特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):309~314,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):309~314,2012ドライアイにおける視機能異常VisualDeteriorationinDryEyes海道美奈子*はじめに2006年に改正されたドライアイの定義は「ドライアイはさまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり眼不快感や視機能異常を伴う」とあり,診断基準は①ドライアイ自覚症状,②涙液(層)の質的および量的異常,③角結膜上皮障害の3項目のうち,確定例では3項目,疑い例では2項目が必要になった.特に留意すべきはドライアイ症状の一つに視機能異常が加わったことである.ドライアイの主症状には異物感,乾燥感,不快感,痛みなどがあるが,「かすんで見える」「なんとなく見づらい」など視機能低下の自覚症状がドライアイの症状として追加されたのである.視機能は角膜,水晶体,硝子体,網膜といった視軸領域の病態に影響されるが,そのうち涙液層は視機能に影響する最表面であり外界に接触している部位である.涙液層は湿度や瞬目,またものの見かた,たとえば「ボーっと見る」「凝視する」などさまざまな条件により流動的に変化する.涙液は油層,液層(水層/ムチン層)よりなり,いずれの層が不安定になってもドライアイを生じる.正常眼では外界の条件にあまり左右されることなく涙液層は安定しているのに対し,ドライアイ眼では涙液の安定性が悪く,涙液層の破綻や厚みの変化により眼光学系に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきた1~4).視力検査にはLandolt環少数視力表が一般的に用いられるが,近年はqualityofvision(QOV)が広く認識され,総合的な視覚の質の向上が問題視されるようになった.従来の視力検査では検出できなかった視機能の低下を評価するさまざまな方法が開発され,視覚の質を定量的に評価する検査法としてコントラスト感度やグレア,夜間視力,実用視力などがあり,光学的質を評価するものには角膜トポグラフィーやTearStabilityAnalysisSystem,波面センサーがある.筆者らは実用視力計を用いて連続的に視力を測定することでドライアイの視機能を評価してきたが,本稿では眼表面に生じたきわめて微細な光学的変化を他覚的かつ定量的に評価できる高次波面収差と組み合わせてドライアイのさまざまな病態に伴う視機能について,過去の研究報告を交えながらその詳細を解説する.また,ドライアイの治療法の一つである涙点プラグの挿入前後の視機能変化や最近認可され使用可能になったジクアホソルナトリウム点眼治療による視機能変化についても紹介する.Iドライアイの実用視力と高次波面収差ドライアイは涙液分泌低下型と涙液蒸発亢進型〔涙液層破壊時間(BUT)短縮型〕に大別され,前者の典型例では比較的強い角膜上皮障害を伴うのに対して,後者では角膜上皮障害を伴いにくいのが特徴である.ここでは正常眼,BUT短縮型ドライアイ,点状表層角膜炎(SPK)を認めない涙液分泌低下型ドライアイ,SPKを認める涙液分泌低下型ドライアイに分けて,それぞれの病態に特徴的な実用視力と高次波面収差の結果について紹介*MinakoKaido:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕海道美奈子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(21)309a:正常眼b:BUT短縮型ドライアイc:涙液分泌低下型ドライアイ(角膜上皮障害あり)図1実用視力する.1.正常眼正常眼の実用視力検査において,通常の視力検査で測定した視力をスタート視力として自然瞬目下で経時的に60秒間を測定すると,視力はほぼ横這いに推移する(図1a).つまり実用視力の低下はほとんどなく,視力維持率(VMR)はドライアイ眼に比べ高値を示す.筆者らの研究では,開瞼を10秒間指示して連続測定した高次収差はほぼ一定で増減傾向はなく安定していた(図2a).この実用視力と高次収差の結果は正常眼における眼表面の涙液安定性を裏付けるものと解釈できる.一方,収差の値がほぼ一定で増減のない「安定型」だけでなく,収差の増減はないものの値にばらつきのある「動揺型」,収差が徐々に増加する「のこぎり型」など正常眼においても高次収差パターンにはバリエーションのあることを示す報告もある5).これらの正常眼のなかに310あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012は環境要因などの影響が引き金になりドライアイをひき起こす可能性のある潜伏型ドライアイが含まれている可能性も否定できない.2.BUT短縮型ドライアイBUT短縮型ドライアイでは実用視力を測定すると正常眼に比べ視力は不安定に変動する.視力の変動は大きいものの,一旦低下した視力はスタート視力まで回復するのが特徴である(図1b).これは開瞼時では眼表面の涙液層が乱れやすく視機能が不安定になるが,瞬目を行うことで涙液層の改善とともに視力が回復すると考えられる.Kohらは連続測定した高次収差はジグザグに増加する「のこぎり型」を呈し,対称成分である球面様収差よりも非対称成分であるコマ様収差でその変化の連動が強く,非対称に生じる涙液層の変化との関連性があるだろうと解釈している6).筆者らの研究では開瞼で10秒間(22)a:正常眼b:BUT短縮型ドライアイb:BUT短縮型ドライアイ…………………………………………………………………………c:涙液分泌低下型ドライアイ(角膜上皮障害あり)……………………………………図2高次波面収差マップsurfaceregularityindex(SRI),surfaceasymmetryindex(SAI)が有意に高値を示し,SPKのない症例は正常眼と有意差がなかったと報告している8).また,Kohらは高次収差においてSPKのある症例はSPKのない症例に比べ,より高値を示し,SPKのない症例と正常眼とでは有意差は認められないという結果を示し9),Huangらの結果と同様の見解を示している.さらにSPKのある症例では収差の値にばらつきはあるものの,増加傾向はないとしている9).そこで,筆者らはSPKのある症例,SPKのない症例,正常眼の視機能を実用あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012311高次収差を測定したところ,測定開始から4~8秒くらいまで収差の値は増加傾向を示す,いわゆる「のこぎり型」に類似した波形を認めたが,その後は逆にやや低下傾向を示した(図2b).開瞼に伴う涙液層の乱れが高次収差の値に反映して増加傾向を示すが,眼表面の涙液層が完全に破綻しドライ状態になると逆に収差の値は減少するのではないかと考えている.つまり,波面センサーがキャッチできる光学的変化はある程度の涙液層の厚みが存在する必要があり,角膜上皮障害のないドライで平滑な眼表面では高次収差の値はむしろ低下するのではないかと推測している.一方,涙液が安定している間は高次収差の値は一定であり,涙液の破綻に伴いその値は増加する,つまり高次収差の値はBUTに一致して変動するという報告もある7)が,筆者らの研究ではこのような結果は得られなかった.涙液層の不安定性と高次収差との関係については今後さらに解明すべきであろう.3.涙液分泌低下型ドライアイ涙液分泌低下型ドライアイの視機能を評価するうえで,SPKのある症例とSPKのない症例に分け,SPKそのものが視機能に与える影響について考える必要がある.Huangらは角膜トポグラフィーを用いて角膜にSPKのある症例とSPKのない症例の眼表面の形状を比較し,SPKのある症例ではSPKのない症例に比べて(23)視力と高次収差で評価し,さらに角膜中央部のSPKに着目し,その重症度と視機能の相関について検討した.高次収差においては前述したのと同様の結果を得たが,実用視力検査の維持率ではSPKのない症例と正常眼との間に有意差が認められた.このことから,波面センサーではSPKのない症例と正常眼の微細な視機能の差を検出するのは困難であるのに対し,実用視力検査ではさらに詳細な視機能が検出できる可能性が示唆された.角膜中央部のSPKの程度を,SPKなし,軽度,重度の3群で比較して視機能との相関を検討したところ,通常の視力では有意な相関は認められないのに対して,実用視力検査における視力維持率と視力変動値,高次収差ではコマ様収差と全高次収差で有意な相関が認められた10).つまり,角膜中央部のSPKの存在は視機能低下をひき起こし,その程度が重症なほど自覚的かつ他覚的に視機能が悪化することが明らかになった.IIドライアイ治療の視機能への影響1.点眼治療が視機能に及ぼす影響ドライアイ患者の眼表面の形状は不整で非対称性であり,角膜上皮障害の程度に応じてSRIとSAIの値は有a:涙点プラグ挿入前実用視力意に高いことは前述したが,ドライアイ患者に人工涙液を点眼するとSRI,SAIは有意に改善するのに対して,正常眼ではむしろ悪化する11).さらに,Montes-Micoらは波面センサーを用いてドライアイ患者の人工涙液点眼前後の高次収差を比較しており,全高次収差,コマ様収差,球面様収差のいずれの値も点眼後に有意に減少することを報告している12).しかし,これらの報告は点眼後の一時的な点眼効果のみを評価していることに留意する必要がある.筆者らはジクアホソルナトリウム点眼の1カ月投与における視機能への効果を評価しているので,詳細については後述する.2.涙点プラグが視機能に及ぼす影響涙点プラグは点眼治療に十分な効果が得られないドライアイに対して涙液貯留量を増やし涙液層を安定化させ,角膜上皮障害の改善を図るものである.涙液分泌低下型ドライアイでは涙点プラグ挿入により実用視力や角膜トポグラフィが改善すると報告されている13,14).BUT短縮型ドライアイに対して涙点プラグを用いる場合,上下涙点への涙点プラグ挿入では約70%で治療に満足であるが,不満足と答えた30%の症例のうち75b:涙点プラグ挿入後実用視力図3BUT短縮型ドライアイに対する上涙点への涙点プラグ挿入312あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(24)%はその原因は流涙のためとしている15).涙点プラグ挿入により流涙を生じる状態では眼表面は改善するものの視機能面では反対に悪化することが知られており15),実際の眼科診療においても上下両方にプラグを挿入した患者に涙がうるうるして見にくいと訴える場合を経験する.このことより,BUT短縮型ドライアイには上下片方へのプラグ挿入が望ましいと考えられるが,上下どちらの涙点への挿入が望ましいか議論されるところである.筆者らは上涙点にプラグを挿入した群と下涙点に挿入した群の2群で涙点プラグ挿入前後の眼表面所見と視機能の変化を比較した.上下どちらの涙点に挿入しても眼表面所見の改善は同等に認められたが,視機能に関しては上涙点へのプラグ挿入群で実用視力の改善が認められた(図3a,b).これは下眼瞼に形成された涙液メニスカスは完全瞬目のとき,はじめて涙液が上方に引き寄せられ角膜面上に涙液を供給することができるのに対して,上涙点への挿入は上眼瞼に形成される涙液メニスカスは完全瞬目時にはもちろん,不完全瞬目時においても角膜中央部に涙液を供給することができ,瞳孔領の眼表面涙液層の均一化が保たれやすいためではないかと考えられる.3.ジクアホソルナトリウム点眼による視機能への影響ジクアホソルナトリウム点眼液は結膜上皮および杯細胞膜上にあるP2Y2受容体に作用し細胞内のカルシウム濃度を上昇させることにより,ムチンや水分の分泌を促進する作用があるとされ,ドライアイ治療薬として近年注目されている16,17).特に,ムチンの質的量的変化により涙液の不安定が生じていると考えられるBUT短縮型ドライアイの治療薬として期待される18).ジクアホソルナトリウム点眼液はドライアイに有効であると報告されている19,20)が,筆者らはこの点眼薬が涙液や視機能に与える影響について検討した.BUT短縮型ドライアイ群とドライアイ症状はないがBUTの短縮を認める群,正常群の3群で涙液機能,実用視力,高次収差を比較した.1カ月のジクアホソルナトリウム点眼により,BUT短縮型ドライアイ群ではBUTが増加する傾向があり,ドライアイ症状のない(25)BUT短縮群ではBUTが有意な増加を示した.実用視力検査においてBUT短縮型ドライアイ群では実用視力が有意に改善し,視力維持率には改善傾向が認められ,高次収差でもコマ様収差,球面様収差で有意な改善が認められた.これらの結果から,BUT短縮型ドライアイに対してジクアホソルナトリウム点眼がBUTの改善に効果的であり,涙液安定性の向上に伴い視機能も改善することが示唆された.おわりに筆者らは視覚の質と光学的質を相互に評価してドライアイの視機能を検討した.実用視力と高次収差の結果に関連性が認められたこと,瞳孔領域のSPKの重症度と視機能に相関が認められたことは興味深い.涙液動態と視機能は密接に関係していることが明らかにされつつあるが,光学系よりドライアイの病態とQOVを関連付けることはますます重要であると思われる.文献1)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Effectoftearfilmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20022)川守田拓志,魚里博:涙液が角膜収差の時間的変化に与える影響.眼紀56:3-6,20053)TuttR,BradleyA,BegleyCetal:Opticalandvisualimpactoftearbreak-upinhumaneyes.InvestOphthalmolVisSci41:4117-4123,20004)RiegerG:Theimportanceoftheprecornealtearfilmforthequalityofopticalimaging.BrJOphthalmol76:157158,19925)KohS,MaedaN,HiraharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,20066)KohS,MaedaN,HoriYetal:Effectsofsuppressionofblinkingonqualityofvisioninborderlinecasesofevaporativedryeye.Cornea27:275-278,20087)Montes-Mico,AlioJL,CharmanWN:Dynamicchangesinthetearfilmindryeyes.InvestOphthalmolVisSci46:1615-1619,20058)HuangFC,TsengSH,ShihMHetal:Effectofartificialtearsoncornealsurfaceregularity,contrastsensitivity,andglaredisabilityindryeyes.Ophthalmology109:1934-1940,20029)KohS,MaedaN,HiraharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeyes.InvestOphthalmolVisSci49:133-138,2008あたらしい眼科Vol.29,No.3,201231310)KaidoM,MatsumotoY,ShigenoYetal:Cornealfluoresceinstainingiscorrelatedwithvisualfunctionindryeye.InvestOphthalmolVisSci52:9516-9522,201111)LiuZ,PflugfelderSC:Cornealsurfaceregularityandtheeffectofartificialtearsinaqueousteardeficiency.Ophthalmology106:939-943,199912)Montes-MicoR,CalizA,AlioJL:Changesinocularaberrationsafterinstillationofartificialtearsindry-eyepatients.JCataractRefractSurg30:1649-1652,200413)GotoT,ZhengX,KlyceSDetal:Anewmethodfortearfilmstabilityanalysisusingvideokeratography.AmJOphthalmol135:607-612,200314)IshidaR,KojimaT,DogruMetal:Theapplicationofanewcontinuousfunctionalvisualacuitymeasurementsystemindryeyesyndromes.AmJOphthalmol139:253258,200515)KaidoM,IshidaR,DogruMetal:Efficacyofpunctumplugtreatmentinshortbreak-uptimedryeye.OptmVisSci85:758-763,200816)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365suppresseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglucoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOculPharmacolTher18:363-370,200217)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2S(2)agonistINS365inaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96100,200118)Toda,I,ShimazakiJ,TsubotaK:Dryeyewithonlydecreasedtearbreak-uptimeissometimesassociatedwithallergicconjunctivitis.Ophthalmology102:302-309,199519)NicholsKK,YerxaB,KellermanDJ:Diquafosolteterasodium:anoveldryeyetherapy.ExpertOpinInvestigDrugs13:47-54,200420)TauberJ,DavittWF,BokoskyJEetal:Double-masked,placebo-controlledsafetyandefficacytrialofdiquafosoltetrasodium(INS365)ophthalmicsolutionforthetreatmentofdryeye.Cornea23:784-792,2004314あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(26)