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インターネットの眼科応用 31.医療のIT化で可能になること(1)-医療費に関して-

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111430910-1810/11/\100/頁/JCOPY医療のIT化は誰のため?「インターネットの眼科応用」の連載を始めて2年半が経ちました.読んでいただいた先生方から度々激励をいただきます.ありがとうございます.この場を借りて御礼申し上げます.当連載もあと6稿で終了させていただきます.残りの連載は,「医療のIT化で可能になること」と題して,現在の潮流から将来的な展望について,分野別に紹介したいと思います.どうぞ最後までお付き合いください.本章では,医療のIT化によって本当に医療費が削減できるか,というテーマに取り組みます.医療のIT化が声高に叫ばれてから,何年経ったでしょうか.医療を効率化する名目のもと,電子カルテの導入やレセプト請求のオンライン化といった,医療情報のデジタル化が進みました.現状のシステムでは,電子カルテを導入しても,医師の仕事が増えるばかり,患者との会話の時間が削られるなどの弊害がしばし起こります.ですが,負の10年というべきこの時代を経て,ようやっとインターネット本来の力が医療に発揮される土台ができた,と考えます.日本政府が2009年12月に閣議決定した「新成長戦略(基本方針)」では,「医療・介護・健康関連産業」を重要分野として位置づけています.同分野の産業育成と雇用創出の施策に取り組むことで「2020年までに新規市場約45兆円,新規雇用者数約280万人を達成する」という目標を掲げました1).国の施策としては,医療を成長産業と位置づけてはいますが,医療費をどんどん増やしてよい,とは述べていません.医療費を拡大せずに,新しい産業を作る,ということは可能でしょうか?おそらく,つぎのような解釈が必要です.医療は,医療の担い手である医師から発信されます.われわれ医師の診療行為が,保険診療の枠内であれば医療費の拡大に繋がるでしょう.われわれのアイデアが薬や医療機器などのモノに向かえば,製薬企業や医療機器メーカーにとって,新規事業の創出になります.国は,本気で「2020年までに新規市場約45兆円,新規雇用者数約280万人」を実現しようと目指すのなら,創薬ベンチャーが育ちやすい土壌を作る義務があります.われわれ医師は,日本発の創薬ベンチャーを育てるために積極的に関与すべきでしょう.また,われわれの医療知識が予防医学に向かえば,ヘルスケア産業を創出するでしょう.さまざまな可能性があり,国の方向性はあながち間違っているとはいえません.ですが,「医療のIT化が医療を効率化して医療費を削減する」という文言は,後述するように「正しい」のですが,電子カルテの導入を声高に推奨するだけでは,手法があまりに稚拙です.医療のIT化は誰のためでしょう.患者のため.医療機関のため.医師のため.地域のため.現状では,この4者の誰のためにもなっていません.患者にとっては,無駄な検査を受けずに済む,という希望に応えていません.医療機関にとっては,業務の効率化を生むわけでなく,新しくITコストという費用が発生しました.医師にとっては,患者との対話の時間が削られました.地域にとっては,医療費の削減に繋がるわけでなく,医療機関がITコストを回収しようと,頑張って医療を行うことによって,国民皆保険制度が維持しにくいものとなりました.電子カルテは唯一,電子カルテ関連企業を成長させ,そこで働く人達の雇用を創出しました.これは,バランスの取れた成長曲線でしょうか.それでもIT化は医療費を削減できる医療のIT化によって,医療費を削減する方法は二つあります.その方法を紹介する前に,インターネットの特性について,簡単に紹介します.インターネットの特徴は,動詞二つに集約することができます.「繋ぐ」と「共有する」の二つです.インターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業から個人に移行しました.地域を越えて,個人と個人を無限の組み合わせで(83)インターネットの眼科応用第31章医療のIT化で可能になること①─医療費に関して─武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ1144あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011双方向性に繋ぎます.インターネットは繋ぐ達人です.また,パソコンや携帯端末からブログや動画,写真などをインターネット上で共有し,コミュニケーションすることが可能になりました.インターネット上で情報が共有され,経験が共有され,時間が共有されます.医療情報も,文書や動画などのさまざまな形態で,インターネット上に氾濫するようになりました.このような時代になって,インターネットは本来の力を医療に発揮できるようになります.総務省は2010年5月,光ファイバー回線やクラウドコンピューティングを駆使して,日本のつぎの成長戦略を考える「光の道」構想を打ち出しました.これが実現した場合,2015年までに全世帯でブロードバンドサービスの利用が可能になります.ソフトバンクの代表取締役社長,孫正義氏はこの構想を受けて,無料電子カルテや無料電子教科書といった,電子化促進による利便性の向上やコスト削減などを提言しています.クラウドコンピューティングという新しいインターネットサービスを使えば,電子カルテや会計ソフトは購入するものではなく,インターネットを通じてレンタルするものになります.孫正義氏の構想が実現すれば,今までの医療機関が抱えるITコストは,ほぼゼロになります2).パソコンとネット接続ツールさえあれば,電子カルテを更新する必要もなく,常に最新のソフトを利用することができます.このクラウドコンピューティングを用いたインターネットサービスは徐々に市場を拡大させており,今後注目されます.近い将来,電子カルテのソフト販売は相対的に低迷するでしょう.クラウドコンピューティングのもう一つの利点は,複数の医療機関が共同でカルテ情報を共有し,地域の病診連携や診診連携がスムーズになることです.すでにそのようなクラウドサービスが商品化されています.医療のIT化で医療費を削減する,もう一つの方法は,医療物資の流通改革を行うことです.インターネットの特徴の一つは,「繋ぐ」という行為です.医療機関と製薬企業を繋ぐ卸業者の役割をインターネットで代替すると,驚くような試算が可能です.われわれはアスクルやアマゾンといったネット通販業者を通じてさまざまな事務用品などの物資をインターネット上で購入することが可能です.即日,もしくは翌日の購入が可能です.彼らのようなインターネット通販を主事業とする企業が医療(84)業界に参入してくると,どのようなことが起こるでしょう.医療機関が,すべての薬をインターネット上で購入できるようになりますと,「卸業者」という橋渡し役が不要になります3).医療用医薬品卸企業の年間売上高は業界全体で約10兆円です.粗利が1割として,年間1兆円の医療費を机上の論理では削減できます.卸業者自身が自らの流通改革に乗り出さない限り,異業種からの新規参入者に飲み込まれるでしょう.流通改革による医療のIT化は,雇用創出とはまったく逆に,雇用喪失を生み出しますが,医療界を大きな一つの事業体と考えますと,スリム化すべき支出です.残念ながら時代の流れです.医療界にIT化つまり,情報革命がどの程度起こったかどうかの指標は,電子カルテやレセプトオンライン化がどれだけ現場に導入されたかではなく,医療機器や薬剤流通の産業構造の変化や,患者データの共有化の程度で考えるべきでしょう.真にIT化が浸透すれば,医療機器や薬剤,特に電子カルテなどの価格が大幅に低下します.そうすれば,医療機関が,余裕をもって医療を国民に伝える環境が整い,結果として国が負担する医療費は削減できるでしょう.【追記】これからの医療者には,インターネットリテラシーが求められます.情報を検索するだけでなく,発信することが必要です.医療情報が蓄積され,更新されることにより,医療水準全体が向上します.この現象をMedical2.0とよびます.私が有志と主宰します,NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に興味をもっていただきましたら,k.musashi@mvcjapan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/1002/15/news02.html2)武蔵国弘:インターネットの眼科応用第17章クラウドコンピューティングと医療①.あたらしい眼科27:797-798,20103)武蔵国弘:インターネットの眼科応用第16章医療材料の流通とインターネット.あたらしい眼科27:653-654,2010☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス 99.眼内悪性リンパ腫に対する硝子体手術(初級編)

2011年8月31日 水曜日

(81)あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111410910-1810/11/\100/頁/JCOPY●はじめに眼内原発の悪性リンパ腫は中高年の両眼に硝子体混濁をきたし,ステロイド治療に抵抗する原因不明のぶどう膜炎と診断されることが多い.本疾患は他の眼組織(結膜,眼瞼,眼窩など)に生じる悪性リンパ腫と比較して高率に脳内病変を併発し,生命予後も不良であることより,早期発見,早期治療が重要である.●眼内悪性リンパ腫の臨床像眼内悪性リンパ腫はいわゆる仮面症候群の代表であり,非典型的な慢性ぶどう膜炎との鑑別がしばしば問題となる.眼内悪性リンパ腫は網膜下に黄色調の斑状病巣をきたすタイプと硝子体混濁を主徴とするタイプに分けられる1)が,両者が混在することも多い2)(図1,2).網膜下斑状病巣は癒合,拡大傾向があり,軽度の隆起を伴う.硝子体混濁は腫瘍細胞が小塊を形成したり,索状で異様に白い混濁を呈することが多い.●眼内悪性リンパ腫に対する硝子体手術硝子体混濁を併発している眼内悪性リンパ腫では,硝子体混濁を除去して視力を改善させるだけでなく,術中に採取した硝子体サンプルを用い細胞診やサイトカインの定量を行うことで,診断に有用な情報を得ることができる.硝子体手術自体は単純硝子体切除のみのことが多く,手術の難易度自体はさほど高くないが,他の慢性ぶどう膜炎と同様に一見後部硝子体?離が生じているように見えても,トリアムシノロン塗布後に薄い硝子体膜が網膜面と付着していることが多く,ダイアモンドダストイレーサーなどで適宜?離除去する.●硝子体サンプルを用いた診断硝子体採取時には,灌流をオフにした状態で,硝子体カッターの回転数を落として純粋な硝子体液を可能な限り多く採取する.筆者らは採取した硝子体を半量ずつに分け,細胞診およびインターロイキン(IL)-6,10の定量を行っている.通常IL-10がIL-6よりもはるかに高値を呈する.採取した細胞診用の細胞を良好な状態に保持するためには硝子体サンプルを速やかにサイトスピンにかけ,病理医にプレパラートを作製してもらう必要がある.通常,硝子体の粘性が低いほど,良好な状態で細胞を観察できることが多い.●その他の治療法診断が確定したら,放射線科医と相談のうえ,眼部あるいは中枢神経系への放射線治療を考慮する.再発例に対してはメトトレキサートの硝子体注射を行うこともある.文献1)後藤浩:眼内悪性リンパ腫.眼科50:161-170,20082)宮尾洋子,多田玲,小泉範子ほか:放射線療法中に一過性の著しい視力低下をきたした眼原発の悪性リンパ腫の1例.臨眼54:929-932,2000硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載99眼内悪性リンパ腫に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1硝子体手術前の眼底写真ステロイド治療に抵抗する原因不明のぶどう膜炎の診断で紹介された.硝子体混濁を通して網膜下斑状病巣が透見できる.図2硝子体手術後の眼底写真黄斑部の上方に黄白色調の網膜下斑状病巣を認める.

眼科医のための先端医療 128.眼表面再生医療と幹細胞

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111370910-1810/11/\100/頁/JCOPY難治性角膜上皮障害角膜上皮細胞は常に角膜輪部より供給されています.角膜輪部上皮が完全に破壊されると角膜上皮は二度と供給されません.眼表面全体に及ぶ上皮障害は大抵強力な炎症を伴いますので,血管も侵入し瘢痕化して視力を失わせます.この難治性角膜上皮障害に対する治療としては歯根部利用人工角膜移植といった手法のほかに,瘢痕化した結膜上皮を取り除き,なくなってしまった角膜上皮幹細胞を移植するという手段があります.片眼性の難治性角膜上皮障害ならば,健康な片方の眼から輪部組織を採取できます.ただし,残った健康な眼に,それなりの侵襲を覚悟しなければなりません.両眼とも障害されていれば,他家のドナー角膜輪部移植といった手法もありますが,拒絶反応に対する術後管理が必要です.眼表面再生医療本人の組織を低侵襲で採取し,組織培養を行い細胞シートまで大きくしてから移植することで難治性角膜上皮障害を克服しようというのが眼表面の再生医療です.培養法は多くの場合マウス3T3フィーダー細胞と動物血清を使用した培地で作製されます.細胞シートは脆弱で回収しようとしても用手的あるいは蛋白分解酵素を使用しては細胞シートの形状を保てません.2000年に帝王切開時に得られた羊膜の基底膜の上に細胞シートを作製し,羊膜ごと移植する手法が開発されました.この方法なら羊膜ごと持ち運べますし,羊膜ごと縫合することで細胞シートを移植することができます.2004年には羊膜も蛋白分解酵素も使わず,温度を下げることで培養皿表面から細胞シートが?がれてくる温度応答性培養皿を用いた方法が現れました1).この方法では縫合も必要なくなりました.両眼とも障害を受けた患者に対しては本人の角膜上皮幹細胞が存在しないため適応できません.そこで角膜輪部組織の代わりに口腔粘膜を用いて難治性角膜上皮障害を克服する手法が現れました2).このように眼科の再生医療は実現と発展が他の分野と比較して古く,現在も進歩が進んでいます.眼表面再生医療の課題と取り組み眼表面再生医療は保険適用という形で実用化されていません.今までは医師と患者の責任の下,臨床研究が行われてきました.そのため治療費は研究費で賄うか患者の全額自己負担しかありません.普及のためには患者の経済的負担を軽減しないといけません.それには企業が細胞シートを医療用具として治験を通すか,先進医療を経て医師の医療技術として認めてもらう必要があります.これらの道を開くために「ヒト幹細胞を用いた臨床研究に関する指針(平成22年厚生労働省告示第380号)」が整備されました.この指針に沿った臨床研究を行うことで保険適用へ向けた努力が可能になりました.指針の中身をみますと,実施には厚生労働大臣の許可が必要で,多様な専門家で構成された倫理委員会が必要です.細胞シートの作製の際には治験薬を製造する施設で行います.細胞シートの安全性と有効性を移植前に検証する必要もあります.マウス3T3フィーダー細胞や動物血清を使っていれば,それらの検査も必要です.患者自身の細胞を使うため,大量生産される医療用具と違って毎回検査する必要があります.そのためきわめて多額の費用がかかります.普及を図るため指針を遵守した臨床研究を行い保険適用が実現した結果,患者が負担する医療費が保険適用以前より重くなり普及を妨げれば本末転倒です.とは言え自由診療の枠組みで無秩序に再生医療が普及しても,患者にとって治療が真に効果を見込めるかの見きわめはむずかしくなりますし,現に眼科以外の再生医療の試みでは死亡例もあります3).普及に向けた努力安全性と有効性を確立すれば費用がかかる検査は省略できるかもしれません.眼表面再生医療では角膜上皮を供給する幹細胞が肝心ですが,幹細胞の特徴や性質は不明な点が多いです.幹細胞マーカーや未分化マーカーが特定されれば,術前の細胞シートが有効性を発揮する細胞シートか見きわめがつきます.従来はFACSなどの高価な研究機器が必要でしたが,幹細胞の高付着能を利用して浮遊培養用の培養皿に付着させる単離法が報告され安価で研究できるようになりました4).上皮シートの(77)◆シリーズ第128回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊横尾誠一山上聡(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学)眼表面再生医療と幹細胞1138あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011作製に必須な因子などが不明なため,異種のマウス3T3フィーダー細胞が放出していると推測される未知の因子に頼っています.異種感染症リスクがあるため煩雑な検査と管理が必要です.そこで異種のマウス3T3フィーダー細胞の代わりに同種のヒト骨髄間葉系幹細胞に置き換えてこの問題を解決する研究がなされています.さらに細胞シートの作製に必須な因子も少しずつ判明し始めており,レチノールを添加することでフィーダー細胞や血清を取り除く報告もあります5).未来の幹細胞技術と眼表面再生医療また現在iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究が進んでいます.ES細胞(胚性幹細胞)に発現している数種類の遺伝子を体細胞に導入してES細胞の特徴をもったiPS細胞に作り替えることができます6).iPS細胞から角膜上皮幹細胞へ分化できれば消失した角膜上皮幹細胞も新たに作りだし移植できます.大きな可能性をもつiPS細胞ですがES細胞様の細胞なので奇形腫などのリスクもあります.そこで,分化した安全な細胞のみを厳密に分離する方法や完全に分化させる技術などの安全性を確保する研究が続いています.iPS細胞は体細胞に遺伝子を導入することでES様細胞という別の細胞を作り出せるという点が重要で,角膜上皮幹細胞のような体性幹細胞を,iPS細胞を経由せず直接作りだすことも可能と考えられます.神経細胞ではすでにiPS細胞を経ずに作製することに成功しています(iNcell:inducedneuronalcell)7).また遺伝子導入により特定の遺伝子を働かせるという手法以外にも,元々すべての細胞は全遺伝情報を予めもっているわけですから,遺伝子導入によってDNAという一次情報を変えてしまうのではなく,遺伝子発現を制御することで体細胞からさまざまな細胞を作り出せる可能性があります.この学問分野がエピジェネティクス(epigenetics)で,DNAの配列は変化がなく,DNAやDNAに結合しているヒストン蛋白質のメチル基などの修飾により遺伝子発現の制御がなされていることがわかり始めています.これらの機構が解明され,制御できるようになれば患者自身の皮膚の細胞から安全性が確保された角膜上皮幹細胞へと変化させ,有効性が発揮できる細胞シートの移植も可能になると思われます.文献1)NishidaK,YamatoM,HayashidaYetal:Cornealreconstructionwithtissue-engineeredcellsheetscomposedofautologousoralmucosalepithelium.NEnglJMed351:1187-1196,20042)NakamuraT,EndoK,CooperLJetal:Thesuccessfulcultureandautologoustransplantationofrabbitoralmucosalepithelialcellsonamnioticmembrane.InvestOphthalmolVisSci44:106-116,20033)CyranoskiD:Koreandeathssparkinquiry.Nature468:485,20104)YokooS,YamagamiS,ShimadaTetal:Anovelisolationtechniqueofprogenitorcellsinhumancornealepitheliumusingnon-tissueculturedishes.StemCells26:1743-1748,20085)YokooS,YamagamiS,UsuiTetal:Humancornealepithelialequivalentsforocularsurfacereconstructioninacompleteserum-freeculturesystemwithoutunknownfactors.InvestOphthalmolVisSci49:2438-2443,20086)TakahashiK,YamanakaS:Inductionofpluripotentstemcellsfrommouseembryonicandadultfibroblastculturesbydefinedfactors.Cell126:663-676,20067)VierbuchenT,OstermeierA,PangZPetal:Directconversionoffibroblaststofunctionalneuronsbydefinedfactors.Nature463:1035-1041,2010(78)図1人工的な幹細胞作製技術ES細胞特異的に発現する遺伝子を導入することで体細胞からES細胞様のiPS細胞を作製できる.ここから全細胞種の分化が可能.目的の体細胞特異的に発現する遺伝子導入で直接別種の体細胞を作製することもできる.iPS■「眼表面再生医療と幹細胞」を読んで■今回は,横尾誠一先生,山上聡先生による眼科の再生医療の解説です.特に眼surface再生はこれまでの日本の多くの研究者の素晴らしい業績により世界をリードしている分野でもあります.実用化されている(79)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111139温度応答性培養皿を用いた角膜上皮幹細胞の再生については,高額な医療費の問題を解決する必要があることがよくわかりました.また,マスコミでも連日のように取り上げられるiPS細胞を用いた角膜上皮幹細胞の再生プロジェクト,さらには体細胞から直接に幹細胞を分化させるプロジェクトなど,今後の医療のパラダイムを大きく変える可能性のある医療がこの分野には多くあります.最先端の生命科学がヒトを治すための技術として使われるという医療技術の進歩と同時に,現在,ドナー不足が指摘されている移植医療の問題の解決にもつながります.今後の高齢化社会をにらんで再生医療を発展させていくためにはいろいろなアイデアがでてくるでしょう.たとえば,若くて元気な時点での自分の細胞を採取し保存することで,そのあとのいろいろな疾病あるいは外傷に備えることができるかもしれません.また,このような技術は産業として日本の経済を支えるようになることも考えられます.それに加えていろいろな課題もでてくるでしょう.最大の課題は,基礎医学研究者および基礎的な研究のマインドをもった臨床医,いわゆるClinicianScientistの育成です.今回ご紹介いただいた,最先端の生命科学を臨床医学に応用するためには多くの問題をすべて解決しなければなりません.それには多くの英知を結集する必要があります.知の拠点としての大学の大きな使命と考えられますが,日本の社会もこのような医療,そして産業を社会全体として育成していくという戦略が今後大変大切になると考えます.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆

緑内障:房水流出路と細胞骨格

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111350910-1810/11/\100/頁/JCOPY●房水流出路の構造緑内障の古典的危険因子である眼圧を規定する要素は房水流入と流出のバランスであり,緑内障においては流出抵抗の上昇が指摘されている.房水流出経路には2つあり,1つは線維柱帯からSchlemm管,集合管を介して上強膜静脈へと至る古典的経路(図1).もう1つは虹彩根部から毛様体筋を経て上脈絡膜腔へと至るぶどう膜経路である.ヒトにおいては前者が流出量の80%を占める主経路であり,緑内障における流出抵抗の上昇もこの経路,特に線維柱帯のうち最奥部に位置する傍Schlemm管部(JCTエリア)とSchlemm管内皮が原因であることが示唆されている1).線維柱帯はその名のとおり網目状の構造物から成っており,その構成要素は線維柱帯細胞と細胞外マトリックスである.房水はその間隙(emptyspace)を流れるが,JCTエリアにおいてはその間隙が狭く,細胞と細胞外マトリックスの密度が高い.このことが物理的に抵抗を高めているとともに,房水流出の制御にも動的に関与していると考えられている.そのつぎに房水が接するSchlemm管内皮は一層の連続する内皮細胞と基底膜からなり,巨大空胞(giantvacuole)とよばれる特徴的な組織所見を示す.走査型電子顕微鏡における観察では,細胞間接着および細胞膜の両方に小孔(pore)が認められることが報告されている2).房水がSchlemm管内皮から内腔へ到達する機序はいまだ明らかではなく,巨大空胞が関与した内皮細胞内の房水移動か,細胞間隙からの移動か,もしくはその両方と考えられている2,3)が,いずれにしてもJCTエリアとSchlemm管内皮が房水流出のカギであることはコンセンサスが得られている.また,古典的経路は圧感受性を有することが示唆されており,積極的な房水流出制御に関わるとも考えられている.●房水流出路における細胞骨格アクチン・ミオシンが関わる組織の収縮は筋肉でよく(75)●連載134緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也134.房水流出路と細胞骨格井上俊洋熊本大学大学院生命科学研究部視機能病態学(眼科)房水流出路は古典的経路とぶどう膜経路がある.ヒトにおいて主である古典的経路においては組織の細胞骨格が房水流出量に関わっており,緑内障病態とも関連すると推測されている.ROCK阻害薬は線維柱帯のアクチン細胞骨格を脱重合化することで眼圧下降効果を示すユニークな作用機序をもつ薬剤である.図2線維柱帯(TM)細胞と毛様体筋(CM)細胞の細胞骨格プロファイルの比較細胞骨格分画を分離,電気泳動し,染色した.両者で発現蛋白に大きな差はない.(文献4より改変)TMcellsCMcells250(kDa)13010070553527MyosinICMyosinICVimentinVimentinY-actinY-actinAnnexinA2Stomatin角膜虹彩水晶体毛様体Schlemm管線維柱帯図1房水流出路の模式図線維柱帯,Schlemm管を介する古典的経路がヒトにおいては主である.1136あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011知られているが,線維柱帯細胞も平滑筋細胞と類似した細胞骨格に関わる因子の発現プロファイルをもっており(図2)4),細胞内で重合アクチンとミオシンが共在している(図3)5).また,組織としての収縮力も摘出線維柱帯片を用いて測定されており,カルバコール刺激に対して摘出毛様体筋と同等の反応が記録されている.組織切片を用いた観察においてもJCTエリアおよびSchlemm管内皮細胞が平滑筋細胞並みにアクチンフィラメントに富んでいることが示されており,このことから流出路が収縮・弛緩によって調節されていることが推測されている.流出路におけるアクチン細胞骨格は緑内障患者やステロイド投与眼において乱れることが報告されており,アクチン細胞骨格の制御異常が房水流出抵抗を上昇させ,結果として高眼圧の緑内障の病態に関与している可能性も考えられる.また,自験例では圧負荷によって線維柱帯細胞のアクチンが脱重合化することがわかっており,房水流出路における細胞骨格が生理的な房水流出量調節にも関わっていることが示唆される.●細胞骨格制御薬と房水流出細胞骨格制御薬が房水流出に影響を及ぼすことは1970年代より報告があるが,選択的ROCK阻害薬に眼圧下降効果があることを示したのは本庄,谷原らの報告が初めてである6).ROCKはアクチン重合を制御する重要な因子であり,その阻害によってアクチンの脱重合化が誘導される.これまでの眼圧下降薬の作用機序をみると,そのおもな作用は房水産生の抑制(交感神経刺激薬,交感神経b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬)か,経強膜ぶどう膜の流出促進(プロスタグランジン関連薬)であり,唯一ピロカルピンなどの副交感神経刺激薬のみが経線維(76)柱帯・Schlemm管の流出促進である.ただし,副交感神経刺激薬の作用点は毛様体筋であり,毛様体筋の収縮によって主経路組織が引き伸ばされた結果による主経路に対する,間接的な作用である.したがって,房水流出の主経路であり緑内障の病態に強く関与している線維柱帯・Schlemm管に直接作用し,流出を促進する薬剤はこれまでなかったといえる.ROCK阻害薬はその意味でこれまでになかった新しい薬剤となる可能性がある.ROCK阻害薬が臨床応用となるか現時点では不透明であるが,房水流出路における細胞骨格の役割は生理的なものから緑内障病態に関わるものまで幅広いことが明らかになりつつあり,その詳細な解明は今後の課題である.文献1)MaepeaO,BillA:PressuresinthejuxtacanaliculartissueandSchlemm’scanalinmonkeys.ExpEyeRes54:879-883,19922)EpsteinDL,RohenJW:Morphologyofthetrabecularmeshworkandinner-wallendotheliumaftercationizedferritinperfusioninthemonkeyeye.InvestOphthalmolVisSci32:160-171,19913)TripathiRC:Thefunctionalmorphologyoftheoutflowsystemsofocularandcerebrospinalfluids.ExpEyeRes25(Suppl):65-116,19774)InoueT,PecenP,MaddalaRetal:Characterizationofcytoskeletonsenrichedproteinfractionofthetrabecularmeshworkandciliarymusclecells.InvestOphthalmolVisSci52:6467-6471,20105)InoueT,PattabiramanPP,EpsteinDLetal:EffectsofchemicalinhibitionofN-WASP,acriticalregulatorofactinpolymerizationonaqueoushumoroutflowthroughtheconventionalpathway.ExpEyeRes90:360-367,20106)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:EffectsofrhoassociatedproteinkinaseinhibitorY-27632onintraocularpressureandoutflowfacility.InvestOphthalmolVisSci42:137-144,2001PhalloidinMyosinIIAMergeabc図3線維柱帯細胞におけるアクチンとミオシン培養線維柱帯細胞を固定し,染色した.Phalloidinを用いて重合アクチンを染色し(a),抗MyosinIIA抗体を用いて重合ミオシンを染色した(b).両者の細胞内局在は重なり合う(c).(文献5より改変)

屈折矯正手術:トーリック有水晶体眼内レンズの有効性

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111330910-1810/11/\100/頁/JCOPY有水晶体眼内レンズは,LASIK(laserinsitukeratomileusis)では不適応となるような角膜が薄い症例や強度近視例,強度乱視例に対しても適応となり,高い安全性と有効性が報告されている1).LASIKと違って角膜屈折矯正手術ではないため,近視の戻り(regression)や一過性のドライアイ,エクタジアといった合併症もみられない.最近,有水晶体眼内レンズはLASIKより術後の視機能や矯正精度において優れているという報告がなされていて2,3),その長期成績も報告されている4).さらに強度近視だけでなく,軽度から中等度近視においても良好な手術成績が報告されている3).現在使用されている有水晶体眼内レンズには前房型(ArtisanR:OphtecBV社)と後房型(ICLTM:STAARSurgical社)の2種類があり,どちらも乱視矯正が可能である.バプテスト眼科クリニック(以下,当院)ではtoricICLTMの挿入術を2006年から施行しており,筆者らは以前に,その良好な手術成績を報告した5).今回その長期経過をもとにトーリック有水晶体眼内レンズの有効性を示す.対象は,2006年11月から2011年6月までに当院でtoricICLTM挿入術を行い,術後3カ月以上経過観察できた症例39例67眼(男性16例,女性23例),平均年齢33.9±7.4歳,術前平均裸眼視力はlogMAR1.70±0.22(小数視力0.02),術前平均矯正視力はlogMAR?0.04±0.10(小数視力1.10),術前平均等価球面度数は?9.69±4.84D,術前平均乱視量は2.13±1.15Dであった.筆者らは耳側3mm角膜切開で手術を行っており,1D以上,もしくは0.75D以上の直乱視症例にtoricICLTMを挿入している.手術結果を示す.平均裸眼視力は術翌日からlogMAR?0.06±0.11(小数視力1.14)と1.0以上の視力を獲得しており,高度乱視例であっても早期から長期にわたって良好な成績を示した(図1).また,矯正視力が1段階以上改善した症例は47.8%,不変・改善を合わせると98.5%であり高い安全性を示した(図2).1段階以上悪化した症例は白内障を合併した症例であった.つぎに術前後の乱視量変化について示す(図3).術前平均乱視量2.13±1.15Dが術後最終観察時では0.32±0.37Dとなり,有意に乱視量の改善を認めた.術後残余乱視量が1.0D以内であったものは89.6%,0.5D以内であったものは50.7%であり,良好な乱視矯正効果を示した.軸ずれ結果を示す(図4).軸ずれは2倍角座標を用いて計算した.5°以内が82.1%,10°以内が94.0%であった.(73)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載135監修=木下茂大橋裕一坪田一男135.トーリック有水晶体眼内レンズの有効性北澤耕司稗田牧京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学有水晶体眼内レンズは,LASIK(laserinsitukeratomileusis)などの角膜屈折矯正手術とは異なり,強度の近視性乱視症例に対しても高い安全性と有効性があることが報告されている.後房型レンズは球面矯正のみではあるが,2010年2月から厚生労働省の認可を得て,一般に使用可能となっている.pre1D1W1M3M6M1Y1.5Y2Y2.5Y3Y3.5Y4Y観察期間小数視力0.11.00.01図1平均裸眼視力術翌日より改善しており,全経過観察期間中,安定していた.(眼)35302520151050>-0.1±0.10.1<0.2<0.3<最終観察時n=67(logMAR)悪化不変改善図2矯正視力の変化最終観察時,98.5%の症例で矯正視力は不変・改善を示した.1134あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011後房型有水晶体眼内レンズ挿入術後の合併症には,角膜内皮細胞減少,眼圧上昇,虹彩炎,術後眼内炎,網膜?離,白内障などがある.今回,大幅な角膜内皮細胞密度の減少や治療が必要となる虹彩炎,術後眼内炎の症例は1例もなかった.海外では眼内炎の発症頻度は約6,000眼中1眼と報告されており6),白内障術後眼内炎より低い頻度である.術後1週間以内に著明な眼圧上昇をきたした症例が3例あった.2例は虹彩切除が不十分であり,虹彩再切除もしくはYAGレーザーの施行により改善した.1例は著明な眼内炎症に対して前房洗浄を施行した.網膜?離は1眼に術後9カ月の時点で認めたが,硝子体手術により網膜は復位して現在1.5の視力を維持している.後房型有水晶体眼内レンズの最大の問題は白内障の出現である.筆者らは67眼中1眼(1.5%)で白内障の出現を認めて矯正視力が0.5まで低下したため白内障手術を施行した.この症例は年齢が42歳で,かつlowvaulting(水晶体とレンズとの距離が狭い)であり,年齢が40歳以上の症例には注意が必要である.しかし,有水晶体眼内レンズは可逆的な矯正方法であり,たとえ白内障になったとしても白内障手術を施行すれば十分満足が得られることが報告されている7).FDA(米国食品医薬品局)で行われた長期成績(平均4.7年)では526眼中31眼(5.9%)に前?下混濁を認め,臨床的(2段階以上の視力低下やグレアの増加,白内障手術を施行されたなど)に7眼(1.3%)に白内障を認めたと報告しており8),今後も長期的に経過をみる必要がある.文献1)SandersDR,SchneiderD,MartinRetal:Toricimplantablecollamerlensformoderatetohighmyopicastigmatism.Ophthalmology114:54-61,20072)SandersDR:MatchedpopulationcomparisonoftheVisianimplantablecollamerlensandstandardLASIKformyopiaof?3.00to?7.88diopters.JRefractSurg23:537-553,20073)SandersDR,SandersML:ComparisonofthetoricimplantablecollamerlensandcustomablationLASIKformyopicastigmatism.JRefractSurg24:773-778,20084)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Four-yearfollowupofposteriorchamberphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopia.ArchOphthalmol127:845-850,20095)北澤耕司,稗田牧,岩間亜矢子ほか:乱視矯正有水晶体眼内レンズの術後成績.IOL&RS24:279-285,20106)AllanBD,Argeles-SabateI,MamalisN:EndophthalmitisratesafterimplantationoftheintraocularCollamerlens:Surveyofusersbetween1998and2006.JCataractRefractSurg24:566-570,20087)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:ClinicaloutcomesandpatientsatisfactionafterVisianImplantableCollamerLensremovalandphacoemulsificationwithintraocularlensimplantationineyeswithinducedcataract.Eye24:304-309,20108)SandersDR:Anteriorsubcapsularopacitiesandcataracts5yearsaftersurgeryinthevisianimplantablecollamerlensFDAtrial.JRefractSurg24:566-570,2008(74)☆☆☆■:5°≧■:10°≧■:15°≧■:20°≧術後3カ月n=67図4軸ずれ術後3カ月において,軸ずれが5°以内は82.1%,10°以内は94.0%であった.(眼)35302520151050最終観察時n=67<0.50.5≦1≦1.5≦2≦3≦4≦■:術後■:術前(D)図3残余乱視量術後残余乱視量が1.0D以内であったものは89.6%,0.5D以内であったものは50.7%であった.

多焦点眼内レンズ:多焦点眼内レンズ毛様溝縫着

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111310910-1810/11/\100/頁/JCOPY破?時の多焦点IOLの適応多焦点眼内レンズ(IOL)は,高度な視機能が得られる一方で,その複雑な光学部の構造により偏心や傾斜には弱い可能性が高いと考えられる.それゆえ多焦点IOLは完全?内固定をするのが理想であり,それが困難である場合には安全策としては,単焦点IOLに変更して挿入する方法が考えられる.しかし,実際には多焦点IOL挿入を希望する患者では期待度も高く,通常の保険診療ではないこともあって単焦点IOLへの変更を受け入れてもらうことは必ずしも容易ではない.患者の希望によっては,多焦点IOLの毛様溝固定を検討する必要がある.破?時の多焦点IOLの選択多焦点IOLを完全?内固定できない状況ではIOLの偏心が最も懸念される.屈折型と回折型を比較すると,屈折型では同心円状に遠用部と近用部が交互に配置しており偏心によって自覚的な屈折が変化してしまう危険性があり,より影響が大きいと思われる.また,偏心の危険性は毛様溝縫着では毛様溝固定より高くなる.後?破損時でも前?が問題なく毛様溝固定が可能な状況では,マルチピースIOLであれば屈折型,回折型どちらでも使用可能と考えられる.もちろん偏心をできるだけ少なくするために,IOLの支持部は?外で光学部は前?切開縁で捕獲するように後方へ押し込むことが勧められる.IOL毛様溝縫着については屈折型を使用した報告もあるが,偏心の危険性を考慮してマルチピースの回折型多焦点IOLを選択するのが無難と思われる.回折型多焦点IOLの毛様溝縫着症例〔症例〕41歳,男性.前医にて右眼のアトピー白内障に対し,超音波水晶体乳化吸引術,多焦点IOL挿入術を施行された.術中に後?破損を生じたため,屈折型多焦点IOL(AMO社SA40NArrayR)を毛様溝固定された.その後,転居に伴い転院して術後経過観察していた.遠見視力VD=1.0(矯正不能),近方裸眼視力VD=1.5で経過良好であったが,6カ月後に突然右眼の視力低下を自覚して受診した.受診時,右眼のIOLは硝子体中に落下していたため大学病院へ紹介となり,IOL摘出と硝子体切除術を施行された.患者が多焦点IOL挿入を強く希望していたため,硝子体手術と同時のIOL毛様溝縫着は行われなかった.術後4カ月,視力VD=(71)●連載⑳多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子20.多焦点眼内レンズ毛様溝縫着中村邦彦*1吉野健一*2*1たなし中村眼科クリニック*2吉野眼科クリニック多焦点眼内レンズ(IOL)は複雑な光学部の構造により偏心や傾斜に弱い可能性が考えられ,?内固定が困難である場合には単焦点IOLに変更することが勧められていた.回折型は屈折型より偏心の影響を受けにくく,マルチピースタイプのモデルでは毛様溝縫着にても良好な結果が得られ,患者の希望があれば選択肢として考えられる.図1回折型多焦点IOL毛様溝縫着後の前眼部写真AMO社ZMA00TECNISTMMultifocalAcrylicを1時,7時にて毛様溝縫着固定した.IOL中心と角膜中心がほぼ一致している.1132あたらしい眼科Vol.28,No.8,20110.01(1.5×+12.0D)と良好であったので,多焦点IOLの二次挿入を検討した.縫着による偏心の危険性を考え,屈折型多焦点IOLではなく回折型多焦点IOLを選択することとした.右眼に回折型多焦点IOL(AMO社ZMA00TECNISTMMultifocalAcrylic)を毛様溝縫着した.縫着は対面通糸法にて行い,中心固定を良好にするため角膜中心と縫着予定部位をピオクタニンでマーキングしたうえで行った(図1).術後経過:多焦点IOL毛様溝縫着後,遠方視力VD=0.8(1.2×+0.75D),近方視力VD=0.8(矯正不能)であった.IOL毛様溝縫着では手術手技に細心の注意を払っても,?内固定と比較してIOLの偏心,傾斜が生じて,視機能に影響する可能性がある.回折型は屈折型より偏心の影響は少ないと考えられるが,もともと単焦点IOLよりコントラスト感度が低下することが知られており,さらに低下することが懸念される.今回の症例では波面収差解析装置にて高次収差を比較すると,IOL毛様溝縫着後では?内固定よりコマ収差を中心としてやや増加している様子があったが,コンントラスト感度は(72)全周波数領域にて正常範囲内であった(図2).術後1カ月時点で遠方,近方とも満足しており,屈折型多焦点IOLArrayRのときと比較して,グレア,ハローとも減少して,近方も見やすくなったといっている.多焦点IOL毛様溝縫着の注意点多焦点IOLのシングルピースタイプのAlcon社レストアは?外固定に適さないので,毛様溝縫着の際にはレストアを使用するならばマルチピースタイプのものを取り寄せる必要がある.単焦点IOLのときと同様に多焦点IOLでも?外固定では?内固定のときよりIOLパワーを0.5Dから1.0D減じることが勧められる.多焦点IOL挿入にあたって常に?外固定に適するパワーのバックアップIOLを用意している施設は少なく,また前述のごとく多焦点IOL毛様溝縫着にあたっては単焦点IOLのときより偏心に注意を払うことが望まれるので,一期的に無理に行うのではなく二期的に落ち着いた状態で行うほうが良好な結果が得られると思われる.☆☆☆図2波面収差解析装置(トプコン社KR?1W)による回折型多焦点IOL挿入後の高次収差解析結果IOL?内固定よりIOL毛様溝縫着でコマ収差を中心として高次収差はやや増加している.縫着?内固定TotalHOAThird-OrderTrefoilComaTetrafoilFourth-order2ndAstigSphericalTotalHOATrefoilComaTetrafoil2ndAstigSpherical縫着4mm0.1950.105@420.147@2980.063@710.009@2?0.040縫着6mm0.4760.060@350.274@3010.199@640.176@13?0.146嚢内4mm0.0940.021@520.079@1920.029@620.017@169?0.033嚢内6mm0.3630.049@290.110@1960.081@380.077@173?0.292

眼内レンズ:iSert® Micro251

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111290910-1810/11/\100/頁/JCOPYiSertRMicro251(HOYA)は2010年7月に発売されたプリロードタイプの眼内レンズ(IOL)である.IOLはこれまでに使用されているNY-60(HOYA)がセットアップされている.NY-60はシングルピース形状で光学部は着色疎水性アクリル,支持部の一部がブルーのPMMA(polymethylmethacrylate)で構成されている.レースカット製法であるが,研磨方法をパット研磨に変えることにより鋭角な光学部エッジ形状をもち,後発白内障を抑制する.IOLとしての特徴はこれまでの報告1,2)と大きな変化はないが,プリロードタイプとしては最新であり,インジェクターのセットアップおよびIOL挿入操作方法が大幅に改良されている.このインジェクターは前方ケースカバー,本体,ケースの3つより構成されている(図1).セットアップには,まず先端透見できるIOLの前方にある小孔から粘弾性物質またはBSSPlusR(アルコン)を注入(図2a)し,インジェクター前(69)面についているケースカバーを外す.その後中央部のスライダーを前方にスライドさせるとインジェクター本体がケースから外せるようになる.後方のハンドルを押しながら回転させるとIOLが前方に移動していきセットアップが完了する.IOL支持部は前方後方とも自動的にタッキングされるようになっていて,支持部の一部が青松島博之獨協医科大学眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎300.iSertRMicro251iSertRMicro251(HOYA)はプリロードタイプインジェクターで,3つの部品で構成されている.前方小孔から粘弾性物質を注入し,ケースカバーを外し,スライダーを前方にスライドさせることでセットアップが完了する.推奨切開創サイズは強角膜2.0mm,角膜2.2mmで極小切開白内障手術に対応している.スクリューを回すことで簡単に眼内レンズの挿入が可能である.図1iSertRMicro251の構造iSertRMicro251は上図より前方ケースカバー,本体,ケースの3つより構成されている.ab図2iSertRMicro251使用方法a:インジェクター本体の前方にある小孔から粘弾性物質またはBSS-PlusRを注入し,前面についているケースカバーを外す.その後中央部のスライダーを前方にスライドさせるとインジェクター本体がケースから外せるようになる.後方のハンドルを押しながら回転させるとIOLが前方に移動し,セットアップが完了する.b:右上図に示すようにプランジャー先端は陥凹していて,後方支持部をタッキングするようになっている.IOLは谷折りで眼内に排出される.色を呈しているので,術中IOLのセットアップ状態を透見して確認できる.したがって,もしセットアップの異常が生じた場合でも事前に検出できるように工夫されている.創口は強角膜2.0mm,角膜2.2mmから挿入できるので極小切開白内障手術でもカウンターテクニックを使わなくとも,両手でインジェクターを操作できるので,確実であり初心者でも扱いやすい.ケースから外して,スクリューを進めると前方ループがタッキングされ,IOLは谷折りで前房内に入ってくる(図2b).挿入時の注意点として,前方ループに関しては前?切開縁の位置を考慮してIOLを?内に進行させるだけで操作は簡単である.後方ループはプランジャーの陥凹部でタッキングされているので,眼内に挿入後若干外れにくい.スクリューを進めてプランジャー先端をカートリッジから十分に出すようにする.また,プランジャー先端は横溝が掘られているため,図3に示すように構造を意識して挿入後インジェクターを90°反時計回りに回転させ眼内に押し込むようにするとたやすくワンアクションで挿入可能である.しかし,ワンアクションにこだわらなくともIOL自体が軟らかいので,前房内に置いたIOLをI/A(irrigationandaspiration)チップで簡単に?内に挿入できる.唯一欠点としてはIOLが軟らかいことが挿入時には利点となるが,挿入後は創口からのBSSPlusRの流出で前房が浅くなるとIOLが前方に偏位してキャプチャーすることがある.手術終了時にIOL光学部が?内に位置し,コンプリートカバーになっているか確認する必要がある.IOLおよびインジェクターの進歩は目覚ましく,年々欠点が改善され,術者にとっても扱いやすいものになっている.このインジェクターのシステムはいわゆるユーザーフレンドリーであり,現時点のプリセットタイプのインジェクターのなかでは最も高い位置にあるといってよい.文献1)松島博之:iMics1の特徴.眼科手術22:481-485,20092)松島博之:シングルピースIOLTECNIS1-PieceとiMics1.IOL&RS24:118-121,2010図3iSertRMicro251使用上の注意点側面図に示すようにプランジャー先端側面には溝があり,眼内に排出するときに後方支持部が外れにくくなるときがある.プランジャーを90°反時計回りに回転させると,溝が下側を向く.この状態でIOLを下に押すと簡単に支持部が外れ,ワンアクションで挿入しやすい.側面図前方断面図プランジャーを90°回転させると,溝が下側を向く.この状態でIOLを下に押すと簡単に支持部が外れる.プランジャーの左側面に溝があり,このまま後方支持部を?内に挿入するのはむずかしい.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズの素材について考える

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111270910-1810/11/\100/頁/JCOPY●ハードコンタクトレンズの素材ハードコンタクトレンズ(HCL)は素材の種類から,ガス透過性のほとんどないポリメチルメタクリレート(PMMA)のPMMA-HCLとガス透過性の高い各種高分子のガス透過性HCL(RGPCL)に分けられる.RGPCLは素材の酸素透過性の程度を示す酸素透過係数(Dk値)の高低から,高Dk値(100×10?11cm2・mlO2/sec・ml・mmHg以上)のRGPCLと低Dk値(40×10?11cm2・mlO2/sec・ml・mmHg以下)のRGPCLに分けられる.さらにRGPCLはレンズの親水性表面処理の有無によっても分けられている.現在ではコンタクトレンズ(CL)装用の未経験者に新規にPMMA-HCLが処方される機会はほとんどないと考えられるため,本稿ではRGPCLを処方する場合の素材からの選択のしかたについて考えてみたい.●素材からのHCLの選択一般的にHCLを処方する場合には,専門的にCLの処方をしている施設を除いては,それぞれの処方施設に置かれている限られたメーカーのトライアルレンズのな(67)かから適正なフィッティングの得られるベースカーブとサイズのレンズを選択し,素材を選択の基準とすることは少ないと考えられる.PMMA-HCLが主として処方されていた時代には問題のないことであったが,前述のとおり,素材によって特徴のあるRGPCLが処方の主流となった現在では,各メーカーから発売されているRGPCLの素材の特性を理解してRGPCLを選択することが,適正なフィッティング,安定した屈折矯正効果,良好な視力補正効果,持続する快適な装用感のHCLを処方するためには必要である.それではどういう基準で素材を選んだら良いのであろうか.それには素材の特性から発生するレンズの特徴を,どういう患者が適応となるかを考えると理解しやすい.RGPCLの特徴としてDk値の違いによる酸素透過性,機械的強度,たわみやすさ(flexure),水濡れ性,汚れやすさがあるが,それぞれを判断することはむずかしい.そこでこれらの性質を代表できる素材のDk値の高低からレンズとして特徴を判断して適応を考える.つぎに表面処理の有無からと患者の特徴から適応を考えて素材を選択するのが実際的である.塩谷浩しおや眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】326.コンタクトレンズの素材について考える図2RGPCLの汚れRGPCLはPMMA-HCLと比べるとレンズの表面の水濡れ性が劣っており,脂質や蛋白質の汚れがつきやすい.図1RGPCLの傷RGPCLはレンズの素材が軟らかいために,通常の取り扱いをしていても容易にレンズの表面に傷がつく.1128あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(00)●Dk値からのHCLの選択RGPCLはDk値が高いと角膜への酸素供給量が多く安全性が高まり,レンズが軟らかいために刺激が少なく装用感が良くなる.その反面,機械的強度が低下し,たわみやすく(flexureが起こりやすく),周辺から力がかかり続けると,変形したりレンズの局所的な劣化やひび割れが起こったりしやすくなる.さらに,レンズの表面が軟らかいため取り扱い時の外力により容易に傷がつき(図1),PMMA-HCLと比べると水濡れ性が劣るため脂質や蛋白質の汚れがつきやすく(図2),耐久性が不良でコストがかかる.そのため高酸素透過性化による利点と欠点とのバランスを考慮してRGPCLの適応を考える必要がある.高Dk値のRGPCLは,安全性の点から特別に問題のない患者はすべて適応になる.特にHCL経験者では,CL装用による低酸素状態の影響がある場合(角膜上皮障害,角膜血管新生,pigmentedslide,角膜内皮細胞形態・密度の異常),強度屈折異常(レンズが厚くなるため),延べ装用時間が長く長期間の装用となる可能性のある屈折異常(強度乱視,不同視),長時間装用が必要な場合が良い適応になる(表1).低Dk値のRGPCLは,HCLの装用経験の有無にかかわらずレンズ後面が球面のHCLの処方で角膜乱視(角膜toricity)が大きくflexureを発生しやすい場合,HCL経験者では,使用していた高Dk値のRGPCLで,曇り,汚れ,乾燥などのトラブルがあった場合やアレルギー性結膜炎(巨大乳頭結膜炎,CL乳頭結膜炎)でトラブルのあった場合は適応になる.PMMA-HCLや低Dk値のRGPCLを使用していて,レンズの取り扱い方に問題があると予想される場合も適応になる.●表面処理からの選択RGPCLにはレンズ表面の水濡れ性を良くし,乾燥感を少なくするために,レンズの表面を親水性に処理(メニコン社:プラズマ処理,シード社:グラフト重合)してあるレンズがある.表面処理をしたRGPCLは,いったんレンズの表面に傷がつくと水濡れ性が低下し,曇りやすく,汚れやすくなる.レンズ表面の状態を維持するために専用のケア用品が必要であり,汚れが著しいときに研磨用の微粒子入りのケア用品が使えない.そこで表面処理をしたRGPCLは,CL未経験者とトラブルのなかったHCL経験者は適応になるのは当然として,表面処理していないRGPCL経験者で,曇りやすく,汚れやすく,乾燥しやすかった場合は良い適応になる.しかし指先の皮膚が常に荒れて,こすり洗い時にレンズに傷がつきやすいと予想される場合,アレルギー性結膜炎の既往がありレンズの汚れに対し強力なこすり洗いが必要と予想される場合,専用のケア用品が入手あるいは使用が困難(現在では滅多にない)な場合,表面処理のないRGPCLに慣れレンズの取り扱いが粗雑であると予想される場合は適応にならない.参考文献・水谷由紀夫:コンタクトレンズの素材と特性.眼科36:847-858,1994表1Dk値からのRGPCLの選択適応高Dk値特別な問題のない場合CL装用による低酸素状態が認められた場合強度屈折異常長期間装用長時間装用低Dk値角膜乱視の大きい場合高Dk値のRGPCLでトラブルのあった場合アレルギー性結膜炎でトラブルのあった場合レンズの取り扱い方に問題がある場合

写真:Meesmann角膜ジストロフィ

2011年8月31日 水曜日

あたらしい眼科Vol.28,No.8,201111250910-1810/11/\100/頁/JCOPY(65)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦327.Meesmann角膜ジストロフィ加藤弘明*1横井則彦*2*1国立長寿医療研究センター眼科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図1Meesmann角膜ジストロフィ77歳,女性.細隙灯顕微鏡で,ほぼ均一な大きさの多数の微小?胞が角膜上皮内に散在している様子が観察できる.微小?胞図2図1のシェーマ図3同一症例のフルオレセイン染色像点状表層角膜症(superficialpunctatekeratopathy:SPK)様のフルオレセイン染色像がみられる.これは微小?胞が角膜表面に達して開放された部分にフルオレセインが貯留するため,このような像を呈すると考えられている.図4同一症例の生体共焦点顕微鏡(HeidelbergRetinaTomographIIRostockCorneaModule)所見角膜上皮深層に多数の微小?胞が観察された.?胞壁は高輝度に描出されるが,?胞内は周囲の細胞の細胞質に比べて低輝度である.また,高輝度な内容物も観察される.1126あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(00)Meesmann角膜ジストロフィは,両眼性に角膜上皮内に多数の微小?胞(microcyst)を認める疾患であり1),常染色体優性の遺伝形式をとるが浸透率は60%以下とされる.本疾患では,細隙灯顕微鏡を用いて徹照法もしくはscleralscattering法で角膜を観察すると,角膜上皮内にほぼ均一な大きさの,灰色?透明な微小?胞がみられるのが特徴である(図1).微小?胞は角膜上皮基底部で形成され,角膜表層へと移動し,角膜表面に達して開放されることで,フルオレセイン染色下では点状表層角膜症様の所見を呈する(図3).また,微小?胞は角膜周辺部から次第に角膜中央部へと広がり,年齢とともに数が増加するといわれる.生体共焦点顕微鏡による観察では,微小?胞の?胞壁は高輝度に描出されるが,?胞内は周囲の細胞の細胞質と比較すると低輝度であり,さらに?胞内に高輝度な内容物が貯留している像が観察される(図4).角膜上皮細胞の細胞質内では,細胞骨格である中間径フィラメントがメッシュワークを形成しており,それが細胞全体を物理的ストレスから保護していると考えられているが,本疾患では中間径フィラメントであるケラチン(K3,K12)に遺伝的異常があることが報告されており2),物理的ストレスに対する角膜上皮細胞の脆弱性が考えられている.本疾患の病理組織学的な検討も行われており,本疾患では角膜上皮細胞層と上皮基底膜の肥厚がみられ,periodicacid-Schiff(PAS)染色陽性の小円型の細胞質残渣を含む微小?胞や,細胞内に空胞化がみられる角膜上皮細胞などが観察されることが報告されている3).また,電子顕微鏡による検討では,微小?胞内に“peculiarsubstance”とよばれる電子密度の高い原線維顆粒状(fibrillogranular)の物質がみられ,本疾患に特徴的な所見とされている3).本疾患において,角膜上皮内の異常所見は生後早期からみられるとされるが,進行は緩徐で,視力良好で無症状であることが多く,治療を必要としない場合が多い.しかし進行の程度は家系によって異なるとされており,角膜上皮内の微小?胞の数の増加に伴って異物感,流涙,羞明,視力低下といった症状をきたす場合がある.このような場合は,治療用ソフトコンタクトレンズ装用により,微小?胞の数や症状を軽減できることが報告されている4).また,本疾患に関連して再発性角膜びらんを発症することはまれであり,表層角膜切除といった外科的治療は効果がないとされている1).文献1)LabinsonPR:Anteriorcornealdystrophy.Cornea2nded,p897-906,CVMosby,StLouis,20052)NishidaK,HonmaY,DotaAetal:Isolationandchromosomallocalizationofacornea-specifichumankeratin12geneanddetectionoffourmutationsinMeesmanncornealepithelialdystrophy.AmJHumGenet61:1268-1275,19973)PatelDV,GrupchevaCN,McGheeCN:Imagingthemicrostructuralabnormalitiesofmeesmanncornealdystrophybyinvivoconfocalmicroscopy.Cornea24:669-673,20054)JalbertI,StapletonF:ManagementofsymptomaticMeesmanndystrophy.OptomVisSci86:1202-1206,2009

総説:より質の高い緑内障治療をめざして

2011年8月31日 水曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY順に述べる.INTGの無治療時眼圧日内変動・体位変動1.無治療時眼圧日内変動無治療時眼圧日内変動は未治療または眼圧下降剤を使用していたものは4週以上休薬後入院にてGoldmann圧平眼圧計を用いて座位で測定した.眼圧測定時刻は10時,13時,16時,19時,22時,1時,3時,7時である.当院で測定されたNTG243例486眼の眼圧日内変動では,多くの既報8~10)同様,眼圧は午前中高く夜間低かった(図1).1日平均眼圧は13.8±2.0(平均値±標準偏差)(mmHg)であった.左右眼に差はなかったが,男性と女性の眼圧日内変動を比較すると,19時では女性のほうが有意に男性より眼圧が高く,眼圧日内変動に性はじめに眼圧と視野障害の関係は,近年,米国で行われた多施設試験により詳細が明らかになってきた.EarlyManifestGlaucomaTrial(EMGT)では眼圧が1mmHg上昇すると視野進行リスクは10%高くなるとされ1),正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)においても,眼圧下降治療の有効性が証明されている2).そこで,東京警察病院では2001年から入院で24時間眼圧測定を実施し,2009年からは眼圧体位変動測定(仰臥位眼圧上昇幅)も併せて行った.これにより得られた測定結果から,個々の症例に応じた,より緻密な眼圧下降治療を目指してきた.また,緑内障という病気の性質上,アドヒアランスが治療上重要なファクターであるので,アドヒアランス向上のための患者教育にも力を注いできた.本総説では,原発開放隅角緑内障患者の治療前後の眼圧日内変動,眼圧体位変動,および患者教育によるアドヒアランス向上について当院で得られたデータを中心に述べる.【原発開放隅角緑内障患者の治療前後の眼圧変動】より高い1日平均眼圧,最高眼圧,より広い眼圧変動幅は,それぞれ緑内障性視野障害進行の危険因子の一つである可能性が指摘されている3~7).この項では,I.NTGの無治療時眼圧日内変動・体位変動,II.緑内障治療薬の眼圧日内変動,III.マイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術後の眼圧日内変動および体位変動の(55)1115*NorikoYasuda:東京警察病院眼科〔別刷請求先〕安田典子:〒164-8541東京都中野区中野4丁目22-1東京警察病院眼科あたらしい眼科28(8):1115?1123,2011c第21回日本緑内障学会須田記念講演より質の高い緑内障治療をめざしてImprovingtheQualityofTreatmentforGlaucoma安田典子*総説1213141516眼圧(mmHg)測定時刻(時)1013161922137Mean±SE図1正常眼圧緑内障患者の眼圧日内変動正常眼圧緑内障243例486眼.全対象の眼圧平均値は10時に最高値を,夜間の22時に最低値を示した.1日平均眼圧(全測定時刻の眼圧平均値)は,13.8±2.0mmHgであった.1116あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(56)差がある可能性が示唆された(p<0.05).最高眼圧は10時と13時に示すものが多く,最低眼圧は夜間の22時と1時に示すものが多かった.1/3の症例は診察時間外に最高眼圧を示すことから,診察時間外の眼圧にも注意する必要がある(図2).眼圧変動幅は1~9mmHg変動し,変動幅の平均値は4.4±1.7mmHgであった(図3).眼圧の変動パターンを調べたところ,日中に最高眼圧を示す日中型が195眼で80%,夜間に最高眼圧を示す夜間型が32眼で13%,不定型が16眼で7%であった.臨床の場において,診察時間外,特に夜間に眼圧上昇する症例の特徴が把握できれば,より緻密な眼圧下降治療において有用である.そこで,NTG135例135眼を対象に夜間型になりやすい症例の危険因子について調べたところ,男性,等価球面度数が大きい,10時眼圧が低いほど夜間型になりやすいという結果であった.2.眼圧日内変動幅に影響する因子眼圧日内変動幅は,眼圧が高いほど大きくなることが知られている8,11)が,眼圧日内変動幅に影響する因子については明らかでない.そこで,NTG223例223眼(右眼)を対象にして,眼圧日内変動幅に影響する因子について検討した.目的変数は眼圧日内変動幅(全8測定値の標準偏差),説明変数を年齢,性別,10時眼圧,等価球面度数,meandeviation(MD)として単回帰分析を行ったところ,年齢,10時眼圧,等価球面度数が有意な因子であった(図4).ステップワイズ重回帰分析では10時眼圧と等価球:最高眼圧:最低眼圧04080120160測定時刻(時)1013161922137眼数(眼)図2無治療時眼圧日内変動測定で最高眼圧・最低眼圧を記録した時刻正常眼圧緑内障243例243眼(右眼).最高眼圧は10時と13時に示すものが多く,最低眼圧は夜間の22時と1時に示すものが多かった.1/3の症例は診察時間外に最高眼圧を示すことから,診察時間外の眼圧にも注意する必要がある.0102030405060024681012眼圧日内変動幅(mmHg)眼数(眼)図3正常眼圧緑内障の眼圧日内変動幅正常眼圧緑内障243例243眼(右眼).眼圧日内変動幅(最高眼圧?最低眼圧)は4.4±1.7mmHgであった.約3割の症例で眼圧変動幅が6mmHg以上あり,9mmHgに及ぶ症例もあった.012340123401234眼圧日内変動幅(mmHg)20406080年齢(歳)Y=0.4+0.077×Xr2=0.12p<0.000181012141618202210時眼圧(mmHg)Y=1.5-0.025×Xr2=0.03p=0.006等価球面度数Y=1.9-0.006×Xr2=0.02p=0.03-20-15-10-505図4眼圧日内変動幅に影響する有意な因子正常眼圧緑内障223例223眼(右眼).眼圧日内変動幅〔全8測定値の標準偏差(SD)〕は年齢,10時眼圧,等価球面度数と有意な直線関係があった.(57)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111117面度数のみが有意な因子として採用された.つまり,眼圧日内変動幅は眼圧が高いほど,近視が強いほど大きい傾向があると考えられ,特に,強度近視眼では,より厳格な眼圧下降治療を心がけたほうがよいといえる.3.NTGの視野障害と1日平均眼圧の関係横断的な方法でNTGの視野障害に眼圧(1日平均眼圧)がいかに関与しているか調べた.同一症例の左右眼で眼圧の高いほうの眼の視野障害が他眼より高度なものを眼圧依存群,その逆の症例を眼圧非依存群として,左右の視野のMDが1dB以上差のあるNTG88例でそれぞれの割合を調べた.その結果,眼圧依存群が53例(全対象の2/3),眼圧非依存群が35例(1/3)で,NTGにおいても,多くの症例で眼圧が病態に関与している可能性があることが確認できた.また,年齢別に左右眼の視野障害差を比較したところ,眼圧非依存群においては年齢群間に有意差はなかったが,眼圧依存群では70歳以上の群では他の年齢群より有意に左右の視野障害差が大きかった12).さらに,眼圧依存群と眼圧非依存群の病態の差を調べるため,未治療で内科的投薬も受けていないNTG25例50眼について背景因子を比較した.その結果,眼圧依存群には,高血圧の既往が有意に多かった.血圧を眼圧依存群と非依存群で比較したところ,収縮期血圧,拡張期血圧,平均血圧,眼灌流圧ともに眼圧非依存群のほうが有意に低いという結果であった(図5).4.眼圧体位変動幅に影響する因子眼圧は座位より仰臥位のほうが高いことは古くから知られているが,近年,眼圧体位変動幅と緑内障視神経障害や視野障害進行との関連を示唆する報告が多くみられる13~16).そのため,眼圧体位変動幅も,眼圧日内変動幅と同様に緑内障管理上重要な因子である可能性があるが,眼圧体位変動幅に影響する因子については,若年健常人において眼軸長が短いほど眼圧体位変動幅が大きいというLoewenら17)の報告以外ほとんどない.そこで,NTG19例19眼を対象に眼圧体位変動幅に影響する因子について検討した.眼圧測定機器にPneumatonometerを用いて,座位5分後と仰臥位10分後の眼圧を比較した.NTG19例19眼のすべての症例において,座位から仰臥位で眼圧が上昇し,体位変動幅の平均は5.1±1.6(2~8)mmHgであった.眼圧体位変動幅に影響する因子をステップワイズ重回帰分析で検討した.目的変数は眼圧体位変動幅,説明変数を年齢,性別,中心角膜厚(centralcornealthickness:CCT),眼軸長,座位眼圧,BodyMassIndex(BMI)とした結果,採択された有意な因子は年齢とBMIであった.年齢が高いほど,BMIが小さいほど眼圧体位変動幅が大きい可能性があることが示唆された.5.眼圧体位変動幅から日内変動幅を推測できるか眼圧日内変動幅と眼圧体位変動幅の関係を調べたところ,両者には有意な相関はなかった.眼圧体位変動幅から眼圧日内変動幅を推測することは困難と考える(図6).II緑内障治療薬の眼圧日内変動薬剤による眼圧下降効果をより詳細に評価するためには,治療前後の眼圧日内変動測定は有用である.当院では,治療前の眼圧日内変動を測定後,それぞれの薬剤を血圧(mmHg)406080100120140160180眼圧依存群非依存群収縮期血圧p=0.0426拡張期血圧p=0.0349依存群非依存群平均血圧p=0.0184依存群非依存群図5眼圧依存群と眼圧非依存群の血圧比較未治療の正常眼圧緑内障25例50眼を対象にして,血圧を眼圧依存群と非依存群で比較したところ,収縮期血圧,拡張期血圧,平均血圧ともに眼圧非依存群のほうが有意に低かった.Y=4.6-0.08×Xr2=0.01p=0.6712345678123456789眼圧体位変動幅眼圧日内変動幅(mmHg)図6眼圧日内変動幅と眼圧体位変動幅との関係正常眼圧緑内障19例19眼.眼圧日内変動幅と眼圧体位変動幅の関係を調べたところ,両者には有意な相関はなかった.1118あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(58)8週点眼し,再度入院で眼圧日内変動を測定している.方法は,Goldmann圧平眼圧計を用い同一医師が座位で測定し評価している.1.単剤治療時の眼圧日内変動に及ぼす影響a.b遮断薬(チモロール,カルテオロール)の効果NTG22例22眼を対象にして,ゲル基剤チモロール0.5%の眼圧日内変動に及ぼす影響を調べたところ,日中は有意な眼圧下降があったが,22時と3時では有意な眼圧下降はなかった18)(図7).カルテオロール2%に関しても同様にNTG12例12眼で検討したところ,日中は有意な眼圧下降を認めたが,夜間には有意な眼圧下降を認めなかった19)(図8).過去の報告同様20,21),b遮断薬の眼圧下降効果は日中で大きく,夜間は弱い傾向があった.b.プロスタグランジン関連薬(ラタノプロスト,トラボプロスト,タフルプロスト,ビマトプロスト)の効果NTG80例80眼においてラタノプロストの眼圧日内変動に及ぼす効果を調べた.日中も夜間も有意に眼圧を下げ,1日平均眼圧下降率は14.5±9.9%であった(図9).トラボプロスト,タフルプロストおよびビマトプロストについても同様であった.プロスタグランジン関連薬は24時間を通して強力な眼圧下降効果を有することがわかった.ラタノプロストの朝点眼と夜点眼で効果に差があるかをみたところ,特に午前7時では,夜点眼のほうが朝点眼より眼圧下降効果が有意に大きかった(図10).プロ10121416181013161922137測定時刻(時)眼圧(mmHg)******************:p<0.0001Mean±SE:治療前:治療後図9ラタノプロストの眼圧日内変動への効果正常眼圧緑内障80例80眼.ラタノプロスト治療後,すべての時刻で有意に眼圧が下降していた.0510152025*1013161922137眼圧下降率(%)測定時刻(時)*:p<0.05Mean±SE■:朝点眼■:夜点眼図10ラタノプロスト朝点眼と夜点眼の眼圧日内変動に及ぼす効果の違い正常眼圧緑内障17例34眼の左右眼のうち1眼をラタノプロスト朝点眼,もう片眼をラタノプロスト夜点眼として治療前後で眼圧日内変動を測定した.午前中は夜点眼のほうが,逆に夜間は朝点眼のほうが,眼圧下降効果が大きい傾向があった.朝7時において夜点眼の眼圧下降効果が朝点眼を有意に上回っていた.**眼圧(mmHg)1013161922137:治療前:治療後測定時刻(時)01216208*:p<0.05**:p<0.01Mean±SE*****図8カルテオロール2%の眼圧日内変動への効果正常眼圧緑内障12例12眼.カルテオロール2%治療後の眼圧は,昼間(10時,13時,16時,7時)は有意な下降を示したが,夜間(19時,22時,1時,3時)は有意な眼圧下降を示さなかった.01012141618101316192213710:治療前*:治療後*******:p<0.05Mean±SE測定時刻(時)眼圧(mmHg)図7ゲル基剤チモロール0.5%の治療前後の眼圧日内変動正常眼圧緑内障22例22眼.ゲル基剤チモロール(チモプトールXER)0.5%治療後,眼圧は大方の時刻で有意に下降していたが,夜間の22時と3時には有意な眼圧下降を認めなかった.(59)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111119スタグランジン関連薬を夜点眼することは24時間眼圧下降効果の点で理にかなっていることが確認された.2.2剤(ラタノプロストとブリンゾラミド)併用治療時の眼圧日内変動22)NTG患者20例40眼の左右眼の片眼にラタノプロストのみを,他眼にラタノプロストにブリンゾラミドを併用し,8週後両眼の眼圧日内変動を比較した.2剤併用治療眼は日中・夜間ともラタノプロスト単独治療眼より,有意に眼圧下降効果が大きかった(図11).眼圧日内変動の観点からラタノプロスト,ブリンゾラミド併用治療は有用な組み合わせといえる.3.3剤(プロスタグランジン関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬併用)治療時の眼圧日内変動Nakakuraら23)によると,プロスタグランジン関連薬,b遮断薬,炭酸脱水酵素阻害薬の3剤併用時の眼圧は,診察時間帯に最高眼圧を示した症例は33.8%であり,Konstasら24)も大多数は診察時間外に最高眼圧を示すことを報告している.そこで,当院でも広義の原発開放隅角緑内障(POAG)58例58眼を対象にして,3剤使用中の眼圧日内変動を調べた.3剤併用治療中の全対象の眼圧は,無治療時に比して平坦な日内変動(眼圧日内変動幅3.3±1.5mmHg)であった.3剤治療中の最高眼圧と最低眼圧を記録した時刻を調べたところ,無治療時と同様に10時と13時に最高眼圧を示す症例(日中型)が多いが,深夜1時と3時に最高眼圧を示す症例(夜間型)も少なくなかった(図12).3剤治療中の日中型と夜間型の背景因子を比較したところ,夜間型の症例は,日中型より有意に10時眼圧が低く,等価球面度数が大きかった(表1).IIIマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術後の眼圧日内変動および体位変動1.MMC併用線維柱帯切除術後の眼圧日内変動25)同一術者による初回MMC併用線維柱帯切除術後の広義のPOAG20例31眼を対象に,術後の眼圧日内変動を調べた.全対象の眼圧日内変動幅は3.6±1.4mmHgであった(図13).術後1日平均眼圧と術後眼圧日内変動幅との関係を調べたところ,術後眼圧が低いほど眼圧日内変動幅を小さくできる可能性があることがわかった051015202530測定時刻(時)1013161922137眼数(眼)■:最高眼圧■:最低眼圧図123剤併用治療中の最高眼圧・最低眼圧を記録した時刻広義の原発開放隅角緑内障58例58眼を対象に3剤治療中の最高眼圧と最低眼圧を記録した時刻を調べたところ,無治療時と同様に10時と13時に最高眼圧を示す症例(日中型)が多いが,深夜1時と3時に最高眼圧を示す症例(夜間型)も少なくなかった.01013161922137121416:無治療時(両眼平均値):ラタノプラスト単独治療:ラタノプロスト・ブリンゾラミド併用治療Mean±SE眼圧(mmHg)測定時刻(時)図11ラタノプロスト単独治療とラタノプロスト・ブリンゾラミド併用治療の眼圧日内変動への効果比較17)正常眼圧緑内障20例40眼の同一患者の左右眼のうち1眼はラタノプロスト単独治療(夜1回),他眼はラタノプロスト・ブリンゾラミド併用治療を行い,治療前後で眼圧日内変動を測定した.ラタノプロスト・ブリンゾラミド併用治療は日中,夜間ともに有意な眼圧下降効果を認めた.表13剤治療日中型と夜間型の背景因子比較日中型(n=24)夜間型(n=27)p値年齢(歳)52.3±10.055.9±13.20.33性別(男/女)11/1313/140.87等価球面度数(D)?6.0±3.3?3.9±3.60.03MD(dB)?8.7±7.1?11.5±7.90.2210時眼圧(mmHg)14.3±2.112.2±2.30.005広義の原発開放隅角緑内障58例58眼.3剤治療中の日中型と夜間型の背景因子を比較したところ,夜間型の症例は,日中型より有意に10時眼圧が低く,等価球面度数が大きかった.(Mean±SD)1120あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(60)(図14).2.MMC併用線維柱帯切除術後の眼圧体位変動眼圧体位変動幅は,薬物治療26)およびレーザー線維柱帯形成術27)では抑制効果が少ないことが報告されている.線維柱帯切除術により,眼圧体位変動幅が抑制できるかは,Parsleyら28)によりすでに報告されているが,この報告では線維柱帯切除術施行時にMMCの併用はなく,手術群の術後眼圧は15.6~17.7mmHgと比較的高値であった.そこで,当院でも初回MMC併用トラベクレクトミー術後6カ月以上無治療のPOAG20例32眼を対象として,MMC併用線維柱帯切除術後の眼圧体位変動について検討した29).眼圧は仰臥位10分後に有意に上昇した(図15).術後の座位眼圧と眼圧体位変動幅の関係は術後眼圧が低いほど眼圧体位変動幅が小さいという結果であった.術後眼圧が低いほど眼圧日内変動幅も体位変動幅も小さくできる可能性が示唆された(図16).【患者教育によるアドヒアランス向上】わが国の緑内障診療ガイドラインにおいて,コンプライアンス不良は緑内障性視神経症が進行する重要な要因の一つであることが明示されている30).さらに,コンプライアンス不良が失明に関する有意な因子であることも報告されている31,32).Iアドヒアランス向上のために医師側ができることアドヒアランス向上のために医師側ができることは,処方の工夫はもちろんであるが,むしろ点眼の動機づけが大切であると考える.そこで点眼の動機づけのために当院では2002年から患者教育(緑内障一日教育入院)を行っている(図17).緑内障一日教育入院は,日帰り入院で,午前中はおもに検査,午後に薬剤師と医師から講義,最後に医師からの個別指導というプログラムである.患者教育には,より効果的な説明方法として,医師からの一方的な説明ではなく患者からの疑問に答える方法を取り入れている(ask-tell-askcommunicationstrate-POAG:20例31眼Mean±SE*:p<0.0567891011121013161922137測定時刻(時)眼圧(mmHg)*図13MMC併用トラベクレクトミー後の眼圧日内変動広義の原発開放隅角緑内障20例31眼.MMC併用トラベクレクトミー後の眼圧は24時間低いが,統計学的に有意な変動があり,10時の眼圧は1時の眼圧より有意に高かった.Y=1.879+0.179×Xr2=0.208p<0.05術後1日平均眼圧(mmHg)024684681012141618術後眼圧日内変動幅(mmHg)図14術後1日平均眼圧と術後眼圧日内変動幅との関係MMC併用トラベクレクトミー後の一日平均眼圧と術後眼圧変動幅の間には,有意な正の相関を認めた.眼圧(mmHg)05101520仰臥位座位直後仰臥位10分座位POAG:20例32眼Mean±SE*:p<0.05*図15MMC併用トラベクレクトミー後の眼圧体位変動体位変換後の眼圧は,仰臥位10分後が最も高かった.024648121620術後眼圧体位変動幅(mmHg)術後座位眼圧(mmHg)POAG:20例32眼r2=0.452p<0.0001Y=-0.18+0.33×X図16術後の座位眼圧と眼圧体位変動幅の関係MMC併用トラベクレクトミー後の座位眼圧と術後体位変動幅の間には有意な正の相関があった.(61)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111121gy)33).患者の疑問点とは何かについて知るためにアンケート調査を行ったところ,おもに①日常生活について,②緑内障の病態について,③点眼についての3点であった.そこで,③点眼については,薬剤師の講義で,実際に点眼瓶を手に取って点眼の仕方を具体的に指導するようにしている.さらに,①日常生活についてと②緑内障の病態については,医師から病態説明,手術説明をスライドを用いて30分行い,その後質疑応答の時間を十分に取って対応している.併せて,個別的に治療方針の説明も行っている.必要に応じてEstermanvisualfieldtest(両眼開放視野)を行い,実際生活上の見え方を確認している.片眼ずつの視野検査では非常に見えにくかった患者も両眼解放視野ではよく見えたと喜ぶケースが多く,患者を勇気づける検査の一つと位置づけている.Estermanvisualfieldtestでは100点満点のEstermanscoreが得られる.Estermanscoreと生活困難度について検討したところ,両眼に高度の視野障害が起こらない限り,日常生活は保たれることがわかった34)(図18).特に,家事はかなりスコアが下がらないと困難にならないため,患者には,無用な不安感をかきたてないよう説明することも重要である.「治療すれば視野障害の進行を遅くできる」というポジティブなメッセージを示し,患者の治療へのモチベーションを向上させることを心がけている.II緑内障一日教育入院の効果35)アンケートにて「教育入院で一番ためになったこと」について調査したところ,「点眼方法がよくわかった」,「緑内障の知識が得られた」,「病気の不安が薄れた」という感想が多かった(図19).緑内障一日教育入院前後の患者の意識変化についても同様にアンケート調査したところ,「緑内障という病気検査外来病棟教室外来9:0011:0014:0016:0017:00講義面談個別指導眼圧測定(10,16時)視力三次元画像解析看護師,薬剤師による日常生活パターン,点眼時刻の聴取薬剤師:点眼方法,薬理作用等医師:疫学・病態・治療方法薬剤師:点眼時刻の決定医師:治療方針の説明,質問受付図17教育入院タイムスケジュール点眼方法緑内障の知識病気の不安が薄れた手術のことがわかった患者同士の話し合いn=131図19患者の感想─教育入院で一番ためになったこと─(教育入院後アンケート)102030405060708090100Estermanscore(点)初めての場所への外出読み書き買い物夜間の外出階段・段差顔の判別身づくろいバスの表示家事信号の判別80点777777767474745750n=144図18各項目が『かなり困難』となるEstermanscorecutoff値よく知っているおよそ知っているほとんど知らない<入院後><入院前>ほとんど知らない(n=44)およそ知っている(n=81)よく知っている(n=13)p<0.0001n=25n=19n=64n=16n=12n=1n=138n=1図20緑内障という病気をご存知ですか?「緑内障という病気をご存知ですか」という問いに対して入院前,「ほとんど知らない」と答えた44名のうち,入院後は25名がよく知っていると答えた.1122あたらしい眼科Vol.28,No.8,2011(62)をご存知ですか」という問いに対して入院前,「ほとんど知らない」と答えた44名のうち,入院後は25名がよく知っていると答えた(図20).「ご自身の症状についてご存知ですか」という問いに対して入院前,「ほとんど知らない」と答えた35名のうち,入院後は20名が「およそ知っている」,5名が「よく知っている」と有意に改善した.「ご自身のお薬の効果や副作用についてご存知ですか」という問いに対して入院前,「ほとんどわからない」と答えた52名のうち,入院後は19名が「およそ知っている」,32名が「よく知っている」と有意に改善した.「緑内障に対するあなたのイメージについて教えてください」という問いに対して入院前,「とても怖い」と答えた90名のうち,入院後は29名が「きちんと治療すれば怖くない」と有意に改善した.当院のめざす患者教育は,患者が点眼(眼圧下降治療)の重要性を認識し,正しい点眼法を習得し,病気への不安が軽減することによって点眼の動機づけがなされ,アドヒアランスを向上させることにある.おわりに緑内障において唯一確実な治療法は,眼圧下降治療である.よって,眼圧をより厳密に管理することが,臨床の場では最も大切になる.眼圧を点ではなく動的な線と捉えたものが,眼圧日内変動である.今回,眼圧日内変動の結果より多くの臨床的示唆が得られた.緑内障治療のうえでのもう一つの重要な因子は,アドヒアランスである.時間をかけて患者教育を行い,点眼の動機づけを高めることが,アドヒアランスの向上につながるといえる.緻密な眼圧下降治療とアドヒアランスの向上で,より質の高い緑内障治療を実現できると確信する.謝辞:名誉ある講演の機会をお与えくださいました第21回日本緑内障学会会長田原昭彦先生ならびに日本緑内障学会理事長新家眞先生に厚く御礼申し上げます.本講演の共同研究者である中元兼二,里誠,伊藤義徳,小川俊平,藤田京子,福田匠,川口千晶の各先生に心より御礼申し上げます.文献1)HeijlA,LeskeMC,BengtssonBetal:Reductionofintraocularpressureandglaucomaprogression.ArchOphthalmol120:1268-1279,20022)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19983)BengtssonB,HeijlA:DiurnalIOPfluctuation:notanindependentriskfactorforglaucomatousvisualfieldlossinhigh-riskocularhypertension.GraefesArchClinExpOphthalmol243:513-518,20054)伊藤美樹,杉浦寅男,溝上国義:低眼圧緑内障(LTG)における視野障害様式についての検討.日眼会誌95:790-794,19915)白井久行,佐久間毅,曽賀野茂世ほか:低眼圧緑内障における視野障害の経過と視野障害進行因子.日眼会誌96:352-358,19926)AsraniS,ZeimerR,WilenskyJetal:Largediurnalfluctuationsinintraocularpressureareanindependentriskfactorinpatientwithglaucoma.JGlaucoma9:134-142,20007)CollaerN,ZeyenT,CaprioliJ:Sequentialofficepressuremeasurementsinthemanagementofglaucoma.JGlaucoma14:196-200,20058)ZeimerRC:Circadianvariationsinintraocularpressure.In:RitchRetal(eds):TheGlaucomas2nded,p429-445,Mosby,StLouis,19969)狩野廉,桑山泰明:正常眼圧緑内障の眼圧日内変動.日眼会誌107:375-379,200310)HasegawaK,IshidaK,SawadaAetal:Diurnalvariationofintraocularpressureinsuspectednormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol50:449-454,200611)SaccaSC,RolandoM,MarlettaAetal:Fluctuationsofintraocularpressureduringthedayinopen-angleglaucoma,normal-tensionglaucomaandnormalsubjects.Ophthalmologica212:115-119,199812)中元兼二,安田典子,福田匠:正常眼圧緑内障の視野障害と眼圧及び年齢との関係.日眼会誌112:371-375,200813)HirookaK,ShiragaF:Relationshipbetweenposturalchangeoftheintraocularpressureandvisualfieldlossinprimaryopen-angleglaucoma.JGlaucoma12:379-382,200314)KiuchiT,MotoyamaY,OshikaT:Relationshipofprogressionofvisualfielddamagetoposturalchangesinintraocularpressureinpatientwithnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology113:2150-2155,200615)KiuchiT,MotoyamaY,OshikaT:Posturalresponseofintraocularpressureandvisualfielddamageinpatientswithuntreatednormal-tensionglaucoma.JGlaucoma19:191-193,201016)MizokamiJ,YamadaY,NegiAetal:Posturalchangesinintraocularpressureareassociatedwithasymmetricalretinalnervefiberthinningintreatedpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol249:879-885,201117)LoewenNA,LiuJH,WeinrebRN:Increased24-hourvariationofhumanintraocularpressurewithshortaxiallength.InvestOphthalmolVisSci51:933-937,201018)中元兼二,安田典子,南野麻美ほか:正常眼圧緑内障の眼圧日内変動におけるラタノプロストとゲル基剤チモロールの効果比較.日眼会誌108:401-407,200419)NakamotoK,YasudaN:Effectofcarteololhydrochlorideon24-hourvariationofintraocularpressureinnormal(63)あたらしい眼科Vol.28,No.8,20111123tensionglaucoma.JpnJOphthalmol54:140-143,201020)OrzalesiN,RossettiL,InvernizziTetal:Effectoftimolol,latanoprostanddorzolamideoncircadianIOPinglaucomaorocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci41:2566-2573,200021)LiuJH,KripkeDF,WeinrebRN:Comparisonofthenocturnaleffectsofonce-dailytimololandlatanoprostonintraocularpressure.AmJOphthalmol138:389-395200422)NakamotoK,YasudaN:Effectofconcomitantuseoflatanoprostandbrinzolamideon24-hourvariationofIOPinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma16:352-357,200723)NakakuraS,NomuraY,AtakaSetal:Relationbetweenofficeintraocularpressureand24-hourintraocularpressureinpatientswithprimaryopen-angleglaucomatreatedwithacombinationoftopicalantiglaucomaeyedrops.JGlaucoma16:201-204,200724)KonstasAG,TopouzisF,LeliopoulouOetal:24-hourintraocularpressurecontrolwithmaximummedicaltherapycomparedwithsurgeryinpatientswithadvancedopen-angleglaucoma.Ophthalmology113:761-765,200625)福田匠,中元兼二,安田典子ほか:マイトマイシンC併用線維柱帯切除術後の眼圧日内変動.臨眼60:1961-1963,200626)SmithDA,TropeGE:Effectofabeta-blockeronalteredbodyposition:inducedocularhypertension.BrJOphthalmol74:605-606,199027)SinghM,KaurB:Posturalbehaviourofintraocularpressurefollowingtrabeculoplasty.IntOphthalmol16:163-166,199228)ParsleyJ,PowellRG,KeightleySJetal:Posturalresponseofintraocularpressureinchronicopen-angleglaucomafollowingtrabeculectomy.BrJOphthalmol71:494-496,198729)小川俊平,中元兼二,里誠ほか:マイトマイシンC併用線維柱帯切除術後眼における体位変動と眼圧変化.あたらしい眼科27:963-966,201030)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第2版.日眼会誌110:777-814,200631)ChenPP:Blindnessinpatientswithtreatedopen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