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眼科医のための先端医療 150.血管成熟化の分子機構:血管とグリア細胞(アストロサイト)

2013年6月30日 日曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第150回◆眼科医のための先端医療山下英俊血管成熟化の分子機構:血管とグリア細胞(アストロサイト)崎元晋(大阪大学大学院医学系研究科眼科学)はじめに血管が安定化していることは生理的な体液循環にとって必要ですが,さまざまな病態の抑制にも重要です.血管の構造破綻により,透過性亢進による網膜浮腫・血管閉塞による虚血状態が起こり,これらは糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症など多くの網膜疾患の病態に影響します.血管内皮増殖因子(VEGF)は,内皮細胞の増殖や移動,血管の管腔形成に関連しますが,過剰なVEGFのみで形成された血管は,糖尿病網膜症での新生血管に代表されるように構造的に非常に不安定で容易に漏出を起こし,破綻します.血管成熟化とは?アペリンによる血管成熟化メカニズム生理的な状態や発生の段階でもVEGFは分泌されますが,正常の血管が形成される際に内皮細胞を裏打ちするのが,周皮細胞(ペリサイト)やアストロサイトです(図1).血管内皮細胞がVEGFによって刺激を受けるとG蛋白受容体であるAPJ受容体が発現します.さらアストロサイト(グリア細胞)タイトジャンクション血管内皮細胞基底膜周皮細胞(ペリサイト)血管内腔図1血管の構造網膜などの中枢神経系の毛細血管では,血管内皮細胞を周皮細胞(ペリサイト)やアストロサイトが裏打ちし,安定した血管構造をとる.(83)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYにTie2受容体の活性化が起こると,APJの結合因子である13アミノ酸からなるペプチドであるアペリンの発現が誘導され,血管内皮細胞でアペリンの発現上昇,さらにアペリンによる受容体APJの活性化によって血管の安定化が起こることが明らかにされました(図2)1).血管とアストロサイトそもそも網膜の生理的な血管新生(血管の発生)には,アストロサイトが必須であることが知られています.グリア細胞の一種であるアストロサイトはVEGFやマトリクスを供給し網膜血管新生を促進させます2).もともと未熟なアストロサイトはVEGFを強く発現し,血管新生を促進させますが,形成された血管自身によってアアンジオポエチン1Tie2受容体血管安定化APJ受容体アペリンVEカドヘリン発現上昇血管内皮細胞血管内皮細胞図2アペリン.APJシグナル血管内皮細胞では,アンジオポエチン1がTie2受容体を活性化し,アペリンが発現しAPJ受容体を活性化する.それによりVEカドヘリンの発現が上昇し,内皮細胞間の結合が増強し,血管が安定化する.VEGF↑VEGF↓LIFによる過剰な分化作用血管新生の抑制アペリンAPJ未分化なアストロサイト血管内皮細胞分化したアストロサイト図3アペリン.APJシグナルによるアストロサイトの成熟化のメカニズムアペリン/APJシグナルによって内皮細胞からLIFが分泌され,アストロサイトの成熟化が起こる.未分化なアストロサイトはVEGFを強く発現するが,分化することによってVEGFの発現が下がり,過剰な血管新生が起きないように調節される.あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013805 ストロサイトは成熟化し,VEGFは低下,それ以上の過剰な血管新生が起きないように調節をします.そのプロセスでは,血管内皮細胞で血管成熟化シグナルであるアペリン/APJシグナルが活性化し,内皮細胞から白血病阻止化因子(LIF)が分泌されます.LIFによってアストロサイトの成熟化が促進すると,VEGFの低下が起こり血管の安定化が起こることがわかりました(図3)3).おわりに血管成熟化シグナルであるアペリン/APJシグナルがLIFを介してアストロサイトの成熟化を促し,VEGFの低下を起こすことがわかりました.つまり血管の成熟化にかかわる因子が血管内皮細胞のみでのシグナル伝達で完結することなく,周囲の細胞を分化させることによって血管自身の安定化を起こすことが示されたのです.病的な血管新生に未熟なグリア細胞がどれほどかかわっているかは現時点では不明ですが,切除された糖尿病網膜症の線維血管増殖膜ではアペリン/APJシグナルの発現が報告され4),活性化したグリア細胞は血管新生を誘導することがヒト糖尿病網膜症の剖検例で明らかとなっています.今後の疾患モデルでの解析が進むことが期待されます.文献1)KidoyaH,UenoM,YamadaYetal:Spatialandtemporalroleoftheapelin/APJsysteminthecalibersizeregulationofbloodvesselsduringangiogenesis.EMBOJ27:522-534,20082)UemuraA,KusuharaS,WiegandSJetal:Tlxactsasaproangiogenicswitchbyregulatingextracellularassemblyoffibronectinmatricesinretinalastrocytes.JClinInvest116:369-377,20063)SakimotoS,KidoyaH,NaitoHetal:Aroleforendothelialcellsinpromotingthematurationofastrocytesthroughtheapelin/APJsysteminmice.Development139:13271335,20124)TaoY,LuQ,JiangYRetal:Apelininplasmaandvitreousandinfibrovascularretinalmembranesofpatientswithproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci51:4237-4242,2010■「血管成熟化の分子機構:血管とグリア細胞(アストロサイト)」を読んで■今回は大阪大学の崎元晋先生による血管新生の成分化させることによって血管自身の安定化を起こす分熟メカニズムについての解説です.眼科領域では糖尿子メカニズムです.臨床的にも,新生血管の「activi病網膜症などの網膜虚血に伴う網膜硝子体血管新生,ty」(出血しやすい,漏出が盛んであるなど)が低下血管新生緑内障にかかわる血管新生の分子メカニズムし,成熟化する過程では新生血管の周囲に線維性の増の研究が進展し,血管内皮増殖因子(VEGF)や炎症殖膜が形成されることを経験します.この増殖膜を電性サイトカインなど多くの因子が関与することが明ら子顕微鏡や組織化学的に観察するとグリア系の細胞のかになってきました.その成果につなげる血管新生の関与が報告されています.成熟については臨床的にはわれわれは経験します.すこのようにきわめて説得力があります.血管成熟化なわち,糖尿病網膜症にしても加齢黄斑変性にしてものメカニズムが明らかになると,今後の眼科医の治療光凝固などの治療をしつつ経過をみていますと出血,の幅が広がるのではないかと大いに期待されます.ま血管からの漏出などが減少し,いわば落ち着いていくたVEGFがこの成熟化の過程でどのような役割を果た過程を経験します.この血管の安定化過程を分子レベしているのかも大変興味深いところです.眼局所に高ルで解明することは治療の新しい分子標的を見出すこ濃度に存在すると血管新生がさらに進行していくと考とにもつながります.えますが,低下してほかのサイトカインと移り変わっ崎元先生の示されたモデル,すなわち,血管成熟化ていく際にある程度のクロストークがもしあれば,抗シグナルアペリン/APJシグナルが白血病阻止化因子VEGF薬でどこまでVEGF濃度を低下させるのがい(LIF)を介してアストロサイト(神経膠細胞)の成熟いかという議論をエビデンスをもって行えることにも化を促し,VEGFの低下を起こすというメカニズムなります.新しい展開が眼科医療,特に網膜硝子体疾は,血管の成熟化にかかわる因子が血管内皮細胞のみ患の分子病態と治療を変えていくことが期待されます.でのシグナル伝達で完結することなく,周囲の細胞を山形大学医学部眼科山下英俊806あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(84)

私の緑内障薬チョイス 1.ザラカム®とデュオトラバ®

2013年6月30日 日曜日

連載①私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載①私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也1.ザラカムRとデュオトラバR稲谷大福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学ザラカムRとデュオトラバRの長所は,1つの点眼ボトルで1日1回点眼なので,プロスタグランジン関連薬単剤処方の症例から,切り替えても点眼回数が変わらない点である.プロスタグランジン関連薬単剤で治療されている正常眼圧緑内障患者の眼圧を下げたいときに処方することをお勧めする.点眼回数で有利なザラカムRとデュオトラバR国内で販売されているプロスタグランジン関連薬とb遮断薬との配合剤は,ザラカムRとデュオトラバRの2種類である.ザラカムRは,ラタノプロストとチモロールとの配合剤で,デュオトラバRは,トラボプロストとチモロールとの配合剤である(図1).この2つの配合剤の一番の魅力は,プロスタグランジン関連薬とb遮断薬の2剤が含まれているのに,1日1回しか点眼しなくてすむことである.プロスタグランジン関連薬を点眼している正常眼圧緑内障患者に対して,さらに眼圧を下降させるには,b遮断薬を追加するのが最も多い治療選択肢であるが,チモロールを追加した場合,これまでの1本1日1回点眼から,2本1日3回点眼に増えてしまうのは患者にとってかなりの負担増になる(表1).チモロールの代わりに,点眼液に粘性を持たせ持続時間を長くした1日1回点眼のb遮断薬を処方したとしても,2本1日2回点眼でやはりプロスタグランジン関連薬1本1日1回点眼よりは毎日の点眼は面倒になってしまう.2種類のボトルの残量を管理することも煩雑性が増えてしまうかもしれない.眼科医の立場からも,診察の最後に次回の診察予約を取って,診察日の間隔を気図1ザラカムRとデュオトラバRザラカムRはキサラタンR,デュオトラバRはトラバタンズRにボトルが大変似ている.これなら,患者も点眼変更の抵抗感も少ないだろう.表1プロスタグランジン関連薬とb遮断薬併用療法の点眼ボトル数と用法比較点眼薬名プロスタグランジン関連薬とチモロールプロスタグランジン関連薬と長持続作用b遮断薬ザラカムRデュオトラバR点眼ボトル数221点眼回数/日321本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).(81)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20138030910-1810/13/\100/頁/JCOPY 表2プロスタグランジン関連薬,チモロールおよびその配合剤のpH点眼薬ラタノプロストトラボプロストチモロールザラカムRデュオトラバRpH6.5.6.95.76.5.7.55.8.6.26.5.7.0にしながら,2本の目薬の残量を患者にたずね,点眼薬の名前を覚えていない患者からはフタの色や袋の色から類推して処方するのは面倒なことであると,読者の先生方も普段の診療経験でお気づきであろう.ザラカムRとデュオトラバRなら,次回は3カ月後だから3本で足りますか?という感じで診療もスムーズである.眼圧下降とお勧めな症例プロスタグランジン関連薬を単剤で点眼している患者に,ザラカムRかデュオトラバRへ切り替えた場合,b遮断薬が含まれている分だけ,さらに眼圧下降が期待できる.ただし,せいぜいb遮断薬の眼圧下降の分しか期待できないから,異常に高眼圧な緑内障患者に対して,プロスタグランジン関連薬からザラカムRやデュオトラバRに切り替えても,あまり大きな眼圧下降は得られないと筆者は考えている.ザラカムRとデュオトラバRがぴったりな緑内障病型は,正常眼圧緑内障の患者で,プロスタグランジン関連薬を点眼し,眼圧が15.20mmHgぐらいで推移している症例に対して,今のアドヒアランスのままで,もう少し眼圧を下げたい患者にぴったりだと思う.このような症例では,長期にわたって点眼薬を続ける必要があるので,点眼回数や本数が少ないことはアドヒアランスの向上につながるし,たとえ1mmHgの眼圧の変化しかなくても何年にもわたるとボディブローのように効いてくる.おそらく,眼科の診療で通院している緑内障患者のタイプで,最も多いタイプがこのような正常眼圧緑内障患者ではないだろうか?外来で最も多いタイプの症例がザラカムR,デュオトラバRで,処方がすっきりしていると,眼科医にとっても外来診察がずいぶん楽になるはずである.ザラカムRかデュオトラバRか?ザラカムRとデュオトラバRをどのように使い分けるかについてであるが,ラタノプロストから切り替える患者にはザラカムR,トラボプロストから切り替える患者にはデュオトラバRにしている.点眼時間は,ザラカムRが夜1回,デュオトラバRは朝1回と指示している.ただし,ラタノプロストからザラカムRに切り替えた場合に,「新しい点眼薬はしみますね,痛いです」という差し心地に関する訴えが患者から出ることがある.これは,ザラカムRのpHがラタノプロストよりも酸性であることに起因していると思われる(表2).この場合は,デュオトラバRに変更することがあるが,ザラカムRよりもデュオトラバRのほうが日中に充血が目立つことは説明している.患者にも眼科医にも使い勝手のよい点眼薬なので,是非活用していただきたい.●804あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(82)

抗VEGF治療:Reduced Fluence光線力学的療法と抗VEGF薬

2013年6月30日 日曜日

●連載⑬抗VEGF治療セミナー─使用方法─監修=安川力髙橋寛二3.ReducedFluence光線力学的療法と山下彩奈香川大学医学部眼科学講座抗VEGF薬中心窩を含む滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療は,基本的に2011年に加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループが作成した治療アルゴリズムに則って行われる.筆者らの施設では,光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)を低照射エネルギーPDT(reducedfluencePDT)で行っており,その治療成績と抗VEGF薬単独療法,併用療法との比較について述べる.加齢黄斑変性(AMD)の治療選択中心窩を含む滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療は,基本的に2011年に加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループが作成した治療アルゴリズム1)に則って行い,典型AMDは抗VEGF薬,ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)は光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)あるいは抗VEGF薬またはPDT+抗VEGF薬併用療法,網膜内血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)はPDT+抗VEGF薬併用療法を選択する(図1).筆者らの施設では,PDTを単独療法でも併用療法でも基本的に低照射エネルギーPDT(reducedfluencePDT:RFPDT)で行っている.RFPDTの方法であるが,筆者らは,倍率1倍のコンタクトレンズ使用の設定で,実際は倍率1.44倍のレンズを使用することによって,光照射エネルギー量を通常の50J/cm2から25J/cm2に減らすことで実施している.その他,施設によっては照射時間を減らす方法,投与するベルテポルフィンを減量する方法で行われることもあるが効果の差は不明である.典型AMDに対する治療ANCHORstudy2)において,ルセンティス群で平均11.3文字の視力改善,PDT群で平均9.5文字の視力低下が報告され,国内におけるPDTガイドライン3)でも典型AMDに比べるとPCVのほうが治療成績が良いとされているように,典型AMDは抗VEGF薬療法による治療が効果的である.当科において,RFPDT施行にて12カ月経過観察で(79)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1加齢黄斑変性の治療指針(文献1より改変)中心窩を含む滲出型加齢黄斑変性(AMD)抗VEGF薬PDTあるいは抗VEGF薬または併用療法規定の間隔で経過観察(最高矯正視力,眼底検査,OCT)/維持期の追加治療PDT+抗VEGF薬併用療法典型AMDPCVRAPきた典型AMD症例15眼の治療後12カ月の視力不変・改善(logMAR0.3以上を変化とした場合)は80%で,平均logMAR視力の有意な改善は認めず,標準PDTと視力成績は変わらなかった.典型AMDの場合,2型脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を認める症例では,特に抗VEGF薬ではCNV縮小の効果が得られやすいが,PDTの場合,CNVが縮小することなく閉塞・瘢痕化するため,視力成績に差が出ると考えられる.PCVに対する治療PCVを対象にPDT単独群,ラニビズマブ単独群,両者併用群の比較をアジア5カ国で行ったEVERESTstudyでは,治療6カ月後のポリープ完全退縮の割合は,併用群(77.8%),PDT単独群(71.4%)で,ラニビズマブ単独群(28.6%)と比較して有意に高かったが,ベーあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013801 スラインからの最高矯正視力の変化量は各群間に有意差はなかったと報告された4).PDT単独療法については,PDTガイドラインでもPCVの治療成績が良いとされているが3),網膜下出血の合併症(4.5%)が報告されるなど,視力低下のリスクがあるため,視力良好例には適用しにくいとされている.しかし,当科において,PCV症例38眼に対するRFPDT単独療法の治療成績を2年間追跡した結果,平均logMAR視力は治療前0.43が治療後1年で0.28(p<0.0001),治療後2年で0.29(p=0.001)と改善しており,logMAR0.3以上の改善・不変の割合は36眼(95%)であり,さらに,治療前小数視力0.6以上の視力良好例13眼についても,治療後1年で有意に視力は改善し,治療後2年でも維持され,視力に影響する重篤な治療後出血もなかった5).また,EVERESTstudyに準じて行ったラニビズマブ併用RFPDTの1年成績は,平均logMAR視力は治療前0.49,治療後12カ月0.39とこちらも有意に改善(p=0.01),logMAR0.3以上の改善・不変の割合は35眼(92%)であったが,RFPDT単独療法とラニビズマブ併用RFPDTの1年成績を比較したところ〔治療前における年齢,最大直径(greatestlineardimension:GLD),logMAR視力,フルオレセイン蛍光造影(fluoresceinangiography:FA)による病変タイプは両群間に有意差なし),1年の経過観察期間では両者の治療成績に有意差はなかった(図2).抗VEGF薬単独療法は,視力改善・維持に有用であるものの,ポリープ閉塞率はPDTに比べて劣るという報告が多い.しかしながら,治療後の視力低下をきたすリスクが低いことから,視力良好例などでは良い適用となる.RAPに対する治療RAPには少ない治療回数で高い治療効果を得るため,視力良好例を除き,PDT+抗VEGF薬併用療法が推奨されている.当科ではラニビズマブ硝子体注射(IVR)+RFPDTの併用療法を行っており,19眼(stageII:13眼,stageIII:3眼)の1年成績は,平均logMAR視0.80.60.40.20-0.2-0.4-0.6単独群logMAR視力変化量p=0.441併用群両群間の治療前~12カ月後の視力変化量に有意差なし(Mann-Whitney検定)図2単独療法群,併用療法群の治療前~治療後12カ月のlogMAR視力変化量の比較力は治療前0.85が治療後1年で0.70(p=0.0012)と改善しており,logMAR0.3以上の改善・不変の割合は17眼(89%)であり,12カ月で要した治療回数は,初回治療を含めてRFPDTが1.3回,IVRが2.7回であった.文献1)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか:厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループ:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20122)BrownDM,KaiserPK,MichelsMetal:ANCHORstudygroup:Ranibizumabversusverteporfinforneovascularage-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1432-1444,20063)TanoY,OphthalmicPDTStudyGroup:GuidelinesforPDTinJapan.Ophthalmology115:585-585,e6,20084)KohA,LeeWK,ChenLJetal:EVERESTstudy:efficacyandsafetyofverteporfinphtodynamictherapyincombinationwithranibizumaboraloneversusranibizumabmonotherapyinpatientswithsymptomaticmacularpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina32:1453-1464,20125)YamashitaA,ShiragaF,ShiragamiCetal:Two-yearresultsofreduced-fluencephotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.AmJOphthalmol155:96-102,2013☆☆☆802あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(80)

緑内障:強度近視と緑内障

2013年6月30日 日曜日

●連載156緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也156.強度近視と緑内障生野恭司大阪大学大学院医学研究科眼科学眼圧感受性が亢進する強度近視は,緑内障の危険因子である.原因として,角膜形状の変化や,篩状板支持組織の菲薄・脆弱化が考えられているが,いまだ明らかではない.強度近視は,乳頭形状の個人差が大きく,診断に困難を伴う.中心視野障害をきたしやすいので,臨床家として,常に意識しておくべきである.開放隅角緑内障の危険因子として,近視が注目されている.わが国を含む東アジアは,近視の人口が多い.独特の乳頭所見をもつ強度近視は,緑内障の診断が困難である(図1).強度近視のポイントを以下に述べる.●強度近視における緑内障の頻度最近のBeijingEyeStudy1)では,.6ジオプトリー図1強度近視眼における正常眼圧緑内障の1例乳頭が傾斜し,乳頭陥凹に出血が疑われる.典型的な緑内障としての診断はむずかしい.表1BeijingEyeStudyにおける屈折値と緑内障頻度ならびに眼圧値の関連屈折値緑内障の頻度(%)平均眼圧(mmHg)Highmyopia(<.8D)8.219.1Markedmyopia(<.6to.8D)9.820.4Moderatemyopia(<.4to.6D)5.017.0Lowmyopia(<.0.5to.3D)3.224.6Emmetropia(.0.5to<+2D)1.719.2(文献1より抜粋)(77)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY以上の強度近視は,正視よりも緑内障のリスクが高く,オッズ比7.5である.興味深いことに,弱度や中等度近視より,強度近視で急速にリスクが上昇し,それらは眼圧値に依存しない(表1).ちなみに多治見スタディの緑内障リスクは,弱度近視の場合,オッズ比1.9,中等度近視以上の場合,オッズ比2.6である2).これは臨床家として覚えておくべき数字であろう.●強度近視眼における緑内障の特徴強度近視では視野障害の進行形式に特徴があり,中心付近の視野障害をきたすことがある(図2).緑内障症例を強度近視眼と非強度近視眼に分けた場合,強度近視眼図2図1で示した症例の視野検査中心を含む上方の視野が著しく障害されている.あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013799 のほうが有意に若く,また乳頭黄斑線維束に近い神経線維が障害されやすい3).特に,上側の神経線維束障害に伴う耳下側の傍中心暗点をきたしやすく,注意が必要である.近視眼における特異的な進行形式は,眼圧以外の何らかの因子の関与を示唆するものである.●強度近視における緑内障の危険因子以下に述べるような要因が想定されているが,これらが複雑に作用して,緑内障を発症・進行させていると考えられる.1.角膜形状変化に伴う眼圧の過小評価近視になると,角膜が平坦化して,角膜厚が減少する傾向がある4).圧平眼圧計の場合,眼圧が過小評価する可能性があり,このために強度近視では,見かけより眼圧が高い可能性がある.ただ,前述のような特異的進行様式をもつ場合,眼圧が単独因子として作用しているとは考えにくい.2.脈絡膜の菲薄化と視神経乳頭への循環障害篩状板の血流の一部は脈絡膜を経由するが,強度近視では,脈絡膜が菲薄する.強度近視眼の正常眼圧緑内障では,対照群と比較して,乳頭周囲の脈絡膜厚が減少している5).また,近視型乳頭の血流をレーザースペックル血流計で測定すると,MD(標準偏差)値や網膜神経線維層厚と有意に相関する6).これらから,近視の緑内障には,視神経の血液循環が関与している可能性が高い.3.視神経乳頭の偏位と内部形状変化眼球伸展に伴い,視神経やその周囲に大きな形態の変化を生じる.視神経が通常のように強膜に対して垂直に貫通するのではなく,強膜内を斜行する(obliqueinsertion)ようになる.この現象は,乳頭周囲萎縮の拡大,乳頭の傾斜や回旋などの変化を通してみられるが,視神経に生体力学的変化をもたらし,眼圧からの応力ベクトルを変えている可能性がある.また,篩状板厚の減少や支持組織である強膜厚の減少,くも膜下腔の硝子体側への偏位などは篩状板における眼圧感受性を高めるとされる.最も注目されている分野であるが,非常に多岐にわたるため,別の機会に詳説する.おわりに強度近視と緑内障の関連が,最近ようやく注目され始めたのは,画像診断法,特に光干渉断層計の進歩による.現在,世界中の研究グループが,近視における緑内障のメカニズム解明に力を注いでいる.次回は,光干渉断層計を用いた近視眼での乳頭形状変化について,解説する.文献1)XuL,WangY,WangSetal:HighmyopiaandglaucomasusceptibilitytheBeijingEyeStudy.Ophthalmology114:216-220,20072)SuzukiY,IwaseA,AraieMetal;TajimiStudyGroup:Riskfactorsforopen-angleglaucomainaJapanesepopulation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:1613-1617,20063)KimuraY,HangaiM,MorookaSetal:Retinalnervefiberlayerdefectsinhighlymyopiceyeswithearlyglaucoma.InvestOphthalmolVisSci53:6472-6478,20124)ChangSW,TsaiIL,HuFRetal:Thecorneainyoungmyopicadults.BrJOphthalmol85:916-920,20015)UsuiS,IkunoY,MikiAetal:Evaluationofthechoroidalthicknessusinghigh-penetrationopticalcoherencetomographywithlongwavelengthinhighlymyopicnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol153:10-16,20126)YokoyamaY,AizawaN,ChibaNetal:Significantcorrelationsbetweenopticnerveheadmicrocirculationandvisualfielddefectsandnervefiberlayerlossinglaucomapatientswithmyopicglaucomatousdisk.ClinOphthalmol5:1721-1727,2011☆☆☆800あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(78)

屈折矯正手術:顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ)と屈折矯正術

2013年6月30日 日曜日

●連載157屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─157.顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ)と屈折矯正術監修=木下茂大橋裕一坪田一男加藤浩晃稗田牧京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ)の治療としてはPTK(phototherapeutickeratectomy)が行われる.PTKでは上皮下浅層の淡い混濁を除去することで視力改善を得ることができる.顆粒状角膜ジストロフィII型の症例にLASIK(laserinsitukeratomileusis)を行うと,術後に層間混濁を起こし視機能低下につながるため禁忌であり,注意深い術前診察や家族歴の問診が大切である.顆粒状角膜ジストロフィという疾患名は1890年にGroenouwにより初めて記述された1).Groenouwは実質型の角膜ジストロフィのうち,常染色体優性遺伝を示すものをGroenouwI型(現在の顆粒状角膜ジストロフィI型),常染色体劣性遺伝形式を示すその他のものをGroenouwII型(現在の斑状角膜ジストロフィ)と分類した.1988年にFolbergらは同一角膜内に顆粒状の角膜混濁と格子状角膜ジストロフィのようなアミロイドの沈着を認め,常染色体優性遺伝形式をとり,混濁が徐々に増強することによって高齢期に視力低下をきたしうる疾患を報告した2).これが現在の顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ)である(図1).この疾患はイタリアのアベリノ地方出身者に多いことからアベリノ角膜ジストロフィと呼称されるようになった.従来,角膜ジストロフィは混濁部位や形状などの臨床像や病理学的所見により診断されてきたが,1997年にMunierらが遺伝子的な解明を行い,TGFBI(transforminggrowthfactorbeta-inducedgene)遺伝子異常により顆粒状角膜ジストロフィI型,顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ),Reis-Bucker角膜ジストロフィ,格子状角膜ジストロフィの4つのタイプの角膜ジストロフィの発症を報告した3).それまでわが国では顆粒状の混濁がある角膜ジストロフィの多くを顆粒状角膜ジストロフィI型と診断していたが,これは間違いであり,555番目のアミノ酸であるアルギニンがトリプトファンに変異(Arg555Trp)する顆粒状角膜ジストロフィI型ではなく,124番目のアミノ酸がアルギニンからヒスチジンに変異(Arg124His)している顆粒状角膜ジストロフィII型であるということが判明した.わが国では顆粒状角膜ジストロフィII型が圧倒的に多く認められる.顆粒状角膜ジストロフィII型は10歳代で発症して,細隙灯顕微鏡所見としては角膜上皮下から実質中層に灰白色の輪状や顆粒状の小混濁に加えて,実質浅層から中層に白色の針状混濁がみられる.針状混濁はアミロイドの沈着であり,通常では50歳以降に明らかとなってくる.症状として初期は無症状であるが,病気の進行とともに混濁の大きさや数が増えていき,上皮下浅層に淡い混濁が生じると視力低下をきたす.このような特徴をもつヘテロ接合体が大部分であるが,まれにみられるホモ接合体では幼少期から両眼に強い混濁を認め著明な視力障害をきたす.視力低下が生じれば,外科的治療として角膜表層切除←図1顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ)→図2顆粒状角膜ジストロフィII型(アベリノ角膜ジストロフィ)へのPTK術後(75)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20137970910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図3顆粒状角膜ジストロフィII型による図4残存ベッド+フラップ裏面への図5残存ベッド+フラップ裏面へのLASIK術後の層間混濁PTK術後1カ月PTK術後1年半LASIKフラップの層間にびまん性の混濁がみられる.術,エキシマレーザー治療的角膜切除術(phototherapeutickeratectomy:PTK),表層角膜移植術が混濁の程度や初発・再発の別により選択される.PTKでは上皮下浅層の淡い混濁を除去することで視力改善を得ることができるとされている(図2).当院の脇舛は1998年8月.2006年3月までに顆粒状角膜ジストロフィII型にPTKを行い,6カ月以上経過が観察できた207眼に対して,.0.29±0.30logMAR,小数視力換算で約0.51±0.50の視力改善を認めたことを報告している4).再発性の顆粒状角膜ジストロフィII型に対する治療としてはマイトマイシンCを併用したPTKを行うと,再発を予防または遅延させる効果が報告されている.近年,屈折矯正手術としてLASIK(laserinsitukeratomileusis)の手術件数が増えているが,2002年にWanらは顆粒状角膜ジストロフィII型の症例にLASIKが施行されて,術後にフラップの層間混濁が生じて視力低下をきたした症例を報告した5).以降,同様の報告がいくつも他施設からされている.今回,他院にてLASIKを施術され,顆粒状角膜ジストロフィII型によると考えられるLASIKフラップ層間の混濁が生じ視機能の低下を認め,当院にて加療した症例を報告する.〔症例〕56歳,男性で,1997年(41歳時)に某近視矯正クリニックにて両眼にLASIKを施行された.術後5年程度は視力良好であったが,次第に視力低下が進行して近医を受診,両眼のフラップ下混濁の診断で2011年2月紹介受診となった.初診時には両眼ともフラップ下に層間混濁を認め(図3),視力はVD=0.04(0.1×sph.4.25D(cyl.1.75DAx30°),VS=0.3(0.7×sph.3.25D(cyl.0.50DAx40°)であった.遺伝子検査にてTGFBI遺伝子にArg124His変異を認め,顆798あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013粒状角膜ジストロフィII型を確定診断した.2011年4月1日に右眼PTKを施行.手術の方法としてはLASIKのエンハンスと同様に上方ヒンジのフラップをリフトして,ベッドを50μm,フラップ裏面を10μmエキシマレーザーにより切除を行った.その後0.02%マイトマイシンCを2分留置したのち生理食塩水200mlにて洗浄を行い,ソフトコンタクトレンズを装用して手術を終了した.術後にはびまん性のフラップ層間混濁は少なくなっていた(図4)が,右眼は白内障も認められていたので,2011年8月25日,右眼)PEA+IOLを施行した.現在,LASIK層間混濁の再発の所見もみられず,視力はVD=0.4(0.7×sph.1.00D)と良好に経過している(図5).顆粒状角膜ジストロフィII型を発症している症例にはLASIKを行うと術後に層間混濁を起こし,視機能低下につながるため禁忌と考えられる.顆粒状角膜ジストロフィII型はLASIKを施行する年齢では術前に混濁がみられるので,注意深い術前診察,および家族歴などの問診が大切である.文献1)GroenouwA:KnotchenformigeHornhauttrubungen(nodulicorneae).ArchAugenheilkunde21:281-289,18902)FolbergR,AlfonsoE,CroxattoJOetal:Clinicallyatypicalgranularcornealdystrophywithpathologicfeaturesoflattice-likeamyloiddeposits.Astudyofthesefamilies.Ophthalmology95:46-51,19883)MunierFL,KorvatskaE,DjemaiAetal:Kerato-epithelinmutationsinfour5q31-linkedcornealdystrophies.NatGenet15:247-251,19974)脇舛耕一:帯状角膜変性に対するPhototherapeuticKerate-ctomyの術後成績.IOL&RS21:604-605,20075)WanXH,LeeHC,StultingRDetal:ExacerbationofAvellinocornealdystrophyafterlaserinsitukeratomileusis.Cornea21:223-226,2002(76)

眼内レンズ:眼内レンズ裏の粘弾性物質除去

2013年6月30日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎322.眼内レンズ裏の粘弾性物質除去松浦一貴野島病院眼科最も多く行われている粘弾性物質(OVD)洗浄法はタッピングである.タッピングを行わなかった場合,.内のOVDはまったく除去されなかった.少なくともタッピングは必須の洗浄法であるが,高硝子体圧眼ではタッピングはもちろん,I/A(irrigation/aspiration)チップを眼内レンズ裏に挿入した場合においてすらOVDの完全な洗浄,除去はむずかしい.術中に眼内レンズ(IOL)裏に粘弾性物質(OVD)とともに取り残された細菌が眼内炎の原因になりうるため,このエリアの洗浄は重要である.昨年の筆者らの調査では,OVD除去の際にI/A(irrigation/aspiration)チップをIOL裏に挿入する術者は25%,IOLタッピングを行う術者が50%,どちらも行っていない術者が25%であった1).それぞれの手技におけるIOL裏の灌流動態を視覚的に検証するために,水晶体除去しIOL挿入した摘出豚眼にミルクで着色されたOVDを注入し,I/Aチップを用いて洗浄する実験を行った2).硝子体圧の調整を行わない場合:前房内でI/Aチップを動かさない場合には,前房内のOVDのみが除去され,IOL裏のOVDは残存した(図1a,b).I/Aチップをわずかに動かしIOLをタッピングすることで,IOL裏のOVDは一つながりの鎖として効果的に除去された(図1c,d,e).高硝子体圧眼(22mmHg):前房内でI/Aチップを動かさない場合には,低眼圧眼と同様にIOL裏のOVDは残存した(図2a,b).しかし,高硝子体圧眼ではIOLタッピングを行っても,水晶体.はIOL後面に密着しIOL裏に水流が回らないためOVDはまったく除去されなかった(図2c).I/AチップをIOL裏に挿入した場合においても,挿入側と反対側に三日月状のOVDが残存した(図2d).この場合,I/AチップをIOL裏に挿入しながらIOLを回転させるか,少なくとも2.3方向のIOL裏にI/Aチップを挿入することですべてのOVDの洗浄が可能であった(図2e).実際の臨床で最も多く行われているOVD洗浄法は,タッピングである.タッピングを行わなかった場合,.内のOVDはまったく除去されなかったことから,少なedcba図1硝子体圧の調整を行わない場合摘出豚眼の眼圧はほぼ0mmHgである.(文献2より)edcba図2高硝子体圧眼眼圧を22mmHgに調整した.(文献2より)(73)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20137950910-1810/13/\100/頁/JCOPY ab図3術終了時の手術顕微鏡写真後.の皺はループの先端と先端を結ぶ.(文献2より)くともタッピングは必須の洗浄法であると考える.しかし,高硝子体圧眼ではタッピングはもちろん,I/AチップをIOL裏に挿入した場合においてすらOVDの完全な洗浄,除去がむずかしいことが確認された.術中にしばしばみられる後.の皺(図3)は,IOLのループの先端同士を結んでいる.IOL裏と後.とはスペースが存在するイメージ(図4a)で捉えられていることが多いが,実際にはほとんどの症例で術終了時には後.はふくらみを失いIOLと密着している(図4b).そのためここにシールされたOVDの中に細菌が存在した場合,房水側に排出されない.さらに,前房内の点眼も届かない隔離されたエリアとなる.すなわち,IOL裏は術中に洗浄,そして(必要ならば)投薬されるべきエリアであると考えている.図4IOLの断面図(文献2より)完全な水晶体.内の洗浄のためには,IOLを回転しながら2.3方向のIOL裏にI/Aチップを挿入する手技が必要とされるが,前房形成の不良な眼や高硝子体圧眼にコンスタントにこの手技を実践することは熟練者でもむずかしい.タッピングを徹底している術者もIOL裏にI/Aチップを挿入している術者も洗浄による効果を過信せず,その他の予防法と総合的に考えていく必要がある.文献1)松浦一貴,魚谷瞳,井上幸次:白内障周術期の抗菌薬投与法の現状.鳥取,島根.IOL&RS26:436-440,20122)松浦一貴,三好輝行,吉田博則ほか:水晶体.と眼内レンズは密着している.IOL&RS27:63-66,2013

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン 最近のトーリックソフトコンタクトレンズ(SCL)の特徴について教えてください

2013年6月30日 日曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.講師植田喜一1.最近のトーリックソフトコンタクトレンズ(SCL)のウエダ眼科特徴について教えてください最近のトーリックSCLの進歩を一言で述べると“素酸素透過性を有するため酸素不足による眼障害が大幅に材の改良とデザインの改良”である.改善した.脂質が付着しやすいという問題があるもの素材については,これまではヒドロキシエチルメタクの,蛋白質が付着しにくい,乾燥しにくいという特性がリレート(HEMA)を主成分としたハイドロゲルレンズある.SCLは1日で交換するタイプと2週間で交換すであったが,シリコーンを共重合したシリコーンハイドるタイプが主流であり,トーリックSCLにおいてもこロゲルレンズが(SHCL)製品化された.SHCLは高いれら二つのタイプが主として処方されている(表1).現表11日タイプと2週間タイプのトーリックSCL交換期間レンズ名メーカー素材FDA分類トーリック面軸の固定法Dk/L値*31日「ワンデーアキュビューモイスト」乱視用ジョンソン・エンド・ジョンソン含水性SCLIV後面ASD*231.1*51日「デイリーズ」トーリックチバビジョン含水性SCLII後面ダブル・シンゾーン26.01日「ワンデーバイオメディックストーリック」クーパービジョン含水性SCLIV後面プリズムバラスト18.11日「メダリストワンデープラス」乱視用ボシュロム含水性SCLII後面プリズムバラスト19.2*42週間「アキュビューオアシス」乱視用ジョンソン・エンド・ジョンソンSHCL*1I後面ASD*2129*52週間「バイオフィニティ」トーリッククーパービジョンSHCL*1I後面プリズムバラスト1162週間「メダリストフレッシュフィットコンフォートモイスト」乱視用ボシュロムSHCL*1III後面プリズムバラスト912週間「エアオプティクス」乱視用チバビジョンSHCL*1I後面プリズムバラスト108.02週間「メニコン2WEEKプレミオトーリック」メニコンSHCL*1I後面ハイブリッドトーリックデザイン161.32週間「メダリスト66トーリック」ボシュロム含水性SCLⅡ後面プリズムバラスト16.42週間「ロートi.Q.14」トーリックロート含水性SCLIV後面プリズムバラスト21.82週間「2ウィークファインaトーリック」シード含水性SCLI後面ダブル・スラブ・オフ17.1*1シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ.*2アクセラレイテッド・スタビライゼーション・デザイン.*3Dk/L値:単位{×10.9(cm・mLO2)/(sec・mL・mmHg)},測定条件35℃,.3.00Dの場合.*4メーカー非公表のためDkと中心厚から算出.*5Polarographicmethod,boundaryandedgecorrected.(71)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20137930910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1プリズムバラストのデザイン図1プリズムバラストのデザイン794あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(00)在,SHCLで2週間タイプのトーリックSCLは5製品あるが,1日タイプのものはないので,近い将来,発売されるのを期待する.デザインについては,通常のSCLは球面レンズであるが,内面または外面が経線方向によって異なる二つの曲率半径をもつ面(トーリック面)のレンズがある.このようなレンズは乱視矯正用のレンズ(トーリックレンズ)として使用される.トーリックレンズは球面レンズと円柱レンズの組み合わせと考えると理解しやすい.従来のトーリックSCLの多くは前面トーリックであったが,最近のトーリックSCLは後面トーリックが主流である.角膜乱視がある症例では後面トーリックのほうがレンズの安定性が高いと考える.視線の移動や瞬目によってトーリックSCLが角膜表面で回転すると,乱視軸に対してトーリックSCLの円柱軸のずれが生じるため良好な視力が得られない.したがって,できるだけトーリックSCLが回転しないような工夫が必要となる.その方法として,プリズムバラストやダブル・スラブ・オフなどのデザインが考えられた.プリズムバラストはレンズの下方が厚く設計されており,上眼瞼がレンズ上方の薄い部分をくわえ込んで厚い部分を下方に押し出すことと,レンズの厚い部分が重力で下方に安定することによって,レンズの回転の制御を図っている(図1).ダブル・スラブ・オフはレンズの上下に薄い部分をつくり,それぞれ上眼瞼と下眼瞼の両方にくわえ込ませてレンズの回転の制御を図っている(図2).トーリックSCLの厚みの分布は円柱軸によって違いがあるため,円柱軸がレンズ回転の安定性に影響を及ぼすことがある(表2).ところが,最近のトーリックSCLはプリズムバラストとダブル・スラブ・オフなどを組み合わせたようなハイブリッドデザインを採用している.さらに光学部と周辺部(プリズムバラスト部,ダブル・スラブ・オフ部)が独立しているため,トーリッ図2ダブル・スラブ・オフのデザイン表2従来のトーリックSCLプリズムバラストダブル・スラブ・オフ酸素透過性低い高い装用感不良の場合がある良い円柱軸の安定性一般に倒乱視には適さない直乱視には不良の場合がある重力の影響受けやすい受けにくい最近のレンズは該当しないものが多い.クSCLの球面度数,円柱度数,円柱軸が変わってもフィッティングにほとんど影響を及ぼさないようなデザインになっている.かつては,厚みの増すプリズムバラスト部が位置する角膜には酸素不足や圧迫された所見を認めることや,厚みに対する装用感の不良を患者が訴えることがあったが,最近では酸素透過性の高いSHCL素材を使用し,スラブ・オフまたはダブル・スラブ・オフを加えることで,これらが改善されている.

写真:涙道に進展した結膜乳頭腫

2013年6月30日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦349.涙道に進展した結膜乳頭腫佐々木美帆*1,2篠宮克彦*2横井則彦*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学①②図2図1のシェーマ①:上眼瞼結膜.②:カリフラワー状の腫瘤.図1初診時の右眼前眼部写真(53歳,男性)涙点近傍の上眼瞼結膜に,血管に富む有茎性,カリフラワー状の腫瘤を認める.500μm図3術中所見腫瘤は上涙点から涙小管および涙.内に進展していた.腫瘤からの出血や排膿はみられなかった.図4病理組織所見上皮細胞は乳頭状の増殖パターンを示し,表層部では一部角化所見を認めた(□).また,増殖した結合組織および上皮内に顆粒球主体の軽度の炎症細胞浸潤所見を認め,表層部の細胞には一部,細胞質内空胞(koilocytosis)もみられた(□).(69)あたらしい眼科Vol.30,No.6,20137910910-1810/13/\100/頁/JCOPY 涙道に進展した結膜乳頭腫(症例:53歳,男性).平成24年10月初旬頃より右上眼瞼腫瘤が徐々に増大してきたため切除を希望し来院.痛みや流涙などの訴えはなく,内眼角部(涙点近傍)に隆起するカリフラワー状で有茎性の腫瘤を認めた(図1).全身疾患は高血圧のみで,血液学的検査所見にも特に異常は認めず,細隙灯顕微鏡所見から結膜乳頭腫が考えられた.腫瘤切除術を施行し確定診断のために病理学的検索を行った.図3に術中所見を示す.上涙点から涙.内を占拠する比較的大きな腫瘤塊を認め,涙点付近の結膜から発生した可能性を考えた.腫瘤が大きかったため涙点は拡大していたが,腫瘤本体からの出血や排膿は認めなかった.なお,腫瘤が涙点近傍であったため,続発性の涙小管閉塞を避けるために涙管チューブ挿入術を併用した.病理組織は血管が豊富な間質細胞を軸とした重層上皮の増殖性病変であった.上皮細胞は乳頭状の増殖パターンを示し,表層部では一部角化を認めた(図4).基底部から表層まで極性はほぼ正常であり,扁平上皮乳頭腫(squamouspapilloma)と考えられた.また,表層部の細胞には一部に細胞質内空胞(koilocytosis)を認め,ウイルス感染が関与している可能性も示唆された.術2週間後に上涙点にわずかな白色水疱状隆起を認めたが,その後増大傾向は認めなかった.術2カ月後にあたる最終受診時も明らかな再発はみられず,涙管チューブを抜去して経過観察中である.乳頭腫とは,肉眼的に表面に微細な突起を多数もつ腫瘤性病変をさす.結膜乳頭腫は,結膜の重層上皮の良性増殖であり,通常は血管に富んだ有茎性の桑実状,カリフラワー状の上皮性腫瘍である.好発部位は涙丘部や鼻側眼瞼結膜などの内眼角部,結膜.円蓋部であり,眼球結膜からも発生するが眼瞼結膜から発生するものと比較するとその頻度は比較的まれである.球結膜では角膜輪部付近に好発し,角膜に浸潤することもある1,2).今回の症例は涙点付近の結膜から発生し,涙小管,涙.内に進展したものと考えられたが,同様の症例は過去の報告にも散見され,鼻涙管閉塞をきたした例もあるとされる.色調は淡紅色から赤色を呈するものが多く,通常は単発性であるが多発することもあり,再発も珍しくない.あらゆる年齢層に生じうるが,好発年齢は20.30代の若年者とされ,その発症にはヒトパピローマウイルス(humanpapillomavirus:HPV)の感染が関与している(特に6型と11型)ことが知られている.結膜乳頭腫におけるHPVの陽性率は一般に高く,Sjoら3)によると106例中86例(81%)においてPCR(polymerasechainreaction)法によりHPV陽性であったとされる.鑑別を要する疾患としては扁平上皮癌や化膿性肉芽腫(pyogenicgranuloma)があげられる.扁平上皮癌は結膜の重層上皮の悪性増殖であるが,広基性で明確な茎はもたない.また,化膿性肉芽腫は霰粒腫や斜視,翼状片切除術後にみられ,結膜上皮欠損部から有茎状に突出する腫瘤である.乳頭腫が表面の凹凸が目立つのに対し,化膿性肉芽腫は表面平滑で鮮紅色を呈し,表面から出血がみられることもある.治療は原則として外科的切除を行い,部位によっては冷凍凝固を行うこともある.再発例や多発例,再発予防には切除術時に病巣部にマイトマイシンCを塗布したり,術後にマイトマイシンCや5-FU(フルオロウラシル),あるいはインターフェロンa点眼の併用が有効とされる.文献1)北野愛,中井敦子,雑賀司珠也:涙小管に発育した乳頭腫の1例.臨眼63:1533-1536,20092)MiglioriME,PuttermanAM:Recurrentconjunctivalpapillomacausingnasolacrimalductobstruction.AmJOphthalmol110:17-22,19903)SjoN,HeegaardS,PrauseJUetal:Humanpapillomavirusinconjunctivalpapilloma.BrJOphthalmol85:785787,2001792あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(00)

悪性腫瘍と神経眼科

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):783.790,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):783.790,2013悪性腫瘍と神経眼科Neuro-OphthalmologyAssociatedwithMalignantTumors柏木広哉*はじめに悪性腫瘍による神経眼科的徴候は多く,視神経障害(視力障害,視野障害),眼球突出,眼球運動障害,眼瞼下垂,瞳孔障害,網膜障害などがあげられる.一般的な眼科検査のほかに,redglasstest,赤外線電子瞳孔計(イリスコーダ),眼球電図(electro-oculogram:EOG),眼筋機能検査(Hessチャート),視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP),光干渉断層撮影(opticalcoherencetomography:OCT),網膜電図(electroretinogram:ERG)などを行う.またmagneticresonanceimaging(MRI),computedtomograpy(CT)などの画像診断が必要となる.ガドリニウム(Gd)造影像や眼窩では腫瘍像をより鮮明にするために脂肪抑制法の使用も重要である.なお,全身状態が不良の場合では,器械に頼らない簡易式検査1)が必要となることもある.今回,悪性腫瘍(一部良性腫瘍を含む)の発生部位ごとに,ポイントとなる重要な徴候にしぼって述べる.I眼窩1.眼窩悪性腫瘍眼窩腫瘍の1/3を悪性腫瘍が占めると報告されている2).腫瘍の外眼筋圧迫や転移により眼球運動障害,眼球の圧迫偏移により複視症状が生じる.また,腫瘍による圧迫性視神経障害で,視力低下や視野障害が生じる.眼窩深部の障害ではさまざまな症状が生じるため,解剖学的特徴(図1)と,神経や血管系の走行を十分把握し視神経管上眼窩裂下眼窩裂図1眼窩骨の構造眼窩骨は7つの骨から構成されている.野田3)が述べているように,語呂合わせで覚えると有効である.ておくことが重要である.上眼窩裂は,筋円錐内,筋円錐外に分けられる3).上眼窩裂症候群では動眼神経,外転神経,鼻毛様体神経,上眼静脈(筋円錐内),滑車神経,涙腺神経,三叉神経第1枝:前頭神経(筋円錐外)が侵されるが,眼窩先端部症候群では上眼窩裂症候群に加え視神経も障害される.a.原発性悪性腫瘍眼窩腫瘍は,涙腺由来とそれ以外のものに分類される.悪性リンパ腫が最も多く,その他,腺様.胞癌,多形腺癌,腺癌,悪性黒色腫,骨肉腫などが発生する.悪性リンパ腫は,非HodgkinB細胞リンパ腫であるMALT(mucosa-associatedlymphoidtissue)リンパ腫,びま*HiroyaKashiwagi:静岡県立静岡がんセンター眼科〔別刷請求先〕柏木広哉:〒411-8777静岡県駿東郡長泉町下長窪1007静岡県立静岡がんセンター眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(61)783 右眼a右左右眼a右左ab図2眼窩MALTリンパ腫による眼球突出画像(a)と放射線治療後に高度に縮小した画像(b)ん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuselargeBcelllymphoma:DLBCL)がおもに発生する.MALTリンパ腫は腫瘍自体が軟らかいため,眼球突出や眼球運動障害を起こしても,高度な視神経障害を起こすことはまれである.放射線療法が著効する(図2a,b).DLBCLはMALTリンパ腫と比べ悪性度が高く,急激に増大したり,全身病変(頸部,腋窩,腹部などのリンパ節病変)を伴うこともある.放射線療法に加え化学療法を行う.その他の腫瘍では,腫瘍全摘出,眼窩内容除去術を行うが,重粒子線治療(粒子線治療)を行う場合もある.小児に発生する横紋筋肉腫はまれな疾患であるが,病状進行が速く,早急に治療を行わなければ巨大化し,視神経を圧迫する4).化学療法が有効であるが,陽子線治療(粒子線治療)5)を併用施行する場合もある.b.続発性悪性腫瘍浸潤性と転移性がある.1)浸潤性:副鼻腔(上顎洞,篩骨洞,蝶形骨洞,前頭洞),鼻腔の悪性腫瘍が眼窩壁を破壊し浸潤する.また,眼瞼悪性腫瘍や良性の頭蓋内髄膜腫の浸潤もある.この浸潤により眼球突出,眼球運動障害や圧迫性視神経障害を起こす.副鼻腔悪性腫瘍として,扁平上皮癌,嗅神経芽細胞腫,悪性黒色腫などがある.拡大手術により術後整容的機能的障害が生じることもあり,このため粒子線治療も行われることもある.両側の眼窩先端部に浸潤した場合,両側性の視神経障害を起こし,厳しい状況に陥る.Mucocele6)などの良性疾患でも眼窩骨破壊し,視784あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013左眼b図3乳癌の外直筋への転移像造影T1強調画像で右外直筋の腫大が認められる(a).眼筋機能検査(Hessチャート)で右眼の内転障害が認められる(b).神経障害を起こすので注意が必要である.2)転移性:女性では乳癌,男性では肺癌が最も多いが,さまざまな部位の癌からの報告や肉腫からの転移もある7).また,全身の悪性リンパ腫が,眼窩内に腫瘤をつくることがある.外眼筋へ転移(図3a)することが多く,眼球運動障害(図3b)や圧迫性視神経症が生じる.さらに,前立腺癌は骨に転移する傾向がある.転移例で(62) は生命予後が良くないといわれているが,全身状態,組織型,発生部位,他への転移の状態を考慮し,放射線療法が施行されている.2.視神経障害視神経障害では,視力障害,視野障害や患側の瞳孔異常(相対的瞳孔求心路障害)が認められる.a.原発性視神経腫瘍視神経膠腫(opticnerveglioma)は視神経束を覆う星細胞と乏突起膠細胞が腫瘍化したもので,小児眼窩腫瘍の7.6%8)を占める.視神経萎縮や乳頭浮腫などの所見をきたす場合や斜視を起こすことがある.3.7歳の幼少時に好発し,神経線維腫Ⅰ型との関連が深い.成人発生例では悪性度が高いものが多く,注意を要する.MRIT1強調画像では低信号から高信号を,T2強調画像では等信号から高信号を示す.視神経の腫大と腫瘍存在部より眼球側の視神経の眼窩下方への屈曲(kinking)像や蛇行像を呈することが特徴である9).後方に進展することが典型的で,視交叉まで伸展すれば反対側の視機能に影響を及ぼす.視機能を考慮しながら,治療方法(手術,放射線,化学療法)や治療時期を決定する.鑑別診断としては,良性の視神経鞘髄膜腫があげられる.髄膜腫では,定位放射線治療10)や陽子線治療を行うこともある.ab陽子線治療は照射のエネルギー量の問題や治療費が高額であるため,施行例がきわめて少ない.そのため長期予後が不明である.視神経乳頭に発生する腫瘍として,黒色細胞腫(図4a)と血管腫があり,腫瘍の増大により視野障害(図4b)をきたすが,悪性化する頻度はきわめて低い.b.癌の視神経浸潤視神経への癌の浸潤はまれである.原因疾患として悪性リンパ腫や白血病がある.c.放射線視神経障害眼窩内,副鼻腔,鼻腔,大脳,視神経などの腫瘍に対してのX線治療や陽子線治療(図5)により発症する.一般的には1回の照射が2Gy以下,総線量が50Gy以下であれば比較的安全であると考えられている11)が,50Gyを超えると発症率が高くなる.また,糖尿病や化学療法なども危険因子と考えられている.この視神経症は網膜症と随伴することも多い.ステロイドパルス療法で一時的に軽快はすることもあるが,視力の予後は良くない.d.抗癌剤による視神経障害抗癌剤のパクリタキセル,5-fluorouracil(5-FU),タモキシフェンで生じるが,まれである.タモキシフェンは視神経網膜炎12)として発症することがある.図4右眼視神経黒色細胞腫(a)と下方視野の狭窄(b)(63)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013785 acbII海綿静脈洞海綿静脈洞原発腫瘍(悪性リンパ腫が多い),下垂体近傍腫瘍,副鼻腔癌からの進展および転移性ものがある.転移性では肺癌が多い.悪性リンパ腫の場合,画像的に判別できることが可能な場合13)もあるが,画像上判別できない場合,診断が遅れることがあり注意を要する.よって,迅速に骨髄検査などを行うことも診断的に重要である.海綿静脈洞内を走行するのは,動眼神経,滑車神経,外転神経,三叉神経の第1枝(眼神経)と第2枝(上顎神経)および交感神経であり,その障害により諸症状が生じる.海綿静脈洞後部では,交感神経と外転神経が合流して走行している部位が約数mmあるので,外転神経麻痺とHorner症候群(患側の軽度眼瞼下垂,瞼裂狭小,軽度縮瞳,発汗減少)が生じることがまれにある.III脳腫瘍成人と小児期に発生する脳腫瘍の種類には大きな差がある14).小児期(15歳未満)に多い腫瘍は,星細胞腫(astrocytoma),胚細胞腫瘍(germcelltumor),髄芽腫(medulloblastoma),頭蓋咽頭腫(craniopharyngioma),脳室上衣腫(ependymoma)の5種類である.成人の場合,膠芽腫(glioblastoma),髄膜腫(meningio786あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013図5陽子線視神経症(篩骨洞癌治療後)MRIT2強調画像にて両側の視神経障害(a)を示唆する所見.また,両眼の視神経耳側蒼白傾向(b,c)が認められた.ma),神経膠腫(glioma),下垂体腺腫(pituitaryadenoma),神経鞘腫(neurinoma)や転移性癌(肺癌が最も多く,乳癌,悪性リンパ腫が続く)が多い.脳腫瘍では,頭痛,吐き気などを頭蓋圧亢進症状に伴う,うっ血乳頭が重要なサインである.小児の脳腫瘍患者では,初発症状としてうっ血乳頭以外にも,斜視,上方注視麻痺などの眼症状が早期診断に役立つことがある15).1.視交叉近傍良性の下垂体腺腫が圧倒的に多く,頭蓋咽頭腫,胚細胞腫や視神経膠腫の頻度は低い.視交叉での障害は両耳側半盲が一般的であるが,視交叉の前方で障害された場合に生じるjunctionscotomaなどがある.この部位での圧迫性視神経症では,パターンERGの振幅低下,PhNR(photopicnegativeresonse)振幅の低下が生じ,術後に振幅が回復する16).今後,視神経と網膜の機能を関連づけて考えることも重要である.まれに腫瘍が側方進展して海綿静脈洞症候群を呈する場合がある.2.大脳大脳半球(前頭葉,側頭葉,頭頂葉,後頭葉)には膠芽腫,星細胞腫,退形成星細胞腫,髄膜腫,転移性癌が発生する.病巣の反対側の同名半盲を生じる(図6a,b).(64) ab右左図6Goldmann視野での同名半盲(a)と大脳側頭葉癌のCT像(b)ab右左図6Goldmann視野での同名半盲(a)と大脳側頭葉癌のCT像(b)3.脳幹部:中脳から延髄脳幹は中脳,橋,延髄から構成される(図7).脳神経系障害,眼球運動障害,瞳孔運動障害など特有な症状を示す.松果体腫瘍(良性,悪性)からの圧迫,原発性脳幹腫瘍(膠腫,上衣腫),転移性,第三脳室腫瘍などで障害が生じる.中脳には後交連,カハール(Cajal)間質核,内側縦束吻側間質核があり,いくつかの眼球運動障害が起こる.a.垂直性眼球運動障害両眼の上方運動,下方運動のいずれか,あるいは両方の選択的な運動障害を特徴とする.上方注視麻痺は,後交連の病変で出現することが多く,松果体腫瘍で生じることが多い.輻湊障害が起こる.また,中脳に特徴的なmidbraincorrectionと対光反射がなく輻湊反射が保たれるlightneardissociation(図8)が生じる.b.水平性眼球運動障害頭蓋内圧亢進による間接的な外転神経麻痺や橋腫瘍による外転神経やその核,傍正中橋網様体(paramedianpontinereticularformation:PPRF),内側縦側(mediallongitudinalfasciculus:MLF)などが障害される場合がある.PPRFでは,病巣と同側の側方視時に両眼が動かなくなる.MLF症候群(核間麻痺)では,病側の内転ができなくなるが,輻湊は可能である.One-and-ahalfsyndromeでは一側がまったく動かず,他眼も半分しか動かない状態で,一側の外転神経核と両側のMLFの障害で起こる.4.小脳小脳は両側の半球とそれらを連結する虫部からなる.この部位の障害では,眼球運動障害が生じる.虫部の障害によりサッケード障害,前庭小脳(小脳片葉,傍片葉,結節)の障害により眼位の保持異常,滑動性追従運動の障害,前庭-眼反射の異常をきたす.髄芽腫,血管芽腫,星膠腫,転移性癌が発生する.また,眼球振動などが生じることもある.(65)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013787 INCSC内直筋副核へ同側外直筋へ後交連左水平断右矢状断riMLFⅢ核Ⅳ核MLFPPRFⅥ核Ⅷ核松果体腫瘍からの圧迫中脳橋延髄INCSC内直筋副核へ同側外直筋へ後交連左水平断右矢状断riMLFⅢ核Ⅳ核MLFPPRFⅥ核Ⅷ核松果体腫瘍からの圧迫中脳橋延髄図7脳幹部の模式図(臨床神経眼科学,p108,金原出版,2008,図1より転載.吉田寛先生のご厚意による)acb図8松果体腫瘍同症例の両眼瞳孔の散大(a,矢印),輻湊障害はあるも縮瞳している(light-heardissociation)(b),MRIT1強調画像で腫瘍による脳幹部の圧迫所見が認められる(c,矢印).(cの写真提供:富士脳障害研究所附属病院のご厚意による)5.シャント機能不全と視機能不全IVその他脳腫瘍などによる頭蓋内圧亢進対策にシャントを設ける.しかしながら,シャント機能不全による視力障害や1.悪性腫瘍随伴症候群視野障害の報告がある17).小児では成人に比べシャント悪性腫瘍のなかで,自己免疫機序(癌の遠隔操作)に機能不全による再建率が高い.脳圧亢進による視路へのより中枢神経系に異常を呈するものは悪性腫瘍随伴症候直接の圧迫や循環障害から生じる虚血,後頭葉の脳梗塞群とよばれている.そのなかでも,悪性腫瘍関連性網膜が生じて視機能障害が生じると考えられている17).症18):癌関連性網膜症(cancerassociatedretinopaty:CAR)19.21),悪性黒色腫関連網膜症(malignantmelano788あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(66) ab図9後腹壁悪性腫瘍による癌関連性網膜症(右眼)血管の狭細化と網膜の萎縮(a),Goldmann視野で輪状暗点(b)が認められた.左眼も同様な所見を呈した.網膜電図の波形は,完全に平坦であり,血清で抗リカバリン抗体が認められた.maassociatedretinopaty:MAR)21.24)や悪性腫瘍関連視神経障害25)は頻度は少ないが注意すべき疾患である.視野狭窄,夜盲,視力低下などの症状がある.CARは視細胞,MARは双極細胞が障害され,進行性に網膜が変性(図9a)する.網膜色素変性症との鑑別が重要である.CARでは輪状暗点(図9b)や網膜電図a,b波の減弱や消失,MARでは中心暗点とb波の減弱や消失が認められる.CARの関連抗体は,抗リカバリン抗体,抗エノラーゼ抗体,抗神経フィラメント抗体など数種類ある.MARの関連抗体は,網膜のON型双極細胞抗体21,22)と判明している.CARの原因疾患は肺小細胞癌が多いが,消化器系や婦人科系癌,血液疾患でも起こりうる.わが国での悪性黒色腫は極少であるため,MARの報告はまれとされていたが,近年報告例が増えてきている21.24).これらの疾患は,原発巣への治療効果があれば,進行の抑制や回復が得られる19,24).悪性腫瘍関連脳幹脊髄炎による眼球運動障害26)の報告もある.2.上胸部腫瘍による交感神経圧迫上胸部の腫瘍により交感神経が圧迫されHorner症候群が生じる.Pancoat症候群ともよばれる.(67)■用語解説■粒子線治療:水素イオン(陽子線)や炭素イオン(重粒子線)を高速化して高エネルギーで病巣に照射する.X線,電子線と異なり,病巣にピンポイントに照射できる利点がある.国内では約10施設ある.ただし,保険適用ではなく,陽子線では280万円,重粒子線313万円の費用がかかる.先進医療保険加入者では,保険を活用できるケースがある.Junctionscotoma:接合暗点.一側の視神経と視交叉の接合部の圧迫により患側の中心暗点と,反対側の上耳側視野欠損をきたす.膠芽腫(glioblastoma):未分化で最も悪性度が高い腫瘍.おわりにわが国における癌患者数は増加している.死亡原因の1位で,2.3人に1人の発生率である.神経眼科的所見を診た場合,悪性腫瘍の存在を意識することが必要であると考える.稿を終えるにあたり,ご校閲をいただきました神奈川歯科大学附属横浜クリニックの原直人先生にお礼申し上げます.あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013789 文献1)江本博文,清澤源弘,藤野貞:ポケットに入る神経眼科用検査器具とその使用法.神経眼科臨床のために第3版.p383-393,医学書院,20112)後藤浩:眼窩悪性腫瘍の診断.日本の眼科80:12831288,20093)野田実香:眼窩の解剖.眼科診療クオリファイ10,眼付属器疾患とその病理.p186-192,中山書店,20124)柏木広哉:眼窩悪性腫瘍には,どのような臨床像がありますか?眼科診療クオリファイ10,眼付属器疾患とその病理.p287-289,中山書店,20125)土坂麻子,臼井嘉彦,後藤浩ほか:染色体異常を認めた眼窩胎児型横紋筋肉腫の2症例.日眼会誌114:374-380,20106)三矢幸一,中洲庸子,堀口聡士ほか:急激な視力低下で発症したOnodicellMucoceleの1例.脳神経ジャーナル15:715-719,20067)辻英貴,鈴木茂伸,柏木広哉:眼腫瘍の展望─2005年.2006年度─.眼科53:3-48,20118)ShieldsJA,ShieldsCL,ScartozziR:Surveyof1264patientswithorbitaltumorsandsimulatinglesions:The2002MontgomeryLecture,Part1.Ophthalmology111:997-1008,20049)笠井健一郎,嘉鳥信忠,後藤浩:最先端画像診断による手術の評価眼窩腫瘍.眼科手術23:35-45,201010)大熊加恵,山下英臣:眼窩腫瘍・炎症性腫瘍の診断と治療視神経鞘髄膜腫の放射線治療.神経眼科25:475-482,200811)KunLE:Thebrainandspinalcord.Moss’sRadiationOncology:Rationale,Technique,Results.p737-781,Mosby,199412)神崎雅子,井上治郎,若倉雅登:抗エストロゲン剤タモキシフェンによる中毒性視神経網膜症.神経眼科17:327332,200113)中島裕美,加島陽二,中野直樹ほか:両側海綿静脈洞への浸潤が認められた悪性リンパ腫の4症例.眼紀42:23962400,199114)太田富雄,松谷雅生:脳神経外科学Ⅰ,改訂10版.金芳堂,200815)鈴木利根:小児の脳腫瘍を知らせる神経眼科症状.神経眼科27:159-166,201016)町田繁樹:網膜神経節細胞に由来するERGの成分.眼科54:1701-1715,201217)黒田紀子,磯辺真理子,渡辺悌ほか:乳幼児期に施行されたシャンと機能不全による視力機能障害.神経眼科20:60-65,200318)大黒浩,吉田香織:悪性腫瘍関連網膜症.眼科53:93-101,201119)高橋政代,平見恭彦,佐久間桂一朗ほか:早急な治療により視力改善が得られた癌関連性網膜症(CAR)の1例.日眼会誌112:806-811,200820)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌115:924-929,201121)近藤峰生:腫瘍随伴網膜症の新しい自己抗体の発見.あたらしい眼科29(臨増):95-100,201222)花谷淳子,中島ヤス子,島良平ほか:抗網膜双極細胞抗体陽性の悪性黒色腫関連網膜症の1例.日眼会誌115:541-546,201123)MachidaS:Melanoma-associatedretinopathyassociatedwithintranasalmelanoma.DocOphthalmol122:191-197,201124)YamamotoS,HanayaJ,MeraKetal:Recoveryofvisualfunctioninpatientwithmelanoma-associatedretinopathytreatedwithsurgicalresectionandinterferon-beta.DocOphthalmol124:143-147,201325)SlamovitsTL,PosnerJB,ReidyDLetal:Pancreaticneuroendocrineparaneoplasticopticneuropathy:confirmationwithantibodytoopticnerveandhepaticmetastasis.Neuroophthalmol33:21-25,201326)CrinoPB,GalettaSL,SaterRAetal:Clinicopathologicstudyofparaneoplasticbrainstemencephalitisandophthalmoparesis.JNeuroophthalmol16:44-48,1996790あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(68)

Fisher症候群

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):775.781,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):775.781,2013Fisher症候群FisherSyndrome大野新一郎*はじめに:Fisher症候群は神経内科領域の難解なまれな疾患ではない!複視を主訴に眼科を受診する患者は非常に多い.複視の原因は多岐にわたるが,すぐに複視=頭蓋内病変を連想する先生方は多いのではないだろうか?もちろん,複視の裏に緊急を要する頭蓋内病変が潜んでいることがあるのは事実である.しかし他のさまざまな原因を考えていただきたい.詳細な複視をきたす疾患の鑑別診断は成書を参照していただくとし,複視をきたす疾患の鑑別診断の一つとしてあげなければならないのがFisher症候群(FS)である.眼科領域においては,外眼筋麻痺をきたし複視を主訴に来院する.さらにFSは複視+全身症状をきたすため,重篤な頭蓋内病変が潜んでいると誤診しがちである.その臨床症状は眼球運動障害,瞳孔障害,眼振,眼瞼下垂,顔面神経麻痺,運動失調,四肢の異常とバラエティ豊かであり,責任病巣がどこにあるか理解しにくいが,後述するFSの病因を理解すれば簡単にわかる.確かに,日常診療において頻繁に遭遇する疾患ではないが,FSは非常に特徴的であり,知っておけばすぐに診断に至ることができる.本稿では,FSの眼科の視点からの臨床的特徴,診察時注意すべき点,また最近の知見を概説する.以下のデータは自験例19例の解析である.I症例呈示症例1(図1):眼科にて経過観察可能な典型例.30歳,男性.20××年3月20日より腹痛,下痢が出現,その10日後より複視を自覚した.さらに手の違和感も出現したため近医神経内科,脳神経外科を受診し,頭蓋内精査するも異常なく原因不明であった.さらに精査目的に当院神経内科を受診し当科を紹介受診した.初診時眼科的所見は軽度眼瞼下垂,眼球運動痛を伴った両側外転神経麻痺が認められた.瞳孔は軽度散大し,直接対光反射は減弱していた.抗GQ1b抗体陽性であったためFSと診断した.約3カ月後眼球運動障害は無治療にて軽快した.症例2(図2):神経内科と連携しなければならない重症例.27歳,男性.20××年6月20日より前駆症状なく,複視が出現,近医内科にて頭蓋内精査するも原因不明のため精査加療目的に当科を紹介受診した.初診時所見は運動失調,左外転神経麻痺を認めた.その後,眼瞼下垂が出現し全外眼筋麻痺に進行した.抗GQ1b抗体,抗GT1a抗体,抗GM1/GQ1b抗体陽性であったためFSと診断した.神経内科にて免疫グロブリンの大量静注療法を行った.約6カ月後,眼球運動障害は改善,複視は消失し,全身状態も改善した.症例3(図3):比較的まれな症例.32歳,女性.*ShinichirouOono:佐賀大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕大野新一郎:〒849-8501佐賀市鍋島5-1-1佐賀大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(53)775 図1症例1上段:眼球運動写真.下段:Hess複像表.両側外転神経麻痺を認める.b図2症例2a:初診時.両側軽度眼瞼下垂,内斜視を認める.b:約6カ月後.眼瞼下垂,内斜視は軽快している.c:運動失調.20××年3月初旬にインフルエンザB型に罹患,その腱反射の低下を3徴とする疾患である.大部分は呼吸約1カ月後に複視を自覚し当科を初診した.両側の外転器,消化器系などの感染症状に引き続き発症し,急性期神経麻痺を認めた.抗GQ1b抗体陽性であったためFSをすぎると鎮静化して回復する単相性の予後良好な症候と診断した.約3カ月後眼球運動障害は無治療にて軽快群である.しかし,前述の3徴が揃うことはむしろ少なした.く,さまざまな不全型,軽症例が存在する.また,本疾患は急速に発症,進行し四肢筋力低下をきたすGuillainII定義,概念Barre症候群(GBS)の亜型,同一スペクトラム上の疾Fisher症候群(FS)またはMillerFisher症候群患と考えられている(図4,5).(MFS)は急性に発症する外眼筋麻痺,運動失調,深部ac776あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(54) 図3症例3上段:眼球運動写真.下段:Hess複像表.両側外転神経麻痺を認める.図4GBSとFSのおもな症状GBSでは四肢麻痺,FSでは外眼筋麻痺,腱反射低下,運動失調を呈する.III臨床症状1.疫学自験例の解析では発症年齢は19.60歳,平均は37.2歳で,20歳代と50歳代に二峰性のピークを認める.男女比は2.5:1である.自己免疫疾患であるが男性に多いのが特徴である.簡単に若い男性に多いと覚えておけ(55)BBEGBS抗GQ1b抗体四肢末梢性筋力低下意識障害錐体路症状外眼筋麻痺運動失調腱反射低下FS図5GBS,FS,BBEの相関関係これらの疾患はオーバーラップ病変である.BBE:Bickerstaff型の脳幹脳炎.(上田,楠:眼科50:1841-1845,2008より改変)ばよい.2.発症時期春から夏に圧倒的に多い.特に春に多い.3月から8月までが約70%である.これは先行感染のCampylobacterjejuniが関係していると考えられる.3.先行感染先行感染の既往は約9割に認められる.感染から眼球あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013777 運動障害発症はほぼ同日発症から30日までの範囲である.そのなかでも14日以内が約9割を占める.症状としては,上気道症状38%,胃腸症状29%,熱発33%(重複を含む)である.約1カ月前の先行感染もありこのくらいはさかのぼって問診する必要がある.一方,文献的には先行感染の症状は上気道症状76%,胃腸症状4%,熱発2%である.また感染因子はCampylobacterjejuni(21%),Haemophilusinfluenzae(8%)であることがわかっている1).Fisherが報告した1例も喀痰からHaemophilusinfluenzaeが検出されていた.一口に感冒様症状といっても幅広いため上気道症状,胃腸症状,熱発の有無などをできれば詳細に問診したい.症例3のように先行感染1カ月前のインフルエンザB型感染後の発症は比較的少ないことがわかる.4.初発症状眼科を受診するほとんどの主訴が複視である.しかし,視覚障害を訴え初診することもあるので注意すべきである.自験例においても2例が経過中に視覚障害を訴えた.まれではあるが,視神経症(炎)の合併があることを知っておく必要がある2).5.眼球運動障害パターン完全型では全外眼筋麻痺を呈する.成書,文献上は垂直注視麻痺,側方注視麻痺,内側縦束症候群,核上性眼球運動障害もみられるとされているが比較的まれである.また動眼神経麻痺,滑車神経麻痺の単独麻痺も非常に少ない.特記すべきは,最も多い障害パターンは外転神経麻痺であることである.基本的には両側の外転神経麻痺をきたす.しかし外転神経麻痺の程度に差がある症例が約30%存在する.文献上は片側性の外転神経麻痺が記載されていることが多いが,両側性に発症し左右に程度の差があると理解したほうがよいであろう.しかし,純粋な片側性もあり,それは全身の片側のみに(眼球運動障害,失調,腱反射の低下も片側性)障害が出現する症例もあるといわれている.自験例ではほぼ全例外転神経麻痺を呈し,全外眼筋麻痺を呈したのは2例にすぎない.これらは後述するが,778あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013GQ1b抗原の局在が関与している.6.眼球運動痛約3割に眼球運動痛をきたす.原因はまだよくわかっていない.眼窩内に二次性の炎症性変化をきたすのかもしれないし,または三叉神経の障害が関与しているのかもしれない.7.眼振眼振は約3割にみられる.神経伝達障害をきたすためと考えられる.8.眼瞼下垂,顔面神経麻痺眼瞼下垂は約3割にみられる.顔面神経麻痺は約1割にみられる.9.瞳孔障害瞳孔障害は約3割にみられる.FSに瞳孔障害がみられることは昔からよく知られている.FSの瞳孔障害に対し種々の点眼試験を行い発症機序を考察した文献が散見され,FSの瞳孔障害の発症機序が末梢性か中枢性かの議論がなされているが,点眼試験はあくまで補助診断と考えたほうがよいであろう.10.全身症状a.運動失調3徴の一つである.症例3のように運動失調がみられる.それは協調運動障害,小脳失調様“cerebellar-like”と称される.患者は「バランスがとれず歩きづらい」と訴えることが多い.歩行障害は3例にみられた.b.四肢の異常四肢の異常は実に約60%にみられる.患者は「手足の力が入りにくい」「手がしびれる」などと訴える.FSを疑う重要なキーワードである.IV検査所見1.抗体測定FSが疑われれば,抗ガングリオシド抗体を測定しなければならない.(56) 抗体測定は近畿大学神経内科,シノテストサイエンス・ラボで行っており,詳細はホームページを参照されたい.自験例の抗体陽性率は抗ガングリオシド抗体陽性が約80%,そのうち抗GQ1b抗体陽性が約70%である.文献上はFSにおいて抗GQ1b抗体は約90%以上で陽性であるとされている.抗GQ1b抗体は外眼筋を伴わないGBS,他の神経疾患,自己免疫疾患,健常人では陽性にならないため外眼筋麻痺を伴うFS,GBSには特異的であり,疾患の診断に非常に有用である.これらの抗体は急性期をすぎると減少,消失する.他の自己免疫疾患同様に各症例間において抗体価と臨床症状の重症度は相関しない.つまり,抗体価が高いから重症で,低いから軽症というわけではない.2.髄液検査GBSと同様,約半数に蛋白細胞解離を認める.自験例においても髄液検査を行った患者の半数に蛋白細胞解離がみられた.経過,治療自験例において複視は全例で軽快した.複視に関し積極的に斜視手術を進める報告もあるが,まずは経過観察でよい.回復の早い症例では約10日で複視は回復する.複視の回復は最長でも約180日であり,回復期間の平均は約70日である.患者には「無治療でも約3カ月で複視は消失することが多い」と説明すればよい.重篤な全身症状が伴わず,眼球運動障害のみであれば経過観察でよい.他の自己免疫疾患で有効な副腎皮質ステロイド薬はGBSにおいて無効であることが証明され,本疾患には使用すべきでない.GBSにおいては血漿浄化療法(PE),免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)の有効性が報告されている.一方,FSは自然治癒するためか治療法は確立していない.IVIgはPEや対照群に比べ眼球運動障害の改善を早めるが,有意差がないと報告されている3).IVIgやPEはFSに治療効果がある可能性があるが,眼科が治療できるものではなく内科医と連携するべきである.さらにIVIgやPEは感染,ショックなどの重篤な(57)副作用はゼロとは言い切れない.また高額な医療費も問題となる.自験例においてIVIgを行ったのは2例であり,複視症状の改善が短縮できたかは不明である.全身状態(失調など)を伴っていれば,必ず内科医に相談し連携して治療にあたる.V発症機序GQ1bはFSと密接にかかわっており,抗GQ1b抗体陽性はFS診断に重要である.これにはGQ1b抗原の局在が関与している.抗GQ1bモノクローナル抗体による免疫組織染色では,動眼,滑車,外転神経の髄外部のランヴィエ(Ranvier)絞輪部,ミエリン,シュワン(Schwann)細胞が強く染色され,GQ1b抗原がこれらの部位に多く局在することが示されている.また,生化学的分析でもGQ1bは上記眼運動神経に多く含まれていることがわかっている.機序としては,抗GQ1b抗体が髄外部のランヴィエ絞輪部,ミエリン,シュワン細胞のGQ1b抗原に結合し神経伝達障害をきたし眼球運動麻痺をきたすと考えられている.その他,下オリーブ核,小脳深部核,小脳皮質顆粒層などの小脳性運動失調と関連する部位にも抗GQ1b抗体は染色される.最近では,骨格筋の筋紡錘内線維に接する神経終末にもGQ1bの局在が示されている4).FSの発症機序が末梢性か,中枢性かの議論が昔からなされているが,今日では典型例が末梢性であり,末梢から中枢に障害が拡大する症例もあると理解されている.発症機序が末梢性,中枢性であるかの考え方より,後述の分子レベルの発症様式の考え方のほうがよいであろう.VI最近の知見近年,GBS,FSの病因解明がめざましく進歩している.その一部を簡単に紹介する.1.新たな抗体:ガングリオシド複合体(gangliosidecomplex:GSC)とは?これまで発症に関与しているのは単独(1つ)のガングリオシドと考えられてきたが,それだけはなく2つのあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013779 異なるガングリオシドからなるまったく新しい複合抗原の存在が明らかになってきた.それがGSCである.これは単独のガングリオシドには反応せず,GSCしか反応しない.以下のように分類される5).1)抗GQ1b抗体陽性で抗GSC抗体陰性群(GQ1b特異抗体群)2)GQ1b/GM1複合体に活性をもつ群3)GQ1b/GD1a複合体に活性をもつ群つまりGQ1b/GM1複合体,GQ1b/GD1a複合体に対する抗体がランヴィエ絞輪部抗原と結合し神経伝達障害をきたす.これらの抗体,複合体がFSとどのように臨床的意義があるか今後の検討が待たれる.また未知なる同定されていない抗体,複合体があるのかもしれない.2.分子相同性仮説とは?なぜ抗体GQ1b抗体は上昇するのか?分子相同性仮説とは,病原微生物が宿主の組織の構成成分と共通する抗原を有し,交差抗原に対する自己抗体や自己反応性T細胞が誘導,活性化され,宿主の組織を障害するとする仮説である.つまり,病原体とヒトの神経構成成分が一致するという仮説である.FSでこの仮説は証明されている.FS患者から分離されたCampylobacterjejuniの細胞壁の構成成分であるリポオリゴ糖(lipo-oligosaccharide:LOS)とヒト末梢神経構成成分は一致していることが明らかになっている.さらにこのLOSはGQ1bそのものではなく,GT1a様,GD1c様構造であることがわかってきている.つまりはCampylobacterjejuniの菌表面にはGQ1bと同様の糖構造もつGT1aが存在し,それが感染因子に対する免疫反応としてヒト血清中に抗GQ1b抗体が上昇する.さらにCampylobacterjejuniの遺伝子多型が感染後の臨床像を規定することもわかってきた.つまりGM1様LOSの生合成には,Campylobacterjejuniのシアル酸転移酵素Cst-IIが必須であり,Cst-IIの遺伝子多型がFSの臨床像を規定している.Campylobacterjejuniのシアル酸転移酵素Cst-IIは291個のアミノ酸からなり,51番目のアミノ酸がアスパラギン(Asn51)のCst-IIをもつとFSが発症すると考えらえている.780あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013このように「分子相同性により自己免疫病が発症しうる」,「病原微生物の遺伝子多型が,その後に続発する自己免疫病の臨床像を規定する」という新しい概念が提唱されている6).3.抗補体薬は新たな治療薬となるのか?近年,GBSの発症において補体系が関与していると報告されている.つまり,補体の古典経路が活性化し膜侵襲複合体を形成し軸索における神経伝達が阻害されるとされている.つまりは補体経路を阻害する抗補体薬が有効であると考えられている.メチル酸ナファモスタット(フサンR)は急性膵炎の治療などで用いる抗補体薬である.ウサギを用いた動物モデルにおいてその有効性が報告されている7).メチル酸ナファモスタットは古くから使用されている歴史ある薬剤であり,安全性が確立されている.また,なにより安価である.またエクリズマブ(eculitumab)は発作性夜間血色素尿症(PNH)の治療にてFDA(米国食品・医薬品局)に認可されている抗補体薬である.Invitroにおいて,マウスの横隔膜,横隔膜神経を用いたFSのモデル動物において,エクリズマブ(eculitumab)神経保護効果も報告されている8).これらは眼科医にはまったく馴染みない薬剤であるが,今後の可能性も考え記載した.おわりにFisher症候群(FS)は神経内科領域の難解なまれな疾患と思われがちであるが,そうではなく,眼科医としては,単純に“先行感染後に起こる外眼筋麻痺”と理解しておけばよい.この疾患は外転神経麻痺が多く自然軽快が多い.つまり,眼球運動障害だけであれば眼科医で十分治療可能である.しかし,一方で全身管理を必要とする症例もあり注意深い観察をしなければならないことが重要である.FSの臨床症状は非常に特徴的である(表1).眼球運動障害,特に外転神経麻痺に遭遇したときは,FSも鑑別にあげ,抗体検査を行わなければならない.FSは全身症状を呈するため,神経内科,脳神経外科,耳鼻科とさまざまな科を受診することが多く,患者は不安に陥りやすい.そのため眼科医がいち早く診断をつけることが(58) 表1FSの臨床的特徴・若い男性に多い・先行感染の既往・外転神経麻痺・抗GQ1b抗体陽性・瞳孔障害,眼瞼下垂,顔面神経麻痺・四肢の異常・無治療でも軽快重要である.さらに問診の段階でかなり診断をつけることが可能である.複視を主訴に来院する患者には先行感染の有無,全身状態の有無を問診することを忘れてはならない.なによりもFSをきちんと理解している医師は実は非常に少ないと思われる.だからこそなによりも眼科医がこの疾患に対する正しい知識をもつことが必要である.文献1)KogaM,GilbertM,LiJetal:AntecedentinfectionsinFishersyndrome:acommonpathogenesisofmolecularmimicry.Neurology64:1605-1611,20052)古賀紀子,石川弘,伊藤雄ほか:視神経症を合併したFisher症候群.日眼会誌112:801-805,20083)MoriM,KuwabaraS,FukutakeSetal:IntraveousimmunoglobulintherapyforMillerFishersyndrome.Neurology68:1144-1146,20074)LiuJX,WillisonHJ,Pedrosa-DomellofF:ImmunolocalizationofGQ1bandrelatedgangliosidesinhumanextraocularneuromuscularjunctionsandmusclespindles.InvestOphthalmolVisSci50:3226-3232,20095)KaidaK,MoritaD,KanzakiMetal:GangliosidecomplexesasnewtargetantigensinGuillain-Barresyndrome.AnnNeurol56:567-571,20046)西本幸弘,結城伸泰:ギラン・バレー症候群とCampylobacterjejuni感染.臨床と微生物38:15-20,20117)PhongsisayV,SusukiK,MatsumotoKetal:Complementinhibitorpreventsdisruptionofsodiumchannelclustersin■用語解説■Fisher症候群(FS),MillerFisher症候群(MFS):1956年MillerFisherは自験例3例の詳細な経過とそれまでの報告例のレビューから外眼筋麻痺,運動失調,深部腱反射低下の3徴からなる急性特発神経炎の亜型として報告した9).Guillain.Barre症候群(GBS):急速に発症,進行する,四肢の弛緩性麻痺,深部反射消失を主徴とする多発性ニューロパチーである.Guillain,Barre,Strohlにより1916年「細胞増加がなく髄液蛋白増加をきたす根神経炎」と報告された10).ガングリオシド(ganglioside):シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質の総称であり,糖鎖構造の違いにより多くの分子種が存在し,体内の特に神経,脳に分布しており,神経組織の細胞膜表面に存在し細胞間の接着,細胞の分化・増殖,細胞のシグナル伝達に関与している.GM1,GM2,GD1a,GD1b,GT1a,GT1b,GQ1a,GQ1bなどがあり,それぞれGはガングリオシド,つぎの略語はシアル酸の数を表している(M=monoの1つ,D=di2つ,T=tri3つ,Q=quadra4つ).最後の数字はガングリオシドの糖鎖骨格の還元末端の側のガラクトース残基に結合しているシアル酸残基の数を表している.リポオリゴ糖(lipo.oligosaccharide:LOS):Campylobacterjejuniの菌表面に多く発現する糖脂質.arabbitmodelofGuillain-Barresyndrome.JNeuroimmunol205:101-104,20088)HalsteadSK,ZitmanFM,HumphreysPDetal:Eculizumabpreventsanti-gangliosideantibody-mediatedneuropathyinamurinemodel.Brain131:1197-1208,20089)FisherM:Anunusualvariantofacuteidiopathicpolyneuritis(syndromeofophthalmoplegia,ataxiaandareflexia).NEnglJMed255:57-65,195610)GuillainG,BarreJ-A,StrohlA:Surunsyndromederadiculo-nevriteavechyperalbuminosedeliquidcephlorachidiensansreactioncellulaire.Remarquessurlescaracerescliniquesdesreflexestendineux.BullMemSocMedHopParis40:1462-1470,1916(59)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013781