片眼失明例CataractSurgeryinLastEye早田光孝*谷口重雄*はじめに片眼失明患者への白内障手術の対処法とういう非常にむずかしいテーマの依頼をいただいた.読者の先生方は,片眼失明患者への白内障手術に対してどのようなイメージをもたれているであろうか.手術時期が遅れて核硬度が進んでいる?Zinn小帯脆弱などの難症例が多い?絶対に失敗できないというプレッシャーがあって嫌だな…などであろうか.日常診療において片眼失明患者を診察することは決して珍しいことではないが,過去にそのような患者の唯一眼に対する白内障手術について系統的に論じた報告は少ない.さまざまな考え方があるかとは思うが,本稿では,当院における,片眼失明患者の傾向,手術への取り組み方,考え方などを紹介させていただく.I片眼失明患者の傾向まず,片眼失明患者に対する手術を系統的に考えるには,患者にどのような傾向があるのか知っておく必要がある.そこで,2008年1月から2010年12月の間に当院において,片眼失明(今回は片眼視力0.1未満と定義)の状態で,唯一眼に対して白内障手術を施行した66眼を対象に行った検証結果を紹介する.検討項目は,性別,年齢,視力低下の原因疾患,唯一眼手術時の視力,白内障のグレード(Emery-Little分類),手術眼のリスクファクター,手術による合併症,術後視力とした.II性差,年齢,原因疾患の傾向性別は,男性31眼,女性35眼,平均年齢は76±10歳と,性差はなく高齢者に多い傾向にあった.視力低下の原因となった疾患を表1に示す.原因は,多岐にわたっているが,糖尿病網膜症が12眼,網膜.離が8眼,黄斑変性8眼,緑内障5眼と多い傾向にあった.日本人の失明原因に多く含まれる糖尿病網膜症,黄斑変性疾患,緑内障が含まれており,少数統計であるものの,それらが反映されており相違ない結果と考えられた.網膜.離は,罹患率が低く,失明原因としては少ないが,当表1視力低下の原因疾患糖尿病網膜症12(18%)網膜.離9(14%)黄斑変性(加齢黄斑変性含む)8(12%)緑内障(広隅角)5(7%)視神経萎縮5(7%)網膜静脈閉塞症5(7%)外傷4(6%)強度近視3(5%)角膜混濁3(5%)黄斑円孔2(3%)弱視2(3%)網膜色素変性症2(3%)網膜中心動脈閉塞症1(2%)緑内障発作1(2%)原因不明4(6%)計66(100%)眼数*MitsutakaSoda&ShigeoYaguchi:昭和大学藤が丘リハビリテーション病院眼科〔別刷請求先〕早田光孝:〒227-8518横浜市青葉区藤が丘2-1-1昭和大学藤が丘リハビリテーション病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(29)177院は,大学病院であり,多数の網膜.離の手術を行っていること,そのなかに難治症例の割合も少なからず存在するため上位となったと考えられる.III手術時期の視力,核硬度片眼失明患者に手術を施行した時期の術前平均視力は0.3であった.視力の内訳を,図1に示す.視力0.1未満10眼(15%),0.1以上0.3未満10眼(15%),0.3以上0.5未満15眼(23%),視力0.5以上0.7未満17眼(26%),視力0.7以上14眼(21%)と幅広く分布している.術前視力0.1未満の視力不良例を検討してみると,全例,糖尿病網膜症,黄斑変性,緑内障などの白内障以外の眼疾患による視力低下の要因がある症例であった.手術施行時の核硬度(Emery-Little分類)を表2に示す.核硬度は,グレード2が30眼(45%),グレード3が34眼(52%),グレード4が2眼(3%)であった.ほとんどの患者がグレード2,3で手術を施行されており,進行例は少ない傾向であった.これらの結果を踏まえると,片眼失明患者は,日常生活に最低限必要な視力とされる0.3以下となった時点でおおむね手術を受けており,術前視力0.1未満の症例は,白内障以外の眼疾患を全例認めていることよりも,失明図1片眼失明患者に白内障手術を施行した時期の視力表2片眼失明患者に白内障手術を施行した時期の核硬度(Emery-Littel分類)グレード230(45%)グレード334(52%)グレード42(3%)計66(100%)眼数ぎりぎりまで白内障手術を延期しているような傾向は少ないと考えられた.筆者らは,患者心理を予想するに,健眼にメスを入れるのは怖いので,手術の時期が遅れ,核硬度の進行例が多いのではないかと予想していたが,そのような傾向はなく,唯一眼が見えにくいと生活にならないので,比較的早期に手術を受けている結果であった.もちろん,地域によって差はでてくるとは思うが,おおむね,患者サイドでも白内障手術は安全な手術であるという認識が高まっているからではないかと考えられた.IV術眼の特徴(リスクファクターになりうる疾患)手術眼に認めたリスクファクターになりうる疾患を表3に示す.なお,同一眼にファクターが重複した場合も,両方カウントしている.疾患は多岐にわたるが,糖尿病網膜症13眼,緑内障発作後も含めた狭隅角が9眼,散瞳不良7眼などが上位を占めていた.また,何もリスクファクターがない症例も27眼と半数近く認めた.さらにこれらの疾患に生じうるリスクファクターを,手術の手技自体に関連するもの,術後管理に関連するものに分けると表4のようになる.緑内障は,将来の濾過手術のために結膜温存をする必要があることも考え,手術手技の関連にもカウントしている.これらの結果を踏まえると,術眼に認める疾患は多岐表3片眼失明患者の手術眼でリスクファクターとなりうる疾患糖尿病網膜症13(20%)狭隅角(緑内障発作後含む)9(14%)散瞳不良7(11%)緑内障(広隅角)6(9%)偽落屑症候群4(6%)加齢黄斑変性4(6%)強度近視3(4%)水晶体動揺2(3%)網膜色素変性症2(3%)角膜混濁2(3%)角膜内皮傷害2(3%)網膜.離術後1(2%)ぶどう膜炎1(2%)明らかな要因なし27(41%)眼数178あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(30)表4片眼失明患者の手術眼におけるリスクファクターの分類手術手技に関連するものZinn小帯脆弱の可能性20(30%)水晶体動揺(術前より)2(3%)散瞳不良7(11%)緑内障(広隅角)6(9%)角膜混濁2(3%)角膜内皮傷害2(3%)術後管理に関連するもの糖尿病網膜症13(20%)緑内障(広隅角)6(9%)加齢黄斑変性4(6%)ぶどう膜炎1(2%)眼数にわたっているが,手術手技的にまとめれば,Zinn小帯脆弱の関連が最も多く22眼,つぎに散瞳不良が7眼と多くを占めているのがわかった.術後管理関連では,糖尿病網膜症,緑内障,加齢黄斑変性が多くあがった.V手術による合併症手術中の合併症は,後.破損1眼,医原性Zinn小帯部分断裂1眼で,いずれもリスクファクターのない症例であった.後.破損は,眼内レンズ挿入時に生じ,.外固定にて対応した.Zinn小帯断裂も眼内レンズ挿入時に生じており,断裂範囲が全周の4分の1と限局性であったため,眼内レンズループを断裂部に一致させ,.内固定することでセンタリングも良好であった.2症例ともに術後経過は良好であった.術中,Zinn小帯脆弱を認め,水晶体補助器具を使用した症例は2例であった.1例は,緑内障発作後の狭隅角の症例で,術前より水晶体動揺を認めていた.カプセルエキスパンダーを使用して,超音波乳化吸引術(PEA)を施行し,眼内レンズを毛様溝に縫着した.もう1例は,狭隅角にて虹彩レーザー切開術が施行された症例で,術前,明らかな水晶体動揺は認めていなかった.カプセルエキスパンダーを使用して,PEAを施行後,眼内レンズを.内固定とした.2例とも術後経過は良好であった.VI片眼失明患者の術後視力術後平均視力は0.8と非常に良好であった.視力不良例を検討すると,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性,緑内障などにより視力がでにくい症例であり,手術により視力が低下した症例は認めなかった.白内障以外の眼疾患のない症例では,全例矯正1.0以上に改善していた.VII本当に片眼失明患者はむずかしいのか…?これまでの結果を踏まえると,片眼失明患者の傾向としては,比較的高齢者が多く,手術眼のグレードは2,3と中等度が多く,程度の差はあるが,なんらかのリスクファクターを約半数に認め,手術手技に関連するものとしては,Zinn小帯脆弱,散瞳不良が多く,術後管理に関連するものとしては,糖尿病網膜症,緑内障,加齢黄斑変性が多いという結果になった.これだけをみると,リスクファクターのない症例では,片眼失明患者であっても,通常の症例とさほど条件は変わらないといえるかもしれない.実際に,リスクファクターのない症例では,手術中にZinn小帯脆弱などの特別な所見を認めたものはなく,術後経過も良好で,合併症も少なかった.そのため,片眼失明例であっても積極的に手術を施行してよいと思われる.では,リスクファクターのある症例ではどうだろうか.手術中の手技関連のリスクファクターでは,Zinn小帯脆弱の可能性が22眼(33%)と多数を占めており,そのなかで実際Zinn小帯脆弱を認めた症例は2眼(3%)であった.両症例ともに,熟練者が手術を施行していたため,水晶体補助器具などを駆使し,Zinn小帯断裂には至らなかったが,術者のレベルによってはZinn小帯断裂などをきたす可能性があると思われる.西村ら1)の報告によると,Zinn小帯断裂の発症率は0.76%,Ion-idesら2)の報告では,Zinn小帯断裂の発症率は1.2%とされている.検討症例数が異なるため一概にはいえないが,Zinn小帯脆弱例3%という数値は低くはないと思われる.Zinn小帯脆弱症例に対して経験の少ない術者が手術を施行することにはリスクがあると考えられる.散瞳不良も7眼(11%)と比較的多く認め,瞳孔拡張,瞳孔切開などの対応策に熟練していることが求められて(31)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012179いる.また,両ファクターは重複することが,臨床的には珍しくないため,やはり両者に熟知した術者が望ましいといえるであろう.しかし,今回のZinn小帯脆弱を認めた2症例の経過が良好であることよりも,対応が適切であれば,術後経過は良好であるため,熟練者であれば,積極的に手術を施行してもよいと考える.術後の管理に対するリスクファクターに関しては,糖尿病網膜症,緑内障,加齢黄斑変性に熟知していることが求められている.各疾患ともに通常症例でも非常に多く経験するメジャーな疾患であり,対応策についての詳細は他書に譲るが,糖尿病網膜症で黄斑浮腫の懸念のある症例などには,積極的にトリアムシノロンのTenon.下注射の併用などを検討していくべきと考える.VIII片眼手術のプレッシャー片眼症例では,患者が唯一頼りにしている眼の手術を行うわけで,絶対に失敗できないというプレッシャーがかかる(もちろん,片眼でなくても失敗はできないが…).術者も人間である以上,まったくプレッシャーを感じない人は少ないかと思う.プレッシャーに打ち勝つためには,やはり,多数の症例で経験を積み,自信をつけるほかにないかと考える.特に,合併症への対策を,自分のなかで明確にしておくことが大事ではないだろうか.たとえば,Zinn小帯断裂の場合には,断裂部位が4分の1までは,断裂部にループをあててinthebagに挿入して,それ以上の断裂の場合は,脱出硝子体を切除して,瞳孔正円にして終了し,後日,縫着にするとか,明確にルートを決めておくと,安心して手術に臨める気がする.あとは,あまり重く考えすぎないことであろうか.この手術に,患者の将来がかかっている,絶対に失敗は許されない…などと考えながら手術をしたら,手もスムーズに動かなくなると思う.不謹慎といわれるかもしれないが,片眼であろうが,結局やることは一緒で,準備だけは完全に行い,あとは,気負いすぎず,自分がなんとかするんだぐらいの気構えで,いつもどおり,淡々と手術を行うのがよいのではと個人的には思っている.IX当院における片眼失明患者への取り組み方以上の結果を踏まえ,当院での取り組み方を述べる.まず,手術については,改善の見込みがあり患者が希望すれば,結果も良好であるため,積極的に手術を施行する.リスクファクターのある患者でも,視力改善のメリットが大きい患者では積極的に手術を施行する.リスクファクターがあるために,いたずらに手術を延ばすと,核硬度も進行してさらにむずかしい症例となってしまい,患者にとって不利益と考えるからである.しかし,ここで術者のレベルが問題となってくる.リスクファクターとして多い,Zinn小帯脆弱,散瞳不良に対して経験の少ない術者は,やはり執刀すべきではないと考えられる.片眼症例に対してチャレンジはありえない.当院では,通常の症例で十分に経験を積み,特に硝子体手術も施行できる術者がなるべく対応している.したがって,通常の症例は,普通に完投できても,合併症の処理などの経験が不十分な術者は執刀から外している.X選択する眼内レンズは?小切開白内障手術に使用できる眼内レンズには,アクリル,シリコーン,ハイドロビューがあるが,シリコーンは,万が一将来硝子体手術が必要になった場合に眼底視認性に問題が生じやすいこと,ハイドロビューは,以前混濁の問題が生じたことより,当院では,通常症例も含め全例アクリルレンズを使用している.片眼失明症例では,特にグリスニングや表面散乱光が生じにくいレンズがよいかと筆者らは考えている.XI術後眼内炎について最後に,術後眼内炎について述べたいと思う.術後眼内炎は,白内障手術の合併症のなかでも,とりわけ重篤で最も懸念される合併症であることに異論はないかと思う.筆者らは,幸い,片眼失明患者に対して行った手術に眼内炎が生じた経験はないが,発症したとしたら,患者,術者に与えるダメージは計り知れないものがある.白内障手術後の眼内炎の確率は,ESCRS(EuropeanSocietyofCataract&RefractiveSurgeons)の多施設180あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012(32)表5当院における白内障手術の手順術前手術3日前より抗菌薬点眼(ニューキノロン系)術中1.皮膚消毒ポビドンヨード(イソジンR)2回,0.02%クロルヘキシジングルコンサン塩(ステリクロンR)2回2.16倍希釈したポビドンヨード(イソジンR)溶液40mlにて洗眼3.ドレーピング(テガダームR塗布)4.点眼麻酔耳側角膜切開3mmスカルプト法にて核乳化プリセットタイプアクリル眼内レンズを挿入.術終了時は,必要に応じ創口にハイドレーションを施行し,必ずwatertightにして終了する.(漏出がある場合には縫合する.)5.眼軟膏(ニューキノロン系)を点入し,翌日まで眼帯.結膜下注射は行っていない.研究3)で約0.049.0.345%,2004年に行われた日本眼科学会のアンケート調査4)では0.05%とされている.当院では,表5で示すように耳側角膜切開で手術を施行しているが,最近10年間で眼内炎を生じた症例は1眼のみであり,発症率は非常に低いと思われる.そのため,当院では,基本的に唯一眼であるからといって感染症に対して特別な対策は行っていない.角膜切開は,眼内炎の発症率が高いとする報告5)もあるが,筆者らは切開の種類よりも手術終了時における層の閉鎖が重要と考えている.そのため,唯一眼であっても,いつもどおり角膜切開で施行し,強角膜切開に変更したりすることはない.必ず手術終了時に切開創からの漏出がないことを確認し,watertightにして手術を終了し,必要とあれば縫合も躊躇せず行う.これは,通常の手術でも徹底していることだが,片眼失明症例では特に注意している.また,後.破損を生じると,術後感染の確率が有意に上昇するため6),特に唯一眼では注意を払うが,必要以上に慎重になりすぎると手術のリズムが崩れてしまうため,いつもどおりの手術を行うことに努めている.片眼失明患者の術後感染症は非常に恐ろしい合併症とは思うが,それを恐れるがあまり,手術の時期を逃すことは不利益かと考える.患者にも,感染症の説明は行うが,必要以上に誇張して不安をあおるようなことはしないようにしている.無論,万が一眼内炎を生じた際に緊急対応ができるように体制を整えておくこと,異変時にすぐ受診するよう患者教育を行うことが重要なことは言うまでもない.おわりに当院における片眼失明患者の傾向と,手術での取り組み方などについてまとめさせていただいた.リスクファクターの少ない患者については,合併症も少なく良好な結果を得ることが可能のため積極的に手術を施行してよいと考える.リスクファクターには,Zinn小帯脆弱に関連する疾患が多く認められたが,的確な処置により良好な結果を得ることが可能であった.しかし,このような症例では術後経過が術者の技量に左右されるため,客観的に自分の手術レベルをとらえ,少しでも自分の手術レベルに見合わないと感じるようであれば,熟練した術者へ託すことが重要と考えられる.文献1)西村栄一,陰山俊之,谷口重雄ほか:大学病院における1万例以上の小切開超音波白内障手術統計─術中合併症の検討─.眼科45:237-240,20032)IonidesA,MinassianD,TuftS:Visualoutcomefollowingposteriorcapsuleruptureduringcataractsurgery.BrJOphthalmol85:222-224,20013)EndophthalmitisStudyGroup,EuropeanSocietyofCata-ract&RefractiveSurgeons:Prophylaxisofpostoperativeendophthalmitisfollowingcataractsurgery:resultsoftheESCRSmulticenterstudyandidenti.cationofriskfactors.JCataractRefractSurg33:978-988,20074)OshikaT,HatanoH,KuwayamaYetal:IncidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryinJapan.ActaOph-thalmolScand85:848-851,20075)CooperBA,HolekampNM,BohigianGetal:Case-controlstudyofendophthalmitisaftercataractsurgerycomparingscleraltunnelandclearcornealwounds.AmJOphthalmol136:300-305,20036)WongTY,CheeSP:Theepidemiologyofacuteendoph-thalmitisaftercataractsurgeryinanAsianpopulation.Ophthalmology111:699-705,2004(33)あたらしい眼科Vol.29,No.2,2012181