特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):891~896,2013特集●涙道領域―最近の話題あたらしい眼科30(7):891~896,2013涙.鼻腔吻合術:鼻外法Dacryocystorhinostomy:ExternalDCR上笹貫太郎*嘉鳥信忠*はじめに涙道閉塞には先天性,後天性を含めさまざまな原因があるが,特に多いのは原発性後天性鼻涙管閉塞である.原因は明らかではないが,涙道内に加齢などによる涙液の停滞や感染,炎症が慢性的に生じ,涙道粘膜上皮の病的変化から閉塞につながると推測されている1).このような病態で,涙管チューブ挿入術などの術式では改善に至らない症例に対し,涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)が用いられる.DCRには,大きく分けて鼻外法(externalDCR)と鼻内法(endonasalDCR)がある.鼻外法は皮膚切開によるアプローチのため,術野が直視下で確保しやすく,骨窓の作製および粘膜の切開を大きく行うことができる.そのため,鼻内法の成功率が63~90%であるのに比較し,鼻外法は85~95%と高い確率で改善している2,3).近年,術式の進歩により鼻内法の成功率は上昇し,皮膚切開創が残らないことから鼻内法が広く用いられるようになってきたが,鼻腔内の形状などによっては鼻内法の適応外となる症例もあり,鼻外法は現在も必要とされる術式である.本稿では,当科において行われている鼻外法の術式について解説する.I適応涙道通水検査で上下涙小管の交通が確認できたうえで,鼻涙管の穿破が不可能な強固な閉塞が疑われる症例が適応となる.また,涙.炎を合併した流涙を認める症例や,鼻腔が狭く鼻内法が困難である症例なども適応となる.術前にはX線computedtomography(CT)検査を行い,涙道内腫瘍や涙道を圧排するような涙道周囲病変,骨性鼻涙管閉塞などの有無を確認することが望ましい.これらが発見された場合は,DCR以外の治療法を選択する場合がある.さらに鼻腔内における篩骨蜂巣の張り出しの程度も確認し,骨窓を作製する位置を検討できる利点もある.II手術器具おもな手術器具を図1に示す.鼻外法に特徴的な器具としては,骨窓形成のための骨膜.離子(図1-⑭)やソノペット(図1-⑯)などがある.ソノペット以外に骨ノミおよびハンマー,彫骨器,電動ドリルなどを用いる施設もある.ソノペットは超音波の振動によって1方向にのみ作用するため,ドリル使用時に懸念される周囲組織の巻き込みの心配がなく,軟部組織の損傷が少ない.III涙道内視鏡検査まずは涙道内視鏡で涙道内を確認する.涙道チューブでは改善が困難な涙.または鼻涙管の狭窄や閉塞を認めた場合,DCRを選択する.IV切開線のデザイン・局所麻酔当科では全身麻酔下で手術を行うが,局所麻酔下で行*TaroKamisasanuki&NobutadaKatori:聖隷浜松病院眼形成眼窩外科〔別刷請求先〕上笹貫太郎:〒430-0906浜松市中区住吉2-12-12聖隷浜松病院眼形成眼窩外科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)891①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑩⑪①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯⑯⑯ソノペット先端側面ソノペット先端正面図1鼻外法に用いるおもな手術器具.①:ピオクタニンエタノール液と竹串,②:定規,③:硝子棒,④:持針器,⑤:スプリング剪刀,⑥:有鈎鑷子,⑦:形成剪刀,⑧:メス(15c番および11番)⑨:釣り針鈎+ペアン,⑩:バイポーラ,⑪:モスキート,⑫:形成用弯曲ハサミ(鈍),⑬:雑用剪刀,⑭:骨膜.離子,⑮:涙道チューブ(PFカテーテルR),⑯:ソノペット(超音波手術器).う施設も多い.局所麻酔で行う場合は,エピネフリン含有キシロカインRやカルボカインRを用いて滑車下神経麻酔を併施する.本稿では全身麻酔下での手技について説明する.前準備として,骨窓を作製する予定の鼻堤付近に5,000倍希釈ボスミンRガーゼを挿入し,鼻粘膜の出血を予防する.つぎに皮膚切開線のデザインを行う.内眼角の形状や触診からmedialcanthaltendon(MCT)と骨性鼻涙管移行部を確認する.そして,MCT付着部の上方から涙.骨移行部外側まで皮膚割線に沿って弓状に切開線をデザインする.そのラインは約20mmとなる(図2).さらにエピネフリン含有キシロカインR局所麻酔を,切開予定線上に行う.V皮膚切開デザインに沿って皮膚を切開する.切開は皮膚に対して垂直に行う.皮膚から眼輪筋までの切開は少しずつ進める.眼輪筋層に達したら,形成剪刀などを用いてMCT上から眼輪筋を左右に分けるようにすると,上顎骨前頭突起上の骨膜まできれいに展開できる.892あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013涙.MCT皮膚切開線Surgeon’sview図2右鼻外法手術症例(70歳,女性)の皮膚切開上縁がMCT上縁の高さになるように皮膚切開線をデザインする(約20mm).VI骨膜切開骨窓作製予定部位の骨膜切開を行う.骨膜切開線は,MCTの下端から無名血管溝に沿って長軸方向に約10mmの長さの線を描き,骨膜が展開しやすいように両端に切り込みを入れてI字型にデザインする(図3).骨膜切開前に骨膜上の血管を凝固止血しておくと切開時の出血をある程度防止できる.骨膜をきれいに展開するには1回で骨膜全層を切開する必要があるが,骨上でのメスの操作は刃が流れやすいため,皮膚を傷つけないように注意する.つぎに骨膜.離子などで骨膜を.離していく.鼻側は無名血管溝から1~2mm内側まで,眼窩内は後涙.稜まで十分に骨膜を.離し,涙.をしっかりと.離する(図4).骨を貫通する血管からの出血はこの段階で十分に止血しておく.VII骨窓の作製骨窓の作製は,鼻外法の成功率を左右する最も重要な手技である.まず骨の削る部位をマーキングする.長軸方向は血管溝部に沿って4)MCT下縁まで,上下の短軸方向のラインは体に対して水平に描くようにする.つぎにソノペットや骨ノミ,電動ドリルなどを用いてマーキングした範囲の骨を削っていく(図5).当科では,粘膜の損傷が少ないことや,骨を削る際の効率性からソノ(10)骨膜切開線骨膜切開線無名血管溝図3骨膜切開上縁がMCT下縁になるようにできるだけ大きく骨膜切開線をデザインする.ペットを採用している.最初に浅部から削ると術野が広がり深部の操作がしやすくなる.深部は後涙.稜まで,鼻側へは上顎骨前頭突起の裏までを削っておく.鼻粘膜に付着した骨片は粘膜を傷つけないように鑷子などで除去する.骨窓の角が残っていると眼鏡を使用した際に痛みを感じることがあるので,骨窓の表面,特に角の部分はなるべく滑らかにしておく.ソノペットを使用する際には,吸引管で術野を確保しながら行うが,吸引管の先を傷つけないようにネラトンチューブを装着しておくとよい.また,ソノペットは熱をもち,皮膚熱傷の原因となる.作業は迅速に行い,作業中は皮膚などに接触しないように注意する.VIIIフラップの作製(2フラップ法)吻合孔作製についてはさまざまな術式が報告されている5,6)が,ここでは2フラップ法を解説する.吻合孔は涙.側フラップ(後弁)と鼻粘膜側フラップ(前弁)で作製するが,涙.の大きさには個人差があったり,涙.内の癒着によって大きなフラップが作製できなかったりするため,前弁の位置や大きさを変えなければならなくなることがある.そこで,まずは後弁から作製する.内総涙点から最短の部位での吻合孔作製が理想的であることから,上涙点から金属ブジーを挿入して涙.を張らせ,11番メスで長軸方向に切開する(図6).続いてスプリ(11)図4骨膜の.離骨窓作製予定部位の骨膜を.離し,さらに涙.を涙.窩内まで十分に.離する.骨窓作製範囲図5骨窓作製骨窓作製範囲をデザインし(約10mm),ソノペットなどで削る.ング剪刀などで短軸方向へ切開を加える.いずれもブジー先端が切開部から出ているのを確認しながら涙.全層を一刀で切開する.最終的にフラップはコの字型になる.後弁が完成したら鼻粘膜側に開いて,前弁の位置,大きさを決める.今度は,鼻粘膜の奥側を長軸方向に11番メスで切開し,さらに両端を上顎骨前頭突起側へ切り開く(図7).前弁が開くと,鼻内にボスミンRガーゼが見える.もしガーゼが確認できなかったら篩骨蜂巣へ侵入している可能性がある.その場合は,確実に鼻腔内に到達するように骨窓を拡大するか,篩骨蜂巣をさらあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013893ブジーで盛り上がった涙.壁ブジーで盛り上がった涙.壁涙.側フラップ鼻粘膜図6後弁の作製金属ブジーで涙.壁を盛り上げた状態で涙.側フラップ(後弁)を作製する.鼻粘膜図7前弁の作製涙.側フラップ(後弁)の大きさに合わせて鼻粘膜を切開し,鼻粘膜側フラップ(前弁)を作製する.に開放する.鼻粘膜内に到達したら,枚数を確認してボスミンRガーゼを抜いておく.IX吻合孔の作製最初に涙.側フラップ(後弁)の縫合を行う.後弁を後涙.稜に被せるように開き,鼻腔粘膜へ7-0ポリプロピレン糸などで数カ所縫合する(図8).後弁を縫合したのち,外鼻孔から鼻腔内へシリコーンスポンジを挿入して骨窓から引き出す.シリコーンスポンジを固定するためにスポンジとMCTを縫合する.シリコーンスポン894あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図8後弁の縫合涙.側フラップ(後弁)と鼻粘膜を縫合する.MCTシリコーンスポンジ鼻粘膜側フラップ図9シリコーンスポンジの固定涙.側フラップ(後弁)を鼻粘膜と縫合した後,鼻腔よりシリコーンスポンジを挿入し,MCTに縫合固定する.必要に応じて涙道チューブも挿入し,鼻腔内へ通す.ジは留置するが,鼻腔より抜去しやすいようにシリコーンスポンジは角を少しすくう程度,MCTは全層をしっかり通糸するようにしておく(図9).さらに涙小管狭窄や閉塞などを合併しているときは,涙管チューブを上下涙点から挿入し,骨窓から鼻腔内へ留置する.シリコーンスポンジを縫合したら,シリコーンスポンジを骨窓側へ押し付けるように外鼻孔よりゲンタシンR軟膏付きガーゼを2~3枚つめてパッキングする.これでシリコーンスポンジの固定と術後の鼻出血を防止することができる.最後に鼻粘膜フラップ(前弁)と涙.を数カ所縫合(12)鼻粘膜側フラップ涙.鼻粘膜側フラップ涙.図10前弁の縫合鼻腔より挿入したガーゼをシリコーンスポンジの周辺に留置し,鼻粘膜側フラップ(前弁)を涙.壁と縫合する.する(図10).粘膜はもろく切れやすいので,きつく締めすぎないようにする.X閉創吻合孔が完成したら,6-0ポリプロピレン糸などで骨膜縫合および必要に応じて眼輪筋縫合,皮下縫合を行う.最後に皮膚を7-0ポリプロピレン糸などで縫合する.死腔予防と血腫による瘢痕形成予防のために術創に沿って固く丸めたガーゼを当て,さらに上から圧迫眼帯をしておく.外鼻孔にはガーゼを当てるか,綿球を詰めて手術を終了する.XI術後管理外鼻孔の綿球はすぐに汚れるため,毎日交換する.圧迫眼帯は翌日には解除し,抗生物質点眼およびステロイド点眼を開始する.術創部の死腔予防のガーゼは翌々日まで残しておく.術後3~4日目に鼻ガーゼを抜去するが,鼻出血を認めたときは綿球を詰めておく.術後5~6日目に抜糸し退院となる.外来では点眼の継続とともに定期的に涙.洗浄を行い,術後約1カ月で鼻腔よりシリコーンスポンジを抜去する.涙管チューブを挿入した場合はさらに術後1カ月半から2カ月で涙管チューブを抜去する.図11鼻外法の術後経過鼻外法術後1年(代表症例の左側).シリコーンスポンジの大きさで吻合孔(矢印)が形成されている.XII術後経過術後1~2週間で吻合孔はほぼ完成するとされ,長期にわたりその形態を維持するとされている7).留置材料の表面に沿った術後の上皮化によって吻合孔は形成されるため,吻合孔の大きさは留置材料の種類と留置の仕方によって異なる.最も大きなものはガーゼを使用した場合で,骨窓とほぼ同じ大きさを維持できる.シリコーンスポンジや涙管チューブを使用した場合はその大きさの吻合孔となるが,当科で使用しているシリコーンスポンジでも長期経過での再発率は低い(図11).吻合孔への留置が不十分であれば,吻合孔は収縮し,炎症や肉芽形成によって再閉塞する可能性がある.XIII合併症の管理鼻外法は比較的安全な手術であるが,血流の豊富な涙.粘膜や鼻粘膜への操作が不可欠であるので,出血の管理が重要である.術中の出血は手術時間に影響し,術後の出血は癒着による再閉塞を誘発する.特に局所麻酔下で出血の処理に手間取ると患者を不安にさせる.鼻外法において出血しやすいポイントは,皮膚から骨膜に至るまでの切開によるもの,骨膜.離によるもの,涙.粘膜や鼻粘膜切開によるもの,術後の吻合孔からの(13)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013895出血,局所麻酔下ではさらに骨窓作製時の疼痛,血圧上昇によるものが含まれる.対策としては,まず術前の抗血栓剤内服の一時休止,滑車下神経麻酔,鼻粘膜浸潤麻酔があげられる.全身麻酔下でも局所麻酔と鼻処置は必要である.当科では,皮膚切開部への局所麻酔と鼻腔内へのボスミンRガーゼ挿入を行っている.術中は,皮膚切開を内眼角動静脈が傷つかないように少しずつ進め,こまめに止血する.骨膜.離時には骨を貫通する血管を見つけ次第,ちぎらずに凝固止血して切離する.ちぎれてしまうと血管の断端が骨内に潜りこみ,凝固できなくなる場合がある.その場合は骨蝋を詰めて止血する.骨窓作製時は骨または傷ついた鼻粘膜から出血しやすい.骨からの出血は凝固や骨蝋で止血する.鼻粘膜からの出血は骨窓作製時に傷つけないように注意すべきであるが,ソノペットを使用すると骨からの出血を止血しつつ軟部組織の損傷を防止できる.鼻粘膜切開時の出血は術前の鼻処理が適切ならすぐに止血するが,誤って中鼻甲介を傷つけると止血が困難である.鼻粘膜切開時にメスを深く入れないこと,または高周波メスなどの使用で出血を予防できる.術後は吻合孔周囲の止血の確認と,抗生物質軟膏付きガーゼの留置,さらに帰室後のヘッドアップまたは座位で出血を予防する.術後2週間程度は頭位を極端に下げたり,鼻をかんだりといった行為を避けるように指導する.文献1)上岡康雄:涙.鼻腔吻合術鼻外法の位置づけと必要な手技.涙.鼻腔吻合術と眼瞼下垂手術I(栗橋克昭編著),p7786,メディカル葵出版,20082)HartikainenJ,AntilaJ,VarpulaMetal:Prospectiverandomizedcomparisonofendonasalendoscopicdacryocystorhinostomyandexternaldacryocystorhinostomy.Laryngoscope108:1861-1866,19983)AnijeetD,DolanL,MacEwenCJ:Endonasalversusexternaldacryocystorhinostomyfornasolacrimalductobstruction.CochraneDatabaseSystRev19:1-17,20114)柿﨑裕彦,岩城正佳,浅本憲ほか:涙.鼻腔吻合術鼻外法における適切な初期骨窓作製のための解剖学的根拠.日眼会誌112:39-44,20085)PandyaVB,LeeS,BengerRetal:Theroleofmucosalflapsinexternaldacryocystorhinostomy.Orbit29:324327,20106)SerinD,AlagozG,KarslogluSetal:Externaldacryocystorhinostomy:double-flapanastomosisorexcisionoftheposteriorflaps?.OphthalPlastReconstrSurg23:28-31,20077)上岡康雄:涙.・鼻涙管閉塞の標準的治療(涙.鼻腔吻合術:DCR鼻外法).眼科手術24:160-166,2011896あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(14)