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眼内レンズ:白内障切開創への真菌感染

2014年3月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎331.白内障切開創への真菌感染池川泰民松山赤十字病院眼科白内障術後に発症する感染症として眼内炎がよく知られている.しかしながら,まれではあるが,白内障手術時の創口部に認められる感染も存在する.白内障切開創への感染は病因診断が困難であり,ときに視力予後が不良となる症例もあることから,術後炎症の原因の一つとして考える必要がある.●白内障術後の感染症の原因菌白内障術後眼内炎は術後の感染症として良く知られているが,頻度は一般に2,000例に1例程度といわれており,決して多い数字ではない.これよりも頻度は少なくなるが,病因診断の困難さと視力予後不良となる可能性をもった術後感染症として,白内障切開創への感染がある.わが国では江本らによる創口感染の報告1)があり,海外では真菌による創口部の感染の報告2,3)が散見される.その報告の多くの原因真菌がAspergillus属であり,角膜炎として発症したものであった(図1).●Aspergillus属による感染症Aspergillus属は真菌性角膜炎の起因菌として多いものの一つであり,自然界のいたるところに広く分布している.手術時の切開創に起こる真菌感染は,感染経路が不明なものが多いが,考えられる感染経路として手術中の落下真菌などが考えられる.また,Aspergillus属は植物に付着していることも多く,植物による突き眼によって角膜炎が起こることが多いといわれており,患者背景をみると農作業にかかわっている人が多く,海外での報告もインドなどの発展途上国で多く認められる.Aspergillus属は糸状菌に分類され,進行は比較的緩徐である.そのため,感染巣が広がる前の早期に発見できれば抗真菌薬により効果的に治療を行うことができる.しかし,上記のように切開創からの感染がすべて角膜炎を生じてくれれば発見しやすいが,なかには角膜炎を生じないものもある.強角膜に炎症を起こさずに,虹彩や隅角部に炎症を引き起こすものが存在する.このような症例においては,病巣部を見ようにも角膜浮腫を引き起こしている場合が多く,隅角検査が困難な場合が多い.角膜浮腫のために隅角部の状況がわからず漫然と経過をみていくことで,角膜表面には炎症所見を認めないまま虹彩や隅角へ深く真菌が侵入していること(65)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1Aspergillus角膜炎図2前眼部OCTがある.このような状況にならないために隅角を調べる一つの方法として,前眼部OCTが大変有用な検査となる可能性がある(図2).図2のように前眼部OCT検査を行うことで,角膜表面からは透見できなかった病巣が創口部と一致した強角膜内に連続していることがわかる.●抗真菌薬による治療ここまで深く真菌が侵入してしまうと内科的治療が困難になってくる.抗真菌薬には,作用機序から大きく4つの種類がある.①ポリエン系,②アゾール系,③キャンディン系,④ピリミジン系である.糸状菌に対しては,アゾール系のミコナゾールまたはポリエン系のピマリシンが第一選択であるといわれている.これらの抗真菌薬の中で唯一,眼局所用として存在するのがポリエン系のピマリシンである.この薬剤は,Aspergillus属に対するMICが1.56.3.13(μg/ml)であり,強い抗菌力あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014369 図3角膜移植後をもち耐性菌が出現しにくい.しかし,強い結膜充血や角膜上皮障害などの副作用が起こることがあるうえ,眼移行性が悪いため,虹彩まで侵入したような症例に対しては効果が乏しい.ミコナゾールはアゾール系の中で糸状菌に対して効果を示す薬剤であるが,Aspergillus属に対するMICが0.4.>100(μg/ml)であり,抗真菌活性作用がやや低い.近年,アゾール系のボリコナゾールがAspergillus属に対して有効であるということで多く使われている.ボリコナゾールはAspergillus属に対するMICが0.19.0.5(μg/ml)であり,強い抗真菌活性作用をもっている.ボリコナゾールは,製剤として静注用か錠剤しかないため,眼科領域で使用する場合には静注用を1%(10mg/ml)に薄めて点眼として使うことが多い.ここで気になるのが,ボリコナゾールの眼移行性である.Vemulakondaらによると4),1%に薄めたボリコナゾール点眼を行ったのち,前房内と硝子体内でボリコナゾール濃度を測定すると,前房内ではAspergillus属に対するMICを超えたが,硝子体内ではAspergillus属に対するMICを超えることはなかった.また,Hariprasadらによると5),ボリコナゾールの内服による前房内濃度や硝子体内濃度の関係は,血液中の薬物濃度に対して前房内の薬物濃度が53.0%であり硝子体中の薬物濃度が38.1%であった.このことより,ボリコナゾールの眼移行性はあまり良くないことがわかる.●外科的治療法では,虹彩にまで浸潤したような真菌感染にはどのように対処していくべきか.内科的治療には限界があるため,外科的治療が有効となってくる.外科的治療としては,感染巣をすべて取り除くために強角膜切除を行い,角膜切除した部分に全層角膜移植を行う.感染巣除去後は炎症も収束に向かいやすく,術後1週間程度からステロイド点眼を開始することで,真菌感染を再燃させることなく術後炎症を早くに消炎することができる6)(図3).●まとめ白内障切開創への真菌感染は早期発見が重要であり,早期発見することができれば薬物治療も可能である.しかし,虹彩や隅角まで真菌が侵入してしまった状態で発見することもある.この場合は,外科的治療も考えていく必要があるものと思われる.文献1)江本宜暢,平形明人,三木大二郎ほか:Penicillium感染による白内障術後眼内炎の一例.眼臨紀1:122-127,20082)RoyA,SahuSK,PadhiTRetal:Clinicomicrobiologicalcharacteristicsandtreatmentoutcomeofsclerocornealtunnelinfection.Cornea31:780-785,20123)JhanjiV,SharmaN,MannanRetal:Managementoftunnelfungalinfectionwithvoriconazole.JCataractRefractSurg33:915-917,20074)VemulakondaGA,HariprasadSM,MielerWFetal:Aqueousandvitreousconcentrationsfollowingtopicaladministrationof1%voriconazoleinhumans.ArchOphthalmol126:18-22,20085)HariprasadSM,MielerWF,HolzERetal:Determinationofvitreous,aqueous,andplasmaconcentrationoforallyadministeredvoriconazoleinhumans.ArchOphthalmol122:42-47,20046)池川泰民,鈴木崇,鳥山浩二ほか:白内障手術時の切開創に発症した真菌感染の1例.あたらしい眼科30:14751478,2013

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン⑩

2014年3月31日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン②10本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.花粉症シーズンのCL装用患者独特の症状や訴えについて教えてください.講師梶田雅義梶田眼科花粉の飛散時期は,花粉症を有するコンタクトレンズ(CL)装用者にとってはつらいシーズンである.わが国では,2.4月はスギ,5月はヒノキ,5.6月はカモガヤ,8.10月はブタクサの花粉が多いといわれている.花粉症はI型アレルギーで,肥満細胞から遊離したヒスタミンが種々の症状を引き起こし,くしゃみ,鼻水,鼻炎症状などの全身症状のほかに,眼の掻痒感,結膜充血,眼脂を生じる.症状がひどくなると眼瞼結膜に乳頭増殖を生じる.全身症状を伴わずに,眼の症状だけ発症する例も少なくない.1.花粉症の眼症状CL装用者は,CLが角謨を覆っているために,かゆみを認識するのが遅いようで,花粉症が軽度の段階ではかゆみを感じるよりも先に,見え方が悪くなると訴えることが多い.結膜にアレルギー性の炎症反応が起こると,漿液性あるいは粘液性の眼脂を呈する.この眼脂がCL表面に付着し,見え方を悪くする.瞬きごとに見えたり見えなかったりする不快を訴える.上眼瞼結膜に乳頭が形成されると,乳頭と乳頭の隙間が吸盤のような状態になってCLに吸いつき,CLが上眼瞼結膜に貼りついてしまう.すると,瞬目のたびにレンズが限瞼と一緒に動くだけでなく,レンズ表面の付着物を眼瞼がふきとれず,見え方が悪化する.CLの光学部分が瞳孔領から外れて,矯正効果が失われる場合もある.このような視覚に関する不快感が生じた後に,かゆみなどの自覚症状が生じることも少なくない.(63)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY2.花粉症対策CLの利便性のために,花粉症が発症してもCL装用を自主的に中止する症例は少なく,かなり症状が悪化してから来院する場合もある.CL装用を中止すれば症状が軽減する症例も少なくないが,CL装用による視機能のメリットを考慮すると,できる限り装用の継続をサポートしたいものである.経済的な負担は大きくなるが,花粉症の時期に1日使い捨てCLを使用することは,比較的容易な花粉症の対処方法である.なんらかの理由で1日使い捨てCLへの変更がむずかしく,毎日のケアが必要なレンズを使用する場合に大切なことは,レンズケアを行う際に花粉をレンズにすり込まないことである.花粉が付いたままで,いきなりこすり洗いをすると,花粉が壊れて破片がCLに摺り込まれてしまう.一度すり込まれた花粉は,こすり洗いを重ねるほどCL表面に密着して.がれなくなってしまう.そっとはずしたCLを,MPS(multipurposesolution)または保存液を八分目くらいまで入れた保存容器に入れて強く振り,CL表面に付着した花粉をできる限り振り落とす.その後に感染症対策のためにしっかりこすり洗いを行うように指導する.ソフトコンタクトレンズ(SCL)の種類やデザイン,素材を変更する,あるいはケア溶剤やケア方法を変更することで,花粉症の時期もCL装用を中止しないで乗り切ることのできる症例も少なくない.症例ごとにCL装用を継続できる条件を見つけだす作業も,CL外来の大切な仕事である.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014367 花粉症の症状を訴えて来院される方には,どのような対応をされていますか?講師梶田雅義梶田眼科花粉症を有するCL装用者には,装用を中止するように指導するケースが多いようであるが,過去の調査によれば(図1),CL装用者の91.3%が花粉飛散の時期にも装用の継続を希望していた.花粉の飛散時期であっても快適な矯正をあきらたくないと考えるCL装用者が多い.1.患者の指導花粉症を発症しやすい時期のCL装用については,装用者自身に眼の状態に注意を払うように指導することが大切である.裸眼だと鏡に映る自分の眼がよく見えない遠視眼では,凹面鏡を使うように指導するとよい.装用感はもちろん,結膜に充血が生じていないか,角膜と結膜の境目が腫れていないかなどを自分でチェックするよう指導する.ただし,異常な所見は正常な状態を見ていないと分からないので,普段から自分の眼をよく観察する習憤をつけることが大切である.そして,少しでも異常に気づいたら眼科医に相談するように指導する.2.CLの選択花粉の付着はCLの種類によって異なる.過去の調1.2%91.3%7.5%0102030405060708090100%■そう思う■どちらともいえない■そう思わない図1花粉飛散時期もできればコンタクトレンズの装用を継続したいと思いますか?使い捨てコンタクトレンズを使用している花粉症患者600人を対象に調査.(2010年Johnson&JohnsonK.K.調べ)査1)では,FDA分類のグループ1はグループ4に比べて花粉が付着しにくかった.シリコーンハイドロゲルCLは含水SCLに比べて花粉が付着しにくい印象はあるが,シリコーンハイドロゲルCL装用によってアレルギー反応が発症する例もあるので,慎重に経過観察を行い,適応を見分ける必要がある.また,繰り返しケアを行なうCLに比べて,1日使い捨てCLは花粉の蓄積がないため,花粉の飛散時期の装用に適している.3.花粉症時期の点眼花粉が飛散し始める約2週間前から,抗アレルギー点眼液の使用を開始すると効果的2)である.花粉症の症状が出現したら,副腎皮質ホルモン剤の点眼液を加える.副腎皮質ホルモン剤によって眼圧が上昇する症例が存在するため,使用中は眼圧を定期的にチェックする必要がある.眼圧上昇を認めた場合には,副腎皮質ホルモン剤の点眼を速やかに中止し,非ステロイド系消炎薬の点眼に変更してみる.これらの点眼液を使用しても症状がひどく,安定したCL装用を継続できない場合には,1日使い捨てCLに変更する.それでも終日の装用ができない場合には,どうしてもCL装用を行ないたい時間帯だけに1日使い捨てCLを用いたオケージョナル装用を勧める.1日使い捨てCLの装用でも装用直後から不具合を生じるようであれば,CLの装用を中止して,花粉の飛散時期が過ぎ去るのを待つことにする.CL装用はアレルギー性結膜炎を悪化させる要因にもなりうるため,CL装用を中止させることがもっとも容易な対処方法である.しかし,CLによる利便性が花粉症による不快に勝る場合には,できる限りCL装用を継続させてあげることも,眼科医の使命と考える.文献1)梶田雅義:スギ花粉症時期のコンタクトレンズケアについて.第60回日本臨床眼科学会一般演題,20052)アレルギー性結膜炎診療ガイドライン作成委員会:アレルギー性結膜炎診療ガイドライン.日眼110:99-134,2006368(00)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014ZS696

写真:春季カタルに対するタクロリムス点眼治療

2014年3月31日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦358.春季カタルに対するタクロリムス横井桂子京都府立医科大学大学院医学研究科点眼治療視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ上眼瞼結膜全体の充血,浮腫,大小多数の巨大乳頭増殖.図1春季カタルの結膜乳頭増殖7歳,女児.初診時,両上眼瞼結膜の増殖性所見とともに角膜全面に落屑様上皮障害も認め,抗アレルギー(4回/日),ステロイド(4回/日),タクロリムス(2回/日)の各点眼液にて軽快せず,プレドニゾロン内服(10mg4日,5mg3日)を追加し治療を開始.図4アトピー性皮膚炎を合併する春季カタル(30歳,男性)長年,増悪寛解を繰り返し,ステロイドの点眼・眼軟膏・内服で加療していた.タクロリムス点眼液使用後,半年で上眼瞼結膜の乳頭が消失し,1日1回の点眼継続で3年間強い増悪を生じていない.図3初診後3カ月の上眼瞼結膜初期治療が奏効し1カ月でタクロリムス点眼液のみとなり,3カ月で結膜乳頭が平坦化した.その後点眼を中止したが,1年後に再増悪し,同様に治療した.その翌年の増悪期には予防的にタクロリムス点眼(2回/日)を約1カ月前より開始し,他の治療を用いることなく増悪を回避できた.(61)あたらしい眼科Vol.31,No.3,20143650910-1810/14/\100/頁/JCOPY 春季カタルは,角膜病変を伴うこともある重症のアレルギー性角結膜疾患であり(図1,2),増悪寛解を繰り返すため,しばしばステロイドの長期投与を余儀なくされ,コントロールの困難な疾患であった.しかし,タクロリムス点眼液(タリムスR点眼液0.1%)が使用できるようになり,春季カタルに対する治療法は大きく変化した1).増悪期においてステロイドとタクロリムスを併用して治療を行ったのち,軽快に伴ってタクロリムス単独点眼に切り替えることで,ステロイドからの早期離脱が可能となった.さらに,それ以上に有効性が実感できるのは,寛解期にタクロリムス点眼液を継続使用することで,これまでに経験したことのない状態にまで結膜乳頭が平坦化し,それに伴いつぎの増悪を予防でき,さらに増悪期でのステロイド使用量が軽減されて,場合によっては用いることなく乗り切ることができるようになったことである(図3).同様のタクロリムスの効果は,点眼薬発売以前から皮膚科で使用されてきたタクロリムス外用薬(プロトピックR軟膏)ですでによく知られており,アトピー性皮膚炎の治療方法も大きく変化した.そして,現在推奨されているアトピー性皮膚炎に対するタクロリムスの使用方法に,プロアクティブ療法がある2).これはアトピー性皮膚炎の寛解期に,タクロリムス外用薬を中止してしまうのではなく,保湿剤を継続しながら,週に2.3日タクロリムス軟膏を1日1回継続して塗布していくことで,増悪を予防し,皮膚病変を長期間にわたり寛解維持しようという治療法である.アトピー性皮膚炎では,一見,正常になったように見える皮膚でも,完全に治癒しているわけではなく,皮下に炎症の残存があり,バリアー機能の低下とともに再燃しやすい状態にある.その炎症をタクロリムスによりコントロールすることで,皮膚炎の再燃を予防できるという考え方がこの治療法の根拠となっており,実際に効果が認められている.皮膚と結膜は解剖学的に異なるが,眼表面においても,アトピー性皮膚炎を伴う場合,一見,正常に見える角結膜上皮のバリアー機能が低下していることを筆者らは報告しており3),春季カタルにはアトピー性皮膚炎を合併しないものもあるが,増悪寛解を繰り返す春季カタルやアトピー性角結膜炎では,寛解期を維持し増悪を予防する目的で,プロアクティブ療法に準じたタクロリムス点眼薬の使い方が効果的ではないかと考えられている4).タクロリムス点眼液の寛解期に入ってからの継続期間や点眼回数については,現在,決まった方法はなく,実際の症例においても個々に判断すべきことは多いが,基本的には,沈静化されていてもしばらくは継続して結膜乳頭の平坦化などの経過観察を行い,長期の寛解維持を確認して,点眼回数を2回から1回に減らし,さらに投与回数を減らしながら中止してみるのが良いのではないかと考える.また,春や秋など,増悪が予想される時期には,予防的に点眼回数を戻して対応することも必要ではないかと考えている.さらに,アトピー性皮膚炎の強い場合には,季節に関係なく増悪する場合もあるので,1日1回の点眼を継続することで,長期にわたり寛解が維持され,非常に有効であることを経験している(図4).文献1)春季カタル治療薬研究会:免疫抑制点眼薬の使用指針─春季カタル治療薬の市販後全例調査からの提言─.あたらしい眼科30:487-498,20132)加藤則人:アトピー性皮膚炎のプロアクティブ療法.臨床皮膚科65:140-142,20113)YokoiK,YokoiN,KinoshitaS:Impairmentofocularsurfaceepitheliumbarrierfunctioninpatientswithatopicdermatitis.BrJOphthalmol82:797-800,19984)海老原伸行:タクロリムス点眼薬のプロアクティブ療法.銀海225:3,2013366あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(00)

前眼部OCT所見の読み方

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):359.364,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):359.364,2014前眼部OCT所見の読み方InterpretingAnteriorSegmentOCTImages若江春花*小林顕*はじめに近年,前眼部光干渉断層計(anteriorsegmentopticalcoherencetomography:前眼部OCT)はめざましい進歩をとげており,角膜・緑内障領域において,広く利用されるようになってきている.光源の波長が,眼底用OCTに使用されていた840nmから,より深達度の高い1,310nmになったことにより,測定可能組織の範囲や深さが広がった1).さらにOCTのシステムがタイムドメイン方式からFourierドメイン方式に発展したことにより,測定速度が向上した.測定速度の向上により3次元OCTの撮影が可能となり,前眼部の断層像だけではなく立体像の評価ができるようになった.本稿では,前眼部専用OCTの2機種について,その性能と特徴,および代表的な疾患の所見の読み方について述べる.I前眼部OCT光源1,310nmの前眼部専用OCTの代表的な機器として,タイムドメイン方式のVisanteTMOCT(カールツァイスメディテック社)(図1),およびFourierドメイン方式のSS-1000CASIA(トーメーコーポレーション)(図2)がある(表1).他に広義の前眼部OCTに分類されるものとして,840nm光源の眼底用OCTに前眼部観察用のアダプターを装着して撮影する機器が各社から発売されている.1.VisanteTMOCTタイムドメイン方式OCTであるVisanteTMOCTでは,両端隅角を含む前眼部Bスキャン画像が得られるモードとしてanteriorsegmentsingle,dual,quadの3つがあり,それぞれ一度の撮影で横16mm×深さ6mmの画像が1,2,4枚得られる.同じ撮影範囲で加算平均処理をしてノイズを減らしたモードが,enhancedanteriorsegmentscanである.また,より高解像の断層像が得られるモードとしてhighresolutionモードがある.また,横10mm×深さ3mmの範囲で撮影するpachymetryモードもあり,角膜厚を測定し,マップ表示することが可能である.2.SS.1000CASIAFourierドメイン方式OCTであるSS-1000CASIAでは,より高解像な画像を短時間で多数撮影可能である.基本的な撮影モードとして,前眼部画像と角膜トポグラファーがある.a.前眼部画像(anteriorsegmentモード)正常の角膜断層画像を図3に示す.3次元測定を行うことにより,撮影後に任意の断面での評価が可能である.つまり撮影後に目標とする病変を探し当てることができるので,検査時の患者および検者の時間的・身体的負担を軽減し,データの撮り残しも起こりにくい.b.角膜トポグラファー(cornealmapモード)前眼部OCTをベースにした角膜形状解析を図4に示*HarukaWakae&AkiraKobayashi:金沢大学附属病院眼科〔別刷請求先〕若江春花:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学附属病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(55)359 す.角膜前後面の形状,角膜厚の分布,不正乱視を成分ごとに高次波面収差として定量化できる.また,角膜混濁を伴う高度の角膜形状異常眼の角膜形状評価が可能であり,たとえば従来型の角膜トポグラファーでは評価困難であった角膜混濁を伴う高度の円錐角膜でも図1VisanteTMOCTの外観図3正常の前眼部断層像(anteriorsegmentモード)角膜上皮と角膜実質が明瞭に区別でき,Bowman層が部分的に観察できる.Descemet膜と内皮は区別できない.SS-1000CASIAでは再現性の良い形状評価が可能である2,3).このことにより,従来のケラトメータやトポグラファーでは対応困難である高度な円錐角膜のハードコンタクトレンズ(HCL)処方や白内障手術の際の眼内レンズ度数決定においても有用性を発揮する4).なお,SS-1000CASIAによる角膜トポグラファーは光源が近赤外光であるため眩しくない.さらに涙液による影響も少ない.c.その他今回詳細は省くが,隅角の3次元解析(angleanalysis図2SS.1000CASIAOCTの外観表1前眼部OCTの性能比較VisanteTMOCTSS-1000CASIA会社名メカニズム波長スピード分解能(縦方向)(横方向)横方向スキャン範囲スキャン深度カールツァイスメディテック社タイムドメイン方式1,310nm2,000A-scan/秒18μm60μm16mm×1,2,4line(s)6mmトーメーコーポレーションフーリエドメイン方式1,310nm30,000A-scan/秒10μm30μm16mm×16mm6mm360あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(56) 図4角膜トポグラファー(cornealmapモード)左上が角膜前面のエレベーションマップ,右上が角膜後面のエレベーションマップ,左下がaxialpowerのパワーマップ,右下が角膜厚分布のマップである.モード,angleHDモード)や,濾過胞の形状評価(blebモード)が可能であり,緑内障治療に有用である.II前眼部OCTが有用となる疾患前眼部OCTの撮影に良い適応となる疾患として,角膜疾患と緑内障が挙げられる.角膜では屈折矯正手術前後,角膜移植後,角膜変性症,円錐角膜などが良い適応である.特に細隙灯顕微鏡では観察困難である角膜混濁疾患での有用性は大きい5).緑内障では閉塞隅角の有無,線維柱帯切除術後が良い適応である.測定ツールを用いることで前房深度,隅角の各種パラメータ,線維柱帯切除術後濾過胞体積などを測定できる6).III代表的な疾患のOCT所見SS-1000CASIAで撮影された代表的な疾患のOCT所見について述べる.1.角膜混濁前眼部OCTの測定光は組織深達度が高いので,角膜に混濁があっても前眼部の測定ができ,隅角の評価が可能である(図5).角膜混濁部位が高反射領域として検出されるため,病変の広がりや形態学的特徴を把握しやすい7).2.円錐角膜円錐角膜は,両眼性の進行性非炎症性の角膜の菲薄化を特徴とする疾患で,実質の菲薄化によって角膜が円錐状に突出し,角膜形状が大きく変形することで不正乱視をきたし,視力が低下する.初期には,病変が透明であるために診断が困難であるが,角膜屈折矯正手術の適応外疾患であることから,その診断は重要である.円錐角膜の治療の基本はHCL装用,それでも視力矯正が困難な場合は全層角膜移植もしくは深層表層角膜移植が適応(57)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014361 図5角膜潰瘍治癒後の角膜瘢痕症例5時から角膜中央部にかけて混濁病変がみられ,血管侵入を伴っている.OCT断層像をみると,実質層が高反射になっており,実質破壊のため実質は菲薄化している.写真提供:戸田良太郎先生(大阪大学眼科)図6角膜混濁を伴う円錐角膜OCT断層像では角膜の中央部は菲薄化し,前方に突出している.写真提供:戸田良太郎先生(大阪大学眼科)となる.高度な円錐角膜に対するHCL処方の際の前眼部OCTの有用性については前述のとおりである.角膜移植の際には前眼部OCTにて菲薄化した部位を把握し,切除範囲を決定することができ,術後の評価にも有用である(図6).つまり,前眼部OCTは,円錐角膜の診断,経過観察,治療の過程すべてにおいて有用な検査であるといえる.3.角膜潰瘍細隙灯顕微鏡による観察に加え,前眼部OCT検査を行うことにより,角膜浮腫の範囲や角膜厚について定量的な評価が可能となり,治療の効果判定においても有用である(図7).4.Mooren潰瘍Mooren潰瘍は角膜周辺部に生じる進行性の無菌性潰362あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014瘍であり,角膜抗原に対する自己免疫が原因と考えられている.角膜には輪部に沿った弧状の潰瘍を認め,徐々に深くなり,進行すれば角膜穿孔を生じることもある難治性の疾患である(図8).外科的治療が必要になった場合,角膜の菲薄化の範囲や深さにより術式が異なるため,前眼部OCT検査は非常に有用である.5.分娩時外傷鉗子分娩では角膜が圧迫され,Descemet膜の破裂を生じることがある.角膜内皮障害が進行すると水疱性角膜症に至り,角膜内皮移植術の適応となる(図9).Descemet膜の障害部位やposteriorcollagenlayer(PCL)は細隙灯顕微鏡のスクレラルスキャタリング法でも観察することができるが,前眼部OCTではより明瞭な観察が可能である.(58) 図7角膜潰瘍症例(完成期のアカントアメーバ角膜炎)毛様充血を伴う円板状角膜潰瘍が認められる.OCT断層像では,潰瘍部に一致して角膜上皮,実質浅層の欠損を認め,角膜の混濁が強くても前房内や隅角の様子が観察できる.写真提供:戸田良太郎先生(大阪大学眼科)図8Mooren潰瘍上方の輪部角膜が穿孔し,虹彩が嵌頓している.任意のOCT断層像を得ることにより,細隙灯顕微鏡ではわかりにくい角膜の菲薄化部位を把握することができる.図9分娩時外傷が原因で水疱性角膜症に至った症例Posteriorcollagenlayerが前房内に遊離している所見がOCT断層像にて明瞭に観察される(矢印).(59)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014363 図10DSAEK症例アルゴンレーザー虹彩周辺切除術後の水疱性角膜症に対してDSAEKを施行した.ドナー内皮グラフトのセンタリングは良好で,接着良好である.また,ホスト角膜の実質浮腫が消失していることがわかる.6.DSAEKDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)は,水疱性角膜症に対する有用な術式として近年症例数が増加している.角膜混濁が強く,細隙灯顕微鏡では十分な前眼部の評価がむずかしい症例でも,前眼部OCTを用いれば前房深度や周辺虹彩癒着の有無などが評価できる8).わが国では水疱性角膜症の原因としてレーザー虹彩切開術後が多く,これらの症例では前房容積が小さいことが多く,手術時に前房内操作が困難となる場合がある.術前に前眼部OCT検査を行うことで,手術の難易度やリスクについて事前にある程度予測することが可能となる.さらに,前眼部OCTはDSAEK術後にも有用である(図10).非接触検査であるため,術後早期より検査を行うことができ,移植片のセンタリングや接着が良好であるかなどを評価できる.その後,角膜厚測定により,角膜実質の浮腫が改善していく経過を定量的に評価できる.おわりに本稿では前眼部OCTについて,概略と代表症例について解説した.前眼部OCTでは,非接触で高精度の前眼部解析を容易に行うことができるため,高度な前眼部疾患の診断や治療を行ううえでは必須の機器になりつつある.また,本稿では緑内障については述べなかったが,隅角鏡や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)に比べ,非侵襲的かつ簡便であるため,手術直後や外傷例,また小児の隅角の観察が可能であり,緑内障診療を行ううえでの有用性も大きい.今後のさらなる発展が期待される機器の一つである.文献1)RadhakrishnanS,RollinsAM,RothJEetal:Real-timeopticalcoherencetomographyoftheanteriorsegmentat1310nm.ArchOphthalmol119:1179-1185,20012)森秀樹:前眼部OCTの使い方.眼科診療のスキルアップ前眼部編(前田直之編),p135-145,メジカルビュー,20093)森秀樹:前眼部OCT型角膜トポグラファーの測定原理と特徴.視覚の科学32:102-107,20114)森秀樹:CASIAを用いた円錐角膜に対するハードコンタクトレンズ処方(東京医大式HCL処方).IOL&RS25:376-378,20115)MaedaN:Opticalcoherencetomographyforcornealdiseasas.EyeContactLens36:254-259,20106)MiuraM,KawanaK,IwasakiTetal:Three-dimensionalanteriorsegmentopticalcoherencetomographyoffilteringblebsaftertrabeculectomy.JGlaucoma17:193196,20087)森秀樹:角膜混濁.眼科52:1406-1411,20108)MemarzadehF,LiY,FrancisBAetal:Opticalcoherencetomographyoftheanteriorsegmentinthesecondaryglaucomawithcornealopacityafterpenetratingkeratoplasty.BrJOphthalmol91:189-192,2007364あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(60)

スペキュラーマイクロスコピーの読影

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):353.358,2014スペキュラーマイクロスコピーの読影InterpretingSpecularMicroscopy羽藤晋*Iスペキュラーマイクロスコピーの原理スペキュラーマイクロスコピーとは,鏡面反射の原理を用いて,おもに角膜内皮を観察する顕微鏡検査である.原理的には,角膜内皮面だけでなく,角膜上皮や実質の観察も可能なはずであるが,画像解像度の点,および臨床面で最も検査としての意義が高いという点から,現在臨床の現場で使われているスペキュラーマイクロスコープは角膜内皮面の観察用にデザインされている(図1).1918年にVogtがこの原理を用いて初めて角膜内皮面の観察を行い,1968年になってMauriceが最初のスペキュラーマイクロスコープの試作機を発表したとされる1).その後,Laing,Bourne,Kaufmanらによって改良がなされ1),今日のように日常診療で角膜内皮の写真が撮影できるようになり,広く普及している.鏡面反射で観察する際,スリット光の幅が広いと実質や上皮からの散乱光が強くなってしまい,角膜内皮のコントラストが低下して観察しにくくなってしまう.そのため,初期のスペキュラーマイクロスコピーでは,狭いスリット光を用いて撮影されていた.この方式では内皮面の撮影範囲が狭くなってしまい,初期のころのスペキュラーマイクロスコピーによる解析はせいぜい角膜内皮細胞密度くらいに限られていた2).最近は光の干渉を抑え解像度を上げる技術の進歩とともにスリット光の幅も広がり,より広範囲の角膜内皮面の観察が可能となったため,解析できるパラメータも増えている.上皮のスペキュラー像内皮のスペキュラー像入射スリット光上皮実質内皮IIスペキュラーマイクロスコピーでみる角膜内皮所見スペキュラーマイクロスコピーでの正常角膜内皮所見を図2A,Bに示す.時おりスペキュラーマイクロスコピーの写真で片側に黒いバンドが現れたり,その反対側の輝度が高かったりするが,黒いバンドは角膜内皮と前房水との境界面によるものであり,輝度の高い部分は実質と角膜内皮の境界面の散乱光によるもので,I項で説図1スペキュラーマイクロスコピー撮影原理の概念図臨床で用いられる機器では角膜内皮像のみを取得するようにデザインされている.*ShinHatou:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕羽藤晋:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(49)353 A図2スペキュラーマイクロスコピー撮影像A:正常角膜内皮スペキュラーマイクロスコピー像所見.B:このスペキュラーマイクロスコピー像も正常であるが,撮影条件によっては片側に暗いバンドが出現し(黒矢印),もう片側の輝度がB黒いバンドが出現輝度が高い高くなる(白矢印).明したスリット光での鏡面反射という観察方法上,(特に狭いスリット光で)起こりやすい現象である(図2B)1).スペキュラーマイクロスコピーでの角膜内皮所見では,さまざまな形状の黒い陰影がみられることがあり,こうした構造物は生理的なものもあれば病的なものもある.図3Aのように内皮細胞内にごく小さく境界のはっきりした黒点がみられることがあるが,これは内皮細胞の微絨毛を表しているといわれ,生理的な所見である1).内皮細胞内にもう少し大きく境界のぼんやりした黒点がみられる場合もあるが,こうしたものは内皮細胞内の空胞やblebを表しているといわれている(図3B)1).虹彩炎の既往のある症例などで,細胞と細胞の間隙に,サイズの小さい暗い構造物がみられる場合もあるが,これらは侵潤した白血球と考えられている(図3C)3).こうした構造物と異なり,Fuchs角膜内皮ジストロフィにおける滴状角膜(guttatacornea)では大きく斑上に散在するdarkareaとして観察される(図3D).354あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014IIIスペキュラーマイクロスコピーの各種パラメータスペキュラーマイクロスコピーにおける各パラメータの意義を理解し,適切な評価をするうえで,角膜内皮細胞の生理的機能と特徴の理解は欠かせないので,簡単に確認しておきたい.角膜内皮細胞の重要な役割は角膜の含水率を一定に保ち透明性を維持することにあり,これはイオン能動輸送によるポンプ機能と,細胞間接着分子からなるバリア機能に担われている.また,ヒトでは角膜内皮細胞の増殖能がきわめて乏しく,角膜内皮細胞がなんらかの影響で障害された場合,内皮細胞の増殖ではなく障害部周囲の内皮細胞の拡大,伸展により代償されるという特徴がある.角膜内皮細胞の密度という「量」的観点と,形態異常の割合という「質」的観点から,組織としての角膜内皮の機能を推測するのがスペキュラーマイクロスコピーである.ここで注意しなければならないのは,これまでの一般的なスペキュラーマイクロスコピーで得られる画像は角膜内皮全体のうちごく一部,そ(50) ABCDABCD図3スペキュラーマイクロスコピーのいろいろな所見A:角膜内皮細胞内の微絨毛と思われる黒点(黒矢印).B:角膜内皮細胞内の,Aよりもう少し大きく境界のぼんやりした暗い構造物(破線矢印).内皮細胞内の空胞かblebと思われる.C:内皮の細胞と細胞との間隙にみられる暗い構造物(白矢印).侵入した白血球と思われる.D:Fuchs角膜内皮変性症のguttatacorneaにみられるdarkarea.してほとんどの場合角膜中央部にすぎず,少ないサンプルから全体を推測しているということである.より詳細に評価したい場合は,上下左右に振って撮影したり,経時的な経過を追ったりする工夫が有用である.最新型のスペキュラーマイクロスコープでは,より広範囲を撮影できるもの,中心部だけでなく傍周辺部数カ所を同時撮影できるもの,あるいは狙った任意の箇所を撮影できるもの等々が各社から販売されている.パラメータとして臨床で用いられるおもなものについて以下に概説しておく.1.角膜内皮細胞密度・平均細胞面積角膜内皮を内皮細胞数という「量」的観点から評価するパラメータである.単位面積当たり,密度が減れば当然ながら個々の細胞の面積は増えるという逆数の関係になっている.角膜内皮細胞密度は出生時において5,500cells/mm2以上あるが,生後1.2歳までの間に,眼球の成長に伴う角膜径の増加とともに細胞密度は急激に減少する.3.4歳以降からは減少率はゆるやかになり,健常者でおおむね0.56%/year程度の減少率で年齢とともに漸減するといわれている4).図4に慶應義塾大学病院を含めた多施設共同研究で,眼科外来を受診した正常角膜症例(1,971例)の年齢-角膜内皮細胞密度の散布図を示す.この散布図から数理計算を用いて導き出される理論上の内皮細胞密度減少率は平均0.44%/yearであり,ほとんどの症例で内皮細胞密度減少率は2.0%/year以下におさまるということが示され5),いままでの報告を裏付けするものであった.この図をみてもわかるように,成人健常者の内皮細胞密度はおおむね2,000.3,500cells/mm2くらいの幅がある.一方,明らかな角(51)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014355 減少率0.44%/yearの内皮細胞減少曲線4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0002,0001,00003,0002,0001,0000020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線図4角膜正常者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図1,971例の角膜正常所見患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).曲線は数理処理により導かれた角膜内皮細胞減少曲線である.分布の平均の角膜内皮細胞減少率は約0.44%/yearと計算された.また,ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以下の範囲におさまる(2.0%減少曲線よりも上に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).減少率2.0%/yearの内皮細胞減少曲線020406080100020406080100年齢(歳)年齢(歳)4,0004,000))角膜内皮細胞密度(cells/mm2角膜内皮細胞密度(cells/mm23,0003,0002,0001,00002,0001,0000減少率2.7%/yearの内皮細胞減少曲線図5Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の年齢.角膜内皮細胞密度散布図41例のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者における,年齢と,スペキュラーマイクロスコピーで計測した角膜内皮細胞密度との散布図(左図)と,この分布を等高線で表示したもの(右図).ほとんどの症例が角膜内皮細胞減少率2.0%以上である(2.0%減少曲線よりも下に位置する)ことが示された(文献5より許可を得て転載).膜浮腫が認められた中等度以上のFuchs角膜内皮ジス2.変動係数トロフィ患者では,理論上の内皮細胞密度減少率は2.0正常機能を有する角膜内皮細胞は総じて均一なサイズ%/year以上であった(図5).と形状を有している.角膜内皮細胞になんらかのストレスが加わると,サイズの恒常性維持ができなくなり,あ356あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(52) るいは細胞骨格の異常を生じるため,細胞の大きさと形状は不均一さを呈してくる2).変動係数(coefficientvariation:CV)とは統計学的用語でCV=(標準偏差)/(平均)であり,スペキュラーマイクロスコピーの場合「角膜内皮細胞面積の標準偏差」を「内皮細胞面積の平均値」で割ったものである.正常の角膜内皮での変動係数は約0.25である.変動係数の上昇は細胞サイズのばらつきが多いことを意味し,polymegathismと表現される1,2).変動係数は角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータであり,細胞数の減少が大きくない時期でも変動係数の増大として角膜内皮障害の存在の可能性を示すことがある.3.六角形細胞出現率これも角膜内皮細胞の「質」的観点から評価するパラメータである.角膜内皮細胞は安定した状態では六角形の形状でモザイク状に配列している.六角形細胞出現率の減少は,角膜内皮にストレスが加わる,あるいは脱落した細胞が増えることによって,変形した角膜内皮細胞が増えてきていることを意味し,pleomorphismと表現される1,2).健常な角膜では六角形細胞出現率は55%以上であることが多く,特に健常若年者では70.80%程度である2).IV臨床でのパラメータ評価以上述べたパラメータを臨床の場面でうまく活用するのには,目的によって使い分けるのがよいと思う.スペキュラーマイクロスコピーが臨床の場面で一番多く活躍するのは,まずなんといっても内眼手術の術前検査であろう.この場合手術侵襲によって角膜内皮細胞数が減少したときに,水疱性角膜症に至らないかどうか,を予測するのが目的なので,角膜内皮細胞密度が一番重要な観点となる.角膜浮腫をきたす角膜内皮細胞密度には症例によってかなりのばらつきがあるが,おおよそ300.700cells/mm2以下である1).症例の年齢の影響も大きいが,行おうとする内眼手術による角膜内皮細胞数の減少率が0.30%と仮定すると,術後の水疱性角膜症を避けるには,少なくとも術前の角膜内皮細胞密度は1,000.1,200cells/mm2くらいほしいところである1).これ以(53)下であれば,術後に水疱性角膜症に至る可能性があることを,術前に患者によく説明しておくべきである.術前検査をさらに慎重に行いたい場合は,変動係数と六角形細胞出現率にも注意を払うとよい.変動係数0.4以上,あるいは六角形細胞出現率50%以下は,内眼手術による内皮細胞数減少が高くなるリスクがあるとされる1).つぎに,疾患を有する角膜の経過観察としてもスペキュラーマイクロスコピーは重要な検査である.この場合も将来水疱性角膜症に至る可能性を見きわめたいので,角膜内皮細胞密度の変化を経時的に追跡することが重要な観点である.先に述べたとおり,健常者の角膜内皮細胞減少率は0.4.0.6%/year程度だが,たとえばFuchs角膜内皮変性症では約3%/yearの割合で減少していくと考えられている5).また,たとえば虹彩炎や緑内障のレーザー虹彩切開術後の患者の経過観察などで,内皮細胞密度が正常な場合でも,変動係数と六角形細胞出現率の変化や,内皮面の白血球細胞浸潤の所見などに注意することはとても有用で,変化がみられる患者には,たとえば虹彩炎の治療を強化する,コンタクトレンズ装用者であれば装用を控えさせる,などといった,きめ細やかな対処をするのに活用できる.最後に,忘れてならないのは,健常者でコンタクトレンズ装用者の経過観察にもスペキュラーマイクロスコピーは有用であることである.この場合,対象となるのはもともと健常者であり予防医学的側面が強い(現在のところ保険収斂はされていない).変動係数と六角形細胞出現率は,角膜内皮のストレスに対し,早期でも鋭敏に反応するパラメータである.コンタクトレンズの長期装用者に対して,内皮細胞密度が正常でも変動係数と六角形細胞出現率の変化に注意し,subclinicalな変化を見逃さず,適切な装用指導に活用したい.おわりにスペキュラーマイクロスコピーからは,生体における角膜内皮の形態変化所見や,質的,量的変化を表す各種パラメータを情報として得ることができる.検査を受ける患者がsubclinicalな状態なのか,進行性の疾患を有するのか,内眼手術の術前検査なのか,など患者の状態に応じてこれらの情報をうまく活用することによって,あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014357 角膜内皮に対する適切な評価に役立てたい.文献1)PhillipsC,LaingR,YeeR:Specularmicroscopy.Cornea.2nded(KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJeds),260274,ElsevierMosby,London,20052)EdelhauserHF,UbelsJL:Corneaandsclera.Adler’PhysiologyoftheEye.10thed.(KaufmanPL,AimA,(s)eds),p47-116,ElsevierMosby,London,20023)KoesterC:Comparisonofopticalsectioningmethods.Thescanningslitconfocalmicroscope.TheHandbookofBiologicalConfocalMicroscopy(PawleyJ,ed),p189-194,IMRPress,Madison,19894)MurphyC,AlvaradoJ,JusterRetal:Prenatalandpostnatalcellularityofthehumancornealendothelium.Aquantitativehistologicstudy.InvestOphthalmolVisSci25:312-322,19845)HatouS,ShimmuraS,TsubotaKetal:MathematicalprojectionmodelofvisuallossduetoFuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci52:7888-7893,2011358あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(54)

角膜浮腫をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):347.352,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):347.352,2014角膜浮腫をみたらDiagnosticandTherapeuticStrategyforCornealEdema小泉範子*I角膜浮腫とは角膜全体の厚みのおよそ90%を占める角膜実質は,コラーゲンとプロテオグリカンからなる組織であり,水分を吸収して膨潤しやすい性質を持つ.角膜内皮細胞はイオンの能動輸送によるポンプ機能と,タイトジャンクションやギャップジャンクションによるバリア機能を持つことによって,角膜実質の含水率を一定に保つ役割を果たしている(図1).正常角膜では,角膜実質の膨潤圧と眼圧の差(吸水圧)を角膜内皮機能によって補うことができるため,角膜厚が一定に保たれ,角膜の透明性を維持することができる.このバランスが崩れて,角膜実質層あるいは上皮層に過剰な水分がたまり,組織の肥厚と透明性の低下を生じた状態が角膜浮腫である.II角膜浮腫の種類角膜浮腫には,上皮浮腫と実質浮腫がある.上皮浮腫では,角膜上皮細胞間や細胞内,上皮細胞の下に水疱が認められる.細隙灯顕微鏡による観察では,徹照法やスクレラル・スキャタリングなどの手法を用いると角膜上皮浮腫の範囲を明瞭に捉えることができる(図2左).角膜上皮内の小水疱はフルオレセイン染色で点状の染色パターンを示すため点状表層角膜症との鑑別が必要である(図2右).Microcystが癒合すると水疱(bulla)を形成する.水疱を伴う上皮浮腫では,上皮びらんを生じて眼表面の炎症や痛みを伴うことが多い.実質浮腫では角角膜上皮角膜実質角膜内皮バリアポンプ図1角膜内皮細胞の機能膜実質が膨潤して厚くなり,Descemet膜皺襞を伴う(図3).円板状角膜炎や角膜内皮炎などの炎症性疾患による角膜浮腫では,細隙灯顕微鏡で角膜後面沈着物や前房内炎症細胞を認めることがある.実質浮腫の診断と定量には,超音波パキメータや前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)などを用いて角膜厚を測定する.角膜内皮機能を評価するために角膜内皮スペキュラー検査が有用であるが,すでに角膜浮腫を生じている症例では撮影できないことが多い.III角膜浮腫と眼圧一般的に眼圧が正常で角膜内皮機能が障害された水疱性角膜症では,実質浮腫と上皮浮腫の両方が認められる.一方,角膜内皮機能が正常であっても,眼圧が極端に高くなると上皮浮腫を生じる.急性緑内障発作ではび*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(43)347 ★★★★★★★★図2角膜上皮浮腫角膜上皮浮腫のため角膜がすりガラス状に混濁している(左).フルオレセイン染色では小水疱(矢印)や,水疱(星印)に特有の染色パターンが認められる(右).図3角膜実質浮腫角膜実質の肥厚によるDescemet膜皺襞を認める.まん性の角膜上皮浮腫を生じて角膜が混濁するが,実質浮腫は伴わないことが特徴である.眼球癆による低眼圧では上皮浮腫は生じず,実質浮腫のみを生じる.IV角膜浮腫をきたす代表的な疾患1.急性緑内障発作角膜内皮機能が正常でも,約50mmHgを超える高眼圧では前房からの水圧が高いために角膜組織に水分が移動する.上皮バリアがあるために角膜上皮層内に水が貯留して上皮浮腫を生じるが,前房からの水圧が実質の膨潤圧よりも高くなるために実質浮腫は生じない.速やかに眼圧下降のための治療を行う.2.コンタクトレンズによる急性上皮浮腫酸素透過性の低いハードレンズやソフトレンズの長時間装用や固着により,急激な酸素不足による角膜上皮浮腫を生じることがある.激しい疼痛や羞明,流涙,視力低下を生じ,スリットランプでは上皮浮腫と上皮細胞のタイトジャンクションの障害によるフルオレセインの透過性亢進を認める.角膜全体がフルオレセインに染色されるため,全上皮欠損と見間違うことがあるが上皮は脱落していない.コンタクトレンズの装用中止により数日間で改善する場合が多い.低濃度ステロイド薬を使用すると速やかに浮腫と自覚症状の改善が得られるが,角膜感染症を合併している場合にはステロイド薬の使用は禁忌であり見きわめが重要である.3.水疱性角膜症角膜内皮障害による角膜浮腫を水疱性角膜症とよぶ.上皮浮腫と実質浮腫の両方を認める.原因は多岐にわたるが,ジストロフィ,内眼手術や外傷,炎症によるものがあり,代表的な疾患を以下に説明する.根本的な治療法はドナー角膜を用いるDSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)などの角膜内皮移植術である.実質混濁を伴う水疱性角膜症では全層角膜移植術を行う.348あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(44) 図4Fuchs角膜内皮ジストロフィ角膜中央部に実質および上皮浮腫を生じている.4.Fuchs角膜内皮ジストロフィFuchs角膜内皮ジストロフィは角膜内皮細胞が異常コラーゲンなどからなる細胞外マトリクスを過剰に産生し,Descemet膜の肥厚と滴状角膜(guttata)を生じる疾患である.Guttataは角膜内皮細胞にストレスがかかったときに生じる所見といわれており,健常眼や外傷後の角膜内皮障害などで認められることがある.Fuchs角膜内皮ジストロフィでは,両眼性にguttataを認め,進行すると角膜浮腫を生じて視力低下をきたす(図4,5).初期には朝方の視力低下を自覚し,上皮浮腫,実質浮腫を生じると急激な視力低下を自覚する.進行すると角膜上皮下,表層実質に瘢痕性の角膜混濁を生じることがある.欧米では40歳以上の3.5%が罹患していると報告されており,DSAEKやDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)などの角膜内皮移植術の主要な原因疾患である.COL8A2,SLC4A11,ZEB1,TCF4などの遺伝子変異が関与することが報告されている.欧米に比べると頻度は低いが,日本でもかなりの患者数がいると推測されている.5.レーザー虹彩切開術後緑内障発作の解除あるいは予防を目的としたレーザー虹彩切開術(LI)の晩期合併症として角膜内皮障害を生じることがあり,角膜実質および上皮浮腫を生じる(図6).日本における全国調査では,角膜移植を行った水疱(45)図5滴状角膜(guttata)Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者のスリットランプ所見とスペキュラーマイクロスコープ写真.図6レーザー虹彩切開術後の角膜浮腫上方に虹彩切開がされているが下方から角膜浮腫が進行し,Descemet膜皺襞を認める.性角膜症のなかで,LI後の水疱性角膜症は23.4%を占めることが報告されている1).また本疾患は,欧米では問題になることは少なく,アジア,なかでも日本で特に多い疾患であるとされる2).LI施行後6.7年で角膜浮腫を生じる症例が多いとされる.角膜浮腫のパターンはさまざまで,LI施行部位の角膜上方から,あるいは下方から局所的に浮腫が発症し,経過とともに角膜全体に及ぶ場合が多い.治療はDSAEKなどの角膜内皮移植を行う.6.内眼手術後白内障などの内眼手術によって角膜内皮細胞が障害さあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014349 れることがある.通常の手術では術中に多少の角膜内皮細胞が脱落しても問題となることはないが,角膜内皮疾患や多重手術の既往により,術前から角膜内皮細胞が減少している症例では術後に角膜浮腫を生じることがある.角膜内皮細胞が手術によって部分的に欠損すると周囲の内皮細胞が拡大,伸展して欠損部を修復するため,角膜内皮密度が保たれれば角膜浮腫は消失する.一方で,角膜内皮密度が約500個/mm2以下になると,不可逆性の角膜内皮機能不全となり水疱性角膜症となる.治療はDSAEKなどの角膜内皮移植を行う.白内障手術後の水疱性角膜症は日本における水疱性角膜症の4割以上を占め,原因疾患の第一位であると報告されている1).7.後部多形性角膜ジストロフィ後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)は,角膜内皮細胞が分化異常により上皮細胞様に変化し,帯状や水疱様,あるいはびまん性の角膜内皮面の混濁を生じる疾患である.症例の多くは両眼性であり,内皮細胞密度が正常のものから低下するものもある.通常は無症状であり進行もきわめて緩徐であるが,変性が高度な場合には角膜浮腫による視力低下を自覚する.周辺虹彩前癒着や眼圧上昇をきたす場合があり,緑内障に注意する.無症状の場合は経過観察でよいが,角膜浮腫が進行して水疱性角膜症となった場合には角膜内皮移植の適応がある.常染色体優性遺伝であり,原因遺伝子としてVSX-1,COL8LA2,TCF8が同定されている.8.先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ生下時から両眼性の水疱性角膜症を生じる疾患として,先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditaryendothelialdystrophy:CHED)がある.胎生期の角膜内皮の変性あるいは欠損によるとされ,Descemet膜の肥厚と角膜内皮機能不全による実質浮腫,上皮浮腫を生じる.血管侵入はなく眼圧は正常である.生後2,3年以内に発症し,ゆっくり進行する常染色体優性遺伝のタイプ(CHED1)と,生下時より角膜混濁があり視力予後が不良な常染色体劣性遺伝のタイプ(CHED2)があり,CHED2ではSLC4A11遺伝子の変350あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014異が報告されている.また近年,CHED1とPPCDの相同性が議論されている.9.円板状角膜炎単純ヘルペスウイルスによる角膜実質炎でみられる.表層から中層に及ぶ角膜実質の浮腫と細胞浸潤,混濁を生じる.また病変部に一致して角膜後面沈着物を生じることが特徴である.immunering(免疫輪)を伴うことがある(図7).上皮型ヘルペスの経過中に発症する場合と,実質病変のみを生じる場合がある.表層実質へのウイルス抗原の沈着に対するIV型アレルギー反応と考えられており,抗ヘルペスウイルス薬とステロイド薬を併用した治療が必要である.進行すると角膜組織の壊死による強い混濁と,血管侵入を伴う壊死性角膜炎に移行することがある.壊死性角膜炎の治療後の瘢痕性角膜混濁に対しては,全層角膜移植術が行われるが,移植後のヘルペス性角膜炎の再燃に注意が必要である.10.ウイルス性角膜内皮炎角膜内皮炎は,角膜内皮をターゲットとした炎症により,限局性の角膜浮腫と角膜後面沈着物を生じる疾患であり,進行性の角膜内皮障害を生じる(図8).単純ヘルペスウイルスがおもな原因とされているが,水痘・帯状疱疹ウイルスやムンプス感染症でも生じることがある.近年,サイトメガロウイルスによる角膜内皮炎が日本やシンガポールなどのアジア諸国から報告され注目されている3).角膜内皮炎では,円板状角膜炎とは異なり角膜実質への細胞浸潤を伴わない.円形に配列する角膜後面沈着物様の病変(コインリージョン)や拒絶反応線様の角膜後面沈着物が特徴的であり,再発性の虹彩毛様体炎,眼圧上昇を伴う症例では,サイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.診断には前房水を用いたウイルスPCR(polymerasechainreaction)が有用で,抗ウイルス薬とステロイド薬の併用療法を行う.11.急性水腫円錐角膜の進行により,角膜中央からやや下方が突出してDescemet膜が断裂することがある.Descemet膜の断裂部位から流入した前房水が角膜実質に貯留するこ(46) 図7円板状角膜炎実質浮腫と上皮浮腫を認め,実質内に細胞浸潤が認められる.免疫輪(immunering)を伴う.図8ウイルス性角膜内皮炎周辺部から角膜中央へ向かう進行性の実質浮腫と上皮浮腫,コインリージョンを伴う角膜後面沈着物を認める.眼圧上昇,再発性虹彩毛様体炎の既往があり,前房水からサイトメガロウイルスDNAが検出された.とにより著明な角膜実質浮腫と,急激な視力低下を生じる(図9).圧迫眼帯と感染予防のための抗菌薬眼軟膏の点入を行う.数カ月で徐々に浮腫の軽減が得られる.瘢痕性の角膜混濁が残る場合が多いが,混濁が瞳孔領にかからなければハードコンタクトレンズの装用により良好な視力が得られる.下方周辺部の角膜が菲薄化するペルーシド角膜変性でも急性水腫を生じることがある.12.内皮型拒絶反応角膜移植後の拒絶反応で臨床的に最も重要なものは,角膜内皮細胞に対する拒絶反応である.再移植眼や血管(47)図9急性角膜水腫Descemet膜断裂により著明な実質浮腫と上皮浮腫を生じる.侵入を伴う症例などは拒絶反応を生じやすい.臨床的には拒絶反応線(Khodadoust線)とよばれる線状に配列する角膜後面沈着物を伴って周辺部から角膜中央に向かう角膜浮腫を伴う典型例と,多数の角膜後面沈着物がびまん性に生じる例がある.早期にステロイド薬および免疫抑制薬による集中的な治療を行うことにより角膜内皮細胞障害の拡大を防ぐことができれば,移植片の透明性を維持することができるが,角膜内皮細胞の脱落が広範囲に及んだ場合には不可逆性の角膜浮腫と混濁を伴う移植片不全となる.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014351 13.分娩時外傷鉗子分娩などにより出生時にDescemet膜破裂を生じることがある.片眼性で左眼に多く,垂直からやや斜め方向に走行する帯状のDescemet膜破裂と病変部に一致した角膜浮腫を認める.軽症の場合は出生後しばらくの間に浮腫が消失することもあるが,浮腫が遷延し水疱性角膜症となる症例もある.V治療円板状角膜炎や角膜内皮炎などのウイルス感染症による角膜浮腫に対しては,抗ヘルペスウイルス薬とステロイド薬を併用した治療を行う.角膜内皮炎では原因ウイルスの同定に前房水を用いたウイルスPCRが有用である.治療が奏効すれば角膜浮腫は消失するが,角膜内皮障害が高度な場合には不可逆性の水疱性角膜症となる.水疱性角膜症に対する根本治療はドナー角膜を用いた角膜移植であり,実質混濁のない症例ではDSAEKやDMEKなどの角膜内皮移植の適応である.初期の角膜内皮障害では,朝方に角膜浮腫が強くかすみや視力低下を自覚することがある.対症療法として5%食塩軟膏の眠前使用や,日中に5%食塩水を点眼することにより浮腫が軽減して自覚症状が改善されることがある.水疱性角膜症による上皮接着不良を伴う症例では,抗菌薬の眼軟膏と低濃度ステロイド点眼薬を使用することにより上皮びらんによる疼痛と炎症を予防する.近年,角膜内皮細胞を増殖させる点眼治療や培養角膜内皮細胞移植による再生医療の研究が行われており,角膜浮腫に対する新しい治療法の開発が期待される4).文献1)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,20072)AngLP,HigashiharaH,SotozonoCetal:Argonlaseriridotomy-inducedbullouskeratopathyagrowingprobleminJapan.BrJOphthalmol91:1613-1615,20073)*KoizumiN,*SuzukiT,UnoTetal(*co-firstauthors):Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20084)KoizumiN,OkumuraN,UenoMetal:Rho-associatedkinaseinhibitoreyedroptreatmentasapossiblemedicaltreatmentforFuchscornealdystrophy.Cornea32:11671170,20135)OkumuraN,KoizumiN,KayPEetal:TheROCKinhibitoreyedropacceleratescornealendotheliumwoundhealing.InvestOphthalmolVisSci54:2439-2502,2013352あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(48)

角膜混濁をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):339.345,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):339.345,2014角膜混濁をみたらDifferentialDiagnosisofCornealOpacities臼井智彦*はじめに角膜混濁の有無は細隙灯検査で容易に同定することができる.しかし混濁の原因は,となると,その要因は多岐にわたるため,診断に苦慮することも多々ある.角膜に生じる混濁には浮腫,浸潤,瘢痕,沈着に大別され,角膜に生じるさまざまな病理的イベントの結果発症する.浮腫と浸潤については他項に譲り,本稿では瘢痕,沈着による角膜混濁について述べる.I瘢痕性混濁(図1)瘢痕性混濁は外傷,創傷,感染,角膜実質炎などが生じた際,(過剰な)生体反応の結果,角膜実質のコラーゲン構造を破壊し生じたものである.細隙灯顕微鏡で,不規則な混濁が角膜実質にみられる.実質のコラーゲン構造の乱れによる白色の混濁に加えて,血管新生や形骸血管(ゴーストベッセル;角膜新生血管の名残),脂肪変性がみられることもある.瘢痕化した角膜では瘢痕収縮や角膜菲薄化がたびたびみられ,その部位の角膜はフラット化する.実質の瘢痕性混濁をみた場合,それが両眼性か片眼性かが診断の重要な手がかりとなる.両眼性であれば梅毒,結核などによる角膜実質炎後をまず考える.もちろん,他の感染症や外傷などが両眼に生じる可能性もあるが,頻度的には梅毒による角膜実質炎後が多い.梅毒性角膜実質炎では多くの症例で角膜深層,特にDescemet膜に沿った血管新生や形骸血管をみることがあり,その周囲はウミウチワ状に混濁が広がる.一方,片眼性であれば,ヘルペスの実質炎後,その他種々の感染症の既往,外傷の既往などを考える.II沈着性混濁沈着性混濁は,発生部位,形状,数などによって鑑別診断を行うとよい.多くの症例で,特徴的な混濁パターンを示すので,それを頭に入れておく.1.上皮内沈着性混濁a.渦状上皮内沈着性混濁(図2)渦状を呈する疾患として,Fabry病,薬剤による沈着がある.時にらせん状や車軸状のこともある.Fabry病は全身性代謝異常であるsphingolipidosisの一種であり,alphagalactosidaseが先天的に欠損する結果生じる.特徴的な渦状混濁を上皮に起こし,この角膜所見は発症しない女性保因者にも認めるといわれている.薬剤による渦状,らせん状沈着をきたすものとしては,抗不整脈薬のアミオダロン(アンカロンR),向精神薬であるフェノチアジン(コントミンRなど)が代表例であり,よって基礎疾患として不整脈や統合失調症などがないか,病歴聴取が診断の鍵となる.視力に影響を及ぼすことはなく,また休薬によりこれらの沈着は次第に消失する.*TomohikoUsui:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕臼井智彦:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(35)339 図1瘢痕性混濁左上:梅毒性角膜実質炎後.角膜白斑とよばれるもの.右上:角膜実質炎後の表層移植後に生じた血管新生と脂肪変性.左下:MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染後.中央部は菲薄化を認める.右下:ヘルペスによる実質炎後.血管新生が顕著.図2渦状角膜本症例はテノーミン内服中に認められた.図3円錐角膜にみられるFleischerring(ヘモジデリンの沈着)b.線状上皮内沈着性混濁(図3)るが,その他にも翼状片のcap近傍(Stockerline),線線状沈着として,鉄(ヘモジデリン)沈着線が代表的維柱帯切除後の濾過胞近傍(Ferryline)に好発する.である.円錐角膜でみられるFleisherringが有名であまた高齢者角膜の瞼裂部下縁にも線状のヘモジデリン沈340あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(36) 図4帯状角膜変性症角膜輪部と石灰化病変との間に透明帯を認める.右はPTK術後.着を認めることもあり,Hudson-Stahlilineとよばれている.これらに共通するのは,涙液層がbreakしやすい部位であり,涙液内のヘモジデリン成分がこれらの部位に残存沈着を起こすと考えられる.いずれも視力に影響を及ぼすことはない.2.上皮下沈着性混濁a.周辺部上皮下沈着性混濁輪部血管からの脂質成分の漏出〔LDL(低比重リポ蛋白)コレステロールといわれている〕によって生じる老人環が代表例である.若年者にみられることもあり,その際は若年性高コレステロール血症の有無に注意する.その他よく遭遇する周辺部上皮下沈着性混濁にlimbalgirdleofVogtがある.透明帯を伴う白色の上皮下沈着であり,高齢者に多い.病理的にはBowman膜を破壊した弾性線維の変性とカルシウムの沈着がみられ,初期の帯状角膜変性症とみる向きもある.b.瞼裂部上皮下沈着性混濁(図4)カルシウム沈着によって生じる帯状角膜変性症が代表例である.通常3.9時方向周辺部から発症し,白色または灰白色の石灰化病変が徐々に中央へと広がる.角膜輪部と石灰化病変との間に透明帯(lucidinterval)が存在する.ところどころ円形に混濁が抜けている部位があり,これは神経の走行部位であるといわれている.視力低下例や異物感が強い症例ではPTK(治療的レーザー角膜除去)またはEDTA(エチレンジアミン四酢酸)や1%塩酸を用いて石灰化物を除去する.帯状角膜変性に類似しているが,瞼裂部位に認める黄色から茶色がかった混濁はspheroiddegeneration(別名climaticdropletkeratopathy)である.太陽光線や眼表面の乾燥との関連が指摘されており,砂漠地方に多いとされている.c.びまん性上皮下沈着性混濁(図5)角膜全体に上皮下沈着性混濁を生じる代表例はReisBuckler角膜ジストロフィや膠様滴状角膜ジストロフィなど,両眼性の遺伝性疾患があげられる.Reis-Buckler角膜ジストロフィはanteriormembranedystrophyに分類され,Bowman膜から実質浅層に混濁を生じる.TGFBI遺伝子の変異を原因とし,常染色体優性遺伝形式をとる.Honeycombpatternとよばれる蜂の巣状の網目状混濁を呈することが特徴である.学童期から再発性角膜びらんを呈することが多いことから,若年者の角膜びらんを呈する疾患として記憶にとどめておく必要がある.PTKや角膜移植を行っても,その後徐々に再発する.膠様滴状角膜ジストロフィは上皮下にアミロイドが沈着する疾患で,常染色体劣性遺伝形式をとる.上皮のバリアが障害され,涙液成分であるラクトフェリンがアミロイド化して上皮下に沈着するためと考えられている.進行例では角膜はゼラチン状となり,また血管新生を生じることが多い.本疾患も,keratectomy,PTKや角膜移植を行っても再発するが,術後medicaluseSCL(ソフトコンタクトレンズ)の装用により,再発を遅らせることが可能である.(37)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014341 図5左Reis.Buckler角膜ジストロフィ(左),および膠様滴状角膜ジストロフィ(右)図6Salzman結節変性d.結節性上皮下沈着性混濁(図6)隆起を伴う結節性の上皮下沈着性混濁に,Salzman結節変性(Salzmannodulardegeneration)がある.さまざまな角膜炎後に生じ,白色結節状混濁を示す.通常無症状だが,異物感,流涙,羞明などを呈することがあり,結節の頂点では上皮欠損を生じやすい.視軸にかかる部位に発症したときは,keratectomyやPTKを行うこともある.III実質沈着性混濁遺伝性疾患である角膜ジストロフィが代表例である.その他,全身疾患(多発性骨髄腫,Tangier病,代謝異常など)に伴うものに留意する.1.角膜ジストロフィ遺伝性角膜疾患である角膜ジストロフィでは両眼性に特徴的な沈着性混濁を呈する.顆粒状角膜ジストロフィ,格子状角膜ジストロフィ,Reis-Buckler角膜ジストロフィなどのTGFBI遺伝子を原因とするジストロフィは常染色体優性遺伝形式をとる.斑状角膜ジストロフィや膠様滴状角膜ジストロフィは常染色体劣性遺伝のため,近親婚の有無が手がかりとなることもある.a.顆粒状角膜ジストロフィ(図7)わが国で最も多く遭遇するのはII型の顆粒状変性(アベリノ型)といわれている.小円形,楕円形の白色沈着物(ヒアリン)に加え,棍棒状や星状のアミロイド沈着が実質浅層から中層に混在してみられるものである.I型の顆粒状角膜変性(狭義の顆粒状角膜変性)はこのアミロイドによる棍棒状混濁がない病型で,II型と原因遺伝子は同じものの,その変異部位は異なる.視力低下例ではPTKや角膜移植〔DALK(深層層状角膜移植)〕を行う.しかし術後の再発が問題になることが多い.b.格子状角膜ジストロフィ(図8)格子状角膜ジストロフィ(LCD)は,線状の格子状混濁とアミロイドの沈着がみられる.LCDは,4つに分類されている.LCDIは常染色体優性遺伝で,学童期より発症する.再発性角膜びらんを繰り返すことが多く,そのためびらんによる2次的な瘢痕性混濁も加わることも多々ある.LCDIIIは40歳以降の晩期発症で,342あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(38) 図7顆粒状角膜ジストロフィII型左:顆粒状混濁(ヒアリン)が角膜中央で癒合している.一部棒状のアミロイドの沈着を認める.右:PTK後.深層に混濁が残る.図8格子状角膜ジストロフィ左:I型.角膜中央部に混濁を認める.中:II型.全身性アミロイドーシス(gelsolin遺伝子異常)にみられた格子状混濁.右:III型(IIIa).格子状混濁が太い.格子状線状混濁がLCDIより太いのが特徴である.なおLCDIIIでも角膜上皮びらんを生じるものはLCDIIIaに分類されている.LCDIVも晩期発症であるが,線状混濁は角膜深層にみられ,わが国からの報告しかない.LCDI,III,IVはTGFBI遺伝子の異常であるが,LCDIIはgelsolin遺伝子異常による全身性アミロイドーシスに合併するもので,頻度は圧倒的に少ないとされるが,他の格子状変性同様の混濁を生じる.視力低下例では角膜移植(DALK)を行う.c.斑状角膜ジストロフィ(図9)斑状角膜ジストロフィは灰白色の円形,不整楕円形の沈着物が多発してみられ,混濁間の角膜実質も淡い混濁を呈する.糖鎖硫酸転移酵素遺伝子であるCHST6の遺伝子異常により,異常なケラタン硫酸の蓄積によって生じると考えられている.視力低下以外に大きな症状はなく,再発性角膜びらんなどの上皮障害は通常みられない.混濁は角膜全層に及び,視力低下例では角膜移植〔DALKまたはPKP(全層角膜移植)〕を行う.d.Schnyderクリスタリン角膜ジストロフィ(図10)稀な遺伝性疾患である.角膜中央部実質浅層に楕円形の白色結晶状の実質沈着をきたす.この沈着は脂肪やコレステロールによる.発症は早くても20代からで,多くの症例は40代以降である.進行した視力低下例では角膜移植を行う.2.全身疾患に伴う実質の沈着性混濁(図11)いくつかの全身性疾患で,実質混濁を呈することがある.ムコ多糖の代謝異常であるmucopollysacharidosis(Hurler病やScheie病など)では,灰白色の混濁が生後より徐々に進行する.また脂質代謝異常である,apoA1(39)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014343 図9斑状角膜ジストロフィ図10Schnyderクリスタリン角膜ジストロフィ角膜中央部に灰白色の円形混濁とクリスタリン沈着を認める.まだ40代であるが,周辺角膜に若年環も認める.図11全身疾患に伴う沈着性混濁左:ApoA1欠損症にみられた角膜実質のびまん性混濁.脂質の沈着といわれている.右:多発性骨髄腫にみられたM蛋白の結晶状沈着.欠損症でも脂質の沈着による角膜実質のびまん性混濁を認める.多発性骨髄腫では,形質細胞が産生するM蛋IV実質深層,前Descemet膜の沈着性混濁白が結晶状に角膜実質全層に沈着することがある.その1.Francois角膜ジストロフィ(図12)他の結晶状実質沈着をきたす疾患として,シスチン血症角膜実質深層部中央に,灰白色の“crackedice”とや痛風があげられる.表現される斑状の混濁を示す.この混濁は浅層や周辺部に伸展することはなく,上皮びらんなども生じない.常染色体優性遺伝といわれているが,遺伝形式が不明なことも多い.視力低下をきたすことはほとんどなく,通常344あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(40) 図12Francois角膜ジストロフィ(上段)と周辺部角膜実質深層にみられるposterior(crocodile)shagreen(下段)上段のFrancois角膜ジストロフィでは角膜中央部実質深層にcrackediceとよばれる灰白色の斑状混濁を認める.図13周辺部角膜実質深層にみられたKayser.Fleischerring(Wilson病)治療は行わない.類似した混濁を呈する疾患にposterior(crocodile)shagreenがあるが,これは角膜周辺部に混濁を生じ,遺伝性はなく,加齢性変化といわれている.(41)2.pre.DescemetcornealdystrophyDescemet膜前の実質深層に,びまん性に細かな線状の沈着性混濁を呈する疾患で,通常30代以降に発症する.粉状,点状,樹枝状なこともあり,その混濁の正体はリン脂質や中性脂肪の沈着といわれている.遺伝形式ははっきりせず,加齢による変性として同様の沈着を示すfarinataとの区別はむずかしい.なおpre-Descemetcornealdystrophyには魚鱗癬を伴うこともある.本混濁により視力低下をきたすことはなく,治療は必要としない.3.Kayser.Fleischerring(角膜銅症)(図13)銅代謝異常疾患であるWilson病患者でみられる.周辺部角膜深層に茶色がかった沈着物を認めるが,角膜中央部には及ばず,通常周辺部3.4mm程度の幅である.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014345

角膜浸潤をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):331~337,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):331~337,2014角膜浸潤をみたらPerspectivesonCornealInfiltration佐々木香る*I角膜浸潤と混濁の違い角膜浸潤を考える前に,まず浸潤と混濁を明確に鑑別することが大切である.いずれも角膜の薄い白色の濁りとして捉えられるが,浸潤は角膜実質に炎症細胞が侵入している状態で,混濁は角膜実質の線維の走行が乱れた状態である.つまり,角膜浸潤には消炎が必要であるが,角膜混濁は消炎の必要ない瘢痕といえる(図1a,b).なお,実質型ヘルペスや移行期アメーバのように円板状の実質浮腫を伴うもの,角膜フリクテンや壊死性ヘルペスなど血管侵入を伴うもの,細菌・真菌感染など膿瘍を伴ったものは,この項では角膜浸潤から外して考える.他書を参考にされたい.日常臨床でよく遭遇する,比較的小さな円形,不整形の角膜浸潤に的を絞って解説する.角膜浸潤は炎症細胞が集積しているため,境界は比較的不明瞭であるが,一方,角膜混濁は境界鮮明である.また浸潤は炎症を伴うため,軽度の毛様充血を伴うことが多いが,混濁は瘢痕であるので,基本的には充血は認めない(ただし,二次的に上皮欠損などをきたして充血を生じる場合もある).つまり,本項での角膜浸潤のイメージは,円形~不整形の小さめで,辺縁不明瞭な,充血を伴う薄い角膜白濁と捉えてほしい.II浸潤の部位角膜浸潤は周辺部に認められる疾患と中央部に認められる疾患に分類される.周辺部の角膜浸潤として具体的に考えられる疾患は,多い順に1)カタル性角膜浸潤,2)自己免疫疾患(膠原病やMooren潰瘍)である.中間周辺部にみられる角膜浸潤としては,1)ブドウ球菌性角膜浸潤,2)ソフトコンタクトレンズによる角膜浸潤,3)角膜縫合糸による角膜浸潤などがある.そして中央部もしくは全体に広がる角膜浸潤としては,ウイルス性角膜炎(アデノウイルス感染後多発性上皮下浸潤,Thygeson表層角膜炎,単純ヘルペス角膜炎,帯状ヘルペス角膜炎)が多い.上記のように,周辺部のものは好中球の浸潤によるものが多く,中央部のものはリンパ球の浸潤によることが多い.III各論1.周辺部の角膜浸潤a.カタル性角膜浸潤眼瞼に常在するブドウ球菌に対するアレルギー反応であるため,眼瞼が汚れる年齢つまり中年の女性に多い.菌に対する抗原抗体複合物により,好中球が浸潤する.そのため,以下の特徴を呈する.①眼瞼に存在する菌に対する反応であるので,眼瞼と角膜が接触する2時,4時,8時,10時の角膜に好発し,輪部と病変部に連続性はなく,透明帯とよばれる部分が存在する(図2a).②輪部血管から炎症細胞が浸潤するため,輪部に平行*KaoruSasaki:星ヶ丘厚生年金病院眼科〔別刷請求先〕佐々木香る:〒573-0013枚方市星丘4-8-1星ヶ丘厚生年金病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(27)331 図1a浸潤.ブドウ球菌による角膜浸潤.小円形の濃い浸潤を認め,充血を伴う.図2aカタル性角膜浸潤.4時方向に輪部に平行な浸潤を認める.輪部と病変部には透明帯が存在する.の形状を呈する(図2a).高度になれば弧状につながった形状を示す(図3).③炎症細胞浸潤が主体で上皮破壊は生じにくいため,浸潤病巣に比して上皮欠損が非常に細い,あるいは小さいという特徴がある(図2b).これはカタル性角膜浸潤の一番大きな特徴であり,細菌性角膜炎との鑑別となる.ただし,逆にそのフルオレセイン所見の形状からヘルペスとの鑑別がむずかしい.ヘルペスに特徴的なterminalbulbの有無と,浸潤と上皮欠損の大きさの比率により判断する.b.自己免疫疾患Mooren潰瘍や関節リウマチのような自己免疫疾患で332あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図1b混濁.図1aの治癒後.小円形の均一な薄い濁りとなり,充血を認めない.図2b図2aのフルオレセイン所見.浸潤に比較して上皮欠損(フルオレセイン陽性部分)が小さい.は,周辺部角膜潰瘍を認める.初期には浸潤から発症し,炎症の増悪とともに潰瘍へと進行する.Mooren潰瘍では,角膜上皮の基底膜に対する抗体が輪部から供給され,抗原抗体反応をきたす.また関節リウマチでは高度の強膜炎に伴って免疫複合体が輪部から角膜に沈着し,好中球が浸潤する(これを硬化性角膜炎とよぶこともある).そのため,以下の特徴を呈する.①カタル性角膜潰瘍と同様に輪部に平行に弧状の病変を呈するが,輪部血管から直接角膜に免疫複合体が沈着するため,カタル性角膜潰瘍でみられる透明帯が存在せず,角膜が存在する輪部に接して,病変が発症する(図(28) 4a).②免疫複合体が沈着し,好中球を遊走させるため,進行すると角膜実質が融解し,深掘れの潰瘍を呈する(図4b).2.中間周辺部の角膜浸潤a.ブドウ球菌性角膜浸潤基本的には,カタル性角膜浸潤と同じ機序で発症し,同義と捉えられる.ただし,眼表面に存在する常在菌(ブドウ球菌)に対するアレルギー反応のため,必ずしも眼瞼と接する部位に生じるとは限らない.通常,中間周辺部に多く,正円形の角膜浸潤を呈する(図5a).DSCL(disposablesoftcontactlens)に付着したブドウ球菌によって生じることも多く,次項のソフトコンタクトレンズ装用に伴う角膜浸潤とも一部重なる.注意すべきは,DSCL装用下に発生した緑膿菌による角膜感染症との鑑別である.従来の緑膿菌に典型的とされる輪状膿瘍と異なり,小円形あるいは小さな不整形で,ブドウ球菌性角膜浸潤に類似した所見を呈する(図5b).b.ソフトコンタクトレンズ装用に伴う角膜浸潤コールド滅菌を施行しているソフトコンタクトレンズ装用者に認められる浸潤である.コンタクトレンズに使用されるmultiplepurposesolution(MPS)に対してアレルギー反応が生じる場合と,前項のようにソフトコンタクトレンズに付着したブドウ球菌のような常在菌に対してアレルギー反応が生じる場合がある.MPSに対するものは,角膜の全面あるいは周辺に点状の染色として観察される(図6).またブドウ球菌に対するものは,通常のブドウ球菌性角膜浸潤と同様に,境界明瞭な円形の細胞浸潤として,部位に限らず生じる.いずれも免疫反応が主体であり,カタル性角膜浸潤と同じく,上皮欠損は少なく,浸潤が主体となる.c.角膜縫合糸の無菌性角膜浸潤白内障術後や角膜移植後の角膜縫合糸の周囲に,一時的に浸潤を生じる場合がある.感染症の初期や弱毒常在菌による感染もあるが,糸に対する反応性の無菌性浸潤図3カタル性角膜浸潤.高度な場合は輪部に沿って弧状を呈する.図4aMooren潰瘍.輪部と病変の間には透明帯は存在しない.図4bMooren潰瘍.Underminedとよばれる深掘れした潰瘍を呈する.(29)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014333 図5aブドウ球菌性角膜浸潤.中間周辺部に小円形の病巣を呈する.図6MPSアレルギー.輪部にそった点状の浸潤を認める.である場合も多い.判断がむずかしいので,無治療あるいは抗菌薬点眼のみで経過観察し,その進行具合で鑑別する.3.中央部の角膜浸潤主としてウイルスによるものを考える.いずれも浸潤主体で,その浸潤の大きさに比して小さな上皮欠損をきたすか,あるいは上皮欠損を認めない.単純ヘルペス角膜炎.典型的な上皮型角膜ヘルペスでは樹枝状角膜炎とよばれるterminalbulbを有する特徴的な上皮障害を生じるが,その辺縁部に上皮下浸潤が認められる.細隙灯顕微鏡所見では角膜浸潤と捉えられる334あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図5bDSCL装用者の緑膿菌による角膜感染症.ブ菌性角膜浸潤に似ているが,やや大きめの不整形の浸潤,潰瘍を呈する.が,フルオレセイン染色を行うと鑑別は容易である(図7a,b).なお,実質型の円板状角膜炎は浸潤とともに実質浮腫を伴うので,「浮腫」の項を参照されたい.なお,上皮型や実質型が治癒した後も,多発性斑状の上皮下浸潤が生じることがある.帯状ヘルペス角膜炎では,三叉神経第1枝領域の皮疹が特徴的で,皮疹は2週間以内に鎮静化するが,その後,長期にわたり,角膜上皮下浸潤が持続することがある.単純ヘルペス角膜炎と違い,偽樹枝状病変発症時の上皮下の浸潤は少ない.しかし,帯状ヘルペス治癒後も,季節や体調によって,多発性斑状の上皮下浸潤が,しばしば再発する(図8a,b).Thygeson点状表層角膜炎は,いまだ原因ウイルスは特定されていないが,何らかのウイルス感染が原因で,両眼性に角膜上皮に多発する点状浸潤を特徴とする.小さい点状病変が集合したような白灰色の上皮内浸潤が散在性に角膜全体に認められる.病巣はフルオレセインで点状に染色される.アデノウイルスによる結膜炎に続発するものは,発症約1週間後に小さめの円形,角膜上皮下浸潤で,角膜の全面にわたって生じる(図9).さらに,数カ月たっても,再燃することがある.(30) 図7a単純ヘルペスウイルス角膜炎.樹枝状病変の辺縁に上皮下浸潤を伴う.図8a帯状ヘルペス角膜炎.多発性斑状の上皮下浸潤を認める.IV注意本項でとりあげた角膜浸潤は,上記のとおり免疫反応が主体となっていることが多く,その治療はステロイド主体となる.しかし,注意をしておかなければならないものは,アカントアメーバ角膜炎である.初期に,不均一な浸潤を認めることがあり(図10),これに対してステロイドは禁忌である.1)偽樹枝状病変はないか,2)神経炎は存在しないか,3)浸潤が不均一でないか,そして4)コンタクトレンズ装用の既往はないか,などに注意して鑑別する.(31)図7b図7aのフルオレセイン所見.Terminalbulb(末端肥大部)を認める.図8b図8aのフルオレセイン所見.多発性星芒状の染色所見を認める.前述の角膜浸潤をきたす疾患のイメージ図を図11に示す.V治療1.角膜浸潤の治療の基本上記のように,角膜浸潤は,好中球やリンパ球が主体の病態であるため,治療の基本はステロイドが主体となる.程度に応じて,0.1%フルメトロン点眼~0.1%リンデロン点眼を選択する.何度も繰り返すが,本項でとり扱ったような角膜浸潤において,ステロイドが禁忌であるのは,上皮型の単純ヘルペス角膜炎と初期のアカントあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014335 図9アデノウイルス結膜炎.角膜全面にわたって,多発性角膜上皮下浸潤を認める.図10アカントアメーバ角膜炎(初期).偽樹枝状病変を認め,不均一な浸潤を伴う.3時方向には神経炎も観察される.アメーバ角膜炎である.これだけはまずはしっかりと鑑別して治療を開始する.なお,免疫反応が高度の場合,また薬剤毒性やステロイド性眼圧上昇などでステロイド点眼が困難な場合には,ステロイド内服も考慮する.2.治療の補足・ステロイド点眼の漸減は急激に行うと,再発することが多い.2週間ごとに1回ずつ回数を減らすペースで漸減する.・菌がアレルギーの原因であるものは抗菌薬点眼を,336あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014カタル性角膜浸潤Mooren潰瘍による浸潤ブドウ球菌性角膜浸潤ソフトコンタクトレンズ装用に伴うMPSによる角膜浸潤帯状ヘルペス治癒後の多発性角膜浸潤アデノウイルス結膜炎後の多発性角膜上皮下浸潤図11角膜浸潤をきたす疾患のイメージ一覧ヘルペスが原因であるものは,抗ウイルス薬を予防投与する.ただし,アシクロビル眼軟膏は毒性も生じやすいため,症例によっては,回数を減らすことも考慮する.・カタル性角膜浸潤などで,マイボーム腺炎を認めるものは,ミノサイクリン内服を投与する・ブドウ球菌性角膜浸潤とコンタクトレンズによる緑膿菌性角膜炎の鑑別が困難なときには,まず抗菌薬点眼を処方して経過観察したのち,ステロイド点眼の必要性を検討するという時間差投与が好ましい.・ステロイド点眼中止に伴い,どうしても再発するア(32) デノウイルス結膜炎後の多発性上皮下浸潤に対しては,オフラベルになるがシクロスポリン点眼も奏効する.以下にカタル性角膜浸潤と帯状ヘルペスによる角膜浸潤の処方例を示す.VI処方例カタル性角膜浸潤(図2)に対し以下の処方で治癒した.0.1%フルオロメトロン点×4セフメノキシム点×4帯状ヘルペスによる多発性斑状角膜浸潤(図8)に対し,以下の処方で治癒した.0.1%フルオロメトロン点×4ゾビラックス眼軟膏×1(あるいはバルトレックス1錠内服継続)文献1)井上幸次:角膜浸潤.眼感染症の謎を解く(大橋裕一編),p35-37,文光堂,20092)岡本茂樹,大橋裕一,井上幸次:角膜浸潤.角膜クリニック第二版(真鍋禮三,木下茂,大橋裕一編),p65-70,医学書院,20033)中澤徹,西田幸二:角膜浸潤,前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p127-128,文光堂,20074)岡本茂樹:角膜浸潤.月刊眼科診療プラクテイス,前眼部疾患のトラブルシューテイング,p52-56,文光堂,20035)高村悦子:眼部帯状ヘルペス.月刊眼科診療プラクテイス,ウイルス性眼疾患の診療,p32-34,文光堂,2003(33)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014337

上皮欠損をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):325.329,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):325.329,2014上皮欠損をみたらCornealEpithelialDefects相馬剛至*はじめに上皮欠損とは角膜の最表層に位置する角膜上皮層全層が障害された状態であり,フルオレセインをはじめとした生体染色によって検出が可能である.角膜上皮欠損は日常臨床で遭遇する機会が多い角膜所見の一つであるが,背景に存在する疾患が多岐にわたるため,その原因の特定に苦慮する場合も少なくない.本項では上皮欠損の観察に欠かせないフルオレセイン生体染色法について解説したのち,上皮欠損の鑑別診断を行う際のポイントについて述べる.Iフルオレセイン生体染色法1.フルオレセインとは角膜疾患の診察の際に最も有用な生体染色法がフルオレセインである.フルオレセインは分子式C20H12O5で示される分子量332.31の物質で(図1),水に不溶のため,臨床的には水溶性のフルオレセインナトリウム(C20H12O5Na,分子量376.26)が用いられる.アルカリ溶液中で強い緑色の蛍光を発する.490nm(青色光)付近に最大吸収波長を有し,最大蛍光波長は520.530nm(緑色光)である.臨床では,スリットランプに設置された励起フィルターを通した青色光を当てて,励起された緑色蛍光色を観察する.さらに,530nm付近の緑色光を選択的に透過させるBlueFreeFilter(ブルーフリーフィルター)を用いて観察することで,より鮮明な観察像を得ることができる1).HOOOCOOH図1フルオレセインの構造式フルオレセイン:C20H12O52.フルオレセインの優位性フルオレセインが眼表面の観察に用いられるにはいくつか理由がある.第一に分子量が比較的小さいため,眼表面の細かな病変にまで浸透することが可能である.第二に点眼時の刺激が少なく,細胞毒性も低い.また,検査後容易に洗い流せる.第三に検査が簡便であり,安価であることも挙げられる.3.フルオレセイン染色の方法大きくフルオレセイン試験紙を用いる方法,マイクロピペットを用いてフルオレセイン染色液を点眼する方法,硝子棒などに染色液を付着させて用いる方法が挙げられるが,一般的にはフルオレセイン試験紙法が清潔かつ簡便であり推奨される.治験などの厳密な評価を要する場合にマイクロピペット法が用いられる.フルオレセイン試験紙を用いる方法について説明する.*TakeshiSouma:大阪大学大学院医学系研究科眼科〔別刷請求先〕相馬剛至:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(21)325 フルオレセイン試験紙(フローレスR眼検査用試験紙0.7mg)に生理食塩水を1.2滴,滴下したのち,試験紙を振って水分を十分に切る.試験紙に水分が多量に残存している場合,涙液量を誤って評価する原因になるとともに,眼表面の涙液量が増大することによって観察に支障をきたすので注意が必要である.つぎに,試験紙の一角の先端のみを下眼瞼結膜の周辺部に接触させる.少量で十分であり,フルオレセインを浸透させた部位すべてを付着させる必要はない.また,眼球結膜に直接つけることがないようにする.染色後は十分に瞬目させて眼表面全体にフルオレセインが分布するようにする.II上皮欠損の鑑別角膜上皮欠損とは,上皮層全層が欠損した状態であり角膜びらんともよばれる.表層のみが障害される点状表層角膜症とは異なる.角膜びらんに角膜実質障害を伴うと角膜潰瘍という状態になる.角膜びらんは大きく単純びらんと再発性角膜びらんに分けられる.一方,角膜潰瘍には遷延性上皮欠損,周辺部角膜潰瘍などが含まれる.1.角膜びらんa.単純びらん角膜上皮が全層にわたって欠損した状態で角膜実質障図2単純びらん眼鏡の柄の飛入により生じた単純びらん.図3再発性角膜びらんびらんに一致した染色を認め,周囲の接着不良部位は淡く染色される.326あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(22) 害は伴わない.異物の飛入や打撲などにより生じる.びらん部位に一致してフルオレセインの染色を認める(図2).b.再発性角膜びらん同一部位に,数週間.数カ月間隔で角膜上皮.離を繰り返す..離部位の角膜上皮の接着不良が原因であり,びらんに一致した染色を認め,周囲の接着不良部位は淡く染色される.(1)外傷性再発性角膜びらん爪や紙片による軽微な外傷を契機に角膜上皮びらんを繰り返す(図3).(2)格子状角膜ジストロフィ格子状の沈着性角膜実質混濁を示す角膜ジストロフィでI型,II型,III型,IIIA型,IV型が報告されている.このうちI型では,実質浅層,Bowman層に二重の輪郭を持った細かい線状の混濁を認め,瞳孔領から周辺部へ拡大するとともに,中央部の混濁は強くなり卵黄型を呈する(図4).同時に角膜表面に隆起をきたすようになり,再発性角膜びらんを生じることが多い.(3)上皮基底膜ジストロフィMap-dot-fingerprintcornealdystrophyともよばれ,角膜上皮基底膜に地図状,点状,指紋状の病変を認める(図5).上皮基底細胞と基底膜の間にヘミデスモゾーム図4格子状ジストロフィI型角膜中央の円形の混濁と周辺の細かい線状の沈着を認める.図5Map.dot.fingerprintcornealdystrophy徹照法による観察.瞳孔領の下方に小.胞状,指紋状の混濁を認める.図6神経麻痺性角膜症脳外科手術後の神経麻痺性角膜症.(23)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014327 による接着を認めず,再発性角膜びらんを発症する.(4)Reis-Bucklers角膜ジストロフィ幼少期より両眼にびらん発作を繰り返す家族性角膜ジストロフィ.Bowman膜の消失とその深さでの沈着性実質混濁による視力低下をきたす.(5)糖尿病角膜症角膜知覚の低下ならびに上皮基底膜の接着不良が背景にあり,硝子体手術や光凝固などを施行した場合に再発性角膜びらんや後述する遷延性上皮欠損を発症する.図7全層角膜移植後全層角膜移植後の神経麻痺性角膜症.2.角膜潰瘍a.遷延性上皮欠損(1)神経麻痺性角膜症角膜知覚を支配する三叉神経が種々の原因で低下した場合に発症する.具体的には三叉神経が物理的に切断される脳外科手術後(図6)や角膜移植後(図7),LASIK(laserinsitukeratomileusis)後,知覚が低下する角膜ヘルペス後や糖尿病性角膜症があげられる.また,NSAIDs(non-steroidanti-inflamatorydrugs)や眼圧下降薬であるbブロッカーの一部は表面麻酔作用を有するため角膜知覚低下の原因となる.重症化するとepithelialcracklineを形成し遷延性上皮欠損に至る.(2)薬剤毒性角膜症投与している点眼薬によって生じる上皮障害である.防腐剤(塩化ベンザルコニウム)が代表であるが,緑内障点眼(bブロッカー,プロスタグランジン製剤)や非ステロイド抗炎症薬,アミノグリコシド抗生剤,抗ウイルス薬などによって起こりうる.薬剤による角膜上皮の脱落亢進もしくは基底細胞の分裂抑制が原因と考えられる.検眼鏡的にSPK(点状表層角膜症)が角膜全面に認められ,進行するとハリケーン状のSPKやepithelialcracklineを呈し,フルオレセイン染色後のdelayedstainに代表される.さらに進行すると遷延性上皮欠損にまで及ぶ(図8).b.周辺部角膜潰瘍角膜周辺部に細胞浸潤にはじまる上皮びらん,潰瘍が図8薬剤毒性角膜症角膜下1/3の位置にびらんを認め,その周囲はハリケーン状の点状表層角膜症が生じている.328あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(24) 図9Mooren潰瘍3時.7時の輪部に沿った孤状の潰瘍を認める.生じ輪部に沿って拡大する.免疫反応が原因であり,関文献節リウマチに伴う潰瘍やMooren潰瘍が挙げられる.1)KohS,WatanabeH,HosohataJetal:DiagnosingdryeyeMooren潰瘍では,潰瘍は中心部に向かって坑道状にえusingablue-freebarrierfilter.AmJOphthalmol136:513-519,2003ぐれて進行し(undermined),潰瘍縁がせり出すのが特徴である(overhanging)(図9).(25)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014329

樹枝状病変をみたら

2014年3月31日 月曜日

特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):319.324,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):319.324,2014樹枝状病変をみたらDiagnosisandTreatmentofDendriticLesion井上智之*I樹枝状病変とは樹枝状病変とは,木の枝分かれに類似した形態を示す角膜上皮欠損を示す.樹枝状病変として,最も代表的なものが,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)による樹枝状角膜炎であり,それに対して,形態は類似するが,原因がHSVでないものは偽樹枝状角膜炎である.II樹枝状角膜炎樹枝状角膜炎とは,HSVによって角膜上皮に引き起こされる線状病変と定義される.典型例においては,その形態は特徴的で,あたかも木々の枝分かれのような形態を呈する角膜上皮障害である.HSVによる角膜炎は単純ヘルペス角膜炎,または角膜ヘルペスとよばれる.HSVはaヘルペス属のDNAウイルスで,1型(HSV1)と2型(HSV-2)があり,角膜病変の関与は1型が多く,その角膜病変は,臨床的に,上皮型,実質型,内皮型を呈して,病変の首座の存在する部位によって臨床病態が異なることが知られている.樹枝状病変は,角膜ヘルペス上皮型の代表的な病型である.幼児期にほとんどの人が,口腔・上気道および眼においてHSVに初感染し,眼症状なく三叉神経軸索を介して三叉神経節領域に潜伏感染する.その後,成人期に,ストレス,発熱,紫外線曝露など種々の原因が契機となり,潜伏感染ウイルスが再活性化して,三叉神経節から軸索を介して角膜上皮に到達して,HSVが増殖して上皮型角膜ヘルペスが生じる.本症は再発性であることが特徴で,われわれが日々の診療で出会うのは,ヘルペス初感染例でなくヘルペス再発例である.再発が繰り返されると,上皮型から実質型に移行する場合もある.症状は片眼性の異物感,充血,異物感である.上皮型角膜ヘルペスの臨床病型において,HSVによる角膜上皮病変が線状形態を呈するのが樹枝状角膜炎である.樹枝状角膜炎では,スリット所見にて特徴的な樹の枝のような角膜びらん,すなわち樹枝状病変を示す(図1.3).図1.3の写真症例の角膜上皮擦過物から,後述するreal-timepolymerasechainreaction(real-timePCR)法にて,HSV-DNAが6.8×107copies/sample(図1),9.1×106copies/sample(図2),3.1×106copies/sample(図3)同定された.樹枝状病変自体も混濁を伴うため,通常スリット光でも識別は可能であるが(図2),フルオレセイン染色でよく染まり,染色下にて詳細な観察が可能になる(図1,3).枝の先端部が瘤状のterminalbulbを伴うのが特徴的である.また,樹枝状病変には幅があり,病変縁は濃いフルオレセイン染色性を示す.上皮欠損部位は,HSVウイルス増殖により宿主角膜上皮細胞が脱落した結果生じており,病変辺縁部にてウイルスが活発に増殖を行っている.病変は一症例において,一つから複数,大きさも症例によりさまざまである.樹枝状病変の前駆状態として,星芒状病変を示す.星芒状病変は特異的病変でなく,Thygeson点状表*TomoyukiInoue:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕井上智之:〒791-0295愛知県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(15)319 図1樹枝状病変HSVによるterminalbulbをもつ枝分かれ状の上皮病変.辺縁のフルオレセイン染色性が強い.図3樹枝状病変上皮欠損部と浮腫状病変が混在.層角膜炎などでも認められる.樹枝状病変における線状びらんが面状に拡大すると地図状角膜炎となる.単純性の機械的角膜びらんと異なり,部分的に角膜びらんの辺縁が不規則な凹凸を示すdendritictailを呈するのが特徴的で,ここからも樹枝状病変が拡大した病態であるこ320あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図2樹枝状病変辺縁が白濁して,スリット光下でも観察可能である.とが示唆され,鑑別のポイントとなる.角膜実質まで病変が及び潰瘍を形成することもある.片眼性の濾胞性結膜炎を伴う場合もある.臨床所見が存在すれば診断に至りやすいが,非典型病変が存在しうるので注意が必要である.樹枝状病変は,角膜中央から傍中心部にかけて病変が現れることが多いが,輪部近傍の角膜周辺部のみに病変を呈する場合も存在する.診断は,視力低下や眼異物感を訴える症例の片眼性の特徴的な形態を呈する角膜上皮病変から,典型例は細隙灯顕微鏡検査にて診断可能である.ただ,繰り返すが,病変は典型的形態を示すものばかりではなく,治療の方向性の異なる鑑別疾患が多数存在することから,非典型例においては特に,さまざまな情報から複合的に判断することになる.角膜ヘルペスが再発性病態であることから,過去における同様の既往の存在の聴取が重要である.特に,再発性の充血や結膜炎という認識で,患者本人が,ヘルペスを自覚していない場合もありうるので,ヘルペス治療歴の有無だけでなく,悪化時にどのような症状が出現したかを詳細に確認する.治療歴に関しても,使用した薬剤の種類や使用期間は,病態の理解の参考になる.ヘルペスに関する治療薬,抗ウイルス薬やステロイド点眼の長期使用は,HSV自体の薬剤耐性化や他病態の誘発を起こしうる.病変は基本的に片眼性に存(16) 在するが,糖尿病や免疫抑制状態に関連する病態やアトピー性病変をもつ症例には,両眼性に樹枝状病変が存在しうるので,全身状態の聴取や精査を怠ってはならない.また角膜知覚の低下を呈するのが特徴的なので,Cochet-Bonnet角膜知覚計にて,角膜知覚を計測する.糖尿病などの基礎疾患が存在したり,コンタクトレンズ装用などにより,両眼の角膜知覚が低下している場合があるので,患眼と瞭眼の両眼を測定して,絶対値でなく相対的に差が存在することを確認する.痛みを訴えない場合もあるが,有痛性知覚障害で,痛みや異物感の程度はさまざまなので,自覚的痛みの有無だけで判断してはならない.また,臨床所見に加えて,病変の角膜上皮擦過物からのHSV分離が確定診断である.しかし,ウイルス分離は検査上煩雑で実際に施行している施設は限られているのが現状であるので,分子細胞生物学的に微量ウイルスDNAを検出するPCR法により,上皮病変におけるHSV-DNAの同定が非常に有効な検査手段である.近年では,PCR法のなかでも,real-timePCR法にて,さらに鋭敏に定量的にウイルスDNAを同定することができる.上述のように図1.3写真症例においても,角膜上皮擦過物からHSV-DNAが同定され,治療方針の決定に役立っている.角膜上皮擦過物に対してキット(ヘルペスアイ;わかもと製薬)を使用して,イムノクロマト法によって角膜上皮細胞中のHSV抗原を定性的に同定できる.樹枝状角膜炎の治療は,上皮細胞におけるHSV増殖を抑制するために,抗ウイルス薬としてアシクロビルまたはバラシクロビル内服を使用する.アシクロビルはHSVまたは帯状疱疹ウイルスがもつチミジンキナーゼの存在下で活性型となりウイルス合成を特異的に阻害する.上皮型病変には,アシクロビル眼軟膏を1日5回点入し,症状に合わせて数週で漸減する.細菌混合感染の予防に抗菌薬点眼,虹彩炎合併例にアトロピン点眼を併用する.アシクロビル眼軟膏による広範囲の点状表層角膜症が起こりうるので,高度な場合はバラクシロビル内服への切り替えなどを検討する.早期に正確に診断して,アシクロビル製剤にて治療すると予後は良い.再発を繰り返す場合は,実質炎に移行して,予後不良に陥ることがある.(17)III偽樹枝状角膜炎の鑑別診断臨床的には,非典型例の樹枝状病変がHSVによるものか,別の病態生理により発生している線状の上皮障害である偽樹枝状角膜炎なのかを見きわめて適切な治療を選択することが重要なので,偽樹枝状角膜炎の鑑別病態を図写真で示しつつ概説する.偽樹枝状角膜炎は,樹枝状角膜炎と同じく,木の枝分かれ状の角膜上皮欠損を示すが,偽樹枝状病変は,樹枝状病変に比較して,フルオレセイン染色性も弱く,terminalbulbをもたない線状病変である.しかし,典型例を除いて,見かけのみではっきりと区別するのがむずかしい場合がある.まず,大きくは偽樹枝状角膜炎の鑑別として,水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)やアカントアメーバなどの感染に起因する場合,または角膜上皮の創傷治癒の過程において生じる場合を検討する必要がある.VZV偽樹枝状角膜炎は,VZV感染による上皮病変で,角膜の周辺部に,HSVと異なり浅く小さな線状上皮びらんを呈する(図4).Real-timePCR法にて,VZVDNAが8.1×108copies/sample同定された.眼部帯状疱疹の部分症状として,三叉神経節第1枝領域に特徴的は皮疹に続発的に起こる.鼻毛様体神経が侵されると,鼻先端に皮疹が起こり眼病変を伴う場合が多く,これをHutchinson微候とよぶ.皮疹発症前に,眼痛(頭痛)を主訴に眼科受診する場合もありうるので注意を要する.また,皮疹を伴わないVZV眼病変のzostersineherpeteは診断がむずかしい.治療は,アシクロビル眼軟膏1日5回,皮膚科的に治療が行われていなければ,バラシクロビル内服なども併用する.角膜実質病変や虹彩毛様体炎に対しては,上皮病変が消失したらステロイド点眼による消炎を行う.HSVによる樹枝状角膜炎に対しては,上述の特効薬であるアシクロビル眼軟膏を使用するが,HSVが同定されているにもかかわらず,治療抵抗性を示す症例が存在する.これらは,アシクロビルやステロイド点眼を不十分に長期にわたって使用するとウイルス遺伝子が変異して,アシクロビル耐性HSV株が生じて起こりうる.アシクロビル耐性HSVによる樹枝状病変は,HSV耐性株自体の増殖が弱いため,樹枝状病変は偽樹枝状病変にあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014321 図4VZV角膜炎における偽樹枝状病変図6アカントアメーバ角膜炎における偽樹枝状病変近く,病変も小さめである(図5).治療は,アシクロビルと作用機序の異なる抗ヘルペス薬であるトリフルオロチミジンを点眼として使用する.アカントアメーバ角膜炎は,おもにコンタクトレンズ装用者におけるアカントアメーバの角膜感染にて生じる.病初期の上皮病変として,偽樹枝状病変を呈することがある(図6).Real-timePCR法にて,アカントアメーバ-DNAが6.4×106copies/sample同定された.塑雑な角膜上皮混濁,放射状角膜炎などに着目して,アカ322あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014図5耐性HSVによる樹枝状病変図7兎眼による角膜上皮障害における増悪過程における線状病変ントアメーバを考えるが,樹枝状病変との鑑別がむずかしいものの1つである.診断は病巣擦過を行い,塗抹検査,培養,PCR法などで病原体を同定する.治療は,アメーバ特異的治療薬が存在しないので,病巣擦過,抗真菌薬点眼(ボリコナゾール点眼)・内服(イトラコナゾール),消毒薬点眼(クロルヘキシジン点眼)を用いる.ドライアイによる慢性角膜上皮障害や薬剤毒性角膜症などにおいて,角膜上皮障害が悪化していく過程で,点状病変が融合して線状病変へ進展する場合に偽樹枝状病(18) 図8外傷による単純性角膜上皮びらんの修復過程における線状病変変を呈しうる(図7).さらに悪化すると,面状の角膜上皮びらんへと進展する.逆に,面状の角膜上皮びらんが修復,治癒しつつある過程においても,同様の線状の偽樹枝状病変を呈しうる(図8)ので,病態がどの段階にあるか把握して,眼表面管理を適切に行うことが重要である.特に再発性上皮びらんは,臨床経過のなかで類似形態を示し,再発性に起こるため,ヘルペスと混同されやすく,注意を要する(図9).写真のように,欠損上皮の周辺上皮が,わずかに実質から浮いているのが特徴的である.治療は眼軟膏塗布で圧迫眼帯を行うか,治療用ソフトコンタクトレンズの装用である.緑内障点眼やNSAID(非ステロイド性抗炎症薬)点眼など刺激の強い種類の点眼の使用や,種類に限らず,点眼回数の増加に伴う防腐剤などの点眼基剤の影響によって薬剤毒性による上皮障害で線状の上皮断裂を示す(epithelialcrackline).適切に点眼の種類の変更,使用回数の管理を行いつつ,上皮保護を行う.病変が視力検査表のLandolt環に酷似した形態を呈するLandolt環型角膜上皮症において,Landolt型病変が連続して線状の形態を呈することがある(図10).冬場に多く,両眼性に増悪に続いて自然寛解傾向を示す.これも再発傾向が顕著なので鑑別に注意を要する.コンタクトレンズ装用に伴う上皮障害や外傷による線状病変も(19)図9再発性角膜上皮びらんにおける線状病変図10Landolt環型角膜上皮症における線状病変鑑別となりうるので,コンタクトレンズ装用歴や使用状況,外傷既往などの確認は必要である.2型チロジン血症は,常染色体劣性遺伝のアミノ酸代謝異常で,血中・尿中のチロジンが上昇して,角膜病変において偽樹枝状病変を起こす.ステロイド点眼で混濁を防止しつつ,食事療法を行う.ワクシニア角膜炎などでも,ヘルペス性角膜炎様の偽樹枝状病変を認めることがある.現在は実験室感染以外では発生はない.治療はIDU(idoxuridin)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014323 が有効である.このように,偽樹枝状角膜炎は,上述の鑑別にしたがって,病態に適切な治療選択を行うことによって対処することが重要である.文献1)井上幸次,大橋裕一:ウイルス性眼疾患へのアプローチ3:単純ヘルペスウイルス.眼紀39:1938-1939,19882)井上幸次,大橋裕一:ウイルス性眼疾患へのアプローチ4:帯状ヘルペスウイルス.眼紀39:2126-2127,19883)大橋裕一,木下茂,細谷比左志ほか:角膜上皮の新しい病態─epithelialcrackline.臨眼46:1539-1543,19924)InoueT,KawashimaR,SuzukiTetal:Real-timepolymerasechainreactionfordiagnosingacyclovir-resistantherpetickeratitisbasedonchangesinviralDNAcopynumberbeforeandaftertreatment.ArchOphthalmol130:1462-1464,20125)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Twocasesofvaricellazosterviruskeratitiswithatypicalextensivepseudodendrites.JpnJOphthalmol53:548-549,20096)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:TwocasesofAcanthamoebakeratitisdiagnosedonlybyreal-timepolymerasechainreaction.Cornea29:228-231,2010324あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(20)