‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

強度近視の眼底イメージング

2013年2月28日 木曜日

特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):165.176,2013特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):165.176,2013強度近視の眼底イメージングImagingofPosteriorFundusinEyeswithPathologicMyopia大野京子*島田典明*はじめに光干渉断層計(OCT)を用いて群馬大学の岸教授らが,病的近視眼では黄斑円孔網膜.離になる前にすでに網膜分離がみられることを報告1)したのが,ついこの間のような気がするが,実はもう今から10年以上前になる.この,病的近視の網膜分離はOCTがその病態解明や治療法の確立に最も寄与した病態の一つであると言っても過言ではないほどである.その後,この網膜分離は,後部強膜ぶどう腫を伴う強度近視眼の約9%にみられること2),検眼鏡的所見から視力障害の原因を同定できない症例の多くがこの網膜分離によるものであることなどが明らかになった.これらの発見を機に,網膜分離に対する硝子体手術が行われるようになり,多数の患者に福音をもたらした.その後,OCTの画像解像度の向上により,分離網膜内の,より微細な所見を捉えることができるようになり,本病態に対する理解がますます進んできた.さらに最近のenhanceddepthimaging(EDI)-OCTやsweptsourceOCTを用いると,網脈絡膜の菲薄化した強度近視眼では,強膜の全層を観察することが可能である.これらを用いて,dome-shapedmaculaという特殊な強膜形状と,それにより生じる黄斑部病変が明らかになるとともに,病的近視眼の強膜内および強膜後方の構造までをも生体眼で観察可能となった.以上により,今や眼底イメージングにより,強度近視眼ではこれまでわれわれがまったく観察できなかった眼球後方にまで及ぶ深部構造の観察が可能となった.本稿ではおもにOCTを主体に,強度近視眼に対する眼底イメージングの進歩によりもたらされた知見を解説する.I近視性牽引黄斑症(myopictractionmaculopathy:MTM)MTMは,強度近視眼での牽引に伴った黄斑部網膜障害を示す総称である.Panozzoらによれば,近視性牽引黄斑症の診断は病的近視眼底に加えて,表1に示した網膜前の牽引か牽引に伴う網膜の障害の計6つのうち,いずれかを認めることによる3).網膜分離だけではなく,黄斑前膜や硝子体黄斑牽引,分層黄斑円孔,網膜.離も範疇に入れることで,黄斑円孔や黄斑円孔網膜.離の前駆病変として位置づけされ,黄斑円孔や黄斑円孔網膜.離への進行予防の治療にスムーズにつなげることができる(図1).なお,全層黄斑円孔や黄斑円孔網膜.離は全表1近視性牽引黄斑症(MTM)の診断基準1.網膜前の牽引1.黄斑前膜2.硝子体黄斑牽引2.牽引に伴う黄斑部網膜の障害1.網膜の肥厚(中心窩厚>200μm)2.網膜分離3.網膜.離4.分層黄斑円孔診断は病的近視眼底に加えて,上記の計6項目のうち,いずれかを認めることによる.*KyokoOhno-Matsui&NoriakiShimada:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕大野京子:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(31)165 図1近視性牽引黄斑症(MTM)のOCT像これらすべてが全層黄斑円孔や黄斑円孔網膜.離の前駆病変と考えられる.左上:網膜分離が中心窩とその周囲に薄くみられる症例.左下:中心窩に内層分層黄斑円孔を伴う症例.右上:網膜前膜による中心窩癒着牽引を認める症例.右下:内層分層黄斑円孔に網膜.離を合併した症例.網膜分離(retinoschisis)の範囲による分類S0分離なしS1分離が中心窩外のみS2分離が中心窩内のみS3分離が中心窩含むが黄斑全体を含まないS4分離が黄斑全体に広がっている合併病変網膜前膜硝子体黄斑牽引黄斑内層分層円孔網膜.離(M)(V)(L)(D)網膜分離の範囲のシェーマS0S1S2S3S4黄斑部(直径6mm)中心窩(直径1.5mm)網膜分離層網膜裂孔を伴った病態であり,MTMという名称は通常用いない.筆者らは,網膜分離の有無または範囲と合併病変の有無によりMTMを分類している(図2)4).まず,網膜分離の有無または範囲によって,S0(網膜分離なし),S1(中心窩以外の網膜分離),S2(中心窩内の網膜分離),S3(S2+S3でS4に至ってないもの),S4(黄斑全域の網膜分離)に分類し,黄斑前膜,硝子体黄斑牽引,黄斑部網膜.離,黄斑内層分層円孔の有無によりさらに細かく分類している.黄斑部網膜.離についてはさらに,166あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013図2近視性牽引黄斑症(MTM)の分類網膜分離の有無または範囲によって,S0(網膜分離なし),S1(中心窩以外の網膜分離),S2(中心窩内の網膜分離),S3(S2+S3でS4に至っていないもの),S4(黄斑全域の網膜分離)に分類し,黄斑前膜,硝子体黄斑牽引,黄斑部網膜.離,黄斑内層分層円孔の有無によりさらに細かく分類する.(文献4より)網膜分離のみの状態から,黄斑外層分層円孔を伴って黄斑部網膜.離に進行する4つのステージに分類している(図3)5).まず,黄斑部網膜分離のみの状態では網膜分離層の外側の網膜外層に異常はなく,つぎに,黄斑部の網膜外層の乱れあるいはわずかな上昇が認められる(stage1).つぎに,同部位に網膜外層の分層円孔が生じ(stage2),その後,この分層円孔が上昇したように見え,網膜分離と.離は共存する(stage3).最後に,分層円孔の端の網膜外層が網膜内層にくっついて見える状態となる(stage4).これらの分類により,多彩な(32) 図3近視性牽引黄斑症(MTM)における網膜.離の進行過程(すべて非同一症例)左上:ステージ0.網膜分離のみの段階.視細胞内節外節接合部(IS/OS)の障害も明らかでない.左下:ステージ1.中心窩のIS/OSに不整があり,反射が上昇している.中上:同じくステージ1.IS/OSが牽引により網膜内方へやや上昇している.同様にIS/OSの反射が上昇している.中下:ステージ2.IS/OSに亀裂が生じ(外層分層黄斑円孔)ている.右上:ステージ2.この分層円孔が上昇し,網膜分離と.離は共存する.右下:ステージ4.分層円孔の端の網膜外層が網膜内層にくっついて見える状態となり,元の分層円孔の部位はよくわからなくなる.MTMの病変の程度や予後がなんとなく理解できるようになる.治療は現時点では硝子体切除に加えて,内境界膜.離が広く行われ,おおむね良好な成績が報告されているが,術後の合併症の黄斑円孔や黄斑円孔網膜.離を予防する目的で,網膜.離により中心窩の残存網膜が菲薄化したものに対しては,中心窩の内境界膜は残して内境界膜.離と硝子体切除を行い良好な経過を得ている6).さらに,オクリプラスミン7)をはじめとする酵素的硝子体融解薬の登場により,今後はMTMへのさらに安全で効果的な治療への期待ができる.将来的にはOCTのさらなる普及やこのような治療の進歩により,黄斑円孔網膜.離の根絶を実現することができるかもしれない.IIDome.shapedmacula(DSM)DSMはGaucherら8)により初めて報告された病態で,強度近視眼の黄斑部がドーム状に前方に突出した状態であり,OCTを用いて140眼中15眼に認めたとしている(図4).彼らの報告ではフルオレセイン蛍光眼底造影図4Dome.shapedmacula(DSM)のOCT所見中心窩下の強膜が局所的に肥厚し,前方に盛り上がっている.中心窩下には脈絡膜新生血管も認められる.(FA)で全例に網膜色素上皮(RPE)の萎縮性変化を認め,うち半数に色素漏出,さらに15眼中10眼ではDSMの部位に一致して漿液性網膜.離を認めたとした.なぜ黄斑部がドーム状に突出するかは不明であったが,Imamuraら9)は,EDI-OCTを用いてDSMの症例を観察し,DSMを有する強度近視眼では中心窩下強膜厚が平均570±221μmと,DSMのない強度近視眼の平均281±85μmに比較し有意に肥厚していることから,DSMは黄斑部の強膜の局所的肥厚であり,従来のCurtinのぶどう腫分類のいずれにも属さない,より複雑な眼球形状であると述べた.ごく最近Ellabbanら10)(33)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013167 図5Dome.shapedmacula(DSM)の三次元OCT画像眼底写真で示されたスキャン範囲(緑の四角)では,DSMによる強膜の突出は黄斑を通る垂直スキャン(左下)で,水平スキャン(右下)よりも著明である.OCT画像を三次元化構築したマップでも,突出は黄斑を通って水平のridge状の様相を呈している.(文献10より)ABCDE図7Dome.shapedmacula(DSM)の症例のOCT所見網膜分離がDSM周囲で止まっている.中心窩下には脈絡膜新生血管もみられる.図6Dome.shapedmacula(DSM)の症例の3DMRI所見A:眼底では黄斑の上下に限局性萎縮病巣が多数散在している.B:同症例の3DMRI画像を眼球後方からみた図.眼球後部に鼻側,および黄斑上方,黄斑下方の3つのprotrusionが存在している.C:眼球3DMRI画像を下から見た図.D:眼球3DMRI画像を鼻側から見た図.黄斑の上下に2つの突出があるのがわかる.E:同症例のOCT画像はDSMを示す.(文献11より)168あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(34) は,DSMを有する51眼の強度近視眼をsweptsourceOCTで詳細に解析を行ったところ,垂直および水平の両方のスキャンでドーム状に黄斑が突出しているDSMは9眼のみであったが,残り42眼では中心窩を含む垂直方向のスキャンのみで突出しているridge状の突出であった.Ridge状の突出の上下に2つの後部強膜ぶどう腫があり,ridgeは2つのぶどう腫の境界に位置していた(図5).これは筆者ら11)が3DMRI(magneticresonanceimaging)を用いて報告した,DSM症例の眼球形状(図6)を支持する所見であると述べている.Ellabbanら10)は,51眼のDSM症例の黄斑合併症についても調べ,黄斑分離症はあっても中心窩付近で分離が止まっていることが多く,DSMが自然の黄斑バックルのように網膜分離症の進行に対してprotectiveに働いているのではないかとしている(図7).さらに特筆すべきはDSMの41%に脈絡膜血管新生(CNV)を合併していたことであ図8黄斑部intrachoroidalcavitation(ICC)のOCT画像左上の眼底写真では,黄斑の上下に2カ所の小型の限局性萎縮病変を認める(矢印).下方の限局性萎縮の水平スキャンを右上(A),中左(B),中右(C)に示す.OCTでは限局性病変の周囲にchoroidalcavitation(矢頭)がみられ,網膜が嵌頓している(白矢印).ICCに近接して強膜内を走行する血管の陰影がみられる(黒矢印).左下の眼底写真では,黄斑の上下,耳側に3カ所の限局性萎縮病変がみられる(矢印).萎縮部位のOCTスキャン(右下)では,ICC部位(矢頭間)では強膜がやや後方に偏位しており,そこに向かって網膜が嵌頓している(矢印).(文献17より)る.筆者らの症例でもDSMにCNVを合併することがしばしばあり,漿液性網膜.離に加え,注意すべき黄斑合併症と思われる.CNVが続発する機序については検討を要するが,傾斜乳頭症候群のぶどう腫縁にも同様にCNVが生じることがあり,ドーム状に突出した強膜により中心窩網膜が圧迫され,慢性的な網膜色素上皮障害が生じることが要因かもしれない.いずれにしても,高い発生率を考えると,DSMの症例には常にCNVの発生に注意して経過をみる必要があると考えられる.IIIMacularICCICCは従来,病的近視眼の視神経乳頭下方にみられる黄色.オレンジ色の三日月状病変であり,OCTを用いてFreundら12)が当初,網膜色素上皮.離として報告した病態である.その後,本病変が脈絡膜内のcavityであることが,舘野ら13),Toranzoら14)の研究から明ら(35)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013169 かとなり,intrachoroidalcavitation(ICC)と名称が変わった.Spaideら15)は,ICCの部位では強膜のカーブが後方に偏位しており,それに伴いICCができていること,ICCのエッジにはしばしば網膜欠損を伴い,欠損部位を通じて硝子体腔とICCが交通していることを明らかにした.またごく最近,台湾のYehら16)は122眼のICCを対象に詳細な解析を行い,ICCが強度近視だけでなく弱度近視や,まれに正視,遠視にもみられ,強度近視に限定的な病変ではなく,加齢に伴う変性所見であるかもしれないと述べている.病理組織学的には,コーヌスと限局性病変は類似した病態である.筆者らは,病的近視患者の黄斑部をswept図9黄斑ICC周囲に網膜分離がみられる症例左上:眼底写真では黄斑耳側と黄斑耳下側に複数の限局性萎縮病変がみられる.中上:限局性病変の周囲に比較して,乳頭周囲のICC様にオレンジ色色調を有する病変が観察される(矢頭).右上:フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)では限局性病変周囲にみられたオレンジ色の範囲が造影早期には低蛍光を,造影後期(2段目左)には過蛍光を示す.OCT所見では,ICCの範囲(矢頭間)では強膜が後方に偏位しており,そこに網膜が嵌頓している(白矢印).嵌頓網膜の周囲に網膜分離がみられる.ICCの近傍には強膜内を走行する血管が観察される(黄矢印).下段:3D化したOCT画像では,ICCは中心窩様の陥凹としてみられ(矢印),偽中心窩様所見を示す.(文献17より)170あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(36) sourceOCTを用いてスキャンした結果,限局性萎縮病変の周囲に,乳頭周囲のICCと同様の所見がみられることを報告した(図8)17).限局性萎縮病変を有する強度近視眼56眼において萎縮周囲のOCTを施行したところ,31眼(55.4%)に強膜が後方に突出するICC特有の所見がみられた.うち3眼では硝子体腔とICCとの間に直接交通がみられた.また,ICC部位に網膜が嵌頓することにより,ICC周囲の網膜に分離症が高頻度にみられた(図9).以前筆者らは,網膜分離症は萎縮が高度な眼に多いことを報告した2)が,その理由の一つとして,このmacularICC部位への網膜の嵌頓があるのかもしれない.さらに,macularICCのすぐ近傍を強膜内の太い血管が走行していることが多かった.以上から,macularICCのできる原因として,限局性萎縮病変に加えて,その周囲の強膜内を太い血管が走行しており,ただでさえ薄い強膜がさらに構造的に脆弱化していると思われる部位に内圧がかかって後方に強膜が突出してしまうのではないかと考えられる.IV強膜全層の観察網脈絡膜の菲薄化した強度近視眼では,sweptsourceOCTを用いると強膜の全層を観察することが可能である(図10).さらに強膜の全層に加え,強膜外側にある上強膜またはTenon.,さらに眼窩脂肪まで観察可能である.Marukoら18)は,58眼の強度近視眼(平均眼軸長29.0mm)をsweptsourceOCTで精査し,全例で強膜全層を観察できたとした.彼らの報告では,中心窩下強膜厚は平均335±130μmであった.筆者らは,強度近視眼488眼(平均年齢57.1歳,平均屈折度.13.3D,平均眼軸長29.9mm)をsweptsourceOCTでスキャンしたところ,278眼(57.0%)で強膜の全層を観察できた19).病的近視眼の眼球後部の強膜の形状は,乳頭傾斜型,対称型,非対称型,不規則型の4つの形状に分けられ(図11),不規則型を有する症例では他の強膜形状に比べて有意に年齢が高く,眼軸長が長く,また強膜厚が有意に薄かった.中心窩下強膜厚は全症例の平均227.9±82.0μmであったが,不規則型では平均189.1±60.9μmで図10SweptsourceOCTを用いた病的近視眼における強膜全層の観察BはAの,DはCのシェーマを示す.シェーマではオレンジ色は強膜,茶色は上強膜もしくはTenon.,黄色は眼窩脂肪を示す.E,Fでは強膜と上強膜の間を走行する血管の断面(赤矢頭)も観察される.Tenon.は,いくつかの細かい線維の束に分かれて眼窩脂肪の中に混じっていく(矢印).(文献19より)ACEBDF(37)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013171 ABCDEFHGABCDEFHG図11正視眼(A~D)と病的近視眼(E~H)における強膜のカーブ正視眼の網膜色素上皮(RPE)のカーブには2つのタイプがある.黄斑を通る垂直スキャンでRPEがほぼ一直線であり,水平スキャンでは乳頭が最も底にあるタイプ(A,B)と,水平・垂直スキャンとも中心窩を底にしたお椀状のカーブをとるタイプ(C,D)である.ただ,いずれの場合にも正視眼では中心窩下脈絡膜厚が厚いために強膜内面のカーブは中心窩を底にしたお椀状になる.強度近視眼の強膜形状の4つのタイプ(E~H).E:乳頭に向かって直線状に傾斜する乳頭傾斜型,F:中心窩が底にある対称型,G:中心窩が眼球突出の底からずれてしまっている非対称型,H:まったく不規則な強膜形状をとる不規則型.ON:視神経,SAS:くも膜下腔.(文献19より)あり,他の強膜形状を有する眼に比較して有意に菲薄化V強膜内および球後血管の観察していた.このことから,おそらく強膜はある程度以上に菲薄化するともはや正常の円弧を維持できず,最終的強度近視眼では強膜内の血管および球後の血管をもにまったく不規則な形状に至るのではないかと考えられOCTで観察することが可能である20).強膜内を走行すた.また,不規則型の症例では,他の強膜形状を有するる長後毛様動脈は,強膜の外層2/3くらいのあたりを症例に比較し,近視性眼底病変を有意に高頻度に合併し強膜カーブに沿って走る低反射像として観察できる(図ていた.12).また,短後毛様動脈の血管断面も円形の低反射として観察される(図13).さらに強膜後方の眼窩血管も観察できる(図14).病的近視眼では後部強膜の伸展に172あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(38) ABCDEABCDE図12OCTによる長後毛様動脈の観察A:眼底はびまん性萎縮を呈する.B:ICG赤外蛍光眼底造影では乳頭耳側に球後の血管がループ状にみられ(矢印間),そこから引き続き直線状の長後毛様動脈(LPCA)が描出される.耳側末端部で血管陰影が描出されなくなり,脈絡膜血管への連続性がないことからも,短後毛様動脈でないと考えられる.C:OCTスキャンの方向を示す.D:LPCAは強膜の後方から刺入し,強膜のやや外層を強膜カーブに沿って走行する低反射像としてみられる(矢頭).E:球後の血管の断面(矢印)と,強膜内を走行するLPCAがみられる(矢頭).(文献20より)ABCDEFG図13短後毛様動脈(SPCA)のOCT所見A:眼底では黄斑萎縮がみられる.萎縮内を透かして走行するSPCAが部分的に観察できる(矢頭).B:ICG赤外蛍光眼底造影(IA)では,球後の血管の描出(矢印)にひきつづき,黄斑下方を水平に走行し,正常眼より耳側周辺で脈絡膜血管に移行するSPCAがみられる(矢頭).強度近視ではこのようにSPCAが脈絡膜に入る位置がぶどう腫縁に偏位していることが多い.C:OCTスキャン位置を示す.D~G:SPCAの血管断面が円形の低反射像としてみられる(矢頭).耳側に行くに従い,徐々に球後から強膜内へと深さが変化してくるのがわかる.(文献20より)(39)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013173 ABCDEFHIGABCDEFHIG図14球後の血管の描出A:眼底では黄斑下方に限局性萎縮がみられる.矢頭はICG赤外蛍光眼底造影(IA)の位置の指標として用いた網膜血管を示す.B:IAでは強い過蛍光を示す球後の血管がみられる(矢頭).C:GでのOCTスキャン部位を示す.D:眼底では黄斑萎縮がみられる.矢頭,矢印はIAでも同じ部位を示す.E:IAでは黄斑部に強い過蛍光の球後血管がみられる.F:H,IでのOCTスキャン部位を示す.G:球後血管の断面が円形の低反射として強膜の外側にみられる(矢頭).H,I:強膜の後方に多数の球後血管の断面が認められる(矢頭,矢印).Iの赤矢印の部位ではやや長い断面が描出されている.(文献20より)ABCDEF図15黄斑渦静脈のOCTでの描出A:眼底では黄斑部に渦静脈がみられる.B:ICG赤外蛍光眼底造影(IA)では渦静脈が黄斑部で膨大部を形成して眼外に流出する様子がみられる(矢印).C,D:渦静脈の分枝は強膜内を走行したのち(矢印),黄斑部付近で強膜を貫いて眼外に流出する(矢頭).E:眼底で黄斑渦静脈がみられ,中心窩付近で膨大部を形成する(矢印).F:黄斑渦静脈の枝(矢印)が,黄斑付近で強膜を貫いて眼外に流出する(矢頭).(文献20より)174あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(40) 伴い,これらの強膜内血管の走行が変化していることが考えられ,今後の解明が期待される.以前に筆者らは,強度近視眼の1/4に黄斑部に渦静脈がみられることを報告した21)が,sweptsourceOCTで観察すると,黄斑部に存在する渦静脈が眼底後極部で強膜を貫いて眼外に流出する様子を明瞭に観察することができる(図15).また,視神経乳頭周囲に存在する血管吻合であるZinn-Haller動脈輪は,強膜内もしくは強膜後方に位置する血管構造であり,従来生体眼では観察不可能であった.筆者らは以前に病的近視眼ではコーヌスを通してこの動脈輪がインドシアニングリーン(ICG)赤外蛍光眼底造影(IA)で観察できることを報告した22)が,IAだけでは観察された血管が本当に強膜内に存在するのかは断定できなかった.Spectralisを用いてIAとOCTの同時撮影を行うと,IAで描出されたZinn-Haller動脈輪が確かに強膜内に位置することがわかる.さらに動脈輪から視神経に向かう分枝も観察可能である.ZinnHaller動脈輪は,強度近視眼では特に水平方向で視神経乳頭から遠ざかっており23),形状も円形ではなく三角状または菱形としてみられることがある.乳頭周囲の伸展に伴う,このような血管構築の変化が,病的近視の視野障害に関与する可能性があるのか,今後の検討が期待される.おわりに以上,最新の画像診断の進歩により,明らかにされてきた病的近視の新知見を紹介した.OCTの進歩は,より深部の構造の観察を可能にしたが,病的近視は,網膜脈絡膜の菲薄化やコーヌスなどにより,深部がより観察しやすい状態である.そして観察される深部構造の変化が,視覚障害に結びつくさまざまな眼底病変の発生,進行につながると考えられる.今後のさらなる新知見の解明に期待したい.文献1)TakanoM,KishiS:Fovealretinoschisisandretinaldetachmentinseverelymyopiceyeswithposteriorstaphyloma.AmJOphthalmol128:472-476,1999(41)2)BabaT,Ohno-MatsuiK,FutagamiSetal:Prevalenceandcharacteristicsoffovealretinaldetachmentwithoutmacularholeinhighmyopia.AmJOphthalmol135:338342,20033)PanozzoG,MercantiA:Opticalcoherencetomographyfindingsinmyopictractionmaculopathy.ArchOphthalmol122:1455-1460,20044)所敬,大野京子:近視─基礎と臨床─.金原出版,20125)ShimadaN,Ohno-MatsuiK,YoshidaTetal:Progressionfrommacularretinoschisistoretinaldetachmentinhighlymyopiceyesisassociatedwithouterlamellarholeformation.BrJOphthalmol92:762-764,20086)ShimadaN,SugamotoY,OgawaMetal:Fovea-sparinginternallimitingmembranepeelingformyopictractionmaculopathy.AmJOphthalmol154:693-701,20127)StalmansP,BenzMS,GandorferAetal:Enzymaticvitreolysiswithocriplasminforvitreomaculartractionandmacularholes.NEnglJMed367:606-615,20128)GaucherD,ErginayA,Lecleire-ColletAetal:Domeshapedmaculaineyeswithmyopicposteriorstaphyloma.AmJOphthalmol145:909-914,20089)ImamuraY,IidaT,MarukoIetal:Enhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthescleraindome-shapedmacula.AmJOphthalmol151:297-302,201110)EllabbanAA,TsujikawaA,MatsumotoAetal:Threedimensionaltomographicfeaturesofdome-shapedmaculabyswept-sourceopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol155:320-328,201311)MoriyamaM,Ohno-MatsuiK,HayashiKetal:Topographicalanalysesofshapeofeyeswithpathologicmyopiabyhigh-resolutionthreedimensionalmagneticresonanceimaging.Ophthalmology118:1626-1637,201112)FreundKB,CiardellaAP,YannuzziLAetal:Peripapillarydetachmentinpathologicmyopia.ArchOphthalmol121:197-204,200313)舘野博子,高橋寛二,福地俊雄ほか:近視眼の視神経乳頭周囲にみられる脈絡膜分離のOCT3所見.臨眼59:327331,200514)ToranzoJ,CohenSY,ErginayAetal:Peripapillaryintrachoroidalcavitationinmyopia.AmJOphthalmol140:731-732,200515)SpaideRF,AkibaM,Ohno-MatsuiK:Evaluationofperipapillaryintrachoroidalcavitationwithsweptsourceandenhanceddepthimagingopticalcoherencetomography.Retina32:1037-1044,201216)YehSI,ChangWC,WuCHetal:CharacteristicsofPeripapillaryChoroidalCavitationDetectedbyOpticalCoherenceTomography.Ophthalmology2012;1(12):00812-3.〔Epubaheadofprint〕17)Ohno-MatsuiK,AkibaM,MoriyamaMetal:Intrachoroidalcavitationinmacularareaofeyeswithpathologicあたらしい眼科Vol.30,No.2,2013175 myopia.AmJOphthalmol154:382-393,201218)MarukoI,IidaT,SuganoYetal:Morphologicanalysisinpathologicmyopiausinghigh-penetrationopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci53:38343838,201219)Ohno-MatsuiK,AkibaM,ModegiTetal:Associationbetweenshapeofscleraandmyopicretinochoroidallesionsinpatientswithpathologicmyopia.InvestOphthalmolVisSci53:3834-3838,201220)Ohno-MatsuiK,AkibaM,IshibashiTetal:ObservationsofVascularStructureswithinandPosteriortoSclerainEyeswithPathologicMyopiabySwept-SourceOpticalCoherenceTomography.(1552-5783(Electronic))21)Ohno-MatsuiK,MorishimaN,ItoMetal:Posteriorroutesofchoroidalbloodoutflowinhighmyopia.Retina16:419-425,199622)Ohno-MatsuiK,FutagamiS,YamashitaSetal:Zinn-HallerarterialringobservedbyICGangiographyinhighmyopia.BrJOphthalmol82:1357-1362,199823)Ohno-MatsuiK,KasaharaK,MoriyamaM:DetectionofZinn-Hallerarterialringinhighlymyopiceyesbysimultaneousindocyaninegreenangiographyandopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol(inpress)176あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(42)

網膜静脈閉塞症:治療のアップデート

2013年2月28日 木曜日

特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):155.163,2013特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):155.163,2013網膜静脈閉塞症:治療のアップデートUpdateonTreatmentofRetinalVeinOcclusion柳靖雄*はじめに最近になるまで網膜静脈閉塞症(RVO)の治療の選択肢は限られたものであった.RVOによる視力低下の原因は黄斑浮腫と新生血管に合併する硝子体出血などと血管新生緑内障である.大規模臨床試験は10年以上も昔になされたBranchVeinOcclusionStudy(BVOS)1)ならびにCentralVeinOcclusionStudy(CVOS)2)だけであり,黄斑浮腫に対する治療として確立したものは網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)の格子状光凝固のみで,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)の黄斑浮腫に対しては経過観察のみ推奨されており,確立された治療は新生血管が生じた際の汎網膜光凝固のみであった.また,BRVOによる黄斑浮腫に関しても,症例は限定されており,慢性期に矯正視力0.5以下で,傍中心窩毛細血管網が正常な症例に対して,発症から3カ月待っての黄斑部への格子状光凝固が勧められていた.その結果も視力改善は平均1.33ラインにとどまっていた.このために,特に黄斑浮腫に対しては明確なエビデンスがないまま,硝子体手術,ステロイド薬局所療法(わが国では主としてトリアムシノロンのTenon.下注入),抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法(アバスチンRの適応外使用)などがなされてきた.ところがこの1,2年で新たに大規模臨床試験の結果が発表され,RVOの治療は大きく変わってくると考えられる.特に,黄斑浮腫に対しての,1)ステロイド薬局所療法(トリアムシノロンおよび徐放化剤),2)抗VEGF療法について,BRVOならびにCRVOの各々について報告が相次いでなされている.本稿では,これらの大規模臨床試験の結果をもとにこれからのRVOの治療について考えてみたい.I疾患概念RVOは糖尿病網膜症についで多い網膜血管疾患である.大まかにはBRVOとCRVOに分類される(図1).両者とも静脈閉塞によって続発する血流障害であり,黄斑浮腫をきたす(図1,2).BRVOは網膜動静脈交差部で静脈壁が動脈により圧排され静脈内で乱流が生じ,網膜静脈の分枝が閉塞するために生じる疾患である.すなわち,網膜動静脈交差部位で細動脈と細静脈が血管外膜を共通鞘により共有しているため,動脈硬化が進行すると静脈壁が圧迫される.圧迫による網膜静脈の管腔狭窄により,血流障害,乱流が生じ,血管内皮細胞が障害され血栓を形成することが疾患発症の原因である.自覚症状は閉塞した静脈部位による違いがあり,無症状から強い視力低下までさまざまである.疫学調査では0.3.1.1%の頻度と報告されている.高血圧,動脈硬化などの生活習慣病患者によくみられる.一方でCRVOは視神経内で網膜静脈が閉塞し,網膜血管拡張,視神経乳頭のうっ血や充血,網膜全周の出血を認める疾患であり,強い黄斑浮腫のために視力低下をきたす.視神経内でも網膜の動静脈の壁共有があり,加齢性の変化,緑内障眼などで線維性組織の硬化性変化を生じると篩状板後方,視神経内で網膜中心静脈が圧排,*YasuoYanagi:東京大学大学院医学研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕柳靖雄:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(21)155 156あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(22)IIBRVOとCRVOの分類BRVOもCRVOも閉塞の部位およびその程度により網膜虚血の程度は異なるため,タイプにより予後が異なる.BRVOは閉塞の生じた動静脈交差部位によってmajor(first-order,第一分枝閉塞)とmacular(second-order,第二分枝閉塞)に分類される.狭窄されるために生じる閉塞が原因であると推察されている.篩状板付近の静脈閉塞で生じるhemisphericretinalveinocclusion(HRVO)は一般的にはCRVOに分類される.主たる合併症として黄斑浮腫,硝子体出血,虹彩新生血管(ルベオーシス)による血管新生緑内障がある.動静脈交差部位で細動脈と細静脈は血管外膜を共有→動脈硬化により,静脈壁が圧迫→生じた管腔の狭窄により,血流障害,乱流→血管内皮細胞が障害され血栓を形成する視神経線維層に刷毛状出血黄斑浮腫,漿液性網膜.離視神経内:網膜の動静脈の壁共有→加齢,緑内障眼:線維性組織の硬化性変化→視神経内で静脈が圧排,狭窄網膜出血,黄斑浮腫黄斑浮腫,漿液性網膜.離網膜静脈分枝閉塞症網膜中心静脈閉塞症図1網膜静脈閉塞症網膜静脈分枝閉塞症(左図)と網膜中心静脈閉塞症(右図).典型的な眼底所見より診断は容易である.各々で治療方針が異なるので両者の治療のエビデンスをよく理解する必要がある.動静脈交差部の血管壁の共有動脈硬化静脈内腔を圧迫血栓形成静脈閉塞静脈動脈乱流せき止め血栓静脈内圧の上昇血液成分の漏出(Starlingの法則)+虚血網膜からのVEGFの放出黄斑浮腫図2静脈閉塞症の黄斑浮腫発症メカニズム静脈内に生じる血栓形成のため血管内圧が上昇し,Starlingの法則に従って血液成分の血管外への漏出が生じる.同時に虚血網膜からVEGFが放出され,黄斑浮腫を悪化させる. CRVOは虚血の程度によって虚血型と非虚血型に分類される.虚血型は蛍光眼底造影で10乳頭面積以上の無灌流領域を認めるものを指す.CRVOでは初診時に非虚血であった症例も3年以内に1/3が虚血型に移行するとされているので注意が必要である.III黄斑浮腫の病態(図2)静脈内の血栓が血流障害をきたし,その結果として血管内腔の圧上昇をきたす.血管内腔の圧が高ければ,Starlingの法則(毛細血管壁を通じての水分の移動方向と移動速度は毛細血管内外の静水圧・膠質浸透圧・濾過膜としての管壁の性質に依存するという考え)に従って血管内液から網膜内に血液成分の滲出をきたす.その結果として網膜浮腫や蛋白漏出の変化が生じる.感覚網膜組織内への蛋白漏出は膠質浸透圧の上昇につながり組織浮腫をきたす.その組織浮腫の結果,毛細血管の閉塞や虚血が促進される.また,VEGFが硝子体中や前房中で上昇していることが示されてきた.すなわち,浮腫の形成には浸透圧変化以外に各種サイトカインも関与していることが明らかとなっており,IL(インターロイキン)-6,IL-8,MCP-1(monocytechemoattractantprotein-1)といった炎症性のサイトカインとともにVEGFも硝子体内で上昇していることが示されている.VEGFは組織の虚血によって誘導される因子で過剰な発現は血管拡張や網膜血管柵の破綻をきたす.すなわち,VEGFはRVOの虚血によって発現が誘導され浸透圧の変化によってもたらされる黄斑浮腫を促進する因子として働くと考えられる.IV治療1.自然経過BRVOのメタ解析3)によると黄斑浮腫は18%が4.5カ月で改善し,7.5カ月で41%が改善すると報告されている.自然経過では1/3の症例が2ライン以上の視力改善を認め,平均視力の改善は3カ月で1文字,18カ月で15文字とされるが,矯正視力0.5以上の改善はあまり認めない.一方,CRVOはBRVOと比較すると重篤な視力障害(23)をきたす4).CVOSによると最終視力は初診時視力に依存する.自然経過は初診時視力0.1以下の症例の80%が視力改善しなかった一方で,0.5以上の症例の65%の症例では視力が維持されたとされている.また,CRVOの虚血型と非虚血型の予後は非常に異なり,最終視力は虚血型では視力は全体の87%の症例で0.05以下であったと報告されているが,非虚血型では0.7以上の症例が全体の57%であったと報告されている.RVOの治療は急性期にみられる黄斑浮腫に対する治療と慢性期における新生血管予防を目的とした治療に分けて考えられる.先述のようにBRVOに関しては発症から時期の経っている慢性期の症例では検討しても良いが,治療後の暗点についてはあらかじめ患者に対しての注意が必要であり,視力の改善も限定的である.CRVOの黄斑浮腫に対して格子状光凝固は黄斑浮腫の軽減に有用であるが,自然経過と比較して視力の改善は認めなかったため,CRVOにおいては黄斑浮腫に対する格子状光凝固は推奨されない.このように古典的な格子状光凝固についてあまり良好とはいえない結果が出されていたなかで,ステロイド薬の硝子体内投与による大規模臨床試験がなされて,その結果が数年前に公表され,さらに,2年前から抗VEGF療法による治療に関するエビデンスレベルの高い臨床試験の結果が報告されている.2.ステロイド薬欧米では以前は硝子体内投与が行われていたが,わが国ではトリアムシノロンのTenon.下注入が行われることがある.SCOREstudy(TheStandardCarevs.CorticosteroidforREtinalVeinOcclusionStudy)では,標準治療(BRVOでは光凝固,CRVOでは経過観察)とトリアムシノロン硝子体内投与(TrivarisR1mg,4mg)の比較がなされた(この研究ではHRVOはBRVOに分類されている).症例は4週ごとに診察をうけ,必要に応じてトリアムシノロンの硝子体内投与を受け,1)診療医が治療成功あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013157 と見なした場合,すなわち視力が20/20以上もしくは中心窩網膜厚が250μm以下,2)眼圧上昇により投与禁忌とされた場合,3)治療が不成功,すなわち8カ月間の経過で視力改善や網膜厚の改善がなかった場合,に治療を中断した.BRVO,CRVOで異なった結論が出されている.SCOREによるBRVOの結果6)光凝固群と比較してはじめ数カ月は視力改善良好であったものの,1年目にはトリアムシノロンの優位性を示すことはできず,その結果は2,3年目も同様であり,アバスチン.(適応外使用)BRVO,60歳,女性いずれの時期においてもトリアムシノロンが優位性を示すことはなかった.このため,現在ではステロイド薬の使用は推奨されていない.SCOREによるCRVOの結果7)トリアムシノロン群では12カ月で1.2文字の低下であったのに対して,自然経過では12.1文字の低下であり,トリアムシノロン群が有意に視力の低下が軽度であった.また,トリアムシノロン群では約1/4の症例で3ライン以上の改善を認めており,シャム群よりも有意率が高かった.この結果から,ステロイド薬の硝子体内投1Mo(1.0)2Mo(0.9)3Mo(0.9)5Mo(0.9)6Mo(0.9)8Mo(0.9)10Mo(0.9)12Mo(1.0)15Mo(0.8)16Mo(0.9)BaselineVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVDVD(0.3)+IVB11Mo(0.9)+IVB4Mo(0.8)+IVB14Mo(0.9)+IVB18Mo(0.9)+IVB7Mo(0.9)+IVB図3抗VEGF療法の実際ベバシズマブ(適応外使用)の治療の実際.反応が良好な多くの例では黄斑浮腫は治療により消失する.また,経過観察に基づいて追加治療を行うことによって,長期にわたって視力は維持される.ただし,数カ月後に生じる再発が問題であり,繰り返しの治療が必要である.本症例でも初診時から18カ月以降も継続的な治療が必要であった.IVB:intravitrealbevacizumab.158あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(24) 与はCRVOの黄斑浮腫の治療効果があると考えられる.一方で,副作用に関してはトリアムシノロン群では眼圧上昇をきたす症例が多く,また,手術を必要とする白内障の頻度が高いことが報告されている.3.抗VEGF療法まず,これまでにRVOの黄斑浮腫に対して多くの臨床研究がベバシズマブ(アバスチンR)でなされており,その有用性が示されてきた(図3).しかしながら,アバスチンRは適応外使用であり,眼科用に開発された薬剤ではないのでその硝子体内投与に際しては注意が必要である.近年ラニビズマブ,ならびにアフリベルセプトによる臨床試験の結果が報告され,これらの薬剤が保険適用になると期待されている(図4).a.ラニビズマブ(ルセンティスR)7)1)BRVOに対してのBRAVO(theRanibizumabfortheTreatmentofMacularEdemafollowing2520151050310-1-3-5-702468MonthMeanBCVAChangefromMeanChangefromBaselineHORIZONBaseline(Letters)(Letters)BaselineM1239126Month製剤ラニビズマブベバシズマブアフリベルセプトルセンティスRアバスチンRアイリーアR標的すべてのVEGFすべてのVEGFすべてのVEGFならびにPlGFRCTCRUISE*BRAVO‡COPERNICUS†構造VEGFR1VEGFR2FcportionofIgG分子量48kDa149kDa110kDaRCT:RandomizedControlledTrial.*:CentralRetinalVeinOcclUsIonStudy.‡:BRAnchRetinalVeinOcclusion:EvaluationofEfficacyandSafetytrial.†:ControlledPhase3EvaluationofRepeatedintravitrealadministrationofVEGFTrap-EyeinCentralretinalveinocclusion.図4RVOの黄斑浮腫に対する抗VEGF療法ラニビズマブ,ベバシズマブ,アフリベルセプトの特徴.ラニビズマブ,アフリベルセプトの臨床試験については本文参照.ベバシズマブは適応外使用である.前2者は抗体製剤であり,アフリベルセプトはFc融合蛋白質(VEGFR1とVEGFR2のリガンド結合領域とIgGのFc部位の融合蛋白質)である.:Ranibizumab0.5mg:Ranibizumab0.3/0.5mg:Sham/0.5mg1012図5ラニビズマブのBRVOに対する効果:BRAVO.HORIZON試験12カ月目以降は延長試験(HORIZON試験)の結果.詳細は本文を参照.A:24カ月目までは視力,中心窩網膜厚も比較的維持される.B:12カ月以降も視力はおおむね維持されている.(文献7より改変)(25)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013159 BranchRetinalVeinOcclusion:EvaluationofEfficacyandSafety)study(図5)ラニビズマブ毎月投与(0.3mg群,0.5mg群)とシャム注射群を用いたBRVOの検討がなされている.6カ月目,シャム群では7.3文字の改善であったのに対して,0.3mg群および0.5mg群ではそれぞれ16.6文字,18.3文字であり,有意に良好な視力の改善が得られた.15文字以上の改善はシャム群では28.8%であったのに対して,0.3mg群および0.5mg群ではそれぞれ55%,61%であった.2)CRVOに対してのCRUISE(RanibizumabfortheTreatmentofMacularEdemaafterCentralRetinalVeinOcclUsIonStudy:EvaluationofEfficacyandSafety)study(図6)ラニビズマブの毎月投与(0.3mg群,0.5mg群)とシャム注射の検討がなされている.6カ月目,シャム群2520151050-5BaselineM123310-1-3-5-70246Monthでは0.8文字の改善であったのに対し,0.3mg群および0.5mg群では12.7文字,14.9文字と,シャム群と比較すると有意に視力の改善が得られることが示されている.15文字以上の改善はシャム群では16.9%であったのに対して,0.3mg群,0.5mg群でそれぞれ46.2%,47.7%であった.解剖学的にはOCT(光干渉断層計)で検討がなされており,BRAVOおよびCRUISEstudyのいずれでも黄斑浮腫の有意な改善を認めている.3)中長期の成績(12カ月ならびに24カ月)BRAVO,CRUISEともに6カ月目以降は毎月の経過観察に基づき,必要に応じての投与がなされた.投与は0.3mg群,0.5mg群いずれも6カ月目以降は0.5mg投与がなされており,シャム群でも6カ月目以降はラニビズマブ0.5mgが必要に応じて投与された(シャム/ラニビズマブ群).その結果BRVOでは12カ月目までは改6912:Ranibizumab0.5mgMonth:Ranibizumab0.3/0.5mg:Sham/0.5mg81012MeanBCVAChangefromMeanChangefromBaselineHORIZONBaseline(Letters)(Letters)図6ラニビズマブのCRVOに対する効果:CRUISE.HORIZON試験12カ月目以降は延長試験(HORIZON試験)の結果.詳細は本文を参照.12カ月目までは視力,中心窩網膜厚も比較的維持される.A:12カ月目から24カ月目までも個々の症例のラニビズマブの反応に基づいた厳密なフォローアップのうえ,必要に応じて投与すべきであることが示唆される.B:12カ月目以降はやや視力の低下がみられる.(文献7より改変)160あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(26) 善した視力が維持されており(0.5mg群+18.3文字,0.3mg/0.5mg群+16.4文字)シャム/ラニビズマブ群でも視力改善12.1文字であった.また,CRVOでも同様にラニビズマブ群では改善した視力が維持されていた(0.5mg群+14.9文字,0.3mg/0.5mg群+12.7文字)が,シャム/ラニビズマブ群では視力改善は7.3文字にとどまった.さらに,HORIZON試験とよばれるopen-labelの延長試験においてBRAVOおよびCRUISE試験を終了した患者における2年目までの成績が報告されている.この延長試験においては,投与プロトコールは12カ月目までの厳密なプロトコールでなく,診療する医師,患者にある程度の自由度が認められている.すなわち,患者は少なくとも3カ月ごとの診察を受け,必要に応じて0.5mgのラニビズマブの投与を受けるというプロトコールで治療が行われた.最終時まで観察された症例は63%であった.その結果,BRVOでは12カ月目から24カ月目までの視力変化はシャム/0.5mg,0.3/0.5mg,および0.5mgにおいてそれぞれ+0.9,.2.3,.0.7文字であり,視力は維持されていた.各群の治療回数はそれぞれ2.0,2.4,2.1回であった.一方でCRVOにおいては12カ月目から24カ月目までの視力変化はシャム/0.5mg,0.3/0.5mg,および0.5mgにおいて.4.2,.5.2,.4.1文字で,視力の低下を認めた.また,各群の治療回数はそれぞれ2.9,3.8,3.5回であった.この結果からRVO治療においては診療間隔を画一的に決定することは困難であり,CRVOにおいてはより高頻度に経過観察することが必要である可能性が示唆された.また,BRAVO,CRUISE試験では眼局所,全身性の副作用ともにまれであった.b.アフリベルセプト(アイリーアR):CRVOに対するCOPERNICUS試験8)(図7)シャム群とアフリベルセプト2mg毎月投与群の比較試験である.6カ月目まではアフリベルセプト2mgの毎月投与がなされ,24.52週目までは両群とも必要に応じて投与がなされ,現在までのところ52週の結果が公表されている.その結果,24週で15文字以上の視力改善はアフリベルセプト群では56.1%であったのに対して,シャム群では12.3%であった.24週での視力変化はアフリベルセプト群では+17.3文字,シャム群では.4.0文字であった.52週においては15文字以上の改善はアフリベルMeanChangeinCentralRetinalThickness(μm)-144.8-413.0-381.8:IAI2Q4+PRN:Sham+IAIPRN20:IAI2Q4+PRN:Sham+IAIPRN+17.3180-100-200-300-40012.4letterdifference+16.2+3.8-4.0AllPatientsPRNMeanChangeinETDRSLetters1614121086420-2-4-6-457.2AllPatientsPRN-50004812162024283236404448520481216202428323640444852WeeksWeeks図7アフリベルセプトのCRVOに対する効果:COPERNICUS試験投与群ではラニビズマブと同様に6カ月目までは毎月の投与,シャム群では6カ月目まで投与は行われなかった.両群とも,6カ月目以降は毎月の経過観察に基づいて必要に応じての投与が行われている.シャム群で視力低下がCRUISE試験と比較して著しいのはCOPERNICUSでは虚血型が多く含まれていたからであると推察されている.シャム/IAI群では治療群と比較して12カ月目においても視力が有意に不良であり,CRUISE試験の結果と同様にCRVOでは早めの介入が望まれると結論づけられる.IAI:intravitrealafliberceptinjection.(文献8より改変)(27)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013161 セプト群では55.3%,シャム/アフリベルセプト群では30.1%であった.視力変化はアフリベルセプト群では+16.2文字,シャム群では+3.8文字であった.CRUISEstudy同様,治療が遅れると視力改善には限界があることを示すと考えられる.また,COPERNICUSでは虚血型のCRVOが15.5%含まれる(CRUISEでは1.5%).サブ解析によると虚血型では非虚血型よりもやや視力改善は悪いもののアフリベルセプトにより視力改善を得ている.4.新生血管の予防の光凝固BRVOにおいては5乳頭径以上の広範な無血管野が存在するときであっても米国のガイドラインでは網膜新生血管が発症するまでは光凝固をせずに経過をみてよいとされているが,わが国では新生血管発症予防のために光凝固を考慮してよいと考えられている.特に後部硝子体.離のない眼では後部硝子体のある眼に比較すると網膜新生血管が生じやすい.ただし,早期の光凝固は治療的に意味がないばかりでなく,光凝固が網膜内層を障害し,炎症を惹起して黄斑浮腫を悪化させるので行ってはならない.通常はBRVOでは発症後しばらく時間が経って出血がひいてから造影検査を行い,無灌流領域を判定し状況によっては無灌流領域に対して光凝固を行うのがよいと考えられる.CRVOでは一般的には虚血型では高率に虹彩新生血管を生じ,血管新生緑内障を生じやすい.米国のガイドラインでは新生血管を認めるまで経過観察を行い,新生血管が観察されれば光凝固が勧められる.しかし,血管新生緑内障は非常に予後が不良であるため,わが国では一般的に比較的早期に造影検査を行い,虚血の範囲を判定し虚血の程度が強ければ汎光凝固が施行されている.5.その他a.網膜光凝固“Laser-inducedchorioretinalvenousanastomosis”が有効であるという報告9)もあるが,有効性が広く認識されている治療とはいえない.b.ステロイド薬の徐放剤デキサメタゾンのインプラント(Ozurdex:GENEVA162あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013study)では治療群での早期の視力改善が認められており10),FDA(米国食品・医薬品局)承認を受けている.c.硝子体手術エビデンスのレベルは低いが硝子体手術〔内境界膜.離,BRVOに対してのsheathotomy,CRVOに対する放射状視神経乳頭切開術(radialopticneurotomy)〕がなされることもある.d.抗VEGF療法と汎光凝固血管新生は抗VEGF療法を継続して行うことで抑制できると考えられている.血管新生の発症抑制のための汎光凝固の必要性がなくなるか否かに関しては今後の研究の成果が待たれる.おわりに:網膜静脈分枝閉塞症治療の今後抗VEGF療法の臨床試験の良好な結果,高い安全性から,わが国でも将来は,RVOの黄斑浮腫に対しては抗VEGF療法が黄斑浮腫の治療の主体になる可能性が高い.しかし,大規模臨床試験では選択された症例にあらかじめ厳密に決められたスケジュールでの来院投与がなされていることは銘記すべきであり,実際の臨床現場で大規模臨床試験と同等の治療成績を得ることが可能であるかは臨床使用報告を待たねばならない.抗VEGF療法では患者の経過観察に基づく頻回の投与が必要であり,治療は長期にわたる.今後は抗VEGF療法における頻回の投与による患者,医療者側への負担軽減のために,併用療法(抗VEGF療法+ステロイド薬など)の有効性が検討されると思われる.その際には硝子体内へのステロイド薬の投与は白内障の発症のリスクを高めるため,偽水晶体眼において検討されるべきであろう.また,再発を繰り返す症例には硝子体手術の有効性が見直されてもよいかもしれない.また,超広角眼底カメラを用いた蛍光眼底造影検査により網膜最周辺部の虚血が黄斑浮腫と関連している可能性が指摘され,最周辺部の虚血部位に対する光凝固が黄斑浮腫の再発抑制に関与するかもしれないと考えられるようになってきている.現在,薬物療法に加えて虚血部位に対する光凝固を併用することで再発率を低く抑制できるか検討が進められている.本来,RVOは網膜静脈の血栓に起因する閉塞症であ(28) るので,その塞栓の解除が根本的な治療になると考えられる.これまで,さまざまな根治治療の試みがなされてきたが芳しい成功は得られてこなかった.薬物療法は大きな治療のパラダイムの変化をもたらしたことに間違いないが,一方でRVOに伴う慢性的な黄斑浮腫に対しての対症療法にすぎない.今後のさらなる病態解明に基づく治療法の開発が急務である.文献1)BVOS:Argonlaserphotocoagulationformacularedemainbranchveinocclusion.TheBranchVeinOcclusionStudyGroup.AmJOphthalmol98:271-282,19842)CentralVeinOcclusionStudyGroup:Naturalhistoryandclinicalmanagementofcentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol115:486-491,19973)RogersSL,McIntoshRL,LimLetal:Naturalhistoryofbranchretinalveinocclusion:anevidence-basedsystematicreview.Ophthalmology117:1094-1101.e5,20104)McIntoshRL,RogersSL,LimLetal:Naturalhistoryofcentralretinalveinocclusion:anevidence-basedsystematicreview.Ophthalmology117:1113-1123,20105)ScottIU,IpMS,VanVeldhuisenPCetal:Arandomizedtrialcomparingtheefficacyandsafetyofintravitrealtriamcinolonewithstandardcaretotreatvisionlossassociatedwithmacularedemasecondarytobranchretinalveinocclusion:theStandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)studyreport6.ArchOphthalmol127:1115-1128,20096)SCOREStudyResearchGroup:Arandomizedtrialcomparingtheefficacyandsafetyofintravitrealtriamcinolonewithobservationtotreatvisionlossassociatedwithmacularedemasecondarytocentralretinalveinocclusion:theStandardCarevsCorticosteroidforRetinalVeinOcclusion(SCORE)studyreport5.ArchOphthalmol127:1101-1114,20097)HeierJS,CampochiaroPA,YaulLetal:Ranibizumabformacularedemaduetoretinalveinocclusions:long-termfollow-upintheHORIZONtrial.Ophthalmology119:802809,20128)BrownDM,HeierJS,ClarkWLetal:IntravitrealAfliberceptInjectionforMacularEdemaSecondarytoCentralRetinalVeinOcclusion:1-YearResultsFromthePhase3COPERNICUSStudy.AmJOphthalmol2012〔Epubaheadofprint〕9)McAllisterIL,GilliesME,SmithiesLAetal:TheCentralRetinalVeinBypassStudy:atrialoflaser-inducedchorioretinalvenousanastomosisforcentralretinalveinocclusion.Ophthalmology117:954-965,201010)HallerJA,BandelloE,BelfortRJretal:Dexamethasoneintravitrealimplantinpatientswithmacularedemarelatedtobranchorcentralretinalveinocclusiontwelvemonthstudyresults.Ophthalmology118:2453-2460,2011(29)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013163

糖尿病黄斑浮腫の治療選択

2013年2月28日 木曜日

特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):147.154,2013特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):147.154,2013糖尿病黄斑浮腫の治療選択Up-To-DateTreatmentOptionsforDiabeticMacularEdema藤川正人*大路正人*はじめに糖尿病網膜症は長らくわが国における中途失明の原因として第1位であったが,厚生労働省の報告によると第1位を緑内障(20.7%)に譲りはしたものの,僅差で第2位(19.0%)に位置している1).同時に,糖尿病患者総数はますます増加傾向にあり,糖尿病患者総数は予備軍も含めると約2,210万人にも達すると報告されており,われわれ眼科医はこれまで同様決して軽視することができない2).糖尿病網膜症に対する治療の進歩とともに,一昔前のように重度の増殖糖尿病網膜症患者を診る機会はやや少なくなった感はあるが,一方で糖尿病網膜症のいずれの段階からも発症しうる糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)による視力低下が糖尿病による視力低下の重要な要因となっている.これまでDMEの診断は,おもに検眼鏡とフルオレセイン蛍光眼底造影によって行われてきたが,最近では非侵襲的検査である光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の普及とテクノロジーの進歩により,ますますDMEの定性化と定量化が容易かつ高精度なものとなってきている.また,DMEの発症には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に代表される硝子体中に存在する種々のサイトカインが深く関与していることが解明されてきている.一方,DMEの治療に関しては,古典的な網膜光凝固に始まり,わが国で広く行われてきた硝子体手術,さらにはステロイド薬や抗VEGF薬による薬物療法が試みられているが,有用性と安全性についてはいまだ定見がなく,これら多岐にわたる治療選択肢のなかから最も有効と考えられる治療法を単独あるいは併用療法のかたちで行われているのが実状である.とりわけ薬物療法に関しては,これまでに行われた複数の大規模臨床試験で網膜光凝固と同等以上の視力改善が認められ,新たな治療法として注目を集めつつある.DMEの病態生理や画像診断についての詳説は他稿に譲り,本稿では現在の治療選択肢である光凝固・硝子体手術・薬物療法につき概説する.I光凝固硝子体手術が普及する以前よりDMEに対する最も標準的な治療は網膜光凝固であった.米国で行われた多施設大規模比較研究試験であるETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)の結果によると,DMEの治療の柱になるのは局所/格子状光凝固であり,現在においても世界的には第一選択となっている3).局所光凝固は局所的な漏出の原因となっている毛細血管瘤を直接凝固し閉塞させる方法で,特に輪状の硬性白斑を伴うDMEに有効である(図1).蛍光眼底造影で漏出部位が特定された場合,黄斑浮腫の拡大と硬性白斑の沈着が中心窩に及んで視力低下が生じる前になるべく早期に施行されることが望ましい.DMEが広範囲に及んだ場合には後述するステロイドTenon.下投与を行い,*MasatoFujikawa&MasahitoOhji:滋賀医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕藤川正人:〒520-2192大津市瀬田月輪町滋賀医科大学眼科学講座0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(13)147 a.治療前b.治療後3カ月図1輪状の硬性白斑を伴う局所性浮腫に対する局所光凝固のカラー眼底写真とOCT画像一時的に浮腫の軽減を図るとともに漏出の中心となっている毛細血管瘤を同定したうえで局所光凝固を行うとよい4).漏出部位の特定が困難なびまん性の黄斑浮腫は局所性浮腫とは異なりびまん性の血液-網膜柵の破綻が関与しているとされ,網膜外層すなわち網膜色素上皮細胞層や視細胞層を標的として黄斑部に格子状光凝固を行うことで浮腫の軽減を図る.その作用機序については諸説あるが現在でも未解明である.世界的にはゴールドスタンダードとして広く行われている方法であるが,わが国では今日まであまり行われることがなかった.本法も局所光凝固と同様に,DMEが広範に及んだ場合にはステロイドTenon.下投与を行った後に格子状光凝固を行うと総出力を低減させることができる5).従来の光凝固の副作用として,凝固斑の拡大による不可逆的な黄斑部萎縮や過剰な熱による浮腫の増悪が問題視され,これらを減らす方法が模索されてきた.近年,PASCALR(トプコン)やVISULASTRIONIIVITER(カールツァイスメディテック)などのパターンスキャンレーザーとよばれる短時間高出力連続照射機能を有した新世代のレーザー照射装置が登場し,普及しつつある.この装置では短時間に高出力のレーザー照射により発生する熱の拡散が少なく酸素消費の主体となる網膜外層のみが選択的に凝固され,照射後の凝固斑が拡大しな148あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(14) 図2VISULASTRIONIIVITERによるパターン照射後のカラー眼底写真画像い(図2).疼痛の軽減と施術時間の短縮により患者・医師双方の負担減も長所である6).現在スタンダードとなる照射条件,照射方法は確立されていないものの,今後のエビデンスが期待される.これら光凝固の施行後は1.3カ月かけて緩徐に浮腫が吸収されてくるため,OCTの網膜厚マップ所見を参考にしながら経過観察を行う.II硝子体手術牽引性網膜.離や硝子体出血の場合はもとより,DMEの原因が硝子体や線維膜による網膜の機械的牽引である場合には第一選択となる7).わが国ではDMEに対する硝子体手術が海外に比べ広く行われ,その有効性が多数報告されている.最近では従来の20ゲージ(G)システムから23G,25G,27GシステムといったMIVS(microincisionvitreoussurgery)の普及とともにますます低侵襲かつ安全性が向上しており,VEGFや炎症性サイトカインの産生の場となる硝子体を除去することでこれらサイトカインの濃度を下げると同時に,網膜への酸素分圧を向上させることで浮腫の低減を図る8,9).内境界膜.離を行うかどうかは議論の分かれるところで(15)a.術前VD=(0.2),中心網膜厚=561μm.b.術後12カ月VD=(0.5),中心網膜厚=338μm.図3DMEに対し硝子体手術時に内境界膜.離を併施した症例のOCT画像あるが,DMEにおける内境界膜の病理組織所見は肥厚と炎症性細胞の集簇が認められる10).インドシアニングリーンによる染色は用いずにトリアムシノロンもしくはブリリアントブルーG,あるいは非染色で内境界膜を.離することで網膜に与えるダメージを最小限に抑えつつ牽引解除を確実にすると同時に炎症反応の沈静化にもつながる可能性があり,エビデンスの蓄積が待たれるものの,リーズナブルな手技である.有効であれば単回の治療で恒久的に浮腫の再発を認めないケースもあり,薬物療法が台頭してきた今日でも治療選択肢から外れることはないといえよう(図3).DRCR.netでは硝子体牽引を伴うDMEに対し,内境界膜.離を併施しない硝子体手術を行った結果,術後6カ月で43%の症例において中心窩網膜厚が250μm未満まで減少したと報告されている11).あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013149 III薬物治療1.ステロイド薬DMEは眼内の炎症性サイトカインが高値を示し炎症性疾患としての側面をもつ.ステロイド薬には炎症性サイトカインのみならずVEGFの発現をも抑制する作用があり,黄斑浮腫を抑制する作用は強力である反面,緑内障や白内障に代表される副作用も生じやすい.顆粒状の剤形であるトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)が用いられ,投与方法としてはTenon.下投与と硝子体内投与がある.硝子体内投与はTenon.下投与よりも効果的であるが,眼内炎・白内障・緑内障などの合併症のリスクがTenon.下投与よりも高い.TAはこれまでケナコルトAR筋注用(ブリストル・マイヤーズ)が用いられ硝子体内投与はわが国では未認可であった.2010年12月にベンジルアルコールなどの添加剤を含まないマキュエイドR(わかもと製薬)が眼科手術補助剤として発売され,2012年10月には,DMEに対する硝子体内投与への適応が追加され,日常診療においても一般的な治療として使用可能となった.DRCR.netによるとTA(20/40mg)の前部/後部Tenon.下投与と局所光凝固単独もしくは併用で比較したところ,網膜厚と視力の改善に有意差はなかったと報告されている(図4)12).TA局所投与の効果は注射後3カ月目に視力改善のピークを認めるが,その効果はおよそ6カ月で消失するため,頻回の硝子体内注射が必要となる.最近では徐放性の硝子体内留置インプラントも登場している.フルオシノロン製剤であるRetisertR(ボシュロム)は米国においてぶどう膜炎に対する治療薬として認可されているが,眼圧上昇の副作用のリスクがきわめて高いことから360340320300280260240Baseline4Week8Week17Week34WeekCentralsubfieldthickness(μm):Anterior:Anterior+laser:Posterior:Posterior+laser:Laser図4DRCR.netによる平均中心網膜厚(meancentralsubfieldthickness)の経過(文献12より)Baseline:OCT608μm,BCVA54lettersWeek1:OCT272μm,BCVA67lettersWeek8:OCT214μm,BCVA70lettersWeek13:OCT231μm,BCVA67lettersWeek20:OCT424μm,BCVA54lettersWeek26:OCT475μm,BCVA57letters図5DMEを伴う無硝子体眼に対するOzurdexR投与後のOCT所見長期に及ぶ中心網膜厚(centralsubfieldthickness)とETDRS視力の改善を認める.(文献13より)150あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(16) DMEに対しては未認可である.これを改良したIluvienR(アリメラサイエンシーズ)が登場し,安全性と有効性が現在検討されている.RetisertRとIluvienRは生体内で非分解性であるため徐放が終了すればインプラントを除去する必要がある.他方,デキサメタゾン製剤であるOzurdexR(アラガン)は生体内分解性があり徐放終了後にインプラントを除去する必要がないもので,網膜静脈閉塞症とぶどう膜炎に対し米国で認可されており,VEGF抗体のクリアランスが速い無硝子体眼におけるDMEに対しても長期にわたり網膜厚の低減と視力の改善を認めたと報告されている(図5)13).同薬はわが国でも三和化学研究所により網膜静脈分枝閉塞症に対し治験が行われており第II/III相試験の段階にある.2.抗VEGF製剤前述のように,ステロイド薬には副作用の問題が常に付きまとうので抗VEGF製剤の使用が注目されるようになった.眼科領域では加齢黄斑変性の治療薬としてpegaptanibsodiumとranibizumabが国内承認されているが,現在わが国ではDMEを適応として承認されている抗VEGF薬は存在せず,bevacizumabが眼科領域では未承認だが抗癌薬として利用されているため入手しやすいことから,倫理委員会の審査を受けたうえでDMEの治療に用いられている.Pegaptanibsodium(マクジェンR,ファイザー製薬)は2004年に米国で滲出型加齢黄斑変性の治療薬として12初めて上市された抗VEGF薬で,VEGFのアイソフォームのうち,病的血管新生に関わるVEGF165のみを選択的に阻害するRNAアプタマー製剤である.2005年にはDMEにおける有効性が報告された14)が,欧米でも承認には至っていない.Bevacizumab(アバスチンR,Genentech)は元来結腸癌に対する静注用治療薬として承認された抗VEGF作用を有するヒト化モノクローナル抗体であり,すべてのVEGFアイソフォームを阻害する.Ranibizumab(ルセンティスR,Novartis)は抗VEGF抗体のFabフラグメントで,抗体全体に比べ分子量が約3分の1のため組織移行性が良好である反面,眼内からのクリアランスも速い.欧州を中心に行われた大規模臨床調査RESOLVEStudyではranibizumabが単独で用いてもDMEに対し有効であることが証明された(図6)15).米国におけるRISEandRIDEStudyはDMEに対しranibizumabを24カ月間反復投与することでranibizumabの視力改善の最大効果を調べたもので,無治療群のわずか2.3.2.6文字の改善に対しranibizumab群は10.9.12.5文字と大幅な視力改善を認めたと報告されている(図7)16).Ranibizumabと光凝固の比較に関しては,米国の大規模臨床試験DRCR.netによると,光凝固単独群よりranibizumab単独ないし併用群が視力の改善率が良好で,平均投与回数は1年目が8.9回を要したが,2年目には2.3回,3年目は1.2回のみであったと報告され,早期からの局所/格子状光凝固は晩期における視力50-1.410.3:Pooledranibizumab(n=102):Sham(n=49)MeanchangeinBCVA(SE)frombaselinetomonth12(letters)-194.2-48.4:Pooledranibizumab(n=102):Sham(n=49)MeanchangeinBCVA(SE)frombaselinetomonth12(letters)1086420-2-40-50-100-150-2000D8123456789101112Month0D8123456789101112Month-6-250図6RESOLVEStudyによるETDRS視力と中心網膜厚(CRT)の経過(文献15より)(17)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013151 MeanchangeinCFT(μm)MeanchangeinvisualacuityRISERIDE151512.512.011.910.91010552.62.30004812162024(ETDRSletters)04812162024Day7MonthDay7Month00-50-50-100-100-133.4-125.8-150-150-200-200-250.6-250-250-259.8-270.7-300-253.1-3000123612182401236121824Day7MonthDay7Month:Sham:Ranibizumab0.3mg:Ranibizumab0.5mg図7RISEandRIDEStudyによるETRDS視力と中心網膜厚(CFT)の経過(文献16より)011109876543210:B:CChangeinvisualacuityfrombaseline(letterscore)8162432404868841041201361564122028364452Visitweek低下をきたす可能性があり推奨しないとされている(図8)17.19).欧州のRESTOREStudyでも光凝固単独よりranibizumab単独ないし併用が良好な結果をもたらしたと報告されている(図9)20).RESOLVEStudyとRESTOREStudyの結果に基づき,DMEに対する治療薬としてranibizumabが2011年1月にEUで承認され,RISEandRIDEStudyの結果より2012年8月に米国Opentriangle(B)=ranibizumab+promptlasertreatmentでも承認された.これら抗VEGF製剤はステロイド薬Closedsquare(C)=ranibizumab+deferredlasertreatment526884104120136156の硝子体内注射に比して副作用は問題となりにくいが,weeksweeksweeksweeksweeksweeksweeksRanibizumab+prompt165157155156143140144まれに脳血管障害のリスクを高める可能性があるため注lasertreatment,nRanibizumab+deferred173167160161149143147意が必要である.lasertreatment,n図8DRCR.netによる3年間のETDRS視力の経過Aflibercept(アイリーアR,バイエル薬品/参天製薬)B:Ranibizumab+即時レーザー群,C:Ranibizumab+後期は滲出型加齢黄斑変性の治療薬としてわが国でも2012レーザー群.(文献19より)年11月に発売されたばかりの製品で,ヒトVEGF受容152あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(18) Meanchange(±SE)inBCVAletterscorefrombaselinetomonth121086420-201234567891011126.86.40.9Month0123456789101112-160-140-120-100-80-60-40-20020MonthMeanchange(±SE)inCRTfrombaselinetomonth12(μm):Ranibizumab(n=115):Ranibizumab+laser(n=118):Laser(n=110)-61.3-118.7-128.3図9RESTOREStudyによるETDRS視力と中心網膜厚(CRT)の経過(文献20より)体1と受容体2の細胞外ドメインの一部をヒトIg(免疫1412グロブリン)G1のFcドメインと融合させた遺伝子組みETDRSletters1086420換え融合蛋白質からなり,緩徐に分解するように作られているため半減期が長く,胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)の作用も抑制する.大規模臨床調査DAVINCIStudyの結果ではaflibercept単独での治療は光凝固単独と比して有意な視機能改善を認めたと-20481216202428323640444852報告され,抗体製剤が4週間ごとの追加投与であるのに対し,8週間ごとの追加投与でも良好であったことが特筆すべき点である21,22).これらの薬物は2.3カ月で効果がなくなり再投与が必要になり,無硝子体眼であれば半減期が短縮するなどの問題点がある23)が,DME治療のゴールドスタンダードが現在の光凝固から抗VEGF療法へ代わる可能性もある.確かに,抗VEGF薬は目立った副作用が少なく,Centralretinalthickness(μm)Weeks0-50-100-150-200-2500481216202428323640444852即効性があるため比較的容易に用いることができる.たWeeksだし,その効果は数カ月しか存続しないため,高価な薬剤を頻繁に追加投与しなければならず,患者と医師の負担は決して軽くはない.おわりに近い将来,安全な長時間作用薬が入手できるまでは現在入手可能な薬物療法と光凝固の併用がより現実的で継続可能なアプローチであると考えられる.臨床試験で薬物治療のエビデンスが作られても,レーザー光凝固や硝(19):0.5q4:2q4:2q8:2PRN:Laser図10DAVINCIStudyによる1年間のETDRS視力と中心網膜厚(centralretinalthickness)の経過Aflibercept0.5mgを4週ごと(0.5q4),2mgを4週ごと(2q4),2mgを3カ月連続投与後に8週ごと(2q8),2mgを3カ月連続投与し必要に応じて追加投与(2PRN).(文献22より)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013153 子体手術との選択や組み合わせによる,より安全かつ有効なDME治療プロトコールの樹立は今後も検討されていくべき課題であろう.文献1)厚生労働科学研究費科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究平成17年度総括・分担研究報告書,p263-267,20062)厚生労働省平成19年国民健康・栄養調査:4,20073)Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyresearchgroup.ArchOphthalmol103:1796-1806,19854)ShimaC,OgataN,MinaminoKetal:Posteriorsub-Tenoninjectionoftriamcinoloneacetonideaspretreatmentforfocallaserphotocoagulationindiabeticmacularedemapatients.JpnJOphthalmol52:265-268,20085)ShimuraM,NakazawaT,YasudaKetal:Pretreatmentofposteriorsubtenoninjectionoftriamcinoloneacetonidehasbeneficialeffectsforgridpatternphotocoagulationagainstdiffusediabeticmacularoedema.BrJOphthalmol91:449-454,20076)NagpalM,MarlechaS,NagpalK:Comparisonoflaserphotocoagulationfordiabeticretinopathyusing532-nmstandardlaserversusmultispotpatternscanlaser.Retina30:452-458,20107)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrectomyfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753759,19928)MiyakeT,SawadaO,KakinokiMetal:Pharmacokineticsofbevacizumabanditseffectonvascularendothelialgrowthfactorafterintravitrealinjectionofbevacizumabinmacaqueeyes.InvestOphthalmolVisSci51:16061608,20109)StefanssonE:Ocularoxygenationandthetreatmentofdiabeticretinopathy.SurvOphthalmol51:364-380,200610)TamuraK,YokoyamaT,EbiharaNetal:Histopathologicanalysisoftheinternallimitingmembranesurgicallypeeledfromeyeswithdiffusediabeticmacularedema.JpnJOphthalmol56:280-287,201211)HallerJA,QinH,ApteHSetal:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093e3,201012)ChewE,StrauberS,BeckPetal:Randomizedtrialofperibulbartriamcinoloneacetonidewithandwithoutfocalphotocoagulationformilddiabeticmacularedema:apilotstudy.Ophthalmology114:1190-1196,200713)BoyerDS,FaberD,GuptaSetal:Dexamethasoneintravitrealimplantfortreatmentofdiabeticmacularedemainvitrectomizedpatients.Retina31:915-923,201114)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,200515)MassinP,BandelloF,GarwegJGetal:Safetyandefficacyofranibizumabindiabeticmacularedema(RESOLVEStudy):a12-month,randomized,controlled,double-masked,multicenterphaseIIstudy.DiabetesCare33:2399-2405,201016)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIrandomizedtrials:RISEandRIDE.Ophthalmology119:789-801,201217)ElmanMJ,AielloAP,BeckRWetal:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077e35,201018)ElmanMJ,BresslerNM,QinHetal:Expanded2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,201119)ElmanMJ,QinH,AielloLPetal:Intravitrealranibizumabfordiabeticmacularedemawithpromptversusdeferredlasertreatment:Three-yearrandomizedtrialresults.Ophthalmology119:2312-2318,201220)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal:TheRESTOREstudy:ranibizumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,201121)DoDV,Schmidt-ErfurthU,GonzalezVHetal:TheDAVINCIStudy:phase2primaryresultsofVEGFTrap-Eyeinpatientswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology118:1819-1826,201122)DoDV,NguyenQD,BoyerDetal:One-yearoutcomesoftheDAVINCIStudyofVEGFTrap-Eyeineyeswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology119:1658-1665,201223)KakinokiM,SawadaO,SawadaTetal:EffectofvitrectomyonaqueousVEGFconcentrationandpharmacokineticsofbevacizumabinmacaquemonkeys.InvestOphthalmolVisSci53:5877-5880,2012154あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(20)

加齢黄斑変性と遺伝子

2013年2月28日 木曜日

特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):143.146,2013特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):143.146,2013加齢黄斑変性と遺伝子GeneticAssociationswithAge-RelatedMacularDegeneration山城健児*はじめに加齢黄斑変性は遺伝しますか?と患者に聞かれたときに,自信をもって答えられる眼科医は意外に少ないのではないだろうか.遺伝病ではないので,優性遺伝や劣性遺伝の形式をとるわけではないことは眼科医であれば誰もが知っているはずである.一方でCFH遺伝子やARMS2/HTRA1遺伝子が加齢黄斑変性の疾患感受性遺伝子であるということは聞いたことがあっても,これらの遺伝子と加齢黄斑変性の遺伝性との関係は直感的には理解しづらいのではないだろうか.さらに,CFH遺伝子やARMS2/HTRA1遺伝子が加齢黄斑変性の疾患感受性遺伝子であるということがわかったところで,臨床家にとってはなんの役にも立たないのではないかと考えている眼科医も多いだろう.本稿では,最近わかってきた加齢黄斑変性に関するゲノム研究の成果を紹介し,臨床の現場にどう生かせば良いのかを解説したい.I疾患感受性遺伝子とは疾患のなかには網膜色素変性のように原因遺伝子に生じた変異によって発症するものもあれば,外傷のように遺伝的背景とは無関係に生じる疾患もある.加齢黄斑変性の発症には遺伝的背景と環境因子の両方が関与していると考えられており,そのような疾患を多因子疾患とよび,多因子疾患の発症に影響を与える遺伝子を疾患感受性遺伝子とよぶ.加齢黄斑変性の発症に関係する遺伝子としてはCFH210210210210CFH1410996HTRA1rs11200638010101012CFHY402HCFHI62Vオッズ比500リスクアレル数図1リスクアレル数による加齢黄斑変性の発症確率CFH遺伝子中の一塩基多型(Y402H,I62V,rs1410996)およびHTRA1遺伝子中の一塩基多型rs11200638のすべてにリスクアレルをもっていない人を基準にすると,すべてに2つずつリスクアレルをもっている人は約70倍もの高いリスクをもっていることがわかる.(文献1より改変)遺伝子とARMS2/HTRA1遺伝子が有名で,遺伝子型の組み合わせによって加齢黄斑変性が発症する可能性が数倍.数十倍に高まることがわかっている1)(図1).II加齢黄斑変性の感受性遺伝子1.ARMS2遺伝子ARMS2遺伝子は10番染色体の長腕に存在し,107*KenjiYamashiro:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕山城健児:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)143 10番染色体程度のアミノ酸からなる小さい蛋白質をコードしている.図2のようにそのDNA配列を抜き出してみると,69番目のアミノ酸をコードしているコドンの配列が日本人ではGCT(alanine)になっている人が約6割で,TCT(serine)になっている人が約4割いることがわかっている.このように塩基が一つ変異を起こした状態が1%以上の人にみられる場合,その変異は一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)とよばれ,例にあげたSNPでは69番目のアミノ酸がアラニン(A)からセリン(S)に変わることから,このSNPはA69S多型ともよばれる.ARMS2遺伝子のなかには他にも複数のSNPがあるが,特にA69S多型と加齢黄斑変性の発症との関連が広く研究されてきた.ARMS2遺伝子は父親と母親の双方から受け継いだものをもっているため,それぞれのA69S多型について調べると,2つともGの人(GG型),片方がGでもう片方がTの人(GT型),両方がTの人(TT型)の3種類に分けられる.日本人ではGG型が約5割,GT型が約4割,TT型が約1割となっており,オッズ比から考えると,GG型の人に比べてGT型では1.5倍,TT型では5倍も加齢黄斑変性を発症しやすくなるということがわかっている2).両親がともにTT型であればその子供もTT型になると考えられ,両親がともにGT型であれば25%の確率で子供がTT型になると考えられることから,加齢黄斑変性については発症リスクが遺伝すると考えるべきである.2.他の遺伝子これまでにさまざまな遺伝子が加齢黄斑変性の感受性遺伝子として発表されてきた.しかし,感受性遺伝子であるかどうかを判断するためには複数の施設からの報告を総合的に検討する必要があり,これまでにもTLR3144あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013図2ARMS2遺伝子A69S多型ARMS2遺伝子は10番染色体の長腕に存在し,その塩基配列の一部を調べると,「CAGCTGCTAAAA」という配列をもっている場合と,「CAGCTTCTAAAA」という配列をもっている場合とがある.表1加齢黄斑変性の発症に関与する感受性遺伝子ARMS2/HTRA1CFICFHCETPC2/CFBTNFRSF10AC3やC1INといった遺伝子が感受性遺伝子として報告された後に,他施設からの複数の追試によって感受性遺伝子ではなかったということが判明している.現在,追試によって日本人の加齢黄斑変性の発症に関連があることが確認できている遺伝子を表1にまとめる.なお,ARMS2遺伝子とHTRA1遺伝子は10番染色体上の近傍に存在しているため,どちらが加齢黄斑変性の発症に影響を与えているのかがわかっていないことから,ARMS2/HTRA1と表記することが多い.III感受性遺伝子と病変サイズ,両眼性加齢黄斑変性患者から「反対の目にも発症するのですか?」と聞かれたときに,「両眼に発症するのは10人に1人か2人程度ですよ」と答えるだけで十分だろうか.最近になってARMS2の遺伝子型によって両眼に加齢黄斑変性が発症する確率が違うことがわかってきた.複数の施設から上述のA69S多型にTをもつと両眼発症の可能性が高くなるという報告がなされており,片眼に加齢黄斑変性を発症している患者を10年間経過観察すると,GG型の患者では1割程度にしか僚眼発症がみられないのに対して,TT型の患者では約7割の患者で僚眼に加齢黄斑変性が発症するということがわかっている3)(図3).他にもTT型の患者では病変サイズが大きいことや,進行が速いこともわかっており,ARMS2遺伝子のA69S多型を調べることによって患者に予後をより正し(10) 僚眼発症10.90.80.70.60.50.40.30.20.10:GG:GT:TT020406080100120140160180経過観察期間(月)図3片眼発症例における僚眼の加齢黄斑変性の発症A69S多型の遺伝子型がGGの片眼発症患者では10年以上経過観察を続けても1割程度にしか僚眼の発症を認めていないのに対して,TTの患者では7割近くに僚眼発症を認めている.(文献3より改変)く説明することができるはずである.また,ポリープ状脈絡膜血管症ではTT型の患者に硝子体出血や網膜下出血が多いという報告もあり,合併症の予測にも役に立つかもしれない.IV遺伝子診断法このように臨床医にとっても,遺伝子診断を行うことによって加齢黄斑変性患者に対してより良い医療を提供できることがわかってきたが,まだ誰もが簡単に患者の遺伝子型を調べられるわけではない.通常,ゲノム研究としてSNPを調べる際にはTaqManSNPGenotypingAssayやSequenomMassArraysystemといった検査を行う必要があり,どこでも誰でも行える検査とはいえない.しかし,最近ではdeCODEme,MaculaRisk,23andMe,AsperBiotech,INTERNATIONALBIOSCIENCES,RetnaGENEAMDといった企業ベースの加齢黄斑変性の遺伝子リスク検査が可能になっている.さらに,京都大学とダナフォームが共同開発したA69S多型の迅速診断キットを用いると,リアルタイムPCR(polymerasechainreaction)システムさえあれば簡単に診断ができるようにもなった.このキットでは患者の末梢血5μlを試薬に混ぜて1分間加熱し,その後1μlを取り出して反応液に混ぜて機器にセットするだけ(11)で,20分程度で解析画面に結果が表示されるため,研究補助員程度の知識があれば簡単に検査が可能である.V個別化医療内科領域では肺癌治療の際に,EGFR遺伝子の変異を調べることによってイレッサを使用するかどうかを決めることが推奨されている.同様にワーファリンRを使用する前にCYP2C9とVKORC1の遺伝子多型を調べると,各患者に必要なワーファリンRの投与量がわかることも広く知られている.眼科でも加齢黄斑変性の治療を行う前に,いくつかの遺伝子の多型を調べることによって治療の効果を予測し,各患者に最適な治療方法を選択するという個別化医療を実現するためにさまざまな研究が行われてきた.日本人における光線力学的療法(PDT)の効果とA69S多型との関係については多数の報告があり,GG型の患者でより良い視力予後が得られることがわかっている1,4,5).白人ではA69S多型と視力予後の間には関連はないという報告もあるが,日本人では治療前にA69S多型を調べることによってPDTの効果を予測できる可能性が高そうである.一方,抗VEGF(血管内皮増殖因子)治療の効果を予測するための遺伝子多型についてはまだ決定的な結果が出ていない.CFHおよびARMS2/HTRA1遺伝子の多型については10報以上の結果が報告されているが,いまだ一定の見解は得られておらず,治療方法の選択には活用できそうにない.他にもいくつかの遺伝子の多型と抗VEGF治療の効果との関連を調べた研究結果が多数報告されており,特にVEGF遺伝子の多型と抗VEGF治療後の視力との間には関連がありそうだが,この関連を否定する報告もあり,やはりまだ決定的な結論には至っていないと考えるべきだろう.現在,抗VEGF治療の結果を予測できる遺伝子を探すための多施設前向き研究が行われている.この研究では約300例の加齢黄斑変性患者に対して抗VEGF治療を行い,全患者からDNAを採取して250万のSNPを調べることによって治療結果と関連を認めるSNPおよび遺伝子を探す予定となっており,さらに300例の追加症例を用いてその関連の再現性も確認することになっあたらしい眼科Vol.30,No.2,2013145 ている.この研究の結果次第では,抗VEGF治療の効果を予測できる遺伝子多型が判明するはずで,治療を行う前に遺伝子診断を行い,抗VEGF治療かPDTかどちらがより効きそうであるかを予測したうえで,治療方法を選択することが可能になるかもしれない.おわりに2005年にCFH遺伝子が加齢黄斑変性の感受性遺伝子として発表されてから,ほぼ8年が経過した.2013年中には大規模な多施設研究の結果が判明し,加齢黄斑変性の疾患感受性遺伝子は20を超えることになりそうである.加齢黄斑変性の病態の解明につながれば新たな治療方法の開発につながるかもしれない.また,加齢黄斑変性患者の遺伝子を調べることによって,僚眼の発症予測や進行速度の予測が可能になりそうであり,臨床家にとっても日常の診療に遺伝子診断を活用する必要が出てくるかもしれない.特に治療効果の予測に遺伝子多型が有用であることがわかれば,遺伝子診断は加齢黄斑変性治療に必須の検査となるだろう.文献1)TsuchihashiT,MoriK,Horie-InoueKetal:ComplementfactorHandhigh-temperaturerequirementA-1genotypesandtreatmentresponseofage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology118:93-100,20112)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20103)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexudativeage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,20124)SakuradaY,KubotaT,ImasawaMetal:AssociationofLOC387715A69Sgenotypewithvisualprognosisafterphotodynamictherapyforpolypoidalchoroidalvasculopathy.Retina30:1616-1621,20105)BesshoH,HondaS,KondoNetal:Theassociationofage-relatedmaculopathysusceptibility2polymorphismswithphenotypeintypicalneovascularage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.MolVis17:977-982,2011146あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(12)

黄斑疾患の疫学

2013年2月28日 木曜日

特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):137.141,2013特集●黄斑疾患診療トピックスあたらしい眼科30(2):137.141,2013黄斑疾患の疫学EpidemiologyofMacularDiseases安田美穂*はじめに厚生労働省の難治性疾患克服研究事業の研究班によるわが国の視覚障害の原因疾患の報告1)では,1991年は第1位:糖尿病網膜症,第2位:白内障,第3位:緑内障,第4位:網膜色素変性,第5位:強度近視であったが,2005年では第1位:緑内障,第2位:糖尿病網膜症,第3位:網膜色素変性,第4位:加齢黄斑変性,第5位:強度近視となり,黄斑疾患が視覚障害の主原因にみられるようになってきた(表1).黄斑疾患による視覚障害は不可逆性の場合も多く,少なくとも現時点においては予防的治療が最も重要である.予防的治療を確立するために,黄斑疾患の現状を把握するとともに,危険因子や予防因子を確立することが重要である.I加齢黄斑変性加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は欧米をはじめとした先進国において成人の失明や視力低下の主原因となっており(表2),近年ますます増加傾向が認められている.わが国においても,2006年の岐阜県多治見市における多治見スタディの報告で,AMDは視力0.05から0.3までのlowvisionの原因疾患の第4位と報告されている2).今後も高齢人口が急速に増加するのに伴いAMDがますます増加することが予想される.福岡県久山町の50歳以上の一般住民を対象として,1998年と2007年にAMDの有病率を調査したところ,表1わが国における視覚障害者手帳の新規交付状況に基づく視覚障害の原因疾患1991年2005年1位糖尿病網膜症18.3%緑内障20.7%2位白内障15.6%糖尿病網膜症19.0%3位緑内障14.5%網膜色素変性13.7%4位網膜色素変性12.2%加齢黄斑変性9.1%5位強度近視10.7%強度近視7.8%(厚生労働省難治性疾患克服事業網膜・脈絡膜・視神経萎縮調査研究班)1998年のAMDの有病率は0.8%で,おおよそ100人に1人の頻度であり,病型別では滲出型の有病率が0.6%,萎縮型の有病率が0.2%で,滲出型が萎縮型よりも多くみられた(図1).また,女性(0.3%)に比べて男性(1.7%)の有病率が有意に高かった.2007年にはAMDの有病率は1.3%に増加し,おおよそ80人に1人の頻度となった.病型別では,滲出型の有病率が1.2%,萎縮型の有病率が0.1%であり,この9年間で滲出型の有病率が2倍に増加していた3).欧米のpopulation-basedstudyによる報告では,AMDの有病率および発症率は女性に多いと報告しているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということは非常に興味深い.また,わが国のAMDの有病率を欧米の結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多い(表3).これらの人種差の原因は明らかではないが,遺伝的な要因や環境因*MihoYasuda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕安田美穂:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)137 表2世界における失明の原因疾患研究国第1位第2位第3位BlueMountainsEyeStudyオーストラリア加齢黄斑変性白内障,網膜中心動脈閉塞症などRotterdamEyeStudyオランダ加齢黄斑変性緑内障近視性黄斑変性CopenhagenCityEyeStudyデンマーク加齢黄斑変性近視性黄斑変性緑内障LosAngelsLatinoEyeStudy米国(ラテン人)加齢黄斑変性糖尿病網膜症近視性黄斑変性BeijingEyeStudy中国白内障角膜混濁近視性黄斑変性ShinpaiEyeStudy台湾加齢黄斑変性糖尿病網膜症,緑内障TajimiStudy日本近視性黄斑変性緑内障外傷有病率(%)1.510.501.2*0.60.20.1*p<0.05(1998vs.2007)滲出型萎縮型■:1998:2007図1加齢黄斑変性の病型別有病率の変化(久山町1998.2007年)(WHO世界標準人口を使用して直接法により,年齢調整を行ったもの)子によるものと考えられている.久山町における追跡調査の結果,日本人におけるAMD発症にも加齢,喫煙,白血球数の増加がAMD発症の危険因子として関与していることがわかった.AMD発症を予防するための危険因子としては喫煙が重要である.特に日本人の男性においては喫煙の影響により発症率が増加していることが推測されるため,AMDの予防のためには禁煙を推奨する必要がある.II近視性黄斑変性強度近視は,先進諸国において失明原因の上位を占める疾患である(表2).近視性眼底病変には視力予後の異なるものが混在しており,なかでも黄斑部に生じる近視性脈絡膜新生血管および瘢痕形成による近視性黄斑変性は,中心視力を著しく障害し視力予後不良である.強度近視では眼軸の延長に伴い,眼底後極部にさまざまな近視性眼底病変をきたし,視力低下の原因となる.両眼性であることが多く,不可逆性で,働き盛りの年代の人の視力を障害することも少なくない.近視性黄斑変性に対しては,これまであまり有効な治療法がなく,多くの症例で診断されても経過観察されていたのみであったが,近年,近視性脈絡膜新生血管に対しても光線力学的療法や抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体硝子体注射などの新しい治療法の有効性が報告されている.このように強度近視は社会経済的な観念からも重要な疾患である一方,その有病率や危険因子についての報告は少ない.福岡県久山町の40歳以上の一般住民を対象として,2005表3加齢黄斑変性の有病率の比較対象人数対象年齢AMDの有病率(%)研究(人)(歳)男性女性TotalRotterdamEyeStudy(オランダ,白人,1995年)*6,25155.1.41.91.7BlueMountainsEyeStudy(豪州,白人,1995年)3,65455.1.32.41.9BarbadosEyeStudy(西インド諸島,黒人,1992年)3,44440.0.30.90.6久山町研究(福岡,日本,1998年)1,48650.1.70.30.9久山町研究(福岡,日本,2007年)2,67650.2.20.71.3*wettypeAMDのみ.138あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(4) 表4年齢階級別および性別の近視性網膜症の頻度:久山町研究(2005)男性女性男女込み年齢(歳)人数(人)近視性網膜症(%)人数(人)近視性網膜症(%)人数(人)近視性網膜症(%)40.491/841.21/1460.72/2300.950.591/1630.62/2920.73/4550.760.692/2710.76/3461.78/6171.370以上5/2581.915/3324.520/5903.4合計9/7761.224/1,1162.233/1,8921.7表5眼軸階級別近視性網膜症の有病率:久山町研究(2005)眼軸(mm)全体近視性網膜症眼数*(眼)(%)眼数(眼)(%)23未満1,37436.600.023.241,29634.520.224.2563516.910.225.262466.620.826.271183.186.827.28471.31123.428以上411.12253.7合計3,757100461.2*眼軸長のデータが得られなかった27眼を除く.年に近視性網膜症の有病率を調査したところ,近視性網膜症は33人47眼に認め,有病率は1.7%であった4).所見別の内訳は,びまん性萎縮病変32人44眼(1.7%),限局性萎縮病変8人10眼(0.4%),lacquercracks3人4眼(0.2%),近視性黄斑変性7人9眼(0.4%)であった.年齢階級別および性別に有病率をみると,男性1.2%,女性2.2%と,男性より女性において有病率が高いことが明らかになった.また,高齢になるほど近視性網膜症の有病率が統計学的に有意に増加する傾向を認めた(表4).近視性網膜症の有無別で眼軸長,屈折度数(等価球面度数)の平均値を比較すると,近視性網膜症のない群ではそれぞれ23.5±1.2mm,.0.4±2.4Dであったのに対し,近視性網膜症のある群では28.2±2.2mm,.8.3±5.2Dで,眼軸長,屈折値ともに両群間で有意差(p<0.001)を認めた.また,表5に示すように,眼軸が長くなるほど近視性網膜症の有病率が高くなり,眼軸長26.0mm未満では近視性網膜症の有病率は0.1%であったのに対し,眼軸長28.0mm以上では53.7%であった.同様に近視度数が大きくなるほど近視性網膜症の有(5)表6屈折度数階級別近視性網膜症の有病率:久山町研究(2005)全体近視性網膜症屈折度数(D)眼数*(眼)(%)眼数(眼)(%)0<1,68551.010.10..21,03331.310.1.2..43019.141.3.4..61655.031.8.6..8752.345.3.8..10260.8519.2≦.10190.6736.8合計3,304100250.8*白内障術後および屈折度数のデータが得られなかった480眼は除く.屈折度数は等価球面度数で示した.病率は高くなる傾向を認め(表6),.6D未満の近視では有病率は0.3%であったのに対し,.10D以上の近視では36.8%であった.臨床経験的に,近視性網膜症は女性に多いとされる.近視性眼底病変に関する多くのhospital-basedstudyを調べたところ,ほとんどすべてにおいて,女性患者数は男性患者数よりも多いと報告されている.たとえば,近視性網膜症の連続患者429人を調査した林らの報告によると,女性患者数282人に対し,男性患者数は147人であり,女性患者数は男性患者数の約2倍であった5).久山町研究の結果においても,女性の有病率2.2%に対し,男性1.2%と,女性の有病率は男性の約2倍であった.他のpopulation-basedstudyにおいては,BlueMountainsEyeStudyでは,女性0.4%,男性0.06%であった.BeijingEyeStudyでは,男女別の近視性網膜症の有病率は示されていないものの,近視性網膜症のない群における男女比(女/男=570/489)と近視性網膜症のありの群の男女比(女/男=75/57)を示しており,近視性網膜症ありの群のほうが女性の割合が高い.一方,あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013139 他の多くの疫学研究同様,本研究における眼軸長の平均値は,男性23.8±1.3mm,女性23.4±1.4mmと,男性のほうが有意に長かった.久山町研究で得られた結果から,日本における近視性網膜症の有病率は1.7%であり,なかでも視力予後不良である近視性黄斑変性の有病率は0.4%であることがわかった.これを日本人40歳以上の総人口に換算すると,近視性網膜症の患者数は113万人,近視性黄斑変性の患者数は25万人にものぼることが推定される.また,近視性網膜症の発症には眼軸の延長だけでなく,加齢や性別が影響している可能性が示唆される.III糖尿病黄斑症厚生労働省による2007年の糖尿病実態調査ではわが国における糖尿病患者総数は約890万人,糖尿病の可能性が否定できない人は約1,320万人,合わせて約2,210万人と報告されている.毎年,糖尿病患者の数は増加しており,今後もその傾向は変わらないと予想される.糖尿病網膜症,糖尿病黄斑症は糖尿病の代表的な合併症であり.糖尿病の急増に伴い患者数も増加することが容易に想像できる.久山町研究も含めた世界の35の疫学調査をまとめたメタスタディの結果では,糖尿病黄斑症は糖尿病の約6.8%にみられ,糖尿病罹病期間,ヘモグロビンA1C,高血圧,高脂血症が黄斑症発症の危険因子であると報告されている5).黄斑症を予防するには網膜症と同様に血糖コントロールに加えて,高血圧や高脂血症などの全身疾患の管理が重要である.IV網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症は,中高年に多くみられる疾患で,高血圧や動脈硬化などが発症に関与していると考えられており,生活習慣病の増加や高齢化とともに今後も発症頻度が増加するものと予想されている.網膜静脈閉塞症の有病率を調べた疫学研究には,白人,ヒスパニック,中国人,マレー人などを対象としたpopulation-basedstudyがある.その有病率は0.3.1.6%であり,民族や人種により有病率が異なることが報告されている.オーストラリアのBlueMountainsEyeStudy(49歳以上)において白人の有病率は1.6%,アジアでは,中国のBeijingEyeStudy(40歳以上)において中国人の有病表7網膜静脈閉塞症の有病率の比較人種症例/対象有病率MitchellPetalAustralian59/3,6541.6%TheBlueMountainsEyeStudyBranch:1.2%(ArchOphthalmol1996)Central:0.4%KleinRetalWhite38/4,8220.8%TheBeaverDamEyeStudyBranch:0.7%(TransAmOphthalmolSoc2000)Central:0.1%WongTYetalU.S.39/15,4660.3%(Ophthalmology2005)(White/Blacks/Branch:0.2%Hispanics/Chinese)Central:0.1%LiuWetalChinese58/4,3351.3%TheBeijingEyeStudyBranch:1.2%(Ophthalmology2007)Central:0.1%LimLLetalMalay22/3,2650.7%TheSingaporeMalayEyeStudyBranch:0.6%(BrJOphthalmol2008)Central:0.1%CheungNetalU.S.66/6,1471.1%(InvestOphthalmolVisSci2008)(White/Blacks/Branch:0.9%Hispanics/Chinese)Central:0.2%久山町研究(1998)Japanese38/1,7752.1%(2007)72/3,0862.3%140あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(6) 率は1.3%,シンガポールのSingaporeMalayEyeStudy(40歳以上)においてマレー人の有病率は0.7%と報告されており,アジア人では欧米と比較すると有病率は低いとされてきた.福岡県久山町の40歳以上の一般住民を対象として,1998年と2007年に網膜静脈閉塞症の有病率を調査したところ,1998年の有病率は2.1%,2007年の有病率は2.3%であり,網膜静脈閉塞症と年齢,高血圧,ヘマトクリット値に有意な関連が認められた7).これまで報告されてきたどのpopulation-basedstudyよりも日本人の有病率は高率であり,日本人では白人,ヒスパニック,中国人,マレー人などの他の人種と比較して有病率が高いことがわかった(表7).これらの他の疫学調査の対象集団と久山町研究の対象集団を比較してみると,平均年齢,性別,高血圧の頻度には差がなかったが,収縮期血圧,拡張期血圧の平均値が久山町の対象集団ではそれぞれ10mmHg程度高かった.網膜静脈閉塞症の有病率における人種や民族差の原因は明らかではないが,日本人において有病率が高いのは対象集団の血圧レベルが高いことが原因であるかもしれない.網膜静脈閉塞症の危険因子として高血圧は多くの論文(population-basedstudy,case-controlstudy,clinical-basedobservations)で共通して指摘されている.網膜静脈閉塞症の病因は今のところ明らかではないが,高血圧などにより生じた網膜細動脈の動脈硬化により隣接した静脈壁が圧迫され,局所的な血流変化が起こり静脈に血栓を生じると推測されている.久山町研究のデータでも血圧レベルが上がるほど網膜静脈閉塞症の有病率が有意に増加しており,十分な血圧コントロールが網膜静脈閉塞症の予防に重要である.特に片眼に網膜静脈閉塞症のある人は他眼を発症する確率が2年間で8%,4年間で12%という報告もあり,他眼の発症を予防するうえでも適切な血圧の管理が必要である.また,ヘマトクリットは血液中の赤血球の濃度であり,ヘマトクリット値の上昇は血液粘度の増加を示している.ArendらやGlacet-Bernardらのcase-controlstudyにおいて,ヘマトクリット値の上昇と網膜静脈閉塞症の有意な関連が報告されている.久山町研究においても,ヘマトクリット値の上昇と網膜静脈閉塞症には有意な関連を認め,ヘマトクリット値が上がるほど有病率が有意に増加していることが示された.また,他にも血液粘度の増加する多発性骨髄腫やマクログロブリン血症で網膜静脈閉塞症が多くみられるという報告があり,血液粘度の増加は網膜の静脈閉塞をひき起こす可能性が示唆される.そのため,網膜静脈閉塞症では血液粘度の検査を行い,血液粘度の増加があればそれに対する抗凝固治療が静脈閉塞の再疎通を促し予後を改善させる可能性がある.文献1)石橋達朗ほか:厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究平成17年度研究報告書2)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:13541362,20063)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculardegenerationinadefinedJapanesepopulation:theHisayamastudy.Ophthalmology116:2135-2140,20094)AsakumaT,YasudaM,NinomiyaTetal:PrevalenceandriskfactorsformyopicretinopathyinaJapanesepop-ulation:theHisayamaStudy.Ophthalmology119:17601765,20125)HayashiK,Ohno-MatsuiK,ShimadaNetal:Long-termpatternofprogressionofmyopicmaculopathy:anaturalhistorystudy.Ophthalmology117:1595-1611,20106)YauJ,RogersS,KawasakiRetal:Globalprevalenceandmajorriskfactorofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20117)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:PrevalenceandsystemicriskfactorsofretinalveinocclusioninageneralJapanesepopulation:TheHisayamaStudy.InvestOphthalmolVisSci51:3205-3209,2010(7)あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013141

序説:黄斑疾患診療トピックス

2013年2月28日 木曜日

●序説あたらしい眼科30(2):135.136,2013●序説あたらしい眼科30(2):135.136,2013黄斑疾患診療トピックスCurrentTopicsinMacularDisease飯田知弘*最近の眼科診療の進歩は著しいが,そのなかでも黄斑疾患に関する進歩には目を見張るものがある.国内外の学会でも網膜,特に黄斑疾患領域の演題数は群を抜いている.黄斑を専門にしているわれわれでもその情報の多さに圧倒され,すべてを理解しているとは言い難い.ましてや黄斑を専門としない先生方や研修医にとってはなおさらであろう.そこで,疫学から診断・治療へと幅広く黄斑疾患診療に関連する重要項目を網羅した9つのトピックスを取り上げ,その道のエキスパートの先生方に解説いただいた.他にも知っておきたい事項はたくさんあるが,誌面の関係上,他稿に譲ることとしたい.黄斑疾患の疫学(九州大・安田美穂先生)では,久山町研究を中心に加齢黄斑変性,近視性黄斑変性,糖尿病黄斑症,網膜静脈閉塞症に関する最新のデータを示していただき,各疾患の背景を理解するうえで大変参考になる.2012年の報告では近視性黄斑変性の有病率は0.4%で,わが国での患者数は25万人にものぼると推定されている.視覚障害の原因疾患の上位に強度近視があげられることが疫学研究からも裏付けられる.疫学で取り上げられた4疾患では,加齢黄斑変性と遺伝子(京都大・山城健児先生),糖尿病黄斑浮腫の治療(滋賀医大・藤川正人先生,大路正人先生),網膜静脈閉塞症の治療(東京大・柳靖雄先生),強度近視の画像診断(東京医歯大・大野京子先生,島田典明先生)に関するトピックスをご執筆いただいた.加齢黄斑変性は,この約10年間に病態研究,診断,治療のどの分野においても著しい進歩がみられ,これは他疾患の比ではない.特に,抗VEGF(血管内皮増殖因子)療法の登場により加齢黄斑変性患者の視力予後は大きく改善した.さらに,最近は,疾患感受性遺伝子と治療効果や臨床像との関わりが次第に明らかとなってきており,近い将来には個別化医療が実現する可能性もある.ゲノム研究の臨床への応用は眼科医にとって必須の知識になると思われる.山城先生には,臨床医にとっては少し敬遠しがちなテーマをとてもわかりやすく解説いただいている.最近,糖尿病黄斑浮腫と網膜静脈閉塞症に対する薬物治療の大規模臨床試験の結果が相次いで報告された.藤川・大路先生と柳先生には両疾患治療に関する最新情報を網羅し,そのポイントをまとめていただいている.欧米ではすでに承認された薬剤もあり,わが国でも近い将来に臨床使用が開始されることが予想され,その結果を知り,理解しておくことは臨床医として重要である.一方,臨床試験でエビデンスが得られても,薬物療法のもつ種々の問題点*TomohiroIida:東京女子医科大学眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)135 や限界があることは加齢黄斑変性治療薬で経験した.糖尿病黄斑浮腫と網膜静脈閉塞症に関しても,従来のレーザー光凝固・硝子体手術と新規薬剤との適切な選択ないし組み合わせは,今後,臨床現場で解決すべき課題であろう.強度近視眼における黄斑病変の理解が,画像診断,特に光干渉断層計(OCT)の進歩により急速に深まっている.特にenhanceddepthimaging(EDI)OCTとswept-source(SS)OCTにより眼球の深部構造が描出できるようになり,特に強度近視眼では威力を発揮する.この分野の研究の多くが東京医科歯科大のグループによるもので,大野・島田先生に最新の知見をご紹介いただいた.わが国で頻度が多く,高度の視力障害をきたす強度近視眼に関する病態解明により,将来の治療へと結びつくことを期待したい.眼底画像診断法は,OCTを筆頭に著しい進歩をとげ,研究応用から一般臨床へと広く普及した.その代表であるOCT(福島県医大・丸子一朗先生),眼底自発蛍光(東京女子医大・古泉英貴先生),超広角走査型レーザー検眼鏡(名古屋市大・吉田宗徳先生,小椋祐一郎先生),補償光学適用走査型レーザー検眼鏡(AO-SLO)(京都大・大音壮太郎先生)に関する最新情報と今後の展望を解説していただいた.OCTは黄斑疾患診療を変えた診断機器といっても過言ではなく,一度手にしたら手放せない検査法であり,その有用性から一般診療にも著しい勢いで普及している.最近のトピックスとして,市販機を使った加算平均処理やEDI,新しい装置のSSOCTにより,それまでは観察できなかった視細胞の微細構造,脈絡膜・強膜の画像を取得できるようになり,病態の理解が深まっていることがあげられる.また,眼底自発蛍光は2012年に保険収載され,今後の普及が期待される検査法である.OCTのような画像から受けるインパクトは少ないが,眼底に存在するバイオマーカーのイメージングであり,そこに存在する情報を十分に引き出せば,研究と診療の両面で新たな展開が得られると考える.超広角眼底撮影装置は研究施設よりも,むしろ診療所での導入が進んでいると聞く.本装置では200°の広角眼底画像を瞬時に得ることができる.無散瞳でも周辺部眼底の撮影が可能であること,眼底全体像を簡便に記録できることなど日常診療での有用性の他に,周辺部眼底病変を新たな視点で解釈できることが期待される.これらの画像診断法を用いた各種疾患における最新の研究成果と臨床応用を,それぞれ丸子先生,古泉先生,吉田・小椋先生に概説いただいた.今後注目を集める検査法として,補償光学技術を用いた細胞レベルの眼底イメージングがあげられる.すでに市販機も登場しており,個々の視細胞を観察しながら治療戦略を立てる時代もそう遠くなさそうである.この分野の研究を推進している大音先生にAO-SLOの可能性と臨床応用について述べていただいた.すべての項目において最新情報が満載で,黄斑疾患診療の今,そして近未来を見ることができる.黄斑疾患の専門医だけでなく,研修医や一般の先生方にもぜひ一読していただきたい.136あたらしい眼科Vol.30,No.2,2013(2)

先天眼瞼下垂と診断されていた重症筋無力症の1例

2013年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(1):127.129,2013c先天眼瞼下垂と診断されていた重症筋無力症の1例坂本裕美宇田川さち子大久保真司杉山和久金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学ACaseofMyastheniaGravisDiagnosedasCongenitalPtosisYumiSakamoto,SachikoUdagawa,ShinjiOhkuboandKazuhisaSugiyamaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience幼少期には先天眼瞼下垂と診断されていたが,31歳時に眼症状および全身症状が悪化し,免疫療法を施行した重症筋無力症の1例を経験したので報告する.本症例では全身型への移行により,長期間にわたりqualityoflifeの低下が生じていたことが推測された.小児期に発症する重症筋無力症では,初発症状が眼所見のことが多く,最初に眼科を受診する場合が多い.幼少期に片眼性の先天眼瞼下垂を疑わせる所見であっても,眼瞼下垂や眼位異常などの日内変動や日々変動の有無を注意深く問診し,まずはアイステストや上方注視負荷試験などの外来で可能な検査を行うことが必要である.そのうえで,重症筋無力症との鑑別を確実に行い,適切な治療へ導くことが非常に重要である.Acasediagnosedascongenitalptosisinchildhoodsince.Attheageof31,thepatientexperienceddiplopiaandwasdiagnosedwithmyastheniagravis.Immediatelythereafter,systemicsymptomsbecameexacerbated,andimmunotherapywasadministered.Itispresumedthatthepatient’squalityoflifehaslongbeendeteriorating,sincetheconditionhadshiftedtosystemictype.Manyincipientsymptomsofmyastheniagravisthatdevelopinchildhoodareocularfindings;mostpatientsinitiallyconsultanophthalmologist.Ifunilateralcongenitalptosisissuspectedinchildhood,itisnecessarytocarefullyinterviewthepatientastowhethertherearediurnalorday-todayvariationsofptosisorstrabismus,andtostartwithlessdemandingexaminations,suchastheicetestandtheupwardgazeloadtest.Furthermore,forappropriatetreatment,itisveryimportanttoensurethatmyastheniagravisisdifferentiatedfromptosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):127.129,2013〕Keywords:重症筋無力症,先天眼瞼下垂,アイステスト,上方注視負荷試験.myastheniagravis,congenitalptosis,icetest,upwardgazeloadtest.はじめに重症筋無力症(myastheniagravis:MG)は,神経筋接合部の後シナプス膜に存在するアセチルコリン受容体に対する自己抗体の存在により,この抗体が補体介在性にアセチルコリン受容体を破壊するために信号が運動神経から筋肉に伝わらず,筋力低下が発現する疾患である1).眼瞼下垂を初発症状とすることが多く,乳幼児期および小児期に発症した場合には,先天眼瞼下垂との鑑別が重要である2,3).今回,幼少期に先天眼瞼下垂と診断された後,31歳時に複視の増悪がみられたことから精査した結果,重症筋無力症と診断された後,全身症状が悪化し免疫療法を施行した1例を経験したので報告する.I症例患者:31歳,女性.主訴:左眼瞼下垂と複視.既往歴:子宮頸癌検査で異常を指摘されたが,現在は経過観察中である.現病歴:幼少期に左眼瞼下垂が出現し,小学校高学年頃より目立つようになり近医眼科を受診した.近医では,先天眼瞼下垂と診断され,いずれ「吊り上げ術」をするように勧められていた.2010年秋頃に左眼瞼下垂と正面視および側方視時の複視を自覚し,近医眼科を受診したが精神的なものだろうといわれていた.2011年1月頃には眼瞼下垂の頻度が〔別刷請求先〕宇田川さち子:〒920-8641金沢市宝町13-1金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学Reprintrequests:SachikoUdagawa,C.O.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)127 (A)(B)図1アイステスト(A)はアイステスト施行前である.瞼裂高は,右眼10.0mm,左眼6.5mmであった.(B)はアイステスト施行後である.瞼裂高は,右眼10.0mm,左眼8.0mmで,左瞼裂高は1.5mm改善した.(A)(B)図2上方注視負荷試験上方注視負荷前(A)と比較して,1分間の上方注視施行後には,著明な左眼瞼下垂の悪化と軽度の右眼瞼下垂を認めた(B).増加したため,再度近医眼科を受診した.脳神経外科でMRI(磁気共鳴画像法)を施行したが,頭蓋内に異常は指摘されなかった.その後,左眼瞼下垂と複視のさらなる悪化を認めたため,精査および加療目的で2011年7月11日に当科紹介初診となった.視力:VD=0.07(1.2×sph.4.75D),VS=0.1(1.2×sph.3.00D(cyl.0.75DAx170°).眼圧(非接触型眼圧計):右眼11.0mmHg,左眼14.5mmHg.眼位:完全屈折矯正下の交代プリズム遮閉試験で,遠見眼位は正位,近見眼位は2Δ外斜位であった.眼球運動:眼球運動制限なし.アイステスト:アイステスト前の瞼裂高(垂直方向の瞼裂幅)は,右眼10.0mm,左眼6.5mmであった.左眼アイステスト後の瞼裂高は,右眼10.0mm,左眼8.0mmであった(図1).上方注視負荷試験:1分間上方視を指示し,1分後には左眼瞼下垂の著明な悪化と軽度の右眼瞼下垂を認めた(図2).経過と治療:アイステストと上方注視負荷試験の結果から重症筋無力症を疑い,採血などの精査を行った.問診では担当医の「疲れやすくはないか.食べ物が飲み込みにくいなどの症状はないか.」の質問に対して「小さい頃からなので,気にならなかった.」と話し,病的だという自覚症状はなかった.2011年7月11日の血液検査では,抗アセチルコリンレセプター抗体(抗ACh-R)陽性(134pmol/ml)であった.2011年7月25日に当院神経内科に対診依頼し,顔面筋筋力128あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013低下および球症状と軽度の四肢筋力の低下を認め,重症筋無力症分類でMGFA(MyastheniaGravisFoundationofAmerica)IIIと診断された.胸部CT(コンピュータ断層撮影)にて胸腺腫はみられなかった.初期治療としてピリドスチグミン臭化物(以下,メスチノンR)を日中2錠内服し,左眼瞼下垂および筋力低下は軽減した.同年8月21日より胸の圧迫されるような感じや飲み込みにくさなどの自覚症状が悪化したため,メスチノンRの内服量を増加したが症状は改善しなかった.嚥下障害および呼吸不全が急速に増悪する急性増悪(クリーゼ)の危険性を考慮し,2011年8月26日に免疫吸着療法施行目的で当院神経内科入院となった.2011年8月30日から9月1日に当院腎臓内科にて免疫吸着療法を施行した.9月6日よりステロイド内服療法を開始,漸増し,16日よりプレドニゾロン(以下,プレドニンR)50mg/隔日としたが同日症状に悪化を認め,外眼筋,眼瞼,頸,四肢の筋の易疲労性が継続していた.抗ACh-R抗体価は免疫吸着療法後34.8pmol/mlと低下していたが,6日には41.4pmol/ml,21日は49.8pmol/ml,30日は96.6pmol/mlとやや急な再上昇を呈していた.プレドニンRは50mg/隔日を継続としたまま,27日よりタクロリムス(以下,プログラフR)3mg/日を追加した.それ以後も症状は変わらず呼吸状態や球症状に問題がなかったため,10月6日退院となった.退院後はプレドニンR漸減とプログラフR3mg/日を継続している.現在全身症状は安定しているが,易疲労性および眼瞼下垂が持続している.II考按本症例の重症筋無力症の発症時期を病歴から推測すると,幼少期に眼筋型として発症し,その後全身型へ移行した例であると考えられた.重症筋無力症は,眼瞼下垂や斜視などの眼所見が初発症状として出現することが報告されている3).幼少期に恒常的な眼瞼下垂や斜視がみられた場合には,視機能にも影響を及ぼす可能性がある4).また,重症筋無力症の眼瞼下垂は両眼性であるとは限らず,本症例のように片眼性の例も存在する2,4,5).本症例では,幼少期より左眼瞼下垂が著明ではあったが,左眼の機能的弱視には至っていなかった.重症筋無力症による機能的弱視の発生は4歳1カ月以下6),3歳8カ月以下7),1歳6カ月4)で発症した例がそれぞれ報告されている.しかし,これらは眼瞼下垂のほかに恒常性斜視の合併例を含んだ報告であるため,眼瞼下垂のみが原因で弱視が発症したとは断言できない.以上のことから,視機能の観点からも,幼少期の眼瞼下垂を診た場合には,先天眼瞼下垂と重症筋無力症との鑑別が非常に重要2)であると思われる.重症筋無力症の診断には,古くからテンシロンテストが使(128) 用されてきた.しかし,副作用や所要時間の関係で,現在眼科の日常臨床で施行することは困難である場合が多い.そこで,実際の臨床で施行可能な重症筋無力症の眼科的補助的診断の検査方法として,アイステスト8),睡眠テスト9),上方注視負荷試験10)などが報告されている.アイステストは,眼瞼下垂のあるほうの眼に氷(アイスパック)を2分間当て,瞼裂高が2mm以上改善すれば陽性と判定する.上方注視負荷試験は,患者の眼前約45°上方に視標を1分間提示し眼瞼下垂の増強や眼位の上下ずれの有無を自覚的および他覚的に検査する.鈴木ら10)は,3歳以下で重症筋無力症の5例に対するテンシロンテストは陽性所見を得るまでに反復した検査が必要であったが,上方注視負荷試験では初回から全例で陽性所見を示したことを報告した.本症例では,アイステスト後に左眼瞼裂高に1.5mmの改善を認めた.上方注視負荷試験では,上方注視を開始した1分後に左眼瞼下垂が著明に悪化し,上方注視負荷試験は陽性と判定した.これらの補助的診断方法は,小児にも施行可能な検査であるといえる.成人に対しても日常診療の時間で簡便に行うことができる検査であることから活用していくことが望ましいと考える.本症例は,幼少期より左眼瞼下垂がみられ先天眼瞼下垂と診断された.重症筋無力症に対しては無治療のまま経過し,31歳時に眼症状および全身症状が悪化した.重症筋無力症は日常生活においてQualityofLife(QOL)の低下が生じ,治療と運動療法によるQOLの改善が報告されている11).本症例でも全身型への移行により長期間にわたりQOLの低下が生じていたことが推測された.小児期に発症する重症筋無力症では,初発症状が眼所見であることが多く,最初に眼科を受診することが多いと報告3)されている.以上のことからも本症例のように幼少期に片眼性の先天眼瞼下垂を疑わせる所見を認めた場合にも,眼瞼下垂や眼位異常などの日内変動や日々変動の有無を注意深く問診し,まずはアイステストや上方注視負荷試験などの外来で可能な検査を行うことが必要である.そのうえで重症筋無力症との鑑別を確実に行い,適切な治療へ導くことが非常に重要である.文献1)KeeseyJC:Clinicalevaluationandmanagementofmyastheniagravis.MuscleNerve29:484-505,20042)伊藤大蔵,井上克洋,田中香純:各種眼瞼下垂における視機能の比較と考察.眼臨84:1431-1434,19903)GamioS,Garcia-ErroM,VaccarezzaMMetal:Myastheniagravisinchildhood.BinoculVisStrabismusQ19:223-231,20044)籠谷保明,本田茂,関谷善文ほか:小児重症筋無力症の臨床的検討.眼臨88:454-457,19945)菅原敦史,大庭正裕,長内一ほか:小児の眼筋型重症筋無力症の1例.あたらしい眼科22:547-550,20056)小沢哲磨,佐藤好彦,小白博子ほか:小児の重症筋無力症第2報,病状経過について.眼臨69:1045-1048,19757)堤篤子,山西律子,小林典子ほか:小児重症筋無力症の眼症状と予後について.眼臨74:839-842,19808)KubisKC,Danesh-MeyerHV,SavinoPJetal:Theicetestversustheresttestinmyastheniagravis.Ophthalmology107:1995-1998,20009)OdelJG,WinterkornJM,BehrensMM:Thesleeptestformyastheniagravis.AsafealternativetoTensilon.JClinNeuroophthalmol11:288-292,199110)鈴木聡,駒井潔,三村治ほか:小児の重症筋無力症について上方注視負荷試験.眼臨88:458-460,199411)長島正明,森島優,中村重敏ほか:運動能力とQOLが劇的に改善した重症筋無力症一症例.国立大学法人リハビリテーションコ・メディカル学術大会誌30:55-57,2009***(129)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013129

ぶどう膜炎の白内障手術における術後前眼部炎症の予測因子

2013年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(1):123.126,2013cぶどう膜炎の白内障手術における術後前眼部炎症の予測因子岩崎優子*1,2高瀬博*1諸星計*1宮永将*1川口龍史*1,2冨田誠*3望月學*1*1東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学*2都立駒込病院眼科*3東京医科歯科大学医学部附属病院臨床試験管理センターSynechiaeasRiskFactorforSevereAcuteInflammationafterCataractSurgeryinPatientswithUveitisYukoIwasaki1,2),HiroshiTakase1),KeiMorohoshi1),MasaruMiyanaga1),TatsushiKawaguchi1,2),MakotoTomita3)andManabuMochizuki1)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanKomagomeHospital,3)DepartmentofClinicalResearchCenter,TokyoMedicalandDentalUniversityHospitalofMedicine目的:ぶどう膜炎併発白内障における,白内障術後の前房内フィブリン析出,虹彩後癒着の出現に関連する術前,術中因子を検討する.対象および方法:2009年8月から2011年9月の間に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した85眼を対象とし,患者診療録を後方視的に調査した.結果:術後の前房内フィブリン析出および虹彩後癒着は6眼で観察され,術前における虹彩後癒着の存在(p<0.001,Fisher’sexacttest),術前における前房フレア値高値(p=0.049,Mann-WhitneyUtest),手術中の虹彩処置(p=0.02,Fisher’sexacttest)と有意に関連していた.術前における虹彩後癒着と前房フレア値は有意に関連していた(p<0.001,Mann-WhitneyUtest).結論:虹彩後癒着の存在は,術後のフィブリン析出や虹彩後癒着形成の危険因子である.Purpose:Toinvestigatepredictivefactorsforsevereacuteinflammationaftercataractsurgeryinpatientswithuveitis.Methods:Therecordsof85patientswithuveitiswhohadundergonephacoemulsificationcataractextractionandintraocularlensimplantationbetweenAugust2009andSeptember2011wereretrospectivelyexamined.Weanalyzedtheassociationbetweenpre-andintra-operativefactorsandpostoperativefibrinformationorsynechiae.Results:Postoperativefibrinformationorsynechiaedevelopedin6patients.Highflarevaluebeforesurgery,presenceofsynechiaebeforesurgeryandrequisitepupildilatationduringsurgerywereassociatedwithpostoperativefibrinformationorsynechiae(p=0.049,Mann-WhitneyUtest,p<0.001,p=0.02,Fisher’sexacttest,respectively).Preoperativeflarevaluewashigherinpatientswithsynechiaethanwithoutsynechiae(median29.2photoncountpermilliseconds(pc/ms),11.2pc/ms,p<0.001,Mann-WhitneyUtest).Conclusion:Patientswithsynechiaeweremorelikelytodevelopsevereacuteinflammationaftercataractsurgerythanpatientswithoutsynechiae.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):123.126,2013〕Keywords:虹彩後癒着,ぶどう膜炎,白内障手術,術後炎症,前房フレア値.synechiae,uveitis,cataractsurgery,inflammation,flarevalue.はじめにましいが,十分に消炎されていると判断して手術を施行したぶどう膜炎罹患眼に対する白内障手術は,超音波乳化吸引症例においても時に強い術後炎症を経験する.そのような術術の導入により術後成績が改善したと多く報告され,広く行後炎症としては,前房内のフィブリン析出や虹彩後癒着の形われている1.5).手術は炎症の非活動期に施行することが望成があげられる.これらの発生を術前に予測することが手術〔別刷請求先〕岩崎優子:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学Reprintrequests:YukoIwasaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,TokyoMedicalandDentalUniversity,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,1-5-45Yushima,Bunkyo-ku,Tokyo113-8519,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(123)123 計画を立てる際には重要であるが,そのための明確な指標は確立されていない.今回筆者らは,ぶどう膜炎に併発した白内障に対して手術を行った症例で,術後に強い前眼部炎症をきたした症例の特徴を調べ,その予測因子を検討した.I対象および方法東京医科歯科大学医学部附属病院眼科でぶどう膜炎と診断し,2009年8月から2011年9月の間に超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行した症例で,術前1カ月以内に前房フレア値を測定した眼を対象とした.手術は3名の術者が創口幅2.4mmの角膜1面切開もしくは強角膜3面切開で施行した.虹彩後癒着や小瞳孔で散瞳不良の症例に対しては,必要に応じて放射状瞳孔括約筋切開もしくは虹彩リトラクターを使用した.眼内レンズはアクリルレンズ(Alcon社アクリソフRIQもしくはHOYA社iSertR)を使用した.術前にそれぞれの症例で行われていた点眼,内服などの消炎治療は原則的に手術前後を通じて継続し,主治医の判断により必要と判断された症例においては内服の増量,局所注射の追加を行った.手術終了時には全例でデキサメタゾンの結膜下注射を施行した.除外基準は,手術前後に内服や局所注射の追加を行ったもの,糖尿病網膜症または偽落屑症候群の所見を有するもの,術中に後.破損などの合併症が生じたものとした.両眼が基準を満たした症例については無作為に片眼を選択した.患者診療録からの後方視的な調査を行い,術前および術中の調査項目と術後の前眼部炎症の関連を検討した.術前の評価項目としては,ぶどう膜炎の原因疾患,術前消炎期間,術前の前房フレア値,術前の前房内細胞,虹彩後癒着の有無とその程度,水晶体核硬化度,屈折度を調査した.術前消炎期間は術前に前房内細胞(1+)以下を保っていた期間とした.前房フレア値はKOWA社製のレーザーフレアーメーターR(FM500)で測定し,複数回測定の平均値を採用した.術中の評価項目として,虹彩に対する処置の有無を調査した.術後の前眼部炎症とは,術後1週間以内に生じた前房内のフィブリン析出,もしくは虹彩後癒着の形成と定義した.術前および術中の因子と術後前眼部炎症の発生との関連について,統計ソフト「Rpackageforstatisticalanalysisver.2.8.1」を用い,Mann-WhitneyUtest,Fisher’sexacttestを行い検定し,p<0.05を統計学的有意と判定した.本研究は,東京医科歯科大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て行った.II結果1.対象の内訳と術後前眼部炎症対象となった症例は85例85眼(男性24例,女性61例),年齢は中央値61歳(29.84歳)であった.124あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013表1対象患者の内訳疾患眼数サルコイドーシス19Vogt-小柳-原田病7Behcet病5帯状疱疹ウイルス性ぶどう膜炎5(急性網膜壊死,前部ぶどう膜炎)(3,2)原発性眼内リンパ腫4急性前部ぶどう膜炎2交感性眼炎2強膜炎2サイトメガロウイルス虹彩炎1乾癬に伴う前部ぶどう膜炎1Fuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎1真菌性眼内炎1HTLV-1ぶどう膜炎1特発性ぶどう膜炎34計85HTLV-1:humanT-lymphotropicvirustype-1.ぶどう膜炎の原因疾患の内訳は,サルコイドーシス19眼(22%),Vogt-小柳-原田病7眼(8%),Behcet病5眼(7%)特発性ぶどう膜炎34眼(39%),その他20眼であった(表(,)1).術後,前房内フィブリン析出や虹彩後癒着などの強い前眼部炎症は85眼のうち6眼(7%)で生じ,その原因疾患の内訳は,特発性汎ぶどう膜炎5眼,乾癬に伴う前部ぶどう膜炎1眼であった.2.術前因子と術後前眼部炎症術前の調査項目を,術後に強い前眼部炎症が発生した群(n=6)とそれ以外の群(n=79)の2群間で比較した.術後に強い前眼部炎症を生じた6眼は術前の前房フレア値が有意に高く(p=0.049),そのすべてに術前の虹彩後癒着が存在していた(p<0.001,表2).このことから,術前の前房フレア値が高く,虹彩後癒着が存在する眼では手術侵襲による易刺激性が高いことが示唆された.そこで,術前の前房フレア値と虹彩後癒着の有無の関係を検討したところ,術前に虹彩後癒着が存在した群(n=25)の術前における前房フレア値は中央値29.2photoncountpermilliseconds(pc/ms),最小値1.2pc/ms,最大値274.8pc/msで,術前に虹彩後癒着が存在しなかった群(n=60)の前房フレア値(中央値11.2pc/ms,最小値2.1pc/ms,最大値118pc/ms)と比較し有意に高値であり(p<0.001),虹彩後癒着の存在と前房フレア値には関連がみられた(図1).その他の術前因子と術後の前眼部炎症の発生について関連を調べたところ,年齢(p=0.95),性別(p=0.45),屈折度(p=0.94),水晶体核硬化度(p=0.89),術前消炎期間(p=0.10),術前の前房内細胞(p=0.54)のいずれも有意な関連はなかった.(124) 表2術前因子と術後の強い前眼部炎症術前因子術後の強あり(n=6)い前眼部炎症なし(n=79)p値年齢0.95中央値59歳61歳最小値.最大値(40.73歳)(29.84歳)性別男性1例,女性5例男性23例,女性56例0.45屈折度0.94中央値.0.13D0D最小値.最大値(.10.+2.75D)(.14.+5.25D)核硬化度b(n=81a)0.89Grade0.II3眼57眼GradeIII.V2眼19眼術前消炎期間(n=83c)0.103カ月以内2眼6眼4カ月以上4眼71眼前房内細胞d0.54(0)5眼70眼(1+)以上1眼9眼前房フレア値0.049*中央値28.4pc/ms11.6pc/ms最小値.最大値(5.4.274.8pc/ms)(1.2.186.9pc/ms)術前における虹彩後癒着<0.001***あり6眼19眼なし0眼60眼pc/ms:photoncountpermilliseconds.a:4眼で散瞳不良のため評価困難であった.b:Emery-Little分類.c:2眼が紹介元で経過観察されていたため評価困難であった.d:Nussenblattらの分類10).*:p<0.05,Mann-WhitneyUtest.***:p<0.001,Fisher’sexacttest.◆:炎症が生じなかった眼図1術前の前房フレア値と虹彩後癒着の存在,および術後◇:炎症が生じた眼炎症1,00085眼の術前における前房フレア値は,術前に虹彩後癒着が存在した群では存在しなかった群よりも高値であった(p<0.001,Mann-WhitneyUtest).術後に強い前眼部炎症が生じた6眼は,すべて術前に虹彩後癒着が存在した.術前における前房フレア値(pc/ms)10010p<0.0013.術中因子と術後の強い前眼部炎症術中の虹彩に対する処置の有無と術後炎症の関連を検討したところ,術中の虹彩処置を行った19眼のうち4眼(21%)と,虹彩処置を行わなかった66眼のうち2眼(3%)で術後に強い前眼部炎症が生じ,炎症の発生と虹彩処置の有無には有意な関連があった(p=0.02).術前における虹彩後癒着の範囲は,虹彩後癒着があった25眼のうち,瞳孔縁の1/2周未満だったのが6眼(24%),1/2周以上であったのが19眼(76%)であった.虹彩後癒着が瞳孔縁の1/2周未満だった6眼中1眼,1/2周以上であった19眼中5眼で強い前眼部炎症が生じたが,虹彩後癒着の程度と術後炎症発生には関連は認めなかった(p=0.55).行われた虹彩処置と強い前眼部1炎症の発生を表3に示した.処置の種類と炎症の発生に傾向虹彩後癒着(-)(+)はみられなかった(p=0.75).(125)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013125 表3虹彩処置と術後炎症虹彩処置起炎症眼処置眼前眼部炎症の発生率虹彩リトラクター0眼1眼0%瞳孔括約筋切開3眼11眼28%両者の併用1眼6眼17%処置なし2眼9眼22%合計6眼27眼a22%a:術前に虹彩後癒着が存在した症例25眼,および小瞳孔で虹彩処置を要した2眼.III考察ぶどう膜炎罹患眼の白内障手術の術後成績に関連する因子については,これまでに多くの報告がある.本研究での術後の強い前眼部炎症の発生率は7%であり,既報と同様の結果であった1,5,6).術後視力には,術後1週間以内のぶどう膜炎の再燃,術後の.胞様黄斑浮腫(CME)の存在が影響する7,8).また,術後のCME発生には,術前消炎期間が3カ月に満たないこと,術後1週間以内に強い前眼部炎症が生じることが有意に関連する2,8).ぶどう膜炎罹患眼の白内障手術に際してこれらの合併症を防ぐには,各々の症例において術後炎症の程度を予測し,適切に消炎の強化を図ることが必要と考えられる.本研究で,術後の強い前眼部炎症と関連があった因子は,術前の虹彩後癒着の存在,術前の高い前房フレア値,術中の虹彩に対する処置であった.術前に虹彩後癒着が存在した症例では前房フレア値が高く,また虹彩処置を要するため,これらのなかでは術前における虹彩後癒着の存在が最も重要な因子であると考えられる.術前の消炎期間,前房内細胞浸潤は,今回の検討においては術後炎症と有意に関連しなかった.従来より強い術後炎症を予防するためには3.6カ月程度の術前消炎期間が必要であるとされている8,9).本研究においては術前消炎期間が3カ月未満である群,前房内細胞が(1+)以上の状態で手術を行った群が非常に少なかったことが結果に影響していると考えられ,術前消炎期間や前房内細胞浸潤の評価の有用性を否定するものではない.瞳孔括約筋切開や虹彩リトラクターなど,虹彩処置の違いによる手術侵襲の程度は処置法により異なりうるが,筆者らが検索した限り処置法による術後炎症を比較検討した報告はない.今回対象とした患者群では,用いた虹彩処置法と術後炎症発生に傾向はみられなかったが,それぞれの患者数が少なく今後さらなる検討が望まれる.一方,粘弾性物質のみによる虹彩後癒着の解除を行い手術遂行が可能であった2眼においても強い術後炎症が生じた.このことからは,虹彩処置による手術侵襲の増強だけでなく,虹彩後癒着の存在そのものが手術侵襲に対する易刺激性を示唆するために,術後炎症126あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013の予測因子として重要であると考えられる.これまでにも術後3カ月以内のぶどう膜炎の再燃に術前の虹彩後癒着の存在が関連するとの報告があり,本報告と同様に術後炎症の予測因子としての虹彩後癒着の重要性が示されている4).虹彩後癒着が存在する症例では,術前,術中,術直後の消炎治療の強化を検討する必要がある.虹彩後癒着の性質や虹彩処置の方法の情報を含めた,より詳細な術後炎症反応との関連の検討が,今後の課題と考えられる.IV結論ぶどう膜炎の併発白内障に対する白内障手術において,術前に虹彩後癒着が存在する症例では術後早期の強い前眼部炎症をきたす可能性が高い.虹彩後癒着の存在する症例では,術後の速やかな消炎強化の必要性を想定し手術計画を立てる必要がある.文献1)EstafanousMF,LowderCY,MeislerDMetal:Phacoemulsificationcataractextractionandposteriorchamberlensimplantationinpatientswithuveitis.AmJOphthalmol131:620-625,20012)OkhraviN,LightmanSL,TowlerHM:Assessmentofvisualoutcomeaftercataractsurgeryinpatientswithuveitis.Ophthalmology106:710-722,19993)FosterCS,FongLP,SinghG:Cataractsurgeryandintraocularlensimplantationinpatientswithuveitis.Ophthalmology96:281-288,19894)ElgoharyMA,McCluskeyPJ,TowlerHMetal:Outcomeofphacoemulsificationinpatientswithuveitis.BrJOphthalmol91:916-921,20075)KawaguchiT,MochizukiM,MiyataKetal:Phacoemulsificationcataractextractionandintraocularlensimplantationinpatientswithuveitis.JCataractRefractSurg33:305-309,20076)JavadiMA,JafarinasabMR,AraghiAAetal:Outcomesofphacoemulsificationandin-the-bagintraocularlensimplantationinFuchs’heterochromiciridocyclitis.JCataractRefractSurg31:997-1001,20057)QuekDT,JapA,CheeSP:RiskfactorsforpoorvisualoutcomefollowingcataractsurgeryinVogt-Koyanagi-Haradadisease.BrJOphthalmol95:1542-1546,20118)BelairML,KimSJ,ThorneJEetal:Incidenceofcystoidmacularedemaaftercataractsurgeryinpatientswithandwithoutuveitisusingopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol148:128-135,20099)花田厚枝,横田眞子,川口龍史ほか:東京医科歯科大学におけるぶどう膜炎患者の白内障手術成績.眼紀55:460464,200410)NussenblattRB,WhitcupSM,PalestineAG:Examinationofthepatientwithuveitis.Uveitis,p58-68,Mosby,StLouis,1996(126)

視神経乳頭を含んで光線力学的療法を施行したポリープ状脈絡膜血管症の1例

2013年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(1):117.121,2013c視神経乳頭を含んで光線力学的療法を施行したポリープ状脈絡膜血管症の1例矢野香*1張野正誉*1富永明子*1越智亮介*1山岡青女*2喜田照代*3*1淀川キリスト教病院眼科*2福岡青州会病院眼科*3大阪医科大学付属病院眼科ACaseofPeripapillaryPolypoidalChoroidalVasculopathyTreatedwithPhotodynamicTherapyIncludingOpticDiscKaoriYano1),SeiyoHarino1),AkikoTominaga1),RyosukeOchi1),SeijyoYamaoka2)andTeruyoKida3)1)DepartmentofOphthalmolgy,YodogawaChristianHospital,2)3)DepartmentofOphthalmolgy,OsakaMedicalUniversityDepartmentofOphthalmolgy,FukuokaSeisyuukaiHospital,目的:傍乳頭部のポリープ状脈絡膜血管症に対し,視神経乳頭を含んだ領域に光線力学的療法を施行した症例の報告.症例:69歳の男性が1カ月前からの左眼の変視にて来院した.所見:矯正視力は左眼0.3,右眼1.0で,左眼視神経乳頭近傍に橙赤色隆起病巣,網膜下出血,硬性白斑を認めた.インドシアニングリーン蛍光眼底造影にて視神経乳頭近傍にポリープ状病巣による過蛍光部位を認め,ポリープ状脈絡膜血管症と診断した.光線力学的療法を施行し,治療3カ月後矯正視力1.0に回復し,また視神経症の発症も認めなかった.治療から24カ月後において,再発を認めなかった.結論:視神経乳頭を含む光線力学的療法を行い,合併症なく経過良好である1例を経験した.Purpose:Toreportacaseofperipapillarypolypoidalchoroidalvasculopathy(PCV)treatedwithphotodynamictherapy(PDT)includingtheopticdisc.Patient:A69-year-oldmalehadmetamorphopsiaofhislefteye,ofonemonth’sduration.Best-correctedvisualacuity(BCVA)ofhislefteyewas0.3;righteyewas1.0.HehadperipapillaryPCVwithretinalhemorrhageandhardexudates.Indocyaninegreenangiographyshowedhyperfluorescenceneartheopticdisc.BCVAimprovedto1.0at3monthsafterPDTtreatment;therewerenosignsofopticneuropathy.Weobservednosignsofrecurrenceat24months.Conclusion:NocomplicationsappearedinacaseofPCVtreatedwithPDTincludingopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):117.121,2013〕Keywords:ポリープ状脈絡膜血管症,傍乳頭病変,光線力学的療法.polypoidalchoroidalvasculopathy,peripapillarylesion,photodynamictherapy.はじめに光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)はわが国で2004年5月に認可されて以降,中心窩下に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)やポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)を有する加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の治療として用いられている.現在,PDTの照射範囲はフルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)で最大病変径(GLD)を決定し,それに500μmを加えた治療スポットにレーザーを照射することがガイドラインで推奨されている.最大病変径が5,400μm以下,治療スポットの鼻側縁端は視神経乳頭の側頭側縁端から200μm以上離れた位置とすることが標準的であるが,視神経乳頭に病変が近い場合は,照射範囲が乳頭にかかってどこに照射するか迷うこともある.これまで,視神経乳頭を含んで照射するのは禁忌とされていたが,Bernsteinらは,視神経乳頭を含んでPDTを施行した加齢黄斑変性の7例2)について,またSchmidt-Erfurthらは傍視神経乳頭部血管腫に対し視神経乳頭内の中心動脈を含まずPDTを施行し視神経障害を認めなかった例を報告し〔別刷請求先〕矢野香:〒540-0008大阪市中央区大手前1丁目5番34号大手前病院眼科Reprintrequests:KaoriYano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OtemaeHospital,1-5-34Otemae,Cyuo-ku,OsakaCity540-0008,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(117)117 ている3).そこで今回,筆者らはポリープ状病巣が視神経乳頭に近く,視神経乳頭を含む領域をPDTの照射範囲に設定し治療を行ったが,明らかな視神経障害は認めず経過良好であった1例を経験したので報告する.I症例患者:69歳,男性.主訴:左眼変視.現病歴:2008年9月初旬頃より左眼の変視を自覚し,2007年10月14日近医を受診したところ,黄斑部近傍の出血を指摘され淀川キリスト教病院紹介となった.既往歴:痛風があり内服治療中.嗜好歴:40年間1日20本の喫煙.初診時所見:視力は右眼0.6(1.0×sph+0.5D(cyl.1.25DAx130°),左眼0.2(0.3×sph+1.25D(cyl.1.0DAx70°).眼圧は右眼17mmHg,左眼14mmHg.前眼部は著変なく,中間透光体に両眼軽度皮質白内障を認めた.眼底(図1)は右眼は著変なし,左眼に視神経乳頭の耳側上方に橙赤色隆起病巣,黄斑の上方と下方に網膜下出血,その出血の上方に硬性白斑を認めた.FAの後期像にて視神経乳頭耳側から上方に接する過蛍光と蛍光漏出を認めた(図2).インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyaninegreenangiography:IA)にて過蛍光部位をポリープ状病巣と判断し,傍視神経乳頭部のPCVと診断した(図2).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)にて橙赤色隆起病巣に一致するポリープ状病巣の急峻な隆起とその周囲の滲出性網膜.離を認めた(図3).経過:中心窩外のポリープ状脈絡膜血管症で,レーザー光凝固の適応も考えられたが,乳頭に接している病変で,乳頭や乳頭黄斑線維束の障害が危惧されたことと,PCVに対するPDTの有効性がほぼ確立されていたことから,PDTの施行を考慮した.そして,患者本人と家族に,ガイドラインとは異なる照射方法であることと,視神経への影響から視野へ障害がでる可能性があること,視力の低下が起こる可能性があることを丁寧に説明し,十分なインフォームド・コンセントを得た.2008年11月17日PCVに対しPDTを施行した.abcd図1初診時の眼底写真とPDT治療後の眼底写真a:初診時.橙赤色の隆起性の病巣と眼底出血を認める.b:PDT3カ月後.橙赤色病巣の縮小を認めるが,硬性白斑が増加した.c:PDT6カ月後.病巣の消失,出血の消失を認める.d:PDT18カ月後.再発を認めない.118あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(118) ababcd図2蛍光眼底造影写真所見a:初診時FA後期8分.b:初診時IA後期15分.視神経乳頭に接して過蛍光を認めた.c:PDT3カ月後FA後期10分.d:PDT3カ月後IA後期8分.過蛍光部位の消失を認めた.出血によるブロックも減少した.abdec図3光干渉断層計所見a:初診時.ポリープ病巣(灰色矢印)および滲出性網膜.離(SRD:白色矢印)を認めた.b:PDT1カ月後.c:PDT3カ月後.PEDおよびSRDの消失を認めた.d:PDT6カ月後.e:PDT18カ月後.(119)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013119 図4PDTデザイン病変に500μmのマージンをとりPDTスポットサイズ(白色矢印)を決定した.GLD3,641μm.PDTスポットサイズ4,600μm.ガイドラインに沿って,ベルテポルフィンを6mg/m2(体表面積)を10分間かけて静脈投与し,薬剤投与から15分後に83秒間レーザー光を照射した.最大病変部直径(GLD)は3,641μmであり,500μmのマージンをとり治療スポットサイズをFAでの漏出部位にて決定した(図4).治療スポットサイズは直径4,600μmであり,視神経乳頭を75%含んでの照射となった.PDT1カ月後に左眼矯正視力は0.5に,3カ月後には視力は1.0と回復した.眼底所見ではPDT3カ月後,硬性白斑は依然認めたが,網膜下出血の減少,橙赤色隆起病巣の縮小を認め,6カ月後には橙赤色隆起病巣の消失および,網膜下出血も消失した.18カ月後も再発を認めなかった.IAにて,PDT3カ月後には治療前に認めていたポリープ状病巣の過蛍光は消失した.また,OCT(図3)にてPDT3カ月後,滲出性網膜.離の消失およびポリープ状病巣の平坦化を認め,6カ月後には消失した.18カ月後も再発なく経過した.PDT後24カ月経過した現在も左眼矯正視力1.0を維持し,再治療を必要としていない.今回視神経を含みレーザー照射を行ったため,視神経症発症の可能性を考慮し,PDT後視力改善を認めた段階で視神経に対する評価として,PDT17カ月後にGoldmann視野検査(Goldmannperimeter:GP)を行った(図5).ポリープ状病巣に一致して相対暗点を認めるが,視神経症で一般的に認める中心暗点やMariotte盲点の拡大といった異常所見は認めなかった.また,限界フリッカー値(cirticalfusionfrequency:CFF)は右36Hz,左37Hzと左右差なく正常範囲内であった.120あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013図5PDT17カ月後のGoldmann視野検査病変に一致して相対暗点を認めるが,中心暗点やMariotte盲点の拡大はない.II考按PCVには視神経乳頭近傍に発生するものと黄斑部に発生するものがある.わが国では黄斑部に生じるものが多いが,欧米では視神経乳頭近傍に生じるものが多い1,4,5).本症例は,ポリープ状病巣が視神経乳頭に接しており,PDTガイドラインに沿って治療スポットサイズを決定すると,必ず視神経乳頭が含まれるため,やむをえず視神経乳頭を含んだ照射となった.ガイドラインでは乳頭を含んでPDTを施行することは認められていないが,Bernsteinらは視神経乳頭を含んでPDTを施行した加齢黄斑変性の7例について,全例でPDT後の視神経障害を認めず,相対的入力瞳孔反射異常(RAPD)は陰性,視野障害は認めなかったと報告している2).また,Schmidt-Erfurthらは傍視神経乳頭部血管腫に対し視神経乳頭内の中心動脈を含まずPDTを施行し視神経障害を認めなかった例を報告している3).また,視神経乳頭近傍の病変に対するPDTの照射方法として筆者らのとった照射方法以外に,以下のような報告がある.Rosenblattらは,傍視神経乳頭部に脈絡膜新生血管を認める加齢黄斑変性の5眼に対し視神経乳頭から125μm離して,すべての病変が照射されるように照射野を3つのパートに分け,各エリアに30秒(18J/cm2)照射する方法で視神経への照射を回避し,平均10カ月の経過観察期間内に視神経傷害を認めなかったと報告している6).また,Wachtlinらは巨大脈絡膜血管腫に対し,腫瘍中心の周りにPDTスポットを一定速度で回転させ,視神経を照射野に含めず,また照射野すべてに均等にPDTを行うことができたと報告している7).(120) 本症例でも視神経への障害の判定のために施行したGP・CFFで異常を認めなかった.GPの暗点は,視神経の異常ではなく,初めにPCVがあった部位に相当すると考えられた.しかし,わずかな異常が検査結果に現れなかった可能性もあるので,今回は施行できなかったが,視神経に対する退行性変性の有無を観察するため,OCTで視神経線維厚もしくはGCC(ganglioncellcomplex)の測定も有用であると思われる.今回の症例は,一度のPDTで再発することなく良好な視力を得たが,もし再発した場合には,何回も繰り返し視神経を含んでPDTを行うことは推奨できない.今回の症例では承認前で使用することができなかった抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬であるラニビズマブ(ルセンティスR)は2009年4月より使用可能となっている.今回視神経乳頭への照射で視神経への障害は認められなかったが,今後同様の症例があった場合,初回治療はルセンティスRを選択するほうがよいかもしれない.投稿にあたり,貴重なご意見を賜りました市立豊中病院眼科,佐柳香織先生に厚く御礼申し上げます.文献1)YannuzziLA,CiardellaA,SpaideRFetal:Theexpandingclinicalspectrumofidiopaticpolypoidalchoroidalvasculopathy.ArchOphthalmol115:478-485,19972)BernsteinPS,HornRS:Verteporfinphotodynamictherapyinvolvingtheopticnerveforperipapillarychoroidalneovascularization.Retina28:81-84,20083)Schmidt-ErfurthUM,KusserowC,BarbazettoIAetal:Benefitsandcomplicationsofphotodynamictherapyofpapillarycapillaryhemangiomas.Ophthalmology109:1256-1266,20024)ShoK,TakahashiK,YamadaHetal:Polypoidalchoroidalvasculopathy:incidence,demographicfeatures,andclinicalcharacteristics.ArchOphthalmol121:1392-1396,20035)MarukoI,IidaT,SaitoMetal:Clinicalcharacteristicsofexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.AmJOphthalmol144:15-22,20076)RosenblattBJ,ShahGK,BlinderK:Photodynamictherapywithverteporfinforperipapillarychoroidalneovascularization.Retina25:33-37,20057)WachtlinJ,SpyridakiM,StrouxA:TherapyforperipapillarylocatedandlargechoroidalhaemangiomawithPDT‘paint-brushtechnique’.KlinMonblAugenheilkd226:933-938,2009***(121)あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013121

正常眼圧緑内障に対するタフルプロストとラタノプロストの眼圧下降効果と安全性の比較

2013年1月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科30(1):113.116,2013c正常眼圧緑内障に対するタフルプロストとラタノプロストの眼圧下降効果と安全性の比較中室隆子中野聡子清崎邦洋山田喜三郎久保田敏昭大分大学医学部眼科学講座ComparisonofEfficacyandSafetyofTafluprostandLatanoprostinPatientswithNormalTensionGlaucomaTakakoNakamuro,SatokoNakano,KunihiroKiyosaki,KisaburoYamadaandToshiakiKubotaDepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicineラタノプロストで治療中の正常眼圧緑内障患者14例28眼を対象に,タフルプロストに切り替え後,4週目,12週目の眼圧,有害事象を観察した.その後再度ラタノプロストに戻して4週目,12週目に同様に観察した.開始時の眼圧は12.9±2.0mmHg,タフルプロスト切り替え後12週目の眼圧は11.8±1.9mmHg,再度ラタノプロストに戻して12週目の眼圧は12.9±2.0mmHgで,タフルプロスト切り替えにより12週目で有意な眼圧下降を認めた(p=0.017).また,ラタノプロストへの戻しにより,タフルプロスト12週目とラタノプロスト12週目の眼圧に有意な眼圧上昇を認めた(p=0.009).両薬剤で治療中の有害事象はいずれも軽度であった.ラタノプロストで治療中の正常眼圧緑内障患者に対して,タフルプロストに切り替えることで,さらなる眼圧下降効果が認められた.Thesubjectsofthisstudycomprised28eyesof14normaltensionglaucomapatientsthatwerefollowedfor12weeksafterswitchingfromlatanoprosttotafluprost.Thefollow-upwascontinuedforanadditional12weeks,afterswitchingbackfromtafluprosttolatanoprost.Weinvestigatedtheeffectonintraocularpressure(IOP)andsideeffectsbeforetheswitchings,andat4and12weeksafter.MeanIOPbeforeswitchingfromlatanoprosttotafluprostwas12.8±2.0mmHg;at12weeksaftertheswitch,ithadreducedto11.8±1.9mmHg.At12weeksaftertheswitchbackfromtafluprosttolatanoprost,meanIOPwas12.9±2.0mmHg.ThereweresignificantdifferencesinIOPbetweenbeforeandat12weeksafterswitchingfromlatanoprosttotafluprost,andbetweenbeforeandat12weeksafterswitchingbackfromtafluprosttolatanoprost.Therewerenoseveresideeffects.TafluprostwassuperiorinreducingIOPforpatientswithnormaltensionglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(1):113.116,2013〕Keywords:タフルプロスト,ラタノプロスト,正常眼圧緑内障,アドヒアランス.tafluprost,latanoprost,normaltensionglaucoma,adherence.はじめにプロスタグランジン関連薬はプロストン系とプロスト系に大別され,プロスト系プロスタグランジン関連薬は,1日1回点眼で終日持続する強力な眼圧下降・日内変動抑制効果を有するので,緑内障治療の第一選択薬となっている.わが国では4種の薬剤が使用可能で,それぞれの特徴を踏まえ,患者ごとに有効性,安全性,アドヒアランス,経済性を鑑みながら選択する必要がある1).点眼薬の変更により,点眼薬の眼圧下降効果を比較する場合,点眼変更によりアドヒアランスが改善し,変更後の薬剤が有利になる可能性がある.本研究では日本人の正常眼圧緑内障(NTG)患者におけるラタノプロストとタフルプロストの有効性と安全性について比較検討した.そして点眼薬の切り替えによるアドヒアランス改善の影響を除外するため,ラタノプロストをタフルプロストに切り替えた後,さらにタフルプロストからラタノプロストに戻して,それぞれの眼圧の下降率,副作用を検討した.〔別刷請求先〕中室隆子:〒879-5593大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TakakoNakamuro,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5593,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(113)113 表1副作用スコア(有害事象をスコア化して比較を行った)調査項目スコア自覚症状/他覚所見刺激感0123しみない少ししみるしみる大変しみて我慢できない掻痒感0123痒くない少し痒いが,掻かずに我慢できる痒い大変痒く我慢できない異物感0123コロコロする感じがない少しコロコロする感じがあるがあまり気にならないコロコロする感じがあって気になるコロコロする感じが大変強く,気になって仕方がないフルオレセイン染色0123フルオレセインで染色されない限局的に点状のフルオレセイン染色が認められる限局的に密なまたはびまん性のフルオレセイン染色が認められるびまん性に密な点状のフルオレセイン染色が認められる充血0123充血は認められない限局的に軽微な充血が認められる眼瞼結膜または眼球結膜に軽度な充血が認められる眼瞼結膜または(および)眼球結膜に著しい充血が認められるI対象および方法本研究は,2010年4月から2011年11月の間に臨床研究参加の同意を患者から取得し,参加登録を行った.参加施設は,大分県内の大分大学医学部附属病院,大分県立病院,大分赤十字病院,杵築市立山香病院,健康保険南海病院,天心堂へつぎ病院の6施設で行った.本研究に先立ち,大分大学医学部倫理委員会で研究実施の承認を得た.対象は,参加6施設に通院中の20歳以上の正常眼圧緑内障患者で,両眼ともラタノプロストで4週間以上治療中の患者14例28眼であった.性別は男性6例,女性8例.年齢は平均65.7±9.3歳(42.76歳)であった.両眼とも4週間以上ラタノプロストを使用している患者に対し,タフルプロストに切リ替え後,4週目,12週目の眼圧,有害事象を観察した.その後,タフルプロストからウォッシュアウト期間なしに再度ラタノプロストに戻して,4週目,12週目に同様に眼圧,有害事象を観察した.有害事象については,自覚症状として刺激感,掻痒感,異物感について問診し,他覚所見として細隙灯顕微鏡で角膜のフルオレセイン染色,結膜充血を観察した.自覚症状,他覚所見は表1のようにスコア化した.開始時と点眼変更後3カ月のスコアを比較し,スコアが1以上低下したものを改善,1以上上昇したものを悪化として比較した.ラタノプロスト単独治療症例は10例20眼で,他剤併用症例は4例8眼であった.他の緑内障点眼薬を併用している患者はラタノプロスト以外の緑内障点眼薬を変114あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013更せずに観察を行った.眼圧の有意差の検定にはt検定を行い,p<0.05を有意差ありと判定した.II結果試験開始時の眼圧は,12.9±2.0mmHg,タフルプロスト切り替え後4週目の眼圧は12.4±1.9mmHg,12週目の眼圧は11.8±1.9mmHg,再度ラタノプロストに戻した後4週目の眼圧は12.6±1.9mmHg,12週目の眼圧は12.9±2.0mmHgであり,タフルプロスト切り替えにより12週目で有意な眼圧下降を認めた(p=0.017).また,ラタノプロストへの戻しにより,タフルプロスト12週目とラタノプロスト12週目の眼圧に有意な眼圧上昇を認めた(p=0.009)(図1).眼圧変動について1mmHg以上低下を改善,1mmHg以上上昇を悪化,眼圧変動がなかった例を不変と定義すると,ラタノプロストからタフルプロストへの変更12週で改善12眼,不変12眼,悪化4眼であった.一方,タフルプロストからラタノプロストへの変更で改善6眼,不変9眼,悪化13眼であった(図2,3).有害事象のうち刺激感については,タフルプロストに変更後改善が2例,悪化が2例,ラタノプロストに変更後改善が1例,悪化が2例であった.掻痒感は,タフルプロストに変更後改善が2例,悪化が0例,ラタノプロストに変更後はすべて不変であった.異物感は,タフルプロストに変更後改善が1例,悪化が0例,ラタノプロストに変更後改善は0例,悪化が1例であった.角膜のフルオレセイン染色は,タフル(114) p=0.017p=0.009刺激感掻痒感異物感フルオレセイン染色充血1111.51212.51313.5眼圧(mmHg)(週)0.000.050.100.150.200.250.300.350.4004812162024副作用スコア(週)0412162412W12W4W~ラタノタフルプロストラタノプロストプロスト図1観察期間中の眼圧変動タフルプロスト切り替えにより12週目で有意な眼圧下降を認めた.また,ラタノプロストへの戻しにより,タフルプロスト12週目とラタノプロスト12週目の眼圧に有意な眼圧上昇を認ラタノ12W12W4W~タフルプロストラタノプロストめた.プロスト図4副作用スコアの経過中の変動改善12不変12悪化4化は図4のようであり,経過中変動は軽微であった.なお,両薬剤で治療中に発現した有害事象はいずれも軽度かつ一過性であり,使用中止例はなかった(図4).III考按点眼薬切り替え試験では,被験者選定でアドヒアランスが向上し,薬効が過大評価されるHawthorne効果が生じるとされる2).本研究では,4週間以上ラタノプロストを使用している患者を選定し,全例をタフルプロストに切り替え後,4週目,12週目の眼圧,有害事象を観察した.その後,タフルプロストからウォッシュアウト期間なしに再度ラタノプロストに戻して,同様な検査を行った.このswitchback法図2ラタノプロストからタフルプロストへの変更後の眼圧変動改善6不変9悪化13によって切り替えによるアドヒアランス改善の影響を除外した.正常眼圧緑内障において,ラタノプロストからタフルプロストへ切り替えた結果,有意に眼圧が下降した.また,ラタノプロストへの戻しにより,タフルプロスト点眼12週目とラタノプロスト点眼12週目の眼圧に有意な眼圧上昇を認めた.プロスト系プロスタグランジン関連薬には,プロスタノイド誘導体とプロスタマイド誘導体がある.プロスタノイド誘図3タフルプロストからラタノプロストへの変更後の眼圧変動プロストに変更後改善が1例,悪化が3例,ラタノプロストに変更後改善は0例,悪化が4例であった.タフルプロスト変更後悪化した3例のうち,ラタノプロスト変更後に改善が1例,悪化が0例,不変は2例であった.充血は,タフルプロストに変更後改善が3例,悪化が3例,ラタノプロストに変更後改善は1例,悪化が1例であった.副作用スコアの変(115)導体にはラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロストがある.プロスタマイド誘導体にはビマトプロストがある.海外のメタ解析では,眼圧下降効果はラタノプロスト≒トラボプロスト≦ビマトプロストの傾向にあるとされる3,4).ラタノプロスト,タフルプロスト,ビマトプロストの3剤を比較した自験例では,ビマトプロストが最も眼圧下降が良好であった1).原発開放隅角緑内障にはプロスタノイド誘導体3剤の効果はほぼ同等で,プロスタマイド誘導体であるビマトプロストはやや効果が強い.正常眼圧緑内障に対するプロスあたらしい眼科Vol.30,No.1,2013115 タグランジン関連薬の比較に関しては,まだ報告は少ない5,6).正常眼圧緑内障患者でラタノプロストからタフルプロストに変更して3カ月経過観察した報告では,有意な眼圧下降が報告されている5).本研究ではさらにタフルプロストからラタノプロストに戻して,下降した眼圧が上昇したことを観察した.眼圧下降は有意であったが,平均で1mmHg程度の眼圧の動きであり,また症例数も多くないので,今後多数例の検討が必要であると考える.プロスタグランジン関連薬には,期待された眼圧下降が得られないノンレスポンダーの存在も指摘されている7,8).今回の対象者にノンレスポンダーが含まれていたかどうかの検討はできていない.ラタノプロストとタフルプロストのノンレスポンダー比率の違いが本研究の結果に影響した可能性は否定できない.本研究では症例数が少ないために両眼とも対象にして解析した.1例1眼で解析するほうが望ましい.また,ラタノプロスト単独症例と他剤併用症例が含まれているが,症例数が少ないので,解析は両者を含めて行った.今後は多数例での検討が必要である.有害事象については,フルオレセイン染色による角膜上皮障害スコアは,タフルプロスト,ラタノプロスト変更後ともに,やや悪化傾向にある.長期に薬剤を使用するほど角膜上皮障害が悪化する確率が上がってくるので,このような結果になるのは点眼薬を使用した結果だと考え,タフルプロストとラタノプロストによる差異ではないと判断した.ラタノプロスト,タフルプロストともに3カ月の点眼期間の観察では副作用は軽微なものであり,角膜のフルオレセイン染色以外の副作用スコアで変動はほぼ認めなかったことから,両点眼とも忍容性は高いことが推測される.文献1)中野聡子,久保田敏昭:プロスタグランジン関連薬の比較.あたらしい眼科28:511-512,20112)FrankeRH,KaulJD:TheHawthorneexperiments:Firststatisticalinterpretation.AmSociolRev43:623-643,19783)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabilityofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20084)vanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocularpressure-loweringeffectsofallcommonlyusedglaucomadrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,20055)湖﨑淳,鵜木一彦,安達京ほか:正常眼圧緑内障に対するラタノプロストからタフルプロストへの切り替え効果.あたらしい眼科27:827-830,20106)大谷伸一郎,湖崎淳,鵜木一彦ほか:日本人正常眼圧緑内障眼に対するラタノプロストからトラボプロスト点眼液への切り替え試験による長期眼圧下降効果.あたらしい眼科27:687-690,20107)RossettiL,GandolfiS,TraversoCetal:Anevaluationoftherateofnonresponderstolatanoprosttherapy.JGlaucoma15:238-243,20068)IkedaY,MoriK,IshibashiTetal:Latanoprostnonresponderswithopen-angleglaucomaintheJapanesepopulation.JpnJOphthalmol50:153-157,2006***116あたらしい眼科Vol.30,No.1,2013(116)