で短所も存在する.涙道内視鏡にシースを被せると径が太くなり,涙道内視鏡に不慣れな術者には操作性が極端に悪化するように感じられた.涙道内での可動性が低下するので,管腔を見つけるのに苦労した.この傾向は涙小管でとくに強く,管腔が見つからず無理に涙道内視鏡を進めてしまい涙小管壁を穿破してしまうこともあった.このような涙小管損傷をきたした症例が当報告では121側中16側に認められ,とくに涙道内視鏡導入初期に多く発生し手術完了率を低下させた.シースを被せた状態で涙.に到達するのが最大の難関であるように感じたので,まずシースを被せず内視鏡を涙.まで挿入しリハーサルした.このリハーサルのときに内視鏡が引っかかりやすい場所や狭窄部を検査し挿入しやすい角度なども記憶しておいた.涙小管涙.移行部の形状や出血点なども良い指標になった.シースを被せたとき,リハーサルの視界と大きく異なる場合は無理に内視鏡を進めず再度リハーサルし,所見が一致するまで繰り返すことでかなりの割合で涙小管の損傷を回避できるようになった.また,術者の手や患者の眼瞼に水分があると眼瞼に十分にテンションが(117)かからないのでガーゼでそれぞれの水分をこまめに除去した.涙.以降の操作性はシース装着時でも悪化はしなかった.シースの抜去は鼻内視鏡下で麦粒鉗子にて行っているが,不慣れな時期には麦粒鉗子が鼻内視鏡に干渉し鉗子と内視鏡で鼻粘膜を損傷してしまうことがあった.このような場合,出血と鼻粘膜の腫脹のため視認性が著しく低下し,その後の操作性がますます悪化した.下鼻道が狭い症例ではとくにこの傾向が顕著であった.この対策として,麦粒鉗子が鼻内視鏡より少し先行した状態を鼻外であらかじめ作り,鼻内視鏡の映像の端に鉗子が映っている状態を保ちながら徐々に下鼻道に入り鼻涙管開口部にアプローチする方法を考案した.麦粒鉗子と鼻内視鏡が途中まで一つのユニットとして使用することでイレギュラーな動きが生じにくかった.もともと眼科医は鼻内操作に不慣れではあるが,より確実なチューブ留置を望むなら鼻内視鏡による鼻涙管開口部の観察は欠かせない.とくに鼻涙管の屈曲が強い症例ではシースのみを盲目的に鼻腔内に出さざるをえない場合があり,鼻内視鏡を使用することで正しく開口部にシースが出ていることを確認することができる.また,涙道内視鏡操作時に出血や仮道形成などで鼻涙管開口部が確認しづらい場合でも,鼻内視鏡で涙道内視鏡のライトの位置を指標に,正しい開口部に誘導ができるという点も有利である.この治療の場合は作業範囲が下鼻道に限局しているので,下鼻甲介の解剖学的な位置を把握する必要があるが,中鼻甲介との位置関係に習熟すればむずかしくはない.宮久保ら10)は涙道内視鏡所見から,総涙小管閉塞の所見を膜状閉塞,管状閉塞,涙.虚脱に大別しており,それぞれの手術完了率に大きな差が出ていることを報告している.鈴木ら11)は鼻涙管閉塞症を流涙発症から手術までの期間によりstage1からstage3まで分類し,罹病期間が長いほど手術完了率が低く再発リスクが高い傾向があったとしている.のちの杉本ら12)の報告ではこのstage分類での長期生存率は有意差が出なかったと報告している.このように涙道閉塞症の分類と予後は多岐に及んでいるので,当報告での閉塞部位の分類では,ある程度の傾向は出ているものの閉塞の程度やその性状が加味されておらず,もっと細分化して予後を検討する必要があると思われる.また,鈴木ら10)は鼻涙管閉塞症のチューブ留置の術後の内視鏡所見ではほとんどの症例で再狭窄がみられたと報告しており,チューブ留置は鼻涙管粘膜の異常を根本的に直す治療ではないので,早期発見と早期のチューブ留置が予後を良くする有効策としている.当報告でも鼻涙管閉塞の治癒率は短期成績でさえ47%と低く,また予後不良例の多くは慢性涙.炎であった.鶴丸ら13)の報告では鼻涙管完全閉塞の術後375日のKaplan-Meier法による生存率は18.0%となっており,いかに涙道内視鏡で正しくチューブを留置しても鼻涙あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151039 管粘膜の異常を治療できないので根治には至らない可能性があると考えられる.当報告でとくに強調したいことは,涙道内視鏡初心者にありがちな涙小管の穿孔はその後の操作性を著しく悪化させチューブ留置をむずかしくさせるだけでなく,チューブを留置できたとしても外傷の機転が働き再閉塞しやすいということである.今回121側のうち16側13%にこの事実があったことはとくに反省すべき点である.鈴木14)はTMHは高齢者の症例で結膜弛緩症の影響が無視できないとして,前眼部OCTで手術前後の下方涙液メニスカスの断面積(cross-sectionalarea:XSA)を測定することは流涙症の定量的評価に有用であったとしている.当報告でも閉塞部位ごとに前眼部OCTで計測した術前後の平均TMHの比較で涙小管閉塞,総涙小管閉塞,鼻涙管閉塞で有意差を認めたが,個々に症例をみていくとOCTで測定したTMH値と通水所見が食い違う症例が多数認められた.その原因としてアレルギー性結膜炎やドライアイなどのために涙液分泌が亢進していたり,結膜弛緩症の存在も無視できないので,これらの要因を排除してから検査を施行するべきだと思われる.涙道内視鏡には本来の内視鏡としての使用法とプローブとしての側面があり,とくに不慣れなうちはシースを被せて内視鏡を涙小管に挿入するとその可動域の狭さから涙小管壁しか見えない状態に陥りやすく,そのまま進んでしまうと盲目的なプロービングのように仮道形成の危険性があがる.治療はすべて可視的な操作のみではできないのは事実ではあるが,可能な限り可視的な操作の割合を増やす努力をすることで予後の改善につながると考える.また,本報告は涙道内視鏡初心者の短期成績であるので,長期成績になるとさらに治癒率が低下すると考えられるが,症例を重ねることにより手術完了率も高くなると思われる.そして今後は長期的な予後も検討するべきであると考える.涙道内視鏡下チューブ留置術は涙道内視鏡を使用することで確実性は高まっており有効な治療法であるが,チューブ留置が本質で涙.炎そのものを治療できないことには変わりはない.涙道内視鏡は基本的には検査器具であるので涙道疾患の分類に役立ち,ひいては治療法の選択に役に立つ.また,予後不良例に慢性涙.炎が多く含まれていたことから,術前から涙.内貯留物の排出が認められる場合には初回手術からDCRを選択するなど,術前の所見によりチューブ留置かDCRか適宜選択することで初回手術の予後が改善すると考える.涙道疾患全体の予後を改善するにはチューブ留置とDCRの両立が必須なので今後はDCRの習得が課題である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)栗橋克昭:ヌンチャク型シリコーンチューブ.新しい涙道手術のために.あたらしい眼科12:1687-1695,19992)栗原秀行:涙小管内視鏡(栗原式涙道内視鏡).眼科手術12:307-309,19993)佐々木次壽:涙道内視鏡所見による涙道形態の観察と涙道内視鏡併用シリコーンチューブ挿入術.眼科41:15871591,19994)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).あたらしい眼科16:485-491,20035)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20076)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20087)井上康,杉本学,奥田芳昭ほか:慢性涙.炎に対する涙道内視鏡を用いたシリコーンチューブ留置再建術.臨眼58:735-739,20048)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:シリコンチューブ挿入術による仮道形成とその対策.臨眼59:635-637,20059)NariokaJ,MatsudaS,OhashiY:Inclinationofthesuperomedialorbitalriminrelationtothatofthenasolacrimaldrainagesystem.OphthalmicSurgLasersImaging39:167-170,200810)宮久保純子,岩崎明美,宮久保寛:涙道内視鏡下でのヌンチャク型シリコーンチューブ挿入術の手術成績.臨眼62:1643-1647,200811)鈴木亨,野田佳宏:鼻涙管閉塞症のシリコーンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,200712)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,201013)鶴丸修士,野田理恵,山川良治:鼻涙管完全閉塞に対するチューブ挿入術の検討.臨眼66:1175-1179,201214)鈴木亨:光干渉断層計を用いた涙小管閉塞症術前後の涙液メニスカス断面積の測定.臨眼65:641-645,2011***(118)

涙道内視鏡下に挿入した2種類の涙管チューブに付着した細菌と治療予後の検討

2015年7月31日 金曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(7):1033.1035,2015c涙道内視鏡下に挿入した2種類の涙管チューブに付着した細菌と治療予後の検討髙嶌祐布子加藤久美子坂本里恵近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学ComparisonoftheRatesofMicroorganismsDetectedonTwoTypesofLacrimalStentspostRemovalYukoTakashima,KumikoKato,SatoeSakamotoandMineoKondoDepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:涙道閉塞に対し涙管チューブを挿入した症例で,チューブ抜去後にチューブ内容物の菌検査の結果と涙道閉塞の再発率により2種の涙管チューブを比較検討した.対象および方法:涙道内視鏡を併用し涙管チューブを挿入する後天性涙道閉塞48例を無作為にLACRIFASTR群(L群)とシラスコンRN-Sチューブ(ヌンチャク型シリコンチューブ群)(N群)に割り振り,抜去した涙管チューブ内に貯留した分泌物の菌検査を行った.2種の涙管チューブ内の菌の検出率とチューブ抜去後の再発率について検討した.結果:チューブ内分泌物の菌検出率はL群で46%,N群で45%であった.チューブ抜去後の涙道閉塞の再発率はL群で15%,N群で18%であり,両群間に有意差を認めなかった.涙管チューブ留置中に明らかな涙道感染を発症した症例はなかった.結論:涙道に留置された涙管チューブ内貯留物の菌検査ではいずれの群においても約半数で細菌あるいは真菌が陽性であった.涙管チューブ留置中に明らかな涙道感染を発症した症例はなかったが,チューブ留置中は涙道洗浄を含め定期的な診察が必要であると考えられた.Purpose:Tocomparetheratesofmicroorganismspresentontwotypesoflacrimalstentspoststentremoval.Methods:Inthisstudy,48eyeshadeitheraLACRIFASTstentoranunchaku-stylestentinsertedforthetreatmentoflacrimalductobstruction.Thestentswerethenremovedandculturedtodeterminethepresenceofmicroorganisms.Therateofrecurrencesinthetwogroupsofstentswasalsoinvestigated.Results:Microorganismsweredetectedin46%oftheLACRIFASTgroupeyesand45%inthenunchaku-stylegroupeyes.Therecurrenceratepoststentremovalwas15%intheLACRIFASTgroupeyesand18%inthenunchaku-stylegroupeyes(p>0.05).Noneofthepatientsdevelopedalacrimalductinfectionpostplacementorremovalofthestent.Conclusions:Microorganismsweredetectedonthelacrimalstentsinapproximately50%ofthecases,evenaftertheuseofantibacterialeyedrops.Thefindingsofthisstudyindicatethatregularirrigationandexaminationsshouldbeperformedpostplacementofalacrimalstent.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1033.1035,2015〕Keywords:涙管チューブ挿入,涙道閉塞,LACRIFASTR,ヌンチャク型シリコーンチューブ,菌検査.dacryoendoscopy,lacrimalductobstruction,Lacrifast,nunchaku-stylesiliconetube,microbialgrowth.はじめに涙道閉塞に対する治療は,閉塞部位に応じていくつかの選択肢がある.涙管チューブ挿入術は,適切に行えば低侵襲で涙道を再開通することが可能であり,そのために涙道内視鏡の開発・導入が積極的に行われるようになってきた1).涙道閉塞の治療として従来使用されてきたシラスコンRN-Sチューブ(ヌンチャク型シリコーンチューブ:以下,NST)ではチューブ内に分泌物が多く蓄積する傾向にあり,チューブの汚染が危惧されていた.2012年に涙管チューブの先端が開放され,内部に分泌物がたまりにくい構造のLACRIFASTR(以下,LF)が発売された.このようなLFの特徴が涙道治療にどのような影響を与えるのか検討するた〔別刷請求先〕髙嶌祐布子:〒514-8507津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学Reprintrequests:YukoTakashima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(111)1033 め,涙道内視鏡による涙管チューブ挿入術を行った症例のチューブ内容物の培養を行い,LF群(L群)とNST群(N群)における培養陽性率,検出菌の種類,また抜去後の再発率に関して比較検討した.I対象および方法三重大学医学部付属病院(以下,当院)において,2012年9月.2013年5月に当院を受診した後天性涙道閉塞(涙点・涙小管の閉塞・狭窄14例,涙.癒着・鼻涙管閉塞35例,2カ所以上の部位の閉塞6例,閉塞部位不明2例)の57例〔男性15名16例,女性28名32例,平均年齢69.7歳(34.93歳)〕を対象に涙道内視鏡による涙管チューブ挿入術を施行した.患者は無作為にL群とN群に割り振り,涙管チューブを挿入した.涙管チューブは2カ月間留置し,留置中は抗菌薬として0.3%ガチフロキサシン点眼を,消炎のために0.1%フルオロメトロン点眼を使用した.また涙管チューブ留置中は2週間おきに生理食塩水を用いて涙道洗浄を行った.涙点側より抜去した涙管チューブは先端を切除し,清潔なシャーレ内にチューブ内容物を少量の生理食塩水で洗い出した(図1).シャーレの内容物を市販のキット(カルチャースワブTMプラス,日本ベクトン・ディッキンソン)で採取し当院の細菌検査室にて菌検査を行った.菌が検出された場合には薬剤感受性試験を同時に行った.留置期間が2カ月を超える症例や,早期抜去に至った症例を除外した48例(L群26例(男性7名,女性19名,平均年齢68.3歳,涙点・涙小管閉塞6例,涙.癒着・鼻涙管閉塞17例,2カ所以上の閉塞3例),N群22例(男性8名,女性14名,平均年齢70.7歳,涙点・涙小管閉塞5例,涙.癒着・鼻涙管閉塞13例,2カ所以上の部位の閉塞4例)))について検討した.統計学的検定には,c2検定を用いた.II結果対象とした総検体数48例(L群26例,N群22例)のう図1チューブ内容物の圧出方法涙管チューブの先端を鋏刀で切除し,ブジー挿入部より生理食塩水で内容物を洗い出した.ち,L群では12例(46%),N群では10例(45%)で細菌あるいは真菌が検出された.培養陽性率に両群間で有意差は認められなかった(p=0.7696,c2検定).両群ともそれぞれ12株の菌が分離された(表1).L群の3例,N群の2例において2種類の菌が分離された.閉塞部位別の培養陽性率は,L群では涙.癒着・鼻涙管閉塞が9例(75%),涙点・涙小管系の閉塞が3例(25%)で,N群では涙.癒着・鼻涙管閉塞が6例(60%)で,涙点・涙小管系の閉塞が2例(20%),2カ所以上の部位の閉塞が2例(20%)であった(表2).どちらの群からも耐性菌は検出されなかった.チューブ抜去3カ月後の再発率はL群で4例(15%),N群で4例(18%)で,両群間で有意差は認められなかった(p=0.9789,c2検定).III考按流涙症を主訴とする涙道閉塞は,原発性のものと細菌やウイルス感染などに起因する二次性のものがある.いずれの場合においても,涙管チューブ挿入が第一選択の治療となる.涙管チューブには上下涙小管に挿入するbicanaliculartubeと,どちらか一方の涙小管に挿入するmonocanaliculartubeがあるが,わが国ではがおもにbicanaliculartubeが用いられている.涙管チューブ挿入術には涙道内視鏡・鼻内視鏡を併用する方法と併用しない方法があるが,内視鏡を併用しないでチューブを留置すると裂孔にチューブ挿入される率が高くなり治癒率が下がるといわれており,内視鏡を併用した表1涙管チューブ内容物からの分離菌NST群(n=22)LACRIFASTR群(n=26)グラム陽性菌グラム陽性菌Corynebacterium属5例Corynebacterium属2例Staphylococcus属1例Streptococcus属3例真菌真菌Candida属5例Candida属5例Fusarium属1例Aspergillus属1例Penicillium属1例両群ともにグラム陽性菌あるいは真菌が検出された.これらは鼻腔内の常在菌であった.n=22例(LACRIFAST群12例,うち3例からは2種類の菌,NST群10例,うち2例からは2種類の菌).表2閉塞部位別の培養陽性例NST群(n=10)LACRIFASTR群(n=12)涙点・涙小管系2例涙点・涙小管系3例涙.・鼻涙管系6例涙.・鼻涙管系9例2カ所以上2例2カ所以上0例菌が検出されたのは,ラクリファースト群では涙.・鼻涙管系の閉塞が75%,ヌンチャク型シリコーンチューブ群では60%であった.1034あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(112) チューブ挿入術が推奨されている1).シース誘導チューブ挿入法(sheathguidedintubation:SGI)2)は,テフロン製外筒(シース)を装着した涙道内視鏡により閉塞部位を解放した後(シース誘導内視鏡下穿破法3)),シースを涙道内に一時的に残し涙管チューブを挿入するためのガイドとして使用する方法であり,涙管チューブを正確に挿入する方法として広く行われている.2012年,涙管のチューブの先端が盲端になっているNSTに代わり,先端が開放され,内部に分泌物が溜まりにくい構造のLFが発売され使用されるようになった.LFは,先端が開放されており,ブジー挿入口から涙管チューブ内に流入した体液が貯留しにくい.その結果チューブ内は菌が繁殖しにくい環境となり,チューブ留置中の感染や炎症などの合併症が減り,涙道閉塞再発率が低くなるのではないかと考え,この仮説を検証するために今回研究を行った.抜去したチューブを観察すると,NSTでは,チューブ内腔で赤黒い血液成分や黄白色の体液貯留を認めることが多く,LFではチューブ内腔の体液貯留は少なかった.しかしながら,両者の菌検出率に有意差はなく,チューブ内腔の肉眼的な汚染状況と菌の検出率に関連は認められなかった.検出された菌の種類に関しては,両群ともにグラム陽性菌,真菌などの常在菌で構成されていたが,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)は検出されなかった.涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)後に挿入した涙管チューブ表面からの菌検出率に関しては,大野木4)によるDCR施行後2カ月以内における報告とKimら5)によるDCR施行後約5カ月における報告がある.菌検出率はそれぞれ80%,94%であり,分離菌のほとんどは鼻腔内の常在菌であった.これらの報告に比べ,今回筆者らの菌検出率が45%と低いのは,筆者らの報告がチュ─ブ表面でなく,チューブ内貯留物からの菌検出率であること,チューブ留置期間が2カ月と短いためと考えた.また,今回筆者らの報告では,L群,N群ともに涙道閉塞の閉塞部位が涙.である症例が約半数を占めていた.大野木やKimらの報告に比べ,鼻涙管閉塞の割合が低いことも菌検出率に差が出た原因と考えた.涙道手術後の軟部組織感染は再閉塞の原因となるといわれており,術後の抗菌薬使用により感染をコントロールする必要があると考えられている6).院内感染や日和見感染のおもな原因菌である緑膿菌による感染症は涙道の再閉塞をきたしやすいという報告がある5).今回の調査では涙管チューブ留置中に明らかな涙道感染症を発症した症例はなく,涙道閉塞再発例に共通する分離菌は存在しなかった.再発の危険因子と考えられている緑膿菌も分離されなかった.2種類の涙管チューブ内容物から微生物が培養される頻度に差はなく,チューブ先端の開放の有無にかかわらず,一定の割合でチューブ内腔も菌に汚染されていることがわかった.菌の検出が必ずしも感染症の成立を意味するわけではないが,菌の存在により炎症が遷延したりアレルギー反応などの免疫反応を誘発する可能性があることから,涙道内を清潔に保つため,涙道の炎症の有無を確認するためにも,定期的な診察と涙道洗浄が必要であると考えた.また,TS-1による涙道閉塞など,涙管チューブの留置期間が長期に及ぶような症例では涙管チューブの入れ替えを適宜行うことが望ましいと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)杉本学:【流涙症Q&A】涙道内視鏡手術編涙管チューブ挿入術について教えてください.あたらしい眼科30(臨増):192-195,20132)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20074)大野木淳二:涙管チューブ抜去後の菌検査.臨眼65:451455,20115)KimSE,LeeSJ,LeeSYetal:ClinicalsignificanceofmicrobialgrowthonthesurfacesofsiliconetubesremovedfromDacryocystorhinostomypatients.AmJOphthalmol153:253-257,20116)WallandMJ,RoseGE:Factorsaffectingthesuccessrateofopenlacrimalsurgery.BrJOphthalmol78:888-891,1994***(113)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151035

赤外線画像により観血的濾過胞再建術を観察した1例

2015年7月31日 金曜日

《第25回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科32(7):1027.1031,2015c赤外線画像により観血的濾過胞再建術を観察した1例野村英一*1安村玲子*1伊藤典彦*2野村直子*1長島崇充*1石戸岳仁*1武田亜紀子*1国分沙帆*3遠藤要子*4杉田美由紀*5水木信久*1*1横浜市立大学医学部眼科学教室*2鳥取大学農学部動物医療センター*3横浜労災病院眼科*4長後えんどう眼科クリニック*5蒔田眼科クリニックInfraredRayImagingofaFiltrationBlebRevisionEiichiNomura1),ReikoYasumura1),NorihikoItoh2),NaokoNomura1),TakamitsuNagashima1),TakehitoIshido1),AkikoTakeda1),SahoKokubu3),YokoEndo4),MiyukiSugita5)andNobuhisaMizuki1)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,2)3)YokohamaRosaiHospital,4)ChogoEndoEyeClinic,5)MaitaEyeClinicTottoriUniversityVeterinaryMedicalCenter,緒言:観血的濾過胞再建術で手術操作に有用な,結膜,Tenon.,強膜弁下の手術器具の視認性が赤外線(IR)画像により改善するか観察した.症例:86歳,男性.3年前に開放隅角緑内障に対し左眼の線維柱帯切除術を施行された.3カ月前から左眼漏出濾過胞となった.初診時VS=(0.4),左眼眼圧=3mmHg.観血的濾過胞再建術を施行時,手術顕微鏡に可視光のカラー画像用chargecoupleddevice(CCD)と,IR透過フィルター付のIR画像用CCDを設置した.結膜下のBlebknifeおよび剪刀,Tenon.の増生組織下の剪刀,強膜弁下の27G針およびBlebknifeの視認性を,1.全く見えない,2.先の形状まではわからない,3.先の形状まではっきりわかる,の3群に分け,可視光画像とIR画像で比較した.Tenon.の増生組織下の剪刀でIR画像は2,可視光画像は1,その他部位および器具でIR画像は3,可視光画像は2で,IR画像の視認性が良好であった.結論:IR画像は器具の視認性を改善する可能性がある.Purpose:Thevisualizationofsurgicalinstrumentsundertheconjunctiva,Tenon’scapsule,andscleralflapisdifficultwhenperformingsurgicalrevisionofafiltrationbleb.Thepurposeofthisstudywastoinvestigateinstrumentvisualizationbyuseofinfraredrays(IR)duringsurgery.Case:Thisstudyinvolvedan86-year-oldmalewhohadundergoneatrabeculectomy3yearspreviouslyduetoprimaryopen-angleglaucomaandwhowasdiagnosedwithaleakingblebinhislefteye3monthspriortopresentation.Visualizationofthesurgicalinstrumentsviacharge-coupleddevice(CCD)IRimagingwascomparedwiththatviaCCDvisiblerayimagingonasurgicalmicroscope.Thevisibilitywasclassifiedinto3groups:1)unabletoseeanything,2)unabletoseethepointofsurgicalinstrument,and3)abletoclearlyseethepointofsurgicalinstrument.ThevisibilityofallinstrumentsviaIRwasgrade3,whilethatviavisiblerayswasgrade2,exceptforthevisibilityofscissorsundertheTenon’scapsule,whichwasgrade2andgrade1,respectively.Conclusions:IRimagingholdspotentialasamethodforimprovingthevisualizationofsurgicalinstrumentsduringfiltrationblebrevision.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1027.1031,2015〕Keywords:赤外線,緑内障手術,漏出濾過胞,濾過胞再建術,画像化.infraredrays,glaucomasurgery,leakingbleb,filtrationblebrevision,imaging.はじめに波長がおよそ0.75.1,000μmの電磁波は赤外線(IR)とよばれる.そのうち,近赤外線はおよそ0.75.2.5μmの電磁波である.赤色の可視光線に近い特性のため,人間に感知できない光として,IRカメラや情報機器などに応用されている1).医療領域では,その組織深達度を利用したIRカメラシステムによる乳癌のセンチネルリンパ節生検への応用が知られる2.4).眼科領域ではインドシアニングリーンを用いた蛍光眼底造影検査が加齢黄斑変性症などの脈絡膜疾患に広く利用されている5.8).緑内障領域でIRを利用した研究としては,Kawasakiらのサーモグラフィを用いた濾過胞の機能評価の〔別刷請求先〕野村英一:〒236-0004横浜市金沢区福浦三丁目9番地横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:EiichiNomura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(105)1027 報告がある9).また,前眼部opticalcoherencetomography(OCT)はIRを光源とするが,これにより濾過胞形状を調べ,濾過機能の評価や10),濾過胞再建術に役立てた報告がある11).筆者らは,IR画像を用いることで,IRの組織深達性により,術前に以前の緑内障手術の強膜弁の位置を確認できることを報告した12).また,Ex-PRESSTM併用濾過手術の術後に,組織深達度の高いIR画像を用いて強膜弁下のExPRESSTMのプレートの部分を観察できることを報告した13).観血的濾過胞再建術の術中に,結膜下,Tenon.下,強膜弁下の手術器具の視認性が良いことは手術操作に有用である.今回,組織深達性があるIR画像で観血的濾過胞再建術の術中に,各種器具の視認性が改善されるか観察したので報告する.I症例患者:86歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:30年前,両眼の開放隅角緑内障と診断され,他院で右眼の線維柱帯切除術,その後,白内障手術を施行された.3年前,近医で左眼2時方向に円蓋部基底の結膜切開にて,マイトマイシンC併用線維柱帯切除術を施行された.2年前,左眼水晶体再建術(眼内レンズ挿入)を施行された.3カ月前より左眼濾過胞の輪部側の血管の乏しい菲薄化した部分から漏出があり,2013年1月当科初診となった.家族歴および既往歴:特記すべき事項はなかった.初診時所見:VD=0.04×IOL(0.06×IOL×sph.3.00D(cyl.0.75DAx130°),VS=0.2×IOL(0.4×IOL×sph.1.00D(cyl.1.75DAx170°),右眼眼圧=12mmHg,左眼ABC図1手術顕微鏡へのカラー可視光用CCDおよび赤外線用CCDの取り付け位置A:カラー可視光用CCD,B:赤外線用CCD,C:IR透過フィルター内蔵位置.眼圧=3mmHg.C/D比(陥凹乳頭比)は右眼0.95,左眼0.8であった.湖崎分類で右眼V期,左眼IIIb期であった.手術希望なく自己血清点眼にて経過観察された.経過:2014年4月より漏出量が増加し,左眼眼圧1mmHgと低下し,Descemet膜皺襞が生じたため,左眼の濾過胞再建術を施行された.濾過胞を円蓋部基底で再度切開し,結膜下を.離,菲薄化した強膜弁も.離後,縫合した.強膜弁の菲薄化部はTenon.で覆った.結膜の裏側の増生した組織は結膜より.離した.結膜は漏出部を切除後,強膜弁上を覆うように前方移動させ縫合した.手術顕微鏡(OPMIRVISU210,CarlZeiss,Oberkochen,Germany)に可視光のカラー画像用chargecoupleddevice(CCD)(MKC-307,IKEGAMITSUSHINKI,Tokyo,Japan)と,波長860nm以上のIRを透過するフィルター(IR-86,Fujifilm,Tokyo,Japan)を付けたIR画像用CCD(XC-EI50,Sony,Tokyo,Japan)を設置し,可視光画像とIR画像を同時に記録した(図1).①結膜.離時の濾過胞再建用クレセントナイフBlebknife(BKS-10AGF,KAI,Tokyo,Japan)およびマイクロ剪刀の視認性,②Tenon.の増生組織.離時のマイクロ剪刀の視認性,③強膜弁.離時の27G針およびBlebknifeの視認性について,1.まったく見えない,2.先の形状まではわからない,3.先の形状まではっきりわかる,の3群に分け,検者1名(術者・助手以外の者)により液晶モニター上で可視光画像とIR画像を比較した.今回の研究に際し,当院の倫理委員会の承認(承認番号B1000106015),および本人の文書による同意を得た.結膜の.離時,および強膜弁の.離時ではすべての器具でIR画像は3,可視光画像は2の視認性であった.Tenon.の増生組織の.離時のマイクロ剪刀は,IR画像は2,可視光画像は1の視認性であった(表1).図2~4に部位ごとの各器具の視認性を示した.矢頭部に器具の先端部を示した.2014年12月,VS=(0.4),左眼眼圧=4mmHg,濾過胞からの漏出は消失した.脈絡膜.離はみられず,OCTで黄斑浮腫はみられなかった.表1各部位における手術器具の可視光画像とIR画像による視認性の比較部位器具可視光IR結膜下Blebknifeマイクロ剪刀2233Tenon.の増生組織下マイクロ剪刀12強膜弁下27G針Blebknife22331028あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(106) Blebknifeマイクロ剪刀IR可視光IR図2結膜の.離時におけるBlebknifeおよびマイクロ剪刀の視認性上段:Blebknifeを用いて菲薄部周辺の固い癒着を.離している.可視光ではBlebknifeの先端の平滑な部分が先の形状まではわからない(=2)が,IRでは白く高反射で先の形状まで視認できた(=3).下段:マイクロ剪刀を用いて菲薄部周辺の固い癒着を.離している.可視光ではマイクロ剪刀は先の形状まではわからない(=2)が,IRでは白く高反射で先の形状まで視認できた(=3).マイクロ剪刀可視光IR図3Tenon.増生組織の.離時におけるマイクロ剪刀の視認性マイクロ剪刀を用いて円蓋部側のTenon.の増生組織を強膜から.離している.マイクロ剪刀は可視光ではまったくわからない(=1)が,IRでは白く高反射で先の形状まではわからないが視認できた(=2).II考察め,器具の視認性は組織の厚みや透過性の影響も受けることがわかった.Tenon.下の増生組織は可視光,IRともに他すべての部位で,同一器具においては,IR画像は可視光の部位よりは視認性が低く,逆に前房内は可視光もIRも視画像より視認性が高い傾向がみられた(表1).これはIRの認性は高かった.図3のTenon.下のマイクロ剪刀は,透組織深達性が可視光より高いことによると考えられた.過性の低いTenon.の増生組織がある場所では器具の視認近赤外線は組織深達性があるが可視光に近い性質ももつた性が低下し,増生組織が少ない部分ではIR画像での視認性(107)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151029 27G針Blebknife可視光IR図4強膜弁の.離時における27G針およびBlebknifeの視認性上段:27G針を用いて強膜弁を強膜床から.離した.27G針が強膜弁下にある部分は可視光では先の形状まではわからない(=2)が,IRでは先の形状まで視認できた(=3).下段:Blebknifeを用いて強膜弁を強膜床から.離した.可視光では先の形状まではわからない(=2)が,IRでは先の形状まで視認できた(=3).が得られた.このことを利用すると,Tenon.の増生の広がりを器具の視認性の変化で知ることできると考えられた.Blebknifeの刃の支持部,マイクロ剪刀の刃の部分,27G針のベベル部分などはIRで高輝度に描写される(図2~4).器具の平滑部分の反射によりIRは高反射となるため,平滑部分のある器具形状は視認性の改善に寄与すると考えられた.IR画像を確認しながら濾過胞再建術を行うと,器具の位置がわかるので,結膜の穿孔などのリスクを軽減できる.これにより手術の安全性が向上することが期待される.注意点としてIR画像は透過性がよいので操作に一定の慣れが必要であることがあげられる.今後,IRの波長の変更や画像処理を加えることでIR画像の視認性が改善する可能性がある.また,IR画像の表示も液晶モニターから,手術顕微鏡への小型モニターを搭載するなどにより術者の姿勢が改善され,作業効率の改善が期待される.前眼部OCTによる濾過胞の内部形状の確認が濾過胞再建術のガイドとなったという報告がある10).本症例に用いたIR画像用CCDは比較的安価であり,術中に器具の先端の位置情報を簡便な方法で得られることは濾過胞再建術の手術操作に有用であると考えられた.1030あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015III結論IR画像は,観血的濾過胞再建術における手術器具の視認性の改善に有用である可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)久野治義:赤外線の基礎.赤外線工学,p1-13,社団法人電子情報通信学会,19942)KitaiT,InomotoT,MiwaMetal:Fluorescencenavigationwithindocyaninegreenfordetectingsentinellymphnodesinbreastcancer.BreastCancer12:211-215,20053)小野田敏尚,槙野好成,橘球ほか:インドシアニングリーン(ICG)蛍光色素による乳癌センチネルリンパ節生検の経験.島根医学27:34-38,20074)鹿山貴弘,三輪光春:赤外観察カメラシステム(PDE)の開発と医用応用.MedicalScienceDigest34:78-80,20085)米谷新,森圭介:脈絡膜循環と眼底疾患.清水弘一(監修):ICG蛍光眼底造影─読影の基礎,p9-18,医学書院,20046)FlowerRW,HochheimerBF:Clinicaltechniqueandapparatusforsimultaneousangiographyoftheseparate(108) retinalandchoroidalcirculations.InvestOphthalmolVisSci12:248-261,19737)林一彦:赤外線眼底撮影法.眼科27:1541-1550,19858)YannuzziLA,SlakterJS,SorensonJAetal:Digitalindocyaninegreenangiographyandchoroidalneovascularization.Retina12:191-223,19929)KawasakiS,MizoueS,YamaguchiMetal:Evaluationoffilteringblebfunctionbythermography.BrJOphthalmol93:1331-1336,200910)KojimaS,InoueT,KawajiTetal:Filtrationblebrevisionguidedby3-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JGlaucoma23:312-315,201411)TominagaA,MikiA,YamazakiYukoetal:Theassessmentofthefilteringblebfunctionwithanteriorsegmentopticalcoherencetomography.JGlaucoma19:551-555,201012)野村英一,伊藤典彦,野村直子ほか:赤外線を用いた強膜弁の観察.あたらしい眼科28:879-882,201113)野村英一,伊藤典彦,澁谷悦子ほか:赤外線画像により強膜弁下のEx-PRESSTMフィルトレーションデバイスを観察した1例.あたらしい眼科31:909-912,2014***(109)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151031

手持ち眼圧計Icare®PRO の座位・仰臥位における眼圧精度と有用性

2015年7月31日 金曜日

《(00)1022(100)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第25回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科32(7):1022.1026,2015cはじめに手持ち眼圧計の一つであり2005年10月に発売されたIcareR(IcareFinlandOy)(以下,Icare)は麻酔不要で簡便に眼圧を測定することが可能である.そのためノンコンタクトトノメータ(NCT)で測定が困難な小児や寝たきりの患者,また緑内障患者における仰臥位での測定に多く用いられ〔別刷請求先〕都村豊弘:〒761-1703香川県高松市香川町浅野1260高松市民病院附属香川診療所眼科Reprintrequests:ToyohiroTsumura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TakamatsuMunicipalHospitalKagawaClinic,1260Asano,Kagawa-cho,Takamatsu761-1703,JAPAN手持ち眼圧計IcareRPROの座位・仰臥位における眼圧精度と有用性都村豊弘高松市民病院附属香川診療所眼科ClinicalEvaluationoftheNewReboundTonometerIcarePROintheSittingandSupinePositionsToyohiroTsumuraDepartmentofOphthalmology,TakamatsuMunicipalHospitalKagawaClinic目的:手持ち眼圧計IcareRの改良版であるIcareRPROにつき,他の眼圧計と比較し精度や有用性について検討した.対象および方法:対象は2013年7.9月に当診療所を受診し,本研究について同意が得られた168例168眼(右眼).座位でノンコンタクトレンズトノメータ(NCT),Icare,IcarePRO,Goldmann眼圧計(GAT)の順番で測定.つぎに仰臥位で5分間安静後IcareRPROで測定,その後顔を横に向けIcareで測定し,得られた眼圧値を比較・検討した.結果:座位での平均眼圧値はNCT13.7±3.5mmHg,Icare14.2±3.9mmHg,IcarePRO13.6±3.1mmHg,GAT12.8±3.3mmHg.仰臥位での平均眼圧値はIcarePRO15.6±3.2mmHg,Icare16.0±3.1mmHgであった.座位・仰臥位を含めた相関係数は0.813.0.943と強い相関があった.仰臥位に伴う眼圧上昇平均値はIcare1.79±1.77mmHg,Icare-PRO2.04±1.58mmHgであった.結論:IcarePROはIcareに比べNCTやGATとの眼圧値差やばらつきが少なく再現性に優れ,座位・仰臥位においても強い相関があったことからIcareより有用な機器であることが示唆された.Purpose:Tocompareandevaluateintraocularpressure(IOP)measurmentsobtainedbyuseoftheIcarePROandIcarereboundtonometers(IcareFinlandOy,Vantaa,Finland),anon-contacttonometer(NCT),andaGoldma-nnapplanationtonometer(GAT)inthesittingposition,andtheIcarePROandIcareinthesupineposition.Sub-jectsandMethods:Thisstudyinvolved168righteyesof168patientsseenatmyclinicbetweenJulyandSep-tember2013.IOPmeasurementswereobtainedinthesittingpositionusingNCT,Icare,IcarePRO,andGAT.Inthesupineposition,IOPmeasurementsweretakenusingIcarePROandIcare.Themean±standarddeviationIOPmeasurementsofalltonometerswerethencompared.Statisticalagreementbetweenthetonometerswascalculatedusingat-test,correlationanalysis,andtheBland-Altmanmethod.Results:ThemeanIOPsobtainedinthesittingpositionbyNCT,Icare,IcarePRO,andGATwere13.7±3.5mmHg,14.2±3.9mmHg,13.6±3.1mmHg,and12.8±3.3mmHg,respectively.CorrelationanalysisofthesedataindicatedagoodcorrelationbetweenIOPreadingsobtainedbyuseofalltonometers(r=0.813.0.943).ThemeanIOPsobtainedinthesupinepositionbyIcarePROandIcarewere15.6±3.2mmHgand16.0±3.1mmHg,respectively.Conclusion:IOPmeasurementsobtainedbyuseoftheIcarePROshowgoodcorrelationandagreementwiththoseobtainedbyuseofIcare,NCT,andGATinthesittingpositionandIcareinthesupineposition.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(7):1022.1026,2015〕Keywords:眼圧,座位,仰臥位,アイケア,アイケアPRO.intraocularpressure,sittingposition,supineposi-tion,Icare,IcarePRO. あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151023(101)るようになった.しかし,本機器での測定値はNCTやGoldmann眼圧計(GAT)に比べて高めに出やすい傾向があり,また仰臥位での測定では下に向けて測定できないため顔を横に向ける必要があった.そこで同社では改良版として,下に向けても測定が可能で,プローブも滅菌化されたIcareRPRO(以下,IcarePRO)を開発し2012年10月わが国でも発売開始した.そこでIcarePROに関してIcareならびに他の眼圧計と比較し眼圧精度や有用性について検討した.I対象および方法対象は2013年7.9月に当診療所を受診し,内眼手術の既往がなく,本研究について口頭で同意が得られた168例168眼である.測定眼はすべて右眼とした.内訳は男性66名,女性102名,平均年齢は72.8±9.9(15.94)歳であった.眼圧測定は以下の順序で行った.検者はNCTに関しては当診療所スタッフ2名で行い,それ以外は筆者1名がすべての症例の測定を行った.まず座位で①NCT(TOPCONCT-90A),②Icare,③IcarePRO,④GAT,つぎに仰臥位で5分間安静後⑤IcarePRO,その後顔を横に向けて⑥Icareで測定した.NCTでは測定を3回,Icare,IcarePROについては測定を6回行い,表示された眼圧値の平均を算出した.得られた眼圧値はt検定,相関,Bland-Altman分析を用いて比較・解析を行った.系統誤差に関しては本研究の誤差の許容範囲を「誤差の許容範囲(limitsofagreement:LOA)」と定義し2機種の差の平均(d),その値の標準偏差(SD),95%信頼区間の定義値(1.96)より95%LOAとしてd±1.96SDの式で算出することができる1).d±1.96SDの範囲が機種間の誤差として許容範囲内であるかどうかを検討した.さらに対象者を正常群122名(男性35名,女性87名,平均年齢73.5±8.5歳)と視野異常を認め点眼などの加療を行っている緑内障〔このなかに狭義の原発開放隅角緑内障(POAG)と正常眼圧緑内障(NTG)を含む〕群46名(男性31名,女性15名,平均年齢71.0±12.8歳)に分類した.そしてIcareとIcarePROで座位,仰臥位での測定値を基にt検定で解析し,仰臥位に伴う眼圧値の変化が正常者と緑内障患者で差異があるかどうかを検討した.統計処理に関して統計ソフトはMicrosoftOfficeExcelを使用しt検定の有意水準は5%未満とした.II結果測定機器ごとの結果を示す.座位における平均眼圧値はNCT13.7±3.5mmHg,Icare14.2±3.9mmHg,Icare-PRO13.6±3.1mmHg,GAT12.8±3.3mmHgであった.仰臥位における平均眼圧はIcarePRO15.6±3.2mmHg,Icare16.0±3.1mmHgであった.各機器間においてNCTとIcarePRO間を除いて有意差があった(対応のあるt検定:有意差ありの機器間のp値はすべてp<0.003,NCT-Icare-PRO間はp=0.390)(図1).次にIcare,IcarePROとNCT間,Icare,IcarePROとGAT間における相関関係の図を示す(図2,3).それぞれの機器間におけるPearsonの相関係数(.1<r<+1)はr=0.893.0.921となり強い相関を認めた.また,座位・仰臥位を含めた各測定機器間すべてにおけるPearsonの相関係数もr=0.813.0.943となり強い相関を認めた.座位におけるBland-Altman分析を行ったところ,Icare-NCT間の差は平均が0.58mmHgで95%LOAは.2.41.3.56mmHg,Icare-GAT間の差は平均が1.47mmHgで95%LOAは.1.99.4.93mmHgであった.それに対しIcare-PRO-NCT間の差は平均が.0.10mmHgで95%LOAは.3.06.2.86mmHg,IcarePRO-GAT間の差は平均が0.79mmHgで95%LOAが.1.99.3.58mmHgとなり,GATとの比較においてIcarePROのほうがIcareに比べてばらつきが少なく再現性に優れているという結果となった(図4,5).仰臥位に伴うIcare,IcarePROを用いた眼圧上昇度の分布をみると,上昇度が1.2mmHg台はIcarePROのほうが多いがそれ以上になるとIcareのほうが多い結果となった.逆に仰臥位になることで眼圧が低下した症例もIcareで11眼(6.5%),IcarePROで9眼(5.4%)あった(図6).両機種における眼圧上昇平均値はIcareが1.79±1.77mmHg,IcarePROが2.04±1.58mmHgとIcarePROが約2mmHg高値であったが有意差はなかった(p=0.171,t検定).さらに対象者を正常群と緑内障群に分けて解析したところ正常群における眼圧上昇度はIcareが1.7±1.7mmHg,IcarePROが2.0±1.5mmHgだったのに対し,緑内障群ではIcareが2.1±1.9mmHg,IcarePROが2.3±1.8mmHgであった.ただし正常群間,緑内障群間,同一機種間において眼圧上昇度における有意差はなかった(t検定p値:正常群間p=0.072,緑内障群間p=0.490,Icare間p=0.187,IcarePRO間p=図1各眼圧計における眼圧平均値の比較数値は眼圧平均値±標準偏差.0510152025NCTIcareIcarePROGATIcarePROIcare眼圧値(mmHg)座位仰臥位13.7±3.514.2±3.913.6±3.112.8±3.315.6±3.216.0±3.1あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151023(101)るようになった.しかし,本機器での測定値はNCTやGoldmann眼圧計(GAT)に比べて高めに出やすい傾向があり,また仰臥位での測定では下に向けて測定できないため顔を横に向ける必要があった.そこで同社では改良版として,下に向けても測定が可能で,プローブも滅菌化されたIcareRPRO(以下,IcarePRO)を開発し2012年10月わが国でも発売開始した.そこでIcarePROに関してIcareならびに他の眼圧計と比較し眼圧精度や有用性について検討した.I対象および方法対象は2013年7.9月に当診療所を受診し,内眼手術の既往がなく,本研究について口頭で同意が得られた168例168眼である.測定眼はすべて右眼とした.内訳は男性66名,女性102名,平均年齢は72.8±9.9(15.94)歳であった.眼圧測定は以下の順序で行った.検者はNCTに関しては当診療所スタッフ2名で行い,それ以外は筆者1名がすべての症例の測定を行った.まず座位で①NCT(TOPCONCT-90A),②Icare,③IcarePRO,④GAT,つぎに仰臥位で5分間安静後⑤IcarePRO,その後顔を横に向けて⑥Icareで測定した.NCTでは測定を3回,Icare,IcarePROについては測定を6回行い,表示された眼圧値の平均を算出した.得られた眼圧値はt検定,相関,Bland-Altman分析を用いて比較・解析を行った.系統誤差に関しては本研究の誤差の許容範囲を「誤差の許容範囲(limitsofagreement:LOA)」と定義し2機種の差の平均(d),その値の標準偏差(SD),95%信頼区間の定義値(1.96)より95%LOAとしてd±1.96SDの式で算出することができる1).d±1.96SDの範囲が機種間の誤差として許容範囲内であるかどうかを検討した.さらに対象者を正常群122名(男性35名,女性87名,平均年齢73.5±8.5歳)と視野異常を認め点眼などの加療を行っている緑内障〔このなかに狭義の原発開放隅角緑内障(POAG)と正常眼圧緑内障(NTG)を含む〕群46名(男性31名,女性15名,平均年齢71.0±12.8歳)に分類した.そしてIcareとIcarePROで座位,仰臥位での測定値を基にt検定で解析し,仰臥位に伴う眼圧値の変化が正常者と緑内障患者で差異があるかどうかを検討した.統計処理に関して統計ソフトはMicrosoftOfficeExcelを使用しt検定の有意水準は5%未満とした.II結果測定機器ごとの結果を示す.座位における平均眼圧値はNCT13.7±3.5mmHg,Icare14.2±3.9mmHg,Icare-PRO13.6±3.1mmHg,GAT12.8±3.3mmHgであった.仰臥位における平均眼圧はIcarePRO15.6±3.2mmHg,Icare16.0±3.1mmHgであった.各機器間においてNCTとIcarePRO間を除いて有意差があった(対応のあるt検定:有意差ありの機器間のp値はすべてp<0.003,NCT-Icare-PRO間はp=0.390)(図1).次にIcare,IcarePROとNCT間,Icare,IcarePROとGAT間における相関関係の図を示す(図2,3).それぞれの機器間におけるPearsonの相関係数(.1<r<+1)はr=0.893.0.921となり強い相関を認めた.また,座位・仰臥位を含めた各測定機器間すべてにおけるPearsonの相関係数もr=0.813.0.943となり強い相関を認めた.座位におけるBland-Altman分析を行ったところ,Icare-NCT間の差は平均が0.58mmHgで95%LOAは.2.41.3.56mmHg,Icare-GAT間の差は平均が1.47mmHgで95%LOAは.1.99.4.93mmHgであった.それに対しIcare-PRO-NCT間の差は平均が.0.10mmHgで95%LOAは.3.06.2.86mmHg,IcarePRO-GAT間の差は平均が0.79mmHgで95%LOAが.1.99.3.58mmHgとなり,GATとの比較においてIcarePROのほうがIcareに比べてばらつきが少なく再現性に優れているという結果となった(図4,5).仰臥位に伴うIcare,IcarePROを用いた眼圧上昇度の分布をみると,上昇度が1.2mmHg台はIcarePROのほうが多いがそれ以上になるとIcareのほうが多い結果となった.逆に仰臥位になることで眼圧が低下した症例もIcareで11眼(6.5%),IcarePROで9眼(5.4%)あった(図6).両機種における眼圧上昇平均値はIcareが1.79±1.77mmHg,IcarePROが2.04±1.58mmHgとIcarePROが約2mmHg高値であったが有意差はなかった(p=0.171,t検定).さらに対象者を正常群と緑内障群に分けて解析したところ正常群における眼圧上昇度はIcareが1.7±1.7mmHg,IcarePROが2.0±1.5mmHgだったのに対し,緑内障群ではIcareが2.1±1.9mmHg,IcarePROが2.3±1.8mmHgであった.ただし正常群間,緑内障群間,同一機種間において眼圧上昇度における有意差はなかった(t検定p値:正常群間p=0.072,緑内障群間p=0.490,Icare間p=0.187,IcarePRO間p=図1各眼圧計における眼圧平均値の比較数値は眼圧平均値±標準偏差.0510152025NCTIcareIcarePROGATIcarePROIcare眼圧値(mmHg)座位仰臥位13.7±3.514.2±3.913.6±3.112.8±3.315.6±3.216.0±3.1 1024あたらしい眼科Vol.32,No.7,2015(102)0.241)(図7).III考按点眼麻酔が不要で下に向けて測定が可能な手持ち眼圧計としてIcarePROが国内では2012年7月に発売された.Icareと比べてIcarePROのその他の特徴としては,①表示画面の拡大,②1,000件以上の測定結果を保存でき画面に表示するだけでなくUSB経由でPCに転送可能,③測定プローブが図2Icare,IcarePROとNCTによる眼圧値の比較IcareおよびIcarePROとNCTによる眼圧測定値の散布図.実線は近似回帰直線.Icare:Y=1.03X+0.15,IcarePRO:0.81X+2.44.Pearsonの相関係数はIcare:0.921,IcarePRO:0.901.051015202530051015202530NCT(mmHg)Icare(mmHg)051015202530051015202530NCT(mmHg)IcarePRO(mmHg)図3Icare,IcarePROとGATによる眼圧値の比較IcareおよびIcarePROとGATによる眼圧測定値の散布図.実線は近似回帰直線.Icare:Y=1.06X+0.73,IcarePRO:0.86X+2.54.Pearsonの相関係数はIcare:0.893,IcarePRO:0.903.051015202530051015202530GAT(mmHg)Icare(mmHg)051015202530051015202530GAT(mmHg)IcarePRO(mmHg)図4Icare,IcarePROとNCTの眼圧値のBland.AltmanPlotによる比較実線は対象機種の差の平均値〔d(Icare):0.58mmHg,d(IcarePRO):.0.10mmHg〕,点線はLOA:d±1.96x標準偏差(SD)(Icare上限:3.56mmHg,下限:.2.41mmHg,IcarePRO上限:2.86mmHg,下限:.3.06mmHg).-5-4-3-2-1012345678051015202530IcareとNCTの眼圧平均値(mmHg)IcareとNCTの眼圧差(mmHg)-5-4-3-2-1012345678051015202530IcarePROとNCTの眼圧平均値(mmHg)IcarePROとNCTの眼圧差(mmHg)dd+1.96×SDd-1.96×SDdd+1.96×SDd-1.96×SD-5-4-3-2-1012345678051015202530IcareとGATの眼圧平均値(mmHg)IcareとGATの眼圧差(mmHg)-5-4-3-2-1012345678051015202530IcarePROとGATの眼圧平均値(mmHg)IcarePROとGATの眼圧差(mmHg)d+1.96×SDd-1.96×SDd+1.96×SDd-1.96×SDdd図5Icare,IcarePROとGATの眼圧値のBland.AltmanPlotによる比較実線は対象機種の差の平均値〔d(Icare):1.47mmHg,d(IcarePRO):0.79mmHg〕,点線はLOA:d±1.96x標準偏差(SD)(Icare上限:4.93mmHg,下限:.1.99mmHg,IcarePRO上限:3.58mmHg,下限:.1.99mmHg). (103)あたらしい眼科Vol.32,No.7,20151025滅菌済製品として提供されるなどがあげられる.ただし測定画面が大きくなった分,幅が32mmから46mmと拡大し重量も250gから275gと若干重くなっている.今回Icare-PROの眼圧測定値に関してIcareならびに他の眼圧計と比較し精度や有用性について検討した.IcarePROで測定した眼圧値の精度に関してはGATとの比較を中心に多くの報告がなされている.対象患者数や緑内障患者か否かの割合が論文ごとに異なるものの,IcarePROの平均眼圧値はGATと比べて差が.0.9.0.7mmHgの範囲で報告されている2.7).今回座位でIcare,IcarePROで得られた測定値をNCT,GATそれぞれと比較したところ,IcareはNCTより0.5mmHg,GATより1.4mmHg高かった.一方,IcarePROはGATより0.8mmHg高かったがNCTより0.1mmHg低く,測定機器間で唯一有意差もなかった.また,NCTやGATとのBland-Altman分析において,IcarePROはIcareに比べて測定値のばらつきはNCTでは変わりなかったが,GATとの比較ではIcarePROのほうが少なかった.GATの眼圧測定値がgoldstandardである8)という現状からすればIcarePROの測定値はGATに近づいたことになり,その結果測定精度はIcareより改善されていると思われた.仰臥位による眼圧上昇に関しては今までにも他の眼圧計による多数の報告例がある.Pneumatonometer(Reichert社)を用いたものでは座位と比べて3.9.4.2mmHg上昇したとの報告がある9,10).TonopenRXL,TonopenRAVIA(Reichert社)などを用いたものでは0.76.2.2mmHg上昇したとの報告がある6,9.12).また,本研究で用いたIcarePROで測定した仰臥位による眼圧上昇に関してもいくつかの報告例がある.これも対象患者において緑内障の有無などが異なるが,平均上昇値が.0.9.2.9mmHgであった6,7,9,13).報告例の大半では平均値は上昇しているものの,なかには0.9mmHg低下した報告例もある9).当診療所で調査した結果では座位と比べIcareで1.8mmHg,IcarePROで2.0mmHgの上昇を認め両機器間における有意差はなかった.この結果はIcarePROに関しては報告例の範囲内ではあった.また,対象者を正常群と緑内障群に分けて眼圧上昇度をみたところ,緑内障群のほうが若干高値であったがこれも有意差はなかった.過去の報告6,7,9,13)でも緑内障患者における上昇度が高い傾向があり,本研究もそれに沿った結果となった.仰臥位に伴う眼圧上昇は緑内障における眼圧の日内変動において重要なファクターである.Kiuchiらは正常眼圧緑内障患者において仰臥位眼圧および仰臥位眼圧上昇幅とMDslopeとの関係を調べたところ,有意な負の相関を認めたと報告している14).このことから,緑内障治療向上のためには仰臥位眼圧上昇幅も可能な限り小さくすることが必要であると思われる.本研究でもIcarePROによる測定で眼圧が7.4mmHg上昇した症例があった.仰臥位でIcareのように顔を横に向ける手間がなく簡便に測定できるIcarePROは,緑内障患者に対する治療方針決定において有用な機器であると思われた.このようにIcareの欠点を改善したIcarePROは眼圧測定精度などでIcareより優位であることが示された.そのため仰臥位での眼圧測定など,眼圧の日内変動を中心とした緑内障の治療方針の決定にこれまで以上に役立つことが考えられる.以上のことからIcarePROはIcareよりも有用であることが示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし【文献】1)BlandM,AltmanDG:Statisticalmethodsforassessingagreementbetweentwomethodsofclinicalmeasurement.Lanset1:307-310,19862)HladikovaE,PluhacekF,MaresovaK:ComparisonofmeasurementofintraocularpressurebyICAREPRORtonometerandGoldmannapplanationtonometer.Cesk0510152025303540割合(%)■Icare■IcarePRO-3.0~-2.1-2.0~-1.1-1.0~-0.10.0~0.91.0~1.92.0~2.93.0~3.94.0~4.95.0~5.96.0~6.97.0~7.9眼圧上昇度(mmHg)図6Icare,IcarePROによる仰臥位に伴う眼圧上昇度の分布0510152025Icare(N)IcarePRO(N)Icare(G)IcarePRO(G)眼圧値(mmHg)13.5±3.415.2±3.613.0±2.714.9±2.816.2±4.518.3±4.715.2±3.617.4±3.6■座位■仰臥位図7正常者と緑内障患者別における仰臥位に伴う眼圧上昇度の比較N:正常群,G:緑内障群.数値は眼圧平均値±標準偏差.0510152025303540割合(%)■Icare■IcarePRO-2.0~-1.10.0~0.92.0~2.94.0~4.96.0~6.9-3.0~-2.1-1.0~-0.11.0~1.93.0~3.95.0~5.97.0~7.9眼圧上昇度(mmHg)図6Icare,IcarePROによる仰臥位に伴う眼圧上昇度の分布滅菌済製品として提供されるなどがあげられる.ただし測定画面が大きくなった分,幅が32mmから46mmと拡大し重量も250gから275gと若干重くなっている.今回IcarePROの眼圧測定値に関してIcareならびに他の眼圧計と比較し精度や有用性について検討した.IcarePROで測定した眼圧値の精度に関してはGATとの比較を中心に多くの報告がなされている.対象患者数や緑内障患者か否かの割合が論文ごとに異なるものの,IcarePROの平均眼圧値はGATと比べて差が.0.9.0.7mmHgの範囲で報告されている2.7).今回座位でIcare,IcarePROで得られた測定値をNCT,GATそれぞれと比較したところ,IcareはNCTより0.5mmHg,GATより1.4mmHg高かった.一方,IcarePROはGATより0.8mmHg高かったがNCTより0.1mmHg低く,測定機器間で唯一有意差もなかった.また,NCTやGATとのBland-Altman分析において,IcarePROはIcareに比べて測定値のばらつきはNCTでは変わりなかったが,GATとの比較ではIcarePROのほうが少なかった.GATの眼圧測定値がgoldstandardである8)という現状からすればIcarePROの測定値はGATに近づいたことになり,その結果測定精度はIcareより改善されていると思われた.仰臥位による眼圧上昇に関しては今までにも他の眼圧計による多数の報告例がある.Pneumatonometer(Reichert社)を用いたものでは座位と比べて3.9.4.2mmHg上昇したとの報告がある9,10).TonopenRXL,TonopenRAVIA(Reichert社)などを用いたものでは0.76.2.2mmHg上昇したとの報告がある6,9.12).また,本研究で用いたIcarePROで測定した仰臥位による眼圧上昇に関してもいくつかの報告例がある.これも対象患者において緑内障の有無などが異なるが,平均上昇値が.0.9.2.9mmHgであった6,7,9,13).報告例の大半では平均値は上昇しているものの,なかには0.9mmHg低下した報告例もある9).当診療所で調査した結果では座位と比べIcareで1.8mmHg,IcarePROで2.0mmHgの上昇(103)0510152025Icare(N)IcarePRO(N)Icare(G)IcarePRO(G)眼圧値(mmHg)13.5±3.415.2±3.613.0±2.714.9±2.816.2±4.518.3±4.715.2±3.617.4±3.6■座位■仰臥位図7正常者と緑内障患者別における仰臥位に伴う眼圧上昇度の比較N:正常群,G:緑内障群.数値は眼圧平均値±標準偏差.を認め両機器間における有意差はなかった.この結果はIcarePROに関しては報告例の範囲内ではあった.また,対象者を正常群と緑内障群に分けて眼圧上昇度をみたところ,緑内障群のほうが若干高値であったがこれも有意差はなかった.過去の報告6,7,9,13)でも緑内障患者における上昇度が高い傾向があり,本研究もそれに沿った結果となった.仰臥位に伴う眼圧上昇は緑内障における眼圧の日内変動において重要なファクターである.Kiuchiらは正常眼圧緑内障患者において仰臥位眼圧および仰臥位眼圧上昇幅とMDslopeとの関係を調べたところ,有意な負の相関を認めたと報告している14).このことから,緑内障治療向上のためには仰臥位眼圧上昇幅も可能な限り小さくすることが必要であると思われる.本研究でもIcarePROによる測定で眼圧が7.4mmHg上昇した症例があった.仰臥位でIcareのように顔を横に向ける手間がなく簡便に測定できるIcarePROは,緑内障患者に対する治療方針決定において有用な機器であると思われた.このようにIcareの欠点を改善したIcarePROは眼圧測定精度などでIcareより優位であることが示された.そのため仰臥位での眼圧測定など,眼圧の日内変動を中心とした緑内障の治療方針の決定にこれまで以上に役立つことが考えられる.以上のことからIcarePROはIcareよりも有用であることが示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし【文献】1)BlandM,AltmanDG:Statisticalmethodsforassessingagreementbetweentwomethodsofclinicalmeasurement.Lanset1:307-310,19862)HladikovaE,PluhacekF,MaresovaK:ComparisonofmeasurementofintraocularpressurebyICAREPRORtonometerandGoldmannapplanationtonometer.Ceskあたらしい眼科Vol.32,No.7,20151025 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