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レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト

2014年4月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科31(4):615.619,2014cレバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト井上康*1越智進太郎*1山口昌彦*2大橋裕一*2*1井上眼科*2愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野TearClearanceEvaluationwithOCT,Using2%RebamipideOphthalmicSuspensionasTracerYasushiInoue1),ShintaroOchi1),MasahikoYamaguchi2)andYuichiOhashi2)1)InoueEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,EhimeUniversity目的:光干渉断層計(OCT)を用い,レバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%,大塚製薬,以下rebamipide)をトレーサーとして涙液クリアランスを検討した.対象および方法:健常ボランティア28名56眼を対象とした.OCTはRS-3000R(NIDEK)を用い,rebamipide10μl点眼後の涙液メニスカス高(TMH),涙液メニスカス断面積(TMA)および涙液メニスカス内の平均輝度を1分ごとに測定限界まで測定した.ImageJ(NIH)を用い,平均輝度から算出されたrebamipide濃度の経時変化より涙液クリアランス率および涙液量を求めた.結果:点眼5分後までの測定が可能であり,涙液量は9.0±7.0μlであった.TMHとTMAの有意な上昇が点眼直後と点眼1分後に認められたため(p<0.01),点眼直後から点眼2分後を反射分泌による量的負荷状態の急速相,点眼後2.5分後を量的負荷のない緩徐相と仮定した.点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は63.7±17.3%/min,急速相では99.3±49.3%/min,緩徐相では45.1±23.8%/minであった.従来,基礎分泌下として報告されている5分以降の涙液クリアランス率を今回の結果から予測した値は23.3%/minであった.結論:Rebamipide濃度変化を指標にOCTを用いて涙液クリアランスを評価することが可能であったが,基礎分泌下の涙液クリアランス率を測定するためにはより長時間の測定が必要とされる.Purpose:Toevaluatetearclearanceusingopticalcoherencetomography(OCT),followinginstillationof2%rebamipideophthalmicsuspensionasatracer.MethodsandParticipants:EnrolledinthisstudyusingtheRS-3000R(NIDEK,JAPAN)were56eyesof28volunteers.Afterinstillationof10μlof2%rebamipideophthalmicsuspension,tearmeniscusheight(TMH),tearmeniscusarea(TMA)andmeangrayvalue(MGV)ofthetearmeniscusweremeasuredeveryminute,tothedetectionlimit.TearclearancerateandtearvolumewerecalculatedfromthesequentialchangeinrebamipideconcentrationobtainedfromMGV,asanalyzedbyImageJ1.47v(NIH).Results:Measurementswerepossiblefor5minutesafterinstillation.Tearvolumewas9.0±7.0μl.TMHandTMAincreasedsignificantlyjustafterandat1minuteafterinstillation,sothistimewedefinedthetearclearanceat0-2minutesafterinstillationastheacutephaseunderreflectivehypersecretionandthetearclearanceat2-5minutesafterinstillationastheslowphasewithoutquantitativeload.Tearclearanceratesat0-5,0-2and2-5minutesafterinstillationwere63.7±17.3%/min,99.3±49.3%/minand45.1±23.8%/min,respectively.Theestimatedtearclearancerateat5-15minutesafterinstillation,previouslyreportedasthebasaltearclearancerate,was23.2%/min.Conclusion:TearclearancecanbeexaminedusingOCTwithrebamipideconcentrationasaparameter,butmeasurementoveramoreextendedtimeisnecessaryinordertoevaluatebasaltearclearancerate.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):615.619,2014〕Keywords:光干渉断層計,レバミピド懸濁点眼液,涙液クリアランステスト,涙液量.opticalcoherencetomography,2%rebamipideophthalmicsuspension,tearclearancetest,tearvolume.〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:YasushiInoue,M.D.,InoueEyeClinic,1-14-31Uno,TamanoCity,Okayama706-0011,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(137)615 はじめに流涙症とはさまざまな要因により,涙液の分泌過多あるいは排出障害を生じる疾患の総称であり,眼不快感や視機能異常を伴うと定義されている1).流涙症を生じる原因疾患は多様であり,その病態を把握するために涙液の動態解析は重要な要素である.涙液動態を解析するための一つのアプローチとして,涙液クリアランスの測定を試みた報告はこれまでに数多くある.Mishimaら2)は,蛍光光度計を使用して点眼後のフルオレセインナトリウム濃度を経時的に測定し,その結果から得られた涙液のクリアランス率や涙液量について詳細に報告している.その後にも同様の報告は多数みられるが,肝心のフルオロフォトメータが現在市販されていないという難点がある.小野ら3)は,Schirmer試験紙に吸収されたフルオレセインナトリウムの色調の濃淡を比色表で比較することによって涙液クリアランス測定を試みているが,Schirmer試験の際に使用するSchirmer紙による刺激分泌のため,基礎分泌下での涙液クリアランスを正確に反映しているとは言い難い.近年,普及が進んでいる光干渉断層計(OCT)を用いた低侵襲での定量的な評価の試みとして,Zhengら4)は生理食塩水点眼直後から30秒後までの量的負荷状態での涙液クリアランスを評価している.今回,筆者らはOCTにより懸濁性点眼液の粒子を撮影することが可能である点に着目し,涙液メニスカス内の粒子の平均輝度をもとに算出した粒子濃度を用いて,涙液クリアランス測定を試みた.懸濁性点眼液として,粒子径が2μmと最も小さく,単位当たりの粒子数が最も多いレバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%,大塚製薬,以下rebamipide)を用いた.I対象および方法本研究は川崎医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て行われた.ドライアイ,角膜疾患,涙道通水障害を有さない健常ボランティアに対し,十分な説明を行い,インフォームド・コンセントの得られた28名56眼(男性11名,女性17名),年齢39.0±11.8歳(範囲:22.58歳)を対象とした.OCTはRS-3000R(NIDEK)を用いた.涙液メニスカスの水平方向の測定幅はRS-3000Rでは2.1mmに設定されている.上下涙液メニスカスを同時に撮影することは不可能であったため,下方涙液メニスカスのみを高解像度で測定するため垂直方向の測定幅は2mmに設定した.前眼部アダプターを装着し,オートコントラストをオフにして撮影を行った.健常ボランティアに対する測定を行う前に,平均輝度とrebamipide濃度の相関を確認する目的で,rebamipideおよび倍量希釈したrebamipide希釈液の平均輝度測定を行った.オートレフラクトメータ(KR-8900R,TOPCON)のキャリブレーション用模擬眼にrebamipide原液および生理食塩水で希釈した1%,0.5%,0.25%,0.125%,0.0625%,0.03125%,0.015625%,0.0078125%のrebamipide希釈液10μlをマイクロピペットにて点眼し,前眼部アダプターを装着したRS-3000Rにて撮影を行った.健常ボランティアにおける涙液メニスカスの撮影は,自然瞬目下にて,涙を拭うなど眼瞼に触れないよう指示したうえで行った.Rebamipide点眼は両眼にマイクロピペットを用いて10μl点眼した.点眼前と点眼直後から1分間隔で平均輝度の測定限界まで撮影を行った.撮影した画像を,画像加算は行わずにパーソナルコンピュータに取り込み,ビットマップに変換し,画像処理ソフトウェアImageJ1.47v(アメリカ国立衛生研究所)を用いて平均輝度,涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH)および涙液メニスカス断面積(tearmeniscusarea:TMA)を算出した.平均輝度の測定範囲は模擬眼による結果から平均輝度とrebamipide濃度の相関が最も高い測定幅を選択した.測定幅の設定はビットマップ画像であるためpixel数で決定した.また,rebamipide粒子の涙液中での溶解率を知るために,pH7.2.8.2であるビーエスエスプラスR500眼灌流液0.0184%日本アルコン(BSS)200μlにrebamipide100μlを混合し,平均輝度の経時的変化を測定した.II結果模擬眼におけるOCT画像を図1に示す.液面に近い画面上方で反射強度が強く,下方では反射が減衰していた.rebamipideの濃度が高いほどこの傾向が著明に認められた.測定範囲を図2に示す.Y軸方向の測定幅は平均輝度に影響を認めなかった.Z軸方向の測定幅と平均輝度との関係を図3に示す.測定幅を20pixelに設定した場合の平均輝度とrebamipide濃度の相関が最も高かった.これに従うと,rebamipide濃度と平均輝度の相関は,rebamipide濃度=0.000055207718215e0.02992313134691×平均輝度(r2=0.993)で表すことができる.健常ボランティアにおけるrebamipide濃度の測定は点眼5分後まで可能であった.TMHとTMAは点眼直後と点眼1分後に有意な増加を示した(p<0.01).点眼2分後以降は点眼前との間に有意差は認められなかった(図4).この結果より,点眼直後から点眼2分後までを反射分泌および量的負荷状態における急速相,点眼2.5分後を量的負荷のない緩徐相と仮定した.模擬眼で得られた計算式を用いて涙液メニスカス内の平均輝度からrebamipide濃度を算出した.下方涙液メニスカス内のrebamipide濃度の経時変化を図5に示す.616あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(138) 2%1%0.5%0.125%0.0625%0.03125%0.015625%0.0078125%図1Rebamipide原液および生理食塩水で希釈したムコスタ希釈液とOCT像上:Rebamipide原液および生理食塩水で希釈した各ムコスタ希釈液.下:RS-3000Rで撮影したOCT像.1TMA(mm2)測定範囲Y軸Z軸Rebamipide濃度(mg/μl)y=0.0000552e0.0299×平均輝度r2=0.99350100150200:20pixel:40pixel:60pixel:80pixel:100pixel0.10.010.0010.00010.000010図2平均輝度の測定範囲の設定平均輝度**図3Rebamipide濃度とZ軸幅との相関******:TMH:TMA0.80.090.70.07-30.6-90min1min2min3min4min5min緩徐相急速相ln(rebamipide濃度)THM(mm)-40.50.05-50.40.030.3-60.010.2-7-0.010.1-80BL0min1min2min3min4min5min-0.03経過時間経過時間図4TMH,TMAの経時変化図5健常人ボランティアにおけるrebamipideKruskalWallistest多重比較:Steel:*p<0.05,**p<0.01濃度の経時変化(139)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014617 250200150100500-50涙液クリアランス率(%/min)経過時間y=121.76x-0.725r2=0.98730~1min1~2min2~3min3~4min4~5min図6点眼直後から5分間の涙液クリアランス率の経時変化点眼直後のrebamipide濃度から涙液量は,涙液量(μl)=10μl×点眼したrebamipide濃度/点眼直後rebamipide濃度.1で表すことができる.健常ボランティアの涙液量は9.0±7.0μl(平均値±標準偏差)であった(表1).涙液クリアランス率は,涙液クリアランス率(%/min)=ln(slope)×100を用いて算出した.点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は63.7±17.3%/min,点眼2分後までの,急速相における涙液クリアランス率は99.3±49.3%/min,点眼2分後から5分後までの緩徐相における涙液クリアランス率は45.1±23.8%/minであった(表1).5分間の涙液クリアランス率の経時変化から近似式を求めるとy=121.7611x(.0.7246)(r=0.987)が得られ(図6),この式により5.15分後の涙液クリアランス率を予測すると23.3%/minであった.III考按今回,測定された涙液量は9.0±7.0μlでありMishimaら2)や清水ら5)の報告とほぼ同様であった.このことから,結膜.内のrebamipide懸濁粒子は瞬目により涙液中に均一に配分されていることが予想される.一方,点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は63.7±17.3%/minであり,Mishimaら2)52%/min,清水ら5)31.5±14.45/minの報告と比べて高値を示していた.清水ら5)は点眼量と刺激分泌に関する検討を行っており,同一濃度であっても,1μl点眼よりも5μl点眼したほうが涙液量,点眼直後から5分後までの涙液クリアランス率は有意に高値を示したと報告している.健常者に対する10μl点眼後のrebamipide濃度の測定限界は5分と短く,点眼量を少なくすると5分以内に測定可能範囲(2%.0.0078125%)下限以下となるため,今回の測定ではムコスタ点眼量を10μlとした.この点が今回測定された涙液クリアランス率が高値を示した原因の一つと考えられる.さらに,rebamipide懸濁粒子の涙液中での溶解も考慮す618あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014表1涙液量と,点眼直後から5分後,急速相および緩徐相の涙液クリアランス率涙液量(μl)9.0±7.0涙液クリアランス率(%/min)点眼直後から5分後63.7±17.3急速相(点眼直後から2分後)99.3±49.3緩徐相(点眼2分後から5分後)45.1±23.8る必要がある.Rebamipideは点眼ボトル内ではpH5.5.6.5に調整されており溶解しないが,涙液のpHに近いと考えられるBSS中では7.89±1.77%/minの溶解が起こっている.したがって,今回の結果については,真の涙液クリアランス率にrebamipideの溶解率を加えたものを測定している可能性がある.また,今回の検討ではTMH,TMAが点眼前に戻る2分後以降を緩徐相とし,量的負荷がなく基礎分泌下における涙液クリアランス率に近い値が得られることを予測していた.しかし,涙液クリアランス率は2分以降も漸減していることから,緩徐相においては反射分泌の亢進が導涙の予備能により代償されており,反射分泌の減少とともに涙液クリアランス率が低下してきていると考えられる.涙液クリアランスに関する従来の報告では,点眼後5分以降の値を基礎分泌下でのクリアランスと定めているものが多い.基礎分泌下での涙液クリアランス率を知るためにはより長時間の測定をする必要があること,そのためには涙液中でも溶解しない,より濃度の高い懸濁液が必要とされることが改めて確認された.今回の測定値から推定された5分後以降の基礎分泌下における涙液クリアランス率は3.3%/minであり,従来の点眼5分後以降の涙液クリアランス率を測定した報告10.7.30.0%/min2,5.10)にはほぼ一致していた.一般臨床への応用を考えると,短時間の測定結果から基礎分泌下の涙液クリアランス率を予測する手法も今後の検討に値すると考えられる.文献1)横井則彦:巻頭言─流涙症の定義に想う─.眼科手術22:1-2,20092)MishimaS,GassetA,KlyceSDetal:Determinationoftearvolumeandtearflow.InvestOphthalmol5:264-275,19663)小野眞史,坪田一男,吉野健一ほか:涙液のクリアランステスト.臨眼45:1143-1147,19914)ZhengX,KamaoT,YamaguchiMetal:Newmethodforevaluationofearly-phasetearclearancebyanteriorsegmentopticalcoherencetomography.ActaOphthalmol2013Sep11.doi:10.1111/aos.12260[Epubaheadofprint]5)清水章代,横井則彦,西田幸二ほか:フルオロフォトメト(140) リーを用いた健常者の涙液量,涙液turnoverrateの測定.日眼会誌97:1048-1052,1996)XuKP,TsubotaK:Correlationoftearclearancerateandfluorophotometricassessmentoftearturnover.BrJOphthalmol79:1042-1045,19957)WebberWR,JonesDP,WrightP:Fluorophotometricmeasurementsoftearturnoverrateinnormalhealthypersons:evidenceforacircadianrhythm.Eye1:615620,19878)SahlinS,ChenE:Evaluationofthelacrimaldrainagefunctionbythedroptest.AmJOphthalmol122:701708,19969)VanBestJA,BenitezdelCastilloJM,CoulangeonLM:Measurementofbasaltearturnoverusingastandardizedprotocol.Europeanconcertedactiononocularfluorometry.GraefesArchClinExpOphthalmaol233:1-7,199510)OcchipintiJR,MosierMA,LaMotteJetal:Fluorophotometricmeasurementofhumantearturnoverrate.CurrEyeRes7:995-1000,1988***(141)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014619

高齢者に初発発症した急性前部ぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):611.614,2014c高齢者に初発発症した急性前部ぶどう膜炎の1症例渡辺芽里吉田淳新井悠介川島秀俊自治医科大学病院眼科PatientwithElderlyOnsetAcuteAnteriorUveitisafterSurgeryforCataractMeriWatanabe,AtsushiYoshida,YusukeAraiandHidetoshiKawashimaDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityHospital急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)は若年壮年者の片眼に強い眼痛を伴って発症するのが特徴で,前房に線維素,角膜輪部に毛様充血がしばしばみられる.筆者らは,白内障術後の85歳で発症したAAUの女性患者を経験した.2年前に左眼白内障手術歴がある.10日前より左眼充血と激しい疼痛,霧視が出現,遅発性眼内炎を疑われ自治医科大学病院眼科紹介となった.左眼に,毛様充血,非肉芽腫性角膜裏面沈着物,前房蓄膿,眼内レンズ表面に付着する巨大な線維素塊を認めた.前部硝子体に炎症細胞がみられたが,眼底には有意な所見はなかった.術後2年経過の手術創口部位に感染徴候を認めなかったため,術後眼内炎よりもAAUを疑い診断的治療目的にステロイド薬の結膜下注射を施行,翌朝には著明に改善し,以後ステロイド薬の点眼内服により眼炎症は抑制された.ヒト白血球抗原(HLA)-B27は陰性であった.高齢発症のAAUは稀であるが,高齢者のAAUも考慮することが必要と考える.Acuteanterioruveitis(AAU)ischaracterizedbyyoungormiddle-agedonsetofmonocularinflammationwithacutepain.Fibrinoushypopyonandsevereciliaryhyperemiaareoftenobserved.Weexperiencedan85-year-oldfemalepatientwithAAU,whohadundergonesurgeryforcataractinherlefteyetwoyearspreviously.Shewasreferredtoourhospitalbecauseofsuspectedinfectiousendophthalmitis.Slit-lampexaminationrevealedfinekeraticprecipitate,hypopyonandmassivefibrinontheintraocularlens.Ophthalmoscopyshowednoobviousinflammatorychangesofthefundus.Sincethemaincornealwoundfromtheformersurgeryhadnoinfectioussymptoms,shewasdiagnosedwithAAU,ratherthaninfectiousendophthalmitis.Shewasthereforetreatedwithsubconjunctivalinjectionofdexamethasoneastherapeuticdiagnosis.Bythenextmorning,theintraocularinflammationwasmuchimproved.Shewassubsequentlytreatedwithtypicalandsystemiccorticosteroid.Humanleukocyteantigen(HLA)-B27wasnegative.TheincidenceofelderlyonsetAAUisverylow,yetAAUoccursevenintheelderlypopulation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):611.614,2014〕Keywords:急性前部ぶどう膜炎,高齢者,線維素析出,ステロイド薬治療.acuteanterioruveitis,elderly-onset,fibrinprecipitation,corticosteroidtherapy.はじめに急性前部ぶどう膜炎(acuteanterioruveitis:AAU)は,劇症の急性虹彩毛様体炎をきたし,微細な角膜裏面沈着物や線維素析出を形成する.片眼性が多いが両眼発症も30%程度ある1)といわれており,急激な眼痛,羞明,視力低下などの自覚症状が強い2).病因は明らかになっていないが,ヒト白血球抗原(HLA)-B27との関連が指摘されている.HLAB27保有率は欧米では日本より多く,欧米ではAAU患者のおよそ50%がHLA-B27陽性である3.5).初発年齢は,比較的若年(20.40歳代)で,高齢で再発することはあっても,初発発作の発症は平均で35歳前後とする報告が多い1,2,5).50歳代以上の報告はしばしばあるが,70歳代以上の高齢者での初発は稀である6).今回筆者らは,白内障手術後の80歳代の高齢者に発症し,感染性眼内炎との鑑別を要したAAUの症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕吉田淳:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsushiYoshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsukeshi,Tochigi329-0498,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(133)611 図1初診時左眼前眼部所見Descemet皺襞(赤矢印)および耳側前房に線維素塊(白矢頭)を認めた.I症例症例:85歳女性.主訴:左眼の疼痛,充血,視力低下.既往歴:2年前に近医で左眼の白内障手術,狭心症,高血圧.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:X年2月9日左眼充血,疼痛が出現した.2月13日近医受診し,ぶどう膜炎と考えられ,ステロイド薬点眼開始.2月18日同院再診時,前房蓄膿が認められ,高齢で,かつ白内障術後眼であることより遅発性感染性眼内炎を疑われ,即日自治医科大学病院眼科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.1(0.4×+2.00D),左眼は0.15(0.3×+1.00D)だった.眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg,右前眼部は異常なく,左前眼部は,細隙灯顕微鏡にて著明な毛様充血のほか,前房蓄膿および耳側前房に線維素塊を認め,微細な角膜裏面沈着物とDescemet膜皺襞がみられた(図1).しかし,白内障手術切開創に眼脂や縫合不全などの感染徴候は認めなかった(図2).中間透光体は,右眼は白内障があり,左眼は眼内レンズが.内固定されていて,後.混濁はなかった.右眼眼底に異常所見はみられず,左眼眼底は,前部硝子体に炎症性混濁があり眼底透見性は低下していた.経過:原因精査のため,血液検査を行った.白血球9,400/ml,CRP1.82mg/dlといずれも軽度上昇を認めた.赤血球沈降速度は,54mm/時と延長していた.しかし,リウマトイド因子および抗核抗体は陰性であった.b-Dグルカンは7.4U/mlで上昇していなかった.Hb(ヘモグロビン)A1C5.8%で糖尿病は否定的であった.高齢であったが,初診時に発熱や眼痛以外の疼痛はなく,眼症状のほか全身状態は問題なかった.白内障手術から2年以上経過しており,創部も612あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014図2初診時左眼前眼部鼻側所見白内障術後創部(白矢印)は鼻側にあり,その部位に眼脂の付着や縫合不全・房水漏出はなかった.前房蓄膿(黒矢頭)も確認できる.図3治療開始3週間後左眼前眼部所見前房内線維素・Descemet膜皺襞は完全に消失,左眼矯正視力(0.5).縫合不全や眼脂の付着などの感染徴候なく,漏出もなかった.急性発症の劇症の虹彩毛様体炎で,微細な角膜裏面沈着物とDescemet膜皺襞がみられ前房蓄膿も形成しており,眼痛,羞明,視力低下などの自覚症状が強いなどの自他覚所見がAAUと類似していた.しかし初発であり,高齢発症である点が典型的ではなかった.診断的治療として,デカドロン結膜下注射(1mg)を行い,翌日増悪した場合,もしくは改善を認めない場合は,前房穿刺を行い培養,病理検査を行う方針とした.翌朝(2月19日)には眼痛が著明に改善し,前房炎症も改善傾向であった.感染性も完全には否定できずステロイド薬内服は保留とし,0.1%リンデロンおよびニューキノロン系点眼を2時間ごと点眼で,トロピカミド・フェニレフリン合剤点眼を1日4回点眼で追加した.その後徐々に前房炎症は改善傾向を示し眼底も十分透見できるようになったため,抗生剤内服および静脈内投与,硝子体手術は行わな(134) かった.左眼眼底上,明らかな網膜血管炎やその瘢痕病巣は見当たらなかった.また,前房穿刺による細菌真菌培養や鏡検,前房水PCR(polymerasechainreaction)検査も行わなかった.ステロイド結膜下注射および点眼で改善傾向にあることより,AAUと診断したが,依然として炎症が強く,初診4日目(2月22日)より点眼はそのままでプレドニゾロン内服20mg/日を開始した.治療開始3週(3月11日)で,線維素塊,前房蓄膿,毛様充血は消失し炎症も沈静化した(図3).この時点でHLA-B27およびB51は陰性であることが確認された.以後,2週ごとに点眼およびステロイド薬内服は漸減し,治療開始6週(4月1日)で内服を終了した.治療開始6週の時点で,左眼矯正視力は(0.9)まで改善し,7カ月経過した現時点で再発はない.II考按AAUは,急性発作的に,毛様体無色素上皮細胞の血液眼関門が破綻し,前房内への炎症細胞浸潤,前房内蛋白濃度の上昇を生じると考えられている.さらに炎症細胞の活性化により血液房水関門を含む組織障害が進行することにより角膜後面沈着物あるいは線維素析出や線維素性の前房蓄膿を生じる5).通常は片眼性だが,両眼に生じることもある1,5,6).副腎皮質ステロイド薬によく反応し,炎症は通常3週間程度で改善,3カ月以内には大部分が治癒するが,再発が多い5).類似の症状を呈する疾患の鑑別として,Behcet病,糖尿病虹彩炎,梅毒性ぶどう膜炎,前部強膜炎,白内障をはじめとする前眼部内眼手術後の眼内炎などがあげられる.Behcet病に関しては,眼症状以外の全身所見の有無で鑑別が可能である.また,糖尿病虹彩炎や梅毒性ぶどう膜炎を除外するためにも,既往歴の聴取と血液検査は有用である.前部強膜炎との違いは,炎症の主座が,虹彩側か強膜側かによるが,びまん性の前房炎症の場合は,鑑別が困難である.強膜炎の原因となる,関節リウマチ,Wegener肉芽腫症などの基礎疾患の有無を確認することは最低限必要となる.また,白内障手術創口部付近の虹彩鼻側上方側に虹彩萎縮が初診時から治療後(図3)もみられ,この所見からヘルペス虹彩炎の可能性も考えられた.しかし,治療経過で拡大することもなく存在し,眼圧上昇もなかったことから,手術による虹彩萎縮ではないかと考えた.白内障術後眼内炎は,通常,術後早期(1週間以内)の発症で,半年以内の報告が多い7).また,基礎疾患に糖尿病がある患者に,術後2年以上経過して,縫合糸から眼内炎を生じた報告はある8).本症例は術後2年経過しており,創部に縫合不全や眼脂などの感染徴候はなかった.また,糖尿病の既往もなかったことより,本症例は,白内障術後眼ではあったが,感染性眼内炎のリスクは低い患者であった.以上のように,前房炎症をきたす疾患の多くがAAUとの(135)鑑別にあがるが,全身的な疾患の検索のほかに,初発発症年齢も,診断を進める手がかりとなる.ぶどう膜炎では一般的には,原田病は若年者から高齢者までみられるが,若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)に伴う虹彩炎や,Behcet病は若年者で有意に多い.わが国では,澁谷らの統計9)によると,65歳以上の高齢発症(144例)のぶどう膜炎では,Behcet病に関しては,高齢発症の症例がなく,原田病,強膜炎は各々10例(7%)と11例(8%)で,青壮年層(20.64歳,245例)発症の原田病(23例9%),強膜炎(21例9%)と同頻度であったが,サルコイドーシスや悪性リンパ腫/仮面症候群の高齢発症は各々25例(17%)と7例(5%)で青壮年層発症のサルコイドーシス(20例8%),仮面症候群(0例0%)より高頻度であった.そしてAAUについては,20.64歳の青壮年発症(28例11%)に対して高齢発症(5例3%)と低頻度と報告している.このことは,Behcet病ほどではないにしても,他のぶどう膜炎に比較して,AAUでは高齢発症は稀であることを示している.外間らの1999年の報告1)では,AAU初発発症の平均年齢は38.2±13.7歳である.HLA-B27陽性群と陰性群に分けると,有意差はなくとも,HLA-B27陽性群のほうが,陰性群と比して若年に多いと一般的にいわれている.わが国では,先述した外間らの報告1)でHLA-B27陽性群が平均35歳,陰性群が41歳,吉貴らの報告2)ではHLA-B27陽性群の平均年齢が35歳,陰性群が55歳である.わが国では,これまでのAAUの初発症例の最高齢は,調べられた範囲では,吉貴ら2)の統計の,B27陰性群の75歳の患者であった.本症例は85歳が初発年齢であり,最高齢のAAUの報告と思われる.本症例のように70歳代以上の高齢者で,初発のAAUをきたす可能性はあるため,年齢だけで鑑別から除外することはできない.高齢発症のぶどう膜炎に遭遇したとき,術後眼内炎の他,糖尿病,関節リウマチや梅毒,悪性リンパ腫など全身疾患だけなく,AAUも念頭に入れておく必要もある.III結語高齢者発症のぶどう膜炎に遭遇した際は,内因性非感染性ぶどう膜炎も考慮することが必要である.高齢発症のAAUは稀であるが,前房の炎症が主体であれば高齢発症のAAUの可能性も考え鑑別することが求められる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)外間英之,後藤浩,横井秀俊ほか:急性前部ぶどう膜炎あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014613 94症例の臨床的検討.臨眼53:637-640,19992)吉貴弘佳,小林かおり,沖波聡:ヒト白血球抗原(HLA)-B27陽性急性前部ぶどう膜炎.眼紀55:715-718,20043)RothovaA,vanVeenedaalWG,LinssenAetal:Clinicalfeaturesofacuteanterioruveitis.AmJOphthalmol103:137-145,19874)PowerWJ,RodriguezA,Pedroza-SeresMetal:OutcomesinanterioruveitisassociatedwiththeHLA-B27haplotype.Ophthalmology105:1646-1651,19985)岩田光浩:急性前部ぶどう膜炎.眼科49:1199-1208,20076)望月學:急性前部ぶどう膜炎.臨眼42:9-12,19887)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20068)井幡紀子:白内障手術後2年経過して発症した眼内炎の1例.眼臨91:941-942,19979)澁谷悦子,石原麻美,木村育子ほか:横浜市立大学附属病院における近年のぶどう膜炎の疫学的検討(2009-2011年).臨眼66:713-718,2012***614あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(136)

特発性虹彩毛様体炎と診断されていた糖尿病虹彩炎の臨床経過

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):605.609,2014c特発性虹彩毛様体炎と診断されていた糖尿病虹彩炎の臨床経過村岡督高山圭田口万蔵石川聖竹内大防衛医科大学校眼科学教室ClinicalFeaturesofDiabeticIritisPatientsDiagnosedwithIdiopathicIridocyclitisTadashiMuraoka,KeiTakayama,ManzoTaguchi,ShoIshikawaandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege原因不明のぶどう膜炎あるいは特発性虹彩毛様体炎の診断にて防衛医科大学校病院眼科を紹介受診し,糖尿病虹彩炎と診断された6例8眼(47.71歳)を診療録より後ろ向きに調査した.全例が無治療糖尿病患者であり,空腹時血糖値は301±58(230.376)mg/dl,HbA1C(ヘモグロビンA1C)は12.5±1.1(10.7.13.7)%であり,尿定性試験で尿糖および尿蛋白が全例陽性であった.前房内浸潤細胞が全眼で認められ,フィブリン析出が6眼,角膜後面沈着物が4眼,虹彩後癒着が6眼,前房蓄膿が2眼にみられた.糖尿病網膜症なしは1眼,単純糖尿病網膜症は4眼,増殖前糖尿病網膜症は3眼であった.全例でステロイド薬および散瞳薬の点眼,血糖コントロールを開始し,23.1±21.5日(3.60日)で軽快した.受診を自己中断した2例を除き血糖コントロールが継続され,その後虹彩毛様体炎の再発を認めなかった.糖尿病虹彩炎は特発性として見逃される症例があり,虹彩毛様体炎をみたときには血糖値検査や尿検査を行う必要があると考えられた.Weretrospectivelyreviewed6patients(8eyes)diagnosedwithdiabeticiritisatNationalDefenseMedicalCollegeHospitalfromMarch2011toSeptember2012.Allhadbeenreferredtoourhospitalashavingidiopathiciridocyclitis.Meanagewas58.0±10.1years.Allhaduntreateddiabetesmellitus;fastingplasmaglucoselevelswas301±58mg/dlandhemoglobinA1C(HbA1C)was12.5±1.1%atpresentation.Urinalysisshowedpositiveforglucoseandproteininallpatients.Oneeyehadnodiabeticretinopathy,4eyeshadsimplediabeticretinopathyand3eyeshadpreproliferativediabeticretinopathy.Iridocyclitisremissionwasachievedinallpatientsbycorticosteroideye-dropsandmedicaltreatmentfordiabetesmellituswithameandurationof23.1±21.5days(3.60days).Sincediabeticiritisisoftenmisdiagnosedasidiopathiciridocyclitis,plasmaglucoselevelandurineglucoseshouldbeexaminedinpatientswithiridocyclitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):605.609,2014〕Keywords:糖尿病虹彩炎,糖尿病性ぶどう膜炎,特発性虹彩毛様体炎,無治療糖尿病,前部ぶどう膜炎.diabeticiritis,uveitisassociatedwithdiabetesmellitus,idiopathiciridocyclitis,untreateddiabetesmellitus,anterioruveitis.はじめに1868年にNoyes1)が糖尿病患者における虹彩毛様体炎を報告後,糖尿病以外に原因が考えられない虹彩毛様体炎の報告2.6)が数多くされてきた.いずれも血糖コントロールの不良な患者において急性で強い炎症を伴う漿液性線維素性虹彩毛様体炎を呈するなどの共通した特徴が認められ,糖尿病虹彩炎として知られている.1935年にWaiteとBeetham7)は,糖尿病患者と非糖尿病患者でぶどう膜炎の発生頻度に有意差を認めなかったことを報告したが,これまで国内外を問わず,糖尿病患者は非糖尿病患者よりもぶどう膜炎の合併が多く,特に前部ぶどう膜炎の合併が多いことが多数報告2,8.10)されている.わが国では,糖尿病患者の0.3%11).6.8%2)が虹彩毛様体炎を発症し,ぶどう膜炎疫学調査の多施設共同研究ではぶどう膜炎患者の〔別刷請求先〕村岡督:〒359-8513埼玉県所沢市並木3.2防衛医科大学校眼科学教室Reprintrequests:TadashiMuraoka,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege,3-2,Namiki,Tokorozawacity,Saitama,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(127)605 1.6%12)に,首都圏の診療所を受診したぶどう膜炎患者ではその16.4%13)に糖尿病虹彩炎がみられることが報告されている.今回筆者らは,原因不明のぶどう膜炎あるいは特発性虹彩毛様体炎として紹介され,糖尿病虹彩炎の診断に至った症例を複数例経験したので報告する.I対象および方法平成23年3月から平成24年9月までの1年6カ月の間に,原因不明のぶどう膜炎あるいは特発性虹彩毛様体炎の診断で防衛医科大学校病院眼科を受診し,糖尿病虹彩炎と診断された6例8眼を診療録より後ろ向きに検討した.本研究は,防衛医科大学校病院倫理委員会の承認を得て施行された.II結果男性4例4眼,女性2例4眼,発症時の平均年齢は58.0±10.1歳(47.71歳)で,右眼のみの発症が3例(50.0%)左眼のみの発症が1例(16.7%),両眼発症が2例(33.3%)(,)であった.過去に虹彩毛様体炎の既往が4例(66.7%),高血圧症の既往が2例(33.3%),脂質異常症の既往が2例(33.3%),喫煙習慣および飲酒習慣が2例(33.3%)であった.全6例(100%)が無治療の2型糖尿病であり,2例(33.3%)は眼科受診を契機に初めて糖尿病が発見された(表1).初診時の主訴は,視力低下,霧視,充血がそれぞれ7眼(87.5%),眼痛が6眼(75.0%),流涙が1眼(12.5%)であった(表2).全身症状として,口腔内アフタ性潰瘍,陰部潰瘍,皮膚症状,腰背部痛を有するものはなかった.検査所見は,logMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力0.88±0.77,眼圧17.0±3.5mmHg,BMI(体重指数)24.5±2.9kg/m2,空腹時血糖値301±58(230.表1糖尿病虹彩炎患者(全6例8眼)性別男性4例4眼女性2例2眼平均年齢58.0±10.1歳(47.71歳)発症眼右眼のみ左眼のみ3例(50.0%)1例(16.7%)両眼発症2例(33.3%)既往歴過去に虹彩炎の既往高血圧症の既往4例(66.7%)2例(33.3%)脂質異常症の既往喫煙習慣および飲酒習慣2例(33.3%)2例(33.3%)糖尿病歴無治療の2型糖尿病6例(100%)うち,2例は眼科受診を契機に発見された.376)mg/dl,HbA1C(ヘモグロビンA1C)12.5±1.1(10.7.13.7)%,BUN(血中尿素窒素)13.3±3.3mg/dl,クレアチニン0.63±0.16mg/dl,eGFR(推算糸球体濾過量)97.1±22.5ml/min/1.73m2,尿定性検査で尿糖および尿蛋白が全6例(100%)で陽性,尿ケトン体が2例(33.3%)で陽性であった.その他の検査結果を合わせて表3に示す.前眼部所見として,前房微塵が全8眼(100%)で認められ,フィブリン析出が6眼(75.0%),角膜後面沈着物が4眼(50.0%),虹彩後癒着が6眼(75.0%),前房蓄膿が2眼(25.0%)にみられた(表4).糖尿病網膜症を認めなかったのは1眼(12.5%),単純糖尿病網膜症が4眼(50.0%),増殖前糖尿病網膜症が3眼(37.5%)に認められた(表5).全例で副腎皮質ステロイド薬の点眼および散瞳薬の点眼を開始し,内科管理下で血糖値をコントロールした.糖尿病虹彩炎は全例で軽快し,発症から軽快までの期間は3.60日(23.1±21.5日)であった.軽快時のlogMAR視力は0.37±0.50であり,発症時に視力低下を認めなかった1眼を除き改善を認め(図1),有意な眼圧下降もみられた(図2),(p<0.01,Wilcoxonsigned-ranktest).虹彩毛様体炎軽快時には全例で尿定性試験における尿糖,尿蛋白,尿ケトン体は陰性であった.単純糖尿病網膜症から網膜症が進行した1眼および増殖前糖尿病網膜症を生じた2眼に対しては糖尿病虹彩炎軽快後に網膜光凝固治療が開始された.増殖前糖尿病網膜症であった1眼においては光凝固が施行されず硝子体出血に至った.軽快後は,受診を全科で自己中断した2例を除いて血糖コントロールが継続され,その後虹彩毛様体炎の再発を認めなかった(平均観察期間5.6±1.9カ月).III代表症例患者:62歳,女性.主訴:両眼充血,霧視.現病歴:過去2年間に虹彩毛様体炎の発症とステロイド点眼治療による軽快を繰り返していた.8度目の虹彩毛様体炎を発症し,左眼に前房蓄膿が認められたため,特発性虹彩毛様体炎の診断で防衛医科大学校病院眼科を紹介受診した.表2主訴(全8眼)主訴視力低下霧視充血眼痛流涙眼数(割合)7眼(87.5%)7眼(87.5%)7眼(87.5%)6眼(75.0%)1眼(12.5%)*重複含む.606あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(128) 表3検査所見(全6例8眼)検査項目検査結果検査項目検査結果検査項目検査結果視力(logMAR)0.88±0.77眼圧(mmHg)17.0±3.5空腹時血糖(mg/dl)301±58HbA1C(%)12.5±1.1BMI(kg/m2)24.5±2.9BUN(mg/dl)13.3±3.3クレアチニン(mg/dl)0.63±0.16eGFR(ml/min/1.73m2)97.1±22.5尿糖定性陽性6例尿蛋白定性陽性6例尿ケトン体定性検査陽性2例AST(IU/l)21.3±9.3ALT(IU/l)26.3±17.2LD(IU/l)216±22Na(mEq/l)137±2K(mEq/l)4.2±0.3Cl(mEq/l)98±3WBC(/μl)7050±2350CRP(>0.3mg/dl)陽性2例Hb(g/dl)15.1±0.8Hct(%)43.6±2.8Plt(×104/μl)20.7±4.8PRP・TPHA定性陽性0例HBs-Ag定性陽性0例抗HCV-Ab陽性0例Mean±SD.logMAR:logarithmicminimumangleofresolution,BUN:血中尿素窒素,AST:アスパラギン酸・アミノ基転移酵素,Na:ナトリウム,WBC:白血球,Hb:ヘモグロビン,PRP:血小板浮遊血漿,TPHA:梅毒トレポネマ血球凝集反応,ALT:アラニン・アミノ転移酵素,K:カリウム,CRP:C反応性蛋白,Hct:ヘマトクリット,HBs-Ag:B型肝炎表面抗原,BMI:体重指数,eGFR:推算糸球体濾過量,LD:乳酸脱水素酵素,Cl:塩素,Plt:血小板,HCV-Ab:C型肝炎ウィルス抗原.表4前眼部所見(全8眼)所見眼数(割合)前房微塵8眼(100%)フィブリン析出6眼(75.0%)角膜後面沈着物4眼(50.0%)虹彩後癒着6眼(75.0%)前房蓄膿2眼(25.0%)*重複含む.p<0.010.53±0.56少数視力0.75±0.5310.10.01発症時軽快時(n=8)図1糖尿病虹彩炎発症時と軽快時のlogMAR視力の比較糖尿病虹彩炎発症時のlogMAR視力は0.88±0.77(少数視力平均0.53±0.56),軽快時のlogMAR視力は0.37±0.50(少数視力平均0.75±0.53)であり,発症時に視力低下を認めなかった1眼を除いて視力改善を認めた(Wilcoxonsigned-ranktest).既往歴:60歳頃に糖尿病と診断されていたが,通院を自己中断していた.初診時所見:矯正視力は右眼(0.01),左眼15cm指数弁,右眼眼圧14mmHg,左眼眼圧17mmHgであった.前眼部表5当科初診時における糖尿病網膜症の病期(全8眼)糖尿病網膜眼数(割合)なし1眼(12.5%)単純糖尿病網膜症4眼(50.0%)増殖前糖尿病網膜症3眼(37.5%)p<0.0117.0±3.513.9±3.624222018161412108発症時軽快時(n=8)図2糖尿病虹彩炎発症時と軽快時の眼圧の比較糖尿病虹彩炎発症時の眼圧は17.0±3.5mmHg,軽快時眼圧は13.9±3.6mmHgであり,全例で眼圧の低下を認めた(Wilcoxonsigned-ranktest).は両眼ともに毛様充血と前房内に細胞浸潤とフィブリン析出を呈し,左眼には虹彩後癒着と前房蓄膿を認めた.両眼に白内障があり,前部硝子体中の炎症性細胞や硝子体混濁は不明瞭であった.眼底は点状出血と軟性白斑を呈し,福田分類(129)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014607 BIに相当する増殖前糖尿病網膜症と考えられた.全身検査所見:口腔内アフタ,陰部潰瘍,皮膚病変は認めなかった.空腹時血糖値300mg/dl,HbA1C13.5%,尿定性試験で尿糖,尿蛋白,尿ケトン体いずれも陽性であった.各種ウイルス抗体価にも異常は認めなかった.治療開始前に採取した前房水のmultiplexPCR(polymerasechainreaction)の結果は,16SrRNA,28SrRNAともに陰性であり,ヘルペス属ウイルスDNAも検出されなかった.HLA(ヒト白血球抗体)検査ではBW51,B27抗原は検出されなかった.X線検査および心電図検査では明らかな異常を認めなかった.経過:以上の眼所見および全身検査結果から,糖尿病虹彩炎と診断した.ステロイド点眼と散瞳薬点眼による治療を開始し,内科で無治療糖尿病に対する血糖コントロールを入院管理下で開始した.治療開始後に眼炎症所見は消失傾向を呈し,治療開始3週間後には軽快し退院した.軽快時矯正視力は右眼(0.08),左眼(0.08)であった.退院後は再発なく経過し,両眼の白内障に対して水晶体再建術を施行し矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.9)となり,汎網膜光凝固術を開始した.糖尿病虹彩炎が軽快して半年後以降は全科で受診が途絶えた.IV考按糖尿病虹彩炎は男性に多いという報告5)もあれば,女性に多いという報告2)もある.発症時平均年齢については40.50歳代が多いとする報告3.6)が多く,片眼性にも両眼性にも発症する.筆者らの症例も過去の報告に合致していた.自覚症状については,半数以上で視力低下,霧視,充血,眼痛を訴えていた.92.3%で眼痛を訴えるとする報告6)があり,虹彩毛様体炎に伴う眼痛も糖尿病虹彩炎に特徴的な症状であると考えられた.前眼部所見において,前房内浸潤細胞が全例で認められたことは久納ら6)の報告と一致しており,角膜後面沈着物17%5).85%6),虹彩後癒着が6.3%2).50%10),前房蓄膿は3.8%2).56%5)と過去の報告はさまざまだが,筆者らの症例でも前眼部に同様の所見が認められた.藤原ら4)は,糖尿病患者における前房蓄膿性虹彩炎の房水検査によって多数の多核白血球の間に杆菌を認めたことから虹彩毛様体炎の発生に感染症の関与の可能性を報告しているが,筆者らの症例においては房水を用いたmultiplexPCR検査で感染を示唆する結果はみられなかった.病理学的に糖尿病では虹彩血管内皮細胞間接着構造に離開が認められる14,15)こと,糖尿病患者のほうが前房内蛋白濃度やフレア値が高い16.18)ことが知られているが,糖尿病に合併する虹彩毛様体炎の発生機序については現在も明らかになっていない.そのため,糖尿病に合併する虹彩毛様体炎は非特異的な虹彩毛様体炎であるとの説もあるが,いずれの報告608あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014でも血糖コントロール不良の糖尿病患者に発症しているという共通事項がある.筆者らの症例においても,検査所見で最低でも空腹時血糖値が230mg/dl,HbA1Cが10.7%であり,尿糖,尿蛋白および尿ケトン体が陽性となる程度にまで血糖コントロールが不良な状態であった.今回の症例の半数以上に虹彩毛様体炎の既往がある一方,栗原らの報告5)と同様に良好な血糖コントロール管理下では再発を認めていない.また,軽快時には尿糖,尿蛋白も陰転化する程度に腎機能は保たれていた.血糖コントロール不良な状態で発症するが,血糖管理により再発が抑制されること,糖尿病網膜症が進展していない状態であっても発症すること,糖尿病による腎機能障害がそれほど進行していなかったことから,慢性的な血糖コントロール不良よりも高血糖状態そのものが発症機序に関与している可能性が示唆された.Noyes1)による初期の報告でも発症時に尿糖を呈していたことが報告されているが,血糖値測定に加えて,非侵襲的検査でかつ迅速に結果が確認できる尿定性試験の有用性も見出された.糖尿病虹彩炎は,ステロイドの局所治療と血糖コントロールにより比較的短期間で軽快することが知られている6,19).筆者らの症例も全例が無治療の糖尿病患者であり血糖コントロールも悪い状態であったが,ステロイドの局所治療と血糖コントロールにより比較的短期間で軽快し視力も改善している.提示症例のように,ステロイド点眼による治療のみでは発症と軽快を繰り返す場合がある.糖尿病による網膜症変化がない症例にも生じ,ステロイド点眼により比較的早期に軽快するため,原因不明のまま見逃されてしまう症例が少なくないと考えられる.今回の症例は,糖尿病を含めた全身検査を行っていれば早期に診断されていたことから,虹彩毛様体炎を診た際には糖尿病虹彩炎を鑑別疾患として考慮し,血糖測定や尿検査を行う必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NoyesHD:Retinitisinglycosuria.TransAmOphthalmolSoc1:71-75,18682)島川真知子,小暮美津子:糖尿病に合併するぶどう膜炎.日眼会誌11:152-158,19863)OswalKS,SivarajRR,MurrayPIetal:Clinicalcourseandvisualoutcomeinpatientswithdiabetesmellitusanduveitis.BMCResNotes6:167,20134)藤原久,大賀仁,大槻美:糖尿病とぶどう膜炎糖尿病性虹彩炎は存在するか.眼臨87:14-17,19935)栗原千哉,後藤浩,高野繁:糖尿病虹彩炎の18例.眼(130) 臨86:2441-2444,19926)久納岳,原田敬,広川仁:糖尿病網膜症に合併するぶどう膜炎の検討.眼紀43:809-813,19927)WaiteJH,BeethamWP:Thevisualmechanismindiabetesmellitus.NEnglJMed212:367-379,19358)HerranzMT,Jimenez-AlonsoJ,Martin-ArmadaMetal:IncreasedprevalenceofNIDDMinanterioruveitis.DiabetesCare20:1797-1798,19979)RothovaA,BuitenhuisHJ,MeenkenCetal:Uveitisandsystemicdisease.BrJOphthalmol76:137-141,199210)RothovaA,MeenkenC,MichelsRPetal:Uveitisanddiabetesmellitus.AmJOphthalmol106:17-20,198811)亀山和子,大井いく子:前眼部を主とする糖尿病の眼合併症.眼臨75:1843-1847,198112)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,200713)坂井潤一,坂井美恵,横井秀俊ほか:内因性ぶどう膜炎の臨床統計診療所と大学病院の比較.眼臨101:290-292,200714)石橋達朗:糖尿病と血液眼関門病理組織学的研究.日本糖尿病学会総会記録32,p83-86,医学図書出版,199015)厳富燮,石橋達朗,岩崎雅之行:糖尿病患者の虹彩血管における透過性亢進の機序について.臨眼37:1251-1254,198316)MoriartyAP,SpaltonDJ:Laserflareintensityindiabetics.BrJOphthalmol79:299-300,199517)加藤聡,大鹿哲郎,船津英陽:糖尿病と前房蛋白濃度(APC)(5)前房蛋白濃度の上昇と虹彩血管障害の関係.日眼会誌96:1000-1006,199218)OshikaT,KatoS,FunatsuH:Quantitativeassessmentofaqueousflareintensityindiabetes.GraefesArchClinExpOphthalmol227:518-520,198919)北市伸義,石田晋,大野重昭:炎症性眼疾患の診療糖尿病虹彩炎.臨眼64:2010-2013,2010***(131)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014609

リファブチンによるぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):599.603,2014cリファブチンによるぶどう膜炎の1例岡部智子*1松本直*1岡島行伸*1渡辺博*1杤久保哲男*1坂井潤一*2*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2東京医科大学眼科学教室ACaseofRifabutin-AssociatedUveitisTomokoOkabe1),TadashiMatsumoto1),YukinobuOkajima1),HiroshiWatanabe1),TetsuoTochikubo1)JunichiSakai2)and1)1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity緒言:投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあるが,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.症例:82歳,女性.非結核性抗酸菌症に対するリファブチンとクラリスロマイシンの内服開始2カ月後に両眼性に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を発症した.リファブチンによる薬剤性のぶどう膜炎を疑い,内服を中止した.ステロイドの局所投与にて改善を認めた.考按:リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらず,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると考えられた.Inrecentyears,thedevelopmentofdrug-induceduveitisfollowingdrugadministrationhasbeenreported.Oneofthedrugscausingdrug-induceduveitisisrifabutin,buttherearefewreportsofitinthiscountry.Wereportitatthistimebecauseweexperienceddrug-induceduveitisattributabletorifabutin.Thepatient,an82-year-oldfemale,developedhypopyonuveitisinbotheyescharacteristics2monthsafterstartinginternaluseofrifabutinandclarithromycinfornontuberculousacid-fastbacterialdisease.Idoubtedrifabutin-associateduveitisandcanceledtheinternaluse.Iacceptedimprovementbylocaladministrationofsteroid.RifabutinpassedonlyforseveralyearsafteritwasapprovedinJapan,andtherewerestillfewreportsofrifabutin-associateduveitis;however,itwasthoughtthattheconditionmightincreaserapidlyinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):599.603,2014〕Keywords:リファブチン,薬剤性ぶどう膜炎,前房蓄膿.rifabutin,Drug-induceduveitis,hypopyonuveitis.はじめに投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあり,クラリスロマイシンと併用した場合,用量によっては前部ぶどう膜炎を引き起こす可能性が40%にも達するといわれている1)が,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.I症例患者:82歳,女性.主訴:右眼の違和感と視力低下.現病歴:平成24年1月9日右眼の違和感と視力低下を自覚し翌日に近医を受診した.右眼に前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を認めた.ステロイドの結膜下注射を行い,0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼を開始し,精査加療目的に同日,東邦大学医療センター大森病院を紹介受診となった.既往歴:当院呼吸器内科にて,非結核性抗酸菌症に対して内服加療中であった.クラリスマイシン・エタンブトール・リファンピシンの3剤にて内服治療を開始していたが,エタンブトールにて視力障害,リファンピシンにて口唇の乾燥の〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omori-nishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)599 副作用があり,平成23年11月からはリファブチン(300mg)とクラリスロマイシン(600mg)を内服していた.初診時所見:初診時,右眼視力0.04(i.d.×+4.00D),左眼視力0.5(1.0×+1.75D(cyl.1.00DAx80°),眼圧は右眼15mmHg,左眼11mmHgであった.右眼の前眼部所見として,微細な角膜後面沈着物,前房内に炎症細胞(+++),フィブリンの析出さらには比較的さらさらした前房蓄膿を認めた(図1).左眼の前眼部にも軽度の前房内炎症があり,両眼に虹彩炎が確認できた.右眼の眼底は透見不能であったが,左眼の眼底には明らかな所見は認めなかった.血液検査ではCRP(C反応性蛋白):0.9mg/dlと上昇していたが,WBC(白血球)は6,800/μlと正常範囲であった.ほか補体価:52.7,Ig(免疫グロブリン)G:1,646mg/dl,IgA:493mg/dlと上昇,ACE(アンギオテンシン変換酵素):7.3U/l,IgM:44mg/dlは低下していたが特定の疾患を疑うものは認めなかった.胸部X線では右肺野・左中下肺野の線状影や網状影を認めた.これは結核の所見と思われ,以前のX線所見とは著変は認めていなかった.経過:近医ですでに右眼にデキサメサゾンの結膜下注射を受けており,同日の当院受診時には右眼は自覚症状では改善していた.0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼薬を両眼に変更し,散瞳薬を追加した.リファブチンの副作用の可能性も考えられ,本人の強い希望にて呼吸器内科と相談のうえ,翌日からリファブチン内服を中止した.翌日には両眼に前房蓄膿を認めたため,両眼にデキサメサゾン4mg結膜下注射を施行した.治療開始3日目には右眼視力(0.4)と改善を認めるものの,左眼視力(0.02)と低下し,再度両眼に結膜下注射を施行した.以後も両眼とも改善傾向は認めるが,炎症は強かったため結膜下注射を数回施行した.その後は経時的に改善を認めた.デキサメサゾン点眼ならびに連日の結膜下注射にて炎症は軽減し,視力は改善した(図2).治療開始9日目の時点で前房内炎症はほぼ消失し,眼底には両眼とも滲出斑や出血はなく,視神経乳頭発赤も認めず,網膜病変がないことが確認できた(図3).1カ月後には炎症所見は消失し,その後再発は認めていない(図4).リファブチン内服開始頃から顔の皮膚に色素沈着を認めていたが,内服中止により改善した.II考按リファブチンは,リファンピシンなどを含むリファマイシン系薬剤の一つであり,商品名をミコブティンカプセルRといい,結核症・非結核性抗酸菌症・HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染患者における播種性MAC(Mycobacteriumaviumcomplex)症の治療薬として,日本では2008年7月に承認されたものである.リファンピシンと比べると抗菌活性はより強力であるが高い副作用をもつため,リファンピシ600あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014ンに耐性があったり,副作用などでリファンピシンの使用が困難な場合に使用することとされている.リファブチンはリファンピシン耐性の結核菌の約30%に効果があるとされている.リファマイシン系薬剤の共通の副作用である血球減少症・肝機能障害などのほかに,リファブチン特有の副作用としてぶどう膜炎がある.非結核性抗酸菌症の70%を占めるのはMAC症であり,現在,肺MAC症の化学療法の原則はリファンピシン・クラリスロマイシン・エタンブトールの3剤による多剤併用が基本とされている2).そのため,リファンピシンを副作用や何らかの理由で使用できずリファブチンに変更した場合,通常リファブチンはクラリスロマイシンと併用されることになる.リファブチンはクラリスロマイシンと併用することによって血中濃度が1.5倍以上に上昇する3)といわれており,用量依存性であるリファブチンの副作用によるぶどう膜炎の発症率はその分高くなる4).リファブチン450mg単独投与でのぶどう膜炎の発症率は391例中7例(1.8%)であるのに対しリファブチン450mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合は389例中33例(8.5%)になったとの報告5)もある.また,リファブチン600mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合,前眼部ぶどう膜炎の発症頻度は40%にも達する1)ともいわれている.リファブチンによるぶどう膜炎の発症率は海外に比べてわが国では低く,筆者らが調べた限りでは7症例が報告されているにすぎない.日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会が推奨するガイドラインによれば,クラリスロマイシン併用時のリファブチンの初期投与量は150mg/日であり,6カ月以上副作用がない場合に300mg/日までの増加を可と定めており2),わが国においてリファブチンが300mgを超えて使用されることは多くはないと考えられ,そのため,日本での発症率はそれほど高くはなっていないと考えられる.これに比べ,海外ではリファブチンの投与量は300.600mgであり,ぶどう膜炎の発症頻度には大きく差がある.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎としてわが国ですでに報告された7症例6.9)に,今回の1症例を加えた8症例の特徴を検討した(表1).発症年齢に特別の傾向はなく,性別は女性に多い.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の発症が用量依存性ということから,体の小さい女性のほうが体内の血中濃度が上昇しやすく,発症しやすいことにつながっている可能性があると考えられた.リファブチンの投与量は,2症例で150mg,1症例は不明であったが,5症例では300mgであった.内服を開始してから発症までの期間には2.3カ月が目立ち,今回も2カ月後であった.8症例中6症例は両眼であった.1例を除いてすべての症例でクラリスロマイシンを併用していた.前房蓄膿は1症例を除いて認めており(122) 図1右眼の初診時の前眼部写真角膜後面沈着物,前房内炎症細胞,フィブリンと前房蓄膿を認めた.図3治療開始9日目の眼底写真眼底に網膜病変は認めなかった.強い前房内炎症を伴うことがわかる.硝子体混濁は8症例中3症例で認めたが,血管炎の所見は認めなかった.治療は,リファブチンの内服中止とステロイドによる消炎が有効とされている.8症例中3症例は内服中止と,ステロイド点眼の(123)logMAR視力0.51.52.5日付0121/101/121/141/161/181/201/221/241/261/281/30:右眼:左眼デキサメサゾン4mg結膜下注射図2治療経過図4治療開始6カ月後の前眼部写真右眼に瞳孔不整は認めるが,両眼とも炎症の再発は認めていない.みにて改善したが,他3症例でステロイドの結膜下注射が必要であった.鑑別診断としては,前房蓄膿をきたすぶどう膜炎として,Behcet病・HLA(ヒト白血球抗原)-B27関連ぶどう膜炎・糖尿病虹彩炎・炎症性腸炎・リウマチ性関節炎に伴うぶどうあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014601 表1国内でのリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告症例年齢(歳)性別RBTの内服量内服から発症までの期間発症眼前房蓄膿硝子体混濁治療齋藤ら6)91女性150mg2カ月両眼++隅角癒着解離術・硝子体切除術齋藤ら6)72女性150mg7カ月右眼++内服中止・点眼齋藤ら6)83女性300mg6カ月両眼.+内服中止・点眼石口ら7)45男性300mg3カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射飯島ら8)80女性不明2カ月両眼+.内服中止・点眼福留ら9)64女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射福留ら9)81女性300mg2カ月右眼+.硝子体切除術岡部ら82女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射膜炎・仮面症候群(悪性リンパ腫)・細菌性眼内炎(内因性・外因性)などがあげられるが,今回の症例は,①両眼に発症したこと,②リファブチン内服開始2カ月後の発症であったこと,③リファブチンとクラリスロマイシンを併用していたこと,④リファブチンの内服中止および副腎皮質ステロイド薬の局所投与によく反応したこと,⑤網膜病変を認めなかったこと,⑥全身所見や臨床検査所見で上記の鑑別疾患に合致する所見がないことより,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の可能性が高いと考えた.リファブチンの副作用の発症機序は,①リファブチンまたはその代謝産物による中毒症の可能性(投与量に依存する)1,3,6,10.12),②リファブチンで死滅した抗酸菌または菌の放出物に対するアレルギー性炎症反応など10,13)が考えられているが,現在はまだ解明はされていない.今回の所見は,細菌由来のエンドトキシン(LPS)をラットやマウスに接種して惹起したendotoxin-induceduveitis14)の所見ときわめて類似していることから,本症においてもリファブチンの投与により結核菌の細胞壁から遊離したLPSが発症に関与している可能性も考えられた.リファブチンを継続すると高率に再発するため,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎は早期に診断して内服薬の中止と副腎皮質ステロイド薬の局所投与による消炎治療が必要である.リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらずリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると推測された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShafranSD,DeschenesJ,MillerMetal:Uveitisandpseudojaundiceduringaregimenofclarithromycin,rifabutinandethanbutol.MACStudyGroupoftheCanadianHIVTrialNetwork.NEnglMed330:438-439,1994602あたらしい眼科Vol.31,No.4,20142)日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会,日本呼吸学会感染症・結核学術部会:肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解-2008暫定.結核83:731-733,20083)HafnerR,BethelJ,PowerMetal:Toleranceandpharmacokineticinteractionsofrifabutinandclarithromycininhumanimmunodeficiencyvirus-infectedvolunteers.AntimicrobAgentsChemother42:631-639,19984)ShafranSD,SingerJ,ZarownyDPetal:Determinantsofrifabutin-associateduveitisinpatientstreatedwithrifabutin,clarithromycin,andethambutolforMycobacteriumaviumcomplexbacteremia:amultivariateanalysis.CanadianHIVTrialsNetworkProtocol010StudyGroup.JInfectDis177:252-255,19985)BensonCA,WilliamsPL,CohnDLetal:ClarithromycinorrifabutinaloneorinconbinationforprimaryprophylaxisofMycobacteriumaviumcomplexdiseaseinpatientswithAIDS:Arandomized,double-blind,placebo-controlledtrial.TheAIDSClinicalTrialsGroup196/TerryBeirnCommunityProgramsforClinicalResearchonAIDS009ProtocolTeam.JInfectDis181:1289-1297,20006)斎藤智一,尾花明,土屋陽子ほか:抗酸菌症治療薬リファブチンによりぶどう膜炎を生じた3例.日眼会誌115:595-601,20117)石口奈世理,上野久美子,栁原万里子ほか:リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎を生じた後天性免疫不全症候群の1例.日眼会誌114:683-686,20108)飯島敬,市邉義章,清水公也:リファアブチンに関連した前房畜膿を伴うぶどう膜炎.あたらしい眼科28:693695,20119)福留みのり,佐々木香る,中村真樹ほか:リファブチン関連ぶどう膜炎の2例.臨眼64:1587-1592,201010)KellerherP,HelbertM,SweeneyJetal:UveitisassociatedwithrifabutinandmacrolidetherapyforMycobacteriumaviumintracellulareinfectioninAIDSpatients.GenitourinMed72:419-421,199611)HavilirD,TorrianiF,DubeM:Uveitisassociatedwithrifabutinprophylaxis.AnnInternMed121:510-512,199412)KarbassiM,NikouS:Acuteuveitisinpatientswithasquiredimmunodeficiencysyndromereceivingprophylacticrifabutin.ArchOphthalmol113:699-701,199513)JacobsDS,PilieroPJ,KuperwaserMGetal:Acute(124) uveitisassociatedwithrifabutinuseinpatientswith14)RosenbaumJT,McDevittHO,GussRBetal:Endotoxinhumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthal-induceduveitisinratasamodelforhumandisease.mol118:716-722,1994Nature286:611-613,1980***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014603

インフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):595.598,2014cインフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例小溝崇史*1寺田裕紀子*1子島良平*1宮田和典*1望月學*1,2*1宮田眼科病院*2東京医科歯科大学大学院歯学総合研究科眼科学分野NecrotizingScleritisSecondarytoRheumatoidArthritisSuccessfullyTreatedwithInfliximabTakashiKomizo1),YukikoTerada1),RyoheiNejima1),KazunoriMiyata1)andManabuMochizuki1,2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversityGraduateSchoolofMedicine関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)に伴う壊死性強膜炎が発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症例を経験したので報告する.症例は71歳,女性.右眼の霧視と疼痛を自覚した.右眼に強い強膜炎と,硝子体脱出を伴う強膜穿孔があった.左眼に異常所見はなかった.RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.しかし,移植片と強膜の融解は進行し眼球摘出に至った.術後7カ月,左眼に壊死性強膜炎を発症した.右眼の経過より,難治性と判断し,副腎皮質ステロイド薬の内服に加えて,インフリキシマブ加療を開始した.現在,左眼の強膜炎発症後3年経過するが,強膜穿孔には至らずに強膜炎は消炎されている.難治性の壊死性強膜炎には,インフリキシマブが有効であると考えられた.A71-year-oldfemalewasreferredtoourclinicduetosevereocularpainandblurringofvisioninherrighteye.Ocularexaminationrevealedseverescleritisandscleralperforation,withvitreousprolapseintherighteye.Thelefteyewasnormal.Systemicexaminationrevealedthatthepatienthadbeensufferingfromrheumatoidarthritisformorethan20years.Thescleralperforationwascoveredwithgraftsoffrozenpreservedcorneaandamnioticmembrane.However,thescleralandcornealgraftsmeltedwithinaweekandtheeyewasenucleated.Sevenmonthsafterenucleation,scleritisoccurredinthelefteye.Inconsiderationoftheclinicalcourseoftherighteye,thescleritisinthelefteyewastreatedwithinfliximab(3mg/kg)togetherwithprednisolone(15mg/day),whichsuccessfullyresolvedtheseverescleritisofthelefteye.Infliximabisthereforerecommendedforrefractorynecrotizingscleritis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):595.598,2014〕Keywords:壊死性強膜炎,関節リウマチ,インフリキシマブ,免疫抑制療法,強膜穿孔.necrotizingscleritis,rheumatoidarthritis,infliximab,immunomodulatorytherapy,scleralperforation.はじめに壊死性強膜炎は強膜炎の5%を占める稀な疾患であるが,予後はきわめて不良である1,2).重症例では,強膜穿孔し眼球摘出に至ることも少なくない.また,強膜炎は関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)などの全身性の自己免疫性疾患を合併することがあるが,壊死性強膜炎では45.80%と高率に合併する1,2).抗ヒトTNF(腫瘍壊死因子)-aモノクローナル抗体であるインフリキシマブは,RAやCrohn病,眼科領域ではBehcet病などの治療に最近承認された免疫抑制薬であるが,海外では,強膜炎に対しても良好な治療効果が報告されている3,4).しかし,わが国でその報告は少ない.今回筆者らは,関節リウマチに伴う壊死性強膜炎を発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症〔別刷請求先〕小溝崇史:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TakashiKomizo,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)595 例を経験したので,患者に理解と同意を取得したうえ,報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:右眼の霧視と疼痛.既往歴:1990年にRAを発症,内科においてブシラミンとロキソプルフェンで治療されていた.1998年より増悪したため,追加治療として関節内ステロイド注射を頻回に受けていた.疼痛コントロールは良好であったが,RAに伴う肘・膝・肩関節の拘縮と心不全もあるため,日常生活動作(activitiesofdailyliving:ADL)は不良であった.また,2006年に両眼の白内障手術を受けた.現病歴:2009年11月,右眼の霧視と疼痛を自覚し,同日に近医を受診した.強膜穿孔があり,翌日に宮田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.02(0.04×+3.00D),左眼0.5(1.5×.0.50D(cyl.1.25DAx150°)眼圧は右眼測定不能,左眼9mmHgであった.右眼に強い充血あり,強膜は上方が菲薄化しており,菲薄化した中央部は穿孔し硝子体の脱出があった(図1).前房にはfibrinを伴う強い炎症がみられた.眼底は透見不能であったが,超音波Bモード断層検査にて全周に脈絡膜.離,下方に漿液性網膜.離があった.左眼は前眼部・中間透光体・眼底に異常所見はみられなかっ毛様(,)た.経過:RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.術後早期の移植片の生着は良好であったが,移植術後11日目より移植片と強膜の融解が生じた(図2).経過から感染の可能性は低いと考え,0.1%ベタメサゾン点眼6回/日に加え,プレドニゾロン20mgとアザチオプリン50mgの内服を開始した.しかし,内服開始後も移植角膜片の融解は軽快せず,移植片と強膜の融解部位はさらに広く深くなった.移植術後50日目に,眼球温存は困難と判図2強膜補.術後11日目の前眼部写真移植片と強膜に融解がみられる(矢印).図1初診時の右眼前眼部写真(下方視)点線で囲まれた黒い部分は,壊死融解し穿孔した強膜と脱出した硝子体である.図3再診時の左眼前眼部写真(下方視)強膜の菲薄化がみられる(矢印)が,穿孔はなかった.596あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(118) 図4最終受診時の左眼前眼部写真(左:正面視,右:下方視)上方強膜が菲薄化している(矢印)が,充血はなく,強膜炎は消炎されている.断し,眼球摘出術を行った.その間,左眼に異常所見はなかった.右眼球摘出術後の2カ月後より,肺水腫で内科に入院したため,当院への通院が途絶え,プレドニゾロンとアザチオプリンは中断していた.内科入院中,左眼に強膜炎を発症し,入院した病院の眼科で0.1%ベタメサゾン点眼により治療されていた.右眼球摘出7カ月後,肺水腫が軽快し内科を退院したため,当院を再診した.再診時所見(2010年8月):右眼は義眼が挿入され炎症所見はなかった.左眼は視力0.2(1.5×.0.25D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は12mmHg,強膜深層血管に拡張あり,上方強膜は菲薄化していたが穿孔はなかった(図3).前房中にcell2+程度の虹彩炎がみられたが,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.右眼の経過より,左眼も難治性の壊死性強膜炎と診断した.0.5%レボフロキサシン点眼4回/日,0.1%ベタメサゾン点眼4回/日,0.1%タクロリムス点眼2回/日に加えて,プレドニゾロン15mgの内服と内科に依頼してインフリキシマブ2mg/kgの点滴静注を行った.その後,骨粗鬆症の合併症のリスクを考慮し,プレドニゾロンを2カ月ごとに2.5mgずつ減量し,プレドニゾロン10mg/日に減量した時点でメトトレキセート8mg/週を併用し,1年6カ月かけてプレドニゾロンを中止した.現在までインフリキシマブ(2mg/kg)は継続している.インフリキシマブ導入前は,5.0であったCRP(C反応性蛋白)は導入後には1.0前後と減少し,関節リウマチのコントロールは良好である.2013年8月29日現在,壊死性強膜炎は消炎され,強膜の菲薄化はあるものの穿孔はなく(図4),視力も0.3(0.6×.0.5D(cyl.2.50DAx90°)と良好である.II考按強膜炎は,原因により感染性と非感染性に大別され,解剖学的には前部強膜炎(94%),後部強膜炎(6%)に分けられ,さらに,前部強膜炎はびまん性(75%),結節性(14%),壊死性(5%)に分類される2).このように壊死性強膜炎は稀な疾患であるが,強膜穿孔や眼球摘出に至り,予後が不良な例が少なくない1,2).本症例でも,右眼は壊死性強膜炎により強膜穿孔し,保存角膜と羊膜の移植による強膜補.術を行ったが,術後比較的短期のうちに眼球摘出に至った.壊死性強膜炎による強膜穿孔に対しては,大腿筋膜を用いた補.術で眼球温存が可能であったとの報告5)があるが,本例と異なり強膜穿孔前より免疫抑制薬を使用していた.本例では,強膜穿孔時,抗リウマチ薬と副腎皮質ステロイド薬点眼だけであり,強膜補.術後もしばらくの間,免疫抑制薬治療を行っていなかった.強膜補.術後の経過では,移植片の融解だけでなく,強膜の融解も進行したため,移植片の脱落の原因は,おもに拒絶反応でなく強膜炎の活動性が高かったことであると思われ,移植片の生着には免疫抑制薬治療を用いた強膜炎の十分な消炎が必要であると考えられた.壊死性強膜炎の治療は,局所治療のみでは不十分なことが多く,全身治療が必要である.全身治療の第一選択は副腎皮質ステロイド薬の内服だが,それ単独で治療可能なのは約3割であり,多くは免疫抑制薬の併用が必要であると報告されている1).さらに,すべての壊死性強膜炎で副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬の併用が必要であるとしている6)との報告もある.さらに,免疫抑制薬の併用でも治療に難渋する症例では,インフリキシマブなどの生物学的製剤が有効との報告がある3,4,6).本例では,右眼摘出後,内科入院中に左眼に(119)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014597 も壊死性強膜炎を発症したが,治療は当院再診までの間,ステロイド点眼による局所治療のみであった.当院再診後速やかに,副腎皮質ステロイド薬,メトトレキセート,インフリキシマブの全身治療を行ったところ,右眼の経過とは異なり,左眼は強膜穿孔に至らずに強膜炎は沈静化した.また,RAに関しても,当院初診時,CRPは5.0で関節内ステロイド注射を頻回に受けるほどに関節炎は強く,肘・膝・肩関節の拘縮と心不全のためADLは不良であったが,当院最終受診時にはADLは変わらないもののCRPは1.0と低下し,RAのコントロール状態も改善した.以上のように,本例ではインフリキシマブが壊死性強膜炎の消炎とRAの療法に有効であったと考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TuftSJ,WatsonPG:Progressionofscleraldisease.Ophthalmology98:467-471,19912)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalezLAetal:Clinicalcharacteristicsofalargecohortofpatientswithscleritisandepiscleritis.Ophthalmology119:43-50,20123)GalorA,PerezVL,HammelJPetal:Differentialeffectivenessofetanerceptandinfliximabinthetreatmentofocularinflammation.Ophthalmology113:2317-2323,20064)DoctorP,SultanA,SyedSetal:Infliximabforthetreatmentofrefractoryscleritis.BrJOphthalmol94:579583,20105)生杉,前川,福喜多ほか:Wegener肉芽腫症による強膜穿孔に対し自己大腿筋膜移植術を行った1例.臨眼54:381384,20006)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalesLAetal:Scleritistherapy.Ophthalmology119:51-58,2012***598あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(120)

尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):591.594,2014c尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例寺尾亮*1藤野雄次郎*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科TwoCasesofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasewithVitiligoPrecedingOcularDiseaseRyoTerao1),YujiroFujino1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1)andMikikoKanno2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKouseinenkinHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital尋常性白斑の診断を受けていて後に眼症を発症したVogt-小柳-原田病(VKH)の2例を報告する.症例1は74歳,女性.1998年頃から尋常性白斑と診断されていた.2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚し近医を受診後,10月下旬当科を紹介受診した.両眼の網膜皺襞,右眼の漿液性網膜.離を認めた.蛍光眼底造影検査(FA)で両眼にびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い両眼の漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を呈した.症例2は64歳,女性.2000年頃から白斑が出現していた.2003年8月に近医で右眼白内障手術を施行.3週間後より急激に右眼視力低下と歪視を自覚し当科を紹介受診した.両眼に漿液性網膜.離を認めFAでびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を認めた.VKHの皮膚白斑は回復期に出現するとされているが,本症例のように明らかな眼症状の出現に先行する症例も存在すると考えられた.Wereport2casesofVogt-Koyanagi-Haradadiseasethathadbeendiagnosedasvitiligovulgarisprecedingtheonsetofoculardisease.Case1,a74-year-oldfemale,presentedwithvisuallossinherrighteye;shehadbeendiagnosedwithvitiligo20yearsbefore.Fundusexaminationshowedserousdetachment(SRD)intherighteye;fluoresceinangiography(FA)revealeddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientreceivedsteroidpulsetherapyandwascured,withsunsetglowfundus.Case2,a64-year-oldfemale,complainedofvisuallossandanorthopiainherrighteye3weeksafterrightcataractsurgerywithoutcomplication;shehadsufferedfromvitiligo3yearsbefore.FundusexaminationshowedbilateralSRDandFAdiscloseddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientwassuccessfullytreatedwithsteroidpulsetherapyandsunsetglowfundusappeared.Thediagnosticcriteriaprescribesthatvitiligoshouldnotprecedeoculardisease,butexceptionalcasesmayexist.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):591.594,2014〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,診断基準,夕焼け状眼底,皮膚白斑.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,diagnosticcriteria,sunsetglowfundus,vitiligo.はじめにVogt-小柳-原田病(VKH)は全身のメラノサイトに対する自己免疫疾患で,眼症状の他に皮膚科,耳鼻科,神経内科領域の症状が出現する.病期は前駆期・眼病期・回復期の3期に分類される.前駆期では軽度感冒様症状や頭痛,耳鳴りなどが出現し,眼病期ではびまん性脈絡膜炎を主体とした汎ぶどう膜炎が起こり,回復期では夕焼け状眼底や角膜輪部色素脱失(杉浦徴候),皮膚症状が出現しはじめる.皮膚所見は一般的には回復期に出現するとされており,ReadらのVKHの診断基準においても皮膚症状の出現は「notprecedingonsetofoculardisease」と記載されている1).しかし,これまでに皮膚所見が眼症状に先行したVKH症例が数例報告されている2,3).今回,筆者らは尋常性白斑の診断を受けていて後に後眼部炎症を発症し,夕焼け状眼底を呈したVKHの2例を報告する.I症例1〔症例1〕74歳,女性.〔別刷請求先〕寺尾亮:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:RyoTerao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(113)591 abcdabcd図1症例1a:2007年健診時の眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:初診時の右眼光干渉断層計.漿液性網膜.離を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢頭)と頬部(矢印)の左右対称な白斑を認める.d:治癒後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.現病歴:2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚したため10月末日近医を受診したところ,右眼の虹彩炎と後部ぶどう膜炎を指摘され,その2日後東京厚生年金病院(当院:現JCHO東京新宿メディカルセンター)眼科紹介受診した.既往歴:1982年頃から軽度の両眼の虹彩炎が数回出現していたが高度な視力低下を自覚することはなく,1991年以降は虹彩炎を起こしていなかった.また,2007年の健康診断時に撮影された眼底写真は眼底に異常を認めず,夕焼け状眼底は呈していなかった(図1a).1998年頃から頭部・顔面に左右対称性の白斑が出現し尋常性白斑の診断を受けていた(図1c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.6×+2.50D(cyl.1.50DAx65°),左眼0.2(1.2×+2.50D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前房内細胞なし.両眼とも網膜皺襞を認め,光干渉断層計にて右眼は漿液性網膜.離を認めた(図1b).蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出がみられた.血液検査では末梢血,生化学検査を含め異常項目はなく,髄液検査では細胞数は4/3μlと増多を認めなかった.また,白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.592あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン500mg/日,3日間のセミパルス療法,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減し3カ月で内服を中止した.その後,2回,網膜皺襞が出現したが,その都度トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,眼底所見は改善した.両眼ともしだいに夕焼け状眼底を呈した(図1d).〔症例2〕64歳,女性.現病歴:2003年8月近医で右眼の視力低下に対し右眼白内障手術を施行.その3週間後より右眼視力の急激な低下と歪視を自覚し他医受診した.右眼眼底に広く網膜浮腫を認めたため精査・加療目的で当科を紹介受診した.既往歴:2000年頃から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた(図2c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.05(0.4×+5.75D(cyl.1.75DAx90°).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも前房内細胞1+認め,右眼は眼内レンズ眼,左眼は極軽度の白内障がみられた.また,眼底は後極を中心に漿液性網膜.離がみられた.蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出および蛍光貯留を認めた(図2a,b).血液検査では末梢血,生化学検(114) cacabd図2症例2a:初診時眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:蛍光眼底造影検査.両眼のびまん性点状蛍光漏出を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢印)の左右対称性の白斑を認める.d:治療後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.査を含め異常項目はなく,髄液検査では単核球数10/3μlと増多がみられた.また白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン1,000mg/日,3日間のパルス療法を2クール行い,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減した.漸減途中6mg/日のときに両眼後極部に網膜皺襞が出現したため,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行った.2004年5月にプレドニン内服を中止し,それ以降,再発をみていない.両眼とも眼底はしだいに夕焼け状眼底を呈したが(図2d),視力は両眼矯正1.2を得た.なお,本2症例は報告にあたって本人の自由意思による同意(informedconsent)を得ている.II考察VKHの皮膚所見としては白毛,脱毛,白斑がある.皮膚白斑は左右対称性で,眼瞼周囲や頸部に認められるのが特徴的で,尋常性白斑との鑑別を要する4).白斑が先行したVKH症例に関する既報を示す(表1).井上らの報告2)は68歳,女性で,両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現,その3年後に両眼の中心部(115)視力低下と歪視を自覚し,VKHと診断されている.内山らの報告3)は67歳,男性で,顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑が出現,さらに5年後に後頭部,肘中部に乾癬が出現していた.その1年後からぶどう膜炎と診断されていたが,さらに1年後に当院を受診され両眼白内障手術を施行したところ,術後眼底検査で夕焼け状眼底がみられたためVKHと診断されている.自験例について,症例1は初診時に滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,また後期症状として夕焼け状眼底がみられた.Readらの診断基準では皮膚白斑が先行していたため皮膚所見の基準を満たしていないとすればprobableVKH,皮膚所見を含めた場合はincompleteVKHに該当する.1982.1991年頃の間に軽度虹彩炎のエピソードが数回あったが以降は一旦治まっており,皮膚白斑は1998年頃から出現していた.当院初診時より以前からVKHによる後眼部炎症が起こっていた,あるいは関連する非常に軽症のぶどう膜炎を繰り返していた可能性も考えられるが,2007年の眼底写真では夕焼け状眼底は呈していなかったため,この時点ではまだVKHのような汎ぶどう膜炎は発症しておらず,1991年以前に起きていた虹彩炎はVKHとは違う病態であったのではないかと考えられた.したがっあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014593 表1皮膚白斑が先行したVogt-Koyanagi-Harada病の報告例報告者報告年年齢性皮膚所見経過眼所見井上ら2)200068歳女性1993年頃から両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現.白斑出現3年後に中心部視力低下と歪視自覚.近医でぶどう膜炎を診断されステロイド点眼処方されたが,視力低下が進行したため紹介.初診時に視神経乳頭浮腫,滲出性網膜.離,周辺部夕焼け状眼底を認めた.内山ら3)201067歳男性1998年頃より顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑,5年後から後頭部,肘中部に乾癬が出現.白斑出現6年後からぶどう膜炎と診断されていた.2008年4月精査目的で紹介受診.ぶどう膜炎と白内障を認めた.初診の1週間後両眼の白内障手術を施行.術後に眼底を確認したところ,夕焼け状眼底を認めた.て,2010年10月の両眼性後眼部炎症がVKHの眼病期にあたり,それよりも皮膚所見のほうが先行していたと考える.症例2は今回の眼内炎症を起こす3年前から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた.初診時に両眼滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,脳脊髄液細胞増多,また後期症状として夕焼け状眼底を認めていた.片眼の白内障手術後に両眼性眼内炎症をきたしたため,内眼手術の既往のある場合を一律に交感性眼炎とする立場をとれば,本症も白内障手術が虹彩損傷のない小切開白内障手術であったとしても交感性眼炎に分類されることになる5).しかし,Kitamuraらは杉浦の診断基準によって診断されたVKH169症例をReadらの診断基準にあてはめたところ14症例が基準を満たしておらず,うち2症例は白内障手術既往のある症例であったと報告しており,通常の白内障手術の既往があるものがVKHの該当から除外されることについては疑問視している6).そのような意見も鑑み,本症例は白内障手術以前から存在した皮膚病変と今回の眼症を同一疾患と考えVKHと診断した.また,右眼白内障術前から緩徐なVKHによる炎症があった可能性もあるが,白内障手術を受けていない左眼は白内障も軽度でそれ以前に視力低下の自覚がないことから,その可能性は低く,今回のエピソードが初回の内眼炎であると考えられた.内眼手術歴以外の項目において検討すると皮膚所見を含まないのであればincompleteVKH,含めた場合はcompleteVKHに該当する.いずれの症例も白斑が主体ないし先行したVKHと考えられた.Readらの診断基準では白斑は眼症状に先行しないとされているが例外も存在する可能性があり,少なくとも左右対称性の特徴的な分布を示す皮膚白斑がみられた場合は,それが眼症状出現前でもVKHの可能性があると思われ,今後も症例を蓄積していく必要があると考える.文献1)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20012)井上裕悦,大西善博,榎敏生ほか:白斑が先行したVogt・Koyanagi・原田病.皮膚臨床42:214-215,20003)内山真樹,三橋善比古,大久保ゆかりほか:Vogt-Koyanagi-Harada病を合併した尋常性乾癬.皮膚病診療32:959962,20104)鈴木民夫,金田眞理,種村篤ほか:尋常性白斑診療ガイドライン.日皮会誌122:1725-1740,20125)DemicoFM,KissS,YoungLH:Sympatheticophthalmia.SeminOphthalmol20:191-197,20056)KitamuraM,TakamiK,KitachiNetal:ComparativestudyoftwosetsofcriteriaforthediagnosisofVogtKoyanagi-Harada’sdisease.AmJOphthalmol139:10801085,2005***594あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(116)

全身状態の悪化を招いたStreptococus pyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):587.590,2014c全身状態の悪化を招いたStreptococcuspyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例森川涼子*1佐々木香る*2田中智明*2大浦淳史*2細畠淳*1西田幸二*3*1大阪鉄道病院眼科*2星ヶ丘厚生年金病院眼科*3大阪大学医学部附属病院眼科ACaseofSeverePreseptalCellulitisCausedbyStreptococcusPyogenesRyokoMorikawa1),KaoruAraki-Sasaki2),TomoakiTanaka2),AtsusiOura2),JunHosohata1)andKohjiNishida3)1)DivisionofOphthalmology,OsakaRailwayHospital,2)DivisionofOphthalmology,HoshigaokaKoseinenkinHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,OsakaUniversity背景:A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)による軟部組織炎は重症化することがあり,toxicshockをきたした症例がすでに数例報告されている.症例:79歳,男性.平成24年6月下旬に,転倒により眼鏡縁で右眼瞼部をわずかに受傷.2日後に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹,発熱(39℃台)を認め,近医外科から鉄道病院眼科へ搬送.創部の洗浄,抗生剤の局所投与と点滴投与後,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ入院.経過:数日のうちにCRP(C反応性蛋白)の上昇とともに組織融解は広範囲に進行し,全身状態は悪化した.局所培養にてS.pyogenesが検出され,大量ペニシリンGとクリンダマイシンの全身投与,抗菌薬の点眼・軟膏に加え,局所掻爬にて治癒した.結論:外傷によるS.pyogenesの眼瞼部感染症の第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要がある.Background:CasesofsofttissueinflammationbyStreptococcuspyogenesmaybeadvancinginseverity,sometimesresultingintoxicshock.Case:A79-year-oldmalewasinjuredintherightpalpebralareabyhiseyeglasses.Bothsidesofhiseyelid-cheekwereswollen;2dayslaterhedevelopedfever(39degrees-Celsiuslevel).HewasconveyedtotheOsakaRailwayHospitalDivisionofOphthalmologywherethewoundwaswashedandantibioticswereadministeredlocallyandintravenously.HewasthenhospitalizedinHoshigaokaKoseinenkinHospital,underobservationbybothadermatologistandanophthalmologist.TissuenecrosisprogressedwithincreasedC-reactiveprotein(CRP)levelduringafewdays,andhisgeneralconditionbecameworse.S.pyogeneswasdetectedfromthenecrotictissueandhewastreatedwithintravenouspenicillinGandclindamycin.Antibioticeyedrops,ointmentandlocaldebridementwerealsoadded.Hisgeneralconditionthenresolvedandthenecroticregionhealed.Conclusion:ItisnecessaryforophthalmologiststorecognizetheseverityoftissuedestructionbyS.pyogenesandtocontactadermatologistorphysicianassoonaspossibleinsuchcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):587.590,2014〕Keywords:A群b溶血性レンサ球菌,前隔壁結合織炎,劇症型溶血性レンサ球菌感染症,外傷,壊死性眼瞼炎.Streptococcuspyogenes,preseptalcellulitis,streptococcaltoxicshocksyndrome,traumaticinjury,necrotizingfasciitis.はじめに今日,抗菌薬の進歩により,外傷後の細菌による感染は比較的治療しやすい状況である.しかし,抗菌薬の感受性にもかかわらず,菌による外毒素産生により急速に全身状態の悪化を招く場合もある.A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)は溶血性レンサ球菌中で最も高頻度に,ヒトに多彩な疾患を起こす.咽頭炎,猩紅熱,産褥熱,丹毒の起炎菌としてよく知られており,近年は突発的敗血症病態である劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcaltoxicshocksyndrome:STSS)が報告されている1.10).〔別刷請求先〕森川涼子:〒545-0053大阪市阿倍野区松崎町1丁目2-22大阪鉄道病院眼科Reprintrequests:RyokoMorikawa,M.D.,DivisionofOphthalmology,OsakaGeneralHospitalofWestJapanRailwayCompany,1-2-22Matsuzaki-cho,Abeno-ku,Osaka-shi545-0053,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(109)587 図1星ヶ丘厚生年金病院初診時右眼瞼の皮膚欠損,挫滅,融解と膿滲出を認めた.STSSは進行の速い組織融解性の致死性疾患であるため,S.pyogenesは俗に「人食いバクテリア」と称されることもある.今回,眼鏡による眼瞼部の微小な外傷を契機に,S.pyogenesによる重篤な軟部組織炎をきたした症例を経験したので,注意を喚起する意味を含め報告する.I症例患者:79歳,男性.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:脳梗塞による片麻痺.主訴:両側眼瞼腫脹,発熱.現病歴:平成24年6月初旬に転倒し,眼鏡縁により右眼瞼部をわずかに受傷した.2日後に急速に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹と発熱を認め,近医外科から休日急病診療所眼科を経て,大阪鉄道病院眼科へ搬送された.創部のイソジン洗浄,オフロキサシン眼軟膏塗布,抗生物質全身投与(セフォチアム塩酸塩キット1giv×2/日3日間)を行うも組織融解が進むため,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ搬送となった.大阪鉄道病院初診時検査所見:発熱(39℃台)があり,採血にて白血球数増加(11,400/μl),CRP(C反応性蛋白)上昇(29.75mg/dl),LDH(乳酸脱水素酵素)271(正常値106.211),CPK(クレアチン・リン酸分解酵素)882(正常値56.244)と炎症反応および組織破壊を示す結果であり,BUN(血中尿素窒素)26(正常値8.23),クレアチニン0.6(正常値0.7.1.4)と軽度腎機能異常を認めた.星ヶ丘厚生年金病院初診時眼所見:右眼瞼は高度の組織融解を認め,局所から大量の膿滲出を認めた(図1).眼表面は結膜に高度の浮腫と充血を認めたが,角膜は透明であり,前房炎症は認めなかった.眼底には異常を認めなかった.経過:局所の膿培養にて,S.pyogenesが検出された.薬剤に対する感受性試験では,ペニシリンに対してE-testで感受性を認めた〔MIC(最小発育阻止濃度)=0.004μg/ml〕.また,レボフロキサシンおよびクリンダマイシンには,Disc588あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014法で阻止円を19mm以上形成し,感受性を認めた.なお,同時に施行した血液培養は陰性であった.早速,ペニシリンG100万単位iv×6/日,クリンダマイシン600mgiv×4/日,オフロキサシン眼軟膏3回/日眼瞼塗布,クラビット点眼3回/日点眼を開始したところ,眼瞼腫脹および発熱は軽快し全身状態は速やかに快方に向かった.一方,眼瞼皮膚の創傷治癒は遅延していたため,治療開始10日後に融解眼瞼組織のdebridementを皮膚側から施行した.麻酔は壊死部のため疼痛を伴わず,点眼麻酔のみで行った.鑷子で融解組織を把持しながらバナス剪刀で切除し,比較的硬いしっかりした組織に到達するまで除去した.瞼板の存在は明らかではなく,眼瞼縁から眉毛下皮膚までの広範囲にdebridementを施行した.その際8倍希釈イソジンで消毒を行った(図2).以後数回のdebridementとともに,16倍希釈イソジン消毒を施行した.眼瞼皮膚の創傷は速やかに治癒に向かい,3週間後には肉芽形成,上皮修復を認めた(図3a).しかし,瘢痕拘縮による閉瞼不全のため,加療開始8週間後に,形成外科にて皮膚移植を施行した.6カ月後には,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった(図3b).II考按S.pyogenesは細胞壁にM蛋白をもち免疫担当細胞の貪食から免れ,外毒素A,B,Cを産生することにより,重篤な感染症を引き起こすとされている.Toxicshocksyndromeを引き起こすことが知られている黄色ブドウ球菌の内毒素BとS.pyogenesの外毒素Aは,アミノ酸配列において50%のホモロジーをもち,いずれもa,b-tumornecrosisfactorの産生を促進して重篤な壊死性病変を形成する11).ToddとFishaut1)が1978年に初めて報告したSTSSは,上気道感染あるいは創傷感染後1.7日に突然の発熱,疼痛で発症し,急速に進行して,発病後数十時間以内には軟部組織壊死,急性腎不全,呼吸窮迫症候群(ARDS),播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし,ショック状態となることが記載されている.その致命率は実に30%以上とされており9),特に子供はS.pyogenesを上気道の常在菌として保有していることが多く,小児に生じた場合,深刻な事態となる2,7).今回の症例は,CentersforDiseaseControlandPrevention(CDC)が発表した診断基準(表1)10)と照らし合わせると,厳密にはSTSSには合致しないが,受傷後,数日のうちに急速に組織融解が進行して全身状態の悪化を招いたことから,皮膚科にてSTSSの前状態と診断された.鉄道病院では,応急処置・短期間の治療であったため,通常量の抗生物質投与と創部の洗浄・消毒のみ行い,また.debridementまでは至らなかった.このため抗生物質が病巣に十分に到達せず,治療効果が得られなかったと考えられる.転院後に早期より皮膚科と共観していたことが,速やかな治療,対処につなが(110) 図2初回debridement施行後の所見広範囲に壊死組織をdebridementにて除去した後に,眼瞼翻転せずに前面より観察した状態.角膜には障害はなく(下図),壊死組織を除去したあとの平滑な組織が確認される(上3枚パノラマ).表1StreptococcalToxicShockSyndromeの診断基準I.A群Streptococcus(Streptococcuspyogenes)が検出されることA:無菌部位から検出B:非無菌部位から検出aII.臨床所見A:低血圧(収縮期90mmHg)B:以下のうち2項目以上1.腎不全(クレアチニン≧2mg/dl,あるいはベースラインの2倍以上)2.凝血(血小板≦100,000/mm3)3.肝機能障害(sGOT,sGPT,TBが正常値の2倍以上)4.呼吸窮迫症候群5.紅斑b6.軟部組織炎IAとII(AとB)を認めれば,確定IBとII(AとB)を認めれば,疑いり,良好な経過を得たと考える.本症例と類似のS.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎は,これまでにも数例報告されている1.9).今までの報告の代表例一覧を表2に示す.これらの既報と今回の症例の共通点は,1)微小な外傷から発症していること,2)健常者においても発症していること,3)発症時期が受傷後16時間から3日図3加療開始3週間後(a)および加療開始6カ月後(b)a:肉芽形成,上皮修復を認めたが,瘢痕拘縮により閉瞼不全となった.b:皮膚移植により,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった.(111)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014589 表2S.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎:既報のまとめ報告年著者患者年齢(歳)創の大きさ受傷.全身症状出現時期1995IngrahamHJ健常35mm2日目1991RoseGE飲酒歴505mm2日目(3例)飲酒歴502cm3日目会陰部カンジダ3不明不明1997MeyerMA健常62不明2日目1991KronishJW糖尿病27.73不明不明(13例)飲酒歴(1例死亡)健常など1991StoneL健常1.72cm16時間健常85mm1日目と非常に短いことである.迅速な診断が必要とされるが,局所の培養結果と発熱,脱水,低血圧,蛋白尿,血尿などの全身状態の変化に加え,頸部リンパ節腫脹が特徴的とされている4).また,菌血症に至る場合も少なくないため,本疾患を疑った場合には複数回の血液培養も施行すべきである.治療に関しては,いずれも本症例と同じく,積極的なdebridementとペニシリンを代表とする抗菌薬での加療が有効とされていた.また,場合によっては,血漿と交換や免疫グロブリン療法,ステロイド治療も効果的であるとされている3).なお,丹毒と軟部組織炎は,いずれもS.pyogenesによる皮膚感染症であるが,それぞれ病変の場が異なる.丹毒は真皮レベルを水平方向に急速に拡大する浮腫性紅斑と腫脹を特徴とする急性化膿性炎症であるが,軟部組織炎は丹毒よりさらに深い軟部組織(真皮深層から皮下脂肪組織)レベルが病変の場とされており,本症例の呼称としては丹毒ではなく軟部組織炎と判断した.近年,本症例のように,若年者や明らかに健康な成人の小さな外傷を契機とするS.pyogenesによる重篤な感染症が増加している3).急激に悪化する全身状態に備えて,第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要があり,外傷による軟部組織炎でこの菌が検出され,全身状態の悪化を認めた場合には,速やかに内科医・皮膚科医と連携を行う必要がある.また,局所の高度な組織破壊に関しては,積極的なdebridementが必要であることも経験した.謝辞:本症例の治療に当たり,共観およびご指導いただいた星ヶ丘厚生年金病院皮膚科加藤晴久先生,椿本和加先生にお礼申し上げます.文献1)ToddJ,FishautM:Toxic-shocksyndromeassociatedwithphage-group-IStaphylococci.Lancet2:1116-1118,19782)IngrahamHJ,RyanME,BurnsJTetal:StreptococcalpreseptalcellulitiscomplicatedbythetoxicStreptococcussyndrome.Ophthalmology102:1223-1226,19953)MeyerMA:Streptococcaltoxicshocksyndromecomplicatingpreseptalcellulitis.AmJOphthalmol123:841843,19974)RoseGE,HowardDJ,WattsMR:Periorbitalnecrotisingfasciitis.Eye5:736-740,19915)KronishJW,McLeishWM:Eyelidnecrosisandperiorbitalnecrotizingfasciitis.Reportofacaseandreviewoftheliterature.Ophthalmology98:92-98,19916)ConeLA,WoodardDR,SchlievertPMetal:Clinicalandbacteriologicobservationsofatoxicshock-likesyndromeduetoStreptococcuspyogenes.NEnglJMed317:146149,19877)YeildingRH,O’DayDM,LiCetal:Periorbitalinfectionsafterdermabondclosureoftraumaticlacerationsinthreechildren.JAAPOS16:168-172,20128)LazzeriD,LazzeriS,FigusMetal:Periorbitalnecrotisingfasciitis.BrJOphthalmol94:1577-1585,20109)StevensDL,TannerMH,WinshipJetal:SeveregroupAstreptococcalinfectionsassociatedwithatoxicshock-likesyndromeandscarletfevertoxinA.NEnglJMed321:1-7,198910)TheWorkingGrouponSevereStreptococcalInfections:DefiningthegroupAstreptococcaltoxicshocksyndrome.Rationaleandconsensusdefinition.JAMA269:390-391,199311)JohnsonLP,L’ItalienJJ,SchlievertPM:StreptococcalpyrogenicexotoxintypeA(scarletfevertoxin)isrelatedtoStaphylococcusaureusenterotoxinB.MolGenGenet203:354-356,1986利益相反:利益相反公表基準に該当なし590あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(112)

白内障術前患者における結膜嚢内常在菌の薬剤感受性の比較

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):581.586,2014c白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受性の比較港一美*1飯田悠人*1須田謙治*2石原健二*2遠藤みう*1矢坂幸枝*1倉員敏明*1*1公立豊岡病院組合日高医療センター眼科*2京都大学眼科学教室AntimicrobialSusceptibilityofNormalConjunctivalFloraofCataractSurgeryKazumiMinato1),YutoIida1),KenjiSuda2),KenjiIshihara2),MiuEndo1),YukieYasaka1)andToshiakiKurakazu1)1)DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:白内障術前患者の結膜.内常在菌の薬剤感受性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較した.対象および方法:2010年8月.2011年12月の間で外眼部感染症を有しない,白内障手術予定患者150例150眼の結膜.内常在菌およびそれらの薬剤感受性をレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICにて比較検討した.結果:150眼中126眼(84%)に細菌が検出され,検出菌182株の内訳はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)37.9%,コリネバクテリウム36.3%,アクネ菌6.3%の順であった.CNSに対するMIC90はGFLX・VCM<LVFX<CMX・TOBであり,コリネバクテリウムに対するMIC90はTOB<CMX<VCM<<GFLX<LVFXであった.コリネバクテリウムは第三・第四世代ニューキノロンに耐性を獲得しており,CNSに対するニューキノロンのMIC分布が二峰性を呈したことから耐性化が進行していると考えられた.Purpose:Toevaluatetheantimicrobialsusceptibilityofbacteriaisolatedfromconjunctivalsacsofpatientsundergoingcataractsurgery.Methods:Preoperatively,bacterialisolateswerecollectedfromtheconjunctivalsacsof150eyesatHidakaMedicalCenterfromAugust,2010toDecember,2011.Minimuminhibitoryconcentrations(MIC)oflevofloxacin(LVFX),gatifloxacin(GFLX),cefmenoxime(CMX),tobramycin(TOB)andvancomycin(VCM)weremeasuredtodeterminesusceptibility.Results:Atotalof182strainswereisolatedfrom126eyes.Themostfrequentlyisolatedbacterialspecieswerecoagulase-negativeStaphylococci(CNS),37.9%,followedbyCorynebacteriumspp.,36.3%andPropionibacteriumacnes,6.3%.VCMandGFLXhadthelowestMIC(90)sforCNS,followedbyLVFX,CMXandTOB.ForCorynebacteriumspp.,TOBhadthelowestMIC(90),followedbyCMX,VCM,GFLXandLVFX.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):581.586,2014〕Keywords:白内障手術,結膜.内常在菌,薬剤感受性,抗菌点眼薬,最小発育阻止濃度(MIC).cataractsurgery,bacterialflorainconjunctivalsacs,drugsensitivity,antibioticophthalmicsolution,minimuminhibitoryconcentration(MIC).はじめに眼科で使用頻度の高いフルオロキノロン系抗菌薬は強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルを持ち,周術期の感染予防目的に日常的に使用されている.術後眼内炎の起因菌は,術眼の結膜.常在菌によるものが多いといわれており1.4),近年,メチシリン耐性やフルオロキノロン耐性菌による眼内炎の報告もある5.11).公立豊岡病院組合日高医療センター(以下,当院)でも,白内障術後のレボフロキサシン耐性表皮ブドウ球菌による眼内炎を経験し,周術期の抗菌薬点眼を再検討する目的で白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受〔別刷請求先〕港一美:〒669-5302兵庫県豊岡市日高町岩中81公立豊岡病院組合日高医療センター眼科Reprintrequests:KazumiMinato,DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,81Iwanaka,Hidaka,Toyooka-city,Hyogo669-5302,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)581 性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較検討した.I対象2010年8月.2011年12月の間,当院眼科を受診した20歳以上の白内障手術を予定し同意を得られた150例150眼で男性66例,女性84例,平均年齢は74.7±9.0歳であった.ただし,術前に明らかな外眼部感染症を認める者,検体採取日の1週間以内に抗菌剤の投与を受けている者,対象眼にコンタクトレンズを装用していた者については除外した.II方法手術の1カ月前以内に術眼の結膜.から検体を採取した.0.4%塩酸オキシブプロカインで表面麻酔した後,下眼瞼結膜.を滅菌綿棒で擦過し,カルチャースワブにて三菱化学メディエンス社に搬送した.羊血液寒天培地M58・クロムアガーオリエンテーション寒天培地・チョコレートⅡ寒天培地・アテネコロンビアウサギ血液寒天培地にて直接分離培養を,GAM半流動高層培地にて増菌培養を行い,検出されたすべての分離菌に対するレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),塩酸セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICを微量液体希釈法で測定した.MICの結果は累積発育阻止曲線としてまとめ,薬剤間の差異を検討した.III結果150眼中126眼(検出率84%)に182株の菌が検出された.その内訳は表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis:S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)69株(37.9%),Corynebacteriumspp.66株(36.3%),Propionibacteriumacnes(P.acnes)11株(6.0%),腸球菌(Enterococcusfaecalis:E.faecalis)7株(3.8%),黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus:S.aureus)4株(2.2%)であった(図1).検出された全182株中MICが測定できた181株についてMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図2,3に示す.全菌株に対する薬剤感受性をMIC90で比較するとVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX(16μg/ml),TOB(32μg/ml),LVFX(64μg/ml)の順で感受性が高かった.次に,グラム陽性菌153株に対するMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図4,5に示す.グラム陽性菌に対する薬剤感受性はMIC90でVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX・TOB(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順であった.一方,グラム陰性菌17株に対する薬剤感受性はMIC90でGFLX(0.5μg/ml),LVFX(1μg/ml),TOB(4μg/ml),CMX(16μg/ml),VCM(128μg/ml)の順であった(図6,7).主要な菌種別についてみると,CNSに対する薬剤感受性504540350:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)その他グラムS.aureus,2.2%30陰性菌,9.3%図1検出菌182株の内訳25グラム陽性菌,CNS2015103.8%(S.epidermidisを含む)37.9%P.acnes,6.0%5S.pneumoniae,Corynebacterium0.5%spp.,36.3%MIC(mg/ml)図2検出菌182株のMIC別菌株割合E.faecalis,3.8%:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12850450:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>12840累積(%)3530252015105MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図3検出菌182株のMIC累積分布図4グラム陽性菌153株のMIC別菌株割合582あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(104) 6050:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12880700:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)累積(%)累積(%)累積(%)40504030302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図5グラム陽性菌153株のMIC累積分布図6グラム陰性菌17株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128800708060705060504040303020201010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図7グラム陰性菌17株のMIC累積分布図8CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080割合(%)7070606050504040303020201010MIC(mg/ml)図9CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC累積分布MIC(mg/ml)図10Corynebacteriumspp.66株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080累積(%)累積(%)70706060505040302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図11Corynebacteriumspp.66株のMIC累積分布図12P.acnes11株のMIC累積分布(105)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014583 :GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128MIC(mg/ml)図13E.faecalis7株のMIC累積分布LVFXとGFLXのMIC差■:0管■:1管■:2管■:3管302520151050(菌株)≦0.06≦0.060.1250.250.51248164160.251GFLXはMIC90では,GFLX・VCM(2μg/ml),LVFX(4μg/ml),CMX・TOB(8μg/ml)の順であったが,MIC値の分布をみるとGFLX・LVFXは二峰性の分布を呈しており,CNSのなかでのフルオロキノロン低感受性株の増加がうかがわれた(図8,9).Corynebacteriumspp.についてはMIC90で,図14CNS68株のGFLX・LVFXのMIC値の比較討する目的で今回の調査を行うこととした.術前の結膜.からの検出菌は薄井ら9)の報告と同様,CNS,Corynebacteriumspp.,P.acnesの順であった.CNSTOB(≦0.06μg/ml),CMX(0.25μg/ml),VCM(0ml),GFLX(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順となり,フルオロキノロンに対する高度な薬剤耐性を獲得しているとμg/5.の薬剤感受性はMIC90ではGFLX<VCM<LVFX<CMX<TOBであったがMICの分布をみると,星23)や片岡ら24)と同様,GFLX,LVFX共に二峰性の分布を示していた.思われた(図10,11).遅発性眼内炎の起因菌とされているP.acnesについては,MIC90はCMX(<0.25μg/ml),GFLX(0.25μg/ml),VCM(0.5μg/ml),LVFX(0.75μg/ml),TOB(128μg/ml)であり,TOB以外は感受性が高い結果であった(図12).E.faecalisについてはMIC90で,VCM(0.75μg/ml),GFLX(8μg/ml),LVFX(32μg/ml),TOB・CMX(>128μg/ml)の順であった(図13).IV考按白内障手術の主流が小切開手術となった現在,わが国の白内障手術後眼内炎の発症率は0.05%程度と考えられている9).一度起こってしまうと最悪失明に至るこの合併症を限りなくゼロに近づけるべく,ハイリスク患者の確認,術前結膜.細菌叢の把握,減菌化を目的とした抗菌薬の点眼,術直前の洗眼,ドレーピング法など,さまざまな検討がなされてきた11).術後眼内炎に限らず感染症の起因菌は微生物=準種性(quosispesisnature)を持つ集まりである以上,耐性の出現を止めることはできない12).これまでにも臨床状態が良好な患者にも耐性菌の保菌者がいること13.16),眼科領域で汎用されているキノロンの耐性率が年々増加傾向にあることといった報告がなされてきた17.22).術野の減菌化目的で抗菌薬の点眼を使用する以上,すべての手術対象者に対し術前に結膜.培養検査と分離菌の薬剤感受性検査を行い適切な薬剤を術前処置に使用することが大切といえる.当院でも,2007.2009年の間近隣からの紹介例も含め白内障術後眼内炎が増加し,LVFX耐性表皮ブドウ球菌が起因菌である症例を経験した.これをきっかけに周術期の抗菌薬点眼を再検584あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014Fukudaら25),Barnardら26),Hooper27)らによると,S.aureus同様,S.epidermidisはトポイソメラーゼIV(parC)→DNAジャイレース(gyrA)→parC→gyrAと変異を積み重ねるたびにより高度なフルオロキノロン耐性を獲得していく.このうちDNAジャイレースの変異を得るとGFLXへの耐性を獲得するとされ26),LVFXに対する低感受性群には第4世代フルオロキノロン耐性の予備軍が存在していることになり,このことは星23)の報告でも指摘されている.そこで個々のCNSについてGFLXとLVFXのMIC値の相関をみたところ図14のようになり,GFLX・LVFXともにMIC値の高い株のなかには少なくとも1回以上の遺伝子変異を起こしている株が存在すると考えられ,CNSのフルオロキノロンに対する段階的な耐性獲得を予想させる結果となった.一方Corynebacteriumspp.にはparCに相当するホモログが存在せず,DNAジャイレースの変異のみでキノロン高度耐性化を獲得することができるとされ28),筆者らの調査でも感受性の低い株が多かった.Corynebacteriumspp.による眼内炎は海外で散見され29.31),わが国では角膜炎が増加傾向にある.Eguchiら32)によるとフルオロキノロン耐性を持つのはCorynebacteriummaginleyであり,その耐性率はキノロンを乱用した日本に多いとされ,今後術後眼内炎についても注意が必要と思われる.P.acnesは遅発性眼内炎の起因菌とされ11,33),皮膚深部やマイボーム腺・結膜円蓋部の皺襞に埋もれて存在し,手術前の消毒・洗眼後にその検出率が増加し,他の術前常在菌が消失した例に多いとの報告もある34).わが国では現在のとこ(106) ろ,アミノ配糖体系の薬剤以外は有効とされ当院の調査でも同様の結果を得た.片岡ら24)や宮永ら35)も術前点眼によるP.acnesの耐性化はほとんどみられなかったとしているが,Horiら36)はCNS,S.aureus,Corynebacteriumspp.,P.acnesについては,LVFXに耐性を持つ株はMICが低くともGFLX,moxifloacinに対して耐性化していくと述べており,今後の動向を見張っていく必要があると思われる.E.faecalisによる眼内炎は1990年頃から増加しはじめ7),2002年度白内障術後眼内炎全国症例調査9)ではCNS,MRSAに次ぎ全体の12%を占め,MRSAとともに視力予後不良と報告されている.今回検出されたE.faecalis7株のMIC90はVCM以外は大きく,有効な抗菌薬の選択肢の少なさが,E.faecalisによる眼内炎の重症化の一因とも考えられた.術後眼内炎予防のために周術期減菌化目的で抗菌点眼薬を使用する場合,術眼の結膜.常在菌を把握し,そのMICに応じて術前抗菌点眼薬を選択すること,点眼薬の薬物動態37.39)を理解しておくことが大切である.そのためには,藤ら40)が報告した眼科用薬剤感受性測定オーダープレートのような眼科に特化した判定方法の開発が待たれるところである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)EggerSF,Huber-SpitzyV,ScholdaCetal:BacterialcontaminationduringECCE.Prospectivestudyon200concesutivepatients.Ophtalmologia208:77-81,19942)AriyasuRG,NakamuraT,TrousdaleMDetal:Intaraoperativebacterialcontaminationoftheaqueoushumor.OphthalmicSurg24:367-374,19933)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-650,19914)BannermanTL,RhodenDL,McAllisterSKetal:Thesourceofcoagulase-negativestaphylococciintheEndophthalmitisVitrectomyStudy.ArchOphthalmol115:367-361,19975)BarryP,SealDV,GettinbyGetal:ESCRSstudyofprophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery:preliminaryreportofprincipalresultsfromaEuropeanmulticenterstudy.theESCRSEndophthalmitisStudyGroup.JCataractRefractScug32:407-410,20066)JensenMK,FiscellaRG,CrandallASetal:Aretrospectivestudyofendophthalmitisratescomparingquinoloneantibiotics.AmJOphthalmol139:141-148,20057)原二郎:起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,19988)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたら(107)しい眼科22:875-879,20059)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,200610)DeramoVA,LaiJC,FasteningDMetal:Acuteendophthalmitisineyestreatedprophylacticallywithgatifloxacinandmoxiflxacin.AmJOphthalmol142:721-725,200611)子島良平,宮田和典:術後眼内炎を予防する白内障手術.IOL&RS22:137-141,200812)宮永嘉隆,山田尚,塩田洋:眼科.耐性菌感染症とその緊急具体策3.対策編化学療法の領域16:278-287,200013)大鹿哲郎:白内障術後眼内炎:発症因子と危険因子.あたらしい眼科22:315-338,200514)屋宜友子,須藤史子,森永将弘ほか:糖尿病患者における白内障手術前の結膜.細菌叢の検討.あたらしい眼科26:243-246,200915)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜.内の常在菌についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200416)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,200617)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200618)IiharaH,SuzukiT,KawamuraYetal:Emergingmultiplemutationsandhigh-levelfluoloquinoloneresistanceinMRSAisoratedfromocularinfections.DiagnMicrobiolInfectDis56:297-303,200619)JhanjiV,SharmaN,SatpathyGetal:Forth-generationfluoloquinolon-resistantbacterialkeratitis.JCataractRefractSurg33:1488-1489,200720)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,200521)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:IncreasingofloxacinresistanceofbacterialflorafromconjunctivalsacofpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthalmol46:586-589,200222)関奈央子,亀井裕子,松原正雄:高齢者の結膜.内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200323)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,201024)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.内常在菌に対するガチフロキサシン及びレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,200625)FukudaH,HoriS,HiramatsuK:AntibacterialactivityofGFLX,anewlydevelopedfluoloquinolone,againstsequentiallyacquiredquinolone-resistantmutantsandthenorAtransformedofS.aureus.AntimicrobAgentsChemother42:1917-1922,199826)BarnardFM,MaxwellA:InteractionbetweenDNAgyraseandquinolones:effectsofalaninemutationsatGyrAsubunitredusesSer83andAsp87.AntimicrobAgentsChemother45:1994-2000,2001あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014585 27)HooperDC:FluoloquinoloneresistanceamongGrampositivecocci.LancetInfectDis2:530-538,200228)SierraJM,Martinez-MartinezL,Va’squezFetal:RelationshipbetweenmutationsinthegyrAgeneandquinoloneresistanceinclinicalisolatesofCorynebacteriumstriatumandCorynebacteriumamycolatum.AntimicrobAgentsChemother49:1714-1719,200529)FerrerC,Ruiz-MorenoJM,RodriquezAetal:PostoperativeCorynebacteriummacginleyiendohthalmitis.JCataractRefractSurg30:2441-2444,200430)HollanderDA,StewartJM,SeiffSRetal:Late-onsetCorynebacteriumendophthalmitisfollowinglaserposteriorcapsulotomy.OphthalmicSurgLasersImaging35:159161,200431)ArsenAK,SizmazS,OzbonSBetal:Corynebacteriumminutissimumendophthalmitis:managementwithantibioticirrigationofthecapsularbag.IntOphthalmol19:313-316,1995-199632)EguchiH,KawaharaT,MiyaharaTetal:High-levelfluoloquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummavginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200833)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌.あたらしい眼科20:657-660,200334)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200635)宮永将,子島良平,宮井尊史ほか:白内障手術の周術期における結膜.内常在菌叢フルオロキノロン点眼による減菌化と感受性変化.臨眼63:1659-1666,200936)HoriY,NakazawaT,MaedaNetal:Susceptibilitycomparisonsofnormalpreoperativeconjunctivalbacteriatofluoloquinolones.JCataractRefractSurg35:475-479,200937)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定.あたらしい眼科23:1353-1357,200638)末吉理恵,辻村まり:術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼薬とガチフロキサシン点眼液の比較検討.あたらしい眼科27:523-526,201039)BlondeauJM:Newconceptionantimicrobialsusceptibilitytesting:themutantpreventionconcentrationandmutantselectionwindowapproach.VetDermatol20:383-396,200940)藤紀彦,子島良平,池田欣史ほか:眼科用薬剤感受性プレートと臨床的有用性.臨眼65:1601-1607,2011***586あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(108)

眼感染症由来Staphylococcus aureusの In Viroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響と抗菌点眼薬の殺菌効果

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):571.580,2014c眼感染症由来StaphylococcusaureusのInVitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響と抗菌点眼薬の殺菌効果神鳥美智子*1井上幸次*1池田欣史*1藤原弘光*2高畑正裕*3髙倉真理子*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2鳥取大学医学部附属病院検査部*3富山化学工業株式会社綜合研究所InfluenceofGlucoseonInVitroBiofilmFormationbyStaphylococcusaureusIsolatedfromOcularInfection;BactericidalActivityofAntibacterialOphthalmicSolutionMichikoKandori1),YoshitsuguInoue1),YoshifumiIkeda1),HiromitsuFujiwara2),MasahiroTakahata3)andMarikoTakakura3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)3)ResearchLaboratoriesToyamaChemicalCo.,Ltd.TottoriUniversityHospital,目的:糖尿病患者の涙液中グルコース濃度は健常人に比べ高く,結膜.常在菌に影響している可能性がある.そこで,眼感染症由来Staphylococcusaureus(S.aureus)のinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,バイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討した.方法:鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたキノロン感受性S.aureus3株を用い,メンブレンフィルター(MF)上のバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響をMF静置寒天平板培地にこれを添加することで検討した.また,トスフロキサシン,レボフロキサシン,セフメノキシムの各点眼液を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の30倍濃度(30MIC)でバイオフィルム形成菌に24時間作用させ,生菌数変化,さらに走査型電子顕微鏡による形態観察で殺菌効果を評価した.結果:S.aureusバイオフィルムの成熟度はグルコース濃度(0%,0.01%,0.1%および1.0%)に比例し増大した.0.1%グルコース存在下,バイオフィルム形成菌に対するトスフロキサシン点眼液30MIC作用時の殺菌効果は,いずれの場合も比較点眼液より有意に強かった.結論:S.aureusによるバイオフィルムの成熟度はグルコース濃度の影響を受けることから,糖尿病患者に対する抗菌点眼薬の選択においては,バイオフィルムにより効果のある薬剤を考慮する必要があると考えられた.Purpose:Tearglucoseconcentrationishigherindiabeticpatientsthaninhealthysubjectsandmayinfluenceconjunctivalflora.TheinfluenceofglucoseoninvitrobiofilmformationwasexaminedusingStaphylococcusaureusisolatedfrompatientswithocularinfection.Alsoinvestigatedwerethebactericidaleffectsofantibacterialophthalmicsolutionsagainstbiofilmbacteria.MaterialsandMethods:Usingthreequinolone-susceptibleS.aureusisolatesfrompatientswithocularinfectionatTottoriUniversityHospital,weexaminedtheinfluenceofglucoseonbiofilmformationonmembranefilter(MF)byaddingglucosetotheagarplateontheMF.Bactericidalactivitiesoftosufloxacin(TFLX),levofloxacin(LVFX)andcefmenoxime(CMX)ophthalmicsolutionswereexaminedbycountingviablecellsremainingafterexposureofS.aureusbiofilmtothoseagentsatconcentrations30-foldtheirrespectiveminimuminhibitoryconcentrations(MIC),andbyobservationunderascanningelectronmicroscope(SEM)Results:ThedegreeofS.aureusbiofilmmaturationincreasewasdependentontheglucoseconcentration(0%,(.)0.01%,0.1%and1.0%).With0.1%glucose,thebactericidaleffectofthetosufloxacinophthalmicsolutionwassignificantlymorepotentthantheotherophthalmicsolutions.Conclusion:SincethedegreeofS.aureusbiofilmmaturationwasaffectedbyglucoseconcentration,itissuggestedthattheantibacterialophthalmicsolutionmostpotentagainstbiofilmbeselectedfordiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):571.580,2014〕〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学教室Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(93)571 Keywords:黄色ブドウ球菌,グルコース,バイオフィルム,トスフロキサシン,点眼薬,殺菌効果.Staphylococcusaureus,glucose,biofilm,tosufloxacin,ophthalmicsolution,bactericidaleffect.はじめにグラム陽性菌のStaphylococcusaureus(S.aureus)は眼感染症の代表的な疾患である結膜炎や角膜炎の主要な起因菌である1).また,発症頻度は低いものの,急性術後眼内炎の起因菌としてもStaphylococcusepidermidis(S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌やS.aureusの割合が高い2,3).S.epidermidisやS.aureusはヒトの結膜.内細菌叢に常在しており,このことが多くの眼感染症の起因菌になる理由と考えられる.分離比率はS.epidermidisが常に最も高いが,糖尿病患者ではS.epidermidisに次ぐS.aureusの比率が健常人より高いとの報告がある4).眼感染症では周術期創部などから常在菌が侵入し,縫合糸などへの菌の定着の後,バイオフィルムを形成するケースや,治療に用いられる眼内レンズなどのバイオマテリアルに形成されたバイオフィルム菌などが発症に関与している場合がある5.7).バイオフィルム形成後の菌の生育はslow-growingあるいはnondividinggrowthの状態にあると同時に,菌体を覆うexopolysaccharidematrixの薬剤低透過性などにより,抗菌薬の殺菌作用を回避すること,また,その成熟度が増した場合,抗菌薬の殺菌作用はさらに減弱されるので,治療の難渋化を招いていることが報告されている5,8,9).筆者らは先に,メチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisを用いてinvitroで作製したバイオフィルム形成菌に対するフルオロキノロン系点眼薬とb-ラクタム系点眼薬の殺菌効果を検討した.その結果,いずれの薬剤もバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果は浮遊菌(planktonic菌)の場合より減弱すること,また,バイオフィルム形成菌に対する殺菌効果はb-ラクタム系点眼薬よりフルオロキノロン系点眼薬が強いが,その作用はフルオロキノロン系点眼薬間でも差異が認められるとの成績を得た10).眼感染症起因菌においてS.epidermidisと並び分離頻度の高いS.aureusでは,バイオフィルム形成時,生育環境に存在するグルコースによりバイオフィルム成熟度が変化することが報告されている11,12).ヒト涙液にはグルコース(tearglucose)が正常人で0.004.0.008%含まれているが,糖尿病患者ではこれより高く13.15),眼表面や眼内におけるS.aureusのバイオフィルム形成は正常人の場合と異なるものと考えられる.このため,定着したS.aureusが形成したバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の殺菌作用も何らかの影響を受けている可能性が推察される.現在,眼感染症におけるバイオフィルム形成菌について,涙液中のグルコースの影響や生理的なグルコース濃度存在下での,抗菌点眼薬の殺菌効果についての報告は見当たらない.そこで,今回,眼感染症由来S.aureusのinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,先回報告10)したS.epidermidisに引き続き,S.aureusバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討した.すなわち,2011年から2012年に鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.aureusのうち,icaA,D遺伝子,薬剤感受性などを検討した3株を用いてinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.I実験材料および方法1.使用菌株鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から2011.2012年に分離されたS.aureus31株を用いた.これら分離株すべてについて,各種薬剤に対する感受性,キノロン薬耐性決定領域(quinoloneresistant-determiningregion:QRDR)遺伝子の変異およびicaA,D遺伝子の有無を調べた.2.QRDR遺伝子およびicaA,icaD遺伝子の解析DNAジャイレースおよびトポイソメラーゼIV蛋白のそれぞれのsubunitA蛋白,GyrAならびにGrlAのQRDR部位をcodeするgyrA,grlA遺伝子の主要な変異部位の解析(GyrA:Ser84,Ser85,Glu88.GrlA:Ser80,Glu84)をSreedharanら16),Ferreroら17)の報告に基づいたPCR(polymerasechainreaction)法で行った.また,バイオフィルム形成に関連するslimeの主要成分,polysaccharideintercellularadhesin(PIA)の生合成に関わるicaA,icaD遺伝子の有無をArciolaら18)の方法に基づき検討した.3.使用薬剤薬剤感受性の測定にはトスフロキサシン(富山化学工業株式会社),レボフロキサシン(LKTLaboratories,Inc),セフメノキシム(ベストコールR静注用,武田薬品工業株式会社)を用いた.また,S.aureusのメチシリン耐性の判別のため,オキサシリン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を使用した.Invitroバイオフィルム形成菌およびplanktonic菌に対する殺菌効果の検討には市販のトスフロキサシン点眼液(オゼックスR点眼液0.3%,大塚製薬株式会社),レボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液0.5%,参天製薬株式会社),セフメノキシム点眼液(ベストロンR点眼用0.5%,千寿製薬株式会社)を目的の作用濃度になるよう25%cation-572あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(94) adjustedMueller-Hintonbroth(CAMHB;日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)で適宜希釈し用いた.いずれの薬剤も純度あるいは含量が明らかなものを使用し,濃度は活性本体の値として示した.4.薬剤感受性の測定抗菌薬に対する感受性の測定にはCAMHBを用い,ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の微量液体希釈法に基づき行った19).メチシリンに対する感受性/耐性はCLSIの判定基準に基づき,オキサシリンに対する最小発育阻止濃度(MIC)(≦2μg/ml:感受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した20).また,キノロン薬に対する感受性/耐性は同判定基準に基づき,レボフロキサシンに対するMIC(≦1μg/ml:感受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した.5.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果今回使用の臨床分離S.aureus31株のうち,キノロン感受性でicaA,icaD遺伝子を保有するメチシリン感受性S.aureus(methicillin-susceptibleS.aureus:MSSA)のF5820およびF-5829株,メチシリン耐性S.aureus(methicillin-resistantS.aureus:MRSA)のF-5809株を用いた(表1).CAMHBにて37℃で一夜培養した菌を新鮮なCAMHBに接種し,さらに4時間前培養した菌液0.5mlに,リン酸緩衝液(PB:1/15mol/l,pH7.0)で5倍濃度に調整した各薬液1ml(終濃度,30MIC),10%グルコース溶液5μlまたは50μl(グルコース終濃度,0.01%または0.1%)を加え,PBで全量5mlにした培養液(CAMHB濃度:通常の10%濃度)を作製した.37℃で振盪培養し,24時間後に生菌数測定を行った(n=1).対照として薬剤不含の同様な10%CAMHB5mlを用い,生菌数を測定した.6.Invitroバイオフィルムの作製とグルコースの影響Planktonic菌に対する殺菌効果の試験に用いたMSSAのF-5820およびF-5829とMRSAのF-5809株の3株で検討した.Websterら21)の方法に基づき,CAMHBで一夜培養したS.aureusの菌液100μlを新鮮なCAMHB10mlに接種し,さらに3.5時間培養した.本菌液100μlを0.01%または0.1%グルコースを含み,通常の10%培地成分濃度になるよう作製したCAMHB10mlに懸濁した.その25μlを0.01%および0.1%のグルコースを含んだ10%培地成分濃度のMueller-Hintonagar(MHA,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を平板上に置いたmembranefilter(MF,DuraporeRMembraneFilter0.45μmHV;Millipore)に滴下した(n=3).グルコース濃度0.01%は健常人涙液中濃度,0.1%は糖尿病患者涙液中に含まれるグルコース濃度に近似すると考え検討した13.15).なお,別にバイオフィルム形成に及ぼす詳細なグルコース濃度(0,0.01,0.1および1%)の影響はMSSAF-5820株を用い調べた.(95)37℃,48時間培養後,走査型電子顕微鏡(SEM:HITACHIS-3400)を用いてバイオフィルム像を観察した.SEM像の観察に当たっては,試料を1.5%glutaraldehyde(和光純薬工業株式会社)にて1時間,さらに1%osmiumtetroxide(TAABLaboratories)に18時間浸漬し固定した.アルコール脱水-酢酸イソアミル(和光純薬工業株式会社)置換を経た後,臨界点乾燥を行った試料を白金-パナジウム蒸着した.7.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果0.01%あるいは0.1%グルコースを含む10%培地成分濃度のMHA上に静置したMFに菌液を滴下し,37℃,24時間培養した後,MFを各薬剤30MICを含む新しいMHA上に移した.さらに37℃,24時間培養した後,生菌数を測定した.作用濃度(30MIC)はトスフロキサシン頻回反復点眼時の結膜.内濃度などを参考にした22).なお,MRSAF-5809株の場合はセフメノキシム点眼液の溶解必要濃度が高すぎることから薬剤含有MHAが作製できず,トスフロキサシン点眼液とレボフロキサシン点眼液のみで殺菌効果を検討した.生菌数の測定に当たっては上述のMFをMulti-BeadsShockerR(安井器械株式会社)で破砕,ホモジナイズした試料を適宜希釈し,MHA平板に塗布し,生育コロニー数を計測した.得られた生菌数は各比較群間でパラメトリックDunnett型多重比較による有意差検定を行った.また,SEMでバイオフィルムに対する薬剤作用像を観察した.II結果1.使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,GyrAおよびGrlA蛋白におけるQRDR部位のアミノ酸変異,icaA,icaD遺伝子の解析S.aureus31株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図を図1に示す.トスフロキサシンは試験株すべてに対し,レボフロキサシンおよびセフメノキシムと同等か,2.512倍以上強い抗菌活性を示した.31株中,MRSAは22株(71.0%),キノロン耐性S.aureusは18株(58.1%)であった.また,キノロン耐性S.aureus18株のQRDR部位における最も頻度の高い変異株はGyrAのSer84Leu,Glu88Gly変異およびGrlAのSer80Tyr,Glu84Lys変異を同時に保有する株であった(7株/18株,38.9%).icaA,icaD遺伝子については今回使用した眼由来臨床分離株は31株すべて両遺伝子を保有していた.バイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に使用した3菌株の各遺伝子の解析および薬剤感受性の結果を表1に示す.GyrA,GrlAのQRDR主要部位に変異は認められず,キノロン薬に感受性で,MICはトスフロキサシンが0.0313あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014573 トスフロキサシMIC(μg/ml)≧1684210.50.250.1250.06≦0.03111136311114315533≦0.030.1250.528≦0.030.1250.5280.060.2514≧160.060.2514≧16レボフロキサシンMIC(μg/ml)セフメノキシムMIC(μg/ml)図1Staphylococcusaureus31株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図相関図中の数値は株数.いずれの株もトスフロキサシンのMICはレボフロキサシン,セフメノキシムのMICと同等か,低かった.表1使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,icaA,icaD遺伝子の有無,およびGyrA,GrlAのアミノ酸変異菌株トスフロキサシンMIC(μg/ml)レボフロキサシンセフメノキシムオキサシリンicaA,icaD遺伝子の有無icaAicaDQRDRアミノ酸変異GyrASer84,Ser85,Glu88GrlASer80,Glu84F-58200.06250.2520.5++──F-58290.03130.12521++──F-58090.06250.25832++──+/─:検出/非検出.μg/mlあるいは0.0625μg/ml,レボフロキサシンは0.125μg/mlあるいは0.25μg/mlであった.また,F-5820およびF-5829株はMSSA,F-5809株はMRSAであり,セフメノキシムのMICは前2株が2μg/ml,F-5809株は8μg/mlであった(表1).2.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Planktonic菌に対する薬剤30MIC,24時間作用後の生菌数を図2に示す.いずれの薬剤も30MIC作用後の生菌数は薬剤無添加の場合に比べ,10.6以上減少し,検出限界以下(LogCFU/ml:≦1.30)であった(図2).3.Invitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響MSSAF-5820株において,培地にグルコースを0.01%,0.1%,1%濃度になるよう添加し,バイオフィルム形成能をグルコース無添加の場合と比較した結果,培養48時間後の成熟度は濃度依存的に増大した.バイオフィルム形成能は0.01%添加から影響がみられたが,0.1%,1%添加時にはMF構造に沿って多くのslime様物質が付着し,これらに覆われた球菌の数も多かった(図3).4.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果バイオフィルムを形成した各株に対する抗菌点眼薬30MIC,24時間作用後の生菌数を図4に示す.グルコース0.01%存在下,MSSAF-5820株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液と同等,セフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.グルコース0.1%存在下での24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.01%と0.1%存在下での殺菌効果を比較すると,トスフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液では差異がみられなかったが,レボフロキサシン点眼液では,0.1%存在下の殺菌効果は0.01%の場合より有意(p<0.001)に弱かった.グルコース0.01%存在下,MSSAF-5829株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液およびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.1%存在下での24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃574あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(96) Glucose0.01%Glucose0.1%Viablecellscount(LogofCFU/ml)108642010864201086420F-5820MSSAF-5829MSSAF-5809MRSANT108642010864201086420F-5820MSSAF-5829MSSAF-5809MRSANT検出限界(≦1.30)ControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシムControlトスフロキサシンレボフロキシサン点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液図2Staphylococcusaureusのplanktonic菌に対する各種抗菌点眼薬の殺菌効果NT:試験せず.Planktonic菌に対してはいずれの点眼液も強い殺菌効果を示した.セフメノキシム点眼液度のレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.01%あるいは0.1%存在下での殺菌効果はセフメノキシム点眼液では差異がなかったが,トスフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液では,0.1%存在下のほうが0.01%の場合より有意(p<0.01,p<0.001)に弱かった.グルコース0.01%および0.1%存在下,MRSAF-5809株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液より有意(p<0.01)に強かった.また,トスフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液ともに,グルコース0.1%での殺菌効果は0.01%の場合より有意(p<0.01,p<0.001)に弱かった.5.MSSAF.5820株が形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の作用像0.1%グルコース存在下,invitroでMSSAF-5820株が形成したバイオフィルムに対する各点眼液30MIC作用時のSEM像を図5に示す.セフメノキシム点眼液作用後のバイオフィルム像(図5G,図5H)は薬剤無添加群(図5A,図5B)とほぼ同様であった.トスフロキサシン点眼液作用時(図5C,図5D)では,バイオフィルム構造の消失や,これを構成する菌塊構造の軽度化が観察された.レボフロキサシ(97)ン点眼液の場合は薬剤無添加群に比べ,低倍でバイオフィルム構造が若干消失した像が観察されたが,バイオフィルム上部の菌塊構造の厚みの変化はトスフロキサシン点眼液作用時より小さかった(図5E,図5F).なお,今回の試験では,他の2株でもMSSAF-5820株と同様なバイオフィルム形成像,また各抗菌点眼薬作用像がSEMで観察された(データ示さず).III考按結膜.における検出菌の分離比率はS.epidermidisが最も高いが,糖尿病患者では本菌種に次いでS.aureusの比率が健常人より高いとの報告がある4).眼感染症ではバイオフィルム形成菌がその発症に関与することが報告されており,S.aureusやS.epidermidisもコンタクトレンズ,眼内レンズ,手術時縫合糸,涙道形成用チューブ等の医療材料に付着してバイオフィルムを形成することが知られている5,6).近年,眼感染症においては,Staphylococcus属以外にも,Pseudomonasaeruginosa(P.aeruginosa)などによるバイオフィルム形成が臨床的に問題となっているが,さまざまな菌種でバイオフィルム形成菌はその成熟度によって抗菌薬の殺菌作用が影響を受けることが報告されている8,9).S.aureusではバイオフィルムの成熟度は生育環境に存在するグルコーあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014575 ABCDEFGHIJKLIJKABCDEFGHIJKLIJK図3StaphylococcusaureusF.5820株のバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響培養時間:48時間,A,E,I:glucose0%,×100,×3,000,×10,000,B,F,J:glucose0.01%,×100,×3,000,×10,000,C,G,K:glucose0.1%,×100,×3,000,×10,000,D,H,L:glucose1%,×100,×3,000,×10,000.グルコース0.1%,1%添加時には多くのslime様物質が産生され,これに覆われた球菌の数も多かった.スの影響を受け,濃度依存的にその成熟度が増大するとの報告がある11,12).糖尿病患者の涙液中グルコース(tearglucose)濃度は健常人に比べ高く,正常人では0.004.0.008%であるのに対し,糖尿病患者ではこれより5.10倍以上高く,0.03.0.13%以上含まれると報告されている13.15).また,糖尿病患者では急性結膜炎を含む各種細菌感染症のリスクが高いこと,網膜症,白内障など,さまざまな眼の組織における病態に高血糖が悪影響を与えるとの報告がある23,24).これらのことから,糖尿病患者では眼表面や眼内に定着したS.aureusがバイオフィルムを形成する場合,その成熟度が増し,抗菌点眼薬の殺菌作用が何らかの影響を受ける可能性が考えられ,今回の検討を行った.眼感染症由来S.aureusのバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響をSEMで形態観察した報告や,バイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果などを検討した報告はこれまでなかった.今回,眼感染症由来S.aureusのinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べた結果,これまでの報告11,12)に記述されているようにその成熟度はグルコース濃度の影響を受けており,糖尿病患者の涙576あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014液中グルコース濃度に想定した0.1%添加時では,無添加時に比べ,slime様物質が多く産生され,これらがMF構造や菌体表面に付着したバイオフィルム像が観察された.S.epidermidisではPIAの生合成はica遺伝子locusが関連し,icaA,DはN-acetylgulcosaminetransferase,icaBはPIAdeacetylase,icaCはPIAのexporter遺伝子とされ25),ソフトコンタクトレンズ装用者における急性結膜炎患者から分離されたブドウ球菌ではicaA,D遺伝子保有率が高いとの報告がある26).しかしながら,S.aureusではicaA,D遺伝子はほとんどすべての株が保有しており,本遺伝子のバイオフィルム形成時における意義は両菌種で異なる可能性が考えられた.Izanoら27)はブドウ球菌属のバイオフィルムにおける主要な2つの構成ポリマーはPIAとextracellularDNA(ecDNA)であり,S.aureusではPIAがバイオフィルムの主要な構成成分ではなく,ecDNAがその主成分としている.また,別の報告でS.aureusの臨床株ではグルコースが調節するバイオフィルム形成はicaADBC遺伝子の発現に関係しないとされ,同じブドウ球菌属ながら,バイオフィルム形成,発現様式について違いが存在する可能(98) Glucose0.01%Glucose0.1%Viablecellscount(LogofCFU/MF)109876510987651098765F-5820MSSA10***98765***NS†††***F-5820MSSA******F-5829MSSA†††††***1098765F-5829MSSA***F-5809MRSAF-5809MRSA10****98†††††76NTNT5ControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシムControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液図4Staphylococcusaureusのinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種抗菌点眼薬の殺菌効果薬剤作用時間:24時間,n=3,有意差:***:p<0.001,**:p<0.01vs.トスフロキサシン点眼液,†††:p<0.001,††:p<0.01vs.0.1%glucose,NS:notsignificant,(Dunnetttest),NT:試験せず,MF:membranefilter0.1%グルコース存在下では,いずれの場合もトスフロキサシン点眼液は同じ30MIC濃度で比較したレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.性があり,現在,詳細は明らかでない28).眼感染症由来S.aureusはレボフロキサシン,セフメノキシムに対する感受性が高い1).今回の使用菌株に対する抗菌活性はトスフロキサシンがレボフロキサシン,セフメノキシムと同等か,2.512倍以上強く,2009年分離の外眼部感染症由来S.aureusの成績とほぼ同様であった29).現在S.aureusのバイオフィルム形成菌に対するこれら抗菌点眼薬の殺菌効果に関する成績は見当たらない.そこでinvitroバイオフィルムを作製し,汎用されている市販抗菌点眼薬,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.トスフロキサシンについては健康成人男子を対象に1回1滴,1日8回14日間点眼し,結膜.内濃度を測定した成績があり,点眼14日目の初回点眼24時間後の濃度は2.0±2.69μg/mlであったとの報告がある22).この24時間値(約2.0μg/ml)は今回invitroでバイオフィルムを作製したS.aureus3株に対するトスフロキサシンのMIC値(0.0313μg/mlおよび0.0625μg/ml)の約32あるいは64倍に相当する.このことから,作用濃度および作用時間はいずれの点眼液も30MIC,24時間とした.その結果,0.01%グルコース存在下では,invitroでバイ(99)オフィルムを形成したS.aureusに対し,トスフロキサシン点眼液はMSSAF-5820株では,レボフロキサシン点眼液と同等,MSSAF-5829株,MRSAF-5809株ではレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.0.1%グルコース存在下では,いずれの場合もトスフロキサシン点眼液は同MIC濃度で比較したレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示し,SEMによる形態観察でも,MSSAF-5820株のバイオフィルム形成菌に対し,トスフロキサシン点眼液作用時,強い殺菌像が観察された.また,フルオロキノロン系抗菌点眼薬の殺菌効果はMSSAF-5820株バイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の場合を除き,いずれも糖尿病患者の涙液中グルコース濃度を想定した0.1%グルコース存在下のほうが0.01%グルコース存在下より弱く,バイオフィルムの成熟度がフルオロキノロン系抗菌点眼薬の殺菌効果に影響を及ぼす可能性が考えられた.バイオフィルムを形成した細菌がplanktonic菌に比べ抗菌薬抵抗性を示すこと,また,その抵抗性には薬剤系統差があることが知られている8).S.aureusにおいてフルオロキノロン系抗菌薬レボフロキサシンはplanktonic菌よりバイあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014577 ABCDEFGHABCDEFGHABCDEFGHABCDEFGH図5StaphylococcusaureusF.5820株が形成したinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種抗菌点眼薬作用時の走査型電子顕微鏡像A,B:control,×100,×3,000,C,D:トスフロキサシン点眼液,×100,×3,000,E,F:レボフロキサシン点眼液,×100,×3,000,G,H:セフメノキシム点眼液,×100,×3,000.低倍率でもトスフロキサシン点眼液の作用により,バイオフィルム構造の大部分が消失している像が観察された.オフィルム形成菌に対する殺菌効果が弱いとの報告があム形成菌に対する殺菌作用では,フルオロキノロン系抗菌る30).今回の試験でもplanktonic菌に比べ,バイオフィル薬,アミノ配糖体系抗菌薬,b-ラクタム系抗菌薬の順に強ムを形成した菌に対する殺菌作用はいずれの薬剤も弱かっいことも報告されている8).さらに,S.aureusのバイオフィた.薬剤系統差については,P.aeruginosaのバイオフィルルムにおける薬剤透過性はb-ラクタム系抗菌薬のオキサシ578あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(100) リン,セフォタキシム,またグリコペプチド薬であるバンコマイシンより,アミノ配糖体のアミカシンやフルオロキノロン系抗菌薬のシプロフロキサシンのほうが良好との報告がある31).これらのことから,S.aureusのバイオフィルム形成菌に対しては,b-ラクタム系抗菌薬よりもフルオロキノロン系抗菌薬を,また,そのなかでも目標とする菌種に対して,より強い抗菌活性を示すフルオロキノロン系抗菌薬を選択すべきと考えられた.今回の成績は,先に報告10)したS.epidermidisのバイオフィルム形成菌における結果と近似しており,殺菌効果はb-ラクタム系点眼薬よりフルオロキノロン系点眼薬が強いが,その効果はフルオロキノロン系点眼薬間でも差異が認められる点では同様の成績が得られた.術後感染症としての眼内炎の起因菌は60%以上をStaphylococcus属が占める.S.epidermidisの比率が最も高いものの,MRSAを含むS.aureusが起因菌の場合も多い3).眼内炎は重篤な感染症であり,手術前後に眼瞼および結膜.内を十分殺菌することが重要である.フルオロキノロン系点眼薬の周術期における無菌化率は高く,トスフロキサシン点眼液の場合も手術14日後に判定した術後感染症の発症は全例(108例)において認めず,また,術後無菌化率は95.1%で,類薬と同程度であった32,33).これらの成績におけるバイオフィルム形成菌関与の程度は不明であるが,そのような場合にも殺菌効果が十分期待できる抗菌点眼薬の使用が望ましいことから,その選択には十分な配慮が必要と考えられた.以上,トスフロキサシン点眼液はレボフロキサシン点眼液およびb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より,バイオフィルムを形成したS.aureusに強い殺菌効果を示した.トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したキノロン感受性S.aureusによる眼感染症の治療,予防において有用と考えられた.利益相反:高畑正裕(カテゴリーE:富山化学工業株式会社社員),髙倉真理子(カテゴリーE:富山化学工業株式会社社員)文献1)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20112)DurandML:Endophthalmitis.ClinMicrobiolInfect19:227-234,20133)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)BilenH,AtesO,AstamNetal:Conjunctivalflorainpatientswithtype1ortype2diabetesmellitus.AdvTher24:1028-1035,20075)亀井裕子:眼感染症とバイオフィルム.臨床と微生物36:439-444,20096)BehlauI,GilmoreMS:Microbialbiofilmsinophthalmologyandinfectiousdisease.ArchOphthalmol126:15721581,20087)KodjikianL,BurillonC,LinaGetal:Biofilmformationonintraocularlensesbyaclinicalstrainencodingtheicalocus:ascanningelectronmicroscopystudy.InvestOphthalmolVisSci44:4382-4387,20038)SpoeringAL,LewisK:BiofilmsandplanktoniccellsofPseudomonasaeruginosahavesimilarresistancetokillingbyantimicrobials.JBacteriol183:6746-6751,20019)AmorenaB,GraciaE,MonzonMetal:AntibioticsusceptibilityassayforStaphylococcusaureusinbiofilmsdevelopedinvitro.JAntimicrobChemother44:43-55,199910)井上幸次,池田欣史,藤原弘光ほか:眼感染症由来Staphylococcusepidermidisが形成したInVitroバイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果.あたらしい眼科29:1681-1688,201211)LimY,JanaM,LuongTTetal:Controlofglucose-andNaCl-inducedbiofilmformationbyrbfinStaphylococcusaureus.JBacteriol186:722-729,200412)CroesS,DeurenbergRH,BoumansMLetal:StaphylococcusaureusbiofilmformationatthephysiologicglucoseconcentrationdependsontheS.aureuslineage.BMCMicrobiol9:229,200913)SenDK,SarinGS:Tearglucoselevelsinnormalpeopleandindiabeticpatients.BrJOphthalmol64:693-695,198014)DaumKM,HillRM:Humantearglucose.InvestOphthalmolVisSci22:509-514,198215)ChatterjeePR,DeS,DattaHetal:Estimationoftearglucoselevelanditsroleasapromptindicatorofbloodsugarlevel.JIndianMedAssoc101:481-483,200316)SreedharanS,OramM,JensenBetal:DNAgyrasegyrAmutationsinciprofloxacin-resistantstrainsofStaphylococcusaureus:closesimilaritywithquinoloneresistancemutationsinEscherichiacoli.JBacteriol72:72607262,199017)FerreroL,CameronB,ManseBetal:CloningandprimarystructureofStaphylococcusaureusDNAtopoisomeraseIV:aprimarytargetoffluoroquinolones.MolMicrobiol13:641-653,199418)ArciolaCR,BaldassarriL,MontanaroL:PresenceoficaAandicaDgenesandslimeproductioninacollectionofstaphylococcalstrainsfromcatheter-associatedinfections.JClinMicrobiol39:2151-2156,200119)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:MethodsforDilutionAntimicrobialSusceptibilityTestsforBacteriaThatGrowAerobically;ApprovedStandard-EighthEditionM07-A8,ClincalandLaboratoryStandardsInstitutes,Wayne,PA,200920)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting;NineteenthInformationalSupplementM100-S22,201221)WebsterP,WuS,GomezGetal:Distributionofbacterialproteinsinbiofilmsformedbynon-typeableHaemophilusinfluenzae.JHistochemCytochem54:829-842,2006(101)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014579 22)北野周作,宮永嘉隆,東純一:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の臨床薬理試験(単回・反復および頻回反復点眼試験).あたらしい眼科23(別巻):47-54,200623)KruseA,ThomsenRW,HundborgHHetal:Diabetesandriskofacuteinfectiousconjunctivitis─apopulation-basedcase-controlstudy.DiabetMed23:393-397,200624)SkarbezK,PriestleyY,HoepfMetal:Comprehensivereviewoftheeffectsofdiabetesonocularhealth.ExpertRevOphthalmol5:557-577,201025)OttoM:Staphylococcalbiofilms.CurrTopMicrobiolImmunol322:207-228,200826)CatalanottiP,LanzaM,DelPreteAetal:Slime-producingStaphylococcusepidermidisandS.aureusinacutebacterialconjunctivitisinsoftcontactlenswearers.NewMicrobiol28:345-354,200527)IzanoEA,AmaranteMA,KherWBetal:Differentialrolesofpoly-N-acetylglucosaminesurfacepolysaccharideandextracellularDNAinStaphylococcusaureusandStaphylococcusepidermidisbiofilms.ApplEnvironMicrobiol74:470-476,200828)FitzpatrickF,HumphreysH,O’GaraJP:EvidenceforicaADBC-independentbiofilmdevelopmentmechanisminmethicillin-resistantStaphylococcusaureusclinicalisolates.JClinMicrobiol43:1973-1976,200529)末信敏秀,石黒美香,松崎薫ほか:細菌性外眼部感染症分離菌株のGatifloxacinに対する感受性調査.あたらしい眼科28:1321-1329,201130)MurilloO,DomenechA,GarciaAetal:Efficacyofhighdosesoflevofloxacininexperimentalforeign-bodyinfectionbymethicillin-susceptibleStaphylococcusaureus.AntimicrobAgentsChemother50:4011-4017,200631)SinghR,RayP,DasAetal:PenetrationofantibioticsthroughStaphylococcusaureusandStaphylococcusepidermidisbiofilms.JAntimicrobChemother65:1955-1958,201032)秦野寛,大野重昭,北野周作:トスフロキサシン点眼液による眼科周術期の無菌化療法.眼科手術23:314-320,201033)大橋裕一,秦野寛,張野正誉ほか:ガチフロキサシン点眼液の眼科周術期の無菌化療法.あたらしい眼科22:267-271,2005***580あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(102)

慢性涙嚢炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):567.570,2014c慢性涙.炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例日野智之*1,2外園千恵*1東原尚代*1,3山田潤*4上田幸典*1渡辺彰英*1木下茂*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2大阪府済生会吹田病院*3ひがしはら内科眼科クリニック*4明治国際医療大学ThreeCasesofCornealUlcerCausedbyChronicDacryocystitisTomoyukiHino1,2),ChieSotozono1),HisayoHigashihara1,3),JunYamada4),KousukeUeda1),AkihideWatanabe1)andShigeruKinoshita1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)SaiseikaiSuitaHospital,3)4)MeijiUniversityofIntegrativeMedicineHigashiharaclinic,感染巣を伴わない角膜潰瘍により紹介,慢性涙.炎を診断し治癒した3症例を報告する.症例1:88歳,女性,抗菌薬抵抗性の角膜潰瘍にて紹介受診.初診時に多量の膿性眼脂,右眼鼻下側に細胞浸潤に乏しい角膜潰瘍を認め,涙.炎を診断した.LVFX(レボフラキサシン)および0.1%ベタメタゾン点眼,セフカペン内服により数日で治癒した.症例2:84歳,男性,初診時に多量の膿性眼脂,右眼鼻下側に細胞浸潤に乏しい角膜潰瘍を認め,涙道洗浄,LVFX点眼により治癒した.症例3:100歳,女性,眼脂と眼瞼腫脹があり,眼内炎の診断で紹介受診.初診時に多量の膿性眼脂と広範囲の角膜上皮欠損,前房蓄膿を認めた.涙.炎を診断,GFLX(ガチフロキサシン)およびセフメノキシム点眼,セフカペン内服により約1週間で治癒した.いずれも前医で涙道閉塞を指摘されておらず,初診時に涙道洗浄で多量の膿が逆流,膿の検鏡で多数の好中球,培養でMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)などを検出した.抗菌薬抵抗性で多量の眼脂を伴う角膜潰瘍では,涙道閉塞に留意する必要がある.Thisstudyinvolved3casesofcornealulcerwithoutcellinfiltration.Case1,an88-year-oldfemale,presentedacornealulcerwithoutcellinfiltrationatthelowernasalsideofherrighteyethatwasresistanttotreatmentwithlevofloxacin.Case2,an84-year-oldmale,presentedacornealulcerwithoutcellinfiltrationatthelowernasalsideofhisrighteye.Case3,a100-year-oldfemale,presentedeyelidswelling,alargecornealepithelialdefectandhypopyoninherrighteye.Atfirstpresentation,all3casesexhibitedpurulentdischargeandwerediagnosedaschronicdacryocystitis.Mucopurulentdischargesamplesshowedmanyneutrophils;methicillin-sensitiveStaphylococcusaureusorotherbacteriawerecultured.Thesefindingsshowthatstrictattentionshouldbepaidtolacrimalductobstructionwhentreatingcornealulcerswithoutcellinfiltrationthatareaccompaniedbyalargeamountofdischargeandareresistanttoantibacterialtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):567.570,2014〕Keywords:角膜潰瘍,膿性眼脂,慢性涙.炎,好中球.cornealulcer,purulentdischarge,chronicdacryocystitis,neutrophil.はじめに感染性角膜炎は角膜中央に生ずることが多く,急性に疼痛,眼脂および視力低下を伴って発症し,重症では角膜実質内の膿瘍,前房蓄膿を呈する.感染性角膜炎のなかでも肺炎球菌による角膜炎は,高齢者の慢性涙.炎がリスク因子の一つであることが古くから指摘されている.一方,角膜周辺部に潰瘍を生ずる疾患として,Mooren潰瘍,膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍(リウマチ性角膜潰瘍),カタル性角膜潰瘍がある.これらは非感染性に潰瘍をきたし,通常は眼脂を伴わない.今回筆者らは,多量の眼脂を伴うが,実質に感染所見を伴わない角膜潰瘍により紹介され,慢性涙.炎を診断した3症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ChieSotozono,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(89)567 I症例〔症例1〕患者:88歳,女性.主訴:眼脂.既往歴:甲状腺腫瘍手術.現病歴:2013年1月7日,近医を初診した.右眼に多量の眼脂,睫毛乱生,角膜潰瘍を認め,1.5%レボフロキサシン点眼4/日,0.1%フルオロメトロン点眼4/日で治療されるも改善なく,1月16日京都府立医科大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.06(n.c.),左眼0.06(0.3×sph-2.0D(cyl-1.25DAx120°),眼圧は右眼12mmHg,左眼10mmHgであった.右眼に多量の膿性眼脂,角膜の鼻下側周辺に潰瘍を認めたが,潰瘍部に明らかな細胞浸潤を伴わず,前房内炎症も認めなかった(図1).通水試験を施行したところ,膿の逆流を認め,右眼の眼脂培養にてMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)を検出した.図1症例1:初診時の右眼前眼部上:鼻下側に角膜潰瘍,多量の眼脂を伴うが潰瘍部の細胞浸潤,前房内炎症はない.下:フルオレセイン染色.経過:1.5%レボフロキサシン点眼4/日,0.1%ベタメタゾン点眼2/日,セフカペン(100)3錠分3に処方変更したところ,数日で潰瘍の治癒を得た.鼻涙管閉塞に対して涙管チューブを挿入し,内反症については手術を希望されなかった.当院初診時の採血にてリウマチ因子が陽性(RF84.1IU/ml)であり,内科にて精査したが,リウマチの診断に必要な他の所見を伴わないために経過観察となった.〔症例2〕患者:84歳,男性.主訴:左眼疼痛.既往歴:認知症,糖尿病(コントロール不良).現病歴:2013年1月14日,2日前からの左眼疼痛を主訴にA病院を受診した.A病院にて左眼角膜穿孔を認めたが,眼窩部CT(コンピュータ断層撮影)にて鉄片異物を認めず,1.5%レボフロキサシン処方のうえで経過観察となった.1月17日再診時,両眼に角膜潰瘍があり,診断および加療目的で当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(n.c.),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼16mmHg,左眼11mmHgであった.両眼ともに,抗菌点眼の使用にもかかわらず,多量の膿性眼脂を認めた.右眼は下眼瞼に高度の内反を伴い,角膜鼻下側周辺の上皮欠損と菲薄化を認めた(図2).左眼は穿孔閉鎖しておりフルオレセインに染まらず,また角膜に感染所見を認めなかった.通水試験にて両眼ともに多量の膿の逆流を認め,膿の培養検査でMSSAを検出した.眼脂の塗抹鏡検では,右眼からは好中球,グラム陽性球菌,左眼からは多量の好中球を検出した(図3).経過:1.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルオロメトロン点眼の継続,涙道洗浄により,涙.炎,角膜上皮欠損ともに次第に改善し,初診から3週後には角膜上皮欠損はほぼ消失した.〔症例3〕患者:100歳,女性.主訴:右眼の眼脂,眼瞼浮腫.既往歴:詳細不明.現病歴:以前より眼脂に対してB病院より抗菌点眼を処方されていた.2011年11月14日,介護施設に入所のために親戚が訪れた際に,右眼に高度の眼瞼浮腫,多量の眼脂を認めたため,近医C眼科を受診した.C眼科にて,膿性眼脂,角膜潰瘍,前房蓄膿を認め,眼内炎疑いで同日,当科紹介となった.初診時所見:右眼に高度の眼瞼浮腫,多量の膿性眼脂,広範囲の上皮欠損,前房内フィブリン,前房蓄膿を認めた(図4).角膜に明らかな細胞浸潤,膿瘍を認めず,通水試験にて多量の膿の排出を認めた.排出した膿の培養検査からPeptostreptococcusanaerobius,Actinomycesmeyeri,Prevotellaintermediaを検出した.眼脂の塗抹鏡検ではグラム陽性球菌,グラム陰性桿菌,多568あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(90) 図2症例2:初診時の右眼前眼部鼻下側に角膜潰瘍を認める.図4症例3:初診時の右眼前眼部上:眼瞼浮腫,多量の眼脂,前房蓄膿を認める.下:前眼部フルオレセイン染色にて広範囲の上皮欠損(線内)を認める.図3症例2:初診時の右眼膿塗抹鏡検像好中球に貪食されるグラム陽性球菌を認める.量の白血球を認め(図5),培養検査によりEikenellacorrodensを検出した.経過:涙.炎に伴う角膜潰瘍の診断にてガチフロキサシン点眼6/日,セフメノキシム点眼6/日,セフカペン(100)3錠分3,涙.マッサージにて加療を開始した.B病院内科に入院し,C眼科から往診した.前房蓄膿は速やかに消失し,涙.炎は徐々に軽快,角膜上皮欠損も徐々に縮小,消失した.図5症例3の右眼脂塗抹鏡検にて好中球に貪食されるグラム陽性球菌を認める.(91)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014569 II考按今回経験した3症例では,88歳,84歳,100歳と高齢であること,多量の眼脂を伴うが,細胞浸潤に乏しく,感染巣を伴わない角膜潰瘍を認めたことが共通していた.症例1,症例2では前医より処方された抗菌点眼薬を使用していたにもかかわらず,多量の眼脂を認めた.3症例とも,通水試験により膿の逆流を認め,慢性涙.炎と診断した.これらの症例は角膜感染症あるいは眼内炎が疑われて紹介されたが,角膜内に膿瘍や明らかな細胞浸潤を認めず,涙.炎により二次的に生じた非感染性の病態が主体であったと考える.慢性涙.炎は,鼻涙管閉塞のために涙液が涙.内に貯留し,病原微生物の増殖を生じるものである.涙.内に貯留した膿は,ときに結膜.に逆流する1)が,眼痛などの症状を伴わず,流涙,眼脂など自覚症状に乏しいことも少なくない.成人の涙.炎からの検出菌は,Staphylococcusepidermidis,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含めたStaphylococcusaureusが多数を占めることが報告されており2,3),今回の結果も過去の報告に合致するものであった.慢性涙.炎では,抗菌薬の点眼や内服を続けても一時的な改善がみられるだけであり,根治するには涙道再建術が必要である1).いずれの症例も,前医では涙.炎を診断されておらず,膿の塗抹鏡検で多量の好中球が観察された.多量の眼脂に含まれる菌の毒素,好中球のライソゾーム酵素が角膜潰瘍の成立と進行に寄与した4)と推測された.症例1は睫毛乱生,症例2と3では内反症を認めたことより,睫毛接触による微細な角膜上皮障害が発症の契機となった可能性が考えられた.周辺部角膜潰瘍の代表的疾患は,Mooren潰瘍,リウマチ性角膜潰瘍,カタル性角膜潰瘍があげられる.カタル性角膜潰瘍は透明帯を伴い,細胞浸潤が主体である.Mooren潰瘍,リウマチ性角膜潰瘍では深く掘れ込むような急峻な潰瘍所見が特徴である5)が,3症例ともに,潰瘍部に明らかな細胞浸潤を認めず,輪部に沿った深く掘れ込むような潰瘍所見も認めなかった.今回の3症例のような多量の膿性眼脂を伴う角膜潰瘍で,細胞浸潤に乏しい場合には通水試験を行い,慢性涙.炎の有無を確認する必要がある.慢性涙.炎による角膜潰瘍が疑われた場合は,眼脂あるいは涙.から排出される膿の塗抹鏡検と培養検査を行い,感受性のある抗菌薬の点眼と内服を処方し,涙道再建術を行うことが望ましい.慢性涙.炎が診断されないままであると,角膜潰瘍の遷延化や再発をきたしたり,感染性角膜潰瘍に進展する可能性がある.また,逆に慢性涙.炎は角膜潰瘍の原因になるため,慢性涙.炎を診断した場合は,角膜の診察も必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)児玉俊夫:涙.炎と涙小管炎.あたらしい眼科28:323329,20112)児玉俊夫,宇野敏彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20103)HartikainenJ,LehtonenOP,SaariKM:Bacteriologyoflacrimalductobstructioninadults.BrJOphthalmol81:37-40,19974)芝野宏子,日比野剛,福田昌彦ほか:慢性涙.炎が原因と考えられた周辺部角膜潰瘍の3例.眼臨101:755-758,20075)外園千恵,木下茂,横井則彦ほか:周辺部角膜と強膜の捉え方.角膜疾患外来でこう診てこう治せ.メジカルビュー社,p108-109,2005***570あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(92)