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日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで

2014年4月30日 水曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑯責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑯責任編集浜松医科大学堀田喜裕NEIのこと,JinH.Kinoshita先生のこと樋口真琴(MakotoHiguchi)社会医療法人秀眸会大塚眼科病院理事長・院長1974年北海道大学医学部卒業.北海道大学医学部付属病院医員.1979年国立札幌病院勤務.1980年北海道大学医学部付属病院医員.1981年北海道大学医学部付属病院助手.1987~1989年米国国立眼研究所VisitingAssociate(日本学術振興会─NEI交換留学プログラム).1989年医療法人社団秀眸会大塚眼科病院勤務.理事長・院長,現在に至る.私が大学を卒業した頃は,インターン制度もなく,今のような初期研修もありませんでしたから,卒業するとすぐに眼科に入局しました.北海道大学で12年ほど研修し,臨床にも自信がつき,学位もいただき,そろそろ外の病院に出ようかというときに,何か大学でなければできないことで,やり残したことはないかと考えました.そして,留学をしていないことに気づいたのです.先輩からのコネの留学など,私のような女性に,まして3人の子持ちになどにお声がかかるわけもありません.なんとか自分の力で留学の道をさがそうと考えていたときに,日本学術振興会の長期在外研究員の募集のポスターを見つけました.その募集要項を調べてみましたら,米国の受け入れ先が国立眼研究所(NationalEyeInstitute:NEI)であることがわかり,定員は年にたった一人ではあるけれど,NEIということはきっと医療関係者,とくに眼科医を募集するのだろうから,自然科学一般の研究者を対象にする他の国より競争率が低いのではないかと考えました.「そんなものに応募しても北海道の田舎者にはあたらないよ」とアドバイスしてくださる先輩もいましたが,だめもとで応募してみましたら,その年はよほど応募が少なかったのか合格してしまいました.日本学術振興会とNEIの交換留学プログラムで渡米することになりました.その受け入れ先の責任者が当時ScientificDirectorであられたJinH.Kinoshita先生でした.NEIを初めて訪れた日に,Jin先生のところにご挨拶に行きました.大変威厳のある,でも人を包み込むような温かさのあるやさしいお父さんといった印象を受けました.私は北海道大学で杉浦教授の下でぶどう膜(75)炎,眼免疫アレルギーを勉強していましたので,RobertB.Nussenblatt先生の眼免疫のラボに入れていただきましたが,Jin先生のラボはあちこちのビルに分かれていましたので,ほとんど私たちのいるビルのラボでお会いすることはありませんでした.NEI全体の講演会のようなときいつも真ん中の前のほうで熱心に聞いておられる姿を後ろのほうから眺めておりました.Jin先生はゴルフがお好きだと聞いておりましたが,私にはそのような趣味もなく,ラボも離れておりましたから,仕事でもプライベートでもお会いすることはありませんでした.私の留学したプログラムのことやら,滞在延期をしたときなど,本当に事務的に必要なときしかお会いする機会がありませんでしたが,いつも温かく対応してくださいました.余談ですが,いつもJin先生と一緒にお話しに出てくるToichiroKuwabara先生は,私たちと同じビルの同じ階にいらっしゃいましたので,時々エレベーターや廊下でお会いしました.大変気難しいとか,厳しいとか,日本人にも日本語ではお話しくださらないとか,いろいろうわさを聞いておりましたが,なぜか私はKuwabara先生とは日本語でしかお話したことしかありませんでした.最初にご挨拶に伺ったおり,家族のことを聞かれ,子供が3人いると申し上げましたら,「boy?girl?」と聞かれました.「うちは全員女でございます」とお答えしたら,先生のお顔からふっと笑みがこぼれ,「うちもみんなgirlです.犬までgirlです.女の子は良いものです」といわれ,大層楽しそうに笑われました.私の子供たちが全員息子だったら英語でお話ししなければならなかったのではないかと今でも思うのです.あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145530910-1810/14/\100/頁/JCOPY 私が米国国立保健研究所(NIH)にいた1987~1989年ごろは,NIHには実にたくさんの日本人がいました.私は結構頑張って留学したつもりでしたが,こんなにたくさんの日本人はどうやってきたのだろうかと思うほどでした.中でもNEIはさほど大きな研究所ではありませんでしたので,NEI全体のドクターに占める日本人の割合は非常に大きかったと思います.これはきっとScientificDirectorであったJin先生のお力添えがあったからではないかと思います.平成6(1994)年頃でしたでしょうか,白内障学会の●★前にたしかJin先生の叙勲をお祝いしてOBの会が京王プラザホテルでありました.たくさんのNEIのOB,OG,先生の教え子さんたちが集まり盛大にな会でしたが,Jin先生は終始にこやかに皆と歓談されていたことを思い出します.すでにNIHを離れ,カリフォルニアにいらっしゃると聞いていましたが,これが私のJin先生にお会いした最後になりました.NEIで勉強する機会を与えてくださったことに感謝申し上げ,ご冥福を心よりお祈りいたします.●★554あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(76)

現場発、病院と患者のためのシステム システムとツールの違い

2014年4月30日 水曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステム医師を含むパソコンに詳しいスタッフがExcelやAccessを駆使して身近な作業の効率化を図ることは珍しくありません.具体的には,部門内業務に閉じるような効率化(OA:officeautoシステムとツールの違い*杉浦和史mation)や,身の回りの効率化(PA:personalautomation)ですが,これらはいわゆるツール(tool)と呼ばれ,一般的に単独で機能します..システムシステムはsystemと書き,communicationsystem(通信網),educationalsystem(教育制度),nervoussystem(神経系統)などと使われますが,われわれはもちろんinformationsystem(情報システム)のことを縮めてシステムと呼んでいます.システムの定義にはいろいろあり,“複数の機能が集まって相互に関係しながらこれらのツールを寄せ集めても,機能が相互に連携して動き,情報を共有するシステムにはなりません.アリストテレスは,“全体は部分の寄せ集め以上の存在である”といっています.全体をシステム,部分をツールに置き換えると当てはまります.Σツール<システムです.全体でまとまった機能を実現している存在”という堅苦しい説明もあります.簡単にいえば,“相互に連携し合った機能,情報の集合”です.図1に示すように院内の業務は多種多様であり,連携して動いています.これを,各部門の限られた範囲の効率化を目指すツールを寄せ集めて処理できるでしょうか?答えはNo!です.個別作業の効率化を目指すツールと全体最適をめざすシステムとの違いでもありますが,考慮すべき業務の広さと深さ,それに業務間の連携への考察に雲泥の差があります.受付治験・研究問診検査処置診察予約会計入院病棟給食手術事務図1院内業務関連図スエズ運河を作ったレセップスは,その知識経験を買われ,パナマ運河を作ることになりましたが,失敗しました.スエズ地域にはなかった熱帯雨林という気候,マラリア,黄熱病の蔓延する地域という予想外の環境があり,紅海と地中海にはなかった太平洋と大西洋の水位の(73)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY差がスエズ運河建設時の技術と経験ではクリアできなかったということです.なお,地政学的に重要なこの地域には,各国の思惑が複雑に絡み合っていたという大きな問題もありました.教訓は,①“小”の延長線で“大”を考えない,②“小”の集合で“大”を考えない,③同じ“大”でも質が異なる場合がある,④“大”と“巨大”とでは大きく違う,です..ツールツールとは,手作業ではできなかったり,手間がかかることを代わってやってくれる道具です.例えば釘は手では打てませんが,金槌という道具(ツール)を使えば簡単です.板を切るには鋸があります.切った板を釘で止めて箱を作ったり,家を作りますが,それらの使い分けと段取りは大工が行います.つまり,ツールは大工的な人がいないと単機能な部品としての機能で終わってしまいます.もちろん,それでも役立つことはあり,ツールとは本来そのレベルでかまわないものです.例をあげましょう.手術件数を術式別,年度別,月別に集計し,グラフ化して推移をみたい場合,Excelとマクロを使えば可能です.しかし,術式などのデータは入力しなければなりません.長い術式名を間違って入力す*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014551 ると集計結果が正しくなりません.術式名一覧を表示させ,選択することで間違わずに入力することができますが,術式をあらかじめ登録すること,および術式の保守を確実に行う必要があります.この作業は人手で行わなければなりません.また,他の業務でこの手術実績情報を使っている場合,それぞれ入力したり,保守しなければなりません.単独,狭い範囲で使われ,連携していないからです.これがツールの特徴であり,限界です.また,誰がどこでどのような情報を何のために使っているかにつき,組織内で共有されていないために,同じような機能をもったツールを複数部門で作ってしてしまうことがあるのも特徴の一つです.図1に示した“検査”,眼科の場合,何十種類にも及びます.これらを省力かつ効率よく処理するため,検査機器メーカは自社機器用のファイリングシステムを用意しています.これとは別に独自に便利ツールを作っている医療機関もありますが,いずれも院内業務全体をとおして電子的に連携して使うことはできません.それは局所的な業務,作業が対象であり,連携して使うことを前提としていない個別システムやツールだからです.情報が電子的に連携していないため,必要な都度,データを再入力したり,コピーして使うというハンドリングも発生します.システム化の大きな目的である,一度入力したデータは再入力することなく,その情報を必要とするすべての処理で使うという,“createonetime,usemanytimes”になっていないということです..まとめシステムには構想があり,全体最適をめざし,機能・情報の連携を前提としているのに対し,当面の目的があり,個別最適でよく,基本的には連携を考えていないのがツールといえるでしょう.目的別に使い分けることがポイントですが,システムとツールの違いをまとめると,表1のようになります.表1システムとツールの違い比較項目システムツール1開発動機まとまった一連の業務を連続的に処理し,組織全体の業務効率,作業品質を向上させたい手作業で処理していた身近な仕事を簡便に済ませたい2カバーする業務範囲大小3機能,情報の連携○(複数機能の集合)×(連携を考えない単機能)4完成までの時間遅い早い5実用性,使い勝手設計者,実装者のセンス,技量に依存するが,一定水準を保つ作った人物のセンスに依存自己満足でも構わない6開発者専門的な訓練を受け,知識,経験を持つ専門家非専門家(担当者)7開発費用一般的に多額の費用がかかる安価,もしくは無料8開発技法ルールに従って開発属人的発想9開発ドキュメント必須ない場合が多い10マニュアル必須ない場合が多い11保守専門部署,専門家,外部委託担当部,開発者(作った者)12教育制度的に職制で実施する個人ベース552あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(74)

タブレット型PCの眼科領域での応用 23.さまざまな障害児童におけるタブレット型PCの活用②

2014年4月30日 水曜日

タブレット型PCの眼科領域での応用タブレット型PCの眼科領域での応用シリーズ三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第23章さまざまな障害児童におけるタブレット型PCの活用②■はじめに第23章で取り上げる端末は,東京大学先端科学技術研究センターでさまざまな障害をもつ児童とのコミュニケーションに活用しているタブレット型PC“iPadAir”と“iPhone5s”(いずれも米国AppleInc)のiOSバージョン7.0.6です.この章では学習障害や発達障害をもつ児童へのタブレット型PCの導入の過程で経験した眼科医としての気づきを,彼らの生の声とともに紹介させていただきます.■眼科医としての学習障害・発達障害児とのかかわり前章で述べたように,学校での視力検査で視力の低下を認め,医療機関における視力検査や視機能検査で異常を認めない児童の中には,さまざまな障害により読み書きに困難を抱える学習障害児や発達障害児が存在します.空間認識障害や聴覚過敏などの症状により,授業への参加に困難を抱える児童が最初に訪れる医療機関が眼科であることは,われわれ眼科医にとって非常に大きな意味をもっています.東京大学先端科学研究センターに通う児童たちとのかかわりの中で,私は眼科医として行っているデジタルロービジョンケアに通じる事例を経験することがあります.ある児童の言葉には次のようなものがありました.「背景の色が白色だと,まぶしくて文字に集中できなくて,読むことができない.」読み書き障害をもつ児童の一部には,背景色により文字の見やすさに差が出る児童が存在します.彼らは,さまざまなカラーフィルターを読書対象に使用すること(71)で,印刷物の視認環境がいくらか改善するといいます(図1).これらの差はあくまで児童の自覚的所見による評価に過ぎませんが,学童期の子どもにとって,快適な視認環境で学習できることはとても重要です.このような訴えのある児童らには,タブレットの背面カメラを利用して,映像にさまざまな色覚的効果を与えることが可能なアプリケーションソフトウェアを活用したり,電子書籍の背景色の設定を各自に合わせて変更することで,印刷物やデジタル文字情報に対する視認環境を改善できる場合があります.文字サイズやフォント,背景色を変更して視認環境を最適化する作業は,デジタル機器を用いたデジタルロービジョンケアにおける患者に合わせた視認環境設定の基本ですが,同様の配慮が,読み書きに障害をもつ児童の一部にも活用できる可能性があります.読んでいる行を誤認しやすい児童では,周囲の文字や装飾が対象の文字列と同じレベルの情報として認識されてしまうため,読字がとても困難になっているケースがあります.そこで,スリットの入ったボードを利用することで,対象の文字列のみに集中することが可能となり,読書に集中できる児童もいます(図2).このスリットボードはロービジョン者が利用するタイポスコープというエイドと形状や機能が共通し,一部同じ目的で利用されているといえます.■学習障害児童へのデジタルロービジョンケア『障害者の権利に関する条約』は「第二十四条教育」で教育についての障害者の権利を認め,この権利を差別なしに,かつ,機会の均等を基礎として実現するため,障害者を包容する教育制度(inclusiveeducationsystem)などを確保することとし,その権利の実現にあたり確保するものの一つとして,「個人に必要とされる合理的配あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145490910-1810/14/\100/頁/JCOPY 図1カラーフィルターを利用すると印刷物の見えやすさが変化する慮が提供されること」を明記しています.われわれ眼科医が読み書き障害をもつ児童に最初に出会う可能性がある以上,われわれは読み書き障害という疾患の存在に対して配慮する必要性があります.また,これらの障害をもつ児童に対するケアとして,これまでのリハビリテーションやトレーニングに加えて,エイドやデジタルデバイスを併用したロービジョンケアは合理的配慮の視点からも,とても重要な意味をもっています.例えばノイズキャンセル機能のついたヘッドフォンを用いることで聴覚過敏の症状を有する児童の学習環境整備をするなど,彼らの生活や学習環境を最適化するための配慮が今後は重要になると考えられます.しかし,就学環境において,デジタルデバイスを利用するための環境整備は十分とはいえず,読み書き障害をもつ児童の困難さに対する理解や,デジタル機器の活用の意義に対する教育機関の認識も,現状では高いとはいえません.眼科医と学校関係者との連携や啓発が,読み書き障害をもつ児童への合理的配慮を提供するうえで,今後必須の課図2スリットボードを使用すると読字環境が改善する題となっていくと考えられます.東京大学先端科学技術研究センターでは,これらの児童に対するデジタル機器によるケアを中心とした試みが始まっています(診断や評価を中心とした読み書き障害の研究活動『ココロ』〔http://at2ed.jp/clinic/〕,実際の端末の利用や指導を目的とした教室『ハイブリッド・キッズ・アカデミー』〔http://www.eduas.co.jp/buriki/〕).これらの活動の紹介は,読み書き障害をもつ児童やその家族に対して,リハビリテーションや訓練と同様に重要です.一人でも多くの眼科スタッフがこれらの障害の存在を理解することが,障害児童が生き生きと学べる環境配慮への第一歩だと私は信じています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはStudioGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつけていますので,お気軽に連絡ください.StudioGiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆550あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(72)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 131.液体パーフルオロカーボンによる脱臼眼内レンズの摘出と毛様溝縫着術(初級編)

2014年4月30日 水曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載131131液体パーフルオロカーボンによる脱臼眼内レンズの摘出と毛様溝縫着術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●液体パーフルオロカーボンの眼科手術への応用1987年にChangらは,巨大裂孔網膜.離と増殖性硝子体網膜症に対する硝子体手術に,液体パーフルオロカーボン(liquidperfluorocarbon:LPFC)を使用し,その有用性を報告した1).それ以来,LPFCは硝子体手術の有用な補助材料として,広く臨床で用いられている.LPFCの適応としては,前述した2疾患に加えて,通常の裂孔原性網膜.離,増殖糖尿病網膜症,網膜下血腫,脱臼水晶体,脱臼眼内レンズ(intraocularlens:IOL)などがある2).●LPFCを用いた脱臼IOLの摘出水晶体やIOLはLPFCよりも比重が軽いことを利用して,硝子体切除に引き続きLPFCを硝子体腔内に注入することで,眼底に落下している水晶体やIOLを浮上させることができる3,4).眼底に落下しているIOLを硝子体鑷子で直接把持する方法では,IOLの傾きによって誤って網膜を損傷するリスクがあるが,LPFCを使用することでこのリスクを回避できる(図1).また,LPFCを瞳孔面まで注入することで,上方の強角膜創から脱臼IOLを容易に摘出できる(図2).LPFCを硝子体腔に注入することで,術中の眼球の変形も最小限にすることが可能で,脈絡膜出血の発症頻度も減らすことができると考えられる.●LPFCを用いたIOL毛様溝縫着術IOL毛様溝縫着術を施行する際にも,LPFCを瞳孔面図1Sommering輪ごと脱臼したIOLLPFC注入により網膜面との距離が開き,硝子体鑷子でIOLを把持しても,網膜を損傷するリスクは少なくなる.図2上方の強角膜創からIOL摘出LPFCを瞳孔面まで注入することで,IOLを前房に浮上させ,上方の強角膜創から容易に摘出できる.この症例ではレンズグライドを使用している.図3IOL毛様溝縫着術IOL挿入後の偏位が少なくなり,良好なセンタリングが得やすくなる.近くまで注入しておくと,IOL挿入後の偏位が少なくなり,良好なセンタリングが得やすくなる(図3).IOLを摘出せずに眼内操作のみで毛様溝に縫着する方法も,LPFCを用いると施行しやすい.文献1)ChangS:Lowviscosityliquidfluorochemicalsinvitreoussurgery.AmJOphthalmol103:38-43,19872)池田恒彦:液体パーフルオロカーボンと眼科手術.臨眼47:915-921,19933)満田久年,田野保雄,瓶井資弘ほか:Perfluorodecalineによる脱臼眼内レンズ摘出法.眼科手術3:519-522,19904)LewisH,SanchezG:Theuseofperfluorocarbonliquidsintherepositioningofposteriorlydislocatedintraocularlenses.Ophthalmology100:1055-1059,1993(69)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145470910-1810/14/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 160.ドラッグデリバリーシステムからみた新たな後眼部疾患治療薬

2014年4月30日 水曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第160回◆眼科医のための先端医療山下英俊ドラッグデリバリーシステムからみた新たな後眼部疾患治療薬福本雅格池田恒彦(大阪医科大学眼科学教室)はじめにわが国における中途失明原因の主要な疾患として,糖尿病網膜症,網膜色素変性,加齢黄斑変性がありますが,これらはすべて後眼部の疾患です.眼科で一般的に用いられる点眼では,投与した薬剤の90%以上が角膜表面に達する前に消失するといわれています1).さらに,角膜を通過し前房内に達するのは投与量の約1~5%といわれています.薬剤の眼内移行は,異物を排除しようとする眼球がもつ生理的な防御機構に逆らうことにほかなりません.そのため,このような防御機構を回避し,後眼部にできるだけ多くの薬剤を届ける方法として,硝子体内注射が選択されます.加齢黄斑変性に対する抗VEGF抗体の硝子体内投与が代表例としてあげられます.しかし,1回の投与による硝子体内での薬物濃度上昇は,その後の薬物代謝により次第に低下するために,反復投与が必要となります.また,硝子体注射の合併症としては網膜.離,眼内炎などが知られており,投与回数の減少が課題となっています.つまり,後眼部疾患に対する理想的な薬物投与方法は,十分な濃度の薬物を少ない回数で長期間持続させることができる方法といえます.この理想的な投与方法をめざし,近年,さまざまな治療薬が開発されています.硝子体インプラント眼局所に長期間,高濃度の薬物を投与する方法として硝子体インプラントがあります.現時点においてわが国で認可されている製品はないものの,海外においては複数の製品が臨床使用されています(表1).1996年,サイトメガロ網膜炎の治療を目的としてVitrasertRが開発されました.この製品は生体内では分解されないケースにガンシクロビルを内包した生分解性をもつポリマーが入っており,5~8カ月間の持続投与が可能です.RetisertRは非感染性ぶどう膜炎を対象としており,VitrasertRと同じポリマーに含有したフルオロシノロンアセトニドを約30カ月間,持続投与することが可能です.両者とも,本体を硝子体内に挿入後,一部を強膜に縫着固定します.しかし,本体は生分解性をもたないために,投与期間終了後は摘出しなければなりません.OzurdexRは薬物を内包させたポリマーのみを硝子体内に挿入することで,この問題点を解決しています.OzurdexRは生分解性ポリマー内にデキサメサゾンを内包しており,網膜静脈分枝閉塞症,網膜中心静脈閉塞症および非細菌性ぶどう膜炎による黄斑浮腫を適応疾患としています.さらに,RenexusRは半透膜で構成された中空の円筒内に,神経保護因子であるciliaryneutrophicfactor(CNTF)を分泌するように遺伝子改変されたヒト網膜色素上皮細胞を封入しています.半透膜を介してCNTFを硝子体腔内に放出する一方,免疫細胞からの攻撃を回避しつつ,封入されている細胞の生存に必要な栄養成分を取り込むことが可能となっています.表1海外で製品化されている硝子体インプラント販売名有効成分基材対象疾患VitrasertRガンシクロビルEVA/PVAサイトメガロ網膜炎RetisertRフルオロシノロンアセトニドシリコーン/PVA非感染性ぶどう膜炎OzurdexRデキサメサゾンPLGA網膜中心静脈閉塞症網膜静脈分岐閉塞症後部ぶどう膜炎RenexusRCNTF半透性中空糸膜網膜色素変性症*地図状萎縮*黄斑部毛細血管拡張症*EVA:EthylenevinylacetatecopolymerPVA:poly(vinylalcohol)PLGA:polylactide-co-glycolideCNTF:ciliaryneutrophicfactor*は現在,臨床試験段階であることを示す.(65)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145430910-1810/14/\100/頁/JCOPY 図1ARBを内包したPLGA粒子の走査型電子顕微鏡写真PLGAは生体内に存在する「乳酸」と「グリコール酸」が共重合したもので,最終的に水と二酸化炭素となり,体外へ排出される安全な物質である.RenexusRはすでに米国において第II相試験が行われており,萎縮型加齢黄斑変性に伴う地図状萎縮の患者において,視力低下に対する抑制効果が報告されています2).このようにめざましい発展を遂げている硝子体内インプラント製剤ですが,眼内炎や網膜.離といった手術に伴う危険性があります.経強膜投与と現在の知見薬物の経強膜投与は,硝子体内注射とならび,後眼部に薬物を到達させる有効な方法です.経強膜投与の代表例として,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射があります.経強膜投与では眼内に到達するまでに強膜,脈絡膜,Bruch膜や網膜色素上皮といった複数の障壁を通過しなければなりません.さらに眼窩内への拡散の影響も受けます.しかし,Tenon.下注射や結膜下注射といった経強膜投与は,一般的に硝子体内投与よりも手技的に安全であるという利点があります.一方,強膜は角膜に比較し,多くの親水性および疎水性物質に対して透過性が高く,その拡散は分子のサイズや径に依存していることが知られています.また,強膜面積は角膜面積の約17倍であることも経強膜投与の優位性を示唆しています.筆者らは今,糖尿病網膜症動物モデルを用いて,polylactide-co-glycolide(PLGA)に内包したアンジオテンシン拮抗薬(angiotensinreceptorblocker:ARB)の結膜下投与による糖尿病網膜症への有用性を研究しています.以前に筆者らは,糖尿病網膜症にお544あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014いて眼局所でのレニン-アンジオテンシン系(reninangiotensinsystem:RAS)が亢進していることを報告しました3).また,糖尿病動物モデルにおいて,RASの亢進が酸化ストレスを介して血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の発現を亢進することを見いだしています3).さらに,大規模臨床試験においてもARBの全身投与による糖尿病網膜症への有効性が証明されています4).一方,PLGAは前述のOzurdexRの基材としても用いられている生分解性ポリマーですが,わが国においても前立腺癌の治療薬リュープリンRの基材として臨床使用されており,安全性が確立された物質です(図1).現在までに,PLGAに内包された徐放化ARBの結膜下投与による網膜血管の透過性亢進抑制作用,白血球の血管内皮への接着抑制作用,さらに網膜でのVEGF発現抑制作用を動物モデルにて確認しています.これらの結果は,ARBの局所投与が糖尿病網膜症の新たな治療戦略になる可能性を示唆しているものと考えています.おわりに糖尿病網膜症,加齢黄斑変性といった多くの後眼部疾患に対しては,いまだ決め手となる治療法がなく,その確立が切望されています.投与部位の選択や徐放化による投与回数の減少は患者の肉体的,精神的負担を軽減する意味において,新たな薬物の開発と並ぶ重要な課題です.今後さらに多くの基礎研究,臨床研究が行われることで,後眼部疾患に対する新たな治療薬の臨床使用が期待されます.文献1)WorakulN,UnluN,RobinsonJR:OcularPharmacokinetics.InAlbert&Jakobiec’sPrinciplesandPracticeofOphthalmology(AlbertDM,JakobiecFA,eds),vol1,2nded,p202-211,W.B.Saunders,Philadelphia,20002)ZhangK,HopkinsJJ,HeierJSetal:Ciliaryneurotrophicfactordeliveredbyencapsulatedcellintraocularimplantsfortreatmentofgeographicatrophyinage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcadSciUSA108:62416245,20113)FukumotoM,TakaiS,IshizakiEetal:InvolvementofangiotensinII-dependentvascularendothelialgrowthfactorgeneexpressionviaNADPHoxidaseintheretinainatype2diabeticratmodel.CurrEyeRes33:885-891,20084)SjolieAK,KleinR,PortaMetal:Effectofcandesartanonprogressionandregressionofretinopathyintype2(66) diabetes(DIRECT-Protect2):arandomisedplacebo-controlledtrial.Lancet372:1385-1393,2008■「ドラッグデリバリーシステムからみた新たな後眼部疾患治療薬」を読んで■現在まで,網膜薬物治療のために膨大な数の化合物見込めるということがわかると,数多くのベンチャーや生物活性分子などが調べられてきました.しかし,企業,製薬企業がこの問題に取り組み始めました.実実験段階では有効なものでも,小型動物,大型動物へ社会における医学と経済は車の両輪といわれますが,と臨床に近い状況になると,効果が判然としなくなるまさにそれを地で行く展開です.今回述べられたものものがほとんどですし,臨床治験で有効性を示すこと以外に,眼外に薬物を貯留し治療が必要なときにだけができるものは,その中のさらに一部にすぎませんで眼内に薬物を送達するMicroPumpや,抗VEGF薬した.俗諺で薬九層倍といいますが,開発の困難さやを放出するデバイス(ForSightVision4)も開発中でリスクを考えると,しかたがない面も多いかもしれます.これらのシステムが確立されれば,ぶどう膜炎やせん.糖尿病,あるいは緑内障に対して,既存化合物を用い多くの方は,薬の開発が困難なのは,適正な化合物た新しい治療がすぐにでも実現するでしょうし,今後が得られていないからだとお考えかもしれませんが,の眼科学も大きく変わるでしょう.今回,そのような網膜疾患の場合,有効な薬物は存在しても,網膜まで理由で現在,大きく動き出している最近の薬物送達研十分量の薬を送達できないことが大きな障害になって究について,福本先生が科学的視点から解説されていいたのです.このことは以前から知られていましたます.この領域は,今後眼科研究の重要な分野になるが,あまり活発な研究は行われませんでした.ところことは間違いありません.が,抗VEGF薬がこの領域に導入されて,網膜疾患鹿児島大学眼科坂本泰二治療の市場規模がきわめて大きく,これからも成長が☆☆☆(67)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014545

新しい治療と検査シリーズ 216.バルベルト緑内障インプラント

2014年4月30日 水曜日

新しい治療と検査シリーズ216.バルベルト緑内障インプラントプレゼンテーション:谷戸正樹島根大学医学部眼科学講座コメント:東出朋巳金沢大学附属病院眼科.バックグラウンドトラベクレクトミーは,理論的にはあらゆる緑内障病型で眼圧下降が期待でき,また,線維芽細胞増殖抑制薬を併用する術式が加わって以降,より確実に眼圧下降を得ることができるようになったため,もっとも標準的な緑内障術式として施行されている.一方で,臨床の場では,複数回の手術既往のため結膜が広範に瘢痕化している症例,無水晶体眼,若年者の緑内障など,トラベクレクトミーの効果が限定的な症例も経験する.また,線維芽細胞増殖抑制薬を併用したトラベクレクトミー術後のブレブ感染・眼内炎は,本術式に関する重大な未解決問題である.近年,いわゆる難治性緑内障に対しても一定の眼圧下降効果が期待できる術式として,緑内障チューブシャント手術が注目されている..新しい治療法現在,わが国で保険診療が可能な緑内障チューブシャント手術用の医療材料(glaucomadrainagedevice)として,エクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス(日本アルコン社)とバルベルト緑内障インプラント(エイエムオージャパン社)の2種類がある.これらは,その手術適応が大きく異なり,前者は基本的にはトラベクレクトミーの代替手術であるのに対し,後者は角膜輪部近傍の結膜瘢痕のためにトラベクレクトミーの効果が期表1バルベルトの使用上の注意(添付文書からの抜粋)【効能または効果に関連する使用上の注意】主な適応患者は以下のとおりである.(1)線維柱帯切除術が不成功に終わった緑内障患者(2)手術既往により結膜の瘢痕化が高度な緑内障患者(3)線維柱帯切除術の成功が見込めないまたは線維柱帯切除術において重篤な合併症が予測される緑内障患者(4)他の濾過手術が技術的に施行困難な緑内障患者(63)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY待できない,あるいはトラベクレクトミーが不成功に終わった種々のタイプの緑内障が適応となる(表1).バルベルト緑内障インプラントによるチューブシャント手術は,眼内に挿入したチューブから眼球赤道部に留置にした房水吸収部(プレート)に房水を誘導し,周囲組織に拡散・吸収させることで眼圧下降が図られる,濾過手術の一法である..手術手技と合併症前房あるいは毛様体扁平部にチューブを挿入し,プレートを眼球赤道部に固定する.毛様体扁平部に挿入する場合,有硝子体眼では硝子体手術により硝子体を郭清する.前房へのチューブ挿入により長期的には角膜内皮障害が懸念されるため,角膜内皮減少眼,角膜移植眼では毛様体扁平部へのチューブ挿入が望ましい.また,硝子体手術後の無硝子体眼や,原疾患の治療のため硝子体手術が必要な症例(糖尿病網膜症に伴う血管新生緑内障など)でも,毛様体扁平部へのチューブ挿入が考慮される.本デバイスは,弁機能を有さないため,術後一定期間(2.4週程度),過度の眼圧下降を避けるための術中処置(チューブの一時的な結紮,チューブ内へのステント糸留置など)を行う必要がある.そのため,術後しばらくは高眼圧が持続することが多い.また,チューブ結前房挿入毛様体扁平部挿入図1バルベルト緑内障インプラント手術の模式図(AMOジャパン社提供)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014541 紮糸の開放後に,低眼圧が持続することがあり,チューブ再結紮や脈絡膜下液排出などの処置が必要となることがある.なんらかのパッチ材料で術中にチューブを被覆しない場合,術後のチューブ露出は必発である.パッチ材料として,わが国では,自己半層強膜弁,保存強膜,保存角膜が使用されることが多い..本治療法の良い点米国で行われた大規模な前向き研究であるTubeversusTrabeculectomy(TVT)Studyでは,212例のトラベクレクトミー不成功,白内障手術既往,あるいはその両者の既往のある緑内障眼を対象として,バルベルト緑内障インプラントの前房挿入とマイトマイシンCを併用したトラベクレクトミーの眼圧下降効果の比較を行った.眼圧は,術後5年まで両術式間に差がなく,薬物スコアは,術後1年と2年ではトラベクレクトミーで有意に少なかったが,その後に差はなかった.また,術後5年間の眼圧コントロールの不成功率は,眼圧21,17,14mmHgいずれの基準でもトラベクレクトミーで高く,バルベルト緑内障インプラントの成績が良好であった(表2)1).TVTスタディでは,眼圧が40mmHgを超える緑内障,活動性のある血管新生緑内障,増殖性網膜疾患,再発性ブドウ膜炎,無水晶体眼,トラベクレクト表2TVTスタディの5年眼圧死亡率定義バルベルトレクトミーp値眼圧21mmHg以上29.8%46.9%0.002眼圧17mmHg以上31.8%53.6%0.002眼圧14mmHg以上52.3%71.5%0.017<死亡の定義>3カ月以降で,2回連続眼圧規定の眼圧以上または眼圧下降20%未満3カ月以降で,2回連続眼圧5mmHg以下緑内障再手術,光覚消失(文献1から作成)ミーが施行できないような結膜瘢痕のある症例は除外されている.わが国では,より重篤な症例が適応の中心であるため,TVTスタディの結果の解釈には注意が必要であるが,わが国においても本術式が難治性緑内障に対して普及することに期待を抱かせる報告である.文献1)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789803,2012.バルベルト緑内障インプラントに対するコメント.2012年にバルベルト緑内障インプラントが保険診障インプラントとトラベクレクトミーの両術式を同列療として使用可能となったが,このデバイスの開発かの術式として無作為前向きに比較し,前者の優位性をらは約20年の歳月が経過している.これを含むチュー報告した.しかし,詳細をみると低眼圧(5mmHg以ブシャント手術は,結膜の瘢痕化が強い症例などトラ下)による手術不成功がトラベクレクトミー群に10ベクレクトミーが困難な症例には最終手段となる手術眼も多く,この群の不成功の3割を占め,低眼圧に対であり,長年保険適用となることが切望されていた.する対処法の記載がない.チューブ特有の合併症もあ欧米においても,チューブシャント手術は従来トラベり,このスタディの手術成功率のみが一人歩きするこクレクトミーの後に位置づけられていたが,TVTスとが懸念される.タディは手術既往眼ではあるものの,バルベルト緑内☆☆☆542あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(64)

私の緑内障薬チョイス 11.眼圧下降以外の効果があるかもしれないアイファガン®

2014年4月30日 水曜日

連載⑪私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑪私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也11.眼圧下降以外の効果があるかもしれないアイファガンR吉冨健志秋田大学大学院医学系研究科医学専攻病態制御医学系眼科学講座アイファガンRは,最近の論文で,チモロール点眼群と比較して,眼圧下降効果は変わらないが,視野維持効果があるという結果が出ている.この論文の結果にはまだ異論もあるが,この薬剤が眼圧下降以外の作用で緑内障の視野進行を抑制する効果がある可能性を示唆している.すべての緑内障治療薬は眼圧下降効果を第一に考えるべきで,これが現在唯一のエビデンスのある治療法である.しかし,最大限の眼圧下降を成し遂げたときには,このような作用の可能性も考えて処方してもよいと思う.現在の緑内障治療薬の選択肢現在,緑内障治療薬は7つの作用機序(コリン作動薬,アドレナリン作動薬,a2作動薬,a遮断薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬,プロスタグランジン製剤)で16種類の点眼薬,さらに配合薬が5種類発売されている(表1).われわれが緑内障治療薬をチョイスする際には,この21種類もの点眼薬からさまざまな要素を考慮して選択していかなければならない.緑内障治療にとって唯一のエビデンスのある治療は眼圧下降である.したがって,緑内障治療薬のチョイスでもっとも重要な要素は,やはり眼圧下降効果である.眼圧下降効果に関してはそれぞれの薬剤で詳細な解析が行われており,眼圧下降効果の違いも統計学的に解析されている1).これに従って処方するとしても,個々の症例でいろいろな要素があり,それを勘案していかなければならない.全身の副作用は,患者自身は気づきにくいものなので,眼科医の立場から注意して処方しなければならない要素である.局所の副作用も眼科医として注意しなければならないのは当然であるが,軽症の場合は患者が気にしているかどうかも重要な要素になってくる.アドヒアランスの問題も非常に重要な要素であり,これを維持するために配合薬などを用いることも多いと思う.眼圧下降効果緑内障患者の経過観察では,1mmHgでも眼圧を下げておくことが重要である.眼圧下降薬には7つの作用機序があるので,すべての薬剤が投与できれば眼圧下降効果は最大になるかもしれないが,それは現実的ではない.点眼薬は併用する薬剤の種類が増えるほどアドヒアランスが低下することが報告されている2).アドヒアラ(61)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY表1現在発売中の緑内障治療薬(2014年2月現在)作用機序一般名商品名副交感神経コリン作動薬ピロカルピン塩酸塩サンピロR交感神経アドレナリン作動薬ジピベフリン塩酸塩ピバレフリンRa2作動薬ブリモニジン酒石酸塩アイファガンRa遮断薬ブナゾシン塩酸塩デタントールRb遮断薬チモロールマレイン酸塩カルテオロール塩酸塩ベタキソロール塩酸塩ニプラジロールレボブノロール塩酸塩チモプトールRミケランRベトプティックRハイパージールRミロルR炭酸脱水酵素阻害薬ドルゾラミド塩酸塩ブリンゾラミドトルソプトRエイゾプトRプロスタグランジン製剤イソプロピルウノプロストンラタノプロストレスキュラRキサラタンR配合薬ザラカムR(キサラタンR+チモプトールR)デュオトラバR(トラバタンズR+チモプトールR)タプコムR(タプロスR+チモプトールR)コソプトR(トルソプトR+チモプトールR)アゾルガR(エイゾプトR+チモプトールR)ンスが落ちて,患者が点眼しなくなってしまっては本末転倒になってしまう.したがって,眼圧下降効果を最大にするためには,点眼薬の投薬数を増やせばいいというものではなく,それぞれの症例に応じてさまざまな要素を考慮してゆく必要がある.現実的には3種類の点眼薬併用が限界だと感じている.本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014539 TotalSubjects20IntraocularPressure(mmHg,mean±SD)ProportionParticipantsDevelopingFieldProgressionbrimonidinetimololtimolol0.40.31510500.1brimonidine0.00481216202428323640444804812162024283236404448Follow-up,monthsTotaltimololAtRisk79787771696460874841252316ProgressionInactive11621122334252720633125StudyEnd7211323brimonidineAtRisk99927763585048484541343026ProgressionInactive715145171100032210043125StudyEnd6442223図1aチモロール投与群とブリモニジン投与群の視野進行変化ブリモニジン投与群の視野変化が有意に抑制されている.(文献5より引用)点眼薬併用が眼圧下降に与える効果についてはさまざまな論文が発表されているが,これも多数例の平均で比較した結果であり,中には,点眼薬を追加してもほとんど効果のない症例もあるかと思えば,予想外に追加の眼圧下降効果を示す例もある.あくまでも個々の症例で,さまざまな要素を考慮して追加投与を考えていく必要がある.眼圧下降以外の作用さまざまな緑内障治療薬に眼圧下降以外の作用があることは,今までも報告されている.点眼によって眼底の血流に影響するという報告も,レーザースペックルを用いた研究でなされてきた3,4).このように,緑内障治療薬は眼圧下降以外にも,眼血流などの緑内障の進行に重要な要素に関与していると考えられている.しかし,これらの要素が実際の臨床で薬剤選択の根拠になるかといえば,エビデンスが不足しているというのが現状であった.一方,緑内障に対する神経保護効果をもつ薬剤の治療効果について,基礎実験は多数行われているが,臨床治験にまで進んだ薬剤は少ない.しかも薬剤の有効性を確認するためには,年余にわたる視野進行の結果を解析しなければならず,臨床治験まで進んだ薬剤でも,メマンチンのように最終的に有効性が証明できなかった薬剤も存在する.このように緑内障治療の中で,眼圧下降以外のいわゆる「神経保護治療」はかなり以前から注目されていたが,なかなか実用化に至らないというのが現状で540あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014Follow-up(months)図1bチモロール群とブリモニジン群の眼圧の変化2群間の眼圧に差はない.あった.最近,Low-PressureGlaucomaTreatmentStudyの論文で,ブリモニジン点眼群とチモロール点眼群とを比較してみたところ,2群間で眼圧下降効果は変わらないが,視野の進行に有意の差があり,ブリモニジンに視野維持効果があるという結果が出ている(図1a,b)5).この論文に関しては,2群間でdropout数に差があるなど,結果に対する異論もある.しかし,この薬剤が眼圧下降以外の作用で緑内障の視野進行を抑制する効果がある可能性を示唆している.現時点では,すべての緑内障治療薬は眼圧下降効果を第一に考えるべきで,これが現在唯一のエビデンスのある治療法である.しかし眼圧下降以外の作用のことも,最大限の眼圧下降が得られた後の治療としては,考えてもよいのではないかと考える.文献1)vanderValkR,WebersCAB,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20052)RobinAL,NovackGD,CovertDWetal:Adherenceinglaucoma:objectivemeasurementsofonce-dailyandadjunctivemedicationuse.AmJOphthalmol144:533540,20073)SugiyamaT,AraieM,RivaCEetal:Useoflaserspeckleflowgraphyinocularbloodflowresearch.ActaOphthalmol88:723-729,20104)TamakiY,AraieM,TomitaKetal:Effectoftopicalbeta-blockersontissuebloodflowinthehumanopticnervehead.CurrEyeRes16:1102-1110,19975)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromtheLow-PressureGlaucomaTreatmentStudy.AmJOphthalmol151:671-681,2011(62)

抗VEGF治療:マクジェン®の特徴

2014年4月30日 水曜日

●連載抗VEGF治療セミナー─薬剤選択─監修=安川力髙橋寛二3.マクジェンRの特徴小沢洋子慶應義塾大学医学部眼科学教室マクジェンRは,RNAからなるアプタマーであり,免疫原性が少ないとされる.VEGF165アイソフォームを選択的に抑制し,一部の生理的および病的VEGF作用を残存させうるという利点と欠点がある.これまでの使用経験を紹介し,加齢黄斑変性の治療維持期に継続投与した臨床試験の報告から,マクジェンRの利用法を探る.マクジェンRはアプタマーであるマクジェンR(MacugenR)は,世界で初めて加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対して承認された血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)抑制薬,すなわち抗VEGF製剤である.物質名はペガプタニブであり,他の抗VEGF製剤がアミノ酸を配列させたペプチドもしくは蛋白製剤であるのに対し,28個のリボ核酸(ribonucleicacid:RNA)を配列することでVEGFの特定の部分に結合しやすい立体構造を作製したアプタマーである.RNAのみの配列は非常に不安定であるが,ポリエチレングリコール(polyethyleneglycol:PEG)基を結合させることで安定性を増し,薬剤阻害効果の持続を延ばすことに成功した.アプタマーは蛋白製剤ではないことから,免疫細胞が異物と認識して自己抗体を作ること,すなわち免疫原性が少ないと考えられる.継続的に使用する薬剤では,薬剤に対する免疫反応による薬剤の有効性低下が懸念されるが,マクジェンRでは,その影響が少ない可能性があるところは利点である.マクジェンRはVEGF165アイソフォームを選択的に抑制するVEGF遺伝子には8個のエクソン(アミノ酸をコードする遺伝子の部分)があり,その組み合わせによりアイソフォームが決まる.マクジェンRはその中でもVEGF165アイソフォーム(数字はエクソンから翻訳されたアミノ酸の数の合計を示す)を選択的に抑制する.「選択的」という言葉は,特異的とは異なる.マクジェンRはVEGF165アイソフォーム特異的ではない.マクジェンRはVEGFエクソン7の配列に結合するため,165アイソフォームにも結合するが,ほかのアイソフォームにも結合しうる(図1).しかし,とくに眼病態には165アイソフォームの関与が大きいと考えられる1)ことから,このアイソフォームにフォーカスした呼び名がついた.眼内には121アイソフォームも多く存在し,病的・生理的役割を担う.マクジェンRは121アイソフォームに結合しないことから,眼内に投与した際に一部のVEGF機能を残すことができると考えられている.すなわち,マクジェンRはVEGF生理的作用を一部残すことで,正常組織への影響(網脈絡膜萎縮など)を,最小限に抑えられる可能性があるという考え方がある.マクジェンRによるAMD治療マクジェンRを用いてAMDに対して最初に行われた臨床試験は,2001年から欧米で行われたVISIONstudyであり,約1,200名のAMD患者が集められた2).続いて日本で行われた臨床試験では,95名のAMD患者に対するマクジェンRの効果が検証され,治療開始1Macugen.結合部位VEGF121VEGF165VEGF189VEGF206図1マクジェンRのアイソフォーム選択性マクジェンRは,121アイソフォームにはなく,165アイソフォームなどに存在する構造に結合する.眼内では121と165アイソフォームの発現が多く,それぞれVEGFの病的および生理的役割を担う.なお,ルセンティスRはすべてのアイソフォームに共通な部分に結合し,アイリーアRはVEGF受容体結合部位があれば反応するため,いずれもすべてのアイソフォームと結合することになる.(59)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145370910-1810/14/\100/頁/JCOPY 年目の平均視力変化がほぼ維持され,15文字以上,低下した症例は20%にとどまったことが報告された3).この日本での臨床試験の平均視力変化の推移のグラフを見ると,エラーバーが大きいことがわかる.これは症例ごとの効果に大きな差があった可能性を示している.その理由のひとつは,国内で初めての抗VEGF製剤の試験であり,それまでAMDと診断されても治療を受けずに待っていた比較的経過の長い症例が多く含まれていた可能性があることに起因するだろう.それと同時に,AMDでは症例に多様性があり,治療効果には個人差がある.マクジェンRの国内臨床試験の結果をサブ解析したところ,乳頭径1.2mm以下の病変では,視力予後が良かったという(Yuzawaetal.personalcommunication).また,筆者らの解析では,治療後に眼底所見の改善を得た症例には,網膜色素上皮の下に病変がとどまっているType1症例が多かった(第63回臨床眼科学会).このように,特定の症例ではマクジェンRが奏効する例があることが知られる.また,筆者の経験からは,マクジェンRで治療を開始する場合は,3回の投与で効果が十分ではなくても,5.6回投与を続けると奏効することがあったことを申し添えておく.効果判定の時期にも留意が必要であろう.マクジェンRの維持期治療への活用マクジェンRの使い方を提案した臨床試験に,米国で行われたLEVELstudyを踏襲して国内で行われたLEVEL-Jstudyがある4).まず光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)やマクジェンRを含む抗VEGF製剤で視力が上昇した症例で,その後の維持期の治療として,マクジェンRの定期投与を行ったときの視力予後を解析したものである.維持期中にマクジェンR治療だけでは効果が不足である場合には,ほかの治療法を組み合わせるBooster治療を取り入れることを可能とした.約50%の症例ではBooster治療が行われた.1年目の視力は,維持期を開始したときとほぼ変化がなかった.すなわち,マクジェンRの定期投与をベースとして,ほかの治療を組み合わせることで,導入期に上がった視力を維持することができる可能性があるといえたのである.一般に,抗VEGF製剤の投与法は,毎月投与がもっとも効果的であることは知られているものの5),実務的には,滲出性所見や視力が悪化したときに投与するPRN法が用いられているのが現状である.しかし,PRNでは悪化するたびに網膜障害を残す可能性があることから,最近では,毎月ではないにしても定期的に,悪化を防ぐ目的で投薬するtreatandextendの方法が注目されている.この流れを考えれば,維持期にマクジェンRの定期投与をベースとした治療をするという考え方があっても良いかもしれない.おわりに現在,AMD治療に認可をもつ抗VEGF製剤は3種類あるが,マクジェンRはアプタマーである,165アイソフォーム選択的である,という他の2剤とは根本的に異なる特徴がある.長期にわたって経過を追う必要のあるAMDという疾患では,病変に対する効果だけではなく,免疫原性や正常組織への影響等も含めたうえで治療を考える必要がある.これらのことを考えると,マクジェンRは,治療選択のひとつとして確保しておきたい薬剤といえよう.文献1)FribergTR,TolentinoM,GroupLS:Pegaptanibsodiumasmaintenancetherapyinneovascularage-relatedmaculardegeneration:theLEVELstudy.BrJOphthalmol94:1611-1617,20102)GragoudasES,AdamisAP,CunninghamETJr.etal:Pegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed351:2805-2816,20043)ペガプタニブナトリウム共同試験グループ:脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性を対象としたペガプタニブナトリウム1年間投与試験.日眼会誌112:590-600,20084)IshibashiT,LEVEL-JStudyGroup:Maintenancetherapywithpegaptanibsodiumforneovascularage-relatedmaculardegeneration:anexploratorystudyinJapanesepatients(LEVEL-Jstudy).JpnJOphthalmol57:417423,20135)CATTResearchGroup,MartinDF,MaguireMG:Ranibizumabandbevacizumabforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed364:1897-1908,2011538あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(60)

緑内障:二次的網膜神経節細胞死(続発性緑内障網膜剥離関連)

2014年4月30日 水曜日

●連載166緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也166.二次的網膜神経節細胞死宗正泰成聖マリアンナ医科大学医学研究科眼科学(続発性緑内障網膜.離関連)網膜.離後手術後,網膜復位が得られているにもかかわらず,神経線維の進行する菲薄化を認めることがある.その原因として.離網膜硝子体における炎症性サイトカインの網膜神経節細胞への関与を考えた.早期からの消炎やサイトカインの除去は,続発する網膜神経節細胞死に対する保護治療として重要であると考えられる.ざまな報告がある.筆者らは今回,原発性緑内障とは別●網膜.離と炎症性サイトカインに,網膜.離手術後の網膜神経節細胞死に着目した.網軸索障害に引き続く網膜神経節細胞死は,原発性緑内膜.離は.離網膜内で炎症性サイトカインが上昇するこ障の主たる病態である.その原因には高眼圧はもちろとが基礎・臨床双方で証明されている1).当院で施行さん,酸化ストレス,免疫反応,ミトコンドリア障害や炎れた網膜.離手術後眼(硝子体手術もしくはバックリン症性サイトカインによるマイクログリアの活性などさまグ手術後眼)に,OCTにより視神経乳頭解析・網膜神術前術後3カ月図1網膜.離手術前と術後3カ月の眼底チャートとOCT術後3カ月で神経線維層の菲薄化を認めた.(57)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145350910-1810/14/\100/頁/JCOPY TNFa注射後の視神経軸索障害TNFa注射後の扇状の網膜神経節細胞死TNFa注射後の扇状の網膜神経節細胞死TNFa注射後の視神経軸索数400,000350,000300,00050,0000コントロールTNFp<0.05TNFa注射後の網膜神経節細胞数軸索数/mmp<0.05250,0002,000網膜神経節細胞数/mm20コントロールTNFコントロールTNF200,000150,000100,0001,5001,000500図2TNFa硝子体注射後の視神経軸索変性TNFa注射後2週間より,コントロール群に比し有意な軸索変性が生じる.経節細胞解析を行ったところ,術前と比較すると約15%の進行性の視神経軸索変性および網膜神経節細胞死を認めた(図1).過去の論文では,網膜.離眼の硝子体液でTNF(tumornecrosisfactor)の上昇が認められている2).また,東北大学の中澤らは以前,実験的ラット網膜.離眼における視細胞死に関して,TNFa,とくにTNFreceptor2が中心的役割を担うことを報告した3).これらの結果は,網膜.離の網膜硝子体内ではTNFaが上昇していること示唆している.●炎症性サイトカインと網膜神経節細胞死聖マリアンナ医科大学の北岡らは,少量のTNFa(20ng)をラットの硝子体に注射することで,注射後2週間で30%程度の視神経軸索変性が,注射後5週間で約30%の網膜神経節細胞死が生じることを報告した(図2,図3)4).さらに,TNFa投与は緑内障に類似した扇状の網膜神経節細胞死をきたす(図3).この機序として,マイクログリアにおけるNFkBp65の上昇などが考えられている.筆者らの実験結果より,網膜.離で上昇した網膜硝子体内のTNFaは,マイクログリアの活性を誘導し,軸索変性および網膜神経節細胞死を引き起こしている可能性が示唆された.●二次的網膜神経節細胞死と神経保護網膜.離後早期からTNFaの上昇が報告されていることから,なるべく早期に硝子体手術を行うことで,網536あたらしい眼科Vol.31,No.4,20142週5週図3TNFa硝子体注射後の網膜神経節細胞死TNFa注射後5週間より,コントロール群に比し有意な網膜神経細胞死が生じる.その細胞死は軸索障害に準じて生じるため扇状を示す.膜硝子体内のTNFaを除去可能であり,術後の視細胞死の予防のみならず二次的網膜神経節細胞死の予防にもなりうる.さらに.離発症早期よりステロイドを用い消炎することでTNFaの発現を抑制でき,二次的網膜神経節細胞死を抑制できると考えられる.症例にもよるが,強膜バックリング(scleralbucklingprocedure:SBP)よりも,経結膜小切開硝子体手術のほうが硝子体内炎症性サイトカインの除去が可能であり,二次的網膜神経節細胞死に対し有用であると考えられる.このように網膜.離のみならず,その他の疾患においても,炎症性サイトカイン制御の神経保護に及ぼす影響は多少なりとも存在すると考えられる.文献1)NakazawaT,MatsubaraA,NodaKetal:Characterizationofcytokineresponsestoretinaldetachmentinrats.MolVis12:867-878,20062)LimbGA,HollifieldRD,WebsterLetal:SolubleTNFreceptorsinvitreoretinalproliferativedisease.InvestOphthalmolVisSci42:1586-1591,20013)NakazawaT,HisatomiT,NakazawaCetal:Monocytechemoattractantprotein1mediatesretinaldetachment-inducedphotoreceptorapoptosis.ProcNatlAcadSciUSA104:2425-2430,20074)KitaokaY,KitaokaY,KwongJMetal:TNF-alphainducedopticnervedegenerationandnuclearfactor-kappaBp65.InvestOphthalmolVisSci12:7675-7683,2012(58)

屈折矯正手術:屈折矯正手術と自衛隊

2014年4月30日 水曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載167大橋裕一坪田一男167.屈折矯正手術と自衛隊播本幸三防衛医科大学校眼科陸上自衛隊員は大部分が健常者であり,その約半数が近視などの屈折異常を呈している.屈折矯正方法は眼鏡あるいはコンタクトレンズ(CL)である.隊員は眼鏡やCLに対して不便や不安を感じつつも日常業務に従事している.屈折矯正手術を受けているのはわずか約5%であるが,手術は任務遂行能力向上に寄与している.●陸上自衛官の屈折矯正の現状平成23年3月11日に発生した東日本大震災では,東北地方を中心に東日本の広域が未曾有の被害を受けた.その大震災後の災害復旧活動に延べ1,058万人の自衛隊員が派遣され,人命救助,救急患者搬送,遺体収容,物資輸送,給水支援,給食支援,入浴支援,原子力災害対処などに過酷な状況下で従事した.疫学調査によれば,日本人成人における近視の割合は38.3.49.0%と報告されている1).近年わが国においてlaserinsitukeratomileusis(LASIK)などの屈折矯正手術を受ける人が増加してきた.今回,筆者らは陸上自衛官の屈折矯正の現状を調査する目的で,東日本大震災後の災害派遣活動に従事した陸上自衛官519名(全員男性)を対象としてアンケート調査を実施した.その結果眼鏡眼鏡+DSCL眼鏡+HCL眼鏡+SCLHCLDSCL図1陸上自衛官の屈折矯正法運転時に屈折矯正器具を必要とする246名のうち,眼鏡を使用しているものは118名(48.0%),CLを使用しているものは32名(13.0%),双方を使い分けているものは96名(39.0%)であった.DSCL:ディスポーザブルソフトコンタクトレンズ.HCL:ハードコンタクトレンズ.SCL:リユーザブルソフトコンタクトレンズ.(文献2より転載)は以下の通りである2).・回答者:516名(99.4%)・屈折矯正(眼鏡あるいはCL)を要する者:246名(47.7%)(内訳)眼鏡を使用している者:118名(48.0%)CLを使用している者:32名(13.0%)両者を併用している者:96名(39.0%)(図1)2)・CLを使用している者144名中過去にCL関連のトラブルを経験した者:52名(うち35名は演習中のトラブル)・演習中の眼鏡やCLが不便であると感じた者眼鏡装用者:66.9%CL装用者:63.5%・演習中のCLの交換についてたまに交換:33.1%無交換:61.9%・派遣中の眼鏡やCLのトラブルに対してとても不安:21.4%やや不安:46.9%この調査から,屈折矯正を必要とする多くの自衛官は,眼鏡やCLに対して不安や不便を感じつつ業務に従事している現状がみえてきた.近年のCLは酸素透過性に優れ,連続装用可能な商品も多数市販されているが,使用方法や管理方法に問題があり,CL使用者の角膜感染症の報告3)にもあるように,自衛官にとって眼鏡やCLが理想的な屈折矯正法とはとてもいいがたい.一方,屈折矯正手術を受けた者はわずか24名(4.7%)であった.今回調査した自衛官の多くは,屈折矯正手術に対して一定の興味はあるが,経済的な理由からあきらめているのが現状であった.(55)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145330910-1810/14/\100/頁/JCOPY 表1自衛官における屈折矯正手術の視機能および任務への影響調査項目術前術後p値13.0%4.3%ドライアイ有病率(9名)(3名)p=0.0048光のにじみ1.71.9p=0.1097視機能遠方の見え方3.31.4p<0.0001近方の見え方2.11.5p=0.0002即応性2.61.3p<0.0001任務への影響防護マスク装着2.91.3p<0.0001任務遂行能力2.81.2p<0.0001屈折矯正手術の前後で比較して,ドライアイ有病率,視機能(遠方の見え方,近方の見え方),任務への影響(即応性,防護マスク装着任務遂行能力)において有意にスコアが改善した.●自衛官における屈折矯正手術の有用性他国(米国など)では,軍隊における屈折矯正手術の有効性についての報告がすでにある4,5).筆者らは,陸上自衛官における屈折矯正手術の視機能,任務遂行能力への影響について,すでに手術を受けた69名(男性65名,女性4名)に対してアンケート調査を行った.アンケートでの調査項目は表1の通りである.回答をスコア化(1:とてもよい,2:まあまあよい,3:やや悪い,4:悪い)し,c2検定で統計学的解析を行い,屈折矯正手術の前後で比較した.結果としては視機能では遠方の見え方,近方の見え方のいずれも有意に改善していた.任務への影響では即応性,防護マスク(図2)の装着,任務遂行能力のいずれもスコアが有意に改善していた(表1)2).よって屈折矯正手術は自衛官にとって任務遂行上,非常に有益であると結論づけられる.●自衛隊における屈折矯正手術の問題点と展望多くの自衛官は屈折矯正(眼鏡やCL)に不便や不安を感じながら業務に従事しているが,屈折矯矯正手術は自費で少数の隊員が受けているのが現状である.米軍では公費で隊員に屈折矯正手術を実施している.屈折矯正図2防護マスク化学兵器の脅威に曝された時点から約5秒以内に装着を完了しなければならない.眼鏡をかけたままでは装着は不可能であるので,マスク内には各隊員の屈折に合わせたレンズがあらかじめ装.されている.手術は隊員の任務遂行上有益であるが,わが国においても米軍のように公費で屈折矯正手術を実施するには,安全性の確立,莫大な費用,手術実行上の問題(場所,執刀する眼科医官数や技能,教育体系,適応決定など),立法上の問題,世論など,克服しなければならないハードルは高くて多い.文献1)HayashiH,YamashiroK,NakanishiHetal:Associationof15q14and15q25withhighmyopiainJapanese.InvestOphthalmolVisSci52:4853-4858,20112)播本幸三,加藤直子,庄司拓平ほか:陸上自衛官における屈折矯正法の現状:東日本大震災後の経験を踏まえて.日眼会誌118:84-90,20143)YeungKK,ForisterJF,ForisterEFetal:Compliancewithsoftcontactlensreplacementschedulesandassociatedcontactlens-relatedocularcomplications:theUCLAContactLensStudy.Optometry81:598-607,20104)StanleyPF,TanzerDJ,SchallhornSC:LaserrefractivesurgeryintheUnitedStatesNavy.CurrOpinOphthalmol19:321-324,20085)PandayVA,ReillyCD:RefractivesurgeryintheUnitedStatesAirForce.CurrOpinOphthalmol20:242-246,2009☆☆☆534あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(56)