特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):769.774,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):769.774,2013眼窩疾患診療の最近の進歩UpdateonTherapiesforOrbitalDiseases高比良雅之*はじめに眼窩疾患は,炎症・腫瘍性疾患と眼窩の形態異常とに大きく分けることができる.本稿では,これらのうち,頻度が高い,あるいは稀であるが重要な疾患として,1)IgG4(免疫グロブリンG4)関連眼疾患,2)眼窩腫瘍およびその類縁疾患,3)眼窩骨折を取り上げ,それらの病態につき最近の診療・治療の進歩を交えて概説した.IIgG4関連眼疾患眼窩の腫瘍性病変ならびにその類縁疾患のうち,最も頻度が高いのはリンパ増殖性疾患である.ここでの眼領域のリンパ増殖性疾患には,悪性リンパ腫と,良性のリンパ病変,すなわち反応性リンパ過形成,リンパ浸潤,眼窩特発炎症,眼窩炎症性偽腫瘍といった疾患が含まれる.わが国では眼窩腫瘍および類似疾患の40%以上がリンパ増殖性疾患と推察され,米国ではその頻度は25%前後と若干低下するが,いずれにしてもリンパ増殖性疾患は眼窩腫瘍の重要な鑑別疾患である.IgG4関連疾患とは,IgG4上昇を伴う自己免疫膵炎の報告1)が発端となり,全身の諸臓器病変を併発することが明らかになってきた疾患概念である.眼科領域でも,涙腺が対称性に腫脹するMikulicz病で血清IgG4上昇を伴うことが報告され2),さらには涙腺以外の眼窩病変も多いことがわかってきた3).最近の統計により,わが国ではリンパ増殖性疾患のうち約25%がIgG4関連であることが推察される.典型的な眼領域のIgG4関連涙腺炎(図1a)の病理像では,IgG4陽性のリンパ形質細胞浸潤が顕著で(図1b),ときに線維化を伴う.他臓器では特徴的な閉塞性静脈炎の併発は少ないとされる.近年,IgG4関連眼疾患では,涙腺病変の他に,三叉神経の分枝である眼窩下神経周囲の腫瘤や,外眼筋腫脹をきたす頻度が高いことが判明した(図1c)3).そのほか,眼窩上神経,視神経周囲(図1d),眼窩脂肪,涙.や涙道,強膜などの病変がIgG4関連疾患あるいはその候補として報告されているが,今後の症例の蓄積による検討が待たれる.最近,全身諸臓器にわたるIgG4関連疾患の概念の確立とその診断につき,国内外で大きな動きがあった.一つは,日本で制定された「ComprehensiveclinicaldiagnosticcriteriaforIgG4-RD」4)であり,あわせてMikulicz病,自己免疫性膵炎,腎症の診断基準も追記された.もう一つは,米国が主導となり報告されたIgG4関連疾患に関する名称(nomenclature)と病理に関するコンセンサスである5,6).IgG4関連眼疾患に関する診断基準とその治療プロトコルについては,厚生労働省班会議眼科分科会を中心として現在(2013年3月)も検討中である.II眼窩の腫瘍性疾患眼窩の良性腫瘍および腫瘤性病変において,頻度が高くしばしば治療の対象となるものには,小児では毛細血管腫(図2a),デルモイド.腫(図2b,c),リンパ管腫などが,また成人では海綿状血管腫(図3a),涙腺.胞(図3b),涙腺多形腺腫(図3c)などがあげられる.ま*MasayukiTakahira:金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)〔別刷請求先〕高比良雅之:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健研究域視覚科学(眼科学)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(47)769eeabcd図1IgG4関連眼疾患a,b:IgG4関連涙腺炎.60歳代,男性に両涙腺腫大がみられた.涙腺病理ではIgG4染色陽性細胞が腺房周囲やリンパ濾胞にみられる.c:左外眼筋腫大と眼窩下神経腫大を併発する60歳代,男性のIgG4関連眼症(涙腺生検で診断).d:視神経周囲病変を呈するIgG4関連眼症.40歳代,男性の右視神経周囲と涙腺に腫瘤病変がみられた.abcd図2小児の眼窩腫瘍および類縁疾患a:毛細血管腫(0歳,男性),b:デルモイド.腫(2歳,女性).MRIで蝶形骨の軽度圧排をみる.c:眼窩深部のデルモイド.腫(13歳,男性).d:横紋筋肉腫(12歳,男性).MRIで左上眼瞼皮下から眼窩内にわたる腫瘍がみられた.e,f:Langerhans組織球症(11歳,女性).眼窩側壁の融解をみる(e)が,3年後には眼窩骨は再生した(f).f770あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(48)図3成人の眼窩腫瘍および類縁疾患a:海綿状血管腫(30歳代,女性).左視神経を圧排している.b:涙腺.胞(dacryops)(30歳代,男性).c:多形腺腫(80歳代,男性).眼窩骨破壊はない.d:腺様.胞癌(60歳代,男性).眼窩骨破壊を伴う.e,f:悪性黒色腫(50歳代,女性).眼瞼皮膚と結膜にわたる悪性黒色腫(e).腫瘍切除とインターフェロンの局所注射を繰り返し治療を行った2年後(f).abcdefた,眼窩の悪性腫瘍は稀ではあるが,小児では横紋筋肉腫(図2d)やランゲルハンス組織球症(Langerhanscellhistiocytosis)(図2e,f)が,成人ではリンパ腫を除けば腺様.胞癌(図3d),多形腺腫源癌(多形腺腫から発生した癌),涙腺の腺癌など涙腺原発の癌が留意すべき疾患である.また,眼球外の結膜,眼瞼に発症する悪性黒色腫は,しばしば治療に難渋する.眼瞼に生じる癌には,基底細胞癌,脂腺癌,Merkel細胞癌などがあげられるが,本稿では一般にこれら眼瞼に限局する腫瘍については割愛する.毛細血管腫(capillaryhaemangioma)は,眼窩領域では最も頻度の高い先天血管性腫瘍である(図2a).発育による自然消退も望めるが,大きさや場所によっては,視機能に問題となることがある.従来,摘出手術,血管塞栓術,ステロイド薬やインターフェロン投与などによる治療法があるが,近年,b遮断薬プロプラノロールの(49)投与が有用であることが発見された7).眼窩とその近傍の毛細血管腫に対してプロプラノロールを全身投与した100例の報告例のレビューによると,96%の症例で血管腫の改善または消失がみられたとされ,有用な治療選択肢と考えられる8).眼窩デルモイド.腫は,眉毛の下耳側の皮下に好発する腫瘤であり,幼少期にみつかることが多い(図2b).前頭頬骨縫合部に皮膚原基が迷入したものである.デルモイド.腫はときに眼窩内深部にも発症し(図2c),その場合に発見は10歳以降となることが多い.手術を急ぐ必要はないが,緩やかに増大して眼窩骨が圧排され欠損し,また破裂すると貯留物に反応して強い炎症を生じることがあるので,診断されたら早晩手術を予定すべきである.手術では,.胞壁を破裂させずに全摘出するのが望ましく,冷凍凝固プローブで牽引するのも良い方法である.しかし,骨膜との癒着が強い場合や,眼窩内にあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013771連続するようなダンベル型などで,.胞壁が破れた際には,内容吸引,術野の洗浄,ステロイド薬局所注射などにより,貯留物の播種による炎症を最小限にとどめる.若年者の原発性の眼窩悪性腫瘍は稀であるが,知っておくべき疾患として,横紋筋肉腫(図2d)とLangerhans組織球症(図2e,f)があげられる.横紋筋肉腫の治療については,IntergroupRhabdomyosarcomaStudyGroup(IRSG)9)の臨床研究があり,わが国では日本横紋筋肉腫研究グループ(JRSG)により治療指針が提示されている.横紋筋肉腫は全身に発症しうるが,一般に原発部位では眼窩,組織型では胎児型で,最も予後が良いとされる.つまり眼窩原発では化学療法・放射線療法による生存率は高いので,手術では診断に必要な組織の採取と腫瘍の量を減らすことを目的とし,全摘出にこだわり眼球と眼付属器の機能・形態を犠牲にすることは避けるべきである.Langerhans組織球症(図2e,f)は,やはり稀ではあるが眼窩に生じる小児期の悪性腫瘍である.従来histiocytosisXとよばれ,好酸球性肉芽腫,Litterer-Siwe病,Hand-Schuller-Christian病に分類されていた疾患である.小児に好発し,骨病変,肺病変,皮膚病変,肝脾腫,リンパ腫がみられる.一般に単発限局性の場合には予後が良く(図2e,f),病巣の外科的掻爬にステロイド薬の局所投与と内服により治療する.多発性の場合には化学療法,免疫療法,放射線療法が必要となる.眼窩に発症する場合,眼窩骨の融解像をみるが,手術では骨再建は不要であり,広範切除は避けて病巣内容を掻爬するにとどめ,術後の骨再生を促す.成人に発症する眼窩腫瘍で頻度が高いものに,涙腺原発の腫瘍があげられる.涙腺多形腺腫(図3c)はその代表的な良性腫瘍であるが,悪性化傾向の強い腫瘍である.したがって,画像で涙腺多形腺腫が疑われる場合,手術では生検術は避けて全摘出を計画するべきである.涙腺に原発する上皮性悪性腫瘍には,多形腺腫源癌,腺癌,腺様.胞癌(図3d)などがある.これらには化学療法は一般に効果が少なく,眼窩内容除去を含めた手術療法か放射線照射,あるいは両者の組み合わせの治療選択となる.放射線治療では,従来のX線よりも,陽子線や重粒子線の治療効果が優れるが,現時点では保険適用がなく高額治療となるのが難点である.772あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013悪性黒色腫(図3e,f)は成人の眼領域に発症する代表的な悪性腫瘍である.眼領域の悪性黒色腫で腫瘍の隆起が明らかな状態であれば,その特徴的な色調から診断はそう困難ではない.ただし,眼瞼皮膚,結膜の隆起がない色素病変では,母斑やPAM(primaryacquiredmelanosis)との鑑別がときに困難である.診断に迷う際には腫瘍を切除して病理検査を行うが,悪性黒色腫であった場合を想定して切除範囲を計画することが重要である.皮膚悪性黒色腫の治療プロトコルに準ずると,眼窩領域の悪性黒色腫との病理診断であれば眼窩内容除去術の選択になるが,近年,結膜や眼瞼皮膚に限局した悪性黒色腫については,眼球を温存する局所化学療法も試みられている.インターフェロンb(フェロンR)は皮膚科領域でもDAV(ダカルバジン,ニムスチン,ビンクリスチン)フェロン療法として用いられており,眼瞼や結膜メラノーマ切除後の後療法として,眼瞼皮内注射,結膜下注射が有効である(図3e,f))10).また,最近では,結膜悪性黒色腫に対するインターフェロンa2点眼の有用性も報告されている11).III眼窩骨折とその病態しばしば手術の対象となる眼瞼疾患には眼瞼内反症と眼瞼下垂があるが,本稿ではこれらの病態や手術の詳細については割愛する.ただし,眼窩腫瘍や眼窩骨折など,眼瞼を経由して眼窩内に到達する手術においては,これら眼瞼疾患の手術に必要な解剖上の知識を備えておくことは重要である.眼窩の形態異常で,最も多く手術の対象となるのは外傷による眼窩吹き抜け骨折(図4)である.眼窩吹き抜け骨折の手術は施設によっては,形成外科,耳鼻科,脳神経外科などの眼科以外の科でも実施されているが,重度の多発顔面骨折を除けば,眼窩吹き抜け骨折における手術のおもな目的は,複視の是正である.したがって,術前術後の評価には,眼位,Hessチャート試験,両眼単一視領域などの眼科での検査が必要である.眼窩骨折の術前の評価には,冠状断CT(コンピュータ断層撮影)が必須である.MRI(磁気共鳴画像)は,線状骨折などで嵌頓する眼窩組織の詳細を評価したい場合に用いられる.(50)acac図4眼窩壁骨折a:左開放型眼窩下壁骨折(17歳,男性).b:左閉鎖型眼窩下壁骨折(14歳,男性).上顎洞内にはみ出した下直筋が絞扼されている.c~f:斜頸をきたした眼窩骨折症例(5歳,男性).CTでは,左上顎洞の高吸収域がみられ骨折が疑われ(c),MRIにて眼窩下溝付近の眼窩組織の脱出がみられた(d).受傷後1週間で左への斜頸が目立ち,頭部傾斜試験では健側への傾斜で右眼は上転した(e).術前術後のHessチャート試験(f).術前にみられた左下斜方向の外眼筋運動制限(上)は,術後1カ月(下)には改善した.ebdf骨折片が上顎洞や篩骨洞に向けて遊離して変位するいわゆる開放型骨折(図4a)では,診断は容易で,複視の程度によって手術適応が決まる.外眼筋の絞扼が少ない開放型では骨折が派手な割に複視が軽症な場合もある.一方,眼窩骨の変位が小さい閉鎖型骨折(図4b)は,骨の弾力性に富む20歳以下の若年者に多くみられる.閉鎖型骨折は眼窩下壁に多くみられ,内壁では稀である.いったん開いた骨折片のドアから外眼筋が脱出してドアが閉まると,外眼筋は骨折部に挟まり(トラップドア)著しい眼球運動障害を生じる.受傷後には嘔気,嘔吐を(,)生じることが多いが,水平断CTでは見逃されやすく,頭部外傷として管理されることもあるので注意が必要である.閉鎖型眼窩下壁骨折は手術の絶対適応で,外眼筋の骨折部での嵌頓を解除することが主目的であり,骨壁再建のための充.物は不要であることも多い.若年者の軽度の眼窩下壁骨折では,下斜筋単独の運動障害により(51)斜頸が顕著になってくる場合がある(図4c.f).受傷眼の回旋による複視を代償するために,受傷側に頸部を傾ける斜頸を呈する(図4e).骨折の生じやすい眼窩下溝付近を走行する動眼神経下斜筋枝の麻痺によるものと考えられている12).文献1)HamanoH,KawaS,HoriuchiAetal:HighserumIgG4concentrationsinpatientswithsclerosingpancreatitis.NEnglJMed344:732-738,20012)YamamotoM,HaradaS,OharaMetal:ClinicalandpathologicaldifferencesbetweenMikulicz’sdiseaseandSjogren’ssyndrome.Rheumatology44:227-234,20053)TakahiraM,OzawaY,KawanoMetal:ClinicalAspectsofIgG4-RelatedOrbitalInflammationinaCaseSeriesofOcularAdnexalLymphoproliferativeDisorders.IntJRheumatol2012;2012:6354734)UmeharaH,OkazakiK,MasakiYetal:Comprehensiveあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013773diagnosticcriteriaforIgG4-relateddisease(IgG4-RD),2011.ModRheumatol22:21-30,20125)StoneJH,KhosroshahiA,DeshpandeVetal:IgG4-relateddisease:recommendationsforthenomenclatureofthisconditionanditsindividualorgansystemmanifestations.ArthritisRheum64:3061-3067,20126)DeshpandeV,ZenY,ChanJKetal:ConsensusstatementonthepathologyofIgG4-relateddisease.ModPathol25:1181-1192,20127)Leaute-LabrezeC,DumasdelaRoqueE,HubicheTetal:Propranololforseverehaemangiomasofinfancy.NEnglJMed358:2649-2651,20088)SpiteriCornishK,ReddyAR:Theuseofpropranololinthemanagementofperiocularcapillaryhemangiomaasystematicreview.Eye(Lond)25:1277-1283,20119)CristWM,AndersonJR,MezaJLetal:Intergrouprhabdomyosarcomastudy-IV:resultsforpatientswithnon-metastaticdisease.JClinOncol19:3091-3102,200110)藤岡美幸,坂本麻里,安積淳ほか:インターフェロン-b結膜下注射で加療した結膜悪性黒色腫の1例その効果と副作用.日眼会誌110:51-57,200611)加瀬諭,石嶋漢,野田実香ほか:インターフェロンa-2b点眼液を補助療法として使用した結膜悪性黒色腫の2例.日眼会誌115:1043-1047,201112)KakizakiH,ZakoM,IwakiMetal:Incarcerationoftheinferiorobliquemusclebranchoftheoculomotornerveintwocasesoforbitalfloortrapdoorfracture.JpnJOphthalmol49:246-252,2005774あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(52)