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ドライアイにおける視機能異常

2012年3月31日 土曜日

特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):309~314,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):309~314,2012ドライアイにおける視機能異常VisualDeteriorationinDryEyes海道美奈子*はじめに2006年に改正されたドライアイの定義は「ドライアイはさまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり眼不快感や視機能異常を伴う」とあり,診断基準は①ドライアイ自覚症状,②涙液(層)の質的および量的異常,③角結膜上皮障害の3項目のうち,確定例では3項目,疑い例では2項目が必要になった.特に留意すべきはドライアイ症状の一つに視機能異常が加わったことである.ドライアイの主症状には異物感,乾燥感,不快感,痛みなどがあるが,「かすんで見える」「なんとなく見づらい」など視機能低下の自覚症状がドライアイの症状として追加されたのである.視機能は角膜,水晶体,硝子体,網膜といった視軸領域の病態に影響されるが,そのうち涙液層は視機能に影響する最表面であり外界に接触している部位である.涙液層は湿度や瞬目,またものの見かた,たとえば「ボーっと見る」「凝視する」などさまざまな条件により流動的に変化する.涙液は油層,液層(水層/ムチン層)よりなり,いずれの層が不安定になってもドライアイを生じる.正常眼では外界の条件にあまり左右されることなく涙液層は安定しているのに対し,ドライアイ眼では涙液の安定性が悪く,涙液層の破綻や厚みの変化により眼光学系に大きな影響を及ぼすことが明らかになってきた1~4).視力検査にはLandolt環少数視力表が一般的に用いられるが,近年はqualityofvision(QOV)が広く認識され,総合的な視覚の質の向上が問題視されるようになった.従来の視力検査では検出できなかった視機能の低下を評価するさまざまな方法が開発され,視覚の質を定量的に評価する検査法としてコントラスト感度やグレア,夜間視力,実用視力などがあり,光学的質を評価するものには角膜トポグラフィーやTearStabilityAnalysisSystem,波面センサーがある.筆者らは実用視力計を用いて連続的に視力を測定することでドライアイの視機能を評価してきたが,本稿では眼表面に生じたきわめて微細な光学的変化を他覚的かつ定量的に評価できる高次波面収差と組み合わせてドライアイのさまざまな病態に伴う視機能について,過去の研究報告を交えながらその詳細を解説する.また,ドライアイの治療法の一つである涙点プラグの挿入前後の視機能変化や最近認可され使用可能になったジクアホソルナトリウム点眼治療による視機能変化についても紹介する.Iドライアイの実用視力と高次波面収差ドライアイは涙液分泌低下型と涙液蒸発亢進型〔涙液層破壊時間(BUT)短縮型〕に大別され,前者の典型例では比較的強い角膜上皮障害を伴うのに対して,後者では角膜上皮障害を伴いにくいのが特徴である.ここでは正常眼,BUT短縮型ドライアイ,点状表層角膜炎(SPK)を認めない涙液分泌低下型ドライアイ,SPKを認める涙液分泌低下型ドライアイに分けて,それぞれの病態に特徴的な実用視力と高次波面収差の結果について紹介*MinakoKaido:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕海道美奈子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(21)309 a:正常眼b:BUT短縮型ドライアイc:涙液分泌低下型ドライアイ(角膜上皮障害あり)図1実用視力する.1.正常眼正常眼の実用視力検査において,通常の視力検査で測定した視力をスタート視力として自然瞬目下で経時的に60秒間を測定すると,視力はほぼ横這いに推移する(図1a).つまり実用視力の低下はほとんどなく,視力維持率(VMR)はドライアイ眼に比べ高値を示す.筆者らの研究では,開瞼を10秒間指示して連続測定した高次収差はほぼ一定で増減傾向はなく安定していた(図2a).この実用視力と高次収差の結果は正常眼における眼表面の涙液安定性を裏付けるものと解釈できる.一方,収差の値がほぼ一定で増減のない「安定型」だけでなく,収差の増減はないものの値にばらつきのある「動揺型」,収差が徐々に増加する「のこぎり型」など正常眼においても高次収差パターンにはバリエーションのあることを示す報告もある5).これらの正常眼のなかに310あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012は環境要因などの影響が引き金になりドライアイをひき起こす可能性のある潜伏型ドライアイが含まれている可能性も否定できない.2.BUT短縮型ドライアイBUT短縮型ドライアイでは実用視力を測定すると正常眼に比べ視力は不安定に変動する.視力の変動は大きいものの,一旦低下した視力はスタート視力まで回復するのが特徴である(図1b).これは開瞼時では眼表面の涙液層が乱れやすく視機能が不安定になるが,瞬目を行うことで涙液層の改善とともに視力が回復すると考えられる.Kohらは連続測定した高次収差はジグザグに増加する「のこぎり型」を呈し,対称成分である球面様収差よりも非対称成分であるコマ様収差でその変化の連動が強く,非対称に生じる涙液層の変化との関連性があるだろうと解釈している6).筆者らの研究では開瞼で10秒間(22) a:正常眼b:BUT短縮型ドライアイb:BUT短縮型ドライアイ…………………………………………………………………………c:涙液分泌低下型ドライアイ(角膜上皮障害あり)……………………………………図2高次波面収差マップsurfaceregularityindex(SRI),surfaceasymmetryindex(SAI)が有意に高値を示し,SPKのない症例は正常眼と有意差がなかったと報告している8).また,Kohらは高次収差においてSPKのある症例はSPKのない症例に比べ,より高値を示し,SPKのない症例と正常眼とでは有意差は認められないという結果を示し9),Huangらの結果と同様の見解を示している.さらにSPKのある症例では収差の値にばらつきはあるものの,増加傾向はないとしている9).そこで,筆者らはSPKのある症例,SPKのない症例,正常眼の視機能を実用あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012311高次収差を測定したところ,測定開始から4~8秒くらいまで収差の値は増加傾向を示す,いわゆる「のこぎり型」に類似した波形を認めたが,その後は逆にやや低下傾向を示した(図2b).開瞼に伴う涙液層の乱れが高次収差の値に反映して増加傾向を示すが,眼表面の涙液層が完全に破綻しドライ状態になると逆に収差の値は減少するのではないかと考えている.つまり,波面センサーがキャッチできる光学的変化はある程度の涙液層の厚みが存在する必要があり,角膜上皮障害のないドライで平滑な眼表面では高次収差の値はむしろ低下するのではないかと推測している.一方,涙液が安定している間は高次収差の値は一定であり,涙液の破綻に伴いその値は増加する,つまり高次収差の値はBUTに一致して変動するという報告もある7)が,筆者らの研究ではこのような結果は得られなかった.涙液層の不安定性と高次収差との関係については今後さらに解明すべきであろう.3.涙液分泌低下型ドライアイ涙液分泌低下型ドライアイの視機能を評価するうえで,SPKのある症例とSPKのない症例に分け,SPKそのものが視機能に与える影響について考える必要がある.Huangらは角膜トポグラフィーを用いて角膜にSPKのある症例とSPKのない症例の眼表面の形状を比較し,SPKのある症例ではSPKのない症例に比べて(23) 視力と高次収差で評価し,さらに角膜中央部のSPKに着目し,その重症度と視機能の相関について検討した.高次収差においては前述したのと同様の結果を得たが,実用視力検査の維持率ではSPKのない症例と正常眼との間に有意差が認められた.このことから,波面センサーではSPKのない症例と正常眼の微細な視機能の差を検出するのは困難であるのに対し,実用視力検査ではさらに詳細な視機能が検出できる可能性が示唆された.角膜中央部のSPKの程度を,SPKなし,軽度,重度の3群で比較して視機能との相関を検討したところ,通常の視力では有意な相関は認められないのに対して,実用視力検査における視力維持率と視力変動値,高次収差ではコマ様収差と全高次収差で有意な相関が認められた10).つまり,角膜中央部のSPKの存在は視機能低下をひき起こし,その程度が重症なほど自覚的かつ他覚的に視機能が悪化することが明らかになった.IIドライアイ治療の視機能への影響1.点眼治療が視機能に及ぼす影響ドライアイ患者の眼表面の形状は不整で非対称性であり,角膜上皮障害の程度に応じてSRIとSAIの値は有a:涙点プラグ挿入前実用視力意に高いことは前述したが,ドライアイ患者に人工涙液を点眼するとSRI,SAIは有意に改善するのに対して,正常眼ではむしろ悪化する11).さらに,Montes-Micoらは波面センサーを用いてドライアイ患者の人工涙液点眼前後の高次収差を比較しており,全高次収差,コマ様収差,球面様収差のいずれの値も点眼後に有意に減少することを報告している12).しかし,これらの報告は点眼後の一時的な点眼効果のみを評価していることに留意する必要がある.筆者らはジクアホソルナトリウム点眼の1カ月投与における視機能への効果を評価しているので,詳細については後述する.2.涙点プラグが視機能に及ぼす影響涙点プラグは点眼治療に十分な効果が得られないドライアイに対して涙液貯留量を増やし涙液層を安定化させ,角膜上皮障害の改善を図るものである.涙液分泌低下型ドライアイでは涙点プラグ挿入により実用視力や角膜トポグラフィが改善すると報告されている13,14).BUT短縮型ドライアイに対して涙点プラグを用いる場合,上下涙点への涙点プラグ挿入では約70%で治療に満足であるが,不満足と答えた30%の症例のうち75b:涙点プラグ挿入後実用視力図3BUT短縮型ドライアイに対する上涙点への涙点プラグ挿入312あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(24) %はその原因は流涙のためとしている15).涙点プラグ挿入により流涙を生じる状態では眼表面は改善するものの視機能面では反対に悪化することが知られており15),実際の眼科診療においても上下両方にプラグを挿入した患者に涙がうるうるして見にくいと訴える場合を経験する.このことより,BUT短縮型ドライアイには上下片方へのプラグ挿入が望ましいと考えられるが,上下どちらの涙点への挿入が望ましいか議論されるところである.筆者らは上涙点にプラグを挿入した群と下涙点に挿入した群の2群で涙点プラグ挿入前後の眼表面所見と視機能の変化を比較した.上下どちらの涙点に挿入しても眼表面所見の改善は同等に認められたが,視機能に関しては上涙点へのプラグ挿入群で実用視力の改善が認められた(図3a,b).これは下眼瞼に形成された涙液メニスカスは完全瞬目のとき,はじめて涙液が上方に引き寄せられ角膜面上に涙液を供給することができるのに対して,上涙点への挿入は上眼瞼に形成される涙液メニスカスは完全瞬目時にはもちろん,不完全瞬目時においても角膜中央部に涙液を供給することができ,瞳孔領の眼表面涙液層の均一化が保たれやすいためではないかと考えられる.3.ジクアホソルナトリウム点眼による視機能への影響ジクアホソルナトリウム点眼液は結膜上皮および杯細胞膜上にあるP2Y2受容体に作用し細胞内のカルシウム濃度を上昇させることにより,ムチンや水分の分泌を促進する作用があるとされ,ドライアイ治療薬として近年注目されている16,17).特に,ムチンの質的量的変化により涙液の不安定が生じていると考えられるBUT短縮型ドライアイの治療薬として期待される18).ジクアホソルナトリウム点眼液はドライアイに有効であると報告されている19,20)が,筆者らはこの点眼薬が涙液や視機能に与える影響について検討した.BUT短縮型ドライアイ群とドライアイ症状はないがBUTの短縮を認める群,正常群の3群で涙液機能,実用視力,高次収差を比較した.1カ月のジクアホソルナトリウム点眼により,BUT短縮型ドライアイ群ではBUTが増加する傾向があり,ドライアイ症状のない(25)BUT短縮群ではBUTが有意な増加を示した.実用視力検査においてBUT短縮型ドライアイ群では実用視力が有意に改善し,視力維持率には改善傾向が認められ,高次収差でもコマ様収差,球面様収差で有意な改善が認められた.これらの結果から,BUT短縮型ドライアイに対してジクアホソルナトリウム点眼がBUTの改善に効果的であり,涙液安定性の向上に伴い視機能も改善することが示唆された.おわりに筆者らは視覚の質と光学的質を相互に評価してドライアイの視機能を検討した.実用視力と高次収差の結果に関連性が認められたこと,瞳孔領域のSPKの重症度と視機能に相関が認められたことは興味深い.涙液動態と視機能は密接に関係していることが明らかにされつつあるが,光学系よりドライアイの病態とQOVを関連付けることはますます重要であると思われる.文献1)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Effectoftearfilmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20022)川守田拓志,魚里博:涙液が角膜収差の時間的変化に与える影響.眼紀56:3-6,20053)TuttR,BradleyA,BegleyCetal:Opticalandvisualimpactoftearbreak-upinhumaneyes.InvestOphthalmolVisSci41:4117-4123,20004)RiegerG:Theimportanceoftheprecornealtearfilmforthequalityofopticalimaging.BrJOphthalmol76:157158,19925)KohS,MaedaN,HiraharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,20066)KohS,MaedaN,HoriYetal:Effectsofsuppressionofblinkingonqualityofvisioninborderlinecasesofevaporativedryeye.Cornea27:275-278,20087)Montes-Mico,AlioJL,CharmanWN:Dynamicchangesinthetearfilmindryeyes.InvestOphthalmolVisSci46:1615-1619,20058)HuangFC,TsengSH,ShihMHetal:Effectofartificialtearsoncornealsurfaceregularity,contrastsensitivity,andglaredisabilityindryeyes.Ophthalmology109:1934-1940,20029)KohS,MaedaN,HiraharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeyes.InvestOphthalmolVisSci49:133-138,2008あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012313 10)KaidoM,MatsumotoY,ShigenoYetal:Cornealfluoresceinstainingiscorrelatedwithvisualfunctionindryeye.InvestOphthalmolVisSci52:9516-9522,201111)LiuZ,PflugfelderSC:Cornealsurfaceregularityandtheeffectofartificialtearsinaqueousteardeficiency.Ophthalmology106:939-943,199912)Montes-MicoR,CalizA,AlioJL:Changesinocularaberrationsafterinstillationofartificialtearsindry-eyepatients.JCataractRefractSurg30:1649-1652,200413)GotoT,ZhengX,KlyceSDetal:Anewmethodfortearfilmstabilityanalysisusingvideokeratography.AmJOphthalmol135:607-612,200314)IshidaR,KojimaT,DogruMetal:Theapplicationofanewcontinuousfunctionalvisualacuitymeasurementsystemindryeyesyndromes.AmJOphthalmol139:253258,200515)KaidoM,IshidaR,DogruMetal:Efficacyofpunctumplugtreatmentinshortbreak-uptimedryeye.OptmVisSci85:758-763,200816)FujiharaT,MurakamiT,NaganoTetal:INS365suppresseslossofcornealepithelialintegritybysecretionofmucin-likeglucoproteininarabbitshort-termdryeyemodel.JOculPharmacolTher18:363-370,200217)FujiharaT,MurakamiT,FujitaHetal:ImprovementofcornealbarrierfunctionbytheP2S(2)agonistINS365inaratdryeyemodel.InvestOphthalmolVisSci42:96100,200118)Toda,I,ShimazakiJ,TsubotaK:Dryeyewithonlydecreasedtearbreak-uptimeissometimesassociatedwithallergicconjunctivitis.Ophthalmology102:302-309,199519)NicholsKK,YerxaB,KellermanDJ:Diquafosolteterasodium:anoveldryeyetherapy.ExpertOpinInvestigDrugs13:47-54,200420)TauberJ,DavittWF,BokoskyJEetal:Double-masked,placebo-controlledsafetyandefficacytrialofdiquafosoltetrasodium(INS365)ophthalmicsolutionforthetreatmentofdryeye.Cornea23:784-792,2004314あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(26)

疫学から知り得たドライアイの本質:ドライアイってどれくらいいるの

2012年3月31日 土曜日

特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):305.308,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):305.308,2012疫学から知り得たドライアイの本質:ドライアイってどれくらいいるのPrevalenceofDryEyeDiseaseinJapan:HowManyPatientsAreThere?内野美樹*内野裕一**ドライアイという病態に至る原因は多岐にわたり,全身疾患だけでなく環境因子も大きく影響していることは周知の事実である(表1).ドライアイが日常生活に悪影響をきたすものとしては,読書,パソコン業務,テレビや夜の運転とされ,ドライアイがあるとこれらの作業がしにくくなるといわれている1)(図1).このなかでも最もスケールインパクトが大きいのは季節にも年齢にも左右されずに常に影響を与えるパソコンをはじめとしたVDT(visualdisplayterminal)の存在である.本稿では,特にVDT作業者におけるドライアイに的を絞って解説する.近年,パソコン以外にも携帯電話や携帯型ゲーム機などの情報端末の増加に伴い,VDTの利用現場は大幅に拡大している.インターネットなどの利便性を考えれば,外出がしづらい高齢者ほどその恩恵を受けやすいと思われ,実際に高齢者の間でも利用者は増えている.たとえば,2008年の総務省の通信利用動向調査によると,インターネット利用者数は約9,100万人であり,その約9割にあたる8,250万人がパソコンを使用していることがわかる(図2)2).また,1990年後半からは普及率は大幅に増えはじめ(図3),企業普及率99%,世帯普及率も73%に達しており(内閣府調査,2009年)3),こうした実態からもVDT作業は作業者数,作業時間ともに大表1ドライアイのリスクファクター(2007年ドライアイワークショップ報告より)因果関係強い因果関係あり因果関係不明・高齢・VDT作業・喫煙・性別(女性に多い)・人種(アジア人に多い)・飲酒・閉経期後のエストロゲン治療・利尿剤,うつ病薬,・精神安定剤使用・抗ヒスタミン剤の使用・b-ブロッカーの使用・月経閉止期・LASIKおよび屈折矯正手術・糖尿病・ボツリヌス注射・放射線療法・HIV/HTLV-1感染・酒渣・骨髄移植・化学療法・痛風・ビタミンA欠乏症・サルコイドーシス・妊娠・C型肝炎・乾燥している環境・避妊薬使用・アンドロゲンホルモンの低下・卵巣機能不全・日常栄養中のw3:w6の比率・角膜移植術・コンタクトレンズ装用LASIK:laserinsitukeratomileusis.HIV:humanimmunodeficiencyvirus(ヒト免疫不全ウイルス).HTLV-1:humanadultTcellleukemiavirus-1(成人T細胞白血病ウイルス-1).*MikiUchino:両国眼科クリニック/慶應義塾大学医学部眼科学教室**YuichiUchino:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕内野美樹:〒130-0026東京都墨田区両国4-3-12グラン・アルブル両国1階両国眼科クリニック0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(17)305 ■:男性■:女性:男性■:女性RR(95%CI)3.11〔1.67~5.81〕3.25〔1.72~6.12〕:Pooled3.17(2.02~4.99)読書4.03〔2.09~7.78〕1.83〔1.15~2.91〕2.62(1.21~5.66)専門業務3.02〔1.62~5.64〕2.26〔1.42~3.58〕2.50(1.73~3.63)パソコン3.76〔1.94~7.28〕1.40〔0.85~2.29〕2.24(0.85~5.88)テレビ1.58〔0.79~3.15〕1.51〔0.86~2.66〕日中の運転1.54(0.99~2.38)1.76〔0.95~3.28〕1.93〔1.23~3.04〕夜の運転1.87(1.30~2.69)0.7512345610相対危険度図1ドライアイが日常生活に与える影響RR:relativerisk(相対危険度),CI:canfidenceinterval(信頼区間),95%CI(95%信頼区間).幅に増加していると考えられる.このような背景が影響しているのか,10年ほど前まではドライアイ患者数は800万人と推定されていたが,京都府立医大の横井則彦准教授らによる最新の報告では,2,200万人という結果が出ている.この報告では,全国3箇所のオフィスワーカー1,025人を対象に日本ドライアイ診断基準を用いて実際に眼科(%)10080604020196519681971197419771980198319861989199219951998200120040(年度末)カラーテレビDVDプレーヤー・レコーダーパソコン携帯電話ビデオカメラ図3情報通信機器の世帯普及率(1965.2004年)〔内閣府経済社会総合研究所「消費動向調査」により作成〕モバイル端末からの利用者7,506万人(82.6%)モバイル端末からのみ821万人(9.0%)パソコンからの利用者8,255万人(90.8%)ゲーム機・TVなどからの利用者567万人(6.2%)ゲーム機・TVなどからのみパソコンからのみ1,507万人(16.6%)パソコン,モバイル端末併用6,196万人(68.2%)76万人(0.8%)475万人(5.2%)13万人(0.1%)2万人(0.0%)(※)モバイル端末:携帯電話,PHSおよび携帯情報端末(PDA)を指す.図2インターネット利用端末の種類(2008年末)306あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(18) 表2旧ドライアイ診断基準1.涙液(層)の質的および量的異常①SchirmerテストI法にて5mm以下②綿糸法にて10mm以下③涙液層破壊時間(BUT)5秒以下①②③のいずれかを満たすものを陽性とする2.角結膜上皮障害(1以外の明らかな原因のあるものは除く)①フルオレセイン染色スコア1点以上②ローズベンガル染色スコア3点以上①②のいずれかを満たすものを陽性とする1および2があるものドライアイ確定例1または2があるものドライアイ疑い例表3新ドライアイ診断基準(2006年改正)1.自覚症状○×○○2.涙液の異常○○×○3.角結膜上皮障害○○○×診断確定疑い疑い疑い医による診断が行われており,31.2%がドライアイ,ドライアイ疑い例は70%以上と診断され,かなり信用性の高い推定有病率となっている.1995年より日本国内で用いられてきた旧ドライアイ診断基準(表2)は,涙液分泌量と眼表面スコアやBUT(tearfilmbreakuptime:涙液層破壊時間)を評価しなければ,ドライアイ疑いであるかでさえ判定することができなかった.そこで全世界のドライアイ専門家が集まり2005年に行われたドライアイワークショップ(DEWS)にて,新たなドライアイ診断基準に「自覚症状の有無」という項目が付与された.これに従い日本でも2006年にドライアイ研究会より新ドライアイ診断基準が設定された(表3).自覚症状がドライアイと確定診断するうえで採用され,自覚症状の有無がドライアイと診断されるうえでの非常に重要な因子となった.表5ドライアイ有病率E.mail調査より性別ドライアイ割合有病率自覚的ドライアイ男性女性711/2,640436/90926.9%48.0%診断的ドライアイ男性女性266/2,640195/90910.1%21.5%そこで筆者らはVDT作業者のなかでドライアイの自覚症状を呈する人数を調べるために,米国で行われた大規模疫学調査(対象39,000人)に用いられた自覚症状質問票(表4)を用いて,メールによる質問形式の調査を実施した4).この質問票は2007年のDEWSの報告書にてもドライアイの診断には有用とされているものである.筆者らの調査4)は上場企業4社,4,393人のVDT作業を行う一般事務職員にアンケート票を送付し,有効回答率80.1%,3,549人(男性2,640人,女性909人)の回答を得た.VDT作業時間は2時間以下が28%,2時間以上が72%で,60%がハードまたはソフトコンタクトレンズ使用者であった.まず自覚症状が強い人(4段階で2段階以上)を「自覚的ドライアイ」とし,実際に眼科にてドライアイと診断されたことがある人を「診断的ドライアイ」と定義したところ,VDT作業者全体における「自覚的ドライアイ」の割合は男性26.9%,女性48.0%,「診断的ドライアイ」は男性10.1%,女性21.5%であった(表5).今回の調査では「自覚的ドライアイ」がVDT作業者全体の32.3%であったため,インターネット利用者数9,100万人をVDT作業者数と仮定すれば,日本全体では2,900万人が自覚症状の強い,「自覚的ドライアイ」と見込まれる.また,今までに眼科でドライアイと診断表4質問項目とその回答によるドライアイ区分<質問項目>[1]あなたは目が乾きますか?回答:いつも・時々・ほとんどない・決してない[2]あなたは異物感を感じますか?回答:いつも・時々・ほとんどない・決してない[3]ドライアイと診断されたことがありますか?回答:はい・いいえ<ドライアイ区分>・自覚的ドライアイ→乾燥感または異物感が,「いつも」,または「時々」,ある.・診断的ドライアイ→過去にドライアイと診断されている.(19)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012307 されたことのある「診断的ドライアイ」は全体の12.9%存在することが明らかになった.日本のVDT作業者全体では約1,200万人が「診断的ドライアイ」であると見込まれる.ここまでの話は,VDT作業者に的を絞ったドライアイ患者推定数であり,それ以外にVDT作業がすでに困難であるSjogren症候群(実測患者数:73,000人,厚生労働省調査,2005年)の患者や慢性関節リウマチ(約70万人)および全身疾患に伴い発症したドライアイ患者なども含めていくと,自覚症状の強い潜在的なドライアイ患者数は約3,000万人,そのなかですでにドライアイと診断されている人は約1,300万人にのぼると思われる.文献1)SchaumbergDA:WomenHealthStudy.AmJOphthalmol136:318-326,20032)総務省:平成20年通信利用動向調査報道用資料,20093)内閣府経済社会総合研究所:消費動向調査,20094)UchinoM,SchaumbergDA,DogruMetal:PrevalenceofdryeyediseaseamongJapanesevisualdisplayterminalusers.Ophthalmology115:1982-1988,2008308あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(20)

ドライアイのコア・メカニズムに影響を与えるさまざまな要因

2012年3月31日 土曜日

特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):299.304,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):299.304,2012ドライアイのコア・メカニズムに影響を与えるさまざまな要因RiskFactorsAffectingCoreMechanismofDryEye島﨑聖花*はじめに:コア・メカニズムとは眼表面を覆う涙液は,水層とその表面を覆う油層から成り立っている.水層には,ムチンが含まれ,涙液の役割をさまざまにサポートしている.この涙液構成成分である油分,水分,ムチンのどれか一つでも異常が生じると涙液層の安定性が低下し,眼表面に涙に覆われていない部分が生じ,上皮障害が起きる.上皮障害が起きると,涙液層を支えている膜型ムチンの発現が低下し,涙液層の安定性がさらに低下,涙と眼表面上皮のinteraction(相互作用)が崩れて悪循環を生じる.これがドライアイのコア・メカニズムであり,詳細は横井先生の書かれた前項を参照されたい.本項では,このコア・メカニズムに影響を与え,ドライアイを誘発する,あるいは悪化させるさまざま要因について解説する.I涙液減少涙液の構成成分のうち,最も量が多いのが水層である.油層は涙液の表面張力を下げ,眼表面に広がりやすくする役割を担っているが,そもそも眼表面に十分広がりうるだけの量がなくては,涙液は眼表面を覆うことはできない.したがって,コア・メカニズムを構成する要因のうち,涙液量の低下がドライアイに最も影響が大きく,直接,眼表面のドライアップにつながる.涙液はおもに(主)涙腺から分泌されるが,さまざまな原因で分泌量は低下する.1.加齢過去の多くの報告からもわかるように,加齢とともに涙液分泌量は減少する1,2).後述するように,マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)や結膜弛緩症なども加齢とともに増加するため,高齢者は容易にドライアイ患者になりうると考えたほうがよい.白内障や緑内障などで点眼を使用する機会も増えるため,薬剤障害にも気をつける必要がある.2.Sjogren症候群おもに涙腺と唾液腺が攻撃される自己免疫疾患の一つで,中高年の女性に好発し,原因不明である.主症状はドライアイとドライマウスで,どちらかの症状しか訴えないケースもある.関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの膠原病を合併する場合は続発性Sjogren症候群とよばれ,全身管理が必要である.Sjogren症候群では,涙腺や唾液腺にリンパ球が浸潤し,分泌能を低下させる.また,結膜にもリンパ球が浸潤し,結膜の炎症をひき起こし,分泌型ムチンであるMUC5ACを涙液中に分泌する結膜上皮の胚細胞を減少させるため3),加齢などによるSjogren症候群のないドライアイに比べて,角結膜上皮障害の程度が強いことが多い(図1).3.糖尿病ドライアイをきたす全身疾患ではSjogren症候群が有名であるが,糖尿病も高率にドライアイを合併する.糖*SeikaShimazaki:東京歯科大学市川総合病院眼科〔別刷請求先〕島﨑聖花:〒272-8513市川市菅野5-11-13東京歯科大学市川総合病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(11)299 図1Sjogren症候群の角結膜上皮障害フルオレセイン染色をブルーフリーフィルターで観察.図2ドライアイ治療中に薬剤障害性角膜上皮障害をきたした糖尿病の一例尿病の眼合併症としては糖尿病網膜症に目がいきがちであるが,予想以上に角膜上皮障害を生じている例も多く,中高年層の罹患率の高さからいっても忘れてはならない疾患である.糖尿病では末梢神経障害が生じることがよく知られているが,角膜の知覚神経も同様に障害され,涙液分泌減少が生じたり上皮の創傷治癒過程が障害され上皮障害が生じやすくなったりする.薬剤障害性角膜上皮障害を生じやすく,白内障術後(特に非ステロイド系抗炎症薬点眼)や緑内障点眼使用下(特にbブロッカー),治りにくいドライアイとして点眼の種類を追加されるケースなどでは,注意深い経過観察が必要である(図2).4.内服薬の影響内服薬の影響でもドライアイが生じることがある.特300あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012に抗コリン作用薬は,副交感神経をブロックするため涙腺神経もブロックされ,涙腺からの涙液分泌を抑制する.向精神薬の他にも,風邪薬や胃腸薬,抗ヒスタミン薬,降圧薬など一般的な内服薬にも含まれていることが多く,問診が大切である.5.その他の全身疾患移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)は移植後にドナーがレシピエントを攻撃する免疫反応で,造血幹細胞移植後のものがよく知られる.移植されたリンパ球がさまざまなレシピエントの臓器を標的として攻撃する.移植後100日以内に生じるものを急性GVHDとよび,皮膚,消化管,肝が標的となるのに対し,100日以降(厳密ではない)に生じたものを慢性GVHDとよび,標的臓器は皮膚,口腔,肺,肝,消化管など多数に及び,ドライアイを生じるのは慢性GVHDである(図3)4).結膜とともに涙腺にも炎症細胞が浸潤し,涙液分泌能を低下させる.適切なドライアイの管理がなされなければ角膜穿孔に至ることもあり,移植医への啓発も重要である.眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)は粘膜上皮基底膜に対する自己抗体が産生され,複合体を形成して沈着し,II型アレルギー反応による炎症を惹起する自己免疫疾患である.結膜上皮も攻撃の対象となり,上皮障害,胚細胞から分泌される分泌型ムチンMUC5ACの分泌低下,MGDを生じ,重症ドライアイがひき起こされる.Stevens-Johnson症候群(SJS)はウイルス感染や内服薬の副作用などによって全身の皮膚と(12) 図3GVHDでみられた重篤な角結膜上皮障害粘膜が攻撃される疾患であり,OCPと同様の眼表面障害をきたす.OCPもSJSもドライアイを主症状とした軽度のものから眼表面が皮膚化し失明に至るものまで,重症度はさまざまであり,程度に応じた眼表面の管理を年余にわたって必要とする(図4).II蒸発亢進1.マイボーム腺機能不全(MGD)涙液の最表層である油層を成す脂質は上下の眼瞼に存在するマイボーム腺から分泌される.油層は涙液の表面張力を下げ眼表面に広がりやすくすると同時に,蒸発も防いでいるため,マイボーム腺が何らかの原因で機能低下に陥り,脂質の性状が変化したり分泌が低下したりすると,蒸発亢進型のドライアイが生じる.マイボーム腺導管上皮の過角化や排出されなかった脂質の閉塞によって眼瞼縁のマイボーム腺開口部付近に炎症や萎縮性病変が生じ,接触性に上皮障害を生じることもある.MGDは加齢1),アレルギーや感染による腺内の炎症,ホルモンの異常(マイボーム腺がアンドロゲン支配のため)などで生じるが,最近,過剰なアイメイクによってもひき起こされることが知られるようになった.アイメイクによって自らマイボーム腺を閉塞させていることがあり5),特に若年層への啓発が必要と痛感される(図5).2.生活環境臨床的に経験されるように,湿度が低いと眼乾燥感は(13)図4Stevens.Johnson症候群の眼表面図5マイボーム腺開口部にアイラインがひかれているのがわかる強くなるが,実際,涙液の蒸発は低温および低湿度下で亢進することがわかっている.特に都市部では,いまやいたるところにエアコンが設置され,エアコンによる蒸発亢進型ドライアイは社会現象といえるほど増えている.自宅や勤務先でもエアコンの設置位置に気をつけるようにしたい.また,パソコンやモバイルデジタル通信機器では,ディスプレイに集中しているときに瞬目回数が低下する傾向にあり,蒸発亢進型ドライアイの原因となる.涙液減少がベースにあれば,容易に角結膜上皮障害を生じるため,ライフスタイルの見直しは大事なドライアイ治療といえる.また,コンタクトレンズの使用も,ドライアイの重要な原因である.特にソフトコンタクトレンズでは「装用あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012301 時に乾く」と訴える患者が多い.これは,角膜上の涙液は膜型ムチンによって保持されているのに対し,ソフトコンタクトレンズ上の涙液はそのような保持機能がなく蒸発が早くなるためと考えられている.3.局所の蒸発亢進瞬目は涙液を眼表面に広げる重要な役割を担っており,瞬目の観察はドライアイ診療において欠かすことのできないステップである.顔面神経麻痺による兎眼は見逃すことは少ないと思われるが,加齢によって瞬目が弱くなり瞬目不全や夜間兎眼(就寝時に薄目を開けている)をきたしていることがあり,ドライアイ治療に抵抗して下方の角膜上皮障害が遷延するときは疑ったほうがよい.III角結膜上皮の水濡れ性の低下「水濡れ性」とは角結膜上皮上が涙液で覆われていることであり,涙液保持性あるいは涙液安定性と言い換えることもできる概念である.角膜上の水濡れ性を簡単に推し測ることができる検査が涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)の測定である.10秒以上が正常で,5秒以下だと明らかに短く,異常とされる.涙液減少がなく(つまりSchirmerI法値の低下がない,涙液メニスカスの高さが低くないなど)BUTが短いタイプのドライアイをBUT短縮型ドライアイといい,近年増えていると考えられている.BUT短縮型ドライアイの概念や定義はまだ確立されたものがないが,軽度の涙液減少(SchirmerI法値が10mm前後など)があるために涙液層が薄く,涙液が下方からブレイクアップするケース(図6)と,涙液減少はまったくないにもかかわらず(SchirmerI法値が30mm前後など)開瞼と同時に涙液で覆われていない角膜上皮が散在性に露見されるケースとがある(図7).この場合BUTは0秒となる.純粋な意味では後者がBUT短縮型ドライアイということになるかもしれないが,現在のドライアイ診断基準ではSchirmerI法値が6mm以上あれば涙液減少型ドライアイではないので,前者も広い意味でBUT短縮型ドライアイとして治療にあたったほうが,現実に即しているように思われる.302あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012図6下方から涙液層のブレイクアップがみられるBUT短縮型ドライアイの一例図7開瞼と同時に斑状に涙液のブレイクアップがみられるタイプのBUT短縮型ドライアイ角膜上皮への水濡れ性には,上皮から発現される膜型ムチンが大きく関わっていると考えられている6).膜型ムチンは図87)のような構造をしており,糖鎖が連なった細胞外ドメインの部分で涙液を保持していると考えられている.現在角膜上皮が発現する膜型ムチンには,MUC1,MUC4,MUC16があり,発現量と分布が異なるとされるが,わかっていない点も多い.BUT短縮型ドライアイでは,これら膜型ムチンの機能低下が原因と推測されるが,今後の研究が待たれるところである.BUT短縮型ドライアイでは涙液減少が強くないため,涙点プラグなどの涙液量を増やす治療では満足が得られず,治療に苦慮することが多かったが,近年発売された(14) (15)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012303眼瞼内反症や眼瞼下垂でも眼瞼縁と眼表面の摩擦によって,角結膜上皮障害を生じることがある.特に間欠性内反症や,前頭筋挙上によって下垂を代償している例では気づきにくい.治らない上方あるいは下方の角膜上皮障害の原因として,高齢者層には潜在的に存在しているものと考えられ,見逃さないようにしたい.おわりに以上,ドライアイのコア・メカニズムに影響を及ぼす要因について解説した.誌面が限られているため,もちろんこれがすべてではないが,日常臨床で頻度の高いもの,見落としがちなものを中心に述べたつもりである.ジクアホソルナトリウム点眼は,結膜上皮からの水分とムチンの分泌を促進することで眼表面上の涙液保持性を改善し,BUTを延長させる効果があり,BUT短縮型ドライアイの治療として期待されている.IV瞬目による摩擦瞬目は涙液と眼表面のinteractionに重要であることは先に述べたとおりであるが,ときに瞬目が角結膜上皮障害の原因となることがある.代表的な疾患は結膜弛緩症である(図9).結膜弛緩症は,本来の結膜表面面積より余ってしまった結膜が下眼瞼に沿って皺状に存在する状態で,瞬目のたびに弛緩結膜が眼表面と摩擦を起こし,異物感の原因となり,しばしば弛緩結膜部分の結膜上皮にはフルオレセインなどで染色される上皮障害がある.また,角膜に乗り上げるほどの結膜弛緩症では,弛緩結膜と隣接する部分の角膜上皮上の涙液はブレイクアップが早く,角膜上皮障害の好発部位となる(図10).結膜弛緩症の大半は加齢によるものであるが,アレルギー性結膜炎など慢性炎症がある場合には比較的若年者でもみられることがある.一見弛緩症がないようにみえても,強い瞬目を数回してもらうと下眼瞼の結膜.に隠れていた弛緩結膜が引き上げられて顕在化することがあり,細隙灯顕微鏡診察でのコツである.治療は外科的切除が最も有効である8).細胞膜細胞外細胞内MUC1,MUC4,MUC16膜貫通ドメイン糖鎖NH2COOHn=20~120(MUC1)145~395(MUC4)60以上(MUC16)図8膜型ムチンの構造(文献7より)図9結膜弛緩症図10結膜弛緩症の上皮障害弛緩結膜の直上に涙液層の菲薄化と角結膜上皮障害がみられる. ドライアイ診療の一助となれば幸いである.文献1)MathersWD,LaneJA,ZimmermanMB:Tearfilmchangesassociatedwithnormalaging.Cornea15:229234,19962)DenS,ShimizuK,IkedaTetal:Associationbetweenmeibomianglandchangesandaging,sex,ortearfunction.Cornea25:651-655,20063)PflugfelderSC,TsengSC,YoshinoKetal:Correlationofgobletcelldensityandmucosalepithelialmembranemucinexpressionwithrosebengalstaininginpatientswithocularirritation.Ophthalmology104:223-235,19974)OgawaY,OkamotoS,WakuiMetal:Dryeyeafterhaematopoieticstemcelltransplantation.BrJOphthalmol83:1125-1130,19995)KojimaT,DogruM,MatsumotoYetal:Tearfilmandocularsurfaceabnormalitiesaftereyelidtattooing.OphthalPlastReconsterSurg21:69-71,20056)GipsonIK,HoriY,ArguesoP:Characterofocularsurfacemucinsandtheiralterationindryeyedisease.OculSurf2:131-148,20047)堀裕一:ムチンと眼の乾き.あたらしい眼科22:289294,20058)YokoiN,KomuroA,NishiiMetal:Clinicalimpactofconjunctivochalasisontheocularsurface.Cornea24(8Suppl):S24-S31,2005304あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(16)

ドライアイのコア・メカニズム-涙液安定性仮説の考え方-

2012年3月31日 土曜日

特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):291.297,2012特集●ドライアイの本質に迫る―炎症仮説から涙液安定性仮説へ―あたらしい眼科29(3):291.297,2012ドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説の考え方─CoreMechanismofDryEye:HypothesisBasedonTearFilmInstability横井則彦*坪田一男**はじめに昨年の12月,今年の1月に,それぞれ,ムチンと水分を分泌するジクアホソルナトリウム,ムチンを産生するレバミピドを含む点眼液が世界に先駆けて日本に処方薬として登場し,ドライアイの臨床・研究領域が活気づいている.振り返れば,ヒアルロン酸ナトリウム点眼液が角結膜治療用点眼剤としてドライアイ治療に使用され始めてから約15年が経過し,ようやく待ちわびた時代の到来である.この間,ドライアイの定義や診断基準が改定され1),結膜弛緩症2),BUT(breakuptime)短縮型ドライアイ3,4),マイボーム腺機能不全5)などのドライアイに関係する疾患の理解も深まってきた.一方,この20年の間に,人々のライフスタイルは大きく変化し,涙液を脅かす環境要因は増加の一途をたどっている.すなわち,ディスプレイを注視する作業が日常化し,オフィス内にはエアコンが完備され,コンタクトレンズ装用者も増加した.しかも,こうしたドライアイの外的要因に,高齢化による眼の加齢性変化,全身疾患や眼疾患,あるいはその治療の涙液への影響といった内的要因が加わって,ドライアイは,今や現代病,国民病の様相を呈し,日常におけるドライアイの重要性はますます増してきている.ドライアイ研究会から出されたドライアイの定義1)(図1)によれば,ドライアイとは,涙液層と表層上皮の緊密な関係が崩れて,慢性的な悪循環(ドライアイのコア・メカニズム)が生じた状態を指し,そこには,さま様々な要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う図1ドライアイ研究会により提唱された2006年度ドライアイの定義(文献1より)ざまな要因(リスクファクター)が関与している.この日本の定義はDEWS(DryEyeWorkshop)の定義6)の主要部分の直訳であるため,世界共通のドライアイの定義ともいえ,ドライアイの診断・治療を進めるうえで非常に参考になる.ところが,この定義に基づくドライアイのコア・メカニズムの考え方や実際の臨床は,日本と諸外国(特に米国)とで少なからず異なっている.そこで,本稿では,これまで日本で重視されてきたドライアイのコア・メカニズム─涙液安定性仮説─の考え方について述べてみたい.I涙液層の新しい捉え方眼表面の上皮は,フィルム状の涙液層(ティアフィルム)で覆われるが,近年,この涙液層の捉え方が大きく様変わりしている7)(図2).これまで,涙液層は,油層─水層─ムチン層の3層構造とされてきたが,上皮表面を覆う糖衣の層は杯細胞由来の分泌型ムチン(MUC5AC)ではなく,上皮の微絨毛の先端に発現した上皮細胞由来の膜型ムチン(MUC1,4,16)8)を含む層(糖衣の構成要素は膜型ムチンだけではないと考えられる)であると考*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(3)291 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………..MUC5AC…………………………………………………………….図2角膜上の涙液層(ティアフィルム)の古典的モデル(左)と最新モデル(右)古典的モデルでは,涙液層は,油層─水層─ムチン層の3層構造であり,最新モデルでは,油層─ムチンゲルの2層構造である.大きな違いは,古典的モデルでは,糖衣の層が,結膜杯細胞に由来する分泌型ムチンで構成されるのに対し,最新モデルでは,角膜表層上皮の微絨毛に発現した上皮由来の膜型ムチンを含む層で構成される点である.そのため,最新モデルでは,涙液層と表層上皮の関係はより密接であり,表層上皮の障害は,上皮の水濡れ性低下を介して,涙液層の破壊を生じる原因となりうる(下方枠内).えられるようになった.すなわち,現在,涙液層は,油層と液層の2層からなり,液層はMUC5AC(不溶性のゲル形成ムチン)が,表層に向けて希薄になりながら水分に混じり込み,ゲル構造をとると推定されている.一方,膜型ムチンは,上皮表面を親水性に変え,液層を平坦に広げるべく機能する.そして,油層は,液層の水分の蒸発を抑制しながら,液層の局所的な破壊を抑制する作用(Gibbs-Marangoni効果9,10))を有する.なお,皮脂でいわれているように,涙液の脂質が瞬目時の摩擦の軽減に働く可能性もある.つまり,この新しい涙液層モデルにおいては,涙液層と表層上皮は,これまで考えられてきたよりも緊密な関係にあり,涙液層の異常によるのみならず,上皮表面の異常(膜型ムチンの異常が上皮の水濡れ性の低下をひき起こす)によっても涙液の安定性は低下し11),眼表面に悪循環が生じうる.言い換えれば,この新しい涙液層モデルは,涙液層の安定性の低下が眼表面の悪循環の一つの表現であることを示唆している.II涙液層の安定性維持に働く眼表面の各層の役割と涙液層破壊のメカニズム先に述べたように,油層,液層を構成する水分/分泌型ムチン,表層上皮の膜型ムチンは,いずれも涙液層の安定性維持に重要な役割を演じる.まず,涙液油層は,開瞼後に上方に伸展して液層の厚みを増やす役割をもつ.そして,ひとたび角膜上に涙液層が形成されると,液層の水分の蒸発を抑制して,液層の菲薄化を抑制する.しかし,持続開瞼では,わずかずつでも液層の水分が蒸発するため,局所的な涙液層の菲薄化が生じ始める.このとき,油層は,菲薄化し始めた液層部分に移動(Gibbs-Marangoni効果9))することによって,菲薄化した液層に水分を補い,涙液層の破壊を防ぐ.一方,液層の水分は,その量に依存して涙液層の安定性を高めるとともに,油層に足場を提供して油層の上方伸展を促す.また,液層の中の分泌型ムチンは,その非ニュートン(非Newton)流体特性によって,速い瞬目に対して粘性が大きく下がり,水分の動きに従って移動しうる.そして,開瞼後に涙液層が形成されるとその末端の陰性荷電同士が反発し合って,液層の菲薄化,ひいては涙液層の破壊を防ぐ働きをもつ.この水分の中には,ラクトフェリン,リポカリン,IgA(免疫グロブリンA),上皮成長因子,補体などの蛋白質やリゾチームなどの酵素,ビタミンAなどのさまざまな成分や電解質が含まれており,感染防御や上皮の分化・分裂制御に働く.また,液層中にはSOD(superoxidedismutase)292あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(4) も含まれ,酸化ストレスの防御に働く.一方,膜型ムチンは,上皮細胞表面の水濡れ性を高め,開瞼に伴う角膜表面への水の塗りつけを促進して,涙液破壊に抵抗する.ドライアイのコア・メカニズムの一つの表現ともいえる涙液層の破壊を考える際には,涙液層の形成過程12)(図3)を含めて,涙液層を動的に捉える必要がある.まず,開瞼時に,角膜上皮表面に水分が塗りつけられ,続いて油層がその水分の層の上を上方に伸展してゆく9,12).この油層伸展の際に水分がさらに上方に引き上げられて液層の厚みが増加し,一定の厚みの涙液層が作られる.しかし,この過程が正常に進行しないと涙液層は破壊する.したがって,涙液層の破壊には,少なくとも,異なる3つのメカニズム(図4)が考えられる.すなわち,①上皮表面の水濡れ性が悪く,その表面に弾かれて涙液層の破壊が生じる場合,②上皮にむらなく塗りつけるだけの水分量がない場合,③涙液層は良好に形成されるが,蒸発亢進により涙液層の破壊が生じやすい場合の3つである.①は,いわゆるBUT短縮型ドライアイ,②は,涙液減少型ドライアイの比較的重症例,③は,涙液減少型ドライアイの比較的軽症例あるいは蒸発亢進型ドライアイでみられる涙液破壊に相当すると考え……………………………………………………………………………………………………………………………….(dimple)………………………………図3角膜上の涙液層の形成(文献9より改変)角膜上の涙液層の形成は以下の2ステップで行われる.第1ステップは,上方の涙液メニスカスの吸引圧で引き上げられる水分が角膜表面に塗りつけられるステップである.水分の層の表面に近い部分は,油層の粘性抵抗を受けるために容易には引き上げられず,水分の層に陥凹(dimple:この部の水分が角膜に塗りつけられてゆく)を生じる.第2ステップは,Gibbs-Marangoni効果に基づいて油層の上方伸展が生じる過程であり,その際,水分も引き上げられて,一定の厚みの涙液層が形成される.……………………………………………..図4涙液層の破壊メカニズム涙液層の破壊には,少なくとも3つのメカニズムがある.メカニズム①:角膜表面への水分の塗りつけ過程で角膜表面の水濡れ性が悪い場合にdimpleにおいてひき起こされる水分の層の破壊.メカニズム②:角膜表面に塗りつける水分が足りない場合(涙液層の破壊というよりむしろ角膜上に塗りつけるだけの水分がない場合).メカニズム③:涙液層が形成された後,開瞼維持に伴う水分の蒸発により,涙液層の破壊が生じる場合.………………..(5)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012293 図5涙液層の破壊の表現型(図4参照)フルオレセイン染色所見に基づく涙液層の破壊像は,それぞれ,左上(BUT短縮型ドライアイ),右上(重症涙液減少型ドライアイ),左下(軽症の涙液減少型ドライアイ)の3つに大別できる〔右下(軽症の蒸発亢進型ドライアイ)は,開瞼後,涙液層の破壊(角膜の中央寄りやメニスカス近傍が多い)が生じるまでに時間を要する場合で,線状のみならず不整形の破壊もあり,これを角膜下方で線状に破壊が生じる場合(左下)と区別すると破壊の表現型は4つになる〕.られる(図5).IIIコア・メカニズムを含むドライアイの全体像ドライアイのコア・メカニズムとは,何らかの要因(リスクファクター)によって涙液層の安定性が低下するか,上皮の水濡れ性が低下して,涙液層と表層上皮の間に悪循環が形成された状態を意味する.しかし,悪循環の開始時点において,鋭敏な眼表面の知覚神経がそれを感知すると,反射性に涙液が分泌されて涙液量が増加し,涙液層の安定性が増すことで悪循環は解消される.しかし,数多くのリスクファクターが関与したり,一つのリスクファクターの影響が大きいと,悪循環は解消されずドライアイは顕性となる.この意味においてドライアイは単一疾患ではなく多因子疾患といえ,2006年度のドライアイの定義においても,ドライアイの眼表面における悪循環(コア・メカニズム)にはさまざまな要因が関与する(図1)ことが明記されている.IVドライアイのコア・メカニズムに対する日・米の考え方の違いドライアイ治療において,コア・メカニズムに関与する要因をすべて排除したり治療できれば,理想的であるが,実際のところは,それができない要因も多い.したがって,コア・メカニズムをできるだけ効果的に治療することが求められる.ところが,このドライアイのコア・メカニズムの考え方は日本と諸外国(特に米国)で少なからず異なっており,そのために診断・治療で重視294あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(6) 図6ドライアイのコア・メカニズムの考え方の違い日本(左)は,ドライアイのコア・メカニズムにおいて,涙液層の安定性の低下を重視するのに対し,諸外国(特に米国,右)では,涙液の浸透圧上昇や炎症を重視して考える.この違いが診断法や治療法の違いを生んでいると考えられる.炎症涙液分泌減少蒸発亢進杯細胞減少涙液層の安定性低下浸透圧上昇炎症悪循環上皮障害悪循環上皮の水濡れ性低下あらゆる涙液異常涙腺障害マイボーム腺障害涙液層の安定性低下上皮障害日本の考え方される内容が異なると考えられる.また,日本で世界に先駆けて,新しいドライアイ治療用点眼剤が利用できるようになったことで,両者の違いはさらに大きくなってゆくと思われる.日本のコア・メカニズムの考え方では,まず,涙液層の安定性の低下があり,それによって上皮に障害がひき起こされ,上皮の水濡れ性が低下して,涙液層の安定性の低下が続くことで,悪循環が形成されると考える(図6).したがって,フルオレセインBUTの低値や結果としての上皮障害といったスリットランプで見える異常の改善が治療目標となる.そして,スリットランプでは見えない炎症(ドライアイは通常,充血などの炎症所見を欠く)は悪循環の結果と考える.もちろん,Sjogren症候群のような重症のドライアイでは,免疫学的炎症が生じて結膜上皮の病的角化がひき起こされる13)など,炎症が上皮を障害することもありうる.しかし,これは,ごく一部と考えている.そして,このメカニズムに基づいて,涙液の安定性向上を図る切り口で治療が行われ,これまで,眼表面の水分量を増やす治療がおもに行われてきたが,現在,新しいドライアイ治療用点眼剤が利用できるようになり,コア・メカニズムをより効果的に治療できるようになってきた.諸外国(特に米国)の考え方一方,米国をはじめとする諸外国では,涙液の浸透圧の上昇14)と炎症15)をコア・メカニズムのなかに積極的に取り入れてドライアイを捉えている6,15).すなわち,涙液分泌減少,蒸発亢進によって,涙液の浸透圧が上昇する結果,炎症が生じて,上皮障害がひき起こされるとともに,涙腺・マイボーム腺・杯細胞といった涙液成分の分泌組織が障害されて,涙液層の安定性の低下がひき起こされるという考え方である(図6).そのため,涙液の浸透圧上昇をドライアイ診断に非常に重視するようになってきており14),炎症を積極的な切り口としてドライアイ治療が行われ,シクロスポリン点眼治療がそのベースラインとなっている15,16).しかし,いずれにしても,ドライアイでは涙液層の安定性が低下しているという点については,日本と諸外国の考え方は一致している.したがって,涙液層の安定性を向上させる点眼剤がドライアイ治療に利用できれば,諸外国においても有用な治療法として活用される可能性があると考えられる.そして,抗炎症治療に,涙液層の安定性を高める治療を組み合わせることで,より効果的なコア・メカニズムの治療が行えると考えられる.(7)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012295 治療対象眼局所治療薬作用点油層眼軟膏ある種のOTC薬,*ジクアホソルナトリウム①液層水分ヒアルロン酸ナトリウム(保水)人工涙液(水分補充)ジクアホソルナトリウム(水分分泌促進)①分泌型ムチンジクアホソルナトリウム(ムチン分泌促進)レバミピド(ムチン産生促進・杯細胞増加)①上皮膜型ムチンレバミピド(膜型ムチン発現促進)ジクアホソルナトリウム(膜型ムチン発現促進)②細胞自己血清①,④炎症低力価ステロイド点眼液*レバミピド(抗炎症作用)③Vドライアイのコア・メカニズム(涙液層の安定性の低下)に対する今後の日本の方向―涙液層の層別治療(TFOT)日本では,涙液層の安定性を高めるために必要な成分を補充できる新しい点眼剤が登場し,涙液層(および表層上皮の膜型ムチン)を層別に治療(tearfilmorientedtherapy:TFOT)できる時代がやってきた.このことは,ドライアイのコア・メカニズムを涙液層の安定性低下に求めてきたわれわれには,何の抵抗もなく取り入れられる治療といえるだろうし,これまでの点眼治療でBUTの改善に限界を感じていたわれわれにとって大きな福音となるであろう.今後は,涙液層をさらに詳細に,動的に観察し,その所見に基づいて治療法を選びながら,ドライアイを治療してゆく時代になると思われる.図7には,BUTを延長し上皮障害を改善するとされる血清点眼17)を含めて,現在,日本で用いることのできるコア・メカニズムの眼局所治療薬とその作用点をまとめてみた.おわりに米国における涙液の浸透圧上昇や眼表面炎症を重視するドライアイのコア・メカニズムの考え方と,日本にお296あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012③炎症悪循環②上皮の水濡れ性低下①涙液層の安定性低下④上皮障害図7ドライアイのコア・メカニズムに対する涙液層の層別治療(tearfilmorientedtherapy:TFOT)日本では涙液層の構成成分と上皮由来の膜型ムチンを点眼治療で補う新しいドライアイ治療の考え方(TFOT)が登場した.現在のところ,TFOTの作用点として,①涙液の安定性低下,②上皮の水濡れ性低下,③眼表面炎症,④上皮障害をあげることができる.*ジクアホソルナトリウムは,脂質の分泌(マイボーム腺の腺房細胞や導管上皮細胞にP2Y2レセプターが存在18))や水分量の増加で油層の伸展を促すことで,涙液油層機能を高める可能性がある.一方,レバミピドはその抗炎症作用によりドライアイの眼表面炎症を抑える可能性がある19).OTC:overthecounterdrug.ける涙液層安定性低下を重視する考え方の違いの背後には,ドライアイの研究に携わる人の違いも関係しているのではないだろうか.すなわち,日本においては,眼科臨床医がドライアイの眼表面の異常を直接観察して異常を捉え,病態を考えて,治療を選択してきたのに対し,特に米国では,基礎研究者が中心となり,涙液の浸透圧の上昇や炎症などを解析しながらドライアイの本質をつかもうとしてきた経緯がある.つまり,そこには,眼科医以外の研究者が大きく関与するという,米国の研究スタイルが読み取れる.今後,両者の間にはさらなる違いが生じてくる可能性があるが,日本では,新しい点眼剤■用語解説■Gibbs-Marangoni効果:表面分子がその圧勾配に従って移動する現象をいう.涙液層においては,開瞼直後に生じた油層の不均等分布に基づいて表面圧勾配が生じ,油層の上方伸展がひき起こされる.また,涙液層が菲薄化し始めると菲薄化した液層とそれに隣接する液層の表面で油層の分布が不均等になり,油層の移動が生じて,涙液層の菲薄化に抵抗する.非ニュートン(Newton)流体特性:流体に力を加えたとき,その変形の早さによって粘性が変化する特性をいう.速い動きに対して粘性が急激に低下すると摩擦が減少する.ムチンや高濃度のヒアルロン酸にはこの性質がある.(8) が利用できるようになったことでTFOTの効果を実際の目で確かめながら,ドライアイの診断・治療がさらに大きく発展してゆくに違いない.今後の涙液安定性仮説のさらなる展開が,今から楽しみである.文献1)島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20072)YokoiN,InatomiT,KinoshitaS:Surgeryoftheconjunctiva.DevOphthalmol41:138-158,20083)TodaI,ShimazakiJ,TsubotaK:Dryeyewithonlydecreasedtearbreak-uptimeissometimesassociatedwithallergicconjunctivits.Ophthalmology102:302-309,19954)坪田一男,島﨑潤,渡辺仁,横井則彦:座談会ジクアホソルナトリウムはドライアイ診療を変えたか?FrontiersinDryEye6:100-109,20115)天野史郎,マイボーム腺機能不全ワーキンググループ:マイボーム腺機能不全の定義と診断基準.あたらしい眼科27:627-631,20106)Noauthorslisted:Thedefinitionandclassificationofdryeyedisease:reportoftheDefinitionandClassificationSubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop(2007).OculSurf5:75-92,20077)ButovichIA:TheMeibomianpuzzle:combiningpiecestogether.ProgRetinEyeRes28:483-498,20098)GipsonIK:Distributionofmucinsattheocularsurface.ExpEyeRes78:379-388,20049)横井則彦,GeorgievGA:涙液の液層と油層の密接な関係.特集マイボーム腺機能不全の考え方.眼科52:17631770,201010)横井則彦,GeorgievGA:マイボーム腺の臨床的機能評価.特集マイボーム腺研究,臨床の最前線.あたらしい眼科28:1073-1079,201111)YokoiN,SawaH,KinoshitaS:Directobservationoftearfilmstabilityonadamagedcornealepithelium.BrJOphthalmol82:1094-1095,199812)King-SmithPE,FinkBA,HillRMetal:Thethicknessofthetearfilm.CurrEyeRes29:357-368,200413)HiraiN,KawasakiS,TaniokaHetal:PathologicalkeratinisationintheconjunctivalepitheliumofSjogren’ssyndrome.ExpEyeRes82:371-378,200614)LempMA,BronAJ,BaudouinCetal:Tearosmolarityinthediagnosisandmanagementofdryeyedisease.AmJOphthalmol151:792-798,201115)SternME,PflugfelderSC:Inflammationindryeye.OculSurf2:124-130,200416)Noauthorslisted:Managementandtherapyofdryeyedisease:reportoftheManagementandTherapySubcommitteeoftheInternationalDryEyeWorkShop(2007).OculSurf5:163-178,200717)KojimaT,IshidaR,DogruMetal:Theeffectofautologousserumeyedropsinthetreatmentofseveredryeyedisease:aprospectiverandomizedcase-controlstudy.AmJOphthalmol139:242-246,200518)CowlenMS,ZhangVZ,WarnockLetal:LocalizationofocularP2Y2receptorgeneexpressionbyinsituhybridization.ExpEyeRes77:77-84,200319)KohashiM,IshimaruN,ArakakiRetal:EffectivetreatmentwithoraladministrationofrebamipideinamousemodelofSjogren’ssyndrome.ArthritisRheum58:389400,2008(9)あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012297

序説:ドライアイの本質に迫る-炎症仮説から涙液安定性仮説へ-

2012年3月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科29(3):289.290,2012●序説あたらしい眼科29(3):289.290,2012ドライアイの本質に迫る─炎症仮説から涙液安定性仮説へ─CoreMechanismofDryEye─FromInflammationHypothesistoUnstableTearFilmHypothesis─坪田一男*横井則彦**今月の《あたらしい眼科》の特集は“ドライアイの本質に迫る”である.世界のトップレベルの素晴らしい内容となっていると自負しているのでぜひ読んでほしいが,改めて現在のドライアイの考え方に至るまでの歴史を少しひもといてみよう.ご存知のように1930年にスウェーデンのSjogren先生が口腔の乾燥症状と眼乾燥症状を併せ持つ全身の外分泌腺障害疾患をSjogren症候群と名づけて提案した.それまでも乾性眼結膜炎は認知されていたが,その頃から眼科で一つの確立した疾患概念として認知され始めた.これには1903年のSchirmer先生による涙液量測定方法の開発も大きく寄与している.その後放射線による涙腺障害や,StevensJohnson症候群など重篤な涙液分泌減少症が報告されたが,あくまでSchirmerテストで涙液量が極端に減少しているいわゆる涙液減少型ドライアイが長い間ドライアイそのものだと思われていたのである.これらの疾患には免疫異常や炎症を強く伴うため,ドライアイの原因として炎症がそれまでよくとりあげられてきた.その後Sjogren症候群のような典型的な炎症でなくても,涙液減少型ドライアイには炎症が関係することが多くの基礎研究,動物実験,臨床研究によりわかり,ドライアイ炎症仮説がおもに米国より提案されるようになった(図1).折しもアラガン社が米国にてシクロスポリン点眼薬を涙腺,眼表面における炎症↓涙液量の減少↓ドライアイの発症図1ドライアイ炎症仮説油分,水分,ムチンの異常(炎症,加齢,喫煙,CL,VDT作業などはリスクファクター)↓涙液層の不安定化↓ドライアイの発症図2ドライアイ涙液安定性仮説発売し炎症仮説は大きく勢いづいた.2007年に行ったドライアイワークショップにおいてもドライアイの定義のなかに“炎症による”としっかり書かれているのもその象徴である.その頃よりわれわれ横井,坪田を中心としたグループはドライアイの本質は“涙液の不安定性”にあると考えていたが,世界的には認められずに終わっている.さて,最近になって涙液層破壊時間(BUT)短縮型ドライアイに顕著にみられるように,涙液層の破壊こそがドライアイの本質ではないかという考え方が再び脚光を浴びるようになってきた.ここの基本*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室**NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(1)289 的な考え方についてまずは横井,坪田でまとめてあるのでこれを読んでほしい.いかにドライアイの本質が炎症というよりも涙液の不安定性にあるかということがわかるであろう(図2).もちろん炎症も島﨑聖花先生(東京歯科大学眼科)が書いているように重要なリスクファクターの一つであり,治療のターゲットにはなりうる.大規模な疫学調査によっても徐々にドライアイ患者の本質がわかり始めており,将来はBUT短縮型ドライアイの患者数が予想以上に多いことがわかってくると思われる.ドライアイの疫学については日本の第一人者である内野美樹先生(両国眼科クリニック)と内野裕一先生(慶應義塾大学)に執筆をお願いした.ちなみにBUT短縮型ドライアイについては1993年に戸田郁子先生らによって“ShortBUTtype”として日本から疾患概念が提示されたが,長い間受け入れられていなかった.最近,大阪大学の高静花先生らの研究や今回執筆していただいた海道美奈子先生らによる涙液層の不安定化が視機能にも大きな影響を与えるという概念が少しずつではあるが変化をもたらしつつあるのである.また,欧米で盛んな屈折矯正手術においてドライアイのマネージメントが視力の向上にどうしても必要なことも追い風となっている.涙液安定性のためには涙液中の成分である,油分,水分,分泌型ムチンのすべてが健全に働かなくてはならない.一つでも異常が起きれば不安定性に陥り,ドライアイを発症するというのがわれわれの基本的な考え方である(図2).そこで今回は油層についてマイボグラフィーの開発で有名な有田玲子先生(伊藤医院/東京大学/慶應義塾大学)に,涙液そのものについては東京女子医科大学の篠崎和美先生と高村悦子先生に,そしてムチンについては東邦大学の堀裕一先生に執筆を依頼した.なかでもムチンについては最近参天製薬よりジクアスR点眼液,大塚製薬よりムコスタR点眼液が発売され,ドライアイの治療が大きく変わろうとしている.ムチンを改善することによって涙液安定性を改善するというこれらの2つの薬剤は世界でまだ日本だけでしか使えないが,まさに涙液安定性仮説に則った薬剤である.そこでこの新しい治療分野については京都府立医科大学の加藤弘明先生と横井が詳しく述べることにした.ムコスタR点眼液はまだ発売間もないため使用経験が少ないが,参天製薬のジクアスR点眼液はすでに1年以上の臨床経験があり,涙液の不安定性を改善してドライアイを治療するという本質的な治療法として高い評価が得られている.冒頭にも書いたが,もともとドライアイはSjogren症候群のような重篤なものから疾患概念が始まっている.実は口腔が乾燥するドライマウスも同じ経緯をたどっており,現在ドライマウスはSjogren症候群のような自己免疫疾患というよりもさまざまなストレスや加齢によるものが多いことがわかってきた.一部の患者ではドライアイとドライマウスが合併するなどSjogren症候群ではなくとも全身が乾燥するドライシンドロームが提唱され始めている.ドライシンドロームの学会も新しく設立されるなどこの領域は現在大いに注目されるようになってきており,鶴見大学歯学部の梁洪淵先生と斎藤一郎先生にこの執筆をお願いした.この分野もまさに日本が世界をリードする分野となっており,全身の乾燥をケアするというクオリティーオブライフ臨床にとどまらず,疾患の本質を追究する研究が待たれている.290あたらしい眼科Vol.29,No.3,2012(2)

紫外線によるブタ水晶体上皮細胞傷害に対するEPC-K1の効果

2012年2月29日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(2):277.282,2012c紫外線によるブタ水晶体上皮細胞傷害に対するEPC-K1の効果山口大輔*1中西孝子*2奥野勉*3植田俊彦*1舟橋久幸*4塩田清二*4久光正*2小出良平*1*1昭和大学医学部眼科学教室*2昭和大学医学部第一生理学教室*3労働安全衛生総合研究所*4昭和大学医学部第一解剖学教室E.ectofEPC-K1onUltravioletRadiation-InducedInjuryinCulturedLensEpithelialCellsDaisukeYamaguchi1),TakakoNakanishi-Ueda2),TsutomuOkuno3),ToshihikoUeda1),HisayukiFunahashi4),SeijiShioda4),TadashiHisamitsu2)andRyoheiKoide1)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofPhysiology,4)DepartmentofAnatomy,ShowaUniversitySchoolofMedicine,3)HumanEngineeringandRiskManagementResearchGroup,NationalInstituteofOccupationalSafetyandHealth目的:紫外線(UV)による培養ブタ水晶体上皮細胞(LEC)傷害に対するビタミンE(VE)とビタミンC(VC)のリン酸ジエステルであるEPC-K1の効果について検討した.方法:UV照射後に各0.1mMEPC-K1,VEまたはVC溶液を添加し,48時間後の生細胞数をクリスタルバイオレット(CV)法で測定した.また,DNA酸化ストレスマーカーである8-hydroxy-deoxyguanosine(8-OHdG)を免疫染色した.結果:310nm,500mJ/cm2照射によりLEC生細胞数は37%に減少した.EPC-K1添加により,生細胞数は非照射レベルに回復したが,VEまたはVC単独,またはVC+VE同時添加では回復しなかった.UV照射6時間後,8-OHdGは増加したが,EPC-K1により減少した.結論:EPC-K1は酸化ストレスを抑制し,UVによるLEC傷害を抑制したと考えられた.Purpose:Theaimofthisstudywastoinvestigatethepreventivee.ectofEPC-K1,aphosphatediesterofvitaminC(VC)andvitaminE(VE),againstUVradiation-inducedlensepithelialcell(LEC)injury.Methods:LECviabilitywasdeterminedbycrystalviolet(CV)stainingat48hoursafterUVirradiation.TheDNAoxidativestressmarker8-hydroxy-deoxyguanosine(8-OHdG)wasdeterminedbyimmunohistochemicalstain.Results:Irradiationof500mJ/cm2at310nmsigni.cantlydecreasedcellviabilityto37%ofcontrol(withoutirradiation).Theadditionof0.1mMEPC-K1afterirradiationreturnedcellviabilitytocontrollevel,buttheadditionof0.1mMVE,VCorVE+VCwasnote.ective.Although8-OHdGstainedcellsincreasedat6hoursafterUVirradiation,theydecreasedwiththeadditionof0.1mMEPC-K1.Conclusion:TheseresultssuggestthatagainstUV-inducedLECinjury,EPC-K1exertsaprotectivee.ectthatinvolvesoxidativestressinhibition.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):277.282,2012〕Keywords:水晶体上皮細胞,紫外線照射,EPC-K1,8-ハイドロキシ-デオキシグアノシン.lensepithelialcell,ultravioletirradiation,EPC-K1,8-hydroxy-deoxyguanosine.はじめに紫外線が生体に及ぼす作用にはDNAの直接的傷害,活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)形成を介した細胞の傷害などが知られている1.3).水晶体でも波長300.400nmは吸収され4),ROSによる細胞膜傷害5),蛋白質変性6)が報告されている.正常な状態では,DNA傷害修復機構やsuperoxidedismutaseやcatalase,glutathioneperoxidaseのような抗酸化酵素やアスコルビン酸やグルタチオンなどの抗酸化物質によるROSの消去系で傷害は抑制されている7,8).しかし何らかの原因により酸化/抗酸化のバランスが崩れROSを消去できず,産生系が亢進する場合に酸化ストレスが生じる.8-hydroxy-deoxyguanosine(8-OHdG)は最も顕〔別刷請求先〕植田俊彦:〒142-8666東京都品川区旗の台1-5-8昭和大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ToshihikoUeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversitySchoolofMedicine,1-5-8Hatanodai,Shinagawa-ku,Tokyo142-8666,JAPAN著な酸化DNA産物の一つであり,酸化ストレスの指標として用いられている9.12).ビタミンE(VE)とビタミンC(VC)をリン酸エステル結合で合成したl-ascorbicacid2-[3,4-dihydro-2,5,7,8-tetramethyl-2-(4,8,12-trimethyltridecyl)-2H-l-benzopyran-6-yl-hydrogenphosphate]potassiumsalt(EPC-K1)は水溶性,脂溶性ラジカルスカベンジャーで13),網膜ホモジェネート中脂質過酸化物質生成を抑制し14),ホスホリパーゼA2活性を抑制する15).鉄誘導ウシ網膜ホモジェネート中脂質過酸化物質を対象として抗酸化効果を比較した実験ではEPC-K1のIC50(50%阻害濃度)値は20μMとepigallo-catechingal-lateのIC50(6.8μM)と比較しても強い抗酸化力をもつ14).本研究では水晶体に吸収される310nmとDNAに吸収されやすくcyclobutanepyrimidinedimmerを産生する最適な波長であるとされる270nm16)の紫外線を用い,ブタ水晶体上皮細胞(lensepithelialcells:LEC)傷害をひき起こし,生細胞数を指標としてEPC-K1とVEまたはVCの効果を比較した.また,酸化ストレスの指標となる8-OHdGの変化に注目し,EPC-K1の効果を観察した.I実験方法1.細胞培養新鮮なブタ眼球(東京芝浦臓器株式会社,東京)から水晶体上皮を得て,コラーゲンIコート60mmディッシュ(BDFalconR,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に固定し,血清含有培地〔10%ウシ胎児血清:FBS(GIBCOR,invitrogen),100u/mlpenicillin,100μg/mlstreptmycin,2.5μg/mlamphoterisinB(GIBCOR,invitrogen)を含むD-MEM/F-12(Dulbecco’sModi.edEagleMedium:NutrientMixtureF-12,GIBCOR,invitrogen)〕にて37℃,5%CO2の条件下,初代培養した.2週間後,コンフルエントになったLECを,0.25%trypsin-EDTA(GIBCOR,invitrogen)処理により回収し,コラーゲンIコートT-75フラスコ(BDFalconR,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用い,血清含有培地にて37℃,5%CO2の条件下,継代した.培地は2.3日ごとに交換し,継代数4.6の細胞を実験に用いた.2.紫外線照射キセノンランプ光源装置(MAX-301,朝日分光株式会社)を用いて,特定の波長域を分離するバンドパスフィルター(半値幅10nm)により310nmまたは270nmを得て石英製のライトガイドとロッドレンズ(朝日分光株式会社)を通して照射した(図1).照射量(放射露光,J/cm2)はおおむねその波長における50%致死量とした.照射直前に放射照度(W/cm2)をシリコーンフォトダイオードディテクター(SEL033,InternationalLightTechnology,Peabody,MA,出力口96wellplate図1紫外線照射装置キセノンランプ光源装置(MAX-301,朝日分光株式会社).出力口を固定し,1wellずつ照射した.周辺のwellには斜光カバーを施した.USA)に接続したラジオメータ(IL1400A,InternationalLightTechnology)で測定し,照射時間を調節することで310nmの場合には500mJ/cm2(50.60秒),または270nmの場合には2mJ/cm2(3.4.5秒)を得た.3.生細胞数の測定LECを96wellplate(CORNING,NY,USA)に3×104cells/ml(100μl/well)となるよう播種し,80%コンフルエントまで培養した後,低血清培地〔0.2%FBS,100u/mlpenicillin,100μg/mlstreptmycin,2.5μg/mlamphoterisinBを含むD-MEM/F-12〕100μl/wellに交換し,24時間培養して実験に用いた.照射直前に,培地を照射に影響のないphosphatebu.ersaline(PBS,組織培養用ダルベッコPBS(.),日水製薬株式会社)に置き換えた.310nm,500mJ/cm2または270nm,2mJ/cm2を1wellごとに照射後,PBSから低血清培地に交換し,0.01.0.3mMEPC-K1(千寿製薬株式会社),ビタミンE(VE,和光純薬工業株式会社),ビタミンC(VC,和光純薬工業株式会社)またはH2Oを添加した.48時間後に培地を取り除き,生理食塩水(大塚製薬株式会社)100μl/wellを加えて洗浄後,0.1%crystalvioletエタノール溶液(和光純薬工業株式会社)50μl/wellを加え,室温で15分間放置し,生細胞(LEC)を固定,染色した.その後,crystalvioletを除去,5回水洗後,乾燥した.乾燥したwellに0.5%sodiumdodecylsulfate溶液(和光純薬工業株式会社)を100μl/well加え,マイクロプレートリーダー(Model680XR,Bio-RadLaboratories)で波長570nmの吸光度を測定した.結果は,非照射LEC生細胞数の測定値をコントロールとしたときの百分率をcellsurvival300として表示した.2504.8-OHdG免疫染色200Cellviability(%ofcontrol)GlassBottomCultureDishes(MatTekCorporation,Ashland,MA,USA)に6×104cells/2mlとなるよう細胞を播種し,80%コンフルに培養した後,310nm,500mJ/cm2または270nm,2mJ/cm2照射後,血清含有培地に交換し,0.1mMEPC-K1またはH2Oを添加した.照射6時間後に150100500非照射00.05mM0.1mM0.3mM培地を取り除き,4%paraformaldehyde(Plysciences,Warrington,PA,USA)にて30分間固定し,100μg/mlRnase(si-RNAseIII,タカラバイオ株式会社),1mMEDTA(和光純薬株式会社),0.4MNaCl(和光純薬株式会社)を含む10mMTris-HCl(pH7.4,和光純薬株式会社)を加え37℃にて60分間インキュベーション後,PBSで洗浄(2回)し,10μg/mlProteinaseK(株式会社医学生物研究所)を加える.7分後,PBSにて洗浄(2回)した.4NHClを加図2310nm,500mJ.cm2によるLEC傷害とEPC-K1添加の影響310nm,500mJ/cm2照射48時間後,生細胞数は非照射に比べ37±1%と有意に減少した(n=5,p<0.01).照射直後,EPC-K10.05mM,0.1mM,0.3mM添加した場合の生細胞数の割合はそれぞれ68±5%,120±4%(p<0.01),234±25%(p<0.01)となった.n=5,Mean±SE,**p<0.01.200え,7分後50mMTris-HClbu.erを加えpH7.5に調整した.5分後,PBSにて洗浄(2回),anti-8-OHdG(日油株式会社)/PBS(1:50)を添加し7),60分後,PBSにて洗浄(2回),二次抗体としてAlexa568conjugatedgoatanti-mouseIgG(invitrogen,probes.invitrogen.com,Eugene,OR,USA)/PBS(1:200)を添加した.20分後,PBSで洗浄(2回),核染色のためにHoechst33342(invitrogen,probes.Cellviability(%ofcontrol)150100500invitrogen.com,Eugene,OR,USA)/PBS(1:500)を加え,非照射00.05mM0.1mM0.3mM斜光して15分,PBSで洗浄(2回)し,Fluoromount(Dia-gnositicBiosystem,Pleasanton,CA,USA)を添加し,共焦点レーザー顕微鏡(NikonA1si,株式会社ニコン)にてLECを撮影し,8-OHdG免疫染色陽性細胞(赤色),核染色(青色)により全細胞数をカウントし,プレパラートごとに全細胞数に対する8-OHdG陽性細胞数の割合を測定した.5.統計学的処理2群間の比較には,Student’st-test検定を用い,非照射群との比較にはrepeatedmeasurementANOVA(analysisofvariance)を用いた.有意確率5%未満を有意とした.数値は平均値±標準偏差で示した.II結果1.310nm,500mJ.cm2によるLEC傷害とEPC-K1添加の影響310nm,500mJ/cm2照射48時間後の生細胞数は非照射の場合と比べ37±1%と有意に減少した(n=5,p<0.01).310nm,500mJ/cm2照射による生細胞数の減少(37±1%)に対するEPC-K1の影響を検討した.照射直後,EPC-K10.05mM,0.1mM,0.3mM添加した場合の生細胞数の割合はそれぞれ68±5%,120±4%(p<0.01),234±25%(p<0.01)となり,EPC-K10.1mM,0.3mM添加により,照射により図3270nm,2mJ.cm2照射によるLEC傷害とEPC-K1添加の影響270nm,2mJ/cm2照射48時間後,生細胞数は非照射に比べ59±9%と有意に減少した(n=5,p<0.01).照射直後,EPC-K10.01mM,0.05mM,0.1mM,0.3mM添加した.EPC-K10.1mM,0.3mM添加により,照射により減少した生細胞数が有意に増加した.n=5,Mean±SE,**:p<0.01.減少した生細胞数が有意に増加した(図2).2.270nm,2mJ.cm2照射によるLEC傷害とEPC-K1添加の影響270nm,2mJ/cm2照射48時間後の生細胞数は非照射の場合と比べ59±9%と有意に減少した(n=5,p<0.01).270nm,2mJ/cm2照射による生細胞数の減少(59±9%)に対するEPC-K1の影響を検討した.照射直後,EPC-K10.01mM,0.05mM,0.1mM,0.3mM添加した場合の生細胞割合はそれぞれ66±8%,62±6%,102±10%(n=5,p<0.01),161±21%(n=5,p<0.01)となり,EPC-K10.1mM,0.3mM添加により,照射により減少した生細胞数が有意に増加した(図3).3.紫外線照射によるLEC傷害とVC,VEまたは同時添加の影響310nm,500mJ/cm2または270nm,2mJ/cm2照射48時(131)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012279表1310nm(500mJ/cm2)または270nm(2mJ/cm2)照射によるLEC傷害に対するVC,VEまたはVC+VE同時添加の影響添加量VCVEVC+VE310nm照射053±5%53±5%53±5%310nm照射0.05mM56±6%55±12%310nm照射0.1mM57±8%56±11%53±8%310nm照射0.3mM53±14%54±10%270nm照射043±7%43±7%43±7%270nm照射0.05mM55±18%47±11%270nm照射0.1mM50±9%48±5%55±7%270nm照射0.3mM50±4%56±6%値は非照射LEC生細胞数に対する百分率で示した.310nm(500mJ/cm2)照射により,LEC生細胞数は43±7%に,270nm(2mJ/cm2)照射により53±5%と有意に減少した(p<0.001).VC,VEまたはVC+VE同時添加による生細胞数の変化はなかった.Mean±SE.n=5.間後の生細胞数は非照射の場合と比べ43±7%,53±5%と有意に減少した(n=5,p<0.01).照射直後にVC(0.05mM,0.1mM,0.3mM)またはVE(0.05mM,0.1mM,0.3mM)を添加したが,生細胞数は回復しなかった.0.1mMVCと0.1mMVEを同時に添加しても影響はなかった(表1).4.紫外線照射によるLEC酸化ストレスの変化とEPC-K1添加の影響紫外線照射6時間後のDNA酸化ストレスマーカーである8-OHdG染色の結果を示した(図4).非照射LECは核が青色に染まり(A),310nm,500mJ/cm2照射では8-OHdG染色陽性LECの他に8-OHdGが核外へ漏れ出ていた(B).310nm,500mJ/cm2照射直後の0.1mMEPC-K1添加によりこの傾向は抑制された(C).270nm,2mJ/cm2照射によりほとんどのLECは8-OHdG染色陽性となった.いくつかのLECでは8-OHdGが核の外へ漏れ出ていた(D).270nm,2mJ/cm2照射直後の0.1mMEPC-K1添加により8-OHdG染色陽性細胞は減少した(E).8-OHdG陽性細胞の割合は非照射LEC(8±5%)に比べ310nm,500mJ/cm2または270nm,2mJ/cm2照射により67±7%,77±5%と有意に増加し(p<0.01,n=5),0.1mMEPC-K1添加によりそれぞれ37±5%,23±2%と有意に抑制された(p<0.01,n=5).III考按EPC-K1は270nmまたは310nm照射により誘導されるLEC傷害を抑制することが明らかとなった.今回の実験では照射直後に培地にEPC-K1を添加した.抗酸化物の多くは酸化ストレス処理の前に投与されることが多いが,EPC-K1は310nmより短い波長を吸収するので,LECに対する照射量に影響する可能性があるため,照射前には培地に添加非照射310nm310nm270nm270nmEPC-K1EPC-K1図4紫外線照射によるLEC酸化ストレスの変化とEPC-K1添加の影響紫外線照射6時間後8-OHdG免疫染色(赤色)の結果を示した.核は青色で表示した.A:非照射LEC,B:310nm(500mJ/cm2)照射,C:310nm(500mJ/cm2)照射直後に0.1mMEPC-K1を添加,D:270nm(2mJ/cm2)照射,E:270nm(2mJ/cm2)照射直後に0.1mMEPC-K1を添加.F:プレパラートごとの8-OHdG陽性細胞数の割合を算出した.n=5,Mean±SE,**:p<0.01vs非照射.##:p<0.01vs310nmor270nm照射.しなかった.しかし,照射後の添加でも効果のあることが明らかとなった.照射後より光増感作用を有する蛋白質が紫外線を吸収した後に,そのエネルギーを基底状態の酸素に渡し,ROSを形成し,連鎖的な細胞傷害を起こす17,18).この過程をEPC-K1が抑制したためと推測している.脂溶性ビタミン:VEは細胞膜に存在し,細胞傷害を招く連鎖的膜脂質過酸化反応を遮断し,自らがラジカルを受け取り,細胞外に存在する水溶性ビタミン:VCにラジカルを与え,自らは基底状態に戻り,ラジカルは細胞外へ排泄される19).細胞内でこのような役割をもつVEとVCを併せ持つEPC-K1の生体内での代謝は明らかではないが,中脳動脈一過性虚血ラット神経細胞のDNA傷害抑制効果20),脳局所虚血傷害モデルでは脂質過酸化反応抑制21)や虚血-再灌流による急性腎傷害抑制効果22)のあることから組織へ速やかに取り込まれ抗酸化物として作用することが推測される.同様に,今回の細胞培養実験でも水溶性であるEPC-K1は速やかにLECに取り込まれ,紫外線照射により生じたラジカル連鎖反応を抑制したと考えられる.Invitro実験では脂溶性であるVEはLECに到達することは非常にむずかしく,溶媒を用いることが多い.今回の実験では条件を一定としたために,溶媒を用いなかった.また,水溶性であるVCを併用しても効果がなかったのは,細胞膜内外でのVEとVC濃度バランスが釣り合わず,ラジカルが速やかに細胞外へ排泄されなかったことが原因と考えられる.8-OHdG免疫染色は270nm照射でも増加したことから,紫外線照射によるLEC傷害にはDNA傷害だけでなく酸化ストレスが関与していることが考えられ,EPC-K1はこれを抑制した.紫外線照射によりLECではb-crystallin6)やNADPH-oxidase23)を介してROSが生じ,deoxiguanosineと反応して8-OHdGになる24).8-OHdGは蛋白質の産生や分化・誘導に異常を生じ,白内障の一因となる可能性がある.EPC-K1は紫外線照射により増加する8-OHdGを照射後の添加により抑制したことより,EPC-K1は細胞内でROSを消去していることが明らかとなった.今回の結果では照射6時間後に8-OHdGは270nm照射に比べ310nm照射により核外に流出していた.細胞膜や核膜には310nm照射エネルギーにより励起される蛋白質が存在し,270nm照射よりもより多くのROSが生じ,連鎖的膜脂質過酸化反応の結果かもしれない.白内障水晶体から発見された2-ammonio-6-(3-oxidopyridinium-1-yl)hexanoate(OP-lysine)はpH7で214,249,320nmに吸収のピークをもつ蛋白質である25).今回用いたLECにOP-lysineが存在するかは明らかではないが,310nm照射により励起する可能性は高く,270nm照射よりも速く光化学反応が惹起されたと考えられる.庄子らはUV-B照射によるLEC中DNA傷害(ストランドブレイク)にはFenton反応が関与していると報告している26).EPC-K1はCu2+やFe2+のキレート剤としてFenton反応を抑制する27)作用もあることから,今回の実験では8-OHdG生成を阻害するだけでなく,DNAストランドブレイクを制御し,LEC傷害を抑制する可能性もあることが示唆された.本来,紫外線による水晶体DNA傷害はDNA修復機構により修復される28)が,修復能を上回る傷害が生じた場合,または細胞内抗酸化物質または酵素活性を上回る酸化ストレスが生じた場合に細胞傷害,消失,構造変化が生じ,皮質混濁,白内障へと進展する.以上の結果から,EPC-K1は水晶体の紫外線傷害を抑制する可能性が示唆された.しかし,0.3mMEPC-K1添加ではLEC細胞数が非照射より増加していたことから,EPC-K1の作用機序についてはさらなる検討が必要と考えられる.謝辞:本研究をお手伝いいただいた小澤江美さんにお礼申し上げます.文献1)TaylorHR,WestSK,RosenthalFSetal:E.ectofultra-violetradiationoncataractformation.NEnglJMed31:1429-1433,19882)SpectorA,GarnerWH:Hydrogenperoxideandhumancataract.ExpEyeRes33:673-681,19813)MuranovKO,MaloletkinaOI,PolianskyNBetal:Mecha-nismofaggregationofUV-irradiatedbL-crystallin.ExpEyeRes92:76-86,20114)BoettnerA,WolterJR:Transmissionoftheocularmedia.InvestOphthalmol1:776-783,19625)HightowerKR,ReddanJR,McCreadyJPetal:Lensepi-thelium:AprimarytargetofUVBirradiation.ExpEyeRes59:557-564,19946)AndleyUP,ClarkBA:Thee.ectsofnear-UVradiationonhumanlensb-crystallins:proteinstructuralchangesandproductionofO2.andH2O2.PhotochemPhotoboil50:97-105,19897)FreemanBA,CrapoJD:Biologyofdisease:freeradicalsandtissueinjury.LabInvest47:412-426,19828)ChowCK,TappelAL:Anenzymaticprotectivemecha-nismagainstlipidperoxidationdamagetolungsofozone-exposedrats.Lipids7:518-524,19729)LeeYA,ChoEJ,YokozawaT:Protectivee.ectofper-simmon(Diospyroskaki)peelproanthocyanidinagainstoxidativedamageunderH2O2-inducedcellularsenes-cence.BiolPharmBull31:1265-1269,200810)ZhangY,OuYangS,ZhangLetal:Oxygen-inducedchangesinmitochondrialDNAandDNArepairenzymesinagingratlens.MechAgeingDev131:666-673,201011)GrageCG,ShigenagaMK,ParkJWetal:Oxidativedam-agetoDANduringaging:8-hydroxy-2¢-deoxyguanosineinratorganDNAandurine.ProcNatlAcadSciUSA87:4533-4537,199012)HamiltonML,VanRemmenH,DrakeJAetal:Doesoxi-dativedamagetoDNAincreasewithage?ProcNatlAcadSciUSA98:10469-10474,200113)WeiT,ChenC,LiFetal:AntioxidantpropertiesofEPC-K1:astudyonmechanisms.BiophysChem77:153-160,199914)UedaT,UedaT,ArmstrongD:Preventivee.ectofnatu-ralandsyntheticantioxidantsonlipidperoxidationinthemammalianeye.OphthalmalRes28:184-192,199615)KuribayashiY,YoshidaK,SakaueTetal:Invitrostud-iesonthein.uenceofL-ascorbicacid2-[3,4-dihydro-2,(133)あたらしい眼科Vol.29,No.2,20122815,7,8-tetramethyl-2-(4,8,12-trimethyltridecyl)-2H-l-benzopyran-6-yl-hydrogenphosphate]potassiumsaltonlipidperoxidationandphospholipaseA2activity.Arzneim-ittelforschung42:1072-1074,199216)GallagherPE,WeissRB,BrentTPetal:WeavelengthdependenceofDNAincisionbyahumanultravioletendo-nuclease.PhotochemPhotobiol49:363-367,198917)FooteCS:Photoxidationofbiologicalmodelcompounds.OxygenandOxy-RadicalsinChemistryandBiology(edbyRodgersMAJ,PowersEL),p425-439,AcademicPress,NewYork,198118)FooteCS:De.nitionofTypeIandTypeIIphotosensi-tizedoxidation.PhotochemPhtobiol54:659,199119)NikiE,NoguchiN,TsuchihashiHetal:InteractionamongvitaminC,vitaminE,andb-carotene.AmJClinNutr62:1322S-1326S,199520)ZhangWR,HayashiT,SasakiCetal:Attenuationofoxi-dativeDNAdamagewithanovelantioxidantEPC-K1inratbrainneuronalcellsaftertransientmiddlecerebralarteyocclusion.NeurolRes23:676-680,200121)KatoN,YanakaK,NagaseSetal:TheantioxidantEPC-K1amelioratesbraininjurybyinhibitinglipidperoxida-tioninaratmodeloftransientfocalcerebralischaemia.ActaNeurochir145:489-493,200322)YamamotoS,HagiwaraS,HidakaSetal:Theantioxi-dantEPC-K1attenuatesrenalischemia-reperfusioninju-ryinaratmodel.AmJNephrol33:485-490,201123)YaoJ,LiuY,WangXetal:UVBradiationinduceshumanlensepithelialcellmigrationviaNADPHoxidase-mediatedgenerationofreactiveoxygenspeciesandup-regulationofmatrixmetalloproteinases.IntJMolMed24:153-159,200924)KasaiH,NishimuraS:Hydroxylationofguanineinnucle-osidesandDNAattheC-8positionbyheatedglucoseandoxygenradical-formingagents.EnvironHealthPer-spect67:111-116,198625)ArgirovOK,LinB,OrtwerthBJ:2-Ammonio-6-(3-oxi-dopyridinium-1-yl)hexanoate(OP-lysine)isanewlyidenti.edadvancedglycationendproductincataractousandagedhumanlenses.JBiolChem279:6487-6495,200426)庄子英一:紫外線が水晶体上皮細胞DNAに与える影響およびその機序.日眼会誌101:40-45,199727)TomitaR,KashimaM,TsujimotoY:CharacterizationoftheactivityofL-ascorbicacid2-[3,4-dihydro-2,5,7,8-tetramethyl-2-(4,8,12-trimethyltridecyl)-2H-benzopy-ran-6-yl-hydrogenphosphate]potassiumsaltinhydroxylradicalelimination.ChemPharmBull48:330-333,200028)AndleyUP,SongX,MitchellDL:DNArepairandsur-vivalinhumanlensepithelialcellswithextendedlifespan.CurrEyeRes18:224-230,1999***

緑内障患者に対する診療連携と情報通信技術活用に関する意識調査

2012年2月29日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(2):272.276,2012c緑内障患者に対する診療連携と情報通信技術活用に関する意識調査北村一義*1杉山敦*1林京子*3比江島欣慎*4柏木賢治*1,2*1山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座*2山梨大学大学院医学工学総合研究部地域医療学講座*3多摩大学統合リスクマネジメント研究所医療リスクマネジメントセンター*4東京医療保健大学大学院医療保健学研究科OpinionPollConcerningMedicalExaminationCooperation,AsWellAsInformationandCommunicationTechnologyofPracticalUsetoGlaucomaPatientsKazuyoshiKitamura1),AtsushiSugiyama1),KyokoHayashi3),YoshimitsuHiejima4)andKenjiKashiwagi1,2)1)DepartmentofOphthalmology,InterdisciplinaryGraduateSchoolofMedicineandEngineering,YamanashiUniversity,2)DepartmentofCommunityandFamilyMedicine,InterdisciplinaryGraduateSchoolofMedicineandEngineering,YamanashiUniversity,3)MedicalRiskManagementCenter,TheIntegrated-Risk-ManagementResearchInstitute,TamaUniversity,4)MedicalHealthStudyGraduateCourse,TokyoHealthcareUniversity目的:緑内障患者に診療連携と診療への情報通信技術(ICT)の導入に関し調査し,診療連携の課題とICTの診療への活用を検討する.方法:山梨大学緑内障外来通院患者を対象とし診療連携は書面により,ICTの活用は面談により調査した.結果:診療連携調査は500名に行い,263名(男性132名,女性131名)から有効回答を得た.連携には約50%が賛同,比較的若い,通院期間が短い,自家用車で通院,付添いが必要な患者で賛同者が多かった.ICT活用調査には,125名(男性64名,女性61名)が回答した.全体の64.5%が賛同し,賛同率はインターネット非利用者が40.7%,利用者が75.0%と差を認めた.投薬の管理,病状の説明の確認,自己カルテの作成への活用希望が多かった.結論:診療連携には約半数が賛同したが,患者環境の違いが影響した.ICT活用は多数が賛同し,インターネット利用者では賛同が多かった.Purpose:Toelucidatethetasksandimprovementpointsofmedicalcollaborationandtheadaptationofinfor-mationandcommunicationtechnology(ICT)forglaucomacare,glaucomapatientsweresubjectedtoaquestion-nairesurveyandinterview.Method:SubjectscomprisedconsecutiveglaucomapatientsfollowedbyUniversityofYamanashiHospital.Results:Of500patients,263(132males,131females)completedthequestionnaire.About50%consentedtothecollaboration.Patientswhowereyounger,hadashorterfollow-upperiod,visitedusingowncarorvisitedwithanassistantshowedahigherrateofconsent.Ofthe125patientswhocomprisedtheinterviewsubjects(64males,61females),64.5%agreedtoadoptICT.OftheInternetnon-users,40.7%agreed,while75.0%ofInternetusersagreedtoadopttheICTforglaucomacare.Drugmanagement,checkingofdiseaseexplanation,andownmedicalchartpreparationwerepreferredsubjects.Conclusions:About50%ofthepatientsagreedwiththemedicalcollaboration;patientbackgroundin.uencedtheresults.Manypatients,especiallyInternetusers,agreedtouseICTforglaucomacare.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):272.276,2012〕Keywords:緑内障,診療連携,情報通信技術.glaucoma,medicalexaminationcooperation,informationandcommunicationtechnology.はじめにとで多数の患者は失明を免れることが可能であるが,自覚症緑内障は,不可逆性で進行性の疾患であり,わが国でも世状が少なく治療効果が自覚しにくいため,通院,治療の脱落界的にも失明原因の上位に位置する1).適切な治療を行うこ患者が少なくない2).わが国における大規模疫学調査の結果〔別刷請求先〕北村一義:〒409-3898山梨県中央市下河東1110山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座Reprintrequests:KazuyoshiKitamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InterdisciplinarySchoolofMedicineandEngineering,UniversityofYamanashi,1110Shimokato,Chuo,Yamanashi409-3898,JAPANあたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(00)272(124)0910-1810/12/\100/頁/JCOPYから40歳以上の5.0%が緑内障をもっている可能性が示唆されており3),緑内障推定患者数は300万人から400万人と推定される.また,緑内障の有病率は加齢に伴って増加すると考えられるため,今後さらに患者数が増加することが予想される.一方,眼科医数は近年不足しており,特に病院勤務眼科医の不足は顕著である.さらに眼科医の偏在も問題視されている.以上から緑内障の診療環境は悪化を呈している.また,近年患者の大病院志向が強く,緑内障にも認められ,長時間の外来診療待ちや検査待ちが発生している.これらに対応するためには,緑内障専門医と一般医が連携する体制が重要であると考えられるが,いまだに十分に機能しているとはいえない.情報通信技術(informationandcommunicationtechno-logy:ICT)の発達は目覚ましく,医療の分野でもその活用が期待されている4.8).しかしながら,眼科領域では十分にICTが診療に活用されてはおらず,患者の緑内障診療に対するICT活用に関する意識も不明である.今回筆者らは,緑内障患者の診療連携に対する意識調査を行い,診療連携の課題を明らかにするとともに,ICTを活用することについての意識調査も併せて行った.I対象および方法本研究を行うに当たっては山梨大学倫理委員会の承認を得た.本研究はヘルシンキ条約に則り行われ,参加患者からは文書による同意を得て行われた.なお,未成年の場合は保護者の同意を得た.1.診療連携意識調査アンケート調査は2009年5月から7月の3カ月間に山梨大学(以下,当院)緑内障外来を継続的に受診している連続500症例とした.緑内障患者には表1に示すようなアンケート調査票を配布して直接担当医に手渡すか,後日記入後郵便にて返送していただいた.おもなアンケート項目は年齢,性別,当院緑内障外来への通院期間,通院方法,通院手段,および今後の診療形態についてである.アンケートの回収の期限は2010年1月31日とした.2.緑内障診療へのICTの活用に関する調査対象は2009年8月から10月の3カ月間に当院緑内障外来を継続的に受診し,アンケート調査に同意した連続125症例とした.緑内障患者には表2に示すようなアンケート調査票を基に個別に面談を行い実施した.II結果1.診療連携意識調査アンケート調査票を配布した500名中アンケートに同意した回答者は299名で,うち有効回答数は263名(回収率52.6%)であった.内訳は男性が132名,女性は131名であった.今後の診療形態への希望について表3,図1にまとめる.全体では52.1%の患者が引き続き大学病院の診療のみを希望し,検査のみなら地元病院でも可とした患者は10.4%,診療連携が十分なら大学と地元診療機関の連携でもよいと回答した患者は33.3%,地元診療機関への紹介希望が4.2%で表1アンケート項目(1)アンケート項目回答選択肢年齢1.20歳以下,2.30歳代,3.40歳代,4.50歳代,5.60歳代,6.70歳代,7.80歳以上性別1.男性,2.女性通院期間1.1年未満,2.2年未満,3.3年未満,4.5年以上,5.10年未満,6.10年以上通院方法1.単独通院可,2.付添いが必要通院手段1.自家用車,2.バス,3.電車,4.その他今後の診療形態の希望1.診療も検査も大学,2.検査のみは他施設で可,3.診療連携が十分なら診療も検査も可,4.地元の眼科施設への転院希望表2アンケート項目(2)アンケート項目回答選択肢年齢1.20歳以下,2.30歳代,3.40歳代,4.50歳代,5.60歳代,6.70歳代,7.80歳以上性別1.男性,2.女性通院手段1.自家用車,2.バス,3.電車,4.その他通院時間()分同居家族構成単身,配偶者,親,子供,孫,親戚,その他インターネットの利用の有無あり,なしICTの診療への利用目的1.自分のカルテを作る,2.医師にメールなどで相談,3.看護師にメールなどで相談,4.病気の情報を集める,5.薬の管理(125)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012273■:診療連携が十分なら両方■:地元診療所希望80歳代70歳代60歳代50歳代:診療も検査もすべて山梨大:検査のみなら他の病院も可表3アンケート回答者年齢分布(全国回答者中で年齢が判明したもの)全体20歳代30歳代40歳代50歳代60歳代70歳代80歳代診療も検査もすべて山梨大146221219335325検査のみなら他の病院も可2700334134診療連携が十分なら両方9303117203715地元眼科紹介90010134合計275252729581064850歳未満全体■:診療連携が十分なら両方■:地元診療所希望:診療も検査もすべて山梨大:検査のみなら他の病院も可0%20%40%60%80%100%図1今後の診療希望電車バス自家用車0%20%40%60%80%100%図3通院方法と診療連携の受け入れあった.50歳未満の患者においては,大学病院における診療のみを引き続き希望する患者は40.5%と減少し,何らかの形で地元診療機関との診療が可能な患者は47.6%と高かった.50歳以上の患者では傾向には大きな差はなく半数強の患者が大学のみの診療を希望していた.通院年数と診療連携の在り方について検討した(図2).その結果,通院年数が1年未満と短い患者においては大学での診療を希望する患者は31.0%であったのに対し,通院期間が長くなるほど,大学病院での診療希望率は上昇する傾向を示し,3年以上5年未満の患者では70%程度の患者が希望した.当院への通院方法は自家用車,電車,バスはそれぞれ79.1%,7.1%,13.8%であった.通院方法と診療連携に関して検討した(図3).自動車で通院が可能な患者の51.4%が大学のみでの診療を希望していたが,電車,バスで通院していた患者では大学の274あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(名):診療も検査もすべて山梨大■:検査のみなら他の病院も可10年以上10年未満5年未満3年未満2年未満1年未満図2通院年数と診療連携の在り方:診療も検査もすべて山梨大■:検査のみなら他の病院も可付添い単独通院0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%図4単独通院者と付添い者の必要な通院者における診療連携の受け入れみの診療を希望する患者はそれぞれ57.9%,67.6%と高い傾向がみられた.通院における付添い者の有無に関して検討した(図4).通院に際して単独通院の患者は72.1%であり,27.9%は付添いが必要であったが,単独通院者の54.2%が大学のみでの診療を希望していたのに対し,付添いが必要な患者の大学のみでの診療希望率は44.7%とやや低かった.一方,地元診療機関における診療希望率は単独通院者が2.8%であったのに対し,付添いが必要な患者では7.1%と高くなっていた.2.緑内障診療へのICTの活用に関する調査面談した患者は全125名,内容は男性64名,女性61名であった.平均年齢は65.31±4.0歳であった.全対象者のうち,インターネットを利用していない患者は69%と利用している患者(31.0%)の2倍以上であった.ICTを医療に活用することに対しての意見を図5に示す.とても賛成,ど(126)どちらかといえば反対反対1.6%0.8%どちらかといえば賛成15.7%図5ICTの医療への活用について:全体:とても賛成■:どちらかといえば賛成インターネット非利用者インターネット利用者0%20%40%60%80%100%図6インターネット利用の有無によるICTの活用に関する意識比較■:どちらとも言えない■:あまり興味がない■:興味がない:興味がある■:まあ興味がある薬の管理病状の説明など再確認看護師にメール相談医師にメール相談自己カルテを作成0%20%40%60%80%100%図7ICTの活用希望領域ちらかといえば賛成を合わせて活用に積極的な意見が全体の64.5%と多数を占めていたのに対し,どちらかといえば反対,反対が2.4%のみであった.一方で,どちらとも言えないが33.1%存在した.ICTの医療への活用に対してインターネットを使用している患者と使用していない患者に分けて検討した(図6).その結果,インターネット利用者においては75.8%が積極的に賛成し,反対がないのに対して,非利用者においては58.1%が賛成,3.5%が反対とインターネットの使用の有無による違いが目立った.ICTをどのように活用したいかについて結果を図7に示す.最も活用したい項目は自己カルテを作成すること,病状の説明の再確認であった.その他,医師への相談,薬の管理も比較的高い希望を示した.III考察緑内障治療において最も重要なことは緑内障性視神経障害が進行して重篤な視機能障害をきたさないように,生涯にわたって適切な管理を行うことである.このためには,治療目標を正しく定め必要な治療を続けていくことが重要であるが,自覚症状の少ない緑内障の場合,患者の積極的な診療への参加が重要である.このためには医師と患者が疾患に対して十分に意識を共有することが大切であるが,患者数の増加と専門医数の不足により医師と患者の良好な関係の維持が従来に比べ困難になってきている.この課題を克服するためには基幹病院の緑内障専門医と地域診療機関の眼科医の連携が不可欠である.今回緑内障患者を対象にアンケート調査を行い病診連携に関する患者意識調査を行った.その結果,ほぼ半数の患者が何らかの病診連携を行うことに賛同したが,年齢の高い世代や通院期間が長い患者においては連携に比較的消極的であった.今回アンケートを行った患者はすでに大学病院で診療を受けている患者であり,一般的な患者より大学病院志向が強い可能性があることがその一因であると思われたが,病診連携を進める課題としては,通院期間が長期化する前に患者に緑内障診療の特徴について説明し,病診連携の必要性について理解をしていただくことが重要と思われた.また,地方病院であることから自家用車での通院者も多かったが,単独で自家用車で通院している患者に比べ,公共の交通機関を利用している患者においては病診連携にやや消極的な傾向がみられた.これは大学病院へは比較的公共交通機関が発達しているが,地方においては地域の眼科診療機関への公共交通機関の充足が少ないことも影響している可能性が考えられた.また,付添いのない患者に比べ付添いのある患者のほうが病診連携指向が強かったが,この背景には患者が付添い者に配慮しているか付添い者の負担が大きい可能性があると思われた.医療におけるICTの活用は眼科領域ではまだほとんどないが,今回の面談結果では,積極的な意見が多いことが明らかになった.特にインターネットの利用者においてはICTの医療への活用に対する反対意見はなく,賛成意見が非常に多かった.緑内障患者には中高齢者が多く,今回のアンケート対象も平均年齢が65.3歳と高齢であったため,インターネット利用者率は31%と低かった.今後インターネットの普及などICTの利用を促進することが重要であると思われた.ICTの活用分野に関して調査した結果,自分自身の病状を理解することと投薬内容を管理することが最も関心の高い項目であった.緑内障診療は生涯にわたるものであり,今後はICTを活用し患者が興味をもつこれらの情報を積極的(127)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012275に開示し,患者の病識を高め投薬を管理していくことが非常に重要であると考えられた.今回の検討では当院に通院中の緑内障患者を対象にしたために患者背景にやや偏りがある可能性がある.診療連携意識調査のアンケートは,緑内障外来の受診者を対象とした調査であるが,同日では回答時間が十分に取れないため後日郵送も可とした.さらに高齢者および高度視野機能障害者も多く,アンケートの回答が困難な対象も比較的多かったため,回収率が52.6%とやや低い結果となった.また,本学は2005年よりICTを活用した緑内障診療支援システムを行っており9.11),一般的緑内障患者よりICTに対する理解が高い可能性がある12).今回の解析には重症度,治療歴,投薬数などは解析対象としていない.重症度に関しては今回のアンケートは無記名回答が基本であるため,個人特定が困難であり,客観的重症度を判断することができなかった.今後これらも解析対象として検討する必要がある.適正な患者分配により診療連携を行うことが,外来待ち時間の短縮や視野検査などの諸検査を効率的に行い,ひいては予約期間の短縮や緑内障診療の適正化につながると考えられる.今後はより患者の状態に合わせた病診連携を進め,重篤な患者と安定した患者に対する治療を専門病院と一般診療機関とで適正に分担していくことが重要と思われる.今回,病診連携や緑内障診療にICTを導入する際の課題が明らかになった.これらを克服してより高品質な緑内障診療を均一に提供できる体制つくりを行っていく必要がある.文献1)QuigleyHA:Numberofpeoplewithglaucomaworld-wide.BrJOphthalmol80:389-393,19962)QuigleyHA:Glaucoma.Lancet377:1367-1377,20113)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleglaucomainJapanese:TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20044)原晋介:【これからの医工連携】はじめに情報通信技術の健康・医療分野への活用に向けて.電子情報通信学会誌94:166-171,20115)山本隆一:【情報爆発時代に向けた新たな通信技術限界打破への挑戦】情報爆発時代における通信の果たす役割とその未来像保健医療分野での通信技術の課題.電子情報通信学会誌94:380-384,20116)柏木賢治:【地域連携はどこまで進んだかEHRの実現で日本の医療を救う】MODELCASEいかにして地域連携にITを活用するか慢性期疾患管理を中心とした地域連携.INNERVISION24:33-37,20097)横井正紀:【電子カルテと地域医療ネットワーク医療連携の未来のために】地域医療連携に必要な次世代情報通信技術情報化基盤のための地域医療モデルとは何か.DIGI-TALMEDICINE5:38-40,20058)武蔵国弘:インターネットの眼科応用他科のインターネット事情.あたらしい眼科26:509-510,20099)柏木賢治:インターネットを用いた新しい慢性疾患診療支援システムの構築.日眼会誌111:114-116,200710)柏木賢治:慢性疾患診療支援システム開発に関する研究.日本遠隔医療学会雑誌5:131-132,200911)柏木賢治,寺田信幸,鈴木新一:疾患別管理を基本とした新しい病診連携システムの模索.日本遠隔医療学会雑誌2:182-183,200612)柏木賢治:WEBを用いた診療情報提供が緑内障患者の疾患理解度に与える影響マイ健康レコードの医療リテラシー改善効果.日本遠隔医療学会雑誌7:30-34,2011***276あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(128)

線維柱帯切開術後の選択的レーザー線維柱帯形成術の効果

2012年2月29日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(2):267.271,2012c線維柱帯切開術後の選択的レーザー線維柱帯形成術の効果森村浩之伊藤暁高橋愛池田絵梨子公立学校共済組合近畿中央病院眼科E.ectofSelectiveLaserTrabeculoplastyforPrimaryOpen-AngleGlaucomawithPriorHistoryofTrabeculotomyHiroyukiMorimura,SatoruItoh,AiTakahashiandErikoIkedaDepartmentofOphthalmology,KinkiCentralHospital目的:線維柱帯切開術(LOT)既往の原発開放隅角緑内障(POAG)症例での選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の眼圧下降効果をレトロスペクティブに検討した.対象および方法:過去にPOAGに対してLOTが行われ,2008年から2010年までにSLTを施行した15例15眼を対象とした.平均年齢は62.3±12.0歳(42.81歳)で平均経過観察期間は18.3±8.1カ月(1.33カ月)であった.眼圧,眼圧下降率(ΔIOP)について検討した.LOTは白内障同時手術8例8眼,LOT単独手術が7例7眼であり,そのうち3例3眼はすでに眼内レンズ挿入眼であった.SLTは全例全周に照射した.結果:SLT前の眼圧は19.2±3.4mmHgで,SLT後1カ月で15.4±3.1mmHg,3カ月で13.7±3.2mmHg,6カ月で14.1±2.7mmHg,12カ月で16.1±4.0mmHgとなり,眼圧下降率はSLT後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月がそれぞれ18.5±15.6%,26.9±17.7%,24.4±18.9%,17.3±17.3%となり有意に下降した(p<0.05).SLTの眼圧下降率10%とした有効率は80%,20%では53.3%,3mmHg以上下降では60%であった.2回連続で眼圧下降率が10%未満となったときの最初の時点をendpointと定義したKaplan-Meier法による12カ月後の生存率は,58.2%であった.重回帰分析で,SLT後の眼圧に関与する有意な因子は,SLT治療前の眼圧値であった.結論:SLTはLOT後であっても有意に眼圧を下降させる効果があった.LOT後に眼圧上昇をきたした場合,線維柱帯切除術を行う前に一度試みてよいと考えられた.Weretrospectivelyevaluatedtheintraocularpressure(IOP)-loweringe.ectsofselectivelasertrabeculoplasty(SLT)inpatientswithprimaryopen-angleglaucoma(POAG)whohadpreviouslyundergonetrabeculotomy(LOT).Includedinthisstudywere15eyesof15patientswithPOAGwhounderwentLOTandhadundergoneSLTbetween2008and2010.Meanpatientagewas62.3±12.0years(mean±standarddeviation),rangingfrom42to81years.Followupperiodwas18.3±8.1months,rangingfrom1to33months.Ofthe15eyes,8hadundergoneLOTwithphacoemulsi.cationandaspiration+intraocularlensimplantation(PEA+IOL);theother7eyeshadundergonesingleLOT,3ofthosealsoreceivingPEA+IOL.SLTwasappliedover360degreesofthetrabecularmeshwork.MeanIOPdecreasedfrom19.2±3.4mmHgto15.4±3.1mmHgat1month,13.7±3.2mmHgat3months,14.1±2.7mmHgat6months,and16.1±4.0mmHgat12months.IOPreductionratewas18.5±15.6%at1month,26.9±17.7%at3months,24.4±18.9%at6months,and17.3±17.3%at12months,signi.cantlydi.erentvalues(p<0.05).Theresponderratefor10%,20%orover3mmHgpressurereductionwas80%,53.3%,or60.0%respectively.Kaplan-Meiersurvivalanalysisshowedthatthesuccessratesfortwoconsecutive10%IOPreductionat12monthsafterSLTwas58.2%.Pre-SLTIOPandpost-SLTIOPshowedcorrelationonmultipleregressionanalysis.SLTsigni.cantlydecreasedIOPinpatientswithPOAGwhohadundergoneLOT.SLTappearstobeane.ectivetreatmentforuncontrolledPOAGwithpriorhistoryofLOT,before.lteringsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):267.271,2012〕Keywords:選択的レーザー線維柱帯形成術,線維柱帯切開術,原発開放隅角緑内障,眼圧.selectivelasertrabe-culoplasty,trabeculotomy,primaryopen-angleglaucoma,intraocularpressure.〔別刷請求先〕森村浩之:〒664-8533伊丹市車塚3-1公立学校共済組合近畿中央病院眼科Reprintrequests:HiroyukiMorimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KinkiCentralHospital,3-1Kurumazuka,Itami,Hyogo664-8533,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(119)267はじめに原発開放隅角緑内障(POAG)に対して線維柱帯切開術(LOT)を行った後の眼圧は,15mmHg以上のhighteensになることが多いと報告されている1).緑内障の病期が早期あるいは,高齢であれば,この眼圧値でも許容されると考えられるが,経過観察中,視野進行がみられたり,眼圧上昇をきたし,さらに追加処置が必要になることもある.この場合,線維柱帯切除術が行われることが一般的である2).しかし,線維柱帯切除術には濾過胞への細菌感染をはじめとした少なくない合併症が知られており,患者の年齢,意思を考えた場合,レーザーなど他の方法も考慮される場合がある3).選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculo-plasty:SLT)は1995年にLatinaらによりメラニン吸収率の高い半波長Nd:YAGレーザー(波長532nm)をごく短時間照射することにより隅角色素上皮のみに選択的に作用し,眼圧を下降させる基礎実験が報告された4).その後,1998年にヒトでの応用が初めて報告され,以降数多くの眼圧下降の報告がされている5.10).これまで,無治療のPOAGあるいは,抗緑内障点眼薬使用中でのSLTの検討が多く,緑内障手術後のSLTの効果についての報告は少ない.今回,筆者らはLOT後に眼圧コントロール不良,視野進行により,さらに眼圧下降が必要になり,その方法としてSLTを行い,その眼圧下降効果についてレトロスペクティブに検討した.I対象および方法対象は,2008年1月から2010年5月までに当科でLOT後に眼圧コントロール不良,視野進行により,さらに眼圧下降のためSLTが必要になったPOAG症例15例15眼で,LOTは1回行われており,初めてSLTを施行し,1カ月以上経過観察できた症例とした.眼圧測定は,Goldmanntonometerで行った.LOTはLOT単独で行った症例が7眼,そのうち3眼ではLOT以前に超音波乳化吸引白内障手術+眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)が行われており,IOL挿入眼であった.8眼はLOT+PEA+IOLが行われていた.男性7例7眼,女性8例8眼,平均年齢は62.3±12.0歳(42.81歳),平均観察期間は18.3±8.1カ月(1.33カ月),LOTからSLTまでの期間は平均44.1±44.2カ月(3.192カ月),術前眼圧19.2±3.4mmHg(14.26mmHg),緑内障治療薬は平均2.3±0.6剤(1.3剤)であった.SLT後,経過観察期間中は点眼薬の変更は1眼で,SLT後6カ月でラタノプロスト1剤からラタノプロスト+チモロール合剤とブリンゾラミド点眼に増量していた.この1眼は点眼増量の時点で打ち切りとした.観血的治療をSLT後に行った症例は,今回の経過観察中にはなかった.SLTは術前に十分説明し,患者から同意を得たうえで,ellex社製TangoRを使用し,波長532nm,spotsize400μm,パルス幅3ns,照射範囲は360°全周行った.Powerは気泡が生じる程度の最小エネルギーで0.6.0.9mJで,平均103発(80.120発)照射した.総照射エネルギーは平均85.3±15.5mJ(64.0.132.0mJ)であった.全症例でSLT前後に1%アプラクロニジン(アイオピジンR)を点眼し,ステロイド点眼は使用しなかった.SLT前とSLT後の平均眼圧を比較して,pairedt-testで検定した.同時期に行った観血的治療既往のないSLT単独治療を行った15例15眼と比較し,pairedt-testで検定した.SLTの有効率を眼圧10%,20%,3mmHg以上下降に分類し,検討した.緑内障点眼薬数を2剤以下と3剤以上の症例に分けて,眼圧下降率を比較検討した.眼圧下降率が2回連続で10%未満となったときの最初の時点,緑内障点眼薬が増加したときをendpointと定義して,Kaplan-Meier生命表解析を行った.さらに眼圧に影響する因子を重回帰分析により検討した.検討した因子は,性別,年齢,LOTからSLTまでの期間,緑内障点眼薬数,SLT総エネルギー,SLT前の眼圧である.統計解析ソフトはJMPver8.0を使用した.II結果症例全体の眼圧経過を図1に示す.SLT前の眼圧は19.2±3.4mmHgで,SLT1カ月後15.4±3.1mmHg,3カ月後13.7±3.2mmHg,6カ月後14.1±2.7mmHg,12カ月後16.1±4.0mmHg,最終診察時14.9±3.7mmHgとなり,SLT後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月でSLT前に比べすべての時期で,有意に眼圧は下降した(p<0.05).図2に眼圧下降率を示す.SLT後1カ月で18.5±15.6%,3カ月で26.9±17.7%,6カ月で24.4±18.9%,12カ月で17.3±17.3%,最終診察時20.0±21.7%となった.当院で同時期に行った緑内障点眼使用症例でSLTのみを行った15例15眼では,SLT前の眼圧は18.6±4.4mmHgで,SLT1カ月後15.4±4.0mmHg,3カ月後14.8±3.5mmHg,6カ月後15.4±3.9mmHg,12カ月後15.5±2.8mmHg,最終診察時(平均観察期間23.7±6.7カ月)15.3±2.6mmHgであった.各時期ともLOT後のSLT症例の眼圧値と有意な差はみられなかった(p>0.05).最終診察時(平均観察期間18.3カ月)での,SLTの有効率は10%以上下降とした場合80%,20%以上下降とした場合53.3%,3mmHg以上下降とした場合60%となった.また,SLT後6カ月での有効率は10%以上下降した場合64.3%,20%以上下降とした場合57.1%,3mmHg以上下降とした場合64.3%となった.SLT前の緑内障点眼薬数を2剤以下と3剤以上に分けて,SLTによる眼圧下降値を検討した.2剤以下の群ではSLT前19.1±4.2mmHgであったが,SLT後最終診察時は14.3268あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(120)017.318.520.024.426.920406080眼圧下降率(%)100観察期間(眼数)図1LOT後のSLTの眼圧経過Pairedt-test*:p<0.05.1009080706050403020100123456789101112観察期間(月)図3眼圧下降率10%未満が2回連続した最初の時点をend累積生存率(%)観察期間(眼数)図2LOT後のSLTによる眼圧下降率表1重回帰分析によるSLTの眼圧下降に影響を与える因子についてF値p値性別4.20230.0745年齢0.00340.9547LOT-SLT期間0.85510.3822点眼数0.91470.3669SLT総エネルギー4.44220.0681SLT前の眼圧値11.65290.0092**:p<0.05.内障に対してSLTを行った結果を検討した.これまで,未治療のPOAGに対するSLTの効果については,McIlraithpointと定義したKaplan-Meier生命表解析±3.6mmHgとなり,眼圧下降率は25.1%であった.3剤以上の群ではSLT前19.3±1.1mmHgであったが,SLT後最終診察時は15.8±3.8mmHgとなり,眼圧下降率は18.1%であった.両群間のSLT前,SLT後の眼圧,眼圧下降率に有意差はみられなかった.眼圧下降率が2回連続10%未満となったときの最初の時点あるいは緑内障点眼薬が増量となった時点をendpointと定義したKaplan-Meier生命表解析結果を図3に示す.SLT後1カ月で80.0%,3カ月で80.0%,6カ月で65.5%,12カ月で58.2%の生存率となった.SLT後の眼圧下降率に影響を与える因子を重回帰分析により検討した(表1).SLT前の眼圧値が高い症例ほど眼圧下降率が高く,有意に相関していた(p<0.05).性別,年齢,LOTからSLTまでの期間,緑内障点眼薬数,SLT総エネルギーにおいては,有意な相関はみられなかった.III考按今回は,すでに線維柱帯切開術が行われている開放隅角緑ら,Nagarらにより,SLT後1年で30%以上の眼圧下降効果があると報告されている6,7).緑内障点眼薬使用下でのSLTの成績についても数多くの報告がある10.14).有効性については,各報告により異なり,また対象症例の病型,背景も異なるため,単純な比較は困難であるが,緑内障点眼下では,眼圧下降率は10%台となり,未治療のPOAGに対する効果より小さくなっていた.さらに緑内障手術が行われている症例に対するSLTの報告では,これまでは濾過手術と流出路再建術をまとめて緑内障手術歴として検討されていることが多い.緑内障手術のSLTの眼圧下降に与える影響については,報告により異なる.真鍋らはLOTと線維柱帯切除術(LEC)を合わせて8眼で検討しており,手術既往眼のほうが,有意に眼圧下降していたと報告している15).南野らも症例数は少ないが,LEC3眼(2眼は非穿孔性線維柱帯切除術,1眼が線維柱帯切除術)で,それぞれSLTが有効であったと報告している16).一方,望月らは眼圧下降幅3mmHg以上または眼圧下降率20%以上を有効とした場合,LEC4眼ではすべて無効で,LOT1眼も3カ月までは有効であったが6カ月目に無効になったと,LEC既往眼で成績が悪かったと報告している17).(121)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012269上野らは,濾過手術5眼,流出路再建術4眼でSLT後3カ月で有意な眼圧下降がみられなかったと報告している18).今回筆者らの検討では,SLT360°照射で,SLT後1カ月,3カ月,6カ月,12カ月において,有意な眼圧下降が得られ,有効率は10%以上下降とした場合80%,20%以上下降とした場合53.3%,3mmHg以上下降とした場合60.0%となった.これは,未治療のPOAGに対するSLTの効果より弱いが,緑内障点眼薬使用下でのSLTの効果と同程度と考えられ,LOT後のSLTは,今回の検討では有効であった.今回の検討でも緑内障点眼薬は2.3±0.5剤使用されており,緑内障点眼薬使用のうえにさらにLOTを行っている症例であった.緑内障点眼薬の薬剤数とSLTの効果については,点眼薬数が多いほうがSLTの効果が弱いという報告9,10,19)がある一方,緑内障点眼薬が処方されている症例ではSLTの効果はSLT前の点眼数の量には影響されないという報告8,17,20)もあり,報告により差がみられる.LOT後のSLTの効果についても,緑内障点眼薬2剤以下と3剤以上使用例に分けて眼圧下降率を検討したが,2剤以下の症例群では25.1%,3剤以上でも18.1%と両群間に有意な差はみられなかった.まったく緑内障点眼薬が使用されていない未治療例と比べると緑内障点眼薬使用群はSLTの効果が減弱する可能性があるが,複数の緑内障点眼薬が使用されている場合には,SLTとの相互作用を判断するのはむずかしいと考えられた.今回,SLTの効果に影響を与える因子として,SLT前の眼圧があげられたが,これはSLT前の眼圧が16mmHg以上の群で成績がよかったという報告17)やSLT1年後の眼圧下降率が大きい症例は有意にSLT前眼圧が高かったという報告21),術前眼圧が低い症例では有意にSLTが不成功になりやすかったという報告9),SLT前眼圧とSLT後1カ月の眼圧下降率の単回帰分析で,術前眼圧が低いほど眼圧下降率が小さくなったという報告10)に一致する結果であった.今回のLOT後のPOAGに対してSLTを行った検討では,SLT後12カ月まで有意な眼圧下降が得られ,その程度はこれまでの緑内障点眼を行っている症例に対するSLTの効果と同程度であった.そのなかでもSLT後3カ月,6カ月では20%以上の眼圧下降率が得られたが,これはLOT後のPOAGで,さらに眼圧下降が必要になった症例に絞られたため,SLT前の眼圧がいわゆるlowteensの眼圧の症例がなく,比較的SLT前の眼圧が高い症例になったことが関連していると考えられる.SLTは比較的合併症の少ない治療で,LOT後であっても有意な眼圧下降が得られたので,LECを行う前に一度試みられてもよいと考えられた.しかし,本検討はレトロスペクティブな検討であり,症例数も少ないため,今後さらに症例数を増やし,長期間の検討を行うとともに,プロスペクティブな検討も必要と考えられた.本論文の要旨は,第21回日本緑内障学会(2010年)にて発表した.文献1)寺内博夫,永田誠,松村美代ほか:Trabeculotomypro-spectivestudy(術後10年の成績).あたらしい眼科17:679-682,20002)稲谷大:緑内障Now!緑内障の治療レーザー治療・手術治療線維柱帯切開術の術後管理のポイントは?あたらしい眼科25(臨増):172-174,20083)東出朋巳:緑内障手術の限界術中・術後合併症からみた安全性の限界.眼科手術17:9-14,20044)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoftrabecularmeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-371,19955)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertrabeculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthalmology105:2082-2088,19986)McIlraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertrabeculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,20067)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Arando-mised,prospectivestudycomparingselectivelasertrabe-culoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1417,20058)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,19999)SongJ,LeePP,EpsteinDLetal:Highfailurerateassoci-atedwith180degreesselectivelasertrabeculoplasty.JGlaucoma14:400-408,200510)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200711)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglauco-ma.Ophthalmology111:1853-1859,200412)DamjiKF,BovellAM,HodgeWGetal:Selectivelasertrabeculoplastyversusargonlasertrabeculoplasty:resultsfroma1-yearrandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol90:1490-1494,200613)Martinez-de-la-CasaJM,Garcia-FeijooJ,CastilloAetal:Selectivevsargonlasertrabeculoplasty:hypotensivee.cacy,anteriorchamberin.ammation,andpostoperativepain.Eye18:498-502,200414)DamjiKF,ShahKC,RockWJetal:Selectivelasertrabeculoplastyvargonlasertrabeculoplasty:aprospec-tiverandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol83:718-722,199915)真鍋伸一,網野憲太郎,高島保之ほか:SelectiveLaserTrabeculoplastyの治療成績.眼科手術12:535-538,199916)南野桂三,松岡雅人,安藤彰ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科26:1249-1252,2009270あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(122)17)望月英毅,高松倫也,木内良明:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の有効率.あたらしい眼科25:693-696,200818)上野豊広,岩脇卓司,湯才勇ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科25:1439-1442,200819)松葉卓郎,豊田恵理子,大浦淳史ほか:全周照射による選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.眼科手術22:401-405,200920)山崎裕子,三木篤也,大鳥安正ほか:大阪大学眼科における選択的レーザー線維柱帯形成術の成績.眼紀58:493-498,200721)HodgeWG,DamjiKF,RockWetal:BaselineIOPpredictsselectivelasertrabeculoplastysuccessat1yearpost-treatment:resultsfromarandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol89:1157-1160,2005***(123)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012271

ラタノプロスト効果不十分例の点眼をビマトプロストに切替えたときの眼圧下降効果と安全性の検討

2012年2月29日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(2):259.265,2012cラタノプロスト効果不十分例の点眼をビマトプロストに切替えたときの眼圧下降効果と安全性の検討広田篤*1井上康*2永山幹夫*3相良健*4岡田康志*5古本淳士*6木内良明*7*1広田眼科*2井上眼科*3永山眼科クリニック*4さがら眼科クリニック*5おかだ眼科*6ふるもと眼科*7広島大学大学院医歯薬学総合研究科視覚病態学E.cacyandSafetyofBimatoprostasReplacementforLatanoprostAtsushiHirota1),YasushiInoue2),MikioNagayama3),TakeshiSagara4),KojiOkada5),AtsuhitoFurumoto6)YoshiakiKiuchi7)and1)HirotaEyeClinic,2)InoueEyeClinic,3)NagayamaEyeClinic,4)SagaraEyeClinic,5)OkadaEyeClinic,6)FurumotoEyeClinic,7)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,HiroshimaUniversityGraduateSchoolofBiomedicalSciences目的:ビマトプロスト(bimatoprost:BIM)点眼薬の眼圧下降効果と安全性を比較検討した.方法:24週間以上ラタノプロスト(latanoprost:LAT)単独または併用療法を行っても眼圧下降が不十分な広義原発開放隅角緑内障65例65眼を対象とした.LATをBIMに切替えて24週間観察した.結果:眼圧は切替え前17.5±4.1mmHgで,BIM切替え2週後15.7±3.6mmHg,24週後14.1±3.4mmHgで,いずれも有意に下降した(p<0.0001).切替え前からの眼圧下降率が20%以上の症例は53%であった.結膜充血スコアは切替え前より2週後で有意に高かった(p<0.05).副作用出現(5例)は角膜上皮障害5眼,結膜充血1眼,眼痛1眼で,いずれも軽度であった.中止例は8例で,無効または眼圧上昇1例,副作用2例,手術施行1例,患者希望4例であった.結論:BIMはLATで効果不十分な症例に対し,さらなる眼圧下降効果が期待できる.Object:Toevaluatethesafetyandocularhypotensivee.ectofbimatoprost(BIM)asareplacementforlatanoprost(LAT).Method:BIMwasadministeredfor24weeksto65eyesof65primaryopen-angleglaucomapatientswhowereintolerantofLATtherapyexceeding24-weeks.Results:Intraocularpressure(IOP)was17.5±4.1mmHgatbaseline,15.7±3.6mmHgat2weeksand14.1±3.4mmHgat24weeksaftertheswitch(p<0.0001).IOPchangewas≧20%in53%ofpatients.Conjunctivalhyperemiascoreincreasedsigni.cantlyat2weeks(p<0.05).Adverseeventsobservedin5patientscomprisedcornealepitheliumdisorders:5;conjunctivalhyperemia:1andocularpain:1.Withdrawalsfromthestudytotaled8patients:1forine.ectivenessorincreasedIOP;2foradverseevent;1forsurgeryand4forceasedparticipation.Conclusion:BIMise.ectiveasareplacementforLATinpatientswhoareintolerantofLATtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):259.265,2012〕Keywords:緑内障,ラタノプロスト,ビマトプロスト,眼圧,副作用.glaucoma,latanoprost,bimatoprost,intraocularpressure,sidee.ect.はじめに緑内障治療でevidence-basedmedicine(EBM)が確認された唯一の治療は眼圧下降であり,その治療法の主体は薬物療法である.薬物療法は点眼薬が主で,交感神経作動薬,副交感神経作動薬に加え,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬(carbonicanhy-draseinhibitor:CAI)およびプロスタグランジン(prosta-glandin:PG)系薬などの多種の薬剤が市販されている.現在,緑内障治療薬のなかで最も汎用されているのはPG系点眼薬で,2011年3月の時点でわが国では5種類の市販薬が〔別刷請求先〕広田篤:〒745-0017山口県周南市新町1-25-1広田眼科Reprintrequests:AtsushiHirota,M.D.,HirotaEyeClinic,1-25-1Shinmachi,Shunan-city,Yamaguchi745-0017,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(111)259ある.イソプロピルウノプロストンを除くPG系薬は他の薬剤に比べ,眼圧下降効果は強いが,全身副作用が少なく,点眼回数は1回/日で使いやすい.しかし,結膜充血,虹彩色素沈着などの局所の副作用の頻度が高いことも指摘されている1).2009年11月から使用可能になったPG系点眼薬のビマトプロスト(bimatoprost:BIM)はプロスタマイド系,ラタノプロスト(latanoprost:LAT),トラボプロスト,タフルプロストはプロスタノイド系に分類されている.LAT,トラボプロスト,タフルプロストはプロドラッグで,アシッド体に変化してからプロスタノイド受容体に結合してぶどう膜強膜流出路からの房水流出を促進する.一方,BIMは未変化体として直接プロスタマイド受容体に結合して房水流出を促進する2).そのため患者によってPG系薬の効果に差がある可能性があり,海外では原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)あるいは高眼圧症(ocularhypertension:OH)の患者に対しBIMはLATと比較して眼圧下降効果は高いが,結膜充血も強いとの臨床結果がクロスオーバー試験3)あるいは多施設二重盲検試験4,5)により報告されている.わが国におけるBIMとLATの多施設二重盲検比較試験の報告6)でも同様の結果であった.また,LATで眼圧下降が認められない症例が,BIMで有意に下降したとの報告もある3).LATで治療されているが眼圧下降が不十分な緑内障患者に対しては,他剤との併用が試みられることが多かったが,副作用の増加や患者の利便性を考えると,安易な薬剤の追加は避けるべきである.筆者らは以前,LATからトラボプロスト(保存剤:sofZiaTM)への切替えの有効性と安全性を評価し,眼圧は不変であったが,角膜上皮障害は減少することを報告した7).今回,LAT単独,あるいはLATと他剤との併用で治療されていて眼圧下降が不十分な症例について,LATをBIMに変更したときの眼圧下降効果と安全性について比較検討したので報告する.I対象および方法1.対象2009年12月から2010年5月の間に6施設を受診した広義POAG患者で,LAT単剤またはLATと他の緑内障治療表1除外基準1)評価対象眼において,角膜屈折矯正手術,濾過手術の既往を有する者2)評価対象眼においてLAT投与前6カ月以内に内眼手術(緑内障に対するレーザー療法を含む)の既往を有する者および治療薬を変更した者3)緑内障以外の活動性の眼科疾患を有する患者4)重症の角結膜疾患を有する者5)観察期間中に病状が進行する恐れのある網膜疾患を有する患者6)観察期間中コンタクトレンズ装用が必要な患者7)その他,担当医師が適切でないと判断した患者薬を併用して24週間以上治療を継続したが眼圧が目標値に達せず,眼圧下降が不十分と判断された症例を対象とした.評価対象は1患者について1眼とし,点眼治療のみで眼圧コントロールが可能で矯正視力が0.7以上の眼を評価対象眼とした.両眼ともに選択基準を満たす場合は,原則として切替え前の眼圧が高い眼を評価対象眼とし,眼圧が同じ場合は右眼を採用した.症例の除外基準を表1に示した.2.方法a.投与方法0.005%LATを休薬期間を置かずに0.03%BIMに変更して24週間点眼した.他の緑内障治療薬は切替え前後で用法を含めて変更しないこととした.全身および局所のステロイド薬は併用禁忌とした.ただし皮膚局所投与は併用可とした.試験期間中,眼圧に影響を及ぼす新たな薬剤投与は行わないものとし,試験期間中に内眼手術(緑内障に対するレーザー療法を含む)や濾過手術の必要のある症例は中止例とした.b.観察項目①患者背景因子年齢,性別,病歴,矯正視力,視野,緑内障併用薬,内眼手術の既往について検討した.②眼圧検査点眼切替え前(0日),切替え2,4,8,12,16,20,24週後に測定した.測定はGoldmann圧平式眼圧計を用いて,2回測定し,平均値を測定値とした.切替え後の各観察日の表2結膜充血判定基準0:充血(.)0.5:軽微な充血1:軽度の充血2:中等度の充血3:高度の充血260あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(112)測定時間は切替え前の測定時間の前後2時間以内とした.③視野検査Humphrey視野計プログラム30-2を用いて,切替え前と観察終了時(24週後)に測定した.なお,切替え前6カ月以内の視野および観察終了後3カ月以内の視野をもって,切替え前と観察終了時のものに充てることができることとした.④他覚所見結膜充血と角膜上皮障害は,切替え前(0日),切替え2,4,8,12,16,20,24週後に判定した.結膜充血は表2の判定基準に従い,角膜上皮障害はMiyataら8)のArea-Density(AD)分類により判定した.⑤患者アンケート切替え前,切替え12,24週後に実施した.自覚症状は結膜充血,異物感(目がゴロゴロする),刺激感(点眼時しみる)についてVAS(visualanaloguescale)で確認した.また,「眼圧の気になり方」,「点眼忘れの頻度」,「容器の点眼のしやすさ」,「その他気になること」について質問表を用いて調査した.c.評価項目と統計解析評価項目は眼圧,視野,視力(logMAR),他覚所見(結膜充血,角膜上皮障害),およびアンケートによるVAS(結膜充血,異物感,刺激感)とした.解析は,眼圧,視野,視力(logMAR)およびアンケートのVAS(充血,異物感,点眼刺激感)についてはpairedt-test,他覚所見についてはWilcoxonsigned-ranktestを用いて検定した.有意水準は5%未満とした.なお,本試験は倫理審査委員会の承認後,同意を取得できた患者を対象に通常の診療範囲内にて実施した.II結果1.対象および患者背景選択基準を満たした65例65眼を評価対象とした.年齢は平均74.4±8.0歳(53.93歳),男性32例(49.2%),女性33例(50.8%)であった.緑内障の病歴は5年以内が41例(63.1%)であった.症例選択時の緑内障治療薬は,LAT単剤が34例(52.3%),LAT+b遮断薬が12例(18.5%),LAT+CAIが8例(12.3%),LAT+b遮断薬+CAIが6例(9.2%),LAT+その他が5例(7.7%)であった(表3).中止例は8例で,無効または眼圧上昇1例,副作用発現2例,患者希望4例,1例は対象眼の手術施行により中止した.各症例の内訳を表4に示す.無効または眼圧上昇により中止した1例は0日眼圧17.5mmHg,2週後16.5mmHg,4週後14.5mmHg,8週後16.5mmHg,12週後17.5mmHg,16週後14.0mmHg,20週後15.0mmHg,24週後14.5mmHgと変動があり,主治医の判断で中止した.(113)表3患者背景性別男性32(49.2%)女性33(50.8%)74.4±8.0歳年齢〔平均±SD(範囲)〕(53.93歳)視野〔MD:平均±SD(.)(範囲)〕.6.61±4.82(.25.3..0.1)LogMAR視力〔平均±SD(範囲)〕.0.06±0.08(.0.2.0.2)病歴<1年5(7.7%)<5年36(55.4%)<10年15(23.1%)10年≧9(13.8%)緑内障併用薬34(52.3%)31(47.7%)変更前の使用薬剤分類LATのみ34(52.3%)LAT+b遮断薬12(18.5%)LAT+CAI8(12.3%)LAT+b遮断薬+CAI6(9.2%)LAT+a1遮断薬2(3.2%)LAT+b遮断薬+a1遮断薬1(1.5%)LAT+CAI+a1遮断薬1(1.5%)LAT+b遮断薬+CAI+a1遮断薬1(1.5%)内眼手術の既往(評価対象眼)34(52.3%)31(47.7%)白内障手術29(93.5%)Argonlasertrabeculoplasty5(16.1%)その他1(3.2%)無有無有表4中止例(8例)内訳BIM投与中止理由BIM投与期間無効または眼圧上昇24週間角膜上皮障害発現16週間角膜上皮障害発現・結膜充血24週間頭重ありとの患者希望によりLATに戻す2週間刺激感ありとの患者希望によりLATに戻す4週間右眼ぼやけるとの患者希望により他剤に変更16週間点眼忘れあるため,点眼数を減らしたいとの患者希望により配合剤に変更20週間対象眼手術施行のため(除外基準)4週間2.眼圧についてa.眼圧の推移全眼の眼圧は,0日17.5±4.1mmHg,切替え2週後15.7±3.6mmHg,4週後14.6±3.0mmHg,8週後15.2±3.2mmHg,12週後15.3±3.0mmHg,16週後14.7±3.4mmHg,20週後14.8±3.4mmHg,24週後14.1±3.4mmHgで,いずれも切替え後に有意に低下していた(いずれもp<0.0001,あたらしい眼科Vol.29,No.2,20122610日2週後4週後8週後12週後16週後20週後24週後0日2週後4週後8週後12週後16週後20週後24週後(65)(59)(60)(58)(59)(52)(54)(56)(34)(32)(33)(31)(32)(28)(29)(31)()は眼数()は眼数図1眼圧の推移(全眼)図2眼圧推移(LAT単剤からBIM単剤)0日2週後4週後8週後12週後16週後20週後24週後(12)(11)(11)(11)(11)(11)(10)(11)()は眼数p値vs0日─0.07020.00000.00290.00670.00220.00330.0009pairedt-test図3眼圧の推移(LAT+b遮断薬からBIM+b遮断薬)p値vs2週後,pairedt-test図4眼圧下降率と症例分布pairedt-test)(図1).LAT単剤投与眼では,0日16.8±4.0mmHg,切替え2週100*後15.3±3.2mmHg,4週後14.6±3.0mmHg,8週後14.9±803.3mmHg,12週後14.7±3.2mmHg,16週後15.3±3.3mmスコア症例(%)Hg,20週後14.5±3.3mmHg,24週後,14.1±3.8mmHg60と,いずれも有意に低下していた(いずれもp<0.0001,40pairedt-test)(図2).LATとb遮断薬併用眼では,0日17.4±2.7mmHg,切替え2週後15.7±2.5mmHgと有意差はなかった(p=0.0702)が,4週後13.7±2.9mmHg,8週後14.6±2.0mmHg,12週後15.3±1.4mmHg,16週後13.6±3.0mmHg,20週後14.2±2.3mmHg,24週後13.8±2.4mmHgで有意に低下していた(4週後:p<0.0001,8,12,16,20週後:p<0.01,24週後:p<0.001,pairedt-test)(図3).b.眼圧下降率の推移眼圧下降率は,切替え2週後10.4%,4週後14.5%,8週後11.8%,12週後10.4%,16週後17.1%,20週後15.1%,24週後18.0%であり,2週後の眼圧下降率に比べ4,16,20,24週後では有意に増加した(4,20週後:p<0.05,16,24週後:p<0.01,pairedt-test)(図4).262あたらしい眼科Vol.29,No.2,201220:000日2週後4週後8週後12週後16週後20週後24週後*:p<0.05vs0日Wilcoxonsigned-ranktest図5結膜充血スコアの分布3.結膜充血BIM切替え前の結膜充血発現症例は67.3%で,スコア1が44.6%を占めていた.BIM切替え2週後では有意に充血が強くなり(p<0.05,Wilcoxonsigned-ranktest),切替え前になかったスコア2の発現もあった.4週後は充血が強い傾向がみられた(p=0.0522)が,8週以降に有意差はなかっ(114)■:充血:異物感■:しみる**スコア症例(%)■:4■:3■:2:02000日2週後4週後8週後12週後16週後20週後24週後Wilcoxonsigned-ranktest12週後24週後図6AD分類スコア(A+D)の分布た(図5).4.角膜上皮障害性BIM切替え24週後までのいずれの観察時点でもスコアの分布に差はなかった(図6).BIM切替え前に角膜上皮障害が認められた11例のうち,BIM切替え後,7例は軽減あるいは消失し,4例は変化がなかった.5.視野と視力BIM切替え前meandeviation(MD値)は.6.61±4.82dB,切替え24週後では.6.16±4.42dBで有意差はなかった.LogMAR視力は,BIM切替え前.0.06±0.08,切替え12週後.0.05±0.09,24週後.0.05±0.08といずれの観察時点でも有意差はなかった.6.患者アンケート(VASスコアと回答)「結膜充血」「異物感」のVASスコアは切替え前,切替え12週後,24週,後のいずれでも差はなかった.「刺激感」のVASスコアは切替え前の0.77±1.41,切替え24週後0.33±0.82と有意に小さかった(図7)(p<0.01,pairedt-test).BIMに切替え前で『眼圧が気にならない』患者は28例(43.1%)で,『ときどき気になる』『いつも気になる』は37例(56.9%)であった.『点眼後に眼からあふれた液を拭きとったり,洗い流している』患者は51例(78.5%)であった.「点眼忘れの頻度」はBIM切替え前,切替え12週後,24週後で『めったに忘れない(多くても2.3回/月くらいしか忘れない)』がそれぞれ95.4%(62/65),96.7%(58/60),94.5%(52/55)であった.「その他気になること」では,『目のまわりが黒くなる』がそれぞれ16.9%(11/65),23.3%(14/60),25.5%(14/55)『睫毛が長くなる』はそれぞれ3.1%(2/65),0%,9.1%/55)であった.24週後で『瞼(5,がくぼんだような気がする』が5.5%(3/55)あった.「点眼のしやすさ」では,切替え前は『点眼しやすい』が18.0%(11/61)『点眼しにくい』が4.9%(3/61)であったが,切替え12週,後では『LATと同じ』66.1%(37/56),『BIMのほうがよい』16.1%(9/56)『LATのほうがよい』17.9%(10/56)であった.切替え12後および24週後に週,図7自覚症状(VAS)の推移『BIMを継続する』はそれぞれ100%(57/57)および94.6%(53/56)であった.7.副作用副作用として報告されたのは5例7眼であった.内容は角膜上皮障害が5眼,結膜充血1眼,眼痛1眼で,いずれも軽度で処置を必要とするものはなかった.III考按LAT単剤またはLATと他剤併用で24週間以上点眼治療を実施し,目標眼圧に達せず眼圧下降が不十分と判断されたPOAG患者で,LATをBIMに切替えた65例65眼について検討した.眼圧下降効果については,BIMに切替えた結果,単剤(34眼)あるいはb遮断薬併用(12眼)のいずれの群も眼圧は有意に低下した.vanderValkら9)のPOAGおよびOH患者を対象とした27の無作為二重盲検比較試験のメタアナリシスでは,LATの眼圧下降率はトラフが.28%,ピークが.31%,BIMはトラフが.28%,ピークが.33%であり,BIMのほうがピーク時では眼圧下降率は大きかった.同様にAptelら10)のPOAGおよびOH患者1,610人を対象としたメタアナリシスでは,BIMの眼圧下降値はLATより8:00,12:00,16:00,20:00のいずれの測定時刻でも有意に高かった.今回の試験はこれらの試験と異なり,LAT効果不十分例に対しての切替えであるが,各観察時点で有意な眼圧下降を得られた.これはLATがプロスタノイド受容体に作用するのに対し,BIMはプロスタマイド受容体に作用していることが要因の一つと推測される2).このことからLAT効果不十分例においてLATからBIMへの切替えは有効な選択肢の一つと考えられる.また,本試験ではBIMに切替え後,眼圧下降率は時間の経過とともに増加し,16週以降で安定すると考えられた.以上の結果は,BIM切替えの効果は,切替え早期では判定できないことを示唆している.結膜充血は,BIMに切替え前に0%であったスコア2が2(115)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012263週後では6.8%と増加した.切替え前32.3%であったスコア0が2週後では18.6%と減少した.その結果,2週後の結膜充血スコアは切替え前に比べ有意に増加した.しかし,4週後から24週後までは切替え前と有意差はなく,長期投与に伴って結膜充血が重症化することはなかった.VASスコアでもBIM投与12週後および24週後で,いずれも切替え前と差はなかったことから,BIMは点眼2週前後は結膜充血の程度が強いが,4週以降はLATと同程度と考えられた.PG系点眼薬の結膜充血は,いずれの薬剤も使用早期に発現し,長期使用による増加または増悪は少ないことから11.13),BIMも他剤と同様の推移を示したものと推測される.角膜上皮障害はBIM切替え前と切替え24週後までいずれの時点でも差はなかった.BIM投与中に5眼で副作用として角膜上皮障害が発現したが,いずれも軽度で中止した症例はなかった.BIMに切替え前に角膜上皮障害が発現していた11眼中4眼はBIM切替え24週後も変化がなかったが,7眼は角膜上皮障害が軽減あるいは消失した.これについて福田らは家兎角膜障害性の基礎的な検討14)で,BIMの角膜上皮障害性はLATより低く,その要因は添加剤によるものではないかと推測している.また,「刺激感」のVASスコアは切替え24週後で有意に低かった.これらのことから,BIMの角膜障害性や刺激性はLATより低いと考えられ,両剤のpH(LAT:6.5.6.9,BIM:6.9.7.5)やベンザルコニウム塩化物の濃度(LAT:0.02%,BIM:0.005%)の違いが反映されたものである可能性が考えられる.試験期間中のコンプライアンスは,患者のアンケートにおいて「点眼忘れの頻度」は試験を通じてほとんどが『めったに忘れない』と回答し,『週1,2回忘れる』が数例であったことから,良好であると考えられた.「点眼のしやすさ」では『LATのほうが良い』が17.9%,『BIMのほうが良い』は16.1%であったが,切替え24週後でBIMから他の薬剤に変えたいとの回答は3例(5.3%)だけであった.変更希望の理由は『LATのほうが良い』,『薬剤数を減らしたい』『眼のまわりが黒くなる』であった.継続希望例(94.6%)では,『,点眼瓶が使いやすい』,『しみない』など積極的な理由もあったが,『切替えにより特に問題はなかった』との理由が最も多く,患者使用感については両剤に差はないものと考えられた.副作用として角膜上皮障害や結膜充血が5例7眼に認められたが,いずれも軽微であった.以上の結果から,LATで眼圧下降が不十分な緑内障患者には,PG系薬以外の薬剤の追加をする前にまずはBIMに切替える方法が患者の利便性や医療経済の面から勧められる.さらに,今回の試験の患者にも含まれていると思われるLATのノンレスポンダーに対し,結膜充血や角膜障害性などの安全性を考慮しても眼圧下降効果がより強いBIMを第一選択薬にしても問題ないと考えられた.ただし,今回の試験では発現は認められなかったが,色素沈着,睫毛伸長,眼瞼陥凹などの副作用も報告されていることから15.18),患者にも本剤のメリットとデメリットを十分理解させてアドヒアランスを高めていく必要がある.本稿の要旨は,第21回日本緑内障学会において発表した.文献1)LeeAJ,McCluskeyP:Clinicalutilityanddi.erentiale.ectsofprostaglandinanalogsinthemanagementofraisedintraocularpressureandocularhypertension.ClinOphthalmol4:741-764,20102)LiangY,WoodwardDF,GuzmanVMetal:Identi.cationandpharmacologicalcharacterizationoftheprostaglandinFPreceptorandFPreceptorvariantcomplexes.BrJPharmacol154:1079-1093,20083)Gandol.SA,CiminoL:E.ectofbimatoprostonpatientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertensionwhoarenonresponderstolatanoprost.Ophthalmology110:609-614,20034)DirksMS,NoeckerRJ,EarlMetal:A3-monthclinicaltrialcomparingtheIOP-loweringe.cacyofbimatoprostandlatanoprostinpatientswithnormal-tensionglaucoma.AdvTher23:385-394,20065)NoeckerRS,DirksMS,ChoplinNTetal:Asix-monthrandomizedclinicaltrialcomparingtheintraocularpres-sure-loweringe.cacyofbimatoprostandlatanoprostinpatientswithocularhypertensionorglaucoma.AmJOph-thalmol135:55-63,20036)北澤克明,米虫節夫:ビマトプロスト点眼剤の原発開放隅角緑内障または高眼圧症を対象とする0.005%ラタノプロスト点眼剤との無作為化単盲検群間比較試験.あたらしい眼科27:401-410,20107)KanamotoT,KiuchiY,SuehiroT:E.cacyandsafetyoftopicaltravoprostwithsofZiapreservativeforJapaneseglaucomapatients.HiroshimaJMedSci59:71-75,20108)MiyataK,AmanoS,SawaMetal:Anovelgradingmethodforsuper.cialpunctatekeratopathymagnitudeanditscorrelationwithcornealepithelialpermeability.ArchOphthalmol121:1537-1539,20039)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocu-larpressure-loweringe.ectsofallcommonlyusedglauco-madrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,200510)AptelF,CucheratM,DenisPetal:E.cacyandtolera-bilityofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofran-domizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,200811)AlagozG,BayerA,BoranCetal:Comparisonofocularsurfacesidee.ectsoftopicaltravoprostandbimatoprost.Ophthalmologica222:161-167,2008264あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(116)12)AbelsonMB,MrozM,RosnerSAetal:Multicenter,open-labelevaluationofhyperemiaassociatedwithuseofbimatoprostinadultswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AdvTher20:1-13,200313)相原一:プロスタグランジン関連眼圧下降薬の選択.日本の眼科81:1025-1026,201014)福田正道,佐々木洋,高橋信夫ほか:角膜抵抗測定装置によるプロスタグランジン関連点眼薬の角膜障害の評価.あたらしい眼科27:1581-1585,201015)CentofantiM,OddoneF,ChimentiSetal:Preventionofdermatologicsidee.ectsofbimatoprost0.03%topicaltherapy.AmJOphthalmol142:1059-1060,200616)SharpeED,ReynoldsAC,SkutaGLetal:Theclinicalimpactandincidenceofperiocularpigmentationassociat-edwitheitherlatanoprostorbimatoprosttherapy.CurrEyeRes32:1037-1043,200717)YamJC,YuenNS,ChanCW:Bilateraldeepeningofupperlidsulcusfromtopicalbimatoprosttherapy.JOculPharmacolTher25:471-472,200918)JayaprakasamA,Ghazi-NouriS:Periorbitalfatatrophy─anunfamiliarsidee.ectofprostaglandinanalogues.Orbit29:357-359,2010***(117)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012265

β遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合点眼液に切り替えた緑内障患者の効果および安全性

2012年2月29日 水曜日

《原著》あたらしい眼科29(2):253.257,2012cb遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合点眼液に切り替えた緑内障患者の効果および安全性武田桜子上村文松原正男東京女子医科大学東医療センター日暮里クリニックE.cacyandSafetyofSwitchtotheDorzolamide/TimololFixedCombinationinGlaucomaPatientsSakurakoTakeda,AyaUemuraandMasaoMatsubaraTokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,NipporiClinic多剤使用している緑内障治療薬の種類を減らし,またはさらに眼圧を下げたい症例で,b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬〔以下,CAI(carbonicanhydraseinhibitor)〕の配合点眼液(コソプトR配合点眼液,以下,b/CAI配合点眼液)に切り替えたときの眼圧,眼圧下降率およびアドヒアランスを調べた.32人の原発開放隅角緑内障,正常眼圧緑内障を6カ月にわたり調査した.b遮断薬とCAIを併用していた患者において,b/CAI配合点眼液への変更では,眼圧は有意な変化を示さず,b遮断薬のみ点眼の患者では,b/CAI配合点眼液への変更で眼圧は有意に変化した.84.2%の患者がb/CAI配合点眼液を続けたいと答えた.The.xedcombinationofdorzolamide/timolol(CosoptR)isapotentregimenforloweringintraocularpressure(IOP)andisexpectedtobebene.cialinreducingthenumberofinstillationsforbetterpatientcompliance.Enrolledinthisstudywere32glaucomapatientswithprimaryopen-angleglaucomaornormal-tensionglaucomawhohadbeentreatedwithtopicalanti-glaucomamedications.IOPandIOP-loweringratewereevaluatedat6monthsafterswitchingtoa.xedcombinationofdorzolamide/timolol.Theresultsindicatedthatthe.xedcombina-tionofdorzolamide/timololwasase.ectiveinloweringIOPastheconcomitantadministrationofdorzolamideandtimolol,andwasmoree.ectivethanbeta-blockermonotherapy.Oftheenrolledpatients,84.2%preferredtocon-tinueusingthe.xedcombinationofdorzolamide/timolol.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(2):253.257,2012〕Keywords:b遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合点眼液,切り替え試験,眼圧下降率.dorzolamide/timolol.xedcombi-nation,switching,intraocularpressureloweringrate.はじめに緑内障は,多治見スタディでわが国の有病率は5%と報告されている1)が,治療により回復,通院終了することのない慢性疾患であるため,高齢化に伴い今後日常診察での患者数は増え続けると予想される.緑内障治療には眼圧を恒常的に下げることが最も重要であり2),単剤で眼圧コントロールが不十分である際には多剤併用療法を行う必要がある.したがって罹患期間が増えるほど,また眼圧が高いほど多剤併用の患者数は増えていく傾向にある.しかし多種類の点眼を使用すると点眼に費やす時間や手間が増え,結果的にアドヒアランスの低下やqualityoflife(QOL)を下げる可能性がある.b遮断薬と炭酸脱水酵素阻害薬〔以下,CAI(carbonicanhydraseinhibitor)〕の配合点眼液であるコソプトR(0.5%チモロールマレイン酸塩/1%ドルゾラミド塩酸塩)配合点眼液(以下,b/CAI配合点眼液)は,色素沈着や睫毛などの変化がなく眼圧下降効果の高い配合点眼液として,海外では10年以上前から使用されており,2010年6月にわが国でも〔別刷請求先〕武田桜子:〒116-0013東京都荒川区西日暮里2-20-1ステーションポートタワー5階東京女子医科大学東医療センター日暮里クリニックReprintrequests:SakurakoTakeda,M.D.,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,NipporiClinic5F,2-20-1Nishi-Nippori,Arakawa-ku,Tokyo116-0013,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(105)253表1前治療薬と変更内容変更前変更後症例数薬剤減少群(3剤→2剤)bから変更追加群(1剤→1剤)b遮断薬+CAI+PGb遮断薬b遮断薬+PG配合点眼液+PG配合点眼液配合点眼液+PG1964その他群CAI+PG配合点眼液+PG2PG配合点眼液1発売となった.これまでのところ,海外ではb/CAI配合点眼液とb遮断薬およびCAI併用との比較では,b/CAI配合点眼液がb遮断薬およびCAI併用と同等の効果3,4),もしくは上回っている5)といった報告がある.しかし日本で発売されているb/CAI配合点眼液はドルゾラミド塩酸塩濃度が1%であり,海外の2%と比べて低濃度であるので単純に引用することはできない.また現在,日本での長期点眼での眼圧推移や眼合併症に関する臨床報告はない.今回,多剤併用治療症例あるいは眼圧下降効果が不十分な症例をb/CAI配合点眼液へ切り替え,その効果をレトロスペクティブに調べ,併せて自覚症状,使用感,点眼遵守状況などの調査を実施したので報告する.I対象および方法対象は治療中の広義の原発開放隅角緑内障患者32例32眼(男性16例,女性16例,平均年齢67.0±10.5歳).病型は原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)11例,正常眼圧緑内障(normaltension-glaucoma:NTG)21例である.b遮断薬とCAI,プロスタグランジン関連薬(以下,PG関連薬)の3剤からb遮断薬とCAIをb/CAI配合点眼液に切り替え,3種類から2種類へと総数を減少した群(以下,薬剤減少群とする),b遮断薬1剤からb/CAI配合点眼液1剤に変更追加した群(以下,bから変更追加群とする),他にPG関連薬とb遮断薬もしくはCAIの2剤併用からPG関連薬とb/CAI配合点眼薬への同数変更追加,およびPG関連薬からb/CAI配合点眼液への変更追加(以下,その他群とする)に分けて検討した(表1).評価観察期間は切り替え後6カ月としたが,その間で脱落した症例も脱落時点まで併せて調査した.眼圧評価対象眼は,両眼投与群では眼圧の高い眼を,眼圧が同等であれば右眼を,片眼性視野障害をきたしている眼では障害眼を対象とした.抗緑内障点眼液を2カ月以上連続して使用していない症例,半年以内にレーザー治療を含む内眼手術を受けた症例,ぶどう膜炎などの炎症性疾患,ステロイドの点眼または内服治療中の症例は解析対象から除外した.また,他の併用薬剤は変更しなかった症例を対象とした.併せて,自覚症状,使用感,点眼遵守状況について調査を行った.有意差検定について,点眼効果の判定は,切り替え時の眼圧測定値からの変化率を切り替え6カ月まで集計し,眼圧下降値をSteel’smultiplecomparisontestにて多重比較を,点眼遵守状況については切り替え前後でMann-Whitney-U検定を行い,p<0.05(両側)を有意とした.II結果6カ月の観察期間のうち,脱落例は3例,すべてその他群の症例であった.それぞれ1カ月,4カ月,5カ月後に配合点眼薬を中止した.理由は後述するが,いずれも眼圧上昇によるものではなかった.1.眼圧について全症例では,眼圧は切り替え前12.6±2.8mmHg(平均±標準偏差),切り替え時13.5±2.2mmHg,切り替え2週後で12.1±2.5mmHg,1カ月後で11.5±2.8mmHg,2カ月後で12.0±2.4mmHg,3カ月後で11.9±2.3mmHg,4カ月後で12.5±2.4mmHg,5カ月後で12.0±1.9mmHg,6カ月後で12.9±2.2mmHgであった.眼圧下降率は切り替え前から切り替え時に対して9.5±17.9%であったが,切り替え2週後.7.5±13.7%,1カ月後.14.4±17.1%,2カ月後.10.9±15.2%,3カ月後.11.3±12.5%,4カ月後.8.9±13.8%,5カ月後.10.0±14.0%,6カ月後.4.3±15.8%であり,6カ月後以外はすべて,切り替え時からの眼圧下降率に有意差が認められた(表2).切り替え後6カ月の眼圧において,b/CAI配合点眼液へ切り替え時の眼圧と比較して2mmHg以上の眼圧下降(以下,改善群とする)がみられたのは38.0%(11/29例),2mmHg以上眼圧が上昇した症例(以下,悪化群とする)は表2切り替え後の眼圧下降率(全症例)投与時期眼圧下降率(Mean±SD)p値*切り替え2週後.7.5±13.70.0126切り替え1カ月後.14.4±17.10.0010切り替え2カ月後.10.9±15.20.0094切り替え3カ月後.11.3±12.50.0003切り替え4カ月後.8.9±13.80.0008切り替え5カ月後.10.0±14.00.0016切り替え6カ月後.4.3±15.80.3172*:Steel-test(多重比較)(vs0週).254あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(106):悪化:不変:改善100%80%60%40%20%0%5411311621141全症例薬剤減少群bから変更群その他群図16カ月後における改善群,不変群,悪化群17.2%(5/29例),±2mmHg未満の変動(以下,不変群とする)は44.8%(13/29例)であり,82.8%でb/CAI配合点眼液に切り替えても,眼圧は改善あるいは維持された(図1).薬剤減少群(n=19)では,切り替え前12.5±2.5mmHg,切り替え時13.7±2.2mmHg,切り替え2週後12.7±2.0mmHg,1カ月後12.6±2.6mmHg,2カ月後12.3±1.8mmHg,3カ月後12.6±2.0mmHg,4カ月後13.2±2.1mmHg,5カ月後12.8±2.0mmHg,6カ月後13.6±1.9mmHgであった.眼圧下降率は切り替え前から切り替え時に対して11.6±21.4%であったが,切り替え2週後.3.5±12.7%,1カ月後.7.3±15.9%,2カ月後.8.4±16.2%,3カ月後.6.8±12.0%,4カ月後.3.1±12.6%,5カ月後.5.0±14.2%,6カ月後0.6±14.4%であり,いずれの期間においても切り替え時からの眼圧下降率は有意ではなかった(図2).切り替え後6カ月での眼圧において改善群,悪化群ともに21.1%(4/19例),不変群は57.9%(11/19例)であった.79%がb/CAI配合点眼液に切り替えても眼圧は改善あるいは維持された(図1).つぎに,bから変更追加群(n=6)では切り替え前14.5±3.7mmHg,切り替え時14.3±2.4mmHg,切り替え2週後12.2±4.0mmHg,1カ月後10.0±2.9mmHg,2カ月後12.6±3.4mmHg,3カ月後11.7±3.1mmHg,4カ月後12.0±2.7mmHg,5カ月後11.0±1.8mmHg,6カ月後11.3±1.4mmHgであった.眼圧下降率は切り替え前から切り替え時に対して0.3±9.2%であったが,切り替え2週後で.14.9±18.3%,1カ月後.30.7±13.3%,2カ月後.14.7±8.6%,3カ月後.19.4±7.9%,4カ月後.20.2±5.6%,5カ月後.18.7±10.2%,6カ月後.20.4±5.6%であり,切り替え後すべての投与時期において切り替え時からの眼圧下降率は有意であった(図2).切り替え6カ月後での眼圧はすべての症例(6例)が改善群に分類される2mmHg以上の眼圧下降を呈した(図1).その他群(n=7)では,切り替え前11.1±2.3mmHg,切り替え時12.3±1.8mmHg,切り替え2週後10.7±2.0mmHg,Δ%200-20-40:bから変更追加群:その他群-600週2週1月2月3月4月5月6月図2切り替え後の眼圧下降率(薬剤減少群,bから変更追加群,その他群)1カ月後9.9±2.0mmHg,2カ月後10.3±2.9mmHg,3カ月後10.0±1.1mmHg,4カ月後10.0±1.7mmHg,5カ月後10.8±1.0mmHg,6カ月後11.8±3.3mmHgであった.眼圧下降率は切り替え前から切り替え時に対して11.6±9.9%であったが,切り替え2週後で.10.0±10.5%,1カ月後.19.7±12.0%,2カ月後.15.9±16.3%,3カ月後.16.4±13.3%,4カ月後.20.8±10.8%,5カ月後.16.3±11.7%,6カ月後.3.1±18.8%であり,切り替え2週後,2カ月後,6カ月後以外は切り替え時からの眼圧下降率に有意差が認められた(図2).切り替え6カ月後での眼圧は改善群,および悪化群がそれぞれ25.0%(1/4例),不変群は50.0%(2/4例)であり75%の症例で,切り替えても眼圧は改善あるいは維持された(図1).2.自覚症状について1カ月で脱落した症例以外について,切り替え2.3カ月後の時点で点眼時の自覚症状(しみる,充血,異物感,痛み,かゆみ,なんともない,その他)について検討した.しみると答えたのが25.0%(8/32例)であったが,いずれも点眼続行は可能と答えており,点眼続行に支障をきたすものではなかった.他に充血,異物感,痛み,かゆみなどの自覚はみられなかった.表3薬剤減少群での点眼遵守状況変更前変更後p値*n(%)n(%)ア)つけ忘れない1263.21368.41.0000イ)3週間に一度631.6526.3ウ)2週間に一度15.315.3エ)1週間に一度00.000.0オ)もっと忘れる00.000.0計19100.019100.0*:Mann-Whitney-U検定.(107)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012255表4薬剤減少群での点眼に関する患者評価点眼が減ったことに関する印象(重複回答あり)n(%)継続希望の有無n(%)ア)回数や種類が減って楽になった1666.7ア)続けたい1684.2イ)回数が減ってつけ忘れがなくなってきた625.0イ)前の目薬に戻したい00.0ウ)回数や種類が少ないと物足りない,心配00.0ウ)どちらでもよい315.8エ)なんとも思わない28.3計19100.0オ)その他00.0計24100.03.点眼遵守状況について薬剤減少群で,切り替え前後での点眼付け忘れ頻度は有意差(Mann-Whitney-U検定)がみられなかったが,回数や種類が減って楽になった(66.7%),つけ忘れがなくなってきた(25.0%)との回答が多かった(表3).b/CAI配合点眼液についての評価としては84.2%が続けたいと答え,前の点眼構成に戻したいと希望する症例はいなかった(表4).4.副作用および脱落例(3症例)すべてその他群の症例で認められた.PG関連薬単剤からb/CAI配合点眼液に変更した1症例では,点眼変更1カ月後に霧視感の訴えがあり角膜障害AD(Area-Density)分類A1D1がA1D3に増悪していたため点眼を元に戻した.PG関連薬とCAIからPG関連薬とb/CAI配合点眼液に変更したなかで,基礎疾患に成人型アトピーがあった症例に,眼瞼炎(眼瞼掻痒感,眼瞼発赤)が生じた.点眼3カ月後に発症したが,5mmHg程度の眼圧下降がみられ,本人の強い希望で5カ月まで継続したものの眼瞼炎の改善はなく中止とし,その後選択的レーザー線維柱帯形成術を施行した.PG関連薬とb遮断薬からPG関連薬とb/CAI配合点眼液とに切り替えた1例で,色素沈着や睫毛の剛毛化を理由に,併用のPG関連薬を一旦中止した.III考察緑内障は罹患期間や眼圧コントロール,病勢により多剤併用療法になることが多い.仲村らの報告6)によると,忘れずに点眼できる点眼本数は2.5±1.2本なので,点眼本数が3本になるとアドヒアランスが悪くなり点眼効果が十分発揮できない可能性がある.配合剤の使用によって,点眼本数を2本に減らすことができれば患者の時間および手間を減らすことができ,アドヒアランスが悪い患者ではそれを向上させ,できるだけ少ない負担で最大の効果がある点眼薬,点眼方法を選択,点眼指導することができる.配合剤を使用する長所としては前述に加えて,多剤併用に比べ眼に曝露される防腐剤の総量が減る,多剤併用の場合に点眼間隔が短く先に点眼した薬剤が洗い流されてしまうリスクを減らすことができるなどがあり,逆に短所としては単剤を併用時よりも点眼回数が減ることで,特にアドヒアランスが良い患者で眼圧下降効果の減弱が起こらないかという危惧がある.b遮断薬とPG関連薬の配合剤は,各単剤の使用と比べ眼圧も変わらないという報告がある7)が,含まれている本来2回点眼であるべきb遮断薬が,1日1回になることにより,本来の眼圧下降よりも若干効果が弱くなる可能性が懸念される.b遮断薬とCAIの配合点眼液であるb/CAI配合点眼液はb遮断薬の点眼回数は本来の1日2回点眼であるが,CAIの点眼回数は1日3回から2回になっており,同様に眼圧下降作用減弱の可能性が懸念される.しかしながら,ドルゾラミドにおいてはPG関連薬であるラタノプロストと併用した場合,1日3回と2回点眼で,眼圧下降は夕方18時の時点を除き同等であったという報告8)があることから,b遮断薬およびCAIそれぞれの特性をそのまま生かすことのできる配合点眼液である可能性もある.すなわち,純粋に点眼本数を減らすこと,あるいは眼圧下降効果を上げることが可能であるかもしれない.今回,b遮断薬とCAI,PG関連薬の3剤からb/CAI配合点眼液とPG関連薬の2剤に減らした薬剤減少群では,いずれの期間においても眼圧下降率は有意ではなかったが,剤数は減ったものの薬剤内容は同一であるため,当然の結果ということができる.b遮断薬1剤からb/CAI配合点眼液1剤へ切り替えたbから変更追加群では,すべての投与時期において眼圧下降値は有意だったことからみて,CAIが追加された効果が現れていると考えられる.PG関連薬とb遮断薬もしくはCAIの2剤併用からPG関連薬とb/CAI配合点眼液の2剤投与,およびPG関連薬からb/CAI配合点眼液への投与に切り替えた症例は少数例のためその他群として包括したが,2週間後,2カ月後,6カ月後を除き,切り替え前と比べ有意に効果が認められた.b/CAI配合点眼液と,b遮断薬とCAIで効果は同等という海外の論文3,4)の報告は「はじめに」で述べたように,ドルゾラミド塩酸塩濃度が日本と異なる.かつ方法もb遮断薬とCAIからb/CAI配合点眼液への切り替え,もしくは無作為に緑内障患者をb/CAI配合点眼液使用群とb遮断薬お256あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(108)よびCAI併用群に振り分けた前向き切り替え試験などである.今回はPG関連薬も併用しており,また,後ろ向き試験であり,まったく同様の組み合わせ,検討ではない.しかし,併用していたPG関連薬の変更例はなく,今回のPG関連薬を併用したままb遮断薬とCAIからb/CAI配合点眼液へ切り替えた症例で有意な変化がみられなかったという今回の結果は,ほぼ同様の結果とみてよいのではないだろうか.それに加え,全症例において唯一眼圧下降率に有意差がみられなかった切り替え6カ月後でさえ,82.8%が良好な眼圧改善効果を示した.b遮断薬単独からの変更追加群ではすべての症例で2mmHg以上の眼圧下降が得られ,CAI追加の効果がみられた.b遮断薬とCAI,PG関連薬の3剤からb遮断薬とCAIをb/CAI配合点眼液に切り替えた薬剤減少群では,不変群が57.9%と多かったものの,改善群も21.1%あり,点眼変更を試みる価値はある.点眼開始2.3カ月後の調査では,変更前後でつけ忘れ頻度について変わりはなかったが,回数が減り楽になったと答えたのが66.7%,この配合剤を続けたいと希望した症例が84.2%と非常に多かったことから,b/CAI配合点眼液に変更することにより,心理的,時間的負担を軽くできたと考えられる.また,点眼時にしみるのは薬剤のpHが5.5.5.8であることに基づくと思われる.国内で施行された第III相二重盲検比較試験でも9)眼刺激症状として7.9%と報告されている.しかし,今回その多くがしみるが数日で慣れた,しみなくなった,継続したいと答えており,前述の眼圧下降効果を総合すると,客観的および主観的両面から,b/CAI配合点眼液は有用な薬剤と思われる.しかし,今回変更による副作用もあったことから,b遮断薬,CAIそれぞれの欠点が表出する可能性があり,注意が必要である.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryopen-angleglaucomainJapanese,TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)TheAGISInvestigators:Theadvancedglaucomainter-ventionstudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencon-trolofintraocularpressureandvisual.elddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20003)HutzelmannJ,OwensS,SheddenAetal:Comparisonofthesafetyande.cacyofthe.xedcombinationofdorzol-amide/timololandtheconcomitantadministrationofdor-zolamideandtimolol:aclinicalequivalencestudy.Inter-nationalClinicalEquivalenceStudyGroup.BrJOphthal-mol82:1249-1253,19984)FrancisBA,DuLT,BerkeSetal:Comparingthe.xedcombinationdorzolamide-timolol(Cosopt)toconcomitantadministrationof2%dorzolamide(Trusopt)and0.5%timolol-arandomizedcontrolledtrialandareplacementstudy.JClinPharmTher29:375-380,20045)ChoudhriS,WandM,ShieldsMB:Acomparisonordor-zolamide-timololcombinationversustheconco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