‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

Toxic Anterior Segment Syndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):421.426,2014cToxicAnteriorSegmentSyndromeが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症を生じた1例阿部真保清水一弘出垣昌子田尻健介向井規子勝村浩三小嶌祥太池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ACaseofToxicAnteriorSegmentSyndromeComplicatedwithSecondaryGlaucomaandBullousKeratopathyMahoAbe,KazuhiroShimizu,MasakoIdegaki,KensukeTajiri,NorikoMukai,KohzoKatsumura,SyotaKojimaandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)は内眼術後の無菌性の眼内炎で,手術器具滅菌後の残存薬液や物質,細菌由来のエンドトキシンなどが誘因になることが報告されている.重篤例では角膜内皮障害や虹彩損傷を生じることがある.今回TASSが疑われ,水疱性角膜症と続発緑内障に至った1例を経験したので報告する.症例:68歳,女性.左眼白内障手術翌朝より角膜浮腫が著明となり,改善しないため当院を受診した.左眼矯正視力0.01,眼圧52mmHg,前房内炎症に加え,多量の虹彩色素が内皮面に付着していた.TASSを疑い治療を行った.眼圧は緑内障濾過手術によりコントロールされたが,水疱性角膜症を発症した.結論:重篤なTASSでは,続発緑内障や水疱性角膜症をきたすことがあり,早期診断,早期治療が重要である.内眼手術後早期の眼内炎の原因の一つとしてTASSは念頭においておく必要がある.Purpose:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)isanon-infectiousendophthalmitisthatcanoccurafterintraocularsurgery.Reportedly,itmightbecausedbyresidualchemicalsandsubstancesadheringtosurgicalinstrumentspost-sterilization,orbybacterialendotoxin.Severecaseshavebeenreportedasresultingincornealendothelialdysfunctionandirisdamage.WeherereportaseverecaseofTASScomplicatedwithsecondaryglaucomaandbullouskeratopathy.Case:A68-year-oldfemalepresentedwithseverecornealedemainherlefteye1dayaftercataractsurgery.Clinicalfindingsfailedtoimprove;shewaslaterreferredtoourhospital.Initialexaminationinourclinicshowedcorrectedvisualacuityinherlefteyeat0.02pandintraocularpressure(IOP)of52mmHg.Theaffectedeyeexhibitedsevereinflammationintheanteriorchamber,aswellasalargeamountofirispigmentonthecornealendothelialsurface.Onthebasisofthoseclinicalfindings,wediagnosedthiscaseasTASS.AfterfilteringglaucomasurgeryIOPwascontrolled,butbullouskeratopathydevelopeddespitetreatment.Conclusion:OurfindingsshowthataseverecaseofTASSmightcausesecondaryglaucomaandbullouskeratopathy,andthatTASSisapossibledifferentialdiagnosiswhensevereanterior-chamberinflammationoccursafterintraocularsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):421.426,2014〕Keywords:toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),無菌性眼内炎,眼内炎,角膜浮腫,滅菌.toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),non-infectiousendophthalmitis,endophthalmitis,cornealedema,sterilization.はじめに1980年以降,白内障手術後に無菌性の前眼部炎症の重症例Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)とは内眼術後が数例報告され,1992年,Monsonらが白内障手術後の無に非感染性の物質によって発症する術後炎症反応である.菌性の起炎物質による前眼部炎症をTASSと命名した1).〔別刷請求先〕阿部真保:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MahoAbe,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki-shi,Osaka569-8686,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)421 TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的な臨床所見である.フィブリン形成は虹彩表面や眼内レンズ(IOL)の表面にみられ,びまん性の角膜浮腫は広範囲にわたる角膜内皮細胞の傷害を意味する.また重症例では虹彩傷害も生じ,不可逆性となると不整な瞳孔,散瞳不良,さらには線維柱帯まで傷害される.発症初期の眼圧は下降するが,不可逆的な線維柱帯の傷害から高眼圧,続発緑内障となる.また角膜浮腫も遷延化すると,水疱性角膜症に至り角膜移植を施行された重症例も報告されている.今回,TASSが疑われ,続発緑内障と水疱性角膜症に至った重症例を経験したので報告するI症例症例は68歳,女性.近医にて両眼白内障に対して,平成20年12月5日に右眼,12月9日に左眼の超音波水晶体乳化吸引術とIOL挿入術を施行された.両眼とも術前の状態に特記事項はなく,耳側角膜切開(角膜乱視軽減のため)で施行されており,手術時間は10分,術中トラブルなどなく手術を終了した.右眼は経過良好であったが,左眼は術翌日より著明な角膜浮腫,前房内炎症を認め,眼圧は32mmHgであった.レボフロキサシン,ベタメタゾン,ジクロフェナクナトリウムの左眼1日4回点眼に加え,アセタゾラミドの内服を開始した.また翌々日,感染性眼内炎の可能性は低いと考え,ベタメタゾン0.5mg3錠,分1の内服を開始,またその翌日よりヘルペスの可能性を考慮し,抗ヘルペス治療(塩酸バラシクロビル内服6錠,分3)を開始した.しかし消炎および眼圧下降治療に反応せず,症状の増悪を認めたため,術後6日目に当院紹介受診となった.元々既往歴や家族歴に特記事項はなく,当院初診時視力はVD=0.3(0.4×sph+1.0D(cyl.2.0DAx70°),VS=0.01(better×sph.1.0D),眼圧はRT=12mmHg,LT=52mmHg,右眼の視力不良の原因は元々弱視眼であった可能性が高いと思われた.左眼は著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に多量の虹彩色素の付着を認めた.眼内レンズ表面にはフィブリンが蓄積し,前房は深く,細胞(++)程度の炎症が疑われたが,角膜所見により前房内は透見不良であり(図1a,b),また眼底も乳頭判別可であるが,透見不良であった.しかし,Bモードエコーでは異常を認めなかった.当科初診時,前房穿刺を施行し,前房水の細菌培養検査を施行した(結果:陰性).レボフロキサシン1日4回点眼,ベタメタゾン1日6回点眼,ブロムフェナクナトリウム1日2回点眼とアセタゾラミド2錠分2,L-アスパラギン酸カリウム4錠分2の内服を開始した.翌日も眼圧下降はみられ422あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ず,前眼部所見の改善もなかったため,TASSを念頭におき,プレドニゾロン10mg/日の内服を開始した.しかしほとんど改善傾向はなく,50mmHg前後の高眼圧が持続した.3日目,D-マンニトールの点滴と,マレイン酸チモロール持続性剤の点眼を開始したが,点滴後も眼圧下降はわずかであり,著明な角膜浮腫とDescemet膜皺襞,角膜後面に沈着した多量の虹彩色素などの前眼部所見もほとんど改善しなかった(図2).4日目,前房洗浄を施行し,多量の虹彩色素が排出された.虹彩には脱色素がみられ,瞳孔は塩化アセチルコリンに反応せず,散大したままであった.5日目,プレドニゾロンを20mg/日に増量し,ラタノプロストと塩酸ジピベフリン点眼を追加した.炎症所見の改善も乏しく,6日目ベタメタゾンの結膜下注射を施行した.初診時と比べると,角膜浮腫,前房内炎症はわずかながら改善傾向にあったが,依然として,眼圧は50mmHg前後と高値であった(図3a,b).経過中患者は強い眼痛を訴え,前房穿刺後に痛みが和らぐ状態であった.感染の懸念はあったが,結局,前房穿刺を連日施行することとなった.高眼圧の持続による神経障害が危惧され,8日目に施行したUBM(超音波生体顕微鏡)では(図4),隅角は閉塞しており,一部は器質的閉塞をきたしていると思われた.手術による眼圧下降が必要と判断し,9日目にトラベクレクトミーを施行した.術後は,眼球マッサージ,lasersuturelysisにて10mmHg台で安定し,13日目退院となった.術後もレボフロキサシン点眼4回/日,ベタメタゾン点眼4回/日,オフロキサシン眼軟膏点入1回/日,プレドニゾロン内服5mg/日を行った.しかし,その3カ月後と6カ月後,眼圧コントロールが再度不良となり,2度の濾過胞再建術を施行した.眼圧はコントロールされたが角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力はVS=(0.01×sph+0.5D(cyl.1.5DAx100°)であった(図5).今回の症例について,前医に問い合わせたところ,眼周囲皮膚の消毒(眼瞼,睫毛,眉毛)をポビドンヨード(イソジン液)で行い,眼球,結膜.の洗眼は10%ポビドンヨードで行っていた.麻酔は4%キシロカインの点眼麻酔のみで施行していた.手術器具の滅菌法は高圧蒸気滅菌(オートクレープ)と過酸化水素ガスプラズマ滅菌の併用であった.原因として手術侵襲や術中の薬剤の流入(麻酔薬)などは否定的で,手術に使用した器具の滅菌法や洗浄過程,手術に用いた灌流液などを調べたが,当科で普段施行している白内障手術症例と特に違いは認められなかった.また前後同一施設内で本症を疑うものはなく,過去にも同様の症例の発症はなかった.II考按まったく既往歴のない,手術もまったく問題なく終了した(118) abab図1初診時前眼部写真a:著明な角膜浮腫を認める.b:多量の虹彩色素が角膜内皮面へ付着している.図2初診時より3日目の前眼部写真角膜浮腫,Descemet膜皺襞,角膜後面虹彩色素沈着は持続し,前眼部所見は改善しなかった.症例で術翌日より著明な角膜浮腫と前房内炎症,高眼圧を生じた症例をみた際,考えられる原因は何か.まずは感染性眼内炎と薬剤性(麻酔薬の混入)が考えられた.しかし,術翌日と非常に早期の発症であり,角膜全体の著明な浮腫と角膜後面の多量の虹彩色素の沈着など,感染性眼内炎とは様相が異なると考えた.また,麻酔薬の混入に関しては術者によるとまったく心当たりはないとのことで,完全には否定できないが,可能性としては非常に低いと思われた.その他考えられるものとして,非感染性物質による異物反応が疑われた.「はじめに」の項で述べたが,白内障手術後の無菌性の起因物質による前眼部炎症はTASSと命名され,さまざまな報告があるが,本症に非常に類似している.起因物質としては,抗菌薬眼軟膏の前房内迷入,点眼液中の防腐剤,BSS(balancedsaultsolution)中のエンドトキシン,手術器具の残留洗浄剤,変性した粘弾性物質,眼内レンズの研(119)ab角膜浮腫,Descemet膜皺襞結膜充血眼内レンズ図3初診時より7日目の前眼部写真(a)とシェーマ(b)a:角膜後面の虹彩色素の沈着は減少し,角膜浮腫,前房内炎症は軽度改善傾向を認める.b:シェーマ.磨剤などの報告がある.TASSは術後24時間以内と術後早期に発症し,重度な前房内炎症(フィブリン形成,しばしば前房蓄膿)と角膜輪部に至るびまん性の角膜浮腫が典型的とされ,重篤なものでは虹彩傷害を生じる.今回の症例はそのすべてを満たしており,TASSが最も疑われた.また,その他の鑑別として,ヘルペスの再発の可能性や,多量の虹彩色素が角膜裏面に沈着していたことよりpigmentdispersionsyndrome(色素散布症候群)についても考えた.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014423 adcbadcb図4UBM所見閉塞隅角を認め,一部は器質的閉塞をきたしていると思われる.a:上側,b:鼻側,c:下側,d:耳側.図52度の濾過胞再建術施行後の前眼部写真角膜は水疱性角膜症に至り,最終視力は矯正0.01であった.しかし,白内障手術後の角膜ヘルペスは報告例が少なく,術後再発としては上皮型(樹枝状,地図状角膜炎)を呈する場合が多いとされている.実質型角膜ヘルペスの一病型としての角膜ぶどう膜炎は,角膜実質浮腫とその裏面に限局して生じる豚脂様角膜後面沈着物を特徴とする虹彩毛様体炎を認める.また,それと同様,三叉神経節に潜伏したHSV(単純性疱疹ウイルス)-1の再活性化により角膜ヘルペスに併発しない,片眼性の急性虹彩毛様体炎が発症することもある.また,VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)の再活性化によって発症する眼部帯状ヘルペスにおいては,約1/3が豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性肉芽腫性虹彩毛様体炎を発症し,なかには顔面の皮疹を伴わず発症するものも報告されている.今回の症例では,ヘルペスの可能性も考慮し,術後3日目より塩酸バラシクロビルの内服(6錠,分3)を開始している.手術侵襲により潜伏していたHSV-1やVZVの再活性化が起こり,角膜病変や顔面の皮疹を伴わない,急性虹彩毛様体炎が発症したと考えられなくもないが,まったく既往がなく,手術も問題なく終了した症例で,一晩でここまで急激な変化が起こるとは考えにくく,またそのような報告もなかった.今回の症例では前房水のPCR(polymerasechainreaction)は施行されていない.バルトレックスの内服が奏効しなかったことはヘルペスを否定するものとはならないが,今回の症例の原因としては考えにくいと思われた.色素散布症候群とは虹彩が後方に凹になっており,虹彩裏面とZinn小帯の摩擦により虹彩色素上皮から前眼部組織に色素が散布される症候群である.眼圧上昇は不安定で,散瞳薬や激しい運動で色素が散乱し,眼圧上昇をきたすが,隅角に著明な色素沈着が生じて発症する色素性緑内障に進展するまでの年数や割合には統一見解はない.常染色体優性遺伝であり,発症年齢は20.30代,男性が女性の2倍多く,近視若年者に多いとされている.角膜後面中央部の紡錘型の色素沈着や隅角色素沈着,UBMで後方に屈曲した虹彩が特徴的である.今回の症例では術前に隅角検査やUBMは行われていないが,角膜後面や水晶体の色素散布所見はなく,虹彩委縮なども認めなかった.また,眼圧上昇などの既往歴もなく,近視若年男性という疫学的にも元々色素散布症候群であった可能性は低いと思われる.また類似の機序で生じるものに術後遷延性虹彩炎(iris424あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(120) 表1TASSの原因塩化ベンザルコニウムLiu2001消毒薬(ディスオーパR)幸野2005手術機器の残留薬剤Hellinger2006BSS中のエンドトキシンKutty2008I/Aハンドピースの付着残留物川辺2011ICGの残留渡辺2011chafingsyndrome)があるが,IOLが非対称固定であったり,.外固定されたとき,また,IOLのループが表裏に固定されたときに生じるとされている.虹彩運動によりIOL光学部が虹彩裏面を擦過することにより色素散布を起こし,色素散布症候群同様,慢性虹彩炎や色素性緑内障の原因となる.しかし,今回の手術は,IOLは.内中央部に固定された状態で手術を終了しており,術翌日,一晩で閉瞼眼帯下に著明な角膜浮腫まできたす原因とは考えにくい.TASSは2005年米国でCytosol社製のBSS中のエンドトキシンが原因と考えられる無菌性の眼内炎が複数例発症したことが2008年Kuttyらによって報告され,広く注目を集めるようになった2).近年わが国でもTASSの報告例が散見される.2009年には大井らにより原因は特定できていないがTASSが疑われる2例が報告され3),2011年には,川辺らによるI/A(灌流・吸引)ハンドピースの付着残留物が原因とされる白内障手術後の7例7眼の連続発症が報告されている4).また,同年渡辺らよりICG(インドシアニングリーン)の残留が原因とされる白内障手術後のTASSの1例5)や,井上による両眼性のTASS6)が報告されている.両眼白内障手術後それぞれの手術眼でTASSが発症し,薬剤や手術器具へのアレルギー反応が原因と考えられている.それ以前にもTASSの原因物質の同定を試みた貴重な報告があり,原因は多岐にわたることが知られている(表1).塩化ベンザルコニウム(Liuら,2001)7),消毒薬(ディスオーパR)(幸野ら,2005)8),手術機器の残留薬剤(Hellinger,2006)9)などがある.しかし,TASSは無菌性であれば,手術中に眼内に持ち込まれるすべてのものが原因となりうるため,原因物質の同定を試みても特定することが非常にむずかしいのが実情である.今回の症例もまったくの孤発例であり,原因の特定はできていない.しかし,原因を特定できなくても,手術器具の洗浄や滅菌法の改善など手術システム自体を一つ一つ見直し,今後の発症予防に最善を尽くすことが大切である.また,TASSの診断においては,同様に内眼術後の眼内炎症をきたす疾患である細菌性眼内炎との鑑別がきわめて重要となる.細菌性眼内炎とTASSの鑑別を表2に示す10).最も大きな違いは,手術から発症までの時間である.TASSは(121)表2TASSと術後細菌性眼内炎との鑑別TASS細菌性眼内炎発症24時間以内術後3.7日後症状霧視眼痛,眼脂,充血角膜浮腫2+浮腫1+前房Cell1+.3+Cell3+Fibrin1+.3+Fibrin一定せずHypopyon1+Hypopyon3+硝子体鮮明硝子体炎ステロイドに対する反応良好不良多くは24時間以内と細菌性眼内炎と比較して明らかに発症が早期である.細菌性眼内炎の発症は早くても2日程度を要し,一旦患者が見えるようになった後に発症することが多いのに対して,TASSは良くなる間もなく直後に発症する.また,TASSの典型例ではびまん性角膜浮腫を生じるのに対して,細菌性眼内炎では角膜病変が顕著というわけではない.その他TASSの特徴としては,眼所見の割に眼痛が軽度であること,炎症は前房内だけに留まっており硝子体混濁は伴わないことなどが挙げられる.今回の症例の眼痛は高眼圧によるものと考えられる.また,TASSは,過去の報告にもあるように,軽度なものから続発緑内障や水疱性角膜症に至る重篤なものまで程度には非常に差がある.実際,本症例では細菌性眼内炎をまず疑った.しかし,手術翌日という極早期に発症していること,著明な角膜浮腫,角膜後面の多量の虹彩色素の沈着などの前眼部所見より,細菌性眼内炎の可能性は低いと考えられ,術後2日目からTASSを疑い,少量であるが,ステロイドの内服を開始している.TASSはまったく問題なく手術を終了した症例であっても,術翌日より高度の眼内炎症をきたすので,術者としては動揺するが,細菌性眼内炎とするには疑問な点がいくつか認められる.TASSも術後炎症の鑑別診断の一つとして考えておく必要がある.治療であるが,細菌性眼内炎とは対照的にTASSでは早期のステロイド治療が奏効するとされる.軽度なものでは非ステロイド性の抗炎症薬でも寛解するとされ,通常の術後点眼薬で軽快する.炎症がやや強い例でも術後細菌性眼内炎として治療されている例も多数あると思われる.しかし今回は,術後2日目よりTASSが疑われ,少量のステロイド(ベタメタゾン1.5mg/日)の内服を開始したが奏効せず,当院紹介後の術後7日目よりプレドニゾロン10mg/日のステロイド治療を行ったが,最終的にステロイドが奏効したとは言い難い経過を辿った.もう少し早期にステロイドを増量できていれば,今回の症例よりも良好な経過を辿った可能性もある.しかし,TASSのなかでも本症例のような重篤な症例の報告は非常に少ない.ステロイドが奏効せあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014425 ず,硝子体手術を施行し,改善したものや,改善せず,眼圧コントロールが困難となり視力が低下したもの,またステロイドにより前房内炎症の改善が得られても,角膜内皮細胞の著しい減少を認め,角膜移植を施行したものなどの報告がある.しかし,現段階では,このような重症例に対してステロイド治療がどこまで奏効するのかは不明であり,今後のさらなる症例の蓄積が必要である.術後眼内炎としては細菌性眼内炎の頻度が圧倒的に高いので,まず細菌性を疑うべきであるがわが国ではTASSの報告例はわずかであり,本疾患に対する認識自体が非常に乏しい.TASSは程度にもよるが早期に対応すれば良好な経過を辿る可能性があることに加え,手術器具の滅菌や洗浄など手術システムの改良により,連続発症することを未然に防止することも可能である.よってまず本疾患の存在を知っておくことが重要である.文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)KuttyPK,FosterTS,Wood-KoobCetal:Multistateoutbreakofanteriorsegmentsyndrome,2005.JCataractRefractSurg34:585-590,20083)大井彩,小早川信一郎,松本直ほか:Toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)が疑われた2症例.IOL&RS23:229-236,20094)川辺幹子,近藤峰生,加賀達志ほか:I/Aハンドピースへの付着残留物により発症したと考えられるTASSのoutbreak.眼臨紀4:216-221,20115)渡辺一郎,越智順子,家木良彰ほか:前.染色に用いたインドシアニングリーンが原因と考えられた白内障術後のtoxicanteriorsegmentsyndromeの1例.臨眼65:11051109,20116)井上昌幸:両眼性のToxicanteriorsegmentsyndrome(TASS).あたらしい眼科28:237-238,20117)LiuH,RoutleyI,TeichmannKDetal:Toxicendothelialcelldestructionfromintraocularbenzalkoniumchloride.JCataractRefractSurg27:1746-1750,20018)幸野敬子,土坂寿行,前田利根ほか:フタラール消毒液(ディスオーパR)による白内障手術後の水泡性角膜症.臨眼59:1705-1709,20059)HellingerWC,HasanSA,BacalisLPetal:Outbreakoftoxicanteriorsegmentsyndromefollowingcataractsurgeryassociatedwithimpuritiesinautoclavesteammoisture.InfectControlHospEpidemiol27:294-298,200810)臼井嘉彦:Toxicanteriorsegmentsyndromeの診断と治療.日本の眼科79:1709-1710,2008***426あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(122)

長期に高密度の角膜内皮細胞を維持する全層角膜移植術例の臨床的特徴

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):415.420,2014c長期に高密度の角膜内皮細胞を維持する全層角膜移植術例の臨床的特徴宮本佳菜絵*1,2中川紘子*2脇舛耕一*1,2稲富勉*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Long-termClinicalCharacteristicsofCaseswithHighCornealEndothelialCellDensityPostPenetratingKeratoplastyKanaeMiyamoto1,2),HirokoNakagawa2),KoichiWakimasu1,2),TsutomuInatomi2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:全層角膜移植術後長期に高い角膜内皮細胞密度(ECD)を維持する症例の臨床的特徴を検討する.対象:1998.2007年に同一術者が施行した全層角膜移植のうち,重大な術後合併症を生じず,術後5年までのECD測定が可能であった203眼.方法:対象を術後5年のECDが2,000個/mm2以上の高ECD群,1,000個/mm2以上2,000個/mm2未満の中ECD群,1,000個/mm2未満の低ECD群に分類し,ホスト因子(手術時年齢,原疾患),ドナー因子(年齢,死因,術前ECD,死亡から強角膜片作製までの時間,死亡から手術までの時間),手術因子(術式,移植片サイズ,手術による角膜内皮細胞減少)を検討した.結果:3群の内訳は高ECD群14眼(6.9%),中ECD群53眼(26.1%),低ECD群136眼(67.0%)であった.ドナー術前ECDは,低ECD群に比べて高ECD群で有意に高かったが,高ECD群の14眼のうち,ドナー術前ECDが3,000個/mm2以上と高値であったのは8眼のみであった.他の因子は3群間で差異を認めなかった.結論:高いドナー術前ECDが術後長期のECDに良好な影響を与える因子の一つであることが確認できたが,他にもなんらかの未知の因子が影響を及ぼしている可能性があると考えられた.Purpose:Toevaluatethelong-termclinicalcharacteristicsofcaseswithhighcornealendothelialcelldensity(ECD)postpenetratingkeratoplasty(PKP).Methods:Wereviewedtheclinicalrecordsof203patientswhohadundergonePKPattheBaptistEyeClinicfrom1998to2007andwhowerefollowedupformorethan5years.Theywereclassifiedinto3groups,accordingtotheirECDat5yearspostoperatively,asfollows:HighECD(groupA:over2,000cells/mm2),MiddleECD(groupB:from1,000.2,000cells/mm2)andLowECD(groupC:under1,000cells/mm2).Hostcharacteristics,donorcharacteristicsandsurgicalcharacteristicswereevaluated.Results:Ofthe203patients,groupAcomprised6.9%ofcases,groupBcomprised26.1%andgroupCcomprised67.0%.AlthoughpreoperativeECDwashigheringroupAthaningroupC,ofthe14casesclassifiedintogroupAonly8hadpreoperativeECDover3,000cells/mm2.Nosignificantdifferenceswerefoundamongthe3groupswithrespecttotheothercharacteristics.Conclusions:TheresultsofthisstudysuggestthatnotonlyhigherpreoperativedonorECD,butotherunknownfactorsaswell,areassociatedwithhigherpostoperativeECDoverthelongterm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):415.420,2014〕Keywords:全層角膜移植術,長期成績,角膜内皮細胞密度,ドナー,ホスト.penetratingkeratoplasty,long-term,endothelialcelldensity,donor,host.はじめにた現在でも広く行われており,フェムトセカンドレーザーな全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)は,角どの手術機器の進歩1)により,今後もさらに手術手技の向上膜内皮移植術や表層角膜移植術といったパーツ移植が広まっが期待される手術である.PKPの長期術後において,高密〔別刷請求先〕宮本佳菜絵:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KanaeMiyamoto,BaptistEyeClinic,12Kitashirakawa,Kamiikeda-cho,Sakyo-ku,Kyoto,606-8287,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(111)415 度のドナー角膜内皮細胞を維持することができれば理想的であり,このことにより長期間にわたって透明角膜を維持し,良好な視機能を保つことが可能となる2).PKP術後の角膜内皮細胞は,徐々に減少するとされる報告がほとんどであり3.8),林らは術後5年までの角膜内皮細胞減少率は73.2%であったと報告している6).しかし,実際の臨床現場では,こうした通常の角膜内皮細胞減少の経過をたどらず,長期術後においても非常に高密度の角膜内皮細胞を維持している症例を経験することがある.術後の角膜内皮細胞密度(endothelialcelldensity:ECD)には,ホストの原疾患やドナー年齢などが関与することは過去にも報告されているが7.9),筆者らは上述のような症例の経験から,これまでに考えられている因子だけではなく,ドナー角膜内皮細胞の健常性そのものが長期術後のECDに影響を与えるのではないかとの仮説をもっている.そこで今回,筆者らは,PKP術後5年に2,000個/mm2以上の高いECDを維持している症例の臨床的特徴を調べることにより,術後長期のECDがホスト,ドナー,手術にかかわる既知の因子と必ずしも相関しないことを証明するため,検討を行ったので報告する.I対象および方法1998.2007年までの間に,バプテスト眼科クリニックにて同一術者(SK)が施行したPKPのうち,術後5年までの臨床経過観察とECD測定が可能であり,かつ拒絶反応,続発緑内障,感染症などの重大な術後合併症を認めなかった症例,計203眼を対象とした.対象を術後5年のECDが2,000個/mm2以上である「高ECD群」,1,000個/mm2以上2,000個/mm2未満である「中ECD群」,1,000個/mm2未満である「低ECD群」の3群に分け,これらの3群の臨床的特徴に差異があるか否かを検討した.検討項目は,ホスト因子として手術時年齢,原疾患(水疱性角膜症の割合),ドナー因子としてドナー年齢,ドナー死因(急性死の割合),ドナー術前ECD,死亡から強角膜片作製までの時間,死亡から手術までの時間,手術にかかわる因子として術式(PKP単独手術の割合),移植片サイズ,手術による角膜内皮細胞減少である.また,高ECD群については術前から術後5年までの角膜内皮細胞減少率を検討した.ドナー角膜はSightLifeR,NorthWestLionsR,HawaiiLionsRのいずれかの海外アイバンクのものを用いた.ドナー死因は,心疾患や脳血管障害,外傷によるものを急性死と定義し,それ以外のものを慢性死とした.ドナー術前ECDは海外アイバンクにて測定された値を用い,術後ECDはすべて当院で非接触型スペキュラーマイクロスコープを用いて測定した値を用いた.また,手術による角膜内皮細胞減少は,術後1カ月の時点で非接触型スペキュラーマイクロスコ416あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ープの撮影が可能であった症例のみを対象とし,術前から術後1カ月までの角膜内皮細胞減少を手術によるものと定義した.II結果203眼のうち,高ECD群は14眼(6.9%),中ECD群は53眼(26.1%),低ECD群は136眼(67.0%)であった.各検討項目の結果は以下のとおりであった.1.ホストに関連する因子(図1)a.手術時年齢手術時年齢は,高ECD群で66.6±11.2歳,中ECD群で62.8±12.1歳,低ECD群で67.2±11.8歳であり,3群間に有意差は認めなかった(p=0.06KruskalWallistest).b.ホスト原疾患ホスト原疾患は,水疱性角膜症とそれ以外の疾患に分けて検討した.水疱性角膜症の割合は,高ECD群で14眼中6眼(42.9%),中ECD群で53眼中25眼(47.2%),低ECD群では136眼中75眼(55.1%)であり,3群間で有意差は認めなかった(p=0.47c2test).2.ドナーに関連する因子(図2)a.ドナー年齢ドナー年齢は,高ECD群で57.3±18.9歳,中ECD群で57.3±16.3歳,低ECD群で63.1±9.6歳であり,3群間で有意差は認めなかった(p=0.12KruskalWallistest).b.ドナー死因ドナー死因のうち急性死の占める割合は,高ECD群では14眼中9眼(64.3%),中ECD群では53眼中31眼(58.5%),低ECD群では136眼中84眼(61.8%)であり,すべての群において急性死が多かったが,3群間で有意差は認めなかった(p=0.89c2test).c.ドナー術前角膜内皮細胞密度ドナー術前ECDは,高ECD群で3,062±544.2個/mm2,中ECD群で2,919.7±368.1個/mm2,低ECD群で2,768.8±344.6個/mm2であり,高ECD群は低ECD群に比べて有意に高かった(p=0.005Steel-Dwasstest).d.死亡から強角膜片作製までの時間(分)死亡から強角膜片作製までの時間は,高ECD群で442.5±310.1分,中ECD群で358.6±165.7分,低ECD群で408.3±208.3分であり,3群間で有意差は認めなかった(p=0.36KruskalWallistest).e.死亡から手術までの時間(日)死亡から手術までの日数は,高ECD群で5.07±1.00日,中ECD群で5.15±1.08日,低ECD群で5.21±1.01日であり,3群間で有意差は認めなかった(p=0.88KruskalWallistest).(112) ab9060水疱性角膜症(%5040302010術前ECD(個/mm2)手術時年齢(歳603000高ECD中ECD低ECD高ECD中ECD低ECD図1ホストに関連する因子a:手術時年齢.b:原疾患(水疱性角膜症の占める割合).ab907060ドナー年齢(歳)急性死(%)5060403020103000高ECD中ECD低ECD高ECD中ECD低ECDc*d4,0003,0002,0001,000死亡~強角膜片(分)80060040020000高ECD中ECD低ECD高ECD中ECD低ECDe76543210高ECD中ECD低ECD図2ドナーに関連する因子死亡~手術(日)a:ドナー年齢.b:ドナー死因(急性死の占める割合).c:ドナー術前ECD.d:死亡から強角膜片作製までの時間.e:死亡から手術までの時間.3.手術に関連する因子(図3)23眼(43.4%),低ECD群では136眼中45眼(33.1%)であa.術式り,3群間で有意差は認めなかった(p=0.35c2test).術式は全層角膜移植単独手術と白内障同時手術(眼内レンb.移植片サイズズ縫着術を含む)に分けて検討した.単独手術の割合は,高移植片サイズは,高ECD群で7.68±0.18mm,中ECDECD群では14眼中4眼(28.6%),中ECD群では53眼中群で7.59±0.26mm,低ECD群で7.52±0.27mmであり,(113)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014417 ab950840手術による内皮減少(%)移植片サイズ(mm)7654100高ECD中ECD低ECD高ECD中ECD低ECDcPKP(%3020321035302520151050高ECD中ECD低ECD図3手術に関連する因子a:移植片サイズ.b:術式(PKP単独手術の割合).c:手術による角膜内皮細胞減少.3群間で有意差は認めなかった(p>0.05Steel-Dwasstest).c.手術による角膜内皮細胞減少高ECD群で19.4±13.4%(n=7),中ECD群で14.7±10.3%(n=19),低ECD群で14.9±12.9%(n=49)で,3群間で有意差は認めなかった(p>0.5Steel-Dwasstest).3群を比較検討した結果,高ECD群は低ECD群に比べてドナー術前ECDが有意に高かったが,それ以外の検討項目は3群間で有意な差を認めなかった.このことより,高いドナー術前ECDが,術後長期のECDに良好な影響を与える因子の一つであることがわかった.しかし,表1に示したように,今回高ECD群に分類された14眼の中には,ドナー術前ECDが2,000個/mm2台と決して高値ではない症例も含まれており,術後長期の高いECDにはさらに他の因子が関与していると考えられる.そこで今回,筆者らは,ドナー術前ECDが3,000個/mm2以上の症例のみを抽出し,上記と同様に,術後5年のECDによって3群に分類し,比較検討を行った.結果は,ドナー術前ECDが3,000個/mm2以上と高値である症例は203眼中54眼存在したが,その中で高ECD群に分類されたのは8眼(14.8%)のみであった.また,高ECD群に分類された8眼と,中ECD群に分類された20眼および低ECD群に分類された26眼との間で,前述の検討項目(ホスト手術時年齢,原疾患,ドナー年齢,ドナー死因,ドナー術前ECD,死亡から強角膜片作製までの時間,死亡から手術までの時間,術式,移植片サイズ,手術による角膜内皮細胞減少)すべてにおいて,有意な差異を認めなかった.418あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014高ECD群に分類された症例について,図4に術前後の前眼部写真を示した.また表1に,ホスト原疾患,ドナー年齢,ドナー術前ECD,術後5年ECD,術前から術後5年までの角膜内皮細胞減少率を示した.III考察今回の検討では,PKP術後5年に2,000個/mm2以上の高密度の角膜内皮細胞を維持する症例が,全体の6.9%(14/203眼)に存在することがわかった.また,高ECD群では低ECD群に比べてドナー術前ECDが有意に高く,ドナー術前の高密度の角膜内皮細胞が,術後長期のECDに良好な影響を与える因子の一つであることが確認できた.しかし,ドナー術前の高密度の角膜内皮細胞が3,000個/mm2以上と高値であっても,そのうち術後5年に2,000個/mm2以上の高密度の角膜内皮細胞を維持し得た症例はわずか14.8%のみであり,2,000個/mm2以上の角膜内皮細胞を維持しなかった症例と比較しても,その臨床的特徴に差異は認められなかった.このことから,術後長期のECDは,必ずしもホスト,ドナー,手術にかかわる既知の因子だけでは示されず,なんらかの未知の因子が,長期術後のECDに影響を与えている可能性が示唆された.PKPにおける術前から術後5年までの角膜内皮細胞減少率は,Bourneらの報告では58.9%9),Priceらの報告では70%10),林らの報告では73.2%6)とされている.一方,今回術後5年に2,000個/mm2以上の高密度の角膜内皮細胞を維持した症例(高ECD群)の,5年間の平均角膜内皮細胞減少(114) (1)(2)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(13)(14)図4高ECD群に分類された症例の術前および術後5年における前眼部写真(14眼中12眼)表1高ECD群の原疾患,ドナー年齢,ドナー術前・術後5年角膜内皮細胞密度ドナ一年齢ドナー術前ECD5年時ECDECD減少率(術前.5年)原疾患(歳)(個/mm2)(個/mm2)(%)1.水疱性角膜症(LIBK)502,7272,5008.32.水疱性角膜症(graftfailure)602,7942,38314.73.水疱性角膜症(PBK)463,1422,53219.44.水疱性角膜症(LIBK)473,0102,14528.75.水疱性角膜症(ABK)753,1562,16931.26.水疱性角膜症(Fuchs)34,5632,42046.97.角膜混濁752,1612,0963.08.角膜混濁572,7462,38113.29.円錐角膜582,6002,22214.510.角膜混濁493,3702,58723.311.角膜混濁683,0612,18728.812.角膜混濁712,9102,02830.313.角膜混濁703,2022,18031.914.角膜混濁733,4262,19435.9LIBK:レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症.Graftfailure:移植片機能不全.PBK:偽水晶体性水疱性角膜症.ABK:無水晶体性水疱性角膜症.Fuchs:フックス角膜内皮ジストロフィ.率は23.6%であり,中に3.0%や8.3%と非常に低い症例も認められた.健常なヒトでは,角膜内皮細胞は1年で0.3.0.6%減少するとされており11),上述したような症例は,むしろ健常なヒトの角膜内皮細胞に近い経過をたどっているといえる.さらに,ホスト原疾患が水疱性角膜症であれば術後の角膜内皮細胞減少が早いとされているにもかかわらず,予想外ではあるが,高ECD群に分類された14眼のうち6眼が,ホスト原疾患が水疱性角膜症である症例であった.これらの結果は,術後長期のECDには,一般的に考えられている条件だけでは説明がつかない事象が生じているといわざるを得ない.現在,筆者らは,その一つとして,角膜内皮細胞そのものの健常性が術後長期のECDに影響を及ぼすと想定しており,本検討は筆者らの仮説を支持する結果であると考えられた.例えば,原疾患が水疱性角膜症の場合に,術後長期に高密度の角膜内皮細胞を維持したとすれば,これらの細胞群は間違いなくドナー由来のものであり,ドナー角(115)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014419 膜内皮細胞がきわめて健常であるか,場合によっては一部増殖すらしている可能性も否定できないと考えられる.今回の検討の限界として,高ECD群の対象となった症例が14眼と少ないこと,また内皮細胞の健常性の評価がまだ可能でないことがあげられる.スペキュラーマイクロスコープによる角膜内皮検査は,いわゆる組織構造検査であり,生理機能を検査するものではない.このため,細胞の長期の健常性を検討できるようなバイオマーカーの発見は今後不可欠なものになると思われる.今後,角膜内皮細胞の健常性の評価が可能になれば,筆者らの仮説を証明することが可能となるだけでなく,高い健常性をもつ角膜内皮細胞を選択的に採取・培養することにより,再生医療の分野においても有用な手法となることが予想される.現在,ヒト角膜内皮細胞培養でも,ドナー角膜細胞の多様性が重要であると考えられはじめている.文献1)BaharI,KaisermanI,LangeAPetal:Femtosecondlaserversusmanualdissectionfortophatpenetratingkeratoplasty.BrJOphthalmol1:73-78,20092)松原正男,木村内子,佐藤孜ほか:角膜移植片の透明性と内皮細胞面積について.臨眼38:751-755,19843)IngJJ,IngHH,NelsonLRetal:Ten-yearpostoperativeresultsofpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology105:1855-1865,19984)PatelSV,HodgeDO,BourneWMetal:Cornealendotheliumandpostoperativeoutcomes15yearsafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol139:311-319,20055)HayashiK,KondoH,MaenoAetal:Long-termchangesincornealendothelialcelldensitiyafterrepeatpenetratingkeratoplastyineyeswithendothelialdecompensation.Cornea32:1019-1025,20136)BourneWM:One-yearobservationoftransplantedhumancornealendothelium.Ophthalmology87:673-679,19807)ObataH,IshidaK,MuraoMetal:Cornealendothelialcelldamageinpenetratingkeratoplasty.JpnJOphthalmol4:411-416,19918)WagonerMD,Gonnahel-S,Al-TowerkiAEetal:Outcomeofprimaryadultopticalpenetratingkeratoplastywithimporteddonorcorneas.IntOphthalmol2:127-136,20109)BourneWM,HodgeDO,NelsonLRetal:Cornealendotheliumfiveyearsaftertransplantation.AmJOphthalmol118:185-196,199410)PriceMO,FairchildKM,PriceDAetal:Descemet’sstrippingendothelialkeratoplastyfive-yeargraftsurvivalandendothelialcellloss.Ophthalmology118:725-729,201111)BourneWM,NelsonLR,HodgeDO:Centralcornealendothelialcellchangesoveraten-yearperiod.InvestOphthalomolVisSci38:779-782,1997***420あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(116)

ヒト重層化培養角膜上皮モデルを用いた眼科用製剤の眼刺激性に関する新規評価手法の開発

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):409.413,2014cヒト重層化培養角膜上皮モデルを用いた眼科用製剤の眼刺激性に関する新規評価手法の開発髙田洋平*1櫻井俊輔*1宮本幸治*1坂元伸行*1宮崎剛*2山田昌和*3*1日油株式会社ライフサイエンス事業部ライフサイエンス研究所*2日油株式会社ライフサイエンス事業部ヘルスケア部*3杏林大学医学部眼科学教室NewMethodofEvaluatingEyeCareSolutionToxicityUsing3-DimensionalModelofHumanCornealEpitheliumYoheiTakada1),ShunsukeSakurai1),KojiMiyamoto1),NobuyukiSakamoto1),TsuyoshiMiyazaki2)MasakazuYamada3)and1)LifeScienceResearchLaboratory,LifeScienceProductsDivision,NOFCORPORATION,2)NOFCORPORATION,3)KyorinEyeCenter,KyorinUniversitySchoolofMedicineLifeScienceProductsDivision,目的:眼刺激性評価試験では家兎眼や培養細胞が用いられるが,被験物質の角膜障害性について,invitroで形態学的観点から評価する手法はほとんどなかった.本研究ではヒト重層化培養角膜上皮モデル(角膜モデル)に市販点眼剤を接触させ,その表面状態を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することで角膜への影響を評価した.方法:各点眼剤を角膜モデルに接触させ,表面のSEM観察を行って障害の程度をスコア化した.また,ウサギ培養角膜上皮細胞での毒性試験を行い,各点眼剤のIC50とスコアとの相関関係を調べた.結果:SEM観察の結果,ホウ酸緩衝液やベンザルコニウム塩化物,クロルヘキシジングルコン酸塩,ソルビン酸カリウムを含む点眼剤で細胞障害の進行が観察できた.各点眼剤の障害スコアとIC50は高い相関関係を示した.結論:本手法により各点眼剤の角膜障害性を形態学的に評価可能となり,眼科用製剤の新たな評価手法として有用であることが示唆された.Purpose:Todevelopanewmethodofevaluatingoculartoxicityusinga3-dimensionalmodelofthehumancornealepithelium.Methods:Afterexposingcornealmodelstoseveralcommercialeyedrops,themodels’surfacedamagelevelswerescoredbyscanningelectronmicroscope.TheIC50valuesofthesamesampleswerecalculatedusingtherabbitcornealcelltoxicitytest,whichisgenerallyusedasanalternativetotheinvivoanimaltest.CorrelationbetweencornealmodeldamagescoresandIC50valueswereevaluated.Results:Severaleyedropscontainingboricbufferorpreservatives(benzalkoniumchlorideorchlorhexidinehydrochloride)showedhighdamageleveloncornealmodels,andhighcytotoxicity.TherewassignificantcorrelationbetweencornealmodeldamagescoresandIC50values.Conclusion:Theseresultssuggestthatthisnewevaluationmethodusingahumancornealmodelisappropriatefortestingtheirritancyofeyecaresolutions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):409.413,2014〕Keywords:角膜障害,培養角膜上皮,走査型電子顕微鏡,点眼剤,防腐剤.cornealdisorder,culturedcornealepithelialcells,scanningelectronmicroscope,eyedrops,preservatives.はじめに点眼薬やコンタクトレンズケア用品など眼科用製剤のヒトの眼に対する刺激性を評価・推測する手法としては,家兎眼を用いたDraize試験1)が一般的な試験として広く行われている.ただし,Draize試験では動物の使用が必須であるため,試験実施に要する費用や動物愛護の観点から,多検体の評価には不向きである.これまでにDraize試験の代替法探索が行われており,たとえば既知の眼刺激性化合物に対するDraize試験の結果と,ウサギ角膜上皮由来の培養細胞(以下,SIRC細胞)を用い〔別刷請求先〕髙田洋平:〒300-2635茨城県つくば市東光台5-10日油株式会社ライフサイエンス事業部ライフサイエンス研究所Reprintrequests:YoheiTakada,LifeScienceResearchLaboratory,LifeScienceProductsDivision,NOFCORPORATION,10,Tokodai5-chome,Tsukuba,Ibaraki300-2635,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(105)409 た細胞毒性試験の結果が相関関係を示すことが報告2)されている.培養細胞を用いた毒性試験はDraize試験と比較して簡便・迅速に多検体処理が可能であるため,多数の化合物や処方に対してスクリーニング評価する際に非常に有効である.一方で,細胞毒性試験は単純に細胞の生存率を評価対象とするため,被験物質が細胞毒性を示す作用機序の違いを評価することは困難である.また,角膜上皮は生体では層構造を持つ重層扁平上皮であり,表層細胞はバリア機能を有するのに対し,通常の培養上皮細胞は単層構造であるなど異なる性質を有しており,実際の生体の眼組織に対する影響の評価法として問題点が残されている.そこで本研究では,ヒト正常角膜上皮由来の培養細胞をカップ内に重層培養することで,生体の角膜上皮に近い構造を構築したヒト重層化培養角膜上皮モデル(以下,角膜モデルと略す)を用い,被験物質曝露後の細胞表面の状態を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する方法を試みた.点眼剤が角膜に及ぼす影響について形態学的な観点から評価する新たな手法と考えられるので報告する.I実験対象ならびに方法1.対象角膜モデルはラボサイト角膜モデル(((株)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング製)を購入して使用し,SIRC細胞(RCBNo.1835)は(独)理化学研究所バイオリソースセンターより入手して使用した.表1には使用した各市販点眼剤とその概要を示した.2.方法a.各点眼剤を処理した角膜モデル表面のSEM観察と障害スコア化角膜モデルを未開封の状態で25℃にて3日間静置後,24ウェルプレートに角膜モデルを移し,0.5ml/wellとなるようにアッセイ培地((株)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング製)を添加して37℃にて4日間培養した.健常人では涙液がターンオーバーし,涙液中の薬物濃度は5分間で約50%となることが報告3)されている.このことを参考に,本研究では,投与条件として,表2に示した各点眼剤を生理食塩水にて2倍希釈した液0.3mlを角膜モデルに5分間接触させた.対照には生理食塩水を用いた.各点眼剤または生理食塩水を除去し,4℃に冷却した組織固定液(1%グルタルアルデヒドおよび2%パラホルムアルデヒド含有リン酸緩衝液)0.3mlを角膜モデルに添加し,さらに4℃にて30分間静置した.組織固定液を除去後,角膜モデルを培養カップ底面より切り出し,新しい24ウェルプレートに移した.その後,角膜モデルに4%四酸化オスミウム液を0.3ml添加し,密封して4℃にて30分間静置した.4%四酸化オスミウム液を回収し,0.3mlのリン酸緩衝液中に3分間静置する洗浄操作を2回行った.続いて角膜モデルを50,70,80,90,95%エタノール0.3mlにそれぞれ5分間1回ずつ浸漬し,99.5%エタノールにて5分間3回の浸漬を行った.さらに,エタノールとtブタノールの等量混合液0.3mlに5分間浸漬した後に,tブタノールに5分間4回浸漬してから角膜モデルが浸る程度のt-ブタノールを加え,4℃にて凝固させた.このサンプルを減圧下で凍結乾燥した.得られたサンプルを導電性テープで観察台に貼り付け,イオンスパッタ装置((株)日立ハイテクノロジーズ製,表1試験に用いた市販点眼剤市販点眼剤防腐剤含有成分(緩衝剤など)リン酸水素Na,リン酸二水素Na,NaCl,KCl,ヒプロメロース,2-メタクリロイルオキ製品A塩酸ポリヘキサニドシエチルホスホリルコリン・メタクリル酸ブチル共重合体液製品B─ホウ酸,NaCl,KCl,pH調節剤ホウ酸,エデト酸Na,コンドロイチン硫酸エステルNa,NaCl,KCl,ヒプロメロース,製品Cソルビン酸KpH調整剤ホウ酸,ホウ砂,エデト酸Na,コンドロイチン硫酸エステルNa,NaCl,KCl,ヒプロメロ製品D─ース,ブドウ糖,ヒアルロン酸Na,ポリソルベート80,ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール(ポロクサマー),pH調節剤ホウ酸,ホウ砂,エデト酸Na,NaCl,L-アスパラギン酸K,タウリン,シクロデキストリ製品E塩化ベンザルコニウムン製品Fクロルヘキシジングルコン酸ホウ酸,ホウ砂,エデト酸Na,NaCl,KCl,ブドウ糖,ポリソルベート80,ヒドロキシエチルセルロース製品G塩化ベンザルコニウムホウ酸,ホウ砂,エデト酸Na,塩酸テトラヒドロゾリン,pH調整剤,等張化剤410あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(106) E-1010形日立イオンスパッタ)にて金蒸着を15mAにて15秒間行い,SEM用サンプルを作製した.これをSEM((株)日立ハイテクノロジーズ製,S-3000N形走査電子顕微鏡標準ステージ付属)にセットし,加速電圧5kV,100.1,000倍で観察した.各サンプルの角膜表層の状態について,100倍にて取得した画像の細胞の表面構造や細胞間結合に損傷がない状態をスコア1,最表層部分から一部の細胞が.離し軽度の障害が生じている状態をスコア2,細胞間結合が崩壊して2層目以降の細胞が.離している状態をスコア3としてスコア化した.各スコアの代表的なSEM観察画像(傾斜角30°,観察倍率1,000倍)を図1に示した.なお,各サンプルは2つの角膜モデルで試験を実施し,スコアの判定は各試験で傾斜角をつけずに取得した倍率100倍の画像の中央付近10カ所にて実施した.b.各点眼剤のSIRC細胞に対する細胞毒性試験試験はISO10993記載の方法4)を参考に実施した.SIRC細胞を96wellプレートに1×104cells/wellとなるように播種し,10%のウシ胎児血清と各種抗生物質(100unit/mlペニシリンG,0.1mg/ml硫酸ストレプトマイシン,0.25ug/mlアンホテリシンB)を含むDulbecco’smodifiedEagle’smedium(以下,培地)にて37℃で24時間培養した.培地を除去し,表2に示した各点眼剤または生理食塩水を培地にて多段階希釈した液を0.2ml/wellずつ分注してSIRC細胞に接触させ,さらに37℃で24時間培養した.その後,希釈液を除去し,ニュートラルレッドを0.05mg/mlとなるように培地で希釈した液を0.1ml/wellずつ分注して細胞に接触させ,37℃で3時間培養することで生存する細胞を染色した.リン酸緩衝液を0.1ml/wellずつ分注して各ウェルを洗浄し,色素抽出液(50%エタノールおよび1%酢酸含有水溶液)を0.1ml/wellずつ分注して5分間振盪し,その後吸光度(540nm)を測定した.得られた吸光度から各点眼剤または生理食塩水の細胞増殖に対する半阻害濃度(IC50)を算出した.なお,試験は各濃度ともn=3で実施した.c.障害スコアとIC50の相関関係評価各点眼剤と生理食塩水の角膜モデルに対する障害スコアをX軸に,SIRC細胞に対するIC50をY軸にプロットして相関係数と回帰式を求め,障害スコアとIC50に相関関係が認められるか検討した.II結果1.各被験物質の角膜モデルへの影響各点眼剤または生理食塩水で処理した角膜モデルの代表的なSEM観察画像(傾斜角30°,観察倍率1,000倍)を図2に示す.また,角膜モデルに対する障害性をスコア化した結果を表2に示した(n=20).生理食塩水で処理した角膜モデルには最表層の細胞構造や細胞間結合に損傷が認められなかった(図2A).一方で,各点眼剤で処理した場合では,使用している緩衝系の種類や防腐剤の有無によって角膜モデル表面の状態が大きく異なることがわかった.具体的には,製剤の緩衝系としてホウ酸緩衝液を使用している点眼剤(図2C.H)のほうが,リン酸緩衝液を使用している点眼剤(図2B)よりも角膜モデル表面の細胞の損傷が引き起こされる傾向が認められた.さらに,防腐剤としてベンザルコニウム塩化物やクロルヘキシジングルコン酸塩,ソルビン酸カリウムを含有する点眼剤(図2D,F.H)は,細胞間結合の崩壊やそれに伴う上層部分の細胞の.離が生じており,塩酸ポリヘキサニドが含まれている点眼剤(図2B)や防腐剤を含まない点眼剤(図2C,E)と比較して表2各被験物質の角膜モデルに対する障害スコア被験物質障害スコア*生理食塩水1.3±0.3製品A1.6±0.4製品B2.3±0.3製品C2.5±0.5製品D2.1±0.6製品E2.5±0.5製品F2.8±0.4製品G2.8±0.3*n=20の結果の平均値±標準偏差を記載した.最表層最表層2層目(A)(B)20um20um2層目3層目(C)20um図1角膜モデルの障害スコア代表例(A)スコア1,(B)スコア2,(C)スコア3.(107)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014411 図2各点眼剤を処理した角膜モデル最表層のSEM観察(A)生理食塩水,(B)製品A,(C)製品B,(D)製品C,(E)製品D,(F)製品E,(G)製品F,(H)製品G.20um(A)(B)(C)(H)(D)(E)(F)(G)20um20um20um20um20um20um20um20um(A)(B)(C)(H)(D)(E)(F)(G)20um20um20um20um20um20um20um表3各被験物質のSIRC細胞に対する細胞毒性1被験物質IC50(ml/ml)*生理食塩水0.86製品A0.67製品B0.59製品C0.34製品D0.31製品E0.30製品F0.17SIRCIC50(mL/mL)0.80.60.40.2製品G0.06*n=3の結果の平均値を記載した.角膜モデルへの障害スコアが高いことがわかった.2.各被験物質の細胞毒性試験各点眼剤または生理食塩水のSIRC細胞に対するIC50を表3に示した(n=3).IC50は数値が低いほど被験物質の細胞毒性作用が高いことを示しており,角膜モデルでの評価結果と同様に,ホウ酸緩衝液とベンザルコニウム塩化物やクロルヘキシジングルコン酸塩,ソルビン酸カリウムを含有する点眼剤の細胞毒性が高くなる傾向であった.防腐剤を含まない製品Bと製品Dは,角膜モデルでの検討では同程度の障害スコアを示したが,SIRC細胞に対するIC50では製品Dのほうが毒性が高い結果となった.3.角膜モデルに対する障害スコアとSIRC細胞に対するIC50の相関性評価図3に障害スコアとIC50をプロットした結果を示した.プロットした点から算出した回帰式はy=.0.4463x+1.4053となり,相関係数は0.9136となった.412あたらしい眼科Vol.31,No.3,201400123角膜モデル障害スコア図3障害スコアとIC50の相関関係III考察眼科用製剤を開発する際には,多数の開発候補のなかから安定性や安全性を考慮して製品化候補を選定することが必要となる.すべての開発候補に対して動物試験を実施することは,費用の面からも動物愛護の観点からも現実的に困難である.一方で,一般的に行われている細胞毒性試験は簡便でハイスループットに被験物質の眼刺激性を評価する試験方法であるが,試験結果から得られる情報が限定的であり,点眼剤などの眼科用製剤を実際に使用した場合に角膜に対してどのような影響を及ぼすのかを推測することは困難であった.本研究では,従来の細胞試験よりもより生体組織に近い試験材料である角膜モデルを用いて,形態学的な観点から各種の点眼剤の角膜に対する影響を評価・予測する手法を検討した.図3に示した結果から,各点眼剤の角膜モデルに対する障害スコアが,眼刺激性試験の代替試験法として広く実施されてきたSIRC細胞毒性試験のIC50とp<0.01で有意に負の相関を示すことがわかった.今回報告した試験手法を用いるこ(108) とで,複数の開発候補のなかからヒト角膜に対する障害性が低いものを推測・選定することが可能となり,製品開発過程で必要となる動物試験の実施数削減に貢献できると考えられる.今回評価を実施した各点眼剤の角膜モデルに対する結果(図2,表3)については,ホウ酸緩衝液を含む6製品のほうが,リン酸緩衝液を含む製品よりも角膜モデルへの障害が大きかったことから,ホウ酸緩衝液に起因する角膜表面構造の変化が生じていることが示唆された.眼科用製剤に含まれるホウ酸緩衝液の影響については,ソフトコンタクトレンズ用のマルチパーパスソリューション(MPS)において,ホウ酸緩衝液含有製剤がヒト角膜上皮細胞の膜結合型ムチンの発現を抑制すること5),また臨床試験においてもホウ酸緩衝液とポリクォッドが含有されているMPSで角膜上のムチンが減少することが報告6,7)されており,今回の観察結果についてもホウ酸緩衝液の角膜モデル表面に存在するムチン層への影響が考えられた.また,防腐剤を含有する点眼剤5製品の結果を比較したところ,塩酸ポリヘキサニドを含む点眼剤以外は角膜モデルの障害スコアが2以上となり障害が強くなった.塩酸ポリヘキサニドを含む点眼剤の角膜モデルへの影響がほとんど認められなかった理由については,塩酸ポリヘキサニドの安全性が高い8)こと,および,これに添加の2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン・メタクリル酸ブチル共重合体液による細胞毒性抑制効果9)によるものと考えられる.各点眼剤のSIRC細胞に対するIC50については,製品Bと製品DではIC50に差異が認められた(表4)が,一方で角膜モデルでの障害スコアが同等であったことから,SIRC細胞を用いた細胞毒性試験では,製剤の眼に対する毒性・刺激性が過大評価される可能性が示唆された.本研究の結果から,3次元角膜モデルを用いた形態学的な観察により,より臨床試験に近い条件で,眼科用製剤のヒト角膜への影響を推測することが可能であることが示唆された.今回検討した新しい試験法は,眼科用製剤の安全性および有用性評価において有効な手法となることが期待される.文献1)DraizeJH,WoodardG,CalveryHO:Methodsforthestudyofirritationandtoxicityofsubstancesappliedtopicallytotheskinandmucousmembranes.JPharmacolExpTher82:377-390,19442)TorishimaH,YamamotoR,WatanabeM:Neutralredassayusingnormalrabbitcornealepithelialcellsgrowninserum-freemediumasanalternativetotheDraizeirritationtest.AATEX3:29-36,19953)清水章代,横井則彦,西田幸二ほか:フロオロフォトメトリーを用いた健常者の涙液量,涙液turnoverrateの測定.日眼会誌97:1047-1052,19934)国際規格医療機器の生物学的評価-第5部:インビトロ細胞毒性試験附属書Aニュートラルレッド取り込み(NRU)細胞毒性試験ISO10993-5,20095)TchedreKT,ImayasuM,HoriYetal:Assessmentofeffectsofmultipurposecontactlenscaresolutionsonhumancornealepithelialcells.EyeContactLens37:328330,20116)ImayasuM,ShiraishiA,OhashiYetal:Effectsofmultipurposesolutionsoncornealepithelialtightjunctions.EyeContactLens34:50-55,20087)福井正樹,羽藤晋,谷井啓一ほか:MultipurposeSolutionが眼表面ムチンに及ぼす影響.日コレ誌51:247-250,20098)MullerG,KramerA:Biocompatibilityindexofantisepticagentsbyparallelassessmentofantimicrobialactivityandcellularcytotoxicity.JAntimicrobChemother61:12811287,20089)小林-安藤亮太,土田衛,猪又潔ほか:MPCポリマーによるポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)製剤の細胞毒性低減効果.日コレ誌52:265-269,2010***(109)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014413

後記臨床研修医日記 30.広島大学医学部眼科学教室

2014年3月31日 月曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記広島大学医学部眼科学教室徳毛花菜広島大学医学部眼科学教室では,2013年4月から3名の後期研修医が眼科研修をスタートしました.多忙な毎日ですが,先生方の優しいご指導のもと非常に充実した研修生活を送っています.そんな私たちの研修生活,プログラムをご紹介したいと思います.朝カンファレンス,手術,外来などの前に入院患者さんの診察を済ませないといけないので,朝は早いです.術後1日目の患者さんはさまざまな所見をとらないといけないので,時間に余裕をもって診察に臨まないといけません(とくに網膜の手術や眼内レンズを挿入した手術の場合は,散瞳前と後をチェックしないといけないので時間がかかります).といってもぎりぎりになってしまうことが多く,診察が終わり次第,次の仕事に向かいます.外来曜日によって異なりますが,検査,問診係,上級医のシュライバー,診察など仕事はさまざまです.検査のときはORTさんに混ざって視力検査,眼圧検査をすることもあれば,時間があるときはその他の基本検査の方法を教えてもらったりします.ORTさんたちはとても優しく指導してくださります.診察のシュライバーについたときは診察がスムーズにいくようにするのももちろんですが,診察方法・考え方・患者さんとの接し方を見て学びます.ポイントを説明してもらったり,わからないことは質問できる環境なので,非常に勉強になります.外来は緊張しますが,同じ診察部屋に細隙鏡が数台あり,ほかの先生方も診察されているので,わからないときは質問しながら,なんとか診察を進めていきます.(95)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY手術手術日は火(全日),木(午後),金(全日)の週3日です.研修医は手術室で顕微鏡,モニター,DVD,器械類のセッティング,全身麻酔での手術がある場合はそのオペ出しを行います.2台のベッドで並列で手術が進んでいきます.外回りは手術機器のセッティングに加えて,患者さんの点眼開始指示,呼び出し,術者の先生への連絡なども行いますが,手がまわらないので上の先生に手伝ってもらいながら手術を進行していきます.アシスタントについたときはその症例に集中できるので,術者の先生のアシストをしつつ,手術の順番などを覚えてよりよいアシストをめざしています.また,モニターと顕微鏡では,やはり見え方が全然違うのでわくわくします(とくに硝子体手術!!).症例は,全身麻酔下での小児の手術,全層角膜移植,DSAEKのような大学ならではの症例や難しい症例が多くなっています.木内教授は緑内障が専門なので小児の緑内障手術が頻繁にあり,その際は全身麻酔下で精査を写真1眼底のレーザー照射を練習する益田医師あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014399 写真2ウェットラボ(白内障手術の練習中)行い(さまざまな機械での眼圧測定など),awakeのときはできない検査を進めていくと同時に,眼圧測定(シェッツやパーキンスなど)や検査方法を学びます.また,豚眼を使ったウェットラボで白内障の手術の練習をしまずが,思ったようにうまく手を動かせないので,まだまだ練習がたりないなーと感じます.豚眼では白内障の手術のみではなく,眼底にレーザーを打つ練習もしました.白内障の手術は普段から見ることがありますが,レーザーの場合はほかの医師と一緒に見て打つことができないので,「実際はこういう感じなんだ!」と経験することができました.豚眼で練習をしても,患者さんの前に座ると緊張してしまいます….医局会医局会の目的は医局員全員に連絡事項を伝えることですが,そのあとに上中級医師が研修医向けの講義を約30分間してくださいます.最初はEKCや眼科救急など超重要基礎事項から始まり,さまざまな専門分野の講義もあります.教科書を読んでもなかなか頭に入らないこともありますが,ポイントが絞ってあるので,とても勉強になります.おなかがすくと頭に入らないので,医局でお弁当を注文して,それを食べながら講義を聴きます.当直6月から研修医も当直が始まりました.夜は病院に一人なので,どきどきしながらPHSが鳴らないことを祈ります.軽い症状の患者さんが来院されても,てんやわんやしながら診察して帰宅してもらいます.重症症例やわからないときは……寝ているオーベンの先生に電話します.手術が必要な場合は手術係の先生に連絡して来てもらいます.先生方のサポートのもと当直業務をこなしていきます.また,広島県では開業医の先生も協力してくれて,平日は夜11時まで千田町眼科救急センターが,土日・休日は当番医制度があるので,勤務医の業務が軽減するようにしてくれています.本当にありがたいです.レクリエーション広島大病院眼科は「やるときはやる!」「遊ぶときは遊ぶ!」という感じでonoffがはっきりしている雰囲気があります.毎日の業務が遅くなることが多いので,しょっちゅう遊んだり飲みに行くことはないですが,飲み会があるときはがんばって仕事を切り上げてみんな集合し,思いっきり飲みます.今年の夏レクはみんなでカープ観戦でした.今までは花火大会やBBQ大会があったそうです.夜病棟の消灯は9時なので,夕方の診察が必要な患者さんはその時間までに診察を終わらせなければなりません.お昼の業務や手術が多かった日は,迫ってくる消灯時間と戦いながら患者さんの診察,処置を行います.診察終了後は入退院の準備などの書類仕事,カンファレンスの準備,次の日の外来患者さんの検査オーダーなどをします.仕事が終わったら,医局に戻って白衣を脱いで帰宅です.おわりに私たちの生活をざっと紹介してみました.研修が始まって4カ月は非常に早かったです.わからないときや困ったときはオーベンの先生やそのほかの先生にも助けてもらい,眼科学教室全体に支えられています.また同期が3人と都会の大学病院と比較したら少なめですが,同じ目標に向かってお互いに励まし合いながらがんばれる〈プロフィール〉徳毛花菜(とくもかな)高知大学医学部卒業.広島大学病院で初期臨床研修.平成25年4月より広島大学眼科学教室後期研修医.400あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(96) 仲間に恵まれました.3人とも違う方向にマイペースなきもありますが,早く一人前の眼科医として広島で,日ところがありますが,そこは協力し合いながらなんとか本で,世界で活躍できるように日々努力していきたいとやっています.毎日あわただしく,体力的にも厳しいと思います.指導医からのメッセージ―基本的な手技を大切に―今年はやる気ある3人の新人を迎え,広島大学眼科も活気が出ています.1年目の研修はこれからの眼科医人生を決める大切な時期です.正しく視力検査ができる,細隙灯顕微鏡で前眼部所見が正しくとれる,倒像鏡で眼底が周辺部まで見える訓練をするのは今しかありません.いずれ身につくだろうということはありません.最初の1年で身につかない人は5年たっても身についていないように思います.しかし,この手技は毎日患者さんを真面目に診察すれば,自然に身につくものでもあります.診察だけでなく,患者さんへの接し方,事務的な書類など医師を続けていくうえで大切なことも多く,そのうえ,学会発表,論文作成と毎日遅くまでやらなければいけない仕事がたくさんあります.今の頑張りが,今後の長い眼科医人生を楽しく,有意義なものにしてくれますので,体には十分気をつけてがんばってください.(広島大学眼科講師・医局長山根健)☆☆☆(97)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014401

My boom 26.

2014年3月31日 月曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第26回「福田憲」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第26回「福田憲」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介福田憲(ふくだ・けん)高知大学医学部眼科学講座私は産業医科大学医学部(というかラグビー部?)を卒業後,平成8年に山口大学眼科学教室に入局しました.大学院修了後にちょうど日本で初めて眼科の寄附講座(山口大学医学部眼病態学講座)ができ,その講座でさらに4年間基礎研究を続けました.その後,眼科学教室に戻り,平成19年から2年間,米国ジョージア州アトランタにあるエモリー大学眼科に留学しました.帰国後半年して,平成22年4月から高知大学医学部眼科学講座で働いています.研究のMyboom:薬を使わずに,お金も使わずに,眼疾患を治す山口大学では,春季カタルや感染で生じる角膜潰瘍の病態解明,治療薬の開発を目標に,角膜上皮・実質細胞を用いた細胞生物学的研究を行ってきました.エモリー大学留学中はSantaOno教授の下で,マウスの骨髄からマスト細胞を培養して,マスト細胞欠損マウスの結膜に移入することで再構築して,アレルギー性結膜疾患におけるマスト細胞あるいはマスト細胞の単一の因子(ケモカインやケモカイン受容体など)の役割を調べました.高知大学に移った現在は,より臨床応用が可能な研究をめざして,おもに動物を用いてアレルギー性結膜疾患や感染性角膜潰瘍の研究を続けています.その中で2つの研究を紹介したいと思います.一つは農業生物資源研究所の高岩先生との共同研究で,花粉症の治療薬としての遺伝子組み換え“米”を用いた治療の研究です.スギ花粉の主要なアレルゲンであるCryj1とCryj2を,遺伝子改変により分断化や(93)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYシャッフリングすることで立体構造を変え,それを米に発現させた「スギ花粉症治療米」を食べることで,経口免疫寛容を誘導して花粉症の予防・根治をしようという考えです.スギ花粉性結膜炎モデルのマウスにこの花粉症治療米をあらかじめ食べさせておくと,スギ花粉症が発症しないことがわかりました.この「スギ花粉症治療米」の優れた点は,アレルゲンの立体構造を変えて発現しているので,抗原特異的IgEには結合せず,免疫療法(減感作療法)のもっとも重篤な副反応であるアナフィラキシーを生じにくいという点です.アナフィラキシーを生じにくいので一度に大量に摂取でき,それゆえ短期間で免疫寛容を誘導できる可能性があります.また通常のお米と同様の方法で栽培できるため,安価で大量に生産可能で,病原性や毒性がなく,加工の必要もない,室温での長期保存や輸送も可能なことも実際の臨床応用では非常に優れた点といえます.もちろんこの米の抗原性は熱にも耐えうるので,通常のお米のように炊いて食べることができます.日本人の主食である白飯を食べることでスギ花粉症の予防や根治ができるのは,負担が少ない治療法といえます.小学校の給食で一定期間このお米を食べれば,数十年後にはスギ花粉症患者はいなくなるのではと夢見ています.今は,白樺やブタクサ花粉抗原を発現した米の効果の検討をしています.欧米ではブタクサ花粉症がもっとも多いので,この米で作ったカリフォルニアロールや米粉パンを食べることで全世界から花粉症を根絶したいと思っています.もう一つは,バクテリオファージによる眼感染症の治療の研究です.バクテリオファージとは,特定の細菌に感染し菌体を溶かして増殖するウイルスです.ファージは1915年に発見され,その溶菌活性を利用して抗菌薬として用いるファージ療法の研究が始まりました.ところが,その後最初の抗生物質であるペニシリンが発見されたために,西欧諸国では抗菌薬としての主役は完全に抗生物質に奪われることとなった残念なウイルスです.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014397 写真1娘とシュノーケリングしたときの1枚ところが時代はめぐって,抗生物質の濫用により薬剤耐性菌が出現してからは西欧諸国でもファージ療法の研究が再開され,すでに米国では食品添加物として認可され,薬剤耐性緑膿菌に対する臨床研究も行われています(詳細は「あたらしい眼科」30巻,p1267-1269参照).高知大学微生物学講座と共同で,ファージ療法の眼感染症への臨床応用の研究をしており,マウスの緑膿菌性角膜潰瘍に対してファージを1回点眼するだけで治療効果があることを報告しました.この研究に用いたファージは高知大学の近くの河川水から分離したもので,非常に安価に大量に調整でき,また病原菌が存在すればファージはその中で自己複製を繰り返して増殖して次々と病原菌を死滅させますし,ファージはヒトの細胞には感染しないので病原菌が死滅すればファージも死滅するという手間のかからない画期的な治療です.起炎菌はわかっているのに,薬剤耐性で抗菌薬が効かないという症例には極めて有効な治療になるのではと期待しています.私たちは現在MRSAや腸球菌特異的ファージなどが感染性眼内炎の治療に応用できないか,またファージそのものではなく,ファージが産生する溶菌酵素の眼感染症の治療への応用をめざして研究しています.趣味のMyboom:ウェアラブルカメラ趣味で今はまっているのが,ウェアラブルコンピュータのアイテムです.数年前にウェアラブルカメラを買ったのが最初ですが,これは文字通り身につけることにより,ハンズフリーの状態で迫力ある映像を撮影できるカメラで,アクションカムとかスポーツカムとも呼ばれます.このカメラはゴーグルやヘルメット,自転車やスノーボードやサーフボードなどに取りつけて撮影できる写真2水中から撮った沖縄の青の洞窟という面白さがあります.色々なメーカーから発売されていますが,私の持っている国内メーカーのカメラは,今では1万数千円で買えます.手のひらサイズととても小型ですが,防水・耐衝撃・防塵・耐低温などのタフな作りなので,私は家族で海やプールに遊びに行ったときに撮影しています.子供と一緒にウォタースライダーで滑ったとき,海でバナナボートに乗ったときや,シュノーケリングやダイビングなどで水中でも撮影できるので,今までとは違った迫力のある写真や動画を手軽に記録できるのでおすすめです.また最近,NikeFUELBANDという腕にはめただけで勝手に活動量を測定して,iPhoneやパソコンでデータを同期して管理できるアイテムを買って,運動不足解消のために役立てています.この次に狙っているのはスキーのゴーグルです.ゴーグルにヘッドアップディスプレイが内蔵されていて,GPSで自分や仲間の居る場所を追跡できたり,滑っている速度や傾斜度などが出たり,iPhoneなどとワイヤレスで接続が可能で音楽やメールにもアクセスできるというすごいゴーグルがあるので,それを使いたいがために,久しぶりにスキーに行こうかと思っています.次回のプレゼンターは広島の近間泰一郎先生(広島大学)です.山口大学のときに角膜の臨床・研究についてご指導いただいたとてもパワフルな先生です.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.398あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(94)

現場発,病院と患者のためのシステム 26.院内の医療情報システムを担う人材

2014年3月31日 月曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステム杉浦和史*院内の医療情報システムを担う人材.必要な人材“パソコンに詳しい人”,一般的にはそうですが,より一定規模以上の企業では,情報システム部門があり,この部門が当該企業の経営をサポートするシステムの企画,開発,運用などの面倒をみます.一方,医療機関でそのような専任の部門を設けているところは少なく,眼科単科病院ではさらに少ないでしょう.しかし,規模の大小を問わず,院内には多種多様なシステムが入り込んでいます.システムを有効に使うために必要な人材とは,どのような人なのでしょう.重要なのは,現場に通じていて,業務全般を俯瞰できる人です.パソコンの操作,Excelなどの操作に詳しくても,その対象となる業務を知らなければ使いようがありません.また,その気になれば比較的容易に習得できる前者に対し,後者は時間を要します.例外処理,業務間の関連などの知識は,業務マニュアルがない場合が多く,あっても更新されずに陳腐化し,実態を踏まえていないことが多々あります.業務知識は,一般的に属人的で,「あの人に聞けばわかる」とされ,ノウハウの継承は人から人へ伝える徒弟的な場合が多いのが現状だと思われます.当院で開発中の院内業務総合電子化計画Hayabusaでも,業務の整理整頓作業で,糖尿関係はあの人,労災処理はこの人,のように,業務ノウハウが属人的であることがよくあります.担当業務を知り,複数業務間で授受される情報とタイミング,伝達方法につき,整理されていないと,パソコンなどIT知識があっても活かすことができません..資格紹介医療分野には,医師をはじめ,薬剤師,看護師,臨床検査技師など,国家試験に合格して付与される資格があります.もちろん,IT分野にも各種あり,経済産業省,文部科学省などが国家試験合格者に付与する資格と民間団体の資格とがあります.当初,国が認定する資格は通産省(当時)の2種,1種,特種と科学技術庁(当時)の技術士(情報工学)しかありませんでした.今では時代を反映し,専門分化した多種多様な資格があります.1.経済産業省,文部科学省ITパスポート/基本情報技術者/応用情報技術者/(91)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYITストラテジスト/システムアーキテクト/プロジェクトマネージャ/ネットワークスペシャリスト/データベーススペシャリスト/エンベデッドシステムスペシャリスト/情報セキュリティスペシャリスト/ITサービスマネージャ/システム監査技術者/技術士(情報工学部門).2.民間団体…医療系医療情報システム監査人/医療情報技師/診療情報管理士.どのような資格をもっている人が必要なのかですが,医療情報システムに限らず,情報システムを企画,開発,運用するには,資格をもっている必要はありません.資格はもっているものの,実務を知らないので何もできない有資格者もいます.逆に無資格でも抜群の実務能力をもっている技術者もいます.しかし,仕事をさせてみて,できるできないを判断するのではなく,事前にある程度の技量,知識経験を知っておきたいものです.その目安となるもの,それが資格であると理解して問題はないでしょう.では,どの資格をもっていれば多少は安心できるのでしょう.経産省の資格でいえば(私見ですが),応用情報技術者+その他の専門的な資格をもっている人物ではないかと思います..医療業務の知識システムを企画・構築するIT技術者をSE(エス*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014395 イー:system’sengineer)と呼んでいます.SEは,金融証券,製造業,流通業,サービス業,自治体など,各種ある業界業種のシステムを担当することで,その分野での業務知識を身につけます.銀行員よりも銀行業務に詳しいSEもいます.もちろん長年医療分野を担当しているSEは,医療業務に詳しくなります.詳しいとは?医療業界の専門用語,通称,省略語を理解し,医事会計,検査,診察,処置,薬剤,手術,病棟,給食などの業務内容と,業務間を流れる情報を把握していることです.そのうえで,作業をシステムに置き換えて効果のある部分を見極められる能力が必要です.理事長,院長などの経営陣,事務長,医師など,権限をもつ層と臆せず意見交換できるコミュニケーション力はじめ,基本リテラシも必要になります.いずれも,お仕着せのパッケージソフトを当てはめるだけの教育を受けたSEにはできないことです..役割分担どこまでやるかにもよりますが,教育したり,採用しても,すべてを病院スタッフでまかなうことは,不可能に近いでしょう.また,SIer(システム開発会社)に丸投げも禁物です.複雑な病院業務全般の理解をSEに期待しても無理ですし,ヒアリングされる病院側も疲れます.複雑な業務の流れすべてを,快刀乱麻のようにBPRをすることは,チャレンジングではあるものの現実的ではありません.餅は餅屋をわきまえ,しかし頼り切りにせず,できるだけ守備範囲を広げることが良いシステムを装備できる条件になります.業務知識実現するための技術医事会計受付入退院給食検査手術薬剤診察勤務緊急対応ソフトウェア(OS,データベース,言語etc)ハードウェア(サーバ,パソコン,タブレットetc)信頼性(品質,性能,BCPetc)監査治験処置カバーする範囲Sler(SE)…深く入り組んだ業務知識を理解するには無理がある結果的に,この範囲が疎かにSler(SE)知識の深さ(餅は餅屋+a)な役割分担意思疎通病院(スタッフ)Sler(SE)図1病院とSIerの役割分担当院のHayabusaプロジェクトでは,病院スタッフを教育して仕様を作れるようにしました.しかし,もの作りは,プロであるSIerに頼みました.“生兵法はケガの元”になる怖れがあるからです.ただし,専門が異なる双方で,円滑な意思疎通をするために必要な教育は行いました.その結果,病院スタッフとは思えない議論ができるようになっています(図2).図2病院側とSIerとの仕様レビュー,プロジェクトメンバによるテスト.アウトソーシングとインソーシング当院では役割分担を考え,図3に示すように仕様作成までをインソーシング,もの作りをアウトソーシングにしました.病院の規模,経営方針にもよりますが,一般的な方針決定のプロセスを図3に示します.プロジェクト※経営方針に依存.No内部でやる※人材が集まる首都圏か,捜しにくいYes地方かでも事情が異なる.技術的,経験的YesにできるかNoスタッフ養成養成する教育体制設備養成しない(できない)・内容・時間+費用・期間・指導者etc・指導方法中途採用・評価方法etc採用できたできないアウトソーシングインソーシング図3アウトソーシングかインソーシングか396あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(92)

ブックレビュー:坪田一男著 『ブルーライト 体内時計への脅威』

2014年3月31日 月曜日

ブックレビューブックレビュー■坪田一男著『ブルーライト体内時計への脅威』(新書判・並製,本文194頁,定価720円+税),ISBN978-4-08-720716-3/C0247,集英社新書)ブルーライトと聞くと,眼科医としてはブルーライトハザードという言葉をまず思い浮かべるのではないでしょうか?可視光線のうち,青領域(広く紫も含む)は波長が短くエネルギーが高いので,加齢黄斑変性の発症に関与するのではないかと考えられています.皮膚には光老化という考え方がありますが(シミやシワですね),どうやら眼にもありそうです.そして,坪田先生といえば眼科学を超えて抗加齢医学(アンチエイジング)をライフワークにしているユニークな先生です.多くの眼疾患もアンチエイジングの視点から眺めてみると本質が見えてきて,ぼくもとても興味のある領域です.しかしながら,この本で扱っている内容は,はるかに壮大です.生命の進化や光の定義,発光の原理,さらに時計遺伝子の生物学まで,本書を理解するうえで必要となる幅広い知識を余すところなく,しかも,大変わかりやすく説明しています.そして,ブルーライトのみをキャッチする特殊な網膜節細胞によって我々の体内時計が調節されている,という大発見をもとに多くの健康にまつわる話を展開しています.え,でも体内時計っていったって眠気に関係するだけでしょ?と思っていませんか?いやいや,体内時計は血圧,血糖,脂質代謝など生命活動の根幹に密接にリンクしていて,ということは,糖尿病などの生活習慣病に深く関係があるのです.さらに驚くことに,癌や骨粗鬆症,認知症そして自殺にまで関係あることが多くの基礎データ,臨床データから科学的に解説されています.ブルーライトを制する者アンチエイジングを制す,といったところでしょうか.さて,ブルーライトを夜に浴びるとサーカディアンリズムが崩れて健康被害のもとになるのなら,見なければいいでしょ,と思いますよね.ところが,我々の身の回りにある白色LED照明もLED液晶ディスプレイも,なんとブルーライトで作られているのです.そして,世界的なエネルギー不足から発光効率のいいLEDは至るところで重宝されていますので,ブルーライトを浴びないわけにはいかないのです.夜の明るさは豊かさの象徴でもあり,我々は夜も活動できることで文明を謳歌しているわけです.そして,強調すべきは,ブルーライトは体内時計のコントロールのために日中は太陽光からきちんと浴びるべきなのです.この点で,ブルーライトは諸刃の剣といえましょう.我々が豊かで健康な生活を享受するうえで,ブルーライトとのうまい付き合い方を知っておく必要があることを痛感させられる科学読本でした.(北海道大学大学院医学研究科眼科学分野・教授石田晋)☆☆☆394あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(0(90)0)0)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY

WOC2014への道

2014年3月31日 月曜日

さあ,いよいよWOC2014がやってきます.世界中から,数千人の眼科医が東京にやってきます.基礎研究から臨床まで,検査から治療まで,薬物治療から手術まで,疫学から再生医療まで,人材育成から医政まで,眼科に関するあらゆるトピックスが5日間にわたって議論されます.こんな大きな学会が日本にやってくることは,数十年に1回しかありません.皆さん,大いに盛り上げてください!専門医制度の単位も6単位×5日分用意しています.さて,WOC2014の見どころをご紹介します.学術プログラムは非常に多岐にわたります.4月2日(水)に行われるWOCSubspecialtyDayでは,世界のエキスパートが,その分野の現在のトピックスを余すところなく解説してくれます.一日その会場にいれば世界の最先端の話題を広く理解することができます.国際学会では,SubspecialtyDayが本体の学会より人気が高いことも少なくありません.会期を通して行われるWOCシンポジウムでは,世界の一流の研究者・臨床家に混じって,多くの日本の先生方が登壇されます.日本眼科学会が発信するWOCシンポジウムも会期中を通していくつか行われます.ぜひ,応援に駆けつけてください.日眼総会としてのプログラムも,いつものように用意しています.特別講演,評議員会指名講演,シンポジウム,教育セミナー,スキルトランスファー,サブスペシャリティ・サンデーなどは通例の構成で,日本語で行われます.そのほかのイベントです.まず,オープニングセレモニーが4月2日(水)の夕方からホールAで行われます(写真).1978年に京都で行われた国際眼科学会では,当時の皇太子同妃両殿下(現在の天皇皇后両陛下)を開会式にお迎えしましたが,今回も皇室よりのご臨席を賜る予定となっています.社交行事委員会が全力を傾けて準備した式典は必見です.日本の眼科が世界に果たしてきた貢献から,未来の眼科医療まで,日本ならではの最新映像をご覧いただきます.セキュリティの関係で入り口は時間前に閉められます.ぜひ,早めのご入場をお願いいたします.ジャパンナイトと銘打った懇親会が4月4日(金)夜,東京ビックサイトで行われます.日本の祭をイメージした楽しい催し物で,3,000名の参加者を見込んだ非常に大規模なものです.有料でのご案内となりますが,その価値は十分にあります.WOC2014ウェブサイトでのチケット購入をお願いいたします.我々は今,準備作業のラストスパートに入っています.WOCの日本招致にご尽力された田野保雄先生は誠に残念なことに急逝されてしまいましたが,日本眼科学会は準備委員会,組織委員会,各種委員会を設け,7年間にわたって全力で開催準備を行ってきました.日本眼科医会,スポンサー企業,関係団体の皆様にも多大なご協力をいただきました.満開の綺麗な桜の中,WOC2014が大成功裡に終わるよう,皆さん一緒に祈ってください.WOC2014への道あとカ月大鹿哲郎WOC2014会長写真オープニングセレモニーのイメージ図4月2日(水)の夕方にホールAで行われます.社交行事委員会が全力で準備した必見の式典です.ぜひご参加ください.終了後にレセプション(懇親会)が行われます.0さあ,いよいよWOC2014がやってきます.世界中から,数千人の眼科医が東京にやってきます.基礎研究から臨床まで,検査から治療まで,薬物治療から手術まで,疫学から再生医療まで,人材育成から医政まで,眼科に関するあらゆるトピックスが5日間にわたって議論されます.こんな大きな学会が日本にやってくることは,数十年に1回しかありません.皆さん,大いに盛り上げてください!専門医制度の単位も6単位×5日分用意しています.さて,WOC2014の見どころをご紹介します.学術プログラムは非常に多岐にわたります.4月2日(水)に行われるWOCSubspecialtyDayでは,世界のエキスパートが,その分野の現在のトピックスを余すところなく解説してくれます.一日その会場にいれば世界の最先端の話題を広く理解することができます.国際学会では,SubspecialtyDayが本体の学会より人気が高いことも少なくありません.会期を通して行われるWOCシンポジウムでは,世界の一流の研究者・臨床家に混じって,多くの日本の先生方が登壇されます.日本眼科学会が発信するWOCシンポジウムも会期中を通していくつか行われます.ぜひ,応援に駆けつけてください.日眼総会としてのプログラムも,いつものように用意しています.特別講演,評議員会指名講演,シンポジウム,教育セミナー,スキルトランスファー,サブスペシャリティ・サンデーなどは通例の構成で,日本語で行われます.そのほかのイベントです.まず,オープニングセレモニーが4月2日(水)の夕方からホールAで行われます(写真).1978年に京都で行われた国際眼科学会では,当時の皇太子同妃両殿下(現在の天皇皇后両陛下)を開会式にお迎えしましたが,今回も皇室よりのご臨席を賜る予定となっています.社交行事委員会が全力を傾けて準備した式典は必見です.日本の眼科が世界に果たしてきた貢献から,未来の眼科医療まで,日本ならではの最新映像をご覧いただきます.セキュリティの関係で入り口は時間前に閉められます.ぜひ,早めのご入場をお願いいたします.ジャパンナイトと銘打った懇親会が4月4日(金)夜,東京ビックサイトで行われます.日本の祭をイメージした楽しい催し物で,3,000名の参加者を見込んだ非常に大規模なものです.有料でのご案内となりますが,その価値は十分にあります.WOC2014ウェブサイトでのチケット購入をお願いいたします.我々は今,準備作業のラストスパートに入っています.WOCの日本招致にご尽力された田野保雄先生は誠に残念なことに急逝されてしまいましたが,日本眼科学会は準備委員会,組織委員会,各種委員会を設け,7年間にわたって全力で開催準備を行ってきました.日本眼科医会,スポンサー企業,関係団体の皆様にも多大なご協力をいただきました.満開の綺麗な桜の中,WOC2014が大成功裡に終わるよう,皆さん一緒に祈ってください.WOC2014への道あとカ月大鹿哲郎WOC2014会長写真オープニングセレモニーのイメージ図4月2日(水)の夕方にホールAで行われます.社交行事委員会が全力で準備した必見の式典です.ぜひご参加ください.終了後にレセプション(懇親会)が行われます.0(89)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143930910-1810/14/\100/頁/JCOPY

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 15. Jin Kinoshita先生とNEIでの思い出

2014年3月31日 月曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑮責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑮責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生とNEIでの思い出藤木慶子(KeikoFujiki)順天堂大学医学部眼科非常勤講師1957年熊本大学理学部卒,同生物学科助手.1975年広島大学にて理学博士の学位取得.同年熊本大学理学部講師.1977年順天堂大学医学部眼科協力研究員.1987~1988年NIH(NationalInstituteofHealth),NEI(NationalEyeInstitute)留学.1990年より順天堂大学医学部非常勤講師,現在に至る.私がNEIに留学させていただくことになりましたのは,順天堂大学の中島章教授(現,名誉教授)の強いご意向で,うちの研究室で分子生物学の研究ができるようにしたいというのがきっかけでありました.当時,すでに当教室の堀田喜裕先生(現浜松医科大学教授)がNEIのMolecularPathologySectionのGeorgeInana先生の所(Inanaラボ)に留学されており,帰国されたらすぐに研究が始められるように整えておきたいとのお考えであったと思います.そのような訳で私もInanaラボに留学させていただくこととなりました.初めてJinH.Kinoshita先生(Jin先生)にお目にかかったのはInanaラボにお世話になってほどなく,Jin先生がラボに訪ねてみえたときでした.当時,廊下を挟んだ前の実験室には,本特集の責任編集者としてお世話下さっている浜松医科大学の堀田教授とシリーズ①の筆者,京都府立医科大学の矢部千尋教授が留学しておられました.このお二人をお訪ねになったあと,私にも優しく声をかけてくださいました.その後もたびたびお出でになり,私に話しかけてくださるときは必ずなにか困っていることはないか,仕事は順調に進んでいるか,生活費は足りているかと尋ねてくださいました.私は大変緊張して口頭試問でも受けているようでしたが,なにかしら心安らぐものを感じたものでした.私にとって憧れのNIHはすべてが新鮮でした.この時代は今のようなKitなどはなく,bufferなど全部手作りでした.Inana先生,堀田先生にはもちろんのこと,ラボのメンバーに丁寧に教えていただきました.私はInanaラボのみならずNEIにある機器の一つひとつ,bufferの処方,実験の手法などを細かく実験ノートに記録し,帰国してからのsettingに備えました.写真1と2は毎日通った思い出のNEIの建物と私が日々過ごした実験室です.ラボからの帰りはNEIの建物の近くにあるバス停(NIHの中には5,6個所のバス停があったと思います)の芝生の上に座って,脱兎のごとく飛ばし写真1毎日通った思い出のNEIの建物写真2Inanaラボの実験室にて(筆者)(87)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143910910-1810/14/\100/頁/JCOPY 写真3帰国される広瀬先生と小松先生の送別会に集まったNEIのメンバーてくるバスを待っていたものでした.時にはNIHに留学しておられる日本人の方が拾ってくださり,寄宿していた家まで送ってくださったこともありました.私がお世話になっていた頃は日本人の研究者が最も多かった時代で,本特集のシリーズ③の筆者であられる沖坂重邦先生(防衛医科大学校名誉教授)によりますと,一番多かった1980~1989年には25名であったと記るされております.写真3は北海道大学と弘前大学から来ておられたお二人の先生が帰国されるときの送別会に集まった日本人研究者の方々です.これを見ましてもいかに多くの日本人研究者がNEIに留学の機会を与えていただいたかがわかります.これもひとえに日米眼科研究協力にJin先生の大きなお力添えがあったればこそ実現したことと思っています.私がラボでやらせていただいたことは,Inanaラボに送られてくる網膜変性疾患の方々の血液からDNAを抽出して,gyrateatrophyの原因遺伝子であるornithineaminotransferaseのcDNAをprobeにしたSouthern●★blot解析でした.その結果をARVO(TheAssociationforReserchinVisionandOphthalmology)で発表させていただけたことはその後の研究生活の大きな励みとなり,ARVOに出席することが一つの目標にすらなりました.6カ月の予定が,10カ月になり,帰国してからは順天堂大学の眼科研究室の片隅にmolecularbiologyのミニラボを作りました.当時,順天堂大学には共同機器室があり,ここに高価な機器を揃えて共同で使う制度で,今も生体分子研究部門として存在しております.当時,各種の遠心機から超遠心機まで,さらにはオリゴの合成機まで揃っておりました.現在は眼科の研究室にもありますが,共同細菌室(現,細胞機能研究部門)にはプラスミドを増やすシェーカー,培養器,クリーンベンチ,オートクレーブなどが揃っておりましたので,ラボを作ったというほど大げさなものではありませんが,必要な機器や薬品を一つひとつ増やして行くのが大きな喜びでした.私にとってNEIで学んだことは以後の研究生活の大きな糧となり,研究分野も集団遺伝学から分子遺伝学へと大きく飛躍させていただきました.このような貴重な機会を与えて下さった中島先生,Jin先生,Inana先生に深く感謝致しております.とくにJin先生から優しくお言葉をかけていただいたことは生涯忘れられない想い出です.Jin先生のご逝去を知ったのは先生がお亡くなりになってからだいぶあとのことでしたが,本当に寂しく思いました.このたび,「あたらしい眼科」誌,新シリーズ企画でJin先生にお礼を申し上げる機会を与えていただきましたことに深く感謝しております.最後にJin先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます.●★392あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(88)

タブレット型PCの眼科領域での応用 22.さまざまな障害児童におけるタブレット型PCの活用①

2014年3月31日 月曜日

タブレット型PCの眼科領域での応用タブレット型PCの眼科領域での応用シリーズ三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第22章さまざまな障害児童におけるタブレット型PCの活用①■はじめに第22章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や東京大学先端科学技術研究センターにおいて,さまざまな障害をもつ児童とのコミュニケーションに活用しているタブレット型PC“iPadAir”と“iPhone5s”(いずれも米国AppleInc)のiOSバージョン7.0.6です.この章では学習障害や発達障害をもつ児童の現状について紹介させていただきます.■読み書き障害(ディスレクシア)とはディスレクシア(Dyslexia)は,1884年にドイツの眼科医RudolfBerlinにより報告され,命名された学習障害の疾患概念です.「学習障害とは,基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する,または推論する能力のうち,特定のものの習得と使用に著しい困難を示すさまざまな状態をさすもの図1DO.ITの年次レポートDO-ITJapanのWebページでは過去の活動レポートを閲覧・ダウンロードすることができる(http://doit-japan.org/doit/index.php/).であり,その原因として中枢神経系になんらかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接の原因となるものではない」と定義されています.現在,私の所属する東京大学先端科学技術研究センターでは,「DO-ITプロジェクト」などで,学習障害やアスペルガー症候群,注意欠陥・多動性障害などに代表される発達障害を含むさまざまな障害をもつ児童とのコミュニケーションに,タブレット型PCやスマートフォンを活用することが試みられています(図1).私はこれまで視覚障害の分野でのタブレット型PCやスマートフォン活用の意義を紹介してきましたが,同プロジェクトに代表されるように,デジタル機器を活用することでコミュケーション障害や情報へのアクセス障害をもつ人々の生活を改善しようという試みが始まっていて,私自身も眼科医としてこれらプロジェクトに参加することで,さらなる活用の可能性を発見できると確信しています.■眼科医として学習障害・発達障害に向きあう眼科医の私にはこれらの障害はあまりなじみがなく,プロジェクトに参加する以前は,これらの障害を外来で意識したことはあまりありませんでした.しかし,これ(85)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143890910-1810/14/\100/頁/JCOPY 図2病院の電子式視力検査器対象となる指標がわかりやすい.らの障害をもつ児童らの言葉に耳を傾けることで,眼科医にとってもとても興味深い障害であることに気づかされました.ある発達障害をもつ児童の言葉につぎのようなものがありました.「周りの音がうるさくて,先生が何を言っているか聞きとれない」発達障害をもつ児童の一部には,高周波数の音が過剰に大きく聞こえるなどの聴覚過敏の症状のある児童がいます.そのような場合は,高周波数の雑音を軽減するノイズキャンセル機能のあるヘッドフォンを使用することで,聴覚過敏による障害が軽減され,快適に授業に参加することが可能になります.聴覚過敏によって,授業についていくことが困難になる児童が存在するのです.また,臨床の現場で,学校と病院での視力検査の結果に大きな乖離を認める児童に遭遇することがあります.これまでは眼科疾患や視機能の異常の有無のみを精査して,眼科的な異常所見が認められなかった場合は,集中力や小児特有の精神的な問題として経過観察をしてしまう傾向がありました.実際に学校と病院での視力検査に乖離を認めた児童の言葉には以下のようなものがありました.「学校では壁に張られた紙の視力表を使った視力検査なので,先生が指さす先がどこを意味しているのか理解できない.病院の視力検査では,視力表の電子ボードが390あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014光るので,どこを見ればいいかすぐに理解できるから,答えることができる」これは,物の配置や位置関係の把握にかかわる空間認識能力が低く,先生の指さしている場所を正確に把握することが困難なために,実際よりも低い視力と評価されていることがわかりました(図2).小学校の視力検査で「異常」となり,眼科の医療機関を受診したものの,視機能に異常はないとされ,そのまま放置される児童が多くいますが,空間認識能力の低下や聴覚過敏を有するために「視力異常」となる児童も存在することを実感しました.これらの児童が最初に受診する機関が眼科であることは,われわれ眼科医にとって非常に重要な意味をもっています.また,読み書き障害の児童の言葉には以下のようなものがあります.「文字を見ていると,文字の順番が入れ替わってしまったり,鏡文字に見えてしまったりして,想像しながら内容を理解するのでとても疲れます」視機能の低下を伴わない読字障害のメカニズムは未だ不明な点も多いのですが,彼の言葉からもわかるように,視機能に異常を伴わなくても,社会生活において情報へのアクセス障害をもつ人々は確実に存在しています.局所的ロービジョンともいえるこれらの疾患の存在を認識することは,デジタルデバイスでロービジョンケアを推奨する私にとって必須であると強く実感しています.聴覚過敏や空間認識能力の低下に伴う視力検査への影響は,とくに視力低下を主訴とする児童や,学校と医療機関での視機能に乖離を認める児童を扱う際には,意識すべきであると私は感じています.一人でも多くの眼科医が,読み書き障害や発達障害の存在を意識することが,小児における局所的ロービジョンケアの入り口として,とても重要であると私は信じています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつけていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/(86)