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リファブチンによるぶどう膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):599.603,2014cリファブチンによるぶどう膜炎の1例岡部智子*1松本直*1岡島行伸*1渡辺博*1杤久保哲男*1坂井潤一*2*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2東京医科大学眼科学教室ACaseofRifabutin-AssociatedUveitisTomokoOkabe1),TadashiMatsumoto1),YukinobuOkajima1),HiroshiWatanabe1),TetsuoTochikubo1)JunichiSakai2)and1)1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity緒言:投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあるが,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.症例:82歳,女性.非結核性抗酸菌症に対するリファブチンとクラリスロマイシンの内服開始2カ月後に両眼性に前房畜膿を伴うぶどう膜炎を発症した.リファブチンによる薬剤性のぶどう膜炎を疑い,内服を中止した.ステロイドの局所投与にて改善を認めた.考按:リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらず,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると考えられた.Inrecentyears,thedevelopmentofdrug-induceduveitisfollowingdrugadministrationhasbeenreported.Oneofthedrugscausingdrug-induceduveitisisrifabutin,buttherearefewreportsofitinthiscountry.Wereportitatthistimebecauseweexperienceddrug-induceduveitisattributabletorifabutin.Thepatient,an82-year-oldfemale,developedhypopyonuveitisinbotheyescharacteristics2monthsafterstartinginternaluseofrifabutinandclarithromycinfornontuberculousacid-fastbacterialdisease.Idoubtedrifabutin-associateduveitisandcanceledtheinternaluse.Iacceptedimprovementbylocaladministrationofsteroid.RifabutinpassedonlyforseveralyearsafteritwasapprovedinJapan,andtherewerestillfewreportsofrifabutin-associateduveitis;however,itwasthoughtthattheconditionmightincreaserapidlyinfuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):599.603,2014〕Keywords:リファブチン,薬剤性ぶどう膜炎,前房蓄膿.rifabutin,Drug-induceduveitis,hypopyonuveitis.はじめに投与中の薬剤が原因となって発症する薬剤性ぶどう膜炎が近年報告されている.薬剤性ぶどう膜炎を引き起こす薬剤の一つとしてリファブチンがあり,クラリスロマイシンと併用した場合,用量によっては前部ぶどう膜炎を引き起こす可能性が40%にも達するといわれている1)が,わが国での報告は少ない.今回筆者らはリファブチンが原因と思われる薬剤性ぶどう膜炎を経験したので報告する.I症例患者:82歳,女性.主訴:右眼の違和感と視力低下.現病歴:平成24年1月9日右眼の違和感と視力低下を自覚し翌日に近医を受診した.右眼に前房蓄膿を伴うぶどう膜炎を認めた.ステロイドの結膜下注射を行い,0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼を開始し,精査加療目的に同日,東邦大学医療センター大森病院を紹介受診となった.既往歴:当院呼吸器内科にて,非結核性抗酸菌症に対して内服加療中であった.クラリスマイシン・エタンブトール・リファンピシンの3剤にて内服治療を開始していたが,エタンブトールにて視力障害,リファンピシンにて口唇の乾燥の〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,1stDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omori-nishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)599 副作用があり,平成23年11月からはリファブチン(300mg)とクラリスロマイシン(600mg)を内服していた.初診時所見:初診時,右眼視力0.04(i.d.×+4.00D),左眼視力0.5(1.0×+1.75D(cyl.1.00DAx80°),眼圧は右眼15mmHg,左眼11mmHgであった.右眼の前眼部所見として,微細な角膜後面沈着物,前房内に炎症細胞(+++),フィブリンの析出さらには比較的さらさらした前房蓄膿を認めた(図1).左眼の前眼部にも軽度の前房内炎症があり,両眼に虹彩炎が確認できた.右眼の眼底は透見不能であったが,左眼の眼底には明らかな所見は認めなかった.血液検査ではCRP(C反応性蛋白):0.9mg/dlと上昇していたが,WBC(白血球)は6,800/μlと正常範囲であった.ほか補体価:52.7,Ig(免疫グロブリン)G:1,646mg/dl,IgA:493mg/dlと上昇,ACE(アンギオテンシン変換酵素):7.3U/l,IgM:44mg/dlは低下していたが特定の疾患を疑うものは認めなかった.胸部X線では右肺野・左中下肺野の線状影や網状影を認めた.これは結核の所見と思われ,以前のX線所見とは著変は認めていなかった.経過:近医ですでに右眼にデキサメサゾンの結膜下注射を受けており,同日の当院受診時には右眼は自覚症状では改善していた.0.5%レボフロキサシン点眼と0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼薬を両眼に変更し,散瞳薬を追加した.リファブチンの副作用の可能性も考えられ,本人の強い希望にて呼吸器内科と相談のうえ,翌日からリファブチン内服を中止した.翌日には両眼に前房蓄膿を認めたため,両眼にデキサメサゾン4mg結膜下注射を施行した.治療開始3日目には右眼視力(0.4)と改善を認めるものの,左眼視力(0.02)と低下し,再度両眼に結膜下注射を施行した.以後も両眼とも改善傾向は認めるが,炎症は強かったため結膜下注射を数回施行した.その後は経時的に改善を認めた.デキサメサゾン点眼ならびに連日の結膜下注射にて炎症は軽減し,視力は改善した(図2).治療開始9日目の時点で前房内炎症はほぼ消失し,眼底には両眼とも滲出斑や出血はなく,視神経乳頭発赤も認めず,網膜病変がないことが確認できた(図3).1カ月後には炎症所見は消失し,その後再発は認めていない(図4).リファブチン内服開始頃から顔の皮膚に色素沈着を認めていたが,内服中止により改善した.II考按リファブチンは,リファンピシンなどを含むリファマイシン系薬剤の一つであり,商品名をミコブティンカプセルRといい,結核症・非結核性抗酸菌症・HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染患者における播種性MAC(Mycobacteriumaviumcomplex)症の治療薬として,日本では2008年7月に承認されたものである.リファンピシンと比べると抗菌活性はより強力であるが高い副作用をもつため,リファンピシ600あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014ンに耐性があったり,副作用などでリファンピシンの使用が困難な場合に使用することとされている.リファブチンはリファンピシン耐性の結核菌の約30%に効果があるとされている.リファマイシン系薬剤の共通の副作用である血球減少症・肝機能障害などのほかに,リファブチン特有の副作用としてぶどう膜炎がある.非結核性抗酸菌症の70%を占めるのはMAC症であり,現在,肺MAC症の化学療法の原則はリファンピシン・クラリスロマイシン・エタンブトールの3剤による多剤併用が基本とされている2).そのため,リファンピシンを副作用や何らかの理由で使用できずリファブチンに変更した場合,通常リファブチンはクラリスロマイシンと併用されることになる.リファブチンはクラリスロマイシンと併用することによって血中濃度が1.5倍以上に上昇する3)といわれており,用量依存性であるリファブチンの副作用によるぶどう膜炎の発症率はその分高くなる4).リファブチン450mg単独投与でのぶどう膜炎の発症率は391例中7例(1.8%)であるのに対しリファブチン450mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合は389例中33例(8.5%)になったとの報告5)もある.また,リファブチン600mgとクラリスロマイシン1,000mgを併用した場合,前眼部ぶどう膜炎の発症頻度は40%にも達する1)ともいわれている.リファブチンによるぶどう膜炎の発症率は海外に比べてわが国では低く,筆者らが調べた限りでは7症例が報告されているにすぎない.日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会が推奨するガイドラインによれば,クラリスロマイシン併用時のリファブチンの初期投与量は150mg/日であり,6カ月以上副作用がない場合に300mg/日までの増加を可と定めており2),わが国においてリファブチンが300mgを超えて使用されることは多くはないと考えられ,そのため,日本での発症率はそれほど高くはなっていないと考えられる.これに比べ,海外ではリファブチンの投与量は300.600mgであり,ぶどう膜炎の発症頻度には大きく差がある.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎としてわが国ですでに報告された7症例6.9)に,今回の1症例を加えた8症例の特徴を検討した(表1).発症年齢に特別の傾向はなく,性別は女性に多い.リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の発症が用量依存性ということから,体の小さい女性のほうが体内の血中濃度が上昇しやすく,発症しやすいことにつながっている可能性があると考えられた.リファブチンの投与量は,2症例で150mg,1症例は不明であったが,5症例では300mgであった.内服を開始してから発症までの期間には2.3カ月が目立ち,今回も2カ月後であった.8症例中6症例は両眼であった.1例を除いてすべての症例でクラリスロマイシンを併用していた.前房蓄膿は1症例を除いて認めており(122) 図1右眼の初診時の前眼部写真角膜後面沈着物,前房内炎症細胞,フィブリンと前房蓄膿を認めた.図3治療開始9日目の眼底写真眼底に網膜病変は認めなかった.強い前房内炎症を伴うことがわかる.硝子体混濁は8症例中3症例で認めたが,血管炎の所見は認めなかった.治療は,リファブチンの内服中止とステロイドによる消炎が有効とされている.8症例中3症例は内服中止と,ステロイド点眼の(123)logMAR視力0.51.52.5日付0121/101/121/141/161/181/201/221/241/261/281/30:右眼:左眼デキサメサゾン4mg結膜下注射図2治療経過図4治療開始6カ月後の前眼部写真右眼に瞳孔不整は認めるが,両眼とも炎症の再発は認めていない.みにて改善したが,他3症例でステロイドの結膜下注射が必要であった.鑑別診断としては,前房蓄膿をきたすぶどう膜炎として,Behcet病・HLA(ヒト白血球抗原)-B27関連ぶどう膜炎・糖尿病虹彩炎・炎症性腸炎・リウマチ性関節炎に伴うぶどうあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014601 表1国内でのリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告症例年齢(歳)性別RBTの内服量内服から発症までの期間発症眼前房蓄膿硝子体混濁治療齋藤ら6)91女性150mg2カ月両眼++隅角癒着解離術・硝子体切除術齋藤ら6)72女性150mg7カ月右眼++内服中止・点眼齋藤ら6)83女性300mg6カ月両眼.+内服中止・点眼石口ら7)45男性300mg3カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射飯島ら8)80女性不明2カ月両眼+.内服中止・点眼福留ら9)64女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射福留ら9)81女性300mg2カ月右眼+.硝子体切除術岡部ら82女性300mg2カ月両眼+.内服中止・点眼・結膜下注射膜炎・仮面症候群(悪性リンパ腫)・細菌性眼内炎(内因性・外因性)などがあげられるが,今回の症例は,①両眼に発症したこと,②リファブチン内服開始2カ月後の発症であったこと,③リファブチンとクラリスロマイシンを併用していたこと,④リファブチンの内服中止および副腎皮質ステロイド薬の局所投与によく反応したこと,⑤網膜病変を認めなかったこと,⑥全身所見や臨床検査所見で上記の鑑別疾患に合致する所見がないことより,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の可能性が高いと考えた.リファブチンの副作用の発症機序は,①リファブチンまたはその代謝産物による中毒症の可能性(投与量に依存する)1,3,6,10.12),②リファブチンで死滅した抗酸菌または菌の放出物に対するアレルギー性炎症反応など10,13)が考えられているが,現在はまだ解明はされていない.今回の所見は,細菌由来のエンドトキシン(LPS)をラットやマウスに接種して惹起したendotoxin-induceduveitis14)の所見ときわめて類似していることから,本症においてもリファブチンの投与により結核菌の細胞壁から遊離したLPSが発症に関与している可能性も考えられた.リファブチンを継続すると高率に再発するため,リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎は早期に診断して内服薬の中止と副腎皮質ステロイド薬の局所投与による消炎治療が必要である.リファブチンは日本では承認されてから数年しか経っておらずリファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎の報告はまだ少ないが,今後急増する可能性があると推測された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ShafranSD,DeschenesJ,MillerMetal:Uveitisandpseudojaundiceduringaregimenofclarithromycin,rifabutinandethanbutol.MACStudyGroupoftheCanadianHIVTrialNetwork.NEnglMed330:438-439,1994602あたらしい眼科Vol.31,No.4,20142)日本結核病学会非結核性抗酸菌症対策委員会,日本呼吸学会感染症・結核学術部会:肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解-2008暫定.結核83:731-733,20083)HafnerR,BethelJ,PowerMetal:Toleranceandpharmacokineticinteractionsofrifabutinandclarithromycininhumanimmunodeficiencyvirus-infectedvolunteers.AntimicrobAgentsChemother42:631-639,19984)ShafranSD,SingerJ,ZarownyDPetal:Determinantsofrifabutin-associateduveitisinpatientstreatedwithrifabutin,clarithromycin,andethambutolforMycobacteriumaviumcomplexbacteremia:amultivariateanalysis.CanadianHIVTrialsNetworkProtocol010StudyGroup.JInfectDis177:252-255,19985)BensonCA,WilliamsPL,CohnDLetal:ClarithromycinorrifabutinaloneorinconbinationforprimaryprophylaxisofMycobacteriumaviumcomplexdiseaseinpatientswithAIDS:Arandomized,double-blind,placebo-controlledtrial.TheAIDSClinicalTrialsGroup196/TerryBeirnCommunityProgramsforClinicalResearchonAIDS009ProtocolTeam.JInfectDis181:1289-1297,20006)斎藤智一,尾花明,土屋陽子ほか:抗酸菌症治療薬リファブチンによりぶどう膜炎を生じた3例.日眼会誌115:595-601,20117)石口奈世理,上野久美子,栁原万里子ほか:リファブチンによる薬剤性ぶどう膜炎を生じた後天性免疫不全症候群の1例.日眼会誌114:683-686,20108)飯島敬,市邉義章,清水公也:リファアブチンに関連した前房畜膿を伴うぶどう膜炎.あたらしい眼科28:693695,20119)福留みのり,佐々木香る,中村真樹ほか:リファブチン関連ぶどう膜炎の2例.臨眼64:1587-1592,201010)KellerherP,HelbertM,SweeneyJetal:UveitisassociatedwithrifabutinandmacrolidetherapyforMycobacteriumaviumintracellulareinfectioninAIDSpatients.GenitourinMed72:419-421,199611)HavilirD,TorrianiF,DubeM:Uveitisassociatedwithrifabutinprophylaxis.AnnInternMed121:510-512,199412)KarbassiM,NikouS:Acuteuveitisinpatientswithasquiredimmunodeficiencysyndromereceivingprophylacticrifabutin.ArchOphthalmol113:699-701,199513)JacobsDS,PilieroPJ,KuperwaserMGetal:Acute(124) uveitisassociatedwithrifabutinuseinpatientswith14)RosenbaumJT,McDevittHO,GussRBetal:Endotoxinhumanimmunodeficiencyvirusinfection.AmJOphthal-induceduveitisinratasamodelforhumandisease.mol118:716-722,1994Nature286:611-613,1980***(125)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014603

インフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):595.598,2014cインフリキシマブが有効であった関節リウマチによる壊死性強膜炎の1例小溝崇史*1寺田裕紀子*1子島良平*1宮田和典*1望月學*1,2*1宮田眼科病院*2東京医科歯科大学大学院歯学総合研究科眼科学分野NecrotizingScleritisSecondarytoRheumatoidArthritisSuccessfullyTreatedwithInfliximabTakashiKomizo1),YukikoTerada1),RyoheiNejima1),KazunoriMiyata1)andManabuMochizuki1,2)1)MiyataEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversityGraduateSchoolofMedicine関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)に伴う壊死性強膜炎が発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症例を経験したので報告する.症例は71歳,女性.右眼の霧視と疼痛を自覚した.右眼に強い強膜炎と,硝子体脱出を伴う強膜穿孔があった.左眼に異常所見はなかった.RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.しかし,移植片と強膜の融解は進行し眼球摘出に至った.術後7カ月,左眼に壊死性強膜炎を発症した.右眼の経過より,難治性と判断し,副腎皮質ステロイド薬の内服に加えて,インフリキシマブ加療を開始した.現在,左眼の強膜炎発症後3年経過するが,強膜穿孔には至らずに強膜炎は消炎されている.難治性の壊死性強膜炎には,インフリキシマブが有効であると考えられた.A71-year-oldfemalewasreferredtoourclinicduetosevereocularpainandblurringofvisioninherrighteye.Ocularexaminationrevealedseverescleritisandscleralperforation,withvitreousprolapseintherighteye.Thelefteyewasnormal.Systemicexaminationrevealedthatthepatienthadbeensufferingfromrheumatoidarthritisformorethan20years.Thescleralperforationwascoveredwithgraftsoffrozenpreservedcorneaandamnioticmembrane.However,thescleralandcornealgraftsmeltedwithinaweekandtheeyewasenucleated.Sevenmonthsafterenucleation,scleritisoccurredinthelefteye.Inconsiderationoftheclinicalcourseoftherighteye,thescleritisinthelefteyewastreatedwithinfliximab(3mg/kg)togetherwithprednisolone(15mg/day),whichsuccessfullyresolvedtheseverescleritisofthelefteye.Infliximabisthereforerecommendedforrefractorynecrotizingscleritis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):595.598,2014〕Keywords:壊死性強膜炎,関節リウマチ,インフリキシマブ,免疫抑制療法,強膜穿孔.necrotizingscleritis,rheumatoidarthritis,infliximab,immunomodulatorytherapy,scleralperforation.はじめに壊死性強膜炎は強膜炎の5%を占める稀な疾患であるが,予後はきわめて不良である1,2).重症例では,強膜穿孔し眼球摘出に至ることも少なくない.また,強膜炎は関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)などの全身性の自己免疫性疾患を合併することがあるが,壊死性強膜炎では45.80%と高率に合併する1,2).抗ヒトTNF(腫瘍壊死因子)-aモノクローナル抗体であるインフリキシマブは,RAやCrohn病,眼科領域ではBehcet病などの治療に最近承認された免疫抑制薬であるが,海外では,強膜炎に対しても良好な治療効果が報告されている3,4).しかし,わが国でその報告は少ない.今回筆者らは,関節リウマチに伴う壊死性強膜炎を発症し,一眼は強膜穿孔により眼球摘出に至ったが,後に発症した僚眼の壊死性強膜炎はインフリキシマブで治療できた症〔別刷請求先〕小溝崇史:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TakashiKomizo,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)595 例を経験したので,患者に理解と同意を取得したうえ,報告する.I症例患者:71歳,女性.主訴:右眼の霧視と疼痛.既往歴:1990年にRAを発症,内科においてブシラミンとロキソプルフェンで治療されていた.1998年より増悪したため,追加治療として関節内ステロイド注射を頻回に受けていた.疼痛コントロールは良好であったが,RAに伴う肘・膝・肩関節の拘縮と心不全もあるため,日常生活動作(activitiesofdailyliving:ADL)は不良であった.また,2006年に両眼の白内障手術を受けた.現病歴:2009年11月,右眼の霧視と疼痛を自覚し,同日に近医を受診した.強膜穿孔があり,翌日に宮田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼0.02(0.04×+3.00D),左眼0.5(1.5×.0.50D(cyl.1.25DAx150°)眼圧は右眼測定不能,左眼9mmHgであった.右眼に強い充血あり,強膜は上方が菲薄化しており,菲薄化した中央部は穿孔し硝子体の脱出があった(図1).前房にはfibrinを伴う強い炎症がみられた.眼底は透見不能であったが,超音波Bモード断層検査にて全周に脈絡膜.離,下方に漿液性網膜.離があった.左眼は前眼部・中間透光体・眼底に異常所見はみられなかっ毛様(,)た.経過:RAに伴う壊死性強膜炎による強膜穿孔と診断し,翌日に強膜穿孔を閉鎖する目的で,保存角膜と羊膜を用いて強膜補.術を行った.術後早期の移植片の生着は良好であったが,移植術後11日目より移植片と強膜の融解が生じた(図2).経過から感染の可能性は低いと考え,0.1%ベタメサゾン点眼6回/日に加え,プレドニゾロン20mgとアザチオプリン50mgの内服を開始した.しかし,内服開始後も移植角膜片の融解は軽快せず,移植片と強膜の融解部位はさらに広く深くなった.移植術後50日目に,眼球温存は困難と判図2強膜補.術後11日目の前眼部写真移植片と強膜に融解がみられる(矢印).図1初診時の右眼前眼部写真(下方視)点線で囲まれた黒い部分は,壊死融解し穿孔した強膜と脱出した硝子体である.図3再診時の左眼前眼部写真(下方視)強膜の菲薄化がみられる(矢印)が,穿孔はなかった.596あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(118) 図4最終受診時の左眼前眼部写真(左:正面視,右:下方視)上方強膜が菲薄化している(矢印)が,充血はなく,強膜炎は消炎されている.断し,眼球摘出術を行った.その間,左眼に異常所見はなかった.右眼球摘出術後の2カ月後より,肺水腫で内科に入院したため,当院への通院が途絶え,プレドニゾロンとアザチオプリンは中断していた.内科入院中,左眼に強膜炎を発症し,入院した病院の眼科で0.1%ベタメサゾン点眼により治療されていた.右眼球摘出7カ月後,肺水腫が軽快し内科を退院したため,当院を再診した.再診時所見(2010年8月):右眼は義眼が挿入され炎症所見はなかった.左眼は視力0.2(1.5×.0.25D(cyl.1.50DAx90°),眼圧は12mmHg,強膜深層血管に拡張あり,上方強膜は菲薄化していたが穿孔はなかった(図3).前房中にcell2+程度の虹彩炎がみられたが,中間透光体,眼底に異常所見はなかった.右眼の経過より,左眼も難治性の壊死性強膜炎と診断した.0.5%レボフロキサシン点眼4回/日,0.1%ベタメサゾン点眼4回/日,0.1%タクロリムス点眼2回/日に加えて,プレドニゾロン15mgの内服と内科に依頼してインフリキシマブ2mg/kgの点滴静注を行った.その後,骨粗鬆症の合併症のリスクを考慮し,プレドニゾロンを2カ月ごとに2.5mgずつ減量し,プレドニゾロン10mg/日に減量した時点でメトトレキセート8mg/週を併用し,1年6カ月かけてプレドニゾロンを中止した.現在までインフリキシマブ(2mg/kg)は継続している.インフリキシマブ導入前は,5.0であったCRP(C反応性蛋白)は導入後には1.0前後と減少し,関節リウマチのコントロールは良好である.2013年8月29日現在,壊死性強膜炎は消炎され,強膜の菲薄化はあるものの穿孔はなく(図4),視力も0.3(0.6×.0.5D(cyl.2.50DAx90°)と良好である.II考按強膜炎は,原因により感染性と非感染性に大別され,解剖学的には前部強膜炎(94%),後部強膜炎(6%)に分けられ,さらに,前部強膜炎はびまん性(75%),結節性(14%),壊死性(5%)に分類される2).このように壊死性強膜炎は稀な疾患であるが,強膜穿孔や眼球摘出に至り,予後が不良な例が少なくない1,2).本症例でも,右眼は壊死性強膜炎により強膜穿孔し,保存角膜と羊膜の移植による強膜補.術を行ったが,術後比較的短期のうちに眼球摘出に至った.壊死性強膜炎による強膜穿孔に対しては,大腿筋膜を用いた補.術で眼球温存が可能であったとの報告5)があるが,本例と異なり強膜穿孔前より免疫抑制薬を使用していた.本例では,強膜穿孔時,抗リウマチ薬と副腎皮質ステロイド薬点眼だけであり,強膜補.術後もしばらくの間,免疫抑制薬治療を行っていなかった.強膜補.術後の経過では,移植片の融解だけでなく,強膜の融解も進行したため,移植片の脱落の原因は,おもに拒絶反応でなく強膜炎の活動性が高かったことであると思われ,移植片の生着には免疫抑制薬治療を用いた強膜炎の十分な消炎が必要であると考えられた.壊死性強膜炎の治療は,局所治療のみでは不十分なことが多く,全身治療が必要である.全身治療の第一選択は副腎皮質ステロイド薬の内服だが,それ単独で治療可能なのは約3割であり,多くは免疫抑制薬の併用が必要であると報告されている1).さらに,すべての壊死性強膜炎で副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬の併用が必要であるとしている6)との報告もある.さらに,免疫抑制薬の併用でも治療に難渋する症例では,インフリキシマブなどの生物学的製剤が有効との報告がある3,4,6).本例では,右眼摘出後,内科入院中に左眼に(119)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014597 も壊死性強膜炎を発症したが,治療は当院再診までの間,ステロイド点眼による局所治療のみであった.当院再診後速やかに,副腎皮質ステロイド薬,メトトレキセート,インフリキシマブの全身治療を行ったところ,右眼の経過とは異なり,左眼は強膜穿孔に至らずに強膜炎は沈静化した.また,RAに関しても,当院初診時,CRPは5.0で関節内ステロイド注射を頻回に受けるほどに関節炎は強く,肘・膝・肩関節の拘縮と心不全のためADLは不良であったが,当院最終受診時にはADLは変わらないもののCRPは1.0と低下し,RAのコントロール状態も改善した.以上のように,本例ではインフリキシマブが壊死性強膜炎の消炎とRAの療法に有効であったと考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TuftSJ,WatsonPG:Progressionofscleraldisease.Ophthalmology98:467-471,19912)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalezLAetal:Clinicalcharacteristicsofalargecohortofpatientswithscleritisandepiscleritis.Ophthalmology119:43-50,20123)GalorA,PerezVL,HammelJPetal:Differentialeffectivenessofetanerceptandinfliximabinthetreatmentofocularinflammation.Ophthalmology113:2317-2323,20064)DoctorP,SultanA,SyedSetal:Infliximabforthetreatmentofrefractoryscleritis.BrJOphthalmol94:579583,20105)生杉,前川,福喜多ほか:Wegener肉芽腫症による強膜穿孔に対し自己大腿筋膜移植術を行った1例.臨眼54:381384,20006)SainzdelaMazaM,MolinaN,Gonzalez-GonzalesLAetal:Scleritistherapy.Ophthalmology119:51-58,2012***598あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(120)

尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例

2014年4月30日 水曜日

《第47回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科31(4):591.594,2014c尋常性白斑の診断を受けていたVogt-小柳-原田病の2例寺尾亮*1藤野雄次郎*1南川裕香*1杉崎顕史*1田邊樹郎*1菅野美貴子*2*1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科*2河北総合病院眼科TwoCasesofVogt-Koyanagi-HaradaDiseasewithVitiligoPrecedingOcularDiseaseRyoTerao1),YujiroFujino1),YukaMinamikawa1),KenjiSugisaki1),TatsuroTanabe1)andMikikoKanno2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKouseinenkinHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KawakitaGeneralHospital尋常性白斑の診断を受けていて後に眼症を発症したVogt-小柳-原田病(VKH)の2例を報告する.症例1は74歳,女性.1998年頃から尋常性白斑と診断されていた.2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚し近医を受診後,10月下旬当科を紹介受診した.両眼の網膜皺襞,右眼の漿液性網膜.離を認めた.蛍光眼底造影検査(FA)で両眼にびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い両眼の漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を呈した.症例2は64歳,女性.2000年頃から白斑が出現していた.2003年8月に近医で右眼白内障手術を施行.3週間後より急激に右眼視力低下と歪視を自覚し当科を紹介受診した.両眼に漿液性網膜.離を認めFAでびまん性点状蛍光漏出を認めた.VKHと診断しステロイドパルスを行い漿液性.離は治癒したが,夕焼け状眼底を認めた.VKHの皮膚白斑は回復期に出現するとされているが,本症例のように明らかな眼症状の出現に先行する症例も存在すると考えられた.Wereport2casesofVogt-Koyanagi-Haradadiseasethathadbeendiagnosedasvitiligovulgarisprecedingtheonsetofoculardisease.Case1,a74-year-oldfemale,presentedwithvisuallossinherrighteye;shehadbeendiagnosedwithvitiligo20yearsbefore.Fundusexaminationshowedserousdetachment(SRD)intherighteye;fluoresceinangiography(FA)revealeddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientreceivedsteroidpulsetherapyandwascured,withsunsetglowfundus.Case2,a64-year-oldfemale,complainedofvisuallossandanorthopiainherrighteye3weeksafterrightcataractsurgerywithoutcomplication;shehadsufferedfromvitiligo3yearsbefore.FundusexaminationshowedbilateralSRDandFAdiscloseddiffusepinpointleakageinbotheyes.Thepatientwassuccessfullytreatedwithsteroidpulsetherapyandsunsetglowfundusappeared.Thediagnosticcriteriaprescribesthatvitiligoshouldnotprecedeoculardisease,butexceptionalcasesmayexist.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):591.594,2014〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,診断基準,夕焼け状眼底,皮膚白斑.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,diagnosticcriteria,sunsetglowfundus,vitiligo.はじめにVogt-小柳-原田病(VKH)は全身のメラノサイトに対する自己免疫疾患で,眼症状の他に皮膚科,耳鼻科,神経内科領域の症状が出現する.病期は前駆期・眼病期・回復期の3期に分類される.前駆期では軽度感冒様症状や頭痛,耳鳴りなどが出現し,眼病期ではびまん性脈絡膜炎を主体とした汎ぶどう膜炎が起こり,回復期では夕焼け状眼底や角膜輪部色素脱失(杉浦徴候),皮膚症状が出現しはじめる.皮膚所見は一般的には回復期に出現するとされており,ReadらのVKHの診断基準においても皮膚症状の出現は「notprecedingonsetofoculardisease」と記載されている1).しかし,これまでに皮膚所見が眼症状に先行したVKH症例が数例報告されている2,3).今回,筆者らは尋常性白斑の診断を受けていて後に後眼部炎症を発症し,夕焼け状眼底を呈したVKHの2例を報告する.I症例1〔症例1〕74歳,女性.〔別刷請求先〕寺尾亮:〒162-8543東京都新宿区津久戸町5-1JCHO東京新宿メディカルセンター眼科Reprintrequests:RyoTerao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoShinjukuMedicalCenter,5-1Tsukudocho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8543,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(113)591 abcdabcd図1症例1a:2007年健診時の眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:初診時の右眼光干渉断層計.漿液性網膜.離を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢頭)と頬部(矢印)の左右対称な白斑を認める.d:治癒後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.現病歴:2010年10月中旬から右眼視力低下を自覚したため10月末日近医を受診したところ,右眼の虹彩炎と後部ぶどう膜炎を指摘され,その2日後東京厚生年金病院(当院:現JCHO東京新宿メディカルセンター)眼科紹介受診した.既往歴:1982年頃から軽度の両眼の虹彩炎が数回出現していたが高度な視力低下を自覚することはなく,1991年以降は虹彩炎を起こしていなかった.また,2007年の健康診断時に撮影された眼底写真は眼底に異常を認めず,夕焼け状眼底は呈していなかった(図1a).1998年頃から頭部・顔面に左右対称性の白斑が出現し尋常性白斑の診断を受けていた(図1c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.6×+2.50D(cyl.1.50DAx65°),左眼0.2(1.2×+2.50D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg.両眼とも前房内細胞なし.両眼とも網膜皺襞を認め,光干渉断層計にて右眼は漿液性網膜.離を認めた(図1b).蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出がみられた.血液検査では末梢血,生化学検査を含め異常項目はなく,髄液検査では細胞数は4/3μlと増多を認めなかった.また,白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.592あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン500mg/日,3日間のセミパルス療法,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減し3カ月で内服を中止した.その後,2回,網膜皺襞が出現したが,その都度トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行い,眼底所見は改善した.両眼ともしだいに夕焼け状眼底を呈した(図1d).〔症例2〕64歳,女性.現病歴:2003年8月近医で右眼の視力低下に対し右眼白内障手術を施行.その3週間後より右眼視力の急激な低下と歪視を自覚し他医受診した.右眼眼底に広く網膜浮腫を認めたため精査・加療目的で当科を紹介受診した.既往歴:2000年頃から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた(図2c).家族歴:特記事項なし.初診時所見:視力は右眼0.04(矯正不能),左眼0.05(0.4×+5.75D(cyl.1.75DAx90°).眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHgであった.両眼とも前房内細胞1+認め,右眼は眼内レンズ眼,左眼は極軽度の白内障がみられた.また,眼底は後極を中心に漿液性網膜.離がみられた.蛍光眼底造影検査では両眼ともびまん性の点状蛍光漏出および蛍光貯留を認めた(図2a,b).血液検査では末梢血,生化学検(114) cacabd図2症例2a:初診時眼底写真.夕焼け状眼底はみられていない.b:蛍光眼底造影検査.両眼のびまん性点状蛍光漏出を認める.c:頭部写真.両眉弓部(矢印)の左右対称性の白斑を認める.d:治療後の眼底写真.夕焼け状眼底を呈している.査を含め異常項目はなく,髄液検査では単核球数10/3μlと増多がみられた.また白髪,禿,感音性難聴などは認めなかった.経過:VKHと診断しメチルプレドニゾロン1,000mg/日,3日間のパルス療法を2クール行い,その後,後療法としてプレドニゾロン40mg/日内服から漸減した.漸減途中6mg/日のときに両眼後極部に網膜皺襞が出現したため,トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を行った.2004年5月にプレドニン内服を中止し,それ以降,再発をみていない.両眼とも眼底はしだいに夕焼け状眼底を呈したが(図2d),視力は両眼矯正1.2を得た.なお,本2症例は報告にあたって本人の自由意思による同意(informedconsent)を得ている.II考察VKHの皮膚所見としては白毛,脱毛,白斑がある.皮膚白斑は左右対称性で,眼瞼周囲や頸部に認められるのが特徴的で,尋常性白斑との鑑別を要する4).白斑が先行したVKH症例に関する既報を示す(表1).井上らの報告2)は68歳,女性で,両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現,その3年後に両眼の中心部(115)視力低下と歪視を自覚し,VKHと診断されている.内山らの報告3)は67歳,男性で,顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑が出現,さらに5年後に後頭部,肘中部に乾癬が出現していた.その1年後からぶどう膜炎と診断されていたが,さらに1年後に当院を受診され両眼白内障手術を施行したところ,術後眼底検査で夕焼け状眼底がみられたためVKHと診断されている.自験例について,症例1は初診時に滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,また後期症状として夕焼け状眼底がみられた.Readらの診断基準では皮膚白斑が先行していたため皮膚所見の基準を満たしていないとすればprobableVKH,皮膚所見を含めた場合はincompleteVKHに該当する.1982.1991年頃の間に軽度虹彩炎のエピソードが数回あったが以降は一旦治まっており,皮膚白斑は1998年頃から出現していた.当院初診時より以前からVKHによる後眼部炎症が起こっていた,あるいは関連する非常に軽症のぶどう膜炎を繰り返していた可能性も考えられるが,2007年の眼底写真では夕焼け状眼底は呈していなかったため,この時点ではまだVKHのような汎ぶどう膜炎は発症しておらず,1991年以前に起きていた虹彩炎はVKHとは違う病態であったのではないかと考えられた.したがっあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014593 表1皮膚白斑が先行したVogt-Koyanagi-Harada病の報告例報告者報告年年齢性皮膚所見経過眼所見井上ら2)200068歳女性1993年頃から両眼周囲,頸部,手背に左右対称の境界明瞭な白斑が出現.白斑出現3年後に中心部視力低下と歪視自覚.近医でぶどう膜炎を診断されステロイド点眼処方されたが,視力低下が進行したため紹介.初診時に視神経乳頭浮腫,滲出性網膜.離,周辺部夕焼け状眼底を認めた.内山ら3)201067歳男性1998年頃より顔面,両手背,体幹に左右対称性の白斑,5年後から後頭部,肘中部に乾癬が出現.白斑出現6年後からぶどう膜炎と診断されていた.2008年4月精査目的で紹介受診.ぶどう膜炎と白内障を認めた.初診の1週間後両眼の白内障手術を施行.術後に眼底を確認したところ,夕焼け状眼底を認めた.て,2010年10月の両眼性後眼部炎症がVKHの眼病期にあたり,それよりも皮膚所見のほうが先行していたと考える.症例2は今回の眼内炎症を起こす3年前から左下腹部と両眉弓部に白斑が出現していた.初診時に両眼滲出性網膜.離,蛍光眼底造影検査におけるびまん性点状蛍光漏出,脳脊髄液細胞増多,また後期症状として夕焼け状眼底を認めていた.片眼の白内障手術後に両眼性眼内炎症をきたしたため,内眼手術の既往のある場合を一律に交感性眼炎とする立場をとれば,本症も白内障手術が虹彩損傷のない小切開白内障手術であったとしても交感性眼炎に分類されることになる5).しかし,Kitamuraらは杉浦の診断基準によって診断されたVKH169症例をReadらの診断基準にあてはめたところ14症例が基準を満たしておらず,うち2症例は白内障手術既往のある症例であったと報告しており,通常の白内障手術の既往があるものがVKHの該当から除外されることについては疑問視している6).そのような意見も鑑み,本症例は白内障手術以前から存在した皮膚病変と今回の眼症を同一疾患と考えVKHと診断した.また,右眼白内障術前から緩徐なVKHによる炎症があった可能性もあるが,白内障手術を受けていない左眼は白内障も軽度でそれ以前に視力低下の自覚がないことから,その可能性は低く,今回のエピソードが初回の内眼炎であると考えられた.内眼手術歴以外の項目において検討すると皮膚所見を含まないのであればincompleteVKH,含めた場合はcompleteVKHに該当する.いずれの症例も白斑が主体ないし先行したVKHと考えられた.Readらの診断基準では白斑は眼症状に先行しないとされているが例外も存在する可能性があり,少なくとも左右対称性の特徴的な分布を示す皮膚白斑がみられた場合は,それが眼症状出現前でもVKHの可能性があると思われ,今後も症例を蓄積していく必要があると考える.文献1)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20012)井上裕悦,大西善博,榎敏生ほか:白斑が先行したVogt・Koyanagi・原田病.皮膚臨床42:214-215,20003)内山真樹,三橋善比古,大久保ゆかりほか:Vogt-Koyanagi-Harada病を合併した尋常性乾癬.皮膚病診療32:959962,20104)鈴木民夫,金田眞理,種村篤ほか:尋常性白斑診療ガイドライン.日皮会誌122:1725-1740,20125)DemicoFM,KissS,YoungLH:Sympatheticophthalmia.SeminOphthalmol20:191-197,20056)KitamuraM,TakamiK,KitachiNetal:ComparativestudyoftwosetsofcriteriaforthediagnosisofVogtKoyanagi-Harada’sdisease.AmJOphthalmol139:10801085,2005***594あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(116)

全身状態の悪化を招いたStreptococus pyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):587.590,2014c全身状態の悪化を招いたStreptococcuspyogenesによる重症眼瞼部軟部組織炎の1例森川涼子*1佐々木香る*2田中智明*2大浦淳史*2細畠淳*1西田幸二*3*1大阪鉄道病院眼科*2星ヶ丘厚生年金病院眼科*3大阪大学医学部附属病院眼科ACaseofSeverePreseptalCellulitisCausedbyStreptococcusPyogenesRyokoMorikawa1),KaoruAraki-Sasaki2),TomoakiTanaka2),AtsusiOura2),JunHosohata1)andKohjiNishida3)1)DivisionofOphthalmology,OsakaRailwayHospital,2)DivisionofOphthalmology,HoshigaokaKoseinenkinHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,OsakaUniversity背景:A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)による軟部組織炎は重症化することがあり,toxicshockをきたした症例がすでに数例報告されている.症例:79歳,男性.平成24年6月下旬に,転倒により眼鏡縁で右眼瞼部をわずかに受傷.2日後に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹,発熱(39℃台)を認め,近医外科から鉄道病院眼科へ搬送.創部の洗浄,抗生剤の局所投与と点滴投与後,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ入院.経過:数日のうちにCRP(C反応性蛋白)の上昇とともに組織融解は広範囲に進行し,全身状態は悪化した.局所培養にてS.pyogenesが検出され,大量ペニシリンGとクリンダマイシンの全身投与,抗菌薬の点眼・軟膏に加え,局所掻爬にて治癒した.結論:外傷によるS.pyogenesの眼瞼部感染症の第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要がある.Background:CasesofsofttissueinflammationbyStreptococcuspyogenesmaybeadvancinginseverity,sometimesresultingintoxicshock.Case:A79-year-oldmalewasinjuredintherightpalpebralareabyhiseyeglasses.Bothsidesofhiseyelid-cheekwereswollen;2dayslaterhedevelopedfever(39degrees-Celsiuslevel).HewasconveyedtotheOsakaRailwayHospitalDivisionofOphthalmologywherethewoundwaswashedandantibioticswereadministeredlocallyandintravenously.HewasthenhospitalizedinHoshigaokaKoseinenkinHospital,underobservationbybothadermatologistandanophthalmologist.TissuenecrosisprogressedwithincreasedC-reactiveprotein(CRP)levelduringafewdays,andhisgeneralconditionbecameworse.S.pyogeneswasdetectedfromthenecrotictissueandhewastreatedwithintravenouspenicillinGandclindamycin.Antibioticeyedrops,ointmentandlocaldebridementwerealsoadded.Hisgeneralconditionthenresolvedandthenecroticregionhealed.Conclusion:ItisnecessaryforophthalmologiststorecognizetheseverityoftissuedestructionbyS.pyogenesandtocontactadermatologistorphysicianassoonaspossibleinsuchcases.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):587.590,2014〕Keywords:A群b溶血性レンサ球菌,前隔壁結合織炎,劇症型溶血性レンサ球菌感染症,外傷,壊死性眼瞼炎.Streptococcuspyogenes,preseptalcellulitis,streptococcaltoxicshocksyndrome,traumaticinjury,necrotizingfasciitis.はじめに今日,抗菌薬の進歩により,外傷後の細菌による感染は比較的治療しやすい状況である.しかし,抗菌薬の感受性にもかかわらず,菌による外毒素産生により急速に全身状態の悪化を招く場合もある.A群b溶血性レンサ球菌(Streptococcuspyogenes:S.pyogenes)は溶血性レンサ球菌中で最も高頻度に,ヒトに多彩な疾患を起こす.咽頭炎,猩紅熱,産褥熱,丹毒の起炎菌としてよく知られており,近年は突発的敗血症病態である劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcaltoxicshocksyndrome:STSS)が報告されている1.10).〔別刷請求先〕森川涼子:〒545-0053大阪市阿倍野区松崎町1丁目2-22大阪鉄道病院眼科Reprintrequests:RyokoMorikawa,M.D.,DivisionofOphthalmology,OsakaGeneralHospitalofWestJapanRailwayCompany,1-2-22Matsuzaki-cho,Abeno-ku,Osaka-shi545-0053,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(109)587 図1星ヶ丘厚生年金病院初診時右眼瞼の皮膚欠損,挫滅,融解と膿滲出を認めた.STSSは進行の速い組織融解性の致死性疾患であるため,S.pyogenesは俗に「人食いバクテリア」と称されることもある.今回,眼鏡による眼瞼部の微小な外傷を契機に,S.pyogenesによる重篤な軟部組織炎をきたした症例を経験したので,注意を喚起する意味を含め報告する.I症例患者:79歳,男性.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:脳梗塞による片麻痺.主訴:両側眼瞼腫脹,発熱.現病歴:平成24年6月初旬に転倒し,眼鏡縁により右眼瞼部をわずかに受傷した.2日後に急速に両側眼瞼.頬部までの高度腫脹と発熱を認め,近医外科から休日急病診療所眼科を経て,大阪鉄道病院眼科へ搬送された.創部のイソジン洗浄,オフロキサシン眼軟膏塗布,抗生物質全身投与(セフォチアム塩酸塩キット1giv×2/日3日間)を行うも組織融解が進むため,皮膚科共観目的にて星ヶ丘厚生年金病院へ搬送となった.大阪鉄道病院初診時検査所見:発熱(39℃台)があり,採血にて白血球数増加(11,400/μl),CRP(C反応性蛋白)上昇(29.75mg/dl),LDH(乳酸脱水素酵素)271(正常値106.211),CPK(クレアチン・リン酸分解酵素)882(正常値56.244)と炎症反応および組織破壊を示す結果であり,BUN(血中尿素窒素)26(正常値8.23),クレアチニン0.6(正常値0.7.1.4)と軽度腎機能異常を認めた.星ヶ丘厚生年金病院初診時眼所見:右眼瞼は高度の組織融解を認め,局所から大量の膿滲出を認めた(図1).眼表面は結膜に高度の浮腫と充血を認めたが,角膜は透明であり,前房炎症は認めなかった.眼底には異常を認めなかった.経過:局所の膿培養にて,S.pyogenesが検出された.薬剤に対する感受性試験では,ペニシリンに対してE-testで感受性を認めた〔MIC(最小発育阻止濃度)=0.004μg/ml〕.また,レボフロキサシンおよびクリンダマイシンには,Disc588あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014法で阻止円を19mm以上形成し,感受性を認めた.なお,同時に施行した血液培養は陰性であった.早速,ペニシリンG100万単位iv×6/日,クリンダマイシン600mgiv×4/日,オフロキサシン眼軟膏3回/日眼瞼塗布,クラビット点眼3回/日点眼を開始したところ,眼瞼腫脹および発熱は軽快し全身状態は速やかに快方に向かった.一方,眼瞼皮膚の創傷治癒は遅延していたため,治療開始10日後に融解眼瞼組織のdebridementを皮膚側から施行した.麻酔は壊死部のため疼痛を伴わず,点眼麻酔のみで行った.鑷子で融解組織を把持しながらバナス剪刀で切除し,比較的硬いしっかりした組織に到達するまで除去した.瞼板の存在は明らかではなく,眼瞼縁から眉毛下皮膚までの広範囲にdebridementを施行した.その際8倍希釈イソジンで消毒を行った(図2).以後数回のdebridementとともに,16倍希釈イソジン消毒を施行した.眼瞼皮膚の創傷は速やかに治癒に向かい,3週間後には肉芽形成,上皮修復を認めた(図3a).しかし,瘢痕拘縮による閉瞼不全のため,加療開始8週間後に,形成外科にて皮膚移植を施行した.6カ月後には,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった(図3b).II考按S.pyogenesは細胞壁にM蛋白をもち免疫担当細胞の貪食から免れ,外毒素A,B,Cを産生することにより,重篤な感染症を引き起こすとされている.Toxicshocksyndromeを引き起こすことが知られている黄色ブドウ球菌の内毒素BとS.pyogenesの外毒素Aは,アミノ酸配列において50%のホモロジーをもち,いずれもa,b-tumornecrosisfactorの産生を促進して重篤な壊死性病変を形成する11).ToddとFishaut1)が1978年に初めて報告したSTSSは,上気道感染あるいは創傷感染後1.7日に突然の発熱,疼痛で発症し,急速に進行して,発病後数十時間以内には軟部組織壊死,急性腎不全,呼吸窮迫症候群(ARDS),播種性血管内凝固症候群(DIC)を引き起こし,ショック状態となることが記載されている.その致命率は実に30%以上とされており9),特に子供はS.pyogenesを上気道の常在菌として保有していることが多く,小児に生じた場合,深刻な事態となる2,7).今回の症例は,CentersforDiseaseControlandPrevention(CDC)が発表した診断基準(表1)10)と照らし合わせると,厳密にはSTSSには合致しないが,受傷後,数日のうちに急速に組織融解が進行して全身状態の悪化を招いたことから,皮膚科にてSTSSの前状態と診断された.鉄道病院では,応急処置・短期間の治療であったため,通常量の抗生物質投与と創部の洗浄・消毒のみ行い,また.debridementまでは至らなかった.このため抗生物質が病巣に十分に到達せず,治療効果が得られなかったと考えられる.転院後に早期より皮膚科と共観していたことが,速やかな治療,対処につなが(110) 図2初回debridement施行後の所見広範囲に壊死組織をdebridementにて除去した後に,眼瞼翻転せずに前面より観察した状態.角膜には障害はなく(下図),壊死組織を除去したあとの平滑な組織が確認される(上3枚パノラマ).表1StreptococcalToxicShockSyndromeの診断基準I.A群Streptococcus(Streptococcuspyogenes)が検出されることA:無菌部位から検出B:非無菌部位から検出aII.臨床所見A:低血圧(収縮期90mmHg)B:以下のうち2項目以上1.腎不全(クレアチニン≧2mg/dl,あるいはベースラインの2倍以上)2.凝血(血小板≦100,000/mm3)3.肝機能障害(sGOT,sGPT,TBが正常値の2倍以上)4.呼吸窮迫症候群5.紅斑b6.軟部組織炎IAとII(AとB)を認めれば,確定IBとII(AとB)を認めれば,疑いり,良好な経過を得たと考える.本症例と類似のS.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎は,これまでにも数例報告されている1.9).今までの報告の代表例一覧を表2に示す.これらの既報と今回の症例の共通点は,1)微小な外傷から発症していること,2)健常者においても発症していること,3)発症時期が受傷後16時間から3日図3加療開始3週間後(a)および加療開始6カ月後(b)a:肉芽形成,上皮修復を認めたが,瘢痕拘縮により閉瞼不全となった.b:皮膚移植により,創部が目立たないまでに回復し,閉瞼可能となった.(111)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014589 表2S.pyogenesによる重症眼瞼軟部組織炎:既報のまとめ報告年著者患者年齢(歳)創の大きさ受傷.全身症状出現時期1995IngrahamHJ健常35mm2日目1991RoseGE飲酒歴505mm2日目(3例)飲酒歴502cm3日目会陰部カンジダ3不明不明1997MeyerMA健常62不明2日目1991KronishJW糖尿病27.73不明不明(13例)飲酒歴(1例死亡)健常など1991StoneL健常1.72cm16時間健常85mm1日目と非常に短いことである.迅速な診断が必要とされるが,局所の培養結果と発熱,脱水,低血圧,蛋白尿,血尿などの全身状態の変化に加え,頸部リンパ節腫脹が特徴的とされている4).また,菌血症に至る場合も少なくないため,本疾患を疑った場合には複数回の血液培養も施行すべきである.治療に関しては,いずれも本症例と同じく,積極的なdebridementとペニシリンを代表とする抗菌薬での加療が有効とされていた.また,場合によっては,血漿と交換や免疫グロブリン療法,ステロイド治療も効果的であるとされている3).なお,丹毒と軟部組織炎は,いずれもS.pyogenesによる皮膚感染症であるが,それぞれ病変の場が異なる.丹毒は真皮レベルを水平方向に急速に拡大する浮腫性紅斑と腫脹を特徴とする急性化膿性炎症であるが,軟部組織炎は丹毒よりさらに深い軟部組織(真皮深層から皮下脂肪組織)レベルが病変の場とされており,本症例の呼称としては丹毒ではなく軟部組織炎と判断した.近年,本症例のように,若年者や明らかに健康な成人の小さな外傷を契機とするS.pyogenesによる重篤な感染症が増加している3).急激に悪化する全身状態に備えて,第一観察者となりうる眼科医は,S.pyogenesの組織破壊の重篤さを認識しておく必要があり,外傷による軟部組織炎でこの菌が検出され,全身状態の悪化を認めた場合には,速やかに内科医・皮膚科医と連携を行う必要がある.また,局所の高度な組織破壊に関しては,積極的なdebridementが必要であることも経験した.謝辞:本症例の治療に当たり,共観およびご指導いただいた星ヶ丘厚生年金病院皮膚科加藤晴久先生,椿本和加先生にお礼申し上げます.文献1)ToddJ,FishautM:Toxic-shocksyndromeassociatedwithphage-group-IStaphylococci.Lancet2:1116-1118,19782)IngrahamHJ,RyanME,BurnsJTetal:StreptococcalpreseptalcellulitiscomplicatedbythetoxicStreptococcussyndrome.Ophthalmology102:1223-1226,19953)MeyerMA:Streptococcaltoxicshocksyndromecomplicatingpreseptalcellulitis.AmJOphthalmol123:841843,19974)RoseGE,HowardDJ,WattsMR:Periorbitalnecrotisingfasciitis.Eye5:736-740,19915)KronishJW,McLeishWM:Eyelidnecrosisandperiorbitalnecrotizingfasciitis.Reportofacaseandreviewoftheliterature.Ophthalmology98:92-98,19916)ConeLA,WoodardDR,SchlievertPMetal:Clinicalandbacteriologicobservationsofatoxicshock-likesyndromeduetoStreptococcuspyogenes.NEnglJMed317:146149,19877)YeildingRH,O’DayDM,LiCetal:Periorbitalinfectionsafterdermabondclosureoftraumaticlacerationsinthreechildren.JAAPOS16:168-172,20128)LazzeriD,LazzeriS,FigusMetal:Periorbitalnecrotisingfasciitis.BrJOphthalmol94:1577-1585,20109)StevensDL,TannerMH,WinshipJetal:SeveregroupAstreptococcalinfectionsassociatedwithatoxicshock-likesyndromeandscarletfevertoxinA.NEnglJMed321:1-7,198910)TheWorkingGrouponSevereStreptococcalInfections:DefiningthegroupAstreptococcaltoxicshocksyndrome.Rationaleandconsensusdefinition.JAMA269:390-391,199311)JohnsonLP,L’ItalienJJ,SchlievertPM:StreptococcalpyrogenicexotoxintypeA(scarletfevertoxin)isrelatedtoStaphylococcusaureusenterotoxinB.MolGenGenet203:354-356,1986利益相反:利益相反公表基準に該当なし590あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(112)

白内障術前患者における結膜嚢内常在菌の薬剤感受性の比較

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):581.586,2014c白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受性の比較港一美*1飯田悠人*1須田謙治*2石原健二*2遠藤みう*1矢坂幸枝*1倉員敏明*1*1公立豊岡病院組合日高医療センター眼科*2京都大学眼科学教室AntimicrobialSusceptibilityofNormalConjunctivalFloraofCataractSurgeryKazumiMinato1),YutoIida1),KenjiSuda2),KenjiIshihara2),MiuEndo1),YukieYasaka1)andToshiakiKurakazu1)1)DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:白内障術前患者の結膜.内常在菌の薬剤感受性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較した.対象および方法:2010年8月.2011年12月の間で外眼部感染症を有しない,白内障手術予定患者150例150眼の結膜.内常在菌およびそれらの薬剤感受性をレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICにて比較検討した.結果:150眼中126眼(84%)に細菌が検出され,検出菌182株の内訳はコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)37.9%,コリネバクテリウム36.3%,アクネ菌6.3%の順であった.CNSに対するMIC90はGFLX・VCM<LVFX<CMX・TOBであり,コリネバクテリウムに対するMIC90はTOB<CMX<VCM<<GFLX<LVFXであった.コリネバクテリウムは第三・第四世代ニューキノロンに耐性を獲得しており,CNSに対するニューキノロンのMIC分布が二峰性を呈したことから耐性化が進行していると考えられた.Purpose:Toevaluatetheantimicrobialsusceptibilityofbacteriaisolatedfromconjunctivalsacsofpatientsundergoingcataractsurgery.Methods:Preoperatively,bacterialisolateswerecollectedfromtheconjunctivalsacsof150eyesatHidakaMedicalCenterfromAugust,2010toDecember,2011.Minimuminhibitoryconcentrations(MIC)oflevofloxacin(LVFX),gatifloxacin(GFLX),cefmenoxime(CMX),tobramycin(TOB)andvancomycin(VCM)weremeasuredtodeterminesusceptibility.Results:Atotalof182strainswereisolatedfrom126eyes.Themostfrequentlyisolatedbacterialspecieswerecoagulase-negativeStaphylococci(CNS),37.9%,followedbyCorynebacteriumspp.,36.3%andPropionibacteriumacnes,6.3%.VCMandGFLXhadthelowestMIC(90)sforCNS,followedbyLVFX,CMXandTOB.ForCorynebacteriumspp.,TOBhadthelowestMIC(90),followedbyCMX,VCM,GFLXandLVFX.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):581.586,2014〕Keywords:白内障手術,結膜.内常在菌,薬剤感受性,抗菌点眼薬,最小発育阻止濃度(MIC).cataractsurgery,bacterialflorainconjunctivalsacs,drugsensitivity,antibioticophthalmicsolution,minimuminhibitoryconcentration(MIC).はじめに眼科で使用頻度の高いフルオロキノロン系抗菌薬は強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルを持ち,周術期の感染予防目的に日常的に使用されている.術後眼内炎の起因菌は,術眼の結膜.常在菌によるものが多いといわれており1.4),近年,メチシリン耐性やフルオロキノロン耐性菌による眼内炎の報告もある5.11).公立豊岡病院組合日高医療センター(以下,当院)でも,白内障術後のレボフロキサシン耐性表皮ブドウ球菌による眼内炎を経験し,周術期の抗菌薬点眼を再検討する目的で白内障術前患者における結膜.内常在菌の薬剤感受〔別刷請求先〕港一美:〒669-5302兵庫県豊岡市日高町岩中81公立豊岡病院組合日高医療センター眼科Reprintrequests:KazumiMinato,DepartmentofOphthalmology,ToyookaHospitalHidakaMedicalCenter,81Iwanaka,Hidaka,Toyooka-city,Hyogo669-5302,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(103)581 性を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)にて比較検討した.I対象2010年8月.2011年12月の間,当院眼科を受診した20歳以上の白内障手術を予定し同意を得られた150例150眼で男性66例,女性84例,平均年齢は74.7±9.0歳であった.ただし,術前に明らかな外眼部感染症を認める者,検体採取日の1週間以内に抗菌剤の投与を受けている者,対象眼にコンタクトレンズを装用していた者については除外した.II方法手術の1カ月前以内に術眼の結膜.から検体を採取した.0.4%塩酸オキシブプロカインで表面麻酔した後,下眼瞼結膜.を滅菌綿棒で擦過し,カルチャースワブにて三菱化学メディエンス社に搬送した.羊血液寒天培地M58・クロムアガーオリエンテーション寒天培地・チョコレートⅡ寒天培地・アテネコロンビアウサギ血液寒天培地にて直接分離培養を,GAM半流動高層培地にて増菌培養を行い,検出されたすべての分離菌に対するレボフロキサシン(LVFX),ガチフロキサシン(GFLX),塩酸セフメノキシム(CMX),トブラマイシン(TOB),バンコマイシン(VCM)のMICを微量液体希釈法で測定した.MICの結果は累積発育阻止曲線としてまとめ,薬剤間の差異を検討した.III結果150眼中126眼(検出率84%)に182株の菌が検出された.その内訳は表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermidis:S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)69株(37.9%),Corynebacteriumspp.66株(36.3%),Propionibacteriumacnes(P.acnes)11株(6.0%),腸球菌(Enterococcusfaecalis:E.faecalis)7株(3.8%),黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus:S.aureus)4株(2.2%)であった(図1).検出された全182株中MICが測定できた181株についてMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図2,3に示す.全菌株に対する薬剤感受性をMIC90で比較するとVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX(16μg/ml),TOB(32μg/ml),LVFX(64μg/ml)の順で感受性が高かった.次に,グラム陽性菌153株に対するMIC別の菌株割合および累積発育阻止曲線を図4,5に示す.グラム陽性菌に対する薬剤感受性はMIC90でVCM(2μg/ml),CMX(8μg/ml),GFLX・TOB(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順であった.一方,グラム陰性菌17株に対する薬剤感受性はMIC90でGFLX(0.5μg/ml),LVFX(1μg/ml),TOB(4μg/ml),CMX(16μg/ml),VCM(128μg/ml)の順であった(図6,7).主要な菌種別についてみると,CNSに対する薬剤感受性504540350:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)その他グラムS.aureus,2.2%30陰性菌,9.3%図1検出菌182株の内訳25グラム陽性菌,CNS2015103.8%(S.epidermidisを含む)37.9%P.acnes,6.0%5S.pneumoniae,Corynebacterium0.5%spp.,36.3%MIC(mg/ml)図2検出菌182株のMIC別菌株割合E.faecalis,3.8%:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12850450:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>12840累積(%)3530252015105MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図3検出菌182株のMIC累積分布図4グラム陽性菌153株のMIC別菌株割合582あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(104) 6050:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>12880700:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128割合(%)割合(%)累積(%)累積(%)累積(%)40504030302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図5グラム陽性菌153株のMIC累積分布図6グラム陰性菌17株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM≦0.060.120.250.51248163264128>128800708060705060504040303020201010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図7グラム陰性菌17株のMIC累積分布図8CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080割合(%)7070606050504040303020201010MIC(mg/ml)図9CNS(S.epidermidisを含む)68株のMIC累積分布MIC(mg/ml)図10Corynebacteriumspp.66株のMIC別菌株割合:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM100900≦0.060.120.250.51248163264128>1288080累積(%)累積(%)70706060505040302010MIC(mg/ml)MIC(mg/ml)図11Corynebacteriumspp.66株のMIC累積分布図12P.acnes11株のMIC累積分布(105)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014583 :GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128:GFLX:LVFX:CMX:TOB:VCM累積(%)1009080706050403020100≦0.060.120.250.51248163264128>128MIC(mg/ml)図13E.faecalis7株のMIC累積分布LVFXとGFLXのMIC差■:0管■:1管■:2管■:3管302520151050(菌株)≦0.06≦0.060.1250.250.51248164160.251GFLXはMIC90では,GFLX・VCM(2μg/ml),LVFX(4μg/ml),CMX・TOB(8μg/ml)の順であったが,MIC値の分布をみるとGFLX・LVFXは二峰性の分布を呈しており,CNSのなかでのフルオロキノロン低感受性株の増加がうかがわれた(図8,9).Corynebacteriumspp.についてはMIC90で,図14CNS68株のGFLX・LVFXのMIC値の比較討する目的で今回の調査を行うこととした.術前の結膜.からの検出菌は薄井ら9)の報告と同様,CNS,Corynebacteriumspp.,P.acnesの順であった.CNSTOB(≦0.06μg/ml),CMX(0.25μg/ml),VCM(0ml),GFLX(16μg/ml),LVFX(128μg/ml)の順となり,フルオロキノロンに対する高度な薬剤耐性を獲得しているとμg/5.の薬剤感受性はMIC90ではGFLX<VCM<LVFX<CMX<TOBであったがMICの分布をみると,星23)や片岡ら24)と同様,GFLX,LVFX共に二峰性の分布を示していた.思われた(図10,11).遅発性眼内炎の起因菌とされているP.acnesについては,MIC90はCMX(<0.25μg/ml),GFLX(0.25μg/ml),VCM(0.5μg/ml),LVFX(0.75μg/ml),TOB(128μg/ml)であり,TOB以外は感受性が高い結果であった(図12).E.faecalisについてはMIC90で,VCM(0.75μg/ml),GFLX(8μg/ml),LVFX(32μg/ml),TOB・CMX(>128μg/ml)の順であった(図13).IV考按白内障手術の主流が小切開手術となった現在,わが国の白内障手術後眼内炎の発症率は0.05%程度と考えられている9).一度起こってしまうと最悪失明に至るこの合併症を限りなくゼロに近づけるべく,ハイリスク患者の確認,術前結膜.細菌叢の把握,減菌化を目的とした抗菌薬の点眼,術直前の洗眼,ドレーピング法など,さまざまな検討がなされてきた11).術後眼内炎に限らず感染症の起因菌は微生物=準種性(quosispesisnature)を持つ集まりである以上,耐性の出現を止めることはできない12).これまでにも臨床状態が良好な患者にも耐性菌の保菌者がいること13.16),眼科領域で汎用されているキノロンの耐性率が年々増加傾向にあることといった報告がなされてきた17.22).術野の減菌化目的で抗菌薬の点眼を使用する以上,すべての手術対象者に対し術前に結膜.培養検査と分離菌の薬剤感受性検査を行い適切な薬剤を術前処置に使用することが大切といえる.当院でも,2007.2009年の間近隣からの紹介例も含め白内障術後眼内炎が増加し,LVFX耐性表皮ブドウ球菌が起因菌である症例を経験した.これをきっかけに周術期の抗菌薬点眼を再検584あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014Fukudaら25),Barnardら26),Hooper27)らによると,S.aureus同様,S.epidermidisはトポイソメラーゼIV(parC)→DNAジャイレース(gyrA)→parC→gyrAと変異を積み重ねるたびにより高度なフルオロキノロン耐性を獲得していく.このうちDNAジャイレースの変異を得るとGFLXへの耐性を獲得するとされ26),LVFXに対する低感受性群には第4世代フルオロキノロン耐性の予備軍が存在していることになり,このことは星23)の報告でも指摘されている.そこで個々のCNSについてGFLXとLVFXのMIC値の相関をみたところ図14のようになり,GFLX・LVFXともにMIC値の高い株のなかには少なくとも1回以上の遺伝子変異を起こしている株が存在すると考えられ,CNSのフルオロキノロンに対する段階的な耐性獲得を予想させる結果となった.一方Corynebacteriumspp.にはparCに相当するホモログが存在せず,DNAジャイレースの変異のみでキノロン高度耐性化を獲得することができるとされ28),筆者らの調査でも感受性の低い株が多かった.Corynebacteriumspp.による眼内炎は海外で散見され29.31),わが国では角膜炎が増加傾向にある.Eguchiら32)によるとフルオロキノロン耐性を持つのはCorynebacteriummaginleyであり,その耐性率はキノロンを乱用した日本に多いとされ,今後術後眼内炎についても注意が必要と思われる.P.acnesは遅発性眼内炎の起因菌とされ11,33),皮膚深部やマイボーム腺・結膜円蓋部の皺襞に埋もれて存在し,手術前の消毒・洗眼後にその検出率が増加し,他の術前常在菌が消失した例に多いとの報告もある34).わが国では現在のとこ(106) ろ,アミノ配糖体系の薬剤以外は有効とされ当院の調査でも同様の結果を得た.片岡ら24)や宮永ら35)も術前点眼によるP.acnesの耐性化はほとんどみられなかったとしているが,Horiら36)はCNS,S.aureus,Corynebacteriumspp.,P.acnesについては,LVFXに耐性を持つ株はMICが低くともGFLX,moxifloacinに対して耐性化していくと述べており,今後の動向を見張っていく必要があると思われる.E.faecalisによる眼内炎は1990年頃から増加しはじめ7),2002年度白内障術後眼内炎全国症例調査9)ではCNS,MRSAに次ぎ全体の12%を占め,MRSAとともに視力予後不良と報告されている.今回検出されたE.faecalis7株のMIC90はVCM以外は大きく,有効な抗菌薬の選択肢の少なさが,E.faecalisによる眼内炎の重症化の一因とも考えられた.術後眼内炎予防のために周術期減菌化目的で抗菌点眼薬を使用する場合,術眼の結膜.常在菌を把握し,そのMICに応じて術前抗菌点眼薬を選択すること,点眼薬の薬物動態37.39)を理解しておくことが大切である.そのためには,藤ら40)が報告した眼科用薬剤感受性測定オーダープレートのような眼科に特化した判定方法の開発が待たれるところである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)EggerSF,Huber-SpitzyV,ScholdaCetal:BacterialcontaminationduringECCE.Prospectivestudyon200concesutivepatients.Ophtalmologia208:77-81,19942)AriyasuRG,NakamuraT,TrousdaleMDetal:Intaraoperativebacterialcontaminationoftheaqueoushumor.OphthalmicSurg24:367-374,19933)SpeakerMG,MilchFA,ShahMKetal:Roleofexternalbacterialflorainthepathogenesisofacutepostoperativeendophthalmitis.Ophthalmology98:639-650,19914)BannermanTL,RhodenDL,McAllisterSKetal:Thesourceofcoagulase-negativestaphylococciintheEndophthalmitisVitrectomyStudy.ArchOphthalmol115:367-361,19975)BarryP,SealDV,GettinbyGetal:ESCRSstudyofprophylaxisofpostoperativeendophthalmitisaftercataractsurgery:preliminaryreportofprincipalresultsfromaEuropeanmulticenterstudy.theESCRSEndophthalmitisStudyGroup.JCataractRefractScug32:407-410,20066)JensenMK,FiscellaRG,CrandallASetal:Aretrospectivestudyofendophthalmitisratescomparingquinoloneantibiotics.AmJOphthalmol139:141-148,20057)原二郎:起炎菌の変遷と術前消毒の効果.眼科手術11:159-164,19988)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたら(107)しい眼科22:875-879,20059)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,200610)DeramoVA,LaiJC,FasteningDMetal:Acuteendophthalmitisineyestreatedprophylacticallywithgatifloxacinandmoxiflxacin.AmJOphthalmol142:721-725,200611)子島良平,宮田和典:術後眼内炎を予防する白内障手術.IOL&RS22:137-141,200812)宮永嘉隆,山田尚,塩田洋:眼科.耐性菌感染症とその緊急具体策3.対策編化学療法の領域16:278-287,200013)大鹿哲郎:白内障術後眼内炎:発症因子と危険因子.あたらしい眼科22:315-338,200514)屋宜友子,須藤史子,森永将弘ほか:糖尿病患者における白内障手術前の結膜.細菌叢の検討.あたらしい眼科26:243-246,200915)荒川妙,太刀川貴子,大橋正明ほか:高齢者におけるマイボーム腺および結膜.内の常在菌についての検討.あたらしい眼科21:1241-1244,200416)岩崎雄二,小山忍:白内障術前患者における結膜.内細菌叢と薬剤感受性.あたらしい眼科23:541-545,200617)MillerD,FlynnPM,ScottIUetal:Invitrofluoroquinoloneresistanceinstaphylococcalendophthalmitisisolates.ArchOphthalmol124:479-483,200618)IiharaH,SuzukiT,KawamuraYetal:Emergingmultiplemutationsandhigh-levelfluoloquinoloneresistanceinMRSAisoratedfromocularinfections.DiagnMicrobiolInfectDis56:297-303,200619)JhanjiV,SharmaN,SatpathyGetal:Forth-generationfluoloquinolon-resistantbacterialkeratitis.JCataractRefractSurg33:1488-1489,200720)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,200521)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:IncreasingofloxacinresistanceofbacterialflorafromconjunctivalsacofpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthalmol46:586-589,200222)関奈央子,亀井裕子,松原正雄:高齢者の結膜.内コアグラーゼ陰性ブドウ球菌の検出率と薬剤感受性.あたらしい眼科20:677-680,200323)星最智:正常結膜.から分離されたメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌におけるフルオロキノロン耐性の多様性.あたらしい眼科27:512-517,201024)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.内常在菌に対するガチフロキサシン及びレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科23:1062-1066,200625)FukudaH,HoriS,HiramatsuK:AntibacterialactivityofGFLX,anewlydevelopedfluoloquinolone,againstsequentiallyacquiredquinolone-resistantmutantsandthenorAtransformedofS.aureus.AntimicrobAgentsChemother42:1917-1922,199826)BarnardFM,MaxwellA:InteractionbetweenDNAgyraseandquinolones:effectsofalaninemutationsatGyrAsubunitredusesSer83andAsp87.AntimicrobAgentsChemother45:1994-2000,2001あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014585 27)HooperDC:FluoloquinoloneresistanceamongGrampositivecocci.LancetInfectDis2:530-538,200228)SierraJM,Martinez-MartinezL,Va’squezFetal:RelationshipbetweenmutationsinthegyrAgeneandquinoloneresistanceinclinicalisolatesofCorynebacteriumstriatumandCorynebacteriumamycolatum.AntimicrobAgentsChemother49:1714-1719,200529)FerrerC,Ruiz-MorenoJM,RodriquezAetal:PostoperativeCorynebacteriummacginleyiendohthalmitis.JCataractRefractSurg30:2441-2444,200430)HollanderDA,StewartJM,SeiffSRetal:Late-onsetCorynebacteriumendophthalmitisfollowinglaserposteriorcapsulotomy.OphthalmicSurgLasersImaging35:159161,200431)ArsenAK,SizmazS,OzbonSBetal:Corynebacteriumminutissimumendophthalmitis:managementwithantibioticirrigationofthecapsularbag.IntOphthalmol19:313-316,1995-199632)EguchiH,KawaharaT,MiyaharaTetal:High-levelfluoloquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummavginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,200833)原二郎:発症時期からみた白内障術後眼内炎の起炎菌.あたらしい眼科20:657-660,200334)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科23:499-503,200635)宮永将,子島良平,宮井尊史ほか:白内障手術の周術期における結膜.内常在菌叢フルオロキノロン点眼による減菌化と感受性変化.臨眼63:1659-1666,200936)HoriY,NakazawaT,MaedaNetal:Susceptibilitycomparisonsofnormalpreoperativeconjunctivalbacteriatofluoloquinolones.JCataractRefractSurg35:475-479,200937)福田正道,佐々木洋,大橋裕一:モキシフロキサシン点眼薬の家兎眼内移行動態─房水内最高濃度値(AQCmax)の測定.あたらしい眼科23:1353-1357,200638)末吉理恵,辻村まり:術前抗生物質投与におけるレボフロキサシン点眼薬とガチフロキサシン点眼液の比較検討.あたらしい眼科27:523-526,201039)BlondeauJM:Newconceptionantimicrobialsusceptibilitytesting:themutantpreventionconcentrationandmutantselectionwindowapproach.VetDermatol20:383-396,200940)藤紀彦,子島良平,池田欣史ほか:眼科用薬剤感受性プレートと臨床的有用性.臨眼65:1601-1607,2011***586あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(108)

眼感染症由来Staphylococcus aureusの In Viroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響と抗菌点眼薬の殺菌効果

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):571.580,2014c眼感染症由来StaphylococcusaureusのInVitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響と抗菌点眼薬の殺菌効果神鳥美智子*1井上幸次*1池田欣史*1藤原弘光*2高畑正裕*3髙倉真理子*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2鳥取大学医学部附属病院検査部*3富山化学工業株式会社綜合研究所InfluenceofGlucoseonInVitroBiofilmFormationbyStaphylococcusaureusIsolatedfromOcularInfection;BactericidalActivityofAntibacterialOphthalmicSolutionMichikoKandori1),YoshitsuguInoue1),YoshifumiIkeda1),HiromitsuFujiwara2),MasahiroTakahata3)andMarikoTakakura3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)3)ResearchLaboratoriesToyamaChemicalCo.,Ltd.TottoriUniversityHospital,目的:糖尿病患者の涙液中グルコース濃度は健常人に比べ高く,結膜.常在菌に影響している可能性がある.そこで,眼感染症由来Staphylococcusaureus(S.aureus)のinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,バイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討した.方法:鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたキノロン感受性S.aureus3株を用い,メンブレンフィルター(MF)上のバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響をMF静置寒天平板培地にこれを添加することで検討した.また,トスフロキサシン,レボフロキサシン,セフメノキシムの各点眼液を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の30倍濃度(30MIC)でバイオフィルム形成菌に24時間作用させ,生菌数変化,さらに走査型電子顕微鏡による形態観察で殺菌効果を評価した.結果:S.aureusバイオフィルムの成熟度はグルコース濃度(0%,0.01%,0.1%および1.0%)に比例し増大した.0.1%グルコース存在下,バイオフィルム形成菌に対するトスフロキサシン点眼液30MIC作用時の殺菌効果は,いずれの場合も比較点眼液より有意に強かった.結論:S.aureusによるバイオフィルムの成熟度はグルコース濃度の影響を受けることから,糖尿病患者に対する抗菌点眼薬の選択においては,バイオフィルムにより効果のある薬剤を考慮する必要があると考えられた.Purpose:Tearglucoseconcentrationishigherindiabeticpatientsthaninhealthysubjectsandmayinfluenceconjunctivalflora.TheinfluenceofglucoseoninvitrobiofilmformationwasexaminedusingStaphylococcusaureusisolatedfrompatientswithocularinfection.Alsoinvestigatedwerethebactericidaleffectsofantibacterialophthalmicsolutionsagainstbiofilmbacteria.MaterialsandMethods:Usingthreequinolone-susceptibleS.aureusisolatesfrompatientswithocularinfectionatTottoriUniversityHospital,weexaminedtheinfluenceofglucoseonbiofilmformationonmembranefilter(MF)byaddingglucosetotheagarplateontheMF.Bactericidalactivitiesoftosufloxacin(TFLX),levofloxacin(LVFX)andcefmenoxime(CMX)ophthalmicsolutionswereexaminedbycountingviablecellsremainingafterexposureofS.aureusbiofilmtothoseagentsatconcentrations30-foldtheirrespectiveminimuminhibitoryconcentrations(MIC),andbyobservationunderascanningelectronmicroscope(SEM)Results:ThedegreeofS.aureusbiofilmmaturationincreasewasdependentontheglucoseconcentration(0%,(.)0.01%,0.1%and1.0%).With0.1%glucose,thebactericidaleffectofthetosufloxacinophthalmicsolutionwassignificantlymorepotentthantheotherophthalmicsolutions.Conclusion:SincethedegreeofS.aureusbiofilmmaturationwasaffectedbyglucoseconcentration,itissuggestedthattheantibacterialophthalmicsolutionmostpotentagainstbiofilmbeselectedfordiabeticpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):571.580,2014〕〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学教室Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(93)571 Keywords:黄色ブドウ球菌,グルコース,バイオフィルム,トスフロキサシン,点眼薬,殺菌効果.Staphylococcusaureus,glucose,biofilm,tosufloxacin,ophthalmicsolution,bactericidaleffect.はじめにグラム陽性菌のStaphylococcusaureus(S.aureus)は眼感染症の代表的な疾患である結膜炎や角膜炎の主要な起因菌である1).また,発症頻度は低いものの,急性術後眼内炎の起因菌としてもStaphylococcusepidermidis(S.epidermidis)を含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌やS.aureusの割合が高い2,3).S.epidermidisやS.aureusはヒトの結膜.内細菌叢に常在しており,このことが多くの眼感染症の起因菌になる理由と考えられる.分離比率はS.epidermidisが常に最も高いが,糖尿病患者ではS.epidermidisに次ぐS.aureusの比率が健常人より高いとの報告がある4).眼感染症では周術期創部などから常在菌が侵入し,縫合糸などへの菌の定着の後,バイオフィルムを形成するケースや,治療に用いられる眼内レンズなどのバイオマテリアルに形成されたバイオフィルム菌などが発症に関与している場合がある5.7).バイオフィルム形成後の菌の生育はslow-growingあるいはnondividinggrowthの状態にあると同時に,菌体を覆うexopolysaccharidematrixの薬剤低透過性などにより,抗菌薬の殺菌作用を回避すること,また,その成熟度が増した場合,抗菌薬の殺菌作用はさらに減弱されるので,治療の難渋化を招いていることが報告されている5,8,9).筆者らは先に,メチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisを用いてinvitroで作製したバイオフィルム形成菌に対するフルオロキノロン系点眼薬とb-ラクタム系点眼薬の殺菌効果を検討した.その結果,いずれの薬剤もバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果は浮遊菌(planktonic菌)の場合より減弱すること,また,バイオフィルム形成菌に対する殺菌効果はb-ラクタム系点眼薬よりフルオロキノロン系点眼薬が強いが,その作用はフルオロキノロン系点眼薬間でも差異が認められるとの成績を得た10).眼感染症起因菌においてS.epidermidisと並び分離頻度の高いS.aureusでは,バイオフィルム形成時,生育環境に存在するグルコースによりバイオフィルム成熟度が変化することが報告されている11,12).ヒト涙液にはグルコース(tearglucose)が正常人で0.004.0.008%含まれているが,糖尿病患者ではこれより高く13.15),眼表面や眼内におけるS.aureusのバイオフィルム形成は正常人の場合と異なるものと考えられる.このため,定着したS.aureusが形成したバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の殺菌作用も何らかの影響を受けている可能性が推察される.現在,眼感染症におけるバイオフィルム形成菌について,涙液中のグルコースの影響や生理的なグルコース濃度存在下での,抗菌点眼薬の殺菌効果についての報告は見当たらない.そこで,今回,眼感染症由来S.aureusのinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,先回報告10)したS.epidermidisに引き続き,S.aureusバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討した.すなわち,2011年から2012年に鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.aureusのうち,icaA,D遺伝子,薬剤感受性などを検討した3株を用いてinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べるとともに,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.I実験材料および方法1.使用菌株鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から2011.2012年に分離されたS.aureus31株を用いた.これら分離株すべてについて,各種薬剤に対する感受性,キノロン薬耐性決定領域(quinoloneresistant-determiningregion:QRDR)遺伝子の変異およびicaA,D遺伝子の有無を調べた.2.QRDR遺伝子およびicaA,icaD遺伝子の解析DNAジャイレースおよびトポイソメラーゼIV蛋白のそれぞれのsubunitA蛋白,GyrAならびにGrlAのQRDR部位をcodeするgyrA,grlA遺伝子の主要な変異部位の解析(GyrA:Ser84,Ser85,Glu88.GrlA:Ser80,Glu84)をSreedharanら16),Ferreroら17)の報告に基づいたPCR(polymerasechainreaction)法で行った.また,バイオフィルム形成に関連するslimeの主要成分,polysaccharideintercellularadhesin(PIA)の生合成に関わるicaA,icaD遺伝子の有無をArciolaら18)の方法に基づき検討した.3.使用薬剤薬剤感受性の測定にはトスフロキサシン(富山化学工業株式会社),レボフロキサシン(LKTLaboratories,Inc),セフメノキシム(ベストコールR静注用,武田薬品工業株式会社)を用いた.また,S.aureusのメチシリン耐性の判別のため,オキサシリン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を使用した.Invitroバイオフィルム形成菌およびplanktonic菌に対する殺菌効果の検討には市販のトスフロキサシン点眼液(オゼックスR点眼液0.3%,大塚製薬株式会社),レボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液0.5%,参天製薬株式会社),セフメノキシム点眼液(ベストロンR点眼用0.5%,千寿製薬株式会社)を目的の作用濃度になるよう25%cation-572あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(94) adjustedMueller-Hintonbroth(CAMHB;日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)で適宜希釈し用いた.いずれの薬剤も純度あるいは含量が明らかなものを使用し,濃度は活性本体の値として示した.4.薬剤感受性の測定抗菌薬に対する感受性の測定にはCAMHBを用い,ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の微量液体希釈法に基づき行った19).メチシリンに対する感受性/耐性はCLSIの判定基準に基づき,オキサシリンに対する最小発育阻止濃度(MIC)(≦2μg/ml:感受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した20).また,キノロン薬に対する感受性/耐性は同判定基準に基づき,レボフロキサシンに対するMIC(≦1μg/ml:感受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した.5.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果今回使用の臨床分離S.aureus31株のうち,キノロン感受性でicaA,icaD遺伝子を保有するメチシリン感受性S.aureus(methicillin-susceptibleS.aureus:MSSA)のF5820およびF-5829株,メチシリン耐性S.aureus(methicillin-resistantS.aureus:MRSA)のF-5809株を用いた(表1).CAMHBにて37℃で一夜培養した菌を新鮮なCAMHBに接種し,さらに4時間前培養した菌液0.5mlに,リン酸緩衝液(PB:1/15mol/l,pH7.0)で5倍濃度に調整した各薬液1ml(終濃度,30MIC),10%グルコース溶液5μlまたは50μl(グルコース終濃度,0.01%または0.1%)を加え,PBで全量5mlにした培養液(CAMHB濃度:通常の10%濃度)を作製した.37℃で振盪培養し,24時間後に生菌数測定を行った(n=1).対照として薬剤不含の同様な10%CAMHB5mlを用い,生菌数を測定した.6.Invitroバイオフィルムの作製とグルコースの影響Planktonic菌に対する殺菌効果の試験に用いたMSSAのF-5820およびF-5829とMRSAのF-5809株の3株で検討した.Websterら21)の方法に基づき,CAMHBで一夜培養したS.aureusの菌液100μlを新鮮なCAMHB10mlに接種し,さらに3.5時間培養した.本菌液100μlを0.01%または0.1%グルコースを含み,通常の10%培地成分濃度になるよう作製したCAMHB10mlに懸濁した.その25μlを0.01%および0.1%のグルコースを含んだ10%培地成分濃度のMueller-Hintonagar(MHA,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を平板上に置いたmembranefilter(MF,DuraporeRMembraneFilter0.45μmHV;Millipore)に滴下した(n=3).グルコース濃度0.01%は健常人涙液中濃度,0.1%は糖尿病患者涙液中に含まれるグルコース濃度に近似すると考え検討した13.15).なお,別にバイオフィルム形成に及ぼす詳細なグルコース濃度(0,0.01,0.1および1%)の影響はMSSAF-5820株を用い調べた.(95)37℃,48時間培養後,走査型電子顕微鏡(SEM:HITACHIS-3400)を用いてバイオフィルム像を観察した.SEM像の観察に当たっては,試料を1.5%glutaraldehyde(和光純薬工業株式会社)にて1時間,さらに1%osmiumtetroxide(TAABLaboratories)に18時間浸漬し固定した.アルコール脱水-酢酸イソアミル(和光純薬工業株式会社)置換を経た後,臨界点乾燥を行った試料を白金-パナジウム蒸着した.7.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果0.01%あるいは0.1%グルコースを含む10%培地成分濃度のMHA上に静置したMFに菌液を滴下し,37℃,24時間培養した後,MFを各薬剤30MICを含む新しいMHA上に移した.さらに37℃,24時間培養した後,生菌数を測定した.作用濃度(30MIC)はトスフロキサシン頻回反復点眼時の結膜.内濃度などを参考にした22).なお,MRSAF-5809株の場合はセフメノキシム点眼液の溶解必要濃度が高すぎることから薬剤含有MHAが作製できず,トスフロキサシン点眼液とレボフロキサシン点眼液のみで殺菌効果を検討した.生菌数の測定に当たっては上述のMFをMulti-BeadsShockerR(安井器械株式会社)で破砕,ホモジナイズした試料を適宜希釈し,MHA平板に塗布し,生育コロニー数を計測した.得られた生菌数は各比較群間でパラメトリックDunnett型多重比較による有意差検定を行った.また,SEMでバイオフィルムに対する薬剤作用像を観察した.II結果1.使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,GyrAおよびGrlA蛋白におけるQRDR部位のアミノ酸変異,icaA,icaD遺伝子の解析S.aureus31株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図を図1に示す.トスフロキサシンは試験株すべてに対し,レボフロキサシンおよびセフメノキシムと同等か,2.512倍以上強い抗菌活性を示した.31株中,MRSAは22株(71.0%),キノロン耐性S.aureusは18株(58.1%)であった.また,キノロン耐性S.aureus18株のQRDR部位における最も頻度の高い変異株はGyrAのSer84Leu,Glu88Gly変異およびGrlAのSer80Tyr,Glu84Lys変異を同時に保有する株であった(7株/18株,38.9%).icaA,icaD遺伝子については今回使用した眼由来臨床分離株は31株すべて両遺伝子を保有していた.バイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に使用した3菌株の各遺伝子の解析および薬剤感受性の結果を表1に示す.GyrA,GrlAのQRDR主要部位に変異は認められず,キノロン薬に感受性で,MICはトスフロキサシンが0.0313あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014573 トスフロキサシMIC(μg/ml)≧1684210.50.250.1250.06≦0.03111136311114315533≦0.030.1250.528≦0.030.1250.5280.060.2514≧160.060.2514≧16レボフロキサシンMIC(μg/ml)セフメノキシムMIC(μg/ml)図1Staphylococcusaureus31株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図相関図中の数値は株数.いずれの株もトスフロキサシンのMICはレボフロキサシン,セフメノキシムのMICと同等か,低かった.表1使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,icaA,icaD遺伝子の有無,およびGyrA,GrlAのアミノ酸変異菌株トスフロキサシンMIC(μg/ml)レボフロキサシンセフメノキシムオキサシリンicaA,icaD遺伝子の有無icaAicaDQRDRアミノ酸変異GyrASer84,Ser85,Glu88GrlASer80,Glu84F-58200.06250.2520.5++──F-58290.03130.12521++──F-58090.06250.25832++──+/─:検出/非検出.μg/mlあるいは0.0625μg/ml,レボフロキサシンは0.125μg/mlあるいは0.25μg/mlであった.また,F-5820およびF-5829株はMSSA,F-5809株はMRSAであり,セフメノキシムのMICは前2株が2μg/ml,F-5809株は8μg/mlであった(表1).2.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Planktonic菌に対する薬剤30MIC,24時間作用後の生菌数を図2に示す.いずれの薬剤も30MIC作用後の生菌数は薬剤無添加の場合に比べ,10.6以上減少し,検出限界以下(LogCFU/ml:≦1.30)であった(図2).3.Invitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響MSSAF-5820株において,培地にグルコースを0.01%,0.1%,1%濃度になるよう添加し,バイオフィルム形成能をグルコース無添加の場合と比較した結果,培養48時間後の成熟度は濃度依存的に増大した.バイオフィルム形成能は0.01%添加から影響がみられたが,0.1%,1%添加時にはMF構造に沿って多くのslime様物質が付着し,これらに覆われた球菌の数も多かった(図3).4.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果バイオフィルムを形成した各株に対する抗菌点眼薬30MIC,24時間作用後の生菌数を図4に示す.グルコース0.01%存在下,MSSAF-5820株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液と同等,セフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.グルコース0.1%存在下での24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.01%と0.1%存在下での殺菌効果を比較すると,トスフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液では差異がみられなかったが,レボフロキサシン点眼液では,0.1%存在下の殺菌効果は0.01%の場合より有意(p<0.001)に弱かった.グルコース0.01%存在下,MSSAF-5829株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液およびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.1%存在下での24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃574あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(96) Glucose0.01%Glucose0.1%Viablecellscount(LogofCFU/ml)108642010864201086420F-5820MSSAF-5829MSSAF-5809MRSANT108642010864201086420F-5820MSSAF-5829MSSAF-5809MRSANT検出限界(≦1.30)ControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシムControlトスフロキサシンレボフロキシサン点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液図2Staphylococcusaureusのplanktonic菌に対する各種抗菌点眼薬の殺菌効果NT:試験せず.Planktonic菌に対してはいずれの点眼液も強い殺菌効果を示した.セフメノキシム点眼液度のレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意(p<0.001)に強かった.また,グルコース0.01%あるいは0.1%存在下での殺菌効果はセフメノキシム点眼液では差異がなかったが,トスフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液では,0.1%存在下のほうが0.01%の場合より有意(p<0.01,p<0.001)に弱かった.グルコース0.01%および0.1%存在下,MRSAF-5809株におけるトスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,同MIC濃度のレボフロキサシン点眼液より有意(p<0.01)に強かった.また,トスフロキサシンおよびレボフロキサシン点眼液ともに,グルコース0.1%での殺菌効果は0.01%の場合より有意(p<0.01,p<0.001)に弱かった.5.MSSAF.5820株が形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の作用像0.1%グルコース存在下,invitroでMSSAF-5820株が形成したバイオフィルムに対する各点眼液30MIC作用時のSEM像を図5に示す.セフメノキシム点眼液作用後のバイオフィルム像(図5G,図5H)は薬剤無添加群(図5A,図5B)とほぼ同様であった.トスフロキサシン点眼液作用時(図5C,図5D)では,バイオフィルム構造の消失や,これを構成する菌塊構造の軽度化が観察された.レボフロキサシ(97)ン点眼液の場合は薬剤無添加群に比べ,低倍でバイオフィルム構造が若干消失した像が観察されたが,バイオフィルム上部の菌塊構造の厚みの変化はトスフロキサシン点眼液作用時より小さかった(図5E,図5F).なお,今回の試験では,他の2株でもMSSAF-5820株と同様なバイオフィルム形成像,また各抗菌点眼薬作用像がSEMで観察された(データ示さず).III考按結膜.における検出菌の分離比率はS.epidermidisが最も高いが,糖尿病患者では本菌種に次いでS.aureusの比率が健常人より高いとの報告がある4).眼感染症ではバイオフィルム形成菌がその発症に関与することが報告されており,S.aureusやS.epidermidisもコンタクトレンズ,眼内レンズ,手術時縫合糸,涙道形成用チューブ等の医療材料に付着してバイオフィルムを形成することが知られている5,6).近年,眼感染症においては,Staphylococcus属以外にも,Pseudomonasaeruginosa(P.aeruginosa)などによるバイオフィルム形成が臨床的に問題となっているが,さまざまな菌種でバイオフィルム形成菌はその成熟度によって抗菌薬の殺菌作用が影響を受けることが報告されている8,9).S.aureusではバイオフィルムの成熟度は生育環境に存在するグルコーあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014575 ABCDEFGHIJKLIJKABCDEFGHIJKLIJK図3StaphylococcusaureusF.5820株のバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響培養時間:48時間,A,E,I:glucose0%,×100,×3,000,×10,000,B,F,J:glucose0.01%,×100,×3,000,×10,000,C,G,K:glucose0.1%,×100,×3,000,×10,000,D,H,L:glucose1%,×100,×3,000,×10,000.グルコース0.1%,1%添加時には多くのslime様物質が産生され,これに覆われた球菌の数も多かった.スの影響を受け,濃度依存的にその成熟度が増大するとの報告がある11,12).糖尿病患者の涙液中グルコース(tearglucose)濃度は健常人に比べ高く,正常人では0.004.0.008%であるのに対し,糖尿病患者ではこれより5.10倍以上高く,0.03.0.13%以上含まれると報告されている13.15).また,糖尿病患者では急性結膜炎を含む各種細菌感染症のリスクが高いこと,網膜症,白内障など,さまざまな眼の組織における病態に高血糖が悪影響を与えるとの報告がある23,24).これらのことから,糖尿病患者では眼表面や眼内に定着したS.aureusがバイオフィルムを形成する場合,その成熟度が増し,抗菌点眼薬の殺菌作用が何らかの影響を受ける可能性が考えられ,今回の検討を行った.眼感染症由来S.aureusのバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響をSEMで形態観察した報告や,バイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果などを検討した報告はこれまでなかった.今回,眼感染症由来S.aureusのinvitroバイオフィルム形成に及ぼすグルコースの影響を調べた結果,これまでの報告11,12)に記述されているようにその成熟度はグルコース濃度の影響を受けており,糖尿病患者の涙576あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014液中グルコース濃度に想定した0.1%添加時では,無添加時に比べ,slime様物質が多く産生され,これらがMF構造や菌体表面に付着したバイオフィルム像が観察された.S.epidermidisではPIAの生合成はica遺伝子locusが関連し,icaA,DはN-acetylgulcosaminetransferase,icaBはPIAdeacetylase,icaCはPIAのexporter遺伝子とされ25),ソフトコンタクトレンズ装用者における急性結膜炎患者から分離されたブドウ球菌ではicaA,D遺伝子保有率が高いとの報告がある26).しかしながら,S.aureusではicaA,D遺伝子はほとんどすべての株が保有しており,本遺伝子のバイオフィルム形成時における意義は両菌種で異なる可能性が考えられた.Izanoら27)はブドウ球菌属のバイオフィルムにおける主要な2つの構成ポリマーはPIAとextracellularDNA(ecDNA)であり,S.aureusではPIAがバイオフィルムの主要な構成成分ではなく,ecDNAがその主成分としている.また,別の報告でS.aureusの臨床株ではグルコースが調節するバイオフィルム形成はicaADBC遺伝子の発現に関係しないとされ,同じブドウ球菌属ながら,バイオフィルム形成,発現様式について違いが存在する可能(98) Glucose0.01%Glucose0.1%Viablecellscount(LogofCFU/MF)109876510987651098765F-5820MSSA10***98765***NS†††***F-5820MSSA******F-5829MSSA†††††***1098765F-5829MSSA***F-5809MRSAF-5809MRSA10****98†††††76NTNT5ControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシムControlトスフロキサシンレボフロキシサンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液点眼液図4Staphylococcusaureusのinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種抗菌点眼薬の殺菌効果薬剤作用時間:24時間,n=3,有意差:***:p<0.001,**:p<0.01vs.トスフロキサシン点眼液,†††:p<0.001,††:p<0.01vs.0.1%glucose,NS:notsignificant,(Dunnetttest),NT:試験せず,MF:membranefilter0.1%グルコース存在下では,いずれの場合もトスフロキサシン点眼液は同じ30MIC濃度で比較したレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.性があり,現在,詳細は明らかでない28).眼感染症由来S.aureusはレボフロキサシン,セフメノキシムに対する感受性が高い1).今回の使用菌株に対する抗菌活性はトスフロキサシンがレボフロキサシン,セフメノキシムと同等か,2.512倍以上強く,2009年分離の外眼部感染症由来S.aureusの成績とほぼ同様であった29).現在S.aureusのバイオフィルム形成菌に対するこれら抗菌点眼薬の殺菌効果に関する成績は見当たらない.そこでinvitroバイオフィルムを作製し,汎用されている市販抗菌点眼薬,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.トスフロキサシンについては健康成人男子を対象に1回1滴,1日8回14日間点眼し,結膜.内濃度を測定した成績があり,点眼14日目の初回点眼24時間後の濃度は2.0±2.69μg/mlであったとの報告がある22).この24時間値(約2.0μg/ml)は今回invitroでバイオフィルムを作製したS.aureus3株に対するトスフロキサシンのMIC値(0.0313μg/mlおよび0.0625μg/ml)の約32あるいは64倍に相当する.このことから,作用濃度および作用時間はいずれの点眼液も30MIC,24時間とした.その結果,0.01%グルコース存在下では,invitroでバイ(99)オフィルムを形成したS.aureusに対し,トスフロキサシン点眼液はMSSAF-5820株では,レボフロキサシン点眼液と同等,MSSAF-5829株,MRSAF-5809株ではレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.0.1%グルコース存在下では,いずれの場合もトスフロキサシン点眼液は同MIC濃度で比較したレボフロキサシンあるいはセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示し,SEMによる形態観察でも,MSSAF-5820株のバイオフィルム形成菌に対し,トスフロキサシン点眼液作用時,強い殺菌像が観察された.また,フルオロキノロン系抗菌点眼薬の殺菌効果はMSSAF-5820株バイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の場合を除き,いずれも糖尿病患者の涙液中グルコース濃度を想定した0.1%グルコース存在下のほうが0.01%グルコース存在下より弱く,バイオフィルムの成熟度がフルオロキノロン系抗菌点眼薬の殺菌効果に影響を及ぼす可能性が考えられた.バイオフィルムを形成した細菌がplanktonic菌に比べ抗菌薬抵抗性を示すこと,また,その抵抗性には薬剤系統差があることが知られている8).S.aureusにおいてフルオロキノロン系抗菌薬レボフロキサシンはplanktonic菌よりバイあたらしい眼科Vol.31,No.4,2014577 ABCDEFGHABCDEFGHABCDEFGHABCDEFGH図5StaphylococcusaureusF.5820株が形成したinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種抗菌点眼薬作用時の走査型電子顕微鏡像A,B:control,×100,×3,000,C,D:トスフロキサシン点眼液,×100,×3,000,E,F:レボフロキサシン点眼液,×100,×3,000,G,H:セフメノキシム点眼液,×100,×3,000.低倍率でもトスフロキサシン点眼液の作用により,バイオフィルム構造の大部分が消失している像が観察された.オフィルム形成菌に対する殺菌効果が弱いとの報告があム形成菌に対する殺菌作用では,フルオロキノロン系抗菌る30).今回の試験でもplanktonic菌に比べ,バイオフィル薬,アミノ配糖体系抗菌薬,b-ラクタム系抗菌薬の順に強ムを形成した菌に対する殺菌作用はいずれの薬剤も弱かっいことも報告されている8).さらに,S.aureusのバイオフィた.薬剤系統差については,P.aeruginosaのバイオフィルルムにおける薬剤透過性はb-ラクタム系抗菌薬のオキサシ578あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(100) リン,セフォタキシム,またグリコペプチド薬であるバンコマイシンより,アミノ配糖体のアミカシンやフルオロキノロン系抗菌薬のシプロフロキサシンのほうが良好との報告がある31).これらのことから,S.aureusのバイオフィルム形成菌に対しては,b-ラクタム系抗菌薬よりもフルオロキノロン系抗菌薬を,また,そのなかでも目標とする菌種に対して,より強い抗菌活性を示すフルオロキノロン系抗菌薬を選択すべきと考えられた.今回の成績は,先に報告10)したS.epidermidisのバイオフィルム形成菌における結果と近似しており,殺菌効果はb-ラクタム系点眼薬よりフルオロキノロン系点眼薬が強いが,その効果はフルオロキノロン系点眼薬間でも差異が認められる点では同様の成績が得られた.術後感染症としての眼内炎の起因菌は60%以上をStaphylococcus属が占める.S.epidermidisの比率が最も高いものの,MRSAを含むS.aureusが起因菌の場合も多い3).眼内炎は重篤な感染症であり,手術前後に眼瞼および結膜.内を十分殺菌することが重要である.フルオロキノロン系点眼薬の周術期における無菌化率は高く,トスフロキサシン点眼液の場合も手術14日後に判定した術後感染症の発症は全例(108例)において認めず,また,術後無菌化率は95.1%で,類薬と同程度であった32,33).これらの成績におけるバイオフィルム形成菌関与の程度は不明であるが,そのような場合にも殺菌効果が十分期待できる抗菌点眼薬の使用が望ましいことから,その選択には十分な配慮が必要と考えられた.以上,トスフロキサシン点眼液はレボフロキサシン点眼液およびb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より,バイオフィルムを形成したS.aureusに強い殺菌効果を示した.トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したキノロン感受性S.aureusによる眼感染症の治療,予防において有用と考えられた.利益相反:高畑正裕(カテゴリーE:富山化学工業株式会社社員),髙倉真理子(カテゴリーE:富山化学工業株式会社社員)文献1)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20112)DurandML:Endophthalmitis.ClinMicrobiolInfect19:227-234,20133)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)BilenH,AtesO,AstamNetal:Conjunctivalflorainpatientswithtype1ortype2diabetesmellitus.AdvTher24:1028-1035,20075)亀井裕子:眼感染症とバイオフィルム.臨床と微生物36:439-444,20096)BehlauI,GilmoreMS:Microbialbiofilmsinophthalmologyandinfectiousdisease.ArchOphthalmol126:15721581,20087)KodjikianL,BurillonC,LinaGetal:Biofilmformationonintraocularlensesbyaclinicalstrainencodingtheicalocus:ascanningelectronmicroscopystudy.InvestOphthalmolVisSci44:4382-4387,20038)SpoeringAL,LewisK:BiofilmsandplanktoniccellsofPseudomonasaeruginosahavesimilarresistancetokillingbyantimicrobials.JBacteriol183:6746-6751,20019)AmorenaB,GraciaE,MonzonMetal:AntibioticsusceptibilityassayforStaphylococcusaureusinbiofilmsdevelopedinvitro.JAntimicrobChemother44:43-55,199910)井上幸次,池田欣史,藤原弘光ほか:眼感染症由来Staphylococcusepidermidisが形成したInVitroバイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果.あたらしい眼科29:1681-1688,201211)LimY,JanaM,LuongTTetal:Controlofglucose-andNaCl-inducedbiofilmformationbyrbfinStaphylococcusaureus.JBacteriol186:722-729,200412)CroesS,DeurenbergRH,BoumansMLetal:StaphylococcusaureusbiofilmformationatthephysiologicglucoseconcentrationdependsontheS.aureuslineage.BMCMicrobiol9:229,200913)SenDK,SarinGS:Tearglucoselevelsinnormalpeopleandindiabeticpatients.BrJOphthalmol64:693-695,198014)DaumKM,HillRM:Humantearglucose.InvestOphthalmolVisSci22:509-514,198215)ChatterjeePR,DeS,DattaHetal:Estimationoftearglucoselevelanditsroleasapromptindicatorofbloodsugarlevel.JIndianMedAssoc101:481-483,200316)SreedharanS,OramM,JensenBetal:DNAgyrasegyrAmutationsinciprofloxacin-resistantstrainsofStaphylococcusaureus:closesimilaritywithquinoloneresistancemutationsinEscherichiacoli.JBacteriol72:72607262,199017)FerreroL,CameronB,ManseBetal:CloningandprimarystructureofStaphylococcusaureusDNAtopoisomeraseIV:aprimarytargetoffluoroquinolones.MolMicrobiol13:641-653,199418)ArciolaCR,BaldassarriL,MontanaroL:PresenceoficaAandicaDgenesandslimeproductioninacollectionofstaphylococcalstrainsfromcatheter-associatedinfections.JClinMicrobiol39:2151-2156,200119)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:MethodsforDilutionAntimicrobialSusceptibilityTestsforBacteriaThatGrowAerobically;ApprovedStandard-EighthEditionM07-A8,ClincalandLaboratoryStandardsInstitutes,Wayne,PA,200920)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:PerformanceStandardsforAntimicrobialSusceptibilityTesting;NineteenthInformationalSupplementM100-S22,201221)WebsterP,WuS,GomezGetal:Distributionofbacterialproteinsinbiofilmsformedbynon-typeableHaemophilusinfluenzae.JHistochemCytochem54:829-842,2006(101)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014579 22)北野周作,宮永嘉隆,東純一:新規ニューキノロン系抗菌点眼薬トシル酸トスフロキサシン点眼液の臨床薬理試験(単回・反復および頻回反復点眼試験).あたらしい眼科23(別巻):47-54,200623)KruseA,ThomsenRW,HundborgHHetal:Diabetesandriskofacuteinfectiousconjunctivitis─apopulation-basedcase-controlstudy.DiabetMed23:393-397,200624)SkarbezK,PriestleyY,HoepfMetal:Comprehensivereviewoftheeffectsofdiabetesonocularhealth.ExpertRevOphthalmol5:557-577,201025)OttoM:Staphylococcalbiofilms.CurrTopMicrobiolImmunol322:207-228,200826)CatalanottiP,LanzaM,DelPreteAetal:Slime-producingStaphylococcusepidermidisandS.aureusinacutebacterialconjunctivitisinsoftcontactlenswearers.NewMicrobiol28:345-354,200527)IzanoEA,AmaranteMA,KherWBetal:Differentialrolesofpoly-N-acetylglucosaminesurfacepolysaccharideandextracellularDNAinStaphylococcusaureusandStaphylococcusepidermidisbiofilms.ApplEnvironMicrobiol74:470-476,200828)FitzpatrickF,HumphreysH,O’GaraJP:EvidenceforicaADBC-independentbiofilmdevelopmentmechanisminmethicillin-resistantStaphylococcusaureusclinicalisolates.JClinMicrobiol43:1973-1976,200529)末信敏秀,石黒美香,松崎薫ほか:細菌性外眼部感染症分離菌株のGatifloxacinに対する感受性調査.あたらしい眼科28:1321-1329,201130)MurilloO,DomenechA,GarciaAetal:Efficacyofhighdosesoflevofloxacininexperimentalforeign-bodyinfectionbymethicillin-susceptibleStaphylococcusaureus.AntimicrobAgentsChemother50:4011-4017,200631)SinghR,RayP,DasAetal:PenetrationofantibioticsthroughStaphylococcusaureusandStaphylococcusepidermidisbiofilms.JAntimicrobChemother65:1955-1958,201032)秦野寛,大野重昭,北野周作:トスフロキサシン点眼液による眼科周術期の無菌化療法.眼科手術23:314-320,201033)大橋裕一,秦野寛,張野正誉ほか:ガチフロキサシン点眼液の眼科周術期の無菌化療法.あたらしい眼科22:267-271,2005***580あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(102)

慢性涙嚢炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例

2014年4月30日 水曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(4):567.570,2014c慢性涙.炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例日野智之*1,2外園千恵*1東原尚代*1,3山田潤*4上田幸典*1渡辺彰英*1木下茂*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2大阪府済生会吹田病院*3ひがしはら内科眼科クリニック*4明治国際医療大学ThreeCasesofCornealUlcerCausedbyChronicDacryocystitisTomoyukiHino1,2),ChieSotozono1),HisayoHigashihara1,3),JunYamada4),KousukeUeda1),AkihideWatanabe1)andShigeruKinoshita1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)SaiseikaiSuitaHospital,3)4)MeijiUniversityofIntegrativeMedicineHigashiharaclinic,感染巣を伴わない角膜潰瘍により紹介,慢性涙.炎を診断し治癒した3症例を報告する.症例1:88歳,女性,抗菌薬抵抗性の角膜潰瘍にて紹介受診.初診時に多量の膿性眼脂,右眼鼻下側に細胞浸潤に乏しい角膜潰瘍を認め,涙.炎を診断した.LVFX(レボフラキサシン)および0.1%ベタメタゾン点眼,セフカペン内服により数日で治癒した.症例2:84歳,男性,初診時に多量の膿性眼脂,右眼鼻下側に細胞浸潤に乏しい角膜潰瘍を認め,涙道洗浄,LVFX点眼により治癒した.症例3:100歳,女性,眼脂と眼瞼腫脹があり,眼内炎の診断で紹介受診.初診時に多量の膿性眼脂と広範囲の角膜上皮欠損,前房蓄膿を認めた.涙.炎を診断,GFLX(ガチフロキサシン)およびセフメノキシム点眼,セフカペン内服により約1週間で治癒した.いずれも前医で涙道閉塞を指摘されておらず,初診時に涙道洗浄で多量の膿が逆流,膿の検鏡で多数の好中球,培養でMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)などを検出した.抗菌薬抵抗性で多量の眼脂を伴う角膜潰瘍では,涙道閉塞に留意する必要がある.Thisstudyinvolved3casesofcornealulcerwithoutcellinfiltration.Case1,an88-year-oldfemale,presentedacornealulcerwithoutcellinfiltrationatthelowernasalsideofherrighteyethatwasresistanttotreatmentwithlevofloxacin.Case2,an84-year-oldmale,presentedacornealulcerwithoutcellinfiltrationatthelowernasalsideofhisrighteye.Case3,a100-year-oldfemale,presentedeyelidswelling,alargecornealepithelialdefectandhypopyoninherrighteye.Atfirstpresentation,all3casesexhibitedpurulentdischargeandwerediagnosedaschronicdacryocystitis.Mucopurulentdischargesamplesshowedmanyneutrophils;methicillin-sensitiveStaphylococcusaureusorotherbacteriawerecultured.Thesefindingsshowthatstrictattentionshouldbepaidtolacrimalductobstructionwhentreatingcornealulcerswithoutcellinfiltrationthatareaccompaniedbyalargeamountofdischargeandareresistanttoantibacterialtreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(4):567.570,2014〕Keywords:角膜潰瘍,膿性眼脂,慢性涙.炎,好中球.cornealulcer,purulentdischarge,chronicdacryocystitis,neutrophil.はじめに感染性角膜炎は角膜中央に生ずることが多く,急性に疼痛,眼脂および視力低下を伴って発症し,重症では角膜実質内の膿瘍,前房蓄膿を呈する.感染性角膜炎のなかでも肺炎球菌による角膜炎は,高齢者の慢性涙.炎がリスク因子の一つであることが古くから指摘されている.一方,角膜周辺部に潰瘍を生ずる疾患として,Mooren潰瘍,膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍(リウマチ性角膜潰瘍),カタル性角膜潰瘍がある.これらは非感染性に潰瘍をきたし,通常は眼脂を伴わない.今回筆者らは,多量の眼脂を伴うが,実質に感染所見を伴わない角膜潰瘍により紹介され,慢性涙.炎を診断した3症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕外園千恵:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:ChieSotozono,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokouji-agaru,Kawaramachi-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(89)567 I症例〔症例1〕患者:88歳,女性.主訴:眼脂.既往歴:甲状腺腫瘍手術.現病歴:2013年1月7日,近医を初診した.右眼に多量の眼脂,睫毛乱生,角膜潰瘍を認め,1.5%レボフロキサシン点眼4/日,0.1%フルオロメトロン点眼4/日で治療されるも改善なく,1月16日京都府立医科大学眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.06(n.c.),左眼0.06(0.3×sph-2.0D(cyl-1.25DAx120°),眼圧は右眼12mmHg,左眼10mmHgであった.右眼に多量の膿性眼脂,角膜の鼻下側周辺に潰瘍を認めたが,潰瘍部に明らかな細胞浸潤を伴わず,前房内炎症も認めなかった(図1).通水試験を施行したところ,膿の逆流を認め,右眼の眼脂培養にてMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)を検出した.図1症例1:初診時の右眼前眼部上:鼻下側に角膜潰瘍,多量の眼脂を伴うが潰瘍部の細胞浸潤,前房内炎症はない.下:フルオレセイン染色.経過:1.5%レボフロキサシン点眼4/日,0.1%ベタメタゾン点眼2/日,セフカペン(100)3錠分3に処方変更したところ,数日で潰瘍の治癒を得た.鼻涙管閉塞に対して涙管チューブを挿入し,内反症については手術を希望されなかった.当院初診時の採血にてリウマチ因子が陽性(RF84.1IU/ml)であり,内科にて精査したが,リウマチの診断に必要な他の所見を伴わないために経過観察となった.〔症例2〕患者:84歳,男性.主訴:左眼疼痛.既往歴:認知症,糖尿病(コントロール不良).現病歴:2013年1月14日,2日前からの左眼疼痛を主訴にA病院を受診した.A病院にて左眼角膜穿孔を認めたが,眼窩部CT(コンピュータ断層撮影)にて鉄片異物を認めず,1.5%レボフロキサシン処方のうえで経過観察となった.1月17日再診時,両眼に角膜潰瘍があり,診断および加療目的で当科紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(n.c.),左眼0.04(n.c.),眼圧は右眼16mmHg,左眼11mmHgであった.両眼ともに,抗菌点眼の使用にもかかわらず,多量の膿性眼脂を認めた.右眼は下眼瞼に高度の内反を伴い,角膜鼻下側周辺の上皮欠損と菲薄化を認めた(図2).左眼は穿孔閉鎖しておりフルオレセインに染まらず,また角膜に感染所見を認めなかった.通水試験にて両眼ともに多量の膿の逆流を認め,膿の培養検査でMSSAを検出した.眼脂の塗抹鏡検では,右眼からは好中球,グラム陽性球菌,左眼からは多量の好中球を検出した(図3).経過:1.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルオロメトロン点眼の継続,涙道洗浄により,涙.炎,角膜上皮欠損ともに次第に改善し,初診から3週後には角膜上皮欠損はほぼ消失した.〔症例3〕患者:100歳,女性.主訴:右眼の眼脂,眼瞼浮腫.既往歴:詳細不明.現病歴:以前より眼脂に対してB病院より抗菌点眼を処方されていた.2011年11月14日,介護施設に入所のために親戚が訪れた際に,右眼に高度の眼瞼浮腫,多量の眼脂を認めたため,近医C眼科を受診した.C眼科にて,膿性眼脂,角膜潰瘍,前房蓄膿を認め,眼内炎疑いで同日,当科紹介となった.初診時所見:右眼に高度の眼瞼浮腫,多量の膿性眼脂,広範囲の上皮欠損,前房内フィブリン,前房蓄膿を認めた(図4).角膜に明らかな細胞浸潤,膿瘍を認めず,通水試験にて多量の膿の排出を認めた.排出した膿の培養検査からPeptostreptococcusanaerobius,Actinomycesmeyeri,Prevotellaintermediaを検出した.眼脂の塗抹鏡検ではグラム陽性球菌,グラム陰性桿菌,多568あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(90) 図2症例2:初診時の右眼前眼部鼻下側に角膜潰瘍を認める.図4症例3:初診時の右眼前眼部上:眼瞼浮腫,多量の眼脂,前房蓄膿を認める.下:前眼部フルオレセイン染色にて広範囲の上皮欠損(線内)を認める.図3症例2:初診時の右眼膿塗抹鏡検像好中球に貪食されるグラム陽性球菌を認める.量の白血球を認め(図5),培養検査によりEikenellacorrodensを検出した.経過:涙.炎に伴う角膜潰瘍の診断にてガチフロキサシン点眼6/日,セフメノキシム点眼6/日,セフカペン(100)3錠分3,涙.マッサージにて加療を開始した.B病院内科に入院し,C眼科から往診した.前房蓄膿は速やかに消失し,涙.炎は徐々に軽快,角膜上皮欠損も徐々に縮小,消失した.図5症例3の右眼脂塗抹鏡検にて好中球に貪食されるグラム陽性球菌を認める.(91)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014569 II考按今回経験した3症例では,88歳,84歳,100歳と高齢であること,多量の眼脂を伴うが,細胞浸潤に乏しく,感染巣を伴わない角膜潰瘍を認めたことが共通していた.症例1,症例2では前医より処方された抗菌点眼薬を使用していたにもかかわらず,多量の眼脂を認めた.3症例とも,通水試験により膿の逆流を認め,慢性涙.炎と診断した.これらの症例は角膜感染症あるいは眼内炎が疑われて紹介されたが,角膜内に膿瘍や明らかな細胞浸潤を認めず,涙.炎により二次的に生じた非感染性の病態が主体であったと考える.慢性涙.炎は,鼻涙管閉塞のために涙液が涙.内に貯留し,病原微生物の増殖を生じるものである.涙.内に貯留した膿は,ときに結膜.に逆流する1)が,眼痛などの症状を伴わず,流涙,眼脂など自覚症状に乏しいことも少なくない.成人の涙.炎からの検出菌は,Staphylococcusepidermidis,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を含めたStaphylococcusaureusが多数を占めることが報告されており2,3),今回の結果も過去の報告に合致するものであった.慢性涙.炎では,抗菌薬の点眼や内服を続けても一時的な改善がみられるだけであり,根治するには涙道再建術が必要である1).いずれの症例も,前医では涙.炎を診断されておらず,膿の塗抹鏡検で多量の好中球が観察された.多量の眼脂に含まれる菌の毒素,好中球のライソゾーム酵素が角膜潰瘍の成立と進行に寄与した4)と推測された.症例1は睫毛乱生,症例2と3では内反症を認めたことより,睫毛接触による微細な角膜上皮障害が発症の契機となった可能性が考えられた.周辺部角膜潰瘍の代表的疾患は,Mooren潰瘍,リウマチ性角膜潰瘍,カタル性角膜潰瘍があげられる.カタル性角膜潰瘍は透明帯を伴い,細胞浸潤が主体である.Mooren潰瘍,リウマチ性角膜潰瘍では深く掘れ込むような急峻な潰瘍所見が特徴である5)が,3症例ともに,潰瘍部に明らかな細胞浸潤を認めず,輪部に沿った深く掘れ込むような潰瘍所見も認めなかった.今回の3症例のような多量の膿性眼脂を伴う角膜潰瘍で,細胞浸潤に乏しい場合には通水試験を行い,慢性涙.炎の有無を確認する必要がある.慢性涙.炎による角膜潰瘍が疑われた場合は,眼脂あるいは涙.から排出される膿の塗抹鏡検と培養検査を行い,感受性のある抗菌薬の点眼と内服を処方し,涙道再建術を行うことが望ましい.慢性涙.炎が診断されないままであると,角膜潰瘍の遷延化や再発をきたしたり,感染性角膜潰瘍に進展する可能性がある.また,逆に慢性涙.炎は角膜潰瘍の原因になるため,慢性涙.炎を診断した場合は,角膜の診察も必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)児玉俊夫:涙.炎と涙小管炎.あたらしい眼科28:323329,20112)児玉俊夫,宇野敏彦,山西茂喜ほか:乳幼児および成人に発症した涙.炎の検出菌の比較.臨眼64:1269-1275,20103)HartikainenJ,LehtonenOP,SaariKM:Bacteriologyoflacrimalductobstructioninadults.BrJOphthalmol81:37-40,19974)芝野宏子,日比野剛,福田昌彦ほか:慢性涙.炎が原因と考えられた周辺部角膜潰瘍の3例.眼臨101:755-758,20075)外園千恵,木下茂,横井則彦ほか:周辺部角膜と強膜の捉え方.角膜疾患外来でこう診てこう治せ.メジカルビュー社,p108-109,2005***570あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(92)

ブックレビュー:谷口重雄著 『連続写真と動画で学ぶ白内障手術パーフェクトマスター-基本から難症例への対処法まで-』

2014年4月30日 水曜日

ブックレビューブックレビュー■谷口重雄著『連続写真と動画で学ぶ白内障手術パーフェクトマスター―基本から難症例への対処法まで―』(B5判・上製,本文344頁,DVD付,定価23,000円+税),ISBN978-4-521-73910-6/C3047,中山書店)本書は眼科医となって40年間,白内障手術の進歩とともに歩んでこられた谷口重雄先生が,白内障手術の全工程を通して一人で書きあげた手術解説書である.白内障手術の手技を解説する本は多数見られるが,そのほとんどは何人かの著者による分担執筆である.共著の場合,各執筆者での手術に対する考えが微妙に異なるため,一冊の本とした時にその違いを感じることがある.しかし本書では,谷口先生が長年手術をし,若手を教育してきて得られた白内障手術に対する考え,スタンスが前面に打ち出されており,単なる手技の解説だけでないことが特筆される.本書には,基本的な手術手技が解説されているだけでなく,さらに安全で効率的な手術を目指して谷口先生自身が開発した種々の手技と器具が詳しく説明されている.与えられた手技だけに満足することなく,より良い手術を求めて進化させていくというスタンスを学び取ることは,熟練者にとっても有益である.手術手技の詳細を読者に伝わりやすいようにするため,本書にはいろいろな工夫がなされている.1.術中の手術写真が多数掲載されている術中のワンポイントの写真だけでひとつの手技を説明するのではなく,多数の連続写真を用いて「紙芝居」のように解説している.2.写真の中にイラストと説明文が挿入されている写真が多いため,ひとつひとつの写真は小さいのだが,写真内にイラストを加えることによって,分かりやすい図になっている.またその図の中に説明文も挿入されているため,図を見るだけで手技が理解できるように工夫されている.3.図の説明が具体的で細かい図の中の説明は簡潔であるが,文中の解説はきわめて丁寧であり,抽象的ではなく,微に入り細を穿って解説560あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014されている.4.自身の手術ライブラリーから動画が厳選されている写真を多用した解説だけでなく,素晴らしい動画がDVDに収載されている.動画が添付されている手術解説書は最近よく見られるが,本書で私が特に感心したのは,その動画がすべて適切な画角で見やすく,しかもピントが良く合っていることである.本の中の解説に合わせて綺麗な動画が多数用意されており,手技を理解しやすくしている.よくぞここまで,いろいろな場面の動画を集めて整理できたものだ,と感心してしまった.毎回毎回の手術ビデオをまとめ,それを編集して整理しておくことが重要であることは十分理解しているが,なかなかできないことであり,このライブラリーを提供することが谷口先生の白内障術者としての集大成であるといえる.今までは難症例と考えられていた小瞳孔や硬い核の症例は,手術装置の進化と対処手技の普及によって熟練者なら合併症なしに行うことができるようになってきたが,チン小帯脆弱は現時点でも難症例として恐れられている.本書は,この難症例対策に重点が置かれていることも大きな特徴である.この分野は谷口先生の最も得意とするところであり,チン小帯脆弱症例に対する安全な攻略法と,それに付随する毛様溝縫着術についての記載は,本文320頁中94頁を占めており,詳細に解説されている.本書は,白内障手術を始めた初心者から,多数の症例を経験した熟練者,そして若手を指導している指導医まで,白内障手術に関与しているすべての人が,それぞれの立場で熟読すべき本であるといえる.(東京慈恵会医科大学眼科学講座常岡寛)(00)(82)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY

後記臨床研修医日記 31.東北大学病院眼科学教室

2014年4月30日 水曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記東北大学病院眼科学教室菊地明日香佐藤茉莉華鈴木哲章矢花武史外来当科の外来は曜日ごとに,網膜外来,緑内障外来,神経斜視外来,角膜ドライアイ外来と分かれています.研修医は2カ月ごとに手術日と外来日が入れ替わり,それぞれの専門外来をローテートするしくみになっています.1年目研修医はおもに他院からの紹介の新患を診察します.診察し,検査の指示を出し,検査結果をもとに自分で診断や方針を考えたうえで,その日の診断医にコンサルトします.必要に応じて,その後の外来での経過観察も自分で担当します.もちろん,まだまだ1人では何も決められないので,その都度,上級医に相談しながら経過観察を行います.そのほか,入院中に担当した患者の術後の経過も,同様に上級医に相談しながら診ていきます.1年目のうちは,忙しくなりすぎないように配慮されていて,1日に診る患者の数はあまり多くありませんが,2年目になると,新患や術後以外の経過が長い再診の患者もたくさん診るようになり,とても忙しそうです.1年後の自分たちが,あんなにテキパキと仕事をこなせるようになるなんて想像もつきません.また,外来日のうち1日は処置係になります.処置係の仕事としては,FA/IAのライン取りと撮影が主で,そのほか,眼圧測定,睫毛抜去,涙点プラグの挿入,硝子体注射,点眼作成などを行います.週2回ある網膜外来の日のFA/IAは鬼のように忙しく,研修医1人では手に負えないので,ベテランのORTさんが手伝ってくれ,とても助かっています.外来は9時から17時までで,外来の前には病棟の担当患者の診察,夕方には新入院患者の診察とムンテラを行います.また,曜日ごとに各専門分野のカンファレンスがあり,新患の振り返りや治療に迷っている症例について話し合いをします.外来患者が多かった日には,カンファレンスのあとで外来に戻り,新患返礼状などの仕事をして,長い1日がやっと終わります.(菊地明日香)病棟病棟では後期研修医1あたり常時6人前後の患者を受け持ち,1人の患者さんに対して上級医1人が指導医としてつきます.月曜から日曜日まで毎日診察をしますが,平日は外来業務や手術が始まる前までに診察を終えなければなりません.また毎週2回手術日の担当があり,その翌日は8時半から術後回診が始まります.起床時間はその時の受け持ち患者さんの人数によってかわりますが,6時半頃から診察を始めなければ間に合わないということもあります.しょぼくれた目を何とかこじ開けながら病棟へやってきますが,朝が苦手な夜型人間にとっては大変な試練となります.写真1仲良し同期4人後列左から時計回りに矢花,鈴木,菊地,佐藤.(79)あたらしい眼科Vol.31,No.4,20145570910-1810/14/\100/頁/JCOPY 写真2業務に奮闘する研修医夜遅くまで指示入力やカルテ記載を頑張っています.7時半過ぎから朝食が配られ始めるため,誰から診察を始めるか,瞬時に仕事モードになって計画をたてます.しかも朝の診察室は大変混雑し,4台あるスリット台はほぼ満席です.患者さんを呼ぶ声や,「上見てくださーい,右上見てくださーい」という声が行き交い,診察室は早朝から大変にぎわいます.木曜日は朝8時半から教授回診です.皆サマリーを前日までにカルテに書き出し,データを見直したり教科書を読んだりして備えますが,教授からは予想できない鋭い質問が飛んできます.しかしそのおかげで,私たちは重要な点を見逃していたことに気づきます.教授回診は毎回新たな発見の連続で,大変勉強になります.さて,朝の診察が終わると研修医は外来や手術へ散り散りとなり,それらの激務終了後,病棟へ帰ってきます.この頃にはフラフラですが,それでも仕事は待ってくれません.状態が不安定な患者さんの診察や処置をしたり,手術のために入院してきた患者さんのムンテラや診察をしたり,翌日入院してくる患者さんの準備をしたり,各々の仕事にとりかかります.お腹が鳴りますが,仕事が終わるまでは我慢です.個人的には自炊がどうしても怠りがちになるのが悩みの種です.そしてすべての仕事が終わる頃には,病棟はすでに消灯後であり,ほの暗くなっています.(佐藤茉莉華)手術1週間のうち月曜と火曜,水曜,金曜日が手術日です.普段は2室を使って局所麻酔下の手術を行い,金曜日は558あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014全身麻酔下の手術も行うので,3室並行で手術が進行します.患者さんは9時に入室するので,それまでに機材のセッティングや薬剤の準備など,事前準備を済ませておかなければいけません.きまって更衣室のロッカーはガラガラで,他のどの科の医師よりも早く手術室に向かいます.手術の内容は,外眼部手術,白内障手術,緑内障手術,硝子体手術とさまざまです.私たち後期研修医1年目は,最初に外回りの仕事を覚え,次に助手として手術に参加し,そして少しずつ手術操作を教わっていきます.一口に白内障手術といっても,術式一つとってもアプローチや創口の位置,使う器具など,執刀する先生によって細かな違いがあり,気が抜けません.おもに担当患者の助手に入り,それ以外では外回りをして定期手術は17時前後に終わります.(鈴木哲章)休日土曜日は朝8時30分から,金曜に手術をした患者さんの術後回診があります.この頃になると1週間の疲れもピークにあり,早起きがとても辛いですが,午後からゆっくりできるぞと最後の力を振り絞ります.術後回診,入院患者さんの診察,日曜入院の患者さんの指示だしを終えれば,その日の業務は終了です.午後からはそれぞれの時間を過ごします.また,土曜日は講演会や後期研修医向けの勉強会なども多く企画されており,まとまった知識を得るチャンスです.もちろん,その後のおいしいご飯やお酒が目当てであったりもします.日曜は普段より遅めに出勤し,入院患者さんの診察を〈プロフィール〉菊地明日香(きくちあすか)東北大学卒業,石巻赤十字病院で初期研修2年間終了後に眼科入局.佐藤茉莉華(さとうまりか)山形大学卒業,大崎市民病院で初期研修2年間終了後に眼科入局.鈴木哲章(すずきのりゆき)秋田大学卒業,雄勝中央病院で初期研修2年間終了後に眼科入局.矢花武史(やばなたけし)山形大学卒業,東北大学病院で初期研修2年間終了後に眼科入局.(80) 行います.月曜日に手術の担当があれば,日曜入院の患者さんの診察も行います.それらを終えて長い1週間が終わります.眼科の知識や手技は特殊であり,覚えることも多く,日々の診療や学会発表の準備などなかなか忙しい日々を過ごしていますが,その一方で,頑張っている自分に充中澤徹先生が平成23年9月に主任教授に着任し,早いもので丸2年が経過しました.休む間もなく現在に至った感がありますが,東北大学眼科学教室では臨床,研究,教育においてさらに充実したシステムを確立し進めてまいりました.そのような中で,菊地,佐藤,鈴木,矢花の新人4人の先生方はすくすくと成長しており,例年にも増して,病棟,外来,研究とすべてに全力投球しており,本当に嬉しく思います.同窓会では,多数の先輩方の前での新人発表会も立派にこ指導医からのメッセージ実感も感じています.まだ眼科医になって間もないですが,たくさんの先生方や視能訓練士(ORT)さん,看護師さんに支えられながら,これからも切磋琢磨していきたいと思います.(矢花武史)なし,そのまま英語論文になるほどの内容のものも見受けられました.来年度にはすぐ次の新人が入ってきます.先生方は2年目になり新人に教え,また教えられながら,成長した自分を少しずつ実感できると思います.患者さんの視機能を常に考えながら,これからも共に良い仕事を行っていきましょう.(東北大学大学院医学系研究科神経感覚器病態学講座眼科学分野准教授・教育主任國方彦志)☆☆☆(81)あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014559

My boom 27.

2014年4月30日 水曜日

監修=大橋裕一連載MyboomMyboom第27回「近間泰一郎」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載MyboomMyboom第27回「近間泰一郎」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介近間泰一郎(ちかま・たいいちろう)広島大学大学院医歯薬保健学研究院視覚病態学私は,1991年に富山医科薬科大学(現・富山大学)を卒業し,故郷の山口県にある山口大学医学部眼科学教室に入局させていただきました.医学生時代はバレーボール部に所属し,クラブ活動のないときはゴルフやスキーなどスポーツに明け暮れていました.爽やかなスポーツ青年だった(はず?!)のですが,今となっては見る影もなく,無理がたたって一昨年,椎間板ヘルニアを発症してしまいました.それでもスポーツ観戦は大好きで,野球やサッカーはときどき観戦に行きます(写真1).青春時代の話はこのくらいにして,仕事に関する紹介に移ります.山口大学眼科に入局して3年目に西田輝夫先生が教授として赴任されて以降,角膜の臨床や研究に明け暮れることになりました.2001年9月から米国のオハイオ州にあるシンシナティ大学に留学し,Kao教授のもと,ほぼ毎日トランスジェニックマウスと格闘する3年間を過ごしました.帰国後は,再び角膜移植や前眼部再建術といったオキュラーサーフェスを専門として臨床を続けています.2011年1月に広島大学に移り,オキュラーサーフェス疾患を対象とする角膜外来の充実に集中しています.ここ最近のmyboomは妄想です.臨床においても研究においても疑問に感じたことがあれば,その解決のための方法や希望的観測も含めた結果を,日中ならコーヒー,夜ならシングルモルトでも飲みながら考えること(77)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYです.妄想は自由でお金もかかりませんが,最近は,頭が冴えている午前中に妄想する時間が取れないことが最大のストレスです.臨床におけるmyboomおもに生体共焦点顕微鏡を用いて,角膜内の変化を細胞レベルで可視化することです.高倍率の対物レンズを入手し,特注のアダプターを介して,完全非接触での角膜の観察に挑戦しています.従来の接触型の観察に比べ,約1.6倍の拡大率を得ることができ,形態学的特徴のある細菌の同定が可能となりました.たとえば,肺炎球菌は双球菌の形態で莢膜が観察可能です.この画像を見たときは鳥肌が立ちました.まだまだ困難なことも多いなかで,楽しい妄想をしながら,より良い観察法を探求しています.研究におけるmyboom2011年1月に広島大学に異動してから,角膜感染症に対する光線力学療法についての研究を始めました.新規の光感受性物質であるTONS504というポルフィリン誘導体と新規LED照射装置を用いて,各種細菌,酵母型真菌,さらにヘルペスウイルスへの効果を確認しています.invitroではその有効性がほぼ確認できましたので,今後はinvivoでの検証に移る予定です.インドネシアからの留学生が熱心に研究を進めてくれています.薬剤耐性を考えなくてよい感染症治療になります.これで抗生物質がいらなくなってしまうと製薬会社が困ってしまいます(実際にそんなことはないですが…).この研究もまだ道半ばですが,もし臨床応用できれば難治性の角膜感染症の新しい治療法となりうる可能性を秘めています.今は,動物実験での良好な結果を妄想しながら研究計画を立てているところです.国内外の学会に演題あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014555 写真12011年8月10日に札幌ドームでの日韓戦を観戦写真22012年のARVO.最後のフォートローダーデールを出し続けて,臨床応用を実現できるようにモチベーションを維持しなければいけません.プライベートのmyboom現在,単身赴任4年目に突入し,掃除や洗濯は日常業務ですが,最近は自炊のレパートリーを増やすために,クックパッドや楽天レシピなどのコンテンツをのぞく機会が増えました.とはいっても時間に制限があり,そこまで凝り性ではなく,スープやだしから自分でとろうとは思っていない私にとっては,でき合いの鍋つゆや煮物のたれは重宝しています.揚げ物よりはゆで物や煮物が多くなってきています.また,外食に関して広島にはさまざまなジャンルのおいしい食事どころがたくさんあります.医局の仲間やスタッフ,あるいは学生さんを交えて,新規開拓にでかけています.今のところ80%以上の勝率(満足できた率)です.これからも,おいしいお酒とおいしい食事が楽しく食べられるお店の開拓を続けていきたいと思います.私自身いろいろなことに興味をもつ,いわば浮気性のところもあります.でも,継続することは大きな発見をもたらすことは先人が教えてくれています.ありふれた日常の一コマで,小さな発見をして興味をもったら調べる.はまったらそれがmyboomになるのでしょうね.次回のプレゼンターは山形大学の難波広幸先生です.角膜分野で頑張っている若手のホープです.これで,日本地図の山形県を灰色に塗りつぶすことができます.このリレー企画を少し若い先生方に回してもらうことにしたいと思います.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆556あたらしい眼科Vol.31,No.4,2014(78)