特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1229.1232,2012特集●抗VEGF治療のすべてあたらしい眼科29(9):1229.1232,2012抗VEGF療法の合併症ComplicationsAssociatedwithIntravitrealAnti-VEGFTherapy山本亜希子*はじめに4540硝子体内注射は血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬であるペガプタニブ(マクジェンR),ラニビズマブ(ルセンティスR)が認可されたとともに飛躍的に増加している.そこで注意しなければならないのは合併症である.合併症には手技に伴うものと薬剤による影響がある.まずは手技的な問題であるが,結膜下出血,角膜障害,水晶体損傷,網膜裂孔,網膜.離,眼内炎などがあげられる.I網膜裂孔網膜裂孔についてはジェット流により裂孔形成が起こりやすくなるとの報告があり,薬剤注入の際には比較的ゆっくりと注入することが望ましいとされている.また,同じ部位での投与を避け,注射時の結膜移動による硝子体脱出の予防が推奨されている1).硝子体嵌頓が起こると注射部位の対側の網膜に牽引がかかる可能性があり,投与後の経過観察の際には注意深く観察する必要がある.もし硝子体脱出が起きた場合にはスプリングハンドル剪刀にて切除するのも一つの方法である.II一過性眼圧上昇すべての薬剤に言えることだが,薬剤を投与することで一過性の眼圧上昇をひき起こすことがある.0.05mlの硝子体内投与は1.25%の硝子体容積に相当し,一過眼圧(mmHg)35302520151050図1硝子体内投与後の眼圧変動対象は新生血管黄斑症を有する33例33眼であった.ベバシズマブ0.05ml注入後の投与眼の眼圧を注射前,注射直後,注射30分後に非接触式眼圧計にて測定した.平均眼圧の推移は,注射前が13.44±2.99mmHg,注射直後は28.17±10.27mmHg,注射30分後は16.94±4.45mmHgであった.30分後の眼圧は全例30mmHg以下になっていた.性眼圧上昇は硝子体容積の増大が原因である.筆者らの検討では33眼のベバシズマブ(アバスチンR)投与後は眼圧を測定し,投与直後は上昇するものの30分後には全例で30mmHg以下にまで低下していた(図1).しかし,一部の症例では眼圧が急激に上昇し,場合によっては網膜動脈閉塞を起こす可能性も考えられるため,特に緑内障患者など眼圧上昇傾向がみられる場合には注意を要する.過去の報告ではアバスチンR投与3日後に急性の眼圧上昇をきたした報告もあり2),投与直後でなくとも注意は必要である.注射前注射直後注射30分後*AkikoYamamoto:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕山本亜希子:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(53)1229III眼内炎最も重大な問題は眼内炎である.2011年にBascomPalmer眼研究所と関連施設で行ったVEGF阻害薬を用いた60,322硝子体内注射をまとめた報告では眼内炎の頻度は0.02%でアバスチンR0.018%,ルセンティスR0.027%と有意差はなく3),多施設より報告されたアバスチンR12,585例とルセンティスR14,320例においてもそれぞれ0.02%と差はみられていない4).CATTStudyにおいてもアバスチンR0.04%,ルセンティスR0.07%と有意差はみられなかった5).白内障手術後の眼内炎は約0.05%とされており頻度は近似しているが,硝子体内注射では1人の患者に対し複数回の投与が必要となるためより注意が必要となる.眼内炎対策についてわが国と異なる点は米国では滅菌手袋が58%,滅菌ドレープが12%でしか使用されていない点である1).ルセンティスRについては硝子体内注射ガイドラインが作成されており,滅菌手袋,ドレープ使用が推奨されている.ドレープについては睫毛がしっかりドレープし,薬剤を注入する際,針先に睫毛が当たらないように注意することが大切である.術前術後点眼についても記載があり,筆者らの施設でも投与前後3日間抗生物質点眼を使用しているが,術前点眼の必要性については考え方がまだ定まってはいない.術前の抗菌点眼薬投与が結膜.の菌を減らしたとする報告があるが,耐性菌による白内障術後眼内炎の報告もあり6),術後眼内炎の発生率を下げるという明確なevidenceはない.術前抗菌薬投与というのは眼科特有の事項であり点眼の容易さによるところも大きいと思われるが,少なくともマクジェンRとルセンティスRでは取り扱い文書に術前3日前からの抗菌薬点眼が記載されており,特別な事情がない限り抗菌薬点眼の術前からの使用が望ましいと考える.一方で近年硝子体注射に伴う抗生物質の使用に関する耐性菌の報告も増えてきており,治療が長期に及んだ場合の耐性菌への配慮も今後必要となってくるであろう7,8).注射後眼内炎の危険因子に関する研究が進んでお1230あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012り9),有意差がないのは開瞼器の有無,注射時の結膜の移動,注射部位(上方・下方結膜),ルセンティスR・アバスチンRなどの薬剤の違い,術後抗生物質点眼の有無と報告している.一方,有意差があったのは,①ポビドンヨードの有無,②マスクの有無,③マスク非使用時の会話の有無であり,口腔内細菌が硝子体内注射後の眼内炎に関与する可能性を示唆している.処置中に患者が話すこともリスクになると考えられ,患者本人はマスクを装着していなくともドレープを使用することで患者自身による汚染を予防できると考える.硝子体内注射後眼内炎52眼(105,536注射中)のmetaanalysisでは,細菌培養陽性52%,陰性48%としており,レンサ球菌属の比率が通常の内眼手術より高いとされている10).この結果からも口腔常在菌が影響していると考えられ,注射を行う際にはマスクをし,会話をできる限り避けることが望ましい.眼内炎の診断のポイントは自覚症状,他覚的所見の悪化である.一般的には眼痛,羞明,視力低下を訴えることが多いが,実際には眼痛を伴わない症例もあり糖尿病を併発している場合などは特に注意が必要である.米国のEndophthalmitisVitrectomyStudy(EVS)でも25%の症例では眼痛を伴っていない.他覚的所見としては毛様充血,前房内の細胞,フレアの出現,進行例では前房蓄膿,フィブリン析出,虹彩癒着,角膜浮腫,硝子体混濁が出現する.眼内炎のリスクがあることを患者に理解してもらい,変化があった場合にはできるだけ早く診察を受けるよう指示をしておくことも重要である.米国の硝子体内注射ガイドラインでは注射部位にポビドンヨード点眼をしてから注射することを推奨している.結膜常在細菌はひだ構造に潜んでいるため十分な消毒が必要となる.ポビドンヨードの安全で殺菌効果の高い濃度は0.05.0.5%である.この濃度であれば網膜への障害のリスクもないとされている.洗浄量に関して5%ポビドンヨードの2滴点眼よりも10ml洗浄のほうが殺菌効果が高いとされており,殺菌に要する時間は0.1.1.0%で15秒間に対して2.5.10%ポビドンヨードでは30.120秒間と長くかかる.欧米で使用されている5%ポビドンヨード点眼では角膜障害が生じやすく,殺菌までの時間も30.120秒間を要する.また,点眼のみ(54)では結膜の構造上十分な洗浄を行えない可能性があり,内眼手術と同様に希釈したポビドンヨードで洗浄したほうが安全かつ効率的といえよう.感染性眼内炎が発症した場合の治療法についてであるが,選択肢は大きく二つあり,一つは抗菌薬の点眼,硝子体内投与などによる保存的方法,もう一つは硝子体手術の施行である.基本的には病変が前眼部に限局している場合には抗菌薬の局所投与を試み,硝子体腔に炎症が及んでいる場合には硝子体手術を選択する.しかし,眼内炎に対する治療の遅れは取り返しのつかない結果をもたらすことがあるため,硝子体手術ができない施設では無理に保存療法を選択するよりは,速やかに手術可能な施設に紹介することも必要であると考える.つぎに薬剤自体による合併症について述べる.IV無菌性眼内炎アバスチンRでは2009年にGeorgopoulosらが投与を行った2,500例中8例に無菌性眼内炎を発症したと報告されている11).いずれも投与後2日以内に疼痛のない霧視を自覚し,前房内炎症と硝子体混濁がみられたが,前房蓄膿は認めなかった.FabフラグメントにFc部分が付加され蛋白質積荷が大きいことなどが炎症をひき起こす可能性を指摘している.この場合副腎ステロイドが有効なことが多く,抗生物質に反応しない(図2a,b).特発性無菌性眼内炎はtoxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)として知られている.TASSは使用した薬剤のpH,防腐剤,洗浄剤,酸化,細菌の毒素,眼内レンズなどに対する免疫反応とされており,無菌性であり,術後12.48時間で発症し前房蓄膿を伴い強い前眼部炎症をひき起こす12).TASSも副腎ステロイド薬が有効であるが,前房蓄膿を伴う炎症の場合にはまず感染を念頭に対処すべきであると考える.V全身合併症薬剤の影響において最も議論されるのは脳梗塞の発症リスクについてだろう.脳梗塞を含めた全身合併症の発症リスクが危惧される報告が散見される13,14)が,一方では関連性の低さを指摘する論文もある15,16).また,薬剤(55)ab図2抗VEGF薬投与後の無菌性眼内炎61歳,男性.抗VEGF薬投与2週間後に毛様充血と前房内炎症を認めた.一度目の投与であった.0.1%ベタメタゾン点眼6回/日と0.5%レボフロキサシン点眼を開始し,2週間後,毛様充血,前房内炎症ともに改善傾向がみられた.前房水培養からは起因菌は検出されなかった.a:発症時の前眼部所見,b:ステロイド点眼治療後.による差についてはCATTStudyの結果からルセンティスR,アバスチンR間での全身への影響には大きな差がないと考えていいのではないかと考える3).筆者らの施設ではそれぞれの報告について患者へ説明し,特に脳梗塞発症後2年以内の症例についてはより注意深く対応している.病状の進行の程度や本人の価値観によっても選択が変わってくると思われ,患者とのコミュニケーションが大切である.慢性疾患であり,患者自身が納得したうえで治療を継続することが重要なのではないかと考える.あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121231アバスチンRについては若年者の症例への投与例もあり,特に女性では生理周期へ影響を及ぼす場合がある.また,胎児への影響が明らかではなく安全性が確立していないため,治療中の妊娠は避けたほうがよいと考えられ,出産後の授乳も控えるのが望ましいと考えられる.おわりに最近では視力良好例へも抗VEGF薬を投与する機会も多くなっており,合併症への配慮が必要である.合併症のリスクをより低くし,効率よく適切な治療ができるように今後もさまざまな点での検討や工夫が必要と考える.文献1)Green-SimmsAE,EkdawiNS,BakriSJ:SurveyofintravitrealinjectiontechniquesamongretinalspecialistsintheUnitedStates.AmJOphthalmol151:329-332,20112)JalilA,FenertyC,CharlesS:Intravitrealbevacizumab(Avastin)causingacuteglaucoma:anunreportedcomplication.Eye21:1541,20073)MoshfeghiAA,RosenfeldPJ,FlynnHWJr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