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ドライアイのアンチエイジングアプローチ

2014年4月30日 水曜日

特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):481.486,2014特集●眼とアンチエイジングあたらしい眼科31(4):481.486,2014ドライアイのアンチエイジングアプローチTheAnti-AgingApproachinDryEyeTreatment川島素子*はじめにドライアイは「様々な要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う」と定義されている多因子性疾患である(ドライアイ研究会,2006年).日本での罹患人口は少なくとも約800万人,通院せずに市販点眼薬を使用している潜在患者も含めれば約2,200万人いると見込まれている罹患率の高い疾患であり,著しく生活の質(qualityoflife:QOL)を低下させる.その背景は複雑であり,内科的疾患や眼手術に伴うもの,内服薬の副作用でも発症することがある.一般的なドライアイは,環境要因が大きいと考えられており,パソコンやスマートフォンなどの凝視や,冷暖房などの空調,コンタクトレンズの長期・長時間装用などがリスクファクターとして有名であり,さらには,夜型の生活,食生活の変化,運動不足など,ライフスタイルの関与による影響も指摘されている.このようにさまざまあげられるドライアイのリスクファクターの一つして「加齢」があり,本項ではこの「加齢」からの視点での解説をする.I加齢とドライアイ大規模な疫学研究の結果によると,50歳以上の患者の有病率は5.35%であり,加齢によって有病率が上がることが確認されている1).わが国においては60歳以上の73%がドライアイとの報告もあり,アジア人の高齢者ではよりリスクが高い可能性がある2).わが国をはじめ多くの国々で高齢化が進んでおり,先述した近年のライフスタイルの変化とあいまって,ドライアイ患者がさらに増加していくことが懸念されている.II加齢変化とドライアイの関連ドライアイの病態は,涙液量の減少や涙液成分の変化により,涙液層の不安定性を生じたり,眼表面が乾燥し傷や障害が生じる,涙液および眼表面の複合的な病態であり,涙液層の浸透圧が上昇し,眼表面に炎症が生じるといわれている3,4).原因あるいは結果として,涙腺,眼表面(角膜,結膜,マイボーム腺),眼瞼,ならびにそれらを結ぶ感覚神経と運動神経を含む統合的システムであるlacrimalfunctionalunit(涙液機能単位)の障害として認識されている5)(図1).加齢に伴い,この涙液機能単位のいずれの部分もが加齢性の変化を生じる.たとえば,40歳以上では涙腺組織でのリンパ球浸潤の出現率が高くなり,涙腺腺房萎縮や線維化,腺腔の拡大,導管の閉塞,リポフスチン沈着が生じる6,7).また,涙液分泌量の低下,神経刺激に対する涙液蛋白分泌反応の低下が生じる8).さらには,涙液中にはラクトフェリン,タウリンやリゾチームなどの抗酸化作用や抗炎症作用をもった成分なども多く含まれているが,加齢とともに徐々に減少する傾向にある.眼瞼の変化では,加齢とともに眼瞼縁の発赤,血管拡張,瞼縁の不整,開口部の角化や閉塞が生じる.活動性のあるマイボーム腺数は加齢とともに減少し,腺脱落が生じる.また,マイボーム腺*MotokoKawashima:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕川島素子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)481 遠心性神経腺房涙腺交感副交感CNS求心性神経図1涙液産生と眼表面維持の構造Lacrimalfunctionalunit(涙液機能単位)とよばれる涙腺,眼表面(角膜,結膜,マイボーム腺),眼瞼,ならびにそれらを結ぶ感覚神経と運動神経を含む統合的システムで成り立っている.脂質も若い頃は安定した質を保つ傾向があるが,加齢とともに組成が変化し安定性を失っていく9).すなわち,これらの加齢性変化のいずれもが,涙液層の安定性の低下,眼表面の乾燥や炎症,上皮障害が生じるといった,ドライアイが発症しやすくなる変化である(図2).さらに,眼瞼内反や外反,結膜弛緩症,瞼裂斑などのさまざまなその他の加齢性変化にも修飾され,角結膜乾燥症状(ドライアイ症状)を呈することも多い.場合によっては,加齢に伴う導涙機能の低下や鼻涙管閉塞ともあいまって,流涙症とドライアイ症状の両方の症状を呈することもまれではなく病態を複雑化させている.III現在のドライアイ治療さて,ドライアイの治療の基本にあげられるのは点眼482あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014であり,水分補充目的の人工涙液,水分保持作用を有するヒアルロン酸ナトリウム点眼液が,今までのドライアイ治療を支えており,実際の治療現場で汎用されてきた.2.3年前より,わが国において,ムチンや水分の分泌や産生を促す2つの点眼液,ジクアホソルナトリウム(ジクアスR点眼液0.3%)と,レバミピド(ムコスタR点眼液UD2%)が登場した.それと同時に,涙液層不安定性の原因を層別に診断したうえで,それらの異常に適した点眼・治療を選択し,涙液層の安定性を高め,より効果的な治療を行うという概念が広まってきた(tearfilmorientedtherapy:TFOT)(図3).TFOTの概念をもとに,涙液層の安定性の低下を修飾する因子としての炎症に対し,眼表面の消炎を目的として,低濃度ステロイド点眼液などを併用して治療することもある.ま(4) 主涙腺涙液分泌低下・涙液組成変化マイボーム腺機能不全油層形成不全マイボーム腺脂組成変化メニスカス形成不全結膜弛緩眼瞼異常図2ドライアイにかかわる加齢性変化加齢に伴いさまざまなドライアイを引き起こしたり増悪したりする変化を生じる.主涙腺涙液分泌低下・涙液組成変化マイボーム腺機能不全油層形成不全マイボーム腺脂組成変化メニスカス形成不全結膜弛緩眼瞼異常図2ドライアイにかかわる加齢性変化加齢に伴いさまざまなドライアイを引き起こしたり増悪したりする変化を生じる.た,点眼以外の治療方法として,重症例や点眼のコンプライアンスの悪い症例では,涙液を恒常性に維持するために涙点をプラグで閉鎖して涙の生理的な排出を人為的に遮断するような治療や,結膜弛緩症例に対し結膜.形成術のような涙液貯留のためのスペースを確保する治療方法が用いられる.さらに最近では,油層の治療として,マイボーム腺機能不全の治療がクローズアップされてきている.加えて,環境因子の改善として,長時間のVDT(visualdisplayterminal)作業や運転では,適度の休みを取ることや意識的な瞬目を行うこと,眼表面の保湿を図るために加湿器を用いたり,エアコンの設定を変えたり,市販のドライアイ専用眼鏡を使用したりすることなども,有効な方法とされている.これらさまざまな現在の治療をふまえて,眼表面の層別治療「TFOT」の考え方は,今後さらに整理され,活用しやすいものになっていくと期待されている.一方,全く違う視点,すなわちドライアイを加齢的な変化と捉える観点からは,層ごとの治療ではなく一括して介入するアンチエイジングアプローチも今後並行して有効な選択肢の一つになってくるであろう.IVアンチエイジングアプローチアンチエイジング医学(anti-agingmedicine)の定義(5)【眼表面の層別治療】治療対象眼局所治療油層温罨法,眼瞼清拭少量眼軟膏ある種のOTC*ジクアホソルナトリウム液層水分人工涙液ヒアルロン酸ナトリウムジクアホソルナトリウム涙点プラグ分泌型ムチンジクアホソルナトリウムレバミピド上皮膜型ムチンジクアホソルナトリウムレバミピド上皮細胞(杯細胞)自己血清(レパミピド)眼表面炎症ステロイド**レバミピド*ジクアホソルナトリウムは,脂質分泌や水分分泌を介した油層伸展促進により涙液油層機能を高める可能性がある.**レバミピドは,抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある.図3TearFilmOrientedTherapy涙液層の不安定性の原因を層別に診断したうえで,それらの異常に適した点眼・治療を選択し,涙液層の安定性を高め,より効果的な治療を行うという概念(ドライアイ研究会より許諾を得て掲載).は,「元気に長寿を享受することを目指す理論的・実践的科学」とされている.アンチエイジング医学の対象は,「時間の経過に伴い体内で進行する物理的な加齢のプロセスに加わる病的な諸因子であり,それによって引き起こされる病的な老化現象の進行を予防し,治療すること」である.現在,老化の諸因子として,遺伝子による支配のほか,免疫力の低下,フリーラジカルなどによる組織変性,ホルモンの低下などがあげられ,これらが複合的に作用していると考えられている.この加齢という生物学的プロセスに,科学的根拠のもとに介入して加齢関連疾患の発症率を下げ,QOLを高め,健康長寿をめざす「積極的予防医学」がアンチエイジング医学のコンセプトであり,超高齢社会を迎えるわが国にとって最も期待されるアプローチといっても過言ではない.先述したとおり,ドライアイも加齢性疾患の一つとしても考えられ,ドライアイにおけるアンチエイジングアプローチの可能性について以下に述べる.Vドライアイのアンチエイジングアプローチ多くの加齢に伴う疾患には,生活習慣などの環境因子の影響があることが報告されるようになり,その背景に酸化ストレスの関与があることが認識されるようになってきた.「酸化ストレス」は,生体内で生成する活性酸あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014483 酸化反応抗酸化反応酸化反応抗酸化反応酸化ストレス「生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,酸化状態に傾き,生体が酸化的障害を起こすこと」生体組織の損傷,酸化的障害酸化反応抗酸化反応酸化反応抗酸化反応酸化ストレス「生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,酸化状態に傾き,生体が酸化的障害を起こすこと」生体組織の損傷,酸化的障害図4酸化ストレス生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ,酸化状態に傾き,生体が酸化的障害を起こすこと.素群の酸化損傷力と生体内の抗酸化システムの抗酸化ポテンシャルとの差として定義されている.活性酸素群は,本来,エネルギー生産,侵入異物攻撃,不要な細胞の処理,細胞情報伝達などに際して生産される有用なものである.しかし,生体内の抗酸化システムで捕捉しきれない余剰な活性酸素群が生じる場合,生体の構造や機能を担っている脂質,蛋白質・酵素や,遺伝情報を担う遺伝子DNAを酸化し損傷を与え,生体の構造や機能を乱し,さまざまな病気を引き起こしたり,増悪因子となったりする(図4).眼表面においても,涙液中にはスーパーオキシドジスムターゼ(superoxidedismutase:SOD),グルタチオン,ラクトフェリン,アスコルビン酸などの抗酸化作用をもつ酵素や物質,各種成長因子,サイトカインなどが存在し,角膜にも同様にさまざまな抗酸化酵素や解毒のための蛋白質などが多数発現しており10),これらの抗酸化システムにより,さまざまな刺激から防御している.加齢に伴うドライアイに関して,老齢ラットの涙腺組織での酸化ストレスマーカー発現量は,若年齢に比べ有意に高値であることが確認されている11).また,活性酸素を除去する重要な酵素であるSOD1をノックアウトしたマウスや,ミトコンドリアの電子伝達系に異常をもち過剰の酸化ストレスがリークするmev1変異マウスなどで,涙液量の減少と眼表面の上皮障害が生じ,涙腺や眼表面における複数の酸化ストレスマーカーの上昇が生じることが確認された12).臨床的にも,ドライアイ患者484あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014涙液層の不安定化加齢涙液分泌低下眼表面障害アンチエイジングアプローチ酸化ストレス.図5ドライアイと酸化ストレス,アンチエイジングアプローチの可能性の涙液中の活性酸素は増大しており,一部のドライアイ患者では涙液中の酸化ストレス制御蛋白の一つであるセレノプロテインP濃度やラクトフェリン濃度が低いことや,Sjogren症候群で眼表面の酸化ストレスマーカーの発現が亢進しているとの報告などもでてきた13).これら複数のドライアイマウスモデルの結果や臨床研究結果により,酸化ストレスがドライアイの発症および病態形成に大きくかかわっていることが強く支持されている.また,ドライアイにより引き起こされた酸化ストレスがさらにドライアイを増悪させるという悪循環の存在が考えられている(図5).これらの結果をもとに,アンチエイジングアプローチとして,理論的には酸化ストレスに対する防御機構として生体内の抗酸化システムをあげる,もしくは防御作用がある抗酸化物質を体外から摂取することにより,この防御システムをできるだけ有効に維持し,ドライアイを治療(予防)することが期待される.実際,すでに現在行われている治療のなかにも,治療効果のメカニズムとして抗酸化剤としての働きが関与していることがわかってきている.たとえば,重症のドライアイの治療に自己血清点眼が使用されることがあるが,その有効成分のなかにセレノプロテインPという抗酸化物質が存在し,重要な役割を果たしていることが最近わかった.現在,高頻度に使用されているヒアルロン酸点眼液中のヒアルロン酸にも抗酸化作用があるとの報告もある.また,レバミピド点眼薬においては,レバミピドがマウスの(6) 涙液分泌量(mm)25.020.015.010.05.00.0p=0.000p=0.007MetSMetS疑非MetSSchirmer値(Ⅰ法)≦5mmの発現率(%)p=0.0094035302520151050p=0.071MetSMetS疑非MetS(Tukey’smultiplecomparisontest)(Steel-Dwasstest)図6メタボリックシンドロームにおける涙液量の減少メタボリックシンドローム群では非メタボリックシンドローム群と比較して有意に涙液分泌量が低下している.(文献5より作成)MetS:メタボリックシンドローム群,MetS疑:メタボリックシンドローム疑い群,非MetS:非メタボリックシンドローム群UVB誘発角膜損傷に対して,ヒドロキシラジカル捕捉効果も示したことから,抗酸化作用が奏効機序の一つといわれている14).ところで,抗酸化システムは,先述したとおり,SOD,グルタチオン関連酵素群,カタラーゼ,酵素活性を支える微小ミネラルならびにビタミン群,さらにいろいろな抗酸化物質などで構成されている.抗酸化システムは,①フリーラジカル,活性酸素の発生を防ぐ,②生じたフリーラジカルを安定させる,③酸化生成物を無毒化し,損傷した細胞を修復させる,というように段階的に作用し,抗酸化物質はおもにフリーラジカルの発生予防と安定化の部分に働く.これらの抗酸化関連物は経口的に摂取可能なものもあり,複合抗酸化サプリメント,機能性食品として利用することができる.現段階では大規模試験でのドライアイに対する確実な結果は得られていないが,エイコサペンタエン酸(EPA)をはじめとして各種抗酸化物質,機能性食品の探索研究が積極的に行われており,ドライアイの眼所見改善と炎症細胞の低下をもたらしたなどのポジティブな介入結果を集めつつある.また,最新の筆者らが行った横断研究において,メタボリックシンドローム群では,同年代での非メタボリックシンドローム群と比較して有意に涙液分泌量が低いこ(7)とを明らかにした(図6)15).さらには,運動習慣が少ないほどドライアイが多い,睡眠障害があるほうがドライアイが多い,うつ症状があるほうがドライアイの自覚症状が強いなどの結果もでてきている.これらの知見より,今後は,点眼など局所治療の発展に加えて,メタボリックシンドロームやホルモン分泌の影響なども把握し,たとえばライフスタイルに対する介入など,包括的なアンチエイジングアプローチも必要になってくるであろう(図7).おわりに今後,加齢が関連するようなドライアイに対する治療や予防として,涙液層別治療とともに,涙腺機能単位さらには全身に対する一括した介入が選択肢の一つとなっていくと思われる.アンチエイジング医学のコンセプトに基づいて加齢のメカニズムに沿った介入を行うことによって,ドライアイだけでなくさまざまな加齢関連疾患に対して,疾患別治療を超えた包括的な疾患予防や治療にまでつなげていけると期待される.今後さらなる研究の発展によりエイジングの分子メカニズムを解明し,臨床研究の実施によりエビデンスを強化していき,アンチエイジングアプローチを確立させていければと考えている.あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014485 アンチエイジングアプローチ外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用めがね○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善アンチエイジングアプローチ外科的治療プラグ涙点閉鎖術結膜弛緩症手術など○仕事中の休息・パソコン時間の短縮ブルーライトカット○コンタクトレンズ装用時間短縮○ドライアイ用めがね○室内加湿点眼運動食事ごきげん眼局所の改善層別治療(TFOT)環境因子の改善図7今後のドライアイ治療文献1)Theepidemiologyofdryeyedisease:reportoftheEpidemiologySubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop(2007).OculSurf5:93-107,20072)UchinoM,DogruM,YagiYetal:ThefeaturesofdryeyediseaseinaJapaneseelderlypopulation.OptomVisSci83:797-802,20063)MurubeJ:Tearosmolarity.OculSurf4:62-73,20064)TsubotaK,FujiharaT,SaitoKetal:ConjunctivalepitheliumexpressionofHLA-DRindryeyepatients.Ophthalmologica213:16-19,19995)SternME,BeuermanRW,FoxRIetal:Thepathologyofdryeye:theinteractionbetweentheocularsurfaceandlacrimalglands.Cornea17:584-589,19986)RochaEM,AlvesM,RiosJDetal:Theaginglacrimalgland:changesinstructureandfunction.OculSurf6:162-174,20087)ObataH,YamamotoS,HoriuchiHetal:Histopathologicstudyofhumanlacrimalgland.Statisticalanalysiswithspecialreferencetoaging.Ophthalmology102:678-686,8)MathersWD,LaneJA,ZimmermanMB:Tearfilmchangesassociatedwithnormalaging.Cornea15:229334,19969)SullivanBD,EvansJE,DanaMRetal:Influenceofagingonthepolarandneutrallipidprofilesinhumanmeibomianglandsecretions.ArchOphthalmol124:1286-1292,200610)OffordEA,SharifNA,MaceKetal:Immortalizedhumancornealepithelialcellsforoculartoxicityandinflammationstudies.InvestOphthalmolVisSci40:1091-1101,199911)KawashimaM,KawakitaT,OkadaNetal:Calorierestriction:Anewtherapeuticinterventionforage-relateddryeyediseaseinrats.BiochemBiophysResCommun397:724-728,201012)KojimaT,WakamatsuTH,DogruMetal:Age-relateddysfunctionofthelacrimalglandandoxidativestress:evidencefromtheCu,Zn-superoxidedismutase-1(Sod1)knockoutmice.AmJPathol180:1879-1896,201213)WakamatsuTH,DogruM,MatsumotoYetal:EvaluationoflipidoxidativestressstatusinSjogrensyndromepatients.InvestOphthalmolVisSci54:201-210,201314)TanitoM,TakanashiT,KaidzuSetal:CytoprotectiveeffectsofrebamipideandcarteololhydrochlorideagainstultravioletB-inducedcornealdamageinmice.InvestOphthalmolVisSci44:2980-2985,200315)KawashimaM,UchinoM,YokoiNetal:Decreasedtearvolumeinpatientswithmetabolicsyndrome:theOsakastudy.BrJOphthalmol98:418-420,2014486あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(8)

序説:眼とアンチエイジング

2014年4月30日 水曜日

●序説あたらしい眼科31(4):479.480,2014●序説あたらしい眼科31(4):479.480,2014眼とアンチエイジングTheEyeandAnti-AgingMedicine坪田一男*木下茂**眼疾患の80%以上は加齢に関係するといわれる.加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,緑内障,白内障,老視,ドライアイなど,加齢が大きなリスクファクターになっているものは多い.一方,加齢の研究が進んで,眼疾患を個別に治療するのではなく,アンチエイジングという大きな流れのなかで,眼疾患を予防,治療するという動きが出てきた.そこで,今回の特集「目とアンチエイジング」では,眼科疾患におけるアンチエイジングアプローチの最前線を企画した.まずは,ドライアイである.ドライアイは,涙液層の不安定化で起きるが,そのリスクファクターとして加齢が大きく存在する.加齢変化に対抗できたらドライアイは治るかもしれないという考え方だ.慶應義塾大学の川島素子講師は数年前からこの課題に取り組み,カロリー制限でドライアイが改善することを発表しているが,今回は現在の研究の最前線も含めてレビューをしてもらった.次に,食品因子による眼のアンチエイジングについて,北海道大学と北海道医療大学で研究に取り組まれている北市伸義教授にお願いした.北海道大学では現教授の石田晋先生が赴任する前から大野重昭名誉教授がフードファクターについて素晴らしい研究をされており,その流れを大切にしてさまざまな研究が展開されている.その最先端の研究を紹介していただいた.また,現在アンチエイジング医学で注目されているフードファクターの一つにレスベラトロールがある.2006年にハーバード大学のDavidSinclair教授が「レスベラトロールによって肥満マウスの寿命が延長する」という画期的な論文を『Nature』誌に発表して大きな話題となった.長岡泰司先生(旭川医科大学)は,その翌年2007年にはすでにレスベラトロールの網膜への応用について『IOVS』に発表されており,眼科領域でのアンチエイジング医学の第一人者といえる.長岡先生にはレスベラトロールの網膜への応用について総説をお願いした.明治国際医療大学の山田潤教授は,京都府立医科大学において羽室淳爾教授とともにレドックス環境と眼のアンチエイジングについて長年研究をされている.ご存じのように,加齢は酸化ストレスによるものとする“酸化ストレス仮説”があるが,最近では酸化ストレスによる組織の障害ばかりでなく,酸化ストレスによってレドックス環境が変化し,遺伝子発現が変化することと関連することがわかってきた.この部分について十分な解説をお願いした.眼の加齢といえば白内障,老視がもっとも広くイメージされる.水晶体研究の第一人者である金沢医*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**ShigeruKinoshita:京都府立医科大学大学院医学系研究科視覚機能再生外科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)479 科大学の佐々木洋教授にアンチエイジング医学の立場から水晶体の加齢について執筆をお願いした.また,成人の失明原因第1位の緑内障は,40歳以降に急激に発症率が増加することで知られる.だからこそ40歳以上の眼科検診が重要といわれるわけだ.緑内障はこれまで長い間,眼圧との相関が研究の中心課題であったが,最近は酸化ストレスや加齢そのものによる影響が検討されるようになってきた.わが国において本領域の研究でトップを走る東北大学の中澤徹教授に,この分野についての将来展望も含めて総説をお願いした.最後に“見た目”のエイジングである.加齢によって瞼が下がり,眼瞼下垂になることは知られているが,本疾患を手術で治療するとたくさんの患者が“若返った”と喜ぶ.今までアンチエイジングという枠組みからはあまり討議されなかった眼瞼のアンチエイジングについて野田実香先生(北海道大学)に最新の知見を網羅していただいた.以上のように,眼疾患についてアンチエイジング医学によるアプローチはまだまだ始まったばかりであるが,本特集をお読みいただければわかるように,これから大きな可能性を秘めた分野である.現在日本の医療費は増大の一途をたどっており,医療費削減の意味においても,重篤化する前に疾患を予防することが重要と考えられている.一つの良い例が,緑内障における眼圧のコントロールだ.緑内障治療はまさに究極の予防医療であり,わが国でも大きな実績を重ねている.他の疾患についてもリスクファクターを同定し,そこにアプローチすることが予防医療の基本であるが,そのなかでもエイジング(加齢)はもっとも大切なターゲットとなりうる.エイジングの研究がこれからさらに急速に進んでいくものと期待されるが,それに伴って,眼のアンチエイジングアプローチも,緑内障における眼圧コントロールのように予防医療として成り立つ可能性が高いと考えられる.480あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(2)

先天性眼瞼下垂の弱視関連因子についての検討

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):465.472,2014c先天性眼瞼下垂の弱視関連因子についての検討秋山智恵*1中原尚美*1森紀和子*1野口昌彦*2北澤憲孝*1*1長野県立こども病院眼科*2同形成外科ClinicalFactorsAssociatedwithAmblyopiainPatientswithCongenitalBlepharoptosisTomoeAkiyama1),NaomiNakahara1),KiwakoMori1),MasahikoNoguchi2)andNoritakaKitazawa1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPlasticSurgery,NaganoChildren’sHospital2002.2012年までの10年間に長野県立こども病院眼科を受診した先天性眼瞼下垂133例159眼(片眼性107例107眼,両眼性26例52眼)を対象とし,弱視関連因子について検討した.代償頭位は両眼性眼瞼下垂と片眼性眼瞼下垂中等度例に顎上げ傾向がみられた.調節麻痺下屈折検査は85例97眼(片眼性73例73眼,両眼性12例24眼)に施行できた.屈折異常は遠視性複乱視の占める割合が最も高かった.屈折異常の程度は97眼中78眼(80.4%)が軽度であった.乱視は片眼性眼瞼下垂よりも両眼性眼瞼下垂で有意に強く,また両眼性眼瞼下垂では重度例で有意に強かった.片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の比較では患眼に有意に強い遠視と乱視が認められた.片眼性眼瞼下垂73例中29例(39.7%)に1.0D以上の遠視性不同視を認めた.全眼瞼下垂133例中15例(11.3%)に斜視を認めた.先天性眼瞼下垂の弱視関連因子として,乱視,遠視性不同視,斜視を高頻度に認めた.治療は手術のみならず,屈折異常および斜視の適切な早期管理が推奨される.Thefactorsofamblyopiawerestudiedthrough10yearsofourexperience,from2002to2012.Subjectsconsistedof159eyes(133cases)withcongenitalblepharoptosis,comprising107unilateraland26bilateralcases.Typicalcompensatoryheadposturewasjawupward,mainlyobservedinbilateralandmildunilateralblepharoptosis.Hyperopiccompoundastigmatismwasobservedatthehighestrateasrefractoryerror.Mildrefractoryerrorswereobservedin78eyesof97cases.Thegradeofastigmatismwashigherinunilateralthaninbilateralblepharoptosisandwassignificantlyhighinseverebilateralblepharoptosis.Inthecasesofunilateralblepharoptosis,comparisonbetweenunaffectedandaffectedeyesshowedthattheaffectedeyeshadhigherhyperopicdegreeandastigmaticdegree.Hyperopicanisometropiaofnotlessthan1.0diopterwasseenin29of73casesofunilateralblepharoptosis.Strabismuswasseenin15ofthe133casesofblepharoptosis.Incongenitalblepharoptosis,inadditiontosurgery,itisrecommendedthatrefractiveerrorandstrabismusbeappropriatelymanagedfromanearlyage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):465.472,2014〕Keywords:先天性眼瞼下垂,片眼性,両眼性,下垂の程度,乱視,遠視性不同視.congenitalblepharoptosis,unilateralptosis,bilateralptosis,gradeofptosis,astigmatism,hyperopicanisometropia.はじめに小児でみられる眼瞼下垂には先天性眼瞼下垂(単純型),先天性外眼筋線維化症候群,動眼神経麻痺,重症筋無力症,Horner症候群,眼瞼縮小症候群,MarcusGunn症候群などがある.なかでも単純型先天性眼瞼下垂は小児で最もよくみられる下垂であり,眼瞼挙筋の変性と筋周囲の線維化のため眼瞼可動域が狭く,上方視時に上眼瞼が下がり,下方時にはむしろ上眼瞼があがっているのが病態である1).また,先天性眼瞼下垂は視性刺激遮断による弱視だけでなく,斜視,屈折異常,特に乱視による弱視を伴うことが多いと報告されている2.4).今回,片眼性および両眼性の単純型先天性眼瞼下垂を対象とし,弱視関連因子と考えられる代償頭位,屈折異常,斜視の合併について検討したので報告する.I対象および方法対象は,2002.2012年までの10年間に長野県立こども〔別刷請求先〕秋山智恵:〒399-8288長野県安曇野市豊科3100長野県立こども病院眼科Reprintrequests:TomoeAkiyama,DepartmentOphthalmology,NaganoChildren’sHospital,3100Toyoshina,Azumino,Nagano399-8288,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(161)465 病院眼科を受診した先天性眼瞼下垂133例159眼である.内訳は,片眼性107例107眼,両眼性26例52眼で,性別は男児72例(片眼性60例,両眼性12例),女児61例(片眼性47例,両眼性14例)であった.これら対象について,1.初診時年齢,2.下垂の程度および代償頭位,3.手術,4.屈折異常,5.斜視の合併率について検討した.眼瞼下垂の程度は,片眼性では,正常頭位で瞳孔領が完全に露出しているものを軽度,瞳孔領の一部が隠れているものを中等度,完全に隠れているものを重度とした.また,両眼性では,正常頭位で両眼ともに瞳孔領が完全に露出しているものを軽度,両眼ともに瞳孔領の一部が隠れているものおよび両眼の瞳孔領の露出に左右差があるものを中等度,両眼ともに瞳孔領が完全に隠れているものを重度とした.なお,屈折異常の検討においては,両眼性も片眼性と同様に単眼ずつ下垂の程度判定を行った.屈折検査は,トロピカミド・塩酸フェニレフリン,塩酸シクロペントラートもしくは硫酸アトロピン点眼による調節麻痺下で,ライト社製ハンディ型オートレフラクトケラトメータRightonRetinomaxK-plus3Rを使い測定した.屈折異常の分類は,等価球面度数で.0.25D以上+0.25D以下を正視とし,乱視度は強主経線と弱主経線での屈折度の差をとり,絶対値で0.25D以下のものを乱視なしとして表した.乱視軸は,臨床的分類に従い5),弱主経線が180±30°を直乱視,90±30°を倒乱視,それ以外を斜乱視として分類した.屈折異常の程度は,等価球面度数で+3.0D以下を軽度遠視,+6.0D以上を強度遠視,この間を中等度遠視とし,同様に.3.0D以下を軽度近視,.6.0D以上を強度近視,この間を中等度近視とした.不同視は等価球面度数の差で算出した.眼瞼下垂の手術は当院形成外科にて施行された.解析には,片眼性と両眼性の2群間および健眼と患眼の2群間の比較ではMann-WhitneyU-test(以下,検定Iとする)を用いた.下垂の程度別での比較ではKruskal-Wallistest(以下,検定IIとする)を用い,有意差ありと認められた場合は多重比較Steel-Dwass法(以下,検定IIIとする)を行った.代償頭位,手術適応,屈折異常の分類データの比較ではc2検定(以下,検定IVとする)を用いた.屈折異常の程度の比較ではSpearman’scorrelationcoefficientbyranktest(以下,検定Vとする)を用いた.有意水準はいずれもp<0.05とした.統計処理はExcelアドインソフトStatcel3で行った.II結果1.初診時年齢初診時年齢は0歳0カ月.6歳11カ月で中央値1歳5カ月(平均1歳11カ月)であった.内訳は,片眼性0歳0カ月.6歳11カ月で中央値1歳2カ月(平均1歳10カ月),466あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014両眼性0歳0カ月.6歳6カ月で中央値2歳3カ月(平均2歳6カ月)であった.片眼性症例の初診時年齢が有意に低かった(p<0.05,検定I).下垂の程度別にみると,片眼性では軽度0歳3カ月.6歳11カ月で中央値1歳8カ月(平均2歳1カ月),中等度0歳0カ月.6歳6カ月で中央値1歳5カ月(平均1歳11カ月),重度0歳0カ月.5歳2カ月で中央値9カ月(平均1歳1カ月)であった.3群間に統計学的有意差が認められ(p<0.05,検定II),重度例は中等度例に比して初診時年齢が有意に低かった(p<0.05,検定III).両眼性では軽度1歳3カ月.5歳3カ月で中央値2歳2カ月(平均2歳8カ月),中等度0歳3カ月.4歳6カ月で中央値2歳3カ月(平均2歳3カ月),重度0歳7カ月.6歳6カ月で中央値2歳9カ月(平均3歳2カ月)で,統計学的に有意差は認められなかった(p=0.59,検定II).2.下垂の程度および代償頭位下垂の程度は,片眼性107例では軽度31例(29.0%),中等度51例(47.7%),重度23例(21.5%),不明2例(1.9%)であった.両眼性26例では軽度4例(15.4%),中等度11例(42.3%),重度7例(26.9%),不明4例(15.4%)であった.顎上げの代償頭位をとっていた症例は,片眼性では30例(28.0%),両眼性では19例(73.0%)であった.代償頭位をとっていた症例を下垂の程度別にみると,片眼性では軽度31例中4例(12.9%),中等度51例中21例(41.2%),重度23例中5例(21.7%)で,中等度例に顎上げ傾向がみられた.統計学的にも下垂の程度と代償頭位に関連性が認められた(p<0.05,検定IV).両眼性では,軽度4例中4例(100%)中等度11例中9例(81.8%),重度7例中6例(85.7%)で,(,)下垂の程度にかかわらず顎上げ傾向がみられた.統計学的にも下垂の程度と代償頭位の関連性は認められなかった(p=0.66,検定IV).3.手術手術適応となったのは,片眼性107例のうち89例(83.2%),両眼性26例のうち23例(88.5%)であった.下垂の程度別にみると,片眼性では軽度31例中22例(71.0%),中等度51例中45例(88.2%),重度23例中20例(87.0%),不明2例中2例(100%)であった.両眼性では軽度4例中4例(100%),中等度11例中10例(90.9%),重度7例中7例(100%),不明4例中2例(50.0%)であった.片眼性,両眼性ともに手術適応と下垂の程度に関連性は認められなかった(片眼性p=0.11,両眼性p=0.59,検定IV).手術の未施行例の理由としては,片眼性18例では,手術を予定されているもの3例,経過観察中6例,希望なし4例,自己中断5例であった.両眼性3例では,手術を予定されているもの1例,経過観察1例,主疾患により全身麻酔下手術不能なもの1例であった.(162) 手術時年齢は,0歳3カ月.10歳3カ月で中央値2歳1カ月(平均2歳8カ月)であった.内訳は,片眼性0歳3カ月.10歳3カ月で中央値2歳0カ月(平均2歳6カ月),両眼性0歳11カ月.6歳10カ月で中央値3歳3カ月(平均3歳6カ月)であった.片眼性症例の手術時年齢が有意に低かった(p<0.05,検定I).初診から手術までの期間は,片眼性0.45カ月で中央値7カ月(平均8.5カ月),両眼性0.58カ月で中央値8カ月(平均11.7カ月)であった.片眼性と両眼性の手術までの期間に統計学的有意差は認められなかった(p=0.63,検定I).下垂の程度別にみると,片眼性では軽度3.40カ月で中央値8.5カ月(平均10.4カ月),中等度0.45カ月で中央値7.0カ月(平均8.0カ月),重度1.17カ月で中央値6.5カ月(平均7.1カ月)であった.両眼性では軽度3.33カ月で中央値8.5カ月(平均1歳1カ月),中等度1.14カ月で中央値8カ月(平均6.8カ月),重度0.58カ月で中央値6カ月(平均1歳1カ月)であった.片眼性,両眼性ともに下垂の程度によって手術までの期間に統計学的有意差は認められなかった(片眼性p=0.21,両眼性p=0.79,検定II).手術方法は,片眼性89例89眼では,筋膜移植術80例80眼(89.9%),眼瞼挙筋前転術8例8眼(9.0%),眼瞼挙筋瞼板固定術1例1眼(1.1%)であった.両眼性23例46眼では,筋膜移植術22例42眼(91.3%),眼瞼挙筋前転術3例4眼(8.7%)であった.片眼性,両眼性ともに下垂の程度が重度で手術適応になった例はすべて筋膜移植術の適応であった.4.屈折異常対象のうち,術前に調節麻痺下屈折検査が施行できた85例(片眼性73例73眼,両眼性12例24眼)の屈折異常について検討した.下垂の程度分布は,片眼性73眼では軽度21眼(28.8%),中等度36眼(49.3%),重度16眼(21.9%)であった.両眼性24眼では軽度4眼(16.7%),中等度5眼(20.8%),重度15眼(62.5%)であった.a.屈折異常の分類屈折異常の分類を表1に示す.屈折異常の分類では遠視性複乱視の占める割合が最も高かった.屈折異常の分類について,下垂の程度別および両眼性と片眼性で比較しても傾向は変わらず,統計学的有意差は認められなかった(下垂の程度別の比較p=0.27,両眼性と片眼性の比較p=0.93,検定IV).また,片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の比較でも傾向は変わらず,統計学的にも差は認められなかった(p=0.16,検定IV).b.屈折異常の程度屈折異常の程度分布および平均等価球面度数を表2に示す.屈折異常の程度としては軽度遠視の占める割合が最も高かった.屈折異常の程度について,下垂の程度別および両眼性と片眼性で比較しても傾向は変わらず,統計学的有意差は認められなかった(下垂の程度別の比較p=0.41,両眼性と片眼性の比較p=0.24,検定V).また,片眼性眼瞼下垂の表1屈折異常の分類全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼軽中重全軽中重全軽中重全25眼41眼31眼97眼4眼5眼15眼24眼21眼36眼16眼73眼73眼遠視性1626125435513132174126複乱視(64.0)(63.4)(38.7)(55.7)(75.0)(100)(33.3)(54.2)(61.9)(58.3)(43.8)(56.2)(35.6)遠視性425111023323814単乱視(16.0)(4.9)(16.1)(11.3)(25.0)(13.3)(12.5)(14.3)(5.6)(18.8)(11.0)(19.2)遠視002(6.5)2(2.1)0000002(12.5)2(2.7)5(6.8)正視1(4.0)1(2.4)02(2.1)00001(4.8)1(2.8)02(2.7)6(8.2)近視01(2.4)01(1.0)000001(2.8)01(1.4)2(2.7)近視性2358003303256単乱視(8.0)(7.3)(16.1)(8.2)(20.0)(12.5)(8.3)(12.5)(6.8)(8.2)近視性255120033252910複乱視(8.0)(12.2)(16.1)(12.4)(20.0)(12.5)(9.5)(13.9)(12.5)(12.3)(13.7)雑性2327002223054乱視(8.0)(7.3)(6.5)(7.2)(13.3)(8.3)(9.5)(8.3)(6.8)(5.5)()内は%を示す.(163)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014467 表2屈折異常の程度分布と平均等価球面度数全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼軽中重全軽中重全軽中重全25眼41眼31眼97眼4眼5眼15眼24眼21眼36眼16眼73眼73眼強度遠視002(6.5)2(2.1)002(13.3)2(8.3)00000中等度446140000446144遠視(16.0)(9.8)(19.4)(14.4)(19.0)(11.1)(37.5)(19.2)(5.5)軽度1625115245514131963840遠視(64.0)(61.0)(35.5)(53.6)(100)(100)(33.3)(58.3)(61.9)(52.8)(37.5)(52.1)(54.8)正視3(12.0)4(9.8)1(3.2)8(8.2)00002(9.5)5(13.9)1(6.3)8(11.0)14(19.2)軽度2791800662731214近視(8.0)(17.1)(29.0)(18.6)(40.0)(25.0)(9.5)(19.4)(18.8)(16.4)(19.2)中等度近視01(2.4)01(1.0)000001(2.7)01(1.4)1(1.4)強度近視002(6.5)2(2.1)002(13.3)2(8.3)00000Mean1.631.141.561.401.971.601.261.471.561.181.801.380.67±SD1.611.812.852.131.070.723.472.691.701.912.331.951.57()内は%を示す.表3乱視の程度分布と平均乱視度数全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼73眼軽25眼中41眼重31眼全97眼軽4眼中5眼重15眼全24眼軽21眼中36眼重16眼全73眼<0.251(4.0)2(4.9)2(6.5)5(5.2)00001(4.8)2(5.6)2(12.5)5(6.8)13(17.8)<1.06(24.0)19(46.3)8(25.8)33(34.0)1(25.0)4(80.0)1(6.7)6(25.0)5(23.8)15(41.7)7(43.8)27(37.0)30(41.1)<2.014(56.0)11(26.8)12(38.7)37(38.1)1(25.0)1(20.0)7(46.7)9(37.5)13(61.9)10(27.8)5(31.3)28(38.4)24(32.9)<3.03(12.0)6(14.6)4(12.9)13(13.4)2(50.0)04(26.7)6(25.0)1(4.8)6(16.7)07(9.6)4(5.5)<4.01(4.0)3(7.3)5(16.1)9(9.3)003(20.0)3(12.5)1(4.8)3(8.3)2(12.5)6(8.2)2(2.7)Mean±SD1.230.691.170.831.330.961.230.831.500.660.700.211.870.971.590.921.140.681.240.861.020.941.160.830.910.76健眼と患眼の比較でも傾向は変わらず,統計学的にも差は認められなかった(p=0.24,検定V).c.乱視の程度乱視の程度分布および平均乱視度数を表3に示す.乱視は468あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014()内は%を示す.全眼瞼下垂眼97眼中92眼(94.8%)に合併していたが,そのほとんどが2.0D未満の軽度乱視であった.下垂の程度別に乱視の程度を比較したところ,下垂の程度が増すほど3.0D以上の乱視合併率が高い傾向にみえたが,統計学的に関連性(164) 表4乱視軸の分類全眼瞼下垂両眼性眼瞼下垂片眼性眼瞼下垂患眼健眼軽中重全軽中重全軽中重全24眼39眼29眼92眼4眼5眼15眼24眼20眼34眼14眼68眼60眼直乱視13(54.2)13(33.3)11(37.9)37(40.2)3(75.0)3(60.0)8(53.3)14(58.3)10(50.0)10(29.4)3(21.4)23(33.8)32(53.3)倒乱視5(20.8)18(46.2)12(41.4)35(38.1)1(25.0)1(20.0)4(26.7)6(25.0)4(20.0)17(50.0)8(57.1)29(42.6)16(26.7)斜乱視6(25.0)8(20.5)6(20.7)20(21.6)01(20.0)3(20.0)4(16.7)6(30.0)7(20.6)3(21.4)16(23.5)12(20.0)は認められなかった(p=0.61,検定V).片眼性では2.0D未満の軽度乱視の占める割合が高かったが,両眼性では乱視の程度にばらつきがあった.片眼性と両眼性の乱視の程度に統計学的有意差が認められた(p<0.05,検定I).また,片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の比較では,患眼のほうが中等度乱視の合併率が高い傾向がみられた.健眼と患眼の乱視の程度に統計学的にも有意差が認められた(p<0.05,検定I).d.乱視軸乱視が合併していた下垂眼92眼(片眼性68眼,両眼性24眼)および片眼性眼瞼下垂の健眼60眼の乱視軸の分類を表4に示す.下垂眼,健眼ともに直乱視が最も多く,斜乱視が2割前後と似た傾向であった.統計学的にも全眼瞼下垂眼と健眼の乱視軸の分類に有意差を認めなかった(p=0.24,検定IV).片眼性眼瞼下垂の中等度と重度においては倒乱視の割合が高かったが,下垂の程度と乱視軸の分類に関連性は認められなかった(p=0.09,検定II).また,片眼性眼瞼下垂眼では倒乱視の割合が最も高く,健眼では直乱視の割合が最も高かったが,統計学的には有意差が認められなかった(p=0.07,検定IV).e.屈折度数全眼瞼下垂眼97眼の平均屈折度数は,等価球面度数1.40±2.13D,乱視度数1.23±0.83Dであった.これらを下垂の程度別に比較したところ,等価球面度数,乱視度数ともに統計学的有意差は認められなかった(等価球面度数p=0.61,乱視度数p=0.56,検定II).両眼性眼瞼下垂の屈折度数分布を図1に示す.両眼性眼瞼下垂24眼の平均屈折度数は,等価球面度数1.47±2.69D,乱視度数1.59±0.92Dであった.これらを下垂の程度別に比較したところ,等価球面度数は統計学的有意差が認められなかった(p=0.15,検定II).乱視度数は統計学的有意差が認められ(p<0.05,検定II),重度例は中等度例に比して乱視度数が有意に強かった(p<0.05,検定III).片眼性眼瞼下垂の屈折度数分布を図2に示す.片眼性眼瞼(165)()内は%を示す.下垂73眼の屈折度数を下垂の程度別に比較したところ,等価球面度数,乱視度数ともに統計学的有意差は認められなかった(等価球面度数p=0.54,乱視度数p=0.38,検定II).両眼性眼瞼下垂眼と片眼性眼瞼下垂眼の屈折度数を比較すると,等価球面度数では統計学的有意差を認めず(p=0.29,検定I),乱視度数では両眼性が片眼性に比して有意に強かった(p<0.05,検定I).片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼の屈折度数分布を図3に示す.健眼の平均屈折度数は,等価球面度数0.67±1.57D,乱視度数0.91±0.76Dであった.患眼の平均屈折度数は,等価球面度数1.38±1.95D,乱視度数1.16±0.83Dであった.健眼と患眼の屈折度数を比較したところ,等価球面度数では患眼のほうが遠視側に有意に強く,また,乱視度数も患眼のほうが有意に強かった(等価球面度数p<0.05,乱視度数p<0.05,検定I).f.不同視1.0D以上の不同視差を認めた例が,片眼性眼瞼下垂では73例中29例(39.7%),両眼性眼瞼下垂では12例中2例(16.7%)みられた.片眼性眼瞼下垂29例のうち26例が患眼の遠視性不同視であった.26例の不同視差の内訳は,1.0D以上2.0D未満18例(69.2%),2.0D以上3.0D未満5例(19.2%),3.0D以上4.0D未満3例(11.5%)であった.両眼性眼瞼下垂2例は1.5D未満の不同視差であった.なお,この2例は左右眼ともに重度下垂であった.5.斜視の合併率斜視は,片眼性眼瞼下垂107例中12例(11.2%),両眼性眼瞼下垂26例中3例(11.5%)に合併していた.軽度下垂症例には斜視は合併していなかった.斜視の種類は,片眼性眼瞼下垂では,間欠性外斜視5例,恒常性外斜視4例,恒常性内斜視2例,上下斜視6例(重複あり)であった.両眼性眼瞼下垂では,間欠性外斜視1例,恒常性外斜視1例,恒常性内斜視1例であった.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014469 軽度中等度重度963乱視度数(D)001234-3-6等価球面度数(D)-9図1両眼性眼瞼下垂の屈折度数分布(下垂程度別)6.004.002.000.00-2.00-4.00患眼健眼01234等価球面度数(D)乱視度数(D)図3片眼性眼瞼下垂の屈折度数分布(健眼と患眼の比較)III考按一般に弱視の発生率はおよそ3%といわれている6,7).それに対し,眼瞼下垂眼における弱視の発生は19.37.5%と高率である6.10).かつては,先天性眼瞼下垂は,明視が妨げられて両眼視機能の正常な発達を障害し弱視や斜視に陥る可能性があることから,発見しだい早期の手術が勧められていた11).一般に乳幼児における瞳孔が隠れるほどの眼瞼下垂では,弱視が発生する危険がある.しかし,片眼性先天性眼瞼下垂眼においては,その眼瞼挙筋が薄くて,ほとんど横紋筋線維が認められないため,下方視時に伸展が悪く,かえって瞼裂幅の相対的拡大が起こる特徴があるため視性刺激遮断弱視は起こらないとの報告もある4).また,視性刺激を得やすくするために,顎上げの代償頭位をとる症例もいる12).視性刺激遮断となるか否かはこのような代償頭位も無視できない要因である.470あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図2片眼性眼瞼下垂の屈折度数分布(下垂程度別)軽度中等度重度-4-2024601234等価球面度数(D)乱視度数(D)当院における先天性眼瞼下垂症例の顎上げ代償頭位の有無をみると,両眼性眼瞼下垂症例および片眼性眼瞼下垂の中等度例が代償頭位をとり,片眼性眼瞼下垂の軽度例と重度例が代償頭位をとらない傾向であった.片眼性眼瞼下垂の軽度例は,平常で角膜反射が出ており視性刺激が遮断されないため,代償頭位の有無が視力予後に影響するとは考えにくい.つぎに,片眼性眼瞼下垂の重度例であるが,下方視時に視性刺激があるとはいえ,代償頭位がなければ,視性刺激の全体量としては健眼より劣ることが予想され,やはり視性刺激遮断弱視の発生が危惧されるのではなかろうかと考えた.対象の初診時年齢をみると,両眼性眼瞼下垂より片眼性眼瞼下垂のほうが有意に低く,さらに片眼性眼瞼下垂では下垂程度が重度例で有意に低いという結果であった.片眼性眼瞼下垂は重症度が増すほど健眼と患眼の比較により病識が得られやすい.結果,より早期の医療機関への受診となったのではないかと推察された.視性刺激遮断弱視となるリスクがより高い症例に対し,より早期に診断できることは視力予後を改善する可能性があると考えられる.近年,先天性眼瞼下垂の視力不良の原因は視性刺激遮断ではなく,むしろ屈折異常や斜視によるものだという報告があり2.4),屈折異常については,特に乱視合併の報告が多くみられる3,4,6,8.11,13.15).下垂眼に合併する乱視の程度については,平田13)が強い傾向があると述べる一方で,宮下ら14)はそのような傾向は認められないとするなど報告にばらつきがある.本症例でも,全眼瞼下垂眼の94.7%と高率に乱視が合併していた.ただし,そのうち2.0D以上の乱視合併率は22.2%と少数で,宮下ら14)の報告と同じく乱視の程度は弱い傾向であった.これら乱視が眼瞼下垂に関連したものかを検討するために,片眼性眼瞼下垂症例の健眼と患眼の乱視を比(166) 較した.結果,患眼のほうが中等度乱視の合併率が高く,また乱視度数も有意に強い結果が得られた.乱視度数としては必ずしも強いとはかぎらないが,眼瞼下垂と乱視の関連性が示唆された.また,下垂の程度との関連性については,乱視合併率と乱視度数についての報告があり,乱視合併率については下垂の中等度および重度例で高くなるという報告が多数みられる3,8,14,15).また,乱視度数については高橋15)が下垂中等度以上で乱視度数が強くなると報告する一方で,山下ら10)が下垂の程度で乱視度数は変わらないと報告し,一致した見解は得られていない.今回,筆者らの検討では,乱視合併率は下垂の程度で変わらなかった.乱視度数については,片眼性では下垂の程度と関連性がみられず,両眼性では下垂重度例で有意に強い結果であった.また,片眼性より両眼性のほうが有意に強い結果であった.両眼性眼瞼下垂で特に下垂の重度例では乱視に注意が必要であることが示唆された.つぎに乱視軸であるが,下垂眼特有の乱視軸は認められなかった.過去にもいくつか乱視軸の分類に触れている報告があるが3,8,10,14,15),直乱視,倒乱視,斜乱視のいずれの指摘もあり,一致した見解は得られていない.つぎに屈折分布についてであるが,全眼瞼下垂眼の70.5%が遠視側であった.これは下垂眼に限ったことではなく,片眼性眼瞼下垂の健眼もまた遠視側に偏った屈折分布であった.乳幼児の平均屈折度については1歳児でsph+2.0D,2.3歳児でsph+1.0Dと報告されている16).今回,調査対象は乳幼児を主体としており,屈折異常の遠視傾向はそのことも影響していると思われた.しかし,片眼性眼瞼下垂の健眼と患眼との比較では患眼に有意に強い遠視が認められ,遠視性不同視の合併が強く疑われた.過去に,軽度ではあるが遠視性の不同視の合併を指摘している報告2,4,14)もあり,遠視性不同視の検討をしたところ,片眼性眼瞼下垂73例中26例(35.6%)に1.0D以上の不同視を認めた.多くは軽度の不同視であったが,弱視の発生リスクが高くなるとされる3.0D以上の不同視17)を認めた例も26例中3例(11.5%)いた.今回,筆者らの調査では調節麻痺下での屈折検査とはいえ,トロピカミド・塩酸フェニレフリン,塩酸シクロペントレート,硫酸アトロピンと使用薬剤が混在している.全症例に調節麻痺効果がより期待できる塩酸シクロペントレートもしくは硫酸アトロピン点眼下での屈折検査が施行できていれば健眼と患眼とでさらなる差が認められたかもしれない.また,対象の年齢が低いため,最低限としてTellerAcuitycardsにおける裸眼視力検査は施行しているものの,矯正視力検査までできた症例は少なく,弱視の検討ができなかった.つぎに合併症についてであるが,全眼瞼下垂133例中15例(11.3%)に斜視が合併していた.過去の報告においても2,4,6.10,15),眼瞼下垂における斜視の発生は10.3.57%と高率で,また,斜視の種類については外斜視の割合が高い.こ(167)れらの報告のなかでは最も低い斜視合併率となったが,一般的な斜視発生率が1.5%とされているので6,7),本症例の斜視合併も高率といえよう.また,本症例においても外斜視の割合が高かった.先天性眼瞼下垂の弱視の原因は,以前は視性刺激遮断弱視を中心に指摘されていたが,近年では屈折異常や斜視とする報告が多い.筆者らの調査においても,屈折異常,特に乱視や遠視性不同視,斜視の合併が認められた.また,過去の報告は,対象年齢が下限はほぼ0歳であるが,上限については15歳以下3,9,10)または15歳以下を主体としているものの最長は24.70歳と成人も含まれるなど2,4,13.15),対象年齢に幅がある.屈折異常の分布は,新生児,幼児,学童期,成人の各時期において大きく変化するといわれている18).本調査の対象年齢は乳幼児が主体であった.そのため,屈折異常の経年変化の影響も少なく,また,対象年齢がいわゆる視覚の感受性期間に属すことから,今回の調査で得られた結果は弱視要因に直接関係すると考えられる.これらの視機能に対する影響を考慮し,できるだけ早期に対応する必要がある.先天性眼瞼下垂においては,適切な手術と同様に,術前,術後を通しての注意深い屈折異常の管理,そして斜視および両眼視機能の管理が重要であると考えられた.文献1)根本裕次:眼瞼下垂,眼瞼内反.眼科プラクティス20小児眼科診療(樋田哲夫編),p114-117,文光堂,20082)粟屋忍,安間正子,菅原美雪ほか:片眼性眼瞼下垂症例における視機能について.眼紀30:195-201,19793)永井イヨ子:片眼性先天眼瞼下垂における視力低下の原因について.眼科27:63-73,19854)安間正子,栗屋忍:片眼性先天眼瞼下垂の視機能に関する研究.眼紀36:1510-1517,19855)西信元嗣:II屈折・調節の異常.視能矯正学(丸尾敏夫ほか編),p98-100,金原出版,19946)太田有夕美,目黒泰彦,針谷春菜ほか:手術を施行した片眼先天性眼瞼下垂症例の視機能の検討.臨眼64:12991302,20107)Berry-BrincatA,WillshawH:Paediatricblepharoptosi:a10-yearreview.Eye23:1554-1559,20098)SrinageshV,SimonJW,MeyerDRetal:Theassociationofrefractiveerror,strabismus,andamblyopawithcongenitalptosis.JAAPOS15:541-544,20119)山本節,金川美枝子:先天性眼瞼下垂の手術と視機能.臨眼36:1377-1380,198210)山下力,四宮加容,岡本理江ほか:先天性眼瞼下垂症例の視機能.眼臨紀1:161-165,200911)丸尾敏夫:小児の眼瞼下垂.臨眼24:1349-1352,197012)羅錦營:眼瞼下垂.眼科学I(丸尾敏夫ほか編),p14-15,文光堂,200213)平田寿雄:先天性眼瞼下垂における視機能について.眼臨76:393,198214)宮下公男,上村恭夫:単純型片眼先天性眼瞼下垂の視力,あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014471 屈折について.眼臨80:820-822,19861707-1710,198415)高橋信子:先天性眼瞼下垂の視機能の発達に及ぼす影響に17)加藤和男:弱視と屈折異常.眼臨81:2001-2006,1987関する研究.眼臨83:716-730,198918)初川嘉一:視覚発達期としての特殊性.眼科プラクティス16)山本節:小児遠視の経年変化と眼鏡矯正.眼紀35:20小児眼科診療(樋田哲夫編),p114-117,文光堂,2008***472あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(168)

眼窩に生じた節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の2症例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):459.463,2014c眼窩に生じた節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の2症例濱岡祥子*1高比良雅之*1杉森尚美*2中野愛*3杉山和久*1*1金沢大学附属病院眼科*2金沢大学附属病院血液内科*3福井県済生会病院眼科TwoCasesofExtranodalNK/T-CellLymphoma,NasalTypeintheOrbitShokoHamaoka1),MasayukiTakahira1),NaomiSugimori2),AiNakano3)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DepartmentofClinicalLaboratoryScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,3)DepartmentofOphthalmology,Fukui-kenSaiseikaiHospital眼窩病変が初発症状であった節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の2症例を報告する.症例は69歳と46歳の女性で,両者ともに右眼眼瞼皮下の腫瘍がみられ,眼瞼下垂を伴い,生検にて節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型と診断された.69歳,女性の病期はIAEであり,DeVIC化学療法と放射線外照射にて原発巣は縮小した.しかし骨髄浸潤をきたし,初診時から約5カ月後に死亡した.46歳,女性には,乳癌と脳転移の既往があった.診断時リンパ腫の病期はIIEであり,DeVIC療法と放射線外照射で一旦は改善した.しかし,間もなく後腹膜などへ多発転移し,初診より5カ月後に死亡した.本症の生命予後は概して不良であり,局所限局期の速やかな病理診断と放射線化学療法の導入が重要である.癌の既往がある症例に眼窩腫瘤をみる場合には,重複癌としての本症の可能性も考慮すべきである.WereporttwocasesofextranodalNK/T-celllymphoma,nasaltype,whichdevelopedintheorbitalregion.Thepatients,69-and46-year-oldfemales,presentedwithunilateralblepharoptosisoriginatingfromorbitaltumor,pathologicallydiagnosedasextranodalNK/T-celllymphoma,nasaltype.The69-year-oldpatient,withstagingofIAE,underwentchemotherapyandirradiation.However,bone-marrowinvasionwasdetected;shediedwithatotalclinicalcourseof5months.The46-year-oldpatienthadahistoryofbreastcancer.WithaclinicalstagingofIIEforthelymphoma,sheunderwentchemotherapyandirradiation.However,multiplemetastasesdevelopedbeforelong,andshedied5monthsafterthediagnosisofthislymphoma.Sincetheprognosisofthislymphomaisessentiallypoor,immediatediagnosisandtherapyinitiationisessential.Whenorbitalmetastasisissuspectedinapatientwithotherprimarycancer,extranodalNK/T-celllymphoma,nasaltype,asmultipleprimarycancer,shouldalsobeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):459.463,2014〕Keywords:節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型,リンパ腫,眼窩腫瘍,Epstein-Barrウィルス,重複癌.extranodalNK/T-celllymphomanasaltype,lymphoma,orbitaltumor,Epstein-Barrvirus,multipleprimarycancer.はじめに眼窩に生じる腫瘤病変のうち,リンパ増殖性疾患,すなわちリンパ腫(すべて悪性腫瘍)と,良性である反応性リンパ過形成,偽腫瘍とよばれる病態の占める頻度は高い1).日本では,眼窩腫瘍とその類縁疾患におけるリンパ増殖性疾患が占める頻度は,409症例のうち43%1),1,334症例のうち38%2),213症例のうち49%3)などと報告されている.眼窩に発症するリンパ腫のうち最も頻度の高いものはMALTリンパ腫(extranodalmarginalzonelymphomaofmucosa-associatedlymphoid-tissuetype)であり1),ついで,びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(diffuselargeBcelllymphoma:DLBCL),濾胞性リンパ腫(follicularlymphoma)などが挙げられる.他のリンパ腫は稀であるが,近年,眼窩に原発する節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の報告が散見される4).節外性NK/Tリンパ腫は,一般に病期が進むと予後は不良であり5.7),速やかな診断と治療への導入が必要である.筆者らは近年,眼窩病変が初発であった節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の2症例を経験したので報告する.なお,本〔別刷請求先〕濱岡祥子:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学附属病院眼科Reprintrequests:ShokoHamaoka,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospital,13-1Takara-machi,Kanazawashi920-8641,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(155)459 研究は金沢大学臨床試験審査委員会の承認を得ている.I症例〔症例1〕69歳,女性.主訴:右眼瞼下垂,腫脹.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.現病歴:3カ月ほどで急速に進行した右眼瞼腫脹と高眼圧症にて,紹介により2010年11月に金沢大学附属病院を受診した.当院初診時所見:視力は右眼0.5(矯正不能),左眼1.2(矯正不能).眼圧は右眼42mmHg,左眼15mmHg.前眼部,中間透光体,眼底には特記所見はなかった.右上眼瞼には著しい腫脹がみられた(図1a,b).CT検査を施行したところ右眼の眼球結膜から眼球前方成分に高吸収な腫瘤影あり,前後の腫瘤間に遊離気体も認め,眼球結膜と眼瞼結膜主体の腫瘤と考えられ,リンパ腫が疑われた.前医でのMRI(磁気共鳴画像)では右眼球周囲に腫瘤を認め,特に眼球前方の腫瘤がT2強調画像で高信号を示し,内直筋,外直筋,涙腺にも浸潤の可能性が疑われ,ここでもリンパ腫が疑われた(図1c).当院初診日に生検を行い,高眼圧の管理目的で同日に入院となった.血液化学的検査では特記すべき異常はなく,体幹部CTならびにガリウムシンチグラフィーでは,右眼窩病変以外の病変はみられなかった.病理所見と診断:HE染色では中型から大型の核形不整を示す異型細胞集団がみられ,核分裂像が散見された.濾胞形成は明らかではなかった(図1d,e).免疫染色では,CD3,図1症例1(69歳,女性)の臨床所見a:初診時には右眼瞼の著しい腫脹と眼瞼下垂がみられた.b:初診時,結膜下にも腫瘍がみられた.c:MRI(T1強調画像)にて,右眼球周囲に腫瘤がみられ,内直筋,外直筋,涙腺への浸潤が疑われた.d:生検検体のHE染色弱拡大像.中型から大型の核形不整を示す異型細胞集団がみられた.濾胞形成は明らかではなかった.スケールバーは500μm.e:HE染色強拡大像.核分裂像が散見された.スケールバーは100μm.f:CD56免疫染色では陰性であった.スケールバーは100μm.g:EBV-encodedRNA(insituハイブリダイゼーション法)は陽性であった.スケールバーは100μm.460あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(156) 表1節外性NK/Tリンパ腫(鼻型)の診断上重要な病理組織学的所見病理組織所見腫瘍細胞は中-大型でびまん性に浸潤.凝固壊死を伴い,異型の強い.細胞が血管中心性・破壊性に増殖している症例が多い.表面マーカーNK細胞性:細胞質CD3陽性,細胞表面CD3陰性,CD56陽性.T細胞性:細胞質CD3陽性,細胞表面CD3陽性,CD56陰性.NK/T細胞性:細胞傷害性分子(perforin,granzymeB,TIA-1)陽性.EBER(insituハイブリダイゼーション)腫瘍細胞に陽性.CD43,TIA-1,TCR-b,granzymeBは陽性であった.一方,CD5,CD10,CD20,CD23,CD79a,bcl-6,MUM1,CD56,CD30,ALKは陰性であった.Insituハイブリダイゼーション法によるEpstein-Barrvirus-encodedRNA(EBER-ISH)が陽性で,MIB-1indexは50%以上の高い増殖活性を示した.免疫グロブリン遊離L鎖のk/l比(insituハイブリダイゼーション)はほぼ1であった.CD20,CD79aが陰性であることからB細胞系リンパ腫は否定的で,CD3とgranzymeBが陽性であることから,T細胞性あるいはNK細胞性リンパ腫が考えられた.さらにEBER-ISHが陽性,CD56が陰性であること(図1f)から,T細胞由来の節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型と診断された.上記の諸検査と合わせ,節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型,ステージIAEと診断された(表1,2).臨床経過:生検後も高眼圧症や視力低下がみられたので,病理確定診断に先立ち,ただちにステロイドの点滴(dexamethasone,40mg/日)を開始した.その3日後,組織型分類は不明であるが悪性度の高いリンパ腫と病理診断された時点で,ただちにCHOP(cyclophosphamide,doxorubicin,vincristine,prednisolone)療法を開始した.CHOP療法直後は,一旦,眼瞼皮下腫瘤は縮小したが,ただちに再増殖がみられた.最終的に,節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の病理診断が得られ,その標準的治療とされるDeVIC(carboplatin,etoposide,ifosfamide,dexamethasone)療法と放射線外照射との併用療法を行った.それらにより眼窩部病変は縮小したが,初診時から約4カ月後に骨髄浸潤がみられた.放射線照射を45Gyで中止し,化学療法をSMILE(dexamethasone,methotrexate,ifosfamide,L-asparaginase,etoposide)療法に変更した.しかし,やがて全身状態の悪化から化学療法を全量投与できず,初診時から約5カ月後に死亡した.〔症例2〕46歳,女性.主訴:右眼瞼下垂,腫脹.既往歴:当科初診時の約3年前に乳癌の手術を受けた.その約1年後に乳癌転移性脳腫瘍にて摘出手術を受け,術後に化学療法(doxifluridine,cyclophosphamide)と全脳照射(30Gy)が行われた.家族歴:特記すべきことなし.(157)表2AnnArbor分類病期病変部位I期1カ所のリンパ節領域または節外性部位に腫れがあるII期2カ所以上の腫れがあるが,その範囲が横隔膜より上,または下だけIII期横隔膜の上下の両方に腫れがあるIV期1つ以上のリンパ節外臓器(肝臓や骨髄など)に悪性リンパ腫の細胞が浸潤しているAnnArbor分類の付加事項A全身症状(発熱,寝汗,6カ月以内の10%以上の体重減少)がないB全身症状(発熱,寝汗,6カ月以内の10%以上の体重減少)E限局した節外病変があるS脾臓への浸潤があるH肝臓への浸潤があるM骨髄への浸潤があるP肺への浸潤があるO骨皮質への浸潤がある現病歴:初診時の1カ月前から右眼瞼腫脹がみられ,近医眼科で抗生剤内服と点眼とを処方されたが改善しなかった.眼瞼腫脹は増悪し,発熱がみられ,前医で眼窩蜂窩織炎の疑いで抗生剤の点滴,引き続いてステロイド(dexamethasone8mg/日)の点滴を行うも反応に乏しく,2011年5月に当院に紹介された.当院初診時所見:視力は右眼1.2(矯正不能),左眼1.2(矯正不能).眼圧は右眼24mmHg,左眼9mmHg.右上眼瞼の著しい腫脹がみられたが(図2a),前眼部,中間透光体,眼底には異常所見はなかった.頭部CTならびにMRIでは,右眼瞼皮下腫瘤,涙腺腫大がみられ(図2b),左上顎洞から篩骨,蝶形骨道に粘膜肥厚と液体貯留がみられた.FDGPETでは右上眼瞼腫脹に一致して集積がみられたが腫脹部のびまん性の集積で,SUV(standardizeduptakevalue)値は4.4で後期像でも増加しておらず,炎症としても妥当と考えられた.体幹部のCTでは,両肺野の多発結節性病変,右あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014461 図2症例2(46歳,女性)の臨床所見a:初診時には右眼瞼の著しい腫脹と眼瞼下垂がみられた.b:生検前のMRI(T1強調画像)では右涙腺腫大,眼瞼皮下に腫瘍がみられた.c:生検検体のHE染色強拡大像.細胞浸潤に変性や壊死を伴い,大型の異型細胞がみられた.スケールバーは100μm.d:CD56免疫染色では陽性であった.スケールバーは100μm.e:EBV-encodedRNA(insituハイブリダイゼーション法)は陽性であった.前頭葉の乳癌脳転移の術後性変化がみられた.既往や臨床経過から乳癌の眼窩転移を強く疑い,2011年6月に右上眼瞼皮下の腫瘍生検を施行した.病理所見と診断:脂肪組織に炎症細胞の浸潤がみられ,変性・壊死が加わり,少数の大型の異型細胞がみられた(図2c).免疫染色では,脂肪組織に浸潤する細胞は上皮系マーカーであるCKAE1/AE3,CAM5.2,EMAが陰性で,乳癌の転移は否定的であった.CD3,CD56(図2d),granzymeBは陽性であり,一方,CD20は陰性で,CD19,CD79aなどに陽性のB細胞系の細胞はほとんどみられなかった.EBER-ISHは陽性であった(図2e).以上より,CD3とgranzymeBが陽性であり,さらにCD56とEBER-ISHが陰性であることから,NK細胞由来の節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型と診断された.また,画像などの諸検査からステージIIEと診断された(表1,2).臨床経過:診断確定後は,紹介元の前医にて治療が行われた.診断直後より放射線外照射+DeVIC療法が施行され,陽子線治療(24Gy)も追加された.当院初診から約2カ月目には,右眼瞼腫大改善,左鼻腔の腫瘤縮小がみられたが,3カ月後に,肝,両腎,左後腹膜へのリンパ腫進展が指摘され,全身播種と診断され,SMILE療法が開始された.SMILE療法開始後,増悪していた右眼瞼腫脹は改善し,画像検査では眼瞼,副鼻腔病変,両肺野多発結節,肝臓,腎臓の腫瘤の縮小がみられ,全身の腫瘍は改善傾向であった.しかし,初診から5カ月目に,急激な肝障害,腎障害,播種性血管内凝固をきたし死亡した.II考按WHOによる血液リンパ系腫瘍の分類ではNK細胞由来の腫瘍は3つに大別され,その一つが節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型である.節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の免疫形質の多くはNK細胞型であるが,一部でT細胞型であることから6),WHO分類ではNK/T細胞リンパ腫と呼称されている.わが国では全リンパ腫の約3%を占めるが5),その発症頻度には人種差があり,アジアや中南米に多く,欧米では稀とされる5).節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型は,鼻腔から喉咽頭に好発し,その他,皮膚,リンパ節,脾,肝,肺などにも発症する4).本症例2では副鼻腔が原発巣が眼窩に波及したものと推察されるが,症例1では眼窩以外に病変はみられず眼窩原発と考えられた.NK/T細胞リンパ腫,鼻型の生命予後は概して不良であり,平均5年生存率は37.50%との報告がある5,7).病期が進行すると難治であるため,局所限局期の速やかな放射線化学療法が重要とされる.古くは限局期において放射線単独療法が行われたが,その5年生存率は40%程度にとどまるため8),放射線化学療法が推奨されるようになった.当初は462あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(158) CHOP療法などのanthracyclineを含みetoposideを含まない化学療法がおもに選択されてきたが,その奏効率は低く,難治性の節外性NK/Tリンパ腫では10%程度であった.そこで,近年ではMDR非関連薬剤と,EBV関連血球貪食症候群のkeydrugであるetoposideを組み合わせた化学療法,DeVIC9)が標準的な治療とされている.進行期や再発・難治の節外性NK/Tリンパ腫に対してL-asparaginaseの効果を支持する報告もあり,最近ではそれを含むSMILE療法の効果が期待されている10).本報の症例1では,画像所見からは病変は眼窩に限局していたが,初発症状からおよそ3カ月で高度の眼瞼下垂をきたした.眼窩,眼瞼部に発症するリンパ腫のうち最も高頻度のMALTリンパ腫であれば,3カ月間でここまで高度の眼瞼下垂をきたすことは少ないと考えられた.したがって,もしリンパ腫であれば,より悪性度の高いDLBCLなどを疑い,初診日にただちに生検を行った.その結果,最終的に,より悪性度の高い,しかし稀な節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型との診断に至り,速やかにそれに応じた化学療法(DeVIC療法)に導入することができた.しかしながら,その治療中に骨髄転移が発覚し,化学療法がSMILE療法へ変更されるも,初診から約5カ月後に死亡した.症例2では,生検前には,その病歴から乳癌の転移が最も疑われた.初回手術を行った乳癌4,520例のうち眼窩への転移はわずか2例(0.04%)とする報告にあるように11)乳癌の眼窩転移は稀とされるが,転移性眼窩腫瘍のなかでの原発部位としては乳癌が最も多いと報告されている12).また,乳癌や胃癌などの硬癌の眼窩転移では眼球はむしろ陥凹することが多いとされる.その理由としては,びまん性に浸潤した線維化の強い癌では,腫瘍内の線維芽細胞が収縮することにより眼球が眼窩後方へ牽引されるためといわれている13).乳癌の転移では,やはり本症例のような高度の眼瞼腫脹,眼瞼下垂は生じにくいのかもしれない.一般に,癌の眼窩転移は稀であるので,他臓器の癌の経過中に眼窩腫瘤病変をみた際には,重複癌の可能性も念頭におく必要がある.重複癌は近年わが国でも増加傾向にあり,その原因として,検診や治療法の発展により一次癌治療後の長期生存が得られるようになったこと,初発癌の放射線治療や抗癌剤の影響による二次癌の発生,高齢化などが考えられている14).乳癌患者における二次癌としての悪性リンパ腫発症については,化学療法がその発症リスクを引き上げている可能性も指摘されている15).症例2では,生検によりNK/T細胞リンパ腫の診断に至ったが,もし既往から乳癌の眼窩内転移と判断し,生検を行わずに放射線治療を開始していた場合には,NK/T細胞リンパ腫としての治療が遅れたことになる.本症例を鑑み,乳癌や肺癌などの加療中に眼窩病変をみた際には,病理診断を積極(159)的に考慮すべきであると考えられた.以上,眼窩に生じた節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型の2症例を提示した.近年の癌治療の進歩により,本症が二次癌として今後増加する可能性も考えられる,眼窩における腫瘍病変の鑑別診断の一つとして念頭におくべきである.文献1)後藤浩:眼腫瘍の疾患別頻度.見た目が大事!(後藤浩編).眼腫瘍.眼科プラクティス24:2-9,20082)ShikishimaK,KawaiK,KitaharaK:PathologicalevaluationoforbitaltumoursinJapan:analysisofalargecaseseriesand1379casesreportedintheJapaneseliterature.ClinExpOphthalmol34:239-244,20063)OhtsukaK,HashimotoM,SuzukiY:Areviewof244orbitaltumorsinJapanesepatientsduringa21-yearperiod:originsandlocations.JpnJOphthalmol49:49-55,20054)KuwabaraH,TsujiM,YoshiiYetal:Nasal-typeNK/Tcelllymphomaoftheorbitwithdistantmetastases.HumPathol34:290-292,20035)OshimiK:Progressinunderstandingandmanagingnaturalkiller-cellmalignancies.BrJHaematol139:532-544,20076)LiangR:AdvancesinthemanagementandmonitoringofextranodalNK/T-celllymphoma,nasaltype.BrJHaematol147:13-21,20097)Al-HakeemDA,FedeleS,CarlosRetal:ExtranodalNK/T-celllymphoma,nasaltype.OralOncol43:4-14,20078)KoomWS,ChungEJ,YangWIetal:AngiocentricT-cellandNK/T-celllymphomas:radiotherapeuticviewpoints.IntJRadiatOncolBiolPhys59:1127-1137,20049)YamaguchiM:CurrentandfuturemanagementofNK/T-celllymphomabasedonclinicaltrials.IntJHematol96:562-571,201210)YamaguchiM,KwongYL,KimWSetal:PhaseIIstudyofSMILEchemotherapyfornewlydiagnosedstageIV,relapsed,orrefractoryextranodalnaturalkiller(NK)/T-celllymphoma,nasaltype:theNK-CellTumorStudyGroupstudy.JClinicOncol29:4410-4416,201111)金子明博:遠隔転移巣の重点的治療.乳癌の臨床9:31-36,199412)ShieldsJA,ShieldsCL,ScartozziRetal:Surveyof1264patientswithorbitaltumorsandsimulatinglesions.Ophthalmology111:997-1008,200413)後藤浩:眼窩転移.眼科42:167-174,200014)伊藤啓二朗,野河孝允,温泉川真由ほか:乳癌術後の長期生存中に発見された4重複癌の1例.日本産婦人科学会中国四国合同地方部会雑誌51:164-169,200315)TanakaH,TsukumaH,KoyamaHetal:SecondPrimaryCancersFollowingBreastCancerintheJapanesefemalepopulation.JpnJcancerRes92:1-8,2001あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014463

眼部帯状疱疹に続発した眼窩先端部症候群が疑われた1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):453.458,2014c眼部帯状疱疹に続発した眼窩先端部症候群が疑われた1例曺洋喆*1国分沙帆*1竹内聡*1水木信久*2*1横須賀共済病院眼科*2横浜市立大学大学院医学研究科眼科学教室ASuspectedCaseofOrbitalApexSyndromeAssociatedwithHerpesZosterOphthalmicusYangcheulCho1),SahoKokubu1),SatoshiTakeuchi1)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,YokosukaKyosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine症例は78歳,男性で,左眼眼部帯状疱疹後に全眼筋麻痺を発症した.血清中の水痘帯状ヘルペスウイルス(VZV)抗体価の上昇,髄液検査での細胞数と蛋白の上昇から,眼部帯状疱疹に全眼筋麻痺を合併した眼窩先端部症候群が疑われた.抗ウイルス薬の全身投与は全身合併症のため中止し,その後は副腎皮質ステロイドの局所投与のみで発症3カ月後には眼筋麻痺は改善した.しかし,視神経障害により視力は改善しなかった.本症例はVZVによる三叉神経の炎症が眼窩先端部に波及し,多発脳神経麻痺となったものと考えられた.A78-year-oldmalewithvaricellazostervirus(VZV)infectionontheleftsideofhisfacedevelopedtotalophthalmoplegia2monthsafteronset.HisserumVZVantibodytilterwasincreased;pleocytosisandincreasedproteinwerefoundinthecelebrospinalfluid.Hewassuspectedoforbitalapexsyndrome,totalophthalmoplegiasecondarytoalesionintheorbitalapex.Localtreatmentwithcorticosteroidandantiviralagentwasfollowed3monthslaterbyimprovedocularmotility.Trigeminalnerveinflammationmayhavespreadtomultiplecranialnervesintheorbitalapex.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):453.458,2014〕Keywords:眼部帯状疱疹,眼筋麻痺,眼窩先端部症候群.herpeszosterophthalmicus,ophthalmoplegia,orbitalapexsyndrome.はじめに三叉神経第一枝領域の帯状疱疹は眼部帯状疱疹といわれ,眼合併症を半数に伴うといわれる1).眼合併症としては結膜炎(75%),眼瞼浮腫(68%),虹彩炎(54%)などの頻度が高いが1),眼筋麻痺も29%にみられる2).このたび,眼部帯状疱疹に全眼筋麻痺と視神経症を合併した稀な症例を経験したので報告する.本症例は,今回の発表にあたって患者本人の自由意志による同意を得ている.I症例患者:78歳,男性.主訴:左眼痛.既往歴:帯状疱疹と慢性腎不全について前医療機関の腎臓内科を定期受診していた.2010年7月から腹膜透析が導入されていたが,2010年10,11月には感染性腹膜炎を発症し,2011年1月に意欲低下や傾眠傾向が認められていた.家族歴:特になし.現病歴:2011年4月に左眼痛と食欲低下を自覚して前医療機関の腎臓内科を受診し,帯状疱疹による眼痛が疑われたため腎臓内科に入院した.前医療機関入院3日目に左三叉神経第1枝領域に水疱が出現し,帯状疱疹と診断された.アシクロビル点滴165mg(2.4mg/kg/日)が開始され,前医療機関の眼科と併診したところ,左眼に眼圧上昇(38mmHg),角膜浮腫,結膜充血を認め,帯状疱疹に伴う二次性高眼圧症とされた.グリセオールR点滴,カルテオロール塩酸塩(ミケランRLA)左眼1回/日点眼,塩酸ドルゾラミド(トルソプトR)左眼3回/日点眼,アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏左眼5回/日外用を開始された.しかし,入院5日目に意識障害が出現し,アシクロビル脳症が疑われたためアシクロビル点滴,アシクロビル眼軟膏は中止された.その後,意〔別刷請求先〕曺洋喆:〒250-8558神奈川県小田原市久野46番地小田原市立病院眼科Reprintrequests:YangcheulCho,DepartmentofOphthalmology,OdawaraMunicipalHospital,46Kuno,Odawara-shi,Kanagawa250-8558,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(149)453 図1左眼Goldmann視野検査(初診時からA:3週後,B:5週後,C:3カ月後)左眼の盲点中心暗点を認め,軽快したものの,中心暗点は残存した.識障害は徐々に改善し,左眼眼圧も20mmHg前後でコントロールされていたが,視力検査は意識障害もあり施行できなかった.入院6週後にVS=(0.07),同日眼圧38mmHgで左眼虹彩新生血管がみられたため,血管新生緑内障の診断を受けて汎網膜光凝固術を開始された.しかし,入院7週後に454あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014もVS=(0.01),左眼眼圧38mmHgと左眼の高眼圧とそれに伴う眼痛・頭痛が改善しないため,入院8週後の7月(皮疹発症から60日目)に横須賀共済病院(当院)眼科に紹介受診となった.当院初診時の矯正視力はVD=0.3(0.6×Sph+3.0D(cyl.0.75DAx80°),VS=手動弁(矯正不可),眼圧は右眼16mmHg,左眼28mmHgであった.痂皮化した皮疹を左前頭部,前額部,上眼瞼,鼻尖部に認めた.瞼裂幅は右眼11mm,左眼5mmと左眼瞼下垂を認めた.Hertel眼球突出計で右眼14mm,左眼18mmと左眼眼球突出がみられた.眼位は正位であったが,全方向に眼球運動制限があり,全眼筋麻痺を発症していた.瞳孔径は右眼3mm,左眼5mmと左眼瞳孔は軽度散大しており,対光反射は右眼では直接は正常,間接は消失で,左眼では直接は消失,間接は正常であった.交互点滅対光反射試験では左眼の間接Marcus-Gunn瞳孔がみられた.中心フリッカー値は測定不可能であった.左眼前眼部には毛様充血を認め,角膜は浮腫混濁を呈し,角膜知覚は低下,前房には少数の炎症性細胞を認めた.角膜後面沈着物は認められなかった.また,前医でみられたとされる虹彩新生血管は認められなかった.中間透光体は両眼に老人性白内障を認めた.眼底は角膜浮腫の影響で詳細不明であったが,視神経乳頭陥凹の拡大は認めなかった.血液生化学検査では,腎機能障害以外の異常は認めなかった.免疫血清学検査では蛍光抗体法で水痘帯状ヘルペスウイルス抗体価128倍以上であった.髄液検査では細胞数軽度上昇,蛋白質軽度上昇と軽度の炎症所見が認められたが,発熱,髄膜刺激症状などは認めず,感染徴候はなかった.すでに処方されていた眼圧下降薬点眼に加えて,帯状疱疹による虹彩炎に対して,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR)左眼4回/日の点眼を開始した.前医でのアシクロビル点滴の際,アシクロビル脳症が疑われていたため,アシクロビル眼軟膏は使用しなかった.腹膜透析による腹膜炎の既往があり,感染増悪の危険が大きいと考えてステロイドの内服や点滴は行わなかった.初診から1週後には角膜浮腫や前房内炎症は軽快し,VS=(0.01)まで改善,左眼眼圧も24mmHgまで低下した.中心フリッカー値は左眼24Hzであった.初診から3週後には角膜浮腫や前房内炎症は消失し,VS=(0.05)まで改善,左眼眼圧も18mmHgまで低下した.中心フリッカー値は左眼30Hzであった.Goldmann視野検査では左眼盲点中心暗点を認め(図1A),Hess検査で全方向に眼球運動制限がみられた(図2A).初診から4週後にはVS=(0.09)まで改善,左眼眼圧も12mmHgまで低下した.中心フリッカー値は左眼29Hzで全眼筋麻痺や眼瞼下垂は継続していた(図3).頭部magneticresonanceimaging(MRI)ではT2強調像で左眼窩内に淡(150) 図2左眼Hess検査(初診時からA:3週後,B:5週後,C:3カ月後)左眼全眼筋麻痺が軽快,消失した.(151)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014455 図3左眼9方向眼位の写真(初診時から4週後)第一眼位での左眼眼瞼下垂と,全方向の眼球運動制限が認められた.図4頭部MRIT2強調像(初診時からA:4週後,B:3カ月後)左眼窩内に淡い高信号域が認められた(矢印)が,軽快した.い高信号域を認め(図4A),何らかの炎症が疑われた.fluidattenuatedinversionrecovery(FLAIR)やdiffusionweightedimage(DWI)では眼窩内の異常所見はなかった.MRIで視神経病変の存在は確認できなかったが,Goldmann視野検査で左盲点中心暗点を呈し,続発緑内障以外の視神経障害が認められていたことに加えて,全眼筋麻痺を伴うことから,左眼窩先端部症候群を疑った.初診時から5週後の視力はVS=(0.1),左眼眼圧は7mmHgで,眼圧下降薬点眼を中止した.Goldmann視野検査では左眼中心暗点は残るものの縮小した(図1B).Hess456あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014検査では眼球運動障害はわずかに改善していた(図2B).瞳孔径は4mm,瞼裂幅は左眼7mmと眼瞼下垂はやや改善した.ステロイドの全身投与はできなかったため,トリアムシノロン(ケナコルトR)のTenon.下注射を施行した後,ステロイド点眼を漸減中止した.頭部MRIではT2強調像spectralpresaturationinversionrecovery(SPIR)で,左眼窩内の高信号域と外眼筋腫脹を認め,やはり左眼窩内の炎症が疑われた(図5).蛍光眼底造影検査ではフルオレセイン蛍光眼底造影では左眼視神経乳頭の過蛍光が認められたが,インドシアニングリーン蛍光眼底造影では異常所見を認めなかった.(152) 初診から3カ月後,視力はVS=(0.1)と大きく改善しなかったが,左眼眼圧は11mmHgと正常化した.皮疹は消失し,瞼裂幅は右眼11mm,左眼10mm,Hertel眼球突出計で右眼14mm,左眼16mmと左眼瞼下垂と眼球突出も改善した.Goldmann視野検査では縮小した左盲点中心暗点が残存した(図1C).Hess検査で眼球運動障害は正常化し(図2C).正面眼位は正位であり,複視は認めなかった.頭部MRIではT2強調像で認めた左眼窩内の淡い高信号域は軽快していた(図4B).瞳孔径は右眼3.5mm,左眼4.0mmと左眼軽度瞳孔散大は残存,中心フリッカー値は左眼28Hzで,左眼対光反射は消失したままであった.眼底には視神経乳頭陥凹の拡大はなかったものの視神経萎縮が認められた.II考按帯状疱疹は神経向性ウイルスのひとつであるvaricellazostervirus(VZV)感染症であり,水痘感染時に皮膚から末梢神経を伝わって神経節に入り込み,潜伏したウイルスが何らかの契機に再活性化して末梢知覚神経を下降して皮膚に感染したものである.三叉神経第1枝領域の帯状疱疹は肋間神経領域についで多く,眼合併症を約半数に伴う.Marshらの報告1)では眼部帯状疱疹の眼合併症は,炎症によるもの,神経障害によるもの,組織障害によるものに大別される.このMarshらの報告1)によれば,本症例で認められた所見の頻度はそれぞれ結膜炎(75%),眼瞼浮腫(68%),虹彩炎(54%),眼筋麻痺(29%),角膜浮腫(5%),視神経症(0.4%)であった.本症例の左眼の視力障害は角膜浮腫,虹彩炎,視神経症によるもの,眼圧上昇は虹彩炎によるものと考えられた.Marshら2)は,詳細な検査を行った結果29%に外眼筋麻痺を見出し,それは動眼神経,外転神経,滑車神経の順に多かった.このMarshらの報告2)では眼筋麻痺をきたした眼部帯状疱疹58例中,複視については42例で認めたが,全眼筋麻痺は4例のみであった.本症例では左眼視力が悪かったためか複視はみられなかったものの全眼筋麻痺がみられた.全眼筋麻痺の出現は皮疹の出現から2日3),1週4.6),2週7.9),16日10),19日11)という報告などがあるが,5週後が多いとされている.本症例は皮疹発症から60日目,当科初診時に全眼筋麻痺を発症していた.麻痺の改善については1カ月後というもの5),2カ月後というもの8),5カ月後というもの3,6)などあるが,3カ月後からというもの2,4,11.13)が多い.本症例の全眼筋麻痺は出現した当科初診時から5週後から改善し始め,3カ月後には消失した.今回みられた全眼筋麻痺はMarshらの報告2)では神経障害が原因としているが,帯状疱疹の神経合併症の発生機序としては,①ウイルスの直接的細胞毒作用が周囲神経組織に作用するもの,②ウイルスに対する中枢神経系のアレルギー反(153)図5頭部MRIT2強調像SPIR(初診時から5週後)左眼窩内の高信号域と外眼筋腫脹(矢印)が認められた.応(脱随作用),③ウイルスによる閉塞性血管炎に基づくもの,④中枢神経内の他の潜伏向神経親和性ウイルスを賦活化して障害するものがあげられる2).しかし,筋自体の筋炎または筋の虚血による障害とする説もある14).本症例では頭部MRIでは眼窩内に炎症所見があり,眼球運動障害の改善には3カ月かかったことから,神経障害があったと考えられ,眼窩先端部において三叉神経から動眼神経,外転神経,滑車神経,視神経まで帯状疱疹ウイルスの直接伝播または血管炎の波及が起こったものと考えられた.上眼窩裂症候群は動眼神経,滑車神経,三叉神経第1枝,外転神経が障害されたもの,眼窩先端部症候群はそれに加えて視神経が障害されたもの,また海綿静脈洞症候群は上眼窩裂症候群に加え,三叉神経第2枝が障害されたものである.本症例での全眼筋麻痺の鑑別疾患は,海綿静脈洞での障害,すなわち海綿静脈洞症候群として,①内頸動脈海綿静脈洞瘻については初診から4週後のMRI(図6)やmagneticresonanceangiography(MRA)(図7)で海綿静脈洞部の血管陰影の増強がみられないこと,②Tolosa-Hunt症候群については初診から4週後のMRI(図6)で左海綿静脈洞内の異常軟部組織像を認めないこと,③海面静脈洞内内頸動脈瘤については初診から4週後のMRA(図7)で内頸動脈瘤を認めないことから否定的であった.その他に上眼窩裂症候群,眼窩先端部症候群が鑑別にあがるが,今回は全眼筋麻痺に加え視力低下,盲点中心暗点,視神経乳頭陥凹の拡大のない視神経萎縮があり,Marcus-Gunn瞳孔や中心フリッカー値の低下もみられたため,眼窩先端部症候群が疑われた.本症例では全身状態不良のために施行できなかったが,頭あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014457 図6頭部MRIT2強調像(初診時から4週後)海綿静脈洞部(矢印)に血管陰影の増強や異常軟部組織像は認められなかった.部MRI検査においてガドリニウム(Gd)造影を行うと海綿静脈洞部の肥厚,増強効果がみられ,診断に有用であるとの報告がある4,7,11).本症例のMRI画像において,FLAIRやDWIでは異常所見はなかったもののT2強調像SPIRでは眼窩内の高信号域と外眼筋腫脹が認められており,眼窩内の炎症が疑われた.Gd造影ができない場合は脂肪抑制法を考慮してもよいと思われる.眼球突出を伴う全眼筋麻痺や虚血性乳頭炎などのような閉塞性血管炎にはステロイドの治療適応があるとされる2).本症例でも全眼筋麻痺に加えて視神経症所見を認めており,ステロイドの治療適応はあったが,全身状態のリスクが高いため,局所投与を行った.全身状態のリスクが高くなければ,ステロイドの全身投与による治療適応はあったと考えられる.また,知覚神経にとどまらない運動神経への広範囲なウイルス伝播または炎症の波及はヘルペス脳炎や髄膜炎への移行にも注意を要する.眼部帯状疱疹に視神経障害と全眼筋麻痺とを合併した稀な症例を経験した.眼部帯状疱疹においては眼窩先端部にも炎症が波及する事例があることを意識して,視力障害の他に眼球運動も注意深く観察する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MarshRJ,CooperM:Ophthalmicherpeszoster.Eye7:458あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図7頭部MRA(初診時から4週後)海綿静脈洞部の血管陰影の増強や内頸動脈瘤は認められなかった.350-370,19932)MarshRJ,DulleyB,KellyV:Externalocularmotorpalsiesinophthalmicherpeszoster:areview.BrJOphthalmol61:677-682,19773)ArdaH,MirzaE,GumusKetal:Orbitalapexsyndromeinherpeszosterophthalmicus.CaseRepOphthalmolMed2012:854503,20124)中澤徹,大村眞,杉田礼児:全眼筋麻痺を伴った眼部帯状疱疹の1例.臨眼52:1933-1937,19985)青田典子,平原和久,早川和人ほか:眼窩先端部症候群を伴った眼部帯状疱疹の1例.臨皮62:220-223,20086)鈴村弘隆,中野栄子,山本和則ほか:全眼筋麻痺を伴った眼部帯状ヘルペスの1例.眼臨85:771-775,19917)西谷元宏,児玉俊夫,大橋裕一ほか:眼部帯状疱疹に続発した海綿静脈洞症候群の1例.眼紀53:898-903,20028)藤原幹人,小田代政美,溝口弘美ほか:汎発性皮疹を伴う眼部帯状疱疹に全眼筋麻痺を合併した1例.麻酔39:248252,19899)土屋美津保,輪島良平,田辺譲二ほか:全眼筋麻痺および眼球突出をきたした眼部帯状ヘルペスの2例.眼臨81:855-858,198710)KurimotoT,TonariM,IshizakiNetal:Orbitalapexsyndromeassociatedwithherpeszosterophthalmicus.ClinOphthalmol5:1603-1608,201111)佐藤里奈,山田麻里,玉井一司:眼部帯状疱疹に続発した全眼筋麻痺.臨眼62:1279-1283,200812)加地正英,後藤俊夫,新宮正巳ほか:高齢者の帯状ヘルペスに伴う遅発性発症の眼筋麻痺および片麻痺の二例.臨と研65:1223-1227,198313)伊地知紀子,重松昭生,田中孝夫ほか:上眼窩裂症候群と小脳症状を呈した三叉神経第1枝帯状疱疹の1例.ペインクリニック5:381-386,198414)GrimsonBS,GlaserJS:Isolatedtrochlearnervepalsiesinherpeszosterophthalmicus.ArchOphthalmol96:12331235,1978(154)

虚血性視神経症の臨床的背景

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):449.452,2014c虚血性視神経症の臨床的背景春木崇宏*1,2市邉義章*2清水公也*2*1海老名総合病院眼科*2北里大学医学部眼科学教室ClinicalBackgroundsofIschemicOpticNeuropathyTakahiroHaruki1,2),YoshiakiIchibe2)andKimiyaShimizu2)1)DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversity目的:虚血性視神経症患者の臨床的背景を検討した.対象および方法:2001年1月.2010年12月までに虚血性視神経症の診断で入院加療した患者41例44眼(男性27名,女性14名,平均年齢67.6歳)の診療録を基に,その背景因子につき後ろ向きに検討した.結果:男性が66%,発症年齢は65.69歳にピークがみられ,初診時視力は0.01.0.1未満が多かった.ステロイドは全体の88%で使用し,非動脈炎性にステロイド使用した場合の視力改善率は50%であった.糖尿病の合併は20%で,糖尿病合併群は合併しない群と比べ最終視力が不良で,vWF(vonWillebrandfactor)値が高かった.結論:虚血性視神経症に糖尿病の合併率は低いが重要な発症危険因子の一つであり,視力予後不良因子になる可能性が示唆された.非動脈炎性に対するステロイド治療は今後,多施設による前向きな検討が必要である.Purpose:Toreporttheclinicalbackgroundofpatientswithischemicopticneuropathy(ION).Subjectandmethod:Weretrospectivelyinvestigatedtheclinicalbackground,basedonmedicalrecords,of44eyesof41patientswithION(27male,14female;averageage:67.6years)whohadbeenhospitalizedforischemicopticneuropathybetweenJanuary2001andDecember2010.Results:Peakonsetagerangedfrom65.69years;66%ofthepatientsweremale.Manyofthosehadinitialvisualacuityof0.01.0.1.Ofallpatients,88%weretreatedwithsteroid;50%ofthosewithnon-arteriticIONwhoreceivedsteroidshowedimprovedvisualacuity.Thosewithassociateddiabetescomprised20%;thediabetesgrouphadpoorprognosiscomparedwiththenon-diabetesgroup,andhadahighlevelofvonWillebrandfactor(vWF)onthebloodtest.Conclusions:Thediabeticincidenceofcomplicationwaslow,butdiabeteswasanimportantonsetriskfactor.IONpatientswithdiabetesmayhavepoorvisualprognosis.Steroidtherapyfornon-arteriticIONwillrequireprospectiveexaminationatmanyinstitutionsinthefuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):449.452,2014〕Keywords:虚血性視神経症,非動脈炎性,糖尿病,ステロイド,RAPD.ischemicopticneuropathy,non-arteritic,diabetes,steroid,RAPD.はじめに虚血性視神経症は中高年における代表的視神経疾患であり,大きく動脈炎性と非動脈炎性に分類される.動脈炎性は側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎)の他に,結節性多発動脈炎,全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythematosus:SLE)などが原因疾患としてあげられるが採血上,赤沈やC反応性蛋白(C-reactiveprotein:CRP)の上昇がみられ,また巨細胞性動脈炎の最終診断は側頭動脈の生検によってなされる.一方,非動脈炎性は動脈硬化,心筋梗塞,高血圧,糖尿病,血液疾患などが背景因子として考えられており,わが国では動脈炎性は少なく非動脈炎性が多い.本症は50歳以上の発症がほとんどだが,まれに若年者にも発症することがあり,その場合前述した基礎疾患の他に小乳頭など先天的な眼局所の異常が危険因子になるとされている1.4).過去にも本症の背景因子に関する報告はあるが5,6),今回,筆者らは当科に虚血性視神経症で入院した患者の検査データ,治療などの診療録を基に分析し,改めてその臨床的背景を検討してみたので報告する.〔別刷請求先〕春木崇宏:〒243-0433海老名市河原口1320海老名総合病院眼科Reprintrequests:TakahiroHaruki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EbinaGeneralHospital,1320Kawaraguchi,Ebina,Kanagawa243-0433,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(145)449 I対象2001年1月.2010年12月までの10年間に虚血性視神経症の診断で入院加療した患者41例44眼で男性27名,女性14名,平均年齢は67.6歳であった.虚血性視神経症の診断は発症年齢が40歳以上,片眼性の急激な視力または視野障害,限界フリッカー値の低下,相対的求心路瞳孔障害(relativeafferentpupilarydefect:RAPD)陽性を絶対条件とし,造影剤検査で視神経,脈絡膜の充盈遅延または欠損があり,コンピュータ断層撮影(CT),磁気共鳴画像(MRI),また髄液検査で圧迫や脱髄を含め異常なく,さらに動脈炎性は赤沈,CRP,vWF(vonWillebrandfactor)値の上昇を参考事項とした.II方法,検討項目診療録を基に性別,年齢,左右の割合,視力,前部虚血性視神経症と後部虚血性視神経症の割合,赤沈,CRP,vWF値,トリグリセリド,総コレステロールなど発症に関すると考えられる血液データ,自己抗体の有無,乳頭の大きさの評価としてWakakuraらのDM/DD比7),糖尿病の有無,治療につき後ろ向きに検討した.III結果男女比は66%と男性に多く,発症年齢は男女ともに65.69歳にピークがみられ,さらに高齢になると減っていくという傾向があった(図1).発症眼は右眼発症が55%,左眼発症が45%であった.また,乳頭の蒼白浮腫を呈する前部虚血性視神経症と乳頭に異常がない後部虚血性視神経症の割合は,前部虚血性が78%を占めた.初診時視力は0.01.0.1未満が多く,光覚弁や手動弁など重篤な視力障害は少なかった(図2).初診時で多かった0.01.0.4までの視力の割合は最終視力では減少し,日常読み書きが可能な視力とされている0.5以上が66%を占めた(図3).小数視力をlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力に変換し,0.2以上の変化を改善あるいは悪化とした場合の視力予後をみてみると,改善39%,不変50%,悪化11%であった(図4).視野異常は虚血性視神経症に特徴的といわれている水平性は31%で中心性が54%,その他が14%であった.血液データの結果において,まず赤沈は男性の場合,年齢/2,女性は(年齢+10)/2を正常上限とすると40例中13例(33%)が高値であり,これらの症例を動脈炎性の疑い(生検をしていないため)とし,正常範囲内であった27例(67%)を非動脈炎性とした.つぎに基準値以上を高値とした場合,CRPが26%,血管内皮障害の指標となるvWF値は65%において高値であった.その他,トリグリセリドは41%,450あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014総コレステロールは28%で高値,さらに35%で抗核抗体が陽性であった.つぎに,視神経乳頭の大きさの評価として眼底写真を用いDM/DD比を計算した.DM/DD比3.0以上を小乳頭,2.4未満を大乳頭とすると,虚血性視神経症発症のリスクファクターといわれている小乳頭は計測できた36例中8例(22%)であった.また,乳頭が大きい例は1例のみ(3%)にみられた.治療に関しては,ステロイドパルス(メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム1,000mg/日を3日間)施行後にプレドニゾロンの内服漸減をする方法が68%と最も多く,ついで内服のみが15%,ステロイドパルスのみが5%,計88%でステロイドを使用していた(図5).非動脈炎性にも27例中22例(82%)にステロイドを使用していた(表1)が,使用した22例中18例(82%)は,いわゆる乳頭浮腫をきたしている前部虚血性であった.前述と同様の基準でlogMAR値0.2以上を視力改善とすると,改善率は非動脈炎性でステロイドを使用した場合は50%,動脈炎性は全例ステロイドを使用していたが視力改善率は30%であった.最後に糖尿病の合併は,当院基準値HbA1C5.8%(JDS)を超えるものを糖尿病とした場合,その割合は41例中8例,20%という結果であった.また,HbA1C7%を超えるようなコントロール不良例はなかった.糖尿病を合併する群(8例)と,しない群(33例)でその臨床的背景を比較してみると糖尿病合併群のほうが最終視力不良で,vWF値が高かった(表2).IV考按水平性視野障害は虚血性視神経症の特徴的な視野異常といわれている2.5,8)が,今回の検討では31%にとどまり,約半数54%が中心性であった.この結果は中心性視野障害でも虚血性視神経症を念頭に置かなければいけないという従来から指摘されていることが再確認された.本疾患の診断は他のデータや所見と併せ慎重に進めていく必要がある.今回の検討では後部虚血性視神経症は22%で,ほとんどが乳頭腫脹を伴う前部虚血性であった.視神経の眼球に近い部分(篩状板付近)は毛様動脈系の短後毛様動脈から血流の供給を受けており,通常この血管閉塞によるものはいわゆる蒼白浮腫とよばれる視神経の腫脹をきたす(前部虚血性視神経症).短後毛様動脈は脈絡膜の栄養血管でもあり,フルオレセインやインドシアニングリーン蛍光眼底造影検査で,脈絡膜の循環不全が検出されることにより診断が可能である1,3,4,9.11).一方,後部虚血性視神経症の眼底は正常で,視神経の後部はおもに軟膜動脈から血流の供給を受けており,先に述べた蛍光眼底造影検査では異常が検出されない.他疾患との鑑別がむずかしいところではあるが,今回の検討では(146) 症例数男性(n=27)女性(n=14)121086420眼数1.210.90.80.70.60.50.40.30.20.10.01~指数弁手動弁光覚弁14121086420症例数男性(n=27)女性(n=14)121086420眼数1.210.90.80.70.60.50.40.30.20.10.01~指数弁手動弁光覚弁1412108642045~4950~5455~5960~6465~6970~7475~7980~84少数視力年齢(歳)図1発症年齢分布と男女比図2初診時視力11%50%39%0.5~0.01~0.4~手動弁~光覚弁39%66%55%28%4%4%2%2%初診時改善不変悪化(n=44)視力最終視力図4視力予後図3初診時視力と最終視力表1非動脈炎性視神経症に対する治療非動脈炎性27例前部虚血性後部虚血性5%ステロイド使用(n=22)18(82%)4(18%)ステロイド非使用(n=5)3(60%)2(40%)12%15%68%ステロイドパルス後内服内服のみ表2各検討項目の中央値ステロイド非使用ステロイドパルスのみ糖尿病合併なし糖尿病合併あり(n=33)(n=8)(n=41)図5治療方針片眼性,急激発症で乳頭腫脹がなく,MRI,髄液検査においても視神経の炎症所見を認めなかったものを除外診断にて後部虚血性視神経症と診断したが,後部虚血性視神経症の割合が低いことは診断が困難であることも関与しているものと思われる.また,放射線照射の既往や真菌感染はいずれの症例にも認めなかった.近年,急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)を代表とする一見眼底が正常な網膜疾患も存在するので,虚血性視神経症の診断は網膜電図(ERG)や光干渉断層計(OCT)を用いた網膜疾患の鑑別も必須で,慎重になされるべきであると考える.虚血性視神経症の治療は,動脈炎性ではステロイドパルス療法などただちにステロイドの大量療法を開始,以後赤沈やCRPなどの血液データも参考にしながらゆっくり漸減して(147)年齢(歳)67.570.0初診視力(logMAR)0.401.05最終視力(logMAR)*0.051.02赤沈(mm/h)15.029.5CRP(mg/dl)0.0650.252vWF*176.5227.0*p<0.05Wilcoxonのt検定.いくことが推奨されている3,8,10,12).また,ステロイドの投与により僚眼の発症予防にもなることもわかっている13).一方,非動脈炎性では一般的には,原因疾患の治療やコントロール,抗血小板薬,循環改善薬,ビタミン剤の投与が推奨されているが,治療に関し明確なエビデンスはない14,15).今回,動脈炎性の疑いと診断したのは33%であり,既報6)と同様にわが国では動脈炎性は少ない結果であった.血液データの赤沈の値で今回は診断しているが,一般的に高齢者や糖尿病患者では赤沈は亢進しており,血液データのみでは診断はつかず,確定診断には側頭動脈など動脈の生検が必要である.しかし,実際の臨床の現場では本症が高齢者に多いこあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014451 とや生検を拒否する患者も多く全例に生検を行うことは困難であり,なるべく侵襲性の少ない検査による診断基準の作成が望まれる.動脈炎性の場合,ステロイドの使用は異論のないところであると思うが,問題は非動脈炎性の治療である.Hayrehらは,2008年に乳頭腫脹を伴った非動脈炎性前部虚血性視神経症に対するステロイド療法の有用性を述べている.ステロイド治療をした場合,発症から2週間以内で視力は69.8%,視野は40.1%で改善,それに対し無治療では視力は40.5%,視野は24.5%の改善にとどまったと報告し,ステロイドの有効性として①ステロイド使用でより速い視神経乳頭の浮腫改善,②視神経乳頭における毛細血管の圧迫減少,③視神経乳頭の血流改善,④低酸素状態の軸索機能の回復,さらに⑤フリーラジカルによる視神経ダメージの抑制をあげている15).この論文には賛否両論はある16,17)が,決定的な治療法がない現段階では非動脈炎性の場合,乳頭腫脹のみられる前部虚血型に対しては血糖のコントロールや全身状態に問題がなければステロイド治療も選択肢の一つにしてよいのではと考えるが,今後,多施設による多数例の前向きな検討をしていく必要がある.糖尿病における視神経疾患として乳頭は腫脹するものの視力低下がない,あるいは軽度な糖尿病乳頭症,そして急激な視力,視野障害で発症する虚血性視神経症が知られている18,19).従来から非動脈炎性虚血性視神経症の全身危険因子として糖尿病があげられている20).しかし,今回の結果のように臨床上,虚血性視神経症で糖尿病合併例を経験することはむしろ少なく,過去の報告でも虚血性視神経症の糖尿病合併率は今回の検討と同様に20%21),逆に糖尿病の虚血性視神経症の合併率は0.2.0.5%とされている22).Leeらは,68歳以上の糖尿病患者25,515人と,この患者群と同人数の対照群の非動脈炎性前部虚血性視神経症の発症率を後向きに比較検討しており,糖尿病は非動脈炎性前部虚血性視神経症発症リスクを有意に増大させることを報告している23).今回の検討では虚血性視神経症を発症した時点で糖尿病の合併は少なかったとはいえ,この報告にあるように糖尿病は非動脈炎性前部虚血性視神経症の発症リスクを増大させるので,やはり重要な全身危険因子として管理されるべきと考える.V結論虚血性視神経症の臨床的背景は過去と同様の結果であった.本症に糖尿病の合併率は低いが重要な発症危険因子の一つであると同時に,視力予後不良因子にもなる可能性が示唆されたためその管理は十分になされるべきと考える.非動脈炎性虚血性視神経症に対する治療は,今回の結果で452あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014はステロイドの有効例もみられたが今後,多施設による多数例の前向きな検討が必要である.文献1)山上明子:視神経乳頭異常を呈する視神経疾患のみかた.日本の眼科83:728-733,20122)三村治:視神経炎と虚血性視神経症はこうして見分ける.臨眼65:794-798,20113)田口朗:動脈炎性虚血性視神経症の診断と治療.神経眼科27:4-10,20104)宮崎茂雄:虚血性視神経症の臨床.日本医事新報4279:66-70,20065)柳橋さつき,佐藤章子:虚血性視神経症の治療成績.臨眼58:1743-1747,20046)太田いづみ,太田浩一,吉村長久:前部虚血性視神経症の検討.眼紀54:979-982,20037)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thediscmaculardistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmol65:612-617,19878)大野新一郎:神経疾患.眼科53:789-796,20119)中馬秀樹:虚血性視神経症.眼科51:1353-1359,10)中馬秀樹:動脈炎性虚血性視神経症.眼科51:675-683,200911)加島陽二:虚血性視神経症.眼科52:1571-1575,201012)石川裕人,三村治:虚血性視神経症(動脈炎性を含めて).眼科54:1511-1515,201213)BirkheadNC,WagenerHP,ShickRM:Treatmentoftemporalarteritiswithadrenalcorticosteroids;resultsinfifty-fivecasesinwhichlesionwasprovedatbiopsy.JAmMedAssoc163:821-827,195714)大野新一郎:非動脈炎性前部虚血性視神経症.眼科51:783-789,200915)HayrehSS,ZimmermanMB:Non-arteriticanteriorischemicopticneuropathy:roleofsystemiccorticosteroidtherapy.GraefesArchClinExpOphthalmol246:10291046,200816)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症の治療の可能性と問題点.神経眼科27:41-50,201017)中馬秀樹:非動脈炎性虚血性視神経症にステロイド投与は有効か?あたらしい眼科29:763-769,201218)中村誠:糖尿病関連視神経症.臨眼62:1836-1841,200819)加藤聡:網膜症以外の眼合併症.臨眼61:136-141,200720)HayrehSS,JoosKM,PodhajskyPA,LongCR:Systemicdiseasesassociatedwithnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy.AmJOphthalmol118:766-780,199421)井上正則:糖尿病.新臨床神経眼科学,p234-235,メディカル葵出版,200122)船津英陽,須藤史子,堀貞夫:糖尿病眼合併症の有病率と全身因子.日眼会誌97:947-954,199323)LeeMS,GrossmanD,ArnoldAcetal:Incidenceofnonarteriticanteriorischemicopticneuropathy:increasedriskamongdiabeticpatients.Ophthalmology118:959963,2011(148)

前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症の1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):443.447,2014c前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症の1例高阪昌良石原麻美木村育子澁谷悦子水木信久横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofCancer-AssociatedRetinopathywithNeuroendocrineCarcinomaoftheProstateMasayoshiKohsaka,MamiIshihara,IkukoKimura,EtsukoShibuyaandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine前立腺原発神経内分泌癌に随伴する癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)の1例を報告する.症例は82歳,男性で,急速に進行する視力低下・視野障害で発症した.前医での視力は右眼(0.8),左眼(0.3)であったが,1週間後の当院初診時視力は右眼(0.3),左眼手動弁に低下していた.左眼に濃厚な硝子体混濁と視神経蒼白,両眼に網膜動脈狭細化がみられた.視野は高度に狭窄,網膜電図は平坦化していた.血清抗リカバリン抗体は陽性であった.臨床所見からCARを考え,ステロイドパルス療法を施行したが,わずかな視力・視野の改善しかみられなかった.全身検索により,前立腺原発神経内分泌癌が判明したが,その4カ月後に死亡した.原疾患は前立腺悪性腫瘍の1%以下と稀であり,病理学的に肺小細胞癌と類似している.前立腺原発神経内分泌癌に随伴するCARの報告は本症例が初めてである.Wereportacaseofcancer-associatedretinopathy(CAR)withneuroendocrinecarcinoma(NEC)oftheprostate.Thepatient,an82-year-oldmale,developedrapidlyprogressivevisuallossandimpairedvisualfield.Atfirstvisittoourhospital,hisvisualacuityhaddecreasedto0.3ODandfingercountOS,ascomparedtothe0.8ODand0.3OS,respectively,ofthepreviousweek.Fundusexaminationshoweddensevitreousopacityandpaleopticdiscinthelefteye,withattenuatedretinalarteriolesinbotheyes.Visualfieldwasseverelyimpaired;theelectroretinogramshowedwaveformsofmarkedlyattenuatedamplitudes.Bloodserumtestedpositiveforthepresenceofantirecoverinantibody.ClinicalfindingswereconsistentwithCAR.Despitetreatmentwithsteroidpulsetherapy,hisvisualacuityandvisualfieldshowedonlyslightimprovement.SystemicexaminationrevealedNECoftheprostate.Hepassedawayafter4months,followingcancerdiagnosis.NECoftheprostateisaveryrarecancer,accountingforlessthan1%ofprostatemalignancies,withpathologicalfindingssimilartothoseofsmallcelllungcancer.Toourknowledge,thisisthefirstreportofCARinNECoftheprostate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):443.447,2014〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,前立腺原発神経内分泌癌,ステロイドパルス療法.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,neuroendocrinecarcinomaoftheprostate,steroidpulsetherapy.はじめに腫瘍随伴症候群の一つである癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は,進行性の視力低下,視野狭窄,夜盲といった網膜色素変性症様の眼症状を特徴とし,時にぶどう膜炎様所見を伴うこともある比較的稀な疾患である.発症機序として,視細胞に特異的な蛋白質であるリカバリンが腫瘍細胞に発現することで,視細胞に対する自己免疫反応が起こり視細胞が障害されると推察されている1).原因腫瘍としては,肺小細胞癌が最も多く,ついで消化器系および婦人科系の癌が報告されている.また,進行速度は症例によりさまざまだが,比較的急速に進行する症例が多い.治療は副腎皮質ステロイド薬が多く使用されるが,有効例は少ない.今回,筆者らは,非常に稀な腫瘍である前立腺原発神経内分泌癌に随伴するCARの1例を経験したので報告する.なお,本症例は,横浜市立大学医学部附属病院の臨床研究に関する倫理委員会を通した同意文書に基づき,本人の同意を得ている.〔別刷請求先〕高阪昌良:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasayoshiKohsaka,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama236-0004,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(139)443 A1:治療前B:治療後A2A1:治療前B:治療後A2図1治療前後の眼底写真・蛍光眼底造影写真A.1:治療前の左眼眼底写真.濃厚な硝子体混濁のため,眼底の透見は不良である.網膜動脈の狭細化がみられ,視神経乳頭の色調は蒼白である.A.2:治療前の左眼蛍光眼底造影写真.視神経は低蛍光であり,明らかな網膜血管炎や血管閉塞所見はなかった.B:ステロイドパルス治療後の両眼眼底写真.左眼の硝子体混濁は改善した.視神経乳頭の蒼白化,網膜動脈の白線化がみられる.I症例患者:82歳,男性.主訴:左視力低下.既往歴:62歳時,左眼白内障手術.81歳時,右眼白内障手術,高血圧症.現病歴:平成24年2月,左眼視力低下を自覚し,3月に近医を受診した.視力は右眼(0.8),左眼(0.3)と左眼視力低下がみられ,左眼の後部ぶどう膜炎が疑われたため,横浜市立大学附属病院を紹介され,1週間後に受診した.初診時所見:視力は右眼0.2(0.3×.1.0D),左眼10cm手動弁(n.c.),眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前房内炎症細胞,角膜後面沈着物などの前眼部炎症は認めず,左眼に濃厚なびまん性硝子体混濁を認めた.両眼底では網膜動脈の狭細化を認めたが,色素沈着や色調の変化などの変性所見はなかった.左眼底は硝子体混濁の444あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ため透見不良で,視神経乳頭の色調が蒼白であった(図1A-1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,左眼視神経が低蛍光を示し(図1A-2),右眼後極部に網膜色素上皮の萎縮によると思われるwindowdefectを認めたが,明らかな網膜血管炎および閉塞所見はみられなかった.Goldmann視野計では両眼とも周辺のみ残存する高度な視野狭窄を認め(図2A),網膜電図ではa波,b波ともに著明に低下し,平坦化していた(図3).経過:末梢血一般,生化学,各種自己抗体,腫瘍マーカー(CEA,SCC,CA-19-9,CYFRA,SLX17,PSA,NSE,ProGRP,可溶性IL-2R)などを含む血液検査では異常所見はなかった.また,血液検査では,結核,梅毒,HSV,VZV,HTLV-1など感染性ぶどう膜炎を示唆する有意な所見は認めなかった.血清抗リカバリン抗体は陽性であった.臨床所見および抗リカバリン抗体陽性よりCARを考え,鑑別診断および腫瘍検索のため,頭部CT,胸部CT,頭部(140) A:治療前B:治療後図2治療前後のGoldmann視野A:治療前.両眼とも,周辺のみ視野が残存する高度な視野狭窄を示した.B:ステロイドパルス治療後.周辺視野のわずかな改善しかみられなかった.図3フラッシュERG両眼ともa波,b波ともに著明に低下し平坦化.MRI・MRA,頸動脈エコー,全身PET-CTなどの画像検査を施行した.しかし,原疾患となる腫瘍は不明であった.当院初診から8日後には,視力が右眼手動弁(n.c.),左眼光覚弁(n.c.)まで低下したため,緊急入院となり,ステロイドパルス療法(プレドニゾロン500mg/日を3日間)を施行した.Iクール終了後,硝子体混濁は消失したものの,視力改善に乏しかったため,合計3クール施行した.治療終了後,右眼(0.1),左眼(0.02)と改善したが,網膜動脈の白線化が著明になった(図1B).光干渉断層計では網膜の層構造が不明瞭となっており内節/外節(IS/OS)ラインを含むスリーラインは一部欠損し,網膜外層の菲薄化がみられた(図4).視野は初診時と比較し,周辺視野がわずかに広がったのみであった(図2B).その後,胸腹部骨盤造影CTにて,骨盤内腫瘍が疑われたため,超音波内視鏡下穿刺生検が施行され,病理学的に前立腺原発神経内分泌癌と診断された.原疾患診断後,全身状態が急激に悪化し,また患者の治療希望がなかったた(141)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014445 図4OCT両眼とも,層構造が不明瞭となりIS/OSラインを含むスリーラインが一部欠損し,網膜外層は菲薄化.め,緩和ケアの方針で転院となり,4カ月後に死亡した.II考按CARの臨床像として,両眼進行性の視力低下,光視症,視野狭窄(輪状暗点,中心狭窄),網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底,網膜電図消失型,ぶどう膜炎の合併などの眼所見・検査所見がいわれている.本症例はCARとして典型的な臨床像を呈したと思われる.過去の報告の半数近くが,網膜症が癌の診断に先行していたが,本症例もそうであり,眼科医も癌発見のための重要な役割を担っているといえる.CARの確定診断には,血清学的に抗リカバリン抗体を証明することが必要である.筆者らの症例は1回目の検査で陽性となったが,たとえ陰性であってもCARを疑った場合には,1カ月以上の間隔をおいて,3回測定を行うと,100%陽性が確認できたと報告されている2).治療については,ステロイドパルス療法が施行された報告が多いが,有効例は多くない.尾辻らは,霧視を自覚して7日目に両眼光覚がなくなり,ステロイドパルス療法や癌の治療を行っても回復しなかった症例を報告している3).しかし,446あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014視力予後の良い症例もあり,高橋らは,視力が手動弁まで低下したにもかかわらず,その8日後にステロイドパルス療法を開始し,4カ月後には0.3.0.4に回復し,また化学療法で癌も消失した症例を報告している4).筆者らの症例は視力や視野の改善があまりみられなかったが,疾患の視力予後には,視力や視野障害の進行速度,治療開始時の視力,治療開始までの時間,原疾患の治療が可能か否かなどの要因が関与すると考えられた.ラットの視細胞を用いた実験によると,抗リカバリン抗体は量と時間に依存して視細胞の障害を起こすことが確認されており5),症例によって産生される抗リカバリン抗体の量が異なるためCARの進行速度や予後が異なる可能性が示唆されている.CARの発症機序として,大黒らはつぎのような仮説を立てている1).まず,癌細胞中でリカバリンが異所性発現し,それに対して自己免疫応答により血清抗リカバリン抗体が産生され,それが眼内の視細胞に取り込まれ,視細胞における正常なリカバリンの機能が破綻することで,視細胞のアポトーシスを引き起こす.リカバリンがどのような機序で癌細胞中に異所性発現するのかはいまだ不明であるが,肺小細胞癌(142) の患者の腫瘍細胞上のリカバリン抗原を免疫組織化学によって証明した症例が報告されている6).本症例では血清中の抗リカバリン抗体は陽性であったが,病理学的に腫瘍細胞中にリカバリン抗原の発現は認められなかった.前立腺原発神経内分泌癌は,1977年にWenkらが初めて報告した稀な腫瘍で,前立腺癌全体の1%以下とされる7).病理学的に小細胞癌に相当し,前立腺癌取扱い規約(第4版)の組織分類では小細胞癌として独立して扱われており,わが国では100例以上の症例報告がある.前立腺原発神経内分泌癌は,病理学的所見では肺小細胞癌と同様であるため,治療も肺小細胞癌に準じた化学療法が行われることが多いが,きわめて予後不良である8).小細胞癌が放出する神経内分泌因子が神経系と共通する抗原を発現しやすく,retinopathyを含めた傍腫瘍症候群を起こしやすくする可能性が示唆されている.検索しえた限りでは,神経内分泌癌に伴ったCARの報告例は,気管支癌9),肺大細胞癌10)と卵管癌11)の3例のみであり,前立腺原発神経内分泌癌に随伴したCARの報告は本症例が初めてであると考えられた.今後,症例を蓄積することで,いまだ治療法の確立されていない本疾患において,リカバリンの果たす役割や発症機序が解明され,網膜症治療だけでなく,新たな腫瘍免疫治療の確立に結びつくことが期待される.文献1)大黒浩,斉藤由幸:傍腫瘍性神経症候群:診断と治療の進歩.日本内科学会雑誌97:1790-1795,20082)横井由美子,大黒浩,中澤満ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科21:987-990,20043)尾辻太,中尾久美子,坂本泰二ほか:急速に失明に至り,特異な対抗反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌115:924-929,20114)高橋政代,平見恭彦,吉村長久ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連網膜症(CAR)の1例.日眼会誌112:806-811,20085)AdamusG,MachnickiM,SeigelGMetal:Apoptoticretinalcelldeathinducedbyautoantibodiesofcancerassociatedretinopathy.InvestophthalmolVisSci38:283-291,19976)新屋智之,笠原寿郎,藤村政樹ほか:悪性腫瘍随伴症候群(Cancer-associatedretinopathy:CAR)を合併した肺小細胞癌の1例.肺癌46:741-746,20067)森裕二,品川俊人,木村文一ほか:前立腺原発神経内分泌癌の1例.日本臨床細胞学会雑誌40:58-62,20018)山本豊,坂野恵里,梶川博司ほか:前立腺小細胞癌の1例.泌尿器外科24:1073-1076,20119)StanfordMR,EdelstenCE,HughesJDetal:Paraneoplasticretinopathyinassociationwithlargecellneuroendocrinebronchialcartinoma.BrJOphthalmol79:617-618,199510)井坂真由香,窪田哲也,酒井瑞ほか:癌関連網膜症を随伴した肺大細胞神経内分泌癌の1例.日呼吸誌2:39-43,201311)RaghunathA,AdamusG,BodurkaDCetal:Cancerassociatedretinopathyinneuroendocrinecarcinomaofthefallopiantube.JNeuroophthalmol30:252-254,2010***(143)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014447

緑内障における視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚および,黄斑部網膜内層厚と視野障害との相関

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):437.442,2014c緑内障における視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚および,黄斑部網膜内層厚と視野障害との相関山口晋太朗武田裕行金成真由嘉山尚幸上野聰樹川崎市立多摩病院眼科CorrelationsamongVisualFieldLossandThicknessofCircumpapillaryRetinalNerveFiberLayerandofInnerMacularLayerinGlaucomaShintaroYamaguchi,HiroyukiTakeda,MayuKanari,NaoyukiKayamaandSatokiUenoDepartmentofOphthalmology,KawasakiMunicipalTamaHospital目的:視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚(cRNFLT),黄斑部網膜神経節細胞層と内網状層の厚さ(GCIPLT)と,緑内障性視野障害との相関の報告.対象および方法:広義の原発開放隅角緑内障67例107眼を対象とした.スペクトラルドメイン光干渉断層計を用い,網膜厚の測定を行った.視野検査はHumphrey視野計を用い,MD(meandeviation)値とPSD(patternstandarddeviation)値で視野障害を評価した.結果:cRNFLTはMD値(r=0.690)およびPSD値(r=.0.627),GCIPLTはMD値(r=0.610)およびPSD値(r=.0.576)と相関があった.緑内障のMD値による病期分類で,初期群のGCIPLTの下方セクターが,MD値およびPSD値ともに上方よりも強い相関を示した.結論:cRNFLTと同様にGCIPLTは視野障害と相関した.特に初期緑内障の診断において,GCIPLTが有用な指標となる可能性が示唆された.Purpose:Toreportcorrelationsamongvisualfieldloss,thicknessofcircumpapillaryretinalnervefiberlayer(cRNFLT)andofganglioncell-innerplexiformlayer(GCIPLT)ineyeswithglaucoma.Method:Thisstudyinvolved107eyesof67patientswithprimaryopen-angleglaucoma.Retinalthicknesswasmeasuredbyspectraldomainopticalcoherencetomography.Visualfieldwasevaluatedbymeandeviation(MD)andpatternstandarddeviation(PSD)ofHumphreyautomatedperimeter.Results:cRNFLTandGCIPLTcorrelatedwithMD(r=0.690,r=0.610)andPSD(r=.0.627,r=.0.576),respectively.CorrelationbetweenGCIPLTandMD,PSDintheinferiorfunduswashigherthaninthesuperiorfundusintheearlystageofglaucoma.Conclusion:GCIPLTcorrelatedwithvisualfielddefectaswellasdidcRNFLT.GCIPLTmaybeusefulinthedetectionofglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):437.442,2014〕Keywords:視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚,黄斑部網膜内層厚,視野障害.thicknessofcircumpapillaryretinalnervefiberlayer,thicknessofinnermacularlayer,visualfieldloss.はじめに緑内障の本態は,進行性網膜神経節細胞死による網膜神経線維層(retinalnervefiberlayer:RNFL)の菲薄化や視神経乳頭陥凹拡大などの構造的異常と,それに対応した視野異常である緑内障性視神経症(glaucomatousopticneuropathy:GON)である1).スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectraldomainopticalcoherencetomograph:SD-OCT)がわが国でも導入され,従来の視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚(circumpapillaryretinalnervefiberlayerthickness:cRNFLT)の測定に加え,黄斑部網膜神経線維層厚(macularetinalnervefiberlayerthickness:mRNFLT)の測定や,網膜神経節細胞層(retinalganglioncelllayer:GCL)に関連した層を含む内境界膜から内網状層外縁の神経節細胞複合体厚(ganglioncellcomplexthickness:GCCT)の測定が可能となり,緑内障の診断や進行判定の評価に利用されている2,3).さら〔別刷請求先〕山口晋太朗:〒214-8525川崎市多摩区宿河原1-30-37川崎市立多摩病院眼科Reprintrequests:ShintaroYamaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMunicipalTamaHospital,1-30-37Syukugawara,Kawasaki214-8525,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)437 図1CirrusOCT画像(OpticDiscCube200×200,MacularCube200×200)の実際例(症例は73歳,男性,NTG)に近年,黄斑部の網膜神経節細胞層と内網状層(ganglioncell-innerplexiformlayerthickness:GCIPLT)の測定も可能となり,緑内障の極早期検出や進行判定の向上が期待されている.今回筆者らはSD-OCTの一つであるCirrusTMHD-OCTR(以下,CirrusOCT)(CarlZeissMeditec社)を用いて,その最新プログラムにある神経節細胞解析(ganglioncellanalysis:GCA)により計測されたGCIPLTが早期緑内障診断の一助となりうるかを判断するために,cRNFLTと比較し視野障害との相関について検討した.I対象および方法川崎市立多摩病院倫理委員会の承認を受け,2012年9月から緑内障患者の診療録,視野検査結果とOCT検査結果を検討した.対象は,当院通院中の広義原発開放隅角緑内障患者67例107眼(男性34例52眼,女性33例55眼),平均年齢63.8±14.5歳である.矯正視力0.9以下,.6D以下の強度近視眼,他の視神経・網膜疾患のあるものは対象から除外した.OCTにおける検討では,CirrusOCTのOpticDiscCube200×200で計測されたcRNFLT値とMaculaCube200×200で計測されたGCIPLT値を用いた(図1).cRNFLT値は,視神経乳頭を中心とした直径3.45mmのサークルにお438あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ける網膜神経線維層厚である.今回CirrusOCTにより自動解析されたAverageRNFLThickness(以下,平均cRN-FLT)と,RNFLClockHoursのなかから緑内障早期の変化がみられると考えられる耳側7セクターのcRNFLT値(以下,R.Sect.1.R.Sect.7)を用いた(図2).GCIPLT値は中心窩4.0mm×4.8mmの楕円状内における網膜神経節細胞層厚と内網状層厚である.こちらもCirrusOCTにより自動解析されたAverageGCL+IPLThickness(以下,平均GCIPLT)と,中心窩4.0mm×4.8mmの楕円を上下6セクターに区分したGCIPLT値(以下,G.Sect.1.G.Sect.6)を検討項目とした(図3).視野はOCT施行前後1カ月以内に,Humphrey自動視野計(Humphreyfieldanalyzer:HFA)(CarlZeissMeditec社)の,中心30-2SITAstandardで測定した.固視不良,偽陽性,偽陰性すべてが20%未満の良好な結果のみを採用した.視野の解析パラメータとしてMD(meandeviation)値,およびPSD(patternstandarddeviation)値を用いた.緑内障病期をMD値をもとに,Anderson-Patellaの基準から初期群(MD>.6dB)43例57眼(男性22例29眼,女性21例28眼,平均年齢61.5±15.2歳),中・後期群(MD≦.6dB)36例50眼(男性17例23眼,女性19例27眼,平均年齢68.7±11.8歳)に分類した.MD値の分布は,全症例で.30.01.0.05dB(平均.8.36±7.66dB),初期群で.5.64.(134) R.Sect.1:鼻側G.Sect.1:67.5±12.6G.Sect.6:67.6±11.7G.Sect.2:69.9±13.1G.Sect.3:66.1±12.1G.Sect.5:G.Sect.4:62.0±10.562.2±11.6耳側78.1±23R.Sect.2:85.2±27R.Sect.3:61.4±17R.Sect.4:50.6±12耳側鼻側54.4±15R.Sect.5:R.Sect.6:75.4±34R.Sect.7:76.4±27.0図2cRNFLT値の各セクター(R.Sect.1.R.Sect.7)と全症例における平均値(μm)(右眼RNFLClockHoursの模式図)0.05dB(平均.2.49±1.67dB),中・後期群で.30.01..6.08dB(平均.15.05±6.17dB).またPSD値の分布は,全症例で1.73.17.55dB(平均8.11±4.76dB),初期群で1.73.10.96dB(平均4.51±2.64dB),中・後期群で5.14.17.55dB(平均12.20±2.96dB)であった.OCTでセクターごとに測定したcRNFLT値あるいはGCIPLT値が視野指標であるMD値あるいはPSD値と相関関係にあるかを,各病期群において比較検討した.統計学的検討は,Spearman順位相関係数を用い,危険率5%未満を統計学的に有意とした.II結果cRNFLT値とMD値との相関を図4.6および表1に示す.平均cRNFLT値はMD値と,全症例(r=0.690,p<0.001),初期群(r=0.503,p<0.001),中・後期群(r=0.515,p<0.001)のいずれの群においても相関を示した.測定地点別cRNFLT値に関しては,全症例ではすべての測定地点で相関を示した.初期群ではR.Sect.4を除く測定地点で相関を示した.しかし中・後期群で相関を認めたのはR.Sect.2とR.Sect.3のみであった.cRNFLT値とPSD値との相関を図7,表1に示す.平均cRNFLT値は,全症例(r=.0.627,p<0.001),初期群(r=.0.550,p<0.001)で負の相関を示した.測定地点別cRNFLT値とPSD値の相関は,全症例と初期群ではすべての測定地点で負の相関を示した.中・後期群ではR.Sect.5,R.Sect.6の2地点で負の相関を示した.GCIPLT値とMD値との相関を図8.10および表2に示す.平均GCIPLT値は,全症例(r=0.610,p<0.001),初期群(r=0.379,p=0.005),中・後期群(r=0.436,p=0.002)のいずれの対象でも相関を示した.測定地点別GCIPLT値は,全症例ですべての測定地点で相関を示した.初期群ではG.Sect.1とG.Sect.2を除く測定地点で相関を示した.中・後(135)図3GCIPLT値の各セクター(G.Sect.1.G.Sect.6)と全症例における平均値(μm)(右眼中心窩4.0mm×4.8mmの楕円を上下6セクターに区分した模式図)期群ではG.Sect.1,G.Sect.5,G.Sect.6の3地点で相関を示した.GCIPLT値とPSD値の相関を図11,表2に示す.平均GCIPLT値は,全症例(r=.0.576,p<0.001)と初期群(r=.0.443,p=0.008)で負の相関を示し,中・後期群(r=.0.294,p=0.044)とやや負の相関を示した.測定地点別GCIPLT値は,全症例ではすべての測定地点で負の相関を示した.初期群ではG.Sect.1とG.Sect.2を除く測定地点で負の相関を示した.中・後期群ではG.Sect.2とG.Sect.3を除く測定地点で負の相関を示した.III考按SD-OCTを用いることで,cRNFLTと視野障害の相関が報告されており,病期が進行するに従いMD値とcRNFLTの相関が強くなるとされている.ところが視神経乳頭から3.4mmのサークル内におけるcRNFLTは,欠点として傍乳頭網脈絡膜萎縮(PPA),傾斜乳頭,乳頭の大きさなどの影響から,緑内障早期におけるcRNFLT耳側方向の変化を捉えにくいことが懸念される.今回筆者らは,CirrusOCTの最新プログラムにあるGCAから得られたGCIPLT値が,緑内障検出に有用かを検討するために,cRNFLT値の結果と比較し,視野障害との相関を検討した.全症例において,平均cRNFLT値および耳側各セクターのcRNFLT値はMD値と相関し,PSD値とも負の相関を認めた.またcRNFLTの結果と同様に平均GCIPLT値および各セクターのGCIPLT値もMD値と相関し,PSD値とは負の相関を示した.初期群では,平均cRNFLT値およびR.Sect.4を除く耳側各セクターのcRNFLT値と,平均GCIPLT値およびG.Sect.1とG.Sect.2を除く各セクターのGCIPLT値がMD値と相関した.一方,初期群におけるPSD値は,G.Sect.1とG.Sect.2を除くすべてのパラメータで負の相関を示した.こあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014439 MD値(dB)MD値(dB)MD値(dB)50-5-10-15-20-25-30-35020406080100120y=0.3586x-35.7512:実測値:予測値-6-5-4-3-2-101020406080100120:実測値:予測値y=0.066x-7.4435MD値(dB)平均cRNFLT値(μm)平均cRNFLT値(μm)図4全症例の平均cRNFLT値とMD値図5初期群の平均cRNFLT値とMD値0-5-10-15-20-25-30:実測値:予測値020406080100y=0.276x-31.6208:実測値:予測値02468101214161820y=-0.2245+23.3734PSD値(dB)020406080100120-35平均cRNFLT値(μm)平均cRNFLT値(μm)図6中・後期群の平均cRNFLT値とMD値図7全症例の平均cRNFLT値とPSD値表1測定地点別cRNFLT値とMD値,PSD値との相関R.Sect.1R.Sect.2R.Sect.3R.Sect.4R.Sect.5R.Sect.6R.Sect.7MD値との相関全症例r0.4740.6880.5630.3300.5050.5740.625p値<0.001<0.001<0.0010.001<0.001<0.001<0.001初期r0.3570.3970.3960.2260.3070.3970.358p値0.0080.0030.0030.0900.0220.0030.007中・後期r0.2210.4850.5110.1500.1010.0610.149p値0.1220.001<0.0010.2930.4780.6700.297PSD値との相関全症例r-0.502-0.577-0.511-0.369-0.558-0.624-0.610p値<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001初期r-0.457-0.334-0.432-0.348-0.375-0.426-0.494p値0.0010.0120.0010.0090.0050.001<0.001中・後期r.0.202.0.094.0.188.0.151-0.334-0.3220.055p値0.1580.5110.1880.2900.0190.0240.700こで特筆すべき点として,GCIPLTの下方セクターが初期群のMD値,PSD値ともに,上方セクターよりも強い相関を示したことである.MD値とG.Sect.3(r=0.421),G.Sect.4(r=0.408),G.Sect.5(r=0.363)で相関し,PSD値とG.Sect.3(r=.0.306),G.Sect.4(r=.0.350),G.Sect.5(r=.0.379)で負の相関を示した.これまでのGCCTを用いた検討で,上方GCCTよりも下方GCCTのほうが,視野障害とより相関を示したとの報告があり4),また日本人の緑内障におけるRNFLの欠損は,下耳側より始まることが多く,そのため下方GCCTが視野障害と相関したとの報告もある5).今回筆者440あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(136) :実測値:予測値-35-30-25-20-15-10-505020406080100y=0.4427x-37.5581MD値(dB):実測値:予測値-35-30-25-20-15-10-505020406080100y=0.4427x-37.5581MD値(dB)PSD値(dB)MD値(dB)10-1-2-3-4-5-6:実測値:予測値020406080100y=0.0738x-7.6783平均GCIPLT値(μm)平均GCIPLT値(μm)図8全症例の平均GCIPLT値とMD値図9初期群の平均GCIPLT値とMD値:実測値:予測値-35-30-25-20-15-10-50020406080100y=0.2562x-30.6639MD値(dB)20181614121086420:実測値:予測値y=-0.2971x+27.6962020406080100平均GCIPLT値(μm)平均GCIPLT値(μm)図10中・後期群の平均GCIPLT値とMD値図11全症例の平均GCIPLT値とPSD値表2測定地点別GCIPLT値とMD値,PSD値との相関G.Sect.1G.Sect.2G.Sect.3G.Sect.4G.Sect.5G.Sect.6MD値との相関全症例r0.4630.3900.4950.5000.6140.637p値<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001初期r0.2530.2380.4210.4080.3630.313p値0.0590.0750.0020.0020.0070.019中・後期r0.4110.2510.1870.0730.4170.638p値0.0040.0790.1910.6110.003<0.001PSD値との相関全症例r-0.451-0.342-0.444-0.524-0.615-0.587p値<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001<0.001初期r.0.251.0.185-0.306-0.350-0.379-0.360p値0.0600.1660.0220.0090.0050.007中・後期r-0.319.0.131.0.101-0.290-0.419-0.290p値0.0250.3600.4810.0430.0030.043らの検討においてもGCCTを用いた報告と同様の結果が得られ,GCIPLT値の計測は初期緑内障の検出に有用である可能性が示唆された.中・後期群のMD値は,平均cRNFLT値と平均GCIPLT値と相関を示したものの,セクター別のcRNFLT値やGCIPLT値とは相関がない部位が散見された.これはMD値がその視野の平均的な視野欠損を示す値であり,視野障害が進行するにつれ,セクター別のcRNFLTやGCIPLTの局所的な欠損に対応する視野変化を鋭敏に捉えることが困難であるためだと考える.よって病期が進行した中・後期群で(137)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014441 は,さまざまな視野障害と局所的なcRNFLTやGCIPLTの欠損が混在することで,相関しにくかったのではないかと推察した.また中・後期群のPSD値との比較では,耳側各セクターのcRNFLT値とセクター別のGCIPLT値では,相関しないか,わずかな相関を数カ所認めるのみであった.これはPSD値が局所の視野沈下を示すものであり,病期が進むにつれて症例ごとにばらつきがでるからだと推察した.以上よりCirrusOCTで得られたGCIPLT値は,cRNFLT値と同様に視野障害と相関することがわかった.緑内障検出においてcRNFLTとGCCTは同等および相補的であり,さらにcRNFLT値のみで緑内障の視野障害検出率は78%だったが,GCCT値のデータを加えることで87%に上昇したとの報告がある6).GCCTに含まれるRNFLは正常でのバリエーションが多く,RNFLを含むとGCL本来の厚みの均質性が得られにくいとされている.それに対しGCIPLTはRNFLを含まないため,正常眼においてデータが均質で対称性が高いとされている.また今回用いたCirrusOCTでは,黄斑部4.0×4.8mmサークル内におけるGCAを計測している.これはGCLの50%以上が中心窩より1.0.4.5mmの位置に分布しており,この部位をカバーすることで微細なGCLの欠損を捉えることが可能である.そのためcRNFLT値に加えGCIPLT値を用いることは,GCCTよりも緑内障の検出率をさらに高める可能性があることが推察できる.さらにGCCT同様にGCIPLTも乳頭黄斑線維束と弓状神経線維の一部を含んだ黄斑部周囲の限定された範囲の値であり,緑内障患者のQOV(qualityofvision)に重要な固視点付近の解析が可能である.今回の結果からcRNFLTと同様にGCIPLTは視野と相関し,特に初期の緑内障との相関が示されるため,緑内障の検出に有用なパラメータの一つであることが示唆された.しかしGCAは歴史が浅く,正常眼データベースが不十分であることや,周辺視野の変化を捉えにくいことが懸念される.今後筆者らは病期別の検討に加え,視神経乳頭形態,近視性変化とを考慮したより幅広い解析を多数の症例で行い,さらなる早期緑内障の鋭敏な検出が可能となるようデータの蓄積に努めたいと考えている.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)小暮俊介,小暮朗子,堀貞夫:スペクトラルドメイン光干渉断層計による黄斑部および視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚と視野障害の相関.臨眼64:1741-1746,20103)山下力,春石和子,田淵昭雄ほか:緑内障眼の黄斑部および視神経乳頭周囲網膜神経線維層厚,黄斑部網膜神経節細胞複合体厚と視野障害との関係.臨眼66:679-684,20124)KimNR,LeeES,SeongGJetal:Structure-functionrelationshipanddiagnosticvalueofmacularganglioncellcomplexmeasurementusingFourierdomainOCTinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:4646-4651,20105)KanamoriA,NakamuraM,EscanoMFetal:Evaluationoftheglaucomatousdamageonretinalnervefiberlayerthicknessmeasuredbyopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol135:513-520,20036)TanO,ChopraV,LuATetal:DetectionofmacularganglioncelllossinglaucomabyFourierdomainopticalcoherencetomography.Ophthalmology116:2305-2314,20097)SungKR,SunJH,NaJHetal:Progressiondetectioncapabilityofmacularthicknessinadvancedglaucomatouseyes.Ophthalmology119:308-313,20128)MwanzaJC,DurbinMK,BudenzDLetal:Gangliondiagnosticaccuracyofganglioncell-innerplexiformlayerthickness:comparisonwithnervefiberlayerandopticnervehead.Ophthalmology119:1151-1158,2012***442あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(138)

開放隅角緑内障眼における自動静的視野検査前後の眼圧変動と関連因子の検討

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):433.436,2014c開放隅角緑内障眼における自動静的視野検査前後の眼圧変動と関連因子の検討寺尾亮*1平澤裕代*2村田博史*2朝岡亮*2間山千尋*2相原一*3*1東京厚生年金病院眼科*2東京大学医学部附属病院眼科*3四谷しらと眼科ChangeofIntraocularPressureafterVisualFieldExaminationinPrimaryOpen-AngleGlaucomaRyoTerao1),HiroyoHirasawa2),HiroshiMurata2),RyoAsaoka2),ChihiroMayama2)andMakotoAihara3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKouseinenkinHospital,2)GraduateSchoolofMedicine,3)ShiratoEyeClinicDepartmentofOphthalmology,theUniversityofTokyo開放隅角緑内障眼における自動静的視野検査前後の眼圧変動と,変動量に関連する因子について検討した.正常眼圧緑内障を含む原発性開放隅角緑内障の34例34眼を対象として視野検査の直前および検査後20分以内の眼圧を測定し,眼圧変化量を従属変数,年齢,視野のmeandeviation値,他日に測定した眼軸長,前房深度を説明変数とした重回帰分析を行った.視野検査前の眼圧は14.9±2.7mmHg(平均±標準偏差),検査後の眼圧は15.4±2.9mmHgで0.5±1.4mmHgのわずかな上昇を認め(p=0.049,pairedt-test),眼圧変化量と前房深度の間に有意な正の相関が認められた(偏回帰係数=1.26,p=0.047).Changeofintraocularpressure(IOP)afterautomatedvisualfieldexamination,andthecorrelationsofassociatedfactors,werestudiedin34eyesof34patientswithprimaryopen-angleglaucoma,includingnormal-tensionglaucoma.IOPwasmeasuredbeforeandat≦20minutesaftervisualfieldexamination.Multipleregressionanalysiswasperformedtodeterminetheocularandsystemicfactors(independentvariables:age,meandeviationofvisualfield,anteriorchamberdepthandaxiallength)associatedwithIOPchange(dependentvariable).ResultsshowedthatIOPwas14.9±2.7mmHg(mean±standarddeviation)and15.4±2.9mmHgbeforeandaftervisualfieldexamination,respectively,IOPslightlyincreasingby0.5±1.4mmHg(p=0.049,pairedt-test).AnteriorchamberdepthwassignificantlycorrelatedwiththeextentofIOPincrease(b=1.26,p=0.047).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):433.436,2014〕Keywords:緑内障,眼圧,視野検査,前房深度,眼軸長.glaucoma,intraocularpressure,visualfieldtest,anteriorchamberdepth,axiallength.はじめに緑内障において眼圧変動は視野障害の悪化因子になりうると報告されている1).眼圧には身体的運動,アルコールやカフェインの摂取,喫煙,精神的ストレスなどの生活習慣も影響を与えるが,その変動には季節変動を含む長期的変動と日内変動のような短期的変動の要素が存在する.緑内障の診療においては変動を含めた眼圧の評価が重要になるが,特に長期的眼圧変動の評価には長期間の観察が必要であることに加え,経過観察中の生活習慣や点眼コンプライアンスも含めたさまざまな要素の影響を考慮しなければならないため,正確な評価は容易ではない.一方,短期的眼圧変動は外的影響を受けにくく,評価が比較的容易である.また,開放隅角緑内障眼は正常眼と比較し眼圧の日内変動や体位変換による眼圧の変動量が大きいことが報告されている2,3).開放隅角眼において,いわば狭隅角眼に対する負荷試験のような形で,短時間で特定の条件下での眼圧変動を評価することは,日常生活での眼圧変動を予測し視野障害の進行しやすい症例を短期間にスクリーニングする方法として有用な可能性がある.〔別刷請求先〕寺尾亮:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部附属病院眼科視覚矯正科Reprintrequests:RyoTerao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,UniversityofTokyo,7-3-1Hongo,Bunkyoku,Tokyo113-8655,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)433 自動静的視野検査は多くの緑内障患者で定期的に繰り返し実施されるが,原発開放隅角緑内障眼において静的視野検査後に眼圧が有意に上昇したとする報告があり4,5),視野検査後の眼圧上昇の原因としては暗室における散瞳状態や緊張状態の持続が推測されている6,7).これらの要素はいずれも緑内障患者が日常生活で経験しうる生理的なものであり,視野検査後に眼圧が変動する眼は日常生活でも眼圧変動が大きい可能性がある.視野検査は規定された照明条件の下で一定の作業を行うことから負荷試験的要素をもつため,視野検査前後の眼圧変動を評価することで,長期・短期の眼圧変動量と緑内障進行の危険を予測できる可能性があり,臨床上非常に有用な情報になると考えられるが,正常眼圧緑内障が多いなど欧米とは病型構成の異なるわが国での報告はみられない.本研究では,正常眼圧緑内障を含む開放隅角緑内障眼を対象として,自動静的視野検査前後の眼圧変動と眼圧変動量に関連する因子について検討した.I対象および方法本研究は東京大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て,ヘルシンキ宣言に従い以下のように実施した.平成24年1.3月の間に東京大学医学部附属病院緑内障外来を受診し,自動静的視野計で視野検査を施行した緑内障症例のうち隅角開大度が全周においてShaffer分類3度以上で本研究の趣旨に賛同し検査の同意が得られた原発開放隅角緑内障・正常眼圧緑内障患者を対象とした.調査対象日の視野検査が該当患者の1回目または2回目の視野検査である症例,過去3カ月以内に緑内障治療薬の内容を変更した症例,白内障手術や緑内障手術,レーザー手術,屈折矯正手術を含む内眼手術既往例は除外した.両眼とも基準を満たす症例では左右眼を無作為に抽出し1例につき1眼を選択した.視野検査はHumphrey視野計(HFA)を,測定プログラムは24-2SITA-Standardを用いた.眼圧測定はGoldmannapplanationtonometryを使用し,同一検者が同一の診察台にて視野検査の直前5分以内,および検査後20分以内に測定した.測定は続けて2回行い,2回の測定値に3mmHg以上の差を認めた場合は3回目の測定を行い,平均値を算出し表1対象の背景年齢(歳)62.3±11.6男女比(男/女)19/15眼軸長(mm)25.7±1.73前房深度(mm)3.50±0.50MD(dB).8.91±6.09MD:Humphrey視野計24-2SITA-Standardプログラムによるmeandeviation値.値は平均±標準偏差.た.また,他日にIOLMasterR(カールツァイスメディテック株式会社,東京)を用いて,眼軸長および前房深度を明所下にて測定した.視野検査後の眼圧値から視野検査前の眼圧値を差し引いた数値を眼圧変化量と定義した.眼圧変化量を従属変数,視野検査時の年齢,24-2SITA-Standardプログラムでのmeandeviation(MD)値,眼軸長,前房深度を説明変数として重回帰分析(ステップワイズ法)を行い,統計学的有意水準としてp=0.05を採用した.II結果34例34眼(右眼19眼,左眼15眼)を対象に検討を行った.患者背景因子を表1に示す.視野検査前の眼圧は14.9±2.7mmHg(平均±標準偏差),検査後の眼圧は15.4±2.9mmHgであった.眼圧変化量のヒストグラムを図1に示す.眼圧変化量は.3mmHgから3.5mmHgの範囲で,視野検査後に0.5±1.4mmHgの統計学的に有意な眼圧上昇を認めた(pairedt-test,p=0.049).34眼中14眼(41.2%)で1mmHg以上の眼圧上昇を認め,2mmHg以上の上昇は6眼(17.6%),3mmHg以上の上昇は3眼(8.8%)に認めた.また1眼(2.9%)に3mmHgの下降を認めた.眼圧変化量に寄与する因子に関し重回帰分析を行った結024681012頻度(眼)眼圧変化量(mmHg)図1眼圧変化量のヒストグラム表2眼圧変化量を従属変数としたステップワイズ法による重回帰分析の結果(n=34)説明変数偏回帰係数(95%信頼区間)p値年齢(歳)眼軸(mm)前房深度(mm)MD(dB).0.0047(.0.041:0.050)0.14(.0.21:0.50)1.26(0.0455:2.48)0.0088(.0.077:0.095)0.840.420.042*0.89MD:Humphrey視野計24-2SITA-Standardプログラムによるmeandeviation値.*:p<0.05.434あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(130) 果,前房深度が有意な正の相関をもって選択された(偏回帰係数=1.26,p=0.042)(表2).III考察視野検査による眼圧変化に関する過去の報告において,Niら4)は開放隅角緑内障眼109例109眼(平均年齢75.2歳)を対象に視野検査(HFA24-2または10-2SITA-Standardプログラム)を行い,視野検査後の眼圧を視野検査前の眼圧や次回来院日に測定した眼圧と比較し,視野検査後にはそれぞれ平均1.2,1.1mmHgの有意な眼圧上昇を認めたと報告した.またRecuperoら5)は点眼治療で眼圧21mmHg未満にコントロールされている原発開放隅角緑内障眼12例24眼(平均年齢50.8歳)に対し視野検査(HFA30-2full-thresholdプログラム)を行い,検査前と検査の7.21分後に眼圧測定を施行,検査後には平均約2.3mmHgの眼圧上昇を認め,眼圧変化量は年齢と正の相関を認めたと報告している.一方でMatin8)は緑内障眼40例,高眼圧症または緑内障疑い21例に対し視野検査〔HFASITA-FastまたはSITAStandardプログラムまたはhigh-passresolutionperimeter(HRP)〕直前と直後の眼圧を比較し,61例中14例(23%)は両眼または片眼に2mmHg以上の眼圧上昇を認めたが,全対象眼の平均値には両眼とも有意な変化は認めなかったと報告した.本研究では34例34眼の開放隅角緑内障眼を対象に自動静的視野検査前後の眼圧変化量を検討し,平均0.5mmHgのわずかな眼圧上昇を認めた.平均値としての変化量は既報と比べて小さく,臨床的に有意な眼圧変化とは考えられない.この結果を既報と比較する際には,対象の人種や背景因子の相違,視野検査測定所要時間の違いなどを考慮する必要がある.眼圧上昇の機序については,暗所での持続した散瞳状態による隅角狭小化に伴う房水流出抵抗の上昇や6),視野検査がもたらす精神的ストレスが交感神経系を介して毛様体の房水産生に与える影響が推測されている7).Niら4)は眼圧変化に関連する因子に関し,緑内障術後眼やb遮断薬,a1作動薬点眼症例では眼圧上昇が有意に小さく,眼圧変化量と年齢の有意な相関は認められなかったと報告している.本研究では内眼手術歴のある症例を対象から除外しており,また点眼薬使用の有無やその種類など,緑内障患者の多様な背景因子が眼圧変化量に与える影響を評価するには対象眼数が不十分と考えられた.対象眼のなかで視野検査後に3mmHgの眼圧低下を認めたものが1眼のみあったが,この眼圧下降の機序を推測することは困難である.視野検査後に眼圧測定を行うまでの間,対象患者は座位で安静に待機していたが,検査による眼精疲労のためか自分で眼球周囲を圧迫するようなマッサージを行(131)う患者もみられたため,そのような行為が一時的な眼圧下降を生じさせた可能性も否定できない.本研究では年齢,MD値,眼軸長と眼圧変動量の間に有意な相関がみられなかったものの,前房深度が眼圧変化量と有意な正の相関を示し,前房深度が深い眼ではより眼圧が上昇しやすいことが示唆された.超音波生体顕微鏡(UBM)を用いた検討によれば,明所-暗所間のangleopeningdistance(AOD)やtrabecularirisspaceareaの変化量は前房深度が深いほど大きく9),白内障術後眼ではAODの変化量が大きいほど眼圧の変化量も大きいことが報告されている10).狭隅角眼ではより前房深度が浅く,視野検査後に眼圧が上昇しやすい可能性があるが,本研究の対象は隅角開大度がShaffer分類3度以上の開放隅角緑内障眼であり,狭隅角眼は除外している.本研究の結果は,前房の深い開放隅角緑内障眼において,視野検査後により大きな眼圧上昇が生じる可能性を示唆すると考えられる.本研究では,開放隅角緑内障眼の視野検査後に統計学的には有意な眼圧上昇を認めたが,その変化量は平均0.5mmHgと小さかった.しかし一部の症例では3mmHg以上の眼圧変化を認め,開放隅角緑内障においても視野検査後の眼圧上昇に注意すべき症例のあることが示唆された.文献1)CaprioliJ,ColemanAL:Intraocularpressurefluctuationariskfactorforvisualfieldprogressionatlowintraocularpressuresintheadvancedglaucomainterventionstudy.Ophthalmology115:1123-1129,20082)HirookaK,ShiragaF:Relationshipbetweenposturalchangeoftheintraocularpressureandvisualfieldlossinprimaryopen-angleglaucoma.JGlaucoma12:379-382,20033)DavidR,ZangwillL,BriscoeDetal:Diurnalintraocularpressurevariations:ananalysisof690diurnalcurves.BrJOphthalmol78:280-283,19924)NiN,TsaiJC,ShieldsMB,etal:Elevationofintraocularpressureinglaucomapatientsafterautomatedvisualfieldtesting.JGlaucoma21:590-595,20125)RecuperoSM,ContestabileMT,TavernitiLetal:Openangleglaucoma:variationsintheintraocularpressureaftervisualfieldexamination.JGlaucoma12:114-118,20036)GlosterJ,PoinoosawmyD:Changesinintraocularpressureduringandafterthedark-roomtest.BrJOphthalmol57:170-178,19737)BrodyS,ErbC,VeitR,RauH:Intraocularpressurechanges:theinfluenceofpsychologicalstressandthevalsalvamaneuver.BiolPsychol51:43-57,19998)MartinL:Intraocularpressurebeforeandaftervisualfieldexamination.Eye21:1479-1481,20079)LeungCK,CheungCY,LiHetal:Dynamicanalysisofdark-lightchancesoftheanteriorchamberanglewithあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014435 anteriorsegmentOCT.InvestOphthalmolVisSci48:intraocularpressurereductionafteruneventfulpha4116-4122,2007coemulsificationforcataract.JCataractRefractSurg38:10)HuangG,GonzalezE,LeeRetal:Associationofbiomet108-116,2012ricfactorswithanteriorchamberanglewideningand***436あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(132)

円蓋部基底輪部切開線維柱帯切除術の水晶体関連術式別治療成績

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):427.432,2014c円蓋部基底輪部切開線維柱帯切除術の水晶体関連術式別治療成績青山裕加*1村田博史*1相原一*2*1東京大学医学部眼科学教室*2四谷しらと眼科Medium-TermOutcomesofTrabeculectomyAloneforPhakicEyesorPseudophakicEyes,versusCombinedTrabeculectomyforCataractYukaAoyama1),HiroshiMurata1)andMakotoAihara2)1)DepartmentofOphthalmology,theUniversityofTokyo,2)YotsuyaShiratoEyeClinic2009年9月から1年間東京大学医学部附属病院にて同一術者により円蓋部基底輪部切開線維柱帯切除術を施行された122眼を対象として,有水晶体眼に対する線維柱帯切除術単独(TLE群),偽水晶体眼に対する線維柱帯切除術単独(IOL群),白内障手術・線維柱帯切除術同時手術(同時手術群)に分類し眼圧下降効果,術後の合併症や処置の頻度を後ろ向きに検討した.4眼は6カ月の間に再手術となった.入院中および退院後の処置・合併症の頻度に3群間で差は認めなかった.TLE群,IOL群,同時手術群の眼圧はそれぞれ,術前21.4±8.5,23.0±6.5,23.3±7.3mmHgから術後6カ月で9.3±4.3,11.7±4.6,12.0±3.7mmHgと有意に低下した.再手術4眼を含めた122眼で経過中,眼圧12mmHg以下が2回連続得られなかったとき,または再手術となったときを死亡と定義したときの生命表解析では,全体,TLE群,IOL群,同時手術群の生存率は71.2%,87.5%,58.7%,54.1%であった.Weretrospectivelyexaminedthe6-monthoutcomesoffornix-basedtrabeculectomyperformedbyasinglesurgeonandanalyzedthedifferenceinoutcomesamongsurgicalmethods.Includedwere122eyesthathadundergonetrabeculectomyperformedbyasinglesurgeonfromSeptember2009toSeptember2010atTokyoUniversityHospital.Postoperativecomplicationsandprocedureswereanalyzedaccordingtosurgicalmethods,includingtrabeculectomyforphakiceyes,trabeculectomyforpseudophakiceyes,andcombinedtrabeculectomyforcataract.Lifetableanalyseswerethenmadeaccordingtothesecriteriaoffailure:IOPwasover12mmHgaftertwoconsecutivemeasurements,oranothersurgerywasneeded.Within6months,4eyeswerere-operated.Duringandafterhospitalization,theincidenceofcomplicationsoradditionalproceduresdidnotdifferamongthethreegroups.Cumulativesurvivalratesat6monthsafterallsurgeries,trabeculectomyforphakiceyes,trabeculectomyforpseudophakiceyes,andcombinedtrabeculectomycaseswere71.2%,87.5%,58.7%,and54.1%,respectively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):427.432,2014〕Keywords:線維柱帯切除術,緑内障,濾過胞,合併症,円蓋部基底.trabeculectomy,glaucoma,bleb,complication,fornix-basedconjunctivalflap.はじめに緑内障に対する眼圧下降手術はさまざまな手法が行われている.なかでもマイトマイシンC(mitomycinC:MMC)を併用した線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)は眼圧下降効果が高い手術の一つとして,10年以上前から数多くの国で行われてきた.しかし,この手術にはいまだ多くの合併症がみられており,その合併症は緑内障の病型,手術歴のみならず,術式の術者による相違,術後管理の相違などさまざまな因子に関連していると考えられる.そこでTLEを施行するにあたり,合併症が少なく,眼圧下降効果の高い条件を探ることが重要である.今回筆者らは,TLEの手術成績を検討するにあたり,単〔別刷請求先〕相原一:〒160-0004東京都新宿区四谷1-1-2四谷しらと眼科Reprintrequests:MakotoAihara,M.D.,Ph.D.,YotsuyaShiratoEyeClinic,1-1-2Yotsuya,Shinjuku,Tokyo160-0004,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(123)427 独術者による同一手技を用い,また同一施設での術後管理を行うことで周術期の条件を一定にしたうえで,100以上の連続した日本人眼における有水晶体眼,偽水晶体眼に対するTLE単独手術およびTLEと白内障同時手術後の成績を後ろ向きに比較検討したので報告する.I方法2009年9月.2010年9月までに東京大学医学部附属病院にて,同一術者(MA)により円蓋部基底結膜切開線維柱帯切除術(FB-TLE)を施行され,同病院で通常2週間の入院および外来通院による術後管理を行った連続症例107例122眼の術後成績を6カ月間後ろ向きに検討した.対象眼は,薬物およびTLE以外の外科的治療を含めた最大限の治療を行っても緑内障性視神経症の進行を抑制できず,さらなる眼圧下降が必要と判断された緑内障眼とした.除外基準は,TLE,線維柱帯切開術,毛様体光凝固術など眼圧下降目的の手術を結膜上耳側または鼻側に行ったことがあるなどで,同部位結膜が瘢痕化している症例は除外した.ただし,他の部位からの線維柱帯切開術やビスコカロストミー,レーザー線維柱帯形成術,隅角癒着解離術,レーザー虹彩切開術を行った眼は検討に含めた.また,結膜瘢痕の有無にかかわらず白内障術後および硝子体手術後の眼も除外しなかった.すべての患者には,手術および術後の処置を行う前に説明を行ったうえ,同意を得た.また,本研究はヘルシンキ宣言に従っており,東京大学医学部附属病院の倫理委員会の承認を得てUMIN000006522として登録された.1.術後評価最大矯正視力,Goldmann圧平眼圧測定,細隙灯顕微鏡および眼底鏡診察により確認された合併症,必要とされた術後処置について,10.14日間程度の入院期間中は毎日,退院後は術後3週間.1カ月ごとに6カ月まで評価を行った.2.手術方法手術は同一術者によるFB-TLEにて行った.鼻上側から円蓋部基底結膜切開で開始し,結膜は輪部に沿って5.6mm幅切開し,4.5mmの放射状切開を加え,そこからTenon.下麻酔を行った.凝固止血を行った後,3×3mmの強膜フラップを作製し,0.05%MMC(協和発酵キリン)をM.Q.A.(イナミ)に1.5分間浸み込ませ,balancedsaltsolution(BSS)100mlで洗浄した.1×1mmの強角膜片を切除,周辺虹彩切除を行った後,10-0ナイロン糸(CU-8,日本アルコン)4針で強膜フラップを縫合した.房水流出が多すぎる場合には追加縫合も行った.結膜創に対しては10-0ナイロン糸(1475,マニー)で連続縫合を行った.さらに房水漏出がみられる場合には,追加縫合を行った.白内障同時手術の場合には,上耳側より角膜切開し,粘弾性物質としてはビスコートR(日本アルコン)とヒーロンR(AMO428あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014Japan)を使用した.術後点眼は0.1%ベタメタゾンとレボフロキサシンを使用し,同時手術の場合には,トロピカミド・フェニレフリン合剤とジクロフェナクナトリウムも併用した.3.術後管理入院中は目標眼圧を10mmHg以下とし,レーザー切糸術にて眼圧を調整した.レーザー切糸を3本施行したのちも濾過胞形成不良で眼圧が10mmHg以上となっている場合には,30G針でニードリングを行った.浅前房を伴う過剰濾過の場合には,前房内に空気もしくはオペガンR(参天製薬)を注入,あるいは経結膜強膜弁縫合を行った.浅前房を伴う脈絡膜.離が出現した場合または低眼圧網膜症が明らかな場合にも,経結膜強膜弁縫合を行った.低眼圧や房水漏出の際に圧迫眼帯や点眼内服による処置は一切行わなかった.退院後に濾過胞形成が不良になった場合には可及的速やかにレーザー切糸術もしくはニードリングを行った.ステロイドおよび抗生物質点眼は術後最低3カ月使用した.4.データ解析FB-TLE後の生存率について,以下の2つの基準で,Kaplan-Meier法による解析を行った.基準1として,退院後の眼圧が眼圧下降薬剤使用の有無にかかわらず,12mmHgを2回連続で上回ったとき,あるいはさらなる濾過胞再建術もしくは別創への線維柱帯切除術が必要になった場合を死亡と定義した.半数の症例で投薬下ベースライン術前眼圧が20mmHg以下であり,術後の眼圧を10mmHg台前半に下げることが目標であるため,この数値を目標として設定した.基準2では15mmHgを基準眼圧として解析を行った.過去の報告では15mmHgを基準としているものが多く,この数値は本研究の結果とこれまでの報告を比較するために設定した.術前と術後の眼圧はpairedt-testで比較した.3群の眼圧下降率はANOVAで比較した.3群の合併症と処置の頻度についてはFisher’sexacttestで比較した.Kaplan-Meier法による生存率の比較は,log-ranktestを用いて行った.p値は0.05未満であった場合に有意と定義した.II結果1.患者背景本研究期間の適応症例は連続107例122眼であった.術後6カ月間の経過観察中に1眼は検査データ不足,4眼は他院紹介後の経過不明で5カ月目にドロップアウトとなり,4眼は術後6カ月の間に再度眼圧下降手術が必要になった.表1に患者背景と術式の内訳を示す.また,術前の平均眼圧は22.1±7.7mmHgであり,TLE群,IOL群,同時手術群の3群の術前眼圧に有意差はなかった(p=0.3ANOVA).3群間の比較では,左右(p=0.5),性別(p=1.0),病型(p=0.07)では有意差はなく(Fisher’sexacttest),年齢で有意(124) 表1患者背景と緑内障病型対象眼全群(n=122)TLE群(n=56)IOL群(n=34)同時手術群(n=31)TLE+IOLsuture(n=1)眼(右:左)59:6328:2814:2017:140:1性別(男:女)74:4834:2221:1318:131:0年齢(歳)64.0±13.056.3±12.170.9±10.870.5±8.959緑内障病型眼原発開放隅角緑内障(正常眼圧緑内障10眼を含む)67(57+10)4013140落屑緑内障237970炎症性緑内障165740Posner-Schlossman症候群2101ぶどう膜炎後に続発する緑内障8350血管新生緑内障6123原発閉塞隅角緑内障80440混合型緑内障31020発達緑内障11000外傷による緑内障21001ステロイド緑内障21100TLE群:線維柱帯切除術単独,IOL群:偽水晶体眼に対する線維柱帯切除術単独,同時手術群:白内障手術・線維柱帯切除術同時手術.TLE群,IOL群,同時手術群の3群間の比較では,左右(p=0.5),性別(p=1.0),病型(p=0.07)では有意差はなく(Fisher’sexacttest),年齢で有意差が認められた(p<0.01ANOVA).差が認められた(p<0.01ANOVA).平均入院期間は同一入院期間中に両眼手術した症例が6眼,白内障手術と隅角癒着解離術を施行したのち,同一入院期間中にTLEを施行した症例2眼を含み,14.1±4.1日であった.2.合併症および処置入院期間中および退院後.術後6カ月に出現した合併症および行った処置については表2と表3に示した.入院中,結膜縫合部位より漏出を認めたものが15/122(12.3%)眼,そのうち6眼は数日で自然に消失した.浅前房は21/122(17.2%)眼に認め,20/122(16.4%)眼に対して経結膜強膜弁縫合を行い,5/122(4.1%)眼は経結膜強膜弁縫合の前に前房内空気もしくはオペガンR置換を施行した.脈絡膜.離は35/122(28.7%)眼に出現した.そのうち浅前房を伴う過剰濾過を認めたものは経結膜強膜弁縫合を施行し,徐々に消失した.残りは一過性の低眼圧による脈絡膜.離であったため,その後の眼圧上昇に伴って消失した.数週間で脈絡膜.離は全例で消失した.低眼圧黄斑症は入院中は2/122(1.6%)眼,退院後から術後6カ月までの期間では2/122(1.6%)眼で認められたが,数カ月以内に全例改善した.3群間で合併症の発症に有意差は認めなかった.脈絡膜.離の排液を必要とした症例はなかった.ニードリングに関しては,入院中は15眼に対して26回,退院後から術後6カ月までの期間では42眼に対して合計101回施行したが,3群間に有意差は認めなかった(p=0.1ANOVA).3.眼圧下降効果Kaplan-Meier法による解析を行った.基準1では,全群での6カ月生存率は71.2±4.1%であった.TLE群,IOL群,同時手術群の生存率はそれぞれ,87.5±4.4%,58.7±8.5%,54.1±9.1%であり,TLE群は他2群に比較して有意に生存率が高い結果となった(p<0.01log-ranktest).基準2では,全群での6カ月生存率は82.7±3.4%であった.TLE群,IOL群,同時手術群の生存率はそれぞれ,89.3±4.1%,73.9±7.5%,80.1±7.3%であり,3群の生存率に有意差は認められなかった(p>0.2log-ranktest)(図1).再手術を必要とした4眼を除いた全症例で,術前平均眼圧22.1±7.7mmHgから術後6カ月平均眼圧10.6±4.4mmHgへ,平均48.8±22.0%の眼圧下降率を認めた.必要薬剤は術前3.3±0.7種類から術後0.4±0.8種類へと有意に減少した(p<0.001pairedt-test).TLE群,IOL群,同時手術群の眼圧はそれぞれ,術前20.9±8.4mmHg,23.1±6.8mmHg,23.2±7.5mmHgから術後9.2±4.3mmHg,11.7±4.4mmHg,12.0±3.7mmHgへと有意に下降した.3群間の眼圧下降率に有意差は認めなかった(p=0.2ANOVA)(図2).III考察本研究におけるTLE術後6カ月での累積生存率は目標眼圧を12mmHgとすると71.2%であり,目標眼圧を15mmHgとすると82.7%であった.本研究は一定期間の連続(125)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014429 表2入院中の処置および合併症全群(n=122)TLE群(n=56)IOL群(n=34)同時手術群(n=31)TLE+IOLsuture(n=1)房水漏出15(12.3%)4(7.1%)5(14.7%)6(19.4%)0創部追加縫合11for9eyes2for2eyes4for3eyes5for4eyes0浅前房21(17.2%)10(17.9%)5(14.7%)6(19.4%)0脈絡膜.離35(28.7%)12(21.4%)10(29.4%)13(41.9%)0前房内出血14(11.5%)6(10.7%)6(17.6%)2(6.5%)0退院時低眼圧(IOP≦5mmHg)3721127低眼圧黄斑症2(1.6%)2(3.6%)000レーザー切糸率†60±31%49±31%57±28%85±17%50%ニードリング回数26for15eyes5for4eyes10for6eyes11for5eyes0経結膜強膜弁縫合20(16.4%)9(16.1%)5(14.7%)6(19.4%)0Air注入5(4.1%)3(5.4%)1(2.9%)1(3.2%)0TLE群:線維柱帯切除術単独,IOL群:偽水晶体眼に対する線維柱帯切除術単独,同時手術群:白内障手術・線維柱帯切除術同時手術.†切糸数/総縫合数の各眼平均値.TLE群,IOL群,同時手術群の3群間に有意差なし(p>0.05Fisher’sexacttest).表3退院後の処置および合併症全群(n=122)TLE群(n=56)IOL群(n=34)同時手術群(n=31)TLE+IOLsuture(n=1)房水漏出脈絡膜.離低眼圧黄斑症濾過胞感染9(7.4%)8(6.6%)2(1.6%)04(7.1%)2(3.6%)1(1.8%)03(8.8%)1(2.9%)002(6.5%)5(16.1%)1(3.2%)00000ニードリング回数再手術101for42eyes4(3.3%)35for14eyes2(3.6%)41for15eyes1(2.9%)25for13eyes1(3.2%)00TLE群:線維柱帯切除術単独,IOL群:偽水晶体眼に対する線維柱帯切除術単独,同時手術群:白内障手術・線維柱帯切除術同時手術.TLE群,IOL群,同時手術群の3群間に有意差なし(p>0.05Fisher’sexacttest).TLE対象症例に対して白内障同時手術も行った症例も含むため,連続症例への後ろ向き試験としたが,TLE施行症例としては前向き試験と同様の評価をしているため,過去の前向き試験と比較してみた.前向き試験は3報しかなく,そのうちWuDunnらはほとんど原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)を対象にしたMMC併用輪部基底結膜切開TLE単独術後の6カ月生存率は,目標眼圧を15mmHgとすると88%,12mmHgとすると77%であったと報告し1),Mostafaeiは開放隅角緑内障の患者に対するMMC併用TLE術後の6カ月生存率は目標眼圧を6.22mmHgとすると88.9%だったと報告している2).日本人ではKitazawaらが発達緑内障,血管新生緑内障,炎症性緑内障,POAGについて検討しており,MMC併用群の6カ月生存率は目標眼圧を20mmHgとすると100%だったと報告している3).後2報は目標眼圧が高く,本研究と比較することは意味がない.WuDunnらの研究は同様な目標眼圧での報告で,目標眼圧を15mmHgとすると前報88%と本報82.7%,12mmHgとすると77%と71.2%と筆者らがやや劣る.高い術前眼圧は生存率を下げる有意な危険因子との報告4)もあるが,WuDunnらの術前眼圧は21.9±6.6mmHg,今回の対象患者の術前眼圧は22.1±7.7mmHgと同等であった.しかし,前報はTLE単独手術で,POAGが84.4%,白人72%,アジア人は1症例2%と,本報告と術式と病型,人種間に差があるため単純には比較できないが,今回の結果は大きく劣るものではないと考える.続いて有水晶体眼と眼内レンズ眼でのTLE単独手術について考察する.Takiharaらは,結膜上方切開によるPEAを施行後の眼内レンズ眼に対するTLE術後と,有水晶体眼に対するTLE単独手術後を後ろ向きに比較し,眼内レンズ眼では有水晶体眼に比べて成功率が低く,PEAの既往を予後不良因子と報告している5).一方でShingletonらが後ろ向きに調査した報告では,濾過胞を作製する結膜部位に手術を行った既往のある眼内レンズ眼に対するTLE術後の成績を,手術の既往のない眼に対して行ったTLE術後の成績と比較430あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(126) AB1.001.000.800.80累積生存率TLE群IOL群同時手術群*p>0.01(log-ranktest)*累積生存率0.600.400.600.40*0.200.200.000.000123456観察期間(カ月)CD1.001.000123456観察期間(カ月)累積生存率TLE群IOL群同時手術群3群間に有意義なし(p>0.2(log-ranktest))0.800.600.400.800.600.40累積生存率0.200.200.000.000123456観察期間(カ月)0123456観察期間(カ月)図16カ月累積生存率A:基準1による全群,B:基準1による術式別生存率,C:基準2による全群,D:基準2による術式別生存率.全群TLE群35302520151053530252015105眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)00IOL群同時手術群35302520151053530252015105眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)00図2術前後眼圧変化TLE群:線維柱帯切除術単独,IOL群:偽水晶体眼に対する線維柱帯切除術単独,同時手術群:白内障手術・線維柱帯切除術同時手術.し,2群間で最終眼圧,眼圧下降薬,最大矯正視力に有意差15mmHgを基準とした累積生存率が同等であったことから,はなかったとしている6).Supawavejらは,有水晶体眼に対Supawavejらの結果に矛盾しない.さらに開放隅角緑内障するTLEと角膜切開からのPEA後のTLEを後ろ向きに比眼において有水晶体眼と眼内レンズ眼で比較すると,眼内レ較しているが,眼圧下降効果について同等であったと報告しンズ眼のほうが有意に房水中の炎症性サイトカイン濃度が高ている7).この報告は長期成績であるため単純には比較できいとのInoueらの報告8)もあり,白内障手術がTLEの予後ないが,本研究ではTLE群とIOL群は眼圧下降効果およびに何らかの影響を与えていると考えられる.(127)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014431 つぎにTLE群と同時手術群の比較を検討する.有水晶体眼に対してTLE単独手術を施行した場合,その後に白内障が進行し,手術が必要となる場合がある.Donosoらは,TLE施行後の眼に対してPEA手術を行った場合の眼圧への影響と,TLE白内障同時手術を施行した場合の眼圧への影響について後ろ向きに比較しており,2群間の生存率に有意差はなかったと報告している9).この結果は本研究の結果と異ならない.すでにPEAが濾過胞に与える影響についての検討はこれまで多くなされている.PEA後に濾過胞のある眼では眼圧が上がると報告するものもあれば10,11),白内障手術は濾過胞のある眼の眼圧コントロールに影響しないと報告するものもある12).また,PEAを施行する時期によって濾過胞に与える影響が異なるとする報告もある.Awai-Kasaokaらは,TLE施行後にPEAを行いTLE失敗となった眼について予後不良因子を検討し,TLE術後1年以内にPEAを行うことが予後不良因子だと報告している13).また,Siriwardenaらが術後の前房内炎症を調べた報告によれば,TLE術後眼よりもPEA術後眼で前房内炎症が長く続くため,PEAを施行する時期によってTLE成功率が左右されうるとしている14).本研究では6カ月のフォロー期間中に白内障が進行し手術を必要とした症例はなかったため,この検討は今後の検討課題の一つである.術後合併症としての房水漏出,脈絡膜.離,低眼圧黄斑症は2週間の退院後も認められたが,いずれも縫合処置によりただちに改善した.合併症は避けられないが即時に対処することにより改善が得られることが判明した.また,短期的には濾過胞感染は生じていない.術後処置として,ニードリングの回数が多いが,1眼について2.4回の処置を行っており癒着傾向が強い症例では反復した処置を要することがわかり,今後の術式改善が必要と考えられる.この研究期間中の術式では術後ニードリングの際に細胞増殖抑制薬は使用していないが,現在MMC併用ニードリングによる術後処置の改善を検討している.病型別では炎症性緑内障と閉塞隅角緑内障の半数以上で,1眼につき2回以上の処置を必要としたことが判明している(他誌投稿中).今回の結果は,12mmHgを目標眼圧とするとTLE群の中期成績はIOL群や同時手術群に比較して良い結果となったが,15mmHgを目標眼圧としたときの中期成績には差はなく,また術後の合併症や処置にも差はみられなかった.今回は脱落も含め半年の経過での検討だったが,さらなる長期経過を検討する予定である.本稿の要旨は第23回日本緑内障学会(2012)にて発表した.文献1)WuDunnD,CantorLB,Palanca-CapistranoAMetal:Aprospectiverandomizedtrialcomparingintraoperative5-fluorouracilvsmitomycinCinprimarytrabeculectomy.AmJOphthalmol134:521-528,20022)MostafaeiA:AugmentingtrabeculectomyinglaucomawithsubconjunctivalmitomycinCversussubconjunctival5-fluorouracil:arandomizedclinicaltrial.ClinOphthalmol5:491-494,20113)KitazawaY,KawaseK,MatsushitaHetal:Trabeculectomywithmitomycin.Acomparativestudywithfluorouracil.ArchOphthalmol109:1693-1698,19914)AgrawalP,ShahP,HuVetal:ReGAE9:baselinefactorsforsuccessfollowingaugmentedtrabeculectomywithmitomycinCinAfrican-Caribbeanpatients.ClinExperimentOphthalmol41:36-42,20135)TakiharaY,InataniM,SetoTetal:Trabeculectomywithmitomycinforopen-angleglaucomainphakicvspseudophakiceyesafterphacoemulsification.ArchOphthalmol129:152-157,20116)ShingletonBJ,AlfanoC,O’DonoghueMWetal:Efficacyofglaucomafiltrationsurgeryinpseudophakicpatientswithorwithoutconjunctivalscarring.JCataractRefractSurg30:2504-2509,20047)SupawavejC,Nouri-MahdaviK,LawSKetal:ComparisonofresultsofinitialtrabeculectomywithmitomycinCafterpriorclear-cornealphacoemulsificationtooutcomesinphakiceyes.JGlaucoma22:52-59,20138)InoueT,KawajiT,InataniMetal:Simultaneousincreasesinmultipleproinflammatorycytokinesintheaqueoushumorinpseudophakicglaucomatouseyes.JCataractRefractSurg38:1389-1397,20129)DonosoR,RodriguezA:Combinedversussequentialphacotrabeculectomywithintraoperative5-fluorouracil.JCataractRefractSurg26:71-74,200010)KlinkJ,SchmitzB,LiebWEetal:Filteringblebfunctionafterclearcorneaphacoemulsification:aprospectivestudy.BrJOphthalmol89:597-601,200511)WangX,ZhangH,LiSetal:Theeffectsofphacoemulsificationonintraocularpressureandultrasoundbiomicroscopicimageoffilteringblebineyeswithcataractandfunctioningfilteringblebs.Eye(Lond)23:112-116,200912)InalA,BayraktarS,InalBetal:Intraocularpressurecontrolafterclearcornealphacoemulsificationineyeswithprevioustrabeculectomy:acontrolledstudy.ActaOphthalmolScand83:554-560,200513)Awai-KasaokaN,InoueT,TakiharaYetal:Impactofphacoemulsificationonfailureoftrabeculectomywithmitomycin-C.JCataractRefractSurg38:419-424,201214)SiriwardenaD,KotechaA,MinassianDetal:Anteriorchamberflareaftertrabeculectomyandafterphacoemulsification.BrJOphthalmol84:1056-1057,2000利益相反:利益相反公表基準に該当なし432あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(128)