監修=坂本泰二◆シリーズ第160回◆眼科医のための先端医療山下英俊ドラッグデリバリーシステムからみた新たな後眼部疾患治療薬福本雅格池田恒彦(大阪医科大学眼科学教室)はじめにわが国における中途失明原因の主要な疾患として,糖尿病網膜症,網膜色素変性,加齢黄斑変性がありますが,これらはすべて後眼部の疾患です.眼科で一般的に用いられる点眼では,投与した薬剤の90%以上が角膜表面に達する前に消失するといわれています1).さらに,角膜を通過し前房内に達するのは投与量の約1~5%といわれています.薬剤の眼内移行は,異物を排除しようとする眼球がもつ生理的な防御機構に逆らうことにほかなりません.そのため,このような防御機構を回避し,後眼部にできるだけ多くの薬剤を届ける方法として,硝子体内注射が選択されます.加齢黄斑変性に対する抗VEGF抗体の硝子体内投与が代表例としてあげられます.しかし,1回の投与による硝子体内での薬物濃度上昇は,その後の薬物代謝により次第に低下するために,反復投与が必要となります.また,硝子体注射の合併症としては網膜.離,眼内炎などが知られており,投与回数の減少が課題となっています.つまり,後眼部疾患に対する理想的な薬物投与方法は,十分な濃度の薬物を少ない回数で長期間持続させることができる方法といえます.この理想的な投与方法をめざし,近年,さまざまな治療薬が開発されています.硝子体インプラント眼局所に長期間,高濃度の薬物を投与する方法として硝子体インプラントがあります.現時点においてわが国で認可されている製品はないものの,海外においては複数の製品が臨床使用されています(表1).1996年,サイトメガロ網膜炎の治療を目的としてVitrasertRが開発されました.この製品は生体内では分解されないケースにガンシクロビルを内包した生分解性をもつポリマーが入っており,5~8カ月間の持続投与が可能です.RetisertRは非感染性ぶどう膜炎を対象としており,VitrasertRと同じポリマーに含有したフルオロシノロンアセトニドを約30カ月間,持続投与することが可能です.両者とも,本体を硝子体内に挿入後,一部を強膜に縫着固定します.しかし,本体は生分解性をもたないために,投与期間終了後は摘出しなければなりません.OzurdexRは薬物を内包させたポリマーのみを硝子体内に挿入することで,この問題点を解決しています.OzurdexRは生分解性ポリマー内にデキサメサゾンを内包しており,網膜静脈分枝閉塞症,網膜中心静脈閉塞症および非細菌性ぶどう膜炎による黄斑浮腫を適応疾患としています.さらに,RenexusRは半透膜で構成された中空の円筒内に,神経保護因子であるciliaryneutrophicfactor(CNTF)を分泌するように遺伝子改変されたヒト網膜色素上皮細胞を封入しています.半透膜を介してCNTFを硝子体腔内に放出する一方,免疫細胞からの攻撃を回避しつつ,封入されている細胞の生存に必要な栄養成分を取り込むことが可能となっています.表1海外で製品化されている硝子体インプラント販売名有効成分基材対象疾患VitrasertRガンシクロビルEVA/PVAサイトメガロ網膜炎RetisertRフルオロシノロンアセトニドシリコーン/PVA非感染性ぶどう膜炎OzurdexRデキサメサゾンPLGA網膜中心静脈閉塞症網膜静脈分岐閉塞症後部ぶどう膜炎RenexusRCNTF半透性中空糸膜網膜色素変性症*地図状萎縮*黄斑部毛細血管拡張症*EVA:EthylenevinylacetatecopolymerPVA:poly(vinylalcohol)PLGA:polylactide-co-glycolideCNTF:ciliaryneutrophicfactor*は現在,臨床試験段階であることを示す.(65)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145430910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1ARBを内包したPLGA粒子の走査型電子顕微鏡写真PLGAは生体内に存在する「乳酸」と「グリコール酸」が共重合したもので,最終的に水と二酸化炭素となり,体外へ排出される安全な物質である.RenexusRはすでに米国において第II相試験が行われており,萎縮型加齢黄斑変性に伴う地図状萎縮の患者において,視力低下に対する抑制効果が報告されています2).このようにめざましい発展を遂げている硝子体内インプラント製剤ですが,眼内炎や網膜.離といった手術に伴う危険性があります.経強膜投与と現在の知見薬物の経強膜投与は,硝子体内注射とならび,後眼部に薬物を到達させる有効な方法です.経強膜投与の代表例として,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射があります.経強膜投与では眼内に到達するまでに強膜,脈絡膜,Bruch膜や網膜色素上皮といった複数の障壁を通過しなければなりません.さらに眼窩内への拡散の影響も受けます.しかし,Tenon.下注射や結膜下注射といった経強膜投与は,一般的に硝子体内投与よりも手技的に安全であるという利点があります.一方,強膜は角膜に比較し,多くの親水性および疎水性物質に対して透過性が高く,その拡散は分子のサイズや径に依存していることが知られています.また,強膜面積は角膜面積の約17倍であることも経強膜投与の優位性を示唆しています.筆者らは今,糖尿病網膜症動物モデルを用いて,polylactide-co-glycolide(PLGA)に内包したアンジオテンシン拮抗薬(angiotensinreceptorblocker:ARB)の結膜下投与による糖尿病網膜症への有用性を研究しています.以前に筆者らは,糖尿病網膜症にお544あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014いて眼局所でのレニン-アンジオテンシン系(reninangiotensinsystem:RAS)が亢進していることを報告しました3).また,糖尿病動物モデルにおいて,RASの亢進が酸化ストレスを介して血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の発現を亢進することを見いだしています3).さらに,大規模臨床試験においてもARBの全身投与による糖尿病網膜症への有効性が証明されています4).一方,PLGAは前述のOzurdexRの基材としても用いられている生分解性ポリマーですが,わが国においても前立腺癌の治療薬リュープリンRの基材として臨床使用されており,安全性が確立された物質です(図1).現在までに,PLGAに内包された徐放化ARBの結膜下投与による網膜血管の透過性亢進抑制作用,白血球の血管内皮への接着抑制作用,さらに網膜でのVEGF発現抑制作用を動物モデルにて確認しています.これらの結果は,ARBの局所投与が糖尿病網膜症の新たな治療戦略になる可能性を示唆しているものと考えています.おわりに糖尿病網膜症,加齢黄斑変性といった多くの後眼部疾患に対しては,いまだ決め手となる治療法がなく,その確立が切望されています.投与部位の選択や徐放化による投与回数の減少は患者の肉体的,精神的負担を軽減する意味において,新たな薬物の開発と並ぶ重要な課題です.今後さらに多くの基礎研究,臨床研究が行われることで,後眼部疾患に対する新たな治療薬の臨床使用が期待されます.文献1)WorakulN,UnluN,RobinsonJR:OcularPharmacokinetics.InAlbert&Jakobiec’sPrinciplesandPracticeofOphthalmology(AlbertDM,JakobiecFA,eds),vol1,2nded,p202-211,W.B.Saunders,Philadelphia,20002)ZhangK,HopkinsJJ,HeierJSetal:Ciliaryneurotrophicfactordeliveredbyencapsulatedcellintraocularimplantsfortreatmentofgeographicatrophyinage-relatedmaculardegeneration.ProcNatlAcadSciUSA108:62416245,20113)FukumotoM,TakaiS,IshizakiEetal:InvolvementofangiotensinII-dependentvascularendothelialgrowthfactorgeneexpressionviaNADPHoxidaseintheretinainatype2diabeticratmodel.CurrEyeRes33:885-891,20084)SjolieAK,KleinR,PortaMetal:Effectofcandesartanonprogressionandregressionofretinopathyintype2(66)diabetes(DIRECT-Protect2):arandomisedplacebo-controlledtrial.Lancet372:1385-1393,2008■「ドラッグデリバリーシステムからみた新たな後眼部疾患治療薬」を読んで■現在まで,網膜薬物治療のために膨大な数の化合物見込めるということがわかると,数多くのベンチャーや生物活性分子などが調べられてきました.しかし,企業,製薬企業がこの問題に取り組み始めました.実実験段階では有効なものでも,小型動物,大型動物へ社会における医学と経済は車の両輪といわれますが,と臨床に近い状況になると,効果が判然としなくなるまさにそれを地で行く展開です.今回述べられたものものがほとんどですし,臨床治験で有効性を示すこと以外に,眼外に薬物を貯留し治療が必要なときにだけができるものは,その中のさらに一部にすぎませんで眼内に薬物を送達するMicroPumpや,抗VEGF薬した.俗諺で薬九層倍といいますが,開発の困難さやを放出するデバイス(ForSightVision4)も開発中でリスクを考えると,しかたがない面も多いかもしれます.これらのシステムが確立されれば,ぶどう膜炎やせん.糖尿病,あるいは緑内障に対して,既存化合物を用い多くの方は,薬の開発が困難なのは,適正な化合物た新しい治療がすぐにでも実現するでしょうし,今後が得られていないからだとお考えかもしれませんが,の眼科学も大きく変わるでしょう.今回,そのような網膜疾患の場合,有効な薬物は存在しても,網膜まで理由で現在,大きく動き出している最近の薬物送達研十分量の薬を送達できないことが大きな障害になって究について,福本先生が科学的視点から解説されていいたのです.このことは以前から知られていましたます.この領域は,今後眼科研究の重要な分野になるが,あまり活発な研究は行われませんでした.ところことは間違いありません.が,抗VEGF薬がこの領域に導入されて,網膜疾患鹿児島大学眼科坂本泰二治療の市場規模がきわめて大きく,これからも成長が☆☆☆(67)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014545