●連載157緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也157.甲状腺眼症と緑内障井上立州オリンピア眼科病院甲状腺眼症では,高眼圧を呈することがあるが,緑内障の高眼圧ではない.球後組織の炎症や外眼筋肥大による眼球運動障害によって高眼圧をきたす.安静眼位で眼圧を測定することで,正確な眼圧測定が可能である.緑内障と視力視野障害をきたす甲状腺眼症による圧迫視神経症の鑑別に注意する必要がある.●甲状腺眼症甲状腺眼症は,甲状腺機能異常や自己免疫疾患が引き金となって発症し,それに伴うさまざまな眼症状を呈する.甲状腺眼症を呈する甲状腺機能異常は,甲状腺機能亢進症(Basedow病)が最も頻度が高いが,甲状腺機能正常Basedow病や慢性甲状腺炎(橋本病)でも起こる.●甲状腺眼症と高眼圧症甲状腺眼症で21mmHgを超える高眼圧を呈することは古くから注目されている1,2).その眼圧異常が眼外の要因によるもので,緑内障の高眼圧ではないことが明らかにされている3,4).甲状腺眼症の高眼圧は一過性のもので,眼圧測定の段階で高眼圧を示すだけで連続計測すると,下降していくものである.甲状腺眼症に対するステロイド薬治療や手術により,甲状腺眼症による高眼圧は正常化される5).●甲状腺眼症の眼位と眼圧甲状腺眼症では外眼筋肥大を伴うことが多い.外眼筋肥大が発現する例では,球後組織圧の上昇から眼球の網脈絡膜に皺襞形成をみる症例もある(図1).球後からの圧迫のためMRI(磁気共鳴画像)上,眼球に変形がみられ球後組織圧による圧迫性高眼圧をきたしやすい.甲状腺眼症例では下直筋肥大の頻度が最も高い.下直筋ではLockwoodの靱帯の部で癒着が強くなり,筋弛緩および伸展障害のため上転障害をきたす.眼圧測定は第一眼位,すなわち正面視で測定するため,下直筋肥大がある症例では,この際に眼球に圧が加わり,測定上高眼圧を呈することとなる.特にノンコンタクトトノメーターでは高眼圧を呈することが多い.上転障害がある症例では,アプラネーショ(87)図1甲状腺眼症患者にみられた網脈絡膜皺襞外眼筋肥大により,眼球が圧迫され,網脈絡膜皺襞がみられる.ントノメーターでは,額の部へある程度の厚みのある枕を置いて頭位を傾け,やや下方視をした位置で眼圧測定すると真に近い値が得られる.トノペンでは,自由な眼位で眼圧測定ができるため,上転障害のある場合,下方視をさせて眼圧測定を行うと,甲状腺眼症症例の眼圧を正確に測ることができる.トノグラフィーを用いると,初期圧は高いが,連続測定すると眼圧は下降し,大きなC(房水流出率)値が得られる.●緑内障病型と頻度甲状腺眼症では球後組織圧の上昇から上強膜静脈圧の異常をきたし続発緑内障を起こすことがある.緑内障の合併頻度では,原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)が多いとする報告6)や,通常の頻度と変わらないという報告5,7.8)もある.甲状腺眼症が正常眼圧緑内障の危険因子であるという報告9)もある.当院を受診した甲状腺眼症患者19,840例のうち,眼圧異常または緑内障を指摘されたことがある499例について,緑内障の有無,眼圧動態について検討した結果では,499例中150例で緑内障と診断された(図2).高眼圧例や視神経に緑内障性変化がみられたが,視野異常がみられなかった緑内障疑い例が69例,甲状腺眼症による高眼圧と考えられたものが156例あった.緑内あたらしい眼科Vol.30,No.7,20139690910-1810/13/\100/頁/JCOPY発達緑内障2例(1.3%)分類不能Posner-Schlossman8例(5.3%)症候群3例(2.0%)続発緑内障10例(6.7%)原発開放隅角緑内障67例(44.7%)(正常眼圧緑内障38例)狭隅角眼24例(16.0%)原発閉塞隅角緑内障36例(24.0%)図2緑内障症例の病型分類眼圧正常緑内障150例(30.1%)甲状腺眼症による高眼圧(DO性高眼圧)156例(31.3%)ステロイドレスポンダー78例(15.6%)図3甲状腺眼症症例の眼圧異常の分類障と診断された症例の病型では,広義のPOAGが最も多く,ついでPACGが多かった(図3).甲状腺眼症の活動期の治療は,ステロイド薬治療となるため,ステロイドレスポンダーにも注意する必要がある.当院のデータでは,緑内障は19,840例中疑いも合わせて219例(1.1%)で,通常の成人の発現頻度と変わらなかった.●圧迫視神経症と緑内障甲状腺眼症では中心暗点や傍中心暗点を伴う圧迫視神経症がある(図4).高眼圧のため,この視力・視野障害を緑内障と誤診することがある.視神経乳頭所見に注意して鑑別する必要がある.圧迫視神経症では,乳頭発赤や乳頭浮腫などの圧迫視神経症の所見がみられる場合があるが,検眼鏡に所見のない球後視神経症の形で発症するものもある.近視性の乳頭陥凹,傾斜,乳頭周囲の変性などがあると緑内障との鑑別が困難なこともある.甲状腺眼症に特有の眼球突出や上眼瞼後退や眼瞼腫脹などの眼瞼所見や,眼球運動障害があれば,鑑別は容易であるが,高齢者では,眼球突出がない症例もあり,甲状腺機能亢進症の全身症状や,視神経乳頭の緑内障性変化が鑑別診断の鍵となる.CT(コンピュータ断層撮影),MRIによる球後軟部組織の画像診断は甲状腺眼症では970あたらしい眼科Vol.30,No.7,201346例(9.2%)緑内障疑い69例(13.8%)図4圧迫性視神経症のMRI上段:水平断,中段:矢状断,下段:冠状断.MRIで四直筋の肥大がみられ,視神経の圧迫所見がある.欠かせない.この視神経症は病期が進行すると中心暗点が絶対暗点となり,失明に至る場合もあるため注意する必要がある.文献1)BraleyAE:Malignantexophthalmos.AmJOphthalmol36:1286-1290,19532)PohjanpeltoP:Thethyroidandintraocularpressure.ActaOphthalmol(Copenh)97(Suppl):1-70,19683)井上洋一,井上トヨ子:DysthyroidOphthalmopathyにおける高眼圧について.臨眼25:1593-1600,19714)HeJ,WuZ,YanJetal:Clinicalanalysisof106caseswithelevatedintraocularpressureinthyroid-associatedophthalmopathy.YanKeXueBao20:10-14,20045)KalmannR,MouritsMP:PrevalenceandmanagementofelevatedintraocularpressureinpatientswithGraves’orbitopathy.BrJOphthalmol82:754-757,19986)OhtsukaK,NakamuraY:Open-angleglaucomaassociatedwithGravesdisease.AmJOphthalmol129:613-617,20007)ChengH:Thyroiddiseaseandglaucoma.BrJOphthalmol51:547-553,19678)CockerhamKP,PalC,JaniBetal:Theprevalenceandimplicationsofocularhypertensionandglaucomainthyroid-associatedorbitopathy.Ophthalmology104:914-917,19979)JamsenK:Thyroiddisease,ariskfactorforopticneuropathymimickingnormaltensionglaucoma.ActaOphthalmol74:456-460,1996(88)