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眼内レンズ度数計算式の考え方

2013年5月31日 金曜日

特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):581.586,2013特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):581.586,2013眼内レンズ度数計算式の考え方StructureandPointofIntraocularLensPowerCalculationFormulas飯田嘉彦*はじめに現在の白内障手術は単なる開眼手術ではなく,屈折矯正手術や老視矯正手術としてとらえられている.多焦点眼内レンズ(IOL)やトーリックIOLなどの付加価値をもったIOLが普及しつつあるなか,適切なIOLの種類および度数決定は白内障手術を行ううえで重要なポイントである.術後屈折は手術の成否に直接影響するものであり,屈折誤差は白内障手術の術後合併症といっても過言ではない.近年,IOL度数計算式としてはSRK/T式をはじめとする第三世代の計算式を用いることが主流であると思われるが,それ以前の計算式と比べて煩雑になっており,また計算式自体は眼軸長測定装置などにすでに組み込まれているため,測定値から自動的に算出される予測屈折値とそれに対応したIOL度数を選択していることが多いのではないだろうか.日常の診療では器械が算出してくれるため,“ブラックボックス”化してしまっているIOL度数計算式であるが,より精度の高いIOL度数計算を目指すうえで,計算式の原理や特徴を理解することは避けて通れない.必要とされる生体計測はSRK/T式などでは現在のところ角膜曲率半径と眼軸長のみと実にシンプルであるが,これで個々の症例における眼球構造に対応できているのであろうか.また,角膜曲率半径と眼軸長測定自体にも注意が必要な場合が存在する.角膜屈折矯正手術後など非生理的形状をもつ眼球では測定値をそのまま使用できない場合さえある.本稿では,IOL度数計算式を理解するために広く臨床の場で用いられてきた回帰式であるSRK式,SRKII式,理論式(経験的な要素も含んでいるが)としてSRK/T式の特徴につき解説し,IOL度数計算式の考え方,度数決定の際の注意点について述べる.I回帰式(経験式)と理論式IOL度数計算式は回帰式と理論式に分けられる.回帰式は,手術を受けた非常に多くの患者のデータをレトロスペクティブに解析し経験的に導き出された計算式である.SRK式シリーズでは,SRK式,SRKII式がこれにあたる.一方,理論式は眼軸長,光学的予想前房深度,角膜屈折力,IOL度数,目標屈折値の5つのパラメータから構成され,Fyodorovら1)が1967年に最初に報告したものが現在の計算式でも基本的な骨格をなしている.Holladay式やSRK/T式がこれにあたる.また,理論式の多くは薄肉レンズ光学を用いている.レンズには厚みがあり(中心厚d),レンズの前面と後面には曲率半径(r1,r2)があるが,中心厚dに対してr1,r2が十分に大きい場合にdをゼロとして考えることができるというのが薄肉レンズ光学である(図1).つまり薄肉レンズ光学における眼球のモデルは角膜とIOLという厚みのない2つのレンズ面と,網膜面の3つの要素で構成されることになり,実際の眼球とまったく同じ*YoshihikoIida:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕飯田嘉彦:〒252-0374相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)581 厚肉レンズ薄肉レンズdr1r2図1厚肉レンズと薄肉レンズ薄肉レンズ系では一つの面としてレンズを扱う.IOLACDAL網膜面角膜KP図2薄肉レンズ光学系による眼球薄肉レンズ系の眼球モデルは角膜とIOLの2つの薄肉レンズと網膜面をスクリーンとした3つの要素で構成される.ACD:前房深度,AL:眼軸長.ではなく,測定値をもとに計算式のなかで眼球モデルが構築されていることを理解しておく必要がある(図2).II回帰式1.SRK式2,3)SandersDR,RetzlaffJ,KraffMCの3名のイニシャルから命名された計算式がSRK式であり,経験式として最も広く普及したIOL度数計算式である(表1).眼軸長が22.24.5mmの範囲では精度が高かったが,短眼軸長眼ではIOLの度数不足,長眼軸長眼では度数過多になる傾向があった.今日,この計算式を日常の診療にてメインに使用することはないと思われるが,眼軸長582あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013表1SRK式1.正視化眼内レンズ度数P=A.2.5×AL.0.9×K2.予想屈折度数の計算REF=0.67×(P.I)P:正視化眼内レンズ度数,AL:眼軸長,K:角膜屈折力,A:A定数,REF:予想屈折度,I:実際に使用する眼内レンズ.が1mm変化するとIOL度数は2.5D変化すること,角膜屈折力が1D変化するとIOL度数は0.9D変化するというような特徴は,両眼の白内障手術を行う際に目標屈折度数は同じあたりを想定しているのにもかかわらず,左右で算出されたIOL度数が異なるといったような場合にそのIOL度数が妥当かどうかを判断する際の手がかりとなりうるので,覚えておくとよいと思われる.また,予測屈折度数の計算式からは標準眼軸長眼においては術後の屈折値を1D変えるためにはIOLの度数を1.5D変更する必要があるということが読み取れる.遠視ずれに対してIOL度数交換などが必要になるような場合には,補正したい屈折度数の約1.5倍となる度数をIOL度数に加味すればよいということになる.SRK式ではIOL定数としてA定数を定義している.A定数度数計算をするうえで,そのIOLの光学的性質を表す定数とされる.メーカー推奨値はあくまで目安でしかなく,術後の屈折値から逆算し,IOL定数を患者ごとに計算し,同じ種類のIOLを使用した患者の平均値を求めることを最適化とよんでおり,各施設,術者ごとにA定数を最適化して矯正精度を向上させることができる.これはSRKII,SRK/T式へと引き継がれている定数である.2.SRKII式4)上述のSRK式の問題点を眼軸長別に調整を加えて屈折誤差を補正しようとしたものがSRKII式である.眼軸長を5つに区分し,眼軸長に応じてSRK式で得られるIOL度数に調整を加えることで短眼軸長から長眼軸長まで幅広く対応できるように設計されている(表2).(4) 表2SRKII式(文献4より一部改変)1.眼軸長補正IfAL≦20thenC=3If20≦AL<21thenC=2If21≦AL<22thenC=1If22≦AL<24.5thenC=0If24.5≦ALthenC=.0.52.正視化眼内レンズ度数P=A.2.5×AL.0.9×K+C3.RF(refractionfactor)の計算IfP>14thenRF=1.25IfP≦14thenRF=1.04.眼内レンズ度数の計算P=A.2.5×AL.0.9×K+C.TGT×RF5.予想屈折度数の計算REF=(A.2.5×AL.0.9×K+C.P)/RF6.眼内レンズ定数(A定数)の最適化A=P+REFp×RF+2.5×AL+0.9×K.CP:正視化眼内レンズ度数,AL:眼軸長,K:角膜屈折力,A:A定数,REF:予想屈折度,TGT:目標屈折度,RF:refractionfactor,REFp:術後屈折度.III理論式1.SRK/T式5)HolladayJTは1988年にFyodorovが考案した角膜また,SRK/T式では各パラメータについて手術を受けた非常に多くの患者データをレトロスペクティブに解析して回帰して調整を行っているため,理論式の構造でありながら回帰式の要素を含んでいる計算式となっている.2.SRK/T式における光学的予想前房深度とA定数理論式を構成するパラメータのうち,特にその計算式を特徴づけるものとしてIOLの固定位置となる光学的予想前房深度がある.これは術前には水晶体が存在するため,測定することができないパラメータであり,計算により予測する必要がある.薄肉レンズの計算式では角膜の薄肉レンズ平面からIOLの薄肉レンズ平面までが予想前房深度となり,光学的予想前房深度とよばれる.HolladayはIOLの固定位置をELP(effectivelensposition)とよんでいる7).Fyodorovが発表した当時のIOLは虹彩支持型レンズが主流であり,IOLの位置は虹彩平面にあたるため,ピタゴラスの原理を用いて角膜高を求める方法を考案した(図3)が,後房レンズが主流となった現在では,光学的Cw虹彩面を定義して理論式(Holladay式6))を発表した.1990年RRH高の計算を用いてSF(surgeonfactor)というIOL定数には同じようなコンセプトのSRK/T式が発表され,従来のA定数を用いることができたこともあり,広く用図3角膜高の計算方法いられることとなったが,回帰式のSRK,SRKII式と角膜高Hはピタゴラスの原理を用いては構造的にまったく別の計算式といえる.2..R2CwH=R.と表される...2前述のように,理論式は眼軸長,光学的予想前房深度,角膜屈折力,IOL度数,目標屈折値の5つのパラメータから構成され,薄肉レンズの光学系のもとに構成されている.SRK/T式では,角膜屈折力,眼軸長は実際の測定値を使用し,その他に目標屈折値やIOL度数,光学的予想前房深度を特徴づけるものとしてIOL定数であるA定数が必要となる.計算式をみるとあまりにCw虹彩面RRHIOLoffset煩雑で難解にみえてくるが,この基本を押さえて各パーツに分けて考えることで計算式の構造上の注意すべき点図4光学的予想前房深度後房レンズの場合は図3の角膜高からさらに後方にIOLが固定されるため,虹彩平面からIOLの薄肉レンズ平面までがみえてくる.の距離が必要となる.(5)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013583 予想前房深度は角膜の薄肉レンズ平面(角膜頂点)から虹彩平面までの距離である角膜高と,虹彩平面からIOLの薄肉レンズ平面までの距離から構成される(図4).表3の1,図4に示すように,角膜高Hの部分を計算するために必要なパラメータは角膜径Cw,角膜曲率半径Rであるが,角膜径Cwを算出するのに測定値である眼軸長と角膜屈折力Kが関与している.眼軸長が24.2mm以上の場合は二次曲線を用いて補正した眼軸長LCORと角膜屈折力Kとの重回帰式で角膜径Cwを求めている.この角膜径Cwと角膜曲率半径Rからピタゴラスの原理を用いて角膜高Hは算出される.残る虹彩平面からIOLの薄肉レンズ平面までの距離はSRK/T式ではoffsetとよばれIOL定数であるA定数を使った一次式で定義され,角膜高と合わせて光学的予想前房深度となっている.このoffsetは一次式であり,IOLの種類が同一のものであればIOLの度数にかかわらず同じ値をとることになる.ちなみに,A定数は眼軸長測定の方法によって同一IOLであっても値が異なる.超音波式は眼軸長として角膜表面から網膜内境界膜までを測定しているのに対して,光学式は涙液表面から網膜色素上皮までを測定している.光学式では超音波式で測定される内境界膜までの値になるように機器の中で測定値が換算されているものの,超音波式よりも約150.300μm長く測定されるため,光学式用にA定数を最適化することで誤差を補正する必要がある.IVIOL度数計算式の問題点このように現在広く用いられているSRK/T式は理論式の構造をベースに回帰したデータを加えて,生体眼に近い眼球モデルを構築したものであり,生体眼そのものではないということを理解する必要がある.つまり,計算式上の眼球モデルと生体眼の間にずれが生じた場合に大きな屈折誤差を生じる可能性がある.気をつけなければならない要因としては短眼軸長眼,長眼軸長眼など,眼軸長が正常なものから逸脱しているような症例,円錐角膜や屈折矯正手術後のように角膜の形状が正常とは異なる症例である.表3SRK/T式(文献5より一部改変)1.光学的予想前房深度の計算1)角膜曲率半径RR=337.5/K2)眼軸長補正,補正眼軸長(角膜径算出用)LCORIfAL≦24.2,thenLCOR=LIfAL>24.2,thenLCOR=.3.446+1.716×AL.0.0237×AL23)角膜径CwCw=.5.41+0.58412×LCOR+0.098×K4)角膜高HH=R.R×R.((Cw×Cw)/4)5)OffsetOffset=0.62467×A.72.0836)予想前房深度ACD=H+offset2.網膜厚の補正と光学的眼軸長LOPTRETHICK=0.65696.0.02029×ALLOPT=AL+RETHICK3.眼内レンズ度数1336×(1.336×R.0.333×LOPT.0.001×TGT×(V×(1.336×R.0.333×LOPT)+LOPT×R))P=(LOPT.ACD)×(1.336×R.0.333×ACD.0.001×TGT×(V×(1.336×R.0.333×ACD)+ACD×R))4.予想屈折度数1336×(1.336×R.0.333×LOPT).P×(LOPT.ACD)×(1.336×R.0.333×ACD)REF=1.336×(V×(1.336×R.0.333×LOPT)+LOPT×R).0.001×P×(LOPT.ACD)×(V×(1.336×R.0.333×ACD)+ACD×R)P:眼内レンズ度数,AL:眼軸長,K:角膜屈折力,A:A定数,REF:予想屈折度,TGT:目標屈折度,V:頂点間距離(12mm).584あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(6) 誤差を生む原因としては,眼軸長が正確に測定できているか,角膜屈折力を正確に測定・評価できているかという測定上の問題と,得られた測定値が計算式上の眼球モデルに適応するのかという問題に分けられる.1.測定上の問題点眼軸長測定については,光学式眼軸長測定装置が普及することにより非接触で再現性よく測定ができるようになってきているが,中間透光体の混濁の程度により測定値の信頼度が低下してしまうことがあり,得られたデータを正しく評価する必要がある.角膜屈折力については,IOL計算式では通常,ケラトメータを用いて測定した角膜前面の曲率半径から換算角膜屈折率を用いて推定している.この換算角膜屈折率は角膜の前面と後面の比が一定であるという原則のもとに成り立っている.Laserinsitukeratomileusis(LASIK)などの角膜の前面の曲率を変化させる角膜屈折矯正手術後の角膜では,角膜前後面の比率が変わってしまうために,ケラトメータなどの前面曲率のみしか測定できない機器では正確に評価ができないという問題がある.また,角膜前面・後面ともに測定できる角膜形状解析装置があるが,IOL度数計算式はケラトメータによる角膜屈折力を使用する前提で作られているため,測定値をそのまま使用することは誤差につながる可能性があり,注意が必要である.一方で,同じ角膜屈折矯正手術であってもradialkeratotomy(RK)の場合は,角膜周辺へと切開を加えるために角膜中央部の前面と後面の曲率の比はほとんど変わらないため,前面のみを測定するケラトメータや角膜トポグラファーでも対応可能である.2.計算式におけるパラメータとしての問題つぎに注意しなければならないのは,正常範囲から逸脱したような測定値が計算式上の眼球モデルと適合するかどうかである.角膜屈折矯正手術後の症例を例にあげると,屈折矯正手術後の角膜屈折力はかなりフラット化しているため,当然のことながらレンズとしての角膜屈折力は小さくなる.問題となるのは,このフラットな角膜屈折力というパ(7)Cw虹彩面RRHIOLoffsetaCwb虹彩面RRHIOLoffset図5角膜形状の変化が光学的予想前房深度に与える影響角膜がフラットになった際に,aのように角膜の曲率の変化が前房深度に大きくは影響しないはずであるが,計算式の眼球モデルではbに示すように角膜の全体的な形状が変わり角膜高が小さく算出されてしまう.ラメータが眼球モデルの他の構成要素に影響を与えてしまうということである.先ほどの光学的予想前房深度の構成要素を思い出していただくと,ピタゴラスの原理を用いて角膜高Hを算出する際に角膜曲率半径Rを使用しているのである.角膜曲率半径Rは角膜屈折力から求められるが,当然のことながら角膜屈折力が小さくなると曲率半径は大きくなる.実際,角膜屈折矯正手術を施行して角膜曲率の変化が起きても前房深度は大きくは変化しないにもかかわらず(図5a),計算式における眼球モデルでは光学的予想前房深度は小さい値(前房が浅く)として算出されてしまう(図5b).ここに生体眼と眼球モデルに大きくずれが生じてしまう結果,間違ったIOL度数を算出し,大きな屈折誤差を生むこととなるのである.角膜屈折矯正手術後の症例に限らず,そういった手術の既往がない症例であっても長眼軸長眼でフラットな角膜の場合は,生体眼では深い前房深度であるにもかかわらず,眼球モデルとしてはフラットな角膜であるために算出される光学的予想前房深度は浅くなり,ずれが生じることが予想され,角膜屈折矯正手術後の症例ほどではないにしても遠視方向へ屈折誤差を生じる傾向を示すことが考えられるし,逆に短眼軸長眼でスティープな角膜あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013585 の場合は逆のメカニズムを生じるために,近視方向に術後屈折がシフトする可能性が考えられる.このように正常眼であっても常に生体眼と眼球モデルの間にずれが生じうる場合があるため,1例1例これらの誤差を生じうる原因がないかを考えながらIOL度数を選択する必要がある.おわりに白内障の手術手技や器械の進歩,付加価値をもったIOLの登場により白内障手術の質は向上し,ますます患者側の白内障術後の視覚の質に対する要求度は高くなっている.IOL度数計算式はSRK/T以外にも多くの計算式が存在し,角膜屈折矯正手術後にも対応したものも登場してきている.精度を上げるためには多くのパラメータが必要となり,より計算式を難解なものとしているが,ただ計算式に測定値を当てはめるだけでなく,計算式の基本的な構造を理解し,その計算式の特徴や癖を理解することは,白内障手術における正確な生体計測などと同様に術後矯正精度を向上させるために重要なことであると思われる.文献1)FyodorovSN,KolinaAI,KolinkoAI:Estimationofopticalpoweroftheintraocularlens.VestnOftalmol80:27-31,19672)SandersDR,KraffMC:Improvementofintraocularlenspowercalculationusingempiricaldata.JAmIntra-oculImplantSoc8:263-267,19803)SandersDR,RetzlaffJ,KraffMC:Comparisonofempiricallyderivedandtheoreticalaphakicrefractionformulas.ArchOphthalmol101:965-967,19834)SandersDR,RetzlaffJ,KraffMC:ComparisonoftheSRKIIformulaandothersecondgenerationformulas.JCataractRefractSurg14:136-141,19885)RetzlaffJA,SandersDR,KraffMC:DevelopmentoftheSRK/Tintraocularlensimplantpowercalculationformula.JCataractRefractSurg16:333-340,19906)HolladayJT,PragerTC,ChandlerTYetal:Athree-partsystemforrefiningintraocularlenspowercalculations.JCataractRefractSurg14:17-24,19887)HolladayJT:Standardizingconstantsforultrasonicbiometry,keratometry,andintraocularlenspowercalculations.JCataractRefractSurg23:1356-1370,1997586あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(8)

序説:眼内レンズ度数決定の極意

2013年5月31日 金曜日

●序説あたらしい眼科30(5):579.580,2013●序説あたらしい眼科30(5):579.580,2013眼内レンズ度数決定の極意TheSecretofIntraocularLensPowerCalculation稗田牧*眼内レンズ(IOL)の普及に加え,手術技術の進歩による術中・術後合併症の減少に伴って,白内障手術は治療的手術から屈折矯正手術へとシフトしてきている.また,laserinsitukeratomileusis(LASIK)・有水晶体IOLなどによる屈折矯正手術の普及や,高齢化社会・抗加齢社会の影響が加わり裸眼での生活や質の高い視機能を期待する人が増えてきている.本特集では,白内障手術時のIOL度数決定をメインに,多焦点IOL,piggybackIOL,有水晶体IOLなど現在使用されているIOLの度数決定のコツについて解説していただいた.白内障手術時の予測IOL度数は,眼球光学要素のなかの眼軸長・角膜屈折度と予測前房深度から算出される.この計算式の基本的な考え方について北里大学の飯田嘉彦先生に解説していただいた.度数ずれの原因はおもに,眼軸長・角膜屈折力の測定誤差,予測前房深度を含む計算上の誤差,IOLに起因するもの,手術による眼球形状変化の4つに分けられる.1)眼軸長眼軸長1.0mmの差は,2.0.2.5Dの誤差を生じるため,測定・評価は慎重に行わなければならない.超音波Aモードでは,平均的な眼球モデルの角膜・前房水・水晶体・硝子体の比率による平均等価音速を用いて測定するため,22.0.26.0mmから外れる短眼軸・長眼軸ではどうしても誤差が生じる.極端な長眼軸長,短眼軸長の場合の対処方法について済生会栗橋病院眼科の島村恵美子先生・須藤史子先生に解説していただいた.2)角膜屈折力オートケラトメータでは直径3.0mmの傍中心部を測定するため,強い角膜乱視や不正乱視の症例,LASIKなどの角膜矯正手術後では大きくずれる可能性があり,複数の角膜形状解析装置を用いて慎重に決定する.また,コンタクトレンズ常用者では術前検査の前は一定期間中止した後の測定が求められる.SRK/T式は,角膜前面の曲率半径より術後の前房深度を予測するため,前面と後面の曲率半径が従来のカーブより変化している角膜手術後や前面の曲率半径が正確に測定できない不正な角膜では計算上予測前房深度が大きくずれる.円錐角膜や角膜移植後については林眼科病院の林研先生に,phototherapeutickeratectomy(PTK)やradialkeratotomy(RK)術後についてはバプテスト眼科クリニックの山村陽先生に解説していただいた.近年,角膜屈折矯正手術の増加に伴い,前述の角膜屈折度も含め屈折矯正手術後の症例のIOL度数計算に対してさまざまな計算式が発表されている.*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)579 具体的には術前のデータがある症例ではclinicalhistorymethod・IOL逆算法・Double-Kmethod,術前のデータがない症例ではHCL(ハードコンタクトレンズ)法・Haiges-L法・OCULIXTMなどがあり,またwww.ascrs.orgでは複数の計算を算出できる.これらさまざまな式の使用経験を大津市民病院の尾藤洋子先生と筆者が解説した.3)IOL,手術に起因のものIOLに由来するものには,挿入時の過誤・不適切なA定数・術後の位置変化そしてまれに度数の表示ミスがあげられる.術後のIOL位置変化はIOL形状の開発により改善されてきている.破.して毛様溝固定にする場合はIOLの位置による前房深度が浅くなるため,.内固定より標準眼軸で1.0D引いたものを.外固定する.手術での眼球形状変形が強いと,惹起乱視による屈折力の変化が生じる.現在は,小切開手術が基本であり,惹起乱視も通常の手術ではあまり問題にならなくなった.このような誤差要因を踏まえ適切な希望屈折度数の設定に対する術前の十分な説明・検討を行う.多焦点IOLでは度数以外に現在のレンズの種類の選択も含めてみなとみらいアイクリニックの荒井宏幸先生に解説していただいた.PiggybackIOLとはIOLを2枚重ねて眼内に挿入する手術法である.短眼軸で通常のIOLでは,度数が不足する場合にIOLを同時に2枚挿入するprimarypiggyback法と,1990年谷藤により報告された術後屈折誤差に対し二次的にIOLを追加挿入するsecondarypiggyback法に分けられる.今回はサルカス用に市販されている,Add-onレンズを含めて追加矯正眼内レンズ(ピギーバックレンズ)の度数決定について稲村眼科クリニックの稲村幹夫先生に解説していただいた.最後に,有水晶体眼内レンズについてもその度数決定の極意を名古屋アイクリニックの磯谷尚輝先生・中村友昭先生に解説していただいた.現在,わが国で使用されている眼内レンズをほぼ網羅した内容となっており,明日からの診療に応用していただければ幸いである.580あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(2)

白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障の4例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):569.572,2013c白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障の4例多田香織*1,2上野盛夫*2森和彦*2池田陽子*2今井浩二郎*2木下茂*2*1京都第二赤十字病院眼科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学FourCasesofLens-InducedGlaucomaThatDevelopedManyYearsafterLensReconstructionSurgeryKaoriTada1,2),MorioUeno2),KazuhikoMori2),YokoIkeda2),KojiroImai2)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine白内障術後10年以上を経て発症し,複数の発症メカニズムの関与が示唆された水晶体起因性続発緑内障症例を4例経験したので報告する.症例1,2は抗炎症および抗緑内障薬点眼,内服加療にて軽快したが,経過中にステロイド緑内障を併発した.症例3は超音波生体顕微鏡にてプラトー虹彩形状を認めレーザー隅角形成術を施行した.症例4は急性緑内障発作,線維柱帯切除術/白内障手術の既往があり,眼内レンズ脱臼を認め,観血的加療により眼圧下降を得た.遅発型の水晶体起因性続発緑内障にはさまざまな発症メカニズムが関与するため,眼圧上昇機序をよく理解して適切な治療を行う必要がある.Lens-inducedsecondaryglaucomasometimesoccursseveralyearsaftercataractsurgery,lasercapsulotomyorpenetratingcornealinjury.Manymechanismsthatresultinincreasedintraocularpressure(IOP)arethoughttobecombinedinthiscondition,suchasblockageoffluidoutflowthroughthetrabecularmeshworkbysmallresiduallensparticles,inflammationcausedbylensanaphylacticreaction,angleclosuremechanismduetoresidualswollenlenssubstances,andsteroidtherapyitself.Herewereport4casesoflens-inducedsecondaryglaucomawithcombinedmechanismsthatdevelopedseveralyearsaftercataractsurgery.Cases1and2respondedwelltotreatmentwithsteroidandanti-glaucomaeyedrops,butresultedinsteroid-inducedglaucomaduringthetimecourse.InCases3and4,residuallensparticlesorintraocularlensdislocationworsenedtheglaucoma,necessitatingsurgerytocontrolIOP.Physiciansshouldbeawareoftheexistenceoftheseseveralmechanisms,andchoosethesuitabletherapyaccordingly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):569.572,2013〕Keywords:水晶体起因性続発緑内障,白内障手術,残存皮質,ステロイド緑内障,アナフィラキシー反応.lensinducedglaucoma,cataractsurgery,residuallensparticles,steroidglaucoma,lensanaphylacticreaction.はじめに水晶体起因性続発緑内障は時に白内障術後や後.切開,穿孔外傷後数年を経て発症することがある.眼圧上昇機序はさまざまであり,残存水晶体蛋白による線維柱帯閉塞やアナフィラキシー反応,膨化水晶体による隅角閉塞,ステロイド薬による眼圧上昇など複数の発症メカニズムが関与することが知られている.今回,白内障術後10年以上を経て発症し,複数の発症メカニズムの関与が示唆された水晶体起因性続発緑内障症例を4例経験したので,その特徴と治療経過について報告する.I症例〔症例1〕30歳,男性.既往歴:10年前に両眼白内障手術歴(右眼は後.破損).現病歴:6時間前からの右眼痛,霧視,嘔気を主訴に京都府立医科大学眼科(以下,当科)救急受診.初診時右眼の毛様充血と角膜浮腫,軽度前房炎症を認め,後房に残留水晶体皮質を認めた(図1a).眼圧は右眼60mmHg,左眼14〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:KazuhikoMori,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kawaramachi,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)569 mmHg.隅角検査では下方180°にわたって周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)および下方虹彩上に白色水晶体遺残物を認めた(図1b).散瞳検査の結果,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は.外固定されており,残留水晶体上皮細胞の増殖/膨化とそれによるIOLの前方移動を認めた.PASindexは50%であり上方は開放隅角であったため,眼圧上昇の主因は水晶体小片緑内障と考えられた.また,前房内に炎症所見を伴っており,水晶体アナフィラキシーによるぶどう膜炎の合併も考慮し,ラタノプロスト,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミドの点眼,アセタゾラミドの内服に加え0.1%ベタメタゾン点眼液右眼4回,プレドニゾロン15mg/日の内服による治療を開始した.治療開始5日目,毛様充血と角膜浮腫は消失し,眼圧も17mmHgまで下降した.隅角検査にてPASは残存するも下方虹彩上の白色水晶体遺残物は消失していた.アセタゾラミド内服を中止し0.1%ベタメタゾン点眼液,プレドニゾロン内服を減量し治療を継続したが,治療開始42日目,眼圧は21mmHgと再度上昇傾向を認め,ステロイド緑内障の合併が疑われたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を0.1%フルオロメトロン点眼液に変更したところ眼圧は下降し,治療7カ月の時点で0.5%マレイン酸チモロールと0.1%フルオロメトロン点眼のみにて眼圧16mmHgに落ち着いている.〔症例2〕74歳,男性.既往歴:20年前に両眼白内障手術歴あり,無水晶体眼.両眼ともに原発開放隅角緑内障の既往あり.右眼はすでに光覚なし,左眼は抗緑内障薬点眼3剤(ラタノプロスト,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミド)で眼圧15mmHg以下にコントロールされていた.視野は湖崎分類IIIb.ab図1症例1の前眼部および隅角写真a:毛様充血,角膜浮腫をきたしている.前房は深く,白色の小物質が浮遊している.b:症例1の隅角所見.下方180°にPASを認めた.ab図2症例2の前眼部および隅角写真a:症例1同様に毛様充血,角膜浮腫をきたしている.b:症例2の隅角所見.PASは認めず,虹彩上に白色物質を認める.570あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(142) ab図3症例3の前眼部写真およびUBMa:前房深度は中央においては正常であるが,周辺部においてはきわめて狭くプラトー虹彩である.b:症例3のUBM.残存水晶体小片により周辺部虹彩が前方に押されている.現病歴:前日からの左眼視力低下を主訴に当科受診.初診時左眼毛様充血と角膜浮腫を認め(図2a),眼圧は右眼15mmHg,左眼55mmHg.隅角検査にてPASを認めず,虹彩上に白色塊状の水晶体遺残物を認めた(図2b).消炎,眼圧下降を目的に0.1%ベタメタゾン点眼,アセタゾラミド内服を追加したところ,眼圧はいったん下降傾向を示したが,治療開始21日目に眼圧39mmHgと再上昇した.ステロイド緑内障を疑い0.1%ベタメタゾン点眼を中止したところ,中止後1カ月で眼圧は24mmHgまで下降し,8カ月後には14mmHgと安定した.〔症例3〕74歳,男性.既往歴:11年前に左眼網膜.離に対し硝子体手術および水晶体再建術を施行.その後も網膜.離を2回発症し計3回硝子体手術の既往あり.現病歴:近医にて散瞳検査後より左眼眼圧が上昇し当科救急紹介受診.初診時左眼毛様充血と角膜浮腫を認め(図3a),眼圧は右眼10mmHg,左眼60mmHg.IOLは.内固定されており隅角検査にて左眼は全周性に隅角底が確認できなかった.超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)にて全周性にプラトー虹彩形状を認め(図3b),一部では残留水晶体皮質の膨化により虹彩が前方へ圧排されていることが確認された.レーザー隅角形成術(lasergonioplasty:LGP)を施行したところ,耳側ならびに鼻側隅角は閉塞が開放され,眼圧は25mmHgまで下降.0.1%ベタメタゾン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミド点眼,アセタゾラミド内服により,治療開始3日目には眼圧は10mmHg.その後,保存的経過観察にて8カ月後には8mmHgと安定.〔症例4〕72歳,女性.既往歴:右眼は12年前に急性緑内障発作に対しレーザー(143)図4症例4の前眼部写真毛様充血と角膜浮腫を認め,IOLは前上方に脱臼している.虹彩切開術(laseriridotomy:LI),線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)および水晶体超音波乳化吸引術(PEA)+IOL挿入術を施行されるも,眼圧コントロール不良にて前部硝子体切除術(A-vit)+隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)の既往あり.6年前から右眼眼圧が再上昇し,1年前からは30mmHg程度.左眼はLI既往があり2年前に白内障手術を受けた後は眼圧が安定した.現病歴:右眼圧コントロール不良および角膜内皮細胞障害(932/mm2)にて当科紹介受診.初診時右眼毛様充血と角膜浮腫を認め,眼圧は右眼33mmHg,左眼12mmHg.IOLは前上方に脱臼しており(図4),隅角検査にて全周性にPASを認めた.TLE+IOL摘出/縫着術を施行,術中に水晶体遺残物を水晶体.とともに摘出した.眼圧は術翌日11あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013571 mmHgまで下降,4カ月後には18mmHgと安定している.II考察一般的に水晶体起因性緑内障はその発症機序により,1)水晶体融解緑内障,2)水晶体小片緑内障,3)水晶体アナフィラキシーによる緑内障の3種類に分類される1).水晶体小片緑内障は水晶体.外摘出術または超音波水晶体乳化吸引術,Nd-YAGレーザーによる後.切開術,穿孔性水晶体外傷後に正常な水晶体小片が浮遊し線維柱帯間隙を閉塞することによって生じる緑内障であり,手術あるいは外傷後数日以内に発症することが多いとされる1).稀に数年を経てから生じることもあり3,4),過去には術後65年を経て発症した水晶体小片緑内障の報告もある2)が,先天白内障術後に発症する症例が多い.通常,幼児や小児の水晶体にはheavymolecularweightprotein(HMWP)がほとんど存在せず,75歳以上になると著しく増加することが報告されている5).HMWPはその高分子量のために線維柱帯を閉塞して眼圧上昇をひき起こす1).先天白内障術後の残存水晶体皮質が変性しHMWP濃度が増加してから,これらが小片化して水晶体融解緑内障および水晶体小片緑内障をひき起こすまでには長期の経過を要すると考えられている2).したがって,今回のように成人例の白内障手術長期経過後の発症の報告は少ない.今回,筆者らが経験した4症例は,眼圧上昇においてそれぞれ異なるメカニズムの関与が示唆された.症例1では,眼圧上昇機序として水晶体小片緑内障(開放隅角緑内障)と閉塞隅角緑内障の両者が関与していたと考えられる.つまり,残存皮質から産生された水晶体小片や水晶体蛋白が線維柱帯間隙を閉塞,さらに残存皮質が膨化して形成されたSoemmering’sringがIOL越しに虹彩を前方移動させてPASを形成し,眼圧上昇に至ったと考えられる.Soemmering’sringは後発白内障の一種とされ,白内障術後に前後.が癒着してできた閉鎖腔内で水晶体上皮細胞が水晶体線維細胞に分化・再生して形成されるリング状の白色組織である6).近年では超音波水晶体乳化吸引術の普及により発生頻度は少なくなっているが,ECCE(.外摘出)後にはより高頻度にみられていた.Soemmering’sringが単独で閉塞隅角緑内障を発症したという報告は少なく,また眼圧上昇程度は,通常房水中に浮遊する水晶体小片の量と相関するとされている1,7).したがって,白内障術後に皮質残存が疑われる症例では長期経過後に眼圧が上昇する可能性があることを認識しておくことは非常に重要であり,そのような既往のある症例の診断,眼圧上昇機序を考えるうえで隅角検査やUBM検査は非常に有用であるといえる.症例2.4のように既往歴に緑内障を有している例でも白内障術後に眼圧上昇がよく認められること8)から,元来の房水流出能が水晶体小片緑内障発症に関わっているとされる1).これらの水晶体起因性緑内障に対する治療に関して,水晶体小片緑内障に対する過去の報告では,保存的治療のみで眼572あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013圧下降を得られたとの報告は少なく,最終的に残留水晶体皮質除去を施行している場合が多い.確かに治療として残留水晶体皮質除去は確実な原因除去となるが観血的な治療として侵襲的であり,炎症が軽度であればまずは保存的治療による眼圧下降および消炎が第一選択となる1).一方,水晶体アナフィラキシーの合併が示唆される症例では,軽度の眼圧上昇の場合にはステロイド点眼が有効であるが,長期にわたる場合には症例1,2のようにステロイド緑内障の合併にも注意が必要である.症例3ではplateauirisconfigurationを認めLGPを施行することで残留水晶体皮質除去をせずとも眼圧下降が得られた.このように眼圧上昇機序を正しく理解すれば保存的治療のみで眼圧下降が得られる症例も少なくない.保存的治療抵抗性の症例もしくは水晶体起因性緑内障を繰り返す症例,全周性PASを伴う症例や症例4のようにIOL脱臼を伴う症例では,保存的治療のみでの眼圧コントロールは困難であり観血的治療が必要と考える.以上から,水晶体起因性続発緑内障はさまざまな機序が複合して発症することがあり,経過観察時にはこれらの眼圧上昇機転をよく理解して適切な治療を行っていく必要がある.文献1)RichterCU:Lens-inducedopen-angleglaucoma.In:TheGlaucomas(edbyRitchR,ShieldsMB,KrupinT),Vol2,2nded,p1023-1031,Mosby,StLouis,19962)BarnhorstD,MeyersSM,MyersT:Lens-inducedglaucoma65yearsaftercongenitalcataractsurgery.AmJOphthalmol118:807-808,19943)KeeC,LeeS:Lensparticleglaucomaoccurring15yearsaftercataractsurgery.KoreanJOphthalmol15:137-139,20014)柴原玲子,二井宏紀:水晶体.外摘出術の20年後に水晶体起因性緑内障を生じた1例.臨眼58:2099-2101,20045)JedziniakJA,KinoshitaJH,YatesEMetal:Theconectionandlocalizationofheavymolecularweightaggregatesinagingnormalandcataractoushumanlenses.ExpEyeRes20:367-369,19756)林研:後発白内障の成因と対策.臨眼55:129-133,20017)EpsteinDL:Diagnosisandmanagementoflens-inducedglaucoma.Ophthalmology89:227-230,19828)SavageJA,ThomasJV,BelcherCD3rdetal:Extracapsularcataractextractionandposteriorchamberintraocularlensimplantationinglaucomatouseyes.Ophthalmology92:1506-1516,19859)EpsteinDL,JedziniakJA,GrantWM:Obstructionofaqueousoutflowbylensparticlesandbyheavy-molecular-weightsolublelensproteins.InvestOphthalmolVisSci17:272-277,197810)EpsteinDL,JedziniakJA,GrantWM:Identificationofheavy-molecular-weightsolubleproteininaqueoushumorinhumanphacolyticglaucoma.InvestOphthalmolVisSci17:398-402,1978(144)

水晶体亜脱臼と多発性後極部網膜色素上皮症(MPPE)を合併した緑内障の1例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):561.567,2013c水晶体亜脱臼と多発性後極部網膜色素上皮症(MPPE)を合併した緑内障の1例善本三和子*1桃原久枝*2松元俊*1*1東京逓信病院眼科*2丸の内中央眼科診療所ACaseofGlaucomawithLensSubluxationandMultifocalPosteriorPigmentEpitheliopathyMiwakoYoshimoto1),HisaeMomohara2)andShunMatsumoto1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoTeishinHospital,2)MarunouchiCentralEyeClinic症例:52歳,男性.経過:2001年9月10日,左眼視力低下・眼圧上昇にて東京逓信病院眼科紹介初診.初診時,視力は右眼0.6(1.0),左眼0.04(0.7),眼圧は両眼15mmHg(左眼ラタノプロストとドルゾラミド点眼下),左眼の浅前房,前房内炎症,漿液性網膜.離と耳鳴があり,原田病を考えステロイド薬を全身投与し,視力は回復した.2008年頃より眼圧コントロールが悪化し,両眼の水晶体亜脱臼と白内障(R>L)も進行したため,2009年8月右眼白内障手術(眼内レンズ縫着)を施行するも,その後さらに右眼眼圧は上昇した.2010年8月左眼胞状網膜.離を発症.多発性後極部網膜色素上皮症(MPPE)を考え,左眼硝子体切除術を施行し,網膜は復位した.右眼は,同年9月線維柱帯切除術を施行後7日目に胞状網膜.離を起こしたが,経過観察のみで網膜は自然復位した.結論:漿液性網膜.離に対するステロイド薬治療後,両眼の胞状網膜.離を合併し,眼圧コントロールに苦慮した緑内障症例を経験した.Wereportthecaseofa52-year-oldmalewhoconsultedusonSept10,2001withvisualacuityof0.6(1.0)REand0.04(0.7)LE.Intraocularpressure(IOP)ofbotheyeswas15mmHg(withglaucomaeyedropsinLE),withshallowanteriorchamber;floatersandinflammatoryserousretinaldetachmentwerealsoobserved.Healsohadtinnitus.UpondiagnosisofHarada’sdisease,systemiccorticosteroidtreatmentwasadministered,resultinginrecoveryofvisualacuity.Sevenyearslater,IOPbecameelevatedandcataractouslenssubluxationdeveloped.AftercataractsurgerytoRE,itsIOPbecamecontinuouslyelevated.InAugust2010,bullousretinaldetachmentoccurredinLE;wediagnosedmultifocalposteriorpigmentepitheliopathy(MPPE).TheLEretinareattachedaftervitrectomy.TrabeculectomywasperformedinRE,butonpostoperativeday7,bullousretinaldetachmentoccurred.Within1month,however,theretinareattachedwithouttreatment.WeexperiencedacaseofHarada’sdiseasewithuncontrollablesevereglaucomathatdevelopedtoMPPE.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):561.567,2013〕Keywords:浅前房,原田病,水晶体亜脱臼,多発性後極部網膜色素上皮症,緑内障.shallowanteriorchamber,Harada’sdisease,lenssubluxation,multifocalposteriorpigmentepitheliopathy(MPPE),glaucoma.はじめに浅前房の鑑別診断には,原発閉塞隅角緑内障と続発閉塞隅角緑内障があり,後者の原因のなかで,原田病は,水晶体後方組織の前方移動によるものの代表的な疾患である1).今回筆者らは,片眼の浅前房,前房内炎症,両眼後極部漿液性網膜.離,耳鳴を初発時症状とし,原田病と考え,ステロイド薬全身投与を行い,いったんは視力が回復した症例で,その数年後に水晶体亜脱臼と白内障が進行し,両眼に多発性後極部網膜色素上皮症(multifocalposteriorpigmentepitheliopathy:MPPE)を合併した緑内障症例を経験したので報告する.I症例と経過症例:52歳,男性.〔別刷請求先〕善本三和子:〒102-8798東京都千代田区富士見2-14-23東京逓信病院眼科Reprintrequests:MiwakoYoshimoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoTeishinHospital,2-14-23Fujimi,Chiyoda-ku,Tokyo102-8798,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(133)561 主訴:左眼視力低下.既往歴:右眼再発性角膜上皮.離.全身疾患は特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2001年5月頃より左眼のかすみと耳鳴を自覚したが放置していた.他に頭痛や感冒様症状,難聴,脱毛,毛髪および皮膚の白変などの症状はなかった.2001年8月29日,丸の内中央眼科診療所を受診し,視力は右眼(1.0),左眼(0.15),眼圧は右眼12mmHg,左眼18mmHg,左眼の浅前房を認めた.その後さらに左眼眼圧が上昇したため,ラタノプロスト(キサラタンR)点眼液とドルゾラミド(トルソプトR)点眼液を開始し,2001年9月10日東京逓信病院眼科(以下,当院)を紹介初診となった.現症:初診時視力は,VD=0.6(1.5×.3.0D(cyl.0.75DAx115°),VS=0.04(0.7×.4.25D(cyl.1.0DAx70°),眼圧は両眼ともに15mmHg(左眼のみ上記2剤点眼下)であった.前眼部所見では,右眼は異常なく,左眼で浅前房(vanHerick法Grade1),散瞳後に前房内cell(+)出現,隅角所見は,右眼Shaffer分類3度,左眼はShaffer分類0.1度と左眼は狭隅角であったが,両眼とも色素沈着はSheie分類0度,周辺虹彩前癒着(PAS)や結節はみられなかった.両眼とも,視神経乳頭に緑内障性変化はみられなかったが,両眼後極部に漿液性網膜.離を認めた.経過:初診当日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)では,両眼に多発性の顆粒状の過蛍光と網膜下への蛍光色素の貯留を認めた(図1)ため,原田病を考え,ステロイド薬全身投与を開始した.治療開始時は,多忙で入院不可能であったため,髄液検査を施行することができず,プレドニゾロン(プレドニンR,以下PSL)80mg/日の内服から開始したが,効果不十分であった.2001年11月6日より入院にてステロイドパルス療法(PSL換算1,000mg/日×3日間)を施行し,その後漸減し,漿液性網膜.離は消失し,矯正視力も右眼(1.0),左眼(1.2)と改善したため,その後は,紹介元にて経過観察となった(図2).2002年6月24日,漿液性網膜.離が再発(図3)し,再度紹介受診となり,PSL40mg/日から開始し,漸減したところ,漿液性網膜.離は軽快したが,右眼には緑内障性視神経症が存在していた.2003年1月末まで当科にて経過観察したが,その間眼圧は右眼12.17mmHg,左眼13.21mmHgであった.2008年7月3日,緑内障性視神経症が進行したので再度紹介となり(図4),両眼にカルテオロール塩酸塩持続性点眼液(ミロルR)点眼にて,眼圧は右眼13mmHg,左眼16mmHg,矯正視力は右眼0.5p,左眼1.2,右眼には点状の角膜混濁とその周囲の角膜上皮障害(再発性)と水晶体亜脱臼を認め,左眼の水晶体亜脱臼ははっきりしなかったが,浅前房を認めた(図5).その後左眼眼圧が上昇したため,レーザー虹彩切開術を施行し,右眼はさらに水晶体亜脱臼が進行したため,2009年8月20日右眼水晶体全摘+眼内レンズ縫着術を施行したが,右眼は術後にさらに眼圧が上昇した.アセタゾラミド(ダイアモックスR)の内服やD-マンニトール(マンニトールR)の点滴静注を併用したが,眼圧のコントロールがつかず,経過中,ときに前房内炎症を認め眼圧が40mmHgに上昇したため,続発緑内障も考え,PSL20mg/日の内服を開始し,ようやく眼圧は20mmHg台に下降したが,その間に緑内障性視神経症が進行した.2010年3月,耳鳴と両眼後極部の漿液性網膜.離を認め,視力は右眼(0.4),左眼(0.9)と低下したため,原田病の再右眼左眼図1初診時FA写真右眼:後極部網膜には多発性の顆粒状の過蛍光があり,後期には蛍光色素の網膜下貯留(→)を認めた.左眼:黄斑部耳側に蛍光貯留所見(→)があり,視神経乳頭鼻側にも過蛍光部位が存在していた.562あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(134) 眼圧(mmHg)50454035302520151050:TOD:TOS80mg/日40mg/日左眼キサラタンR+トルソプトR両眼ミロルR左眼LI右眼catope20mg/日40mg/日左眼vit+catope右眼lectomyダイアモックスR内服右眼デタントールR右眼タプロスR右眼エイゾプトR右眼サンピロR左眼ミケランR+デタントールR:PSL内服治療:ステロイドパルス療法200109102001100320011029200112032002062420020715200208122002091920021031200212092008091820081106200903122009082520090903200910142009101820091029200911162009120320100114201003152010042620100520201006242010071201008262010101220101026201011102010120220101227201101202011021720110324201105122011063020110818経過観察日図2全経過表TOD=右眼圧,TOS=左眼圧,LI:レーザー虹彩切開術,catope:白内障手術,lectomy:線維柱帯切除術,vit+catope:硝子体切除術+白内障手術,PSL:プレドニンR.右眼左眼図32002年6月眼底写真漿液性網膜.離(→)が再発していた.(135)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013563 右眼左眼図42008年7月視神経乳頭写真両眼の緑内障性視神経症の進行を認めた.右眼左眼図52008年7月前眼部写真右眼:再発性の角膜上皮障害()と水晶体亜脱臼()を認めた.左眼:浅前房がさらに進行していた.発を考え,PSL40mg/日の内服を再開したが,効果が乏しく,2010年4月入院にて,ステロイドパルス療法を行った.1クール目のパルス療法には反応しなかったため,2クール目を施行したところ,視力は右眼(0.9),左眼(1.2)と回復したが,その後右眼の眼圧も20.30mmHg前後で経過し,PSL漸減中の2010年6月には眼底後極部に円形の漿液性網膜色素上皮.離を数カ所認めるようになった.PSLおよびアセタゾラミド(ダイアモックスR)両者ともに内服を中止することができずに経過観察していると,2010年7月より左眼の水晶体亜脱臼が進行し,同年8月12日には,左眼の胞状網膜.離を認め(図6),それまで矯正で1.2あった視力が0.3に低下した.網膜周辺部には明らかな裂孔形成はなく,Bモード超音波検査では,体位変換による網膜下液の移動が図62010年8月12日左眼眼底写真黄斑部を含む下方の胞状網膜.離を認めた.564あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(136) ☆☆☆☆図72010年8月13日左眼FA写真白矢印:点状の蛍光漏出部位を認め,後期にはその周囲に蛍光漏出が拡大した(☆).白縁取り矢印:色素上皮裂孔による強い過蛍光を認めた.図82010年9月17日右眼眼底写真(緑内障術後)黄斑部を含む,丈の高い胞状網膜.離を認めた.明らかであったが,強膜の肥厚や周辺部の脈絡膜.離は認められなかった.また,2009年8月右眼の白内障手術前に測定した眼軸長は,右眼で24.73mm,左眼では24.34mmであり,胞状網膜.離の原因としては,uvealeffusionではなく,MPPEを考えた.FAを施行した(図7)ところ,点状の蛍光漏出とその周囲に淡い後期過蛍光部位の拡大,黄斑部耳側から下方周辺部にかけて,色素上皮裂孔による境界明瞭な過蛍光を認めた.網膜.離のない蛍光漏出部位に対して,網膜光凝固を施行するも,胞状網膜.離はさらに拡大したため,同年9月3日,左眼硝子体切除術+眼内網膜光凝固+SF6(六フッ化硫黄)ガス注入術+亜脱臼水晶体摘出+眼内レンズ縫着術を施行した.術中所見では,広い範囲に網膜色素上皮裂孔に伴う網膜色素上皮の欠損が認められたが,幸いにも黄斑部は保たれており,術中に液-空気置換にて網膜を復位させた後に,術前FAの蛍光漏出部位には眼内光凝固術(137)を施行した.術後経過が比較的良好であったため,右眼の緑内障に対して,1週間後の9月10日線維柱帯切除術を施行した.術後は右眼の眼圧は10mmHg前後で経過していたが,右眼術後1週目の9月17日に右眼に胞状網膜.離が出現した(図8).左眼と同様にMPPEと考えたが,濾過手術直後であることを考え,硝子体手術は施行せずに経過観察としたところ,1カ月後右眼の網膜は自然復位した(図9).左眼は硝子体手術後,網膜.離の再発はなく網膜は復位した(図9).最終受診時の2011年8月18日,矯正視力は右眼0.2,左眼1.2,眼圧は右眼10mmHg,左眼はカルテオロール(2%ミケランR)点眼液とブナゾシン(デタントールR)点眼液点眼下で15mmHgであり,両眼ともに緑内障性視神経症が進行し,特に右眼では中心視野が消失し,視力は不良となったが,左眼ではMPPEと緑内障両方による視野障害を残したあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013565 右眼左眼左眼図92010年10月21日両眼眼底写真右眼:胞状網膜.離は1カ月で自然復位した.左眼:硝子体切除術後,網膜は復位した.右眼左眼MD-29.90dBMD-23.25dB図102011年8月視野検査:HumphreySITA30.2右眼:緑内障性視神経症と網膜萎縮により矯正視力は0.2に低下した.左眼:中心視野は残存したため,矯正視力は1.2に保たれた.が,中心と耳側視野は保たれ,中心視力を温存することが可能であった(図10).II考按本症例は,約10年間に,原田病,水晶体亜脱臼,緑内障,再発性角膜上皮.離,MPPEによる胞状網膜.離などの多彩な眼病変を両眼性に認め,ステロイド薬全身投与,硝子体手術,緑内障手術などの手術治療を行ったが,最終的には緑内障性視野障害が進行し,片眼の視力低下を避けられなかった1症例である.原田病は,浅前房の鑑別診断として,ときに見逃されやすく注意を要する疾患であるが,本症例では初診時より眼圧上昇と浅前房があり,前駆症状としての耳鳴,後極部の漿液性網膜.離と合わせて原田病と考え,ステロイド薬治療を開始した.入院が不可能で外来通院時よりステロイド薬内服を開566あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013始したため,髄液検査は施行できなかった.しかし,ステロイド薬治療に対する反応は良好で視力も回復したが,眼圧上昇は続き,水晶体亜脱臼が右眼に先行し進行性に増悪した.経過中の眼圧上昇の機序としては,浅前房と前房内炎症に伴う続発性との両方の機序が混合していると考えられたが,原田病の寛解期に施行した水晶体摘出と眼内レンズ縫着術後の著しい眼圧上昇は術前の予想を上回り,続発性の眼圧上昇と考えられ,ステロイド薬内服投与を追加することで,眼圧をいったんコントロールすることが可能であった.経過中のステロイド薬投与は,大きく分けるとパルス療法(PSL換算1,000mg/day×3日にて治療開始)が計3回,PSL内服単独治療(PSL40mg/dayにて投与開始)が計2回で,初発時のパルス治療に対する反応は良好で,その後のPSL内服治療は,眼底病変の再発と一時的な浅前房の進行,また右眼水晶体手術後の眼圧上昇時にそれぞれ使用したが,いずれも治療に反応していた.しかし,2010年3月以降の眼底病変に対する2回目のパルス療法には反応が悪く,その後同じ病変に対する2クール目として行った3回目のパルス療法に対する反応は良好であった(表1).過去に,原田病のステロイド薬治療中に胞状網膜.離をきたし,MPPEと診断された症例2)や,遷延化した原田病に胞状網膜.離を合併した症例などが報告3.5)されているが,MPPEなどの疾患を含む一連の網膜色素上皮症に対するステロイド薬治療は無効であるだけでなく,むしろ増悪させるともいわれており,ステロイド薬の投与は網膜色素上皮症の発症原因に関与しているとも考えられている6.8).本症例のステロイド薬治療に対する反応を顧みると,初発時とその後のステロイド薬投与によく反応していた時期は原田病の診断(138) として正しいと考えられたが,2010年3月の2回目のステロイドパルス療法の頃より認められた漿液性網膜.離,網膜色素上皮.離は,MPPEの所見の一部をみていた可能性も考えられた.そして,本症例のMPPEの発症機序には,2001年の原田病発症時以降,その再発時,または浅前房の悪化,眼圧上昇時など,長年にわたるステロイド薬投与が,ステロイド薬による創傷治癒遅延をひき起こし,原田病により障害を受けた網膜色素上皮の修復が障害されてMPPEを発症したと推測された.本症例をMPPEと診断した根拠は,検眼鏡的に後極部網膜に黄白色の網膜色素上皮.離と漿液性網膜.離を認めたこと,FA所見で病変部位に一致する旺盛な蛍光漏出があったこと,また誘因と考えられているステロイド薬の長期使用歴があり,かつステロイドパルス療法が無効であったことなどであるが,胞状網膜.離を呈した際に大きな色素上皮裂孔を認めたことも,網膜色素上皮障害を根本原因とする網膜色素上皮症という一連の疾患群のなかにある疾患であるということを強く考えた.さらに胞状網膜.離の鑑別診断として,uvealeffusionがあげられるが,眼軸長測定により小眼球症はなく,Bモード超音波検査にて,強膜肥厚や周辺部の脈絡膜.離がないこと,FAにてleopar-spotに相当する周辺部の顆粒状の過蛍光がないこと,蛍光漏出があることなどより,uvealeffusionではなく,MPPEという診断に至った.さらに,本症例の長い経過のなかの反省点は,緑内障手術時期の遅れである.角膜病変,水晶体病変,前房内炎症,眼底病変など複数病変が生じる状態での緑内障手術時期の決定は大変むずかしいが,本症例における現在の右眼の視機能障害の主因は,緑内障性視野障害の進行による中心視野の消失であることを考えると,右眼の眼圧上昇に対しもう少し早期に積極的に手術治療の介入をすべきであったとも考えられる.しかしながら,脱臼水晶体の処理,その後に起こしえた胞状網膜.離に対する硝子体手術治療の可能性などを考えると,どの時点が緑内障手術治療として正しい時期であったのかを決めることはむずかしい症例であったと思われる.以上,原田病を発症後,水晶体亜脱臼,原田病の再発,MPPE,再発性角膜上皮.離などの病変を次々に発症し繰り返し,長い経過中,眼圧コントロールに大変苦慮し,最終的には,緑内障性視野障害の進行により,右眼視力低下に至った症例の経過を報告した.さらに類似症例を集積することにより,原因に対するアプローチを含めた適切な眼科治療を明らかにすることが必要と考えられた.本稿の要旨は第22回日本緑内障学会(2011年)で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版),第2章緑内障の分類.日眼会誌116:15-18,20122)竹内玲美,菅原道孝,鶴岡三恵子ほか:ステロイド全身投与で急性増悪した多発性後極部網膜色素上皮症の1例.眼科47:881-885,20053)井上俊輔,宮本文夫:原田病に対するステロイド内服療法中に,中心性漿液性網脈絡膜症様あるいは胞状網膜.離様所見を呈した1例.眼臨79:1849-1853,19854)山本晋,安藤伸朗,阿部達也ほか:遷延化した原田病に合併した胞状網膜.離の1例.眼紀45:323-327,19945)籠谷保明,伊藤美樹,山本節ほか:高度な胞状網膜.離を伴った原田病の1例.眼紀44:1463-1468,19936)山本陽子,間宮和久,大黒浩ほか:MPPEが疑われ,ステロイド治療がためらわれた原田病の2例.眼科45:1077-1081,20037)WakakuraM,IshikawaS:Centralserouschorioretinopathycomplicatingsystemiccorticosteroidtreatment.BrJOphthalmol68:329-331,19848)PolakBC,BaarsmaGS,SnyersB:Diffuseretinalpigmentepitheliopathycomplicatingsystemiccorticosteroidtreatment.BrJOphthalmol79:922-925,1995***(139)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013567

著しい高眼圧の治療に選択的レーザー線維柱帯形成術が短期的に有効であった緑内障の4例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):558.560,2013c著しい高眼圧の治療に選択的レーザー線維柱帯形成術が短期的に有効であった緑内障の4例野々村咲子菅原岳史木本龍太三浦玄白戸勝上原淳太郎藤本尚也山本修一千葉大学大学院医学研究院眼科学SelectiveLaserTrabeculoplastyTemporarilyReducedHighIntraocularPressurein4GlaucomaPatientsSakikoNonomura,TakeshiSugawara,RyutaKimoto,GenMiura,SuguruShirato,JuntaroUehara,NaoyaFujimotoandShuichiYamamotoDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine眼圧30mmHg以上となった4例の緑内障患者に対し,姑息的治療として選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)を施行し,短期的ながら眼圧下降を得た.症例は原発開放隅角緑内障1眼,落屑緑内障3眼である.術前眼圧は30.49mmHgであり,SLT施行4日後には12.21mmHg,7日後には20.25mmHgとなった.その後,2眼では眼圧の再上昇のため,10日後と14日後に線維柱帯切除術を施行した.他の2眼では,1カ月後の眼圧は16mmHgであった.一時的ではあるが,線維柱帯切除術を要するような高眼圧の緑内障に対する姑息的治療としてのSLTの有用性が示唆された.In4glaucomapatientswithintraocularpressure(IOP)higherthan30mmHg,weperformedselectivelasertrabeculoplasty(SLT)andobtainedtemporarilyreductionofIOP.Subjectswere1eyewithprimaryopenangleglaucoma(POAG)and3eyeswithexfoliationglaucoma(EXG).IOP,rangingfrom30.49mmHgbeforetreatment,decreasedmarkedlyatday4afterSLT(range:12.21mmHg)andatday7afterSLT(range:20.25mmHg).Weperformedtrabeculectomyat10daysandat14daysafterSLTin2eyes,duetore-elevationofIOP.Intheother2eyes,IOPwasmaintainedat16mmHgat1monthafterSLT.ThesefindingssuggestthatSLTmaybetemporarilyeffectiveinhigh-IOPglaucomapatientswhorequiredtrabeculectomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):558.560,2013〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,姑息的治療,レーザー治療.selectivelasertrabeculoplasty,palliativetreatment,lasertreatment.はじめに緑内障に対するレーザー治療は,1979年にWiseらがアルゴンレーザー線維柱帯形成術(argonlasertrabeculoplasty:ALT)の有効性を報告し1),その後の調査では原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)に対する眼圧下降率は薬物治療より高いと報告された2).ALTは線維柱帯の有色素細胞・無色素細胞やコラーゲン線維の結合を凝固熱により破壊するため侵襲が大きく3),周辺虹彩前癒着や眼圧上昇などの合併症を伴うことがある4).それに対し選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)は,低エネルギーで選択的に線維柱帯の有色素細胞を破壊するため,ALTと比べると侵襲が小さいといわれている5)が,その作用機序や有効因子など不明な点が多く,適応の基準も定まっていない.SLTをPOAG,落屑緑内障(exfoliationglaucoma:EXG)に使用した治療成績は数多く報告されており5.10),ある程度の有効性が確認されている.文献を渉猟する限り,眼圧が20.30mmHgのPOAGやEXGに対してSLTを施行した〔別刷請求先〕野々村咲子:〒260-8670千葉市中央区亥鼻1-8-1千葉大学大学院医学研究院眼科学Reprintrequests:SakikoNonomura,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-8-1Inohana,Chuo-ku,Chiba-city260-8670,JAPAN558558558あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(130)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 治療成績が多くみられている.今回,筆者らは眼圧が30mmHg以上と高値を示したPOAGの1眼とEXGの3眼に対してSLTを施行し,その後の経過を検討した.I対象および方法対象は2008年10月から11月までの間に,千葉大学医学部附属病院眼科でSLTを施行した緑内障3例4眼で,SLT施行時の眼圧が30mmHg以上の症例である.表1に示すように,POAG1眼,EXG3眼であり,全例男性で年齢は64.65歳,術前眼圧は30.49mmHgであった.術前の眼圧下降点眼薬の投薬数は2.4剤であり,1眼では眼圧下降薬の内服も行われていた.また,症例1と2では僚眼の線維柱帯切除術の既往があった.2眼は当科受診時,眼圧が高値を示し,視野障害も高度であったため,早急に線維柱帯切除術が必要と考えられたが,仕事や家庭の諸事情によりすぐには手術が施行できなかったため,インフォームド・コンセントを得た後にSLTを施行した.他2眼は視野障害は軽度であったが,投薬数が多いにもかかわらず高眼圧であったため,いずれ線維柱帯切除術が必要になる可能性があることを説明した後にSLTを施行した.使用器械はSelectaDuet(㈱日本ルミナス)で,専用コンタクトレンズLatinaSLTLensを用いた.照射条件は波長532nm,スポットサイズ400μm,持続時間3nsec,エネルギー0.7.1.0mJで,全周に約80発照射した.施行前後に1%アプラクロニジンを点眼した.観察期間は1カ月間とし,SLT施行後の短期的効果について検討した.II結果症例の概要を表1に示す.症例1では,術後も点眼を続行して,SLT実施1カ月まで眼圧14.16mmHgで推移した.症例2では,SLTにより眼圧の下降が得られたため内服を中止したが,眼圧が再度上昇したため,SLT20日後に線維柱帯切除術を施行した.症例3の右眼は,点眼を続行して16mmHg前後の眼圧で推移し,左眼は眼圧が再上昇したため,SLT10日後に左線維柱帯切除術を施行した.全例でSLTによる合併症はみられなかった.III考按今回,30mmHg以上の高眼圧を呈したPOAGとEXGの4眼に対し,諸事情により早急に線維柱帯切除術ができなかったため,姑息的治療としてSLTを施行し,一時的ながらも有効な眼圧下降を得ることができた.SLTの成功因子として眼圧のベースラインがあげられており,術前の眼圧が高いほど,下降率が高いとの報告がある11,12).Hodgeらは,SLT施行1年後の,眼圧下降率20%以上の群の術前平均眼圧が26.05mmHgであったのに対し,眼圧下降率20%未満の群では20.97mmHgと有意な差を認めたと報告している11).今回の症例はどれも術前眼圧が非常に高かったため,眼圧下降率も大きく,一時的に手術の延期が可能であった.症例2と3(左眼)では,術後に20mmHg台後半に再上昇したため,線維柱帯切除術を施行した.症例1と3(右眼)については観察期間が短期間であったためか,期間中は手術を要するほどの眼圧の再上昇がなかったが,長期的に観察すれば,いずれは手術が必要になる可能性は否定できない.一般的にSLTは合併症が少なく(4.5.11%)14),ほとんどが一時的な眼圧上昇や虹彩炎といわれている.今回の症例でもSLTによる合併症はみられなかった.今後,さらなる症例数の増加と検討が必要であるが,線維柱帯切除術が必要な高眼圧に対しても,一時的なSLTの有効性が示唆された.また,SLTの適応についても,POAGやEXGだけでなく,トリアムシノロンアセトニドの硝子体内注入後の眼圧上昇に対しても有効との報告があり13),今後の適応症例の拡大が期待される.文献1)WiseJB,WitterSL:Argonlasertherapyforopen-angleglaucoma:Apilotstudy.ArchOphthalmol97:319-322,19792)TheGlaucomaLaserTrialResearchGroup:TheGlaucomaLaserTrial(GLT)andGlaucomaLaserTrialFollowUpStudy:7.Results.AmJOphthalmol120:718-731,19953)KramerTR,NoeckerRJ:Comparisonofthemorphologic表1症例の術前背景と眼圧の経過症例年齢・性病型左右術前投薬数術前のHumphrey視野検査(30-2)MD値(dB)術前4日後眼圧(mmHg)7日後10日後14日後1カ月後12364・男65・男64・男POAGEXGEXGEXG右左右左点眼2剤点眼2,内服1点眼4剤点眼4剤.4.30.1.52.20.93.25.713035424921121221202527手術14手術1616POAG:primaryopenangleglaucoma,EXG:exfoliationglaucoma,MD:meandeviation.(131)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013559 changesafterselectivelasertrabeculoplastyandargonlasertrabeculoplastyinhumaneyebankeyes.Ophthalmology108:773-779,20014)HoskinsHDJr,HetheringtonJJr,MincklerDSetal:Complicationsoflasertrabeculoplasty.Ophthalmology90:796-799,19835)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,19996)齋藤代志朗,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,20077)上野豊広,岩脇卓司,湯才勇ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科25:1439-1442,20088)望月英毅,高松倫也,木内良明:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の有効率.あたらしい眼科25:693-696,20089)菅原通孝,井上賢治,若倉雅登ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科27:835-838,201010)南野桂三,松岡雅人,安藤彰ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科26:1249-1252,200911)HodgeWG,DamjiKF,RockWetal:BaselineIOPpredictsselectivelasertrabeculoplastysuccessat1yearpost-treatment:resultsfromarandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol89:1157-1160,200512)AyalaM,ChenE:Predictivefactorsofsuccessinselectivelasertrabeculoplasty(SLT)treatment.ClinOphthalmol5:573-576,201113)RubinB,TaglientiA,RothmanRFetal:Theeffectofselectivelasertrabeculoplastyonintraocularpressureinpatientswithintravitrealsteroid-inducedelevatedintraocularpressure.JGlaucoma17:287-292,200814)LatinaMA,deLeonJM:Selectivelasertrabeculoplasty.OphthalmolClinNorthAm18:409-419,2005***560あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(132)

濾過手術術後早期微少房水漏出に対する簡単な術中検出法

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):555.557,2013c濾過手術術後早期微少房水漏出に対する簡単な術中検出法三好秀幸竹内篤関西電力病院眼科EasyMethodforIntraoperativelyIdentifyingAqueousHumorLeakagePointHideyukiMiyoshiandAtsushiTakeuchiDepartmentofOphthalmology,KansaiElectricPowerHospital緑内障濾過手術後の房水漏出に対して縫合手術を行う場合に,術中に房水の漏出点を正確に見いだすことが重要である.当院で経験した濾過胞からの房水漏出症例で,0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液を用いることで簡単に房水漏出点が検出でき,安全に縫合閉鎖を行いえた.Whenaqueoushumorleakageoccurs,especiallyleakagefromthefilteringblebaftertrabeculectomy,determiningtheexactpointofleakageiscriticallyimportantduringthesuturingoperation.Herewereportonhowleakagepointswereclearlyvisualizedusing0.05%crystalvioletsolution,enablingsafecompletionofsuturing.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):555.557,2013〕Keywords:クリスタルバイオレット,ピオクタニンブルー,房水漏出.crystalviolet,pyoktaninblue,aqueoushumorleakage.はじめに濾過手術後早期の結膜縫合不全やピンホールによる濾過胞からの房水漏出の縫合閉鎖に際して,pinpointで房水漏出点を見いだすことは,的確に縫合し,何回も縫合を重ね組織の損傷を招くことを防ぐために重要である.術前診察では蛍光色素を塗布しSeideltestで確認できるが,術中の顕微鏡下では蛍光色素は可視化されない.術前診察時の漏出点を参照して縫合し,術中に漏出なしと判断しても,微少な漏出が残存しており再手術となったことを経験した.そこで,日常術野で用いられる色素を用いて,術中に房水漏出点の検出ができないかを検討した.I対象および方法対象は平成23年2月から平成24年4月までに当院で施行した房水漏出に対する縫合閉鎖術4例.いずれも原発開放隅角緑内障の患者で濾過手術術後早期に濾過胞の結膜あるいは結膜縫合部から房水漏出を認め,低眼圧と濾過胞の形成不全を呈していた.圧迫眼帯にて房水漏出が止まらないため,再手術を行った.術中,滅菌済み1%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液を5倍,10倍,20倍にBSSPlusR(オキシグルタチオン)で希釈し,最終濃度を0.2%,0.1%,0.05%に調整したものを,房水漏出部の眼球表面に散布した.房水漏出に対する縫合などの処置を行った後,生理食塩水でクリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液を洗い流した.各濃度で,クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液が,漏出点の同定,縫合に適しているかを検討した.本研究は倫理委員会の承認を得ている.II結果〔症例1〕77歳,男性.左眼のマイトマイシンC併用トラベクレクトミー後7日目に濾過胞から房水が漏出した.0.2%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液を散布したところ,結膜そのものが染色され,房水漏出点の観察には適さなかった.100ナイロン糸の連続縫合にて縫合した.〔症例2〕71歳,男性.右眼のトラベクレクトミー後2カ月でencapsulatedblebとなりマイトマイシンC併用濾過胞再建術を施行.術翌日,〔別刷請求先〕三好秀幸:〒553-0003大阪市福島区福島2-1-7関西電力病院眼科Reprintrequests:HideyukiMiyoshi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiElectricPowerHospital,2-1-7Fukushima,Fukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)555 図1症例2での0.1%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液での染色漏出点を同定後,10-0ナイロン糸にて結膜縫合中,色素の色が濃いため縫合糸の視認性が悪くなった.図2症例3での0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液による染色a:クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液を房水漏出が疑われる部分に滴下した時点.b:クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液を滴下した部分に房水が流出しているところ.矢印(→)のところで色素が薄まり,房水の漏出が確認できる.結膜創から房水の漏出があり,0.1%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液を散布し10-0ナイロン糸で端々縫合を行った(図1).房水漏出点は明確に同定されたが,クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)の色が濃すぎるために縫合糸の視認性が低下し,縫合には適さなかった.〔症例3〕68歳,男性.右眼のマイトマイシンC併用トラベクレクトミー後6日目に結膜縫合創から房水漏出を生じた.0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液を散布し,房水漏出点を確認し(図2a,b),10-0ナイロン糸の端々縫合で閉創した.縫合糸の視認性に影響なく,縫合にも適した濃度であった.〔症例4〕83歳,女性.左眼のマイトマイシンC併用トラベクレクトミー後2日目に房水漏出を認めた.0.05%クリスタルバイオレット(ピ図3症例4での0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液による染色a:0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液を滴下した時点.b:同部位のクリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液滴下1秒後.矢印(→)のところに房水漏出点がはっきり同定された.556あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(128) オクタニンブルー)溶液を散布し,結膜のpinholeからの房水漏出点を確認した(図3a,b).結膜が薄く,縫合による結膜損傷のリスクが高いため,フィブリン糊を塗布しpinholeの閉鎖を試みた.0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)溶液で房水漏出が止まっていることを確認した.III考按濾過手術にマイトマイシンCや5-FU(フルオロウラシル)などの線維芽細胞増殖抑制薬を使用するようになり,術後長期にわたり眼圧を良好に維持できるようになったが,合併症である房水の漏出も増加する傾向にある.房水の漏出は,トラベクレクトミー後のおもな合併症にあげられ1),濾過胞感染の原因となりうる2)ため,速やかな対処が必要である.線維芽細胞増殖抑制薬を使用した濾過手術での術後晩期の房水漏出に対しては,濾過胞が菲薄化しているために,漏出点の直接縫合は困難なことが多く,結膜弁移植や濾過胞再建が必要になる場合がある3).一方,術後早期で,結膜縫合不全やピンホールにより房水の漏出が続き濾過胞の形成が悪い場合には,直接的な結膜縫合の適応となる4).結膜からの房水漏出部を縫合により閉鎖するときには,術中の正確な漏出部の同定が必須であるが,微小な創からの漏出の場合には困難であることが多い.術中にSeideltestを施行できれば,的確に漏出部位を特定でき,正確な縫合を行いうるが,筆者らの施設の手術用顕微鏡にはブルーフィルターが装備されていないため,蛍光色素を用いたSeideltestは行えない.また,術中にブルーフィルターで蛍光色素を見ることができたとしても,青色光下で縫合を行うのは容易ではない.そこで,白色光下で房水漏出点を可視化できる方法として,術野でのマーキングで用いられるクリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)を使った染色法を検討した.Okazakiらは,インドシアニングリーンを用いて,トラベクレクトミーの術中に房水漏出の有無を見る方法を報告している5).インドシアニングリーンは緑色であり医薬品であるのに対して,クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)は青紫色であり試薬である.クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)はグラム染色に用いられる色素で,殺菌効果を有するが,術野の組織のマーキング,消化管内視鏡検査時の粘膜の染色にも使われており,投与量を間違えなければ,臨床的に安全に使用できる薬剤である6).当院で術野のマーキングに用いているクリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)濃度は2.7%で,また,一般に消化管内視鏡で使用されている濃度は0.05%である6).また,Okazakiら5)が述べているように,房水が漏出している眼球の結膜上から薬剤を散布しても,圧勾配があるため,薬剤が前房内に流入する危険はないと考えられる.これらのことから,0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液は,房水漏出に対する結膜縫合の際に十分安全に使用できるといえる.本研究にて,0.2%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液は結膜を染色してしまい,房水の漏出点を同定するには濃すぎることが判明した.房水漏出点の同定に適した濃度は0.05%と0.1%であったが,0.1%では色素の濃さのために縫合糸の視認性が低下した.房水漏出点の同定および縫合操作の両方に適した濃度は0.05%であった.0.05%クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)液染色下での縫合術では,pinpointで漏出点がわかり,的確な縫合が行え,漏出が止まったことの確認も可能である.術中クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)染色を行う以前の平成22年5月から平成23年1月までに当院で施行した房水漏出に対する結膜縫合術は2例であったが,その2例とも,術後に再漏出が認められ,再手術となっていた.しかし,術中クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)染色を開始した平成23年2月以降の4例では,再手術率は0%(0/4)であった.症例数は少ないが,再手術率からも術中クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)染色の有用性が示唆される.同様の効果が期待できる色素系の薬剤としてポビドンヨード系の消毒剤も考えられるが,至適濃度の検討はまだ行っておらず今後の課題である.房水漏出点の縫合閉鎖術において,漏出点の同定法として,術中クリスタルバイオレット(ピオクタニンブルー)染色は簡便かつ確実な方法と考える.文献1)EdmundsB,ThompsonJR,SalmonJFetal:Thenationalsurveyoftrabeculectomy.III.Earlyandlatecomplications.Eye16:297-303,20022)SoltauJB,RothmanRF,BudenzDLetal:Riskfactorsforglaucomafilteringblebinfections.ArchOphthalmol118:338-342,20003)松尾寛:治療に必要な基本技術緑内障の治療房水漏出・術後晩発感染症への対処.臨眼54:262-265,20004)大鳥安正:手術治療トラベクレクトミー術後早期の濾過胞からの房水漏出.眼科診療プラクティス98:170,20035)OkazakiT,KiuchiT,KawanaKetal:Indocyaninegreenstainingfacilitatesdetectionofblebleakageduringtrabeculectomy.JGlaucoma16:257-259,20076)井上晴洋,横山顕礼,工藤進英:超・拡大内視鏡─エンドサイトにおける‘CM2重染色’の開発と安全性について─.日本臨牀68:1247-1252,2010(129)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013557

タフルプロスト点眼薬併用下でのβ遮断点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):551.554,2013cタフルプロスト点眼薬併用下でのb遮断点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果石橋真吾田原昭彦永田竜朗宮本理恵宮本直哉藤紀彦原田行規近藤寛之産業医科大学眼科学教室EffectofSwitchingfromBeta-BlockertoDorzolamideandTimololFixed-CombinationEyedropsinGlaucomaPatientsTreatedwithTafluprostandBeta-BlockerShingoIshibashi,AkihikoTawara,TatsuoNagata,RieMiyamoto,NaoyaMiyamoto,NorihikoTou,YukinoriHaradaandHiroyukiKondouDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japanタフルプロスト点眼薬とb遮断点眼薬による併用療法を8週間以上行っても臨床的に効果が不十分と判断した緑内障患者20例を対象に,b遮断点眼薬を1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimololfixed-combination:DTFC)へ変更し,変更前,変更1カ月後,変更3カ月後の眼圧,血圧,脈拍数を測定した.また,結膜充血,角膜上皮障害についても観察した.その結果,平均眼圧は変更1カ月後,3カ月後ともに有意に下降した.一方,平均血圧,平均脈拍数は変更前・後で有意な差はなかった.また,結膜充血,角膜上皮障害の程度にも有意な変化はなかった.タフルプロスト点眼薬とb遮断点眼薬の併用療法をしている症例に対して,DTFCへの切り替えは点眼薬数を増やすことなく眼圧が下降しかつ安全であることから,有用である.In20eyesof20glaucomapatientsbeingtreatedwithtafluprost(TAF)andbeta-blockereyedrops,theeffectsonintraocularpressure(IOP),bloodpressure(BP)andpulseofswitchingtodorzolamideandtimololfixed-combination(DTFC)eyedropswerestudiedatmonth0(baseline),month1andmonth3aftertheswitch.Atmonths1and3afterDTFCinitiation,meanIOPdecreasedsignificantly,ascomparedtobeforeswitching.TherewerenosignificantdifferencesinBPorpulsebetweenbeforeandaftertheswitch.SinceglaucomapatientsbeingtreatedwithTAFandbeta-blockerwhoswitchedtoDTFCexhibitedsignificantdecreaseinIOPwithoutincreasingthenumberofeyedropsorsafety,itisconcludedfromthisstudythatDTFCisausefulagentforglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):551.554,2013〕Keywords:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬,緑内障,眼圧,副作用.dorzolamideandtimololfixed-combination,glaucoma,intraocularpressure,sideeffects.はじめに緑内障に対する唯一確実な治療法は眼圧を下降させることである.初期の開放隅角緑内障では眼圧を1mmHg下降させると緑内障進行の危険性が約10%低下するとの報告1)がある.また,正常眼圧緑内障では眼圧を30%下降させた治療群では,無治療群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告2)や,眼圧を12mmHgに抑えないと視野障害が進行する可能性が高いとの報告3)がある.以前,筆者らは正常眼圧緑内障に対するプロスタグランジン関連薬(PG)単剤使用での眼圧下降率を調査した4).その結果,眼圧が30%以上下降した症例,あるいは12mmHg以下であったものは54.1%であった.したがって,第一選択薬として使用されているPG単剤では,視野障害進行の抑制に十分であるとは考えられない.日本緑内障学会が作成した緑内障診療ガイドライン5)では,「単剤で視神経障害の進行を阻止しうると考える目標眼圧に達しない場合は,まず薬剤(単剤)の変更を考〔別刷請求先〕石橋真吾:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShingoIshibashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu-shi807-8555,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)551 慮し,それでも効果が不十分であるときには多剤併用療法(配合点眼薬を含む)を行う」と記載されている.1.0%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimololfixed-combination:DTFC)は,緑内障治療薬として有用であると報告6)されている.ドルゾラミド塩酸塩とチモロールマレイン酸塩の併用療法と比較して,DTFCの眼圧下降効果は同等であるとの報告6)がある.しかし,抗緑内障点眼薬2剤使用症例に1剤を配合点眼薬へ切り替えることによる有用性と安全性については不明な点が多い.そこで,今回タフルプロスト点眼薬(tafluprost:TAF)とb遮断点眼薬の2剤使用症例に対して,b遮断点眼薬をDTFCへ切り替えることによる眼圧下降効果および安全性について検討した.I対象および方法対象は,2011年3月から2012年8月までの期間,産業医科大学病院でタフルプロスト点眼薬とb遮断点眼薬による併用療法を8週間以上行ったが臨床的に効果が不十分と判断した緑内障患者20例20眼である.産業医科大学病院倫理委員会の承認を事前に受け,書面による同意を得た.角膜屈折矯正手術,角膜疾患,ぶどう膜炎,6カ月以内に緑内障手術などの内眼手術の既往のある症例,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患や副腎皮質ステロイド薬で治療中の症例は対象から除外した.内訳は,男性6例,女性14例,年齢は70.9±10.9(平均値±標準偏差)歳である.病型は,原発開放隅角緑内障12例,正常眼圧緑内障6例,落屑緑内障2例である.なお,b遮断点眼薬は,0.5%チモロールマレイン酸塩持続性点眼薬11例,0.5%チモロールマレイン酸塩点眼薬2例,2%カルテオロール塩酸塩持続性点眼薬7例である.方法は,タフルプロスト点眼薬とb遮断点眼薬による併用療法を8週間以上行ったが,目標眼圧に達しない,もしくは視野障害の進行が認められるため,さらなる眼圧下降が必要と判断した場合,b遮断点眼薬を中止し,washout期間を置かずに1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(コソプトR)の1日2回点眼を開始した.DTFCへの変更前,変更1カ月後,変更3カ月後に眼圧,血圧,脈拍数を測定した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で,血圧と脈拍数は電動式血圧計で各1回ずつ測定した.また,DTFCへの変更前,変更1カ月後,変更3カ月後に結膜充血と角膜上皮障害について,細隙灯顕微鏡で観察した.結膜充血は,充血なしをスコア0,重度の充血をスコア4とし,充血の程度を5段階に分類してスコア化した.また,角膜上皮障害については,フルオレセイン染色法を用いてAD(area/density)分類7)で評価し,AとDの合計をスコアとした.全症例の眼圧,収縮期血圧,拡張期血圧,脈拍数の平均値を変更前(ベースライン)と,変更1カ月後,変更3カ552あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013月後とで比較した.同時に,全症例の結膜充血スコア,角膜上皮障害スコアの平均値も治療前後で比較した.解析には,全症例の片眼を用いて(両眼の場合は左眼を採用),右眼6例,左眼14例とした.統計学的解析は,眼圧と血圧と脈拍数については対応のあるt-検定を使用し,結膜充血と角膜上皮障害についてはWilcoxon符号順位検定を用いて,危険率5%以下を有意な差ありと判断した.II結果全症例の眼圧の平均値は,変更前15.8±2.9mmHg(平均値±標準偏差),変更1カ月後14.0±2.8mmHg,変更3カ月後14.0±2.7mmHgで,変更前と後の差は変更1カ月後1.8mmHg,変更3カ月後も1.8mmHgで,変更前と比較して変更後いずれも有意に下降していた(p<0.0001,p<0.005,図1).全症例の平均眼圧下降率は,変更1カ月後11.6±10.2%,変更3カ月後10.2±13.8%であった.変更前と比較して切り替え後に20%以上の眼圧下降率を示した症例は20例中5例(24%)であった.全症例の収縮期血圧の平均値は,変更前138.2±14.6mmHg,変更1カ月後140.0±16.9mmHg,変更3カ月後140.3±13.8mmHgで,変更前・後で有意な差はなかった(p=0.7,p=0.5).全症例の拡張期血圧の平均値は,変更前77.5±11.6mmHg,変更1カ月後80.6±11.9mmHg,変更3カ月後81.2±11.1mmHgで,変更前・後で有意な差はなかった(p=0.2,p=0.2).全症例の脈拍数の平均値は,変更前66.7±11.6回/分,変更1カ月後66.6±9.0回/分,変更3カ月後67.8±8.5回/分と,変更前・後で有意な差はなかった(p=1.0,p=0.6).眼圧(mmHg)変更3カ月後変更前変更1カ月後***15.8±2.914.0±2.814.0±2.72520151050図1変更前,変更1カ月後,変更3カ月後の平均眼圧(平均値±標準偏差)の変化全症例の平均眼圧は,いずれも変更前に比較して変更後有意に下降している.変更前からの眼圧下降幅は,変更1カ月後は1.8mmHg,変更3カ月後は1.8mmHgで,変更前からの眼圧下降率は,変更1カ月後は11.6±10.2%,変更3カ月後は10.2±13.8%でいずれも変更前に比較して有意に下降している.*:p<0.0001,**:p<0.005,n=20.(124) :角膜:充血##2.521.510.51.7±0.91.5±0.91.4±1.00.4±0.80.4±0.80.4±0.8スコ##変更前変更1カ月後変更3カ月後図2変更前,変更1カ月後,変更3カ月後の結膜充血,角膜上皮障害(平均値±標準偏差)の変化全症例の平均結膜充血,平均角膜上皮障害スコアは,いずれも変更前と比較して変更1カ月後,変更3カ月後で有意な変化はない.♯:有意差なし,n=20.全症例の結膜充血スコアの平均値は,変更前0.4±0.8,変更1カ月後,3カ月後も0.4±0.8で,変更前・後で有意な差はなかった(p=検定不能,図2).全症例の角膜上皮障害スコアの平均値は,変更前1.7±0.9,変更1カ月後1.5±0.9,変更3カ月後1.4±1.0で,変更前・後で有意な差はなかった(p=0.4,p=0.2,図2).III考按現時点で緑内障による視野障害の進行を完全に阻止する方法はないが,眼圧を十分下降させることで進行を鈍化できることが報告2,3,8)されている.1%ドルゾラミド塩酸塩と0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬であるDTFCは緑内障治療薬として広く使用され,ドルゾラミド塩酸塩は毛様体無色素上皮に存在する炭酸脱水酵素を阻害し,チモロールマレイン酸塩は毛様体無色素上皮に存在するb受容体を阻害し,房水産生を抑制することで眼圧が下降すると考えられている9).今回,TAFとb遮断点眼薬の2剤使用症例に対して,b遮断点眼薬をDTFCへ変更し,眼圧,血圧,脈拍数の変化と同時に結膜充血,角膜上皮障害の変化を変更前(ベースライン)と,変更1カ月後,変更3カ月後とで比較し,その結果を検討した.その結果は,全症例の平均眼圧は,変更1カ月後,変更3カ月後ともに有意に下降し,平均眼圧の眼圧下降率は,変更1カ月後11.6±10.2%,変更3カ月後10.2±13.8%であった.PG製剤とb遮断点眼薬の2剤使用症例に対してb遮断点眼薬をDTFCへ切り替えることによる眼圧への効果を調べた報告はないが,ラタノプロストとb遮断点眼薬の2剤を使用している緑内障眼に対して1%ドルゾラミド塩酸塩点眼薬(125)を追加した場合の眼圧への効果を調べた丹羽らの報告10)では,平均眼圧は追加1カ月後有意に下降し眼圧下降率は11%であった.また,Tsukamotoら11)は追加2カ月後の眼圧下降率は9.8%であった.本研究では,切り替え前に使用しているb遮断点眼薬は,0.5%チモロールマレイン酸塩持続性点眼薬,0.5%チモロールマレイン酸塩点眼薬,2%カルテオロール塩酸塩持続性点眼薬であり,DTFCへの切り替えによる眼圧下降効果は,カルテオロール塩酸塩からチモロールマレイン酸塩への切り替えによる眼圧下降効果と1%ドルゾラミド塩酸塩の1日2回点眼による追加効果であり,一概に1%ドルゾラミド塩酸塩の1日3回点眼の追加による眼圧下降効果と比較はできないが,今回の結果では,DTFCへの変更後の眼圧下降率は約10.11%であり,眼圧下降効果は1%ドルゾラミド塩酸塩を追加した場合とほぼ同等であった.このことから,DTFCはPG製剤とb遮断点眼薬の2剤を使用している緑内障の眼圧下降治療において優れた薬剤であるといえる.また,アドヒアランスの低下は緑内障性視野障害の悪化に関与するとの報告12)があり,アドヒアランスの向上は緑内障治療上重要である.高橋らの点眼薬数が増加するとアドヒアランスが低下するとの報告13)や,木内らの多剤併用療法から配合剤への切り替え後のアドヒアランスは向上したとの報告14)がある.今回,アドヒアランスについて調査はしていないが,DTFCへの切り替えは点眼薬数を増やすことなく眼圧下降作用を示したことからも,緑内障の治療薬として優れた薬剤であるといえる.b遮断点眼薬は全身的副作用があり心拍数と血圧の低下を生じるが,今回筆者らの研究では,b遮断点眼薬からDTFCへの切り替えで,血圧,脈拍数に有意な変化はなかった.このことは,DTFCにはチモロールマレイン酸塩が含まれているためと考えられる.また,今回の結果で,結膜充血の程度にも有意な変化はなかった.PG製剤は,結膜充血をひき起こし,ラタノプロストよりビマトプロストのほうが充血が強いと報告15)されている.本研究ではPG製剤であるTAFはそのまま使用を継続しているため,結膜充血の程度に変化がなかったと考えられる.角膜上皮障害については,角膜上皮細胞や結膜上皮細胞への有害性がある塩化ベンザルコニウムを含む点眼薬の頻回点眼や,b遮断薬などの主薬による細胞毒性により生じると考えられ,角膜上皮障害の発生頻度は抗緑内障点眼薬の回数と点眼薬数に相関すると報告16)されている.今回の研究では,切り替え前後で角膜上皮障害に有意な変化はなかった.切り替え前のb遮断点眼薬は,0.5%チモロールマレイン酸塩持続性点眼薬,0.5%チモロールマレイン酸塩点眼薬,2%カルテオロール塩酸塩持続性点眼薬であり,塩化ベンザルコニウムの使用の有無や頻度,主薬が異なっているため,角膜上皮障害の程度に有意な変化がなかあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013553 ったことへの考察はむずかしいが,DTFCの添加物であるD-マンニトールが塩化ベンザルコニウムの影響を減少させている作用があること17)が影響している可能性がある.また,0.5%チモロールマレイン酸塩点眼薬と0.5%チモロールマレイン酸塩持続点眼薬とで,角膜上皮障害への影響に差はなかったとの報告18)も角膜上皮障害に差がなかった結果を支持する.これらのことから,本研究のb遮断点眼薬からDTFCへの切り替えは,安全な緑内障の治療法と考えられる.本研究では,b遮断点眼薬が0.5%チモロールマレイン酸塩だけではないことから,各々のb遮断点眼薬からのDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果や副作用について,さらなる調査の必要があると考える.また,緑内障診療ガイドライン5)では,無治療時から20%,30%の眼圧下降率を目標眼圧として設定することが推奨され,視神経障害の進行を阻止できた時点ではじめて目標眼圧が適切であると確認できる.本研究では,変更前と比較して切り替え後に20%以上の眼圧下降率を示した症例は20例中5例(24%)であったが,PG製剤とb遮断点眼薬を使用していない無治療時の眼圧が不明な症例があり,無治療時からの眼圧下降率は調査できなかった.DTFCへ切り替えることで視野障害が抑制できたかについては,今後調査の必要があると考える.さらには,臨床試験に参加することで点眼改善効果による眼圧下降効果が起こりうるため,バイアスがかかっている可能性も否定できない.以上,TAFとb遮断点眼薬の併用療法で眼圧下降効果が不十分な症例に対してb遮断点眼薬からDTFCへの切り替えは,点眼薬数を増やすことなく有意に眼圧を下降させ,血圧,脈拍数に影響がなく,さらに結膜充血,角膜上皮障害の程度を変化させないことから,有効かつ安全な緑内障治療の一つと考えられる.文献1)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal:Factorsforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment.ArchOphthalmol121:48-56,20032)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallypressures.AmJOphthalmol126:487-497,19983)TheAGISInvestigators:Theadvancedglaucomaintervensionstudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraoculardeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20004)石橋真吾,廣瀬直文,田原昭彦:正常眼圧緑内障患者の眼圧日内変動に対するラタノプロストの効果.あたらしい眼科21:1693-1696,20045)日本緑内障学会緑内障ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:5-46,20126)北澤克明,新家眞,MK-0507A研究会:緑内障および高眼圧症患者を対象とした1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬(MK-0507A)の第Ⅲ相二重盲検比較試験.日眼会誌115:495-507,20117)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19948)KosekiN,AraieM,ShiratoSetal:Effectoftrabeculectomyonvisualfieldperformanceincentral30°fieldinprogressivenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology104:197-201,19979)中谷雄介,大久保真司:知っておきたい配合剤(炭酸脱水酵素阻害薬+b遮断薬).あたらしい眼科29:479-485,201210)丹羽義明,山本哲也:各種緑内障眼に対する塩酸ドルゾラミドの効果.あたらしい眼科19:1501-1506,200211)TsukamotoH,NomaH,MatsuyamaSetal:Theefficacyandsafetyoftopicalbrinzolamideanddorzolamidewhenaddedtothecombinationtherapyoflatanoprostandabeta-blockerinpatientswithglaucoma.JOculPharmacolTher21:170-173,200512)RossiGC,PasinettiGM,ScudellerLetal:Doadherenceratesandglaucomatousvisualfieldprogressioncorrelate?EurJOphthalmol21:410-414,201113)高橋真紀子,内藤智子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第二報”.あたらしい眼科29:555-561,201214)木内貴博,井上隆史,高林南緒子ほか:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩2剤併用から配合剤への切り替え効果に関する長期的検討.あたらしい眼科29:831-834,201215)相原一:プロスタグランジン関連薬.あたらしい眼科29:443-450,201216)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼64:729732,201017)長井紀章,村尾卓俊,大江恭平ほか:不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療配合剤のinvitro角膜細胞障害性評価.薬学雑誌131:985-991,201118)北澤克明,東郁夫,塚原重雄ほか:1日1回点眼製剤TimololGS点眼液─チモロール点眼液1日2回点眼との臨床第Ⅲ相比較試験─.あたらしい眼科13:143-154,1996***554あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(126)

Descemet膜剝離角膜内皮移植術とDescemet膜非剝離角膜内皮移植術の短期手術成績の比較

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):547.550,2013cDescemet膜.離角膜内皮移植術とDescemet膜非.離角膜内皮移植術の短期手術成績の比較廣越亜希子*1,2松本幸裕*2市橋慶之*1,2川北哲也*2榛村重人*2坪田一男*2*1日本鋼管病院眼科*2慶應義塾大学医学部眼科学教室ComparisonofShort-TermResultsbetweenDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)andnon-Descemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(nDSAEK)AkikoHirokoshi1,2),YukihiroMatsumoto2),YoshiyukiIchihashi1,2),TetsuyaKawakita2),ShigetoShimmura2)andKazuoTsubota2)1)DepartmentofOphthalmology,NihonKoukanHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine目的:Descemet膜.離角膜内皮移植術(DSAEK)とDescemet膜非.離角膜内皮移植術(nDSAEK)の短期手術成績を比較する.対象および方法:水疱性角膜症に対して,DSAEKを施行した症例(DSAEK群)16例18眼とnDSAEKを施行した症例(nDSAEK群)14例14眼について,角膜透明治癒率,視力,自覚的乱視,等価球面度数,角膜内皮細胞密度を比較検討した.結果:術後12カ月においては,角膜透明治癒率は両群とも100%であり,視力についても両群間に有意差を認めなかった.自覚的乱視や等価球面度数についても両群間に有意差を認めなかった.角膜内皮細胞密度の減少についてはnDSAEK群のほうがDSAEK群と比べて少ない傾向があった.結論:nDSAEKはDSAEKと同様に有用な手術方法であり,術後の角膜内皮細胞の減少が少ない可能性が示唆された.Purpose:Tocomparepostoperativeshort-termresultsbetweenDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)andnon-Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(nDSAEK).Methods:Wecomparedgraftclarity,visualacuity,subjectiveastigmatism,sphericalequivalentandendothelialcelllossbetween18eyesof16patientswhounderwentDSAEKand14eyesof14patientswhounderwentnDSAEKforbullouskeratopathy.Results:Allcasesinbothgroupshadretainedcleargraftsat12monthspostoperatively;therewasnosignificantdifferenceinvisualacuity,subjectiveastigmatismorsphericalequivalentbetweenDSAEKgroupandnDSAEKgroup.DonorendothelialcelllosstendedtobelessinnDSAEKgroupthaninDSAEKgroup.Conclusion:Asasurgicaltechnique,nDSAEKisconsideredsimilartoDSAEKintermsofusefulness,andmaybesuperiortoDSAEKintermsofpostoperativeendothelialcellloss.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):547.550,2013〕Keywords:DSAEK(Descemet膜.離角膜内皮移植術),nDSAEK(Descemet膜非.離角膜内皮移植術),角膜内皮移植術,水疱性角膜症.DSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty),nDSAEK(non-Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty),endothelialkeratoplasty,bullouskeratopathy.はじめにDescemet膜.離角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)は,2004年より,Melles,Terry,Priceらによって開発された新しい手術方法である1.3).一方,Descemet膜非.離角膜内皮移植術(non-Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:nDSAEK)は,2009年に小林らにより報告されている手術方法である4).これまで,DSAEK,nDSAEKについて,各々の手術成績は報告されている4,5)が,両者を比較検討したものはない.今回,DSAEKとnDSAEKの短期手術成績を比較検討したので報告する.〔別刷請求先〕廣越亜希子:〒210-0852川崎市川崎区鋼管通1丁目2番1号日本鋼管病院眼科Reprintrequests:AkikoHirokoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NihonKoukanHospital,1-2-1Koukanstreet,Kawasakiku,Kawasaki,Kanagawa210-0852,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(119)547 :DSAEKI対象および方法-0.5:nDSAEK対象は,慶應義塾大学病院眼科において,同一術者(S.S.)0によって,平成19年8月から平成22年1月までに,水疱性角膜症と診断されて,DSAEKを施行された症例(DSAEK群)16例18眼(男性3例,女性13例,平均年齢75.5±9.6歳)とnDSAEKを施行された症例(nDSAEK群)14例14眼(男性9例,女性5例,平均年齢73.2±12.9歳)であった.LogMAR0.5水疱性角膜症の原因の内訳は,DSAEK群では,白内障術後(眼内レンズ挿入眼術後)が8例,レーザー虹彩切開術後が5例,Fuchs角膜ジストロフィが3例,その他2例であり,またnDSAEK群では,白内障術後(眼内レンズ挿入眼術後)が8例,レーザー虹彩切開術後が2例,その他4例であった.手術方法としては,まず角膜上に直径8mmにて円形にマ1.0術前13612術後(月)図1矯正視力の変化矯正視力に関して,DSAEK群とnDSAEK群との間には,いずれの時期においても有意差を認めなかった.ーキングした後に,耳側に約5mmの角膜創を作製した.インフュージョンカニューラ(モリア・ジャパン,東京)を使3p<0.05:DSAEK:nDSAEK用して前房を安定させた状態で,DSAEKはDescemet膜を.離し移植片を前房内に挿入するのに対し,nDSAEKはDescemet膜を.離せずに前房内に移植片を挿入した.移植片の直径は8.0mmであり,BusinGlideSpatulaTM(モリア・ジャパン,東京)と鑷子を使用して耳側の角膜創より移植片を前房内に引き入れ,移植片の位置を調整したうえで前房内に空気を注入し移植片の接着を図った.自覚的乱視度数(D)210DSAEK群およびnDSAEK群において,角膜透明治癒率(%),視力,自覚的乱視度数(diopter:D),等価球面度数(D),角膜内皮細胞密度(/mm2),術中や術後の合併症を検討した.なお,視力はlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)で解析した.数値は,平均値±標準偏差で記載し,統計学的解析方法としては,Mann-WhitneyU-test,Wilcoxont-test検定を用いて検討した.II結果1.角膜透明治癒率術後12カ月における角膜の透明治癒率は,両群とも100%であった.2.視力DSAEK群での術前の視力は,logMAR値:0.43±0.28(小数視力:0.42±0.17)であり,術後1カ月で0.28±0.23(0.60±0.30),術後3カ月で0.21±0.33(0.69±0.33),術後6カ月で0.19±0.23(0.72±0.35),術後12カ月で0.16±0.21(0.76±0.22)と,術後3カ月以降において,有意な視力の向上が得られた(p<0.05)(Wilcoxont-test).一方,nDSAEK群では,術前の視力は,logMAR値:0.61±0.48(小数視力:0.37±0.26)であり,術後1カ月で0.23±0.28(0.68±0.31),術後3カ月で0.17±0.35(0.81±0.36),術後6カ月で0.18±548あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013術前13612術後(月)図2自覚的乱視度数の変化自覚的乱視度数に関して,DSAEK群とnDSAEK群との間には,術後3カ月においてのみ有意差を認めた(p<0.05).0.35(0.81±0.37),術後12カ月で0.14±0.31(0.84±0.32)と術後1カ月以降において,有意な視力の向上が得られた(p<0.05)(Wilcoxont-test).DSAEK群とnDSAEK群と比較検討したところ,いずれの時期においても有意差を認めなかった(p>0.05)(Mann-WhitneyU-test)(図1).また,0.5以上の小数視力が得られた症例は,術後6カ月で,DSAEK群では66.7%,nDSAEK群では85.7%であった.術後12カ月で,DSAEK群では55.6%,nDSAEK群では85.7%であった.3.自覚的乱視度数DSAEK群において,自覚的乱視度数は,術前で1.50±0.87D,術後1カ月で1.39±1.15D,術後3カ月で1.21±0.95D,術後6カ月で1.34±1.03D,術後12カ月で1.58±1.06Dであり,術前と比較して,術後3カ月,12カ月で有意差を認めた(p<0.05)(Wilcoxont-test).nDSAEK群に(120) :nDSAEK術前13612術後(月)図3等価球面度数の変化等価球面度数に関して,DSAEK群とnDSAEK群との間には,いずれの期間においても有意差を認めなかった.おいて,自覚的乱視度数は,術前で1.46±0.99D,術後1カ月で1.63±1.06D,術後3カ月で2.06±1.07D,術後6カ月で1.55±1.21D,術後12カ月で1.42±0.71Dであり,術前と比較して,術後3カ月で有意差を認めた(p<0.05)(Wilcoxont-test).両群間の比較検討では,術後3カ月において有意差を認めたものの(p<0.05)(Mann-WhitneyU-test),その他の時期においては有意差を認めなかった(図2).4.等価球面度数DSAEK群において,等価球面度数は,術前で.0.13±2.30D,術後1カ月で0.30±1.31D,術後3カ月で.0.30±1.70D,術後6カ月で0.02±1.00D,術後12カ月で.0.01±1.54Dであり,nDSAEK群において,等価球面度数は,術前で.0.94±1.80D,術後1カ月で.0.47±1.17D,術後3カ月で.0.53±1.57D,術後6カ月で.0.56±1.38D,術後12カ月で.0.68±1.59Dであった.DSAEK群において,術前と比較して術後1カ月,術後6カ月,術後12カ月で有意に遠視化しており(p<0.05),nDSAEK群では,術前と比較して術後1カ月,術後3カ月,術後6カ月,術後12カ月で有意に遠視化していた(p<0.05)(Wilcoxont-test)(図3).両群の比較検討では,いずれの時期においても有意差を認めなかった(Mann-WhitneyU-test).5.角膜内皮細胞密度DSAEK群において,ドナー角膜の角膜内皮細胞密度は,術前で2,341±389/mm2,術後1カ月で1,563±426/mm2,術後3カ月で1,862±695/mm2,術後6カ月で1,530±646/mm2,術後12カ月で1,671±735/mm2であり,術後はいずれの時期でも有意な減少を示していた(p<0.05)(Wilcoxont-test).nDSAEK群において,ドナー角膜の角膜内皮細胞密度は,術前で2,616±317/mm2,術後1カ月で2,129±(121):DSAEK1等価球面度数(D)0-1-2角膜内皮細胞密度(/mm2)3,000p<0.05p<0.052,0001,0000術前13612術後(月)図4角膜内皮細胞密度の変化角膜内皮細胞密度に関して,DSAEK群とnDSAEK群との間には,術後1カ月と術後6カ月において有意差を認めた(p<0.05).506/mm2,術後3カ月で2,257±281/mm2,術後6カ月で2,243±336/mm2,術後12カ月で2,007±472/mm2であり,術後はいずれの時期でも有意な減少を示していた(p<0.05)(Wilcoxont-test)(図4).DSAEK群では,術後6カ月で34.6%,術後12カ月で28.6%の細胞数の減少を認めたが,nDSAEK群では,術後6カ月で14.3%,術後12カ月で23.3%の減少率であった.いずれの時期においても,nDSAEK群は,DSAEK群よりも細胞減少率は低く,術後1カ月と術後6カ月において有意差を認めた(p<0.05)(Mann-WhitneyU-test).6.術中・術後合併症DSAEK群において,術後2カ月より眼圧上昇を1例認めたが,点眼治療にて軽快している.nDSAEK群において,術翌日に移植片の偏位を1例認めたが,移植片の位置を修正した後に空気を再注入することで角膜中央部付近への接着を得られた.術中の合併症については,DSAEK群,nDSAEK群ともに認められなかった.III考按今回の結果では,DSAEK群,nDSAEK群ともに術後12カ月における角膜透明治癒率は100%であった.また,0.5以上の小数視力が得られたのは,術後6カ月にてDSAEK群で66.7%,nDSAEK群で85.7%であった.Koenigらは,DSAEK術後6カ月で角膜透明治癒率は100%であり,88.2%で視力の向上が得られ,61.8%で小数視力0.5以上が得られたと報告している6).また,Priceらは,DSAEKの症例のなかで,術後の小数視力が0.5以上得られた症例は69%であったと報告している7).今回の検討では,DSAEK群においては,角膜透明治癒率,視力ともに,過去の報告とほぼ同様の結果であった.nDSAEK群においては,角膜透明治癒あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013549:DSAEK:nDSAEK 率,視力ともに,DSAEK群とほぼ同様の結果であり,視力では統計学的有意差を認めていなかった.今回,DSAEK術後の角膜内皮細胞数の減少率は,術後6カ月で34.6%,術後12カ月で28.6%であった.以前に,DSAEK術後の角膜内皮細胞数の減少率について,Priceらは,術後6カ月では減少率は34%と報告しており8),Terryらは,術後6カ月では34%,術後12カ月では35%であると報告している9).本検討でのDSAEK群においては,既報と同程度の角膜内皮細胞数の減少率であった.今回,nDSAEK術後の角膜内皮細胞数の減少率において,術後6カ月で14.3%,術後12カ月で23.3%であった.nDSAEK群はDSAEK群と比較して,術後のいずれの時期においても角膜内皮細胞数の減少が少ないという結果であった.また,以前に,小林らは,nDSAEKの角膜内皮細胞数の減少率は術後6カ月で25.8%であったと報告している4).既報と今回の報告により,DSAEKと比較して,nDSAEKは,術後の角膜内皮細胞数の減少が少ない手術方法といえる可能性が示唆された.以下は,筆者らの仮説ではあるが,DSAEKでは,Descemet膜を.離することにより,角膜や眼内に炎症を惹起させる可能性があることや,ドナー角膜の偏位などにより,Descemet膜.離部分とドナー角膜の接着部分にずれが生じ,角膜内皮が存在しない領域が生じる可能性があると考えられる.しかしながら,nDSAEKでは,そのような可能性は否定できるため,術後の角膜内皮細胞数を維持できるのではないかと推測している.今回の検討では,DSAEK群において,術後6カ月の自覚的乱視度数は1.34±1.03Dであり,nDSAEK群において,術後6カ月の自覚的乱視度数は1.55±1.21Dであった.DSAEK群,nDSAEK群のいずれにおいても,術後の自覚的乱視は軽度であり,術後早期より安定していた.術後6カ月以降の自覚的乱視については,DSAEK群とnDSAEK群との比較では,有意差を認めなかった.Koenigらは,DSAEKの術前術後の自覚乱視の変化について,術前の乱視(1.68±1.22D)と術後6カ月での乱視(1.80±1.10D)との間には,有意差を認めなかったと報告している6).また,Mearzaらは,DSAEKの術後12カ月での乱視は1.50±1.16Dであったと報告している10).今回,DSAEK術後の自覚乱視については,既報と同程度であり,明らかな差を認めなかった.今回,術前と術後の等価球面度数を検討したところ,DSAEK群およびnDSAEK群において,術後12カ月に至るまで遠視化していた.屈折検査による等価球面度数を検討すると,DSAEKにおいては,術前と比べて,術後は遠視化の傾向があることが知られているが,nDSAEKについては,これまで報告されていない.今回の検討では,遠視化の傾向については,DSAEKとnDSAEKの間に有意差を認めなかった.また,術中や術後の合併症については,DSAEK群,nDSAEK群において,明らかな差を認めず,安全性に関して優劣はないものと考えた.今回の検討により,nDSAEKはDSAEKと同様に高い角膜透明治癒率が得られること,術後早期から視力の改善が得られること,術後の自覚的乱視が軽度であることにより,有用な角膜移植術の一つであると考えられた.また,今回,nDSAEKはDSAEKよりも,術後の角膜内皮細胞数を維持できる可能性が示唆されたが,これについては,今後,長期的に検討する必要があると考えられた.本論文の要旨は,第34回角膜カンファランス(2010,仙台)にて発表した.文献1)PriceMO,PriceFW:Descemet’sstrippingendothelialkeratoplasty.CurrOpinOphthalmol18:290-294,20072)MellesGR:Posteriorlamellarkeratoplasty:DLEKtoDSAEKtoDMEK.Cornea25:879-881,20063)PriceFW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneuralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20054)小林顕:Descemet膜非.離角膜内皮移植術(nDSAEK):眼科手術22:475-480,20095)市橋慶之,冨田真智子,島﨑潤:角膜内皮移植術の短期治療成績:日眼会誌113:721-726,20096)KoenigSB,CovertDJ,DuppsWJJretal:Visualacuity,refractiveerror,andendothelialcelldensitysixmonthsafterDescemetstrippingandautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Cornea26:670-674,20077)PriceMO,PriceFW:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplasty:comparativeoutcomeswithmicrokeratome-dissectedandmanuallydissecteddonortissue.Ophthalmology113:1936-1942,20068)PriceMO,PriceFW:Endothelialkeratoplastyinfluencingfactorsand2-yeartrend.Ophthalmology115:857-865,20089)TerryMA,ChenES,ShamieNetal:EndothelialcelllossafterDescemet’sstrippingendothelialkeratoplastyinalargeprospectiveseries.Ophthalmology115:488-496,200810)MearzaAA,QureshiMA,RostronCK:Experienceand12-monthresultsofDescemet-strippingendothelialker-atoplasty(DSAEK)withasmallincisiontechnique.Cornea26:279-283,2007***550あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(122)

治療的角膜切除術後に遷延性角膜上皮欠損とカルシウム塩沈着をきたした眼類天疱瘡の1例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):541.545,2013c治療的角膜切除術後に遷延性角膜上皮欠損とカルシウム塩沈着をきたした眼類天疱瘡の1例羽田奈央加藤直子石川聖竹内大防衛医科大学校眼科学講座ACaseofOcularCicatricalPemphigoidwithPersistentCornealEpithelialDefectandCalcareousDegenerationafterPhototherapeuticKeratectomyNaoHada,NaokoKato,ShoIshikawaandMasaruTakeuchiDepartmentofOphthalmology,NationalDefenseMedicalCollege眼類天疱瘡に伴う角膜混濁に対して治療的角膜切除術(phototherapeutickeratectomy:PTK)を行ったところ,術後に遷延性上皮欠損とカルシウム塩沈着を生じた1例を経験した.症例は70歳の女性で,右眼の角膜混濁と重度のドライアイ,白内障のため当科を紹介された.初診時,両眼結膜.の短縮を認めた.ドライアイに対し涙点プラグを挿入し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼処方にて角膜上皮障害が改善したため,右眼角膜混濁に対してPTKを施行したところ,術後に遷延性角膜上皮欠損となった.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼,0.5%レボフロキサシン点眼,自己血清点眼を処方したが改善せず,持続閉瞼を行ったところ上皮欠損部にカルシウム塩沈着が発生した.遷延性上皮欠損は低下した角膜上皮幹細胞機能がPTK術後の点眼液の細胞毒性により阻害されたことから,カルシウム塩沈着はベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼により発生したと考えられた.A70year-oldfemalepatientwithseveredryeye,superficialcornealstromalopacityandcataractwasintroducedtoourinstitute.Shewasdiagnosedwithocularcicatricalpemphigoidduetoseveredryeyeandsymblepharononbothconjunctiva.Sinceocularsurfaceconditionwasimprovedbyprescribingartificialteareyedropsandpunctualplugocclusion,photorefractivekeratectomy(PTK)wasperformedforthesuperficialstromalopacityonherrighteye.AfterPTK,hercorneaexhibitedpersistentepithelialdefectfor2months,despitetheprescriptionofautologousserumeyedrops.Whenweinstructedeyelidclosurebyeyepatchat2monthsaftersurgery,thecorneadevelopeddensewhitedepositsonthesuperficialstromaintheareaofepithelialdefect.Thedepositscouldbecalcareousdegenerationdevelopedthroughtopicaluseofphosphate-containingbetamethasoneeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):541.545,2013〕Keywords:遷延性角膜上皮欠損,眼類天疱瘡,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼,カルシウム塩沈着.persistentcornealepithelialdefect,ocularcicatricalpemphigoid,steroid-phosphateeyedrop,calcareousdegeneration.はじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricalpemphigoid:OCP)は,粘膜上皮基底膜に対する自己抗体産生によるII型アレルギー反応から,角膜上皮の瘢痕化をきたす疾患である1.3).今回,筆者らは,眼類天疱瘡由来と考えられた角膜表層混濁に対して治療的角膜切除術(phototherapeutickeratectomy:PTK)を行ったところ,遷延性角膜上皮欠損を生じ,さらに点眼液の影響によると思われる角膜実質へのカルシウム塩沈着を続発した症例を経験したので報告する.I症例患者:70歳,女性.主訴:視力低下.既往歴:糖尿病,高血圧.既往歴:特になし.現病歴:2年前より近医にて右眼角膜混濁,白内障を指摘〔別刷請求先〕羽田奈央:〒359-8513所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学講座Reprintrequests:NaoHada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalDefenceMedicalCollege,3-2Namiki,Tokorozawa,Saitama359-8513,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)541 され点眼治療を受けていた.しかし,徐々に視力が低下したため,平成24年4月27日に当科紹介受診となった.受診時所見:視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.09(矯正不能),眼圧は右眼16mmHg,左眼14mmHgであった.右眼角膜には帯状角膜変性と実質浅層に続く境界不明瞭な淡い混濁がみられた(図1).右眼は角膜全域に中等度の密度で点状表層角膜炎がみられ,左眼は下方に中等度の点状表層角膜炎がみられた.両眼とも下方結膜.がやや短縮し,軽度の瞼球癒着がみられた(図1).その他,眼瞼結膜には異常所見を認めなかった.涙液破綻時間は両眼とも1秒と短縮し,涙液三角は両眼で低下していた.Schirmerテスト(第Ⅰ法)は右眼1mm,左眼2mmであった.両眼瞼ともグレード3のマイボーム腺梗塞がみられた.前房深度はやや浅めで,虹彩の瞳孔縁には水晶体偽落屑物質が付着しており,中等度の加齢白内障がみられた.眼底は,糖尿病網膜症に対して汎網膜光凝固が施されており,両眼とも新福田分類AII(P)であった.ドライアイに対し両眼の上下涙点に涙点プラグ(スーパーフレックスプラグR,EagleVision,Inc.)を挿入し,0.1%ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレインR点眼液0.1%)を処方し,両眼に各5回点眼指示したところ,5月18日の再診時には角膜上皮の点状表層角膜炎はほぼ治癒していた.そこで,角膜混濁を除去するために6月2日に右眼にPTKを施行した.エキシマレーザーを用いて直径6.0mmにトランジションゾーン1.5mmを加えて角膜上皮を.離し,さらに連続して角膜実質を切除した.切除深度は合計127.8μmであった.術後は治療用ソフトコンタクトレンズを挿入し,0.3%ヒアルロン酸ナトリウム(ヒアレインRミニ0.3%)を6回,0.5%レボフロキサシン(クラビットR点眼液0.5%)と0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム(リンデロンR点眼,点耳,点鼻薬0.1%)を各4回右眼に点眼するよう指示した.PTK施行6日後に再診したとき,.離した上皮はほとんど再生していなかった.治療用ソフトコンタクトレンズ装用を続け,さらに6月8日より20%自己血清点眼を処方し2時間ごとに点眼するように指示したところ,上方から角膜上皮が再生し始めた.しかし,下方は手術時の上皮.離縁から図1初診時前眼部写真左上:角膜中央部の上皮下に帯状角膜変性がみられ,境界不明瞭な淡い混濁が実質浅層まで連続していた.右上:フルオレセインによる生体染色で角膜全域に中等度の点状表層角膜炎がみられた.下:下眼瞼結膜は短縮し,軽度の瞼球癒着がみられた(矢印).542あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(114) まったく上皮が再生しない状態が続いた(図2).7月9日より眼帯による終日閉瞼を行ったところ,7月20日来院時に右眼の上皮欠損部の角膜実質浅層に白色の沈着物が出現していた.沈着物は角膜実質浅層の上皮欠損部にあり,やや硬く,表面は不正であった(図3).さらに,翌週には沈着物が増加していた.0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムを点眼していたことより,沈着物はカルシウム図2PTK施行6日後の前眼部所見PTKの際に.離した角膜上皮は,上方がやや再生し始めているが,下方はまったく再生せず,角膜びらんが残存していた.塩である可能性が高いと考え,0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムを0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR点眼液0.1%)に変更し,漸減中止した.さらに点眼液中の防腐剤などの添加物による上皮再生遅延の可能性も考慮し,7月27日より0.1%ヒアルロン酸ナトリウムも中止し,プレドニゾロン(プレドニンR)10mgを内服開始し再び経過観察としたところ,白色沈着物の表面に角膜上皮が再生し始めた.さらに,0.5%レボフロキサシン,0.3%ヒアルロン酸ナトリウムも中止し自己血清点眼のみとし,9月3日角膜上皮欠損は完全に閉鎖した.II考察本症例は,原因不明の角膜帯状変性と浅層実質の混濁があり,重度ドライアイ,結膜.の短縮,瞼球癒着がみられたことから眼類天疱瘡が病態の基盤にあったと考えられる.角膜混濁に対してPTKを施行し,通常の術後点眼を行ったところ,上皮再生遅延がみられ,さらに2カ月間に及ぶ0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムの点眼が関与してカルシウム沈着が生じたと考えられる.類天疱瘡は皮膚ないし粘膜の基底膜部を侵す難治性の自己免疫疾患で,水疱性類天疱瘡と瘢痕性類天疱瘡とに大別される.水疱性類天疱瘡は,表皮真皮境界部の基底膜部に対する自己抗体により表皮細胞基質間接着障害をきたす疾患で,皮図3PTK施行50日後の前眼部所見左上,右上:PTK後50日経過しても,角膜上皮びらんは下方で治癒していない.角膜上皮欠損部に一致して実質浅層に白色の沈着物がみられた.下:前眼部OCTでは,角膜実質の浅層に沈着物を確認できる(矢印).(115)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013543 膚に表皮下水疱が形成される.一方,瘢痕性類天疱瘡は粘膜上皮の基底膜部に対する自己抗体により,主として粘膜に上皮下水疱を形成する疾患である4).眼類天疱瘡は,主として瘢痕性類天疱瘡に属し5),初期は片眼性の間欠性,非特異的慢性結膜炎で発症し,結膜上皮下に線状の線維形成が生じる1,6,7).無治療で放置すると,炎症が増悪し,線維形成の増大,円蓋部の短縮,瞼球癒着が生じる6,7).また,角膜上皮障害,実質混濁,血管新生などの角膜合併症が生じ,有効な治療を行わないと角膜潰瘍の穿孔や,角化を伴った眼瞼癒着が生じることもある8,9).角膜と結膜の境界にある輪部には,角膜上皮幹細胞が存在し,角膜上皮の再生と修復との維持に重要な役割を担っていると考えられる8).化学傷や熱傷などで角膜輪部が大きく損傷されると輪部機能不全となり,角膜の正常な上皮化が妨げられる8).輪部機能不全はStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡の重症例で角膜上皮幹細胞が減少した場合にも生じることが知られている8,10).本症例は,初診時にすでに重度のドライアイ症状と角膜混濁,結膜.短縮がみられ,眼類天疱瘡が強く疑われたことから,PTK後に角膜上皮再生が著しく遅延した原因は,眼類天疱瘡に続発する輪部機能の低下に由来したと考えられる8,11).眼類天疱瘡やStevens-Johnson症候群のような眼表面の炎症疾患で角膜上皮幹細胞疲弊を起こす可能性のある疾患に対してPTKを行うことの是非については議論のあるところであろう.日本眼科学会の定める「エキシマレーザー照射におけるガイドライン」では,活動性の外眼部炎症,創傷治癒に影響を与える可能性の高い全身あるいは免疫不全疾患はエキシマレーザー屈折矯正手術の禁忌に分類されており,乾性角結膜炎は実施に慎重を要するといわれている.これらを考え合わせると,本症例がPTKの良い適応であったとはいえない.しかし,視機能の低下が著しく,外科的な治療を行わずに視機能を回復させることが不可能と判断したので,術前にドライアイの治療と十分な消炎を行い眼表面の状態を改善させてからPTKを施行した12).しかし,検眼鏡的には眼表面の炎症は鎮静化したと思われたが,実際のPTK後には遷延性上皮欠損に陥る結果となった.遷延性角膜上皮欠損の治療としては,ソフトコンタクトレンズ装着,ヒアルロン酸ナトリウム製剤の点眼,涙点閉鎖,自己血清点眼処方などが行われる.涙点閉鎖は,涙点プラグの挿入や涙点を焼灼することにより涙液を結膜.に貯留させて眼表面の水濡れ性を改善させる治療であり,重度のドライアイに対し有効である13,14).自己血清点眼薬は,表皮成長因子やビタミン類,フィブロネクチンなどの角結膜上皮再生を促す因子を含み涙の成分に比較的類似しているため重度ドライアイの治療に使用され,その有効性はこれまで複数報告されている6,7).本症例の角膜上皮再生遅延に対しては,上記544あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013のすべての治療を行ったが奏効せず,最終的には市販されている点眼薬をすべて中止することによってようやく治癒に至った.これは,本症例の角膜輪部機能が著しく低下していたため,点眼液中に含まれる防腐剤のみならず点眼液の有効成分や溶媒中に含まれる添加物などにより,上皮再生が阻害されたためと考えられる.さらに,上皮欠損部の実質表層に生じた白色の沈着物は,カルシウム塩と考えられる.角膜へのカルシウム塩沈着は,通常は帯状角膜変性の形で角膜上皮基底膜からBowman層にかけて生じる.しかしまれに,全身的な代謝異常や変性疾患の際など,より深層の実質にカルシウム沈着が生じることがある.深層の実質へのカルシウム沈着は,涙液中のカルシウム濃度が高まっているところに,リン酸を含むステロイド点眼液を投与することによりカルシウムリン酸塩が生じ,角膜実質細胞の代謝異常で,産生されたグリコサミノグリカンの働きにより細胞内または細胞周囲に結合すると考えられており,外傷後やStevens-Johnson症候群に伴う慢性角結膜炎,遷延性角膜上皮欠損,移植片対宿主病,外科手術後などに発症することがある11,15,16).本例でも,PTK施行前より重度のドライアイに対して涙点プラグを使用しており,涙液中のカルシウム濃度が上がっていた可能性があり,遷延性角膜上皮欠損が存在したところに消炎のため0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムの点眼を行っており,これらの点眼液の濃度も高まっていた可能性がある.そこへ持続閉瞼による涙液pHの変化などがきっかけとなり,角膜実質にカルシウム塩の沈着が起きたと推測される.さらに,レボフロキサシンを継続して使用していたことより,ニューキノロン点眼液の結晶沈着であった可能性も考えられる.本症例のように白内障による高度の視力低下と角膜実質混濁を伴う眼類天疱瘡患者の視機能を回復させるには,角膜混濁除去と白内障手術が必須である.白内障手術の安全性を上げるためにも,先に角膜混濁を除去し術視野を確保したうえでの白内障手術は意義があると考えられる.そのためには,眼類天疱瘡を合併していることにより術後に上皮再生遅延を生じる可能性があったとしても,混濁を均一に切除できるPTKは有用と考えられる17).しかし,十分なインフォームド・コンセントと,術後に遷延性上皮欠損が発生してしまった場合には,自己血清点眼処方や羊膜移植などの処置を早めに行う準備が必要と思われる.また,角膜上皮再生遅延を生じた場合には,漫然とした抗生物質や消炎薬の投与は行わず,早期に漸減中止することも検討したほうが良いと思われる.特に,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム点眼時には,涙液のpHなどの眼表面環境の変化により角膜実質にカルシウム塩沈着を生じることもあり,注意を要する.(116) 文献1)GazalaJR:Ocularpemphigus.AmJOphthalmol48:355362,19592)MondinoBJ,BrownSI:Ocularcicatricialpemphignoid.Ophthalmology88:95-100,19813)FosterCS,AhmedAR:Intravenousimmunogloblintherapyforocularcicatricalpemphigoidapreliminarystudy.Ophthalmology106:2136-2143,19994)LinhartRW:Treatmentofcalcareousfilmofthecornea.AmJOphthalmol35:1497-1498,19525)藤原憲治,近藤照敏,湖崎淳ほか:帯状角膜変性に対するエチレンジアミン四酢酸ナトリウム(EDTA-Na2)塗布療法.臨眼49:301-305,19956)原英徳,福田昌彦,三島弘ほか:遷延性角膜上皮欠損に対し血清点眼が有効であった眼類天疱瘡の1例.眼紀47:1329-1332,19967)横山真介,佐々木香る,斉藤禎子ほか:眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現.あたらしい眼科28:119-122,20118)後藤英樹:角膜ステムセル障害.あたらしい眼科15:365366,19989)AhmedM,ZeinGK:Ocularcicatricalpemphigoid:Pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgrRetinEyeRes23:579-592,200410)KoizumiN,KinoshitaS:Ocularsurfacerecontruction,aminoticmembrane,andcultivatedepithelialcellsfromthelimbus.BrJOphthalmol87:1437-1439,200311)Scholtzer-SchrehardtU,ZagorskiZ,LeonardMHetal:Cornealstromalcalcificationaftertopicalsteroid-phosphatetherapy.ArchOphthalmol117:1414-1418,199912)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン.日眼会誌113:741-742,200913)濱野孝:涙点プラグ(涙道閉鎖).眼科プラクティス3,オキュラーサーフェスのすべて,p96-99,文光堂,200514)渡辺仁:涙点閉鎖の方法.眼科プラクティス3,オキュラーサーフェスのすべて,p100-101,文光堂,200515)Peris-MartinezC,MenezoJL,Diaz-LlopisMetal:Multilayeramnioticmembranetransplantationinsevereoculargraftversushostdisease.EurJOphthalmol11:183-186,200116)LakeD,TarnnA,AyliffeW:Deepcornealcalsificationassociatedwithpreservative-freeeyedropsandpersistentdefects.Cornea27:292-296,200817)PreschelN,HardtenDR:Managementofcoincidentcornealdiseaseandcataract.CurrOpinOphthalmol10:59-65,1999***(117)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013545

重症アトピー性角結膜炎にMRSA角膜炎を合併した1例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):535.540,2013c重症アトピー性角結膜炎にMRSA角膜炎を合併した1例谷口紫*1深川和己*1,2藤島浩*1,3佐竹良之*4松本幸裕*1坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2両国眼科クリニック*3鶴見大学歯学部眼科*4東京歯科大学市川総合病院眼科ACaseofSevereAtopicKeratoconjunctivitisComplicatedwithMRSAKeratitisYukariYaguchi1),KazumiFukagawa1,2),HiroshiFujishima1,3),YoshiyukiSatake4),YukihiroMatsumoto1)andKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)RyogokuEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,TsurumiUniversityDentalHospital,4)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeIchikawaGeneralHospitalアトピー性角結膜炎(atopickeratoconjunctivitis:AKC)にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)角膜炎を合併し,抗菌薬点眼とステロイド内服薬を併用することにより治療に奏効した症例を経験したので報告する.症例は42歳,男性.右眼の充血と眼脂を主訴に受診し,AKCの診断で治療を開始した.1カ月後,シールド潰瘍と浸潤病巣が出現し,細菌分離培養検査の結果より,AKCにMRSA角膜炎を合併したものと診断した.抗MRSA薬,抗アレルギー薬,免疫抑制薬とステロイド薬の点眼,免疫抑制薬とステロイド薬の内服,および外科的に結膜乳頭切除とプラーク除去を行い,結膜乳頭増殖と角膜潰瘍は縮小した.しかし,その4カ月後,抗MRSA点眼薬の自己中断を契機にMRSA角膜炎が再発した.免疫抑制点眼薬とステロイド点眼薬を中止し,抗MRSA点眼薬を再開したところ,その2週後,MRSAによる角膜感染巣は縮小したが,アレルギー炎症によるシールド潰瘍が増悪した.抗アレルギー薬と免疫抑制薬の点眼,結膜乳頭切除に,ステロイド内服薬を追加したところ,その4週後には角膜の完全な上皮化を得ることができた.感染性角膜炎を合併したAKCの治療において,抗菌薬の局所投与とステロイド薬の全身投与の併用が有効である可能性がある.Wereportacaseofatopickeratoconjunctivitis(AKC)complicatedwithmethicillin-resistantStaphylococcusaureus(MRSA)keratitisthatwastreatedwithtopicalantibioticsandoralsteroids.Thepatient,a42-year-oldmalewithinjectionanddischargeinhisrighteye,wasdiagnosedwithAKC.After1month,shieldulcerwithinfiltrationappearedinthecornea,andMRSAwasculture-proven.Thepatientwasthenadministeredtopicalanti-MRSAagents,anti-allergy,immunosuppressantandsteroids,aswellasoralimmunosuppressantandsteroids.Inaddition,surgicalmanagementwasperformed,includingconjunctivalpapillaexcisionandcornealplaqueremoval.Aftercessationofthetopicalanti-MRSAagents4monthslater,conjunctivalpapillaandcornealulcerdiminished,thoughMRSAkeratitisworsened.Topicalimmunosuppressantandtopicalsteroidswerediscontinued,buttopicalanti-MRSAagentswereresumed.MRSAkeratitisimproved,however,thecornealshieldulcerwithallergicinflammationworsened2weekslater.Topicalanti-allergy,immunosuppressant,oralsteroids,andconjunctivalpapillaexcisionreducedinflammation;completecornealepithelializationoccurred4weekslater.ThecombinationoftopicalantibioticsandoralsteroidsmaybeanoptioninthetreatmentofsevereAKCwithinfectiouskeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):535.540,2013〕Keywords:アトピー性角結膜炎,シールド潰瘍,MRSA角膜炎.atopickeratoconjunctivitis,shieldulcer,MRSAkeratitis.はじめに的に,AKCの症状は10代後半から20代初期頃に出現し,アトピー性角結膜炎(atopickeratoconjunctivitis:AKC)症状のピークを30代から50代に迎えるといわれている2).は,1952年にHoganら1)によって,アトピー性皮膚炎患者重症のAKCでは,春季カタル(vernalkeratoconjunctiviに起こる慢性の角結膜炎として定義された疾患である.一般tis:VKC)類似の結膜増殖性変化や,角膜上皮のバリア機〔別刷請求先〕谷口紫:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YukariYaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)535 A1E1CA2BD1D2E2図1本症例の右眼の臨床経過を示す前眼部写真A:初診時には,眼瞼結膜のビロード状乳頭増殖(A.1)と点状表層角膜症(A.2)を認めた.B:5週後には,角膜シールド潰瘍と潰瘍底の浸潤巣を認めた.C:25週後には,2mm径の角膜浸潤巣を認め,MRSA角膜炎の再発と考えられた.D:27週後には,眼瞼結膜の結膜乳頭増殖の増悪(D.1)とシールド潰瘍の増悪(D.2)を認め,アレルギー炎症の増悪と考えられた.E:現在,眼瞼結膜の線維性瘢痕(E.1)と角膜中央には角膜片雲(E.2)を認める.536あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(108)能障害による角膜びらんやシールド潰瘍,角膜プラークなどの角膜病変を伴うことがあり3),さらに角膜上皮欠損が遷延した例では,感染性角膜炎,眼球穿孔などの恒久的な視力障害をきたす合併症が報告されている4,5).感染性角膜炎を発症した際には,ステロイド点眼薬や免疫抑制点眼薬をただちに中止し,感染症に対する治療を優先するべき6)と考えられてきた.しかし,実際は,感染症が軽快しても旺盛なアレルギー炎症のために角膜上皮化が得られず,治療に難渋することがある5).今回,感染性角膜炎を合併した重症AKCに対し,局所投与で抗菌薬,抗アレルギー薬,免疫抑制薬の点眼,結膜乳頭切除に加え,全身投与でステロイド薬の内服を行った結果,速やかに角膜の上皮化が得られ,寛解に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,男性.主訴:右眼の眼脂,充血.既往歴:アトピー性皮膚炎,気管支喘息.現病歴:平成21年7月20日より,右眼の充血と眼脂が出現し,近医を受診した.アレルギー性結膜炎の診断にて,0.05%フマル酸ケトチフェン(ザジテンR)点眼と0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR)点眼を処方されるも改善な く,その後も症状の増悪を認めたため,8月3日に,精査加療目的にて慶應義塾大学病院(以下,当院)を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.3(1.2×.3.75D(cyl.2.00DAx10°)であり,眼圧は右眼14mmHgであった.前眼部所見は右眼上眼瞼結膜にビロード状乳頭増殖(図1A-1),眼球結膜に著明な充血,角膜に点状表層角膜症(図1A-2)を認めた.また,顔面にはアトピー性皮膚炎による皮疹を認めた.右眼のAKCと診断し,フルメトロンR点眼,0.1%塩酸オロパタジン(パタノールR)点眼,0.5%レボフロキサシン(クラビットR)点眼による治療を開始した.臨床経過(図2):8月11日受診時には,右眼角膜上皮欠損を認めた.4日前より単純ヘルペスウイルスによる皮疹が右顔面皮膚に出現していたことから,右眼ヘルペス性角膜炎を疑い,フルメトロンR点眼を中止のうえ,3%アシクロビル(ゾビラックスR)眼軟膏1日5回を開始した.しかし,角膜上皮欠損部は拡大傾向にあり改善を認めなかった.9月8日より右眼痛が出現し,9月11日の再受診時には,右眼角ゾビラックスR眼軟膏パタノールR点眼リザベンR点眼0.1%フルメトロンR点眼サンベタゾンR点眼パピロックミニR点眼タリムスR点眼クラビットR点眼ハベカシンR点眼バンコマイシンR点眼プレドニンR錠内服4回4回3回3回3回5回4回4回1時間毎5回30分毎1時間毎1時間毎5回2回5回4回5回ネオーラルR内服400mg/日バンコマイシンR散内服250mg/日2g/日膜にシールド潰瘍と潰瘍底に角膜浸潤巣(図1B)を認めた.角膜浮腫のため,前房内の炎症細胞の有無は判別できなかったが,明らかな前房蓄膿やフィブリン析出の所見はみられなかった.眼脂および角膜擦過物の細菌分離培養検査の結果,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)が同定されたため,AKCとMRSA角膜炎の合併と診断し,薬剤感受性検査の結果(表1A)から自家調整の0.5%硫酸アルベカシン(ハベカシンR注)を1時間ごとの頻回点眼,同時に0.1%ベタメタゾン(サンベタゾンR)点眼を1日3回,0.1%シクロスポリン(パピロックRミニ)点眼を1日3回として治療を開始した.10月初旬よりステロイド点眼に起因する眼圧上昇をきたしたため,サンベタゾンR点眼を中止し,10月22日より0.1%タクロリムス(タリムスR)点眼1日3回を追加した.しかし,上眼瞼結膜の乳頭の増殖性変化は強く,角膜上皮欠損の状態が遷延化していたため,11月19日に,右眼結膜乳頭切除術を施行した.ところが,翌週には結膜乳頭の再増殖を認めたため,11月26日よりシクロスポリン(ネオーラルR)内服400mg/日を開始した.その後も,強い結膜乳頭10mg5mg20mg10mg5mg乳頭切除術プラーク切除乳頭切除術外科的治療8/39/1110/2211/1911/2612/171/262/162/233/234/132009年2010年初診時図2本症例の治療経過AKCの治療中にMRSA角膜炎の再発が生じたため,ステロイド薬および免疫抑制薬を中止し感染症の治療に重点を置いたところ,感染病巣は縮小する一方でアレルギー炎症の増悪を認めた.ステロイド薬の内服を開始したところ,治癒を認めた.(109)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013537 表1検出されたMRSAの薬剤感受性検査の結果A.平成21年9月11日右眼B.平成21年12月17日右眼眼脂および角膜擦過物角膜プラークPCGRIPM/CRMPIPCRMEPMRABPCRVCMSCEZRABKSCTXRGMRCPRRCAMRCFPMRLVFXSFMOXRLZDSPCGRIPM/CRMPIPCRMEPMRABPCRVCMSCEZRABKSCTXRGMRCPRRCAMSCFPMRLVFXSFMOXRLZDSPCG:benzylpenicillin,MPIPC:oxacillin,ABPC:ampicillin,CEZ:cefazolin,CTX:cefotaxime,CPR:cefpirome,CFPM:cefepime,FMOX:flomoxef,IPM/C:imipenem/cilastatin,MEPM:meropenem,VCM:vancomycin,ABK:arbekacin,GM:gentamycin,CAM:clarithromycin,LVFX:levofloxacin,LZD:linezolid.R:耐性,S:感受性増殖とプラークを伴う角膜上皮欠損の状態が持続したため,12月17日より,プレドニゾロン(プレドニンR錠)内服10mg/日を追加した.また,シールド潰瘍上に堆積したプラークの除去を行った.除去したプラークの細菌分離培養検査の結果は,MRSA陽性であり,薬剤感受性検査の結果から(表1B),ハベカシンR点眼を継続とした.その後,徐々に結膜乳頭増殖と角膜上皮欠損は,縮小していった.ところが,平成22年1月20日頃より,右眼の視力低下を自覚し,1月26日に当院を受診した.細隙灯顕微鏡検査にて,以前に認めた角膜浸潤巣の部位とは異なる部位に,2.0mm径の角膜浸潤巣(図1C)を認めた.問診にて,受診の2週間前よりハベカシンR点眼を自己中断していたことが判明した.MRSA角膜炎の再発と判断し,ステロイド薬と免疫抑制薬をすべて中止し,塩酸バンコマイシン(塩酸バンコマイシンR散)内服2g/日,ハベカシンR点眼を30分ごとの頻回点眼として,1月30日から自家調整した0.5%塩酸バンコマイシン(塩酸バンコマイシンR注)点眼を1時間ごとの頻回点眼として開始した.2月9日,角膜浸潤巣は縮小傾向を認めたが,その一方で,アレルギー炎症により結膜乳頭増殖とシールド潰瘍は増悪傾向を示したため,タリムスR点眼1日2回を再開し,2月16日には結膜乳頭切除術を施行した.結膜乳頭増殖はやや縮小傾向を認めたが,角膜シールド潰瘍に改善はみられなかった(図1D-1,D-2).2月23日より,プレドニンR錠内服20mg/日を再開したところ,1週間後にはシールド潰瘍の著明な縮小を認めた.1週間ごとにプレドニンR錠内服10mg/日,プレドニンR錠内服5mg/日と漸減し,3月23日には角膜の完全な上皮化が得られた.プレド538あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013ニンR錠内服中に角膜感染症の増悪や耐糖能異常などの全身的副作用は認めなかった.4月13日には,ハベカシンR点眼およびバンコマイシンR点眼を中止した.現在,平成24年10月30日の時点で,右眼の矯正視力は(0.1)であり,眼瞼の結膜乳頭増殖は消失し,線維化瘢痕を呈している(図1E-1).角膜上皮障害は認めていないものの,角膜中央には実質混濁が残存している(図1E-2).0.5%トラニラスト(リザベンR)点眼,タリムスR点眼にて,炎症は再燃することなく寛解状態を保っている.II考按重症AKCでは,I型アレルギーとIV型アレルギーの両方が関与しているとされる.I型アレルギーは,IgE(免疫グロブリンE)を介して肥満細胞が脱顆粒することにより組織障害に至る反応であるが,ヒスタミンの放出後まもなく起きる即時相と,好中球や好酸球の結膜浸潤により誘導される遅発相に分けられる.IV型アレルギーは,ヘルパーT細胞や細胞障害性T細胞が関与するアレルギー反応である.I型アレルギーにおける抗原特異的IgEの産生や,遅発相を誘導する好酸球の結膜浸潤においても,2型ヘルパーT細胞(Th2細胞)が関与している.抗アレルギー薬のみでは症状の改善しない中等症から重症のAKCに対しては,ステロイド点眼薬や免疫抑制点眼薬の併用が治療の選択肢としてあげられる7).しかし,これらの薬剤に共通する副作用として眼感染症がある.免疫抑制薬は,おもにT細胞に作用しサイトカイン産生を抑制するため,細胞性免疫が強く抑制される8).ステロイド薬ではマクロファージ,T細胞の双方に作用し,液性免疫と細胞性免疫の両方が抑制され,コラーゲン生成抑制による創傷治癒遅延もきたす9).したがって,これらの薬剤の投与中は,感染性角結膜炎の発症に十分注意が必要であり,予防的に抗菌薬を投与することも考慮される6).これまで,VKCやAKCの治療中に感染性角膜炎を伴った症例の報告4,5,10.16)が散見され,細菌感染の他にヘルペスウイルス13,14)や真菌の感染15,16)によるものも報告されている.感染性角膜炎を発症する前の治療では,ステロイド点眼薬もしくは免疫抑制点眼薬を使用していた症例4,10.12,14.16)がほとんどである一方で,それらを使用していない症例5,10)や,本症例と同様に抗菌薬点眼を自己中断した後に発症した報告10)もあった.VKCやAKCに合併した細菌性角膜炎のうち,起因菌が同定された報告についてまとめたものを表2に示す.同定菌はStaphylococcusaureusやStreptococcusviridansなどのグラム陽性球菌が最も多いが,本症例で同定されたMRSAのような耐性菌の報告はなかった.VKCに対するシクロスポリン点眼液0.1%の全例調査報告17)によると,既往にアトピー性皮膚炎があるVKCでは,シクロスポリン点眼液を使用中の副作用として眼感染症のリスクが,アトピ(110) 表2VKCとAKCに合併した細菌性角膜炎における同定菌報告者診断同定菌Kerrら10)VKCStaphylococcusaureusStreptococcuspneumoniaeStreptococcuspyogenesVKCStaphylococcusaureusStreptococcusviridansVKCStaphylococcusaureusVKCStaphylococcusaureusStreptococcusviridansCameronら11)VKCStaphylococcusaureusVKCStaphylococcusaureusVKCa-hemolyticStreptococcusVKCStaphylococcusepidermidisStreptococcussanguisVKCa-hemolyticStreptococcusStaphylococcusepidermidisGedikら12)VKCStaphylococcusaureusLabbeら5)AKCStreptococcussanguisVKC:vernalkeratoconjunctivitis(春季カタル).AKC:atopickeratoconjunctivitis(アトピー性角結膜炎).ー性皮膚炎がない症例と比べて2倍に上昇するという.もともと,アトピー性皮膚炎を有する患者では,皮膚のバリア機能が低下しているため,単純ヘルペスやブドウ球菌感染による皮疹を眼瞼に認めることが多く,結膜.に黄色ブドウ球菌やMRSAを常在菌として保菌している率が高いこと18)が知られている.このことからも,アトピー性皮膚炎を既往にもつAKCでは,眼球表面に病原体を曝露する機会が多く,眼感染症の合併症が多くなると考えられる.Jainら15)は,ステロイド点眼薬の投与中は一見角膜感染症がないように思えても,プラーク下で浸潤巣が存在し,培養検査にて感染が証明された症例を報告しており,抗炎症治療により感染所見がマスクされうることに留意するべきであると述べている.一般的に,感染性角膜炎は早急に治療しないと視力予後に影響を及ぼすことが多いため,感染症に対する治療を優先するべきと考えられている.まず,角膜感染症を増悪させるステロイド点眼薬や免疫抑制点眼薬を中止したうえで起因菌の同定を試み,菌が同定された場合には,その感受性に合った抗菌薬点眼の投与を開始する.奏効する抗菌薬点眼が投与されている場合のみ,ステロイド点眼薬の再開が可能であるが,実際は起因菌を同定できない症例も多く,ステロイド点眼薬の併用はむずかしい.本症例では,最初に感染性角膜炎を発症した時点でMRSAが同定されたため,抗MRSA点眼薬を開始し,さらにステロイド点眼薬の併用を行った.一時は,角膜上皮欠損が縮小し軽快傾向を認め,この時点では(111)治療は奏効していた.しかし,その後,抗MRSA点眼薬の自己中断を契機に,感染性角膜炎が再発したため,ステロイド薬の点眼および内服,免疫抑制薬の点眼をすべて中止し,抗MRSA薬による感染症治療に重点を置いた.ところが,感染性角膜炎は改善する一方で,アレルギー炎症が増悪しシールド潰瘍が拡大する結果を招いた.つまり,本症例のような重症のAKCに伴う感染性角膜炎は,通常の感染性角膜炎とは異なり,感染症に対する治療だけでは角膜の上皮化を得られない場合があると考えられる.近年の研究19.21)により,結膜のアレルギー炎症と角膜障害の関係が明らかとなった.アレルギー性結膜疾患においては,結膜に浸潤したTh2細胞から分泌されるインターロイキン(IL)-4やIL-13などのサイトカインの濃度が,涙液中で上昇している.上皮によるバリアがない角膜障害眼では,角膜実質の線維芽細胞がこれらのサイトカインにさらされ,eotaxinなどのケモカインを産生する.Eotaxinは好酸球に特異性が高いため,好酸球は角膜側へと誘導され浸潤する.さらに好酸球からプロテインキナーゼが分泌され,角膜上皮の治癒機構は阻害される.このような悪循環が存在するため,線維芽細胞のケモカイン産生を抑制させ,バリア機能を果たす角膜上皮の再生を促すことが,重症のアレルギー性結膜疾患の治療戦略として有効である可能性が示唆されている.以前より,アトピー性眼瞼炎の増悪とAKCの重症化に関連がみられることが指摘されており22),本症例のように全身投与でステロイド薬内服による抗炎症治療を行うことは,局所のステロイド薬使用に比較して角膜の易感染状態への影響が少なく,アトピー性皮膚炎と結膜炎を同時に治療できるため,安全かつ効果的な方法と考えられる.一方,ステロイド薬の内服では,満月様顔貌,糖尿病,月経異常,体重増加,消化性潰瘍,内服終了後に皮膚炎が増悪するリバウンドなどの副作用が出現する可能性がある.したがって,ステロイド薬の全身投与の際には,アレルギー炎症の鎮静後は慎重に漸減・離脱を図り,過剰投与・長期投与にならぬよう留意する必要がある.さらに本症例に関していえば,まずMRSAによる感染性角膜炎を治癒させるために,薬剤感受性検査の結果からハベカシンR点眼薬を選択したが,この薬剤の特性として角膜上皮障害が強いことが指摘されている23).必要な感染症の治療でさえ,長期間の継続でさらに角膜上皮の治癒を遅らせる可能性があることも留意すべきである.本症例では,抗MRSA点眼薬の自己中断を契機に,MRSA角膜炎が再発した.また,免疫抑制点眼薬や結膜乳頭切除術などの積極的治療にもかかわらず,増悪や寛解を繰り返していたことから,アレルギー炎症が強かったという他に,患者の点眼アドヒアランスが低下していた可能性も考えあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013539 られる.その背景には,アレルギー炎症と感染症の併発という複雑な病態があり,これに対し多数の点眼薬が長期にわたり処方されていたことが,さらに治療に対するアドヒアランスを低下させるという悪循環を招いた可能性がある.AKCのような慢性アレルギー疾患は,時期によって症状の増悪や寛解を繰り返すうえ,本症例のように局所治療による免疫抑制の結果,角膜感染症を発症することがある.そのため,診療にあたる医師は適切な治療を選択し,さらに,患者が点眼の指示を遵守できているかを常に念頭に置いて診療にあたる必要がある.重症AKCの治療中に感染性角膜炎を発症した際は,視力予後を悪化させないために可及的速やかに感染症とアレルギー炎症の両方を治療する必要がある.今回,ステロイド内服薬の併用は,このような症例における治療法として有効である可能性が示唆された.本症例では,プレドニゾロンを20mg/日,10mg/日,5mg/日でそれぞれ1週間投与したのち中止し,その後,炎症の再燃は認めなかったが,最適とされる用量・投与期間について指針がないのが現状であり,今後はさらに症例数を重ねての検討が必要であると考えられる.本論文の要旨は,角膜カンファランス2011(第35回日本角膜学会総会・第27回日本角膜移植学会)(2011,東京)にて発表した.文献1)HoganMJ:Atopickeratoconjunctivitis.TransAmOphthalmolSoc50:265-281,19522)DonshikPC:Allergicconjunctivitis.IntOphthalmolClin28:294-302,19883)FukudaK,YamadaN,NishidaT:Casereportofrestorationofthecornealepitheliuminapatientwithatopickeratoconjunctivitisresultinginameliorationofocularallergicinflammation.AllergologyInternational59:309-312,20104)FosterCS,CalongeM:Atopickeratoconjunctivitis.Ophthalmology97:992-1000,19905)LabbeA,DupasB,BensoussanLetal:Bilateralinfectiousulcerassociatedwithatopickeratoconjunctivitis.Cornea25:248-250,20066)高村悦子:ステロイド点眼の使い方:コツと落とし穴.アレルギー58:613-619,20097)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン編集委員会:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:831-870,20108)庄司純:抗アレルギー薬(免疫抑制薬を中心に).眼科51:133-141,20099)柏木賢治:ステロイド点眼薬の眼科的副作用.あたらしい眼科25:437-442,200810)KerrN,SternGA:Bacterialkeratitisassociatedwithvernalkeratoconjunctivitis.Cornea11:355-359,199211)CameronJA:Shieldulcerandplaquesofthecorneainvernalkeratoconjunctivitis.Ophthalmology102:985-993,199512)GedikS,AkovaYA,GurS:Secondarybacterialkeratitisassociatedwithshieldulcercausedbyvernalconjunctivitis.Cornea25:974-976,200613)InoueY:Ocularinfectionsinpatientswithatopicdermatitis.IntOphthalmolClin42:55-69,200214)EbiharaN,OhashiY,UchioEetal:Alargeprospectiveobservationalstudyofnovelcyclosporine0.1%aqueousophthalmicsolutioninthetreatmentofsevereallergicconjunctivitis.JOculPharmacolTher25:365-371,200915)JainV,MhatreK,NairAGetal:Aspergilluskeratitisinvernalshieldulcer-acasereportandreview.IntOphthalmol30:614-644,201016)SridharMS,GopinathanU,RaoGN:Fungalkeratitisassociatedwithvernalkeratoconjunctivitis.Cornea22:80-81,200317)高村悦子,内尾英一,海老原伸行ほか:春季カタルに対するシクロスポリン点眼液0.1%の全例調査.日眼会誌115:508-515,201118)NakataK,InoueY,HaradaJetal:AhighincidenceofStaphylococcusaureuscolonizationintheexternaleyesofpatientswithatopicdermatitis.Ophthalmology107:21672171,200019)FukagawaK,NakajimaT,TsubotaKetal:Presenceofeotaxinintearsofpatientswithatopickeratoconjunctivitiswithseverecornealdamage.JAllergyClinImmunol103:1220-1221,199920)FukagawaK,NakajimaT,SaitoHetal:IL-4induceseotaxinproductionincornealkeratocytesbutnotinepithelialcells.IntArchAllegyImmunol121:144-150,200021)FukagawaK,OkadaN,FujishimaHetal:Cornealandconjunctivalfibroblastsaremajorsourcesofeosinophilrecrutingchemokines.AllergolInt58:499-508,200922)高村悦子,野村圭子,中川尚:アトピー性皮膚炎患者の角結膜病変.眼紀48:1382-1386,199723)SotozonoC,InagakiK,FujitaAetal:Methicilin-resistantStaphylococcusaureusandmethicillin-resistantStaphylococcusepidermidisinfectionsinthecornea.Cornea21:94-101,2002***540あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(112)