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緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討 ―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):255.259,2013c緑膿菌角膜炎における臨床所見の検討―新しい代表的所見としてのブラシ状混濁の提言―佐々木香る*1稲田紀子*2熊谷直樹*1出田隆一*1庄司純*2澤充*2*1出田眼科病院*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野ClinicalCharacteristicsofInfectiousKeratitisCausedbyPseudomonasaeruginosa─ProposalofBrush-likeOpacityasNewRepresentativeAppearance─KaoruAraki-Sasaki1),NorikoInada2),NaokiKumagai1),RyuichiIdeta1),JunShoji2)andMitsuruSawa2)1)IdetaEyeHospital,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:緑膿菌角膜炎でみられる臨床所見の出現頻度,発症から各臨床所見出現までの日数(発症後日数)を調査し,相互関係を検討すること.対象および方法:対象は,緑膿菌角膜炎32例33眼.代表的所見,潰瘍の形状,その他の所見の出現頻度を算出し,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析した.結果:各所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),スリガラス状浸潤31眼(93.9%),前房蓄膿10眼(30.3%),ブラシ状混濁14眼(42.4%)であった.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%),円形.不整形24眼(72.7%)であった.平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.発症後3日以上の症例で輪状膿瘍の出現頻度が有意に高かった(p=0.007,オッズ比9.00).結論:緑膿菌角膜炎は,代表的所見を示さない症例も多いが,一定の傾向をもって変化すると考えられた.ブラシ状混濁は今後注目に値する所見である.Thepurposeofthisstudywastorevealtheincidenceofclinicalcharacteristicsin33eyeswithinfectiouskeratitiscausedbyPseudomonasaeruginosaandanalyzetherelationshipsbetweenincidenceanddurationfromonset,usinglogisticanalysis.Ringabscesswasrecognizedin39.4%,diffuseinfiltrationin93.9%,hypopyonin30.3%andbrush-likeopacityin42.4%.Ulcerformwasdividedintotwotypes:smallround(27.3%)androundorirregular(72.7%).Thesmallroundulcerappearedat1.7daysafteronset,onaverage.Diffuseinfiltration(1.9days),brush-likeopacity(2.4days),roundorirregularulcer(2.7days),hypopyon(2.9days)andringabscess(3.4days)subsequentlyappeared.Thefrequencyofringabscesswashigherincasesthatlastedmorethan3days(p=0.007,oddsrate:9.00).Inconclusion,theclinicalappearanceofPseudomonaskeratitischangeswiththetimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):255.259,2013〕Keywords:緑膿菌,輪状膿瘍,感染性角膜炎,ブラシ状混濁,前房蓄膿,臨床所見.Pseudomonasaeruginosa,ringabscess,infectiouskeratitis,brush-likeopacity,hypopyon,clinicalcharacteristics.はじめに緑膿菌角膜炎の代表的臨床所見として,「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3所見が同時期に観察されることがよく知られている1,2).このうち,輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと好中球とが反応する場所と報告されている3).スリガラス状浸潤は緑膿菌の内毒素であるLPS(リポ多糖)に対する反応として,角膜実質層間に沿って遊走してきた好中球の遊走とそれに伴う実質障害,さらには内皮障害や角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫とされている4).また,前房蓄膿は,フィブリンを多く含み流動性が乏しく,Behcet病でみられる好中球による前房蓄膿とは異なる性状を示すことが特徴である5,6).しかし,日常診療では,これらの代表的所見以外の臨床所見を含む緑膿菌角膜炎例にも遭遇する.たとえば,小円形の浸潤病巣や,棘状あるいはブラシ状とよばれる角膜潰瘍辺縁部にみられる針状の混濁または刷毛で掃いたような混濁(以下,ブラシ状)などが非代表的臨〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市中央区西唐人町39出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,Ph.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-tojincyo,Chuo-ku,Kumamoto860-0027,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(121)255 床所見としてあげられる.また,逆に代表的臨床所見とされる輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない場合もある.これらを踏まえて,今回,緑膿菌角膜炎と確定診断された症例において,臨床所見の出現頻度,発症から臨床所見出現までの日数(発症後日数),および患者背景の調査と相互関係について検討した.I対象および方法本研究は,日本大学医学部附属板橋病院および出田眼科病院における臨床研究審査委員会の承認を得たうえで施行した.1.対象対象は日本大学医学部附属板橋病院眼科,出田眼科病院において平成21年1月から平成23年12月までの約3年間に,角膜擦過物の細菌分離培養検査により確定診断した緑膿菌角膜炎32例33眼である.緑膿菌角膜炎の誘因は,32眼が何らかの種類のソフトコンタクトレンズ装用であり,1眼が外傷であった.2.方法緑膿菌角膜炎の臨床所見は,初診時に細隙灯顕微鏡検査により得られた所見について検討した.臨床所見は,代表的所見として「輪状膿瘍」「スリガラス状浸潤」および「輪状膿瘍」,潰瘍の形状として「小円形潰瘍」および「円形.不整形潰瘍」,その他の所見として「ブラシ状混濁」に分け,初診時における出現頻度を検討した.潰瘍は直径3mm未満のものを小円形,3mm以上のものを円形.不整形とした.また,自覚症状出現から初診日までの日数を発症後日数として検討した.3.統計学的解析各臨床所見の出現と有意に関係がある背景因子を選ぶために,年齢,性別,発症後日数との関係をロジスティック回帰解析で検討した.なお,年齢は,40歳未満と40歳以上,発症後日数は2日以内と3日以上との2値変数とした.p<0.05の危険率を有意として判定した.II結果1.代表症例a.代表症例128歳,男性.2週間頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(以下,2W-FRSCL)を装用したまま就寝し,充血,疼痛を感じ,2日目に受診した.初診時の前眼部写真および所見を図1に示す.潰瘍の形状は小円形で,輪状膿瘍や前房蓄膿は認めず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.なお,ブラシ状混濁はなかった.b.代表症例215歳,男性.2W-FRSCL装用中に眼痛が出現.2日目に256あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)小円形ブラシ状混濁(.)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図1代表症例1の前眼部写真(28歳,男性)代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(.)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(局所+)前房蓄膿(.)図2代表症例2の前眼部写真(15歳,男性)矢印で示したブラシ状混濁を認める.受診した.初診時の前眼部写真および所見を図2に示す.潰瘍の形状は不整形で,輪状膿瘍がみられ,前房蓄膿はみられず,局所的なスリガラス状浸潤がみられた.病変周辺に棘状のブラシ状混濁がみられた.(122) (%)図4代表的所見およびブラシ状混濁の出現頻度の比較前房蓄膿ブラシ状混濁全体スリガラス状浸潤局所輪状混濁円型/不整形角膜潰瘍小円型0123456発症後日数(日)図5各臨床所見のみられた平均発症後日数スリガラス状浸潤(局所・全体)前房蓄膿輪状膿瘍12345(発症後日数)0ブラシ状混濁小円形潰瘍不整形潰瘍図6代表的所見の平均発症後日数からみたブラシ状混濁の出現時期見の平均発症後日数を時系列で示す.3.臨床所見出現の背景因子の検討輪状膿瘍を呈する所見の危険因子を検討したところ,発症後3日以上経過した症例に有意に多くみられた(p=0.007,オッズ比9.00).スリガラス状混濁は,有意差はないが,発症後3日以上経過した症例でやや多い傾向にあった(p=0.033).さらに,発症後3日以上の症例に限って,輪状膿瘍の出現頻度が高い因子を検討したところ,前房蓄膿がみられないこと(p=0.005),40歳未満であること(p=0.024),円形.不整形潰瘍がみられること(p=0.019)が有意な因子であった.また,ブラシ状混濁がない(p=0.050)傾向があったが,有意ではなかった.あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013257代表的所見潰瘍の形状その他の所見輪状膿瘍(+)不整形ブラシ状混濁(+)スリガラス状浸潤(全体+)前房蓄膿(.)図3代表症例3の前眼部写真(29歳,男性)矢印で示した大きなブラシ状混濁を認める.c.代表症例329歳,男性.1日使い捨てソフトコンタクトレンズを自己判断で3日間使用した後,眼痛を自覚し,3日目に受診した.初診時の前眼部所見は,不整形の潰瘍に輪状膿瘍と角膜全体にわたるスリガラス状浸潤を認めた.前房蓄膿はなかったが,ブラシ状混濁がみられた(図3).2.臨床所見の出現頻度および発症後日数今回,対象となった症例は,男性20例,女性12例,33眼,平均年齢は31.5歳(レンジ:16.86歳)であり,自覚症状出現から受診までの平均発症後日数は2.4日(レンジ:0.7日)であった.その内訳は0日2眼,1日4眼,2日14眼,3日10眼,4日0眼,5日,6日,7日はそれぞれ1眼ずつであった.臨床所見の出現頻度は,輪状膿瘍13眼(39.4%),角膜全体にわたるスリガラス状浸潤19眼(57.6%),局所的なスリガラス状浸潤は12眼(36.4%),前房蓄膿10眼(30.3%)で,一方,ブラシ状混濁は14眼(42.4%)でみられた.潰瘍の形状は小円形9眼(27.3%)および円形.不整形24眼(72.7%)であった.各代表的所見とブラシ状混濁の出現頻度の比較を図4に示した.各々の所見がみられた平均発症後日数は,小円形潰瘍1.7日,スリガラス状浸潤1.9日,ブラシ状混濁2.4日,円形.不整形潰瘍2.7日,前房蓄膿2.9日,輪状膿瘍3.4日であった.図5は各臨床所見の平均発症後日数を標準偏差とともに表わしたものである.また,図6にブラシ状混濁と各臨床所(123)020406080100輪状膿瘍スリガラス状混濁前房蓄膿ブラシ状混濁 つぎに,ブラシ状混濁を呈する所見の危険因子を検討したが,年齢・性別・輪状膿瘍・潰瘍の形状・スリガラス状浸潤・前房蓄膿のいずれの項目とも有意な関係はみられなかった.逆に,ブラシ状混濁を呈さない所見の危険因子としては,「発症後3日以上経過しており,男性であること」(p=0.047)があげられた.III考按今回の検討から,緑膿菌角膜炎は初診時にはいわゆる代表的所見を示さない症例が多く,特にブラシ状混濁は輪状膿瘍や前房蓄膿と同程度にみられ,注目すべき所見であることがわかった.ブラシ状混濁は,いくつかの論文ですでに指摘されている所見であり2,7.9),真菌でみられるhyphatelesionとの鑑別が必要な所見ではあるが,緑膿菌角膜炎でみられる特徴的な角膜浸潤病巣とされている.その本態は病巣辺縁の細胞浸潤あるいは実質細胞の反応などと推測されている.今回の検討により,その出現頻度が非常に高いものであることが確認され,今後注目すべき所見と考えられた.このブラシ状混濁の平均出現日数は,小円形潰瘍と円形.不整形潰瘍の平均出現日数の間であり,スリガラス状浸潤より遅く,前房蓄膿や輪状膿瘍より早い日数であった.症例数が限られており,それぞれの平均発症日数は僅差であることから断言はできないが,緑膿菌が定着して感染が成立した後,輪状混濁や前房蓄膿といった生体防御の免疫機構が著しくなる前にブラシ状混濁が出現する可能性がある.すなわち,病巣辺縁の菌の増殖とそれに対する細胞浸潤あるいは周辺実質細胞の反応という考えを支持する結果と考えられた.一方,輪状膿瘍や前房蓄膿は緑膿菌角膜炎の代表所見と認識されていながら,その出現頻度は意外と低いことが明らかとなった.緑膿菌角膜炎の臨床所見を検討し,分類を提唱した中島らも,初診時の所見としては輪状膿瘍よりも円形膿瘍のほうが多いことを指摘している2).平均受診日数が2.4日と比較的早期に受診する例が多く,一昔前と違ってMIC(最小発育阻止濃度)の低い広域抗菌薬の使用が容易であるため,最終像を呈する前に受診し,回復に向かった症例が多いと考えられる.したがって「輪状膿瘍,スリガラス状浸潤,前房蓄膿」の3つの代表所見が同時期にみられるのはあくまでも最終像であり,そのまま診断基準には該当しないと考えられ,臨床診断において注意が必要であることが示唆された.潰瘍の形状については,小円形が円形.不整形よりも早期に出現する傾向から,臨床所見が時間経過とともに一定の傾向で進行することが示唆された.近年,ソフトコンタクトレンズ装用患者において,ブドウ球菌による角膜炎に類似した小円形の緑膿菌角膜炎が指摘されており10),株による差,時間経過,患者自身の個体差,局所における酸素分圧の影響な258あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013どが考えられているが,今回の結果からは,感染成立後の早期の所見である可能性が示唆された.各検討項目のロジスティック回帰解析の結果からは,輪状膿瘍は発症3日以上が有意な危険因子であることが判明した.輪状膿瘍は緑膿菌の産生するエラスターゼと感染により角膜輪部から遊走する好中球が出会って反応することが本態と報告されている3).播種された菌量にもよるが,一般的な臨床症例において,感染成立後,輪状膿瘍を呈するに十分な免疫反応を惹起するためには,3日以上の日数が必要であることが示唆された.前房蓄膿に関しても,平均発症日数は3日弱であり,有意差はみられなかったが同様の経過と考えられた.さらに,輪状膿瘍は,前房蓄膿やブラシ状混濁を伴わない症例に多くみられる傾向にあった.ブラシ状に伸展していく菌に対して好中球が多量に浸潤して,輪状膿瘍を形成することでブラシ状所見をマスクした可能性や,輪状膿瘍により菌と免疫反応の均衡がとれ,前房の反応を生じなかった可能性が推測される.極早期の緑膿菌角膜炎では,輪状膿瘍や前房蓄膿は形成されず,加えて,緑膿菌の株によってエラスターゼの産生能は異なっており,輪状膿瘍が出現しない症例もあると考えられる.したがって,患者背景から緑膿菌角膜炎が疑われるが,輪状膿瘍や前房蓄膿がみられない症例においては,ブラシ状混濁を探すことが一つの診断補助になると考えられた.本検討においては,できるだけ個人による臨床所見の取り方に偏りがないように配慮して,角膜を専門とする医師3人で症例の所見を確認した.しかし,それでもなお,ブラシ状混濁の有無については,ややわかりにくい症例が存在し,今後も症例数を増やして検討することが必要であると考えられた.ブラシ状混濁の意義についても,モデルを用いた実験的検討や共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察が必要である.緑膿菌角膜炎は,菌体そのものの活動性以外に,外毒素による炎症反応を強く惹起する.臨床所見を詳細に解析し,どのような病態であるかを推測することは,早期発見のみならず,再燃の危険なく消炎を図るための有用な情報と考えられた.本稿の要旨は第49回日本眼感染症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)堀眞輔:コンタクトレンズ診療における感染性角膜炎の診断と眼科臨床検査.日コレ誌53:219-223,20112)伊豆野美帆,亀井裕子,松原正男:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜潰瘍3例の検討.日コレ誌52:270-273,20103)IjiriY,MatsumotoK,KamataRetal:Suppressionof(124) polymorphonuclearleucocytechemotaxisbyPseudomonasaeruginosaelastaseinvitro:astudyofthemechanismsandthecorrelationwithringabscessinpseudomonalkeratitis.IntJExpPathol75:441-451,19944)VanHornDL,DavisSD,HyndiukRAetal:ExperimentalPseudomonaskeratitisintherabbit:bacteriologic,clinical,andmicroscopicobservations.InvestOphthalmolVisSci20:213-221,19815)後藤浩:【眼内炎症診療のこれから】診察前眼部.眼科プラクティス16,p24-29,文光堂,20076)杉田直:【眼感染症の謎を解く】臨床所見から推理する!前房蓄膿.眼科プラクティス28,p48-50,文光堂,20097)宇野敏彦:CLケア教室(第36回)CL装用者の角膜浸潤.日コレ誌52:285-287,20108)熊谷聡子,崎元丹,稲田紀子ほか:コンタクトレンズ関連角膜潰瘍の1例.眼科51:923-926,20099)中島基宏,稲田紀子,庄司純ほか:コンタクトレンズ装用者に発症した緑膿菌角膜炎23例の臨床所見の検討.眼科53:1029-1035,201110)細谷友雅,神野早苗,榊原智子ほか:コンタクトレンズ関連緑膿菌感染へのステロイド投与の影響.眼科54:173179,2012***(125)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013259

LASIK 術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼液の長期における有効性

2013年2月28日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(2):249.253,2013cLASIK術後のドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼液の長期における有効性増田綾美森洋斉子島良平丸山葉子南慶一郎宮田和典宮田眼科病院EfficacyofLong-TermTreatmentwithDiquafosolSodiumforDryEyeDuetoLaserInSituKeratomileusisAyamiMasuda,YosaiMori,RyoheiNejima,YoukoMaruyama,KeiichiroMinamiandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital目的:Laserinsitukeratomileusis(LASIK)後の遷延化したドライアイ患者に対する3%ジクアホソルナトリウム点眼液(以下,DQS)の長期効果を検討すること.対象および方法:対象は,LASIK後1年以上ドライアイが遷延し,DQSを追加した9例18眼.検討項目は涙液分泌量,涙液層破壊時間(BUT),点状表層角膜症(SPK),結膜上皮障害(リサミングリーン染色スコア)とし,点眼開始前,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月で評価した.また,ドライアイの自覚症状14項目を開始前と開始後12カ月で比較した.結果:涙液分泌量は,点眼開始前後で有意な変化を認めなかった.BUTは開始後1カ月から12カ月まで継続して有意に増加し,SPKも開始後1週から12カ月まで継続して有意な改善を認めた.結膜上皮障害は,開始後6カ月から12カ月まで継続して有意に改善した.自覚症状は,11項目のうち3項目が有意に改善していた.結論:DQSは,LASIK術後のドライアイに対して長期にわたり有用であった.Toevaluatetheefficacyoflong-termtreatmentwithdiquafosoltetrasodium3%solutionforchronicdryeyeafterlaserinsitukeratomileusis(LASIK),weconductedaprospectiveclinicalstudycomprising18eyes(9patients)towhichdiquafosoltetrasodium3%solutionwasadditionallyinstilled.Tearsecretin,tearfilmbreakuptime(BUT),superficialpunctatekeratitis(SPK),andconjunctivitissiccawereexaminedbeforeandat1weekand1,3,6,9and12monthsaftertreatment.Aquestionnairesurveyregarding14symptomswasalsoassessedbeforetreatmentandat12monthsafter.Followingdiquafosoltreatment,tearsecretindidnotchange,thoughBUTsignificantlyincreasedafter1,3,6,9and12months.SPKimprovedatallevaluationpoints.Lissaminegreenscoreimprovedafter6,9and12months.Ofthe14itemsonthesymptomsquestionnaire,3improved.Diquafosoltetrasodiumwaslong-termeffectiveinimprovingocularsurfacedisorderanddryeyesymptomsafterLASIK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(2):249.253,2013〕Keywords:LASIK,ドライアイ,ジクアホソルナトリウム.LASIK,dryeye,diquafosoltetrasodium.はじめにLaserinsitukeratomileusis(LASIK)は,世界で初めて報告されてから20年が経過した.術後長期の安全性が確立されている1)が,半数以上にドライアイを生じることが知られている2,3).LASIKは,フラップ作製時に角膜知覚神経を切除・切断するため,術後に三叉神経-中間神経-涙腺神経を通じて涙腺に反射性の涙液分泌を促す自己修復システム(Reflexloop-涙腺システム)が十分に機能できない3,4).通常,LASIK後のドライアイは一過性であり,術後3.6カ月程度で術前レベルまで改善するとされている5.7).一方で,共焦点顕微鏡の観察では,切断された角膜知覚神経の再生に3年もの期間を要するとの報告もあり8),LASIK後のドライアイが改善せず,遷延する症例も少なくない9).2010年,ドライアイの治療薬として,3%ジクアホソルナ〔別刷請求先〕増田綾美:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:AyamiMasuda,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(115)249 トリウム点眼液(以下,DQS)が使用可能となった.従来の人工涙液やヒアルロン酸ナトリウムによる点眼は水分補給や保水を目的とした治療である.一方,DQSは,涙液分泌に加えてムチン分泌も促すことで涙液層を安定化させ,角結膜上皮障害を改善する新しい作用機序の薬剤である.Tauberらの報告によると,ドライアイ患者へのDQS投与群で,涙液分泌量,角結膜染色および自覚症状が,人工涙液投与群に比べ有意に改善したと報告している10).また,わが国では,ドライアイ患者において,角膜染色スコア,結膜染色スコア,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)がDQSの短期および長期投与で有意な改善が認められたとの報告がある11,12).しかし,これまでLASIK後のドライアイ患者における有効性についてはまだ評価されていない.今回,1年以上遷延したLASIK後のドライアイ症例にDQSを使用し,その有効性を検討したのでここに報告する.I対象および方法対象は,1999年10月から2009年7月の間に宮田眼科病院でLASIKを受け,術後ドライアイに対して人工涙液および0.1%ヒアルロン酸ナトリウム点眼治療を行い,1年以上経過しても改善が得られなかった9例18眼(全例女性).年齢は43.6±14.2(平均値±標準偏差)(29.54)歳.LASIK後期間,および人工涙液や0.1%ヒアルロン酸ナトリウムによる点眼加療後期間は3.4±2.7(1.8.11.7)年であった.全例,2006年ドライアイ診断基準を満たしていた13).宮田眼科病院の倫理委員会の承認のもと,十分説明を行ったうえで,すべての対象患者から同意を得た.人工涙液およびヒアルロン酸ナトリウム点眼はそのまま継続とし,DQS(ジクアスR,参天製薬)点眼を1日6回追加した.検討項目は,涙液分泌量,BUT,点状表層角膜症(superficialpunctuatekeratopathy:SPK),結膜上皮障害である.涙液分泌量は,Schirmer試験第Ⅰ法変法を用いた.BUTは,ストップウォッチにて3回測定し,その平均値を算出した.SPKは,フルオレセインで染色された角膜の面積(area)と密度(density)(各0.3点)の組み合わせで評価するAD分12カ月で比較検討した.各検査項目の統計解析は,点眼開始前を基準とし,涙液分泌量と自覚症状はWilcoxonの符号付順位和検定を行い,BUT,SPKおよび結膜上皮障害の変化はKruskal-Wallis検定を行い,有意差を認めた場合はSteel-Dwass検定で多重比較検定を行った.いずれも有意水準は両側5%とした.II結果涙液分泌量は,点眼開始前6.7±4.7mmが,開始後1カ月,3カ月,9カ月,12カ月で,それぞれ5.9±1.5,6.1±3.0,6.8±4.2,6.2±3.2であり,有意な変化は認められなかった.BUTは,点眼開始前3.1±0.8秒であったが,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月で,それぞれ4.4±1.5秒,4.9±1.7秒,4.7±1.2秒,4.5±1.3秒,5.9±2.8秒,6.5±3.8秒であり,投与後1カ月から12カ月まで継続して点眼開始前より有意に延長した(開始後1カ月と6カ月はそれぞれp=0.01,p=0.03,それ以外の期間はp<0.01)(図1).SPKはAD分類のスコア(A+D)にて,開始前3.6±0.7であったが,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,1210********BUT(秒)864開始前1W1M3M6M9M12M経過期間20図1涙液層破壊時間(BUT)の変化開始前と比較し,開始後1カ月から12カ月まで継続して有意に延長した.*p<0.05,**p<0.01Steel-Dwasstest.5***********フルオレセイン染色スコア類14)を用い,その合計スコアで評価した(0.6点).結膜上皮障害はリサミングリーン染色を行い,鼻側,耳側球結膜をそれぞれ3象限に分けて15)(各0.3点),その合計で評価した(0.18点).評価時期は点眼開始前,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月および12カ月とした.さらに,自覚症状である眼の疲れ,乾燥感,眼がゴロゴロショボショボす43210る,眼が重い,痛い,痒い,不快感,かすみ,光がまぶし投与前1W1M3M6M9M12Mい,眼脂,流涙,充血,読書や運転時に症状が悪化する,乾経過期間燥した場所で症状が悪化する,の14項目16,17)についてそれ図2SPK(フルオレセイン染色スコア:AD分類)の変化ぞれ5段階評価(1点:まったくない,3点:時々ある,5開始前と比較し,開始後1週から12カ月まで継続して有意に点:常にある)のアンケートを行った.点眼開始前と開始後軽減した.*p<0.05,**p<0.01Steel-Dwasstest.250あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(116) 12カ月でそれぞれ2.6±0.7,2.4±0.8,2.1±0.9,2.1±1.1,1.7±1.0,1.6±1.1であり,投与後1週間から12カ月まで継続して有意な改善を認めた(開始後1週間はp=0.02,それ以外の期間はp<0.01)(図2).その内訳は,開始前A1D2:10眼,A1D2:6眼,A2D3:2眼であったが,開始後12カ月では,A0D0:5眼,A1D1:10眼,A1D2:3眼となった.結膜上皮障害は,開始前4.4±2.5が,開始後1週,1カ月,3カ月,6カ月,9カ月,12カ月でそれぞれ2.9±2.5,2.9±2.7,2.5±2.2,1.7±1.6,1.5±1.9,1.3±1.8であり,点眼開始後6カ月から12カ月まで有意な改善を認めた(開始後6カ月と9カ月はそれぞれp=0.01,p=0.02,12カ月はp<0.01)(図3).86自覚症状は,14項目のうち,眼が乾いた感じ,眼がショボショボゴロゴロする,眼の不快感の3項目で有意な改善が認められた(各p<0.05)(図4).なお,観察期間において,点眼の副作用は認められなかった.III考按今回の検討により,DQSは,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼で改善が得られなかったLASIK後のドライアイ遷延例において,BUTは点眼開始後1カ月から12カ月まで継続して有意な延長を認めた.SPKは開始後1週から12カ月まで継続して,結膜上皮障害は点眼開始後6カ月から12カ月まで継続して有意な改善を認めた.LASIK後のドライアイはBUTの短縮が特徴的であるが,BUTの短縮は眼表面のムチンの発現の低下が要因の一つと考えられる18).ドライアイ治療に汎用されているヒアルロンリサミングリーン染色スコア経過期間****酸では,ムチンが障害されたドライアイ患者への効果は不十4分な可能性が指摘されている19).Yungらは,人工涙液で改2善を認めないLASIK後のドライアイ患者に対し,涙点プラグが有効であるとしている20).しかし,涙点プラグは挿入時に疼痛を伴ううえ,術後感染や脱落,肉芽形成や涙道内の迷入などの合併症がある21,22).今回の検討で,DQS投与後で0開始前1W1M3M6M9M12Mは涙液分泌量の増加はみられなかったが,BUTの有意な延図3結膜上皮障害(リサミングリーン染色スコア)の変化開始前と比較し,開始後6カ月から12カ月まで継続して有意に長が認められた.DQSは結膜上皮の杯細胞のP2Y2受容体改善した.*p<0.05,**p<0.01Steel-Dwasstest.に作用し,分泌型ムチンであるMAC5ACの分泌を促進す54図4DQS投与前後での各自覚症状の比較開始前(■)と比較し,開始後12カ月(■)で「眼が乾いた感じ」「眼がゴロゴロ,ショボショボする」,「眼の不快感」の3項目が有意に改善した.*p<0.05Wilcoxonsigned-ranktest.(,)眼が疲れる***自覚症状のスコア3210乾燥で悪化運転で悪化眼が赤い涙が出る目やにが出る光がまぶしいかすんで見える眼の不快感眼が痒い眼が痛い眼が重いショボショボ眼がゴロゴロ眼が乾いた感じ(117)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013251 るとされる23).今回の検討においても,DQSにより分泌型ムチンが増加することで涙液層が安定化し,BUTが延長したと考えられる.SPKにおいても,DQS投与後で有意な改善を認めた.SPKの投与後12カ月の改善率をみると,A1D2は90%で,A2D2とA2D3では100%であった.内訳は,A1D210眼のうち4眼がA1D1,5眼がA0D0と改善,1眼が不変であった.A2D2では6眼すべてがA1D1となり,A2D3では2眼ともA1D2と改善を認めた.DQSは,SPKの改善は軽度から中等度において特に有効であったが,A2D3のような重度の症例では,A1D2と改善はみられたものの,SPKは中等度残存していた.角膜上皮障害が重度の場合,膜型や分泌型ムチンの発現が著明に低下しているため,DQSでの治療では,涙液層の安定化をはかるには不十分と考えられる.このような重度のSPK症例には点眼治療だけでなく,涙点プラグなどの外科処置を考慮する必要があるかもしれない.今回の検討で,角膜上皮障害は点眼開始後1週,BUTは点眼開始後1カ月,結膜上皮障害は点眼開始後6カ月までに有意に改善し,その効果は12カ月まで持続していた.山口ら12)は,DQS投与後52週にわたり角結膜上皮障害の有意な減少とBUTの有意な延長を認め,その効果は長期投与においても持続することを報告している.本検討においても,投与後1年にわたり角結膜上皮障害とBUTの経時的な改善がみられた.角膜上皮障害とBUTの改善は,点眼治療後早期で認めたが,結膜上皮障害の改善は,点眼開始後6カ月であり,角膜と比較すると改善の遅延がみられた.結膜上皮障害は,従来の点眼や涙点プラグなど,ドライアイ治療において,角膜上皮障害と比較して残存する傾向がある13).しかし,山口らの報告12)では,角膜上皮障害とBUTだけでなく,結膜上皮障害も点眼開始後1カ月までには有意な改善を認めている.本検討では統計学的有意差は認めなかったが,点眼後1週間から改善傾向であった.今回は18眼の検討であるため,さらに症例数を蓄積することで,より早期から有意な改善がみられる可能性が考えられた.自覚症状において,眼が乾いた感じ,眼がショボショボゴロゴロする,眼の不快感の3項目で改善がみられた.これらは涙液層の安定性や角結膜上皮障害と関連すると考えられる.BUTと自覚症状の合計スコアの相関を検討したところ,BUTが延長するほど,また,角結膜上皮染色スコアが減少するほど自覚症状が改善する傾向がみられた(p<0.01,それぞれr=.0.31,0.28,0.25Spearman’scorrelationcoefficient).DQSによる涙液層の安定化により,ドライアイの悪循環が解消され,BUTの延長と角結膜上皮障害の軽減を促すことで,自覚症状の改善につながったと考えられる.DQSはLASIK後の遷延するドライアイに対し,短期的だけでなく,経時的に改善させる点眼薬であると考えられる.LASIK後にドライアイを認める症例や,術前からドライアイを認める症例では,術後早期からDQSを投与することも有用である可能性が示唆される.文献1)宮井尊史,宮田和典,大鹿哲郎ほか:Wavefront-GuidedLaserInSituKeratomileusisの臨床評価.IOL&RS19:189-193,20052)TodaI,Asano-KatoN,Komai-HoriYetal:Dryeyeafterlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol132:1-7,20013)AlbietzJM,LentonLM,McLennanSG:Chronicdryeyeandregressionafterlaserinsitukeratomileusisformyopia.JCataractRefractSurg30:675-684,20044)StevenE,WilsonSE:Laserinsitukeratomileusisinducedneurotrophicepitheliopathy.Ophthalmology108:1082-1087,20015)AmbrosioRJr,TervoT,WilsonSEetal:LASIK-associateddryeyeandneurotrophicepitheliopathy:pathophysiologyandstrategiesforpreventionandtreatment.JRefractSurg24:396-407,20086)NejimaR,MiyataK,TanabeTetal:Cornealbarrierfunction,tearfilmstability,andcornealsensationafterphotorefractivekeratectomyandlaserinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol139:64-71,20057)LinnaTU,VesaluomaMH,Perez-SantonjaJJetal:EffectofmyopicLASIKoncornealsensitivityandmorphologyofsubbasalnerves.InvestOphthalmolVisSci41:393397,20008)PatelSV,McLarenJW,KittlesonKMetal:Subbasalnervedensityandcornealsensitivityafterlaserinsitukeratomileusis:femtosecondlaservsmechanicalmicrokeratome.ArchOphthalmol128:1413-1419,20109)KonomiK,ChenLL,TarkoRSetal:PreoperativecharacteristicsandapotentialmechanismofchronicdryeyeafterLASIK.InvestOphthalmolVisSci49:168-174,200810)TauberJ,DavittWF,BokoskyJEetal:Double-masked,placebo-controlledsafetyandefficacytrialofdiquafosoltetrasodium(INS365)ophthalmicsolutionforthetreatmentofdryeye.Cornea23:784-792,200411)三原研一,中村泰介:ドライアイに対するジクアホソルナトリウム点眼液3%の有効性の検討.臨眼66:1191-1194,201212)山口昌彦,坪田一男,大橋裕一ほか:3%ジクアホソルナトリウム点眼液のドライアイを対象としたオープンラベルによる長期投与試験.あたらしい眼科29:527-535,201213)島﨑潤,ドライアイ研究会:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,200714)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuperficialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,200315)PerryHD,SolomonR,DonnenfeldEDetal:EvaluationofTopicalCyclosporinefortheTreatmentofDryEyeDisease.ArchOphthalmol126:1046-1050,2008252あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(118) 16)SchiffmanRM,ChristiansonMD,JacobsenGetal:ReliabilityandvalidityoftheOcularSurfaceDiseaseIndex.ArchOphthalmol118:615-621,200017)DoughertyBE,NicholsJJ,NicholsKK:RaschanalysisoftheOcularSurfaceDiseaseIndex(OSDI).InvestOphthalmolVisSci52:8630-8635,201118)CorralesRM,NarayananS,FernandezIetal:Ocularmucingeneexpressionlevelsasbiomarkersforthediagnosisofdryeyesyndrome.InvestOphthalmolVisSci52:8363-8369,201119)ShimmuraS,OnoM,TsubotaKetal:Sodiumhyaluronateeyedropsinthetreatmentofdryeyes.BrJOphthalmol79:1007-1011,199520)YungYH,TodaI,TsubotaKetal:Punctalplugsfortreatmentofpost-LASIKdryeye.JpnJOphthalmol56:208-213,201221)小嶋健太郎,横井則彦,木下茂ほか:重症ドライアイに対する涙点プラグの治療成績.日眼会誌106:360-364,200222)FayetB,AssoulineM,RenardGetal:Siliconepunctalplugextrusionresultingfromspontaneousdissectionofcanalicularmucosa:Aclinicalandhistopathologicreport.Ophthalmology108:405-409,200123)七條優子,坂元明日香,中村雅胤:ジクアホソルナトリウムのウサギ結膜組織からのMUC5AC分泌促進作用.あたらしい眼科28:261-265,2011***(119)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013253

後期臨床研修医日記 21.大阪市立大学

2013年2月28日 木曜日

●シリーズ後期臨床研修医日記大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学米田茉莉子吉本公美子米本千穂(執筆順)大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学では,前期研究医として,現在5名が働いています.白木邦彦教授をはじめ,教育熱心な先生方のもと,日々一人前の眼科医になるべく,学んでいます.今回は,外来・病棟・手術の面から,私たちの日々の仕事をご紹介します.外来編私たちは,外来で処置係や再診係,造影検査,レーザー治療などを行っています.処置係では,初診で来られた患者さんの予診を取り,上級医の先生の診察に必要な検査を決めます.早く検査に回ってもらうために必要な情報を得て,いかに早く予診室から出て行っていただくかが勝負です.また,OCT,超音波検査(Amode,Bmode,UBM)や結膜下注射などの処置も行います.初診の患者さんが多い日や,処置に時間がかかると,予診室に戻った頃には,上級医の先生自ら,予診を取ってくださっている姿が…….大変申し訳ない気持ちでいっぱいです.医学部5回生の学生さんが実習で予診を見学に来るのですが,余裕がある時は,彼らに検査の説明をし,予診を取らせてあげます.ただ余裕のないときは,彼らに構った分,上級医の先生にご迷惑がかかるため,忙しそうな背中を見せて医者の仕事というものを学んでもらっています.白木教授のご専門が黄斑疾患であるため,造影検査は,FA検査とIA検査の両方が必要な患者さんが,山ほど来られます.眼底カメラが2台,自発蛍光用の眼底カメラ,HRAが1台ずつ,これらを駆使して,同時進行で何人もの患者さんを撮影していきます.テンポ良く,どの機械も稼働していない時間がないように,効率良く撮影します.当初,つぎにどの機械の前に患者さんを座らせれば良いのか,つぎにHRAを使うのはどの患者さんなのか,混乱してはテンポを乱し,怒られていました.特に木曜日の午前は,15人前後の患者さんのFA・IA検査を同時施行するため,緊張感に満ちた雰囲気に包まれています.▲ORTさんとの合同勉強会にて下段左から3番目より,筆者の米田,米本,吉本.上段左から5番目が,講師の山本先生.(109)あたらしい眼科Vol.30,No.2,20132430910-1810/13/\100/頁/JCOPY 〈プロフィール〉(50音順)吉本公美子(よしもとくみこ)平成21年大阪市立大学医学部卒業.ベルランド総合病院で初期臨床研修.平成23年4月より大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学前期研究医.米田茉莉子(よねだまりこ)平成21年大阪市立大学医学部卒業.大阪警察病院で初期臨床研修.平成23年4月より大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学前期研究医.米本千穂(よねもとちほ)平成21年金沢医科大学卒業.大阪市立大学医学部附属病院で初期臨床研修.平成23年4月より大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学前期研究医.レーザー治療は,眼球が動かず,白内障がなく,とても打ちやすい患者さんにあたるとすごく上手になった気分にひたれます.ですが,1発打つごとに疼痛にもだえる硝子体出血がある増殖糖尿病網膜症の患者さんなどにあたると,長い勝負となります.レーザーの必要性も高く,パワーを落とすこともできず,赤でしか入らず,疼痛に対して応援しかできません.一勝負終わった後には,ぐったりした気分になり,上級医の先生のように素早く打てるように精進することが必要と痛感します.(米田茉莉子)病棟編大阪市立大学病院の眼科病棟は,病院の12階にあり昼間は天王寺動物園が見下ろせ,夜にはイルミネーションに輝く通天閣を間近に見ることができる都会のど真ん中にあります.そんな眼科病棟はだいたい40床程度で,日々さまざまな患者さんが入院されてこられます.特に身体はいたって健康な患者さんが大半を占めているので,時折談話室はものすごい盛り上がりをみせています.眼科の入院期間は短いことが多いので1週間おきくらいに病棟や各部屋の雰囲気は変わっていきます.気の合う患者さん同士が相部屋になった時や,阪神ファンが談話室前のテレビに集まって野球中継を見ている時などはびっくりして振り返ってしまうほどの歓声が聞こえ,まるで学生の合宿所のような雰囲気です.女子部屋で同年代の患者さんが集まったときにはガールズトークに花が咲くようで,時には『○○先生かっこいい』とか,『いや○○先生のほうがかっこいいわよぉー』といった女子高生のような244あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013会話もあるとか.私たちが病棟で仕事をするのはもっぱら朝と夕方の時間帯です.診察室は4診あり,3診が通常診察を行うもの,あとの1診が感染疾患を扱うものです.そのほかにレーザー室,視力検査などを行うことのできる検査室があります.朝一の時間帯などは,診察室の前に術後の患者さんたちが並び,診察室はとても賑やかになります.朝の混み合う時間帯を過ぎると私たち医師はそれぞれ外来,手術へと仕事の場を移すので,それからの病棟は主に看護師さんたちが患者さんたちとかかわる時間帯へと変わります.術直後や自己点眼が困難な患者さんには,看護師さんたちが時間ごとに部屋を回りながらきっちりと点眼管理を行っていきます.私たちがクラビットR点眼1日4回などの指示を出していてもきっちり点眼液が眼の中に入っていなければ意味がありません.なかにはとっても点眼が下手な患者さんもおられるようで,1回につき何滴も落としているのにまったく眼の中に点眼液が入っていないこともあります.けれど,本人はいたって真面目にきっちりとされている!と思っていらっしゃるようで…….看護師さんたちには,そういった私たちが見ていない患者さんの素の状態をみて看護をしてくださるのでとても助かっています.看護師さんはじめ,私たちが使ってぐちゃぐちゃにした診察室をきれいに掃除して整理整頓してくださるエイドさん,お掃除の方など,いろんなスタッフに日々支えてもらいながら,眼科病棟はまわっていっているんだなぁーと思い,感謝しながら明日からもがんばろうと思います.(吉本公美子)手術編大阪市立大学での手術についてご紹介します.手術日は木曜日以外の平日で,火曜日のみ外来手術も行っています.内容的には白内障手術,硝子体手術,斜視手術,緑内障手術が主です.外来手術では,当大学で年間最も手術件数の多い,ルセンティスRやアバスチンRの硝子体内注射を行っています.眼底疾患を主な専門としていることから,年間2,000~2,500件程度の硝子体注射を施行しており,眼内炎防御のため,前例クリーンルームでの処置で行っています.1件目の手術は朝8時50分からです.全身麻酔の手術の場合は8時30分からです.1件目から手術が入っ(110) ている場合は,病棟で必要のある患者さん(術後など)の診察を済ませ,手術室へ向かいます.まず,顕微鏡・モニター・機械類などの準備をします.準備忘れがないか頭の中で確認しますが,あわてていると何か忘れたりするもので,清潔になってしまってから看護師さんにすいませんとお願いすることも…….その前の朝の病棟診察にて患者さんに何か問題が生じていたりすると準備忘れが出やすいような……,いつも冷静に正確にと心がけていますがまだまだだなと実感させられます.入局2年目の私にとっては,どの症例も勉強になるものばかりです.特に白内障手術は執刀もさせていただいているので,上の先生の見事な手術には眼が釘付けになります.参考書からだけでは学べない実際の手技を見て,盗めるところはないかと必死です.手術助手時は次に執刀医がどうしたいかを常に考え,少しでもスムーズに手術が進むように心がけていますが,逆に足を引っ張っているのではないかと不安にもなります.顕微鏡から見える世界は本当に興味深い世界で,やはり手術は楽しいなと感じています.1日の手術は緊急手術がなければ,だいたい17時ごろには終わります.緊急手術がある場合は予定の後に入るので,夜遅くなることもありますが(だいたい21~22時ごろ),不思議と遅くても苦には感じません.いつも日々の仕事に追われ,手術のみに関して考えることはなかったのですが,この原稿を書いてみて,やはり私は眼科手術という空間が好きだなぁと実感させられました.まあ,他の部門の原稿担当だったら,その部分が好きと感じていたと思うのですが…….結局,いつも感じていることは診察技術や手術手技など,日々の少しの成長がすごく励みになるということです.こんな感じで,眼科入局2年目の私は飽きることなく,2cmちょっととすごく小さな世界と格闘し,毎日楽しく頑張っています.(米本千穂)指導医からのメッセージて,医者は初期の研修が大事とは良くいわれます.教育というものを考える立場になり,個性を尊重するのか,はたまた和を大事にするのか,本当に難しいと実感させられています.指導を行いながら私自身もそれが刺激になり,追いつかれないように,負けないように自分を高めていければと思っています.これからも一緒に自分の目指す理想の眼科医に向かって,精進していきましょう.(大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学・講師山本学)2011年4月に3名の先生に入局していただき,早1年半が過ぎました.眼科医不足が叫ばれるなか,当科もご多聞にもれず,2012年は新入局員0という厳しい状況です.今年は1人でも多くの先生に来てもらいたいところですが,そのような環境のなかで,この3人の先生は病棟に外来に手術にと,良く頑張ってくれていると思います.私もまだまだ人を指導するような年齢ではないと思いつつも,気付けば眼科医歴10年を数え,後輩もそれなりに増えました.眼科も含め☆☆☆(111)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013245

My boom 13.

2013年2月28日 木曜日

監修=大橋裕一連載⑬MyboomMyboom第13回「西村知久」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す連載⑬MyboomMyboom第13回「西村知久」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す自己紹介西村知久(にしむら・ともひさ)美川眼科医院私は,平成4年に佐賀医科大学(現佐賀大学医学部)を卒業して,同大学眼科に入局いたしました.その後,日本赤十字社和歌山医療センターで当時部長を務めておられた田中康裕先生(現日本眼科医会理事)のご指導を受けましたが,そのときの兄弟子が前回の小堀朗先生です.大学院では,病理学教室で角膜再生の研究を行いました.その後は,大学や関連病院で硝子体手術の研鑽を積み,平成20年より現在の美川眼科医院(佐賀市)に勤務しています.臨床のmyboom1;「眼科内視鏡」平成11年頃より本格的に硝子体手術を始めましたが,そのときに眼科内視鏡を使い始めました.平成22年からは宮崎市の鳥井秀雄先生が設立された眼科内視鏡研究会に北九州市の冨士本一志先生らとともに参加させていただき,ファイバーテック社とともに眼科内視鏡の開発や内視鏡のパラメータ設定などを行っています.昨年,内視鏡本体とモニターの間に設置する新しい画像解析装置(iSBOARD)が発売され,25ゲージ硝子体手術などのMIVS(小切開硝子体手術)でも快適に内視鏡を使用することができるようになりました.過去に内視鏡を使ったことのある先生も,まだ内視鏡を使ったことのない先生もぜひ試していただきたいと思います.眼科内視鏡研究会のホームページ(www.soert.com)は「眼科内視鏡」で検索してもらうと見つかります.ホームページトップでサンプル画像を閲覧できますが,会員になると内視鏡硝子体手術の基本操作やさまざまな内視鏡手術の(107)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY動画が閲覧できます.また,不定期ですが眼科内視鏡ウエットラボを行い,眼科内視鏡の普及に努めています.臨床のmyboom2;「電子カルテ」現在勤務している美川眼科医院は,平成21年に入院設備のある新医院を建設しましたが,その1年前より準備を進めて,新医院開院と同時に電子カルテの導入を行いました.当院の電子カルテはニデック社のNAVISCLを使用しています.看護部門,検査部門,受付・クラーク部門に分けて必要な要望をまとめて,定期的にニデック社と会議を行っています.当初は入院ベッド管理の機能や検査に必要なテンプレートがなかったりしましたが,追加や改善を行ってもらい,現在は多くの問題が解決されています.今後も人為的なミスを予防して,スピーディーかつ正確な診療を行うために,電子カルテのシステムを進化させていきたいと考えています.また,この電子カルテに連結した統計分析システムも使用しています.このシステムにより,患者さんの待ち時間の解析や医師別の診療行為の集計を行うことができ,さらに効率のよい診療を行えるように対策を行っています.臨床のmyboom3;「トーリックIOL」当院ではわたくし以外にも,美川優子医師,樋田太郎医師が白内障手術を行っています.同じ大学出身で同じような環境で手術のトレーニングを受けたので,手術の方法がほとんど同じです.そのため,交代でマーキングができることもあり,早期よりトーリック眼内レンズ(IOL)を導入しています.当院ではトーリックカリキュレータで該当する患者さんには基本的にトーリック眼内レンズを使用しており,約3割の使用頻度となっています.当院での手術成績については,学会やセミナーなどで発表を行っていますが,同じタイプの非球面レンズと比べて,裸眼視力のみならず矯正視力も向上する結果となっており,高齢者においても有効なレンズであることあたらしい眼科Vol.30,No.2,2013241 〔写真1〕「鍋島」の杜氏飯盛直喜さんとが確認されています.プライベートのmyboom;「マチとムラを繋ぐ運動」眼科の先輩に誘われて,5年前より「マチとムラを繋ぐ運動(グリーンツーリズム)」というイベントに家族で参加しています.このイベントは佐賀県鹿島市にある富久千代(ふくちよ)酒造の社長で杜氏の飯盛直喜(いいもりなおき)さんが始められたもので(写真1),マチに住む子供達にムラでいろいろな体験をしてもらおうという活動です.年に4回開催されており,まず6月には酒米の田植えと干潟遊び(写真2),7月にはクワガタなどの虫取りや魚釣りなどの川遊びを行います.9月には自分達で植えた酒米の稲刈りと野菜を収穫し(写真3),みんなでバーベキューを楽しみます.翌年2月には精米した酒米を日本酒に仕込む作業を体験させてもらいます.そして,5月になると1年間の活動で出来上がった日本酒が1本もらえるという,大人にも子供にも魅力的なイベントです.毎年参加することで子供達の成長を感じることができ,普段は教えられないことを体験させることができます.興味がある方は富久千代酒造のホームページ(www.nabeshima-saga.com)をご覧ください.富久千代酒造が造っている日本酒は「鍋島」という銘柄で発売されていますが,最近は東京などの遠方からも「鍋島」ファンがこのイベントに参加されるようになりました.また,この「鍋島」は数年前から雑誌に取り上げられたり,さまざまな品評会で賞を取ったりすることが多くなっていました.InternationalWineChallenge(IWC)という世界最大級のワイン品評会がありますが,2007年からは日本酒の品評会が新設され,国外最大級の日本酒品評会となっています.昨年は,そのIWCの242あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013〔写真2〕鹿島市の干潟公園でのガタ遊び〔写真3〕家族や眼科の後輩達と稲刈り日本酒部門のすべてのカテゴリーのなかの1番である“ChampionSake”にこの「鍋島・大吟醸」が選ばれました.この賞は「鍋島」を愛する僕たちだけでなく,佐賀県全体にとっても大きな話題となりました.ただ一つ残念なことは,大好きな「鍋島」が世界的に有名になってしまい,入手がちょっとむずかしくなったことです.年末には今年の新酒を飲ませていただきましたが,なかなかの出来栄えで今年も楽しい年になりそうです.次回のプレゼンターは福岡県の坂本英久先生(さかもとひでひさ眼科)です.同世代で5年前よりNextGenerationWorkshopという九州若手硝子体研究会で一緒に活動してきました.たいへん手術が上手でセクシーな先生です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(108)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 2.研究生活の思い出

2013年2月28日 木曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ②責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ②責任編集浜松医科大学堀田喜裕研究生活の思い出濱井保名(YasunaHamai)濱井眼科院長1971年弘前大学医学部大学院修了,同眼科助手.1972年留学.1974年帰国.1975年弘前大学医学部眼科講師.1976年山形大学医学部眼科助教授.1991年山形大学退職,濱井眼科開院.1996.2005年日本眼科医会理事.1998.2009年山形県眼科医会会長.1998.2000年山形県アイバンク理事長.2004.2009年東北眼科医会連合会会長.2010年濱井眼科院長,現在に至る.先日,浜松医科大学眼科堀田喜裕教授からJinH.Kinoshita先生を偲んで,先生にお世話になった人々の思い出の記憶を『あたらしい眼科』誌に載せたいという電話をいただいたとき,急に40年前のアメリカ合衆国での生活のことが頭に浮かんできました.楽しかったこと,辛かったことなど一生の思い出として体にしみつきときどき脳裏をかすめます.Dr.DavidG.Cogan(以下,Cogan先生),Dr.JinH.Kinoshita(以下,Kinoshita先生),Dr.ToichiroKuwabara(以下,Kuwabara先生),Dr.HenryN.Fukui(以下,Fukui先生)の各先生方には個人的にも非常にお世話になりました.なかでもKinoshita先生,Kuwabara先生には特別の思い出があります.●JinH.Kinoshita先生との出会い★Kinoshita先生に初めてお会いしたのは,40数年前に東京で生化学の国際学会が開催されたときでした.先生はガラクトース白内障の成因についての研究をなされており,その頃ガラクトースに興味を持たれていたと思います.私は弘前大学の生化学教室の大学院生で眼科は副科目として選択していましたが,生化学が主で血液型物質の型による違いでガラクトースの配列と成分比が異なることなどの研究をしていました.それでガラクトースに関係した研究に目を留めてくださったものと思います.ガラクトースが縁でKinoshita先生の研究室にResearchFellowとして招かれることになりました.それ以来HarvardのHoweLaboratory,NIH(NationalInstitutesofHealth)のNEI(NationalEyeInstitute),また帰国してもKinoshita先生が亡くなられるまで40(105)年以上も長いお付き合いをさせてもらいました.渡米の話は直接Kinoshita先生との話し合いでしたのですぐに決まったのですが,私が大学院を修了していないので,学生では給料が年棒6,000ドル(当時は1ドル300円),大学院を修了してドクターの資格を得れば12,000ドルとのことで修了まで1年間待ってもらうことにしました.この間にアメリカ合衆国ではHoweLaboratoryのメンバーが,NIHに転勤になったり色々なことがあったようです.渡米してまず驚いたことはアメリカ合衆国はとてつもなく広く豊かな国で,この国と戦争をした日本は馬鹿なことをしたものだと思ったのが第一印象でした.ボストンに着いて住居が決まるまで家族はCogan先生の自宅に居候することになり,居候の間,家さがしやアメリカ合衆国での生活に慣れるまでFukui先生にお世話になりました.●所属と仕事が決まるまで★最初に行った先は,HarvardのHoweLaboratoryの生化学部門でした.丁度その頃1970.1972年にかけてNIHにNEIが設立されたすぐの頃で,Kinoshita先生をはじめKuwabara先生など主だったHoweLaboratoryの先生方はNIHに移動してしまった後でした.また,NEIの生化学部門には樺沢泉先生,尾羽澤大先生,三国郁夫先生らが来られていて生化学部門の人員は満杯ということでした.実験室でぶらぶらしているときに,HoweLaboratoryの主任教授のCogan先生に呼ばれ,生化学は定員が一杯だから何かできないかと言われ,このまま日本に帰されたら大変だと思い,電子顕微鏡と組あたらしい眼科Vol.30,No.2,20132390910-1810/13/\100/頁/JCOPY 織化学ができることをアピールしてみました.数日後Laboのランチョンタイムのセミナーで組織化学の話をするように言われました.自分にとってはアメリカ合衆国に残れるかどうかの試験のようなものでした.セミナーでは弘前に居た時,日本眼科学会雑誌に発表し,JJOに掲載された(HistologicalStudiesonArteriolarSclerosisintheHumanRetina:TheLocalizationofAcidMucopolySaccharidesinCentralRetinalArteryandOtherArteries.JpnJOphthalmol15:140,1971),網膜血管の酸性ムコ多糖の局在についての組織化学的話をしました.発表の結果は合格でした.病理組織部門で人員が足りないので,Kinoshita先生の生化学部門の一員としてKuwabara先生のところにトレードに出されることが決まり,やっとアメリカ合衆国に留まることができました.その時,Kinoshita先生からHoweLaboratoryのAnnualReportに以下のような紹介をいただき,米国人のDonovanJ.Pihlajaと共にメンバーの一人として迎えてもらうことができました.「Dr.Kawabata’sdepartureleftabiggapintheLaboratory’sfunctionsinexperimentalpathologyandelectronmicroscopy.Fortunately,however,wehavebeenabletosecuretheappointmentofDr.Pihlajaand,mostrecently,ofDr.YasunaHamai,bothofwhombringunusualtalentstothisimportantareaoftheLaboratory’sresearches.Dr.HamaihailsfromJapan,wherehisinterestshaverelatedtohistochemistryandultrastructureoftheeye.」Kinoshita先生は,時々NIHからHoweLaboratoryに来られていました.その時は必ず実験室に寄られ,私の標本を見ていかれます.そして,いつもCogan先生にも見せるようにと,私のことを気づかってくれていました.●研究生活で嬉しかったこと★2年近く住んだボストンを離れ,VisitingScientistの資格でNIHに移ることになり,白内障の研究に熱が入るようになりました.その当時,マウスのような小さい動物の水晶体でも全体を切片にすることは非常に困難でした.Kuwabara先生は何時も「水晶体の標本作りはオリエンテーションをきちんと決めて,小さい切片にしてエポンを十分浸透させることだ」と言っておられまし240あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013写真先天性白内障マウス水晶体のエポン切片(トルイジンブルー染色)た.自分なりに色々工夫して,組織をエポンの入った注射器に入れシリンダーで圧力を加え,樹脂が十分浸透するようにしてみました.その結果,水晶体全体の切片を作ることが可能になりました(写真).その時,クワバラ・クワバラと怖れられていたKuwabara先生に「Wholelensの切片が作れるのは僕と君ぐらいのものだ」と誉められたのが何よりの自慢です.また,Kuwabara先生は日本人の研究者に何時でも,「Whydon’tyoucomeup,eattogether!」と昼のランチョンセミナーに3階のミーティングルームに来て食事をしながら話をしろと言って,日本人が外国人と親しくなるように気くばりをしてくれていました.Wholelensの切片はKinoshita先生にも気に入ってもらえて,学会でNIHのPRのポスター・セッションに2回出してもらえました.実験はどんどんはかどりARVOに2回・AAOに1回発表し,Paperは,HamaiY,FukuiHN,KuwabaraT:Morphologyofhereditarymousecataract.ExpEyeRes18:537.1974HamaiY,KuwabaraT:EearycytologicchangesofFrasercataract:Anelectronmicroscopicstudy.InvestOphthalmol14:517.1975に発表することができ,アメリカ合衆国では充実した研究生活を過ごさせてもらいました.改めて,Kinoshita先生に感謝申し上げます.(106)

現場発,病院と患者のためのシステム 13.門前の小僧と和尚

2013年2月28日 木曜日

連載⑬現場発,病院と患者のためのシステム連載⑬現場発,病院と患者のためのシステム私たちは,公私を問わず,日常的にインターネットやパソコンを使い,電子ブック,スマートフォンも意識することなく使っています.テレビ,新聞の宣伝,広告では必ずホームページのアドレスが表示され,ラジオでは,記憶する間もないのに平気でアドレスをしゃべります.このよう門前の小僧と和尚杉浦和史*かなり前のことですが,パソコン少年という言葉がありました.ここでは“門前の小僧”と表現することにします.“読書百遍,意自ずから通ず”という言葉はありますが,門前の小僧がいくらお経を唱えても和尚にはなれません.同様に,パソコンの使い方やインターネットの利用方法がわかり,使える程度の小僧には,業務を分析し利用者の状況にあったシステムを考え,効果的な運用まで作り上げることはできません.新米の大工がノコギリやカンナを使えるようになっても,顧客の要望に沿った家が建てられないのと同じといえばわかりやすいでしょう.しかし,鮮やかな手つきでパソコンを操作し,カタカナ語を話す小僧にシステムができるのではないかと期待したり,錯覚するのは,本人だけではなく,不勉強な周囲も同様です.なかには,知らないことを悟られないよう,小僧をおだてる和尚もいるから,始末に負えません.な状況においては,好むと好まざるとにかかわらず,関心を持たざるを得ません.関心を持つだけではなく,積極的に利用しないと損かもしれません.一方,十分理解せず,安易に先走ることは危険です.今,クラウドがブームで猫も杓子も話題にしています.しかし,この考え方はGEが70年代にmark1として実現している昔からあるもので,当時の説明資料にも雲(クラウド)の絵が描かれていました.歴史をふり返り,本質を知り,冷静に判断すれば,それほどのことでもないことがわかります.意味はわからないけれど,お経を唱えることができる門前の小僧と,本質(教義)を理解している和尚のお経の違いも同じようなものだと思います.ところで,知っている知らないとは,何についてでしょう?システムを作るための技術的な実現手段のことではないでしょうか.医師を含む医療従事者は,ITを職業としている専門家ではなく,実現手段の技術,方法論まで習得する必然性はありません.解説書を何冊か読み,ひな形を見て試行錯誤しながら理解すれば,簡単なプログラムを作れるとは思います.しかし,その延長線上ではシステムは作れないと理解したほうが無難です.全体構想なく,必要になった都度作ったプログラムはその中で閉じています.これらを集めても,機能,情報がストレスなく相互に連携し合うシステムにはなりません.履き物には,革靴,運動靴,サンダル,下駄など,いろいろあり,用途に応じ適宜使い分けます.これを履き物というくくりで纏めてしまうと,浴衣に革靴,スーツに下駄のような,妙な組み合わせになってしまうかもしれません.実際には,着物と履き物の場合は見た目ですぐわかり,このようなことはありませんが,見た(103)目にはわからず機能名で判断するシステムではこのような懸念はあります.和尚は,小僧がその場の問題解決のために作ったプログラムの中身を知らず,機能名を見ただけで寄せ集め,システムができると思ってはいけないのです.タッチタイピングでキーボードが打てたり,鮮やかな手つきでExcelを操作してきれいなグラフを作るのと,システムを作ることとは次元が違うし,難易度の広さと深さが違うことを理解する必要があります.これに気がつけばITを恐れることはありません.自分で何でもできればそれに越したことはありませんが,これだけ専門分化している世の中,すべてに通じることは不可能に近いでしょう.例えば物理学.ニュートンが活躍していた時代の物理学と今のそれとは,領域の広さと深さにおいて格段の差があります.当時の物理学者は一人で多方面に業績を残していますが,今の物理学者に*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.2,20132370910-1810/13/\100/頁/JCOPY 分野専門的深さ守備範囲を広げる専門性を高める図1分野を広げ,専門性を高めるそれを求めるのは酷でしょう.なぜなら今の物理学は,ちょっと挙げただけでも,地球物理,宇宙物理,物性物理,生物物理,今問題になっている原子物理,など枚挙にいとまがありません.この専門分化したそれぞれの分野で一流の業績を上げるのは至難の業,すべての専門家にはなれないでしょう.ITも同様です.多岐に亘るという点では最右翼ではないでしょうか.パソコンが使えたり,インターネットでいろいろ調べられるぐらいではITの専門家とはいえませんが,どうもこの分野だけは,ちょっと使えると,スゴイということになるようです.もちろん,余裕があれば,周辺の知識を広め,深めることは結構なことです.できれば,分野を横に取り,専門性を縦に取ったときに,逆三角形のような形になれば理想的です(図1).ITに限ったことではありませんが,小僧と和尚の違いは,ある専門分野において系統だって知識を蓄積し,多くの経験を経て醸成される有形無形のノウハウと見識があるかないかであり,付け焼き刃の薄っぺらなHowtoではありません.新しいことにアレルギーがない若者の小僧に対し,何事も億劫になりがちな中高年の和尚は負けてしまいそうですが,若者にはない実体験に基づいた知識,経験があります.あることをやり遂げるために必要となる知識,技術を持ち合わせない場合には,それを専門とする者とアライアンスを組むことで解決すべきです.生兵法の付け焼き刃で臨むことは避けましょう.かえって危険です.一方,過去の経験にあぐらをかき,伸びようとする芽を和尚の地位を脅かす者として遠ざけようとすることは,本末転倒であることはいうまでもありません.向上心と好奇心,これを失わなければ和尚は小僧に負けることはないし,ブームに迎合したり,理解できずにガッカリすることもありません.以上の話,実は日本公認会計士協会のセミナーで講演した内容を元に書いたものです.協会からの依頼は,中高年の会計士と若い会計士がいて,ITに通じているか否かで見えざる溝があり,この解消のための話をして欲しいというものでした.これを医療機関,医療従事者に当てはめるとどうなるでしょう.コマンドを諳んじ,鮮やかな手つきで操作する医師,一本指でおそるおそる触る医師などいろいろですが,肝心なのは中身.知識,経験,見識,評価眼であることは,会計士の世界と同じです.会計士は会社の病状(経営状況)を,医師は患者の病状を観察し,的確な診断と治療,指導をするのが本質であり,小手先のITHowtoではありません.☆☆☆238あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(104)

タブレット型PCの眼科領域での応用 9.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての臨床導入-その2-

2013年2月28日 木曜日

シリーズ⑨シリーズ⑨タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第9章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての臨床導入─その2─■ロービジョンエイドとしての導入の実際本章では,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているタブレット型PCである“RetinaディスプレイモデルiPadR(米国AppleInc.)”とスマートフォンの“iPhone5R(米国AppleInc.)”,iPodtouchR(米国AppleInc.)のiOSバージョン6.01について,導入の際の問診の進め方を具体的な言葉とともに紹介して行きます.■私のロービジョンエイド活用法「見きわめの問診前編」患者にタブレット型PCを勧める際に最初に確認することは,「何が今の生活を最も活性化するか」という質問です.この“見きわめの問診”を正しい方法で行うことは,患者がタブレット型PCやスマートフォンに関心と意欲をもてるかどうかのまさに見きわめになる問診であるため重要です.われわれがタブレット型PCを紹介する際に,最終的に考慮すべき項目は以下に要約されます.①最適な文字サイズやフォントの選定,②白黒反転機能の必要性の有無,③音声補助機能の必要性の有無,④ニーズに対応した最適なタブレット端末の大きさの選定(現状では9.7インチタブレット型PC,7.9インチタブレット型PC,4インチ〔対角〕のスマートフォンなど)を最終的には適切に判定する必要性があります.しかし“見きわめの問診”で必要なのは,患者がデジタルロービジョンエイドとも呼べるタブレット型PCなどに関心をもてるかどうかの見きわめであります.問診をする際の肝になるは,すべての質問はきわめてシンプルかつ“閉ざされた質問”で行うことです.『今の生活で最も困っていることは何ですか?』というよう(101)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYな“開かれた質問”では,患者は抽象的な生活の不便さを答えることはあっても,求めている適切なニーズを得られる可能性はきわめて低いといえます.また『このタブレット型PCではインターネットや電子書籍の閲覧,写真撮影から…….』と一方的にエイドとしての機能説明を始めてしまうことはさらに患者の意欲を低下させる原因になります.具体的には,エイドの機能説明は一切行わない状態で,以下にあげるような問答で患者の中に内在する潜在的なニーズを絞っていきます.経験的に患者のニーズは大きく分けて「視機能の低下に伴う読書意欲の低下」,「細かい作業の視認性の低下に伴う趣味の喪失」,「マウスなどPCの操作の困難さに伴う,コミュニケーション手段の喪失」,「情報の入手の困難からくる社会的な不安」などがあげられます.“見きわめの問診”ではこれらのうちどの分野が最も患者の生活の活動性を向上させるかを慎重に検討します.たとえば,読書機能の低下に最も関心を示した患者には,次のような質問でニーズを絞って行きます.『読むのと見るのはどちらが好きでしたか?』『もう一度文字が見えたら,何を読みたいですか?』『どちらが読みやすいですか?』(背景色が白と黒のコントラスト文字を見せて)『どの大きさが見やすいですか?』(さまざまな大きさの文字を見せて)『どちらの文字が好みですか?』(明朝体とゴシック体の細字と太字などを見せて)『ページの使われている色は少ないほうが見やすいですか?』とクローズな質問を繰り返し,患者が最も見たいと考えられる対象物と表示条件(文字サイズやフォント,色のあたらしい眼科Vol.30,No.2,2013235 図1背面カメラで拡大された指先を見ながら糸通しを体験図1背面カメラで拡大された指先を見ながら糸通しを体験図2背面カメラ機能を利用して自由に趣味の絵画を体験反転の有無など)を選定します.この際,“見たい”や“好き”などのプラスのイメージの言葉を用いて質問をすることで,患者はこれから何かプラスな提案をされるのではという期待をもち,質問に対して肯定的な解答をしやすくなります.そのうえで患者が最も好むであろう,背景色と文字サイズに設定したタブレット型PCで,電子書籍などを閲覧してもらいます.表示された文字が見えるかどうかの判定から継続的な読書が可能かなどの感想を聞いて,何を変えればより見やすいかなどのプラスイメージの追加質問を加えて設定の修正を行います.意欲的な患者には読書環境を選定したうえで,音声読み上げ機能を体験してもらい,以下のような質問を投げかけます.■この文字を読む時に今のように音声も出たら,楽だと思いますか?上記のような言葉で音声補助機能の体験の感想を聞いた場合,多くの患者は肯定的な反応を示します.しかし,先に音声補助機能の説明を行った場合,患者のなかには音声補助機能に対するアレルギー反応を起こし,体験すること自体を拒否されることがあります.まず体験から入ってもらうことで,デジタルエイドや音声補助機能への概念的なアレルギー反応を緩和することが大切であると考えられます.また,読書行為自体にまったく関心を示さない患者に対しては,以下のような質問を投げかけることで,意外なニーズを発見できることがあります.『爪切りはどのようにされますか?』236あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013『もう一度やりたい趣味はありますか?』『最近一番おいしいと感じた食事はいつですか?』そして爪切りや糸通しなどの日常生活動作を,背面カメラを利用した拡大機能で体験してもらい“見える喜び”をまず体感してもらいます(図1).また,ランチプレートの写真やレストランのメニューを拡大して見てもらうことで,食材が鮮明に見えることで食に対する意欲の向上を実感してもらうのも一つの方法です.概念ではなく体験を通して,患者のニーズを丁寧に問診していくことで始めて患者の見ることへの意欲は確実に向上し始めるのです(図2).“見きわめの問診”のポイントは体験の先行を重視し,質問はシンプルで閉ざされた物を用いて必要以上の機能説明はしないことです.“見きわめの問診”が適切に行われなかった場合,一度構築されたデジタルアレルギーを修復するのは非常に困難です.一人でも多くの視覚障害者の目に希望の光を戻せるように,正しい“見きわめの問診”を広めることが視覚障害者の明日を作ると私は信じています.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/(102)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 117.家族性滲出性硝子体網膜症に続発した黄斑上膜に対する硝子体手術(中級編)

2013年2月28日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載117117家族性滲出性硝子体網膜症に続発した黄斑上膜に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科はじめに家族性滲出性硝子体網膜症(familialexudativevitreoretinopathy:FEVR)は若年者の網膜.離の原因疾患として重要であり,その病態は未熟児網膜症と同様に周辺部網膜血管の形成不全に起因する.FEVRの瘢痕期の合併症の一つとして続発黄斑上膜があるが,通常の黄斑上膜(ERM)と異なる解剖学的特徴を有するので,硝子体手術を施行する場合にはその点をよく理解しておく必要がある.●家族性滲出性硝子体網膜症の解剖学的特徴FEVRに併発した裂孔原性網膜.離に対して硝子体手術を施行する場合,肥厚した後部硝子体膜が中間周辺部から面状に網膜と強固に癒着していることが多いため,しばしば人工的後部硝子体.離の作製が困難である1).また,網膜が菲薄化,脆弱化しているため人工的後部硝子体.離作製時に容易に医原性裂孔を形成する危険がある.FEVRに続発したERMでも同様の解剖学的構造を有していることが多く,人工的後部硝子体.離は必要最小限に留めるべきである.●黄斑上膜.離時の注意点FEVRに伴うERMの成因は明確に断定できないが,構成成分としてグリア系細胞に加えて血管成分がみられたという報告があり2),硝子体変性に加えて網膜虚血が関与しているものと考えられる.よって通常のERMよりも網膜と強固に癒着している可能性がある.筆者らが過去に報告した自験例(図1)でもこのような解剖学構造を有していたため,硝子体の処理はERM近傍に留め(図2a),ERMと網膜の癒着が非常に強固な部位には適宜水平硝子体剪刀を用いて慎重に.離除去した(図2b)3).このようにFEVRによるERMは通常のERMと比較して手術の難易度が高く,医原性裂孔を形成すると術後に網膜.離を惹起する危険性も高いため,硝子体の処理はERM周囲に留め,ERM.離時も細心の注意をもって施行すべきである.文献1)IkedaT,FujikadoT,TanoYetal:Vitrectomyforrhegmatogenousortractionalretinaldetachmentwithfamilialexudativevitreoretinopathy.Ophthalmology106:10811085,19992)西村みえ子,山名敏子,上田佳代:家族性滲出性硝子体網膜症の病像,診断.眼臨81:1450-1457,19873)森山侑子,佐藤孝樹,家久耒啓吾ほか:家族性滲出性硝子体網膜症に続発した網膜上膜に対し硝子体手術を施行した1例.臨眼66:1757-1760,2012ba図1術前の眼底写真牽引乳頭に加えて肥厚した後部硝子体膜とそれに連続する続発ERMを認める.矯正視力は0.1.図2術中所見人工的後部硝子体.離はERM周囲に留め(a),ERMと網膜の癒着が強固な部位には水平硝子体剪刀を使用した(b).(99)あたらしい眼科Vol.30,No.2,20132330910-1810/13/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 146.眼科疾患のmicro RNAプロファイリング

2013年2月28日 木曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第146回◆眼科医のための先端医療山下英俊眼科疾患のmicroRNAプロファイリング金子優(山形県立中央病院眼科)はじめにヒトゲノムの98%を占めるノンコーディング領域(蛋白質の遺伝子配列をもたない領域)から転写されたRNA(non-cordingRNA)にはRNA干渉(RNAinterference:RNAi)のような重要な機能が備わっていることが最近明らかになっています.なかでも,特に注目されているのが2001年に報告されたmicroRNA(以下,miRNA)です1).miRNAは細胞内に存在する18.25塩基長の小さなRNAで,mRNAから蛋白質への翻訳の阻害やmRNAの分解を通して遺伝子の負の発現調節に関与しています(図1).代表的なRNAi分子であるsmallinterferingRNA(以下,siRNA)とメカニズムは似ていますが,標的であるmRNA配列に完全に結合するsiRNAに対して,miRNAは標的のmRNAには部分的にしか結合しないので,siRNAのように1対1ではなく1対複数の標的に作用すると考えられます.また,miRNAは内在遺伝子の発現調節のためのシステムといわれており,生体内にはもともと遺伝子調節機構が備わっていることを意味しています.miRNAが細胞の分化や増殖,免疫,発癌など多様な生命現象に関与していることが多数報告されていることからも,種々の難治性疾患の標的治療薬としてだけでなく,疾患診断や治療予後のバイオマーカーとしても臨床応用が期待されています.MicroRNAと疾患miRNAが生命体の恒常性維持に密接に関与している以上,その破綻は疾患に帰結すると考えられます.癌の分野では,miRNAの発現解析を行った結果,解析したすべての癌(乳癌・肺癌・胃癌・大腸癌・膵臓癌・前立腺癌)において発現プロファイルが正常組織と異なっていることがわかりました2).他に,心疾患,自己免疫疾(97)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYDNAmRNA蛋白質表現型(代謝など)翻訳遺伝子転写後抑制細胞質核転写Non-codingRNA(miRNAs,siRNAs)Poly(A)+RNA(mRNA前駆体)図1miRNAの作用機序mRNA:messengerRNA,miRNAs:microRNAs,siRNAs:smallinterferingRNAs.患,神経疾患,血液疾患などでも同様の結果が得られています.血液のように容易に採取できるサンプルから疾患の診断が可能になれば,重症化する前の発見,治療が可能になると考えられます.しかしながら,眼科疾患(特に網膜疾患)においては,検体入手の困難さもあり他の領域と比較してmiRNAの発現解析は進んでいません.そこで,筆者らはホルマリン固定パラフィン包埋病理組織標本においてもDNA,RNAの発現解析が可能である3)ことに注目し,交感性眼炎と正常眼球(眼窩腫瘍で眼窩内容除去術を施行された眼球)の病理組織標本を用いて,それらの網膜・脈絡膜におけるmiRNAの発現解析を行いました.その結果,交感性眼炎の視細胞層で発現が上昇していた腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactoralpha:TNFa),核内因子(NFkB1)を標的とするhsa-miR-9のほか,炎症プロセスに関与すると考えられるhsa-miR-1,hsa-let-7,hsa-miR-182の発現量が交感性眼炎において有意に低下しており,これらのmiRNAの発現量低下が交感性眼炎の炎症プロセスの活性化に関与している可能性が示されました4).もしかしたら,他の眼炎症疾患においても関連性があるかもしれません.しかしながら,いずれの疾患においてもmiRNAの発現亢進や低下が疾患の原因なのか,それとも結果なのかという問題については臨床研究のみならず,基礎研究によるさらなる検討・実証が行われる必要性があります.あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013231 創薬への期待創薬への期待疾患は異なる複数の遺伝子,蛋白質の発現制御ネットワークの破綻なので,従来の中和抗体のように一つの遺伝子や蛋白質を標的にするよりも疾患特異的なmiRNAを標的にすることで,関連するネットワーク上の複数の遺伝子発現調節を同時に改善することが期待できます.miRNAを治療薬として使用するには,①疾患特異的に発現が亢進しているmiRNAの機能を抑制する方法,②発現が低下したmiRNAを補充する方法があります.実際に,miR-122の阻害薬であるLNA(lockednucleicacid)-basedantisensemoleculeという核酸5)を用いたC型肝炎の臨床試験が2008年から始まっており,2012年時点で第II相試験まで進行しています.miRNAを眼科疾患に用いる場合,血液網膜関門の存在を考慮し,miRNA運搬の機能をもつエキソソームを利用するなどして標的遺伝子に有効に届けるためのドラッグデリバリーシステムの構築が可能となれば,眼科領域においてもmiRNA創薬の可能性は広がると考えられます.文献1)RuvkunG:Molecularbiology:GlimpsesofatinyRNAworld.Science294:797-799,20012)VoliniaS,CalinGA,LiuCGetal:AmicroRNAexpressionsignatureofhumansolidtumorsdefinescancergenetargets.ProcNatlAcadSciUSA103:2257-2261,20063)ZhangX,ChenJ,RadcliffeTetal:Anarray-basedanalysisofmicroRNAexpressioncomparingmatchedfrozenandformalin-fixedparaffin-embeddedhumantissuesamples.JMolDiagn10:513-519,20084)KanekoY,WuGS,SaraswathySetal:ImmunopathologicprocessesinsympatheticophthalmiaassignifiedbymicroRNAprofiling.InvestOphthalmolVisSci53:41974204,20125)LanfordRE,Hildebrandt-EriksenES,PetriAetal:TherapeuticsilencingofmicroRNA-122inprimateswithchronichepatitisCvirusinfection.Science327:198-201,2010■「眼科疾患のmicroRNAプロファイリング」を読んで■生命現象には,蛋白質の発現制御が不可欠ですが,万倍以上違う光量・情報を受容する眼においては,昼きわめて繊細な存在である生命体において有効に作用夜で組織環境を大きく変える必要がありますが,それするには,スイッチのON-OFFといった単純な方式には特定の遺伝子発現を急増あるいは急減させる機能では不十分であり,発現の強さやタイミングの緻密なが不可欠であり,microRNAが重要な働きをしてい制御が必要です.その緻密な制御に重要な働きをしてると考えられています.具体的には,網膜においているのがmicroRNAです.MicroRNAによる制御miR183などのmicroRNA群が同定されてきていまシステムは,単細胞生物から植物,さらには人類を含す.その他に,網膜色素変性症でこのシステムに異常む哺乳類まで広く存在しており,進化のきわめて早いがあることが発見されましたが,このシステムの関与時期から発達したシステムです.まだアメーバの海では,特殊疾患にとどまらずぶどう膜炎,加齢黄斑変あった生物発生初期に誕生したこのシステムが,現在性,糖尿病網膜症などの一般疾患でも報告されていまも機能していることは驚くべきことですが,進化によす.る淘汰に耐えたことは,このmicroRNAシステムが今後,microRNAシステムが上にあげた眼科疾患優位かつ不可欠であることを示すものだといえます.以外にも関与していることが発見されていくでしょ最近の研究により,哺乳類においては,このシステう.その際に,遺伝子の緻密な制御というmicroムが感覚器臓器で発達していることがわかりました.RNAの特徴を利用すれば,金子優先生が述べられこれは視覚や聴覚といった複雑な情報の処理には,こているように,副作用が少なく効果が大きいという理の精緻な制御システムが有用であることを示唆しま想的な治療が実現する可能性があります.す.たとえば,生物には日内リズムがありますが,そ鹿児島大学医学部眼科坂本泰二れに伴う反応は臓器によって異なります.昼夜で100☆☆☆232あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(98)

新しい治療と検査シリーズ 209.マイボーム腺機能不全の画期的な治療法になりうるか? -Lipi Flow-

2013年2月28日 木曜日

新しい治療と検査シリーズ209.マイボーム腺機能不全の画期的な治療法になりうるか?―LipiFlow―1)プレゼンテーション:井上佐智子1)2)慶應義塾大学医学部眼科学教室MGD外来有田玲子2)伊藤医院,慶應義塾大学医学部眼科学教室MGD外来,東京大学医学系研究科眼科学コメント:山口昌彦愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野.バックグラウンドマイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)という概念が確立されて以来,日々の診察のなかでMGDを目にしない日はないと思うほど患者数は多く,ドライアイの86%はMGDが原因であるともいわれている1).数の多さに加え,MGDはドライアイをひき起こすだけでなく,慢性的な眼不快感を放置することで,頭痛,肩こりなど多く不定愁訴に悩まされることになる.多くの点眼薬も開発され,症状は緩和される場合もあるが,根本的な治療法は現在のところない.WarmCompressは標準治療として国際的に認められている2)が,その治療基準(実際の温度や時間,頻度など)は確立しておらず,実際に継続している患者は少なく,コンプライアンスが悪いのが現状である..新しい治療法WarmCompressをさらに効果的にしたものがLipiFlowである.原理は,閉塞してしまったマイボーム腺を熱(41.43℃)と圧力を瞼に直接与えることで,マイボーム腺からの脂質成分の分泌を促進させる.米国FDA(日本の厚生労働省にあたる)で認可されており,他の治療では一部の閉塞が解除されるだけだが,本治療では一気に多くの閉塞が解除されるため,治療効果の持続が期待できる.実際には最大で9カ月の効果が認められている症例も報告されている3).従来の温罨法との違いを表1にまとめた..使用方法奨励される疾患は涙液蒸発亢進型ドライアイ,分泌減少型(閉塞性)MGDである.検査項目としては,①SPEEDQUESIONAIREという自覚症状スコアが8点以上,②LipiViewという油層測定装置で測定した油層の厚みが60以下,③MGE(実際の瞬目と同じ程度の圧力が一定にかかる圧出装置)で圧迫したマイボーム腺から透明meibumを分泌した腺の数が4個以下(すべてTearScience社による)という基準が設けられている.禁忌として治療前3カ月以内に,眼の手術や傷害,眼あるいは眼瞼ヘルペス,慢性再発性眼炎があった場合.眼感染症,瞼の機能異常,眼表面の異常,20歳以下があげられる.点眼麻酔後,LipiFlowアイピース(図1)を取り付け,寝ている状態で行う.徐々に温度を上げ,圧力を断続的にかけることによりマイボーム腺閉塞の解除を促進する.アイピースは結膜に接触するが,角膜には触れない形状になっている.実際の治療時間は12分である.装置の詳細については,以下のURLを参照いただきたい.http://www.lipiflow.com/dryeye/表1LipiFlowと従来の治療との比較LipiFlow従来の方法治療内容熱(41.43℃)・圧力熱(一定の基準なし)・その他時間12分規定なしアプローチtarsus側/眼瞼皮膚側眼瞼皮膚側のみ対象のマイボーム腺上眼瞼のすべてのマイボーム腺不明患者の負担費用(現在片眼4万円)蒸しタオルの用意,ホットアイマスクなど効果持続最大9カ月不明(93)あたらしい眼科Vol.30,No.2,20132270910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図1実際眼瞼にあてるアイピース白い部分が眼球結膜にあたるが角膜にはあたらない構造になっている.ab図2LipiFlow前後の写真下段は油層の厚みを色分けして示している.油層が薄ければ濃い灰色,厚ければ黄土色から薄い青色として示される.LipiFlow後には黄土色から青色が分布している.a:LipiFlow前.LipiViewは平均値57(最小値48,最大値74),BUTは2秒.b:LipiFlow後.LipiViewは平均値99(最小値67,最大値113),BUTは3秒..本法の良い点能である.②12分という短時間で完結する.タオルなどの温罨法と異なり,冷めることなく持続的に熱を与えまずあげたいのが,①tarsus側からのアプローチとることが可能である.③他の治療では一部の閉塞が解除いうことである.従来の方法では眼瞼皮膚側からのみのされるだけであるが,本治療では一気に多くの閉塞が解アプローチで,実際に熱・圧力ともにマイボーム腺自体除されるので,治療効果の持続が期待できる.筆者も体に届く熱量が不明だった.LipiFlowは眼瞼皮膚側と験した(現在,慶應義塾大学眼科MGD外来で評価し南tarsus側から熱・圧力ともにアプローチすることが可青山アイクリニックと連携している症例も多い)が,施228あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(94) 術中は痛みや違和感がなく,むしろ快適な感想をもった.実際に自覚症状も改善しているが,BUTの延長やLipiViewによる油層の厚みを数値化して示されたことで,治療効果を実感できた(図2a,b)..今後の展開LipiFlowの適応は幅広いが,筆者らは特に分泌減少型MGD眼において非侵襲的マイボグラフィー4)によるマイボーム腺の形態変化と治療効果の対応など検討していきたいと考えている.文献1)LempMA,CrewsLA,BronAJetal:Distributionofaqueous-deficientandevaporativedryeyeinaclinic-basedpatientcohort:aretrospectivestudy.Cornea31:472-478,20122)AsbellPA,StapletonFJ,WickstromKetal:Theinternationalworkshoponmeibomianglanddysfunction:reportoftheclinicaltrialssubcommittee.InvestOphthalmolVisSci52:2065-2085,20113)GreinerJV:AsingleLipiFlowRThermalPulsationSystemtreatmentimprovesmeibomianglandfunctionandreducesdryeyesymptomsfor9months.CurrEyeRes37:272-278,20124)AritaR,ItohK,InoueKetal:Noncontactinfraredmeibographytodocumentage-relatedchangesofthemeibomianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,2008.本方法に対するコメント.マイボーム腺機能不全(MGD)は,日常臨床で最も点は,皮膚側だけでなく眼瞼結膜側からも加熱するこ頭を悩ませる眼表面疾患の一つである.薬物的(局所とである.マイボーム腺は,解剖学的にも眼瞼結膜側および全身),物理的,環境的にさまざまな角度からからのほうが近いので,より効果的と考えられる.さアプローチを試みるが,根治させることはきわめて困らに効果判定のためのシステムを備えており,験者,難である.MGDの物理学的療法の一つとして昔から被験者ともに治療効果を認識しやすい.問題は,筆者温罨法があり,その効果は不確定ではあるが,眼瞼をも言及しているが,やはりコストパフォーマンスであ温めることによって一定の自覚症状の改善がみられるろう.今後,日本における本法の適応確立と治療効果ことは経験的にわかっている.LipiFlowの画期的な持続性の検討が待たれる.☆☆☆(95)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013229