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角膜病変を初発とした眼部帯状ヘルペス

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):841.844,2013c角膜病変を初発とした眼部帯状ヘルペス梅屋玲子*1,3木村泰朗*1,2深尾真理*1,2木村千佳子*1*1上野眼科医院*2順天堂大学附属順天堂医院眼科*3順天堂東京江東高齢者医療センター眼科CaseReportofHerpesZosterOphthalmicusOnsetwithOcularPainandAtypicalCornealLesionReikoUmeya1,3),TairoKimura1,2),MariFukao1,2)andChikakoKimura1)1)UenoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,JyuntendoTokyoKotoGeriatricMedicalCenter点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)で発症し,遅れて水疱が生じた眼部帯状ヘルペス(herpeszosterophthalmicus:HZO)を経験した.40歳,男性.頻回交換型ソフトコンタクトレンズ装用中,右眼異物感を主訴に来院した.右眼角膜にSPKを1カ所認めた.2日後眼痛が著明となり,SPKの増加を認めたが偽樹枝状病変はみられなかった.4日後鼻根と鼻背に2カ所水疱が出現し,その後広がったため眼部帯状ヘルペスと診断した.抗ウイルス薬の投与で角膜所見は軽快したが,2週間後に虹彩炎,2カ月後に上強膜炎,5カ月後に角膜実質浅層の混濁を合併しステロイド薬で治療した.HZOは典型的皮膚所見を伴えば診断が比較的容易であるが,病初期に皮膚所見を伴わない場合もあり,SPKのみで眼痛が著明な場合もHZOを考慮に入れ注意深い頻回診察が必要である.Anatypicalcaseofherpeszosterophthalmicus(HZO)withsuperficialpunctatekeratopathy(SPK)astheprimarysymptomwasexperienced.A40-year-oldmalevisitedourclinicbecauseofforeignbodysensationinhisrighteye.Hewasadailydisposablecontactlensuser,andhisrighteyeexhibitedsuperficialcorneallesion.Ontheseconddayhisocularpainbecamesevere,withsomeSPK.Onthefourthday,2blistersappearedonhisnose;HZOwasdiagnosed.Althoughanantiviralagentwasprescribed,hedevelopedlimbitis,uveitisandanteriorstromalinfiltratesonhiscorneaduringthefollowing5months.HZOdiagnosisisnotverydifficult,becauseofthetypicalskinlesion.Withoutthetypicalskinlesioninthefirststage,however,wemustconsidersevereocularpainaspossiblyrelatingtotheprimarysymptomofHZO;carefulobservationisthereforerecommendedinsuchinstances.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):841.844,2013〕Keywords:眼部帯状ヘルペス,点状表層角膜症,水疱,角膜実質混濁.herpeszosterophthalmicus,superficialpunctatekeratopathy,blister,anteriorstromalinfiltrates.はじめに水痘帯状ヘルペスウイルス(varicellazostervirus:VZV)は初感染で水痘を起こした後,宿主の神経節に潜伏する.眼部帯状ヘルペス(herpeszosterophthalmicus:HZO)では約50%の頻度で眼症状をひき起こすことが知られている1).臨床診断は通常皮疹により容易であるが,ときに無疹性のVZV感染症であるzostersineherpeteの病態を呈することがあり,その診断に苦慮する場合がある.今回筆者らは,非定型的な角膜病変で初発し,皮疹が遅れて出現したHZOを経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:右眼異物感.家族歴・既往歴:特記すべきことなし.現病歴:平成23年7月,頻回交換型ソフトコンタクトレンズを使用中に,前日からの右眼異物感を訴え受診した.初診時所見:視力は右眼0.06(1.2×.4.50D(cyl.1.50DAx155°),左眼0.08(1.2×.4.25D(cyl.0.50DAx40°),眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部で〔別刷請求先〕梅屋玲子:〒110-0015東京都台東区東上野3-15-14上野眼科医院Reprintrequests:ReikoUmeya,M.D.,UenoEyeClinic,3-15-14Higashiueno,Taito-ku,Tokyo110-0015,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)841 図12日後の右眼前眼部写真フルオレセイン染色陽性の点状表層角膜症(矢印)を認めた.図34日後の右眼前眼部写真(強拡大)角膜輪部周辺に浸潤とフルオレセイン染色陽性の上皮障害,輪部炎を認めた.は,右眼角膜周辺部2時方向にフルオレセインに染色される1カ所の上皮障害を認め,結膜充血を軽度伴っていた.中間透光体,眼底に異常所見を認めず,左眼には異常はみられなかった.経過:以上からコンタクトレンズによる角膜上皮障害と診断し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウムを処方し経過観察とした.しかし2日後の再診時,眼痛の自覚は悪化し,夜間は市販の鎮痛薬を内服しないと就眠できなかった.右眼角膜周辺部の上皮障害が耳側と上方にも散在.3.4カ所のフルオレセイン染色陽性の点状表層角膜症を呈し(図1),結膜充血はやや増強していた.Thygeson点状表層角膜炎を疑い,0.1%フルオロメトロンを追加処方した.この時点では眼瞼を含む皮膚症状を認めなかった.4日後,眼痛の自覚は変わらず,鼻根部と鼻背に2カ所水疱形成が認められ(図2),右結膜充842あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013図24日後の皮膚所見鼻根部と鼻背に2カ所水疱(矢印)を認めた.血の増強と角膜輪部周辺に浸潤を伴う角膜上皮障害と輪部炎(図3)を認めたが,偽樹枝状病変は認めなかった.フルオレセインに染色された上皮の周囲はやや盛り上がっていた.単純ヘルペスまたは帯状疱疹ヘルペスによる所見を疑い,0.1%フルオロメトロン点眼を中止.アシクロビル眼軟膏の1日5回投与と0.5%レボフロキサシン点眼の1日4回投与を開始した.その時点での採血で得られたVZVの補体結合反応(complementfixation:CF)値は32倍であった.6日後,三叉神経第1枝領域に水疱を伴う広範な皮疹が出現,その臨床所見よりHZOと診断.同日より塩酸バラシクロビル3g/日の内服と眼瞼,鼻部にビタラビン軟膏(2回/日)の塗布を追加した.塩酸バラシクロビルは7日間投与した.図4に急性期の経過を示す.次第に右角膜上皮障害と結膜充血は改善し,疼痛も消退を認めたが,14日後,右前房内炎症細胞の出現と角膜裏面沈着物を認め,虹彩炎を呈していた.0.1%ベタメタゾンと塩酸トロピカミド・フェニレフリン点眼を1日4回開始.炎症の軽快に伴い点眼回数を減らし,虹彩炎発症後ほぼ2週間で軽快した.初診から2カ月後,3時と6時に上強膜炎を呈したため,0.1%フルオロメトロン点眼を処方.それから約2カ月後に治癒した.初診から5カ月後,右眼の霧視を自覚し再受診した際に,右角膜実質の浅層に大小さまざまな斑状の角膜実質浅層混濁(anteriorstromalinfiltrates)(図5)を認めた.特に,初診時に角膜上皮障害が認められた部位には混濁が強く認められた.前眼部OCT(光干渉断層計)では,混濁に一致して角膜実質浅層に高反射が認められ,反射の輝度は混濁の強いところで高く,混濁が淡いところで弱く検出された(図6).0.02%フルオロメトロン点眼により,混濁も次第に減少し霧視の自覚も消失したため,点眼を中止したが,現在まで角膜炎や虹彩炎の再燃を認めていない.初診から9カ月後に,2回目のCF値は8倍で低下を確認している.(120) 塩酸バラシクロビル3g/日治療角膜炎皮疹虹彩炎症状病日1234567891011121314151617181920212223242526272829303132333435363738フルオロメトロンヒアルロン酸ナトリウム0.5%レボフロキサシン3回/日トロピカミド・塩酸フェニレフリン4回/日ビタラビン軟膏0.1%ベタメタゾン4回/日3回/日アシクロビル眼軟膏異物感眼痛VZV補体結合値32倍図4急性期の経過図55カ月後の前眼部写真(強拡大)角膜実質に大小さまざまな斑状上皮下混濁が散在してみられた.図6前眼部OCTでの右眼角膜実質混濁所見角膜実質浅層に混濁(矢印)がみられた.II考按HZOは通常三叉神経第1枝領域の皮疹を伴うため診断が容易であるが,当症例は,皮疹より先に角膜病変が初発し,偽樹枝状病変を伴わなかったため,初診時の診断が困難であった.角膜病変は,従来指摘されている偽樹枝状角膜炎の所見ではなく,単なる点状表層角膜症であった.偽樹枝状以外の角膜病変のみが初発したHZOの報告は少なく2),今回の症例のように点状表層角膜症で初発したHZOの報告はない.中年男性で,片眼発症であり,Thygeson点状表層角膜炎と(121)しては非典型的であったが,小さい点状の病変が集合したような所見からそれを疑い,0.1%フルオロメトロン点眼を追加投与した.一方で,皮疹を欠く眼部帯状ヘルペス(zostersineherpete:ZSH)の場合は診断が困難である.ZSHの報告における眼症状は,偽樹枝状角膜炎,円盤状角膜炎,虹彩毛様体炎,強膜炎,網膜炎などがあり,特に報告が多いのは虹彩毛様体炎で,ステロイド薬点眼治療に反応せず続発緑内障になり線維柱帯切除術が施行されている例もある3).ZSHに角膜症状を伴うもの,伴わないもの両者が報告されており,角膜所見が存在しない場合には,片眼性の疼痛の既往に注意してあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013843 問診することが重要である.Silversteinらはエイズ患者に発症した角膜浮腫のみを呈した症例にて前房水からpolymerasechainreaction(PCR)法によりVZVDNAを確認しZSHと診断している2).皮疹が出現していても,単純ヘルペスウイルスに起因する皮疹でHZOの皮疹に類似するzosteriformherpessimplexの報告があるので注意が必要である4).Uchidaらは偽樹枝状角膜病変が皮疹に先行したHZOを帯状ヘルペスウイルス抗原蛍光抗体法により証明し報告している5).Kandoriらは皮膚病変の既往がないぶどう膜炎患者の治療中に,後から角膜中央部に巨大な偽樹枝状病変および角膜浸潤が出現し,角膜上皮擦過物からPCRでVZV角膜ぶどう膜炎と診断した症例を報告している6).HZOの確定診断にはウイルス分離が重要であるが,涙液や前房水からウイルスを分離培養するのは施設や費用の点で日常臨床では困難である.また,PCR法は病因ウイルスを推定するのに大変有用であり,この方法によりZSHと診断された円板状角膜炎2)や虹彩毛様体炎7)の症例が報告されている.しかし,PCRも常時施行できる施設は限られ,PCR検査の外注は可能であるが保険適用がないため費用の問題がある.CF値の高値は診断価値があるとされており8),本症例では32倍と高値であったため,VZVの診断において有用な一助となった.角膜所見の程度に比して強い右眼周囲の疼痛を伴ったことも本症例の特徴であった.三叉神経領域に限らず,皮膚症状を欠き,疼痛のみでVZVの感染を疑うことは早期治療のために必要である.VZVの場合,帯状ヘルペス後神経痛(postherpeticneuralgia:PHN)が問題となり,発疹出現から72時間以内の抗ウイルス薬投与がPHNの軽症化と期間短縮につながるとされている9).しかし,多くの症例では水疱発症後2日以上経過して受診することが多くPHNの一因になっている可能性が指摘されている10).今回の症例では当初VZVは考えにくかったが,頻回の診察により水疱を鼻根部と鼻背に観察しHZOを強く疑い,水疱発症とほぼ同日に抗ウイルス薬の治療が開始できた.現在PHNの訴えはない.HZOにおいては,皮疹が先行するもの,皮疹を伴わないもの,皮疹が遅れて出てくるものと種々想起する必要がある.本症例の特徴的臨床所見を以下に示して要約する.1)点状表層角膜症を初発とし,皮疹が遅れて出現したHZOを経験した.2)角膜所見に比して強い眼部痛を認めた.経過中に鼻根部と鼻背に2カ所水疱形成が認められ,さらに皮疹は三叉神経第1枝領域に広がり典型的皮疹を呈し,HZOと診断した.皮疹出現と同日に採血したCF値は32倍で,診断の有用な一助となった.HZO罹患後は,発症後1週目には全例16倍844あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013以上に血清CF値の上昇が認められた,との報告11)もあり,今回の結果はCF値検査の適応時期を検討するのに重要な情報であると思われる.3)経過中,4日後に輪部炎,2週間後に虹彩炎,2カ月後に上強膜炎を併発し,5カ月後に角膜実質浅層に小円形浸潤が出現,VZVの多彩な病変を呈した.4)前眼部OCTは角膜実質浅層の混濁病変の部位と広がりの判定に有用であった.5)前眼部所見で説明できない強い眼部疼痛を有する症例においては,HZOも考慮に入れ注意深い頻回な診察が必要と思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LiesegangTJ:Herpeszosterophthalmicusnaturalhistory,riskfactors,clinicalpresentation,andmorbidity.Ophthalmology115:S3-12,20082)SilversteinBE,ChandlerD,NegerRetal:Disciformkeratitis:acaseofherpeszostersineherpete.AmJOphthalmol123:254-255,19973)吉貴弘佳,相馬実穂,中林條ほか:眼部帯状疱疹に先行して発症したヘルペス性ぶどう膜炎の1例.眼紀58:219221,20074)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:Differentiatingzosteriformherpessimplexfromophthalmiczoster.ArchOphthalmol112:1515-1516,19945)UchidaY,KanekoM,OnishiY:Ophthalmicherpeszosterwithouteruption.ActaXXIVInternationalCongressofOphthalmology:876-879,19836)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Twocasesofvaricellazosterviruskeratitiswithatypicalextensivepseudodendrites.JpnJOphthalmol53:549-551,20097)YamamotoS,TadaR,ShimomuraYetal:Detectingvaricella-zostervirusDNAiniridocyclitisusingpolymerasechainreaction:Acaseofzostersineherpete.ArchOphthalmol113:1358-1359,19958)下村嘉一:水痘帯状ヘルペスウイルス感染症.眼の感染・免疫疾患:正しい診断と治療の手引き(大野重昭,大橋裕一編),p58-61,メジカルビュー社,19979)GalluzziKE:Managingstrategiesforherpeszosterandpostherpeticneuralgia.JAmOsteopathAssoc107:S8-13,200710)川島眞,鈴木和重,本田まりこほか:帯状疱疹患者の受診時期に影響を与える疾患認知と受診までの行動.帯状疱疹患者アンケート調査結果.臨皮65:721-728,201111)田中康夫,張野正誉,檀上真次ほか:眼部帯状ヘルペス診断における血清補体結合反応の有用性.眼紀34:23542357,1983(123)

輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):837.840,2013c輪部移植5年後にヘルペス性角膜炎を発症した1例唐下千寿*1矢倉慶子*1寺坂祐樹*2宮崎大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2国民健康保険智頭病院眼科ACaseofHerpeticKeratitis5YearsafterLimbalTransplantationChizuTouge1),KeikoYakura1),YukiTerasaka2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,NationalHealthInsuranceChizuHospital目的:上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例の報告.症例:88歳,男性.2006年10月,左眼の上皮内癌切除と輪部移植術を施行.その後,近医にて経過観察となり,拒絶反応予防のため継続的に0.1%フルオロメトロン点眼が使用されていた.2011年10月,近医再診時,広範な角膜上皮欠損を認め,翌日鳥取大学眼科紹介受診となった.移植片は一様に浮腫をきたしていたが,中央角膜には浮腫を認めなかったため,当初拒絶反応と診断した.しかし,ヘルペス性角膜炎の可能性も考え,ベタメタゾン点眼,バラシクロビル内服,抗菌薬点眼・眼軟膏で治療を開始した.その後涙液のreal-timepolymerasechainreactoin(PCR)にて1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)-DNAが検出されたため,単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.そこでアシクロビル眼軟膏を追加し,ベタメタゾン点眼を0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.以後,上皮欠損・輪部浮腫ともに軽快したが,移植片に付着した脱落しかけた上皮を除去してreal-timePCRに供したところ,1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然検出された.そこで0.1%フルオロメトロン点眼を中止したところ,1週間後には涙液のreal-timePCRにて,HSV-DNA陰性化を確認した.結論:非定型的なヘルペス性角膜炎の診断にはreal-timePCRが有用である.ステロイド薬使用例では既往の有無にかかわらず,単純ヘルペスウイルス角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要がある.Purpose:Toreportacaseofherpetickeratitis5yearsafterlimbaltransplantation.Case:InOctober2006,thepatient,a88-year-oldmale,underwentresectionofcarcinomainsituandlimbaltransplantationinhislefteyeatTottoriUniversityHospital.Thereafter,hehadbeenfollowedbyalocalclinicwhileusing0.1%fluorometholoneophthalmicsolutiontopreventrejectionconsecutively.InOctober2011,extensivecornealepithelialdefectwasobservedandhewasreferredtoTottoriUniversityHospital.Diffuseedemawasobservedinthelimbalgraft,butnoedemawasnotedinthehostcornea;rejectionwasthereforediagnosedandtreatmentwithbetamethasoneophthalmicsolutionwasinitiated.However,consideringthepossibilityofherpetickeratitis,oralvalacyclovirwasalsoprescribed.SinceHSV-DNA(1.2×106copies/200μleyewash)wasdetectedinthetearsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),thediagnosiswasherpessimplexviruskeratitis.Acyclovirophthalmicointmentwasaddedandthebetamethasoneophthalmicsolutionwaschangedto0.1%fluorometholoneophthalmicsolution.Subsequently,cornealepithelialdefectandlimbaledemareduced.However,HSV-DNA(1.6×104copies/sample)wasstilldetectedinthedetachedcornealepitheliumhangingfromthegraft;the0.1%fluorometholoneophthalmicsolutionwasthereforestopped.Oneweeklater,HSV-DNAwasnotdetectedinthetearsamplebyreal-timePCR.Conclusions:Real-timePCRisusefulfordiagnosingatypicalherpessimplexviruskeratitis.Thepossibilityofherpetickeratitisshouldbeconsideredinpatientstreatedwithsteroid,irrespectiveofpasthistoryofherpetickeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):837.840,2013〕Keywords:輪部移植,ヘルペス性角膜炎,単純ヘルペスウイルス,拒絶反応,ステロイド.limbaltransplantation,herpetickeratitis,herpessimplexvirus,rejection,steroid.〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)837 はじめに上皮型のヘルペス性角膜炎は特徴的な樹枝状角膜炎を呈した場合,診断はむずかしくないが,非定型的な形をとった場合や,別の角膜疾患の経過中に生じた場合は,その鑑別はしばしば困難である.今回筆者らは,角結膜上皮内癌に対する輪部移植後にヘルペス性角膜炎を生じ,拒絶反応と鑑別が困難であった1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:88歳,男性.現病歴:2000年9月から,近医眼科にて左眼角膜びらんで経過観察されていた.悪化時には角膜潰瘍を生じることもあった.2004年6月,精査目的に鳥取大学眼科(以下,当科)紹介受診され,impressioncytologyを施行したが悪性所見はなく,経過観察となった.しかし翌年,病変の悪化を認め,2005年4月,鼻下側角結膜病変切除術を施行した.病理診断は上皮内癌であり,術後,インターフェロンa-2b点眼を使用した.2006年9月,角結膜腫瘍が再発し,2006図12007年6月:術後8カ月の前眼部写真移植角膜の透明性は維持されている.年10月,上皮内癌切除術と輪部移植術を施行した.術後は近医にて経過観察となり,拒絶反応予防の目的で継続的に0.1%フルオロメトロン点眼を使用していた.術後,移植角膜の透明性は保たれていた(図1).2011年10月近医再診時,1週間前からの左眼眼脂と流涙の訴えがあり,広範な角膜上皮欠損を認めたため,翌日当科紹介受診となった.前医にて経過観察中,左眼視力は矯正0.5であったが,当科受診時には0.1に低下していた.角膜移植片の浮腫・混濁と,hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認めた(図2,3).前房細胞や角膜後面沈着物は認めなかった.同日当科入院となった.II治療経過鑑別診断として,上皮型・実質型の拒絶反応の可能性と,ヘルペス性角膜炎の可能性を考えた.本症例は輪部移植を行っており,内皮と実質は本人の角膜であり,周辺の移植片の実質はアロ由来で,上皮もアロ由来の可能性が高い.拒絶反応はアロの上皮と実質に対して起こるので,上皮がアロ由来であれば本症例のように,拒絶反応によって上皮が広範に脱落し,移植角膜に限局して浮腫が起きることは十分考えられる.一方,本症例がヘルペス性角膜炎であれば,感染が起こるのはむしろ三叉神経のつながっているhostの角膜のはずであり,中央に浮腫がなく移植角膜のみに限局して一様に浮腫をきたす可能性は少ないのではないかと考えた.そのため単純ヘルペス角膜炎の可能性も否定はできないが,拒絶反応の可能性が高いと判断した.一応両眼の涙液をeyewash法にて採取し,ヘルペスウイルスのreal-timepolymerasechainreaction(PCR)に供し,初期治療としてベタメタゾン点眼(左眼1日6回)を開始し,念のためバラシクロビル内服(1,000mg/日)を併用することとした.その他,セフメノキシム点眼(左眼1日6回),オフロキサシン眼軟膏(左眼1日2回)を追加した.図2当科受診時前眼部写真(2011年10月)角膜移植片の浮腫と混濁を認める.図3当科受診時フルオレセイン染色写真(2011年10月)Hostからgraftに連なる広範な上皮欠損を認める.838あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(116) 図4退院6カ月後の前眼部写真角膜中央の表層混濁は認めるが,移植角膜の浮腫・混濁は認めない.その翌日,real-timePCRの結果が判明し,右眼涙液から51copies/200μleyewash液,左眼涙液から1.2×106copies/200μleyewash液のherpessimplexvirus(HSV)DNAが検出された.両者ともvaricella-zostervirus(VZV)DNAは陰性であった.右眼のHSV-DNA量は病因とは言えない量であったが,左眼からは病因と考えられる量のHSVが検出されており1),単純ヘルペスウイルス角膜炎と診断した.コピー数が多いことから,大きな上皮欠損は地図状角膜炎であると考え,アシクロビル眼軟膏(左眼1日5回)を追加した.上皮型に対して,通常ステロイド薬は禁忌とされるが,急に中止した場合,強い炎症を起こす可能性があるため,フルオロメトロン点眼(左眼1日3回)に変更した.以後上皮欠損,輪部浮腫ともに軽快した.拒絶反応であればステロイド薬の減量により病状は悪化するはずだが,本症例はヘルペス性角膜炎の治療に反応して軽快しているため,2011年11月初旬にフルオロメトロン点眼を中止した.数日後,角膜上皮は全被覆したが,角膜輪部の混濁・浮腫は残存しており,拒絶反応を併発している可能性と,ヘルペス性角膜炎の実質型を合併している可能性の両者を考え,ステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼,左眼1日3回)を再開した.4日後,セフメノキシム点眼とアシクロビル眼軟膏を減量した(左眼1日3回).この時点で,HSVが陰性化したのを確認する目的で,涙液を採取し,real-timePCRに供した.また,数日後,移植片鼻側に脱落しかけた上皮があったため,これを切除してreal-timePCRに供した.その結果,涙液には,19copies/200μleyewash液,角膜上皮には1.6×104copies/sampleのHSV-DNAが依然として検出された(両者ともVZV-DNAは陰性であった).この結果からフルオロメトロン点眼を再開したことでHSVを増加させた可能性を考え,再度フルオロメトロン点眼を中止し,アシクロビル眼軟膏を左眼1日5回に増量した.1週間後,再度(117)図5退院6カ月後のフルオレセイン染色写真角膜上皮に不整を認める.涙液をreal-timePCRに供し,HSV-DNAの陰性化を確認した.この時点で移植角膜の浮腫・混濁とも軽快傾向であるため退院となり,以後近医眼科にてアシクロビル眼軟膏を漸減して経過観察した.退院4カ月後,輪部浮腫の悪化,血管侵入の再燃のため,0.1%フルオロメトロン点眼を再開した.退院6カ月後には角膜中央の表層性混濁と角膜上皮の不整のため,左眼視力は0.05pと不良であったが,移植角膜の浮腫・混濁は認められず,状態は落ちついていた(図4,5).III考按拒絶反応は移植片に対する遅延型過敏反応であり,上皮型では浮腫状に隆起した線状病変・上皮欠損,実質型では上皮下混濁・角膜浮腫・血管侵入がその特徴である.ヘルペス性角膜炎の上皮型はHSVが上皮で増殖した状態であり,末端膨大部,上皮内浸潤,縁どられたような辺縁を伴った樹枝状病変や地図状角膜炎が特徴である.本症例の前眼部所見は,上皮欠損は認めるものの,ヘルペス性角膜炎の特徴的所見は呈しておらず,また,血管侵入は弱いものの,輪部移植角膜の混濁・浮腫は拒絶反応の特徴に類似したものと考えられた.しかし,real-timePCRでHSV-DNAが多量に検出され,治療経過ではアシクロビル眼軟膏開始とステロイド薬の減量後,上皮欠損・輪部浮腫がともに軽快治癒しており,ヘルペス性角膜炎が本症例の原因と考えられた.本症例の前眼部所見のうち,角膜移植片に限局した浮腫はヘルペス性角膜炎だけでは説明しにくく,ヘルペス感染による炎症のため周辺の移植片に拒絶反応様の所見が誘発された可能性や,拒絶反応に続発してヘルペス性角膜炎を発症した可能性も考えられる.つぎに,ヘルペス感染の経路について検討してみる.今振り返ると,本症例の病歴に当院受診の1週間前からの眼脂があたらしい眼科Vol.30,No.6,2013839 あり,これは拒絶反応では認められない自覚症状で,推測になるが,最初にヘルペス性結膜炎として発症し,三叉神経を介するのではなく,眼表面を角膜輪部(graft)から中央(host)にかけてヘルペス感染が拡大したと考えると,hostでなくgraftに所見が強かった説明がつくのかもしれない.角膜移植後の非定型的なヘルペス感染の文献は,1990年Beyerらが,偽水晶体性水疱性角膜症の患者で角膜移植後早期にhost-graftjunctionに沿った上皮欠損を認め,病巣よりHSVが分離された症例を報告している2).日本でも切通らが外傷後に生じた角膜白斑に対して全層角膜移植術を行った患者で,拒絶反応治療中にhost-graftjunctionに沿った不整形の上皮欠損を認め,擦過角膜よりHSVが分離された症例を報告している3).両者ともhost-graftjunctionに沿った不整形な上皮欠損の形を呈しており,上皮型ヘルペス角膜炎に特徴的な所見を呈していない点で,本症例と類似していた.角膜移植後の上皮型ヘルペス角膜炎の報告には,樹枝状角膜炎という形態によって診断された報告4.7)もあれば,本症例のように,形態からはヘルペス角膜炎の診断が困難なものもある.樹枝状角膜炎を呈さない非定型的な単純ヘルペスウイルス角膜炎の診断にはPCRによるウイルスDNAの検出が有用であり8,9),さらに治療効果の判定には,real-timePCRによるウイルス量の測定が有用である.本症例でもreal-timePCRにより正しい診断が可能となり,治療方針の決定にも有益であった.また,ステロイド薬使用例で角膜上皮欠損を生じた場合,既往の有無にかかわらず,ヘルペス性角膜炎を鑑別疾患の一つとして考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Kakimaru-HasegawaA,KuoCH,KomatsuNetal:Clinicalapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,20082)BeyerCF,ByrdTJ,HillJMetal:Herpessimplexvirusandpersistentepithelialdefectsafterpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol109:95-96,19903)切通洋,井上幸次,根津永津ほか:角膜移植後拒絶反応治療中に発生した非定型的上皮型角膜ヘルペスの1例.あたらしい眼科11:1923-1925,19944)FineM,CignettiFE:Penetratingkaratoplastyinherpessimplexkeratitis.Recurrenceingrafts.ArchOphthalmol95:613-616,19775)CohenEJ,LaibsonPR,ArentsenJJ:Cornealtransplantationforherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol95:645-650,19836)迎亮二,村田稔,雨宮次生ほか:全層角膜移植後15年を経て再発したヘルペス性角膜炎の1例.臨眼83:769770,19897)秋山朋代,杤久保哲男,清水康平ほか:全層角膜移植術5年後に発症した角膜ヘルペス.あたらしい眼科13:15551557,19968)YamamotoS,ShimomuraY,KinoshitaSetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinhumantearfilmbythepolymerasechainreaction.AmJOphthalmol117:160163,19949)KoizumiN,NishidaK,AdachiWetal:DetectionofherpessimplexvirusDNAinatypicalepithelialkeratitisusingpolymerasechainreaction.BrJOphthalmol83:957-960,1999***840あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(118)

淋菌性結膜炎と鑑別を要したモラクセラ結膜炎の1例

2013年6月30日 日曜日

《第49回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科30(6):834.836,2013c淋菌性結膜炎と鑑別を要したモラクセラ結膜炎の1例加藤陽子*1中川尚*2秦野寛*3水木信久*4*1浦賀病院眼科*2徳島診療所*3ルミネはたの眼科*4横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofMoraxellaConjunctivitisDistinguishedfromGonococcalConjunctivitisYokoKato1),HisashiNakagawa2),HiroshiHatano3)andNobuhisaMizuki4)1)DepartmentofOphthalmology,UragaHospital,2)TokushimaEyeClinic,3)RumineHatanoEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMadicineモラクセラ結膜炎の成人例を経験したので報告する.症例は44歳,女性.1週間前から右眼の異物感,掻痒感,眼脂の症状があり,初診時,軽度の粘液膿性の眼脂と結膜充血,浮腫がみられた.眼脂の塗抹検鏡で多数の好中球とグラム陰性双球菌が認められた.臨床的には淋菌性結膜炎は考えにくかったが,塗抹所見より淋菌性結膜炎も否定できないと考え,モキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始した.3日目には充血,浮腫は軽減し眼脂も減少した.細菌培養ではMoraxellacatarrhalisが検出された.淋菌とMoraxellacatarrhalisはともにグラム陰性双球菌で,塗抹所見上鑑別が困難である.結膜炎を起こすグラム陰性双球菌として,淋菌以外にMoraxellacatarrhalisも念頭におく必要がある.診断に際しては臨床所見と検査所見の整合性を考慮することが重要である.WereportanadultcaseofMoraxellaconjunctivitis.A44-year-oldfemalepresentedwithforeignbodysensation,itchinganddischargeinherrighteye.Examinationrevealedmildmucopurulentdischarge,conjunctivalhyperemiaandedema.SmearmicroscopicexaminationdisclosedalargenumberofneutrophilsandGram-negativediplococci.Althoughgonococcalconjunctivitiswasconsideredonthebasisofclinicalpresentation,thepossibilityofMoraxellawasnotcompletelyruledoutduetothesmearmicroscopicfindings;eyedropsofmoxifloxacinandcefmenoximewereinitiated.Improvementinhyperemia,edemaanddischargewasnotedaftereyedropcommencement.BacterialculturedetectedMoraxellacatarrhalis.NeisseriagonorrhoeaeandMoraxellacatarrhalisarebothGram-negativediplococciandcannoteasilybedistinguishedbysmearexamination.ThepossibilityofMoraxellacatarrhalisshouldalsobeconsideredwhenGram-negativediplococciaredetectedinapatientwithconjunctivitis.Diagnosisshouldbemadeaftertakingintoaccounttheconsistencybetweenclinicalandlaboratoryfindings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(6):834.836,2013〕Keywords:モラクセラ結膜炎,淋菌性結膜炎,グラム陰性双球菌.Moraxellaconjunctivitis,gonococcalconjunctivitis,Gram-negativediplococci.はじめに結膜炎の起炎菌となるグラム陰性双球菌は,おもに淋菌である.その他,まれではあるが,髄膜炎菌もある.一方,呼吸器感染症の主要な起炎菌であるMoraxellacatarrhalis(M.catarrhalis)も結膜炎をきたすことがある.結膜炎における起炎菌の診断には,塗抹検鏡は有用な方法であるが,形態学的な診断法であるため,類似した細菌の鑑別には限界がある.今回,塗抹検鏡上鑑別が必要であった,モラクセラ結膜炎の成人例を経験したので報告する.なお,M.catarrhalisについては,Branhamellacatarrhlisと表記されることもあるが,本症例ではM.catarrhalisとする.I症例患者:44歳,女性.主訴:右眼の異物感,掻痒感,眼脂.既往歴:42歳時甲状腺眼症.現病歴:平成23年4月5日から右眼の異物感,掻痒感を自覚,眼脂がみられ,4月12日,横浜市立大学病院を受診した.初診時所見:右眼の球結膜充血,浮腫(図1),眼瞼腫脹と〔別刷請求先〕加藤陽子:〒239-0824横須賀市西浦賀1丁目11番地1号浦賀病院眼科Reprintrequests:YokoKato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UragaHospital,1-11-1Nishiuraga,Yokosuka-shi,Kanagawa239-0824,JAPAN834834834あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(112)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1前眼部所見初診時,球結膜充血,浮腫を認めた.瞼結膜に濾胞,乳頭は認めなかった.粘液性眼脂がみられた.瞼結膜に濾胞,乳頭はみられなかった.角膜は正常であった.検査および経過:眼脂の塗抹検鏡の所見では,多数の好中球とグラム陰性双球菌,グラム陽性桿菌がみられた(図2).グラム陰性双球菌は,一部好中球による貪食像も観察された.塗抹所見の特徴から,淋菌の可能性が高いと考えられた.結膜炎は比較的軽度で,膿性眼脂もみられず,眼瞼浮腫も強くないことから,淋菌性結膜炎は考えにくかったが,塗抹所見より淋菌の可能性も否定できないため,モキシフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼を開始した.治療開始3日目には,結膜充血,浮腫は軽減し,眼脂も減少した.細菌培養ではb-ラクタマーゼ陽性のM.catarrhalisが検出された.なお,本症例では薬剤感受性試験は行わなかった.その後通院なく経過は不明であった.II考按M.catarrhalisは,グラム陰性双球菌で上気道の常在菌である.かつては免疫不全状態でみられる肺炎や敗血症の起炎菌としてまれに報告されていたが,近年は慢性気道感染症の主要起炎菌の一つとされている.その他,副鼻腔炎,中耳炎などの起炎菌としても報告されている1,2).過去の文献によれば,モラクセラ結膜炎は,細菌性結膜炎の2.5.3%にあたるとされており,発症のほとんどは新生児や6歳以下の小児であるが,まれに70歳以上の高齢者にもみられる3,4).しかし,実際の日常臨床で遭遇することはまれで,近年の細菌性結膜炎の分離菌に関する報告をみても,ほとんど分離されていない.モラクセラ結膜炎の臨床像は一般的な細菌性結膜炎の所見で,カタル性結膜炎を示すといわれている.90.100%が(113)図2グラム染色多数の好中球とグラム陰性双球菌,グラム陽性桿菌が認められた.b-ラクタマーゼを産生することから5),本酵素に安定なセフェム系,ニューキノロン系などの抗菌薬が有効である.結膜炎を起こすグラム陰性双球菌は,M.catarrhalisの他に淋菌や髄膜炎菌があるが,起炎菌としては,淋菌がほとんどを占める.塗抹検鏡は,結膜炎の迅速病因診断法として有用な検査であるが,あくまで形態学的な診断法であるため,類似した細菌の鑑別には限界がある.M.catarrhalisと淋菌は,形態や染色性がきわめて類似しており,顕微鏡所見では区別できないといわれ6),成人例では鑑別が困難である.新生児の結膜炎に関しては,発症する日齢が鑑別診断として重要である.淋菌は産道感染であり2.4日,モラクセラは7.10日以降と考えられている7).グラム陰性双球菌がみられ,代表的菌種である淋菌を考えて治療を開始したが,臨床的には否定的であった.塗抹検鏡では,頻度的に少なくても類似した菌の鑑別にも注意が必要であり,臨床所見と塗抹所見の整合性を考慮して診断することが重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)松本哲哉:市中肺炎の病原微生物─一般細菌─.最新医学63:371-377,20082)鈴木賢二,黒野祐一,小林俊光ほか:第4回耳鼻咽喉科領域感染症臨床分離菌全国サーベイランス結果報告.日本耳鼻咽喉科感染症研究会会誌26:15-25,20093)坂本則敏:ブランハメラ・カタラーリス結膜炎─小児および老人における結膜炎の原因として─.あたらしい眼科6:1067-1069,19894)西原勝,井上慎三,松村香代子:細菌性結膜炎におけるあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013835 検出菌の年齢分布.あたらしい眼科7:1039-1042,1990学書院,19985)川上健司:b-ラクタマーゼ産生モラキセラ・カタラーリス7)渡辺純子,稲田紀子,立花敦子ほか:淋菌結膜炎との鑑別感染症.医学のあゆみ208:29-32,2004を要した新生児モラクセラ結膜炎─いわゆる偽淋菌結膜炎6)中山宏明:細菌学各論.微生物学第7版,p209-211,医─.眼科53:137-142,2011***836あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(114)

ニュープロダクツ

2013年6月30日 日曜日

ニュープロダクツニュープロダクツ●カティーナ社K5.5900有田式マイボーム腺圧迫鑷子(株式会社JFCセールスプラン)株式会社JFCセールスプランは,新しいマイボーム腺圧迫専用の鑷子を発売した.本器具は,カティーナ社伝統の把持しやすいハンドル形状と臨床経験からのアイデアを組み合わせた,痛みを与えることなくマイボーム腺を容易に加圧できる鑷子である.■広い圧迫子全体から加える均一な圧力と,圧を開口部方向へ加えることができる先端構造により,部分的な痛みを与えることなくマイボーム腺内の脂を押し出すことができる.■マイボーム腺開口部から直線的に遠位側へ挟み込む従来の方式と違い,先端より離れた挟み込むスペースの広い弯曲部付近が瞼縁部を超えることにより,瞼縁部に力を加えることがなく痛みを与えない.■一対の先端圧迫子は互いに対称的な形状をもち,左右どちらの向きでも圧迫子の丸い部分から眼瞼に挿入することにより,この1本で上下眼瞼の耳側から鼻側に至るマイボーム腺すべてを挟み込んで圧迫することが医療機器届出番号13B1X00049KP5100(開発指導,症例提供:有田玲子先生)可能.■標準販売価格:\31,100(消費税別).〔問合せ先〕<総発売元>株式会社JFCセールスプラン〒113-0033東京都文京区本郷4-3-4明治安田生命本郷ビル電話:03-5684-8531<製造販売元>ジャパンフォーカス株式会社〒113-0033東京都文京区本郷4-37-18IROHA-JFCビル電話:03-3815-2611本欄に紹介した製品は,すべて当該社の提供資料による.(99)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013821

後期臨床研修医日記 23.香川大学医学部眼科学講座

2013年6月30日 日曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記香川大学医学部眼科学講座上乃功香川大学医学部眼科学講座では今年の後期研修医は1人でした.昨年は2人,一昨年は1人,3年前も1人と入局者は続いていますが,少数精鋭で頑張っています.人数が少ないため,手術日はずっと手術助手に入れて,わからないことについて先輩医師はもとよりスタッフの皆さんがいろいろ教えてくれるため,非常にありがたいなと思いつつ毎日を過ごしています.今回はそんな恵まれた後期研修を過ごせる香川大学眼科の1週間を少し紹介したいと思います.1週間のスケジュールは,おもに,月・火・木は外来,水・金は手術です.月曜日まずは,病棟の患者さんを診察します.7:40.8:00は食事時間,8:00.8:30は他の先生も診察していることが多く,病棟のスリット台は2台しかないため,なるべくその時間は避けて病棟の患者さんを診察します.外来は9:00からスタートします.月曜日は教授を含め網膜硝子体が2人,緑内障・一般眼科の外来が2.3人の計4.5人が診察を行っています.最初は初診の患者さん10.20人の問診をとります.問診で散瞳が必要な患者さんには前眼部をみて,散瞳指示と必要な検査指示をします.問診をとっていると,背中にドーンと掌が.「いさお,元気か」教授です.皆が知っている白神史雄教授(現・岡山大学教授)が外来診察にやってきます.教授の診察は速いので,診察前検査も速く行わなければなりません.問診をとり終わり,診察前検査をします.多い検査は光干渉断層法(OCT)です.2時間くらいひたすら視能訓練士(ORT)の先生とOCTを撮像します.間で眼底カラー写真,蛍光眼底造影(FAG),エコーの検査が入ります.カラー・FAGは50°,30°?スプリットって?フルオレセインを注入して8分以内に両眼を撮像しないといけない!?(そんなに速く撮れる?).撮像後にパノラマ画像を作る!?と,わからなくて困ることが多く,ORTから何度も教えてもらいました.FAGはまず撮像し始めるまでが大変です.患者さんに,「右腕を出してください.腕をぎゅっと縛りますよ.(血管がでない)」「看護師さーん(ルートとって下さい)」ルートはとれて顔は台に乗ったものの,眼が開▲香川大学同門会(95)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20138170910-1810/13/\100/頁/JCOPY ▲硝子体注射を行う筆者かなくて撮像すると眼瞼が映り込んでしまいます.「看護師さーん(眼を開けて下さい)」FAG後に他の検査をしていると,診察している先生がやってきて「画像見ながら撮ってる?」.どうやらピントが合ってないとのことです.四苦八苦してなんとかピントを合わせて撮っていると,また別の先生がやってきて画面をじっと見ています.「先生どうかしましたか?」「うえのくん,白いとこ入ってちゃだめ」どうやら周辺部の撮像時に眼底ではない部分が入っているのがよくないようです.検査の達人への道は遠い!火曜日・木曜日火曜日・木曜日は,准教授,講師を含め緑内障が3人,網膜硝子体・一般眼科の外来を1.2人体制で診察を行います.月曜日と違うのは,入院前の術前検査の患者さん,光凝固の患者さんが来ることです.問診と並行して術前検査の角膜内皮,IOLマスター,眼脂培養,胸部X線写真(胸写)・心電図・採血・感染症などの全身検査を行います.光凝固(PC)は汎網膜光凝固(PRP),focalPC,directPC,YAGレーザーを行います.最初は,powerがmW,mJ?spotsize?照射時間は0.02秒,0.02秒?SuperQuadRにYAGレンズ?と非常に種類が多く戸惑いました.火・木の両日は入院日のため,患者さんの要望があれば外来の合間や,主に外来が終わってから手術説明と術前診察を行います.硝子体出血の患者さんが,出血が吸収され視力も回復しているため退院になったり,慢性心不全の患者さんが入院して来てベッドに座った途端に息苦しさを訴え,38℃台の発熱があり,心エコーでは心818あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013〈プロフィール〉上乃功(うえのいさお)宮崎大学医学部卒業,鹿児島大隅鹿屋病院にて初期臨床研修,平成24年4月より香川大学医学部眼科学講座後期研修医.筋梗塞ではなさそうだが,採血してみるとBNP(brainnatriureticpeptide)600台で慢性心不全の感染による急性増悪で,救急車でかかりつけの総合病院に転院するのに同行したりと,思わぬことが起こったりします.さらに,毎週のように入院患者が病床数をオーバーするために術後患者が突然転棟していることも多く,受け持ち患者の把握に常に注意を払っておく必要があります.また,木曜日はさらに教授回診,医局会も毎週あります.教授回診では,教授から「どっちの眼」「眼圧は」「孔はどこに開いている」「手術したのは誰」「OCTみせて」と次々に質問がくるため,主治医でない患者さんのときは少し戸惑います.医局会では抄読会での発表が当たるときがあり,英語の論文を2編読んできてそれを発表するとのこと.表がこうで,グラフがこうで,なんとか喋って,質問に答えて,最後に教授から「長い.もっとまとめて.」(すいません.僕もそう思いました.次はもっと簡潔にまとめます.)水曜日・金曜日水曜日・金曜日はおもに手術日です.外来も黄斑・斜視の先生がしていますが,研修医はおもに手術助手です.手術室は2室使用し,2台並行で行います.まずはどちらかの事前に決められた部屋に入り,主治医のときは第1助手に,教授の手伝いで入るときは第2助手に入ります.「無鈎セッシ.」(どれが無鈎ですか)「チョッパー.フックじゃないぞ」「乾いているから水かけて」「BSS(平衡食塩水)か,そうじゃないかだけは間違うな」「角膜が押しすぎて凹んでいる」「眼底が見えにくいから,見えるようにして」など,いろいろ覚えないといけないことは多かったです.特に眼内レンズ(IOL)のセッティングは最初戸惑いました.度数は,表裏は,「イエローにして」って?「先をタッキングさせてほしい」逆に「先をタッキングさせないでほしい」など.ただ,17時を過ぎると2人いた看護師が1人になってしまい,準備や片付けの人手が減り,さらに時間がかかるようになってしまうので,皆頑張って17時を過ぎないようにと必死です.(96) 土曜日土曜日は手術翌日の診察をして,1.2カ月に1回程度,緑内障の患者さんの眼圧日内変動測定があります.朝の9時から3時間ごとに翌日朝6時まで眼圧を測ります.後期研修を始めて非常に困ったことの一つがこの眼圧測定です.アプラネーションを強く当てすぎても弱く当てすぎても測れず,測れるまでの数カ月間は困りました.まだできることは少ししかありませんが,徐々にできることは増えているので,早く一人前として働けるよう毎日の経験を積み重ねて頑張っていきたいと思います.指導医からのメッセージチャを入れられながらも,いじられ役に徹して前向きに元気に頑張っていること,自分でできることが増えるにつれて言動,顔つきがたくましくなってきていることを微笑ましく垣間見ています.しかし,いつまでも周りに頼って助けられているわけにはいきません.自分の実力を認識しつつ,常にレベルアップをめざして早く一人前の眼科医に育ってくれることを期待しています.(香川大学医学部眼科学講座・准教授馬場哲也)「少数精鋭を前向きに」地方大学における医師不足は深刻ですが,今年も新人を迎えることができほっとしています.研修医は,短期間で眼科医としての知識の習得や,患者との面談,診察,検査,手術などの経験を積み,技術を習得することを要求されるので,毎日やるべきことが山積みです.そのなかで,新入局員が1人であることから先輩医局員,スタッフから毎日集中的に愛の鞭,チャ☆☆☆(97)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013819

My boom 17.

2013年6月30日 日曜日

監修=大橋裕一連載⑰MyboomMyboom第17回「吉田茂生」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載⑰MyboomMyboom第17回「吉田茂生」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介吉田茂生(よしだ・しげお)九州大学大学院医学研究院眼科学分野私は,平成5年に九州大学医学部を卒業後,九州大学眼科学教室に入局しました.2年間の臨床研修後に九州大学大学院へ進み,血管新生の分子機序についての分子生物学的研究を行いました.ちょうどヒトゲノムが完全解読される頃で,米国ミシガン大学眼科へ留学し,AnandSwaroop教授のもと,ゲノム医科学の研究を行いました.その後,福岡大学筑紫病院および九州大学病院で糖尿病網膜症や加齢黄斑変性など網膜硝子体疾患の臨床・研究・教育を行っています.学生時代はラグビー部に所属していました.大学院,留学時代のmyboom:そうだ,ゲノムをやろう!九州大学大学院での学位論文のテーマはTNF(腫瘍壊死因子)-aの誘導する血管新生の分子機序の研究です.この研究は過去の文献をもとに血管新生に重要そうなTNF-aやIL(インターロイキン)-8など少数の分子を“勘で”選んでストーリーを作りあげたものでした.臨床に役に立つ研究をしたいと思って大学院に行ったわけですが,この仮説駆動型の研究で明らかにしたTNF-aの誘導する血管新生の分子機序は実際の患者さんで起こる血管新生をどのくらい説明できるかわかりませんでした.同じ時期に,連鎖解析を用いた全ゲノムにわたるスキャンで角膜や黄斑ジストロフィなどの遺伝性眼疾患の(93)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY原因遺伝子の報告が増えはじめました.患者さんの血液サンプルを研究の出発点として明らかになった原因遺伝子は従来の病態予想から思いつかなかった遺伝子も多く,ゲノム情報を基盤に体系的にスクリーニングすることが,真に患者さんに役立つ病態の解明に重要だと感じました.そこで,留学ではゲノム医科学を勉強したいと思い,当時ミシガン大学で精力的に研究されていたDr.Swaroopにメールを送り,researchfellowとして採用してもらいました.ちょうどヒトゲノム配列がほぼ解読され,遺伝子の構造や機能の情報が加速度的に蓄積された時期でした.Dr.Swaroopには西海岸のソーク研究所にも派遣してもらい,米国の豊富な資金と人手を投入した研究を目の当たりにしながら,網膜の発生や加齢の網羅的遺伝子発現解析に従事しました.留学から帰国後のmyboom:そうだ,網膜上増殖組織の網羅的遺伝子発現解析をやろう!日本に帰って臨床の傍ら限られた時間と人手で研究をするにあたって,ゲノム医科学的手法を基盤として,それまでに誰も行っていない研究をしようと考えました.そこで考えたのが臨床研究医ならではの患者サンプルを用いた研究,網膜上増殖組織(以下,増殖組織)の網羅的遺伝子発現解析です.糖尿病網膜症(DR)や増殖硝子体網膜症(PVR)などの増殖性網膜硝子体疾患は近年の硝子体手術の進歩にもかかわらず患者さんの視機能を十分に保持できない難治例が存在し,その主要病態である網膜上増殖組織の発生進展のメカニズム解明は意義深いと考えました.しかし,増殖組織は極小検体であり,網羅的遺伝子発現解析が可能かどうかわかりませんでしたが,試行錯誤の末,網膜での発現がほとんどなく,増殖組織で有意にあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013815 〔写真1〕研究室の新年会の集合写真高発現である増殖組織特徴的遺伝子の抽出に成功しました.このうちペリオスチンという遺伝子が,その後の解析で増殖組織の進展に重要であることがわかりました.ちょうど同じ時期に,血管内皮増殖因子(VEGF)という単一の分子を標的とした薬剤が臨床応用されました.私達も増殖組織特徴的遺伝子のうちペリオスチンを第一の標的として,VEGFに次ぐ分子標的薬の創製を試みることにしました.ペリオスチンは網膜での発現がほとんどないため,その分子標的薬は副作用の少ない増殖抑制薬になると期待しています.現在のmyboom:日本発ペリオスチン分子標的薬の創製現在RNA干渉を用いたペリオスチン分子標的薬の創製を試みています.RNA干渉は,生体内で特殊なRNAによる遺伝子発現が抑制される現象です.標準的なRNA干渉医薬は,この生体機構を利用し人工的に二本鎖RNAを導入することで,疾患の原因となる蛋白質の産生を妨げることで治療を試みるものです.一方で最近,自身が折りたたまれることによりあたかも二本鎖RNAのようにふるまう一本鎖長鎖RNA核酸(nkRNA)が日本で開発され,このプラットフォームを用いたペリオスチン分子標的薬の開発を行うことにしました.すでにペリオスチンを効果的に抑制する配列を確定し,マウス網脈絡膜線維血管増殖を抑制することを確認できました.実際に治療薬の臨床応用を大学だけで完遂するのは困難で,産学官の連携が必要です.ペリオスチン核酸医薬を実現するためにベンチャー企業のアクア・テラピュー816あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013ティクスが設立されました.また本研究は,文部科学省所管の科学技術振興機構により研究成果展開事業・研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に採択されました.さらに,オープンイノベーション(組織の枠組みを越え,広く知識・技術の結集を図ること)により次世代の国富を創出することを目的として設立された政府系のファンドである産業革新機構からの支援を受けることも決まりました.がんばれ!ニッポン!私達の一連の仕事は,雑誌AERAや読売新聞で紹介されました.これまで患者さんの治療予後向上に貢献したいと思って臨床研究をしてきましたが,最近の日本をとりまく環境は変化しています.日本経済新聞によると,2011年の貿易赤字は2.5兆円でそのうち医薬品が1.4兆円と「陰の主役」となっており,日本の医療を支える税金と保険料が海外に流れ出しているのが現状です.読売新聞では私達の仕事はトップ記事で紹介され,研究成果を社会還元することに対する社会の期待が大きいと実感しました.今まで育ててくれた日本社会への恩返しの意味でも,日本発の次世代医薬開発へ向けた挑戦を続けていきたいと思います.眼科医として20年目を迎え,後進の指導も重要な仕事の一つになりました.一連の仕事を続けていくうちに,少しずつ一緒に研究をしてくれる大学院生が増えてきました.嬉しいことには,一連の研究をしてくれた石川桂二郎君,有馬充君,山地陽子君の3名が日本学術振興会特別研究員に合格しました.彼らが日本の未来の眼科の進歩に貢献する研究者に成長することを願っています.先行き不透明なニッポンの未来を明るくするのは一にも二にも志ある若者達です.高い志をもった眼科臨床研究医を一人でも多く育てたい,それが私の今の(これからも?)最大のmyboomです.次のプレゼンターは島根大学の兒玉達夫先生です.ミシガン大学に留学中に一緒に仕事をした仲間で,サッカーをはじめ多趣味な先生です.御期待ください!注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(94)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 6.私の恩師であったJin先生を偲ぶ

2013年6月30日 日曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑥責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑥責任編集浜松医科大学堀田喜裕私の恩師であったJin先生を偲ぶ赤木好男(YoshioAkagi)福井大学名誉教授1972年京都府立医科大学卒業・同大学眼科研修医.1974年同大学大学院入学.1979年同大学眼科助手.1981年留学.1984年同大学眼科講師.1986年再留学.1990年同大学眼科助教授.1993年福井大学眼科教授.2007年日本白内障学会理事長.2011年福井大学名誉教授.現在に至る.私は,1972年(昭和47年)に京都府立医科大学を卒業した.眼科研修医時代に,緑内障線維柱帯切除術で摘出された組織片を光学顕微鏡で観察することを経験した.そのことがきっかけで,さらに本格的な基礎的研究に興味を持った.そこで,2年間の研修医終了後,当時,神経解剖学で大きな業績のあった第一解剖学教室の大学院に入学した.4年間の大学院時代では佐野豊先生に師事した.大学院を終えるころ,米国に留学したい気持ちが徐々に沸き上がってきた.大学院卒業後,再び眼科学教室に戻ったが,この留学の夢を叶えてくれたのが,当時の眼科学教授,糸井素一先生であった.糸井先生のお陰で,1981年9月から,米国国立眼研究所(NationalEyeInstitute:NEI)の桑原登一郎(ToichiroKuwabara:TK)先生の研究室に留学した.出発1カ月前,8月16日の当直の折,病棟から長年の夢が叶った喜びをかみしめ,留学できる夢を膨らませながら,大文字の送り火を見たことは昨日のことのように覚えている.渡米はNewYorkのJohnF.Kennedy空港を経由して,WashingtonDCのNational空港に家族と共に夜9時頃到着した.TK研究室の前任者であり,順天堂大学から留学していた矢島保道先生には,空港まで迎えに来ていただき,その後の米国生活のセットアップに随分助けていただいた.さて,TK研究室で与えられた研究テーマは,隅角の線維柱帯,シュレム管,集合管,房水静脈などの房水流出路を一望できる切片の作製であった.無論,重要なことだとは思ったが,さっぱり興味がわかなかった.仕方がなく,余った時間で,角膜神経の再生過程を電子顕微鏡で観察する仕事をしていた.それを知ったTK先生からは度々叱責された.さらに,他の研究室ま(91)たは日本からTK研究室を訪問してきた日本人研究者にはいつも大変にこやかに対応されていたのに反し,私に向ける視線はいつも厳しいものだった.内弟子はきっちり育てようと考えておられたのか,もしくは何らかの理由で私は嫌われていたのかも知れないが,その落差は私にとって大変辛いものだった.期待に胸を膨らませて留学したのであるが,留学後2,3カ月で「もう帰国したい」といつも考える憂鬱な日々を過ごした.さて,矢島先生は主たる研究以外,同じNEIのPeterKador博士との共同研究でアルドース還元酵素(aldosereductase:AR)の眼における免疫組織化学的研究を行っていた.矢島先生が,その研究を未完成のまま帰国されることとなり,私はその継続をPeterに申し出た.Jin先生がNEI研究部門のトップであることはそのとき初めて知った.Peterの仲介で,私はビル10のJin先生の部屋に呼ばれ,研究室移動の意思を先生から直接再確認された.その年のARVO開けの日に移動日が決まった.その日から私はAR研究を正式に始めた.帰国を毎日考え鬱々とした日々から,急に新しい道が目の前に開けた感じであった.私の研究室移動を決定していただいたJin先生,仲介してくれたPeterはその意味で私の一生の恩人である.NEIではその後,私は3年間にわたりAR研究に従事した.帰国後もARを中心とした研究を続け,Peterとは30年にわたり研究面および個人的交友がある.かくしてAR研究が私のライフワークとなった.当時の米国留学生活が私の人生で最も楽しい時代だったと今でも感じている.当時FMラジオで聞いていた曲は私のiPodに数百曲入っており今でも懐かしく聞いている.あたらしい眼科Vol.30,No.6,20138130910-1810/13/\100/頁/JCOPY 写真1Jin先生1990年頃,来日され,学会で講演された.写真21995年頃のハワイで行われた日米水晶体会議懇親会Jin先生(前列右)Reddy先生(前列左),後(,)列はPeter(左)と筆者.NEIには臨床と基礎部門があった.研究部門では水晶体研究室以外,ぶどう膜炎,分子生物学など多くの研究室があった.Jin先生の主力研究であったAR研究室はPeterが室長の一つだけであった.Jin先生の時代には日本から数十名に及ぶ研究者が,NEIでさまざまな研究に従事してきた.そして,日本へ帰国後多くの研究者が研究を継続した.このことから,Jin先生が日系米国人として,日本人研究者を通して日本の眼科研究の発展に多大な功績があったことに疑いはない.一方,1977年頃,Jin先生は米国の著名な水晶体研究者であったReddy先生,Spector先生たちと水晶体会議(CCRG)を立ち上げられた.約2年後,名城大学教授の岩田修造先生が加わり,US-JapanCCRGへと発展した.それ以来,2年に1回,ハワイで開催され,長年にわたり日米の水晶体研究者の重要な交流の場となった.私自身も米国から,そして帰国後は日本から10回以上参加した.2009年,CCRGは福井大学眼科学教室としてハワイ州コナ市で主催した.近年,CCRGには世界中から水晶体研究者が集うようになった反面,日本からの参加研究者の減少とともにUS-Japanの冠称がなくなったことは残念である.Jin先生が提唱された糖白内障におけるポリオール浸透圧説とはつぎの通りである.糖異常状態では,糖はARの働きによって糖アルコールに還元される.糖アルコールは膜透過性が悪く,しかも代謝されにくいため細胞内に蓄積する.その結果,細胞内浸透圧が上昇し,細胞内に水分が吸引される.つまり細胞の膨化変性が生じ,白内障が形成されるに至る.構造式の異なる多種類814あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013のAR阻害剤(aldosereductaseinhibitor:ARI)が,実験的白内障発症を抑制もしくは治癒させる.この事実が本説を強く支持する証拠の一つである.一時は世界の多くの製薬会社がARI開発に力を注いだが,ARIの一つであるSorbinilの網膜症に対する臨床治験結果において有意な予防効果が認められなかった.この頃から,AR研究は下火となった.水晶体研究を振り返ると,これまで白内障治療効果を持つとされた薬剤のほとんどは,生体における効果については客観性に乏しいのが現状である.動物実験であるにせよ,ARIほど再現性を有しかつ説得力のある治療効果を有する薬剤は白内障研究史上例を見ないことは強調したい.Jin先生とは配下の研究者としてよく一緒に食事に行ったし,またゴルフにも行った.Jin先生は心温かい指導者でした.われわれ下の人間のいうことを良く聞いてくれ,色々と気配りをされるボスであった.自身の講演の際にも,ご自分の手柄にせず,これが誰の研究成果なのか,いつも注釈を加えておられたことは印象深い.世界的なAR研究が一段落したあと,1989年9月ArdenHouse(NW)にて「退官記念学会」を開かれ,NEIを去られた.しばらくはカルフォルニアの大学の研究室にも属し,研究活動も継続され,時々来日され講演もされた.数年後,持病の腰痛が悪化され歩行もままならなくなったのちは,周囲との連絡を完全に絶たれ,自宅で過ごされた.あらためて私の恩人であるJin先生のご冥福をお祈りしたい.また,Peterには心から感謝したい.(92)

現場発,病院と患者のためのシステム 17.“プロトタイプアプローチ”とは

2013年6月30日 日曜日

連載⑰現場発,病院と患者のためのシステム連載⑰現場発,病院と患者のためのシステム“プロトタイプアプローチ”とはシステムの開発には,ウオータフォール型の開発方式とプロトタイプアプローチと呼ばれる方式とがあります.前者は,仕様を決める上流工程に始まり,プログラムを作り,仕様通りできあがっているかをテストする下流工程まで,上から下へ進めていく方式です.後者は実際に動くプロトタ杉浦和史*はじめに一般的に,システムの開発は現状分析から始まり,BPR(無理無駄を省いた業務プロセスにする作業)をしたのち,仕様を作り,プログラム作ってテストして完成するまでの過程をたどります(図1参照).現状分析上流工程下流工程無理無駄を省いたあるべき姿へ(BPR)仕様作成・修正レビュープログラム作成・修正テスト完成戻る場所が上になるほど、費用・時間を要します.この部分に要する時間を短くし,動く環境で仕様の確認を行い,適宜修正し完成度を高める.イプを作ってテストし,スパイラル状に仕上げていく方式です.ウオータフォール方式は,設計する際の条件が変わらないことを前提としているのに対し,プロトタイプアプローチ方式は,全体構想を立てた後,小さな単位で試行錯誤を繰り返し,変更があればそれを吸収しながら完成度を高めていく方法で,当院の総合予約システムM-Magicはこれで作りました.が,そこで部門間での情報授受の齟齬,機能の過不足が発見されることもあります.これらを反映し,実用性を高め,使い勝手を向上させていきます..プロトタイプを作るタイミング院内業務総合電子化システムHayabusaは,SCD(ScreenCenteredDesign/画面中心設計)Rという考え図1一般的なシステム開発工程R仕様が“ほぼ”決まったら,レビューした後,実際に動くもの(プロトタイプ)を作り,操作し,画面レイアウト,操作性,画面遷移が作業実態に合っているかを関係者でレビューします.当院では,仕様を決めた者はもちろん,現場で作業をしているスタッフも参加します.よく吟味して作ったはずの仕様でも,実務に即して使ってみると,機能の過不足が発見されることが多々あります.また,無理な操作を要求していると指摘されることもあります.年に数回しか起らないことに,手間暇をかけていることが見つかり,BPRの結果,システムの対象から外したこともありました.当院では,必要に応じ,関連する他部門のスタッフもレビューに参加します(89)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY方で,以下の手順で設計しています.①業務内容,作業手順を分析②BPR実施③対応する画面を作る④実際に操作しているように,1操作ずつ画面を遷移させながら,以下のチェックを行う─レイアウト,文字サイズ,線の太さ,色などの見た目の印象はどうか─スム.ズな操作を阻害していないか─機能,情報の抜け漏れはないか─機能,情報の連携を考えているか⑤仕様に反映する⑥④,⑤を繰り返し,完成度を高める⑦プロトタイプを作っても良いくらいのレベルまで*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013811 発展途上実用領域研究領域合格点プロトタイプ作成時期使い勝手/性能/機能7~8割・漏れの吸収・フィッティング(さらなる実態の反映.ただし,BPR済みのこと)ブラッシュアップをしながら次第に完成度を高めていく(スパイラルアプローチ)etcブラッシュアップ期間費用,時間仕上がっているかを確認する⑧プロトタイプを作る⑨仕様通りに動くかを確認する⑩実際に動くことによって発見される問題をプロトタイプへ反映する⑪⑨,⑩を繰り返し,完成度を高める⑫完成以上ですが,⑦は無駄になる部分ができるだけ出ないようにするために必須です.ただし,完璧を目指さず,7,8割の完成度で臨むのがポイントです(図2).完璧な仕様に仕上げるのが理想ですが,①少なからず想定外のことが起きる,②得られる成果に比べ,所要時間が多すぎる,③動いているものでチェックしたほうが早いし確実.と割り切って考えます.経験に照らし,ある程度の完成度に達したと判断したときにプロトタイプを作ります.実際に動く画面を見ながらテストすると,描画ツールで作った画面を紙芝居的に見て,機能,操作性をチェックしたときには発見できなかった問題に気がつくことが多々あります.特に性能(レスポンス)は実際に動くものを見なければわかりません.機能的に満足し,操作感がまずまずでも,操作に対応した反応が遅かったら使い物になりません.見つかった問題点を反映(ブラッシュアップ)し,さらにテストを続けます.これを繰り返し行い,完成度を高め(スパイラルアップ),使えるシステム,効果を実感できるシステムが完成します.何をもって合格とするか…経営戦略(効果,費用,時間,競合他社動向)図2プロトタイプを作るタイミングR.プロトタイプを作るうえでの注意プロトタイプアプローチでは,開発期間内に,いかに頻回にプロトタイプ作成→テスト→反映を繰り返すこと812あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013ができるかがポイントです.それには,“できるだけ早くプロトタイプを作る”ことが求められます.時間を要していてはプロトタイプアプローチの意味がありません.プログラミング能力,センスに優れた技術者が必要です.一方,プログラミングは属人性の高い作業であることは知られています.できるだけ属人性を少なくし,生産性を高めるための開発支援ツール,標準コーディング(プログラムを書くこと)集の整備など,諸施策はありますが,属人性をなくすことはできません.図3は,筆者が某コンピュータベンダでOSの開発を担当していた際に使っていた,プログラムの作成がいかに属人的であるかを示すグラフです.トータルで8倍,個別に見ると27倍もの開きがあることに驚くことでしょう.図3プログラム作成の属人性Rプロトタイプアプローチで臨む際には,この属人性を考慮しなければなりません.極端にいえば,100名の平凡な技術者ではなく,10名のセンスの良い優秀な技術者に任せたい仕事です.石橋を叩き続け,なかなか渡たろうとせず,仕様が完全に仕上がるのを待ってつぎの工程に移ろうとするウオータフォール型開発の信奉者が開発チームのリーダだったりすると,工程遅延を引き起こす原因になりかねません.歴史と伝統を誇る大手ベンダ(システム開発会社)に多い“パラダイムシフトできず,時代に乗り遅れた技術者”が指揮を執ると大幅な工程遅延を引き起こす可能性が高くなります.時代に乗り遅れたという意識がないのでさらに問題を大きくします.発注側は,この点に注意し,場合によっては交代を申し入れることも必要になります.発注者は丸投げではなく,監視しなければなりません.楽そうに見える丸投げは,発注者である医療機関に有形無形の損害をもたらす可能性さえあることを肝に銘じましょう.(90)

タブレット型PCの眼科領域での応用 13.デジタルロービジョンエイドとしての全盲患者への活用-その3-

2013年6月30日 日曜日

シリーズ⑬シリーズ⑬タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第13章デジタルロービジョンエイドとしての全盲患者への活用─その3─■全盲患者におけるスマートフォン活用セミナーの意義本章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているスマートフォンの“iPhone5R(米国AppleInc.)”とタブレット型PCである“iPadminiR(米国AppleInc.)”,“iPodtouch(米国AppleInc.)”のiOSバージョン6.1.3です.この章では全盲者向けのスマートフォン体験セミナーを通して学んだ注意点や気づきを,実際のセミナーの進行に合わせて紹介していきます.■私のロービジョンエイド活用法『全盲者向け活用セミナー編』①セミナー準備これまで私は弱視者を中心とした視覚障害者や医療従事者に対して,タブレット型のPCやスマートフォンのロービジョンエイドとしての活用セミナーを行ってきました.しかし,全盲者を対象とした体験セミナーを行う機会は多くはありませんでした.その理由は,全盲者と弱視者では端末操作の指導方法が大きく異なり,両者を同時に指導することは非常に難しいためです.第11章で述べたように,タブレット型PCやスマートフォンはアクセシビリティ機能の一つであるvoiceover機能(音声補助機能)を起動することで,全盲の患者でも情報端末機器として操作ができます.Voiceoverによる操作ではおもに音声フィードバックによって端末を操作することになります.そのため全盲者向けのセミナーは少人数制として,すべての参加者が実機を操作しながら学べる環境を準備することが重要です.また,同時に複数の参加者がvoiceover操作を行うため,音声のフィードバックを各自が正確に聞き取れるように,イヤ(87)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYホンを準備した状態で説明を受けることが望まれます.②本体説明最初に電源の入っていない端末を手に取り端末本体の構造的な特徴を理解してもらい,参加者に物理的なボタンの配置と機能を実際に触って確認してもらいます.タッチパネル式の端末ではすべての液晶画面がタッチ認識の対象となるため,不用意な液晶画面への接触は誤操作の原因となります.しかし,全盲患者にとって凹凸の存在しない端末の前面における,タッチ操作に反応する液晶画面の範囲を把握することは難しいです.そのため厚紙などで作製した端末の立体模型を用いて,触覚的にその構造を認識してもらい,誤操作を生じにくい端末の把持法を指導する必要性があります(図1).次に,同様に端末の立体模型を用いて,本体液晶画面に映し出される構成要素やアイコンの配置を触覚的に理解してもらいます.最初から実機を操作するのではなく,まず物理的な構造の把握と立体模型による液晶画面の構成イメージを構築したうえで,実際の端末実機による操作手順指導へと進みます.実機を操作するまでに触図1立体模型に触れてアイコンの配置と液晶画面の範囲を認識している様子あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013809 図2片耳にイヤホンを装着して操作練習を行っている様子図2片耳にイヤホンを装着して操作練習を行っている様子覚を通して構造や画面構成を理解することで,実際の操作説明の際のイメージを想定するのが比較的容易となります.③操作説明Voiceoverを用いた具体的な操作方法の詳細に関しては第11章で述べましたが,voiceoverによる実機操作では,さまざまな操作アクションを音声によるフィードバックを通して確認することが可能です.参加者が各自イヤホンからの音声フィードバックを受けながら操作説明の指導を受けることで,より実践的な手技を習得することが可能となります(図2).Voiceover機能起動時の操作法には1本指での操作に加え,複数の指を使ったさまざまな応用操作が実装されています.全盲の患者が快適に端末を操作するためには,1本の指での操作に加え,複数の指を用いたさまざまな応用操作を習得することがとても重要です.しかし,患者のなかには指の動きが不自由な方もいるため,スマートフォンなどの対角4inchの液晶端末を利用した場合,端末の横幅が5.8cmと狭く複数の指を用いた操作が困難な場合があります.このような症例に対しては7.9inchの小型タブレット型PCを利用すると,タッチ認識可能な液晶画面の横幅が13.4cmと広く,最適な操作環境を提供できます.タブレットのサイズの多様化に伴い,これまで導入の難しかった全盲の患者に対して図3参加者の手のひらに1本指の操作の感覚を触覚を通して指導している様子も適応は確実に拡大しつつあるといえます.また,第11章でも述べましたが,初めてタッチパネル式の端末を操作する参加者には本人の手のひらに操作する指を誘導して,タッチパネル方式の操作に特異的なタッチの強さや動きの感覚を理解することで,不用意に力が入るなどの誤操作を予防することが可能です(図3).本章では全盲の患者たちに,タッチパネル式の端末を指導する際の手順と注意点について簡単に紹介しました.実際の全盲患者における端末指導では,触覚と聴覚による情報を適切に伝えることが最も重要であることに気づかされます.私は自身の活動を続けることでそのような気づきを中心に,正しいアクセシビリティ機能の活用法を広めることがとても重要であると考えています.全盲の方を含む,より多く視覚障害者がタブレット型PCやスマートフォンを日々の生活に活用することで,すべての視覚障害者の目に希望の光を戻し彼らの明るい明日が作られると私は信じています.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆810あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(88)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 121.Pheripheral exdative hemorrhagic chorioretinopathyに対する硝子体手術(初級~上級編)

2013年6月30日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載121患である.121Pheripheralexdativehem●硝子体手術のポイントorrhagicchorioretinopathy網膜下出血が黄斑部に及んでいなければ,通常単純硝に対する硝子体手術子体切除のみで良好な術後視力が得られる(図1.4).ただし,網膜下血腫の部分は出血が器質化して視野欠損(初級.上級編)池田恒彦が残存する.黄斑部を含む広範な出血性網膜.離をきた大阪医科大学眼科している場合には,筆者は耳側に意図的巨大裂孔を作製して網膜を翻転し,網膜下血腫および脈絡膜新生血管周●Pheripherledtiehhgicchorio-囲の増殖組織を除去している.血腫除去後は液体パーフretinopathy(a)に起(x)因(a)す(v)る硝(e)子(m)体(o)出(r)血(a)ルオロカーボンで網膜を伸展し,眼内光凝固施行後に液体パーフルオロカーボンとシリコーンオイルを置換すPheripheralexdativehemorrhagicchorioretinopathyる3).しかし,血腫が網膜色素上皮下に生じていること(PEHCR)は1980年にAnnesleyによって報告されたも多く,術後に色素上皮が広範に欠損してしまう可能性加齢黄斑変性の類縁疾患で,高齢者の黄斑外に出血性網が高い.膜色素上皮下血腫や網膜下血腫を生じ,しばしば硝子体出血に進展する1).加齢黄斑変性と違って,通常は片眼文献性のことが多い.網膜下出血量が多いと蛍光眼底撮影を1)AnnesleyWHJr:Peripheralexudativehemorrhagiccho施行しても周辺部の脈絡膜新生血管が確認できないことrioretinopathy.TransAmOphthalmolSoc78:321-364,1980も多いが,出血の吸収後などに検出できることもある2).2)吉田直樹,石龍鉄樹,丸子一朗ほか:ポリープ状病巣が確脈絡膜新生血管が黄斑外に存在するため,発症してもし認できたperipheralexudativehemorrhagicchorioretinopaばしば患者の自覚症状が少なく,硝子体出血をきたしてthy(PEHCR)の1例.眼科54:441-446,20123)高山圭,佐藤孝樹,石崎英介ほか:出血性網膜.離をき初めて眼科を受診するケースも多い.高齢者の原因不明たしたperipheralexudativehemorrhagicchorioretinopaの硝子体出血の鑑別診断の一つとして知っておくべき疾thyの1例.臨眼64:1573-1577,2010←図1硝子体手術直後の眼底写真術前は硝子体出血のため眼底透見不能であった.黄斑部に網膜下出血は及んでおらず,単純硝子体切除術のみで良好な視力が得られた.鼻側.上方にかけては黄色調の器質化した網膜下血腫を認める.→図2硝子体手術6カ月後の眼底写真網膜下血腫は徐々に吸収したが,視野欠損は残存した.←図3硝子体手術6カ月後のフルオレセイン蛍光眼底写真視神経乳頭の上鼻側にfibrovascularPED(網膜色素上皮.離)のような所見を認める.脈絡膜新生血管は明確には検出されなかった.→図4硝子体手術6カ月後のインドシアニングリーン蛍光眼底写真鼻側の中間周辺部に脈絡膜新生血管を疑わせる所見を認めるが,判然としなかった.(85)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20138070910-1810/13/\100/頁/JCOPY