特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):581.586,2013特集●眼内レンズ度数決定の極意あたらしい眼科30(5):581.586,2013眼内レンズ度数計算式の考え方StructureandPointofIntraocularLensPowerCalculationFormulas飯田嘉彦*はじめに現在の白内障手術は単なる開眼手術ではなく,屈折矯正手術や老視矯正手術としてとらえられている.多焦点眼内レンズ(IOL)やトーリックIOLなどの付加価値をもったIOLが普及しつつあるなか,適切なIOLの種類および度数決定は白内障手術を行ううえで重要なポイントである.術後屈折は手術の成否に直接影響するものであり,屈折誤差は白内障手術の術後合併症といっても過言ではない.近年,IOL度数計算式としてはSRK/T式をはじめとする第三世代の計算式を用いることが主流であると思われるが,それ以前の計算式と比べて煩雑になっており,また計算式自体は眼軸長測定装置などにすでに組み込まれているため,測定値から自動的に算出される予測屈折値とそれに対応したIOL度数を選択していることが多いのではないだろうか.日常の診療では器械が算出してくれるため,“ブラックボックス”化してしまっているIOL度数計算式であるが,より精度の高いIOL度数計算を目指すうえで,計算式の原理や特徴を理解することは避けて通れない.必要とされる生体計測はSRK/T式などでは現在のところ角膜曲率半径と眼軸長のみと実にシンプルであるが,これで個々の症例における眼球構造に対応できているのであろうか.また,角膜曲率半径と眼軸長測定自体にも注意が必要な場合が存在する.角膜屈折矯正手術後など非生理的形状をもつ眼球では測定値をそのまま使用できない場合さえある.本稿では,IOL度数計算式を理解するために広く臨床の場で用いられてきた回帰式であるSRK式,SRKII式,理論式(経験的な要素も含んでいるが)としてSRK/T式の特徴につき解説し,IOL度数計算式の考え方,度数決定の際の注意点について述べる.I回帰式(経験式)と理論式IOL度数計算式は回帰式と理論式に分けられる.回帰式は,手術を受けた非常に多くの患者のデータをレトロスペクティブに解析し経験的に導き出された計算式である.SRK式シリーズでは,SRK式,SRKII式がこれにあたる.一方,理論式は眼軸長,光学的予想前房深度,角膜屈折力,IOL度数,目標屈折値の5つのパラメータから構成され,Fyodorovら1)が1967年に最初に報告したものが現在の計算式でも基本的な骨格をなしている.Holladay式やSRK/T式がこれにあたる.また,理論式の多くは薄肉レンズ光学を用いている.レンズには厚みがあり(中心厚d),レンズの前面と後面には曲率半径(r1,r2)があるが,中心厚dに対してr1,r2が十分に大きい場合にdをゼロとして考えることができるというのが薄肉レンズ光学である(図1).つまり薄肉レンズ光学における眼球のモデルは角膜とIOLという厚みのない2つのレンズ面と,網膜面の3つの要素で構成されることになり,実際の眼球とまったく同じ*YoshihikoIida:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕飯田嘉彦:〒252-0374相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)581厚肉レンズ薄肉レンズdr1r2図1厚肉レンズと薄肉レンズ薄肉レンズ系では一つの面としてレンズを扱う.IOLACDAL網膜面角膜KP図2薄肉レンズ光学系による眼球薄肉レンズ系の眼球モデルは角膜とIOLの2つの薄肉レンズと網膜面をスクリーンとした3つの要素で構成される.ACD:前房深度,AL:眼軸長.ではなく,測定値をもとに計算式のなかで眼球モデルが構築されていることを理解しておく必要がある(図2).II回帰式1.SRK式2,3)SandersDR,RetzlaffJ,KraffMCの3名のイニシャルから命名された計算式がSRK式であり,経験式として最も広く普及したIOL度数計算式である(表1).眼軸長が22.24.5mmの範囲では精度が高かったが,短眼軸長眼ではIOLの度数不足,長眼軸長眼では度数過多になる傾向があった.今日,この計算式を日常の診療にてメインに使用することはないと思われるが,眼軸長582あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013表1SRK式1.正視化眼内レンズ度数P=A.2.5×AL.0.9×K2.予想屈折度数の計算REF=0.67×(P.I)P:正視化眼内レンズ度数,AL:眼軸長,K:角膜屈折力,A:A定数,REF:予想屈折度,I:実際に使用する眼内レンズ.が1mm変化するとIOL度数は2.5D変化すること,角膜屈折力が1D変化するとIOL度数は0.9D変化するというような特徴は,両眼の白内障手術を行う際に目標屈折度数は同じあたりを想定しているのにもかかわらず,左右で算出されたIOL度数が異なるといったような場合にそのIOL度数が妥当かどうかを判断する際の手がかりとなりうるので,覚えておくとよいと思われる.また,予測屈折度数の計算式からは標準眼軸長眼においては術後の屈折値を1D変えるためにはIOLの度数を1.5D変更する必要があるということが読み取れる.遠視ずれに対してIOL度数交換などが必要になるような場合には,補正したい屈折度数の約1.5倍となる度数をIOL度数に加味すればよいということになる.SRK式ではIOL定数としてA定数を定義している.A定数度数計算をするうえで,そのIOLの光学的性質を表す定数とされる.メーカー推奨値はあくまで目安でしかなく,術後の屈折値から逆算し,IOL定数を患者ごとに計算し,同じ種類のIOLを使用した患者の平均値を求めることを最適化とよんでおり,各施設,術者ごとにA定数を最適化して矯正精度を向上させることができる.これはSRKII,SRK/T式へと引き継がれている定数である.2.SRKII式4)上述のSRK式の問題点を眼軸長別に調整を加えて屈折誤差を補正しようとしたものがSRKII式である.眼軸長を5つに区分し,眼軸長に応じてSRK式で得られるIOL度数に調整を加えることで短眼軸長から長眼軸長まで幅広く対応できるように設計されている(表2).(4)表2SRKII式(文献4より一部改変)1.眼軸長補正IfAL≦20thenC=3If20≦AL<21thenC=2If21≦AL<22thenC=1If22≦AL<24.5thenC=0If24.5≦ALthenC=.0.52.正視化眼内レンズ度数P=A.2.5×AL.0.9×K+C3.RF(refractionfactor)の計算IfP>14thenRF=1.25IfP≦14thenRF=1.04.眼内レンズ度数の計算P=A.2.5×AL.0.9×K+C.TGT×RF5.予想屈折度数の計算REF=(A.2.5×AL.0.9×K+C.P)/RF6.眼内レンズ定数(A定数)の最適化A=P+REFp×RF+2.5×AL+0.9×K.CP:正視化眼内レンズ度数,AL:眼軸長,K:角膜屈折力,A:A定数,REF:予想屈折度,TGT:目標屈折度,RF:refractionfactor,REFp:術後屈折度.III理論式1.SRK/T式5)HolladayJTは1988年にFyodorovが考案した角膜また,SRK/T式では各パラメータについて手術を受けた非常に多くの患者データをレトロスペクティブに解析して回帰して調整を行っているため,理論式の構造でありながら回帰式の要素を含んでいる計算式となっている.2.SRK/T式における光学的予想前房深度とA定数理論式を構成するパラメータのうち,特にその計算式を特徴づけるものとしてIOLの固定位置となる光学的予想前房深度がある.これは術前には水晶体が存在するため,測定することができないパラメータであり,計算により予測する必要がある.薄肉レンズの計算式では角膜の薄肉レンズ平面からIOLの薄肉レンズ平面までが予想前房深度となり,光学的予想前房深度とよばれる.HolladayはIOLの固定位置をELP(effectivelensposition)とよんでいる7).Fyodorovが発表した当時のIOLは虹彩支持型レンズが主流であり,IOLの位置は虹彩平面にあたるため,ピタゴラスの原理を用いて角膜高を求める方法を考案した(図3)が,後房レンズが主流となった現在では,光学的Cw虹彩面を定義して理論式(Holladay式6))を発表した.1990年RRH高の計算を用いてSF(surgeonfactor)というIOL定数には同じようなコンセプトのSRK/T式が発表され,従来のA定数を用いることができたこともあり,広く用図3角膜高の計算方法いられることとなったが,回帰式のSRK,SRKII式と角膜高Hはピタゴラスの原理を用いては構造的にまったく別の計算式といえる.2..R2CwH=R.と表される...2前述のように,理論式は眼軸長,光学的予想前房深度,角膜屈折力,IOL度数,目標屈折値の5つのパラメータから構成され,薄肉レンズの光学系のもとに構成されている.SRK/T式では,角膜屈折力,眼軸長は実際の測定値を使用し,その他に目標屈折値やIOL度数,光学的予想前房深度を特徴づけるものとしてIOL定数であるA定数が必要となる.計算式をみるとあまりにCw虹彩面RRHIOLoffset煩雑で難解にみえてくるが,この基本を押さえて各パーツに分けて考えることで計算式の構造上の注意すべき点図4光学的予想前房深度後房レンズの場合は図3の角膜高からさらに後方にIOLが固定されるため,虹彩平面からIOLの薄肉レンズ平面までがみえてくる.の距離が必要となる.(5)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013583予想前房深度は角膜の薄肉レンズ平面(角膜頂点)から虹彩平面までの距離である角膜高と,虹彩平面からIOLの薄肉レンズ平面までの距離から構成される(図4).表3の1,図4に示すように,角膜高Hの部分を計算するために必要なパラメータは角膜径Cw,角膜曲率半径Rであるが,角膜径Cwを算出するのに測定値である眼軸長と角膜屈折力Kが関与している.眼軸長が24.2mm以上の場合は二次曲線を用いて補正した眼軸長LCORと角膜屈折力Kとの重回帰式で角膜径Cwを求めている.この角膜径Cwと角膜曲率半径Rからピタゴラスの原理を用いて角膜高Hは算出される.残る虹彩平面からIOLの薄肉レンズ平面までの距離はSRK/T式ではoffsetとよばれIOL定数であるA定数を使った一次式で定義され,角膜高と合わせて光学的予想前房深度となっている.このoffsetは一次式であり,IOLの種類が同一のものであればIOLの度数にかかわらず同じ値をとることになる.ちなみに,A定数は眼軸長測定の方法によって同一IOLであっても値が異なる.超音波式は眼軸長として角膜表面から網膜内境界膜までを測定しているのに対して,光学式は涙液表面から網膜色素上皮までを測定している.光学式では超音波式で測定される内境界膜までの値になるように機器の中で測定値が換算されているものの,超音波式よりも約150.300μm長く測定されるため,光学式用にA定数を最適化することで誤差を補正する必要がある.IVIOL度数計算式の問題点このように現在広く用いられているSRK/T式は理論式の構造をベースに回帰したデータを加えて,生体眼に近い眼球モデルを構築したものであり,生体眼そのものではないということを理解する必要がある.つまり,計算式上の眼球モデルと生体眼の間にずれが生じた場合に大きな屈折誤差を生じる可能性がある.気をつけなければならない要因としては短眼軸長眼,長眼軸長眼など,眼軸長が正常なものから逸脱しているような症例,円錐角膜や屈折矯正手術後のように角膜の形状が正常とは異なる症例である.表3SRK/T式(文献5より一部改変)1.光学的予想前房深度の計算1)角膜曲率半径RR=337.5/K2)眼軸長補正,補正眼軸長(角膜径算出用)LCORIfAL≦24.2,thenLCOR=LIfAL>24.2,thenLCOR=.3.446+1.716×AL.0.0237×AL23)角膜径CwCw=.5.41+0.58412×LCOR+0.098×K4)角膜高HH=R.R×R.((Cw×Cw)/4)5)OffsetOffset=0.62467×A.72.0836)予想前房深度ACD=H+offset2.網膜厚の補正と光学的眼軸長LOPTRETHICK=0.65696.0.02029×ALLOPT=AL+RETHICK3.眼内レンズ度数1336×(1.336×R.0.333×LOPT.0.001×TGT×(V×(1.336×R.0.333×LOPT)+LOPT×R))P=(LOPT.ACD)×(1.336×R.0.333×ACD.0.001×TGT×(V×(1.336×R.0.333×ACD)+ACD×R))4.予想屈折度数1336×(1.336×R.0.333×LOPT).P×(LOPT.ACD)×(1.336×R.0.333×ACD)REF=1.336×(V×(1.336×R.0.333×LOPT)+LOPT×R).0.001×P×(LOPT.ACD)×(V×(1.336×R.0.333×ACD)+ACD×R)P:眼内レンズ度数,AL:眼軸長,K:角膜屈折力,A:A定数,REF:予想屈折度,TGT:目標屈折度,V:頂点間距離(12mm).584あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(6)誤差を生む原因としては,眼軸長が正確に測定できているか,角膜屈折力を正確に測定・評価できているかという測定上の問題と,得られた測定値が計算式上の眼球モデルに適応するのかという問題に分けられる.1.測定上の問題点眼軸長測定については,光学式眼軸長測定装置が普及することにより非接触で再現性よく測定ができるようになってきているが,中間透光体の混濁の程度により測定値の信頼度が低下してしまうことがあり,得られたデータを正しく評価する必要がある.角膜屈折力については,IOL計算式では通常,ケラトメータを用いて測定した角膜前面の曲率半径から換算角膜屈折率を用いて推定している.この換算角膜屈折率は角膜の前面と後面の比が一定であるという原則のもとに成り立っている.Laserinsitukeratomileusis(LASIK)などの角膜の前面の曲率を変化させる角膜屈折矯正手術後の角膜では,角膜前後面の比率が変わってしまうために,ケラトメータなどの前面曲率のみしか測定できない機器では正確に評価ができないという問題がある.また,角膜前面・後面ともに測定できる角膜形状解析装置があるが,IOL度数計算式はケラトメータによる角膜屈折力を使用する前提で作られているため,測定値をそのまま使用することは誤差につながる可能性があり,注意が必要である.一方で,同じ角膜屈折矯正手術であってもradialkeratotomy(RK)の場合は,角膜周辺へと切開を加えるために角膜中央部の前面と後面の曲率の比はほとんど変わらないため,前面のみを測定するケラトメータや角膜トポグラファーでも対応可能である.2.計算式におけるパラメータとしての問題つぎに注意しなければならないのは,正常範囲から逸脱したような測定値が計算式上の眼球モデルと適合するかどうかである.角膜屈折矯正手術後の症例を例にあげると,屈折矯正手術後の角膜屈折力はかなりフラット化しているため,当然のことながらレンズとしての角膜屈折力は小さくなる.問題となるのは,このフラットな角膜屈折力というパ(7)Cw虹彩面RRHIOLoffsetaCwb虹彩面RRHIOLoffset図5角膜形状の変化が光学的予想前房深度に与える影響角膜がフラットになった際に,aのように角膜の曲率の変化が前房深度に大きくは影響しないはずであるが,計算式の眼球モデルではbに示すように角膜の全体的な形状が変わり角膜高が小さく算出されてしまう.ラメータが眼球モデルの他の構成要素に影響を与えてしまうということである.先ほどの光学的予想前房深度の構成要素を思い出していただくと,ピタゴラスの原理を用いて角膜高Hを算出する際に角膜曲率半径Rを使用しているのである.角膜曲率半径Rは角膜屈折力から求められるが,当然のことながら角膜屈折力が小さくなると曲率半径は大きくなる.実際,角膜屈折矯正手術を施行して角膜曲率の変化が起きても前房深度は大きくは変化しないにもかかわらず(図5a),計算式における眼球モデルでは光学的予想前房深度は小さい値(前房が浅く)として算出されてしまう(図5b).ここに生体眼と眼球モデルに大きくずれが生じてしまう結果,間違ったIOL度数を算出し,大きな屈折誤差を生むこととなるのである.角膜屈折矯正手術後の症例に限らず,そういった手術の既往がない症例であっても長眼軸長眼でフラットな角膜の場合は,生体眼では深い前房深度であるにもかかわらず,眼球モデルとしてはフラットな角膜であるために算出される光学的予想前房深度は浅くなり,ずれが生じることが予想され,角膜屈折矯正手術後の症例ほどではないにしても遠視方向へ屈折誤差を生じる傾向を示すことが考えられるし,逆に短眼軸長眼でスティープな角膜あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013585の場合は逆のメカニズムを生じるために,近視方向に術後屈折がシフトする可能性が考えられる.このように正常眼であっても常に生体眼と眼球モデルの間にずれが生じうる場合があるため,1例1例これらの誤差を生じうる原因がないかを考えながらIOL度数を選択する必要がある.おわりに白内障の手術手技や器械の進歩,付加価値をもったIOLの登場により白内障手術の質は向上し,ますます患者側の白内障術後の視覚の質に対する要求度は高くなっている.IOL度数計算式はSRK/T以外にも多くの計算式が存在し,角膜屈折矯正手術後にも対応したものも登場してきている.精度を上げるためには多くのパラメータが必要となり,より計算式を難解なものとしているが,ただ計算式に測定値を当てはめるだけでなく,計算式の基本的な構造を理解し,その計算式の特徴や癖を理解することは,白内障手術における正確な生体計測などと同様に術後矯正精度を向上させるために重要なことであると思われる.文献1)FyodorovSN,KolinaAI,KolinkoAI:Estimationofopticalpoweroftheintraocularlens.VestnOftalmol80:27-31,19672)SandersDR,KraffMC:Improvementofintraocularlenspowercalculationusingempiricaldata.JAmIntra-oculImplantSoc8:263-267,19803)SandersDR,RetzlaffJ,KraffMC:Comparisonofempiricallyderivedandtheoreticalaphakicrefractionformulas.ArchOphthalmol101:965-967,19834)SandersDR,RetzlaffJ,KraffMC:ComparisonoftheSRKIIformulaandothersecondgenerationformulas.JCataractRefractSurg14:136-141,19885)RetzlaffJA,SandersDR,KraffMC:DevelopmentoftheSRK/Tintraocularlensimplantpowercalculationformula.JCataractRefractSurg16:333-340,19906)HolladayJT,PragerTC,ChandlerTYetal:Athree-partsystemforrefiningintraocularlenspowercalculations.JCataractRefractSurg14:17-24,19887)HolladayJT:Standardizingconstantsforultrasonicbiometry,keratometry,andintraocularlenspowercalculations.JCataractRefractSurg23:1356-1370,1997586あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(8)