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網膜循環障害を合併し予後不良であった交感性眼炎の1例

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):249.252,2012c網膜循環障害を合併し予後不良であった交感性眼炎の1例奥貫陽子*1,2片井直達*1横井克俊*1後藤浩*2*1東京医科大学八王子医療センター眼科*2東京医科大学眼科学教室SympatheticOphthalmiawithPoorVisualOutcomeComplicatesaCaseofRetinalArteryCirculatoryDisturbanceYokoOkunuki1,2),NaomichiKatai1),KatsutoshiYokoi1)andHiroshiGoto2)1)DepartmentofOphthalmology,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity穿孔性眼外傷受傷後の僚眼に,眼内炎症とともに典型的な交感性眼炎にはみられない網膜循環障害を伴い,重篤な経過をたどった症例を経験したので報告する.症例は80歳,男性.グラインダーの破片で右眼を受傷し,同日強角膜縫合術を行ったが,徐々に眼球癆となった.受傷後9週目に左眼視力低下を自覚した.前房炎症と硝子体混濁に加えて網膜中心動脈閉塞症様の所見を認め,蛍光眼底造影では網膜灌流の遅延と脈絡膜の斑状低蛍光がみられた.ステロイドパルス療法を行い,炎症所見と網膜浮腫は次第に軽減したが動脈は白鞘化し,視力は光覚弁となった.プレドニゾロンを漸減中,眼炎症が再燃するとともに血管新生緑内障を併発し,最終視力は光覚なしとなった.穿孔性眼外傷後の僚眼には典型的な交感性眼炎とは異なる網膜循環不全を伴った眼内炎症を生じ,急激な経過をたどることがある.An80-year-oldmalevisitedourhospitalafewhoursafterhisrighteyehadbeeninjuredbyafragmentofabrokengrinder.Cornealandscleralsuturingwasperformedonthatsameday,buttheeyegraduallydevelopedphthisisbulbi.Intheninthweekafterinjury,thepatientnoticedblurredvisioninhislefteye.Anteriorchambercellsandvitreousopacitywithcentralretinalarteryocclusionwereobserved.Fluoresceinandindocyaningreenangiographyrespectivelydisclosedseveredisturbanceofretinalarterycirculationandmultiplepatchyhypo.uoresceinlesionsinthechoroid.Theintraocularin.ammationsubsidedwithcorticosteroidpulsetherapy,butvisualacuitydidnotrecover.Duringtaperingo.ofcorticosteroid,theintraocularin.ammationexacerbated,withcomplicationofrubeoticglaucomaandvisualloss.Intraocularin.ammationpresumablycausedbysympatheticophthalmiacanleadtodisturbanceofretinalarterycirculationandresultinaseverevisualdisturbance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):249.252,2012〕Keywords:穿孔性眼外傷,交感性眼炎,網膜中心動脈閉塞症,眼虚血症候群.perforatingocularinjury,sympa-theticophthalmia,centralretinalarteryocclusion,ocularischemicsyndrome.はじめに交感性眼炎は穿孔性眼外傷や内眼手術後に発症する両眼性の肉芽腫性汎ぶどう膜炎であり,穿孔性眼外傷後の発症率は0.2.1.0%程度と考えられている1,2).発症機序や臨床所見はVogt-小柳-原田(VKH)病に類似し3),治療もVKH病に準じて副腎皮質ステロイド(ステロイド薬)のパルス療法または大量漸減療法が行われ,発症早期に十分量のステロイド薬が投与されれば比較的予後が良いことが多い.今回,穿孔性眼外傷受傷後に僚眼に交感性眼炎と思われる眼炎症を発症するとともに,網膜中心動脈閉塞症様の所見を伴い,典型的な交感性眼炎とは異なる所見を呈し,重篤な経過をたどった症例を経験したので報告する.I症例患者:81歳,男性.既往歴:未精査の不整脈.現病歴:2010年7月15日,自宅の庭でグラインダーを使用中に,破損したグラインダーの刃が飛来して右眼を受傷〔別刷請求先〕奥貫陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoOkunuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjyuku,Shinjyuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(101)249図1左眼眼底写真(2010年9月16日)硝子体混濁,網膜浮腫,cherryredspot様所見,および網膜動脈狭細化がみられる.し,数時間後に東京医科大学八王子医療センター(以下,当センター)を受診した.初診時所見:視力は右眼光覚弁,左眼0.1(0.7×cly.2.50DAx60°),眼圧は右眼測定不能,左眼14mmHgであった.右眼には上下の眼瞼裂傷および強角膜裂傷を認め,ぶどう膜組織が眼外に脱出していた.左眼は軽度の白内障の他は異常を認めなかった.同日に行われた全身検査で心房細動が検出された.受診日にただちに局所麻酔下で右眼の眼瞼縫合と強角膜縫合術を施行した.強角膜裂傷は上直筋および下直筋付着部後方の約10mmに及び,角膜を含めてほぼ垂直方向の創であった.水晶体の所在は不明であり,網膜およびぶどう膜組織が創口から眼外に脱出していた.脱出した組織を可及的に切除し,上下直筋の付着部を一部切腱して強角膜縫合を施行した.経過:術翌日から右眼視力は光覚が失われ,次第に眼球癆となった.約2カ月後の2010年9月11日に左眼の霧視を自覚したため,同月13日に近医を受診したところ,左眼の前眼部炎症を指摘され,当センターへ再び紹介受診となった.14日の当センター受診時,左眼矯正視力は0.2であり,前房細胞と毛様充血を認めたため,0.1%ベタメタゾン点眼を処方した.16日再診時には左眼視力10cm指数弁まで低下し,毛様充血,前房細胞3+,硝子体混濁2+,網膜動脈狭細化,網膜浮腫を認め,黄斑部はcherryredspot様であった(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangio-graphy:FA)では腕-網膜循環時間は約22秒と遅延し,脈絡膜背景蛍光は斑状低蛍光を示した.VKH病にみられるような点状過蛍光や蛍光色素の貯留像,視神経乳頭の過蛍光は認められなかった.インドシアニングリーン蛍光眼底造影図2インドシアニングリーン蛍光眼底造影(2010年9月16日)広範な脈絡膜斑状低蛍光が認められる.(indocyaninegreenangiography:IA)で脈絡膜は斑状の低蛍光を示した(図2).FA・IAともに固視不良のため初期像は明瞭に撮影できず,腕-脈絡膜循環時間は不明であった.また,検眼鏡的所見および光干渉断層計でも漿液性網膜.離は認められなかった.以上の結果から,典型的ではないが網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)を併発した交感性眼炎と診断した.なお,後日行われたHLA(ヒト白血球抗原)検査ではDR4陽性であった.同日に入院のうえ,9月17日からステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg3日間)を施行し,その後プレドニゾロン(pred-nisolone:PSL)を60mgから漸減投与した.その他,心房細動に対しては内科から処方されていたバイアスピリンを継続とした.前眼部炎症や硝子体混濁などの炎症所見は次第に軽減したが,徐々に網膜動脈の白鞘化が明瞭になり,9月21日に左眼視力も光覚なしとなった.その後もPSLの減量を行っていたところ,11月1日(PSL30mg投与時)に左眼視力は光覚弁に改善した(図3).経過中,左眼の眼圧は10.14mmHg程度であったが,2011年3月14日(PSL5mg隔日投与時)に左眼眼圧が34mmHgに上昇し,視力は再び光覚なしとなった.同時に毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞2+,虹彩新生血管および硝子体混濁3+を認め,交感性眼炎の再燃とともに血管新生緑内障を併発したと考えられた(図4).眼内炎症に対してトリアムシノロンアセトニド20mgのTenon.下注射を施行した.なお,血管新生緑内障の原因として眼虚血症候群の可能性を疑い,頸動脈エコー,頭頸部磁気共鳴血管画像(magneticresonanceangiography:MRA)を施行したが明らかな異常はなく,また心エコーで血栓などは検出されなかった.頭部MRI(磁気共鳴画像)では陳旧性のラクナ梗塞が確認された.2011年4250あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(102)図3左眼眼底写真(2010年11月1日)硝子体混濁,網膜浮腫は消失したが,網膜動脈の白鞘化が著明である.月12日にPSL内服を中止した後も前眼部炎症および硝子体混濁の再燃はないが,視神経乳頭は蒼白となり,脈絡膜の斑状萎縮巣が出現した.40.50mmHg程度の高眼圧が持続しているが疼痛がないため,投薬はベタメタゾン点眼のみで経過観察を継続している.II考察典型的な交感性眼炎はVKH病と同様の所見,つまり肉芽腫性の前房炎症,漿液性網膜.離,視神経乳頭発赤,FAでは初期の多発する点状過蛍光,後期の蛍光色素貯留,視神経乳頭過蛍光,IAでは脈絡膜斑状低蛍光などを認め,約70%が受傷後2週間から3カ月以内,約90%が1年以内に発症するとされている4).本症では,左眼の炎症発症時に前房炎症および硝子体混濁を認めたが,その他VKH病に通常みられる眼所見を伴っておらず,交感性眼炎と判断する根拠に乏しかった.しかし,IAで脈絡膜斑状低蛍光を認め,脈絡膜の炎症が強く示唆されたこと,また発症時期が右眼受傷後9週目であり,交感性眼炎の好発時期であったことなどから総合的に眼炎症は交感性眼炎によるものと判断した.その後の検査でHLA-DR4陽性が判明し,眼炎症再燃時には豚脂様角膜後面沈着物が出現したことも交感性眼炎の診断に矛盾しないと考えられた.一方,左眼炎症発症時の網膜浮腫,cherryredspot様所見,腕-網膜循環時間の遅延は交感性眼炎では通常認められない所見であり,CRAOの所見と一致する.本症は既往に心房細動があり,心臓からの血栓の飛来によるCRAOと交感性眼炎が偶然同時に発症した可能性は否定できない.しかし,網膜に激しい炎症をきたした場合,桐沢型ぶどう膜炎やBehcet病などではCRAOを併発する図4左眼炎症再燃時の前眼部写真(2011年3月14日)毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞,虹彩新生血管がみられる.ことがあり5,6),またVKH病でも高齢者を中心に前部虚血性視神経症の併発例が報告されている7).本症例では交感性眼炎による眼内炎症により,網膜中心動脈が篩状板より中枢側で閉塞したためにCRAOが生じた可能性も考えられた.一方,血管新生緑内障は一般にCRAOに合併することはなく,CRAO様の所見に血管新生緑内障を合併した場合は眼虚血症候群が原因である可能性が高い8).本症でも眼虚血症候群の可能性を考え,頸動脈エコーや頭頸部MRAを施行したが異常は検出されず,積極的に眼虚血症候群の合併を疑う検査結果は得られなかった.さらに,FAとIAの初期像が撮影困難で脈絡膜循環が正確に評価できなかったこともあり,本症のcherryredspotを伴う網膜循環障害が網膜中心動脈の閉塞によるものであったか,または眼動脈や眼動脈より中枢の動脈閉塞による眼虚血症候群の一所見であったかを結論付けることは困難であった.しかし今回の症例では,CRAOの所見は交感性眼炎発症時に出現し,血管新生緑内障も炎症再燃時に発症したことから,眼炎症と網膜循環障害および眼内虚血の発症は密接に関連していたものと推測される.本症例は心房細動を合併した80歳の高齢者であり,頭部MRIでラクナ梗塞が検出されていることから,MRAでは確認できなかったが,眼動脈レベルに部分的な狭窄が存在していた可能性も考えられる.そのため,交感性眼炎発症前から眼動脈に部分狭窄があり,交感性眼炎発症前は眼血流が維持できていたが,眼炎症による血管閉塞などに伴い,網膜循環障害と前眼部虚血が出現した可能性も考えられる.交感性眼炎は発症早期に十分量のステロイド薬を投与すれば,比較的予後がよいことが多い.本症例は自覚症状出現から6日目に治療を開始することができたが,治療開始時にはすでに視力は指数弁と著しく不良であった.より早期に診断と加療を行うことができていれば視機能を残せた可能性があるかもしれないが,過去の報告を検索しても発症早期に光覚(103)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012251なしとなった交感性眼炎は非常にまれと思われ,CRAOを併発した症例の報告もない.本症例は交感性眼炎としては所見が非典型的で,経過も急激であり特異な症例であったと考えられる.また,眼動脈狭窄など潜在的な眼循環不全の存在が推測されることから,高齢発症であったことが予後不良の因子であった可能性がある.さらに,ステロイド薬には血小板凝集能亢進作用があり,治療に用いたステロイド薬が網膜循環不全を増悪させた可能性も否定できない.本症例は治療開始時にすでに指数弁であり,硝子体混濁も強かったことからステロイドパルス療法を選択したが,高齢であることと網膜循環不全に対する副作用を考え,ステロイドパルス療法以外の治療法を選択する方法もあったと思われる.交感性眼炎の予防法として唯一可能性のある方法は,受傷後2週間以内の眼球摘出である4,9).交感性眼炎は穿孔性眼外傷後の合併症として最も留意すべき病態であるが,一般的にステロイド薬が有効なことが多く,予防法としての眼球摘出の有効性も確立された方法ではないため,受傷眼の視機能が非常に悪い症例に対しても眼球摘出は積極的に推奨されてはいない10).穿孔性眼外傷の加療の際には,交感性眼炎の可能性を常に念頭におき,まれではあるが本症例のように非常に予後が悪い交感性眼炎を発症する症例があることを記憶にとどめておくべきであると思われる.文献1)MarakGE,Jr:Recentadvancesinsympatheticophthal-mia.SurvOphthalmol24:141-156,19792)ZhangY,ZhangMN,JiangCHetal:Developmentofsympatheticophthalmiafollowingglobeinjury.ChinMedJ122:2961-2966,20093)RaoNA,RobinJ,HartmannDetal:Theroleofthepen-etratingwoundinthedevelopmentofsympatheticoph-thalmiaexperimentalobservations.ArchOphthalmol101:102-104,19834)GotoH,RaoNA:SympatheticophthalmiaandVogt-Koya-nagi-Haradasyndrome.IntOphthalmolClin30:279-285,19905)ShahSP,HadidOH,GrahamEMetal:Acuteretinalnecrosispresentingascentralretinalarteryocclusionwithcilioretinalsparing.EurJOphthalmol15:287-288,20056)WillerdingG,HeimannH,ZouboulisCCetal:Acutecen-tralretinalarteryocclusioninAdamantiades-Behcetdis-ease.Eye21:1006-1007,20077)NakaoK,MizushimaY,AbematsuNetal:Anteriorisch-emicopticneuropathyassociatedwithVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1417-1425,20098)HayrehSS:Prevalentmisconceptionsaboutacuteretinalvascularocclusivedisorders.ProgRetinEyeRes24:493-519,20059)AlbertDM,Diaz-RohenaR:Ahistoricalreviewofsym-patheticophthalmiaanditsepidemiology.SurvOphthal-mol34:1-14,198910)SavarA,AndreoliMT,KloekCEetal:Enucleationforopenglobeinjury.AmJOphthalmol147:595-600,2009***252あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(104)

視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):244.248,2012c視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病田口千香子青木剛井上留美子河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室SevenCasesofCat-scratchDiseaseNeuroretinitisChikakoTaguchi,TsuyoshiAoki,RumikoInoue,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病7例の報告.症例:1998年から2010年に久留米大学病院で,視神経網膜炎とBartonellahenselae血清抗体価の上昇より猫ひっかき病と診断した7例8眼.男性2例2眼,女性5例6眼.年齢は28.69歳で,全例に猫の飼育歴があった.初診時視力1.0以上3眼,0.1.0.7は4眼,0.01が1眼で,視野異常は8眼中7眼にみられた.治療は,抗菌薬のみ2例,抗菌薬と副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)併用は2例,ステロイドのみ2例,投薬なしは1例であった.最終視力は,0.9以上に改善したのは5眼,0.1.0.5が3眼で,そのうちの2眼(2例)はステロイドのみで治療した症例であった.8眼中5眼は視野異常が残存した.結論:猫ひっかき病による視神経網膜炎では視野異常が残存することが多い.また,治療は早期に抗菌薬を開始したほうがよいと考えられた.Purpose:Toreport7casesofcat-scratchdisease(CSD)neuroretinitis.Cases:Eighteyesof7patients(2males,5females;agerange28.69years)werediagnosedwithCSDatKurumeUniversityHospitalbetween1998and2010.Allhadexposuretocatsandhadanelevatedserumanti-Bartonellahenselaeantibodytiter.Initialvisualacuitywas1.0orbetterin3eyes,0.1to0.7in4eyes,and0.01in1eye.Visual.elddefectwaspresentin7eyes.Treatmentcomprisedsystemicantibioticsin2patients,systemicantibioticsandcorticosteroidsin2patients,andcorticosteroidsin2patients;1patientreceivednomedication.Finalvisualacuitywas1.0orbetterin5eyesand0.1.0.5in3eyes,2ofwhichreceivedcorticosteroidmonotherapy.Visual.elddefectremainedin5eyes.Conclu-sion:InCSDneuroretinitis,visual.elddefectremainsaftertreatment.Earlytreatmentwithsystemicantibioticsisrequired.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):244.248,2012〕Keywords:猫ひっかき病,Bartonellahenselae,視神経網膜炎.cat-scratchdisease,Bartonellahenselae,neuro-retinitis.はじめに猫ひっかき病は,猫のひっかき傷や咬傷,猫ノミが原因となり,発熱や受傷部位の所属リンパ節腫大を主徴とする感染症である.1990年代にグラム陰性桿菌であるBartonellahenselaeが病原体であることが明らかとなり,さらに抗体価測定が普及し診断率が向上した.猫ひっかき病による視神経網膜炎は1.2%程度にみられる1,2)と報告されている.今回Bartonellahenselae抗体陽性の視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病の7症例を検討した.I症例症例は1998年から2010年に久留米大学病院眼科において,視神経網膜炎と血清のBartonellahenselae抗体価の上昇により,猫ひっかき病と診断した症例7例8眼である.男性2例2眼,女性5例6眼,年齢は20歳代が2例,50歳以上が44例,60歳以上が1例だった.経過観察期間は5カ月.4年7カ月で,全例に猫の飼育歴があり,そのうち猫による受傷歴は5例であった.発症は9月から12月で,全身症状は7例中3例にみられた.血液検査では,全例白血球数は異常なく,CRP(C反応性蛋白)の上昇は5例にみられた.〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN表1各症例の病歴と血液検査年齢Bartonellahenselae抗体価症例性別(歳)発症年月経過観察期間猫飼育歴全身症状白血球(/μl)CRP(mg/dl)IgMIgG1男性691998.104年6カ月+─5,5000<162562女性511998.104年7カ月+─5,3001.2<16256(1998年11月)<16>1,024(1999年2月)<16256(1999月7月)3女性511999.101年8カ月+─5,6000.1980>1,0244女性502000.116カ月+─5,9000.59<162565女性552004.96カ月+発熱・上腕部腫瘤6,8000.9864>1,0246男性282009.95カ月+発熱6,8004.51802567女性282010.129カ月+発熱・肝機能異常5,7001.83>320>1,024表2各症例の眼所見症例罹患眼全身症状出現から眼症状出現までの期間前房炎症視神経乳頭発赤・腫脹網膜滲出斑星芒状白斑1左──中等度─+2右──高度++3右──軽度+─4左─+軽度+─5右3日─中等度++6右6日─高度++7両10日─高度++─高度++表3各症例の視力・視野経過と治療症例初診時視力初診時視野最終視力最終視野治療10.7下方暗点0.1下方欠損ステロイド内服20.3鼻下側欠損0.2鼻下側欠損ステロイドパルス+ステロイド内服31.0耳側欠損0.9耳側欠損なし41.2異常なし1.2異常なしレボフロキサシン50.01中心暗点1.0異常なしセフポドキシムプロキセチル+ステロイド内服60.1傍中心暗点0.5傍中心暗点セフジニル+ステロイドパルス+ステロイド内服7右0.4右Mariotte盲点拡大右1.5異常なしクラリスロマイシン左1.2左Mariotte盲点拡大,上鼻側欠損左1.5左上鼻側暗点Bartonellahenselaeの血清抗体価は,免疫蛍光抗体法ではIg(免疫グロブリン)G抗体価1:64倍以上,IgM抗体価1:20倍以上を陽性とするが,健常人でもIgG陽性者がみられるため3.5),単一血清でIgG抗体価が1:256倍以上,ペア血清で4倍以上のIgG抗体価の上昇,IgM抗体価が陽性のいずれかを認めれば陽性とした.7例中4例はIgMが上昇し,IgGは全例256倍以上だった.症例2のみペア血清で測定を行い,4倍以上の変動がみられた(表1).6例は片眼性で,両眼性は1例のみだった.全身症状がみられた症例では,眼症状出現までの期間は3.10日であった.前房炎症がみられたのは1眼のみで,視神経乳頭の発赤・腫脹が軽度2例,中等度2例,高度4例であった.網膜滲出斑は7例中ステロイド:副腎皮質ステロイド薬.6例,星芒状白斑は7例中5例にみられた(表2).初診時の視力1.0以上は3眼,0.1.0.7は4眼,1眼は0.01で,最終視力が0.9以上に改善したのは5眼,0.1.0.5が3眼だった.初診時の視野異常は8眼中7眼にみられ,多彩な視野異常であった.最終受診時に視野異常は8眼中5眼に残存した(図1).治療は,副腎皮質ステロイド(ステロイド)薬点滴とステロイド薬の内服のみ2例,抗菌薬とステロイド薬併用2例,抗菌薬のみは2例で,1例は全身投与を行わなかった(表3).症例7を提示する.症例(症例7):28歳,女性.主訴:両眼の視力低下.(97)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012245..1..2..3..5.タ….タ…7….7….6.タ….タ.図1各症例の視野経過図2初診時のカラー眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹,乳頭黄斑間には星芒状白斑,白色の網膜滲出斑を認める.現病歴:2010年11月26日より発熱,下痢などの症状が生活歴:保健所から引き取った仔猫を飼育.出現し,12月2日に近医内科を受診し感染性腸炎と診断さ初診時眼所見:視力は右眼0.03(0.4),左眼0.03(1.2).れ抗菌薬を投与された.12月6日より両眼の視力低下を自前房内に炎症細胞はなく,眼底は両眼の視神経乳頭の発赤・覚し,当科を紹介受診した.腫脹,乳頭黄斑間には星芒状白斑,白色の網膜滲出斑を認め既往歴・家族歴:特記すべきことなし.た(図2a,b).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では両眼のab図3初診時のフルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭からの蛍光漏出と左眼の鼻下側の網膜血管からの蛍光漏出がみられる.ab図4最終受診時のカラー眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹は改善し,星芒状白斑は一部残存している.視神経乳頭からの蛍光漏出と左眼の鼻下側の網膜血管からの蛍光漏出がみられた(図3a,b).動的量的視野検査では,右眼のMariotte盲点の拡大,左眼はMariotte盲点の拡大と上鼻側の欠損がみられた(図1,症例7,初診時).眼所見と生活歴から猫ひっかき病による視神経網膜炎を疑い,クラリスロマイシン内服400mg/日を開始した.血清のBartonellahenselae抗体価は,IgM320倍以上,IgG1,024倍以上と上昇していた.クラリスロマイシンを2カ月間内服投与した.両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹は改善し,星芒状白斑は一部残存しているが両眼の視力(1.5)と良好である(図4a,b).左眼の視野異常は残存した(図1,症例7,最終受診時).現在まで視神経網膜炎の再燃はない.II考按13年間に7例の血清Bartonellahenselae抗体陽性の視神経網膜炎を伴った猫ひっかき病を経験し検討した.年齢は7例中4例が50歳以上で,小児の症例はなかった.猫ひっかき病は小児や若年者に多いが,全年齢層において発症するという報告もある2).7例中5例が女性であったが,飼い猫と接触の機会が女性に多いためではないかと考えられている2).猫ひっかき病は夏から初冬の発症が多く,今回の7症例も9月から12月に発症していた.夏に猫ノミが増加し,秋に猫の繁殖期があるためと推測されている.原因動物の多くは猫で,特に仔猫が多いが,犬でも報告がある3).また,受傷歴がなくても猫や犬との接触で,猫ノミによっても発症するとされる2,3,5).今回の7症例すべて猫との接触歴があり,5例で受傷歴があり,仔猫を飼っている症例もあった.わが国において猫ひっかき病は西日本に多く,猫のBartonellahenselaeの保菌率が西日本に高いためと考えられている6).猫ひっかき病の視神経網膜炎でも,1施設で5症例以上の報告は,西日本のみである7,8).(99)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012247猫ひっかき病の診断には,Bartonellahenselaeの血清抗体価の測定が重要であるが,当科では生活歴や眼所見から猫ひっかき病を疑った症例に測定をしている.免疫蛍光抗体法が標準的で,IgGは1:64倍以上が陽性であるが,健常人でも約2.20%で陽性と報告されている4,5).一方,IgMは1:20倍以上が陽性であるが,健常人で陽性の報告はないため9),単一血清でも20倍以上で陽性と診断できるとされている.そのため当科では,単一血清でIgGが1:256倍以上,IgM抗体価が陽性,ペア血清で4倍以上のIgG抗体価の上昇,いずれかを認めれば陽性とする基準3,5)を採用した.しかし,猫・犬と接触歴のある健常人でIgGが256倍という結果もあり9),512倍以上が確実という診断基準もみられる3,8).血清抗体価の上昇とともに生活歴や全身所見,眼所見を含めて総合的に診断確定することが重要と思われる.今回7例中4例がIgM陽性であったが,IgM抗体価は感染後9週程度で消失する9)とされる.これまで猫ひっかき病に伴う眼症状は晩期に発症し,Bartonellahenselae感染後何らかの免疫反応に関連して起こると推測されてきたが,これまでIgM陽性の視神経網膜炎の症例も報告されており8),視神経網膜炎は急性期にも起こることがあると考えられた.視力は,初診時視力が良好であれば,最終視力も良好となることが多く,最終視力は8眼中5眼が良好であったが,3眼が0.5以下と不良であった.これまでの報告と同様に視力予後良好な疾患であるが,一部の症例は視力不良であった.視野は視神経乳頭の発赤・腫脹が軽い2症例(症例4,5)で最終受診時に視野異常がなかったが,視野異常が残存する症例が多く,視力が改善しても視野異常は残った.特に症例1と2は視野欠損の程度が大きかった.視力の経過と治療について検討すると,最終視力が不良であった3眼(症例1,2,6)のうち,症例1と2は初診時視力より低下した.この2例は1998年初診の症例であり対象症例のなかで古い2例で,症例1は診断までに1カ月を要し,症例2は視神経炎として治療を開始した症例で,最終的にはこの2例は視神経萎縮となった.2例ともステロイド薬内服のみで治療を行っていた.症例6は,発熱の出現時から抗菌薬を投与されていたが,当院受診時に視神経乳頭の発赤・腫脹も強く,視力低下があったため,抗菌薬に加えてステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mgを3日間)を併用し,その後ステロイド薬の内服に切り替えたが,最終視力は0.5にとどまっている.内科的に猫ひっかき病は予後良好な疾患で自然治癒するため未治療の場合も多いが,治療には抗菌薬が有効で,アジスロマイシンやクラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が効果的であるといわれている4).猫ひっかき病による視神経網膜炎は経過観察のみでよいのか,治療として抗菌薬,ステロイド薬,もしくは両者を併用するのか,確立したものはない.今回の症例では最終視力が良好でも視野異常が残存した症例が多く,またステロイド薬のみで治療し視力が不良な症例もみられた.視力・視野障害がごく軽度なら経過観察が原則ではあるが,視力・視野障害があれば,Bartonellahenselae感染症が原因であるため,まず抗菌薬の投与が必要と思われる.もし抗菌薬のみで効果が少ない場合には,つぎにステロイド薬の併用を検討すべきと考えられる.しかし,発症早期から抗菌薬を投与し,さらにステロイド薬を併用しても,良好な視力に改善しなかった症例もあり,今後さらに症例を重ねて検討する必要がある.最近では,猫や犬などのペットはコンパニオンアニマルといわれ,家族の一員として濃厚接触する機会が増えており,今後も猫ひっかき病は増加すると予想される.感染源として疑われるペットについては,安易な説明をしてしまうとペットを処分することもあるため慎重な説明を心がけ,獣医を受診しペットのノミ駆除を行うこと,飼育環境を清潔にすること,接触後は手洗いをするなど日常的な清潔維持が必要である.視神経網膜炎の症例では,猫ひっかき病を念頭におき診療する必要があり,視機能障害があれば,まず抗菌薬の投与を行ったほうがよいと考えられた.文献1)MargilethAM:Recentadvancesindiagnosisandtreat-mentofcatscratchdisease.CurrInfectDisRep2:141-14620002)吉田博,草場信秀,佐田通夫:ネコひっかき病の臨床的検討.感染症誌84:292-294,20103)坂本泉:ネコひっかき病.小児科診療73:139-140,20104)KamoiK,YoshidaT,TakaseHetal:SeroprevalenceofBartonellahenselaeinpatientswithuveitisandhealthyindividualsinTokyo.JpnJOphthalmol53:490-493,20095)常岡英弘,柳原正志:Bartonellaquintana,Bartonellahenselae.臨床と微生物36:139-142,20096)MaruyamaS,NakamuraY,KabeyaHetal:PrevalenceofBartonellahenselae,Bartonellaclarridgeiaeandthe16SrRNAgenetypesofBartonellahenselaeamongpetcatsinJapan.JVetMedSci62:273-279,20007)小林かおり,古賀隆史,沖輝彦ほか:猫ひっかき病の眼底病変.日眼会誌107:99-104,20038)内田哲也,福田憲,吉村佳子ほか:眼底病変を有した猫ひっかき病の7例.臨眼62:45-52,20089)草場信秀,吉田博,角野通弘ほか:猫ひっかき病におけるBartonellahenselae抗体の経時的測定の臨床的意義─間接蛍光抗体法による検討─.感染症誌75:557-561,2001***

P-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):239.243,2012cP-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例中安絵理横山利幸順天堂大学医学部附属練馬病院眼科ACaseofNecrotizingScleritiswithPositiveP-ANCAEriNakayasuandToshiyukiYokoyamaDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospitalP-ANCA(抗好中球細胞質抗体)が高値を示した壊死性強膜炎の1例を経験した.症例は71歳,女性,左眼の強膜に充血と無血管領域の壊死性病変を観察した.P-ANCAは63EUと高値を示した.ステロイドの局所投与を試みたが,黄斑浮腫,網膜血管炎,硝子体混濁が併発したためステロイドの内服投与を追加したところ,強膜所見,後眼部所見ともに改善しP-ANCA値も正常化した.Weobservedacaseofnecrotizingscleritiswithpositiveperinuclearanti-neutrophilcytoplasmicantibody(P-ANCA).Thepatient,a71-year-oldfemale,hadhyperemiaandanonvascularnecrotizinglesionatthesclerainherlefteye.ThetiterofP-ANCArevealed63EU.Despitetreatmentwithtopicalsteroid,macularedema,retinalvasculitisandvitreousopacitywerecomplications.Thepatientthereforeunderwentoraladministrationofsteroid,whichimprovedthescleritisandposterioreyelesions,andnormalizedtheP-ANCAtiter.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):239.243,2012〕Keywords:抗好中球細胞質抗体,壊死性強膜炎,黄斑浮腫,ANCA関連血管炎.ANCA(anti-neutrophilcyto-plasmicantibody),necrotizingscleritis,macularedema,ANCAassociatedvasculitis.はじめに非感染性強膜炎の発症には,免疫複合体による血管炎とそれに伴う強膜組織の破壊壊死を主体とする自己免疫機序の関与が示唆されており,非感染性強膜炎患者の約半数に膠原病,全身的血管炎性疾患の合併がある.関節リウマチ,Wegener肉芽腫症,顕微鏡的多発性血管炎,全身性エリテマトーデスなどはその代表的疾患である.一方,1982年Daviesら1)によって発見された抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicantibody:ANCA)が腎や肺の細小血管,毛細血管の壊死性および肉芽腫性血管炎の原因抗体であることが見出され,これらの疾患はANCA関連血管炎症候群と総称されている2.4).ANCAは間接蛍光抗体法で好中球細胞質にびまん性に染色されるcytoplasmicANCA(C-ANCA)と核周辺のみに染色されるperinuclearANCA(P-ANCA)に分類される.C-ANCAの対応抗原はproteinase3であり,P-ANCAの対応抗原の大部分はmyeloperoxidaseであることから,C-ANCAをPR3-ANCA,P-ANCAをMPO-ANCAとよぶこともある5.7).今回筆者らは,全身性血管炎の合併は明らかではないもののP-ANCAが高値を示した強膜炎に網膜血管炎,黄斑浮腫を併発した比較的まれな1例を経験したので報告する.I症例患者:71歳,女性.現病歴:前医にて平成20年1月左眼,同年2月右眼の白内障手術を施行された.術後の経過は良好であったが,平成21年3月頃左眼に充血を認め,左眼上強膜炎の診断にてリン酸ベタメタゾン点眼を1日4回,4カ月間処方された.しかし,改善を認めないため精査加療目的にて平成22年7月7日当院紹介受診となった.既往歴:高血圧.家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕中安絵理:〒177-8521東京都練馬区高野台3-1-10順天堂大学医学部附属練馬病院眼科Reprintrequests:EriNakayasu,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityNerimaHospital,3-1-10Takanodai,Nerima-ku,Tokyo117-8521,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(91)239初診時検査所見:視力は右眼0.5(0.8×IOL(+1.00D(cyl.1.75DAx90°).左眼0.3(0.7×IOL(cyl.2.75DAx95°).眼圧は右眼14mmHg,左眼22mmHg.前眼部は左眼の強膜上方に深在性強膜血管の充血と浮腫を認めた.鼻側には,白色無血管領域と思われる所見を認めた(図1).また,前房内に軽度の炎症細胞を認めたが,眼底には黄斑を含め,特記すべき所見は認めなかった.眼位,眼球運動にも異常は認めなかった.全身的には末梢血液検査,生化学検査ともに異常は認めなかったが,赤沈29mm/hr(基準値20mm/hr以下)および抗核抗体80倍(基準値40倍未満)の軽度亢進を認めた.さらにP-ANCAが63EU(基準値20EU未満)図1初診時左眼前眼部写真上方の強膜血管の充血,結膜浮腫,鼻側に無血管領域を認める.と上昇していた.一方,C-ANCAは正常であった.尿検査では潜血(1+)であった.膠原病内科にANCA関連血管炎の検査を依頼したところ,明らかな内科的所見は認めなかったので,糸球体腎炎などの発症に十分考慮しながら,2カ月ごとの定期観察となった.経過:当院初診時7月7日より左眼前部壊死性強膜炎の診断のもと,リン酸ベタメタゾン点眼を左眼6回/日に増量した.さらにブロムフェナクナトリウム点眼を左眼2回/日追加した.約1週間後の7月16日,虹彩炎の他,硝子体混濁,網膜血管炎,黄斑浮腫を発症(図2)し,左眼矯正視力(0.4)に低下した.フルオレセイン蛍光眼底造影では造影後期に黄斑部の過蛍光と網膜血管からの漏出を認めた(図3).コンピュータ断層撮影(CT)では後部強膜の肥厚は認めず,強膜厚に左右差もなかった.網膜血管炎および黄斑浮腫に対し7月26日トリアムシノロンアセトニド20mgのTenon.下注射を施行したが,改善は認められなかった.また,強膜炎に対し初診時よりリン酸ベタメタゾン点眼とブロムフェナクナトリウム点眼を投与するも改善なく8月9日よりシクロスポリン点眼を追加した.しかし,依然として改善傾向は認めなかった.そこで,9月17日より約1カ月間プレドニゾロン1日30mgの内服投与をしたところ,強膜の一部は菲薄化したものの強膜の充血所見は著明な改善を認めた.10月22日よりプレドニゾロンを5mg/週で漸減し12月3日中止とした.その後はリン酸ベタメタゾン点眼とブロムフェナクナトリウム点眼のみで強膜の充血はさらに改善をし,黄斑浮腫も改善傾向を認めた(図4,5).これらの所見,症状の改図27月16日左眼光干渉断層計(OCT)写真黄斑浮腫を発症.240あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(92)図37月16日フルオレセイン蛍光眼底造影造影後期に黄斑部の過蛍光と網膜血管からの漏出を認めた.善に伴いP-ANCAも10単位未満と正常化した.その後,強膜炎,虹彩炎,網膜血管炎,黄斑浮腫などの再発は認めず,ブロムフェナクナトリウム点眼も中止し,リン酸ベタメタゾン点眼1日4回のみで経過良好である.また,平成23年2月に後発白内障に対し両眼YAGレーザー後.切開を施行し,左眼矯正視力(0.7)と改善されている.II考察ANCA関連血管炎について,C-ANCAはWegener肉芽腫に特異性が高く,P-ANCAは壊死性半月体形成腎炎,顕図412月24日左眼前眼部写真プレドニゾロン中止約3週間後強膜の充血は改善を認めた.微鏡的多発性動脈炎との関連性が高いと報告されている5).しかし,Matsuo8)はP-ANCA陽性で眼疾患および全身疾患をともに有する自験例4例および過去の文献例27例の合計31症例についての報告でP-ANCAとともにC-ANCAも陽性の重複例1例,Wegener肉芽腫1例を示している.また,Laniら9)はC-ANCA陽性患者7例中5例がWegener肉芽腫と診断されていたが,P-ANCA陽性患者7例中にも2例のWegener肉芽腫症例があったと報告している.以上のようにC-ANCA,P-ANCAともに陽性となる重複例がみられる点,全身疾患との対応が必ずしも100%ではなく,特にWegener肉芽腫はC-ANCAのみならずP-ANCA陽性例に図512月24日左眼光干渉断層計(OCT)写真黄斑の視細胞内節外節接合部(IS/OS).外顆粒層にかけてやや肥厚しているものの,黄斑浮腫は改善傾向を認めた.(93)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012241黄斑厚(μm)6784330.7視力(左眼)2%シクロスポリン点眼(回/day)0.1%ブロムフェナクナトリウム点眼(回/day)プレドニゾロン(mg/day)0.1%リン酸ベタメタゾン点眼(回/day)も認められる点などに留意する必要があると考えられた.P-ANCA陽性患者の眼科的合併症について,これまで結膜炎,上強膜炎,強膜炎,網膜静脈閉塞症,周辺部角膜潰瘍,視神経症,乳頭血管炎,後部強膜炎などの症例報告10)がある.Matsuo8)は31症例のP-ANCA関連血管炎のうち強膜炎は6例,視神経疾患は7例,網膜疾患は7例であったと報告している.また,奥芝ら11)はMPO(P)-ANCA関連血管炎の8症例の眼所見を検討し,4例に網膜綿花状白斑,5例に結膜炎,1例に上強膜炎を認めたとし,強膜炎は1例も確認していない.これらの報告からP-ANCA陽性患者の眼合併症として強膜炎は少なく後眼部疾患が比較的多いと考えられた.なお,C-ANCAとの関連の強いWegener肉芽腫の眼合併症では強膜炎が最も多く16.38%と報告されている12,13).本症例でも壊死性強膜炎の加療中に硝子体混濁,網膜血管炎,黄斑浮腫の後眼部所見を観察した.CT検査で後部強膜の肥厚はみられず後部強膜炎は否定的であり,これらの所見は前眼部壊死性強膜炎に併発した網膜血管炎による後眼部合併症と推測された.強膜炎のタイプについて,Laniら9)はP-ANCA陽性例の強膜炎は7例全例前眼部びまん性強膜炎であったとしている.長田らの報告14)したP-ANCA関連腎炎に併発した症例も壊死性ではなくびまん性強膜炎と思われる.本症例のような壊死性強膜炎の合併はこれまでの報告には見当たらず,まれなタイプと思われる.しかし,ANCA関連血管炎の発症機序を考えると壊死性タイプの強膜炎が合併することは十分に考えられることであり,今後症例を重ねて検討すべきと思われた.1992年Stankusら15)が,また1993年Dolmanら16)が抗甲状腺薬であるプロピオチルウラシル(PTU)の副作用としてP-ANCA関連血管炎を報告している.その後,同じく抗371360↑0.70.6後.切開術図6全体の治療経過プレドニゾロン内服投与後,視力も黄斑浮腫も改善している.TAsubT:トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射.甲状腺薬であるチアマゾール(MMI)でもP-ANCA関連血管炎を発症することが報告され,わが国においても現在までにPTUおよびMMIによると思われるP-ANCA関連血管炎症例が多数報告されている.筆者らの症例では,既往症として高血圧があり降圧剤を内服していたものの甲状腺疾患はなく,上記のような薬剤の服用歴はなかった.しかし,P-ANCA関連血管炎の原因を考えるうえで薬剤の服用歴の聴取も重要と思われた.また,本症例では,強膜炎発症の約1年前に両眼の白内障手術を施行されている.眼科手術後に発症する壊死性強膜炎(surgicalinducednecrotizingsclero-keratitis:SINS)の可能性も示唆される.SINSは手術翌日から数十年後に発症し,何らかの自己免疫疾患に伴うことが多いとされている17,18).SINSの発症原因としてANCAが関与していることも考えられ,今後検討する必要があると思われた.本症例では,高齢であること,全身合併症が認められなかったことから当初ステロイド薬,非ステロイド性消炎薬および免疫抑制薬(シクロスポリン)の局所投与を施行した.しかし,十分な効果が得られず,プレドニゾロン30mgから漸減内服投与を試みたところ強膜炎所見,黄斑浮腫ともに軽快し,視力も改善した.P-ANCAも正常に復した.全身的なANCA関連血管炎を発症している症例に対しては生命予後の悪い疾患もあり,ステロイド薬,免疫抑制薬などの長期にわたる全身投与が必須8,9,11)である.しかし,本症例のように全身合併症の発症していない症例に対してもANCA陽性である場合には,早期からステロイド薬などの全身投与を試みるべきであった.近年,ANCA関連血管炎に伴う眼科疾患の報告は,疾患概念の普及により増加している.しかし,その多くは全身疾患を伴うものであり,本症例のように全身疾患に先立って眼242あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(94)科疾患が最初に発症した症例は少ない.強膜炎を診断した場合,その原因としてANCA関連血管炎の可能性を考え,早期にANCAを測定すべきと思われた.文献1)DaviesDJ,MoranJE,NiallJFetal:Segmentalnecrotis-ingglomerulonephritiswithantineutrophilantibody:Pos-siblearbovirusaetiology.BrMedJ285:606,19822)FalkRJ,JennetteJC:ANCAsmall-vesselvasculitis.JAmSocNephrol17:254-256,19973)吉田耕治:ANCA関連血管炎症候群.リウマチ科19:575-586,19984)長沢俊彦:ANCA関連血管炎.病理と臨床16:262-266,19985)有村義宏,長沢俊彦:抗好中球細胞質抗体.臨床病理41:866-875,19936)Ho.manGS,SpecksU:Antineutrophilcytoplasmicanti-bodies.ArthritisRheum41:1521-1537,19987)SavigeJ,GillisD,BensonEetal:Internationalconsensusstatementontestingandreportingofantineutrophilcyto-plasmicantibodies(ANCA).AmJClinPathol111:507-513,19998)MatsuoT:Eyemanifestationsinpatientswithperinucle-arantineutrophilcytoplasmicantibody-associatedvascu-litis:Caseseriesandliteraturerevieu.JpnJOphthalmol51:131-138,20079)LaniTH,LyndellLL,BrianVetal:Antineutrophilcyto-plasmicantibody-associatedactivescleritis.ArchOphthal-mol126:651-655,200810)月花環,渡辺朗,神前賢一ほか:脈絡膜新生血管が認められたP-ANCA関連血管炎に併発した後部強膜炎の一例.眼臨100:688-691,200611)奥芝詩子,竹田宗泰,阿部法夫ほか:ミエロペルオキシダーゼ抗好中球細胞質抗体関連血管炎に伴う眼所見の検討.眼紀51:138-142,200012)FauciAS,HaynesBF,KatzPetal:Wegener’sgranulo-matosis:Prospectiveclinicalandtherapeuticexperiencewith85paitientsfor21years.AnnInternMed98:76-85,198313)ThorneJE,JabsDA:Ocularmanifestationsofvasculitis.RheumDisClinNorthAm27:761-769,200114)長田敦,篠田和男,小林顕ほか:MPO-ANCA関連腎炎に併発した強膜炎の一例.眼臨98:878-881,200415)StankusSJ,JohnsonNT:Propylthiouracil-inducedhyper-sensitivityvasculitispresentingasrespiratoryfailure.Chest102:1595-1596,199216)DolmanKM,GansRO,VervantTJetal:Vasculitisandantineutrophilcytoplasmicautoantibodiesassociatedwithpropylthiouraciltherapy.Lancet342:651-652,199317)O’DonoghueEO,LightmanS,TuftSetal:Surgicallyinducednecrotizingsclerokeratitis(SINS)-precipitatingfactorandresponsetotreatment.BrJOphthalmol76:17-21,199218)SainzdelaMazaM,FosterCS:Necrotizingscleritisafterocularsurgery:aclinicopathologicstudy.Ophthalmology98:1720-1726,1991***(95)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012243

眼科受診を契機に診断に至った間質性腎炎ぶどう膜炎症候群の1例

2012年2月29日 水曜日

《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):235.238,2012c眼科受診を契機に診断に至った間質性腎炎ぶどう膜炎症候群の1例竹内正樹*1翁長正樹*1樋口亮太郎*1水木信久*2*1国家公務員共済組合連合会横浜南共済病院眼科*2横浜市立大学医学部眼科学教室ACaseofTubulointerstitialNephritisandUveitisSyndromeDiagnosedbyOphthalmologicConsultationMasakiTakeuchi1),MasakiOnaga1),RyotarouHiguchi1)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamiKyousaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine目的:眼科受診を契機に診断に至った間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(TINU症候群:tubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome)の1症例の報告.症例:27歳,男性.発熱,腹痛,体重減少を自覚し慢性胃炎,熱中症の診断で内科治療が行われたが症状の改善はみられなかった.2カ月後,右眼の充血,眼痛を自覚した.近医眼科でぶどう膜炎と診断され,横浜南共済病院眼科を紹介受診となった.血清クレアチニン3.0mg/dl,尿中b2ミクログロブリン53.8mg/lであり尿細管障害が指摘された.腎生検で急性間質性腎炎の病理診断となり,ぶどう膜炎の合併からTINU症候群と診断された.点眼治療,副腎皮質ステロイドパルス療法によりぶどう膜炎,急性間質性腎炎は改善した.結語:ぶどう膜炎に腎機能障害を合併した症例では,TINU症候群を考慮し精査加療する必要があると考えられた.Purpose:Toreportacaseoftubulointerstitialnephritisanduveitissyndrome(TINUsyndrome)diagnosedbyophthalmologicconsultation.Case:A27-year-oldmaleexperiencedfever,weightlossandabdominalpain.Hewastreatedforheatstrokeandchronicgastritisbyaninternist,butthesymptomswerenotalleviated.Twomonthslater,henoticedpainandrednessinhisrighteye,andhisserumcreatinineandurinarybeta2microglobu-linlevelswerefoundtobeelevated.HewasdiagnosedwithTINUsyndromeonthebasisofocular.ndingsandrenalbiopsy.ndings.Theuveitisandinterstitialnephritiswereimprovedbyeyedroptreatmentandcorticosteroidpulsetherapy.Conclusion:TINUsyndromeshouldbeconsideredinpatientswithuveitisandcompromisedrenalfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):235.238,2012〕Keywords:間質性腎炎・ぶどう膜炎症候群,TINU症候群,前部ぶどう膜炎,間質性腎炎,腎生検.tubulointer-stitialnephritisanduveitissyndrome,TINUsyndrome,anterioruveitis,tubulointerstitialnephritis,renalbiopsy.はじめに間質性腎炎ぶどう膜炎症候群(以下,TINU症候群)は,急性間質性腎炎にぶどう膜炎を合併した症候群である.1975年にDobrinが2症例を報告して以来1),現在までに世界で200例ほどの報告がみられる2).TINU症候群は若年女性に好発し,ぶどう膜炎は両眼性前部ぶどう膜炎が多くみられる3).全身症状には,発熱,体重減少,倦怠感,腹痛などがあり,眼症状としては充血,眼痛,霧視などがある3).急性間質性腎炎はぶどう膜炎に先行して起こることが多いが,ぶどう膜炎が先行した症例の報告もみられる3).TINU症候群の治療には,副腎皮質ステロイド,免疫抑制剤の全身投与が行われる.TINU症候群の視力予後は一般的に良好であり,腎機能障害についても89%で改善がみられるが,不可逆性の腎機能障害から腎不全に至り,腎移植が必要となることもある3).今回,筆者らは発熱,倦怠感,腹痛などを自覚し内科を受〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0037横浜市金沢区六浦東1-21-1国家公務員共済組合連合会横浜南共済病院眼科Reprintrequests:MasakiTakeuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamiKyousaiHospital,1-21-1Mutsuura-Higashi,Kanazawa-ku,Yokohama236-0037,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(87)235診していたが診断に至らずに,眼科受診を契機にTINU症候群の診断に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:27歳,男性.主訴:右眼充血.既往歴:特記事項なし.平成22年6月頃より,発熱,全身倦怠感,腹痛,食欲不振を自覚した.近医内科を受診し,熱中症の診断で点滴加療を受けた.その後も症状が続いたため,上部消化管内視鏡検査を施行し慢性胃炎の診断で内服治療を受けていた.8月上旬より右眼の充血および眼痛を自覚し,8月21日,近医眼科を受診した.右眼の虹彩炎の診断でリン酸ベタメタゾン点眼の4回投与を行った.リン酸ベタメタゾン点眼により充血,虹彩炎の改善がみられたが,その後も軽快と増悪を繰り返した.10月4日,右眼虹彩炎の再燃および右眼眼圧28mmHgと上昇を認め,精査加療目的に横浜南共済病院眼科を紹介受診となった.初診時視力は,VD=20cm/m.m.,VS=(1.2),眼圧は右眼21mmHg,左眼16mmHgであった.前眼部所見では,右眼に角膜浮腫,結膜毛様充血,前房内細胞(2+),前房フレア(+),虹彩後癒着を認めた(図1).右眼中間透光体,眼底は角膜浮腫のため透見不良であった.左眼に特記すべき所見はみられなかった.血液生化学検査では,血清クレアチニン3.0mg/dl,尿素窒素24.9mg/dlと高値であった.尿定性検査では蛋白定性2+,糖定性3+であった.アンジオテンシン変換酵素8.4U/lは正常範囲内であり,自己免疫抗体では抗核抗体(.),リウマトイド因子<10IU/ml,好中球細胞質抗体(PR3-ANCA<3.5U/ml,MPO-ANCA<9.0U/ml)は正常範囲内であった.心電図,胸部単純写真に異常所図1初診時右眼前眼部写真角膜浮腫,結膜毛様充血,虹彩後癒着がみられた.図2腎生検病理組織像(ヘマトキシリン・エオジン染色)間質に著明なリンパ球の浸潤を認める.糸球体の炎症はほとんどみられない.見はみられなかった.右眼前部ぶどう膜炎の診断で,リン酸ベタメタゾン点眼を1時間毎に増量し,トロピカミド・フェニレフリン点眼を開始した.腎機能障害の精査目的に,10月6日に腎臓高血圧内科を受診した.尿生化学検査では,尿蛋白定量148mg/dl(基準値20mg/dl以下),尿糖定量594mg/dl(基準値70mg/dl以下),尿中b2ミクログロブリン53.8mg/l(基準値0.3mg/l以下)と著明に高値であった.尿細管障害を主座とした腎機能障害を認め,同日,内科に緊急入院となり,尿細管障害による脱水補正を目的に生理食塩水2,500ml/日の点滴静注が開始された.10月8日に眼科受診時には,眼痛,充血は改善傾向であった.角膜浮腫は軽快し,結膜毛様充血,前房内細胞は改善傾向であり,右眼矯正視力は0.5となった.眼底所見に特記すべき所見はみられなかった.ぶどう膜炎および腎機能障害の合併より,TINU症候群を考慮し,10月12日に腎生検が施行された.病理学的検査では,尿細管間質にリンパ球と形質細胞の著明な浸潤を認め,尿細管は圧排されていた(図2).以上より,急性間質性腎炎の病理診断となり,ぶどう膜炎の合併よりTINU症候群の診断に至った.10月25日より副腎皮質ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg/日3日間)を行い,以後内服で漸減した.右眼ぶどう膜炎は点眼により軽快し,角膜浮腫の改善により右眼矯正視力は1.2となった.腎機能障害は安静と副腎皮質ステロイドパルス療法により軽快した(図3).その後,平成23年5月に左眼の前部ぶどう膜炎を認め,リン酸ベタメタゾン点眼を開始した.現在まで,右眼のぶどう膜炎の再発はみられていない.平成23年8月には血清クレアチニン,尿中b2ミクログロブリンが基準値内となった.236あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(88)副腎皮質ステロイド全身投与ベタメタゾン点眼1時間毎6回4回前房内細胞2+++2+++-1.510.50小数視力10月4日12日25日11月18日初診入院腎生検ステロイドパルス退院図3入院時経過Cr:血清クレアチニン,U-b2II考察今回,筆者らは全身症状を自覚し内科を受診したが診断に至らずに,眼科受診を契機に腎機能障害を指摘され,TINU症候群の診断に至った症例を経験した.TINU症候群では腎機能障害は89%で改善すると報告されている3).しかし,腎不全に至る症例もあり早期発見,早期治療が重要となる.TINU症候群のぶどう膜炎は点眼治療に対する反応も良いため,ぶどう膜炎の治療のみを行うと急性間質性腎炎の診断が遅れる可能性がある.今回の症例においては,全身症状の自覚からTINU症候群の診断に至るまでにおよそ4カ月を要した.他の報告4)でも,発症初期では眼科,内科が独立して治療を行っていることも多く,早期の診断のためには内科との円滑な連携が重要となる.ぶどう膜炎の診察では炎症が軽度であっても全身疾患が隠れていることもあるため,血液尿検査をはじめとした全身検査が必要である.TINU症候群では視力予後は良好である3).症例では初診時に角膜浮腫を伴っており視力は手動弁であった.急性期においても視力低下は比較的軽度であり手動弁にまで低下した報告は過去にない.しかし,治療経過は他の報告と同様に副腎皮質ステロイド点眼により,速やかに視力が改善している.TINU症候群では50%程度の症例でぶどう膜炎が再発するため3),今後も定期的な診察が必要である.症例では現在までぶどう膜炎の再発はみられていないが,7カ月後に副腎皮質ステロイド10mg/日を内服中であるにもかかわらず左眼に初めて前部ぶどう膜炎を認めた.過去の報告でも高用量の副腎皮質ステロイド投与中にぶどう膜炎を発症した症例が報告されている5).CrU-b2MG(mg/dl)(mg/l)3.0602.0401.0200.00MG:尿中b2ミクログロブリン.TINU症候群の診断について標準的な診断基準は確立されていない.腎機能障害とぶどう膜炎を合併する鑑別疾患としては,サルコイドーシス,Sjogren症候群,全身性エリテマトーデス,Wegener肉芽腫症などがあげられる.これらの疾患との鑑別には,腎生検における急性間質性腎炎の病理所見が重要となる.MandevilleらはTINU症候群の診断基準について,急性間質性腎炎の2カ月前から12カ月後以内に発症した両眼性ぶどう膜炎をtypicaluveitisとし,typicaluveitisと急性間質性腎炎の病理診断を合わせた症例をde.niteTINUsyndromeとしている3).症例では,両眼同時発症ではないが両眼性ぶどう膜炎と急性間質性腎炎の病理診断よりde.niteTINUsyndromeとなる.TINU症候群の原因については感染,薬剤,自己免疫との関連が過去に報告されているが,いまだ結論には至っていない3).尿細管と毛様体上皮は炭酸脱水酵素阻害感受性の電解質輸送体に関して同様の機能を有しており,このことは両者に共通の交叉抗原が存在する可能性を示唆している6,7).近年の報告では,Tanらはmodi.edCRPに対する自己抗体がTINU症候群の原因である可能性について報告している8).また,OnyekpeらはTINU症候群で腎不全に至り腎移植を受けた患者で移植腎においても間質性腎炎がみられたことから,TINU症候群の原因は血液中の自己抗体ではないかと推察している9).III結語ぶどう膜炎に腎機能障害を合併した症例では,TINU症候群を考慮して内科との連携を図り精査加療する必要がある.(89)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012237文献1)DobrinRS,VernierRL,FishAL:Acuteeosinophilicinterstitialnephritisandrenalfailurewithbonemarrow-lymphnodegranulomasandanteriorueitis.Anewsyn-drome.AmJMed59:325-333,19752)SinnamonKT,CourtneyAE,HarronC:Tubulointerstitialnephritisanduveitis(TINU)syndrome:Epidemiology,diagnosisandmanagement.NephrolDialTransplantPlus2:112-116,20083)MandevilleJTH,LevinsonRD,HollandGN:Thetubu-lointerstitialnephritisanduveitissyndrome.SurvOphthal-mol46:195-208,20014)黛豪恭,秋山英雄,海野朝美ほか:良好な経過をたどった尿細管間質性腎炎・ぶどう膜炎症候群の2例.臨眼63:897-901,20095)LavaSA,BucherO,BucherBSetal:DevelopmentofuveitisduringsystemiccorticosteroidtherapyinTINUsyndrome.PediatrNephrol26:1177-1178,20116)IzzedineH:Tubulointerstitialnephritisanduveitissyn-drome:Astepforwardtounderstandinganelusiveocu-lorenalsyndrome.NephrolDialTransplant23:1095-1097,20087)SugimotoT,TanakaY,MoritaYetal:Istubulointersti-tialnephritisanduveitissyndromeassociatedwithIgG4-relatedsystemicdisease?Nephrology13:89,20088)TanY,YuF,QuZetal:Modi.edC-reactiveproteinmightbeatargetautoantigenofTINUsyndrome.ClinJAmSocNephrol6:93-100,20119)OnyekpeI,ShenoyM,DenleyHetal:Recurrenttubu-lointerstitialnephritisanduveitissyndromeinarenaltransplantpatient.NephrolDialTransplant26:3060-3062,2011***238あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(90)

My boom 1.

2012年2月29日 水曜日

記念すべき第1回目を恥ずかしながら,書かせていただきます.ただ,もともと何にでも興味をもつ「好奇心」旺盛な人間です.何事も浅く広く取り組む傾向があり,myboomも常に変わり続けていますが,今回は「臨床」「研究」「交流」「プライベート」についてのmyboomを紹介したいと思います.自己紹介鈴木崇(すずき・たかし)愛媛大学医学部眼科私は,愛媛大学眼科に平成11年に入局後,おもに「眼感染症,角膜疾患」の研究や臨床を行ってきました.2008年から約2年半ボストンのスケペンス眼研究所に留学していました.留学中,抗菌薬関係の研究をしていました.プライベートでは家族とともにアメリカンライフも満喫したと思います.もともと,いろんな企画をするのが好きで,学生時代はワンダーフォーゲル部のキャプテンとして,山歩きはもちろん「無人島サバイバル合宿」や「四国医学部対抗雪合戦」などの企画をしてきました.臨床のmyboom;「聞いて聞いて聞きまくる」私は前述のように,眼感染症疾患に興味がありますが,顕微鏡で病原体を探すことによって自分自身で診断を行い,その診断にそって治療を行うことを心がけています.そのため,眼感染症は永遠のmyboomなのかもしれません.しかし,最近では,「検査をして診断を行う」点で類似している眼炎症疾患にも興味がありまして,愛媛大学でぶどう膜炎や強膜炎の症例を経験させていただいています.特に,原因がわからないぶどう膜炎(75)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYに対して,病態を推測(ほぼ妄想ですが)しながら,治療をするように心がけています.そのなかでのmyboomは,かなりしつこい問診です.「職業は?」「好きな食べ物は?」など,ほぼ疾患に関係ないのかもしれませんが,少しでもヒントを得ようと聞いています.まるで探偵みたいですが.先日もステロイド薬に抵抗を示す強膜炎の症例を診察したときに,以下のようなやり取りがありました.鈴木:「職業は?」患者:「かつお節工場で働いています」鈴木:「かつお節!?発酵させていると思いますが,どんな真菌で発酵させていますか?」患者:「アスペルギルスです」鈴木:「アスペルギルス!?,鼻や口の症状はないですか?」患者:「鼻づまりがひどいです」って感じで,頭の中で「アスペルギルスとの接触→アレルギーとは異なる何らかの抗原抗体反応が粘膜組織で出現」なんて妄想しながら,ゴーグルやマスクの装用を勧めました.その結果,症状は軽快しました.こんな感じの外来が今は続いています.研究のmyboom;「クオラムセンシング」留学中は新規抗菌薬の開発を行っており,現在も新しい感染症治療を構築するために日々努力しています.そのなかで今最も興味があるのは「クオラムセンシング機構」です.クオラムセンシングについての詳細は成書に譲りますが,簡単にいえば「細菌同士のおしゃべり機構」で菌の病原性をコントロールしています.このクオラムセンシングを阻害することで,菌同士のおしゃべり(情報交換)を遮断し,病原性をシャットアウトできないかと思っています.抗菌薬を使えば必ず抗菌薬耐性になります.もし,菌を殺さず菌を無害化することで感染あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012223〔写真1〕ボストン留学中の勉強会にて症の予防や治療ができれば,耐性化の問題もなくなるのではないかと思っています.主婦のおしゃべりを止めれば,変な噂が立たないのと同じような!?ものかもしれません.交流のmyboom;「Facebook」「OMIC」「いろんな世界と交流する」というのは,視野を広げるためには非常に重要で,私の永遠のテーマでもあります.そのため,学生時代から海外放浪の旅をしたり,いろんなサークルに顔を出したりしていました.眼科医になってもYOBC(YoungOphthalmologists’BorderlessConference;あたらしい眼科24巻p473-474)という若手眼科医の会を発足させたり,留学中の仲間を集めてボストン眼科勉強会(あたらしい眼科26巻p1517)を企画したり,いろんな交流をしてきました(写真1).その私にとって,今「Facebook」はmyboomです.今,日本で「Facebook」はひそかにboomになっていますが,アメリカでは1億5千万人が参加している(日本では360万人;2011年6月9日時点)SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)で,実名で,投稿し,知り合いと情報交換するものです.「実名」という点で日本のSNSである「ミクシー」とはまったく異なり,「実名」のもとに情報交換をするため,信憑性の高い情報を提供しやすくなります.このFacebook内の写真や記事などの投稿で,知り合いの近況を知ることができ,遠い距離でも,その関係性を失うことなく交流できます.留学中に知り合ったドイツ人やアメリカ人ともFacebookで交流を続けています.眼科医のなかでもFacebookはboomなようで,現在多くの眼科医とこのFacebookを通じて交流しています.また,最近では眼科微生物・感染症研究会(OcularMicrobiologyInfectionconfer-〔写真2〕アメリカで出家中?の写真ence;OMIC;オーミック)を立ち上げ,若手眼科医に眼感染症に興味をもってもらうように活動をはじめました.先日,スリーサムが開催されたときには第1回の研究会を行いました.研究会では,眼感染症についての討論や症例検討を行い,多くの先生方と熱い討論を交わしました.このように交流という観点ではいつも私の中にmyboomがあるのかもしれません.プライベートのmyboom;「キャンプ」「ひげ」もともとアウトドアが好きで,昔は「登山」や「釣り」に行っていました.ただ,子供がいる状況では休日があっても,なかなかアウトドアを楽しむ余裕がありませんでした.ところが留学中,ニューヨークに留学している学生時代の先輩に誘われて,家族でキャンプに参加して,「そうか!家族でアウトドアをすればいいんだ」ということに気づき,アメリカでキャンプセットを一式購入し,帰国後も時間を見つけては家族でキャンプしています.キャンプで子供と虫を探したり,ダッチオーブン料理にチャレンジしたりしています.そういうわけでキャンプはかなりのmyboomになっています.あと,留学中からいろんな髪型や髭を試しているのでそれもmyboomかもしれません.次のプレゼンターは京都の奥村直毅先生(同志社大)です.奥村先生は,YOBCの立ち上げを一緒にした仲間で,ワイルドで多趣味な先生です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.224あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(76)

眼研究こぼれ話 26.糖尿病性網膜症 幽霊細胞が直接的原因

2012年2月29日 水曜日

●連載桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長糖尿病性網膜症幽霊細胞が直接的原因糖尿病については,前回すこしふれた.糖尿病患者は,インシュリンと,食事療法のおかげで,天寿を全うすることができる.ところが,困ったことに,この病気を長期にわたって持っている患者は,往々にして失明することがある.成人の失明者の3分の1が糖尿病によるとも言われている.網膜の血管系を簡単に観察することのできる私の方法を利用して,不幸にも死亡した糖尿病患者の眼を調べてみた.すると,これらの網膜の血管に特有な変化が起こっていることを見つけたのである.それで,ベルギーから私の所へ留学していたツーセイン博士に,シャツのそでをまくり上げるように命じたのである.網膜の中を走っている正常の毛細血管には細い管を作っている内皮細胞と,それを取りまくペリサイトという細胞が50対50の割合で,存在している.ところが,糖尿病患者の網膜を見ると,このペリサイトが変性をして,数が減っていたのである.たくさんのペリサイトが幽霊のようになる特殊変化を発見したわけである.ウイルヒョー大先生以来,血管の病変を調べている人は,数えきれないほどいるが,このような特異な変化を見た人はそれまでだれも居ない.この幽霊細胞が直接の原因となって,その部位が膨大し,小さい動脈瘤(.りゅう)となったり,破れたり,また,毛細管が異常に拡大されて血流のコントロールが乱れたりすることが,網膜の変性,ひいては失明の原因となることをはっきりさせたのである.糖尿病による網膜症の病理はこの所見をもととして,新しく書きかえることができた.これは1962年を中心とした数年間の出来事である.(73)▲糖尿病患者の網膜血管の病変.小さい血管瘤が出来ている.また大部分の毛細管が死滅している.これらの変化が網膜症の原因である.(60倍)ツーセイン君は気が狂うばかりに喜んだ.ビキニ姿の美人ワイフの写真を机上に飾った彼は,彼女の呼び寄せを延期してがんばった.研究を進めるうち,もっと正常の血行を調べる必要を生じ,若いフリードマン博士はネコ,サルの眼の顕微鏡映画を撮ることとなった.頬(ほお)の骨をそっと取り除き,眼球の後側部をうまく露出させ,そこに小さな窓をつくって網膜に直接顕微鏡レンズを密着させるのである.アイヤフレックス16ミリと,動物を古い施盤機にとりつけ,マイクロミーターのねじで操作すると,建物の震動を取り除くことができた.前方に開いている角膜から光を入れ,血行の様子を美しい映画にとることに成功し,われわれのそれまで知らなかった生理学的,薬理学的のデータを作り得たのである.この映画の助監督は大和撫子(.なでしこ)であった.この若くて美しいお嬢さんは数回の失敗を繰り返しているうち,デリケートな手術の方法を完全に習得し,ついに監督不要の域にまで達した.このあたらしい眼科Vol.29,No.2,20122210910-1810/12/\100/頁/JCOPYほか,数人の若い医学者たちにいろいろの部門を分担してもらって,糖尿病に関係した網膜の血管研究は面白いほどにはかどったのである.これら一連の輝かしい仕事は,いつも型破りにスマートな野郎どもが考えつくアイデアで進められている.ツーセイン,フリードマン,ライニック博士などである.研究者たちが興奮していると,技術員の意気も上がって来る.前述の大和撫子嬢は深夜までがんばることもあり,ある夜遅く,帰途を悪漢におそわれたりしたこともあった.私の研究室で作り出した病理学的理論はそのころ,完成された網膜血管のけい光血管撮影技術によって,生きている患者でも実証され,糖尿病網膜症の本態はほぼ突き止められている.しかし,治療となると難しい.光凝固療法などが行われているけれども,本当に有効な方法には到達していない状態である.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆222あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(74)

現場発,病院と患者のためのシステム 1.病院向けパッケージの基礎知識

2012年2月29日 水曜日

はじめに医事会計システム,電子カルテシステムなど,病院向けのパッケージはベンダ(システム開発会社)から販売されており,病院では機能,導入コストなどを勘案し適宜選択している.しかし,安易な選択により問題点を抱えたまま使っている場合が少なからずある.そうならないための基礎知識を紹介する.ITの世界では,パッケージとは“出来合いの業務ソフトウェア”という意味だが,スーツでいえばいわゆる“吊し”である.適宜選んだのち,ズボンの丈を直すのが一般的で,少し待っていればできあがり,比較的安価で,早く着用できるという特長がある.これに対してオーダする場合は,一般的に高く,着られるまでに時間を要する.パッケージは,“吊し”に相当し,業務分析から入って一から作る(スクラッチ開発)は,オーダに相当する.どちらがよいのか?単純に費用と時間で比較すれば前者のほうに分があることは理解できるが,着心地という肝心の部分に相当する使い勝手は,明らかに後者に軍配があがる.また,価格的にスーツとソフトウェアパッケージとは桁が違うこと,一度導入すると,それを前提に院内業務が動いてしまっていること,および入力済みの多種多様な情報があり,簡単には買い換えられないことを考慮しなければならない.スーツと違って保守,バージョンアップの費用も見込まなければならないこともあり,慎重な事前検討が必要になる.ある調査会社のホームページに,パッケージ選定から稼働開始,運用,保守の導入フェーズ別の電子カルテ満足度推移があった.パッケージが決まった段階では,やや満足と満足を併せると50%以上が満足と評価するものの,稼働してしばらく経つと,両方併せても30%を切るようになり,使い続けて保守が必要になる頃には,20%まで下がり,満足と評価するのは5%以下になるというものである.また,この頃になると,導入直後にはなかった不満が増え,やや不満を併せると40%以上が何らかの不満を抱くようになるという.このデータだけでは,一概にはいえないものの,実態に近いのではないかと思わせるものであった.問題は,使い始めてから使(71)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYいづらいことに気がつくということである.慣れるしかないという話を聞いたことがあるが,事前の検討が不十分であること,およびパッケージ自体が現場の作業実態を反映した機能,操作性になっていなかったのではないかと想像される.価格と導入実績をみて,安易に決めてしまう傾向にあるのが現状といえるが,導入実績は文字通り導入した件数のことで,費用に見合う効果をあげているところ,患者,医師,看護師などコメディカルが満足して使っている件数ではないことに気をつけなければならない.ベンダは,成功事例を紹介することがあるが,うまくいっているといわなければならない立場の人物が応対することを考慮しなければならない.本当にうまくいっているとしても,その成功要因が自院に当てはまるかを検討しなければ損をしかねないことに,注意が必要である.不具合を慣れでカバーしてしまい,問題を問題と思わなくなってしまうと,本質的な解決は遠のき,本物の効果は期待できない..パッケージとはソフトウェアのパッケージとは,該当する業務を調査し,必要な機能を洗い出し,その機能をソフトウェアで実現したものだが,できるだけ適用範囲を広げなければならないという宿命があるため,平均値の仕様で作らざるを得ない.そのため,帯に短し,タスキに長しになるし,痒いところに手が届かず,不足部分を手作業で補い,不要な部分は使わないという,スクラッチ開発ではあり得ないことが起きる.その代わり,比較的出費が少*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIOあたらしい眼科Vol.29,No.2,2012219図1屋上屋を重ねる複数パッケージによる問題なく,早期導入ができるというメリットがあるといわれている.しかし,そのようなメリットを実感できるだろうか.パッケージの機能をそのまま使う場合には,少なくても早期導入というメリットを感じることができるが,多かれ少なかれカスタマイズを行うのが普通であり,早期とはいかない場合が多い.出費が抑えられるというメリットはどうだろう.パッケージの仕様を決める際,カスタマイズ可能な範囲をどこまで考えていたかで決まる.想定内であり,パラメータを変更するだけで対応可能な場合にはパッケージのメリットを感じることができるかもしれない.例えば,術式の指定をする処理で100種類の術式が用意されているところに,5種類の術式を追加する,あるいは登録済みの術式を削除したり,術式名を変更することはあり得ることだが,それが容易に行えるようになっているかである.クリニカルパスも同様で,既存パスの追加,変更,削除,新規のパスの登録が容易にできるように考えて作られているのが常識的な構造だが,そうなっているかをパッケージを選択する際に確認しておかなければならない.モダンホスピタルショーで見た再来受付システムでは,診察カードを挿入した際に表示される案内メッセージの文面を変更するには,ベンダが有償で行うという説明を受け,唖然としたことを覚えている.メインの機能だけではなく,このような機能まで調べておかないと,安いと思っていたパッケージが意外に高くつくことがあり,そのような事例が多いことを考慮しておかなければならない..屋上屋を重ねる全体構想があり,これに沿って順次投入されたのではなく,必要になった都度,必要になった業務をカバーする機能を,屋上屋を重ねるように作ってきたのが現状といえる.技術的なブレークスルーや,システムに期待されるものが質量共に大きく変化した場合には,リセットして作り直すべきだが,継ぎ接ぎのバージョンアップで乗り越えてきたパッケージは多い.業務種類ごとにそれを得意とするベンダのパッケージを導入した場合には,狭い診察台にパッケージ対応のディスプレイが複数置かれることになる.また,異なるベンダ製のパッケージの操作性は統一されておらず,情報の重複も発生し,障害発生時の対応に時間を要するなどの多くの問題を抱えることになる(図1).☆☆☆220あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(72)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 105.先天白内障術後の網膜剥離に対する硝子体手術(中級編)

2012年2月29日 水曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載105105先天白内障術後の網膜.離に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科はじめに先天白内障術後晩期に生じる裂孔原性網膜.離の発症頻度は約10%と高く,発症時期も白内障手術から長期間(15.25年)経過してから生じることが多いとされている.白内障術後の器質化した残存水晶体皮質やSom-mering輪,虹彩後癒着による散瞳不良などで眼底の視認性が悪く,術前に裂孔が検出できないことも多い.また,患者の自覚症状の欠如(もともと視力不良のことが多い)と相まって,網膜.離の発見が遅れ重症化することもある.罹患眼はしばしば高度近視眼となっており,硝子体の液化変性も高度で硝子体手術の難易度は高い症例が多い.←●眼底視認性の確保が重要先天白内障術後の網膜.離に対して硝子体手術を施行する場合には,眼底周辺部の視認性確保が重要である.散瞳不良例では虹彩後癒着を解離した後にアイリスリトラクターで瞳孔形成を行うが,器質化した残存水晶体皮質やSommering輪などで周辺部の視認性が不良の場合(図1)には,必要に応じてこれを除去する必要がある.これらの白色塊は結構厚みがあるだけでなく非常に硬くなっていることが多く,通常の硝子体カッターでは切除が困難なことが多い.最近の小切開硝子体手術の普及で使用する機会は激減しているが,このような症例に対して筆者はフラグマトームTMを好んで使用している(図2).処理中に白色塊が眼底に落下することもあるが,フラグマトームTMとライトガイドによるchopsticktech-niqueで処理する(図3).これでもなお切除が困難な非常に硬い部分については,毛様体扁平部をやや大きく切開して硝子体鑷子で抜去する(図4).周辺部の混濁物が除去できれば,裂孔が容易に検出でき,網膜.離手術が非常にやりやすくなる(図5).なお,この方法に慣れていない場合には,強角膜切開創から水晶体白色組織を抜去したほうが早い.図1Sommering輪による混濁器質化した残存水晶体皮質やSommering輪などで眼底周辺部の視認性が不良である.→図2フラグマトームTMによるSommering輪の除去図3落下したSommering輪の処理図4毛様体扁平部から白色組織の摘出図5網膜.離の処理フラグマトームTMとライトガイドによるきわめて硬い組織は,毛様体扁平部をやや周辺部の混濁物が除去できれば,網膜chopsticktechniqueで処理する.大きく切開して硝子体鑷子で抜去する..離手術がやりやすくなる.(69)あたらしい眼科Vol.29,No.2,20122170910-1810/12/\100/頁/JCOPY

眼科医のための先端医療 134.裂孔原性網膜剥離における手術進化と視細胞保護

2012年2月29日 水曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第134回◆眼科医のための先端医療山下英俊裂孔原性網膜.離における手術進化と視細胞保護國方彦志(東北大学病院感覚器理学診療科眼科)JulesGoninが裂孔閉鎖を行った1900年代初頭から,裂孔原性網膜.離の病態は変わらないと考えられますが,サージャンを取り巻く環境と考え方は刻々と変わってきました.その最たるところは,手術デバイス革新がもたらした広角観察系,シャンデリア眼内照明,小切開硝子体手術(MIVS)や高精細内視鏡があげられるでしょう.今後も若年扁平網膜.離に対する強膜バックリングの重要性などは変わらないでしょうが,状況により術者は網膜.離に対する手術手技を変え,適切に対応することが大切と思われます.25ゲージ硝子体切除術(25G-MIVS)は2002年から現在に至るまで世界的に普及しており,最近ではさまざまな硝子体疾患に用いられるようになりました.眼内レンズ落下や眼内異物の処理にもMIVSは用いられ,その有用性・汎用性が確認されつつあります1,2).全網膜.離,脈絡膜.離,低眼圧を伴う場合など注意を要する場合もありますが,裂孔原性網膜.離に対する25G-MIVSは一般的になりつつあり,現在では初回復位率も非常に高くなりました3,4).筆者らの25G-MIVSを用いた検討では裂孔原性網膜.離84例84眼に関し,初回復位は80眼(95.2%)で得られ,最終復位は84眼(100%)で得られました4).その際,術後早期の低眼圧のみならず,高眼圧にも注意する必要があり,黄斑.離例は網膜合併症も多いことが明らかになりました.また,巨大裂孔網膜.離など特殊な症例に関しても,MIVSアプローチが可能で高い網膜復位率が得られつつあります5).しかしながら,復位は得られても視力予後の悪い症例も依然として多数存在します5).(65)図1裂孔原性網膜.離の治療―臨床上の問題点―PVR:増殖硝子体網膜症,RPE:網膜色素上皮.裂孔原性網膜.離の治療において,臨床上の問題点として,以下の3つが考えられます(図1).①網膜外の増殖性変化:網膜前・網膜下増殖膜の形成,多くは医原性に増殖硝子体網膜症へ移行.Gli-osis(Mullercells),RPEproliferation②グリア細胞,網膜色素上皮(RPE)の変化:網膜自体が固く術中に網膜伸展不可能.網膜接着不良.Gliosis(Mullercells),RPEimpairment③視細胞の変化:術後に網膜復位が得られても中心視力や視野が回復しない.Photoreceptordegene-ration(apoptosis)そのなかで,①②が存在しても,前述したように進化した最新の手術技術を駆使すれば,解剖学的にはほとんどの症例で網膜復位を得られるようになってきました.しかしながら,③に至ってしまうと復位は得られても,視細胞アポトーシスが主因と考えられる視力予後不良例になってしまうことが多いのです.網膜.離眼における視細胞アポトーシスの病態は近年解明されつつあり,動物実験によりmonocytechemoat-tractantprotein1(MCP-1)が重要な役割を果たしていることが明らかになっています6).MCPファミリーはあたらしい眼科Vol.29,No.2,20122130910-1810/12/\100/頁/JCOPY単球,好酸球,T細胞などの遊走を惹起させます.MCP-1は,マクロファージなど免疫担当細胞や血管内皮細胞など多くの細胞から分泌され,慢性炎症やアレルギー性炎症にも関与し,血管新生誘導や創傷治癒にも深く関与しています.このようにMCP-1は炎症に伴い局所で分泌され,分泌された領域に免疫担当細胞を集めると考えられています.さまざまな眼疾患においてもMCP-1の上昇が確認され,網膜領域では糖尿病性黄斑浮腫,網膜静脈分枝閉塞症黄斑浮腫(BRVOME),増殖糖尿病網膜症,裂孔原性網膜.離や増殖硝子体網膜症での上昇が明らかになっています.糖尿病網膜症患者などでは,血液や前房水でも上昇があることから,外来などで容易に測定できるバイオマーカーとしてもMCP-1は期待されます.MCP-1ノックアウトマウスにおける網膜.離モデルでは,ワイルドタイプに比べ有意に視細胞アポトーシスが低減され外顆粒層も保たれました6).さらにMCP-1中和抗体を用いれば,そのアポトーシスを抑制できることも明らかになりました.MCP-1をブロックする薬剤は広く炎症の治療薬になる可能性があり,網膜.離眼の初期においてMCP-1を制御できれば,アポトーシスをかなり防ぐことができる可能性が高いと考えられます.実際の臨床では,BRVOMEにおいてトリアムシノロンアセトニド(TA)硝子体注射が眼内のMCP-1を有意に低下させることが明らかになっています7).さらに,最近の筆者らの検討では,裂孔原性網膜.離においても眼内MCP-1はTA硝子体注射により制御できることがわかってきました.裂孔原性網膜.離は診断の時点ですでにアポトーシスが進行していることも多いと思われますが,さらなる進行を抑えるために,今後は手術の精度を上げるのみではなく,薬剤による視細胞保護を含めたハイブリッド治療を模索する必要があるかもしれません.裂孔原性網膜.離に対する治療は,特に硝子体手術分野において進化し,さまざまな状況下でも網膜復位が得られ,技術的には完成されつつあります.しかしながら,今後は,さらに良好な術後視機能獲得をねらい,サージカル・メディカル治療の融合が大切と考えられます.文献1)KunikataH,FuseN,AbeT:Fixatingdislocatedintraocu-larlensby25-gaugemicroincisionvitrectomy.OphthalmicSurgLasersImaging42:297-301,20112)KunikataH,UematsuM,NakazawaTetal:SuccessfulRemovalofLargeIntraocularForeignBodyby25-GaugeMicroincisionVitrectomySurgery.JOphthalmol2011:940323.Epub2011Apr43)KunikataH,NittaF,MeguroYetal:Di.cultyininsert-ing25-and23-gaugetrocar-cannuladuringvitrectomy.Ophthalmologica226:198-204,20114)KunikataH,NishidaK:Visualoutcomeandcomplicationsof25-gaugevitrectomyforrhegmatogenousretinaldetachment;Eighty-fourconsecutivecases.Eye24:1071-1077,20105)KunikataH,AbeT,NishidaK:Successfuloutcomesof25-and23-gaugevitrectomiesforgiantretinalteardetachments.OphthalmicSurgLasersImaging42:487-492,20116)NakazawaT,HisatomiT,NakazawaCetal:Monocytechemoattractantprotein1mediatesretinaldetachment-inducedphotoreceptorapoptosis.ProcNatlAcadSciUSA104:2425-2430,20077)KunikataH,ShimuraM,NakazawaTetal:Chemokinesinaqueoushumourbeforeandafterintravitrealtriamcino-loneacetonideineyeswithmacularedemaassociatedwithbranchretinalveinocclusion.ActaOphthalmologica,2010Apr23■「裂孔原性網膜.離における手術進化と視細胞保護」を読んで■今回は國方彦志先生による,網膜.離の分子病態とは開発されてきました.しかし,視力を向上させて疾網膜神経保護についての意欲的研究成果のご紹介で患が発症する前の状態にまで戻す治療の戦略はなかなす.われわれ眼科医の最終的な目的は言わずもがなでか進歩しておりません.すが,視力を正常にまで,つまり1.0にまで引き上げ今回,國方先生はMCP-1(本文参照)というサイることです.このためには戦略的に種々の疾患の診トカインが網膜の視細胞アポトーシスに関与している断・治療を行う必要があります.網膜の物理的な状況こと,その作用を制御することにより網膜視細胞の保(網膜.離,網膜浮腫,循環障害など)への対応策は護を行える可能性があることを示されました.われわかなり進歩してきました.循環障害についてはその回れ眼科医が今後進むべき研究の方向を具体的な成果と復はかなり困難ではありますが,正しく診断する方法ともにお示しいただいたことになります.國方先生は214あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(66)硝子体手術の名手として著名ですが,その先生が手術薬物治療の最適な選択と必要であればそれを組み合わ成果の向上のために基礎研究の重要さ,臨床と基礎研せた治療の開発」が期待されていると考えます.今回究ががっちりとタイアップしていくことの重要性をおの國方先生の総説は,手術と分子病態の今後の戦略を示しいただいたことになります.Benchtobed-side示す大変興味深いご報告と考えます.というのは言うは易く行うは難しですが,これからの山形大学医学部眼科山下英俊サージャンは修学的な治療戦略をリードする「手術と☆☆☆(67)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012215

新しい治療と検査シリーズ 205.アスタキサンチン

2012年2月29日 水曜日

新しい治療と検査シリーズ205.アスタキサンチン1)プレゼンテーション:北市伸義1,2)2)北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系/石田晋3)北海道大学大学院医学研究科炎症眼科学講座/3)同眼科学分野コメント:杉田直東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野.バックグラウンドヒトは外界からの情報の80%以上を視覚に頼るが,近年の情報化社会は眼への負担をこれまで以上に過酷なものにしている.加えてわが国は世界一の長寿社会である.加齢に伴う多くの眼疾患や眼精疲労などに対して,天然由来のフードファクターによる介入はできないか,眼科医のみならず国民の関心も高い.ヒトは抗酸化物質を食物中から摂取する必要がある.アスタキサンチン(3,3¢-ジヒドロキシ-b,b-カロテン-4,4¢-ジオン:AST)は1938年,ドイツのリヒャルト・クーンらによって発見されたカロテノイドの一種であり,強力な抗酸化作用を有する.その活性酸素消去能はa-トコフェノールの550倍,フリーラジカル補足活性はルテインの3.5倍にもなる1).アスタキサンチンは元来,藻,酵母,細菌などが有害な太陽光線から自らを守るために合成し始め,その後魚類や甲殻類など食物連鎖上位の生物も同様の理由で利用し始めたと考えられている.カニ,サケ,イクラなどの赤橙色の主成分であり,人類が古来摂取してきた食品中に広く存在する2).準他覚的調節力(%)20015010050.新しい治療法の根拠―動物モデルでの検討アスタキサンチンは抗酸化作用だけではなく抗炎症作用も有する.ラットのエンドトキシン誘発ぶどう膜炎(EIU)モデルではアスタキサンチンにより前房水中の炎症細胞数や前房内蛋白濃度,プロスタグランジン(PG)E2,一酸化窒素(NO),腫瘍壊死因子(TNF)-a濃度がいずれも有意に低下した2).また,毛様体のNF-kB(核内因子kB)陽性細胞数も有意に減少していた2).さらに,加齢黄斑変性の終末病態であるレーザー誘導脈絡膜血管新生モデルでも,アスタキサンチンの摂取により脈絡膜血管新生が抑制され,その奏効機序もNF-kBを介する炎症機序の軽減によった3).したがっ(63)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYて,アスタキサンチンは免疫・炎症反応の中心的転写因子であるNF-kB阻害により抗炎症効果を発揮すると考えられる..使用方法―ヒトでの検討ついでヒトでの効果を検討する.被験者は日常的にパソコン業務などが多く,眼精疲労を自覚する健康成人とし,試験食品を4週間連日経口摂取した.対照群(非アスタキサンチン群)とアスタキサンチン6mg/日経口摂取群(アスタキサンチン群)の2群に分け,眼精疲労と調節機能を二重盲検法で比較した.摂取開始後の準他覚的調節力を14日目,28日目で比較するとアスタキサン250001428摂取日数図1健常成人におけるアスタキサンチン摂取後の調節力変化14日目以降アスタキサンチン摂取群では有意に調節力が向上した.表1アスタキサンチン摂取試験眼精疲労自覚症状調査項目1.目が疲れやすい*7.目が熱い2.目がかすむ*8.まぶしい,目を開けているのが辛い*3.まぶたが重い9.肩が凝る*4.目の奥が痛い*10.腰が痛い*5.充血する11.イライラしやすい*6.しょぼしょぼする*12.頭が重い*視覚アナログスケール法での改善項目.あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012211チン群では調節力が有意に改善し,その効果は摂取日数が長くなるほど増強した(図1).眼精疲労は自覚的視覚アナログスケール法を用いて摂取前後の客観的眼精疲労度評価を行った.その結果,12項目中「目が疲れやすい」「目がかすむ」「目の奥が痛い」「しょぼしょぼする」「まぶしい」「肩が凝る」「腰が痛い」「イライラしやすい」の8項目で改善がみられた2)(表1).さらに,筆者らの別の検討では,アスタキサンチンの摂取(12mg/日)により健常者の眼底血流速度が増加した4).健常者のアスタキサンチン摂取は,眼精疲労の軽減と調節機能の改善,眼底血流量の増加に有効であると考えられた..本方法の良い点アスタキサンチンの抗炎症効果はNF-kBシグナルを介するが,NF-kBはストレス反応,サイトカイン産生,紫外線障害,細胞増殖,アポトーシス,自己免疫疾患,悪性腫瘍など多くの生理現象に深く関与している.したがってアスタキサンチンは将来,眼精疲労,炎症性疾患,紫外線障害,加齢黄斑変性など多くの疾患に有用である可能性がある.さらに,古来人類が摂取してきた安全性の高さがある.今後いっそうその抗酸化作用,抗炎症作用の基礎的・臨床的エビデンスを蓄積すべきであると考えられる.文献1)大野重昭:海の幸サケ・エビ・カニは目に良いか?赤い色の正体は?.眼科ケア117:68-72,20082)北市伸義,大野重昭,石田晋:「眼に良い食べ物」サケ,イクラ,エビ,カニ(アスタキサンチン).あたらしい眼科27:43-46,20103)Izumi-NagaiK,NagaiN,OhgamiKetal:Inhibitionofchoroidalneovascularizationwithananti-in.ammatorycarotenoidastaxanthin.InvestOphthalmolVisSci49:1679-1685,20084)SaitoM,YoshidaK,SaitoWetal:Astaxanthinincreaseschoroidalblood.owvelocity.GraefesArchClinExpOph-thalmol,inpress.本方法に対するコメント.アスタキサンチンは,今注目されている健康成分のまた,食品の中から特定の成分だけを抽出して摂取一つである.これはニンジンやほうれん草などの緑黄すると,より効果的にその成分を摂ることができる色野菜に多く含まれているbカロテンと同じカロテが,逆に,特定の成分を含んだ食品だけを大量に摂取ノイドとよばれる成分である.その特徴はbカロテすることでも,より多くのものが体内に取り込まれンよりも強力な抗酸化力をもっていることである.ヒる.しかし,こうしたことは必ずしも体に良いわけでトは紫外線を浴びると,体内で多くの活性酸素が発生はなく,なかには中毒的な副作用を及ぼすものもあるし,肌や体内の老化を進行させる原因になる.このサだろう.発表されている臨床データが少ないため,アプリメントは体内で発生した活性酸素を抑えることがスタキサンチンの副作用についての重大な障害の報告でき老化防止になる.北市らが示したような調節力のはないようだが,似たような成分物質で逆の視力減退変化が起こるのが本当ならば多くの眼精疲労患者の良などの症例が報告されている.また,妊娠中にサプリいサプリメントとなるであろう.ただし,NF-kBシメントなどで摂取した場合の安全確認も信頼できる報グナルを介しての抗炎症作用は,その作用メカニズム告がないため避けるべきであろう.の詳細が不明で多くの検証実験が必要な印象をもつ.☆☆☆212あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(64)