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網膜芽細胞腫の眼球温存療法と予後

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY種の有無,随伴症状で分類されている.詳細を覚える必要はなく,眼底所見から病期が決まれば,治療方針がある程度決まり,患者説明に役立つ.はじめに網膜芽細胞腫は15,000出生に1名の割合で発症する眼球内悪性腫瘍であり,人種差,性差はない.わが国では1975年から全国登録が行われており,現在年間70~80名が登録されている.腫瘍が眼球外浸潤を伴わない場合の遠隔転移はまれであり,生命予後は良好である.一方で眼球外浸潤を生じた場合には眼球摘出は必須であり,全身化学療法,放射線治療など集学的治療が必要であるが,予後は不良である.全国登録の集計では,眼球摘出群では5年生存率96.8%,10年生存率94.7%,眼球温存群では92.7%と87.3%であり,いずれも有意差を生じた1).ただし,症例集積報告であり,両眼性症例ほど眼球温存治療を行うこと,両眼性症例は遺伝的背景があり二次癌(用語解説参照)を生じやすいことなどのバイアスを考慮する必要がある.生命予後を悪化させない範囲の治療により眼球温存が可能であれば行うべきであり,有効な視機能が期待される場合には積極的な眼球温存治療が望まれる.I病期分類古くから,Reese-Ellsworth分類が用いられてきた.これは放射線治療主体であった頃の分類であり,現在の治療にはそぐわない点が多いため,現在はおもに国際分類2)(表1)が用いられる.TNM分類3)(表2)が2010年に改定されたが,眼科領域ではあまり使われていないのが現状である.腫瘍の大きさ,位置,網膜?離および播(15)1383*ShigenobuSuzuki:国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科〔別刷請求先〕鈴木茂伸:〒104-0045東京都中央区築地5-1-1国立がん研究センター中央病院眼腫瘍科特集●眼の腫瘍¦最近の考え方¦あたらしい眼科28(10):1383?1387,2011網膜芽細胞腫の眼球温存療法と予後IntraocularRetinoblastomaManagementandOcularPrognosis鈴木茂伸*表1眼球内網膜芽細胞腫の国際分類2)(概略)A:3mm以下で黄斑・視神経乳頭から離れた網膜腫瘍B:3mm以上もしくは黄斑・視神経近傍の網膜腫瘍C:限局性播種(硝子体・網膜下)D:びまん性播種(硝子体・網膜下)E:緑内障など合併症を有する眼球表2TNM分類(第7版3),T分類,抜粋)T1:腫瘍は眼球体積の2/3を越えず,硝子体および網膜下播種を伴わないT1a:3mm以下の腫瘍で視神経乳頭と中心窩から1.5mm以上離れているT1b:3mm以上もしくは視神経乳頭と中心窩から1.5mm以内に腫瘍があり,網膜下液は腫瘍縁から5mm以内T1c:3mm以上もしくは視神経乳頭と中心窩から1.5mm以内に腫瘍があり,網膜下液が腫瘍縁から5mm以上T2:腫瘍は眼球体積の2/3を越えず,硝子体もしくは網膜下播種を伴うT2a:限局した硝子体もしくは網膜下の播種で,微細な腫瘍塊T2b:多量の硝子体もしくは網膜下播種で“雪玉様”の腫瘍塊T3:眼球内の重症例T3a:眼球の2/3以上を満たす腫瘍T3b:緑内障,前房浸潤,前房出血,硝子体出血,眼窩蜂窩織炎の1個以上を有する眼球T4:眼球外腫瘍1384あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(16)が可能である.冷凍凝固のほうがやや厚い腫瘍,表面の毛羽立った腫瘍には有用であるが,出血や播種などの合併症頻度が高く,極力レーザーで治療を行っている.2.眼球内進行例(国際分類:B~D(E)群,TNM分類:T1b~T3a)多くの場合,初期全身化学療法による腫瘍縮小(chemoreduction)と,局所治療による地固めを行う.初期全身化学療法は,ビンクリスチン(V),エトポシド(E),カルボプラチン(C)の2~3剤を併用し,2~6コース行う.この薬剤,組み合わせ,コース数には比較試験などが行われていないため,治療の最適化はなされていない.当院ではVEC3剤併用療法7)(表3)を,腫瘍の縮小を見ながら2~6コース行うようにしている.VEC3剤併用治療は,R-E分類I~III群で85~100%,IV~V群で36~50%の眼球温存率が報告されている7~9).全身化学療法により腫瘍の縮小,網膜?離の吸収がみられるが,化学療法単独で治癒に至るのは10%程度であり,多くの場合追加治療を必要とする.ダイオードレーザーによる温熱療法,冷凍凝固に加え,小線源治療,選択的眼動脈注入,硝子体注入などを組み合わせて行う.当院では,全身化学療法の目的を腫瘍縮小と位置づけ,その縮小は初期2~3コースが良好であるため,全身の負担を減らす目的で全身化学療法を2~4コースにとどめ,引き続き眼動脈注入を行うようにしている.選択的眼動脈注入は,鼠径動脈からアプローチして眼動脈へ選択的に抗癌剤を投与する方法であり(図1),20年以上の治療経験がある10).メルファランを5~7.5mg/m2投与するが,脳血管障害,敗血症など重篤な有害事象は生じておらず,術中透視による二次癌の増加もない.一部症例では初期治療として行っており,国際分類B群では90%の眼球を温存できている10).海外からII治療概論眼球に対する治療は,眼球摘出か眼球温存治療を選択することになる.眼球温存治療は,腫瘍の位置,進行度により,眼球局所治療(レーザー・冷凍凝固),放射線治療(外照射・小線源治療),化学療法(全身・局所)を適宜組み合わせて行うことが多い.眼球温存率は病期により異なるが,国際分類やTNM分類である程度予測することが可能である.一方で治療関連有害事象についてはいまだ不明な点が多い.本疾患は乳幼児に生じるため,放射線治療による正常組織の感受性が高く,さらに遺伝性症例(両眼性・家族性)の場合には,体細胞にもRB1遺伝子変異が存在するため二次癌(用語解説参照)を生じる危険性が高い.化学療法に関連する晩期障害は,白血病や聴力障害の危険性が認識されているが,二次癌や生殖機能に対する影響はいまだ不明である.この点も考慮した治療方針の決定が重要である.III治療各論1.眼球内非進行例(国際分類:A群,TNM分類:T1a)眼球局所治療(レーザー・冷凍凝固)の単独治療を行う.この段階で発見されることはまれであるが,両眼性症例の非進行眼,家族歴があり出生時眼底検査で発見された場合などが該当する.多発腫瘍で新たに見つかった小さな腫瘍も同様に治療する.現在では,ダイオードレーザーによる直接照射が一般的である.症例集積研究として,Shieldsら4)は188腫瘍(腫瘍基底平均3.0mm,腫瘍厚平均2.0mm)にレーザー治療を行い完全寛解が85.6%,Abramsonら5)は91腫瘍(腫瘍基底平均0.67乳頭径)にレーザー治療を行い完全寛解が92%と報告している.一般的なアルゴンや色素レーザーで,腫瘍周囲および流入血管の凝固を行うこともあるが,治療効果はダイオードレーザーが勝る.冷凍凝固について,Abramsonら6)は138腫瘍に冷凍凝固を行い治癒が70%で重篤な局所合併症は生じなかったと報告している.周辺部腫瘍であっても,強膜圧迫によりレーザー治療表3VEC3剤併用全身化学療法─3剤の化学療法を,3~4週間隔で2~6回くり返す─投与量(36カ月以下の投与量)Day0Day1ビンクリスチン1.5mg/m2(0.05mg/kg)×エトポシド150mg/m2(5mg/kg)××カルボプラチン560mg/m2(18.6mg/kg)×(17)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111385線)が用いられている.国内では当院のみで行われ,106Ruを使用している(図2).106Ruを銀でコーティングした金属板を,腫瘍部の強膜面に一時的に(通常1~3日間)縫着する.Schuelerら13)は106Ruを用いて175腫瘍(平均腫瘍厚3.7mm,腫瘍基底5.0乳頭径)を治療し,局所制御率は94.4%,眼球温存率は86.5%と報告している.b線源であり,距離による減衰が大きいため,骨障害や二次癌の増加は生じないと考えられている.本来は限局した腫瘍がよい適応であるが,びまん性に生じたも複数の報告がなされており11,12),初期治療として用いる戦略が注目されている.硝子体注入は,メルファラン8~16μgを直接硝子体腔へ注射する治療法であり,硝子体播種に対して行う.手技は他疾患に対する硝子体注入と同じであるが,眼球外播種の危険性を減らすため,32ゲージ針を使用している.硝子体播種のみの場合,局所制御率は経験上60~80%程度である.小線源治療は,核種として主に125I(g線)と106Ru(b眼球眼動脈眼動脈Willis動脈輪バルーンカテーテルカテーテルサイフォン部内頸動脈図1選択的眼動脈注入内頸動脈遠位をバルーンカテーテルで一時閉塞することで,眼動脈へ抗癌剤を投与する.血管分枝では眼動脈が最も太く,大部分が眼動脈に流れる.Willis動脈輪を通して脳血流は保たれる.小線源腫瘍20Gy40Gy60Gy図2小線源治療眼球壁に合わせた曲面をもち,大きさ,形状の異なる線源から選択して使用する.強膜に縫着固定するための穴がついている.1386あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(18)せなどが研究されている14).4.眼球外浸潤を有する場合(TNM分類:T4)ただちに眼球摘出を行い病理を確認する.小児科医の協力のもと強化化学療法,放射線外照射などを検討するが,エビデンスは乏しい.5.両眼性の場合の考え方本疾患の約4割が両眼性である.上に述べたように病期ごとに治療を決められればよいが,現実には単純に決められない場合も多い.片眼がE群,他眼がE群以外の場合,標準的な考え方ではE群の眼球を摘出して,他眼の温存治療を行う.しかしながら,他眼(非進行眼)の治療目的に全身化学療法を行うのであれば,E群の眼球もその反応をみてから眼球摘出の適応を考えることも可能である.化学療法後,視神経乳頭が確認できるようであれば温存治療の継続は可能であり,一方で腫瘍が縮小しても視神経乳頭が確認できなければ,視神経浸潤を生じる危険性が高いため眼球摘出が妥当と判断する.進行眼ほど化学療法反応性がよいため,結果としてE群の眼球が温存,非進行群であった他眼を摘出せざるをえないことも経験される.両眼とも,全身化学療法を行わないで温存可能な場合もある.ここで注意すべき点として,Shieldsらは全身化学療法を開始してから三側性網膜芽細胞腫(trilateralretinoblastoma:TRB)(用語解説参照)の頻度が低下していることを報告している.続報はなく,他施設からの報告もないため,現時点でのエビデンスレベルは低い.単純に放射線治療を回避することでTRBの頻度が低下しているだけなのか,本当に化学療法によってTRBの発症が予防されているのであろうか.もし予防効果があるのであれば,TRBは致死的疾患であるため,両側性の場合は全身化学療法を行うべきという結論に至る.この点が解明されるまで,両眼性の場合は全身化学療法を併用することが安全かもしれないと考えている.6.眼球摘出の判断眼球摘出の目的は,腫瘍の眼球外浸潤・遠隔転移の予播種に対しても,一定の範囲内であれば有効であり,初期治療後の再発に対しても行われる.硝子体腔を満たすほどの水晶体に達する腫瘍であっても合併症を有しない場合(国際分類E,TNM分類T3a)は,温存治療の適応と考えている.虹彩新生血管を伴う場合も,化学療法により腫瘍が縮小すると消退することも多く,摘出の絶対条件ではない.3.合併症を有する場合(国際分類:E群,TNM分類T3b)眼球摘出が安全であるが,上記1.に準じて温存治療を行う場合もある.温存成功率は10~30%と低く,腫瘍のコントロールができても増殖網膜症,緑内障,眼球癆など眼球自体が耐えられない場合も少なくない.複数回の全身麻酔,長期間にわたる治療,期待される視機能などを説明したうえで,希望のある場合のみ温存治療を行う.このような眼球に対して,海外では眼動脈注入を検討したり,全身化学療法と低線量の放射線の組み合わ図3眼球内進行例の治療(3カ月,女児)初診時(a)右眼は水晶体に達する巨大腫瘍(E群),左眼は後極に多発腫瘍を認める(B群).全身化学療法と眼動脈注入を行い,右眼は乳頭から離れた石灰化(b),左眼は黄斑を回避した石灰化(c)を残すが,3年間再発はない.abc(19)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111387radiotherapyorenucleation.AmJOphthalmol133:657-664,20028)GunduzK,GunalpI,YalcindagNetal:Causesofchemoreductionfailureinretinoblastomaandanalysisofassociatedfactorsleadingtoeventualtreatmentwithexternalbeamradiotherapyandenucleation.Ophthalmology111:1917-1924,20049)FriedmanDL,HimelsteinBP,ShieldsCLetal:Chemoreductionandlocalophthalmictherapyforintraocularretinoblastoma.JClinOncol18:12-17,200010)SuzukiS,YamaneT,MohriMetal:Selectiveophthalmicarterialinjectiontherapyforintraocularretinoblastoma:Thelong-timeprognosis.Ophthalmology,2011,Epubaheadofprint11)GobinYP,DunkelIJ,MarrBPetal:Intra-arterialchemotherapyforthemanagementofretinoblastoma:Fouryearexperience.ArchOphthalmol,2011,Epubaheadofprint12)ShieldsCL,BianciottoCG,JabbourPetal:Intra-arterialchemotherapyforretinoblastoma.ReportNo.1,controlofretinaltumors,subretinalseeds,andvitreousseeds.ArchOphthalmol,2011,Epubaheadofprint13)SchuelerAO,FluhsD,AnastassiouGetal:Beta-raybrachytherapywith106Ruplaquesforretinoblastoma.IntJRadiatOncolBiolPhys65:1212-1221,200614)ShieldsCL,RamasubramanianA,ThangappanAetal:ChemoreductionforgroupEretinoblastoma:comparisonofchemoreductionaloneversuschemoreductionpluslowdoseexternalradiotherapyin76eyes.Ophthalmology116:544-551,200915)ShieldsCL,MeadowsAT,ShieldsJAetal:Chemoreductionforretinoblastomamaypreventintracranialneuroblasticmalignancy(trilateralretinoblastoma).ArchOphthalmol119:1269-1272,2001防と,合併症による疼痛除去目的の場合がある.遠隔転移の危険因子は篩状板を越える視神経浸潤,脈絡膜浸潤,強膜浸潤,前房浸潤などがあるが,大部分は視神経浸潤である.治療を行っても腫瘍が視神経乳頭を覆った状態,中間透光体の混濁で眼底の観察が困難な場合には,原則として眼球摘出を勧めている.摘出に同意が得られない場合,画像検査〔超音波,MRI(磁気共鳴画像)など〕で経過をみる場合もあるが,画像検査では判断できない視神経浸潤であっても転移の危険因子であり,生命の危険を回避できないことを強く説明するようにしている.逆に,そのような状態でなければ,眼球内で播種をしていても転移の危険因子ではなく,希望に基づき温存治療を継続するようにしている.IV眼球予後最終的な眼球温存率は,初期化学療法と,局所治療,局所化学療法を組み合わせた治療法により,国際分類A群で100%,B群で90%,C群で70~80%,D群で50%,E群で10~20%である10).視力は,腫瘍が黄斑部にあれば当然不良であるが,黄斑部が回避されている場合には約半数で有効な視力を維持できている10).文献1)TheCommitteefortheNationalRegistryofRetinoblastoma:SurvivalrateandriskfactorsforpatientswithretinoblastomainJapan.JpnJOphthalmol36:121-131,19922)ShieldsCL,MashayekhiA,AuAKetal:TheInternationalClassificationofRetinoblastomapredictschemoreductionsuccess.Ophthalmology113:2276-2280,20063)SobinL,GospodarowiczM,WittekindC(eds):UICC:TNMclassificationofmalignanttumors.7thedition,p291-297,Wiley-Blackwell,NewYork,20094)ShieldsCL,SantosMC,DinizWetal:Thermotherapyforretinoblastoma.ArchOphthalmol117:885-893,19995)AbramsonDH,ScheflerAC:Transpupillarythermotherapyasinitialtreatmentforsmallintraocularretinoblastoma.Techniqueandpredictorsofsuccess.Ophthalmology111:984-991,20046)AbramsonDH,EllsworthRM,RozakisGW:Cryotherapyforretinoblastoma.ArchOphthalmol100:1253-1256,19827)ShieldsCL,HonavarSG,MeadowsATetal:Chemoreductionplusfocaltherapyforretinoblastoma:Factorspredictiveofneedfortreatmentwithexternalbeam■用語解説■三側性網膜芽細胞腫:松果体など大脳正中部に網膜芽細胞腫と類似した組織型の神経外胚葉腫瘍が生じることがある.両眼性症例に多いことから,両側(両眼)に加えて第3の目に生じるという意味で,三側性とよばれる.これまで100例あまりの報告があるが,長期生存例はほとんどない致死的疾患である.二次癌:元々の腫瘍の転移ではなく,組織型の異なる別の腫瘍を生じることがあり,二次癌とよぶ.遺伝性網膜芽細胞腫では二次癌の頻度が高いことが報告されている.通常の癌ではなく肉腫の頻度が高く,治療後数年以上経過してから生じてくる.放射線照射により危険率が約3倍に増加すると報告されている.

眼内悪性リンパ腫の診断,治療の実際とその問題点

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYリンパ腫の診断までに時間を要することが多いという背景も予後を不良としている一つの要因と考えられる.以下に悪性リンパ腫の診断と治療の実際,その問題点について概説する.I眼内悪性リンパ腫の診断1.患者背景a.年齢,性別年齢は一般に50歳以上でみられることが多い.性差はないとされるが,女性のほうが多いとする報告もある4).b.症状自覚症状はぶどう膜炎とほぼ同様である.すなわち,視力低下や霧視,飛蚊症を主訴として眼科受診することが多い.中枢神経に病変がすでに存在する場合には視野障害を生じる場合もある.c.経過前述したように悪性リンパ腫の診断が確定するまでには時間を要することが多い.それまでに行われたステロイドの全身投与や後部Tenon?下注射などに対する反応が悪いことが重要なポイントとなる.ただ,それらの治療にあたかも反応したかのように一時的に軽快してその後また増悪する,といった経過をとることもあるので注意を要する.はじめに眼内悪性リンパ腫は本来悪性腫瘍であるにもかかわらず,その臨床像が非特異的な慢性ぶどう膜炎と酷似しているため,本来の病像とはまったく異なる疾患にみえるという意味で仮面症候群とよばれる.これまで眼科領域では比較的稀な疾患と考えられてきたが,最近その頻度は上昇傾向にあり,特に米国では劇的に増加傾向にあるとする報告もある1).これには本疾患の認知度の向上もあろうが,近年の硝子体手術機器・技術の進歩により硝子体生検が従来に比較し,より容易にかつ安全に施行できるようになったことなどから,その診断率が向上したことが大きく寄与しているものと考えられる.眼内悪性リンパ腫には,全身の悪性リンパ腫がその経過中に眼内に病変を生じる場合と,眼と中枢神経系に原発する,いわゆる眼・中枢神経系悪性リンパ腫がある.後者は眼所見が中枢神経系に先行して現れることのほうが多く,この場合特に原発性眼内リンパ腫(primaryintraocularlymphoma:PIOL)とよばれる2).眼内悪性リンパ腫は組織学的にはその大部分が非Hodgkinびまん性大細胞型B細胞リンパ腫であり,悪性度がきわめて高い.PIOLはその60~80%が数年以内に中枢神経系リンパ腫を発症し,5年生存率は約30%といわれる生命予後不良の悪性腫瘍である3).前述したように眼内悪性リンパ腫の臨床像が非特異的な慢性ぶどう膜炎との鑑別が困難であることが多く,長期間にわたってぶどう膜炎として治療されることが多いため,悪性(9)1377*KuniakiHijioka&HiroshiYoshikawa:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕肱岡邦明:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●眼の腫瘍¦最近の考え方¦あたらしい眼科28(10):1377?1381,2011眼内悪性リンパ腫の診断,治療の実際とその問題点IntraocularLymphoma:Diagnosis,Treatments,andTheirProblems肱岡邦明*吉川洋*1378あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(10)3.検査所見確定診断には眼内組織での生検が基本である.前房水での診断率は高くないので,眼内悪性リンパ腫を疑ったら硝子体混濁がある症例には視機能向上も兼ねた診断的硝子体手術を積極的に行い,硝子体を採取して診断に用いる.筆者らの施設では術中灌流液を流す前に硝子体を採取している.それを遠心し,上清をサイトカイン測定に,沈殿物を細胞診に,また硝子体カセットも回収し遠心した後ホルマリンで固定して病理組織診断用に用いている.a.細胞診,病理組織診細胞診・病理組織診は悪性リンパ腫診断においては一見中心となる検査ではあるが,実際には診断率は低い.ClassIV以上が出れば確定診断でよいが,実際にはclassIII以下がほとんどという報告もある.このように診断率が低い原因として,まず標本に含まれる腫瘍細胞の数が少ないことがあげられる.その理由としては,硝子体内の浸潤リンパ球に占める異型リンパ球の割合がもともと低いこと,悪性細胞は元来壊死しやすく,特に酸素分圧の低い硝子体内では選択的に壊死する可能性があること,硝子体カッターや標本作成過程でも腫瘍細胞は壊れやすいこと,などが想定される.結果,標本に異型リンパ球が含まれていないこともしばしばである(図3).2.眼所見ぶどう膜炎と診断されることが多いことからもわかるように,その臨床所見は慢性の非特異的ぶどう膜炎と似ているが,よく観察するといくつか特徴的な所見も存在する.硝子体内の帯状,索状の硝子体混濁を主徴とする“硝子体型”と,網膜下の黄白色斑状病巣を主徴とする“眼底型”があるが,両者が混在する場合もある2).a.硝子体型前部硝子体に通常より大きめの細胞の浮遊がみられることが多い.硝子体混濁は細胞密度が高く,帯状の混濁を呈することが多い.またその特徴として,周辺に強く,中心には軽い,いわゆるドーナツ状の混濁を呈することがある.このため,濃厚な硝子体混濁の割には視力がよいのも特徴の一つである(図1).b.眼底型黄白色調で境界が比較的鮮明な網膜下の隆起性病変が観察されることが多い.これはOCT(光干渉断層計)で見ると網膜色素上皮下にみられる.また,比較的小さめで癒合傾向のある斑状病巣が全体に散在性にみられることもある(図2).その他前眼部では前房中の細胞は必発ではないが,経過中に出た場合には再発のサインである場合があるので注意を要する.図1硝子体型濃厚な硝子体混濁を認めるが視力は(1.2)である.図2眼底型黄白色調の網膜下の隆起性病変が観察される.(11)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111379トロン断層法),また必要に応じてルンバールなどを行わなくてはならない.それで眼以外に病変がみられない場合にも定期的に頭部MRIは行う必要がある.そのような場合筆者らの施設では最低6カ月に一度は行うようにしている.II眼内悪性リンパ腫の治療とその問題点眼内悪性リンパ腫の治療には眼局所治療と全身療法があり,それぞれに放射線療法と化学療法がある.1.眼局所治療a.放射線療法眼窩に放射線を照射する方法である.放射線科に依頼する.<治療の実際>2Gyずつトータル30~40Gyの放射線照射を眼窩に行う.<問題点>放射線治療は非常に有効でよく反応するが,一方で一度しか行えない治療であり,また再発は少なくない.その他放射線角膜症や放射線網膜症,視神経症など不可逆性の障害を起こす恐れもある.従来は一般的に初発病変b.サイトカイン測定眼内悪性リンパ腫では硝子体液中のinterleukin-10(IL-10)濃度が高いことが知られている.IL-10は正常人で出ることはほぼありえないので,特異性は高い.ぶどう膜炎患者では軽度上昇することはありうるが,IL-10よりも炎症性サイトカインであるIL-6のほうがはるかに上昇するので,必ずIL-6も同時に測定し,IL-10/IL-6の比も計算する.IL-10が100pg/ml以上もしくはそれ以下でもIL-10/IL-6比が1以上であれば眼内悪性リンパ腫と考えられる.c.PCRによる遺伝子再構成の確認残りのサンプルはpolymerasechainreaction(PCR)法による免疫グロブリン遺伝子JH部位の遺伝子再構成の確認に提出する.この遺伝子のモノクローナリティが確認されればB細胞由来のリンパ腫細胞が存在することになる.しかし,商業ベースで行われるPCR検査ではサザンブロットとの一致性が低く,他の検査結果と併せて解釈する必要がある(図4).上記項目をcheckし,総合的に眼内悪性リンパ腫の診断を行う.診断が確定したら当然であるが,確定診断に至らなくても悪性リンパ腫が強く疑われる場合には必ず血液内科にコンサルトし,連携して中枢神経系病変の検索のため頭部MRI(磁気共鳴画像)や全身PET(ポジ図3硝子体生検塗抹標本(パパニコロウ染色)小型リンパ球に混じって裸核で核小体の目立つ大型細胞が多数みられる.図4PCRによる免疫グロブリン遺伝子JH部位の遺伝子再構成の確認1380あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(12)した.このようにMTX硝子体内投与は放射線治療と違ってくり返し行えるメリットがある.<問題点>上述のように確立された治療プロトコールが存在しないうえに,治療効果の判定に関しても筆者らのようにIL-10値で行う施設もあれば,硝子体内細胞で判定する報告もあり7),また治療のendpointの設定に関しても一定した見解はないと言えるのが実情である.さらに上記のプロトコールでは注射が頻繁であることも問題である.今後はプロトコールの比較試験などを行うなどの議論は必要である.副作用としては幹細胞減少による角膜表層障害は必発である(図5).自験例では2クール目くらいのタイミングで起こってくることが多い.この場合は投与間隔を開けるか,場合によっては中止の検討も必要である.あるいはMTXの葉酸代謝拮抗作用に対する解毒剤として知られるホリナートカルシウム(ロイコボリンR)を点眼で使用する方法も試みられている8).ただ角膜障害は放射線治療と異なり可逆的である.には第一選択の治療法であったが,次項にあげるメトトレキサート硝子体内投与を用いることのほうが多くなってきている.b.化学療法メトトレキサート(MTX)を硝子体内に投与する方法である.1997年に初めて報告された比較的新しい治療法である5)が,近年浸透してきておりその有効性が確立されてきている.われわれ眼科だけで行うことのできる治療である.<治療の実際>投与量,投与法はさまざまであり,コンセンサスの得られた確立されたプロトコールというものはまだ存在しないので,各施設で治療法は少しずつ異なるのが現状である6,7).筆者らの施設では以下のように行っている.【硝子体内注射の方法】1.MTXを400μg/0.1mlとなるように濃度調整する.※溶媒は生理食塩水や眼内灌流液(オペガードR),またはデキサメタゾン(デカドロンR)など施設によってさまざまである.2.眼表面,結膜?を手術時と同様に洗浄,消毒する.3.前房水を0.1ml抜く.4.上記のMTX0.1ml(400μg)を30ゲージ針を用いて毛様体扁平部より硝子体内に投与する.5.眼表面を生理食塩水500mlで洗浄する.6.抗生物質の眼軟膏を点入する.以上を筆者らの施設では2日おきに計4回を1クールとし,1カ月間隔を開けてまず2クール行っている.このとき採取した前房水0.1mlは毎回必ずIL-10/IL-6の測定を行い,そのIL-10値の下がり具合をみて,状況に応じてその後引き続き月に一度MTX硝子体内投与を行っている.引き続き行う場合には12カ月を目処に中止しているが,その後も注意深く経過観察し,前房内に明らかに細胞が増えたり,あるいは眼底に病変の再発を認めたらただちに前房水を採取してIL-10/IL-6を測定している.筆者の自験例では,MTX硝子体内投与の有効性はきわめて高く,全例でIL-10は早期に陰性化した(表1).再発した症例は存在するが,MTX再投与により陰性化図5MTXによる角膜上皮障害表1MTX硝子体内投与による硝子体内IL?10値(pg/ml)の推移の例day0day3day6day91クール目62610214検出限界以下2クール目検出限界以下検出限界以下検出限界以下検出限界以下(13)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111381文献1)CornBW,MarcusSM,TophamAetal:Willprimarycentralnervoussystemlymphomabethemostfrequentbraintumordiagnosedintheyear2000?Cancer79:2409-2413,19972)後藤浩:眼腫瘍の最前線眼内悪性リンパ腫.眼科50:161-170,20083)JahnkeK,KorfelA,KommJetal:Intraocularlymphoma2000-2005:resultsofretrospectivemulticentertrial.GraefesArchClinExpOphthalmol244:663-669,20064)木村圭介,後藤浩:眼内悪性リンパ腫28例の臨床像と生命予後の検討.日眼会誌112:674-678,20085)FishburneBC,WilsonDJ,RosenbaumJTetal:Intravitrealmethotrexateasanadjunctivetreatmentofintraocularlymphoma.ArchOphthalmol115:1152-1156,19976)曺麗加,後藤浩:メトトレキセート硝子体投与─原発性眼内悪性リンパ腫の治療として─.あたらしい眼科23:899-900,20067)FrenkelS,HendlerK,SiegalTetal:Intravitrealmethotrexatefortreatingvitreoretinallymphoma:10yearsofexperience.BrJOphthalmol92:383-388,20088)EunahK,ChanghyunK,JiwoongLetal:Acaseofprimaryintraocularlymphomatreatedbyintravitrealmethotrexate.KoreanJOphthalmol23:210-214,20092.全身療法中枢神経に病変がある場合には放射線の全脳照射や,MTXの大量療法・髄腔内投与が行われるが,PIOLが数年以内に中枢神経に進展する率は高く,生命予後不良であることが広く知られてきており,病変が眼内のみで中枢神経にはまったくみられなくても予防的に全身治療が行われる場合が増えてきている.全身治療を行うかどうかの判断は血液内科に委ねられるので,この観点からも眼科医だけで各種検査を行うのはよいが,眼外に病変が見つからなかったとしても血液内科にコンサルトすることは必須である.おわりに眼内悪性リンパ腫の診断と治療,その問題点について述べてきた.眼内悪性リンパ腫は眼科領域では数少ない生命予後に直結する疾患の一つであり,局所のみではなく全身治療を要することもしばしばであることを念頭において治療に当たらなければならない.その診断に関しても,眼内炎症をみた場合に,ステロイドに対する反応やその他の所見も考慮しながら眼内悪性リンパ腫を疑うセンスも求められる.

眼表面悪性腫瘍に対する局所化学療法

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYあり,臨床的には腫瘍の厚みが浸潤の程度を示している場合が多い.点眼治療の対象になるのは,原則として浸潤がんでないもの,すなわちSCCやMMまでの浸潤度には至っていないCCINすなわち,基底膜を越えていない上皮内新生物となる.II点眼治療選択のプロセス?.病状の把握:生検角結膜腫瘍を細隙灯顕微鏡で観察した際に,CCINなのか,基底膜を破って浸潤しているものなのかは,臨床的にはなかなかむずかしいところがあり,生検にて病理検査を行う必要がある.上皮性であるOSSNは輪部病変が多く,全体の形は線維柱帯切除術後の結膜ブレブ様で,打ち上げ花火様血管が多数みられることが多い(図1).生検には通常の生検(incisionalbiopsy)と切除生検(excisionalbiopsy)の2つがあり,後者は腫瘍を一塊にして切除する方法であり視機能障害を生じないように施行可能であれば選択されるべき方法で,病理結果にて良性と出た場合にはそれが同時に治療となる.通常,合併症を残さずに安全に切除できる範囲においてすべて切除するというのが原則であるが,病巣の広がり具合や眼球や外眼筋などとの癒着具合によってincisionalbiopsyとするか,病巣を丸ごととる方法のexcisionalbiopsyとするかを決める.上皮内病変の疑いが強く,手術治療を希望されない場合にはincisionalbiopsyでよいが,病理はじめに眼部腫瘍は眼瞼,結膜,眼球,眼窩,涙道などの眼科医の取り扱うさまざまな部位に発生するが,臨床の場において最も身近なのは角結膜および眼瞼の腫瘍であろう.なかでも角結膜腫瘍は細隙灯顕微鏡検査にて観察しやすいものであり,点眼という独特な治療法を日々用いている眼科医にとって最も身近な腫瘍の一つと思われる.本稿では,角結膜悪性腫瘍に対する点眼療法を中心に述べていく.I角結膜悪性腫瘍のおもな病変上皮性の新生物には病態に応じて,眼表面扁平上皮新生物(ocularsurfacesquamousneoplasia:OSSN),結膜上皮内新生物(conjunctivalintraepithelialneoplasia:CIN),角結膜上皮内新生物(conjunctivalandcornealintraepithelialneoplasia:CCIN)などの語彙があるが,角結膜上皮内新生物の一般的表記としては,上皮性ではOSSNが,また広く新生物としてはCCINが多く用いられている.角膜病変は結膜からの浸潤病変がほとんどである.上皮性の基底膜を越える浸潤がみられると,扁平上皮がん(squamouscellcarcinoma:SCC)となる.色素性病変では,細胞異型を伴う原発性後天性メラノーシス〔primaryacquriedmelanosis(PAM)withatypia〕,上皮内悪性黒色腫〔intraepithelialmalignantmelanoma(MM)〕,そしてすでに浸潤を生じたMMなどが(3)1371*HidekiTsuji:がん研究会有明病院眼科〔別刷請求先〕辻英貴:〒135-8550東京都江東区有明3-8-31がん研究会有明病院眼科特集●眼の腫瘍¦最近の考え方¦あたらしい眼科28(10):1371?1376,2011眼表面悪性腫瘍に対する局所化学療法LocalChemotherapyforOcularSurfaceNeoplasm辻英貴*1372あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(4)の対象としてよい.3.十分なIC(informedconcent)の必要性一般に固形の悪性腫瘍は手術が第一選択であり,本人および家族にその旨を伝えたうえで,手術を希望されない場合や手術不能例が点眼治療の適応となる.また副作用として,点状表層角膜症,結膜炎,結膜上皮萎縮変性,眼瞼縁炎および眼瞼炎,抗がん剤の場合には,涙道障害,角膜および強膜の潰瘍,菲薄化および眼球穿孔の可能性もあることをあらかじめ伝える.III治療の実際1.書類上の準備点眼や局所治療が通常使用の適応となっていないものは,病院の倫理委員会などに申請して使用許可を得たうえでの治療となる.ほとんどの薬剤は点眼の適応が通っていないため,申請許可後に薬剤部に依頼して自家製剤として点眼薬を作製することになる(図2).2.点眼の使用時期a.通常の方法生検にて上皮内悪性病変と診断された後に点眼治療の適応と判断され用いる.全身状態や精神的,社会的事情により生検をせず用いる場合もあるが,推奨はされない.b.アジュバント(術後療法)術後療法として使用する方法である.基底膜を破り浸潤しているSCC(図3,4)やMM(図5,6)については結果や治療方針は生検施行時点ではわからないために,安全に施行できる範囲で大きく,かつ元々の腫瘍の範囲がわかるような切除とする.Excisionalbiopsyの予定であったが浸潤・癒着が強く,結果的にincisionalbiopsyとなることもある.MMを疑う厚みのある色素性病変は可能な限り全摘出を原則とする.2.病理結果:上皮内に留まっているか生検の病理が,悪性か良性か,腫瘍細胞が基底膜を破って浸潤していないか,を確認する.CCINであれば点眼による治療が可能と判断する.上皮内病変にも,表面から基底膜までの範囲のどのくらいまで腫瘍細胞が占拠しているかの違いがあり,全層に腫瘍細胞がみられる場合が他科でいうcarcinomainsitu(CIS)である.なお新生物ではないが,細胞異型のみられるPAMwithatypiaはMMへの転化が10年で12%にみられ,治療図1輪部のOSSN角膜浸潤を伴う典型的なCCIN.打ち上げ花火様血管の増生がみられる.図2MMC点眼・薬剤部にオーダーして使用直前に作製する.・必ず調製日を記載する.・薬剤の安定性のため暗冷所保存としている.(5)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111373点眼単独での治療は望めず,用いるとすれば手術後のアジュバントとして用いる.すなわちSCC,MMの部分は切除されたが,周囲に残存している病変に対しての使用となる.c.ネオアジュバント(術前療法)手術前治療として用いる方法である.病変が広範囲に及んでいる場合,手術治療の前に,周囲にあると予想される,もしくは病理にて診断後の上皮内病変に対して行う術前療法である.切除範囲を縮小させる目的にて使用する.脂腺がんはマイボーム腺,Zeis腺から発生する新生物であるが,結膜上皮内浸潤病変(Pagetoidspread)を生じやすく,アジュバントやネオアジュバント使用として用いている施設もある.IV各薬剤の特性と調剤および使用方法定められたガイドラインはないので使用方法はまちまちで,各施設ごとにプロトコールを決めて施行しているのが現状である.以下に各製剤の特徴とその一般的使用方法と思われるものを示す.休薬は正常な角膜および結膜のダメージを回復させる目的である.1.MMC点眼MMC(マイトマイシンC)は抗がん性抗生物質で,作用機序はDNAの分裂阻止やDNA鎖の切断などによっ図3SCC打ち上げ花火様でOSSNと似ており,臨床的に鑑別はむずかしい.病理にて基底膜を破る浸潤があり,SCCの診断であった.点眼治療は選択肢からなくなり,放射線治療を希望された.図4図3の症例の放射線治療後電子線60Gy照射にて腫瘍は消失した.図5MM球結膜の厚みがある黒色腫瘍.MMが疑われ手術を施行し,病理でも基底膜を越えておりMMと診断された.図6MM盛り上がりのあるものはMMが疑われ,基底膜をすでに破っているものが多い.1374あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(6)い.副作用が強いため,重度のドライアイやアトピー性皮膚炎の症例への適応は慎重に判断する.2.5?FU点眼5-FU(フルオロウラシル)は,ウラシルの代わりにDNAに取り込まれてDNA合成を阻害する抗腫瘍効果をもつ抗がん剤である.5-FU点眼治療方法は1%溶液を1日4回,4日間使用後,1カ月休薬を行い,これを1コースとして計6コース2),もしくは病変がなくなるまで行う方法,1%溶液1日4回を4週間連続点眼する方法などがある.5-FU点眼の濃度に関しては1%が標準と考えてよい.MMCとは異なる機序であるため,MMC点眼では効かなかった例で効果がみられたり,またその逆もある.てDNA複製を阻害することによる.MMCは粉末剤であるので注射用蒸留水に溶解し,0.04%溶液に調節して点眼剤とする.点眼方法はさまざまであるが,0.04%溶液を1日4回1週間連続使用してつぎの1週間は休薬,これを1コースとして計3コースを行う方法1)が一般的な使用法である(図7?9).また0.02%溶液の1日4回連続2週間を1コースとして,腫瘍の縮小具合をみて適宜追加投与する方法や,PAMやMMのアジュバント使用としては4週間連続で1コース行う方法も行われている.MMCは溶解後,残存力価は徐々に低下していくが,生理食塩水や5%ぶどう糖液よりも,蒸留水に溶解したほうが力価の低下が少ない.蒸留水溶解,室温での残存力価は,溶解後1日で93%,3日で87%,7日で83%,14日で73%まで下がる.このため使用直前に作製し,使用期間は最長で作製後2週間以内とし,それを越える場合にはその都度,新鮮な点眼を作製するのがよ図7OSSN打ち上げ花火様の血管の増生と一部に白板状変化(矢印)がみられる.図9MMC点眼治療後0.04%MMCの4回/日を1週間点眼および1週間の休薬を3コース施行後,病変は消退した.図8生検の病理所見腫瘍細胞は基底膜を越えていない.HE染色,対物10倍.(7)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111375が7割を超え,角膜および強膜の菲薄化の副作用の可能性があること,またIFNa-2bは薬剤が高価で,さらに長期間の連続投与が必要という特徴を鑑みながら適応を決めていく.海外で5-FU点眼の報告が比較的多くみられるのは,MMCに比べて副作用頻度が少なく,あっても重篤ではなく,またコストが他の薬剤に比べて安価であるにもかかわらず,上述のように治療効果に大きな差がないためと推測される.V点眼治療上の注意点腫瘍に対する点眼使用時に注意すべき点については以下のとおりである.「たかが点眼,されど点眼」であり,眼科医の大きな武器である点眼治療を適切に提供し,治療を行っていきたい.1.プロトコールが不在治療プロトコールが存在しないので,点眼薬をどのように用いるかは最新の文献を調べて選択するしかないのが現状である.倫理委員会に提出する申請書には点眼回数や期間などに幅をもたせて記載しておくとよい.2.涙点プラグ装用について涙点プラグ装用は,点眼薬の滞留時間延長によるプラス効果を期待でき,また装用による合併症の発現に差はないとされており,筆者は用いているが,涙点および涙道にも腫瘍細胞が波及している可能性がある場合には,使用すべきではない.昨今,TS-1の内服などフルオロウラシルおよび類似薬剤の全身使用による涙道上皮障害および涙道硬化が取り上げられているが,5-FU点眼においてプラグを用いないことによる涙道障害はあまり観察されない.3.点眼開始の時期生検の範囲および深さにもよるが,生検後は上皮のない状態が通常1?3週間程度続く.上皮がまだ再生していない時期から点眼を開始すると,角膜および強膜に薬剤が直接浸み込むことになるので,特に抗がん剤点眼を用いる場合には,最も重大な合併症である眼球の菲薄化および穿孔を生じる可能性を鑑み,上皮の再生後から点3.インターフェロンインターフェロン(interferon:IFN)は体内で病原体や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌するサイトカインの一種で,aは白血球から,bは線維芽細胞やマクロファージからおもに分泌され,ウイルス増殖阻止,細胞増殖の抑制などの働きがある.悪性腫瘍抑制目的にはIFNaとIFNbが用いられ,IFNaは抗FGF(線維芽細胞増殖因子)作用を介して血管新生抑制作用も有する.IFN製剤には,IFNa-2bとしてはイントロンAR(MSD社)および持続時間を増やしたペグイントロンR(MSD社)がある.後者は持続時間が延長されており投与間隔を伸ばせる利点があるが,前者に比べてやや効力は弱く,点眼剤としては前者を用いるのが一般的である.IFNbとしては,IFNモチダR(持田製薬)とフエロンR(東レ・第一三共)がある.IFNの点眼療法にはIFNa-2bが広く用いられており,100万国際単位(IU)/ml溶剤を1日4回,3カ月間点眼する方法3)が一般的な使用方法である.IFNa-2b点眼の濃度に関しては100万IU/mlが標準と考えてよい.IFNはサイトカインの一種であり,抗がん剤に比べると副作用が少ないという大きな利点があり,眼部不快感,羞明,充血,結膜炎などの軽症状が多い.使用により腫瘍が縮小するが今一つの場合には,さらなる3カ月もしくはそれ以上の使用が可能で,腫瘍がなくなるまで使用とする施設もあるが,綿密な診察は不可欠である.腫瘍の縮小がみられなくなったり,副作用が増悪する場合には使用を中止する.量は少ないが長期間の使用となるため,全身副作用防止を目的とした涙点プラグの併用が望ましく,また間質性肺炎には注意が必要で,その既往のあるものおよび小柴胡湯との併用は禁忌とするのが安全である.4.各薬剤の比較OSSNに対する点眼治療の効果の点では,奏効率はそれぞれ,MMCが88%,5-FUが87%,IFNa-2bが80%とされている4)が,同じ薬剤でも報告により使用方法が異なることが多く,参考にはなるが実際の臨床にそのまま当てはまるかは不明である.MMCは副作用発症率1376あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(8)おわりに点眼療法は,簡便に使用できる大きな利点がある一方で,報告によって濃度,治療・休薬期間,コース数などが異なること,薬剤効果比較試験が行われていないこと,報告によりどの程度腫瘍がすでに切除されているかのスタートラインが不明,症例報告では短期の優良な予後しか示されていないことが多いなど,課題も残されている.治療後,肉眼的に腫瘍が消失しても病理学的に残存が確認された例もあり,共通のプロトコールに基づく前向き試験による評価および治療ガイドラインの作成が望まれる.文献1)ShieldsCL,ShieldsJA:Tumorsoftheconjunctivaandcornea.SurvOphthalmol49:3-24,20042)敷島敬悟,三戸岡克哉,佐野雄太ほか:角結膜上皮内癌に対する5フルオロウラシルのパルス点眼療法の有効性.臨眼61:1001-1005,20073)FingerPT,SedeekRW,ChinKJ:Topicalinterferonalfainthetreatmentofconjunctivalmelanomaandprimaryacquiredmelanosiscomplex.AmJOphthalmol145:124-129,20084)PoothullilAM,ColbyKA:Topicalmedicaltherapiesforocularsurfacetumors.SeminOphthalmol21:161-169,2006眼治療を開始するのが安全である.実際には病理結果が出るまでに上皮化されていることが多い.4.病変部位による点眼時の工夫点眼は液体中の薬剤が組織に浸み込む作用によって病変部に薬剤が移行する.上眼瞼結膜や球結膜および角膜上方に病変がある場合には,起床位では効果が減弱するので点眼後しばらく仰臥位,無理ならチンアップでいること,また鼻側病変の場合には,健眼側に顔を傾けるまでの必要はないが,点眼後すぐに患側に顔を傾けない,などの配慮を伝える.5.コンプライアンス点眼治療を行ううえではどうしてもコンプライアンスという問題が残る.通常は外来通院であり,家で本当にきちんと点眼をしているのか?ちゃんと眼表面に入っているのか?などの疑問が残る.特に抗がん剤点眼の場合には,結膜炎,眼瞼縁炎などの副作用は誰でも嫌であり,しっかり治療を行う確固たる意思が本人にないと,使用停止や,回数の減少となる可能性がある.コンプライアンス向上を目的に点眼の指導,パンフレットの配布を行い,できれば実際に人工涙液などを用いて手技を指導する.適切に点眼ができないと予想される場合には,他の治療を考慮する必要がある.

序説:眼の腫瘍─最近の考え方─

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼内リンパ腫はぶどう膜炎との鑑別に苦慮し,診断が遅れがちな疾患である.また,多くは中枢神経系リンパ腫を併発し,生命予後不良な疾患である.眼内病変に対する治療はおもに放射線照射が行われてきたが,最近ではメソトレキサート(MTX)の硝子体腔内注射に加え,抗CD20抗体(リツキシマブ)の硝子体腔内注射の報告もみられる.しかし,いずれの治療法にも長所と欠点があり,いまだに決定的な方法とは言い難い面もある.肱岡邦明先生と吉川洋先生には,眼内リンパ腫の診断と治療について,現状をコンパクトに紹介していただいた.近年の網膜芽細胞腫に対する眼球温存療法の進歩は目覚ましい.かつては視機能の喪失とともに,患児と両親に多大な精神的な負担を与えてきた眼球摘出術を回避することが可能な症例が増えつつある.その背景には全身化学療法の進歩による腫瘍の縮小化と,引き続き行われる局所療法の進歩によるところが大きい.局所化学療法のなかでも抗がん剤(メルファラン)の選択的眼動脈注入療法はわが国で開発された治療法であるが,最近では欧米をはじめとする世界各国でその有用性が追認され,普及しつつある.鈴木茂伸先生には,網膜芽細胞腫に対する眼球温存療法の実際と予後について,最新の情報をまとめていただいた.眼腫瘍は決して日常的に経験される疾患ではないが,それだけにわれわれ眼科医にとっては対応に苦慮することの多い疾患でもある.眼腫瘍については,診断はもちろんのこと,特に悪性腫瘍の治療では飛躍的な進歩がみられる領域もあり,従来の教科書に記載されている内容は必ずしも標準的な治療法ではなくなりつつあることも事実である.そこで本特集では,各執筆者に眼腫瘍における最近の治療に対する考え方を中心に解説をお願いした.辻英貴先生には,眼表面に発生する悪性腫瘍に対して従来から行われてきたラジカルな外科的治療に代わる方法として,眼球や眼付属器の温存を目的とした局所化学療法について解説していただいた.すなわち,角結膜上皮の新生物ならびにメラノサイト由来の悪性腫瘍に対するマイトマイシンC,5-FU(フルオロウラシル),インターフェロンの各薬剤による点眼療法の適応や使用にあたっての注意点について,具体的かつ詳細に紹介していただいた.これらの治療法はいずれも本来の使用法とは異なる適応外使用となるため,法規上の問題が残されていることも事実であるが,その臨床的効果は明らかであり,今後はプロトコルの統一も含め,いかに普遍的な使用法として普及させていくかが課題であろう.(1)1369*HiroshiGoto:東京医科大学眼科学教室**TatsuroIshibashi:九州大学大学院医学研究院眼科学分野●序説あたらしい眼科28(10):1369?1370,2011眼の腫瘍─最近の考え方─OcularTumor─RecentConcepts─後藤浩*石橋達朗**1370あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(2)ぶどう膜悪性黒色腫に対する今日の治療は網膜芽細胞腫の場合と同様,眼球摘出術と眼球温存療法に大別される.後者には外科的治療法である局所切除術と,放射線療法があり,放射線療法のなかでもわが国では近年,主流となりつつあるのが重粒子線治療である.重粒子線治療は海外ならびにわが国でも行われてきた陽子線照射による治療成績を踏まえて新たに登場した治療法である.施行可能な施設に限りがあることと,現在は先進医療として行われているために高額な医療費がネックとなるが,悪性黒色腫に対する局所制御率は非常に高く,生命予後についても従来から行われてきた眼球摘出術と比較して遜色のないことが明らかとなってきている.溝田淳先生らには,この重粒子線によるぶどう膜悪性黒色腫の治療について,合併症などの問題も含めて解説していただいた.視神経腫瘍は眼腫瘍のなかでは頻度の高い疾患ではないが,その管理と治療は非常に厄介な問題を孕んでいる.特に若年者にみられる視神経膠腫は病理組織学的な悪性度は低いものの,治療の適応や実施時期の判断に最も悩まされる疾患の一つである.なぜならば,積極的な治療である腫瘍の外科的切除は視機能の喪失を意味し,治療の遅れは腫瘍の頭蓋内への進展や対側の視神経への影響を懸念しなければならないといった問題を抱えているからである.視神経腫瘍に対する放射線療法は腫瘍の増大を阻止しうる可能性のある治療法であるが,高次機能障害や二次癌の発症が問題となる.これらの問題を解決する可能性のあるカルボプラチンとビンクリスチンを中心とした化学療法の現状について,柳澤隆昭先生に解説していただいた.眼付属器リンパ増殖性疾患には,いわゆる特発性眼窩炎症(眼窩炎性偽腫瘍),反応性リンパ組織過形成,悪性リンパ腫など,さまざまな病態が含まれる.最近はIgG4関連疾患も眼窩における独立したclinicalentityとして位置付けられるようになってきている.画像診断によるこれらの疾患の鑑別は容易でなく,病理組織学的にもリンパ球の集簇としての共通した特徴を有し,従来の病理組織学的検索のみによる診断や鑑別は困難なことが少なくない.一方,採取されたリンパ球を中心とする細胞をフローサイトメトリーなどの手法で詳細に解析すると,個々の疾患には大きな差異がみられることがわかる.臼井嘉彦先生には眼付属器リンパ増殖性疾患の病態について包括的に解説していただいた.眼の腫瘍,特に悪性腫瘍は決して頻度の高い疾患ではないが,生命予後に関わることも少なくない.最新の情報を網羅していただいた本特集が,皆様の知識の整理に役立つことを願う.

3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(141)1361《原著》あたらしい眼科28(9):1361?1363,2011cはじめに急性内斜視は突然複視を自覚し発症する共同性内斜視で,自然治癒も期待できるが,改善傾向がなければ手術が必要とされている1).鑑別すべき疾患としては,開散麻痺や開散不全,外転神経麻痺,最近では強度近視が原因と考えられる開散不全2)などがある.昨今の3D技術の進歩により,多方面でこの技術が用いられるようになってきているが,筆者らは,3D映画鑑賞後に発症した急性内斜視と考えられる症例を経験した.今までに赤緑眼鏡を使用して発症した急性内斜視の報告3)はあるが,液晶シャッターを利用した時分割方式の3D眼鏡を使用して発症したと考えられる急性内斜視の報告はなく,今回筆者らの経験を報告する.I症例患者:58歳,男性.主訴:複視.既往歴:糖尿病,高血圧.右眼は円錐角膜にて,本人は物心ついたときから弱視だったとのこと.左眼は2008年に他院にて白内障併用硝子体手術を施行.家族歴:特記すべき事項はなし.現病歴:2010年1月16日,3D映画を見ている途中から,見え方に違和感があり,その後,物が二重に見えるとのことで,発症から1週後の1月23日海老名メディカルプラザ受診.〔別刷請求先〕橋本篤文:〒252-0374相模原市南区北里1-15-1北里大学病院眼科Reprintrequests:AtsufumiHashimoto,CO.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospital,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara252-0374,JAPAN3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例橋本篤文*1,2矢野隆*1,3藤原和子*2相澤大輔*1,3石川均*4*1海老名メディカルプラザ*2北里大学病院眼科*3海老名総合病院*4北里大学医療衛生学部ACaseofEsotropiaafterWatching3DMovieAtsufumiHashimoto1,2),TakashiYano1,3),KazukoFujiwara2),DaisukeAizawa1,3)andHitoshiIshikawa4)1)MedicalPlazaofEbina,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospital,3)GeneralHospitalofEbina,4)SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity3D映画鑑賞後に内斜視を発症した1例を報告する.症例は58歳,男性.3D映画鑑賞後,複視を自覚した.右眼は円錐角膜,左眼は人工水晶体眼であった.眼球運動は制限なく,斜視角は遠見8Δ(プリズムジオプトリー)の内斜視,近見4Δの間欠性内斜視であった.プリズム融像幅は遠見?4Δ?+16Δ,近見?14Δ?+2Δ,大型弱視鏡にて,融像幅は?4Δ?+4Δで立体視は確認されなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)にて異常なく,経過観察後,寛解時の眼位に内斜もなかったため,急性内斜視TypeIIと考えた.両眼視機能の浅く不安定な症例で,暗所で長時間の両眼分離を行う3D映画鑑賞は,急性内斜視発症の誘因の一つと考慮する必要があると考えられた.さらに発達過程にある幼小児のみならず両眼視機能の不安定な成人が3D映画鑑賞をする際も,今後注意が必要であると考えられた.Wereportonthecaseofa58-year-oldmalewhodevelopedesotropiaafterwatchinga3Dmovie.HesubsequentlyvisitedMedicalPlazaofEbinafordiplopia.Hehadkeratoconusinthelefteyeandpseudophakiaintherighteye.Heshowednormaleyemovements,esotropiaatfarwith8prismdiopters(PD)andintermittentesotropiaatnearwith4PD.CT(computedtomography)scanshowednoabnormalfindings.TheseresultssuggestedthatthiswasacaseofacuteacquiredcomitantesotropiaTypeII.Watching3Dmovieswithbinocularseparationforaprolongedtimeinadarkplacecanbeacauseofacuteacquiredcomitantesotropiainpatients;notonlyyoungchildrenbutalsoadultwhosebinocularfunctionsareincompleteandinsecure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1361?1363,2011〕Keywords:急性内斜視,3D映像,両眼視機能,輻湊,調節.acuteacquiredcomitantesotropia,3Dmovie,binocularvisualfunction,convergence,accommodation.1362あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(142)初診時所見:右眼視力0.5p(0.6p×cyl?6.0DAx20°),左眼視力(0.6p×IOL)(0.7p×?0.25D(IOL).右眼の角膜形状に関して,Hartmann-Shack波面センサー(KR-9000PWTM,トプコン社製)で測定したところ,右眼の円錐角膜が疑われた(図1).眼底は両眼とも糖尿病網膜症による汎網膜光凝固斑を認めた.眼位はHirschberg法で正位?内斜視.眼球運動は正常で両眼外転制限は認めなかった.Alternateprismcovertest(以下,APCT)で遠見8Δ(プリズムジオプトリー)内斜視,近見4Δ間欠性内斜視であり,固視眼を変えても斜視角は変わらなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)にて明らかな異常所見は認めなかった.眼位の変動に関しては図2に示す.発症から6週後の3月3日,APCTは遠見4Δ間欠性内斜視,近見0Δで眼位にやや改善を認めたが,まだ,暗いところで光源を見ると光源が二重に見えてしまうとのことであった.発症から13週後の4月20日,ほぼ症状が寛解し,輻湊近点(nearpointofconvergence)はtothenose.Titmusstereotests(以下,TST)にてfly(±),animal(0/3),circle(0/9).Circletestにて右眼に抑制がかかっていたため,中心窩抑制が存在するが,周辺融像は存在すると考えられた.APCTは遠見0Δ,近見4Δ外斜位であった.プリズム融像幅は遠見?4Δ?+16Δ,近見?14Δ?+2Δであった.大型弱視鏡にて,同時視の自覚的斜視角は+4Δ,融像幅は?4Δ?+4Δ,立体視は確認できず,他覚的斜視角は0Δであった.発症から31週後の8月25日,TSTにてfly(±),animal(0/3),circle(0/9),circleにて右眼に中心窩抑制がかかることは変わらず,APCTは遠見0Δ,近見10Δ外斜位であった.発症から47週後の12月15日の時点で,所見に大きな変化はなかったが,プリズム融像幅は遠見?3Δ?+8Δ,近見?14Δ?+14Δであり,輻湊幅が遠見はやや狭く,近見はやや広がっていた.症状は改善していたが,まれに,疲れているときなどは,暗所で遠くの光源が二重に見えるとのことであった.また,光干渉現象を用いた眼軸長測定装置(IOLMasterTM,Zeiss社製)にて眼軸長は右眼24.51mm,左眼23.94mmで,長眼軸は認められなかった.II考按急性内斜視は突然複視を自覚し発症する共同性内斜視で,自然治癒も期待できるが,改善傾向がなければ手術が必要とされている1).その分類はさまざまであるが,vonNoorden1)は3つのTypeに分類している(表1).また,鑑別すべき疾患として,開散麻痺や開散不全,外転神経麻痺,最近では強度近視が原因と考えられる開散不全2)などがあげられる.本症例は,遠見の内斜視角が近見の内斜視角に比べ大きかったが,寛解時の近見眼位は外斜であったため開散麻痺,開散不全は考えにくく,また,肉眼的には眼球運動に外転制限がなく,頭部に器質的異常がなかったため,両外転神経麻痺は否定的であった.眼軸長は右眼24.51mm,左眼23.94mmと長眼軸は認められなかったため,強度近視が原因と考えられる開散不全も否定された.複視発症の前に3D映画を鑑賞し,その途中から立体感はあったが見づらく違和感があり,3D眼鏡を掛けたり外したりしていた.その後,複視が生じたため,以上すべての所見を考慮し,急性内斜視と考えた.図1Hartmann?Shack波面センサーによる角膜所見右眼に円錐角膜を認めた.右眼:K1:50.25D,K2:61.25D,Axial:18°左眼:K1:43.25D,K2:43.75D,Axial:62°1週後(初診)6週後13週後31週後47週後20151050510内斜斜視角()外斜:遠見:近見Δ図2眼位の変動表1急性内斜視の分類(vonNoorden1))TypeI(Swantype):外傷や弱視治療による人工的な融像の遮断によるものTypeII(Burian-Franceschettitype):原因不明であるが,元々不十分な融像幅が精神的・身体的ストレスで緊張が失われた結果起こるものTypeIII:頭蓋内病変によるもの(143)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111363本症例は検査上TSTにてfly(±)が確認できたことと,本人より自覚的には3D映画鑑賞時に立体感があったとのことから,基礎に浅い立体視が存在すると考えられた.右眼は円錐角膜があり,もともと弱視であった点,また,左眼は人工水晶体眼であり,調節が働きにくい点が急性内斜視発症の要因として重要と思われる.ここで,急性内斜視の分類(表1)をみると,TypeIに関しては人工的な融像の遮断が発症原因となりうる.3D眼鏡の種類には,偏光フィルター方式と液晶シャッターを用いた時分割方式がある.本症例が使用したのは,液晶シャッターを用いた時分割方式の3D眼鏡であるが,融像成立過程は20Hz以上との報告5)がある.現時点の技術で20Hz以上はあり,意識下では遮断はされていないと考えられる.TypeIIに関しては,大型弱視鏡での融像幅が?4Δ?+4Δ,プリズム融像幅が遠見?4Δ?+16Δ,近見?14Δ?+2Δと不十分であった.また,精神的・身体的ストレスがあったかどうかは疑わしいが,暗所で長時間,3D眼鏡を装用し,3D映画を視聴すること自体,精神的・身体的ストレスであった可能性も否定できない.急性内斜視発症と3D映画との関係を考えると,本症例はTSTで右眼に抑制がかかり,中心窩抑制が存在するが,周辺融像は存在すると考えられ,また,融像幅は狭い.この弱い両眼視機能が基礎にあり,暗所で両眼分離を行う非日常視の条件が加わり,①調節性輻湊を補うために過剰な融像性輻湊が働いた,②映像を明視しようと過剰なインパルスが調節中枢とともに輻湊中枢にも与えられた6),③3D映画鑑賞時の同側性視差により奥の映像を見るときは不十分な開散が働き,その開散が自己の開散幅を越えたこと,または,手前の映像を見るときは近接性輻湊が働いた,という3つの原因を考えたが,いずれも推察の域を出ない.過去には,赤緑眼鏡装用にて立体映画を見て顕性になった内斜視の症例3)や,国民生活センターによせられた,60代女性が3D映画鑑賞後に数日間原因不明の上下複視が起こった例がある.最後に,今回筆者らは3D映画鑑賞後に発症した急性内斜視と考えられる症例を経験した.現時点で本症は,急性内斜視の分類からは,TypeIIに分類されると考えた.発達過程にある幼小児7)だけでなく成人でも両眼視機能の不十分な症例では,3D映像の視聴は注意が必要と考えた.文献1)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p338-340,CVMosby,StLouis,20022)河本ひろ美,若倉雅登:強度近視が原因と考えられる開散不全.神眼25(増補1):60,20083)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日視会誌16:69-72,19884)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p505-506,CVMosby,StLouis,20025)畑田豊彦:立体視機構と3次元ディスプレイ.日視会誌16:19-29,19886)高浜由梨子,帆足悠美子,髙木麻里子ほか:調節麻痺剤点眼後に見られた内斜視について.眼紀33:109-116,19827)不二門尚:3D映像と両眼視.日本の眼科81:8-12,2010***

糖尿病患者の糖尿病健康手帳およびデータシートの持参率:病識の向上と内科-眼科間連携

2011年9月30日 金曜日

1354(13あ4)たらしい眼科Vol.28,No.9,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科28(9):1354?1360,2011c糖尿病患者の糖尿病健康手帳およびデータシートの持参率:病識の向上と内科-眼科間連携小林博国立病院機構関門医療センター眼科DataNotebookSubmissionRateinDiabeticPatients:ImprovementofPatientConscientiousnessandCooperationbetweenInternistsandOphthalmologistsHiroshiKobayashiDepartmentofOphthalmology,KanmonMedicalCenterNationalHospitalOrganization目的:内科診療の内容を記載した糖尿病健康手帳(手帳)および採血検査結果表などのデータシート(データシート)を持参することが眼科診療に大切であることを説明し,それらの持参率を,患者の病識とその向上を検討する目的のために調査した.また,糖尿病健康手帳および採血検査結果表などのデータシート(データシート)の持参は,内科-眼科間診療連携の一助になると考えられた.方法:対象は,18カ月間に少なくとも3回以上受診する予定のある糖尿病患者373名(67.3±10.2歳,女性163名,男性210名)である.眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であることを説明し,受診時に糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録物を持参してもらうように受診の度ごとに依頼した.受診時に記録を持参したか否かを調査した.結果:373名中337名(90.3%)が調査を完了した.登録時では121名(35.9%)が記録を持参した.6,12および18カ月後では76.4%,79.5%,81.4%の患者が記録を持参し,調査期間が長くなるほど持参率は有意に上昇した(p<0.0001).登録時,12および18カ月後では糖尿病専門医に受診している患者のうち54.7%,85.3%,87.2%の患者が持参したのに対して,非専門医に受診している患者では20.3%,74.6%,76.6%の患者が持参した.糖尿病専門医に受診している患者は,非専門医に受診している患者に比較して,いずれの時期においても,有意に高率に持参していた(登録時:p<0.0001;12カ月後:p=0.0050;18カ月後:p=0.0030).糖尿病専門医受診患者群および非専門医受診患者群ともに,糖尿病健康手帳を有している患者が有していない患者に比べて高率に持参した(糖尿病専門医受診患者群:p=0.0006;非専門医受診患者群:p<0.0001).結語:眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であり,その記録を持参することが重要であることを説明した後は,記録を持参する率は著しく向上し,患者の病識も改善したと考えられた.糖尿病患者の病識の向上において眼科医の果たせる役割の余地は大きく,積極的に係わることが必要であると考えられた.Purpose:Improvementofpatientconscientiousnessandcooperationbetweeninternistsandophthalmologistshavebeenadvocated,topreventandcontrolretinopathyinpatientswithdiabetesmellitus.Theaimofthepresentstudywastoassesshowpatientssubmittedinformationtoophthalmologistsregardingthestatusoftheirdiabetes.Methods:Enrolledinthisstudywere373patientsscheduledforatleast3visitsduring18months.Thesurveymainlyconcernedhowtheysubmittedtheirdiabeticinformationtoophthalmologistsandwhethertheybroughtanotebookordatasheetinwhichtheyhadwrittentheirpersonaldiabetichistory.Results:Ofthe373patients,337(90.3%)completedfollow-up.Atbaseline,121patients(35.9%)broughttheirdiabeticdata.At6,12and18months,76.4%,79.5%and81.4%ofthepatientssubmittedtheirdata,respectively,thesubmissionrateincreasingsignificantlyovertime.Patientswhowerereferredtodiabetesspecialistsbroughttheirdatamorefrequentlythandidthosewhowerereferredtonon-specialists.Inbothcases,thepatientswithdiabetesdatanotebookssubmittedtheirdataatasignificantlyhigherratethandidthosewhohadnonotebooks.Conclusions:Anexplanationoftheimportanceofcooperationbetweeninternistsandophthalmologistsresultedinmarkedimprovementofpatients’〔別刷請求先〕小林博:〒752-8510下関市長府外浦町1-1国立病院機構関門医療センター眼科Reprintrequests:HiroshiKobayashiM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanmonMedicalCenterNationalHospitalOrganization,1-1Chofusotoura-cho,Shimonoseki752-8510,JAPAN(135)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111355はじめに糖尿病患者における大規模臨床研究で,網膜症の発症および進展には血糖コントロールが緊密に関与していることが報告されている1,2).糖尿病や緑内障などの無症候性の慢性疾患では,コンプライアンスが不良になることが知られており,それによって視機能が悪化することが報告されている3,4).網膜症の発症および進展を予防するためには,患者の病識を向上させる必要がある.内科-眼科の医療連携が重要であるとの認識のもとに,双方向性の情報提供が重要視され,糖尿病情報提供書の配付が提唱されている5,6).これを利用している比率が低いことが報告されており,それを補完するために,糖尿病健康手帳,糖尿病眼手帳を介しての情報の相互提供システムが開発されているが,利用率が低いのが現状である7~10).今回,内科診療の内容を記載した糖尿病健康手帳および採血検査結果表などのデータシート(データシート)を持参することが眼科診療に大切であることを患者に説明し,それらの持参率を,患者の病識を検討する目的のために調査した.また,糖尿病健康手帳およびデータシートの持参は,内科-眼科間診療連携の一助になると考えられた.I方法対象は,平成18年9月?19年3月に受診し,18カ月間に少なくとも3回以上経過観察が可能であると考えられる患者のうち,無作為に抽出した糖尿病患者373名を登録した.糖尿病の定義は糖尿病学会ガイドラインに拠った11).本研究に関しては,院内臨床研究委員会で承認を得た後,患者からは文書にてインフォームド・コンセントを得た.登録時に,対象患者に対してすべて,眼底カラー写真撮影および光干渉断層計検査を含む眼科的検査を施行した.光干渉断層計検査はOCT3000(Humphrey)のFastMacularThicknessProgramを用いて行い,中心窩の網膜厚は,中心1mmの平均網膜厚とした.登録時に,糖尿病の罹病期間,ヘモグロビン(Hb)A1C,現在通院している医療機関,投薬内容,あるいは透析の有無について調査した.投薬内容は薬剤手帳および薬局から支給されるデータシートを持参してもらい,確認した.煩雑になることを避けるために,内服,インスリン,インスリン+内服に分類した.医療機関が糖尿病専門施設であるかは,糖尿病学会ホームページで開示されている施設とした.内科医師から患者への糖尿病状況の説明のしかた,糖尿病健康手帳などの記録の保有あるいは持参の有無を調べた.糖尿病健康手帳などの記録を保有していない場合,採血検査結果表などのデータシートを受け取っているか否かを調査した.それを本院に持参しているかを確認した.糖尿病健康手帳などあるいは採血検査結果表などのデータシートの記録物を持参しない場合は,口頭で回答してもらった.糖尿病の重症度の分類は糖尿病眼手帳を登録時に同時に配布したため,福田分類に従った.経過観察:眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であることを受診のたびごとにくり返して説明し,次回の診察時を診療の必要の程度に応じて予約し,その際に糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどをできる限り持参してもらうように依頼した.手術前後などで頻回に受診が必要な場合でも毎回持参してもらうようにしたが,今回の研究での記録を持参したか否かについては1カ月に1回とした.糖尿病健康手帳の配布も考慮したが,今回の研究の目的が内科の診療内容の記録物の持参に関する現状の把握であるため,配布は取りやめ,伝達方法は各医療施設に任せることとした.中止例・脱落例は,(1)死亡あるいは疾病のために受診できない場合,(2)予定された診察を許容できる範囲内で受けなかった場合とした.統計解析:コンプライアンスを評価する研究においては,標本のサイズが小さいほど,コンプライアンスが良好になることが知られており12),そのため,解析対象症例数を少なくとも200例とした.連続変数の検定には,両側Studentt-検定を用いた.分割表の検定には,c2検定,Fisher検定を用いた.p<0.05を統計上有意とした.登録時,6カ月後,12カ月後および最終受診時での糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参したか否かに関する因子の解析については,これらを目的変数,年齢,性,糖尿病罹病期間,HbA1C,糖尿病のために受診している医療機関が糖尿病専門施設であるか否か,施設が病院か診療所であるか,透析の有無,服薬内容,糖尿病以外の全身疾患あるいは網膜症以外の眼疾患の有無,視力,眼圧,網膜症の程度,中心網膜厚を説明変数として,林のI類を用いて重回帰分析を施行した13,14).diabeticdatasubmission.Ophthalmologistsshouldplayamajorroleinsuchimprovementofconscientiousnessandcooperation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1354?1360,2011〕Keywords:糖尿病,病識の向上,内科-眼科連携,糖尿病データ持参.diabetesmellitus,consciousnessimprovement,cooperationbetweeninternistsandophthalmologists,bringingpersonaldiabeticdata.1356あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(136)II結果373名の糖尿病患者を登録し,表1にその背景をまとめた.平均年齢は67.3±10.2歳であり,HbA1Cは7.3±1.9%,糖尿病罹病期間は15.2±9.9年であった.373名中337名(90.3%)の患者が予定通り調査を完了し,3回以上受診した.中止・脱落例は,転医5名,死亡3名,予約時に来院しなかった26名,長期に入院していた2名であった.糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参した患者数の変化登録時において,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録物を持参した患者は123名(32.9%)であった.調査期間18カ月間における平均受診回数は7.1±3.0回(平均受診間隔2.5±1.3カ月)であり,総受診回数2,412回中1,891回(78.4%)で記録を持参した.調査開始後1回目,2回目,3回目および9回目以降での受診時における記録の持参率は65.0%,71.8%,76.0%,89.5%であり,受診回数が増加するほど,持参率は有意に向上した(p<0.0001)(図1).6カ月後,12カ月後,18カ月後および最終診察時での持参率は,76.4%,79.5%,81.4%であり,時間経過とともに改善した(p<0.0001)(図2).どのような患者がこれらの記録を持参しているかについて調べるために多変量解析を施行した.その結果,登録時,6カ月後,12カ月後および最終診察時のいずれの時期においても,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録の持参は,糖尿病専門医を受診しているか否かに有意に相関していた(表2).患者背景に関しては,糖尿病専門医受診患者群が有意に若年であった以外,その他の性,HbA1C,糖尿病罹病期間,投薬内容には,両群間に有意差がなく,矯正視力,網膜症,中心網膜厚でも差異がなかった(表3).登録時にお表1登録患者の背景患者数373名年齢(歳)67.3±10.2(18~87)性女性163名,男性210名HbA1C(%)7.3±1.9(4.8~13.1)不明79名糖尿病罹病期間(年)15.2±9.9(0.5~45)透析患者数19名(5.1%)処方内容内服のみインスリンのみインスリン+内服なし246名(66.0%)87名(23.3%)23名(6.2%)17名(4.6%)糖尿病専門医受診165名(44.2%)受診している専門医医療施設(診療所/病院)39(19/20)非専門医受診212名(56.8%)受診している非専門医医療施設(診療所/病院)72(48/24)受診回数7.1±3.0回(1?18回)糖尿病健康手帳保有持参221(59.2%)120(32.2%)採血検査結果などのデータシート保有持参94(25.2%)3(0.8%)糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参123(32.9%)視力良好な眼不良な眼0.662(0.01~1.5)0.345(0.01~1.0)眼圧高い方の眼(mmHg)低い方の眼(mmHg)14.9±3.5(8~37)13.1±3.0(6~21)中心網膜厚厚い方の眼(μm)薄い方の眼(μm)296±124(140~857)237±86(105~750)網膜症の重症度右眼左眼A0A1A2A3A4A5B1B2B3B4B5不明110(29.5%)50(13.4%)12(3.2%)124(33.2%)14(3.8%)23(6.2%)1(0.3%)6(1.6%)4(1.1%)15(4.0%)7(1.9%)5(1.3%)115(39.8%)49(13.1%)12(3.2%)126(33.9%)18(4.8%)21(5.6%)1(0.3%)6(1.6%)5(1.3%)10(2.7%)9(2.4%)5(1.3%)全身合併症心筋梗塞/狭心症脳血管障害腎機能障害(透析を含む)呼吸器疾患神経学的異常58名(15.5%)5名(1.3%)27名(7.2%)2名(0.5%)3名(0.8%)眼合併症偽水晶体症視神経萎縮加齢黄斑変性開放隅角緑内障/高眼圧症閉塞隅角緑内障新生血管緑内障中心網膜静脈閉塞網膜静脈分枝閉塞網膜動脈分枝閉塞黄斑浮腫黄斑上膜硝子体手術105名(14.1%)6眼(0.8%)5眼(0.7%)42眼(5.6%)4眼(0.5%)15眼(2.0%)2眼(0.3%)15眼(2.0%)2眼(0.3%)212眼(28.4%)8眼(1.1%)42眼(5.6%)(137)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111357いて糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参した患者は,糖尿病専門医受診患者群では82名(54.7%),非専門医受診患者群では39名(20.9%)であり,両群間に有意差がみられた(p<0.0001).調査開始後1回目,2回目,3回目および9回目以降での記録の持参率は,糖尿病専門医受診患者群では75.3%,75.3%,83.3%,95.8%,非専門医受診患者群では56.7%,67.4%,70.1%,83.9%であり,両群ともに受診回数が増加すると持参率は有意に上昇した(両群ともp<0.0001)(表1).1~4回目では専門医受診患者群は有意に良好であった(p<0.05).6カ月後,12カ月後,18カ月後および最終診察時では,専門医受診患者群では81.6%,85.3%,87.2%,88.0%,非専門医受診患者群では72.0%,74.6%,76.6%,78.1%であり,両群とも時間経過とともに持参率は有意に改善した(両群ともにp<0.0001)(表2).いずれの時期においても,糖尿病専門受診患者群の持参率は非専門医受診患者群に比較して有意に高かった(6カ月後:p=0.0278,12カ月後:p=0.0133,18カ月後:p=0.0110,最終診察時:p=0.0171).糖尿病健康手帳を有している患者は,手帳を有していない患者に比較して有意に高率に持参した(全例:p<0.0001,糖尿病専門医受診患者群:p=0.0006,非専門医受診患者群:p<0.0001)(表4).III考按内科診療の内容を記載した糖尿病健康手帳および採血検査結果表などのデータシートを持参することが眼科診療に大切であることを説明することによって,それらの持参率は著しく改善され,患者の病識の向上に役立ったと考えられた.眼科医が働きかけをしない状況では,糖尿病患者において,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録物でHbA1Cなどの診療内容が確認できたものは36%であった.患者が「眼科は眼科,内科は内科」と,両者を関連付けていないと思われた.患者に対して,治療にあたっては内科-眼科の連携が大切であることを説明して,病識を高めることが重要であると考えられた.眼科医が働きかけをしない状況では,患者が糖尿病専門医に受診している場合のほうが非専門医に受診している場合に比較して,糖尿病健康手帳あるいはデータ10090807060504030200123456789+記録の持参率回数:全例:糖尿病専門医受診患者群:非専門医受診患者群図1糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートなどの記録物の持参率の受診回数による変化全例は■と実線,糖尿病専門医受診患者群は□と破線,非専門医受診患者群は○と点線で示した.0369121518最終時期(月)受診時1009080706050403020記録の持参率:全例:糖尿病専門医受診患者群:非専門医受診患者群図2糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートなどの記録物の持参率の期間による変化受診患者数が50名以上の時期のみを示した.全例は■と実線,糖尿病専門医群は□と破線,非専門医群は○と点線で示した.表2登録時,6カ月後,12カ月後および最終受診時での糖尿病健康手帳あるいはデータシートを持参したか否かに関する因子の重回帰分析の結果症例数因子重相関係数rF値p値切片勾配登録時3370.35046.8490.00000.2090.3386カ月後305受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1174.2170.04090.7070.10112カ月後337受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1134.2710.03950.7550.91018カ月後310受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1194.4780.03510.7590.940最終337受診医療機関が糖尿病専門医であるか否か0.1447.0070.00850.7770.1091358あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(138)シートを有意に高率に持参した.糖尿病専門医のほうが,非専門医に比較して積極的に患者に働きかけて,患者の病識の向上および内科-眼科の連携を図ろうとしていることによると考えられた.しかし,専門医が勤務している医療機関に通院している患者のなかでも差異がみられた.当院眼科に通院している28名全員が糖尿病健康手帳および糖尿病眼手帳を持参してくる医療機関もあれば,別の医療機関ではデータを口頭で教えているのみであり,医療機関あるいは個々の医師の間に大きな温度差が感じられた.糖尿病健康手帳の保有率,持参率ともに,従来の報告に比較して有意に低かった5~9).今回の調査の以前は,患者に対して筆者らが内科-眼科間連携を働きかけず,糖尿病健康手帳あるいはデータシートなどの記録を持参してくるように依頼しなかったことに起因すると考えられた.筆者らが内科-眼科間の治療内容の交換が糖尿病網膜症の治療に必須であり,データが記載された記録を持参してくれるように患者に依頼した後は65%に上昇し,さらに説明をくり返すことによって約90%に改善した.眼科医の説明によって,患者の表3糖尿病専門医受診患者群および非専門医受診患者群の背景糖尿病専門医受診患者群非専門医受診患者群患者数150187年齢64.5±10.269.5±10.0<0.0001性男性87,女性63男性101,女性860.5HbA1C(%)7.4±1.87.1±1.40.1糖尿病罹病期間(年)15.4±9.515.1±10.10.8受診回数7.3±2.86.9±3.10.2透析7(4.6%)12(6.4%)0.5処方内容内服90(59.3%)130(69.5%)0.1インスリン44(29.3%)36(19.3%)内服+インスリン11(7.3%)10(5.3%)なし6(4.0%)11(5.9%)糖尿病手帳保有123(82.0%)86(46.0%)<0.0001持参80(53.3%)38(20.3%)<0.0001データシート持参18(12.0%)68(36.4%)<0.0001糖尿病手帳あるいはデータシート持参82(54.7%)39(20.9%)<0.0001視力良好な眼0.6830.6420.7不良な眼0.3560.3410.8眼圧高い方の眼15.3±3.914.6±3.50.1低い方の眼13.4±3.412.9±3.00.2中心網膜厚厚い方の眼282±123304±1240.1薄い方の眼227±88244±840.1網膜症の分類右眼左眼右眼左眼A035(23.3%)36(24.0%)58(31.0%)58(31.0%)0.1A123(15.3%)23(15.3%)20(10.7%)19(10.2%)A24(2.7%)4(2.7%)8(4.3%)7(3.7%)A347(31.3%)50(33.3%)72(38.5%)68(36.4%)A49(6.0%)10(6.7%)5(2.7%)6(3.2%)A511(7.3%)10(6.7%)10(5.3%)10(5.3%)B10(0.0%)0(0.0%)1(0.5%)1(0.5%)B23(2.0%)3(2.0%)4(2.1%)3(1.6%)B33(2.0%)4(2.7%)1(0.5%)1(0.5%)B48(5.3%)4(2.7%)4(2.1%)6(3.2%)B54(2.7%)4(2.7%)3(1.6%)5(2.7%)不明3(2.0%)2(1.3%)2(1.1%)3(1.6%)(139)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111359糖尿病および糖尿病網膜症に対する病識が向上したと考えられた.しかし,患者に説明して記録物を持参しても,つぎの機会には持参しないこともあり,継続してその重要性を説明する必要があると思われた.くり返して説明することによって,専門医受診患者群と非専門医受診患者群間の差が縮小したことを考えると,糖尿病患者の病識の向上において眼科医の果たせる役割の余地は大きく,積極的に係わることが必要であると思われた.緑内障点眼薬においても,患者が受診するたびごとに,医師がコンプライアンスに関する質問をして,コンプライアンスを重要視していることを示すことがコンプライアンスの改善に繋がることが報告されている13).本研究と並行して糖尿病眼手帳の持参についても調査したため,糖尿病網膜症の分類として糖尿病眼手帳に採用されている福田分類を用いた.本研究では,福田分類で通常の分布と異なっており,A3が最も多くなっていた.調査を施行した医療機関では,糖尿病専門医が勤務していなかったため,初期の網膜症が少なく,汎網膜光凝固などの処置を必要とする患者が多くなっていたためと考えられた.本研究の第一の問題点は,患者の手帳の提出は双方向であるべきであるのに対して,今回の研究が糖尿病健康手帳あるいはデータシートを眼科医に持参されるかを評価した単方向性であることである.そのため,患者が内科医に眼科での治療内容を記載されている糖尿病眼手帳を持参しているかについては,現在実施しており,終了した際には早急に報告する予定である.第二の問題点は,患者の受診回数が3~18回と広く分布しており,受診間の期間も1~6カ月とさまざまである.そのために,患者の意識も多様化していると考えられ,煩雑な結果となってしまったことである.第三の問題点としては,本研究が情報の伝達に関して施行されたものであり,伝達された情報をどのように活かしていくかが更なる課題になると考えられた.今回,眼科への内科での治療内容の提供が眼科治療において不可欠であり,その記録を持参することが重要であることを説明することで,記録を持参する率は,著しく向上した.糖尿病患者の病識の向上や内科-眼科間医療連携において眼科医の果たせる役割の余地は大きく,積極的に係わることが必要であると考えられた.本研究の一部は,第61回日本臨床眼科学会,第110回日本眼科学会総会で発表した.文献1)山下英俊,大橋靖雄,水野佐智子:網膜症経過観察プログラムに関する報告書.厚生科学研究21世紀型医療開拓推進研究事業「糖尿病における血管合併症の発症予防と進展抑制に関する研究(JDCS)」平成14年度総括・分担研究報告書,p16-33,20032)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:HisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20043)DimatteoMR:Variationsinpatients’adherencetomedicalrecommendations:aquantitativereviewof50yearsofresearch.MedCare42:197-206,2004表4糖尿病専門医受診患者群および非専門医受診患者群における糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートの持参率糖尿病専門医受診患者群非専門医受診患者群p値計患者数150187337登録時糖尿病健康手帳保有123(82.0%)86(46.0%)<0.0001211(62.6%)持参80(53.3%)38(20.3%)<0.0001118(35.0%)採血検査結果表などのデータシート保有18(12.0%)68(36.4%)<0.000186(25.5%)持参2(1.3%)1(0.5%)0.93(0.9%)糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートを持参82(54.7%)39(20.9%)<0.0001121(35.9%)調査時全例での糖尿病健康手帳あるいは採血検査結果表などのデータシートを持参946/1,111(85.1%)945/1,302(72.6%)<0.00011,891/2,412(78.4%)登録時に糖尿病健康手帳を有している患者の手帳を持参787/900(87.4%)505/629(80.3%)0.00011,292/1,529(84.5%)糖尿病健康手帳を有していない患者が採血検査結果表などのデータシートを持参159/211(75.4%)440/672(65.5%)0.0063599/883(67.8%)1360あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(140)4)StewartWC:Factorsassociatedwithvisuallossinpatientswithadvancedglaucomatouschangesintheopticnervehead.AmJOphthalmol116:176-181,19935)山名泰生:糖尿病眼合併症対策の努力.チーム医療の重要性.眼科の立場から.日本糖尿眼学会雑誌3:43-46,19986)菅原岳史,金子能人:岩手合併症研究会のトライアル糖尿病網膜症教室におけるアンケート結果.眼紀55:197-201,20047)善本三和子,加藤聡,松元俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20048)船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:眼科医・内科医・コメディカルの連携を目指して糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20059)杉紀人,山上博子,斉藤由香ほか:糖尿病眼手帳による患者教育への有用性.臨眼58:329,200510)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:糖尿病網膜症の管理に関するアンケート調査眼科医と内科医の調査結果の比較.眼紀58:616-621,200711)日本糖尿病学会(編):糖尿病治療ガイドライン2010.南江堂,201012)SchwartzGF:Complianceandpersistencyinglaucomafollow-uptreatment.CurrOpinOphthalmol16:114-121,200513)柳井春夫,高木廣文編著:多変量解析ハンドブック.現代数学社,198614)奥野忠一,久米均,多賀敏郎ほか:多変量解析法(改訂版).日科技連,198115)SchwartzGF:Complianceandpersistencyinglaucomafollow-uptreatment.CurrOpinOphthalmol16:114-121,2005***

脈絡膜肉芽腫のみを呈した眼サルコイドーシスの2 症例

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(129)1349《原著》あたらしい眼科28(9):1349?1353,2011cはじめにサルコイドーシスは,前房炎症,隅角結節,硝子体混濁,網膜血管周囲炎,網脈絡膜滲出物など多彩な眼所見を示す.2006年に日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会の「診断基準改訂委員会」と,厚生労働省びまん性肺疾患調査研究班によって,サルコイドーシスの診断基準と診断の手引き─2006が策定された.この改訂で,サルコイドーシスとして特異性が高く,他疾患から鑑別しうる臨床所見を各臓器ごと(眼,肺,心臓,皮膚,神経・筋,その他の臓器)に検討し,各臓器の「診断の手引き」として記載された.眼病変については,「サルコイドーシス眼病変の診断の手引き改訂委員会」により改訂され,サルコイドーシス眼病変として,特異性の高いと考えられる眼所見が設定された(表1).今回筆者らは眼所見として,比較的稀でありながら特異性の高い所見の一つとされる脈絡膜肉芽腫を呈したが,その他の炎症所見や結節を認めなかったサルコイドーシスの2症例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕25歳,男性.主訴:左眼歪視.現病歴:1カ月前より左眼の歪視を自覚,近医を受診.網膜下の腫瘤性病変を認め,脈絡膜腫瘍にて経過観察されていたが,精査加療目的に当院を受診した.〔別刷請求先〕高桑加苗:〒113-8431東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KanaeTakakuwa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine,3-1-3Hongo,Bunkyo-ku,Tokyo113-8431,JAPAN脈絡膜肉芽腫のみを呈した眼サルコイドーシスの2症例高桑加苗海老原伸行村上晶順天堂大学医学部眼科学教室TwoCasesofChoroidalGranulomainSarcoidosiswithNoOtherOcularManifestationsKanaeTakakuwa,NobuyukiEbiharaandAkiraMurakamiDepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine脈絡膜肉芽腫のみでその他の眼炎症所見・結節などを認めないサルコイドーシス2症例を経験した.症例1:25歳,男性,歪視を自覚.後極に脈絡膜肉芽腫を認めた.症例2:29歳,女性,変視を自覚.後極に脈絡膜肉芽腫と周囲の網膜下液を認めた.両症例ともその他の眼炎症所見は認めなかった.胸部X線検査で両側肺門部腫脹(BHL)を認め,経気管支肺生検により肉芽腫を検出し,サルコイドーシスによる脈絡膜肉芽腫と診断された.両症例ともプレドニゾロン(30?40mg/日)の内服にて寛解した.サルコイドーシスの眼所見として脈絡膜肉芽腫は稀ではないが,他の所見を伴わない症例もあり,全身検査の必要性が示唆された.Wereporttwocasesofsarcoidosisthatdevelopedonlychoroidalgranulomas,withnootherocularmanifestations.Onepatient,a25-year-oldmale,developeddistortedvisioninoneeye.Examinationoftheeyerevealedachoroidalgranulomaintheposteriorpole,withnootherinflammatorysigns.Theotherpatient,a29-year-oldfemale,developedmetamorphopsiainoneeye.Examinationoftheeyerevealedachoroidalgranulomaintheposteriorpole,withnootherinflammatorysigns.Subretinalfluid,includingmaculaedema,wasrecognized.Inbothcases,chestX-rayshowedbilateralhilarlymphadenopathy(BHL)andgranulomawasprovenviatransbronchiallungbiopsy.Thedefinitivediagnosiswassarcoidosis.Theadministrationofpredonisoloneresultedincompletereductionofchoroidalgranuloma.Systemicbodyexaminationsareveryusefulfordiagnosingpatientswhodevelopchoroidalgranulomawithnootherinflammatorymanifestationsinsarcoidosis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1349?1353,2011〕Keywords:サルコイドーシス,脈絡膜肉芽腫,全身検査.sarcoidosis,choroidalgranuloma,systemicbodyexamination.1350あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(130)既往歴:特記すべきことなし.家族歴:叔母緑内障.初診時所見:視力は右眼(1.2×?1.0D(cyl?0.25DAx110°),左眼(0.8p×?1.5D(cyl?0.5DAx85°),眼圧は右眼14mmHg,左眼12.5mmHgであった.前房・隅角・中間透光体には炎症所見や結節はなく,眼底には網膜の血管炎や滲出斑は認めなかった.異常所見としては左眼乳頭の上方に黄斑部にまでかかる滲出性網膜?離を伴う1.5乳頭径大の白色不整形の網膜下腫瘤を認めた(図1,2).光干渉断層計(OCT)において黄斑を含む漿液性網膜?離を認めた.蛍光眼底撮影検査は嘔気出現のため施行しなかった.全身検査結果:血液検査にて血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)19.8U/l(正常値8.3?21.4)と正常値上限,可溶性インターロイキン-2レセプター(solubleinterleukin-2receptor:sIL-2R)は1,292U/ml(正常値188?570)と高値であった.ツベルクリン反応は陰性,喀痰検査で抗酸菌陰性.胸部X線,胸部CT上肺門部リンパ節腫脹を認めた.治療経過:全身検査所見よりサルコイドーシスが疑われ,経気管支肺生検(TBLB)で肺門リンパ節内に小型類上皮細胞,サルコイド結節を認めた.2006年厚生労働省特定疾患サルコイドーシス調査研究班の診断の手引きを用いてサルコイドーシス組織診断群と診断,サルコイドーシスによる脈絡膜肉芽腫とし,0.1%リン酸ベタメタゾン左眼点眼4回/日,表1眼病変を強く示唆する臨床所見以下に示す眼所見6項目中2項目以上を有する場合に眼病変を疑い,診断基準に準じて診断する.1)肉芽腫性前部ぶどう膜炎(豚脂様角膜後面沈着物,虹彩結節)2)隅角結節またはテント状周辺虹彩前癒着3)塊状硝子体混濁(雪玉状,数珠状)4)網膜血管周囲炎(おもに静脈)および血管周囲結節5)多発する蝋様網脈絡膜滲出斑または光凝固斑様の網脈絡膜萎縮病巣6)視神経乳頭肉芽腫または脈絡膜肉芽腫図1症例1の初診時眼底写真(左眼)視神経乳頭上方に黄白色の隆起性病変(↑),その周囲に黄斑を含む漿液性網膜?離()を認める.図2症例1の初診時左眼黄斑部光干渉断層計(OCT)黄斑部を含む漿液性網膜?離を認める.図3症例1の寛解期眼底写真視神経乳頭上方の黄白色病変は瘢痕化,漿液性網膜?離は消退した.図4症例1の寛解期黄斑部光干渉断層計(OCT)漿液性網膜?離の消退.(131)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111351プレドニゾロン30mg/日の内服を開始,検眼鏡的に漿液性網膜?離,脈絡膜肉芽腫の縮小を確認しながら漸減した.肉芽腫は次第に瘢痕化し,漿液性網膜?離は消失した(図3,4).その後左眼矯正視力(1.0)を維持している.経過中その他のサルコイドーシスに伴う眼所見は認めなかった.〔症例2〕29歳,女性.主訴:左眼変視.現病歴:1年前から咳嗽出現し検診にて胸部X線上異常陰影を指摘された.精査目的のTBLBにて肉芽腫が認められ,6カ月前に1989年厚生省特定疾患サルコイドーシス調査研究班の診断の手引きを用いてサルコイドーシス組織診断群と確定された.当時眼症状はなかったが,その6カ月後左眼の変視が出現,当院を受診した.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼(1.5×?5.0D),左眼(1.0×?4.25D),眼圧は右眼12mmHg,左眼12mmHgであった.両眼とも前房・隅角・中間透光体には炎症所見や結節はなく,眼底には網膜の血管炎や滲出斑は認めなかった.検眼鏡的には視神経乳頭の色調・境界も正常であった.異常所見として左眼,視神経乳頭と黄斑との間に黄白色の隆起性病変,その周囲に漿液性網膜?離を認めた(図5).蛍光眼底撮影検査(FAG)では後期相で病変部と視神経乳頭の過蛍光を認めた.周辺網膜血管は正常であった.インドシアニングリーン造影眼底撮影検査(ICG)では漿液性網膜?離部に一致して後期での低蛍光を認めた(図6).全身検査結果:血液検査にて血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)は28.2U/lと高値を示したものの,その他は異常値なし.ツベルクリン反応は陰性,喀痰検査では抗酸菌陰性図5症例2の初診時眼底写真(左眼)視神経乳頭と黄斑の間に黄白色の隆起性病変(↑),その周囲に漿液性網膜?離を認める.図7症例2の寛解期眼底写真脈絡膜肉芽腫の縮小,漿液性網膜?離の消退を認める.ba図6症例2のFAGおよびICG所見a:FAG後期相において肉芽腫の過蛍光を認める.b:ICG後期相において肉芽腫,周囲の低蛍光を認める.1352あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(132)であった.胸部X線,胸部CT上両側肺門部リンパ節の著明な腫大があり,TBLBで小型類上皮肉芽腫を認めた.治療経過:サルコイドーシスに伴う脈絡膜肉芽腫による漿液性網膜?離と考えプレドニゾロン40mg内服を開始し,検眼鏡的に漿液性網膜?離および腫瘤の縮小傾向をみながら漸減した.腫瘤は次第に瘢痕化し,漿液性網膜?離は消失した(図7).左眼矯正視力は(1.2)を維持,変視は軽減した.経過中その他のサルコイドーシスに伴う眼所見は認めなかった.II考按サルコイドーシスに特徴的な眼所見としては豚脂様角膜後面沈着物,虹彩結節,隅角結節,テント状周辺虹彩前癒着などの前眼部所見,塊状硝子体混濁(雪玉状・数珠状),硝子体混濁,網膜血管周囲炎,蝋様網脈絡膜滲出斑,光凝固の網脈絡膜萎縮病巣などの後眼部所見が知られている.このうち隅角結節,塊状硝子体混濁,網膜血管周囲炎,網脈絡膜萎縮病巣は感度・特異度ともに高い所見とされる一方,豚脂様角膜後面沈着物,視神経肉芽腫・脈絡膜肉芽腫は特異度は高いが感度が低い所見とされる1?3).特に視神経乳頭・脈絡膜の肉芽腫は最近の清武らの報告においてもサルコイドーシス確定群106例中の1.9%と非常に頻度の低い所見である4).その他の既報においても脈絡膜肉芽腫は欧米の報告でも約5%と頻度は低い5,6).近年当院で経験したサルコイドーシス31例の眼所見を示す(表2).網脈絡膜肉芽腫の頻度は2.0%と既報と同様の結果となった.既報では発症に性差はみられなかったが,20?30歳代の症例が主であり,高齢者発症の症例はわが国ではみられず,海外の既報に数例みられるのみであった7).今回の2症例も20歳代での発症であり,脈絡膜肉芽腫がサルコイドーシスの所見のなかでも若年発症に多いという可能性が示唆された.また,ほとんどの既報では肉芽腫病変は片眼性であり,黄斑部あるいは黄斑部近傍に存在し,多発例は稀であった1,8).眼所見として脈絡膜肉芽腫のみがみられた報告は少なく6),前房内炎症や豚脂様角膜裏面沈着物,隅角結節,硝子体混濁とともに脈絡膜肉芽腫がみられる報告が多い2,9,10).今回の症例では脈絡膜肉芽腫が黄斑部に発症,または肉芽腫に伴う漿液性網膜?離が後極に及び視力障害をきたし眼科を受診し発見された.黄斑部・黄斑部近傍に発症しない脈絡膜肉芽腫でその他の炎症所見を伴わない場合,視力障害を自覚することなく眼科受診に至らないため脈絡膜肉芽腫のみの症例報告が少ない可能性も考えられた.網脈絡膜隆起性病変をきたす疾患としては,サルコイドーシス以外に脈絡膜悪性黒色腫,脈絡膜血管腫,脈絡膜骨腫,転移性脈絡膜腫瘍,悪性リンパ腫,網膜芽細胞腫などがあり,鑑別が必要となる.鑑別には蛍光眼底撮影検査,超音波検査,OCTなどの眼科的検査に加え,胸部X線検査,胸部CT(コンピュータ断層撮影),Gaシンチグラフィーによる肺門部リンパ節腫脹の有無の鑑別,血清ACE値,血清Ca値,ツベルクリン反応の陰転化の有無などの全身検査が必要である.今回の2症例では眼所見でサルコイドーシスに特異的とされる脈絡膜肉芽腫があり,胸部X線検査で肺門部リンパ節腫脹を認め,TBLBで非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を検出したこと,ツベルクリン反応の陰転化からサルコイドーシスによる脈絡膜肉芽腫と診断できた.サルコイドーシスの眼所見において,脈絡膜肉芽腫は特異度は高いが,頻度は低いとされている.本症例のように眼所見でその他の炎症所見や結節などを認めず,脈絡膜肉芽腫のみを示す症例も存在する.脈絡膜腫瘍などの他疾患との鑑別は重要だが,サルコイドーシスで孤立性の脈絡膜肉芽腫をきたすことも念頭におき,全身の検査所見を行うことが必要と考えられた.サルコイドーシスの眼症状の治療は原則として局所ステロイド薬投与であるが,脈絡膜肉芽腫の所見を有する症例に対しては全身投与が適応される.初期投与量は通常でプレドニゾロン換算30?40mg/日,重症例では60mg/日とされる11).既報ではステロイド薬全身投与が多くみられ,著効している2,6,9).ステロイド薬点眼のみで自然軽快した報告もある10).今回筆者らが経験した症例1では,ステロイド薬の点眼加療では効果なく,全身投与を行い奏効した.脈絡膜肉芽腫に対する治療としてはステロイド薬の全身投与が効果があると考えられた.まとめ眼底に網脈絡膜隆起性病変を認めた際に,サルコイドーシスを念頭に全身精査も行い他疾患と鑑別,診断することが必要と考えられた.表2当院におけるサルコイドーシス31例の眼所見当院(n=31)既報豚脂様角膜後面沈着物77.4%34.4?65.1%雪玉状,数珠状硝子体混濁50.0%46.0?58.6%隅角結節およびテント状周辺虹彩前癒着38.7%38.0?67.1%網膜血管周囲炎および血管周囲結節38.7%52.0?60.7%網脈絡膜滲出物および網脈絡膜結節網脈絡膜滲出物22.6%37.5?57.4%網脈絡膜肉芽腫6.4%2.0%網脈絡膜の広範囲萎縮病巣16.1%14.5?19.0%(133)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111353文献1)熊谷麻美,堀田喜裕,井出あゆみほか:網脈絡膜に多発性の肉芽腫を生じたサルコイドーシスの1例.臨眼52:1007-1010,19982)尾辻太,村上克己,尾崎弘明ほか:脈絡膜肉芽腫を伴うサルコイドーシスの1例.臨眼56:961-965,20023)吉川浩二,小竹聡,笹本洋一ほか:眼症状からのサルコイドーシスの診断.日眼会誌96:501-505,19924)清武良子,沖波聡,相馬実穂ほか:サルコイドーシスの診断─新診断基準の検討.日眼会誌114:678-682,20105)ObenaufCD,ShawHE,SydnorCFetal:Sarcoidosisanditsophthalmicmanifestations.AmJOphthalmol86:648-655,19786)DesaiUR,TawansyKA,JoondephBCetal:Choroidalgranulomasinsystemicsarcoidosis.Retina21:40-47,20017)CampoRV,AabergTM:Choroidalgranulomainsarcoidosis.AmJOphthalmol97:419-427,19848)大西礼子,幸野敬子,小暮美津子ほか:脈絡膜肉芽腫を伴ったサルコイドーシスの1例.眼臨92:1118-1120,19989)高井七重,三浦清子,植木麻理ほか:脈絡膜結節を呈したサルコイドーシスの2例.臨眼57:1081-1085,200310)平岩貴志,高良俊武,大澤毅ほか:黄斑部漿液性?離を伴うサルコイド脈絡膜結節の自然経過.臨眼59:1527-1530,200511)日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会,日本呼吸器学会,日本心臓病学会,日本眼科学会,厚生省科学研究─特定疾患対策事業─:びまん性肺疾患研究班サルコイドーシス治療に関する見解─2003***

結膜悪性黒色腫切除後に生じた囊胞様黄斑浮腫の1例

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(123)1343《原著》あたらしい眼科28(9):1343?1347,2011cはじめに結膜悪性黒色腫の頻度はきわめて低く,わが国での発生率は人口10万人につき約0.0059人とされる1).限局性の結膜原発悪性黒色腫に対する治療は,単純腫瘍切除,腫瘍切除に冷凍凝固の併用,眼窩内容除去などがあり,術後療法としてマイトマイシンC(mitomycinC:MMC)点眼2,3)が行われることがある.また,悪性黒色腫に対する全身化学療法として,わが国ではcisplatin,dacarbazine,vindesineによるCDV療法,dacarbazine,nimustinehydrochrolide,vincristineによるDAV療法やinterferon-bを併用したDAV-フェロン療法などが行われている4).今回筆者らは,局所切除術と冷凍凝固術を行い,術後0.04〔別刷請求先〕山添克弥:〒296-8602鴨川市東町929亀田総合病院眼科Reprintrequests:KatsuyaYamazoe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KamedaMedicalCenter,929Higashi-cho,Kamogawa296-8602,JAPAN結膜悪性黒色腫切除後に生じた?胞様黄斑浮腫の1例山添克弥横田怜二堀田順子堀田一樹亀田総合病院眼科PostoperativeCystoidMacularEdemafollowingConjunctivalMalignantMelanomaResectionKatsuyaYamazoe,ReijiYokota,JunkoHottaandKazukiHottaDepartmentofOphthalmology,KamedaMedicalCenter結膜悪性黒色腫(CMM)切除後に?胞様黄斑浮腫(CME)を生じた症例を経験した.40歳,女性.右眼下耳側結膜および角膜に浸潤する黒褐色腫瘤を認め,CMMを疑い,単純切除術および切除断端冷凍凝固術を施行した.術後,病理組織学的にCMMと診断され,後療法として0.04%マイトマイシンC(MMC)点眼,DAV(dacarbazine,nimustinehydrochrolide,vincristine)療法を施行した.術後遠隔転移や局所再発はみられなかったが,切除部の強膜菲薄化を生じた.術14カ月後,右眼にCMEが生じた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査で,典型的CME所見を認めたが,血管炎や閉塞所見はみられなかった.ジクロフェナク点眼を施行したところCMEは一旦消失したが,その後再燃した.強膜菲薄化が進行したため,術5年後に強膜移植を施行したところ,CMEは消退した.後療法としてMMC点眼を用いた結膜腫瘍摘出術では,強膜の菲薄化に伴う周辺部ぶどう膜炎症によりCMEを生じる可能性がある.Wereportacaseofpostoperativecystoidmacularedema(CME)followingconjunctivalmalignantmelanoma(CMM)resection.Thepatient,a40-year-oldfemale,wasreferredtousforinvestigationofconjunctivaltumorinherrighteye.Slitlampexaminationshowedadarkbrownnodulartumororiginatingfromthepalpebralconjunctiva,withinfiltrationtothecornea.CMMwassuspected;tumorresectionandcryotherapywereperformed.HistopathologicalexaminationofthelesionsledtothediagnosisofCMM;postoperativetreatmentincludedtopical0.04%mitomycinC(MMC)andsystemicchemotherapywithDAV(dacarbazine,nimustinehydrochrolide,vincristine)therapy.Postoperatively,therehadbeennolocalrecurrenceordistantmetastasis;however,fourteenmonthsaftersurgery,slitlampexaminationdisclosedscleralthinningaroundtheexcisedlesion,andCMEwasconfirmedbyfundusexamination.FluoresceinangiographyalsoshowedtypicalCMEfindings,withnosignsofvasculitisorvesselocclusion.CMEdecreasedafteradministrationoftopicaldiclofenac,buttheeffectwastransient.Asscleralthinningwasobserved,scleralpatchgraftwasperformedabout5yearsaftersurgery,andCMEwasabsorbed.ScleralthinningcanoccurafterconjunctivaltumorexcisionwithpostoperativeadministrationoftopicalMMC.WesupposethatperipheraluveitisfollowingscleralthinningmightbeacauseofCME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1343?1347,2011〕Keywords:結膜悪性黒色腫,マイトマイシンC,?胞様黄斑浮腫,強膜移植.conjunctivalmalignantmelanoma,mitomycinC,cystoidmacularedema,scleralpatchgraft.1344あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(124)%MMC点眼と全身化学療法を施行した結膜悪性黒色腫の1例3)(既報)の経過観察中,?胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)を発症した症例を経験した.結膜悪性黒色腫切除後にCMEを生じたとする報告はこれまでになく,若干の考察とともに報告する.I症例患者:40歳,女性.主訴:右眼球結膜色素沈着.現病歴:右眼に6カ月前から色素沈着が生じ,増大したため近医眼科を受診した.結膜悪性腫瘍を疑われ,翌日,2004年3月17日に亀田総合病院眼科を紹介受診した.既往歴:特記事項はない.初診時所見:視力は右眼1.0(n.c.),左眼1.0(n.c.).眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHg.右眼下耳側球結膜と角膜に浸潤する6×13mm大の黒褐色腫瘤が生じていた(図1).結膜円蓋部からは腫瘍栄養血管と思われる拡張した結膜血管の伸展がみられた.中間透光体,眼底に異常はなかった.臨床経過と肉眼的所見から結膜悪性黒色腫が強く疑われた.コンピュータ断層画像や磁気共鳴画像,Gaシンチグラフィによる全身検査で遠隔転移を示す所見はなかった.治療および経過:2004年4月12日局所麻酔下で腫瘍単純切除術と切除断端に冷凍凝固術を施行した.Safetymarginは5mmとし,角膜側は実質浅層まで?離し腫瘍を一塊として摘出した.角膜側には100%エタノールを綿棒で曝露した.切除部の強膜に結膜を被覆せず終了した.病理組織学的所見で腫瘍細胞が上皮内増殖と上皮下を中心に多数の小胞巣を形成し,全体として結節状に増生していた.また,HMB(humanmelanomablack)-45免疫染色で,腫瘍細胞は染色されなかったが,S-100蛋白免疫染色では腫瘍細胞は濃染された.腫瘍細胞は類上皮細胞と紡錘細胞からなる混合型であった.明らかに異型性を示すメラノサイトが上皮下に浸潤しており,さらにはS-100蛋白免疫染色で細胞が染色されたことから悪性黒色腫と診断した.切除断端の組織に異型細胞はなかった.術後に0.04%MMCを1日4回1週間点眼で,間隔を1週間空けて2クール投与した.また,全身化学療法としてdacarbazine,nimustinehydrochloride,vincristineによるDAV療法を1回1週間で間隔を1カ月空けて2クール施行した.術後12カ月,腫瘍切除部の強膜菲薄化がみられたが,局所の再発や遠隔転移を示唆する所見はみられなかった.視力は両眼とも(1.0)であった.術14カ月後に,右眼視力低図1初診時前眼部写真下耳側結膜および角膜に浸潤する6×13mmの黒褐色腫瘤を生じ,角膜側に1.5mm程度浸潤していた.結膜円蓋部からは腫瘍栄養血管と思われる拡張した結膜血管の伸展がみられた.(文献3より)ba図2術14カ月後の眼底写真(a)と蛍光眼底造影写真(b)a:右眼にCMEがみられた.b:右眼にCME特有の花弁状過蛍光,周辺部に点状蛍光漏出がみられた.(125)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111345下を自覚し(矯正視力0.5),右眼眼底に検眼鏡的にも光干渉断層像(opticalcoherencetomography:OCT)所見でも明らかなCME(図2a,3a)および下耳側周辺部に点状出血がみられた.蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FAG)では,右眼周辺部眼底に点状の蛍光漏出がみられ,黄斑部にはCME特有の花弁状過蛍光を生じていた(図2b).全視野刺激ERG(網膜電図)では,錐体系反応は左右差なくほぼ正常であったが,杆体系反応では右眼に若干の振幅の低下と潜時の延長がみられた.その後,CMEは増悪したため,トリアムシノロンのTenon?下注射を考慮して,ステロイド点眼を1日3回点眼1週間施行した.CME所見に変化はなかったが,右眼眼圧は30mmHgに上昇したためステロイド点眼は中止し,Tenon?下注射も見合わせた.ステロイド剤の代替的にジクロフェナク点眼1日3回点眼を開始したところ,CMEは一旦著明に改善し,右眼視力も(1.0)となったが,その後も軽度のCMEの再発をくり返した(図3b).ジクロフェナク点眼は継続していたが,術4年後よりCMEの増悪は顕著で,改善はみられなくなった(図3c,4a,4b).強膜菲薄部は潰瘍となり灰白色のプラークに覆われるようになった(図5a).2009年5月13日に菲薄部強膜を被覆する目的で強膜移植術を施行した.術後,移植片の生着は良好で,強膜移植術1年後となる2010年5月現在,右眼視力はbacd図3CMEの経過(OCT像)a:術後14カ月.明らかなCMEがみられた.b:ジクロフェナク点眼1カ月後(術25カ月後).視力(1.0).c:強膜移植術前(術53カ月後).視力(1.2).d:強膜移植術後(術61カ月後).視力(1.2).ジクロフェナク1日3回点眼を4週間施行したところ,CMEは一旦改善したが,その後増悪した.強膜移植術後にCMEの再発はみられていない.ba図4強膜移植術前後の前眼部写真a:腫瘍切除部位の強膜は菲薄化し,プラークに覆われていた(術56カ月後).b:強膜移植片は生着良好で,上皮化を得られた(術61カ月後).1346あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(126)(1.2)で,腫瘍の局所再発はなく,CMEの再発もみられていない(図3d,4c,4d,5b).II考察CMEは,網膜の外網状層と内顆粒層に液体が貯留したもので,網膜血管病変,網膜硝子体界面の異常,眼内炎症性疾患,内眼手術後,網膜変性疾患,放射線,薬剤など,さまざまな原因によって発生する.本症例には高血圧や糖尿病などの網膜血管病変をひき起こす基礎疾患はなく,検眼鏡的にも蛍光眼底造影検査からも血管閉塞や網膜変性所見はみられなかった.そこで本症例のCMEが,悪性腫瘍に起因するものである可能性および使用薬剤,外科的治療による可能性などがないかを検討することにした.悪性黒色腫に随伴して生じる網膜症に,悪性黒色腫関連網膜症(melanomaassociatedretinopathy:MAR)がある.きわめてまれな病態とされるが,欧米に加えわが国でも報告例がある5,6).双極細胞に対する自己免疫機構が関与し,夜盲,光視症で発症し,眼底には異常所見が乏しいが,ERGでb波が減弱する陰性型の波形をとるとされる6).本症例では特徴的な臨床症状がなく,ERG所見も一致しない.また,MARに伴うCMEの報告もなく,本症例のCMEがMARに伴うものとは考えにくい.一方,CMEを生じうる全身化学療法として,タキソン系抗悪性腫瘍薬があげられる.パクリタキセル7)や,タモキシフェン8),シスプラチンによるもの9)などが少数例ではあるが報告されている.しかし,今回使用したdacarbazine,nimustinehydrochrolideおよびvincristineによる発生報告は渉猟する限りみられない.また,過去の報告例はいずれも両眼性である.本例では片眼性である点と薬剤中止後長期経過してCMEが発症している点からも,化学療法が誘因となった可能性は低いと考えられる.ここで,MMC点眼はメラノーシスや悪性黒色腫で,異型メラノサイトの減少や再発予防効果があるとされる10).本症例でも切除後の後療法として併用し,既報3)でその有効性にabcd図5強膜移植術前後の眼底写真,フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:強膜移植術前(術53カ月後),b:強膜移植術前(術53カ月後),c:強膜移植術後(術61カ月後),d:強膜移植術後(術61カ月後).強膜移植術後,CMEが消退し,その後再発はみられない.(127)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111347ついて考察した.しかし,MMC点眼による合併症には角膜炎,結膜炎などの比較的早期に出現するものの他に,強膜菲薄化や強膜軟化症などの晩期合併症も報告されている11).また発生のメカニズムは不明だが,ぶどう膜炎続発緑内障や角膜移植後緑内障に対するMMC併用trabeculectomyの合併症としてCMEの発生も散見される12).本症例では,CMEが術眼のみに生じたこと,FAG所見で周辺部網脈絡膜炎症が疑われること,ステロイド剤点眼よりもジクロフェナク点眼が奏効したこと13),強膜移植が奏効したことなどを考慮すると,菲薄化した強膜を介した機械的な刺激によりぶどう膜炎が惹起し,CMEを生じた可能性が最も考えられる.MMC点眼あるいは術中の直接塗布は,結膜悪性黒色腫などの悪性新生物切除術以外にも緑内障濾過手術や翼状片手術などで広く行われている.術後の長期経過で強膜の菲薄化とともにCMEが発生する可能性があり,侵襲の少ないOCT検査などで黄斑部所見に十分留意する必要がある.また,積極的な強膜移植は,強膜菲薄化に起因するCMEに対し有効であることが示された.文献1)金子明博:日本における眼部悪性黒色腫の頻度について.臨眼33:941-947,19792)DemirciH,McCormickSA,FingerPT:Topicalmitomycinchemotherapyforconjunctivalmalignantmelanomaandprimaryacquiredmelanosiswithatypia:clinicalexperiencewithhistopathologicobservations.ArchOphthalmol118:885-891,20003)有澤武士,成田信,堀田一樹:結膜悪性黒色腫の2例.眼科手術19:245-249,20064)後藤浩:眼科領域の悪性黒色腫と悪性リンパ腫のマネージメント:眼と全身の連携.あたらしい眼科19:593-602,20025)LuY,JiaL,HeSetal:Melonoma-associatedretinopathy:aparaneoplasticautoimmunecomplication.ArchOphthalmol127:1572-1580,20096)村山耕一郎,田北博保,清原祥夫ほか:悪性黒色腫関連網膜症の臨床像と経過.日眼会誌110:211-217,20067)伊藤正,奥田正俊:抗癌剤パクリタキセル使用中に?胞様の黄斑症を呈した1例.日眼会誌114:23-27,20108)加治屋志郎,早川和久,澤口昭一:タモキシフェン網膜症の1例.あたらしい眼科16:1145-1148,19999)濱田文,西村雅史,鈴木克彦ほか:悪性中皮腫に対する化学療法により?胞様黄斑浮腫を生じた1例.眼臨101:963,200710)WillsonMW,HungerfordJL,GeorgeSMetal:TopicalmitomycinCforthetreatmentofconjunctivalandcornealepithelialdysplasiaandneoplasia.AmJOphthalmol124:303-311,199711)久田佳明,田中康裕,佐野邦人ほか:マイトマイシンC点眼による翼状片の治療成績.眼紀49:214-217,199812)PrataJA,NevesRA,MincklerDSetal:TrabeculectomywithmitomycinCinglaucomaassociatedwithuveitis.OphthalmicSurg25:616-620,199413)MiyakeK,MasudaK,ShiratoSetal:Comparisonofdiclofenacandfluorometholoneinpreventingcystoidmacularedemaaftersmallincisioncataractsurgery:amulticenteredprospectivetrial.JpnJOphthalmol44:58-67,2000***

30年前の眼球打撲により網脈絡膜萎縮を伴った黄斑円孔の1 例

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(121)1341《原著》あたらしい眼科28(9):1341?1342,2011cはじめに鈍的眼外傷によりひき起こされる黄斑円孔は自然閉鎖が得られる場合もある1,2).今回筆者らは鈍的外傷により網脈絡膜萎縮を伴い,長期間経ってから黄斑円孔を生じた1例を経験した.特発性黄斑円孔と同様に硝子体手術に内境界膜?離を併用3~5)することで良好な結果が得られたので報告する.I症例症例は39歳,男性で,平成21年9月7日,左眼の視力低下と変視を主訴に当院紹介受診となる.既往歴として,約30年前に野球のボールが左眼を直撃し,眼科通院をしていた.初診時所見:視力は,右眼0.1(1.0×sph?3.75D),左眼0.05(0.4×sph?3.25D(cyl?0.5DAx5°),眼圧は,右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.前眼部,中間透光体に異常を認めなかった.左眼眼底所見は,黄斑円孔と黄斑部下方に円孔と接し網脈絡膜萎縮を認めた(図1a).光干渉断〔別刷請求先〕櫻井寿也:〒550-0024大阪市西区境川1-1-39多根記念眼科病院Reprintrequests:ToshiyaSakurai,M.D.,TaneMemorialEyeHospital,1-1-39Sakaigawa,Nishi-ku,Osaka550-0024,JAPAN30年前の眼球打撲により網脈絡膜萎縮を伴った黄斑円孔の1例櫻井寿也草場喜一郎田野良太郎福岡佐知子竹中久真野富也多根記念眼科病院ACaseofMacularHolewithChorioretinalAtrophyToshiyaSakurai,KiichiroKusaba,RyotaroTano,SachikoFukuoka,HisashiTakenakaandTomiyaManoTaneMemorialEyeHospital約30年前に眼球打撲の既往があり,網脈絡膜萎縮を生じ,その後視力は良好に経過していたが黄斑円孔を発症した1例を経験した.内境界膜?離を併用した硝子体手術により黄斑円孔の閉鎖が得られ,視力も(0.9)に改善した.Acaseofmacularholewithchorioretinalatrophywasexamined.Thechorioretinalatrophyhadbeencausedbyophthalmictrauma30yearspreviously.Thepatientunderwentparsplanavitrectomywithinternallimitingmembranepeeling.Aftertreatment,thebestcorrectedvisualacuityobtainedwas0.9.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1341?1342,2011〕Keywords:網脈絡膜萎縮,硝子体手術.chorioretinalatrophy,vitrectomy.図1a初診時眼底写真黄斑部下方に網脈絡膜萎縮と黄斑円孔を認める.図1b初診時光干渉断層撮影像(OCT)円孔周囲の網脈絡膜萎縮部に黄斑上膜を認める.1342あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(122)層撮影(OCT)では,黄斑円孔と網脈絡膜萎縮部位での網膜色素上皮細胞の異常を示し,硝子体皮質の肥厚と牽引を認めた(図1b).経過:平成21年9月21日黄斑円孔に対し,経結膜的に経毛様体扁平部硝子体切除術(23ゲージPPV)を施行した.術中の所見としては,後部硝子体は未?離であり,人工的後部硝子体?離を必要とした.後部硝子体?離を作製ののち,BrilliantBlueG(BBG0.25mg/ml)を用い内境界膜(ILM)を染色後?離した.健常部網膜と異なり網脈絡膜萎縮部位でのILMの?離は完全に行うことができなかった.周辺部硝子体を切除した後,液-空気置換を行い20%SF6(六フッ化硫黄)ガス置換術を施行した.術後黄斑円孔の閉鎖が得られ術後1カ月の時点で,左眼視力VS=0.07(0.9×sph?3.00D(cyl?1.00DAx180°)と改善が認められた(図2a,b).II考察今回,網脈絡膜萎縮に伴う黄斑円孔に対し,ILM?離を併用した硝子体手術により黄斑円孔閉鎖が得られた.今回の症例では,新鮮例の外傷性黄斑円孔によくみられる後部硝子体?離が生じていなかったこと,および特発性黄斑円孔で認められるような蓋がなかった点を有するが,外傷そのものによる黄斑円孔発症の原因とは考えにくい.鈍的打撲眼では,脈絡膜動脈閉塞,脈絡膜毛細血管板の閉塞など広範囲に障害が及ぶ可能性があり,脈絡膜循環障害により網膜色素上皮(RPE)の変性がもたらされる.RPEは打撲時にも一次的障害を受けるため二次的な脈絡膜側からの障害も加わることでRPEの変性が悪化する6).この症例の場合,RPEの変性により,黄斑部網膜の接着が弱くなっている可能性があるところへ硝子体からの接線方向の牽引が加わったことにより黄斑円孔が生じたとも推測されるが,OCTからは網脈絡膜萎縮部分に黄斑上膜が形成され硝子体との牽引が黄斑円孔発症に大きく関与していることが示唆された.Johnsonら7)は重篤な黄斑部の網脈絡膜萎縮を認める症例において視力予後は不良であり,黄斑円孔の閉鎖が得られない症例も認めたとしている.実際,手術時には,網脈絡膜萎縮部の内境界膜?離がむずかしく,円孔部分の大部分が網脈絡膜萎縮部で覆われていると,円孔閉鎖は得られにくいと推測された.視力予後は黄斑に萎縮病変がなければ良好であるとの報告が多く,今回の症例の場合も一部黄斑部周囲に網脈絡膜萎縮を認めたが,視力も0.9まで改善しており,網脈絡膜萎縮が黄斑部を一部はずれていたためと考えられた.検眼鏡的には円孔の辺縁3分の1は網脈絡膜萎縮が認められたが,かなりの部分が萎縮を免れていたために円孔閉鎖と良好な視力が得られたものと考えられた.黄斑近傍にこのような萎縮部分の存在が通常では発症されない程度の硝子体牽引であっても影響がある可能性も残される.この症例は術1年経過後も円孔閉鎖は認められるが,今後脈絡膜循環障害が新たに生じRPE機能低下の範囲が拡大した場合には,円孔の再開する可能性もあり,今後の経過観察には十分注意すべきである.本論文の要旨は第49回日本網膜硝子体学会にて発表した.文献1)YeshurunI,Guerrero-NaranjoJL,Quiroz-MercadoH:Spontaneousclosureoflargetraumaticmacularholeinayoungpatient.AmJOphthalmol134:602-603,20032)佐久間俊郎,田中稔,葉田野宣子ほか:外傷性黄斑円孔の治療方針について.眼科手術15:249-255,20023)小森景子,野田航介,永井紀博ほか:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術.臨眼99:8-12,20054)横塚健一,岸章治,戸部佳子ほか:外傷性黄斑円孔の臨床像.臨眼45:1121-1124,19915)武藤紋子,平田慶,根木昭:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術.臨眼92:1577-1579,19986)三浦喜久,上野眞,三浦恵子ほか:網膜打撲壊死3例のインドシアニングリーン蛍光眼底造影所見.臨眼50:704-710,19967)JohnsonRN,McDonaldHR,LewisHetal:Traumaticmacularhole:observations,pathogenesis,andresultsofvitrectomysurgery.Ophthalmology108:853-857,2001図2a術1カ月後眼底写真図2b術1カ月後OCT

新しい光干渉式眼軸長測定装置の測定精度と再現性

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(117)1337《原著》あたらしい眼科28(9):1337?1340,2011cはじめに近年では白内障手術において,眼内から摘出した水晶体に代わる眼内レンズのさまざまな種類の開発および発展がめざましい.それに伴い患者のよりよいqualityofvisionが求められている.白内障手術における眼内レンズ度数予測において眼軸長の測定は必要不可欠であり,眼軸長測定の誤差が術後の屈折値に大きく影響する1).これまで眼軸長の測定にはAモードに代表されるような超音波式眼軸長測定が一般的であった.しかしながら,超音波式の測定は接触式であるために侵襲的であることや,測定誤差が生じることなどが欠点としてあげられており,近年普及している光干渉式の眼軸長測定装置は非接触かつスピーディに測定することができると報告されている2).光干渉式は超音波式に比べ簡便に測定することができるが,中間透光体混濁眼などが強い場合測定ができないことや,網膜?離眼では不正確な測定になってしまうという側面がある3).嶺井ら4)は超音波によるAモードと光干渉を用いたIOLMasterR(CarlZeissMeditec)の眼軸長測定について白内障眼で比較しているが,その結果良好な相関関係を認めている.IOLMaserR同様,光干渉法を用いて眼軸長測定のみではなく角膜曲率半径,前房深度の測定も可能な装置OA-1000(トーメー)が近年発売され注目を集めている.光干渉式眼軸長測定装置OA-1000の特徴は,1)非接触のため眼球圧迫による測定誤差がなく再現性の高い測定が可能,2)接触による感染のリスクがないこと,3)1秒間に10データを連続で取得できる高速測定で,固視困難例でも測定可能で〔別刷請求先〕魚里博:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻Reprintrequests:HiroshiUozato,Ph.D.,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthScience,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara252-0373,JAPAN新しい光干渉式眼軸長測定装置の測定精度と再現性中山奈々美*1魚里博*1,2川守田拓志*1,2*1北里大学大学院医療系研究科眼科学*2北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻RepeatabilityandMeasurementAccuracyofNewOcularBiometryDeviceUsingOpticalLow-CoherenceInterferometryNanamiNakayama1),HiroshiUozato1,2)andTakushiKawamorita1,2)1)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,2)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthScience光干渉式眼軸長測定装置は超音波式に比べ,高速で簡便に測定することができ,現在いくつかの機種が使用されている.そこで今回,新しい光干渉式眼軸長測定装置OA-1000(トーメー)の測定精度と再現性について比較した.ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用前後の眼軸長の差から推定されるSCL厚みと,メーカー公称値の差から評価された測定精度は約24μmであった.また,再現性については,測定10回の平均標準偏差は10.0μmと良好であり,非侵襲的でもあることから今後の臨床応用に期待できる装置であると考えられた.Inrecentyears,theuseofaxiallength-measuringdevicesemployingopticalinterferencehasbecomewidespread.Devicesusingopticallylow-coherenceinterferometrycanmeasureaxiallengthmoresimplyandathigherspeedthandevicesusingultrasoundbiometry.WeinvestigatedtherepeatabilityandmeasurementaccuracyoftheOA-1000(TOMEY).Resultsshowedthatthemeasurementaccuracyofthedevice,usingopticallylow-coherenceinterferometry,wasabout24micrometers.Inaddition,devicerepeatabilitywas10micrometers.Theseresultssuggestthatthisdevice,usingopticallylow-coherenceinterferometry,providesgoodrepeatabilityandmeasurementaccuracy,aswellasnon-invasivetesting.Itissuggestedthatthisdeviceisclinicallyuseful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1337?1340,2011〕Keywords:眼軸長,光干渉式,再現性,測定精度.axiallength,opticalinterferometry,repeatability,measuringaccuracy.1338あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(118)あること,4)タッチディスプレイ上で被検眼の瞳孔中心に触れると自動で測定位置に移動・測定開始し,他検者においても高い再現性が得られることがあげられる.過去の報告でもOA-1000とIOLMasterRの測定精度を比較した結果,OA-1000はIOLMasterRと同等の精度であったと報告している5).このようにOA-1000については高い測定精度と再現性が利点としてあげられているものの,詳細にそれらを検討したものは少ない.そこで今回筆者らは,高速測定が可能である新しい光干渉式眼軸長測定装置OA-1000(トーメー)の眼軸長測定精度と再現性を調査するため,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用による眼軸長測定の誤差について検討を行った.I方法1.被検者被検者として屈折異常以外に眼科的疾患を認めない健常者18名36眼を用いた.被検者の平均年齢は22.8±2.5歳,平均等価球面度数は?3.67±3.01D(+2.50??6.75D)であった.測定眼は両眼とし,裸眼の場合とSCLワンデーアキュビューR(Johnson&Johnson)装用で測定した.なお,測定に際し,被検者には十分なインフォームド・コンセントを行った.2.測定条件眼軸長の測定には光干渉式眼軸長測定装置OA-1000(トーメー)を使用した.測定モードはImmersionモードを採用し,室内環境照度は約400lxの明室下とし,裸眼の場合とSCL装用下の両者で眼軸長の測定を行った.測定精度はSCL装用前後の眼軸長の差から推定されるSCL厚みと,メーカー公称値(0.084mm)の差から評価した.再現性の評価は裸眼測定10回の標準偏差,変動係数(標準偏差/平均×100),10回測定のうちランダムに選んだ2回の95%一致限界(±1.96×SD)で評価した.3.統計解析裸眼とSCL装用時の眼軸長の比較にはWilcoxon検定を用いた.また,両者の相関についてはSpearmanの順位相関係数の検定を行った.II結果裸眼での被検者の眼軸長は25.43±1.28mm,SCL装用後においては25.54±1.28mmとSCL装用前に比べ装用後の眼軸測定で有意な延長が認められ(p<0.01,図1),両者には強い相関関係が認められた(r=0.9997,p<0.01,図2).使用したSCLのメーカー公称厚み84μmとSCL装用前後差から推定されたSCL厚み107.9±32.8μmとの差は23.9±32.8μmであった.再現性については,測定10回の平均標準偏差は10.0μm,平均変動係数は0.04±0.03%であった.また,2回測定から算出された95%一致限界は±23.5μmであった(図3).過去の報告によるIOLMasterR,Aモードとの比較結果を表124.525.025.526.026.527.0裸眼眼軸長SCL装用眼軸長眼軸長(mm)図1眼軸長変化左が裸眼で測定された眼軸長,右はSCL装用での眼軸長を示す.SCL装用で眼軸長は有意に延長した.y=1.0042xr2=0.999323.024.025.026.027.028.029.023.024.025.026.027.028.029.0SCL装用眼軸長(mm)裸眼眼軸長(mm)図2裸眼とSCL装用での相関関係縦軸にSCL装用眼軸長,横軸に裸眼眼軸長,点線は縦軸と横軸1:1を示す.両者には有意な相関が認められた.-0.10-0.08-0.06-0.04-0.020.000.020.040.060.080.1023.024.025.026.027.028.029.02回測定の差(mm)2回測定の平均(mm)図395%一致限界裸眼測定10回のうちランダムに選ばれた2回の95%一致限界.縦軸に差を横軸に平均をプロットしてある.上側限界と下側限界内の領域を灰色で示す.(119)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111339に示す.III考按これまで眼軸長の測定は超音波を用いたものが主流であった.しかしながら,超音波式の眼軸長測定は接触式であるため測定誤差が大きく,また検者の熟練度により測定結果に影響するという欠点があった.過去の報告では,白内障手術で挿入される眼内レンズの度数計算では,眼軸長1mmの測定誤差で2.3Dの屈折誤差になるといわれている1)ため,眼軸長の測定は高い精度が求められてきている.そこで近年,光干渉を用いた眼軸長測定装置が開発された.IOLMasterRに代表される光干渉式眼軸長測定機器は,超音波式に比べて簡便・非接触・高速に眼軸長を測定することができる.IOLMasterRは検者間の再現性が43μmと良好であり,超音波式に比べ検者による誤差が少ない6).IOLMasterRと超音波式Aモードの再現性を比較した報告が過去にいくつかある.標準偏差を指標として比較した結果ではAモード44μm,IOLMasterRで20μmであり,本検討のOA-1000でも10μmの再現性が得られた4).95%一致限界による再現性はAモード,IOLMasterRに比べ本検討が最も再現性がよい結果となった(表1)7,8).同じ光干渉を用いた装置の比較としてLENSTARLS900(HAAG-STREIT)とIOLMasterRの比較9,10)についても報告されており,光干渉式眼軸長測定装置は測定精度や再現性に優れていることがわかる.本検討のようにSCLを用いたIOLMasterRによって測定された眼軸長の再現性の検討をLewisらが行っている11).それによるとSCL装用後に眼軸長は有意な延長(134μm)を示し,標準偏差による再現性は裸眼で約20μmであったと報告されている.OA-1000を用いた本検討もSCL装用前後で眼軸長の測定を行ったが,SCL装用後に眼軸長は有意な延長をし,標準偏差による再現性は裸眼で約10μmであった.同じ光干渉の原理を用い,その他測定範囲(14?40mm)や表示分解能(10μm)は両装置ともに同じ設定ではあるものの,IOLMasterRとOA-1000では光源が異なる.IOLMasterRは波長780nmの半導体レーザーダイオードを用いているのに対し,OA-1000は波長820?850nmのスーパールミネッセントダイオードを使用している.半導体レーザーダイオードを用いた測定法は人体への影響が懸念され,IOLMasterRは各個人に対する一日の測定上限が20回とされているが,スーパールミネッセントダイオードによる測定は人体への影響がないと考えられているため同日の測定条件が設定されていない.このように同じ光干渉式であっても,IOLMasterRとOA-1000には波長など測定原理の違いがある.今回の検討で使用した新しい光干渉式眼軸長測定装置は非侵襲式で安全,簡便,高速に眼軸長の測定が可能であった.本装置の測定精度は約24μm,再現性は約10μmと良好な結果が得られた.このことから新しい光干渉式眼軸長測定装置は今後の臨床応用に期待できる装置であると考えられた.また,今後はさらに白内障眼などにおけるOA-1000の測定精度の検討も期待される.謝辞:稿を終えるにあたり,本研究にご協力いただきました北里大学医療衛生学部進藤真紀殿に感謝いたします.文献1)魚里博,平井宏明,福原潤ほか:眼内レンズ.西信元嗣編:眼光学の基礎,p57-62,金原出版,19902)HaigisW,LegeB,MillerNetal:ComparisonofimmersionultrasoundbiometryandpartialcoherenceinterferometryforintraocularlenscalculationaccordingtoHaigis.GraefesArchClinExpOphthalmol238:765-773,20003)深井寛伸,土屋陽子,野田敏雄ほか:光学式眼軸長測定器(IOLマスターTM)の眼軸長測定精度の検討.IOL&RS17:295-298,20034)嶺井利沙子,清水公也,魚里博ほか:レーザー干渉による非接触型眼軸長測定の検討.あたらしい眼科19:121-124,20025)氣田明香,須藤史子,島村恵美子ほか:光学式眼軸長測定装置OA-1000とIOLマスターRの比較.日本視能訓練士協会誌38:227-234,20096)LamAK,ChanR,PangPC:TherepeatabilityandaccuracyofaxiallengthandanteriorchamberdepthmeasurementsfromtheIOLMaster.OphthalmicPhysiolOpt21:477-483,2001表1過去の報告との比較超音波Aモード4,7,8)IOLMasterR4,7,8)OA-1000(本検討)測定時間4)約5分約1分約20秒再現性標準偏差4)44μm(36~67μm)20μm(7~38μm)10μm(0~33μm)再現性95%一致限界7,8)±300μm(成人)±760μm(小児)±90μm(成人)±40μm(小児)±24μm(成人)─過去の報告における被検眼数は文献4),7),8)でそれぞれ12,20,179眼であった.1340あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(120)7)ShengH,BottjerCA,BullimoreMA:OcularcomponentmeasurementusingtheZeissIOLMaster.OptomVisSci81:27-34,20048)CarkeetA,SawSM,GazaardGetal:RepeatabilityofIOLMasterbiometryinchildren.OptomVisSci81:829-834,20049)BuckhurstPJ,WolffsohnJS,ShahSetal:Anewopticallowcoherencereflectometrydeviceforocularbiometryincataractpatients.BrJOphthalmol93:949-953,201010)RohrerK,FruehBE,WaltiRetal:Comparisonandevaluationofocularbiometryusinganewnoncontactopticallow-coherencereflectometer.Ophthalmology116:2087-2092,200911)LewisJR,KnellingerAE,MahmoudAMetal:Effectofsoftcontactlensesonopticalmeasurementsofaxiallengthandkeratometryforbiometryineyeswithcornealirregularities.InvestOphthalmolVisSci49:3371-3378,2008***