特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):307.312,2013特集●ぶどう膜炎の研究最前線2013あたらしい眼科30(3):307.312,2013急性網膜壊死AcuteRetinalNecrosis奥貫陽子*後藤浩*はじめに急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)の治療に抗ウイルス薬が使用されるようになって30年余りが経過した.この間,硝子体手術の技術は向上し,ウイルス検出技術の進歩によってより正確に眼内のウイルス感染が診断できるようになり,薬物療法も多くの検討がなされてきた.それに伴いARNの治療成績も年々向上していると期待したいところである.しかし,過去の治療成績を比較したいくつかの報告にあるように,ARNの予後はここ20.30年間あまり変化がないようでもある1,2).世界的にもARNの治療はさらに改善の必要性があると認識されている証拠に,最近も各国から治療法に関するさまざまな研究報告がみられる.本稿では,ARNの基本的事項についてまとめるとともに,最近の研究報告を紹介する.I病因・疫学ARNはVZV(varicellazostervirus)またはHSV(herpessimplexvirus)の眼内局所感染によってひき起こされる網膜ぶどう膜炎である.自験例80例の検討では原因ウイルスとしてVZVが83.8%,HSVが16.3%検出されている3).平均年齢はVZV-ARNでは50.4歳,HSV-ARNでは38.6歳であり,HSV-ARNはVZVARNより若い年齢層に発症していた3).HSVよりVZVの検出頻度が高く,HSV-ARNの平均年齢が低い点は,他の報告でもほぼ共通している.HSV-ARNの原因は1型(HSV-1)と2型(HSV-2)に分けられるが,わが国ではHSV-ARNのほとんどがHSV-2によって生じている.ARNは非常にまれな疾患であるため,発症頻度の報告は数少ないが,わが国の大学病院を対象とした調査では,新患患者に占めるARNの割合は1.3.1.4%であり4,5),英国においては1年間にARNを発症する患者は160.200万人に1人と報告されている6).II初発症状ARNの初発症状は充血(46.9%),霧視(40.7%)が多く,ついで視力低下(16.0%)や眼痛(11.1%)と続く3).充血が初発症状の大きな割合を占め,ときに眼圧上昇をきたす症例もあるため前眼部疾患として加療が開始される症例も多く,注意を要する.さらに,病初期には眼窩蜂巣炎様所見7)や強膜炎様症状8)が顕著となって発症する非典型例があり,診断が困難な場合もある.ヘルペスウイルスは三叉神経節に潜伏感染するため,神経支配領域に一致した強膜や眼窩にも炎症をひき起こすことがその原因と考えられる.III眼所見病初期には豚脂様角膜後面沈着物を伴った虹彩毛様体炎(図1A)を生じ,まれにDescemet膜皺襞を伴うこともある(図1B).やがて網膜周辺部に黄白色顆粒状病変が出現する(図2B)が,病初期の眼底所見は滲出斑が軽微で限局的であるため,無散瞳下での眼底観察では初*YokoOkunuki&HiroshiGoto:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕奥貫陽子:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(21)307AAB図1VZV.ARNの2例A:59歳,女性.軽度の前房炎症とともに,わずかに色素を含む角膜後面沈着物を認める.B:40歳,男性.Descemet膜皺襞を伴う前房炎症を認める.ABC期病変を見逃しやすい(図2A).黄白色の滲出斑は急速に癒合,拡大し(図2C),典型例では眼底周辺部のほぼ全周に及ぶ濃厚な黄白色病巣となる(図3).病巣の拡大に伴い硝子体混濁も増悪し,しばしば眼底の詳細な観察図2VZV.ARN(50歳,男性)初診翌日よりバラシクロビルとステロイド薬を全身投与した.A:初診時の眼底後極部.軽度の硝子体混濁,視神経乳頭発赤を認めるが,積極的にARNを疑う所見を認めない.B:初診時の眼底周辺部.黄白色顆粒状病変を認めるが,癒合傾向は明らかではない.矯正視力0.6.C:4日後の眼底.Bとほぼ同じ撮影部位.黄白色の壊死性病変が癒合拡大している.矯正視力0.8.が困難になる.網膜血管は閉塞性血管炎による出血の他,病期の進行に伴って著明に狭小化し,網膜動脈が白線化することもあり(図4),ウイルス感染による網膜障害と免疫反応に加えて,閉塞性血管炎による網膜循環障308あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(22)図3VZV.ARN(67歳,男性)眼底下方を中心に,円周性に癒合拡大した黄白色の壊死性病変を認める.硝子体混濁のために透見性が低下している.矯正視力0.3.害が視機能低下に拍車をかけていることになる.一般に抗ウイルス薬の投与を開始すると病巣の進展は緩やかになり,2週間程度で停止する.寛解期には壊死に至った網膜は萎縮巣となり硝子体の牽引も加わると多発裂孔を生じるようになる.そのため50.75%の症例で経過中に網膜.離を発症すると報告されており,自験例でも61.3%の症例で網膜.離を生じた3).最終的に視力予後が不良となる原因としては,増殖硝子体網膜症と視神経萎縮が考えられる3).寛解期の症例について,僚眼と比較して罹患眼の乳頭周囲網膜神経線維厚が減少し,視神経乳頭辺縁部の形態異常と乳頭陥凹の拡大がみられたことからも,ARNの視力予後には網膜障害だけではなく視神経障害が関与していることが推測される9).IV診断臨床所見と眼内液からヘルペスウイルスを検出することで診断する.所見の判断には1994年にAmericanUveitisSocietyから発表されたARNの診断基準が参考となる(表1)10).現在は外注検査によるウイルスの検出が広く普及しており,実際には臨床所見と眼内液からのウイルス検出をもって確定診断とすることが多い.具体的には,所見からARNが疑われた時点で前房水を採取(23)図4図3と同一患者の鼻下側拡大写真図3の5日後.網膜動脈は高度に白線化し,強い網膜循環障害を生じていることが推測される.表1急性網膜壊死の臨床所見診断に必須の所見・眼底周辺部の境界鮮明な網膜壊死病変・急速かつ円周性に進行する壊死病変(抗ウイルス療法未施行の場合)・閉塞性血管病変の所見・硝子体および前房中の著明な炎症反応参考所見視神経萎縮,強膜炎,疼痛(文献8に基づく)し,HSVとVZVのPCR(polymerasechainreaction)(可能であれば定量PCR)を行う.外注検査では結果が出るまでに数日を要するため,臨床所見からARNが濃厚に疑われたら結果を待たずに抗ウイルス薬の投与を開始することが多い.疑い例の場合は連日診察を行う.PCRでHSVが検出された場合は再度ウイルス型判別目的のPCRを行い,HSV-1かHSV-2かを確認することもある.初回のPCRでヘルペスウイルスが検出されない場合でも,ARNの疑いが強ければ2.3回検査を繰り返すことで,ほぼ100%ウイルスを検出することができる.抗ウイルス薬投与前と投与後,すなわち硝子体手術施行時に前房水を採取し,両者のウイルス量を比較した自験例の検討では,ウイルス量自体は抗ウイルス薬投与後もほあたらしい眼科Vol.30,No.3,2013309とんど減少していなかった.この事実からも,抗ウイルス薬投与開始後1.2週の間は眼内のウイルス量に大きな変化はないと推測され,初回が陰性であったとしてもウイルス検出の試みは複数回行うことの意義は大きいと思われる.V薬物療法の実際本症が疑われたらまず速やかに抗ウイルス療法を開始する.抗ウイルス療法としてアシクロビル(ビクロックスR)30mg/kg/日を目安に1日3回に分けて点滴静注する.この用量は血中濃度を基準にしたものであり,血中より眼内移行が悪いことや,HSVよりVZVのアシクロビルに対する感受性が低いことを考慮すると,VZVARNではアシクロビルをさらに増量(45mg/kg/日程度)する場合もある.ただし,まれではあるが本剤によって肝・腎機能障害を生じることがあるので,副作用の有無のモニタリングを定期的に行う必要がある.点滴静注は約2週間継続し,その後はアシクロビルのプロドラッグであるバラシクロビル(バルトレックスR)3,000mg/日の内服を数週間続ける.これは,アシクロビル全身投与によって後発眼の発症が予防できる可能性があること,両眼発症例の後発眼発症時期の多くは2カ月以内で,約70%は1カ月以内であることに基づいている.消炎目的には副腎皮質ステロイド薬(ステロイド薬)を併用する.プレドニゾロン換算で40.80mg/日の点滴静注もしくは内服投与を行い,5.10mg/週のペースで漸減していく.臨床所見からARNがほぼ確実で,かつ硝子体混濁などの炎症所見が強い症例では,抗ウイルス薬とステロイド薬を同時に投与開始するが,疑診例などに対してはまず抗ウイルス薬のみ投与し,所見の反応をみることも大切である.なお,閉塞性網膜血管炎に対して低用量のアスピリン(100mg/日程度)が用いられることもあるが,その効果については議論もある.前眼部炎症に対してはベタメタゾン(リンデロンR)と散瞳薬(ミドリンMRなど)の点眼を使用する.プロドラッグは消化管からの吸収効率が高いため,抗ウイルス薬については内服でもアシクロビル点滴静注と同様の効果が見込まれることから,バラシクロビルやファムシクロビル(ファムビルR:ペンシクロビルのプ310あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013ロドラッグ)の内服のみで加療することもあり,比較的良好な結果が報告されている11,12).欧米では,後極に病変が及ぶ症例やアシクロビル全身投与の効果が乏しい症例に対してホスカルネットやガンシクロビル(デノシンR)の硝子体内投与の報告もある13).特にホスカルネットはアシクロビルやガンシクロビルと作用機序が異なるため,アシクロビル耐性が疑われる症例などで効果が期待できるが,腎毒性が強く,高用量の全身投与は行いにくいため硝子体内投与が行われる.しかし,これらの製剤はわが国では後天性免疫不全症候群によるサイトメガトウイルス網膜炎のみが適応であるため,現状ではofflabelの使用となる.VI手術療法ARNに対する手術の主たる目的は網膜.離の治療または予防である.硝子体手術とともに水晶体再建術,輪状締結術,長期滞留ガスまたはシリコーンオイルタンポナーデの併用が必要となることが多い(図5,6).手術が行われる時期は,①後部硝子体.離(PVD)発生前,②PVD発生後,③網膜.離発症後に分けられる.手術時期と術後経過について検討した報告は複数あるが,網膜.離が起こる前に行う予防的硝子体手術の有効性については統一した見解が得られていない.わが国では予防的硝子体手術に優位性がないという報告1,14)や,壊死性病変が中間周辺部を越えない症例に限って有効であったとの報告15)がある.海外では網膜.離発症後の手術より予防的手術を施行した症例のほうが,最終的に増殖硝子体網膜症へ移行した症例が減少し,最終視力が改善したとの報告16)などがある.軽症例では硝子体手術を施行しなくても網膜.離が発生することなく推移する症例もあるため,ある程度重症度を見きわめてから手術時期を検討するべきである.なお,両眼発症例の後発眼は基本的に先発眼より軽症であるため,手術を必要としないことが多い.網膜光凝固の有効性についても議論が分かれるところである.壊死性病変が限局的で手術を必要としない症例については,裂孔が生じても網膜.離に進展しないように病巣周囲を光凝固で囲む処置をしておくことの意義は大きい(図7).逆に,強い壊死性病変を生じ硝子体手術(24)図5図2と同一症例図6図2と同一症例初診から11日目.眼底下方を中心に癒合した黄白色壊死性病初診から13日目に予防的手術(硝子体切除術および輪状締結変を認める.抗ウイルス薬の投与により所見の改善がみられる術)を施行した.術後5日目.シリコーンオイル下で網膜は復時期であるが,病変部位の網膜は著しく菲薄化し,裂孔を形成位しているが,下方のバックル上の網膜は高度に菲薄化し,裂する可能性が高い.矯正視力0.3.孔を多発している.AB図7HSV.ARN(HSV.2)(26歳,女性)A:壊死性病巣は限局的であったが,菲薄化した網膜に裂孔を生じたため,壊死病巣周囲に網膜光凝固を施行している.B:約1年後.壊死病巣部の裂孔は拡大しているが,網膜.離には至っていない.を必要とする症例については,壊死性病変の後極側に光VII両眼発症例について凝固を2.3列置く考えもあるが,網膜.離の予防に対する有効性は定かではない.一見健常に見える網膜も非両眼発症例の多くは先発眼の発症後3カ月以内に僚眼常に菲薄化していることが多く,凝固斑が新たな裂孔形に発症するが,なかには数年後,あるいは10年以上経成の原因になる可能性もあり,円周性の壊死性病変が存過してから僚眼に発症する例も存在する.自験例の連続在する症例では積極的な適応はないと考えられる.108例のうち,両眼発症例は13例あり,そのうち9例は先発眼発症後2カ月以内に僚眼に発症した.他4例の僚眼発症時期は,先発眼発症後3年半から19年後であ(25)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013311り17),また20年以上経過してから僚眼に発症した報告もある18).ARNの治療に抗ウイルス薬が適用となる前は約1/3の患者が僚眼にもARNを発症していたが,抗ウイルス薬の導入によって両眼発症例は減少していったものと考えられる.わが国では抗ウイルス薬の全身投与期間は2カ月程度とする報告が多いが,僚眼の発症予防を考慮すれば,抗ウイルス薬の長期投与(14週間以上)も必要であるかもしれない19).実際,欧米では3.4カ月間の投与を基本とする報告が多い.しかし,自験例でも他の報告でも3カ月以降の僚眼発症は頻度が激減するため,あまりに長期にわたる投与は副作用や耐性ウイルスの出現なども危惧されることから,投与の必要性を十分に検討する必要がある.また,機序は不明であるが,後発眼は先発眼より軽症であることがほとんどであり,この傾向は抗ウイルス薬投与期間中に僚眼に発症した早期発症例でも,長期経過した後の僚眼発症例でも同様であるおわりにARNはヘルペスウイルス感染によってひき起こされる疾患であるため,抗ウイルス薬の投与が治療の中心となる疾患であると錯覚しがちであるが,現状では抗ウイルス薬の全身投与と手術療法だけでは満足のいく結果が得られない症例が多く存在する.治療効果をさらに上げるためには,より効果の高い抗ウイルス薬のほか,閉塞性血管炎による網膜循環障害やウイルスに対する免疫反応の十分なコントロールが今後の課題と思われる.文献1)臼井嘉彦,竹内大,山内康之ほか:硝子体手術を施行した急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)52例の検討.日眼会誌114:362-368,20102)TibbettsMD,ShahCP,YoungLHetal:Treatmentofacuteretinalnecrosis.Ophthalmology117:818-824,20103)臼井嘉彦,竹内大,毛塚剛司ほか:東京医科大学における急性網膜壊死(桐沢型ぶどう膜炎)の統計学的観察.眼臨101:297-300,20074)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,20075)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20126)MuthiahMN,MichaelidesM,ChildCSetal:Acuteretinalnecrosis:anationalpopulation-basedstudytoassesstheincidence,methodsofdiagnosis,treatmentstrategiesandoutcomesintheUK.BrJOphthalmol91:1452-1455,20077)鈴木潤,臼井嘉彦,坂井潤一ほか:眼窩蜂巣炎様症状を併発した桐沢型ぶどう膜炎の1例.あたらしい眼科27:1307-1309,20108)伊丹彩子,臼井嘉彦,森秀樹ほか:強膜炎症状を呈したため診断に苦慮した単純ヘルベスウイルス2型による急性網膜壊死の1例.眼科53:719-724,20119)臼井嘉彦,毛塚剛司,竹内大ほか:急性網膜壊死患者における網膜神経線維層厚と乳頭形状の検討.あたらしい眼科27:539-543,201010)HollandGN:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.ExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety.AmJOphthalmol117:663667,199411)AizmanA,JohnsonMW,ElnerSG:Treatmentofacuteretinalnecrosissyndromewithoralantiviralmedications.Ophthalmology114:307-312,200712)TaylorSR,HamiltonR,HooperCYetal:Valacyclovirinthetreatmentofacuteretinalnecrosis.BMCOphthalmol12:48,201213)WongR,PavesioCE,LaidlawDAetal:Acuteretinalnecrosis:theeffectsofintravitrealfoscarnetandvirustypeonoutcome.Ophthalmology117:556-560,201014)Iwahashi-ShimaC,AzumiA,OhguroNetal:Acuteretinalnecrosis:factorsassociatedwithanatomicandvisualoutcomes.JpnJOphthalmol57:98-103,201315)IshidaT,SugamotoY,SugitaSetal:Prophylacticvitrectomyforacuteretinalnecrosis.JpnJOphthalmol53:486489,200916)LuoYH,DuanXC,ChenBHetal:Efficacyandnecessityofprophylacticvitrectomyforacuteretinalnecrosissyndrome.IntJOphthalmol5:482-487,201217)OkunukiY,UsuiY,KezukaTetal:Fourcasesofbilateralacuteretinalnecrosiswithalongintervalaftertheinitialonset.BrJOphthalmol95:1251-1254,201118)MartinezJ,LambertHM,CaponeAetal:Delayedbilateralinvolvementintheacuteretinalnecrosissyndrome.AmJOphthalmol113:103-104,199219)JeonS,KakizakiH,LeeWKetal:Effectofprolongedoralacyclovirtreatmentinacuteretinalnecrosis.OculImmunolInflamm20:288-292,2012312あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(26)