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眼科医にすすめる100冊の本-10月の推薦図書-

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014230910-1810/10/\100/頁/JCOPY著者は科学的知識と英知の違いについてこの本の中で書きたいと記しています.また,私たちの大きな利益のために,科学はどのような役割を果たすべきか,特に著者が携わっている分野(分子生物学)がどのような役割を果たすべきかについても書きたいと述べています.そして,科学における英知の欠落は,おそらく感覚や心が時間を体験する方法と,科学の方法の間のギャップから,起こるべくして起こるものであると推論し,そのうえで,最近の脳研究の成果を取り入れて,時間の問題について考察しています.私は「体内時計」という言葉について,睡眠などの行動の約1日周期のリズムをつかさどっており,脳の視床下部の視交叉上核に存在し,最近では時計遺伝子(ピリオドとよばれる)も発見されている,というくらいの知識がある程度で,これもたまたま時計遺伝子の発見者である岡村均教授(当時は神戸大教授)が京都府立医科大学の同級生であったお陰でありますが,著者の使っている脳の時計,ゲノムの時計の「時計」の意味と岡村教授らのいう体内時計の「時計」の意味とは共通するところもあり,やや異なっているところもあるような気がします.著者はまず,物理的に測れる世界にあるわれわれの外側に流れる時間というものを設定しており,その時間と人の頭の中での時間の経過はまるで違う,と述べています.また,古くからある二つの時計が1個の細胞から体を作り,三つ目の時計は知覚のメカニズムを動かし,もう一つの時計は私たちを昼と夜に同調させ,さらにもう一つの時計が意識的な知覚を作ってそれを無意識的な記憶にリンクさせており,これらの時計によって作られた体内時間は多様で複雑であり,死によってそれらが止まる瞬間にだけ,全部がぴたりと合うのである,とも述べており,著者の「時計」のほうが広義に使用されているようです.著者は死というものを大変重要視しており,死や私たちの内部時間の終わりについて意識的に考えようとしないということが,限りある生命を精一杯生きるために科学的発見を利用する力を制限しているとしています.『第1章感覚』発生時計と脳の時計について解説がなされています.感覚を作っている時計には,私たちがほかの生命体と共有し,昔から新しい生命形態を生み出し続けている自然選択の時計,発生中の胚で遺伝子のスウィッチをオンにしたりオフにしたりするリズム信号である体内時計(発生時計),神経細胞の中でだけ動き,1秒に何千回と入ってくる刺激を神経回路につなぐ役割を果たしている限定された時計(神経細胞同調時計)の三つがあります.そして,私たちの脳内回路は,遺伝子発現を支配する発生時計が描き上げた配線回路の設計図どおりに,神経細胞の同調時計によって組み立てられます.神経回路の連結編成は経験によって追加し続けられるとのことですので,どの脳の配線も(たとえ一卵性双生児のものであれ)子供の頃からまったく違っているそうで,10歳くらいまでは複雑さや大きさは増していくそうですが,青年期の終わりには,脳内の連結と脳細胞の数は2歳児レベルまで減り,その後はゆっくりと衰えていくだけになるようです.私たちが世界を識別するのに過去の存在が必要であることを,嗅覚と色覚をモデルにして著者は説明しています.眼科医にとって色覚を理解するうえで,この章はわかりやすく大変役に立つと思います.『第2章意識』この章では面白い実験が紹介されており,それによると認識される時間と計測される時間との間には差があり,意識的な今とは,0.5秒過去のことであることが証(101)■10月の推薦図書■脳の時計,ゲノムの時計ロバート・ポラック著中村桂子・中村友子訳(早川書房)シリーズ─95◆小玉裕司小玉眼科医院1424あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010明されたとしています.つまり,この本の表紙に記されたように『ヒトは0.5秒前の過去に生きている!』ことになるわけです.人の脳が感覚を意識の瞬間にまとめるには半秒かかるのであり,私たちは半秒進んでいる意識の内部時計にコントロールされているからこそ,いま経験していると思いこんでいることはすべて半秒ほど前に起こっているにもかかわらず,同時感覚をもつことができるようです.『第3章記憶と無意識』無意識の精神活動をつかさどる脳中枢には,消えるでもなくそうかといって意識のなかに出しゃばってくるわけでもない記憶をつかさどる,安定してはいるが未開発のネットワークを維持する中枢があり,意識的に何かに注意を向けるとき,私たちは無意識のうちに自分の記憶をふるいにかけ,その認識と結びついているいくつかの記憶だけを意識化するとしています.そして,科学に影響を与えているのではないかと著者が指摘しているのが,人を含めて生物は死すべき運命にあるという事実を受け入れる恐れです.科学者も人間である以上,人間の脳が持っている性質が科学を作るのであり,科学者の死というものへの恐れが科学に影響を与えているという著者の観点は面白いと思います.『第4章侵略の恐怖』,『第5章暴動の恐怖』,『第6章死の恐怖』この3つの章では人間にとって,早すぎる死と回避可能な苦しみをもたらす伝染病,悪性腫瘍,老化の三つを取り上げており,この三者に対するこれまでの対処法を見直そうとしています.科学者はこれまで,これらの恐れに対抗して打ち勝とうという方法を取ってきましたが,そうではなく,科学の知識は十分に活かしながら,死への恐れを受け入れることが重要だと著者は述べています.『結論』「科学が努力してきたのにもかかわらず,死は避けられないものであるということを知り,信じることは難しい.残された仕事は,この知識を科学の限界と矛盾しない,分別ある,正直で良心的な行動に結び付けることで,科学を限界まで進め,延命のために最良を尽くすように変えていくことなのだ.」という言葉で著者はこの本を締めくくっています.ここでいう延命のため,というのは痛みを感じることなく,意識を有したまま社会的つながりを保ったままでの延命ということなのでしょう.現代の医学は,確かに多剤耐性菌と抗生物質のいたちごっこ,単に延命というだけの終末医療,産婦人科医や小児科医などの医師不足や患者の過度な要求といったような要因によって生じている医療崩壊など数え上げればきりがないほどの問題点を抱えています.著者はこの本の中で,ダニエル・キャラハンが科学と医学の限界を定め,死すべき運命という事実と並立させるためにした三つの提案を取り上げています.一つ目の提案は私たちは個体の死の必然性を認めなければならないということ,二つ目の提案は私たちは生命の長さではなく,質を高めるための研究を支援するべきだということ,三つ目の提案は政治的にも社会的にも,老人を生き永らえさせるためには何でもするという拘束を解き,生命の有限性と死の確実性を認める医学へと移行しなければならないということです.著者は医学のゴールは永遠の生命ではなく,ゲノムによって割り当てられた年数を,痛みもなく社会的に保障された状態で生きることなのだと述べています.確かにこのようなスタンスは医学者や著者のような分子生物学者にとっては必要なことかもしれませんし,このようなスタンスが現代の医学が有する多くの問題点を解明する鍵になるかもしれません.しかし,私は科学というものはもっと広い視野に立って研究を進めるものだというような気がしてなりません.なぜなら科学というものは物事や自然の本質や真理を追究するものであり,人間も自然の一部であるからには,自然というものの本質的な研究は,いずれは人間というものの解明に役立ち,それが医療というものと繋がる可能性も大きいと思うからです.いずれにしても,一眼科医としても,私はこの著者の言わんとしていることには大いに考えさせられるものがありました.ぜひ一読されることをお薦めいたします.(102)☆☆☆

眼研究こぼれ話 10.国立衛生研究所(NIH) 最高施設と非能率が同居

2010年10月29日 金曜日

(99)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101421国立衛生研究所(NIH)最高施設と非能率が同居たくさんの人から推薦されている本に,「ミセスフリスビーとNIMHのラット」というのがある.子供向けの本であるが,大人も楽しめるいい物語である.私の現在働いている国立衛生研究所(NIH)の中にある精神医学研究所(NIMH)で犠牲になった白ネズミジョナサン氏の未亡人,ミセス・フリスビーの苦労話である.死んだ主人の友達で,すばらしく利巧になる注射を受けた白ネズミたちに,いろいろと世話になるのである.今回は,このNIHのことを紹介してみたいと思う.NIHは首都ワシントンの北西部約20キロばかり離れたベゼスダという町の林と緑のなかにある広大な国立医学研究所である.大きな病院を含め,約40ばかりの建物があって,そのなかに高度に設備の整った研究所が散らばっている.いい設備の一例として,DNA(核酸)の研究室の一つには,ビール会社を思わせるような培養工場があって,研究材料とする細菌を大量生産していたり,また,私の研究室には,高性能の電子顕微鏡が5台ある.この台数は,当地の普通の大きさの大学医学部基礎研究所全体にある機数とほぼ同じである.NIHの任務は,大ざっぱに二つに分かれている.その一つは,このベゼスダの構内で行われている部内研究であって,前述のような設備をもっている.他の部門は国全体の医学研究補助をする研究行政活動である.NIHの1年間の予算は,約35億ドル(7,000億円)であって,その約20%を部内の研究所で使い,残りの80%は研究補助として部外,すなわち,国全体に支給している.部外研究費の支給方法については,別稿に,アメリカの医学研究体系とともに書いてみたいと思う.この部外事務のための約5,000人の役人たちは,ベゼスダ構内とは別の所に大きなビルを持っている.緑の林のなかにあるNIHには,11の個々独立した研究所があり,私はその一つである眼研究所に属している.これらの研究所群には約5,000人の学者と,ほぼ同数の研究補助員が働いている.100万坪に及ぶ構内の芝と林を手入れする多数の庭師をはじめとして,数百人の大工,機械工らの技術員を含め,1万5,000人ばかりの職員をかかえている.個々の研究所は所長の考えで,研究題目の重要度が判定され,その下にいる数人の部長たちが,それによって個々の研究室を運営している.部長たちは大部分,大学,その他で仕事をしていた専門家である.しかし大学と異なることは,教育のための授業は行われていない.もちろん,私たちの領域では毎日の仕事が研究の連続であるから,活発なセミナー,学会などは,毎日,数え切れぬぐらい行われている.ベゼスダにある研究所では,十分な予算と,0910-1810/10/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載⑩▲「ミセス・フリスビーとNIMHのラット」の表紙と筆者の研究室のあるNIHの建物1422あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010眼研究こぼれ話(100)最高の設備に応じて大発見が毎日行われているように期待されるが,残念ながら,そうでないことも述べねばならない.実態はたいへんなお役所式の非能率と,むだがたくさんの研究室にはびこっている.職員が全部国家公務員で,いったん採用されれば,働かなくても,終身の地位が保証されて,解雇の心配のない仕組みになっている.これは,大学や,民間の研究所では考えられない天国であって,役に立たなくなった古くからいる人,働く意欲のない下級雇用員たちが,非常にたくさんかかえられている.ミセス・フリスビーの友人たちは,数十万もいるだろうが,そのなかには,無計画な研究によって,全くむだに命を落としているものもたくさんいるはずである.非能率の一例として,NIHの動物飼育場には,最高の施設と,数百人の職員がいながら,白ネズミを増やすことができなくて,われわれはその数分の一の施設を持っている外部の動物商からネズミ類を購入せざるを得ない状態である.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

インターネットの眼科応用 21.遠隔医療を進めるイノベーション2

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014190910-1810/10/\100/頁/JCOPY携帯医療端末の可能性インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.前章までに,医療知識・医療情報がインターネット上で共有される事例を数多く紹介してきました.インターネット上で共有された医療情報が蓄積され,世の中に還元される潮流を,「遠隔医療」と表現することができます.日本中での医療格差を消失させることが,遠隔医療の究極の目標です.遠隔医療を進めるイノベーションについて,さらに一歩,考察を深めてみます.遠隔医療において,機器の小型化・モバイル化は必須です.家庭で使える簡便なモノでないと普及しません.携帯端末を用いた遠隔医療の発展はこの10年間の賜物です.2001年11月に開催された日本救急医学会では,カメラ付き携帯電話でシャーカステンにかけたCT(コンピュータ断層撮影)像やMRI(磁気共鳴画像)像をそのまま撮影し,初期対応した研修医に専門医が助言を送る「遠隔コンサルテーション」法が山田実貴人(朝日大学附属村上記念病院脳神経外科)らによって報告されました.2001年当時としては,画期的かつ簡便な方法だったと考えられます1).遠隔医療のデバイスは,携帯電話だけではありません.玩具からも発展したものもあります.2009年1月には,任天堂が,「WiiFitからだチェックチャンネル」を開発しました.遠隔地の保健指導者が,体重や運動データから導かれたアドバイスを,インターネットを通じて利用者に伝えます.通信技術の発達に加え,機器の小型化・モバイル化が進むことによって,遠隔医療はさらに身近になります.遠隔医療に必要な機器が医師側,患者側に普及するからです.視力検査・視野検査をパソコンやテレビのモニターで自己測定し,アイケアのような携帯型眼圧測定器で眼圧を自己測定する時代がくるかもしれません.遠隔医療の目指す究極の世界は,旭川医科大学の吉田晃敏学長の著書「格差なき医療」のタイトルのように,すべての人が最先端の医療を受けられる「医療格差のない」社会です.医療機器の小型化・モバイル化に加え,その機器同士を繋ぐ通信技術が目覚しく進歩しています.眼科以外の応用例を紹介しますと,家庭用医療機器で胎児の心拍を遠隔地からモニタリングしたり,フィットネスクラブの会員の運動負荷時のバイタルサインを測定し,遠隔地から適切な運動療法を指導したりすることができます2,3).ですが,技術の発展だけでは遠隔医療は普及しません.われわれが,格差なき医療を提供するには何が必要でしょうか.事業性の問題点を第8章で指摘しました4)が,まだ大きな課題が2点あります.一つは,対面診療に関する法整備の問題です.日本では,医師-医師間の遠隔医療は,法的にまったく問題ありませんが,医師-患者間の遠隔医療は,医師法第20条により禁止されています.医師法第20条では,対面診療を原則にしますが,近年,法解釈が一部変更になりました.平成9年に離島山間部僻地で,平成15年には安定期にある慢性疾患患者の一部で遠隔医療が可能になりました.今後この規制は緩和される方向と考えられています.もう一つの課題は,「医師不足」です.遠隔医療サービスが日本の医師不足を解決する,との表現をマスメディアでも耳にしますが,これは大きな間違いです.現在の遠隔医療の延長線上では,医師の偏在化を解消しても医師不足は解決できません.(97)インターネットの眼科応用第21章遠隔医療を進めるイノベーション2武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1420あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010遠隔医療は医師不足を解決するか遠隔医療の進歩に伴って,僻地に暮らす患者が享受するメリットは大きくなりますが,医師不足を解消するものではありません.インターネット回線によって,専門医の診察を受けられるようになる,これは素晴らしい出来事です.ですが,さまざまなデバイスを駆使しても,一人の医師が診察できる患者数には限度があります.私が予想するに,各家庭にモバイル化した遠隔医療機器が普及した後の世界において,遠隔医療を妨げるのは,法整備よりむしろ,医師不足です.機器に依存した遠隔医療は医師の偏在化を解決できても,医師不足は解決できません.九州の離島の患者を都心の医師が診療することは技術的には可能になりますが,都心の医師の時間は有限です.論文や臨床研究に向かう時間も重要です.通常の検査・治療・投薬を伴う医療は,人や物質の移動が伴うため対面式「OnetoOne」が原則です.それに対し,物質の移動を伴わない医療行為は,一人の医師が多数の患者に対応する「OnetoMass」に加え,医師集団が多数の患者に対応する「MasstoMass」の医療が可能になります4).「OnetoOne」の遠隔医療は医師不足を解決しません.医師一人が診察できる患者数は限られています.「OnetoOne」の遠隔医療を成立させるためには,医師の仕事を高度な医療行為に限定できるよう,メディカルクラークとでもいうべき,医療行為に付随する雑務に精通したプロフェッショナル集団を育成するか,医師の人数を増やすしかありません.いずれにしても時間がかかります.「OnetoOne」の遠隔医療の臨床現場では別の問題を生みます.来院している地域の患者と,来院していない遠隔地の患者を交互に診察する状況を想定してください.「次の患者さんはオンラインです」という案内のもと,モニターを見ながら診察をします.ところが,モニターには歩行可能な,近隣の患者が診察を待っています.先端技術を「楽をするために」利用する方々は,必ずいます.ただ,それは避けられない状況でしょう.(98)本来は,十分な医療を受けられない遠隔地の患者を診療するために,遠隔医療は普及すべきです.しかし,人間の欲求は,当初の理念とは離れて,「楽を享受するために」遠隔医療を利用するでしょう.医療は,社会を支えるセイフティネットですが,利用者のみに軸を置いてはいけません.良好な医師-患者関係を構築できる,医療環境・医療文化を創造する義務が,われわれにはあります.最先端の技術が医療崩壊を招いては,本末転倒です.一人の医師が多数の患者に対応する「OnetoMass」,医師集団が多数の患者に対応する「MasstoMass」の遠隔医療を,事業として成立させる必要があります.Mass同士のインターフェースを技術的にどうするか,どのように事業化するか,法的リスクをどう解決するか,は大きな課題ですが,クリアできるものと信じています.前章で紹介した自動診断ソフトの発達は,本来の理念にかなった遠隔医療を実現させる,大きなイノベーションでしょう.「OnetoMass」に加え,「MasstoMass」の遠隔医療を具現化させます.【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/153586.html2)http://www.kms.ac.jp/~hospinfo/Medinfo/hi_forum/exclusive/pdf/20100616_2_02.pdf3)http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=2009022862078162834)武蔵国弘:「インターネットの眼科応用」第8章遠隔医療.あたらしい眼科26:1227-1228,2009☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 88.未熟網膜症に対する輪状締結術(中級編)

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014170910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに未熟児網膜症の牽引性網膜.離に対する輪状締結術の有効性については過去に多くの報告がある1.4).一般的にはStage4A(部分牽引性網膜.離,黄斑.離なし)あるいはStage4B(部分牽引性網膜.離,黄斑.離あり)が手術適応となり,Stage5(網膜全.離)は適応とはならない.硝子体手術の視力予後が不良なこともあり,本法で牽引性網膜.離の進行を阻止できれば臨床的に大きな意義がある.●輪状締結術の方法筆者は各象限にゴルフ刃で強膜トンネルを作製し,#240シリコーンバンドを通している(図1).未熟児は強膜が菲薄なので,強膜トンネル作製がむずかしい場合にはアンカー糸を設置してもよい.前房穿刺を適宜併用し,眼底の隆起を双眼倒像鏡でチェックしながら締め具合を調整する.光凝固が不十分な症例では,経強膜冷凍凝固を併用することもある.シリコーンバンドは原則として半年.1年後に抜去している.●自験例の成績筆者は1999年.2009年に8例12眼(Stage4A:6例10眼,Stage4B:2例2眼)の輪状締結術を施行した.出生時体重は490.1,120g,在胎週数は23.29週であった.術式は輪状締結術のみが3眼,輪状締結術+冷凍凝固が4眼,輪状締結術+冷凍凝固+網膜下液排除が5眼であった.網膜下液排除施行の是非については議論もあるが,筆者は網膜下液の多い症例では早期の網膜復位を目指して積極的に網膜下液排除を施行している.復位率は,完全復位が7眼,部分復位が3眼,非復位が2眼(後日,硝子体手術を施行)であった.通常,網膜復位が得られると新生血管の活動性は徐々に低下していく(図2).(95)●視力予後3.4歳時に視力測定が可能であった3例5眼の術後視力は,0.05.0.1が2眼,眼前指数弁.0.05が2眼,眼前手動弁が1眼であった.視力不良の原因としては,牽引乳頭,黄斑変性,屈折異常(片眼性強度近視,乱視)が多かった.網膜の復位率はさほど悪くないものの,視力予後に関しては決して満足できるものではなかった.しかし,硝子体手術施行例よりは遥かに良好な視力が得られている.●術後合併症自験例では術後に牽引性網膜.離再発が1眼,白内障進行が1眼,閉塞隅角緑内障が1眼,前房内新生血管膜形成が1眼あった.よって術後も長期にわたって慎重な経過観察が必要である.文献1)BertMD,FriedmanMW,BallardR:Combinedcryosurgeryandscleralbucklinginacuteproliferativeretrolentalfibroplasia.JPediatrOphthalmolStrabismus18:9-12,19812)NoorilySW,SmallK,deJuanEJretal:Scleralbucklingsurgeryforstage4Bretinopathyofprematurity.Ophthalmology99:263-268,19923)TreseMT:Scleralbucklingforretinopathyofprematurity.Ophthalmology101:23-26,19944)初川嘉一,河合泰子,山岸智子ほか:未熟児網膜症の牽引性網膜.離に対する治療成績.眼臨93:1204-1207,1999硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載89未熟児網膜症に対する輪状締結術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1術中所見強膜トンネルに#240シリコーンバンドを通している.図2術後の眼底所見網膜復位が得られると,新生血管の活動性は徐々に低下する.

眼科医のための先端医療 118.増殖因子によるヒアルロナン代謝の調節

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014150910-1810/10/\100/頁/JCOPYヒアルロナンとはヒアルロナンは一般にヒアルロン酸ともよばれるグリコサミノグリカンの一種で,細胞外マトリックスの一部として組織の形成と恒常性の維持に重要な役割を担っております.ヒアルロナンはヒアルロナン合成酵素によって合成され,ヒアルロナン分解酵素によって分解されます.これら酵素の活性は生体内のヒアルロナンの分子量に影響します.ヒアルロナンはCD44やRHAMM(receptorforhyaluronicacidmediatedmotility)などのヒアルロナン結合蛋白によって捕捉および細胞内移行されます.ヒアルロナン(ヒアルロン酸)と聞くと眼科領域では手術時の空間保持剤や角膜保護点眼を想起しますが,さまざまな生理活性や病態における関与の可能性がある分子です.増殖因子はヒアルロナン合成を促進し,シグナル伝達に協調する腫瘍や炎症といった病態では,PDGF(plateletderivedgrowthfactor)やTGF-b(transforminggrowthfactor-b)などのサイトカインがヒアルロナンを含む細胞外マトリックスの産生を増大させます.筆者らの研究では,ブタ硝子体由来細胞,ヒト角膜実質由来細胞,ヒト強膜実質由来細胞においてTGF-bとPDGF刺激によるヒアルロナン産生調節が認められました1,2).乳癌の動物実験モデルではヒアルロナン合成酵素を過剰発現することによって腫瘍悪性化が促進されるといった報告3)があり,invivoでもヒアルロナンは間違いなく病態に影響を与えうる存在であることが考えられます.最近の研究では,ヒアルロナンと結合したCD44が活性型としてPDGFレセプターの活性化が抑制され4),また別の研究ではヒアルロナンによるTGF-bのシグナル伝達の抑制が認められました5).これらの研究ではヒアルロナン結合蛋白であるCD44と増殖因子のレセプターの複合体が免疫染色と免疫沈降によって示され,invivoにおける増殖因子-ヒアルロナン-CD44の複雑な相互関係の存在を示唆するものとなっております6).ヒアルロナンの血管新生への関与血管新生は糖尿病網膜症をはじめとして眼科領域で重要な病態です.おもな因子としては血管内皮細胞増殖因子(VEGF)が知られておりますが,ヒアルロナンも血管新生に関与するといった報告があります.炎症反応時にはヒアルロナン分解酵素が活性化されて,さまざまな分子量のヒアルロナンが蓄積します.ヒアルロナンは分子量によって生理活性の違いがあることが報告され7),たとえば低分子で血管新生促進,高分子で血管新生抑制といった眼疾患との関連に大変興味深いものがあります.病態においてはさまざまな増殖因子の受容体とヒアルロナン結合蛋白複合体が関与しているかもしれません(図1).眼疾患にヒアルロナン・硝子体細胞が関与する可能性硝子体,硝子体細胞と眼内にはヒアルロナンを想起する名の組織,細胞はよく知られておりますが,眼内疾患におけるヒアルロナンの役割はまだよくわかっておりません.筆者らの研究では,眼内増殖性疾患における硝子体細胞の病態への関与としてヒアルロナンに着目しております.サイトカインによってヒアルロナン産生亢進のみられたブタ硝子体由来細胞の機能を調べるために,血管内皮細胞との共培養実験系を作製し炎症性サイトカインを刺激したところ,硝子体細胞の有無によって血管内(93)◆シリーズ第118回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊西塚弘一(山形大学医学部眼科)増殖因子によるヒアルロナン代謝の調節図1ヒアルロナン・サイトカイン・ヒアルロナン結合蛋白の相互関係ヒアルロナン・サイトカイン・ヒアルロナン結合蛋白が相互作用して病態に関与していると考えられる.ヒアルロナン低分子高分子・ヒアルロナンと結合・増殖因子受容体との結合ヒアルロナン分解酵素ヒアルロナン合成酵素・細胞外マトリックス産生制御・細胞外マトリックス分解制御サイトカインCD44,RHAMM1416あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010皮細胞の反応性の違いがみられ,硝子体細胞の病態への関与が示唆されました8).ヒト硝子体から作製した細胞系統をサイトカインによるヒアルロナン産生調節についてブタ硝子体由来細胞と比較したところ,異なる反応性を示しました9).これは硝子体細胞を研究する際の種間差の存在を考えるきっかけとなりました.ヒアルロナンは主なリガンドであるCD44とともに,細胞の分化・遊走・増殖をはじめとする生理活性作用があります.病態におけるヒアルロナンの関与を考えるにはヒアルロナン産生量・分子量・ヒアルロナン-CD44-増殖因子複合体に着目するとよいかもしれません.病態によって上昇した種々のサイトカインによって,眼内はどのような病的環境となっているでしょうか.産生されたヒアルロナンは分解酵素によって低分子化されて血管新生を促進しているのでしょうか?CD44が活性化されているのでしょうか?さらなる研究によって新しい治療ターゲットが見つかるかもしれません.文献1)NishitsukaK,KashiwagiY,TojoNetal:Hyaluronanproductionregulationfromporcinehyalocytecelllinebycytokines.ExpEyeRes85:539-545,20072)KashiwagiY,NishitsukaK,NambaHetal:Cloningandcharacterizationofcellstrainsderivedfromhumancornealstromaandsclera.JpnJOphthalmol54:74-80,20103)KoyamaH,HibiT,IsogaiZetal:Hyperproductionofhyaluronaninneu-inducedmammarytumoracceleratesangiogenesisthroughstromalcellrecruitment:possibleinvolvementofversican/PG-M.AmJPathol170:1086-1099,20074)LiL,HeldinCH,HeldinP:Inhibitionofplatelet-derivedgrowthfactor-BB-inducedreceptoractivationandfibroblastmigrationbyhyaluronanactivationofCD44.JBiolChem281:26512-26519,20065)ItoT,WilliamsJD,FraserDetal:Hyaluronanattenuatestransforminggrowthfactor-beta1-mediatedsignalinginrenalproximaltubularepithelialcells.AmJPathol164:1979-1988,20046)HeldinP,KarousouE,BernertBetal:Importanceofhyaluronan-CD44interactionsininflammationandtumorigenesis.ConnectTissueRes49:215-218,20087)NoblePW:Hyaluronananditscatabolicproductsintissueinjuryandrepair.MatrixBiol21:25-29,20028)TojoN,KashiwagiY,NishitsukaKetal:Interactionsbetweenvitreous-derivedcellsandvascularendothelialcellsinvitreoretinaldiseases.ActaOphthalmol88:564-570,20109)KashiwagiY,NishitsukaK,TakamuraHetal:Cloningandcharacterizationofhumanvitreoustissue-derivedcells.ActaOphthalmol2009Oct30[.Epubaheadofprint](94)■「増殖因子によるヒアルロナン代謝の調節」を読んで■眼科医のなかで,ヒアルロナンを取り扱ったことのない方はおられないと思います.ヒアルロナンは,白内障手術や角膜移植手術には,欠かすことのできない手術補助薬です.しかし,手術で使用するヒアルロナンは,生理活性物質としてではなく,空間保持目的に用いられるので,ヒアルロナン代謝といわれてもピンとこないでしょう.1970年代までは,ヒアルロナンは形のない細胞外基質としか認識されていませんでした.ところが,それ以後の研究で,ヒアルロナンは生体反応の多くの重要な局面で調節因子として働いていることがわかり,現在さまざまな分野で研究されています.その一つは癌研究です.癌細胞が転移する際には,原発巣から癌細胞が遊離遊走して,転移先まで傷害されずに移動する必要があります.その際,ヒアルロナンは生理活性物質として,癌細胞を遊離させ,遊走しやすい間葉系細胞に転化させます.また,転移巣に固着するための細胞外基質としても働きます.そして,それぞれの過程には,CD44やRhokinaseが働いています.この過程は,増殖硝子体網膜症において,網膜色素上皮が神経網膜表面に固着して,増殖膜を形成する過程に類似しているといわれています.一方,西塚弘一先生が詳述されているように,血管新生においても重要な働きをします.細胞遊走や血管新生は,網膜硝子体疾患の病態形成の鍵となる反応ですので,ヒアルロナンの作用を解明することは,病態形成の理解に大きく寄与すると思います.ヒアルロナンは,もともと硝子体に豊富に含まれる物質ですが,眼科領域では,これまではあまり研究されていませんでした.それは,硝子体に問題があった場合,硝子体手術で取り去れば問題は解決すると,やや安易に考えられていたからかもしれません.しかし,これからは硝子体内薬物注射やchemicalvitrectomyなど,硝子体を取り除かない治療が主流になってきます.ヒアルロナンに関する研究は今後ますます重要になるでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二

緑内障:緑内障と鑑別が必要な網膜神経線維層欠損

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014130910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障における網膜神経線維層欠損の重要性網膜神経線維層欠損は,乳頭陥凹拡大や視野欠損に先行して生じる1,2)場合も多く,最も早期に生じる緑内障性眼底変化といわれており,緑内障早期発見に重要な所見である.特に,乳頭が小さく乳頭陥凹の評価が困難な症例では,網膜神経線維層欠損の診断的意義は大きい.●正常眼でみられる網膜神経線維層欠損様所見網膜神経線維層において,網膜血管径より細いスリット状,溝状,あるいは紡錘状の一見欠損にみえる変化は(91)●連載124緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也124.緑内障と鑑別が必要な網膜神経線維層欠損大久保真司金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学(眼科学)網膜神経線維層欠損は,最も早期に生じる緑内障性眼底変化であり緑内障早期発見に重要である.しかし,正常眼においても,細いスリット状の網膜神経線維層欠損様の所見がみられることがあり,鑑別が必要である.また,病的な網膜神経線維層欠損であっても必ずしも緑内障とは限らず,視神経乳頭との対応をみる必要がある.→図2右眼の血管閉塞後の網膜神経線維層欠損下耳側に網膜神経線維層欠損がみられる(黒矢印)が,その近辺の血管が白鞘化している(白矢印).視神経乳頭には緑内障性変化はみられない.↑図1右眼生理的陥凹拡大の眼底写真(A)とHumphrey視野(B)A:上耳側に網膜神経線維欠損様の所見がみられる(白矢印).視神経乳頭の辺縁より1乳頭径離れた部位の網膜神経線維層欠損の幅が大血管より大きいが,視神経乳頭の辺縁につながっていない.また,視神経乳頭のリムは全周保たれている.B:視野には異常はみられない.AB1414あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010正常眼でも観察されることがあるとされている3)(図1).しかし,網膜血管径より太いスリット状,楔状欠損で,かつ,網膜神経線維層欠損が視神経乳頭外縁から延びる暗い帯状の変化として認められた場合,緑内障性変化の可能性が高い3,4).網膜神経線維層欠損が検出され,視神経乳頭にも網膜神経線維層欠損に対応する部位にリムの菲薄化を伴えば,緑内障性視神経障害とほぼ診断可能である.●緑内障と鑑別が必要な網膜神経線維層欠損陳旧性の網膜分枝動静脈閉塞症でも網膜神経線維層欠損のみられることがあり,近辺の網膜血管の狭小化,拡張・蛇行,新生血管や出血に注意する必要がある(図2).しかし,軟性白斑(cottonwoolspots)後に生じる網膜(92)神経線維層欠損はさらに,注意が必要である(図3).過去に軟性白斑が生じたことがわかっていれば,診断に困らないが,軟性白斑が消失してしまった後では,網膜神経線維層欠損が視神経乳頭につながる場合もあり5),ごく早期の緑内障と非常に鑑別が困難なことがある.その際は,視神経乳頭の変化を再評価し,慎重な診断が必要である.診断に確信がもてない場合は,網膜神経線維層欠損が拡大しないか経過観察することが重要である.文献1)SommerA,KatzJ,QuigleyHAetal:Clinicallydetectablenervefiberatrophyprecedestheonsetofglaucomatousfieldloss.ArchOphthalmol109:77-83,19912)TuulonenA,LehtolaJ,AiraksinenPJ:Nervefiberlayerdefectswithnormalvisualfields.Donormalopticdiscandnormalvisualfieldindicateabsenceofglaucomatousabnormality?.Ophthalmology100:587-597,19933)阿部春樹,北澤克明,桑山泰明ほか:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20064)HoytWF,FrisenL,NewmanNM:Fundoscopyofnervefiberlayerdefectsinglaucoma.InvestOphthalmol12:814-829,19735)KohJW,ParkKH,KimMSetal:Localizedretinalnervefiberlayerdefectsassociatedwithcottonwoolspots.JpnJOphthalmol54:296-299,2010☆☆☆図3左眼のcottonwoolspots後に生じた網膜神経線維層欠損A:2005年の眼底写真.静脈が拡張・蛇行し,眼底出血およびcottonwoolspots(白矢印)がみられる.B:2009年の眼底写真.cottonwoolspotsのあった場所に網膜神経線維層欠損が生じている(白矢印).C:Bの無赤色眼底写真.D:Humphrey視野.網膜神経線維層欠損に対応した下方の視野障害がみられる.ADBC

屈折矯正手術:Topography-guided conductive keratoplastyと角膜クロスリンキングの併用療法

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014110910-1810/10/\100/頁/JCOPY円錐角膜の外科的治療は,10年ほど前まではコンタクトレンズで矯正視力が出ない重症例に角膜移植を行うしかないとされてきた.しかし,今世紀に入り円錐角膜眼にも適応できる屈折矯正術式が複数開発された.眼鏡矯正視力が良好な症例ならば有水晶体眼内レンズ挿入術によって裸眼視力を向上させることができる1,2).角膜内リング挿入術は軽症例では裸眼視力を向上させ,中等度の円錐角膜眼では矯正視力を改善させることができる.一方,topography-guidedconductivekeratoplasty(TGCK)3)と角膜クロスリンキング(cornealcrosslinking:CXL)の併用療法は,中等度から重度の円錐角膜症例に適した屈折矯正手術である.●原理Conductivekeratoplasty(CK)は,角膜実質にラジオ波を電導させ,その抵抗で発生する熱により角膜実質を収縮させて角膜形状の整復を行う屈折矯正手術である.当初は遠視眼の治療法として開発された.遠視治療の場合には,瞳孔を中心とした直径7.8mmの同心円上に凝固斑を8.16個置き,周辺部を輪状に収縮させることにより光学部の局率半径を小さく,すなわち角膜中央部を凸にする.円錐角膜眼に用いる場合は,直径3.5mmの円周上に凝固斑を置き角膜中央部をフラットにし,さらに角膜形状にあわせて突出部に凝固斑を集中的に置くことにより光学部の非対称性を改善する(図1).TGCKは,症例を選べば術後早期から角膜形状と視力の著しい回復が期待できる.しかし,ほとんどの症例では術後1.3カ月で角膜が急速に術前の形状へ戻ってしまう3).したがって,TGCK後には早期に角膜形状を固定する処置が必要と考えられる.CXLは,角膜実質のコラーゲン線維間の架橋を強めることにより角膜実質の強度を高め角膜の形状を保持する方法であり,円錐角膜眼の進行を停止させることができるとされている.現在臨床的に実施されているCXLは,角膜にリボフラビン(ビタミンB2)を浸透させて370nmの長波長紫外線を照射するもので,紫外線照射によりリボフラビンから発生する活性酸素群の作用が角膜実質のコラーゲン線維の架橋を強めると考えられている4).現在筆者らは,TGCKは全例CXLとの併用療法(図2)を行うのがよいと考えている.●適応の選び方TGCKとCXLの併用療法の適応を選ぶ際には,以下の2つのポイントを考える.(89)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載125監修=木下茂大橋裕一坪田一男125.Topography.guidedconductivekeratoplastyと角膜クロスリンキングの併用療法加藤直子慶應義塾大学医学部眼科Topography-guidedconductivekeratoplasy(TGCK)は,もともと遠視眼の治療法であったconductivekeratoplastyを角膜形状に合わせて工夫したパターンで行うことにより中等度から重度の円錐角膜眼の視力回復に大きな効果をもつ治療法である.TGCK後は角膜形状が戻りやすいため,早期に角膜クロスリンキングを行い形状を保持することが望ましい.今後の円錐角膜治療の一つとして発展が期待される方法である.図1Topography.guidedconductivekeratoplasy(TGCK)の原理左上:TGCKでは,瞳孔中心とした直径3.5mmの円周上に凝固斑を置き,中心部を平坦化させた後,さらに突出の強い部分に集中的に凝固斑を置くことで光学部の対称性を改善させる.右上:実際にTGCKを施した円錐角膜眼の細隙灯顕微鏡写真.下:TGCK前(左)と後(右)の角膜形状.TGCK後には光学部が平坦化し,対称性が改善している.(写真提供:南青山アイクリニック)1412あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101.TGCKが有効に作用しやすいことTGCKが効果を発揮する症例は,角膜中央部に瘢痕や混濁がなく角膜の厚みが比較的均一なものである.局所的に角膜厚が極端に薄い部分がある症例や,強い角膜瘢痕のあるような症例には効果が少ないことが多い.急性水腫の既往のある眼にはほとんど有効でない.2.TGCK後にCXLを行えることCXLでは紫外線による角膜内皮細胞障害を避けるために,最も薄い部分の角膜厚が400μm以上あることが必要とされる5).特に,TGCK後にCXLを行う場合には,TGCKにより角膜実質が若干収縮することを考慮し,TGCK前の角膜厚が450μm以上であることが望ましい.●手術方法1.TGCK患者を仰臥位に寝かせ点眼麻酔を施す.角膜形状を参考にしながら,3.5mm径の円周上に凝固斑を置く.そして,瞳孔領に投影されるケラトリングの反射が正円になるように突出部分に凝固斑を追加していく.この凝固斑の置き方については,現時点では経験則に基づいて行うしかない.あらかじめウェットラボを行い,凝固斑を置くことで角膜形状がどう変化するかを体感しておくとよいだろう.術後は,抗生物質とヒアルロン酸製剤の点眼液を処方する.2.CXLTGCKの効果が確認されたらなるべく早期にCXLを追加施行する.1カ月以内が望ましい.手術方法は,まず紫外線を照射しようとする部分の角膜上皮を直径6.9mmで.離する.リボフラビンを3分ごとに30分間点眼し,細隙灯顕微鏡で角膜全層にリボフラビンが浸透していることを確認する.その後,上皮.離を行った範囲の角膜に370nmの長波長紫外線を3.0mW/cm2にて30分間照射する.紫外線照射中もリボフラビンの点眼は続ける.CXLの術後は,抗生物質,ステロイド薬,ヒアルロン酸製剤の点眼薬を処方する.上皮欠損が治癒するまで治療用コンタクトレンズを装用させる.●問題点と将来への展望TGCKは,現在は限られた術者が術中に角膜上に投影されたケラトリングの形を参照しながら経験則に基づいて行っているのが現状である.患者の術前の角膜形状に対応させたわかりやすいノモグラムの確立が急務である.TGCKのノモグラムが確立し視機能の回復が確実になれば,TGCKとCXLを同日に行うことができ患者の負担も減るだろう.現在はCXLによる角膜内皮障害を避けるために角膜厚による制限が大きくなっているが,将来紫外線照射を用いないCXLが開発されれば適応は大幅に広がると予想される.今後の発展の余地が大きい分野である.文献1)Asano-KatoN,TodaI,Hori-KomaiYetal:ExperiencewiththeArtisanphakicintraocularlensinAsianeye.JCataractRefractSurg31:910-915,20052)KatoN,TodaI,SakaiCetal:Phakicintraocularlensforkeratoconus.Ophthalmology,inpress3)KatoN,TodaI,SakaiCetal:Topography-guidedconductivekeratoplasty:Anewtreatmentforadvancedkeratoconus.AmJOphthalmol,inpress4)WollensakG,SpoerlE,SeilerT:Riboflavin/ultraviolet-ainducedcollagencrosslinkingforthetreatmentofkeratoconus.AmJOphthalmol135:620-627,20035)WollensakG,SporlE,ReberFetal:Cornealendothelialcytotoxicityofriboflavin/UVAtreatmentinvitro.OphthalmicRes35:324-328,2003(90)図2Topography.guidedconductivekeratoplasty(TGCK)後2カ月で角膜クロスリンキング(CXL)を追加施行した症例の角膜形状の変化左上:術前の角膜形状は下方が突出し,典型的な円錐角膜パターンを示している.右上:TGCK後1週間.光学部が平坦化し,対称性が改善している.左下:TGCK後2カ月,CXLの直前.下方の突出が再発し始めている.右下:CXL後12カ月.CXLをした時点から角膜形状はほとんど変わらず,円錐角膜の下方突出の進行が抑えられたことがわかる.(写真提供:南青山アイクリニック)

多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズ挿入後の立体視

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014090910-1810/10/\100/頁/JCOPY両眼視評価としての立体視多焦点眼内レンズ挿入後に良好な遠方および近方視力,コントラスト感度,中間視力が報告されているが,2つの焦点があるため,両眼視における立体視への影響がないか気になるところである.両眼とも同じタイプの多焦点眼内レンズが挿入された場合,異なるタイプの眼内レンズが挿入された場合とバリエーションがある.ここでは,一般的に近方立体視検査で用いられているTitmusステレオテストとTNOステレオテストを用いて測定した結果を紹介する(図1).両眼に回折型多焦点眼内レンズを挿入した例両眼に回折型多焦点眼内レンズが挿入された症例で,遠方と近方の2つの焦点があるため裸眼と遠方矯正下で立体視を測定した.Titmusステレオテストでは,裸眼,遠方矯正下とも全例,Fly(+),Animal3/3と良好な結果であった.Circleは裸眼で全例7/9以上,9/9が87%であった.両眼に単焦点眼内レンズが挿入された例でも同様の検査を行い,近方矯正下と同等の結果であった1).TNOステレオテストでも,裸眼で平均74秒,遠方矯正下で平均72秒と,単焦点眼内レンズ挿入眼における近方矯正下の平均69秒と同等の近方立体視が得られた.片眼に回折型,片眼に屈折型多焦点眼内レンズを挿入した例回折型多焦点眼内レンズは遠方と近方30cmが見やすいこと,遠方のコントラスト感度低下が気なる症例があることから,もう片眼に屈折型多焦点眼内レンズを挿入して,屈折型の利点である良好な遠方コントラスト感度,中間視力の効果を期待するMix&Match法がある.この場合の立体視についても検討してみた.すべての症例でFly(+),Animal3/3であったが,CircleおよびTNOステレオテストにおいては,両眼回折型多焦点眼内レンズ挿入例の結果のほうが良かった.このことから,近方立体視の面では,片眼ずつ異なる多焦点眼内レンズを挿入する際に,両眼同じ回折型多焦点眼内レンズを挿入するより多少立体視の面で劣る可能性を把握しておくべきである.立体視の正常値からみた評価近方立体視の平均最小視差の正常値は,Titmusステレオテストで60秒以下とされており2),今回,両眼回折型多焦点眼内レンズ挿入例,片眼ずつ回折型多焦点眼内レンズと屈折型多焦点眼内レンズを挿入した例の平均最小視差は裸眼,矯正ともに正常範囲内であった.TNOステレオテストは120秒以下とされており,両眼(87)●連載⑩多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子10.多焦点眼内レンズ挿入後の立体視大木伸一東京歯科大学水道橋病院眼科多焦点眼内レンズ挿入眼では,遠方と近方の2焦点のため,両眼で見た際の立体視に影響がないか危惧されている.今回,術後良好な両眼視が期待できる症例において,回折型多焦点眼内レンズを挿入した場合の術後の立体視を検討した.両眼挿入例においてTitmusステレオテスト,TNOステレオテストとも正常範囲内という良好な結果であった.図1TNOステレオテストを用いた立体視検査1410あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010回折型多焦点眼内レンズ挿入例の平均最小視差は正常範囲内であった.おわりにこれらの結果から,多焦点眼内レンズ挿入眼の近方立体視は正常範囲内という良好な結果であった.白内障手術後の視機能の面から,多焦点眼内レンズにおいては多くの検討事項があるが,日常生活の近方視においては,良好な視力および立体視が得られ,有用な眼内レンズと思われる.今後,多焦点眼内レンズの適応がさらに広が(88)ることが予想されるが,今回の結果は眼位が正常で,もともと両眼視の良好な例においてであるので,それ以外の症例については十分注意すべきと思われる.文献1)大木伸一,ビッセン宮島弘子,中村邦彦ほか:回折型多焦点眼内レンズ挿入例後の立体視.IOL&RS23:371-374,20092)小口芳久,澤充,大月洋ほか:立体視検査,眼科検査法ハンドブック,p113-116,医学書院,1985☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2010Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2010Vol.23■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp※現在このサービスは,直送の年間定期購読者様のみ対象です.「あたらしい眼科」特設サイトOPEN!オンラインジャーナルをリニューアルしました.http://www.atagan.jpへアクセス!!

眼内レンズ:タッセル法:IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する戦略

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014070910-1810/10/\100/頁/JCOPY術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativefloppyirissyndrome:IFIS)は,前立腺肥大症の治療薬であるa1遮断薬の内服により,白内障術中に「虹彩のうねり」,「進行性の縮瞳」,「虹彩の脱出,嵌頓」の3徴が生じる症候群である1).トーヌスが低下した虹彩は,術中のあらゆる場面で,うねりとともに創口へ向かって脱出,嵌頓する傾向を示す.一旦,虹彩が脱出,嵌頓すると,脆弱した虹彩は,容易に,脱出,嵌頓をくり返し,特に,超音波チップや眼内レンズ挿入時の操作に支障をきたす.今回,虹彩を1本の虹彩リトラクターで創口下に固定し,虹彩の脱出,嵌頓を防ぐ手技を紹介する.この方法を,虹彩をカーテンに,虹彩リトラクターをタッセル(カーテンを留める房飾り)に見立て,「タッセル法」と命名した.タッセル法は,Tintらの報告2)をもとにした.●方法(手技)手技は容易である.まず,脱出,嵌頓した虹彩(図1.a)を前房内に復位させる.前房内に眼粘弾剤を注入後,角膜切開創の手前より,経結膜強膜的にVランスで前房穿孔創を作成する(図2.a).前房内に挿入した虹彩リトラクターで,創口下(85)に虹彩をたぐり寄せ,隅角方向に束ねるように留める(図1.b).その後の手術操作は,眼内レンズ挿入までタッセル下で行う(図2.b).それにより,虹彩は創口に近づくことができず,すべての手術手技を安全に施行することができる.比嘉利沙子井上眼科病院眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎290.タッセル法:IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する戦略術中虹彩緊張低下症候群(IFIS)は,虹彩のトーヌスが低下した病態である.術中に,一旦,虹彩が脱出,嵌頓すると,その後の操作はかなり難航する.タッセル法は,1本の虹彩リトラクターで創口下に虹彩を固定する方法であり,IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する容易で効果的な手技である.a)b)図1タッセル法(矢状断)脱出,嵌頓した虹彩を前房内へ復位させ,角膜切開創の手前より挿入した1本の虹彩リトラクターで,創口下へ虹彩を固定する.a)b)角膜切開創経結膜強膜的前房穿孔創瞳孔縁虹彩リトラクター図2タッセル法での超音波水晶体乳化吸引術経結膜強膜的に作成した前房穿孔創より虹彩リトラクターを挿入する.虹彩リトラクターで創口下に虹彩を固定することにより,超音波水晶体乳化吸引時に虹彩は創口へ近づくことはない.●特徴(表1)通常,瞳孔拡張目的で虹彩リトラクターを使用する場合は,対側の虹彩牽引が懸念されるため,4本の虹彩リトラクターをバランスよく配置しなければならない.しかし,タッセル法は,経結膜強膜的に,虹彩を隅角方向に束ねるので,対側の虹彩は牽引されず,1本の虹彩リトラクターで目的を達成できる.さらに,虹彩は角膜内皮側に挙上されないので,前房内の操作空間も確保できる.タッセル法は,手技が容易で,虹彩脱出,嵌頓を確実に抑えられる.また,虹彩が脱出,嵌頓した手術過程のどこからでも施行できる.●虹彩脱出,嵌頓に対する手段の比較(表2)虹彩脱出,嵌頓が強い傾向でなければ,ヒーロンVRなどの眼粘弾剤を用いて,虹彩の脱出,嵌頓を防ぐこともできるが,この眼粘弾剤が吸引除去されてしまうと,再び,虹彩が脱出,嵌頓する危険性がある.これまで,IFISの虹彩脱出,嵌頓に有効とされる他の手段との比較を表2で示した.タッセル法は,IFISの虹彩脱出,嵌頓に対し,難易度,確実性,コスト,虹彩損傷の面からも,効果的で優れた手技といえる.文献1)ChangDF,CampbellJR:Intraoperativefloppyirissyndromeassociatedwithtamsulosin.JCataractRefractSurg31:664-673,20052)TintNL,YeungAM,AlexanderP:Managementofintraoperativefloppy-irissyndrome-associatedirisprolapseusingasingleirisretractor.JCataractRefractSurg35:1849-1852,2009表2IFISの虹彩脱出,嵌頓に対する手段の比較タッセル法眼粘弾剤(ヒーロンVR)IRのダイアモンド型設置瞳孔拡張リング(Malyuginring)難易度○◎△△確実性◎×◎◎虹彩損傷○◎△×コスト○△○×IR:虹彩リトラクター.表1タッセル法の特徴●手技が容易●虹彩脱出・嵌頓を確実に抑制●虹彩リトラクターが1本で可能●手術過程のどこからでも施行可能●前房内の操作空間を確保

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 エア オプティクス®乱視用

2010年10月29日 金曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014050910-1810/10/\100/頁/JCOPY従来素材の含水性ソフトコンタクトレンズ(SCL)は酸素透過性が低いことが問題であったが,シリコーンを含有したシリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)は酸素透過係数(Dk)ならびに酸素透過率(Dk/L)が飛躍的に向上し,酸素不足による眼障害がほとんど起こらなくなった.最近SHCLを処方する機会が増えてきているが,乱視のために良好な矯正視力が得られない場合はトーリックSHCLの処方を考えることになる.このたび,チバビジョン㈱(以下,本社)からエアオプティクスR乱視用(以下,本レンズ)が発売されたので,本レンズの特徴を概説する.本レンズは終日装用を目的とした2週間頻回交換タイプである.製品概要を表1に示す.素材はlotrafilconBであるが,SHCLのなかではやや硬めである(図1).ベースカーブは8.7mm,直径は14.5mmの1ベースカーブ1サイズであるが,ほとんどの患者にフィットする.球面度数は0~.10.00D,円柱度数は.0.75D,.1.25D,.1.75D,.2.25Dの4種類,円柱軸は20°,90°,160°,180°の4種類と製造規格が豊富であるため,多くの近視性乱視眼に対応できる.レンズの回転を抑制する方法は,プリズムバラストを基本デザインとして開(83)発された「プレシジョンバランス8│4TMデザイン」を採用している(図2).プリズムバラストはダブルスラブオフに比して安定性が高いことが多いといわれるが,レンズ下方部の厚みのため装用感に影響することがあり,植田喜一ウエダ眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法316.エアオプティクスR乱視用表1エアオプティクスR乱視用の製品概要材質lotrafilconB含水率33%酸素透過係数(Dk値)110*酸素透過率(Dk/L値)108**(.3.00の場合)中心厚0.102mm(S.3.00D,C.1.25D,180°の場合)ベースカーブ8.7mm直径14.5mm球面度数0~.6.00D(0.25Dステップ).6.50~.10.00D(0.50Dステップ)円柱度数.0.75D,.1.25D,.1.75D,.2.25D円柱軸20°,90°,160°,180°トーリック面内面レンズカラーライトブルー*:×10.11(cm2/sec)・(mLO2/mL・mmHg)測定条件35℃.**:×10.9(cm・mLO2/sec・mL・mmHg)測定条件35℃.*KarenFrench,Whyismodulusimportant?,www.siliconehydrogels.org,Editorial,October/2007**Lakkis,Carol;Vincent,Stephen,ClinicalInvestigationofAsmofilconASiliconeHydrogelLensesOptometry&VisionScience:April2009-Volume86-Issue4図1SHCLの硬度(Modulus)図2エアオプティクスR乱視用のレンズデザインプレシジョンバランス8│4TMデザイン8時4時方向に厚みをもたせることで良好な円柱軸の安定を図り,6時方向を薄くすることで装用感を向上させている.(提供:チバビジョン㈱)O2オプティクスメダリストプレミアエアオプティクスR2WEEKプレミオアキュビューRオアシスTMアキュビューRアドバンスR1.5*(含水率24%)1.2*(含水率36%)1.0*(含水率33%)0.9**(含水率40%)0.7*(含水率38%)0.4*(含水率47%)00.511.5(MPa)スクライブマーク(3時,6時,9時)1406あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(00)硬い素材であれば異物感を訴えることもある.本レンズはプリズムバラストの6時方向を薄くすることで,装用感を向上させている.さらに,4時と8時方向の厚みを残したことによって,円柱軸の安定を図っている.O2オプティクスで高く評価されたプラズマコーティング加工が本レンズにも施されている.この加工によって親水性が高まり,脂質が付着しにくくなっている1,2).現在,2週間頻回交換タイプのトーリックSHCLは,本レンズのほかにジョンソン・エンド・ジョンソン㈱のアキュビューRオアシスTM乱視用とボシュロム・ジャパン㈱のメダリストプレミア乱視用が販売されているが,本レンズと2製品を多施設で臨床試験を行った結果ではレンズによる矯正視力,ガイドラインの安定性については,3製品の間で有意な差は認めなかった2).被験者のアンケート調査においても,見え方,装用感,圧迫感,張り付き感,充血,汚れの付着については有意な差は認めなかったが,本レンズはほかの2製品に比して乾燥感を自覚することが少ないという傾向があった3).本レンズの適応として,特によいと考えられる患者を以下に示す.1.円柱レンズによる全乱視の矯正を必要とする眼で,はじめてSHCLの装用を希望する者.2.矯正を必要とする乱視があるにもかかわらず,球面SCLあるいは球面SHCLを装用している者.3.ハードコンタクトレンズからSHCLへ変更を希望する者.4.従来素材のトーリックSCL装用者で,角膜内皮細胞形態異常,角膜新生血管,PigmentedSlideなどの酸素不足による所見を認める者.5.軽症のドライアイのある者や,トーリックSCLやトーリックSHCLの装用で乾燥感を自覚しやすい者.6.脂質がレンズに付着しやすい者,特に化粧品が付着しやすい者.7.軽症のアレルギー性結膜炎のある者.8.長時間装用する者や長期間装用する者.文献1)松沢康夫:シリコーンハイドロゲルの基礎知識.あたらしい眼科22:1315-1324,20052)月山純子:コンタクトレンズに対する化粧品とクレンジング剤の影響.日コレ誌52:101-107,20103)植田喜一:エアオプティクスR乱視用の臨床評価.日コレ誌52(2010,印刷中)