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オルソケラトロジー・ガイドラインについて(講習会も含めて)

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY方する眼科専門医には学会指導の講習会を受講し,さらに販売する会社の講習会で処方手順を受講することを義務づけた.日本眼科学会は,エキシマレーザー屈折矯正手術と同様に本講習会を指定講習会として認定し,受講の有効期間を5年間とした.受講者は最新の情報を受けるために5年に1回受講しなければならない.日本眼科学会指定の講習会は,オルソケラトロジー診療に必要な基礎的および臨床的知識を盛り込み,インフォームド・コンセントや合併症などについても十分な解説を行うことを義務づけた.講習会を受講した眼科専門医に対しては受講証を発行することになった.さらに,オルソKは視力補正用コンタクトレンズとは異なり,処方する眼科専門医自身が本レンズを管理しなければならなくなった.日本コンタクトレンズ学会は,本レンズの治験が開始されたことから,2005年学会理事会内にオルソケラトロジー・ガイドライン委員会(金井淳委員長,他6名)を立ち上げ,さらに国内臨床治験に参加した12施設の治験担当医師によるオルソケラトロジー臨床試験施設委員会(吉野健一委員長,他11名)を作った.ガイドラインは,まず臨床治験施設委員会でその骨子が作成され,さらに日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジー・ガイドライン委員会で修正され,日本コンタクトレンズ学会理事会の承認を得た後,日本眼科学会に提出され日本眼科学会雑誌に掲載された2).オルソケラトロジー・ガイドラインの骨子はエキシマレーザー屈折矯正手はじめに視力補正用コンタクトレンズは,レンズを装用することで視力の改善を図ることができるが,オルソケラトロジーレンズ(以下,オルソKレンズ)は,就寝時に装用することで角膜の形状を変え,起床時以降レンズの装用なしで良好な裸眼視力を得ることができる新しい屈折矯正手段である.オルソKレンズは,わが国では承認以前から一部の医師により自らの裁量権のもとに処方されてきていたが,レンズ素材の酸素透過率,レンズデザインなどの問題,中国での重篤な合併症の発症も報道されたことから,2002年10月日本コンタクトレンズ学会では,未成年者への処方を慎重にすべきとの観点より「日本の眼科」に警告文を掲載した1).その後,わが国では2004年まず3社のオルソKレンズが臨床治験を開始し,その後,さらに3社も加わり,合計6社のオルソKレンズの臨床治験が行われた.2009年4月にアルファコーポレーション社のレンズが医療機器として製造・販売の承認を得た.これに伴い厚生労働省は,オルソKレンズを2009年4月28日付けで,新たにこれまでの視力補正用コンタクトレンズとは別に角膜矯正用コンタクトレンズとして薬事法に基づく医療機器として加えた.厚生労働省は承認に際して,これまでの視力補正用コンタクトレンズとはレンズデザインや処方方法も異なることから,日本コンタクトレンズ学会に対してガイドラインの作成を,そして日本眼科学会に対して,本レンズを処(7)1489*AtsushiKanai:順天堂大学医学部眼科学教室**KenichiYoshino:吉野眼科クリニック〔別刷請求先〕金井淳:〒113-8421東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学医学部眼科学教室特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1489.1492,2010オルソケラトロジー・ガイドラインについて(講習会も含めて)AGuidelinetoOrthokeratology金井淳*吉野健一**1490あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(8)ない.a.年齢患者本人の十分な判断と同意を求めることが可能で,親権者の関与を必要としないという趣旨から20歳以上とする.わが国で実施された臨床治験では上記理由から20歳以上で行われた.b.対象屈折値が安定している近視,乱視の屈折異常とする.c.屈折矯正量①近視度数は.1.00Dから.4.00D,乱視度数は.1.50D以下を原則とする.明確な倒乱視,または斜乱視については,十分検討のうえ処方する.②角膜中心屈折力が39.00Dから48.00Dまで.③治療後の屈折度は過矯正にならないことを目標とする.現在わが国では1社のレンズのみが承認されたばかりであり,今後処方後の成績の集積が不可欠であり,これらの結果をもとに適応および矯正量などについて再検討されるべきである.処方年齢に関して,治験における対象が,20歳以上のごく限られた症例数(30症例60眼)であり,観察期間も1年と短かったこと,また,夜間就寝時のみ装用する本レンズが角膜に与える長期の影響,安全性については未知であることから,検討委員会ではその適応年齢を,レンズの取り扱いを十分熟知することのできる20歳以上とした.エキシマレーザー屈折矯正手術の最初のガイドラインでも,lateonsetmyopiaを考慮に入れ,親権者の同意を必要としない20歳以上としていた.その後,累積手術件数も推定110万件を超し,その臨床成績を踏まえて9年経過後の2009年に適応年齢を18歳に下げた.蓄積された臨床データを解析することにより,本ガイドラインも改定される可能性を残している.オルソKレンズの装用を中止した場合は,その後数週間以内に元の屈折状態に戻ることが治験において確認できている.学童への使用によって近視の進行を抑制できるかどうかについては,アジアからの報告6~9)が散見できるが,その経過観察期間はまだ1~2年と短く,長期観察での効果の結果を待たねばならない.さらに,若年者の角膜は成人に比べて柔らかさが異なることが角膜術のガイドラインを参考に作成された3~5).Iオルソケラトロジー・ガイトラインオルソKレンズは,高酸素透過性素材〔酸素透過係数(Dk)値:100×10.11以上〕を材料に作成されたリバースジオメトリーとよばれる特殊なデザインをもつハードレンズで,従来のハードレンズとは異なる特徴をもっている.すなわち,1)日中活動時の裸眼視力の向上をその使用目的とする,2)可能矯正屈折度数の限界と処方可能年齢に制限がある.3)角膜中心部がフラット,中間周辺部がスティープ,周辺部がパラレルとなる特殊なフィッティング原理を有する,4)日中の裸眼視力の向上を目的とするために,睡眠時の装用を繰り返すことにより屈折状態を変化させるが,使用を中止すれば元の屈折状態に戻る,5)特殊なレンズ形状と睡眠時の装用である点で,より入念なレンズの管理を必要とするなどの点があげられる.ガイドラインは,①処方者,②適応,③禁忌または慎重処方,④インフォームド・コンセント,⑤処方前スクリーニング検査,⑥レンズ処方の留意点,⑦処方後の経過観察に分けて作成された.IIガイドラインの内容1.処方者オルソケラトロジーによる屈折矯正は,エキシマレーザー屈折矯正手術同様,眼科専門領域で取り扱うべき治療法であり,日本眼科学会認定の眼科専門医であると同時に,角膜の生理や疾患ならびに眼光学に精通していることが処方者としての必須条件とした.オルソKレンズの処方に際しては,まず日本眼科学会の指定するオルソKレンズ処方講習会(現在は日本眼科学会総会,日本コンタクトレンズ学会総会,日本臨床眼科学会総会の年3回実施している)を受講し,つぎに厚生労働省から承認された製造・輸入販売業者が実施する導入時講習会を受講し証明を受けることが必要である.2.適応オルソケラトロジーによる屈折矯正の長期予後についてはなお不確定な要素があること,正常な角膜に変化を与えることなどから慎重に適応例を選択しなければなら(9)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101491または視力変化が心身の危険に結びつくような作業をする患者⑭不安定な角膜屈折力(曲率半径)測定値あるいは不正なマイヤー像を示す(不正乱視を有する)患者b.慎重処方①ドライアイを起こす可能性のある薬物治療あるいは視力に影響が出る可能性のある薬物,抗炎症薬(例えばcorticosteroid)の投与を受けている患者またはその予定のある患者②暗所瞳孔径が大きな患者(暗所瞳孔径は4~5mmであることが望ましい)4.インフォームド・コンセントオルソケラトロジーに伴って発現する可能性のある合併症と問題点について十分に説明し同意を得ることが必要である.特に,眼鏡や屈折矯正手術などの矯正方法が他に存在すること,オルソケラトロジー処方後に何らかの疾病で受診した場合,本処方の既往について担当医に申告すること,を十分に説明することが望まれる.5.処方前スクリーニング検査処方前には以下の諸検査を実施し,オルソケラトロジーの適用があるか否かについて慎重に評価する必要がある.①視力検査:裸眼および矯正視力②屈折値検査:自覚,他覚③角膜曲率半径計測④細隙灯顕微鏡検査⑤角膜形状解析検査(トポグラフィー)(重要)⑥角膜内皮細胞数測定⑦シルマーI法試験⑧眼底検査⑨眼圧測定⑩瞳孔径測定(明所,暗所)(任意)6.レンズ処方の留意点①適切なトライアルレンズを選定したら,視力の改善,センタリング,角膜の状態を観察する.不適切なフィッティングの場合には当日のレンズ引き移植などで知られており,本レンズを装用することで過矯正になるおそれが十分にある.直径10mmを超す大きなレンズを就寝時装用することで角膜の代謝に何らかの影響を及ぼすことなど未知の部分が多い.さらに,諸外国10,11)や国内12)でも若年者のオルソKレンズ使用例で角膜潰瘍発症例が報告され,レンズ取り扱いなどの点を含めて若年者への処方に問題が残されている.d.眼疾患を有していない健常眼でつぎの①,②であること①角結膜に顕著なフルオレセイン染色がなく,シルマーI法試験にて5分間5mm以上であること.②角膜内皮細胞密度が2,000個/mm2以上であること.3.禁忌または慎重処方つぎのような患者は,処方の対象とはしないか,または慎重に処方するものとする.a.禁忌①前述の適応に適合しない患者②インフォームド・コンセントを行うことが不可能もしくはそれを望まない患者,あるいは取り扱い説明書の指示に従わない患者③定期検診に来院することが困難な患者④妊娠,授乳中の女性あるいは妊娠の計画がある女性⑤円錐角膜の兆候あるいは他の角膜疾患がある患者⑥免疫疾患のある患者(例えばAIDS,自己免疫疾患)あるいは糖尿病患者⑦コンタクトレンズの装用,またはケア用品の使用によって,眼表面あるいは眼付属器にアレルギー性の反応を起こす,または増悪する可能性のある患者⑧前眼部に急性,亜急性炎症または細菌性,真菌性,ウイルス性などの活動性角膜感染症のある患者⑨角膜,結膜,眼瞼に影響を及ぼす眼疾患,損傷,奇形などのある患者⑩重篤な涙液分泌減少症(ドライアイ)患者⑪角膜知覚の低下している患者⑫眼に充血あるいは異物感のある患者⑬治療途中に車あるいはバイクの運転をする患者,1492あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(10)されるべきである.マスコミやインターネットを利用しての本レンズの宣伝は慎むべきである.社会的影響を十分配慮した良識ある行動をとるべきである.本ガイドラインは蓄積された臨床データを解析することにより,再検討することに何ら支障はない.文献1)オルソケラトロジーに対する警告.日本の眼科73:1161-1162,20022)日本コンタクトレンズ学会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,20093)屈折矯正手術の適応について,屈折矯正手術適応検討委員会答申.日眼会誌97:1087-1089,19934)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン─エキシマレーザー屈折矯正手術ガイドライン起草委員会答申.日眼会誌104:513-515,20005)エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン.日眼会誌113:741-742,20096)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalorthokeratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:Apilotstudyonrefractivechangesandmyopiacontrol.CurEyeRes30:71-80,20057)EidenSB,DavisRL,BennettESetal:TheSMARTstudy:Background,rationale,andbaselineresults.ContactLensSpectrum24:24-31,20098)WallineJJ,RahMJ,JonesLA:Thechildren’sovernightorthokeratologyinvestigation(COOKI)pilotstudy.OptomVisSci81:407-413,20049)CheungSW,ChoP,FanD:Asymmetrialincreaseinaxiallengthinthetwoeyesofamonocularorthokeratologypatient.OptomVisSci81:653-654,200410)YoungAL,LeungAT,ChengLLetal:Orthokeratologylens-relatedcorenalulcersinchildren:acaseseries.Ophthalmology111:590-595,200411)HsiaoCH,YeungL,MaDHetal:PediatricmicrobialkeratitisinTaiwanesechildren:areviewofhospitalcases.ArchOphthalmol125:688-689,200712)加藤陽子,中川尚,秦野寛ほか:学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例.あたらしい眼科25:1709-1711,2008渡しは行わない.②目的視力達成に至るまでの低矯正に対しては,使い捨てソフトコンタクトレンズにて対処する.その間,法的に一定以上の視力が必要とされる行為(車の運転など)は控えるように説明する.7.処方後の経過観察処方翌日には必ず細隙灯顕微鏡による観察を行い,異常をチェックする.その後も必要に応じて経過観察するが,スクリーニング検査で挙げた項目については経時的に評価すべきである.処方後3カ月ごとのフォローアップは必須で,一般検査のなかで長期経過を見守る必要がある.オルソKレンズ装用には,以下の合併症と問題点が知られており,これらについても適切に対処,または観察する必要がある.①疼痛②角膜上皮障害③角膜感染症④アレルギー性結膜炎⑤ハロー・グレア,コントラスト視力の低下⑥不正乱視⑦ironring⑧上皮下混濁なお,考えうるトライアルレンズの変更を試みても効果不良な患者に対しては,治療を長引かせることなく治療を断念することも必要である.おわりに今回作成したオルソケラトロジー・ガイドラインは限られた症例での臨床治験をもとに作成されたもので,エキシマレーザー屈折矯正手術のガイドライン同様,わが国での処方件数を蓄積し,長期効果,安全性を今後確認

オルソケラトロジーの歴史

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYケラトロジーのような効果のコントロールは不可能であり,かつ適応例もきちんと選択されていたとは到底思えないからである.そこから第一世代のオルソケラトロジーレンズが登場するまで約250年もの月日を要した.一方,似たような逸話として,CLの起源をレオナルド・ダ・ヴィンチとする見方があるのは有名である.西暦1508年,眼球に見立てて水を満たしたガラスボールの水面に自分の眼をつけて網膜への結像の実験を行ったというものであるが,これとてCLの開発を目論んでのことではなく,眼光学を科学的に説明するのが目的であり,その結果導き出されたのは眼の網膜への結像は直像である,という間違った結論であったというオチまで付いていた.実際にスイス人眼科医FickがCLを開発2),装用した1887年までには,それから約380年もの歳月が流れた.両者とも,本当の意味での実用化まで,数百年単位もの月日を要しているのが興味深い.しかも,今日のオルソケラトロジーの歴史を振り返るにあたっては,CLの歴史が欠かせない点でも共通している.IICL利用のオルソケラトロジー普及の背景CLをオルソケラトロジーに用いた当初は,まったくの手探りから始まった経験則に基づく事象の応用の積み重ねであったという印象がある.それを研究者らの地道かつ,たゆまぬ努力の末,開花したのが現在のCLを利用したオルソケラトロジーといえるであろう.近年の角はじめにどんなサイエンスにも歴史があるように,オルソケラトロジーにも歴史があり,その年月は50年近くにも及ぶ.その間,球面ハードコンタクトレンズ(CL)を複数枚必要とした第一世代,リバースジオメトリーレンズデザインを採用した第二世代を経て,高酸素透過性により就寝時装用を可能にし,今日普及しつつある第三世代へと推移している.本稿では,そのオルソケラトロジーの歴史について,理論やレンズデザインの発展とともに振り返ることとする.ICL利用以前のオルソケラトロジーにまつわるエピソード眼に屈折異常をもつ者にとって,眼鏡やCLなどを装用することなく裸眼で物が見えるということに対する欲求は,昔から強かったようである.約300年前の中国では,官僚登用試験である科挙制度の際に視力検査があり,近視の者は試験前夜から砂袋を眼の上に乗せて就寝し,裸眼視力向上を図っていた1)といわれている.ちなみに科挙制度とは隋から清の時代(西暦598~1905年)の中国に存在した「試験科目による選挙」を意味するが,選挙というよりも選抜試験といったほうが,今の日本語的にはより近い意味合いなのではなかろうか.この逸話をオルソケラトロジーの元祖とする意見があるが,賛否両論あるかと思われる.というのも,今日のオルソ(3)1485*HiroshiToshida:順天堂大学医学部附属静岡病院眼科〔別刷請求先〕土至田宏:〒410-2295伊豆の国市長岡1129順天堂大学医学部附属静岡病院眼科特集●オルソケラトロジー診療を始めるにあたってあたらしい眼科27(11):1485.1488,2010オルソケラトロジーの歴史HistoryofOrthokeratology土至田宏*1486あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(4)っていた.しかし,この頃は当然のことながら角膜形状解析装置はおろか,処方マニュアルなどはまったく存在しておらず,処方医が手探りに近い状態で複数枚のレンズをつぎつぎに交換して,目標視力を導いていたようである1,4).しかも,目標に至るまでに時間と手間がかかるかばりでなく,矯正効果も1~2D程度であり,さらには当時のHCLはまだ酸素透過性がなく終日装用であったため,不便なものであり,また合併症も多かった.IV第二世代(リバースジオメトリーレンズの登場)(図2)第一世代の球面レンズの最大の特徴であるフラット処方における最大の欠点は,センターリング不良であった.通常のHCLでもフラットな処方でセンターリング不良を生じるが,オルソケラトロジーではレンズの偏位は乱視を生み出すため,最も避けなければならない状態である.この問題を解消すべく開発されたのが,1989年WlodygaとBrylaによって報告されたリバースジオ膜形状解析装置やコンピュータを駆使することにより理論立てて,この分野を一つの独立した学問に築き上げた先達の功績は非常に大きい.冒頭で触れたように,現在主流のオルソケラトロジーレンズは第三世代とよばれている.そこに至った背景には,1)レンズデザインの改良,2)角膜形状解析装置の開発・進歩,3)近視矯正理論の進歩,4)高酸素透過性素材の開発による就寝時装用の実現などの技術革新があげられる.次項以降では,CLとオルソケラトロジーの歴史の両者をリンクしながら,レンズの世代順にその歴史を駆け足で巡ることとする.III第一世代(球面CLを用いたオルソケラトロジーの黎明期)(図1)1962年,Jessen博士は現在のCLを用いたオルソケラトロジーの原理の基礎となるortho-focusという原理を,米国シカゴで開催されたInternationalSocietyofContactLensSpecialistsConferenceで初めて紹介した3).この当時の理論は,球面のハードCL(HCL)をフラットに処方すると屈折度数が減少する知見が基盤となAB図1第一世代の球面のハードCL(HCL)のフラット処方A:フィッティングの模式図.B:フルオレセインパターン.ABベースカーブベースカーブリバースカーブ周辺カーブ周辺カーブよりスティープなリバースカーブ図2第二世代のリバースジオメトリーレンズ(3カーブデザイン)A:レンズデザインの模式図.B:フルオレセインパターンと各レンズカーブの関係.中央のベースカーブと周辺カーブの間に,よりスティープなリバースカーブがデザインされている.(5)あたらしい眼科Vol.27,No.11,201014872009年4月にアルファコーポレーション社のオルソR-Kレンズが初めて厚生労働省より認可,発売開始された.おわりにオルソケラトロジーの黎明期から現在まで,その歴史を駆け足で巡ってきたが,上述のごとく現在主流かつ普及の要因となったオルソケラトロジーレンズの就寝時装用は今世紀に入ってからのものであり,その歴史は10年足らずとまだまだ浅い.基礎研究から合併症,長期安全性の臨床評価に至るまで今後の課題は多いのが事実である.その詳細については他稿に譲るが,特に矯正効果における適応は,日本コンタクトレンズ学会の委員会が作成したオルソケラトロジー・ガイドライン7)によれば.4.00Dまでの近視症例とされており,決していまだに中等度~強度近視例にまで間口が広がってはいないのが現状である.また,自験例ではガイドラインに完全に適メトリーレンズであった5).リバースジオメトリーレンズは,レンズの中央部分が周辺部よりもフラットにデザインされ,その間にリバースカーブが存在するため,カーブは合計3ゾーンから構成されている.この登場までに第一世代から約20年以上経過したが,この理論は今日のオルソケラトロジー理論の礎となっており,必要不可欠となっている.これにより従来の半分の時間で屈折矯正効果を生み出せるようになった.とはいえ,矯正効果が得られるまでに1~2カ月かかり,矯正効果も1~2日程度であった.一方,この頃から酸素透過性(RGP)CLが登場,オルソケラトロジーレンズにも用いられるようになったが,酸素透過性はまだ低く,装用方法も終日装用から脱していなかった.さらに,この第二世代のレンズとても,センターリング不良は最大の欠点としてなおも残存した.V第三世代(就寝時装用の実現)(図3)1990年代に入り,RGPCLの素材の開発競争が激化し,各社がレンズの酸素透過性向上に鎬を削り,Dk(酸素透過係数)戦争とよばれたりもした.その恩恵として,RGPCLを連続装用可能なものとし,オルソケラトロジーの世界においても就寝時装用が可能となり,今日,広く普及する大きな要因の一つとなった.第二世代のリバースジオメトリーレンズでなおも課題として残されたセンターリングの問題をさらに解決すべく,3カーブデザインに安定性を向上させるアライメントカーブを加えた4カーブデザインのリバースジオメトリーレンズが開発され,2002年5月,Paragon社のCRTRが初めての就寝時装用のオルソケラトロジーレンズとして米国食品医薬品局(FDA)の認可を得た.これにより,悲願であったオルソケラトロジーレンズの就寝時装用時代の幕開けとなった.その他のオルソケラトロジーを取り巻く環境の変化としては,昨今のパーソナルコンピュータおよび角膜形状解析装置の普及が,屈折矯正効果を予測立てて処方をマニュアル化することに大きく寄与し,現在のオルソケラトロジーレンズ普及の大きな推進力となっている.以降,複数のレンズメーカーからこれらの技術を駆使したオルソケラトロジーレンズが登場し,わが国においてもAB後面光学部カーブ/ベースカーブリバースカーブリバースカーブベースカーブ(オプティカルゾーン)フィッティング(アライメント)カーブ周辺カーブ周辺カーブアライメントカーブ図3第三世代のリバースジオメトリーレンズ(4カーブデザイン)第二世代のリバースジオメトリーレンズでいうところのリバースカーブと周辺カーブの間に相当する位置に,アライメントカーブがデザインされている.1488あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(6)文献1)佐野研二:オルソケラトロジーの歴史と現状.日コレ誌45:165-167,20032)EfronN,PearsonRM:CentenarycelebrayionofFick’sEineContactabrille.ArchOphthalmol106:1370-1377,19883)JessenG:Orthofocustechniques.Contacto6:200-204,19624)NeilsonR,MayCH,GrantS:Emmetropizationthroughcontactlenses.Contacto8:20-21,19645)WlodygaTJ,BrylaC:Cornealmolding;Theeasyway.ContactLensSpectrum4:58-65,19896)土至田宏:「はじめてのオルソケラトロジーQ&A」第3回処方に必要な施術前検査.眼科ケア12:732-735,20107)日本コンタクトレンズ学会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,2009合する症例に対し,何度処方変更しても良好かつ安定した裸眼視力が得られなかった症例が存在するのも事実である.眼瞼圧や角膜の柔軟性などの関与も示唆されるが,それらを定量する手段がないこと,仮に測定できたとしてもそれらを制御することは困難と思われることなど,まだまだ解決しなければならない問題は山積している.今後,さらに技術革新は進むと思われるが,それとともに,近視大国と言われるわが国においてオルソケラトロジーがどのように普及していくのか,注目,注視していく必要がある.■用語解説■リバースジオメトリーレンズ:レンズの中央部分のベースカーブが周辺カーブよりもフラットにデザインされ,その間にリバースカーブが存在するレンズ.もともとは角膜不正乱視例に対するレンズデザインであった.ベースカーブ:リバースジオメトリーレンズにおける中央光学部のベースカーブはフラットな設計となっている.装用時にはこの部位で角膜に接触しているかの誤解を受けやすい領域であるが,実際にはレンズと角膜間に薄い涙液層が存在する.リバースカーブ:標準レンズでは周辺カーブが中心部ベースカーブよりもフラットであるのに対し,中心から2番目のカーブが中心部のベースカーブよりもスティープである点を強調するために付けられた名称.フルオレセインパターンでは涙液を保持する場所であることから,ティアリザーバーカーブともよばれる.アライメントカーブ:リバースカーブと周辺カーブの間に,レンズの安定性を図る目的でデザインされたカーブ.周辺カーブ:リバースジオメトリーレンズ後面に存在する最周辺のカーブ.ペリフェラルカーブ,エッジリフトともよばれる.

序説:オルソケラトロジー診療を始めるにあたって

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY生(吉野眼科クリニック)に本ガイドラインのアウトラインと講習会の受講意義について解説をお願いした.さて,オルソケラトロジーが何故このような屈折矯正効果を発揮するのか,その科学的な裏づけについては後追いの感が強い.事実,本レンズによって生じる角膜形状変化や生理学的変化のメカニズムの検討は,生体組織としての角膜そのものの理解を深めることになっているようである.角膜形状変化については平岡孝浩先生(筑波大学)に,また生理学的変化については中村葉先生(四条ふや町中村眼科)に担当いただき,基礎的知見とともに最近の研究成果を紹介いただいた.一方,実際の診療にあたっての適応と処方,効果判定やレンズケアの指導など,通常の眼科診療やコンタクトレンズ診療ではなじみのないものも少なくない.そこで,ぜひ押さえておきたい実践的な知識,ポイントを,それぞれ,柳井亮二先生(山口大学)と五藤智子先生(鷹の子病院)に解説いただいた.近視矯正における新しいオプションとして本レンズへの期待には大きなものがあるが,合併症が多発するようであれば,せっかくの新技術も診療のなかで厄介もの扱いされてしまいかねない.自費診療とオルソケラトロジーは,睡眠中にハードコンタクトレンズを装着することによって角膜形状を変化させる屈折矯正法である.わが国では,2004年にオルソケラトロジーレンズの臨床試験が開始され,2009年4月に最初のレンズが医療機器としての製造・販売の承認を得ている.オルソケラトロジーの診療に興味をもっておられる先生方は,すでに日本眼科学会によるオルソケラトロジー講習会を受けられ,診療ガイドラインを読まれていることと思われるが,今回,オルソケラトロジーについての理解をより深めていただくために,本特集を企画した.オルソケラトロジーレンズのデザインは徐々に進化し,現在のものは第三世代とよばれる.ハードコンタクトレンズ装用による角膜形状変化を利用した屈折矯正の試みは古くからあったが,それがどのように進化してきたのか,レンズの特性と矯正理論を理解するために,土至田宏先生(順天堂大学静岡病院)には歴史的な変遷を解説いただいた.2009年,日本コンタクトレンズ学会は,診療の指針としてのオルソケラトロジー・ガイドラインを日本眼科学会雑誌に掲載した.本ガイドラインは日本眼科学会ホームページで随時閲覧・ダウンロード可能ではあるが,ガイドライン委員会の委員長を務められた金井淳先生(順天堂大学)と吉野健一先(1)1483*AkiraMurakami:順天堂大学医学部眼科学教室**YuichiOhashi:愛媛大学大学院感覚機能医学講座視覚機能外科学分野(眼科学)●序説あたらしい眼科27(11):1483.1484,2010オルソケラトロジー診療を始めるにあたってAPrimerofOrthokeratologyPractice村上晶*大橋裕一**1484あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(2)いう枠組みのなか,そうした合併症の治療には本人への負担も予想される.そこで,本レンズの装用に伴って生じる合併症対策について松原正男先生(東京女子医科大学)に解説いただいた.オルソケラトロジーレンズは高度管理医療機器で,薬事法などの規則のもとに取り扱われ,関連する診療は保険外として行われる.通常の保険診療との相違点も少なからずあるため,混乱しないように,医師法,医療法,薬事法,さらにはレンズ販売に関連するさまざまな法律のなかで,オルソケラトロジー診療がどのように位置づけられているかを理解しておく必要がある.この点について,植田喜一先生(ウエダ眼科)にさまざまな具体例をもとに教示いただいた.屈折異常に対する治療についての考え方は国民性に大きく左右され,眼科医としての係わりかたにも自ずと差が出る.オルソケラトロジーについても,屈折矯正の手段としての位置づけにはかなりの価値観の違いがあり,わが国においてどのような形で普及していくのかは予測困難である.そこで,海外における本レンズの最近の動向について,吉野健一先生に紹介いただいた.本企画を通じて,オルソケラトロジーの基本,有用性と限界,今後克服すべき課題などについて理解いただければ幸いである.

瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(151)1473《原著》あたらしい眼科27(10):1473.1477,2010cはじめに眼科臨床において,視機能を評価するうえで視力検査は最も基本的で,かつ重要な検査の一つである.しかし,瞳孔などその他多くの因子により検査結果に影響を及ぼすことが知られている1).瞳孔の変化は,収差2)や焦点深度3),網膜照度4),スタイルズ・クロフォード効果5),瞳孔中心の偏位6)などが関与して,網膜像の質を変化させ視機能に最も影響を与える要因の一つである7).特に収差は,最近,瞳孔径に依存する光学的屈折矯正法あるいは治療法が多く登場8)しており注目されている.視覚の質が問われる近年,瞳孔と収差,視機能との関係を調査することは重要課題である.しかしながら,ヒト眼において,瞳孔サイズが視機能にどの程度影響するかの報告は少ない.そこで今回,筆者らは,瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響について検討したので報告する.I方法1.対象対象は,屈折異常以外に眼科的疾患のない正常被検者9名9眼,平均年齢20.2±0.7歳(20~22歳)である.ハードコ〔別刷請求先〕魚里博:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻Reprintrequests:HiroshiUozato,Ph.D.,DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara252-0373,JAPAN瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響山本真也*1,3魚里博*2,3川守田拓志*2,3中山奈々美*2中谷勝己*2恩田健*1*1渕野辺総合病院*2北里大学大学院医療系研究科*3北里大学医療衛生学部視覚機能療法学専攻EffectofPupilSizeonWavefrontHigher-OrderAberrationandVisualAcuityShinyaYamamoto1,3),HiroshiUozato2,3),TakushiKawamorita2,3),NanamiNakayama2),KatsumiNakatani2)andKenOnda1)1)FuchinobeGeneralHospital,2)KitasatoUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)DepartmentofOrthopticsandVisualScience,KitasatoUniversitySchoolofAlliedHealthSciences目的:瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響について検討した.方法:対象は9名9眼である.視力測定には対数視力検査装置を用いた.実瞳孔サイズのコントロールができないため,本実験は人工瞳孔(1.0~6.0mm,1.0mm単位)を使用し,サイプレジンR点眼後,各瞳孔サイズでの視力値を測定し比較した.収差測定にはOPD-Scan2ARK-10000を用いた.各瞳孔サイズに対応した高次収差量を算出するため,Schwiegerlingのアルゴリズムを用い,各々の瞳孔サイズでの高次収差の総和を再計算し比較した.結果:高次収差の総和は,瞳孔サイズが拡大するほど有意な増加を認め,視力は人工瞳孔2.0mmで最も高値を示し,瞳孔サイズが4.0mm以上になると有意に低下した.結論:瞳孔サイズの拡大は高次収差の増加を導き,その結果,視機能に影響を与えている可能性が示唆された.Purpose:Weinvestigatedtheeffectofpupilsizeonwavefronthigher-orderaberrationandvisualacuity.Methods:Includedinthisstudywere9eyesof9normalsubjects.Visualacuitywastestedwithalogarithmvisualacuitymeasuringdevice.Becausecontrolofpupilsizewasnotpossible,weusedanartificialpupil(1.0~6.0mm,1.0mmstep).VisualacuitywasmeasuredateachpupilsizeafterCypleginRinstillation.Aberrometricmeasurementsweretakenwithanopticalpassdifference-basedwavefrontsensor(OPD-Scan2ARK-10000).Zernikecoefficientswererecalculatedforeachpupilsize,usingSchwiegarling’salgorithm.Results:Totalhigher-orderaberrationsincreasedsignificantly,pupilsizebecominglarge.Visualacuitywasbestatanartificialpupilsizeof2.0mm,but,decreasingsignificantlyatsizegreaterthan4.0mm.Conclusions:Thisstudysuggeststhatincreasedpupilsizeproduceshigherwavefrontaberrations,affectingvisualfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1473.1477,2010〕Keywords:瞳孔,視力,高次収差,視機能,収差.pupil,visualacuity,higher-orderaberration,visualfunction,aberration.1474あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(152)ンタクトレンズ装用者,弱視,斜視の者は除外した.被検眼は全例右眼とした.2.測定視力の測定には,対数視力検査装置LVC-1(NEITZ社)を用いた.実瞳孔サイズのコントロールができないため,本実験は人工瞳孔(1.0~6.0mm,1.0mm単位)を使用した.遠見矯正値の決定にはシクロペントラート塩酸塩(サイプレジンR)1.0%点眼50分後,瞳孔径が6.0mm以上に散瞳していることを確認し,基準瞳孔径として3.0mmを用いてlogMAR値.0.1(小数視力1.3)の段3/5以上を弁別できたときの自覚屈折値(球面値:.0.50±1.65D,円柱値:.0.39±0.33D)を採用した.そして,各瞳孔サイズでの視力値を測定し比較した.視力値の決定には,より詳細な視機能変化を反映するためETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)方式を採用し,正答数からlogMAR値を評価した.また,各人工瞳孔サイズでの視力が基準瞳孔径3.0mm時より低下したとき,追加矯正により再び基準瞳孔径3.0mm時の視力を獲得する割合とその度数についても検討した.測定時の環境照度は約500lxである.眼球全体の高次収差の計測は,OPD-Scan2ARK-10000(NIDEK社)を用い,解析径は6.0mm,Zernike多項式にて算出される3次~6次までのZernike係数を評価した.収差計測はサイプレジンR点眼後,瞳孔径が6.0mm以上に散瞳していることを確認して行った.各人工瞳孔サイズに対応した高次収差量を算出するため,Schwiegerlingのアルゴリズムを用い,OPD-Scan2による解析径6.0mmのZernike係数を各人工瞳孔サイズに対応したZernike係数に再展開した9).Schwiegerlingのアルゴリズムは外挿法の原理が応用され,ある解析径のZernike係数(originalexpansioncoefficients)を任意の瞳孔径におけるZernike係数(newexpansioncoefficients)へ再展開し,推定する方法である.II結果各瞳孔サイズにおける高次収差と視力,各瞳孔サイズの視力が基準瞳孔径3.0mm時より低下したとき,追加矯正により再び基準瞳孔サイズでの遠見矯正視力を得るために必要な追加矯正度数およびその割合を表1に示す.1.瞳孔サイズと高次収差OPD-Scan2による解析径6.0mmの平均高次収差の総和,コマ様収差,球面様収差は,各々0.41±0.16μm,0.35±0.16μm,0.21±0.07μmであった.高次収差は瞳孔サイズが拡大するほど有意に増加した〔ANOVA(analysisofvariance,分散分析)p<0.01〕(図1).2.瞳孔サイズと視力視力は人工瞳孔2.0mmで最も高値を示し,それ以下に縮小しても,それ以上に拡大しても低下の傾向が認められた(図2).瞳孔サイズが1.0mm,もしくは4.0mm以上になると視力は有意に低下した(Scheffetestp<0.01).高次収差が大きな眼と小さな眼の視力結果の代表例を図3に示す.表1各瞳孔サイズの高次収差と視力および追加矯正可能な割合とその度数瞳孔径1.0mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mm6.0mmlogMAR値AVESD.0.030.05.0.110.04.0.090.03.0.020.040.020.050.050.05高次収差の総和AVESD0.00240.00170.02040.01250.06570.03810.14490.07690.25870.12010.41430.1606球面様収差AVESD0.00020.00010.00400.00140.01910.00630.05450.01660.11710.03350.21350.0665コマ様収差AVESD0.00240.00170.01990.01260.06220.03870.13580.07660.22670.12380.34900.1619基準瞳孔サイズ時の視力を再獲得した割合および度数割合追加度数Re-n.c.──※1───100%※2.0.25±0100%.0.25±089%※3.0.28±0.09Re-n.c.:Re-noncorrigible(再矯正不能).※1:基準瞳孔サイズ時の視力より低下なし.※2:8/8名,1名は基準瞳孔サイズ時と不変のため除外.※3:8/9名,内1名は再矯正不能.瞳孔径(mm)0.60.50.40.30.20.10.0RMS(μm)1.02.03.04.05.06.0図1瞳孔サイズと高次収差ANOVAp<0.01.:TotalHOA,:Coma(S3+S5),:Spherical(S4+S6).(153)あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014753.各瞳孔サイズにおける高次収差と視力の関係高次収差の総和とコマ様収差は,ともに人工瞳孔6.0mmで収差が高いほど視力は有意に低下し,高い相関関係を示した(Spearmanの順位相関係数の検定,人工瞳孔6.0mmと高次収差の総和p<0.05,r=0.82;人工瞳孔6.0mmとコマ様収差p<0.05,r=0.77)(図4a,4b).球面様収差では,***************-0.10.00.10.21.61.31.00.81.02.03.04.05.06.00.6logMAR値小数視力瞳孔径(mm)-0.2図2瞳孔サイズと視力ANOVAp<0.01,*:Scheffetestp<0.05,**:Scheffetestp<0.01.logMAR値小数視力瞳孔径(mm)-0.2-0.10.00.10.21.61.31.00.81.02.03.04.05.06.00.6図3瞳孔サイズと視力(代表例):high高次収差とlow高次収差の比較:high高次収差;(6.0mm径)TotalHOA:0.60μm,Coma:0.50μm,Spherical:0.31μm:low高次収差;(6.0mm径)TotalHOA:0.16μm,Coma:0.10μm,Spherical:0.12μm-0.2-0.10.00.10.2logMAR値00.0100.0500.2000.4000.5001.00NS1.0mmNS2.0mmNS3.0mmNS4.0mmNS5.0mm6.0mm高次収差の総和(μm)*p<0.05r=0.821図4a各瞳孔サイズにおける高次収差の総和と視力*:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.821.-0.2-0.10.00.10.2logMAR値00.0100.0500.2000.3000.5000.70NS1.0mmNS2.0mmNS3.0mmNS4.0mmNS5.0mm6.0mm*p<0.05r=0.769コマ様収差(μm)図4b各瞳孔サイズにおけるコマ様収差と視力*:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.769.-0.2-0.10.00.10.2logMAR値00.00100.0100.0500.1000.2000.40NS1.0mmNS2.0mmNS3.0mmNS4.0mm5.0mm6.0mm*2p<0.05r=0.769*1p<0.05r=0.761球面様収差(μm)図4c各瞳孔サイズにおける球面様収差と視力*1:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.761.*2:Spearmanの順位相関係数の検定p<0.05,Spearman’sr=0.769.1476あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(154)人工瞳孔5.0mm以上で収差が高いほど視力は有意に低下し,高い相関関係を示した(Spearmanの順位相関係数の検定,人工瞳孔5.0mm,p<0.05,r=0.76;人工瞳孔6.0mm,p<0.05,r=0.77)(図4c).III考按本検討により,瞳孔サイズが高次収差および視力に影響することが確認された.高次収差は瞳孔が拡大するほど増加し,視力は人工瞳孔2.0mmで最も高値を示し人工瞳孔4.0mm以上あるいは1.0mmで有意に低下した.瞳孔と視力に関する過去の報告では,線像強度分布を用いた結像特性の観点から瞳孔の最適径(入射瞳)は約2.4mm10),Linewidthacuityによる検討からは約2.5mm11)と報告され,本研究と近い結果となった.そして,それ以上に拡大したり,それ以下に縮小したりすると視機能は低下した.この異径瞳孔サイズによる視力の変化は,有効径拡大に伴う収差の増加と有効径縮小に伴う回折の影響によるものと考えられた5).高次収差と視力に関して,円錐角膜12)やドライアイ眼13),角膜屈折矯正手術眼14)などではコマ収差や球面収差の増加により視機能が低下することが報告されている.高コントラストの条件下で高次収差は視力に影響しないとの報告15)があるが,本検討では図4に示すように瞳孔が大きいとき,高次収差の総和,コマ様収差,球面様収差ともに視力との関連がみられた.特に,球面収差との関連が強く,瞳孔5.0mm以上で高い相関関係を認めた.そのおもな原因は網膜像の質の劣化と最良像点のシフトと考える.瞳孔が拡大すると,光は角膜の近軸領域より屈折力の強い周辺部も通るため光軸との交点にズレが生じる.その結果,像点では同心円状にボケた像となり,最良像点は網膜前方にシフトする.本検討でも表1に示すように,人工瞳孔サイズ拡大に伴い視力が低下した症例に再矯正を行ったところ約.0.25Dの追加矯正で元の最高視力に達している.このことは,瞳孔拡大により正の球面収差の影響を受けていたと示唆されるが,本検討のような正常眼では収差増加により網膜像の質は劣化するものの視力に及ぼす影響はさほど大きくないことも示唆している.ただし,図3にも示したhigh高次収差の1例は,人工瞳孔6.0mm時に追加矯正を行っても元の視力に達しなかったことからhigh高次収差眼では視機能への影響が懸念される.眼科臨床での影響として,散瞳剤を使用したときと片眼遮閉に伴う瞳孔拡大時があげられる.前者の散瞳状態では,高次収差による視力への影響や球面収差による最良像点がシフトし自覚屈折値の誤差要因となりうる.したがって,収差の影響を抑えるため人工瞳孔を使用することが望ましいが,径が小さすぎても回折による視力の影響や,焦点深度3)がより拡大し自覚屈折値の誤差要因となりうる.よって,これらを考慮し,本検討結果から3.0mmが適当ではないかと考える.ただし,日常視を反映した視機能を評価する際には,自然瞳孔サイズの人工瞳孔を使用するべきである.後者は,単眼視下検査における視機能の過小評価2)などが報告されているが,その他には片眼アイパッチによる視力増強訓練を必要とする小児があげられる.片眼遮閉により瞳孔は拡大し,それに伴う高次収差の増加が視力発達を阻害する可能性が懸念される.特に,high高次収差で,かつ片眼遮閉時の瞳孔サイズがより大きい症例ではその影響が示唆される.今後は,高次収差量と視力の関係について検討する予定である.本実験の制限として収差推定があげられる.今回算出された各瞳孔サイズに対応した高次収差は,実測値ではなくSchwiegerlingのアルゴリズムによって数学的に算出された推定値である.したがって,誤差を含んでいる可能性が示唆されるが,川守田らの報告によると,解析径6.0mmから4.0mmへの推定精度(95%信頼区間)は±0.03μmで,それ以下になると誤差はより小さい(第42回日本眼光学学会).つまり,本検討結果に影響する誤差ではないといえるが,あくまでも推定値として結果を解釈する必要がある.今回筆者らは,瞳孔サイズが高次波面収差と視力に及ぼす影響について検討した.瞳孔サイズが拡大すると高次収差の増加を伴い,その結果,視機能に影響を与えている可能性が示唆された.本論文の要旨は,第50回日本視能矯正学会にて発表した.謝辞:本研究の一部は,厚生労働省科学研究費(H16-長寿-12/HU),文部科学省科学研究費(萌芽研究#15659416/HU)ならびに北里大学医療衛生学部特別研究費(2007-1028&2008-1004/HU)補助金による器材を使用して実施されたものであり,感謝の意を表する.文献1)魚里博,平井宏明,福原潤ほか:眼光学の基礎(西信元嗣編),p82-94,金原出版,19902)魚里博,川守田拓志:両眼視と単眼視下の視機能に及ぼす瞳孔径と収差の影響.あたらしい眼科22:93-95,20053)WangB,CiuffredaKJ:Depth-of-focusofthehumaneye:Theoryandclinicalimplications.SurvOphthalmol51:75-85,20064)WilsonM,CampbellM,SimonetP:Changeofpupilcentrationwithchangeofilluminationandpupilsize.OptomVisSci69:129-136,19925)SmithG,AtchisonDA:TheEyeandVisualOpticalInstruments.p308-309,CambridgeUniversityPress,Cambridge,19976)UozatoH,GuytonDL:Centeringcornealsurgicalprocedures.AmJOphthalmol103:264-275,19877)ApplegateRA:Glennfryawardlecture2002:Wavefrontsensing,idealcorrections,andvisualperformance.OptomVisSci81:167-177,20048)SchallhornSC,KauppSE,TanzerDJetal:Pupilsizeand(155)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101477qualityofvisionafterLASIK.Ophthalmology110:1606-1614,20039)SchwiegerlingJ:ScalingZernikeexpansioncoefficientstodifferentpupilsizes.JOptSocAm(A)19:1937-1945,200210)CampbellFW,GubischRW:Opticalqualityofthehumaneye.JPhysiol186:558-578,196611)BennettAG,RabbettsRB:ClinicalVisualOptics.2nded,p28,Butterworth-Heinemann,London,198912)ApplegateRA,HilmantelG,HowlandHCetal:Cornealfirstsurfaceopticalaberrationsandvisualperformance.JRefractSurg16:507-514,200413)Montes-MicoR,AlioJL,CharmanWN:Dynamicchangesinthetearfilmindryeyes.InvestOphthalmolVisSci46:1615-1619,200514)MillerJM,AnwaruddinR,StraubJetal:Higherorderaberrationsinnormal,dilated,intraocularlens,andlaserinsitukeratomileusiscorneas.JRefractSurg18:S579-583,200215)VillegasEA,AlconE,ArtalP:Opticalqualityoftheeyeinsubjectswithnormalandexcellentvisualacuity.InvestOphthalmolVisSci49:4688-4696,2005***

偏光フィルタを用いた視野異常検出の試み

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(145)1467《原著》あたらしい眼科27(10):1467.1471,2010cはじめに視野異常を示す疾患は多数あり,健康診断において視野異常を早期発見することによって早期治療につながる疾患も多数ある.しかし,視野検査は自治体健康診断において法律で義務化されておらず,検査機器や労力が必要であるため実施している自治体はごくわずかであると思われる1).特に,視野異常をきたす代表的な疾患である緑内障の有病率は40歳以上で5.0%であり,そのうえ約90%の患者は未治療の潜在患者であると推定された2).緑内障は現在,中途失明の原因疾患の第1位となっており3),緑内障性視神経障害および視野障害は基本的には進行性・非可逆性であり,多くの場合,患者の自覚なしに障害が徐々に進行するため,早期発見・早期治療が特に重要な疾患である.現在までに視野のスクリーニング機器としてFrequency〔別刷請求先〕望月浩志:〒252-0373相模原市南区北里1-15-1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学Reprintrequests:HiroshiMochizuki,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityGraduateSchool,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0373,JAPAN偏光フィルタを用いた視野異常検出の試み望月浩志*1庄司信行*1,2柳澤美衣子*1浅川賢*1平澤一法*1福田真理*2*1北里大学医療系研究科臨床医科学群眼科学*2北里大学医療系研究科感覚・運動統御医科学群視覚情報科学AttempttoDetectVisualFieldDefectsUsingPolarizingFilterHiroshiMochizuki1),NobuyukiShoji1,2),MiekoYanagisawa1),KenAsakawa1),KazunoriHirasawa1)andMariFukuda2)1)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalScience,KitasatoUniversity,2)DepartmentofVisualScience,GraduateSchoolofMedicalScience,KitasatoUniversity偏光フィルタを用い,両眼開放下で視野異常を検出する方法について検討を行った.正常若年者6名に,Bangerterfilterを検眼レンズの鼻上側もしくは鼻下側に貼り付けて直径約15°の比較暗点を作成した.偏光の原理を用いたディスプレイ(縦27.5°,横42.8°)に,右眼だけに見える赤い円と左眼だけに見える青い円を交互に配置した映像を提示した.偏光フィルタを装用し,中心の固視標を固視しているとき赤および青い円の見えない部位を答えてもらい,HumphreyRFieldAnalyzerで測定した視野異常とどの程度一致するかを検討した.10°以内の感度は95.0%,特異度は94.7%,10°.20°の感度は34.4%,特異度は97.0%であった.Mariotte盲点を除くと10°.20°の感度は67.6%となった.HumphreyRFieldAnalyzerで測定点の閾値が6dB以上低下する測定点ではおよそ50%以上の検出率が得られた.本法により,中心視野異常を検出できる可能性が示唆された.Weattemptedtodetectvisualfielddefects(VFD)usingapolarizingfilter,underbinocularvision;VFD15°indiameterweresimulatedwithaBangerterfilter.Inthe6youngvolunteersinvolvedinthisstudy,2patternsofVFDweresimulated:oneuppernasalandonelowernasal.Aredcirclethatcouldbeseenontherighteyeandabluecirclethatcouldbeseenonthelefteye,withapolarizingfilter,werealternatelyprojectedonapolarizingdisplay.Thesubjectslookedatacentralfixationtargetandindicatedtheplaceatwhichtheycouldnotseetheredorbluecircle.CorrespondencesoftheVFDwiththeHumphreyRFieldAnalyzer(HFA)andwiththedisplaywereinvestigated.Sensitivitywas95.0%inside10°and34.4%withinthecircularareafrom10°to20°;specificitywas94.7%and97.0%,respectively.Sensitivitywas67.6%withinthecircularareafrom10°to20°withouttheblindspotofMariotte.Wewereabletodetect50%ormoreofthemeasurementpointsinthedisplaywhenthethresholdofthemeasurementpointonHFAdecreased6dBormore.TheseresultsindicatethatthismethodcoulddetectcentralVFD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1467.1471,2010〕Keywords:視野,視野異常,両眼視,偏光フィルタ.visualfield,visualfielddefect,binocularvision,polarizingfilter.1468あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(146)DoublingTechnology(FDT)やノイズフィールドテスト,鈴木式アイチェックチャートなどいくつかの方法が提案されている.しかし,これらの機器はいずれも片眼ずつ行う機器である.そこで筆者らは,両眼同時に視野検査ができれば従来の方法に比べて測定時間が短く効率的に視野異常のスクリーニングができるのではないかと考えた.両眼開放下で視野異常を検出するには,両眼で見た状態と片眼で見た状態で見え方に違いがあればよい.そこで考えられる方法として,赤緑フィルタを用いる方法と偏光フィルタを用いる方法があげられる.赤緑フィルタを用いる方法は,2009年の国際視野学会にてSuzukiらが報告している4).赤緑フィルタを使用した場合,両眼で見ると赤と緑の混色に見えるが,視野の一部分に暗点がある場合は両眼開放の状態ではその部分で片眼でしか見ていないことになり,赤もしくは緑の単色に見えるという原理である.偏光フィルタを用いる方法は,偏光の原理を用いて左右眼それぞれに別の映像を提示する方法である.赤緑フィルタは装用すると赤と緑のフィルタ越しに見るため日常視の状態とはかけ離れた見え方になるが,偏光フィルタを装用した状態では日常両眼視の状態と見え方に大差がなく,高解像度の映像を提示できるという利点がある.現在,エンターテイメントの分野では立体(3D)映像が脚光を浴びており3D映画や3Dデジタルカメラなどが注目されているが,そこでおもに使用されている方式が偏光フィルタ方式であり,関連機器が手に入りやすいという利点もある5,6).今回,筆者らは従来の方法と比較して短時間で視野異常のスクリーニングを行うために両眼開放の状態での視野異常の検出を目指して,正常若年者にBangerterfilterを用いて作成した疑似的な視野異常と偏光フィルタで左右眼それぞれに別の映像を同時に提示したときに自覚した視野異常がどの程度一致するかを検討した.I対象および方法1.対象対象は,屈折異常以外に眼疾患を有さない正常若年者6名(23.0±2.4歳)で,TitmusStereoTestにて一般的に正常値といわれている100sec.ofarcよりも良好であることを確認した.また,HumphreyRFieldAnalyzer(CarlZeissMeditecInc.)にて,Anderson-Patellaの視野異常の判定基準7)に照らし合わせ有意な視野異常がないことを確認した.2.方法a.疑似視野異常の作成方法(図1)疑似的な視野異常は,直径10mmのBangerterfilterを検眼レンズに貼り付けて全員共通の右眼に作成した.このBangerterfilterにて直径約15°の比較暗点が作成できる.視野異常作成位置は,HumphreyRFieldAnalyzerのアイモニタにおいてBangerterfilterで瞳孔の鼻上側および鼻下側が少しだけ隠れるようにBangerterfilterを貼り付けた検眼レンズの位置を調整し1人につき鼻上側および鼻下側視野異常の2パターンを作成した.今回作成した全視野異常のHumphreyRFieldAnalyzer(HFA)30-2SITA-Standardにおける,meandeviation(MD)値の平均は.3.21dB,patternstandarddeviation(PSD)値の平均は4.90dBであった.b.使用機器円偏光の原理により立体映像を映し出すことのできる機器として市販されている3D平面ディスプレイZM-M220W(ZalmanTech.Co.,Ltd.)を用いた.ディスプレイの大きさは22インチ(縦29.3cm×横47.0cm)で,ディスプレイから60cm離れた位置で垂直27.5°×水平42.8°の視野が得られる.すなわちディスプレイの中心を見た場合,上下それぞれに約14°左右それぞれに約21°の視野範囲に映像を提示するBangerterfilter(直径10mm)図1疑似視野異常の作成上図:直径10mmのBangerterfilterを貼り付けた検眼レンズ(右眼鼻上側視野異常作成の場合).下図:Bangerterfilterを貼り付けた検眼レンズに対応する視野異常.視野異常はおよそ直径15°の比較暗点になる.(147)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101469ことができる.c.使用映像(図2)映像は,赤い円と青い円が交互に並んでおり,中心部には小さな黒い円を5つ配置し,そのうちの中心の1点を固視標として配置したものを使用した.偏光を利用し,右眼には赤い円のみが見え,左眼には青い円のみが見えるように提示した.すなわち,右眼に視野異常がある場合は赤い円が消えて見え,左眼に視野異常がある場合は青い円が消えて見える.赤と青の円の配置はHumphreyRFieldAnalyzer(HFA)30-2の測定点に準じ,HFAの1つの測定点に赤い円と青い円がそれぞれ1つずつ提示できるような配置とした.d.測定手順はじめにHFA30-2SITA-Standardにて,疑似的な視野異常を右眼に作成した状態で片眼ずつの視野を測定した.つぎに,ディスプレイにて,まず中心の固視標を固視した状態で赤と青の円が交互に見えるかを確認し,つぎに固視標を固視したまま赤と青の円のうち消えて見えるもの・ぼやけて見えるものを記録用紙に記入してもらった.ディスプレイにおける固視の状態については被験者の斜め前方から目視にて確認し,必要に応じて固視標を固視し続けるよう声かけを行った.1人につき,HFAおよびディスプレイの測定を上鼻側・下鼻側の2パターンにて行った.検眼レンズにて視野異常を作成する場合,レンズの位置が眼に対して少しでもずれてしまうと視野異常の位置が大きくずれてしまう.HFAとディスプレイでの視野異常の位置を一致させるために,HFAで通常使用するレンズホルダーは使用せず検眼枠を使用してHFAにて視野を測定し,そのまま検眼枠を装用した状態でディスプレイにて測定した.疑似的な視野異常の再現性を確かめるために対象者2名でBangerterfilterを貼付した検眼枠を装用してHFA30-2SITA-Standardを5分の休憩を挟んだ3回の視野測定を行った.それぞれの測定点の閾値の変動係数は平均で10%以下であり良好な再現性が得られた.e.検討項目HFAのパターン偏差確率プロットに対しディスプレイの自覚的な見え方について,以下の式で感度・特異度を算出した.感度=HFAの確率プロットで異常ありかつディスプレイにて視野異常を検出した測定点の数/HFAにて異常があった測定点の数×100特異度=HFAの確率プロットで異常なしかつディスプレイにて視野異常を検出しなかった測定点の数/HFAにて異常がなかった測定点の数×100視野異常を作成した右眼のHFAパターン偏差における測定点ごとの感度低下量とディスプレイにおける視野異常検出率の関係についても検討した.II結果まず,フィルタをつけずに右眼と左眼の映像を同時視することができるかどうかを確認したところ,被験者全員において可能であり,赤と青の円が交互に並んだ映像を得ることができた.視野全体の感度は,HFAパターン偏差確率プロットにおいて<0.5%と表示された測定点では42.5%,確率プロットが<5%と表示された測定点では38.5%であった.視野10°以内では,確率プロットが<0.5%と表示された測定点では95.0%,確率プロットが<5%と表示された測定点でも66.8%と良好であった.しかし,視野10°より周辺側では,確率プロットが<0.5%と表示された測定点では34.4%,確率プロットが<5%と表示された測定点では33.8%と感度は低下した.視野10°より周辺側でMariotte盲点を除いた感度は,確率プロットが<0.5%と表示された測定点では67.6%,確率プロットが<5%と表示された測定点では49.6%と,Mariotte盲点を含んだ感度より良好であった.特異度は,視野全体,10°以内,10°より周辺側のすべてで90%以上が得られた(表1).今回の方法では,ディスプレイにおいて視野異常の検出率左眼同時視固視標●:青色●:赤色右眼図2使用映像左図:右眼に赤い円・左眼に青い円を等間隔に配置した映像を提示し,両眼融像すると赤と青の円が交互に並んだ映像が得られる.右眼および左眼の映像の中心部の小さな黒い5つの円は融像図形で,中心の1点は固視標も兼ねる.右図:HumphreyRFieldAnalyzer30-2の1つの測定点に対して赤と青の円がそれぞれ1つずつ提示できるように配置した.1470あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(148)50%以上を得るにはHFAパターン偏差における感度低下量で6dB以上の感度低下が必要であった(図3).III考按偏光フィルタを用いて両眼開放下で視野異常の検出を試み,20°より内側の視野で感度は約40%,10°より内側の感度は約70.90%,10°より外側の感度は約30%であり,周辺部では感度が低かった.従来から知られているように,視力は中心窩の部位を頂点として中心から離れると視力は大幅に低下する.その低下量は,中心窩の視力が1.0のとき周辺10°では視力0.2,周辺20°では視力0.1程度と急激に低下する8).そのほかに,空間周波数閾値やコントラスト感度においても周辺部で低下することが報告されている9,10).また,解剖学的に中心窩から離れるほど錐体の密度は減少し11),錐体と網膜神経節細胞の接続も中心窩近くでは1つの錐体に2つの網膜神経節細胞が接続しているが周辺部では錐体1つあたりに接続する網膜神経節細胞の数は低下してゆく12).これらの事実から,視野周辺部では視覚情報の質的・量的低下が起こり,他の視機能と同様に周辺部で立体視力が低下し,視野異常の検出率が低下したものと考えられる.10°より外側の感度はMariotte盲点を除いた場合は40.60%であったが,Mariotte盲点を含めた場合は30%と,Mariotte盲点の検出が困難であった.この理由としてfilling-in(視覚充.)現象の影響が考えられる.Filling-in現象とは,ある背景の上に別パターンをもった小さな領域があるとき,その小さな領域が背景によって充.される現象で,Mariotte盲点や暗点の自覚を妨げる要因として知られている13.15).Filling-in現象は,何らかの理由で出現した暗点よりも生理的なMariotte盲点できわめて迅速に働くことから,作成した疑似的な視野異常よりもMariotte盲点でその作用が強く働き,Mariotte盲点の検出感度の低下につながったのではないかと考えられる13.15).また,長年存在した視野障害に対してもfilling-in現象が生じる可能性があるため検出しづらいことが予想され,今後実際の患者での検討が必要である.今回,正常若年者にBangerterfilterを用いて視野異常を作成しているため,HFAをレンズホルダーではなく検眼枠で測定するという工夫をしたにもかかわらず,少し眼の位置が変わったり顔の向きが変わってしまうと視野異常の位置が変わってしまうという様子がみられた.より正確な視野異常の作成でさらなる視野異常の感度の向上する可能性がある.この検査の特性上,両眼視機能に異常のある被験者には検査できないが,より多くの被験者に検査を行うことのできるような提示映像を今後検討する必要がある.Mariotte盲点:検出可:検出不可05101520402040608010006視野異常検出率(%)パターン偏差における低下量(dB)図3HFAのパターン偏差における感度低下量と3Dディスプレイにおける視野異常検出率の関係横軸:HumphreyRFieldAnalyzerのパターン偏差における感度低下量(dB),縦軸:3D平面ディスプレイにおける視野異常検出率(%).ディスプレイにおいて視野異常の検出率50%以上を得るには,HFAパターン偏差における感度低下量で6dB以上の感度低下が必要であった.表1視野部位別の感度・特異度感度特異度HFAパターン偏差確率プロット<0.5%HFAパターン偏差確率プロット<1%HFAパターン偏差確率プロット<2%HFAパターン偏差確率プロット<5%全体42.540.838.138.596.010°以内95.080.073.166.894.710°.20°34.434.130.933.897.010°.20°(Mariotte盲点除く)67.664.141.249.697.0(149)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101471文献1)緑内障フレンド・ネットワーク「プレスリリース2006年10月2日付け:全国自治体健康診断実態調査(全国)」<http://xoops.gfnet.gr.jp/pdf/2006/061002_Zenkoku.pdf>(最終アクセス2009年12月9日)2)岩瀬愛子:緑内障:多治見・久米島スタディ.日本の眼科79:1685-1689,20083)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:長寿社会と眼疾患─最近の視覚障害原因の疫学調査から─.GeriatMed44:1221-1224,20064)SuzukiT:Trialmodelofperimeterformeasuringbinocularandmonocularvisualfieldsseparatelywhileopeningbotheyes.18thInternationalVisualField&ImagingSymposiumprogram&abstractbook:37,20085)柴垣一貞:メガネを用いた両眼視差による立体映像技法の考察.熊本電波工業高等専門学校研究紀要23:77-84,19966)増田忠英:いよいよ「3D」の時代が到来!?.続々と実用化される3次元映像の技術.(前編).労働の科学64:240-243,20097)AndersonDR,PatellaVM:AutomatedStaticPerimetry.2nded,p121-190,Mosby,StLouis,19998)WertheimTH:Peripheralvisualacuity.AmJOptomPhysiolOpti57:915-924,19809)ThibosLN,CheneyFE,WalshDJ:Retinallimitstothedetectionandresolutionofgratings.JOptSocAmA4:1524-1529,198710)ThibosLN,StillDL,BradleyA:Characterizationofspatialaliasingandcontrastsensitivityinperipheralvision.VisionRes36:249-258,199611)CurcioCA,SloanKR,KalinaREetal:Humanphotoreceptortopography.JCompNeurol292:497-523,199012)CurcioCA,AllenKA:Topographyofganglioncellsinhumanretina.JCompNeurol300:5-25,199013)RamachandranVS,GregoryRL:Preceptualfilinginofartificiallyinducedscotomasinhumanvision.Nature350:699-702,199114)ZurD,UllmanS:Filling-inofretinalscotomas.VisionRes43:971-982,200315)DeWeerdP:Perceptualfiling-in:Morethantheeyecansee.ProgBrainRes154:227-245,2006***

事象関連電位とATMT による眼疲労の検討

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(137)1459《原著》あたらしい眼科27(10):1459.1465,2010c事象関連電位とATMTによる眼疲労の検討有安正規足立和孝あだち眼科ExaminationofVisualFatigueUsingEvent-relatedPotentialMeasurementandAdvancedTrailMakingTestMasakiAriyasuandKazutakaAdachiAdachiEyeClinic目的:眼疲労の臨床症状から,その要因を視機能の低下と知覚・認知能力の低下を伴う眼疲労感ととらえ,visualdisplayterminal(VDT)作業負荷下で,事象関連電位(event-relatedpotentialmeasurement:ERP)とadvancedtrailmakingtest(ATMT)を用い客観的評価を,調節近点を自覚的評価として眼疲労を訴える成人4名と健常対象者4名を対象に比較検討した.結果:(1)ATMTにおいて,眼疲労群では課題に取り組む意欲や作業能力は健常対照群と同じレベルにもかかわらず,試験課題が進むにつれ,視覚探索反応時間の遅延がみられた.(2)一次視覚野の反応であるERPのP100成分は,潜時には両群で有意差はみられず,振幅では眼疲労群で有意に増大した.(3)オドボール課題から標的を非標的から弁別する際に出現するERPのP300成分では,両群で潜時に有意差はみられず,眼疲労群で非標的刺激による振幅が標的の振幅に近づき,弁別性の低下がみられた.これは主観的疲労感との相関が認められた.(4)ERPの振幅や潜時と調節近点との差は両群とも認められなかった.考察:視覚情報,認知機能,眼調節機能の変化は,両群とも独立的な情報を含んでいると考えられた.すなわち,眼疲労は眼調節系の疲労と認知機能の低下と考えられる中枢系の疲労の2種類で構成されていること,疲労しやすい病態にあることが考えられた.眼疲労の評価には,個々の昜疲労性を定量化し,眼調節系と高次認知過程のレベルを分離して検討する必要があると考えられた.Objective:Onthebasisofclinicalanalysisofvisualfatiguesignsandsymptoms,weassumedthatvisualfatigueinvolveddeteriorationofvisualfunctionandperceptivecognitiveabilities.Duringtheperformanceofvisualdisplayterminaltasks,event-relatedpotentials(ERP),advancedtrailmakingtest(ATMT)scoresandnearpointofaccommodationwerecomparedbetween4adultsubjectswhocomplainedofvisualfatigue(visual-fatiguegroup)and4normalvolunteers(normalgroup).Results:(1)TheATMTresultsshowedalaginthevisualsearchreactiontimeforthevisual-fatiguegroupastasksprogressed,thoughthelevelsofwillingnesstoundertaketasksandperformanceskillsweresimilarbetweenthegroups(.2)AnalysisoftheP100ERPcomponent,whichrepresentedtheprimaryvisualresponses,disclosednomarkeddifferenceinpeaklatencybetweenthegroups,buttheamplitudewassignificantlylargerinthevisual-fatiguegroup(.3)TheP300ERPcomponent,whichreflectedtarget/nontargetdiscriminationinthevisualoddballtask,revealednosignificantdifferencesbetweenthegroupsinpeaklatency;however,themeannontarget-evokedP300amplitudewaselevatedclosetothetarget-evokedamplitudeinthevisual-fatiguegroup,indicatingdecreaseddiscriminationperformance.PositivecorrelationwasnotedbetweenthechangeinP300amplitudeandthesubjectiveindicationofthesenseofeyestrain(.4)NosignificantdifferencewasfoundbetweenthegroupsinERPamplitude,peaklatencyornearpointofaccommodation.Discussion:Inbothgroups,changesinvisualcognitiveperformanceandocularaccommodationindicatedtheprocessingofmutuallyindependentinformation.Specifically,itwasshownthatvisualfatiguewasassociatedwithexhaustionoftheocularaccommodationsystemandfatigueofthecentralnervoussystem,whichisresponsibleforcognitivecontrol.Itwasalsoshownthatindividualswithvisualfatigueweremorepronetomentalexhaustionthancontrols.Inconclusion,theseresultssuggestthatacomprehensiveassessmentofeyestrainshouldincludequantificationofsubjectfatigabilityandseparateexaminationsoftheocularaccommodationsystemandthehighercognitiveprocess.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1459.1465,2010〕〔別刷請求先〕有安正規:〒347-0015埼玉県加須市南大桑下鳩山1620-1あだち眼科Reprintrequests:MasakiAriyasu,AdachiEyeClinic,1620-1MinamiO-kuwa,Kazo,Saitama347-0015,JAPAN1460あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(138)はじめに現在,社会のあらゆる領域でIT化が進み,visualdisplayterminal(VDT)作業による眼疲労の訴えが増加している1).そのため眼疲労の適切な診断方法の確立の必要性が高まっている.これまで眼疲労の測定方法の先行研究としては,criticalflickerfrequency(CFF)のように計測手順に主観的な要素を多く含み視覚情報処理過程全般を計測しているもの2,3)や,アコモドメータ,赤外線オプトメータ,調節機能解析ソフトなどによる眼調節機能の測定など入力系である眼調節系を中心とした機能低下を測定する方法が用いられている3~6).しかしこれらの結果は必ずしも自覚症状と一致しないことが多いという問題点がある.現時点で眼疲労を訴え眼科を受診した場合,蓄積疲労状態を積極的に疾病と位置づける根拠はまだ少なく,その診断はおもに除外診断と眼科診療上の判断によってなされ,その扱いは曖昧にならざるをえない.視覚情報は眼球から脳の視覚領野に送られ認知的な処理がなされることを考えると,視覚作業による負荷は大脳皮質においても何らかの変化を生じさせていると考えられる.その変化をとらえることで眼疲労の視覚情報処理過程における中枢処理段階,とりわけ高次な認知的処理過程の機能低下を客観的に検討できる可能性が考えられる.そこで,本研究では事象関連電位(event-relatedpotentials:ERP)を用い,眼疲労の視覚情報処理過程での客観的な評価方法を検討した.ERPは,視覚情報の入力段階から中枢処理までの機能を反映していると考えられており7),特にP300成分は高次の認知過程を反映するとされている.そこで一次視覚野の反応であるP100成分と,標的を非標的から弁別する際に現れるP300成分を指標とした8).さらに,疲労状態に陥ると注意力,集中力の低下,反応時間の遅延,2つのことを同時に処理する能力の低下などがみられることに着目し,advancedtrailmakingtest(ATMT)9~11)を用いた定量的評価を行った.これにあわせて眼調節機能を計測し,視覚の負担を入力系と中枢処理段階に分割して検討した.I実験方法1.対象対象は2010年2月に眼の疲れを訴え,埼玉県A眼科を受診し全身疾患および涙液機能を含めた視覚に異常のない成人4名(男性1名,女性3名,平均年齢30±3.55歳)と,年齢,性別を合致させた健常対照群4名(平均年齢30.25±3.86歳)である.2.測定項目測定項目中で眼疲労負荷の少ない測定から始める目的で,ATMT計測は試験初日に,眼疲労負荷課題を行わせるERPの計測,眼調節能計測はそれぞれ2日目,3日目とした.またこの期間では測定前日からVDT作業などせず,十分な休息を取るよう指示した.さらに,それぞれの計測前には30分ほど遮光した静かな部屋で安静にさせた.a.ATMT(視覚反応時間計測)ATMTは,タッチパネルディスプレイ上に提示された1~25までの数字を素早く押す視覚探索反応課題を用いて眼疲労,中枢性疲労の評価を行った.ATMTはA,B,Cの3つの課題から構成される9~11).この計3種類の課題をA,B,C順に行い,1から25までのターゲットボタンごとの視覚探索反応時間を記録した.評価においては,1から5までは,試験開始直後の緊張や不慣れによる影響を考慮し,分析対象値から除外した.6から25までのターゲットボタンのうち,6から15までを前半,16から25までを後半とし,その視覚探索反応時間を分析した.b.ERP計測ERP計測は,以下のI-3項に示す眼疲労負荷課題を行わせる前に1回,課題作業直後に1回,その後10分間隔に2回,その後20分おきに2回計測した.それぞれの時点で計測が終わった後の時間は計測前と同様に休息させた.まず,眼電図(EOG)の電極を装着させ,ERPの計測と同時に水平,垂直成分を計測,脳波に瞬目などの成分がノイズとして混入している場合には加算平均処理を行うデータから除外するようにした.ERP計測は両耳朶を基準に,国際基準法ten-twenty法12)によるCz,Pz,Ozから行った.ERP誘発刺激は,patternreversalstimulusの反転刺激をコンピュータのC画面上で約2秒に1回の割合で反転させて表示する手法によって与えた.反転は100msもしくは200msで元の状態に戻した.100msの反転と200msの反転は4:1の割合でランダムな順序とし,5分間計測した.このとき被験者には200msの反転が表示された回数を数えさせた.P100は100msの反転刺激のときの脳波を,刺激開始時点を合わせて約120回の加算平均処理を行った.P300は刺激弁別課題を行っているときにみられる波形であるので,200msの反転刺激のときの脳波を,刺激開始時点を合わせて約30回の加算平均処理を行った.P300の誘発刺激において200msの刺激はオドボール課題のターゲット刺激(T)に相当し,100msの刺激はオドボール課題のノンターゲット刺激(NT)に相当する.オドボール課題とは出現確率の異〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1459.1465,2010〕Keywords:事象関連電位,眼調節機能,アドバンストトレイルメイキングテスト,心的飽和,眼疲労.eventrelatedpotentials,accommodation,advancedtrailmakingtest,habituation,eyestrain.(139)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101461なる識別可能な刺激をランダムに提示し,弁別させる課題を行わせるもので,これらP300成分を測定するときに用いる.計測で得られた波形から,P100,P300の振幅と潜時,振幅率を求めた.c.眼調節機能計測試験3日目に前節のERP計測時と同じように,眼疲労負荷課題を行わせた前後に,眼調節機能の指標である調節近点を計測した.NPアコモドメータ(興和製:KOWANP)を用いて眼疲労課題前に1回,課題作業直後に1回,10分おきに2回,その後20分おきに2回の計測を行った.また,主観判断に由来するばらつきを抑えるため,被験者には測定前に調節近点計測に十分慣れる程度の練習を行わせた.さらに,再現性を確認するため,眼疲労課題前と同一の近点計測を1週間後にもう一度行った.d.主観的評価眼疲労課題終了後,被験者に眼疲労について主観的状態を報告させた.被験者には眼疲労によって「眼が痛い」,「眼がちらつく」,「視点が定まらない」,「頭が重い」,「肩が凝る」などの症状が現れうること13)を示したうえで,上記5項目につきほとんど疲れなかった場合を1,被験者が想定しうる最大の症状を10とし,10段階評定での数値を答えさせ,全得点を合計し平均値を求めた.3.眼疲労負荷課題眼疲労の条件を同一にするため,ERPおよび調節近点の測定を行う日に,眼疲労負荷作業として文字検索作業を行わせた.すなわちコンピュータの画面を被験者の眼前約30cmになるように設置し,つぎのような課題画面を表示した.画面には9ポイントのランダムなアルファベットを横32文字,縦32文字で表示し,画面左上に指示された3種類のアルファベットをマウスでクリックさせた.一度クリックした文字は文字色を薄くして区別できるようにし,どこまで作業を行ったかをわかるようにした.また被験者の頭部が動かないように顎のせ台を用いて固定すると同時に,位置関係の誤差を防ぐために頭部の位置を変えないで作業するように指示した.この作業を,1セッション5分として,途中30秒ずつ休憩をとり,12セッション(計60分)行わせた.II結果1.ATMT眼疲労群,健常対照群の課題別平均時間と両群間の視覚探索反応時間の結果を表1に示した.眼疲労群では,一部で課題前半(ターゲットボタン6~15)から視覚探索反応時間が遅いものも認められたが,A課題前半,C課題前半で,眼疲労群と健常対照群両群間に視覚探索反応時間の有意な差は認められなかった(A課題前半NS,C課題前半NS).一方,A課題後半,B課題前半,B課題後半で眼疲労群と健常対照両群の視覚探索反応時間に有意な差があった〔B課題前半(p<0.05),A課題後半(p<0.01),B課題後半(p<0.01)〕.また,A課題前半/後半の視覚探索反応時間比,B課題前半/後半の視覚探索反応時間比でも有意な差が認められた〔A課題前半/後半の視覚探索反応時間比(p<0.001),B課題前半/後半の視覚探索反応時間比(p<0.05)〕.C課題では,健常対照群に比して眼疲労群では後半の視覚探索反応時間に有意な差が認められ(p<0.05),特に偏差でばらつきがみられた(±40.99).2.ERPのP100振幅図1に眼疲労課題前後における眼疲労群と健常対照群間のERPのP100成分の振幅の変化を示した.健常対照群では表1眼疲労群と健常対照群間の視覚探索反応平均時間の比較対象A課題(ms)B課題(ms)C課題(ms)前半後半前後比前半後半前後比前半後半前後比健常者群(n=4)169.9±11.52102.4±26.260.60191.6±7.44181.4±1.770.95241.1±9.33275.0±7.211.14眼疲労群(n=4)172.8±16.10177.5±14.281.03202.1±10.23258.5±46.91.28255.9±15.21309.6±40.991.20両群間有意差NSp<0.01p<0.001p<0.05p<0.01p<0.01NSp<0.05NS平均値±標準偏差Before0*****10課題負荷後(分)振幅(μV)204060:眼疲労群:健常対照群1614121086420図1眼疲労課題前後におけるP100振幅の変化眼疲労課題前後の眼疲労群と健常対照群間のERPのP100成分の振幅の変化を示す.グラフ中の*は,眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前と各課題負荷後時点でのP100振幅の変化の比較(p<0.01)を示す.(n=8)1462あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(140)課題負荷後10分以内に振幅が増大するが,その変化は経過全般を通じて少なく,一方,眼疲労群では時間経過とともに振幅が増強し,健常対照群と眼疲労群の間では課題負荷後すべての時間で有意な差がみられた(p<0.01).3.ERPのP300振幅図2に眼疲労課題前後における標的(T)刺激時,非標的(NT)刺激時の眼疲労群と健常対照群間のP300の振幅の変化を示した.T刺激時の場合では両群間で課題前後を比較すると特別な傾向は認められず(NS),NT刺激時の場合に関しては,P300振幅は眼疲労群で課題前に比べ,課題後すべての時間でより大きくなった(p<0.01).4.ERPのP300成分の振幅率の変化図3に眼疲労課題前後において,眼疲労群と健常対照群間のNT刺激時のP300の振幅をT刺激時のもので除したもの(NT/T)を示した.眼疲労群では,より眼疲労課題後に1に近づき,健常対照群と眼疲労群の間で課題前後すべての時間では有意差が認められた(p<0.01).5.ERP潜時眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前後のP100,P300の潜時を求めたところ,眼疲労群でP100,P300潜時がやや短縮したが有意な差はみられなかった(P100,P300;NS).6.主観的疲労度とERPのP300成分の振幅率の関係図4に各被験者の主観的疲労度と眼疲労課題前と直後におけるP300の振幅の変化の「NT/T」の関係を示した.眼疲労群では,主観的疲労の評価の増加とともに眼疲労課題前,直後における「NT/T」の比が大きくなり,有意差がみられた(p<0.01).7.眼調節機能まずすべての計測が終了し,1週間後に同条件下で調節近点を計測したところ,眼疲労課題前との測定間でその平均値:眼疲労群:健常対照群:眼疲労群:健常対照群Before010204060*****課題負荷後(分)a:標的刺激b:非標的刺激Before010204060課題負荷後(分)振幅(μV)14121086420振幅(μV)14121086420図2眼疲労課題前後におけるP300振幅の変化a:標的刺激,b:非標的刺激.眼疲労課題前後の標的刺激時,非標的刺激時の眼疲労群と健常対照群間のP300の振幅の変化を示す.グラフ中の*は,眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前と各課題負荷後時点のP300振幅の変化の比較(p<0.01)を示す.(n=8):眼疲労群:健常対照群Before0*****10204060課題負荷後(分)P300振幅率(NT/T)10.90.80.70.60.50.40.30.20.10図3眼疲労課題前後におけるP300振幅率の変化(NT/T)眼疲労課題前後において眼疲労群と健常対照群間の非標的(NT)刺激時P300の振幅を標的(T)刺激時のもので除したもの(NT/T)を示す.グラフ中の*は,眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前と各課題負荷後時点でのP300振幅率(NT/T)の比較(p<0.01)を示す.(n=8)0246主観的疲労度の平均値810(点)r=0.94*●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)10.80.60.40.20P300振幅率(NT/T)図4主観的疲労度とERPのP300成分の振幅率の関連各被験者の主観的疲労度の全得点の平均値と眼疲労課題前と直後におけるP300の振幅の変化(NT/T)の関係を示す.散布図中のr,*は眼疲労群と健常対照群間の主観疲労度の平均値と眼疲労課題前と直後のP300振幅の変化(NT/T)との関連(p<0.01)を示す.(H.C):健常対照群,(V.F):眼疲労群.(n=8)(141)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101463に有意な差は認められず,調節近点測定は比較検討に利用できると判断した.図5に眼疲労群と健常対照群での疲労課題前後の調節近点を示した.縦軸は調節近点を,横軸は計測時点を表す.両群ともに眼疲労課題を行わせる前に比べ,直後において調節近点が延長し,課題後10分には短縮しはじめた.眼疲労群は課題後20分以内で健常対照群に比べ調節近点がやや延長したが有意な差ではない.また,両群とも時間経過とともに徐々に眼疲労課題を行わせる前のレベルに近づき,60分後には両群での差はみられなくなった.8.眼調節機能とERPの振幅との関係図6では眼疲労課題前と課題直後において,図7には眼疲労課題前と課題後40分においての調節近点の変化率とP100の振幅,P300の「NT/T」の振幅率との関連について散布図で示した.両図より,P100の振幅の増加,P300の弁別の低下と調節近点の延長の関連に明らかな差はみられなかった.III考察本研究では,VDT作業による眼疲労をATMTおよびERP(P100,P300成分の振幅と潜時)の変化で健常群を対照とし眼疲労群と比較検討した.ATMT測定(表1)から,A課題は,B課題同様にターゲットボタン位置が固定されており,課題が進行するにつれ:眼疲労群:健常対照群Before010204060課題負荷後(分)調節近点(mm)140120100806040200図5眼疲労課題前後における眼調節機能(調節近点)眼疲労群と健常対照群間の眼疲労課題前後の調節近点を示す.縦軸は調節近点を表し,横軸は調節近点計測時点を示す.各時点において眼疲労群と健常対照群間で有意差なし.(n=8)1.051.11.251.21.151.11.0512.521.51.0.501.151.21.251.31.051.11.151.21.251.3調節近点の変化率調節近点の変化率r=0.11NS(a)(b)●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)r=0.32NS●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)P300振幅率(NT/T)P100振幅率図6眼調節機能とERPパラメータとの関連各被験者の眼疲労課題前と課題直後において,調節近点の変化率と(a):P100振幅率との関連および(b):P300振幅の(NT/T)の振幅率との関連を示す.両結果とも両群間での有意差はなし.(H.C):健常対照群,(V.F):眼疲労群.(n=8)1.41.210.80.60.40.202.521.51.0.5011.021.041.061.081.1調節近点の変化率11.021.041.061.081.1調節近点の変化率r=0.08NS(a)(b)●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)r=0.07NS●:A(V.F)■:B(V.F)▲:C(V.F)◆:D(V.F)□:E(H.C)△:F(H.C)○:G(H.C)◇:H(H.C)P300振幅率(NT/T)P100振幅率図7眼調節機能とERPパラメータとの関連各被験者の眼疲労課題前と課題後40分において,調節近点の変化率と(a):P100振幅率との関連および(b):P300振幅の(NT/T)の振幅率との関連を示す.両結果とも両群間での有意差はなし.(H.C):健常対照群,(V.F):眼疲労群.(n=8)1464あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(142)てまだ押していないターゲットボタン数が減少することからB課題以上に視覚探索反応時間が著明に短縮された.B課題は,C課題と異なり一度出現したターゲットボタン配置は常に固定されていることにより,課題が進行するにつれ,視覚探索反応時間が徐々に短縮された.C課題の視覚探索反応時間との差は,ターゲットボタンの位置が固定されていることによってみられる差であり,課題遂行中にワーキングメモリーを働かせることによりターゲットボタン以外のボタンの位置も同時に記憶していることによる短縮と考えられた.C課題では課題が進行するにつれ視覚探索反応時間は徐々に遅延した.C課題は,ターゲットボタンを押すたびにすべてのターゲットボタンの位置が変わり,かつ探索しなければいけないターゲットボタン数が常に25個であるため,探索条件は常に一定であることから,この遅延は疲労によるものと考えられる.健常対照群と眼疲労群のターゲットボタンごとの視覚平均探索反応時間の推移では,A課題前半,C課題前半で,眼疲労群と健常対照群の両群間に視覚探索反応時間に有意な差は認められなかったことから,作業能力や作業意欲において,眼疲労群が健常対照群に比べて低下しているわけではないことが示唆された.各課題の遂行時後半になると,課題自体が徐々に負荷となり,眼疲労群に疲労を惹起させていると考えられる.すなわち,眼疲労群では,健常対照群よりも,疲労を起こしやすいと考えられる.さらに,健常対照群のターゲットボタンごとの視覚平均探索反応時間の推移と,眼疲労群のターゲットボタンごとの視覚平均探索反応時間の推移とを比較すると(表1),試験全体でA課題→B課題→C課題と試験課題が進むにつれて,眼疲労群と健常対照群との成績の開きが大きくなる傾向が認められた.つまり,視覚探索反応時間の遅延は,課題遂行による疲労を反映していると考えられた.ATMT測定から,眼疲労群では課題初期には健常対照群と同じ作業能力や作業意欲を有しているにもかかわらず,課題継続時のパフォーマンスの低下減少(疲労の顕在化)が健常者に比して早い段階から現れやすいことが示され,眼疲労群は疲労しているのでなく,むしろ疲労しやすいことが特徴であることが判明した.眼疲労群の課題遂行による疲労の蓄積過程を調べることにより,個々の疲労のしやすさを定量化することが可能と考えられる.すなわち,B課題後半およびC課題後半にみられる疲労による視覚探索反応遅延度をパラメータとすることにより,易疲労性の尺度となることが示唆された.ERP結果からは,両群でERPのP100において潜時に影響は認められなかったが,眼疲労群で振幅は有意に増大した(図1).このことは,眼疲労群ではより眼疲労課題により視覚野の機能水準が低下しており,ERP計測用の刺激により皮質機能が賦活されたと考えることができる.P300に関しては,両群で潜時に影響は認められず,眼疲労群では非標的(NT)刺激による振幅は有意に増大した(図2).さらに,両群で標的(T)刺激による振幅は変化が認められず,眼疲労群では有意に振幅比(NT/T)が1に近づいた(図3).このことは,NT刺激によるP300の振幅がT刺激によるP300の振幅に近くなったことを示している.本来P300はT刺激を検出した場合に顕著にみられる.しかし,特に眼疲労群では眼疲労によりNT刺激に対してもP300が出現する傾向がみられたことは,眼疲労が選択的注意機能へ影響を及ぼした可能性が考えられる.Kok14)は被験者に処理スピードを要求した場合に,NT刺激によるP300が出現することを報告しており,処理の難易度が増大するとNT刺激に対してもP300が出現すると考えられる.このことから本実験においては,眼疲労群で眼疲労により相対的に刺激弁別機能が低下し,NT刺激の認知に対しても多くの注意を払う必要から,P300が増大したと考えられた.眼疲労条件では,眼疲労群でERPのP100の振幅は増大し(図1),非標的によるP300の振幅は標的の場合の振幅に近づき(図2),弁別性の低下がみられた.一方,ERPの振幅や潜時と近点との差は認められず(図6,7),眼調節機能とERPの変化は独立的な情報を含んでいると思われた.つまり,眼疲労は眼調節機能に影響を及ぼす毛様体筋などの筋疲労を含む眼調節系の機能低下と,認知機能に影響を及ぼす視覚情報処理の中枢性疲労の2種類から構成されていることが示唆された.さらに主観的な疲労感は中枢における認知過程での疲労を大きく反映しているものと考えられた.中枢性疲労は心理学でいう心的飽和に対応している15).心的飽和とは,ある作業や行動を繰り返し行っていくうちにその作業や行動に対する積極的構えが減弱するなど,作業や行動の効率が低下して極端な場合には中断する「飽き」の状態である.一般に神経系においては単調で無害な刺激の連続に対して,入力感度を低下させる「habituation」が生じる16).眼疲労群ではP300の「NT/T」が眼疲労後に1に近づいたということ,およびATMTでの課題継続時のパフォーマンスの低下は心的飽和すなわち,大脳皮質におけるhabituationが弁別作業効率を低下させたと考えられる.従来から行われてきた眼疲労評価は感覚器官および眼調節系の測定であり,いわゆる眼精疲労の指標であった.CFFなどによる眼疲労測定は,視覚情報処理中枢の疲労を含んではいるが,むしろ覚醒水準の影響を強く受けて視覚系全体の疲労としてとらえられている.しかし,ATMTとERP,調節近点計測を併用することで,眼調節系のレベルと高次認知過程のレベルを分離して,より詳細に検討することができると考えられた.さらに本実験の結果からは,眼の疲れを訴える患者のなかあたらしい眼科Vol.27,No.10,20101465には日常の検査では表出されない例があること,これらは「疲労している」のではなく「疲労しやすい」こと,あるいは「疲労を(持続的に)代償・補完しにくい」ことが明らかになった.眼疲労状態は,①疲労がまったくない状態,②疲労が蓄積してきているが,一定の時間であれば代償することが可能な状態,③疲労のためにエラーや反応時間の遅延がみられる状態,の3つに分類することができる11).これらから,これまでの検査法では客観的に疲労状態を評価することが困難であったが,ERPやATMTを用いることによって,疲労が蓄積してきているが,②の状況(一定の時間であれば代償することが可能な状態)でも反応時間の変動係数などに明らかな変化が起きている結果を得たことから,これらの結果は,眼科臨床において利用可能であると考える.文献1)斉藤進:日本眼科医会IT眼症と環境因子研究班業績集(2002~2004).労働科学81(2):95-98,20052)小笠原勝則,大平明彦,小沢哲磨:VDT作業による眼精疲労評価法としての中心フリッカー値の意義について.日本災害医学会会誌40:12-15,19923)岩崎常人:【眼精疲労を科学する】眼精疲労の測定方法と評価CFFとAA-1.眼科51:387-395,20094)岩崎常人,田原昭彦,三宅信行:調節の緊張緩和と眼精疲労.日眼会誌107:257-264,20035)小嶋良弘,青木繁,石川哲:VDT従事者における近見反応.北里医学22:620-626,19926)梶田雅義:調節微動の臨床的意義.視覚の科学16:107-113,19957)CobbWA:Thelatencyandforminmanoftheoccipitalpotentialsevokedbybrightflashes.JPhysiol152:108-121,19608)BarrettG,BlumhardL:Aparadoxinthelateralizationofthevisualevokedresponse.Nature261:253-255,19769)梶本修身:【疲労の科学】疲労の客観的評価疲労の定量化法.医学のあゆみ204:377-380,200310)梶本修身,山下仰,高橋清武ほか:Trail-Making-Testを改良した「ATMT脳年齢推測・痴呆判別ソフト」の臨床有用性─タッチパネルを用いた精神作業能力テストの開発─.新薬と臨牀49:448-459,200011)梶本修身:ATMTを用いた疲労定量化法の開発.疲労と休養の科学18:13-18,200312)KlemGH,LudersHO,JasperHHetal:Theten-twentyelectrodesystemoftheInternationalFederation.TheInternationalFederationofClinicalNeurophysiology.ElectroencephalogrClinNeurophysiol52:3-6,199913)野田一雄:目の疲労防止対策.労働衛生22:13-16,198114)KokA:OntheunityofP300amplitudeasmeasureofprocessingcapacity.Psychophysiology38:557-577,200115)KouninJS,DoylePH:Degreeofcontinuityofalesson’ssignalsystemandthetaskinvolvementofchildren.JEducPsychol67:159-164,197516)KarstenA:PsychischeSatting.PsychlForschung10:142-254,1988(143)***

腺様囊胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1 例

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1455《原著》あたらしい眼科27(10):1455.1458,2010cはじめに腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma:ACC)は唾液腺や気管などの腺組織から発生するものが多い1,2).眼科領域からの発生の報告は涙腺原発の患者が散見されるが,周囲組織から眼窩に波及する続発ACCはまれである.今回外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した75歳,女性の続発ACC例を経験した.画像診断および病理診断により,上顎洞原発のACCが眼窩先端部に波及したことがわかり,診断の注意点や鑑別点について考察を加え報告する.I症例患者:75歳,女性.主訴:複視,左内眼角部の痛み.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成18年4月3日初診.同年2月ころより物が二重に見えるようになり,3月28日に近医眼科を初診した.左外転神経麻痺の疑いで精査目的にて当科を紹介となった.この間,左内眼角部の痛みを自覚していたが,近医耳鼻科にて診察を受け,X線写真でも異常なしとのことであった.既〔別刷請求先〕長谷川英稔:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:HidetoshiHasegawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minamikoshigaya,Koshigaya,Saitama343-8555,JAPAN腺様.胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1例長谷川英稔鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofOrbitalApexSyndromeCausedbyAdenoidCysticCarcinomaRapidlyLeadingtoBlindnessHidetoshiHasegawa,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital左外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した1症例を報告する.症例は初診時に虚血による左単独外転神経麻痺と診断された1症例である.初期にはCT(コンピュータ断層撮影)およびMRI(磁気共鳴画像)の画像検査で明らかな異常が認められず,診断までに1年を要した.経過中に同側の左全外眼筋麻痺,三叉神経麻痺,視神経障害(失明)が加わり,重篤な眼窩先端症候群をきたした.1年後の画像検査と病理検査により,副鼻腔原発の腺様.胞癌の眼窩先端部への浸潤と診断された.結論:眼窩先端部に腺様.胞癌が発症した場合は進行性の麻痺症状をきたす.眼窩先端症候群の原因として,まれではあるが腺様.胞癌も考慮すべきである.Wereportacaseofadenoidcysticcarcinoma.Initialexaminationdisclosedsolitaryleftabducensnervepalsy.Computedtomography(CT)andmagneticresonanceimaging(MRI)demonstratednoabnormality;thetemporarydiagnosiswasischemicabducensnervepalsy.Afteroneyearoffollow-up,thepatientexhibitedsevereorbitalapexsyndrome,includingipsilateraltotalophthalmoplegia,trigeminalpalsyandopticneuropathy(blindness).RepeatedMRIandhistologicalexaminationfinallyrevealedadenoidcysticcarcinomaarisingfromtheparanasalsinusesandinvadingtheorbitalapex.Patientswithadenoidcysticcarcinomadevelopprogressivecranialnervepalsyintheregionoftheorbitalapex.Adenoidcysticcarcinomaisrare,butisoneofthedifferentialdiagnosesfororbitalapexsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1455.1458,2010〕Keywords:腺様.胞癌,眼窩先端症候群,外転神経麻痺,失明,副鼻腔.adenoidcysticcarcinoma,orbitalapexsyndrome,abducensnervepalsy,blindness,paranasalsinuses.1456あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(134)往歴として47歳時にBasedow病,その他は特に認めなかった.当科初診時所見:視力はVD=0.5(0.8×+0.5D(cyl+2.5DAx175°),VS=0.5(0.9×cyl+2.0DAx180°),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は30プリズムの内斜視を認め,著しい左眼の外転制限を認めた(図1).瞳孔径は3mmで不同なく,三叉神経領域に左右差や低下は認めなかった.前眼部・中間透光体には軽度白内障を認め,眼底は異常所見を認めなかった.初診時に行った頭部CT(コンピュータ断層撮影)では海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす器質的異常は不明であった(図2).経過:初診時の診断は虚血障害による左外転神経麻痺とし,メチコバールR内服,サンコバR点眼で経過観察することとした.しかし,その後症状・所見ともまったく回復傾向がみられず,発症2カ月後には左眼点眼時に感覚がないことを訴え,診察でも左三叉神経第1枝領域と第2枝領域の知覚低下がみられるようになった.このため発症2カ月後にMRI(磁気共鳴画像)を行ったが,眼窩先端付近などにやはり異常を認めなかった.その後さらに経過をみていたが,発症4カ月後には症状がさらに悪化し,眼瞼下垂が出現して,運動制限も全方向になった(図3).以後症状は持続し,左眼周囲のしびれ感も加わった.半年を過ぎて矯正視力はVD=(0.9×0.5D(cyl+2.5DAx180°),VS=(0.8×cyl+2.5DAx180°)と変化がなかったが,眼球運動所見は回復傾向がみられなかった.この間,脳神経外科への受診を勧めるも患者の協力が得られなかったが,神経内科の受診では橋付近の小梗塞という診断で経過観察となった.また,炎症性も考え治療的診断の意味も含めてプレドニゾロン内服を1日量20mgより漸減投与するも効果がなかった.発症1年後,瞳孔径が右眼3.0mm,左眼4.25mmで対光反応が消失し,色がわかりにくいとの訴えがあり,左眼視力障害が出現した.この時期に行ったCTおよびMRIで初めて左眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影がみられ,視神経付近で副鼻腔から浸潤する異常信号を認め,眼窩下方ではさらに広範囲な異常信号がみられた(図4).以上の所見から脳神経外科にて副鼻腔原発腫瘍の眼窩内浸潤と診断された.耳鼻科における左蝶左眼右眼図1初診時Hess眼球運動検査(平成18年4月3日)著しい左眼の外転制限が認められる.図3症例の各眼位の写真正面および垂直,水平5方向の眼位写真と,左下段は左眼瞼下垂.右下段は瞳孔写真である.左眼は各方向ともまったく動いていないことがわかる.図2初診時CT所見(平成18年4月3日)海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす異常は不明であった.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101457形骨篩骨洞開放術による腫瘍生検の結果はACCの診断となり(図5),他臓器への転移は認めず放射線治療(60Gy)が行われた.初診より1年後の平成19年4月には左眼視力は光覚弁なしとなり,2年後の現在でも全外眼筋麻痺の状態である.II考按腺様.胞癌は,1859年にBillrothにより副鼻腔原発の円柱腫(cylindoroma)として最初に報告され,現在では腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma)の呼称に統一されている3).40歳代に最も多く,女性のほうが男性よりもやや多い1,2,4).副鼻腔原発などの耳鼻科領域での報告が多く,眼科での報告は涙腺原発の症例が散見されるのみである5,7,8).涙腺原発のACCの臨床症状は他の眼窩部腫瘍と同様に,眼球突出のほか,眼球運動障害および偏位,眼瞼下垂および腫脹の頻度が高い1).今回は上顎洞から眼窩内へ浸潤したため,眼球運動神経麻痺,三叉神経麻痺および視神経障害という典型的かつ重篤な眼窩先端症候群をきたした.ACCの進行は比較的緩徐であるがきわめて悪性度が高く,浸潤性に周囲に増殖し眼窩骨壁の破壊や鼻出血や顔面知覚鈍麻を示し,神経周囲にも浸潤し局所の疼痛の原因になる.摘出手術後にも局所再発をくり返すことが多く,転移も多いことが知られている.転移する場合,血行性に肺やリンパ節,骨や脳にも転移しやすい1,4).今回のような高齢者の片眼性外転神経麻痺は,一般に虚血(微小循環障害)が原因の場合が多く約3カ月ほどで回復する良性の麻痺が多い.今回筆者らが体験した症例も,くり返し行われた画像診断にはじめは異常が認められず,そのような良性の原因を考えた.しかし2カ月を経過したあたりから眼球運動障害が悪化し,次第に全外眼筋麻痺に進行した.最終的には副鼻腔原発ACCの眼窩内浸潤の診断となり,視神経も障害され失明となった.このような高齢者でしかも画像所見に異常が乏しいものであっても,注意深く臨床経過を見守る必要があることが強く示唆された.頭蓋内腫瘍が外転神経麻痺を起こす病態としては,海綿静脈洞付近の病変による直接障害と頭蓋内圧亢進による間接的障害が考えられる.本症例は副鼻腔原発の腫瘍が伸展拡大し,眼窩先端部から海綿静脈洞付近に浸潤したと推定される.この部位でほかに鑑別されるべき病変としては非特異的炎症(Tolosa-Hunt症候群),その他の腫瘍(転移性,鼻咽頭腫瘍,リンパ腫),感染症(アスペルギルス,カンジダの真菌,ヘルペス),頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousfistula:CCF),血栓症などがある.本症例のように当初の画像診断で病変がみつからないこともあるので,症状の変化に注意しながらくり返し再検査する必要がある.図41年後のCTおよびMRI所見左:頭部CTにて眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影を認める.右:MRI(T2強調画像)でも視神経の高さで副鼻腔から浸潤する異常信号がみられる.図5摘出組織の病理組織像スイスチーズ様またはcribriformpattern6)とよばれる,腺様.胞癌に特徴的な所見がみられる(原倍率30倍).1458あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(136)文献1)笠井健一郎,後藤浩:涙腺に原発した腺様.胞癌の臨床像と予後.眼臨101:441-445,20072)後藤浩,阿川哲也,臼井正彦:眼窩腫瘍の臨床統計.臨眼56:297-301,20023)FrishbergBM:Miscellaneustumorsofneuro-ophthalmologicinterest.ClinicalNeuro-ophthalmology6thed(edbyMillerNetal),vol2,p1679-1714,LippincottWilliamsWilkins,Philadelphia,20054)山本祐三,坂哲郎,高橋宏明:腺様.胞癌の基礎と臨床.耳鼻臨床84:1153-1160,19915)金子明博:腫瘍全摘出のみで長期経過良好な涙腺腺様.胞癌の2例.臨眼62:285-290,20086)小幡博人,尾山徳秀,江口功一:涙腺の上皮性腫瘍─多形腺腫と腺様.胞癌.眼科47:1341-1345,20057)AdachiK,YoshidaK,UedaRetal:Adenoidcysticcartinomaofthecavernoudregion.NeurolMedChir(Tokyo)46:358-360,20068)ShikishimaK,KawaiK,KitaharaK:PathologicalevaluationoforbitaltumoursinJapan:analysisofalargecaseseriesand1379casesreportedintheJapaneseliterature.ClinExperimentOphthalmol34:239-244,2006***

多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(127)1449《原著》あたらしい眼科27(10):1449.1453,2010cはじめに現在,国内で年間約100万件以上行われている白内障手術は,単に視力の改善を目的とするだけでなく,より優れた視機能(qualityofvision:QOV)を求めるようになっている.その背景には手術手技の向上や機器の改良などの要因のほかに眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の進歩があげられる1).すなわちIOLに着色化や非球面化などの付加価値をつけ,網膜保護や高いコントラスト効果を期待するものである.近年登場した多焦点IOLは,従来の単焦点IOL挿入後に生じる調節機能喪失に対し,老視矯正の側面をもつ付加価値IOLである.この多焦点IOLを使用した白内障手術は2008年7月に先進医療として認可された.多焦点IOL挿入眼の視機能に関する報告2,3)は数多くされているが,高次収差について検討した国内での報告は少ない.今回筆者らは,2種類の多焦点IOLと単焦点IOL挿入眼の高次収差について比較検討した.I対象および方法2007年8月.2008年10月にバプテスト眼科クリニックにて白内障手術を施行し,その際に挿入した多焦点IOLのNXG1(ReZoomR,屈折型,AMO社)とSA60D3(ReSTORR,〔別刷請求先〕山村陽:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KiyoshiYamamura,M.D,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN多焦点眼内レンズ挿入眼の高次収差山村陽*1稗田牧*2中井義典*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学PostoperativeWavefrontAnalysisofMultifocalIntraocularLensKiyoshiYamamura1),OsamuHieda2),YoshinoriNakai2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:多焦点眼内レンズ(IOL)挿入眼の高次収差について検討した.方法:多焦点IOLのNXG1(ReZoomR)とSA60D3(ReSTORR)および単焦点IOLのSN60ATを白内障手術によって6眼ずつ挿入した.術後3カ月の視力,コントラスト感度,高次収差(全高次収差,コマ様収差,球面様収差,球面収差,解析径:3,4,5,6mm)を測定した.結果:全症例で術後遠方矯正視力は1.0以上であり,遠方矯正下近方視力は多焦点IOLが有意に良好であった.コントラスト感度はSN60ATで高い傾向があった.全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径に関係なくIOL間に有意な差はなかった.球面収差はSA60D3とSN60ATでは解析径が増えるにつれて増加したが,NXG1では解析径5,6mmでは減少した.結論:3種類のIOL挿入眼において,解析径5,6mmでは球面収差に違いがみられた.Wereporttheclinicalresultsofmultifocalintraocularlens(IOL)implantation.MultifocalrefractiveIOL(NXG1:ReZoomR),multifocaldiffractiveIOL(SA60D3:ReSTORR)andmonofocalIOL(SN60AT)wereimplantedin6eyeseach.At3monthspostoperatively,distanceandnearvisualacuity(VA)andcontrastsensitivityweretested,andwavefrontanalysiswasperformedwith3,4,5and6mmopticalzones.AlleyesachievedcorrecteddistanceVAof≧1.0,butshowedastatisticallysignificantdifferenceinuncorrectednearVAbetweenmultifocalandmonofocalIOL.TheSN60AThadatendencytowardhighercontrastsensitivityvaluethanthemultifocalIOLs.ThesphericalaberrationofSA60D3andSN60ATshowedincreasewhileincreasingopticalzones,butthatofNXG1waslesswiththe5and6mmzonesthanwiththe3and4mmzones.ThesedifferentIOLtypesresultedinmeasurablydifferentpostoperativesphericalaberrationpatterns.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1449.1453,2010〕Keywords:多焦点眼内レンズ,単焦点眼内レンズ,コントラスト感度,高次収差,球面収差.multifocalintraocularlens,monofocalintraocularlens,contrastsensitivity,higher-orderaberration,sphericalaberration.1450あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(128)回折型,Alcon社)および単焦点IOLのSN60AT(Alcon社)のそれぞれ6眼ずつを対象とした.採用基準は,年齢60歳以下で白内障以外に眼疾患がなく,角膜乱視1.0D以下の症例とした.術式は,上方強角膜2.4.3.0mm小切開にて超音波水晶体乳化吸引術を施行し,IOLを.内固定した.IOL度数は,眼軸長をIOLMaster(ZEISS社)で測定し,目標屈折度を多焦点IOLは遠方正視に,単焦点IOLはやや近視寄り(.0.5.1.0D)としてSanders-Retzlaff-Kraff/theoretical(SRK-T)式を用いて算出した.明所と暗所における瞳孔径はOPDscan(NIDEK社)で測定した.患者背景についてはIOL間に差は認められなかった(表1).検討項目は,術後3カ月の遠方と近方視力,コントラスト感度,高次収差とした.コントラスト感度はCSV-1000(VectorVision社)を用いて明所にて測定し,各周波数における対数コントラスト感度値とAULCF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)値を調べた.高次収差はOPDscanを用いて術後の角膜と眼球の高次収差を暗所散瞳下にて測定した.測定項目は全高次収差(S3+S4+S5+S6),コマ様収差(S3),球面様収差(S4),球面収差とし,解析径を3,4,5,6mmとした.統計学的検討はOne-factorANOVA,Tukey-Kramer検定を用い,有意確率5%未満を有意とした.II結果1.視力遠方矯正視力は各IOL挿入眼で1.0以上であった.近方裸眼視力はNXG1,SA60D3,SN60ATでそれぞれ0.61,0.62,0.21であり,遠方矯正下近方視力はそれぞれ順に0.61,0.64,0.26であり,近方視力はNXG1とSA60D3がSN60ATに比べ有意に良好であった(p<0.01).術後屈折度数(自覚的等価球面度数)は,IOL間に有意差はなかった(表2).2.コントラスト感度すべての空間周波数でIOL間に有意差はなかったが,SN60ATの感度が高く,高周波数領域ではSA60D3の感度低下の傾向がみられた(図1).AULSF値を比較するとSN60AT(1.10±0.06),NXG1(1.07±0.14),SA60D3(1.02±0.23)の順に小さかったが,IOL間に有意差はなかった.表1患者背景NXG1SA60D3SN60ATp値症例数3例6眼4例6眼4例6眼性別(男/女)2/11/32/2年齢(歳)44.3±20.5(18.60)53.0±3.7(49.57)57.0±6.9(43.60)0.24眼軸長(mm)25.02±2.0726.23±1.3924.61±0.810.19明所瞳孔径(mm)3.72±0.583.62±0.474.04±0.820.51暗所瞳孔径(mm)5.89±0.925.40±0.765.54±1.010.63表2視力NXG1SA60D3SN60ATp値遠方裸眼視力1.221.080.63p<0.05遠方矯正視力1.341.181.170.29近方裸眼視力0.610.620.21p<0.01遠方矯正下近方視力0.610.640.26p<0.01近方矯正視力0.660.710.85p<0.01術後屈折度数(D).0.17±0.26.0.27±0.30.0.54±0.430.1700.20.40.60.811.21.41.61.82空間周波数(cycles/degree)361218対数コントラスト感度NXG1SA60D3SN60ATp=0.45p=0.11p=0.07p=0.06図1コントラスト感度すべての空間周波数でIOL間に有意差はなかったが,SN60ATの感度が高く,高周波数領域ではSA60D3の感度低下の傾向がみられた.(129)あたらしい眼科Vol.27,No.10,201014513.高次収差角膜については,各成分で解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかった(図2).眼球については,全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた(図3.5).球面収差は,解析径3,4mmではIOL間に有意差はなかったが,5mmではNXG1,SA60D3,SN60ATでそれぞれ0.02±0.08μm,0.11±0.12μm,0.14±0.05μmとなり,NXG1はSN60ATよりも有意に球面収差が少なかっ□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT10.80.60.40.203456全高次収差解析径(mm)3456解析径(mm)収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)10.80.60.40.20収差量(μm)0.070.050.070.150.120.180.310.250.340.540.490.60コマ様収差0.060.040.060.400.390.500.240.200.310.130.100.163456解析径(mm)球面様収差0.030.030.030.070.070.070.340.270.240.180.140.133456球面収差解析径(mm)0.020.010.010.060.040.030.300.210.160.160.110.08図2高次収差(角膜)平均値を記載.各成分で解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかった.0.170.150.140.270.270.240.430.450.380.840.690.561.41.210.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT図3全高次収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.1.41.210.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.140.130.130.180.220.210.360.370.320.700.550.45図4コマ様収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.10.80.60.40.203456解析径(mm)収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.080.050.040.150.090.070.130.160.160.330.270.28図5眼球様収差(眼球)平均値を記載.解析径にかかわらずIOL間に有意差はなく,解析径が増加するにつれ収差量も増加していた.1452あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(130)た(p<0.01).解析径6mmでは,それぞれ順に.0.24±0.28μm,0.19±0.16μm,0.25±0.06μmとなり,NXG1はSA60D3とSN60ATよりも有意に球面収差が少なかった(p<0.01).SA60D3とSN60ATでは解析径が増加するにつれ球面収差は増加していたが,NXG1では解析径5,6mmで球面収差が減少し,6mmでは負の球面収差を生じていた(図6).III考按近年,白内障術後のQOVが大きく問われるようになり,視力だけでなくコントラスト感度や高次収差などを用いた視機能評価が重要になっている.高次収差については,核白内障や非球面IOL,素材・デザインの異なるIOLに関する報告4.6)があるが,多焦点IOL挿入眼7.10)に関する国内での報告は少ない.今回,2007年に医療材料としての承認を受けたNXG1とSA60D3を使用して術後の視力,コントラスト感度,高次収差について検討した.視力については,近方裸眼視力と遠方矯正下近方視力ともに,NXG1とSA60D3がSN60ATに比べ有意に良好であり,多焦点IOLの挿入効果が現れていると考えられた.コントラスト感度は視覚系の空間周波数特性を測定し,通常の視力検査では不十分とされる見え方の質が評価できる自覚的検査である.SA60D3では,光量の分配と光の損失によるコントラスト感度低下が生じるとされ,瞳孔径が大きくなる夜間に遠方への入射光の配分を多くしてこの欠点を補っている11).一般に多焦点IOLでは単焦点IOLよりもコントラスト感度が低下し,特に回折型は高周波数領域で低下しや10.80.60.40.20-0.2-0.434******56解析径(mm)**:p<0.01収差量(μm)□:NXG1■:SA60D3■:SN60AT0.050.020.010.120.050.050.020.110.14-0.240.190.25図6球面収差(眼球)平均値を記載.解析径3,4mmではIOL間に有意差はなかったが,5,6mmではNXG1とそれ以外のIOL間に有意差を認めた.NXG1では解析径5,6mmで球面収差が減少し,6mmでは負の収差を生じていた.432Zone1234553.5D3.5D3.5D3.5D432Zone1234552.1mm4.3mm4.6mm3.45mm図8NXG1光学部の表面構造Zone2,4では近方視用に3.5Dの屈折力を加入した設計になっている.図7OPDmapNXG1ではZone2(白矢印)に一致して眼屈折力の高い円環状の部位がみられる.NXG1SA60D3SN60AT(131)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101453すいが,本研究ではIOL間に有意差はみられなかった.高次収差については,術後の角膜高次収差が各IOL挿入眼で差がないことを確認したうえで,眼球の高次収差を評価した.OPDscanは,検影法の原理で測定した眼屈折度数誤差分布(OPDmap)をZernike解析して収差成分を定量し,解析径を任意に設定できる波面センサーである12).本研究では,眼球の全高次収差,コマ様収差,球面様収差は解析径にかかわらずIOL間に有意差はなかったが,球面収差については,解析径5,6mmではNXG1と他のIOL間に有意差を認め,SN60ATとSA60D3では解析径が増えるにつれ増加していたが,NXG1では解析径5,6mmで減少していた.今回使用したIOLの光学部直径はすべて6.0mmとなっており,SN60ATは球面レンズ,SA60D3は中央3.6mmがアポダイズ回折構造,周辺が単焦点構造となっている球面レンズであるために,解析径の増加につれ球面収差は増加したものと考えられた.一方,NXG1は中央より同心円状の5つのゾーンを設け,Zone1,3,5は遠方視用として,Zone2,4は3.5Dの屈折力が加入された設計になっており近方視に用いられる(図7,8).このZone2,4によって,NXG1は光学部表面が球面ではなく非球面効果をもつような構造になり,結果的に解析径の増加につれ球面収差が減少したのではないかと考えられた.Hartmann-Shack型の波面センサーを用いて解析径5mmで球面収差を検討した海外の報告によると,Ortizら8)はReZoomR(0.17±0.07μm)とReSTORR(0.06±0.04μm)で有意差があり,Zelichowskaら9)もReZoomR(0.15±0.01μm)とReSTORR(0.09±0.00μm)で有意差があったとしている.また,Rochaら7)やTotoら10)は,ReSTORRのアポダイズ回折構造が非球面効果をもたらしている可能性があると報告している.しかし,Gatinel13)やCharmanら14,15)は,回折型の多焦点IOL挿入眼の高次収差測定に関して,解析に必要な測定ポイント数が少ないことや測定光源として近赤外光を用いると可視光に比べて回折効率が低下することなどを理由に,測定結果が不正確であると報告している.本研究では解析径5mmにおける球面収差はNXG1,SA60D3それぞれ0.02±0.08μm,0.11±0.12μmで,Ortizら8)やZelichowskaら9)の報告とは異なりNXG1のほうが球面収差が少なかったが,その後も経過観察可能であったNXG1挿入眼2例4眼の球面収差について,新たにHartmann-Shack型の波面センサーKR-1W(TOPCON社)を用いて検討した結果,解析径4mmでは0.07±0.02μm,6mmでは.0.10±0.04μmとなり,解析径6mmではOPDscanの測定結果と同様にNXG1では負の球面収差が生じていることが確認できた.今回,多焦点IOLのNXG1とSA60D3および単焦点IOLのSN60AT挿入眼の高次収差を比較検討した結果,解析径5,6mmにおいて球面収差に違いがあった.本論文の要旨は第32回日本眼科手術学会総会にて発表した.文献1)松島博之:眼内レンズ─最近の進歩.臨眼61:697-704,20072)中村邦彦,ビッセン宮島弘子,大木伸一ほか:アクリル製屈折型多焦点眼内レンズ(ReZoomR)の挿入成績.あたらしい眼科25:103-107,20083)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20074)FujikadoT,KurodaT,MaedaNetal:Wavefrontanalysisofaneyewithmonoculartriplopiaandnuclearcataract.AmJOphthalmol137:361-363,20045)比嘉利沙子,清水公也,魚里博ほか:非球面および球面IOL挿入眼の高次波面収差の比較.臨眼59:1089-1093,20056)渕端睦,二宮欣彦,前田直之ほか:光学部および支持部の素材,デザイン,光学特性の異なる眼内レンズ挿入眼の高次収差の比較.臨眼61:1255-1259,20077)RochaKM,ChalitaMR,SouzaCEetal:WavefrontanalysisandcontrastsensitivityofamultifocalapodizeddiffractiveIOL(ReSTOR)andthreemonofocalIOLs.JRefractSurg21:808-812,20058)OrtizD,AlioJL,BernabeuGetal:Opticalperformanceofmonofocalandmultifocalintraocularlensesinthehumaneye.JCataractRefractSurg34:755-762,20089)ZelichowskaB,RekasM,StankiewiczAetal:Apodizeddiffractiveversusrefractivemultifocalintraocularlenses:opticalandvisualevaluation.JCataractRefractSurg34:2036-2042,200810)TotoL,FalconioG,VecchiarinoLetal:Visualperformanceandbiocompatibilityof2multifocaldiffractiveIOLs.JCataractRefractSurg33:1419-1425,200711)茨木信博:多焦点眼内レンズの最近の進歩.臨眼62:1035-1039,200812)鈴木厚,大橋裕一:OPDスキャンの臨床応用.あたらしい眼科18:1363-1367,200113)GatinelD:LimitedaccuracyofHartmann-ShackwavefrontsensingineyeswithdiffractivemultifocalIOLs.JCataractRefractSurg34:528-529,200814)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:CanwemeasurewaveaberrationinpatientswithdiffractiveIOLs?.JRefractSurg33:1997,200715)CharmanWN,Montes-MicoR,RadhakrishnanH:Problemsinthemeasurementofwavefrontaberrationforeyesimplantedwithdiffractivebifocalandmultifocalintraocularlenses.JRefractSurg24:280-286,2008***

岩手県におけるマイクロケラトロンTM での直接採取強角膜片の細菌学的ならびに角膜内皮細胞密度の検討

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(123)1445《原著》あたらしい眼科27(10):1445.1448,2010cはじめに角膜移植手術は長い歴史をもち,現在においてはパーツ移植も盛んに施行されているが,完全な人工角膜が存在しないことより,その手術は角膜の提供に依存している.岩手県においては,前身の「目の銀行」(恵眼協会)を経て昭和39年に厚生省の認可を受けて現在の眼球銀行として発足した岩手医大眼球銀行があり,献眼登録者数1万人運動を展開しその目標を達成するなど盛んな活動を行っているが,慢性的な提供角膜不足に変わりない1).また,近年,提供角膜は強角膜片保存となり,その作製には全眼球摘出手技を含め多くの時間を必要とする.国内提供角膜に関しマイクロケラトロンTM(以下MK,図1)の導入後,献眼数が著明に増加したとの報告があり2),岩手県においてもアイバンク登録者による任意の団体として発足した岩手恵眼会より2007年にMKが寄贈〔別刷請求先〕木村桂:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KatsuraKimura,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,19-1Uchimaru,Morioka020-8505,JAPAN岩手県におけるマイクロケラトロンTMでの直接採取強角膜片の細菌学的ならびに角膜内皮細胞密度の検討木村桂工藤利子江川勲浦上千佳子鎌田有紀黒坂大次郎岩手医科大学医学部眼科学講座BacteriologicContaminationandCornealEndothelialCellDensityinCorneoscleralButtonsDirectlyExcisedUsingtheMicro-KeratonTMinIwatePrefectureKatsuraKimura,RikoKudo,IsaoEgawa,ChikakoUrakami,YukiKamadaandDaijiroKurosakaDepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine目的:マイクロケラトロンTM(以下,MK)を用いて直接採取したドナー強角膜片の微生物学的汚染と角膜内皮細胞密度に関して検討を行う.方法:2009年2月から2010年1月までにMKで強角膜片直接採取した21名40眼において角膜採取直前の結膜.ならびに角膜移植後の残存強角膜片から細菌分離培養を行った.直接採取強角膜片の角膜内皮細胞密度と全眼球摘出後に作製した強角膜片の内皮細胞密度を比較した.結果:40眼中27眼(67.5%)の結膜.から細菌が分離された一方で,移植後の残存強角膜片からは全例で検出されなかった.移植後,急性期角膜感染症または術後眼内炎に至った例はなかった.MKにて直接採取した強角膜片の角膜内皮細胞密度(2,829個/mm2±392)と従来の全眼球摘出後に作製した強角膜片の内皮細胞密度(2,690個/mm2±396)との間に有意差はなかった.結論:MKにより直接採取された強角膜片は微生物学的汚染や角膜内皮細胞密度の点から移植に用いるのに問題が少ないと考えられた.Weevaluatedmicrobialcontaminationandcornealendothelialcelldensityofdonorcorneoscleralbuttons(CBS)directlyexcisedusingaportableelectrictrephine,theMicro-KeratonTM(MK).BetweenFebruary2009andJanuary2010,CBSweredirectlyexcised,usingtheMK,from40eyesof21donors.BacterialcultureswereperformedonsamplestakenfromtheconjunctivalsacjustbeforecornealexcisionandfromresidualCBSaftercornealtransplantation.Inaddition,cornealendothelialcelldensityofdirectlyexcisedCBSwascomparedwiththatofCBSexcisedafterwholeeyeenucleation.Bacteriawereisolatedfromtheconjunctivalsacin27of40eyes(67.5%),whereasnobacteriaweredetectedinanyresidualCBSaftertransplantation.Moreover,therewasnosignificantdifferenceincornealendothelialcelldensitybetweenCBSdirectlyexcisedwiththeMK(2,829cell/mm2±392)andthoseexcisedafterwholeeyeenucleation(2,690cell/mm2±396).TherewerefewproblemswithmicrobialcontaminationorcornealendothelialcelldensitywhenusingCBSdirectlyexcisedbyMKfortransplantation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1445.1448,2010〕Keywords:マイクロケラトロンTM,角膜移植,提供眼球,細菌感染,ドナー角膜内皮細胞密度.Micro-KeratonTM,keratoplasty,donoreye,bacterialinfection,donorcornealendothelium.1446あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(124)された.MKは献眼時に強角膜片を直接採取することが可能であるため,全眼球摘出後の強角膜片作製と比較し短時間で強角膜片作製することができ,強膜の大半が残るため自然な義眼装用が可能となる.その一方で,MKによる直接強角膜片採取は完全な無菌的採取法でないこと,機械を用いることから採取時に角膜内皮の機械的損傷を生じる可能性が示唆されている3)が,これらに関して報告は少ない4).今回筆者らはMKで直接採取した強角膜片の微生物学的汚染や角膜内皮細胞密度に関して検討し,若干の知見を得たので報告する.I対象および方法対象は2009年2月から2010年1月までにMKを用いての強角膜片直接採取が可能であった23名46眼中,HTLV(ヒトT細胞白血球ウイルス)陽性2眼,白内障手術既往歴あり角膜内皮細胞密度が減少していた2眼,角膜実質混濁1眼,保存角膜とした1眼を除く21名40眼(52~94歳,平均年齢75.8±11.9歳)である.献眼者からの角膜摘出は清潔操作にて行った.眼瞼を10%ポビドンヨードイソジンRで洗浄し,ドレーピングを行い,開瞼器で開瞼させた後,眼球を8倍PAヨードで洗眼した.角膜直接採取直前の状態でswabを用いて結膜.より結膜ぬぐい液を採取し,血液/チョコレート培地で炭酸ガス培養にて細菌の分離を行った.MKの使用ブレイドは14~16mmのなかから瞼裂に合わせ可能な限り大きいものを使用し,献眼者より直接強角膜片を作製した.強角膜を切り取った後,眼球内容物をシリンジで吸い取り,強膜内にシリカゲル粉末を入れ義眼を乗せた.摘出された強角膜片はただちにOptisolTM-GSを入れたcornealviewingchamberに保存され冷蔵運搬された.同一検者によって強角膜片の角膜内皮細胞密度を測定し,これまで当科で使用していた全眼球摘出後に作製した強角膜片(50歳代~90歳代各20眼)の内皮細胞密度と年齢をマッチさせ比較した(Mann-Whitney検定).強角膜片は角膜移植時にシャーレに十分量満たしたBSS(平衡食塩液)で約30秒浸けおき洗浄し使用した.トレパンで打ち抜いた後の残存強角膜片も無菌的操作にてスピッツに保存し,同様の細菌分離培養を行った.また,移植後1カ月以内の急性期角膜感染症または術後眼内炎の有無を検討した.II結果対象となった21名40眼の結膜ぬぐい液から分離培養された細菌を表1に示す.40眼中27眼(67.5%)の結膜ぬぐい液から細菌が分離された.割合としてはCorynebacteriumspp.とCNS(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)の陽性率が高か表1細菌培養検査による検出菌の内訳角膜直接採取直前の結膜.ぬぐい液移植後残存強角膜片検出菌陽性数陽性率陽性数陽性率Corynebacteriumsp.14例35.0%0例0%CNS12例30.0%0例0%a-streptococci5例12.5%0例0%Staphylococcusaureus4例10.0%0例0%Moraxellacatarrhalis3例7.5%0例0%MRSA2例5.0%0例0%Acinetobacterbaumannii1例2.5%0例0%CNS:コアグラーゼ陰性ブドウ球菌.MRSA:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌.n=40,重複8眼.移植後の残存強角膜片から細菌は全例で検出されなかった.表2角膜内皮細胞密度MKにて直接採取した強角膜片全眼球摘出後に作製した強角膜片年齢(平均年齢±標準偏差)数(眼)角膜内皮細胞密度(個/mm2平均±標準偏差)年齢(平均年齢±標準偏差)数(眼)角膜内皮細胞密度(個/mm2平均±標準偏差)50歳代54.0±2.043,065±50556.0±2.5202,942±25960歳代65.0±2.8102,998±36565.8±2.3202,700±40870歳代75.3±1.582,890±31375.9±1.1202,699±44780歳代84.8±2.4132,752±30784.4±2.3202,646±35390歳代92.4±1.452,419±24293.1±1.9202,483±343全例75.8±11.9402,829±39275.4±13.41002,690±396両群間で統計学的有意差を認めなかった.図1マイクロケラトロンTM(125)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101447った.18眼(32.5%)の結膜ぬぐい液からは細菌が検出されなかった.移植後の残存強角膜片から細菌は全例で検出されなかった.直接採取移植片を移植後1カ月以内にレシピエントが急性期角膜感染症または術後眼内炎に至った例はなかった.MKにて直接採取した強角膜片の各年代別の強角膜片数と角膜内皮細胞密度を表2に示す.従来の全眼球摘出後に作製した強角膜片の内皮細胞密度との間に有意差はなかった.III考察これまでのMKによって作製された強角膜片を用いた術後成績の報告によると,その成績は良好であり,従来の摘出全眼球から作製した強角膜片を用いた術後成績と遜色がないとされている2)が,その一方で,MKによる直接強角膜片採取は完全な無菌的採取法でないこと,機械を用いることから採取時に角膜内皮の機械的損傷を生じる可能性が示唆されている3).高齢者の結膜.の常在菌に関する過去の報告では眼感染症のない65歳以上の高齢者500例1,000眼を対象に結膜.の常在菌を検索した結果,63.5%で何らかの細菌が検出されたとしている5).今回の検討で強角膜直接摘出直前の結膜ぬぐい液において40眼中27眼(67.5%)からCorynebacteriumspp.14眼,CNS12眼,a-streptococci5眼,Staphylococcusaureus4眼,Moraxellacatarrhalis3眼,MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)2眼,Acinetobacterbaumannii1眼が検出されたことから,筆者らの行った消毒方法においても摘出時に完全な無菌的状態を作り出すことは不可能であった.また,提供眼の微生物汚染に関するこれまでの報告によると,死後4~14時間経過後に摘出した眼球240眼に対し,抗菌薬を使用する前に細菌培養を行った結果,全例から何らかの細菌を検出したとある6).強角膜片を検体とした細菌の検出率は13.5~45.2%7~11)とあるが,今回の検討において移植直後の残存強角膜片からは細菌は検出されなかった.これは強角膜片作製時に強膜輪部を物理的に擦る操作およびポビドンヨード液を用いて積極的に洗浄することにより輪部強膜に付着する細菌が効果的に洗い流されるとする過去の報告が示すように12),開瞼器で開瞼させた後,眼球を8倍PAヨードで洗眼することでMKによる直接強角膜片採取にかかわる角膜近辺はより減菌された状態で摘出が行われた可能性が考えられる.また,当科において行った眼球保存液の細菌汚染に関しての過去の報告では,イソジンR原液で眼瞼皮膚を消毒し,8倍イソジンR液で結膜.内を洗浄後という今回筆者らが用いた消毒法とほぼ同様な消毒を行い,トブラシン10mgを添加したEP-II100mlに全眼球を保存した24名48眼中の保存液より1名2眼(4.2%)に細菌が分離培養されたとしている13).今回の結果がこの報告よりさらに細菌分離が少なかったことから,レシピエントに移植後1カ月以内の急性期角膜感染症または術後眼内炎に至った例がなかった結果も踏まえて,今回行った筆者らの方法が角膜移植片の微生物汚染の危険をより少なくすることができる可能性があると考えられた.今回行ったMKを用いて採取した強角膜片での角膜内皮細胞密度は,白内障手術既往があり,角膜内皮細胞が減少していた2眼を除き,すべて2,000個/mm2以上であった.コントロールとして用いた従来の方法で作製した強角膜片の内皮細胞密度との間に有意差がなかったことから,MK使用時に懸念される機械的内皮損傷を起こしている可能性は低いと考えられた.今回使用された強角膜片のうち18眼は80歳以上の献眼者から採取されたものであった.これまでの高齢者ドナーを用いた手術成績の報告によると,透明治癒率,視力改善率ともにドナーの年齢には相関がなく重要なことは内皮細胞密度であり14),ドナーの年齢は角膜移植術に重大な影響を与えないとされている15).筆者らは今回の検討を行うに当たりMKを周知する目的で2007年10月に行われた岩手恵眼会の総会において,献眼者から角膜のみを直接摘出するMKに関しての講演を行い,さらに2009年2月にマスコミを通じて,献眼はMKを使用し,全眼球摘出から角膜のみを摘出する方法に変えたことを岩手県全域に発信した.アイバンク調査により過去5年間の岩手県における献眼者からの摘出はすべて当科で行われたことが確認されたが,それによると2006年2月から2008年1月までの献眼者数は2005年2月から2006年1月までの献眼者数と比較し減少していたが,岩手恵眼会総会での講演以降の2008年2月から2010年1月までの献眼者数は増加傾向をみせた(図2).当科としても今後広報活動の有効性をアンケートなどを用いて検討していく必要性はあるが,MKの広報的発表は献眼に対する意識を高め,献眼数の増加を期待できると考えられた.また,献眼数05101520252005年2月~06年1月06年2月~07年1月07年2月~08年1月08年2月~09年1月09年2月~10年1月献眼者数(名)図2献眼者数の推移献眼者は2006年,2007年には減少していたが,MKの岩手恵眼会総会講演(2007年10月),マスコミ広報(2009年2月)後に増加傾向を示した.1448あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(126)の増加に伴いそのなかの高齢者ドナーの割合が増えたとしても,提供角膜を有効に移植に使用できる可能性が高いと考えられる.以上のことよりMKによる強角膜片直接採取により作製された強角膜片は角膜内皮細胞密度や微生物学的汚染度の低さの点から移植に用いるのに問題が少ないと考えられた.また,献眼時に簡便かつ短時間に角膜のみを摘出できるMKの有用性の周知は提供角膜を増加させる有用な方法の一つと考えられた.文献1)石田かほり,吉田憲史,浜津靖弘ほか:岩手医大眼球銀行への献眼および提供眼球についての統計.眼紀53:154-158,20022)小嶺大志,隈上武志,谷口寛恭ほか:マイクロケラトロン採取による角膜移植の検討.臨眼57:173-176,20033)田坂嘉孝,木村亘,木村徹ほか:献眼者からの強角膜片直接採取の試み.眼紀49:479-482,19984)松本牧子,鈴間潔,宮村紀毅ほか:MKにて摘出した強角膜に関する細菌学的検討.眼科手術23:136-139,20105)大.秀行,福田昌彦,大鳥利文:高齢者1,000眼の結膜.内常在菌.あたらしい眼科15:105-108,19986)PolackFM,Locatcher-KhorazoD,GutierrezE:Bacteriologicstudyof“donor”eye.ArchOphthalmol78:219-225,19677)忍田太紀,三井正博,澤充:角膜移植ドナーの感染症調査結果.眼科44:205-209,20028)三井正博,澤充:角膜移植用提供眼の状況調査(1993~1998).眼科43:1811-1815,20019)征矢耕一,水流忠彦:提供眼の微生物培養検査と添加抗生剤.あたらしい眼科12:1701-1706,199510)安藤一彦,鈴木雅信,天野史郎ほか:角膜移植用眼球の細菌培養結果.あたらしい眼科6:1383-1385,198911)水流忠彦,宮倉幹夫,澤充:移植用強角膜片の細菌および真菌培養.あたらしい眼科3:97-100,198612)杉田潤太郎:強角膜片保存における生物学的汚染の軽減法.あたらしい眼科12:975-978,199513)今泉利雄,清野雅子,吉田憲史ほか:角膜移植提供眼保存液の細菌汚染.あたらしい眼科10:1533-1535,199314)AbbottRL,FineM,GuilletE:Longtermchangesincornealendotheliumfollowingpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology99:676-684,199215)南波敦子,濱田直紀,山上聡ほか:高齢者ドナーを用いた全層角膜移植の検討.臨眼58:1429-1432,2004***

小乳頭眼における網膜神経線維層厚と視野障害の相関

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)1439《第20回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科27(10):1439.1443,2010cはじめに日本人においては開放隅角緑内障の約90%が正常眼圧緑内障であり1),その早期発見にはこれまでの眼圧測定に代わって視神経乳頭や乳頭周囲網膜を中心とした眼底検査が重要である.しかし小乳頭や視神経乳頭低形成では,緑内障性の変化の同定が困難で診断に苦慮することも少なくない.一方近年,眼底画像診断装置の発展は著しく,緑内障領域においても視神経乳頭形状や網膜神経線維層の定量的,客観的な測定が可能になってきている.代表的なものとして走査レーザーポラリメーター(LaserDiagnosticTechnologies,SanDiego,CA,USA,以下GDxVCC)や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT),共焦点走査レーザー眼底鏡(Heidelbergretinatomography:HRT)などがあり,緑内障診療における有用性が多数報告されている2~4).そこで今回はGDxVCCを用いて小乳頭眼における網膜神経線維層厚(RNFLT)と視野障害の相関を解析し,緑内障診断におけ〔別刷請求先〕高橋浩子:〒285-8765佐倉市江原台2-36-2聖隷佐倉市民病院眼科Reprintrequests:HirokoTakahashi,M.D.,SeireiSakuraCitizenHospital,2-36-2Eharadai,Sakura-shi,Chiba285-8765,JAPAN小乳頭眼における網膜神経線維層厚と視野障害の相関高橋浩子*1藤本尚也*2渡辺絵美*1田中梨詠子*1今井哲也*1山本修一*3*1聖隷佐倉市民病院眼科*2井上記念病院眼科*3千葉大学大学院医学研究院眼科学CorrelationbetweenRetinalNerveFiberLayerThicknessandVisualFieldLossinEyeswithSmallOpticDiscHirokoTakahashi1),NaoyaFujimoto2),EmiWatanabe1),RiekoTanaka1),TetsuyaImai1)andShuichiYamamoto3)1)DepartmentofOphthalmology,SeireiSakuraCitizenHospital,DepartmentofOphthalmology,2)InoueMemorialHospital,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,ChibaUniversityGraduateSchoolofMedicine走査レーザーポラリメーター(GDxVCC)を用いて小乳頭眼における網膜神経線維層厚(RNFLT)と視野障害の相関を解析し,緑内障診断におけるその有用性を検討した.対象は緑内障精査を施行した小乳頭眼23例23眼.GDxVCCの乳頭周囲リング上のRNFLTの平均(TSNIT平均),その標準偏差(TSNIT標準偏差),nervefiberindicator(NFI)とHumphrey自動視野計中心30-2のmeandeviation(MD)値とpatternstandarddeviation(PSD)値との相関を検討した.またRNFLTの上・下の平均値と下・上半視野平均閾値との相関も解析した.TSNIT平均とMD値(r=0.441,p=0.035),PSD値(r=.0.606,p=0.0021)はそれぞれ有意な相関を示した.NFIとMD値,PSD値,および上・下RNFLT平均値と対応する半視野平均閾値も相関を認めた.23例中8例を原発開放隅角緑内障と診断した.RNFLT測定は眼底検査で診断がむずかしい小乳頭眼において緑内障の診断・鑑別に補助的な判断情報となりうることが示唆された.WeusedGDxVCCtoinvestigatethecorrelationbetweenretinalnervefiberlayerthickness(RNFLT)andvisualfieldlossin23patients(23eyes)withsmallopticdisc.ThefollowingRNFLTparametersweremeasuredandevaluated:TSNITaverage,TSNITstandarddeviation,nervefiberindicator(NFI),superioraverageandinferioraverage.UsingPearson’scorrelationcoefficientstest,westudiedthecorrelationbetweenGDxparametersandmeandeviation(MD),andthepatternstandarddeviation(PSD)oftheHumphrey30-2program.Wealsostudiedthecorrelationbetweensuperioraverageandlowervisualfields,andbetweeninferioraverageanduppervisualfields.AllexceptTSNITstandarddeviation,MDandPSDshowedsignificantcorrelation.Ofthe23eyeswithsmallopticdisc,glaucomawasdiagnosedin8eyesbyGDxVCC.RNFLTmeasurementsobtainedbyGDxVCCmightbeusefulfordiagnosingglaucomainpatientswithsmallopticdisc.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1439.1443,2010〕Keywords:GDxVCC,網膜神経線維層厚,小乳頭,緑内障,診断.GDxVCC,retinalnervefiberlayerthickness(RNFLT),smallopticdisc,glaucoma,diagnosis.1440あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(118)る有用性を検討した.I対象および方法1.対象2006年9月から2009年6月に聖隷佐倉市民病院眼科で緑内障精査を施行した症例のなかで小乳頭を有した23例23眼(男性15例,女性8例)を対象とした.年齢は41~87歳(平均62.7歳),等価球面度数は.12Dから+2.5D(平均.4.8D)であった.視神経乳頭径に対する視神経乳頭中心から黄斑部中心窩までの距離の比(distancebetweenthecentersofthediscandthemacula/discdiameter:DM/DD比)をとり,DM/DD比が3.0以上を小乳頭と診断した5).DM/DD比の計測は散瞳下眼底撮影で得られた眼底写真をもとに算出した.対象23眼のDM/DD比の平均値は3.69±0.39(3.18~4.57)であった.内眼手術の既往,他の網膜疾患を有するものは除外した.緑内障の診断は緑内障診療ガイドライン6)に準じ,正常開放隅角かつ視神経乳頭と網膜神経線維層に緑内障性形態的変化を有し,それに対応した視野異常(Anderson基準)を伴う症例のうち他の疾患や先天異常を認めないものを原発開放隅角緑内障(広義)とした.また本研究ではGDxVCCによる網膜神経線維層厚の菲薄化を網膜神経線維層の障害とみなした.視神経乳頭所見と網膜神経線維層に特徴的な変化を有するものの,それに対応した視野欠損が認められない症例を緑内障疑いとした.上部視神経低形成(SSOH)は,上方乳頭辺縁部の菲薄化および上方網膜神経線維層欠損とそれに対応した下方視野欠損を呈する場合に診断した.鼻側視神経低形成は鼻側乳頭辺縁部および鼻側RNFLTの菲薄化とそれに対応した耳側視野欠損を呈する場合に診断した.傾斜乳頭は,乳頭の耳側および下方に傾斜がみられ,明らかな網膜神経線維層の菲薄化なしに上方に視野異常をきたした場合に診断した.2.方法GDxVCC,Humphrey自動視野計(HFA),散瞳下眼底撮影のすべての検査を6カ月以内に行った.GDxVCCの測定は,2人の検者が無散瞳下に直径3.2mmの乳頭周囲リング部のRNFLTを測定した,付属のソフトウェア(version5.5.0)にて測定スコア7以上のデータを採用し,標準的なパラメータであるTSNITaverage(乳頭周囲リング上のRNFLTの平均:以下TSNIT平均),superioraverage(上側120°象限内のRNFLTの平均),inferioraverage(下側120°象限内のRNFLTの平均),TSNITStd.Dev.(TSNIT平均の標準偏差),nervefiberindicator(NFI)を解析した.視野検査はHFA中心閾値30-2SITA-Standardを行い,視野指標のMD値,PSD値を解析対象とした.固視不良,偽陰性・偽陽性20%未満を採用した.各測定点の閾値を上下に分けてそれぞれの測定ポイントの合計を算出し,その合計値を測定ポイント(上下ともに38ポイント)で割った値をそれぞれ上半視野平均閾値,下半視野平均閾値として解析した.両眼のうち検査結果の信頼性の高いほうを解析対象とした.GDxVCCによるTSNIT平均とHFAのMD値,PSD値とのそれぞれの相関,TSNITStd.Dev.,NFIとHFAのMD,PSDとの相関,GDxVCCでのsuperioraverageとHFAの下半視野平均閾値との相関,GDxVCCのinferioraverageとHFAによる上半視野平均閾値との相関解析をそれぞれ行った.相関解析には,Pearsonの相関係数を求め危険率5%未満を統計学的有意とした.表1GDxVCC測定値とHFA測定値の相関(n=23)rpTSNIT平均vsMD値0.4410.035TSNIT平均vsPSD値.0.6060.0021NFIvsMD値.0.4890.018NFIvsPSD値0.5520.063Superioraveragevs下半視野平均閾値0.5610.0053Inferioraveragevs上半視野平均閾値0.4760.021TSNITStdDevvsMD値0.1370.53TSNITStdDevvsPSD値0.1830.40GDxTSNIT平均(μm)GDxTSNIT平均(μm)MD値(dB)PSD値(dB)ab-15-10-5-005101520806040200806040200図1GDxTSNIT平均とHFAMD・PSD値の相関(n=23)a:GDxTSNIT平均とHFAMD値は有意の相関が認められた(r=0.441,p=0.035).b:GDxTSNIT平均とHFAPSD値は有意の相関が認められた(r=.0.606,p=0.0021).(119)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101441II結果表1および図1~3に示すように,TSNIT平均とMD値の間,TSNIT平均とPSD値との間(図1a,b),NFIとMD値の間,NFIとPSD値の間(図2a,b),superioraverageと下半視野平均閾値の間,inferioraverageと上半視野平均閾値の間(図3a,b)にそれぞれ有意な相関を認めた.TSNITStd.Dev.とMD値,PSD値の間には相関を認めなかった.前述の診断基準に従って23例のうち,8例が開放隅角緑内障(広義)(図4),2例が緑内障疑い,2例がSSOH,1例が鼻側視神経低形成,4例が傾斜乳頭と診断された.その他の6例は高眼圧症1例,明らかな緑内障性視野変化を認めなかった3例,視野異常を認めるものの確定診断には至らなかった2例であった.III考按緑内障眼においては,HFAのMD値,PSD値とGDxVCCのすべてのパラメータで統計学的に有意な相関を示すことがすでに報告されている2,3).今回,緑内障性の変化の同定が困難で診断に苦慮することも少なくない小乳頭眼を対象に,GDxVCCの各パラメータと視野障害の相関を検討した結果,TSNIT平均およびNFIとHFAのMD値,PSD値の間で緑内障眼と同様に有意な相関が認められた.また徳田ら4)はGDxVCCとspectraldomainOCTによるRNFLTの解析の際に上下視野別の相関についても検討し,GDxVCCにおいてはsuperioraverageとHFAの下半視野平均閾値との相関がinferioraverageと上半視野平均閾値との相関に比べより有意であったとしている.その理由の一つとして乳頭周囲脈絡膜萎縮(parapapillaryatrophy:PPA)の存在をあげている.GDxVCCによるRNFLTの測定において,近視型乳頭では乳頭周囲リングがPPAにかかることがあり,この場合非典型的複屈折パターン(atypicalretardationpattern:ARP)が起こり,RNFLTの測定値が不正確になる可能性がある.このPPAは耳側,下耳側に高頻度で観察される7)ためinferioraverageと上半視野平均閾値との相関結果に影響した可能性があるとしている.今回の症例においても23例中7例で乳頭周囲リングがPPAにかかっていたためARPを認め,また上下RNFLTと視野との相関ではsuperioraverageとHFAの下半視野閾値のほうがより高い相関を示した.視神経低形成には,乳頭全体の低形成である小乳頭と部分低形成が知られている.一般に小乳頭は陥凹も小さく緑内障GDxNFIGDxNFIMD値(dB)PSD値(dB)ab-15-10-5-005101520120100806040200120100806040200図2GDxNFIとHFAMD・PSD値の相関(n=23)a:GDxNFIとHFAMD値は有意の相関が認められた(r=.0.489,p=0.018).b:GDxNFIとHFAPSD値は有意の相関が認められた(r=0.552,p=0.0063).GDxSuperioraverage(μm)GDxInferioraverage(μm)HFA下半視野平均閾値(dB)HFA上半視野平均閾値(dB)ab0510152025303505101520253035100806040200100806040200図3半視野における相関(n=23)a:GDxSuperioraverageとHFA下半視野平均閾値の相関(r=0.561,p=0.0053).b:GDxInferioraverageとHFA上半視野平均閾値の相関(r=0.476,p=0.021).1442あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(120)性の特徴的な所見がわかりにくく,乳頭変化が軽度に見えても広範な視野異常を伴っていることも多い.また,部分低形成には上方の視神経の低形成であるSSOHや鼻側視神経低形成などがあるが,これら低形成による視野異常と緑内障との鑑別は必ずしも容易ではなく,診断に苦慮することも多い8).Unokiら9)や高田ら10)は視神経低形成の診断においてOCTによるRNFLTの測定がその診断に非常に有用であったと報告している.今回対象となった小乳頭23例のうち診断を確定できた症例は開放隅角緑内障(広義)が8例,緑内障疑いが2例,SSOH2例,鼻側視神経低形成1例,傾斜乳頭4例であった.これら診断のついた13例のうち,緑内障3例,SSOH2例,鼻側視神経低形成1例の計6例では,乳頭所見が軽微であったり豹紋状眼底で網膜神経線維層欠損がわかりにくいなどで眼底所見とそれに対応する視野検査結果の同定が困難であったが,GDxVCCでは視野障害と一致するRNFLTの菲薄化を認めており,その測定結果が診断に特に有用であったといえる.Mederiosらは緑内障眼における画像解析の精度と乳頭サイズの影響を検討した結果,OCT,GDxVCCは乳頭解析のHRTに比し,小乳頭ほどその精度が向上し初期緑内障異常検出が優れていたとしている11).今回示した症例(図4)でもごく早期の緑内障性視野障害と一致するRNFLTの菲薄化をGDxVCCで認めた.また,今回の対象群では明らかな視野障害を認めない,またはごく軽度な視野障害のみを認める症例も含まれているが,網膜神経線維層と有意な相関を認めており,GDxVCCがRNFLTの軽微な変化を検出しえた可能性も考えられる.今回筆者らはRNFLTの計測にGDxVCCを用いたが,緑内障眼においてOCT,GDxVCC,HRTによるRNFLT測定値とMD値の相関を比較検討した結果,OCT,GDxVCC,HRTの順に有意な相関を示したとした報告もあり3),近年ではOCTによるRNFLTの計測が一般化してきている.しかしながら,何らかの理由でOCTによる測定が困難な環境下においてはGDxVCCによるRNFLTの計測結果も小乳頭眼における緑内障の補助診断の一助になりうると考えられた.以上,小乳頭眼におけるRNFLTと視野障害の相関を検討した結果,緑内障眼と同様にRNFLTと視野は有意に相関した.眼底検査で診断がむずかしい小乳頭眼において,緑内障やSSOHなどを含む視神経低形成の診断・鑑別の際,網膜神経線維層厚測定は補助的な判断情報となりうることが示唆された.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpriabdecf図4症例:70歳,男性,右眼DM/DD比が3.3の小乳頭であり(a,d),乳頭陥凹は垂直C/D0.6で乳頭耳側下方の辺縁部の菲薄化がみられる.HFA(b,e)では鼻側に3点以上連続した暗点,GDx(c,f)で下耳側に網膜神経線維層厚の菲薄化がみられ緑内障と診断した.(121)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101443maryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)今野伸介,西谷直子,大塚賢二:緑内障眼における視野障害と新しいGDxAccessVCCによる網膜神経線維層厚の関係.眼臨98:276-278,20043)早水扶公子,山崎芳夫,中神尚子ほか:緑内障眼における網膜神経線維層厚測定値と緑内障性視神経障害との相関.あたらしい眼科23:791-795,20064)徳田直人,井上順,上野聰樹:GDxVCCRとCirrusHD-OCTRによる網膜神経線維層厚の解析─上下視野別の相関について─.あたらしい眼科26:961-965,20095)WakakuraM,AlvarezE:Asimpleclinicalmethodofassessingpatientswithopticnervehypoplasia.Thediscmaculadistancetodiscdiameterratio(DM/DD).ActaOphthalmol65:612-617,19876)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20067)大久保真司:乳頭周囲網脈絡膜萎縮(PPA)と脈絡膜萎縮の違いと意味は?あたらしい眼科25:84-86,20088)藤本尚也:読影シリーズIVまぎらわしい例その1Discのアノマリーを伴う例.FrontiersinGlaucoma10:59-64,20099)UnokiK,OhbaN,HoytWF:Opticalcoherencetomographyofsuperiorsegmentaloptichypoplasia.BrJOphthalmol86:910-914,200210)高田祥平,新田耕治,棚橋俊郎ほか:Superiorsegmentaloptichypoplasiaを含む視神経低形成の2家系.日眼会誌113:664-672,200911)MedeirosFA,ZangwillLM,BowdCetal:Influenceofdiseaseseverityandopticdiscsizeonthediagnosticperformanceofimaginginstrumentsinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci47:1008-1015,2006***