《第45回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科29(2):249.252,2012c網膜循環障害を合併し予後不良であった交感性眼炎の1例奥貫陽子*1,2片井直達*1横井克俊*1後藤浩*2*1東京医科大学八王子医療センター眼科*2東京医科大学眼科学教室SympatheticOphthalmiawithPoorVisualOutcomeComplicatesaCaseofRetinalArteryCirculatoryDisturbanceYokoOkunuki1,2),NaomichiKatai1),KatsutoshiYokoi1)andHiroshiGoto2)1)DepartmentofOphthalmology,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity穿孔性眼外傷受傷後の僚眼に,眼内炎症とともに典型的な交感性眼炎にはみられない網膜循環障害を伴い,重篤な経過をたどった症例を経験したので報告する.症例は80歳,男性.グラインダーの破片で右眼を受傷し,同日強角膜縫合術を行ったが,徐々に眼球癆となった.受傷後9週目に左眼視力低下を自覚した.前房炎症と硝子体混濁に加えて網膜中心動脈閉塞症様の所見を認め,蛍光眼底造影では網膜灌流の遅延と脈絡膜の斑状低蛍光がみられた.ステロイドパルス療法を行い,炎症所見と網膜浮腫は次第に軽減したが動脈は白鞘化し,視力は光覚弁となった.プレドニゾロンを漸減中,眼炎症が再燃するとともに血管新生緑内障を併発し,最終視力は光覚なしとなった.穿孔性眼外傷後の僚眼には典型的な交感性眼炎とは異なる網膜循環不全を伴った眼内炎症を生じ,急激な経過をたどることがある.An80-year-oldmalevisitedourhospitalafewhoursafterhisrighteyehadbeeninjuredbyafragmentofabrokengrinder.Cornealandscleralsuturingwasperformedonthatsameday,buttheeyegraduallydevelopedphthisisbulbi.Intheninthweekafterinjury,thepatientnoticedblurredvisioninhislefteye.Anteriorchambercellsandvitreousopacitywithcentralretinalarteryocclusionwereobserved.Fluoresceinandindocyaningreenangiographyrespectivelydisclosedseveredisturbanceofretinalarterycirculationandmultiplepatchyhypo.uoresceinlesionsinthechoroid.Theintraocularin.ammationsubsidedwithcorticosteroidpulsetherapy,butvisualacuitydidnotrecover.Duringtaperingo.ofcorticosteroid,theintraocularin.ammationexacerbated,withcomplicationofrubeoticglaucomaandvisualloss.Intraocularin.ammationpresumablycausedbysympatheticophthalmiacanleadtodisturbanceofretinalarterycirculationandresultinaseverevisualdisturbance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):249.252,2012〕Keywords:穿孔性眼外傷,交感性眼炎,網膜中心動脈閉塞症,眼虚血症候群.perforatingocularinjury,sympa-theticophthalmia,centralretinalarteryocclusion,ocularischemicsyndrome.はじめに交感性眼炎は穿孔性眼外傷や内眼手術後に発症する両眼性の肉芽腫性汎ぶどう膜炎であり,穿孔性眼外傷後の発症率は0.2.1.0%程度と考えられている1,2).発症機序や臨床所見はVogt-小柳-原田(VKH)病に類似し3),治療もVKH病に準じて副腎皮質ステロイド(ステロイド薬)のパルス療法または大量漸減療法が行われ,発症早期に十分量のステロイド薬が投与されれば比較的予後が良いことが多い.今回,穿孔性眼外傷受傷後に僚眼に交感性眼炎と思われる眼炎症を発症するとともに,網膜中心動脈閉塞症様の所見を伴い,典型的な交感性眼炎とは異なる所見を呈し,重篤な経過をたどった症例を経験したので報告する.I症例患者:81歳,男性.既往歴:未精査の不整脈.現病歴:2010年7月15日,自宅の庭でグラインダーを使用中に,破損したグラインダーの刃が飛来して右眼を受傷〔別刷請求先〕奥貫陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室Reprintrequests:YokoOkunuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjyuku,Shinjyuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(101)249図1左眼眼底写真(2010年9月16日)硝子体混濁,網膜浮腫,cherryredspot様所見,および網膜動脈狭細化がみられる.し,数時間後に東京医科大学八王子医療センター(以下,当センター)を受診した.初診時所見:視力は右眼光覚弁,左眼0.1(0.7×cly.2.50DAx60°),眼圧は右眼測定不能,左眼14mmHgであった.右眼には上下の眼瞼裂傷および強角膜裂傷を認め,ぶどう膜組織が眼外に脱出していた.左眼は軽度の白内障の他は異常を認めなかった.同日に行われた全身検査で心房細動が検出された.受診日にただちに局所麻酔下で右眼の眼瞼縫合と強角膜縫合術を施行した.強角膜裂傷は上直筋および下直筋付着部後方の約10mmに及び,角膜を含めてほぼ垂直方向の創であった.水晶体の所在は不明であり,網膜およびぶどう膜組織が創口から眼外に脱出していた.脱出した組織を可及的に切除し,上下直筋の付着部を一部切腱して強角膜縫合を施行した.経過:術翌日から右眼視力は光覚が失われ,次第に眼球癆となった.約2カ月後の2010年9月11日に左眼の霧視を自覚したため,同月13日に近医を受診したところ,左眼の前眼部炎症を指摘され,当センターへ再び紹介受診となった.14日の当センター受診時,左眼矯正視力は0.2であり,前房細胞と毛様充血を認めたため,0.1%ベタメタゾン点眼を処方した.16日再診時には左眼視力10cm指数弁まで低下し,毛様充血,前房細胞3+,硝子体混濁2+,網膜動脈狭細化,網膜浮腫を認め,黄斑部はcherryredspot様であった(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangio-graphy:FA)では腕-網膜循環時間は約22秒と遅延し,脈絡膜背景蛍光は斑状低蛍光を示した.VKH病にみられるような点状過蛍光や蛍光色素の貯留像,視神経乳頭の過蛍光は認められなかった.インドシアニングリーン蛍光眼底造影図2インドシアニングリーン蛍光眼底造影(2010年9月16日)広範な脈絡膜斑状低蛍光が認められる.(indocyaninegreenangiography:IA)で脈絡膜は斑状の低蛍光を示した(図2).FA・IAともに固視不良のため初期像は明瞭に撮影できず,腕-脈絡膜循環時間は不明であった.また,検眼鏡的所見および光干渉断層計でも漿液性網膜.離は認められなかった.以上の結果から,典型的ではないが網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)を併発した交感性眼炎と診断した.なお,後日行われたHLA(ヒト白血球抗原)検査ではDR4陽性であった.同日に入院のうえ,9月17日からステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg3日間)を施行し,その後プレドニゾロン(pred-nisolone:PSL)を60mgから漸減投与した.その他,心房細動に対しては内科から処方されていたバイアスピリンを継続とした.前眼部炎症や硝子体混濁などの炎症所見は次第に軽減したが,徐々に網膜動脈の白鞘化が明瞭になり,9月21日に左眼視力も光覚なしとなった.その後もPSLの減量を行っていたところ,11月1日(PSL30mg投与時)に左眼視力は光覚弁に改善した(図3).経過中,左眼の眼圧は10.14mmHg程度であったが,2011年3月14日(PSL5mg隔日投与時)に左眼眼圧が34mmHgに上昇し,視力は再び光覚なしとなった.同時に毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞2+,虹彩新生血管および硝子体混濁3+を認め,交感性眼炎の再燃とともに血管新生緑内障を併発したと考えられた(図4).眼内炎症に対してトリアムシノロンアセトニド20mgのTenon.下注射を施行した.なお,血管新生緑内障の原因として眼虚血症候群の可能性を疑い,頸動脈エコー,頭頸部磁気共鳴血管画像(magneticresonanceangiography:MRA)を施行したが明らかな異常はなく,また心エコーで血栓などは検出されなかった.頭部MRI(磁気共鳴画像)では陳旧性のラクナ梗塞が確認された.2011年4250あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(102)図3左眼眼底写真(2010年11月1日)硝子体混濁,網膜浮腫は消失したが,網膜動脈の白鞘化が著明である.月12日にPSL内服を中止した後も前眼部炎症および硝子体混濁の再燃はないが,視神経乳頭は蒼白となり,脈絡膜の斑状萎縮巣が出現した.40.50mmHg程度の高眼圧が持続しているが疼痛がないため,投薬はベタメタゾン点眼のみで経過観察を継続している.II考察典型的な交感性眼炎はVKH病と同様の所見,つまり肉芽腫性の前房炎症,漿液性網膜.離,視神経乳頭発赤,FAでは初期の多発する点状過蛍光,後期の蛍光色素貯留,視神経乳頭過蛍光,IAでは脈絡膜斑状低蛍光などを認め,約70%が受傷後2週間から3カ月以内,約90%が1年以内に発症するとされている4).本症では,左眼の炎症発症時に前房炎症および硝子体混濁を認めたが,その他VKH病に通常みられる眼所見を伴っておらず,交感性眼炎と判断する根拠に乏しかった.しかし,IAで脈絡膜斑状低蛍光を認め,脈絡膜の炎症が強く示唆されたこと,また発症時期が右眼受傷後9週目であり,交感性眼炎の好発時期であったことなどから総合的に眼炎症は交感性眼炎によるものと判断した.その後の検査でHLA-DR4陽性が判明し,眼炎症再燃時には豚脂様角膜後面沈着物が出現したことも交感性眼炎の診断に矛盾しないと考えられた.一方,左眼炎症発症時の網膜浮腫,cherryredspot様所見,腕-網膜循環時間の遅延は交感性眼炎では通常認められない所見であり,CRAOの所見と一致する.本症は既往に心房細動があり,心臓からの血栓の飛来によるCRAOと交感性眼炎が偶然同時に発症した可能性は否定できない.しかし,網膜に激しい炎症をきたした場合,桐沢型ぶどう膜炎やBehcet病などではCRAOを併発する図4左眼炎症再燃時の前眼部写真(2011年3月14日)毛様充血,豚脂様角膜後面沈着物,前房細胞,虹彩新生血管がみられる.ことがあり5,6),またVKH病でも高齢者を中心に前部虚血性視神経症の併発例が報告されている7).本症例では交感性眼炎による眼内炎症により,網膜中心動脈が篩状板より中枢側で閉塞したためにCRAOが生じた可能性も考えられた.一方,血管新生緑内障は一般にCRAOに合併することはなく,CRAO様の所見に血管新生緑内障を合併した場合は眼虚血症候群が原因である可能性が高い8).本症でも眼虚血症候群の可能性を考え,頸動脈エコーや頭頸部MRAを施行したが異常は検出されず,積極的に眼虚血症候群の合併を疑う検査結果は得られなかった.さらに,FAとIAの初期像が撮影困難で脈絡膜循環が正確に評価できなかったこともあり,本症のcherryredspotを伴う網膜循環障害が網膜中心動脈の閉塞によるものであったか,または眼動脈や眼動脈より中枢の動脈閉塞による眼虚血症候群の一所見であったかを結論付けることは困難であった.しかし今回の症例では,CRAOの所見は交感性眼炎発症時に出現し,血管新生緑内障も炎症再燃時に発症したことから,眼炎症と網膜循環障害および眼内虚血の発症は密接に関連していたものと推測される.本症例は心房細動を合併した80歳の高齢者であり,頭部MRIでラクナ梗塞が検出されていることから,MRAでは確認できなかったが,眼動脈レベルに部分的な狭窄が存在していた可能性も考えられる.そのため,交感性眼炎発症前から眼動脈に部分狭窄があり,交感性眼炎発症前は眼血流が維持できていたが,眼炎症による血管閉塞などに伴い,網膜循環障害と前眼部虚血が出現した可能性も考えられる.交感性眼炎は発症早期に十分量のステロイド薬を投与すれば,比較的予後がよいことが多い.本症例は自覚症状出現から6日目に治療を開始することができたが,治療開始時にはすでに視力は指数弁と著しく不良であった.より早期に診断と加療を行うことができていれば視機能を残せた可能性があるかもしれないが,過去の報告を検索しても発症早期に光覚(103)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012251なしとなった交感性眼炎は非常にまれと思われ,CRAOを併発した症例の報告もない.本症例は交感性眼炎としては所見が非典型的で,経過も急激であり特異な症例であったと考えられる.また,眼動脈狭窄など潜在的な眼循環不全の存在が推測されることから,高齢発症であったことが予後不良の因子であった可能性がある.さらに,ステロイド薬には血小板凝集能亢進作用があり,治療に用いたステロイド薬が網膜循環不全を増悪させた可能性も否定できない.本症例は治療開始時にすでに指数弁であり,硝子体混濁も強かったことからステロイドパルス療法を選択したが,高齢であることと網膜循環不全に対する副作用を考え,ステロイドパルス療法以外の治療法を選択する方法もあったと思われる.交感性眼炎の予防法として唯一可能性のある方法は,受傷後2週間以内の眼球摘出である4,9).交感性眼炎は穿孔性眼外傷後の合併症として最も留意すべき病態であるが,一般的にステロイド薬が有効なことが多く,予防法としての眼球摘出の有効性も確立された方法ではないため,受傷眼の視機能が非常に悪い症例に対しても眼球摘出は積極的に推奨されてはいない10).穿孔性眼外傷の加療の際には,交感性眼炎の可能性を常に念頭におき,まれではあるが本症例のように非常に予後が悪い交感性眼炎を発症する症例があることを記憶にとどめておくべきであると思われる.文献1)MarakGE,Jr:Recentadvancesinsympatheticophthal-mia.SurvOphthalmol24:141-156,19792)ZhangY,ZhangMN,JiangCHetal:Developmentofsympatheticophthalmiafollowingglobeinjury.ChinMedJ122:2961-2966,20093)RaoNA,RobinJ,HartmannDetal:Theroleofthepen-etratingwoundinthedevelopmentofsympatheticoph-thalmiaexperimentalobservations.ArchOphthalmol101:102-104,19834)GotoH,RaoNA:SympatheticophthalmiaandVogt-Koya-nagi-Haradasyndrome.IntOphthalmolClin30:279-285,19905)ShahSP,HadidOH,GrahamEMetal:Acuteretinalnecrosispresentingascentralretinalarteryocclusionwithcilioretinalsparing.EurJOphthalmol15:287-288,20056)WillerdingG,HeimannH,ZouboulisCCetal:Acutecen-tralretinalarteryocclusioninAdamantiades-Behcetdis-ease.Eye21:1006-1007,20077)NakaoK,MizushimaY,AbematsuNetal:Anteriorisch-emicopticneuropathyassociatedwithVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1417-1425,20098)HayrehSS:Prevalentmisconceptionsaboutacuteretinalvascularocclusivedisorders.ProgRetinEyeRes24:493-519,20059)AlbertDM,Diaz-RohenaR:Ahistoricalreviewofsym-patheticophthalmiaanditsepidemiology.SurvOphthal-mol34:1-14,198910)SavarA,AndreoliMT,KloekCEetal:Enucleationforopenglobeinjury.AmJOphthalmol147:595-600,2009***252あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(104)