監修=坂本泰二◆シリーズ第179回◆眼科医のための先端医療山下英俊水平方向の角膜内水分移動である角膜内渦流の存在と角膜浮腫発生機構井上智之(多根記念眼科病院・愛媛大学眼科学教室)大橋裕一(愛媛大学)角膜が透明性を保つためには角膜内皮細胞による水分維持が不可欠で,内皮機能が破綻すると角膜浮腫を生じます.従来,定説となっています角膜透明性維持・角膜浮腫発生のメカニズムは,垂直方向の水の動きに基づいて,角膜実質のもつ膨潤圧や眼圧,細胞間接着によるバリア機能や濃度勾配に逆らうポンプ機能などの角膜内皮細胞を介した,角膜実質と前房の垂直方向の水分移動として説明されてきました1).しかし,白内障術後に角膜周辺部に存在する限局性角膜浮腫が慢性的に進行して中央部まで拡大し,角膜全体の浮腫を呈する例2)をはじめとして,角膜内皮細胞障害眼の実際の臨床観察のなかで,角膜内で水平方向の水の動きの存在を示唆する臨床所見が存在します.これは,従来からの垂直方向の水分移動の概念だけでは説明ができません.筆者らは,垂直方向の水の移動様式のみならず,中央と周辺でとらえる角膜内の水平方向の水移動パターンが存在して,角膜浮腫の発生に影響するのではと仮説を立て,実験的に検証しました.実験方法は,角膜内の水移動を可視化する目的で,家兎角膜実質にトレーサーとして蛍光染色液を角膜実質内図1正常角膜内には水平方向の水分移動である角膜内渦流が存在するa:中央部へのフルオレスセイン実質内注射直後.染色液のプーリングはクエンチング現象にて緑色のリング状にみえる.白点線内は角膜内を示す.b:注射4分後のフィルター映像.中央のプーリングポイントより,周辺に向かって1方向に線状の流れが生じる.c:注射8分後.周辺部に到達した線状流は周辺部を円弧状になぞるように流れる.d:注射15分後.再び中央部へ向かって水平方向の渦状の回旋流となり,次第に角膜全体に及ぶ.(65)あたらしい眼科Vol.32,No.11,201515770910-1810/15/\100/頁/JCOPY図2全水疱性角膜症においては角膜内渦流は存在しないa:注射3分後のフィルター映像.b:注射15分後.角膜全体におよぶ水疱性角膜症眼においては,正常眼でみられた角膜内渦流は存在せず,受動的な拡散を認めるのみである.注射して色素移動を追跡することにより,角膜内の水分移動様式を検討しました.正常角膜内における水平報告の水分移動パターンを図1に示します.まず中央の円形の染色液プーリングポイントより,角膜周辺に向かって1方向に流れが生じます.これは周辺部をなぞるように流れてから,再び中央部へ向かって,水平方向の渦状の回旋流を示します.ぐるぐると回る回旋流は次第に拡大して全体角膜を覆っていくこととなります.筆者らは,この水平方向の角膜内の水分移動を初めて発見して,角膜内渦流(Inoue-Ohashiphenomenon)と名付けて報告しました3).角膜浮腫眼における水平方向の角膜内水移動を検証しました.全水疱性角膜症眼における色素移動パターンは,角膜内渦流は存在せず,染色液の拡散のみ認められます(図2).さらに,限局性周辺角膜浮腫眼においては,周辺部浮腫の存在しない反対側より,正常パターンと同様な角膜渦流が生じ,徐々に全体に広がります.しかし,周辺浮腫が存在する部分には,水流は侵達しません.このことから,水平方向の角膜内渦流の動きが悪くなり到達しない部分に周辺部角膜浮腫が発生していることが示唆されました.次に,限局的な角膜への影響でなく,角膜全体への内皮機能障害として,角膜内皮ポンプを阻害する薬剤であるウアバインを前房内注射した眼において,角膜内渦流を観察しました.まず,高度の角膜内皮障害モデルとして,高濃度ウアバイン前房内投与モデルへの色素注射を施行すると,角膜内渦流をまったく認めませんでした.さらに,軽度の角膜内皮障害モデルとしての低濃度ウアバイン投与モデルにおいては,正常よりも弱い角膜内渦流を観察できました.このように,ウアバイン濃度依存的に角膜渦流は弱まっていることが示されて,角膜内渦流のドライビングフォースは角膜内皮細胞ポンプ作用が関与することが明らかになりました.筆者らは,角膜内の水平方向の水分移動である角膜内渦流を発見し,角膜内渦流は角膜全体の内皮ポンプ機能を反映していることを示しました.角膜内皮細胞の機能の低下が進行すると,角膜内水平方向の水移動である角膜内渦流が弱まります.それによって,角膜周辺部に角膜内渦流が到達しにくい領域ができて,周辺部に水分が貯留しやすくなり,角膜周辺浮腫が生じやすい状態に陥ると考えられました.さらに内皮機能障害が進行すると1578あたらしい眼科Vol.32,No.11,2015(66)周辺に存在した浮腫領域が拡大して,最終的に瞳孔領など中央部まで拡大して全角膜浮腫の状態に陥るという,角膜内渦流と角膜浮腫進展様式のメカニズムを示すモデルが考えられました(図3).角膜内渦流の生理的意義は,ダイナミックな角膜内の水平方向の物質ターンオーバーに必要と考えられます.将来,この新しい角膜の生理現象は,さまざまな角膜疾患の病的所見や新しい治療の解明の鍵になる可能性があり,今後もさらなる探究が必要と考えています.文献1)KlyceSD,RussellSR:Numericalsolutionofcoupledtransportequationsappliedtocornealhydrationdynam-ics.JPhysiol292:107-134,19792)GothardTW,HardtenDR,LaneSSetal:Clinical.ndingsinBrown-McLeansyndrome.AmJOphthalmol115:729-737,19933)InoueT,KobayashiT,NakaoSetal:Horizontalintracor-nealswirlingwatermigrationindicativeofcornealendo-thelialfunction.InvestOphthalmolVisSci55:8006-8014,2014■「水平方向の角膜内水分移動である角膜内渦流の存在と角膜浮腫発生機構」を読んで■これはきわめて驚くべき発見です.角膜が透明であ定義するという天才型研究は日本人には不得意であるることが良好な視力維持のためにもっとも重要であるとされていました.今回の発見はまさに後者にあたりことは常識です.その中心となる細胞は角膜内皮細胞ます.であり,これが実質から水を汲み出すことが重要であこの発見のさらに優れた点は,この現象と臨床所見るというのも眼科医にとっては常識です.このこととを結びつけることに成功した点です.医学上の発見は,手術後に角膜内皮が障害されると水疱性角膜症をは数多くありますが,疾患と結びついてこそ,その発発症するという経験からも実感されていると思いま見は輝きを増します.その意味からも,今回の発見はす.ところが,「角膜実質の水の動きはどうか」とい医学上の重要な発見なのです.角膜治療により,実質う命題に関しては,まったく考えもしなかったという内の水の動きはどのように変化し,それがどのようなのが本当のところではないでしょうか.少なくとも私結果を生むのか?井上先生の発見により誕生した研はそうでした.今回の井上先生の発見は,今まで誰も究領域はどんどん拡大して行くことでしょう.思い到らなかったこの問題にまったく新しい境地を開私は天才型発見について述べた論文を読んだ後,どいたという点から,大いに称賛されるべきものです.のようにしてこの発見に至ったのかを知りたくなりま今まで論議されていた事象について,問題解決の糸口す.井上先生,大橋先生にお会いしたら,ぜひお聞きを開くというような秀才型研究は日本人の得意とするしたいと思います.所ですが,今まで誰も思いつかなかった命題を新たに鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆(67)あたらしい眼科Vol.32,No.11,20151579