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「未来のより良い緑内障診療」を目指して-研究の面白さに感動し夢を追った半生の軌跡-

2014年8月31日 日曜日

あたらしい眼科31(8):1137.1155,2014c総説第24回日本緑内障学会須田記念講演「未来のより良い緑内障診療」を目指して─研究の面白さに感動し夢を追った半生の軌跡─TowardBetterGlaucomaPracticeinFuture杉山和久*はじめに筆者は研修医2年目に緑内障研究をスタートして以来,緑内障の病態,眼圧,薬物治療,神経保護,レーザー治療,手術など緑内障のほぼすべての分野において,臨床的に重要と思われる諸問題を抽出し,科学的アプローチにより問題点の本態を解明し,解決策を模索してきた.これは,日常診療で遭遇する臨床的問題点を科学的手法によって解決する形で研究し,その成果を臨床に還元して「未来のより良い緑内障」を目指すという基本的理念に基づいた研究である.この研究手法は,岐阜大学時代の恩師である北澤克明先生(岐阜大学名誉教授)から受け継いだものである.本稿では,若き日に研究の面白さに感動し,「未来のより良い緑内障診療」を目指して仲間とともに夢を追った,筆者の27年間の研究の軌跡を概観したい.Iレーザー虹彩切開術後の合併症とその解決策筆者が最初に北澤教授(当時)よりいただいた研究テーマは,レーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI)後の合併症を克服するための研究であった.1.LI後の一過性の眼圧上昇家兎眼にYAGレーザーを虹彩に照射すると,一過性の眼圧上昇を再現することができた.しかも,照射エネルギーの出力に応じて眼圧が上昇し,その後,同様に照射エネルギー依存性に眼圧下降が認められる二相性の眼圧変動が観察された1).一方,この眼圧の二相性変動が,Camurasらの家兎眼へのプロスタグランジン(PG)E2眼実験の結果2)(図1A)と酷似していたことから,レーザー照射後の前房水のPGE2濃度を測定したところ,照射眼ではPGE2濃度がコントロール眼に比べ有意に上昇した1).しかし,レーザー照射前にインドメタシンを腹腔内投与すると,PGE2濃度の上昇は完全に抑制された.また,照射眼における眼圧も上昇,下降が有意に抑制された1)(図1B).これらのことからLI後の眼圧の二相性変動は内因性のPGが関与することが明らかとなった1)(学位論文).一方,1980年代に米国アルコン社で開発された交感神経a2アゴニストであるアプラクロニジン点眼により,家兎眼でLI後の眼圧上昇を抑制するが,前房中のPG濃度の上昇はまったく抑制しないことが判明した3).また,アプラクロニジンは眼圧下降作用のみならず,房水蛋白濃度の上昇を抑制することから,血液房水柵の恒常性を維持することにより眼圧上昇を抑制すると考えられた3).さらに,岐阜大学での原発閉塞隅角緑内障患者のパイロットスタディによって,クロニジンやアプラクロニジンはLI後の眼圧上昇を抑制することが判明した4,5).筆者は1989年に日本でのアプラクロニジンの第Ⅰ相試験を担当した.その後,多施設臨床試験を経て1999年に臨床に導入され,現在では安全にLIが施行されるに至っている.2.水疱性角膜症アルゴンレーザー虹彩切開術(argonlaseriridotomy:ALI)では,施行後に長期間を経て水疱性角膜症が生じることがある.わが国において全層角膜移植に至った水疱性角膜症のうち,約30%はALI後に発症したも*KazuhisaSugiyama:金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科)〔別刷請求先〕杉山和久:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(57)1137 (A)TOPICAL(B)TOPICAL(rinsed)(C)INTRAVITREAL302010302010Hours0304020103040201025μgE2in50μl25μgE2in5μl10μgE2in10μlIOP(mmHg)30252015I.P.LaserIrradiatedA.Placebo*****************Control1030IOP(mmHg)252015105I.P.LaserB.Indomethacin-10124624Time(h)4872(A)TOPICAL(B)TOPICAL(rinsed)(C)INTRAVITREAL302010302010Hours0304020103040201025μgE2in50μl25μgE2in5μl10μgE2in10μlIOP(mmHg)図1A家兎眼へのプロスタグランジン(PG)E2点眼と硝子体投与一過性の眼圧上昇とそれに続く持続性の眼圧下降(2相性眼圧変動)を認める.(文献2より許可を得て掲載)のであり,諸外国と比較して日本での発症率は高いことが報告されている6).また,その治療法である全層角膜移植には拒絶反応のリスクや眼球の脆弱化による穿孔性眼外傷7),縫合不全による感染症の発症などさまざまな問題点がある.そこで,1998年にオランダのGerritMelles(RotterdamEyeHospital)がposteriorlamellarkeratoplastyとして開発し8),2000年の米国眼科学会(AAO)でMarkTerry(DeversEyeInstitute)がdeeplamellarendothelialkeratoplasty9)として報告した角膜内皮移植を日本に導入すべきと考えた.筆者と教室の小林はこの手術手技を両人から学ぶため,2003年にオランダのロッテルダムと米国のポートランドに手術見学とウエットラボに出向いた.それをさらに改良したDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)を小林が日本で最も早い時期に実施するとともに,Descemet膜を.離しない術式(nDSAEK)に改良した10).その後の水疱性角膜症への臨床応用では,nDSAEKは内皮細胞数が術後12カ月においても2,000以上あり術後6カ月と有意差はなく,また視力の回復も速く,術後1138あたらしい眼科Vol.31,No.8,20143025201510I.P.LaserIrradiatedA.Placebo****************ControlIOP(mmHg)30252015105-*B.IndomethacinTime(h)101246244872I.P.Laser図1Bインドメタシン腹腔内投与とレーザー照射後の2相性眼圧変動の抑制プラセボを腹腔内投与群(A)では,PG点眼に酷似した一過性の眼圧上昇とそれに続く持続性の眼圧下降(2相性眼圧変動)を認める.インドメタシン腹腔内投与群(B)では,眼圧上昇,下降ともに抑制された.(文献1より許可を得て掲載)1年の平均視力が0.84と優れた成績を示している11).図2にALI後水疱性角膜症患者に対するnDSAEKの代表症例を示す.これによりALI後の水疱性角膜症の合併症は克服されたと思う.II緑内障の病態と進行のメカニズムつぎに筆者が興味を抱いたのが,緑内障にしばしば生じる乳頭出血のメカニズムと臨床的意義であった.1.Activesite仮説従来までは視野進行と乳頭出血(dischemorrhage:DH)との関連は見解の分かれる論点であった.しかし,2000年に石田らが岐阜大学眼科の長期データを解析して,DHが視野進行の危険因子であることを報告し12),そして2001年にCollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroupによる大規模でprospectiveな臨床試験からDHが視野進行の危険因子であることが確認され13)(図3),広く一般的に認識されるようになった.筆者自身の研究としては,岐阜大学時代に走査型レーザー検眼鏡(scanninglaserophthalmoscope:SLO)の(58) 術前術後225日0.1(1.0×-3.0Dcyl-0.75DAx180)(0.3)nDSAEK施行術後:前眼部OCT術前術後225日0.1(1.0×-3.0Dcyl-0.75DAx180)(0.3)nDSAEK施行術後:前眼部OCT図2アルゴンレーザー虹彩切開術後水疱性角膜症への角膜内皮移植(DSAEK)DSAEKの術前後の全眼部写真と術後の全眼部OCT所見を供覧する.全眼部OCTでホスト角膜厚が497μm,グラフト厚が131μmであった.ABPercentPercent100100EstimatedprobabilityofVF60hemorrhagesNohemorrhagesPointwisedefintionwithoutDHN=38withDHN=32p=0.0008(Logranktest)0.49±0.090.09±0.088060402080non-progression402000246810Follow-upperiod(years)120123456Time(years)図3乳頭出血の有無と視野が進行しない確率(無治療のNTG患者での生命表解析)A:岐阜大学眼科での後ろ向き試験.(文献12より許可を得て掲載)B:CollaborativeNTGStudyGroupの前向き試験.(文献13より許可を得て掲載)観察から,DHの約80%が視神経線維層欠損(retinalnervefiberlayerdefect:NFLD)の境界線近傍に生じることを報告した14,15).そしてDHがNFLDの境界線上に出現するもの(タイプ1),NFLDの境界線に接してNFLD側に出現するもの(タイプ2),そしてNFLDの境界線に接して健常側に出現するもの(タイプ3)の3つに分類した14)(図4).また,金沢大学に赴任してからも,教室の新田らとDH後にNFLDがDH発症部位の方向に拡大することを報告した16).新田はこのNFLDの拡大パターンに関して,無赤色光でNFLDの角度を測定する手法(図5A)を用いて,(59)NFLDの角度と視野のMD(meandeviation)とは有意に相関することを明らかにした(日眼会誌最優秀論文賞)17)(図5B).また,患者背景,フォローアップ期間,ベースライン時眼圧などには有意差はないが,DHのある群ではDHのない群と比較してMDスロープとNFLD角度/年が有意に大きいことから,DHのある群では視野進行の速度が速いとともに,NFLDの角度の拡大速度も速いことが判明した16,17).DHはNFLD拡大の過程で生じ,拡大速度が速いほど生じやすく,繰り返して生じると考えられる.また,DHはNFLDの境界線近傍に生じ14.16),DH側にあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141139 Type1NFLD境界線上にDH出現21/51(41.2%)Type2NFLD境界線に接し,NFLD側にDH出現12/51(23.5%)Type3NFLD境界線に接し,健常網膜側にDH出現18/51(35.3%)DHとNFLDの位置関係Type1NFLD境界線上にDH出現21/51(41.2%)Type2NFLD境界線に接し,NFLD側にDH出現12/51(23.5%)Type3NFLD境界線に接し,健常網膜側にDH出現18/51(35.3%)DHとNFLDの位置関係MD(dB)図4乳頭出血(DH)は網膜神経線維層欠損(NFLD)の境界線に出現DHの約80%はNFLDの境界線近傍に出現し,DHとNFLDの位置関係は3つのタイプに分類される.AB50-5-10-15-20-25-30NFLD角度(度)図5A眼底写真によるNFLD角度の測定乳頭中心と黄斑の中点を求め,乳頭を軸に円を描き,この円がNFLDと交差する2点と乳頭中心がなす角度をNFLD角度と定義.図5BNFLD角度と視野MD値の相関NFLD角度と視野MD値の間に有意の負の相関を認める.(Pearson相関関係,Y=0.386.0.147X,r=.0.761,p<0.0001).(文献17より許可を得て掲載)NFLDは拡大することから16,17),視神経乳頭の篩状板のにおいては,乳頭rimや網膜神経線維の消失とともに,障害部位とrimnotchに続くNFLDの境界線が緑内障それを栄養する毛細血管網も退行変性して消失するもの進行の活動部位(activesite)と考えられる.Quigleyらと考えられる.したがって,緑内障進行の過程で篩状板は,緑内障の進行において消失する神経組織量に比例しの変形とともに拡大する乳頭のrimnotchとそれに続くて周囲の血管組織も消失することを報告した18).また,NFLDの境界線(activesite)でrim組織と網膜神経線正常サル眼19)に比較して実験緑内障サル眼においても,維の消失とそれに伴う神経線維周囲の毛細血管網の破綻視神経乳頭の毛細血管網(radialperipapillarycapillar変性が起こり,その過程で2次的に乳頭出血を生じるとies)は粗となり(unpublisheddata)(図6),緑内障進行筆者らは推定している(activesite仮説)(図7).1140あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(60)020406080100120140 図6A実験緑内障サル眼の視神経乳頭の血図6B正常サル眼の視神経乳頭の血管鋳型管鋳型標本標本(対側眼)乳頭の微小血管の消失により,粗な毛細血管視神経乳頭表層の毛細血管網は放射状にきれ網になっている.いに配列している.NFLDCapillarynetworkDisruptionofcapillarynetworkNFLDの境界線根元の篩状板での軸索障害が緑内障進行のActivesiteDHは緑内障進行の過程で,軸索障害近傍の乳頭周囲毛細血管網の破綻によって生じる図7緑内障進行と乳頭出血のActivesite仮説視神経乳頭の篩状板の障害によりrimnotchとそれに続く網膜神経線維層欠損の境界線が,緑内障視神経障害進行の最も活動性の高いactivesiteであり,緑内障進行の過程でこの境界線でrim組織と網膜神経線維の消失とそれに伴う神経線維周囲の毛細血管の退行変性が起こり,その過程で2次的に乳頭出血を生じるとする仮説.2.MON.GON仮説近視と緑内障との関連は近年のホットな話題である.筆者らのグループは経過観察中の多数例の原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)(広義)から強度近視群を抽出し,非近視群と強度近視群の視野(61)進行について比較検討した.その結果,10年以上の経過観察期間において,非近視群では強度近視群よりも視野障害進行の確率およびDHの頻度が高いことが明らかとなった(unpublisheddata).また,乳頭周囲の網膜脈絡膜萎縮(parapapillaryあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141141 症例:62歳男性RV=0.02(1.0×-10D)図8コーヌスのOCT所見(PPAgzone)コーヌスのOCT所見はBruch膜のない強膜と網膜神経線維層のみが存在している所見で,組織学的にはJonasらによって提唱されたPPAのzonegに相当すると考えられる.MONGONPPA緑内障性視神経症近視緑内障緑内障性変化が強いコーヌス乳頭傾斜近視性視神経症近視性変化が強い速<視神経症の進行速度>遅多い<乳頭出血の頻度>少ない図9近視緑内障のMON.GON仮説近視性視神経症(MON)と緑内障性視神経症(GON)の2つの視神経症が存在し,その重なり合いのところが近視緑内障の病態と考える仮説.atrophy:PPA)はzonea,bに分けられるが,zonebが緑内障の進行に関係することが報告されている20).一方,コーヌスとはBruch膜のない強膜と網膜神経線維層のみが存在している所見である(図8).近年,Jonasら21)によって提唱されたPPAのzonegがいわゆるコーヌスにあたると推測している.そこで,先ほどと同じ症例群をPPA群とコーヌス群とに分けて,10年間以上の経過観察結果を検討した.ただし,PPAとコーヌスの両方が観察された症例は除外した.その結果,PPA1142あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014群ではコーヌス群と比較して視野障害が進行する確率が高く,また,有意にDHの出現が多くみられた.このような結果から,視神経症については緑内障性視神経症と近視性視神経症の2つが存在し,その重なり合いのところが近視性緑内障の病態と推察し,MONGON仮説を提唱した.MONは“myopicopticneuropathy”,GONは“glaucomatousopticneuropathy”で,GONが強ければ神経症の進行速度は速く,DHの頻度も高く,またPPAがみられる.一方,MONの性格が強いと視野の進行速度は遅くDHの頻度も少なく,コーヌスや乳頭傾斜がみられるとする仮説である(図9).3.構造と機能の同時評価筆者らは眼底像対応視野計(AP-7000)とスペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)を組み合わせることによりOCT対応眼底像視野計を実用化すれば,緑内障の詳細な構造的な変化と視野変化の関係を同時に評価できると考え,OCT対応眼底視野計を開発し臨床応用を開始した.図10にOCT対応眼底対応視野検査の結果を示す.眼底像対応視野計(AP-7000)にOCT黄斑マップで6×6mmの範囲の網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層(GCC)の厚みのデビエーションマップを貼り付けてある.眼底写真+OCT画像は視野(62) 視野に対応させて眼底を上下反転視野に対応させて眼底を上下反転GCC厚トータル偏差図10OCT対応眼底視野検査眼底像対応視野計(AP-7000)にOCT黄斑マップで6×6mmの範囲の網膜神経線維層+網膜神経節細胞層+内網状層(GCC)の厚みのデビエーションマップを貼り付けてある.眼底写真+OCT画像は視野に合わせて上下反転してある.視野のトータル偏差とOCTのGCC厚をpointbypointで同時評価ができきる.に合わせて上下反転してある.下耳側の網膜神経線維層欠損(図では上方)の黄斑部側の境界線付近に約.30dBの感度低下(数字に赤い線)がみられる.また,OCTのGCCマップ画像では,感度低下のみられる網膜神経線維層欠損の黄斑側境界線にGCC層の菲薄化がみられる.緑内障進行のactivesiteと考えられる網膜神経線維層欠損の境界線近傍では,眼底像視野計にて視野感度の低下がみられ,OCTにて網膜内層が菲薄化していた.さらに,教室の大久保らは東大眼科新家,多治見市の岩瀬らと共同で,Humphrey10-2によるすべての視野測定点68点と黄斑部OCTの網膜内層GCC厚との間に,中等度の有意な相関があることを見出した.ただし,黄斑部での視細胞と網膜神経節細胞との位置ずれ(RGCdisplacement)を理論式で位置補正した.このことから,OCT画像から視野欠損の状態をある程度類推することが可能と思われる(Ohkuboetal:InvestOphthalmolVisSci,inpress).III動物実験に夢を託した日々ヒトの眼を用いた研究にはさまざまな面で限界があり,それを補完する意味でマウス,ラット,ウサギなどの小動物を用いて基礎研究を行ってきた.1.血管鋳型標本1990年から1992年に米国DeversEyeInstituteのE.MichaelVanBuskirk教授のもとに留学していた当時,点眼薬の視神経神経乳頭への影響はまだ明らかでなかった.そこで,家兎を全身麻酔下で,血液と同じ粘稠度の樹脂を血圧と同じ圧力で注入することにより,生理的状態に近い血管鋳型標本を作製して検討した22).ウサギに交感神経a1刺激薬フェニレフリンを40日間連続点眼したところ,視神経乳頭への栄養血管であるZinnHaller動脈輪から分枝する細動脈が有意に収縮していることが走査型電子顕微鏡で観察された23)(図11).これは,当時としては初めて点眼薬が後眼部の視神経乳頭部にも影響を及ぼすことを示した報告である.2.PGに代わる眼圧下降薬の検索PG点眼薬に代わる眼圧下降薬として,血管内皮由来の生理活性物質であるエンドセリン(ET)に着目した.もともと血管収縮を起こすことが知られているが,眼圧下降作用についてET-1(ETa,ETb受容体に働く)を家兎眼硝子体に投与すると,用量依存性に一過性の眼圧上昇とそれに続く3日間に及ぶ持続性の眼圧下降が観察された(須田賞論文)24).この2相性眼圧変動は家兎へのPGE2点眼実験によく似た結果2)であったが,眼圧下降期間がET-1のほうが圧倒的に長かった.別の実験で眼(63)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141143 2.5%塩酸フェニレフリンの40日間連続点眼点眼側23.8±2.1%52vessels非点眼側14.1±1.7%52vesselsZinn-Haller動脈輪の分枝の血管収縮率2.5%塩酸フェニレフリンの40日間連続点眼点眼側23.8±2.1%52vessels非点眼側14.1±1.7%52vesselsZinn-Haller動脈輪の分枝の血管収縮率P<0.01図11点眼薬が視神経乳頭部Zinn.Haller動脈輪の血管を収縮させた家兎眼への塩酸フェニレフリンの40日間連続点眼により,点眼側で非点眼側に比べ有意な血管収縮が認められた.(文献23より許可を得て掲載)ab40403535IOP(mmHg)00.5123468244872201510500.512346824487220105******************************30IOP(mmHg)30252515Time(hours)Time(hours)図12Aエンドセリン.1の硝子体投与後の二相性眼圧変動家兎眼にエンドセリン-1の硝子体投与後に一過性の眼圧上昇とそれに続く持続性の眼圧下降を認めた.(文献24より許可を得て掲載)40353025201510○=10-4M◇=10-7M△=10-6M□=10-5M*******************************5IOP(mmHg)012346824487296120144168192216Time(hours)図12BエンドセリンB受容体刺激薬の硝子体投与後の眼圧下降作用家兎眼にエンドセリンB受容体刺激薬の硝子体投与後に1週間に及ぶ持続性の眼圧下降を認めた.(文献26より許可を得て掲載)1144あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(64) 圧作用は房水産生の抑制によることを報告した25).しかし,一過性眼圧上昇と血管収縮という問題が残った.そこで,血管収縮を起こさないETb受容体の選択的刺激剤であるsarfotoxinS6cを家兎眼硝子体に投与すると,用量依存性に持続性の眼圧下降作用を示し,その期間は3日から高濃度では1週間に及び,血管収縮作用は認めなかった26).ETは,PGに代わる長期間作用の夢の眼圧下降薬になることを願っている.3.ラット網膜神経節細胞の生体内観察眼圧下降療法を補完するものとして,薬剤などによる種々の神経保護療法が緑内障関連動物モデルを用いて検討されてきた.これらのモデルにおける視神経傷害の定量法は,従来から網膜の伸展標本や組織切片などによる組織学的手法のみであった.この場合,網膜神経節細胞の傷害程度の比較を傷害前後で行うことはできず,個体間あるいは左右眼で比較せざるをえない.これを解決する唯一の方法は,視神経傷害を生体内で経時的に定量評価する方法である.教室の東出らはラットを用いて網膜神経節細胞の生体内定量的評価法の確立を試みた.眼科臨床に用いられている画像診断装置である走査レーザー検眼鏡(SLO)に着目し,視神経傷害モデルとして頻用される視神経挫滅モデルを用いて網膜神経節細胞の変化を生体内で定量的に評価した(須田賞論文)27).まず,BrownNorwayラットの上丘に蛍光色素DiAを注入して,網膜神経節細胞を逆行染色した.その2カ月後に微A小血管用クリップによって眼窩内で視神経を挫滅した.逆行染色された網膜神経節細胞は,波長488nmのアルゴンレーザーとフルオレセイン蛍光眼底造影用フィルターを使用してSLOによって明瞭に観察できた(図13A).SLOにて蛍光(+)となった細胞数を経時的に計測したところ,視神経挫滅後1週目から有意に減少し,4週目まで減少が進行した(図13B).標識された網膜神経節細胞の死後に蛍光色素を貪食したミクログリアが標識され蛍光(+)となる可能性があり28.30),網膜神経節細胞数の定量にはこれを区別する必要があった.視神経挫滅前のSLO画像を白黒反転し,挫滅後のSLO画像と重ね合わせることによって,新たに生じた蛍光点をミクログリアとして区別しうると考えられた.視神経挫滅後にSLOにおいて新たに生じた蛍光点を差し引いて蛍光(+)の細胞数を定量したところ,網膜伸展標本での網膜神経節細胞数とよく一致した(図13B).4.ラット専用OCTによる網膜神経線維層の定量上述の生体内での網膜神経節細胞の定量27)は,視神経傷害モデル(視神経挫滅,高眼圧など)において有用であるが,実験には多大な時間と労力を要する.一方,臨床の場において光干渉断層計(OCT)は生体内の網膜断層像を撮影でき,緑内障による網膜神経線維層(RNFL)の菲薄化を観察するのに非常に有用であることが知られている.そこで東出,長田らは市販のOCTを改造し,ラット視神経挫滅モデルにおけるRNFLの生B2,500cellcount(/mm2)50002,0001,5001,000totalcellcountbySLORGCcountbySLORGCcountbyretinalflatmountBaseline124Post-crush(weeks)図13Aラット網膜神経節細胞逆行染色後の走査型レーザー検眼鏡(SLO)像逆行染色された網膜神経節細胞は,波長488nmのアルゴンレーザーとフルオレセイン蛍光眼底造影用フィルターを使用してSLOによって明瞭に観察できた.図13B視神経挫滅モデルでの網膜神経節細胞数の経時変化―網膜進展標本との比較SLOにて蛍光(+)となった網膜神経節細胞(RGC)数を経時的に計測したところ,視神経挫滅後1週目から有意に減少し,4週目まで減少が進行した.(文献27より許可を得て掲載)(65)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141145 体内経時的変化を定量的に観察する方法の開発を試みた31).市販のOCT(EGSCANNER,マイクロトモグラフィー社製)の光源を高解像度用SLD(superluminescentdiode)に変更し,光源とラット眼に応じた光学系の改造を行った.ラット眼のRNFLは改造したOCTにて明瞭に観察することが可能であった31).RNFL厚は視神経挫滅1週後では変化はなかったが,2週後より有意に進行性に減少した(p<0.01).対照眼のRNFL厚には実験期間中で変化はみられなかった(図14).OCTと網膜組織切片でのRNFL厚には有意な相関があった(r=0.90,p<0.001)31).このように市販のタイムドメイン******35302520151050挫滅前OCTによるRNFL厚(μm)1週後2週後4週後挫滅眼対照眼図14視神経挫滅モデルでの網膜神経線維層厚の経時変化視神経挫滅後のOCTでの視神経乳頭周囲サークルスキャンでの平均RNFL厚の変化を示す.データは平均±標準偏差を示す(n=9).*p<0.01(repeated-measuresANOVA).**p<0.001(pairedt-test).(文献31より許可を得て掲載)耳側OCTをラット用に改良し,視神経挫滅モデルでRNFLの経時的変化を評価することに成功した.以前,教室の川口らがSLOを用いてラットのRNFL厚を生体内評価,計測し報告している32).しかし,SLOで評価したRNFL厚は組織標本と良い相関を示したが,SLOは網膜断層を撮影しているわけではなく測定値もピントの深さによる相対値でしかなかった.この点からSLOよりOCTのほうがRNFL厚測定に適していた.5.PG点眼薬の神経保護作用前述のエンドセリン(ET)は強力な血管収縮作用をもつ.緑内障患者33.36)および緑内障動物モデル37,38)において,前房水や硝子体液中のET-1濃度上昇が指摘されており,緑内障への関与が考えられている.一方,プロスタグランジン製剤であるtafluprost(TAF)は強力な眼圧下降効果に加え,眼血流改善作用39.43)や神経保護効果44,45)をもつとの報告がある.そこでラットET-1硝子体内投与モデル(強力な血管収縮により網膜の虚血を生じる)において,ラット用スペクトラルドメインOCT31)にて視神経乳頭周囲半径500μmの網膜経時的変化を評価し,TAFの神経保護効果を検討した(図15A,B)46).内顆粒層外網状層外顆粒層網膜色素上皮内網状層視細胞内節/外節接合部外境界膜脈絡膜神経節細胞層網膜内層神経線維層上方鼻側下方耳側耳側上方下方鼻側図15Aラット用のスペクトラルドメインOCTによるラット網膜断層像対照眼ET-1(20pmol)投与眼図15Bラット眼のSD.OCT検査とET.1硝子体内投与のラット網膜のフラットマウントエンドセリン-1(ET-1)の硝子体投与により,網膜のフラットマウントで網膜に障害を認める(黒い部分).1146あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(66) 10週齢Brown-Norwayラットの片眼硝子体にET-1(0.2.200pmol)を投与後,2週後までOCT撮影を行った.つぎにラット片眼にET-1(20pmol)硝子体内投与ピアソンの相関係数r値後,二重盲検にてTAFまたは生理食塩水(生食)の1日1回点眼を4週間行い,投与前,点眼後1,2,4週後にOCT撮影を施行した.最終OCT撮影後,Fluorogold(FG)逆行染色によって網膜神経節細胞(RGC)数を計測した.5pmol以下のET-1投与群では網膜各層厚に有意な変化はみられなかった.20pmol以上投与群では網膜全RGC数Central領域Peripheral領域平均網膜全層厚0.840.710.82網膜神経線維層厚0.790.720.79網膜内層厚0.920.800.901205.0pmol20pmol80control0.2pmol2.0pmol網膜内層厚(μm)層厚,RNFL厚,内層厚に有意な菲薄化がみられた.ET-1投与2週後のOCTによる網膜内層厚と,central領域のRGC数が最も相関した(r=0.92,p<0.001,図16)46).60pmol200pmol網膜全層厚,内層厚およびRNFL厚は,ET-1投与後1,2週後でTAF群が生食群より有意に厚かった.FG逆行染色ではcentral領域にてTAF群が生食群よりも多くのRGC生存が確認された(p=0.03,図17)46).OCTで計測した網膜内層厚はRGC数と最もよく相関し,このモデルでのRGC傷害のinvivo評価の指標として有用であった.ET-1硝子体内投与による網膜障害****40220405001,5002,5003,500網膜神経節細胞数(central領域)(cells/mm2)図16エンドセリン.1のラット眼硝子体投与後の網膜神経節細胞(RGC)数(網膜のフラットマウント)とOCTで計測した網膜各層厚との相関網膜内層厚とcentral領域の網膜神経節細胞数が最も強い正の相関を示した.(文献46より許可を得て掲載)******************RNFL厚(μm)******TAF生食網膜全層(μm)3530210200251902015105180170160150140投与前1週後2週後4週後0投与前1週後2週後4週後3500110****************1週後2週後4週後p<0.05**p<0.01***p<0.001twowayANOVA網膜内層厚(μm)■TAF■生食05001000150020002500Central領域Peripheral領域平均*p=0.032標本t検定RGC数(cells/mm2)30001009080706050投与前*図17ET.1硝子体内投与モデルへのタフルプロスト点眼(4週間)の効果網膜全層,網膜神経線維(RNFL)層,網膜内層,central領域の網膜神経節細胞(RGC)数ともに,タフルプロスト点眼群で有意にエンドセリン-1(ET-1)による障害が抑制された.(文献46より許可を得て掲載)(67)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141147 野生型マウス時計遺伝子ノックアウトマウス201818161614WildtypeLightDarkIOPmmHg12IOPmmHgIOPmmHg14121010868464220LightDarkCry-deficient0036912151821Circadiantime(CT)Circadiantime(CT)(Mean±SEM)2020WildtypeDarkDark181816DarkDarkCry-deficient03691215182116IOPmmHg1414121210108686442020369121518210036912151821Circadiantime(CT)Circadiantime(CT)(Mean±SEM)(Mean±SEM)図18マウス眼圧日内変動と時計遺伝子明暗条件下では野生型マウスは二相性の眼圧変動を示したが,Cry-deficientマウスでは眼圧の有意な変動は起こらなかった.恒暗条件下でも野生型マウスは二相性の眼圧変動を示したが,Crydeficientマウスでは眼圧の有意な変動は起こらなかった.は,TAF点眼により抑制される可能性が示唆された.IV眼圧日内変動を科学する1.眼圧日内変動の遺伝子レベルでの解明に向けてウサギやラット,マウス,ヒヨコ,マーモセットといった動物の眼圧が12時間明暗サイクル下で二相性の変動パターンを示すことが知られており,また,ウサギ,ラットにおいては,それらの眼圧変動パターンが24時間恒暗条件下でも保たれることから,眼圧の日内変動も生体内時計とかかわりがあると考えられている47.51).一方,生体内のさまざまな生理的現象や生物の行動の日内リズムが視交叉上核を中枢とした生体内時計の制御を受けていることがわかっている.その中枢時計の核となる時計遺伝子として,Period遺伝子(Per1,Per2,Per3)やCryptochrome遺伝子(Cry1,Cry2),Clock,Bmal1,CaseinKinase,Dec1,Dec2などがみつかっており,この時計遺伝子は転写と翻訳の促進と抑制のフィードバックループを形成して生体内で時を刻むというメカニズムがわかってきている52,53).Cry1,Cry2遺伝子をダブルノックアウトしたマウス(Cry-deficient(Cry1-/-Cry2-/-)については行動や体温調節といったサーカディアンリズムが完全になくなることがわかっている54.56).筆者らはCry1,Cry2遺伝子をダブルノックアウトしたCry-deficientマウスについて眼圧の日内変動の有無を調べ正常なマウスと比較し,生体内時計による眼圧日内変動の支配を明らかにする研究を行った57).ケタミンとキシラジンの腹腔内投与による全身麻酔下において,圧トランスデューサとブリッジアンプを介してコンピューターに接続したガラス製のマイクロニードルを対象眼の角膜から前房内に刺入するマイクロニードル法51)にて眼圧測定した.野生型マウスは明暗条件下では,明期眼圧より暗期眼圧が有意に高値となる二相性の眼圧変動を示した57)(図18).この眼圧の日内変動は,恒暗条件下でも保たれていた57)(図18).一方,Cry-deficientマウスにおいては,明暗および恒暗どちらの条件でも有意な眼圧日内変動は認められなかった57)(図18).これらの結果から眼圧の日内変動は時計遺伝子によって発振される中枢時計による制御をうけて生じていることが初めて示された57).1148あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(68) ABCS49G(b1)Del301-303(a2B)Del322-325(a2C)I/I(n=33)I/I(n=78)A/A(n=65)1818meanIOP(mmHg)Dcarriers(n=59)*****meanIOP(mmHg)691215182124161412meanIOP(mmHg)DCarriers(n=14)****691215182124161412GCarriers(n=27)****691215182124TimeTimeTime図19交感神経受容体の遺伝子多型による2日間の平均眼圧日内変動A:a2BのDel301-303では,Insertion/Insertion(I/I)の眼圧の日内変動曲線がDeletion(D)キャリアーより有意に高い.B:a2CのDel322-325では,I/Iの眼圧の日内変動曲線がDキャリアーより有意に低い.C:b1のS49Gでは,A/Aの眼圧の日内変動曲線がGキャリアーより有意に高い.(文献63より許可を得て掲載)2.眼圧日内変動を遺伝子レベルで予測する眼圧は正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)を含むすべての緑内障において最も重要なリスクファクターであるが,眼圧の日内変動幅の大きさも緑内障の進行に関与すると報告されている58,59).しかしながら,眼圧日内変動には個人差が大きく,眼圧日内変動の測定には時間と労力を要する.個々人の眼圧日内変動をある程度予測することができれば,臨床上きわめて有用と思われる.眼圧日内変動は中枢時計により作り出され,交感神経を介して眼圧変動が生じる可能性はある60.62).交感神経受容体には,a1,a2,bが知られており,a1受容体にはa1A,a1B,a1Dが,a2受容体にはa2A,a2B,a2Cが,b受容体にはb1,b2,b3が知られている.そこで,日内眼圧とa,b受容体遺伝子多型との間に関連があるかどうかを,NTG患者において検討した63).無治療の92人のNTG患者を対象とした.両眼の眼圧を2日間,6時から24時まで3時間ごとにGoldmann圧平眼圧計により測定し,より視野障害の進行した眼の眼圧について,2日間の同一時刻の眼圧値を平均し,各時刻の眼圧値とした.NTG患者において,a2B受容体遺伝子のDel301-303,a2CのDel322325,b1のS49Gにおいて,遺伝子型と日内変動の平均,最高,最低眼圧の間に有意な関連が認められた.しかし,眼圧変動幅においては関連がみられなかった.また,眼圧変動曲線の解析から,NTG患者において交感神経受容体遺伝子の多型が日内変動の眼圧レベルに影響を与える可能性が示唆された(図19).交感神経受容体多型により眼圧日内の変動の大きさは予測できないが,眼圧レベルをある程度予測できる可能性がある63).Vテーラーメイド薬物治療現在の第一選択薬としてはプロスタグランジン関連薬が多く用いられているが,予想外に眼圧が下降しない症例をしばしば経験する.Aungら64)とScherer65)により,ラタノプロストにおけるノンレスポンダーの存在が示唆されているが,その原因は明らかではない.近年,薬物治療における治療効果と副作用の個人差が遺伝子の一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)と関連していることが明らかになりつつある.緑内障治療薬としては,b遮断薬であるベタキソロールに対する眼圧下降作用が健常人でb1受容体のSNP,Arg389Glyと関連性があるという報告がある66).また,McCartyらは,b遮断薬に対する眼圧下降作用がb2受容体遺伝子のSNPrs1042714のCCであると有意に大きいと報告している67).マウスでFPレセプター遺伝子をノックアウトすると,ホモ接合体ではラタノプロスト点眼による眼圧下降作用がみられない68)ことから,FPレセプターがラタノプロストの眼圧下降作用に不可欠であることが示唆された.したがって,FPレセプター遺伝子が,ラタノプロスト点眼に対する眼圧下降作用を規定していると考えられる.正常人100人にラタノプロストを片眼に1週間点眼し,前後で日中3回の眼圧測定およびラタノプロストの作用点であるFP受容体の遺伝子多型の検索を行った.FP受容体のプロモータ領域,1stイントロン領域,アミノ酸翻訳領域,アミノ酸非翻訳領域において,10カ所の遺伝子にSNPが認められた.また,平均眼圧下降率と有意に相関するSNPはプロモータ領域にあるrs(69)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141149 3753380であり,平均眼圧下降率によってラタノプロストへの反応性をhighresponder,mediumresponder,lowresponderに分類し,その3群と有意に相関するSNPはrs3753380と1stイントロン領域のrs3766355であることを認めた69).つぎに広義の原発開放隅角緑内障患者および高眼圧症患者82人に対して,片眼にラタノプロスト点眼した後の点眼前後2回ずつ眼圧測定をして眼圧下降率を,無治療の他眼の眼圧変動で補正して算出した.そして,前出のFP受容体のSNPと眼圧下降率との相関を検討したところ,プロモータ領域のrs12093097に有意な相関が認められた.さらに,lowresponderと相関するSNPとしてもrs12093097が有意な因子として検出された70).緑内障治療薬について受容体などのSNPと薬剤の眼圧下降作用の関係が明らかになれば,あらかじめ個人の特定のSNPを調べることにより,その人がどの緑内障治療薬に対して反応する(レスポンダー)のかをあらかじめ予測することができる.これによって,各個人に最適な治療薬を早期に提供する緑内障治療薬のテーラーメード医療が実現する可能性がある.VIより安全確実な濾過手術を目指して1.緑内障濾過手術の問題点わが国では代謝阻害薬であるマイトマイシンC(MMC)の術中結膜下塗布が術後の濾過胞瘢痕化抑制のためにルーチンで使用されている.これによって,トラ5μm厚さ7μmハニカム面平滑面HPFHPF*HPF:Honeycomb-patternedfilm図20ハニカムフィルムとウサギのトラベクレクトミーモデルハニカムの直径は約5μmであり,この特徴的な構造により組織や細胞に容易に接着する.これにより濾過胞の内壁にハニカムフィルムが接着する.1150あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014ベクレクトミーの手術成績が飛躍的に向上した反面,無血管性の脆弱な濾過胞の形成を促進し,濾過胞感染の発生が増加した.最近,日本緑内障学会主導の濾過胞感染症調査の報告では,MMC併用トラベクレクトミー後の濾過胞炎発症率は2.2%/5年であり,房水漏出の既往眼では7.9%/5年であった71).その他,過剰濾過による低眼圧黄斑症,濾過胞の瘢痕化による眼圧の再上昇などの合併症があるが,トラベクレクトミー術後合併症の多くは濾過胞に起因している.2.ハニカムフィルムを用いた実験的緑内障濾過手術トラベクレクトミーによる眼圧下降を長期間にわたって持続させるには,濾過胞瘢痕化の抑制が必要である.このMMCと訣別するための戦略として,創傷治癒反応の結果生じる濾過胞の結膜や強膜弁の癒着を防止する目的で,物理的隔壁を手術中に設置することが考えられてきた.筆者らは,濾過手術における物理的隔壁として理想的な癒着防止フィルムを探し求めていたところ,帝人が開発したハニカムフィルムにゆきあたった.ハニカムフィルムは片面に直径約5μmのハニカム構造を有する,乳酸カプロラクトン共重合体(バイクリル,モノクリルなどの吸収性縫合糸の材料)から構成される無処置群(n=6)MMC群(n=6)HPF群(n=6)HPF群(n=6)無処置群(n=6)HPF群(n=6)MMC群(n=6)HPF群(n=6)HPF群vs無処置群HPF群vsMMC群10080604020010080604020025201510502520151050302520151050302520151050302520151050302520151050DaysaftersurgeryDaysaftersurgeryDaysaftersurgeryDaysaftersurgerysurvivalrate(%)survivalrate(%)IOP(mmHg)IOP(mmHg)AB図21家兎全層濾過手術(ハニカムフィルムとMMCの比較)術後10日から28日までハニカムフィルム眼ではコントロール眼より有意に平均眼圧は低く経過した(*p<0.05).ハニカムフィルム眼とマイトマイシンC(MMC)眼の術後眼圧には有意差はみられなかった.(文献73より許可を得て掲載)(70) ウサギMMC併用全層濾過手術ウサギMMC併用全層濾過手術ハニカムフィルム(HPF)術後1か月濾過胞・結膜上皮細胞のレーザー共焦点顕微鏡像MMCのみMMC+HPF無処置群(n=5)MMCのみ群(n=6)MMC+HPF群(n=6)無血管濾過胞DaysaftersurgeryIOP(mmHg)252015105007142128眼圧の経過図22ハニカムフィルムは,MMC併用の場合,濾過胞壁を保護できるか?マイトマイシンC(MMC)眼では術後有意に低く眼圧が経過したが(p<0.001),MMC非使用のコントロール眼は有意な眼圧下降を認めなかった.MMCのみ群では,無血管濾過胞と結膜上皮細胞の巨大化を認めるが,MMCとハニカムフィルムの併用群では,有血管濾過胞と正常な結膜上皮細胞が観察された.生分解性ポリマーフィルムである72)(帝人社製,図20).膜厚は7μmで,ハニカム構造を有する面は容易に細胞と吸着し,反対に表面平滑な構造を有する面は細胞との吸着を阻害する.本フィルムは約1年かけてゆっくりと生体組織に分解吸収される.筆者らは家兎を用い,本フィルムのハニカム構造を有する面をTenon.と吸着させ,強膜とTenon.の癒着を防止することにより濾過胞を存続させる効果があるかを検討した.教室の奥田,東出ら73)は,家兎12羽を使用し,2グループに分けて両眼に緑内障濾過手術を行った.グループ1では片眼は濾過手術のみ(コントロール),他眼にはハニカムフィルムを置いた濾過手術を行った.グループ2では片眼にハニカムフィルムを置いた濾過手術を,他眼にはMMCを用いた濾過手術を行った.その結果,ハニカムフィルム眼のほうがコントロール眼に比し術後10日目から28日目まで有意に眼圧は低く経過した(p<0.05,図21)73).ハニカムフィルム眼とMMC眼の眼圧経過には有意差はみられなかった(図21)73).また,コントロール眼で5眼,MMC眼では1眼濾過胞が消失した.ハニカムフィルムを使用した全12眼で濾過胞は存続し,ハニカムフィルム眼のほうがコントロール眼に比し有意に濾過胞存続期間は長かった(p<0.05)(特許(71)取得).3.ハニカムフィルムによる無血管性濾過胞形成の抑制効果の検討教室の奥田,東出らはハニカムフィルムがTenon.へ吸着するという特性を生かし,これをMMCと併用した場合に無血管性濾過胞の形成を抑制できるか検討した.また,結膜のより詳細な変化を観察するため実験的緑内障濾過手術後の濾過胞結膜をinvivoconfocalmicroscopy(IVCM)にて観察した74).家兎11羽のうち5羽の片眼に無処置の濾過手術を(コントロール:n=5),6羽の片眼にMMCを用いた濾過手術を行い(MMC眼:n=6),他眼にMMCを用いた濾過手術+ハニカムフィルムによる処置を行った(MMC+HPF眼:n=6).その結果,MMC眼では術後有意に低く眼圧が経過したが(p<0.001),MMC非使用のコントロール眼は有意な眼圧下降を認めなかった(図22)74).無血管性濾過胞の平均面積は術後2,3,4週でMMC+HPF眼のほうがMMC単独眼より有意に小さかった(p=0.034,0.018,0.037)(図22).一方,結膜上皮細胞の平均面積はMMC単独眼で術前に比し術後は大型化した(p<0.001)(図22).また,MMC単独眼ではあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141151 房水結膜強膜抗癌剤が徐放される(DDS)結膜側にハニカム膜を設置抗癌剤を含有したフィルムを積層●●房水結膜強膜抗癌剤が徐放される(DDS)結膜側にハニカム膜を設置抗癌剤を含有したフィルムを積層●●図23抗癌剤のドラッグデリバリーシステムとしてハニカムフィルムを利用した濾過手術方法の模式図術後,コントロール眼(p=0.001,p<0.001,術後1,4週)およびMMC+HPF眼に比し大型化した(p=0.004,p<0.001,術後1,4週).また,組織学的所見ではMMC単独眼では著しく菲薄化した結膜上皮および部分的上皮欠損を認めた.MMC+HPF眼ではほぼ正常な結膜上皮が観察され,濾過胞内壁に沿って軽度の線維化を伴い,ハニカムフィルムの部分的な吸着を認めた.このように,ハニカムフィルムを使用することにより,MMCを併用しても濾過胞の形状や機能を損なうことなく結膜上皮障害は抑制され,また無血管性濾過胞の形成を抑制した(特許取得).4.抗癌剤のドラッグデリバリーシステム丈夫な濾過胞を維持しつつ癒着を抑制して眼圧下降を得るため,MMC以外の抗癌剤をハニカムフィルムに積層したドラッグデリバリーシステムの検討もしている(国際特許申請)(図23).ハニカムフィルムからこの抗癌剤は4週間かけて溶出されるが,この抗癌剤の用量依存的に眼圧は下降し,濃度には非依存性にfibrosisを有意に抑制することが判明した.そして,濾過胞の形成については,この抗癌剤が低濃度であれば有血管性濾過胞となることが明らかとなった.この結果から,ハニカムフィルムと抗癌剤を用いたドラッグデリバリーシステムによって安全確実なトラベクレクトミーが期待できる.おわりに研修医のときから27年にわたり,素晴らしい指導者および多くの仲間と一緒に「より良い緑内障診療を目指1152あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014して」夢を追ってきた.新しいことを発見したときの感動と喜び,あるいは目の前の患者を救うための研究が報われたときの喜びは何ものにもかえがたいと思う.そして,今後は金沢大学およびこの緑内障学会会員からより多くの若い研究者,臨床医を育成していくことが私の責務と考えている.謝辞:稿を終えるにあたり,15年の長きにわたり緑内障診療,研究のご指導をいただきました恩師北澤克明先生,名誉ある須田記念講演の機会を与えていただきました第24回日本緑内障学会会長の富田剛司教授,座長の労をおとりいただきました日本緑内障学会理事長(当時)新家眞先生,多大なご支援を賜りました金沢大学眼科同門会の諸先生と金沢大学眼科学教室の諸氏に厚くお礼申し上げます.特に,本教室の東出朋巳,大久保真司,新田耕治,小林顕の諸氏には,本研究の4奉行として,多大な貢献をしていただき深謝します.本研究は文部科学省科学研究費補助金などで行われました.文献1)SugiyamaK,KitazawaY,KawaiKetal:BiphasicintraocularpressureresponsetoQ-switchedNd:YAGlaserirradiationoftheirisandapparentmediatoryroleofprostaglandins.ExpEyeRes51:531-536,19902)CamrasCB,BitoLZ,EakinsKE:Reductionofintraocularpressurebyprostaglandinsappliedtopicallytotheeyesofconsciousrabbits.InvestOphthalmolVisSci16:11251134,19773)SugiyamaK,KitazawaY,KawaiK:ApraclonidineeffectsonocularresponsestoYAGlaserirradiationtotherabbitiris.InvestOphthalmolVisSci31:708-714,19904)KitazawaY,TaniguchiT,SugiyamaK:UseofapraclonidinetoreduceacuteintraocularpressurerisefollowingQ-switchedNd:YAGlaseriridotomy.OphthalmicSurg20:49-52,19895)KitazawaY,SugiyamaK,TaniguchiT:Theprevention(72) ofanacuteriseinintraocularpressurefollowingQ-switchedNd:YAGlaseriridotomywithclonidine.GraefesArchClinExpOphthalmol227:13-16,19896)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal;JapanBullousKeratopathyStudyGroup:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20077)MurataN,YokogawaH,KobayashiAetal:Clinicalfeaturesofsingleandrepeatedgloberuptureafterpenetratingkeratoplasty.ClinOphthalmol7:461-46520138)MellesGR,EgginkFA,LanderFetal:Asurgicaltechniqueforposteriorlamellarkeratoplasty.Cornea17:618626,19989)TerryMA,OusleyPJ:Replacingtheendotheliumwithoutcornealsurfaceincisionsorsutures:thefirstUnitedStatesclinicalseriesusingthedeeplamellarendothelialkeratoplastyprocedure.Ophthalmology110:755-764,200310)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Non-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyforendothelialdysfunctionsecondarytoargonlaseriridotomy.AmJOphthalmol146:543-549,200811)MasakiT,KobayashiA,YokogawaHetal:Clinicalevaluationofnon-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(nDSAEK).JpnJOphthalmol56:203-207,201212)IshidaK,YamamotoT,SugiyamaKetal:Dischemorrhageisasignificantlynegative,prognosticfactorinnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol129:707-714,200013)DranceS,AndersonDR,SchulzerM;CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Riskfactorsforprogressionofvisualfieldabnormalitiesinnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol131:699-708,200114)SugiyamaK,TomitaG,KitazawaYetal:Theassociationofopticdischemorrhagewithretinalnervefiberlayerdefectandperipapillaryatrophyinnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology104:1926-1933,199715)SugiyamaK,UchidaH,TomitaGetal:Localizedwedge-shapeddefectsofretinalnervefiberlayeranddischemorrhageinGlaucoma.Ophthalmology106:1762-1767,199916)NittaK,SugiyamaK,HigashideTetal:Doestheenlargementofretinalnervefiberlayerdefectsrelatetodischemorrhageorprogressivevisualfieldlossinnormal-tensionglaucoma?JGlaucoma20:189-195,201117)新田耕治,杉山和久,棚橋俊郎:境界明瞭な網膜神経線維層欠損を有する正常眼圧緑内障における乳頭出血出現や網膜神経線維層欠損拡大と視野進行との関連.日眼会誌115:839-847,201118)QuigleyHA,HohmanRM,AddicksEMetal:Bloodvesselsoftheglaucomatousopticdiscinexperimentalprimateandhumaneyes.InvestOphthalmolVisSci25:918-931,198419)SugiyamaK,CioffiGA,BaconDRetal:Opticnerveandperipapillarychoroidalmicrovasculatureintheprimate.JGlaucoma3(Suppl.1):S45-S54,199420)JonasJB,MartusP,HornFKetal:Predictivefactorsoftheopticnerveheadfordevelopmentorprogressionofglaucomatousvisualfieldloss.InvestOphthalmolVisSci45:2613-2618,200421)JonasJB,JonasSB,JonasRAetal:Parapapillaryatro(73)phy:histologicalgammazoneanddeltazone.PLoSOne7:e47237,201222)SugiyamaK,BaconDR,MorrisonJCetal:Opticnerveheadmicrovasculatureoftherabbiteye.InvestOphthalmolVisSci33:2251-2261,199223)SugiyamaK,BaconDR,CioffiGAetal:Theeffectsofphenylephrineontheciliarybodyandopticnerveheadmicrovasculatureinrabbits.JGlaucoma1:156-164,199224)SugiyamaK,HaqueMS,OkadaKetal:Intraocularpressureresponsetointravitrealinjectionofendothelin-1andthemediatoryroleofETAreceptor,ETBreceptor,andcyclooxygenaseproductsinrabbits.CurrEyeRes14:479-486,199525)TaniguchiT,OkadaK,HaqueMSRetal:Effectsofendothelin-1onintraocularpressureandaqueoushumordynamicsintherabbiteye.CurrEyeRes13:461-464,199426)HaqueMSR,TaniguchiT,SugiyamaKetal:TheocularhypotensiveeffectoftheETBreceptorselectiveagonist,sarafotoxinS6c,inrabbits.InvestOphthalmolVisSci36:804-808,199527)HigashideT,KawaguchiI,OhkuboSetal:Invivoimagingandcountingofratretinalganglioncellsusingascanninglaserophthalmoscope.InvestOphthalmolVisSci47:2943-2950,200628)NaskarR,WissingM,ThanosS:Detectionofearlyneurondegenerationandaccompanyingmicroglialresponsesintheretinaofaratmodelofglaucoma.InvestOphthalmolVisSci43:2962-2968,200229)StreitWJ:AnimprovedstainingmethodforratmicroglialcellsusingthelectinfromGriffoniasimplicifolia(GSAI-B4).JHistochemCytochem38:1683-1686,199030)ThanosS,KaczaJ,SeegerJetal:Olddyesfornewscopes:thephagocytosis-dependentlong-termfluorescencelabelingofmicroglialcellsinvivo.TrendsNeurosci17:177-182,199431)NagataA,HigashideT,OhkuboSetal:Invivoquantitativeevaluationoftheratretinalnervefiberlayerwithopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci50:2809-2815,200932)KawaguchiI,HigashideT,OhkuboSetal:Invivoimagingandquantitativeevaluationoftheratretinalnervefiberlayerusingscanninglaserophthalmoscopy.InvestOphthalmolVisSci47:2911-2916,200633)CelliniM,PossatiGL,ProfazioVetal:ColorDopplerimagingandplasmalevelsofendothelin-1inlow-tensionglaucoma.ActaOphthalmolScandSuppl224:11-13,199734)HolloG,LakatosP,FarkasK:Coldpressortestandplasmaendothelin-1concentrationinprimaryopen-angleandcapsularglaucoma.JGlaucoma7:105-110,199835)SugiyamaT,MoriyaS,OkuHetal:Associationofendothelin-1withnormaltensionglaucoma:clinicalandfundamentalstudies.SurvOphthalmol39:S49-S56,199536)TezelG,KassMA,KolkerAEetal:Plasmaandaqueoushumorendothelinlevelsinprimaryopen-angleglaucoma.JGlaucoma6:83-89,199737)KallbergME,BrooksDE,Garcia-SanchezGAetal:Endothelin1levelsintheaqueoushumorofdogswithglaucoma.JGlaucoma11:105-109,200238)ThanosS,NaskarR:Correlationbetweenretinalganglioncelldeathandchronicallydevelopinginheritedglaucomaあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141153 inanewratmutant.ExpEyeRes79:119-129,200439)IzumiN,NagaokaT,SatoEetal:Short-termeffectsoftopicaltafluprostonretinalbloodflowincats.JOculPharmacolTher24:521-526,200840)AkaishiT,KurashimaH,Odani-KawabataNetal:Effectsofrepeatedadministrationsoftafluprost,latanoprost,andtravoprostonopticnerveheadbloodflowinconsciousnormalrabbits.JOculPharmacolTher26:181-186,201041)DongY,WatabeH,SuGetal:Relaxingeffectandmechanismoftafluprostonisolatedrabbitciliaryarteries.ExpEyeRes87:251-256,200842)KurashimaH,WatabeH,SatoNetal:EffectsofprostaglandinF(2a)analoguesonendothelin-1-inducedimpairmentofrabbitocularbloodflow:comparisonamongtafluprost,travoprost,andlatanoprost.ExpEyeRes91:853-859,201043)MayamaC,IshiiK,SaekiTetal:Effectsoftopicalphenylephrineandtafluprostonopticnerveheadcirculationinmonkeyswithunilateralexperimentalglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:4117-4124,201044)KanamoriA,NakaM,FukudaMetal:Tafluprostprotectsratretinalganglioncellsfromapoptosisinvitroandinvivo.GraefesArchClinExpOphthalmol247:13531360,200945)BullND,JohnsonTV,WelsaparGetal:Useofanadultratretinalexplantmodelforscreeningofpotentialretinalganglioncellneuroprotectivetherapies.InvestOphthalmolVisSci52:3309-3320,201146)NagataA,OmachiK,HigashideTetal:OCTevaluationofneuroprotectiveeffectsoftafluprostonretinalinjuryafterintravitrealinjectionofendothelin-1intherateye.InvestOphthalmolVisSci55:1040-1047,201447)RowlandJM,PotterDE,ReiterRJ:Circadianrhythminintraocularpressure:arabbitmodel.CurrEyeRes1:169-173,198148)MooreCG,JohnsonEC,MorrisonJC:Circadianrhythmofintraocularpressureintherat.CurrEyeRes15:185191,199649)NicklaDL,WildsoetC,WallmanJ:Thecircadianrhythminintraocularpressureanditsrelationtodiurnaloculargrowthchangesinchicks.ExpEyeRes66:183-193,199850)NicklaDL,WildsoetCF,TroiloD:Diurnalrhythmsinintraocularpressure,axiallength,andchoroidalthicknessinaprimatemodelofeyegrowth,thecommonmarmoset.InvestOphthalmolVisSci43:2519-2528,200251)AiharaM,LindseyJD,WeinrebRN:Twenty-four-hourpatternofmouseintraocularpressure.ExpEyeRes77:681-686,200352)TakahashiJS:Findingnewclockcomponents:pastandfuture.JBiolRhythms19:339-347,200453)OkamuraH:Clockgenesincellclocks:roles,actions,andmysteries.JBiolRhythms19:388-399,200454)vanderHorstGT,MuijtjensM,KobayashiKetal:MammalianCry1andCry2areessentialformaintenanceofcircadianrhythms.Nature398:627-630,199955)VitaternaMH,SelbyCP,TodoTetal:Differentialregulationofmammalianperiodgenesandcircadianrhythmicitybycryptochromes1and2.ProcNatlAcadSciUSA96:12114-12119,19991154あたらしい眼科Vol.31,No.8,201456)NagashimaK,MatsueK,KonishiMetal:TheinvolvementofCry1andCry2genesintheregulationofthecircadianbodytemperaturerhythminmice.AmJPhysiolRegulIntegrCompPhysiol288:R329-R335,200557)MaedaA,TsujiyaS,HigashideTetal:Circadianintraocularpressurephythmisgeneratedbyclockgenes.InvestOphthalmolVisSci47:4050-4052,200658)AsraniS,ZeimerR,WilenskyJetal:Largediurnalfluctuationsinintraocularpressureareanindependentriskfactorinpatientswithglaucoma.JGlaucoma9:134142,200059)LeePP,WaltJW,RosenblattLCetal:Associationbetweenintraocularpressurevariationandglaucomaprogression:datafromaUnitedStateschartreview.AmJOphthalmol144:901-907,200760)BraslowRA,GregoryDS:Adrenergicdecentralizationmodifiesthecircadianrhythmofintraocularpressure.InvestOphthalmolVisSci28:1730-1732,198761)LiuJH,DacusAC:Endogenoushormonalchangesandcircadianelevationofintraocularpressure.InvestOphthalmolVisSci32:496-500,199162)YoshitomiT,GregoryDS:Ocularadrenergicnervescontributetocontrolofthecircadianrhythmofaqueousflowinrabbits.InvestOphthalmolVisSci32:523-528,199163)GaoY,SakuraiM,TakedaHetal:AssociationbetweengeneticpolymorphismsofadrenergicreceptoranddiurnalintraocularpressureinJapanesenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology117:2359-2364,201064)AungT,ChewPT,YipCCetal:Arandomizeddouble-maskedcrossoverstudycomparing0.005%latanoprostwithunoprostone0.12%inpatientswithprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.AmJOphthalmol131:636-642,200165)SchererWJ:Aretrospectivereviewofnon-responderstolatanoprost.JOculPharmacolTher18:287-291,200266)SchwartzSG,PuckettBJ,AllenRCetal:Beta1-adrenergicreceptorpolymorphismsandclinicalefficacyofbetaxololhydrochlorideinnormalvolunteers.Ophthalmology112:2131-2136,200567)McCartyCA,BurmesterJK,MukeshBNetal:Intraocularpressureresponsetotopicalbeta-blockersassociatedwithanADRB2single-nucleotidepolymorphism.ArchOphthalmol126:959-963,200868)CrowstonJG,LindseyJD,AiharaMetal:EffectoflatanoprostonintraocularpressureinmicelackingprostaglandinFPreceptor.InvestOphthalmolVisSci45:35553559,200469)SakuraiM,HigshideT,TakahashiMetal:AssociationbetweengeneticpolymorphismsoftheprostaglandinF2areceptorgeneandresponsetolatanoprost.Ophthalmology114:1039-1045,200770)SakuraiM,HigashideT,OhkuboSetal:AssociationbetweengeneticpolymorphismsoftheprostaglandinF2areceptorgene,andresponsetolatanoprostinpatientswithglaucomaandocularhypertension.BrJOphthalmol98:469-473,201471)YamamotoT,SawadaA,MayamaCetal;TheCollaborativeBleb-RelatedInfectionIncidenceandTreatmentStudyGroup:The5-yearincidenceofbleb-relatedinfectionanditsriskfactorsafterfilteringsurgerieswithadjunctivemitomycinC:collaborativebleb-relatedinfec(74) tionincidenceandtreatmentstudy2.Ophthalmologycomb-patternedfilmasanadhesionbarrierinananimal121:1001-1006,2014modelofglaucomafiltrationsurgery.JGlaucoma18:72)FukuhiraY,KitazonoE,HayashiTetal:Biodegradable220-226,2009honeycomb-patternedfilmcomposedofpoly(lacticacid)74)OkudaT,HigashideT,FukuhiraYetal:Suppressionofanddioleoylphosphatidylethanolamine.Biomaterials27:avascularblebformationbyathinbiodegradablefilmina1797-1802,2006rabbitfiltrationsurgerywithmitomycinC.GraefesArch73)OkudaT,HigashideT,FukuhiraYetal:AthinhoneyClinExpOphthalmol250:1441-1451,2012☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141155

網膜血管内治療

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1131.1135,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1131.1135,2014網膜血管内治療RetinalEndovascularSurgery門之園一明*はじめに網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)は,稀な網膜血管障害であるが,視機能の障害が非常に強く,最終的には血管新生緑内障により失明の危険性の高い重篤な疾患である.これまでの病理学的な研究により,CRVOの発症機序として乳頭篩板内の血管内圧が上昇することにより静脈内に血栓が形成されることが原因と考えられている.静脈内血栓の形成の原因には,①動脈硬化による篩板内圧の上昇,②血液凝固系の異常,③篩板の硬化,が考えられている.これまでの網膜中心静脈症の治療は,血栓溶解療法であり,ウロキナーゼの全身投与,ワーファリンの投与,血漿交換療法,組織型プラスミノゲンアクチベータ(tPA)の全身投与などが行われてきた1).しかし,いずれの治療方法も有効な血栓の溶解や除去には至っていない.網膜血管内治療(retinalendovascularsurgery:REVS)は,CRVOの血栓の除去を目的とする外科的治療である2).直接網膜中心静脈内にアプローチし,物理的・化学的に,篩板内に存在する血栓を溶解・除去することを可能とする.網膜中心静脈に対する血管内のアプローチはこれまで多くの術者により行われてきた.1999年に,初めてWeissが特殊な器具を使用し,中心静脈へのカニュレーションを行った3).その後,日本人をはじめ多くの研究者が動物実験や人を対象に網膜血管内へのカニュレーションを行っている.しかし,手技が非常にむずかしく,また手術合併症も多いため,REVSは,文献上は2007年以降,行われていない4).筆者らも,本治療に以前より関心をもち,さまざまな手術器具や手技の改良を経て,ようやく現在,ほぼ安定して網膜血管内手術を行うことができるようになった5).しかし,術後視力や黄斑形態の改善など治療成績が依然不十分である点,難解な手術手技の標準化・平易化,抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)薬との比較検討,など今後解決すべき課題も多い.本稿では,これまで当教室で行われてきた64例64眼の網膜中心静脈閉塞症の治療成績をもとに本手術の利点と今後の課題に関して記載したい.I治療の対象の患者と方法本手術は,学内の倫理委員会での承認のもと,患者への説明と同意を得たのちに,施行された.2013年4月より行われ,2014年4月までで80例80眼のCRVO眼に対して,REVSが行われた.対象とした条件は,①特発性のCRVOであること(血液疾患,全身疾患の合併でないこと),②発症より原則6カ月以内である,③緑内障など他の重篤な眼疾患の合併のないこと,である.また,以下の患者は除外した.①脳梗塞,心疾患の現在治療中の患者,②INR(国際標準比)の異常がある患者,③同意に際して十分な理解を得られないと判断した患者.また,以前に汎網膜光凝固,抗VEGF薬療法,硝子体手術の既応があっても,本治療が適応された.患者の平均年齢は67.8歳,男性67名,女性13名であっ*KazuakiKadonosono:横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科教室〔別刷請求先〕門之園一明:〒232-0024横浜市南区浦舟町4-57横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(51)1131 1132あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(52)ブ付きのトロカーであった.1つは,バルブなしのトロカーであり,網膜血管のカニュレーションに使用された.硝子体切除の後内境界膜を切除し,視神経乳頭の動静脈血管の確認を行った.最も穿孔しやすい静脈を選ぶことが肝要である.乳頭内の網膜静脈血管には大きく2種類ある.1つは,虚血型にみられる視神経乳頭内の怒張した静脈であり,通常,血管周囲にフィブリンの付着があるためこれを除去した.もう1つは,抗VEGF薬治療や光凝固がすでに行われたCRVOの乳頭内の静脈であり,その性状の特徴は,静脈の拡張はみられず,むしろ狭窄していることが多く,フィブリンの付着はみられない.つぎに,カニュレーションのために専用の針(マイクロニードル;商標登録中)を用意した.針の特徴は,下た.術前術後の検査項目として,視力検査,広角眼底写真,蛍光眼底造影,光干渉断層計(OCT)が行われた.また,視力検査は,5メートル視力表による少数視力,およびEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyScore(ETDRSscore)表の2種類で行われ,少数視力はLogMAR視力に換算された.手術後,logMARおよびETDRSscore,OCTによる中心窩網膜厚(centralfovealthickness:CFT)を測定項目として,術後成績の統計学的検討が統計学的ソフトSATTを用いて行われた.II手術手技硝子体手術はすべて,25ゲージ(G)硝子体手術にて行われた.ポートは4つであり,1つ以外はすべてバル図1CRVO眼の視神経乳頭内の中心静脈へのカニュレーション左側に吸引用シリコーンニードル,右側にマイクロニードルが見られる.視神経篩板内の中心静脈へ垂直にマイクロニードルを穿孔したばかり(a)の静脈血管は赤色であるが,薬液を注入すると白色に変化し(b),streamlineが確認される.注入圧を70psiまで上昇させると,静脈は完全に白色になる(c).これは,注入された薬液による静脈圧上昇のために生じる.その後,マイクロニードルを抜去し,止血を確認する(d).abcd図1CRVO眼の視神経乳頭内の中心静脈へのカニュレーション左側に吸引用シリコーンニードル,右側にマイクロニードルが見られる.視神経篩板内の中心静脈へ垂直にマイクロニードルを穿孔したばかり(a)の静脈血管は赤色であるが,薬液を注入すると白色に変化し(b),streamlineが確認される.注入圧を70psiまで上昇させると,静脈は完全に白色になる(c).これは,注入された薬液による静脈圧上昇のために生じる.その後,マイクロニードルを抜去し,止血を確認する(d).abcd あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141133(53)logMAR視力0.86であった(p<0.05).一方,非虚血型CRVOは30眼あり,その術後平均視力変化は,術前視力0.33,logMAR視力0.43,術後6カ月での平均視力は0.78,logMAR視力0.2であり,有意な視力の改善を認めた(p<0.001).図2に,76歳男性,中間型CRVO眼の術後の経過の症例を,図3にCRVO全体の成績を提示する.IV考察多数例のCRVOの網膜血管手術の治療成績を提示した.全体の治療成績は比較的良好であり,視機能は有意に改善し,また,黄斑浮腫の有意な改善がみられた.しかし,虚血型CRVOでは,術前後に有意な視力の改善はみられず,一方,非虚血型CRVOでは術前後に有意な視力の改善がみられた.本手術手技の多数例の報告が少なく,治療効果のあることが示されたことには意義がある.これまでの経験に基づき,いくつかの現時点での本治療の特徴と課題を述べてみたい.1つには,本治療が的確に行われた場合,術後早期に黄斑浮腫は十分に改善する.しかし,黄斑浮腫は完全消失は少ない.OCTでは,中心窩の浮腫はほぼ消失しているものの,多くは鼻側網膜内層の浮腫が軽度残存する.また,蛍光眼底造影でも黄斑部には色素の漏出がみられる.抗VEGF薬治療にみられるような網膜内がドライになることは虚血型CRVOの網膜血管治療後では少ない.これは,おそらく血栓の完全な除去が行われることはむずかしいことを示唆しているであろう.2つには,針の血管穿孔(カニューレーション)は十分に可能な治療技術である.これまで,技術的な問題により本手術治療は敬遠されてきた.しかし,近年のREVSはそれほど難解でなくなった.その理由として,特殊な針(マイクロニードル)を使用することで簡便になった点,また,篩板内を選ぶことで,網膜中心静脈へのアプローチが容易となることによる.3つ目には,網膜浮腫と視機能の関連は必ずしも一致しない点である.網膜内層の浮腫が存在しているにもかかわらず,すなわち術前と比較して大きな浮腫の改善がなくても,視機能は十分に改善され,患者に聞くと,明るく見えると述べる症例がある.黄斑浮腫は,動脈血流記のようである.先端は,0.05mm(47G)の外径であり,内腔は0.02mmである.材料は,ステンレススチールであり,レーザー加工を含む特殊な工程を経て作製されている.根元の大きさは,0.5mmであり25Gトロカーを通過できる.この針は,空気圧による粘性物質注入器(viscous-fluidcontrol)シリンジに接続され,注入圧平均40psi,平均流量は0.1ml/minにて,良好に針先より液体の流出することを確認した後に使用された.シリンジ内には,約43μg/mlのtPA(クリアクタ)が注入されており,約3分間で13μgのtPAが網膜静脈内へ投与されることになる.図1に示されているように,網膜静脈の穿孔に際して,バックフラッシュニードルを把持する必要がある.血管の穿孔の際に必ず出血がみられるため,受動吸引により術野は確保された.穿孔した後,注入を開始すると血管内に白色の流体がみられる.いわゆるstreamline(SL)がみられる.このSLサインを確認しながら,約3分間の注入を続ける.この際,患者の頭位の固定し,穿孔部位がずれないように的確に針を右手で把持する必要がある.薬液の注入を終えた後,抜針し血管からの出血をバックフラッシュニードルにて受動吸引する.止血を確認した後,液-空気置換を行い網膜血管内へのカニュレーション手術を終える.III術後成績最終的に術後6カ月以上の観察可能であった患者は,64例64眼であった.男性50例,女性14例であった.手術前の視力は,平均矯正視力は0.07,logMAR視力1.32であったのに対して,術後6カ月において平均視力は0.23,logMAR視力0.61へと有意に改善した(p<0.0001).平均CFTは,術前678μmであったのに対して,術後6カ月では321μmへと減少した(p<0.0001).手術合併症は,術後の遷延する硝子体出血が7眼,視野障害が1眼,中心静脈血管の再閉塞,網膜.離や眼内炎など重篤な合併症はなかった.また,虚血型CRVOは34眼あった.その術後平均視力変化は,術前視力は0.04,logMAR視力1.45であったのに対して,術後6カ月において平均視力は0.13, 1134あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(54)図2中間型CRVOの眼底写真(a),造影早期(b),後期(c),OCT(d)および術後1週の眼底写真(e),造影早期(f),造影後期(g),OCT(h)術前にみられた黄斑浮腫(c)は,術後早期に改善し,網膜静脈の拡張・蛇行は減少し(f),黄斑部の蛍光漏出も軽減している(g).術後早期のために,眼底には,空気がまだみられる(f,g).aebfcgdh図2中間型CRVOの眼底写真(a),造影早期(b),後期(c),OCT(d)および術後1週の眼底写真(e),造影早期(f),造影後期(g),OCT(h)術前にみられた黄斑浮腫(c)は,術後早期に改善し,網膜静脈の拡張・蛇行は減少し(f),黄斑部の蛍光漏出も軽減している(g).術後早期のために,眼底には,空気がまだみられる(f,g).aebfcgdh 1.401.201.000.800.600.400.200.00Pre-operative図364眼のCRVOの術後視力の推移2段階以上の視力改善は,50眼(78%)にみられた.0.000.200.400.600.801.001.201.401.60

網膜中心静脈閉塞症の治療戦略

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1125.1130,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1125.1130,2014網膜中心静脈閉塞症の治療戦略ManagementStrategyforCentralRetinalVeinOcclusion瓶井資弘*はじめに網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)は,日常臨床で遭遇する機会が比較的多い疾患であるにもかかわらず,標準的治療法は確立されていなかった.これまでエビデンスの証明された治療法は網膜光凝固術のみであったが,2013年より抗VEGF薬の使用が認可され,CRVOの治療戦略は大きく変わってきている.I治療方針黄斑浮腫と血管新生が治療の対象となる.黄斑浮腫に関しては,抗VEGF薬が認可され,第一選択治療となってきているが,用法は未だ確立されていない.すなわち,初回投与基準(経過観察の基準),再投与基準,診察間隔などがまだ確立されていないので,本稿では私見を述べる.また,CRVOの黄斑浮腫に対する網膜光凝固は,視力改善効果がないことが大規模臨床試験で示された1)ので,欧米では施行されない.ただ,発症後時間を経過しても遷延する黄斑浮腫のうち,毛細血管瘤など漏出点が明らかな症例に対しては,局所光凝固は有効であり2),適応があると考える.一方,血管新生に関しては,欧米では新生血管が生じてからの治療が推奨されている3)が,わが国では予防的網膜光凝固が一般的に行われている.高度虚血型には初回から光凝固を考慮したほうがいいと思われるが,大多数の症例では予防的網膜光凝固の適応はない.また,新生血管のみでは抗VEGF薬の適応はないが,黄斑浮腫も存在する症例ならば,抗VEGF薬を投与することで初期の新生血管は容易に消退し,同時に汎網膜光凝固を施行することで,新生血管緑内障への進行防止は容易になった.また,本症は,①高血圧症,動脈硬化,糖尿病,血液疾患などの全身疾患,②開放隅角緑内障(急峻な乳頭陥凹)などの眼科疾患を基礎疾患とすることが多く,その治療が大切である.また,塩分・コレステロール摂取制限の食生活や適度の運動,こまめな水分摂取を奨める.II抗VEGF薬の用法1.初回投与基準(経過観察の基準)後述する問題点もあり,全例に投与することはない.治験の適応基準はすべて視力0.5以下であるので,その点から考えても,視力0.6以上の症例はしばらく経過観察で良いと考える.特に視力0.9以上であれば,明確なエビデンスはないが,まず自然寛解することが期待できるので,経過観察とすべきである.ただし,視力0.6以上でも,患者が早期の視力回復を望む場合は,抗VEGF薬の硝子体内投与を施行するのが良いと考える.視力0.1未満の虚血型CRVOに対しては,有意な視力改善効果はあるが,改善後の視力は0.1以下にとどまっていることが多い4).したがって,反対眼が視力良好な患者は,改善の自覚がなく,経済的,身体的および精神的に負担の大きい抗VEGF薬硝子体内注射を希望し*MotohiroKamei:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕瓶井資弘:〒565-0871大阪市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(45)1125 表1抗VEGF薬初回投与基準①視力0.5以下の非虚血型CRVO②1.2カ月経過観察しても改善傾向のみられない視力0.6以上の症例③早期改善を希望する視力0.6以上症例④虚血型CRVOに対しては1,2回投与してみて視力改善が得られ,患者の継続希望があれば継続治療を行う表2抗VEGF薬再投与基準①発症後1年以内は,前回中心窩網膜厚に対して10.20%の悪化がみられた場合か,300μm以上の浮腫がみられる場合②発症後1年以降は視力が前回値より2段階以上悪化した場合表3診察間隔最初の半年:毎月診察.その間に薬効持続時間を把握6カ月以降:薬効持続期間毎に診察.再投与基準を満たす悪化がみられなければ,診察間隔を1カ月ずつ延ばしていく 早期晩期RV=(0.8)RV=(0.7)RV=(0.9)RV=(0.6)RV=(0.6)RV=(0.6)RV=(0.5)RV=(0.5)RV=(0.7)RV=(0.5)図1視力と黄斑浮腫の乖離早期(左列)は浮腫の変化が視力の変化に先行する.75歳,女性.右眼網膜静脈分枝閉塞症.初診時,黄斑を含む網膜浮腫がみられ,視力は(0.8).抗VEGF薬投与により,1カ月で網膜浮腫は大幅改善しているが,視力改善は(0.7)と,むしろ低下.2カ月後になってやっと視力は(0.9)に改善してきているが,逆に浮腫は再燃傾向にある.浮腫悪化が1カ月進行すると,視力も(0.6)に低下してきたので,再度抗VEGF薬投与.2週後には網膜浮腫は再び改善しているが,視力は(0.7)と若干上昇程度と改善が遅れている.後期(右列)は浮腫の増減にかかわらず視力が一定している.同一症例の発症後1.2年以降にかけて,黄斑浮腫は抗VEGF薬投与による寛解と再燃を繰り返しているが,視力は(0.6).(0.5)と,浮腫の増減にかかわりなく,ほぼ一定している. 表4高度虚血の目安①全周にわたり多数の綿花様白斑がみられる②網膜静脈の血柱色調が暗赤色である③蛍光眼底造影で30乳頭面積以上の無灌流領域④フリッカーERG(明所)でb波の潜時が37ms以上図2高度虚血症例眼底(左)では視神経乳頭周囲,特に耳側に多数の綿花様白斑がみられ,蛍光眼底造影(右)では網膜全周にわたる広範囲の無灌流領域がみられる. 治療前3カ月後7カ月後3カ月後7カ月後治療前1回目2回目図3漏出血管凝固発症後2年以上を経過し,治療に抵抗する遷延性黄斑浮腫に対し,漏出血管凝固を施行し,奏効した症例.蛍光眼底造影を施行し,漏出点に対しyellowの波長で,小照射径・短時間・低出力(50μm×0.02秒×100-200mW)の照射を2回行い,浮腫軽減の効果が得られている. –

網膜静脈分枝閉塞症の治療戦略

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1119.1124,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1119.1124,2014網膜静脈分枝閉塞症の治療戦略ManagementofBranchRetinalVeinOcclusion飯島裕幸*はじめに網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)治療の主目的は2つある.1つは急性期のおもに黄斑浮腫による視力低下の回復であり,もう1つは慢性期,硝子体に立ち上がる網膜新生血管(neovascularization:NV)破綻による硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)の予防である.I黄斑浮腫による視力低下への治療介入時期急性期BRVO眼の黄斑浮腫は可逆性のことが多く,視力予後は比較的良好である.無治療にて本症の自然経過をみた報告では,40%で最終0.8以上の視力が得られたと報告された1).そのうち半数程度での発症後1.2カ月での視力は0.1.0.2程度と不良であったが,発症後3カ月あたりから視力が回復し始めた.したがって実臨床では,BRVO推定発症時期から3カ月くらいは,自然軽快を期待して経過観察するのがよい(図1,2).3.6カ月で視力改善の傾向がみられない場合,抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)薬硝子体内注射など治療介入を検討する2).一方,BRVOと診断後ただちに抗VEGF薬治療を開始したほうがよいとする論文3)もみられるが,根拠となったBRAVOスタディで,初回ラニビズマブ硝子体内注射を行った時期はスクリーニングの1カ月を含め,平均4.5カ月後となっているので4),3カ月程度の待機は問題ない.II黄斑浮腫に対する治療選択かつては網膜出血が吸収されてから施行するグリッドレーザー光凝固(gridlasercoagulation:GPC)が唯一エビデンスのある治療であったが,その視力改善効果は小さかった5).GPCをコントロールとする研究を含め,これまでの治療研究での視力改善効果をEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)文字数ゲインで評価すると,GPCで5文字以下,ステロイドの硝子体注射で10文字以下,抗VEGF薬硝子体内注射で15.20文字,硝子体手術で15文字程度であった6).したがって,より大きな視力改善効果を期待するなら抗VEGF薬硝子体内注射が最良であり,繰り返す再注射を望まないのであれば硝子体手術もよい.III抗VEGF薬硝子体内注射の問題点硝子体注射自体の合併症である水晶体損傷,網膜損傷,眼内炎に加えて,抗VEGF薬硝子体内注射の最大の問題点は,黄斑浮腫の再発である.1回の注射で浮腫がおさまることもあるが,およそ7割で注射後約3カ月には浮腫が再発し,矯正視力も治療前のレベルにまで戻る7).ただし毎回の注射ごとに約3割の症例では再発なく治療を終了できるので,4回までの硝子体内再注射後も,浮腫再燃のために治療を終了できないのは1/4以下で,エンドレスの治療という批判はあたらない7).*HiroyukiIijima:山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学〔別刷請求先〕飯島裕幸:〒409-3898中央市下河東1110山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(39)1119 図154歳,男性の眼底写真とOCT,Humphrey視野1カ月前から左眼が見にくいとして紹介された.左眼視力は0.3で,耳側上方のBRVOによる黄斑浮腫が中心窩に及んでいる.6001,200BCVACFT500矯正視力BCVA0.84000.63000.42000.2100000100200300発症後日数図2図1の症例を無治療で経過をみた際の矯正視力と中心窩網膜厚の変化発症後3カ月頃には中心窩網膜厚は減少し,矯正視力も回復してきている.中心窩網膜厚CFT(μm)CFT(μm)20010000.10.20.30.40.50.60.70.80.91.01.11.2logMAR図3ベバシズマブ硝子体内注射で治療したBRVO黄斑浮腫眼,84眼の最終受診時データ中心窩網膜厚(CFT)と矯正視力の関係を示している.矯正視力0.7(logMARで0.15)の眼のなかには中心窩網膜厚が250μmを超える例が多数含まれる.一方,CFTが正常であっても矯正視力0.5以下(logMARで0.30以上)の視力不良眼も多い.(未発表データ)1,1001,000900800700600500400300 図4ベバシズマブ硝子体内注射(IVB)を5回施行後の64歳,男性の右眼の眼底写真と早期,後期のFA像右眼のBRVO黄斑浮腫に対してIVBを3回施行して,初診時0.3だった矯正視力が0.9にまで改善したが,その後浮腫が再燃し,IVBを2回追加したが治療に反応しなくなり,浮腫は残存,矯正視力も0.5にとどまっている.カラー眼底写真ではBRVOの網膜出血は吸収しているが,輪状白斑を示している.早期FAでは多数の毛細血管瘤がみられ,後期FAでは淡い蛍光貯留と静脈の壁染色がみられ,糖尿病網膜症の血管病変に類似する. 図5レーザー光凝固治療を受けて受診した52歳,女性の眼底写真とHumphrey30.2グレースケール表示1カ月前,右眼視力低下で近医受診し,ただちにレーザー光凝固治療を受けた後,中心視野が暗くなったとして受診した.右眼矯正視力は0.3.図は当科初診時のものである.すでに出血は吸収されているが,右眼の上耳側静脈に沿う領域にレーザー光凝固瘢痕がみられ,神経線維層障害を示唆する神経線維束欠損(NFLD)がみられる.凝固斑の範囲は中心窩よりも鼻側上方網膜に限局するが,視野では対応する下耳側にとどまらず,下鼻側にも広がる不規則で深い暗点がみられる.網膜内層に出血の残る急性期BRVOに対して行ったレーザー光凝固によって生じた,凝固範囲をはるかに超える医原性暗点と考えられた. 図6陳旧期BRVOによるNV発生の経過観察のために通院していた60歳,男性のカラー眼底写真とFA像右眼矯正視力は1.0.長い矢印は検眼鏡でははっきりしなかったが,フルオレセイン蛍光造影検査(FA)にて蛍光漏出を示したことで発見された新生血管(NV)である.短い矢印は一見NV様にみえるが,FAでは蛍光漏出を示さないのでNVではなく側副血行路と考えられる.NV周辺のNPAにレーザー光凝固治療を行った.図7陳旧期BRVOの68歳,女性のカラー眼底写真とFA,Humphrey30.2視野検査のグレースケール表示発症後7カ月の時点で,左眼矯正視力は0.1.カラー眼底写真では出血はほぼ吸収している.FAにて下耳側静脈領域は広いNPAを生じている.対応する上耳側視野は絶対暗点となっている.NVは生じていないが,NPAの領域に対してレーザー光凝固を行っても,すでに絶対暗点で,これ以上の視野悪化の危険性はない.NVを生じるかどうか不明だが,NV発生まで延々と経過観察するより,レーザー光凝固治療してフォローを終了することが患者のためになると考えて,レーザー光凝固治療を行った.なお,視力不良は中心窩周囲毛細血管網破壊のためと考えられる. –

糖尿病黄斑浮腫の手術治療の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1113.1118,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1113.1118,2014糖尿病黄斑浮腫の手術治療の進歩AdvancesinVitrectomyforDiabeticMacularEdema山切啓太*はじめにびまん性糖尿病黄斑浮腫(diffusediabeticmacularedema:diffuseDME)は,糖尿病網膜症における視力障害の主要な要因である.治療の選択肢が複数あることは本来喜ぶべきことではあるが,実際にはどの時期にどの治療を選択するのが良いか,ということが混沌としているため,かえってむずかしい判断を迫られることも多い.一方で,複数の治療の選択肢はあるものの,単一の治療で対処できる疾患ではないのも事実である.したがって,侵襲が小さい(と思われる)方法から順に試みる,という考え方は患者側にも非常に受け入れられやすい.そのため本稿のテーマである硝子体手術は,その有用性を示した報告はこれまで多数存在するにもかかわらず,治療侵襲や患者への負担などの問題から「最後の」手段と考えられがちである.現在の硝子体手術は,すでに何らかの治療を(場合によっては複数回)受けたが十分な効果が得られなかったか,すでに視力が不良となっている症例を対象としていることが多い.しかし,近年の小切開硝子体手術システム,広角観察システムの普及や可視化剤の併用により,手術侵襲は小さく,安全なものとなってきていることを考えると,硝子体手術は決して「最後の」手段ではなく,「早期に」選択しうる治療へと変わりつつある.本稿では,diffuseDMEを対象とした過去の報告の概要や,当科での過去の治療成績とその特徴を示す.また,現在山形大学,当科をはじめとした全国20施設で進行中の臨床試験の概要も紹介する.I硝子体手術はなぜ有効なのか黄斑浮腫の原因と治療を考えるうえで,硝子体牽引もしくは黄斑前膜の有無は大切なポイントである.黄斑周囲の硝子体皮質,もしくは膜様物が収縮し牽引する病態がみられる場合は,硝子体手術の良い適応になる(図1a.c).それでは,硝子体牽引や黄斑前膜を伴わない症例に対する硝子体手術の奏効機序は何か,ということになる.硝子体手術の奏効機序としてYamamotoらは,血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)やインターロイキン6といった炎症性サイトカインなどの起炎性物質を物理的に除去することで網膜血管からの漏出を抑制しうること,硝子体切除による網膜前酸素分圧を増加させることによって,黄斑浮腫を減少させ,視力を改善しうると考察している1).即効性のある方法ではないが,薬物療法や光凝固治療の奏効機序の両方を1回の治療で行いうることを考えると,相応のメリットが期待できる.なお,図2に,当科の症例の眼底写真ならびに光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見を示す.視力,中心窩網膜厚とも改善していることがわかる.II硝子体手術のポイント硝子体手術で最低限行うべきことは,後部硝子体.離*KeitaYamakiri:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学〔別刷請求先〕山切啓太:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(33)1113 1114あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(34)abc図1網膜前膜を伴うdiffuseDME症例a:カラー眼底写真.b:蛍光眼底検査では,典型的な.胞様黄斑浮腫所見を呈する.c:OCT所見では,網膜前膜と網膜内のcystを認める.ba図260歳女性:左眼diffuseDMEに対する硝子体手術前(a)と,手術後6カ月(b)の眼底写真とOCTa:術前所見では,中心窩.離を伴う黄斑浮腫を認める.術前視力(0.3),中心窩網膜厚(レチナルマップ1mm)844μm.b:術後6カ月では,.胞は残存するものの浮腫も軽快している.術後視力(0.7),中心窩網膜厚377μm.abc図1網膜前膜を伴うdiffuseDME症例a:カラー眼底写真.b:蛍光眼底検査では,典型的な.胞様黄斑浮腫所見を呈する.c:OCT所見では,網膜前膜と網膜内のcystを認める.ba図260歳女性:左眼diffuseDMEに対する硝子体手術前(a)と,手術後6カ月(b)の眼底写真とOCTa:術前所見では,中心窩.離を伴う黄斑浮腫を認める.術前視力(0.3),中心窩網膜厚(レチナルマップ1mm)844μm.b:術後6カ月では,.胞は残存するものの浮腫も軽快している.術後視力(0.7),中心窩網膜厚377μm. 図3硝子体手術所見図4硝子体手術所見トリアムシノロンによる可視化を行い,視認性を改善トリアムシノロンによる可視化を行い,視認性を改善させている.残存硝子体皮質をバックフラッシュの受させている.ILM鑷子を用いて内境界膜を.離して動吸引により除去している.1枚のシートのまま,ちいる.網膜面に沿うように.離していく.ぎらないように除去するのが良い. 1116あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(36)告している3).ただし上述の2報は,半数以上の症例が①増殖網膜症であること,②黄斑部光凝固やステロイド投与をすでに受けている症例であることなど,diffuseDMEに対する硝子体手術の効果を判定するには問題が大きいことを勘案して結果を解釈するべきであろう.一方で,下記に示すわが国からの報告は増殖網膜症を含んでいないため,diffuseDMEに対する治療効果を評価するうえで,一般に臨床で得られる結果を示していると思われる.過去に報告された硝子体牽引のないdiffuseDMEに対する治療成績の概要を表1に示す.Kumagaiらは,黄斑牽引のないdiffuseDME496眼という多数例,観察期間も平均74カ月と長期の手術結果を報告している.主要評価項目は視力変化である.術後5年の時点で52.7%の症例で視力が改善し,効果は長期に及ぶとしている.ILM.離の効果については,術後1年の時点ではILM.離例の視力改善の程度は有意に小さいが,5年後には差がなくなっていたことから,どちらも有用と結論づけている4).Shimonaganoらは,61眼を対象として6カ月以上経DiffuseDMEに対する硝子体手術後6カ月観察した報告では,対象の241眼中170眼は術前に硝子体牽引が認められていたこと,術前に6割の症例が光凝固治療を受けていること,術中にもさらにトリアムシノロンの硝子体注射を併施されるなど,基準や手技が一定していない.視力転帰は,術前視力が20/40以上の症例では10文字以上の改善症例が5%であったのに対し,10文字以上の悪化は24%とむしろ悪化例が多かったものの,術前視力が20/80未満の症例では10文字以上の改善を示す症例が38%存在し,悪化例(19%)の倍にのぼることが示されている.また,中心窩網膜厚も412μmから278μmまで減少している.硝子体牽引を除去した症例のほうが有意に改善していることから,硝子体牽引症例での有用性を示している2).また,硝子体牽引が認められ,かつ術前視力が20/63以下の症例を対象とした報告では,術後6カ月の時点で10文字以上改善した症例は38%存在したが,10文字以上悪化した症例も22%存在していた.中心窩網膜厚は,68%の症例が術前と比べ50%以上の減少を示したと報図5ILM.離後に中心窩の網膜.離が拡大し,硬性白斑の増加を認めた症例の眼底写真とOCTa:術前所見.中心窩網膜.離を認める.b:術後1.5カ月の所見.中心窩網膜.離が拡大し,その部は硬性白斑で満たされている.ab図5ILM.離後に中心窩の網膜.離が拡大し,硬性白斑の増加を認めた症例の眼底写真とOCTa:術前所見.中心窩網膜.離を認める.b:術後1.5カ月の所見.中心窩網膜.離が拡大し,その部は硬性白斑で満たされている.ab 表1黄斑牽引のないdiffuseDMEの硝子体手術成績症例数年齢(歳)観察期間(月)術前視力(※)術後視力(※)術前中心窩網膜厚術後中心窩網膜厚視力改善(%)不変(%)悪化(%)術前PC(%)Kumagaiら48660740.190.31──53311618Shimonaganoら6161250.170.2851624656341046Yamamotoら6560120.150.214642254549682すべての報告で,約半数が視力改善している.中心窩網膜厚は術前の半分以下に改善している.※視力は小数視力に換算している.過を観察した結果を報告した.評価項目は視力とOCTによる中心窩網膜厚である.ILMは温存している.その結果,術後6カ月以降視力は56%の症例で有意に改善し,その効果は48カ月時点でも持続している.また中心窩網膜厚も82%の症例で,3カ月以降は有意な減少となっている.さらに,術前視力が良い群のほうが視力転帰が良い傾向にあることも指摘している5).ところで治療成績を評価するにあたって,対象症例の全身条件は大切な要素であるが,実際には全身条件を術後経過までマッチングさせることは困難である.実験的要素が強くなってしまうため,大規模な研究は組めないものの,同一患者でそれぞれの眼に異なった治療法を割り付けるpaired-eyestudyを行うことで解決しうる.Doiらは20名の両眼のdiffuseDME症例を,ランダムに片眼をステロイド硝子体注射,僚眼を硝子体手術に割り付けるpaired-eyestudyを行い,治療成績を比較した.その結果,術後1カ月では有意にステロイド群のほうが中心窩網膜厚を減少させるものの,6カ月時点では同等となり,術後1年では硝子体手術群の中心窩網膜厚が有意に減少していた.この報告では,目標症例数の設定に際して中心窩網膜厚を基準としていたためか視力転帰は手術群のほうが良好であったが,有意差はみられなかった6).以上の報告をまとめると,diffuseDMEに対する硝子体手術は,中心窩網膜厚を減少させ,半数以上の症例で視力が改善するが,特に視力に関しては回復に時間がかかるようである.ただし,これまでの報告はいずれも術前視力がすでに低下した状態で施行されているケースが多く,そのため改善が制限されている可能性も否定できない.硝子体手術の有用性を評価するためには,やはり視細胞の状態が良いうちに手術を行った結果を評価するための前向き研(37)究が必要である.IVDiffuseDMEに対する多施設共同ランダム化比較試験現在,全国20施設において,硝子体牽引のないdiffuseDMEに対する硝子体手術とトリアムシノロンアセトニドの硝子体注射のランダム化比較試験が進行中である.本研究では術前視力が小数視力で0.3.0.6と比較的視力が良く,かつ中心窩網膜厚はレチナルマップ(1mm)測定により300μm以上の症例を対象としている.視力を主評価項目,中心窩網膜を副次評価項目として経過を観察する.観察期間は24カ月である.おわりに糖尿病患者は現在増加の一途をたどっている.当然,網膜を専門領域としていない眼科医であっても治療に従事する機会は今後増えるであろう.もちろんdiffuseDMEの治療方針は,医学的な根拠だけではなく,社会的,経済的な背景も含めて決定されなければならないため,硝子体手術を早期に選択することがベストとは限らない.ただし硝子体手術は,数多くの先人の努力により確立されたきわめて高度で優れた治療方法であり,diffuseDMEにとっては眼内環境をリセットしうる最も確実な方法であるため,時期や条件などが適切に選択されれば十分に患者にとっての福音となりうると考えている.文献1)YamamotoT,HitaniK,TsukaharaIetal:Earlypostoperativeretinalthicknesschangesandcomplicationsaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.AmJOphthalmol135:14-19,20032)DiabeticRetinopathyClinicalReserchnetwork:Factorsあたらしい眼科Vol.31,No.8,20141117 1118あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(38)5)ShimonaganoY,MakiuchiR,MiyazakiMetal:Resultsofvisualacuityandfovealthicknessindiabeticmacularedemaaftervitrectomy.JpnJOphthalmol51:204-209,20076)DoiN,SakamotoT,SonodaYetal:Comparativestudyofvitrectomyversusintravitreoustriamcinolonefordiabeticmacularedemaonrandomizedpaired-eyes.GraefesArchClinExpOphthalmol250:71-78,2012associatedwithvisualacuityoutcomesaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.Retina30:1488-1495,20103)DiabeticRetinopathyClinicalReserchnetwork:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,20104)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termfollow-upofvitrectomyfordiffusenontractionaldiabeticmacularedema.Retina29:464-472,2009

糖尿病黄斑浮腫に対する薬物治療

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1105.1112,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1105.1112,2014糖尿病黄斑浮腫に対する薬物治療MolecularTargetingTherapyforDiabeticMacularEdema吉田茂生*小林義行*はじめに糖尿病網膜症は糖尿病の代表的な合併症であり,放置するときわめて重篤な視覚障害をきたす疾患である.厚生労働省による2007年の糖尿病実態調査では,わが国における糖尿病患者総数は890万人と報告されている.また現在も糖尿病自体の患者数は増加しつつある.久山町研究(福岡県)では,網膜症の有病率は糖尿病患者の15.0%1),舟形町研究(山形県)では23.0%2)と報告されている.網膜の中心に位置する黄斑は,中心視力を司る重要な部位であり,黄斑部の細胞内,細胞外に液体成分が貯留した状態が黄斑浮腫である.黄斑浮腫はさまざまな眼疾患に合併しうるが,糖尿病患者では約10%(糖尿病網膜症患者の20.30%)に黄斑浮腫が起こり,視力低下の主因となっている.したがって,糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)の鎮静化は患者の視機能保持の観点から重要である.DMEに対する治療法は大きく黄斑部光凝固・薬物療法・硝子体手術があるが(表1),絶対的な治療方法はまだ定まっていないのが現状である3).近年の分子細胞生物学的研究により,DMEの病態理解が飛躍的に進歩し,関与する生理活性物質が数多く同定された.それに伴い,抗炎症ステロイド薬の硝子体注射や後部Tenon.下注射が行われるようになった.さらに,DMEに血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が特に重要な働きをしているこ表1糖尿病黄斑浮腫に対する治療長所短所光凝固確立した治療比較的安価効果が乏しい症例Atrophiccreep抗VEGF薬強い効果多くの患者に有効効果が一時的高価全身への影響ステロイド安価多くの患者に有効白内障・緑内障効果が一時的硝子体手術難治例に適用可効果が持続効果が未確立入院の必要とがわかり,抗VEGF薬が開発され,眼科臨床に大きなインパクトを与えている4).本稿では,DMEに対する抗VEGF薬とステロイド薬による治療の現況について述べたい.I糖尿病黄斑浮腫の診断DMEの診断は,おもに検眼鏡やフルオレセイン蛍光造影検査(fluoresceinangiography:FA)によって行われてきたが,1996年から網膜の断層像を非侵襲的に描出することができる光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が臨床応用され,病態が客観的に評価できるようになった.OCTの分解能は当初20μmであったが,最近ではタイムドメインからスペクトラルドメイン方式への進化により3μmまで向上しており,測定速度も100倍程度速くなった.この結果,網膜各*ShigeoYoshida&YoshiyukiKobayashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕吉田茂生:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)1105 1106あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(26)管の透過性亢進や網膜色素上皮障害によって起こり,黄斑部全体が膨化し,.胞様黄斑浮腫や漿液性網膜.離を伴うことがある.FAでは黄斑部全体の網膜血管や網膜色素上皮からの漏出がみられる.DMEの原因は多彩で,単一症例でも複数の要因が混在していることが多いが,血管透過性亢進,血管閉塞といった網膜症の病態に付随して発症,進展する.長期に網膜血管の透過性亢進が持続すると,網膜色素上皮の機能が疲弊し,バリアや能動輸送の機能低下をきたして,層,外境界膜(ELM),視細胞内節外節接合部(IS/OS)などがより明瞭に描出され,黄斑の網膜厚マップが数秒で得られるようになった.現在ではOCTはDMEの診断と治療評価に必要不可欠になってきている(図1).DMEは一般に局所性浮腫とびまん性浮腫に分類される.局所性浮腫は,おもに毛細血管瘤からの漏出による部分的な浮腫で,硬性白斑を伴っていることが多い.FAでは浮腫内の毛細血管瘤からの蛍光色素の漏出がみられる.一方,びまん性浮腫は,黄斑部の広範な毛細血abcd図1糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ治療前後の変化a:投与前眼底.網膜出血,硬性白斑,黄斑浮腫を認める.b:フルオレセイン蛍光造影の写真.黄斑部網膜からの蛍光色素の漏出がみられる.c:光干渉断層計による網膜厚マップと網膜断面像.網膜が浮腫のために肥厚している.d:ラニビズマブ硝子体注射後の光干渉断層計による網膜断面像では網膜厚が減少し,中心窩陥凹が復活している.abcd図1糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ治療前後の変化a:投与前眼底.網膜出血,硬性白斑,黄斑浮腫を認める.b:フルオレセイン蛍光造影の写真.黄斑部網膜からの蛍光色素の漏出がみられる.c:光干渉断層計による網膜厚マップと網膜断面像.網膜が浮腫のために肥厚している.d:ラニビズマブ硝子体注射後の光干渉断層計による網膜断面像では網膜厚が減少し,中心窩陥凹が復活している. 表2眼科領域で用いられている抗VEGF薬一般名ペガプタニブベバシズマブラニビズマブアフリベルセプト製品名マクジェンRアバスチンRルセンティスRアイリーアR製剤アプタマー中和抗体中和抗体断片融合蛋白ターゲットVEGF-A165VEGF-AVEGF-AVEGF-A,-B,PlGF分子量(KD)5015048110血中半減期(日)10210.2518 1108あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(28)あることを示唆している9).眼科用に開発された他剤に比べて安価であるが,未認可薬であるため,今後後述のラニビズマブとアフリベルセプトに代わっていくと思われる.c.ラニビズマブ(ルセンティスR)米国で行われたRISE,RIDE試験(382症例)とよばれる第III相臨床治験では,①ラニビズマブ0.3mg,②ラニビズマブ0.5mg,③偽注射(無治療)群にそれぞれ割り付け,毎月投与による36カ月間経過観察を行った10).RISE試験において36カ月後に15文字以上の視力改善がみられた割合は,偽注射22.0%,ラニビズマブ0.3mg群41.6%,ラニビズマブ0.5mg群51.2%であり,ラニビズマブ投与群で有意に多いという結果であった(図2).24カ月から偽注射群にはラニビズマブ0.5mgのレスキュー治療が行われたが,36カ月目の時点ではラニビズマブ群が10文字以上の視力改善を示したのに対し,偽注射群では2.8文字の改善にとどまり有意な差を認めた.さらに,両ラニビズマブ群では黄斑浮腫の改善のみならず,網膜無血管領域の増加を有意に抑制することが明らかとなり,VEGFが網膜静脈閉塞症と同様に糖尿病網膜症においても網膜血管床の閉塞に関与していることが明らかとなった11).ヨーロッパを主体に行われたRESTOREStudyとよばれる第III相臨床治験では,DMEに対するラニビズマブ0.5mg硝子体注射と黄斑光凝固治療の効果が比較検討された12).RISE,RIDE試験と違い,月1回計3回投与の導入期投与後,必要時投与で行われた.36カ月の加齢黄斑変性治療薬として,ラニビズマブとアフリベルセプトは網膜静脈閉塞症治療薬としてすでに厚生労働省より認可されている.さらに,2014年2月にラニビズマブのDMEへの適応拡大が承認された.a.ペガプタニブ(マクジェンR)Macugen1013StudyGroupによる第II/III相臨床治験では,6週間ごとのペガプタニブ0.3mgの硝子体注射の効果が検討された8).ペガプタニブ群では6,24,30,36,42,54,78,84,90,96,102週時点のいずれにおいても対照の偽投与群(100眼)に比べて有意に平均視力が良好であった.102週の時点ではペガプタニブ群では6.1文字の視力改善に対し,偽投与群では1.3文字改善であった(p<0.01).黄斑光凝固治療を要した割合はそれぞれ25.2%と45.0%で,これも2群間で有意差を示した.これらの結果から,ペガプタニブのDMEに対する有効性が示された.前述のようにペガプタニブは病的アイソフォームであるVEGF-A165特異的な抑制薬であり,脳梗塞など全身的な基礎疾患のある患者にはより安全に投与されうる.しかし,欧州ではペガプタニブの加齢黄斑変性からDMEへの適応拡大申請が取り下げられており,期待ほど薬効がない可能性がある.b.ベバシズマブ(アバスチンR)BOLTstudyと呼ばれる第II相臨床治験では,投与後24カ月の時点でベバシズマブ硝子体注射(IVB)群では8.6文字の平均視力改善に対し,対照の黄斑光凝固群では0.5文字改善であった(p=0.005).中心窩網膜厚も両群で有意に改善し(p<0.001),IVBが有効な治療で平均最高矯正視力(ETDRS文字数)月7日目RISERIDE統合解析20151050-512.411.24.512.011.72.5363432302826242220181614121086420図2ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RISE,RIDE試験)平均最高矯正視力(ETDRS文字数)月7日目RISERIDE統合解析20151050-512.411.24.512.011.72.5363432302826242220181614121086420図2ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RISE,RIDE試験) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141109(29)回数は1年目が8.9回を要したが,2年目には2.3回,3年目は1.2回のみとRESTOREStudy同様経年的に減少した.即時光凝固群では遅延光凝固群と比較して視力改善の割合が小さいうえに悪化例の割合が多くなっている.このほかの臨床治験としてRESOLVEStudy,READ-2Studyなども行われており,いずれもラニビズマブの有用性を示唆している14,15).d.アフリベルセプト(VEGFTrap.EyeR)DAVINCIStudyとよばれる第II相臨床治験では,DME患者を5つの治療群(①アフリベルセプト0.5mgを4週間ごと硝子体注射,②アフリベルセプト2mgを4週間ごと投与,③最初にアフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後8週間ごと投与,④アフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後必要に応じて投与,⑤黄斑光凝固)のいずれかに無作為に割り付けた16).投与後6カ月の時点で,アフリベルセプト投与群(8.5文字.11.4文字改善)のほうが,光凝固群(2.5文字改善)よりも,平均視力が有意に改善した(p<0.0085)(図5).その治療効果は12カ月(52週)の時点においても維持された.アフリベルセプトはVEGF-A,-BおよびPlGFを抑制し,8週間ごとの投与は,ラニビズマブの4週ごとの投与に対し非劣性である.時点で,①ラニビズマブ硝子体注射+偽光凝固群,②ラニビズマブ硝子体注射+光凝固群の平均視力はそれぞれ8.0文字,6.7文字の改善であった(図3).③偽注射+光凝固群は12カ月目からラニビズマブ硝子体注射によるレスキュー治療が行われ,12カ月時点での0.8文字が徐々に改善し,36カ月で6.0文字の改善となった.これにより,ラニビズマブ単独治療および光凝固治療の併用は,光凝固単独治療より視力改善効果を示すことが明らかになった.またラニビズマブ投与回数は経年的に減少した.DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net/糖尿病網膜症臨床研究ネットワーク)によりより複雑で大規模な第III相臨床治験も行われた13).①ラニビズマブ0.5mg+即時(3.10日以内)黄斑光凝固群,②ラニビズマブ0.5mg+遅延(24週後以上)光凝固群,③トリアムシノロン4mg硝子体注射+即時(3.10日以内)光凝固群,④光凝固単独群,の4群に無作為割り付けが行われた.ラニビズマブは導入期に月1回計4回投与連続での投与を行い,その後は必要時投与で治療を行った.1年後にはラニビズマブ+光凝固併用(即時,遅延とも)群で平均9文字視力が改善し,トリアムシノロン+光凝固群(平均4文字)と光凝固単独群(平均3文字)より改善効果を示した(図4).平均投与363432302826242220181614121086420ラニミズマブ0.5mg投与群(n=83)光凝固群(n=74)ラニミズマブ0.5mg投与+光凝固群(n=83)ベースラインからの平均最高矯正視力変化(±標準偏差ETDRS文字数)中核試験評価中核試験月中間解析完全解析/試験終了延長試験(ラニミズマブ0.5mgを必要に応じて投与)121086420-2+7.9+7.1+2.3+7.9+6.7+5.4+8.0+6.7+6.0図3ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RESTORE試験)363432302826242220181614121086420ラニミズマブ0.5mg投与群(n=83)光凝固群(n=74)ラニミズマブ0.5mg投与+光凝固群(n=83)ベースラインからの平均最高矯正視力変化(±標準偏差ETDRS文字数)中核試験評価中核試験月中間解析完全解析/試験終了延長試験(ラニミズマブ0.5mgを必要に応じて投与)121086420-2+7.9+7.1+2.3+7.9+6.7+5.4+8.0+6.7+6.0図3ラニビズマブ投与後ベースラインから36カ月までの最高矯正視力の変化(RESTORE試験) 1110あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(30)IIIステロイド局所療法現在DMEに対するステロイド薬物治療として最もよく用いられているのがトリアムシノロンアセトニドである17).トリアムシノロンアセトニドは,以前よりケナコルトR筋注用として整形外科,皮膚科領域で広く使用されてきた懸濁性ステロイドである.ケナコルトRは,眼科領域では,ぶどう膜炎,眼窩炎性偽腫瘍や視神経炎に対する対症療法として使用されてきた.投与法としては硝子体注射とTenon.下注射がある.硝子体内投与はTenon.下投与よりも強力であるが,眼内炎,白内障,緑内障などの合併症のリスクが高い.ケナコルトRの硝子体投与はわが国では未認可であったが,2010年12月に添加剤を含まないマキュエイドRが眼科手術補助剤として発売され,2012年10月には,DMEに対する硝子体内投与への適応が追加された.薬効は3カ月程度持続するが,4.6カ月後になると浮腫の再発がみられる.抗VEGF薬より薬効持続時間は長いが,再発するたびに再注射を行う必要があるのは同じである.このため,米国では徐放性の硝子体内インプラントも開発されてきているが,日本での上市は未定である.DMEに対するトリアムシノロン硝子体注入療法(IVTA)と黄斑光凝固の第III相臨床比較試験が,米国アフリベルセプトの第III相臨床治験として,欧州,日本などでVIVID-DMEが,米国でVISTA-DMEが進行中である.1カ月ごと5回の導入期の後アフリベルセプト2mgを4週間ごと投与,アフリベルセプト2mgを8週間ごと投与,黄斑光凝固の3群で検討が行われている.この治験では,DAVINCIStudy同様,投与後12カ月で光凝固群より平均視力が有意に改善している.さらに現在DRCR.netによって,ベバシズマブ,アフリベルセプトとラニビズマブのDMEに対する比較試験も進行中であり,今後これらの薬効の差異が明らかになると思われる.硝子体注射の眼局所有害事象として眼圧上昇,視力低下,眼痛,結膜出血,網膜出血,眼内炎などが,全身有害事象として高血圧,心筋梗塞,脳卒中などがある.眼局所有害事象は4薬剤でおおむね一致しているが,ベバシズマブ硝子体投与はラニビズマブに比べて全身有害事象である出血性脳卒中のリスクが上昇することが明らかとなっている.ベバシズマブ蛋白は糖化され,Fc領域を含むため血中半減期が20日と長いことが起因していると考えられ,全身的基礎疾患のある患者への投与の際には,薬剤の選択に留意する必要がある.ベースラインからの視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群10410096928884807672686460565248444036322824201612840図4ラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化(DRCR.net)524844403632282420161284014121086420-2文字数ETDRS週:アフリベルセプト0.5mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg8週間毎投与群:アフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後必要に応じて投与した群:光凝固群図5アフリベルセプト投与後ベースラインから52週までの最高矯正視力の変化(DAVINCLStudy)ベースラインからの視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群10410096928884807672686460565248444036322824201612840図4ラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化(DRCR.net)524844403632282420161284014121086420-2文字数ETDRS週:アフリベルセプト0.5mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg4週間毎投与群:アフリベルセプト2mg8週間毎投与群:アフリベルセプト2mgを月1回計3回投与後必要に応じて投与した群:光凝固群図5アフリベルセプト投与後ベースラインから52週までの最高矯正視力の変化(DAVINCLStudy) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141111(31)DRCR.netにより行われた18).その結果,黄斑光凝固群では3年後まで視力改善した一方,トリアムシノロン注射群では改善がみられなかった.さらに,眼圧上昇や白内障の副作用はトリアムシノロン群において多くみられた.すなわち,トリアムシノロン注射単独療法より光凝固の治療効果が高いことが明らかとなった.上述のように,DRCR.netによる,黄斑光凝固のみ,ラニビズマブ+黄斑光凝固,IVTA+黄斑光凝固の比較試験では,治療開始2年後にラニビズマブ+黄斑光凝固群が,IVTA+黄斑光凝固群あるいは黄斑光凝固のみ群に比べ有意に視力改善した(図4).しかし白内障術後眼内レンズ挿入眼に限定したサブ解析を行うと,IVTA+黄斑光凝固群はラニビズマブ+黄斑光凝固群と同等の視力改善効果を維持していた(図6).このことは,IVTAは黄斑部網膜に対してはラニビズマブとほぼ同等の治療効果があることが示された.したがって,トリアムシノロン療法は眼内レンズ挿入眼に限れば有用な治療法であるといえる.おわりにDMEに対する薬物治療の現況について概説した.抗VEGF薬は有効であるが,1回の治療効果は一時的であり,硝子体注射を繰り返す必要がある.しかし,安易な反復投与により重篤な眼合併症である細菌性眼内炎を引き起こす危険性が増すため,持続的なドラッグデリバリーシステムの確立が期待される.また,VEGFは組織の恒常性維持にも関与しており,正常網膜や全身への副作用を及ぼさない至適投与濃度を,抗VEGF薬ごとに最適化する必要がある.DMEの原因は多彩で,単一症例でも複数の要因が混在していることが多い.長期経過を経て形成された網膜血管障害や,網膜色素上皮細胞のポンプ機能が破綻したような陳旧例には,薬物治療の治癒効果は少ない.単独治療に固執せず,網膜光凝固術や硝子体手術などの他の確立した治療法とうまく組み合わせることで19)視機能の改善を図ることが必要である.筆者らは,適切な硝子体手術により硝子体腔内のVEGFが永続的に減少することを見出しており20),現時点では,まず患者に対し侵襲の少ない薬物治療を試み,病勢が治まらない場合,硝子体手術を行っている.もちろん糖尿病そのものを適切に管理することは大前提である.今後は,抗VEGF薬やステロイド薬と他の複数のDMEに対する治療法との組み合わせや投与時期などが最適化され,各人の病態や病期の正確な把握に基づいた個別化治療が展開されていくことが期待される.文献1)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:Comparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonpreva-lenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisaya-maStudy.Diabetologia47:1411-1415,20042)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,20083)野崎実穂,鈴間潔,井上真ほか:日韓糖尿病網膜症治療の現状についての比較調査.日眼会誌117:735-742,20134)後藤早紀子,山下英俊:糖尿病黄斑浮腫の薬物治療.あたらしい眼科29:139-142,20125)LeungDW,CachianesG,KuangWJetal:Vascularendo-thelialgrowthfactorisasecretedangiogenicmitogen.Sci-ence246:1306-1309,19896)SengerDR:Tumorcellssecreteavascularpermeabilityfactorthatpromotesaccumulationofascitesfluid.Science眼内レンズ挿入眼におけるベースラインからの平均最高矯正視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群n=260(52週)n=154(104週)1041009692888480767268646056524844403632282420161284011109876543210図6眼内レンズ挿入眼におけるラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化眼内レンズ挿入眼におけるベースラインからの平均最高矯正視力変化(ETDRS文字数)週:偽薬+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+即時黄斑光凝固群:ラニビズマブ0.5mg投与+遅延光凝固群:トリアムシノロン4mg投与+即時黄斑光凝固群n=260(52週)n=154(104週)1041009692888480767268646056524844403632282420161284011109876543210図6眼内レンズ挿入眼におけるラニビズマブおよびトリアムシノロン投与後ベースラインから24カ月までの最高矯正視力の変化 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糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1097.1104,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1097.1104,2014糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩DevelopmentofLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema大越貴志子*はじめに糖尿病黄斑浮腫に対する光凝固は,黄斑部の機能の温存とレーザーによる組織侵襲という,相反することの両立が要求される特殊な治療である.この特殊性ゆえに,光凝固が始まって以来,およそ30年間にわたり低侵襲でかつ効果的な治療を追究するためレーザー発振装置のハード面,そしてソフトウェアの開発改良が進んでいる.現在なお,理想的な光凝固が完成された段階とはいえないが,レーザー機器の開発の歴史のなかでもこの数年間は最も進歩が盛んな時期といえよう.付加価値のついた新しいレーザー機器が次々と登場し,かつては効果の割には侵襲が大きかった格子状凝固も安全に,かつ簡便にできる治療に改良されつつある.また,近年の光干渉断層計などの画像診断技術の進歩は,照射すべき浮腫の責任病巣を明瞭に描出することで光凝固の質の向上に貢献している.さらに,ナビゲーションシステムを搭載したレーザー機器の登場は,レーザー発振装置と眼底イメージング技術を融合させたまったく新しいタイプのレーザー治療を提供し,光凝固の歴史のなかでの一つの転換期ともいえよう.本稿では,糖尿病黄斑浮腫の光凝固の進歩を,侵襲の軽減という側面から解説するのと同時に,マイクロパルス閾値下凝固,パターンスキャンレーザーに搭載されたエンドポイントマネージメント,さらにナビゲーションシステムを搭載した新しいレーザー照射システムなど,最近進歩し注目されている糖尿病黄斑浮腫の光凝固法について解説する.そして将来の糖尿病黄斑浮腫治療の展望についても述べたい.I糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療の歴史レーザー治療は1960年代から眼科領域で網膜疾患の治療に用いられていた.糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療は1973年にPatz1)が報告したのが始まりで,その後,Whitelock2)が,.胞様黄斑浮腫に対する格子状凝固,すなわち中心窩を除く範囲に格子状にレーザーの凝固斑を置く方法を初めて報告し,網膜に適度の侵襲を加えることにより浮腫が改善することが当時から経験的に知られていた.糖尿病黄斑浮腫に対する初めてのエビデンスに基づく報告は1985年に米国の多施設大規模比較研究試験であるETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)3)のReport1であり,早期に黄斑局所光凝固を行うことにより視力が維持されることを報告した.糖尿病黄斑浮腫治療の基本は,毛細血管瘤に対する直接凝固と,浮腫の存在する部位に豆まき状に光凝固を置く格子状凝固のいずれか,または組み合わせであり,この治療法は現在においても糖尿病黄斑浮腫の基本的なレーザー治療法となっている.この当時のレーザーはアルゴンブルー(488nm)またはグリーン(514nm)といった今日黄斑疾患に用いられている波長より短いものであった.その後,液体レーザーである色素レーザーの開発により,黄色や橙色などより波長が長くよ*KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(17)1097 り黄斑のキサントフィルに吸収されにくい性質の波長が黄斑疾患の治療にふさわしいとの理由で導入されるようになった.しかし,メンテナンスの問題から色素レーザーは姿を消し,マルチカラーレーザー(532nm,561nm,659nm)が広く用いられるようになった.ETDRS3)の黄斑光凝固法(ETDRS凝固)は強いエビデンスに基づいたもので,欧米を中心に世界的に普及した.しかし,その後1990年代にETDRS凝固を施行した患者のなかに,凝固斑の拡大融合による暗点の形成や線維増殖などの合併症が発生し,その反省から,レーザー治療をより低侵襲にする試みがなされるようになった.その流れのなかで,閾値凝固4)や閾値下凝固5)などレーザーの照射条件を見直し,低侵襲なレーザー治療法が開発された.1997に筆者は従来の格子状凝固を低侵Exposuretime襲に改良した低出力広間隔格子状凝固6)を開発し,従来の格子状凝固に匹敵する効果があることを報告した.また,DRCR-net(DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork)は2007年にmodifiedETDRSレーザー7)という,ETDRSレーザーを低侵襲にした方法による臨床試験の結果を報告し,今日さまざまな臨床研究や日常診療で用いられるスタンダードなレーザー治療になっている.一方,1990年代に登場した半導体レーザーは,半導体を用いてレーザーを発振するものであり,冷却装置が不要でコンパクトで持ち運びが可能なレーザーとして,未熟児網膜症治療や眼内レーザー光凝固に用いられていた.波長が800nm前後と長いのが特徴であるが,この長い波長を利用し,レーザーの凝固時間をきわめて短くPulseenvelopePowerPower・・・・・Timeonoff図1IQ577TMによるマイクロパルス閾値下凝固従来の連続波のレーザー(左上)と,マイクロパルス(右上).マイクロパルスを用いることで,選択的に色素上皮を照射可能である.577nmのピュアイエローマイクロパルス(IQ577TM,左下)と,それに搭載されたパターン(右下).これまでマイクロパルス閾値下凝固は凝固斑が見えない治療であったため,照射部位を記憶しながら治療する必要があった.パターンが搭載されたことで,記憶にたどる部分がかなり解消され,術者の負担が軽減した.1098あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(18) 図2PascalStreamline577Rのエンドポイントマネージメントトプコン社のパターンレーザーにおけるレーザー照射パターン(右上)とエンドポイントマネージメント.エンドポイントマネージメントにおけるレーザーの侵襲と治療可能領域(左上).レーザー治療が有効であるエネルギー設定は,barelyvisibleからnontherapeuticの間になる(左上⇔).この間の照射条件を自動的に計算するソフトウェアがエンドポイントマネージメントである.術者が治療に必要と判断する閾値下凝固のエネルギー(%)を右下のパネルにて指定すると照射条件を自動的に計算するソフトウェアである.パターンスキャンレーザーではさまざまな格子状凝固のパターンを選択可能である(右上).エンドポイントマネージメントのパターン(下)では,ランドマーク(赤)を設定することが可能である.ランドマークの部分(赤)はbarelyvisibleで黄色の部分が閾値下凝固になる. OCTfor(modified)gridAngiographyFAandICGA図3NavilasRによるイメージガイドレーザー照射NavilasRでは,蛍光眼底撮影や光干渉断層計のイメージ画像を眼底写真に重ね,イメージ画像上で照射部位を指定して光凝固を自動的に行うことが可能である(右上).NavilasRで治療する際は,スリットランプではなく,眼底のIR画像を見ながら治療する(左).術者は,あらかじめ照射する部位を設定するが,照射自体は機械が自動的に行う(右下). あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141101(21)2.マイクロパルスレーザーの開発マイクロパルスレーザーとは,きわめて短い凝固時間(μsecond)のレーザー照射を連続して発振し,1照射とするレーザーである(図1).レーザーの凝固時間をきわめて短くすることで,周囲に熱が伝達しないため,網膜色素上皮層を選択的に照射可能とされている.マイクロパルスレーザーを閾値下凝固として照射することで,神経網膜を含めた網膜全体に少なくとも光干渉断層計(OCT)レベルでの形態変化が加わることなしに浮腫を引かせることが可能である.低侵襲レーザー治療の先駆けとなった治療法であるが,閾値下凝固,すなわち基本的に凝固斑は見えないので効果を確認しがたいという問題点があり,普及が遅れた.しかし,近年糖尿病黄斑浮腫の治療として低侵襲レーザーが注目されるようになり,最近新たに開発されるレーザー機器にはマイクロパルスに準じた侵襲の少ないプログラムが搭載されることが少なくない.マイクロパルス閾値下凝固の臨床成績は1997年にFribergら5)による報告が初めてであり,その後,いくつかの報告がなされたが,筆者11)は日本人を対象とし本方法が浮腫の減少に有効であることを報告した.ランダム化した臨床試験として,代表的な報告であるLavinskyら12)の臨床研究によると,modifiedETDRS法7)より,密度の高いマイクロパルス閾値下凝固のほうが,視力の改善も浮腫の改善も優れていたと報告している.マイクロパルス閾値下凝固は今後,従来の格子状凝固に置き換わる可能性が期待されている.3.ピュアイエローマイクロパルス(IQ577TM)と併用療法への期待1990年代に色素レーザーとして普及していた時代の577nmのピュアイエローレーザーを発振する装置が,IRIDEX社より2011年8月に発売された.マイクロパルスを搭載しており,従来の810nmのマイクロパルスより,少ないエネルギーで照射できる.マルチカラーレーザーの561nmより波長が長いためオキシヘモグロビンへの吸収は532nm(グリーン)の1.4倍,561nm(従来のマルチカラーのイエロー)の1.8倍高い.したがって,血管凝固には最も適した波長であり,糖尿病黄斑浮腫のレーザー治療においては,特に毛細血管瘤をローパmildからbarelyvisible(lightgrey)に見直され,フレックの間隔も2フレックごとと侵襲が軽減したプロトコールに変更された.今日一般的に推奨されている格子状凝固の条件は閾値凝固,すなわち凝固斑が見える最低の出力で施行するものである.しかし,閾値凝固といえども,網膜外層に何らかの不可逆的な変化をもたらすものであり,さらなる低侵襲化をめざして閾値下凝固すなわち,閾値より弱いエネルギーで凝固斑が見えない条件で光凝固する方法が試みられるようになった.これまでの研究によれば,網膜に対するレーザー治療は,凝固斑が明瞭に出ない,あるいは,まったく出ない条件で行っても,網膜に何らかの組織変化をもたらし治療効果が期待できるものと推定されている.閾値下凝固を応用した始まりは,後述するマイクロパルス閾値下凝固であり,1999年にRoider8)は0.1秒のアルゴンレーザー閾値下凝固では視細胞の障害がみられたが,3μsの閾値下凝固では視細胞はほとんど温存され網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)に限局した障害となり,照射後に速やかにRPEは再生し,新たなRPEのバリアが形成されたことを報告した.その後,閾値下凝固の基礎研究はしばらく途絶えていたが最近,閾値下凝固の研究が再び注目されるようになった.それを後押ししたのが,後述するエンドポイントマネージメントの開発である.エンドポイントマネージメントは,閾値下凝固の条件を計算するソフトウェアであり,動物実験の結果と物理の法則を組みわせたプログラムである.Lavinskyら9)の報告によれば,閾値のエネルギーの50%で照射すると,網膜外層に修復可能な組織変化をもたらすとされており,このレーザーによる組織変化と修復の過程に浮腫を引かせるケミカルメディエータが関与しているものと推定されている.また,閾値下凝固を行った部位の熱ショック蛋白10)が増加することが知られており,血管内皮増殖因子(vascularendo-thelialgrowthfactor:VEGF)の低下に関連するものと推定されている.後述するマイクロパルス閾値下凝固や,エンドポイントレーザーは,網膜にごく微細な侵襲は加えるが瘢痕を残さずに浮腫を引かせるレーザーで,糖尿病黄斑浮腫に対する格子状凝固としては究極の低侵襲レーザー治療と考えられている. 1102あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(22)5.エンドポイントマネージメントと閾値下凝固エネルギーの最適化についてレーザーによる侵襲の程度は凝固斑が凝固直後に見えない閾値下凝固の条件で施行された場合でも何らかの網膜の組織変化が発生しているものと考えられている.この侵襲は術後に蛍光眼底造影(FA)や自発蛍光,OCTなどで確認可能である.また,動物実験では細胞死のマーカーを使用して確認することも可能である.しかし,閾値下凝固の凝固条件と侵襲の程度の関係についてはこれまであまり知られていなかった.閾値下凝固は凝固斑が見えない条件で行う治療であるが,侵襲が極端に少ないと治療効果が期待できず,治療効果が期待できる最低の条件から,凝固斑が後日確認できるやや強めの条件まで,凝固条件の設定範囲にはある一定の幅がある.安全な条件でかつ治療効果が期待できるエネルギー設定の領域は限られてくる.エンドポイントマネージメントとはトプコン社が開発したパターンスキャンレーザーによるマイクロパルスを用いない閾値下凝固の適正条件を決定するプログラミングである.このプログラミングは動物実験による組織侵襲の評価と物理の法則に基づき,レーザーの侵襲の程度を定量化し,閾値下凝固のエネルギー(%)に適合する凝固条件を自動的に計算するソフトウェアである.レーザーの侵襲は出力と時間という2つのパラメータで決定されるが,エンドポイントマネージメントを用いることにより,術者の望む閾値下凝固の条件を自動的に計算し提供してくれる.まだ,臨床データが少ないので最適条件の確立や長期の安全性の検証は今後の課題であるが,閾値下凝固の条件を理論的根拠に基づいて設定することができるソフトウェアとして注目すべきものである.III画像診断の進歩とレーザーへの応用糖尿病黄斑浮腫のレーザー治療は,ETDRSの時代は,立体眼底写真で,浮腫を観察し,さらにFAにより漏出部位や血管閉塞を描出し,施行されていた.近年OCTが開発され,黄斑浮腫の部位を明瞭に視覚的に描出可能となった.OCTの導入により糖尿病黄斑浮腫の病態の解明が進んだことに加え,OCTの普及は光凝固を施行する際の治療計画や術後評価に貢献している.このようワーで照射できることが特徴である.また,マイクロパルスと直接凝固の併用療法13)も可能であり,汎網膜光凝固も同時に施行できる.最近IQ577TMにパターンが搭載され,閾値下凝固がより安全に確実に行えるようになった(図1).IQ577TMの登場により,マイクロパルス閾値下凝固が術者にとってより身近なものになったといえよう.4.格子状凝固のパターン化への進歩格子状凝固は,かつては,凝固部位が明瞭に描出される条件で行っていたため,術者にとって,凝固部位を見失うことはなかった.しかし,近年,閾値凝固や閾値下凝固など,術直後に凝固部位を明瞭に判別できない低侵襲レーザーが普及し始め,術者にとっては,レーザー照射部位を記憶しながら行うという困難がつきまとっていた.しかし,近年,超短時間に複数の凝固斑を置けるパターンスキャンレーザーが開発された.パターンスキャンレーザーの第1号機はPASCALR(現在トプコン社)であるが,その後複数の会社が同様なレーザーを販売している.パターンスキャンレーザーの特徴は,1回の照射で複数の凝固斑をパターンにて照射するシステムであり,汎網膜光凝固を短時間で終了させたり,高出力短時間照射であるため,外層選択的な照射ができ,疼痛が少ない,低侵襲であるなど,さまざまなメリットがあるレーザー機器である.黄斑部の格子状凝固のパターンも,サークル,半円やスクエアなど,さまざまな選択肢があり(図2),閾値凝固,閾値下凝固ともにパターンを用いることで術者の負担は軽減した.固視目標がついているタイプでは中心窩の誤照射を避けることも可能である.また,トプコン社のエンドポイントマネージメントを用いることにより,パターンの端に閾値凝固のランドマークを照射することが可能であり,レーザー照射した部位の確認に有用である(図2).パターンレーザーは短時間照射であるため凝固斑は拡大せず,むしろ縮小傾向14)である.このため通常のグリッドと異なりスペーシングをややつめたほうがよい.パターンスキャンレーザーによる格子状凝固の臨床効果に関する報告は少ないが,短期的には浮腫の減少に効果があったとの報告14)もある.多数例での臨床研究はいまだ報告されていない. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141103(23)な画像診断の進歩は,レーザー治療機器と融合し,後述するナビゲーションシステムを用いたレーザー機器に応用されている.また,近年SD-OCTを用いて凝固部位の断層像を描出することができるようになった.Inaga-kiら13)は,OCTを用いて,格子状凝固の3つの方法,従来のグリッド(閾値凝固),パターンスキャンレーザーによるグリッド,マイクロパルス閾値下凝固で施行されたレーザーの凝固斑を観察し,パターンスキャンレーザーでは外層のみの凝固であり,また継時的に網膜外層の修復が観察されたことを報告している.このようにOCTは照射条件を設定する際の観察ツールとしても有用である.IVナビゲーションシステムを用いたレーザー(NavilasR)ナビゲーションシステムとは,外科手術の際に患者位置と手術器具の位置関係を表示することを目的とした医療機器であり,脳神経外科領域では磁気共鳴画像(MRI)などの画像を術前術中に表示するナビゲーションユニットとして用いられている.眼科領域では,エキシマレーザーに初めてアイトラッキングシステムとして導入された.眼底のレーザー機器としては,初めてOD-OS社がナビゲーションシステムを応用したレーザー照射システムを開発し,NavilasRとして2009年に発売した(図3).シングル,パターンさまざまなモードが選択できる機械である.日本での薬事承認は2014年2月である.現在は532nm短波長のみであるが,海外では2014年4月に577nmでマイクロパルス搭載した機械が発売されている.1.NavilasRのナビゲーションシステムとはNavilasRは指定された照射部位に自動的にレーザー光をナビゲートし照射するシステムでスリットランプを用いない新しいタイプのレーザー機器である.術者は眼底写真や蛍光眼底写真,OCTなどの画像データを患者の眼底イメージ画像に重ね合わせ,レーザー照射部位と条件をあらかじめ設定した治療計画図を作成し,あとは機械が指定された位置に自動的にレーザーを照射する(図3).これまでレーザー治療は術者が眼底を観察しながら手動で照射していたが,このシステムはこれまでの常識を覆す新しいシステムである.このシステムの登場により,これまで術者の経験に頼っていた部分が,治療の標準化や治療の質のコントロールに貢献するものと期待されている.2.NavilasRの特徴最大のメリットは,さまざまな画像診断ツールを用いて適切に照射計画を立てることができることである.たとえば,毛細血管瘤の直接凝固の際はFAにて漏出している部位が対象となるが,実際に漏出部位を確認しながら照射することは,これまでのレーザー機器では困難であった.しかし,このシステムを用いると,FA写真上で照射部位を指定することができるため,確実に漏出している毛細血管瘤のみにターゲットを絞って凝固することが可能となるため,再治療率が減少すると報告されている15).また,OCTの画像を重ねることにより,浮腫の存在する部分のみにターゲットを絞った格子状凝固が可能である.また,安全性の点でも優れた機械でアイトラッキングシステムを用いて正確に狙った位置に照射したり,中心窩や視神経乳頭周囲などにsafetyzoneを設定することで誤照射の回避が可能となる.また,照射中の眼底観察がIR画像であるため,術中の患者の羞明が軽減されることや,無散瞳でも治療可能であることなどメリットは少なくない.その一方,術者がレーザー照射中にレーザー痕を直接観察することができず,タイトレーションモードによる照射直後のカラー眼底撮影によってのみ確認できることや,また準備や操作に時間がかかり,画像のインストールなどに2.3分要すること,照射が始まると途中でパラメータを変更することが困難で,現時点ではパワーのみ変更可能であること,術者がこれまで慣れ親しんできたスリットランプとは異なり,眼底カメラの操作に習熟を要するなど,今後の課題も多い.しかし,次世代レーザー治療システムとして今後の発展が期待されるところである.3.レーザー治療の透明性と遠隔治療への期待今後,閾値下凝固など凝固斑が見えない光凝固が発展すると,照射した部位を記録として保存する適切な方法kiら13)は,OCTを用いて,格子状凝固の3つの方法,従来のグリッド(閾値凝固),パターンスキャンレーザーによるグリッド,マイクロパルス閾値下凝固で施行されたレーザーの凝固斑を観察し,パターンスキャンレーザーでは外層のみの凝固であり,また継時的に網膜外層の修復が観察されたことを報告している.このようにOCTは照射条件を設定する際の観察ツールとしても有用である.IVナビゲーションシステムを用いたレーザー(NavilasR)ナビゲーションシステムとは,外科手術の際に患者位置と手術器具の位置関係を表示することを目的とした医療機器であり,脳神経外科領域では磁気共鳴画像(MRI)などの画像を術前術中に表示するナビゲーションユニットとして用いられている.眼科領域では,エキシマレーザーに初めてアイトラッキングシステムとして導入された.眼底のレーザー機器としては,初めてOD-OS社がナビゲーションシステムを応用したレーザー照射システムを開発し,NavilasRとして2009年に発売した(図3).シングル,パターンさまざまなモードが選択できる機械である.日本での薬事承認は2014年2月である.現在は532nm短波長のみであるが,海外では2014年4月に577nmでマイクロパルス搭載した機械が発売されている.1.NavilasRのナビゲーションシステムとはNavilasRは指定された照射部位に自動的にレーザー光をナビゲートし照射するシステムでスリットランプを用いない新しいタイプのレーザー機器である.術者は眼底写真や蛍光眼底写真,OCTなどの画像データを患者の眼底イメージ画像に重ね合わせ,レーザー照射部位と条件をあらかじめ設定した治療計画図を作成し,あとは機械が指定された位置に自動的にレーザーを照射する(図3).これまでレーザー治療は術者が眼底を観察しな(23)がら手動で照射していたが,このシステムはこれまでの常識を覆す新しいシステムである.このシステムの登場により,これまで術者の経験に頼っていた部分が,治療の標準化や治療の質のコントロールに貢献するものと期待されている.2.NavilasRの特徴最大のメリットは,さまざまな画像診断ツールを用いて適切に照射計画を立てることができることである.たとえば,毛細血管瘤の直接凝固の際はFAにて漏出している部位が対象となるが,実際に漏出部位を確認しながら照射することは,これまでのレーザー機器では困難であった.しかし,このシステムを用いると,FA写真上で照射部位を指定することができるため,確実に漏出している毛細血管瘤のみにターゲットを絞って凝固することが可能となるため,再治療率が減少すると報告されている15).また,OCTの画像を重ねることにより,浮腫の存在する部分のみにターゲットを絞った格子状凝固が可能である.また,安全性の点でも優れた機械でアイトラッキングシステムを用いて正確に狙った位置に照射したり,中心窩や視神経乳頭周囲などにsafetyzoneを設定することで誤照射の回避が可能となる.また,照射中の眼底観察がIR画像であるため,術中の患者の羞明が軽減されることや,無散瞳でも治療可能であることなどメリットは少なくない.その一方,術者がレーザー照射中にレーザー痕を直接観察することができず,タイトレーションモードによる照射直後のカラー眼底撮影によってのみ確認できることや,また準備や操作に時間がかかり,画像のインストールなどに2.3分要すること,照射が始まると途中でパラメータを変更することが困難で,現時点ではパワーのみ変更可能であること,術者がこれまで慣れ親しんできたスリットランプとは異なり,眼底カメラの操作に習熟を要するなど,今後の課題も多い.しかし,次世代レーザー治療システムとして今後の発展が期待されるところである.3.レーザー治療の透明性と遠隔治療への期待今後,閾値下凝固など凝固斑が見えない光凝固が発展すると,照射した部位を記録として保存する適切な方法あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141103 1104あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(24)を構築することが課題となってくる.しかし,これまでのスリットランプによる従来型のレーザー照射では,レーザー治療の施行部位やその条件など,たとえ写真撮影で記録を残しても術者しか知りえない情報が多く,また正確な記録を残すことが事実上不可能であった.また,術者間でレーザーの計画を共有することもできなかった.しかし,NavilasRによる治療は,手術計画図をあらかじめ術者間で共有したり,術後も照射部位の正確な手術記録の保存が可能である.このようにナビゲーションシステムを用いたレーザーシステムの発展はレーザー治療の透明性の向上に貢献するものと思われる.また,遠隔治療への期待など,この新しいレーザーシステムは今後もさらに発展するものと期待される.おわりに糖尿病黄斑浮腫治療は最近わが国でも承認されたVEGF阻害薬による治療がレーザー単独治療より成績が良好との結果から,今日VEGF阻害薬が治療の中心となりつつある.しかし,注射を連続することによる患者の経済的,社会的負担や,注射による全身への影響を懸念して,レーザー治療を上手に組み合わせることにより,注射の回数を減少させることが期待されている.今後レーザーで治療すべき部分はしっかり治療することが,患者負担の減少につながるものと思われる.文献1)PatzA,SchatzH,BerkowJWetal:Macularedema─anoverlookedcomplicationofdiabeticretinopathy.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol77:34-42,19732)WhitelockeRAF,KearnsM,BlachRKetal:Thediabeticmaculopathies.TransOphthalmolSocUK99:314-320,19793)EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol103:1796-1806,19854)SinclairSH,AlanizR,PrestiP:Lasertreatmentofdiabet-icmacularedema:ComparisonofETDRSleveltreatmentwiththresholdleveltreatmentbyusinghighcontrastdis-criminantcentralvisualfieldtesting.SeminOphthalmol14:214-222,19995)FribergTR,KaratzaEC:Thetreatmentofmaculardis-easeusingamicropulsedandcontinuouswave810-nmdiodelaser.Ophthalmology104:2030-2038,19976)大越貴志子:糖尿病性黄浮腫の光凝固療法─低出力広間隔格子状光凝固.眼紀52:104-111,20017)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20078)RoiderJ:Lasertreatmentofretinaldiseasesbysub-thresholdlasereffects.SeminOphthalmol14:19-26,19999)LavinskyD,SramekC,WangJetal:Subvisibleretinallasertherapy:titrationalgorithmandtissueresponse.Retina34:87-97,201410)SramekC,MackanosM,SpitlerRetal:Non-damagingretinalphototherapy:Dynamicrangeofheatshockpro-teinexpression.Retina52:1780-1787,201111)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJap-anese.AmJOphthalmol149:133-139,201012)LavinskyD,CardilloJA,MeloLAJretal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.InvestOphtalmolVisSci52:4614-4323,201113)InagakiK,IsedaA,OhkoshiK:Subthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationcombinedwithdirectphoto-coagulationfordiabeticmacularedemainJapanesepatients.NihonGannkaGakkaiZasshi116:568-574,201214)JainA,CollenJ,KainesAetal:Short-durationfocalpat-terngridmacularphotocoagulationfordiabeticmacularedema:four-monthoutcomes.Retina30:1622-1626,201015)NeubauerAS,LangerJ,LieglRetal:Navigatedmacularlaserdecreasesretreatmentratefordiabeticmacularedema:acomparisonwithconventionalmacularlaser.ClinOphthalmol7:121-128,2013

糖尿病網膜症の手術治療の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1089.1095,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1089.1095,2014糖尿病網膜症の手術治療の進歩ProgressiveSurgicalStrategyforProliferativeDiabeticRetinopathy西塚弘一*はじめに近年の硝子体手術システムの進歩は目覚ましく,従来に比べて手術治療の技術的ハードルは低くなり,数多くの術者による網膜硝子体疾患の治療を可能にしている.増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に対する硝子体手術治療も,小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS),広角観察システム,シャンデリア照明による双手法などの進歩により治療成績は向上しているが,依然として難治例も数多く存在する1).硝子体手術への技術的ハードルが低くなったことにより,安易な手術が施行され病態が重篤化した症例も散見される.本稿では現在の硝子体手術の進歩におけるPDRの手術治療の基本的な考え方について述べる.I糖尿病網膜症の病態PDRの治療を考えるうえで,糖尿病網膜症の基本的な病態2)の理解が重要である.糖尿病網膜症は,慢性高血糖を特徴とするさまざまな代謝異常(ポリオール代謝経路の亢進,プロテインキナーゼCの活性化,酸化ストレスの増加,蛋白質の非酵素的糖化後期反応生成物の増加)が起こることにより網膜の血管,組織の障害を惹起し網膜症が進展していくと考えられている.毛細血管などの閉塞により網膜虚血・低酸素状態となると,虚血領域からは血管新生促進因子(VEGF)をはじめとするサイトカインが分泌され,新生血管が発生する.国際重症度分類では,網膜症なしに加えて,新生血管や網膜前・硝子体出血といった臨床上重要な病態が起こる前の段階(非増殖糖尿病網膜症)と,あとの状態(増殖糖尿病網膜症)と3つに分類し,臨床現場で病態のおおまかな進展を捉えるうえで簡便に用いることができる3).増殖糖尿病時期には眼内に新生血管が発生し,眼内の硝子体の牽引により容易に出血し,硝子体出血や網膜前出血を引き起こす.網膜の表面には病的な増殖膜が形成され,進行すると網膜を牽引して網膜.離を引き起こす.さらに病態が悪化すると新生血管は眼内の水の流れの排出路である隅角にも発生し,非常に難治な眼圧上昇を伴う血管新生緑内障を引き起こす.PDRの手術加療においてはこれらの病態を踏まえて,個々の症例における治療の目的を考える必要がある.II手術適応PDRの治療の基本としては汎網膜光凝固が第一選択となる.治療目標は病態の進行抑制であるが,特に優先すべきことは眼球の維持にかかわる血管新生緑内障への移行の阻止であり,この点は常に念頭に置いて診療を行うことが重要である.そのうえで視力にかかわる出血,網膜.離の病態を攻略していく必要がある.光凝固の時期を逸したり(図1),光凝固を施行してもしばしば病態の進行が抑制できないときは硝子体手術が唯一の治療方法となる.以下に手術適応の病態の概略を述べる.*KoichiNishitsuka:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕西塚弘一:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(9)1089 1090あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(10)まり起こっていないことにおおよそ等しいため,手術の難易度は意外に高い.出血を見たときから治療が始まるため,早期の専門施設への紹介が肝要である.2.網膜.離牽引性網膜.離が黄斑部に及ぶ場合(図2a)は,可及的速やかに手術を施行することが望ましい.これに比べて黄斑部に及ばない牽引性網膜.離の症例では,手術治療の決断までに時間的余裕がありその間に種々の検査や汎網膜光凝固が行える.裂孔を併発した牽引性網膜.離(図2b)は急速に網膜.離が進行するため,早期に硝子体手術を施行する必要がある.1.出血硝子体出血はPDRのみならずさまざまな原因疾患の可能性があり,特に裂孔原性網膜.離を合併している場合は自然吸収を待っている間に病態が増悪する恐れがある.よって硝子体出血の症例はこのことを踏まえたBモード超音波検査が重要で,原因不明のときや網膜.離の合併が少しでも疑われる場合は早期手術が望ましい.黄斑部網膜前出血(図1a)は自然吸収することもあるが,なかなか吸収しない場合は硝子体手術の適応となる.硝子体出血よりは眼内の病態が比較的把握できるため,治療決定までの時間に比較的余裕がある.この間に蛍光眼底検査や汎網膜光凝固を行うことが重要である.網膜前出血が存在するということは後部硝子体.離があab図1増殖糖尿病網膜症a:40代女性.網膜前出血を認める.蛍光眼底造影にて無血管領域,新生血管,光凝固不足を認めた.b:コンプライアンス不良症例にて治療機会を逸した.6カ月後に視力低下を主訴に来院した.増殖膜,牽引性網膜.離を伴う病態の悪化を認めた.ab図2網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症a:黄斑部に及ぶ牽引性網膜.離を伴った増殖糖尿病網膜症.b:裂孔(矢印)を併発した牽引性網膜.離症例.ab図1増殖糖尿病網膜症a:40代女性.網膜前出血を認める.蛍光眼底造影にて無血管領域,新生血管,光凝固不足を認めた.b:コンプライアンス不良症例にて治療機会を逸した.6カ月後に視力低下を主訴に来院した.増殖膜,牽引性網膜.離を伴う病態の悪化を認めた.ab図2網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症a:黄斑部に及ぶ牽引性網膜.離を伴った増殖糖尿病網膜症.b:裂孔(矢印)を併発した牽引性網膜.離症例. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141091(11)ってしまうと裂孔が容易に拡大し,急速に網膜.離が進行する危険がある.特に網膜.離の領域での医原性裂孔については細心の注意が必要である.医原性裂孔を防ぐためには正しい手術手技に加えてさまざまな手術観察系を使い分けることが重要である.1.手術観察系手術観察系としては従来の接触型コンタクトレンズに加えて,MIVSの進化に伴い広角観察システムもおもな選択肢となっている(図3a,b).コンタクトレンズによる観察系は立体感に優れ,従来の20ゲージ手術の頃から標準的なものとなっている.広角観察システムでは名のとおり広い術野を得ることができ,周辺部と後極部のつながりが把握しやすい.散瞳不良症例でも眼内の観察3.血管新生緑内障治療の基本はまず可能な限り汎網膜光凝固を行うことである.そのうえで眼底に出血や網膜.離を認める場合は硝子体手術を行う.眼圧上昇に対しては種々の緑内障点眼薬を併用し,それでも治療に抵抗する場合は,緑内障専門医による治療が望ましい.筆者の施設では外科治療としてトラベクレクトミーやバルベルトRを用いたチューブシャント手術を施行している.III手術手技PDRの硝子体手術を考えるうえで最も重要なことの一つが医原性裂孔を作らないことである.PDRの大部分の症例は不完全後部硝子体.離眼であるため,さまざまな牽引が網膜に存在する.この状態で医原性裂孔を作acbd図3手術観察系a:硝子体コンタクトレンズ下の術野.b:広角観察システムによる術野.c:顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による前部硝子体の観察.d:スリット照明を併用した強膜圧迫による周辺部硝子体の観察.acbd図3手術観察系a:硝子体コンタクトレンズ下の術野.b:広角観察システムによる術野.c:顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による前部硝子体の観察.d:スリット照明を併用した強膜圧迫による周辺部硝子体の観察. 1092あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(12)不完全後部硝子体眼であり,硝子体可視化剤を併用した注意深い観察と処理が必要である.牽引性網膜.離の症例や増殖膜の処理が必要な症例において,周辺部に後部硝子体.離が起こっている場合には,後極部への手術操作の前に硝子体円錐を切除して病態への前後方向の牽引を解除する(図4).後部硝子体.離のまったく起こっていない症例においては,増殖膜と網膜に強い癒着を考慮していないと手術操作にて容易に医原性裂孔を生じるので,注意が必要である.b.増殖膜の処理増殖膜の処理を考えるうえでまず増殖膜の基本構造を押さえておく必要がある.増殖膜は一見すると網膜と水平に面状に接着して存在しているように見えるが,実際にはepicenterとよばれる網膜硝子体癒着部位によって点状に接着している(図5).硝子体手術における膜処理の基本としては,膜を単純に引っ張って.がす手技である膜.離(membranepeeling,以下peeling),網膜の癒着部位の間をを避けて膜を切断し断片化する膜分割(membranesegmentation,以下segmentation),網膜癒着部位を直接切断し,増殖膜と網膜を分層していく膜分層(membranedelamination,以下delamination)がある.Peelingは最も単純な手技であるが,PDRにおける増殖膜はpeelingによって簡単に網膜から.がせる場合と,医原性裂孔を形成してしまう場合がある.PDRの治療においてはpeelingを必要最小限に行うことが,医原性裂孔を作らないためにも重要である.Segmentationは20ゲージ硝子体手術の頃では垂直剪刀によって行われていた.増殖膜と網膜の隙間に剪刀を入れ,確実に増殖膜だけを切断しながら分割してく方法である.確実に施行することにより医原性裂孔の形成を防ぐ最も安全な手技である.MIVSではカッターの先端を垂直剪刀に見立てて同様の処理が可能である.また,小さく分割された増殖膜は容易にカッターにて処理が可能である.ほとんどの増殖膜はこの方法で処理が可能で,MIVSにおける膜処理では最も安全な方法である(図6).Delaminationは20ゲージ硝子体手術の時代では,垂直剪刀にて分割された膜に対して水平剪刀によって行わが比較的容易に行えることはメリットである.周辺部の硝子体をより立体的に捉えたい場合は,顕微鏡同軸照明下での強膜圧迫による観察(図3c)や,スリット照明を併用(図3d)するとより詳細に術野を確保できる.前眼部透見不良症例においては眼内視鏡が有用となる可能性がある4).医原性裂孔を作らないためには,手術手技に合わせて術者に合った最良の観察系を用いていかに安全な手技を全うするかが重要である.2.手術手技a.硝子体切除単純な出血のみの症例では,単純硝子体切除のみで視力の回復が得られる.しかし,PDRの大部分の症例は図4硝子体円錐の切除後部硝子体.離が起こっている場合は,硝子体円錐と捉えてカッターで切除する(矢印).前後方向の牽引を解除することにより,その後の後極の眼内操作が安全に行える.ab図4硝子体円錐の切除後部硝子体.離が起こっている場合は,硝子体円錐と捉えてカッターで切除する(矢印).前後方向の牽引を解除することにより,その後の後極の眼内操作が安全に行える.ab 膜分割膜分層(membranesegmentation)(membranedelamination)(membranedelamination)硝子体カッター鑷子剪刀増殖膜Epicenter網膜図5膜分割と膜分層膜分割ではカッターの先端を垂直剪刀に見立ててepicenterとepicenterの間のスペースを探りながら確実に増殖膜を切断,分割していく.膜分層では4ポートシステムを利用し,双手法にて行う. 1094あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(14)IV術後合併症1.出血PDRの硝子体手術後の早期出血の原因としては初回手術時の不十分な硝子体郭清や増殖膜処理,晩期出血の原因としては強膜創新生血管が多い.単純な出血であれば自然に消退することもあるが,その間は常に眼内での網膜.離の発症を考えながら超音波検査を併用して注意深く観察する.強膜創新生血管(図7)からの出血は術後1カ月以降に起こることが多い1).病態の活動性が高く,治療困難な症例となる.ab図6MIVSにおけるカッターによるsegmentation一見すると面状にみえる増殖膜も,epicenterによって点状に接着しているため,カッターを小刻みに動かしながらゆっくりとsegmentationを続けることにより安全に増殖膜の処理が可能である.acb図7強膜創新生血管a:内視鏡による強膜創新生血管の所見.内視鏡を用いると観察は容易に行える.b:眼球圧迫にスリット照明などを用いて病変を立体的に捉えながら処置する.c:内視鏡による強膜創新生血管の処置後の所見.光凝固を追加した.ab図6MIVSにおけるカッターによるsegmentation一見すると面状にみえる増殖膜も,epicenterによって点状に接着しているため,カッターを小刻みに動かしながらゆっくりとsegmentationを続けることにより安全に増殖膜の処理が可能である.acb図7強膜創新生血管a:内視鏡による強膜創新生血管の所見.内視鏡を用いると観察は容易に行える.b:眼球圧迫にスリット照明などを用いて病変を立体的に捉えながら処置する.c:内視鏡による強膜創新生血管の処置後の所見.光凝固を追加した. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141095(15)2.網膜.離初回手術時の医原性裂孔の不十分な処置が原因となったり,裂孔周辺の不十分な硝子体・増殖膜の処理が原因となる.不確実な増殖膜の処理による牽引の残存や新裂孔の形成もありうる.一般に硝子体手術後の網膜.離は進行が速いため,早期の再手術が必要である.3.血管新生緑内障手術前より虹彩ルベオーシスを認める症例や,病態の活動性が高いと思われる症例では手術中に徹底的な網膜光凝固を行う必要がある.術中合併症のために網膜光凝固が十分にできなかった症例は発症のリスクが高い.PDRに対する手術では,血管新生緑内障の発症をいかに防ぐかを常に念頭に置くことが重要である.おわりに硝子体手術機器の進歩と手術器具の剛性化により,MIVSによる手術適応は黄斑円孔や黄斑前膜にとどまらず裂孔原性網膜.離やPDRなどの難症例にまで広がった.広角観察システムもMIVSの進化を担う主役であり,現在広く普及している.しかし,詳細な立体視が求められる増殖膜の処理や,詳細な網膜と硝子体の位置関係を把握する際は,従来の接触型コンタクトレンズによる観察系が優れており手術場面に応じて使い分けることは重要である.増殖膜の処理は従来の20ゲージ硝子体手術の時代から垂直剪刀や水平剪刀を用いた安全な処理法がすでに確立していた.しかし難易度が高く,術者の技量により術後成績が大きく左右されていたと思われる.MIVSの進歩により,ほとんどの処理が硝子体カッターで可能となり,器具の出し入れによる鋸状縁の損傷が少なくなった.つまり現時点でのPDRにおける手術治療の進歩とは,MIVSでこれまで治療が困難であった症例の治療が可能になったというよりは,多くの術者が器械や器具の進歩によってより安全に手術ができるようになったということであろう.筆者の施設でPDRの病態は複雑で,いまだに困難な症例も存在するため,器械や器具の進化だけにたよらず基本をしっかり押さえて治療に取り組む必要がある.文献1)池田恒彦:【網膜硝子体疾患診療の進歩2012】治療手技の進歩糖尿病網膜症糖尿病網膜症の進展と治療戦略硝子体手術.あたらしい眼科29:127-132,20122)NishitsukaK,YamashitaH:Managementofdiabeticreti-nopathyanddiabeticmaculopathyinelderlypatientswithdiabetesmellitus.NihonRinsho71:2005-93)YamashitaH:Internationalclinicaldiabeticretinopathyanddiabeticmacularedemadiseaseseverityscales.NihonGankaGakkaiZasshi107:110-113,20034)西塚弘一:【網膜硝子体疾患診療の進歩2012】治療手技の進歩硝子体手術の進歩内視鏡を用いた硝子体手術.あたらしい眼科29:204-208,20125)山根真:【難症例に対する極小切開硝子体手術】増殖糖尿病網膜症(PDR).眼科手術26:28-32,2013

糖尿病網膜症の光凝固の進歩

2014年8月31日 日曜日

特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014特集●網膜血管疾患アップデートあたらしい眼科31(8):1083.1088,2014糖尿病網膜症の光凝固の進歩EvolvingRetinalLaserTherapyforDiabeticRetinopathy平野隆雄*村田敏規*はじめに網膜光凝固で用いられるレーザー(lightamplificationbystimulatedemissionofradiation:LASER)光は固体・液体・気体・半導体などさまざまな活性物質を励起することにより発生し,使用する活性物質によって発振される波長は異なってくる1).眼科領域では早くからキセノン光凝固装置が導入され,1960年代にはMeyerらが網膜疾患の治療としての網膜レーザー光凝固の有効性について報告している2).その後,1971年にはアルゴンレーザーが登場し,DRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)やETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)4)といった無作為化対象比較試験により糖尿病網膜症の進行抑制における汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)の正当性が示された.その後もPRPを含めた網膜光凝固は糖尿病網膜症治療のスタンダードとして広く臨床の場で行われている.本稿では糖尿病網膜症に対する網膜光凝固治療の適応と実施基準,さらにはショートパルス・高出力を特徴としたパターンスキャンレーザー網膜光凝固装置や合併症を減らすため薬物療法を併用したPRPなどについてまとめてみたい.(なお,糖尿病黄斑浮腫光凝固の詳細については本特集で大越貴志子先生が解説されているので,そちらを参照されたい.)I糖尿病網膜症に対する網膜光凝固の適応と実施基準増殖糖尿病網膜症患者に対するPRPが経過観察群に比べて,重度視力低下(視力<5/200と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)3)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを減少させることを明らかにしたETDRS4)といった無作為化対象比較試験のエビデンスをうけ,欧米ではDRSで示されたハイリスクな増殖糖尿病網膜症(①1/4.1/3乳頭径を超える乳頭上新生血管,②網膜前出血・硝子体出血を伴う乳頭上新生血管または1/2乳頭径を超える網膜上新生血管,③1乳頭径を超える硝子体出血または網膜前出血のいずれかを認める症例)だけではなくETDRS分類で重症非増殖網膜症以上(出血・毛細血管瘤,網膜内細小血管異常,数珠状静脈異常の所見のうち,3分の2以上を認める症例)に進行した病期でのPRPの検討が推奨されている.さらに,血糖コントロール不良例や僚眼の増殖糖尿病網膜症経過不良例といった病期進行と治療抵抗性のリスクが上昇する可能性がある要因を伴う症例では,より早期からのPRPの検討が必要とされている3).わが国では1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応と実施基準が厚生省から示されている(表1)5).わが国における光凝固の適応の標準的なものの一つと考え*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1083 表1糖尿病網膜症の光凝固適用および実施基準1.単純網膜症では,黄斑浮腫の予防ないし治療,および,増殖化の予防が主要な目的である.具体的には,蛍光眼底造影で網膜血管に透過性亢進があり,特に黄斑またはその近接部位に透過性亢進があり,視力に影響しているときには積極的に光凝固が勧められる.眼底中間部に無血管領域があるときには,増殖前の状態である可能性が大きいので,この部位への光凝固を加える必要がある.2.増殖網膜症では,新生血管の退縮および,新しい新生血管の発生予防が光凝固の主目的になる.新生血管そのものを直接凝固することは必要ではなく,蛍光眼底造影で発見される無血管領域を主対象とし,無血管領域が3象限以上に存在する場合などでは,汎網膜光凝固を実施する.虹彩ルベオーシスのある場合にも,増殖網膜症に準じた扱いをする.3.既に硝子体網膜間に癒着があり,牽引性網膜.離や硝子体出血が発症しているときには,光凝固のみではこれを治療しがたい.光凝固のみで糖尿病網膜症すべてを有効に治療できると過信してはならず,このような場合には,硝子体手術を前提として光凝固を実施する.(文献5より) あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141085(5)0.1秒以上の長い凝固時間の場合,熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際に,すべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさがあげられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている13).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レンズにより圧迫を加えることで止血されることが多い.パターンスキャンでは凝固斑が経時的に縮小することが報告されている12).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較の一つであるMC-500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図1のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった10).2.注意点上述したように多くの利点があげられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと11)と凝固斑の経時的縮小12)があげられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表わす.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている13).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つあげられる.1つ目の原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.012345678910従来照射群パターンスキャンレーザー群**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)0102030405060従来照射群パターンスキャンレーザー群(分)**p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)a:手術時間b:疼痛スコア図1従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取. 1086あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(6)による良好な結果が報告されている.1.トリアムシノロンを併用したPRP糖尿病黄斑浮腫の眼内ではIL(インターロイキン)-6やVEGFなどの炎症性サイトカインが上昇していることが知られている20).2002年にMartidisらは糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロン硝子体注射により黄斑浮腫が改善することを報告した21).以降,トリアムシノロン硝子体注射は糖尿病黄斑浮腫に対する治療法として一般的に行われるようになってきている.さらに,PRP術直後の炎症を抑制し,ひいては黄斑浮腫の合併を防ぐことを目的とした,PRP周術期におけるトリアムシノロン硝子体注射16)またはTenon.下注射17)併用による良好な治療成績が報告されている.欧米ではトリアムシノロン局所投与の方法として硝子体注射が一般的に行われているが,わが国では続発する眼圧上昇や白内障などの合併症リスクを軽減するためにTenon.下注射が選択されることが多い.そのような状況のなか,わが国でも2012年11月よりトリアムシノロンアセトニドで保険適用された製品のマキュエイドRが登場した.今後は長期間の治療効果や安全性についての報告が待たれる.して低いためと考えられる.そのため,パターンスキャンレーザーで行うPRPは従来照射条件と比較して治療効果が低いことが危惧される.しかし,パターンスキャンでPRPを行う際でもより高密度に多数の凝固(重症増殖糖尿病網膜症では平均6,924shots)を行うことにより増殖糖尿病網膜症でも最長18カ月の評価で十分に増殖糖尿病網膜症の病勢が抑制されたことが報告されている14).高密度に多数の凝固を行うためには凝固間隔を従来照射条件でよく用いられている1.2凝固斑ではなく0.5.0.75凝固斑と狭めに設定するとよい.実際にこの条件を用いてPRPを施行した自験例を図2に提示する.III薬物療法を併用した汎網膜光凝固PRPは細胞の変性壊死を目的としているため,凝固部位が瘢痕形成に至るまでに炎症が惹起されることは避けられない.そのため,PRP後の黄斑浮腫悪化による視力低下については多くの報告がなされ15),臨床の場でもPRP施行後の黄斑浮腫悪化による視力低下は少なからず見受けられる.近年,術直後の炎症を抑制する方法としてトリアムシノロン局所投与16,17)や抗VEGF(血管内皮細胞増殖因子)抗体硝子体注射を併用したPRP18,19)ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている.ab図2パターンスキャンレーザー(MC.500VixiR)を用いたPRP凝固条件〔波長:577nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,395〕にて治療後,半年の眼底写真(a)と蛍光眼底造影検査(b).整然と並ぶ凝固斑を認める.凝固斑は設定よりもやや縮小傾向であるが,凝固間隔をつめているため増殖性変化が抑制されている. あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141087(7)しながら,現在でも進歩をみせている治療ともいえる.本稿に述べたようにPRPの問題点であった手術時間の長さや手術時の患者疼痛はパターンスキャンレーザーの登場により軽減され,術後の黄斑浮腫や硝子体出血といった合併症はトリアムシノロンや抗VEGF抗体と併用することにより発生率が抑えられつつある.ただし,さまざまな工夫がなされている網膜光凝固治療ではあるが,いまだに難治性の症例があることは否めない.糖尿病網膜症に対する網膜光凝固のさらなる進歩が期待される.文献1)GordonJP:TheMaser─Newtypeofmicrowaveamplifier,frequencystandard,andspectrometer.PhysicalReview99:1264-1274,19552)Meyer-SchwickerathRE,SchottK:Diabeticretinopathyandphotocoagulation.AmJophthalmol66:597-603,19683)Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticreti-nopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.IntOphthal-molClin27:239-253,19874)Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.Ophthalmology98:766-785,19915)清水弘一:分担研究報告書:汎網膜光凝固治療による脈絡トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRPの自験例を図3に示す.2.抗VEGF抗体を併用したPRP加齢黄斑変性の治療薬として日常診療で盛んに使用されている抗VEGF抗体のラニビズマブ(ルセンティスR)が平成26年2月,糖尿病黄斑浮腫まで適応拡大され,抗VEGF療法が今後,糖尿病黄斑浮腫治療において中心的な役割を担うことが予想される.抗VEGF療法は糖尿病黄斑浮に対する良好な治療効果だけではなく,PRPと併用することによる術後の硝子体出血発生率の低下18)・術後早期の黄斑浮腫発生率の低下22)が報告されている.今まで糖尿病黄斑浮腫を伴う症例ではPRPを施行するタイミングが非常にむずかしかったが,まず抗VEGF抗体硝子体注射を行い,治療効果が持続する間にPRPを完遂することができれば,より効果的に安全な糖尿病網膜症治療を行える可能性があり今後の検討が待たれる.おわりに糖尿病網膜症に対する網膜光凝固はさまざまなエビデンスがあり,日常的に外来でも行われている治療法であるが,その適応を含めいまだ不確実な要素もある.しかabc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める.abc図3トリアムシノロンTenon.下注射を併用したPRP治療前のOCT所見(a)と凝固条件〔波長:532nm,凝固径(網膜上):400μm,凝固時間:0.02秒,凝固出力300.500mW,凝固間隔:0.5.0.75凝固斑,総凝固数4,286〕にてPRP治療後,3カ月のOCT所見(b)と眼底写真(c).トリアムシノロンTenon.下注射とfocal/grid凝固を併用することによりPRP後も黄斑浮腫の悪化はなく,むしろ改善傾向を認める. 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序説:網膜血管疾患アップデート

2014年8月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科31(8):1081,2014●序説あたらしい眼科31(8):1081,2014網膜血管疾患アップデートRetinalVascularDiseases:Update山下英俊*日本における視力障害の原因について,2007年4月.2010年3月に身体障害者診断書・意見書1)による調査が行われた.これによると,網膜血管疾患のなかで糖尿病網膜症が2位15.6%であった.世界での糖尿病網膜症の有病率はメタ解析によると糖尿病患者の約35%にのぼり,現時点で9,300万人が糖尿病網膜症を発症していると推計されている2).また,網膜静脈閉塞症の有病率は30歳以上の0.52%(人口1,000人あたり5.20人)にのぼる3).糖尿病網膜症と網膜静脈閉塞症は今日の日本において視力障害の原因として重大な問題となっている.この2つをこの特集号で取り上げて最新の治療法についてエキスパートの先生方に解説をお願いした.現在のタイミングで両疾患の治療をトピックスとしてとりあげ解説していただいたのは,以下のような理由がある.1.両疾患の分子病態研究が大きな進歩をし,その成果をもとに分子標的の絞り込みが行われ,薬物治療として有効で安全な治療薬が臨床の現場に導入された.すなわち,薬物治療としてのステロイド,抗VEGF薬が開発され,治療法としての有効性,安全性が疫学研究によりハイレベルのエビデンスとして証明されつつあること.2.薬物治療がこれまで確立されていな治療法としての光凝固,硝子体手術などのいわば外科的な治療法が加わったことにより,両疾患の多様な病態に対して多様な治療法からの選択ができるようになったこと.3.今後の課題としては,どのようにして多様な病態に適切な治療法を選択し,必要に応じて組み合わせるかにあること.本特集では,現在までの治療法(光凝固,手術治療,薬物治療)の進歩を明らかにして臨床現場での応用に資するとともに,今後の臨床的な課題を明らかにして,よりよい治療法開発を目指すステップとしたいと考えている.それぞれの項目についての現在の日本で考えられる最良のエキスパートの先生方の力作の総説を明日からの診療に役立てていただきたいと考えている.文献1)若生里奈,安川力,加藤亜紀ほか:日本における視覚障害の原因と現状.日眼会誌118:495-501,20142)JoanneWY.Yau,SophieRogers,RyoKawasakietal:Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20123)SophieRogers,RachelL.McIntosh,GradDJetal:ThePrevalenceofretinalveinocclusion:PooleddatafrompopulationstudiesfromtheUnitedStates,Europe,Asia,andAustralia.Ophthalmology117:313-319,2010*HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1081