特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1077.1082,2013特集●眼鏡の最近の話題あたらしい眼科30(8):1077.1082,2013累進屈折力眼鏡の適応AdaptationofProgressivePowerSpectacles鈴木武敏*はじめに累進多焦点眼鏡(以下,累進眼鏡)といえば,その対象は老視年齢以降のものと考えがちだが,パソコンや携帯端末の普及によって,その適応年齢は若年成人から小学生にまで広がってきている.そういう意味において,累進眼鏡の適応を決める場合,単純に年齢や調節力で決定するのではなく,装用希望者個々の眼鏡装用の既往,仕事や生活環境に加えて医学的な因子に対する考慮が必要で,検眼技術者の知識と経験が重要になってきている.本稿では,累進眼鏡の処方から装用までを順を追って基本的なことを述べる.I累進多焦点眼鏡への誤解1.老眼鏡という呼称への嫌悪日本では欧米と比して累進焦点眼鏡の普及率が低い.その理由の一つとして,「老眼鏡」という呼称に対する嫌悪があげられる.本が読みにくいという主訴で来院しながら,近用眼鏡の装用をすすめると,「老眼鏡はかけたくない」という返答が来ることが多い.欧米と同様に,目的に一致した呼び方である,読書用眼鏡,readingglasses(fortheaged)とよぶべきであろう.2.老眼鏡を掛けると老化や老視が進むという誤解かなりの人がこのように誤解している.このような場合,「逆に老化や認知症を予防する眼鏡です」と話し,さらに何のために掛けるのかを理解してもらうために,「近くを見るときに負担を減らすための眼鏡」であること,そして「小中学生からでも疲れ目予防として広く使われるもの」と説明するとよい.3.累進眼鏡は掛けにくいという誤解もう一つの理由として,多くの人が昔の累進屈折力レンズ(以下,累進レンズ)の印象をいまだにもっていて,「50歳を超えてからは累進眼鏡の初めての装用は無理」とか,「ゆがみが強くて歩くのに危険」という思い込みが残っていることであろう.このような印象や誤解を払拭するためにも,累進眼鏡に対する正しい知識をもったうえでの説明が必要となっている.II累進レンズの種類1.累進レンズの進歩a.従来の印象累進レンズに対するこれまでの印象といえば,レンズの周辺の収差によるゆがみやゆれ,ボケで,レンズの側方部はまともに使えない,ということであった.これを野球のキャッチャーの視界で説明してみると,以前のレンズはセカンドとショートの間しかまともに見えず,ファーストランナーの動きが判断できにくい状態である.しかし,最近のレンズは,ファーストからサードの守備選手を含め,左右のファールゾーンまで,収差を気にせずに見ることができるまでに累進屈折力レンズは改良されている(図1).*TaketoshiSuzuki:鈴木眼科吉小路〔別刷請求先〕鈴木武敏:〒023-0054奥州市水沢区吉小路16鈴木眼科吉小路0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(33)1077昔の累進レンズ最近の累進レンズ昔の累進レンズ最近の累進レンズ図1野球のキャッチャーから見た見やすさの違い野球グラウンドにたとえると,以前はショートとセカンドの間までしかまともに見られなかったが,最近のレンズはファールグラウンドまで楽に見られる.b.レンズ価格の差累進レンズが進歩したとは言っても,最近の廉売眼鏡店の増加で,収差の大きい累進レンズを装着させられることもあり,テストレンズでは満足していたのに,見え方が違うという不満が,処方側にクレームとして戻ってくることも増えている.図2はレンズの質の差による収差の違いである.このような見本を準備して前もって説明しておくことも誤解を防ぐうえで必要になっている(図2).c.収差に関わる因子レンズ価格以外にも他覚的,自覚的収差に関わる因子は表1に示すようにいくつかある.このような因子も考慮しながら,累進眼鏡は処方される必要がある.これらの因子を総合すれば,累進眼鏡は高齢になって掛け始める眼鏡ではなく,可能な限り加入度数が小さくて済む若年時から装用して適応しておくべき眼鏡といえるのではないか.2.累進屈折力レンズの種類別機能と用途眼鏡レンズの進歩によりレンズの種類も増え,用途に応じたレンズを選択することができるようになった.レンズの種類は大きく分けると,単焦点レンズ,二重焦点レンズ,累進屈折力レンズになる.累進屈折力レンズは1078あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013図2レンズの質による収差の違い累進レンズは価格差(質)で収差がまったく異なり,左の廉価なレンズでは収差が目立つ.表1収差に関わる因子大小レンズの価格高い安い加入度数強い弱い累進帯短い長い乱視加入強い弱い累進眼鏡装用歴なしあり慣れやすさ高年若年さらに用途によって,遠近,中近,近々と分けられている.最近になって,厳密な意味では累進屈折力レンズではないが,調節サポートレンズという,境目のない二重焦点レンズと解釈することができる,若い人のための遠近両用レンズが作られている.それぞれの詳細と,用途は表2に示す.同じ遠近,中近,近々それぞれでも,同じメーカーから複数の種類が出ており,レンズの種類が増えてきている.そのため,ある程度の把握ができていないと,累進眼鏡が適応である人に,不適切なレンズを処方してしまうこともある.検査スタッフも各レンズの特徴を十分に理解し,生理的なことも加えながら,装用希望者に理解してもらえる説明が不可欠になってきている.III処方から装用までの手順累進多焦点眼鏡の処方から装用までの手順は,表3に示すように意外と手間取り,20.30分でできることではない.装用者が満足できる累進眼鏡を装用してもらうためには,対応できるように視能訓練士を教育すること(34)表2各種眼鏡レンズの特徴と用途単焦点レンズ遠用老視前軽い老視強い老視・老視前は調節作用で遠方から近方まで見ることができる.・老視の進行によって近方が徐々に見えにくくなる.・強い老視の場合,遠方,中間,近方を見るためには複数の眼鏡が必要.近用・近用として作ると遠方が見えない.二重焦点レンズ強い老視軽い老視・軽い老視は調節によって遠方から近方まで見える.・老視が強くなると遠方と近方は見えるが,中間が見えない.調節サポートレンズ・境目のない二重焦点と考えるとよい.下方に弱いプラス加入で若い人で近方作業の調節負担を減らす.累進屈折力レンズ遠近中近近々・1本で遠くから手元まですべての距離に対応.・室内空間距離に対応.顎を引くとやや遠方まで.・手元からデスクワークまでをカバー.と,技術のある眼鏡店との連携が望ましい.1.既往眼鏡の確認累進焦点眼鏡を処方する前に,既往眼鏡のデータをとることは重要である.既往眼鏡が累進焦点眼鏡で使いこなせていた人なのか,過矯正であったかなかったかも重要なチェックポイントである.意外と使い方を理解していないために使えなかったという場合も多い.装用眼鏡が過矯正かどうかの判断の一番簡単な方法が,装用眼鏡上からのレチノスコピー(オーバーレチノスコピーあるいはオーバースキア,以下,オーバースキア)である.この技術を持っているかいないかで眼鏡矯正の精度は格段に異なる.もう一つ忘れてはいけないことは,レンズメータによる累進レンズの度数確認は容易ではなく,隠しマークの確認はレンズの種類と加入度数がわかるので必ず行うこ(35)表3累進眼鏡の処方手順1.既往眼鏡の確認●累進眼鏡に満足していたか●過矯正でなかったか●常用していたか(使えていたか).なぜ使えなかったかの理由●レンズの種類と度数(加入度も)2.新規眼鏡使用目的と作業実態の確認.パソコンや携帯端末の使用状況を忘れない.累進レンズの種類による見え方の違いの説明3.遠方視力,屈折値の測定●遠方矯正度数の間違いは許されない●オーバースキアが不可欠4.近方視力,屈折値の測定5.累進屈折力レンズの加入度数の決定と練習●左右バランスの確認●装用体験…特に階段昇降6.処方せんの記入●使用したトライアルレンズの種類と累進帯の長さ●左右の瞳孔間距離●加入度数7.フレーム選択のアドバイス8.完成眼鏡のの確認,使用法の説明あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131079図3隠しマークの確認上:蛍光灯などの明暗の境目を使ってマークを確認する方法が一般的である.下:隠しマークが容易に確認できる装置(グランド精工)が発売されている.とである.最近,隠しマーク検査器が発売されているので設備することをすすめる(図3).2.新規眼鏡使用目的と作業実態の確認装用者が満足できる累進眼鏡の処方で重要なのが,何のために装用するのか,どんなときに不自由を感じているのかを確認することである.さらに,累進レンズにはいろんな種類があり,それぞれに利点・欠点があることを説明し,納得してもらうことが大切で,わかりやすい説明図を準備しておくと良い.また,累進レンズの場合はレンズの値段によって見え方の質が大きく異なることを,見本レンズ(図2)などで説明しておくことを忘れてはいけない.この問診と説明が不十分であると,作製後にこんなはずではなかったというクレームの原因になる.1080あたらしい眼科Vol.30,No.8,20133.遠方視力,屈折値の測定他覚的屈折検査の第一歩はオートレフラクトメータであるが,老視年齢でも調節の影響が予想以上にあることを忘れてはいけない.初期老視年齢では,パソコン,特に携帯端末機器の使用時間は無視できないので,必須の問診事項になる.また,調節異常の確認としての,調節微動解析装置やトライイリスも有用である.最後に最も信頼できるオーバースキアで確認する.赤緑テストによる最終確認は40歳代でも調節の影響を受けやすくすすめられない.この検査結果が最も重要で,近視過矯正(遠視低矯正)の場合,加入度数が年齢相応であっても,結果として近方が低矯正ということになりクレームの元になる.4.近方視力,屈折値の測定と左右バランス遠方屈折値を決定後,調節曲線を参考にして年齢に相応する加入度数を加えて,近方視力を測定する.また,(36)この時点で近用度数を装用して近点を測定することは重要であり,左右の近点が異なる場合には,左右の加入度が同じにならない場合もある.この際,特別な近点計は必要なく,視標を少し遠目から近づければよい.特に片眼の眼内レンズ挿入眼の場合には左右バランスの検査を省いてはいけない.ここで気をつける点は,このとき決まった遠方屈折値と近方屈折値の差がそのまま処方する累進眼鏡の加入度になるとは限らないことである.5.累進屈折力レンズの加入度数の決定と練習ここからが,装用者が満足できる累進眼鏡を処方できるかどうかのカギである.3,4項で測定した度数を基準にして,装用目的を考慮し,累進トライアルレンズを累進専用フレームに装着して,実際の仕事のシミュレーションを行いながら,度数を決定する.既往眼鏡度数と比べて大きな変化がある場合には,適応性も勘案して最終度数が決められる.累進レンズには累進帯に長短があり,基本的には近方視時に眼球を下転して見る傾向の人には長いものを,眼球はあまり動かさずに顎を引いて見る人には短めが勧められる.近方視時の左右加入度数のバランスが重要で,使いたい距離より離れた位置から視標を近づける片眼ずつのプッシュアップ法を用い,左右の使いたい距離が一致するように調整する.近方視力用の赤緑テストも有用である.最後に両眼でのプッシュアップ法で使用したい距離が楽に見えるかを確認して処方値となる.その後,最低限,階段の上り下りの体験の他,本を読む場合の練習をしてもらい,車の運転時における注意点なども説明し,適応できそうであれば処方となる.6.処方せんの記入選択に使用したトライアルレンズの名称と累進帯の長さを記載する.これは,眼鏡店に在庫がない場合に,同等品で作製するために重要で,記載がない場合,中近の予定が遠近のレンズで作製されることもあるからである.できれば,左右別の瞳孔間距離を記載すべきである.(37)累進眼鏡では1mmのずれでも装用困難になることもあるし,眼鏡店によってはアイポイントもとらない場合が増えているからである.基本的にはそういう店で作製して欲しくないのだが,現在の制度のなかでは規制ができない.瞳孔間距離と加入度数の記載は遠近,中近は遠方の瞳孔間距離と遠方度数にプラス度数加入になるが,近々の場合は,例外で近方の瞳孔間距離でマイナス度数加入になるので間違わないように.7.フレーム選択のアドバイス累進眼鏡はフレーム選択が重要で,最近の眼鏡店ではアドバイスさえしてくれない場合が多くなっている.処方時にある程度の説明をしておくほうがよい.累進眼鏡はフレーム調整次第で見え方が大きく違い,正しい処方であっても,クレームの原因になる.すすめられないのは,調整が不可能なフレームである.鼻あてが一体のセルフレーム,最近人気の形状記憶フレームのほとんどである.前者は日本人の鼻の高さから頂間距離をとることができない場合が多い.後者も調整が困難な場合が多い.鼻あての調整がしやすいフレームを選択するように前もって説明をしておくことがすすめられる.8.完成眼鏡の確認と説明意外と忘れられているのが,完成した眼鏡のチェックである.アイポイントの簡単な確認は,直像鏡を使う方法で,レンズメータで印点確認をしなくても評価することができる(図4).実際の完成した眼鏡での使い方の確認も必要である.装用者の多くは,装用感が悪いのは処方が悪いためと考えるが,眼鏡フレームの調整不良の場合も少なくないことを知っておく必要がある.近くが見えづらいという場合,フレーム調整が不良なこともあり,前傾角と頂間距離の仕事の内容に応じた調整だけで見えやすくなることも多い.最近は,眼鏡作製の際に処方レンズをフレームに装着する前のフレームの前調整もせずに,アイポイントもとっていない店が増えており,処方せんと異なる収差の強い廉価なレンズに替えられている場合もある.現状では制度的に問題があるが,眼鏡店との強い連携が望ましあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131081い.また,スタッフに眼鏡処方のための検眼技術に加えて,最低限のフレームチェックと調整ができる技術を学図4直像鏡によるアイポイントの確認法レンズ正面から直像鏡で覗いて,レンズの前面と後面の反射が一致するところが遠用の光学中心になり,同時に観察される瞳孔反射の位置で確認する.さらに左右に振ることで累進帯の中央がわかる.ばせることも必要である.おわりにパソコンや携帯端末の使用時間が長くなる社会環境において,累進眼鏡の処方適応範囲が非常に広くなってきている.一方,使用目的から外れた不適切な眼鏡選択により,調節障害による肩こり,疲れ目,頭痛などの訴えの症例も増えてきており,それが新たな眼鏡処方一つで解消する場合も多い.単焦点から累進焦点までさまざまな種類の眼鏡レンズの適応をしっかりと理解し処方することが求められている.眼鏡処方は医療としての意義も高まっており,眼科診療の片手間の仕事ではなくなってきている.文献1)所敬,梶田雅義編:眼鏡処方の実際.金原出版,20102)木下茂,稗田牧編:特集・屈折矯正における基本.あたらしい眼科27(6),20103)大鹿哲郎編:屈折異常と眼鏡矯正.眼科診療クオリファイ1,中山書店,20104)佐野研二編:第一特集・眼鏡処方完全マニュアル.眼科ケア13(10),20115)ニコン・エシロール:最適なメガネレンズの選び方.株式会社ニコン・エシロール,20111082あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(38)