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コンタクトレンズ:コンタクトレンズ診療のギモン⑧

2014年1月31日 金曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ診療のギモン②8本コーナーでは,コンタクトレンズ診療に関する読者の疑問に,臨床経験豊富なTVCI※講師がわかりやすくお答えします.※TVCIは「ジョンソン・エンド・ジョンソンビジョンケアインスティテュート」の略称です.眼科医および視能訓練士を対象とするコンタクトレンズ講習会を開催しています.初期の老視の人には乱視を矯正しないほうがよい(手元がよく見える)と聞いたのですが,本当でしょうか?講師塩谷浩しおや眼科一般的に角膜頂点間距離補正後の全乱視(乱視)が1.00D以上ある眼にソフトコンタクトレンズ(SCL)を処方する場合には,視力の補正効果を高め,視力を良くし,見え方の質を良くするため,トーリックSCLで乱視を矯正する必要があると考えられる.このようなトーリックSCLの適応となる眼に対して,視力が良いからという理由で球面SCLを処方すると,乱視が未矯正であるため,とくに遠方の見え方については既述1)のように,物が二重に見える,遠くの文字がぼやけて見える,夜間は見えにくいといった自覚症状の訴えを聞くことになる.近方の見え方については,乱視が未矯正であったとしても,乱視の種類によって多少違いはあるものの,遠方の見え方ほどはっきりした自覚症状が出にくいため,初期の老視の患者からも自覚症状の訴えが少なく,乱視の矯正をしないほうがよい(手元がよく見える)という考え方が現れることは理解できる.たしかに近視性乱視の場合で,乱視が未矯正の屈折状態では,近視が低矯正であれば完全矯正あるいは等価球面度数での矯正よりも近方を見るときに後焦線を網膜上に近づけやすく,必要な調節を軽減でき,ある程度は見やすくなる可能性がある.しかし,実際は前焦線,後焦線のどちらか一方しか網膜上に結像させることはできず,ぼやけた像を認識している状態となっており,見やすく感じていたとしても,見え方の質は不良である.そのため見るための条件が悪い夕方や夜間などの環境や,見るときの条件が厳しいパソコンでの表計算時における(59)表1乱視の矯正が近方の見え方に有用であった例【症例】42歳,女性.主婦.CL装用歴:10年(SCL)これまで乱視を指摘された(.)ことはなかった.最近,近くを長時間見ていると疲れるようになった.頻回交換SCLの処方を希望して来院した.【検査所見】Vd=0.03(1.2×S.6.00(cyl.2.25DAx180°)Vs=0.03(1.2×S.4.50(cyl.1.00DAx10°)左眼が利き目使用SCL規格:R)8.70/.5.50/14.0L)8.70/.4.50/14.0Vd=0.6×SCL(1.2×S.0.50(cyl.1.75DAx180°)Vs=0.8×SCL(1.5×S+0.50(cyl.0.75DAx180°)【頻回交換トーリックSCLの処方】両眼にシリコーンハイドロゲル素材の頻回交換トーリックSCLを処方した.処方規格:R)8.60/S.4.50(cyl.1.75DAx180°/14.5L)8.60/S.4.00(cyl.0.75DAx180°/14.5Vd=0.6×SCL(1.2×S.1.00)Vs=1.0×SCL(1.5×S.0.50)SCLをつけていても近くの見え方が楽になった.数字やアルファベットの細かい文字などの対象については,初期の老視でも見えにくい自覚症状が出現する.これが乱視を矯正した状態であれば,初期の老視であっても近用眼鏡の併用,モノビジョン法などの調節補助の対応をしなくても,近方が見えにくい症状は出にくい.したがって,初期の老視であっても乱視があれば矯正したほうが良いといえるのである.表1に乱視を矯正することによって,初期の老視の自覚症状が改善した実際の症例を提示する.この症例ではSCLで乱視が未矯正時には,近方の見え方に不満があったが,トーリックSCLにより乱視が矯正されると,近方の見え方に問題がなくなっていた.文献1)塩谷浩:コンタクトレンズ診療のギモン②.あたらしい眼科30:963,2013あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014590910-1810/14/\100/頁/JCOPY シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズを処方する際に気をつける点を教えてください.講師植田喜一ウエダ眼科従来素材(ハイドロゲル)のソフトコンタクトレンズ(SCL)は酸素透過性が低い,乾燥しやすい,変形しやすい,耐久性が悪いなどの課題があった.それらを改善するためにシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)が開発された.1.酸素透過性SCLを安全に使用するためには高い酸素透過率(Dk/L*)が求められる.HoldenとMertzは終日装用では24.1以上,連続装用では87.0以上が必要だと報告した.これらの値を満たすのはSHCLである.*単位:×10.9(cm・mLO2/sec・mL・mmHg)2.モジュラス(弾性率)シリコーンの含有率を高めると,酸素透過性は高くなるが,一方でモジュラスも高くなり,レンズとしては硬くなる.当初,開発されたSHCLはモジュラスが高かったため装用感が悪く,瞬目に伴うレンズの動きが大きいということがあったが,その後に開発されたSHCLの多くはモジュラスが低く,上記が改善されている.3.親水化方法SCLの汚れで問題になるのは,蛋白質と脂質である.蛋白質は電荷をもつため,レンズ素材がイオン性だと付着しやすい.HEMA素材のハイドロゲルコンタクトレンズでは蛋白質の付着が顕著であるが,SHCLでは蛋白質はほとんど付着しない.一方,脂質は親水性のハイドロゲルレンズにはほとんど付着せず,親油性のSHCLには付着しやすい.一般に表面処理をしたSHCLのほ表1おもなSHCL製品製品名(メーカー名)Dk/L**モジュラス親水化方法ワンデーアキュビューR,トゥルーアイR(ジョンソン・エンド・ジョンソン)118***0.66親水性成分含有アキュビューR,オアシスR(ジョンソン・エンド・ジョンソン)アキュビューR,アドバンスR(ジョンソン・エンド・ジョンソン)147***85.7***0.720.43親水性成分含有親水性成分含有エアオプティクスREXアクア(チバビジョン)1751.52表面処理エアオプティクスRアクア(チバビジョン)1381.00表面処理メダリストフレッシュフィットR,コンフォートモイストR(ボシュロム)1301.10表面処理メニコンプレミオ(メニコン)1610.90表面処理バイオフィニティR(クーパービジョン)1600.75親水性ポリマー**単位:×10.9(cm・mLO2/sec・mL・mmHg),.3.00Dの場合***エッジ・境界補正値.ポーラログラフ法による測定うが脂質の付着は少ないが,レンズ表面の処理方法によって差がある.化粧品が付着しやすいので,レンズに触れる前に手指を石けんでしっかり洗うことに加えて,レンズの装着前と脱後に擦り洗いをすること,さらに目の周囲の化粧もなるべく控えることを指導する.4.SHCL処方時の留意点SHCLにはメリット,デメリットがあるが,従来素材のハイドロゲルコンタクトレンズよりも優れている点が多いため,主流になってきている.SHCLは素材によって特性があり,表面処理の有無やその方法がさらにレンズに特徴を与えている(表1).SHCLを処方する際には,数種を取り扱って,患者により適合するものを選択するとよいだろう.60あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(00)ZS694

写真:アトピー性眼瞼結膜炎

2014年1月31日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦356.アトピー性眼瞼結膜炎横井桂子京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①眼瞼縁の強い浮腫,発赤,眼瞼外反,②眼瞼皮膚のびらん,③マイボーム腺開口部の閉塞,④睫毛脱落と残った睫毛(→),⑤流涙と眼脂.図1アトピー性眼瞼結膜炎眼瞼縁に強い浮腫,発赤と眼瞼外反,眼瞼皮膚のびらんを認める.眼瞼縁が全体に硬く肥厚しており開瞼が困難で,眼瞼縁の外反と変形により有効な導涙が行われず流涙となり,常に眼瞼が濡れている状態で,眼脂も認められる.図31週間後の前眼部写真眼瞼縁の浮腫,発赤,眼瞼外反は残るものの軽快.眼瞼皮膚のびらんは消失.眼脂と流涙も軽快した.図41カ月後の前眼部写真上眼瞼縁の浮腫,発赤,外反は消失.下眼瞼の肥厚と変形および外反,色素脱出と睫毛脱毛を残すのみとなった.(57)あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014570910-1810/14/\100/頁/JCOPY アトピー性眼瞼結膜炎は,アトピー性皮膚炎のある患者の眼瞼および結膜に炎症が生じたもので,アトピー性角結膜炎が軽症の場合でも,眼瞼の乾燥,苔癬化,外反などがあると,軽度の眼脂,流涙,掻痒感に伴う擦過などの刺激により容易に眼瞼炎が発症する.さらに,眼瞼縁は眼科と皮膚科の境界領域であり,皮膚科的に顔面の皮膚炎に対し外用剤で治療をされていても,結膜.へ入ることを恐れたり,眼瞼皮膚が薄く外用剤の吸収率が非常に高いことから,ステロイド緑内障など眼に対する副作用を警戒し,眼瞼への外用剤の塗布の指導が消極的で,眼瞼縁まで十分に治療できていないことが多い1).眼科的にも,結膜炎に対する点眼治療はしていても,眼瞼に関しては皮膚科に頼って十分に指導できていないことがある.結果として眼瞼縁に生じた炎症の治療が不十分となり,さらに眼瞼結膜炎が悪化するという悪循環に陥る.眼瞼にアトピー性皮膚炎のある場合は,結膜炎に対して十分な治療を行うとともに,眼瞼炎に対しても眼科からの積極的な対応が望まれる2).症例は54歳男性で,20歳頃からアトピー性皮膚炎が発症し,30歳頃からアレルギー性結膜炎に対し点眼加療されていた.今春より眼瞼炎が増悪し,眼科からはレボフロキサシン点眼液(クラビットR)とオロパタジン塩酸塩点眼液(パタノールR),皮膚科からはベタメタゾン・フラジオマイシン配合剤軟膏(リンデロンAR軟膏)が処方されていたが,増悪したため当科を紹介された.初診時,両眼瞼縁に強い浮腫と発赤,びらん,肥厚に伴う眼瞼外反を認め,硬くなった眼瞼のため開瞼困難となっていた(図1,2).眼瞼結膜の充血,浮腫は強く認めるものの,濾胞,乳頭増殖は目立たず,角膜障害はなかった.自覚的には強い掻痒感,流涙,眼脂があった.鑑別診断として,感染性眼瞼結膜炎や点眼,軟膏による接触性眼瞼結膜炎があげられるが,眼瞼皮膚・結膜.の細菌検査は陰性で,睫毛根部のカラレットもみられないなど,ブドウ球菌眼瞼結膜炎の所見ではなく,また,薬剤過敏性結膜炎でみられる濾胞形成は軽度であった.さらに,軟膏の塗布の状況を詳細に聴取すると,眼瞼周囲にはベタメタゾン・フラジオマイシン配合剤軟膏を塗布していたが,眼瞼縁付近にはまったく使用していなかったことがわかり,塗布できている皮膚の状態は良好であったことから,軟膏による薬剤過敏性眼瞼結膜炎も否定的で,治療が不十分であったために増悪したアトピー性眼瞼結膜炎と考えた.治療は,点眼をオロパタジン塩酸塩点眼液からフルオロメトロン点眼液(フルメトロンR点眼液)に変更し,ベタメタゾン・フラジオマイシン配合剤軟膏を結膜.内に点入する要領で塗布するよう指導した.1週間後,眼圧上昇はなく,自覚症状が著明に改善し,他覚的には,眼瞼の肥厚や変形が残っているものの,浮腫,びらんの改善がみられたため(図3),眼軟膏は0.03%タクロリムス軟膏(プロトピックR小児用)を眼瞼皮膚から塗布するように変更した.結膜炎の軽快は軽度であったため,タクロリムス点眼液(タリムスR)を追加して経過観察した.さらに1週間後,結膜炎の改善を確認し,点眼をタクロリムス点眼液のみに変更し,1カ月後には,下眼瞼の変形を残すものの,炎症所見は消失した(図4).その後,0.03%タクロリムス軟膏とタクロリムス点眼液は使用頻度を減らしたうえで予防的に継続し,保湿目的でヘパリン類似物質(ヒルドイドソフトR軟膏0.3%)を眼瞼に塗布し,さらなる症状の改善をみている.文献1)常深祐一郎:皮膚科局所薬の選択,その長短.JVisualDermatol12:178-180,20132)横井桂子,外園千恵:ステロイドとアトピー性眼瞼結膜炎.JVisualDermatol12:144-145,201358あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(00)

抗VGEF薬と網膜レーザー光凝固併用治療

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):51.56,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):51.56,2014抗VEGF薬と網膜レーザー光凝固併用治療PhotocoagulationCombinedwithAnti-VascularEndothelialGrowthFactorTherapy荻野顕*辻川明孝*はじめに抗VEGF薬とレーザー治療の併用については,糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,網膜静脈分枝閉塞症において近年多く報告されている.抗VEGF薬とレーザー治療を併用する目的としては,双方を黄斑浮腫の治療として使用することと,汎網膜光凝固(PRP)に伴う黄斑浮腫の悪化に対して抗VEGF薬を用いることの2つが考えられる.2013年8月末に網膜静脈閉塞症に対する抗VEGF薬の使用が認可され,近々,糖尿病網膜症に対しても適応が拡大することが予想されるために,従来のレーザー治療との組み合わせについて考察したい.I網膜静脈閉塞症1.格子状光凝固と抗VEGF薬〔自検例について〕筆者らは過去に網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対し,抗VEGF薬と網膜格子状光凝固を施行した時期があり,その経験について記載したい.黄斑浮腫は網膜静脈閉塞症に伴う視力低下のおもな原因である.静脈閉塞により末梢の血管内圧が上昇,bloodretinalbarrierが破綻し,毛細血管から血液成分が漏出,黄斑浮腫を形成する.血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)は血管透過性を亢進させるkeyplayerであり,その中和抗体の使用は現在,加齢黄斑変性をはじめ,糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症において報告されている.抗VEGF薬の効果は1週間以内に現われ,特に網膜静脈閉塞症では著明な黄斑浮腫の改善を認める.しかし,その持続効果は短く,数カ月で黄斑浮腫は再発するため,繰り返し投与しなくてはならない.格子状光凝固は網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫に対して行われるevidenceに基づく治療である.網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)では,長期的な視力予後を改善し,中心静脈閉塞症(CRVO)では視力の改善はないものの,蛍光眼底上黄斑浮腫を軽減することがrandomizedcontrolledtrialで1980年代に示されている.これらの研究では格子状光凝固はアルゴンレーザーを用いて100μmのspotsize×0.1秒で色素上皮レベルに中程度の白色斑を形成するように凝固するとされているが,網膜浮腫や網膜.離のため,適切とされる凝固斑を得るためのレーザーパワーの調整は容易ではない.そこで筆者らは,抗VEGF薬により網膜浮腫を軽減させたうえで格子状光凝固を行うことにより,確実で効果的な治療効果が得られるのではないかと考えた.また抗VEGF薬の効果が薄れてきた際に,格子状光凝固が施行されていれば,浮腫の再発が抑制できるのではないかと仮説を立てた.筆者らは2006年から2008年にかけて倫理委員会の承認のもとベバシズマブを適応外使用でRVOの治療に使用することができた.79例79眼,視力不良のRVOに伴う黄斑浮腫(BRVO42,hemiCRVO13,CRVO24)に対しベバシズマブ1.25mg硝子体内投与を行ったところ,黄斑浮腫は有意に減少し,63眼(79.7%)で黄斑浮*KenOgino&AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕荻野顕:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(51)51 1.4:BRVO:CRVO治療前初回ベバシズマブ後1M併用療法前1M3M6M12M最終1,000900800700:BRVO:CRVO6M12M最終3M1M前療法1M併用治療前初回ベバシズマブ後1.2網膜厚(μm)1視力(logMAR)6005004003000.80.620010000.40.20図1b網膜厚の経過BRVO・CRVOともに最終受診時にはベバシズマブ併用格子図1a視力の経過治療前と比較するとBRVOでは最終視力が改善しているが,CRVOでは有意差なし.ベバシズマブ併用格子状光凝固投与前と最終視力にはBRVO・CRVOともに有意な改善は認めなかった.〔文献1)より一部改変〕腫の完全消失を認めた.しかし,66眼(83.5%)で数カ月内に黄斑浮腫は再発し,再治療が必要となった.再治療は中心窩に.胞様腔が出現し,網膜厚が250μmを超え,視力低下を伴った際に行った.再治療として,ベバシズマブ再投与,格子状光凝固,トリアムシノロン硝子体注射,硝子体手術,経過観察の選択肢が考えられ,28眼(BRVO19眼,CRVO9眼)に対してベバシズマブ追加投与+格子状光凝固が行われた.その症例を後ろ向きに検討してみると,BRVO,CRVOともに最終受診時(30.2カ月後)には,治療前と比較して有意に網膜厚は減少したが,視力改善はBRVO症例のみであった(図1).その間のベバシズマブの投与回数は2.8回であった.この研究では,ベバシズマブ投与12.3日後に格子状光凝固を行っているが,黄斑浮腫の軽減により561nm(yellow)の半導体レーザーを用いてspotsize100μm×0.1秒,70.140mWという非常に低い出力で凝固斑を得られている1)(図2).結論としては,ラニビズマブ投与を先行させることで確かに格子状光凝固は低出力で確実に凝固斑を得られることが確認できた.しかし,格子状光凝固を併用してもやはり黄斑浮腫の再発がBRVO12例,CRVO7例で認められ,再発の抑制は困難であることがわかった(図3,4).52あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014状光凝固投与前と比較して有意な網膜厚の減少を認めた.〔文献1)より一部改変〕〔最近の海外報告,EvidenceBasedMedicine〕RVOに対して,抗VEGF薬の一つであるラニビズマブを用いた多施設RCT(RandomizedControlledTrial)の結果が2011年に報告されており2,3),BRVOとCRVOともにsham群よりもラニビズマブ0.3mgもしくは0.5mg硝子体内投与群のほうが治療開始1カ月でETDRSチャート10文字程度視力が良くなり,6カ月まで改善が続くという結果であった.この研究では,ラニビズマブは6カ月間毎月投与を行っている.BRVO症例では3カ月の時点で視力0.5以下の症例,中心窩網膜厚250μm以上の症例,ベースラインと比較してあまり改善していない(ETDRSチャート5字以上,網膜厚50μm以上の改善が認められない)症例には格子状光凝固を施行するというプロトコールになっている.しかし,この厳格な基準に則ってもラニビズマブ投与群では18.7.19.8%(sham群では54.5%)しか格子状光凝固をしなくてよいという結果であった.この研究では格子状光凝固を行った症例の経過がどのようであったかは記されていない.2.PRPと抗VEGF薬網膜静脈閉塞症では周辺部の無灌流域と黄斑浮腫の関連が示唆される報告がいくつか出ており,PRPもしくは周辺部無灌流域へのばらまきレーザー(scatterlaser)をすることで,抗VEGF薬の注入回数を減らすことが(52) 図2格子状光凝固(左上:直前,上中央:直後,右上:5カ月後)の眼底写真と,格子状光凝固前後のmicroperimetry(左下:術前,右下:術後)ベバシズマブ投与後1週間に,半導体レーザーにてyellow561nm,100mW,100μm,100ms106発の格子状光凝固を行った.格子状光凝固を行った範囲の網膜感度は明らかな変化を認めない.硝注後1M経過最終中心窩CME消失(n=17)CME残存(n=2)再発なし(n=5)再発あり(n=12)中心窩CME消失(n=14)CME残存(n=5)CME消失(n=1)CME残存(n=1)図3aBRVOによる再発黄斑浮腫に対してベバシズマブ+格子状光凝固を施行した症例の経過ベバシズマブ硝子体注入後,11日で格子状光凝固を行った.術後1カ月で中心窩CMEが残存した症例のうち1例と再発した症例のうち9症例については追加治療を行った(ベバシズマブ8例,格子状光凝固3例).最終受診時(22M)の時点で14/19でCMEの消失を認めた.硝注後1M経過最終中心窩CME消失(n=8)再発なし(n=1)CME残存(n=1)再発あり(n=7)中心窩CME消失(n=6)CME残存(n=3)CME残存(n=1)図3bCRVOによる再発黄斑浮腫に対しベバシズマブ+格子状光凝固を施行した症例の経過ベバシズマブ硝子体注入後,14日で格子状光凝固を行った.術後1カ月で中心窩CMEが残存した症例1例と再発した症例のうち2例については追加治療を行った(ベバシズマブ2例,格子状光凝固1例).最終受診時(23M)の時点で6/9でCMEの消失を認めた.(53)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201453 治療前ベバシズマブ後1M再発併用療法後1M再発なし再発あり治療前ベバシズマブ後1M再発併用療法後1M再発なし再発あり図4ベバシズマブ併用格子状光凝固を施行し,再発した症例としなかった症例のOCT像両症例ともにBRVOであるが,術前には再発を予測できる因子はなかった.〔文献1)より一部改変〕できるかということについても検討されている.しかし,現在のところ,小数例の検討のみであり,その結果もcontroversialである.〔今後の戦略〕BRVOでは,BRAVO研究の結果から,ラニビズマブを代表とする抗VEGF薬を毎月打ち続けることで早期に80%の症例で黄斑浮腫を消失させ,0.5より良い視力が得られ,6カ月の時点で最良の視力が得られることがわかった.残りの20%については,抗VEGF薬のみでは不十分で追加治療を考慮したいところであるが,筆者らの結果も合わせると,格子状光凝固追加による視力改善や浮腫再発抑制はむずかしいと思われる.より予後の悪いCRVOにおいても,抗VEGF薬単独治療により80%の症例で視力改善が得られる.今後BRVO,CRVO治療のfirstlineは抗VEGF薬の投与となり,何らかの54あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014事情で抗VEGF薬が使用できない症例に対してのみ格子状光凝固を含めた他の治療を選択していくことになると思われる.II糖尿病網膜症〔海外の報告,EvidenceBasedMedicine〕糖尿病網膜症に関しては,自施設においてまとまったデータを持ち合わせていないため,最近の報告について紹介したい.1.局所.格子状光凝固と抗VEGF薬糖尿病網膜症に対する抗VEGF薬投与は,わが国ではおもに血管新生緑内障や重症増殖糖尿病網膜症に対し,出血予防のための術前処置として適応外使用されてきた.そして,2010年のDRCRnetworkからの報告4)では,黄斑浮腫に対する治療としてのラニビズマブ硝子体内投与が,局所/格子状光凝固やトリアムシノロン硝子体内注入よりも有効であることが明らかとなっているため,国内での承認が下りれば急速に広がるものと予想される.糖尿病黄斑浮腫においても抗VEGF薬が主役となっていくのは間違いないが,2012年の最終報告ではさらに局所/格子状光凝固を併用した群とできるだけしない群に分けて検討を行っている5).おおまかにまとめると,初回ラニビズマブ投与後3.10日で局所/格子状凝固を一度施行し,その後3年間で2回(中央値)追加した群と,できるだけ光凝固を併用せず(54%の症例で一度も施行せず)で比較すると,3年後の視力はできるだけ光凝固を併用しなかった群のほうがETDRSチャートで2.9文字良かったという結果であった.ラニビズマブの投与回数は光凝固併用群で12回,併用しなかった群で15回となっている.この報告ではinvestigatorがmaskされていないために,光凝固併用群では光凝固しているのでラニビズマブを打たなくても大丈夫であろうというbiasがかかって,ラニビズマブの投与回数が少なく,結果として3年後の視力が悪かったという考察をしている.少なくとも,糖尿病黄斑浮腫の治療においてETDRSで示された局所/格子状光凝固の有効性が隠れてしまうほどに,抗VEGF薬は強力であるということ(54) 術前1.21回後0.92回後0.53回後術前1.21回後0.92回後0.53回後であることは間違いない.抗VEGF薬の問題点は繰り返し打ち続けなければならないことであるが,この研究で特筆すべきは,2年目,3年目でラニビズマブの投与回数が減っている(2年目中央値2.3回,3年目中央値1.2回)にもかかわらず視力の維持ができていることである.このことは実際に抗VEGF薬を使用していくうえで患者にとっても,医療経済的にも大きな福音である.ちなみに,ヨーロッパで行われたRESTOREstudyにおいても,レーザー併用による効果は認められていない.2.PRPと抗VEGF薬糖尿病網膜症国際重症度分類においてsevereNPDR(非増殖糖尿病網膜症)以降でPRPを行うことが一般になっているが,PRPを行うことによる黄斑浮腫の惹起は見過ごすことのできない合併症である(図5).抗VEGF薬を使用することによって,このPRPに伴う黄斑浮腫の予防や治療が可能になるのではないかということでいくつかの研究がなされている.DRCRnetworkでは,ラニビズマブもしくはトリアムシノロンをPRPの前に行い,sham群と比較してPRP術後14週目での視力に差を認めたことを報告している6).この報告ではラニビズマブを投与し,3.10日以内に局所/格子状光凝固を行い,4週目でラニビズマブ再投与,49日以内にPRPを完成させるというものである.Sham群では術前より視力が4文字悪化したのに対し,ラニビズマブ併用群では1文字改善,トリアムシノロン群では2文字改善となっている.特にbaselineで黄斑浮腫が軽症であった症例(網膜厚が400μm未満)ではsham群は31μmの悪化,ラニビズマブ群では12μm改善,トリアムシノロン群では35μm改善となっており,抗VEGF薬を併用してPRPを行うことで,術後早期の黄斑浮腫出現による視力低下を予防できる可能性がある.〔今後の戦略〕抗VEGF薬の登場により,黄斑浮腫の治療としては局所/格子状光凝固を選択する機会が今以上に減ってくることが予想される.SevereNPDR以降の糖尿病網膜(55)0.44回後1M0.4術後6M1.0図5増殖糖尿病網膜症に対するPRP術前に黄斑浮腫を認めたため,局所/格子状光凝固から開始,PRPを行ったが途中黄斑浮腫の悪化を認めた.術後トリアムシノロン,抗VEGF薬は使用しなかったが,黄斑浮腫は自然軽快した.PRP途中には視力低下を認め,患者からの不満の声が聞かれた.症に対するPRPは重篤な視力障害のリスクを下げることができる強力な治療法であり,歴史も長い.PRPが完成されている眼では,たとえ硝子体出血が起こったり,増殖性変化が強くなってきても,硝子体手術を安全に行うことが可能であり,その恩恵は計り知れない.抗VEGF薬がPRPにとってかわる可能性は低いと考えるが,臨床の現場で黄斑浮腫の出現による患者の不満の声あたらしい眼科Vol.31,No.1,201455 を聞くことは少なくないため,PRPの術前に抗VEGF薬の硝子体内注入を併用することが一般的になるかもしれない.おわりに糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症における黄斑浮腫の治療として,今後抗VEGF薬の適応が拡大されることが予想される.その際に,従来から行ってきた格子状光凝固,硝子体手術,およびトリアムシノロンを含むその他の薬剤による治療とどのように優先順位をつけていくのか,またどのように組み合わせていくべきなのかについて臨床の現場でしばらく混乱も生じることであろう.現時点で筆者らは大規模RCTの結果を尊重し,黄斑浮腫に対する治療としては加齢黄斑変性と同じく,抗VEGF薬の投与をfirstchoiceとすることが望ましいと考える.脳梗塞などの全身リスクの高い患者,コスト面で治療継続がむずかしい患者,通院を続けることがむずかしい患者には格子状光凝固を含めた他の治療法が薦められる.また,糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症で汎網膜光凝固が必要とされる場合,汎網膜光凝固に伴う黄斑浮腫の予防のために,抗VEGF薬投与を先行させることは短期的には効果的であると考えている.文献1)OginoK,TsujikawaA,MurakamiTetal:Gridphotocoagulationcombinedwithintravitrealbevacizumabforrecurrentmacularedemaassociatedwithretinalveinocclusion.ClinOphthalmol5:1031-1036,20112)BrownDM,CampochiaroPA,SinghRPetal:Ranibizumabformacularedemafollowingcentralretinalveinocclusion:six-monthprimaryendpointresultsofaphaseIIIstudy.Ophthalmology117:1124-1133,20103)CampochiaroPA,HafizG,ChannaRetal:Antagonismofvascularendothelialgrowthfactorformacularedemacausedbyretinalveinocclusions:two-yearoutcomes.Ophthalmology117:2387-2394e2385,20104)ElmanMJ,AielloLP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077e1035,20105)DoDV,NguyenQD,KhwajaAAetal:Ranibizumabforedemaofthemaculaindiabetesstudy:3-yearoutcomesandtheneedforprolongedfrequenttreatment.JAMAOphthalmol131:139-145,20136)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,GoogeJ,BruckerAJ,BresslerNMetal:Randomizedtrialevaluatingshort-termeffectsofintravitrealranibizumabortriamcinoloneacetonideonmacularedemaafterfocal/gridlaserfordiabeticmacularedemaineyesalsoreceivingpanretinalphotocoagulation.Retina31:1009-1027,201156あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(56)

Selective Retina Therapy(SRT)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):43.49,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):43.49,2014SelectiveRetinaTherapy(SRT)SelectiveRetinaTherapy(SRT)山本学*はじめに眼底疾患に対するレーザー治療は,糖尿病網膜症での治療に代表されるように,もともと神経網膜の酸素需要量を減少させることが目的で,網膜の最外層に位置する網膜色素上皮(RPE)内のメラニンにレーザーのエネルギーが吸収されることによる熱凝固が主体であった.色素上皮で発生した熱はその内層の神経網膜,および外層の脈絡膜にも到達し,機能的・機械的な障害が起きる.糖尿病網膜症ではこれを利用して,網膜新生血管の発生を予防もしくは消退させるのであるが,網膜に対する破壊的な治療であることは周知の事実である.これを応用した加齢黄斑変性に対する従来のレーザー治療では,病態の主体である脈絡膜新生血管は消退するものの,視力は保てず機能的には十分な治療とは言い難かった.黄斑疾患に対するレーザー治療の場合,いかに低侵襲で安全に治療できるかが問題となる.従来の熱凝固の場合,治療する部位が黄斑部の中心に近ければ近いほど,視野に見えない場所ができる暗点という合併症が生じやすくなる.また,黄斑部の中心である中心窩に病変がある場合は,従来のレーザーで行えば,高確率で視力低下が発生し,視力も0.1以下になってしまう.これを避けるために,さまざまな工夫を凝らした治療が開発されてきた.加齢黄斑変性では光線力学的療法が臨床応用され,健常な神経網膜に障害を与えずに脈絡膜新生血管を閉塞させることができるようになった.最近,眼科領域でも活発になりつつあるマイクロパルスレーザーである図1SRTレーザーの装置が,これは神経網膜への熱の影響を可能な限り少なくする目的で行われている.マイクロ秒という短い時間で複数回照射するパルス波により,熱の拡散をRPE周囲のみに留めることができる.これにより,神経網膜を保護でき,視機能の低下をもたらすことも最小限となる1.3).SelectiveRetinaTherapy(SRT,選択的網膜色素上皮レーザー治療)は,マイクロパルスレーザーの一種であるが,従来のレーザーと根本的に違うのは,レーザー*ManabuYamamoto:大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学〔別刷請求先〕山本学:〒545-0051大阪市阿倍野区旭町1-5-7大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(43)43 の効果が熱凝固ではなく,熱機械的破砕(thermomechanicaldisruption)とよばれる特殊な機序によるところである.従来のマイクロパルスレーザーは限りなく低侵襲にできるメリットはあるものの基本的には熱凝固であるため,神経網膜への影響をゼロにはできない.SRTでは,特殊な条件を整えることにより,RPEのみを標的とし,その内層の神経網膜や外層の脈絡膜へ影響を及ぼすことなく治療できるようになった.このことから,SRT治療におけるコンセプトは,病的なRPEを破砕し,その周囲の健常なRPEの再生を促進することとされる.ISRTの特徴SRTの照射条件を表1に示す.マイクロパルスレーザーである点では他のマイクロパルスレーザーと変わりないが,この照射条件で行うと,熱エネルギーは限りなくRPE内のメラノソーム周囲のみに限局し,その部位での温度が上昇する.それによりメラノソーム周囲に微表1SRTの照射条件波長527nm(Nd:YLFレーザー)1パルスの照射時間1.7μs(1パルス分)1照射のパルス数30発1回のパルス照射エネルギー60μJ.パルス周波数100Hz1照射の時間300msスポットサイズ200μm小気泡が発生し,物理的にRPEが内部より破壊される.これを熱機械的破砕とし,熱凝固では不可能であったRPEのみをターゲットにすることを可能にした.従来の熱凝固とSRTの違いを模式図にしたものを図2に示す.熱凝固の場合では,閾値を超えた照射部位のみならず,その周囲のRPEや神経網膜,脈絡膜にまで熱の影響は及ぶが,SRTの場合は,照射した部位のRPEのみに影響し,その周囲のRPEや神経網膜・脈絡膜にはまったく影響しない4).熱機械的破砕を行う条件としては,50マイクロ秒以下のマイクロパルスレーザーで行うことが望ましいとされているが,ナノ秒までになると効果が不安定になるため,現在の照射条件となった経緯がある.ここでRPEの機能を述べる.RPEは網膜最外層で単層に並び,細胞間はtightjunctionとよばれる強固な細胞接着構造を持つ.RPEは生体内ではtightjunctionによる血液網膜関門の主体となるバリア機能として活躍する他,脱落した視細胞外節を貪食し,視細胞外節の再生を促進するという神経網膜の恒常性を維持するのに非常に重要な役割を持っている.SRTの作用機序を図3に示す.もともとRPEは増殖能が強いが,増殖するスペースがないと増殖しない.病的なRPEが存在すると,tightjunctionの破綻が発生したり,色素上皮の貪食能が低下したりすることで,神経網膜の恒常性が損なわれ,視機能低下につながる.SRT図2熱凝固とSRTの違い従来の熱凝固では,閾値を超えた照射部位の周囲にも熱の影響があり,神経網膜・脈絡膜側への熱の拡散が起こる.一方,SRTでは照射部位周囲への熱の拡散はなく,効果は網膜色素上皮のみに限局される.44あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(44) abcd図3SRTの作用機序病的な網膜色素上皮(RPE)により,網膜下へ滲出液が貯留する(a),SRTレーザーを照射すると,病的RPEが破砕される(b),破砕されたスペースへ正常なRPEが再増殖する(c),網膜下滲出液の吸収が促進される(d).abcdefgh図4SRT照射実験網膜色素上皮と脈絡膜を豚眼より取り出したorgancultureによるSRTの照射実験.a:単層に並んだ網膜色素上皮.b~g:SRTの照射エネルギーを徐々に大きくしていくと,微小気泡が大きくなる.h:SRT照射後.照射部位のRPEは破砕されている.では,この病的なRPEを破砕し,健常なRPEの再増殖に確認しながら治療ができていた.しかしながら,SRTを促す目的で照射を行う.SRTで病的RPEが破砕されでは熱凝固は発生しないため凝固斑は生じず,造影検査た後は,およそ数日から2週間程度で健常なRPEが再などで後から確認することはできても,リアルタイムに増殖し,もとの構造を取り戻すとされている.治療効果を確認することはできないため,不十分な治療SRTがRPEのみを標的にできることが判明したものに終わったり,不必要にエネルギーが大きくなったりすの,実際の治療には問題点もあった.従来の熱凝固による可能性も考えられた.不十分であった場合は追加の治るレーザーでは,神経網膜が白濁する凝固斑を見ること療が必要になる程度で済む(患者への負担が多くなるこができ,これによって臨床的にレーザー照射が適正になとは不利益ではある)が,照射エネルギーが大きくなっされていると判断していた.マイクロパルスレーザーでた場合は,周囲への熱エネルギーの拡散は生じるわけでも同様で,淡く網膜の深層が白濁するかしないかというはなく,微小気泡の発生が多く,大きくなる(図4).照ことを基準とすることが多く,熱凝固の影響を検眼鏡的射エネルギーが大きくなることで,生体内では密着して(45)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201445 表2SRTのモニターEnergyBurstSpotsizeSpotOA-Value/μJnumber/μm186743302002824203020031043,0243020041052,10530200左から順にレーザー照射番号,照射エネルギー,OA値,パルス回数(30回で固定),スポットサイズ.SRTを照射するたびにリアルタイムで表示される.50Zeit[μs]Zeit[μs]500102030Zeit[μs]図5OA値の測定4050エネルギーが弱くRPEが破砕される前は,30回のパルスの波形は一定であるが,エネルギーを強くしRPEが破砕されるほどになると,波形が乱れ始める.OA値はこの乱れを計算して測定している.いる神経網膜や脈絡膜側への物理的障害が懸念される.そこで,SRTの治療効果が一定になるように,光音響値(optoacousticvalue:OA値)が測定できるように追加で開発された(表2).RPE内で微小気泡が形成されると,RPEが膨張し,それによる振動が生じる.そ46あたらしい眼科Vol.31,No.1,201401020304050μJ2000-200-400Druck[μbar]010203040125μJ6004002000-200-400-600-500Druck[μbar]125μJ10005000-500-1000Druck[μbar]の振動をトランスジューサーで読み取り,波形として測定する.SRT照射1回におけるパルス照射回数は30回であり,微小気泡がRPEを破砕するのに十分なエネルギーでない場合は,30回のパルスの間,ほぼ常に一定の波形が得られる.エネルギーを強くしていき,RPEが破砕され始めると,30回のパルス波は均一でなくなり乱れが生じてくる.この乱れを数値に変換することで,レーザー照射の効果が十分であったかどうかが推測できる(図5).このOA値のおかげで,リアルタイムに照射エネルギーが十分かどうか判定でき,SRTの治療効果はかなり安定したものになっていると思われる.II中心性漿液性脈絡網膜症に対する治療中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)は,働き盛りとされる30.50代の男性に多いとされている.その症状としては,ものが歪んで見える変視症,ものが小さく見える小視症,中心が暗く見える中心暗点で,視力低下は軽度であるとされる.片眼性が多いが,両眼発症も少なからず存在する.原因は心身のストレスと言われ,重症の腎疾患患者や,副腎皮質ステロイド薬投与患者でも誘発されることがある.自然治癒の傾向が強く,通常数週間から半年で自然治癒するとされているが,最近では遷延や再発する症例も少なくない.比較的早期に自然治癒した場合は,後遺症を残すことなく終わることも多いが,遷延・再発を繰り返す場合は,視力低下や変視症などが改善できないこともある.その所見としては,黄斑部に限局した境界鮮明な漿液性網膜.離を認め,小型の漿液性網膜色素上皮.離を伴うこともある.フルオレセイン蛍光眼底造影検査を行うと,漿液性網膜.離内に通常1個,時には数個の蛍光漏出点がみられる.漏出は比較的激しく,噴水状や円形に拡大する(図6).病態生理は,原因は不明とされるが,インドシアニングリーン蛍光眼底造影で異常脈絡膜組織染がみられることから5),脈絡膜血管の異常透過性亢進にあるとされる.脈絡膜の透過性が亢進し,脈絡膜内に組織液が貯留することで,RPEが二次的に障害され,バリア機能が破綻すると,脈絡膜の組織液が神経網膜下へ漏出し,RPE(46) の網膜から脈絡膜へのポンプ機能低下も加わり,ますます網膜下に滲出液が貯留すると考えられている.CSCに対する治療としては,CSC自体に自然治癒傾向が強いことから,網膜.離吸収促進のために末梢循環改善薬や蛋白分解酵素製剤を補助的に使った経過観察をすることも多い.罹病期間の短縮,黄斑萎縮の予防,再発の予防目的で漏出点にレーザー凝固を行うが,黄斑部中心の中心窩に近いと通常のレーザー治療はできない.このような症例においては,最近では,加齢黄斑変性に使用する光線力学的療法が,中心性漿液性網脈絡膜症にも有効であるとの報告がある6).保険適用外使用であるが,効果は高いものと思われる.漏出点が中心窩付近にあっても治療することが可能であり,脈絡膜異常透過性亢進の部位に照射することで,透過性亢進が抑制さabc図6CSCの症例a:眼底写真.矢頭に漿液性網膜.離を認める.b:フルオレセイン蛍光眼底造影.旺盛な蛍光漏出がみられる(矢印).c:光干渉断層計による網膜の断層写真.中心窩下に漿液性網膜.離がみられる(矢印).ab図7SRT後のフルオレセイン蛍光眼底造影と光干渉断層計治療前にみられた蛍光漏出は,SRT3カ月後に消失している(矢印).また治療前にみられた漿液性網膜.離も消失している(下段).(47)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201447 れ,漿液性網膜.離が消失すると考えられている.光線力学的療法の問題点としては,現在保険適用外であるため高額な治療費を自己負担で行わなければならない点,脈絡膜循環への影響は大きく,長期的な視力予後は不明である点,また,光線力学的療法の治療時に使用するベルテポルフィンは光感受性物質であり,治療後5日程度は強い直射日光を避けるなどの光予防が働き盛りの患者に必要である点である.脈絡膜への影響を最小限に治療効果を高める方法としては,照射量半減などの方法が試みられ,良い結果が得られている7).SRTの過去の報告では,急性期のCSCに対しSRTを行い,無治療で経過を見たものよりも圧倒的に漿液性網膜.離の消失率が良かったとされている8).SRTも光線力学的療法と同じく,漏出点が中心窩付近にあっても理論的には治療することが可能である.当科でも2011年6月にSRTを導入した後,CSCに対し,倫理委員会承認のもと,SRTの臨床試験を開始した.3カ月以上遷延し,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)で蛍光漏出を伴うものを対象とした.治療は漏出点をすべてカバーできるようにレーザー照射範囲決定し,OA値を参考に十分な効果が得られるように照射を行った.照射直後にFAを再検し,照射部位に間違いないことを確認した.その結果,3カ月後には約半数,6カ月後で8割程度の漿液性網膜.離の消失,FAでの蛍光漏出の消失が得られ,また3カ月後以降で術前と比較し視力改善もみられた.以上のことから,遷延したCSCの症例に対するSRTは,治療6カ月後までの短期経過では,視力維持,滲出性変化の改善に有効であったと思われた(ARVOannualmeeting,2013).III今後の展望CSCに関しては,引き続き継続した試験を行い,長期的にもSRTの有効性・安全性を検証していく必要があると思われる.また,今回は遷延したCSCのみを対象としたが,SRT自体のきわめて高い安全性を考慮すれば,発症後に可及的早期の段階でSRTを行うことは,社会復帰までの期間が短縮できる可能性などを考慮する48あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014と,自然治癒を待つよりも有効であると思われる.今後は急性期CSCに対するSRTの治療効果も検討していきたい.また,マイクロパルスレーザーの領域では,糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症に対する治療として有効であったという報告がある9).また過去のSRTの報告では,遷延性網膜.離に対する治療も有効とされている10).これを受けて,当科でも2012年9月に糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑部網膜浮腫,遷延性網膜.離,網膜.離手術後の残存網膜.離に対し,倫理委員会承認を受け,治療を開始している.最近では,糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症では,抗血管内皮増殖因子(VEGF)阻害剤の硝子体内注射により,網膜内の浮腫の軽減,視力改善に有効であったという報告が多い.しかしながら,抗VEGF阻害剤の単独治療では薬剤の効果の消失とともに再発も多く,治療回数が増え患者への負担も大きくなっている.これにSRTを併用することで,さらなる網膜内浮腫の軽減,視力改善が期待でき,ひいては再発を抑え,治療回数を減少させることも可能ではないかと考えている.SRTは眼科領域における他の眼底レーザー治療と比較し,低侵襲であるため,良好な視力であっても臆することなく治療を行うことができる.特に視力に関わる黄斑部近辺に病変が及ぶ場合には,神経網膜への影響を考え,なかなか治療に踏み切ることができなかった.視機能をできるだけ良く保つためには,疾患の早期発見,早期治療が基本であるが,SRTが治療適応となる場合には,早期治療の第一選択として考えていけるものと期待している.文献1)ChenSN,HwangJF,TsengLFetal:Subthresholddiodemicropulsephotocoagulationforthetreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathywithjuxtafovealleakage.Ophthalmology115:2229-2234,20082)ParodiMB,SpasseS,IaconoPetal:Subthresholdgridlasertreatmentofmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusionwithmicropulseinfrared(810nanometer)diodelaser.Ophthalmology113:2237-2242,20063)稲垣圭司,伊勢田歩美,大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫に対する直接凝固併用マイクロパルス・ダイオードレーザー閾(48) 値下凝固の治療成績の検討.日眼会誌116:568-574,20124)SchueleG,RumohrM,HuettmannGetal:RPEdamagethresholdsandmechanismsforlaserexposureinthemicrosecond-to-millisecondtimeregimen.InvestOphthalmolVisSci46:714-719,20055)HayashiK,HasegawaY,TokoroT:Indocyaninegreenangiographyofcentralserouschorioretinopathy.IntOphthalmol9:37-41,19866)YannuzziLA,SlakterJS,GrossNEetal:Indocyaninegreenangiography-guidedphotodynamictherapyfortreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathy:apilotstudy.Retina23:288-298,20037)LaiTY,ChanWM,LiHetal:Safetyenhancedphotodynamictherapywithhalfdoseverteporfinforchroniccentralserouschorioretinopathy:ashorttermpilotstudy.BrJOphthalmol90:869-874,20068)KlattC,SaegerM,OppermannTetal:Selectiveretinatherapyforacutecentralserouschorioretinopathy.BrJOphthalmol95:83-88,20119)RoiderJ,LiewSH,KlattCetal:Selectiveretinatherapy(SRT)forclinicallysignificantdiabeticmacularedema.GraefesArchClinExpOphthalmol248:1263-1272,201010)KoinzerS,ElsnerH,KlattCetal:Selectiveretinatherapy(SRT)ofchronicsubfovealfluidaftersurgeryofrhegmatogenousretinaldetachment:threecasereports.GraefesArchClinExpOphthalmol246:1373-1378,2008(49)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201449

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2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):37.41,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):37.41,2014エンドポイントマネージメント(PASCALR)EndpointManagement(PASCALR)野崎実穂*はじめにびまん性黄斑浮腫に対するレーザー治療は,過去には格子状光凝固が行われてきたが,その後瘢痕の拡大や癒合,萎縮が問題となり,凝固法などが修正されてきた.現在,わが国では局所性黄斑浮腫の原因となる毛細血管瘤に対する直接光凝固は好まれて行われるが,格子状光凝固法はあまり施行されていない.黄斑浮腫に対して,硝子体手術,局所ステロイド治療,抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬硝子体内投与,といった治療法が誕生してきたなか,閾値下レーザー,という従来の概念とは別のレーザー治療も注目されてきている.今までは閾値下レーザーを行うには,マイクロパルスレーザーが必要であったが,パターンスキャンレーザーであるPASCALRで閾値下レーザーが施行できるエンドポイントマネージメントソフトウェアが開発され,有用性が期待されている.Iエンドポイントマネージメント開発の背景糖尿病黄斑浮腫は,働きざかりの世代の失明原因の上位であり,社会的問題でもある.局所性浮腫には,毛細血管瘤への直接光凝固が有効であるが,びまん性浮腫は,その原因が血液網膜関門破綻,硝子体内サイトカイン,硝子体の牽引などさまざまなものが関係しており,有効な治療法はまだ確立されていない.EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で,びまん性浮腫に対してびまん性漏出/無灌流領域を凝固する格子状光凝固が有効とされた1)が,その後経年変化で,凝固斑の拡大融合などで,大きな輪状暗点や中心視力の悪化症例などが報告され2),現在のDRCR.netでは,modifiedETDRSテクニックが提唱されている3).この方法は,ETDRSの推奨した格子状光凝固よりも,凝固出力設定を非常に弱くし,凝固斑の拡大融合を防ぐために,できるだけ凝固間隔をあけて打つ,という方法である3).しかし,実際にはわが国では,格子状光凝固はあまり行われていない,というのが現状で4),最近は,格子状光凝固にかわり,閾値下レーザー光凝固が,網膜に不可逆性の障害を残さない治療として注目されてきている5,6).従来の閾値下レーザー光凝固では,マイクロパルスレーザーを用いて,閾値下の出力設定を計算し,できるだけ密に凝固するのが良いと推奨されているが,閾値下出力の設定・計算や,検眼鏡的に確認できない凝固斑の,凝固間隔を密にする,といった手技の難易度もあり,施設によってその治療成績にばらつきがある5,6).一方,2008年にわが国でも販売開始された,パターンスキャンレーザーであるPASCALR(株式会社トプコン)は,従来よりも短照射時間・高出力設定であること,パターンスキャンテクノロジーにより照射パターンもいろいろ選択できる,という特徴がある7).短照射時間・高出力設定であるために,従来の凝固法に比べて,瘢痕拡大が少ない,網膜内層への障害が少ない,というメリットがあり8,9),網膜色素上皮(RPE)のみをターゲッ*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(37)37 トにした治療が可能になった.このPASCALRの特徴を生かし,コンピュータでエネルギーとパターンを細かく制御し,再現性のある均一な凝固斑を用いてRPEに対して閾値-閾値下凝固を可能にしたソフトウェアが,エンドポイントマネージメントである.IIエンドポイントマネージメントとは網膜光凝固の治療効果について考えるとき,凝固エネルギーは,照射出力×照射時間となり,エネルギーが強すぎれば,出血などの問題が,エネルギーが弱すぎると治療効果がまったく得られないことになる(図1).エンドポイントアルゴリズムは,その間の治療効果のあるウインドウを最大限に計算する式である10).熱拡散が,レーザー光凝固による網膜に対する障害の最も大きなファクターであるという背景から,コンピュータモデルを用い,組織の温度上昇,動物実験により得られたheatshockproteinの発現パターンなどをもとに,アレニウス(Arrhenius)積分で計算された係数が得られ,それをもとにエンドポイントアルゴリズムが作成された.つまり,100%(閾値)の照射エネルギーの50%(閾値下)のエネルギーで照射する場合に,その出力と照射時間は,単純に半分になるわけではなく,エンドポイントアルゴリズムにのっとって計算される.100%閾値の出力設定は,“barelyvisible”(見えるか見えないか)凝固に設定することが重要であり,メーカーでは照射約3秒後に,わずかに凝固斑が観察できる程度の設定を推奨して上限下限いる.エンドポイントマネージメントを用い,さまざまな閾値下設定でウサギに照射して,1時間後の眼底所見を調べた実験結果では,100%閾値設定(見えるか見えないか程度の凝固斑)で照射するとカラー眼底写真で観察可能,75%で照射するとカラー眼底写真では判定不能であるが蛍光眼底造影では観察可能,50%の設定ではかろうじて蛍光眼底造影と光干渉断層計(OCT)で観察可能,30%の設定ではどの観察系でも判定不可能であった10).閾値下凝固の浮腫への奏効機序としては,従来の凝固ではRPEが死んでしまうが,閾値下凝固ではRPEが刺激されることにより,細胞修復プロセスが活性化され,その修復プロセスの一環として浮腫が減少すると考えられている.動物実験の結果でも,エンドポイントマネージメントを用いた50%の閾値下凝固では,凝固1日目ではRPEのごく一部が障害されているが,3日目にはRPEは修復されているのが確認されている10).また実際に照射する際,PASCALRで閾値下凝固を行うと,さまざまなパターンが選択できるので,凝固斑が観察できなくても,ある程度均一に照射することは可能ではあるが,“目印”があればより正確に凝固が可能である.そのためにエンドポイントマネージメントには“ランドマーク”機能がついている.ランドマークとは,パターン隅の凝固斑のみベースライン(閾値)とした100%設定にして凝固する機能で,ランドマークを凝固出血かろうじて見える(閾値)観察不可能蛍光眼底造影で観察可能光干渉断層計で観察可能治療効果なしエンドポイントアルゴリズム照射出力照射時間図1エンドポイントマネージメントのアルゴリズム治療効果のあるウインドウを最大限に計算するのが,エンドポイントマネージメントアルゴリズムである.38あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(38) 図2実際のコントロールパネル(A,B)A(上):Titrationした後に実際の閾値下凝固を行う.右上(破線枠内)がエンドポイントマネージメント設定.通常50%とする.Maculargridパターンで凝固の場合は,”Fixationlight”Onとすると,固視標が点滅するので,固視が得られやすい.ランドマークは,円周の外周2カ所の隅(矢印)に出る.B(下):3×3などのパターンでも閾値下凝固可能.右上(破線枠内)の“Landmark”をOn/Offすることで,ランドマーク(100%)を操作できる.図はランドマークonの状態.四隅にランドマークが出る.後観察できるため,より確実な閾値下凝固が可能な便利な機能である(図2,3).IIIエンドポイントマネージメントの使用法アーケード外の浮腫のないエリアでまずtitrationを行う.照射時間は15ミリ秒,スポットサイズは200(39)50%(閾値下)50%(閾値下)100%(閾値)ランドマークOffランドマークOn図3ランドマークのシェーマ100%(閾値)出力は検眼鏡で観察可能であるが,50%設定では閾値下になるため,観察不能である.ランドマーク機能を使えば,パターンの4隅(パターンによっては2隅)が100%出力のランドマーク凝固となるので,どこの部位を凝固したかが,確認できる.μm,照射して約3秒後にわずかに凝固斑が認められる最小出力を決める.その後,エンドポイントマネージメントを50%に設定し,ランドマークをONとし,固視標が点滅するように“fixationlightOn”とする(図4A).まず,maculargridパターンで,全周照射(spacingは0.25あるいは0.5),その照射でカバーできなかったエリアを2×2などのパターンで追加凝固する(図4B,5).Maculargridパターンで凝固した円周より内側を照射する場合は,中心窩に近いため“Landmark”をOffにしておかないと,100%閾値設定の凝固が入るため,長期的にはRPE萎縮などが生じる可能性もあるため注意が必要である.凝固後,ランドマークは自発蛍光などで観察可能であるが,50%で設定した凝固斑は,検眼鏡でも自発蛍光,蛍光眼底造影検査でも検出不可能である.ランドマークも,浮腫のない領域で設定した閾値であるため,浮腫の強い症例では,実際には観察できない場合もある.しかし,パターンで凝固できるため,ある程度どの領域が凝固されたかの判定は比較的容易である.また,最初の“見えるか見えないか”(閾値)の凝固設定(100%)が非常に重要で,この設定が高出力であると,50%の閾値下凝固を行っても,凝固斑が検眼鏡で観察でき,“閾値下”凝固ではなくなってしまうので,注意が必要である.おわりにレーザーの“名人”ではなくても,誰でも再現性のある“閾値下”凝固が可能となったエンドポイントマネーあたらしい眼科Vol.31,No.1,201439 ①アーケード外でtitrationを行い100%(閾値)出力を決定する②Maculargridで,ランドマークをonにしてエンドポイントマネージメント50%設定で凝固するA①アーケード外でtitrationを行い100%(閾値)出力を決定する②Maculargridで,ランドマークをonにしてエンドポイントマネージメント50%設定で凝固するA③Maculargridで凝固(灰色丸内)できなかった部位に3×3(ランドマークon)や2×2(ランドマークoff)のパターンで追加凝固する.B図4エンドポイントマネージメントでの凝固シェーマA:まず,血管アーケード外の網膜でtitrationを行い,100%(閾値)設定を決める.つぎにmaculargridパターンで,ランドマーク機能つきで凝固する.B:Maculargridパターンで凝固(灰色丸内)できなかった部位について,3×3(ランドマークon)や2×2(ランドマークoff)パターンを用いて凝固を追加する.abcde図5エンドポイントマネージメントを用いた実際の症例74歳の女性,左眼びまん性糖尿病黄斑浮腫に対して,他院で格子状光凝固治療を受けたが,浮腫が残存するために当院受診.a,b,c:治療前.OCTで,網膜内.胞と,漿液性網膜.離を認め,中心網膜厚は531μm(a,b).蛍光眼底造影では,びまん性の蛍光漏出を認める(c).視力(0.5).d,e:治療後.出力200mW,50%でエンドポイントマネージメントレーザー施行.OCTで網膜内.胞,漿液性網膜.離が消失,中心網膜厚は315μm.視力(0.7).40あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(40) ジメントソフトウェアは,今後一般的な治療法として広く使用されると思われる.動物実験結果では,50%以下の設定であれば何度でも施行可能で,中心窩を凝固しても問題は起きない,とも言われている.また,すでに海外でも使用されており,30%でも治療効果がみられるという報告もあり,症例に応じて30.70%で使い分けているようである.一方で,欧米人と日本人ではRPEの色素量の違いなどがあり,欧米のデータをそのまま日本人に当てはめると,長期の経過ではRPEの萎縮などが出現する可能性もある.今後,われわれは,日本人に適したエンドポイントマネージメントの凝固設定を確立していく必要があると考える.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Treatmenttechniquesandclinicalguidelinesforphotocoagulationofdiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyReportNumber2.Ophthalmology94:761-774,19872)SchatzH,MadeiraD,McDonaldHRetal:Progressiveenlargementoflaserscarsfollowinggridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol109:1549-1551,19913)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,FongDS,StrauberSF,AielloLPetal:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20074)野崎実穂,鈴間潔,井上真ほか:日韓糖尿病網膜症治療の現状についての比較調査.日眼会誌117:735-742,20135)FigueiraJ,KhanJ,NunesSetal:Prospectiverandomisedcontrolledtrialcomparingsub-thresholdmicro-pulsediodelaserphotocoagulationandconventionalgreenlaserforclinicallysignificantdiabeticmacularoedema.BrJOphthalmol93:1341-1344,20096)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemainJapanesepatients.AmJOphthalmol149:133-139,20107)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20068)PaulusYM,JainA,GarianoRFetal:Healingofretinalphotocoagulationlesions.InvestOphthalmolVisSci49:5540-5545,20089)植田次郎,野崎実穂,吉田宗徳ほか:網膜光凝固後の組織反応の光干渉断層計による評価PASCALと従来レーザーとの比較.臨眼64:1111-1115,201010)LavinskyD,SramekC,WangJetal:SubvisibleRetinalLaserTherapy:TitrationAlgorithmandTissueResponse.Retina,2013Jul18.[Epubaheadofprint](41)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201441

マイクロパルス閾値下凝固

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):29~35,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):29~35,2014マイクロパルス閾値下凝固SubthresholdMicropulseLaserPhotocoagulation大越貴志子*はじめに網膜疾患のレーザー治療は長い間,破壊をもって効果を得る治療であった.しかし,近年,破壊することなしに治療効果を得るレーザーが開発されている.マイクロパルス閾値下凝固は,短い凝固時間のレーザーを連続発振することにより,選択的に網膜色素上皮に熱のエネルギーが伝わるという性質を応用して開発された凝固斑の出ないレーザー治療である.マイクロパルス閾値下凝固の登場により黄斑浮腫のレーザー治療の奏効機序に関するこれまでの概念が見直され,今日,非侵襲的に網膜疾患を治療する方向に発展しつつある.本稿では,マイクロパルス閾値下凝固の開発の歴史,治療の奏効機序,治療適応と手術手技,効果とその限界,問題点と今後の展望について述べる.I開発の歴史1990年にPankratovが初めて従来の連続波に代わって短い時間のパルス照射,すなわち“micropulses”を報告した.その後1992年にChongら1)が800nmMicroPulseダイオードレーザーにより網膜色素上皮(RPE)に限局した凝固が可能であることを動物実験で示し,この新しい方法がRPEに病態の首座がある疾患の治療にふさわしいレーザー治療法となる可能性を示唆した.臨床応用としては1997年にFribergら2)が初めて黄斑浮腫に対する810nmマイクロパルスダイオードレーザーの治療成績を報告している.その後,糖尿病黄斑浮腫3~8),網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫9),そして中心性漿液性脈絡網膜症10)などに本治療が有効であるとの報告がなされた.わが国では2010年に筆者ら7)が初めて日本人に対する本治療が有効であることを報告した.マイクロパルス閾値下凝固は,IRIDEX社が中心となり機械の開発に当たった.初めてマイクロパルスを搭載した機械は,1991年に発売されたOcuLightSLxであり,わが国では1993年に承認され販売されている.OcuLightSLxはマイクロパルス専用機ではなく,810nmダイオードレーザーを発振する特殊なレーザー機器であった.当時810nmダイオードレーザーが脈絡膜病変の治療に適していることから,加齢黄斑変性に対する経瞳孔的温熱療法(TTT)やG-プローブを用いた毛様体破壊術などの目的で利用されていたが,マイクロパルス閾値下凝固として用いるためには,専用のスリットランプアダプターが必要であっため,使用される施設は限られていた.2000年代に入ると,マイクロパルス閾値下凝固のランダム化コントロールスタディなど,エビデンスレベルの高い臨床論文が次々に報告5,6)され,また,黄斑微小視野検査11)やスペクトラルドメイン光干渉断層計(SDOCT)による評価12)も加わり,安全性に対する評価も確立されてきた.そして,2011年11月,IRIDEX社がマイクロパルスを搭載した機械としては国内では2号機であるIQ577という新しいレーザー機器を発売し,マイクロパルス閾値下凝固が通常の網膜レーザー治療と同*KishikoOhkoshi:聖路加国際病院眼科〔別刷請求先〕大越貴志子:〒104-8560東京都中央区明石町9-1聖路加国際病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(29)29 TEMPERATURERISEIRRADIANCERETINARPECHOROID10-1sec10-2sec10-110-3sec10-210-4sec10-310-5sec10010-410-6sec10-5040μm20μm20μm40μm10010-110-6sec10-5sec10-4sec10-3sec10-2sec1sec10-1sec10-210-310-41000μm1000μm100μm200μmDIAMETERSPOTSIZE100μm10μm10μmTEMPERATURERISEIRRADIANCELATERALDISTANCEFROMCENTEROFLASERSPOT図1レーザーの凝固時間と組織の温度上昇〔文献18)より〕凝固時間が短いほど,網膜色素上皮に限局して温度上昇が起こり,周囲の網膜へは垂直方向,水平方向ともに温度が伝達しない.じ機械で施行できるようになった.IQ577は577nm照射時間(pureyellow)の連続波またはマイクロパルスを発信できるレーザー機器である.577nmが通常の網膜光凝固出力に適した波長であることから,810nmの欠点を補い,黄斑凝固に限らず,汎網膜光凝固など幅広いレーザー治療が同じ機械でできるようになった.また,海外ではQuantel社が同様に577nmマイクロパルスを搭載したレーザーを発売しており,今後マイクロパルス閾値下凝固がより身近に使用可能な時代になるものと期待されている.II特徴と奏効機序これまでのレーザーは熱で網膜を破壊することにより,網膜外層の酸素の消費が減少し,酸素不足が解消され,黄斑浮腫が減少するものと推定されていた.この奏効機序からすれば,網膜の破壊は浮腫を引かせるために必要かつ不可欠な条件である.しかし,マイクロパルス閾値下凝固後の網膜は細胞死をもたらすほどの障害を加えていないにもかかわらず,浮腫が引くことから,細胞死をもたらさない程度の網膜色素上皮細胞の温度上昇がさまざまなサイトカインの動態に影響することが浮腫減少のメカニズムと推定されている.レーザーの性質からすれば,凝固時間が短いほど,色素上皮に選択的温度上昇が生じる(図1).しかし十分な熱の上昇を得るためには,短い凝固時間を連続発振する必要がある.マイクロパルス閾値下凝固は,短い時間のレーザーを連続し発信することで,1回の照射とするレ30あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014時間Pulseenvelope・・・・・出力オンオフ図2連続波による凝固(上)とマイクロパルス閾値下凝固(下)上:連続波(CW:continuouswave)は照射時間中連続して発振している.下:マイクロパルスは100μsec単位でレーザーをパルス状に発振.Pulseenvelopeのなかに,多数のontimeとofftimeが繰り返される.Dutycycleとは,pulseenvelopeのなかのontimeの比率である.Ontimeが300μsec,offtimeは1,700μsecであれば15%dutycycleとなる.ーザーであり,これをpulseenvelopeとよぶ(図2).Pulseenvelopeのdutycycleすなわち,レーザー発振のオン,オフの配分はコントロールすることができ,IRIDEX社のレーザーもQuantel社のレーザーも自由に設定できるが,IRIDEX社のレーザーでは5%,10%,15%の3種類のdutycycleをプリセットから選択できる.Dutycycleは組織の温度上昇と関連しており,数(30) 値が大きいほどレーザーを発振している時間が長く,網膜の温度が上昇するものと考えられている.RPEの温度上昇は,49℃以上でヒートショック蛋白が発現し,59℃がRPEの生存限界であることが知られており13),マイクロパルス閾値下凝固でこのレベルの温度上昇が実現可能と推定されている.マイクロパルス閾値下凝固では,網膜の細胞死をもたらすことなしに,ヒートショック蛋白が発現する以上の温度まで上昇させることが可能と考えられており,浮腫減少のメカニズムに何らかの関与をしているのではないかと推定されている.IIIマイクロパルス閾値下凝固の適応黄斑浮腫をきたす疾患,たとえば糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫が適応となる.しかし,レーザーの性質からして,毛細血管瘤に対する直接凝固は,熱による血管の凝固が必要であるため,適応にならない.また,出血が多い静脈閉塞症や,重症なびまん性黄斑浮腫,色素上皮が隠蔽されてレーザー光が到達しないような症例も適応外である.汎網膜光凝固をマイクロパルスで行ったという論文もあるが,基本的に閾値下凝固では凝固斑が出ないことより,適切に照射できるとは考えにくく適応外と思われる.そのほか,凝固斑の拡大がないことから,中心窩付近,または乳頭黄斑線維束から漏出のある中心性漿液性脈絡網膜症も良い適応である.網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫の場合は,抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法を行った後,浮腫の減少を待って施行するのが良い.IV治療手技閾値下凝固とは,凝固斑が出ないレーザーであるので,適切に凝固するためには,閾値を正確に把握する必要がある.このため,浮腫のない部分で,まずテスト照射をする必要がある.テスト照射はcontinuouswave,照射径200μm,0.1秒でアーケード外の浮腫の存在しない部分に行う.90mW程度から出力を次第に上げながら凝固斑が観察される最低の出力を閾値とする.閾値の出力は機種により異なるが,IRIDEX社のダイオードレーザー810nm(OcuLightSLx)では,およそ300~400mW,IQ577では,90mWから120mWで淡いフレックが出る.閾値が決定したら,マイクロパルスモードに切り替え,15%dutycycle,0.2秒で出力を閾値の200%に設定し,再度最終的なテスト照射を行ってフレックが出ないことを確認する.閾値の出力を正確にとらないと,マイクロパルスモードで淡いフレックが出ることがあるので,注意が必要である.万が一マイクロパルスモードでフレックが出た場合は再度閾値の出力を調整する.最終出力は810nmOcuLightSLxでは600~900mW,IQ577では200から300mW程度である.光凝固は基本的に従来の格子状凝固と同様に浮腫の存在する部分と蛍光漏出の強い部分に豆まき状に照射するのであるが,低出力広間隔格子状凝固14)を含め,従来の格子状凝固が広間隔にフレックを置くのに反し,マイクロパルス閾値下凝固はフレック同士が連続するように間隔をあけずに照射する(図3).照射した部位にレーザーの凝固斑はまったく観察されないので凝固部位を記憶しながら照射しかつ,終了後に必ず照射部位を記載しておくことが重要である(図4).マイクロパルス閾値下凝固では毛細血管瘤の直接凝固は基本的に行わないが,輪状硬性白斑を伴う黄斑浮腫では,白斑の中心に毛細血管瘤が存在するので,そこだけ,直接凝固をしておくのが良い.810nmダイオードレーザーでは直接凝固が困難なので,できればグリーンまたはイエローの波長の発信できるレーザーに変えて行うほうが良い.IQ577では577nm黄色であるので,オキシヘモグロビンへの吸収が良好で,毛細血管瘤の直接凝固図3低出力広間隔格子状光凝固(左)とマイクロパルス閾値下凝固(右)低出力広間隔格子状光凝固では凝固斑同士の間隔を1.5フレック以上広くとる.マイクロパルス閾値下凝固では凝固斑同士は接するように間隔はあけずに照射する.(31)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201431 acbde図4びまん性糖尿病黄斑浮腫に対しIQ577でマイクロパルス閾値下凝固を施行した1例54歳,糖尿病女性..胞様黄斑浮腫を伴うびまん性糖尿病黄斑浮腫にて視力は0.3に低下している.中心窩を除く黄斑部全体にマイクロパルス閾値下凝固を行った.a:光凝固直後.マイクロパルス閾値下凝固を行った部分に凝固斑は観察されない.凝固条件:577nm,15%dutycycle,200μm,0.2sec,200mW,543発.b:光凝固前の蛍光眼底写真.びまん性蛍光漏出を認める.c:光凝固前の光干渉断層計.中心窩を中心に.胞様浮腫を認める(中心窩網膜厚:668μm).d:光凝固後3カ月の光干渉断層計..胞様浮腫は改善し中心窩網膜厚は著明に減少した(中心窩網膜厚:407μm).e:光凝固後3カ月のカラー眼底写真.凝固斑は観察されない.視力は0.3から0.7に改善した.にはきわめてふさわしい波長であり,直接凝固とマイクロパルス閾値下凝固を同時に行うことが可能である15).中心性漿液性脈絡網膜症では,蛍光眼底撮影で確認できた漏出部位に複数回照射する(図5).閾値下凝固で行う限り,黄斑中心より200μmまで照射できる.また,基本的に神経線維層を破壊しないので,乳頭黄斑線維束の下も凝固できる.網膜中心静脈分枝閉塞症の黄斑浮腫では,陳旧性の黄32あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014斑浮腫の場合はそのまま閉塞領域の黄斑グリッドの形で治療するが,新鮮例の場合は,浮腫が厚く出血などで色素上皮が隠蔽されている.そのため抗VEGF療法にて浮腫を減少させてからリバウンドの防止目的にて行うほうが良い.V効果判定マイクロパルス閾値下凝固は術直後に凝固斑が見えな(32) acbd図5再発性中心性漿液性脈絡網膜症にマイクロパルス閾値下凝固を施行した1例46歳,男性で,2年前から中心性漿液性脈絡網膜症を繰り返している.FAでは傍中心窩からの漏出があり,通常のレーザーでは凝固できないため,漏出点(矢印)にマイクロパルス閾値下凝固を施行した.凝固条件:810nm,15%dutycycle,200μm,0.2sec,1000mW,52発.a:光凝固直後の眼底写真.凝固斑は観察されない.b:光凝固前の蛍光眼底撮影.傍中心窩からの蛍光漏出を認める(矢印).c:光凝固前の光干渉断層計.中心窩に色素上皮.離と漿液性網膜.離を認める.d:光凝固後1カ月の眼底写真.漿液性.離は完全に消失した.いレーザー治療であるため,効果判定はOCTにて浮腫がひいている症例ではそのまま行うが,急性期で出血がの変化を観察する.糖尿病黄斑浮腫の場合,自験例でまだ残存している症例では抗VEGF療法の後に施行し,は,照射後1カ月から有意に浮腫は改善しており7),効効果判定はリバウンドの程度で判断する.中心性漿液性果判定は比較的早期,3カ月頃をめどにするのが良い.脈絡網膜症では1カ月目に漿液性.離の丈が減少してい照射後3カ月経過しても浮腫の改善が得られない場合はるか否かをOCTにて確認する(図5).1カ月しても浮もう一度同一部位に同様の出力で行うか,または低出力腫が減少しない場合は,漏出点が閉鎖していないものと広間隔格子状凝固を追加する.症例によってはまったく推定され,追加凝固が必要である.効果がでない場合もあり,浮腫の進行がコントロールできない重症例では,再治療の際に薬物による治療の併用VI効果とその限界を考慮する.黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下凝これまで報告された糖尿病黄斑浮腫に対する本治療の固は3カ月以降効果が減弱し浮腫が再発するケースがあ成績は,浮腫の減少率が57%から96%であり,視力のるので,その際同様にマイクロパルスで追加凝固を行改善,または維持が85%から97%と報告されている.う.網膜静脈閉塞症の黄斑浮腫の場合は,慢性期で出血筆者ら7)は36例43眼の糖尿病黄斑浮腫(clinicallysig(33)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201433 nificantmacularedema)に本治療を行い,3カ月で浮腫は有意に改善し,94.7%の症例で1年間視力が維持されたことを報告した.その他,多数の論文があるが,modifiedETDRSレーザーと比較した論文を紹介する.2009年にFigueiraら5)はmodifiedETDRSレーザーとマイクロパルスを比較し,効果に差がなかったことを報告している.一方,2011年にRavinskyら6)は,ランダム化比較試験にてmodifiedETDRS凝固と通常の密度で打ったマイクロパルス閾値下凝固,高密度のマイクロパルス閾値下凝固の3群で効果を比較し,通常の密度で打ったマイクロパルス閾値下凝固はmodifiedETDRS凝固に比較し効果は劣っていたが,高密度なマイクロパルス閾値下凝固はmodifiedETDRS凝固に比較し良好な成績であったことを報告した.この報告は,初めてマイクロパルス閾値下凝固の従来の熱凝固に比較しての優位性を証明した論文である.一般にマイクルパルスは低侵襲なので,軽症の浮腫にしか効果がないように思われているが,平均網膜厚504μmという,比較的重症な黄斑浮腫にも効果があるとの報告8)もある.また,マイクロパルス閾値下凝固と直接凝固との併用療法の結果も報告されている.稲垣ら15)は2012年にマイクロパルス閾値下凝固と直接凝固の併用が有効であったことを報告している.VII副作用と問題点―今度の展望これまでのところマイクロパルス閾値下凝固後に暗点の自覚を訴える症例はなく,従来の光凝固に比較して明らかに低侵襲で安全性が高い治療と考えられる.筆者の経験では34眼中1眼のみ凝固部位にかすかな色素上皮の色調の変化を認める症例があった.黄斑部の機能評価として星川ら11)が2011年に短期的には凝固部位の感度の低下はなかったことを報告している.また,2012年にInagakiら12)が,凝固部位をSD-OCTで観察し,変化がなかったことを報告している.このように副作用のきわめて少ない凝固と考えられるが,凝固斑が凝固直後に確認できないので治療の目標点が確認しにくいことや,閾値下凝固の条件が術者によって異なり,確定した閾値下の条件が確立されていないことなど,今後の課題である.34あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014■用語解説■ETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)16):1980年代に米国で3,928人を対象とした大規模な糖尿病網膜症に対する早期治療の有効性を検証する多施設臨床研究が行われた.この研究がETDRSである.ETDRSは多数の論文を報告しており,1985年に報告されたETDRSレポート116)では,糖尿病黄斑浮腫に対してただちに黄斑局所光凝固術を施行することが,視力の低下を防ぐうえで有効であったことを証明した.それ以来,レーザー治療は糖尿病黄斑浮腫治療のゴールドスタンダードとして広く用いられている.低出力広間隔格子状光凝固14)(図3):2001年に筆者が報告した,改良版の格子状凝固.出力を閾値,すなわち凝固斑が見えるか見えないかの程度に設定し,かつ凝固斑の間隔を広めに,1.5フレック以上あけ,0.1秒の条件で行った.この方法でも十分に浮腫は改善させることができるが,基本的に凝固斑が見える凝固であり,マイクロパルス閾値下凝固と異なり,軽微な組織変化を網膜に残すことになる.ETDRSレーザーとmodifiedETDRS17)レーザー:1985年にETDRS(EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudy)15)が糖尿病黄斑浮腫に対する黄斑局所光凝固の有効性を報告したが,その際プロトコールに用いた方法が,通称“ETDRS凝固”とよばれている.ETDRS凝固は侵襲が大きかったため,凝固斑の拡大融合や線維増殖などの合併症が一部の症例でみられた.そこで,2007年に凝固条件を見直し低侵襲に改良した,いわば改良版ETDRS凝固が報告され,これがmodifiedETDRS凝固である.現在さまざまな臨床試験や日常診療にmodifiedETDRS凝固が基本的な手技として用いられている.マイクロパルス閾値下凝固は黄斑部という最も機能を温存しなければならない組織を治療するのに最も適した治療法と考えられる.マイクロパルスを用いた閾値下凝固は視機能を維持しながら浮腫をひかせる黄斑疾患の新たな黄斑疾患の治療戦略として今後の発展が期待できるものと思われる.文献1)ChongLP,KohenL,KelsoeWetal:SelectiveRPEdamagebymicropulsediodelaserphotocoagulation.InvestOphthalmolVisSci33(Suppl):s772.#150,19922)FribergTR,KaratzaEC:Thetreatmentofmaculardiseaseusingamicropulsedandcontinuouswave810-nm(34) diodelaser.Ophthalmology104:2030-2038,19973)LaursenML,MoellerF,SanderBetal:Subthresholdmicropulsediodelasertreatmentindiabeticmacularoedema.BrJOphthalmol88:1173-1179,20044)MoormanCM,HamiltonAMP:ClinicalapplicationsoftheMicroPulsediodelaser.Eye13:145-150,19995)FigueiraJ,KhanJ,NunesSetal:Prospectiverandomizedcontrolledtrialcomparingsubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationandconventionalgreenlaserfordiabeticmacularedema.BrJOphthalmol93:13411344,20096)LavinskyD,CardilloJA,MeloLAetal:RandomizedclinicaltrialevaluatingmETDRSversusnormalorhigh-densitymicropulsephotocoagulationfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci52:4314-4323,20117)OhkoshiK,YamaguchiT:SubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedemaforJapanese.AmJOphthalmol149:133-139,20108)TakatsunaY,YamamotoS,NakamuraYetal:Longtermtherapeuticefficacyofthesubthresholdmicropulsediodelaserphotocoagulationfordiabeticmacularedema.JpnJOphthalmol55:365-369,20119)ParodiMB,SpasseS,IaconoPetal:Subthresholdgridlasertreatmentofmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusionwithmicropulseinfrared(810nanometer)diodelaser.Ophthalmology113:2237-2242,200610)ChenSN,HwangJF,TsengLFetal:Subthresholddiodemicropulsephotocoagulationforthetreatmentofchroniccentralserouschorioretinopathywithjuxtafovealleakage.Ophthalmology115:2229-2234,200811)星川有子,大越貴志子,山口達夫:糖尿病黄斑浮腫に対するマイクロパルス閾値下凝固後の網膜感度の短期的検討.日眼会誌115:13-19,201112)InagakiK,OhkoshiK,OhdeS:Spectraldomainopticalcoherencetomographyimageofretinalchangesafterconventionalmulticolorlaser,subthresholdmicropulsediodelaser,orpatternscanninglasertherapyinJapanesewithmacularedema.Retina32:1592-1600,201213)SramekC,MackanosM,SpitlerRetal:Non-damagingretinalphototherapy:dynamicrangeofheatshockproteinexpression.InvestOphthalmolVisSci52:1780-1787,201114)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫の光凝固療法─低出力広間隔格子状光凝固.眼紀52:104-111,200115)稲垣圭司,伊勢田歩美,大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫に対する直接凝固併用マイクロパルス・ダイオードレーザー閾値下凝固の治療成績の検討.日眼会誌116:568-574,201216)EarlyTreatmentofDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol103:1796-1806,198517)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,200718)MainsterMA:Decreasingretinalphotocoagulationdamage:principleandtechniques.SeminOphthalmol14:200-209,1999(35)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201435

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2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):19~27,2014NavilasRNavilasR佐藤裕之*加賀達志**はじめに糖尿病網膜症や網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫治療はETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)1)やBVOS(BranchVeinOcclusionStudy)2)の結果から,欧米では局所・格子状光凝固治療が標準的な治療である.しかしわが国においての黄斑浮腫に対する光凝固術は,たとえば糖尿病黄斑浮腫の格子状光凝固を例に挙げても,レーザーの出力範囲を「凝固斑が観察される最低の出力」とするもの3)から,100~150mWとするもの4),100~200mWとする文献5)もあり定まったコンセンサスがないことや,過剰凝固による傍中心暗点の出現・凝固斑のatrophiccreep・固視不良例での中心窩誤照射といった危険性がクローズアップされ,経験の少ない医師にとっては敷居が高い治療となってしまった.それに加えて代替治療としてのトリアムシノロンや抗VEGF(血管内皮増殖因子)製剤の硝子体注射によって比較的容易に黄斑浮腫の改善が得られたことから,黄斑浮腫に対しての光凝固があまり普及することはなかった.さらに,最近になりトリアムシノロンは糖尿病黄斑症への,また抗VEGF製剤であるラニビズマブの網膜静脈閉塞による黄斑浮腫への投与が薬事法で承認され,黄斑浮腫に対しての治療は硝子体注射という方向性が加速している.しかし,硝子体注射は数カ月以内に黄斑浮腫が再燃し反復投与を余儀なくされることが多く,患者の通院負担が大きいこと,硝子体手術施行眼では効果が減弱すること,また,トリアムシノロンの場合は,白内障や緑内障の発生や感染症のリスクが増大すること,抗VEGF製剤の場合には黄斑虚血を加速する可能性があること6,7),脳梗塞や虚血性心疾患を有する場合には慎重投与であること,薬価が高額であることなどが問題である.近年,光凝固機器の進歩によって高出力短時間照射が可能となり,前述の合併症の軽減が図られるようになったこと,EDTRSから提唱された糖尿病黄斑浮腫のClinicallysignificantmacularedemaの概念がわが国でも認知されるようになってきたこと8)から,視力低下をきたす前の根治術としての光凝固が今後普及していく可能性はある.今回紹介するNavilasR(OD-OS社)(図1)は,後極図1NavilasR本体*HiroyukiSato:飯田市立病院眼科**TatsushiKaga:社会保険中京病院眼科〔別刷請求先〕佐藤裕之:〒395-0814飯田市八幡町438飯田市立病院眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)19 部の光凝固に特殊な機能を備えた高出力短時間照射が可能な光凝固装置である.その機能は,あらかじめ撮影しておいた眼底写真上に光凝固の設計図(凝固する場所,凝固斑の大きさ・間隔,レーザーの出力)を作成し,それをレーザー照射中の眼底に投影して設計図どおりに光凝固を行うもので,さらにオートトラッキング機能も有しているため,患者の固視の状態に左右されることがないものである.以下に,NavilasRの概要と,飯田市立病院(以下,当院)での治療成績について述べる.なお,NavilasRは平成25年9月現在,薬事法における医療機器の承認を受けていないため,実際の治療は当院倫理委員会の承認を得たうえで,かつ,インフォームド・コンセントを行って同意を得られた患者のみに行っている.INavilasRの実際NavilasRによる光凝固は,1.眼底撮影,2.設計図作成,3.光凝固という順に段階を踏んで行う必要がある.1.眼底撮影まず,光凝固を行う際の設計図のもととなる眼底写真撮影を行う.眼底撮影は,赤外光,カラー眼底(散瞳・無散瞳),Red-Free,フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)という4つのモードからなり(図2),画角は10°,30°,50°と3種類から選択できる.赤外光撮影は,まぶしさを感じずに眼底撮影が可能なため,おもに光凝固を行う際のライブの眼底観察用である.設計図作成用に使うのはカラー眼底かFA写真ということになる.周辺部の撮影も可能ではあるが,筐体の対物レンズを周辺部用のレンズに交換し,撮影眼に接触型コンタクトレンズを装着しての撮影となる.画角110°まで撮影できる(図3).2.設計図作成撮影された眼底写真の上に,光凝固を行う設計図を作成する.光凝固は,スポット(単独),2×2~5×5の正図2眼底写真4つの撮影モードを持っている.(OD-OS社のパンフレット写真より)左上:カラー眼底,右上:フルオレセイン蛍光眼底造影,左下:Red-Free,右下:赤外光.20あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(20) 図3眼底写真左:左眼鼻側網膜,右:同患者の左眼上方網膜.対物レンズを交換し,専用の接触型コンタクトレンズを用いると上記写真のように画角110°までの眼底の画像(直像)が得られる.図4設計図作製画面単発,正方形,円,弧状(矢印枠内)を選択した後,右の眼底写真上をマウスでクリックすると,レーザー照射部位が画面上に表示される.方形,1~5列の円形,弧状の4つから選択する(図4).凝固斑の大きさ,間隔,レーザー出力,凝固時間をそれぞれ別に設定できる.撮影されたカラー眼底に造影写真を重ねて表示したり,造影早期と後期を重ねて表示したりすることで設計図を作成しやすくなっている.また,外部から取り込んだ画像〔インドシアニングリーン蛍光造影(IA)や光干渉断層計(OCT)など〕も重ねて表示することが可能である(図5).(21)3.光凝固NavilasRの光凝固装置は,半波長YAGレーザーで波長532nmのグリーンレーザーである.パターンスキャンレーザーと同じレーザー発信装置であるため,短時間凝固が可能となっている.NavilasR最大の特徴は,オートトラッキングを用いたナビゲーションレーザー機能にある.レーザー起動モードになると,赤外光(カラー眼底でもかまわないが非常に眩しい)で眼底のライブ画像が常時画面上に表示され,その画面に重ねて設計図画面が表示される(図6).あとはフットスイッチを踏み込むだけで眼底をトラッキングしながら光凝固が開始される.開瞼さえできていればコンタクトレンズは不要であるが,固視が悪かったり開瞼が悪い症例であれば,素通しの等倍率コンタクトレンズを用いるとレーザー照射がしやすい.瞬目や大きな眼球の動きによってトラッキングしきれなくなると,レーザー照射が停止する.停止した場合は,また最初と同じ手順でレーザー照射を再開すればよい.一度照射した部位は設計図上でスポットの色が変わって表示されるので,同じ場所を照射することはない.レーザーのずれの程度は,全照射数の96%が100μm以内のずれであったとする報告があり9),精度としては問題ないと考える.照射計画と実際に照射された凝固斑の比較を図7に示す.あたらしい眼科Vol.31,No.1,201421 図5FA画像とOCT画像の重ね合わせ左上:造影早期.右上:造影早期に造影後期の写真を重ねて表示したもの.毛細血管瘤からの漏出なのか,びまん性の漏出なのかがよくわかる.右下:OCT画像などのJPEG画像を取り込んで眼底写真に重ねて表示したもの.黄斑浮腫の強い部分に光凝固の計画を立てることができる.図6光凝固中の画像(トレーニングモードのためレーザーは出ない)眼底写真全体は,今現在,撮影している眼底となる.光凝固計画画面がその眼底写真に重なって表示されているが,オートトラッキングで左下にずれて表示されている.II当院での黄斑浮腫に対する治療成績当院においてNavilasRを用いて格子状・局所光凝固22あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014治療を行った,糖尿病黄斑症4例6眼,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)2例2眼,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)1例1眼,計7例9眼について,治療前と治療後1カ月の視力と,中心窩網膜厚,黄斑部体積をCirrus-OCTR(Carl-Zeiss社)を用いて比較した.視力は少数視力で2段階以上の向上を改善,2段階以上の低下を悪化とし,それ以外を不変とした.また,中心性漿液性網脈絡膜症1例1眼,傍中心窩毛細血管拡張症1例1眼に対してもNavilasRを用いて光凝固治療を行ったので,その結果も以下に述べる.光凝固の条件は,格子状光凝固で凝固サイズ80μm,出力50mW,凝固時間0.05秒,間隔は1凝固斑とし,局所光凝固(中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症含む)は,凝固サイズ100μm,出力100mW,凝固時間0.05秒で行った.1.糖尿病黄斑症4例6眼,内訳は男性3例4眼,女性1例2眼であった.平均年齢70.8±9.8歳.光凝固前平均視力は(0.66),(22) 図7NavilasRによる照射計画左:光凝固計画写真,右:光凝固直後の眼底写真.ほぼ計画どおりに光凝固が行えている.平均中心窩網膜厚は349±61.2μm,平均黄斑部体積は11.7±0.60mm3であった.光凝固1カ月後の平均視力は(0.63),平均中心窩網膜厚は333±75.9μm,平均黄斑部体積は11.5±0.54mm3であった(表1).視力は改善が1眼,不変が4眼,悪化が1眼であった.黄斑部体積の改善は5眼,悪化は1眼であった.糖尿病黄斑症の光凝固前後の代表症例を図8に示す.2.BRVO・CRVO症例の内訳は表2に示す.BRVO,CRVOともに視力は不変であった.黄斑部体積はBRVOで1眼が改善,1眼が悪化となった.CRVO症例の黄斑部体積は改善した.BRVOの光凝固前後の代表症例を図9に,CRVOの光凝固前後の画像を図10に示す.3.中心性漿液性網脈絡膜症,傍中心窩毛細血管拡張症中心性漿液性網脈絡膜症は,光凝固前,光凝固1カ月後とも視力(0.4)と不変であった.網膜下液に変化を認めなかったため再度蛍光眼底造影を施行したところ,光凝固をした漏出点は沈静化し漏出を認めなかったが,新たな漏出点が出現しており,光凝固は奏効したものの再燃によって網膜下液が貯留残存したと思われた.傍中心窩毛細血管拡張症では,視力は光凝固施行前(1.0)と良好であったが,歪視の訴えが強く治療の希望が強かったため今回光凝固を施行した.光凝固施行後の視力は(1.0)と不変であったが,歪視の自覚は消失し,患者本人も満足のいく結果となっている.中心性漿液性網脈絡膜症の光凝固前後の画像を図11に,傍中心窩毛表1糖尿病黄斑症の光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)症例180男(0.7)38411.7(0.9)30711.3症例261男(0.5)33812.9(0.6)26912.6症例361女(0.5)44511.4(0.5)37311.1(1.0)27511.9(0.6)29011.4症例481男(0.6)37811.4(0.5)48511.5(0.8)27411.0(0.8)27610.9CRT(centralretinathickness):中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.(23)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201423 図8糖尿病黄斑浮腫(症例3)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.表2BRVO・CRVOの光凝固治療成績(1カ月)年齢(歳)性別術前術後視力CRT(μm)MV(mm3)視力CRT(μm)MV(mm3)BRVO症例568女(0.9)37511.0(1.0)33410.8症例690女(0.09)30911.5(0.09)30714.0CRVO症例771男(0.7)70214.0(0.8)56712.5CRT(centralretinathickness:中心窩網膜厚.MV(macularvolume):黄斑部体積.細血管拡張症の光凝固前後の画像を図12に示す.おわりに糖尿病黄斑症に対しての光凝固の結果は,視力の低下および黄斑部体積が悪化したのは症例4の片眼のみであった.6眼中5眼での視力は不変~軽度改善,黄斑部体積は減少している.BRVOに対する光凝固では2眼中1眼で黄斑浮腫の悪化を認めている.糖尿病黄斑症およびBRVOで悪化を認めた症例は,新しい機械であったことから安全策として格子状光凝固をかなり弱めの固定出力で行ったため,浮腫に対して十分な光凝固の効果が得られなかった可能性がある.また,今回CRVOの黄斑浮腫1眼に対し光凝固を施行しているが,CVOS(CentralVeinOcculusionStudy)10)から視力の改善効果はないことが示されているため,今後の治療に関しては適応を慎重に考える必要があると思われる.24あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(24) 図9BRVO(症例5)へのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA.黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.図10CRVOへのNavilasRでの光凝固左上:光凝固前FA..胞様黄斑浮腫を認める.右上:浮腫の部分へ光凝固計画.左下:光凝固前OCT.右下:光凝固1カ月後OCT.浮腫の改善を認める.(25)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201425 図11中心性漿液性網脈絡膜症に対するNavilasRでの光凝固左上:中心窩近傍の蛍光漏出部.中上:蛍光漏出部に光凝固を行う(3発).右上:凝固1カ月.光凝固部の漏出はなくなっていたが,他部位からの漏出を認める.左下:術前のOCT.網膜下液を認める.中下:凝固1カ月.網膜下液は残存.図12傍中心窩毛細血管拡張症へのNavilasRでの光凝固左上:蛍光眼底造影.右上:毛細血管拡張部へ光凝固を行った.左下:光凝固前のOCT.右下:光凝固後のOCT.浮腫の改善を認める.26あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(26) NavilasRの一番の特徴はオートトラッキング機能であり,中心性漿液性網脈絡膜症や傍中心窩毛細血管拡張症では確実に病変からずれることなく光凝固が行え,その正確性はかなり信頼できるものであった.NavilasRでの黄斑後極部の光凝固は,従来の機器に比し熟練を要さず,しかも安全に施行できる機器であると考える.NavilasRでの短時間高出力凝固や凝固密度・凝固位置の正確性が,従来の機器に比し優位性があるかどうかは,今回の症例数が少ないため比較することはできないが,今後症例を重ねて検討していく必要があるだろう.NavilasRが薬事法で承認され,わが国でも使用できるようになる日が待たれるところである.文献1)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19852)TheBranchVeinOcclusionStudyGroup:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.AmJOphthalmol98:271-282,19843)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫.眼科手術学8網膜硝子体II.p268-277,文光堂,20124)辻川明孝:黄斑浮腫.眼科プラクティス26眼科レーザー治療.p50-55,文光堂,20095)村田敏規:治療手技の進歩─B.糖尿病網膜症2.糖尿病黄斑浮腫c.治療戦略:病態・病期による治療選択.あたらしい眼科29(臨増):148-154,20126)ChungEJ,RohMI,KwonOWetal:Effectsofmacularischemiaontheoutcomeofintravitrealbevacizumubtherapyfordiabeticmacularedema.Retina28:957-963,20087)中村洋介,武田憲夫,辰巳智章ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するベバシズマブ硝子体内投与後の黄斑虚血.日眼会誌116:108-113,20128)村田敏規:日本眼科学会専門医制度生涯教育講座[総説39]糖尿病網膜症診療の欧米と我が国との比較.日眼会誌113:761-774,20099)KerntM,CheuteuRE,CserhatiSetal:Painandaccuracyoffocallasertreatmentfordiabeticmacularedemausingaretinalnavigatedlaser(NAVILASR).ClinOphthalmol6:289-296,201210)TheCentralVeinOcclusionStudyGroupMreport:Evaluationofgridpatternphotocoagulationformacularedemaincentralveinocclusion.Ophthalmology102:1425-1433,1995(27)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201427

マルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500Vixi®(NIDEK)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):11.17,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):11.17,2014マルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500VixiR(NIDEK)MulticolorScanLaserPhotocoagulatorMC-500VixiR(NIDEK)平野隆雄*村田敏規*はじめに糖尿病網膜症や網膜中心静脈閉塞症などでスタンダードな治療として広く用いられている汎網膜光凝固(panretinalphotocoagulation:PRP)は,酸素需要の多い視細胞や網膜色素上皮細胞を凝固によって変性壊死させることにより,網膜外層において酸素需要を低下させ網膜全体の虚血を是正することを目的としていている.重度視力低下(矯正視力<5/200,つまり0.025と定義)のリスクを50%減少させることを明らかにしたDRS(DiabeticRetinopathyStudy)1)や早期増殖糖尿病網膜症または重症非増殖糖尿病網膜症の患者に対するPRPがハイリスクな増殖糖尿病網膜症に進行するリスクを50%減少させることを明らかにしたETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)2)といった無作為化対照比較試験によってその効果については正当性が示されている.しかし,PRPの問題点として凝固時の患者の疼痛や手術時間の長さなどが残されていた.そんななか,ショートパルス*1・高出力のパターン照射を特徴としたパターンスキャンレーザーのパイオニアであるPASCALR(TOPCON)が2006年に登場した(PASCALRについては本特集で志村先生が解説されているので詳細についてはそちらを参考とされたい).この従来条件とはまった*1:短い照射時間のこと.具体的には従来条件では凝固時間は0.2秒程度に設定されることが多いが,パターンスキャンレーザーによるPRPの際には0.02秒が選択されることが多い.く異なる条件を用いることにより,先ほど述べたPRPの際の患者の疼痛や手術時間の長さといった問題は解決されつつある3,4).しかしながら,発売当初のPASCALRレーザーの波長は532nmのグリーンのみであったため〔現在はPASCALRStreamlineYellow(TOPCON)としてイエロー(577nm)を搭載した機種も販売されている〕,中間透光体の混濁で減衰しやすく,白内障や硝子体出血を伴う患者はパターンスキャンレーザーでは有効な凝固斑を得にくいことがあり,手術時の疼痛軽減・手術時間の短縮といった恩恵をうけることができなかった.そのため,より長い波長を選択可能なパターンスキャンレーザーの開発が待たれていたところ,2011年,3色の波長選択が可能なマルチカラー光凝固装置に世界で初めてパターンスキャン光凝固機能を追加したマルチカラースキャンレーザー光凝固装置MC-500VixiR(NIDEK)が発売された(図1)*2.本稿ではこのMC500VixiRの特徴や,MC-500VixiRに限らずパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際の注意点などについて解説する.Iパターンスキャンレーザーパターンスキャンレーザーは1回の照射であらかじめ設定されたパターンを用いて網膜光凝固を施行すること*2:Vixiとはあまり聞きなれない言葉だがフランス語で「速さ」を表わすVitesseとギリシャ語の「進化」を表わすExelixiを組み合わせた造語.*TakaoHirano&ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒930-8621松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)11 acb図1MC-500VixiRa:MC-500VixiRの本体とZeissSL-130,b:タッチパネル画面,c:MC-500VixiRを用いたPRP.Aスクエア(4種類)トリプルアーク2×2,3×3,4×4,5×5トリプルカーブイコールスペース(4種類)2×2,3×3,4×4,5×5A長方形眼底への照射パターンを示すイメージ図黄斑グリッドトライアングルサークルアーク(3/4円)アーク(1/2円)アーク(1/4円)カーブラインシングル図2MC-500VixiRの豊富なスキャンパターンができる光凝固装置である.現在,MC-500VixiRでは照射条件による凝固も行うことが可能である.パターン図2に示したように22種類の多彩なパターンを選択すスキャンレーザーでは前述したようにショートパルス・ることができ,PRPのみならずグリッド凝固や裂孔周高出力という従来照射条件とは大きく異なる凝固条件が辺部への凝固,もちろんシングルスポットを用いた従来用いられているがこれには理由がある.パターンスキャ12あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(12) ンレーザーのパイオニアであるPASCALRは動物実験a60において同等の凝固斑を得るために必要な凝固出力と凝固時間を比較したところ,ショートパルス・高出力設定50*ーCOL-1040R(NIDEK)のスキャンハンドピースで用いられた技術を応用し,高速なガルバノミラー動作*30従来照射群パターンを用いることにより,ショートパルス・高出力設定でのスキャンレーザー群凝固を可能としている.*p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)光凝固の際にこのショートパルス・高出力設定を用いb10のほうが結果的に総エネルギーを少なくでき,凝固時の手術時間(分)40熱拡散を抑制するという結果をもとにBlumenkranzら30によって開発された3).しかし,ショートパルス・高出20力で設定どおりにレーザーを照射することは技術的に困難を伴った.MC-500VixiRでは皮膚用炭酸ガスレーザ10ることによって多くの利点がもたらされた.ショートパ98ルスを用い連続で照射することの最大の利点はやはり,7一度の操作で複数のスポットを得られることであり,結果として手術時間が大幅に短縮される.また,脈絡膜への熱の放散が抑えられることにより,照射時の患者疼痛が軽減され,PASCALRについてはこれらの報告が欧米より多くなされている4,5).筆者らの施設ではMC500VixiRを用いてシングルスポットによる従来照射条件とパターンスキャンレーザーの特徴であるショートパルス・高出力条件でPRPを行い,手術時間・手術時の患者疼痛について比較検討を行った.図3のようにパターンスキャンレーザーを用いたPRPでは従来照射条件よりも手術時間が短く,患者の疼痛が小さいというPASCALRと同様の結果となった.上述したように多くの利点が挙げられるパターンスキャンレーザーであるが,注意点として安全閾が狭いこと6)と凝固斑の経時的縮小7)が挙げられる.安全閾とは凝固斑が形成される強さから出血を起こす強さまでの幅を表す.PASCALRによる光凝固では,連続1,301症例中17症例で網膜前出血が認められたという報告がなされている8).筆者らの施設でも詳細な統計処理は行って*3:レーザーのON/OFF制御とミラーの角度制御を連動させ,1つのスポットでレーザーを照射した後,つぎの照射スポットへ瞬時に誘導し,レーザーを再度照射する方法.この方法を用いることにより,レーザーの特性上避けられない出力の瞬間に生じるエネルギーのムラを抑えることが可能となった.(13)*210従来照射群パターンスキャンレーザー群*p<0.01(Mann-Whitney’sUtest)図3従来照射条件とパターンスキャンレーザー条件による汎網膜光凝固の手術時間と疼痛スコアの比較a:手術時間はPRP(4象限)に要した合計の時間.b:疼痛スコアは想像しうる最高の痛みを10点として術直後に患者より聴取.いないもののMC-500VixiRを用いて光凝固を行った際の網膜前出血を経験している(図4).パターンスキャンレーザーによる網膜前出血の原因としては2つ挙げられる.1つの原因としてパターンスキャンレーザーの最大の特徴であるショートパルスが考えられる.照射時間の長短により組織に対するレーザーの影響は異なることが知られている.0.1秒以上の長い凝固時間の場合熱凝固作用が,またそれよりも短い照射時間の場合,衝撃波の効果が現れる.そのためパターンスキャンレーザーを用いて光凝固を行う際に,適切な凝固条件でフォーカスがあたらしい眼科Vol.31,No.1,201413疼痛スコア6543 あった状態で施行されれば問題ないが,この条件から外れたときには従来条件に比し衝撃波の効果がより強いパターンスキャンレーザーでは網膜前出血を合併する確率が潜在的に高くなる.つぎの原因としては多くのスポット数をもつパターンで照射を行う際にすべてのスポットでフォーカスを合わせることのむずかしさが挙げられる.前述の報告でも網膜前出血を起こした症例は周辺部でスポット数の多いパターンを用いて凝固を行った症例で多かったと考察を加えている8).これらの問題は適切な出力・フォーカスで照射を行い,周辺部ではスポット数が多いパターンの使用は避けることにより解決できると考えられる.また,網膜前出血を認めた際には前置レ凝固条件前置レンズMainsterPRP165波長Green(532nm)凝固径200μm凝固時間0.02sec凝固出力300mWスペーシング0.5使用パターン2×2図4MC-500VixiRを用いたショートパルス・高出力設定での凝固の際の網膜前出血写真では確認しづらいが網膜裂孔(黒破線)を取り囲むように上記条件で凝固を行ったところ網膜前出血(赤矢印)を認めた.ンズにより圧迫を加え止血を試みる.提示した症例でも圧迫により速やかに止血可能であり,その後,網膜.離や脈絡膜新生血管などの合併は認めていない.PASCALRによるショートパルス・高出力条件での凝固斑が経時的に縮小することが報告されている7).MC500VixiRにおいても凝固斑の変化を光干渉断層計(OCT)で観察したところ凝固1週間で凝固斑は縮小傾向を認めた(図5).1つのスポット当たりのエネルギーがパターンスキャンレーザーでは従来照射条件と比較して低いためと考えられる.そのため従来照射条件によるPRPでは凝固間隔を1.2凝固斑に設定することが多いが,MC-500VixiRを含めたパターンスキャンレーザーでPRPを行う際には0.5.0.75凝固斑と凝固間隔を狭めに設定することが従来条件と同様の治療効果を得るためには重要と考えられる.IIマルチカラーレーザーMC-500VixiRの凝固波長はグリーン(532nm),イエロー(577nm),レッド(647nm)の3色から選択することが可能となっている.532nmの波長は他機種でもグリーンレーザーとして採用され,網膜光凝固に広く使用されている.577nmの波長はキサントフィルへの吸収が少なく,従来装置の561nmや568nmに比し水晶体の濁りに対する透過率,酸化ヘモグロビンに対する吸収率が優れた波長である.白内障を伴う症例や毛細血管凝固直後凝固後1週間図5MC-500VixiRによる凝固部位の経時的変化上段はMC-500VixiRによる凝固直後の所見.左より眼底写真,黒破線部を拡大した眼底写真,同部位のOCT画像(赤矢印は凝固斑の両端を示す).下段は凝固後1週間の所見.凝固斑の縮小傾向が確認できる.14あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(14) 吸収率(%)450500550600650532nm(MC-500,300)561nm(MC-300)577nm(MC-500)659nm(MC-300)647nm(MC-500,7000)568nm(MC-7000)図6MC-500VixiRで用いられているレーザーの波長と吸収率10050波長(nm)瘤直接凝固の際に有効と考えられる.647nmの波長は従来装置で採用されていた659nmに比し出血への吸収が低く,硝子体出血を伴う症例での光凝固の際に有効であると考えられる.MC-500VixiRで用いられている波長と各々の組織における吸収率の関係について図6に提示するので参考としていただきたい.より長い波長を使用することにより白内障や硝子体出血を伴う症例では出力を必要以上に上げず有効な網膜光凝固が可能となることが知られている9.11).実際に臨床の場でも,白内障を伴う症例でグリーンの波長で有効な凝固斑が得られない場合でも,イエローの波長に変更することにより同じ出力もしくはそれ以下の出力でも有効な凝固斑が得られることを経験する.しかしながら,長い波長になればなるほどより凝固の影響は脈絡膜深部へ到達することも忘れてはならない.硝子体出血部位などを長波長で凝固しそのままの条件で硝子体出血がない部分を凝固してしまうと脈絡膜出血などの合併を引き起こす可能性があるので,安易に長波長で5×5などの広いパターンで凝固し続けることは控えたほうがよいと思われる.IIIその他の特徴MC-500VixiRには上述した以外にもさまざまな場面で,より良い治療を行うために多くの機能が搭載されて(15)還元ヘモグロビン酸化ヘモグロビンキサントフィル色素上皮水晶体散乱aイコールスペーススクエアbcスペーシングローテーション図7MC-500VixiRに搭載されたさまざまな特徴a:イコールスペースパターン.b:オートフォワード(自動送り機能).c:ローテーション機能.いるのでいくつか特徴的なものを列記する.a.イコールスペースパターン(図7a)MC-500VixiRにはさまざまなスキャンパターンが搭載されているが,なかでも等間隔に凝固斑を配列できるイコールスペースパターンは斬新なパターンである.一般的なスキャンパターンとしてよく使われているスクエアーパターンは縦・横方向の距離は均等だが,斜め方向の距離が長いため,凝固斑が経時的に縮小傾向を示すパターンスキャンレーザーを用いた凝固では時間がたつとどうしても斜め方向の距離が開いた印象となる.イコーあたらしい眼科Vol.31,No.1,201415 ルスペースパターンは隣接するすべてのパターンが均等な距離に配列されるためこの問題が解決される.長期的にこのパターンを用いた凝固が実際の治療効果にどのような影響を与えるか検討が待たれる.b.オートフォワード(自動送り機能)(図7b)シングルスポットで凝固を行う際には考えられなかったことだが,4×4や5×5など広いスキャンパターンを用いて照射を行う際,一度照射を行ってつぎの照射を行おうとするとエイミングを移動させることが非常に手間として感じられる.MC-500VixiRではガルバノミラーの動きで照射パターンをつぎの照射予定位置へ自動で送るオートフォワード機能が搭載されている.この機能を用いることにより術者はフォーカス合わせに集中できる.c.ローテーション機能(図7c)パターンスキャンレーザーで網膜血管を凝固したことによる合併症の報告は現在のところなされていないが,術者としてはなるべくなら網膜大血管の凝固は避けたいところである.しかしながらあらかじめ設定されたスキャンパターンではどうしても網膜血管にかかってしまいもどかしい思いをすることがあったが,MC500VixiRではローテーション機能を用いることによりスキャンパターンを術者の望む方向へ回転させることが可能となっている.d.連続可変スポットサイズMC-500VixiRではパターンスキャンレーザーによる凝固の際にスポットサイズが100.500μm(シングルパターンは50.500μm)まで設定可能となっている.さまざまな倍率のレーザー用コンタクトレンズと組み合わせることにより網膜上の凝固径を術者の希望どおりに設定することが可能である.e.モジュール式マルチカラーレーザーMC-500VixiRはモジュール式レーザーユニット構造でグリーン(532nm),イエロー(577nm),レッド(647nm)の3色から自由に組み合わせを選択することが可能である.予算やその施設の対応している疾患などにより波長選択が可能となっている.f.多彩なデリバリーシングル凝固からパターンスキャン光凝固まで使用可16あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014能なスリットランプデリバリーとしてはSL-130(Zeiss),SL-1800(NIDEK),900BQ(Haag)の選択が可能である.また,シングル凝固のみとなるが,双眼倒像鏡デリバリーを使用すれば未熟児網膜症などの治療,エンドフォトデリバリーを使用すれば硝子体手術にも対応できる.個人的には直感的で見やすい液晶タッチパネルが採用されているため(図1),パターンスポットからシングルスポットへの切り替えが容易であることも特徴的な魅力の一つとして挙げたい.パターンスキャンレーザーの利点について述べていると,「有効な凝固斑が得られないことが多いがどうすればよいか」という質問をよく受ける.ある程度まで凝固出力を上げても有効な凝固斑を得られない場合(具体的には600mW程度)には,パターンスキャンレーザーでの凝固にこだわらずシングルスポットへ切り替え,従来どおりの条件で凝固を行うことを勧めている.目的はパターンスキャンレーザーによる網膜の凝固ではなく,適切な網膜の凝固であることを忘れてはいけない.おわりにMC-500VixiRはショートパルス・高出力という従来とは異なる凝固条件を用いることにより,網膜光凝固時の手術時間短縮・患者の疼痛軽減といった利点を持つパターンスキャンレーザーの特色と,白内障や硝子体出血を伴う症例でも有効な網膜光凝固を施行可能とするマルチカラーレーザーの両方の特色を併せ持ったマルチカラースキャンレーザー光凝固装置として発売以降わが国でも急速に普及している.これらの特色以外にも前述したような非常に細やかな特徴による使い勝手の良さが術者に受け入れられている理由と考えられる.しかしながら,多くの利点を得ると同時に注意点も増えるということを忘れてはならない.MC-500VixiRを使用して網膜光凝固を行う際にはパターンスキャンレーザーを使用する際の安全閾の狭さと凝固斑の経時的縮小,マルチカラーレーザーの長波長を使用する際の網膜深層への影響,この両面に注意しながらその利点を存分に生かしていただきたい.その際に本稿が一助となることを期待し稿を(16) 終えたい.文献1)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Indicationsforphotocoagulationtreatmentofdiabeticretinopathy:DiabeticRetinopathyStudyReportno.14.IntOphthalmolClin27:239-253,19872)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19853)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina26:370-376,20064)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Painresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserphotocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye(Lond)22:96-99,20085)MuqitMM,MarcellinoGR,GrayJCetal:PainresponsesofPascal20msmulti-spotand100mssingle-spotpanretinalphotocoagulation:ManchesterPascalStudy,MAPASSreport2.BrJOphthalmol94:1493-1498,20106)SramekCK,LeungLS,PaulusYMetal:Therapeuticwindowofretinalphotocoagulationwithgreen(532-nm)andyellow(577-nm)lasers.OphthalmicSurgLasersImaging43:341-347,20127)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:Effectofpulsedurationonsizeandcharacterofthelesioninretinalphotocoagulation.ArchOphthalmol126:78-85,20088)Velez-MontoyaR,Guerrero-NaranjoJL,Gonzalez-MijaresCCetal:Patternscanlaserphotocoagulation:safetyandcomplications,experienceafter1301consecutivecases.BrJOphthalmol94:720-724,20109)SmiddyWE,FineSL,QuigleyHAetal:Comparisonofkryptonandargonlaserphotocoagulation.Resultsofstimulatedclinicaltreatmentofprimateretina.ArchOphthalmol102:1086-1092,198410)SmiddyWE,PatzA,QuigleyHAetal:Histopathologyoftheeffectsoftuneabledyelaseronmonkeyretina.Ophthalmology95:956-963,198811)PalankerD,BlumenkranzMS,WeiterJJ:Retinallasertherapy:biophysicalbasisandapplications.In:RyanSJ(ed),Retina.NewYork,MosbyElsevier,2006,p539-553(17)あたらしい眼科Vol.31,No.1,201417

Pattern Scanning Laser(PASCAL®)

2014年1月31日 金曜日

特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):3.10,2014特集●網膜レーザー光凝固治療の進化あたらしい眼科31(1):3.10,2014PatternScanningLaser(PASCALR)PatternScanningLaser(PASCALR)志村雅彦*はじめに眼科領域においてレーザー光凝固を行う目的はさまざまであるが,その原理はレーザー光線の持つ光エネルギーを,空間的に離れた標的組織において熱エネルギーに変換させ,組織を破壊することにある.光エネルギーを熱エネルギーに効率よく変換させるためには,標的組織が光エネルギーを吸収しやすい色素を有していることが条件で,網膜においては網膜色素上皮,赤血球,黄斑がこれにあたる(図1左).光エネルギーは高校物理学で習ったように波長に比例するが,一方で波長の違いは組織侵達度の違いを生む(図1右).したがって,波長の吸収特性を理解することによって,標的組織によってレーザーの波長を選択する必要がある.さて,網膜においてレーザー光凝固を行うのは,おもに糖尿病網膜症を代表とする虚血性網膜硝子体疾患に対してであり,微小循環の障害に伴う組織虚血に対して,網膜のなかで最も酸素需要の多いとされている視細胞を選択的に破壊することで相対的に虚血を改善する目的で光の波長と組織への吸収特性アルゴン励起光(青,緑)では網膜色素上皮に強く吸収され,色素励起光(黄,橙)では赤血球にも吸収される.クリプトン励起光(赤)では網膜色素上皮に特異的に吸収される..JapaneseOphthalmologicalSociety図1レーザー光の特徴光は色素に当たると吸収され,熱を発生する.*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0944東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)3 行われる.しかしながら視細胞は色素をもたないためレーザー光の吸収標的とはならないので,視細胞に隣接する網膜色素上皮を標的として,視細胞を巻き込むように熱破壊していく(図2).つまり,網膜レーザー光凝固によって直接障害を及ぼすのは網膜色素上皮細胞であり,間接的に標的組織である視細胞を破壊する目的で行っているのである.さて,酸素需要を減らす目的で光凝固を施行するのであるから,酸素需要の高い網膜外層に位置する視細胞だけを破壊すればよく,網膜内層まで破壊が起こるのは好ましくない.また,光凝固斑は均等に配置させることで炎症を最小限に抑制できるため,できるだけ均一に照射することが望まれる.実際,過剰出力や不均一なパターンで施行された網膜光凝固後に経年変化として凝固斑拡.JapaneseOphthalmologicalSociety図2レーザー光による網膜破壊過程励起光は色素上皮に吸収され(①)熱を発生(②),周囲に熱が広がり巻き込む形で光受容体を破壊する(③).大が起こり,視野感度の低下が起こることはよく知られているし1),汎網膜光凝固のような広範囲への照射は術後に黄斑浮腫をきたすことが知られている2).大事なことであるが,網膜レーザー光凝固とは保存的な治療ではなく,視機能の一部を犠牲にする破壊的な治療であることを忘れてはならない.したがって必要最小限の破壊にとどめるべきであり,“いかにして視細胞つまり網膜外層だけを限局的に破壊し,照射パターンをできるだけ均一にすることで経年性の凝固斑拡大を防げるか”が網膜レーザー光凝固治療にあたってのポイントであることを忘れてはならないI従来の光凝固装置網膜光凝固治療に使用されるレーザー装置では,さまざまな活性媒質を励起することによってレーザー光を発生させるが,励起から発生までのタイムラグの関係から立ち上がり時間を必要とするので,隣接した視細胞を破壊するだけの熱エネルギーを網膜色素上皮細胞に到達させるためには,100.200msの照射時間が必要であった.また,照射後の減衰による残存熱エネルギーによって,思いのほか過剰な凝固斑が出現してしまうことも稀ではなかったのである.したがって,網膜面状に淡い灰白色のスポットが出現する程度の出力で,1スポット間隔を開けて照射するという,曖昧な照射基準と“経験”が物をいう世界であった.実際に従来の光凝固装置での凝固斑では,熱エネルギーによる破壊が網膜外層にとどまらず,網膜全層に瘢痕が及ぶことが知られている(図[通常装置による凝固斑][PASCALRによる凝固斑]照射時間が長い(150~200ms)ため短時間照射(10~20ms)のため網膜障害は広範囲網膜障害は限局的図3通常装置による凝固斑(左),およびPASCALRによる凝固斑(右)4あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(4) 3左).IIパターンスキャンレーザー(PASCALR:PAtternSCAnLasersystem)近年,網膜外層だけを限局的に破壊し,照射パターンを均一にすることで,合併症の少ない効果的な網膜光凝固を目的とする装置が開発された.PASCALRとよばれる自動パターンによる短時間照射レーザー装置である.本体の大きさや操作性は従来の光凝固装置とほぼ変わらない(図4左).PASCALRによる短時間照射を可能にしたのはレーザー光のon-offという従来の考えから,onにしたまま反射ミラーを調整することで,少しずつ規則的にずらしていくという考え方に変えたことによる(図4右).加えて,照射をパターン化するために2枚のガルバノ(Galvano)ミラーを高速で上下・左右にステップ状に変化させている(図5).レーザー光励起の立ち上がり時間が不要なため照射時間を10.30msと非常に短くでき,短時間高出力によって,より局所での熱破壊が可能になった.これにより,従来のレーザーでは網膜全層に及んでいた熱破壊が,視細胞層に限局されることになり,より合併症の少ない光凝固が可能となった(図3右).またコンピュータ制御による照射標的の移動によって均一な照射が可能になり,従来のマニュアル操作ではむずかしかった均一なパターンの凝固斑作製が容易に可能になった(図6左).同時に網膜光凝固の所要時間が劇的に短縮され,医師,患者の双方にとって負担の少ないものとなった.PASCALRでは連続照射を行うためにYAGレーザーを用いて1,064nmの励起光を発生させ,半波長の532nmにして使用している.したがって,いわゆる緑色波長レーザーであるため,比較的組織の深部には到達しにくい.硝子体出血や黄斑浮腫に際してはやや不利であることは否めないが,現在では橙赤色レーザーも開発されており,今後のマルチカラー化によって対応されるものと思われる.1.PASCALR装置の実際パターンスキャンレーザーの注意点は,パターン照射時には照射時間が短いため,照射出力を上げないと凝固斑が出現しない点である.理論的には照射時間が1/10となるため,照射出力は10倍となるが,実際は400mW程度から開始し,600mWを超えることは稀である.したがって光凝固に要する総エネルギーは照射時間と出力の積に比例するため,従来よりも少なくてすむのである3).パターンを選択後TitrateModeにして,試験的に1発照射し,凝固斑を確認してからパターン照射を開始する.パターン照射では一度のアクション(足踏み)で自動的に均一に照射されるので,視細胞への障害図4PASCALRStreamline光凝固装置(左)とレーザーの出力パターン(PASCALRと従来方式)(右)左:本体の大きさや操作性は,従来の光凝固装置と変わりない.右:レーザー光を動かすという発想により,連続的で規則的な短時間照射が可能になった.(5)あたらしい眼科Vol.31,No.1,20145 図5ガルバノミラーを用いたPASCALR方式のレーザー照射原理レーザー光の軌跡をガルバノミラー①によって移動させることにより短時間照射が可能となる.パターン化への微調整はスリットランプ内のガルバノミラー②および③にて行う.照射(左上)→①の移動により照射中断(左下)→②および③にてパターン調整(右上)→①を再度移動させ照射(右下).通常の格子状凝固ランドマーク併用閾値下凝固閾値下格子状凝固目的に応じたさまざまな凝固パターンランドマーク凝固斑によって,視認不可能な閾値下凝固の照射部位プログラムがある.を確認できる.図6PASCALRの照射プログラム6あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(6) に偏りを少なくすることができると考えられているが,実際の臨床におけるパターン照射では周辺側が強く凝固される傾向があるので,注意を要する.なお,パターンの選択にもよるが,格子状光凝固のときなどスポットサイズを100μmとした場合は200mW程度でも凝固斑は出現するので注意が必要である.前述したようにパターンスキャンレーザーでは視細胞の限局的な破壊が可能であり,裏を返すと凝固斑拡大が起こりにくい.したがって,スポット間隔を従来よりも狭める必要がある.経験的には0.5.0.75スポット間隔が推奨される.また,総エネルギー量が低いので,一度に1,500発程度まで照射可能と思われる.さらに現在ではパターン内において出力を自動的に半減させるプログラムが開発され,格子状光凝固に際し,容易に閾値下凝固を行うことができるようになっている.閾値下凝固のプログラムでは図6右のように4点に視認可能な凝固斑をランドマークとして出力設定すると,パターン内のスポットが自動的に閾値下出力に設定される.なお,副次的な利点として施行時疼痛の緩和がある.光凝固施行時に疼痛を感じるのは網膜色素上皮細胞に発生した熱が脈絡膜の血管に伝わるためであるが,PASCALRでは瘢痕が広がりにくいため施行時疼痛が起こりにくいと考えられている4).もっとも,疼痛の閾値は個人差が非常に大きいため,参考程度に考えておいたほうがよい.2.どんなときにPASCALRが有用か?PASCALRがその性能を圧倒的に発揮できるのは,やはり大量照射である汎網膜光凝固時である.最も汎用性が高いと思われる5×5パターンを選択すると一度に25発の照射が可能であるため,汎網膜光凝固時には従来の10分の1程度の時間で完成できる.ただし,注意しないといけないのは瘢痕が広がらないため1スポット間隔ではなく1/2.3/4スポット間隔で打つ必要があり,結果として汎網膜光凝固では総照射数は5,000発程度と従来の2倍程度必要になる.それでも,2回のセッションで(1回2,500発程度まで可能)終了でき,光凝固の完成にかかる時間や期間をきわめて短縮することができる(7)ため,患者の負担軽減のみならず,われわれ術者の負担も軽減される.糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固では,網膜の活動性を早急に沈静化させるためにも速やかな光凝固の完成が重要であるが,黄斑浮腫による視力低下という合併症を考慮しなくてはならない.前述のごとくPASCALRは低侵襲で短時間大量照射が可能であり,従来の光凝固に比して黄斑浮腫の発症を抑制しうるという臨床研究結果もあり5),積極的に適応となると考えられる.また,網膜中心静脈閉塞(CRVO)のような血管閉塞疾患では,無理な汎網膜光凝固によって脈絡膜.離を誘発する危険性があったが,PASCALRでは網膜内層への影響が少ない分安全に施行できる.黄斑浮腫を伴うCRVOに対してベバシズマブを硝子体内投与し,PASCALRによる汎網膜光凝固を併用することで,治療成績が向上するという報告もある6).PASCALRのもう一つの利点である色素上皮細胞への限局的な刺激は,難治性の糖尿病黄斑浮腫に対する格子状光凝固に適していると思われる.ただし,黄斑浮腫への格子状光凝固は照射出力の調整がむずかしいため,あらかじめ抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の硝子体内投与やトリアムシノロンのTenon.下投与を施行して浮腫を抑制させたうえでPASCALRによる格子状光凝固を施行するとよい7).3.PASCALRがあまり勧められないときは?PASCALRの利点でもある網膜外層への限局的な瘢痕は,裏を返せば網膜内層の虚血に対する有効性は期待できない.したがって,広範囲の網膜虚血による新生血管緑内障に対してはPASCALRは勧められない.余談だが新生血管緑内障に対してはベバシズマブを硝子体内投与して3日以内に硝子体手術を施行し,網膜周辺部から毛様体扁平部にかけて広汎に眼内光凝固(もちろん通常凝固法である)を行うことで沈静化を得ることが多い.4.PASCALRと通常光凝固の違い糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固を従来の光凝固法とPASCALRによる光凝固法とで,網膜に与える影響を比較検討した自験例での結果を紹介する(図7).あたらしい眼科Vol.31,No.1,20147 図762歳,男性:未治療両眼性の糖尿病網膜症に対する従来法(右眼)およびPASCALR(左眼)による汎網膜光凝固13012011010090中心窩網膜厚の動態+0.3*+0.2+0.1±0-0.1logMAR視力の動態****0481216202404812162024*群間有意差あり(p<0.05)図8未治療の糖尿病網膜症に対するPASCALR(●)および従来法(○)による汎網膜光凝固(矢印)後の臨床経過未治療であり,両眼ともに汎網膜光凝固(PRP)適応である糖尿病網膜症を有する10名20眼に対し,1眼にはPASCALRによる光凝固法(20ms,400.500mW,f=200μm,1,500spots×3session,y=0.5spot,pattern5×5)で,対側眼には従来の光凝固法(200ms,150.200mW,f=200μm,500spots×4session)でPRPを施行し,施行前に対する中心窩網膜厚およびlogMAR視力の動態変化と,各セッションにおける施行所要時間,疼痛スケール(無痛を0,限界痛を10)を,両眼間で比較検討した.8あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014中心窩網膜厚およびlogMAR視力の動態変化(図8)PASCALR施行眼と通常PRP施行眼に施行前に有意差はなし中心窩網膜厚:PASCALR群368±92.5μm従来群359±89.6μm群間有意差なし(p=0.487)logMAR視力:PASCALR群0.61±0.21従来群0.55±0.18群間有意差なし(p=0.166)中心窩網膜厚は施行前に対する比で,logMAR視力(8) セッションごとの施行時間セッションごとの疼痛スケールPASCALRConventional***1st2nd1st2nd3rd3rd4th4th1st2nd1st2nd3rd3rd01234567(min)*群間有意差あり(p<0.05)図9未治療の糖尿病網膜症に対するPASCALR(●)および従来法(○)による汎網膜光凝固―セッPASCALRConventional*01234567(VASscore)ションごとの施行時間および疼痛スケールは施行前に対する差でプロットした.中心窩網膜厚はPRP施行後12週目においてのみPASCALR群で有意に黄斑部肥厚が抑制されたが,16週以降は有意差を認めなかった.logMAR視力は12週目以降,観察期間24週目までにおいてPASCALR群で有意に視力低下が抑制された.施行所要時間および疼痛の評価(図9)PASCALRにおけるセッションごとの所要時間は1回目:3.8±0.9min,2回目:2.7±0.9min,3回目:2.1±0.6minであり,いずれも従来法による所要時間(1回目:5.2±1.3min,2回目:4.8±1.0min,3回目:4.4±0.9min,4回目:3.6±0.6min)に対し有意に短かった.疼痛スケールに関しては,PASCALRの最終回(3.1±1.7)が従来法の最終回(3.9±2.2)に対してのみ有意に低かったが,各セッションごとの比較では有意差は認められなかった.以上のように自験例においても,PASCALRは従来法に対して,PRPの際にしばしば認められる浮腫の発症や視力の低下を抑制することが確認できたと同時に,光凝固の所要時間を著明に短縮できることが確認できた.しかしながら自験例では疼痛の緩和という点では有意な差を認めることができず,これは須藤らの報告8)と同様な結果となった.おわりにレーザー光の励起を単回ごとに行わず,レーザー光を励起させたまま照射軸をずらしていくという画期的な発想の転換によって産み出されたPASCALR装置は,網膜レーザー光凝固の所要時間を大幅に短縮し,施行医師・患者の双方に診療におけるメリットをもたらしたことは間違いない.また,限局的な熱破壊のため,術後の凝固斑の萎縮拡大を起こしにくいとされる点では,格子状光凝固のような,虚血の改善ではなく血管透過性亢進の抑制を目的に行う際に威力を発揮するものと思われる.しかしながら,虚血を改善するための破壊という点では“穏やかに破壊する”PASCALRが,本来の目的である新生血管の発症抑制という点で“激しく破壊する”従来法と比較して十分といえるのかはいまだ検証されてはいない.すでに市場に出て5年を超える現在こそ,PASCALRでの照射の有効性を検証する時期に来ていると思われる.文献1)OlkRJ:Argongreen(514nm)versuskryptonred(647nm)modifiedgridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema.Ophthalmology97:1101-1113,19902)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Quantifying(9)あたらしい眼科Vol.31,No.1,20149 alterationsofmacularthicknessbeforeandafterpan-retinalphotocoagulationinpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.Ophthalmology110:23862394,20033)JainA,BlumenkranzMS,PaulusYetal:Effectofpulsedurationonsizeandcharacterofthelesioninretinalphotocoagulation.ArchOphthalmol126:78-85,20084)Al-HussainyS,DodsonPM,GibsonJM:Panresponseandfollow-upofpatientsundergoingpanretinallaserphotocoagulationwithreducedexposuretimes.Eye22:96-99,20085)TheManchesterPascalStudy:Single-sessionvsmulti-ple-sessionpatternscanninglaserpanretinalphotocoagulationinproliferativediabeticretinopathy.ArchOphthalmol128:525-533,20106)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Combinationtherapyforretinalveinocclusion.Ophthalmology117:1858-e3,20107)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pretreatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularedema.BrJOphthalmol91:449-454,20078)須藤史子,志村雅彦,石塚哲也ほか:糖尿病網膜症における汎網膜光凝固術─従来法とパターン高出力短照射時間法との比較.臨眼65:693-698,201110あたらしい眼科Vol.31,No.1,2014(10)

序説:網膜レーザー光凝固治療の進化

2014年1月31日 金曜日

●序説あたらしい眼科31(1):1,2014●序説あたらしい眼科31(1):1,2014網膜レーザー光凝固治療の進化EvolvingRetinalLaserTherapy村田敏規*小椋祐一郎**網膜レーザー光凝固の眼科治療は,従来,増殖前糖尿病網膜症から増殖糖尿病網膜症への進行を止め,患者の失明予防,視力の維持が目標であった.近年,レーザー機器は飛躍的な進歩を遂げており,黄斑浮腫の治療にも用いられ,視力を改善させる手段としてとらえるようになった.現在,黄斑浮腫の治療には抗vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)薬の即効性とその高い治療効果が注目されているが,その効果持続期間が短く,硝子体注射を反復して長期間施行しなければいけない欠点がある.これに対して,網膜の無灌流領域をレーザー凝固することは,VEGFを産生する虚血組織を凝固することで,即効性に欠けるが永続的VEGF産生低下をもたらす.抗VEGF薬とレーザーの併用はそれぞれの,即効性と持続性を併せたVEGF低下作用をもたらし,理想の治療を実現するのではないかと期待されているが,まだ試行錯誤の段階である.この観点から,アーケード内のレーザー凝固,つまり中心窩から500μm以上離れた黄斑の凝固を安全に施行することが可能な機械が,種々の特徴を持って登場してきている.PASCALRとVixiRに代表されるパターンスキャンレーザーは,レーザー効率を高め,治療時間を短縮し,さらに痛みが従来のレーザーよりも軽度であることなどから,現在急速に普及している.EndopointmanagementRはPASCALRの機能がさらに進化したもので,閾値下凝固の要素を備えている.NAVILASRは眼底写真もしくは蛍光眼底造影の画像を使ってコンピュータ制御で,医師の職人技に頼らずに機械がアーケード内のレーザーを安全に施行するという特徴を有している.従来のレーザーが前述のようにおもに虚血の網膜神経細胞を破壊することで奏効していたのに対して,マイクロパルス閾値下凝固とSelectiveRetinaTherapyは網膜細胞の破壊を起こさず,逆にこれを活性化することで黄斑浮腫軽減効果を出そうとする治療である.今後劇的に進化することが予想される網膜レーザー光凝固治療の現状と将来の可能性について,それぞれのエキスパートから報告していただく.*ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室**YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1