あたらしい眼科Vol.27,No.11,201015610910-1810/10/\100/頁/JCOPY初期研修医2年目で,まだ「眼科医」になってもいないのに「眼科医にすすめる100冊の本」に寄稿するなんておこがましい気もするのだが,「好きに書きなさい」とおっしゃって下さった寛大な教授のお言葉に甘えることとして1冊の本を紹介したい.「神様のカルテ」は恥ずかしながら,「某人気アイドルグループメンバー出演,映画化」の見出しに踊らされて購入した.題材が地域医療とわかったとき,その偶然のタイミングに驚いた.何しろ私は山形県のとある町立病院で地域医療の研修真っ只中だったのだ.主人公である栗原一止は,信州・本庄病院に勤務する5年目の内科医で,酔っ払いから末期癌の患者まで,自分の専門分野に関係なく24時間365日診療にあたっている.本に描かれている現場はまさに私がいた町立病院と酷似しており,後に著者である夏川草介氏が実際に長野県の地域医療に従事されていることを知って納得した.それは大学病院で研修してきた現場とはかけ離れた,町立病院の現実そのものだった.私がいたのは人口約1万人の小さな山間の町で,その町立病院では常勤の内科医4人,週1.2回外勤の先生方による眼科,外科,婦人科,整形外科の外来診療が行われていた.文中に「自分の専門は消化器だとか循環器だとか大声で吹聴できるのは,地方では大学病院くらいである.」とあるのだが事実,地域医療の現場では酔っ払いから蜂刺され,交通外傷,原因不明のCPA(心肺機能停止),末期癌患者まで,どんな患者も診なければいけない.地域医療の研修が始まった当初の私はとにかく早く大学に戻りたかった.オーベンの先生をすぐに呼べる状況とはいえ,見よう見まねで内科外来を担当したり,独りで救急対応をしたりで,不安で仕方がなかった.スタッフの揃った大きい病院であればすぐに他科コンサルトが可能で,時間外でも必要であればCT(コンピュータ断層撮影),MRI(磁気共鳴画像),心カテ,内視鏡検査,手術までオーダーできる.私がいた町立病院では血液検査すら躊躇する.本当に必要か.それまでどれだけ自分が守られた特殊な場所で研修してきたのかと目が醒める思いだった.無駄な検査はしない.いかにこれが大変で,大切なことか実感した.研修を終えるまで私の不安が消えることはなかったが,それなりに恰好はついてきていたように思う.ハエが飛び交う家へ消毒用アルコール片手に訪問診療,通所のご高齢の方々と一緒にリハビリ,「町中みんな知り合い」とは本当で,噂話にも参加した(ただし方言が強く,会話の7割は理解できなかった).まさに「地域医療」,この本と自分をシンクロさせながら過ごした1カ月だった.この本にはたくさんの患者が登場するのだが,なかでも胆.癌である安曇さんが印象的だった.外科的手術が困難と診断され「大学病院は安曇さんを診るようなところではない」と言われてしまう.栗原に助けを求めに来た彼女は延命ではなく,あるがままに生きたいと希望する.どこまで治療をするべきか,境界は灰色だ.私も,町立病院で同じように考えさせられる女性の患者に出会った.彼女も安曇さんと同じく末期癌で,いつ急変するかわからない状態だった.私が訪室するといつも笑顔で曽孫や玄孫のことを話してくれたことを思い出す.その最期のとき,家族は延命を希望した.どうしても玄孫に会うまで,と言われて挿管した.カルテにDNRの記載はなかった.栗原は「ただ感情的に『全ての治療を』と叫ぶのはエゴ」と言う.そこには本人の意思はなく,家族の,医療者のエゴしかない,と.あの行為はエゴなのか,安曇さんの件を読みながらこの問いを反芻した.誰も正解を教えてはくれない.大学病院ではDNRの意思(79)■11月の推薦図書■神様のカルテ早川草介著(小学館)シリーズ─96◆成味真梨山形大学附属病院卒後臨床研修センター1562あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010確認を徹底しており,予め入院時に確認していることが多かった.しかし地域医療の現場では必ずしもそうならない.風習,考え方,その地域独特の何かが,そうさせているのかもしれない.ただ,一つ言えることはBSC(BestSupportiveCare)は大学病院,民間病院,自宅といった場所を選ぶものではない.そしてそれは患者,家族,環境,その時々で変化するためマニュアルは存在しない.境界はやはり灰色のままでいいのかもしれない.それからもう一つ,この本を通して描かれているのが栗原の葛藤だ.「本庄病院に残るか,大学に戻って入局するか.」私たち若い医者にとっても他人事ではない.初期研修,専門科,後期研修,入局,すべて個人の選択に委ねられる.私の同級生をみても,地元に残る者,大都市に出る者,私のように所縁のない山形まで来てしまう者(極少数),大学病院,民間病院,入局する,しない,選択はさまざまだ.それぞれに利点,欠点があり,要は本人が将来的にどのような医者を目指すかに尽きると思う.「新しい研修医制度のおかげで,最初の2年間の研修期間は一般の病院に出ていく医者が増えた」のだが,この現行の研修制度についても賛否両論があり,その否定的な意見の一つに「地方の医師不足の助長」があげられる.この制度によって,栗原のように民間病院で初期研修を行い,そのまま入局しないという選択ができるようになった.大学の医局員が減り,派遣が滞れば,そのしわ寄せは地方の小病院にやってくる.医局制度が,ある意味で地域医療を支えている.栗原の同期である,砂山は大学の外科から本庄病院に派遣されている.入局しない栗原に対して,「大学でしか学べない高度医療ってのがある,お前ならそれも学んでさらに高みを目指せるんだ.多くの医者に会い,技を磨き,知識を深めるんだ.」と大学に誘う.井の中の蛙,大海を知らずではいけない.砂山の意見も一理ある.医局とは何か,私にはまだわからない.作中の大狸先生の言うように「ひどいところ」かもしれないし,違うかもしれない.ただ,見よう見まねだけに頼ることはしたくない,そう思ったから私は「入局」を決めた.小さな町で,眼科をするにしても,まずはきちんと勉強して,知識と技術を身につけて,それからでも遅くないのではないか,そう思っている.地域医療と大学病院,確かに現場環境は違うけれど医療を提供するという点は同じだ.診療科も,病院も,地方も,大都市も関係ない.患者一人ひとりに応えること,そこにいちいち区別は必要ない.最後になったが,この本の登場人物はそれぞれ個性的で,とても人間らしく描かれており,その描写もこの本の魅力の一つになっている.医療物はちょっと…という方にもぜひ機会があったら読んでみてほしい.「地域医療」の世界を少し垣間見られる本だ.(80)☆☆☆