あたらしい眼科Vol.28,No.9,201112950910-1810/11/\100/頁/JCOPY視覚障害の主要な原因疾患としての強度近視強度近視は,先進諸国において失明原因の上位を占める疾患であり,日本では平成17年度の視覚障害者の原因疾患別調査(厚生労働省研究班)において第5位でした.近視性眼底病変には視力予後の異なるものが混在しており,なかでも黄斑部に生じる近視性脈絡膜新生血管および瘢痕形成による近視性黄斑変性は,中心視力を著しく障害し視力予後不良です.地域一般住民を対象とした多治見スタディでは,近視性黄斑変性は日本における片眼性ロービジョンの原因疾患の第3位,片眼性失明の原因疾患の第1位でした1).強度近視では眼軸の延長に伴い,眼底後極部にさまざまな近視性眼底病変をきたし,視力低下の原因となります.両眼性であることが多く,不可逆性で,働き盛りの年代の人の視力を障害することも少なくないため,社会経済的な観念からも重要な疾患です.一方,その有病率についての報告はほとんどなく,筆者らの知る限りpopulation-basedstudyで近視性網膜症の有病率について調査した報告が海外で2報あるのみです2,3).九州大学眼科学教室は,福岡県久山町において疫学調査(久山町研究)に1998年から参加し,40歳以上の久山町全住民を対象にさまざまな眼科疾患の有病率,発症率および危険因子の調査を長年にわたり継続しています.今回,久山町の調査結果より明らかになったわが国における近視性網膜症の疫学について報告します.近視性網膜症の有病率2005年に眼科健診を含む久山町成人健診を受診した40歳以上の住民1,892人を対象に近視性網膜症の有病率について調査しました.眼科健診では,両眼無散瞳下でのカラー眼底写真撮影(小瞳孔や白内障のために写真が不鮮明な場合は散瞳),IOLマスターによる眼軸長の測定,オートレフラクトメータによる屈折検査を行いました.近視性眼底病変の診断には眼底写真を使用し,びまん性萎縮病変,限局性萎縮病変,lacquercracks,近視性黄斑変性のうち,少なくとも1つがみられるものを近視性網膜症と定義しました.その結果,近視性網膜症は47眼33人に認め,有病率は1.7%でした.所見別の内訳は,びまん性萎縮病変44眼32人(1.7%),限局性萎縮病変10眼8人(0.4%),lacquercracks4眼3人(0.2%),近視性黄斑変性9眼7人(0.4%)でした.また,高齢になるほど近視性網膜症の有病率が有意に増加し,男性より女性において有病率が高いことが明らかになりました(表1).近視性網膜症の有無別で眼軸長,屈折度数(等価球面度数)の平均値を比較すると,近視性網膜症のない群ではそれぞれ23.5±1.2mm,?0.4±2.4Dであったのに対し,近視性網膜症のある群では28.2±2.2mm,?8.3±5.2Dで,眼(75)◆シリーズ第129回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊朝隈朋子(九州大学大学院医学研究院眼科学分野)近視性網膜症の疫学:久山町研究表1年齢階級別および性別の近視性網膜症の頻度:久山町研究(2005)年齢(歳)男性女性男女込み人数(人)近視性網膜症(%)人数(人)近視性網膜症(%)人数(人)近視性網膜症(%)40?491/841.21/1460.72/2300.950?591/1630.62/2920.73/4550.760?692/2710.76/3461.78/6171.370以上5/2581.915/3324.520/5903.4合計9/7761.224/1,1162.233/1,8921.7表2眼軸階級別近視性網膜症の有病率:久山町研究(2005)眼軸(mm)全体近視性網膜症眼数*(眼)(%)眼数(眼)(%)23未満1,37436.600.023?241,29634.520.224?2563516.910.225?262466.620.826?271183.186.827?28471.31123.428以上411.12253.7合計3,757100461.2*眼軸長のデータが得られなかった27眼を除く.1296あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011軸長,屈折値ともに有意差(p<0.001)を認めました.また,眼軸が長くなるほど近視性網膜症の有病率が高くなり(表2),眼軸長26.0mm未満では近視性網膜症の有病率は1.2%であったのに対し,眼軸長28.0mm以上では53.7%でした.同様に近視度数が大きくなるほど近視性網膜症の有病率は高くなる傾向を認め(表3),?4D未満の近視では有病率は1.5%であったのに対し,?10D以上の近視では36.8%でした.まとめ久山町研究で得られた結果から,近視性網膜症の有病率は1.7%であり,なかでも視力予後不良である近視性黄斑変性の有病率は0.4%でした.これを日本人40歳以上の総人口に換算すると,近視性網膜症の患者数は113万人,近視性黄斑変性の患者は25万人にも上ることが推定されます.さらなる追跡調査により近視性網膜症の発症率や関連因子を明らかにすることで,効率的な発症予測,進展予測につながることが期待されます.文献1)IwaseA,AraieM,TomidokoroAetal:PrevalenceandcausesoflowvisionandblindnessinaJapaneseadultpopulation:theTajimiStudy.Ophthalmology113:1354-1362,20062)LiuHH,XuL,WangYXetal:PrevalenceandprogressionofmyopicretinopathyinChineseadults:theBeijingEyeStudy.Ophthalmology117:1763-1768,20103)VongphanitJ,MitchellP,WangJJ:Prevalenceandprogressionofmyopicretinopathyinanolderpopulation.Ophthalmology109:704-711,2002(76)表3屈折度数階級別近視性網膜症の有病率:久山町研究(2005)屈折度数(D)全体近視性網膜症眼数*(眼)(%)眼数(眼)(%)0<1,68551.010.10~?21,03331.310.1?2~?43019.141.3?4~?61655.031.8?6~?8752.345.3?8~?10260.8519.2≦?10190.6736.8合計3,304100250.8*白内障術後および屈折度数のデータが得られなかった480眼は除く.屈折度数は等価球面度数で示した.■「近視性網膜症の疫学:久山町研究」を読んで■今回は九州大学眼科の朝隈朋子先生による近視性網膜症の疫学データの紹介です.日本全体で,近視性網膜症の患者数は113万人,近視性黄斑変性の患者は25万人にも上ることがわかりました.眼科医として患者さんを治療する際にこのような基本的なデータを知っていることはとても大切なことです.有病率に加えて,どのような方が近視性網膜症や黄斑変性になりやすいかについての解析が進み,予防医学が有効に機能するようになると日本人の視力を良好に保持するために非常に有意義な研究ということになります.疫学は日常臨床でわれわれ眼科医が直面する問題を解決するという問題意識からはじまります.患者さんの治療法の研究に引き続いて予防をしたいということを考えることは自然な流れです.予防医学の基本は今後のあるターゲットとなる疾患の発症を予測することからはじまります.ある疾患の発症を予測するためには,正常な方と疾患を発症する方を比較する必要があります.このためには,疾患をもつ方が多い病院の眼科での臨床研究では限界があります.この問題を解決するのがpopulation-basedstudyで,これは住民健診など,正常な方をも検査する研究手法です.大変な費用,人手が必要ですが,世界ではこのような研究を行う必要性が認識され,大規模なpopulation-basedstudyが,アメリカ,ヨーロッパで進行しています.たとえば,イギリスのUKBiobankでは40?69歳の50万人のボランティアを対象にしたコホート研究を行って,疾患の危険因子を探索しています.日本でもこのような研究を行う必要性はみなさん,理解していただけるのではないでしょうか?人種により疾患の有病率,関連する因子に差がありますから,日本人のpopulationでの疾患の有病率や危険因子を検討する必要があるからです.朝隈先生のお仕事のフィールドになった久山町研究は世界的に有名なpopulation-basedstudyであり,九州大学眼科の石橋達朗教授のリーダーシップのもと,内科などと共同で精密で臨床的な価値のあるデータを連続して発表し続けておられま(77)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111297す.今回の朝隈先生のデータは難治性の近視性網膜症の全体像を示す大変貴重なデータです.われわれのもっているイメージよりはるかに多い患者さんがいることがわかりました.日本の眼科医が解決するべき問題の一つではないでしょうか?山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆