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糖尿病網膜症に合併した脈絡膜新生血管の2例

2011年10月31日 月曜日

1468(10あ0)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1468?1472,2011cはじめに糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管を合併することは比較的稀である1)が,最近わが国では,このような症例がいくつか報告されている2,3).今回,糖尿病網膜症に対する硝子体手術後に,黄斑部に硬性白斑を集積し,その後に脈絡膜新生血管を併発した2症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕北垣尚邦:〒569-1192高槻市小曽部町1-3-13愛仁会高槻病院眼科Reprintrequests:TakakuniKitagaki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,1-3-13Kosobe-cho,Takatsuki,Osaka569-1192,JAPAN糖尿病網膜症に合併した脈絡膜新生血管の2例北垣尚邦*1荻田小夜子*1宮本麻起子*1光辻辰馬*1家久来啓吾*2鈴木浩之*2佐藤孝樹*2石崎英介*2植木麻理*2池田恒彦*2*1愛仁会高槻病院眼科*2大阪医科大学眼科学教室TwoCasesofChoroidalNeovascularizationAssociatedwithDiabeticRetinopathyTakakuniKitagaki1),SayokoOgita1),MakikoMiyamoto1),TatsumaMitsutsuji1),KeigoKakurai2),HiroyukiSuzuki2),TakakiSatou2),EisukeIshizaki2),MariUeki2)andTsunehikoIkeda2)1)DepartmentofOphthalmology,TakatsukiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege糖尿病網膜症に血管新生黄斑症を合併した2例を経験したので報告する.症例1:63歳,男性.増殖糖尿病網膜症に対し両汎網膜光凝固術,硝子体切除術を施行され,2008年10月20日,矯正視力は右眼0.4,左眼は中心窩硬性白斑集積のため0.05であった.同年12月15日,左眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認め,矯正視力は0.02に低下した.3カ月後に,出血は吸収されたが,矯正視力は0.01pである.症例2:60歳,男性.糖尿病網膜症に対し,両汎網膜光凝固術,黄斑浮腫に対し両トリアムシノロンTenon?下注射を施行し一時的に経過したが再発を生じたため,硝子体切除術を施行した.2009年4月26日,矯正視力は右眼0.3,左眼0.5であったが,右眼はその後黄斑部に硬性白斑の集積を認めた.同年6月20日,右眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血認め,矯正視力は0.1pに低下した.現在矯正視力は0.06である.2例とも黄斑部の硬性白斑集積後,脈絡膜新生血管を発症し,網膜下出血をきたした.黄斑部の硬性白斑集積は脈絡膜新生血管発生の一因となっている可能性がある.Purpose:Toreporttwocasesofneovascularmaculopathyassociatedwithdiabeticretinopathy.CaseReports:Case1wasa63-year-oldmalepatientwhounderwentpanretinalphotocoagulationandvitreoussurgeryforproliferativediabeticretinopathy(PDR)inbotheyes.InOctober2008,thepatient’scorrectedvisualacuitywas0.4righteye(RV)and0.05lefteye(LV),duetotheaccumulationofsubfovealhardexudates.InDecember2008,weobservedamacularsubretinalhemorrhageoriginatingfromsubfovealchoroidalneovascularization(CNV),whichresultedinLVdecreasingto0.02.ThesubretinalhemorrhagerecurredthreemonthslaterandLVremainedat0.01p.Case2wasa60-year-oldmalepatientwhounderwentpanretinalphotocoagulationforPDRandposteriorsub-Tenon’sinjectionoftriamcinoloneacetonideandvitreoussurgeryformacularedema.IntheSpringof2009,RVandLVwere0.3and0.5,respectively,andanaccumulationofhardexudateswasobservedintherighteye.InJune2009,hisRVdecreasedto0.1pduetoasubretinalhemorrhageoriginatingfromCNV.CurrentRVis0.06.BothcasespresentedCNVandsubretinalhemorrhageaftertheaccumulationofcentralfoveahardexudates.Conclusions:ThefindingsofthisstudyshowthattheaccumulationofcentralfoveahardexudatesappearstobeinvolvedinthepathogenesisofCNVformation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1468?1472,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,血管新生黄斑症,黄斑部網膜下出血,硬性白斑.diabeticretinopathy,neovascularmaculopath,subretinalhemorrhage,hardexudates.(101)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111469I症例〔症例1〕63歳,男性.既往歴:糖尿病,高血圧症,高脂血症.現病歴:両眼糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫に対し,近医にて経過加療を施されていたが,2001年4月2日,右眼硝子体出血をきたし,高槻病院(以下,当院)紹介となった.当院眼科初診時,両眼増殖糖尿病網膜症を認め,両眼の汎網膜光凝固術を開始した.一旦,右眼硝子体出血は自然吸収したが,2003年1月6日に再度,右眼硝子体出血をきたし,2003年2月4日に右眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.2004年1月13日に左眼にも硝子体出血を認め左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.その後,左眼は硝子体出血をくり返し,液-ガス置換を施行するも軽快しなかったため,2005年1月18日,再度,左眼経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.2008年10月20日の時点で,矯正視力は右眼0.4,左眼は中心窩硬性白斑集積のため0.05であった(図1).2008年12月15日,左眼の中心暗点を自覚して受診した.このとき,左眼に脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認め,矯正視力は0.02に低下していた(図2).患者が積極的な治療を希望しなかったため,そのまま経過観察に留めた.2010年11月15日現在,網膜下出血は吸収されているが,血管新生黄斑症による瘢痕病巣のため矯正視力は0.01pに留まっている(図3).〔症例2〕60歳,男性.既往歴:糖尿病,高血圧症,狭心症.現病歴:2003年10月30日,視力低下を主訴に当院初診.初診時,前増殖糖尿病網膜症を認め,蛍光眼底造影検査にて両眼の広範な無血管領域を認め,両眼の汎網膜光凝固術を施図1症例1:2008年10月20日の眼底写真左眼眼底に硬性白斑の集積を認め,左眼硝子体出血の残存を認める(右).図2症例1:2008年12月15日の左眼眼底写真脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認める.図3症例1:2010年11月15日の左眼眼底写真網膜下出血は吸収されているが,血管新生黄斑症による瘢痕を認める.1470あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(102)図4症例2:2009年4月21日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)両眼硝子体手術後,右眼に硬性白斑の集積を認める.図5症例2:2009年4月21日のフルオレセイン蛍光眼底撮影写真(左:右眼,右:左眼)右眼黄斑部に過蛍光を認める.図6症例2:2010年11月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)右眼に脈絡膜新生血管を認める.(103)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111471行した.2004年7月6日の時点で黄斑浮腫の進行を認め,右眼矯正視力0.7p,左眼矯正視力0.4pであった.黄斑浮腫に対し,2005年8月16日に左眼,同年10月22日に右眼に対してトリアムシノロン20mg後部Tenon?下注射を施行したが,浮腫の改善を認めず,徐々に視力の低下を認めたため,2008年1月15日,左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術,同年8月4日,右眼左眼経毛様体扁平部硝子体切除術+水晶体再建術を施行した.手術施行後2009年4月21日の時点で右眼矯正視力0.3,左眼矯正視力0.5であった.この時点ですでに硬性白斑の黄斑部への集積を認め,脈絡膜新生血管の発生が認められた(図4,5).右眼はその後,同年6月22日には脈絡膜新生血管に起因する黄斑部網膜下出血を認めた.症例1と同様に患者が積極的な治療を希望しなかったため,そのまま経過観察に留めた.2010年11月29日現在,出血は自然消退したが,右眼視力は0.06に留まっている(図6?8).II考按糖尿病網膜症に血管新生黄斑症が併発することは比較的稀とされてきた1).しかし近年,従来の蛍光眼底検査(フルオレセイン蛍光造影:FA,インドシアニングリーン蛍光造影:IA)に加えて,光干渉断層計(OCT)により網膜下病変をより詳細に観察できるようになり,糖尿病網膜症に血管新生黄斑症が合併することは決して稀ではないことがわかってきた2,3).奥芝らは糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管が発生する機序として,脈絡膜虚血,局所的脈絡膜血管障害,糖尿病黄斑症による網膜色素上皮障害などの関与,加齢黄斑変性症の合併などを指摘している3).糖尿病網膜症と加齢黄斑変性は両方とも発症頻度が高い疾患なので,単にこの2疾患が合併することも考えられるが,糖尿病が加齢黄斑変性症の危険因子とする報告は多い.Kleinらの報告によると75歳以上の685眼図7症例2:2010年11月29日のフルオレセイン蛍光眼底撮影写真(左:右眼,右:左眼)右眼脈絡膜新生血管に一致して過蛍光を認める.図8症例2:2010年11月29日のOCT画像(左:右眼眼底,中・右:右眼OCT)右眼網膜色素上皮下に脈絡膜新生血管を認める.1472あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(104)について検討したところ,非糖尿病患者の加齢黄斑変性症発症頻度は4.7%であったのに対し,糖尿病患者では9.4%と高い割合であったとしている4).また,以前より黄斑浮腫に対する光凝固(グリット光凝固)後の脈絡膜新生血管の発症の報告は多い.その機序としては黄斑部近傍の過剰な光凝固により網膜色素上皮が障害され,この部位から脈絡膜新生血管が生じるとされている5).また,びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後に黄斑部への硬性白斑集積が生じることはよく知られている6)が,その機序はいまだ明らかにはなっていない.丸一らは,硝子体手術後に硬性白斑が黄斑部に集積した増殖糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管が生じた1例を報告しており,脈絡膜新生血管の発症誘因として,硬性白斑を貪食するために集まってきたマクロファージが血管内皮増殖因子(VEGF)などのサイトカインを放出することを推測している7).また,高木らの報告によると硝子体手術時に摘出した黄斑部網膜下の硬性白斑に著明なVEGFの発現を認めたと報告している8).今回経験した2症例とも,黄斑浮腫に対する硝子体手術後に硬性白斑が黄斑部に集積した後,新生血管黄斑症を発症し,黄斑部網膜下出血をきたした.新生血管黄斑症の発症には上記のようなマクロファージによるVEGFなどのサイトカインの放出が関与した可能性がある.以前は新生血管黄斑症に対し,光凝固,光線力学的療法(PDT),経瞳孔的温熱療法(TTT),硝子体手術による脈絡膜新生血管抜去術などが行われてきた.また,網膜下出血に対してはガスタンポナーデによる血腫移動術の適応も考えられる.今回の2症例はいずれも,患者の希望で積極的な加療を行わなかったが,血管新生黄斑症の原因がVEGFなどのサイトカインであるなら,加齢黄斑変性と同様に抗VEGF薬の硝子体内注射が治療の第一選択になったのではないかと思われる.おわりに糖尿病網膜症に血管新生黄斑症を発症した2症例を経験した.黄斑部の硬性白斑集積を認める症例は血管新生黄斑症を発症する可能性があり,より注意深い眼底の経過観察が必要である.文献1)HenkindP:Ocularneovascularization.TheKrillmemoriallecture.AmJOphthalmol85:287-301,19782)宮嶋秀彰,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に伴う脈絡膜新生血管の臨床像と経時的変化.眼紀52:498-504,20013)奥芝詩子,竹田宗泰,今泉寛子ほか:糖尿病網膜症に脈絡膜新生血管を伴った15例.眼紀47:171-178,19964)KleinR,KleinBE,MossSE:Diabetes,hyperglycemia,andage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1527-1534,19925)宮部靖子,竹田宗泰:糖尿病黄斑浮腫における網膜下繊維増殖.眼紀52:201-205,20016)舘奈保子,荻野誠周:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の成績.眼科手術8:129-134,19957)丸一みどり,南政宏,植木麻理ほか:糖尿病黄斑浮腫の硝子体手術後に発症した血管新生黄斑症の1例.眼臨95:1025-1028,20018)高木均,大谷篤志,小椋祐一郎:眼科図譜糖尿病黄斑症における中心窩硬性白斑の組織学的検討.臨眼52:16-18,1998***

統合失調症,HIV 感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1 例

2011年10月31日 月曜日

1464(96あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1464?1467,2011cはじめに統合失調症患者においては糖尿病や耐糖能異常が一般の頻度よりも高く1),また治療薬である抗精神病薬の副作用にも糖尿病や脂質異常症がある2?6).またヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症治療薬の副作用にも脂質異常症と糖尿病があり7?9),これらの疾患に糖尿病などのメタボリック・シンドロームが合併すると治療がむずかしくなる.今回,統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した症例を経験したので報告する.I症例患者:34歳(1965年生),男性.主訴:眼科的精査.初診:1999年8月27日.現病歴:1998年にHIV陽性が判明した.また1999年に前病院で血糖値が150mg/dlで要注意と指摘されたが,医師との折り合いが悪く通院中断となった.精査希望で当院エイズ治療・研究開発センターを受診し,眼科検査目的に初診となった.〔別刷請求先〕武田憲夫:〒162-8655東京都新宿区戸山1-21-1国立国際医療研究センター病院眼科Reprintrequests:NorioTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine,1-21-1Toyama,Shinjuku-ku,Tokyo162-8655,JAPAN統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例武田憲夫中村洋介国立国際医療研究センター病院眼科ACaseofDiabetesMellituswithSchizophrenia,HIVInfectionandDiabeticRetinopathyNorioTakedaandYosukeNakamuraDepartmentofOphthalmology,Hospital,NationalCenterforGlobalHealthandMedicine統合失調症・ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した糖尿病患者の1例を報告する.症例は34歳,男性で,生活習慣改善ができず,受診中断が多く糖尿病のコントロールは不良であった.40歳時に食欲不振で血糖値と中性脂肪値が低下した.しかし以後,非定型抗精神病薬による治療開始および多剤併用療法の開始により血糖コントロールは再び不良となり,中性脂肪値も増加した.視力は良好であるが糖尿病網膜症は両眼とも福田分類A2で,黄斑症もみられた.医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られず,また統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用および統合失調症の病状の変動により糖尿病の治療が困難であった.Acaseofdiabetesmellituswithschizophrenia,humanimmunodeficiencyvirus(HIV)infection,dyslipidemiaanddiabeticretinopathyisreported.Thepatientisa34-year-oldmalewithpoordiabeticcontrolwhocouldnotimprovehislifestyleandinterruptedhospitalvisitfrequentlyfromhisfirstvisit.Bloodsugarandtriglyceridelevelslaterdecreasedduetoanorexiaatage40,butafterinitiationoftherapywithatypicalantipsychoticsandhighlyactiveantiretroviraltherapy,diabeticcontroldeterioratedandbloodtriglyceridelevelagainincreased.Moderatenonproliferativediabeticretinopathyandmoderatediabeticmacularedemawerepresentinbotheyes,butvisualacuitywasgoodinbotheyes.Thelackofdoctor-patientrelationship,thepoorcooperationwithtreatment,thesideeffectsofthedrugsusedtotreattheschizophreniaandHIVinfection,andthechangeinthepatient’sconditionwithschizophreniamadethediabetesmellitustherapydifficult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1464?1467,2011〕Keywords:糖尿病,統合失調症,HIV感染症,糖尿病網膜症,脂質異常症.diabetesmellitus,schizophrenia,HIVinfection,diabeticretinopathy,dyslipidemia.(97)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111465既往歴:小学生時に虫垂炎,喘息,22?23歳時頃に梅毒,30?31歳時頃に腹部?背部の帯状疱疹.1998年に顔面の粉瘤もしくは毛?炎とA型肝炎.社会歴:飲食店勤務で多量飲酒.同性間の性的接触.家族歴:父方祖父が高血圧・糖尿病.父方叔父がくも膜下出血.母方にも糖尿病の家族歴の疑い.緑内障.初診時眼科所見:異常はみられなかった.初診時内科所見:血糖値は184mg/dl,ヘモグロビン(Hb)A1C値は7.7%,中性脂肪値は172mg/dl,血圧は128/75mmHgであった.本人の申し出によると身長は180cm,体重は95kgであった.経過:HbA1C値と中性脂肪値の推移を図1,2に示す.腹部超音波検査では脂肪肝,胆?ポリープ,脾腫がみられた.2000年に口唇ヘルペス,2001年に足白癬,結膜炎に罹患した.またアルコール性肝障害もみられた.初診時以降2005年まで糖尿病に対しては食事療法を行ったが,生活習慣改善がみられず,また医師とのトラブルや受診中断が多く,HbA1C値は7.3?9.0%,中性脂肪値は224?699mg/dlであった.2005年には統合失調症の診断を受けた.この時点まで糖尿病網膜症はみられなかった.2006年に食欲不振・不眠・引きこもり・悪夢・幻聴が起こり,飲酒量は減少し,体重も10kg減少した.中断を経て受診したときのHbA1C値は6.1%,中性脂肪値は65mg/dlと低下していた.統合失調症に対しリスペリドン(リスパダールR)による薬物療法が開始された.2007年にHbA1C値は7.5%まで上昇し,右顔面帯状疱疹・口唇ヘルペス・尿酸値上昇・胆石・約半年前の転倒による頸椎症性神経根症・両眼の糖尿病網膜症(網膜出血,硬性白斑,福田分類A2)(図3)がみられた.またリスペリドン(リスパダールR)がオランザピン(ジプレキサR)に変更された.2008年にHbA1C値は9.1%まで上昇し,両眼底に硬性白斑の増加がみられた(図4).2009年にはミグリトール(セイブルR)が糖尿病・代謝・内分泌科で開始されたが,医師との折り合いが悪く1カ月後に自己判断で中止となった.血圧も130?150/90?100mmHgと上昇した.しかし再度引きこもりとなりHbA1C値は6.8%まで低下した.年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.41098765HbA1C値(%)図1HbA1C値の推移年次1999.62000.12001.12002.12003.12004.12005.12006.12007.12008.12009.12010.12011.12011.47006005004003002001000中性脂肪値(mg/dl)図2中性脂肪値の推移図32007年2月19日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)1466あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(98)以後CD4陽性Tリンパ球数が233/μlまで低下したため,2010年にラミブジン・アバカビル硫酸塩(エプジコム配合錠R)・ホスアンプレナビル(レクシヴァR)とリトナビル(ノービア・ソフトカプセルR)による多剤併用療法が開始された.またオランザピン(ジプレキサR)がアリピプラゾール(エビリファイR)に変更された.HbA1C値は8.9%まで上昇し,10月にグリメピリド(アマリールR)がエイズ治療・研究開発センターで開始された.糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,整形外科とも折り合いが悪くなっている.2011年現在HbA1C値は8.0%であり,糖尿病網膜症は福田分類A2のままであるが,現在もなお経過観察中である.II考按統合失調症とメタボリック・シンドロームの関係について,渡邉ら10)は統合失調症患者では一般人口と比較してメタボリック・シンドローム発症のリスクが高くなると考えている.その理由として,統合失調症に罹患したことによって起こる脂肪摂取増加や運動量低下といった生活習慣の変化,視床下部-下垂体-副腎系の調節障害,統合失調症とメタボリック・シンドローム構成因子との間の共通の遺伝学的背景,内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性増大といった内分泌学的変化などの要因が,単独あるいは複合的に関与すると考えている.また金坂ら11)は統合失調症患者では,耐糖能異常と2型糖尿病のリスクが高まっていることは抗精神病薬出現以前から知られていたとしている.実際Subramaniamら1)は統合失調症患者においては糖尿病が16.0%,耐糖能異常が30.9%にみられ,一般の頻度より多かったと報告している.一方で抗精神病薬治療の副作用に糖代謝異常がある.フェノチアジン系のクロルプロマジンやブチロフェノン系のハロペリドールなどが定型抗精神病薬であり,日本では1996年に発売になったリスペリドン以降の第二世代の抗精神病薬が非定型抗精神病薬である.最近では非定型抗精神病薬がおもに使用されているが,耐糖能異常・2型糖尿病の発症や増悪・高血糖性ケトアシドーシスの発症が1990年に報告され,その後も非定型抗精神病薬内服中の糖代謝異常の報告が相次ぎ,世界中で統合失調症・抗精神病薬治療・糖尿病の関係が議論されるようになってきた11).本症例は初診時飲食店勤務で多量飲酒などの生活習慣を改善できず,また医師との折り合いも悪く受診中断も多く,血糖コントロールは不良であった.以後統合失調症による食欲不振や引きこもりなどにより,血糖値および中性脂肪値はともに低下した.しかし非定型抗精神病薬であるリスペリドンによる治療開始とともに再度血糖コントロールは不良となった.リスペリドンと糖尿病について,関連があるとするもの3,4),関連はないとするもの2)などの報告がなされているが,明確でない.以後リスペリドンがオランザピンへと変更された.オランザピンは糖尿病に影響するとの報告2?5)が多く,特に50歳未満の患者において危険性が高い4),異常な高血糖がみられる5),コレステロール値上昇にも関与する5)との報告もある.本症例もHbA1C値のさらなる上昇がみられた.以後オランザピンはアリピプラゾールへと変更された.アリピプラゾールは糖尿病や脂質異常症に対して影響しないとされているが,長期にわたるデータがないため注意は必要である6).これらの抗精神病薬の影響について金坂ら11)は,抗精神病薬治療と糖尿病リスク増大との関係は解明されていないが,インスリン抵抗性の増大など直接的な影響や,肥満など二次的な影響などが複雑に組み合わさっていると考えてい図42008年8月29日の眼底写真(左:右眼,右:左眼)(99)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111467る.本症例においては統合失調症の治療開始後に食欲不振や引きこもりなどの解消されたことに加え,抗精神病薬の影響で血糖コントロールが不良となった可能性もある.しかしオランザピンがアリピプラゾールへ変更となったのと同時にCD4陽性Tリンパ球数が低下し,プロテアーゼ阻害薬を含む多剤併用療法が開始された.プロテアーゼ阻害薬の副作用として糖尿病7,8)・脂質異常症8,9)があり,Carrら8)は耐糖能異常が16%,糖尿病が7%にみられたと報告している.本症例も多剤併用療法の導入によりさらなる血糖コントロールの悪化がみられた.しかも糖尿病・代謝・内分泌科を受診しておらず,エイズ治療・研究開発センターで糖尿病の治療を行っているのが現状である.その他整形外科とも折り合いが悪くなっている.糖尿病網膜症は現在福田分類A2で進行はしていないが,硬性白斑が中心窩周囲にみられ,今後糖尿病黄斑症により視力低下をきたす可能性がある.幸い眼科は定期的に受診しているが,今後とも関係各科と連携をとりつつ診療にあたる必要があり,当センターで行われている生活習慣病症例検討会などを活用していく予定である.本症例では医師-患者関係が不良で治療に対する十分な協力が得られないことや,統合失調症の病状の変動や,統合失調症とHIV感染症の治療薬の副作用により,糖尿病の治療が困難であった.統合失調症・HIV感染症・糖尿病・脂質異常症・糖尿病網膜症を合併した場合には治療がむずかしく,精神科・感染症科・糖尿病科・眼科などの連携によるチーム医療が必要となる.本研究は「平成23年度国際医療研究開発費(22指120)」によるものである.文献1)SubramaniamM,ChongS-A,PekE:Diabetesmellitusandimpairedglucosetoleranceinpatientswithschizophrenia.CanJPsychiatry48:345-347,20032)KoroCE,FedderDO,L’ItalienGJetal:Assessmentofindependenteffectofolanzapineandrisperidoneonriskofdiabetesamongpatientswithschizophrenia:populationbasednestedcase-controlstudy.BrMedJ325:243-245,20023)SernyakMJ,LeslieDL,AlarconRDetal:Associationofdiabetesmellituswithuseofatypicalneurolepticsinthetreatmentofschizophrenia.AmJPsychiatry159:561-566,20024)LambertBL,CunninghamFE,MillerDRetal:Diabetesriskassociatedwithuseofolanzapine,quetiapine,andrisperidoneinVeteransHealthAdministrationpatientswithschizophrenia.AmJEpidemiol164:672-681,20065)LindenmayerJ-P,CzoborP,VolavkaJetal:Changesinglucoseandcholesterollevelsinpatientswithschizophreniatreatedwithtypicaloratypicalantipsychotics.AmJPsychiatry160:290-296,20036)AmericanDiabetesAssociation,AmericanPsychiatricAssociation,AmericanAssociationofClinicalEndocrinologistsetal:Consensusdevelopmentconferenceonantipsychoticdrugsandobesityanddiabetes.DiabetesCare27:596-601,20047)JustmanJE,BenningL,DanoffAetal:ProteaseinhibitoruseandtheincidenceofdiabetesmellitusinalargecohortofHIV-infectedwomen.JAcquirImmuneDeficSyndr32:298-302,20038)CarrA,SamarasK,ThorisdottirAetal:Diagnosis,prediction,andnaturalcourseofHIV-1protease-inhibitorassociatedlipodystrophy,hyperlipidaemia,anddiabetesmellitus:acohortstudy.Lancet353:2093-2099,19999)HeathKV,HoggRS,ChanKJetal:Lipodystrophy-associatedmorphological,cholesterolandtriglycerideabnormalitiesinapopulation-basedHIV/AIDStreatmentdatabase.AIDS15:231-239,200110)渡邉純蔵,鈴木雄太郎,澤村一司ほか:精神疾患とメタボリック・シンドローム.臨床精神薬理10:387-393,200711)金坂知明,藤井康男:非定型抗精神病薬と糖尿病.診断と治療95(Suppl):387-390,2007***

前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1 例

2011年10月31日 月曜日

1460(92あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1460?1463,2011cはじめに近年,小切開超音波白内障手術の進歩に伴い,糖尿病患者に対する白内障手術の適応は,内科的にも眼科的にも拡大している1).特に,血糖コントロールが良好で糖尿病網膜症が単純網膜症までの患者であれば,術後管理も含めて非糖尿病患者に準じてよいと思われる.しかし,熟練の白内障術者の執刀によっても予期せぬ手術合併症が生じる場合は必ずあり,そのことが糖尿病網膜症の増悪因子となる可能性には十分留意する必要がある.今回,白内障手術時に後?破損をしたため?外固定された眼内レンズ(IOL)のループが虹彩切除部から前房内へ脱出した時期を契機に,術眼のみ糖尿病網膜症が悪化し,ループの整復によって網膜症が鎮静化した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕福本敦子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:AtsukoFukumoto,M.D.,NagataEyeClinic,1147Kitayamada,Hourai-cyo,Nara-city,Nara631-0844,JAPAN前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1例福本敦子松村美代黒田真一郎永田誠永田眼科ACaseofDiabeticRetinopathyImprovementafterRepositioningSurgeryforIntraoculerLensHapticProlapseintoAnteriorChamberAtsukoFukumoto,MiyoMatsumura,ShinichiroKurodaandMakotoNagataNagataEyeClinic?外固定された眼内レンズのループが前房内へ脱出した時期から糖尿病網膜症(DR)が進行するも,ループの整復によってDRが鎮静化した1例を経験した.症例は,60歳の糖尿病男性.左眼白内障手術中に後?破損を生じ,周辺虹彩切除(PI)が同時に施行されたが左眼の術後視力は問題なく,両眼底に単純DRを認めるのみであった.しかし,1年後,左眼はPI部からのループ脱出を認めると同時にDRの悪化を認め,黄斑浮腫,視力低下を伴っていた.ループ脱出後2年9カ月時,前房炎症,眼圧上昇,角膜内皮細胞数の減少(pigmentdispersionsyndrome)を認めたため,ループの整復を行ったところ,整復の時期を境に左眼の糖尿病網膜症は経過観察のみで鎮静化して黄斑浮腫も改善した.左眼矯正視力は,整復後14年の長期経過で(0.1)から(1.0)へと大幅に回復している.Wereportacaseofdiabeticretinopathy(DR)improvementafterrepositioningsurgeryforhapticprolapseofanout-of-thebagintraocularlens(IOL).Thepatient,a60-year-oldmalewithdiabetes,underwentcataractsurgeryandperipheraliridectomy(PI)inthelefteye,withposteriorcapsulerupture.Aftersurgery,best-correctedvisualacuity(BCVA)wasunremarkableinthelefteye;fundusexaminationrevealedbilateralsimpleDR.Oneyearlater,weobservedthattheIOLhaptichadprolapsedintotheanteriorchamberthroughthePI.Atthesametime,theDRinthelefteyehadworsened,withmacularedemaandvisualloss.Hapticrepositioningwasperformedinthelefteyeafter33monthsbecauseofpigmentdispersionsyndrome.ThissurgeryhappenedtoleadtoDRresolutionandgradualimprovementofthemacularedema.Atthe14-yearfollow-upafterhapticrepositioning,theBCVAinthelefteyehadsignificantlyimproved,from20/200to20/20.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1460?1463,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,後?破損,周辺虹彩切除,眼内レンズ(IOL)ループ脱出,IOLループ整復術.diabeticretinopathy,posteriorcapsulerupture,peripheraliridectomy,prolapseofintraocularlens(IOL)haptic,repositioningsurgeryofIOLhaptic.(93)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111461I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1991年6月,左眼の白内障手術を目的に近医より当科を紹介受診した.既往歴:糖尿病〔ヘモグロビン(Hb)A1C7.1%〕があり,内服加療中であった.家族歴:特になし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2×+2.0D(cyl?1.0DAx90°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前眼部は異常なく,角膜内皮細胞密度は約2,700/mm2,眼軸は右眼23.6mm,左眼23.9mmで明らかな左右差はなかった.右眼の中間透光体,眼底に異常はなく,左眼にのみ成熟白内障がみられ眼底は透見不能であったが,外傷の既往はなかった.経過:1991年9月,左眼のみ超音波白内障手術が施行された.このとき,後?破損を生じたため,IOLは?外固定され,同時に前部硝子体切除術および上方の周辺虹彩切除術も施行された.1991年10月(白内障術後1カ月)再診時,眼底に左右同程度の単純糖尿病網膜症を認めた.左眼術後は視力1.2(1.5×(cyl?1.0DAx80°)で,前房炎症が遷延することなく経過良好であった.8カ月ぶりの再診となった1992年10月(白内障術後1年1カ月),左眼は虹彩切除部から前房内へのIOLループの脱出を認め(図1),軽度の前房炎症を伴っていた.糖尿病網膜症は,左眼のみ網膜出血の増悪と硬性白斑,黄斑浮腫の出現を認め,視力は(0.5)に低下していた.しかし,眼圧は16mmHgと正常で,隅角検査上,脱出ループと角膜内皮との接触はなく角膜内皮細胞数の減少もなかったことから,ループ整復を行わずに経過をみた.1993年10月(ループ脱出後1年),左眼視力は(0.1)で,脱出ループの所見は変わらず,前房炎症が遷延していた.糖尿病網膜症は左眼のみさらに進行し,蛍光眼底造影検査上,後極を中心に旺盛な蛍光漏出を認めた(図2)ため,網膜光凝固を施行することで経過をみた.1995年7月(ループ脱出後2年9カ月),左眼の眼圧が30mmHgと上昇し,隅角鏡検査上は脱出ループと角膜内皮が接触し,その部位に一致した角膜浮腫を認めた.角膜内皮細胞数も約1,000/mm2まで減少していたことから,同年8月,左眼脱出ループの整復を試みた.左眼の糖尿病網膜症は,網??????????????????????????????図1IOLループ脱出時の前眼部写真隅角検査上,ループと角膜内皮との接触はない.右眼左眼図21993年10月の蛍光眼底造影写真1462あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(94)膜光凝固後も所見の改善に乏しく,黄斑浮腫,硬性白斑,網膜出血が遷延し,視力は(0.1)のままであった.ループ整復後,速やかに左眼の眼圧は正常化し,角膜浮腫,前房炎症も消失した.さらに,長期経過で左眼視力および眼底所見にも改善がみられた.遷延していた左眼の黄斑浮腫および硬性白斑は整復後約2年で消失し,整復後約5年が経過して以降,左眼視力は(0.7)以上を維持している(図3).2010年1月(整復後14年)の最終受診時,視力は右眼0.9(1.2×+1.0D(cyl?1.25DAx100°),左眼0.3(1.0×+0.75D(cyl?3.0DAx80°),眼圧は両眼とも13mmHg,角膜内皮細胞数は右眼3,003/mm2,左眼1,176/mm2であった.糖尿病網膜症については,右眼は単純網膜症のまま加療歴はなく,左眼も停止性網膜症でループ整復以降の加療歴はない(図4).II考按虹彩切除部からのIOLループ脱出の報告は過去に散見する2?6)が,いずれも問題となった合併症は,IOLループと虹彩の機械的接触で生じた虹彩炎による角膜内皮障害,あるいは虹彩色素の散布によって起こる眼圧上昇とされるpigmentarydispersionglaucomaであった.本症例のように,片眼のIOLループ脱出時期に偶然にも両眼に同程度の糖尿病網膜症があり,同一患者における非術眼と比較しながらループ脱出が眼底にもたらす影響を長期に経過観察できたという報告は,筆者の調べた限りではこれまでにない.本症例でもIOLループ脱出時に注意した合併症は,前述のpigmentarydispersionglaucomaであったが,加えて,糖尿病網膜症眼であったことがIOL整復の手術適応時期を複雑にした.再手術の術式としては,IOLの整復,交換,縫着があるが,整復のみでは再脱出してしまい,IOL交換2,3)あるいは縫着6)を要した報告もあり,複数回の手術侵襲がかえって角膜内皮障害のみならず網膜症の増悪をきたす可能性もある.幸い,本症例はフックを用いてIOLループを虹彩下へ戻すという単純な整復により,以後の再脱出はみられなかった.仮に,ループの再脱出により複数回手術を要した場合,前房炎症はさらに遷延することとなり,その選択が糖尿病網膜症の増悪を招いたかもしれない.白内障手術後の糖尿病網膜症の悪化については,須藤1,7)が「どんなに熟練者が執刀しても術後に糖尿病網膜症が進行する症例は20?30%存在する」と述べているように,その原因は全身状態や術前網膜症の病期などが複雑に絡んでおり,白内障手術やその合併症が必ずしも網膜症の悪化につながるとは限らない.同一患者の手術眼と非手術眼を対照にして検討した場合,網膜症の悪化原因は手術侵襲よりも糖尿病自体の自然悪化によるものが多かったとの報告7)や,後?破損例においても非術眼との網膜症の差はなかったとの報告8)もある.これらの報告を踏まえて本症例の網膜症悪化要因を考察すると,周術期の血糖コントロール状態はHbA1C7.1%と比較図42010年1月の眼底写真右眼左眼00.20.40.60.81.01.219911992199319941995199619971998199920002001200220032004200520062007200820092010網膜光凝固ループ脱出ループ整復黄斑浮腫および硬性白斑の消失視力経過(年)図3左眼視力経過(95)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111463的良好であったこと,術前糖尿病網膜症は単純網膜症であったこと,左眼白内障術後もループ脱出を発見するまでは単純網膜症であり左眼視力は(1.0)以上を維持していたことから,後?破損という術中合併症よりも,術後長期にわたってIOLループが脱出することによって慢性炎症が遷延したことが主要因であった可能性がある.しかし,このことは,本症例が1990年代の古い症例であり,フレア値など前房炎症に関する客観的データの詳細に欠けることや,ループ脱出時の慢性炎症に対して副腎皮質ステロイドの後部Tenon?下注射など局所投与による積極的な加療もなされていないことから,あくまでも結果から遡った推測にすぎない.加えて,ループの偏位,脱出によるpigmentarydispersionglaucomaもまだ当時は国内の報告が少なく,現在とはその治療方針に些かの乖離があったことを,反省も踏まえて強調しておきたい.今回の報告は,一症例の経過にすぎず,白内障手術に伴う合併症が糖尿病網膜症の増悪にどれほど関与するかを統計的に論じることはできないが,術中合併症のみならず,IOLループの脱出などの術後合併症を生じた糖尿病網膜症眼については,特に積極的な消炎の努力と永続的な経過観察が重要であることを示唆する症例であった.文献1)須藤史子:糖尿病を合併する白内障手術のコツと落とし穴.IOL&RS21:155-161,20072)大鳥安正,真野富也:眼内レンズ偏位による緑内障.眼紀42:932-936,19913)今泉雅資,古嶋正俊,瀬口ゆりほか:壮年男性にみられた虹彩切除部からのIOLループ脱出2例.眼紀43:1448-1451,19924)斉之平真弓,吉田弘俊,細谷比左志ほか:後房レンズのループ偏位により生じた角膜内皮障害の1例.臨眼47:23-26,19935)服部貴明,藤田聡,山城博子:前房側に脱出した後房レンズ脚による角膜内皮障害の1例.眼臨101:259-261,20076)都筑明子,都筑昌哉,久保江理ほか:後房レンズのループが虹彩の孔を通して前房内に脱出した1例.眼紀55:311-314,20047)SutoC,HoriS,KatoSetal:Effectofperioperativeglycemiccontrolinprogressionsofdiabeticretinopathyandmaculopathy.ArchOphthalmol124:38-45,20068)大岩晶子,林敦子,小林晋二ほか:片眼白内障手術症例における術眼・非術眼の糖尿病網膜症の経過.あたらしい眼科26:973-976,2009***

カリジノゲナーゼによる糖尿病黄斑浮腫軽減効果の検討

2011年10月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(89)1457《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1457?1459,2011cはじめにカリジノゲナーゼは,血漿中のキニノーゲンからキニンを遊離させ末梢血管を拡張させる作用を有し,眼科領域においては,網膜静脈閉塞症,糖尿病網膜症などの網脈絡膜循環改善を目的に使用されている.しかしカリジノゲナーゼに関して実際に眼科領域で臨床的な検討をした報告は少ない.一方Katoら1)は,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットにおいて,カリジノゲナーゼは眼内液中の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)量を有意に低下させ,血管透過性が抑制されることを報告している.VEGFが糖尿病黄斑浮腫(diabeticmaculaedema:DME)の重要な悪化因子であり,抗VEGF抗体がDME治療に用いられていること2,3)から,今回筆者らは,カリジノゲナーゼによるDME軽減効果について検討したので報告する.I対象および方法対象は平成19年10月から平成21年11月の間に中心窩網膜厚が300μm以上のDMEを伴い,保存的療法での経過〔別刷請求先〕鈴木浩之:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:HiroyukiSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki-city,Osaka569-8686,JAPANカリジノゲナーゼによる糖尿病黄斑浮腫軽減効果の検討鈴木浩之石崎英介家久来啓吾佐藤孝樹南政宏池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ComparativeStudyofKallidinogenaseEfficacyinTreatingDiabeticMacularEdemaHiroyukiSuzuki,EisukeIshizaki,KeigoKakurai,TakakiSato,MasahiroMinamiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するカリジノゲナ?ゼの有効性を,カリジノゲナーゼ投与群(以下,投与群)とカリジノゲナーゼ非投与群(以下,非投与群)で比較検討する.対象および方法:対象はDME28例33眼で,カリジノゲナーゼ150単位/日を3カ月間投与するカリジノゲナーゼ投与群(19例22眼)と非投与群(9例11眼)に割り付け,黄斑浮腫および視機能に対する効果を比較検討した.結果:OCTで評価した中心窩網膜厚は,投与群が489.7±25.1μmから448.0±26.0μmと有意に低下したが,非投与群は437.5±46.3μmから439.7±44.9μmと不変であった.投与群の中心窩網膜厚を初期値500μm以上の群と未満の群に分けて評価したところ,初期値500μm未満の群で有意な低下がみられた.結論:カリジノゲナーゼはDMEの中心窩網膜厚改善に有効である可能性が示唆された.Objective:Toperformacomparativestudyofkallidinogenaseefficacyintreatingdiabeticmacularedema(DME).SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved33eyesof28patientswithDMEwhoweredividedintothetreatmentgroup(19patients,22eyes),whichreceived150unitsofkallidinogenaseperdayfor3months,andthecontrolgroup(9patients,11eyes),whichdidnotreceivethedrug.Thetwogroupswerethencomparedastotheeffectofkallidinogenaseonmacularedemaandvisualacuity.Results:Evaluationbyopticalcoherencetomographyshowedthatfovealretinalthicknessdecreasedsignificantlyinthetreatmentgroup,from489.7±25.1μmto448.0±26.0μm,butremainedunchangedinthecontrolgroup.Anassessmentmadebydividingthetreatment-grouppatientsintotwosubgroups,onewithfoveal-retinal-thicknessbaselinevaluesof500μmorhigher,andonewithbaselinevalueslowerthan500μm,revealedsignificantreductioninfovealretinalthicknessinthelattersubgroup.Conclusions:TreatmentwithkallidinogenasemaybeeffectiveforimprovingfovealretinalthicknessinpatientswithDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1457?1459,2011〕Keywords:カリジノゲナーゼ,糖尿病黄斑浮腫,網脈絡膜循環,血管内皮増殖因子(VEGF).kallidinogenase,diabeticmaculaedema(DME),fundusandretrobulbarbloodflow,vascularendothelialgrowthfactor(VEGF).1458あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(90)観察を希望した患者である.試験方法は,無治療あるいは血管強化剤かビタミン剤の内服のみで経過観察する群:カリジノゲナーゼ非投与群(以下,非投与群)と,カリジノゲナーゼ150単位/日を3カ月間投与する群:カリジノゲナーゼ投与群(以下,投与群)に割り付け,中心窩網膜厚の推移,およびlogMAR(logarithmicminimumangleofresolution)視力の推移を比較検討した.割り付けについてはカリジノゲナーゼ投与に関して十分な説明を行い,同意を得られた症例を投与群としたため,無作為試験ではない.また,非投与群と投与群の全身的な背景因子の比較は行っていない.中心窩網膜厚の測定にはZeiss社OCT3000を使用した.除外規定として,試験期間中,抗凝固剤,血小板凝集抑制剤,抗緑内障薬など,網脈絡膜循環や黄斑浮腫に影響を及ぼす可能性のある薬剤の追加や,服用法,服用量を変更した症例,透析導入となった症例,網膜光凝固後6カ月未満の症例,トリアムシノロンアセトニドの硝子体内注射やTenon?下注射後6カ月未満の症例,白内障手術などの内眼手術施行後6カ月未満の症例は除外した.対象症例は投与群,非投与群合わせて全30例で,経過中除外対象となった2例を除き,解析症例は28例33眼,投与群19例22眼,非投与群9例11眼である.患者背景を表1に示す.統計学的な検討は,中心窩網膜厚,logMAR視力の推移については対応のあるt検定を用い,投与群,非投与群の群間比較については対応のないt検定を用いて,p<0.05を有意とした.II結果投与前の中心窩網膜厚やlogMAR視力には,投与群と非投与群の間に統計学的な有意差を認めなかった(中心窩網膜厚p=0.282,logMAR視力p=0.33).中心窩網膜厚は投与群で投与開始時489.7±25.1μmから3カ月後に448.0±26.0μmと有意に低下した(p<0.01)が,非投与群では不変であった(図1).投与群の中心窩網膜厚を初期値が500μm以上の群(n=9)と未満の群(n=13)に分けて評価したところ,初期値500μm未満の群で有意な低下(p<0.01)がみられた(図2).投与群の中心窩網膜厚を黄斑浮腫のタイプ別に分けて評価したところ,Diffuse型(n=9),CME(cystoidmacularedema)型(n=11)で有意な低下(p<0.05)がみられた(図3).Diffuse型については中心窩網膜厚の変化量を投与群(n=9)と非投与群(n=6)で群間比較したところ,有意な差(p<0.05)がみられた(図4).LogMAR視力の推表1患者背景項目投与群非投与群性別男性:7例女性:12例男性:6例女性:3例平均年齢66.9±1.8歳66.1±1.5歳MEタイプ(眼数)CME:11眼Diffuse:9眼混合型:2眼CME:3眼Diffuse:6眼混合型:1眼SRD:1眼前治療(眼数)PRP:12眼Vitrectomy後:4眼IOL眼:2眼DirectPC:1眼TATenon?下注射後:1眼PRP:6眼IOL眼:1眼Vitrectomy後:2眼CME:cystoidmaculaedema,SRD:serousretinaldetachment,IOL:intraocularlens,PRP:panretinalphotocoagulation,TA:triamcinoloneacetonide.300400500600投与開始時3カ月後:投与群(n=22):非投与群(n=11)489.7±25.1437.5±46.3448.0±26.0439.7±44.9**Mean±SE**:p<0.01(対応のあるt検定)中心窩網膜厚(μm)図1中心窩網膜厚の推移**:Diffuse(n=9):CME(n=11):混合(n=2)575.5±25.5601.0±39.0492.4±33.2467.4±45.7449.7±29.8411.8±46.1Mean±SE*:p<0.05(対応のあるt検定)投与開始時3カ月後300400500600700中心窩網膜厚(μm)図3投与群での黄斑浮腫タイプ別の中心窩網膜厚の平均値推移555.0±33.0Mean±SE**:p<0.01(対応のあるt検定)300400500600700投与開始時3カ月後:500μm以上(n=9):500μm未満(n=13)598.8±31.6414.2±15.8373.8±19.5**中心窩網膜厚(μm)図2投与群での中心窩網膜厚の平均値推移(91)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111459移については,投与群で投与開始時0.53±0.06,3カ月後0.48±0.06,非投与群で0.42±0.09,3カ月後0.37±0.08であり,統計的な変動は認められなかった.投与期間中,カリジノゲナーゼによる副作用は認めなかった.III考按DMEは,糖尿病による網膜微小循環不全に伴う網膜虚血,低酸素状態が長期間続くことにより,VEGFなどのサイトカインが放出され,血管透過性が亢進することが原因の一つと考えられている.またNagaokaら4)は,脈絡膜血流量を測定するlaserDopplerflowmetryを用い,2型糖尿病患者,特にDMEを伴う症例では,中心窩の脈絡膜血流が低下していることを報告している.カリジノゲナーゼは,血漿中のキニノーゲンからキニンを遊離させて末梢血管を拡張させる作用により網脈絡膜循環を改善すると考えられており,実際に健常者や網膜静脈閉塞症での改善効果も報告されている5,6).今回の筆者らの研究でも,カリジノゲナーゼ投与群でDMEの中心窩網膜厚が改善したが,その機序の一つとして,網脈絡膜血流が改善したことにより二次的にVEGFなどのサイトカイン放出が抑制され,血管透過性が抑制されたことが原因として考えられた.またもう一つの機序として,カリジノゲナーゼの直接的な抗VEGF作用が考えられる.Katoら1)は,ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラットを用いた実験で,カリジノゲナーゼが眼内液中のVEGF量を有意に低下させ,血管透過性が抑制されることを報告しているが,最近中村らは,2010年10月に開催された第30回日本眼薬理学会で,カリジノゲナーゼに直接的なVEGF切断作用がある可能性を報告している.カリジノゲナーゼがinvitro血管管腔形成抑制作用およびinvivoマウス網膜における異常血管新生抑制作用を有し,その作用はカリジノゲナーゼの血管内皮細胞に対する増殖および遊走抑制作用によることを示している.その作用機序としてVEGF切断によるVEGF受容体の活性化抑制作用を介している可能性を述べている.これらのようにカリジノゲナーゼによるDME改善効果には,まだ検討の余地は多いものの,複数の機序が関与していると考えられた.今回の筆者らの検討で,投与群において中心窩網膜厚の改善は認められたものの,logMAR視力に関しては改善が認められなかった原因として,投与後の中心窩網膜厚の減少が平均41.7μmであり,投与後もDMEが比較的高度に残存していたことが原因の一つと考えられた.ただし,DMEが改善しても視力が改善するにはしばらく時間がかかるとの報告があること7)や,今回のカリジノゲナーゼの投与期間が3カ月であり,さらに長期間の投与での変化も今後検討したい.中心窩網膜厚が500μm未満のカリジノゲナーゼ投与群において,有意な中心窩網膜厚の減少を認めたことから,軽度のDME症例に対してはまずカリジノゲナーゼを試みてもよいかもしれないと考えられるが,投与量や投与期間など,検討すべき課題は多い.今回の検討は無作為試験ではなく,投与前の全身因子の比較も行っていない.今後,これらを考慮した新たな検討を行いたいと考えている.文献1)NoriakiK,YunlongH,ZhenhuiLetal:Kallidinogenasenormalizesretinalvasopermeabilityinstreptozotocininduceddiabeticrats:Potentialrolesofvascularendothelialgrowthfactorandnitricoxide.EurJPharmacol606:187-190,20092)ChunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal;MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroup:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,anantivascularendothelialgrowthfactoraptamerfordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20053)ArevaloJF,Fromow-GuerraJ,Quiroz-MercadoHetal;Pan-AmericanCollaborativeRetinaStudyGroup:Primaryintravitrealbevacizumab(Avastin)fordiabeticmacularedema:resultfromthePan-AmerianCollaborativeRetinaStudyGroupat6-mouthfollow-up.Ophthalmology114:743-750,20074)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,20045)楊美玲,望月清文,丹波義明ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜循環に及ぼす影響.あたらしい眼科17:1433-1436,20006)小林ルミ,森和彦,石橋健ほか:カリジノゲナーゼの網脈絡膜血流に及ぼす影響.臨眼57:885-888,20037)TerasakiH,KojimaT,NiwaHetal:Changesinfocalmacularelectroretinogramsandfovealthicknessaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci44:4465-4472,2003***-100-90-80-70-60-50-40-30-20-1001020304050投与開始時3カ月後:投与群(n=9):非投与群(n=6)17.3±20.6-55.7±20.9#Mean±SE#:p<0.05(対応のないt検定)中心窩網膜厚(μm)図4Diffuse型の中心窩網膜厚変化量の群間比較

眼研究こぼれ話 22.医学研究者の質 金銭で解決できぬ問題

2011年10月31日 月曜日

(81)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111449医学研究者の質金銭で解決できぬ問題正しい原則と理論をコンピューターなどの偉力で駆使すると,月に人間を送ることが出来た.この大成功は地球の引力を発見したニュートンの説が絶対的に真実であったし,アインシュタインの頭脳の正しいことを,すばらしい機械工学で実証した結果である.ニクソンは大統領のとき,月の征服と同様に癌(ガン)を征服するようにと,国立癌研究所に10億ドルの大金を出したことがある.この出費は,癌関係の人々にむだ使いの風習を作っただけとなった感がある.生物科学にも物量は役立つけれども,現在の段階ではまだ明らかでない原則と理論があまりに多過ぎて,わかっているだけの情報をコンピューターで組み合せたのでは,問題の解明は出来ないのである.生命の不思議は解けば解く程,深くなり,昨日まで,真実だと信じられていた理論が急に更新されることもしばしばある.生物科学では,理解されている程度が,宇宙航空学に比較すると,はるかに低いともいえる.まだまだ明晰(─せき)な頭脳で開拓しなければならない根本的な知識が無限に必要であって,大金を出して,白衣労働者と,新しい器具を集めただけでは,進歩は期待出来ないのである.私は永年,井の中の蛙(カワズ)のように,ハーバード大学で多数のするどい頭脳の持ち主,それは奇人とも言えるような人々の集団に取り囲まれていて,医学研究社会とは,このようなふん囲気だと信じていた.数年前,国立眼研究所が開設されたとき,招かれて,実験病理部長として新しい研究所の一部門を作ることとなった.そうして,この新任地が私の今まで考えていた学問の世界と全く異なることを知って驚いた.この新任地では大部分の学者たちは,定められた規格のなかで時間を費やすことを仕事と考えているらしい.すなわち,正常の人々の集まりである.もちろん,なかには世界的な学者の居ることは事実であって,これらの小数の偉人たちは除外されるのは当然である.一方,技術員の多数が,研究者と同一の権利を主張しているらしい.つまり,学者と技術員との間にはっきりした区別が無くなっている.学者の質が落ちているのか,または技術員が立派なのかどちらかであろう.この新しい集団を形成するには,それなりの人物を探す必要に迫られた.私の採用した典型的な研究者ロビソン博士を紹介してみたい.彼の仕事については,以前に述べたことがある.彼はモーモン教の信者であることも一つの理由であると思うが,実にまじめな男である.宗教的な考えに従って,暗い早朝から働き始め,一切の刺激物(コーヒー,茶,コカコーラ,アルコール,タバコなど)をとらない上,家族団結もこの上もなく強い.愛国心に強く,昔,われわれが習った修身の教えそのままの人物であ0910-1810/11/\100/頁/JCOPY眼研究こぼれ話桑原登一郎元米国立眼研究所実験病理部長●連載▲ワシントンの郊外にある大理石造りのモーモン教テンプル.位の高い一部の信者以外は中に入ることが出来ない.1450あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011眼研究こぼれ話(82)る.このような本当にまじめな男は政府の機関には全く打ってつけであって,定められた予算を上手に使って毎日を忙しくしている.前述のニクソン氏が頭に描いた10億ドルを渡したいと思った理想的な学者かもしれない.約7年間,彼と行動を共にして気がつくことは,彼の仕事には何一つ有意義なひらめきが無いことである.研究室の運営について,私は彼の援助を多分に受け,常に感謝している.しかし,この全く非の打ち所のない人物も,ある一面から見ると,学問の大局には,居なくても影響のない学者とも言える.色々の条件から判断して,中流以上に属していることは事実であるが,このような研究者を数千人集めたとしても,実際の進歩は望めない.癌の全治などは期待出来ないのである.一人のワトソン博士(ノーベル賞をもらったハーバード教授で,DNAの構造を考えついた人)のような奇人が,学問の世界には必要なのである.私は彼をモーモン教徒として尊敬はしているが,濃いコーヒーをがぶ飲みしながら,顕微鏡のネジを捻(ひね)り切るような男こそ,役に立つ研究が出来るのではないかと思っている.(原文のまま.「日刊新愛媛」より転載)☆☆☆

インターネットの眼科応用 33.医療のIT化で可能になること(3)-病診連携について-

2011年10月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114470910-1810/11/\100/頁/JCOPY病診連携とインターネットインターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行した大きなパラダイムシフトをWeb2.0と表現します.インターネットは繋ぐ達人です.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで双方向性に繋ぎます.パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.医療情報も,文書や動画などのさまざまな形態で,インターネット上で共有できるようになりました.前章と前々章で電子カルテの進化の予想図を紹介しました.インターネットは,電気や上下水道や公共交通機関や金融システムなどと同様に,社会基盤の一つです.ソフトバンク代表取締役社長の孫正義氏はインターネットにアクセスする権利(情報アクセス権)を,自由権,参政権,社会権に並ぶ基本的人権の一つである,とまで述べています.また「光の道」構想のなかで,電子教科書や電子カルテを低価格で普及させる,とアピールしています.つまり,医療情報のクラウドコンピューティング化(医療クラウド)により,電子カルテの低価格化が実現します.医療クラウドの可能性は電子カルテに留まりません.電子カルテは病院内で保有される診療情報ですが,個人情報に配慮したうえで,インターネットで病院間を繋ぐと,多施設で診療情報が共有され病診連携がスムーズに行われます.今回はインターネットによる病診連携の可能性とその意義について紹介したいと思います.日本では患者に診療情報提供書という文書を渡し,診療情報を他施設に伝えることが通例です.診療点数も,文書という伝達手段に基づいていました.近年ようやく,電話による患者指導が再診として認められるなど,現在の情報伝達の形に制度が追いついてきました.診療情報提供書にDVDが一緒に同封されることもあります.文書も手書きではなくワードなどで作られた文書が多くなり,診療情報のデジタル化は徐々に進んでいますが,IT化はまだまだこれからです.そのなかで,クラウドコンピューティングを用いた先駆的なインターネットサービスを一つ紹介します.コニカミノルタヘルスケアという医療機器メーカーは,レントゲン機器と関連商品をおもに扱います.レントゲン機器はデジタル化が進み,フィルムレスが当然になりました.デジタル化に対応していないアナログなレントゲン撮影機械のマーケットは完全に縮小しました.現在はCR(コンピューテッドラジオグラフィ)システムとよばれるレントゲン撮影機種が普及しています.コニカミノルタヘルスケアは,CRシステムの付属として,撮影された画像情報をインターネット上に多施設で共有し,紹介患者の経過報告や症例相談やセカンドオピニオンを求めることもできる,「連携BOX」というサービスを提供しています.基幹病院を軸にした関連施設で,このサービスの利用が徐々に普及していま(79)インターネットの眼科応用第33章医療のIT化で可能になること③─病診連携について─武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ図1連携BOXのイメージ図1448あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011す.このサービスで扱う情報は,CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像が中心ですが,眼科領域に置き換えると,眼底写真やOCT(光干渉断層計)画像,造影写真などの検査情報だけでなく,手術ビデオなどの治療情報もデジタル化されているものなら,何でも共有することが可能です(図1).地域が育てる医療医療情報を多施設で共有することが示す,一つの世界観について触れたいと思います.良質で効率的な医療を受けることは,全国民の願いです.われわれ医療機関の収入が窓口負担だけでなく国費から得ている現状を考えると,われわれの顧客は,目の前の患者だけでなく,潜在患者でもある全国民です.われわれ医療者は,顧客が求める医療の効率化について,真摯に取り組む必要があります.医療クラウドを利用した医療機関の連携は,地域医療を効率化します.いい医療機関は地域が育てる,としばしば指摘されます.有名な事例を紹介しますと,兵庫県柏原市では,子供をもつ母親同士が定期的に勉強会を開いて,子供が病気になったときに受診すべきか自宅で経過をみるべきか,その判断力を養いました.その結果,小児科を緊急で受診する患者数が激減し,小児医療の崩壊を食い止めました1).医療は電気やガスや水道と同じ,社会インフラの一つです.アナログな地域力は地域医療を育てます.インターネットの進化は,医療情報を社会インフラの一つに発展させ,地域力を補完するでしょう.上述した連携BOXのようなサービスを,民間企業ではなく医師会や行政が提供・もしくは提携すれば,地域の病診連携や診診連携がより深まります.地域が患者を診る,という文化が育ち,患者は地域の医療機関に安心して身を任せることができるでしょう.病状の急変時も,その患者がどういう基礎疾患をもっているか,かかりつけの医療機関でなくても容易に判断できます.この場合,電子カルテの所有者は,地域もしくは地域の医療機関といえます.前章で,インターネットの診療情報は誰が所有者か,(80)という問題提起をしました.医療クラウドが普及した世の中において,カルテの所有に患者,医師,医療機関に加え,システム会社の4者が関わります.情報アクセス権は,基本的人権の一つといえるほど重要です.患者が自分自身の健康情報にアクセスしたいという要求は,今後強くなるでしょう.生産者と消費者の立場を逆転させた,情報革命というインターネットの潮流から考えると,診療情報の所有者は医療機関(生産者)から患者自身(消費者)へと移行することは明らかです.患者は,自分自身の健康情報を自分でもつ権利を得る代わりに,その情報をシステム会社に預けることへのリスクを求められます.将来的には,患者の診療情報は患者自身が保有することになりますが,その前に,医療情報が社会インフラとして整備された段階において,地域の医療機関ネットワークが診療情報の所有者となります.私個人的には,基幹病院を中心とした医療機関ネットワークが,診療情報を把握する形態は,非常に日本的に感じます.医療クラウドが,地域力を補完できるようなインフラに発展することを願います.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.この現象をMedical2.0とよびます.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://mamorusyounika.com/☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 101.網膜切開術の適応と実際(上級編)

2011年10月31日 月曜日

(77)あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114450910-1810/11/\100/頁/JCOPY●網膜切開術の適応網膜切開術は,十分な増殖膜処理と強膜バックリングを行っても,なお牽引解除が不十分で,気圧伸展網膜復位術による術中網膜復位が得られない症例に対してのみ適応があるとされている.具体的には,網膜?離が陳旧化し極端に網膜が器質化した症例,再手術時にみられる網膜と増殖組織の強固な癒着,強固な網膜固定皺襞,穿孔性眼外傷などで強膜創に網膜が嵌頓した症例などがあげられる.特に増殖糖尿病網膜症の硝子体手術後に生じる再?離例では,しばしば網膜の器質化,短縮化が著明で,網膜切開を余儀なくされることがある1).●網膜切開の方法網膜切開には,1)円周方向,2)円周方向+子午線方向,3)円周方向+その周辺部の網膜切除,4)部分切除(図1?3)の4種類がある2).網膜切開範囲は,残存牽引が強いものほど広範囲の切開が必要となる.網膜切開は必要十分な範囲に行うことが原則で,牽引が十分に解除されていないと,切開創から容易に再?離をきたす.切開縁では網膜血管を切断することになるので,断端の止血は眼内ジアテルミー凝固で確実に行う.残存牽引の判定には液体パーフルオロカーボンが有用である.●網膜切開術の術後合併症切開範囲が非常に広範囲になると,視野欠損だけでなく,術後炎症の遷延,切開縁からの再増殖,低眼圧などの合併症をきたしやすい.一般に円周方向の切開が90°以上になると復位率および視力予後は不良となりがちである.網膜切開施行例では術後のタンポナーデ物質としてはガスよりもシリコーンオイルを使用することが多いが,シリコーンオイルでは下方の網膜切開部位に対して十分なタンポナーデ効果が得られないため,再?離をきたしやすい.文献1)池田恒彦,田野保雄,前野貴俊ほか:対糖尿病硝子体手術における網膜切開術の長期予後.眼紀43:245-249,19922)MachemerR:Retinotomy.AmJOphthalmol92:768-774,1981硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載101101網膜切開術の適応と実際(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1網膜再?離例に生じた網膜の器質化,短縮化再増殖膜を処理しても,なお網膜の伸展性が回復しない.図2部分網膜切除術必要十分な範囲に網膜切除を行う.図3気圧伸展網膜復位術後の眼内光凝固液体パーフルオロカーボンで網膜の伸展性が得られていることを確認した後,気圧伸展網膜復位術,眼内光凝固を施行する.

眼科医のための先端医療 130.サプリメント

2011年10月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114410910-1810/11/\100/頁/JCOPYサプリメントは食品から摂取すべき微量ミネラルやビタミン類を補う補完食品で,本来薬ではありません.しかし,疫学調査や加齢黄斑変性(age-relatedmaculardisease:AMD)に関する大規模前向き試験であるAge-RelatedEyeDiseaseStudy(AREDS)の報告1)により,その効果が大きく信頼され,眼科領域でも使用されるようになってきました.また,病態に酸化ストレスの関与が考えられるAMDで,抗酸化物質を含むサプリメントを摂取することは理にかなっているといえます.ここでは,AREDS関連サプリメントを中心とした眼科におけるサプリメントの現状と食品因子の有効性を検証するための基礎研究について報告します.AREDS?AREDS2AREDSは米国で行われた抗酸化ビタミン,亜鉛の摂取が白内障とAMDの発症,および進行予防に有効であるかを検討した多施設無作為比較対照試験です.AMDに関しては,55?80歳の3,640人が登録され,AMDの重症度を分類後,抗酸化ビタミン+亜鉛,亜鉛のみ,抗酸化ビタミンのみ,プラセボが投与され,5年以上経過観察後,摂取効果が検討されました.その結果,軟性ドルーゼンのある群,AMDの対側眼において,抗酸化ビタミン+亜鉛の摂取がAMD発症のリスクを25%減少,視力低下のリスクを19%減少させることが明らかとなり,摂取の有効性が示されました1).この結果は,CochraneCollaborationにレビューされており,現時点では,軟性白斑がある患者,片眼にAMDを発症している非喫煙患者には,抗酸化ビタミンと亜鉛の併用摂取を考慮すべきでしょう.しかし,この結果はNTT(numberneededtotreatment)13と,5年間サプリメントを内服した13人に1人が罹患を免れたにすぎず,より早期の軟性ドルーゼンのない群では予防効果は認められていません.患者にサ(73)◆シリーズ第130回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊サプリメント1.510.50ControlVehicleLuteinEIURhodopsin***1.510.50ControlVehicleLuteinEIUOSlength****ONLISOSControlVehicleLuteinEIUControlVehicleLuteinEIURhodopsina-Tubulin*p<0.05**p<0.01ACBD図1ルテインの網膜保護効果ルテインは,炎症による視物質ロドプシンの低下(A,B),視細胞外節の短縮(C,D)をともに,阻止した.EIU:網膜・ぶどう膜炎モデル,ONL:外顆粒層,IS:視細胞内節,OS:視細胞外節.(文献4より)佐々木真理子(慶應義塾大学医学部眼科/CenterforEyeResearchAustralia,UniversityofMelburne)1442あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011プリメントの摂取を勧める際には,これらの点に留意する必要があります.わが国でのAREDSサプリメント摂取の実態を筆者らの施設の網膜外来で調べたところ,AREDSの基準で摂取が推奨される患者のうち,摂取していた患者は34.5%2)と米国に比べ低いこと,摂取している患者のほぼすべてが担当医の勧めにより摂取していたことがわかりました.今後,進行中のルテイン/ゼアキサンチン,w-3系多価不飽和脂肪酸に関する臨床試験,AREDS2の結果など新しい情報に注意し,患者に正しい情報を提供していく必要があると思います.基礎研究による有効性の検証サプリメントの有効性は疫学研究や臨床研究により示されてきましたが,そのメカニズムはよく知られていませんでした.現在,生物学的な有効性が基礎研究により検証されています.たとえば,黄斑部に新生血管を生じる滲出型AMDの動物実験モデルとして,炎症が関与して新生血管を形成するlaser-inducedCNV(脈絡膜血管新生)モデルがあります.筆者らのグループはこのモデルマウスを用いて,ルテインが血管内皮で炎症性サイトカインの下流シグナル・nuclearfactor(NF)-kBを抑え,血管新生を抑制したことを報告しました3).これは,これまで数多く報告されてきたルテインのAMDにおける発症抑制効果の生物学的な根拠の一部を示すと考えます.さらに筆者らは,マウスの眼炎症モデルを用いて,炎症時に生じる網膜機能低下が,網膜内で増加した活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)が転写因子であるSTAT3を活性化し,蛋白分解系を亢進させ,視物質であるロドプシンを過剰に分解することにより生じることを明らかにしました4).ルテインはROSを抑制することによりこの経路を断ち,視機能を保持したと考えられ,炎症に対して直接的な網膜保護作用をもつことが示されました.このように,これまで臨床的に示された食品因子の有効性を検証するほかに,分子生物学的に機能を探り,新たな疾患への応用も試みられています.サプリメントの将来AMDにおいては,いくつかの有効な治療法が見出されましたが,その効果は満足できるものではなく,一度傷害された網膜の機能は回復しません.そのため,予防の意義は大きく,決め手となる予防法がない現在,サプリメントは重要な役割を担っています.AMD発症に遺伝子の関与が明らかなため,今後はRotterdamstudyの報告5)のように,サプリメント摂取においても,遺伝子解析が摂取対象者の選択や早期栄養指導などに生かされていくと考えられます.また,今回取り上げたAMD以外の多くの疾病の病態や加齢変化に,酸化ストレスが関与していることを考えると,長期摂取が可能なサプリメントは予防法として有望であり,今後も基礎研究とともに遺伝子解析を含む臨床研究を進めることにより,臨床に応用されていくものと考えています.文献1)Age-RelatedEyeDiseaseStudyResearchGroup:Arandomized,placebo-controlled,clinicaltrialofhigh-dosesupplementationwithvitaminsCandE,betacarotene,andzincforage-relatedmaculardegenerationandvisionloss:AREDSreportno.8.ArchOphthalmol119:1417-1436,20012)SasakiM,ShinodaH,KotoTetal:UsageofmicronutrientsupplementforpreventingadvancedAge-relatedMacularDegenerationinJapan.ArchOphthalmol,inpress3)Izumi-NagaiK,NagaiN,OhgamiKetal:Macularpigmentluteinisantiinflammatoryinpreventingchoroidalneovascularization.ArteriosclerThrombVascBiol27:2555-2562,20074)SasakiM,OzawaY,KuriharaTetal:Neuroprotectiveeffectofanantioxidant,lutein,duringretinalinflammation.InvestOphthalmolVisSci50:1433-1439,20095)HoL,vanLeeuwenR,WittemanJCetal:Reducingthegeneticriskofage-relatedmaculardegenerationwithdietaryantioxidants,zinc,andw-3fattyacids:theRotterdamstudy.ArchOphthalmol129:758-766,2011(74)■「サプリメント」を読んで■サプリメントの有効性多くの疾患形成には,遺伝因子と環境因子の両方が関与しています.遺伝因子は改変不能ですが,環境因子は制御可能ですので,それにより疾患予防をする試みがなされています.実際に成功したものの一つが,赤ワインによる心疾患予防です.これは意図されたも(75)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111443のではありませんでしたが,環境因子により疾患発症を制御できることを証明した大規模事象であり,現在はそのメカニズムまで解明されています.加齢黄斑変性の発症にも環境因子が関与しています.発症メカニズムから類推して抗酸化物質の摂取が発症抑制すると期待されたので,抗酸化サプリメントと加齢黄斑変性との関係についての大規模研究が行われました.その結果,本文中にも述べられているように,抗酸化ビタミンなどの摂取が加齢黄斑変性の発症をある程度抑制することが証明されました.今回の佐々木真理子先生の研究で優れているのは,そのメカニズムに踏み込んだ点です.赤ワインによる心臓疾患抑制効果は,フレンチパラドックスとよばれ,疫学的には知られていましたが,メカニズムが不明なために十分に信用されていませんでした.そこで,英仏の大学による長年の研究により,原因物質がプロシアニジンであることが突き止められた結果,赤ワインの効果が科学的に裏付けられ,その価値がさらに高まりました.これは産学農による共同事業の素晴らしい成功例といえます.佐々木先生たちの研究は,赤ワインの場合と同様に,サプリメントによる疾患の予防について,将来大きな果実を生む可能性のある素晴らしいものです.サプリメントの危険性ただし,サプリメントについては良いことばかりではありません.ほとんどのサプリメントは健康食品に分類されており,医薬品のように厳密な成分表示がされていません.成分表示があってもそれを証明する必要がないので,表示と実際が異なるケースが多く報告されています.また,現在の医学基準を満たす有効性の証明がなされていないものが大部分です.さらに,他医薬品との相互作用が不明であり,安全性担保も十分とはいえません.有名なものでは,疾患予防のためにbカロチンサプリメント摂取の効果を調べた研究の途上で,男性喫煙者に有意に肺がん罹患率上昇が認められたために,急遽研究が中止された話があります.これが危険であるのは,bカロチンは動物実験レベルでは疾病抑制効果が認められたにもかかわらず,人では逆の結果をひき起こした点です.現在,サプリメントの成分が細胞実験や動物実験で有効であったから,人間の疾病予防に有効であると大々的に宣伝されているケースが多々見受けられます(白内障,緑内障,飛蚊症に効果があるというサプリメントなど).これは学問的に間違っているのみならず,一般の人を危険に導く行為です.良心的で責任感のある医師であれば,効果が科学的に証明されたものについてのみ,そのように説明すべきでしょう.患者およびその家族は常に弱い立場にあります.治療法のない網膜変性に罹患していることがわかったときに,冷静な判断ができる人は多くいません.そのようなときに,正確な情報を伝えるのは医師の重要な役目です.サプリメントにはそのような危険性も内包されていることを知るべきでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆

眼感染アレルギー:サイトメガロウイルス角膜内皮炎

2011年10月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114390910-1810/11/\100/頁/JCOPY角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患で,1982年にKhodadoustらによって報告された.当時は自己免疫疾患と考えられていたが,その後の研究により,単純ヘルペスウイルス(HSV)や水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)などのウイルス感染が関与していることが知られるようになった.最近になって,抗ヘルペス薬による治療が奏効しない難治性の角膜内皮炎のなかに,サイトメガロウイルス(CMV)によるものが少なからずあることが報告され,注目されている1?3).●CMV角膜内皮炎の臨床的特徴角膜内皮炎では,細胞浸潤や血管侵入を伴わない限局性の角膜浮腫と,浮腫の範囲に一致した角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KPs)が認められる(図1,2)が,特にCMV角膜内皮炎では円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)を伴うことが特徴である(図1).ヒト角膜内皮細胞は生体内における増殖能が乏しいため,角膜内皮細胞の障害によって角膜内皮細胞密度の低下を生じ,進行すると水疱性角膜症に至る.片眼性の症例が多いが両眼性症例も報告されている.CMV角膜内皮炎の症例では,虹彩毛様体炎や続発緑内障を合併していることが多い.CMV角膜内皮炎は免疫機能不全のない患者にも発症することが特徴である.●CMV角膜内皮炎の診断と治療診断には,PCR(polymerasechainreaction)を用いた前房水中のCMVDNAの検索が有用である.PCRは非常に感度が高いため,病態と無関係のウイルスDNAを検出する可能性があるため注意が必要で,PCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してCMV角膜内皮炎と診断する必要がある.平成22年度厚生労働省難治性疾患克服研究事業「特発性角膜内皮炎研究班」が提唱したCMV角膜内皮炎の診断基準を表1に示す.CMV角膜内皮炎に対する治療は,CMV網膜炎に準じた抗CMV療法と,消炎を目的としたステロイド療法を併用する.初期治療としてガンシクロビル全身投与(71)眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─●連載監修=木下茂大橋裕一30.サイトメガロウイルス角膜内皮炎小泉範子同志社大学生命医科学部医工学科近年,日和見感染症の原因として知られるサイトメガロウイルスが,免疫機能正常者における難治性の角膜内皮炎の原因となることが報告されている.本疾患では,コインリージョンとよばれる特徴的な角膜後面沈着物を認め,虹彩炎や高眼圧を伴うことが多い.水疱性角膜症に至る重症疾患であり,前房水PCR(polymerasechainreaction)を用いた早期診断と,抗ウイルス薬による治療が必要である.図1CMV角膜内皮炎(51歳,男性)上方周辺部から中央へと進行する角膜浮腫を認め,透明角膜側にはコインリージョンが存在する(矢印).前房水PCRでCMVDNAを検出し,ガンシクロビル治療が有効であった.(文献1より改変)図2角膜移植後に発症したCMV角膜内皮炎(78歳,女性)角膜混濁に対する角膜移植の5カ月後に,下方から中央へ進行する角膜浮腫と浮腫に一致した範囲の角膜後面沈着物を認めた.ステロイド治療には反応せず,前房水からCMVDNAを検出した.(文献5より)1440あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(10mg/kg/日,2回に分けて点滴)を10?14日間行い,維持治療として0.5%ガンシクロビル点眼(自家調整薬,1日4?6回)を行う.低濃度ステロイド点眼薬(0.1%フルオロメトロンなどを1日4回)を併用する.内服投与が可能なバルガンシクロビルも用いられる.本疾患に対するガンシクロビル,バルガンシクロビルの使用は保険適用外となるため,大学倫理委員会などで承認されたプロトコールに従って,患者の同意を得て行う必要がある.筆者らの症例では,発症後早期にガンシクロビル全身投与を行った場合には速やかに角膜浮腫やKPsが改善され,角膜内皮機能を維持することが可能であった.しかし,発症から確定診断までに長期間が経過した症例では,診断時にすでに著明な角膜内皮密度の低下を生じており水疱性角膜症となる場合があった.筆者らは,全身投与で角膜内皮炎が軽快した症例においても,再発を予防する目的でガンシクロビル点眼を使用することが望ましいと考えているが,いつまで継続する必要があるのかについては今後の検討が必要である.(72)【CMVは他の前眼部炎症性疾患の原因としても注目されている】再発性の虹彩毛様体炎,Posner-Schlossman症候群やFuchs虹彩異色性虹彩毛様体炎においてもCMVなどのウイルスの関与が報告されており,CMV虹彩毛様体炎の症例のなかに角膜内皮障害を合併するものがあることが報告されている.これらの前眼部炎症と角膜内皮炎は一連の疾患の異なる病期をとらえている可能性がある.Suzukiら4)は角膜内皮炎を含むウイルスが関与する前眼部炎症性疾患をanteriorchamber-associatedimmunedeviation(ACAID)-relatedsyndromeとして包括的にとらえる新しい概念を提唱しており,興味深い.【CMV角膜内皮炎の病態は不明である】日本の成人ではCMVに既感染である場合が多く,潜伏感染したウイルスが角膜内皮細胞,あるいは隅角組織など角膜内皮近傍の組織において再活性化されて角膜内皮細胞に感染し,炎症を惹起するものと推測されるが,病態は明らかにはされていない.HSVによる角膜内皮炎の発症には,ACAID(前房関連免疫偏位:anteriorchamber-associatedimmunedeviation)とよばれる前房の特殊な免疫状態が関連していることがOhashiらによって報告されており,CMV角膜内皮炎の発症にもACAIDが関与している可能性が高い.しかし骨髄前駆細胞やマクロファージなどに潜伏感染していると考えられているCMVがどのようなルートで角膜内皮細胞に感染を生じるのかについては不明で,今後の課題である.謝辞:本論文に記載した「サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準」は平成22年度厚生労働省科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)の援助を受けて作成したものである.文献1)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol141:564-565,20062)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20083)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20074)SuzukiT,OhashiY:Cornealendotheliitis.SeminOphthalmol23:235-240,20085)小泉範子:サイトメガロウイルス角膜内皮炎.あたらしい眼科24:1619-1620,2007表1サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準(平成22年度特発性角膜内皮炎研究班)Ⅰ.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物(コインリージョン)②①以外の角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫③角膜内皮細胞密度の減少④再発性・慢性虹彩毛様体炎⑤眼圧上昇もしくはその既往Ⅱ.前房水PCR検査所見①CytomegalovirusDNAが陽性②HerpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性<診断基準>確定例I-①および,II-①,②に該当するもの.臨床的疑い例IのうちI-②を含む3項目以上,およびII-①,②に該当するもの.<注釈>1.角膜移植術後の場合は次のような点から拒絶反応が否定的であること.①臨床所見でhost側に角膜浮腫がある,あるいはgraft側にのみ角膜浮腫があるが,角膜浮腫と透明角膜の境界にhost-graftjunctionに一致した部分がない.②副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.

緑内障:緑内障術後の眼圧体位変動

2011年10月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.10,201114370910-1810/11/\100/頁/JCOPY●緑内障患者の眼圧体位変動過去の論文では,眼圧測定にはPneumatonometerを使用しているものが多い.また体位については,座位から仰臥位での眼圧変化を評価しているものがほとんどである.さまざまな体位により眼圧変動が生じる機序は,完全には解明されていないが,上強膜静脈圧の上昇と脈絡膜血流増加があいまって生じると推測されている.一般的に正常人と比較し,緑内障患者において眼圧の体位変動は大きいとされる.筆者の施設では,眼圧測定にはICarereboundtonometer(ICare;TiolatOy,Helsinki,Finland)を用いている.この眼圧計は,Goldmann圧平眼圧計と比較して0.5?2.0mmHg測定値が高くなるが,再現性に優れると報告されている.また,仰臥位での測定が不可という欠点を有しているため,側臥位での眼圧測定を行っている(図1).Age-matchingした広義の原発開放隅角緑内障(OAG)患者36眼と,正常者37眼に体位による眼圧変動(側臥位での眼圧値マイナス座位での眼圧値)を測定し,比較した.OAG患者では,体位による眼圧差が3.4±2.2mmHgであったのに対し,正常者では3.1±1.9mmHgであった(p=0.4661;図2).緑内障患者のほうが,体位による眼圧変動幅はその平均をみると大きかったが,たとえ正常人であっても個人差もまた非常に大きいのは確かなようで(69)●連載136緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也136.緑内障術後の眼圧体位変動澤田明岐阜大学医学部眼科古くから短期的あるいは長期的に眼圧変動が生じることは知られており,さまざまな生理的条件によりひき起こされる(表1).近年,眼圧値のみならず,眼圧の変動が緑内障性視神経障害の発症ならびに進行に深くかかわっていることが示され,注目を集めるようになってきている.眼圧変動を生じる因子は多岐にわたるが,そのなかで眼圧の体位変動は,評価がしやすいという臨床上の利点を有している.表1眼圧変動を生じる生理的条件年齢日内変動,日差変動ホルモン(閉経など)季節調節瞬目運動飲水体位など図1ICarereboundtonometerによる眼圧測定(左:座位での測定,右:側臥位での測定)1438あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011ある.●線維柱帯切除術による眼圧体位変動の抑制線維柱帯切除術後に,体位による眼圧変動が抑制されるか否かについてはいまだ議論のあるところである.しかしながら,線維柱帯切除術は眼圧体位変動幅を減少させるという報告が最近は相次いでいる1,2).筆者らは,OAG患者29症例について,手術前および術後12カ月に至るまで,眼圧体位変動を前述と同様な手法で評価した.線維柱帯切除術前は,体位変動の差が3.8±2.3mmHgであったが,術後1カ月の時点では1.3±1.7mmHgと統計学的に有意に減少した.この傾向は基本的に術後12カ月まで持続し,術後3および12カ月では各々0.9±1.5mmHg,1.7±2.2mmHgであった(図3).しかしながら,術後12カ月の時点では,濾(70)過胞が退縮する症例も認められ,そうした症例では眼圧体位変動の差は大きくなる傾向を認めた.筆者は,眼圧体位変動を評価することは,線維柱帯切除術後における濾過胞の機能評価にも役立つ手法であると理解している2).文献1)HirookaK,TakenakaH,BabaTetal:Effectoftrabeculectomyonintraocularpressurefluctuationwithposturalchangeineyeswithopen-angleglaucoma.JGlaucoma18:689-691,20092)WeizerJS,GoyalA,Ple-PlakonPetal:Blebmorphologycharacteristicsandeffectonpositionalintraocularpressurevariation.OphthalmicSurgLasersImaging41:532-537,2010☆☆☆図3線維柱帯切除術前後の眼圧体位変動幅図中の数値は平均を表している.眼圧(mmHg)0510152025術前1カ月3カ月12カ月座位:側臥位:17.221.09.610.99.110.010.512.2-50510側臥位眼圧-座位眼圧(mmHg)OAG正常人図2正常人と緑内障患者との眼圧体位変動幅の比較